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エクアドルの“縄文土器”について考察

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/19 12:46 ID:wReUObIc
ペルーの北に位置するエクアドルのバルディビア文化からは、高い完成度を持つ
紀元前200年以上前の土器が出土している。興味深いことにこの土器は、日本の
縄文土器、その中でも特に九州で出土している土器との類似性が強く、その起源を
縄文時代に求める研究者もいる。この土器を発見したエクアドル出身のエミリア・
エストラーダ氏は日本の縄文土器との類似性を直感し、米国ペンシルバニア大学の
考古学者・エヴァンズ夫妻へ鑑定を依頼した。1965年のスミソニアン博物館の
学術報告書「エクアドル沿岸部の早期形成時代〜バルディビアとマチャリラ期〜」
で世に出たが、縄文と南米をつなぐ大胆な発想は注目を集めたものの学会もこの説を
容易に受け入れようとはしなかった。これらの土器が、その水準に至るまでの発掘途上
の土器を伴わず、突如として技術的に高度ものが出現していることから、ほかの
地域から持ち込まれた疑いが否定できないからである。
ttp://www.wonder-okinawa.jp/024/japanese/kataru/hanne/peruu/

BC1万年以降は縄文時代です。縄文土器に似た土器が中国の北方から出土するので
縄文人も北方から来たようですが、氷河期が終りサハリンから歩いて来ることは
不可能なので丸木船で来たようです。エクアドルからも縄文土器が出土することは有名で、
その出土地域に住む人は他の南米原住民とはちょっと異質であるとも言われ、
魏志倭人伝に「女王国から南四千余里、朱儒国に至る。朱儒国から東南へ船で行くこと1年、
裸国・黒歯国に至る。使訳の伝えるところでは、ここで終極である。」とありますが、
朱儒国がフィリピン(沖縄の漁民は古来からフィリピンまで簡単に行き来していました)、
裸国・黒歯国がエクアドルであり、しかも船が難破して行ったきりになったのではなく、
使訳(通訳)が行き来して現地の様子もわかっていたのですからエクアドルと邪馬台国とは
往来があったことになるし、終極というのですからエクアドルも邪馬台国を盟主とする
倭国の領土です。
ttp://yokohama.cool.ne.jp/platonism/nihonsi.html

あなたはどう思う?

167 :出土地不明:05/02/13 00:43:28 ID:wLLbVHCj
クソスレとして始まったスレなのに勉強になるなあ

168 :出土地不明:05/02/13 01:04:10 ID:gaydYPwe
>>163-166
えっと、言いたいこと忘れていた。
つまり、アメリカ大陸には、太平洋の外洋コースで、アジアから、
人々がわたっていった、という証拠はいっさいありません。
理由は、ハプログループM,N,Pなどの痕跡が全くアメリカにないから、
です。ってことで、日本の北方から、A,B,C,Dが入ってきて、その
ころ、日本の南方には、Mがたくさんいて、でも、アメリカにいった
のは、Mを含まないグループってことで、しかも、アメリカに渡るなら
北海道から、千島経由がもっともありそう。で、アメリカには、ほか
にXが入っているが、これは、ロシア起源なのだが、この系統は、
もっと北からアメリカに入ったということで、一応、つじつま合います。

169 :出土地不明:05/02/13 01:29:36 ID:gaydYPwe
そういえば、また一つ思い出した。
中国の山東半島といえば、朝鮮半島と渤海湾において、ちょうど
反対側にある半島なんだが、ここの春秋時代の墓や漢代の墓をあばい
いて、その骨のmtDNAをしらべたら、「なんと白人」という結果が
出た、というので話題になって、いまでも、斉藤成也氏のページなど
ではそのむねがかかれているんじゃないかと思うが、最近これが否定
されて、どうも、この地域に、紀元前500年ごろいたのは、
ハプログループMの人々だったということがわかったというわけ。
配列の解析場所が違ったために、どうやら、最初は白人系のなにかと
思ったのだろうが、ハプログループから考えたら、Mだったということ。
つまり、ここでわかるのは、山東半島もふくめて、朝鮮半島も、
日本も、紀元前500年ごろは、ハプログループMがたくさんいた
ってことだろう。つまり、極東アジア全体がハプログループMだった
ことになる。現在では、A,B,C,D,Fが多いが、これらはあとから、
南下してきたものと思う。氷河時代までは、Mばっかりだったと思うな。

170 :出土地不明:05/02/13 21:40:45 ID:6V5kvrLf
エクアドルのその土器は日本列島の縄文人によって作られ交易により地球の裏側までたどりついたのか?
縄文土器を造る文化をもつ人たちが日本とエクアドルに分かれたのか?
全く関係なく別に同じような土器をつくっていたのか?
土器の成分などから交易によるものかはわかりそうだし
DNAなどから同祖かどうかはわかりそうだ
おれは交易説をとるが根拠は薄い

171 :出土地不明:05/02/13 21:42:59 ID:lhkYifBC
既に胚土の分析で、現地制作であることはわかっています。

172 :出土地不明:05/02/13 23:50:30 ID:YipROxss
>>170
1)大陸において、原始的な土器を作り始めた人々(おそらく1万8千年
  前ごろにさかのぼる)のうち、一部が日本にきて、一部がアメリカへ
  渡った。
2)大陸から日本列島にやってきて、1万5千年前ごろに土器をつくり
  始めた原縄文人のうちの一部が、千島経由で、アメリカにわたった。
3)アメリカに渡って土器を作り始めた人々の一部がアジアにもどって
  きて、日本にやってきた。

まあ、この三つが考えられる。土器は交易で使うってのもあるけれど、
基本的にはかなり使い捨てに近いもの。だから、別の場所でつくられた
のだろうが、とにかく、日本最古の土器が1万6千年前ごろだとかいう
なら、これは、アメリカにA,B,C,DなどのmtDNAハプログループをもつ
人々が渡っていた時期よりも前のことだから、日本から彼らがわたった
とすると、土器製作法をしっていた可能性もある、ってこと。

アメリカに文化が渡った例としては、ヨーロッパに3万年前ごろ東
からやってきた、新しい文化として、クラヴェット文化がある。
ところが、この文化は、ロシアあたりを起源として、その後、
1万8千年前ごろまで、シベリアにまで進出している。
で、1万5千年かそのちょっとあとになると、アメリカにおいて、
クラヴェット文化と酷似するクロービス文化がある。たぶん、文化
がわたったんだろう。mtDNAのハプログループXがこれを担ったこと
はほとんど状況証拠からみて確実だろう。
とすれば、日本において、ハプログループA,B,C,Dのどれかが、縄文
土器の文化を、アメリカに運んだのかもしれない。

173 :出土地不明:05/02/13 23:59:12 ID:F2bYgVN9
バルディビア土器は地域的にもずいぶん限定されている上に
忽然と出現したという所が古田武彦先生の夢を刺激している
ようですが?

174 :出土地不明:05/02/14 11:41:17 ID:a/0pOLfq
日本で縄文土器が造られなくなったのは
縄文土器の造り手がエクアドルにいってしまったから?そんなわけはないとおもうが
実用品としては廃れても儀式用というか特別なものとして現代まで受け継がれていてもよさそうなものだが
なぜ縄文土器はなくなったのだろうか?
縄文を施す意図はなんだったのか?
それは普遍的に起こるものだろうか?

175 :出土地不明:05/02/14 12:10:22 ID:NbvKMOnn
もっと機能的に優れた陶質土器が作れるようになったからだろ

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/02/14 14:53:31 ID:dsJcwe9z
タロイモの南方から後期旧石器時代人が来たとか、
氷河時代後にタロイモ栽培始めた?

馬鹿だな。


これはましだな。
>>>
1)大陸において、原始的な土器を作り始めた人々(おそらく1万8千年
  前ごろにさかのぼる)のうち、一部が日本にきて、一部がアメリカへ
  渡った。
>>>

ただ、18000年前という根拠が無い。
縄文時代は後期旧石器時代から石器・土器が連続だから
5万年前からの間違いだ。



177 :出土地不明:05/02/14 16:26:56 ID:6Hkr4jKP
一万八千年だか5万年だか知らないが、どちらにせよ寒い氷河期だろ。
日本列島も大陸と陸続きで日本もユーラシア大陸の一部だったはず。
そのあたりで土器が発明されて広まっていくのだろうが
氷河期が終わった今でさえベーリング海峡なんて人が住むには寒すぎるよな
ネアンデルタールなどではなく体のつくりは現代人と変わらない人たちが
この先にアメリカ大陸があるなんて知らないはずだし
なんでわざわざそんな寒いほうへ移住していくんだ?獲物を追って?
そんな寒いところで生きれるのか?

178 :出土地不明:05/02/14 17:03:23 ID:NbvKMOnn
>>176
あなたの日本語はいつも支離滅裂ですね

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/02/14 18:21:17 ID:dsJcwe9z
ベーリング海峡は温かかったんだろう?

北極海の冷たい水が0だから。

180 :出土地不明:05/02/14 23:27:24 ID:hl2BNVD8
>>177
そのあたり一般で、かなり疑問に思うことも多いんだよね。
人類がアフリカを出てから、たしかに、最初に南のほうから
東へ向かって、オーストラリアまで至るのは、しごく当然だと
思う。ざっと7万年前ごろだよね。
ところがその後となると、いきなり、カフカスとか、ロシアとか
さらには、ウラル、アルタイなどのかなり緯度の高いところに
行くんだよね。それって5万年前とかで、そろそろ寒くなりはじ
めるころ。それで、ある意味で、中央アジアからロシア、カフカス
あたりが一つの文化的中心になる。それと同時に、ヨーロッパへの
進出も始まる(4万年前ごろ)。で、アナトリア、カフカスとかも
ふくめて、黒海、カスピ海、ウラル、アルタイあたりが人類の
文化のもっともすすんだ地域になる。で、さらに、そこから
アルタイを越えて、シベリアに入り込んでいったのは、1万8千年
前ごろで、これって、ヴュルムマキシマムのころだろ。とにかく、
一番氷河時代の寒いときに、一番北のほうに、ものすごい元気な
連中がいる。ロシアの遺跡も多い。マンモス狩りして、その骨で、
家をつくって、っていう連中。たしかに衣服は暖かくしていたとは
思うけどさ。で、その一部が、またヨーロッパとかに入っていく
わけだけど。
なんで、こんなに寒いところ寒いところをねらって人は移動した
のか。まあ、それが基本的に普遍的ってことなら、そのままベーリング
海を渡ったのも、しごく当然なんだが、根本的にどうして、そんなに
寒いところに向かったのか、ってのがわからない。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/02/15 00:11:54 ID:4M6pqahw
>>>
一万八千年だか5万年だか知らないが、どちらにせよ寒い氷河期だろ。
日本列島も大陸と陸続きで日本もユーラシア大陸の一部だったはず。
そのあたりで土器が発明されて広まっていくのだろうが
氷河期が終わった今でさえベーリング海峡なんて人が住むには寒すぎるよな
>>>


ほう?
ベーリング地峡があるとき北米大陸に渡るのに
なにか寒い理由はあるのかね?





182 :出土地不明:05/02/15 07:35:42 ID:H2J09EDT
>>180
暑さ寒さだけが問題ではないんじゃないの?


183 :出土地不明:05/02/15 07:36:32 ID:H2J09EDT
それと

>>>

これ↑で引用する人、日本語変というか省略多すぎて言いたいことわからない。
いつも。

184 :出土地不明:05/02/15 10:17:02 ID:R6NxiCa1
それもだが、どうして、極寒のベーリング海峡を渡るときに、
北京原人やジャワ原人も一緒になってアメリカにわたったか、
というほうが非常に疑問なのだが。
これも、シラミのmtDNAの解析でわかったことなので、むげに
否定できない。未知の太平洋経路があったのだろうか?
南方系のアジア人のmtDNAである、M(東南アジア、日本)、
N(オーストラロイド)の系統は、アメリカではみつかって
いないのだが。

185 :出土地不明:05/02/15 12:40:39 ID:H2J09EDT
カヤックで海沿いを行ったのかもしれんぞ

186 :出土地不明:05/02/15 13:11:44 ID:kyaDPmDP
完全武装した精鋭部隊の行軍ではなく子供や女も混じった大勢の集団で
八甲田山の映画は見たことはあるが氷河期のベーリング海峡の過酷さはそんなものではないはずだ
体が大きくて丸っこい体系のほうが寒冷地には適しているから寒冷地には大型動物が多かったのだろう
マンモスやヘラジカを追うためという以外合理的理由は無いが針葉樹ですら茂れないほどの寒さではそれらの大型動物もいきていけないよな
土器や皮製の防寒着の類の改良を重ねて、しかしそれだけの文明があればアフリカや東南アジアに行ってもやって行けたはずだが

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/02/15 19:08:08 ID:4M6pqahw
氷河期のベーリング地峡は温暖だ。

北極海の水が来ないからな。
親潮の無いからな。

海洋塩熱作用で北米大陸沖に赤道を通った暖かい深層水が
上昇・涌き出るだけだ。

ま、今のドイツや北海道ぐらいの気候か。

188 :出土地不明:05/02/15 22:21:40 ID:kyaDPmDP
確かに氷河期のベーリング海峡が氷河期ではない現在のベーリング海峡よりむしろ暖かい可能性はある。
現在の太平洋岸高緯度地帯(ベーリング海峡やカムチャッカやアラスカ)は同じぐらい高緯度の大西洋岸よりも寒い。
しかしベーリング海峡が閉じていて海流の流れが全く違うとしたら
海流の関係で氷河期のほうがむしろ暖かかったという地域もあるかもしれない
(特にベーリング海峡域)
しかし氷河期の北極圏だし寒くないはずもなく
今ぐらいの寒さだとしてもやっぱきつすぎる

189 :出土地不明:05/02/15 22:57:16 ID:w6EqmrBb
>>188
>しかし氷河期の北極圏だし寒くないはずもなく
>今ぐらいの寒さだとしてもやっぱきつすぎる

あなたは、彼らはどうゆう方法を採って北米(南米)に移動をしたと考えてるの?
やはり、カヌー(筏)による海洋移動と?

190 :出土地不明:05/02/16 00:43:02 ID:55VX7rsA
ベーリング海峡は、陸続きだった、ってのが正しいとすると、たしかに、
それ以上北に海流が流れないとしたら、暖流が北上した限界地域だから
ちょうど、今の北大西洋のような状況になっていたのかもしれないな。
まあ、寒いことは寒いと思うのだが。

アリューシャン列島への人類の移住は、カムチャッカからなのか、
アラスカからなのか、ってのがあると思うが、ベーリング海よりも
南の、千島、アリューシャン列島を渡れば、それなりに、って
感じもするんだがな。

ま、とにかく、アメリカに渡ったのは、第一陣となったのは、
シベリアにおける後期クラヴェット文化をもった人たちだということ
で、これが、アメリカでクロービス文化をもつに至るが、この文化
の高さは半端ではなく、たぶん、農耕革命以前におけるもっとも
輝かしい文化だったとされている。ヨーロッパにおけるクラヴェット
文化からは、かなりのいろいろな小物もみつかっていて、そうとう
な芸術性もあるし、また、糸通し穴のあいた骨製の針などもあるから
衣服もかなりきっちりしたものを作っていたようだ。
おそらく、現代の北方の狩猟採集民から現代的要素を取り除いた程度
の文化はあったと思う。

で、ついでにいえば、彼らはいわゆる寒冷地適応の民族ではない。
のっぺり顔のモンゴロイドではなく、クラヴェット文化をもって
いたのは、白人であるし、たぶん、アジア系の人々との混成集団
であっただろうと思われる。

191 :出土地不明:05/02/16 07:32:29 ID:i53nYRX2
そのクロービス文化について日本語で読める本を教えて

192 :出土地不明:05/02/16 15:25:50 ID:aKlk7eUy
土器を発明したのはそのクロービス文化ですか?
それと白人などは体型的にも遺伝距離的にもアフリカ出た組の中では最もアフリカ人に近いと思うんだが
つまりエチオピア人を脱色したような細長い手足でアフリカを出たのは氷河期が終わってからじゃないかと思ってたけど
いや知識がなくたんなる思いつきでいっているだけだけどさ

193 :出土地不明:05/02/16 21:05:24 ID:EMvy5j+o
クロマニヨンが5万年も前に東ユーラシアに来ていたのか?
土器の発明⇒縄文土器⇒縄文土器を作る人たちがアメリカとユーラシア東端に分かれる
という感じ?

194 :出土地不明:05/02/16 23:50:25 ID:Jzr6oA9r
>>191
クローヴィスが正しいかな?
とにかく、アメリカの最初期の後期旧石器文化です。
人類史全般を扱っているけれど、
埴原和郎著「人類の進化 試練と淘汰の道のり」講談社
にはそこそこ詳しくかかれていると思うけれど。多少内容は
古いかもしれません。
>>192
クローヴィス文化と土器はとくに関係ないでしょう。
クローヴィス文化と近い関係にありそうなのが、クラヴェット文化
で、これが、ロシアとか黒海沿岸あたり発祥で、ヨーロッパとシベリア
に拡散し、シベリアに行った部分の一部がアメリカに到達したのでは
という説がある程度です。クラヴェット文化はすばらしい後期旧石器
文化です。
土器はどちらかというと南方的です。ただ、日本あたりは、両者(北
方系も南方系も)が入ってくるし、そのまま、アメリカまで到達した
ので、日本にクラヴェット文化などは入ってきていませんが、もしか
したら、日本から出ていった人々とクラヴェット文化をもつ人々など
がベーリング海で合流したのでは、と思ったりします。
現代のエチオピア人は、白人系+南方アジア系です。もともと、
アラビア半島に住んでいたのが、紀元前後か結構新しい時期にアフリカ
に入ったので、生粋のアフリカ人ではありません。黒いのはもともと
そこにいたアフリカ系の人々と混ざった結果でしょう。
アフリカのサハラ砂漠より北の地中海沿岸は、アフリカを出た人々が
いったん中近東からヨーロッパに入ったあと、そこからアフリカ北部
に再度拡散した結果で、サハラ砂漠より南の人々との交流はほとんど
ありませんでした。系統としても全く違います。ですから、一応、
北アフリカ地中海沿岸は、白人系です。
本当のアフリカ人は、赤道より南のほう、あるいは西のほうのサハラ
砂漠より南の地域です。さらに南で、南アになると、今度は、ブッシュ
マン、ホッテントットなど、もっと古い非黒人系の民族がいます。

まず、人類がアフリカを出たのは、8万年から5万年前ごろで、最初
にアラビア半島に渡り、そこから、そのままアジア南方を経て、
東南アジア、さらにオセアニアに向かった一派を南回り系。
アラビア半島を北上して、中近東から黒海、カスピ海沿岸に向かった
のが、北回り系。北回り系から、西に向かったのがヨーロッパ系で、
そのままアフリカ北部まで進出。北回り系から東に向かったのが、
アジアの北方系ですが、その北方系には、南回り系からも一部北上
した人たちがいるので、混成となってシベリアまで至り、アメリカに
渡ります。日本には、純正南回りの東南アジア系が最初に入り込み、
それから、北回り系と南回りの混成の北方系アジア人が入り込むなど
重層構造になっています。アメリカには、純正南回り系ははっていま
せん。

195 :出土地不明:05/02/16 23:57:50 ID:Jzr6oA9r
>>193
クロマニョン人っていうのは、194に書いた、アフリカを出て
北回りに中近東、さらに、黒海、カスピ海沿岸に入った一派の
うちの、西に向かったものだとされています。アナトリアとか、
黒海沿岸あたりで、オーリニャック文化をもつに至り、その文化
をもって、ヨーロッパに入り込みました。4万年前ごろです。
最初のクロマニョン人は、実質ほとんど褐色の肌をしたかなり、
アフリカ人に近い系統だとされています。背も高く、ひょろひょろ
で、南方的な骨格でした。ただ、この時期、ホモ・サピエンスは、
どこの人も、みな肌の黒いか褐色で、ひょろひょろしていて、
かつ鼻が大きいような顔だったとか。
クロマニョン人といっても系統はいろいろあって、もっとも古い
のが、4万年。これが、オーリニャック文化のクロマニョン人です。
つづいて、クラヴェット文化をもつクロマニョン人がヨーロッパに
入り込みます。しかし、クラヴェット文化は、東へも広がり、
ヨーロッパでは、2万5千年前ごろに西の端まで達する文化で、その
後、他の文化に変化していきます(マグダレニアンとかソリュートレ
とか)。ところが、東のほうでは、ウラルからアルタイ、さらに、
シベリアまでクラヴェット文化の系統のものが栄え、そのまま、
アメリカ大陸まで向かったようです。
ヨーロッパには、さらにいろいろな人々がなんどとなく、東から入り
西に向かうというパターンが続きます。
ウラル、アルタイ、シベリアに向かったクラヴェット文化の担い手を
クロマニョン人というかどうかはわかりません。年代は、2万年前
から1万8千年前ごろでしょうか。
シベリアあたりに入った段階では、他のアジア系の人々も混成して
いたと思われます。

196 :出土地不明:05/02/17 11:08:57 ID:AkD/ouCQ
なるほどアフリカを出てからも結構ごちゃごちゃあっちいったりこっちいったり混じったりしているんだね
狩猟民は一年サイクルで縄張りを移動しながら近くの集団と性交したりぶつぶつ交換しているのが基本かなとか予想するのだが、
きちんとした言葉が使われるようになったのはいつぐらいからなんでしょうか?
アジアとインディオで意外な言葉の共通点とかないのかな?

197 :出土地不明:05/02/17 13:10:44 ID:uZ5qfjKk
そこでズニ族の謎ですよ

198 :出土地不明:05/02/17 23:52:04 ID:PNtb70Vt
>>196
狩猟採集民は、基本的に自分の領域っていうのをもっていたら、
それは、ずっと受け継がれるってことらしい。もちろん、かなり
少人数の集団でも、そうとう広い範囲をキープしないといけない。
で、一年単位で、ときに近隣の集団との交流をするキャンプが
あって、そこで、結婚して、とかいうのももちろんある。
で、たとえば、ユーラシア大陸の西から東への移動については、
数万年かかっているってこと。1万キロとかそういう距離を、数万年
ってことは、基本的に移動なんてしていないってことだろうな。
アメリカ大陸では、北米のアラスカから、南アメリカの南の端まで、
1千年で移動したのだが、これが異常って感じがする。

言語については、わからないことだらけ。
言語を話すためには、ハードウェアとしていろいろ対応しないと
いけないことがある。考古学的に化石からわかりやすいのは
1)肺の呼吸を口や舌の運動と連動させるための脊髄の太い神経
2)喉頭の位置をさげて、音の共鳴でいろいろな音色の声がだせる
  ようにする。
で、1)については、160万年前のナリオコトメボーイ(ホモ・
エルガスター)では未発達で、5万年前のネアンデルタール人は、
十分に発達しているので、発達が始まった時期は、50万年以上
前だろうってことになる。
ついで、2)についても、ホモ・エレクトス段階(100万年前
以降)からハイデルベルゲンシス段階(50万年前ごろ)にかけて、
頭蓋骨底部の屈曲が強くなり、喉頭の位置が下がったことがわかる。
ネアンデルタール人は逆に短くなっているので、母音があまり発音
できなかったようだが、これは、彼らが寒いところにいたことと
関係ありそうだ。
音声によるコミュニケーションは、150万年前ごろからかなり本格
化し、それにあわせて、肺の神経の発達と、喉頭部の発達があった。
ネアンデルタール人もごく普通にしゃべっていたが、たぶん、子音
ばっかりみたいな言語だったろうね。寒いからしょうがない。
舌の骨(舌骨)は、残りにくいがネアンデルタール人は現代人と同じ
形をしているので、舌のコントロールも十分だ。母音は少ないが、
かなり巧みにしゃべっていただろう。

ただ、音声コミュニケーションが現代人の言語と同質のものであるか
どうかは別問題。当初は社会的コミュニケーションのためのものだか
ら、集団の内部の個体それぞれの名前があって(固有名詞)それと、
個体間の関係や、社会的動作などを表す形容詞や動詞があるような
社会的言語だったと思う。これは社会的な場面で使う上では問題ない
し、また、女をくどくにも使えるが、技術がどうのとか、神はいるか
とか、そういう抽象的な話には使えない。普通名詞がないから。
文法的なものは、50万年前ごろには大いに発達したといわれている。
たぶん、社会的言語であれば、多数の敬語のような表現などが発達
したり、さらに、「あいつは、AがBのこと好きだって思っている
ようだが、俺は、そうでないことを知っている」のような心の理論の
高次の志向性を表現したり考えたりできるようになっていただろう。

で、普通名詞が始まったのは、擬人化によるもので、すべてのもの
にまず固有名詞がつけられ、集団の社会を、集団を取り巻く環境や
モノに拡張された。その後、普通名詞になったということのようだ。
これが本格的になったのは、たぶん、早くても10万年前で、
5万年前ごろからではないかと思う。後期旧石器時代の始まりととも
に、ということだろう。ネアンデルタール人は一部を除いてことの
レベルには達しなかったと思われる。一部とは、シャテルペロン文化
をもったネアンデルタール人だ。

199 :出土地不明:05/02/18 02:09:42 ID:p6o3Ems6
>>196
アジア人とアメリンドの言語の系統的な関係については、
よーするに、ノストラティックとかの怪しい電波系の人たちは
関係ありとかいうんだよねー。

氷河時代ごろを考えてみると、言語は、数十人の集団ごとに
違っていて、まあ、一緒に夏のキャンプをする近隣集団の
間では、ある程度似た言語だったかもしれないが、基本的
には、家族ごとに言語が違っていたと考えられる。
で、それぞれの集団で、遠隔地交易などをしていた人は、
それこそいろいろな集団の言語をしゃべれたというわけ。
現在でも、多言語地域においては、そうで、村ごとに違う、
それも、語族からして、違うくらいに全く違う言語を話す
ような状況がある。パプア・ニューギニアとか。

さて、それが、旧石器時代の状況だ。しかし、新石器時代
になって、農耕が始まると、定住生活とともに人口爆発
が起こる。理由は簡単で、移動生活をしている旧石器時代
の人々は、子供が親と歩けるようになる6歳ぐらいになる
まで、女性は次の子供を作らない。しかも、初潮年齢も
18歳くらいで遅いから、女性は、生涯で、3人程度の
子供しかもたない。乳幼児死亡率など考えれば、3人の
うち2人くらいしか育たないということで、人口は一定だ。
けれども、定住すると、いきなり人口爆発が起こる。
毎年子供を産んだりできる。かといって、農業では、
収穫量をすぐに増やすこともできないから、圧倒的な飢餓
状態が起こる。結果として、新石器時代に入ると、人々は
体格も貧弱になり、脳容積もどんどん小さくなり、って
ことになる。しかも、文化的にも石器技術などはあきらかに
退化する。でも狩猟生活には戻れない。おそらく初期農業
のころには、ものすごい悲惨な生活があったと思う。
で、農民は、人口爆発すると、近隣の未開拓の地にどんどん
でかけて、拡散し、もとの地域の言語を保持したまま、どんどん
広がる。これが、大きな語族が形成された理由だろうという。
現在人口の多い言語は、ほとんどが、農耕を始めた人々の言語
だ。狩猟採集民は家族ごとに言語がちがっていてもよい。
農耕民は拡散する。征服者になることもある。さらにそこに、
遊牧民が現れる。それで、言語がさらに拡散して、帝国が生まれる。

ってことを考えると、アメリカにわたった人々とアジアの人々
が同じ言葉を話していたとしても、数千年もたてば違う言語になる
ので、まあ、言語が関係しているってことは、ほとんどありえない
だろう。なんせ、氷河時代の最中で、農耕も始まっていなかったし。

200 :出土地不明:05/02/20 05:35:02 ID:fqu5g7wl
5行でまとめてくれ

201 :出土地不明:05/02/20 14:51:40 ID:8pn+rUi9
人口爆発は農業の始まりとともに起こり、結果として栄養失調で
体格も小さくなる。また、人口爆発は周辺地域への移住も促進
するので、言語の拡散にもつながる。
アメリカ移住段階では、農耕社会になっていないので、アメリカ
の言語とアジアの言語が同じ語族ということもないだろう。以上。

202 :出土地不明:05/02/20 15:37:33 ID:u1RHsvHM
とりあえず論文を書いてくれ

話はそれからだ

203 :出土地不明:05/02/20 23:44:15 ID:D/ULKD3A
>>202
このような話については、本が何冊か出ているが、読んだら。

204 :出土地不明:05/02/23 19:26:14 ID:mcdYV/iT
肉食であるってことは肉を食らうってことだけでなく
狩猟をする体力が必要だから必然的にそのような
体型をしていただろうな、また馬に乗って狩猟するようになり
がに股が増えた。

205 :出土地不明:05/02/27 18:20:23 ID:TvbAdQlk
http://www.ntv.co.jp/FERC/research/19990207/f1830.html

206 :出土地不明:05/02/27 18:28:18 ID:Agjx48Xj
>>204
馬に乗って狩猟する狩猟民族は皆無。
馬に乗っている段階で、すでに、遊牧騎馬民族なので、
狩猟民族であることはあり得ない。
もちろん、馬に乗っていれば、馬乳をとったりもする
し、死んだ馬は食べることもあるし、これは狩猟民族
とはいえないってこと。
そんなことをいったら、中世ヨーロッパの人々も狩猟
民族だし、鷹狩りをしていた日本の大名連中も狩猟民族
になってしまう。

207 :出土地不明:05/02/27 21:42:19 ID:g5Xv5jeA
>>205
>当時の丸木舟は、脇に浮きを 付けたアウトリガーカヌーのようなものだった。
>実験で安定度を測定したところ、台風クラスの波をうけても転覆しないことが分かった。

まじ?

208 :出土地不明:05/02/27 22:07:30 ID:/afP0WfL
>>207
丸木船って、たぶん、丸木自体が浮くってのを利用しているわけだよね。
構造船と違うので、中に水が入っても木自体が浮くなら、沈まないって
いうような理由があろうと思う。
ここのスレでもあったと思うけど、縄文人も、そうとうな海洋民族だった
ようで、弥生時代になっても、基本的に日本近海は日本系の制海権のもと
にあったのは事実。弥生人もたぶん、縄文人が半島あたりにいって、そこ
の人たちに来てもらうとかしていたんではないか、って話があるくらい。

209 :出土地不明:05/02/27 22:36:17 ID:j9px9Sbf
まあミクロネシアのアウトリガーカヌーも台風の時は最悪船に水を入れて
それに掴まってやり過ごすという離れ業を使うらしいんだけどね。
しかし

>脇に浮きを 付けた

って、そんな出土例あったっけ?

210 :出土地不明:05/03/01 14:30:38 ID:SzZ+yEx8
>>207
20mの波にも耐え切れたって特命リサーチでやってた気がする   

211 :出土地不明:05/03/01 16:04:14 ID:SvwV+ASp
20mの波ねえ。ワイメアベイかジョーズにでも持ち込んで実験したの?

212 :出土地不明:05/03/16 20:07:22 ID:4sifNsrn
鬼塚的には、縄文土器を作る遺伝子があるから、だろ?

213 :出土地不明:2005/04/07(木) 01:07:27 ID:QmMzvkTZ
>>212
あるわけねーだろ。縄文土器みたいにくるくるタイプが変わるものが
どうして、遺伝子で固定されているっていえるんだ?

214 :出土地不明:2005/04/07(木) 02:42:09 ID:GicueZXU
あげ

215 :俣野慶次郎:2005/05/25(水) 03:48:49 ID:nZkQ98OF
>>1
 エクアドルって恐竜の土人形もみつかってなかった?

216 :関連スレまとめ:2005/05/26(木) 11:48:10 ID:eBBll34H
(擬似考古学関連)
エクアドルの“縄文土器”について考察 03/10/19 12:46
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1066535201/l50
約1万年前に海中に没したアトランティス文明 04/02/28 12:22
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1077938576/l50
オーパーツについて 04/03/19 16:58
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1079683125/l50
■ノアの方舟が発見されたわけだが■ 04/05/05 20:07
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1083755228/l50
「失われた契約の聖櫃アーク」はどこにある? 04/05/19 02:25
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1084901130/l50
ヴォイニック写本 2005/04/29(金) 23:30:29
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1114785029/l50

217 :出土地不明:2005/08/15(月) 15:39:29 ID:m2sSulGU
>>211
チューブを巻く波でなくて、沖のうねりの波だろう
しかし縄文人って現代人より精神力が上だな

218 :出土地不明:2005/08/18(木) 18:56:13 ID:lYxKVY+T
ttp://www2.suntory-mermaid.com/profile.html
この堀江さんって人が「縄文時代の丸木舟で
太平洋を横断できるのか」という質問にテレビで答えてて、
「船のそばに魚が寄ってくるので食べ物には困りません。
雨が降るので飲み水にも困りません。海流に乗ればアメリカ大陸まで運んでくれます。
できると思いますね。」
って言ってた。この人自身足こぎボートで横断してるしね。


219 :出土地不明:2005/08/24(水) 08:40:36 ID:WTn+VPiI
堀江が生魚と雨水だけで太平洋を横断したわけじゃないだろ

220 :出土地不明:2005/08/25(木) 01:57:51 ID:BlX4d1Pu
ほりえもんって、太平洋を黄疸したのか!

221 :出土地不明:2005/08/27(土) 15:43:47 ID:hpN1zLfZ
     ______
    /:::::::::::ヽ
   l::::::::::::::l
 _|:::¢¢|_   ●
  _i〈 〆^^ i〉)/ /゜:.
 _<~∩`ー´ノ)⊃    *。
 )ノノ|;;<∽>        ゜。・。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:* :.
く_ん' ,,) ,,)ゝ        *゜                              ゜・
   し' し'           ・゜.    

222 :出土地不明:2005/08/28(日) 00:31:05 ID:Tmg4QayM
>>21
そだね。そのとおり。俺がやってみよっかな。

223 :出土地不明:2005/08/29(月) 00:43:07 ID:fpqBK77Z
そういえば、ソロモン諸島でも縄文土器が出たよね
土の成分が青森県の土器と一致したんだって

研究者は、船が海流に乗って流れ着いたと見ているらしい
縄文時代の船は丈夫だなあ

224 :縄同人:2005/10/04(火) 06:37:39 ID:nGXgjmD7
>>198
すばらしい。感激。この板、ぜひ、まじめでアカデミックに続けてください。では、縄文時代、草創期、中期、晩期のおける言語体系はいかなるものか?お考えを聞かせてください。

225 :出土地不明:2005/10/04(火) 21:37:50 ID:oW3JzMAL


226 :出土地不明:2005/10/09(日) 00:27:28 ID:oxH7vT5Y
縄文人を舐めすぎです。船で何処へでも行きます! 南米で縄文土器見つかるのがそんな不思議な事とは全然思わないけどな〜

227 :出土地不明:2005/10/09(日) 02:47:23 ID:8I60ANUn
>>224
ずいぶんと古い記事に感動してくれたもんだと思うが。
縄文時代をどう考えるかが非常に難しいってのがあるね。
縄文時代は、基本的に新石器時代に分類される。ただ、縄文時代の初期
というのは、それこそ氷河時代の終わった直後にさかのぼる可能性がある
から、そのあたりを一緒くたに扱うことは難しいね。
言語との関係からすると、定住生活が始まっていたかどうかが重要だが、
その意味では、中期ごろには定住も十分始まっていたと思われる。
というわけで、結局、考えるべきは、縄文時代の晩期ごろからってこと
になるんじゃないかな。
基本的に現代の状況、あるいは歴史時代の状況からして沖縄から東海く
らいまで、一応、同じ言語が話されていた可能性は高いと思う。
ようするに、日本語の祖語というやつ。南方系との関係も指摘される
けれど、日本に縄文時代の晩期とかそういう時代に東南アジア系が大挙
してやってきたとは思えない(遺伝子解析からしても)。
だから、日本語を南方系の言語と結びつけるのは基本的には間違いで、
また、稲作すらまともにつたわっていない沖縄にも日本語と同系統の
言語が話されていることからして、日本語の祖語は縄文時代晩期には
さかのぼると思う。ただ、文法的にはずいぶんと違ったかもしれない。


228 :出土地不明:2005/10/17(月) 04:13:42 ID:hALpJkPU
ハヒフヘホがパピプペポだったってのは
どの程度信憑性があるの?
なんか定説化してるみたいだけど。

229 :出土地不明:2005/10/18(火) 01:03:05 ID:QNEXxSZp
>>228
これは間違いなく正しいとされているし、そう思う。
1)現代語でも、ハ行音は、促音のあとではP音になる。
2)江戸時代ごろの記述では、「母」という単語では唇が閉じると
  されている。(すくなくとも唇摩擦音だったと考えられる。)
3)戦国時代末のポルトガル人宣教師などは、日本を nifon と記述。
  P音ではなかったが、江戸時代中期ごろまでは f 音のようなもの
  だったと考えられる。
4)万葉仮名などをみると、漢字音で声母がP音であるものをハ行音
  に当てている。波(は)に毘(ひ)などもそう。なお、中国でも
 「風」という漢字は、もともと声母はp音だったが、後に介母音の
  影響で、f 音に変わっている。現在の北京語では、feng とつづる。

などから、100%間違いなくP音だったでしょう。

230 :出土地不明:2005/10/24(月) 19:29:31 ID:BVACt/2g
日本国内だけで弥生に対して縄文といっているうちは良かったが
実際には縄文も多様で北方から来た狩人もいれば
南方から船に乗って芋を携えてきた人もいて
そのそれぞれの交流もあり、よその日本以外の土地の人ととの交流もあった

231 :出土地不明:2005/11/03(木) 02:02:35 ID:q5tJSM0h
えらく初学者にはこのスレ勉強になります。ところで
縄文女性多産(5〜6人)説は縄文人骨の寛骨出産痕を根拠に
した話を聞いたことがあるのですが
>>199
移動生活をしている旧石器時代 の人々は、子供が親と歩けるようになる
6歳ぐらいになる まで、女性は次の子供を作らない。しかも、初潮年齢も
18歳くらいで遅いから、女性は、生涯で、3人程度の 子供しかもたない。

というのは考古学的ないし人類学的に具体的な根拠があるのでしょうか?

232 :万歳は何語?日本?朝鮮?シナ?:2005/11/16(水) 21:21:45 ID:EWT+/dcJ
ガッツ石松さんは、どう見てもクロマニヨン人より
ネアンデタール人に近いというかその物だと思いますが
何故スミソニアン博物館からオファーが来ないのですか?

233 :出土地不明:2005/11/26(土) 01:01:20 ID:WmX/czT7
10人くらい生んで、結果的に、3人くらいが孫を見せに来る、程度のものでは?


234 :よろずこ:2005/12/24(土) 18:07:18 ID:qPpNfPBC
>>228
一本(いっぽん)
日本(にっぽん)

なぜ、こう読むのか?(発音するか?)

これで、80%

あと、>>229の2)〜4)で補完すると99%



>>229
三本(さんぼん)
これをなんか説明してくれい。


235 :出土地不明:2005/12/25(日) 01:19:32 ID:HYBEK883
三本(さんぼん) じゃなくって「さむぼん」って無意識のうちに発音してるんだよ。
ふつう日本語の「ん」はngなんだけど数詞の時だけm音が残ってる時があるのだ。


236 :出土地不明:2006/01/31(火) 00:54:52 ID:7th1bDj5
自侏儒東南船行一年 至裸國黒齒國 使譯所傳極於此矣 (魏志倭人伝)
又有裸国 黒歯国 復在其東南 船行一年可至 (後漢書地理誌)
これのことだろ、エクアドルの縄文土器と関係あるのは。

237 :出土地不明:2006/01/31(火) 00:58:17 ID:7th1bDj5
>>236
女王国から南東に船で一年航海したところに、裸国と黒歯国があります
って書いてある。

238 :出土地不明:2006/02/14(火) 14:13:06 ID:as4PlN8u
>>231
んと、たぶん、たいした根拠ないよね。
せいぜい、どっかの狩猟採集民に、子持ちの女には
禁セックスの風習があった。なんて、ところでしょ。

239 :出土地不明:2006/02/14(火) 21:49:51 ID:gD+797QN
もっと古い時代を考えてみると、、
縄文時代は、土器の古さからして1万5千年以上前にさかのぼるとされる。
日本人と日本に近い東アジアと、そしてネイティブアメリカンには、YAP+が
多いとされる。YAP+は、オーストラリアのアボリジニにも多い。
最近になって、シラミのミトコンドリアDNAの分析から、アメリカ大陸には、
原人とシラミがうつる程度に仲良くした人の子孫がいるらしい。原人の故郷
としては、東南アジアから中国が考えられる。
以上からの考察。
アフリカを出たホモ・サピエンスの中で、アラビア半島からインド洋、東南
アジアへと沿岸を回った海洋民族がいたことが判明していて、彼らは、その
ままオーストラリアに渡ったほか、同じ一派がこれまた沿岸沿いに、日本列島
まで北上、さらにそこからアメリカ大陸へと渡った可能性が高い。
そのときに、東南アジアの原人の子孫とも「浅からぬおつきあい」があり、
シラミをうつされたようだ。
時代は、インド洋沿岸に至るのが8万年か7万年前、オーストラリアには、
6万年前ごろ。北上した一派は東南アジアを経て原人とおつきあい、その
後、日本列島に至るのが3万年前ごろ。日本に暫くとどまり2万年前ごろ
までには、土器なども作るようになり、氷河時代の中、沿岸航路で北上し
て、アメリカ大陸西海岸を南下、内陸に至ることなくそのまま中南米まで、
これが1万5千年前ごろ。
アジアにおいては、日本列島も含めて原人は滅び、その後原人の系統の
シラミをもつ人々は駆逐されたか、シラミが駆逐されたかしたが、アメリカ
の一部では原人のシラミが生き残る。
ここに、8万年前からの壮大なインド洋、太平洋を渡った人々のロマンが
見えてくる。

240 :出土地不明:2006/02/14(火) 23:49:59 ID:rGs2xhvU
東北日本はオセアニア文化史でバヌアツにつながり
西南日本はアジア文化史でエクアドルにつながる
でほぼまちがいなさそうだなww

241 :出土地不明:2006/02/17(金) 13:43:45 ID:BWZGWw8q
縄文土器は古代の貴重な交易品だったんだろ。
日本とエクアドルの間に直接交易があったとは思えないけど
土器はないけど航海術に優れた東南アジアやポリネシアを経て永い年月をかけて大切にエクアドルに伝えられたんだろ。
ながら川のヒスイが大陸から出土したり縄文時代も海を越えた交易は珍しくはないんじゃないか
土器の原料の粘土なんて日本にはいくらでもあるし日本は縄文時代から工芸品を輸出しては食糧を輸入してたのかもな

242 :出土地不明:2006/02/17(金) 19:44:22 ID:TBHndsEL
日本からもエクアドルの土器が出土している。
直接もしくは間接的に相互で行き来があったのは確かだろう。

243 :出土地不明:2006/02/19(日) 23:15:42 ID:I3CtYlJz
中沢新一の書籍を読むと、アイヌの文化とアリュートの文化、そして、アメリカ
西海岸(アラスカからカナダ、ワシントン州くらいまで)のところの文化は非常
に似ているという。おそらく、日本列島から北方を経てアメリカ西海岸に至る
かなり恒常的な沿岸航路があったと思われ、その時期は、1万5千年前から、
数千年前までだろう。ポリネシア系が太平洋を東に向かって進むことができた
のは、彼らが非常に進んだ航海術を持っていたからで、その時期はやはり、
紀元前3000年ころまで待たないといけないだろう。とすれば、それ以前の
北周りの沿岸航路が氷河時代末から存在し、エクアドルの縄文土器もそれに
そって交易され、あるいは、製作法が伝わったものだと思われる。
これは、DNAに関する最新の研究とも、考古学とも矛盾しない解釈だ。

244 :がいやまん:2006/02/22(水) 11:12:30 ID:53WgNxJj
Y染色体識別子のベーリング海峡を越えての拡散
http://www.familytreedna.com/pdf/Karafet_et_al.1997.pdf
オホーツク文化人は北米から北海道に来て、その後は北米に引揚げたようだ。
また、最近の研究ではクロービスは欧州大西洋沿岸部出自、カリフォルニア
の黒曜石ナイフと日本のはスケールがちがうのも道理だな。

245 :出土地不明:2006/02/22(水) 14:36:48 ID:u0XwnLjK
超伝播論の残滓だな。
あんなものは19世紀の遺物だと思ってたが
まだ信じてる奴がいるのか。

246 :出土地不明:2006/02/23(木) 23:33:53 ID:V0rdSjmd
>>244
クロービス文化の話の最新の状況を考えてみよう。
西ヨーロッパ起源とされるのは、ヨーロッパの後期旧石器文化前期の
ソリュートレ文化の石器と非常に似た形式を持っているためにこの話
が出てきた。さらに、ミトコンドリアDNAのハプログループXが、
ヨーロッパとアメリカ大陸で少数発見されることから、ヨーロッパの
ソリュートレ文化をもつハプログループXの人々が大西洋を渡ったの
ではないか、という説がつい数年前に出されたわけだ。
ところが、まず、ソリュートレ文化は2万年近く前の文化であり、
クロービス文化のもっとも古いものと比べても、5000年以上の開き
がある。
また、ソリュートレ文化はフランス南部などの一部地域のものであり、
ヨーロッパ全土に広がったものでもなく、その存続期間も短い。
ハプログループXについては、その後シベリア東部のアルタイ山脈で
より古いタイプをもつ人々が発見され、これがヨーロッパとアメリカの
双方のXの起源となり得ることがわかった。起源は3万年前であり、
時代としては、グラヴェット文化の南ロシアからの拡散と同じ時期に
なる。ヨーロッパ西部にグラヴェット文化が入った時期は2万5千年前
ごろで、その後ヨーロッパの文化がソリュートレ文化やマドレーヌ文化
になった後も、中東北部からシベリアの中央アジアで続グラベット文化
が続く。これがシベリア経由でのアメリカへ渡ったXの人々の起源だ
ろう。

続く

247 :出土地不明:2006/02/25(土) 15:38:43 ID:OzvFiO8y
さて、アメリカ大陸は氷河時代の間ずっとローレンタイド氷床など、
大きな氷床に覆われていて、おそらく1万2千年前ごろまで、北米全体
はほとんど人の住むところではなく、さらにいえば、野生動物の痕跡も
少ない。ベーリンジアを経て、人が北米に渡ったとしても、そこから、
南方にむかっていくには、氷床の裂け目の回廊を移動する必要があるが、
そんなものは考古学的に確認もされていないし、またあったとしても、
不毛の地であるから、当然、人々が南下できたとは思えない。
アメリカ大陸の遺跡をみると、クロービス文化以前とされるものは、実際
にはほとんどなく、だれもが確実にクロービス文化以前のものと考える
のは、ほとんど中米から南米にあり、北米には存在しない。
大陸は氷床に覆われていて、ベーリング陸橋を経てアジアからアラスカ
そして、北米、南米というのは無理な話だということがわかった。

結果として、もっとも蓋然性が高いのは、ベーリング陸橋の南岸から、
アラスカ、北米大陸の沿岸を船で渡る経路だということになる。
北米大陸に氷床があったとき、大陸中央部がその氷床の重さでへこむ
かわりに、沿岸部は逆に隆起していたと考えられ、最近では沿岸部に
限っては、部分的に人々が住むことのできる環境が氷河時代において
も十分存在していたことが判明したのである。
ようするに、初期アメリカ移住を果たした人々は内陸には向かわず、
沿岸航路で、氷河や氷床の存在しない、オアシスのような沿岸地域に
広く分布し、おもに、漁労によって生活していたと考えられるのである。
だとすれば、この移住の時期は、いつでもよい。この時代の沿岸遺跡は
ほとんど現在は海底にあるので、考古学的調査は非常に難しい。
おそらく、1万5千年前ごろにアジアから北方のベーリング陸橋沿岸を
船で渡りながら、アメリカ大陸西海岸をわたり、そして、氷床のない
中米から南米に移り住んだ人々がいたのだろう。とすれば、南米のほう
がより古くから内陸部に移り住んでいたことも納得できる。

248 :出土地不明:2006/02/26(日) 23:10:33 ID:F4XCKaPH
でもさ、氷河期が終わった今でさえベーリング海峡周辺は人が住むには寒すぎる。
氷河期にそこで子供を育てながら狩猟採集していくことなど可能だろうか?

249 :出土地不明:2006/02/28(火) 01:31:38 ID:wUtMT8JN
1がお姉ちゃんとセクロスした話が聞けるスレはここですか?

250 :出土地不明:2006/02/28(火) 02:09:30 ID:no0GKtjO
>>1が姉とセクロスすると聞いてvipからきたお!!

251 :がいやまん:2006/02/28(火) 10:14:03 ID:rmkoDPmN
一般的に先史時代の石器・金属等の交易遺跡は北西太平洋岸
とのつながりを示唆するようだね。
http://wsarch.ucr.edu/archive/papers/c-d&hall/usraw.gif

252 :出土地不明:2006/02/28(火) 18:43:12 ID:knjaOHlt
>>248
彼らは、氷河時代を生き抜いたマンモスの狩人の子孫であり、
防寒技術には問題ないだろう。
食料の面でもイヌイットの生活を考えれば、海獣の狩猟がメインであろう。
一番の問題は航海技術なんだよね。

253 :がいやまん:2006/03/01(水) 15:16:03 ID:yOXcVvEq
>>246 >>247
非常に深く、広いご見識で、大いに勉強になりました。ありがとうございました。

254 :出土地不明:2006/03/01(水) 23:40:35 ID:u5KWwtXv
>>248
現在までのところ、多くの研究者はアメリカへの人々の移住の時期を、
せいぜい、15000年前以降としている。この時期は、すでにアジア
南部から日本にかけての領域では氷河時代が終わりつつあるか、終わった
段階だ。
で、氷河時代の文化的な遺跡などの分布をみると、古くはスンギール
遺跡(ロシア)などもふくめて、現在でもかなり寒い地域に集中している
のがわかる。シベリアへの人類進出は3万年前にはさかのぼり、上記の
続グラヴェット文化がシベリアで栄えた時代は、1万8千年前ごろだ。
理由は不明だが、とにかく、氷河時代は現在で考えても寒いような地域
にかなりの人口集中と高度な文化の遺跡が存在していることになる。
1万8千年前のシベリアの人々といえば、まさにヴュルムマキシマム
の時代で、もっとも寒い時代だから、その人々がベーリング陸橋にま
できていたのは間違いないし、かりに沿岸航路を制覇していたならば、
そのままアメリカ大陸に渡った可能性が高い。
現在確認されているのは、氷河時代のもっとも厳しい時代においても、
沿岸地域には、てんてんと氷床に覆われず、野生動物がくらすことの
できる環境が存在していたということだ。これらを拠点にして、南下
すれば、アメリカ大陸の太平洋側まで至ることは十分に可能だろう。
現在のところ、これらの時代の遺跡は海底遺跡もふくめて、1万年前後
前のものまでしか確認されていないため、確実に沿岸航路で渡ったと
いう痕跡はまだ得られていないが、あったとしてもすべて海底遺跡という
ことで、この発掘調査は非常に難しい。
>>251
さてどうなんだろうね。あまりはっきりとしたものはないと思う。とくに
クロービス以前なんていうものはあり得ないだろう。
>>253
たしかに、航海技術の問題が一番面倒なのだが、実際には、航海技術の
ことがあるからこそ、アメリカ大陸への移住は、ベーリング海峡の
列島沿いというか、当時の陸橋の南岸航路というものしか考えられない
ということなんだそうだ。太平洋航路は、ポリネシアのアウトリガーの
ついた海流は風に逆行することのできる船がないと東進不可能だそうだ。
これができたのは、紀元前2千年かもうすこし前の東南アジアの人々
であり、それ以前は、やはり難しかったという推測がなりたつ。
だから、筏や丸木船、あるいは簡単なカヌーなどでの航海を考えると、
どうしても、ベーリング海峡経由での北からの移住ということになると。

255 :出土地不明:2006/03/01(水) 23:57:23 ID:8tVB7gvq
>>253
別スレにあるように、"The Lost World" T. Koppel の内容をほぼそのまま
書いたようなもの。追加は、グラヴェッティアンとハプログループXとの
関係くらい。ただ、たしかに、アメリカ大陸ではハプログループXは東
海岸に多いんだよな。

あと、トリビア的な話になりますが、ついでに。
現在のネイティブアメリカンは、血液型がほとんどO型で、まず100%
そうだといってよいくらいなんですが、実は、これコロンブス以前はそう
ではなかったことが、最近の古人骨の研究でわかりました。古代のミイラ
などをしらべると、血液型の分布は、おおむね世界の標準と変わらず、
まあ、民族ごとの違いの一般的な分布の範囲内に収まるとか。
じゃあ、コロンブスの大陸進出後にどうして、血液型がO型だけになった
のか、というと、実は、伝染病との関係らしい。いわゆる新大陸の発見
以降、ネイティブアメリカンは、おおかた95%が旧大陸からもちこま
れた伝染病で死んだわけで、そのときに、血液型O型は死亡率が圧倒的に
低かったということのようです。
っていうのは、The Molecular Hunt に書いてありました。

256 :出土地不明:2006/03/03(金) 11:17:39 ID:I86pPn3x
横ですが、今週号のネイチャーの抜粋
 
March 02, 2006
考古 : ペルーにおけるトウモロコシ栽培の始まり

アンデス地方はインカ族までを含めた古代文明発祥の地として重要であるにもかかわらず、
文明発達の礎の1つとなる農業の導入については、ほとんどわかっていない。
だが今回、ペルーの4000年前の住居を発掘調査していた考古学者グループが、
トウモロコシの栽培と加工処理が行われていたことを示す最古の証拠を見つけた。
 L Perryたちは、ペルーのコタワシ渓谷上にそびえるCerro Aycano峰の斜面高所
にある、ワイヌナという場所で発掘された古代住居跡で、トウモロコシ、ジャガイモ
クズウコンの3つの作物の微小な化石を見つけた。
3600〜4000年前のものと思われる小屋の床と、小屋の中で見つかった石器から
でんぷんの微小粒とほかの植物性遺物が見つかったのである。
 今回の発見で、この地域でトウモロコシが食用にされていた最古の年代は
少なくともこれまでより1000年さかのぼることになるとPerryたちは
述べている。そのうえ、恐らくクズウコンはワイヌナのような高地では
育たないことから、遠く離れた地域から持ち込まれたものと考えられ、
農産品を物々交換に使った初期の例である可能性がある。

257 :出土地不明:2006/03/03(金) 23:36:40 ID:u7TcfKQ9
>>256
素晴らしい話ですね。
最近、Guns, Germs and Steal を読みました。アメリカ大陸でなぜ文化の
進展が遅れたのか、と言う話です。このトウモロコシの話を考えると、
アメリカにおいても、農業は十分早い時代に始まっていることがわかります。
それに、中近東の農業では、ムギなどは、野生の段階からきわめて有用な
植物であったため、比較的簡単に農業を始めることができましたが、トウモ
ロコシの野生種は、まったく有用性がなく、非常に小さい食用部分しかな
かったにも関わらず、アメリカの人々はそれを必死で栽培し、そして、
十分食用になるようにしたわけです。素晴らしいことだと思います。
ただ、やっぱり、大陸の気候、地理的条件が文明の進展を妨げたという
のも事実です。

258 :出土地不明:2006/04/02(日) 01:39:37 ID:Z0aTbfNT
横レス失礼。
Guns, Germs and Stealについて一言。
良い本だと思うが、この作者が穀物の評価でしばしば蛋白質の含有量に触れ、
麦類の優秀性を強調しているが、下記の引用分が正しいのだとするとすれば
、米に関して誤解しているのではないかと思います。

http://www.ne.jp/asahi/agricola/nobui/fa/fa04.html
より引用


「米に含まれる蛋白質の量は小麦に比べて少ない。四訂日本食品標準成分表によれば、百グラム中の蛋白質含量は薄力粉(小麦粉の中でも比較的蛋白質が少ない)で八グラムから八.八グラム。対する米(水稲精白米)で六.八グラムである。量的には小麦の方が多い。
しかし、蛋白質を論ずる場合に忘れてはならないのはアミノ酸組成、特に必須アミノ酸のそれぞれの含有割合である。人の体が必要としているアミノ酸組成に近ければ、その蛋白質は有効に利用される。しかし、特定のアミノ酸がずば抜けて多く、
他のアミノ酸が少ない場合、あるいは特定のアミノ酸に欠けている場合等は、いくらアミノ酸の量が多くとも有効に利用されない。必須アミノ酸のバランスと比較して、最も低い水準を示しているアミノ酸、それが制限因子として働く。
米は蛋白質の含量でこそ小麦には負けるが、アミノ酸のバランスが比較的良いため、総合的な蛋白質の価値からすれば小麦にはまさる。麦は栄養的な面からしても畜産物のような蛋白質食品を併せて摂る必要がある(中略)
また、米で比較的少ないアミノ酸はフェニルアラニンであるが、これは大豆に多く含まれている。米と納豆や豆腐等の大豆製品との組み合わせは栄養的にも好ましい組み合わせである。
(中略)これに対し、欧米では炭水化物源として主に小麦を主とした麦を食べた。麦は米に比べて収量は少ない。また栄養的にはB群ビタミンに関しては米より優れているが、前にも記したように蛋白質の点で問題があり、畜産物の摂取は必然となった。
所得が向上すれば麦よりも、より美味な畜産物の摂取を多くすることになる。蛋白質や脂肪の多い食事の後には、当然のことながら身体は炭水化物を欲する。すぐに吸収される炭水化物として砂糖を要求するのである。
脂肪と蛋白質、そして砂糖をたっぷりとる西欧型食生活は肥満や血管障害をひきおこす。」



259 :出土地不明:2006/04/06(木) 23:28:47 ID:JULMHPCw
>>258
で、あの本(いま手元にないのだが)では、米についてとやかく悪口いっている
とは思えないのだが。
それから、西欧において、畜産が本格的になったのは、案外遅いわけで、上流
階級はおいといても、庶民一般が肉を口にするようになるのは、中世以降とか
いう時代ではなかったっけ?それにジャガイモのない時代の西欧は悲惨で。

260 :出土地不明:2006/04/07(金) 04:45:08 ID:TPmm7FPK
砂糖もそんなに古くないよね(少なくとも小麦よりはずっと新しい)。


261 :出土地不明:2006/04/07(金) 12:41:20 ID:0w/8j/3b
ちょっとスレからずれてるけど、とうもろこしが重要な穀物となったのは他の作物が栽培されてからずっとあとの時代です。
それ以前からかぼちゃ、チリ、芋類などを栽培してました。

262 :出土地不明:2006/04/10(月) 19:48:16 ID:UZgUl1Wr
なんでとうもろこしが主な穀物になったのかな?
その かぼちゃ、チリ、芋類より栽培しやすいのかな?

よく知らないのですまんが、もとから作っていた野菜などに加えてとうもろこしも作る様になった、というのが正しいのかな?

263 :出土地不明:2006/04/10(月) 23:26:43 ID:kp1rkP3z
栽培作物化されたトウモロコシは、栄養価も高いからな。量もできる。
でも、トウモロコシの原種となった野生植物は、とてもくえるようなものでは
なかった。なんで、あんなものを食べようとおもったのかは不思議だ。

264 :出土地不明:2006/04/11(火) 19:09:47 ID:7Q5zumhi
>>263
なるほど、栄養価高いのですか。保存にも適してるのかな?
さっそくありがとうございました!

野菜の原種って結構食べようとは思えないモノが多いみたいですね。凄いチャレンジャーが居るものだな〜

265 :出土地不明:2006/04/12(水) 01:33:18 ID:TIR5hf8C
ていうか、野菜の原種から選び出し今日に至るまで改良し続けた事を
絶賛することなしにチャレンジャーという低俗な言葉で定義するのは
嘆かわしいのう。

266 :出土地不明:2006/04/12(水) 19:51:12 ID:JyZLBEI0
申し訳ないです;食べる事ができるのか最初は分からないのに食べてみたり改良したりするのは凄いと思っただけです。
決して絶賛していないというワケではありません;

気分を悪くされた方すみません

267 :出土地不明:2006/04/20(木) 21:12:40 ID:Wpg0lkVs
>>234

>一本(いっぽん)
>日本(にっぽん)

幼稚な例を出しちゃだめだよ。
それは、外来語だろ。
中国人の発音を借りたものだからP音でも不思議じゃない。



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取りに行ったけどなかった。次は一時間後に取りに行くです。
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