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【まだまだ】弥生時代は紀元前10世紀から【遡る】

1 :出土地不明:03/12/21 01:16 ID:5JIi75+P
弥生時代は紀元前10世紀から…歴史民俗博が測定結果

 国立歴史民俗博物館の研究グループは20日、弥生時代の始まりは紀元前10世紀である可能性が高いとする年代測定結果を発表した。
 同グループは今年5月の段階で、「弥生時代の開始は、従来の通説より約500年早い紀元前10世紀にさかのぼる可能性がある」と発表していたが、その後、縄文時代の最終末の土器の年代を測定したところ、当初の予想を補強するデータが得られた。
 また、近畿地方に稲作が普及した時期は紀元前7世紀ごろと発表、稲作は約300年かけて九州から西日本全域に広まった可能性が高まった。(読売新聞)


2 :出土地不明:03/12/21 02:12 ID:6kiOFpHz
産経新聞
http://www.sankei.co.jp/news/031221/1221sha001.htm

(略)
調査したのは、韓国慶尚南道の玉房遺跡など2カ所と、佐賀県の石木中高遺跡など国内の遺跡16カ所の土器から採取した炭化物80点以上。

石木中高遺跡などの黒川式土器4点が前12−前10世紀と判明した。
(略)
新説は弥生中期も約200年早まるとしたが、試料の測定から中国・近畿も北部九州と同時期で、前4世紀に始まった確率が高いとしている。

弥生年代を見直せば、中国より出現が早くなると問題視された福岡県の曲り田遺跡の鉄器について、春成教授は「出土状況などが分からず反論材料にならない」としている。
(略)


3 :出土地不明:03/12/21 06:42 ID:bEpuMgLv
そして新たな神の手が誕生した

4 :出土地不明:03/12/31 16:43 ID:6U+vTOEw
>北部九州で出土した弥生時代最古の夜臼式土器などと考古学的に同時代とされる
>韓国の土器も、前10−前9世紀と判明したという。

さしづめ、韓国は熊の手が生き続けているわけか。
俺には、マコの手で...(以下略

5 :出土地不明:04/01/13 23:34 ID:FUFWYB0K
やっぱ長江文明からの亡命?


6 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :04/01/19 09:36 ID:Zi5kC/s+
『考古学研究』最新号に、鉄器問題も含めて色々載ってましたよ。
また、土器の付着炭化物は20%程度、数値が古く出るという反論も載ってました。
斜め読みですが、多分…

7 :_:04/01/21 00:06 ID:9+RPMz01
で、また学会より先にマスコミに公表する訳ですか。

8 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :04/01/21 00:43 ID:elmm7sGV
>>7
そうでしょうね、多分…
好き嫌いは別として、今後もこの傾向は加速すると思われ。
発掘調査における成果の第一報は、30年前くらいからそうなっていませんか。

9 :_:04/01/25 15:28 ID:ovAOku4a
>>8
ていうか、発掘調査のような緊急を要する場合ならともかく、
こういう調査を、なぜ学会という場を通さずに、マスコミに発表する必要があるのかわかりません。
学会で発表し、他の研究者にも情報を与えた上で、マスコミに公表した方が、題材に対しより正確な議論が行われると思うのですが。


10 :出土地不明:04/01/25 16:35 ID:ZZcA8MvG
学会で無視されそうなので、マスコミ使って盛り上げて
議論に巻き込もう、という戦法。

11 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :04/01/26 17:43 ID:Nv6OanD0
>>9
最近では、理系・文系を問わず、多くの領域がそうなっていませんか。
重要な発表は最初にマスコミで行われ、そこから議論が始まると思いますが…
これは考古学でも避けられない流れでしょうね、多分…

>>10
したがって、
>学会で無視されそうなので、マスコミ使って盛り上げて議論に巻き込もう、という戦法。
ということは、無いと思います。

12 :出土地不明:04/01/26 18:36 ID:z/3FTbFh
ところで...
A坂先生とA上先生の対談で、列島は火山灰に広く
覆われているから、年代が古く出るというような
お話があるのですが、これは現代のこの分野の観
点からみて、どうなんでしょうか?


13 :出土地不明:04/01/26 18:39 ID:ZiBemuqw
>>11
>最近では、理系・文系を問わず、多くの領域がそうなっていませんか。

例えば最近だとどういう成果がマスコミ先行でした?
宇宙開発や医療は学問じゃないですよね。

14 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :04/01/26 18:58 ID:Nv6OanD0
>>13
そうですね〜
〈学問〉ということなら、古生物学なんてどうです。成果の大きなものは正
式の記載論文より前にマスコミ発表されることが圧倒的に多いと思いますよ。
天文学とか地球物理学も。成果が大きなものは、ですが…
それから、物理・化学・生物などの分野でも、特許申請を論文発表より前に
行わなければならないので(論文発表により権利が消失することがある)、
申請と同時にマスコミ発表するようですよ。
まあ、だいたい、『ネイチャー』にのるような論文は、事前にマスコミ発表
するようですが…
私は、その流れが悪いとは思いません。


15 :出土地不明:04/01/26 20:39 ID:zIrbjf4S
土器に付着した炭化物じゃなくて、
なぜ土器そのものの炭素で測らないのだろうか?
パルナリ氏は「コンタミは絶対にない」と力説してるが、
検証する意味でも土器自体の炭素で測るべきだと思うが・・・
技術的に難しいのだろうか?

16 :出土地不明:04/01/26 20:56 ID:0ULNiEuE
>>15
素人だけど、土器自体の炭素だと土器に使った土中の炭素の
年代を量ることになるからでしょう?
土器に付着した食物のこげであれば、土器が作られた後の炭素
であることは確実なので。


17 :出土地不明:04/01/27 00:36 ID:x4uKF8h6
16に加えて、土中の微生物由来の微量炭素を特定して検出・測定するのが
難しいのだと思います。

18 :出土地不明:04/01/27 07:03 ID:t4v33+LD
>>14
具体的な成果をお伺いしているのですが・・・

例えばネイチャーなどに載るときの報道は、
「○月号のネイチャーに載ることが分かった」といった報道ですよね。
勿論その旨の記者発表をするのですが、ここで話題の
「マスコミ先行」とは意味合いが違うと思います。

19 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :04/01/27 10:36 ID:QqldCkRn
>>18
>ここで話題の「マスコミ先行」とは意味合いが違うと思います。

申し訳ありません。
>7と>9の「公表」の意味合いを取り違えて、一方的に話を進めていたようです。

「単なる調査・発見ではなく〈研究〉であるのに、然るべき〈査読〉なども経ないで、
マスコミ先行でその成果を発表したのは如何なものか?」ということが御趣旨ですよね。
こうした意味での〈行き過ぎ〉であれば、当然是正されるべきと考えますし、その部分では批判を受けることも有りかと思います。


20 :出土地不明:04/01/28 23:40 ID:wcSgOptS
>>12
"A坂先生"やら"A上先生"は工作員くさいな。
>列島は火山灰に広く覆われているから、年代が古く出る
という仮説を立てるのはいいけど、それならその理由も説明しなきゃいかん。

こいつら、考古学に入り込んだサヨクじゃないの?。

21 :出土地不明:04/01/29 03:18 ID:cfaj74Pt
宇宙開発や医療は学問じゃないですよね。

22 :出土地不明:04/01/29 07:05 ID:ADmEH6tj
>>21
なんのつもりのコピペか知らないが、スレの流れ読んだ?

23 :出土地不明:04/01/30 02:39 ID:8DHsQ0HV
?
工学や医学は学問ではないのか?

24 :22:04/01/30 07:33 ID:DK8yf+4C
>>23
やっぱり読んでないんだなぁ・・・
まだ他の研究者の目に触れていない学問的な解釈や仮説を、
一番最初にマスコミ(を通して一般の人)に発表する話ですよ。
「肝臓移植が成功した」とかっていう話とは無関係。

この板は、リアル厨房や受験生以外の工房は比較的少ない板だと思うが
大学生以上でも文脈を読めないヤツは一定数いるからなぁ・・・


25 :出土地不明:04/02/27 00:44 ID:ZVhbxA/6
先日、長崎で木棺墓が出土したようですが、これがC14で年代が出され、約2300年前だそうです。

ところが、朝日新聞によると

>5基は弥生中期の河川跡の地層の下から出土。

中期の河道の下だとすると前期?

これは歴博のデータと食い違うんじゃないでしょうか?

解説よろしく>詳しい人

26 :出土地不明:04/04/17 10:48 ID:Ebcx0u/H
救済あげ

27 :出土地不明:04/04/19 21:46 ID:8yn1XjnK
 歴博は高精度とか言ってるけど、実際の年代判定の確からしさは1σ。
 その程度の精度で歴史が語れるのか?
 今度出るINTCAL2003で較正したら、今とぜんぜん違う数値が出たりするんじゃないの?
 マスコミ利用・話題先行の歴博のやり方は、マスコミを効果的に使ったF村S一とその仲間たちとなんか似ていて気持ち悪い。


 ちなみに、1σの精度とは、じゃんけんの勝率程度。
 

28 :出土地不明:04/04/20 10:57 ID:VB4RnRDQ
おまえじゃんけん強いんだなw

29 :出土地不明:04/04/20 12:27 ID:VB4RnRDQ
素人がちゃちゃを入れただけでは申しわけないので。

http://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/news/index.htm
によると1σ(約68%)ではなく2σ(95%)の精度を主張しているようにみえるが、
そのあたりはどう考えたらいいの?

30 :出土地不明:04/04/20 23:53 ID:mTUc2+Vq
>>29
 去年の考古学協会総会発表要旨等々を見る限りにおいては、暦年較正の精度が2σだったと思う。
 AMSによる分析結果の精度そのものは、1σ。
 つまり、精度の低い分析結果を精度の高い暦年較正によって「実年代」なるものに変換したというのが実情。

 分析手順の一部を意図的に書かないことによって、元データの精度の低さが読者に伝わりにくいようにしているとしか思えん。

31 :出土地不明:04/04/21 00:13 ID:o7ILoxtO
なんか、なにがなんでも情報隠蔽ということにしたい人がいるみたいだね。
ちょっと病的かも。


32 :出土地不明:04/04/21 00:19 ID:trGszySm
まるで、デタラメだな。精度がいいか悪いかはσの値そのものを見なきゃわからんよ。
同じ1σでも、X=100年に対してσ=1年なら十分精度はいいし、σ=100年ならあかんたれってことだな。

歴博データは2000〜3000年に対して40〜50年。まあ悪くないんでないの。


33 :HH:04/04/21 00:20 ID:P35fUEl3
>27,30
まるで理解できていないことについて受け売りのつぎはぎな発言はするな。
手元にアルカ論集があるのなら、まず小田の総説を熟読しろ。
鈴木論文は結構アラがあるから、素人にはお勧めできない


34 :出土地不明:04/04/22 00:11 ID:OCy4mPRN
(・∀・)ジサクジエン

35 :出土地不明:04/04/22 00:14 ID:ALI4XgwX
なんでやねん

36 :出土地不明:04/04/22 00:59 ID:Go/we+iq
少しぐらい驚いてあげなきゃ。

HHってまさか、あの・・・。

37 :出土地不明:04/04/22 07:47 ID:i8Xqf1E+
歴博享受

38 :出土地不明:04/05/17 22:41 ID:h5T9tj4Z
いろいろ議論があるんだろうけど、素人向けに簡単に説明すると
結局のところどうなのよ?
弥生時代のはじまり500年遡ったでいいんでそ?
中期のはじまりは300年、後期のはじまりは150年遡るんだっけ?

39 :出土地不明:04/05/17 23:41 ID:xakaSqq8
「早期」のはじまりは古くてもBC800頃、新しければBC600頃
前期のはじまりは古くてもBC600頃、新しければBC500頃
中期のはじまりは古くてもBC300頃、新しければBC200頃
後期のはじまりは紀元前後


40 :出土地不明:04/05/17 23:44 ID:xakaSqq8
古めに見ても国立歴史民俗博物館の年代観は200年古すぎ。

41 :出土地不明:04/05/18 00:17 ID:6eNPY/iD
つまり、>>39の数値に200年プラスすると正解w

42 :出土地不明:04/05/23 18:03 ID:plQ5nr/B
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040523-00000095-kyodo-ent

43 :出土地不明:04/05/27 21:27 ID:H/ywIbNy
こんなこと今の考古学や古代史学会に発表したってフーンで終わりだからな。
漏れの知ってる古代史の先生も、特に最近放射年代の悪口ばっかりで、なんか
怖いものがあるし・・・。

今後もこういう発表の仕方キボンヌ

44 :出土地不明:04/05/28 17:08 ID:VhTZOHTC
放射年代で自説が崩れるから悪口になるんだろうな。



45 :出土地不明:04/05/28 22:25 ID:s4IXritz
まあ気持ちはわからんでもない。昔の放射性同位体測定ってひどかった・・・。
そこにたまたま土器が山ほど出てくるという特殊な環境があったら、そりゃそれを使ってみようと
思うのも自然。いや、それを編年にするって涙ぐましい努力だけどw

でも、だからといって科学的方法論一般まで馬鹿にしたり放棄するのはやっぱり異常だよね。

46 :出土地不明:04/06/16 02:59 ID:Rg/vm+2U
>>45がいってることは何かおかしくないか?屈折してるなぁ

47 :出土地不明:04/06/22 21:55 ID:Fvp9x95O
>>45
 考古学も年代測定論も理解できない白チーズは相手にしても無駄。

48 :出土地不明:04/06/24 19:02 ID:Mkqk3gTS
武末先生の論文をちゃんと読めよ。一方的な意見だけでは話にならん。

49 :出土地不明:04/06/25 23:58 ID:/Tdc0/zH
>>48
 それしか読んでないんだろ。
 弥生時代の実年代論に関するまともな文献は大量にあるぜよ。
 武末論文がダメという意味ではないが、目に付いた論文を振りかざすのは
見苦しい。

 西相模考古の労作でも見るといいかもしれん。


50 :貝塚マニアin弥生:04/07/10 04:55 ID:ycNPFTxy
関東はその頃まだ縄文時代なのにね。
土器だって出て来ているのが厚手じゃん。
三内丸山遺蹟を日本の縄文時代と位置付けているならば、
弥生時代が600年遡ったとしても、この矛盾はどう説明すんだろう?
蝦夷や琉球みたく続縄文とか擦紋とかって言い訳づけるのかな?
前弥生時代?
東京の弥生町から出たから弥生時代じゃないのかね?
改名しなきゃね。

51 :出土地不明:04/07/10 08:40 ID:3v9tpKHe
土器馬鹿がまた湧いてるなw

52 :d:04/07/14 03:03 ID:puIVlIjQ
トヨタ尾行自動車ですか トヨタ交尾自動車ですか
トヨタ社員によると三菱車は放火だろうと 
トヨタ社員でなければいいが。

53 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :04/07/26 12:17 ID:BheeeeeU
ニュース速報+板に出てました。
貼っときますね…

【歴史】弥生の始まり紀元前5世紀 九大グループが定説裏付け
http://news13.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1090758272/l50

1 :金融支援要請中@潰れかかった本屋さんφ ★ :04/07/25 21:24 ID:???
九州大学大学院の田中良之教授(先史人類学)らのグループは、北部九州で
出土した人骨などを放射性炭素年代測定法で分析した結果、弥生時代の始まりは
定説通り紀元前5世紀ごろである可能性が高いとの研究報告をまとめ、25日
韓国・釜山で開かれた考古学会で発表した。
弥生時代の始まりについては、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)が昨年5月
北部九州の土器に付着したすすなどを同じ測定法で調べ、定説より約500年
古い紀元前10世紀とする新説を発表しており、田中教授らの研究結果は
研究者の間で注目されそうだ。

54 :出土地不明:04/07/26 12:20 ID:JM/yNDOD
>>53
IDすごいね

55 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :04/07/26 12:21 ID:BheeeeeU
>>54
わははは、ホントだ。

56 :出土地不明:04/07/26 15:07 ID:6twufwsG
>53
>25日 韓国・釜山で開かれた考古学会で発表した。

何故、韓国で発表するのだろうか?


57 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :04/07/26 15:33 ID:BheeeeeU
>>56
九州考古学会は、毎夏、韓国の嶺南考古学会と合同で開催されてます。
今回の開催地が、韓国釜山だっただけではないですか。

九州考古学会は、まあ、九大の考古学研究室が母体ですし…

58 :出土地不明:04/07/26 19:48 ID:p/Nd9J8J
>>53
これはこれで何かねぇ・・・
ある種の意図を感じるわけだが。
確かに紀元前10世紀というのちょっと古すぎる観はなくもないけど。
まあAMSの評価が定まるまでは、
俺は弥生の実年代論に関しては静観するよ。
もっと測定が増えてからでも遅くはあるまい。

59 :出土地不明:04/07/26 21:12 ID:JPF5JDEN
前から言われているように人間関係ですね。
でも人骨を測定したの?ふ〜ん。どこの?金隈?ふ〜ん。
金隈の人骨が弥生早期にあたるって初めて知った。

60 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :04/07/26 22:06 ID:BheeeeeU
こっちが、チョット詳しい。

【弥生開始 九大教授ら釜山で人骨測定発表 日韓から強い関心】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040726-00000014-nnp-kyu

「九大グループは九州北部で出土した人骨と獣骨の年代を、加速器質量分析
(AMS)を使って年代測定。同時に出土した甕棺(かめかん)と土器の
形状などによる年代区分と比較・照合した。結果、甕棺や土器の年代区分と、
試料の年代がほぼ一致し、『弥生時代は従来の年代観で妥当』との結論を
導いた。」


61 :出土地不明:04/07/26 22:31 ID:NDpYt+1o
こういう時、大手の新聞社は記事流さないねぇ。
最古・最大病、健在なりだな。

62 :出土地不明:04/07/27 02:11 ID:LMBPky6S
>>53-61
おいおい、田中良之はマルキストだぞ。

63 :出土地不明:04/07/27 08:43 ID:AQ/naSdk
>>62
それで?

>>59
弥生早期じゃなくて、前期末〜中期初頭の人骨を測定して、
従来の年代観と変わらないという結論を出したんじゃないの?
確か金隅では前期後半〜中期初頭がメインで早期の人骨は出てないと思う。

64 :出土地不明:04/07/27 18:34 ID:WB5sEeIx
>>63
それだと、前期末〜中期初頭の年代が従来の年代観通りだということは証明できても、
弥生の始まりが古くならないという証明にはならない。

65 :出土地不明:04/07/27 18:55 ID:+YS9w8rP
俺が思うのは、結局いったいどこで弥生時代の開始とするのかってこと
@九州に本格的な稲作セットが持ち込まれたところで弥生時代なのか
Aそれがほぼ日本全体に広まりきったところで弥生時代なのか
B持ち込まれた地域から順に弥生時代移行で巨視的には縄文時代と並行なのか

@だとして、それが来てない地域が縄文晩期なのかな〜って勝手に思ってたんだけど
詳しい人、教えてください!

66 :出土地不明:04/07/27 19:01 ID:sKWVU75a
>>65
弥生早期があるのは九州だけでしょ。
地域ごとに時期差はあっていいんじゃない?


67 :65:04/07/27 19:08 ID:+YS9w8rP
なるほど、結局今の日本という枠で考えるからややこしいってことか

68 :出土地不明:04/07/27 21:18 ID:4v8MyqVx
>>64
確かになぜ新町とかじゃなくて金隈の人骨?という疑問はあるな。
金隈の甕棺は一番古いのでも橋口編年のKTa・KTb式だったと思うが、
それだと前期の中頃までしか遡れない。
早期の実年代を議論するにはあんまり意味がないような気がするけどな。
いずれにしても弥生の実年代論は評価が確定するまで迂闊なことは言えんなw
しばらく静観するのが妥当かも。

69 :出土地不明:04/07/27 21:24 ID:EBYdI5Rk
西日本の記事によると弥生早期の年代は曲り田の獣骨だと。

70 :出土地不明:04/07/28 12:41 ID:RwKOWgjH
骨ってC14分析に適しているの?

71 :出土地不明:04/07/29 18:51 ID:Rjdpgbb0
>>68

みんなが静観しちゃったら進まないじゃん・・・

72 :出土地不明:04/07/29 20:16 ID:ygmOzQMB
なんで同じC14で500年も違うの?
このご時世に・・・・

73 :出土地不明:04/07/30 11:07 ID:d0u2sN/9
>>72
たしか補正係数の考え方が変わってきたんじゃなかったかな。
だから計算過程をよく比較するのも必要かと。

74 :出土地不明:04/07/30 19:49 ID:JSA79g/h
必要なサンプルの量が凄く少なくなったから、同じものを何度も再計測
出来るようになった。

75 :出土地不明:04/07/31 00:15 ID:aJk+1vtB
>>73
こんどの歴博と九大の500年は違うと思うぞ。

76 :出土地不明:04/08/02 16:51 ID:4HrVmKqe
>>75
同一サンプルの由来を隠してそれぞれで計測させてみればいいさ。
同時にどっか欧米の権威ある機関にも計測を依頼して・・・


77 :出土地不明:04/08/02 22:34 ID:FkMLNhBW
>>76
歴博のデータは、複数の欧米の実績のあるところに依頼して測定したものだよ。
九大のやつは記事だけではわからない。

78 :出土地不明:04/08/02 23:31 ID:TFrBXjIH
西日本のもと記事によると九大のデータはオックスフォード大だと。まあ、βよりはよかんべ。

79 :出土地不明:04/08/02 23:38 ID:yKUqnqQE
あんま関係ないけど、歴博ではもう年取ってすっかり弱った
H成先生にどんどんハンコだけ押させて、そのビッグネームを楯に
やりたい放題やってるナントカさんが今回のこと(弥生年代)言ってるって聞いたよ

80 :出土地不明:04/08/02 23:55 ID:yg5g5JZn
それはフジ○シンイチとかいう人か?


81 :出土地不明:04/08/03 06:43 ID:MPCdgNeh
>>79
ぜんぜん弱ってねーぞ

82 :出土地不明:04/08/03 10:13 ID:Sn2JeEkx
>>81 たしかに

83 :出土地不明:04/08/10 22:25 ID:ihtbJCRx
Yahooの掲示板に、九大の結果は海洋リザバー効果を入れたためで、
この効果を入れなければ歴博の結果とほぼ同じだというあやしげな情報が出てましたけど、
ここに屯ってる考古学をご専門とする方々は、何か新しい情報、持ってないんですか?

84 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :04/08/10 22:43 ID:gzHiU9k9
>>83
「九大の結果は海洋リザバー効果を入れた」?のかどうかは、知りませんが、
リザーバー効果によって、数値が300〜400年古くでることはあるようですが。

しかし、歴博=炭素付着物、九大=人骨・獣骨、だったと思いますので、
リザーバー効果が出やすいとされる試料を用いた九大の数値の方が古くなりやすい
ハズですがね…

リザーバー効果に関しては、その情報、逆のような気がしますが。。。

85 :出土地不明:04/08/10 23:14 ID:FQzZ8LyZ
YAHOOの掲示板というだけじゃどこだかわからないが(どこさ?)
リーザーバー効果を補正しない生の測定値は同じだということでしょう
ここにデータがのってる
http://hpcgi2.nifty.com/HAYAKASA/godhand.cgi?df=hune3.log&root=0199


86 :出土地不明:04/08/10 23:35 ID:ihtbJCRx
>>84
どうも。>>85さんが言われているとおり、逆ではないと思います。

>>85
ありがとうございます。これですね。情報源は。
書かれていることはそのリンク先とほぼおなじなので、Yahooはもうどうでもいいです。

これを見ると、歴博と九大は補正前のBP値で若干の例外を除いてほぼ同じですね。
あとは、海洋リザバー効果を補正に入れることの是非に的を絞ればよさそうですが・・・・・

どうなんですかね?

87 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :04/08/10 23:39 ID:gzHiU9k9
>>85
おお、情報サンクスです。

88 :85:04/08/10 23:40 ID:FQzZ8LyZ
>83=86
あなたはもうどうでもいいかもしれないが、こっちはyahooのどの
トピックスか気になっちゃったよ。教えれ

89 :出土地不明:04/08/10 23:44 ID:ihtbJCRx
>>88
じゃあ・・・・

messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835208&tid=bcygobf9qoc0aha4ac9a5a4ada4jbfmbd8a4dea4la1aa&sid=1835208&mid=15730

これです。

90 :85:04/08/10 23:58 ID:FQzZ8LyZ
3樟

91 :出土地不明:04/08/11 01:45 ID:f1hU3FER
最古柄付き石斧 久留米市・正福寺遺跡で出土 木材伐採に使用か

 福岡県久留米市教委は九日、同市国分町の正福寺遺跡で、柄の付いた石斧(せきふ)が見つかった、と発
表した。石斧は四千―三千五百年前(縄文時代後期の前半)のもので、柄付きの石斧としては国内最古。

 市教委によると、石斧は長さ六十二センチで、柄の直径三センチ。手が抜けないように柄の端は丸く膨らみ、
柄の一部にはひも状の植物も巻かれていた。刃にあたる石は、柄の膨らんだ部分に穴を開けてはめ込まれ
ており、外に出ている部分は長さ五センチ、幅六センチ。刃こぼれしている。発見された穴から加工途中の木
材が出土していることなどから、伐採用に使われていたとみられる。水に漬けてあり、木の部分を膨張させ、
刃を抜けにくくしていたらしい。

 今回見つかった石斧は、柄がまっすぐで、柄に穴を開けて石をはめ込んだ「直柄(なおえ)」。これまで柄の
部分は、佐賀県などで縄文時代晩期のものが見つかった例がある。柄が付いた状態では弥生時代の遺跡で
発見されているが、縄文時代では初めて。

普及時期で貴重な発見

東京都立大の山田昌久助教授(考古学)の話

 直柄斧の製造には高度な技術を要するため、縄文晩期から弥生にかけて普及したと考えられていたが、今
回の出土ですでに縄文後期にあったことが分かった。石斧が穴に保管されていたことも珍しく、当時から道具
の保管に気をつけていたことがうかがわれ、極めて貴重な発見だ。(西日本新聞)

92 :出土地不明:04/08/12 03:08 ID:OAKUijJq
弥生マーン

93 :出土地不明:04/08/13 02:32 ID:iiHQHF4N
>>85の掲示板経由ですが、九大のデータについて歴博がコメントを出しているようです。

田中氏らの研究グループの測定結果についてのコメント
http://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/katudoh/sousei/yayoinoukou/comment.html

詳しいことは上のページを見ていただくとして、結論としては

『同氏等(田中良之教授を代表とする研究グループ※引用者注)が示したデータは
歴博の研究成果を否定するものではなく、むしろ追認する内容であったことを確認した。』

だそうです。

94 :出土地不明:04/08/13 13:06 ID:3UT2i+NC


>>http://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/katudoh/sousei/yayoinoukou/comment.html

ウェブで機種異存文字を使うんじゃない、バカボンが

95 :出土地不明:04/08/17 00:48 ID:tf7zldox
>>86
わざわざ「海洋リザバー効果」を気にする試料を使うのは賢明ではないね。
人骨の場合は窒素同位体も計って食性を掴んでおくべきでしょう。
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/2002Okhotsk/03/3400.html

つーか草食動物を使えば「海洋リザバー効果」は無問題になるわけだし
土器の焦げを使えば層位的な問題も生じない

96 :出土地不明:04/08/17 01:16 ID:lFdNF/GJ
>>95
そう一筋縄ではいかないみたいですよ。

http://hpcgi2.nifty.com/HAYAKASA/godhand.cgi?df=hune3.log&keyno=0202

どこかに、噛み砕いて短くしてくれる神はおらんもんかのう・・・・

97 :出土地不明:04/08/17 01:47 ID:wQP1N59T
96のリンク先は要するに
“海洋貯蓄効果のからむ資料は、計算上の誤差を生じうる要素が多く、測定資料そのものの年代の参考データとはなっても、暦年代観の基準資料としては使用困難である。”

98 :出土地不明:04/08/17 03:23 ID:QfH71+nm
>>97
ということは沿岸部周辺の遺跡よりも内陸部の遺跡出土の遺物の方が
誤差が出にくいってことなのか?

99 :97:04/08/17 03:37 ID:wQP1N59T
内陸でも魚は食べてるだろうから、
C13を見てあやしいのははじか騎士まずい

100 :  :04/08/22 13:05 ID:NmANW4yX
>98
海洋リザーバー効果は誤差ではない。海洋に古い大気が溶け込んでいるための影響を指す。

>99
魚でも湖沼等の川魚なら、海洋リザーバーは関係ない。ただ、水の循環による影響はありえるが、実質的に計算不能。
デルタC13も、海洋リザーバーだけではない。C4植物も重くなる。最近出た大阪の瓜生堂遺跡の報告にでてる年代測定で、
内面付着物だけC13が重く、かつ年代値が適正で、アワヒエの煮焦げである可能性が記してある。
ともかく、C13値は見る必要があるが、ちゃんと書いてないところだと、同位体効果補正用の加速器による測定しか載せず
正式の値であるべき安定同位体測定でのデルタ13値はのってないことも多い。

101 :出土地不明:04/08/28 00:17 ID:eeFhMnw9
読売にこんな記事が・・・

弥生の始まり、紀元前10世紀後半…土器測定で追認
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040827-00000505-yom-soci

九大の件で、発表者の意図に反して較正前の年代は歴博の発表でいいということは
ほぼ確認できてるような気がするんですがね。

あとは、海洋リザバーの影響とかその他の要因などを考慮しなくていいのか、
つまり、歴博の較正前年代をINTCAL98でそのまま校正してよいかどうか、
という点が問題として残されてるような気がするんですが。

今後の発表はそのあたりをもっと突っ込んでほしいですね。

そういえば、INTCAL04はどうなったんですかね?
出るといううわさですが・・・

102 :出土地不明:04/08/28 07:02 ID:hSJeF9fN
>>101
同じグループのは、追認とは言わんぞ?黄泉売りさんよ

103 :出土地不明:04/08/28 08:04 ID:ISp5wSMr
ついにん 0 【追認】
(名)スル


(1)過去にさかのぼって事実を認めること。
「既成事実を―する」


(2)〔法〕 不完全な法律行為・訴訟行為を、あとから有効なものとするための意思表示。


104 :出土地不明:04/08/28 22:50 ID:P3ebU6wj
>>101
わざわざ海辺に住んでいた古代人骨を測定するから話が混乱するわけで
陸生植物を測定対象にすれば無問題。

紀元前800年以前は補正曲線が急勾配になるから、それ以降と間違う可能性は低い。
よほどの反証を提示しないと、歴博の研究結果を覆すのは困難だろう。

105 :出土地不明:04/09/10 01:28 ID:oNmJHKye
弥生時代の始まりは紀元前10世紀後半 土器測定で歴博
 弥生時代の実年代の割り出しを進めている国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)は8日、
北部九州の弥生最古の土器を加速器質量分析計(AMS)を利用した炭素14年代測定で調べた結果、同時代の始まりは紀元前10世紀後半である可能性が強い、と発表した。
 同館は菜畑遺跡(佐賀県唐津市)から出土した山ノ寺式という弥生時代早期前半の土器の内側についた炭化物を測定、前10世紀後半〜前9世紀末という値を得た。
 同館は昨年5月、AMS法によって山ノ寺式の前後にあたる縄文時代晩期末と弥生早期後半の土器の炭化物の測定から、弥生初頭は定説を500年さかのぼる前10世紀ごろと推定していた。
今回の測定値を総合して検討した結果、「前10世紀後半に絞り込むことができた」としている。
http://www.asahi.com/culture/update/0908/009.html

106 :出土地不明:04/09/10 01:52 ID:R5MaC2gR
二週間も前の読売の記事を、何で朝日は今ごろ・・・

107 :出土地不明:04/09/10 04:19 ID:NH9F0FAe
様子見してたんでそ

108 :出土地不明:04/09/10 20:58:39 ID:oNmJHKye
>>106
共同も同日付の記事を出しているし、別の話じゃないか。

弥生開始、やはり前10世紀 歴博が再反論、論争続く
 「弥生時代の始まりは紀元前10世紀」との研究成果を昨年5月に発表した国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)の研究グループは8日、
九州大グループが今年7月に「定説通り紀元前5世紀ごろである」とした測定結果について「歴博の測定を否定せず、むしろ追認する」との見解を示した。
 歴博の藤尾慎一郎助教授は「異なる見解が出た原因は、根拠とした試料の性格や数値の読み方などの違い。誤差の範囲を広げれば矛盾はない」としており、弥生時代の始まりをめぐる議論は今後も続きそうだ。
 歴博は佐賀県・菜畑遺跡の土器などに付いた炭化物を分析。これに対し、九大グループは福岡県・曲り田遺跡から出土したシカの骨を、弥生の始まりを示す試料として歴博と同じ放射性炭素年代測定法で分析した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040908-00000210-kyodo-soci

109 :hyks:04/09/11 04:29:37 ID:4c9cXcpk
要するに、8日に最新の結果を記者発表
読売は公式発表前のすっぱぬき、
朝日は公式発表を受けての記事
共同はその記者会見で田中グループへの反論を求め、1か月前から歴博サイトに掲載されている反論コメントを教えられて記事にした
ということ。
それにしても共同の記事の藤尾コメントの要約は変だな。


110 :出土地不明:04/09/11 06:41:14 ID:zR0hpk5Z
>>109
木月月。共同は捻くれている。他社は九大の主張はおかしいと見て無視だな。

年代測定法の測定結果の追加、他について
【 概 要 】
このたび国立歴史民俗博物館では、研究成果の速報などを目的として新しい展示室「れきはくプロムナード」をオープンします。
そこでは、今年5月に歴博の研究グループが日本考古学協会で発表した、
弥生時代最古の土器である北部九州の山ノ寺式や夜臼T式の年代測定結果も、最初の展示として公開されます。
 これらの紹介をあわせて、平成16年9月8日(水)午後1時30分より歴博において記者発表を行います。
http://www.rekihaku.ac.jp/press/sokutei.html

111 :hyks:04/09/11 08:00:30 ID:Q3HxH5od
http://www.rekihaku.ac.jp/press/sokutei.html を読んだが

>歴博の研究成果を否定するものではなく、むしろ追認する内容
>歴博が示した弥生時代の開始年代は・・(中略)・・獣骨・人骨という別の資料の測定結果からも妥当という結果が得られたと理解する

これは違うだろ。人骨は弥生開始年代に関係ないし、獣骨も反証としては弱いというだけで、歴博の主張を裏打ちするようなものじゃない。


112 :出土地不明:04/09/26 13:18:41 ID:sZ9ZoQeW
縄文系は秋、弥生は春に濃い?日本人の精子に2タイプ
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20040925i207.htm

DNA的にも紀元前10世紀ってことになるのかな?

113 :出土地不明:04/09/27 09:40:01 ID:LnWax4Ii
急激な変化を支持(虐殺、侵略だ!)→反対派
緩やかな変化を支持(元々は、交流による緩やかなものだった)→賛成派
ってことか?


114 :出土地不明:04/09/27 19:47:32 ID:W/4iBJpb
(株)加速器分析研究所からDMが来ていました。
14Cの碩学・学習院木越研の流れをくむ会社です。
http://www.iaa-ams.co.jp/
AMS分析は通常(2ヶ月程度)が75,600円、特急(1.5ヶ月以内)が89,250円
骨・歯のコラーゲン抽出、木材のセルロース抽出が26,250円
古典的なβ線計数法は通常(3ヶ月程度)が47,250円とか

115 : :04/09/29 19:29:14 ID:BDGBG5Fu
先週くらいに毎日、読売と両者の主張を整理して傍観するようなコラム記事が出てたね。
だれか、この間の土曜考古のAMS年代の話にいったひといる?
こんど高○ラ先生がとうはくで、やよいの実年代考古編
鈴○氏が法制で縄文のAMS批判するらしいね

116 :出土地不明:04/10/12 01:39:42 ID:zWGpVmFH
日本史板より1ヶ月前の講演

214 名前:日本@名無史さん[] 投稿日:04/09/09 13:41
「歴博講演会」は、教員が各自の研究成果をもとに行う催しです。毎月第2土曜日、午後1時半から3時半まで、歴博講堂において開催されます。来館者は誰でも聴講することができます。
参加無料で事前の申込みは不要です。

第249回(2004/9/11)「弥生開始期の諸問題」
藤尾慎一郎(考古研究系)

217 名前:日本@名無史さん[] 投稿日:04/09/11 13:08:45
>>214
会場からです。まだ30分前ですが定員約300人の半分くらい埋まっています。

218 名前:日本@名無史さん[] 投稿日:04/09/11 15:41:41
終わりました。最終的に8〜9割ほど埋まりました。
分かりやすい講演でした。A4資料3枚と要旨とカラーパンフが配布されました。
詳しくは帰ってから

219 名前:日本@名無史さん[] 投稿日:04/09/11 18:19:22
会場で驚いたのは高齢者が圧倒的だったことです。
私の近くの講演会ではもっと世代がばらついていたのに。

講演は以下の項目に沿って、本には載らない内幕の話もあって面白かった。
研究の経緯
研究の流れ
研究成果の公開
研究の内容
山ノ寺・夜臼T式の測定
海洋リザーバー効果
今後の課題

117 :出土地不明:04/10/12 02:24:31 ID:utUPqx7p
>>113
そう単純なもんでもなかろう。
もともと春成さんは弥生文化の成立に果たした渡来人の影響を強く見積もる立場、
田中さんは逆にあまり強く見積もらない立場だったわけだし。

118 :出土地不明:04/10/27 16:30:28 ID:jL+LZrLv
あのさー、難しくてよくわかんないけど

弥生時代が500年も遡る(としてもだよ)
全国で出土してる「縄文晩期」の遺跡の成果を無視した
暴論だと思うが…

C14年代測定法がそもそもなんか怪しい=別の時代(縄文時代の)
遺物かなんかに反応したとか、「検体」自体がそもそも
年代測定法しても「そういう結果になる」ような
「変質」(するのか?)したもんつかったんでないのー。

もう一度、別研究所が別の大学でC14年代測定法やりなおせー
といいたいー

TみがくやHなりちゃんが何さっ

119 :出土地不明:04/10/27 17:45:53 ID:qT41YgIt
>>118
????
実年代が古くなっても、それが「縄文晩期」遺跡の調査成果を無視したことには
ならないんじゃないの?
晩期がなくなるわけじゃないし、土器編年が覆るわけでもない。
なんで感情的な反発が出てくるのかが理解できない。

120 :出土地不明:04/10/27 23:44:23 ID:nLcXE6us
>>115
鈴○さんは、派手な活躍に長けてますなあ。
馬場小室山で奮闘する傍ら、法政でAMS批判とは。

121 :出土地不明:04/10/28 01:32:11 ID:2De2bD4K
>>119
弥生時代と縄文時代晩期が重なるってことかな。
そこんところがよくわからない。
これまで、弥生時代の開始時期は、BC400年とかBC500年
というから、これは、中国の戦国時代だな、とかいう話になるのだが、
BC1000年になると、殷代に遡る。そうなると、中国でも、
そこらにいた人々は現代人とはまるっきしちがう、たとえば、
地中海人種やら、いろいろいることになる。もちろん、朝鮮半島
なんかも、今とはまるで違う人々が住んでいたことになろう。

122 :出土地不明:04/10/28 03:36:16 ID:db6/vo71
訳分からなさの度合いでは>>121だけがこのスレから浮いてるな。


123 :出土地不明:04/10/29 10:32:43 ID:M9Bt29Mi
>121
>122
私も121、訳わかんない。

124 :出土地不明:04/10/31 02:43:40 ID:RNzILdwo
…今回の1の論で、
関西、九州、関東の研究の温度差がさらに開いたような気が…、、、、、
名詞の読み方もちがうでしょ
(よこあな、とおうけつ、とか)

125 :出土地不明:04/10/31 13:15:06 ID:0qga8lWi
>>124
よこななとおうけつの読み方なんて文化の違いだろ。
関東では地名の谷をヤと読み、西日本ではタニと読むとかね。

126 :出土地不明:04/10/31 13:23:25 ID:xv3kZZNc
昨日の砲声の発表聞きに行った人いる?
自分は怖くて(w いかんかった

127 :出土地不明:04/10/31 18:41:57 ID:gyXgUcp0
>>126
それなに?

128 :出土地不明:04/10/31 18:53:51 ID:ZRf2C4Vn
法政考古学会主催講演会 鈴木正博氏
「「日本先史土器に係わる炭素14測定による推定年代論争」批判」

129 :出土地不明:04/10/31 19:00:48 ID:TIX5uAwB
>>128
昨日か。レポキボンヌ。

130 :出土地不明:04/11/29 04:46:18 ID:DOgFF9BD
>128
「日本先史土器」って言い方、古くね?
いくら、縄文、弥生、旧石器だろうと「歴史」だろ。
その歴史の「先」って古くね?
それともわざと?
それともその鈴木せんせーとかいう人の好み?

131 :出土地不明:04/11/29 20:24:42 ID:Rd54ioM4
先史ってのは「文献のない時代」って意味でそ。
言い方としてはべつに古くも新しくないと思うが?
西暦57年以前の弥生・縄文は「先史」で
西暦57年以後は弥生でも古墳でも先史ではない、
というのが通例ではないかな。絶対基準ではないけど。

132 :出土地不明:04/12/01 14:20:30 ID:BLiiC5Sy
確かにおおざっぱすぎるかも。

その頃と言えば、中国なら光武帝没年、ローマはネロの時代w
バリバリ有史時代なわけで。時代とともに「大昔」の年限もどんどん遡っていますし、
もうその言い方は古いと思います。

133 :出土地不明:04/12/10 02:45:53 ID:3XUJYsrx
>132
ですよね。。。。
メソポタミアならもうン千年前から文献があるわけで、
エジプトならすでに古代エジプトがおわってローマ支配時代に入ってます。
なんか考え方の違いなんでしょうが、

縄文は文字こそ発見はないけれど世界有数の豊かな?文化であったとか、
それを文字がないだけで「先史」とするのでは…

それだけで縄文の研究にあるいみブレーキかけてるような気がしますが。

134 :出土地不明:04/12/10 09:41:03 ID:YmjeLU+X
だから、先史ってのはたんに文字資料がないって意味でしょうが。

135 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :04/12/10 18:56:26 ID:zLSlYWwb
>>134
全くそのとおり!!

136 :出土地不明:04/12/10 20:53:00 ID:HDgewoM+
岩屋、来るの遅っ!

137 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :04/12/11 00:21:01 ID:EzZoj2KR
>>136
スマソ

ってか,岩屋山で切ってクラハイ.
白石 太一郎(1982)「畿内における古墳の終末」『国立歴史民俗博物館研究報告』第1集

138 :出土地不明:04/12/11 01:06:24 ID:kQeRMTfJ
文字資料がない、というのを「先史」とすると
紀元57年は外国(中国)側の資料でしょう?

外国の資料をもって「有史」「先史」と決めていいのか
と個人的には思います。

しかも5世紀頃までその以後の「倭」に関する資料(中国)も、
単発的で、

そういうので区切ると、スキタイ人やガリア人も「有史」に入るのでは?
(ヘロトドスの資料、(名前忘れた,)とカエサルの「ガリア戦記」)

しかし、この考えでいくと日本の「有史」時代は遥かに下がってしまう。

やっぱ考え方の違いでかたづけときましょ。
その方がいいみたいだ。「先史」と使いたい方は使えばいいんですよ。


139 :出土地不明:04/12/11 01:24:17 ID:EvCzkfN3
小学館の百科事典より

先史時代
Prehistoric Age

文献によってはその様相が知られない遠古の時代をいう。(中略)
考古学的調査の発達によって、歴史は人間の生成とともに始まることが明確になってきた現在、
「先史時代」という語は遺物にすぎなくなっている。(後略)
(文責・角田文衛)

140 :出土地不明:04/12/11 02:18:04 ID:s8UpfCGS
>そういうので区切ると、スキタイ人やガリア人も「有史」に入るのでは?
>(ヘロトドスの資料、(名前忘れた,)とカエサルの「ガリア戦記」)

当たり前じゃん。あんた何逝ってるの???

141 :出土地不明:04/12/11 02:40:34 ID:v6WR+xF1
>>140
うん。現代人にも先史時代人がいることになるもんね。
まあ、だいぶ少ないけれど。

142 :出土地不明:04/12/11 22:46:48 ID:x8bBCS09
で,法政での講演会の内容は?

143 :出土地不明:05/01/04 00:03:11 ID:rys+sTvb
弥生時代が遡るとするとさ、以前騒がれてた
「縄文能降雪」とか「縄文稲作説」ってどーなんの?
全部「実は弥生時代だったんです!」で片づけるのかな

144 :出土地不明:05/01/04 00:40:48 ID:PcU4qceU
縄文時代に雪が降る能力があったのかと思ったが、、、。
稲作の時代がもっとさかのぼるだけじゃないのかな。
縄文時代の農耕っていっても、いろいろな概念があって、
たとえば、東北地方や北関東あたりを考えると、栗栽培が
ある。栽培なのか、なんなのかわからないけれど、とにかく、
縄文時代の栗が栽培種であることは事実だから、人の手が
くわわっていたことは事実。これは、DNAから調べたんで
結構正確。
それから、縄文人は、定住生活をしていたことはわかっている。
三内丸山とかでも、5000年近く人が住んでいたわけでしょ。
世界でも、定住遺跡が見つかっているのは、たとえば、中近東
のナトゥーフ文化とかあるけれど、どれも縄文時代と同じころ
かあとだしね。土器文化が12000年前までさかのぼるのは、
中国(日本の16000年前の土器がでてから根性で、18000
年前の土器をみつけた)とか、日本くらいでしょ。
氷河時代ですよ。すごい古い。

145 :出土地不明:05/01/04 03:31:01 ID:fpJMUawB
>>144
>>143氏は、晩期農耕論のことだと思われ。
ただ、山ノ寺だかの土器自体が古くなったのなら、
晩期農耕論自体は今後も生き続けるのではないかな?
その年代は古くなるんだろうし、その点で大陸や半島との
整合性を考えなくてはならないだろうけどね。

146 :出土地不明:05/01/04 04:26:38 ID:+eXjtGZR
整合性って?大陸や半島より古いと何か気まずいことでもあるわけ?

147 :じゃっく:05/01/04 09:33:14 ID:e3U8r/rk
あるべさそりゃねーだって人住めないでしょうが(;;)
そんならさ〜破壊すれば            _

148 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :05/01/04 10:10:43 ID:TTegl8hd
>>145
「山ノ寺式」期の「縄文晩期農耕論=縄文水田耕作」自体は、突帯紋土器単純期が縄文時代晩期末から弥生時代早期に所属替えになったので、発展的に解消したかと。
打製石斧の大量出土に表象されるような陸稲や焼畑が主体と考えられる「縄文後晩期農耕論」は、何らかの「栽培」があったと云うことで有耶無耶になりつつあったと思いますが…

>>146
>整合性
交差年代に関する「ズレ」のことでしょうね。

149 :出土地不明:05/01/04 12:22:55 ID:uy2d6dmA
ズレると何が問題なのかわからない。
全世界が一斉に農耕はじめないとならないわけじゃないでそ?
だからこそ、早い地帯と遅く始まった地帯とがあるわけで、
もともとズレてるわけでそ?
伝播を想定するにせよまったく無関係に発生したにせよ。

150 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :05/01/04 12:55:08 ID:TTegl8hd
>>149
いや、>>145さんがおっしゃってる「整合性」の問題は、水田稲作農耕の開始年代のことでは無いと思われますが…
弥生時代早期に西日本で出土する大陸系の文物の高精度炭素年代が、向こうで云われている年代より古くなってしまった現象のことかと…

151 :出土地不明:05/01/05 05:05:20 ID:kzQBrUWA
>>150
じゃ、中国の学界の年代推定がまちがってたんでそ。簡単な話ではないの?

152 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :05/01/05 09:23:53 ID:ZwTGku63
>>151
おっしゃるとおり大陸側の年代推定がおかしかったか、日本側の高精度炭素年代の信頼性が低いのか、日本での大陸系文物の出土状況に問題があるのか、まあもめてますね…

153 :出土地不明:05/01/05 12:06:39 ID:JhzwZF3p
難しくてわからないけど、
縄文土器と、平安だったか鎌倉だったかの遺物が一緒にでてきたのが根強く
信じられていたアの事態にはならないでしょーね。

タしか、混ざってたんでしたっけ。
あ、この話しも東北だ。

154 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :05/01/05 13:17:04 ID:ZwTGku63
>>153
いやいや、新しい高精度炭素年代測定を推進する側と、従来の交差年代との矛盾を取り上げて信頼性を疑問視する側との争いかと…
ただ、結果的に弥生時代早期初頭の年代が500年遡るのであれば、従来の「東アジア的視点」と云うヤツは大きく書き換える必要があるでしょうね。

155 :出土地不明:05/01/06 08:23:35 ID:tvodlyHm
ものすごくわかりやすくいうと
「従来の交差年代とか中国の年代推定とかは間違いっていた」。終わり。

・・・・でそ。

156 :出土地不明:05/01/13 17:20:23 ID:3HWmvjrv
あげ。

157 :出土地不明:2005/04/15(金) 11:35:28 ID:XWv9Xtp3
保守

158 :出土地不明:2005/05/29(日) 11:17:49 ID:vcTYNkot
結局文系って駄目って事ね・・・

159 :出土地不明:2005/05/29(日) 13:20:56 ID:07ja+nn3
AMS法推進者がしなくちゃいけないことは
従来のβ線法との不整合性の理由を
あきらかにすることでし

160 :出土地不明:2005/05/29(日) 13:28:03 ID:zFMCRfWr
南京虐殺はなかった


161 :出土地不明:2005/05/29(日) 20:49:17 ID:zRuY9Jmg
>>159
??

162 :鬼太郎:2005/07/07(木) 20:54:56 ID:2WqUpjQe
そもそも、ある期間の日本全体を『弥生時代』という括りで考えることが
ナンセンス。
北部九州のBC1世紀は「いわゆる弥生時代」だろうが、その頃の東日本のほとんど
は確実にまだ「いわゆる縄文時代」。
平野部では渡来系が早くから進出した場所は「いわゆる弥生時代」だし、山間部
や島嶼や東北地方のように容易に開拓し難かった所はかなり後年まで「いわゆる
縄文時代」だったわけだ。

163 :出土地不明:2005/07/07(木) 22:42:55 ID:dvjL57ps

◎弥生時代の始まり、紀元前10世紀後半
 
国立歴史民俗博物館の春成秀爾教授らは23日、千葉大で開かれた日本考古学
協会の研究発表会で、北部九州出土の弥生時代早期初めの土器に付着した炭化
物を放射性炭素年代測定した結果から「水田稲作の開始(弥生時代早期)は
紀元前十世紀後半」と発表した。

 同教授らは昨年、弥生早期の始まりを前十世紀とする説を出したが、早期初め
のデータを得られないまま早期後半の測定値などから推定していた。

今回の発表によると、佐賀県の菜畑遺跡から出土した「山の寺式」土器
(早期初め)の炭化物は、前930―前800年。福岡市の板付遺跡の「夜臼1式」
(早期前半)は前900―前790年だった。その結果、早期初めは前945―前915年
と推定されるという。

 また水田稲作が各地に広がった弥生前期の始まりは、北部九州が前九世紀末
だが、高知県の居徳遺跡や高松市の東中筋遺跡などの土器の測定から、四国や
近畿は前8―7世紀ごろとみられるという。〔共同〕 (07:00)

http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20040524AT3K2302C23052004.html

164 :出土地不明:2005/07/07(木) 22:48:56 ID:dvjL57ps
水田稲作が各地に広がった弥生前期の始まりは、
北部九州が前九世紀末、四国や近畿は前8―7世紀ごろだから、

中部が前7―6世紀ごろ、関東が前6―5世紀ごろ、東北が前5―4世紀ごろ

だろうね。

165 :鬼太郎:2005/07/08(金) 00:02:04 ID:Qs0n3oj1
>中部が前7―6世紀ごろ、関東が前6―5世紀ごろ、東北が前5―4世紀ごろ
だろうね。

そんなに古くないよ。
山陰が前7〜6世紀、畿内や瀬戸内が前6〜5世紀、
中部が前4〜3世紀ごろ、関東が前3〜前2世紀ごろ、東北が後1〜2世紀ごろ
だな。

166 :出土地不明:2005/07/17(日) 03:03:46 ID:mDQdqIzd
…と言うようなもろもろの事を踏まえてかどうかは知らないが、科博にて「縄文vs弥生」と題した、
なんというか、その、明らかに狙った、夏休み向けの特別展が本日から始まります。とりあえず早起きして逝ってキマツ。

167 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2005/07/17(日) 11:41:48 ID:qmAW8LJk
縄文時代中期(約5000〜4000年前)の土器に、当時の稲作の存在を示す
稲もみの圧痕(あっこん)(スタンプ)が付いていたことが、福岡市教委文化財部長で
考古学者の山崎純男さんらの調べでわかった。熊本県本渡市の大矢遺跡から
出土していたもので、全国最古の圧痕資料となる。これまでは岡山県の南溝手
(みなみみぞて)遺跡などの縄文後期(約4000〜3000年前)の資料が
最も古かった。考古学界で論争になっている「縄文農耕論」に大きな影響を与えそうだ。
(以下略)
http://www.asahi.com/culture/update/0717/001.html


168 :出土地不明:2005/07/27(水) 21:52:59 ID:qgKyKa6K
C14でミイラの年代を鑑定。ミイラの中の人の死亡年は1996年。
歴史的発見のはずが、一転、刑事事件に。

ソースは今やってるテレビ。

ロケ地: パキスタン。

169 :出土地不明:2005/08/21(日) 11:28:50 ID:KmS5nwAg
>>167
縄文時代の千年なんて誤差の範囲内でしょう。確か縄文時代の開始時期だって、
数千年前から今では1万6千年前で1万年も遡っているし。

170 :出土地不明:2005/08/22(月) 05:03:03 ID:cQXjP62V
>>169
縄文の開始が数千年前って、いつの時代の学説だよw
1万2千年前から4000年繰り上がったのは最近だが・・・

171 :出土地不明:2005/08/25(木) 01:56:22 ID:BlX4d1Pu
縄文時代の開始は、正式には今でも数千年前ということになっています。
なぜかはしらんが。

172 :出土地不明:2005/08/25(木) 05:49:29 ID:r82qlMcT
んなこたぁねーよwww

173 :出土地不明:2005/08/28(日) 09:46:18 ID:qFoqOF02
>>170
橿原考古学研究所編「一万年前を掘る」1994年刊でまだ5000年前だという有力意見
が有り、タイトルで議論になったと言う記載がある。夏島のC14のデータが出たのが
1959年、考古学者の頭の固さは石器並だな。

174 :出土地不明:2005/08/29(月) 22:43:23 ID:AkjITni1
>>173
石頭というより、旧説(自説)にこだわる老害が権力にぎってるから
あれこれ口ばし挟んでくるんだろう。そしてそれを切れないムラ社会。

175 :出土地不明:2005/08/29(月) 23:29:49 ID:QVmVPEJ4
>>167
まあ、野生の稲、半栽培の稲の場合もあるから、なんともいえないが、
ただ、縄文時代はその草創期をのぞけば、基本的に新石器時代なので
あって、だから、農耕があろうがなかろうがとくに大きな影響はない。
新石器時代なら、農耕も自然だし、土器も自然な話だ。

176 :出土地不明:2005/08/30(火) 20:32:40 ID:kHor/j3m
ところが「縄文には農耕はない」といいはる爺さんが頑張っていたために
「縄文農耕」の藤森は死ぬまで冷や飯くうはめに。

177 :出土地不明:2005/09/30(金) 00:45:07 ID:rJUWGAUK
>159

そのとおりで、今の段階ではただの言い訳しかされてないから以前のデータを否定してよい理由にならん。
実際難しい問題なんだろうけど。

178 :出土地不明:2005/09/30(金) 16:32:51 ID:GM4ZJzaW
なにを指して不整合といっているのかわからん
測定法と年代較正の違いをわかってるか?

179 :出土地不明:2005/12/31(土) 18:07:56 ID:NbexWXan

◎弥生時代の始まり、紀元前10世紀後半
 
国立歴史民俗博物館の春成秀爾教授らは23日、千葉大で開かれた日本考古学
協会の研究発表会で、北部九州出土の弥生時代早期初めの土器に付着した炭化
物を放射性炭素年代測定した結果から「水田稲作の開始(弥生時代早期)は
紀元前十世紀後半」と発表した。

 同教授らは昨年、弥生早期の始まりを前十世紀とする説を出したが、早期初め
のデータを得られないまま早期後半の測定値などから推定していた。

今回の発表によると、佐賀県の菜畑遺跡から出土した「山の寺式」土器
(早期初め)の炭化物は、前930―前800年。福岡市の板付遺跡の「夜臼1式」
(早期前半)は前900―前790年だった。その結果、早期初めは前945―前915年
と推定されるという。

 また水田稲作が各地に広がった弥生前期の始まりは、北部九州が前九世紀末
だが、高知県の居徳遺跡や高松市の東中筋遺跡などの土器の測定から、四国や
近畿は前8―7世紀ごろとみられるという。〔共同〕 (07:00)

http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20040524AT3K2302C23052004.html

180 :どとうとしや:2006/01/10(火) 14:46:06 ID:H6YG1ZX8
弥生時代も紀元前10世紀から始まったということ、そろそろ定着してきたところ。

181 :出土地不明:2006/01/22(日) 19:29:45 ID:dKZL47Qs
結果が楽しみだね。
いくらなんでも10年後には白黒付いてそうだから気長に待つよ。

182 :出土地不明:2006/01/23(月) 08:17:26 ID:eDCxs4bo
平氏(赤旗=先住民の色)はどこに拠点があった?
源氏(白旗=朝鮮人の色)はどこに拠点があった?
南朝はどこに拠点があった?北朝はどこに拠点があった?
水神と共に祀られる平氏、水神といえば西日本だよね。
平氏も貴族だから朝鮮の血は濃いよ、しかし先住民の
反乱だったんだ。あれは単なる権力闘争じゃないんだよ。
南朝しかりだ。よーく考えよう。
記紀、倭人伝、東夷伝、風土記をよーく読もう。
先住民はいま朝鮮人(源氏=東日本人)により根絶やしに
されようとしているのである。

183 :出土地不明:2006/01/24(火) 14:12:38 ID:xFx285Jj
133 :日本@名無史さん :2006/01/24(火) 13:35:53
新羅は出雲人の国
http://makimo.to/2ch/mentai_whis/980/980828553.html

134 :日本@名無史さん :2006/01/24(火) 14:00:44
新羅人は出雲・丹波・但馬人(銅鐸=鈴、五十猛)かもしれないが。
出雲系が純粋な倭系とは思えない。

彼らは少なからずその前に高句麗の影響を受けている。
だから出雲系(出雲人、初期近畿人、関東東北人)は
当初は高句麗との混血であり、更に新羅からの渡来人と
混血したと考えられる。
だからあそこまで高句麗、新羅文化に拘りがあるのです。

184 :出土地不明:2006/01/25(水) 21:13:25 ID:RI5/XSd1
↑ただの脳内妄想w

185 : :2006/01/27(金) 10:14:38 ID:ufOzq5kT
歴博で年代測定の2005年度の成果報告会があります。
http://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/katudoh/sousei/yayoinoukou/hokoku05/f/f.html


186 :出土地不明:2006/01/27(金) 15:09:04 ID:HY9t0SW9
出雲・但馬・丹波ラインは新良貴と同じですよ。

187 :出土地不明:2006/01/27(金) 17:38:31 ID:HY9t0SW9
新羅国は倭人が創った(2)
実は「瓢公」が新羅の王になったことは、三国史記からは明確ではありません。その代り
4代目の脱解王が日本出身であったことは、明確に書かれています。この王は倭の都から
東北千里にある多婆那(丹波?)国で生まれたが、生まれた時大きな卵だったので、海に
流され、新羅で拾われたそうです。そして、「瓢公」の家で育ったそうです。
これで新羅国は倭人が創ったことがよりはっきりしました。

しかも韓国の壇君伝説は卵から生まれた天孫が
熊と虎を人間にしようとしますが、熊だけが人間の女性になります。
そして壇君と熊女は結婚し子孫を儲けます。

新良貴の天日鉾(五十猛、五十鈴木、伊達、館の祖先)
が移住したのも但馬です。
高天原は近江・丹波・但馬ラインで確定です。

おめでとう、おめでとう



188 :出土地不明:2006/01/27(金) 22:28:56 ID:IRTEsJmU
>>185
いつの間にか、INTCAL04、でてたんだ。
なぜかこの板ではまったく話題にならなかったのに。

みたところ98とはあまり買わないようですね。若干凹凸がなくなって滑らかになった感じ。

189 :出土地不明:2006/01/28(土) 16:45:55 ID:HrPtOxdy
仏教そのものが先住民の宗教になっていた可能性が高い。
神道は物部(五十鈴(銅鐸))が牛耳ってから
朝鮮的な色彩が強く先住民の間で抵抗があったのである。

190 :出土地不明:2006/01/28(土) 21:07:37 ID:mJ8mUGlh
電波があちこちにコピペくりかえしてるな。

191 :出土地不明:2006/02/06(月) 21:55:57 ID:My1h6Ryu
>>185
誰か行ったらレポしてください

平成17年度研究報告会
会 期:2006年2月12日(日) 10:00〜16:30
会 場:国立歴史民俗博物館 講堂
定 員:200名 (事前申し込み制)

192 :出土地不明:2006/02/07(火) 05:42:46 ID:KvYcOZb6
http://www.geocities.jp/trait1980

193 :出土地不明:2006/02/08(水) 17:28:09 ID:mPmDTK33
鈴木正博の反論にどう答えるのか。

194 :出土地不明:2006/02/08(水) 18:37:26 ID:qFpymFdX
seku~su

195 :出土地不明:2006/02/08(水) 20:51:30 ID:uA18/oVA
鈴木正博のは「反」はあっても「論」がない

196 :出土地不明:2006/02/09(木) 20:25:54 ID:M8pCKRqo
大槻瓊士の反論にどう答えるのか。

197 :出土地不明:2006/02/09(木) 22:25:56 ID:XmJNS2y1


198 :出土地不明:2006/02/10(金) 00:48:40 ID:2Fc8TWvB
伊勢様やすらかなれ

土に根をおろし、風ともに生きよう。
種とともに冬を越え、鳥とともに春を歌おう。


199 :出土地不明:2006/02/12(日) 01:16:59 ID:VgCsKTcB
紀元10世紀まで弥生が遡れば、神武天皇の存在も益々信憑性を増してくるな。

200 :出土地不明:2006/02/12(日) 19:11:14 ID:6Rhmq9C1
>>199
藻前、池沼か?
それとこれとは無関係。神武以下初期の天皇は後世の架上があるだろうし、仮にいたとしても不自然な長齢などから年紀の延長は明らか。

201 :出土地不明:2006/02/12(日) 19:27:01 ID:CNHjpghj
>>200

>>仮にいたとしても不自然な長齢などから年紀の延長は明らか。

人間的感覚による錯覚だな。

神武時代に必ずしも暦が同一だったとは限らない。
その時代、1年を122日としていたらどうなる?

全ては、人間的錯覚による間違いだ。
曇りなき眼で見つめれば、真実は一つ。

202 :出土地不明:2006/02/12(日) 20:44:18 ID:zF7TCQ7E
>>201
それも一種の延長やろ(w

203 :出土地不明:2006/02/12(日) 21:26:30 ID:7P+OeeC2
>>200
神武天皇が存在したか否かと、日本書紀の紀年の信頼性は別の問題。
古事記は紀年すら無い。
ただ代表的な2史が一致して記載していることを否定するにはそれなりの根拠が必要だが、
神武否定論者はまともな証拠を提示したことがない。

204 :出土地不明:2006/02/12(日) 23:08:50 ID:+YaKFERT
歴博の研究報告会はどうだったの?

205 :出土地不明:2006/02/12(日) 23:21:28 ID:WFq7peeN
   +   +
     ∧_∧  +
    (0゚・∀・)   ワクワクテカテカ
+.   (0゚∪ ∪ +
    と__)__)

206 :出土地不明:2006/02/19(日) 09:03:04 ID:xcjTXSaZ
結局、歴博説は受け入れられつつある、って理解でいいんでしょうか?

207 :出土地不明:2006/02/22(水) 02:36:12 ID:fYKr1jew
どうもそのようだね

208 :出土地不明:2006/02/22(水) 10:07:30 ID:l1cGDTdf
だれかが大声を出すと、なし崩し的にそのまま定説になるという、いつものパターンか。

209 :出土地不明:2006/02/23(木) 23:06:40 ID:8f9pR8+m
そういう問題じゃないだろ・・・

210 :出土地不明:2006/02/24(金) 11:28:29 ID:kagspANg
そういう問題だよ。
考古学って、こういうことをひたすら繰り返してきてるだろ。
藤村の捏造騒ぎも同根。

弥生後期が全然あってないのに、どうして歴博の結果を素朴に信じられるのか不思議でならない。
まず始めに、年代が確定してるところからやって、
今の手法が正しいことを確認(証明)してから年代不明のところをやれよ>歴博。
手順前後。研究手順が根本的におかしいよ。

211 :出土地不明:2006/02/24(金) 16:35:50 ID:EKb0/gbW
アホな話と思われることは分かっていますが、
だれか真面目に調べてくれる現地の考古学者
はいないのか・・・と。

徳島の大麻山の一点での墳墓の存在を
調べるだけですから。

http://www.geocities.jp/yamatai4/
(邪馬台国四国東部説)

http://www.geocities.jp/yamatai4/oasa/index.html
(卑弥呼の墓はどこですか?)

212 :出土地不明:2006/02/25(土) 07:30:22 ID:UBTd9UAa
>>210
>弥生後期が全然あってない

なにがどうあってないのか説明してくれ。

213 :出土地不明:2006/03/02(木) 19:44:47 ID:wq5nnImf
>>159 
>>210
どうした?早く詳しい解説を頼む。

214 : :2006/03/02(木) 23:43:40 ID:K0kCDqQ+
弥生後期はあっています。大阪の瓜生堂とかで地元側
の研究者も確認している。
池上曽根のほかでも年輪年代ともあっている例も増えつつある。
九州の弥生中期後半(前漢鏡が伴う段階)で、歴博側はあっているとしており、
九州側はあっていないのがあると言っている。
210が無知なだけでは?

215 :出土地不明:2006/03/03(金) 00:11:10 ID:dSJO3hxe
やっぱり、調べずに盲信してるヤツばかりだな。
弥生後期は歴博が校正年代を出さなかったくらい合ってない。

216 :出土地不明:2006/03/03(金) 09:53:58 ID:U51LjO3s
みんなで教授からはなれて 真実を求めよ!
くだらん爺の確執や顔色に 振り回されるな
先人達もいい迷惑だ

217 :出土地不明:2006/03/03(金) 21:32:24 ID:/t45uD4J
>>215
だからどの年代が不整合なのか出せと言っているんだよ。
寡聞にして今まで出たデータで問題があるデータは見たこと無いんでね。
調べようが無いじゃないか。

218 :出土地不明:2006/03/03(金) 22:27:45 ID:UxCyVZwG
これだけ時間をやってるのにまだ見つからないのか。
思考能力のほかに、情報取得能力にも問題があるようだ。

219 :出土地不明:2006/03/03(金) 23:42:24 ID:/t45uD4J
>>218
結局出せないのか。

220 :出土地不明:2006/03/05(日) 17:53:17 ID:BwO5L5Rk
以前「与那国島の海底遺跡を考察する」に出てきた、自称「地学関係者」を思い出したよ。

221 :出土地不明:2006/03/06(月) 03:57:18 ID:YrXlQ1mf
もったいぶってるばっかりで自ら出せないアホは
晒されてるも同然だなw

222 :出土地不明:2006/03/08(水) 23:34:02 ID:KN4Ki6pS
>>159 
>>210
どうした?早く詳しい解説を頼む。


223 :出土地不明:2006/03/19(日) 21:53:40 ID:x9AzoRl9
結局出せなかったようだな。まあ、釣りだったとみるのが正解か。

224 :出土地不明:2006/03/26(日) 21:21:47 ID:ka31/Lad
ガイシュツだったらスマソ
http://www.jrias.or.jp/index.cfm/6,4613,c,html/4613/AMS_08.pdf

225 :出土地不明:2006/03/26(日) 21:58:20 ID:JOdiROr5
漢字は7000年前からだってよ
http://backnumber.dailynews.yahoo.co.jp/?b=8&t=d

226 :出土地不明:2006/04/17(月) 14:35:24 ID:46jiyqwm
環濠集落と高地性集落の違いってなんですか?

227 :出土地不明:2006/04/19(水) 19:42:39 ID:xdpx6Tvh
>>159 
>>210
どうした?早く詳しい解説を頼む。

228 :出土地不明:2006/04/22(土) 10:54:31 ID:wnBS4sly
もう話題ないの?

229 :出土地不明:2006/04/26(水) 11:05:39 ID:D9oaKI6o
>>226
環濠集落→お堀をめぐらした集落
高地性集落→山の中腹や丘の上にある集落

230 :出土地不明:2006/04/27(木) 15:24:51 ID:rjqCqh8n
鉄器の流れ
ムー大陸→日本→大陸

231 :出土地不明:2006/05/06(土) 17:10:46 ID:g5v1zsOy
セバスチャン結論はまだかね?

232 :出土地不明:2006/05/06(土) 17:39:13 ID:E79ZY3PT
考古学好きのあなた達に祝ってあげてもらいたいのですが…。

今日俺誕生日なんだ・・・
http://live22x.2ch.net/test/read.cgi/livenhk/1146797416/

233 :出土地不明:2006/05/07(日) 19:04:11 ID:VVxaXkoC
その後は新しい動きはないの?

234 :出土地不明:2006/05/27(土) 11:24:21 ID:Zho1e7K5
新井宏の批判をどう受けて立つ?歴博は。
明日の協会は関連発表が多いみたいですね。誰か報告キボン

235 :出土地不明:2006/05/30(火) 17:48:17 ID:ffV4uK1b
hage

236 :出土地不明:2006/05/31(水) 19:29:44 ID:jAiSURZj
で、協会の話題は?

237 :出土地不明:2006/06/02(金) 23:29:05 ID:ZvJgXQwF
age

238 :出土地不明:2006/06/03(土) 11:14:52 ID:KPJJOAre
age

239 :出土地不明:2006/06/03(土) 21:58:42 ID:KPJJOAre
age

240 :出土地不明:2006/06/04(日) 08:27:22 ID:aO1kfmCc
協会レポートはまだ?

241 :出土地不明:2006/06/13(火) 20:47:55 ID:jJBIRvVi
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/gakugei/news/20060607dde018040019000c.html

242 :出土地不明:2006/06/15(木) 00:23:52 ID:nRv4qM4V
>>241
>また、明治大の石川日出志教授は(中略)「歴博は実年代を絞り込みすぎ。100〜200年古すぎる」と述べた。

通説より500年遡ったといってるわけだから、それが100〜200年古すぎるって事は、
通説が300〜400年遡ることはだれしもが認めてるって事でええんやろか?

243 :出土地不明:2006/06/15(木) 00:56:35 ID:HcuXzugk
だめなんじゃない

244 :出土地不明:2006/06/18(日) 22:29:14 ID:ZRdUKmzl
そうかなぁ。
よくは知らないけど、はたから見てると旧説に戻す気はほとんど無いみたいに見える。
なんつうか、敗戦処理みたいな感じで傷をどれだけ浅くするかに必死っぽい。

245 :出土地不明:2006/07/14(金) 22:59:08 ID:Cz2eMwnk
こんなもんは権威がこうだって言ったらそれでいいの。

246 :出土地不明:2006/07/26(水) 10:21:39 ID:UxCKJmir
BC11C頃の華中の長江流域はこんな有り様(嘲笑)


呉城文化 B1400?〜B1000?

 江西地方の文化はB3000年〜B2500年頃の山背文化を最後に一時停滞していたが、
良渚文化や石家河文化の崩壊後に呉城文化が抬頭した。黄河流域とはまったく
異質の造形美術を特色とし、豊富な幾何学印文陶や釉陶のほか原始磁器も出土し、
中国磁器の源流に再考を促した。また符号を刻した土器や鋳型も発見され、
符号の総数は170を超え、12個を列記したものも出土している。隣接する湖南省
では1960年代に寧郷県で多数の貴重な青銅器が発見され、人面方鼎・四羊方尊など、
商文化を凌ぐ鋳造技術と独特の造詣を示していたが、このときには商文化の一分派
と認識された。1970年代に江西省樟樹市(旧清江)で発見された呉城遺跡の城壁址は
4万uで、地方的な政治中心のひとつに過ぎなかったと考えられる。

http://home.t02.itscom.net/izn/chu0.html

247 :出土地不明:2006/07/26(水) 10:29:27 ID:UxCKJmir
>豊富な幾何学印文陶や釉陶のほか原始磁器も出土
>符号を刻した土器や鋳型も発見
>青銅器が発見され、人面方鼎・四羊方尊など、商文化を凌ぐ鋳造技術




印文陶、釉陶、原始磁器、鼎、尊・・・

BC11C頃の華中の長江流域の出土物は日本の弥生遺跡で
出土しないものばーっかり(嘲笑)





248 :出土地不明:2006/07/26(水) 10:33:12 ID:UxCKJmir
吉野ヶ里墳丘墓のルーツはどこなのか。中国・長江下流域の江南に多く見かけられる
土?墓(どとんぼ)(B.C.800〜500)ではないかといわれている。(中略)
同じく「土?墓が墳丘墓の源流ではないか」という樋口隆康氏(参考文献5)が江南の
土?墓について書いている。少し長いが紹介したい。[江南の土?墓とは盛土墳で、
地上に埋葬したものである。中原の殷・周時代の墳墓は地下深く抗を掘って埋葬してあり、
墳丘を持たないのが通例である。墳丘は秦代以降に出現したとされるので、江南の土?墓
は中国における墳丘初現の例になるかもしれない]。「この土?墓は長江下流、特に
江蘇省南部の太湖周辺から浙江省杭州や安徽省屯渓までに分布している。すなわち呉越の地
である。丘陵から平野にかけて径15〜30m、高さ2〜3mほどの大小の塚が群在している」。
「この土?墓の盛土は版築ではなく一つの土?墓の中に数個の埋葬がなされている。それらは
地面に礫石を敷いたり、紅焼土を詰めたりして棺床としている。石を遺体のまわりに並べて
囲ったり、あるいは石室を築いたりしている。その石室も竪穴式と横穴式のタイプがある。
これらの土?墓はだいたい西周時代から春秋時代にかけてのものである」。「この墓から出土
する遺物は、印文硬陶と原始施釉陶が大半であり、また青銅器も出るが、中原の文物とは
異なった図文をもっており、銅剣は身柄一鋳のものである」。
http://www2.saganet.ne.jp/niesu/zyofuku/dotonbo.htm

249 :出土地不明:2006/07/26(水) 12:07:31 ID:UxCKJmir
>この墓から出土する遺物は、印文硬陶と原始施釉陶が大半であり、





印文硬陶と原始施釉陶が伝わっていない事には一切触れない低脳学者のすっとぼけぶり(嘲笑)






250 :出土地不明:2006/07/27(木) 07:14:23 ID:vnssr3eL
魏志倭人伝で卑弥呼以前に倭にいた大王ってのが徐福な。

251 :出土地不明:2006/07/27(木) 22:16:11 ID:qiEJ8a8P
>>250
大王は古墳時代以後の呼称
卑彌呼は倭女王

252 :出土地不明:2006/07/28(金) 22:27:59 ID:qZRAorVf

【黒色磨研土器】 縄文後期(BC11C〜13C)

 縄文土器のうち、表面をヘラなどでみがきあげた土器を磨研土器といいます。この種の
土器ははじめ赤褐色であったが、後期ごろから黒色化する傾向をしめし、ことに九州を
中心に後期後半ごろから、器面が黒色の光沢をもちロクロを使用したと思われる、
黒色磨研土器が普及します。この土器は、縄文文化独自の形成とみるべきではなく、
江南の各遺跡から多量に出土している黒陶の関係をかんがえなければなりません。
**鴨緑江流域一帯の積石塚からは褐色磨研土器、黒色磨土器、灰色土器などの土器類と
環頭大刀、合口、槍、鉄斧などの鉄製武器、銅鐸、透彫り文装飾、小釘打ち薄銅版の青銅器
と装飾品が出土し、褐色磨研土器と黒色磨土器は紀元前3世紀の遺物として認められている
http://www.himawari.ed.jp/nuki_e/nukigawaiseki.htm
http://www.e-obs.com/rekisi/kodai/sousetu/sousetu1-1.htm
http://www.miyazaki-archive.jp/d-museum/category/hakubutsu/kouko2.html
http://www.vill.tsumagoi.gunma.jp/siryoukan/kannai.htm


253 :出土地不明:2006/07/28(金) 22:29:30 ID:qZRAorVf
17番の「陶釜」なんて雰囲気がよく似ているんではないかい?
他にも色々あったが、面倒なので一個だけにする。



http://inoues.net/museum/mikata_museum_kaboso.html


254 :出土地不明:2006/07/29(土) 13:18:00 ID:GnTRc67g
縄文後期中頃に伝わった遼東・朝鮮経由の黒陶擬似の黒色磨研土器ね。

朝鮮半島の無文土器の遺跡では黒色磨研土器や丹塗磨研土器もよく出土する。

なぜ朝鮮経由なのかと言うと、黒色磨研土器が伝わった縄文後期中頃(BC15C前後)
の中国では既に原始磁器時代に入り、主流が灰陶であったのと、
やはり中国土器の代表器形である三足器形が無いからである。

それに甑や豆などの器形も無い。

また縄文後期(BC20C)と河姆渡文化時代(BC50C)では時代が3000年ほども
違う事もお忘れなく。

255 :出土地不明:2006/07/29(土) 16:26:59 ID:Zjc49qbh
>>254
朝鮮半島の無文土器の遺跡では黒色磨研土器や丹塗磨研土器もよく出土する。


朝鮮半島からのは新しすぎないか、(上に有るけどBC3C)半島から来たとは
言いにくいな、ロクロも定説と違うな(定説ではAD4C) 学会大変だな。


256 :出土地不明:2006/07/29(土) 17:20:40 ID:CMAusgSE
あっ み〜つけたあ〜

黒陶、灰陶、工作員は半島自慢してるって事は半島人か、在日か、
あちこちでコピペしてるな、毎日毎日ごくろうさんです、暑いけどがんばれ。
一日50ヶ所位コピペしてるん、儲け過ぎだよ少し回してくれよ!


257 :出土地不明:2006/08/11(金) 17:37:42 ID:6rKMX9+L
商の都のあった河南省鄭州市で商代の原始青磁が確認されたことから、
この地区から研究はスタートした。その後、長江中・下流域で商代から
戦国期に亘って連綿と原始青磁が、古墓や城跡を中心に相次ぎ発見された。
その生産と消費の中心地が華南地域であることは、ほぼ動かしがたい状況となっている。

釉色は青緑色、青黄色を呈し、器の内面は全て施釉し、外面は底部近くには施釉
していない。大部分の器物の底部にはヘラ書き符号が認められると言う。
時代としては、春秋時代早期に比定されている。こうしたヘラ書き符号を有した
印紋陶器や原始青磁は、広東地区の春秋戦国時代の古墓からもよく発見されると言う。

福建省でも同地特有の原始青磁が確認されているが、その窯跡の確認は未だ
されていない。しかし西周時代にはすでに現地生産がされ出していたと予測されている。

今までに窯跡本体の確認された原始青磁を焼成した窯は、華南地域に限られている。
商代でも浙江省上虞市百官鎮2号窯跡の例の様に明らかな龍窯が確認されている。
http://www.sg-r.co.jp/web/kouko/genshi_seiji.html

258 :出土地不明:2006/08/11(金) 17:46:10 ID:6rKMX9+L
4000年以上前の東南アジア周辺の遺跡でも三足土器が一般的。


新石器時代:約4,000年以前
出土した土器は、26種の様式をもっていたが、その中でもっとも目立ったものは
三足の鼎であって、先史時代の中国の『鬲(れき)』に似ており、年代を調べた
ところ、これらは約4,000年以前に作られたことが判明した。
カオサムルナム洞窟でも、バン・カオ遺跡出土の土器と似ている同年代の物が出土した。

http://www.toros8.com/ban/his1.html

259 :出土地不明:2006/08/11(金) 20:48:27 ID:bQ9Bl1lQ

9cmのチョン半島

260 :出土地不明:2006/08/12(土) 22:00:41 ID:EA8o11nP
周に入る頃には既に一般的な建材だった瓦さえ伝わっていないっ!


瓦の歴史はきわめて古く、中国では紀元前2000頃にはすでに瓦が登場している。
中国4000年の歴史とよく言われるが、瓦も4000年の歴史を持っている。中国語の
瓦という字は、粘土を焼いたものの総称である。

http://www8.ocn.ne.jp/~kawarak/hana.html

瓦の歴史はとても古く、メソポタミア、インドなどの諸説がありますが、
すでに紀元前2000年前の中国に瓦が存在していたと言われています。

http://www2.odn.ne.jp/sugimotokawara/KAWARA2.htm

261 :出土地不明:2006/08/12(土) 22:06:11 ID:EA8o11nP


「水田稲作技術は中国大陸から入っているが 水田稲作に関する
中国大陸の言葉は伝わっていない」

http://www2.odn.ne.jp/~nov.hechima/mousou.html


金関  縄文から弥生を土器の移り変わりで見ても、大陸から入ってきたと
考えざるを得ない。ただ同時期の中国土器や金属器はない。
このため日本列島へは朝鮮半島経由だろう。

http://www.saga-s.co.jp/pub/hodo/yoshinogari/001.htm



262 :出土地不明:2006/08/12(土) 22:17:33 ID:llzdgrWC
     ↑
9cmのチョン半島 火病中 凶暴に付き注意

263 :出土地不明:2006/08/12(土) 22:22:23 ID:EA8o11nP

実はコイツがチ○ポコピペ貼ってる江南誘致の南方人チャンコロ(大爆笑)

264 :出土地不明:2006/08/21(月) 17:35:45 ID:7MJV9tST
とにかく弥生時代は前10世紀からってことでいいな。

265 :出土地不明:2006/08/26(土) 20:02:04 ID:uEVIBwwl
前8〜10世紀ぐらいならおk

266 :出土地不明:2006/10/17(火) 17:15:43 ID:xvBBdToe
北方アジアは一切抜きの偏向調査で作為的に中国・朝鮮に誘致していた
スットボケ遺伝学者(嘲笑)


宝来センセイによると、韓国や中国にはそれぞれドミナントなミトコンドリアDNAがあるのに、
日本本土では、とくにドミナントなものがない。つまり系統的にさまざまな人たちから成り立って
いるのである。また、これまで、大陸から渡来した弥生人によって分断され、北に追いやられたのが
アイヌ、南に追いやられたのが琉球人といわれてきた。しかし、アイヌと琉球は少なくとも1万2000年
以上まえに分岐しており、紀元前3世紀以降に渡来してきた弥生人によって分断されたんではないという。
1万2000年前にそれぞれ日本に住み着いたアイヌと琉球人。そこへ紀元前3世紀以降になって渡来し、
稲作をはじめた中国・朝鮮系の人びと。こうした人たちの子孫がわたしたちなのだ。
それにしても紀元前3世紀以降の大陸からの渡来って、それ、秦の始皇帝のころの、徐福たちじゃない?
http://home.att.ne.jp/apple/tamaco/Yutenji/000115DNA.htm
http://youtube.com/watch?v=iRD3k2j9BeA

267 :出土地不明:2006/10/17(火) 17:18:10 ID:xvBBdToe


まーだ宝来mtDNAデータのトリックと欠陥が分からない脳弱が
いるようなので、簡単に説明しておくと、

朝鮮半島も中国大陸も、古代より北方アジア人の侵入定着が絶え間ない
地域であったのにもかかわらず、宝来mtDNAデータには北方アジア人に
関するタイプのデータが一切出てこない。

しかも、調査サンプルに北方アジア人のサンプルが一つも入っていない。

つまり、宝来mtDNAデータは北方アジア抜きの偏向調査で出された
偏向データなのであって、ただひたすら中国や朝鮮からやって来たと
錯覚させるだけの極めて悪質な手口の欠陥データに過ぎないのである。



268 :出土地不明:2006/10/17(火) 20:32:27 ID:PhDC9Pyy
>>267
サンプリングに偏りが有るのは初期の研究段階では当り前、
データが揃って発表したら、他人に先んじられて業績0になるんだよ。
それを捏造の如く主張するのは如何なものか!
実際彼らは2004年にはブリアート、ニブヒ、支那北方漢族のデータを発表している。

269 :出土地不明:2006/10/24(火) 17:28:11 ID:KOJEgw2Y
それでは、これらの渡来者たちは、そもそもどこを出発点としたのだろうか。
朝鮮半島はアジア大陸の一角だから、この土地で、一つの集団が孤立していた
とは考えられない。そこで、さらに視野を広げ、シベリア、東アジアの集団を
含めて、分析してみることにしよう。次ページの図は、朝鮮半島やシベリアの
集団、およびアイヌを含め、さらに新石器時代から現代にいたるまでのさまざま
な集団を処理、Qモード相関係数行列を二次元的に表現したものである。
この図を見て驚くのは、土井ヶ浜および三津の弥生人が、シベリアのいわゆる
寒冷地民族に酷似していることである。金関氏は弥生時代の渡来者が北部朝鮮
から来たことを示唆したが、今回の分析結果により、さらに北の中国東北地方や
シベリアと、強い類縁性のあることが示された。もっと具体的にいえば、
北九州型の弥生人は、北アジアの蒙古人や、アムール川流域に住むツングース系
民族、あるいは沿海州の諸民族などにきわめてよく似ているのである。

日本人の起源〈増補〉 埴原和郎編 朝日新聞社 より抜粋

270 :出土地不明:2006/10/24(火) 22:14:57 ID:aoHMLlml
>>267-268
いずれにせよ、もう古い話だ。いくら昔の話だからって、古代の研究成果
をここまでねちねちいうこともあるまい。その時代には最先端だったかも
しれないが、今からみれば、もう古いデータでしかない。

271 :出土地不明:2006/10/26(木) 19:33:48 ID:4GNMtP5o
日本人種のYAP+と東南アジア辺りのYAP+は別種。

日本人種のYAP+はht1。
東南アジア・中国南部あたりに微かに残るYAP+はht2。
白人や黒人のYAP+はht3。

ゆえに日本人種は中国南部や東南アジアとは無関係。

残念でした(嘲笑)

◎YAP+マップ

http://www.geocities.com/londonross1/china3.png
http://native.way-nifty.com/./native_heart/images/y_chromosome.jpg

272 :出土地不明:2006/11/02(木) 17:25:04 ID:GNp7LIO7

◎ケート Ket

中央シベリア、エニセイ川中流で伝統的漁撈・狩猟生活を送るケートと、
押し寄せる近代文明の点描。

自然環境(森、川、川岸の村)、川岸のチュム骨組に樹皮布を掛ける
(煙突は真上に出る)、製作中丸木舟に穴を開ける(火おこしの形を
した錐)、川に漕ぎ出す、魚(トナカイ肉?)を干す、日常生活
(洗濯物、子供のブランコ、食事、墓)、呪いの杭にトナカイの頭蓋骨
が掛かっている、★高床式蔵小屋★、素晴らしいアクセサリーの着いた
シャマンの枠太鼓、

http://tokyocinema.net/centralsiberialist.htm

273 :出土地不明:2006/11/02(木) 17:25:59 ID:GNp7LIO7

ハントィ:自然環境、家屋等に関すること(家の飾り・トナカイ頭蓋骨、
デコイ、★高床式の狩猟用倉庫・鼠返し★、季節物衣料の取出し)

コミ:自然環境、家屋(木造家屋、隙間を苔で埋める)、狩猟(移動に
スキー、犬、鳥を餌に罠を仕掛ける、狩人寝床の用意、毛皮を剥ぐ)、
★小型高床式倉庫(狩猟用荷物、獲物を仕舞う、鼠返し)★、歌

マンシ:自然環境、家屋(丸太小屋、東側の外壁についた呪いの
ような物)、★高床式倉庫★、漁猟舟の櫂類、創生期に関する昔話、

http://tokyocinema.net/westsiberialist.htm

274 :出土地不明:2006/11/02(木) 17:26:32 ID:GNp7LIO7

◎ナナイ人(ホジェン)の高床式倉庫(模型)

http://members-ftp.jcom.home.ne.jp/pinkorai/nanai181.jpg.jpg

その他に、水がめ、料理するためのもの、魚皮なめし具、臼、織物を
する道具、糸まき、肉や魚を料理する時に使う道具、はし、食べ物を
保存するためにつくられた高床式の倉庫の模型、木の枝と泥でつくられる
家の模型、漁や交易に使う船(実物ならば700キロも載せられる)の模型、
鹿や魚を捕る為の道具などがありました。

http://members-ftp.jcom.home.ne.jp/pinkorai/1eastnanaipink.htm

275 :出土地不明:2006/11/02(木) 17:27:03 ID:GNp7LIO7
これは銛を使ってクジラを捕っている線画だが、アム−ル川下流域と
サハリン北部のニブフもまた、板をつなぎ合わせた板船に5-6人で
乗り込み、アザラシやサケなどの捕獲を生業にしていた。
地吹雪のなかを訪問した北方民族館には、このニブフに代表される
北海の海辺と河川の民の風俗や生活用品の数々が陳列されていた。
彼らは、冬には保温性の高い竪穴式住居に住み、夏には魚干し棚や
貯蔵庫のある高床式住居で暮らし、衣装には木綿や魚皮で作った布を
用い、白樺皮製の帽子をかぶり、アザラシ皮や魚皮の靴を履いていた
ようである。
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/7754/liuhiyounoshiluet.htm

夏には魚干し棚や貯蔵庫のある高床式住居で暮らし
夏には魚干し棚や貯蔵庫のある高床式住居で暮らし
夏には魚干し棚や貯蔵庫のある高床式住居で暮らし
夏には魚干し棚や貯蔵庫のある高床式住居で暮らし

276 :出土地不明:2006/11/02(木) 17:27:36 ID:GNp7LIO7
そーら、おまえらの妄想をさらに虚しくさせる神様からの贈り物だw


ウリチ人とニブフ人は一年中定住村の住居と作業場兼用の建物に住んでおり、
ナナイ人、ネギダル人、オロク人、オロチ人、ウデゲ人は、冬は森の中の
定住村に住み、夏は魚の採れる川岸の季節村に移りました。定住村も季節村も
川岸に沿って細長く展開し、それぞれの住居は互いに離れており、そばには
高床式の納屋がついていました。
http://www.npec.or.jp/northeast_asia/cultural/index.html

そばには高床式の納屋がついていました
そばには高床式の納屋がついていました
そばには高床式の納屋がついていました
そばには高床式の納屋がついていました

277 :出土地不明:2006/11/03(金) 15:09:53 ID:ATYhCnxh
>>271
そのデータからは日本人はアイヌがほぼ純粋種で、
大陸(特にスンダランド)からの混血度60%が本土日本人、
40%が琉球人と解釈するべきだよ。

278 :出土地不明:2006/11/03(金) 15:17:49 ID:OEYHIiSj
と言いつつ、いつも何もソースが出てこない南方人のチンパン並みな
工作加減ってどうなの?

279 :出土地不明:2006/11/03(金) 16:05:13 ID:JDlrc7af
>>277
短絡的な脳みそだな。

ht4はブリアートやニブヒにもあるから、ht4は北方起源の
可能性もあるという事だよ。

むしろ北方から南方まで、東部ユーラシア全体で、ht1〜3(YAP+)が
まずht4に置き換えられ、それに続いてht5、ht6なども出現したが、
結局、それらより強いht7が北方から出現し、ht4〜6が北方から
ht7に置き換わり始めているといった具合だろう。

280 :出土地不明:2006/11/03(金) 18:10:07 ID:OlrCsxlt
とりあえず、スレタイが読めないバカ共は失せろ。

281 :出土地不明:2006/11/10(金) 00:09:23 ID:YOdrryL1
>>279
ようまーそんな妄想を抱けるな。置換えるとかより強いとか君はデータを見る眼が無い。

282 :出土地不明:2006/11/26(日) 18:46:34 ID:UXjZixpn
で、結局今どうなってるのか説明してくれ、中の人!

283 :出土地不明:2006/12/03(日) 17:23:26 ID:kLlqJLoN
太公望の時代ですな

284 :出土地不明:2006/12/20(水) 18:53:53 ID:e58uIW9a
半月型石包丁は満州南部から。




龍山文化(紀元前30世紀−前20世紀)の特徴的な半月形石刀が、
吉林、永吉、?安、?春、通化、桓仁などで出土。

http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/tungus-tsusi/tungus-tsusi-1-gaiyou.htm






285 :出土地不明:2006/12/21(木) 15:11:07 ID:DmxvjgSM
結婚を迷っている若き独身男性諸君、結婚ほど馬鹿馬鹿しいものはない。
今の20代、30代の女は「どうやって男にたかるか」を必死に考えている。だまされるんじゃないぞ。
家事は極めて軽労働になった。
さらに、コンビニやインターネット、AVや風俗関係も、ますます「嫁いらず」に拍車をかける
昔は男にとって結婚も妻も「必要」だった。今は「人生の不良債権」にすぎない
社会的に男女は対等で平等です。男性が女を養う必要はありません
女は社会的優遇、過剰な法的保護、仕事と家庭の二束のわらじを得て、もはや女尊男卑〜結婚しようとするあなたを彼女は陰で小馬鹿にしている事でしょう〜

★☆★よほどの事が無い限り結婚は保留し、たくさんの女性と自由に恋愛(セックス)を楽しもう♪★☆★ 避妊(ピル等)は忘れずにねd(^−^
★☆★捨てた女は何も知らない真面目な馬鹿男が結婚(残飯処理)してくれるさwww★☆★

■〜それでも結婚するあなたへ〜■
[夫婦財産契約登記]
これはある意味では男性の『究極の護身法』と言えるかも知れません
夫婦の財産についての法律です。夫婦財産契約により契約財産制となり、自分の稼いだ財産はすべて自分のものとなります
離婚時に財産の半分を配偶者に持って行かれることはありません

狙撃は女子のほうが強い。男は、ノイローゼになってやめてしまうが
女は何人殺してもノイローゼにならない。そして、骨盤が安定しているため

ナチスの拷問で、女の拷問の残虐非道さを見て、拷問をしていた男達もひいたという
拷問しながら楽しそうに笑みをうかべていたそうだ。罪悪感や引け目が無い

・有史以前が女尊男卑の時代だったことを指摘したのは、スイスの学者バッハオーフィン
アマゾン女族の女王は、法律を定め、女には従軍させ、男たちには卑しい奴隷の仕事を課した。
男児が生まれたら、脚と腕を不自由にして、戦えなくした
・王位継承権が女性にだけあったという事実だけから考えて、古代エジプトでは女性権力が非常に大きかった。
男女平等どころか、かなり女性上位の社会であった
・日本国でも卑弥呼が女王。
・昆虫などにいたっては、オスカマキリはメスに食われてしまう。

女は虐げられてきた?父系社会など人類の歴史から見ればほんのわずかな期間に過ぎない。むしろ・・・

286 :出土地不明:2006/12/23(土) 14:11:31 ID:TsjOrXBx
歌垣は8C頃の筑波あたりで始まる。


日本の古代の歌垣の場として知られている場所には,摂津の国「歌垣山」,
大和の石榴(つば)市・軽市,肥前杵島岳,などがあるが,筑波山は,
その歌垣の場の最も古く,最も著名な場のひとつであった。

その起源は,『常陸国風土記』によれば,神祖の尊が新嘗祭の夜に子供
である富士山を訪ね一夜の宿を請うたが断られ,別の子である筑波山に
宿を請うたところ,心良く招き入れられ,歓待を受けた。神祖の尊は,
これをいたく喜ばれ,「愛しき子の坐す宮は,高くそびえ,日々とともに,
人々が集まりことほぎ,飲食(みけ)豊かに,代々絶えること無く,
日に日に弥栄え,千代万歳に,遊楽は尽きることがないであろう」と
詠われた。これより後,富士山は常に雪に覆われて登れず,筑波山には
人々が行き集い,歌や舞が供され,宴が繰り広げられるようになった
・・・とされている。
http://tamagaki.hp.infoseek.co.jp/kume1.htm

287 :出土地不明:2006/12/23(土) 14:14:17 ID:TsjOrXBx
常陸国風土記(ひたちのくにふどき)は、奈良時代初期の713年
(和銅6年)に編纂された、常陸国(現在の茨城県の大部分)の
地誌である。

元明天皇の詔によって編纂が命じられた。編纂者は詳しくは不明だが、
藤原宇合や高橋虫麻呂らが関与してると言われている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%B8%E9%99%B8%E5%9B%BD%E9%A2%A8%E5%9C%9F%E8%A8%98

713年(和銅6年)に編纂された
713年(和銅6年)に編纂された
713年(和銅6年)に編纂された
713年(和銅6年)に編纂された

288 :出土地不明:2007/02/17(土) 17:52:22 ID:YtHiPt/U
>>284
もっと近いとこにいぱーいあるよwwww

289 :出土地不明:2007/02/17(土) 20:09:33 ID:rvR6BJ/b
朝鮮半島南部だろ。

そうなると弥生人は朝鮮半島人と錯覚している短絡的で脳弱な
3流以下の学者ばかりなのだが、残念ながら弥生開始期に
渡来人骨も渡来人集落も一切無いのだよ。

しかも無文土器さえほとんど無い。
無文土器の製作技術は伝わっているのに無文土器自体がほとんどない。

つまり、稲作も農工具も土器技術も支石墓も、弥生開始期に伝わった
弥生文化は全て、ただ単純に半島南部と交流していた九州北部の
縄文人自身が持ち込んだだけの話。

渡来人骨が出土し始めるのは弥生前期末頃。

だからそれまでに伝わっている稲作も農工具も土器技術も支石墓も
伝えられるはずがないの。

しかも渡来人骨は朝鮮半島の古代人骨と形質が一致しない。

渡来人骨の持ち主の故郷の文化は弥生前期末から弥生中期にかけて
新たに登場した弥生文化に色濃く残っている。

しかしそこには中国土器や中国青銅器が一切見られない。

様々な酒器や食器はもちろん、生活最密着型の遺物であるはずの
炊飯器の三足土器や釜さえ一切見られない。

つまり渡来人骨の持ち主は必然的に中国大陸や朝鮮半島以外の
場所からやって来たという事になる。

290 :出土地不明:2007/02/17(土) 20:19:44 ID:rvR6BJ/b
そうだな、弥生前期末から弥生中期にかけて新たに登場した
弥生文化を一つ教えてあげよう。

高床式「倉庫」ね。

高床式「住居」じゃないよ。

高床式「倉庫」な。

291 :出土地不明:2007/02/17(土) 20:46:35 ID:HlPn7qrm
高床式「住居」や竪穴式「倉庫」があっても不思議はないのでは?

292 :出土地不明:2007/02/17(土) 21:08:49 ID:YtHiPt/U
>>289
まず人骨の話
これまで早〜前期前半期の人骨が見つかっている地域は糸島から松浦半島、そして有明海沿岸地域。
渡来大本命の福岡市域〜宗像地域でこの時期の人骨は発見されていない
基本的に早〜前期前半期の人骨資料なんつうのはきわめて偶発的な発見で偏りが大きい
西の地域で多いのはこの時期の砂丘遺跡が多く調査されているからという点につきる

次に人骨資料が多く出る前期末以降の人骨の形態を比較すると糸島から松浦半島、そして有明海沿岸地域
の人骨はいわゆる西北九州型といわれる縄文色のきわめて強いもの
一方福岡から宗像地域の人骨はいわゆる渡来系の人骨の特徴をきわめて強く持つ

半島の同時期の人骨資料は残念ながら内 それは発掘の状況や人骨の残存状況から致し方ない状況
しかし弥生時代後期〜古墳時代前期に相当する時期の人骨資料がこの北部九州で出土するいわゆる渡来系の人骨と
きわめてよく似た特徴を持つ

つぎに弥生時代早期の状況
半島では縄文後晩期の物質的資料は全く出土しない
一方北部九州では無文前期末の物質的資料は大量に出土する
住居シの形態・高床倉庫のプラン・貯蔵穴・墓の形態といった遺構の様々な要素
土器や石器・農耕具などの動産的要素における類似性
縄文人が主体的に導入したという議論は一般論としてはいいだろう
ただし北部九州に限って言えば、縄文晩期の集落が福岡県に何遺跡あるかくらい調べてから言え
晩期全般みてもまともな集落は片手の指ほどしかない
積極的に取りに行くだけの人がいねえよww

住居シとか墓とかといった不動産的要素までが半島と非常に共通性の高い状況を評価するなら
この時期に渡来人がいないとか 列島に半島無文土器文化をもたらすために
主導的役割を果たしていないとか言う議論はあり得ん

だいたいかりに前期末にはじめて渡来人がきたとして
半島以外のどこから来るってんだww
そしてそのどこかから北証拠でもあるのかww
もうチョト調べてから物言えww

293 :出土地不明:2007/02/17(土) 21:44:21 ID:rvR6BJ/b
>>292
在り来たりでさーっぱり読む価値が無い。

長々たらたら、あほ丸出しだよ。

なぜ九州北部の弥生開始人たちは先進的な無文土器をほとんど作らず、
縄文土器に毛が生えたような原始的で粗忽な初期弥生土器なんか
何百年も作っているのかね?

ただ単純に開始期に渡来人なんかやって来ていないから。

たかがそれだけの話ですよ。

294 :出土地不明:2007/02/17(土) 22:30:34 ID:J/s4QgQn
菜畑とかには無文土器そのものもあるがな
焼成法や粘土帯の積み方、器形、表面調整など無文土器をよく知らないとできない新しい要素が弥生早期から出現するが

295 :出土地不明:2007/02/17(土) 22:47:51 ID:rvR6BJ/b
問題は何でその菜畑・板付遺跡の弥生開始人たちが無文土器そのもの
を全く生産していないかだろ?

単にそのごくわずかな無文土器も輸入物だから。

その輸入物を元にしたり、朝鮮半島南部に入り浸って見聞きしながら、
九州北部の土着民が縄文土器に徐々に取り込んでいったから、
無文土器にはならず、縄文土器の亜種たる初期弥生土器になっただけの話。

296 :出土地不明:2007/02/18(日) 00:12:16 ID:g5Oe5lJe
弥生人の故郷なんか簡単なんだよ。

中国や朝鮮じゃなかったらどこ?

もう北方アジアしかない。

あとは北方アジア各地の遺物や文化と弥生文化を比較して、
虱潰しに絞りにかけていけば意外と簡単に出てくる。

アムールとな。



297 :出土地不明:2007/02/18(日) 00:21:05 ID:uTnymoC5
前期末から中期にかけての朝鮮系無文土器の解釈は?

298 :出土地不明:2007/02/18(日) 03:24:43 ID:lwby5cd0
>>295
無文土器そのものと言ってよい在地胎土の土器は少ないがある訳だが
少しだが彼地の人々が来たとした方が素直です
また土器の技術的部分は外見の形と違い単なる模倣では受容できない部分もある訳だが


299 :出土地不明:2007/02/18(日) 03:25:41 ID:lwby5cd0
アムールの文化要素は全く無いすっとぼけぶり

300 :出土地不明:2007/02/18(日) 10:13:59 ID:S0T1Ofnt
>>293
無文土器が先進的だってwwwwwwwwwwwwwwww
実物みてからものを言えwwwwwwwwwwwwwwww

墓制や住居シ、掘立柱建物など様々な遺構に半島南部の要素が多くみられる点を同説明スンの??

>>298の言う土器製作にかんする技術的要素
特に製品からは観察できない要素の流入と合わせて考えればすぐわかる
だいたい半島から縄文土器がどれだけ出てるか知ってて言ってるのか

301 :出土地不明:2007/02/18(日) 17:37:49 ID:S0T1Ofnt
弥生時代前期末〜中期に何百体と確認されている
福岡〜下関地域の弥生人骨がほぼすべてと言っていいほど渡来系の特徴を色濃く持っているのはなぜか
>>298のいうようにこの時期の渡来人はこの地域の総人口と比較してきわめて少量とみられている
だからこの時期の渡来人の遺伝的特徴が反映したとしてもこのような状況にはならない

結論としてはそれよりかなり以前に混合があったためということになる

302 :出土地不明:2007/02/18(日) 18:21:20 ID:g5Oe5lJe
縄文土器より無文土器の方が器種からしてはるかに先進的じゃないの。

半島南部から渡来人がやって来て弥生時代が開始したなら無文土器そのものを焼成するわな。

わざわざ原始的な縄文文化に退化する必要も無い。
それこそもう弥生開始期の遺跡からは無文土器がザックザクだっただろう。

しかし、そんな無文土器を主に出土するような半島人集落と思える遺跡も無い。

無文土器を先進文化として認識したからこそ九州北部の縄文人たちは
こぞって無文土器のその器種、製作技術を縄文土器に取り込んだ。

だから無文土器ではなく、縄文土器の延長線上にある初期弥生土器を
数百年にも亘って焼き続けた。


>半島南部の要素が多くみられる点を同説明スンの??


ただ単純に半島南部にディープに入り浸っていた九州北部の縄文人自身が
持ち込んだだけの話。

303 :出土地不明:2007/02/18(日) 18:38:38 ID:g5Oe5lJe
>>301
ただ単に渡来人集団が弥生前期末頃にやって来ただけの話だろ。

弥生時代前期末〜中期なんて500年間もあるのだよ。

渡来人骨が何百体と確認されて当たり前。

http://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/news/hyou.htm

304 :出土地不明:2007/02/18(日) 21:08:35 ID:S0T1Ofnt
>>303
渡来的特徴を色濃く持つ人骨は甕棺に埋葬されているのであって無文土器に埋葬されてはいないんだ
渡来人集団が無文土器をつくり続けるならなぜ彼らは無文土器に埋葬されないんだ?

>縄文土器より無文土器の方が器種からしてはるかに先進的
器種は生活様式に関わるものであって先進的とか後進的とかの指標じゃないよ
生活スタイル上貯蔵様式が必要になれば壷が現れる 必要なければ内
焼成方法、態度の洗練方法、色調の統一方法、調整上の洗練度合い
いろいろな部分で無文土器は縄文土器と変わらん
むしろ弥生中期の土器の方がずっと洗練されてる 無文中期・後期の土器よりも
これはものを見てない人にはわからんかもね

そもそも縄文時代から弥生時代に移行するに当たって
縄文文化にあったものは基本的に継続して採用し
なかったもののみ新たな要素を取り入れるというきわめて合理的な態度が
弥生人に徹底してみられることはサハラマコト以来言われ続けてきていること
土器に縄文的色彩がみられることは何にも不思議じゃない
その土器にすら無文土器の製作手法が取り入れられてる

305 :出土地不明:2007/02/18(日) 22:27:17 ID:g5Oe5lJe
>>304
渡来人骨の持ち主が無文土器に埋葬されていないという点は
合格ライン。

あとは読む価値のさっぱり無い詭弁。

世間の95%までが無文土器より縄文土器の方が
原始的であると答えるだろう。

無文土器の器種器形はほとんど現代でも残っているが、
縄文土器の器種器形はほとんど消滅している。

無文土器が縄文土器と変わらんというのはちょっと馬鹿過ぎ。

306 :出土地不明:2007/02/18(日) 23:06:58 ID:S0T1Ofnt
>>305
わーいほめられたwwwwwwwwwwwwwwwww


だから器種器形なんツーのは生活スタイルに規定されるんだから
生業の全く違う二つを比べたって意味がないの

無文土器の器種器形が現代でも残っているけど縄文のは残っていないとかバカスww
試しに無文時代前期の欣岩里式とかの器種あげてみろよ 3つくらいしかねーぞ
縄文時代晩期黒川式の器種あげてみろよ 同じようなもんだ 壷がないだけ
縄文土器全体で言うなら南九州早期とか東北晩期とか壷なんて普遍的な器種
そのほかの器種もバリエーションは非常に多い

それから弥生時代前期末の時点で北部九州の人骨ほとんどすべてが渡来形質メインなのを説明してくれ
みんな渡来人か?

無文土器が弥生時代早期にほとんど見つからないのは
一世代程度のかなり早いサイクルで無文土器がつくられなくなったからだよ
一つの集落が仮に100年継続したとして、1世代=20〜30年程度で無文土器が作られなくなれば
無文土器/弥生土器=1/4〜5
早期は旧年代論でも100から150年、新年代論ではそれ以上あるわけだから
菜畑とか曲がり田とかで無文土器の比率が10〜20%なのは当たり前

307 :出土地不明:2007/02/18(日) 23:32:55 ID:g5Oe5lJe
>>306
詭弁だけで全然読む価値無し。

人口がもともと少ないところに渡来人が入って人口増加すれば
どうなるかって事くらい分からんのかねw

弥生開始時の九州北部において、主に無文土器ばかり出土する
遺跡が一切無く、また一度も土器の中心になった事がないのは、
ただ単純に、渡来人なんかやって来ていないから。

その後、すぐに消えていったのは所詮、自分たちの
土器文化ではないからに過ぎんよ。

308 :出土地不明:2007/02/18(日) 23:48:38 ID:g5Oe5lJe
ところが、弥生前期末頃にやって来た渡来人骨の持ち主たちは
自分たちの故郷の土器文化を次世代にしっかりと伝え、
弥生土器の中心としてしっかりと残しているんだな。

この問題、君には分かるかね?w

309 :出土地不明:2007/02/18(日) 23:57:49 ID:S0T1Ofnt
>>308
>弥生前期末頃にやって来た渡来人骨の持ち主たちは
>自分たちの故郷の土器文化を次世代にしっかりと伝え、

ものみてねえだろ
前期末頃にやってきた渡来人骨の持ち主は円形粘土帯土器の使用者 いわゆる「擬朝鮮系無文土器」が彼らの痕跡
弥生中期須玖式土器は板付式土器からの変化で成立していて円形粘土帯土器の影響は想定できない

耳だけの学問は学問とは言わん
佐賀市増田遺跡の朝鮮系無文土器と須玖式土器の併存関係をどう説明するか教えてくれ
納得できる説明ができれば考えてやろう

310 :出土地不明:2007/02/19(月) 00:02:13 ID:g5Oe5lJe
ふふふ、さっぱり分からないみたいだねえw

いつか分かる時が来よう。

では。

311 :出土地不明:2007/02/19(月) 00:08:35 ID:GTEGd1dg
>>310
たぶん永遠にわからねえww
馬鹿だしwwwwwwwwwwwwゴメスwwwwwwwwwww


312 :出土地不明:2007/02/20(火) 00:20:51 ID:66lhqBq8
>>309
おっ話が通じそうな人めっけw

>前期末頃にやってきた渡来人骨の持ち主は円形粘土帯土器の使用者
>いわゆる「擬朝鮮系無文土器」が彼らの痕跡

佐賀平野の無文土器で確実に「前期末」に遡る例はあるかな?
昔の土生の資料は皆んな共伴の「弥生土器」を真面目に測って無いから今イチわからん


>佐賀市増田遺跡の朝鮮系無文土器と須玖式土器の併存関係をどう説明するか教えてくれ

報告者の所見では「擬朝鮮系無文土器」の主体的な時期は「城ノ越」期じゃなかったか?
 増田遺跡群II(佐賀市文化財調査報告書第50集)

313 :出土地不明:2007/02/21(水) 00:11:31 ID:sQQJNsSl
城腰からすぐいちじゃなかったっけ?
甕棺と牛角式把手?壷の共犯があったよな
もう一度見直してみる 

314 :出土地不明:2007/02/21(水) 00:24:46 ID:sQQJNsSl
同報告p158 Fig48
SJ111
をみるかぎり牛角式把手を持つ壷とビミョーな甕が共犯
この甕を城ノ越にするか須玖1にするかはかなり迷うが・・・口縁部形態から須玖1に1票!!
正直どうやろか かなりまよう
実際は城ノ越から須玖1への過渡期でかなり須玖的要素が強くなってるところジャマイカ

増田の甕棺は全体的に前末〜中前でFA!

佐賀平野の無文土器で前末にさかのぼる例は・・・某F県O市K氏の本を参考に一つづつ当たる必要があるけど
やったことはないなww

福岡市諸岡例とか 小郡の例とかの中では前末の例はイパーイあるよな
あと初期青銅器鋳型は佐賀県内に前末の例があると思うけど・・・
これも調べてみないとわからん 役に立てなくてスマソww

315 :出土地不明:2007/02/22(木) 23:25:12 ID:FLrbjd4a
渡来人を解くカギは弥生前期末頃の吉武高木遺跡にある。

最古級の細型青銅武器、甕棺墓、高床式倉庫が同時に出現し始める。




316 :出土地不明:2007/02/22(木) 23:29:11 ID:StAjdA/4
>>315
甕棺墓の初現は前期前半期で吉武高木(前期末)よりもかなり前
糸島平野から早良平野にかけて現れる
高床式倉庫は早期には出現している(板付遺跡・江辻遺跡など)
前期中頃までには西日本に点的に拡大している(高知県田村遺跡など)

従って前期末の渡来人の痕跡としては細型銅剣のみが該当

317 :出土地不明:2007/02/23(金) 00:16:05 ID:AusRxZLz
>>316
で、そのソースは?

318 :出土地不明:2007/02/23(金) 00:43:16 ID:AusRxZLz
>甕棺墓の初現は前期前半期で吉武高木(前期末)よりもかなり前
>糸島平野から早良平野にかけて現れる
>高床式倉庫は早期には出現している(板付遺跡・江辻遺跡など)



とりわけ、この部分のソースを頼む。




319 :出土地不明:2007/02/24(土) 00:17:44 ID:puO9/b5g
佐賀託田西分遺跡人骨の分析では、
甕棺に葬られた人と土坑墓に葬られた人は人種が違う、
というデータがでているようだね。
恐らく支配者と奴隷の関係なんでしょ。

320 :出土地不明:2007/02/24(土) 17:52:19 ID:6Pf5UW83
>>316
遅いから自分で図書館に行って調べてきた。
だからもうソース不要。

高床式倉庫は先T期の江辻遺跡に見られると某出版物にあった。
板付遺跡のは確認できず。

甕棺は当初は壷型土器であったがT期後半から成人埋葬用になった
と某出版物にあった。

しかしながら、高床式倉庫と甕棺墓がT期末頃から著しく増え始める
のも事実で、やはり渡来人の文化と関係が深いからではないだろうか。

今日の収穫として、弥生開始期の曲り田遺跡での無文土器は
出土した土器全体のたったの1%ほどしか見られないという事と、
無文土器と弥生土器はあまり似ておらず、似ているのは丹塗磨研土器
くらいだという事も報告しておく。

ところで、丹塗磨研土器の最初の登場も早期なのかね?

知っていたら宜しく。

321 :出土地不明:2007/02/25(日) 21:05:55 ID:T+mq2ZA2
朝鮮人って面白いね、青銅器が無い青銅器時代なんてのが有るそうだ。
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2007/02/25/20070225000010.html

322 :出土地不明:2007/02/26(月) 16:37:34 ID:/fqMQeyg
きのうウルルン滞在記でラウテ族というのが登場した
日本の縄文時代の竪穴式住居のような家に住み
定住せず狩りをしながら移動する生活を営んでいた
竪穴式住居形体と、混血は進んでいたが古モンゴロイド系の風貌などから
彼等が1万年前にシベリアから日本に来た縄文人の別働隊の末裔
だったのではないかとも思った。

323 :出土地不明:2007/02/26(月) 20:48:20 ID:d9rhXvL4
>>321
もう青銅器時代とか鉄器時代とかいう言い方をやめたらいいのにな
櫛目文→無文→原三でいいのに
今更トムセンなんてない

日本なんか青銅器時代と鉄器時代が一緒に来ちゃうんだぜwwwwww

324 :出土地不明:2007/02/26(月) 23:09:05 ID:LdTehavS
弥生時代の渡来人達は犬食文化も持ち込んだんだね。

現代人の我々の感覚ではとても犬を食べる気はしないけど…。

325 :出土地不明:2007/02/27(火) 15:49:48 ID:pyccf4yK
>>324
俺は抵抗無いよ。

326 :出土地不明:2007/02/27(火) 20:25:06 ID:CGZUuUvs
>>325
自分は無理です。(>_<)
日本人も明治直前までは犬を食べていた地方もあるそうで…。ちとショック。

327 :出土地不明:2007/02/27(火) 20:37:43 ID:U6xOR+XQ
>>326
今でも狸食ったりするだろド田舎


328 :出土地不明:2007/03/01(木) 21:31:01 ID:Xm792FFJ
そう言えば学生時代に防火水槽の食用蛙を掴まえて唐揚にして、
学友にチキンだといって食べさせたら旨い旨いと言って喰ってた癖に、
後で蛙だと教えたら文句言われたな(笑)

329 :出土地不明:2007/03/04(日) 12:37:09 ID:hALuwv1w
>>322
縄文人は、南方系。3万年前から日本にいた。起源は、東南アジア系だ。
北方要素も多少は入るようだが、どちらかというと、遺伝子などの研究で、
過去「北方系」といわれていた要素のかなりの部分が、日本から逆に北方
に出ていった、つまり日本を起点として北方に流れたということがわかって
きた。もちろん、弥生文化は南方、北方とりまぜて、いろいろあるけれど。

330 :出土地不明:2007/03/04(日) 21:03:23 ID:cHRTBKxZ
↑台湾工作員

331 :出土地不明:2007/03/05(月) 15:46:41 ID:BI1iOcXi
>>330
工作員ならもっと上手いこと考えるだろ。
単なる年寄りなんじゃないか?

332 :出土地不明:2007/03/10(土) 23:14:00 ID:zEeJUjEZ
>そもそも日本人種なんて存在しない。

日本人種は確実に存在している。日本人種に一番近い人種は確かに
朝鮮人ではあるが、朝鮮人の容貌や形質、頭示数、二重瞼率、発毛の具合
など、朝鮮人の身体的特徴は日本人種とはかなり違っている。

しかも朝鮮人のHLA遺伝子は日本人種となんと60%くらいも違っている。
日本人種に一番近い朝鮮人でさえもこの程度なのである。
その他のアジアの人種ならば、それ以上に違っているという事になる。
つまり、日本人種は日本列島だけに存在する日本独特の人種である。

更に、少数民族を除き、YAP+遺伝子を東アジアで唯一高頻度に持っているのは
日本人種だけである。YAP+遺伝子は日本人種が間違いなく存在しているという
決定的な証拠である。日本の周辺人種にはこのYAP+遺伝子がほとんど無い。
http://native.way-nifty.com/./native_heart/images/y_chromosome.jpg
http://drhnakai.hp.infoseek.co.jp/sub1-52.htm

333 :出土地不明:2007/03/12(月) 20:41:45 ID:dxGGs5AY
島根の青木遺跡からは弥生時代のイヌの埋葬例と考えられる事例が出土している。
しかし、報告書ではその重要性に一切触れられていない。調査担当者の限界がここに垣間見られる。

334 :出土地不明:2007/03/23(金) 22:32:06 ID:P8EQ2txH
俺にはそれが何故重要なのかが判らないが?
江戸時代でも犬は喰われたり埋葬されたりしている、
弥生時代と変らないな。

335 :出土地不明:2007/03/24(土) 21:33:18 ID:KGkHtyai
なんか勘違いしてるねw


まあそれも、あと200年もすれば混血が進んで、原型も
分からなくなるだろうよ。

336 :出土地不明:2007/03/25(日) 00:08:16 ID:rOphrBzG
↑ワンコロw

337 :出土地不明:2007/03/25(日) 19:38:12 ID:UP+KtwPe
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
http://www.hibari.ed.jp/club/ki/ki.html

338 :出土地不明:2007/05/31(木) 18:34:47 ID:2FCp2SI1
2100年前のメロン出土=弥生時代の遺跡から−果肉も、世界最古か・滋賀
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070531-00000129-jij-soci
5月31日17時32分配信 時事通信

 滋賀県守山市教育委員会は31日、同市下之郷町の環濠(かんごう)集落跡「下之郷遺跡」で、約2100年前(弥生時代中期)のメロンの果実が出土したと発表した。
メロンの種子は全国の同時代の遺跡から出ているが、市教委は「表皮や果肉が残ったものが発見されるのは大変珍しい」と話している。

 出土した果実は長さ約10センチ、高さ約5センチ、厚さ約5ミリの半球状で、中は空洞のようになっている。炭化しておらず、表皮は茶色で硬く、
果肉は黒っぽい色で軟らかいという。

 市教委の依頼を受けた総合地球環境学研究所(京都市)がDNAを解析した結果、メロンと判明。含まれる微量の放射性炭素から2120年プラスマイナス40年前のものと分かった。
 品種は国内で古くから食べられてきたマクワウリかシロウリとみられるという。

 果実が残った理由について、市教委は「出土した層は湿っていた上に酸素の供給がほとんどないため、微生物が活動しにくく、真空パックのような状態になっていたからではないか」と話している。
 加藤鎌司岡山大教授(植物育種学)の話 弥生時代にメロンが食べられていたことが今回の発見で裏付けられた。約2100年前のメロンの果実は世界最古と思われ、学術的に大きな意義を持つ。 

339 :出土地不明:2007/05/31(木) 19:41:14 ID:RsUs1tWg
「瓜」と言うとたいしたことない物のように思えるがw

340 :出土地不明:2007/06/04(月) 00:10:44 ID:Iu2XrxfL
国立歴史民俗博物館 夏の特別展
http://www.rekihaku.ac.jp/events/now.html


341 :出土地不明:2007/10/17(水) 12:22:22 ID:6eQhQE0P

稲作が中国から日本へ直接伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。

なぜなら最初に九州・西日本に伝わった稲作が弥生前期末には
既に伝わっていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。

ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から日本へ直接伝来した事の証拠にはならないのである。

それにRM1-b遺伝子の稲はかつては朝鮮半島にも存在したが、
単に定着しなかっただけという事も十分に考えられる。

http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

342 :出土地不明:2007/10/17(水) 13:48:03 ID:eUWVw6ai
ユーラシアの民族の流れを、上空から1万倍の早回しで眺めると、

つねに周辺が右回りに移動している。例外はロシアの侵略ぐらいだ。

343 :出土地不明:2007/10/17(水) 14:17:50 ID:aj609Tom
God Hand

344 :出土地不明:2007/10/19(金) 09:19:43 ID:3Bovw0BT
稲作は渡来したフィリピン人が日本へ伝えてたんだよ
でも理想にそぐわないので学会は絶対認めない

345 :出土地不明:2007/10/20(土) 15:23:02 ID:OuNY4pxx
今どうなってるのか、中のヤツまとめれ

346 :出土地不明:2007/10/20(土) 18:37:51 ID:k2GFr+Tg
歴博って、佐原(故人)なんか旧石器時代捏造に関連していたし、
日本列島には世界最古の人類が住んでいたとか、
縄文時代は16000年前に始まったとか、
縄文人の土器は世界最古だとか、
弥生時代はBC1000年まえだとか、
トンデモの塊り。

佐原は新しい歴史教科書を作る会とも親しかったし、捏造史観が好きだったのだろうと思う。
日本人の多数も「日本はすばらしい」なんて言われると気持ちがいいから、つい信じたくなるよね。

347 :出土地不明:2007/10/20(土) 18:42:19 ID:Yy7a9Cax
そういうお前がトンデモ

348 :出土地不明:2007/10/20(土) 22:08:50 ID:OXTopMxD
結局、利害関係のない他国人が解析したデータが一番信用できる。

349 :出土地不明:2007/10/21(日) 14:33:09 ID:bq9Msf5V
分析そのものは海外の分析機関に依頼してるものも多いけどね。

350 :出土地不明:2007/10/28(日) 20:23:36 ID:GV1a0SdF
中国人も稲作は九州から半島南部に伝わったと言っている人が多いね

351 :出土地不明:2007/10/28(日) 20:38:39 ID:OjCAkIaQ
南京事件と同じ。

デムパ1億回で本当にする糞チャンコロと糞ワンコロ。

南京事件も糞ワンコロの創作が元なんだよな。

352 :出土地不明:2007/10/28(日) 21:04:55 ID:GV1a0SdF
RM1-b遺伝子の稲が中国や日本にあって、朝鮮半島にないってことは
どうみても中国から日本へ直接伝来したってことだよね。

インド人でもそう思うだろ。

353 :出土地不明:2007/10/28(日) 22:15:21 ID:OjCAkIaQ
頭の弱い奴はそう思うだろ。

しかし、朝鮮半島の古代遺跡からの炭化米の調査結果がない。

354 :出土地不明:2007/10/28(日) 23:32:10 ID:j68S9xe5
白菜と犬だけ食ってたんだべ半島は

355 :出土地不明:2007/10/29(月) 00:00:17 ID:tYbcFOjV
拡散具合から見てもRM1-b遺伝子の稲が入ったのはそうとう後。

356 :出土地不明:2007/10/29(月) 09:46:59 ID:l4hDlZdm
後から入ったものほど拡がるはずだろう。
RM1-b遺伝子の稲が最初に入った稲。

357 :出土地不明:2007/10/29(月) 11:05:37 ID:jhYdCuB5
RM1-b遺伝子の稲が入ったのはそうとう後かもしれないが、それでも朝鮮にはなかった。

358 :出土地不明:2007/11/03(土) 16:09:45 ID:2Yf34hy8
あげ

最新動向、きぼん

359 :出土地不明:2007/11/03(土) 20:02:24 ID:qOLpz/t9
台湾人を叩く奴は全部チョン
悪い事は全部チョンのせい
李登輝を日本の総理大臣にしよう
日本人は台湾人が大好き
日本人は台湾が好き!朝鮮嫌い!
日本に来る台湾人歓迎!朝鮮人出て行け!
台湾人はマジでかわいい
ヴィック・チョウは日本女性に大人気
日本人種は在日チョン用語



金美齢は絶世の美女




360 :出土地不明:2007/11/03(土) 23:18:27 ID:qOLpz/t9

●台湾ニグロ

http://www.tfjhs.ntct.edu.tw/album/gallery/011224_90%E5%AD%B8%E5%B9%B4%E6%A0%A1%E9%81%8B/122401_90%E5%AD%B8%E5%B9%B4%E6%A0%A1%E9%81%8B_1200x900_120.JPG


アハハハハハハ



アハハハハハハ



361 :出土地不明:2007/11/03(土) 23:28:16 ID:yjL2UnX1
またおまえか

362 :出土地不明:2007/11/03(土) 23:54:18 ID:qOLpz/t9
↑台湾ブラック広鼻ゴリラwwwwwwwwwwwwwww

363 :出土地不明:2007/11/20(火) 00:42:16 ID:PMaIws7n
この国で展覧会なんか開くとこうなる

【日韓歴史】 韓国中央博物館にまで浸透した「日本の歴史歪曲」〜吉野ヶ里遺跡展[11/18]
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1195399603/

ソース:京郷新聞(韓国語)中央博物館にまで‘日歴史歪曲’浸透
http://news.media.daum.net/culture/art/200711/18/khan/v18900012.html

10月15日から国立中央博物観が日本の「吉野ヶ里遺跡展」を開催している。12月2日まで開かれる展示
は韓・日古代遺物の比較を通じて日本に私たちの古代文化が伝わった事実を見せてくる。しかし「
韓・日古代史比較年表」を見れば状況が変わる。吉野ヶ里遺跡年代をB.C.500年〜紀元後300年までに
設定し、その始まりを200年も引き上げている。
 <以下はリンク先で>

364 :出土地不明:2007/11/26(月) 16:21:34 ID:kXgQs+XQ
>>363
かの国の法則が発動して
吉野ヶ里遺跡、負けるんじゃないのか?邪馬台国論争でw

いや、かの国の法則が発動しなくても、負けるんだろうけど...

そういえば、韓国では、新羅、百済の建国時期を紀元前1世紀にしているが
考古学上や中国の文献の上では、全く認められないんだよな...
でも、そのことを韓国では教えていない。

よって、この問題で韓国が噛み付けば噛み付くほど
中国と日本の両方にいっぺんに敵に回す。

365 :出土地不明:2007/11/26(月) 18:54:53 ID:IGLXZmqM
勝も負けるもあるか!ふざけるな、おい!一球!!!

366 :出土地不明:2007/11/28(水) 08:14:30 ID:udtzHakx
ちょっと質問したいんだけど、
日本以外の国って
土器の種類によって、歴史区分(考古学区分)をして
絶対年代を提示している
ところってあるの?

最近、弥生時代の遡上問題があるだろう?
でも、あれを批判するむきがあるが...
それなら、これまでの縄文時代、弥生時代の定説自体
問題があるんじゃないのか?

話によれば、沖縄では、縄文土器、弥生土器って出現しているけど
全部、一括して、先史時代という括りをしているらしい。

367 :出土地不明:2007/11/29(木) 18:08:48 ID:pkH9QHPP
稲の伝来に関しては、中国南部から...
というのは、徐々に定説になりつつあるよ。
植物学とか遺伝学からいってもそう。
世界的にも前からそう言われていた。

ただ、歴博の研究者の論理構成は、胡散臭いとしか言いようがない。
彼らの論理構成は、基本的に文献とか考古学物からだから、
どうしても、彼らの脳内妄想が優先されてしまう。

よって、農耕の始まりが遡ること自体は、ほぼ正解だが
そこまで辿り着くのに、またまた、
春秋戦国時代が何たら...という文献から始まっている。
これだと、倭国大乱の曖昧な記述で論理構成した
小林行雄と大差がない。

368 :出土地不明:2007/11/29(木) 23:31:13 ID:bNQugADN
まず、考古学Archseorojyアルケオロジーと、歴史学history の違いから説明する。簡単に書く。
文学lettersレターがあるものからあとが、歴史(学)だ。遺跡の中の碑文や刀剣に文字があれば(それらを
解読することで)歴史学の対象となる。文学や文章がなければ歴史学ではない。土器や石器や住居跡だけなら、
それは考古学アルケオロジーの対象だ。まず、このことをはっきりと自覚している者が、歴史学者を含めて
日本にはどれだけいるのか。文字や文献の出現からあとが、歴史の対象である。
その以前は、全て、先史時代pre-historicプレ・ヒストリックである。
「先史時代」のことは、だから、歴史学が扱ってはならない。歴史は史料(文という歴史資料)のみに
基づいて、なるべく厳密に、厳格に考証・研究されなければならない。
史料の取り扱いがいい加減で、自分勝手な「事実のふくらまし」をやったら、歴史学者としては、命取りである。
石碑や古文書を史料として、かつ、そこに書かれていることをなるべく厳密に取り扱って合理的な推論
(リーズニング reasoning)が成り立つ範囲で、当時の世界を記述するのが、歴史学である。
ただし、歴史学 historyは、人文 humanities ヒューマニティーズの一部である。であるから、厳密には、
物語storyストーリーの一部に過ぎない。サイエンス(学問)ではない。
世界の学問の分類基準では、厳密には歴史学は、人文(学)の一部であって、サイエンス scienceではない。
歴史学者がどんなに頑張ってもそうだ。ここでの分類問題では、これまでに私はたくさん書いてきたので、
いちいち争わない。
文学・石碑・文献・古文書のあることについてだけ、それらだけを証拠として、厳密に取り扱う。それ以外の
ことは、すべて勝手な解釈だ。歴史の読み物を書いている書き手の物語(作り話)だ。
たとえ著者が歴史学者の肩書きを持っていても、勝手な物語は、勝手な物語だ。だから、歴史学は、
人文=下等学問(=文学)の一種なのだ。おそらく、どんなに、厳密なサイエンスの振りをしても、考古学
(の論文の類)も、歴史学と同じく人文でしかないだろう。
副島隆彦「属国日本論を超えて」P175~177


369 :出土地不明:2007/11/29(木) 23:31:54 ID:bNQugADN
文学 letters がって、それらを解読して解釈して、時代考証し、理論化することからあとが、
歴史学である。案外、この事実を日本の知識人層は、みんな知らないのではないか。
「そんなことは、常識で、私は知っていた」と今、私に稚拙に反論しようとする多くの者たちの
目の中を覗き込むぞ。私は、この国の知識人層は、「知識と思考の枠組み」がほとんど出来て
いないことを嫌というほど知っている。
私自身は、この歴史学と考古学の違いについて明確な区別を、日本人の学者の文章で読んだ
ことがない。私は、17歳の時に、フリードリッヒ・エンゲルスの「猿(エイプ)が人間
(ヒューマン)になるについての労働の役割」という文章を英文と日本語の対訳で読んで
いたとき、この重大な区分についての記述にぶつかった。
副島隆彦「属国日本論を超えて」P176


370 :出土地不明:2007/11/30(金) 10:08:50 ID:QDjuNiqi
台湾人を叩く奴は全部チョン
悪い事は全部チョンのせい
李登輝を日本の総理大臣にしよう
日本人は台湾人が大好き
日本人は台湾が好き!朝鮮嫌い!
日本に来る台湾人歓迎!朝鮮人出て行け!
台湾人はマジでかわいい
ヴィック・チョウは日本女性に大人気
日本人種は在日チョン用語



金美齢は絶世の美女




371 :出土地不明:2007/12/02(日) 00:16:21 ID:jRxpr9oP
プゥ〜ンとウンコのニオイのする熱い湿ったクサイ風が吹いてくる。

華南の風だ。

嗅いではならん!

嗅いではならんぞ!

嗅ぐと華南人や台湾人のように鼻が潰れ広がり、

肌がウンコ色になり、口が突き出し、

たちまち華南ホッテントットになるだろう。

http://www.chinacarefund.com/admin/eventc/passevent/upload/05111416585420050913_chinaservice_guilin%20270.jpg

372 :出土地不明:2007/12/02(日) 03:54:46 ID:UBs5QbyQ
世界の歴史教育の場で
日本みたいに土器の種類によって
大きく 縄文時代、弥生時代って
分けている国なんかいるのか?
だいたいが、先史時代って一括しているのでは?

373 :出土地不明:2007/12/02(日) 12:32:33 ID:spbHY7f8
日本に伝播 青銅器、商・西周と共通点 特殊な鉛含有

 新井氏は、青銅器材料に含まれる微量の鉛を測る鉛同位体比法により、日中の青銅器計約3000個のデータを解析。
弥生関連の1052個を鉛同位体の比率の違いに注目して分類、共通点を探った。
 その結果、弥生前期末から中期初めのものとされる青銅器は、
中国最古の王朝とされる商(殷、前17〜11世紀)や西周(前12〜8世紀)の時代に
多く見られる青銅器と、鉛同位体比が一致することが判明した。
鉛の種類としては極めて特殊なものが含まれていたという。

 弥生時代については、国立歴史民俗博物館(歴博)が4年前、放射性炭素年代測定による分析の結果、
弥生期の幕開けは紀元前10世紀へさかのぼる−と発表して話題を集めた。
従来の定説では、日本へ青銅器が初めて流入したのは、前250〜200年。
遡上説をとる歴博によると前370年ごろ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071202-00000904-san-soci

374 :出土地不明:2007/12/02(日) 21:46:54 ID:nVNnrZ7z
>>373
新井氏って在日韓国人なのかな?


375 :出土地不明:2007/12/02(日) 22:06:44 ID:jRxpr9oP
見よ!

中国の青銅器のさまざまな器形が全く伝わっていない。



◎中国青銅器のさまざまな器形

http://www.kotoken.co.jp/china/bronze/bronze-shape.html





376 :出土地不明:2007/12/03(月) 01:05:15 ID:O9LhEdht
>>375
いやいや、だからな、
中国といっても広大だし、
年代によって大きく異なる。

377 :出土地不明:2007/12/03(月) 11:54:51 ID:cEaEgqdu
>中国の青銅器のさまざまな器形が全く伝わっていない。

じゃあ、北方弥生土器人の遺跡からどんな物が伝わったの?

378 :出土地不明:2007/12/05(水) 16:08:30 ID:m64PY8bj
>>374
そんな事はどうでも良い

379 :出土地不明:2007/12/13(木) 19:35:13 ID:CIAmpJ/e
TBSはこうして在日朝鮮人に乗っ取られた。 窓際社員の独り言です。

(1)1960年代
テレビ放送が始まってまもなくの頃、放送中のちょっとした言葉づかいの問題(例えば「朝鮮民主主義人民共和国」を"北朝鮮"と呼んでしまった、など)に対して、
朝鮮総連から会社及び経営幹部の自宅に対して脅迫に近い抗議行動が繰り返される。抗議行動に対する「手打ち」として、採用枠に"在日枠"が密かに設けられる。
総連幹部の子弟を中心に入社試験無し(カタチだけの面接)での採用が毎年続く。
在日枠の密約を所轄官庁に対して内密にしてもらうよう局側から総連に「お願い」をしてさらに弱みを握られ身動きがとれなくなっていく。
(2)1970年代
政府を叩きさえすれば世論が喝采する狂った時代。
在日社員の「反日番組」を「権力に対するペンの戦い」「調査報道」と勘違いした経営幹部が社内で在日を積極登用。
「日本人社員と在日社員に昇進の差別があってはならない」などと理想論を述べたのは良かったが、
しかし昇進差別をしなかったのは甘い日本人幹部だけで、課長、部長と昇進した在日社員は、帰化した在日二世を理不尽なまでに優遇する逆差別人事を徹底。
異を唱えた日本人社員は徹底的にマークされ、営業や総務など番組制作の第一線から退けられる。

(3)1980年代---90年代
昇進した在日社員が主要な報道番組のプロデューサーや報道局長など、決定的なポストを占める。
某サヨク週刊誌の在日編集長をキャスターに迎えたニュース番組が、
学生時代に学生運動に没頭した団塊の世代の視聴者の支持により高い視聴率を得る。
1989年の参議院議員選挙では「土井社会党」「マドンナブーム」を援護。あからさまな社会党支持。

(4)1990年代---2000年代
偏向報道、捏造報道、取材情報を特定の勢力に提供するなど、報道機関として存在を否定されかねない不祥事が続発。
朝日新聞、系列のテレビ朝日が、どちらかといえば「北京の意」を汲んだ報道が多い。
バブル崩壊以降の景気低迷でただでさえ厳しい広告収入が、「サラ金」と「パチンコ」に大きく依存。まさに、在日朝鮮人の資金で在日朝鮮人が運営しているのがウチの放送局。
在日の局長が在日のスターを「作り上げる」ような番組制作が為され、その証拠に「筑紫哲也の番組名」が未だに存在する。

380 :出土地不明:2007/12/14(金) 09:33:34 ID:+W3GylEX
台湾人を叩く奴は全部チョン
悪い事は全部チョンのせい
李登輝を日本の総理大臣にしよう
日本人は台湾人が大好き
日本人は台湾が好き!朝鮮嫌い!
日本に来る台湾人歓迎!朝鮮人出て行け!
台湾人はマジでかわいい
ヴィック・チョウは日本女性に大人気
日本人種は在日チョン用語



金美鈴は絶世の美女




381 :出土地不明:2008/02/13(水) 22:53:19 ID:LsNPikMB
にゃんまげ

382 :出土地不明:2008/02/16(土) 22:56:26 ID:JMqgv71N
弥生の始まり、なぜ誤った? 東大研究室が検証
2008年02月09日11時11分

 弥生時代の始まりをめぐり、東京大考古学研究室の教員と学生たちが3年にわたり取り組んできた検証研究が報告書にまとまった。
加速器質量分析法(AMS)の測定データが示した、弥生の起源は紀元前10世紀までさかのぼるとの見解を考古学的に検証すると同時に、長い間、考古学者たちが早くとも前5世紀ごろと考えてきた背景に迫ろうとの作業だ。
「私たちはなぜ間違えていたのだろう」といった自問自答もかいま見える。

 03年5月、弥生時代の始まりが約500年古くなると国立歴史民俗博物館の研究班が発表するのを聞きながら、東大の大貫静夫教授は納得ができたという。頭に浮かんだのは約40年前に北朝鮮で発表された報告書だった。
「AMSが初めて指摘したのではない。なぜ気づかなかったかを明らかにしない限り次の研究は始められない」と感じた。

 弥生時代の始まりは、列島内では決められない。考古学的な手法では、まず一番古い弥生土器と同じ時期の朝鮮半島の土器を探す。
その土器と同じ時期の金属器を朝鮮で特定、その金属器と同時期の中国東北地方の金属器を見つけ、手がかりをつなげ中国の中心地の文物に結びつける。ここで初めて年代を記した文字にたどりつく。

 最大の手がかりとされてきたのは遼寧式銅剣だ。朝鮮との間に位置する中国の遼寧地方で発達した銅剣の型式の変化をもとに時代を測る物差しが作られてきた。戦国の七雄の一つの燕が、遼寧に進出したのが前300年ごろと「史記」に記されている。
この動きが稲作などの弥生文化を日本にもたらす要因だったと考え、銅剣の型式変化とリンクさせ日本の弥生時代の始まりを考えてきた。
 (↓に続く)

383 :出土地不明:2008/02/16(土) 22:57:17 ID:JMqgv71N
>>351の続き)
 だが、1960年代に中国と北朝鮮が一帯で実施した共同調査で、遼寧西部での銅剣の登場はそれまでの見方より早かったという考えが示されていた。文革の混乱のため、北朝鮮からだけ発表された報告書の中にあった記述だ。

 だが、この見解は日本の弥生時代研究には反映されなかった。遼寧西部での登場は古くても、遼寧東部に伝わるまでには時間がかかったはずだなどと解釈し、新たな研究で生まれた時間差を吸収してしまった。

 遼寧での調査は昭和の初め、日本人の研究者も手がけ、土器や瓦、金属器などの出土品が東大の研究室に保管されていた。
今回、当時の出土品を大貫さんたちは丹念に点検し、現地調査も重ねた結果、歴博による年代観と必ずしも合致するものではないが、弥生時代の始まりだけでなく、北東アジア一帯の古代史が古くなる可能性が記された。

 「大陸の年代から弥生時代の年代を決めるべきなのに、ある時から、弥生の年代が大陸の年代を決めるという本末転倒なことが一部で起きた。そのため史記も都合よく利用されてきた」と大貫さん。
「呪縛が解ければ、やっぱりそうだったんだ、と気づいた。その手がかりは、身近にあったのに」と検証作業を総括した。
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200802090075.html

384 :出土地不明:2008/02/18(月) 08:44:47 ID:ZzVJxanN
>>382-383
俺は学者じゃないからあれだが、こうゆうことってよくあることなの?
だったら大問題だな。

稲の雲南説にしてもアレだしさ。

385 :出土地不明:2008/02/18(月) 10:00:38 ID:W8ssgVqJ
台湾人犯罪が発覚しないカラクリ


2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。

警察庁ホームページ(平成15年度)
ttp://www.npa.go.jp/toukei/keiji19/H15_27.pdf

386 :出土地不明:2008/02/22(金) 01:31:58 ID:inzC3jEU
>>383はアンカーミスった
>>351の続き) は誤り
>>382の続き) が正解

387 :出土地不明:2008/02/24(日) 18:37:23 ID:awsci2z/
>>384
"パラダイムの転換"ってのを調べてごらん。
代表的な例が天動説から地動説への転換だが。

388 :出土地不明:2008/02/25(月) 18:41:18 ID:f8XvbpQH
>>387
しらべたよ。でもどのみち間違いを正しいといってることにゃかわりないじゃん。
科学者のくせに。
科学者全員で勘違いしてんの?真実を求めるのが仕事なのにおかしくね?

389 :出土地不明:2008/02/25(月) 18:46:00 ID:f8XvbpQH
今は21世紀だ。
そんな時代にもなってきちんと吟味せんのって恥じゃね?

390 :出土地不明:2008/02/26(火) 09:43:52 ID:XJIczAd7
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
http://www.hibari.ed.jp/club/ki/ki.html

391 :出土地不明:2008/03/11(火) 19:40:57 ID:VN0xYOTB
>1
こうしてみると縄文時代の日本人も普通に弥生式土器を作れていたんだな。

縄文土器の代表作みたいな火焔土器だが、アレは祭祀器で実用品ではないのは明白。
生産量もごく少量だったのだろう。

時代が進み米作りが盛んになり大量の穀物が取れるようになると、実用品としての土器が
多数生産され、それが今になって多数出土し、現代の我々が勝手に弥生式土器などと呼んでいると。



392 :出土地不明:2008/03/12(水) 09:55:52 ID:+VJhNs3c





金関  縄文から弥生を土器の移り変わりで見ても、大陸から入ってきたと
考えざるを得ない。ただ同時期の中国土器や金属器はない。
このため日本列島へは朝鮮半島経由だろう。

http://www2.saga-s.co.jp/pub/hodo/yoshinogari/001.htm





393 :出土地不明:2008/03/12(水) 17:42:20 ID:4LhTSGAn
 考古学においては残念ながら骨の研究は正しく認識しておりません。弥生時代の銅鏡が出た。貝の腕輪が出たとなると新聞やテレビもハッスルして
興味を持ちますが、骨が発掘されたといっても「あ、骨」となるわけです。

骨は大変貴重なものです。歴史を知るためにも貴重なものです。土器が出てくる、古代の建物がある遺構が出てきても、それをつくった人たちが
どんな顔をしていたか。どんな体型、体格をしていたかわかりません。

興味の持ち方の問題かもしれませんが、縄文時代、弥生時代のことを知ろうと思うと、当時の人の文化、道具、生活のこと、どういう家に住んでいたか
知りたい。社会のことも知りたい。でも私自身は一番知りたいのは当時の人々の等身大の姿であります。

394 :出土地不明:2008/03/12(水) 17:48:48 ID:4LhTSGAn
> 日本人は昔から同じような背格好でと思っているかもしれませんが、戦後は若者は背が高く、顎が小さくなって、プロポーションが
> よくなっていますが、別に今の時代でなくても昔の長いスパンで見ると相当変化しています。
> 
> 縄文時代は男性の成人平均身長は158〜159センチ。弥生時代、古墳時代になると163〜164。中世に向けて身長が低くなっていきます。
> 江戸時代から明治はじめが平均身長155くらいです。今の小学校高学年くらいです。明治後半からだんだん高くなって戦後、大きくなる。
> 
> これについては要因がありますが、日本人はいろいろ変化してきているわけです。
> 
> 中略
> 
> 学会の主流は弥生時代に大量に朝鮮半島から渡ってきて日本民族ができたという説を展開しています。高校の日本史の教科書にも単なる仮説を書いています。
> 
> しかし神戸のシンコウ遺跡、近畿地方の弥生時代の遺跡の骨を調べた限り、そうではないのではないか。
> 弥生時代は朝鮮半島経由で文化が輸入されましたが実際には人間はそんなに来ていない。
> 2003年09月22日
> 
『古代人のお骨の話=古人骨で探る古代人の素顔と他界感』
 片山一道:京都大学、養長類研究所(理学研究科)、教授(人類学、骨考古学)

395 :出土地不明:2008/03/15(土) 17:20:39 ID:Kd9yGAP4
弥生開始時に水田稲作を伝えた渡来人たちは、

それまでになかった壺・甕・高坏という器種と焼成技術を持つ
新しい土器を伝えたのにもかかわらず三足土器を全く伝えていない。

これがどういう意味か分かるかね?

396 :出土地不明:2008/04/05(土) 21:02:06 ID:tnsu6fKC

941 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/03(木) 11:53:47 ID:Fbgj4q1M
>>937
なぜ技術でもなんでも向こうから来たと考えるんだ?
完全に戦後教育に毒されてるよな。俺が調べたところじゃ戦後教育って
サヨクに牛耳られているせいで内容がめちゃくちゃになってるぞ。
日本は6千年以上前から稲作をやってた証拠があって
朝鮮はどんなに探しても2千年以上前の稲作をやってた証拠が見つかってないのに
稲作は朝鮮に教えてもらっただとか、世界のどの文明よりも5千年以上早く土器や釣り針を
日本人は作り出して文明生活を始めていたのに、何もかも向こうの人間に教えてもらっただとか
そういった内容を学校では教えてるだろ、赤毛唐人や朝鮮人の意のままの教育が行われてるんだよな。
遺伝子の解析情報もかなりあやしいらしいな、本当は何も分かってないのに
こじつけで分かったようなふりをしてるだけで捏造の可能性が高く
特に海外の研究者はその傾向にあるらしい。日本の遺跡や石器は3万年以上前のものが出土している。
特に人種・歴史が関わる所には赤毛唐人と朝鮮人が入り込んで歪曲してる疑いが濃厚だ。
もし日本人と朝鮮人の遺伝子が似てるんだとしたら、日本は大昔向こうに傀儡国家を幾つも持ってたんだぞ?
日本人が向こうに行って現地の女を抱いて混血したとは考えないのか?どう考えても人の流れが逆だろ。
向こうから大勢の人が来た証拠はない。どうしてなんでもかんでも中国や朝鮮から来たと考えるのか。
むしろほんの僅か向こうから来たがそれ以上に大勢の日本人が向こうへ行ったと考えるのが妥当なんじゃないのか?
歴史的な証拠が物語っているのはそういうことなんだが、朝鮮人は絶対に認めたくないだろうな。

397 :出土地不明:2008/04/05(土) 21:02:48 ID:tnsu6fKC
>朝鮮はどんなに探しても2千年以上前の稲作をやってた証拠が見つかってないのに



 韓国でも1970年以前、稲作の開始は1世紀ころと考えられていました
が、そんな常識がつぎつぎに破られました。75年に京畿道欣岩里(フナム
ニ)遺跡の発見により、その起源が紀元前6世紀ころにさかのぼりましたが、
さらに最近は紀元前2000年ころ(?)とみられる種籾が、漢江の河口に面
する金浦(キムポ)と一山(イルサン)で発見されました(注)。

  伝来ルートは、中国の江南から山東半島あるいは遼東半島を経由して入っ
たとする北方ルートが韓国では有力です。遼東半島では紀元前1000年ころ
の遺物で炭化米などが発見されました(注)。

http://www.han.org/a/half-moon/hm072.html

398 :出土地不明:2008/04/05(土) 21:03:19 ID:tnsu6fKC
>日本は6千年以上前から稲作をやってた証拠があって



実は朝寝鼻貝塚からは6000年前の小麦とハトムギのプラントオパールも
稲と同時に検出されていて、小麦が中国よりも数千年も前から、ハトムギが
通説の江戸期伝来よりも5500年以上も前から栽培されていた事になってしまい、
改めてプラントオパールの調査自体が極めて疑わしいと言わざるを得ない。


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html

399 :出土地不明:2008/04/05(土) 21:03:47 ID:tnsu6fKC

稲作が中国から直接日本に伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。

なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。

ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から直接日本に伝来した事の証拠にはならない。

それにRM1-b遺伝子の稲はかつては朝鮮半島にも存在したが、
単に定着しなかっただけという事も十分に考えられうる。

http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

400 :出土地不明:2008/04/08(火) 16:51:33 ID:mVzv0AhQ
随分苦しい解釈だな・・・

401 :出土地不明:2008/04/08(火) 17:09:55 ID:Xd75Cj0k
閑話休題、焼き物をしている人の考察などを
http://blogs.yahoo.co.jp/souyouroko/folder/1080250.html

> 竃の発想がない時代でも、土器に足を付ければ鼎になるのですから、弥生時代にも高杯がある以上、鼎も作る事は可能だったはずです。

> では何故、弥生時代の人々は鼎の形態ではなく、甕型の土器を煮沸器として選択したのか?という疑問が生じます。

> 中国では紀元前2000年の時代に、すでに鼎が登場していましたが、これは大量調理に適している事から使用されるようになったものと思います。米で言えば、精白米は鼎で蒸して調理出来るでしょうが、玄米になると恐らく無理だと思います。

> つまり、鼎は中火で大量に調理可能な器具としての長所を有しているために、弥生時代の調理環境には適合していなかったのだと推測出来ます。調理環境とは、米の収穫量の多寡並びに精米技術の発展段階や住環境等の事です。

402 :出土地不明:2008/04/09(水) 09:12:43 ID:qetgB9b/
随分苦しい解釈だな・・・

403 :出土地不明:2008/04/09(水) 17:53:48 ID:EAJiGzH0

そういえば韓国で三足土器発掘されてなかった?

404 :出土地不明:2008/04/09(水) 21:55:05 ID:d7IraUhF
紀元後のものだが中国土器にもめったにない三足盆が出てるな。

しかし、やはり鬲や鼎は聞いた事がない。

ただし、朝鮮半島全体だと北辺の豆満江流域からは鬲が、
北朝鮮の楽浪郡遺跡から青銅鼎が出ている。

楽浪郡遺跡からは鉛釉陶や傘や馬車の車輪や金銀細工など、
それはもうさまざまな中国遺物が出土している。

405 :出土地不明:2008/04/09(水) 22:37:21 ID:lLRaON0c
朝鮮は中国の属国から始まったからな。

406 :出土地不明:2008/04/10(木) 12:22:56 ID:IxMIGvTh
曹魏頃の稲作北限は山東あたり?

焼き畑ではない稲作が北方ルートで日本渡来ってのは可能性として低い部類だと思うがどうよ?えろい人たち。

407 :出土地不明:2008/04/10(木) 17:02:56 ID:dix8XEVR
稲作にまつわる民俗学的な風習はどうよ?
大和民族と一致すればそこからだw

408 :出土地不明:2008/04/10(木) 20:30:01 ID:Ysp90R+G
日本に朝鮮式土器が大量に発掘された遺跡があるか?
そういうものだ。

409 :出土地不明:2008/04/11(金) 09:49:50 ID:lDZTTJQe
水田稲作は北方から朝鮮半島東岸を通過してくる最中に
知っただけの話。

410 :出土地不明:2008/04/11(金) 10:18:28 ID:zjCzecXz
水田稲作を朝鮮半島東岸で知った時、
半島に鼎はあったのか?

半島に水田稲作を伝えたヤツは何で炊飯してたんだ?

411 :出土地不明:2008/04/11(金) 10:56:09 ID:lDZTTJQe
平底の円筒形土器

412 :出土地不明:2008/04/11(金) 11:10:29 ID:lDZTTJQe
それはつまり朝鮮半島への稲作伝来も直接中国からではない事を
意味している。

413 :出土地不明:2008/04/11(金) 11:51:09 ID:zjCzecXz
「中国人」と「鼎」は切っても切れないが

「水田稲作」と「鼎」は無関係

ってのは都合良い解釈だろ、常考

414 :出土地不明:2008/04/12(土) 10:54:04 ID:q1DBe3El
ウチのじいさんばあさんは米作ってる。
もちろん、田んぼを維持管理してる。

でも土器は作らんw

俺は昔、陶芸やってたんで見本があれば
まあ、三足土器でも平底でも作れるが
田んぼは作れん。


415 :出土地不明:2008/04/13(日) 13:33:03 ID:PPsxdZII
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆

416 :出土地不明:2008/04/14(月) 10:10:56 ID:DkTmG2sK
>水田稲作は北方から朝鮮半島東岸を通過してくる最中に
>知っただけの話。
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆


417 :出土地不明:2008/04/14(月) 10:16:44 ID:DkTmG2sK
>それにRM1-b遺伝子の稲はかつては朝鮮半島にも存在したが、
>単に定着しなかっただけという事も十分に考えられうる。
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆


418 :出土地不明:2008/04/15(火) 15:56:13 ID:n5xKRdA9
人類の期限はアッフゥリカー

419 :出土地不明:2008/04/17(木) 13:06:48 ID:QSTDEtW6





台湾人=98%元 江南人

顔面から東南アジアの屎尿臭がプゥ〜ン

http://www.hhgps.edu.hk/news/2006-12/20061215/2006-12-15_u087.jpg







420 :出土地不明:2008/04/17(木) 14:57:14 ID:w8NXJH8+
おい、半島系。いつまでやってんだ。
江南人だろうが屎尿臭だろうがそこは混血域w

中共に殺されないように土の中DNA掻き集めてみろw

421 :出土地不明:2008/04/17(木) 19:30:37 ID:ZBFpdsy5

稲作が中国から直接日本に伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。

なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。

ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から直接日本に伝来した事の証拠にはならないのである。

http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

422 :出土地不明:2008/04/18(金) 11:17:49 ID:0V2r4lhL
>それにRM1-b遺伝子の稲はかつては朝鮮半島にも存在したが、
>単に定着しなかっただけという事も十分に考えられうる。
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆

423 :出土地不明:2008/04/19(土) 17:48:07 ID:PBbRPa4A

稲作が中国から直接日本に伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。

なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。

ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から直接日本に伝来した事の証拠にはならないのである。

http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

424 :出土地不明:2008/04/19(土) 18:10:53 ID:wP1Y2yqr
>それにRM1-b遺伝子の稲はかつては朝鮮半島にも存在したが、
>単に定着しなかっただけという事も十分に考えられうる。
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆


425 :出土地不明:2008/04/19(土) 18:12:56 ID:PBbRPa4A

稲作が中国から直接日本に伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。

なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。

ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から直接日本に伝来した事の証拠にはならないのである。

http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

426 :出土地不明:2008/04/21(月) 12:37:58 ID:pBapVKhB
>それにRM1-b遺伝子の稲はかつては朝鮮半島にも存在したが、
>単に定着しなかっただけという事も十分に考えられうる。
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆

427 :出土地不明:2008/04/21(月) 20:24:23 ID:CBq88yoo

稲作が中国から直接日本に伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。

なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。

ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から直接日本に伝来した事の証拠にはならないのである。

http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

428 :出土地不明:2008/04/22(火) 01:36:28 ID:OxqS+e7+
>それにRM1-b遺伝子の稲はかつては朝鮮半島にも存在したが、
>単に定着しなかっただけという事も十分に考えられうる。
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆


429 :出土地不明:2008/04/22(火) 11:54:30 ID:jWZqVDGb
で、結局紀元前10世紀でいいの?
5年たった今、最先端の研究ではどうなってるの?

430 :出土地不明:2008/04/23(水) 08:54:31 ID:WcYvbb0b
ほとんど決定してるだろ。

431 :出土地不明:2008/04/23(水) 15:28:59 ID:sdHHpKoE
弥生=稲作=水田、と言う所がどうも納得できんな、私の田舎などは
大きな川がないので畑で出来る、陸稲、もち米、が主なんだよ水田より
簡単、昔爺さんたちは10日ほど漁に出るときは必ず餅を持って行った
にぎり飯じゃ2日ほどしか日持ちせず、白米では釜、水、薪、が大量に必要
餅なら少量の水、薪で済む、縄文頃ならどっちを選ぶだろう??

432 :出土地不明:2008/04/24(木) 11:57:11 ID:L8IDSIOF
>長江系の繋がりでみると、台湾と日本は近しい存在






とどのつまり、これが言いたいだけ(爆







433 :出土地不明:2008/04/24(木) 12:13:22 ID:L8IDSIOF
>長江系の繋がりでみると、台湾と日本は近しい存在






とどのつまり、これが言いたいだけ(爆







434 :出土地不明:2008/04/24(木) 12:13:54 ID:L8IDSIOF
>長江系の繋がりでみると、台湾と日本は近しい存在






とどのつまり、これが言いたいだけ(爆







435 :出土地不明:2008/04/26(土) 19:46:26 ID:eDZSaQXG
日本の銅鐸のルーツ? ベトナム・雲南地方の銅鼓、貯貝器の模様(最下方)
逆S字、のこぎり形、流水形、舳先の立ち上がったゴンドラ舟形、頭に鳥羽
を付けた人物、等々器形は全く違うが模様はうりふたつ逆S字は「隼人の盾」の
模様と同じ。

http://www.hum.u-tokai.ac.jp/journal/no76/BUNGA76Y-02_15162.pdf

隼人の盾

http://www.kazuart.com/nazo/kodaibunmei/hayato/kiji/hayato/index.html


436 :出土地不明:2008/04/28(月) 11:04:32 ID:pXMDsM/w
>>431
縄紋稲作はもう常識だと思っていたが・・・
日本に於ける農業の開始、稲作の開始、水田稲作の開始、青銅器流入、青銅器製作、鉄器流入、鉄器製作
全て時代が違う。

437 :出土地不明:2008/04/28(月) 12:08:54 ID:I7d27f75
ただし弥生がBC10Cに繰り上げられた事で、
縄紋稲作にますます懐疑的な声が増えてきているがな。

438 :出土地不明:2008/04/28(月) 14:13:59 ID:sg6kjMjo

『弥生文明と南インド』(岩波書店)

語学者で学習院大名誉教授・大野晋の新刊

439 :出土地不明:2008/04/28(月) 14:42:00 ID:hM513zWQ
>>438
トンデモだから止めた方がいいよ。大野は言語学者ではなく国語学者。
その日本語しか知らない国語学者が独り善がりな思いつきを語ってるだけ。

440 :出土地不明:2008/04/28(月) 14:57:45 ID:pXMDsM/w
>>437
俺は聞いたこと無いんで具体的に本なり論文なりを示して欲しい。

441 :出土地不明:2008/04/28(月) 15:02:06 ID:Pq9QxA6u
大野晋を否定するんだw

もう有名どころだと
上田万年とか橋本進吉くらいしか
浮かばんね

442 :出土地不明:2008/04/28(月) 15:24:30 ID:hM513zWQ
言語学では、日本語の起源は分かってないんだ(トンデモ本の類は別)

日本語の起源についていろいろ本が出てるけど、本当は専門家でも分からない。
言語学に素人の国語学者とか、○○学者先生方が本を出して沢山売れてるけど本当のところは不明。

日本語について言えることは、「沖縄の言語とは関係がある」だけ。これが現在の言語学上の答えと。

443 :出土地不明:2008/04/28(月) 17:17:48 ID:Pq9QxA6u
>本当のところは不明。
それをいったら
古代国語の音韻とか
本当のところは不明だし
橋本もトンデモなのか?

考古学もまあ、本当のところは不明だしなw

444 :出土地不明:2008/04/28(月) 19:14:55 ID:fu+Vykf8
不明は不明でも専門家の言うところの不明と、素人のトンデモ発言とは全然別だし

445 :出土地不明:2008/04/28(月) 19:54:01 ID:l4MEZFqn
半島南部と北九州のドルメン、かめ棺墓は南インドの文化かな。

446 :出土地不明:2008/04/29(火) 11:24:46 ID:/hK37U7D

稲作が中国から直接日本に伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。

なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。

ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から直接日本に伝来した事の証拠にはならないのである。

http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

447 :出土地不明:2008/04/30(水) 20:17:37 ID:zPfa1IFU
朝鮮半島で最古の水田遺跡は今のところ前11世紀。



弥生時代の始まりと深く関連している韓国南部だが、最古の水田は
慶尚南道蔚山・オクキョン遺跡で見つかっており、孔列文〜突帯文土器が
伴っているところから、前11 世紀頃と考えられている。
http://www.rekihaku.ac.jp/press/yayoi_kaishi.pdf




448 :出土地不明:2008/05/01(木) 14:21:14 ID:aQ2u247d
中国から直接稲作が伝搬したというのはかなり無理がある
まず日本に稲作が伝搬した時期には既に中国では鉄器農具が一般化していた
石包丁など石器や木製の農具ではあまりに非効率的だ
にも関わらず鉄器農具を棄ててくるのか
次いで当時の中国では農耕牛の使用も一般化されていた
しかし当時の日本ではその使用は認められない
当時の中国ではジャポニカ米のみならずインディカ米も作られていた
だが日本にはインディカ米が流入した形跡すら見受けられない
それ以前に彼等農耕民が後の遣唐使やその返使が航海中にたびたび難破する東シ
ナ海渡海の危険を犯し家族単位で渡海する航海技術や造船技術を持ち合わせてい
たのだろうかという素朴な疑問も残る

449 :出土地不明:2008/05/01(木) 17:43:16 ID:yMMyLAtl
弥生文化は稲作だけでなくさまざまな文化要素の複合体である。大林太良氏が
指摘したように日本にあって朝鮮半島に存在にない南方的な要素が数多くある。

たとえば、鵜飼、割竹型木棺、げた、納豆、生魚を食べる習慣、みそ等、江南の
照葉樹林地域と同じような文化要素が存在する。

また、前回の講演会で述べたように、日本の弓は朝鮮半島とは異なり、南方に
同種の弓が分布している。

言語の近さ、日本語は、確率論的に、インドネシアやカンボジアなどの言語と
偶然とはいえない近い関係にある。しかし、朝鮮語とは疎遠であり、朝鮮半島
から人々が来たとは考えにくい。

日本語は、朝鮮半島南部と九州に倭人がいて、そこに南からカンボジア系などの
言語が混合して成立したクレオール言語と考えられる。


450 :出土地不明:2008/05/01(木) 22:07:36 ID:u6mlwi62
>>448
ナイスフォロー

さらに、当時の中国の農具は石製の刃もよく使われていたのだが、
それも一切伝わっていない。

そして稲作中国直伝説の矛盾点の最大のクライマックスは、
当時の中国の炊飯器であった三足土器または釜+竈のセットが
さーっぱり伝わっていない事。

華北であれば鬲が、華南であれば鼎または釜と竈のセットが、
華中であれば鼎または鬲または釜+竈のいずれかの炊飯器が
伝わるはずだが、いずれも伝わっていない点である。


>>449
日本の鵜飼は中国よりも古いし、生魚食文化は北方アジアにも見られる。

割竹型木棺の登場は古墳時代、げたの登場は平安時代末、
糸引き納豆の登場は室町時代、味噌の登場は奈良時代、
丸木弓は中石器時代にはすでに北欧にも見られ、
北方ユーラシアまで拡散している。

大ボラ吹きもいい加減にしたらどうかね?安本くん。

日本にやって来た渡来人は沿海州内陸部に居た刻目突帯文土器人が
沿海州南部沿岸まで南下してヴァイキング化したものだよ。

水田稲作は単に沿海州沿岸部から船で点々と南下しながら
朝鮮半島東岸を抜けてくる最中に知って持ち込んできたまでの話。

451 :出土地不明:2008/05/02(金) 15:42:18 ID:RvarO3UG
>>448
鉄器や農耕牛について
「中国から直接伝わったら伝わるが、朝鮮経由なら伝わらない。」
という論理に確実性はあるかな?

弥生の開始を古く見る考えでは、日本で稲作が始まった頃には
中国でも鉄器はほとんど普及していない。
それで弥生前期とされた鉄器は中期以降の誤りであったと春成は
主張している訳だし。

452 :出土地不明:2008/05/02(金) 17:26:53 ID:9WkFOxZO
ほとんどと言うより、中国でも鉄器はさほど普及していなかったが正解。

その替わり、石製の歯を付けた鋤が木製とともに主流だった。

石製は一切伝わっていないがな。

米を食うための炊飯器もな。

中国に無い土器系統の甕で米を炊いたのである。


453 :出土地不明:2008/05/02(金) 17:40:45 ID:JoiwJnwJ
401 名前:出土地不明 メェル:sage 投稿日:2008/04/08(火) 17:09:55 ID:Xd75Cj0k
閑話休題、焼き物をしている人の考察などを
http://blogs.yahoo.co.jp/souyouroko/folder/1080250.html

> 竃の発想がない時代でも、土器に足を付ければ鼎になるのですから、弥生時代にも高杯がある以上、鼎も作る事は可能だったはずです。

> では何故、弥生時代の人々は鼎の形態ではなく、甕型の土器を煮沸器として選択したのか?という疑問が生じます。

> 中国では紀元前2000年の時代に、すでに鼎が登場していましたが、これは大量調理に適している事から使用されるようになったものと思います。米で言えば、精白米は鼎で蒸して調理出来るでしょうが、玄米になると恐らく無理だと思います。

> つまり、鼎は中火で大量に調理可能な器具としての長所を有しているために、弥生時代の調理環境には適合していなかったのだと推測出来ます。調理環境とは、米の収穫量の多寡並びに精米技術の発展段階や住環境等の事です。


「たまたま知った稲作を北方人が伝えた」
って並みにはありうる。

454 :出土地不明:2008/05/03(土) 18:17:31 ID:m4tXSiav
まず玄米になると無理だというのは全く根拠にならんね。

なぜなら精白米を食べるようになったのはここ数百年の出来事だからだ。

それに鼎は蒸す器具じゃなくて煮炊きが中心の器具。

蒸すのは鬲。

弥生時代の調理環境に適合していないなら中国の調理環境にも
適合していないだろ。




つか、適合しないと三足土器は一つも作らんのか馬鹿!




水田稲作を伝えた最初くらい故郷の三足土器で米を炊けよ馬鹿!





455 :出土地不明:2008/05/05(月) 00:06:49 ID:6J7Uwatu
てゆうか考古板に自然科学厨が来るのがNGだろwww

456 :出土地不明:2008/05/09(金) 00:43:55 ID:qtglWYH8
>>454
縄文土器が有ったんだから、わざわざ高価な青銅器を造る必要ない。

457 :出土地不明:2008/05/09(金) 08:54:51 ID:E4ajQ4LN
おまえ脳障害か?w

458 :出土地不明:2008/05/09(金) 22:45:38 ID:TgR/vf1b
新井宏は『理系の視点・・・』で、C14が海洋などの影響を受けて
古くなる可能性を主張しているが、これに対する反論はあるのかな?

C14の「ものさし」が絶対的という前提で話を展開している学者が
この手の疑問を無視するのは、エンジントラブルの指摘を無視して
旅客機を離陸させるようなものではないかと思うのだが・・・


459 :出土地不明:2008/05/09(金) 23:11:02 ID:VmXIeTyY
おまえ脳障害か?w

460 :出土地不明:2008/05/09(金) 23:25:10 ID:D1dfKNdl
こいつらは中国人や朝鮮人が大量渡来して稲作を始めたと思ってるのか?

461 :出土地不明:2008/05/10(土) 09:33:43 ID:STMtFyZ9
こいつらは北方土器人が大量渡来して
「たまたま知っただけ」の稲作を始めたと思ってるのか?


462 :出土地不明:2008/05/10(土) 16:58:19 ID:SYn+UtV4
>>458
リザーバー効果は検討済み。

463 :出土地不明:2008/05/10(土) 20:07:19 ID:ZQBYOQw9
>>462
新井の主張しているのは、リザーバー効果ではない。
成層圏のあたりで生成されたC14の98%位が海洋に吸収されるという流れの
なかでC14の濃度は均一ではなく、海洋に近いほど低くなるという話。
たしかに理論上はそうなりそうだと思ったのだが。

この仮説が成り立つとすると、四方を海で囲まれた日本のC14は実際よりも
かなり古く出るということになりそうである。

464 :出土地不明:2008/05/11(日) 12:43:33 ID:28uy7f2p
>>463
http://www.rekihaku.ac.jp/research/subsidy/reserver.html

465 :出土地不明:2008/05/11(日) 14:56:03 ID:23+nEu+n
>>464  いや、だからリザーバー効果とは違うと・・
リザーバー効果は
海水のC14値が古い→これを摂取した動植物のC14値が古くなる、

というものだが、新井のいう「海洋効果」は、
海洋付近の大気はC14の値が古い→海洋沿岸部ではC14値が古い、

というもので、リザーバー効果を受けない植物(稲など)でも、海洋効果の
ためにC14値が古く出てしまうという。新井はこの視点から歴博の発表のように
弥生年代が繰り上がることはないとする。

根拠は以下のとおり。
海洋がC14を吸収するため、海洋直上の大気は理論的には古いC14値を
持っているはずである。
海洋に吸収される流れからC14の世界的均一性を否定。
実際にも、海洋面積の大きい南半球は別基準になっている。
台風直後の陸地の大気のC14値が古く出たという記録もある。
C14が古い数値が出ている遺跡は沿岸部に集中している。
C14の基準値は大陸内部の高度の高いところで測定されている。

466 :出土地不明:2008/05/11(日) 17:02:04 ID:28uy7f2p
>>465
そう言った物を全て含んで海洋リザーバ効果というとしか読めないが?

467 :出土地不明:2008/05/13(火) 09:33:46 ID:WAgQV9ak

稲作が中国から直接日本に伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。

なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。

ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から直接日本に伝来した事の証拠にはならないのである。

http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

468 :出土地不明:2008/05/13(火) 11:00:41 ID:ZWOL2VEH
341 名前:出土地不明 投稿日:2007/10/17(水) 12:22:22 ID:6eQhQE0P

稲作が中国から日本へ直接伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。

なぜなら最初に九州・西日本に伝わった稲作が弥生前期末には
既に伝わっていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。

ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から日本へ直接伝来した事の証拠にはならないのである。

それにRM1-b遺伝子の稲はかつては朝鮮半島にも存在したが、
単に定着しなかっただけという事も十分に考えられる。

http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

428 名前:出土地不明 投稿日:2008/04/22(火) 01:36:28 ID:OxqS+e7+
>それにRM1-b遺伝子の稲はかつては朝鮮半島にも存在したが、
>単に定着しなかっただけという事も十分に考えられうる。
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆

469 :出土地不明:2008/05/13(火) 20:50:54 ID:50ss14Fh
思っているが(爆

中国には遺伝子a〜hの8種類全部あるが、朝鮮半島にはa〜hの7種類
まで揃っているのに、唯一bだけ無いのは不自然だろ。

もともと4000年くらい前に稲が中国から朝鮮半島に入った当初は
朝鮮半島にもbはあったが、bが寒さなどに弱いなどの理由で、
この4000年のうちに遺伝子が淘汰されて消えてしまっただけだろう。

九州北部には2000年以上前のまだbが淘汰されていない朝鮮半島から
a、b、cの稲が伝わり、西日本や九州などの日本でも比較的温暖な
地域にbは温存されるが、北陸、東北などの寒冷地までには及ばず、
その後、朝鮮半島のbが淘汰されてしまったためにこのような現象が
起きているだけだろう。

ちなみに稲の伝播が、

中国南方 → 日本 → 朝鮮

というのはあり得ないね。

なぜなら、日本から朝鮮半島に稲が伝わったのなら、
日本と同じく朝鮮半島の稲の遺伝子もa、b、c、
或いはbが寒さで淘汰されたa、cになっているはずだからである。

470 :出土地不明:2008/05/14(水) 00:49:33 ID:4UYu83ut
>>466
そうだとすると、歴博はリザーバー効果のうち一部しか視野に
いれていないことになるが。

新井のいう「海洋効果」は世界的にもほとんど重視されていない
ようではあるが、これを認めると歴博の前提とするC14年代の
世界的普遍性、共通性(南半球は除く)が崩れてしまう。

471 :出土地不明:2008/05/14(水) 09:15:15 ID:qmutHQXc
>469
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆

472 :出土地不明:2008/05/14(水) 11:06:40 ID:dnKyBqiE
思っているが(爆

中国には遺伝子a〜hの8種類全部あるが、朝鮮半島にはa〜hの7種類
まで揃っているのに、唯一bだけ無いのは不自然だろ。

もともと4000年くらい前に稲が中国から朝鮮半島に入った当初は
朝鮮半島にもbはあったが、bが寒さなどに弱いなどの理由で、
この4000年のうちに遺伝子が淘汰されて消えてしまっただけだろう。

九州北部には2000年以上前のまだbが淘汰されていない朝鮮半島から
a、b、cの稲が伝わり、西日本や九州などの日本でも比較的温暖な
地域にbは温存されるが、北陸、東北などの寒冷地までには及ばず、
その後、朝鮮半島のbが淘汰されてしまったためにこのような現象が
起きているだけだろう。

ちなみに稲の伝播が、

中国南方 → 日本 → 朝鮮

というのはあり得ないね。

なぜなら、日本から朝鮮半島に稲が伝わったのなら、
日本と同じく朝鮮半島の稲の遺伝子もa、b、c、
或いはbが寒さで淘汰されたa、cになっているはずだからである。

473 :出土地不明:2008/05/14(水) 17:46:20 ID:qmutHQXc
それにRM1-b遺伝子の稲はかつては朝鮮半島にも存在したが、
単に定着しなかっただけという事も十分に考えられる。
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆


もともと4000年くらい前に稲が中国から朝鮮半島に入った当初は
朝鮮半島にもbはあったが、bが寒さなどに弱いなどの理由で、
この4000年のうちに遺伝子が淘汰されて消えてしまっただけだろう。
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆

474 :出土地不明:2008/05/14(水) 18:59:21 ID:VxXqf4+T
支離滅裂だな。そこまで荒唐無稽な説を立てるなら
b遺伝子を有する稲が朝鮮で育つか否かを調べれば済むことなのに。

475 :出土地不明:2008/05/14(水) 19:07:32 ID:UuPnXAfo
世界最古水田跡は大韓半島にあり中国より5000年以上古いことから
水稲原生地は古朝鮮の領土内にあり
水稲原生地→大韓半島(ここで品種改良されいくつかの系統が確立される)→中国(古朝鮮領土)→モンゴルJAP(古朝鮮帝国の奴隷)
と広まった


476 :出土地不明:2008/05/14(水) 19:55:13 ID:qmutHQXc
個人的には半島にbが無いのは
未だに見つかってない「だけ」
かもとか思うんだが
無い理由が

>寒さなどに弱いなどの理由で、
>この4000年のうちに遺伝子が淘汰されて消えてしまっただけ

日本と中国には残ってるのに随分とまあ

 考 古 学 的 な 説 得 力 だ なw

477 :出土地不明:2008/05/15(木) 00:06:06 ID:mL48urXs
>>476
それって三角縁神獣鏡の屁理屈と同じだね(^o^)

478 :出土地不明:2008/05/15(木) 01:06:08 ID:dw3/ozZE
>>477
何を言っているんだ!
日本で何千面出土しようが中国で0面だろうが
あれは中国製なんだwww
考えるんじゃない、信じるんだ!

479 :出土地不明:2008/05/15(木) 09:15:38 ID:Wjb2DBTl
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
http://www.hibari.ed.jp/club/ki/ki.html

480 :出土地不明:2008/05/15(木) 10:13:39 ID:OqiFtBNw
土器って人の移動だけで造りが変わる訳じゃないんだよな。

工人の移動ありき。

481 :出土地不明:2008/05/15(木) 11:07:14 ID:Wjb2DBTl
詭弁ワンコロがw

482 :出土地不明:2008/05/15(木) 11:09:39 ID:Wjb2DBTl

稲作が中国から直接日本に伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。

なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。

ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から直接日本に伝来した事の証拠にはならないのである。

http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

483 :出土地不明:2008/05/15(木) 11:12:13 ID:OqiFtBNw
それにRM1-b遺伝子の稲はかつては朝鮮半島にも存在したが、
単に定着しなかっただけという事も十分に考えられる。
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆


もともと4000年くらい前に稲が中国から朝鮮半島に入った当初は
朝鮮半島にもbはあったが、bが寒さなどに弱いなどの理由で、
この4000年のうちに遺伝子が淘汰されて消えてしまっただけだろう。
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆

484 :出土地不明:2008/05/15(木) 11:46:48 ID:Wjb2DBTl
↓おまえの台湾国策工作ムキ出しのこれよか1万倍マシだってーの(爆



RM1-b遺伝子の稲は、稲作が中国から直接日本に伝来した事を示す証拠である。

九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
北陸や東北にもRM1-b遺伝子の稲が存在している。

ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在は、
稲作が「中国から直接日本に伝来した」事の証明となっている。

稲作の伝来ルートは
中国南方 → 日本 → 朝鮮
http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif



ちなみに稲の伝播が、

中国南方 → 日本 → 朝鮮

というのはあり得ないね。

なぜなら、日本から朝鮮半島に稲が伝わったのなら、
朝鮮半島の稲の遺伝子も日本と同じくa、b、c、
或いはbが淘汰されたa、cになっているはずだからである。

485 :出土地不明:2008/05/15(木) 12:22:15 ID:OqiFtBNw
>中国南方 → 日本 → 朝鮮

これと台湾の国策にどんな関連が?

486 :出土地不明:2008/05/15(木) 12:28:44 ID:OqiFtBNw
っていうか魏晋南北朝時代以降の中国支配層は
基本北方系で、漢族の多くは江南に流れてるよな。

487 :出土地不明:2008/05/15(木) 14:05:38 ID:Wjb2DBTl
台湾国策工作員って幾らもらえるの?w

488 :出土地不明:2008/05/15(木) 19:13:14 ID:eoXntjtk
http://jp.youtube.com/watch?v=5SMIgGAHAoU&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=looALHmz6aA&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=XlJkpEsaYMY&NR=1
http://jp.youtube.com/watch?v=aJ47PkaeM_M&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=vsbv9Y-oPxg&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=srYyLjVihYQ&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=GyY_GFtj5Tg&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=9uF85UO9-lg&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=svH44ZUVE4A&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=k9OJL0c-CBg&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=I7nMFPYuF7o&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=Kci1bOlAOCY&NR=1
http://jp.youtube.com/watch?v=yXPS8v7VqVg&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=jpgH4CrHXF8&NR=1

鉄道をこよなく愛する人たち

489 :出土地不明:2008/05/16(金) 10:18:40 ID:fxxUYZ7D
でどんな関連が?

490 :出土地不明:2008/05/16(金) 13:07:59 ID:kmbu+WM2
遼寧式銅剣の変遷や年代論での春成の主張は
有力なんだろうか?

491 :出土地不明:2008/05/16(金) 14:21:58 ID:fxxUYZ7D
基準としてどうか?って話?

492 :出土地不明:2008/05/16(金) 19:02:39 ID:kmbu+WM2
>>491
「C14年代=絶対基準」という見方でそれまでの議論を
大幅に変更するような主張だったよね。

493 :出土地不明:2008/05/19(月) 13:21:36 ID:qSCZJ6ma
>>492
議論そのものはどうかしらんが、
世界的には日本の土器編年は相手にされてないよな。

494 :出土地不明:2008/05/19(月) 22:32:33 ID:RggqTZtK
朝鮮半島の水稲が前11C頃に遡るといっても、釜山あたりで
突出して古いのが見つかっただけで、半島南西部では前6C頃
までしか遡らないんだっけ?

495 :出土地不明:2008/05/19(月) 23:02:00 ID:dw775Soq
>>1
300年かけて広まったのか。
稲作は年に1回だから300回行われて、その300回のうちに九州から西日本まで広まったという事だな。
そう考えたら人類の進歩って早いね。キリストが生まれてからまだ2000回しか田植えが行われてないんだぜ。

496 :出土地不明:2008/05/22(木) 10:17:57 ID:bb6DiRDu

稲作が中国から直接日本に伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。

なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。

ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から直接日本に伝来した事の証拠にはならないのである。

http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

497 :出土地不明:2008/05/22(木) 11:32:55 ID:+fZyw6v4
482 名前:出土地不明 投稿日:2008/05/15(木) 11:09:39 ID:Wjb2DBTl

稲作が中国から直接日本に伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。

なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。

ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から直接日本に伝来した事の証拠にはならないのである。

http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

483 名前:出土地不明 メェル:sage 投稿日:2008/05/15(木) 11:12:13 ID:OqiFtBNw
それにRM1-b遺伝子の稲はかつては朝鮮半島にも存在したが、
単に定着しなかっただけという事も十分に考えられる。
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆


もともと4000年くらい前に稲が中国から朝鮮半島に入った当初は
朝鮮半島にもbはあったが、bが寒さなどに弱いなどの理由で、
この4000年のうちに遺伝子が淘汰されて消えてしまっただけだろう。
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆

484 名前:出土地不明 投稿日:2008/05/15(木) 11:46:48 ID:Wjb2DBTl
↓おまえの台湾国策工作ムキ出しのこれよか1万倍マシだってーの(爆

どうせコピペすんなら全部しろよw

498 :出土地不明:2008/05/22(木) 15:54:40 ID:bb6DiRDu
この肝心な部分だけはコピペ抜きかw




ちなみに稲の伝播が、

中国南方 → 日本 → 朝鮮

というのはあり得ないね。

なぜなら、日本から朝鮮半島に稲が伝わったのなら、
日本と同じく朝鮮半島の稲の遺伝子もa、b、c、
或いはbが寒さで淘汰されたa、cになっているはずだからである。






499 :出土地不明:2008/05/23(金) 00:23:19 ID:IuViraoL
>>495
歴博の最新のデータでは、
北部九州:BC1000年、近畿・瀬戸内東部:BC600年、東海:BC500年
南関東:BC200年、東北北部:BC400年となっているな。
俺が知りたいのは山陰、北陸等の日本海側なんだが・・・

それからうちでは田植えは年2回だし、
東南アジアでは水さえ確保できれば3期作も有るはずだよ。
大体夏の乾燥を避けてメインは11月播種なんだが。

500 :出土地不明:2008/05/23(金) 12:28:44 ID:1t9jQEgk
この肝心な部分だけはコピペ抜きかw


>中国南方 → 日本 → 朝鮮
>というのはあり得ないね。
>なぜなら、日本から朝鮮半島に稲が伝わったのなら、
>朝鮮半島の稲の遺伝子も日本と同じくa、b、c、
>或いはbが淘汰されたa、cになっているはずだからである。

どんな超絶理論だよw

>なぜなら、日本から朝鮮半島に稲が伝わったのなら、
>朝鮮半島の稲の遺伝子も日本と同じくa、b、c、

朝鮮半島にはbが無いんだから日本もa、cになってなけりゃ
おかしいだろwwwww

日本から朝鮮半島に稲が伝わる必要条件に
>或いはbが淘汰されたa、cになっている
必要なんてねーだろwwwww

501 :出土地不明:2008/05/24(土) 02:27:52 ID:xpUCwS0s
協会明日あげ

502 :出土地不明:2008/05/26(月) 18:31:19 ID:YBr+CUbu
>>465
『東アジアの古代文化』の最新号でも新井さんは書いておりますな。
これを読んだ限りでは歴博がこの問題で反論することは難しそうだ。
ということでこの論文は無視されるに1票。

503 :出土地不明:2008/05/26(月) 23:10:57 ID:MgPrJsBh
>>502
新井氏を無視するってのは同感

504 :出土地不明:2008/05/27(火) 22:32:40 ID:Fbg+sufh
新井の批判はC14年代の根源に関る最重要問題だが、マスコミ発表で
既成事実を作ってしまった手前、無視するしかないか。

最初に学界で発表して批判・指導を受けようという学問的態度でいれば
その後に学問的対応が出来たかもしれないが、いまとなっては・・・

505 :出土地不明:2008/05/27(火) 23:10:54 ID:/DE6z+oF
新井のをちゃんと読んでるの?
典型的な詭弁系トンデモなんだけど

506 :出土地不明:2008/05/27(火) 23:14:20 ID:Fbg+sufh
>>505  本人乙
どの部分が詭弁系トンデモかな?
書きっぱなしではなく、解説キボン。

507 :出土地不明:2008/05/28(水) 00:56:40 ID:58jyceGM
森浩一『魂の考古学』7頁より

「所詮「発見」の類は、研究に基づいたものであっても、仮説が出されたにすぎない。
仮説は年月がたつ間に、議論されたり検証されたりして、消える仮説は消え、数少ない
仮説が学説へと位置づけられていく。
 このように考えると、いきなりマスメディアに発表する方式は僕から見ると異常である。
さらに発表にさいし、教科書を書き換える必要を云々するなどの評価を下すこと自体、
研究者にあるべき謙虚さを逸脱している。」

いまだ学界の評価を受けていない仮説を自己のなかで「無謬の存在」に神格化し、
学界での議論も経ずにマスコミ発表をすることの破廉恥さを書いております。

508 :出土地不明:2008/05/28(水) 00:59:42 ID:159Lasth
考古学に魂なんかいるのか?
こんなタイトル付けるやつの神経のほうを疑う。

509 :出土地不明:2008/05/28(水) 01:02:13 ID:+uxqwXN4
中身を批判できないときはタイトルを批判する。
これ常識。

510 :出土地不明:2008/05/28(水) 13:29:00 ID:sqtHWC/z
そうだよね、明らかに偏向した意見をマスコミに吹聴する発掘担当者が多すぎる。

511 :出土地不明:2008/05/28(水) 13:59:47 ID:TRpdQqeP
でも考古学に限らずマスコミ発表は
もはや、どの学問分野でも......

512 :出土地不明:2008/05/28(水) 23:55:55 ID:sqtHWC/z
>>511
理系ではマスコミ発表は論文の審査を通って、
学会発表若しくは論文が載った雑誌が発行される直前なんだが?

513 :出土地不明:2008/06/01(日) 18:56:55 ID:AQpXVcSc
実は朝寝鼻貝塚からは6000年前の小麦とハトムギのプラントオパールも
稲と同時に検出されていて、小麦が中国よりも数千年も前から、ハトムギが
通説の江戸期伝来よりも5500年以上も前から栽培されていた事になってしまい、
改めてプラントオパールの調査自体が極めて疑わしいと言わざるを得ない。


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html

514 :出土地不明:2008/06/11(水) 16:08:11 ID:8mAlIoCB
【考古】縄文晩期の堆積層から炭化した3粒のコメと数十粒のマメが出土 日本最古級か 京都・上里遺跡

http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1213155213/

515 :出土地不明:2008/07/08(火) 11:00:16 ID:nIj4pu9F
【研究】日本のイネ・ジャポニカ米 中国ではなく「南に源流」 遺伝子研究で解明
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1215402716/

日本や中国で栽培されるイネ「ジャポニカ」の起源が、インドネシアやフィリピンまでたどれることがわかった。
農業生物資源研究所(茨城県つくば市)の井澤毅・主任研究員らが、もみの大きさを決める遺伝子の変異を
手がかりに突き止め、6日付の米科学誌ネイチャー・ジェネティクス(電子版)に発表する。

もみの幅が広くて米粒が大きいジャポニカは、これまでの考古学的な調査によると、約1万年前の長江中・
下流域が起源との説が有力だ。

研究チームは今回、ジャポニカの「日本晴」とインディカの「カサラス」の2品種を比べ、米粒の大きさの変化
にかかわる遺伝子(qSW5)を発見。この遺伝子が変異してジャポニカのもみが大きくなったことを確かめた。

この変異と、もみを穂から落ちなくする遺伝子変異、もちもちした食感にする遺伝子変異の計3種類について、
アジア各地の古い栽培品種142系統を調べた。

その結果、フィリピンやインドネシアの品種で、三つの遺伝子に変異のないものと、もみを大きくする変異のみ
をもつものが見つかった。このため、この地域でイネの遺伝子が変異してもみが大きくなり、その後、インドシナ
半島や中国大陸で他の二つの変異が組み合わさって現在のジャポニカができたという。

総合地球環境学研究所の佐藤洋一郎教授(植物遺伝学)の話 もみの幅を広げる遺伝子の変化をとらえた
ことは大きな発見で高く評価できる。ただ、遺伝子の変化を、直接イネの栽培化と結びつけるのは難しい。
考古学資料とのすり合わせが必要だろう。

http://www.asahi.com/science/update/0706/TKY200807060196.html

http://www2.asahi.com/science/update/0706/images/TKY200807060204.jpg

516 :出土地不明:2008/08/02(土) 19:50:40 ID:MUQKGMIf
886 :出土地不明:2008/08/02(土) 14:26:23 ID:fwoHKw5n
>>883
> それに、Yとmtだけに偏向した低級マスターベーションを見せるな、
> 他の遺伝学や土器や考古遺物との矛盾がない論理展開をしろ、
> と言っただろが馬鹿。
Y-DNAの他に、先祖の系統が明確に出るものはない。
最近までは、Y-DNAの判定技術が確立されていなかったから、他のもので推測するしかなかった。

過去の文化の伝播や人については、文化や出土物は参考になるが、
「現在の」民族間の違いや近さは、Y-DNAでごまかしなく出る。
これを無視して「現在の」集団間の近さを決め付ける方が、完全に間違い・矛盾になる。
サンプルが今後さらに増えてこれば、もっと詳細な違いが判ってくるだろう。
昔は、日本人は南北のアジア人の混合くらいにしか認識されていなかったわけだから、
最近になって、主に本当の系統があからさまになってきている。

以下は「現在の」種族・住民についてだが、
台湾人は意外な事に、中国北部系(黄河文明系、漢民族系)に多いO3系統が多く、
日本人より中国人、それも華北の中国人に近い。
また日本人よりも、中国人や朝鮮人、ベトナム人のいわゆる「中華文明圏」の種族に近い。

日本人が、北も南も含めて、「今の」隣接地域の種族すべてと、かなり人種が異なってるのが、
相当にまずい、気に入らないマイノリティーがいるらしいな。

Kの矛盾というのは、何の事か説明が全くないが、何の事か詳しく。

> 都合の悪い事は見えない聞こえない。
これはお前の事だ。


517 :出土地不明:2008/08/02(土) 19:59:22 ID:MUQKGMIf
日本人どこから来たんだ?3←512kを超えているので書けません!


>>516
>>886
>Y-DNAの他に、先祖の系統が明確に出るものはない。


弥生人を中国だと出してくるようなウンカスがか?(爆

GM、HLA、土器は弥生人を北方だと正確に出していますが何か?w


>Kの矛盾というのは、何の事か説明が全くないが、何の事か詳しく。


とぼけて聞いている事くらい分かっているが言ってやるよw

おまえは682で弥生系は長江中・下流域の湖南(湘方言地域)や浙江(呉方言地域)、
765で江南が弥生人のルーツで文化が近い、
などと爆笑発言をさり気に披露してくれているよな。

だとしたら日本のYにも長江中・下流域や浙江のYのかなりの部分を占めている
K系があるはずだろが。

その江南のKが日本には無い矛盾を聞いてやってるんだよ。

都合の悪い事は全部見えない聞こえない台湾国策遺伝学工作部隊くんwwww

都合の悪い事は一切見えない聞こえない台湾国策遺伝学工作部隊くんwwww

518 :出土地不明:2008/08/02(土) 20:33:22 ID:yN9PrJ3m
弥生人はインド人
いわゆるクレオール

519 :XYZ ◆PH4Mje0jPU :2008/08/03(日) 02:57:12 ID:V9XPgatP
前スレ>>866
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1209009011/886
少し尋ねます。
あなた(達)の主張では、この場合の縄文人、または日本の一番の
先住民とも言えるべき人々は、主に南方からの渡来だったという事の
ようですが、それは現在の支那南部や台湾などから直接または沖縄経由で、
海上を移動して、なのですか…?
もしそうなのでしたら、それは他の人の「朝鮮半島経由での渡来」 のほうに
比べ、それこそかなり困難な移動の仕方ではないですか? 仮に半島と
日本が繋がっていなかったとしても。
それと誰かが言っていましたが、あの時代、人類はオーストゥレイリア
などへもたどり着けた理由は、航海の技術云々より、圧倒的に
陸地の拡大による移動の容易さのほうでしょう? まして「海洋民族」 云々
などと語れる水準の民族がいたとは到底思えません。
もし当時でも台湾から日本へ容易に行けたのであれば、その時代以降でも、
様々な地域おいて、大陸と離れた島々との交流は幾らでもあったはずです。
しかし実際はそうではありませんよね? ポリニージャンような民族は
考古学的な年代からはごく最近。しかも彼らですら、沖縄・日本への
影響は微々たるものだったようですし。
ですからわたしは、(支那または東南エイジア→)台湾→沖縄→
九州などの列島,の移動が主だったという説にはどうも疑問符を付けない
わけにはいきません…。
むしろ南からでも、朝鮮半島(または支那北部)や樺太・北海道から
回って入って来たと考えたほうが、まだ説得力がある意見なのでは
ないでしょうか?

520 :XYZ ◆PH4Mje0jPU :2008/08/03(日) 03:42:06 ID:V9XPgatP
>>519
△ 大陸と離れた島々との交流は
○ 大陸と、大陸と離れた島々との交流は

521 :XYZ ◆PH4Mje0jPU :2008/08/03(日) 04:48:22 ID:V9XPgatP
自分で言うのもなんですが、おそらくわたしが>>519で言っている事は
正論だと思います。“Y”や“mt”で南方と共通するものがあるにしろ、
それが主要で、またそれが(台湾・)沖縄経由のものではないと思います。
おそらくこれを強調したい人達は、とにかく支那や韓国・北朝鮮など
の経由を認めたくない、あったと思いたくない、人達なのですよね。
なぜなら愚かな事に彼らを憎んでいますからね。
それだけで縄文人などの経路すら「あちらから」と思いたくないなんて、
まあ何て不合理な…。彼らの好きなアイヌ族が比較的長期間孤立したような
状態でいられた事も、北海道が“島”になったからですのに…。
で、彼らが言うに「親日」の台湾からならOK!、という事ですからね。
やれやれ…。本当にそういった取るに足らない思いを挿んで考える人達は
学問板には来ないで欲しいものです。
で、こう言うとわたしなどを「朝鮮人だ」だのどうのと言い、論敵を
全て外国人にしたがる…。
本当に終わっていますよ。誰が朝鮮人なものですか!?
>517さんのような人も問題ありですが、まだ彼や白馬青牛さん達のほうが
マシです。客観性・相対性がありますからね。まあ彼(>517さん)も
論敵を全て「台湾工作員」だのどうのと言いたがりますがね…。要するに
これも“外国人”なのですよね。
日本人とはこうして自分達を疑わない、また「自分と同じ日本人なら
皆こうだ」、「こう考えろ!」みたいな思考になる愚かな人達の多い事…。
異論を認めない、自分(達)を省みない、他人をいじめる、ハブる‥‥。
先の大戦時の「非国民」ですとか沖縄戦などでの「同士討ち」の例など、
枚挙に暇がありませんからね。
どうりでこんな世の中です…。(泣泣泣…

522 :出土地不明:2008/08/03(日) 11:15:35 ID:fnpSSL3X
感情論に対して泣き言をいってるのはどこの高校生ですか
正論だと思うなら、朝鮮人とか台湾人とかいわれても堂々と主張すればいいだけのこと。
泣いたってなにも変わりませんよ。

523 :出土地不明:2008/08/03(日) 15:42:57 ID:tNqWcQOf
                              
シラキの第7代王(キミ)の時代に、ケリン(辰韓)との戦争が始まったようだ。

■古代カラにおけるシラキ王統と、その敵=ケリンの王統

―−−【シラキ王統】――【ケリン王統(金氏)】
 初代−稲飯命
 2代− 鋤命
 3代−受利命(日本に帰国)

以後は、
シラキ日本府の長官。
       
 4代−ダケ公(ヤマト朝廷が派遣)
 5代−ハサ公
 6代−キマ公
 7代−イセ公      初代王−金・閼智王(キム・アルジ)[ケリン国=辰韓を建国]
 8代−アタラ公     2代王−金・勢漢王(セハン王)
 9代−バキュウ公    3代王−金・阿道王(アド王)
10代−ナケ公      4代王−金・首留王
11代−ジョフン公    5代王−金・郁甫王
12代−テンケ公     6代王−金・仇道王
13代−ジュレ公     7代王−金・味鄒王(ミチュ王)
14代−キリ公      8代王−金・末仇王
15代−キケ公      9代王−金・奈勿王(ネムル王)[国号をケリンからシラに変える]
            10代王−金・実聖王(シルソン王)
            11代王−金・訥祗王(ヌルジ王)[金奈勿の息子]
           <以後、新羅滅亡(935年)まで金氏の王統が続く・・・>



524 :出土地不明:2008/08/03(日) 15:47:56 ID:tNqWcQOf
                                
■新羅王家・『朴氏』は存在しなかった。
                                         
 高麗時代に編纂された朝鮮の歴史書・『三国史記=新羅本紀』の中に、新羅を建国した王家として『朴氏』という王家が登場する。
だが、『朴氏』などという王家は存在しなかったのである。
 この『朴氏』という王家は、『三国史記』の編纂者・金富軾(きん・ふしょく)が、任那日本府に伝わる古文書を読んで、
その記録の内容を誤解して創作した王家なのだ。
                                          
 おそらく金富軾は、任那日本府の『シラキ史』の記録に出てくるシラキ王の称号・『日子』(ボコ)を、王族の「氏」であると誤解し、
ボコに『朴』の字を当てたのであろう。
 古代日本の皇族男子の名前の頭には、『日子』(ボコ)が付くことが多い。『日子』はアマテラス大神の子孫である皇族男子を
意味する称号である。
(例:日子ホノニニギ、日子ホホデミ、日子ウガヤフキアエズ、日子イマス王など)
 しかし、朝鮮人(ワイ族)である金富軾が、そのような事実を知るわけがないので、彼は『日子』を氏だと勘違いしたのだ。

 第四代以降の王家だとされている『昔氏』(セキ氏)というのも、金富軾が誤解に基づいて創作した王家である。
これは金富軾が、カラ半島東南部に位置した旧シラキの別名・『南加羅』(ありし日のカラ)の号を誤解した結果、創作された氏であろう。
『南加羅』の日本式の読み方である『ありし日のカラ』の「ありし日」とは、昔という意味なのである。
 おそらく、高麗に残っていた任那日本府の歴史文書には、『南加羅』(ありし日のカラ)のことを『昔加羅』、
もしくは『昔新羅』と表記していたのだろう。
 それを読んだ金富軾は、『昔加羅』を「昔氏の加羅という意味なのだろう。昔氏という王家が存在したのだろう」と、
誤解したのである。
 『南加羅』『昔加羅』というのは、古代カラ半島東南部にあった頃の『シラキ』(知ら城)であり、『三国史記』が「昔氏」と
呼んでいる『シラキ王』は、ヤマト朝廷が『シラキ日本府』へ派遣した長官(ミコト持ち)であろう。だからこそ、『三国史記=新羅本紀』は、
「昔氏は倭から来た」と記しているのである。

 実は、『昔氏』の後を継ぐ王家として登場する『金氏』だけが、実在した『新羅王家』であり、『金氏』はケリン族(鶏林)の酋長一族
だったのだ。つまり、新羅(ケリン)を建国したのはあくまでも『金氏』であって、『朴氏』や『昔氏』などという王家は、新羅には存在しなかった。
 『三国史記』において、『朴氏』、『昔氏』という名で呼ばれている王は、実は新羅以前に存在した『志羅紀』(シラキ)を統治していた
倭人王、つまり、日本皇族のことなのだ。


525 :出土地不明:2008/08/03(日) 16:48:28 ID:EtuwHZhT
で、その倭人は長江江南から稲作を持ってやって来た人々だったと。

だから日本人も朝鮮人も長江江南がルーツであり、
必然的に長江江南がルーツの台湾人とも同祖であると。

だから日本は同祖の台湾を支援する義務があると。

というオチなんだろ?w

美味しいところ全部総取りだな台湾国策工作員はwwww

526 :出土地不明:2008/08/03(日) 18:49:00 ID:tNqWcQOf
                              
シラキの第7代王(イセキミ)の時代に、ケリン(辰韓)との戦争が始まったようだ。

■古代カラにおけるシラキ王統と、その敵=ケリンの王統

―−−【シラキ王統】――【ケリン王統(金氏)】
 初代−稲飯命
 2代− 鋤命
 3代−受利命(日本に帰国)

以後は、
シラキ日本府の長官。
       
 4代−ダケ公(ヤマト朝廷が派遣)
 5代−ハサ公
 6代−キマ公
 7代−イセ公      初代王−金・閼智王(キム・アルジ)[ケリン国=辰韓を建国]
 8代−アタラ公     2代王−金・勢漢王(セハン王)
 9代−バキュウ公    3代王−金・阿道王(アド王)
10代−ナケ公      4代王−金・首留王
11代−ジョフン公    5代王−金・郁甫王
12代−テンケ公     6代王−金・仇道王
13代−ジュレ公     7代王−金・味鄒王(ミチュ王)
14代−キリ公      8代王−金・末仇王
15代−キケ公      9代王−金・奈勿王(ネムル王)[国号をケリンからシラに変える]
            10代王−金・実聖王(シルソン王)
            11代王−金・訥祗王(ヌルジ王)[金奈勿の息子]
           <以後、新羅滅亡(935年)まで金氏の王統が続く・・・>


527 :出土地不明:2008/08/03(日) 19:02:08 ID:tNqWcQOf

>朝鮮人も長江江南がルーツ

違うだろ。朝鮮人はシベリアがルーツ。ツングース系の狩猟民族だろ。
われわれ日本人とは違うよ。

台湾先住民は倭人系だが、外来勢力の漢人が台湾の支配権を
握っているのが悲劇だな。



528 :出土地不明:2008/08/03(日) 19:15:30 ID:xZp0+LxW
プ

529 :出土地不明:2008/08/04(月) 14:45:12 ID:zXeT426S
見よ!

これが稲作が伝わった当時の長江江南や華北の炊飯器である。


鬲(レキ=袋状の足を持つ三足土器)
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050618/4482.jpg
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050610/2764.jpg
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/090.jpg

鼎(テイ=棒状の足を持つ三足土器)
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/099.jpg
http://www.sx.xinhua.org/ztjn/2003-08/29/xin_49b7e0a2d93511d7be2c0050ba1967d3.jpg
http://www.shtong.gov.cn/node2/node4/node2250/songjiang/node70313/node70604/images/00004623.jpg

530 :出土地不明:2008/08/25(月) 18:00:53 ID:weXMnRuz
>>527
台湾先住民はオーストロネシア人ってのが定説だが・・・
ついでに、先島もね。
琉球に倭人が入ってくるのは平安末期から鎌倉時代にかけてだよ。

531 :出土地不明:2008/08/25(月) 22:50:28 ID:GH1W3LSM
>>530
島津の歴史でも習ってんのか?w

首突っ込むな

532 :出土地不明:2008/08/26(火) 02:10:55 ID:VF8+xb9S
琉球に九州から倭人が入ってくるのは8000年前から。

これが琉球人の祖先。

弥生人も貝のために沖縄と交易していていた。

533 :出土地不明:2008/08/27(水) 18:31:39 ID:OMHe8YVI
>>527 下のサイトを開いて良く勉強しろ。

O2a/O2b系統は長江文明の担い手だと考えられている。O2b系統が移動を開始したのは
6000年前頃(鳥浜貝塚)からである。長江文明の衰退に伴い、O2aおよび一部のO2bは
南下し、百越と呼ばれた。残りのO2bは北上又は東進し、山東省、朝鮮半島、日本列島
に達した。長江文明の稲作、豆類、エゴマ、ヒョウタン、漆器、を持ち込んだと考えられる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA


534 :出土地不明:2008/08/27(水) 20:03:42 ID:McqRZz/+
●越族 えつぞく

中国の長江中下流以南に広く分布していた民族。粤(えつ)とも書かれる。地域によって,於越(于越),
甌越(越東海,東甌),ビンエツ※注1※(東越),揚越,山越,南越,西甌(甌),駱越(駱)などが
あり,総称して百越(百粤)と呼ばれた。於越は春秋戦国時代に浙江省北半部を本拠に越という国を
建てた。甌越は浙江省南部の甌江流域により,ビンエツ※注1※は福建省ビンコウ※注2※流域を中心
とした。揚越は揚州にいた越で,西甌,駱越は広西壮族自治区,あるいは北ヴェトナムにまでひろがって
いたとみられている。秦代末期の混乱に乗じて,趙佗(ちょうた)が番禺(ばんぐう,広東省広州市)を
都に南越(南粤)国を建て,5代97年のあいだつづいたが,漢の武帝の前111年(元鼎6),漢に滅ぼされた。
越族の習俗については,入墨・断髪などが知られ,文化については,新石器時代から春秋戦国時代まで
盛んにつくられた幾何印紋土器が越族の文化の一つと考えられている。
http://www.tabiken.com/history/doc/C/C080C100.HTM
幾何印紋土器が越族の文化の一つと考えられている
幾何印紋土器が越族の文化の一つと考えられている
幾何印紋土器が越族の文化の一つと考えられている
幾何印紋土器が越族の文化の一つと考えられている

535 :出土地不明:2008/08/27(水) 20:05:41 ID:McqRZz/+
●越式鼎


江南名物「越式鼎」(エツシキテイ)。中原の漢式鼎よりも足が長い。
陶製と青銅製がある。



越式鼎
http://www.npm.gov.tw/english/exhbition/han9909/handynisty/live/pictures/art16.gif






536 :出土地不明:2008/08/27(水) 20:42:52 ID:5rEiEuZg
弥生時代に越の代表的な文物である印文土器、越式鼎が一切伝わっていない。



●印文土器
http://www.kobijutsuizumi.com/new%20079.jpg



●越式鼎
http://www.npm.gov.tw/english/exhbition/han9909/handynisty/live/pictures/art16.gif




537 :出土地不明:2008/08/27(水) 21:54:48 ID:2K7H+dzP

弥生時代の幾何印文青銅器(銅鐸)は無数に有るぞ。!!!!!

弥生時代の幾何印文青銅器(銅鐸)は無数に有るぞ。!!!!!


じゃ銅鐸の幾何印文は誰が伝えたんだ、鳥がくわえて来たんか。

じゃ銅鐸の幾何印文は誰が伝えたんだ、鳥がくわえて来たんか。


538 :出土地不明:2008/08/28(木) 02:04:55 ID:NdYlK/kI

>これは同じ水軍人物像だよ!! 待てよチブサン古墳って起源前か!!

熊本・チブサン古墳「冠を被った人物像」
http://www.pref.kumamoto.jp/arinomama/contents_dbpac/asp/bunkazai/frame.asp?m_id=0&disp_img=&group_id=6&wk_group_id=&order_kind=&pageCnt=&id=73&name_in=&area_id=&rank_id=&shitei_id=&bunkazai_id=&b=map&imgcnt_flg=some

呉越時代・臨し出土「水軍戦闘図」(アクセス変更の様なのでコチラヘ)
http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/0a/2d/kawakatu_1205/folder/1585292/img_1585292_44914340_3?1219768360


539 :出土地不明:2008/08/28(木) 02:10:23 ID:qVeZdRO2
冠をかぶるくらいの上位層が来たなら鼎と金石文くらい残るだろが馬鹿w

それに臨しは華北だぜカスw

540 :出土地不明:2008/08/28(木) 02:24:47 ID:NdYlK/kI

土器人ちゃん腹に円く、白く描いてるのは小型の銅鏡じゃないか。?

541 :出土地不明:2008/08/28(木) 15:17:48 ID:NNzWLgYf
6Cだと呉越時代と1000年以上も違うだろうがヴォケw
結局、冠も朝鮮経由で伝わっただけ。


チブサン古墳(国指定史跡)

 熊本県山鹿市にある全国的に有名な装飾古墳で、全長45m(後円部径24m、前方部幅15.7m)
の前方後円墳です。近くにはオブサン古墳、鍋田横穴群、弁慶が穴などが点在しています。
 古墳時代6世紀頃に造られたもの。石棺の正面の石板装飾の絵柄が女性の乳房に似ている
ところから「乳の神様」として現在も信仰が続いています。羨道をくぐり抜け、玄室へ入って見ませんか。
http://www.dandl.co.jp/gold/chibusan/

542 :出土地不明:2008/09/05(金) 22:26:05 ID:ztLWQ6aP
>台湾人は意外な事に、中国北部系(黄河文明系、漢民族系)に多いO3系統が多く、
>日本人より中国人、それも華北の中国人に近い。

大陸からどれだけ中国人が来たと思ってるんだよ?


543 :出土地不明:2008/09/08(月) 00:47:18 ID:MspdHUA2
台湾人の98%が元チャンコロ

544 :出土地不明:2008/09/10(水) 09:33:26 ID:Adz9ifQ/
ジャッキー・チェンもテレサ・テンも
親は山東人だね

545 :出土地不明:2008/09/10(水) 20:25:48 ID:zi80UrQ1
だからもろ広鼻ブラックじゃないんだw

546 :出土地不明:2008/09/23(火) 06:39:29 ID:MAuKlatp
>>544
山東省の古代人はコーカソイド。
その後をモンゴロイドの漢人が侵略したのよ。

547 :出土地不明:2008/09/24(水) 23:35:56 ID:UAhMkx+q
>>546
コーカソイド?
遺伝子とかの根拠あんの?


548 :出土地不明:2008/09/25(木) 13:42:24 ID:S0pkUeiN
>>547
Wang L et al:Mol.Biol.Evol.(2000)の臨しのデータだろ。

549 :出土地不明:2008/09/26(金) 16:50:15 ID:5yUWcbSg
>>547
 中国人の位置

 以下はミトコンドリアから見たものである。
中国北部(斉の辺り)に幾つかの時代の骨が出土している場所があった。
そこでその遺伝子を調べてみたのである。
すると驚いたことに、戦国時代頃はヨーロッパ人に近い遺伝子だったが、
漢代あたりから、今の中国人に近い染色体になっているというのである。
これがこの地域だけのことで、そこに住んでいた人が、
どこかヨーロッパか中東あたりから移民してきた後、どこかへ消えたのか、
それとも昔は北部中国全体がヨーロッパ系に近く、
その後、今の中国系になったのかは今後の研究しだいだろう

(クラスター図)ttp://kuroneko.blogdns.net/HP/aicient-Japanese/Japan-Koria.htm

 つまり、春秋自体の人骨は、母系的にはヨーロッパ人に近いトルコ人よりのヨーロッパ型である。
以後、段々と現在の東アジア人に近づいている。

550 :月光仮面:2008/09/28(日) 15:25:24 ID:MK8W1mHw
>1 弥生はバイカル湖から来たようだ。
沿海州新石器時代はRudninskaya、Boysmanskaya、Zaysanovskayaの3期に分かれる。
Rudninskaya・・・・・・・・・・ 8380 ±60 - 5890±45BPC14Cal、
Boysmanskaya・・・・・・・・6355±60 - 5030±140 BPC14Cal、櫛目文土器
Zaysanovskaya ・・・・・・ 5780±60 - 3090±35BPC14Cal。  Greater Glazkov並行
沿海州新石器Zaysanovskaya末期≒3600-3300BP頃、興凱湖農耕文化・臨日本海興凱湖類型農耕文化、Margaritovskaya文化(丹塗磨研土器、粘土紐巻付け土器)が起こり、これらは Glazkov(突帯文)文化に
並行している。バイカル湖では前13世紀にGlazkov文化が消滅する。その後沿海州に無文・弥生並行のYankovskaya文化が起こる。内モンゴルの夏家店上層文化が起きるのは前1000年ことであり、前13世紀
にGlazkov文化は一路朝鮮半島に入る。半島北西からも雑穀農業として流入する(Vostretsov)。このよう
にして一路朝鮮半島に入った結果、2005年8月19日発表/弥生時代の開始年代AMS/炭素14年代測定に
よる高精度年代体系の構築/学術創成研究グループ/藤尾慎一郎/今村峯雄/西本豊弘
p17/24 (89) Fig.11 The time table of the Yayoi period according to AMS carbon14 dating
これによれば、朝鮮半島早期突帯文土器は前13-12世紀頃に登場する。
http://www.initiative.soken.ac.jp/journal_bunka/050509_fujio/thesis_fujio.pdf

551 :月光仮面:2008/09/28(日) 15:41:49 ID:MK8W1mHw
↑上記の動きをYDNAでトレースするとこうなる↓
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1217864779/menu397-400

552 :月光仮面:2008/09/28(日) 15:45:58 ID:MK8W1mHw
最近なんだかIEに貼り付けないとだめだね。

553 :月光仮面:2008/09/29(月) 11:05:18 ID:yXXM3eE0
Vostretsovによる沿海州完新世第4次寒冷海退は2500―2200BPに起こり、内陸農耕民・沃沮
(Krounovskaya文化)の臨海進出をもたらす。これによって海人族と化していたヤンコフスキー文化人は
消滅するのであるが、おそらく、日本列島に南下し、安曇海人族とか、吉野ヶ里他の防衛的環濠集落をも
たらすのであろう。沃沮は?(邑婁)と共に元山方面から江原道春川方面に進出、そこに?貊の国を建国
した。この際の?(邑婁)はPoltse-Tuanjie(邑婁)の鍛造技術であり、鉄原料は燕が供給源となり、おそらく
楽浪郡経由入手したものであろう。最近のロシアによる江原道方面(Jungdo Culture)調査により、前4-3
世紀に沃沮が沿海州から江原道に入り、朝鮮半島が鉄器時代に入ることが確認されている。


554 :月光仮面:2008/09/29(月) 13:04:09 ID:yXXM3eE0
時はたってシ歳貊の地は「冬ソナ」の地となった。バイカル、チュンド、琵琶湖・・・水に関係している。
Jungdo
http://www.leefamilykorea.com/kankou-kangwondo-jungdo.htm
○中島(チュンド)〜歴史と自然の調和する衣岩湖に浮かぶ島!〜
http://www.seoulnavi.com/miru/images/miru_img/341/a_341re_11.jpg
春川Chunchon
http://www.lib.utexas.edu/maps/middle_east_and_asia/korean_peninsula.gif
古代は貊国の中心
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E5%B7%9D%E5%B8%82

555 :月光仮面:2008/09/30(火) 12:54:49 ID:vQ3uFxFE
>>553 Jungdo文化
朝鮮半島北東・中央地方の鉄器時代への移行はJungdo文化と密接に関連している。
そして、今次調査の重要な総括は、集落跡と発掘された建造物、土器類、青銅器具、鉄器、石器、粘土
製品、木工品出土物及び環境事実といったその主要な構成物の分析に基づくその詳細な内容にある。
調査においてはこの文化の年代の研究が行われた。この成果として、半島北東中央部鉄器時代の開始
はJungdo文化と同時期の前4-3世紀であることの確認が出来た。朝鮮半島北西で出土する燕鉄器も同
時代である。これは朝鮮半島北部全域において実質的に同時に鉄器時代への移行が行われたことを意味
している。同時に、朝鮮半島におけるこの過程は近隣地域各種文化圏との相互関係の中で推移した。
朝鮮半島北西部住民は中国である燕と積極的な接触を保っていた。この時期の朝鮮半島北東中央遺跡
出土品の分析に依れば、この地域の住民の文化は、中国考古学会においてはTuanjie文化と呼ばれる、
沿海州Krounovskaya文化と多くの共通点を有している。一連のJungdo文化遺跡出土品は漢楽浪郡から
の輸入物資であるが、鉞形状鉄斧は外見上ポリツェ文化圏起源である。この結果としてJungdo文化の
起源は沿海州及び中国東北部Krounovskaya(Tuanjie)文化にあるとする仮説が出された。



556 :月光仮面:2008/09/30(火) 12:58:00 ID:vQ3uFxFE
Krounovskaya(Tuanjie)文化が朝鮮半島に出現することは、あらゆる点からして、沿海州南部のKrou
novskaya住民が先ず、朝鮮半島北東部に、その後、朝鮮半島中央部に移動したことに関連している。研
究者は漢籍情報の詳細な分析を基にKrounovskaya(Tuanjie)文化住民とJungdo文化住民が民族的に類
似であるという結論に達した。Krounovskaya(Tuanjie)文化住民と史書にある沃沮との同定はかなり以前か
ら中国の歴史書において一般的に認められていたが、多くのロシアの歴史・考古学者もこの意見に同意
している。
Jungdo文化住民は史書に現れるワイ/?(三国史)或いは靺鞨(三国遺事)とも考えられるが、これはこうし
た史書に記された出来事の時と場所がJungdo文化の年代呼び領域に一致しているからである。若干の
歴史学者は沃沮を民族的にシ歳(ワイ)の東部分枝であるとしている。今次のJungdo文化出土品分析の
結果、これとは反対に、シ歳(ワイ)は沃沮の一部分を占めているということが言える。従って、前4-3世紀
の朝鮮半島領域においては、到来したKrounovskaya(Tuanjie)文化と地元在来青銅器時代文化の相互
作用が進行していた。Jungdo文化とはこの相互作用の結果である。今回の調査はチュンド型遺跡に関連
する一切の問題を明らかにするには至らなかった。資料不足により、この文化の葬制といった重要な問題
が研究されないままで終わった。Jungdo文化住民の生産生活、チュンド型研磨土器の生産技法、
Tuanjie文化の変貌とKrounovskaya文化の起源に関連する諸問題に十分な解明の手を伸べることは出来
なかった。これら諸問題の解決には、新遺跡探求と発掘だけでなく、北朝鮮、中国、ロシア、韓国考古学
会代表者の今後の相互協力による考古学的リソースの拡大が必要とされる。将来における葬制の研究は
この文化の内容を更に豊かにするに留まらず、朝鮮半島北東及び中央部早期鉄器時代の精神生活に
関連する一連の問題の解明を可能とする。


557 :月光仮面:2008/09/30(火) 13:24:10 ID:vQ3uFxFE
「高句麗時代初期の物は川辺の砂の上に川石を敷いて死体を横たえた後、また川石で覆った様式で陽
平文湖里の漢江辺と春川の中島で見られる。このような墓の様式は漢江以北地域の上流層の墓であった
だろうと推測される。 広開土大王碑の近所にある将軍塚はこのような積石塚の石室墓と在来式の階段式
積石塚が合わせられた一番発達した墓の形式として長さ29メートル、高さ11メートルの平面の底の上に皆
段を整えた御影石で積んだものであり、内部には第3段を底にした四角形の石室があって合葬のため二
つの支え板が用意されている。」
http://jpn.korean.net/wcms/list.jsp?pageID=04025257&bID=22113&byid=1
「高句麗時代初期の物は川辺の砂の上に川石を敷いて死体を横たえた後、また川石で覆った様式で陽
平文湖里の漢江辺と春川の中島で見られる。」・・・この辺に日本の石積古墳の原点があるのではなかろ
うか。

558 :出土地不明:2008/10/03(金) 12:43:09 ID:P01TS411
見よ!

これが稲作が伝わった当時の長江江南や華北の炊飯器である。

(色、彩文、フタ、単耳、直耳に注目!)


鬲(レキ=袋状の足を持つ三足土器)
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050618/4482.jpg
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050610/2764.jpg
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/090.jpg

鼎(テイ=棒状の足を持つ三足土器)
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/099.jpg
http://www.sx.xinhua.org/ztjn/2003-08/29/xin_49b7e0a2d93511d7be2c0050ba1967d3.jpg
http://www.shtong.gov.cn/node2/node4/node2250/songjiang/node70313/node70604/images/00004623.jpg

559 :出土地不明:2008/10/03(金) 18:00:51 ID:xF1W6hac
韓国陶磁の歴史 [伊藤 郁太郎].... 朝鮮半島は縄文人の生活圏か?

朝鮮半島における近年の考古学上の収穫の一つは、土器の起源に関する新資料の発見である。
いうまでもなく、陶磁の歴史は先史時代の原始土器をもって幕を開けるが、朝鮮半島の場合、
櫛目文土器を最古のものとする見解が、従来の通説であった。ところが1969年から71年にかけて
釜山市影島区東三洞貝塚における櫛目文土器の層の下から、縄文土器系の尖底・円底無文土器
や平底隆線文土器などが発見され、注目を浴びるところとなった。それらは櫛目文土器とは
明らかに異なる特徴を持ち、その層位や伴出石器などから見て、櫛目文土器より古い文化層
に属するものと考えられている。放射性炭素年代測定によると、紀元前4000年紀を示し、それを
前提とする限り、西北シベリアの影響を受けたと考えられて来た櫛目文土器より、大幅に時代を
遡ることとなった。これら先櫛目文土器と名づけられたものは、東三洞のほか、慶尚南道新岩里
や咸鏡北道西浦項貝塚などからも発見され、最古の土器文化がひろい地域にまたがっていた
ことが推測される。そして、それらの中に含まれていた豆粒文土器が、わが国の長崎県泉福寺洞穴
や福井洞穴などから発見される日本最古[紀元前12000年紀]と考えられている豆粒文土器と
類似することは、日本との交流の歴史を考える上できわめて興味ある間題を提出している。


560 :出土地不明:2008/10/03(金) 23:37:26 ID:RbmBCUqC
>>辰韓、古老は秦の逃亡者で、苦役を避けて韓国に往き、馬韓は東界の地を彼らに
割譲したのだと自称する。そこでは国を邦、弓を弧、賊を寇、行酒を行觴(酒杯を廻す
こと)と称し、互いを徒と呼び、秦語に相似している故に、これを秦韓とも呼んでいる。

当時の秦語と云えば今の西安辺りの方言で、中国の中心言語、今の北京語に相当。
その彼らが苦役を逃れて新羅に亡命、こんな中国の中心集団が多勢来てるのに

粗製灰陶で出来ている鬲、灰陶を焼く原始的な穴窯も鬲もさっぱり伝わっておりません。
秦王朝のシンボルである鼎も兵馬俑、土器、青銅器にもさっぱり伝わっておりません。
中国青銅器の龍文はもちろん、龍信仰さえさっぱり伝わっておりません。
縦笛の簫、磬、鐘、鐃、ロ于、鉦など、様々な楽器もさっぱり伝わっておりません。
漢字の前身、篆書などを刻んだ遺物などもさっぱり出土しません。

>>558 土器人ちゃん如何してかな。中国人がウソを書いたのか、説明よろしく。


561 :出土地不明:2008/10/04(土) 01:22:33 ID:KwKJDBc5
>>560
それ徐福スレのレスだろ?w

徐福でむぱの洗脳解除用のレスであって朝鮮半島の事なんか誰も
言っていないが。

朝鮮半島では楽浪郡遺跡で灰陶や青銅鼎や金銀器や馬車や傘や瓦や
その他多くの中国影響文物が出ている。

つまりそれは、日本には直接中国から渡来定着した集団など全く無い
という反面材料になるがなw

562 :出土地不明:2008/10/04(土) 02:36:51 ID:lGlHj97m
>560の話は朝鮮半島東南地域の話で西北の話じゃないんじゃないか
話題を摩り替えてないか?楽浪郡って半島東南地域に有ります。

563 :出土地不明:2008/10/04(土) 14:28:34 ID:n0QBQquo
意味不明

564 :出土地不明:2008/10/04(土) 20:00:09 ID:zYAQeYqC
結局どうなった?
中の人、レポよろしく。

565 :出土地不明:2008/10/06(月) 23:50:18 ID:wOoXP4Ud
>>辰韓、古老は秦の逃亡者で、苦役を避けて韓国に往き、馬韓は東界の地を彼らに割譲
したのだと自称する。そこでは国を邦、弓を弧、賊を寇、行酒を行觴(酒杯を廻すこと)
と称し、互いを徒と呼び、秦語に相似している故に、これを秦韓とも呼んでいる。

当時の秦語と云えば今の西安辺りの方言で、中国の中心言語、今の北京語に相当。
その彼らが苦役を逃れて後の新羅地域に亡命、こんな中国の中心集団が多勢来てるのに

粗製灰陶で出来ている鬲、灰陶を焼く原始的な穴窯も鬲もさっぱり伝わっておりません。
秦王朝のシンボルである鼎も兵馬俑、土器、青銅器にもさっぱり伝わっておりません。
中国青銅器の龍文はもちろん、龍信仰さえさっぱり伝わっておりません。
縦笛の簫、磬、鐘、鐃、ロ于、鉦など、様々な楽器もさっぱり伝わっておりません。
漢字の前身、篆書などを刻んだ遺物などもさっぱり出土しません。

出土遺物が揃って無いからと云って、渡来を全否定出来るほど確かなものでは有りません。
ただ、馬鹿で、無知で、低脳の、頭の弱い人間だけがダマされる三足土器人の創作デムパです。


566 :出土地不明:2008/10/07(火) 00:56:44 ID:ouI3eu71
単に文献自体がデムパなんだろがw

楽浪郡遺跡からは灰陶も青銅鼎も龍信仰も中国楽器も漢字も馬車も金銀器も
傘もガッツリ出てるじゃねえかこのボケナス台湾ゴキブリ野郎w

567 :出土地不明:2008/10/07(火) 01:45:17 ID:Gc7iDEME
>>566
前から何度も言うように楽浪郡と、後の新羅地域は500Kほど離れてて
日本に例えると福岡ー大阪ほど離れてるんだぞ、福岡から灰陶が出たから
大阪も灰陶文化圏だと言ってる様なもんだぞ。

少し位は少ない脳みそ使えよキムチの食べすぎか。!!!


568 :出土地不明:2008/10/07(火) 03:37:42 ID:ouI3eu71
だからその文献の内容自体がデムパなだけだろがこの東南アジア野郎w

楽浪郡がBC108年に設置されて粗製灰陶の楽浪瓦質土器の生産が
始まると、ほどなく南朝鮮でも楽浪瓦質土器の影響を受けた
還元焔焼成の三韓瓦質土器の生産がすでにBC1Cから始まる。

日本で灰陶、つまり須恵器の生産が始まるのが4C後半。

もちろん半島帰化人が伝えた瓦質土器をさらに高温焼成した
朝鮮陶質土器だがな。

中国からの人の定着なんて全く無かった証拠だよ。

ま、ウンコくせえ江南ベトナム顔をクシャクシャにして
泣くんだな醜悪な下等生物の台湾ゴリラw

569 :出土地不明:2008/10/07(火) 21:13:58 ID:S/vJyjEC
韓国陶磁の歴史 [伊藤 郁太郎]..朝鮮半島は縄文人の生活圏か?孔列文,突帯文,縄文系土器など。

朝鮮半島における近年の考古学上の収穫の一つは、土器の起源に関する新資料の発見である。
いうまでもなく、陶磁の歴史は先史時代の原始土器をもって幕を開けるが、朝鮮半島の場合、
櫛目文土器を最古のものとする見解が、従来の通説であった。ところが1969年から71年にかけて
釜山市影島区東三洞貝塚における櫛目文土器の層の下から、縄文土器系の尖底・円底無文土器
や平底隆線文土器などが発見され、注目を浴びるところとなった。それらは櫛目文土器とは
明らかに異なる特徴を持ち、その層位や伴出石器などから見て、櫛目文土器より古い文化層
に属するものと考えられている。放射性炭素年代測定によると、紀元前4000年紀を示し、それを
前提とする限り、西北シベリアの影響を受けたと考えられて来た櫛目文土器より、大幅に時代を
遡ることとなった。これら先櫛目文土器と名づけられたものは、東三洞のほか、慶尚南道新岩里
や咸鏡北道西浦項貝塚などからも発見され、最古の土器文化がひろい地域にまたがっていた
ことが推測される。そして、それらの中に含まれていた豆粒文土器が、わが国の長崎県泉福寺洞穴
や福井洞穴などから発見される日本最古[紀元前12000年紀]と考えられている豆粒文土器と
類似することは、日本との交流の歴史を考える上できわめて興味ある間題を提出している。


570 :出土地不明:2008/10/07(火) 23:00:11 ID:4+HrFmrl
半島南岸に縄文人がかなり入り込んでいたんだろうな。

ただ日本にしろ半島南岸にしろ縄文時代から古墳期に至るまで
相互の土器文化の交流があるのに、何で中国土器文化の交流が
日本には一切見られんのかね?

朝鮮半島にしても楽浪時代に入るまで中国土器文化がない。

中国からの渡来集団などさらさら無かった事の証だなw

571 :出土地不明:2008/10/10(金) 23:31:23 ID:yNpjHdKd
>>568
時代がまるで違うんだが・・・
弥生の発祥はBC9-10世紀

572 :出土地不明:2008/10/11(土) 13:52:35 ID:6jVoDcNt
565の中華誘導台湾ゴリラに言えや。流れの読めねえヴォケ。

573 :出土地不明:2008/10/13(月) 01:14:46 ID:kYdbIw/d
>>571
文京区弥生町東大敷地内出土の土器がどうしたって?
これは古墳時代の物だって判明しているよ
「弥生時代」なんて元々存在しないのだよ。

574 :出土地不明:2008/10/13(月) 08:53:39 ID:30VkoSiE
「判明」はしてないだろ。そもそも、判明するしないっていう問題じゃないし。

575 :出土地不明:2008/10/13(月) 14:05:06 ID:faFeglMR
朝鮮煙幕→台湾人祖郷江南誘導→朝鮮煙幕→台湾人祖郷江南誘導→朝鮮煙幕→台湾人祖郷江南誘導→
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576 :出土地不明:2008/10/18(土) 15:45:59 ID:OdgLaiBB
>>571
そこまで遡るのかがまさに問題だお。

俺は前3あたりが弥生前期の始まりで、
前5あたりが早期の始まりと見ている。

C14に特化して古くするのは無理だお。

577 :出土地不明:2008/10/18(土) 20:35:44 ID:VtcQaNNR
まあ、見るのは自由だ。証拠いらないからな。

578 :出土地不明:2008/10/24(金) 00:41:54 ID:yQMBumFq
朝鮮での稲作はたしか南端部で前900位のがあったが、
それ以外は前500より新しいという状況だったはず。

あれを読んだときに、最古だけが突出していて不自然と
思ったのだが。

579 :出土地不明:2008/10/24(金) 01:25:41 ID:9VnRidxK
朝鮮半島で最古の水田遺跡は今のところ前11世紀。



弥生時代の始まりと深く関連している韓国南部だが、最古の水田は
慶尚南道蔚山・オクキョン遺跡で見つかっており、孔列文〜突帯文土器が
伴っているところから、前11 世紀頃と考えられている。
http://www.rekihaku.ac.jp/press/yayoi_kaishi.pdf




580 :出土地不明:2008/10/25(土) 13:19:34 ID:NtjM+a+u
約2万年前頃まで日本列島は朝鮮半島・華北・樺太とつながっていたが
台湾とはつながってはいない。

約5〜6万年前頃に中央アジアに入った北周りのオーストラロイドがゴビ湖(今のゴビ砂漠)
南部を通ってモンゴロイドに変化しながら約3万年前頃に日本湖(今の日本海)周辺に拡散。

ナイフ形石器を持った古モンゴロイドが地続きの朝鮮半島と樺太から日本列島に流入。
約18000年前頃に日本列島が華北・朝鮮半島と分岐。
以後、華北・朝鮮半島では古モンゴロイドから発展した中央モンゴロイドに
変化していくが、日本列島では古モンゴロイドを維持。

約3000年前頃に北方モンゴロイドの弥生人が沿海州沿岸から船で
朝鮮半島東岸を通過してくる最中に水田稲作を知って九州北部に上陸し
刻目突帯文土器とともに最古の水田遺構を残し西日本に拡散。

古モンゴロイドの縄文人と混成して現在の日本人種に至る。

581 :出土地不明:2008/10/25(土) 20:36:47 ID:QEaIK9TT
陸稲による稲作は縄文時代だが
結局水田稲作は朝鮮のほうが少し早いんだろ?

582 :出土地不明:2008/10/29(水) 00:16:03 ID:OVKhw0PB
そのようだね。朝鮮半島に稲作が入ったのは4〜5000年前くらいらしい。



1990年金浦佳■(山と見)里泥炭層から採取された稲籾は4,010+-25BPと
報告されており、問題もあるがもし報告が正しいとすれば韓国での稲の
出現は新石器時代中期段階にまでさかのぼる可能性がある。
http://inoues.net/study/japonica3.html

最近は紀元前2000年ころ(?)とみられる種籾が、漢江の河口に面
する金浦(キムポ)と一山(イルサン)で発見されました(注)。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~halfmoon/hm072.html

然し1992年には、それよりも早い時期の粳米を韓国の清州市における
家瓦遺跡から大量に発見された。今から4721年(+−50)年前と
推測されているが、同時に出土された樹木年輪測定からすると、
今から5020年前のものだと修正がなされた。
http://sakura-nokishita.spaces.live.com/blog/cns!6CB04EFFB064FA79!1873.entry



583 :出土地不明:2008/10/30(木) 22:16:47 ID:upeV5+/o
>>582
戻ってこ〜い

584 :出土地不明:2008/11/05(水) 08:35:17 ID:z/wE8S+s
弥生とか縄文と遺伝子関係のスレ見ると
何処にでもこの連張りキチがいるな。
凄い労力だとは思うよ、うん。

585 :出土地不明:2009/01/14(水) 00:33:13 ID:6EgH7qGN
紀元前9世紀に鉄器はあったのか?

結局どうなったんですか、あのニュースは?
素人にも分かるようにその後の顛末を教えてください

586 :出土地不明:2009/01/14(水) 01:15:29 ID:Kfhos4Ul
沿海州あたりではその頃もう古鉄器時代に入っているようなので、
沿海州から弥生人によって直に運び込まれたか、朝鮮経由で
持ち込まれたかといずれかと推定。


587 :出土地不明:2009/01/24(土) 15:18:17 ID:+8kRmQZL
>>580
何度も書いているが海は障壁にならない。
大陸とも日本とも陸続きになったことは一度もない琉球で三万年前から人が存在している。
オーストラリアへも数万年前に人類が渡っている。

588 :出土地不明:2009/01/27(火) 02:17:12 ID:uvMYMv2R
ご先祖様舐めすぎだよな。
海も渡れねぇシベリア人種の発想なんだろがw

589 :出土地不明:2009/01/28(水) 02:29:12 ID:Uj8m3plT
>>587
なる。原始ならなりまくる。
マダガスカルやインド洋の島々、ミクロネシア・ポリネシア…
向い海流のせいかメラネシアまでは人類は比較的早く行けたが、
その先には偉い時間がかかっている。ニュージーランドや
イースター島なんてごく最近。オーストラリアや琉球は氷河期、
しかも当時の大陸にかなり近く島も点在している。条件が違う。
アンダマン諸島は氷河期のあとはかなり隔絶。
北海道のアイヌも海が出来た事が非常に大きかった。
アボリジニもそうだろ。今だとインドネシアとはすぐだと思われるが
これが非常に違う。ウォレス線は大きいし。

590 :出土地不明:2009/01/28(水) 02:32:01 ID:Uj8m3plT
何より君たちの大好きな日本の縄文系D2の血がその証拠だろ。
ぱっと見なら大陸とは目と鼻の先。でも昔の人には大きな壁。

591 :出土地不明:2009/01/30(金) 21:31:09 ID:832CdsMt
>>590
大挙して移住すると思っていないかい?

592 :出土地不明:2009/01/30(金) 22:42:24 ID:3HCHqgVx
移住しても定着できなかった集団も多かっただろうし、
定着できても数千年ほどで滅んでしまった集団も多かっただろうよ。

593 :出土地不明:2009/02/01(日) 21:36:15 ID:C+o+x/8/
>>589
ウォレス線は他の移動能力の低い動物の話、
人類には適用できない。実際簡単に越えているじゃん。
何時オーストラリア大陸に人類が移住したと思っているんだ?

594 :出土地不明:2009/02/02(月) 02:03:47 ID:W8Q8Ttuu
現時点では、前10C説はどうなんだ。
弥生前期を古くしすぎると、甕棺墓の変遷が長期になりすぎるとかいう
批判はかなり理屈が通っているように思ったのだが。

595 :出土地不明:2009/02/02(月) 04:32:03 ID:VpSHcHBB
>>593
もちろんそれは厳密な話ではない

でも氷河期の後のマレーシア・インドネシアと
パプアニューギニアとかとの差はどうよ?
ましてオーストラリアとはさ

596 :出土地不明:2009/02/09(月) 23:31:01 ID:TGM4T6OY
毎日新聞 2月4日夕刊  http://mainichi.jp/enta/art/news/20090204dde018040014000c.html
弥生時代:衝撃の新年代発表から6年 自信深める歴博グループ

「弥生時代の始まりは通説より500年も早い」という国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)の放射性炭素
14を使った年代研究が、2003年春の公表から6年になる。翌年スタートした大がかりな研究体制も5年の
満期を迎え、これまでの成果をまとめた研究報告会が開かれた。研究の現況を整理する。【伊藤和史】

報告によると、土器に付着した炭化物(スス、焦げ)を中心に測定数は全国の約5000点(縄文〜古墳時代)。
これを踏まえ藤尾慎一郎・歴博教授は各地の弥生の始まり(水田稲作の開始時期)を、九州北部=紀元前
10世紀後半▽九州東部〜西部瀬戸内=前700〜前650年▽近畿=前7世紀後半▽北陸=前6世紀ごろ
▽東海=前6世紀中ごろ〜前5世紀末ごろ▽東北=前400年前後▽関東=前3世紀後半−−と説明した。

 「衝撃的」と深刻な波紋を呼んだ最初の発表が、データの蓄積によって補強されたことになる。
通説では、弥生の始まり(九州北部)は前5〜前4世紀だった。

 歴博の新年代観に対する反対論・慎重論は根強い。しかし、新年代は日本列島の年代観を拘束する大陸の
青銅器編年の見直しを促し、研究者の多くが弥生の開始時期を早く考える方に動いている。

 その中で代表的なのが、気候の寒冷化による社会変動と結びつける前8〜前7世紀説だが、歴博年代とは
まだ100年以上の開きがある。
 弥生の開始を左右する青銅器は、中国・遼寧(りょうねい)省で生まれて朝鮮半島に伝わった遼寧式銅剣である。
朝鮮半島最古の遼寧式銅剣の年代は日本の縄文末期と同時期。それがかつては前5世紀といわれたが、今は
前800年説が有力視される。このため弥生の始まりも前800年が上限となるが、歴博グループは前10〜前9世
紀説を唱え、前800年の壁を破ろうとしている。

 藤尾教授は「弥生の年代は中国考古学の動向いかん。いずれにしろ、5年前とは考古学的状況が違う」と述べ、
新年代への自信を示した。
 弥生の新年代には、韓国の研究者の関心も高い。日韓の間では、双方の土器が出土する時期の先後関係が
詳細に分析され、精密な編年体系が構築されているからだ。弥生時代がさかのぼれば、韓国考古学も重大な
影響を受ける。

 来日していた釜山大学校博物館の千羨幸・特別研究員は「歴博年代は古すぎるが、韓国でも弥生の始まりを
前8〜前7世紀に見る研究者は多い」と話した。ただ、日本の九州の研究者に見られるように、新年代を全面的に
否定する見解もあるという。

597 :出土地不明:2009/02/09(月) 23:34:35 ID:TGM4T6OY
>>596 の続き
一方、新年代に基づく歴史像の探究も始まっている。藤尾教授は弥生土器1型式ずつの年代幅を
約120年、約170年などと初めて示した。1型式を60年や90年などとみる従来の前提に比べ、
大幅に長くなったことになる。

 存続幅が広がっても遺跡(住居や墓)の数は変わらない。このことは一時期あたりの人口の減少を
示している。「にわかに信じられない存続幅の数字。弥生社会を考えるうえで影響が大きい」と藤尾教
授は述べ、会場からも驚嘆の声が上がっていた。

 このほか、「土器の形の変化は寒冷期に早く温暖期に遅い」「水田稲作は温暖期には広まりにくい」と
いった従来の想定にはない種々の歴史像も提示され、新年代の影響の大きさをうかがわせた。

 歴博グループは、旧石器時代から古代までの古代史の再構築という壮大な構想を持つ。かぎを握る
のが、試料の測定値を実年代へ換算する手法の精度の向上だ。研究のスタート時点では、欧米製の
換算法を使っていた。その後、古墳時代の始まりにかかわる紀元1〜3世紀など、欧米製が日本には
適用できない時期があることを突き止めた。グループでは、年輪年代法によって実年代の確実な日本
産樹木による換算法の充実や、その中国版、韓国版との連携を目指していく。

598 :出土地不明:2009/02/10(火) 01:58:52 ID:nV7I5DCO
反対説はものさしの正しさに疑問を呈しているのに、
ものさしの測定結果を出し続けて正しいと言われても・・・


599 :出土地不明:2009/02/11(水) 13:58:08 ID:y/7lpte/
反対派のものさしにも疑問が投げられているのに、
そのものさしの結果を出し続けて正しいと言われても・・・




600 :出土地不明:2009/02/11(水) 14:04:41 ID:JbsXFW+U
言ったもん勝ちだよね。
まずは扇動できるようなストーリーを出せるかどうか。
それが正しいことも間違っていることもあるだろうけどね。

601 :出土地不明:2009/02/11(水) 14:36:04 ID:1YlsuoA9
結局さ、互いにいかに自分が正しいかを言い合っていてもらちが明かないから、
自分が正しいとして、相手がどうして間違った結論に至ったかを、
相手の土俵で示してもらうしかないと思うのよね。

結果はそれを明確に示せた方が勝ちってことで。


602 :出土地不明:2009/02/16(月) 00:13:36 ID:PtMpeQ4u
329 日本@名無史さん [sage] Date:2009/02/15(日) 12:19:21 ID: Be:
最近、環境考古学云々ってタイトルの本を読んだが、

明らかに石器じゃなく鉄刃によって切断されたことが確実な古人骨(縄文晩期後半)が
C14年代で3200年前---BC1200年頃と判定されてるってことだが、
これってスレ的にはどう扱われるのかね?

【ヤマト】纏向は王権の礎の地か【マキムク】その5
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1231414308/329

603 :出土地不明:2009/02/16(月) 22:47:43 ID:yaEw/Zub
>>601
歴博は、C14の不適合例による批判、即ち、ものさしの正確性に対する批判
は無視していますよ。その批判があること自体に一切言及していません。

これは研究者として如何なものか?所詮、その程度の人なのかな?

604 :出土地不明:2009/02/17(火) 17:00:54 ID:FFhRqV60
どうもわからんのは大陸で発見されたものが日本にもあった場合
なぜか大陸⇒日本という方向でしか考えていない。

なぜ逆のルートを無視するのか。私がどうしても考古学を語る人
がほとんどそういう人たちばかりなのが不思議だ。

学問で大切なのは固定観念を持たぬことではないのか。

日本⇒朝鮮半島、日本⇒大陸、日本⇒シベリヤのルート
をはなから無視する論議はおかしくはありませんか。

605 :出土地不明:2009/02/17(火) 22:32:17 ID:XRYJ+72b
別に無視してませんが

606 :出土地不明:2009/02/18(水) 01:10:29 ID:AWYeGFwn
>>604
それはいつも感じる。


607 :出土地不明:2009/02/18(水) 01:45:40 ID:nJeqao7u
>>604 >>606
具体的にどの文化事象について
日本→大陸のケースを
御指摘されておられるのですか?

608 :出土地不明:2009/02/18(水) 02:22:26 ID:SX0walrh
さあ面白くなってきますたw
誰も無視などしていないのにね

でもってなんで>>604は「南から」日本を経由させたがるんだろうねw
南からなら常識的に東南アジアないし今の中国の華南〜華北の部分を
経由・北上して、モンゴル・シベリア方面、朝鮮半島、または日本など
に至るのが筋ってものじゃんw
でこの人、ここの「華南〜華北・朝鮮半島」の部分をすっ飛ばして
なぜかそこに日本を入れたがるww
なんだフィリピン、台湾からか?www
ラピタ人すら来なかった黒潮ルートメインで"文明"が「デムパ」したらしいでwwwww

細石刃やナイフ形石器、土器のルートなどもほとんど知らねー人間が
「考古学を語る人」だとよww
何かそ〜とうに大陸に先駆けたい強烈なコンプをお持ちな人のようでwww

誰か助けてあげてwww

609 :出土地不明:2009/02/18(水) 02:35:18 ID:SX0walrh
それとよ、
D2、D2言うわりには原始〜古代の日本の隔絶性を考えられないのよなw

それともなんか?日本は大陸に先駆けて農耕が開始された
文明発祥の地なのか?ww

でなけりゃ日本はかな〜り特別な、昔から常に大陸に文化を発信する
"独創的な"「先進国」ってなわけか?ww



参りました〜www

610 :出土地不明:2009/02/19(木) 07:48:27 ID:AQoaE+z5
ご自分の知識や見解に自信があるのはけして悪いことではないけど
普通に冷静に話し合えばいいのに人を卑下するような書き方をしてる人を見ていると
どんなに知識があって意義のある議論が出来てもがっかりしてしまうわね

611 :出土地不明:2009/02/20(金) 02:23:09 ID:19h/h7/l
くやしいのうwwwwwwwwwwwwwww

612 :出土地不明:2009/02/21(土) 22:01:52 ID:6qy0T8wA
細石刃やナイフ形石器、土器のルートをいくら詳しく知って
いてもY染色体のD2が日本人にしかないという驚くべき事
実は到底わからない。

考古学というのは、ほんとに科学を含めて幅広い分野での検討
が必要ということだと思う。

私が南から日本経由で北へという文化や人種のルートを強調する
のは、そういうルートを無視しないまでも無視するに近い固定観
念が考古学を語る人にはびこっているように思えるからあえてボロ
クソに言われるのを覚悟で書いています。

613 :出土地不明:2009/02/22(日) 01:10:01 ID:Cl66F144
だから無視していないって
それだけじゃかなり根拠が薄いってこと

第一もともとその根拠の信憑性だって疑問なわけじゃん?
Y以外でも全てね。恣意的なものなんてたくさんあるし
だからこそ様々な資料をよく吟味し、色々な角度からみていく
必要があるわけよ。それくらいわかれよw

でもってお前さんは自分の固定観念には気づいていないよ
だから勝手に他人をチョンだのチャンコロだの言っちゃうわけよww
このほうがよっぽど固定観念、いやいつものその感じじゃ
ヘタすりゃ輪ッパモンだっつーの!ほんと調子こいていい加減な事
言ってんじゃねーぞ、このホラ吹きが!!
しかも差別感情むき出しでカッコ悪いことカッコ悪いこと・・ww

相手にならねーよ
お前さんみたいのは少しの間海外行ってシゴかれてこい
何が本質か多少はわかるから

でももうそのぶんじゃもう遅いな

614 :出土地不明:2009/02/22(日) 01:16:43 ID:Cl66F144
ちなみにな、610の「卑下する」とは通常自分側に対して
使う言葉だからな。謙譲的な意味合いで

念のため言っておく


615 :出土地不明:2009/02/27(金) 09:00:58 ID:fO//7Vgm
弥生時代前期(紀元前400年頃)の人面付き土器が見つかった
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20090227-OYT1T00181.htm


616 :出土地不明:2009/02/28(土) 14:44:44 ID:dttT+yro
ツンギーデ顔だな。

眼裂が狭く吊り上がり気味で彫りが浅い。

617 :出土地不明:2009/02/28(土) 18:38:58 ID:PAwWWXrI
>>612
沖縄が起源のmtDNA M7aが縄文人遺伝子だと思うよ、
見事に南から北にクラインを形成しているから。
このM7系列のa群が縄文人、b群がチベット人、c群がフィリピン人の基盤を作っているぞ。
M7ハプロイドが長江下流・中国大陸棚付近で生じたんだろと篠田は推定している。
M7cはフィリピン系列だが宝来らが浦和の縄文人や戦国期鎌倉人からも発見している。

618 :出土地不明:2009/03/14(土) 18:46:00 ID:l4xL53W3
貫頭衣は単に人類最初の服装の形で、古代から現代まで世界中に見られる。


●貫頭衣 (かんとうい)
一枚の布を2つに折り、その折り目の中央に穴をあけ、そこから頭を貫いて
(通して)衣服としたもの。エジプト時代から見られる原始的な衣服の
形式である。ポンチョやガラビアなどもこの一種。
http://www.frontstyle.com/dictionary/j_ka.html

人類最初の服装の形は一枚布であったり、一枚布の真ん中に穴を開けて
被るという貫頭衣というシンプルな形であった。
http://homepage1.nifty.com/mottoi/kokusai8.htm

人類の衣服の工夫の中で最も単純な基本形として、貫頭衣の分布は広いが、
南米アンデス諸国に見られるポンチョがその代表的なものとされている。
http://www.h6.dion.ne.jp/~fu35/minzokuHP/ajia/indonesia.htm

619 :出土地不明:2009/03/14(土) 18:47:51 ID:l4xL53W3
古代ローマ時代の貫頭衣のような、一枚の布の頭の部分をくりぬいた
だけの服を着ていた。
http://home.att.ne.jp/red/senseofwondr/mou2.htm

古代中国もローマもギリシャも布を纏うか貫頭衣であった。
http://www.lcv.ne.jp/~yokota/contents/mumble/ykt/970410.htm

ローマ時代のイタリアでは男性はトーガという貫頭衣
http://www.psats.or.jp/psats.or.jp/column/nakamura027column.html

620 :出土地不明:2009/03/27(金) 23:40:07 ID:lISEeEXr
『季刊邪馬台国』101号で歴博批判特集をしているね。
まあ、反論できないから無視でしょうwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

621 :出土地不明:2009/03/31(火) 19:50:26 ID:nur4yiLE
朝鮮半島で最古の水田遺跡は前11世紀のオクキョン遺跡で日本よりも古い。



弥生時代の始まりと深く関連している韓国南部だが、最古の水田は
慶尚南道蔚山・オクキョン遺跡で見つかっており、孔列文〜突帯文土器が
伴っているところから、前11 世紀頃と考えられている。
http://www.rekihaku.ac.jp/press/yayoi_kaishi.pdf





622 :出土地不明:2009/03/31(火) 23:36:29 ID:pl+QVMX1
そういや、朝鮮の土器の年代は「日本の何年前のはずだから〜」で決定してるって本当かな?
あっちは科学的な正しさよりも政治的な正しさを優先する学者ばかりと言うし

623 :出土地不明:2009/04/01(水) 02:28:53 ID:8jvxlrz6
C14は実際は歴史年代がある程度確立しているエジプトでは、数百年レベルで
古く出ている。
歴史年代が不明な地域では批判ができないから通用しているという面はあるだろうね。


624 :出土地不明:2009/04/04(土) 16:36:22 ID:Di6ie0zH
マジですか?

625 :出土地不明:2009/04/05(日) 17:56:10 ID:U0Ih5TQd
鵜飼は満州や朝鮮半島にも見られる。


満州の京都ともいわれた古都吉林の松花江の鵜飼は6月から9月までの日中に
行われる。鵜縄をつけずに川に放った鵜が魚をくわえると網で船にすくい
あげて吐かせるという満州式の鵜飼であった。
http://www.jiyuu-shikan.org/shoseki_video4.html

日本の鵜飼いは、鳥居氏に便乗すれば、江南よりも朝鮮や満州の
北方民族から伝わったのかもしれません。鴨緑江や松花江などでも
鵜飼いは見られます(注9)。
http://www.han.org/a/half-moon/hm080.html

626 :出土地不明:2009/04/05(日) 18:01:33 ID:U0Ih5TQd
しかも日本の鵜飼は中国よりも古い。


鵜飼いの歴史は古く、『日本書紀』神武天皇の条に鵜養部のことが見え、
『古事記』にも鵜養のことを歌った歌謡が載っている。また中国の史書
『隋書』開皇二十年(600年)の条には、日本を訪れた隋使が見た変わった
漁法として紹介されている。

隋書の書かれた時代には鵜飼いは中国人にとって珍しい漁法だったが、
その後中国においても鵜飼い漁法が定着した。

確実な記録として最古の物は、10世紀の文人・陶穀が残した『清異録』
(965年)において、当塗(安徽省太平府の都市)の漁民が「魚を捕らえる
のに非常に機敏な鵜を使う」と記述されているのが最初である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B5%9C%E9%A3%BC%E3%81%84

627 :出土地不明:2009/04/10(金) 23:13:46 ID:HxY3++se
>>625
満州などの北方系の鵜飼の確認できる最古の例って
いつぐらいなの?

628 :出土地不明:2009/04/13(月) 03:24:56 ID:8fHRlc/y
>>625
リンク先読んでないけど、満州って書いてあるから一発で信じれるな!
なぜなら俺もかなり昔の日本の歴史を調べてるからさぁ〜
どうやら満州って昔から日本と関わりあるぞ!
しかも満州は漢民族に侵略されてない
日本が昔、満州国を作ったのも因果な運命かもしれん

629 :出土地不明:2009/04/15(水) 18:31:00 ID:w1QPSzQa
縄文時代から日本と関わっているのは満州というより沿海州沿岸部。

630 :出土地不明:2009/04/15(水) 20:39:43 ID:rKYRE479
ヒミコと日本
http://peevee.tv/v/25udf6


ヒミコの国家とその理念
http://peevee.tv/v/271o57


(´・ω・`)この動画見ろ!話はそれからだ!

631 :出土地不明:2009/05/14(木) 00:16:36 ID:v6fG9DEg
朝鮮半島に稲作が伝わったのは4〜5000年くらい前。


1990年金浦佳■(山と見)里泥炭層から採取された稲籾は4,010+-25BPと
報告されており、問題もあるがもし報告が正しいとすれば韓国での稲の
出現は新石器時代中期段階にまでさかのぼる可能性がある。
http://inoues.net/study/japonica3.html
最近は紀元前2000年ころ(?)とみられる種籾が、漢江の河口に面
する金浦(キムポ)と一山(イルサン)で発見されました(注)。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~halfmoon/hm072.html
然し1992年には、それよりも早い時期の粳米を韓国の清州市における
家瓦遺跡から大量に発見された。今から4721年(+−50)年前と
推測されているが、同時に出土された樹木年輪測定からすると、
今から5020年前のものだと修正がなされた。
http://sakura-nokishita.spaces.live.com/blog/cns!6CB04EFFB064FA79!1873.entry

632 :出土地不明:2009/05/14(木) 00:17:21 ID:v6fG9DEg
朝鮮半島で最古の水田遺跡は前11世紀のオクキョン遺跡で日本よりも古い。




弥生時代の始まりと深く関連している韓国南部だが、最古の水田は
慶尚南道蔚山・オクキョン遺跡で見つかっており、孔列文〜突帯文土器が
伴っているところから、前11 世紀頃と考えられている。
http://www.rekihaku.ac.jp/press/yayoi_kaishi.pdf





633 :出土地不明:2009/05/14(木) 00:18:11 ID:v6fG9DEg
中国から直接日本に伝来した事にされているRM1-b遺伝子の稲の
調査が日本に水田稲作が伝わったBC10Cより前の朝鮮の炭化米で
なされていない。

かつては朝鮮半島にもRM1-b遺伝子の稲は存在したが朝鮮半島の自然環境に
適応できず遺伝子が消滅欠損してしまった可能性が十分に考えられる。

佐藤洋一郎容疑者はただちに日本に水田稲作が伝わったBC10Cより前の
朝鮮の炭化米でRM1-b遺伝子の有無を調査し、その結果を国民に公表せよ。

考古学界を混乱させた貴方にはその責任がある。

それをしない内はペテン、詐欺と言われてもしかたがない。
http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

634 :出土地不明:2009/05/14(木) 08:42:23 ID:Qg1C5gvl

朝鮮半島に稲作が伝わったのは4〜5000年くらい前ですか、
日本では、稲作は約6000年前からですが、何か問題でも?



635 :出土地不明:2009/05/14(木) 12:06:50 ID:ZYNwKfLa
日本では、小麦作は約6000年前からですが、何か問題でも?w
日本では、小麦作は約6000年前からですが、何か問題でも?w
日本では、小麦作は約6000年前からですが、何か問題でも?w
日本では、小麦作は約6000年前からですが、何か問題でも?w
日本では、小麦作は約6000年前からですが、何か問題でも?w
日本では、小麦作は約6000年前からですが、何か問題でも?w
日本では、小麦作は約6000年前からですが、何か問題でも?w
日本では、小麦作は約6000年前からですが、何か問題でも?w
日本では、小麦作は約6000年前からですが、何か問題でも?w
日本では、小麦作は約6000年前からですが、何か問題でも?w
日本では、小麦作は約6000年前からですが、何か問題でも?w
日本では、小麦作は約6000年前からですが、何か問題でも?w
日本では、小麦作は約6000年前からですが、何か問題でも?w
日本では、小麦作は約6000年前からですが、何か問題でも?w
日本では、小麦作は約6000年前からですが、何か問題でも?w
日本では、小麦作は約6000年前からですが、何か問題でも?w

636 :出土地不明:2009/05/14(木) 12:36:26 ID:Qg1C5gvl
何〜も問題ないです。

637 :出土地不明:2009/05/27(水) 19:12:37 ID:YKhZKGnW
>>631
【韓国】 朝鮮半島初の稲作「再検証」〜五千年前から稲作していたことを認めさせる作業開始[04/11]
http://news24.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1208011694/

これか、なんか,日本に対抗するニダ!という感じみたいだが。

638 :出土地不明:2009/05/30(土) 02:34:54 ID:kXSJ8uH9
そういう国だ。

639 :出土地不明:2009/06/02(火) 23:15:36 ID:35Hzm67h
南インドには突帯文式甕棺墓、支石墓、箱式石棺、子持ち壷(楽器)、
金属器(カネ)、北部はナンだが南部は稲作、弥生前期の北部九州人?

[PDF]http://jomon.sakura.ne.jp/kiyou2-fukao.pdfファイルタイプ:
PDF/Adobe Acrobat - HTMLバージョン
Gクダイッカル―ドーム状の石を地上に置いて、甕棺を納めた地下の墓室を閉じたもの。
H掘抜式墓室(ロックカット=ケイブ)―石窟墓とも呼ばれ、ラテライト岩盤中に墓室を
掘りこんだもの。 南インドの巨石文化においては、ストーンサークル(環状列石) ...
jomon.sakura.ne.jp/kiyou2-fukao.pdf - 類似ページ


640 :出土地不明:2009/06/10(水) 20:18:04 ID:CDpxy3bz
呉服は百済経由で伝わっている。


また百済国に、「若(モ)し賢(サカ)しき人あらば貢上(タテマツ)れ」
とおほせたまひき。かれ、命(ミコト)を受けて貢上(タテマツ)りし人、
名は和邇吉師(ワニキシ)、すなはち論語十巻・千字文一巻、并(アハ)
せて十一巻(トヲアマリヒトマキ)をこの人に付けてすなはち貢進
(タテマツ)りき。この和邇吉師(ワニキシ)は文首(フミノオビト)等(ラ)の
祖(オヤ)。また手人(テヒト)韓鍛(カラカヌチ)名は卓素(タクソ)、
また呉服(クレハトリ)の西素(サイソ)二人を貢上(タテマツ)り、
また秦造(ハタノミヤツコ)の祖(オヤ)、漢直(アヤノアタヒ)の祖(オヤ)、
また酒を醸(カ)むことを知れる人、名は仁番(ニホ)亦(マタ)の名は
須須許理(ススコリ)等(ラ)参(マヰ)渡り来つ。
http://kamnavi.jp/link/kojiki2.txt

641 :出土地不明:2009/06/10(水) 22:15:08 ID:KoAJ+yov
紀元は2600年の根拠が見つかったりしてなw

642 :出土地不明:2009/09/07(月) 19:07:30 ID:kqfQN+/a
>>640
要するに、百済は命令されたら、日本の言う事を聞く国だと言う事だろ
そんなん、当の昔にわかっているよ。

643 :出土地不明:2009/10/08(木) 13:25:16 ID:0+2vSRDl
>>1でいくと、縄文文化の急な衰退が4000年前から5000年前にならないか?
世界的に4000年前ごろに、気象変動で多くの文明が衰退してるから
それと合わなくなる。
ダメかもしれん

644 :出土地不明:2009/10/10(土) 21:11:07 ID:7BWkq8nZ
半月型石包丁(桂葉形雙孔石刀)は遼寧を経由している。


中国遼寧省羊頭窪遺跡.  黒陶系土器 石器(石包丁 磨製石鏃) 紡錐車 骨角器 卜骨
http://www.museum.kyoto-u.ac.jp/museumF/jpncul.html

紅山文化は北方地区の新石器文化の中で重要な文化です。ここでいう北方地区とは、
東北3省(遼寧、吉林、黒龍江)、内蒙古自治区および新彊維吾爾(ウイグル)自治区を指します。
大型石器の中で特徴的なものに、土掘具(耜あるいは犁とも呼ばれる)、桂葉形の双孔石刀があります。
http://kohkosai.web.infoseek.co.jp/kaisetu/15-1kouzan.htm

中国北部の文化が東北部の遼西まで及んでいるいることを知りえた。それに、石包丁が出土していた
のには目を見張った。日本に石包丁が伝わったのはそれから3千年もたった弥生時代になってからなのだ。
http://kyohiro.blog.ocn.ne.jp/
◆遼寧の石包丁
http://kyohiro.blog.ocn.ne.jp/./photos/uncategorized/2008/02/04/070827_078_2.jpg

645 :出土地不明:2009/10/10(土) 21:15:45 ID:VAJWg9yy
水稲が江南→日本→半島もあるが、
半島に伝わっていない品種があるので、
水稲が 江南→日本−×→半島もあります。
稲のDNA調査から、ほぼ間違いないと思われます。
また、朝鮮半島に稲作が伝わったのは4〜5000年くらい前、
日本では、稲作や麦作は約6000年前からです。

稲作が朝鮮半島から伝わったのなら、日本列島になぜ古代朝鮮半島の
農機具も伝わっていないのだろうか、
弓山里遺跡から石鍬、角鍬、猪牙鎌などの農耕具が出土してるのに、
日本列島は木製農機具ばかり。
また、朝鮮半島では、石犂、石鎌も智塔里遺跡から出土している。
農機具で、稲作の伝わり方を説明するのには、朝鮮半島経由では、
矛盾が出てくるんだが。


646 :出土地不明:2009/10/10(土) 21:45:31 ID:m3RHgIE9
むかーしむかし、長江の河口域あたりの江蘇省から3000年前、渡来系弥生人が
九州北部に渡来して水田稲作を伝えました。

ところが、なぜかこの最古の水田遺構を残した長江の渡来人、何を血迷ったのか、
自らの故郷の石鋤などの石製農耕具を伝えず、長江に無いはずのクワを農耕具として
伝えてしまったんです。しかも木製の。

最後の最後まで当時の江南の農耕具の主役だった石鋤を一切伝えてくれなかったんです。

おまけに、この水田稲作を伝えてくれた長江の渡来人、何をとち狂ったのか、
故郷の江南系中国土器を伝えず、わざわざ遠く離れた北方の沿海州系の土器を
最古の水田遺構に伝えてしまいましたとさ。


おしまい(爆


647 :出土地不明:2009/10/10(土) 21:52:53 ID:uUuy8ovi
どっちも無意味。


648 :出土地不明:2009/10/10(土) 22:42:15 ID:z3DK79hS

日本に縄文稲作が有ったのは確実で、その縄文稲が朝鮮経由なら

遼寧の半月型石包丁が縄文遺跡からザクザク出てくるはずだが出てこないね

あれえ〜〜どゆこと トンスル団員さん教えて!


649 :出土地不明:2009/10/10(土) 23:42:00 ID:xjsG9is1
トンスル団員じゃなくて俺は日本酒団員だが、ただ単純に遅れただけだろが。

縄文稲作はあったとしても3500年以上前には遡れる事は無い。

学会では上ノ原遺跡の炭素測定で3500年前の炭化米を疑問視している。

つか、突帯文土器以前のものはすべて考古学的に疑問視されている。

俺はおまえのような台湾人工作員より、むしろおまえの言うトンスル団員と
話がしたい。

650 :出土地不明:2009/10/11(日) 02:20:55 ID:5CfFHx3W
>>649 >縄文稲作はあったとしても3500年以上前には遡れる事は無い。
    この自信たっぷりな妄想の根拠は!ただそう思うじゃダメだよ。

http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn2/002_01/plantoparlsyutudorei.jpg
じゃこの表に有る31件の縄文時代のイネのプラントオパール出土例は捏造ですかい?

第2部  縄文稲作の究明
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn2/002_01_01jyoumonninasaku_ha_attaka.html


651 :出土地不明:2009/10/11(日) 10:17:40 ID:O9UaO9Hr
どんどん地中深くに染み込んでいってしまうプラントオパールは
信憑性が全く無い。

出た層のプラントオパールではない事の方が多いからだ。

652 :出土地不明:2009/10/11(日) 20:13:39 ID:gLcjeiWy
>>651
書いていることガ、おかしいと思わないか。
>どんどん地中深くに染み込んでいってしまうプラントオパール

ならば、稲作の多い日本列島ならば、すべての遺跡から出ても良いはずだが、
31件しか出ていないのは。また、土器の粘土にも含まれているようだし。

>出た層のプラントオパールではない事の方が多いからだ。
どこに、多いとした比較資料があるのだ。



653 :出土地不明:2009/10/11(日) 22:08:46 ID:LR4idXvd
要するにプラントオパールは炭素測定しない限り実際年代など
分からないって事だな。

654 :出土地不明:2009/10/11(日) 23:40:43 ID:QNUnBPMC
>土器の胎土中から検出されたイネのプラント・オパールについては、後世の混入の心配がなく、
>信頼性の高い資料である。最古のものとしては、美甘村姫笹原遺跡の
>縄文時代中期中葉(約5000年前)の事例がある

655 :出土地不明:2009/10/12(月) 01:00:24 ID:FQ/f3kRC
地中深くに染み込んで土器に達しただけだろうがこのウソツキ湾人が。

だったらなおさら炭素測定して裏付けを取ればイイじゃねえかよ。

やってから後世の混入の心配がないと言えよ。

この馬鹿湾人が。

くせえ、汚らしい土人の癖によう。





656 :出土地不明:2009/10/12(月) 05:53:23 ID:C0qOELMm
>>655
おまえは自分の脳みそが腐って腐敗臭漂ってるのが分からんのじゃろ

それで くせえだの汚いだのと人の事言えるな この馬鹿トンスル土器人が。

657 :出土地不明:2009/10/12(月) 11:43:28 ID:V8aLOh0N
俺がいつ日本人の祖先を鮮人に仕立てたんだ?台湾南京虫。

おまえらは常時、日本人の祖先をチンクに仕立ててるじゃねえか。

とっとと史ねこの台湾ゴキブリが。

658 :出土地不明:2009/10/12(月) 11:54:13 ID:K3ty65Rg
お前なw

大陸人種なんて混血の塊だぜ。北方種に強姦された歴史だ。

659 :出土地不明:2009/10/12(月) 15:58:58 ID:d5kZ4lpa
朝鮮半島に稲作が伝わったのは4〜5000年くらい前。


1990年金浦佳■(山と見)里泥炭層から採取された稲籾は4,010+-25BPと
報告されており、問題もあるがもし報告が正しいとすれば韓国での稲の
出現は新石器時代中期段階にまでさかのぼる可能性がある。
http://inoues.net/study/japonica3.html
最近は紀元前2000年ころ(?)とみられる種籾が、漢江の河口に面
する金浦(キムポ)と一山(イルサン)で発見されました(注)。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~halfmoon/hm072.html
然し1992年には、それよりも早い時期の粳米を韓国の清州市における
家瓦遺跡から大量に発見された。今から4721年(+−50)年前と
推測されているが、同時に出土された樹木年輪測定からすると、
今から5020年前のものだと修正がなされた。
http://sakura-nokishita.spaces.live.com/blog/cns!6CB04EFFB064FA79!1873.entry

660 :出土地不明:2009/10/12(月) 16:02:25 ID:xAIuheib
朝鮮半島で最古の水田遺跡は前11世紀のオクキョン遺跡で日本よりも古い。




弥生時代の始まりと深く関連している韓国南部だが、最古の水田は
慶尚南道蔚山・オクキョン遺跡で見つかっており、孔列文〜突帯文土器が
伴っているところから、前11 世紀頃と考えられている。
http://www.rekihaku.ac.jp/press/yayoi_kaishi.pdf





661 :出土地不明:2009/10/12(月) 16:05:23 ID:tSPZYdVE
中国から直接日本に伝来した事にされているRM1-b遺伝子の稲の
調査が日本に水田稲作が伝わったBC10Cより前の朝鮮の炭化米で
なされていない。

かつては朝鮮半島にもRM1-b遺伝子の稲は存在したが朝鮮半島の自然環境に
適応できず遺伝子が消滅欠損してしまった可能性が十分に考えられる。

佐藤洋一郎容疑者はただちに日本に水田稲作が伝わったBC10Cより前の
朝鮮の炭化米でRM1-b遺伝子の有無を調査し、その結果を国民に公表せよ。

考古学界を混乱させた貴方にはその責任がある。

それをしない内はペテン、詐欺と言われてもしかたがない。
http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

662 :出土地不明:2009/10/12(月) 20:01:02 ID:0C/LuHIa
>>659 >>660 >>661

熱帯ジャポニカ種の稲が朝鮮半島北部から出ていない点で
日本列島から朝鮮半島南部に熱帯ジャポニカ種が伝わったと考えられ、
遺伝子の面から見ても、朝鮮半島から日本列島に伝わった説には無理があり。


663 :出土地不明:2009/10/12(月) 20:35:18 ID:wXQ9i4KX

「倭」の始まりは「弁韓」「馬韓」の小国の集まりが九州に移民をしたのが始まり。
その後、「馬韓」は「百済」となり、家族付き合いを続けており、
最終的に「百済」消滅後、「倭」と統合し、現在の「日本」となる。
「朱蒙(チュモン)」は日本の歴史番組でもある。 卑弥呼はプヨから派遣された巫女。

大和王朝 … 扶余系高句麗人の騎馬軍団(蘇我氏など)が日本に来て倭国に王朝を建てたのが始まり

第四代新羅王「脱解尼師今」の血筋が継体天皇。
つまり今の天皇は高句麗、百済、新羅の三国の王家の血を引く王様と言う事だろう。
蘇我氏の努力だろう。

「白村江の戦い」以降の武蔵(東京)での朝鮮半島からの移民の歴史
●666年(天智5年)……「百済人男女約2000人東国移住」
●684年(天武13年)……「百済人僧尼以下23人を武蔵國へ移す」
●687年(持統元年)……「高麗人56人を常陸國、新羅人14人を下野國へ移住」「高麗の僧侶を含む22人を武蔵國へ移住」
●716年(霊亀2年)……高麗郡の設置(駿河・甲斐・相模・上総・下総・常陸・下野七カ国の高麗人1779人を武蔵國に移す)
●733年(天平5年)……「埼玉郡の新羅人徳師ら53人に金姓を与える」
●758年(天平宝字2年)……新羅郡の設置(日本に帰化した新羅の僧32人、尼2人、男19人、女21人を武蔵國に移住)
●760年(天平宝字4年)……「新羅人131人を武蔵の地へ移り住む」

664 :出土地不明:2009/10/12(月) 22:37:33 ID:UNRu3utX
>>662
その前に、北朝鮮以北の最古級の炭化米で熱帯ジャポニカの
調査をしてないじゃないの。

サギはやめましょう。

665 :出土地不明:2009/10/12(月) 23:32:37 ID:rG1aD8Ct
★半島北部の炭化米に熱帯ジャポニカがあるかどうかを調べたとする。
〇見つからなかったら、 半島南部の米は日本と共通するが、   伝播方向は断定できない。
〇見つかっても、    通説も佐藤説も同等に確からしいから、 伝播方向は断定できない。、

依頼があれば調査する程度の義務じゃないのか?
あのシンポジウムの内容しか知らないが、佐藤先生は可能性を示しただけと思うがなあ?

666 :出土地不明:2009/10/12(月) 23:40:29 ID:s05Xh9Ip
ペテン佐藤か。

あいつは相当したたかな売名学者。

すべてを分かっててやってる確信犯。

667 :出土地不明:2009/10/16(金) 01:26:44 ID:TGqtfA04
歴博のC14の話はどうなった?


最近は集中砲火でボロボロのようだが、このまま反論を無視し続けて
マスコミに自説を出すだけのやり方を続けるのかどうか・・・・・


668 :出土地不明:2009/10/16(金) 02:07:36 ID:d21xJraa
>>52-53-54   >>幾ら人の往来があっても技能の伝達は困難!!
遼東半島南部には紀元前2600〜前1650年頃竜山文化の黒陶、灰陶が出土するがすぐ南隣(僅か200k程)の朝鮮楽浪地域に黒灰陶器が出現するのは
紀元前100年頃に成ってから、どうしてかな?まさか人の往来が一切無かった?そんな訳ないよね。!!!

山東竜山文化は、山東省を中心に北は河北省から遼東半島南部に、南は江蘇省中部に分布する。基本的には大?口文化を継承して発展させた黒陶文化といえる。
ロクロ成型により焼成温度もあがって硬質となった黒陶は、器壁がうすく独特の光沢をもつ。初期には灰陶もあったが、のちに黒陶が主体となった。
単耳坏・烏頭足鼎・高柄足坏など特殊な器もある。文様には弦文・竹節文・透かし孔などがあり、一部に商(殷)周時代の青銅器にある雲雷文や饕餮(とうてつ)文などに似たものもある。
習俗として抜歯・頭骨変形・卜占(ぼくせん)など、大?口文化からひきついだものがみられる。年代は炭素14法でおよそ前2600〜前1650年。後続する遼東半島新石器文化にも大きな影響をあたえた。
黒陶. 前2500〜前2000年の山東竜山文化の高脚坏(こうきゃくはい)。高質な黒陶は、ろくろで成形され、土器表面はみがかれているものが多い。


669 :出土地不明:2009/10/16(金) 12:13:05 ID:aSBch7Vd
無文土器時代(BC15C頃〜)から朝鮮で黒色磨研土器は登場しているが。


紀元前1000年紀には、無文土器が主流となった。この時代は、朝鮮半島における青銅器時代とほぼ一致する。
文様がないか、あるいはあってもごく少ない赤褐色の平底の土器である。成形にはまだ轆轤の使用は見られず、
手捏ねか輪積みによるものがほとんどである。分布は、中国の東北地方、西は遼河から東は黒龍江・松花江に
またがる地方と深いつながりを持ち、櫛目文土器文化とは違った文化圏が形成されていたことがわかる。
そしてこの無文土器は、さらに東に伝わり、わが国の弥生土器の母胎ともなった。

無文土器の遺跡からは、しばしば中国の影響を受けた黒色磨研土器と丹塗磨研土器が出土する。
前者は、龍山文化の影響を受けたもので、咸鏡北道を中心として半島中部・南部でも発見され、
ある程度分布はひろがっている。
http://www.moco.or.jp/intro/history_k.html

670 :出土地不明:2009/10/16(金) 17:06:43 ID:jO6X9W15
>>669
>>ハイ,ハイ,ハイ遼東経由の「黒陶,擬似,擬似,擬似」の黒色磨研土器ね。

日本の縄文後期遺跡(BC15C前後)や朝鮮半島の無文土器遺跡では黒色磨研土器や丹塗磨研土器がよく出土する。

朝鮮北部と遼東は可なりの往来が有ったはずなのに、なぜ北隣遼東の、黒陶,灰陶じゃなく黒色磨研土器なのか?
中国土器の代表器形である三足器形も見つかって無い。

それに甑や豆などの器形も無い。

>>まっ、技術とか技能とかは幾ら人の往来が有っても簡単には伝達しない証明だね土器人チャン。



671 :出土地不明:2009/10/17(土) 02:08:26 ID:7ke31DCg
じゃあその朝鮮黒色磨研土器は一体どこからの影響で出現したんだ?w

朝鮮独自で生まれて出現したのか?w

だいたいおまえは文物の直接伝達と間接伝達さえも分からない考古学の素質の
カケラもない人間だという事を自ら曝け出してるじゃないかw

朝鮮半島に三足土器が伝わってない(実際は豆満江にある)のはそれまでに交流は
あっても直接中国からの人の渡来定着が無かった、つまり渡来定着による文物の
直接伝達をしていない事を示し、黒色磨研土器は直接伝達のあった遼東半島から
人から人へとリレーで半島に伝播してきた間接伝達だと言う事が自ずと分かるじゃないか。

そもそも無文土器に甑も豆(高坏)もある事も知らない馬鹿が考古学なんか語るなよw
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E7%84%A1%E6%96%87%E5%9C%9F%E5%99%A8/

672 :出土地不明:2009/10/17(土) 03:09:29 ID:ozwu6Q0E
>>671
<遼東半島南部のBC2600〜BC1650年頃に有った黒陶、灰陶、三足土器、それに甑や豆>

ようは朝鮮半島にはBC1600年以前、黒陶、灰陶、三足土器、甑や豆がどうして同時代に隣の遼東から
人の往来が有るにも関わらず伝播しなかったかが問題で、
青銅器(Wiki説BC700年),鉄器時代(Wiki説BC300年)はずっと後世だし黒色磨研土器は関係無い。

>同時代のすぐお隣に黒灰陶等々が有るのに、購入、模造品を作る成りがなぜ出来なかったのか?
 それだけ技術とか技能の伝達は難しいって事を言いたいんだよ。
 だから長江辺りの人達が九州に渡ったが、立派な土器の技術とか技能を伝える事が出来なかったって話。





673 :出土地不明:2009/10/17(土) 14:25:43 ID:jmFFMAga
>ようは朝鮮半島にはBC1600年以前、黒陶、灰陶、三足土器、甑や豆がどうして同時代に隣の遼東から
>人の往来が有るにも関わらず伝播しなかったかが問題で、



だから、ただ単純に遼東人の定着が無かったからに過ぎない。

間接伝達は遠方に向けて伝播していく際、文物の形状変化や
取捨選択がどんどん行われていくのは言うまでも無い。



>青銅器(Wiki説BC700年),鉄器時代(Wiki説BC300年)は
>ずっと後世だし黒色磨研土器は関係無い。



じゃあその朝鮮黒色磨研土器は遼東の影響で出現したものではなく、
朝鮮独自に開発されて生まれたものなんだな?w



>長江辺りの人達が九州に渡ったが、立派な土器の技術とか技能を伝える事が出来なかった



遼東半島の件もそうだし、弥生開始時の九州北部や古墳期の半島人の帰化と同じく、
人の渡来定着あれば直接伝達でおおよその文物は確実に伝わっている。

674 :出土地不明:2009/10/17(土) 18:14:48 ID:ckyzBIBx
「貫頭衣」は単に人類最初の服装の形で、古代から現代まで世界中に見られる。


●貫頭衣 (かんとうい)
一枚の布を2つに折り、その折り目の中央に穴をあけ、そこから頭を貫いて
(通して)衣服としたもの。エジプト時代から見られる原始的な衣服の
形式である。ポンチョやガラビアなどもこの一種。
http://www.frontstyle.com/dictionary/j_ka.html

人類最初の服装の形は一枚布であったり、一枚布の真ん中に穴を開けて
被るという貫頭衣というシンプルな形であった。
http://homepage1.nifty.com/mottoi/kokusai8.htm

人類の衣服の工夫の中で最も単純な基本形として、貫頭衣の分布は広いが、
南米アンデス諸国に見られるポンチョがその代表的なものとされている。
http://www.h6.dion.ne.jp/~fu35/minzokuHP/ajia/indonesia.htm

675 :出土地不明:2009/10/17(土) 18:15:29 ID:ckyzBIBx
古代ローマ時代の貫頭衣のような、一枚の布の頭の部分をくりぬいた
だけの服を着ていた。
http://home.att.ne.jp/red/senseofwondr/mou2.htm

古代中国もローマもギリシャも布を纏うか貫頭衣であった。
http://www.lcv.ne.jp/~yokota/contents/mumble/ykt/970410.htm

ローマ時代のイタリアでは男性はトーガという貫頭衣
http://www.psats.or.jp/psats.or.jp/column/nakamura027column.html00

676 :出土地不明:2009/10/17(土) 18:57:26 ID:RZbgXgGc
>>673
766 名前:出土地不明 :2009/10/17(土) 17:09:31 ID:bm6qy2Cu
あれ〜遼東半島が中心地と云われる
支石墓コインドル、朝鮮半島には無かったっけ?


677 :出土地不明:2009/10/18(日) 19:43:40 ID:qEJLkeaE
「呉服」は百済経由で伝わっている。


また百済国に、「若(モ)し賢(サカ)しき人あらば貢上(タテマツ)れ」
とおほせたまひき。かれ、命(ミコト)を受けて貢上(タテマツ)りし人、
名は和邇吉師(ワニキシ)、すなはち論語十巻・千字文一巻、并(アハ)
せて十一巻(トヲアマリヒトマキ)をこの人に付けてすなはち貢進
(タテマツ)りき。この和邇吉師(ワニキシ)は文首(フミノオビト)等(ラ)の
祖(オヤ)。また手人(テヒト)韓鍛(カラカヌチ)名は卓素(タクソ)、
また呉服(クレハトリ)の西素(サイソ)二人を貢上(タテマツ)り、
また秦造(ハタノミヤツコ)の祖(オヤ)、漢直(アヤノアタヒ)の祖(オヤ)、
また酒を醸(カ)むことを知れる人、名は仁番(ニホ)亦(マタ)の名は
須須許理(ススコリ)等(ラ)参(マヰ)渡り来つ。
http://kamnavi.jp/link/kojiki2.txt

678 :出土地不明:2009/10/18(日) 21:03:14 ID:n8ahcBnX
キムチくせーなー


679 :出土地不明:2009/10/18(日) 21:10:10 ID:Em+0T4iL
ハッカクと黒豚くせーなー

680 :出土地不明:2009/10/19(月) 07:58:30 ID:+BVU5dEI
百済の住人の多くは倭人でしたからね


【隋書 百済伝】
>其人雜有新羅、高麗、倭等、亦有中國人。

「そこの人は新羅、高句麗、倭などが混在しており、また中国人もいる。」


681 :出土地不明:2009/10/19(月) 08:00:19 ID:+BVU5dEI

  [梁書,百済伝] >その国は倭に近く、身体に刺青を施している者がとても多い。

其國有二十二檐魯、皆以子弟宗族分據之。其人形長、衣服淨潔。其國近倭、頗有文身者。
今言語服章略與高驪同、行不張拱、拜不申足則異。呼帽曰冠、襦曰複衫、○曰褌。其言參諸夏、亦秦、韓之遺俗云。

その国には二十二の檐魯があり、いずれも子弟や宗族にこれを分与している。人の姿形は身長があり、衣服は清潔に洗っている。
その国は倭に近く、身体に刺青を施している者がとても多い。今も言語、服装、規約などはほぼ高句麗と同じだが、道では大仰な拱手はせず、
拝礼は述べずとも足りる則りが異なる。呼称では冠を帽、複衫を襦、褌を○という。その言葉には中華諸国や秦(の方言)が加わっており、韓に遺された習俗だという。

682 :出土地不明:2009/10/19(月) 22:51:51 ID:ejJcwFIc
「糸引き納豆」の登場は室町時代頃、「なれずし」は7C頃に朝鮮経由で伝わる。


平安時代の文献にも塩辛納豆の名は残っているが、一般に広まったのは
室町時代以降でこの頃から糸引き納豆も登場しており区別するために
塩辛納豆を久喜と呼び糸引き納豆を単に納豆と呼ぶようになった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%8D%E8%B1%86

日本最古のすしといわれる「鮒ずし」は、7世紀、近江大津宮に天智天皇が
遷都した以前からこの地にあったといいます。フナずしは、すしといっても
現在の握りずしとは違い、すしの原型といわれる「なれずし」の一種です。
なれずしは、米作民族が考え出した動物性タンパク質の原始的な保存法で、
そのルーツは東南アジアとされ、中国、朝鮮をへて日本へも伝えられました。
http://asamiya.sakura.ne.jp/gotouti/siga/siga.html

683 :出土地不明:2009/10/20(火) 21:49:30 ID:ZHmOe9pb
キムチくせーなー


684 :出土地不明:2009/10/20(火) 22:24:52 ID:uZBsnKTq
トンスルくせーなー

685 :出土地不明:2009/10/20(火) 22:44:18 ID:u+usxDSp
ホンタクくせーなー

686 :出土地不明:2009/10/20(火) 22:46:54 ID:rCRKoS6f
と、もはや涙目でセン人認定するしかない台湾褐色広鼻土人なのあった(爆

687 :出土地不明:2009/10/20(火) 22:47:36 ID:rCRKoS6f
と、もはや涙目でセン人認定するしかない台湾褐色広鼻土人なのあった(爆

688 :出土地不明:2009/10/20(火) 22:52:11 ID:ZHmOe9pb
↑ 感動のあまり、ろれつが回らない。


689 :出土地不明:2009/10/20(火) 23:01:48 ID:twNx/32U


ケコギくせーなー




690 :出土地不明:2009/10/20(火) 23:05:51 ID:YqOizwKh
「歌垣」は百済の帰化人から伝わっている。


翌宝亀元年(770年)3月には、男女230人が歌垣(うたがき)
には百済から河内の地に渡来した王仁(わに)の末孫たちが奉仕した
との記録が残されています。(続日本紀)
http://www18.ocn.ne.jp/~doukyou/shirukai/sub01.html

弓削の道鏡の出身地で称徳天皇がこの地に遊行されて、百済の人々が
歌垣をして慰めたという
http://www.shiga-miidera.or.jp/serialization/shinra/136.htm

歌垣を行った葛井氏ら六氏は百済からの渡来人を先祖としており
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kaihou26/kaihou26.html

691 :出土地不明:2009/10/20(火) 23:07:25 ID:BmgmFug0
「歌垣」は現在でも朝鮮半島に見られる。


先生は「韓の国紀行『歌垣』」のなかで、「朝鮮民族には凄味がある、
と、ほとほと思ったのは、この仏国寺の松林で野遊びを見、歌垣の
歌声をきき、そして杖鼓(チャング)のリズムをきいたときであった。
http://homepage2.nifty.com/kodaijin-tamat/index.files/karanokuni.htm

日本にも野遊びはあった。万葉のころ歌垣は絶えた。韓国ではいまも
生活の中にある。
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/nishikawasan/siba/karakuni.htm
 
韓国の山野では野遊びをする人々に出会うという。司馬さんは
「人々は強烈なリズムにのって群舞しており、さながら万葉時代の
歌垣や踏歌を現(うつつ)に見る思い」がすると書いていた。
http://www1.coralnet.or.jp/kn/tenti/c2002401.htm

692 :出土地不明:2009/10/20(火) 23:08:12 ID:BmgmFug0
次に、歌垣(かがい・歌會)について語ろう。七七〇年三月、河内の弓削の称徳離宮で歌垣が
行われた。万代にわたる帝と離宮の存続を祈り、周囲六ヶ村男女二百三十人の渡来人が夜を
通して歌い踊った。歌垣は若い男女にとって、他の部落との間の通婚の機会設定に大きな役割を
果たしていた。このころは、山麓の景勝地まで人々が出かけて、賑やかに野外舞踏会を開いた
ものであった。というよりは、日のあるうちは野に遊び、日が暮れると篝火が灯され、酒が
入って宴は佳境に入る。日野の朝鮮坊山では、毎年歌垣が行われていた。
お月見の習慣と併せて、韓半島からの伝来の風習であった。いまも扶餘や慶州あたりの野原では、
夏の夕べに月見の宴を張る。これを野遊とよんでいる。大和の民衆もこの楽しみをまねて、
農業神事に取り入れた。慶州の仏国寺の松林で、水色・桃色・緑・赤など色とりどりの袴・上衣を
着た老若男女が楽しそうに踊るのを見ることができる。杖鼓を膝の前において鞭のようなバチで
打つ。このリズムに合わせて踊る。韓国ではいまでも一般の家庭で使われている楽器である。
日本舞楽の羯鼓に似た楽器である。筑波山麓の歌會や常陸国風土記にある童子女松原の歌會が
知られている。筑波嶺の歌會で詠んだ歌一首と短歌が万葉集巻九にある。この伝統が盆踊りの形で
現在の日本に引き継がれた。
http://www.tmd.ac.jp/med/mtec/wakamatsu/emperor/historybackground.pdf#search

693 :出土地不明:2009/11/17(火) 13:47:23 ID:1asmCf0m
すごい執念の荒らしだな
去年からまだ続けてるのか。

694 :出土地不明:2009/12/28(月) 02:00:41 ID:QEcJ4bnd
殷の時代から、倭人がきていた
と中国の文献にあります

695 :出土地不明:2009/12/30(水) 18:44:22 ID:/2pQ1+tI
そーすぷりーず

696 :出土地不明:2010/01/01(金) 04:26:04 ID:vWqGTguZ
↓これ嘘だろ。水田はそれほど遡れない。

>むかーしむかし、長江の河口域あたりの江蘇省から3000年前、渡来系弥生人が
>九州北部に渡来して水田稲作を伝えました。



697 :出土地不明:2010/01/01(金) 04:28:48 ID:vWqGTguZ
それから、最近の在日(特に日教組に紛れこんだ在日)は、
別時代のもの、朝鮮関連の物を遺跡へ混入するようなこと
平気でやるから要注意だよ。

698 :出土地不明:2010/01/01(金) 04:30:55 ID:vWqGTguZ
遺跡発掘メンバーに在日を入れるのは極めて危険


699 :出土地不明:2010/01/03(日) 02:20:18 ID:B6UTJ5pD
弥生人はBC1,000前後から渡来した長江文明人(百越人とも)。
http://sawyer.exblog.jp/7178292/
http://inoues.net/museum/mikata_museum_kaboso.html

温帯ジャポニカ水稲は長江から日本に伝わり低温耐性が付いた後半島に渡った。
http://www.iza.ne.jp/images/user/20090917/613712.jpg

紀元前から半島に存在した辰国(しんこく、遼東郡からたつの方角の国という意)の倭人は、水稲を携えて日本から渡った弥生人。

三韓、任那、百済、新羅は倭人の国、日本の親戚で朝鮮国家にあらず。

高麗族(コリョ族)が朝鮮人、現在も残るツングース系の血がそれです。
現代朝鮮人の平均的DNA値・C3型ツングース系の血が約1割、O2b型倭人・長江文明人の血が約5割、O3型漢族の血が約4割、他

700 :出土地不明:2010/01/09(土) 13:16:22 ID:ijVViepH
朝鮮半島民族は永遠に、国是として、日本を貶める陰湿な悪行・謀略を絶えず
考えなければならない呪われた民族なのだ。それを見抜けない「間抜け」がマスコミ人
に多すぎる。「日本のマスコミは三流」とい言われる所以。
いかなる史実があろうとも、これ以上、朝鮮半島国人にとって屈辱的な、日本(
大和、倭)への評価はない。それは何か?
それは、自分たち朝鮮人が崇め奉ってきた中国思想の最大の権威者である孔子が

「日本に行って住みたい。」なんて言ってたのおおおおおお、Σ( ̄Д ̄;)がーんっ!
ま、ま、まさかあああ、えええええ、そんな馬鹿なあああ、オオオォォォ!!(ノ゚□゚)ノ・・・εミ(ο_ _)οドテッ…

なのである。この孔子の言は、韓国人などにとってそんなことは絶対にあってはならない、
ことなのである。「世界の4賢」の孔子の言葉だから、もう決定的というか
青天の霹靂、驚天動地、致命的というか、 どうにも否定できない。
できることは「どんなことがあっても永遠に葬り去るべき言葉。どんなことが
あっても、対抗すべき歴史を捏造(権威者の訪韓希望)せよ。」なのである。
それができないと、もう妬ましく妬ましく、悔しくて、悔しくて夜も眠れない
くらいなのだ。 韓国政府、学会が全力を上げて抹殺したい歴史事実、それが以下。
論語
●「子曰・・・欲居九夷」(子罕第九)★ 孔子、九夷に居すを欲す。
●「子曰、道不行、乗桴浮于海」(公治長第五)★ 子曰く(この国では)道行われず、海に浮かぶべし
(海を渡って九夷に行って住みたい。) と言った。
●『隋書』東夷傳の倭 「九夷所居、與中夏懸隔、然天性柔順」★倭は・・・九夷の居るとこである。
・・・その天性は柔順である。
●『漢書』地理志の倭
「然東夷天性柔順、異於三方之外、故孔子悼道不行、設浮於海、欲居九夷、有以也夫。
樂浪海中有倭人 分爲百餘國 以歳時來獻見云」
★然して東夷の天性柔順、外の三方とは異なる。故に孔子、道の行われざるを悼み、
説(も)し海に浮かばば、九夷に居らんと欲す。以(ゆえ)有るかな。
楽浪海中に倭人あり、 分かれて百余国をなし、 歳時をもって来たりて献見すと云う。

701 :出土地不明:2010/01/09(土) 19:09:29 ID:bbpvcq05
■■■悪の王者『台湾人工作部隊』の卑怯で卑劣で悪辣な工作の手口■■■


@まず日本人のふりをしながら組織で劇団型工作で朝鮮煙幕を炊き付け、
それを自ら叩いて自家発電でもって正義の味方を装う。
(朝鮮人を叩く正義のおじちゃんだ!と、この時点でバカ落ちる)

Aバカがダマサれ切ったのを見計らって、何十年もかけて作り上げてきた
それはそれは高度な誘導用の捏造創作を使って勝手に自分たちの祖先、
長江江南人が渡来したと狂言しまくる。
(バカ、ダマサれ信じ込む)

Bバレかけたら、邪魔な日本人に対して朝鮮人呼ばわりをする卑劣な狂言を
働く事で防衛し、再び@に戻って、A、@、A、@・・・と無限に繰り返す。

Cハイ、直接的関係など何も無い台湾人祖先「江南土人」が日本人の祖先になりました。

702 :出土地不明:2010/01/11(月) 14:00:24 ID:2Bjrl+7Q



韓国の遺跡で出土した炭化米にも熱帯ジャポニカ。
趙現鐘・国立済州博物館長と佐藤洋一郎・静岡大学助教授が
大阪府和泉市のシンポジウムで発表。[共同通信]
http://www.tt.rim.or.jp/~shr/nl/2001xc.html
韓国の遺跡で出土した炭化米にも熱帯ジャポニカ
韓国の遺跡で出土した炭化米にも熱帯ジャポニカ
韓国の遺跡で出土した炭化米にも熱帯ジャポニカ
韓国の遺跡で出土した炭化米にも熱帯ジャポニカ




703 :出土地不明:2010/01/13(水) 08:11:17 ID:xoO9sgaG
熱帯ジャポニカ米は、スンダランド辺りの原産である陸稲のこと。

温帯ジャポニカ米は、揚子江中域の原産である水稲のこと。

陸稲、水稲ともに南から徐々に低温耐性を付けながら北上するのは当たり前の話。

常識も科学も通じないのが、日教組シンパと朝鮮学派。

704 :出土地不明:2010/02/01(月) 22:46:36 ID:AzYePRi6
台湾人(FR-01)を百越人(FR-O2a,FR-O2b)と思ってるアホ
(台湾人はO1系で、百越人のO2系じゃない。)


>ID:bbpvcq05
>Cハイ、直接的関係など何も無い台湾人祖先「江南土人」が日本人の祖先になりました

705 :出土地不明:2010/02/04(木) 05:26:47 ID:4DGTQLzc
三国人という呼称は止めましょう。
それには台湾人、華人(戦前から日本に居る台湾国籍の華僑)が含まれるからです。
彼らは日本式の教育を受けた徳の高い、優秀な人たちだからです。中狂人とは違います。
もちろんそうでない反日外省人(国民党)もいるわけですが・・・。
いま最も危険なのは、本当に馬政権が台湾を中狂に売り払いそうなところです。
(米兵器購入でちょっといい感じにコジれてきてますが・・・)
台湾を失った西太平洋のシーレーン防衛のリスクとコストは、米国にとってさえあまりに高すぎます。
さしもの共和党でさえ、東亜の軍事プレゼンスを中狂に売り渡すやもしれません。
台湾は日本にとって大事な国です。できるものなら、今すぐ国交回復・軍事同盟締結したいくらいです。
さて日台離間を喜ぶ国はどこの三国でしょうか?


706 :出土地不明:2010/02/06(土) 13:17:53 ID:2+pDhHVQ
■■■悪の王者『台湾人工作部隊』の卑怯で卑劣で悪辣な工作の手口■■■


@まず日本人のふりをしながら朝鮮煙幕を炊き付け、それを自ら叩いて
自家発電でもって正義の味方を装う。
(朝鮮人を叩く正義のおじちゃんだ!と、この時点でバカ落ちる)

Aバカがダマサれ切ったのを見計らって、何十年もかけて作り上げてきた
それはそれは高度な誘導用の捏造創作を使って勝手に自分たちの祖先、
長江江南人が渡来したと狂言しまくる。
(バカ、ダマサれ信じ込む)

Bバレかけたら、邪魔な日本人に対して朝鮮人呼ばわりをする卑劣な狂言を
働く事で防衛し、再び@に戻って、A、@、A、@・・・と無限に繰り返す。

Cハイ、直接的関係など何も無い台湾人祖先「江南土人」が日本人の祖先になりました。

707 :出土地不明:2010/02/09(火) 23:15:31 ID:zEtDBnFS
↓こいつはDNAのY染色体分析での弥生人(FR-O2)と台湾人(FR-O1)の区別、
↓すら理解できない低脳さで、赤恥を晒しまくって得意になってる。
↓科学部門でノーベル賞を一個もとれない朝鮮半島文化人。

>706 :出土地不明 :2010/02/06(土) 13:17:53 ID:2+pDhHVQ
>Cハイ、直接的関係など何も無い台湾人祖先「江南土人」が日本人の祖先になりました。



708 :出土地不明:2010/02/10(水) 02:23:44 ID:yS9aHVS8
■■■悪の王者『台湾人工作部隊』の卑怯で卑劣で悪辣な工作の手口■■■


@まず日本人のふりをしながら朝鮮煙幕を炊き付け、それを自ら叩いて
自家発電でもって正義の味方を装う。
(朝鮮人を叩く正義のおじちゃんだ!と、この時点でバカ落ちる)

Aバカがダマサれ切ったのを見計らって、何十年もかけて作り上げてきた
それはそれは高度な誘導用の捏造創作を使って勝手に自分たちの祖先、
長江江南人が渡来したと狂言しまくる。
(バカ、ダマサれ信じ込む)

Bバレかけたら、邪魔な日本人に対して朝鮮人呼ばわりをする卑劣な狂言を
働く事で防衛し、再び@に戻って、A、@、A、@・・・と無限に繰り返す。

Cハイ、直接的関係など何も無い台湾人祖先「江南土人」が日本人の祖先になりました。

709 :出土地不明:2010/02/10(水) 08:53:44 ID:wjFHcLKE
↓DNAのY染色体分析での長江文明人(FR-O2b)と台湾人(FR-O1)の区別、
↓すら理解できない観念妄想論だけの低脳さで、赤恥を晒しまくって得意になってる。
↓科学部門でノーベル賞を一個もとれない朝鮮半島文化人。

>708 :出土地不明 :2010/02/10(水) 02:23:44 ID:yS9aHVS8
>>Cハイ、直接的関係など何も無い台湾人祖先「江南土人」が日本人の祖先になりました。


710 :出土地不明:2010/02/10(水) 12:21:30 ID:WcSNkXb/
■■■悪の王者『台湾人工作部隊』の卑怯で卑劣で悪辣な工作の手口■■■


@まず日本人のふりをしながら朝鮮煙幕を炊き付け、それを自ら叩いて
自家発電でもって正義の味方を装う。
(朝鮮人を叩く正義のおじちゃんだ!と、この時点でバカ落ちる)

Aバカがダマサれ切ったのを見計らって、何十年もかけて作り上げてきた
それはそれは高度な誘導用の捏造創作を使って勝手に自分たちの祖先、
長江江南人が渡来したと狂言しまくる。
(バカ、ダマサれ信じ込む)

Bバレかけたら、邪魔な日本人に対して朝鮮人呼ばわりをする卑劣な狂言を
働く事で防衛し、再び@に戻って、A、@、A、@・・・と無限に繰り返す。

Cハイ、直接的関係など何も無い台湾人祖先「江南土人」が日本人の祖先になりました。

711 :出土地不明:2010/02/10(水) 20:55:55 ID:wjFHcLKE
■■■悪の王者『VANK工作部隊』の卑怯で卑劣で悪辣な工作の手口■■■
↓妄想だけで、弥生人主派・長江文明人(FR-O2)と台湾人(FR-O1)の区別すら理解できない観念論。
↓執拗にその馬鹿さを晒してる。科学部門でノーベル賞を一個もとれない朝鮮半島文化人。

>710 :出土地不明 :2010/02/10(水) 12:21:30 ID:WcSNkXb/
>Cハイ、直接的関係など何も無い台湾人祖先「江南土人」が日本人の祖先になりました。



712 :出土地不明:2010/02/10(水) 21:23:28 ID:Y9fQB7DH
■■■悪の王者『台湾人工作部隊』の卑怯で卑劣で悪辣な工作の手口■■■


@まず日本人のふりをしながら組織で劇団型工作で朝鮮煙幕を炊き付け、
それを自ら叩いて自家発電でもって正義の味方を装う。
(朝鮮人を叩く正義のおじちゃんだ!と、この時点でバカ落ちる)

Aバカがダマサれ切ったのを見計らって、何十年もかけて作り上げてきた
それはそれは高度な誘導用の捏造創作を使って勝手に自分たちの祖先、
長江江南人が渡来したと狂言しまくる。
(バカ、ダマサれ信じ込む)

Bバレかけたら、邪魔な日本人に対して朝鮮人呼ばわりをする卑劣な狂言を
働く事で防衛し、再び@に戻って、A、@、A、@・・・と無限に繰り返す。

Cハイ、直接的関係など何も無い台湾人祖先「江南土人」が日本人の祖先になりました。

713 :出土地不明:2010/02/11(木) 02:52:23 ID:aJIApHD4
このすれではC14のことに言及することはタブーです。






そっとしておいてあげてください・・・

714 :出土地不明:2010/02/13(土) 13:56:14 ID:yTnCxaQy
歴史改竄手法の第一歩。
「第三国人」とは当時の国連側が「連合軍(国)側と枢軸国側」
という第二次世界大戦の構図において、「そのどちらにも属さない国民。」
という意味で決めた概念、呼称であって日本が決めたものでない。
都合のいいときだけ「国連中心」をひっぽり出すな。




>三国人という呼称は止めましょう。


715 :出土地不明:2010/02/13(土) 14:04:41 ID:yTnCxaQy
国連側の「第三国人」という呼称は国際法上も正当な概念、呼称である。
その国際法上、正当な概念、呼称にもとづく歴史観によって、戦後ドサクサ紛れ
に「朝鮮進駐軍」を自称して日本の主権を侵略しまくった朝鮮半島人の蛮行は
侵略行為として永遠に証明され続ける。

「戦勝国側の朝鮮進駐軍」として主権侵害し、そして不法占領を続ける朝鮮半島国民
にとって、国連歴史観の「第三国人」歴史観は、「目の上のたんこぶ」である。


716 :出土地不明:2010/02/13(土) 14:30:25 ID:rUBmJIZ1
台湾ゴキブリも戦後のドサクサに紛れて日本の土地の不法占拠した事を隠したいのかな?

分かりますw

717 :出土地不明:2010/02/13(土) 20:52:00 ID:yTnCxaQy
↓とにかく、台湾人をやたらにライバル意識してる。朝鮮半島人。

716 :出土地不明 :2010/02/13(土) 14:30:25 ID:rUBmJIZ1
台湾ゴキブリも戦後のドサクサに紛れて日本の土地の不法占拠した事を隠したいのかな?

分かりますw


718 :出土地不明:2010/02/13(土) 21:01:35 ID:yTnCxaQy
日台併合、日韓併合時代には「本土人が1等国民、琉球が2等国民、台湾人は3等国民で
朝鮮半島人は4等国民」とされていた。よって、その悔しさが今でも残っているらしく、
その悔しさがあまって、台湾人をライバル意識でしか見ない朝鮮半島人は、台湾人を
土人呼ばわりしないと気がすまないらしい。

日本に併合された台湾も、韓国軍に虐殺されたベトナム人も、「損害賠償請求はしない。」
としてる。それは「朝鮮半島人のような卑しい民族にはなりたくないから。」という
ことらしい。
やはりベトナム人や台湾人に比べて朝鮮半島人は等1階級、野卑な文化ということが、
東南アジア諸国での常識のようだ。


719 :出土地不明:2010/02/13(土) 22:40:59 ID:nh4+fNe1
>>718
大和民族と同族で1等国民だろw

720 :出土地不明:2010/02/13(土) 23:03:53 ID:/ANUL2ka
>>719
いえ、あなたは4等国民ですよ高麗棒子

721 :出土地不明:2010/02/13(土) 23:29:07 ID:nh4+fNe1
あんま、超大国連中舐めたらいかん。

722 :出土地不明:2010/02/16(火) 07:26:51 ID:LAjL8rtf
国連歴史観:朝鮮半島国は進駐軍(戦勝国側の国連側)でもなければ被占領国(敗戦国側の枢軸国側)でもない「第三国」

火事場泥棒根性・朝鮮半島人:自称戦勝国民の自称進駐軍(「朝鮮進駐軍」)


723 :出土地不明:2010/02/16(火) 07:29:28 ID:LAjL8rtf
戦争終わって60年以上もたってるのに「タカリ根性、ドサクサ紛れ火事場泥棒根性」で生きてるのは
朝鮮半島人だけだ。


724 :出土地不明:2010/02/16(火) 07:36:18 ID:LAjL8rtf
●ロケットエンジンはロシア製、各電子回路での部品は各所に日本製使用してたくせに、
「独自技術で打ち上げ」とかって言ってたと思ったら、失敗したと途端、ロシアや日本に
さっそく責任転嫁で「タカリ根性」丸出し。

http://www.youtube.com/watch?v=BGdDh5qy774

725 :出土地不明:2010/02/18(木) 23:27:07 ID:CzUP3nTV
■■■悪の王者『台湾人工作部隊』の卑怯で卑劣で悪辣な工作の手口■■■


@まず日本人のふりをしながら朝鮮煙幕を炊き付け、それを自ら叩いて
自家発電でもって正義の味方を装う。
(朝鮮人を叩く正義のおじちゃんだ!と、この時点でバカ落ちる)

Aバカがダマサれ切ったのを見計らって、何十年もかけて作り上げてきた
それはそれは高度な誘導用の捏造創作を使って勝手に自分たちの祖先、
長江江南人が渡来したと狂言しまくる。
(バカ、ダマサれ信じ込む)

Bバレかけたら、邪魔な日本人に対して朝鮮人呼ばわりをする卑劣な狂言を
働く事で防衛し、再び@に戻って、A、@、A、@・・・と無限に繰り返す。

Cハイ、直接的関係など何も無い台湾人祖先「江南土人」が日本人の祖先になりました。

726 :出土地不明:2010/07/01(木) 16:57:46 ID:FLzAZZkj
コピpeしか出来ない日本語能力OOOO点のバカチョン工作隊
生活保護費が頼りの寄生虫。

727 :出土地不明:2010/07/01(木) 18:39:16 ID:AN3XctZg
>>723
台湾は帝国統治下で直ぐに自立できるようになったが、
朝鮮は最後まで内地からの支援無しでは生きていけなかったからな。
だから戦後の日本への密航者も圧倒的に朝鮮人が多かった、大村には収容所があったな。
今の在日の先祖ね。

728 :出土地不明:2010/07/18(日) 12:00:43 ID:ewRxgzUN
>>690
歌垣は中国最古の詩集で儒教の経典でもある「詩経」にすでに書かれてる。
時代が全然違う。
・・・もう、否定するのも面倒なんだけど、書かないとまた湧いてくるし。

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