【まだまだ】弥生時代は紀元前10世紀から【遡る】
- 1 :出土地不明:03/12/21 01:16 ID:5JIi75+P
- 弥生時代は紀元前10世紀から…歴史民俗博が測定結果
国立歴史民俗博物館の研究グループは20日、弥生時代の始まりは紀元前10世紀である可能性が高いとする年代測定結果を発表した。
同グループは今年5月の段階で、「弥生時代の開始は、従来の通説より約500年早い紀元前10世紀にさかのぼる可能性がある」と発表していたが、その後、縄文時代の最終末の土器の年代を測定したところ、当初の予想を補強するデータが得られた。
また、近畿地方に稲作が普及した時期は紀元前7世紀ごろと発表、稲作は約300年かけて九州から西日本全域に広まった可能性が高まった。(読売新聞)
- 364 :出土地不明:2007/11/26(月) 16:21:34 ID:kXgQs+XQ
- >>363
かの国の法則が発動して
吉野ヶ里遺跡、負けるんじゃないのか?邪馬台国論争でw
いや、かの国の法則が発動しなくても、負けるんだろうけど...
そういえば、韓国では、新羅、百済の建国時期を紀元前1世紀にしているが
考古学上や中国の文献の上では、全く認められないんだよな...
でも、そのことを韓国では教えていない。
よって、この問題で韓国が噛み付けば噛み付くほど
中国と日本の両方にいっぺんに敵に回す。
- 365 :出土地不明:2007/11/26(月) 18:54:53 ID:IGLXZmqM
- 勝も負けるもあるか!ふざけるな、おい!一球!!!
- 366 :出土地不明:2007/11/28(水) 08:14:30 ID:udtzHakx
- ちょっと質問したいんだけど、
日本以外の国って
土器の種類によって、歴史区分(考古学区分)をして
絶対年代を提示している
ところってあるの?
最近、弥生時代の遡上問題があるだろう?
でも、あれを批判するむきがあるが...
それなら、これまでの縄文時代、弥生時代の定説自体
問題があるんじゃないのか?
話によれば、沖縄では、縄文土器、弥生土器って出現しているけど
全部、一括して、先史時代という括りをしているらしい。
- 367 :出土地不明:2007/11/29(木) 18:08:48 ID:pkH9QHPP
- 稲の伝来に関しては、中国南部から...
というのは、徐々に定説になりつつあるよ。
植物学とか遺伝学からいってもそう。
世界的にも前からそう言われていた。
ただ、歴博の研究者の論理構成は、胡散臭いとしか言いようがない。
彼らの論理構成は、基本的に文献とか考古学物からだから、
どうしても、彼らの脳内妄想が優先されてしまう。
よって、農耕の始まりが遡ること自体は、ほぼ正解だが
そこまで辿り着くのに、またまた、
春秋戦国時代が何たら...という文献から始まっている。
これだと、倭国大乱の曖昧な記述で論理構成した
小林行雄と大差がない。
- 368 :出土地不明:2007/11/29(木) 23:31:13 ID:bNQugADN
- まず、考古学Archseorojyアルケオロジーと、歴史学history の違いから説明する。簡単に書く。
文学lettersレターがあるものからあとが、歴史(学)だ。遺跡の中の碑文や刀剣に文字があれば(それらを
解読することで)歴史学の対象となる。文学や文章がなければ歴史学ではない。土器や石器や住居跡だけなら、
それは考古学アルケオロジーの対象だ。まず、このことをはっきりと自覚している者が、歴史学者を含めて
日本にはどれだけいるのか。文字や文献の出現からあとが、歴史の対象である。
その以前は、全て、先史時代pre-historicプレ・ヒストリックである。
「先史時代」のことは、だから、歴史学が扱ってはならない。歴史は史料(文という歴史資料)のみに
基づいて、なるべく厳密に、厳格に考証・研究されなければならない。
史料の取り扱いがいい加減で、自分勝手な「事実のふくらまし」をやったら、歴史学者としては、命取りである。
石碑や古文書を史料として、かつ、そこに書かれていることをなるべく厳密に取り扱って合理的な推論
(リーズニング reasoning)が成り立つ範囲で、当時の世界を記述するのが、歴史学である。
ただし、歴史学 historyは、人文 humanities ヒューマニティーズの一部である。であるから、厳密には、
物語storyストーリーの一部に過ぎない。サイエンス(学問)ではない。
世界の学問の分類基準では、厳密には歴史学は、人文(学)の一部であって、サイエンス scienceではない。
歴史学者がどんなに頑張ってもそうだ。ここでの分類問題では、これまでに私はたくさん書いてきたので、
いちいち争わない。
文学・石碑・文献・古文書のあることについてだけ、それらだけを証拠として、厳密に取り扱う。それ以外の
ことは、すべて勝手な解釈だ。歴史の読み物を書いている書き手の物語(作り話)だ。
たとえ著者が歴史学者の肩書きを持っていても、勝手な物語は、勝手な物語だ。だから、歴史学は、
人文=下等学問(=文学)の一種なのだ。おそらく、どんなに、厳密なサイエンスの振りをしても、考古学
(の論文の類)も、歴史学と同じく人文でしかないだろう。
副島隆彦「属国日本論を超えて」P175~177
- 369 :出土地不明:2007/11/29(木) 23:31:54 ID:bNQugADN
- 文学 letters がって、それらを解読して解釈して、時代考証し、理論化することからあとが、
歴史学である。案外、この事実を日本の知識人層は、みんな知らないのではないか。
「そんなことは、常識で、私は知っていた」と今、私に稚拙に反論しようとする多くの者たちの
目の中を覗き込むぞ。私は、この国の知識人層は、「知識と思考の枠組み」がほとんど出来て
いないことを嫌というほど知っている。
私自身は、この歴史学と考古学の違いについて明確な区別を、日本人の学者の文章で読んだ
ことがない。私は、17歳の時に、フリードリッヒ・エンゲルスの「猿(エイプ)が人間
(ヒューマン)になるについての労働の役割」という文章を英文と日本語の対訳で読んで
いたとき、この重大な区分についての記述にぶつかった。
副島隆彦「属国日本論を超えて」P176
- 370 :出土地不明:2007/11/30(金) 10:08:50 ID:QDjuNiqi
- 台湾人を叩く奴は全部チョン
悪い事は全部チョンのせい
李登輝を日本の総理大臣にしよう
日本人は台湾人が大好き
日本人は台湾が好き!朝鮮嫌い!
日本に来る台湾人歓迎!朝鮮人出て行け!
台湾人はマジでかわいい
ヴィック・チョウは日本女性に大人気
日本人種は在日チョン用語
金美齢は絶世の美女
- 371 :出土地不明:2007/12/02(日) 00:16:21 ID:jRxpr9oP
- プゥ〜ンとウンコのニオイのする熱い湿ったクサイ風が吹いてくる。
華南の風だ。
嗅いではならん!
嗅いではならんぞ!
嗅ぐと華南人や台湾人のように鼻が潰れ広がり、
肌がウンコ色になり、口が突き出し、
たちまち華南ホッテントットになるだろう。
http://www.chinacarefund.com/admin/eventc/passevent/upload/05111416585420050913_chinaservice_guilin%20270.jpg
- 372 :出土地不明:2007/12/02(日) 03:54:46 ID:UBs5QbyQ
- 世界の歴史教育の場で
日本みたいに土器の種類によって
大きく 縄文時代、弥生時代って
分けている国なんかいるのか?
だいたいが、先史時代って一括しているのでは?
- 373 :出土地不明:2007/12/02(日) 12:32:33 ID:spbHY7f8
- 日本に伝播 青銅器、商・西周と共通点 特殊な鉛含有
新井氏は、青銅器材料に含まれる微量の鉛を測る鉛同位体比法により、日中の青銅器計約3000個のデータを解析。
弥生関連の1052個を鉛同位体の比率の違いに注目して分類、共通点を探った。
その結果、弥生前期末から中期初めのものとされる青銅器は、
中国最古の王朝とされる商(殷、前17〜11世紀)や西周(前12〜8世紀)の時代に
多く見られる青銅器と、鉛同位体比が一致することが判明した。
鉛の種類としては極めて特殊なものが含まれていたという。
弥生時代については、国立歴史民俗博物館(歴博)が4年前、放射性炭素年代測定による分析の結果、
弥生期の幕開けは紀元前10世紀へさかのぼる−と発表して話題を集めた。
従来の定説では、日本へ青銅器が初めて流入したのは、前250〜200年。
遡上説をとる歴博によると前370年ごろ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071202-00000904-san-soci
- 374 :出土地不明:2007/12/02(日) 21:46:54 ID:nVNnrZ7z
- >>373
新井氏って在日韓国人なのかな?
- 375 :出土地不明:2007/12/02(日) 22:06:44 ID:jRxpr9oP
- 見よ!
中国の青銅器のさまざまな器形が全く伝わっていない。
◎中国青銅器のさまざまな器形
http://www.kotoken.co.jp/china/bronze/bronze-shape.html
- 376 :出土地不明:2007/12/03(月) 01:05:15 ID:O9LhEdht
- >>375
いやいや、だからな、
中国といっても広大だし、
年代によって大きく異なる。
- 377 :出土地不明:2007/12/03(月) 11:54:51 ID:cEaEgqdu
- >中国の青銅器のさまざまな器形が全く伝わっていない。
じゃあ、北方弥生土器人の遺跡からどんな物が伝わったの?
- 378 :出土地不明:2007/12/05(水) 16:08:30 ID:m64PY8bj
- >>374
そんな事はどうでも良い
- 379 :出土地不明:2007/12/13(木) 19:35:13 ID:CIAmpJ/e
- TBSはこうして在日朝鮮人に乗っ取られた。 窓際社員の独り言です。
(1)1960年代
テレビ放送が始まってまもなくの頃、放送中のちょっとした言葉づかいの問題(例えば「朝鮮民主主義人民共和国」を"北朝鮮"と呼んでしまった、など)に対して、
朝鮮総連から会社及び経営幹部の自宅に対して脅迫に近い抗議行動が繰り返される。抗議行動に対する「手打ち」として、採用枠に"在日枠"が密かに設けられる。
総連幹部の子弟を中心に入社試験無し(カタチだけの面接)での採用が毎年続く。
在日枠の密約を所轄官庁に対して内密にしてもらうよう局側から総連に「お願い」をしてさらに弱みを握られ身動きがとれなくなっていく。
(2)1970年代
政府を叩きさえすれば世論が喝采する狂った時代。
在日社員の「反日番組」を「権力に対するペンの戦い」「調査報道」と勘違いした経営幹部が社内で在日を積極登用。
「日本人社員と在日社員に昇進の差別があってはならない」などと理想論を述べたのは良かったが、
しかし昇進差別をしなかったのは甘い日本人幹部だけで、課長、部長と昇進した在日社員は、帰化した在日二世を理不尽なまでに優遇する逆差別人事を徹底。
異を唱えた日本人社員は徹底的にマークされ、営業や総務など番組制作の第一線から退けられる。
(3)1980年代---90年代
昇進した在日社員が主要な報道番組のプロデューサーや報道局長など、決定的なポストを占める。
某サヨク週刊誌の在日編集長をキャスターに迎えたニュース番組が、
学生時代に学生運動に没頭した団塊の世代の視聴者の支持により高い視聴率を得る。
1989年の参議院議員選挙では「土井社会党」「マドンナブーム」を援護。あからさまな社会党支持。
(4)1990年代---2000年代
偏向報道、捏造報道、取材情報を特定の勢力に提供するなど、報道機関として存在を否定されかねない不祥事が続発。
朝日新聞、系列のテレビ朝日が、どちらかといえば「北京の意」を汲んだ報道が多い。
バブル崩壊以降の景気低迷でただでさえ厳しい広告収入が、「サラ金」と「パチンコ」に大きく依存。まさに、在日朝鮮人の資金で在日朝鮮人が運営しているのがウチの放送局。
在日の局長が在日のスターを「作り上げる」ような番組制作が為され、その証拠に「筑紫哲也の番組名」が未だに存在する。
- 380 :出土地不明:2007/12/14(金) 09:33:34 ID:+W3GylEX
- 台湾人を叩く奴は全部チョン
悪い事は全部チョンのせい
李登輝を日本の総理大臣にしよう
日本人は台湾人が大好き
日本人は台湾が好き!朝鮮嫌い!
日本に来る台湾人歓迎!朝鮮人出て行け!
台湾人はマジでかわいい
ヴィック・チョウは日本女性に大人気
日本人種は在日チョン用語
金美鈴は絶世の美女
- 381 :出土地不明:2008/02/13(水) 22:53:19 ID:LsNPikMB
- にゃんまげ
- 382 :出土地不明:2008/02/16(土) 22:56:26 ID:JMqgv71N
- 弥生の始まり、なぜ誤った? 東大研究室が検証
2008年02月09日11時11分
弥生時代の始まりをめぐり、東京大考古学研究室の教員と学生たちが3年にわたり取り組んできた検証研究が報告書にまとまった。
加速器質量分析法(AMS)の測定データが示した、弥生の起源は紀元前10世紀までさかのぼるとの見解を考古学的に検証すると同時に、長い間、考古学者たちが早くとも前5世紀ごろと考えてきた背景に迫ろうとの作業だ。
「私たちはなぜ間違えていたのだろう」といった自問自答もかいま見える。
03年5月、弥生時代の始まりが約500年古くなると国立歴史民俗博物館の研究班が発表するのを聞きながら、東大の大貫静夫教授は納得ができたという。頭に浮かんだのは約40年前に北朝鮮で発表された報告書だった。
「AMSが初めて指摘したのではない。なぜ気づかなかったかを明らかにしない限り次の研究は始められない」と感じた。
弥生時代の始まりは、列島内では決められない。考古学的な手法では、まず一番古い弥生土器と同じ時期の朝鮮半島の土器を探す。
その土器と同じ時期の金属器を朝鮮で特定、その金属器と同時期の中国東北地方の金属器を見つけ、手がかりをつなげ中国の中心地の文物に結びつける。ここで初めて年代を記した文字にたどりつく。
最大の手がかりとされてきたのは遼寧式銅剣だ。朝鮮との間に位置する中国の遼寧地方で発達した銅剣の型式の変化をもとに時代を測る物差しが作られてきた。戦国の七雄の一つの燕が、遼寧に進出したのが前300年ごろと「史記」に記されている。
この動きが稲作などの弥生文化を日本にもたらす要因だったと考え、銅剣の型式変化とリンクさせ日本の弥生時代の始まりを考えてきた。
(↓に続く)
- 383 :出土地不明:2008/02/16(土) 22:57:17 ID:JMqgv71N
- (>>351の続き)
だが、1960年代に中国と北朝鮮が一帯で実施した共同調査で、遼寧西部での銅剣の登場はそれまでの見方より早かったという考えが示されていた。文革の混乱のため、北朝鮮からだけ発表された報告書の中にあった記述だ。
だが、この見解は日本の弥生時代研究には反映されなかった。遼寧西部での登場は古くても、遼寧東部に伝わるまでには時間がかかったはずだなどと解釈し、新たな研究で生まれた時間差を吸収してしまった。
遼寧での調査は昭和の初め、日本人の研究者も手がけ、土器や瓦、金属器などの出土品が東大の研究室に保管されていた。
今回、当時の出土品を大貫さんたちは丹念に点検し、現地調査も重ねた結果、歴博による年代観と必ずしも合致するものではないが、弥生時代の始まりだけでなく、北東アジア一帯の古代史が古くなる可能性が記された。
「大陸の年代から弥生時代の年代を決めるべきなのに、ある時から、弥生の年代が大陸の年代を決めるという本末転倒なことが一部で起きた。そのため史記も都合よく利用されてきた」と大貫さん。
「呪縛が解ければ、やっぱりそうだったんだ、と気づいた。その手がかりは、身近にあったのに」と検証作業を総括した。
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200802090075.html
- 384 :出土地不明:2008/02/18(月) 08:44:47 ID:ZzVJxanN
- >>382-383
俺は学者じゃないからあれだが、こうゆうことってよくあることなの?
だったら大問題だな。
稲の雲南説にしてもアレだしさ。
- 385 :出土地不明:2008/02/18(月) 10:00:38 ID:W8ssgVqJ
- 台湾人犯罪が発覚しないカラクリ
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
警察庁ホームページ(平成15年度)
ttp://www.npa.go.jp/toukei/keiji19/H15_27.pdf
- 386 :出土地不明:2008/02/22(金) 01:31:58 ID:inzC3jEU
- >>383はアンカーミスった
(>>351の続き) は誤り
(>>382の続き) が正解
- 387 :出土地不明:2008/02/24(日) 18:37:23 ID:awsci2z/
- >>384
"パラダイムの転換"ってのを調べてごらん。
代表的な例が天動説から地動説への転換だが。
- 388 :出土地不明:2008/02/25(月) 18:41:18 ID:f8XvbpQH
- >>387
しらべたよ。でもどのみち間違いを正しいといってることにゃかわりないじゃん。
科学者のくせに。
科学者全員で勘違いしてんの?真実を求めるのが仕事なのにおかしくね?
- 389 :出土地不明:2008/02/25(月) 18:46:00 ID:f8XvbpQH
- 今は21世紀だ。
そんな時代にもなってきちんと吟味せんのって恥じゃね?
- 390 :出土地不明:2008/02/26(火) 09:43:52 ID:XJIczAd7
- 古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
http://www.hibari.ed.jp/club/ki/ki.html
- 391 :出土地不明:2008/03/11(火) 19:40:57 ID:VN0xYOTB
- >1
こうしてみると縄文時代の日本人も普通に弥生式土器を作れていたんだな。
縄文土器の代表作みたいな火焔土器だが、アレは祭祀器で実用品ではないのは明白。
生産量もごく少量だったのだろう。
時代が進み米作りが盛んになり大量の穀物が取れるようになると、実用品としての土器が
多数生産され、それが今になって多数出土し、現代の我々が勝手に弥生式土器などと呼んでいると。
- 392 :出土地不明:2008/03/12(水) 09:55:52 ID:+VJhNs3c
-
金関 縄文から弥生を土器の移り変わりで見ても、大陸から入ってきたと
考えざるを得ない。ただ同時期の中国土器や金属器はない。
このため日本列島へは朝鮮半島経由だろう。
http://www2.saga-s.co.jp/pub/hodo/yoshinogari/001.htm
- 393 :出土地不明:2008/03/12(水) 17:42:20 ID:4LhTSGAn
- 考古学においては残念ながら骨の研究は正しく認識しておりません。弥生時代の銅鏡が出た。貝の腕輪が出たとなると新聞やテレビもハッスルして
興味を持ちますが、骨が発掘されたといっても「あ、骨」となるわけです。
骨は大変貴重なものです。歴史を知るためにも貴重なものです。土器が出てくる、古代の建物がある遺構が出てきても、それをつくった人たちが
どんな顔をしていたか。どんな体型、体格をしていたかわかりません。
興味の持ち方の問題かもしれませんが、縄文時代、弥生時代のことを知ろうと思うと、当時の人の文化、道具、生活のこと、どういう家に住んでいたか
知りたい。社会のことも知りたい。でも私自身は一番知りたいのは当時の人々の等身大の姿であります。
- 394 :出土地不明:2008/03/12(水) 17:48:48 ID:4LhTSGAn
- > 日本人は昔から同じような背格好でと思っているかもしれませんが、戦後は若者は背が高く、顎が小さくなって、プロポーションが
> よくなっていますが、別に今の時代でなくても昔の長いスパンで見ると相当変化しています。
>
> 縄文時代は男性の成人平均身長は158〜159センチ。弥生時代、古墳時代になると163〜164。中世に向けて身長が低くなっていきます。
> 江戸時代から明治はじめが平均身長155くらいです。今の小学校高学年くらいです。明治後半からだんだん高くなって戦後、大きくなる。
>
> これについては要因がありますが、日本人はいろいろ変化してきているわけです。
>
> 中略
>
> 学会の主流は弥生時代に大量に朝鮮半島から渡ってきて日本民族ができたという説を展開しています。高校の日本史の教科書にも単なる仮説を書いています。
>
> しかし神戸のシンコウ遺跡、近畿地方の弥生時代の遺跡の骨を調べた限り、そうではないのではないか。
> 弥生時代は朝鮮半島経由で文化が輸入されましたが実際には人間はそんなに来ていない。
> 2003年09月22日
>
『古代人のお骨の話=古人骨で探る古代人の素顔と他界感』
片山一道:京都大学、養長類研究所(理学研究科)、教授(人類学、骨考古学)
- 395 :出土地不明:2008/03/15(土) 17:20:39 ID:Kd9yGAP4
- 弥生開始時に水田稲作を伝えた渡来人たちは、
それまでになかった壺・甕・高坏という器種と焼成技術を持つ
新しい土器を伝えたのにもかかわらず三足土器を全く伝えていない。
これがどういう意味か分かるかね?
- 396 :出土地不明:2008/04/05(土) 21:02:06 ID:tnsu6fKC
-
941 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/03(木) 11:53:47 ID:Fbgj4q1M
>>937
なぜ技術でもなんでも向こうから来たと考えるんだ?
完全に戦後教育に毒されてるよな。俺が調べたところじゃ戦後教育って
サヨクに牛耳られているせいで内容がめちゃくちゃになってるぞ。
日本は6千年以上前から稲作をやってた証拠があって
朝鮮はどんなに探しても2千年以上前の稲作をやってた証拠が見つかってないのに
稲作は朝鮮に教えてもらっただとか、世界のどの文明よりも5千年以上早く土器や釣り針を
日本人は作り出して文明生活を始めていたのに、何もかも向こうの人間に教えてもらっただとか
そういった内容を学校では教えてるだろ、赤毛唐人や朝鮮人の意のままの教育が行われてるんだよな。
遺伝子の解析情報もかなりあやしいらしいな、本当は何も分かってないのに
こじつけで分かったようなふりをしてるだけで捏造の可能性が高く
特に海外の研究者はその傾向にあるらしい。日本の遺跡や石器は3万年以上前のものが出土している。
特に人種・歴史が関わる所には赤毛唐人と朝鮮人が入り込んで歪曲してる疑いが濃厚だ。
もし日本人と朝鮮人の遺伝子が似てるんだとしたら、日本は大昔向こうに傀儡国家を幾つも持ってたんだぞ?
日本人が向こうに行って現地の女を抱いて混血したとは考えないのか?どう考えても人の流れが逆だろ。
向こうから大勢の人が来た証拠はない。どうしてなんでもかんでも中国や朝鮮から来たと考えるのか。
むしろほんの僅か向こうから来たがそれ以上に大勢の日本人が向こうへ行ったと考えるのが妥当なんじゃないのか?
歴史的な証拠が物語っているのはそういうことなんだが、朝鮮人は絶対に認めたくないだろうな。
- 397 :出土地不明:2008/04/05(土) 21:02:48 ID:tnsu6fKC
- >朝鮮はどんなに探しても2千年以上前の稲作をやってた証拠が見つかってないのに
韓国でも1970年以前、稲作の開始は1世紀ころと考えられていました
が、そんな常識がつぎつぎに破られました。75年に京畿道欣岩里(フナム
ニ)遺跡の発見により、その起源が紀元前6世紀ころにさかのぼりましたが、
さらに最近は紀元前2000年ころ(?)とみられる種籾が、漢江の河口に面
する金浦(キムポ)と一山(イルサン)で発見されました(注)。
伝来ルートは、中国の江南から山東半島あるいは遼東半島を経由して入っ
たとする北方ルートが韓国では有力です。遼東半島では紀元前1000年ころ
の遺物で炭化米などが発見されました(注)。
http://www.han.org/a/half-moon/hm072.html
- 398 :出土地不明:2008/04/05(土) 21:03:19 ID:tnsu6fKC
- >日本は6千年以上前から稲作をやってた証拠があって
実は朝寝鼻貝塚からは6000年前の小麦とハトムギのプラントオパールも
稲と同時に検出されていて、小麦が中国よりも数千年も前から、ハトムギが
通説の江戸期伝来よりも5500年以上も前から栽培されていた事になってしまい、
改めてプラントオパールの調査自体が極めて疑わしいと言わざるを得ない。
岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html
- 399 :出土地不明:2008/04/05(土) 21:03:47 ID:tnsu6fKC
-
稲作が中国から直接日本に伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。
なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。
ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から直接日本に伝来した事の証拠にはならない。
それにRM1-b遺伝子の稲はかつては朝鮮半島にも存在したが、
単に定着しなかっただけという事も十分に考えられうる。
http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif
- 400 :出土地不明:2008/04/08(火) 16:51:33 ID:mVzv0AhQ
- 随分苦しい解釈だな・・・
- 401 :出土地不明:2008/04/08(火) 17:09:55 ID:Xd75Cj0k
- 閑話休題、焼き物をしている人の考察などを
http://blogs.yahoo.co.jp/souyouroko/folder/1080250.html
> 竃の発想がない時代でも、土器に足を付ければ鼎になるのですから、弥生時代にも高杯がある以上、鼎も作る事は可能だったはずです。
> では何故、弥生時代の人々は鼎の形態ではなく、甕型の土器を煮沸器として選択したのか?という疑問が生じます。
> 中国では紀元前2000年の時代に、すでに鼎が登場していましたが、これは大量調理に適している事から使用されるようになったものと思います。米で言えば、精白米は鼎で蒸して調理出来るでしょうが、玄米になると恐らく無理だと思います。
> つまり、鼎は中火で大量に調理可能な器具としての長所を有しているために、弥生時代の調理環境には適合していなかったのだと推測出来ます。調理環境とは、米の収穫量の多寡並びに精米技術の発展段階や住環境等の事です。
- 402 :出土地不明:2008/04/09(水) 09:12:43 ID:qetgB9b/
- 随分苦しい解釈だな・・・
- 403 :出土地不明:2008/04/09(水) 17:53:48 ID:EAJiGzH0
-
そういえば韓国で三足土器発掘されてなかった?
- 404 :出土地不明:2008/04/09(水) 21:55:05 ID:d7IraUhF
- 紀元後のものだが中国土器にもめったにない三足盆が出てるな。
しかし、やはり鬲や鼎は聞いた事がない。
ただし、朝鮮半島全体だと北辺の豆満江流域からは鬲が、
北朝鮮の楽浪郡遺跡から青銅鼎が出ている。
楽浪郡遺跡からは鉛釉陶や傘や馬車の車輪や金銀細工など、
それはもうさまざまな中国遺物が出土している。
- 405 :出土地不明:2008/04/09(水) 22:37:21 ID:lLRaON0c
- 朝鮮は中国の属国から始まったからな。
- 406 :出土地不明:2008/04/10(木) 12:22:56 ID:IxMIGvTh
- 曹魏頃の稲作北限は山東あたり?
焼き畑ではない稲作が北方ルートで日本渡来ってのは可能性として低い部類だと思うがどうよ?えろい人たち。
- 407 :出土地不明:2008/04/10(木) 17:02:56 ID:dix8XEVR
- 稲作にまつわる民俗学的な風習はどうよ?
大和民族と一致すればそこからだw
- 408 :出土地不明:2008/04/10(木) 20:30:01 ID:Ysp90R+G
- 日本に朝鮮式土器が大量に発掘された遺跡があるか?
そういうものだ。
- 409 :出土地不明:2008/04/11(金) 09:49:50 ID:lDZTTJQe
- 水田稲作は北方から朝鮮半島東岸を通過してくる最中に
知っただけの話。
- 410 :出土地不明:2008/04/11(金) 10:18:28 ID:zjCzecXz
- 水田稲作を朝鮮半島東岸で知った時、
半島に鼎はあったのか?
半島に水田稲作を伝えたヤツは何で炊飯してたんだ?
- 411 :出土地不明:2008/04/11(金) 10:56:09 ID:lDZTTJQe
- 平底の円筒形土器
- 412 :出土地不明:2008/04/11(金) 11:10:29 ID:lDZTTJQe
- それはつまり朝鮮半島への稲作伝来も直接中国からではない事を
意味している。
- 413 :出土地不明:2008/04/11(金) 11:51:09 ID:zjCzecXz
- 「中国人」と「鼎」は切っても切れないが
「水田稲作」と「鼎」は無関係
ってのは都合良い解釈だろ、常考
- 414 :出土地不明:2008/04/12(土) 10:54:04 ID:q1DBe3El
- ウチのじいさんばあさんは米作ってる。
もちろん、田んぼを維持管理してる。
でも土器は作らんw
俺は昔、陶芸やってたんで見本があれば
まあ、三足土器でも平底でも作れるが
田んぼは作れん。
- 415 :出土地不明:2008/04/13(日) 13:33:03 ID:PPsxdZII
- ↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆
- 416 :出土地不明:2008/04/14(月) 10:10:56 ID:DkTmG2sK
- >水田稲作は北方から朝鮮半島東岸を通過してくる最中に
>知っただけの話。
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆
- 417 :出土地不明:2008/04/14(月) 10:16:44 ID:DkTmG2sK
- >それにRM1-b遺伝子の稲はかつては朝鮮半島にも存在したが、
>単に定着しなかっただけという事も十分に考えられうる。
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆
- 418 :出土地不明:2008/04/15(火) 15:56:13 ID:n5xKRdA9
- 人類の期限はアッフゥリカー
- 419 :出土地不明:2008/04/17(木) 13:06:48 ID:QSTDEtW6
-
台湾人=98%元 江南人
顔面から東南アジアの屎尿臭がプゥ〜ン
http://www.hhgps.edu.hk/news/2006-12/20061215/2006-12-15_u087.jpg
- 420 :出土地不明:2008/04/17(木) 14:57:14 ID:w8NXJH8+
- おい、半島系。いつまでやってんだ。
江南人だろうが屎尿臭だろうがそこは混血域w
中共に殺されないように土の中DNA掻き集めてみろw
- 421 :出土地不明:2008/04/17(木) 19:30:37 ID:ZBFpdsy5
-
稲作が中国から直接日本に伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。
なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。
ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から直接日本に伝来した事の証拠にはならないのである。
http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif
- 422 :出土地不明:2008/04/18(金) 11:17:49 ID:0V2r4lhL
- >それにRM1-b遺伝子の稲はかつては朝鮮半島にも存在したが、
>単に定着しなかっただけという事も十分に考えられうる。
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆
- 423 :出土地不明:2008/04/19(土) 17:48:07 ID:PBbRPa4A
-
稲作が中国から直接日本に伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。
なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。
ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から直接日本に伝来した事の証拠にはならないのである。
http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif
- 424 :出土地不明:2008/04/19(土) 18:10:53 ID:wP1Y2yqr
- >それにRM1-b遺伝子の稲はかつては朝鮮半島にも存在したが、
>単に定着しなかっただけという事も十分に考えられうる。
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆
- 425 :出土地不明:2008/04/19(土) 18:12:56 ID:PBbRPa4A
-
稲作が中国から直接日本に伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。
なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。
ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から直接日本に伝来した事の証拠にはならないのである。
http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif
- 426 :出土地不明:2008/04/21(月) 12:37:58 ID:pBapVKhB
- >それにRM1-b遺伝子の稲はかつては朝鮮半島にも存在したが、
>単に定着しなかっただけという事も十分に考えられうる。
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆
- 427 :出土地不明:2008/04/21(月) 20:24:23 ID:CBq88yoo
-
稲作が中国から直接日本に伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。
なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。
ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から直接日本に伝来した事の証拠にはならないのである。
http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif
- 428 :出土地不明:2008/04/22(火) 01:36:28 ID:OxqS+e7+
- >それにRM1-b遺伝子の稲はかつては朝鮮半島にも存在したが、
>単に定着しなかっただけという事も十分に考えられうる。
↑何か考古学的な説得力があるとでも思っているのでせうか(爆
- 429 :出土地不明:2008/04/22(火) 11:54:30 ID:jWZqVDGb
- で、結局紀元前10世紀でいいの?
5年たった今、最先端の研究ではどうなってるの?
- 430 :出土地不明:2008/04/23(水) 08:54:31 ID:WcYvbb0b
- ほとんど決定してるだろ。
- 431 :出土地不明:2008/04/23(水) 15:28:59 ID:sdHHpKoE
- 弥生=稲作=水田、と言う所がどうも納得できんな、私の田舎などは
大きな川がないので畑で出来る、陸稲、もち米、が主なんだよ水田より
簡単、昔爺さんたちは10日ほど漁に出るときは必ず餅を持って行った
にぎり飯じゃ2日ほどしか日持ちせず、白米では釜、水、薪、が大量に必要
餅なら少量の水、薪で済む、縄文頃ならどっちを選ぶだろう??
- 432 :出土地不明:2008/04/24(木) 11:57:11 ID:L8IDSIOF
- >長江系の繋がりでみると、台湾と日本は近しい存在
とどのつまり、これが言いたいだけ(爆
- 433 :出土地不明:2008/04/24(木) 12:13:22 ID:L8IDSIOF
- >長江系の繋がりでみると、台湾と日本は近しい存在
とどのつまり、これが言いたいだけ(爆
- 434 :出土地不明:2008/04/24(木) 12:13:54 ID:L8IDSIOF
- >長江系の繋がりでみると、台湾と日本は近しい存在
とどのつまり、これが言いたいだけ(爆
- 435 :出土地不明:2008/04/26(土) 19:46:26 ID:eDZSaQXG
- 日本の銅鐸のルーツ? ベトナム・雲南地方の銅鼓、貯貝器の模様(最下方)
逆S字、のこぎり形、流水形、舳先の立ち上がったゴンドラ舟形、頭に鳥羽
を付けた人物、等々器形は全く違うが模様はうりふたつ逆S字は「隼人の盾」の
模様と同じ。
http://www.hum.u-tokai.ac.jp/journal/no76/BUNGA76Y-02_15162.pdf
隼人の盾
http://www.kazuart.com/nazo/kodaibunmei/hayato/kiji/hayato/index.html
- 436 :出土地不明:2008/04/28(月) 11:04:32 ID:pXMDsM/w
- >>431
縄紋稲作はもう常識だと思っていたが・・・
日本に於ける農業の開始、稲作の開始、水田稲作の開始、青銅器流入、青銅器製作、鉄器流入、鉄器製作
全て時代が違う。
- 437 :出土地不明:2008/04/28(月) 12:08:54 ID:I7d27f75
- ただし弥生がBC10Cに繰り上げられた事で、
縄紋稲作にますます懐疑的な声が増えてきているがな。
- 438 :出土地不明:2008/04/28(月) 14:13:59 ID:sg6kjMjo
-
『弥生文明と南インド』(岩波書店)
語学者で学習院大名誉教授・大野晋の新刊
- 439 :出土地不明:2008/04/28(月) 14:42:00 ID:hM513zWQ
- >>438
トンデモだから止めた方がいいよ。大野は言語学者ではなく国語学者。
その日本語しか知らない国語学者が独り善がりな思いつきを語ってるだけ。
- 440 :出土地不明:2008/04/28(月) 14:57:45 ID:pXMDsM/w
- >>437
俺は聞いたこと無いんで具体的に本なり論文なりを示して欲しい。
- 441 :出土地不明:2008/04/28(月) 15:02:06 ID:Pq9QxA6u
- 大野晋を否定するんだw
もう有名どころだと
上田万年とか橋本進吉くらいしか
浮かばんね
- 442 :出土地不明:2008/04/28(月) 15:24:30 ID:hM513zWQ
- 言語学では、日本語の起源は分かってないんだ(トンデモ本の類は別)
日本語の起源についていろいろ本が出てるけど、本当は専門家でも分からない。
言語学に素人の国語学者とか、○○学者先生方が本を出して沢山売れてるけど本当のところは不明。
日本語について言えることは、「沖縄の言語とは関係がある」だけ。これが現在の言語学上の答えと。
- 443 :出土地不明:2008/04/28(月) 17:17:48 ID:Pq9QxA6u
- >本当のところは不明。
それをいったら
古代国語の音韻とか
本当のところは不明だし
橋本もトンデモなのか?
考古学もまあ、本当のところは不明だしなw
- 444 :出土地不明:2008/04/28(月) 19:14:55 ID:fu+Vykf8
- 不明は不明でも専門家の言うところの不明と、素人のトンデモ発言とは全然別だし
- 445 :出土地不明:2008/04/28(月) 19:54:01 ID:l4MEZFqn
- 半島南部と北九州のドルメン、かめ棺墓は南インドの文化かな。
- 446 :出土地不明:2008/04/29(火) 11:24:46 ID:/hK37U7D
-
稲作が中国から直接日本に伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。
なぜなら九州・西日本に伝わった最初の稲作が既に弥生前期末には
伝わってきていた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。
ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から直接日本に伝来した事の証拠にはならないのである。
http://www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif
- 447 :出土地不明:2008/04/30(水) 20:17:37 ID:zPfa1IFU
- 朝鮮半島で最古の水田遺跡は今のところ前11世紀。
弥生時代の始まりと深く関連している韓国南部だが、最古の水田は
慶尚南道蔚山・オクキョン遺跡で見つかっており、孔列文〜突帯文土器が
伴っているところから、前11 世紀頃と考えられている。
http://www.rekihaku.ac.jp/press/yayoi_kaishi.pdf
- 448 :出土地不明:2008/05/01(木) 14:21:14 ID:aQ2u247d
- 中国から直接稲作が伝搬したというのはかなり無理がある
まず日本に稲作が伝搬した時期には既に中国では鉄器農具が一般化していた
石包丁など石器や木製の農具ではあまりに非効率的だ
にも関わらず鉄器農具を棄ててくるのか
次いで当時の中国では農耕牛の使用も一般化されていた
しかし当時の日本ではその使用は認められない
当時の中国ではジャポニカ米のみならずインディカ米も作られていた
だが日本にはインディカ米が流入した形跡すら見受けられない
それ以前に彼等農耕民が後の遣唐使やその返使が航海中にたびたび難破する東シ
ナ海渡海の危険を犯し家族単位で渡海する航海技術や造船技術を持ち合わせてい
たのだろうかという素朴な疑問も残る
- 449 :出土地不明:2008/05/01(木) 17:43:16 ID:yMMyLAtl
- 弥生文化は稲作だけでなくさまざまな文化要素の複合体である。大林太良氏が
指摘したように日本にあって朝鮮半島に存在にない南方的な要素が数多くある。
たとえば、鵜飼、割竹型木棺、げた、納豆、生魚を食べる習慣、みそ等、江南の
照葉樹林地域と同じような文化要素が存在する。
また、前回の講演会で述べたように、日本の弓は朝鮮半島とは異なり、南方に
同種の弓が分布している。
言語の近さ、日本語は、確率論的に、インドネシアやカンボジアなどの言語と
偶然とはいえない近い関係にある。しかし、朝鮮語とは疎遠であり、朝鮮半島
から人々が来たとは考えにくい。
日本語は、朝鮮半島南部と九州に倭人がいて、そこに南からカンボジア系などの
言語が混合して成立したクレオール言語と考えられる。
- 450 :出土地不明:2008/05/01(木) 22:07:36 ID:u6mlwi62
- >>448
ナイスフォロー
さらに、当時の中国の農具は石製の刃もよく使われていたのだが、
それも一切伝わっていない。
そして稲作中国直伝説の矛盾点の最大のクライマックスは、
当時の中国の炊飯器であった三足土器または釜+竈のセットが
さーっぱり伝わっていない事。
華北であれば鬲が、華南であれば鼎または釜と竈のセットが、
華中であれば鼎または鬲または釜+竈のいずれかの炊飯器が
伝わるはずだが、いずれも伝わっていない点である。
>>449
日本の鵜飼は中国よりも古いし、生魚食文化は北方アジアにも見られる。
割竹型木棺の登場は古墳時代、げたの登場は平安時代末、
糸引き納豆の登場は室町時代、味噌の登場は奈良時代、
丸木弓は中石器時代にはすでに北欧にも見られ、
北方ユーラシアまで拡散している。
大ボラ吹きもいい加減にしたらどうかね?安本くん。
日本にやって来た渡来人は沿海州内陸部に居た刻目突帯文土器人が
沿海州南部沿岸まで南下してヴァイキング化したものだよ。
水田稲作は単に沿海州沿岸部から船で点々と南下しながら
朝鮮半島東岸を抜けてくる最中に知って持ち込んできたまでの話。
- 451 :出土地不明:2008/05/02(金) 15:42:18 ID:RvarO3UG
- >>448
鉄器や農耕牛について
「中国から直接伝わったら伝わるが、朝鮮経由なら伝わらない。」
という論理に確実性はあるかな?
弥生の開始を古く見る考えでは、日本で稲作が始まった頃には
中国でも鉄器はほとんど普及していない。
それで弥生前期とされた鉄器は中期以降の誤りであったと春成は
主張している訳だし。
- 452 :出土地不明:2008/05/02(金) 17:26:53 ID:9WkFOxZO
- ほとんどと言うより、中国でも鉄器はさほど普及していなかったが正解。
その替わり、石製の歯を付けた鋤が木製とともに主流だった。
石製は一切伝わっていないがな。
米を食うための炊飯器もな。
中国に無い土器系統の甕で米を炊いたのである。
- 453 :出土地不明:2008/05/02(金) 17:40:45 ID:JoiwJnwJ
- 401 名前:出土地不明 メェル:sage 投稿日:2008/04/08(火) 17:09:55 ID:Xd75Cj0k
閑話休題、焼き物をしている人の考察などを
http://blogs.yahoo.co.jp/souyouroko/folder/1080250.html
> 竃の発想がない時代でも、土器に足を付ければ鼎になるのですから、弥生時代にも高杯がある以上、鼎も作る事は可能だったはずです。
> では何故、弥生時代の人々は鼎の形態ではなく、甕型の土器を煮沸器として選択したのか?という疑問が生じます。
> 中国では紀元前2000年の時代に、すでに鼎が登場していましたが、これは大量調理に適している事から使用されるようになったものと思います。米で言えば、精白米は鼎で蒸して調理出来るでしょうが、玄米になると恐らく無理だと思います。
> つまり、鼎は中火で大量に調理可能な器具としての長所を有しているために、弥生時代の調理環境には適合していなかったのだと推測出来ます。調理環境とは、米の収穫量の多寡並びに精米技術の発展段階や住環境等の事です。
「たまたま知った稲作を北方人が伝えた」
って並みにはありうる。
- 454 :出土地不明:2008/05/03(土) 18:17:31 ID:m4tXSiav
- まず玄米になると無理だというのは全く根拠にならんね。
なぜなら精白米を食べるようになったのはここ数百年の出来事だからだ。
それに鼎は蒸す器具じゃなくて煮炊きが中心の器具。
蒸すのは鬲。
弥生時代の調理環境に適合していないなら中国の調理環境にも
適合していないだろ。
つか、適合しないと三足土器は一つも作らんのか馬鹿!
水田稲作を伝えた最初くらい故郷の三足土器で米を炊けよ馬鹿!
- 455 :出土地不明:2008/05/05(月) 00:06:49 ID:6J7Uwatu
- てゆうか考古板に自然科学厨が来るのがNGだろwww
- 456 :出土地不明:2008/05/09(金) 00:43:55 ID:qtglWYH8
- >>454
縄文土器が有ったんだから、わざわざ高価な青銅器を造る必要ない。
- 457 :出土地不明:2008/05/09(金) 08:54:51 ID:E4ajQ4LN
- おまえ脳障害か?w
- 458 :出土地不明:2008/05/09(金) 22:45:38 ID:TgR/vf1b
- 新井宏は『理系の視点・・・』で、C14が海洋などの影響を受けて
古くなる可能性を主張しているが、これに対する反論はあるのかな?
C14の「ものさし」が絶対的という前提で話を展開している学者が
この手の疑問を無視するのは、エンジントラブルの指摘を無視して
旅客機を離陸させるようなものではないかと思うのだが・・・
- 459 :出土地不明:2008/05/09(金) 23:11:02 ID:VmXIeTyY
- おまえ脳障害か?w
- 460 :出土地不明:2008/05/09(金) 23:25:10 ID:D1dfKNdl
- こいつらは中国人や朝鮮人が大量渡来して稲作を始めたと思ってるのか?
- 461 :出土地不明:2008/05/10(土) 09:33:43 ID:STMtFyZ9
- こいつらは北方土器人が大量渡来して
「たまたま知っただけ」の稲作を始めたと思ってるのか?
- 462 :出土地不明:2008/05/10(土) 16:58:19 ID:SYn+UtV4
- >>458
リザーバー効果は検討済み。
- 463 :出土地不明:2008/05/10(土) 20:07:19 ID:ZQBYOQw9
- >>462
新井の主張しているのは、リザーバー効果ではない。
成層圏のあたりで生成されたC14の98%位が海洋に吸収されるという流れの
なかでC14の濃度は均一ではなく、海洋に近いほど低くなるという話。
たしかに理論上はそうなりそうだと思ったのだが。
この仮説が成り立つとすると、四方を海で囲まれた日本のC14は実際よりも
かなり古く出るということになりそうである。
- 464 :出土地不明:2008/05/11(日) 12:43:33 ID:28uy7f2p
- >>463
http://www.rekihaku.ac.jp/research/subsidy/reserver.html
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