クロマニヨン人は現代人よりも賢かったのか?2
- 1 :出土地不明:2006/04/08(土) 10:56:15 ID:88R1W2xG
- クロマニヨン人は現代人よりも脳が大きかったと聞く
クロマニヨン人は賢かったのか?
前スレ
クロマニヨン人は現代人よりも賢かったのか?
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1094058795/
- 2 :出土地不明:2006/04/08(土) 23:12:51 ID:WUqYMtP3
- つかなんで前のスレがこんなに早く落ちたの?
それより古いスレがたくさん残ってるのに。
- 3 :出土地不明:2006/04/10(月) 13:09:13 ID:dFKbuYSc
- \キタ━━━━━━━━━!!! / /:::::::ヽ___
━でお待ち下さ\ \●ノ\●ノ / 丿 ::.__ .:::::::::::::
∧_∧(\へ■ ▼へ / / /。 ヽ_ヽv /:
ち下さい( ゚∀゚) \ > < / / / ̄ ̄√___丶
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( ゚∀゚)そのままキタ━< 激 > | .:::::. ..: | |
( つ つ < し > | ::: | |⊂ニヽ|
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──────────< キ >──────────
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キタ━━━━(゚∀゚)━━ < │ >┏━┛┗━┓┃┏┓┃
キタ━(゚∀゚)(゚∀゚)(゚∀゚) < !!!! >┗━┓┏━┛┃┗┛┃┏
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キタ━━━━━(/━∪━━∪━∪━━∪\ ┗┛
キタ━━━━ /┃ しばし キタ━━(゚∀゚)━!!!\ だ( ゚Д゚)ゴルァ!!
- 4 :出土地不明:2006/04/10(月) 13:10:03 ID:dFKbuYSc
- / | 丁イ /,ィ´ ̄`ー一'´ ̄`ヽ"\厂
/ /| // / /"´ ! ! ! ! \\ /uiu、
/ // ./| / / / | ! | ! ! ! ヽ! | |
/ // |/// / | l| j! ! !: | `ト、 ヽ /
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┃┃ ┃┃{j |::| \〔二ニ〕 ヽ.:.:.:.:ノ ,イニ二〕 |::| |} ┏┓┏┓
┗┛ ┗┛{j |::| `Z7二ニヽ、_,r ニニ二7Z弐7. !::! !} ┗┛┗┛
,{j |::| |厂 ̄\只/ ̄ ̄了 |::| !}
- 5 :出土地不明:2006/04/10(月) 13:10:44 ID:dFKbuYSc
- r'⌒X⌒X⌒X⌒X⌒X⌒X⌒X⌒X⌒X⌒X⌒X⌒X⌒X⌒X⌒ヽ ⊂゙⌒゙、∩
ヽ__乂__乂__乂__乂__乂__乂__乂__乂__乂__乂__乂__乂__乂__乂__ノ ⊂(。A。)キタ━━━━━━━━!!!!!!
- 6 :出土地不明:2006/04/10(月) 14:47:23 ID:IsOZ2fJh
- 変なのが来たぞ
- 7 :出土地不明:2006/04/19(水) 00:22:03 ID:Y5zTf10I
- 鬼塚石器製作遺伝子仮説
結論
1.中期旧石器時代まで石器製作は本能的行動であった。
2.中期旧石器を製作するスキルの習得には、現代人が失った遺伝的形質が必要であった。
3.上記2点の組み合わせによる「呪縛」から、中期旧石器時代までの人類は、生活に対して
合理的創意工夫を加えることが出来なかった。
4.後期旧石器時代以降の急激な文化・文明の進展は、上記2の破壊による「呪縛」からの解放が原因である。
証明
鬼塚よ、得意の奴を書くのだ。
さぁ論を戦わそうぞ!
前スレは長文が多いため512kbyte越えを起こしたようだ。
- 8 :出土地不明:2006/04/19(水) 11:43:01 ID:ACV0lE81
- ホモ・サピエンスはホモ(ゲイボーイ)何ですか?
- 9 :出土地不明:2006/04/19(水) 20:31:42 ID:evX0c4dp
- 石器遺伝遺伝子はさすがに論破されたんじゃないかね。
つか、鬼塚の仮説も、現代の人類学で流行の中期旧石器時代以前の人類を極端に獣的にみる仮説の亜流だと思う。
で、7万年だか5万年だか前に「突然変異による脳内の神経的変化」によりあらゆる現代人的行動が出現したという説。
それがFOXP2遺伝子だかなんだか知らないが。
しかし言語能力や文法遺伝子が単一の遺伝子に支配されているとは信じがたい。
専門家によればFOXP2遺伝子が言語遺伝子だという仮説時代が根拠薄弱だという。
現代型ホモサピエンスがそれ以前と峻別しうるとするこの手のキリスト教的創造説は十分疑ってかかる必要がある。
- 10 :出土地不明:2006/04/21(金) 01:09:50 ID:+TCEQMtL
- メソッドは遺伝子に載るのかねえ
- 11 :出土地不明:2006/04/23(日) 23:39:17 ID:BCuIufks
- 少なくともコイツよりは賢かったのでは?
229:花と名無しさん :2006/04/23(日) 22:17:00 ID:???0 [sage]
大きいお兄さん向けしつこい人うざいなー
大きい兄さんにも受ける要素があっただけでふつうのアニマルがちょっとブラックなギャグ漫画だろう。
前川 涼 「アニマル横町」ほか イッサッサ2
http://comic6.2ch.net/test/read.cgi/gcomic/1137557845/229
- 12 :出土地不明:2006/04/24(月) 21:46:09 ID:jN7sQPSN
- >>10
鳥でもビーバーでも営巣行動ってのがあるが、あれはメソッドではないかな。
- 13 :出土地不明:2006/04/24(月) 22:02:09 ID:jN7sQPSN
- 何度も書いているように、石器遺伝子といっているのは、石器製作能力が、
進化的に獲得された能力で、かつ本能的なものだということであって、その
遺伝子は一つのSNPなどではなく、多数の遺伝子がからんだものだ。
さらに、石器製作に必要なのは、認知能力だけではなく、解剖学的な形態を
も伴うものだ。
1)石を握ることのできる高度な拇指対向性
2)強い力で石をぶつけるための瞬発的な筋力
3)瞬発的な筋力コントロールを容易にするための呼吸制御
4)石器製作にふさわしい石の種類を見分けることのできる認知能力
5)石器が必要な場所で石器を利用するための計画能力
で、ざっと考えただけでも、オルドワン石器(250万年前からつくられるよう
になったもっとも原始的な石器)を作り始めるにあたって、以上のようなことが
獲得されなければならない。
1)は完全に解剖学的なもので、チンプはこの人間なみの高度な拇指対向性は
ないので、石を強く握ることができない。だから、チンプは解剖学的にみて、
石器製作には向かない。ゴリラのほうがましだ。2)は筋力そのものとその
制御系がからみ、正確な制御のためには、神経科学的にみて、脳細胞の量が
増える必要がある。もちろん、樹上での腕渡りなどでこのために必要な能力
は得られていたかもしれない。3)の呼吸は重要で、息を止めることで、
体を瞬間的に剛体にして、瞬発力のコントロールを容易にするわけだが、
哺乳動物であれ、特殊なもの(水棲動物やコウモリなど)以外は呼吸の随意
制御は不可能だ。呼吸は生命維持にたいして本質的であるから脳幹部が制御
している。意図的に呼吸を止めることができるのは、水棲哺乳類で水中で
息をとめる必要がある場合とか、超音波によるエコロケーションで音声を使う
コウモリくらいが、随意呼吸が可能だ。そして人間も例外的に随意呼吸が可能
だ。チンプやゴリラは随意呼吸ができない。
4)は、認識能力だろう。石の表面の様子から、石の種類を見分ける能力だ。
5)は、腐肉あさりをしていたであろう初期人類が、腐肉に遭遇したときに、
その場で、しっかり石器製作ができるために事前に石器、あるいはその材料と
なる石材を用意しておくなどの計画能力だ。
もちろん、これらの能力は現代人にも存在する。しかし、チンプにおいては、
まちがいなく、1)と3)の能力はもっていないので、石器を作ることが
できない。だから、その分だけ遺伝的に違いがあることになる。
- 14 :出土地不明:2006/04/24(月) 22:15:56 ID:HKSKIjNr
- 人間が石器を使いはじめるにあたって、それよりも数百万年前に直立二足
歩行を確立していたことはかなり大きな意味がある。700万年前以降の
類人猿化石はアフリカにおいては例外なく直立二足歩行をしていた可能性
のあるものだから、アフリカでは、700万年前ごろ以降、直立歩行を
する類人猿ばかりで、四足歩行をする類人猿は非常に希な存在だったと
いえよう。
石器製作をはじめたのは、250万年前ごろとされていて、最初にはじめ
のは、現在では最初期の石器の近傍で同じ地層から発見されたアウストラ
ロピテクス・ガルヒあたりが候補とされる。脳容積は400ccから
450ccくらいで、チンプを多少上回る程度。これに先行する、
アナム猿人やアファール猿人ともそれほど大きな違いはない、いわゆる
「華奢型」のアウストラロピテクスである。
でも、おそらくこの段階で、>>13に書いた、1)から5)のうちの、
全部とはいわないまでも、4つくらいの能力はそろっていたはずだ。
直立二足歩行がほぼ完全であった(走ることはできなかったとされる)
ため、自由になった手でものを運ぶことができ、まず5)のような、
石を必要とする場所にあらかじめもっていくことができた。当初は、
腐肉あさりにおいて、石で骨を割るなどして骨髄を食べるなどにおいて
利用していたのだろうと思う。このあたりはチンプのナッツ割りと同じ
程度の能力であるが、ナッツを割るよりは遙かに大きな力と瞬発力が
が必要だから、そこで、2)や3)の能力が得られた。さらに、石の
利用頻度が高いために、それを握るための1)の能力も得られたという
ことになろう。このあたりは、頑丈型のアウストラロピテクスやあるい
は後のパラントロプスにおいても手の形状は現代人と比較的近い形を
していたらしい。
こうしてみると、人類が石器製作を進化的に獲得したのは突然のことで
はなく、かなり段階的なものだったこともわかり、その基本はかれら、
初期人類の直立二足歩行と開けた環境での腐肉あさりで、とくに骨髄を
利用する、というようなことが基本にあったと思われる。
そして、これらから、石自体を割って、地上の動物の死骸の硬くなった
毛皮などを切り裂くための石器を作るということが始まると、この能力
を高度に使いこなすかどうかで、生存可能性に大きく影響することになり
石器製作を高度に使いこなす個体が子孫を残すようになる形で、最初の
石器製作が進化的に獲得されたということだろう。
- 15 :出土地不明:2006/04/24(月) 22:27:35 ID:KKOLrDAX
- >>5
- 16 :出土地不明:2006/04/24(月) 22:32:19 ID:hIBBPBk4
- 類人猿から人類への進化の段階の最初は、直立二足歩行であり、これは、およそ
400万年前ごろアナム猿人やアファール猿人の段階でほぼ確立された。
つまり、アウストラロピテクス段階である。そして、石器製作が始まったのは
250万年前であり、そこから200万年前までの50万年の間に、突如として
脳の容積がおよそ50%程度増加する。ホモ・ハビリスやホモ・エルガスターの
初期型の登場がいつなのか、まだ正確にはわからないが、180万年前ごろまで
にホモ・エルガスターやそこから別れたホモ・エレクトスがアフリカを出て、
世界各地に分散している可能性が示唆されている中では、200万年前ごろに、
ホモ・ハビリス、ないしホモ・エルガスター、つまりホモ属が登場したと考え
られる。160万年前のツルカナ・ボーイ(ホモ・エルガスター)では、脳
容積が800ccから900cc程度になっている。ホモ・ハビリスでは、
600cc程度。つまり、石器製作をはじめた250万年前から50万年で
脳容積が50%以上アップし、そして150万年前ごろまでに900cc程度
で安定するまで、脳容積は増加しつづける。この段階で、身体能力も大きく
変化し、走ることもできるようになり、また、まだ不確実さは残るものの、
体毛が薄くなるなどの変化もあったと考えられる。石器を使うことがきっかけ
になり、人類の行動そのものが大きく変化し、拡張されたことを意味すると
思われる。
150万年前ごろから、アフリカでは初期アシューリアン石器がつくられるよう
になる。ただ、初期アシューリアン石器とオルドワン石器との違いがそれほど
多きいとは思われない。どちらも、石核から剥片を割取る技術として違いはなく、
アシューリアン石器が登場して以降もオルドワン石器は非常に頻繁に利用されて
いる。ただ、東アジアにおいては、アシューリアンタイプの石器は使われておら
ず、もっぱらオルドワン石器と、アシューリアンタイプとは流儀の違う、
チョッパーチョッピングツール群などがあることからすると、アフリカにおけ
るホモ・エルガスターおよびその後期型と、アジアのホモ・エレクトスの間に
進化系統が分裂したことで、石器の製作方法そのものも違いがでてきたという
ことではないかと思われる。北京原人の年代は40万年前ごろであり、その
段階でも、オルドワン石器とチョッパーチョッピングツールの系統をつかって
いたアジアのホモ・エレクトスは、やはり、出アフリカ(200万年前以降)
以降、150万年以上にわたり、系統的に同じような石器製作技術を保持して
いて、アフリカにおいては、150万年前にアシューリアン石器が始まって
以降、後期アシューリアンが始まる50万年前まで、やはり石器の進歩は
ほとんどなかったことになる。ただ、両者別れて100万年もたつと、流儀
が多少違ってくるということだろう。
- 17 :出土地不明:2006/04/24(月) 22:45:46 ID:3xG/jkq7
- これ何かのこぴぺ?
- 18 :出土地不明:2006/04/24(月) 22:48:26 ID:hIBBPBk4
- 人類の進化を語る場合に、身体の解剖学的な変化と脳容積の変化が注目される。
直立歩行を始めたアウストラロピテクス段階では、脳容積は400ccから、
大きくて500ccに達するかどうかというところ。これは、パラントロプス
もその範囲に入る。
石器使用をはじめた段階では450cc程度であったが、石器使用の開始ととも
に、600ccから800ccに増大し、その時期は250万年前から200
万年前である。で、180万年前ごろまでに、身体の大きさは男性の身長が、
180センチ程度までに伸びた。アウストラロピテクスは120センチから
大きくて140センチ程度で、ホモ・ハビリスも150センチ程度である。
それが、200万年前から180万年前ごろまでに30センチ伸びて、さらに
体重は倍以上になったとされる。脳容積の拡大はこの体重の変化とも密接に
からんでいて、さらに、ハビリス段階から、エルガスター段階においては、
走る能力は体毛の喪失があり、解剖学的にも大きな変化があった時期でも
ある。ここには石器製作をはじめて以降の、生活パターンの変化などが影響し
ていたと思われる。一方、石器自体は、最初のオルドワン石器から150万年
前までほとんど変化はしていない。そして、初期アシューリアンへの移項も
それほど劇的な変化ではないことを考慮すると、後期アシューリアンへの
移項のあった50万年前まで、人間の認知能力や基本的な行動力などには、
大きな変化はなかったように思われる。解剖学的には、180万年前の、
初期ホモ・エルガスターと、50万年前の後期ホモ・エルガスター(あるいは
ホモ・エレクトス)の間には、脳容積が100ccから200cc拡大している
ことをのぞくと、身体的の解剖学的変化はほとんどない。
そして、その間、石器もほとんど変化していないと見るべきだ。
後期アシューリアンは、かなり革命的であったと思われる。この段階から、火
の使用がかなり明確に示唆され、さらに、石器も、明確に意図的につくられた
ハンドアックスが登場する。前期アシューリアンのハンドアックスは石核なの
か石器なのかが区別できないが、後期アシューリアンのハンドアックスは確実
に石器として利用されていたと思われる。また、このころから木工が始まった
可能性があり、40万年前ごろには、槍が使われるようになった。
大規模な集団的狩猟が始まったと考えられている。そして、その時期になって
脳容積が再び増大をはじめる。50万年前ごろ1000ccを越えるように
なると、そこから、20万年前ごろまの30万年の間に脳容積は1500cc
へと50%増大する。このころ、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の
分化も起こっている。そして、後期アシューリアンの段階で、ルヴァロア技法
が確立する。
- 19 :出土地不明:2006/04/24(月) 23:07:26 ID:hIBBPBk4
- ルヴァロア技法は、それ以前からの剥片石器の延長上にあることは間違いないもの
の、調整石核からの画一的で定型の剥片を作り出すという点では画期的なものだ。
さらに、この石器製作で利用可能な石材の種類はフリントや黒曜石などをふくめ
3種類程度しかない。また、ルヴァロア技法において最後の剥片を取り出すとき
は石のハンマーではなく、骨や木材によるソフトハンマーを利用する。
非常に高度であり、現代人でもこのルヴァロア技法を会得するのは難しい。
ルヴァロア技法は、ネアンデルタール人のムステリアン石器に特徴的であるが、
ホモ・サピエンスのアフリカMSAやインドにおけるMSAでも利用されているもの
であるが、この方法は、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスのいたところ
以外の場所では見つかっていない。
このルヴァロア技法こそが、進化的に獲得された最後の高度な技術であろうと
思われる。現代人はその技法を口で説明することができても会得ができないと
いうことは、まさに、教えてもオルドワン石器が作れないボノボと同じことで、
このルヴァロア技法を会得するための学習能力や、認知能力が現代人では
失われていると考えられるわけだ。
ルヴァロア技法は、ホモ・サピエンスの間では、5万年前ごろから世界各地で
次第に使われなくなり、石刃技法が主流になる。石刃技法そのものは、10万年
前ごろのアフリカで始まったが、この技法は始まっては廃れ、始まっては
廃れを繰り返し、8万年前ごろ中近東に進出したホモ・サピエンスもこの技法
をもっていたとされるが、そのご廃れている。廃れたあとには、ルヴァロア
技法が主流になる。ネアンデルタール人でも同じで、3万5千年前ごろに、
ネアンデルタール人の一部は石刃技法を習得して後期シャテルペロニアンが
始まるけれど、これは数千年で終わり、その後、ヨーロッパの最後のネアンデル
タール人は、ルヴァロア技法をもっぱらとするムステリアンにこだわった。
ホモ・サピエンスは、しかし、5万年前ごろになって、石刃技法が主流になって
以降は、ルヴァロア技法は世界各地で廃れる。石刃技法は、ルヴァロア技法
よりは、はるかに単純であるが、石材の利用効率が高く、また失敗が少ない。
ただ、性能的にみて、石刃技法の石器がルヴァロア石器よりよいということは
ない。代替手段ではなかったか。
そして、石刃技法が一般化した段階で、ホモ・サピエンスには後期旧石器時代
が訪れる。世界的には、地域によってその時代の到来は異なるし、また、その
地域ごとに文化的な違いが大きく存在する。アフリカでは7万年前ごろには
はやくも、後期旧石器文化と呼べるものが、部分的に始まる。ただ、アフリカ
でこの後期旧石器文化とされるLSAが主流になるのは、2万年前以降である。
ヨーロッパでは、4万年前のオーリナシアン文化からである。この源流は、
中近東北部の原オーリナシアン文化で5万年前ごろと古い。
インドでは、5万年前ごろまでルヴァロア石器を主としたMSAが続くが、その後
のことはよくわからない。オーストラリアに人類が至る直前の東南アジアで
7万年前ごろまでMSA風のルヴァロア石器などがみつかっている。
人類が世界に拡散したときは、MSAであって、後期旧石器文化ではなかった。
だから、人類が独創的で創造的になったのは、その痕跡はアフリカにおける
7万年前ごろにあるけれど、アフリカから出ていって、各地に散ったあとで
それぞれの地域で独自に5万年前から2万年前までの間に後期旧石器段階に
至ったわけだ。
- 20 :出土地不明:2006/04/24(月) 23:19:37 ID:hIBBPBk4
- 後期旧石器文化は、オリジナルでもっとも古そうなものは、アフリカに
あるが、そこから世界に広まったわけではない。ホモ・サピエンスが、
10万年か8万年前にアフリカを出て、世界に散ったあとで、それぞれ
の地域で、後期旧石器文化へと移項したのだ。そして、そのときから、
人類の独創的で創造的な文化が始まる。さらにいえば、後期旧石器文化
はホモ・サピエンスだけのものではなく、ネアンデルタール人のシャテル
ペロニアン文化や、さらに昨今発見されたホモ・フロレシエンシスもまた
石器をみるかぎり、石刃技法を用いていて、後期旧石器文化的な色合いが
ある。ホモ・フロレシエンシスにおいては確認されていないが、ネアンデ
ルタール人のシャテルペロニアン文化では、象徴行動を示唆する工芸品
などもみつかっている。いくつかのシャテルペロニアン文化の遺跡におい
ては、ネアンデルタール人以前にオーリナシアン文化のホモ・サピエンス
がいたことが確認されているから、ネアンデルタール人はホモ・サピエンス
との交流の中で、シャテルペロニアン文化を創り出したと考えられる。
ホモ・フロレシエンシスも、ホモ・サピエンスとの交流があったのだろう。
交流によって広まる後期旧石器文化は、まさに文化である。
しかし、それ以前の石器文化は、交流にはよらず、進化系統にそってのみ
拡散する。オルドワン石器は、ホモ・ハビリス→ホモ・エルガスター、
そして、アジアにおいては、そこからチョッパーチョッピング石器の
系統が派生する。ホモ・エレクトスの技術だ。アフリカ居残りの、
ホモ・エルガスター(エレクトス)は、アシューリアンに移項する。
アシューリアンは、アフリカのエルガスターが拡散した地域、つまり
中近東とヨーロッパにのみ伝搬したが、アジアには伝搬していない。
50万年前のアフリカで後期アシューリアンとルヴァロア技法がはじまる。
これは、そのときのアフリカのエレクトス(あるいはハイデルベルゲンシス)
の後裔たる、ホモ・サピエンスと、ネアンデルタール人のみに特徴的であり
そして、ネアンデルタール人は、のちにムステリアン文化を、そして、
ホモ・サピエンスは、MSAへと分化する。両者かなり似ているが、細部で
異なる。MSAにおいて、石刃技法が試されるも、すぐに廃れてルヴァロア
技法に後戻りする。ネアンデルタール人もまたしかり。
こうした、種の分化にそって石器技術も分化し、その拡散にそって石器
文化も拡散するなら、これは文化ではなく、進化的に獲得された本能的
な能力による生活行動だということだ。だからこれは遺伝的にさだまった
行動様式だといえる。
後期旧石器文化はそうではない。そして、後期旧石器文化とともに、
ルヴァロア技法はほとんど使われなくなる。
- 21 :出土地不明:2006/04/25(火) 00:36:31 ID:ZC3LpM2l
- >>13>>14>>16>>18>>19>>20
すべて、書き下ろしでございます。最近アクセスしても書き込みができず、
かなり書きたいことがたまっていたので、一気にかかせていただきました。
内容重複ごめんなさい。
- 22 :出土地不明:2006/04/25(火) 20:31:51 ID:lD6Iiwg/
- 石器製作本能が存在するかどうかを見極めるのは簡単である。
中期旧石器時代に相当するタスマニア原住民に、石器製作本能があったかどうかを、
図書館へ行って調べてくればよい。
- 23 :出土地不明:2006/04/25(火) 23:40:14 ID:iHUuVesg
- なんで頭大きくなったん?
- 24 :出土地不明:2006/04/26(水) 00:05:15 ID:1OlFBmrm
- 人間の脳が大きくなった時期は、大きくわけて二度あるといえる。
一つめは、200万年前前後。450ccから700ccくらいになる。
その間、体の大きさはほとんど変化せず、ちょっとでっかいチンプ程度
だった。だからこれは純粋に脳が肥大したことになる。
つぎに、100万年前ごろまでに、900cc程度に至るけれど、この
間に、体がかなり大きくなっているので、これは体が大きくなったこと
で脳も比例して大きくなったということだろう。
次に大きくなったのは、50万年前から20万年前まで。この間に、
1000cc程度から、1500cc程度になっている。で、この状態
で5万年前ごろまで1500cc程度を保ち、その後は脳はだんだんと
小さくなる。現代人は、だいたい1400ccはないくらいだ。
1350cc程度とみてよいだろう。
体の小さいピグミーなどでも、1200cc程度はある。
じゃあ、脳容積が大きくなった二つの時期。つまり、200万年前と
50万年前になにがあったか、というと、それに先行して石器製作法
に大きな変化がある。200万年前は石器使用が始まった時期から
多少後ということだ。50万年前は、前期アシューリアンから後期
アシューリアンへの変化の時期だ。
よって、前者200万年前の場合は、石器使用による栄養摂取量の変化
と、それによる生活の複雑さの度合いの変化が大きな要因となって
脳が肥大していったものと思われる。後者50万年前の場合は、後期
アシューリアン石器の発達と、火の使用、集団的な狩り、木工細工など
の大きな変化のある時代だ。
これらの生活行動がすべて本能的に行われていて、それぞれの行動に
対して必要な学習能力が進化的に獲得されていたとすれば、それぞれに
対して脳が対応する必要がある。そのために容量が大きくなったと考える
のが妥当だろう。
一方、5万年前以降は、本能的に得られた行動原則から合理的な思考へ
変化しはじめたため、すべての行動を本能的行動にする必要がなくなった
ため、その後、脳を大きくする必要はなく、脳の容積を小さくしても、
効率的な行動ができるようになったため、脳容積がどんどん小さくなる
方向にむかっているということだ。
現在のまますすむと、あと5万年もしたら、脳容積は1000ccを
割る。人類の進化を500万年としても、その500万年で、およそ、
3倍になったのと比べて、ここ5万年かそこらで10%から15%も
小さくなっているということは、ここにきて、急激に脳が小さくなって
いるということだ。
- 25 :出土地不明:2006/04/26(水) 00:11:53 ID:NliNCdRz
- 石器製作仮説二つの弱点
1.人類の種と石器の対応が不明確
石器製作を本能的行動とする論拠として、人類の種と石器の種(製作技法)が
対応していると論じているが、ハッキリとした対応がある事を証明できていない。
同じオルドワン式石器を使いながら、ガルヒから後期型エルガスターまで
種の変化が極めて大きい等が例である。
2.石器遺伝子の破壊が世界でバラバラに行われたとするが、人類の遺伝的均質性と反する
石器製作遺伝子は複数の遺伝子からなっていたと予想され、
その破壊がバラバラに行われたなら、地域や人種によって失われた形質が異なるはずである。
例えばアフリカ系人類とヨーロッパ系人類は行動様式が異なっているなどの例があるはずである。
現在、石器製作に関連しそうな行動の違いは見つかっていない。
- 26 :出土地不明:2006/04/26(水) 00:30:35 ID:NwkdkPxw
- >>25
1.については理解力が足りないようだね。
同じ種類の石器文化は、「種の進化の系統にそって伝搬する」と言っている。
ガルヒ猿人→ホモ・ハビリス→ホモ・エルガスター(初期型)の系統は、オルドワン石器。
ホモ・エルガスター(後期)は、オルドワンから前期アシューリアン
ホモ・エレクトス(アジア型)は、オルドワンからチョッパーチョッピング
ホモ・ハイデルベルゲンシスは後期アシューリアン
ここからは、
→プロトネアンデルタール人→ネアンデルタール人
→ホモ・サピエンス
となっていて、この系統は後期アシューリアンをベースにするが、
ネアンデルタール人は、そこから大枠としてムステリアンに至る。
ホモ・サピエンスは、10万年前からMSA
重要なことは、前期アシューリアンであれ後期アシューリアンであれ、
それが、アジアにおいては発見されていないということ。また、
アジア型のチョッパーチョッピングツールはアフリカ、ヨーロッパ、
中近東では発見されていない。
さらに、後期アシューリアンは、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人と
両者の祖先と推定されるホモ・ハイデルベルゲンシスのいた地域でのみ
発見されている。
なお、MSAと、ムステリアンは、それぞれ内部での多様性が大きく、この
あたりで、文化的な要素がかなり入り込み、地域性も出始める。
インドのMSAは、ネアンデルタール人のムステリアンとかなり近い。
また、後期旧石器文化のオーリナシアンは、中近東北部でのネアンデル
タール人のムステリアンの伝統を受け継いでる。
系統にそって伝搬し、それぞれ変化もしているが、系統をまたいで伝搬
することがない、というのが、進化系統と石器技術の系統の一致という
ことだ。ちなみに、オルドワン石器は、どこの地域でも最後の最後まで
存在しているし、我々現代人が必要にせまられて作る石器も普通、
オルドワン石器といってよいものだ。
- 27 :出土地不明:2006/04/26(水) 00:46:49 ID:NzOvZCcr
- >>25
石器製作が本能的であったとすると、当然それには遺伝子的に行動や学習
が固定されていることになるわけだが、これに絡んでいる遺伝子は膨大だ。
前述の通り、初期のオルドワン石器に関わるものでも、解剖学的特徴や
認知能力などをふくめて、大枠で5項目にわたり、それに関わる遺伝子は
それぞれの項目ごとに多数におよぶだろう。
ただ、重要なのは、そのうちの、実は一つか二つが壊れるだけで、石器
製作の能力は大幅に失われるということだ。遺伝子の発現系はネットワーク
になっている。そのうちの一つがかけるだけで、全体としての能力がうしな
われることになるわけだ。
人類の遺伝子が均質だというなら、なぜ肌の色が違うのかな?
これは、純粋に遺伝的なものだが、もちろん、これにも多数のSNPが
からんでいる。現在、世界的にSNPの解析が行われているが、その結果
からすれば、人類の遺伝的多様性はきわめて大きい。
石器製作に関わる本能、および本能として獲得された学習能力の多くは
現代人も利用している。人間の手の形も石器向けにできていたものだが
これをうまく利用して、コンピュータのマウスを掴んだりしている。
包丁で肉を切るときにも、そのコントロールをする能力を駆使している
ことは間違いない。
ただ、ホモ・サピエンス、ネアンデルタール人が獲得した高度な石器
製作技術であるルヴァロア技法については、現代人はどうやら、それを
可能にする基本能力、および学習能力を欠いているようだ。
だから、この部分にかかわる遺伝子は、現代人の多くの地域集団に
おいて、壊れているということだ。もちろん、完全に壊れているかどう
かはなんともいえないが、壊れた人間が、多数をしめているということ
だ。なぜなら、「教えられても、やりかたが論理的、知的に理解できて
も、実現する能力、学習能力がない」ことが知られているからだ。
高度に洗練されたルヴァロア技法をもっていた解剖学的現生人にとって
この技術は鋭利な槍先を作るなどには重要な技術であったはずだ。
ところが、MSA段階から、ときに石刃技法が発達する。これは合理的思考
による石器製作技術である。この技法が、MSAの中での現れ方は非常に
面白い。いったん現れると数千年は利用されるが、しばらくして、
ルヴァロア技法などに戻る。それが数万年にわたり数回くりかえされ
る。ところが、最後に石刃技法がでてきたあと、もうルヴァロア技法が
完全に利用されなくなる。そこから、後期旧石器文化が始まるわけだ。
しかも、地域的にはばらばらで、その時期もばらばらだ。
ネアンデルタール人は、シャテルペロニアン文化でいったんは石刃技法
を使うようになるが、その後、ムステリアンに戻り、絶滅する。
石刃技法は本能的ではなく、もちろん、ベースとしてオルドワン石器や
アシューリアン石器のための能力を利用していたことは事実としても、
ルヴァロア技法のような「遺伝的に固定された技法」ではなかったと
いうことだろう。
- 28 :出土地不明:2006/04/26(水) 01:05:25 ID:NzOvZCcr
- ちょっと一言付けくわえるが、前期石器時代から中期石器時代に至るまで
オルドワン、チョッパーチョッピングツール、前期アシューリアン、
後期アシューリアン(+ルヴァロア技法)、ムステリアン、MSAと
いろいろあるけれど、基本的な石器製作法は、剥片を割とるflaking とか
knapping という技法であり、これは、高度な能力を必要とする洗練
されたルヴァロア技法でも、調整石核からの剥片割とり技術だ。
それに対して、石刃技法は、石材を最初に同じ程度の大きさの素材に
分割して、それぞれに細かく刃をつけるという画期的なものだ。
進化というのは、行動様式であれ、解剖学的な特徴であれ、いったん
方向が定まると、その方向への洗練は行われるが、全く違う系統を
生み出すことは、ふつうほどんどない。
たとえば、哺乳類の歯は、臼歯、犬歯、門歯と三種類が普通で数は
ことなるが、哺乳類全部で共通する。で、これは、実は3億年以上
前の哺乳類型爬虫類の段階ですでにこの三種類の歯があるわけだ。
それに対して、一時はあれだけ地球全土に君臨した恐竜は、最初から
最後まで、歯の種類は一種類だけだ。植物食、動物食などたべるもの
の違いで、歯の形は全然違う。しかし、どの恐竜も歯の形は一種類
しかない。そこで、対応できないので、多くの恐竜はくちばしを
発達させて、歯の種類が一種類しかないのを補おうとしている。
もし、恐竜で、門歯と臼歯の違いがあるようなのが出てきたら、それは
進化的にはありえねーという話なんだ。
で、石器製作については、進化は flaking への方向が最初に決まり、
その後、その flaking の洗練というのが徹底的に行われた過程だと
考えている。だから、石刃技法は、絶対にその過程からは生まれない
程度の異質なやり方だ。まさに恐竜に三種類の歯が登場する程度に
異質なことだ。だから、石刃技法は合理的に発明された文化であり、
それに対して、いかに洗練されていようが、ルヴァロア技法もまた、
進化的に獲得された技術だ、と考えているわけだ。
- 29 :出土地不明:2006/04/26(水) 03:18:59 ID:xw85rWr7
- 狼に育てられた少年の話って本当なん?
もし本当なら石器を製作するのは、本能つうか遺伝子には載ってないことになるけど。
- 30 :出土地不明:2006/04/26(水) 19:42:58 ID:9jFZEjwP
- 「現実に中期旧石器時代の生活様式を残す先住民に石器遺伝子は見られない」
とか
「5万年前に普遍的であった形質で現代の60億の人間に一切見られない形質の類例を挙げよ」
とか、石器遺伝子について致命的な質問についてはは完全に黙殺する一方で、
相変わらずまったく根拠のない与太話については多弁だな。そりゃそうだ。証拠がなくていいのだからw
>一方、5万年前以降は、本能的に得られた行動原則から合理的な思考へ
>変化しはじめたため、すべての行動を本能的行動にする必要がなくなった
>ため、その後、脳を大きくする必要はなく、脳の容積を小さくしても、
>効率的な行動ができるようになったため、脳容積がどんどん小さくなる
>方向にむかっているということだ。
よくこんなでたらめが言えるねww
2万年前のクロマニヨン人は、鬼塚の説の説によれば、
このころの人類は本能のくびきを脱して自由な創造性を発揮しているのだから、
もはや石器製作本能はつぶれているはずである。
しかるのこのころの新人の脳容積は1600CCちかくある。
ならば、脳容積の縮小は石器遺伝子の消滅とはなんら関係ないではないか。
大体、今でもエスキモーは1600CCの脳容積を持っている。
彼らの石器遺伝子はあるのかね。ばかばかしいにもほどがある。
鬼塚がいかに思いつきで根拠のないでたらめを言っているかがよくわかる。
- 31 :出土地不明:2006/04/26(水) 19:55:27 ID:9jFZEjwP
- >ただ、ホモ・サピエンス、ネアンデルタール人が獲得した高度な石器
>製作技術であるルヴァロア技法については、現代人はどうやら、それを
>可能にする基本能力、および学習能力を欠いているようだ。
>だから、この部分にかかわる遺伝子は、現代人の多くの地域集団に
>おいて、壊れているということだ。もちろん、完全に壊れているかどう
>かはなんともいえないが、壊れた人間が、多数をしめているということ
>だ。なぜなら、「教えられても、やりかたが論理的、知的に理解できて
>も、実現する能力、学習能力がない」ことが知られているからだ。
でまかせ言うな鬼塚。
お前、本気で、現代人が「ルヴァロワ技法を教えられても、習得できない」と思ってるのかwwww
こんなことを本気で信じる鬼塚は、だから知性が疑われる。
現代人がルヴァロワ石器を作れないのは、単に必要としないからですwww
生活に必要ならば、容易に習得できます。
実際、実験考古学では、「言葉なしで」石器の製作法が伝えることができるかという実験さえ行われなした。
これは、石器遺伝子のようなばかばかしいものを実証するためではなく、石器文化に本当に言語能力は必要なのかを立証するための実験でした。
結果は「十分可能」だそうです。
いわんや、普通に教えられれば、現代人だってて普通にルヴァロワ技法など習得できますよ。アホですか?
火打石で火をおこすほうが問題にならないほど難しい。
- 32 :出土地不明:2006/04/28(金) 00:18:29 ID:1wtQfQtO
- >>30の2万年前のクロマニヨンの脳容積は、大変面白い指摘だと思う。
鬼塚反論してみなさい。
鬼塚説では、オルドワンからルヴァロアまでの変化がが技法の洗練で、
石刃技法は隔絶的な方法であると論じているが、根拠が不明確だな。
また、進化は同一カテゴリの中で洗練される方向にしか向かないと言うのは詭弁だな。
魚類、両生類の歯の種類は1種類だが、そこから進化したほ乳類は3種類じゃないか。
世界中の人類の遺伝子が均質的なのは、例えば狭いアフリカのチンパン同士の隔絶からすると
驚異的なレベルであるというのは定説じゃないのかね。
- 33 :出土地不明:2006/04/29(土) 00:12:16 ID:xbQ6KlOG
- >しかるのこのころの新人の脳容積は1600CCちかくある。
>ならば、脳容積の縮小は石器遺伝子の消滅とはなんら関係ないではないか。
進化論的には妥当だろう。脳の容量が必要なくなったからといって、即座に
脳が小さくなるはずはない。実際には、遺伝的な変化によりそれまでたくわ
えてきた本能的行動や本能的行動を可能にするための学習を効率よくする
ために必要であった脳の機能がいらなくなって、その後長い時間をかけて、
その部分の脳容積がだんだんと萎縮し、小さくなるということだ。
実際、1500cc以上あった5万年前前後の解剖学的現生人の脳容積
は、その後5万年で、およそ10%は小さくなった。これは、非常に
速い速度で小さくなったということを認識する必要がある。
250万年前から150万年前ごろにかけて脳容積が倍になったことや
50万年前から5万年前までに5割り増しになったこととくらべて、
遙かに速い速度で、脳が小さくなっていることはしっかり認識するべき
だろう。まさか、5万年前にAMH -> BMHの変化があって、その後千年で
いきなり脳容積が10%も減少するはずだとか思っているなら、そりゃ、
あまりにもナイーブだ。
>>31
もし、現在の実験考古学者が苦労してマスターしなければならないような
ルヴァロア技法を、10万年前の解剖学的現生人やあるいはネアンデルタール
人が、同じ苦労をして学んでいたとしたら、たぶん、早速滅んでいたと
思うわけだ。それほど難しいのだよ、ルヴァロア技法は。
で、後半の話。言葉を使用せずに、石器製作法を教えられるか。
当然でしょう。オルドワン石器を作っていたころの人間が言葉を話せた
はずはないわけだ。解剖学的にも明らかなんだから。
もちろん、ルヴァロア技法も、言葉なしで習得できたはずだ。本能的に
学習能力が備わっていたはずだからね。
- 34 :出土地不明:2006/04/29(土) 00:20:29 ID:xbQ6KlOG
- >>32
>鬼塚説では、オルドワンからルヴァロアまでの変化がが技法の洗練で、
>刃技法は隔絶的な方法であると論じているが、根拠が不明確だな。
うーん、たんに、オルドワン石器やアシューリアンの石器製作法を知らない
からこういうこというのかな。
まず、オルドワン石器は、石にハンマー(石)をぶちあてて、剥片をとり
だし、その剥片を石器(おもにナイフやスクレーパー)として利用する
ものだ。アシューリアンは同じだが、一つの石核から10回くらい剥片を
取り出すようになる。ここに技術的な違いは全くない。違いは、一つの
石核を、一回だけ利用するか、持ち歩いて、何度も(数日)使うかの
違いだ。石材に対するこだわりが芽生えれば、当然の行動であって、
基本的に洗練というよりは、ちょっとした変化だともいえる。
毎日新しい石材を探すより、比較的素性のよい石材をみつけたら、それ
を数日使い回すほうが、効率がよい。それができた個体は生存効率が
高まるだろう。
次に、その剥片を取り除いた石核は、10枚くらいの剥片を取り除くと、
それ自身が十分に鋭い刃をもつ石器として利用可能だ。そこで、剥片を
取り除いたあとの石核の鈍い刃を、もう少し細かい剥片剥離によって、
研いで、それ自体を石器として利用しようというのが後期アシューリアン
だ。これも戦略的には、より経済的であることをめざしている。
ただ、基本的な技術に全く違いはない。
一方、アシューリアンの剥片の連続取り出しで定型化した石核から、最後
に一つの定型の剥片を取り出すのが、ルヴァロア技法だ。さらにそこで、
ソフトハンマーによる微妙な剥離というのが重要で、さらに石の目の向き
石材そのほかにも十分に注意しないとできないということでこれは習得が
(すくなくとも現代人には)難しい。
ルヴァロア技法に対応できる石材は、フリントを含む3種類程度。
ところが、石刃技法は、石材をまず、適当な大きさに割り、それに一つ一つ
刃をつけていく技法だ。重要なことは、ルヴァロア技法にいたるまで、
オルドワン、アシューリアン(前期、後期)、ルヴァロア技法どれを
とっても、剥片剥離以外の技術が全く使われていないということだ。
利用価値のない小さな剥片剥離で研ぐというのもふくめて、基本的に
やっていることは、剥片の剥離だけだ。しかし、石刃技法では、そうで
はなく、まず、剥片剥離ではなく、最初に石を複数の素材に割るという
ことをやる。この発想は、剥片剥離を洗練させる方向にむかってきた、
技術の進歩(進化)とは全く違うものだということだ。
実際、石刃技法が使われ普及した後期旧石器時代になると、石器だけで
なく、骨角器が使われるようになる。これらは、石器でうすく削るとか、
磨くとか、さまざまな方法で利用する。ようするに、これまでの石に
別の石をぶつけて剥片取り出しをするという以外に、石器で削るとか
こすって磨くとかそういう「剥片剥離とは別の」加工方法と見いだす
能力が必要だ。その第一歩が、まさに、剥片剥離でない石を最初に複数
の素材に分割する、という発想なわけだ。
骨を利用しようとした例は、前期旧石器時代にもある。面白いのは、その
ときに、あきらかに加工された骨をしらべると、なんと、石器製作と
全く同じ剥片剥離をしようとして石のハンマーをぶつけた痕跡があると
いう。硬いものであれば、石であれ、骨であれ同じ動作でなにかを作ろう
としたのだろうが、おそらくできなかったようだ。素材それぞれに対し、
ときには、剥片剥離、ときには、削り、ときにはこすり、みがき、また
最初に分割し、という多様な行動を発想できるかどうか、というのが、
この場合に鍵になる。前期旧石器段階では、その例がない。
MSAになると、石刃技法がときどき現れるから、その段階で、解剖学的
現生人は、ある程度の「加工における新しい発想」をもてるようになった
のだろう。ただ、つねにそれは、ゆりもどしとしてルヴァロア技法に
戻ってしまうというのも、5万年前ごろまで繰り返されたわけだが。
- 35 :出土地不明:2006/04/29(土) 00:48:16 ID:xbQ6KlOG
- >>32
ヒトの多様性として、mtDNAなどからみた系統からすると、その起源は、
いわゆるイブ仮説にあるように20万年前以降ということになるので、
起源は非常に新しいことになる。
チンパンジーは西にすむタイプと東に住むタイプでは、50万年程度の
隔たりがあるとされているし、また、オランウータンでは、ボルネオと
スマトラでは、300万年前ごろ分離したことが、mtDNAの分析から
わかっている。
ところが、形質的には人類の多様性は非常に大きい。
ボルネオとスマトラのオランウータンは、分離して300万年もたって
いるが、相互に交配可能だし(最近では系統をしらべて混血を作らない
ようにしている)、また、形質もまず区別は付かない。
しかし、人間の場合は、その違いは非常に大きい。SNPの違いからして
非常に多くの多様性がある。
均質性をいうなら、たとえば、猫化のヒョウなどの場合、皮膚移植など
をしても拒絶反応が全くないというほど遺伝子が均質化しているが、
人間の場合は、もちろんそんなことはあり得ない。
このことは、人類が、アフリカを出て世界各地に広がったのち、全く
異なる気候条件や生活習慣をそれぞれが文化的に編み出し、それぞれ
対応していったことによる。さらに新石器時代以降になると、地域ごと
の風土病などもあり、それに対する免疫機構の働きはそれぞれの地域
集団ごとに非常に特殊である。
よくいわれるマラリアに対する耐性として、アフリカでは鎌形赤血球の
遺伝子が有名だ。あれはアフリカ系の人々だけに特徴的なマラリアに
対する耐性であるが、一方同じくマラリアの多いパプアニューギニアに
おけるものは、全く違った方法であり、このほうが鎌形赤血球病もひき
おこさず、ずっとマイルドなうまい方法だといわれている。
また、過去1万年にわたり高原地帯で暮らしてるチベット人は、標高の
高いところに適応しているため、そこでの生活をなんなく行っているが
最近入植した中国人は適応していない。そのため、チベットにおける
中国人は、定期的に低地におりないと健康を害するし、とくに妊婦の
出産は、チベット人ならなんの問題もなく高原地帯で出産可能だが、
中国人はかならず低地におりて出産しないと、ふつう死産や母親に
危険がおよぶ。
肌の色の違いは、およそ変化には2万年程度かかるとされている。
紫外線に対する適応では、アジア系は名前は忘れたが黄色い色素をもって
いて、ビタミンCの生成を阻害せず、有害紫外線をカットすることができ
るが、これをもっているのは、いわゆるモンゴロイドだけだ。
ヨーロッパ人は、アフリカにいけば当然皮膚癌になりやすいし、また、
アフリカ系黒人はヨーロッパでは栄養を気にしないとクル病にかかる。
ヨーロッパ系に近い白人系で砂漠の民であるアラブ系の人々は多少色
が黒くなるほかに、女性などはベールをかぶるなど衣服によって皮膚癌
になるのをふせいでいる。
これらの多くの多様性は、おおむねここ数万年で獲得されたものだ。
地域集団ごとに同じことに対しても適応が違うし、あるものは文化的に
あるものは、進化的に適応して、これだけの多様性をたもっている。
- 36 :出土地不明:2006/04/29(土) 07:50:10 ID:610w2mSi
- >進化論的には妥当だろう。脳の容量が必要なくなったからといって、即座に
>脳が小さくなるはずはない。実際には、遺伝的な変化によりそれまでたくわ
>えてきた本能的行動や本能的行動を可能にするための学習を効率よくする
>ために必要であった脳の機能がいらなくなって、その後長い時間をかけて、
>その部分の脳容積がだんだんと萎縮し、小さくなるということだ。
お前の言い分が正しければ、新人の脳容積は5万年前から減少に転じないといけませんね。
しかるに2万年前のクロマニヨンや同時代の化石現生人類は1600CC近い脳容積がある。
一方で「石器遺伝子」を持っているはずのイダルツは1400ccくらいである。
あきらかに「石器遺伝子」の破壊など何の関係もない。
特に、お前が黙殺しているエスキモーは、脳容積の縮小は見られないが、かれらに石器遺伝子などありません。
結論から言うと、鬼塚は口からでまかせを言っている。
- 37 :出土地不明:2006/04/29(土) 08:01:42 ID:610w2mSi
- >もし、現在の実験考古学者が苦労してマスターしなければならないような
>ルヴァロア技法を、10万年前の解剖学的現生人やあるいはネアンデルタール
>人が、同じ苦労をして学んでいたとしたら、たぶん、早速滅んでいたと
>思うわけだ。それほど難しいのだよ、ルヴァロア技法は。
それはお前の空想だよ。悪いけど。
実際実験考古学では、石器の作り方を知らない素人に対しても「言葉なしで」
中期旧石器を習得できたのだから。
あとさあ、お前前から石器石器って叫んでるけど、ネアンでも初期ピでも、火打石で日もおこしたたろうし、
さまざまな木製品も作ったろう。
実際タスマニア原住民は、中期旧石器相当の粗末な石器を使いながら、さまざまな植物性製品や、カヌーさえ作っている。
それらの習得には石器よりはるかに時間がかかったろうが、別段彼らは滅びてもいないし、それらを作る本能も存在しない。
彼らの遺物は数万年もたてば、石器以外には何も残らないが、「中期旧石器時代獣的人類仮説」にたつやからは、
多分タスマニア原住民は言葉をしゃべれなかったと空想するのだろうw
- 38 :出土地不明:2006/04/29(土) 19:33:00 ID:LxpeDZIo
- でも面白いのは、現代人って実は古代人よりも脳のサイズが小さいんだよ。
それどころか、頭部そのもののサイズが小さくなってる。
脳のキャパシティは明かに小さくなっているとも言える。
- 39 :出土地不明:2006/04/29(土) 23:30:58 ID:SX1Mhxtl
- >>37
おいおい、まずヘラト(イダルツ)の脳容積は1500超のはずだが。
脳容積が圧倒的に小さくなってきたのは、実際のところ氷河時代後の
話だな。一つには、体が小さくなったとと関係しているだろう。
ただ、ヨーロッパ人などの比較的大柄な人々でも現在では脳容積は、
1400cc以下になっているのが面白い。
>>37
中期旧石器とというのはウソだろ。私の知るかぎり、それは、前期旧石器
のはずだ。
まあ、もっとも言葉なしで、ルヴァロア技法を伝授することは可能だが、
それでも、石の選び方、石の目の読み方なんぞは、そう簡単に説明できる
ものではない。
本能的な学習能力があれば、それらも非常に速く学習することが可能だった
と思う。ただし、後期旧石器時代に入って以降、ホモ・サピエンスについて
いえば、ルヴァロア技法は完全に失われている。さらに、その後、石器製作
はより原始的になっているんだ。できもわるいような石器がたくさんみつかる。
とくに新石器時代以降、ある時期になると石器製作技術が退化する。
- 40 :出土地不明:2006/04/29(土) 23:38:49 ID:SX1Mhxtl
- 寒い地域の人々(たとえばエスキモーとか)の脳容積が大きいという話に
からんで一言。
現代人の脳容積はまあ1400cc程度で、チンプが350から400cc
とすれば、3倍以上の大きさがあることは明白なんだが、ところが、面白い
ことに、脳の神経細胞の数というのは、ほとんど違わない。いや優位に違いが
あることはたしかだが、人間が1800憶といわれているが、チンプなら、
1500憶とかある。せいぜい30%程度しか違わない。容積は3倍から
4倍違っているのに、細胞の数は30%しか違わないというのは面白いと思う。
じゃあ、人間の脳はなぜおおきいか、というと、脂肪分が多いわけだ。
脳内にはさまざまな脂肪酸がある。最近有名な頭がよくなる脂肪酸である
DHA(ドコサヘキサエン酸)もそうだが、こういう不飽和脂肪酸が人間の場合
非常に多く、それらが脳の活動をささえている。
たかだか祖先が分岐してから600万年しかたっていないと言う人間とチンプ
をくらべて、どこが一番違うかというと、実は脂肪の代謝と蓄積に関して
大きく違う。人間は、たくさんものを食べれば、脂肪代謝して、しかも不要な
エネルギーは脂肪として、とくに皮下脂肪としてためこむことができる。
さらに大量にため込むのには体内脂肪としても蓄積する。
ところが、この脂肪の代謝と蓄積についてはチンプは人間ほど蓄積はでき
ない。ゴリラに至っては、動物脂肪の消化吸収がうまくいかないのと、
さらに、血中の脂肪酸が増えることで、重度の心臓病になり、死ぬことが
ある。ゴリラもチンプも脂肪の蓄積などが全くできないわけだ。
人間はできる。
チンプにくらべて脳の容積がふえた部分のほとんどは脂肪の量が増えたから
なわけだが、その脂肪代謝というのは、民族ごとにかなり違うだろう。
寒い地域の人々は脂肪をためこみやすいようにできているし、逆に温暖
な地域ではそうではない。だとすれば、寒い地域のエスキモーが脂肪を
ため込みやすく、その結果として脳内にも脂肪をため込みやすいという
ことなら、彼らの脳容積が他の民族よりも大きい理由もかなりうなづけ
るというものだ。
- 41 :出土地不明:2006/04/30(日) 00:43:07 ID:XZfrYzuE
- まずいなあ。何語っても気に入らなければ鬼塚という奴と断定されるのか。
- 42 :出土地不明:2006/04/30(日) 17:43:52 ID:s3i5k6R0
- 狩猟で生きていた人たちのがルーチンワークとかは少なくて現代人よりは頭を使わないといけなかったかも
- 43 :出土地不明:2006/05/01(月) 23:34:11 ID:BgVxKfa/
- >>42
最近、進化心理学では心の理論ってのがはやり(もう古いけどさ)なんだが、
それでいくと、ようするに、人間ってのは相手の立場にたって、相手の知っている
こと、知らないこと(自分がしっていても)を推測して、それに基づいて、相手の
心の状態を推定し、そこから相手の行動を予測する能力をもっている。
自分について、自分の知っていることから自分がこうするべきだと思うのは、心
の理論では、「一次の志向性」というが、相手のことを考えることができるのは、
「二次の志向性」という。さらに、第三者がいて、相手が第三者についてどう推測
しているかを推測できる能力を「三次の志向性」という。
物語を聞いて面白いのは、物語の中の登場人物それぞれの心の状態を推定できること
が大前提なので、三次の志向性が最低でも必要だ。で、実は人間は、だいたい六次の
志向性まで持っているという。
チンパンジーはほぼ間違いなく二次の志向性はもっているし、オランウータンもそう
だという。
狩猟においてこれが効いてくるのは、動物の心の状態をどうとらえるか、ということだ。
もちろん、動物と人間とは違うのだが、「これだけ追いかけたからそろそろ疲れただろう」
とか、「そろそろ水場に向かうころだ」とか「こっちから追いかけても、あっちに仲間が
待ち伏せしているのはわからないだろう」とかいうのが推測できないと狩猟なんてものは
できない。さらに、集団での狩猟なら、自分と動物とそして一緒に狩猟する仲間の行動の
予測もあるから、三次以上の志向性が必要だ。
志向性の次数があがるほど、必要とされる脳内の処理量は指数関数的に増えるので、この
心の理論における志向性がどんどん高くなっていくにしたがって脳容積が大きくなるという
可能性が指摘されている。とくにこれは前頭葉の発達とかなりの相関があるという研究者も
(若干あやしいが)いる。
いまのところ、集団での大型動物の狩猟の可能性が指摘されているのは、後期アシューリアン
以降の段階で、そのころから脳容積が50%程度大きくなるのだが、これは、心の理論で、高
次の志向性をもつようになったからではないか、そしてそれで、大型動物の集団での狩猟も可
能になったのではないか、という。
ちなみに、この心の理論は、現代人の場合、年齢が40歳を越えると急激に働かなくなる。
相手の気持ちがわからなくなり、また、相手がさらに別のものに対してどう思っているかが
わからなくなってくる。組織のリーダーには、40歳以下のものがなるべきだという理論が
ある。
- 44 :出土地不明:2006/05/03(水) 14:27:15 ID:oFdWvluR
- >>39
欧米人でもパリのフランス人なんかは1550ccある(グローブス1991)。
イダルツの時代みたいに少数の頭蓋しかないのに、脳容積が『縮小』しているだの、
いわんやそれが石器製作本能の破壊とつながっているだのというのはナンセンスだね。
- 45 :出土地不明:2006/05/03(水) 14:37:31 ID:oFdWvluR
- あと、今の欧米人は全体の平均でも1450ccある(数万の平均)。
1400cc以下というのは真っ赤なうそ。
- 46 :出土地不明:2006/05/03(水) 18:06:32 ID:wkGJ1AMA
- >>44-45
ただ、はかり型でだいぶ状況がかわるしな。日本人の老人の場合は、
1000ccを割っている場合が多いんだよ。脳は年とともに萎縮する。
かといって、頭蓋容積が代わるわけじゃあない。
だから、その現代における脳容積のはかり型と、頭蓋骨の内部のキャスト
から脳容積を推定する場合では、だいぶ話が違うとも思う。
それから、なんといって、5万年前の人々の体重が現代人よりはだいぶ
重かった、大きかったというのを考慮する必要があるな。
新石器時代以降、農業が始まり栄養失調が恒常化して以降、体がずいぶん
と小さくなった。解剖学的現生人の古いものは身長180程度が多いし、
骨の形などから筋肉を想定すると、体重100キロ以上はあったのでは、
という場合が多いが、新石器時代以降は、20センチ程度は小さくなる
だろ。体重も半減ちかくになる。そうすると、脳容積が小さくなるのも
しょうがない。もっとも、ピグミーなどは身長150センチ以下で、
体重も30キロとか40キロであっても、脳容積は普通1000cc
は越えていて、だいたい1200cc程度だ。
- 47 :出土地不明:2006/05/06(土) 02:14:22 ID:CmXxJFPX
- 容積より機能でしょ
- 48 :出土地不明:2006/05/07(日) 13:15:24 ID:tpLB0Efg
- >>47
容積の変化が明白にあったとすれば、機能のうちで、容積を必要とする機能の
必要性がなくなり、容積を必要としない機能がそれを補うようになったという
ことだろう。
出産の際のいろいろな問題、エネルギー効率、どれを考えても脳容積は小さい
ほうが有利であるから、つねに脳容積は小さくなる方向への淘汰圧がかかって
いるわけだが、それを押しのけて脳容積が大きくなるにはそれなりの理由が
あり、その結果として、脳容積を小さくする淘汰圧に対向できるだけの生存
への有意性がないといけないわけだからね。
脳容積を必要とする機能とは、運動神経が挙げられる。これは多数の脳細胞の
連携により、微妙で複雑な運動のタイミングや力加減を制御している。
クロマニョン人の脳容積はさておいて、平均的にみても、現代人よりもはるか
に大きい脳容積をもっていたネアンデルタール人の脳がなにに使われていたの
か、ということが非常に重要ではないか。まあ、体重が重かったという理由で
それなりに説明できるのかもしれないが。
- 49 :出土地不明:2006/05/07(日) 22:10:26 ID:rUu5tPzI
- 人間的な行動は結局、発達した全党前夜と発音機構、言語中枢の存在が大きい。
チンプに言語中枢を取り付けたら、3,4歳の言語をを発すると思う。
- 50 :出土地不明:2006/05/07(日) 23:03:57 ID:itjqwG9f
- 文法理解力がないから無理
しゃべるとしたら片言だろう
- 51 :出土地不明:2006/05/08(月) 01:33:06 ID:PdjwzxiH
- じゃああれだな。手話をするゴリラはいるが、手話をするチンプはいるか?
って話になるのかい?w
- 52 :出土地不明:2006/05/08(月) 21:12:51 ID:tACsfHXr
- >>50
カンジは文法理解力があるけどな。
- 53 :出土地不明:2006/05/08(月) 23:25:47 ID:Vqyz64VC
- >>49
だとしたら、その前頭前野はどうして発達しなくてはならなかったのか、
ということだ。発音機構については、脊髄の神経系からみてネアンデル
タール人と現代人の祖先(解剖学的現生人)では十分に発達していて、
かつ舌骨、喉頭部の形状からも、この両者は十分な発話機構を備えていた
ことが、最近ではかなり受け入れられている。
前頭前野は、言語能力とはそれほど関係なく、むしろ社会的知能に関連
するようだ(バーンらの説はちょっとあれ?っていうところもあるが)。
言語中枢の発達は、古くは200万年前ごろのホモ・ハビリスの段階で
ある程度見受けられる。
以上から、言語の発達は、200万年前ごろに始まり、発声機構なども
ふくめて50万年前までには十分発達していたことになろう。
しかし、50万年前の人間の行動、後期アシューリアンの人間の行動、
あるいは、20万年前ごろの解剖学的現生人の行動、ネアンデルタール人
の行動は、決して現代人的ではない。
20万年前ごろのオモ人骨をみても、前頭葉が現代人よりもよほど小さい
ということは考えられないほどの立ち上がった額を持っている。
- 54 :出土地不明:2006/05/10(水) 20:50:15 ID:v9uwqg3d
- >しかし、50万年前の人間の行動、後期アシューリアンの人間の行動、
>あるいは、20万年前ごろの解剖学的現生人の行動、ネアンデルタール人
>の行動は、決して現代人的ではない。
人間の行動で難しいのは、ある行動があるとしても、それが遺伝的なものなのか、文化的なものなのかは決定することが困難ということだ。
たとえば、江戸時代人の行動だって、「決して現代人的ではない」
たとえば、20万年前のオモ1が現代に生まれたとして、現代に適応できないだろうか?
おそらく現代人の個体変異の中に入るだろう。
小頭症の症例から推測すると
エレクトスクラスで、おそらく現代人の8歳程度の知能・言語だったのではないか。
これくらいなら、日雇い人足にもいる。
- 55 :出土地不明:2006/05/10(水) 23:38:10 ID:mFjan+zx
- >>54
たとえば、ネアンデルタール人が現代人的でないとする理由は明確にある。
同じく、後期アシューリアンから、MSA段階の解剖学的現代人が現代人的
でないとする理由もかなり明確だ。
まず、生活文化の多様性がないということだ。
江戸時代の人々の暮らしは、21世紀の我々とは違うことはたしかだが、
現代の世界のあらゆる人々の文化の多様性の中には十分入る。もちろん、
現代の世界のあらゆる人は、電気のある生活を知っているかもしれない。
しかし、相変わらず、狩猟採集をしている人たちも中に入る。
もちろん、21世紀に入り、石器時代人はいなくなった。20世紀前半
段階で、ほとんどの狩猟採集民といえども、またそれまで新石器時代に
いきていた、牧畜民も農耕民もみな鉄器時代以降の生活になったわけだ
が。
20万年前前後の解剖学的現代人については、遺跡なども非常に少ない
ので、文化の多様性が云々できるかどうかが怪しいが、およそ5万年前
まで続いたMSAをとってみると、たしかに、後期アシューリアン段階に
くらべて、地域的変異はあるが、それでも、現代人にくらべていかにも
のぺーっとした均質な文化しかない。
ネアンデルタール人の文化にしても、ヨーロッパの西の端から、中近東
まで、等しくムステリアン文化であり、多少の変異はあり、後に、
後期旧石器文化にいたったシャテルペロニアン文化の前期段階などは、
別の地域のムステリアン文化と、石器製作法の非常に細かい点での違い
や系統関係はあるものの、やっぱり、後期旧石器時代以降の多様性とは
くらべものにならないほど均質なものだ。
オモ1が、現代人によみがえったとしたら、問題なく、現代人としての
生活をすることができるだろう。とくに、幼少段階であれば、十分に
可能だろう。完全に彼らの後期アシューリアン文化段階から隔絶された
状況で生活していれば、間違っても、ルヴァロア石器をかちかち作るよう
なことはありえまい。たとえ、彼らが本能的にルヴァロア石器を作ること
ができる能力をもっていても、現代生活ではその能力は学習開始のきっか
けすらつかめないだろうからだ。
同じことは、ネアンデルタール人にも言えるだろう。だからこそ、彼らは
多少不器用ながらも、オーリナシアン文化に接したときに後期旧石器文化
としての範囲内にある末期シャテルペロニアン文化を築いたのだということ
だ。
後期旧石器文化になる前の解剖学的現代人、およびネアンデルタール人は、
だれも、現代人として生活するに十分な能力をもっていたことは間違いない
のだ。ネアンデルタール人については、多少、問題はあるかもしれないが。
でも、彼ら自信が、後期旧石器文化段階に達するようなことはなかった。
自発的に文化を改変したり技術革新したりということはなかった。
その技術革新、生活習慣の「改善」ということをする能力はあったのに、
それをしなかった理由の一つは、本能的な行動原則のもつ引力の強さ
だろう。それを断ち切らない場合は、ときとして、革新的な生活習慣を
そなえ、新しい技術を得たとしても、それを恒常的に使うことにはなら
ず、また、本能的な生活に戻っていくということだ。
怠惰な人間が怠惰でなくするにはものすごい本人の意欲がないといけない
というのと同じだろうし、また、怠惰な人間が一時的に意欲的になり、
怠惰でない生活をすることになっても、またしばらくすると元に戻ると
いう状況と近いだろう。
後期旧石器文化が本当に開花し、数千年ではなく1万年以上にわたり、
革新的で、爆発的な文化的進展を遂げるには、もとの状態に戻るような
引力的な要素を排除する必要があったのだ。それが、「本能の喪失」で
あったというのが私の主張だ。
- 56 :出土地不明:2006/05/11(木) 19:10:20 ID:Ht2zoIC9
- >>55
鬼塚よ、お前は自分の言ってることがおかしいと思わないか?
お前の説によれば、石器本能は現代人らしいの行動様式が出現する妨げとなったという。
にもかかわらず、オモ1がもし現代に生まれたら、十分現代に適応できたという。
ならばオモ1に石器本能などないではないかwww
要するに5万年前だろうと20万年前だろうと、石器本能など最初から存在しないのだ。
>たとえば、ネアンデルタール人が現代人的でないとする理由は明確にある。
>同じく、後期アシューリアンから、MSA段階の解剖学的現代人が現代人的
>でないとする理由もかなり明確だ。
>まず、生活文化の多様性がないということだ。
お前は多様性が「ない」ことを以って、現代人と脳神経的なレベルで違いがあるように考えているのかもしれないが、
生活文化に多様性がないのは、このころの人類が、遺伝的に限られた行動様式しか取れなったためであるという証拠はどこにもない。
かれらの文化が、後期旧石器時代に比べて(そう、実は中期旧石器時代の一様性なるものは後世と比べての問題でしかないのだ)
まず第一に、石器など限られた遺物しか残らないために、このころの人類の生活文化の全貌を知りえないということと、
第2に、後期旧石器時代にくらべ石器の製作レベルが多様性を示すほどに洗練されていないために過ぎない。
- 57 :出土地不明:2006/05/11(木) 19:24:21 ID:Ht2zoIC9
- 鬼塚の議論がトンデモに感じられるのは、結局中期旧石器時代の限られた遺物を、
何の根拠もなく、生物学的に固定された行動と解釈するからだ。
しかし人間の行動や遺物は、常に文化的行動の所為とみるべき可能性が存在する。
また、残された異物が非常に偏りがあることも忘れている。
じっさい、ボストン大学のディーコンはこういっている。
「ピグニーは、複雑な儀式と、宗教と、森の中で生きる類まれな知恵を持っていることをわれわれは知っている。
しかるに、その遺物は、10万年もすれば、その粗末な石器以外に何も残らない。
したがって10万年後の思慮の浅い考古学者は、その粗末な石器と小ぶりな脳のゆえに、彼らが極めて知的に劣った生き物であり、
周囲の優秀なサピエンスに滅ぼされてたと解釈するに違いない」と皮肉っている。
まさに鬼塚のような粗雑な人間観察しかできない者のためにあるような言葉である。
実際、「鬼塚よ、じゃあタスマニア原住民はどうなんだ?」と言われても、返す言葉がないのである。
- 58 :出土地不明:2006/05/11(木) 19:37:32 ID:Ht2zoIC9
- 前にも言ったが、鬼塚の説は、最近一部のキリスト教原理主義者の、
「ネアンならびに5万年以上前のサピ=獣的人類説」の亜流である。
たぶんその種の本などを読んで石器遺伝子を思いついたのであろう。
もちろん本筋の原理主義者は、言語遺伝子の啓示により真の人類が誕生したと考えているが、
彼の場合は石器遺伝子という珍説に変わっているに過ぎない。
どちらも、事実上きわめて短期間の突然変異で、現代人的な特質がいっせいに現れたとする。
(鬼塚は石器遺伝子の「破壊」などというが、進化の過程で起こるのは塩基の入れ替わりであり、すなわち突然変異である)
科学的にきわめて不自然で、
それこそある種の超越的存在が介入したとでもしなければありえないほどの、
奇怪な説である。
- 59 :出土地不明:2006/05/11(木) 23:35:15 ID:C448N/bJ
- >>56
>にもかかわらず、オモ1がもし現代に生まれたら、十分現代に適応できたという。
当然だろう。オモ1は現代人に備わっている本能的能力とさらに十分な思考能力
をもっていた。さらに、オモ1が、現代人として子供のころから育ったら、彼が
本来なら執着すべき本能的な行動をするための環境にはないので、かれの行動は
本能的に制約されない。無性に石器をつくりたくなるかどうかはしらないが、
周囲の環境からの刺激があって、学習が誘発されるわけだからな。
反論したいのはわかるが、本質的にもうすこし考えてから反論したほうがよいの
ではないか?
>お前は多様性が「ない」ことを以って、現代人と脳神経的なレベルで違いがあるように考えているのかもしれないが、
考えていないぞ。現代人との違いは、一部の本能が壊れているかどうかの違いだ。神経レベルでの
違いなどなくてもよい。ただ、その反応などが、現代人では若干にぶくなり、オモ1の時代におい
て必要な本能のいくつかが封印されているだけだ。
>第2に、後期旧石器時代にくらべ石器の製作レベルが多様性を示すほどに洗練されていないために過ぎない。
その多様性は、後期旧石器時代に入ると、通時的には数千年ごとに変化する。
また、共時的には、かなり狭い範囲でもかなり大きな変異が現れる。
このような変異は、中期旧石器段階では、萌芽としての要素はないわけではない
が、かなり大きな違いがある。
>>57
>「ピグニーは、複雑な儀式と、宗教と、森の中で生きる類まれな知恵を持っていることをわれわれは知っている。
> しかるに、その遺物は、10万年もすれば、その粗末な石器以外に何も残らない。
ピグミーについていっているのだろうが。
実は、その粗末な石器こそ重要だな。これは、後期旧石器時代の段階でも、
あるいは、一時的には新石器時代においてもときどき見受けられるが、一般に
中期旧石器段階よりも、「粗末な石器」が使われているわけだ。
後期旧石器時代のグラヴェッチアンやソリュートレアン、あるいは、マグダレニアンの
石器は、部分的には中期旧石器的な要素もありつつ、非常に洗練され、高度な技術が
使われている部分がある。しかし、その後の石器は実に粗末だ。
もはや、中期旧石器段階でのルヴァロア技法のような剥片石器の最終発展型などは
ほとんど現れることはない。これは、彼らがそのような石器を作る能力をうしなった
ということだ。
逆説的かもしれないが、考古学的にみても、ときに中期旧石器よりも洗練度の劣る
文化というものが、後期旧石器時代以降には現れる。それが「本能的な要素の喪失」
なのだよ。
> 実際、「鬼塚よ、じゃあタスマニア原住民はどうなんだ?」と言われても、返す言葉がないのである。
タスマニア原住民がルヴァロア技法を使いこなしていたとする証拠があったら、
教えてくれ。そうしたら、多少考えてもいいな。
>>58
その考え方は一部正しい。
人間が、どうして、自然との調和を失うような形での発展というものを
するようになったのか、たんなる野生動物でなくなったのはなぜか、と
いうことだ。それを、多くの研究者は、「新たな思考能力や言語能力の
獲得」として考えている。つまり、後期旧石器時代以降の行動学的にも
現代人的なホモ・サピエンスは、そうなる段階で、「なにか新しい能力を
獲得した」と考えているわけだ。それが、「抽象的な思考を可能にする
言語」という人もいて、FOXP2の話などが出てくる。
しかし、私の考え方は全く逆だ。
人間は「能力を失ったことで、苦労して、代替能力を思考によって獲得
した」というものだ。そして、代替能力のほうが、本能的でないが故に、
拡張性発展性の自由度に富んでいる。そのため、本来の能力を持たない
個体は、持っている個体よりも、苦労はするが、より自由度の高い行動
様式を取り入れることができるわけだ。だから、そのほうが有利になる。
- 60 :出土地不明:2006/05/12(金) 20:15:45 ID:wGJsCk0Q
- >本来なら執着すべき本能的な行動をするための環境にはないので、かれの行動は
>本能的に制約されない。無性に石器をつくりたくなるかどうかはしらないが、
>周囲の環境からの刺激があって、学習が誘発されるわけだからな。
>反論したいのはわかるが、本質的にもうすこし考えてから反論したほうがよいの
>ではないか?
はあ? 本能というのは、学習をしなくても、遺伝的にプログラムされている行動を言うのだよ。
イダルツが石器製作本能をもっていて、それが現代的行動の制約になるのなら、
「本来なら執着すべき本能的な行動をするための環境にはないので、かれの行動は
本能的に制約されない」などといういい加減なものにはなりません。
それじゃ現代人となんら変わらんじゃないかw
ここにいる現代人の皆さん。あなたに石器本能はありますか?
ようするにお前の言っていることは、イダルツに石器製作本能などないということ以外の何者でもない。
破壊されているのは石器製作本能ではなく、鬼塚の思考回路なのであるw
- 61 :出土地不明:2006/05/12(金) 20:29:42 ID:wGJsCk0Q
- >>お前は多様性が「ない」ことを以って、現代人と脳神経的なレベルで違いがあるように考えているのかもしれないが、
>考えていないぞ。現代人との違いは、一部の本能が壊れているかどうかの違いだ。神経レベルでの
>違いなどなくてもよい。ただ、その反応などが、現代人では若干にぶくなり、オモ1の時代におい
>て必要な本能のいくつかが封印されているだけだ。
おかしなことを言う人だ。本能は本質的に脳神経に刻印されているのだから、本能が「破壊」でもされていたら、
それはもう確実に、脳神経レベルでの違いがあるのであり、遺伝レベルでのちがいがあるのだ。
実際お前と違ってキリスト教原理主義者はイダルツやカフゼーを現代につれてきても現代人のようにはしゃべれないだろうと考えている。
トンデモ説だとは思うが、学者であるだけに首尾一貫している。
- 62 :出土地不明:2006/05/12(金) 20:43:16 ID:wGJsCk0Q
- >逆説的かもしれないが、考古学的にみても、ときに中期旧石器よりも洗練度の劣る
>文化というものが、後期旧石器時代以降には現れる。それが「本能的な要素の喪失」
>なのだよ。
洗練された文化が現れれば、本能が喪失した証拠であるといい、
洗練度が劣る文化が現れれば、これまた本能が喪失した証拠であるという。
鬼塚のいい加減ぶりがよく現れる文章であるw
鬼塚よ。お前が石器に詳しいことはよーくわかった。
しかしお前が論理的思考や人間に関する幅広い知識を持っていないことも、また、明らかなのである。
- 63 :出土地不明:2006/05/12(金) 20:47:17 ID:wGJsCk0Q
- >>60
失礼。イダルツはオモ1に置き換えてくれ。
本質的な議論にはまったく影響はないがw
- 64 :出土地不明:2006/05/12(金) 23:27:44 ID:2ytcfRn9
- > はあ? 本能というのは、学習をしなくても、遺伝的にプログラムされている行動を言うのだよ。
そういう本能もある。しかしそうでないものもある。
学習が効率よく進むように事前に準備されているような場合は、学習が
開始されるきっかけがないと、本能的なものであっても能力は発現しない。
> おかしなことを言う人だ。本能は本質的に脳神経に刻印されているのだから、本能が「破壊」でもされていたら、
> それはもう確実に、脳神経レベルでの違いがあるのであり、遺伝レベルでのちがいがあるのだ。
> 実際お前と違ってキリスト教原理主義者はイダルツやカフゼーを現代につれてきても現代人のようにはしゃべれないだろうと考えている。
解剖学的な違いはないだろう。部分的なタンパク質などの活性状態をきめるSNPが違うとか、
あるいは、タンパク質の発現量が多少違うようなプロモータ部位の若干の違いなどはある
だろうな。ただ、「あくまでも、現代人の範囲」だ。現代人にも同様の違いのある人が
多数いる程度の、揺れの範囲だ。だから、「現代人と変わらない」という。
たとえば、ルヴァロア技法を習得するための学習を非常に容易にするような
遺伝子的な変異SNPが、仮に10個あったとしよう。10個全部で、+で
あれば、ルヴァロア技法の石器製作が苦もなくやってのけることのできる
ようなものだ。オモ1の場合、その10個全部が+だったのだろう。
現代人は、そのうちの7個くらいは+だが、−が1個か2個はかならず
あるという程度の違いだろう。一つが−でも、ルヴァロア技法を獲得する
には、いたく障害になるようなものだろうな。
ヘラトも、カフゼーも、そしてネアンデルタール人もどれも全て、音声
言語をもっていた。ただ、質的に多少違うかもしれないことはありえる。
たとえば、普通名詞がいっさいなく、固有名詞しかないような言語かも
しれない。動詞として、社会的な活動に関わるような人間関係をあらわす
ような語彙しかなかったかもしれない。
> 洗練された文化が現れれば、本能が喪失した証拠であるといい、
> 洗練度が劣る文化が現れれば、これまた本能が喪失した証拠であるという。
> 鬼塚のいい加減ぶりがよく現れる文章であるw
全く分かっていないようだ。
まず第一に、後期旧石器文化は、ルヴァロア技法などのおそらく進化的に獲得
した技術を欠如していることで、「洗練されていない」のだ。
洗練された技術を欠如しているから、「頭で考えて代替技術をみつける」
しかなかったのだ。ただ、その分、自由度は増えた。進化的に獲得した
技術ではないから、好きにやれるのだ。その分「洗練されてはいない」の
だよ。使う石の選択もいい加減でいい。ルヴァロア技法ではフリント
を含む三種類程度しか利用できないが、石刃技法はもっと幅広い石がつか
える。
後期旧石器時代をかってに「洗練された文化」などと考えるのは私の主張
の反論をしようとばかりしていて、全く理解していないことを示す。
- 65 :出土地不明:2006/05/13(土) 00:54:06 ID:I9TCKvHc
- ようわからん
- 66 :出土地不明:2006/05/13(土) 01:35:47 ID:tNQwlFGF
- >>64
>解剖学的な違いはないだろう。部分的なタンパク質などの活性状態をきめるSNPが違うとか、
>あるいは、タンパク質の発現量が多少違うようなプロモータ部位の若干の違いなどはある
>だろうな。
お前の口からでまかせには食傷するが、仮にそういうタンパク質の違いがあって、それが本能の有無に影響するのなら、
それは脳神経レベルに影響を与えるのであり、したがって脳神経レベル、遺伝子レベルの違いがあるということなのである。
>ただ、「あくまでも、現代人の範囲」だ。現代人にも同様の違いのある人が
>多数いる程度の、揺れの範囲だ。だから、「現代人と変わらない」という。
鬼塚は口からでまかせを言っているので、またしても墓穴を掘りましたwww
オモ1の行動特性を決めるたんぱく質なりの表現形式が現代人の範囲内であり、
しかもオモ1に石器遺伝子があり、なおかつそれが鬼塚によれば現代人の行動様式にとって妨げとなるというのなら、
なんと、現代人にも、石器遺伝子を持ち、かつ、現代人として生きていけない人間が多数存在しなければならなくなるwww
鬼塚は論理的思考ができないのだろうか?
こうも鬼塚の「言い訳」(そう、こいつの言うとは言い訳に終始しているのだ)が次から次へと矛盾をきたす結果になるのは、
とりもなおさず、石器遺伝子という考え方が間違っているからに他ならない。
- 67 :出土地不明:2006/05/13(土) 01:45:19 ID:tNQwlFGF
- >学習が効率よく進むように事前に準備されているような場合は、学習が
>開始されるきっかけがないと、本能的なものであっても能力は発現しない。
じゃさあ、仮に鬼塚の言うような、「学習能力の事前準備なるものがあるとしよう。
いったいそんな漠然としたものが、どうして石器遺伝子といえるのか?
それが、現代人の持っている能力とどう違うのか言ってみろよ
すなわち、オモ1が持っている本能が
「本来なら執着すべき本能的な行動をするための環境にはないので、かれの行動は
本能的に制約されない」などというものなら、現代人といったいどう違うというんだよ。
答えてみろよWWWW
- 68 :出土地不明:2006/05/13(土) 01:48:52 ID:tNQwlFGF
- >たとえば、ルヴァロア技法を習得するための学習を非常に容易にするような
>遺伝子的な変異SNPが、仮に10個あったとしよう。10個全部で、+で
>あれば、ルヴァロア技法の石器製作が苦もなくやってのけることのできる
>ようなものだ。オモ1の場合、その10個全部が+だったのだろう。
>現代人は、そのうちの7個くらいは+だが、−が1個か2個はかならず
>あるという程度の違いだろう。一つが−でも、ルヴァロア技法を獲得する
>には、いたく障害になるようなものだろうな。
以上、鬼塚の、何一つ証拠のない与太話でした。大変ありがとうございました。
- 69 :出土地不明:2006/05/13(土) 01:58:05 ID:tNQwlFGF
- >、「頭で考えて代替技術をみつける」
>しかなかったのだ。ただ、その分、自由度は増えた。
>ルヴァロア技法ではフリント
>を含む三種類程度しか利用できないが、石刃技法はもっと幅広い石がつか
>える。
普通のヒトは、大体それを洗練されていると考えますがねえ
まあ、いいや、鬼塚はそうではないというんんだから(失笑)
でもさあ、中期旧石器から、クロマニオンの石器への違いって、
文化的なものとして十分説明できるだろう?
鬼塚は、それを本能の違いで説明するが、何一つ根拠がない。
逆に鬼塚は石器遺伝子なんかを持ち出して、あちこちで矛盾に満ちたことを口走ってる。
- 70 :出土地不明:2006/05/13(土) 02:11:19 ID:tNQwlFGF
- 鬼塚は別のところで殊勝にもこういっている。
>ホモ・サピエンスがアフリカを出た時期は、10万年前から8万年前、
>そしてそれ以降ってことになっているが、出ていったときは、AMHだった。
>ヨーロッパに入っていったオーリナシアン文化(後期旧石器文化)の
>原クロマニョン人は、5万年前ごろ中近東で後期旧石器文化段階に至った
>人々だ。もっとも、オーリナシアン文化の段階では、まだ洞窟壁画は
>ないはずだ。インドではずっとAMHの段階が続くし、オーストラリアに
>いった人々も、オーストラリアに入るまではAMHで、それが入ったあとで
>AMHになった。アフリカ出たときは、ろくなことしてないんだよ。
>芸術にめざめたのは、行った先で1万年か2万年かそこら経過したあとだ。
>アフリカでは、初期には7万年前に芸術らしきものがあったとしても、
>そのごそれが普通に普及するのは、2万年前だ。
>人間が人間的になったのは、本当に、最終氷河時代のさなかであったと
>いうことだな。体だけは、現代人的でも、思考や生活はそうじゃなかった
>ということだろう。
つまり鬼塚は行動学的現代人が、各地域で独自に生まれたといっている。
しかし、これは明らかに鬼塚の立場とは矛盾する。
なぜなら、かれは行動学的現代人が石器遺伝子の破壊によって生まれたといっているからだ。
石器遺伝子の破壊、すなわち突然変異なのである。
常識的に考えて、同じような突然変異が、相互に孤立した集団で、独立に発生するわけがないではないか。
これは進化論の常識であり、だからこそ多地域進化説が不自然に思われたのである。
行動学的現代人が、各地域で独立に発生したのなら、これらの行動は文化的なものである証拠であり、
現代的行動を抑制した石器遺伝子なるものは最初から存在しないといわざるを得ない。
- 71 :出土地不明:2006/05/13(土) 13:55:41 ID:Yz+eQDIl
- 遺伝学的な知識欠如の人がいるようなので、もうすこし詳しく書いておこうか。
仮説として、石器製作に必要な学習が非常に高速に行えるようにするために
ゲノム中の領域に10箇所関連する場所があったとする。それが、全部+であれ
ば、石器製作が非常にやりやすく、あまり努力せずに、必要な能力が身に付く
ということだ。
さて、20万年前の解剖学的現生人のころは、当然10箇所全部が+だっただろう。
で、もちろん、突然変異の問題だから、そのうちの一つが −であるような個体
もいただろうが、そういう個体は、石器製作において著しい学習障害があるため、
子孫を残す可能性が少なく、結果として、- であるような箇所が1カ所か二カ所
あるような個体がいれば、それは集団全体から淘汰される運命にある。
ただし、そういう個体は当然、いかなる時代にもいる。現代人にもいろいいろな
遺伝疾患がある人がいるのと同じことだ。彼らは子孫を残すのに著しく不利である
ことも多い。
さて、一方現代人はどうかというと、10箇所のうち、ほとんどの人が、10箇所のうち
の一つか二つが、- であるわけだ。たまに、10箇所全部が、+であるような人もいる。
で、人類の世界各地への拡散のあとで、たとえば、10箇所を、それぞれ、A,B,..Jで
表すとすると、オーストラリアにいった人は、EとJが壊れている人が多いとか、
ヨーロッパ方面は、EとAが壊れているとか、そういうことはそれぞれの地域ごとに違う
ことがあるだろう。ただ、現代人全体は、そのほとんどの人が、10箇所のうちの一つか
二つは、壊れて - になっているわけだ。
一つ一つの遺伝子についていえば、現代人でも、20万年前でも、9割以上の確率で、
+であるし、現代人においても希に、10箇所全部が+であることもあるかもしれないし、
20万年前でも、10箇所のうち一つか二つが - で壊れていた個体もいたかもしれない。
だから、現代人と20万年前の人々とで、集団で考えれば、遺伝的プールとしては同じ
ものだ。ただ、頻度に若干の偏りがある。で、その偏りは現代人のプールの中でも当然
地域的な偏りはあるだろう。その意味で、現代人と20万年前の人々は同じ種であり、
その間に、特殊な突然変異が起こったわけではない。
これが、SNPの話なので、そのあたりを、きっちり勉強すれば実に簡単なことだ。
重要なことは、私の説では、「天才を作り出す特別な突然変異」などという
ものを仮定する必要はなく、ただ、「独創的になるのを阻害しているいくつかの本能的
に獲得された遺伝子群の一部が、ちょこっと壊れることで独創的になる」ということだ。
ただ、20万年前の人々の中で、一部が壊れた人は、代替技術を獲得するインフラがなか
ったので、著しく子孫を残したり生存するのに不利であったが、5万年前以降は、代替
技術があるので、逆に有利になったということなんだよ。
- 72 :出土地不明:2006/05/13(土) 14:08:30 ID:Yz+eQDIl
- >>67
まあ、何度も書いていることだが。
我々の味覚というのは、うまくできていて、おおむね、おいしいと思うもの
を食べていると、体が健康に保たれるようになっている。甘いものは糖類で
あり、これはエネルギー源だから、重要だ。さらに脂肪も重要だ。だから、
甘くて、脂肪分のあるものというのは、おいしい。アイスクリームなぞは、
まさにその典型だろう。
このような味覚があれば、「なにを食べると健康に保てるか」というのを、
学習するのが非常に容易になる。手当たり次第に食べてみて、おいしいもの
を食べ、おいしくないものを食べないようにするだけで、健康がたもたれ
るわけだ。
ルヴァロア技法の習得を高速に行えるようにするための仕組みもおそらく、
こういう認識に関わる部分と関連していると思う。石の目を読むとか、
あるいは、石の種類を読みとるとかだ。ルヴァロア技法に適したフリント
とか、そういう石をみると、その石の色や表面の雰囲気から、なんらかの
「快感」が得られるようになっているというのがあるんだろう。
だから、その快感がえられて、「嬉しい」と思うような視覚や触覚にむす
びついた神経系がセットされれていればよい。
ところが、後期旧石器時代の石刃技法は石の種類を選ばない。
これは、その時代に入ったころの人々が、本来使うべき石以外のものをも
やたらと試したことを意味する。ようするに、おいしくないものでもたべて
みて、とりあえず、死ななければそれを食べ続けるとかすると、それだけ
雑食的になって生存に有利だ。
コアラなどは、進化的にユーカリの葉しか食べないようになっている。
その結果として、ユーカリの葉が食べられない状況では絶滅するしかない。
そこで、本来の味覚やユーカリの葉をみて快感を感じるような遺伝子が
壊れたコアラがいれば、そこらの別の葉っぱでも食べてみて、その結果
それで死ななければ、生存の可能性が増えるだろう。
石選びで、特定の石だけを選択的に選び、他を使おうともしないという
ことが、ネアンデルタール人や、あるいは20万年前の初期人類のやって
いたことだとしたら、まさに、コアラのユーカリの葉だけ選ぶというのと
同じことだ。うまい具合に、ホモ・サピエンスの中に、そういう壊れた
やつがいて、他の石もめったうちにして、石器をつくるようなことをした
んだろう。それを引き起こしたのは、もしかしたらフリントをはじめとす
る本能的に選ばれるような石材が不足した地域に足を踏み出した結果かも
しれない。
- 73 :出土地不明:2006/05/13(土) 14:20:58 ID:FVns8teC
- >>69
文化的な違いでは説明できないほどのギャップがあるから、多くの研究者
が苦労して、「突然変異」だの「FOXP2」だの「言語の質的変化」だのと
いうことを主張しているわけだろ。
中期旧石器時代は、たしかに、その過渡期というか変化しつつある状況である
ことはたしかだ。後期旧石器時代ほどではないものの地域的な違いがたしかに
ある。それはネアンデルタール人の文化においても、地域ごとの違いが
ある。後に後期旧石器文化段階に至ったシャテルペロニアン文化は、
実際には8万年程度前から見いだされるムステリアン文化の内部における
変種だ。ルヴァロア技法を中心とした文化であることにかわりはないもの、
他のムステリアンとは違いがあるわけだ。
で、その最終段階の4万年前ごろになって後期旧石器文化としての特徴を
もつに至る。これは、オーリナシアンのクロマニョン人との接触によるもの
とされるが、たぶん、その通りだろう。ただ、この末期の後期旧石器文化
的要素をもつシャテルペロニアン文化は、長く見積もっても3000年程度
しか続かなかったとされる。
一方、ホモ・サピエンスの側では、アフリカにおいては10万年前ごろから
MSAの内部変種として、HPとかをふくめて、石刃技法をもっていたりして、
変種が現れる。ただし、その中での革新的で後に後期旧石器文化のものとされ
るような技術や特徴は、1000年とか2000年で消えていく。でては
消え、出ては消えを繰り返し、そのまま、アフリカから出ていく一派があら
われる。出ていったあとも、MSA段階にとどまるものがほとんどだが、それが
5万年前ごろを中心として、前後±2万年程度の間に、世界各地で、それぞれ
後期旧石器文化に入っていくわけだ。そのとたんに、文化の変化速度が
爆発的に速くなる。
ホモ・サピエンスでのこの状況をみると、10万年前後前から後期旧石器文化
へむけての振り子が揺れはじめる。保守的な段階と革新的な段階の間をゆれう
ごく。揺れて「保守的」なものに戻ってしまうとしたら、それは戻るための力
が必要だ。それは、「進化的に獲得された本能」による揺り戻しと考えると
非常にわかりやすい。その揺れは、10万年前から2万年前ごろまでゆれ動き、
その途中で、本能的な束縛を解除することのできた地域集団は、そこからはなれ
て、二度と保守的なMSAに戻ることはなかった。アフリカでは、保守的な人の
数が多かったのだろう。LSAに至るのは、2万年前ともっとも遅いもの一つだ。
アフリカの集団の規模が他の地域にくらべてもっとも多かったことを考えれば
これは進化論的にも遺伝学的にも納得のいく結果だ。
オーストラリアは、非常に速い。これは、オーストラリアに至った人々の数が
すくなく、ひとたび本能的束縛のための遺伝子が壊れたら、それがすみやかに
集団内に拡散して、もとには戻れなくなったのだろう。
インドは、かなり遅い。ここに、オーストラリアに向かった人々の一部が、
ある程度の人数で残ったためだろう。
- 74 :出土地不明:2006/05/13(土) 14:23:35 ID:FVns8teC
- >>72
まあ、現代の脂肪過多、糖分過多の食事とむすびつけて、「甘いものをたべ
ると体に悪いじゃないか」とかいうやつがいたら、それは現代という特殊な
状況を考慮していないから、ということになろう。こういう反論が来る前に、
一応、封じておかないと、また、なにやら無駄な議論になるからな。
- 75 :出土地不明:2006/05/14(日) 10:27:49 ID:8GH3E8i2
- >>71
お前の言っていることには全部根拠がない。
なにが遺伝学的知識だよ。
>ゲノム中の領域に10箇所関連する場所があったとする。それが、全部+であれ
>ば、石器製作が非常にやりやすく、あまり努力せずに、必要な能力が身に付く
>ということだ。
ばかか?
遺伝子の塩基配列は、AとT、GとC入れ替えであって、
+とか−とか言うものではありません。
実際の遺伝表現は、複数の塩基の相互干渉で起こる場合もあるから、
比喩としても+−で表現できるわけがない。
寝言を言うのもいい加減にしろ。
>その意味で、現代人と20万年前の人々は同じ種であり、
>その間に、特殊な突然変異が起こったわけではない。
なにやらぐたぐた間違ったことをしゃあしゃあとかいて、話題をそらそうと必死であるが、
そんなことを言ってもお前が論破されている現実にはまったく変わらない。
要するに、オモ1が石器遺伝子をもち、石器遺伝子が現代人の行動様式の妨げとなるのなら、
オモ1が現代に適応できることはありえない。これは論理的に間違いのないことであり、
鬼塚は矛盾しているのである。
実際71で無意味な、煙に巻くようなことを言っても、
じゃあ実際、オモ1と現代人のどこに違いがあるのかという問いに答えられないではないか。
真実は、現代人に石器遺伝子がないように、オモ1にも石器遺伝子などなかったのである。
- 76 :出土地不明:2006/05/14(日) 10:36:04 ID:8GH3E8i2
- >石選びで、特定の石だけを選択的に選び、他を使おうともしないという
>ことが、ネアンデルタール人や、あるいは20万年前の初期人類のやって
>いたことだとしたら、
証拠は?
- 77 :出土地不明:2006/05/14(日) 10:41:13 ID:8GH3E8i2
- >一方、ホモ・サピエンスの側では、アフリカにおいては10万年前ごろから
>MSAの内部変種として、HPとかをふくめて、石刃技法をもっていたりして、
>変種が現れる。ただし、その中での革新的で後に後期旧石器文化のものとされ
>るような技術や特徴は、1000年とか2000年で消えていく。でては
>消え、出ては消えを繰り返し、そのまま、アフリカから出ていく一派があら
>われる。出ていったあとも、MSA段階にとどまるものがほとんどだが、それが
>5万年前ごろを中心として、前後±2万年程度の間に、世界各地で、それぞれ
>後期旧石器文化に入っていくわけだ。そのとたんに、文化の変化速度が
>爆発的に速くなる。
だからよ、それが遺伝子の突然変異でおきたとしたら、それが各地域で独自に起きるのはおかしいだろうが?
突然変異変異自体はランダムにおきるから、同じような突然変異が同じような時期に
サピの分布先で独自に起きることはありえない。
これは進化論の常識だろうが。
- 78 :出土地不明:2006/05/14(日) 10:49:53 ID:8GH3E8i2
- ここで、鬼塚と異なる、原理主義者の意見をまとめておこう。
@原理主義者は、オモ1やイダルツを現代につれてきても、現代に適応できるとは考えません。
なぜなら、彼らは生態学的に現代人と異なると考えるからです。
もちろんそれは当然でしょう。
これに引き換え、鬼塚はオモ1を現代につれてくると、現代に適応できるといいます。
オモ1には石器製作本能が存在し、すなわち生態学的に現代人と異なるにもかかわらず、です。
A原理主意義者は、現代人的行動につながる突然変異はアフリカのごく小さい集団でおき、世界中に広がったと考えます。
鬼塚のように、サピの行く先々で独自に現代人的行動が生まれたとは考えません。
原理主義者の意見は、進化論とも矛盾しません。
以上、原理主義者の意見はトンデモですが、彼らなりに首尾一貫していることは伺えます。
逆に、鬼塚の論理的思考のなさばかりが目立つといえます。
- 79 :出土地不明:2006/05/14(日) 11:47:50 ID:aoBqKkYz
- >>75
> 遺伝子の塩基配列は、AとT、GとC入れ替えであって、
>+とか−とか言うものではありません。
なるほど、そういう知識があるなら、とりあえず、、。
十カ所のSNPについて、たとえば、1番目が、Aであるものが、+、Cであるものが−
という形に定義してみた、ということだ。内容を把握している人間なら、そのような
ことは自明だから、ここで反論などしないだろう。
なんか、相手に知識がないと仮定して、反論を試みているようだが、それはあまり
にもお粗末だ。
> 要するに、オモ1が石器遺伝子をもち、石器遺伝子が現代人の行動様式の妨げとなるのなら、
>オモ1が現代に適応できることはありえない。これは論理的に間違いのないことであり、
>鬼塚は矛盾しているのである。
矛盾でもなんでもない。現代人において、ごくまれに尾が生えた人がいるが、
たしかに、本人としては、非常に苦悩を伴うだろうが、普通に生活することは
可能だというのと同じ程度のことだ。
現代において、たとえば、ルヴァロア技法を可能にする学習能力がある人間
は、他の人よりも、細かい石のパターンなどに敏感で、その結果として、芸術
的な才能とされる可能性もある。
ようするに、現代人とオモとの違いは、集団内での遺伝子の「かたよりの違い」
に過ぎないのだ。現代人では、石器遺伝子というものがあるとして、その遺伝子
をもつ人、あるいはその遺伝子セットを完全な形でもつ人は非常に少ないが、
オモ1のころの20万年前の段階では、ほとんどの個体がそのセットをもって
いた、ということだ。
そして、一度、人類が文化的に対応する代替方法を編み出し、それにそって文化
ができあがってしまうと、そこでは、石器遺伝子が壊れているか壊れていないか
はあまり問題ではない。なくてもよいしあってもよい。つまり石器遺伝子をもつ
ことは、優性でもなければ、劣性でもない。そういう中立遺伝子は壊れることが
多い。しかし、本能的な行動をしている状況から文化的な行動へと移項するとき
には、遺伝子が壊れていることが重要だったということだ。
このあたりは、進化論の基本だから、そのあたりをきっちりと勉強した上で、
反論してくれ。
> じゃあ実際、オモ1と現代人のどこに違いがあるのかという問いに答えられないではないか。
> 真実は、現代人に石器遺伝子がないように、オモ1にも石器遺伝子などなかったのである。
探していないから、まだ見つかっていないだけだ。
現代人にも残っている人は十分にいるだろう。ただし、フルセットで残っている人はほとんど
いないだろうな。オモ1のころはフルセットで残っていたわけだ。
>>76
> だからよ、それが遺伝子の突然変異でおきたとしたら、それが各地域で独自に起きるのはおかしいだろうが?
> 突然変異変異自体はランダムにおきるから、同じような突然変異が同じような時期に
> サピの分布先で独自に起きることはありえない。
> これは進化論の常識だろうが。
そうだ。だから、10カ所のSNPのどれが壊れるかは、ホモ・サピエンスが出ていった先の地域
ごとに違いがあろう。淘汰圧として、10カ所が全部が+であるようなセットの一部が−になる
ことが重要であって、どれが−になるかは、どうでもよいことだ。
当然地域ごとに違いがあるだろう。しかも、それが起こった時期もまた地域ごとにばらばらだ。
アフリカでは、2万年前ごろにおこったし、オーストラリアでは6万年前ごろだ。
ヨーロッパにいったクロマニョン人では、5万年前にかれらがザグロス山中にくらしている
ときに起こった。インドでは、案外遅かったようだな。
で、これらの違いは、集団の規模と密接に関連する。アフリカはもっとも集団規模が大きいから
遺伝子が壊れるのが一番遅かったわけだ。これは確率論と進化論を組み合わせれば非常に明快
だ。
- 80 :出土地不明:2006/05/14(日) 11:59:58 ID:ntxeza4y
- >>78
1)については、原理主義者もそうは考えていないだろうな。
たとえば、タスマニア人はヨーロッパ人に発見されたときは中期旧石器段階の人々であったと
されているが、彼らの言語(かれらの生活や言語などにはそれなりに詳しく研究されている)
が、特別に現代人の中で異常な部類であったとは記されていない。
2)については、考古学的な事実と反する。
後期旧石器時代に入る時期は、地域ごとに違う。
しかも、アフリカが一番遅い。アフリカの小集団で後期旧石器文化的なものが現れる時期は
早い。10万年前ごろ、そして7万年前、そして5万年前ごろとそれぞれで、地域的には後期
旧石器文化と考えられるものが登場する。しかし、その後、再びそういう地域の遺跡は、MSA
段階に戻る。同じ事は中近東でも言える。中近東の解剖学的現生人は、8万年前ごろにさかのぼ
り、その地域のネアンデルタール人に先行するけれど、彼らはMSAどころか、前期旧石器文化
段階で、後期アシューリアンだったのだとする考え方もある(西秋ら)。
後期旧石器文化の萌芽はみえるが、それが数千年のうちにMSAに戻るという現象がなんども起こって
その後、それぞれの地域ごとに別の時期に後期旧石器文化に移行し、その後、戻ることはない。
アフリカは2万年前ごろ。オーストラリアは6万年前。ヨーロッパは4万年前ごろだ。
だから、2)の考え方でいけば、突然変異は、何度も起こったことになる。しかもその突然変異は
同じものでなければならない、ということになる。進化論と全く矛盾するし、あり得ない話だ。
私の考え方なら、そのあたりをより問題のない方法で説明できる。
もともと「全うにそろった本能的束縛を司る遺伝子群」が、それぞれの地域で、ちょっとずつ
壊れればいい。その本能が必要なときに、その遺伝子群が壊れれば、当然、淘汰される運命に
あるが、逆に本能的な束縛が進化的に劣性にたたされれば、遺伝子群の一部が壊れることは逆に
選択されて、加速的に壊れる。エントロピーの原則からいって、壊れることのほうがはるかに
簡単におこり、新しい創造的な改変ということが行われる可能性はほとんどない。
このような壊れる方向であれば、歴史的に異なる地域で違う時期になんど起こってもよい。
同じ突然変異が、別の時期に別の場所でなんども起こるというのはあり得ないことだ。
- 81 :出土地不明:2006/05/14(日) 12:01:12 ID:ntxeza4y
- >>76
実際に、ルヴァロア技法では、使われる石材はフリントをはじめとして、
3種類の石材に限られている。彼らが、選択的に石を選んだからこそこういう
ことになったということだ。
- 82 :出土地不明:2006/05/14(日) 12:52:43 ID:b9AXBE/u
- >>81
ちなみに、以前も書いたが、前期旧石器段階でも、石器遺伝子ぶっ壊れ
た個体はいたようで、こともあろうか、動物の骨に、アシューリアンの
加工をしようとして、失敗したらしい例がみつかっている。適応させよう
とした技術は、剥片剥離で、オルドワン石器からシューリアン、そして、
ルヴァロア技法までの全てに通用する基本的な技術だが、骨に対して
これは全く使えない。骨は、石器で削らないといけないわけだが、そういう
知恵はなく、ただ、骨を石材と間違えるような「とちくるった」個体が
存在したことは間違いない。遺伝子が壊れていたんだろう。
- 83 :出土地不明:2006/05/14(日) 13:46:44 ID:T3wLh+3B
- コーカソイドだけが共通に持ってる遺伝子ってあるんですか?
- 84 :出土地不明:2006/05/14(日) 13:49:05 ID:wljRe1sV
- 北方モンゴロイドだけが持っている遺伝子ってのはありそうなんだが。
コーカソイドっていうのは、たんに、ユーラシア大陸の中では、原始的
特徴をいまだにもっている人々だからな。独自な遺伝子ってのはどうかな。
モンゴロイドの、黄色い肌のもとになっている色素はたしか、他の地域の
人々はもっていないとのことだったと思う。正確な話ではないのでわるい
のだが。
- 85 :出土地不明:2006/05/14(日) 14:53:39 ID:T3wLh+3B
- >>84
>正確な話ではないのでわるいのだが。
レベルが低いですね。
- 86 :出土地不明:2006/05/15(月) 20:24:37 ID:WOTRsbXW
- >なるほど、そういう知識があるなら、とりあえず、、。
>十カ所のSNPについて、たとえば、1番目が、Aであるものが、+、Cであるものが−
>という形に定義してみた、ということだ。内容を把握している人間なら、そのような
>ことは自明だから、ここで反論などしないだろう。
失笑。内容を把握している人間なら、ゆめゆめ塩基を+−で表現しようとは思いません(そもそも塩基は4種類ある)
まして、一塩基が、必ずしも他の塩基とは独立に表現形について作用しているわけではないのだから、なおさらです。
鬼塚が塩基を+−と表現するのは、彼自身遺伝子をわかっていない(わかっていなかった)証拠ですw
それは、彼自身が「石器遺伝子の破壊」なる表現にこだわるのから見てもわかります。
彼が突然変異をそういうものとしてしか理解していないらしいこのと現れです。
- 87 :出土地不明:2006/05/15(月) 20:37:01 ID:WOTRsbXW
- >矛盾でもなんでもない。現代人において、ごくまれに尾が生えた人がいるが、
>たしかに、本人としては、非常に苦悩を伴うだろうが、普通に生活することは
>可能だというのと同じ程度のことだ。
同じ程度のものではありません。なぜなら、鬼塚によれば、石器本能の存在は現代人としての行動の妨げとなるゆえに、
その本能は破壊され、それゆえに現代人には石器製作本能がみられないのですから。
オモ1に石器本能があるのに、現代人として適応できるのなら、
何で現代人には石器本能は完ぺきに存在しないのですか?
説明してもらおうじゃないか?
>石器遺伝子遺伝子というものがあるとして、その遺伝子
>をもつ人、あるいはその遺伝子セットを完全な形でもつ人は非常に少ないが、
>オモ1のころの20万年前の段階では、ほとんどの個体がそのセットをもって
>いた、ということだ。
ほう、現代人の中にもオモ1と同じような遺伝子配列で、したがって石器製作本能があるやつがいるって言うんだな。
立証してもらおうじゃないかwww
- 88 :出土地不明:2006/05/15(月) 20:43:52 ID:WOTRsbXW
- >そして、一度、人類が文化的に対応する代替方法を編み出し、それにそって文化
>ができあがってしまうと、そこでは、石器遺伝子が壊れているか壊れていないか
>はあまり問題ではない。なくてもよいしあってもよい。つまり石器遺伝子をもつ
>ことは、優性でもなければ、劣性でもない。そういう中立遺伝子は壊れることが
>多い。
はあ? 何でこんなところに優性劣性の話がでてくるんだ?
で「優性でも劣性でもない」「中立遺伝子はこわれやすい」????
こいつ本当に遺伝学をわかっているのか?
優性劣性が遺伝学で何を意味するか、中学からやり直したほうはいいんじゃないのwww
しかし、本能的な行動をしている状況から文化的な行動へと移項するとき
には、遺伝子が壊れていることが重要だったということだ。
- 89 :出土地不明:2006/05/15(月) 21:03:41 ID:WOTRsbXW
- >>80
>1)については、原理主義者もそうは考えていないだろうな。
いや、原理主義者は、言語遺伝子の出現以前の人類についてはイダルツだろうとなんだろうと、
現代人と本質に異なり、しゃべれるとは考えていない。
タスマニア原住民についてどう考えているかは知らないが、
ディーコンが皮肉ったごとく、原理主義者(と鬼塚w)は、
たまたま粗末な石器しか遺物が残っていないからとって、
その時代の人類が獣的(それこそ本能的)行動しかしなかったと考える過ちを犯しているのは間違いないw
原理主義者と鬼塚は、ピグミーやタスマニア原住民が粗末な石器しか残していないのを見て、
言語がしゃべれない(原理主義者のばあい)、石器製作本能にとらわれた行動しかとれない(鬼塚の場合)と考えるに違いないのである。
それは、現に鬼塚が、残された石器のみから何の証拠もなく中期旧石器以前は本能によって作られたと断言していることからも明らかである。
- 90 :出土地不明:2006/05/15(月) 21:14:58 ID:WOTRsbXW
- >もともと「全うにそろった本能的束縛を司る遺伝子群」が、それぞれの地域で、ちょっとずつ
>壊れればいい。その本能が必要なときに、その遺伝子群が壊れれば、当然、淘汰される運命に
>あるが、逆に本能的な束縛が進化的に劣性にたたされれば、遺伝子群の一部が壊れることは逆に
>選択されて、加速的に壊れる。エントロピーの原則からいって、壊れることのほうがはるかに
>簡単におこり、新しい創造的な改変ということが行われる可能性はほとんどない。
>このような壊れる方向であれば、歴史的に異なる地域で違う時期になんど起こってもよい。
>同じ突然変異が、別の時期に別の場所でなんども起こるというのはあり得ないことだ。
お前大丈夫かwww
お前根本的なことを理解してないな。遺伝子が壊れる(欠落する)ことも立派な突然変異なんだよ。
だから、「それぞれの地域でちょっとづつ壊れる」とか
「このような壊れる方向であれば、歴史的に異なる地域で違う時期になんど起こってもよい」
なんというのは、まさに「石器遺伝子が消滅する」という同じ方向への突然変異が独立に何度も起こっていることじゃないか。
そんなこと進化学的に、遺伝学的にまず起こりえないことだろうが。
- 91 :出土地不明:2006/05/15(月) 21:21:06 ID:WOTRsbXW
- つまり鬼塚も認めるごとく、行動学的現代人は、各地域で、独立に発生したとするほうが、
残された遺物からは符合している。
これは、とりもなおさず行動学的現代人が突然変異(含む石器遺伝子の破壊w)で、出現したのではなく、
むしろ文化的な変化であったことを物語っている。
ちょうど古代文明が各地域で独立に生まれたように、である。
- 92 :出土地不明:2006/05/16(火) 18:58:00 ID:id7j2y06
- クロマニョン人じゃないけど、ネアンデルタール陣に興味がある。
なんで滅びたのかな?
戦争とかしたのかな?
言語はあやつったのかな?
一人もいなくなったってほんとなのかな?
クロマニョンとのハーフとかいなかったのかな?
- 93 :出土地不明:2006/05/17(水) 00:18:41 ID:Fe6JWO6o
- >>86-88>>89
単なるSNPsに関する理解がないことによる適当な反論なので、これは、無視
する。SNPsについて、ちゃんとした文献を参照し、きちんと理解したならば、
このような、反論はあり得ないので、これは無視する。
しいていえば、SNPの偏りの違いだということで片づく。
20万年前の人類は、SNPsの偏りとして、石器遺伝子が壊れたような場合は、
それが、できるだけ速やかに排除されるような状況にあったが、現代人では
そうではなく、壊れたほうが奨励される傾向にあったというだけのことだ。
だから、現代人のほとんど(9割がた)は、遺伝子が壊れているが、20万年
前だと、壊れている人は、たかだか10%にみたないというだけのことだ。
その壊れた10%は、生活する上で、なんの御利益もなく、むしろ、損失の
ほうが大きいので、淘汰され、そのような壊れた遺伝子をもっていれば、それ
が淘汰によって排除されることが現代に比べて非常に多かったということだけ
なのだ。その選択のあり方によって、SNPの偏りができることはもちろん、
現代でもよくあることだ。
>>91
この件だけが、十分な議論に値する部分はある。
それにしても、後期旧石器時代以降の、急激な発展と、それ以前の中期旧石器
時代における停滞が、なぜ本質的に違うかは、この「文化的な違い」からは
出てこないから、「突然変異」を仮定したくなるわけだ。
後期旧石器時代に入って以降、なにゆえ、数千年ごとに顕著な違いのある文化が
生み出され、それ以前の中期旧石器時代においては、その変化、多様性は小さく、
そして、前期旧石器段階では、その多様性がほとんどなかったのか、という
ことは、私の、石器遺伝子仮説以外で、論理的に明確に説明できたことはないのだ。
このあたりの違いが分からないなら、もう一度、SNPsを含めた遺伝学の基礎から
しっかり勉強しなおして、反論すべきを反論したらよいと思う。
現状では、たんなる無知をさらけだしているだけだ。
- 94 :出土地不明:2006/05/17(水) 00:23:15 ID:Fe6JWO6o
- >>92
とりあえず、Jean M. Auel の Earth's Children Series を読んでくれ。
その当たりの事情が、しっかりわかるはずだ。
集英社から、日本語版も出ている。
考古学的にいえば、ネアンデルタール人について、非常に間違った、あるいは
古い解釈がなされている(最初の本は、20年以上前に出版されているから
しょうがないのだが)。ただ、混血がどういう意味をもったか、というような
ことは、二巻以降の、とくに、3巻「マンモスの狩人」や、それ以降には、くわしく
かかれている。よむべし。
- 95 :出土地不明:2006/05/17(水) 19:26:54 ID:8SxqSZi0
- >単なるSNPsに関する理解がないことによる適当な反論なので、これは、無視
>する。SNPsについて、ちゃんとした文献を参照し、きちんと理解したならば、
>このような、反論はあり得ないので、これは無視する。
遺伝子多型性(SNP)について、理解していない(していなかった)のは誰が見ても鬼塚w
遺伝子配列を+−で表現して恥じない鬼塚は明らかに遺伝子について根本的なところを勘違いしているし、
おそらくそのせいだろう(笑)、突然変異ではなく遺伝子が壊れる方向へは容易だとが、
噴飯ものの戯れ言をとくとくと述べている。
- 96 :出土地不明:2006/05/17(水) 19:32:03 ID:8SxqSZi0
- >20万年前の人類は、SNPsの偏りとして、石器遺伝子が壊れたような場合は、
>それが、できるだけ速やかに排除されるような状況にあったが、現代人では
>そうではなく、壊れたほうが奨励される傾向にあったというだけのことだ。
>だから、現代人のほとんど(9割がた)は、遺伝子が壊れているが、20万年
>前だと、壊れている人は、たかだか10%にみたないというだけのことだ
お前よう。それだと、現代人の10%は石器製作本能を持っていないといけないわけだぜ
事実は、60億人中だれひとり、石器製作本能を持っている人はいない。
だから、石器製作遺伝子や石器本能なんてものは、最初から存在しないんだよwww
- 97 :出土地不明:2006/05/17(水) 19:40:29 ID:8SxqSZi0
- >この件だけが、十分な議論に値する部分はある。
>それにしても、後期旧石器時代以降の、急激な発展と、それ以前の中期旧石器
>時代における停滞が、なぜ本質的に違うかは、この「文化的な違い」からは
>出てこないから、「突然変異」を仮定したくなるわけだ。
>後期旧石器時代に入って以降、なにゆえ、数千年ごとに顕著な違いのある文化が
>生み出され、それ以前の中期旧石器時代においては、その変化、多様性は小さく、
>そして、前期旧石器段階では、その多様性がほとんどなかったのか、という
>ことは、私の、石器遺伝子仮説以外で、論理的に明確に説明できたことはないのだ。
鬼塚の珍説はいたるところで、破綻をきたしていますが何かwww
とくに石器本能のあるオモ1が現代に適応するだの、行動学的現代人は、各地で独自に同じ突然変異(石器遺伝子が壊れること)によって生まれただの、
明らかに、遺伝学や進化学の常識と矛盾する言説を口走り、
指摘されても>>93の負け惜しみの文章で見え見えのとおり、まったく反論できないわけですが何かwww
- 98 :出土地不明:2006/05/17(水) 19:52:14 ID:8SxqSZi0
- 鬼塚は、後期旧石器時代に急激に変化が加速してきており、
これは石器遺伝子の破壊でしか説明できないとほざく。
しかし石器遺伝子の仮説は明らかに明白な矛盾があるから、本来その時点退けられるべきである。
だから、このような戯言に本来付き合う必要はないのであるが、鬼塚のレトリックに付き合う意味で、コメントしよう。
まず、「急激な変化」という概念が、『鬼塚基準』の恣意的なものであることに注意しよう。
実は、文化の急激な変化は、人によっては、産業革命以降というひともあるし、文明の勃興以降だという人もあるし、
農業革命以降だという人もある。
鬼塚の言う、中期旧石器と後期旧石器の境目のみを特別視するのは、
鬼塚や原理主義者の、別の論理(すなわち突然変異)をもってくるための、都合でしかない。
実際、かつて石器時代は、新石器と旧石器にわけられたが、この分類では、
むしろ新石器の登場こそエポックメイキングであると長らく考えられてきたのだ。
そう考えると鬼塚や原理主義者は、非常に恣意的な時代区分をしているのは明白である。
- 99 :出土地不明:2006/05/17(水) 20:03:08 ID:8SxqSZi0
- では、なぜ鬼塚や原理主義者は、新石器と旧石器という、
本来のエポックメイキングであるべき分類を無視して、中期旧石器と後期旧石器の移行だけを重大視すのか。
もちろん、新石器時代が人類の遺伝的変化によってもたらされたのでないことが、あまりにも明白だからだ。
であれば、中期旧石器と後期旧石器の違いが、遺伝子の違いでもたらされたというのは、何の証拠もないではないか。
正な頭の持ち主であれば、もちろんそう考える。
まともな考古学者は、遺物によって、人類の遺伝的な心的機能を考えることについては、きわめて慎重である。
しかし、原理主義者は、真の現代人と、獣的な人類との間に、明確な一線が引かれるはずだと考える。
なぜなら、それこそが、神の恩寵のあらわれだからだ。
彼らが、1発の突然変異によって土人形から魔法のように行動学的現代人が現れたように論ずるのは、そのためである。
- 100 :出土地不明:2006/05/17(水) 20:11:54 ID:8SxqSZi0
- 鬼塚は、おそらくクラインやホワイトら原理主義者の書物を読んで、
中期旧石器時代の人類が、非常に獣的であるという印象を持った。
そこで、「獣的な人類であれば、そのころの行動は本能によって制約されていたに違いない
石器作りは、遺伝的にプログラムされた行動に違いない」と脳内でひらめいた。
だが、彼の遺伝学の知識は、ほとんど中学生なみで、明らかな矛盾にも気づかないほどだった。
だから、彼は石器遺伝子仮説を作るにあたって、
原理主義者とは相容れない考え方(とくに現代人的行動が各地域で独自に洗われたなど)を平気でゴタマゼにしてしまったのだ。
そのけっか、原理主義者よりもいっそう矛盾に満ちたお粗末なのになったのである。
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