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高天原があったのは高千穂?それとも朝鮮半島南部?

1 :出土地不明:2006/08/04(金) 18:37:31 ID:yjrL4sGs
初代天皇が降臨したとされる高天原。その場所をめぐり新たな議論が起きているそうな。
最近その場所が朝鮮半島南部にあったのではないかという新説が飛び出し、従来の高千穂
説に挑んでいる。天皇の起源にも繋がることから激しい議論が今後予想される。

2 :出土地不明:2006/08/04(金) 19:06:01 ID:nsVf7FUj

韓国工作員ネタ、ざんねん

3 :太国:2006/08/04(金) 19:45:29 ID:hskwCYDE
半島ではないな。

4 :出土地不明:2006/08/04(金) 20:27:21 ID:efUe+gLD
★倭姫命は卑弥呼なのか★

倭姫命(やまとひめのみこと)は、古代日本の人物。
第11代=垂仁天皇の皇女で日本武尊の叔母と位置づけられ、神託により伊勢神宮などを建立したとされる。
伊勢神宮最初の斎宮(齋宮)である。皇大神宮別宮の倭姫宮に祀られているが、その創立は大正10年1月4日であり、
神宮別宮としては極端に新しい神社である。
 伊勢神宮を建立したときの天照大神から倭姫命への神託は、『日本書紀』垂仁天皇25年春3月丁亥朔丙申条では
「是神風伊勢國 則常世之浪重浪歸國也 傍國可怜國也 欲居是國」、『倭姫命世記』では「是神風伊勢國 即常世之浪重浪皈國也
傍國可怜國也 欲居是國」であり、神風(かむかぜ)の伊勢の国は常世の波の敷浪の帰(よ)する国、方国(かたくに)の
すばらしい国なり。この国におらんと欲(おも)ふ と伝えられている。
 倭姫命が伊勢神宮を建立するまでに八咫鏡を順次奉納した場所は元伊勢と呼ばれている。
また、日本武尊に天叢雲剣を与えた人物でもある。

倭姫は卑弥呼なのだろうか。卑弥呼が死去したのは247年頃だと言われている。
時代的には、卑弥呼が活躍した時代と倭姫の時代は重なるのだが。


5 :出土地不明:2006/08/04(金) 21:48:11 ID:GHtUpHa3
まあさ、タブー抜きにして徹底的に議論すればいいと思うよ。朝鮮人も呼んでやればいいよ。
朝鮮半島説を主張する学者の中には日本人もいるんでしょ。

6 :出土地不明:2006/08/05(土) 09:41:04 ID:g6u49631
高千穂ではないことは明らか

7 :出土地不明:2006/08/05(土) 10:46:20 ID:1PcacNxk
高句麗だろ

8 :出土地不明:2006/08/05(土) 14:41:57 ID:ZH0eAklE
当時は半島南部も倭の国の一部だった可能性もあるので、そういう文脈でとらえれば
高天原=半島南部という説も極端な仮説ではない。

9 :出土地不明:2006/08/05(土) 19:24:44 ID:8cy9GJLN
高天原は単に宮中の比喩。

天孫降臨は中央から皇族を官吏として直接地方に派遣して直轄し、
中央集権体制を確立していく大和朝廷の姿を叙述したもの。

10 :出土地不明:2006/08/05(土) 19:35:20 ID:VR+u+iqz
沖ノ島だよ
天=海人

11 :出土地不明:2006/08/05(土) 19:43:05 ID:ZRYYoR52
>>5
>朝鮮半島説を主張する学者の中には日本人もいるんでしょ。

いない。
日本人のふりした帰化朝鮮人学者はいるけど。



12 :出土地不明:2006/08/06(日) 11:45:54 ID:nrNnkgFS
高天原=畿内大和政権
豊芦原瑞穂国=尾張族が進出したあとの東国
葦原中つ国=それ以前の未文化の東国

13 :出土地不明:2006/08/07(月) 17:44:46 ID:hBOTFLMC
歴代天皇の墓を発掘調査できればこの問題に限らずいろんなことが見えてくるんだけどなあ。

14 :出土地不明:2006/08/07(月) 19:00:44 ID:bjHlC1Kz
■ウガヤフキアエズ命
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%AC%E3%83%A4%E3%83%95%E3%82%AD%E3%82%A2%E3%82%A8%E3%82%BA

【神話の伝承】

ホオリ(山幸彦)と、海神(ワタツミ=スサノオ)の娘であるトヨタマビメ(豊玉毘売)の子。
ニニギ・ホオリ・ウガヤフキアエズの三代は日向三代(ひむかさんだいまたはひゅうがさんだい)と呼ばれる。
 トヨタマビメは海宮で懐妊したが、天神の子を海の中で生むわけにはいかないとして、陸に上がってきた。
浜辺に産屋を作ろうとしたが、茅草がわりの鵜の羽を葺き終らないうちにトヨタマビメが産気づいたため、
「ウガヤフキアエズ(鵜茅葺き合えず)」と名付けられることになった。
 トヨタマビメは、「他国の者は子を産む時には本来の姿になる。私も本来の姿で産もうと思うので、
絶対に産屋の中を見ないように」とホオリに言う。しかし、ホオリは産屋の中を覗いてしまい、
そこにトヨタマビメが姿を変えた八尋和邇が這い回っているのを見て逃げ出した。トヨタマビメはホオリに
覗かれたことを恥ずかしく思って、産まれた子を置いて海に帰ってしまい、代わりに妹のタマヨリビメ(玉依毘売)
を遣わした。
 トヨタマビメは、ホオリが覗いたことを恨みはしたが、やはり恋しくて、タマヨリビメを通してホオリと
歌を詠み交わした。
 ウガヤフキアエズは、育ての親であるタマヨリビメと結婚し、タマヨリビメとの間にイツセ(五瀬命)・イナヒ
(稲飯命)・ミケヌ(御毛沼命)・ワケミケヌ(若御毛沼命)の四子をもうけた。
 ミケヌは常世へ渡り、イナヒは母のいる海原へ行った。末子のワカミケヌが、後にカムヤマトイハレビコ、
神武天皇となる。

ウガヤフキアエズの母=トヨタマビメは、スサノオの娘だという。
ということは、出雲人か。
ウガヤフキアエズの時代から、古代日本朝廷の内部には、出雲勢力が入り込んでていたようだ。
ということは、神武天皇の東征を支えたグループは日向人ではなく、出雲人なのかもしれない。


15 :出土地不明:2006/08/10(木) 21:07:38 ID:4ajs9oNs
天穂日命は出雲氏の先祖とされているが、これは出雲氏のデッチ上げだよ。

出雲氏は大国主の子孫だろう。
スサノオの子孫が大国主だから、出雲氏はスサノオの子孫。
天穂日命が先祖なら、出雲氏が大国主を祭る必要なし。

まあ、神武東征も出雲氏がプロデュースしたんだが。
神武天皇の時代から、天皇家は出雲氏に乗っ取られてしまったね。

物部氏も出雲族みたいだね。
ニギハヤヒは出雲氏のセガレか・・・。


16 :出土地不明:2006/08/17(木) 20:07:58 ID:DySG5ekH
>スサノオは、黄泉国に行く前に、姉のアマテラスに別れの挨拶をしようと天上に昇る。
>スサノオが天に昇るとき、海は轟きわたり、山も鳴りひびいた。このあまりの猛々しい登場ぶりに、
>アマテラスは、スサノオが国を奪いに来たのかと男の姿で武装してのぞむ。

★日本神話におけるアマテラスとスサノオの関係★
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/min/1067010993/148-150

古代日本の二大勢力、日向族と出雲族の戦争が、神話に投影されている。

>スサノオの行いがひどかった。
>アマテラスが機殿で神衣を織っているところに、屋根に穴を開けて皮を剥いだ馬を投げ入れるというスサノオの暴挙に対し、
>それまで我慢していたアマテラスもとうとう怒る。
>アマテラスは天の岩屋戸に閉じこもり、世界は暗闇につつまれてしまう。

スサノオが日本神話の中で、アマテラス(日向族の神)を困らせる悪神にされているのは、
この神話を書いた日向族が、ツクヨミのエピソードを、スサノオのエピソードに書き変えた
せいでもあるが、戦勝部族である日向族が、敗戦部族である出雲族の神=スサノオを、
神話の中で意図的に悪役として描いたためである。
アメリカ軍占領下の日本で、日本人を悪者扱いする<歴史教育>が行われたのと同じことである。


17 :出土地不明:2006/08/19(土) 12:53:24 ID:hKlFRX/R
半島南部の亀山(クサン)

18 :出土地不明:2006/08/20(日) 14:19:54 ID:hxowaIqf
>スサノオが日本神話の中で、アマテラス(日向族の神)を困らせる悪神にされているのは、
>この神話を書いた日向族が、ツクヨミのエピソードを、スサノオのエピソードに書き変えた
>せいでもあるが、戦勝部族である日向族が、敗戦部族である出雲族の神=スサノオを、
>神話の中で意図的に悪役として描いたためである。
>アメリカ軍占領下の日本で、日本人を悪者扱いする<歴史教育>が行われたのと同じことである。

スサノオが高天原で暴れて追放される話と、出雲で八岐大蛇を退治する話は、もともと別個に存在した話だ。
高天原で暴れ回る悪神の話は日向神話であり、出雲でオロチ退治する英雄神スサノオの話は出雲神話である。
そして、オロチ退治する英雄神こそが本来のスサノオの姿であり、この神話は4000年以上前の古代から
出雲に伝承されてきた神話であろう。
一方の、高天原で暴れる悪神スサノオの話は、日向族が創作した神話であり、
日向族がこの神話を作った時代は、日向族が出雲族を征服したBC200年前後であろう。
つまり、オロチを退治する英雄神スサノオの物語のほうが古い神話である。
高天原で暴れて追放された悪神スサノオと、出雲に降りてオロチを退治した英雄神スサノオでは、
とても同じ神とは思えないほど、性格が異なるが、これは別個に存在した出雲神話と日向神話を
強引に一つにしたためである。

八岐大蛇は河の氾濫=洪水を神格化したものだが、この洪水を鎮めるスサノオは「水の神」であり、
水霊(ミヅチ)である。ミヅチは聖なる蛇=龍に通じるから、スサノオという神は、もともと龍神なのだ。
つまり、スサノオの八岐大蛇退治の神話は、龍神がオロチ(愚霊=愚かな悪蛇)を退治する話なのである。


19 :出土地不明:2006/08/20(日) 15:20:03 ID:lWOJHWrz
『日韓同祖論』という妄説がある。
学問的な根拠がまったくない、まさに妄説であり、狂説である。
日本人と韓国人が、何の関係もない別種の民族であることは、両民族の言語を分析すれば
すぐに理解できる。

【日本語】 【韓国語】
空(そら)→ ハヌル
稲(いね)→ ビョ

 白(しろ) → ヒンセク
白い(シロい)→ ヒダ
頭(あたま)→ モリ
目(め)――→ ヌン
手(て)――→ ソン(またはパル)
足(あし)―→ ダリ

犬(いぬ)―→ ゲ
猫(ねこ)―→ ゴヤンイ
虎(とら)―→ ホランイ(またはボム)

刀(かたな)→ カル
弓(ゆみ)―→ ファル
槍(やり)―→ チャン

比較してみれば、まるで違う言語であることが分かるであろう。
『日韓同祖論』がいかに馬鹿げた説か、理解できますね。


20 :出土地不明:2006/08/24(木) 20:56:15 ID:XFlUY23G
夏休みの歴史ドリル
>1
>初代天皇が降臨したとされる高天原。その場所をめぐり新たな議論が起きているそうな。
>最近その場所が朝鮮半島南部にあったのではないかという新説が飛び出し、従来の高千穂
>説に挑んでいる。天皇の起源にも繋がることから激しい議論が今後予想される。

問)上の文中の誤りを指摘せよ。
答)1) 初代天皇は降臨していない
  2) 天孫が、降臨する前にいたのが高天原、降臨した先が高千穂。スレタイも変。
    対比は無意味で、従来説に何も挑んではいない。
    降臨先が「高天原=朝鮮半島南部」で、イズモからスサノヲが行ったとでもいうのか。
  3)「高天原=朝鮮半島南部」説は新説でもなんでもない。
    古田:「天=壱岐・対馬」よりももっとまともか?

半島系工作員は、もっと勉強してから釣り糸を垂れるように。



って、釣られてみました。


21 :出土地不明:2006/08/27(日) 15:03:28 ID:WXj7Nqop
★日本神話と稲作文化は中国南方に起源がある★

【諏訪春雄教授プロジェクト】
『東アジア地域の演劇形成過程の比較研究』
 Study of a formative period of the East Asian's drama [Prof. Haruo Suwa]

■学習院大学・人文科学研究所=ホームページ■
http://www.gakushuin.ac.jp/univ/let/rihum/project_suwa.html

 中国の長江中流域で一万年以前にはじまった稲作は長年月をかけて、日本などのアジア諸国に伝来した。
稲作は、農耕の技術だけが単独に広まったのではなく、稲作にかかわる祭祀もあわせて伝来させた。
そうした祭祀のなかで、演劇の発生・展開とふかくかかわったのが来訪神の祭りである。
 複数の先祖の神々が、仮面をつけたり、蓑笠を着たりする異装の姿で、子孫の許へおとずれ、
文化をさずけた始原の時間を再現する祭りは、稲作の誕生地にはじまり、アジア各地につたわった。
来訪神の祭りは、海を越えて日本にまで到達した。


22 :出土地不明:2006/08/27(日) 16:35:55 ID:jVpk37nw
>>18>>21
スサノオの話は、日向族と出雲族とでは正反対の話として
あるという話だが,このオロチ退治とは日向族との戦争で勝った
と言う話ではないのですか?
現在の朝鮮中国の反日主観とおなじで、反出雲の伝承教育として暴君スサノオの伝承があるのでは?
年代がオロチのほうが古いとのことだが,実は日向族が出雲族の片割れ部族で
オロチ退治のときに完全に戦争状態になり現在の朝鮮見たく分断したと言う事では?

また、蛇=龍のはなしは卑弥呼が中国の鬼道(道教の元)とナーガ信仰を日本に持ち帰り
根付いたものではないにか?
中国=龍の国であるのは定説だが、もともと龍とは羽のある恐竜ではなく蛇であることからそれは古代中国に蛇信仰があったとされる
しょうこだし、西欧の龍史観は中国から伝承されたものだ.
>>19
日本の「大和ヤマト」「百済くだら」は古朝鮮語という話を聞いたのだが,
同祖ではないにしろ朝鮮語で話していたことは確かなのでは?
無論,この当時の朝鮮は漢文化と仏教を取りいれ先進国化していた。
今の日本と逆の立場だったわけだ・・・・

23 :出土地不明:2006/08/27(日) 19:41:45 ID:WXj7Nqop
>>22
>同祖ではないにしろ朝鮮語で話していたことは確かなのでは?
>無論,この当時の朝鮮は漢文化と仏教を取りいれ先進国化していた。
>今の日本と逆の立場だったわけだ・・・・

朝鮮の前身はワイですよ。
ワイは、文字文化がない後進国ですた。
ワイ=朝鮮が、文字文化を持つようになったのは10世紀から。
9世紀以前の朝鮮に古文書がないのは、文字を書く習慣自体がなかったためです。

ちなみに百済地方の古墳には、古代の百済を治めていた日本人たちが埋葬されてますよ。
韓国政府は、この事実を隠蔽するために、古墳を片っ端に潰しておるんですが。




24 :出土地不明:2006/08/27(日) 19:44:23 ID:WXj7Nqop
>日本の「大和ヤマト」「百済くだら」は古朝鮮語という話を聞いたのだが,

「古朝鮮語」の意味が分からんが・・・(苦笑
どんな言語なのか。





25 :出土地不明:2006/08/27(日) 19:54:25 ID:j8ZH104P
高天原は単に宮中の比喩。

天孫降臨は単に中央から皇族を官吏として地方に派遣して直轄し、
中央集権体制を確立していく当時の大和朝廷の姿を叙述したもの。


26 :出土地不明:2006/08/27(日) 21:49:00 ID:jVpk37nw
>>24

高句麗の言葉です。
高句麗ではほかにも「口クチ」や「水ミズ」のような生活用語まで
日本は影響をうけています.
また、「丹波」の語源は「タバ」、古朝鮮語(と言っても古高句麗語ですが)で峠
を意味しており、アイヌ語も古高句麗語と似通っています。

無論、南朝鮮(現在の韓国)は>>23のおっしゃる”ワイ”で
韓族の収めていた地域です。

27 :出土地不明:2006/08/29(火) 20:03:44 ID:WYcXap/j
>>26
高句麗は朝鮮ではないっスよ。

日本語に似ているのは高句麗語じゃなくて、
帯法郡の倭人居住地の言葉でしょ。
漢城とその周辺地域。あの辺は、古代日本人から「コマ」と呼ばれていた。
コマ人(帯方郡出身の倭人)が多く住んでいたからネ。
韓族って、無いでしょ。韓(カラ)は倭人(倭族)の居住地ですヨ。




28 :出土地不明:2006/08/29(火) 20:06:05 ID:WYcXap/j
倭=ヤマト朝廷は出雲人が建てたのよ。
日向国のニニギ天皇の時代から、出雲人は朝廷内に入り込んでいたようだ。

ヤマトの京(みやこ)を、北九州から近畿に移したのも出雲人。
日向人にまったく相談しないで、出雲人の独断で強行したらしい。
とうぜん、日向人は怒って、「京を北九州に戻せ!」と要求したが、
そもそも、近畿に遷都した目的は、天皇がいる京を日向から遠ざけることで、
日向勢力の朝廷への影響力を排除するためだから、出雲勢力は拒否した。
だから、神武天皇が崩御した後、ヤマトは日向圏と出雲・大和圏という
二つの地域に分裂してしまった。
いわゆる欠史八代と呼ばれている時代は、この分裂時代のことだよ。
神武天皇の時代から国の統一が始まった、というのが日本古代史の建前だが、
実はウガヤフキアエズ時代以前に(日向と出雲は)すでに統一されていたのだが、
神武東征(近畿への遷都)が原因で、大八島国が分裂してしまったのだ。
ヤマトタケル時代になっても、日向国(九州中南部圏)の出雲=大和圏への憎悪は収まらず、
日向国と出雲=大和連合との対立は続いていた。

大和地方は、もともと出雲の支配下にあった(神武天皇時代から)。
つまり、出雲=本家、大和=分家、という関係だったのだが、
興味深いのは、ヤマトタケル時代になると、分家だった大和のほうが強くなり、
出雲が大和に対し反発して、出雲−大和の関係も断絶していたらしいことだ。
だから、ヤマトタケルが出雲タケルを殺したわけだ。



29 :出土地不明:2006/08/31(木) 04:21:57 ID:AX1OILGG
ホームページ制作王は、世界の権威として名高いCOMDEXが
21世紀のワールドスタンダードに認定したWebパブリッシングアプリケーションである。

ホームページ制作王に不可能はない。
不可能があるとすれば、そこが人類の英知の限界点である。

21世紀、世界のWebはホームページ制作王を中心に回っていくのである。
にもかかわらず、ここ日本では、心ない風評のため、まだまだ普及に
遅れがみられる。

ホームページ制作王を普及させないかぎり、我が国のWebは、
世界の趨勢の後塵を拝するばかりである。

世界が認めた高性能!ホームページ制作王
http://pc8.2ch.net/test/read.cgi/hp/1106508682/

30 :辻小姐:2006/08/31(木) 23:25:37 ID:mlN7D8wC
>>1
初代天皇というものはいません。以上です。

31 :出土地不明:2006/09/02(土) 17:29:12 ID:83uq2NDN
>>28
日向って、そんな有力なクニがあったの?
山がちで、とても権力が育ちそうな気がしないんだけど。。。

弥生時代の遺跡で、そんな凄いのがあったのかな。

32 :出土地不明:2006/09/03(日) 22:13:28 ID:f5/REHD1
>>30
いるよ、7世紀に。

33 :出土地不明:2006/09/05(火) 19:39:32 ID:gMPxLhDC
★『日本国』という国号の成立−その真相−★

日本という国号ができたのは7世紀頃で、最も確実に明文化されたのは、飛鳥時代の701(大宝元)年に
制定された大宝律令からである。
 720(養老4)年に編纂された日本書紀には、日本の名があるが、こういった資料をひもとくと、
少なくとも674(天武天皇3)年はまだ「倭」という国号であったことが分かる。従って、国号の変更は
674〜701年の間に行なわれたと考えるのが妥当であろう。
 大宝律令よりも前に『日本国』の国号が成立した時期として、最も可能性が高いのは、飛鳥(あすか)浄御原令
(きよみはらりょう)が成立した689(持統天皇3)年6月29日頃である。

 隣国の支那へは、702(大宝2)年に粟田真人(あわたのまひと)により、『日本国』という新国号が
伝えられた。彼は浄御原令の編纂にも関わっており、日本という国号は彼が発案した可能性もある。
 なぜ、大和朝廷は、大和国から日本国へと国号を変更したのだろうか。
 やはり、6世紀に九州地方で起きた「盤井の乱」が大きく影響しているのだろう。
古代九州は、自ら『日の国』と名乗っていた。ヒの国は、『火の国』でもなければ、『肥の国』でもない。
あくまでも『日の国』である。この国号が意味しているのは、日神=天照大神の国という意味である。
 九州地方は、天皇家の先祖であるニニギノミコトの出生地であり、まさに『日の国』なのだ。
『日の国』という国号には、「我々こそがニニギノミコトの正統なる後継者である」というメッセージが
込められている。
 大和朝廷は、九州勢力が『日の国』と名乗ることに危機感を抱いていた。
 だからこそ、自分達(大和国)のほうがニニギノミコトの後継者であることを、国の内外にアピールする
ために、『日本国』と名乗る必要があったのである。
 これが、『日本国』の国号が誕生した真相なのだ。



34 :出土地不明:2006/09/06(水) 09:17:46 ID:72qCmR4/
大移動の原因は阿蘇山の大噴火

35 :とりあえず:2006/09/08(金) 17:58:22 ID:GBAt4atb
32
ハツクニシラシメスミカド

36 :出土地不明:2006/09/08(金) 20:29:53 ID:MmXbhq9L
邪馬台国甘木説とかありえる?
http://shibahara.at.webry.info/200609/article_17.html

37 :出土地不明:2006/09/10(日) 14:29:47 ID:zi07cG60
■なぜ、新羅には9世紀以前の古文書が無いのか?■

朝鮮には、9世紀以前の古文書がない。
歴史書も無ければ、万葉集のような「歌集」も無いのである。これは実に不思議なことである。

朝鮮人の主張によれば、
「朝鮮(古代では新羅であり、その前身であるワイ州)では、古くから文字文化が栄え、
日本よりも高度な先進文化があった。日本人に文字(漢字)を伝えたのも、我々朝鮮人
(ワイ人)だ」なのだそうだ。
もし、彼らの主張が正しく、朝鮮(ワイ)に文字文化が栄えていたならば、その事実を示す証跡が
あるはずである。
日本においても、中国においても、インドにおいても、またギリシャ・ローマにおいても、
文字文化が栄えた国々では、その事実を示す古文書や石碑などが残っているものである。
文字文化が栄えるということは、多くの文書が書かれ、その写本が社会に流通するということだ。
だから、文字文化が栄えている社会では、そういった古文書は、後世に残りやすい。
紀元前に書かれた中国の歴史書=史記が後世に残ったのは、原本だけでなく、多くの写本が書かれ、
それらの写本が無数に存在したからである。
 ところが、9世紀以前の朝鮮には、文字文化の繁栄を証明する古文書が一つも無いのである。
朝鮮人の主張によれば、『三代目(さんだいもく)』という歌集が存在したという。
しかし、その原本も写本も存在しない。『三代目』の存在を証明するものはないのだ。
 半島南部の百済・任那・志羅紀には、文字文化があったようである。だが、百済や任那、志羅紀は
倭人(日本人)が建てた国であり、朝鮮(ワイ)とは関係ないのである。また、高句麗もフヨ族が建てた国
であり、朝鮮人(ワイ族)とは関係ない国である。
 けっきょく、朝鮮(ワイ)の文字文化を証明する物は、何も無いのである。
 ワイ州(現在の韓国の江原道地方)には、9世紀以前の古代都市の遺跡もないようだ。この事実は、ワイ族
(朝鮮人の先祖)が原始的な狩猟民であり、都市を建設し、管理・運営するほどの文明を持っていなかった
ことを示している。


38 :Decide One's Fate ◆D/w5oCAtaw :2006/09/19(火) 03:47:52 ID:HWOJ7eZZ
>>37
日本で古事記以前の歴史書が消失しているのと同じ。

39 :出土地不明:2006/09/20(水) 21:11:24 ID:voYPY0yY
なぜ、10世紀以降にならないと、朝鮮の史書が現れないのか?

そこが問題。
9世紀以前に史書がないというのはおかしい。


40 :出土地不明:2006/09/20(水) 21:13:41 ID:voYPY0yY
百済本記による半島情勢年表
http://www.tcn-catv.ne.jp/~woodsorrel/kodai/g01.files/06/kudara.html

新羅本記による半島情勢年表
http://www.tcn-catv.ne.jp/~woodsorrel/kodai/g01.files/06/shiragi.html

不思議だ。
『高句麗本記による半島情勢年表』が、ネット上にはない。
『百済本記による半島情勢年表』や『新羅本気による半島情勢年表』はあるのに、
高句麗だけがない。
なぜ、ないのだろうか。


41 :出土地不明:2006/09/24(日) 16:01:14 ID:mKv5ZUFq
【出雲地方の大元神信仰】
http://kaguranosato.rainy.jp/kagura/oomotokagura/oomoto_01.htm

【島根の文化−大元神楽−】
http://movie.pref.shimane.jp/culture/kagura.html

スサノオの原型の一つとなったのが大元神(おおもとがみ)である。
大元神には、蛇神=龍神としての性格がある。


42 :出土地不明:2006/10/20(金) 01:58:50 ID:sXFN7X73
>>38
仏教派に書庫が焼き討ちされたんじゃなかったか
それぞれのケースは断絶と、焼失とで違うから、
原因が同じとは言い切れないかな。日本はずっと継続していたからこそ、
当時から高度な技術があり、日本書紀のようなものも編纂できたんだろう。

43 :恵也 ◆o4NEPA8feA :2006/10/21(土) 15:20:00 ID:OtbHHFj2
>>23
>9世紀以前の朝鮮に古文書がないのは、文字を書く習慣自体がなかったためです。

何でそんな出鱈目を簡単に信じるのだろう。
そこまで知能が落ちてしまった連中が多くなったのだろうか?
高句麗の400年頃の壁画です。

−−−−−(引用開始)−−−−−
石室の全面に壁画が描かれ、墨書に永楽8年12月25日完成、翌年2月2日閉じられたと記され、
この年は西暦409年であり、築造年代のはっきりとした古墳として貴重なもの、壁画古墳
の編年の基礎となっている。
http://www5d.biglobe.ne.jp/~tosikenn/kogl2.html

44 :恵也 ◆o4NEPA8feA :2006/10/21(土) 15:37:39 ID:OtbHHFj2
>>31
>日向って、そんな有力なクニがあったの?
>山がちで、とても権力が育ちそうな気がしないんだけど。。。

宮崎県には国や県の古墳や遺跡が沢山あります。
それを作るだけの、富の集中と人間が多勢いたという証拠。

−−−−−(引用開始)−−−−−
天照大神の孫瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が日向の高千穂峰に降臨の後、居を構えたのが
現在の西都市であったとされる。 神話の記述はともかくとしても、西都は日本最大の古墳
集積地帯であり、日本有数規模の古代国家がこの地に存在したと推定される。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E9%83%BD%E5%B8%82

45 :恵也 ◆o4NEPA8feA :2006/10/21(土) 16:45:32 ID:OtbHHFj2
>>37
>朝鮮人の主張によれば、

この言葉にこの作者の「知能」の程度が知れる。
朝鮮人の誰の意見であるのか書くのが常識で、朝鮮人にも日本人にもいろんな意見の持ち主はいるもの

朝鮮の歴史でも日本の歴史でも、土地の奪い合いや平家などの一族の移動は常に続いて、血族の
均一化は地域の中で生じてるもの
それを一族の移動も全く考えず、あたかも民族の全滅や突然の発生があるかのように支配一族の
栄枯盛衰を民族になぞらえたデマ宣伝思想。

日本だって「平家にあらずんば、人間にあらず」
なんて栄華を誇った平家が逃げ出しても平家の落人は、日本全国に散らばっただけなんだぜ。
俺の居る四万十川周辺にも平家の落人とか言う連中はいっぱいいる。血族の均一化はまだ続いてるんだよ。
五木の子守唄で有名な、五木村も平家の落人の村と聞く。

戦争に負けて支配階級の一族は逃げ出しても、一般人の百姓は逃げ出しはしないよ。
あんたは戦争のなんたるかも知らず、世間さえ知らない妄想ニートに過ぎん!

−−−−−(引用開始)−−−−−
この村は、平家の落人の村で、まだ残党狩りをする源氏の追手が探索をしていました。
村の入口に大きな草履を編み、脱ぎ捨ててある様に置いて置いたところ、これを見た
追手は、「こんなに大きな人間がいるところはご免だー」と退散したそうです。
http://www.minc.ne.jp/~hotei/ookoba.html

46 :恵也 ◆o4NEPA8feA :2006/10/21(土) 17:07:02 ID:OtbHHFj2
>>37
>9世紀以前の朝鮮には、文字文化の繁栄を証明する古文書が一つも無いのである。

ここで言う朝鮮とは今の、北朝鮮と韓国の場所の事だろう。
それなら昔の高句麗や新羅も当然入るだろうに。

高句麗なら西暦400年ころの、古墳やそこに残された文字もあろうし朝鮮の古文書を日本人の
あなたが朝鮮語もわからんのに、全部調べれるはずもなかろうに。
誇大妄想狂の口ばっかり人間の証拠!

三国史記巻四 智證王という朝鮮の王様が鬱陵島を征服した記事が西暦500年ころにあります。

−−−−−(引用開始)−−−−−
13年(AD512)夏6月、于山国が服属してきて、年ごとにその地の産物を貢ぎ
物として献上した。于山国は溟州の真東の海上にある島国で、別名を鬱陵島と
いう。この島は、百里四方ほどで、それまでは交通が困難であることをたのみ
として服属しなかった。伊喰(注3)の異斯夫が何瑟羅の軍主となった。かれ
は、于山国の人たちは思慮が浅くて気性が荒々しく、武力だけでは降伏させら
れないが、計略をもってすれば、服属させることができると考えた。(そこで)
多くの木製の獅子像を作り、戦船にわけてのせた。その国の海岸につくと、偽
って次のように言った。
「お前たちがもし服属しないならば、この猛獣を放って、踏み殺させるぞ」
(このことを聞いて)この国の人々は恐れおののいて、降伏した。
http://www.han.org/a/half-moon/hm089.html#No.631

47 :出土地不明:2006/10/25(水) 21:56:20 ID:xVdH5bqc
しかし、滅ぼした国々の文化財産を誇る韓国人って一体。
略奪と強姦にあけくれて保存はおろか継承もしてなくせに。
高句麗、百済は朝鮮系の国じゃないよ。
ただ単に半島にあったというだけの別の文化。だから滅ぼしたんでしょ?

48 :恵也 ◆o4NEPA8feA :2006/10/30(月) 20:43:30 ID:f2ckz4vZ
>>47
>高句麗、百済は朝鮮系の国じゃないよ。

どうしてそう断言できるんだい??
朝鮮系とは朝鮮半島に存在した国々の子孫という事だろう。

高句麗や百済の国家指導者は、逃げたり滅ぼされても、そこの下層階級は滅ぼされはしない。
国家の富の源泉として働いてもらい、新しい国家指導者に富を与えてくれる有難い奴隷。

お米を作り、金を掘り出し、武器を作ってくれる有難い奴隷を殺すバカな指導者はいないよ。

文化とは独立して単独であるもんじゃない。
お互いに影響しあって、しかも常に変化しながら存続していくもの。
あんたには物事に対する根源的思考力がない!

49 :出土地不明:2006/10/30(月) 21:06:20 ID:n5cwJ7Xv
つまり、おめーら、異民族征服王朝の問題でもめてるんだろ?

日本には無いからな。

まず朝鮮系をどこに置くかだな。

土着種の韓族に置くのか、外来種の扶余に置くのか。

土着種の韓族に置けば、確かに高句麗、百済は朝鮮系の
国ではなくなる。

ただの異民族征服王朝になるだけ。

50 :出土地不明:2006/10/31(火) 06:17:40 ID:pE6ovGO6
>>48
奴隷や略奪物はめいめいに唐に貢いで地位でも買ったんだろう。
低知能な侵略者だったんだから。万年属国って伊達じゃないと思う。
ひっとらえた奴隷のおかげで、しばらくは国家らしい体裁はあったようだが、
案の定だんだん廃れていったよね。

51 :出土地不明:2006/11/01(水) 04:44:43 ID:JQaXher7
朝鮮は李氏までチャイニーズを使ってましたm(_ _)m
古墳から朝鮮語が出てきたら大したもんだ!大発見だぜ?タイムスリップできたとか?←斜め上

52 :出土地不明:2006/11/03(金) 08:32:38 ID:otgonD+r
個人的にあたしは済州島あたりだと思う


53 :出土地不明:2006/11/05(日) 12:02:07 ID:nvEPH4hk
冷静に見て日本の起源に朝鮮が何らかの関わりはあったと思うが、高天原は違うと思う

54 :出土地不明:2006/11/05(日) 16:31:23 ID:kXgiEWUB





高天原は単に宮中の比喩。

天孫降臨は単に中央から皇族を官吏として地方に派遣して直轄し、
中央集権体制を確立していく当時の大和朝廷の姿を叙述したもの。






55 :日本のななし:2006/11/05(日) 19:02:49 ID:3x1G0FUB
>>53
それと同様に朝鮮の起源に日本のかかわりはあったが

56 :出土地不明:2006/11/05(日) 23:08:32 ID:dxNv58nG
そろそろ(嘲笑)がくる

57 :出土地不明:2006/11/06(月) 01:36:02 ID:ZnH3OUsk
高天原は単に畿内の比喩。

天孫降臨は単に中央から皇族を官吏として東国に派遣して直轄し、
東国支配を確立していく当時の大和朝廷の姿を叙述したもの。

58 :出土地不明:2006/11/06(月) 10:34:29 ID:W1wFl27R
>>56
∧         ∧
|/ ヽ        ./ .∧
|   `、     /   ∧ 
|      ̄ ̄ ̄    ヽ  
| ̄    (嘲笑)   ̄)
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄.\
|ヽ-=・=-′ ヽ-=・=-  / 
|::    \___/    / 
|:::::::    \/     /  

59 :出土地不明:2006/11/08(水) 04:36:54 ID:ynyqj8u2
神社に糞撒いて小川をせきとめ沼にしちやったスサノオ
神社があって稲作して絹織してた時代なんだからハッキリするハズ
だけどいぜん不明。なしか!

60 :出土地不明:2006/11/09(木) 00:10:28 ID:eiikIZQ2



【竹島に来た日本人を殺しまくれ! 〜韓国MMORPGイベント動画〜】

韓国のMMORPGイベントとして、竹島に上陸してきた日本人(旗を持っている)を殺しまくるイベントです!
さすが小学校低学年の頃から、反日を刷り込んでいる国ですね。
これ以外でも、様々なネットゲームでこのような反日イベントを行っています。

http://www.youtube.com/watch?v=Den0zyaG7t8



61 :出土地不明:2006/11/09(木) 11:08:48 ID:jRd27fTE
日本海の交流は当然縄文時代から有った訳で
南方からの水稲流入で人の移動起きたんだろ

62 :出土地不明:2006/11/09(木) 13:16:54 ID:Mu89j7jS
真にゆかり濃い土地は駐屯地や国定公園ですからね…

63 :出土地不明:2006/11/09(木) 19:26:24 ID:rB/xnMkX
>>61
じゃあ何で日本最古級の水田遺跡の菜畑遺跡から南方の印文陶や
鼎やその他の器種器形の影響土器が一切出土しないの?

無文土器の影響を受けた初期弥生土器しか出土しないよ。

無文土器自体も弥生中期までほとんど出土しない。

64 :出土地不明:2006/11/10(金) 00:01:12 ID:tmQEM+Lq
>>63
農作物とはそういうもんだろ。
インカ文明と縁が無いがジャガイモは食ってるだろ w


65 :出土地不明:2006/11/10(金) 03:42:08 ID:itUb0kaK
アマテラスは筑紫生まれで、高天原には鏡があった。
弥生時代の遺跡から鏡が出るのは福岡と佐賀だけ。
さらに、半島からは同時代の鏡は出ない。

これがポイントだ。

66 :出土地不明:2006/11/10(金) 13:28:49 ID:aC1qicrV
>>64
だから、その水田技術登場と同時に、事実、縄文土器は
海外の土器の影響を受けて変化をしているわけ。

だから、何でそれが江南や南方の土器の影響を受けた変化ではなく、
朝鮮無文土器の影響を受けた変化だったのかと言っているわけ。

知障は氏ねよ。

67 :出土地不明:2006/11/10(金) 15:26:54 ID:SOK4ZMQq
>>66
稲作は南で土器は北ってことでいいじゃん
別に土器まで南で無いといけないって事は無いだろ
きっと使い勝手とか作り方とか北から来たやつの方が都合が良かったんだよ

68 :出土地不明:2006/11/11(土) 16:55:53 ID:mSRYxr1G
稲作は日本の方が適してたって事だな

69 :出土地不明:2006/11/11(土) 19:16:30 ID:dmJe5tNV
>65
銅鐸は近畿以東でも出るんだけどね
これがポイント

70 :出土地不明:2006/11/11(土) 19:32:56 ID:+5oCE1xa
>>67
ありがたい事に、江南人は水田稲作だけを伝えて、その稲を喰わなかった
ために死滅してくれたので、その稲を喰うための彼らの進んだ調理具や
食器や酒器などの土器や青銅器の影響は全く無かったってか?

超SFホラー大作だなwwww

71 :出土地不明:2006/11/16(木) 09:34:49 ID:SXtwgfsU
>>69
高天原と銅鐸に何の関係があるなのかな?

72 :出土地不明:2006/11/17(金) 00:10:10 ID:dVVhWGeE
銅鐸と鏡はどちらも太陽信仰に関わる祭器だと思います
銅鐸分布圏まで含めて高天原だと思います


73 :出土地不明:2006/11/17(金) 03:14:06 ID:0bly+eif
銅鐸は古事記の神話に載ってないよ。
だから、銅鐸は高天原には無い。
と考えるのが普通だとおもうが。


74 :出土地不明:2006/11/18(土) 02:51:28 ID:gZVRSrBi
古事記に拠ればそうですよね


75 :出土地不明:2006/11/19(日) 10:40:57 ID:ASC/xBzl
銅鐸はまた別文化じゃないかな。
探検隊か先遣隊のシシオドシとか通信用に使われてたとか。

76 :出土地不明:2006/11/19(日) 13:38:10 ID:AlyrOr53
銅鐸には1mを越える巨大なものもある。
また、当時は新品の10円硬貨のようにピカピカに光っていた。
やはり宗教関係だろう。

77 :月光仮面:2006/11/19(日) 14:22:43 ID:+6vI3b2i
山岳思想に基づく高地性集落・朝鮮式山城の祭祀・集会・防衛等の多機能の一部として
の祭祀・集会の部分が神話化されたものとも考えられる。現代で言えば宗教が伝播する
ように均質的な弥生集落地帯を伝播したのであろうが、鳥海山、出羽三山、吉野熊野、
日光、諏訪、宇佐などでは拠点的なセンターがあったのだろう。

78 :月光仮面:2006/11/19(日) 14:27:08 ID:+6vI3b2i
銅鐸は出現期の名古屋・朝日遺跡などでは山岳に結びつくものではないが、最盛期の
琵琶湖南部においては三上山、吉野ヶ里では背振山系と何らかの関係があるのでは。

79 :出土地不明:2006/11/19(日) 14:30:33 ID:IyKS+suM
卑弥呼の時代にすでに銅鐸は埋められていたらしい。
とすると大和政権はおろか、邪馬台国以前の文化じゃないかな?

80 :月光仮面:2006/11/19(日) 14:42:02 ID:+6vI3b2i
銅資源の流通、加工技術が局所化されたことで銅鐸の範囲は限定差荒れているが、
重要なのはそれに描かれる鹿と鳥人シャーマンの2点であり、この源流はユーラシア
中央にある。日本において銅鐸の普及しなかった東北においてもその宗教は山岳信仰
の形、山岳風景を借景した聖地の形で残っている。

81 :メイラックス:2006/11/19(日) 21:26:38 ID:DU8RgxJr
地理で高天原を見ようとするのはコジキのレトリックにいきなり騙されてる証拠。上にもあるように半島はカラかコマで、古代王権の始祖は財産争いに乗じて来る奴が出ないよう誰にも行けない国を出自として設定したってことです。


82 :出土地不明:2006/11/19(日) 23:38:53 ID:clchFYwh
↑他の人に判るように書いてください。

83 :出土地不明:2006/11/20(月) 05:38:23 ID:EfZ+GN8j
お前が分からないだけだろ

84 :出土地不明:2006/11/20(月) 14:07:35 ID:GqiR66Oi
財産争いって何だよ、サスペンスドラマの見過ぎか?w

85 :出土地不明:2006/11/20(月) 18:18:36 ID:72OCykHv
>>81
でもさ


天皇が朝鮮から来たっていう証拠がないんだよね・・・
まあデムパは古墳に埋葬された朝鮮の日常品やら出してくるけど・・

86 :出土地不明:2006/11/21(火) 04:11:58 ID:CzaFFOYh
確かに証拠が無い。
半島にも前方後円墳はあるけど、日本より古いものは無いね。

87 :メイラックス:2006/11/21(火) 06:56:48 ID:x2WcPXX2
王権という財産をヨソの連中にああもう面倒くせぇ

88 :出土地不明:2006/11/21(火) 15:18:33 ID:CzaFFOYh
高天原=「誰にも行けない国」に住んでいる天照大神の子供を
祖先に持つのは、天皇家だけではないよ。
出雲国造とか、たくさんの豪族がいる。




89 :出土地不明:2006/11/22(水) 20:30:36 ID:sVmnJkGm
明確に渡来人とわかる記述がなされている人に
新羅の王子である天日槍(アメノヒボコ)という人がいる。
(古事記や日本書紀、播磨国風土記などに登場)
これは神話の時代の人じゃなくて、非常に具体的に
渡航経路などが描かれている興味深い人物なのだが、
そこで気になるのが……、

天照大神(アマテラスオオミカミ)とか、
天児屋根命(アメノコヤネノミコト)とか
そういう天孫系の神々には“天”がついている。

国つ神である須佐之男命(スサノオノミコト)とか
大国主命(オオクニヌシノミコト)とか、
それから神にもなっていない長髄彦(ナガスネヒコ)等には
“天”がついていない。

日本列島に古代人的人文が成熟したころにやってきた天日槍に
わざわざ日本の既存勢力は天とつけていわば尊称している。
これは朝鮮半島からやってきた節目の者に天をつけるという考えが
まだ残っていた証拠のようにおもえる。
少なくとも古代の人は天孫は元は海(あま)の向こうから
来た人たちだと考えていたんじゃないか。

90 :メイラックス:2006/11/22(水) 21:14:16 ID:GqAYv8ju
それは正解だと思います。(アンカー付ける礼儀はしょってご免なさい)
それでも、文書編纂を担う当代トップクラスの人々が具体的な方角を記さなかったことに鍵が在るんだと。
島国で国家を成立させるには、それが緯度の高いブリテン諸島とは違い、少し大袈裟ですが全方位から様々な集落成立要素を持ち寄った連邦性の高い日本では、必ず談合的な折り合いが発生していたと思われるのです。
その答えが当時の知識達も内心アホカイナと感じていただろう、アマであったと。

当時のこの島国で如何に大陸-半島経由で逐次流入してきた文明要素が人智を越えたショックを与えたとしても、それだけでは君臨出来ないベースパワーが既に縄文から弥生に移行する日本に備わっていたと思います。

そのベースパワーから認められたのがアマの住人であり、決してそれは渡来人であってはならない。
僕はスサノオが1番渡来人のアイデンティティーを受け継いでいた倭人だと思ってますが。



91 :出土地不明:2006/11/22(水) 22:44:05 ID:HhRS9Fbp
半島の弥生時代の遺跡から銅鏡が出ないんじゃ、
高天原とは言えないね。
銅鏡を神聖視する文化は中国南部のものだ。
さらに、新羅王4代目は列島からの渡来人だよ。
重臣には倭人もいたし。
半島南部には前方後円墳もある。


92 :出土地不明:2006/11/23(木) 00:00:19 ID:3RfQ7t3M
十数代以前は日本に来た集団の過去の伝承で
高天原は朝鮮にも日本にもないと思う
日本に残る地名のいくつかは後から付けたか
伝承の方の地名を変えたんだと思う

93 :出土地不明:2006/11/23(木) 17:34:48 ID:ZkzADsMp
銅鏡を神聖視する文化はもともとは華北の漢民族の文化であったが、
北方民族の侵入で華北は五胡十六国時代に入り、西晋が華北から
華中に移って東晋となり、そのとき漢民族の文化も一緒に移る事になった。

倭人が漢代から交流していたのはもちろん漢民族の王朝に対してで
あったので、古墳期の倭人は華北から華中の東晋や南朝に遣いを送る
事を余儀なくされた。

94 :出土地不明:2006/11/24(金) 15:26:54 ID:32XAAQns
まあ、朝鮮が高天原ではないことは考古学的に確定ですな。

95 :出土地不明:2006/11/26(日) 12:47:58 ID:WDgxTZID
「・・・ではないこと」を証明するのは事実上不可能なのだが
「・・・が出土しない、伝わっていない」から過去に存在しなかった、という論証にはならないから

96 :メイラックス:2006/11/26(日) 14:48:18 ID:5cOLQktZ
高天原は土の中に何があっても退けるのが分かんないのかな。

あちゃまわりゅいね。

97 :出土地不明:2006/11/27(月) 00:56:14 ID:240f0iVS
↑オマエの説を他人にも理解出来るように、簡潔に述べなさい。
それとも自分でも判らないなら、引っ込んでいてね。

98 :メイラックス:2006/11/27(月) 21:28:51 ID:CP51dBtn
お前の説もなんの説も、

君は毎日オツムが白紙なんだろうな。

まあいいや、君が実際説てして何ら審美眼に耐えられるものを出してないのも明白だろうから、
君が師事する人の説とやらを出してみなさい。

でも文責はお前だぜ。

ペッ。

99 :出土地不明:2006/11/27(月) 23:32:36 ID:nx6UYfeA

メイラックス=精神安定剤の名称じゃん。
どおりで、おかしい奴だと思ったよ。www
異常者は2度と来るなよ。
バイバイ!

100 :出土地不明:2006/11/28(火) 07:44:07 ID:NaYl5qxg
100

101 :出土地不明:2006/11/28(火) 14:17:57 ID:5if/qMQi
高天原=句呉

中国では日本人を「呉の太伯の子孫」とする説がある
実際日本からの使者みずからそう言ったとの記述もあるし

102 :出土地不明:2006/11/28(火) 14:19:21 ID:weFwwJY3
日本人は“失われたイスラエル10支族”と主張する
ユダヤ人言語学者ヨセフ・アイデルバーグ氏

http://inri.client.jp/hexagon/floorA3F_hb/a3fhb412.html
http://dateiwao-id.hp.infoseek.co.jp/kanaheb3.jpg
http://www.naritacity.com/journal/japan/images/heburai0511.gif

103 :出土地不明:2006/11/28(火) 14:37:04 ID:VexaCWfD
>>101
>中国では日本人を「呉の太伯の子孫」とする説がある


チャンコロも朝鮮人とまったく一緒だなw

優等人種の日本人種のルーツを自国に誘致する事で
禿しくマスターベーションに浸る(嘲笑)

中国の文物は何も伝わっておりませんので。

残念でした(嘲笑)


>実際日本からの使者みずからそう言ったとの記述もあるし


くせえ劣等南方人種、うんこチャンコロの脳内だけでな(ウルトラ嘲笑)



104 :出土地不明:2006/11/28(火) 15:17:13 ID:OllvFogE
>>99
知らなかったのかよ。
まあお前程度じゃな。で、異常者のキャラでやるならそれなりのコテ名にするんだけど、
お前、メイラックス程度の服用者を「異常」扱いしてりゃ、お里も出来もナリも知れるぜ。
考古板がこんなバカの釣堀だとはショックですよ。なんてねw

ヒッキーちゃんはお外の香りがしてくると心苦しくなるのかな?

そんでね、このスレでの、異常者と異常では無い者、の境界をお前サンなりに定義してみなさい。
必ずやってごらん。
お前はその両方ですらないことに気づくから。

105 :メイラックス:2006/11/28(火) 16:13:55 ID:OllvFogE
上はもちろん古代日本南方精神圏(モンゴロイド精神圏)尊重派の僕が書いたものです。
パソコンからだと楽だなあ。

ところで古代のちょんころどもは玄界灘ほか日本近海の海上交通技術を
しっかりもってたのかよ。それがすごい疑問。実際はなかったんだろ。
倭人はバリバリだったようだね。なんせ海洋族だったわけだから。
あのグレートジャーニーの精神がたどり着いた世界最東方の島国(誇張)だったのだから。
そこがすごすぎる。感動を通り越す。

それと、ちょんころどもが日本を一度に侵略・定着するには相応の事件と移動人口量
が条件として必須のはずだが(ゲルマン民族の大移動を見るまでも無くです)、東アジアの
古代史にそんなのあったのかよと、疑問です。百済の滅亡?百済は倭人の国であったの
では。難民はどのくらいいたのよ。でその人たちは倭人の国を乗っ取りには来てないよね。

本当は暫時的にやって来ただけだろ。ちょんころだけに蹂躙されたなんざ考えられん。
元祖日本国家と国土は単に「受け入れ」「採用・利用し」「融合して」「むしろ国内政治のために
これら事実を活用しつつ」律令へとむかってったんじゃねえすかよ。

桃太郎の歌があります。吉備の団子はそうとうな力をもった穀物種か技術でしょうが、
じゃあそれが欲しくて犬(だれ?)猿(田彦?)雉(のちの天皇家?)が向かった西(北)の島
とはどんな島なんでしょうか、そこはとても半島経由の文化圏に凝り固まったところだった
んじゃないでしょうか。桃太郎は誰?もも=百 で、百済の王子と関係がありそうです。
神武東征の神話とはまったく違い、このはるか昔より「歌いつながれてきた(これ重要)」
物語は、連合した存在が西方の「鬼(すんごい存在)」を撃退させる内容です。
この物語にも、日本がどういう風に成立していったのか理解できる要素があることでしょう。

それと、古代の貴種勢力のお墨つきを持っている証拠である「銅鐸」、これはなぜ均質な
デザインと品質をもっているのでしょうか。征服者の行政にそんなこと必要だったのでしょうか。
征服である場合は直接政治を行えばいいだけで、わざわざ銅の単位使用量を少なくする
しちメンドクサイ技術を採用する手間は間接政治(を演出した存在)が用いるのに適当です。

古代の政治執行者にとっての外国は、内政に利用する為の能動的材料であり、決して受動
的なものではなかったはず。江戸の幕末においても、そうだったでしょうが。それが日本人です。
それに、ちょんころの直接支配をうけたのなら、神のやしろである神宮はなんであんなにちょんころ
の文化を排しまくったもんになっとるのよ。北東アジアではまったくのオリジナルとしてあるじゃないか。

その辺のバリバリの矜持と意地と力が、高天原をちょんの土地にしなかった(なるはずない)根拠ですよ。

以上です。

否定すんなら(別に軽やかに一刀両断していいのよ。成仏するから)ちゃんと手間暇かけろよ。
それかそれに相当する質で。頭のいいカッコエエ人ならできるよ。できるよ!

106 :出土地不明:2006/11/28(火) 16:41:45 ID:7xLZyzXD
>>105
読み込んでないけどさ。。
肝心な高天原の所在地を書かないと、ハナシになんないよ。
まさか、おまえの脳内じゃないよな?w

107 :出土地不明:2006/11/28(火) 17:15:23 ID:OllvFogE
>>106
僕の脳内では、
朝鮮半島経由の法と式と技術と戦の術を持ち込んだ渡来人は古事記・日本書紀には登場していない。

ということです。
高天原が、実在地理でなきゃならないことの議論はあなたには不要ですか?
ここを越えなきゃ、玉石混合のソース提示の応酬はそれこそハナシにならないのでは。

脳内 というのは合っていると思うんです。脳内にしとけ、ってメッセージが高天原の正体ですよ。

短くしましたのでよろしくでございます。



108 :メイラックス:2006/11/28(火) 17:19:30 ID:OllvFogE
ああまたやった。
仕事でノイローゼ気味だけど先天性じゃないですよとやさしく処方された、
何もかもやりたさすぎ(性欲は減退)とかの悲しい局地責任者こと私メイラックスが上のレスをこれと一緒に消費しました。
ゴメナサーイ。


109 :出土地不明:2006/11/28(火) 17:21:18 ID:VexaCWfD
基本が分かっていないな。

まず、弥生期の渡来人と古墳期の帰化人をごっちゃにしてないか?

古墳期の帰化人など、当時の日本人口400万人のうちのほんの1万人ほどで、
話にならんよ。ほとんど日本人の形成に関係ないの。

日本人の形成に関係があるのは弥生期の渡来人。

それに弥生期の渡来人が朝鮮半島人ではないというのは常識なんだよ。

なぜなら渡来人骨と朝鮮半島の古代人骨は一致した事例が無いからだ。

それに渡来人骨が出土し始めるのは弥生時代開始頃ではない。弥生前期末だ。

つまり、水田技術も農工具も無文土器の技術も、朝鮮半島と交流していた
九州北部の縄文人自身が持ち込んで弥生時代が開始しただけなんだよ。

それから300年以上後の弥生前期末頃の遺跡から、いよいよ渡来人骨が
出土し始めるわけだ。

つまり、渡来人骨の持ち主の文化はそれ以降の弥生中期の文化に反映して
いるというわけだ。

110 :出土地不明:2006/11/28(火) 17:23:59 ID:VexaCWfD
弥生中期に新たに登場してくる弥生文化、それは丹塗磨研土器と高床建物。

丹塗磨研土器は朝鮮半島では南部にだけ見られるが北部では全く
見られない。高床建物もほとんど見られない。

どうも朝鮮半島から伝わった文化ではない事が分かる。

丹塗磨研土器と高床建物の文化が両方そろっていた場所。それはどこか?

それは、







  ア  ム  ー  ル  川  下  流  域  あ  た  り 







弥生前期末頃、渡来人はアムール川下流域あたりの海岸部から船で海岸沿いに
南下し、朝鮮半島東岸を通過して、そのまま九州北部に上陸したと見られる。

111 :出土地不明:2006/11/28(火) 17:25:25 ID:OllvFogE
事情があり、これで抜けます。
やっぱりパソコン使用可の環境でなきゃいけませんよ。書き込みは。

近いうちまたROMりますが、「ずっと休んでろ!!」との御意見が多数ならヤキトリ屋に
毎日いることにしますよ。

失礼しました。では。(おバカな人たちにもやさしく、)さようなら。


112 :出土地不明:2006/11/28(火) 18:21:12 ID:W91P6yui
路線バスってすれ違う時に挨拶するでしょ。
ハンドルから手を離して挨拶するって危険なんじゃないかって
思うんだ。しかし、運転士たちは危ないと思ってない。

ここに行って
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/bus/1162901425

挙手してんじゃねえよ

って教えてあげて。よろしくお願いしますね。

113 :出土地不明:2006/11/29(水) 14:25:02 ID:VBtUJHeo
日本人じゃなくて、大和朝廷のルーツ論だということをお忘れ無く。
天照大神が筑紫(福岡or九州)生まれだと、古事記に書いてあるでしょ。
で、弥生時代の遺跡から鏡が出るのは福岡・佐賀だけ。
したがって、高天原は福岡・佐賀の範囲にある。



114 :出土地不明:2006/11/29(水) 20:59:55 ID:Cl00rPfZ
ドータクとタカアマハラと何の時系列が発生してるの?

115 :出土地不明:2006/11/30(木) 06:32:11 ID:SSVyLcSq
聖書でも、大地ではない天は所在とか特に決まってないし、
やっはし当時から特定困難な場所を一括して高天原なんじゃないかな。

116 :出土地不明:2006/12/01(金) 23:59:32 ID:9T7ompfX
>初代天皇が降臨したとされる高天原。

ァハハハハ・・・はぁ?

117 :出土地不明:2006/12/03(日) 06:15:30 ID:82t8IFLZ
日本の米は華南の米と同系統

お米の遺伝子は語る

118 :出土地不明:2006/12/03(日) 08:50:09 ID:KRytt7T1
黒米と赤米についても語れ語れ

119 :出土地不明:2006/12/05(火) 18:48:47 ID:rQfjvw0H
>>113

>天照大神が筑紫(福岡or九州)生まれだと、古事記に書いてあるでしょ。

どこに書いてあるんだよ?
具体的に引用してみろよばか。

120 :出土地不明:2006/12/05(火) 23:35:43 ID:r7LBoGIO
バカはオマエだろ!
それとも精神異常者か?w

イザナギは黄泉の国から帰って来て、竺紫の日向の橘の
小門の阿波岐原へ行って、禊をしたら・・・
左の目を洗うと天照大御神が生まれ、右の目を洗うと
月読命が生まれ、鼻を洗うと建速須佐之男命が生まれたんだよ。

こんなのは絵本にもなってる常識だろ。


121 :出土地不明:2006/12/07(木) 15:57:50 ID:hhnseYP3
北九州じゃねえのん?

122 :出土地不明:2006/12/08(金) 14:49:32 ID:8arBw0Tn
>>1
>初代天皇が降臨したという高天原
降臨したのは初代天皇の御先祖様のニニギの命
降臨した場所は高千穂

123 :出土地不明:2006/12/08(金) 20:47:11 ID:gLmlVfB3
金 金海

124 :出土地不明:2006/12/08(金) 22:00:50 ID:AIrxnba3

百済は
新羅語読みではぺクチェ
大和語読みではクダラ

高句麗は
新羅語読みではコグリョ
大和語読みでは?
日本史のなかで何故か揉み消されてきた高句麗の大和読み(訓読み)



高句麗の大和語読みは「タカクウララ」だ
ウララは春(ハル)や、晴れたのどかな風景を指す。
クウは空の音読みで天に繋がる

つまり、高句麗は高天原だ

125 :↑↑◇アホ発見◇ ↑↑:2006/12/08(金) 22:22:05 ID:4GF58h7U
■朝鮮人の工作サイトか■

 このサイトを初めて覗いたときは、日本人が運営しているサイトだろうと思ったが、よくチェックしてみると、
「倭寇の中には、少数の日本人もいた」などと、デタラメの記述がある。
 中世の時代に、日本海や東シナ海で暴れまわっていた海賊、いわゆる<倭寇>の正体は朝鮮海賊なのだが・・。

【韓国の歴史歪曲捏造】(49編収録) 2004/11/10更新
http://members.at.infoseek.co.jp/konrot/reki.htm
★下記の記述を見てほしい。

 倭寇と言えば、13〜15世紀に日本の海賊たちが暴れ回ったというイメージでのみ語られることが多い。
今回、その倭寇の悲しい事実(←ここからすでに変な表現である)と隠された真実を見ていこう。

 まず倭寇と呼ばれた人達を見ていくと、朝鮮に「三島倭寇」という言葉がある通り、倭寇の根拠地は対馬・壱岐
・松浦、それに博多等、いずれも元寇の際、高麗軍の直接の被害をうけた地域の住民であった。
(嘘である。倭寇の本拠地は済州島や巨済島など、朝鮮の島であり、構成員も全員が朝鮮人だ)

 先のスレッドで日本征伐(「元寇」では翻訳されないため、韓国側の呼称を敢えて使わせてもらう)における
朝鮮の非道を書いたが、まさに倭寇の根拠地とはその朝鮮の侵略・虐殺行為をまともに受けた地域だったのだ。
(だから、これは嘘。たしかに対馬・壱岐・松浦・博多等は、新羅海賊や高麗海賊、そして元寇の侵略の被害を受けたが、
 倭寇の構成員は全員が朝鮮人である。新羅海賊・高麗海賊が「倭寇」を名乗ったのである。)

 詳細は先のスレッドを参照してもらいたいが、記録によれば、高麗軍により男はことごとく殺され、女は手に穴を
あけられて数珠つなぎの捕虜にされた。また、二百人の童男童女は高麗軍に連れ去られ、忠烈王に献上された、
と記されている。
 この世の生き地獄を味わったこれらの島民・住民達が、朝鮮に対し憎しみの炎を燃やすのは当然と言えば当然ではないだろうか?
(もちろん、朝鮮人の侵略の被害にあった日本人が朝鮮人を恨むのは当然だ。しかし、倭寇はあくまでも朝鮮人である。
 これは事実だ)

 また、当時の高麗は、元の侵略により数十万に及ぶ住民が強制連行されたり、住民が虐殺され、国家の弱体化が著しかった。
それがまた、積年の恨みも混じり倭寇を刺激し、行動が活発になった要因でもあった。
(朝鮮人を被害者扱いしているが、朝鮮人は加害者である。朝鮮人が倭寇なのだ。)

 さらに、ここで注目しなければならないのは、倭寇は日本人だけではなかったということである。
(だから、倭寇は全員、一人残らず朝鮮人なのだ。日本人の倭寇はいなかった。朝鮮海賊が倭寇である。)

「世宗実録」28年(西暦1446年)の記述によれば、倭寇のうち日本人は一、二割に過ぎず、他は日本人に成りすました
朝鮮半島の民であったと記録されている。
(日本人は倭寇の一、二割ではない。日本人はゼロである。倭寇は朝鮮海賊なのだ。)

 当時の朝鮮半島の住民も、高麗時代の末期には、軍隊や官吏は統治能力を喪失して治安を維持できない無政府状態にあった為、
生きるために倭寇を騙り略奪をせざるを得なかったのだろう。
(そうではない。最初から朝鮮人が倭寇である。倭寇の一部には朝鮮水軍の将兵もいた。)

 このように、韓国では古来の記録があるにも関わらず、自分たちに都合の悪い事柄は絶対に表に出さないという歴史を冒涜する
行為がまかり通っているのである。韓国政府の自国に不利なことは国民に教えない、悪いのは全て日本、反日こそ国是という
教育方針により、ここに来る韓国人の多くもその真実を知らないのだ。

 倭寇を産んだのは朝鮮による日本への侵略が最大の原因であり(だから、倭寇は朝鮮人なのである。日本人は侵略を受けた
被害者である)、また倭寇の被害の多くは、倭寇を騙る当時の朝鮮半島住民によるものである。韓国人よ、これが真実だ。


126 :出土地不明:2006/12/09(土) 12:02:59 ID:UKYVgP9t
高天原とは後のタクラマカン砂漠のこと。

127 :出土地不明:2006/12/09(土) 18:06:53 ID:MXifQVyz
多蒲野原=イネ科植物の生い茂る稲作の発展した土地

128 :出土地不明:2006/12/10(日) 10:34:28 ID:e+g0hAGX
朝鮮人のWikipedia(ウィキペディア)捏造に対抗せよ 15
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/korea/1163475222/

129 :出土地不明:2006/12/11(月) 15:45:07 ID:lyotjuVP
天皇は高千穂に降臨。日本人は南朝鮮も支配した。


130 :東アジアニュース速報+:2006/12/12(火) 19:35:37 ID:6SIoJfb5

東アジアニュース速報+ 板
ttp://news18.2ch.net/news4plus/

【韓国】民族の象徴である『三足烏』を刻んだ職印、潘基文次期事務総長に贈呈〔12/12〕
ttp://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1165900986/


131 :出土地不明:2006/12/12(火) 20:08:44 ID:cQe+15Nu
★ネの国(出雲)を、根の国と書くのは誤りだろうね。
ネの国とは、嶺(ネ=山の頂上)の国、という意味だろう。

 根の国=死者の国、こういう解釈がまかり通っているが、出雲人が自分たちの国を
死者の国と言うわけがない。もともと、『ネ』は嶺を意味したのだろう。
 嶺とは「天」の別名であって、嶺の国とは「神々が住む天の国」という意味なのだろう。
日向国(古代九州)では、神々の国を『高天原』と呼んだが、出雲版=高天原が『嶺の国』なのだろう。
ネの国(嶺の国)は、けして「死者の国」「黄泉国」を意味したわけではない。
 紀元前に、日向国が出雲国を征服(出雲の国譲り)した後に、日向族が出雲族を貶めるために、
ネの国=死者の国、というイメージを宣伝したのだろう。



132 :出土地不明:2006/12/14(木) 15:49:38 ID:v5F8nZyF
>>124
日本書紀では高麗(こま)だよ。

133 :出土地不明:2006/12/14(木) 21:13:37 ID:oQV8LLVr
日本人の祖先は天から降臨し日本と朝鮮南部を支配した

134 :出土地不明:2006/12/15(金) 02:57:29 ID:Vunvzoz9
>131
日高見の国とはどこだと思いますか?



135 :出土地不明:2006/12/15(金) 10:13:27 ID:zai3krWi
日高見は陸奥の北上川流域と比定されている。


136 :134:2006/12/16(土) 00:13:19 ID:i6UF8J8J
>135
う〜ん
常陸の国のあたりが日高見国とよばれた事もあるし
大和政権の東国伸張にしたがって東へ東へと日高見と呼ばれる土地は推移して行ったのでは?

祝詞に
・・・天の八重雲を伊頭の千別に千別て
(・・・あめのやえぐもをいつのちわきにちわきて)
天降し依さし奉りき此く依さし奉りし
(あまくだしよさしまつりきかくよさしまつりし)
四方の國中と大倭日高見の國を
(よものくになかとおおやまとひだかみのくにを)
安國と定め奉りて下津磐根に宮柱太敷き立て
(やすくにとさだめまつりてしたついわねにみやばしらふとしきたて)
高天原に千木高知りて皇御孫命の
(たかまのはらにちぎたかしりてすめみまのみことの)
瑞の御殿仕へ奉りて・・・
(みずのみあらかつかえまつりて・・・)

訳すれば
雲をかき分けて高天原から天孫が天下った所である
四方の国中と大倭日高見の国を統治すべき土地とさだめて
高天原に千木が届くほど立派な皇居を建てて・・・
となるんですが、四方の国中 & 大倭日高見の国 とはどこを指すのか?
前者と後者の2国に分かれていたと言うのか?
では高天原は?
などなど疑問が湧きますね


137 :135:2006/12/16(土) 17:46:00 ID:MMjC+i7R
>>134
自分も今いろいろな文献を探って調べて勉強している最中なので、
この件も検討中としか言えませんが、自分がこの件について
あたった文献は北畠親房の『神皇正統記』に書かれていた表現です。
日本武のところで草薙の剣が出て来る辺りの後の文章に
次のようなものがあります。

「(前略)これより船に乗り給て上総に至り、転じて陸奥国に入り、
日高見の国[その所異説あり]に至り、悉く蝦夷を平らげられた。
還って常陸を経て甲斐を越え、又武蔵・上野(かみつけ)を経て、
碓日坂に至り、弟橘媛(おとたちばなひめ)という妾をしのばれ
[上総へ渡り給し時、風波あらかりしに、尊の御命をあがはんとて
海に入りし人である]。東南の方を望んで、「吾嬬(あづま)者耶
(はや)。」とのいわれたことにより、山東の諸国をあづまという
のである。」

これを見る限り陸奥(みちのく)の周辺であることが分かるので、
北上が日高見の転訛であろうという説でそれじゃないかと自分は
思ったのです。確かに文中にも諸説あるというので特定はされて
いないとは思います。

138 :出土地不明:2006/12/16(土) 20:56:32 ID:1QGtBTPv
山の神への犠として合理的だったのが老者と敗残の民ならネノクニは空想化されやすくなる。

139 :出土地不明:2007/01/14(日) 15:33:34 ID:8LLtdFBM
>>89
■辰斯王は倭人か■

 辰斯王(しんしおう 生年不詳−392年没)は百済の第16代の王(在位:385年 −392年)。
第14代の近仇首王の次男であり、先代の枕流王の弟に当たる。
 『三国史記』によれば、385年11月に先代の枕流王が死去したときに、太子(後の阿花王)が幼かったために、
辰斯王が王位についたとある。諱・諡は『三国史記』には伝わらない。
 『日本書紀』には『百済記』の引用として、枕流王の死去の際に王子の阿花が年少であったので、叔父の辰斯が
王位を簒奪した、とある。

【辰斯王の死】
 高句麗に漢江以北の領土を奪われた後、11月に死去した。しかし、その死には不審な点が見られる。
『三国史記』百済本紀の辰斯王紀には、田猟に出たまま行方不明となって、翌月には死去したと記し、
『日本書紀』では百済の国臣(倭人)が辰斯王を殺したと伝えている。


【解説】
 ふつうは家来が主君を処刑するということはありえない。
 アジアの国であれ、ヨーロッパの国であれ、家来は主君に従うのが常識であって、家来が『先王』を処刑し、
新しい王を即位させることなど通常は考えられないであろう。
 しかし、百済ではそれがあった。この事実は、4世紀(応神天皇の時代)において、ヤマト朝廷(任那日本府)が
百済を完全に支配下に置いていたことを示している。日本書紀に記された「百済の国臣」とは、任那日本府の役人であり、
百済王よりも日本天皇に対して忠誠心を抱いていたのである。つまり百済の役人たちは、日本天皇こそ自分たちの
『主君』であると認識していたのだ。
 百済には『王府』というものが存在せず、任那日本府(任那倭府=ヤマトの御子人もち)が、百済を支配していたのだ。
百済王(正式の称号は『百済国主』)も、任那日本府の支配下にある役人の一人にすぎなかったわけである。
これが、古代カラ半島史の真実なのだ。


140 :出土地不明:2007/01/14(日) 20:49:54 ID:8LLtdFBM
■志羅紀の地理的位置■
 『後漢書』の馬韓については「その北は楽浪と南は倭と接し、辰韓の東にあり」と記している。
また弁韓についても、「辰韓の南に(弁韓は)あり、その南また倭と接す」とある。
『三国志』も同じく、「馬韓は南で倭と接す」とある。
さらに「弁辰は十二国のうち、讀盧(どくろ)国は倭と界を接す」とある。


「辰韓の南に弁韓あり、その南また倭と接す」
これは興味深い記録である。

・辰韓は北にある。
・弁韓は辰韓の南にある。
・弁韓の南に倭がある。

この記録は、稲飯命が建国した志羅紀(シラキ)の位置を語っているのである。

辰韓=ワイ人の国(後の新羅)。3世紀に南下して志羅紀を侵略する。
弁韓=倭人の国。神武天皇の皇兄=稲飯命が建国。天日矛命の国。
 倭=弁韓(志羅紀)の南方にある倭人国・ヤマト。日本国。

こういうことだ。
やはり、志羅紀と新羅は別の国だったのである。シラキの王子=天日矛命が倭人であることが
証明された。
天日矛命の子孫が神功皇后である。神功皇后の新羅征伐は、ワイ族(朝鮮人)に侵略された
先祖の祖国=志羅紀(シラキ=弁韓)を解放するための聖戦だったことが明らかになった。


141 :山下健三:2007/01/14(日) 21:05:54 ID:2BmF1/72
朝鮮が起源なわけねーだろ!
日本の始まりは秦氏、つまり八幡様!除福一族なんだよ!!
なぜか朝鮮起源より中国起源のほうがすっきりしっくりくるだろ!!!
時代のスタンダードは中国なんだよ!!

142 :出土地不明:2007/01/14(日) 21:14:51 ID:0ox/LsGx
日本人のふりをした馬鹿ワンコロ登場w

日本の始まりは縄文人と弥生人に決まっている。

大和民族の基礎を築いたのがアムールからやって来た弥生人。

秦氏は大和民族が確立されてしまった後に帰化しただけ。




143 :山下健三:2007/01/14(日) 23:24:51 ID:2BmF1/72
証拠を見せろ!
除福一団が日本に逃亡して日本の国王になったことは
漢史にはっきり記されているんだぞ
明治時代、日本と中国は敵対関係にあったから
国策として日本の始まりは中国だとは絶対いえなかった、さらに
米占領下後の日本では中国は共産圏を代表する国であったわけで
これもまた日本が中国(秦)起源だとはいえなかった政治的背景があったわけで
今の日本史教育もその教えが引き継がれている
日本の各地に除福の伝承やそれを祭った社祠があるのは
どう説明するの?日本は除福一団が作った、間違いない

144 :出土地不明:2007/01/14(日) 23:50:44 ID:0ox/LsGx
BC3C末、除福一団の故郷、江蘇省北部では三足土器で
炊飯していました。

粗製灰陶で出来ている鬲です。

灰陶も鬲もさっぱり伝わっておりません。

秦王朝のシンボルである鼎も青銅器に伝わっておりません。

縦笛の簫、磬、鐘、鐃、ロ于、鉦など、様々な楽器も
伝わっておりません。

龍文様はもちろん、龍信仰さえ伝わっておりません。

様々な酒器も伝わっておりません。
様々な玉器も伝わっておりません。

漢字の前身、篆書などを刻んだ遺物なども全く出土しません。

除福なんて来ておりません。

ただの頭の弱い人間の妄想です。

145 :出土地不明:2007/01/15(月) 08:52:53 ID:XYDhj/+f
そもそも古代の地図に現在の国境線引くのが間違い
なんだけど、どうもそうは行かないみたい。


146 :出土地不明:2007/01/15(月) 11:13:51 ID:YG1sfHFn
推古天皇の時代には、日本国内に秦王国という、
中国人のクニがあったのは間違いないよ。

147 :出土地不明:2007/01/15(月) 13:15:14 ID:gtlb28ze
徐福は来なくても、秦氏は渡来してきたのだろうな。
しかも、けっこう優雅に暮らしてたっぽい。権力はないが、金はあるみたいな。
渡来系なんで権力者にはなれなかったが、富貴に暮らすだけのものを大陸から持ってきてはいたんだろう。

148 :出土地不明:2007/01/15(月) 19:32:31 ID:XICm81Bc
秦氏は楽浪人か帯方人だろ。

内容的には大陸人が混ざった半島人だろう。

高句麗に討たれて落ちぶれていたところを仲哀天皇に拾われた
元半島の支配層だよ。

149 :出土地不明:2007/01/15(月) 20:08:57 ID:Pran0zvM
Here there and everuwhere

150 :出土地不明:2007/01/16(火) 20:55:44 ID:HY5pUQHN
■志羅紀の地理的位置■
 中国の史書『後漢書』の記録である。馬韓については「その北は楽浪と南は倭と接し、辰韓の西にあり」と
記している。また弁韓についても、「辰韓の南に(弁韓は)あり、その南また倭と接す」とある。
 『三国志』も同じく、「馬韓は南で倭と接す」とある。さらに「弁辰は十二国のうち、讀盧(どくろ)国は
倭と界を接す」とある。

「辰韓の南に弁韓あり、その南また倭と接す」
後漢書のこの記述は、ひじょうに興味深い。

・辰韓は北にある。
・弁韓は辰韓の南にある。
・弁韓の南に倭がある。

この記録は、稲飯命が建国した志羅紀(シラキ)の位置を語っているのである。

辰韓:ワイ人の国(後の新羅)。3世紀に南下して志羅紀を侵略する。
弁韓:倭人の国。神武天皇の皇兄=稲飯命が建国。天日矛命の国。
 倭:弁韓(志羅紀)の南方にある倭人国・ヤマト。日本国。

 こういうことなのだ。
 やはり、志羅紀と新羅は別の国なのである。シラキの王子=天日矛命が倭人であることが、『後漢書』の記録によって
証明された。天日矛命の子孫が神功皇后である。神功皇后の新羅征伐は、ワイ族(朝鮮人)に侵略された先祖の祖国=志羅紀
(シラキ=弁韓)を解放するための聖戦だったことが明らかになった。


■中国の古代史書に記された三韓の正式国号(日本名)■
馬韓→ 任那
弁韓→ 志羅紀
辰韓→ 志羅紀北部
 上記の『志羅紀の地理的位置』の文を読めば明らかなことだが、辰韓・弁韓・倭の三国は、南北の縦のライン上に
並んでいる。そして、後漢書の記録によれば、「馬韓は西側にあり、辰韓と弁韓は東側にある」と記録されているから、
辰韓と弁韓の位置は、カラ半島の東南部ということになる。この場所は、まさに志羅紀があった位置である。
 『後漢書』の記録は、3〜4世紀の志羅紀が南北(弁韓と辰韓)に分裂していた事実を示している。
 ここで、神功皇后と応神天皇の新羅征伐について考えてみよう。神功皇后の母方の先祖は志羅紀の王子=天日矛命である。
志羅紀は、神武天皇の皇兄=稲飯命が建国した国であり、古くから倭人が住んでいた。漢人はこの志羅紀の国を『弁韓』と
呼んでいた。その志羅紀が南北に分裂していたらしいのだ。そして、志羅紀北部は漢人からは『辰韓』と呼ばれていた。
 また、高句麗の広開土王碑には次のような記録がある。
「百済と新羅は、もともとは高句麗の属民だった。この2国は高句麗に朝貢しに来ていた。
しかるに、辛卯年 (391年) より海を越えて倭人が来た。永楽5年 (395年)、好太王は百済と□□と新羅を破り、
高句麗の臣民とした」
 好太王碑には、新羅人から「倭人に新羅(辰韓)の首都を占領された」という報告を受けたという記録があります。
この事実から、辰韓を支配していたワイ族(朝鮮人の先祖)は、高句麗と手を組んでいたことが分かります。
つまり、志羅紀(弁韓)は同じ日本民族の国であるヤマトの支援を受けていたのに対し、志羅紀北部を占拠していたワイ族は、
北方の大国=高句麗の支援を受けながら、志羅紀への侵略を何度も繰り返していたわけです。


151 :出土地不明:2007/01/18(木) 20:58:48 ID:LJs8yrtd
■古代カラ半島の歴史研究◆日本と中国の資料が重要■

 3世紀から4世紀にかけてのカラ半島史には謎が多い。
 しかし、中国王朝の興亡の影響を受けて、カラ半島でも政治的動乱が続いていたことは、
さまざまな資料から分かる。
 あの時代のカラ半島の歴史を知るためには、次の資料を調べると良い。

・古事記と日本書紀
・後漢書
・三国志
・広開土王碑
・三国史記

 このうち最後の三国史記は、12世紀という中世の時代になってから書かれたものであり、
内容にも捏造や歪曲が多いが、他の4資料と比べながら読むことで、3〜4世紀のカラ半島の
政治情況を窺い知ることができる。

 神功皇后が、志羅紀にヤマト朝廷軍を派兵した363年頃から、志羅紀は任那日本府の管理下に
置かれたようである。つまり363年以降、志羅紀は任那を構成する国の一つとなったのだ。
志羅紀が『加羅』という別名で呼ばれるようになったのは、おそらく、この時代からであろう。

 任那はもちろん存在した。
 任那とは、中国の史書である『後漢書』や『三国志』で語られている馬韓のことである。
4世紀のカラ半島南部には、馬韓の他に、弁韓(志羅紀)と辰韓(辰国)が存在したが、この3国のうち最大の面積を
誇ったのが馬韓(任那)である。
 神功皇后が志羅紀に派兵した363年以降は、志羅紀も任那の一部となり、任那日本府の管理下に置かれた。
この時代から志羅紀は『加羅』という別名でも呼ばれるようになった。
 任那と志羅紀が合併したのは、314年から始まった高句麗と辰韓による侵略から志羅紀と任那を防衛する
ためである。北方の異民族勢力の脅威に対処するために韓地方の倭人勢力を政治的・軍事的に一体化する必要が
あったのである。
 任那は、西暦315年には旧帯方郡の漢城地方に進攻し、この地方を併合し支配した。伯済国(コマ)と名付けられた
漢城地方は任那を構成する一国となり、任那日本府の支配下に入った。つまり、363年以後、任那は志羅紀と百済(コマ)
を吸収し、カラ半島南部における最大国となったのである。
 そして、この任那を支配していたのがヤマト朝廷の政治・軍事機関である任那日本府である。


152 :出土地不明:2007/01/18(木) 22:19:38 ID:LJs8yrtd
■任那日本府の謎

 任那日本府があった場所は安羅だと言われているが、
5世紀以降は熊津(公州市)に移動したのではないか。

475年に、百済の文周王が熊津(現・忠清南道=公州市)に首都を移したという記録がある。
熊津に任那日本府があったから、そこに都を移したのではないか?

 熊津の語源は『古末』だろうか? 古末と書いて「コマ」と読むのだが。


433年 百済、新羅と同盟。
     ↑↑
これも、本当に百済と新羅が同盟したのかどうか、怪しい。
百済が同盟したのは志羅紀(加羅=弁韓。倭人国)ではないか。
弁韓が馬韓(百済)を助けたのなら、まだ理解できるんだが・・・。


153 :3:2007/01/20(土) 01:41:18 ID:cB+S7Wqq
キムタクの意外な過去
http://honey.45.kg/masa21/fgf.htm
芸能裏情報

154 :出土地不明:2007/01/20(土) 20:34:17 ID:PX/9YwRd
岡崎久彦氏は、日本人と韓国人を「同祖」だと思っているようだが、間違っている。

岡崎久彦:『なぜ、日本人は韓国人が嫌いなのか』
http://books.yahoo.co.jp/book_detail/31805481

 日本人と韓国人は、まったく別種の民族である。言語も異なっている。
日本語と韓国語は似ていない。
 岡崎氏は、韓国人がワイ族の子孫であることを知らないようである。
古代カラ半島北部に、ワイ族という、倭人とは別種の民族が住んでいたことも
知らないのではないか。
 韓国人はワイ族の子孫なのである。


155 :出土地不明:2007/01/21(日) 00:49:59 ID:LpoWd3ol
岡崎久彦って誰?

156 :シルバーコレクション゙ ◆MaSteyG872 :2007/01/22(月) 15:25:29 ID:i2IvrF5y
まじばなすると
福岡県西区の日向峠付近
http://www.its-mo.com/emmctl.htm?ENC=h9%2BiV8cV8F8FwgYSJzVH8hLjNDti7wbkdF503hLtEGOvnlXUH23Kle%2FGqvamph3LraFNP8pMdqEfk5j5csv5Yz%2BRcFeI5P2EujmffRZXAlCPrzOsovmJSJ0TXC7zlzjteL3fCYKS4FQ3miGJbGxTRAgEQEhHNou6TlUmM1ayBnMzo1
RxLtGDd2g1iYpwDsF0ShAPmp4xZY5O%2BXizck8%2BNMvQ8dpIUek3eWjm59hJoOfgZAqyl45XrBde3%2FR7m
YRINndgE3gCI%2BQf4%2Fsz%2FU0jVBW4rRSatMMi%2BCQnzakSBG%2BMqqx76wr6fqbmOvOrzfr4vZ7jRVrYjbdHZeYJLKVB2ynoHYxT%2BqXmQ2ovZZ%2Bkjnh08dy1L4qvDshuc2lWU3V99k3T%2F9vlLEDoyamDraaBmCF5FoKH%2F7NBrsCW%2B1oUmFA6JrxWuXRx7Q%3D%3D&x=177&y=275

この辺、さっき天一族から電話あった

157 :山下健三:2007/01/22(月) 23:23:59 ID:/3AIWhQx
高天原があったのは高千穂?畿内?というなら分かるけど
なぜ朝鮮?
おまえらなぁ、歴史を捏造したらあかんて、まじで
確たる証拠に基づいて話し合えや

158 :出土地不明:2007/01/23(火) 10:18:13 ID:n2A3JphB
>>156
くしふる峯ってのも残ってるんだろ?どのへん?

159 :シルバーコレクション゙ ◆MaSteyG872 :2007/01/23(火) 12:53:55 ID:9WAHFrsm
http://72.14.235.104/search?q=cache:Irp-6_uBuyAJ:www.furutasigaku.jp/jfuruta/simin13/onamekei.html+%E7%A6%8F%E5%B2%A1%E3%80%80%E3%81%8F%E3%81%97%E3%81%B5%E3%82%8B%E5%B3%AF&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=2&lr=lang_ja

http://www.its-mo.com/z.htm?m=E130.17.3.1N33.32.24.65&l=6

160 :出土地不明:2007/01/23(火) 22:37:18 ID:ihsQbOG6
ありがと

161 :出土地不明:2007/01/26(金) 20:48:58 ID:1zdQ8zfV
中国は現在でも、ありもしなかった南京虐殺を主張して
我々日本人を陥れています、皆様に南京の真実をお送りいたします。

http://www.nankinnoshinjitsu.com/

162 :出土地不明:2007/01/27(土) 14:39:18 ID:RpMwjVqW
『日韓同祖論』という妄説がある。
学問的な根拠がまったくない、まさに妄説であり、狂説である。
日本人と韓国人が、何の関係もない別種の民族であることは、両民族の言語を分析すればすぐに理解できる。
【日本語】 【韓国語】
 空(そら)→ ハヌル
 稲(いね)→ ビョ
 家(いえ)→ チプ
 白(しろ) → ヒンセク
白い(シロい)→ ヒダ

 私(わたし)→ ナ(またはネ)
貴方(あなた)→ タンシン

 頭(あたま)→ モリ
 目(め)――→ ヌン
 手(て)――→ ソン(またはパル)
 足(あし)―→ ダリ
 犬(いぬ)―→ ゲ
 猫(ねこ)―→ ゴヤンイ
 虎(とら)―→ ホランイ(またはボム)
 猿(さる)―→ ウォーン(またはウォーンサンイ)

 刀(かたな)→ カル
 弓(ゆみ)―→ ファル
 槍(やり)―→ チャン

 比較してみれば、まるで違う言語であることが分かるであろう。
共通点が無いのである。なぜ、韓国人は「日本語と韓国語は、元は同じ言語だった」とウソを
つくのだろうか? 何かしら、良からぬ政治目的があるのは間違いないであろう。

■神輿の掛け声『わっしょい』について、韓国人の妄言■
 韓国人が、日本の神輿を担ぐときの掛け声『わっしょい』の起源について、
トンデモナイ妄説を宣伝している。
「日本で神輿を担ぐときの掛け声である『わっしょい』は韓国語である。韓国語のワッソ(来ました)が訛って
『わっしょい』になったのだ」
【朝鮮日報HP:2005年/12月18日/06時59分の記事から】
 日本大阪では11月3日、「四天王寺ワッソ」という祭りが開かれる。
 日本の古代国家の基礎を築き上げた聖徳太子は、先進文明をたずさえて渡来した百済の使節を迎えている。
その様子を再現したのが仮装行列であるこの祭り。
 およそ4000人の参加者が大阪市内を練り歩く。四天王寺に至るまでの道路沿いには40万人あまりの人波が押し寄せ、
皆が口々に「ワッショイ!ワッショイ!」と叫ぶ。「ワッショイ」はハングルの「ワッソ(来た)」から来た言葉だという。

 もちろん、上記の朝鮮日報の記事は、何の根拠も無いデタラメである。
 『わっしょい』韓国語説を、最初に言い出したのは在日作家・金達寿(キム・タルス 1919―1997)なのだ
という。しかし、韓国語には『わっしょい』に相当する言葉が別にあるのである。

日本語     韓国語
わっしょい―→ ヨンチャ

 そもそも、我々日本人が神輿を担ぐのに、なぜ、いちいち異民族の言葉で「ワッソ(来たぞ)」と言わねば
ならないのか? 神道自体が縄文時代から続く日本の伝統文化であり、シベリア狩猟民族の子孫=韓国人は、
何も関係が無いのである。さらに、百済人も半島南部に住んでいた倭人(日本人)であり、韓国人とは別種の民族である。
 朝鮮日報の記事は「先進文明をたずさえて渡来した百済の使節」と誇らしげに書いているが、百済は古代日本人が建てた国
であり、百済の文明は日本列島の文明と同じレベルだったのである。百済も大和国家も日本民族によって運営されて
いたのだから、文明が同レベルなのは当然である。しかも、百済の文明は韓国人とは何も関係がないのだ。
 重要な事実は、古代日本に渡来した百済人は日本民族であり、韓国人の先祖であるワイ族は日本に来なかった(移住していない)
という事である。


163 :出土地不明:2007/01/28(日) 21:58:55 ID:9nlXyXdV
ひー、ふー、みー、よー…は?
5〜6月に飯盛山から日向峠越えて、高祖に抜けたらなぜかドキッとした…なぜか古代のにほひがした…

164 :地元民:2007/02/26(月) 17:26:16 ID:N5y/sSZs
歴史資料館のあるあたりに、車止めてまわりを見渡すと
国名はともかく、このあたりに、古代に何か存在してもおかしくないなとは思うよ
いい具合に回りが山で囲まれて、自分でもクニ作りしたくなる。
いまは、すさまじいほどのド田舎だが...

165 :出土地不明:2007/02/27(火) 01:57:41 ID:ALiJX9Ae
どこの歴史資料館???


166 :出土地不明:2007/02/27(火) 18:22:47 ID:U6xOR+XQ
>>19
それ植民地っていうか併合した後に支配しやすくするためのあれだし…

167 :出土地不明:2007/02/28(水) 16:35:22 ID:chdSAPdy
高天原って
「タカマガハラ」
「タカアマハラ」
「コーテンゲン」
読み方はどうなの?

ちなみに書記の脚注?に「アマ・オマ」と読めと
しるしてありますが、これは特殊な重箱読みを
しろということだから正解は
「コー・アマ・ゲン」
このような主張をされてる方もいます。

168 :出土地不明:2007/03/01(木) 11:18:14 ID:nV+9LtKb
「たかあまのはら」を推奨
「コウ」などの漢語訓みは全て却下です。

169 :出土地不明:2007/03/07(水) 15:45:40 ID:Hmalhsic
日本書紀には、素盞鳴尊の狼藉が過ぎるので高天原から追い出した、そこで
素盞鳴尊の最初に訪れたところが新羅だった、とあるでよ。
で、新羅へ遣られた素盞鳴尊は「こんなところ、まっとうな人の住むところではない」と、
さっさと倭に渡って、「ここは居心地が良いから高天原から持ってきた草木を植えよう」
と日本のあちこちに行っては草木の種を植えた、とある。

170 :出土地不明:2007/03/08(木) 02:27:46 ID:IJBgNdSX
日本列島=温帯ジャポニカ種
韓国(高地の新羅)=陸稲栽培



171 :出土地不明:2007/03/09(金) 03:20:31 ID:+JVlSWhH
コウテンゲンの方が天に近そうな感じがする
タカアマハラ系の読み方だとなんか地上的というか
京成線あたりにそんな駅があっても違和感ない感じ〜

172 :出土地不明:2007/03/09(金) 03:25:44 ID:+JVlSWhH
次は〜、タカアマハラ〜タカアマハラ〜
お出口は左側です〜

173 :出土地不明:2007/03/17(土) 03:21:34 ID:GhRE6b1J
日向に上陸したんだから、南方からだと思うんだけど。
稲の遺伝子調べると、朝鮮と明らかに違うらしいし。

越が一番有力。

174 :出土地不明:2007/03/17(土) 03:29:06 ID:GhRE6b1J
新羅の宰相が倭人だったり、3代王が海から来たり、
斉州島の先祖が倭人だったり、かなり日本から進出してるような気もする。

175 :出土地不明:2007/03/28(水) 12:28:43 ID:Lw7XBuUc
>>170
他のスレでもこのことを避けて通るのが多いよな。

土器だ食器だ遺伝子だって・・・意味無いだろw

176 :出土地不明:2007/03/28(水) 15:09:00 ID:LMjXWe73
だから、アマテラスもスサノオも福岡生まれなんだよ。
三種の神器のひとつ、鏡が弥生時代の遺跡から出るのは
福岡と佐賀だけだ。
この絶対的事実を踏まえてから論を進めろよ。

177 :出土地不明:2007/03/28(水) 16:09:56 ID:Lw7XBuUc
>>176
日本最古のSF(スペースファンタジー)ですから。タークハルの宇宙開発ですから。
光臨した地についての議論はよそでどうぞ。

178 :出土地不明:2007/03/28(水) 20:27:57 ID:nFB7v6qy
高天原って、地上にあったの?神様のいる場所で『筑紫の日向の高千穂のクシフルダケ』にニニギが降り立った、と古事記に記されてると伺いましたので、空中のイメージだったんだけど・・・

179 :出土地不明:2007/03/28(水) 22:42:39 ID:WchhzsE7
>>1は前提として、「高天原」が現在の地図上の何処かに比定できると思ってるみたいだが、その根拠が不明。



180 :出土地不明:2007/03/29(木) 03:06:05 ID:POqY1OF5
多蒲の原=稲穂の繁茂する国

181 :出土地不明:2007/03/29(木) 14:02:48 ID:fwBPHnD/
高天原=邪馬台国&アマテラス=卑弥呼説は有力だな。


182 :出土地不明:2007/03/30(金) 09:53:57 ID:9coPvIZP
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足士器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
http://www.hibari.ed.jp/club/ki/ki.html

183 :出土地不明:2007/03/31(土) 16:49:42 ID:OHJc8bit
ある局地Aへの、別の局地Bからの文化の浸透には2点の条件が考えられる

@ 局地Bの文化具象が、局地Aにより積極的に受け入れる価値があると判断され実行された場合。

A 局地Aが局地Bの構成民族による殖民対象として実行され成功した場合。

この2点についての議論がなされない場合、局地Aについて局地Bの構成民族の踏跡を論ずる妥当性は肯定においても否定においても発生しない。


また、上記のごとくごく当然に人間に備わっているべき基本な知性を有していない者が掲示板などに連投、コピペの繰り替えし等の行為を積極的に
行った場合、この掲示板の意図と運営に対して悪意のある投稿として判断されるべきであり、なんらかの対処、具体的な処分が急がれることが望ましい。

荒らしについては、2chの従来通り削除依頼を行い、今後も悪化を辿るのなら投稿当事者への規制が望まれる。




184 :出土地不明:2007/04/01(日) 09:22:36 ID:+g90MeAP
》183 頭わるいから、もっと簡単に書いてくれませんか?すみません!
古代中国では・・・にたいしてゆってるの?
俺もう慣れたんだけど、ある意味FANなんだけど。

185 :出土地不明:2007/04/06(金) 09:09:13 ID:S/1CrQz4
高天「原」ばる、ばるだろ。何半島もっててんだw

186 :出土地不明:2007/04/08(日) 00:56:52 ID:IMo6oH7a
イラクのほうにタカーマハラていう地名があるらしいw

187 :出土地不明:2007/04/08(日) 09:42:20 ID:9GkNcfD0
本物はそれだ!

188 :出土地不明:2007/04/08(日) 14:28:52 ID:5UU5w/Gp
戦後の三国人の蛮行
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=197810

189 :出土地不明:2007/04/14(土) 23:51:06 ID:bfXiBRgg
>三種の神器のひとつ、鏡が弥生時代の遺跡から出るのは
>福岡と佐賀だけだ。

全くの大嘘w
機内の弥生時代の遺跡からも鏡はたくさん出ています。
もっとも邪馬台国はすでに古墳時代というのが今の定説だが。

190 :↑↑↑↑↑↑↑:2007/04/17(火) 05:05:36 ID:IU7g5UAI
鏡が出た畿内の弥生遺跡を具体的に上げない限り
気違いの戯言としか思えないな。w

191 :出土地不明:2007/06/09(土) 00:17:53 ID:rs3H8WHf
高天原という名詞自体は
日本全国にあった「水の豊かな高原地帯」みたいなな意味の
普通名詞だと思うが

古事記に登場する高天原は、明らかに特定の高天原を指している。
普通に考えて、中国山地のどこかでしょう?

192 :出土地不明:2007/06/09(土) 12:40:29 ID:pSTOpO2Z
もともと、天皇家は奈良県南部の
山地の豪族だったのは通説なの知ってるよね?

普通に考えれば、
山地から降りてきた。=天孫降臨。でしょ。

そんな事も理解できないのかなぁ?


193 :出土地不明:2007/06/09(土) 22:27:14 ID:NrVN49Zs
>192
あなたは三角縁神獣鏡が天界からの俯瞰図である事を知ってるか?
高天原の比定論争よりもっと古代人の精神世界に目を向けるべきだな

194 :出土地不明:2007/06/10(日) 02:16:25 ID:LVZi1AcL
>>193
あなたのお話を聞かせください。
非常に興味深いです。


195 :出土地不明:2007/06/10(日) 15:15:52 ID:66lrBuwW
東国で稲作を広めるにはどうしても半島人の労力が必要だったんだろ
どんな手を使って日本に連れて来たかは知らないが。w

196 :出土地不明:2007/06/12(火) 04:20:46 ID:K8hY09gU
>>195
稲作が広まったのは、気候変動で
狩猟で採れる獲物や果物などが減ったからだろう?
だから、自分たちで農耕して、食料の安定供給をする必要が出てきた。
もし、狩猟で採れる獲物や果物などが豊富にあったのなら
農耕みたいな辛抱のいる重労働はしない。

197 :出土地不明:2007/06/13(水) 18:27:12 ID:TPpG+Phu
>194
http://www.tctv.ne.jp/tobifudo/newmon/betusekai/uchu.html
http://inoues.net/mystery/himiko_book6.jpg
両者を見比べてください、三角縁神獣鏡は世界を俯瞰したものです。
鈕=須弥山
乳=人間の世界
神獣像=神獣の世界
櫛歯紋帯-波紋帯-鋸歯紋帯=金輪-水輪-風輪


198 :出土地不明:2007/06/14(木) 01:38:04 ID:6+yUandS
>>197
要するに、高天原神話が誕生したのは
卑弥呼の時代に入ってきた三角縁神獣鏡などに代表される
世界観が大きく影響しているということ?


199 :出土地不明:2007/06/15(金) 01:52:02 ID:FAHkp31Y
>>198
須弥山(シュメール山)の概念は仏教以前とも言われますからね。
その流れを汲んで自ら天孫と称する民族が描いたのが三角縁神獣鏡。
須弥山は絶海に聳え立つ天にも届く山、太陽と月さえ中腹を回っている、頂には神仙が住まう。
http://www.tctv.ne.jp/tobifudo/newmon/betusekai/shumisenzu.gif
人間は下から見上げる事しかできないが、三角縁神獣鏡は須弥山を上から俯瞰して描かれている。
天から天下ったと自負する民族ならではの視点という事。


200 :出土地不明:2007/06/15(金) 10:47:52 ID:tALcLBnl
>>199
面白い話ありがとう。

で、その三角縁神獣鏡ですが、
中国で作られたようなものにも
その須弥山を上から俯瞰して描かれているんですか?

201 :出土地不明:2007/06/15(金) 22:50:43 ID:P546N2m5
>>200
三角縁神獣鏡は国内だけで見付っています。

202 :出土地不明:2007/06/16(土) 15:45:03 ID:3bVmy0bt
だれかダウジングするべきじゃないか?

203 :出土地不明:2007/06/17(日) 01:13:34 ID:zXD+IkRK
もんぺ、ふんどし、下駄、寿司、三角縁神獣鏡は日本固有の物産です。

204 :出土地不明:2007/07/05(木) 00:32:09 ID:vwhcLAW5
ヒマラヤ山脈です

205 :出土地不明:2007/07/17(火) 01:29:11 ID:NuBLnP9h
宮崎じゃないの?


206 :出土地不明:2007/07/17(火) 01:38:29 ID:XnLm4GWJ
>>204
>ヒマラヤ山脈です
そうかもな

207 :出土地不明:2007/07/17(火) 10:26:26 ID:3QpyAz5q
タクラマカンです
タクラ(高)マカン(天)

208 :月光仮面:2007/07/17(火) 11:58:19 ID:cw7sweMl
マチュピチュに最後の高天原を建設した後、八百万の神々は聖なる黙示を残して
更なる高みへと昇天したのであろう。神々の嵐が吹き始めてきたようだ。

209 :出土地不明:2007/07/17(火) 18:14:40 ID:NuBLnP9h
2012年に滅びるんだよね。

210 :出土地不明:2007/07/19(木) 10:43:44 ID:gcKPRm3s
>>207
天竺思想ですね。ほんと昔っから適当主義だよな。

211 :出土地不明:2007/07/23(月) 13:29:22 ID:L5065lDG
カンダハル=神田原=高天原

212 :出土地不明:2007/07/24(火) 17:02:50 ID:ezFN1zFl
アイヌカミング!・・ハァハァ・・・ヌグゥォウ!・・オーイェー!・・アイヌカミング!!

213 :出土地不明:2007/08/26(日) 06:43:58 ID:pd+2uGs2
ttp://www.nishida-s.com/main/categ2/korea-2/korea-2.htm
案内の崔さんがぜひ訪ねて下さいというので来たのが、「高天原故地」である。
筑波大学名誉教授の言語学者のM先生が、高霊を訪ねたとき、ここが高天原であると直観したという。

先生の仮説を要約すると、紀元前頃から南下を始めた北方系民族一派が朝鮮半島の中央部を南下して
根拠地として定めたのが高霊の地であって、そこから子孫を南方の各地に分封したのが諸加羅国である。
大加耶国成立以前の紀元1、2世紀頃に、ここ高天原を離れた天孫族は海上を南下して九州に上陸した。
それが日本の天孫降臨説話となった、というのである。考古学的な証拠がなく、高霊郡庁でも扱いに
苦慮しているようだが、私立加耶大学の学長の熱意で、大学の敷地内に碑を建てたという。

ttp://www.nishida-s.com/main/categ2/korea-2/korea-2.files/kourei-takamagahara.jpg
碑の前で説明して下さる加耶大学の先生
韓国人から、イザナギノミコト、イザナミノミコト、アマテラスオホミカミ、スサノヲノミコト
(ここ高天原を追放されて日本に来た)、などの名が発せられて驚いた。


214 :出土地不明:2007/08/26(日) 07:43:31 ID:lplzfOn3
考古学で直感とかあり?

215 :出土地不明:2007/08/26(日) 09:40:08 ID:0NEM9QAZ
>>214
電波な先生なんだろ

216 :出土地不明:2007/08/27(月) 09:59:23 ID:brOS1TQm
黄金山脈http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%82%A4%E5%B1%B1%E8%84%88

217 :出土地不明:2007/08/29(水) 09:51:49 ID:a3XPk+wV
誰か欧米の偉い先生が言っていたけど

日本の学者は、もっと古代人の精神世界に目を向けるべきだな。



218 :出土地不明:2007/09/04(火) 09:35:24 ID:W3g7ufZV
月というのが捨て切れない。


219 :出土地不明:2007/10/25(木) 22:24:55 ID:yh9tOSNP
壱岐の原の辻こそ、高天原です。

220 :出土地不明:2007/11/07(水) 14:45:28 ID:eEImhYiZ
だから朝鮮半島南部にある亀山(クサン)だっての。


221 :論理的虚構 ◆vWilh8Qklc :2007/12/02(日) 07:51:44 ID:+NsZLJzd
このスレッド「も」事実ならびに/あるいは規範についての独断バカによる書き込みが大半を占めているようである。(という言明を受けて、独断バカがただ1つの立場から構成されていると誤読する独断バカはいないだろうな?)

数学は、公理という独断を採用しているために絶対確実に正しいかどうか分からない。
自然科学は、それに加えて実験による証明という、何らかの枠組みを独断的に前提しているために絶対確実性からさらに遠ざかった。
科学哲学は、科学を擁護したいがために、形而上学的実在論、科学的実在論、道具主義、操作主義、実証主義、奇跡論法、構成主義的経験論、介入、構造的実在論、内在的実在論などの独断に陥っている。
俗流心理学に至っては、ただ1つの演繹すらない。
しかし、演繹という語にまつわる問題もある。それは……。

どちらの陣営にも個人的な、あるいは自らが属する集団に共有されている感覚や感情を不当に〔論証なしに〕正当化するという事態が蔓延しているが、実際にはいずれも同一の誤謬に陥っているという点を以って同一項で括ることができる。
わたしは、それが暫定的なものであれ不確実なものを魔術的な仕方で確実なものに変換してしまう独断バカを一般人(これには一般的な多数派と一般的な少数派の双方が含まれる)と呼んでいる。
わたしは、こうした頭の弱い存在者群に対して啓蒙を実践しているところである……。

この問題に絶対確実な回答を与えるには、まず絶対主義対相対主義、超越論対非超越論に決着をつけねばなるまい。
「そして、指示の理論について考えねば……!」
# 記述説、因果説、記述の束説

それは、すべての独断バカを消去=救済する計画――。(隘路であることが判明したが、それでも……!)

■永劫懐疑
http://www5.plala.or.jp/skepticism/
  推薦のことば(ニーチェ)「この人を見よ。」

222 :出土地不明:2007/12/31(月) 16:03:57 ID:w2V+0vBV

●日本における朝鮮文化のウソ●
戦後、韓国と北鮮は、負け犬の遠吠え的ウリナラマンセー教育で国民を洗脳し、日本に与えた影響力を
大いに誇張して喧伝することによって、地に落ちた自尊心を回復しようとたくらんだのである。
(また、半島における中国の影響も、ほとんど無かったコトになっている。w)
それとは逆に日本では半島史研究が急速に衰退したので、連中のデタラメを無批判に信じ込む
反日ブサヨク教師・学者・マスコミが言いたい放題を繰り返していたのである。

良い例が高松塚古墳の壁画だ。どう見ても漢人の風俗なのに、朝鮮文化だと騒いでいた。

ソウル・平壌を含む半島の主要地域は、B.C.108〜A.D.313まで400年間も漢人の植民地(楽浪郡
・帯方郡)で、それ以降も半島には漢人・楽浪文化=中国文化のコピーが現在まで続いている。
そして半島に朝鮮(韓国)文化らしいものが芽生え始めたのが、新羅が半島南部を統一した、
7世紀後半以降である。

朝鮮文化が成立する前のハナシなのに、「これは朝鮮文化だ!」と喧伝するのは危痴害の戯言
以外の何ものでもない。

朝鮮人が「朝鮮文化を日本に教えてやった」と言っているものは、すべて漢人たちが伝えた、漢・楽浪文化だ。

要するに、313年に楽浪郡・帯方郡が滅ぶと、漢人達が徐々に南下してきて半島南部や日本側に渡っ
て、その文化を授けたのである。
代表例が、日本に漢文を大系的に伝授した漢人の王仁博士で、同じ時代に百済も漢人に漢文を
教授されているのだ。

223 :出土地不明:2007/12/31(月) 21:37:01 ID:DORidPEs
やっぱり タガーマ州ハラン?


224 :出土地不明:2008/01/01(火) 22:19:04 ID:sTLUyUso
台湾人を叩く奴は全部チョン
悪い事は全部チョンのせい
李登輝を日本の総理大臣にしよう
日本人は台湾人が大好き
日本人は台湾が好き!朝鮮嫌い!
日本に来る台湾人歓迎!朝鮮人出て行け!
台湾人はマジでかわいい
ヴィック・チョウは日本女性に大人気
日本人種は在日チョン用語



金美齢は絶世の美女




225 :出土地不明:2008/01/02(水) 00:51:19 ID:+AzB2az6
北朝鮮、白山などの可能性もある。庶民は何も知らないだろうが、朝鮮半島右大部分がツクヨミ領、左大部分がアマテラス領、中下(韓半島南、つまり百済方面と日本)がスサノオ領。
アマテラスの子らがスサノオの養子になり、スサノオの子らはアマテラスの養子となり、国を交換した。北鮮と日本が中が悪いのは身内の喧嘩みたいなもの、仲直りできるはずです。

226 :出土地不明:2008/01/02(水) 08:47:00 ID:VNrYbpn3
日韓併合は言って見れば「王の帰還」であり正当な支配であった
史上最悪の植民地支配などと叫ぶ愚民どもは粛清すべき

227 :出土地不明:2008/01/03(木) 15:03:11 ID:6w66zB8z
■第25代=武烈天皇についての間違ったイメージを正す

 実は、武烈天皇が暴君であったという説は、日本書紀編纂者グループによる創作である。つまり、捏造である。
日本書紀の編纂者たちは、武烈天皇の時代の歴史が、2倍年暦(半年を1年間と数える古代の暦法。したがって、通常暦の1年が2年になる)で
記録されていることを知らなかった。
 そのため、武烈天皇は18歳で崩御したとか、武烈天皇は暴虐行為を行った天皇であったとか、間違ったことを記しているのだ。
武烈天皇が亡くなった年齢は18歳ではない。実際はその半分、9歳であった。したがって、武烈天皇に日嗣(皇太子)がいなかったのは当然なのだ。
 また、上記の「妊婦の腹を割いて胎児を見た」だの、「人の生爪を剥して山芋を掘らせた」だの、「女を馬とつるませた」だのといった話は、全て捏造である。
9歳未満の子供がそのような行為をするわけがないではないか。
 武烈天皇は、9歳で生涯を終えた『悲劇の天皇』なのである。『武烈』という諡号も、この天皇には相応しくないのである。
小泊瀬稚鷦鷯天皇(をはつせのわかさざきのすめらみこと[武烈天皇の本名])に諡号を贈るとすれば、幼哀天皇とするのが適切である。

 小泊瀬稚鷦鷯天皇の名誉のためにも、ここで暴君説を否定しておく。





228 :出土地不明:2008/01/08(火) 03:53:29 ID:+98yIGSQ
壬申の乱にヒントがありそうー

229 :出土地不明:2008/01/08(火) 21:05:35 ID:WJR3S69C
>>227
歴史書には、正史と偽史があるという事では。
日本書紀編纂者は、なぜこんな事書いたと思います?重要では。


230 :出土地不明:2008/01/09(水) 03:04:21 ID:04/tw77v
>>229
要は、皇統が一度別系統になったが、万世一系の建前上表立って書けない。
しかし、継体天皇は、その諡が示す様に、嗣でなく継であり、別系統の武烈天皇とは
血統が違い、こちらが正統ですよ、と言いたいわけだ。



231 :出土地不明:2008/01/09(水) 03:33:54 ID:VMzCQOhT
パチンコで金欠⇒サラ金⇒破滅的な人生(良い事なんて何も無い)
得するのはパチンコとサラ金を経営している在日朝鮮人だけ。
既に韓国ではパチンコは法律で禁止されているのです。
在日朝鮮人に甘い汁を吸われ続けるのはもうたくさんだ!!
http://www.a
syura2.com/07/asia9/msg/548.html
上と下をつなげてください

232 :出土地不明:2008/01/09(水) 08:34:03 ID:cX+yqT1P
>>230
日本書紀の時点では、その辺りの事情がきちんと伝えられていたが、その後抹消されたという事か?

233 :出土地不明:2008/01/09(水) 11:44:31 ID:TolJ9svw
>>225 あまてる領たかま高原http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E9%A0%AD%E5%B1%B1(旧日本領)

234 :出土地不明:2008/01/10(木) 23:42:18 ID:xiL1u+St
未来の観光名所。行ってみたいな

235 :出土地不明:2008/01/11(金) 03:33:26 ID:lB/2UEZx
>>232
あくまで推測だけど、天武天皇の一派が編纂に関わっている事が関係すると思う。

天武天皇は一応天智天皇の弟とされているが、年齢が天智天皇よりも上の可能性があり、
本当は兄弟ではなく、まったく別の系統という見方がある。
井沢元彦は新羅の王族かなんかと皇極天皇が出来ちゃって産んじゃった子供じゃないかって
言ってるな。
天武天皇としては天智天皇の駄目っぷりをヒケラカし、私が倒して新たな王朝を作ったと言いたい
ところだけど、当時の状況としては、
「アマテラスの子孫が日本を統治する」という大前提は何よりも重いので、歯に物が挟まった様な
書き方になっている、と。暗喩はそこかしこに見られるそうな。詳しくは知らんが。

で、継体天皇だけど、応神天皇事態、書記編纂時に既に神話化してたんじゃないかな。
本当はそんなのいなかったんじゃねーの?と誰もが思ってるところに
「応神天皇の5代孫」の継体天皇が出てくるってのが激しくクサいわけよ。

つまり、
天武天皇の本音「実はさ、過去にも王朝交代してんだぜ。オレだってそうだ」
建前「万世一系は守られておりますよ」
ま、確かめる術は無いな。天皇陵の調査がせめて出来りゃなぁ・・・。


236 :出土地不明:2008/01/12(土) 18:39:59 ID:y9XtWl/7
                                                 
 古代の半島東南部に、志羅紀(シラキ)という倭人国が存在した。天日矛の祖国・シラキの国号の意味が、
ついに明らかになった。
 シラキとは、知城(知らす城)の意味である。つまり、「首都」という意味の言葉である。
シラキとは金城(現在の慶州)の古名なのである。金城とその周辺地方をシラキと呼んでいた。
 なんと、1世紀頃まで、つまり漢朝の時代まで、シラキは半島南部の全域を支配していたらしい。
紀元前1世紀の半島にあった漢朝の地方領、真番郡・臨屯郡の南方に位置した韓(カラ)という国。
 実は、この韓(カラ)こそが、神武天皇の皇兄=稲飯命によって建てられた志羅紀(シラキ)なのである。
 日本海側から東シナ海側に至るまで、4世紀以降からミマナ・クタラと呼ばれるようになる地域まで、
シラキ領土だったのだ。
 大和朝廷が半島南部を支配するために置いてた官庁・任那日本府は、3世紀頃までは金城(シラキの都)に
置かれていたのである。

 興味深いのは、漢朝が半島に四郡を置いて支配していた紀元前1世紀の時代においても、
漢朝は韓(カラ=シラキ)を漢領土に組み込むことなく、その独立を認めていたことである。
 この事実は、紀元前1世紀の時代に、すでに倭人と半島漢人の間には友好的関係が確立されていたことを
暗示している。





237 :出土地不明:2008/01/13(日) 01:49:00 ID:IPUNE+2u
>>230
よく「万世一系」の建前の為に系図を捏造して正統化したって主張を目にするけど、なんで「万世一系」を建前にしなきゃならないのかがイマイチ納得出来んのよ

王朝交代を正当化する理屈なら、中国(革命思想)を参考にすればいいわけだからね

武烈の悪行話しが中国の暴君のエピソードをパクったもんだというのは以前から指摘されてるが、つまり書紀編者は中国の史書に通じていた証であり、中国風の王朝交代正当化の論理を熟知してたはず

もし、前王朝と血縁の無い者が新王朝を建てた場合、はたして無理矢理に前王朝との血縁を捏造して創った「万世一系」イデオロギーで新王朝の正当化が出来るのか?という疑問がある

史書で自己に都合のいい「歴史」を創って後世の人間を騙す前に、同時代の多数の人間を騙すのが先であり、前王朝の系図と無理矢理繋げたりして、はたして同時代の人々を騙せたのか?

こんなことするより「天に替わって、暴虐・暗愚の王を倒して国家と民を安じた」と開き直ったほうが全然ましに思えるんだよ

実際、日本以外の国はだいたいこのパターンだし

238 :出土地不明:2008/01/13(日) 03:54:57 ID:TV8FLYXD
>>237
確かにそこが一番不思議なところだ。

そこを説明するのに、井沢は「怨霊信仰」がその当時からあった、という推論を立ててる。
「祟りが怖い」というのは日本人の通奏低音みたいなもんで、大昔からあった、と。

皇統が絶たれると歴代の天皇が祟る、というのはそれはそれで当時の一般的な常識だった
ってのは一応の説得力があると思うよ。史料も何も無いから証明は無理だけどね。



239 :出土地不明:2008/01/13(日) 10:12:22 ID:PwV4Ecoe
>>238
面白いけど、本当に崇りが怖いなら藤原氏や歴代武家政権のように傀儡化すれば良いだけの事だからなあ
自分で断ってしまった以上、歴史書だけ辻褄合わせをする意味があるとは思えないが

240 :出土地不明:2008/01/13(日) 13:24:54 ID:TV8FLYXD
>>239
だからおそらく、辻褄合わせが行われるのは、新政権になって何か悪い事(天災でも疫病でも)が
起こった場合だろうね。
継体天皇は即位してから大倭に都を置くまで20年かかってる。何らかの事情があったのだろうよ。



241 :出土地不明:2008/01/13(日) 16:59:58 ID:IPUNE+2u
>>240
それもちょっと根拠が弱いよね

井沢説によれば、聖徳太子以前の怨霊信仰は子孫断絶により怨霊が発生するといってる
これに対する対策として、周が殷の子孫を宋に封じて祭祀させたような方法があるが、継体もこの方法を採ればいいだけのはなし

それに皇統断絶を主張する人は、継体だけでなく応神も疑うが、百数十年前に一度断絶していたなら天皇(大王)家の血筋の断絶による祟りをそれほど畏れるとは思えない

皇統断絶による祟りを畏れるようになるには、少なくとも数百年以上続かなければ簒奪者を躊躇させるだけの力にはならないと思う

それが古代の早い段階で王朝が代わっていたならば、早い段階で王朝を滅ぼす抵抗感が薄れ、もっと頻繁に簒奪が行われるようになったはずだと思う


242 :siraki:2008/01/13(日) 17:09:12 ID:zXSrDbcM
高天原=任那加羅

完璧にまったく同じな意味

http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&nid=1928654

http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=98878


243 :出土地不明:2008/01/13(日) 19:02:52 ID:TV8FLYXD
>>241
そりゃそうだなぁ。
何か画期的な史料でも出て来ないと何がどうなったのか分からんところだ。

確かに藤原家が王権を奪っても何の不思議も無いわけだし。
井沢説だと、「永遠のNo.2に価値を見出す家訓」とか言う事のようだが、
これも根拠が薄い。

いずれにせよ、書記には改変が多々有り、その当時の事情を探るには何故改変されたかを
知る必要があるけど、そこが一番難しいんだよな。

天武の子、舎人親王が作った書記を天智の子にして天武の嫁である持統with藤原不比等が
どこをどう改変したのか。あるいは変えてないのか。変えたならそれは何故なのか??


244 :出土地不明:2008/01/13(日) 20:41:05 ID:OlqH73mZ
>>242
プレゼントです。

■シラキとは『知らす城』のこと

 古代の半島東南部に、志羅紀(シラキ)という倭人国が存在した。天日矛の祖国・シラキの国号の意味が、
ついに明らかになった。
 シラキとは、『知らす城』の意味である。つまり、「首都」という意味の言葉なのである。
シラキとは金城(現在の慶州)の別名であった。古代日本人は、金城とその周辺地方をシラキと呼んでいたのだ。
 なんと、1世紀頃まで、つまり漢朝の時代まで、シラキは半島南部の全域を支配していたらしい。
紀元前1世紀の半島にあった漢朝の地方領である真番郡・臨屯郡の南方に位置した韓(カラ)という国。
実は、この韓(カラ)こそが、神武天皇の皇兄=稲飯命によって建てられた志羅紀(シラキ)なのである。
 日本海側から東シナ海側に至るまで、4世紀以降からミマナ・クタラと呼ばれるようになる地域まで、
シラキ領土だったのだ。
 大和朝廷が半島南部を支配するために置いていた官庁・任那日本府は、3世紀頃までは金城(シラキの都)に
置かれていたのである。
 しかし、3世紀頃から、北方の太白山脈からワイ族(朝鮮人の先祖)という異民族が志羅紀領の北部に
侵入するようになり、やがて志羅紀はワイ族に乗っ取られた。こうしてワイ族国・新羅が誕生したのである。
 神功皇后の『新羅征伐』は、ワイ族に奪われた日本領土・シラキを取り返すための軍事行動だったのだ。
けして侵略ではなかったのだ。




245 :出土地不明:2008/01/20(日) 00:18:07 ID:QoFKMMmO
高天原があったのは
奈良県御所市高天。

ここから、九州南部の高千穂に
ニニギが派遣された。

つまり、大和国王の総本家は
熱田神宮の尾張氏。

246 :出土地不明:2008/01/27(日) 03:32:11 ID:rMATDjcn
ちょっとお節介します。
うえのレスにもいくつか出てきたが、古代朝鮮語など誰も知らないのだよ。
若干の単語とか地名でも推測の域を出ない。つまり資料が存在しないのだ。

朝鮮語は1443年の訓民正音つまりハングル文字が出来るまで、
どのような発音か文法かはまったく不明なのだ。
なぜなら朝鮮最古の文献三国史記もすべて漢文だから、朝鮮語は出てこない。

極論すれば高句麗や新羅の言語も日本やシナの資料から推測はできるが、
発音、文法は不明であり、よって古代朝鮮語そのものがあったかどうかも不明。

247 :出土地不明:2008/01/27(日) 14:15:32 ID:j/nvUfIf
朱蒙みたいなのは想像から来たフィクションなんだ

248 :出土地不明:2008/02/13(水) 00:00:39 ID:j/2ZVhgT

ジョー・マクモニーグルが邪馬台国と卑弥呼を透視!!
http://www.gakken.co.jp/mu/mumagazine.html

ついに明らかになる邪馬台国論争の真実。
超能力捜査官ジョー・マクモニーグルが透視。

卑弥呼は雲南省昆明からベトナム、台湾を経由して沖縄からやって来て
西日本から朝鮮半島南部までを治めた海洋民の出自。
卑弥呼のサイキック能力を畏怖した他の首長達から乞われて、連合国家の王として祀り上げられる。
卑弥呼は奈良県鳥見山に於いて、自分の部族と他の部族達を統治した。
山口県の安徳天皇陵(前方後円墳)が卑弥呼の墳墓。
大和の箸墓古墳が作られたのは、それよりもさらに過去(卑弥呼の時代よりも)に遡る。

「ムー」2008年3月号より抜粋

249 :出土地不明:2008/02/13(水) 18:39:54 ID:ytUcnLMN
最新 12.8 http://video.google.com/videoplay?docid=6122301316446344460&hl=en

250 :出土地不明:2008/02/13(水) 21:08:20 ID:YnsOsp77
>>248
朝鮮マンセーの奴らが火病を悪化させそうな説だね

251 :出土地不明:2008/02/13(水) 23:18:32 ID:LsNPikMB
>>250
あくまで、透視の結果だから眉唾半分で考えるにしても、

夏は祀り上げられて即位した畿内で連合国家北部(畿内から中部の岐阜・諏訪=糸魚川構造線のあたりまで)
の指揮を執り、冬は出身地の長門で南部(山口・九州等)の指揮を執っていたとは・・・
中々、「九州説」と「畿内説」の決着が付かんかったわけだな。 >邪馬台国論争。

夏と冬とで居住地が違うって、まるで諏訪の神様みたいだな・・・

朝鮮半島南部も出身部族の版図の一部だったようだし、後の大和王権の半島南部の支配権云々も説明が付くし、
それに高天原って、特定の一ヶ所に限定されんのね・・・(雲南→南越→台湾北部→琉球→九州)

透視結果のイラストって、もろ彫りの深い沖縄系の二重瞼の美人だったよ・・・
(少なくとも北方系の一重のつり目で彫りの浅い骨格ではなく)

装束もなんか雲南の少数民族の伝統衣装みたいだったし、
戦闘の際は裾をたくし上げ、弓矢を持って戦いに臨んで指揮を執ったって・・・
まるで、天照大御神の原型(vsスサノオ戦)とも言える様な御姿ですね・・・ >卑弥呼

252 :出土地不明:2008/02/14(木) 00:31:23 ID:tPsFBscK
遠隔透視力をメインとする能力者に1000年以上も前の過去視を
期待するのも馬鹿馬鹿しいが、

3C頃の雲南から卑弥呼みたいな高尚な人物が渡来してきたら
まず雲南の炊飯器だった釜や竈、青銅の貯貝器や銅鼓や
様々な器形の中国玉器くらい伝わるだろうにw

253 :出土地不明:2008/02/14(木) 00:43:28 ID:n454gzyY
>3C頃の雲南から卑弥呼みたいな高尚な人物が渡来してきたら

別に、「3C頃の雲南」から卑弥呼本人が渡来したわけではないのだが・・・
それより以前の先祖がもっと昔に出発したのが雲南だったらしいというだけ。
卑弥呼は高尚だったかもしれんが、南越→台湾→琉球弧→九州の過程で
途中でボートピ−プル化して劣化してるかもね・・・ >先祖
(つか台湾やら琉球で銅が採れるのか?)

254 :出土地不明:2008/02/14(木) 00:51:04 ID:n454gzyY
>3C頃の雲南から卑弥呼みたいな高尚な人物が渡来してきたら

>>251で、卑弥呼の出身地は山口県の長門あたりらしい(byマクモニーグル)
ってちゃんと書いてるのに・・・

255 :出土地不明:2008/02/14(木) 10:27:03 ID:Bj79YNwK
で、その祖先がいつ雲南から来たの?w

256 :まあ眉唾半分だけどね・・・:2008/02/14(木) 20:38:03 ID:n454gzyY
沖縄から渡ってきたのが卑弥呼より、8〜9世代前の先祖らしい。
いつ雲南あたりを出発したのかは、立ち読みしただけなのではっきりと覚えてないけど・・・
たしか雲南がBC4〜5世紀ぐらいだったかと、台湾にいたのがBC2世紀くらいだったかな?
はっきり覚えてなくてスマン・・・

257 :出土地不明:2008/02/18(月) 19:48:45 ID:PGsZ+Quw
日本人の祖先はアイルランド出身だよ。


258 :出土地不明:2008/02/20(水) 18:20:01 ID:En9PchTZ

【生物】日本猫は、遺伝的にはアジアや中東の猫より欧州の猫に近い
http://www.doronekoia.jp/2008/02/702.html

これは???

259 :出土地不明:2008/02/21(木) 09:15:31 ID:/aZTd3n6
台湾人犯罪が発覚しないカラクリ


2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。
2. 「中国」は、台湾を含む。

警察庁ホームページ(平成15年度)
ttp://www.npa.go.jp/toukei/keiji19/H15_27.pdf

260 :出土地不明:2008/02/22(金) 15:44:30 ID:EN5Uq10w
>>258
江戸時代にオランダ人が輸入したんだろ。

261 :出土地不明:2008/02/23(土) 01:35:59 ID:DjpmTeLM
>1

高天原の所在地は天界です。空の上。神話にナニを求めているのですか?

262 :出土地不明:2008/03/01(土) 00:37:07 ID:48XBHHdH
>>237
> >>230
> よく「万世一系」の建前の為に系図を捏造して正統化したって主張を目にするけど、なんで「万世一系」を建前にしなきゃならないのかがイマイチ納得出来んのよ

俺はヤコブアブラハムの宗教にのっとっているためだと思うよ。

263 :出土地不明:2008/03/01(土) 01:25:41 ID:6Zqv9NGj
ネット右翼ってみんな病気だな

264 :siraki:2008/03/01(土) 10:01:46 ID:OIw1XZCL
高天原 朝鮮!!!
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=100212&st=writer_id&sw=siraki

265 :siragi:2008/03/04(火) 17:30:13 ID:g+gYBpvH
韓国の正史である三国史記「新羅は日本人が作った」「新羅王は日本人」
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=100213&st=writer_id&sw=siraki

266 :出土地不明:2008/03/04(火) 18:08:54 ID:rU7OLjCy
さくらって「さ」は山の神「くら」は神が鎮座する場所って意味なんだって。
知ってた?

267 :出土地不明:2008/03/04(火) 22:40:49 ID:ovdl0Z7S
語源説

百円硬貨の表には桜がデザインされている

「サクラ」の名称の由来は、一説に「咲く」に複数を意味する「ら」を加えたものとされ、元来は花の密生する植物全体を指したと言われている。
また他説として、春に里にやってくる稲(サ