置塩信雄
- 1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 10:51:42 ID:EycmT6gG
- この人は○経最強の学者らしいが、経済学の発展としてこの人の業績について知りたい。
何故か近経の論文でも彼の著書の引用があるし、謎の多い人なんだけど。
- 316 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 20:14:42 ID:qn1zQDp2
- >>283
ふつう専門外が、立命とか雑誌の経済とか知らないと思うがw。
それに置塩の薄い本って、数列レベルでしか書いてないぞ。
一般定理との同型性まで言うんなら、置塩が行列使って一般化してある本まで読まんと
分らんはずだがな
- 317 :Jimmy:2006/08/28(月) 20:18:45 ID:WMzfJFCz
- >>315
あんた言葉の遊びしているの?
労働非搾取=利潤ゼロでしょうが(源泉論とは無関係。一般定理の帰結)
それでパレート最適?まぁいいや。
資本蓄積のない資本主義だよね。
- 318 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 20:37:33 ID:29xiqBmK
- >>371
横レスだけど、>>315は公理として採用したら、不可能性しか導けないかもって言ってるじゃん。
それとも○系では、>>315の公理を採用したメカニズムの可能性はすでにやられちゃってるのかな。
- 319 :Jimmy:2006/08/28(月) 20:42:18 ID:WMzfJFCz
- >>318
すぐ○かXXかとか言うが、ばかばかしい空論はやめなさいっていってるだけでしょ。
どうしてこうもイデオロギー的なのか。
- 320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 20:51:14 ID:29xiqBmK
- >>319
なに切れてるのかよくわからんけど、メカニズムデザインって
axiomaticなアプローチするじゃん?
- 321 :Jimmy:2006/08/28(月) 20:52:30 ID:WMzfJFCz
- >>320
お好きにどうぞ。
- 322 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 20:55:18 ID:jC89e2n5
- Jimmyジジイは、コテツハン憎しでますます狭量になってるんだよ。
ジジイって、どんどん世界が狭くなってくからw
- 323 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 20:58:53 ID:vUja7cM0
- >>315
横レスだが,少なくとも静学モデルでは比例解が全部満たすと
確認できる。『分配的正義の理論』とか見てみ。
>>317
労働非搾取=利潤ゼロとは限らんよw
- 324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 21:04:07 ID:29xiqBmK
- >>321
いや、俺もaxiomaticなアプローチは嫌いなんだけどね、あれは相当
好き嫌い分かれると思うよ。ただ>>315みたいなアプローチは存在するし、
少なくとも、ジミーが思ってるほどひどくはないと思うよ。公理の要請を
ちゃんとやるってところがミソなんだけど。公理として最初に要請されたら
価値判断しやすいだろ。
○系はそれがあいまいっぽいから拒絶しておくほうが安全なんだろうね。
>>322
小鉄は論外だったね。あれが研究者なのかと思ったらゾッとしたが、
どうも素人の政治かぶれのプロ市民系らしいので安心した。
あれじゃ、まともに議論できないよ。
- 325 :Jimmy:2006/08/28(月) 21:33:24 ID:WMzfJFCz
- >>323
>労働非搾取=利潤ゼロとは限らんよw
置塩モデルあるいは「一般搾取定理」モデルでそういえるんでしょうか?
教えていただきたい。
異なるモデルあるいは異なる「搾取」の定義されているのならそれを明示すべきでしょう。
- 326 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 21:43:49 ID:vUja7cM0
- >>325
それは貴方が置塩モデルあるいは「一般搾取定理」モデルをどう定義
しているかによるな。
三土修平『経済学史』とか,読んでみたらいかが?
- 327 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 21:49:50 ID:S+RGObz+
- >>325
ジミーか?
- 328 :Jimmy:2006/08/28(月) 21:52:15 ID:WMzfJFCz
- >>328
いくつも定義があるんでしょうか?
>>325の私の質問に簡単に答えていただきたい。
あなたの依拠する置塩モデルとはなんなのか。
- 329 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 21:53:06 ID:aLVjm141
- で、結局、○と新古典派ってどっちが優れているの?
- 330 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/08/28(月) 21:54:47 ID:yjJewvZm
- ツーか俺はよくわからないけど小鉄ハンは労働に主体性を持つ
とか逝ってるのが間違いなんですよ。機械や組織に振り回され
て主体性なんかできっこない。だから労働は苦しいわけで、
その主体性をどう取り戻すのかが問題ですよ。
- 331 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 22:00:47 ID:S+RGObz+
- >>328
熱くなんなよ、ジジイ、じゃなかったジミー。
- 332 :Jimmy:2006/08/28(月) 22:09:02 ID:WMzfJFCz
- あらら自分のカキコにアンカー付けてるわ。orz
- 333 :315:2006/08/28(月) 22:18:56 ID:E0MLKwua
- >>317
必ずしも競争市場を前提にしていませんので、置塩定理を前提としません。
まずは、競争市場を含むがそれとは限らない、あらゆる資源配分ルールの
集合を考えるんです。
例えばcomplete autarchy(各人が完全自給自足)は労働非搾取の要請を
満たしますが、明らかにパレート効率的ではありませんね。
競争市場解(置塩のそれはアローデブリュー的なそれとは異なるが)が
一定の技術のもとで労働力非搾取の要請を満たさないことは、
置塩の定理により従う。
でも両者を満たす解が存在するかもしれない(し、存在しないかもしれない)
- 334 :315:2006/08/28(月) 22:28:39 ID:E0MLKwua
- >>223
>横レスだが,少なくとも静学モデルでは比例解が全部満たすと
>確認できる。『分配的正義の理論』とか見てみ。
Thanks. 今度読んでみます
- 335 :Jimmy:2006/08/28(月) 22:40:22 ID:WMzfJFCz
- >>333
ああなるほど貴方は、別のモデルの可能性を探りたいと言うことですね。
確かに存在するかもしれないし、しないかもしれませんね。
こうした方向の探求の意味がどこにあるのか私には、量りかねますが、
一概に否定されるべきものでもないでしょう。
失礼しました。
- 336 :かつて○だった男:2006/08/28(月) 22:41:40 ID:3LToHuJR
- お、スレの流れが大分変わったな。随分よくなったじゃないかw.
>>333
要するに、あれだな、望ましい理想の資源配分メカニズムは存在するか?
するとしたらどんなメカニズムなのか?
っていうアプローチだな。
まず一つの経済モデルを立てる。
その経済での資源配分ルールを考える。
これはいろんなルールがあるだろうな。
>まずは、競争市場を含むがそれとは限らない、あらゆる資源配分ルールの
集合を考えるんです。
そう、そういうルールを全て集めるんだ。
その中には競争市場で配分するルールとか、計画経済でやるルールとか、無数のルールがあるはずだ。
その中でどのルールが望ましいかを考える。
望ましさは公理によって表現するのだ。
例えば
公理NE(Non exploitation)
労働者に対する搾取は存在してはならない。
(搾取を明確定義する必要があるが)
公理PO(Pareto optimality)
パレート最適を達成しなくてはならない
公理KH(Kuroshiro Happiness)
くろしろーがハッピーになるべきだ
さて、ではこれら全てを満たすルールはあるのか?
定理
以上三つの公理を満足する資源配分ルールは存在しない。
あるとすればそれは異次元にある。
こんな感じだよw.
- 337 :283:2006/08/28(月) 22:43:49 ID:v5ei6qBd
- 置き塩の定理って、競争社会を前提にしてるの?
つか、社会主義社会で、資本と労働を使う場合でも、
おき塩モデルはそのまんま使えるよ?
- 338 :315:2006/08/28(月) 22:55:28 ID:E0MLKwua
- >>337
たしかに、私的所有による競争市場経済を前提とせずとも、
パレート効率性を課す限り、それはなんらかの利潤最大化を通すことに
なるから(支持価格定理の議論により)、一般的に搾取は避けられないでしょう。
でも例えば、``全員が全員を等しく搾取しあうのはまあOK''という具合に
要請を緩和すれば、まだ可能性はあると思います。
- 339 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/08/29(火) 19:48:22 ID:+A7PXRKz
- :+A7PXRKz
*日本の政党について
■ハイこんにちは。暑いねえ。w
今日は政党について話しますか。
■まずですね。いれたい政党って
ありますか? 僕はありません。投票の
ときはいっつも「オナニーには愛想がつ
きる」
とか書いて投票しています
続きはここです。
http://d.hatena.ne.jp/kurosiro1/
- 340 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 00:58:13 ID:ep7AUWFm
- 異次元経済学のくろしろーさんは、有限な閉じた経済空間を扱わんほうがいいおー
スラッファなぞどう?
とういうわけで、みんな消えたので、あげておきしおー
- 341 :くろしろー:2006/08/30(水) 08:35:33 ID:KBpbYm6P
- 異次元と無限とはちがうのだ。まだまだだなフッフッフ
- 342 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/08/30(水) 21:17:29 ID:+DfMyDf0
- http://d.hatena.ne.jp/kurosiro1/
■恋と革命
■今日はこれで行きますか。
そもそも恋は生殖前の興奮状態なのでしょうが、
さまざまな動物に比べて一年中興奮しっぱなし
なのは人間ぐらいだといいます。
だから人はこんなに増えたんですね。
■さて恋は経済と並ぶ人類再生産の要です。
しかし、恋じゃなくても都合で結婚するのが、
大正より前にあったのですね。それを動機付ける
富国強兵、つまりは近代の輝きがあったからそう
できたのでしょう。
■それが今日では恋のシステムを基盤をするよ
うになった。しかし時代は不透明です。
- 343 :なんだろね:2006/08/31(木) 16:25:17 ID:QebhmcS3
- お久しぶりでございます。基本定理については以下のような説明で充分だと思います。
あの社長の馬鹿息子が乗ってるBMW、誰のおかげであの馬鹿が乗り回すことができると
思う。そうだ。俺たちの汗水のおかげだ。俺たちの汗水は奴らにかっぱられているんだ。
あんたも、マルクスってオッサンがそういうのを「搾取」と呼んだのは知ってるだろう。
それを日本の置塩さんっていう偉い先生が難しい数学を使って証明したんだ。この証明は
マルクス嫌いの先生方もこの証明の正しさには脱帽しているそうだ。
まあ、アジには科学的に正しいかどうかは関係ないわけで、人を動かす力があれば、それ
でいいんじゃないですか。「基本定理」もまあ役に立つことはあるようで・・・。
といっても、いまどきの若い労働者がこんな話で立ち上がるとは思わないですけどね。
- 344 :松尾匡降臨:2006/08/31(木) 18:10:35 ID:eRmyRGSh
- 一般的商品搾取定理について書きました。
ttp://www.std.mii.kurume-u.ac.jp/〜tadasu/yougo_fmt3.html
ではごきげんよう。
- 345 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/31(木) 19:23:11 ID:AoKS961I
- >>338
うーん
置き塩の定理は単純な産業連関表しか仮定してないから、
競争市場も、パレート最適も、全部関係なく成り立つと思うけどね。
>>343
だから、なんでそんな解釈になるんだよ。おれたちの汗水が「かっぱらわれる」ってなんだよ?
置き塩の定理が証明しているのは、労働の寄与する生産物の一部が、労働者に回らないのは、
資本の消耗と補填に当てられているから、ってことだろうが?
で、そのことは本質的に、資本の寄与する生産物の一部が、労働に当てられていることとまったく変わらない。
なんだろうの解釈は、明白に間違いまちがい。
- 346 :Jimmy:2006/08/31(木) 20:22:32 ID:gtjbMFtD
- >>344
労働力再生産費用を控除した「純生産可能性」を考えろってことですか?
済みません数式追っかける気力がないので。
- 347 :283:2006/08/31(木) 21:01:39 ID:xJUsWrDG
- >>344
URLを直接入れても、つながらないので、改めて探して追記を見つけた。
ようするにたとえば、
(石油、バナナ、労働)を生産要素とする経済で、経済が存続する条件は
石油が寄与した生産物>石油産出に必要な生産物
だけでなく、別個労働の搾取が必要である、ということが言いたいようですが、
(石油、バナナ、労働)を生産要素とする経済で、経済が存続する条件は
石油が寄与した生産物>石油に当てられる生産物だけでなく、
別個
ばななが寄与した生産物>バナナに必要な生産物
も必要なので、労働を特別視する理由にはならんと思う。
- 348 :小鉄ハン:2006/08/31(木) 21:20:02 ID:wVtP0+Sf
- >>344
ホントに松尾さん?
前に来たということは、聞いたことがあるけど。>>344であげたURL、繋がらないんでHPから入りました。
主張点のエッセンスは
労働の搾取に比べて、バナナの搾取は
>通常の純生産可能条件の一部である
というより、でしかない。
>この条件は労働の搾取よりも緩い。しかし何らかの社会的な分配条件には違いない。
補足として、石油採掘から利潤が出る例については
>一般的商品搾取定理は、よく「石油1リットル掘り出すのに直接間接に1リットル以上石油が必要ならば利潤が出ない」
>というふうに説明される。
>この説明自体は間違いではないのだが、この場合の「間接」には、労働を経由したものも含まれることに注意されたい。
>石油1リットル掘り出すのに直接間接に必要な石油が1リットルに満たないということが、
>技術的な条件として言われていること(1−van>0)ならば、
>利潤が正になるためには別途労働の搾取(1−tb>0)が必要なのである。
ということでしょうか。置塩センセに対する批判の連発に頭きたようですが、
実名で「降臨」しない方がよいかと。2ちゃんだからね、ここは。
- 349 :315:2006/08/31(木) 22:13:23 ID:NQE1l47V
- >>345
普段産業連関モデルで働いてないから外してるかもしれないけど、
それって生産が完全補完的ってことだから、
あらかじめ生産側の効率性(消費者側は置くとしても)は仮定している、
ってことでしょうか。
で、シャドープライスは不定(というか定める必要がない)という理解で
いいのかな?
技術の設定によって、効率性概念の一部がimplicitlyに仮定されてる、
というのが私の理解です
とすれば、競争市場ともパレート効率性とも関係無しに(上に述べた留保つきで)
置塩の定理は成り立つ、と。
- 350 :283:2006/08/31(木) 22:43:14 ID:xJUsWrDG
- >>349
たしかに、マルクスも沖塩も、生産財、消費財は与えられた一定の比でおのずから、
過不足なく、分配され再投下されるようになってるから、
そのように分配されること自体、生産の効率性を仮定してるといえなくないけどね。
でも、社会主義者もかつでは産業連関表を緻密に作ってコンピュータで解けば社会主義経済はおのずとうまくいくと思ってたから、
純理論的には、このような投入産出図式には、直接市場経済を仮定しなくてもいいんじゃないの。
- 351 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 04:40:50 ID:3sSpTfBy
- >>344
松尾ハン,こんなん公開していいんかいな?
「理論経済学の専門家」を看板にしてるんやったら,まずいんちゃうの?
松尾ハンがやってる事は,一般的商品搾取定理を定理として「強めてる」だけやん。
つまり,従来と同じ定理を今までよりもより「弱い」仮定で証明しているだけよ。
今まで,一般的商品搾取定理は純生産可能条件の仮定の下で,労働搾取と一般的商
品搾取の同値性を導いていたわけやろ。松尾ハンがやったのは純生産可能条件の仮定
をわずかだけ「弱めた」としても,労働搾取と一般的商品搾取の同値性が導ける,ちゅ
う事やん。つまり,通常,
仮定:純生産可能性(I−AのH-S条件)
結果:労働の搾取⇔正の利潤の存在⇔任意の商品の搾取
として証明されている定理を,
仮定:任意の商品nを除いた純生産可能条件(I−A_のH-S条件)
結果:労働の搾取⇔正の利潤の存在⇔商品nの搾取
でも証明できる事を示しているだけやん。これで「一般的商品搾取定
理によるマルクスの基本定理批判が成り立たない」ことを証明したな
んて言うたら,普通,理論家としてのセンスを疑われるんちゃう?
ホンマ,大丈夫かいな?
それから,マイナーな点やかもしれないけど,松尾ハンの書いている
純生産可能+労働の搾取 ⇔ 正の利潤の存在
という論理式は,厳密には正しくないわな。正しくは,
仮定:純生産可能,労働の搾取 ⇔ 正の利潤の存在
と書かないかん。松尾ハン自身は意識していないみたいやけど,
彼の説明自体がその事を証明しとるよ。大学院博士課程以上の理論家
やったら,注意深く読めば解るはずや。
- 352 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 18:43:31 ID:D+UQ95a/
- 松尾匡さまー、○の神さまが現れますた!
文字いっぱいの○テキストを読むより、松尾さまーの行列表示入りの解説のほうが分かりやすい
置塩モデルていうか再生産表って、構造的にはレオンチェフのクローズ・モデルだぉー?
基本定理に関するところを読んだ○初心者の感想
その他のページも読んで、定理の意味をよく理解するつもり
でも、肝心の労働価値説の意味がさっぱり分からないんだよねー
- 353 :Jimmy:2006/09/01(金) 23:19:02 ID:tolK2EGA
- 松尾ハン
所詮、投入産出分析の世界では生産手段も労働力も投入−産出の
量的関係に還元されているんですから、もうそこで差別はなくなっているんですよ。
かりに「一般定理」の「誤解」を訂正したところで、この基本構図が止揚されたのでも何でもな。
どうでしょう、「労働だけが搾取されている」が論証できたのでしょうか?
極めて疑問です。
それから労働者の効用関数から「搾取」が有意であるのは労働者だけであるとした、
以前の論旨はどうされたのか。あまりに恣意的な想定であることを悟られて
撤回したと・・・
- 354 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/01(金) 23:38:29 ID:2AtzHdES
- http://d.hatena.ne.jp/kurosiro1/
■松尾匡氏の一般化された商品搾取定理批判について
■置塩スレに松尾氏の一般化された商品搾取定理の
反論をリンクしていた。これについては私も疑問が
ある。確かに、数学的にその定理を証明するのはい
いことだろう。しかし、その前に気づけよというのが
私の感想だ。そもそも剰余労働が利潤の唯一の源泉
などというたわごとを盲信する人々が信じられない。
■もう2ちゃんねるで書いたが、ある印刷会社が、
機械60万+人件費20万+搾取20万=100万
(搾取率100%)という結果をえることにする。
ここで実は搾取はもう20万あったとする。
(搾取率200%)だったのである。
これが商人資本の利潤20万になる。
■これは決定的におかしい。産業資本家の目には、搾取
など眼中でなく。見るのはKという費用であり、そこから
利潤が40万出てくれれば、喜び勇んで、商品の値を
120万で売ることになるだろう。つまり商人の利潤
なんか知ったことではないのだ。商人は120円は
原価だから利潤率20%として24万を「乗っけなけ
ればいけない」企業が市場を経るたびに販売価格を原
価の上にしても誰も怒らない、それはその作業として
の社会的な役割賃である。
- 355 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/02(土) 01:03:35 ID:rg7Utynn
- 戦国時代
http://hobby8.2ch.net/sengoku/
- 356 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/02(土) 01:21:46 ID:DG51OSuk
- 労働価値説の意味もよく分かんないけど、搾取の意味も分かんないおー
「搾取」の定義とは、生産(交換)マイナス投下労働量(労働者の初期保有量)でつか?
それなら、搾取といっても、置塩のシステムに参加することで労働者の生活状態もパレート改善されてんじゃー??
搾取があるってことは、拡大再生産という勝手な前提をしての話ですがぁぁ
- 357 :351:2006/09/02(土) 01:26:07 ID:uqwMXnCh
- >>353
松尾ハンが理論経済学者である以上は,351のコメントで気づいていらっさる
はずでっしゃろが,「「一般定理」の「誤解」を訂正」してはおらのんダス。
松尾ハンが実際にやっとるのは,
定理1
仮定:商品nを除いた純生産可能条件(I−A_のH-S条件)
結果:労働の搾取⇔正の利潤の存在⇔商品nの搾取
の証明に他なりまヘン(その計算結果は彼を信用して間違いないものと想定してマス)。
それは
「利潤の存在のためのI−A+の行列式が正という条件
がdet[I−A_](1−van)(1−tb)>0に書き換えられる」
(det[I−A_]という記号は,[I−A_]の行列式という意味ダス)
の部分より明らかダス。(I−A_)のH-S条件という仮定からdet[I−A_]>0ダスから,
det[I−A_](1−van)(1−tb)>0であるためには,1−tb>0ならば1−van>0ダスし,
1−van>0ならば1−tb>0ダスから。これは(I−A_)のH-S条件という仮定の下で,
利潤が存在→「労働の搾取⇔商品nの搾取」
である事を意味するダス。この逆(←)も容易に示せるダス。
ところで,純生産可能性(I−AのH-S条件)ならば,(I−A_)のH-S条件は自動的に
満たされるダス。だから上の定理1が成り立つ以上,
定理2
仮定:純生産可能性(I−AのH-S条件)
結果:労働の搾取⇔正の利潤の存在⇔商品nの搾取
も自動的に成り立つダス。つまり,I−AのH-S条件を仮定しても,またそれを仮定せずより弱い
(I−A_)のH-S条件を仮定しても,労働は利潤の唯一の源泉にはなりまヘン,という結果になるだ
けダス。「労働だけが搾取されている」の反証がより強められただけダス。
松尾ハンはご自分が実際になさった事を十分に整理して理解する前に慌てて,「一般的商品搾取定
理によるマルクスの基本定理批判が成り立たないこと」の論証と勘違いされたのだと思うダス。松
尾ハンがまっとうな理論経済学者であるんなら,351の指摘でご自身の勘違いに気づくはずダスし,
ご自身の主張を撤回されるはずダス。逆に何の撤回もなさらん場合には,理論家としての能力を疑
われるハメになるダス。
- 358 :283:2006/09/02(土) 02:02:00 ID:1+zrBLOG
- おれも、松雄センセの論文熟読してみたが、
ようするにわれわれが日常使っている「純生産」の概念が、労働を特別視しているから、
松尾センセのように、他の生産要素も搾取されていると考えると、純生産の意味が違ってくるぞ、っていう結論になるんだと思う。
すなわち、通常の国民経済計算では
純生産=人件費+純利益 (他人資本はないものとする)
がなりたつが、ここで人件費は単純に労働者に支払われる全額が計上される(たとえば必要経費が差し引かれるわけではない)のに対し、
資本に対する利益はあくまで純利益すなわち粗利益ー資本減耗として計上されるので、
人件費と純利益は微妙に対照となっていない(すなわち純生産概念は、労働と、他の生産要素をまったく同様に扱っているわけではない)
という点から、松尾センセがいうような、バナナを労働のように扱うと純生産の意味が変わってくるぞ、見たいな理屈が生まれるんだと思う。
でもそれは、松尾さんが言うような搾取概念の正当化というより、
純生産じたいに労働を特別視する思想が入っているから、見かけ上そうなって見える過ぎないと思う。
たぶん数学的にみれば
総生産(=人件費+粗利益)のほうが筋が通った概念だろう。
- 359 :351:2006/09/02(土) 04:12:38 ID:uqwMXnCh
- >>358
松尾ハンの仰りたいことはワテも了解しとりますダス。こういうことダス。
マルクスの基本定理とは,
純生産可能(I−AのH-S条件)+労働の搾取⇔正の利潤の存在
であり,一般的商品搾取定理は,
「純生産」可能性(I−A*のH-S条件)+商品nの搾取⇔正の利潤の存在
である。正の利潤の存在を純生産可能(I−AのH-S条件)と労働の搾取の2条件に「分解」
することは意味があるが,「純生産」可能(I−A*のH-S条件)と商品nの搾取の2条件に
「分解」するのは意味が無い。なぜならば,「純生産」可能(I−A*のH-S条件)は自然な
条件とは言い難いからである。
以上が松尾ハンの商品搾取定理批判のロジックやナ。しかしこのロジックは,まず上に
書いたような定理の論理式が数学的に正しくあらヘン。正しい定理の論理式は,351でも
指摘したように,
マルクスの基本定理
仮定:純生産可能(I−AのH-S条件),
労働の搾取⇔正の利潤の存在
商品搾取定理
仮定:「純生産」可能性(I−A*のH-S条件)
商品nの搾取⇔正の利潤の存在
とまずは書かれなアカン。つまり,利潤の存在条件を純生産可能条件と労働搾取の条件
とに「分解」はできん。なぜそうなるかはエクソサイスや。
それから,上のような論理式に訂正した上で,依然として商品搾取定理の前提する仮定
(I−A*のH-S条件)はマルクスの基本定理の前提する仮定(I−AのH-S条件)と比べて,
経済学的に不自然や,だから商品搾取定理は経済学の定理として無意味や,という批判
を松尾ハンは主張できると思うとるかも知れん。しかしその種の批判が有効なのは,商
品搾取定理の前提する仮定とマルクスの基本定理の前提する仮定と同一の事がありえん,
ちゅう事を示せたときだけや。実際には,何度も繰り返すが,
仮定:純生産可能性(I−AのH-S条件)
労働の搾取⇔正の利潤の存在⇔商品nの搾取
という論理式が成立するんや。つまり,二つの定理の前提する仮定は同じになっとる。
同じ事は仮定を「純生産」可能性(I−A*のH-S条件)に置き換えても成り立つ。つまり,
仮定:「純生産」可能(I−A*のH-S条件)
労働の搾取⇔正の利潤の存在⇔商品nの搾取
も成立する。つまり,マルクスの基本定理も一般的商品搾取定理も,同じ仮定を前提
して成立している事態を示しているわけで,定理の前提条件の不自然さという見方で
の一般的商品搾取定理批判は成功していない事を意味しているわけヤ。
さあ,ここまで丁寧に説明したら,ワテの最初の松尾ハン批判の意味も解ってくる事
と思うダス。
- 360 :283:2006/09/02(土) 10:36:55 ID:76Z/DkFs
- >>359
おれは、数式は追っていない。松尾ハンの計算結果を正しいものとみなしてるw
で、なんて松雄さんの言うような、バナナ中心でみれば純生産の意味が奇妙なものとなる、
という主張が出てくるのかを考えてみた。
松尾さんの計算結果を見ると、労働中心だろうと、バナナ中心だろうと、全く同型の結果が出ており、数学的に異なるととはいえんことは確かである。
では奇妙な結果となるのか? それは結局純生産の定義から来るものだと思う。すなわち
純生産=人件費+他の生産要素の純増
である。ここで注目すべきは、人件費(=労働に当てられる生産物)とほかの生産要素の純増では、行列上の位置づけが異なることである。
本来、第2項の生産要素の純増ースに労働ベースで該当するのは、労働の純増である。
ところが労働の純増は純生産にカウントされず、かわりに人件費が全額カウントされる。
とすれば、かりにバナナ中心主義で純生産を計算するとどうなるか。
純生産=バナナ件費+他の生産要素の純増
である。このばあい、バナナに投下される生産物は全面的に純生産とみなされるいっぽう、
バナナの純増は純生産にふくまれず、かつ労働の純増は純生産にふくまれる。
よって、松尾ハンのいう「奇妙」さがでるというわけである。
ようは、純生産(よく考えてみると総生産もそうだ)概念に特定生産要素(ふつうは人間だ)中心思想があるではないかといいたいんだろう。
- 361 :283:2006/09/02(土) 11:28:47 ID:FLi7E81f
- 通常の、マルクス沖塩のモデルでは労働の純増、純減はないとみなされる。
しかし労働の純減がありうる社会では
利潤がプラス、純生産が0以上でも(しかも成長率0以上としても)、
「搾取」がない場合はありうる。
だから(一般化した)おき塩定理の前提条件としては
純生産が+であることより
全ての生産要素の純増>=0、全ての生産物は複数の生産要素を必要とする、
のほうが、適切であろう。
- 362 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/02(土) 20:17:13 ID:yNFiiz+i
- 数理自体よりも、利潤の源泉が労働だけとは信じられない。
使用価値を取り除いて抽象的労働が価値だとすると、抽象的
機械、抽象的対象物、抽象的社会、抽象的自然まで、ありう
ると思うのはいけないことだろうか?
- 363 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/02(土) 20:17:22 ID:KwQRfEAe
- 神戸大学関係者の著作に必ず名前が出るよね
- 364 :283:2006/09/02(土) 23:26:06 ID:S+pVKdz0
- なんとなく松尾ハンの主張のからくりがわかってきたよ。
つまりこういうことだ。
ホーキンスサイモンの純生産の条件すなわち各生産要素の算出−投入>=0、
っていうのと、国民経済計算上の純生産とを、意識的にか無意識的にか、混同してるんだよ。
たしかに、普通のレオンチェフ表では労働を生産要素とはしないから、
レオンチェフ表でのホーキングサイモンスの条件と、国民経済計算上の純生産の存在は一致する。
だけどマルクス沖塩の産業連関表では、労働が生産要素として入っているから、両者は一致しないんだ。
その理由は>>360に書いてあるとおりだ。
だからじっさい
生の利潤があり、純生産があるどころか成長経済であっても、労働が純減しているような経済では、
搾取がないことがありうる。
これはホーキンスサイモンの純生産条件を国民経済計算の純生産と混同して考えていると
一見置き塩の定理に対する反例のように見えるが、実はそうではない。
- 365 :351:2006/09/03(日) 00:11:28 ID:jjpXvIwa
- >>283
>ホーキンスサイモンの純生産の条件すなわち各生産要素の算出−投入>=0、
っていうのと、国民経済計算上の純生産とを、意識的にか無意識的にか、混同してるんだよ。
全然,混同ではないダスw。松尾ハンは純生産可能条件(H-S条件)と国民経済計算上の純生産と
の区別はしているダス。283ハンの言いたい事の「気持ち」はわかるダスが,経済学的には両者は
そもそも別の概念ダス。
>生の利潤があり、純生産があるどころか成長経済であっても、労働が純減しているような経済では、
搾取がないことがありうる。
「労働が純減」という意味は,283ハンの仰る事に即して経済学的に解釈すると,1−tb<0を意味する
ダス。つまり1単位労働供給のために必要な財の投下量の労働評価額が1より大きい事態ダス。これは
労働搾取が負であることを意味するダス。このときには利潤は正にならないダス。それは「マルクス
の基本定理」の証明の正しさから明らかダス。
だから283ハンの「定理」,
「生の利潤があり、純生産があるどころか成長経済であっても、労働が純減しているような経済では、
搾取がないことがありうる。」
は真ダス。なぜならば,この「定理」の前提条件である「生の利潤があり、純生産があるどころか成長経
済であっても、労働が純減しているような経済」は存在しないからダス。前提条件が偽である定理は全
て自動的に真になるダスw。だから283ハンの「定理」は,283ハンの仰るとおり,「一見置き塩の定理に
対する反例のように見えるが、実はそうではない」ダスw。だけど言うまでも無く,こんな「定理」は全く
無意味ダスw。松尾ハンの主張とも全く関係ない話ダス。
- 366 :283:2006/09/03(日) 00:40:05 ID:PDHThSVO
- >>365
労働が純減」という意味は,283ハンの仰る事に即して経済学的に解釈すると,1−tb<0を意味する
ダス。つまり1単位労働供給のために必要な財の投下量の労働評価額が1より大きい事態ダス。これは
労働搾取が負であることを意味するダス。このときには利潤は正にならないダス。
本当か?
おれが言う労働が純減とは、労働を生産要素の中に組み入れたとき、
ひとつの経済において、投下した労働量よりも、算出した労働量のほうが小さい社会をいってるんだけど。
つまり今のロシア(相変わらず人口は減っているが実質経済成長はプラス)見たいな経済を言う。
日本もまもなくそうなるw このときホーキンスサイモンの条件は満たさない。
そのような社会で果たして利潤は存在しないだろうか。
それはちょっとおかしいんじゃないの?
- 367 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/03(日) 05:27:41 ID:5t1U4fnS
- >>283
283ハンのおっしゃる「労働の増減」とは労働人口の増減の事ダスカ?それは
むしろ、「労働力の増減」と言うべきダス。労働力の増減はレオンチェフモデル
で内生的には決まらないダス。H−S条件とも全く関係ないダス。それから労働
力の増減は、マルクスの基本定理の成否には無関係な変数ダス。だから283ハンの
「定理」
>生の利潤があり、純生産があるどころか成長経済であっても、労働が純減しているような経済では、
搾取がないことがありうる。
は、「労働の純減」の意味が「労働力の純減」だったら、成立しまヘン。なぜなら、
この「定理」の言っていることはマルクスの基本定理と矛盾するからダス。
松尾ハンの「一般搾取理論」への批判は、その定理が(経済学の人間中心主義を前提
する限り)不自然な「純生産」条件を前提にしているからだ、ということダス。
それに対して283ハンの反論は、人間中心主義を当然視してるから不自然に見えるだけだ、
というロジックだす。つまり、別に人間中心主義を当然視する必要はないという含意があ
るダス。この場合、議論は人間中心主義か否かという価値観の問題になってしまうダス。
ワテ自身は、「人間中心主義」でいいじゃないか、思うダス。しかし、たとえ「人間中心主義」
を前提しても、あるいは前提しなくても、松尾ハンの批判は批判として成り立っていないダス、
って事をワテは、359で言うとるダス。ワテのこの批判では、「価値観の相違」という逃げ道は
ないダス。ワテの論証に誤りがない限り、その批判を受け入れざるを得ない、という性質のもの
ダス。だから「強い批判」なんダス。
- 368 :351:2006/09/03(日) 06:03:27 ID:5t1U4fnS
- 367はワテだす。
- 369 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/03(日) 09:36:43 ID:py/3ZOfW
- あなた方の言うH−S条件とか、レオンチェフとか、
ホーキンスサイモンとかは何の本に載っているのですか?
暇ができたら勉強したいです。
- 370 :283:2006/09/03(日) 09:59:44 ID:13l0QgOY
- >>生の利潤があり、純生産があるどころか成長経済であっても、労働が純減しているような経済では、
>搾取がないことがありうる。
>は、「労働の純減」の意味が「労働力の純減」だったら、成立しまヘン。なぜなら、
>この「定理」の言っていることはマルクスの基本定理と矛盾するからダス
あのさあ、労働でも労働力でもいいけどさあw、おき塩の定理とHS条件を結び付けるには、レオンシェフモデルに直接「労働(力)」を生産要素として、
レオンチェフモデルに放り込むしかないぜ。現に松尾もそうやっている。
お舞らもそういう思考様式に従っているから、労働を他の生産要素と同様に扱うべきか否かって議論できるんだろ?
でさあ、労働を生産要素としてモデルに放り込んだとき、労働の純減があるってことは、たとえ国民経済計算上の純生産が可能でも、すでにホーキンスサイモンの条件を満たしてないってこと。
(ここわかるよね?)HSを満たしていないモデルなんだから、マルクス沖塩の定理など成立するわけがない。
だから、おれの結論がマルクスの定理を適用すると矛盾するからありえないというのは、ナンセンスもいいとろころだぜ。
351さんさ、脳内で、利潤率20%、産出労働力が半分になってしまうモデル考えてみなよ。
産出労働力には容易に、その労働力が投下した生産物以上を受け取ることがわかるはずだ。
- 371 :351:2006/09/03(日) 13:51:46 ID:jjpXvIwa
- >>370
>でさあ、労働を生産要素としてモデルに放り込んだとき、労働の純減があるってことは、たとえ国民経済計算上の純生産が可能でも、すでにホーキンスサイモンの条件を満たしてないってこと。
(ここわかるよね?)HSを満たしていないモデルなんだから、マルクス沖塩の定理など成立するわけがない。
283ハンの考えてらっしゃる事が,どうも正確に伝わっていないかもしれないダスが,
「労働力の増減」に関わる変数は,松尾ハンのWebページでのモデルでは総労働量Lだけダス。
松尾ハンの拡大レオンチェフモデルの行列I−A+にもI−A*にもこの変数Lは入ってないダス。
H-S条件は行列I−A+にせよ行列I−A*にせよ,その任意の首座小行列式が正になることダス。
つまり変数Lの増減とH-S条件の成立とは全く関係ないダス。これがワテの
>「労働力の純減」だったら、成立しまヘン。なぜなら、
この「定理」の言っていることはマルクスの基本定理と矛盾するからダス。
の主張の根拠ダス。この説明で納得いかないのであれば,283ハンの言う
「労働の純減」とは,モデル上の変数の何れに関する事なのか,明確に定義して
欲しいダス。
- 372 :283:2006/09/03(日) 17:17:49 ID:b0HITHGj
- >283ハンの考えてらっしゃる事が,どうも正確に伝わっていないかもしれないダスが,
>「労働力の増減」に関わる変数は,松尾ハンのWebページでのモデルでは総労働量Lだけダス。
そりゃ違うだろう?だって、追記の最初の部分でn+1行、n+1列目に明確に『労働力部門』をいれて
行列A+にたいするマルクスの定理を導いてるじゃん。
そして次にn+1行、n+1列目に一般商品(鉄でもバナナでもよい)をおき、n行n列に、労働力を置き換えても、
本質的に変わらないと論じている。
いずれにせよ、松尾は明らかに労動力を直接行列の中に一般生産要素と同様に落とし込んでいることがわかる。
よってHS条件は労働力要素の純増>=0として現れてくる。
労働力が純減したときに、HS条件は満たさず、マルクスの定理も成り立たない。
- 373 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/03(日) 17:36:46 ID:WKv2q5zy
- >>369
産業連関分析入門―経済学入門シリーズ (新書)
宮沢 健一 価格: ¥ 903 (税込み)
http://www.amazon.co.jp/%7523%696d%9023%95a2%5206%6790%5165%9580%2015%7d4c%6e08%5b66%5165%9580%30b7%30ea%30fc%30ba/dp/4532108578/sr=1-2/qid=1157271851/ref=sr_1_2/503-5733553-9712764?ie=UTF8&s=books
- 374 :283:2006/09/03(日) 18:01:44 ID:b0HITHGj
- あと、松尾はんがいろいろ行列展開していろいろ論じてるけど、おれには意味不明だぜ。
351さんよ解説してくれ。
具体的にはA(n行n列)A-(n-1行n-1列)A※(n行n列)A+(n+1行n+1列)
見たいにたくさんの行列を定義して
AXとA*Xの(つづく)
- 375 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/03(日) 18:13:41 ID:3CzzP/dt
- >>374
ありがとうございます。
- 376 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/03(日) 18:14:59 ID:3CzzP/dt
- すみません>>373でした。
- 377 :283:2006/09/03(日) 18:17:19 ID:b0HITHGj
- (承前)
第1行目を差し引いて、
anXn-bLn(添え字が表記できないが理解してくれ)な式を導いてるが、
このような計算はAとA*の各行列がおなじ生産要素じゃないと意味がないぜ。
(行列のかずがあってるだけではたりない)
で、A*のn行n列は労働力部門なのだから、Aのそれもおなじであり
A=A*なのである。よって
anXn-bLn=0となる(笑)・・・@
よく考えてみるとこれは当然のことであり、実際松尾はんは@左辺第1項はn部門への投入であり、第2項は労働者への生産物の取り分(賃金)であると認めている。
当然両者は同じものである。
そうすると以下のanXnは純生産に含まれるが、bLnは含まれない云々は理解不能であり、
実際のところ松尾ハンも労働を生産要素とした場合のHN条件と国民経済計算上の純生産とを混同してるんじゃないかと疑われる。
- 378 :283:2006/09/03(日) 18:41:21 ID:b0HITHGj
- 松尾はんの論文読んでると
>>360はかな〜り好意的解釈だということがわかったよw
実際はもっと理解不能だったわw
- 379 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 02:41:24 ID:oek1/8Lc
- 産業連関分析入門(宮沢 健一)を眺めつつ、松尾匡さまーの主張を考えてみたおー
置き塩モデルはクローズドモデルだから、家計部門は中間投入の中に扱われて、行と列が一つずつ増えて計算が大変そうだったので止めにしたおー
で、入門(p204)注にあった逆行列の分割表示法を使って、スレ住民の主張どおり、バナナ投下価値も労働者と同じく対照的な形で示せると思ったおー(理論的には)
でも、バナナベースで部門取引を考えると、取引の一部に穴が空くから、特定部門においては活動停止するケースも出てくるおー
だから、バナナ投下価値で考えると、産業全体では労働投下価値よりも小さくなると思うおー(実証的・計数的には)
つまり、生産手段としてバナナは労働ほど汎用性がないということだおー
そういう意味では、土地投下価値とか、エネルギー投下価値のほうが例としていいかもでつー
ここは、どなたかエロい人にバナナを含む仮設IO表を作っていただき、労働ベースとバナナベースの実数比較をしていただきたいにょ
あー、○経における労働価値説の意味がさっぱり分からないのに、産業連関の動学モデルの項に気もそぞろ状態、、、
もう寝る
- 380 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 22:35:26 ID:oek1/8Lc
- 置き塩モデルでいうところの「搾取」とは、資本主義システムに参加することへのショバ代(税金?)みたいなもんだろーw
ここのスレに書き込むことに「搾取」はないがーw
- 381 :Jimmy:2006/09/04(月) 23:15:42 ID:q1uV43KI
- ハーゲンダッツ クッキー&クリームで一杯やってます。
さてとワタスご愛用の小麦経済で労働価値説と小麦価値説ヲバほろ酔い加減で
やらかします。
小麦100Kgを期初に播いて1年間の農業労働の結果200Kgの
収穫ありました、と。
この一年間の農業労働の再生産費は50Kgの小麦です。
さてマルクス流労働価値説によれば、きしょの100Kgの小麦は生産手段で
労働生産過程では不変の価値しか生産せず、一方労働力の方は新たな価値を生むとされているので
期末の200Kgのうち100Kgは期初の小麦価値がそのまま再現し、残りの100Kgは
1年間の生きた農業労働によって新たに生産された部分と解釈される。
このうち50Kgは労働力再生産費として控除されて、最後に残った50Kgが
剰余価値として資本家に取得されるというわけだ。
この期初にあった小麦100Kgと期末の収穫200Kgの差100Kgが
純正産物であるとするのが標準的なレオンチェフ経済だろう。
今度は小麦価値論の世界に移るとすると、
期初の労働力は小麦50Kgで評価されるが、あくまでも生産手段出会ってその価値を
増やしも減らしもしない。いっぽう期初の100Kgの小麦は自ら増殖する主体的
要素な訳だ。だからこの場合期初に投入される客観的生産手段は50Kg小麦の
体化している労働力のみで、期末の200Kgの収穫のうち150Kgが
純生産物であり、そのうちから100Kgが主体的生産要素である小麦の
再生産費で控除されて、残余の50Kgが剰余価値となる。
こうしてみると標準的レオンチェフ経済というのは依然として労働価値説
的世界に留まっているとも言えるのか。
- 382 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/04(月) 23:48:36 ID:cPjdAsOz
- つーか、俺が哲学板や共産党板にいたころの持論の焼き直しだろうが。
学問的に破綻しているのにそのカリスマは凄いがな。
そもそもハードな印刷営業やってたおれは、労働価値説? ハア、産業
労働の搾取で利潤が説明している。じゃあ契約取ってくる俺は何?
契約でこれだけの利益上げたんだけどなーと疑問に思ってた。
- 383 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/05(火) 00:00:33 ID:cPjdAsOz
- それもそのはずまずこういうからくりなわけだ。
まず使用価値を商品から捨象すると残りが価値、いわゆる
抽象人間労働なわけだ。しかしだよ。
これはいつも俺のいうところの、自然の土台、社会の土台
対象物、労働手段、労働が生産の要素としてあるわけだな。
だから使用価値を商品から捨象すると、抽象的自然、
通称的社会、通称的対象物、抽象的労働手段、ということも
できるからだ。抽象的自然なんかは観光地とか、抽象的社会
は独占とか、抽象的対象物はその素材である、その生産におけ
る特殊性、抽象的労働手段としてはさまざまな機械が、
利潤の源泉としてなりたっているわけですよ。
- 384 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/05(火) 00:07:27 ID:32U6WHno
- まあ、マルクスの階級闘争に合わせるよう。
労働を見出して、それがかなりのシンパシー
を覚えたことは確かだが、迷惑なんだな。
マルキシズムというものは。労働者にとって。
- 385 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/05(火) 00:21:21 ID:32U6WHno
- V1(自然)+V2(社会)+V3(対象物)+V4(労働手段)
+V5(労働)+M(剰余価値)=Wと書けるわけですよ。
ここで問題なのがこの可変資本は商品的適性によって、数々
の剰余価値生産に生産物の唯物的限度があるため、例えばV1
が利潤率がいいから、そこに資本が集中してしまうということ
はないんですよ。つまりV1からV5まで商品としての特性か
ら、V1からV5が決まっているということ。
- 386 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/05(火) 18:44:10 ID:nGdP5exa
- ただここで難しいのが、どこから剰余価値を生んだのか?
見えなくしたことです。
すし屋にとっての魚・米は対象物(V3)であって、海や農地の豊か
さ(V1)にささえられている。同様に彼の労働手段(V4)である
包丁もさかのぼれば自然(V1)に与えられている。ここで労働(V
5)も熟練労働で握りによっている。そしてこれら全ては社会(V2)
がすしを作ることを許していること。この問題ですね。
とはいえあまりに変数が乱舞していてどこから利潤が発生するのかわ
からない。マルクスはここまで考えた末に共産主義を作ったらそれは
成功したかもしれない。
- 387 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/05(火) 18:55:09 ID:nGdP5exa
- ここで搾取ということを考えてみる。
要するにV1〜V4まで一定として、
実質必要労働(すし屋+すし職人の家族の生活費+
すし職人の腕前)
に比べてV5の給料が低い、ならばこれは搾取と認
めてもよいと思います。
ただマルクスはここで終わってしまうわけですが、
必要労働喪名目必要労働でしかないし。
実際にはV1〜V4までも考慮にいれなければならない。
- 388 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/05(火) 19:18:45 ID:nGdP5exa
- まとめます。
まず、マルクスの基本定理は要するに労働じゃなくてもいい。
一般化された商品搾取定理の読むことも可能ということでした。
小鉄ハンがたたかれていたけれど、それも終了。
ここの俺が介入し、そもそも生産を考えれば、利潤の源泉は、
労働だけによるわけではない。自然の土台、社会の土台、対象
物、労働手段があってはじめて、労働が行われるのであり。
全て可変資本になりうるという自説を展開。
V1(自然)+V2(社会)+V3(対象物)+V4(労働手段)
+V5(労働)+M(剰余価値)=W
というマルクスの「やり直し」のための数式を展開。
ここでジミー氏の全てが可変資本なら利潤最大の可変資本に
資本投下が始まり、すしにならないという批判が、以前にあった
ので、すしはすしであるために、この五個の利潤の源泉をある一定
の割合でしか変化させられないとしました。要するに他人にとって
の使用価値であることが原則とした。
あと重要な名目必要労働(マルクスの必要労働)と実質必要労働
に分けた。必要労働をお金と生産手段で考えることにより、
単純に名目必要労働を捉えるのはナンセンスだということです。
- 389 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/05(火) 20:35:49 ID:nGdP5exa
- 続きはここ
http://d.hatena.ne.jp/kurosiro1/
- 390 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 21:22:58 ID:DakK3RnE
- うーん、2行2列のIO表で考えてみるかー
鉛筆を持って手を動かさないとだめポ
【根岸隆氏】日経・やさしい経済学ー巨匠に学ぶマルクスについて【吉原直毅氏】
まず、これを明日読んでからしよう
http://www.ier.hit-u.ac.jp/~yosihara/negishitakashi.pdf#search='%E6%A0%B9%E5%B2%B8%E9%9A%86%E3%80%80%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%B9'
- 391 :Jimmy:2006/09/11(月) 09:35:58 ID:6TQaaafZ
- ホレ。
一般定理の基底に基本定理の含意を見いだしたところで、基本定理そのものが
「人間労働だけが搾取されている」の証明に失敗しているのだから、松尾ハン
の「批判」は全く無力だな。労働時間のタームで剰余を表現したからそれで
「搾取」が証明できたなんて幼稚もいいところ。
人間労働だけが「搾取されている」を主張しようとすると、モデル外のなにか
「世界観」「労働主体の哲学」を持ち込まない限りそれは不可能だということが、
この間の一連の論争で明らかになっている。
- 392 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/11(月) 12:36:21 ID:RfGdIRf0
- つーかここのくらいの議論が、もっと昔にでき手いれば資本論
もまた変わったものになっただろうに。
- 393 :なんだろね:2006/09/11(月) 13:03:30 ID:lcz8Awg7
- Jimmyさんのご意見にまったく同意します。ただし、「世界観」「労働主体の哲学」
なんてインテリさんの観念じゃなくて、「物の見方」程度のフツーの人のフツーの
感覚に基づいていることだけはお忘れなく。
だから、私めは「搾取」という言葉を使い続けます。
- 394 :Jimmy:2006/09/11(月) 13:27:32 ID:6TQaaafZ
- >>391
続き
松尾ハンの肩を少しだけ持つならば、対象となっているモデルでは、
唯一の本源的生産手段として労働力が考察され、それ故にその再生産費用
は他の商品と異なり生産技術的な一意性が存在しないこと、従って、
それへの純生産物分配についての制約が認められること、このことを
手を変え品を変えて力説されているとすれば、それはその通りだといえる。
ならば本源的生産手段一般にも同様な制約条件は成立するのであって、
この面からも「労働だけが搾取される」は証明しがたいのである。orz
>>393
「フツーの感覚」なら、何で労働価値説がフツーにならんのか?
もっと言えばそんならとっくに資本主義は廃絶されて社会主義に全面移行
しているだろうに。そうじゃない?
- 395 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/11(月) 13:39:07 ID:RfGdIRf0
- >>391
物の見方のふつーの人は労働価値説を認めないでしょう。
労働価値説が異常だから。
- 396 :小鉄ハン:2006/09/11(月) 14:26:29 ID:QqHL4oeB
- >>391
>人間労働だけが「搾取されている」を主張しようとすると、モデル外のなにか
>「世界観」「労働主体の哲学」を持ち込まない限りそれは不可能だということが、
>この間の一連の論争で明らかになっている。
そうか?
「マルクスの基本定理」に対する距離のとり方については、ここでは三つあったと思う。
1)「基本定理」と商品搾取定理との間に断絶を認めず、労働価値説を棄却する立場
2)「基本定理」と商品搾取定理との間に断絶を認めたうえで、その前提を問題にする立場
3)「基本定理」と商品搾取定理との間に断絶を認め、「基本定理」を擁護する立場
私の立場は以前示した通り。「この間の一連の論争」では、1)と2)の立場はあったように思うが、
3)つまり松尾氏のような立場はあまり前面に出ていない。わずかにspec氏となんだろね氏が単発的に
レスを返したくらい。
3)の立場は、「基本定理」内部で労働の本源性を示す必要があるが、必ずしも頭から不可能と決め
付ける必要もないのでは(私には無理だがw)。ギンタスボウルズが1981年、置塩が50年代だったこと
を考えると、もう少し長い目で見ていいかも、とも思うんだが。
- 397 :小鉄ハン:2006/09/11(月) 14:34:06 ID:QqHL4oeB
- 訂正:2)「基本定理」と商品搾取定理との間に断絶を認めたうえで、その前提を問題にする立場
→2)「基本定理」と商品搾取定理との間に断絶を認めないうえで、その前提を問題にする立場
- 398 :なんだろね:2006/09/11(月) 15:16:52 ID:G4O/ujYS
- 「オレの働いた結果の一部が会社ものになっている」という感覚と「労働
価値説」とは距離があるわけで・・・・。「社会主義」となると
もっともっと距離がありますよ。この感覚自体はまさに「私有財産者」の
意識ですから。この感覚からは「オレが社長になって・・・・」という意識
も生まれてくるからです。
しかし、こうした意識こそ「資本主義体制批判」の始まりでもありますね。
- 399 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/11(月) 18:37:27 ID:qq/xZDRb
- >>398
こう資本主義が高度化すると、資本主義の外部がない。
外部に資本主義でなく、必要時間分だけはたらいて、
労苦の少ない経済体制がないと、必要労働がどこかと
いうのがはっきり見えない。また別に労働価値説を信
じていないような俺は生産を、自然の土台、社会の土台、
労働対象物、労働手段、労働を五段階に捕らえてはいる
が、やはり直接に人間がかかわるものの労働というもの
のありかたに興味がある。
他人に対しての使用価値であるから、労働生産が
つまらないのも当たり前だ。これを何とかできないか
よく考える。
1自分の好きな仕事に就けるよう、教育や転職のレベル
を向上させる。
2労働条件をよくし、余暇に自分の自己実現を計ること
ができるようにする。
3部分的な労働の社会的統合性を感じさせ、労働が役に立つこ
との認識的直接性を感じさせる。
このくらいしか考えは浮かばないが。
- 400 :Jimmy:2006/09/12(火) 00:20:57 ID:K900wf2X
- 私はオヤジなのでサウナが大好きである。今晩も例に漏れず帰宅途中でチェックイン!
で一汗流したあとの水風呂で急冷中に、今まで血液の行き渡っていなかった
脳のハンシー部位がどういう訳か復活して、松尾ハンのこだわりがなんなのか
一寸閃いたんだな。かれは一労働日のうち労働者が自分のために働いている時間と
資本家のために働いている時間=搾取があることを主張したいんだな。
これだけなら、何が面白い?で終わってしまうんだがこれと「利潤の唯一の
源泉は剰余労働である」あるをあわせて証明しようとするから、迷路に
入り込んでいるんだな。この二つは一個同一の問題なのか、それとも全く
別のものなのか。
さあどうよ?
ここは置塩スレなんだから、マンセーの人もっと参戦してくれないと盛りあがらんガナ。
- 401 :Jimmy:2006/09/12(火) 12:31:54 ID:6hngkJzm
- >>398
その程度のものの見方なら労働者(これもなんなのか全く不明)だけでなく
誰でも持っているともいないとも言えるような代物ですね。
なるほどそれなら労働価値説という理論体系に直接関係もないでしょう。
- 402 :松尾匡再降臨:2006/09/15(金) 15:51:36 ID:+k2vlshZ
- 加筆しました。
http://www.std.mii.kurume-u.ac.jp/〜tadasu/yougo_fmt3.html
チルダ「〜」が掲示板では文字化けしやすいようです。
ではごきげんよう。
- 403 :小鉄ハン:2006/09/15(金) 17:11:40 ID:sOmlVY8r
- いま少し見た限りですが、松尾さんの主張は、端的に言うと、労働の搾取がH-S条件と重なる
場合にのみ、利潤の存在が言えるのであり、他の商品の「搾取」ではたとえH-S条件と重なろう
と利潤の存在は言えない、ということですね。以下のように。
>I−Aのホーキンズ・サイモン条件が満たされて、第n財の搾取が存在しても、
>I−A*がホーキンズ・サイモン条件を満たさないために利潤が正でなくなる
>ケースがあるということです。当然この時には、労働の搾取もないわけです。
>自然な純生産可能条件であるI−Aのホーキンズ・サイモン条件と単独で組み
>合わさって利潤の存在が言える商品搾取は労働の搾取だけで、他の商品搾取
>はI−Aのホーキンズ・サイモン条件と単独で組み合わさってもそれだけでは
>利潤の存在を導けないということです。
>>396で書いたとおり、「基本定理」内部で労働力商品の搾取のみが利潤の存在を示す強い主張
だと思います。
できれば匿名でいろいろ書き込んでもらうと、よかったと思います。正直なところ、まともな
置塩マンセー派の人はこんなところにはいないようですし、アカデミズムでも置塩氏の「定理」
の主張を継承している方もわずかだと思うので(三土修平氏が好い例。マルクス派が健在すれば
こそ存在意義があった反対派ばかり)。ここで書き込んでもらえれば、興味を持つ若い人も出て
くると思います。
- 404 :小鉄ハン:2006/09/15(金) 17:15:38 ID:sOmlVY8r
- 利潤の存在を示す強い主張→利潤の存在を示すという強い主張
- 405 :Jimmy:2006/09/15(金) 18:16:45 ID:dtCM1PTO
- >>403
イヤだから、「労働だけが搾取されている」ではないでしょ?
- 406 :小鉄ハン:2006/09/15(金) 18:33:57 ID:sOmlVY8r
- >>405
?
趣旨が分かりません。松尾氏の議論そのものについて言っているのですか、
それともジミーさんの批判点の主張ですか?
松尾氏の議論は「労働だけが搾取されている」点が利潤の存在を導くのに
決定的な条件であると言っているのでは。それに対して、結局松尾氏の議論
では、労働「だけが」搾取されているとは証明されていない、ということな
ら分かりますが。どっち?
- 407 :Jimmy:2006/09/15(金) 18:54:00 ID:dtCM1PTO
- >>406
>結局松尾氏の議論
では、労働「だけが」搾取されているとは証明されていない
です。
- 408 :小鉄ハン:2006/09/15(金) 19:01:26 ID:sOmlVY8r
- >>407
分かりました。
私も(言えるにこしたことは無いが、今のところは)言えないことを無理に言わない方がいい、
という立場です。
- 409 :かつて○だった男:2006/09/15(金) 20:47:17 ID:5x+yebhp
- >>俺はオキシオの定理を評価している。
しかしそれはオキシオのフォロワーとは反対の意味でだ。
「搾取」という概念がマルクスの体系の中で如何に無意味かを論証したをいう点を評価している。
労働に搾取があるなら他の生産要素にも搾取があると認めざるを得ない。
搾取という概念はこの程度の意味しか持たんのだ、ということを証明したのだな。
オキシオの定理はこの方向でマルクスの理論を展開することははっきり不可能だ、ということを明らかにしたといえる。
- 410 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/16(土) 01:02:39 ID:BBi6fIe/
- マルクススレの人間がこっちのスレに流れてきているようなので、
何が面白いのかとパラギン雑記を読んでみた。まだ吉原氏が最初の
答えを出すところまでしか逝ってないが、途中の感想ということで
少し箇条書き的に書いてみる。
まず高増氏が出した不払い労働の話は高増氏の失言だと思う。
等価交換の中で、労働力の使用価値として剰余を引き起こす
不払い労働は、要するにそこに生産手段を持たない労働者が、
資本家に隷属せざるをえないという重要な意義がこめられ
ているので、単なる不払い労働ではない。
第二点としては社会的平均労働の問題で、いったん作ったものが
社会に出されそしてその時点で社会的平均労働を作り出している
とすれば需給関連のもと、社会的平均労働が可変的であるとは
全然考えたこともなかった。もちろん相場というものがあり、
それに基づいて生産しているんだろうが。
第三点はやはり必要労働のいかがわしさである。資本制のほかに
剰余労働を行わず、必要労働のみで生きていける外部がない
と必要労働などとはいえたものではないと思う。
まあこれはマルクススレで考えていくだろう。
- 411 :Jimmy:2006/09/16(土) 01:17:57 ID:qCdrpO2t
- 100Kgの小麦を播きました。一年間の農業労働しました。
200Kgの収穫ありました。
一年間の農業労働の賃金は、200Kg−100Kg=100Kgの純生産物
(通常のレオンチェフ経済での)の範囲内にないと利潤は存在しません。
これが置塩モデルの一切で、以上でも以下でもない。どこで「労働だけが
利潤の源泉である」が証明されているのか?そう言うためには、そもそも
「純生産物」が「生きた」一年間の労働「だけ」の成果であると主張
しなければならない。この「だけ」にまつわる「世界観」の「共有化」の
困難さ「だけ」はこれまでの一連の論争でイヤと言うほど示された、という
わけだ。
- 412 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/16(土) 01:38:40 ID:BBi6fIe/
- >>411
まあなんだかんだ逝っても労働には不満を持っている中で
謹啓はその行き場をうまく吸収できないんでしょうね。
だから○に流れ、また失望すると。w
夜型は非効率なので私は寝ます。
- 413 :Jimmy:2006/09/17(日) 01:04:08 ID:fetdBWRB
- 松尾ハン、あなたマジ、異次元でっせOrz
- 414 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/17(日) 12:55:30 ID:GLC1vHAH
- パラギン半分まで読んだが、榎原氏の「社会的必要労働」が実際
に商品として相対的に現象できないと価値として凝結しないと言
うことはわかるが、いちいち、そんなことをやってたら、商品経
済は成り立たない。ここは相場という交換比率がいつの間にか
それこそ「社会的必要労働」の「相場」という物が出てくるだろう。
そしてそれが成功したときに「相場」の近似値に「社会的必要労働」
が成り立ち価値が凝結すると言ったことだろう。
この場合沖塩氏の定理はこのように成功した「価値の凝結」の単純
な一モデルを使っていると思われるから、いちゃもんをつける必要
はないと思う。よれよりもこのとき「相場」を考えない榎原氏の
方が、ャヴァイ.
- 415 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/17(日) 22:40:47 ID:b3dEUXaE
- パラギン論争全部目を通した。松尾氏のマルクスの基本定理をみた。
半日つくしたので、講評を書いてみる。
1まず>>411
A・B農場で同種の小麦100gの小麦それぞれ買い、
同等な労働力を投入する。しかし、小麦の生命力に
勝るAでは労働力を省略でき、100gの小麦を作る。
B農場では労働力を目いっぱい使って100gの小麦
を作る。ここではA・Bの小麦の質が生産量に対する
労働を違わせている。このことから自然的土台と労働
対象物の差(小麦の品質の差)があるわけで。労働が
全ての利潤の源泉であることを証明しない。
- 416 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2006/09/17(日) 23:30:47 ID:b3dEUXaE
- その後松尾氏はマルクスの基本定理を守るべく、効用を使った
モデルを作ったそうで、これは何かの折にまた目を通すことに
したい。しかし、利潤の源泉は労働だけにあるわけではない。
いや、まだ経済学会は労働についてまだ何も知らない。労働
は自然の土台、社会の土台、労働対象物、労働手段、労働者
からなる希少物なのである。であるからして、この5つの源
泉を考慮することが必要だと考える。
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