前衛書道は詐欺
- 1 :わたしはダリ?名無しさん? :02/02/08 16:43
- あんなんで金取るのは詐欺。恥を知れ。
ナルシスト書道家のオナニーじゃんか。
- 2 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/08 23:18
- まあ現代美術ってみんなそうだから。
- 3 :のり:02/02/08 23:38
- >1
例えば?
- 4 :現代美術作家:02/02/08 23:40
- >>2そうそう
うわーん。。。
- 5 :御愁傷様です。:02/02/08 23:44
- 私のオナニー姿最高!とお姉ちゃんに言われて、我慢すればいいのに
わざわざお金払ってオナニー見せてもらったが、あまりのいい加減さ
にその場では言葉もなく、お姉さん、そんな1さんを見て勘違い。
「ね、よかったでしょ?」そんな1さん、相手の手前、何も言えず、
その後に「あれは詐欺だな、プロの癖に、恥を知れ!糞!」って、そ
の事だけが頭を離れず、思わず2chで駄スレを立てずにはいられなかっ
た怒り心頭な1さんのいるスレ。
- 6 :その2の場合。:02/02/08 23:56
- 私のオナニー姿最高!とお姉ちゃんに言われて、我慢すればいいのに
わざわざお金払ってオナニー見せてもらって「いや〜昨日は、ウフフ」
とかって気味悪くほくそ笑んでいる周りのヤツの話しを聞いて、「んな
もんに金払う馬鹿いるか?小一時間、問いつめ(以下省略)」などと
思い、吹きすさぶ風の中、「なんだかな〜世間ってとこは、そんなオナ
ニーぐらいで金がっぽり稼ぐヤツらが野さばりやがって、あんなの詐欺
や!恥を知れ!糞!」 て、思いその事だけが頭を離れず、思わず2chで
駄スレを立てずにはいられなかった怒り心頭な1さんのいるスレ。
- 7 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/09 01:02
- >>1
勅使河原蒼風もダメかな?
私は結構おもしろいと思ったが。
- 8 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/09 01:19
- >>7
ぺっ、ぺっ、あっち逝って!
- 9 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/09 01:50
- いやなら買わねばいい。
好きなら見に行くし買えばいい。
それだけのことだ!
いちいち、非難するなヴォケ!
- 10 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/09 01:59
- >>9後ろ向きな考えはやめて好きな作家の
魅力を分かりやすく解説するのが真のファンであろう
- 11 :のり:02/02/09 13:32
- ≫1
どんなんで金取られたの?
- 12 :catt ◆X.ore.zA :02/02/09 13:51
- そうですね。>>1さんはどういう物を購入されたんでしょうか?
- 13 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/09 18:09
- >>12
1が買ったとは限らないでしょ。
- 14 :catt ◆X.ore.zA :02/02/09 18:12
- 買わないで詐欺とは?>>13
- 15 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/09 18:22
- cattさん大丈夫ですか?
警察官が詐欺で誰かを逮捕したからといって
警察官が詐欺に引っかかったわけじゃないでしょ。
治療には、こちらへお越しください。
http://jbbs.shitaraba.com/study/65/
- 16 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/09 19:20
- じゃ詐欺紛いでいいんじゃない?
- 17 :のり:02/02/09 23:24
- このスレ、内容がないよ〜ん。
- 18 :わたしはダリ?名無しさん? :02/02/09 23:54
- 前衛書道よりは内容がある。
- 19 :のり:02/02/11 03:48
- でもちょっとマジはいるけど、ゼンエイも一概に軽視できないよ。
彼らはともすると、今のニッテンのお偉いさんよりも偉大な功績を
残してたりする。
あ、今のゼンエイはだめよ。あ、そんなこと言ったら今全体的に
低迷してるか。
でも、彼らがいなかったら良くも悪くも現代日本書道界の評価もなかった
と言っても過言ではないだろうと思うね。
- 20 :わたしはダリ?名無しさん?:02/08/11 22:01
- 日展はダメだ。 金やコネで賞があるようなとこ。 日本の悪い確執だね。
- 21 :わたしはダリ?名無しさん?:02/08/13 01:36
- 99%の油絵よりも現代書道の方がよっぽど面白いけどね。
- 22 :わたしはダリ?名無しさん?:02/10/05 07:23
- 詐欺だね詐欺
- 23 :名無しさん:03/01/02 19:02
- / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
Λ_Λ | 君さぁ こんなスレッド立てるから |
( ´∀`)< 厨房って言われちゃうんだよ |
( ΛΛ つ >―――――――――――――――――――‐<
( ゚Д゚) < おまえのことを必要としてる奴なんて |
/つつ | いないんだからさっさと回線切って首吊れ |
\____________________/
(-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ…
(∩∩) (∩∩) (∩∩)
(-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ…
(∩∩) (∩∩) (∩∩)
(-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ…
(∩∩) (∩∩) (∩∩)
- 24 :山崎渉:03/01/08 22:39
- (^^)
- 25 :山崎渉:03/01/18 11:18
- (^^)
- 26 :山崎渉:03/04/17 09:33
- (^^)
- 27 :前衛推奨:03/04/18 23:05
- 書の本質的性質からみれば「今の前衛書」は非難を受けるのは当然。
もともと東洋芸術の土台に西洋要素をねじ込んだところに原因がある。
根本的な問題だが・・書は東洋の宗教観の上に芸術性を見るべき。
西洋が求めた表現主体の自律的芸術とは性格を異にするのだよ。
そこを踏まえて活動してるのか・・今の前衛作家は?
確かに今では伝統という悪質を生み出し進む現代書道だが・・・
排他的性格も東洋の芸術にはつきもの・・
ただ保守的になったら書も終わり。
伝統=保守という概念の崩壊が、まずクリアする問題だ・・・・
- 28 :山崎渉:03/04/20 03:51
- ∧_∧
( ^^ )< ぬるぽ(^^)
- 29 :わたしはダリ?名無しさん?:03/05/13 14:22
- 詐欺と詐欺紛いは言葉は違っても中身はかわらないでしょう。
黒とグレーは結局同じかもな。
- 30 :わたしはダリ?名無しさん?:03/05/13 23:36
- 書の本質的性質から見れば非難を受けるのは当然。
↑
そのまえに前衛なんて書じゃ無いと思われ。
もうあれは他のジャンル。
せいぜい新らしがって楽しんでいただきたい。
- 31 :わたしはダリ?名無しさん?:03/05/15 00:56
- 前衛書って具体的にどの辺りを指して言うの?
墨象とか?
調和体とか漢字小字数あたりは?
淡墨使ってたら前衛?
もしかして「お習字」っぽいもの以外は全部前衛とか?
- 32 :わたしはダリ?名無しさん?:03/05/19 19:40
-
簡単にわけちゃえば、なんて書いてあるか分からないのが
前衛なんじゃないのか?
(古典文字がわからないとか草書が読めなというのはナシで)
- 33 :山崎渉:03/05/21 21:38
- ━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―
- 34 :わたしはダリ?名無しさん?:03/05/25 21:30
- 文字性があるか?って事??
可読性が問題か・・・なら「書」の定義は「文字を書く」ってことになるよな?
借り物の言葉を読めるように書き連ねた現代作品より、可読性にこだわらず
他の美的要素で勝負してる作品の方が魅力的だと思うが・・・
話は変わるが。
西川寧の作品のいくつかだって、あの時代に並行してた
「前衛」の要素を感じるものがある。
あの人は「前衛」とは逆の立場をとってたけどね。
学識もあって確実な学書を積んだ人の作品だってチョイト距離
を置いて眺めれば・・・前衛的な要素がチラホラしてる。
同じ作品を前衛思想者が創ってたらどう評価されたろうね?
バックグランドから書を見るから変なところに線をひいたりすんだよ。
作品だけで評価すれば前衛も何もなく好いか悪いかで判断できるのに。
- 35 :山崎渉:03/05/28 14:08
- ∧_∧
ピュ.ー ( ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
=〔~∪ ̄ ̄〕
= ◎――◎ 山崎渉
- 36 :わたしはダリ?名無しさん?:03/05/30 19:41
-
- 37 :vv:03/05/30 19:46
- みてね♪
http://s-rf9.free-city.net/page003.html
- 38 :わたしはダリ?名無しさん?:03/06/19 13:36
- 何故ウサギはカメよりも足が速いのか
それはウサギの寿命がカメよりもずっと短いからである
カメよりも短い人生の中でカメと同じだけのものを残すため
ウサギの足は速いのである
- 39 :わたしはダリ?名無しさん?:03/06/19 15:23
- 米国系Web
http://pleasant.free-city.net/
- 40 :わたしはダリ?名無しさん?:03/06/19 22:36
- まず、詐欺とはなにか説明しろ
次に、詐欺ではない書道を説明しろ
そして、書とはなにか説明しろ
1よ
- 41 :8 ◆YAC8RdPvv2 :03/06/21 21:39
- >>2
禿同
話変わるけど、携帯ゲーム機"プレイステーションポータブル(PSP)
このPSPは、新規格UMD(ユニバーサルメディアディスク)というディスクを利用しており、そのサイズは直径6cmととても小さい(CDの半分程度)。 容量は1.8GBとなっている。
画面は4.5インチのTFT液晶で、480px x 272px(16:9)。MPEG4の再生やポリゴンも表示可能。外部端子として、USB2.0とメモリースティックコネクタが用意されているという。
この際、スク・エニもGBAからPSPに乗り換えたらどうでしょう。スク・エニの場合、PSPの方が実力を出しやすいような気がするんですが。
任天堂が携帯ゲーム機で圧倒的なシェアをもってるなら、スク・エニがそれを崩してみるのもおもしろいですし。かつて、PS人気の引き金となったFF7のように。
- 42 :わたしはダリ?名無しさん?:03/06/27 23:17
- 詐欺な書家もいれば、詐欺じゃない書家もいるでしょう。
どんなジャンルにも。
- 43 :山崎 渉:03/07/12 12:24
-
__∧_∧_
|( ^^ )| <寝るぽ(^^)
|\⌒⌒⌒\
\ |⌒⌒⌒~| 山崎渉
~ ̄ ̄ ̄ ̄
- 44 :山崎 渉:03/07/15 12:55
-
__∧_∧_
|( ^^ )| <寝るぽ(^^)
|\⌒⌒⌒\
\ |⌒⌒⌒~| 山崎渉
~ ̄ ̄ ̄ ̄
- 45 :なまえをいれてください:03/07/17 17:15
- ハッキリ言ってアメリカなどの多民族国家では黒人の方がアジア人よりもずっと立場は上だよ。
貧弱で弱弱しく、アグレッシブさに欠け、醜いアジア人は黒人のストレス解消のいい的。
黒人は有名スポーツ選手、ミュージシャンを多数輩出してるし、アジア人はかなり彼らに見下されている。
(黒人は白人には頭があがらないため日系料理天などの日本人店員相手に威張り散らしてストレス解消する。
また、日本女はすぐヤラせてくれる肉便器としてとおっている。
「○ドルでどうだ?(俺を買え)」と逆売春を持ちかける黒人男性も多い。)
彼らの見ていないところでこそこそ陰口しか叩けない日本人は滑稽。
- 46 :なまえをいれてください:03/07/23 17:21
- ハッキリ言ってアメリカなどの多民族国家では黒人の方がアジア人よりもずっと立場は上だよ。
貧弱で弱弱しく、アグレッシブさに欠け、醜いアジア人は黒人のストレス解消のいい的。
黒人は有名スポーツ選手、ミュージシャンを多数輩出してるし、アジア人はかなり彼らに見下されている。
(黒人は白人には頭があがらないため日系料理天などの日本人店員相手に威張り散らしてストレス解消する。
また、日本女はすぐヤラせてくれる肉便器としてとおっている。
「○ドルでどうだ?(俺を買え)」と逆売春を持ちかける黒人男性も多い。)
彼らの見ていないところでこそこそ陰口しか叩けない日本人は滑稽。
- 47 :世直し一揆:03/07/27 20:41
- <血液型A型の一般的な特徴>(見せかけのもっともらしさ(偽善)に騙されるな!!)
●とにかく神経質で気が小さい、了見が狭い(臆病、二言目には「世間」(「世間」と言っても、一部のA型を中心とした一部の人間の動向に過ぎない))
●他人に異常に干渉して自分たちの古いシキタリを押し付け、そこから少しでも外れる奴に対しては好戦的でファイト満々な態度をとり、かなりキモイ(自己中心、硬直的でデリカシーがない)
●妙に気位が高く、自分が馬鹿にされるとカッと怒るくせに平気で他人を馬鹿にしようとする(ただし、相手を表面的・形式的にしか判断できず(早合点・誤解の名人)、実際にはたいてい、内面的・実質的に負けていることが多い)
●権力・強者には平身低頭だが、弱者に対しては八つ当たり等していじめる(強い者にはへつらい、弱い者に対してはいじめる(人が見ていない場合特に))
●あら探しだけは名人級でウザく、とにかく否定的(例え10の長所があっても褒めることをせず、たった1つの短所を見つけては貶す)
●基本的に悲観主義でマイナス思考に支配されているので性格が鬱陶しい(根暗・陰気)
●何でも「右へ習え」で、単独では何もできない(群れでしか行動できないヘタレ)
●少数派の異質・異文化を理解しようとせず、あるいは理解を示さず、排斥する(差別主義者、狭量、視野が狭い、多数派=正しい と信じて疑わない)
●集団によるいじめのリーダーとなり皆を先導する(陰湿かつ陰険で狡猾)
●他人の悪口・陰口を好むと同時に、自分は他人からどう見られているか、人の目を異常に気にする(自分がそうだから容易に他人を信用できない、またポーズだけで中身を伴っていない、「世間体命」)
●たとえ友達が多くいても、たいていは浅い付き合いでしかなく、心の友はおらず孤独(心の感度が低く、包容力がなく、冷酷だから)
●頭が硬く融通が利かないためストレスを溜め込みやすく、また短気で、地雷持ちが多い(不合理な馬鹿)
●たとえ後で自分の誤りに気づいても、素直に謝れず強引に筋を通そうとし、こじつけの言い訳ばかりする(もう腹を切るしかないだろう!)
●男は、女々しいあるいは女の腐ったみたいな考えのやつが多い(例:「俺のほうが男前やのに、なんでやねん!(あの野郎の足を引っ張ってやる!!)」)
- 48 :ぼるじょあ ◆ySd1dMH5Gk :03/08/02 03:02
- ∧_∧ ∧_∧
ピュ.ー ( ・3・) ( ^^ ) <これからも僕たちを応援して下さいね(^^)。
=〔~∪ ̄ ̄ ̄∪ ̄ ̄〕
= ◎――――――◎ 山崎渉&ぼるじょあ
- 49 :山崎 渉:03/08/15 18:40
- (⌒V⌒)
│ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
⊂| |つ
(_)(_) 山崎パン
- 50 :初夏:03/08/15 21:21
- 書やってる人だったら空間とか線とかあと落款とか見ればいいものくらいわかるっしょ。
別に前衛に限らずすんげーやばい作品とか平気で出してる人いるしね。前衛は精神性を重視
する傾向があるから、それだけに突っ走っちゃってまともな基礎ができてない人が多いのも
事実。毛筆デザイナーもかなりやばいの多いよね。。
- 51 :kei:03/09/15 08:56
- 前衛とは 何か 線の芸術書 書道会では一部の人以外は指導者の物まね 自己満足
- 52 :わたしはダリ?名無しさん?:03/10/02 03:35
- >>34
他の美的要素で勝負してる作品の方が魅力的だと思うが・・・
とありますが、読めない書ばっかりで理解でない人だらけだから
漢字仮名交じり(調和体)作ったんでねーのかい。
わざわざ読めるように・・。
そもそも文字を素材にしないと書ではない。
それはつまり古典にもとづいたものでないといけない。
西川寧はどんな作品もすべて古典に基づいて書かれている
確かに「禅」の影響は多少なりとも受けているかもしれないが
それは「前衛」とは全然違う。
- 53 :わたしはダリ?名無しさん?:04/05/09 00:33
- >そもそも文字を素材にしないと書ではない。
それはつまり古典にもとづいたものでないといけない。
そこに疑問を持ったから、前衛は生まれたんでないですか?
だって、その理由をうまく答えられますか?
- 54 :わたしはダリ?名無しさん?:04/05/10 20:58
- 漏れは前衛書道について疎いんだが、
前衛書道って言うのはあれか、あの
猫の足の裏に墨つけて、紙の上を走らせたみたいなやつか?
- 55 :わたしはダリ?名無しさん?:04/05/10 21:25
-
骨董品、特に茶碗の箱に書いてあるのは詐欺が多いと思うが !?
- 56 :わたしはダリ?名無しさん?:04/05/10 21:28
-
54 それもそうだが
2度と同じ物を書けないようなやつだ。
- 57 :わたしはダリ?名無しさん?:04/05/10 21:37
- http://openuser1.auctions.yahoo.co.jp/jp/user/toratoratora55jp
- 58 :わたしはダリ?名無しさん?:04/05/10 21:51
- >>55
骨董品の箱書きなどは問題外ですよ
中身がほとんどニセモンなんだから外だって同じ!
- 59 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/03 08:54
- http://nice.ciao.jp/ '04WEB公募書道展
前衛書道は去年排除された?時代は変わりつつ・・
- 60 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/03 22:50
- ミヤモトだが。何か?詐欺呼ばわりしないでくれる。
- 61 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/07 15:34
- ○水墨抽象と非文字作品て何が違うのでしょうか?
○それと、今現在自分で、あるいは自分たちで「前衛書道」と語っている人は(おさるさんは除いて)いるのでしょうか?
ご意見お聞かせください。
- 62 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/08 08:50
- 「書道」じゃなくて「ドローイング」としてみてみれば結構面白く鑑賞できるのでは??
- 63 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/08 16:01
- >>62
それは、「前衛書道(ここでは非文字作品)」をドローイングとしてみる、ということでしょうか?
ドローイングとしてみた場合、水墨抽象と「前衛書道」では、見分けることが出来るのでしょうか?
別に、鑑賞者がカテゴライズする必要はありませんが、作者からすると異なるものを同じカテゴリーに分けられたことになりますよね。
私の考えは、水墨抽象、あるいはドローイングは「描」かれたもので、非文字の書作品は「書」かれたもの、です。
どうでしょうか?
- 64 :62:04/07/08 20:44
- これはあくまで僕の私見ですが、
「書」の存在自体を「ドローイング」として見るというのはどうですか?
そこに、歴史的価値や、格式等、様々な概念が附随したものが「書」、
今を生きる人達の痕跡を表わしたものをいわゆる「前衛」と
言われている「書」
>>63 さんの意見と違う点は全てをひっくるめて「描」であるという
事。だが、これは僕がドローイングを主軸にいろいろな作品を制作
したり、見たりしているためかもしれません。だから、冒頭に
「僕の私見」と記したのもそのためです。
- 65 :63:04/07/08 21:25
- >>64
「描く」という行為の下に「書く」や「掻く」、また狭義の(絵画を)「描く」があるという認識でしょうか?
それならば、石川九楊さんの表記のようにひらがなで「かく」ではどうでしょうか?しかし、その場合ひらがなのない中国ではどう説明するか問題になりますが。
>>今を生きる人達の痕跡を表わしたものをいわゆる「前衛」と言われている「書」
うまく理解できません。少し説明してもらえますか?
私は、所謂「前衛書道」は前衛とは全く思っていません。ですから「」や所謂という言葉をつけています。
「前衛書道」の先生にお習字を習った若い人は、自分で何か書こうと思ったら先生の「前衛書道」を真似るようです。
そこには前衛の意識はありませんし、書の中に入れるには水墨抽象との差異がありません。前衛「書道」という以上、書である必要があると思います。
それが何か?という他の人の意見を伺いたかったのです。
sageてもいいですか?
- 66 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/08 21:28
- >>65
すこし言葉が足りませんでした。
「前衛書道」が書である為には、なにが他の異なるのか? それは何か?
について、意見を伺いたかったのです。
- 67 :62:04/07/09 02:14
- おそらく、「書」であるためには、旧来からある「書」の基本を
ふまえた上で敢えて抽象化に挑むのが本来の前衛の形なのでしょう。
しかし、63さんの話によると、それが形式化、模倣化されてる以上、
数ある書道の流派の中の一つの「前衛書道」にすぎないと思います。
つまり、僕が思うには「前衛書道」が書道である理由はあくまで
旧来からある書道の活動のシステムを踏襲しているからにすぎない
ではないか、と、僕は推測します。
- 68 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/09 22:17
- >>67
旧来からある書道の活動のシステムというものは具体的に何を指すのでしょうか?
補足願います。
- 69 :62:04/07/10 03:17
- 師範だの教範だのの階級のシステムです。
日本に古くからある「〜道」「〜術」とつくものには大抵あると思います。
- 70 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:04/07/11 13:24
- >>69
ありがとう。
1、「旧来からある「書」の基本」とはなんだと思いますか?
2、「敢えて抽象化に挑む」といいますが、書における抽象化とはなんでしょうか?
ドローイングとしてみるという考え方には、あまり賛成していません。
デッサン(ものの見方)が基本の絵画、線のかき方(書字行動)が基本の「前衛書道(仮)」という考え方はどう思いますか?
- 71 :62:04/07/11 21:11
- 1 基本の道具(筆、墨、硯、半紙等)だとか、表現なら楷書と文字、文章
の意味の最低限の把握でしょうか?
2 「草書」なども抽象化の一つかもしれません。線がより生き生きとしたもの
で、且つ本質もついているものだと思います。
>デッサン(ものの見方)が基本の絵画、線のかき方(書字行動)が基本の「前衛書道(仮)」という考え方はどう思いますか?
「どう?」とは?堅実な考えかと思います。ただ、この考え方も数ある中の
一つの考え方にすぎないと思います。絵画でも多種多様な方法がある様に
「前衛書道(仮)」または「書」にも多種多様な方法があるのでは
ないかと思います。「道」や「術」にこだわると、今まで記したような
堅実な意見しか出ないわけで。ただ、いづれもモノや書の本質を見極めて
いないと作品としては成り立ちません。本質を見極める方法で比較的確実なのが
デッサンであったり、書字行動なのだと思います。
ドローイングとして見たりするのは、あくまで立場上の見方であり、絵画を
通して色々なモノを見知しているいわば「職業病」のようなものであり、
他の分野の人からしたら賛成できないかもしれません。一つの提案として
受け取って下さい。
- 72 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/13 19:47
- 書道スレ落ちたの?
- 73 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/13 23:26
- >>71
たとえば青山杉雨や新井光風は、書のタブロー化を重視しました。
しかし、書をドローイングとしてみた場合、書かれた言葉の持つ意味、筆順を追って時間軸で見ていく書字行為のの追体験、そこから伺える線のリズム(作者の感情)が鑑賞から落ちるのではないでしょうか。
そしてそれは書が他の平面芸術と異なる大きな要素だと思います。
ドローイングとしてみることは、もちろんひとつの鑑賞の在り方ではありますが、一面的なものしか見られないように思います。
「道」「術」は、書以外の様々なものが付随していて、問題も多いと思います。しかし、「書法」と言った場合の「法」、つまり書字行為は、言葉では伝えられないもの、独学では学びにくいものだとも思います。
現代書壇の徒弟制度は、大いに問題がありますが、師承を完全に否定することもまた危険だと思います。それは、日本の伝統工芸などを見るとわかると思います。
こうして考えていくと、経済的社会的利益と結びつくことが、悪弊を生んでいるように思います。
- 74 :62:04/07/15 01:37
- 別に師承は否定していません。現に僕自身も制作の中で色んな人に教わって
いますから。
僕は書道についてはあまり詳しくはないのですが、絵画の作家と同じように、
教えをもらって、そと(社会)に放逐された後が問題だと思うのです。
絵画や書道でも、実際自分の作品で生計を立てるなど至難のわざです。
だから食う手段として教室を建てる、生徒が増える、教室が増える。
「前衛書道の一派」も初代の師匠はきっとクリエイティヴであったこと
でしょう。しかし、前述の増殖で、その教えが2番煎じ3番煎じになり、
ついには見事「前衛」という「型」「マニュアル」と化してしまったのでしょう。
「経済的社会的利益」のウェイトが作品に対して重きがあれば、日本のこんな
「珍事」は起こらないはずなのに。しかし、伝統工芸に関しては需要はあると思うのです。
- 75 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/16 01:43
- >>74
失礼しました。62さんが師承を否定しいるという意味ではありません。
書壇の悪弊=師承という単純な結びつけかたをする人もいるので、そういう考え方は「危険」だという意味です。
書壇に限らず、作品以外のものに作品以上の経済的利益がある分野は多いでしょうね。絵画のなかでもいろいろあるみたいだし。
しかし、書の場合、作品に重きを置きすぎると完全に芸術の領域の中に入ってしまいますね。
手書き文字文化の余地も残しておきたいんだけどな。一般の人たちが書をたしなむ余地、と言いますか。
- 76 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/18 00:09
- age
- 77 :62:04/07/22 11:03
- 確かに、「読み書き」って生活の一部ですよね。
「芸術」に祭り上げると逆に衰退する可能性もある。
ただ、「前衛書道」と呼ばれている一派は、「芸術として祭り上げる
ことを前提とした」一派なのではないでしょうか?
書(文字)はほぼ100%近くの人達が生活の一部として利用しています。
その「書」を「芸術」にしている人は全体から比べたらごくわずかだと
思います。
当然、完全に「芸術」と化した「書」は一般庶民にはなかなか手が届かない
と思います。しかし、ずっと楷書などの様に比較的きっちりした「書」
ばっかり書いていてもつまらない、もう少し「芸術的」な書を書きたい、
という人の書く「書」が「前衛書道」だとしたら?
その「もう少し」「芸術的」なところが「本格的」な「芸術家」から非難を
浴びているのかもしれません。
- 78 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/22 14:42
- >>77
すごく嬉しい書き込みです。
私は、現代の書壇、日本の書の状況のおかしいところは、ほとんどの人が展覧会を目指していることだと思います。
のし書きや宛名書きがうまく書けるようにと手習いを始めた酒屋のおじさんが、なぜか手本をもらって展覧会で賞をもらうことを目標にしている現状です。
そうではなく、日常の為だけに文字を書く人も、文字を綺麗に書けることに喜びを求める人も、趣味で書をたしなむ人も、
展覧会に出品して人から認めてもらいたいと思う人も、自分を突き詰めて書によって表現する人も、
それらいろいろな目的を持つ人たちそれぞれが、それぞれのスタイルに合わせて書を楽しめるようになればいいなと思います。
無理をして展覧会に出す必要もないし、書家が書を生活の手段にする必要もない。
そんな中で、最初に前衛書道を志した人たちのように、書の可能性を突き詰めていく人たちもいるべきだと思います。
実際、若い人たちの中には、既存の書壇に興味を持たず、ひたすら自分の書を求めている人もいます。
書の高みを求めるひとたちがいると同時に、文字を楽しむ書を普及させていく人たちも出て来るべきでしょう。
そういえば、NHKはそんな感じの番組作りをしているように思います。
- 79 :62:04/07/27 14:14
- そういう意味では書は強いな。
日本人に完全にしみついています。
それに反して近年西洋から入ってきた「美術」というものは、
未だに入ってきた時からの進歩は殆どありません。売れた、流通した、って
言っても一部の愛好家や関係者の輪の中でたらい回しになってるだけのようなきもします。
一般市民にはちっとも流通しません。
そう言った歪曲した美術の概念の一部が書家の一部の人々に取り入れられてる
ということも考えられます。そう考えると、書に影響を与えている日本の美術、
芸術にも少なからず問題があると思います。
- 80 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/27 16:19
- 書道を真剣に考えている方がいて、すごく嬉しいです。
私は師匠から、
古典から学ぶ「普遍的な呼吸」を教えてもらっています。
「カタチ」を模倣することではなく、
息がどこで吐かれているか、吸っているのか、
その一点のみを線をみて指導してくれます。
本質は、自然との調和で、円運動と呼吸によって、
古来持つ、祈りの文字、美しい文字を書くというものです。
ですから何度書いても、同じ字になります。
また呼吸は一人一人違うので独自性もあります。
私の場合、書道は芸術という前に、
「運動行為」というのが重要になっています。
マラソンに近いというか。
ですから、前衛的書道と呼ばれるものは、
私個人はなんというか、目標が小さい感じがしてしまいます。
- 81 :62:04/07/27 22:57
- 僕は世間で言われるところの「現代美術」の活動をしております。
しかし、一言「美術」と一くくりにできるものではありません。
当然文化全体にも目を通さなければならないと僕は思っています。
書は書、美術は美術、芸術は芸術と必ずしも言えるとは思えない。
だから、できるかぎりあらゆる事に関して真剣に考えてるのです。
ことに僕が日本人である以上、その日本の昔からの文化である書など
についても最近考えるようになりました。
あなたの師匠はいい師匠だと思います。ものごとの本質から教えてくださるんですね。
そういう深くて芯を突いた精神活動をなさってるあなたにとっては、
やはり、最近流入してきた「美術、芸術」の概念に影響されたかあるいは
ちょっと違う事をしてみようといった感じで切り開かれたばっかりの書道(前衛書道)
が小さく見えるのは当たり前の事かもしれません。
「運動行為」という点ではおこがましいが僕と似ているところがあります。
筆で線を描く時はまさに真剣勝負であり、完成までは体力勝負なのです。
完成してホッとした時になってはじめて体力が随分消耗しているのがわかるのです。
- 82 :80:04/07/28 13:54
- 書道を「デザイン」とみるか「スポーツ」とみるかで
だいぶ捉え方が変わります。
私たちの流派ならば、描かれたものは、結果にすぎず、
むしろそこにいたった軌跡、運筆を研究し楽しむことの方が大きい。
しかし、「デザイン」と見るならば、その結果こそが重要で、
筆が寝ていようと、二度書きしようと、
物体的に「何かイイ感じ」であればいいわけです。
ただ、お金になるかどうか、この商業的意味合いでいけば、
明らかに絵画的な後者の方が優れているのかもしれません。
運筆を見るというのは、経験を要し、敷居が高いからです。
では、誰でも楽しめる本当の書道はどういったものか。
「写経」がわかりやすい答えをもっているかもしれません。
書いたあとよりも、書いている最中こそが価値です。
「リアルタイム書道」とでもいいましょうか。
宗教性も付随しますから、心理的な利益もある。
文字表現をこねくりまわすよりも、
墨をおとす運動性に着目すれば、
もっと深くすばらしい書道、
そういうジャンルが発展するのではないでしょうか。
- 83 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/30 21:57
- 習字やってるやつらは書いてる内容が薄ぺらいし、浅いし、読みごたえないし、
甘いし、社会見えてないし、困った奴等だね。あと言っとくけど
西高東低、漢字、日展系の大ボスの書だったら、女子高生の丸字の方がマシ
だから。前衛はすでに前衛でないところからして、前衛書道という設定がダサい。
あと、日展の売りである「技術」もボスキャラと、カルチャー上級のオバちゃんと
比べて対して変わりないから辛い。
お前らの文化はすでに終わってる。せいぜい生涯学習やってるんだという意識で
芸術鑑賞なんて板に出入りしないことだよな。
- 84 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/30 22:03
- あと2ちゃんレベルの内容で議論しても、、ぜんぜん知識も
意識も高まらないしね。見てて可哀想になったから書き込み
しておきます。
- 85 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/30 22:07
- 修正 芸術鑑賞じゃなくって美術鑑賞ね。美術じゃ、ますます
遠ざかるよね。ぜんぜん異なる価値体系だもんね
- 86 :わたしはダリ?名無しさん?:04/08/03 12:13
- >>83ほ〜ら釣れた。
こういう薄っぺらい人間こそが現代の日本の文化を反映していると言えよう。
- 87 :わたしはダリ?名無しさん?:04/08/04 03:51
- 薄いのはおたくの頭と人間性だけで十分です。
- 88 :わたしはダリ?名無しさん?:04/08/04 04:16
- >>83=84=85=87
いやなことでもあったんだろうね。
- 89 :わたしはダリ?名無しさん?:04/08/06 10:28
- リネージュのバグ(ドエット等NPCのせりふの矛盾含む)の情報交換ができるスレはいかがでしょうか?
問題の回避策がわかればいろいろ助かる人もいると思いますので。
わたしの出会ったバグっぽいものいくつか。
・エルフの洞窟でランテレすると壁の中にハマることがある。
--> ランテレ、帰還ができなければGMさんに頼む必要ありそう。
・チャットの途中だとF8-F12のショートカットキーが使えなくなることがある。
--> RETURNやESCキーを押すことで回避できる。
・デュッペルゲノンが出たままダメージをうけなくなりエルフの成人式が受けられない。
--> デュッペルゲノンは一人じゃないので他のを探す。
・CTRL-Sからでもランテレの魔法が使えない。
--> ショートカットの再設定、リスタートで回避できるかも?
・ケントに動かないドレイクが出る。
--> 観光名物になってるだけで実害はなさそう?
・WindowsXPだとトラブルいっぱい?
--> 18日のアップデートで修正されるらしい。
・エルフの洞窟3Fに敵が出ないことがある。
--> NPCサーバを再起動するまでそのまま。
・MTの付近に居るドエットのせりふの問題。(ドエットは話だけでメッキ未実装?)
・どこかに何もできなくなるブラックホールがある。
- 90 :わたしはダリ?名無しさん?:04/09/29 00:15:26
- 絶対変えてやる。
- 91 :わたしはダリ?名無しさん?:04/10/03 02:33:18
- 何を??
- 92 :わたしはダリ?名無しさん?:04/11/06 23:50:18
- 今、前衛的な書を書いている作家を誰か知りませんか?
- 93 :わたしはダリ?名無しさん?:04/11/09 02:49:24
- >>92
>>83=84=85=87
- 94 :黒の騎士 ◆i1t6KILdkI :04/11/10 10:46:02
- 俺も書を嗜むものとして一言いうけど俺が最初に書に目覚めたきっかけ
というのは誰それの書が好きだったからというのではなかったな。俺の
最初のきっかけはミニマリズムというのにはまっていた時に出会った
比田井南谷がきっかけだったな。
これは見た瞬間から一発で共感できたな。紙と墨のシンプルな画面。
無題と表された文字とはもはやいえない代物。俺はその時に始めて
日本にはこういう文化もあったのかとはじめて思った。その時から
書を親しむようになったな。つまりもともとは西洋的観念の世界から
入ってきたわけだけど。
確かに今の書道は激しく煮詰まっている。前衛であろうとなかろうと
激しく煮詰まっている。でも一方で俺が思うのは今の俺とは違う純粋な
書家は「書とは紙と墨から成り立つもの」であるというシンプルな前提を
忘れているような気がするな。俺が書に見せられたのは美しい字でも
神がかり的な技術でもない。白地に黒々と伸びる線を美しいと思った
からで今の俺とは違う正統な書家は書をそれだけのものにしたくない
という想いが見て取れる気がする。
俺にとっては王義士だのから始まる書の歴史なんぞどうでもよい。
技術伝統などというものも関係ない。白地に黒々と延びる線が
ただ美しいからという理由で嗜む。もっと自由な観点から書という
ものを捉えると違うと思うんだがな。そうすればもっと自由に
開けてくるとおもうんだが。それが西洋的な観念であるとか
どうとか関係ないと思う。肌の色が黒かろうが黄色かろうが
白かろうがそのシンプルネスを美しいと思う奴はいるわけだし
そういうものとして書をとらえればもっと自由なものとして広まる
と思うんだがな。
- 95 :わたしはダリ?名無しさん?:04/11/10 11:36:33
- 珍しく、書道関係のスレでいい事書いてる人がいるね。
ただ、どうでもいい事なんだけど2ちゃんであれ王羲之と
書いたほうがいい。ぼくのパソコンでは変換したら直ぐ
出るようになってるけど。
外の人間の意見を聞いてちょといい気分になった。
美術関係の人はそれなりの思想を持って制作している人がいるから
話しても会話が成り立つよね。書道だけの人は世界と視点が矮小
過ぎて、たいして話が発展しないから、付き合いもあまりしないよ。
- 96 :黒の騎士 ◆i1t6KILdkI :04/11/10 15:55:39
- >王羲之
誤字スマソ。
ところで・・・
とうじ魔とうじという人の本で「半芸術」という本にAKIRAさんという人の
話が載っている。そこでそのAKIRAさんという人の展開している習字道
というのがなかなかスルドイ。まあ細かい内容は本を読んでいただくと
してなぜ書道ではなく習字道なのかというのは・・・
「書道家は永遠に先生であり、習字道は永遠に生徒である」
ということで「生徒は永遠に先生から学ばない」という落ちである。
漢字が表形文字だとするならある意味書というのは絵画でも
あるわけだ。おれはその書の絵画性ということに惹かれたんであって
文字自体が持つ文学性とかはどうでもいいわけ。というかそれは
純粋に形を見るときその文学性が邪魔になることさえある。
だから比田井南谷の書であって無題という作品に惹かれた
わけだな。
- 97 :黒の騎士 ◆i1t6KILdkI :04/11/10 15:56:12
- 書を東洋独特の芸術としてみるのはもう古いと思う。というより
これだけインターネットが普及した世の中にあって日本人である
中国人である、アメリカ人であるという分け方は古いと思うな。
これからの芸術はなんであれパーソナリティーというものが
最重要視されるもんでしょう。アメリカ人が何の前提も無しで
書くものでも、アフリカ人が何の前提も無しで書くものでも我々
と同じ立場で議論してこそ面白い物が出来ると思う。もちろん
そこには書の伝統というものは一切ないものとするわけだが。
書道のもつ究極のシンプルネスさの上で表現されるのは自分が
何人であるとか関係ない、まっさらの自分だけである。それで
勝負が出来るということこそが本当の意味で書が開けた芸術に
なる瞬間であると思う。純粋に自分自身を表現する器として
書を見た場合。この紙と墨だけのシンプルな設定というのは
きわめて優れていると俺は考えるんだが。
書家というのはそれを伝統や技術にとらわれていて忘れている
ような気がするんだがな。
- 98 :92:04/11/14 16:24:57
- >>93
ただの保守だから。
・パーソナリティの来源はなんだろうな。
今生きている、生活している環境から来るのかな。
実際にアフリカ人と接してみると、そのナショナリズムというか、アフリカ人(国じゃなくてね)であることをとても意識している。
自分が自分であることを求めるのに、日本ということが一つのキーワードとなってもよいと思う。
ローカルであることが、グローバルであるというのは、手あかにまみれた表現ではあるが。
・言語性を排除して、文字を造形としてのみ捉えることを、別に反対はしない。
しかし、鑑賞する人間のなかにはその文字の意味を考える人もいるだろう。
文字の造形だけを取り出すと言うことは、文字のほかの要素を無視すると言うことでもある。
・「書とは紙と墨から成り立つもの」
って、水墨画は? 抽象水墨というものもあるのだが。
俺は、毛筆という表現力を持った筆記具→単純にして変化に富んだ墨→(墨と水を調和させる硯)→その筆あとと墨色を最大限生かす紙
という解釈です。
やはり書というのは、本来書写行為だとおもう。それは、「話す」と同じ言語行為。
書の核心に付随する要素(墨色・造形・筆跡)のいくつかを取り出し強調したものが、戦後書道だと考える。
だからこそ行き詰まった。周辺を耕しても、核心との距離はうまらない。
まして、単にヒトマネをしてきた似非正当伝統書道は話にならない。
- 99 :黒の騎士 ◆i1t6KILdkI :04/11/15 10:02:31
- >しかし、鑑賞する人間のなかにはその文字の意味を考える人もいるだろう。
>文字の造形だけを取り出すと言うことは、文字のほかの要素を無視すると言うことでもある。
俺からするとそれはナンセンスだな。例えば炎という字を書くのにやっぱりその字がもつ
寓意を盛り込まなければいけないのか?。なぜそうなるか俺にはわからない。俺が
炎という字を仮に書いた場合水を連想させるような書体で書きたいと思うことがあるかも
しれない。文字の持つ寓意性にこだわるというのは書を狭くしてしまうことだと思う。
前衛書に限らず美術一般の流れでアヴァンギャルドといわれている流れを俯瞰して
眺めるとき、どれだけそれ以前の美術から自由になったかということを考えると、書で
あってもその流れから依然として書が無関係でいようとするのは偏狭できわめて
ローカルな芸術であるとしか思えない。前のレスでも書いたが書を自分のパーソナリ
ティーを表現するための装置に置き換えようとするのなら、文字の表現に限るというのは
いかがかと思う。どうしたって文字を書こうとすると上手い下手が出るだろうし、お手本に
なるものがでるだろう。創作に上手い下手などは関係ないのだ。
翻って俺の生き様は君より優れた生き様であるといえるか?。逆に君の生き様は
俺の生き様より優れているといえるか?。
答えは無意味だ。
なぜならその人一人一人の生き様があって誰が優れているとかはいえないからだ。
書も同じだ。右側に傾きかけていようが、異様にバランスが崩れているからといって
それが駄目な書だとはいえない。その全てを肯定するからこそ世界中の人が横一線で
自由な精神を競える装置になりえる可能性が俺は書にはあると思う。アメリカ人であっても
インド人であってもアフリカ人であっても、八百屋であっても警備員であっても魚屋であっても
横一線で自由な精神を競え合えるからこそ素晴らしいと思わないか?。
- 100 :黒の騎士 ◆i1t6KILdkI :04/11/15 10:03:03
- >やはり書というのは、本来書写行為だとおもう。
西洋絵画であっても最初は書写行為であったはず。ではなぜ現在は書写行為で
ない作品があふれかえっているのか?。
>書の核心に付随する要素(墨色・造形・筆跡)のいくつかを取り出し強調したものが、
>戦後書道だと考える。 だからこそ行き詰まった。
あなたは芸術というものを何もご存知ないようだ。芸術はいき詰まるからこそ素晴らしい
ものだ。しかし俺が見る限り戦後の前衛書はいき詰まっているかといえば、まだ全然
いき詰まっているようには見えない。まだ書というものを解体すらしきっていないからだ。
例えばピカソの分析的キュビズムの時代の作品のように「絵画は所詮点と線の集合体で
しかない」と言い切れるまで書を解体しきった作品はあるだろうか?。俺はまだそのレベルで
すら書は今だ達成していないと思う。そのレベルこそ初めて書が君の言う書の核心に付随
する要素のみで勝負が出来るようになる段階であり、そこまで来てようやく書は世界に通用
する開けた美術体系になる可能性が出てくるということだ。当然そうなると捨てなければいけ
ないものも出てくるだろう。でも俺はそれが文字が本来持つ寓意性であるとかならばそれ
自体を捨て去ることで開けてくる物がそれ以上に多いのなら何も躊躇することはないと思う。
俺は君と違って君の言う「書の核心に付随する要素」こそ書の全てであり、それはいき詰まる
ことのない無限の所作だと信じるし、それ以外に書が今後皆に開かれた芸術体系になるには
それ以外にないと信じる。
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