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印象派の画家はみな下手だよね

1 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/15 17:13
印象派の画家は変に持ち上げられることが多いけど、絵は下手だよね。
セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャンは特に下手だけど
モネなど他の画家たちもみんな下手だよね。

かつてフランス文化をやたらともてはやす悪癖が世界的にあったけど、
日本でも神格化されていたデカルトやカント哲学はもう風化してるし、
世界最高の料理とおもわれていたフランス料理も
一般的によく食べられるようになってきて、あまりおいしくないとバレてきたし。

印象派の画家たちのこともきちんと評価しなおそうよ。

2 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/15 17:33
>>1
>カント哲学

 カント:「ドイツ人ですが。何か?」

3 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/15 17:38
確かにゴッホの絵、生で見てヘタクソだと思ったよ

4 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/15 18:48
また出たよ、上手い下手で価値を判断する馬鹿が(笑)
みんな、笑ってやれ。

5 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/15 20:02
1は絵の解らない人。
じゃドガは下手か?マネは?
モネの素描とか見たことある?
カミ―ユを描いたと言われてる木炭はルーベンスに匹敵するよ。
印象派の絵の具の使い方は高度ですよ。
その後の印象派もどきの作家とはレベルが違います。
それとセザンヌは画聖だね。それに彼は印象派じゃないよ。

6 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/15 21:08
印象派の人たちは、目に見えるままの世界を再現しようと考えた。このことを、
どれだけの人が知ってるのでしょうか。古典絵画の絵具の発色の悪さが、
混色すると濁る絵具そのもののの性質のせいだと見抜き、
なるべく混ぜないで画布に置く方法を編み出しました。
目に見えるままを表現しようとしたわけですから、
本当なら写真のような絵が出来なければ目的達成ではなかったはず。
そうならなければならなかった。
でも実際は?全然違いますね。彼らの意図したものとは全く違った価値を生み出したが、
意図を達成できなかったこともまた事実。こんな皮肉があるでしょうか。

7 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/15 21:35
>>6
おまえは教育者かなんかか?(笑)

8 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/15 22:28
>>7
全然可笑しくないけど。

9 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/16 01:14
見たままを再現するのなら写実主義では?
見たままを表現しようとしたのでは?

10 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/16 02:47
おまえら釣られすぎ

11 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/16 06:41
「目に見えるもの=自分が感じたものを描く」ということ。
写実とは違う。

それと、誰が印象派であるとかないとかの意見があるけど、あまり
こだわっても仕方がないと思う。
画家にも変遷過程がそれぞれにあるからね。
セザンヌも印象派と言える時期もあったわけだし。

12 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/16 21:07
ここにも学生が立てたスレが。

13 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/16 21:27
確かにゴッホは下手だね。陰鬱で暗いし。

14 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/16 21:46
>>11氏には
高階 秀爾「20世紀美術」を一読されることをおススメする。
印象派は、確かに目に見えるように描こうとしたんだよ。
彼らは「絵は世界に向かって開かれた窓」と言った。
もしあなたの言うように目に見えるもの=自分が感じたものであるなら
それは象徴主義者の主張と代わらないことになるではないか。

15 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/16 21:52
ネタスレにマジレス、それが美術鑑賞板

16 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/16 22:23
とりあえずセザンヌは上手い

17 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/16 22:30
大切なのは画家が何を言ったかではないよな。
画家の意図ですらないかもしれない。
実際に作品に何が現われているかだろ。

それと「目に見えるままの世界」なんて言葉をあたりまえに使ってるけど
それってどうなの? 
学生スレと言われても仕方ないような気が。



18 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/16 22:45
だって学生スレだもん

19 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/17 00:41
古典絵画との比較の上での話なんだから,
そんな難しく考える必要はない。
印象派が主に扱った風景という主題で、古典絵画と印象派の作品を思い浮かべるだけで
その意味は十分でしょう。

20 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/17 01:10
印象派のなかではセザヌンが一番うまい

21 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/17 01:24
セザンヌは印象派じゃないけどね(苦笑

22 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/17 01:25
モネもセザンヌも写真を観て絵を描いていた。
しかしその画風はいかにも「実物を観てかきました」という風に仕上げられている。



23 :きりこ:04/07/17 09:32
下手ってあたりまえだろ!ゴッホなんか絵をならってないんだから。
牧師だったんだから。日本人はいいの、こういう下手うまが好きなんだ。

24 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/17 10:07
問題は、なにをもって上手い下手を決めるってことだろ。
1はアカデミックな感じを特別上手いと決めてるだけであって・・・・
その他の「上手い事処理してんなー」とか「うわーなんだか良い!!」みたいな感覚的な
上手さは認めてないんだろとりあえず。恐らくそういう事だろ?

神経質ないわゆる写真や実物そっくりに描いてしまう奴ほど皮肉にも下手うまな
作品にあこがれてたりするんだよけっこう。あんな自由奔放な筆のストローク引けないもん。

話はずれたけどとにかく何をもって上手いか?と言うことですよね?
上手いの定義がだされないんだから無理ですよね。

あと一言、セザンヌ(この際印象派、非印象派どうでもいい)やモネは
確実に上手いです、恐らく>>1の上手いの定義から外れた上手さだろうけど。

以上釣られてみた


25 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/17 17:31
写真機が発明されてから現代人は写真が客観的なリアリティーの基準にしてしまった。
でも遠近法も色のバルールも先人達が発見したもの。
恐らく人間の目は写真のようには見えてないと思う。
人間の目は2眼だから焦点が合ってる部分と他ではピントのあわないパズルの様に見えてる
でもそれは生まれてきてから訓練によって脳が調整して感じなくなってるから。
セザンヌはそれに気が付いたのかも知れない。
直系のキュービスムもリアリティの獲得を目指してたのかもしれない。
ゴッホのペン画は第一級の作品ですよ。少なくとも下手な画家じゃない。

26 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/17 17:41
バルルなんて言葉、久しぶりに目にした〜

27 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/17 18:07
印象派という言葉ができたきっかけの絵は
モネの「印象・日の出」。これは事実。
この絵を見れば、わかること。

28 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/18 21:16
セザヌンの「私の絵は印象だ」

29 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/19 01:40
ゴッホがへたというのは有名だよね。

30 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/20 15:39
うん、陰鬱で暗いし、売れなかったのは当然

31 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/21 02:01
ルノアールはいかん。

32 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/23 16:42
フランス文化をもてはやすな!!

33 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/23 17:11
そうだ! そうだ!

34 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/23 17:42
いや、写実とか、リアリズムとか、に拘泥していなかった、という
もののみかたが正しいんじゃないかな?
外光をとらえることが命題であって
次から次へとキャンバスに連作で描けば
しぜん、タッチもいい加減に見えるし、下手にも見えるわ

35 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/24 01:14
秋に田んぼに行くと、ゴッホの気持ちがわかる

36 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/24 08:10
写実的に巧いのならスーパーリアリズムだろうがあれが面白いか?

37 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/24 17:01
あき八代のほうがうまい

38 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/25 01:06
>>34
それが行き着いたのが後期印象派。
でもヨーロッパの芸術は基本的には
写実主義とロマン派が繰り返し台頭
してきてるんだよね。そういう点では
印象派はアングルなんかに対する
アンチテーゼ的な面もある。

39 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/25 01:12
1は、ねっとり描いた方が、上手に思えるらしい・・。

40 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/25 18:27
そういうもんだいじゃないような・・
日本人が騙されてるだけでは

41 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/26 04:13
ほんまやね。本当に良い絵だったら、日本人なんかに売らんもんね。

42 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/26 06:43
「派」でくくると何となく安心できるが、もういい加減
「絵」を「○○派」と区分・分類して、それに従って鑑賞
するはやめたらどうかな。
「印象派の画家は皆ヘタだよね」なんて抜かす
>>1 みたいなアホが後を絶たないからね。

大体、他人から勝手に「君は○派」なんて分類されるのは
迷惑な話だろう?

43 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/26 17:49
42に同意ですね。
セザンヌ、ゴッホ、ドガあたりはは印象派にくくられてるけど
ルノアールに代表される印象派的な絵とは全く違う。
だけどわかんないんだよね、「印象派」と言った場合
絵のスタイルを言うのか、「なんとかウサギ」(だったけ)
ってバーにたむろしてた画家連中を指すのか。
「エコールド・パリ」もモヂリアニや藤田など当時パリ
にいた連中を総称していうでしょ。絵のスタイルは関係なく。
1の人もそのあたりの区別はあいまいだと思うんだよな。





44 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/26 22:41
印象派の黄金期は1870年代だと思う。
60年代だとまだバルビゾン派とかの影響が抜けきれてない。
80年代になるとそれぞれの個性が出てきて画風が印象派から離れてくる。
90年代になると象徴派とかフォーブから抽象に影響を与える画風になる。
いわゆる印象派らしい時代は70年代のモネならアルジャンタイユ時代あたりから。

45 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/27 11:28
一般的には印象派というとセザンヌ、ゴッホのイメージがつよいが

46 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/27 15:05
>>45
それは後期印象派。
ゴッホはシュールに近いと思う。

47 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/27 15:21
一般的には「後期印象派」というとセザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、スーラ
なわけだが


48 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/27 16:10
印象主義
ピサロ、マネ、ドガ、モネ、ルノワール、ベルト・モリゾ
後期印象主義
セザンヌ、ゴーギャン、ゴッホ
新印象主義
スーラ、シニャック

・・・だった気がする。線引きは微妙だったりするけど。

49 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/27 16:25
新印象派のスーラは、広義には後期印象派に含まれるんじゃないのか?

50 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/27 16:37
線引き微妙だよね。確かシニャックだと思うけど
出身地の町全体で上げてシニャックを敬愛してて
シニャックの芸術を愛することが人生みたいな
人達の番組が前にテレビであってました。
この人達にとってはシニャックが点描主義
というくくりで簡単に片付けられては
たまったもんじゃないだろう。




51 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/27 16:56
点描ということで、スーラとシニャックが新印象主義に
くくられてんのかもね。スーラの後継ぎがシニャックと
思ってる人多いんじゃ?確か、スーラって早死にしてたような・・・

52 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/28 00:36
セザンヌって印象派じゃないのか がーん

53 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/28 08:34
>>52
絵の考え方は全然違うし、田舎に引っ込んで
印象派の連中とはあまり交流しませんでした。
キャラクターとしては変わったおっさんって
位置付けになりますね。
後世に与えた影響はすごいんですが。

54 :NY:04/07/29 14:05
セザンヌが後期印象派(Postimpressionism)に分類されるのは、彼が初めて個展を開いた
1895年には、モネやピサロなんかの印象派の画家が既に認められていたこと、そして、
キラキラした印象派の絵と比較して、対象の存在感を追及している特徴があったので、
印象派とは異質な作品と受けとめられたからだろう。

セザンヌは、世代的にも他の印象派と同じだし、印象派として、1874年の第一回、1877年の第二回
印象派展に出品して、仲間からは高く評価されていた。たとえば、有名な「首吊りの家」はセザンヌに
とっても自信作だし、第一回展ではもっともよい場所を与えられた。ゴーガンも、「画聖セザンヌ」と
呼んでいたし、彼の作品を購入して、絶対に手放さないと書いている(ちなみに、脚付きの果実皿がある、この
作品は、1901年にドニが「セザンヌ礼賛」の中央に描いたものだ。この作品は、NYの近代美術館で、
そのうちに展示される。)

たしかに、セザンヌの作品は、輝く光の追及がおろそかにされているが、ドガだって新古典主義の画風
から抜け出せないのに印象派に分類されている。ある研究者は、セザンヌはもっと早く認められていても
不思議じゃない、とどこかに書いていたが、その通りだと思う。

セザンヌが、パリにいて印象派の仲間とつきあいがあったら、もっと早く知られるようになっていただろう。
セザンヌが、厭人癖や被害妄想が強く、仲間から遠ざかって行ったために、パリで彼の作品はタンギー
じいさんの画材店だけだった。彼はパリにいた時期には、絵の具なんかのカタに作品をタンギーじいさんに
渡していたので、その作品だけがパリに残っていた。それで、セザンヌは注目されなかったのだろう。

もし、エクスに閉じこもらずに、印象派の仲間と交流を続けていたら、彼の作品は、モネなんかとはだいぶ
違うけれど、印象派の一員にカウントされていたと思う。

55 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/29 15:29
一口に印象派と言っても年代も世代も違う。
仲が良かった訳でもなくマネだったかはセザンヌを嫌ってたとか?

56 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/29 16:06
>>54
>1877年の第二回印象派展に出品して、

 1877年は「第三回印象派展」。

 「第二回印象派展」は1876年だ。

57 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/29 17:50
よくしらないんですけどヨンキントって画家はどうゆう位置付けなんすか?
モネに影響与えただか仲が良かったとかでしたっけ?

58 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/30 01:53
ヨンキントってオランダ人でしたっけ?
大酒飲みだったそうですがブーダンと並んで若いモネに影響を与えてる。

59 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/30 07:23
セザンヌは、1874年、1877年の印象派展で、批評家に
「アル中」「精神錯乱」などとぼろくそに叩かれた。
この体験はセザンヌのプライドを著しく傷つけ、以後、
ひきこもって絵を描くようになる。

「近代絵画の父」の尊称とは裏腹に、本人は精神的にも
人間的にも実に幼く、子供っぽい男だった。

60 :NY:04/07/30 13:13
>>55

印象派の内部の抗争も興味ありますが、セザンヌに限って言えば、特にいがみ合っ
ていたとは思えません。

アカデミー・スイスでとんでもない絵を描いていたセザンヌを、カフェ・ゲルボア
の集まりに連れて行ったり、絵の手ほどきをしたのがピサロですし、モネやルノ
ワールは、1880年(?)にエクスのセザンヌを訪問して、ルノワールは、サンビ
クトワール山を描いています。モネは1895年のセザンヌの個展の後に彼を招待し
てパーティーを開いているし、1899年には、あるオークションでセザンヌの作品
に破格の値段をつけて競り落とし、彼の絵の値段を引き上げるための八百長ではな
いかと騒ぎを引き起こしています。

このように、主要な印象派の画家は、マネを除いて、セザンヌに好意的であったと
考えてよいと思います。

カフェ・ゲルボアでは、マネやドガという洒脱な都会人に対して、無頓着、南仏な
まりのセザンヌは打ち解けられませんでした。性格があわなかったのでしょう。

マネの作品は、モネなどの後の印象派の画家に大きな影響を与えましたが、セザン
ヌにはほとんど影響していません。こんなことからも、セザンヌとマネは、絵の気
質が違っていたと考えられます。

>>56

その通りですね。私の間違いです。ちなみに、セザンヌが第二回展に出品しなかっ
た理由は、サロンに同時に出品してはならないという規則があったからです。彼
は、仲間とは別に、サロンに出品し、いつもどおり落選しました。

61 :NY:04/07/30 13:14
>>57, 58

ヨンキントはモネに大きな影響を与え、印象派の先駆的画家に位置づけられていま
す。ただし、印象派展には参加していません。彼はオランダ生まれで、20代の後半
になってフランスに来ました。あるいはオランダ系フランス人なのかも知れませ
ん。相当に放埒な生活ぶりであったそうです。

>>59

セザンヌは、印象派展に出品した作品に限らず、つねに酷評されていましたね。そ
して、エクスでは、彼が印象派であるという理由で嘲笑の的にされていました。

彼はピサロに絵の教えをうけながら一緒に制作したりしていますが、1872年に
は、オーベール・シュル・オワーズのガッシェ博士のもとで制作し、有名な「首吊
りの家」などを完成しています。ガッシェ博士は精神科医です。

ある研究者は、セザンヌはガッシェ博士の患者だったと述べており、ピサロも、軽
度の精神障害を負っていたと述べています。また、彼の晩年に彼を訪問した人々、
あるいはコンタクトがあった人々は、接触恐怖症や被害妄想が著しかったことを記
しています。それらを読んだメルロー・ポンティは、「分裂症」と述べています
が、これは分裂病(統合失調症)の一段階手前の状態というほどの意味でしょう。

作品を酷評されるのは、セザンヌに限ったことではなく、印象派の全ての画家に見
られます。セザンヌの場合、孤立した生き方をしたのは、それが原因と言うより
は、むしろ、精神の奥深いところに由来する原因による疎外感をいやすために、常
に孤独を好んでいたと思えます。


62 :55:04/07/31 03:08
まあセザンヌの作品も(首吊りの家)以降に開花したんじゃないのかな。
昨日もオーベルのシャトーの横を通りました。
現在城は改装されては印象派の時代を紹介するミュゼになってます。
城の裏にはゴッホの自殺をはかった場所にパネルが立ってます。
ゴッホの住んでた部屋も見えます。
オーベルの周辺は絵の舞台になった場所は看板が立ってます。
一日掛けてゆっくり回って下さい。
ドビー二美術館の下がインフォメーションになって地図をもらえます。
こっちは昼休み長いので注意。

63 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/31 06:24
>>54
>脚付きの果実皿

 ゴーギャンの「セザンヌの静物のある婦人像」(1890年)
 の背景にも描かれてますね。この絵の中の水の入ったコップ
 は特にいい。水の透明感がリアルで、思わず飲みたくなるほど。
 ゴーギャンが、「特別の真珠」「最後のシャツを放り出すまで
 手放したくない」と言っていた気持ちが、よく分かる。
 

64 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/31 08:57
なんかセザンヌ、ゴッホ、ゴーギャンって
印象派のスレからずれてる気が。
後期印象派って言うけど、そんなカテゴリー
作ってない美術史書も多いしね。

65 :NY:04/07/31 13:16
>> 62

> まあセザンヌの作品も(首吊りの家)以降に開花したんじゃないのかな。

セザンヌの印象派以前の作品は、ある場合は過剰に説明的であったり、
暗く、重苦しく、粗野、無法、泥臭さが目立ち、あまり評価されていな
いようです。しかし、一方では、全く理論やスタイルにとらわれず、素直な目で対象を構造的に把握しようとする指向や、堅牢さや揺るぎがた
い存在感を追求していることが感じられて、完成期の作品につながる萌
芽が見られます。これらの作品は、単に習作として無視できず、その素
質としては、当時の画家ときわめて異質な資質をもっていたことが分か
ります。そして、そのうちの、いくつかの作品は、高く評価されるべき
であると考えています。

たとえば「饗宴(バッカスの祭り」(1865年だったっけ)という大作
のすざまじいばかりの不調和な原色の氾濫をみると、1860年代にこう
した作品が描かれたこと自体が驚異であり、セザンヌが当時の美術教育
や、絵画の概念を受け入れることができず、当時の絵画理論では考えら
れないほどの激越な感覚を画面に定着しようとしたことが理解できます。

66 :NY:04/07/31 13:19
たしかに、この作品のモチーフは、カナの祝宴あたりをヒントにしてい
るけれど、そこに多くの裸婦を登場させて異形の光景をつくりだし、しかも、バーミリオンの引きつるような赤の塗り込みと、背後の空の青色の対比によって、引き裂くような、異様な色彩の叫び声が響き渡っています。

この作品の絵の具の塗り込み方は、モンティセリの影響によって、泥臭
く重々しいけれど、この作品に比較すれば、ゴッホの作品ですら、
調和への指向がはなはだし過ぎ、生ぬるいと感じられます。この
作品の類例を探すとなると、70年後に第一次世界大戦後
にナチスによって弾圧された、キルヒナーやノルデなどのドイツ表現主
義の作品くらいしか思い浮かびません。

こうした当時においては、破天荒な荒々しい作品をサロンに送っていた
のですから、ジェロームなどの、当時においては正統的な大家の憎悪の
的になったことも容易に理解できます。

この驚嘆すべき異様な作品は、10年ほど前のクリスティーズのオーク
ションで、10億円ほどの見積価格がつけられていました。

67 :NY:04/07/31 13:36
>>63

この静物画を背後に描いたゴーガンの作品はシカゴ美術館に展示されて
いますね。特にご指摘のコップは、分析キュビズムに影響を与えたと言
われていますね。

この静物画は、昭和4年に岩波書店から出版された日本で最初の世界美
術全集に収録されています。私は小学生の時に、祖父が購入したらしい
この全集で、この作品を見つけ、セザンヌの名前を知りました。

この静物画は、ながらくパリの個人コレクターが所有していたもので、
この作品の本物を見る機会が果たしてやってくるのだろうか、あるいは
一生、見る機会はないのではないだろうか、と考えたりしていました。

数年前に、アメリカの個人コレクター(名前は失念)が、
MOMA(ニューヨーク近代美術館)にコレクションを遺贈することを
発表しましたが、そのコレクションにこの静物画がありました。このコ
レクション展がMOMAで開催されて、この作品を見ることができ、至
福の時を過ごしました。まぎれもなく、彼の中期の最高傑作であり、全
作品中の名作の一枚です。ニューヨークに住んでいると、こんな幸運に
巡り会うことができます。ついでに、1984年(?)のゴッホ展では、
有名な耳を切った直後の自画像や、対岸から描かれたアルルの跳ね橋を
描いた作品みることができました。

さて、今年秋に改修が終わって再開されるMOMAでこの作品が公開さ
れるのでしょうか、そうでなければ、この作品に再会できるのはいつに
なるのか、そんなことを考えてしまいます。

68 :わたしはダリ?名無しさん?:04/07/31 15:03
後期印象派って日本語訳がおかしいって話だ。
post-impressionismなわけだけど,「印象派後」って意味です。
だからいわゆる後期印象派は、印象派ではないという実に分かりにくい話になる。
むしろ印象派に対して批判的なところもある。

69 :わたしはダリ?名無しさん?:04/08/02 18:04
スレタイずれになるけどNYさんには
最近の若い美大生などがやたらよく描いている
抽象画についての意見をぜひ聞きたいですね。
この傾向をどう思うのか?


70 :NY:04/08/04 07:00
>>69

うーんと、抽象絵画は特に最近の美大生とか若いい画家の特徴ではなく、20世紀初
頭にあらわれ、今日ではすでに定着した絵画様式だと思っています。

で、抽象絵画に関する私の考えを述べる前に、抽象絵画が出現する必然性やその問
題点を検討する必要があると考えています。しかし、そうなると多大な時間と分量
を費やすことになってしまいます。・・・・手始めに、モネの作品の中に見える抽
象絵画の萌芽なんて問題を書いてみたいという誘惑を感じますが・・・・。

それで、手短に私なりの結論を言えば、、抽象絵画には、対象を描くという考えを
捨て去っているが、一方では、私たちは、視覚を通じて対象の概念や意味を把握す
るという思考の仕方を実践して生活している。

したがって、こうした概念や意味を捨象した絵画は、見る者に不満を引き起こさ
せ、抽象画を現実的ではない物として認識するという特徴がある。

そのため、抽象絵画が、こうした不満を感じさせないのであれば問題はないが、実
際の抽象絵画の多くは、こうした不満を解消できない。そして、抽象絵画を路解す
るために、特定の物の見方あるいは絵画の見方を強制するという前提がたてられて
いる。これは不自然ではないか、というのが、私の考えです。

71 :NY:04/08/04 07:00
ルネサンス時代に、画家列伝を書いたバザーリは、レオナルドの章で、彼が「聖母
子と聖アンナ」の画稿(これはたぶん、下絵=グリサイユ)を完成させた時に、
フィレンッツエの人々がこぞってこの画稿を見にやってきた、と書いています。

しかし、私たちの時代は、こうした画家の作品と人々の価値観が一体になった時代
ではなくなっているのです。誰もが感心するような絵画は存在しないし、人々も、
絵画に対する興味・関心が低下している。そして、絵画に対する価値観が、画家の
間でも全くちがったものになっているという現状を認識すること、そして、たとえ
ば抽象絵画派と具象絵画派がいがみ合うような、自らの絵画理論を押しつけ合うこ
とを中止することから、始めなければならないのではないか、と思っています。

72 :わたしはダリ?名無しさん?:04/08/04 17:34
絵画って見る人の完成に委ねられるのだろうけど、
>>
したがって、こうした概念や意味を捨象した絵画は、見る者に不満を引き起こさ
せ、抽象画を現実的ではない物として認識するという特徴がある。

そのため、抽象絵画が、こうした不満を感じさせないのであれば問題はないが、実
際の抽象絵画の多くは、こうした不満を解消できない。そして、抽象絵画を路解す
るために、特定の物の見方あるいは絵画の見方を強制するという前提がたてられて
いる。これは不自然ではないか、というのが、私の考えです。

結局、このあたりが問題なんですよねえ。
見たままで感動するのではなく、何らかの概念でもって鑑賞する
っていうね。私は美術の素養はまるでありませんが、
ギャラリー回りが好きで、よく回って見るのですが、
若い人が描くのは具象から行き着いた先が抽象ではなく
感性まかせでいきなり抽象でしょ。
抽象画でもレベルの高い人はいて、感心しますけど
じゃあ感動したかってーと?なんですよ。
正直言いますと、ジャクソン・ポロックと芸大の学生が
描いたのとどう違うのかわからいんですね。



73 :わたしはダリ?名無しさん?:04/08/05 10:32
感性

74 :NY:04/08/05 13:09
>>72
私としては、あるいは矛盾しているように聞こえるかも知れませんが、
抽象絵画を全面的に否定することは出来ないだろうと考えています。

音楽に例えて言えば、具象絵画は、オペラなどの歌詞を伴った音楽であ
り、抽象絵画は、歌詞がなく、音(おん)の組み合わせで成立するシン
フォニーのようなものでしょう。

ただし、シンフォニーのような歌詞がなく、純粋な音の組み合わせによ
る音楽の出現は、抽象絵画の出現よりも古く、かつ、一般的に受け入れ
られていることから考えれば、聴覚的に、意味が伴わない「音」の受容
は、視覚的に意味がない「色」と「かたち」を組み合わせた抽象絵画よ
りも容易であると考えられます。

換言すれば、視覚的に意味が伴わない抽象絵画は、それを理解するため
には、視覚を通じた物の見方を捨て去ることを要求し、その要
求に対応することが、音楽の場合よりも難しいのではないかと思います。

75 :NY:04/08/05 13:12
>正直言いますと、ジャクソン・ポロックと芸大の学生が
描いたのとどう違うのかわからいんですね。

ジャクソン・ポロックの場合、これは彼の作品に限りませんが、その画
面のタッチ(筆触)やマチエールがすぐれた表現体となっています。

たとえば、ゴッホの最高傑作といわれる「糸杉」や、MOMAの「星月
夜」あるいは、日本のバブル期を象徴する「ガッシェ博士の肖像」など
が優れているのは、そのタッチの一つ一つが優れた表現体であり、それ
らがさまざまな色彩を有して、きわめて密度が濃い世界ができあがって
いるからです。

こうした作品が破壊されて、その一部しか残っていないとしても、(む
ろん、それは画家の意図したものとはかけ離れているけれど、)それ自
体が、何を描いた物かは不明であるが、そのタッチや色彩に表現力があ
るため、視覚的に優れた表現体と言い得るであろうと思います。

たとえば、「糸杉」の絵では、三日月の下あたりの夜空の部分だけが現
存すると仮定した場合、これだけでは何を描いているのかは分かりませ
んが、そのうねり、上昇し、回転する青と白のタッチの表現力に圧倒さ
れると思います。


76 :NY:04/08/05 13:13
たしか、山口瞳の「血族」であったと思いますが、ある三味線の弾き手
が奏でる音色を、「炊きたての白米の一粒一粒が立っているような」と
いうように形容していましたが、これは、三味線のつま弾きが、聞き手
の耳を通して、その内部にピンピンと響き、一つ一つの音が表現体とし
て独立し、かつ、それぞれがつながりあって、感動をもたらす、という
ことでしょう。

ポロックの作品には、こうしたタッチやマチエールによる表現力がある
が、同時に、その画面にみられる形象が意味や概念がないために、日常
的な物の見方を放棄させられることに抵抗を感じてしまうのではないで
しょうか。

ただし、こうした抵抗感は、たとえばルネサンス時代の宗教絵画を多く
見ることによって、その違和感が少なくなるのと同様に、ある程度は中
和できるものではあるのですが、完全になくすることは出来ないと考え



77 :わたしはダリ?名無しさん?:04/08/07 09:07
抽象画は好きですし、否定はしないんですが
技術的には楽な表現形式である抽象画に
安易に向かうのはどうかな?ってことです。

例えば若い人達が「愛の○○」とか「世界の○○」とか
タイトルつけて線や点で画面を覆って
「これが意味するところが伝わらないなら伝わらないでいい」
と考えるなら、それは表現することを否定してるんじゃ
ないかと、じゃあ絵って何?と思うんですよ。
伝えようとするのが芸術なら、伝えようとして行き着いた先が
抽象ならわかりますが、なんで伝わりにくい所へ
最初から行くのか?
ピート・モンドリアンを真似たような絵描いて
大そうなタイトル付けてる人とかいますが
違うんじゃない?と言いたくなるんですよ。

すごく脱線してますがスレタイに
通じる所もあるし、まあいいでしょう。


78 :わたしはダリ?名無しさん?:04/08/09 11:46
抽象画批判のスレでは印象派の話してるし、
こっち来たら今度は抽象の話してんじゃん。

79 :わたしはダリ?名無しさん?:04/08/09 13:01
>>NY
なんか話聞いてると怪しげなレベルの話を滔々と語ってるなあ(笑)
ヴァザーリのいうレオナルドの画稿といのは「たぶんグリザイユ」というより
ナショナルギャラリーにある彼の有名な木炭デッサンのことでしょ。
あとポロックについては、たとえ批判するにしても、マチエール云々ではなく、
せめてフィールド・ペインティングぐらい押さえた議論をして欲しいな。

80 :わたしはダリ?名無しさん?:04/08/10 11:57
話変えてごめんね。

今高1なんですけど夏休み明けに学校で印象派を水彩画で
模写しなきゃいけないんですよ。
で私は今ルノワールの「扇を持つ女」を模写しようと思っているんですけど
あれ難しいんですか?

81 :NY:04/08/10 14:05
>>79

> なんか話聞いてると怪しげなレベルの話を滔々と語ってるなあ(笑)

そう見えるだろ(笑)

> ヴァザーリのいうレオナルドの画稿といのは「たぶんグリザイユ」
というより ナショナルギャラリーにある彼の有名な木炭デッサンのこ
とでしょ。

この「画稿」が木炭デッサンというのは、訳書「ルネサンス画人伝」で訳者の田中英道が
注14で書いたことなんだよ。知っていると思うけどさ。

ところが、「木炭デッサン」というのは、田中の推測に過ぎない(注釈では、「・・・・
と考えられる」と書いてある。)で、私は、これは非常にあやしいと思う。

なぜなら、第一に、人々が「木炭デッサン」を見るためにやってきて、驚嘆したってのは
何となく納得しにくい。レオナルドの木炭デッサンは確かに優れているけれど、人々が
祭日のように二日つづけてやってきて驚嘆したって言われると、ほんまかいな、という
気になる。

第二に、ルーブルにある「聖母子と聖アンナ」も下絵(グリザイユ)のまま放棄された。
このグリサイユを入手したフランス王(フランソワ1世)は、これに色彩を施したくて、
それがレオナルドをフランスに招聘した理由の一つになった。

それで、この下絵は、グリザイユではないだろうか、と考えている。じっさい、レオナルドの
グリザイユは素晴らしいからね。この下絵に驚嘆したってことはたしかに納得できる。
だから、「たぶんグリザイユ」と書いたんだけど、もし、もっと詳しい情報があるなら
聞かせて欲しい。

82 :NY:04/08/10 14:06
> あとポロックについては、たとえ批判するにしても、マチエール
云々ではなく、 せめてフィールド・ペインティングぐらい押さえた議
論をして欲しいな。

これはねぇ、私としてはポロックを論じるつもりで書いたんじゃなく、また、彼を批判して
いるのでもない。

あくまで、抽象絵画のサンプルとしてポロックをとりあげたんであって、抽象絵画の
マチエールが表現体になっていることを言うためだよ。正直な気持ちを言えば、ポロックを
論じる気にはなれない。セザンヌだと、いくらでも論じたいけどね。

83 :NY:04/08/10 14:12
ついでに書いておくと、ルーブルの「聖母子と聖アンナ」に彩色したのは、レオナルドではなくて、
彼の弟子というのが定説のようだ。ま、彼は、彩色の様子を監督してたんだろう。彼としては下絵を完成させて
から長い期間が経っているし、自分ではやる気をなくしたんだろうね。

84 :わたしはダリ?名無しさん?:04/08/10 15:37
ニューヨークさん、話長いよ。
とっても美術に詳しいのはよく分かったから、ちょと落ち着いて。
せめて抽象スレ行ってやって。

85 :わたしはダリ?名無しさん?:04/08/10 16:52
男のくせして、ルノアールはキモイ!!

86 :わたしはダリ?名無しさん?:04/08/10 17:19
>>84
 勝手に仕切るな。

>>85
 おまえは千里眼か?(藁

87 :わたしはダリ?名無しさん?:04/08/10 17:40
>>84
いや、誘導したのはボクだからさ、NYさんにあまり言わないでよ。
でも、あのスレ行くんならここで論じたほうがいいのでは?
NYさんのいわんとしてることはなんとなくわかりますが。
まあ、お金払って買う気がしないのは確かですけど。




88 :わたしはダリ?名無しさん?:04/08/11 18:52
>>81
>この「画稿」が木炭デッサンというのは、訳書「ルネサンス画人伝」で訳者の田中英道が
>注14で書いたことなんだよ。知っていると思うけどさ。
>ところが、「木炭デッサン」というのは、田中の推測に過ぎない(注釈では、「・・・・
>と考えられる」と書いてある。)で、私は、これは非常にあやしいと思う。
イタリア語の原文では、"un cartone"と書かれてます。
(Vasari Volume secondo p.551 ed,EINAUDI TASCABILI)
カルトーネとは厚紙に描かれた下絵であり、おっしゃるようなグリサイユの
下描きを意味しません。このEINAUDI版の注にも、ロンドンのロイアル
アカデミーの所蔵とあります。ですから「田中の推測に過ぎない」という
憶測は誤りです。僕も先日ナショナルギャラリーで観てきましたが、
レオナルド独特のアウラに魅了されました。


89 :NY:04/08/11 23:42
>>88

丁寧な説明をありがとうございます。完全に納得しました。こんなレスをつけて頂けることをひそかに期待していました。

このデッサンは私も見ましたが、ルーブルの完成作を見れば構成がだいぶ異なり、レオナルドの
一次的な構想を示していると思います。このデッサンの後、彼はこの構想を変化させて、より動きをあたえてドラマティックな
画面にしたと考えられますね。

レオナルドのデッサンは大変に優れたものであるけれど、やはり油彩画よりも優れているとは思えません。たとえば、同じナショナルギャラリーでは、
このデッサンを「岩窟の聖母」の上位に置くべきだとは思いません。

90 :わたしはダリ?名無しさん?:04/08/12 01:13
まあ、あんま背伸びをせずにセザンヌのことでも語ってくれ

91 :わたしはダリ?名無しさん?:04/09/11 08:50:41
たまには保守しろよ

92 :わたしはダリ?名無しさん?:04/09/13 07:33:55
岩波だか講談社からもうすぐ印象派の本でますね
8400円とちと高めですが。サンプル見たけど発色は良かったよ。

93 :わたしはダリ?名無しさん?:04/09/19 12:57:07
>>1の言うとおり!
印象派の絵は下手っぽくて、
「どこが芸術!?」って感じが強くする。
わざわざ絵に描く必要がないものばかりだし、
「写真」のように見えないし。
 
それに比べると、
ジェローム、ブーグロー、カバネル、ドラロッシュらの絵は
一見写真かと見まがうように精緻に描かれてるし、
題材は芸術として取り上げるのに適当な
神話や聖書の物語、あるいは歴史で起こったことを取り上げていて
まさに、「これこそ絵画!これこそ芸術!」
っていう感じがひしひしと伝わってくる。

94 :Task ◆mffYek27zY :04/09/19 18:37:22
下手、巧いの判断基準は何?何と比較して決める?
この手のバカスレでは、大体がデッサン力や写実力がヘタウマの物差しと
なって話が進み、まったく幼稚。
物の存在を「写実」という概念でリアルに描き出す技法を用いたのが古典的
写実主義。どのように捉え、解釈し、その分析されたものをどのように再現
できるかを試み、それまでの既成概念を覆した芸術運動が印象派である。
後の抽象概念芸術を生み出す起爆となった、一種のコンセプチュアルアート
として現在は位置づけられている。
ゆえにこれ以降の作品には下手、巧いという価値判断はもはや何の意味も
成さないことが証明されてしまった。
ピカソの作品を下手とか巧いとかいう評論聞いたこと無いでしょ?
まったくトンチンカンなスレと言う事。


95 :Task ◆mffYek27zY :04/09/19 18:46:31
>>93 印象派の絵は下手っぽくて、ってのも幼稚っぽいし、
ジェローム、ブーグローなんかを比較材料にもってくるのも
唐突で幼稚。要するに何らかの文学的解釈が得やすい写実絵画
のほうがレベルが高いと言うことを言いたいんだろうけど、
全く主観的過ぎてナンセンス。それはあんたがそう思っているだけ。
どちらの分野にもそれぞれに良いものもあれば、頂けない物もある
ってことだけなのに。

96 :わたしはダリ?名無しさん?:04/09/19 19:01:32
ネタにマジレスするっていうのもけっこうナンセンスだと思う(笑

97 :わたしはダリ?名無しさん?:04/09/19 19:34:04
>>95
後天的な知識を植え付けられる前の
純粋な小さい子どもに、
ジェロームの絵とモネの絵を見せて、
「どっちが上手だと思う?」と聞けば、
間違いなく全員が前者を指すと思う。


98 :Task ◆mffYek27zY :04/09/19 20:58:08
>>96ネタだろうがなんだろうが間違いは間違い。
誤った見識を指摘するまで。
それより、何かましな私見でも示したら。

99 :Task ◆mffYek27zY :04/09/19 21:00:09
>>97
それはそれでいいじゃない。だから?
何か優劣をつけなければいけない理由は?

100 :わたしはダリ?名無しさん?:04/09/19 22:04:45

わあ〜、 100ゲットよ〜!
 
これでこの先生きのこって
 
いけそうな感じがするわ!

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取りに行ったけどなかった。次は一時間後に取りに行くです。
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