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[[[[[♪音楽はどこまで「言語」か♪]]]]]

1 :虚無好き:04/05/16 00:44
音楽を、言語学からの視点で語るスレ。(じつは雑談)

音声資料(ネタ)は、随時下記のurlにアップ。
ttp://www.geocities.jp/kyomsky2ch/

435 :こさかな:2006/12/10(日) 23:24:52
こんばんみ。工場直送で兄じゃにちょっとレス。
>みんなダウンとアップでは音が違うと認識 しているものだと思っていたけど、、、
ある種のスケール=コードはこれが顕著で、そのためにアップとダウンで構成が違うものが
あるような気がする、といいつつ声が小さくなりますにゃ・・・(誰でもイング兵衛になれた
はーもにっくまいなーはそうじゃなかったでしたかにゃ?)わたしも兄じゃの感覚に一票。
JackendoffがHappy BirthdayをひっくりかえしたYadhtrib Yppahは
人間音楽としてはill-formedだー、みたいな話と関係あるのですにゃ?

しかし虚無せんせの機能にしか着目しない、というのもわかる気がしますにゃ。
私には直観がないのですにゃが、こちらのほうがより高次、というか、
トップダウン処理をしている?ってあってるのかにゃ・・・
概して、ギタリストは細部のフレーズにみみっちくこだわって、
楽曲としては「木をみて森を観ず」みたいなことになるのかにゃー
これを考えると、ジミーページはすごいにゃ!
Hotei vs. CharのStereocasterはほてーに引っ張られてCharがつまんなくなっちゃってたにゃ。
「木を見て森を観ず」の布袋のせいにゃ。

2ちゃんの細かい動向はわかんないですにゃが、天声人語パロはおもしろかったですにゃ!
反応遅すぎですまそ。

436 :こさかな:2006/12/10(日) 23:44:06
そういえば、天声人語の英語版にあるVox Populi, Vox Dei、って「民の声は神の声」の
意のラテン語らすいけど、「天声人語」という構成でこの意味になるのかにゃあ・・・
ラテン語と同じく「人語天声」の方が「人語、すなはち天声也」となる気が(上の訳と同じ)。
「天声人語」とすると、「これは天声を人語を借りて表したものぞ、心してきけい」という
ちょー高慢ちきな感じで、これはこれで朝日新聞らしいのだけど。

437 :仇鱒:2006/12/11(月) 07:36:25
おはよ。てなことで生成スレから出張でつ。はい。

もうわしアルコール完全禁止だな。アルコール摂取すると鼻血出
るようになったわ。だめだな、わし、、、。orz...

>自然言語は考えうる言語の体系からすれば非常に少ない。
>現存/潜在的の点で有標だろう。
そーゆー↑ツッコミつーかレスがくると思っていた。だとすると、自然言語は
自家撞着したタームで、実は内実、人工言語である可能性がある罠。まあ、数の
論理を展開するわけじゃないが、いわゆる人工言語が大多数だとしたら、
そっちが言語としてはデフォで無標になるしな。まあ、個別言語はそりゃ30
00とも5000ともあるとは言われているが、でも結局自然言語には1種類
しかないのだし(←普遍ぶんぽーのこと)、そー考えると可能な言語体系
からゆったら自然言語はチョー有標になる罠。なんか哲学的なハナシ
になってきたが、マジでわしらは生物の特性の中でもかなり有標な言語とゆー
「心的器官」を扱い、且つ、可能な言語の中でも極めて有標な自然言語を
扱っている可能性がある罠。なんかワケワカンナクなってきたけど、自然言語の
無標性というか有標性つーのを考えるのは非常に大事なことであるような希
ガス。



438 :仇鱒:2006/12/11(月) 07:37:00
>こさかなの弟分
>Hotei vs. Char
playersで読みますたがまだ新譜聴いてないでつ。布袋はブライアンセッツアーと
共演したりでスゴイと思いまつ。前にも書いたけど、布袋はテクもピカイチだが
音楽センスは天性のものがある。あのリフはやぱ日本人離れしていると思うし。
チャーももちろんシュキだけどトータルでは実は布袋の方がシュキ
だってりする鴨、と思ったりしまつでつ。はい。

てか、どーでもええことだけど、昨日「さんまのからくりテレビ」とかゆー番組
たまたま見たのだが、ギター少年めちゃくちゃええなー。おじさん感動
しちゃったよ。てか、替え歌コーナーのおやじたちとか、いやー、笑
わせてもらったわ。ゲラ・ゲラ♪だ。わしのツボにどんぴしゃりだ。あの番組
おもしろいな。基本的にわしはテレビを見ない人間なのだが久しぶりに「テレ
ビって面白いな〜」と感じますたよ。はい。

てなことだけど、失禁してきます、でつ。はい。



439 :こさかな:2006/12/11(月) 07:59:33
おはよーございまふ!

>あのリフはやぱ日本人離れ
利府づくりは天才だと思うんですけど・・・布袋の曲を好きになったことがないです。
すみません・・・日本人離れなのは、日本人ではないからでしょうか。

440 :名無し象は鼻がウナギだ!:2006/12/11(月) 13:07:16
上のような、アップ/ダウンストローク問題を検証するためにこそ
>>1にはってあるサイトがあるんだけどにゃ。
いま、MP3エンコーダのある波形編集ソフトのシリアル番号を紛失して、
新しいパソに引越しできなかったのと、あそこのサイトのユーザ名とかPWとかもたぶんなくて、
FFFTPの設定ができないという、かなり間抜けな状況になっておるのだにゃ…
コードの、なんというか感じ方というか同一性のとらえかたなんだけど。
ビギナーのころは、Cメジャーといえば、一組の音名の組み合わせ、
つまり{ド、ミ、ソ}、Cメジャー7thといえば、{ド、ミ、ソ、シ}デアルトイウ、
融通性のない考え方をしていたんだけど、いまはもっと抽象的に
「可能なモードの集合」というか、「可能なフレーズのばくぜんとした集合」のような
捕らえ方をしてるのにゃ。いま、cメジャーが何かと問われたら、
ひとつの表現として、ソ(8下)→[レミソ]→シ(8下)→ド→ミ→シ→ラみたいなフレーズの
なかから、漠然と浮かび上がってくる背景のようなもの、というかんじだにゃ。
([]は、和音をあらわす)
「天声人語」は…「馬耳東風」みたいな妙ちくりんな略形もあるから、
「天声在人語」とかのいみではないの。知らんけど…。また夕方あたり。
玉体に注意してちょ>へーか

441 :虚無:2006/12/11(月) 13:09:10
うーん、最近コテハン読み込むのに時間がかかるんだにゃ。
なんでかにゃ。Cookieの設定のせいかにゃ。自分であげてしまった…

442 :仇鱒:2006/12/11(月) 18:43:20
こんばんみ。

>日本人離れなのは、日本人ではないからでしょうか。
ん?

>「可能なフレーズのばくぜんとした集合」
この場合、純粋に集合つーことでオーダーはなしってことかな?実は、
わしはこのあたりちょいと思うところがあったりしまふ。楽典のようなムズー
なことはよく分からないけど、コードの構成音を出すのにもある程度の順番
があるのではないかと思っている。もちろんアルペジオのように和音を分散
させていろいろ弾くことは可能なのだが、やはりそのコードの<音色>
というものを出すにはそれなりの順番があるような希ガス。で、わし的
にはそのあたりが何となく自然言語に近いような希ガス。ようするに、順不同
ではなくある程度の語順が決まっているようなところが自然言語チックだなと
思ったりする。ようするにシンタクスぽいものがあるような希ガスでありまつ。
で、ぶっちゃけたハナシ、和音の構成音を同時に出すつーのは、なんつーか、
「太郎がリンゴを食べた」で「太郎」と「が」と「リンゴ」と「を」と
「食べ」と「た」を同時にしゃべるのと同じようなもんかなと。んでもって、
構成音で比較的自由に順番の入れ替えが可能なものは言語における
スクランブリングに近いのではないかなと。んなわけねぇーかな(ワラ)

>玉体に注意してちょ>へーか
こりゃどーも、でつ、ちょーかん。てか、玉も体もボロボロっす。orz...

さて、ちょいとメシ喰ってまだ元気あったら生成スレでなんか書くかなー。



443 :名無し象は鼻がウナギだ!:2006/12/11(月) 18:52:55
>コードの構成音を出すのにもある程度の順番があるのではないかと思っている

では例えばド・ミ・ソの三つの和音を

・ドミソ同時
・ド、ミソ
・ドミ、ソ
・ドソ、ミ
・ド、ミ、ソ

のように鳴らす順番を変えると和音の印象が違うのだろうか?違うとするとその印象とはどのようなものだろうか?

444 :仇鱒:2006/12/11(月) 19:22:14
を、はやっ、もうレスついてんのか。

>>443
ま、わし的にはこんな↓感じだな。

(1)ド→ミ→ソ 普通
(2)ド→ソ→ミ ちょっと変
(3)ミ→ド→ソ なんか変
(4)ミ→ソ→ド 普通
(5)ソ→ド→ミ なんか変
(6)ソ→ミ→ド 普通

だからなんとなくだが、普遍音楽みたいなのがあり、(3)と(5)
あたりはちょいと逸脱しているような希ガス。



445 :虚無:2006/12/11(月) 21:50:14
>(3)と(5)あたりはちょいと逸脱しているような希ガス
おぉへーかマジっすか!!??(二発目)

というほどでもないが、たぶんアルペジオ音列ではルート(ド)が、
すくなくともこのばあい、最初と最後にあったほうが安定した感じになると思うのにゃ。
私の予想としては、ルートと5度を中心とした配列が安定しやすく、
(2)や(5)も、ドソミソ、とか、ソドミド、にしると「普通」になると思われる。

で、わたしはへーかのふだんひいているCmaj7thが、
第6弦Eで開放でなってる可能性が高いと思うのにゃ。
つまりCmaj7th on Eで、じつは和音としては若干変種(第1転回)。
もしこの一番低いEが<不可欠>ということになると、わたしとしては、
マ、マ、マ、マジっすかー(3発目)となるにゃ。

446 :こさかな:2006/12/11(月) 22:13:25
プリズム入りの眼鏡を買うために愛用のsteinburgerを手放してしまい、ならせる物が手元に
ないんですにゃが、
>つまりCmaj7th on Eで、じつは和音としては若干変種(第1転回
ガクリの本もなくて第一転回型もなんだったかわすれちゃったですにゃが、
Em7の7thの音を一音引っ込めた物にFmmaj7-5を乗っけた、テンションコードに
なる感じでしょうか?
わたしにとっては気持ちよかー
人差し指をカポタスとがわりにしてFmaj7 on CをつくってCmaj7 on Eと交互にひくと
一晩中繰り返していられる・・・(古井戸時代の仲井戸麗市の曲にそんなのがある)

447 :虚無:2006/12/12(火) 03:05:57
>Em7の7thの音を一音引っ込めた物にFmmaj7-5を乗っけた
どうしてここでFmM7th(b5)がでてくるのかわからないけど、
これは全体としてはおおむねEマイナーの上に(アッパストラクチャとして)Eメジャーが
のっかっているかたちになっていて、非常に珍しいもの、ってか、
わたしがかつて「斬新な」コードとしてアプローチしていたものに近いにゃ。
というのも、(擬似的な)ブルースコードがだいたいCマイナー・オン・Cメジャー
のかたちをしており、わたしはこれをひっくり返せないかと思ったのにゃ。
つまり、メジャー・オン・マイナー。なんというか、イズラミックな響きがして、
非常に<使いづらい>。まあ、いつかはこのコードが普通に使われる日も来るのかもしれない。
で…。なんのハナシだったっけ。
転回というのは、A移動に関連させつつなんだかんだいった記憶があるので、
このスレの上のほうにあるのだにゃ。かならずしもおすすめしにゃい…
いったん中断するのにゃ。

448 :虚無:2006/12/12(火) 03:11:26
ちなみに、わたしが推測したへーかのCmaj7thはこう。
第6開放ミ
第5ラ→ド
第4レ→ミ
第3開放ソ
第2開放シ
第1開放ミ
全体として、3度ミの重複の多いボイシングになってるにゃ。
(ので、6弦のミは必要ないのではないかと思えてくる)
違ってたら訂正してちょ。

449 :仇鱒:2006/12/12(火) 07:37:29
おはよ。またまたコチラに出張(^ ^)

>(2)や(5)も、ドソミソ、とか、ソドミド、にしると「普通」になると思われる。
しょのとーり、でつ。

>>448
え〜っと、そーゆったローコードでもええんだけど、cmaj7はやぱ音の響きを
重視して、わしは次のポジションを使っておりまつ。
6弦:3フレ(G)
5弦:3フレ(C)
4弦:5フレ(G)
3弦:4フレ(B)
2弦:5フレ(E)
1弦:3フレ(G)
とゆーことで、わしの場合G@ソがベースになったヴォイシング
になっておりまつ。んで、このスケールの場合、6弦のGの音は正直絶対
にはずせない。不可欠。とゆーのも、この6弦の音をはずすと音が痩せてしまっ
てcmaj7のもつ独特な広がりがなくなってしまうから。やぱ、なんつーか、6弦
と1弦がオクターブ違う音の関係になっているのだが、この2つの音がセット
にならないとcmaj7本来の音ではない。もっとゆーと、6弦をならしたその余韻
を追いかけるような形で1弦の音が鳴り響かないとダメ。で、もっといいのは、
6弦の音を鳴らしたときに鈴なりがして、その倍音とまさに1弦の音がシンクロ
すること。この状態で音が出せるギターつーのがわし的にはまさに「鳴る」
ギターとなる。で、わし的には、cmaj7を上のポジションつーかスケールで弾
いたときに、だいたいそのギターの性能が分かったりする。と、まあ、また
ヲタなハナシになってすまそん、でつ。

てなことで失禁してきまつ。ほいじゃ〜ねぇ〜♪



450 :名無し象は鼻がウナギだ!:2006/12/12(火) 08:15:41
おもしろいスレだと思う。
しかしなんで皆(ジャズ→ポピュラー音楽派生の)
コード理論にそった論理展開してるんだ?
まあ雑談スレといわれてしまえばそれまでだけどね。

本来のスレ名にそって考えると、もっと根源的なことをテーマにすべき
なのでは?
ダストガーやらマカームやらで語られてもみなさん困るでしょ。
西洋音楽語法も結局、ごく局地的な文化現象なんだから


451 :こさかな:2006/12/13(水) 12:25:21
虚無せんせ、
>>Em7の7thの音を一音引っ込めた物にFmmaj7-5を乗っけた
>どうしてここでFmM7th(b5)がでてくるのかわからないけど、
きゃー、またやってしまいました!中途半端な知識・・・猛省!

>これは全体としてはおおむねEマイナーの上に(アッパストラクチャとして)Eメジャーが
>のっかっているかたちになっていて、非常に珍しいもの、
アッパストラクチャ・トライアドって多分機能的には難しいものかもしれませんけど、
虚無せんせがいうイズラミック、あるいはスパニッシュギターなどでよく聞かれるものですね。
ギターの構造上、解放弦を使ってやりやすいのかも、ですね。
あ、また生半可な知識・・・

452 :虚無:2006/12/13(水) 13:44:00
あ、やっぱしもうちょっとハイポジションですたか…スンマソ>へーか
(ま、いちおう、単純なところから推測するのがセオリーなのにゃむ)
>6弦と1弦がオクターブ違う音の関係になっているのだが
このあたりのハナシはよくわかるんだけど、なにぶんメジャー7thに固有のハナシ
ではないのにゃ。そのポジションでシをbシにすれば、やっぱしおなじ現象が起こるのかニャー。
>もっと根源的なことをテーマにすべき
そりゃどーもご親切に。
>みなさん困るでしょ
べつに困んにゃい。
>ギターの構造上、解放弦を使ってやりやすいのかも
うーん、ピアノのばやい、右手でG7thを発想しながらひいて、右手では
A7thとかBb7thとかの発想でひいて簡易にアッパストラクチャを表現できるけどにゃ。
ギターはどうしてるかさっぱりわかんない。
じつをいうと、Cmaj7thの話をふったのは、この「二階建て」コードのハナシをしたかったからで、
Cmaj7thというのは、かるく二階建てになっていると思う。じつは作曲板にメジャー7thだけでスレがたっていて、
もうそこで何年か前に話したハナシであるが、コードがCmaj7thのとき、
メロディは、ルートであるCをアボイド(禁止音)扱いにしたほうが、このコードの特長がよく出るのである。
古典和声では、ルートがアボイドというのはありえないはなしで、むしろ安定感のために推奨である。
えーと、とりあえずここでいったん切り上げるにゃ。また夕方以降…


453 :虚無:2006/12/13(水) 13:52:37
わたしゃ、右手が2本生えてるのか…orz
えー、左手でlowerのほうを発想するのですにゃ。
通常こういう書き方はしなくて、もっとモーダルな表現にして、右手コンディミ、
とか。またいずれ。


454 :こさかな:2007/01/04(木) 17:30:05
よろぶん!せーへー福まにぱどぅせよ!

『言語くゎはげ百科さじょ』ぬる読ごいんぬんでよ、いスレえ関連いんぬん項目いっこ、
のむのむ大ん興味るる持じょっすにか、何ぉんが書りょごよ。

vocative chant(VC)らぬんげ、初うめ見ぁんぬんで、韓国語えVC同っつん現象ぎ
省覚なそ書るけよ。
『おの科学〜』え出おぬん例以外え(ソウル方言):
Odi kaa-ge? Namja manna-lo!
G -A -G A -A -A
(どこいくのかな?かれし会いにね!:出かける女の子をからかって
SBS drama_Nay Mos-day-lo Hay-la_)

VCって、ちょっとオモシロス・・・it rains cats and dogsみたいのもそうなのかにゃー
韓国語に
tanguni-ji, malbabi-ji
(にんじんじゃん、馬のえさじゃん:
「当然」と発音が似ている「にんじん」を持ってきて、後ろに同じリズムのなんかをつけたもの)
ってのもあってですにゃん。ではまた!ですにゃん。

455 :虚無:2007/01/06(土) 00:14:19
おんや。test

456 :虚無:2007/01/06(土) 00:20:02
おぉ。書き込みできるにゃむ。
といって、あまり内容もないのだが…。
VCとかぜんぜん知らんけど、テキ屋の口上とかにありそうだにゃむ。
「天しゃんポックリテキ屋もビックリ」みたいな。
はっきしいって、日本語クソラップよりも、テキ屋の口上のほうが音楽性で勝る、
とゆーか。テキ屋をモデルにして日本語ラップを作れという感じだにゃー。
米国製ラプーも斜陽の一途だから、このさい香具師流ラップといおうことで。
正月用ネタですた。半島の正月って旧暦じゃなかったけ。ではまたにゃむ。

457 :こさかな:2007/01/06(土) 09:58:30
虚無せんせ、恐れ入谷の鬼子母神、てぇしたもんだよ蛙のしょんべん、にゃ!
VCはメロディ・リズムをもった呼びかけで、
こさ・かな・さー・ん♪ あっ・そ・ぼー
みたいなのです。すべての言語にみられるものだそうですにゃ。
でも、もっと一般に、日常のかけあいやあいの手、啖呵バイなんかも考えていいと思いますニャ。
>香具師流ラップ
ふぉーーーー!

458 :仇鱒:2007/01/06(土) 13:09:06
あけおめー。

てなことで、こさかなの弟分、またもや代理カキコミ乙でつ。どーも、
すんまそん、でつm(_ _)m

で、vc@ヴォカチブ・チャントに関しては、『言語加虐の百科痔典』の
「音楽と言語」のところにいろいろ書かれてある、でつ。
もしよかったらそっちの方をお読み下さい、でつ。個人的にはp760−76
1の日韓比較のところが「ふ〜ん♪にゃる〜♪」と思いますた、でつ。てか、
まさかこさかなの弟分が執筆者のヤン・ミー・ユゥ・チョじゃねぇだろな
(ワラ)

んで、「言語加虐の百科痔典」の改訂版が出ることになったら、ぜひ虚無ちょー
かんに「音ギャグと言言吾」の項目でいろいろ書いてもらいたいと
思っています、でつ。てか、あの事典つくるときぜひ虚無ちょーかんにも参加
してもらいたかったのだがいかんせん連絡のとりようがなかったよ、、、

てなことで、虚無ちょーかん、今年もひとつまた音楽についてアレやコレ
やいろんなことをご教授下さいでつ。

459 :虚無:2007/01/08(月) 02:48:14
>G -A -G A -A -A
って、ラソラララだたのか…。ってゆーか、音楽的ピッチを意識した時点で、
やはりそれは楽曲になってしまっていると思う。
「かくれんぼするものよっといで」と「かごめかごめ」は、どちらも4つのピッチをもつ(私の脳内では)が、
やはり「かごめ」は、あまりにも楽曲として完成されすぎで、歌われるものだにゃーと思う。
で、突然だが、サンポールのCM「ひとかけ、三こすりサンポール」は、たぶん歌のつもりでいってないと思うが、
もしピッチを意識したとするなら、やはり楽曲になってしまうのだ。
もし、VCが普遍的でなおかつ、ピッチの分布がほぼ整数比、つまりだいたいピタゴラス音階に一致するとなると、
がぜんVCに類するものが音階成立などに先行する可能性がある。
それどころか、有理数音階がビルトインされている可能性さえ出てくるのだが…
それはさすがにあるまい…

>今年もひとつまた音楽について
へーか、とりあえず、おめでとさんですM(_ _)M。捨てアド一個さらしとくか。
さらすのはいいんだけど、スレがあがるのがいやだにゃむ。

460 :虚無:2007/01/08(月) 04:20:49
まちがいた…
「サンポール」はたぶん歌で、わたしの脳内にあったのは、
「バンサンカン」か「マロニーちゃん」か…
とにかくあんましメロになってないフレーズなのですた。

461 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/01/08(月) 07:50:49
どこまでも言語

462 :仇鱒:2007/01/08(月) 09:49:58
おはよ。てか、今日は祝日だがところで何の日だ?あん?

>ちょーかん
>捨てアド一個さらしとくか。
あー、無理せんでもええでつよ。ほんと。

>がぜんVCに類するものが音階成立などに先行する可能性がある。
わしもそう思う。てか、あれだなー、言葉遊びみたいなのが音階成立に影響を及
ぼしているようにも思えるし、またその逆もありそうな希ガス。たとえば、沖縄
だとvcとかどーなっているんだろう?沖縄ネイチブのシトどーよ?

>どこまでも言語
ま、それもアリだとは思うが、個人的にはこのスレのタイトルである「音楽
はどこまで「言語」か」とゆーのもそもそもスタンドしうるqなのかと時々思
うときがある。わし的には、前からココでも表明しているように、やぱ、音楽が
言語に似ているとゆーよりは、むしろ言語が音楽に似ているのだと思っている。
そんな強い確信があってゆっているわけではないが、やぱ順序では音楽→言語
だと思う。言語獲得にしても、たぶんだが、赤子は言語を音楽のように聞
いていて、それからその音楽に意味を付与し、それで言語を言語とリコグナイズ
するようになっているのだと思う。つまり、赤子にとって最初に聞く言語とゆー
のは、まさに、<意味抜き>された文字通り言語<形式>であるのだよ。

ま、そんなところだけどもうちょいしたら失禁してくるわ。じゃーな。



463 :虚無:2007/01/17(水) 07:17:04
>そもそもスタンドしうるqなのかと
これについては、前に触れたような気がするけど、もともとこのスレは、
和声進行(規則)がある陳述の<否定>を構成するのに十分なのか、
みたいな半分冗談の論議から始まったのであるにゃ。で、
言語についてなされる<説明>とか<推論>を音楽に施したらどういうことになるかという、
いくぶんメタレベルの議論の場であって、直接言語と音楽の共通性をギロンする場ではないのだにゃ。
直接的類似性ということについては、わたしは否定的見解を持っており、
言語と音楽が、共通の先行的能力をもっているという積極的な理由は何もないし、
失音楽症が失語と関係あるというデータもきいたことないにゃ。
それでも、言語学がはたして健全な問いを発しているのかチェックするといういみでも、
このスレはちょっと有意義なのだ。だぶん。
で、VCが音階成立の基盤になっている、ということにもわたしは否定的で、
なにしろVCはピッチの離散性とピッチが有理数比であることの両方をクリアしている可能性が高い。
(そうでなければ、VCのピッチはヒトの平均的声のピッチを反映する(連続的)正規分布になるだろう)
ということは、VCを持ち出してきても何も前進していないということなのにゃ。
このことは、かりにものすごく<文法>が簡単な言語が発見されたとしても、
もし自然言語に必須の要件を満たしているのであれば、そのカンタン言語は
実質上、一般にフクザツだといわれるsanskritなんかと比較して<本質的にはまったく同じ>
という議論とちょっと似ているのにゃ。そいではまた。

464 :虚無:2007/01/24(水) 06:04:11
前書いたような気もするが。アラビア風「音階」の、平均律からのずれ
(セント単位)
A 0
Bb -10
B -49
C -6
C# +45
D -2
Eb -12
E -51
F -8
F# +43
G# +47

4度上行していくと、なかなか面白い。とゆーか、あきらかに、
CシャープとDフラットがおそらく別の音にしかなりえないことは、
数値のばらつきでわかると思うのだが、それよりも注目してほしいのは、
オクターブで循環するヨーロッパ的スケール概念が、正確な意味では存在しないこの
「音階」でも、やはり4度音程については、かなりの一致を見せるということである。
これは、鼻歌みたいにして音階がなんとなく成立したのではないことの、かなり強力な示唆のような気がするのだが。
もちろん<ヨーロッパ旋法>について、かなり相対化してみないといけないのはたしか。


465 :虚無:2007/02/15(木) 05:46:05
最近ちょっと古典和声のクイズやってみてるんだが、
いやー、いろんな意味で面白い。

たとえば連続5度禁止ってのは、ほんとうに基本的な制約のひとつなんだけど、
けっこうアドホックな例外が多いんだにゃ。Am->Dmのときは許されるとか。しかも説明いっさいなし。
連続5度禁止、連続8度禁止というのは、和音ABCが、和音A’B’C’に移行したとき、
任意の音程たとえばBCが、完全5度だったとき、次のB’C’はその5度を保持してはならない、
という規則なのにゃ。

で、これはけっこうかんたんにオートマトンの受理問題に置き換えることができる。
AB間が5度、BC間が3度、という関係をaaaaabbbcみたいに置き換えて、
連続5度をなしている記号列というのは、たとえばaaaaabbbcaaaaabbbbcみたいになる。
(aの5個連続が、連続して現れる)
これを受理しなければいいのである。

AC間の完全8度はaaaaabbbcであらわされる。
連続8度はaaaaabbbcaaabbbbbcで、aとbの合計であらわされることに注意。

まあ、ちょっとどうかなというぶぶんもあるけど、形式化を推し進めていくと、
とにかくヒトの直観からどんどんはなれていくのにゃ。ギャグについてもそれは同じ。


466 :虚無:2007/02/28(水) 21:39:32
じつはたまに漫然とバッハのピアノ曲弾いてるんだけど、
最近ショッキングな発見をしてしまったにゃ。っつーか、説明は難しいのだが…
まあ、ふつう和声的な曲というのは、楽譜をタテにみたとき、
つまりAパート、Bパート、Cパート、とあったとき、ある同時的な拍節をみたとき、
和声的には一致しているのだにゃ。
つまりボーカルはCメジャースケールの旋律を、ギターがGセブンスを、ベースが
全然関係ないBフラットをおさえているということは、それはようするにメチャクチャということで、
それはそれなりに計算されていればある種の<作品>にはなると思うのだが、原則ありえない。
これを、かりに<和声的シンクロの原理>ということで、直感的にも、
すべてのパートが調和しているのは、各パートがあらゆる瞬間に、
和声的に同じ解釈を受けるような<動き方>をしているということなんだにゃ。
そして、わたしはこれはリスナーについても、ある瞬間にひとつの和声しか
解釈できないという制約があるものだと思っていたにゃ。同時に二つの楽曲が楽しめないのは、
ひとつにはリズムの問題もあるが、たとえリズムを同期させても、和声進行が一致していないと、
原則アンサンブルは不可能にゃ。で、バッハの曲も、ていねいにやれば、
以上のような和声解釈ができるものだと思っていたのだにゃ。
ところが、たいへんな間違いであることがわかった…
バッハは、ふたつの矛盾する和声進行を前提とするような旋律を、組み合わせていたのである。
これは、ちょっと言語ではそれに比較できるような現象というのはないのだが、
たとえば右耳と左耳に同時に別々のブンを聞かせて、脳内でひとつの適格なブンとして
解釈された、みたいなもんかにゃあ。
もう少し、わかりやすい例を思いついたらまた書くにゃ。なんとなく繰り上げ。


467 :(´∀`)@リハ:2007/02/28(水) 22:16:03
体位、いや対位法?


468 :虚無:2007/03/03(土) 11:16:29
>>467
まあ、あたり。

新ネタ『マイナー仰げば尊し』作ってみた。ほとんどコピー&ペーストだけど…
ここでどうぞ。
http://www.geocities.jp/kyomsky2ch/


469 :虚無:2007/03/11(日) 16:45:13

新『君が代』 さすがに疲れが見えてきたにゃ…

http://www.geocities.jp/kyomsky2ch/


470 :(´∀`)@リハ:2007/03/11(日) 20:42:39
回転不良のレコードプレーヤー乙

471 :こさかな:2007/05/01(火) 23:01:28
虚無せんせ、どっかで速い回線みつけてききますにゃ
(会社のはやばそう)
明日は鶴橋いこかにゃー

472 :こさかな:2007/05/13(日) 19:21:42
昨日博多から帰ってきて、明日から一週間また博多です。
ガスガンみにいきたいガスガンみにいきたいガスガンみにいきたい

・・・というとうちのピアノがすねるから、ちょっとひいてみる。

ホテルでLANケーブル借りて、虚無せんせの新作をみるにゃ!

473 :虚無:2007/06/09(土) 13:23:01 0
新作は、スケール構成音が増えていく曲のほう?
(あれにはeScalationという曲名がついている)

また古魚先生と<直観>と<真理>について語りたいのだにゃ。
このばあいの直観とは、疑うことのできないほどの直接的な認識で、
しばしば、「還元不可能」という言い方がなされる。たとえば時間の直観などがいい例だけど、
まあわたしはあいかわらず、直観は真理の条件ではないという立場。(むしろ、
歴史的には、かんちがいした直観が数多くあるにゃ。)

474 :こさかな:2007/06/09(土) 22:06:53 0
私も虚無せんせの議論に混ぜてもらいたいですニャ。

でも今の仕事はちょとキツーでつ・・・今週は五時起きで隣の県に出張、日帰りで、
来週もでつ。ピアノ弾きたい・・・

しばらく前まで電気回路の勉強していたのですが、いかに私が何も知らなかったか、という
ことだけわかりますた。

ところで「還元不可能」は、何か、宗教的な禁忌のような感じもする。
自明な「直観」とされたのも実はある宗教文化圏での刷り込みであって、
そこから抜け出す人って、正直すごいにゃ。
ただ、一部科学者に見られる、素朴な還元論者はいただけない、という気が
するときがありますにゃ。というか、なんでも還元しちゃえば「科学」みたいな。
エンジニアの立場から自己批判的に言わせてもらうと(実は今の肩書きはエンジニア)、
三次元測定器でバーチュアルな平面をつくり、そこの数点の距離を計測することが
ある部品の実測値であるとする。しかし、それはあくまで品質保証のための、
理想値からのずれを測るのであって、「部品」を構成するものではない。
でもきっと工学系の研究者には、定量分析の総合が、在る実体を構成する、といって
何が悪い、そのデータを基にいろんなことができるんだから、内在論者のように
引っ込み思案なより何千倍もいい、というにちがいにゃい。
でも、これには納得できないにゃん。

直観、還元、数理。これらについて、すべてinsightfulななにかが無ければ価値なし、
という暴論をあえてくりかえしますにゃ。

しかしピアノはギターとはぜんぜんちがうにゃ!当たり前にゃけど・・・

475 :虚無:2007/06/13(水) 02:37:07 0
えーと、まず用語の点でおおきなへだたりがあるにゃ…
どこから手をつけていいかもわからにゃい。

とにかく、物理主義・心理主義・論理主義という三すくみの状況があり、
いずれかを完全な基礎構造とみなしてしまうとたいがいうまくいかなくなるのだが、
それでも古魚先生と、彦頁については「心理主義者」とみなしていいかと思う。
わたしは新カント主義者の末裔で、観念主義者であるが、
さしあたって心理主義者をたたきつぶししておかなければと思ってるにゃ。

>定量分析の総合が、在る実体を構成する、といって
何が悪い

そのとーり!!まったく悪くない。さすが工学系のあんちゃん。

さて、古魚先生とのあいだに戦争勃発にゃ!!

476 :虚無:2007/06/16(土) 09:17:26 0
戦争勃発してないみたいだにゃ…

そのようなわけで、もう少し補足すると、物理主義における還元が
皆様ご存知、とゆーかなぜかチョムスキー信者に認知度が高い「素粒子」や
いくつかの宇宙定数に関すること。
論理主義における還元は、公理と推論規則。
心理主義における還元は、<直観>と、先験的なカテゴリーとかに着せられることになると思われる。
心理主義は固有の自我<かけがえのないこのわたし>の存在論の問題を一手にしょっており、
<わたし>の存在は、物理的にもとんち的にも導出したり証拠とみなすことができない、
いっぽうで、わたしの存在はわたしの直観にいちばん近いところにあるため、絶対的に確実である、
ともみなされる。

直観は、哲学的文脈では<原子的認識>であって、それ以上の根拠づけができない。がしかし、
「宗教的思い込み」とはまったく次元の違う問題でなのにゃ。
ちょっか古魚先生は。たとえば(これもなぜかポピュラーな話題)<地球は動かない>みたいな判断を、
直観とみなしているのかにゃ。それは、どのような文脈にせよ誤りだにゃん。

なんにせよ、心理主義は哲学的には非常に強い力を持っているため、簡単な論駁はできない。
いっぽうで、現代の標準的な心理学者は心理主義をとっていないこともお忘れなくにゃ。

477 :虚無:2007/06/16(土) 09:21:59 0
>物理的にもとんち的にも

(正)物理的にも論理的にも
tとrが交替してたにょ…

478 :こさかな:2007/06/23(土) 21:17:21 0
ああ、すみません!虚無せんせ!三週間ほど出向してますた!
(某海外工場から着いた部品の測定)

では、戦争なのです!
といっても、時間たっちゃったにゃ・・・

今日はDELLのパソコンが届いて、ちょっとハッピー。これにのせられる
CADを物色中。虚無せんせ、そっち方面は詳しいですかにゃ・・・

というか、最近、「公差」の問題でアメリカのある方と日米開戦の準備を進めてるのですにゃ。
むこうは、寸法上の最大公差0.8mmを「設計上の指定」と勘違いして、しかもそこは非機能部位にゃのに
ぜんぶNGとはじいてしまっていて、「損害賠償汁!」とほざいてるのですにゃ。
私にとって、アメリカ人はみんな生成文法家のように賢いもの、という前提で話をしちゃうのですにゃが、
ときどきうすらばかがいるんだにゃーと感心している今日この頃。

寸法公差の問題を考える時、いつも、前に虚無せんせが例にだした、山の頂きを頂点とした
でっかい三角形の内角を測って180度になるか、というのをおもいだしますにゃ。
そのころの人って、常識としてどんな考えをもってたんでしょう?「180度なんてあるわけ
にゃーにゃん」と思っていたんでしょうか。拙者を含め、部品は「寸法通りの部品なんてあるわけ
ねーじゃん」と思ってますにゃが、でもイデア主義者からは離れられない、分裂状態ですにゃ。

479 :虚無:2007/06/24(日) 09:41:49 0
おぉ、古魚先生ナイスレスサンクス。

まず数学は感性に直接真理として「うったえる」幾何学(証明)を絶対確実な真理として
「最高法廷」として考える時代が近世まで続き、それまでは代数は算術上の便宜的方法でしかなかった。
のだが、デカルトが見事に代数と幾何学をケコーンさせる。
とはいうものの、数学が、われわれの現実的世界をなんらかのかたちで反映しているのではないかという
つまり、数学を単なる記号操作にしたくないという思いが、18世紀まで続き、
非ユークリッド幾何学の<発見>にともなって、<ホンモノの幾何学>はどれか、
ということで、大三角形の計測が行われたのであるにゃ。
>常識としてどんな考えをもってたんでしょう
物質的現実世界に純粋な三角形は存在せず、観念的にしか存在しない、というところまでは、
べつに近代を待たなくても、あるしゅのプラトニズムとしてつねに存在していたのにゃ。
わたしが、心理主義的直観を捨てろ、というほんとうの理由は、このイデア的三角形すら不要だから。
それは、記号列に対する、心的解釈のひとつにすぎない。
まあ、ひとつの例として、三角形のひとつの頂点が<新宿駅>、もうひとつの頂点が<秋葉原>であるとして、
残るもうひとつの頂点が<5時35分>であったら、われわれはふつうのいみで三角形の直観像ももちえない。
だがしかし、これは可能な記号列の心的解釈がたまたま三角形の直観像を形成しないだけであって、
記号列としては、3つの点が定義されれば三角形は構成されるのであり、もっとぶっちゃけていえば、
「三角形」そのものがかかる記号列の、不 必 要 な心的解釈のひとつなのであるにゃ。

ちょっといったん中断。


480 :こさかな:2007/06/24(日) 10:23:54 0
虚無せんせ、おはようございます、にゃん。

>もっとぶっちゃけていえば、
>「三角形」そのものがかかる記号列の、不 必 要 な心的解釈のひとつなのであるにゃ。

な、なんと!まあ、たしかに非ユークリッド幾何学のことを考えれば納得できる部分は
あるにせよ、曲率を変えた三角形は数学的プラトニック・ラバーには、ほすぃ・・・
と思っていましたが。駅と時点からなる三角形、というか図形は、さいしょビクーリしましたが、
デカルトがはじめて、今や中学生だってやっている座標幾何で考えれば納得です。
にゃるほろ・・・

>>常識としてどんな考えをもってたんでしょう
>物質的現実世界に純粋な三角形は存在せず、観念的にしか存在しない、というところまでは、
>べつに近代を待たなくても、あるしゅのプラトニズムとしてつねに存在していたのにゃ。
そだったでつか!つーか、古代ギリシャから、「本当の平面」をこの世界に作ろうとしている
人間ってぶぁか?もしかするといまでも「これこれの精度で削れます」とか言ってるのって、
字義通りとるとあふぉだけど、実際には嵌合の相手との兼ね合いで、精密な世界が要求されるので、
それに対応できる、って町工場のおさーんは言ってるだけなのだろうにゃ。
でもアナウンサーは「これで設計図通りの正確なものがつくれるんですね」とかいっちゃってるけど、
よく考えると変なのかも・・・

虚無せんせの続きをまったり待ち。

481 :仇鱒:2007/06/24(日) 20:29:09 0
>こさかなの弟分
おひさですー(^^)元気そうで何よりです。えっと、例の件だけど、ひとつフンドシ
ぎゅっと締めてよろしゅうおながいいたいまつm(_ _)m

>虚無ちょーかん
(^^)ニコニコ

482 :虚無:2007/06/24(日) 21:37:59 0
いやじつをいうと、わたしは、数学を<算術的実践>とみなすヴィトからみれば
立派で健全で愛国的なプラトニストですからにゃー。ハナシややこしくなってきたにゃ。

曲率が0でない曲面上の三角形については落とし穴がもうひとつあって、
「球面上の三角形」が何を指示するかについて、多くの人が親しみのあるほうの
「狭く囲まれた領域」をさすという、あるしゅのバイアスだにゃ。新宿、秋葉原、品川を頂点とする三角形は、
おそらく直観的には東京都内におさまる三角の領域を思い浮かべると思うけど、
論理的には図と地は有限の領域で反転させても矛盾は起こらない。球面上では、三角形の外側も三角形であり、
両者は数学的対象として等価とはいわないまでも、<外側三角形>は三角形としての要件をすべて満たすのにゃ。

このへん、なんとなく言葉を濁してしまうんだけど、それというのも
2005年くらいに<ジョルダン閉曲線定理>の完全証明がなされて、あらゆる閉曲線が<内部>と<外部>
をわけることが<証明された!!>。これなどが、いかに数学が直観を当てにしてないかという好例だけど、
わたしにはさっぱり証明の内容がわかんないので、(現実世界への)その適用可能性についてなにもコメントできないにゃむ。



483 :虚無:2007/06/24(日) 21:40:03 0
数学が現実世界を表象するというのはまだわかりやすいんだけど、
なぜに世界のほうが数学を表象しているように見えるのか、のほうはたいへん難しい。一般的に。
自然は、「アナログコンピュータ」として機能できるというのが最大のナゾである。

じつは、おおくの「知的な」人間が相対主義にとびついて満足しているが、
なぜに「素朴実在論」でもけっこううまくいっているのかのほうが、よほどナゾーなのにゃ。
認知心理学者は、ある観測された脳内イベントを「自分の脳内」でも生起していると考えることに、
なんの疑問を抱かないが、これはあるいみ健全な志向であって、「認識論的に敏感さが欠如していること」は、
必ずしも批判するに値しないのにゃ。
最近「鈍感力」みたいな本なかったっけ??。それはともかく、わたしは認識論的鈍感力を支持するにゃ。
それは、真理に<わたし>という立会人が絶対に必要だという思い込みに、頑強に抵抗することなのだにゃん。




484 :虚無:2007/06/24(日) 21:53:29 0
ちょっと「哲学より」になったので、言語学よりにするにゃ。

まず心的解釈について、これはわたしが従来「意味抜き」といてきたときの「意味」
に相当するのでわかりにくい。整理すると。

1)2++35-=
これは、文法に違反する不適格な文字列なので何もコメントできない。相対的に無意味だとするしかない。
2)2+3=6
これは適格な文字列。であるが、公理から演繹できないので、定理ではない。
3)2+3=5
これは適格な文字列であり、定理である。心的解釈も持ちうるが、それが唯一の解釈ではない。
これが<偽>となるような心的解釈が存在し、それによって、「数学ですべて解明できるわけではない」
といった、あまり適切ではない一般論に発展することがある。

まあ、そんなところ。へーかはニコニコ動画のキャンペーンにいらっしゃったのかにゃ。

485 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/13(金) 15:04:23 0


陸上】大阪世界陸上、経済効果試算は471億円にとどまる チケットの売れ行きはまだ3割


1 :鯔のへそφ ★:2007/07/06(金) 11:23:49 ID:???0


 スターがおらな、もうかりまへん? 今日6日で大阪世界選手権の開幕(8月25日)まで50日となった。
関大大学院会計研究科の宮本勝浩教授(62)のグループは、大会の経済効果を471億円と試算。
盛り上がりには「日本人スターの存在が不可欠」と分析した。

 471億円。庶民には途方もない金額だが、02年サッカーW杯日韓共催大会は約10倍の4759億円
(電通調べ)、03年プロ野球阪神優勝は約3倍の1481億円(同教授ら調べ)だった。宮本教授は
「陸上はファンの絶対数が少ない」と説明した。

 カギを握るのは日本人スターの登場だ。「為末選手や室伏選手はいるが、もうひと皮むけたスターが
いれば効果は何倍にもなる」。例えば競走馬ディープインパクトは1頭で262億円もの経済効果をもたらした。
大会関係者によるとチケットの売れ行きは「まだ3割程度」と伸び悩む現状だが、走り幅跳びの池田久美子や
1万メートルの女子高生代表絹川愛らスター候補の成績には、経済界も熱い視線を注いでいる…はずだ。
http://osaka.nikkansports.com/news/p-on-tp2-20070706-222914.html

依頼
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1183670279/14







486 :虚無:2007/07/25(水) 16:14:28 0
ここって、てこいれしなきゃいけないんだけど、ちょっと時間の問題、
時間がないということじゃなくて、時間の直観の問題がからんで非常に難しい。

デカルトの功績のひとつは、意識の対象が、いわゆる延長実体であり、
すべての心的性質と思われるもの、匂いとか色とかを剥奪したことにある。
いまでこそ、色や匂いの物質的相当物がある程度明らかになっているので、
そのドラスティックさがよくわからなくなっているのだが、
要するに、ふつうに数学で用いる<座標>に写像可能なものだけを実体として認めようということで、
このことが英国の無神論的実証主義と習合して、近代科学の理念となるのにゃ。

これだけでは、ただの「というハナシだったとさ」の話になってしまうので、
デカルトが感性にたよりすぎるガリレオの実験的手法に文句を言ったり、
デカルト派の人間がニュートン『プリンキピア』のgravitasをただの「数学的構築物」と
みなして、まったく歯牙にもかけなかったりすること、これらのことが、「仮説」とは何かということに
非常に重要な示唆を与えるのである。
今でこそ、保存則が確認されれば、運動量も、それを微分した運動エネルギーも、
そちらかが実在してどちらかはfigment of imaginationなんてことは問題にならない。
保存されないエントロピーという<量>もあるし、これは客観量とは完全にはいいがたいのである。
が、デカルトにとっての仮説は、思惟の目に見えること、すなわち何らかの心的解釈が
必要であったことを示すものであろう。その後、自然科学は、非神学化とともにますます形式化、
数学化してくことになるのにゃ。プリンキピアを認める限りそうならざるを得ないが、
ニュートン本人もまた、力をなんらかの、なんというかわかりやくすいえば
「意志のようなもの」とみていたふしがある。当時は、そもそも出版の自由と言う概念さえない時代なので、
公刊された物からその真意をくみとることはむずかしい。プリンキピアも形式的には機械論主義にオマージュ
されたことになってるし。
ニュートンのホンネは、個人的な書簡でもみるほかはない。続きはまた今度。

487 :虚無:2007/08/11(土) 07:03:27 0
「仮説のない物理学」のアイディアは、わたしのものではないので、参考のために
このテーマにジャストにあった部分を紹介しておくけど、あんまし引用するとゴルァとなりそうなので、
ちょっとだけにしておく。

…宇宙の質量の相互的な引力の根拠(グルント)をめぐる問いには、
物理学者としての物理学者は煩わされなくてもよいし、思弁的な仮説に迷い込まなくてもよい。
というのも、物理学者にとって引力とは、物体がその軌道のあらゆる点で得る加速度の大きさを制御する
ある一定の数値以外の何物でもないからである。それにのっとってこの数値が点から点へと変化するところの法則が、
重力の「本性」(ナトゥール)に関して権利づけられるすべての設問にたいする回答を含んでいる。
この説明を一般化し自然科学の全領域にまで押し広げたのは、ニュートンの最初の信奉者と弟子たちであった。
<仮説のない物理学>という要請をはじめて原理的に厳格に提唱したのは彼らであった。
『実体概念と関数概念』(E・カッシーラー)p.159

488 :虚無:2007/09/08(土) 07:56:30 0
サボりすぎてるにゃ。たまには新ネタいくのにゃ。

http://www.geocities.jp/kyomsky2ch/



489 :仇鱒:2007/09/08(土) 18:47:00 0
虚無ちょーかん。おひさでつ。でもなかったりして(ワラ)で、エスカレーション
拝聴させていただきますた。いやはや、なんとなく「たらこ」ぽくて、そんでもっ
てジャパニーズていすとがあって「ほほ〜♪」と思いますた。なんとなく癒し系な
んだけどビミョーに心を不安にさせる感じがしてこれまた「ほほ〜♪」と思います
た。で、人間インストメンタルしている女性の方はサザエさんを歌っている人と同
じ人かな?なんとなく声質が同じような、、、。てか、ヴォーカルの女性の人はち
ゃんと音程とれてるし楽譜通りに歌っているし、もしかしてどっかで「歌姫」やっ
てるとか?ま、何はともあれ、音楽はええなー。わしは最近もっぱらアコースティ
ックギターばかり弾いているが、やぱ最後はアコースティックかな〜と思う。やぱ
、なんとゆうか、エレキのような電気楽器はシンセのような電気楽器でほぼ再現で
きるが、やぱアコースティックギターのような非電気楽器の音はシンセでは再現す
るのはムズーだからな。このあたりがやぱアコースティックな楽器のオリジナルさ
があると思うんだな。うむ(←山下清風

490 :こさかな:2007/09/16(日) 12:53:15 0
みなさま、おひさです。

最近、体験した現象:
 ある条件下で、すべての音が、半音ほど下がって聞こえる(これが二日ほどつづいた)

どんな条件かは、まねされるとヤなので、伏せときます。
虚無せんせ、この現象ってよく知られている物ですか?
(条件、については仇兄にメールしときます)

ではノシ

491 :虚無:2007/09/22(土) 06:15:03 0
最近ブログはじめてから、あまり2ちゃんには来なくなってしまった…
が、また来るようにしますにゃ。

>シンセでは再現
このばあい、入力装置が「ケンバン」であることがいちばんネックになっていると思う。
あとMIDI規格にそっちゃうと、再現できるイベントが極端に制限されてしまうのにゃ。

ふつうに電子デバイスでも、アナログな入力は、スライダーとかチューナーのツマミとか、
いろいろなところで現役なわけで、それらを演奏の入力にすれば、デジタル性みたいなのは
回避できる。シンセ=ケンバン入力、というのは、べつに必然でも何でもないのにゃ。

こさかな先生おひさでつにゃ。
>すべての音が、
となると、自分の声も、ということになるので、ドップラー現象の類ではないですにゃー。
物理的に言えば、気圧の変化が有力な候補になるけど、
心的な時間が速くなれば、相対的に周波数が遅く感じられる、ということもありえる。
いずれにしても、そのような現象はよく知らないのにゃ。

492 :こさかな:2007/10/31(水) 18:57:04 0
虚無せんせ、おひさでつ。
>心的な時間が速くなれば、相対的に周波数が遅く感じられる、ということもありえる
これはちょっと納得です。可能性ありかもでつ。
弁増寺亜系のものを他用したので、一次的にそんな状態になったかもでつ。
しかし、そうすると、心の中に音叉みたいなのがあって、それに照らし合わせて
音の処理結果はxHzちがう、みたいになってるのかにゃあ

最近、たくさんではないでつが、ピアノを引く日本の女性シンガーに
ひかれています。特にあんげら安芸、萌え。でもピアノの練習はさぼっているのです。

493 :虚無:2007/11/13(火) 06:20:15 0
どーもおひさでございますにゃ。
>あんげら安芸
わたしは、ひねくれた性格なので、久しぶりだというのにいきなり毒舌なのであるが、
たぶんこのひとの『サクラ』がどうしたとかいうビデオクリップをみて、
邦楽やっぱしダメポ…と思ったのでした。

いや、言い方を換えれば、商業音楽と言うのは総合技芸であるので、アンゲラのあるしゅの人間的価値、
というか「アーティスト」という名の下でのあるしゅの(音楽と無関係な)
(美貌とかライフスタイルとか巨乳とかカリスマ性のような)商品価値と、
そして楽曲を、音声的マテリアルとしてきわめてエンジニア的に洗練して商品化する技術、このへんで
日本はそんなに引けを取ってないと思うのだが、
『サクラ』がどうのという「うた」に関しては、これはもうほとんど芸術的価値のないものだにゃ。
作曲家は、寝ぼけて書いたのか?というくらいだにゃ。

まえに書いたかも知らんが小室が全盛期の頃、「カラオケで歌われること」をマーケティングの対象にしたために、
あえてピッチの変移の少ない、「歌いやすい」メロが流行し、かよー曲が腐敗したけれども、
あんげらにも、同様のものを感じているのでした。毒舌でスマン尿。

またこりずにお越しくださいにゃ。

494 :(´∀`)@リハ:2007/11/14(水) 20:00:23 0
ちなみにArch Enemyのvoのアンジェラ・ゴソウ知ってるかにゃ
ttp://www.angelagossow.com/
男勝りのデス声萌え〜


495 :仇鱒:2007/11/14(水) 22:41:45 0
それ↑ならわし知っとるぞ。
てか、前に生成スレで『メタル ヘッドバンガーズ・ジャーニー』とゆう
ビデオを紹介したかと思うが、その中でもスゲェデス声のヲンナが出て
いたけどな。うむ。

496 :(´∀`)@リハ:2007/11/15(木) 02:10:56 0
んじゃ次回はArch EmenyのライヴDVD送るにゃむ

497 :仇鱒:2007/11/15(木) 07:03:50 0
を、さんくす(ぺこり)今時間がないから直ぐに見るとゆうわけにはいかな
いが、見たら直ぐにバックすっから。てか、日本のヲンナでダミ声つーたら
、やぱ、藤圭子だ罠。あと、葛城ユキあたりかな。てか、わしはダミ声ちゅ
ーか空気の含有率が高い声ってシュキだったりするんだな。まあ、ようする
に、ハスキーな声の女性ってちょいと萌えたりする。てか、ハスキーな声の
ヲンナに出会うと無性にいじめてもらいたくなってくる(ワラ)ま、あと、
あれだなー、ダミ声つーと、昔@工房の頃、マイクにディストーションかけ
てエフェクターでダミ声つくったりしてたけどな。てか、ダミ声の人の声帯
には天然のディストーションがあったりすんのかな?音声学てか音響学に詳
しい人、ちょいと教えて栗。うむ。

498 :(´∀`)@リハ:2007/11/15(木) 12:28:34 0
天然のダミ声と歌唱法としてのデス声は別物にゃむ
アンジェラの姉御も普段はフツーの声しとるにゃ
いかにも喉に悪そうな歌い方にゃが、負担かけないテクがあるんであろうにゃ
ttp://www.youtube.com/watch?v=IdjoK8D6DwI&feature=related


499 :仇鱒:2007/11/15(木) 19:18:37 0
>いかにも喉に悪そうな歌い方にゃが、
てか、わしがあんな歌い方したら痰吐きまくりだな(ワラ)あと、あれだな、
やぱ、地声がフツーだとゆうことは、喉のあたりにディストーションがあって、
そのディストーションをスイッチオンすることにより、あんなダミ声とゆうか
歪んだ声を出してんじゃねぇのかな。うむ。あと、あれだ、ホーミーなんかは
絶対に喉のあたりにオクターバーとワウペダルがついてると思うわ(ワラ)
まあ、人間も訓練次第では喉にエフェクターを実装できるとゆうことじゃねぇ
かな。ははははは。ちなみに江戸屋猫八は喉にネコと犬を飼っているわけだが。
うむ。あ、鼻の穴にはスズムシも飼ってる罠。

ちゅーか、アンジェラのねぇちゃん、あんな声が出るつーのは喉ティムポつて
んじゃね?


500 :こさかな:2007/11/16(金) 19:30:29 0
なんか、あんげら安芸が虚無首相に色々いわれてるし・・・
たしかに手が小さくて、あんまりピアノの技巧として面白いことないし、
歌詞も、なんて人だったか、はじめての横書き小説とか書いてた人の、
アメリカの視点からほれた和風、みたいな。
でも首相のいう、巨乳とかメガネとかそういうのに惹かれているに違いない
(しょぼーん

そのあとのdeepな議論にはついていけないので、とりあえず
『のだめカンタービレ』19巻刊行マンセー!

501 :(´∀`)@リハ:2007/11/16(金) 23:12:16 0
ツェッペリン公演の切符2枚に1900万円
ttp://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20071116-OHT1T00152.htm

ついでに『生物科学』59:2発行マンセー(あれ?

502 :虚無:2007/11/17(土) 01:44:38 0
むにゃなんだかひとが多い…
アンゲラアキ問題については、まず某所で書いたメロディー類型について書いたものを
コピペするのにゃ。

1)ひとつは、スケール上隣接する音に移行するもので、ドレミファミレミファソラソファ…
のようなかんじで、賛美歌がこの「順進行」だけで成立しているばあいがあります。
歌いやすいですが、退屈なメロディーになりがちです。

2)ふたつめは、和声の構成音の中でいったりきたりする、多少跳躍を含むものです。
ミソドソミドミソ…のようになります。
アルペジオに近いですね。流れるようなメロディーとは半極のものですが、
ちょっと原色に近い力強さがあります。

3)3つ目は、5度以上の、完全な跳躍です。大ジャンプです。1オクターブはなれることもあります。
昔のハリウッド映画のテーマ曲の出だしが、このような跳躍進行からなるものが多いです。
Some--WWWheeeeeeeeere over the rainbow...とか、
『風とともに去りぬ』の、テーレーーーーーレレーーーーとか、
『スターヲーズ』の、ちゃーーーっちゃーーーーーー…とか。。

503 :虚無:2007/11/17(土) 01:53:09 0
さて、まずこの類型について、結局のところ音程差を大中小に分類しただけにすぎず、
「いかなる恣意的な音列をもってきても、必然的にどこかのクラスに分類される。
ゆえに空虚な分類だ」
と考えた人は、思想化、というか科学者として優秀ではないかと思う。

そのとおりで、わたしはこの類型化が動組織化されるかについてまったく述べていにゃい。

ドーブツをかりに、大型、中型、小型に分類したとしても、それだけにすぎないなら、
かかる分類は、<ウンコ>にも当てはまるのである。
けっきょく、類型論と言うのは、ある種の起源、または組織化や、構成の手順などに具体的に踏み込んで、
その対象の構成法(このばあいは作曲)にまで説明が及ばないと、空虚である。

<対象の構成>をなすものが、価値のある説明、<後付け>のそしりを免れえるような
科学的な説明となるにゃ。このことは、ややこしいのでまた後に。いまはアンゲラ問題だったにゃ。


504 :虚無:2007/11/17(土) 02:02:42 0
えーと、『サクラ色』については、旋律は記憶によると、
♪ソソソソソラシシ〜ドド〜、
ドドドシラソソ〜ファミ、(ともかくこんなかんじ)
しばらくすると、ミドド、ミドド、ミドド〜というので終止される。
(記憶もされやすく、(というかアタマにこびりつきやすく)しかも歌い安すぎ)

ほとんどが順進行、つまり隣り合った音程への移行であり、
どうじに誓われているコード進行は作曲する人間なら誰でもご存知の、
超のつくウレセン進行、ベースがドシラソファミレ、と、これまた
1個ずつ下がっていく進行で、無数のヒット曲を生み出している(『渡らせ橋』とか)
(間抜けな邦題のついているHave You Never Been Mellowというのもあった)

このようなわけで、これは純粋な商業的産物である、と断じたしだいであるにゃ。



505 :虚無:2007/11/17(土) 02:17:04 0
もう1個のアンゲラデスボイスについては、わたしも一瞬オクターバか?とおもったのであるが、
本人がピッチシフト系のエフェクタは一切使用していないといってるにゃ。

完全な生音、ということはないと思うが
電気的な変換で倍音を多くしたもの、ということではないもよう。

ちょっと思い出したけど、最近ヌー速などで何かとおさわがせの「初音ミク」なんだけど、
「ミックミックしてあげる」とかなんとかいってるデモ聞いたんだけど、
なにぶん、ビブラートがまるで正弦波の波形が目に見えるような人工的なもので、
はっきりいって、イロモノとして使ういがい、使い道がにゃい。
この人工ビブラートを、若い人間はナチュラルなものとしてとらえてるんだろうか、それとも
あるしゅのバーチャル性とか、インダストリアルな雰囲気を楽しんでいるのかはわからない。
たんに鈍感なだけと言う可能性もある。

こういう正弦並ビブラートは、管楽器に使っても非常に気味の悪いものになるが、
聞きやすくするためには、ちょっと時代がかってるけどなんらかの「ゆらぎ」みたいなものがいるのかもしれないが、
これまたそれほど複雑でないアルゴリズムで実現できるので、
人工的だからダメ、というふうには単純に結論できないのである。にゃ。

ちょっと論点がよくわからなくなってきたので、またこんど。



506 :仇鱒:2007/11/17(土) 07:29:05 0
>まず某所で書いたメロディー類型について書いたものを
>コピペするのにゃ。
某所♪某所♪(^^)

てか、どーでもええことだけど、ほんと、ギターとゆう楽器はあたりはずれ
がある。金出せばええものがゲトできるわけでもなく、高くても自分に弾き
にくかったら正直ゴミ同然。わしにとってギターは道具でしかすぎないが、
でも、その道具が時に工芸品にまでなることがある。で、、、ちょいとスレ
違いだな。スマソン。

てか、今日はちょいと仕事でお茶の水に出かけるのだが、お茶の水のギター
通りでテレキャスをちょいといじくってこようかと思っている。で、ジミー
がやっていたように、テレキャスでレスポールぽい音を出す実験をしてこよ
うかと思っている。ちなみにヲタなら分かっていることだが、「天階」のギ
ターソロはレスポールじゃなくテレキャスで弾いている。テレキャスとレス
ポールは音的にはじぇんじぇん違うように聞こえるのだが、実は音響物理学
的に見るとかなり音の質が似ているんだな、これが。そんでもって、ゲイン
を上げてわざと音を割らせ(つまり歪ませ)、ちょいとサスティーンを効か
すとレスポールをちょいと繊細にしたような音になったりするんだな、これ
が。ただしこの時のポイントとなるのがトーン。マジでトーンが命である。
うむ。

ま、どーでもええことだけど、この時期ギターのメンテとかほんと大変だよ
、、、。てか、あんまりメンテしてねぇけど(ワラ)

てなことで、虚無ちょーかんおひさでつw

507 :こさかな:2007/11/17(土) 09:57:32 0
そういえば、The Smiths時代のjonny marrのカッティンは、多くの人が
テレキャスだと思っていたところ、本人から「ちがうよーん」との発言があり、
ちょっと前まで(今はなくなった)YouTubeで確かに立憲でthis charming manを
弾いているのが確認されたのだ、でつ。

アンゲラアキは確かにクラシックのような順進行・・・バークリに留学していたことも
関係しているのか。でも、一定の音程をうねうねさせず、最後に軽くビブラートを書ける
歌唱法は好きなんでちゅ・・・

ピアノ、埃かぶってた(わら)

508 :虚無:2007/11/22(木) 06:49:40 0
わたしは古いタイプのDTM人間なので(つまりパソコンから外部音源をMIDIケーブルで
コントロールするタイプ。最近は内蔵音源やソフトシンセ・ソフトミキサーが主流で、パソコン周りはとてもすっきりしているのだが、
わたしはすっかり時流に乗り損ねたのであるにゃ。いまでもケーブルだらけ。)
ちょっと昔までは。MIDIスタンダードでどこまでナマ楽器に迫れるかと言うむなしい試みを良くやってたのであるにゃ。
MIDIは、あるていどエフェクタチックな演奏情報を扱えるものの、基本的には<楽譜情報>を扱うもので、
鍵盤楽器はある程度、ハードディスク録音のように(つまり通常のレコーディングのように)扱えるものの、
その他の楽器については、特徴的なサウンドフィーチャーがほとんど再現不可能なわけである。

前にも書いたような気がするけど、ギターの<フレットノイズ>みたいなのが独立した音源としてプリセットされており、
わたしなんかはわざわざ2チャンネル(普通の意味)私用して、コードバッキングと、
それに伴うフレットノイズを加えてみたりして、バンド仲間からは「バカ」とこきおろされる始末である。

それはともかく、ナマ楽器というのは、わたしのようにデジタル(それもけっこうしょぼいレベル)で再現しようとすると、
かえって、ナマ楽器の固有のリアリティみたいなものに対する洞察が生まれるのである。
しばしばそれは、演奏者がさして重要だと思ってなかったり、フレットノイズのように、
じつにくだらない要素だったりするのだが、そういうものに対する畏敬のようなものが、
わたしのようなMIDI人間に固有のコンプレクスを形成しているのである。のだにゃ。



509 :虚無:2007/11/22(木) 07:08:49 0
むにゃーそれはともかく、このスレは音楽を言語学の対象として扱ってみようかにゃー、
というような趣旨のものだったわけだが…

いまさらいうのもなんだけど、<音楽>というのは非常に扱いにくいタームで、
音楽を趣味としているといっても、わたしのようにジャズの楽譜を解析してるようなヲタっぽい人間と、
音楽を主要な目的としたイベント(要するにライブとか)に参加してある種の共感を得るという行動の間に、
いくばくか共通点があるのか、にわかにはわからない。

ひとつのキータームは<楽譜情報>で、これは演奏情報とは区別されるというものである。
一般に通用している楽曲の同一性は、たとえば同じ『ホワイトクリスマス』にしても、
ジャズ風にアレンジすれば、楽譜情報としての同一性は完全に消失するということもありえる。
また、演奏者や歌手が異なれば、こんなの『渡らせ橋』じゃねー(怒ということも十分ありえる。

そのようなわけで、理系ヲタのわたしは、記号操作として扱えるという<客観性>において、
まずは楽譜情報としての同一性のほうに立脚したいと考えており、これが形式的音楽論の原理となると思うのだにゃ。
そして、事実上の演奏は、楽譜の一定の解釈によって成立する二次的なもの、
とまあ、解釈したいわけである。ってゆーか、たとえ一度も演奏されたことのない楽譜情報も、音楽の本質を
いささかでも失っているということはないということであり、ここに最近ちょっと名前を忘れたけど、
「チョ」から始まる言語学者の言語の<理想化>の効果と平行して考えることもできる。

そのようなわけで、このスレでは、結局、事実上人々を魅了しているパフォーマンス情報は無視されるわけで、
これは、いわば、形式言語学が、文学の解釈をしないことと同様のリクツであるというわけだにゃむ。
まだいろいろ話題はあるけど、またいずれ。

510 :虚無:2007/11/22(木) 07:20:43 0
>たしかに手が小さくて、あんまりピアノの技巧として面白いことないし、

ここのところ、なぜ日本人はちょっとだけ幅の狭いピアノとか作らないのかと
ちょっと不満である。標準的な手の大きさのひとでも、左手で10度を弾くのはとてもつらい。
10度と言うと、ドと、1オクターブ上のミが同時におさえられるということで、
Cメジャーコード、というカテゴリーをひょうげんするためには、この2音で十分。
(5度のソは省略可)
すなわち、右手は、テンションのみに集中してボイシングができるわけで、その自由度はまるで違ってくるのにゃ。

あんまし関係ないけど、昔サバン症候群を扱った番組で天才音楽少年が出てきたんだけど、
なにげに左手に注目していたら、わたしの見た限りでは、オクターブ奏法であったにゃ。
この少年はジャズ志向なんだけど、じつは、かなり一般的なのは左手でルートとセブンスをおさえるもの、
そして、さらに音程が小さいものとしては、ルートを省略してセブンスとそのうえの3度をおさえて(減5度)
(さらに13度ラをくわえることもよくある。それでも1オクターブ以下である)
Cセブンスを表現するものとか、音程が小さくてもっとジャズっぽいボイシングがあるのににゃーと思ったことがある。

まあ、一瞬しか見てないのでなんともいえないけど、左手についてはまだ発展途上だにゃーと思ったのでした。
それではまたにゃむ。



511 :仇鱒:2007/11/23(金) 17:25:34 0
ちょいと出張(^^)すぐ帰るけど(ワラ)

>かえって、ナマ楽器の固有のリアリティみたいなものに対する洞察が生
>まれるのである。
この↑あたりなんとなく分かる希ガス。学生が計算機に言語システムを構築し
ようと格闘しながら自然言語の特性を知るようになるのと似ている。うむ。

>ここのところ、なぜ日本人はちょっとだけ幅の狭いピアノとか作らないのかと
えっ?キーボードには手の小さい人用のヤツってないの?ギターだと、女の子
用(てか、手が小さい人用)のものってあるけど。てか、3/4サイズのギタ
ーなんかがまさに女の子用のギターだったりする。

また生成でちょいと音楽的なことでも書いて気分転換すっかなー。うむ。てか、
ここ最近、アコースチック・ギターにまた改めて萌えはじめている自分がいる。
30ウン年ギターやってきて、はじめてアコースチック・ギターの神髄に触れ
つつあるような希ガス。うむ。

てか、最近学生から「音楽のハナシしれ」とゆう声が多く、ジュギョーの終わ
るちょいと前にコアな音楽談義(←ギター談義含む)しちゃってるわしはダメ
でつか?(ワラ)

512 :虚無:2007/12/01(土) 05:01:32 0
>計算機に言語システムを構築し
いろいろなアプローチがあるだろうけど、左端(どっちでもいいけど、あるいは右端)
から組みあがって、2手先3手先についてはいきあたりばったり、
なんちゅーアホなプログラムを考える人間はいないだろうにゃ。アップダウンが基本。

ところで、チョム学派はこのような実装性、自然時間で生起可能な再現性をまったく省みないことから、
ガリレオではなくて、スコラ的形而上学あるいはプラトニズムの真の継承者であることがわかる。

>キーボードには手の小さい人用のヤツってないの
じつはミニ鍵とよばれる、おもちゃみたいなのがあるけど、これはギターにたとえれば、
あのピンクの、「象さん」の形をモデルにしたやつに相当するのではないかと思う。

右手左手の話はわかりにくいかもしれないけど、低い音域でいちばん狭い音程で「ドミソ」をおさえると、
ちょっと音が重たくなりすぎて、ふつうはやらにゃい。このばあい、ミを1オクターブ上に移動させるにゃ。
すると、この高いミと、バスのドが10度まで離れてしまい、同時に抑えるのはほぼ不可能。
このドミソ(トライアド)は、あまり正確でないたとえを使えば、SVOみたいなものに相当し、
左手でSVOがカバーできれば、右手は、装飾的なテンションである付加詞に割り当てられる、
っつー話である。のにゃ。
しばしば、ヘーカはこのスレは「高度な音楽理論」を論じているゆえにムズーというリアクションをとられてしまうのであるが、
じつは、原理的なことばかりで、いわゆる「楽典」みたいなものについてはほとんど触れていない。
興味の対象は、音階の生成だったりするわけで、そのばあい唯一頼りになる前提は、物理的オトの心的解釈しかないわけである。
そこのところで、倍音がどうのこうのという話になるのだが、これは楽典とはあまり関係がにゃい。
(ヨーロッパ音楽理論が恣意的なものでなく、音の物理的属性をいくらか反映している可能性はあるけど。)
これからは、もっとわかりやすくひょうげんしようかと思ってるにゃ。


513 :虚無:2007/12/01(土) 07:33:22 0
アップダウン->トップダウン

514 :こさかな:2008/04/12(土) 18:18:10 0
ごぶさたいたしてまつ。また、いっちょもんで下さい!

ところで、今、オうンダ人2名に日本距教えてます。
例文テェ彡クは今が千ャンスですよっおくさん!

ととまずあいさつのみたて。
文が変なのは~:(c。m(自分とこの名前くらいちやんと汁!)
のpdaの手書入カのせいづっ。すみません゛・
がんがれ4バイト字形認講の无生方のおさーん!

515 :虚無@真っ赤っ赤:2008/04/13(日) 07:55:09 0
ごぬさたですにゃあ。(あまへーかにメールかいたとこ)

とにかく原点に返って、音楽で否定を表現、もしくは表象できるかという問題で、
ダブルドミナントが入れ子構造ではないか(だから、できそうだ)
みたいな議論がこの流浪のスレの契機だったのにゃ。(記憶が正しければ)

このような問題群をかたづけるには、論理的な同型性をいかに摘出するかにかかっている…

さて、ジャンケンの論理的モデルは、
V(a)(b)が真のとき、V(b)(a)は偽
V(b)(c)が真のとき、V(c)(b)は偽
V(a)(c)が真のとき、V(c)(a)は偽(V(a)(a)などは、真理値を持たない)
これを満たすものは、ジャンケンを形式的に構成することができる。
そのようなとき、生成された各種のジャンケンどうしは、論理的に同型となるにゃ。
これが論理的同型のてっとりばやい説明。

だが、心的解釈が入り込むと、簡単に言えば論理の問題に世界的な判断が介入してくる。
「太郎が花子を殺した」のならば、殺人事件と見れば「花子が太郎を殺した」のはありえなく見えるが、
互いに死に至らしめるということはでんでん不可能ではない。
だが実はそんなことはどーでもいいのにゃ。
このような<常識>からはなれたところに論理的じゃんけんが成立するみゃ。

かくして、否定の問題も、テッテ的に形式的に扱わねばならない。


516 :虚無:2008/04/21(月) 20:25:30 0
あ、あまりに低レベルすぎてレスついてない…

ほぼ1年ぶりくらいに音楽資料作ったにゃ。説明はしてあるけど、
たぶんほとんど理解されないと思う。

現在流通している和声音楽は、たとえば和声進行がABC…とあると、
すべてのパートがその流れと整合して構成(編曲)されている。
その和声進行を牛耳っているのが多くのばあいベースの音で、
おおむね低い音が優位に立つ構造になっている。

で、わたしはバッハのフーガも、細かく分析すれば、このような単一の和声進行に
帰するものだとばかり思っていたが、一昨年あたり?そうではないらしいことがわかった。
恥ずかしながら…
題材にあげた2声のフーガは、それぞれが異なる和声解釈をもち、
同時に演奏された場合、和声的には両義的なものになるか、かなりのテンションを含むものになるが、
対位法による調和は、どうも機能的和声とは異なる原理が働いているようにも見える。
具体的にいえば、左手パートがG7thの<機能>を果たしているとき、右手はf->Bb->fと動いているが、
これはG7th(-10th)、あるいはBb on G7thというきわめてジャズっぽいドミナントコードになるが、
もちろんその部分がジャズっぽくきこえるわけでもないし、和声的に破綻している(業界では音がぶつかっているとかいう)
ということでもない。
まあこれが、近代以前の<旋律優位>の作曲法が垣間見えた瞬間であるにゃ。

フーガは、2声にしろ3声にしろ、等位的関係を持っている、と推測される。
(わたしは対位法の原理については、何も知らない)
(ついでに、あまりわかりやすくなかった)

517 :こさかな:2008/04/22(火) 10:36:03 0
あー、虚無せんせ、すみません!別のスレに寄り道してしまいました!
というか、ピアノ弾きながら考えようと思っていたのですが、
雑事に追われ・・・弁明ばかりですね。
まずは否定の問題からテッテイ的に考えますにゃ。

518 :こさかな@寛解:2008/04/22(火) 17:42:31 0
腕から血管だしながら、テッテ的にやりますにゃ。

以前、マイナーに変換するような演算子を定義したのはこのスレだったと
思ったら、勘違いのようですた・・・多分、意味論スレ

で、果たしてそれがhomomorphicであるのか、今、疑問に思ってますにゃ。
というのも、基本的な話で恐縮ですにゃが、マイナーは、メージャースケールと
同じ音階(これは誤解を招く表現にゃ・・・要はピアノの鍵盤)で別のところから
始める、ということで、「言語」の否定と、「音楽」のマイナーを
比べるとどちらが複雑か、といえば、マイナーの方、という気がしますにゃ。
もちろん、否定もいろんな現象があるのにゃけど・・・

マイナーはむしろ、局所的な関係(3度フラットでルートから見て
ホールトーンスケールになる)を、定義された(例えば「ハ」)スケールの
ある位置におくことで効果がでる(weight by position)。これがなぜ、
「悲しい」とかいう「心的解釈」と結びつくのか・・・否定は、形式意味論的には
補集合で、「心的解釈」とはなんら結びつかにゃい・・・

うー、議論を前に進められませんですたにゃ。

関係ないですにゃが、このスレが始まったころに発作を抑えるために
常用していたスリクを、ようやく飲まないですむようになりますたにゃ。
このスレの歴史と、私の病歴を考えると、なんだかちょっと涙が・・・

519 :こさかな:2008/04/22(火) 17:54:13 0
実験、聴きますたにゃ。
ちょっと理解に時間を下さいにゃ。
「小フーガト短調」はギターで弾けますたにゃが、
いまピアノで弾きなおしてみようとすると、弾けにゃい・・・
エデー・ヴァン・ホーテンとか、アラヌ・ホーコーニキンタマガとか、
(つまんにゃい、失礼)
ピアノから入った人は、口を揃えてギターやりやすかった(香津美も)、と
いっているにゃが、逆は真ならず、か?

520 :虚無:2008/04/23(水) 23:36:45 0
わたしは、2004年の3月に発作起こしてるがにゃ。

わたしの記憶では、ダブルドミナントD7th->G7th->C を、入れ子上のドミナント進行と解釈し、
DP[d->t]->TPみたいに表記して、和声進行は少なくとも入れ子を可能にする程度には強力であり、
それゆえ、(よく記憶してないけど)ある陳述に対してメタレベルの価値付けが行える、あるいは演算が行える
みたいなハナシじゃなかったかにゃ。昔なので、よくわからない。

で、ちょっと否定に対して配慮が足らなかったところは、
「¬¬Pから、¬¬を排除することができる」を公理のひとつとすることがまあ一般的で、
メジャーをマイナーにする操作を2度繰り返してもとのメジャーになるかというと…
すつうに考えるとそれは、あまりありそうにないことにみえるにゃ。
たとえメジャーを+、マイナーを-で表象させても、−−<サザエさん>=<サザエさん>というのは形式的には
合理的ではあるが、およそ2者択一的なものはこの記法で表現できるわけで
あまりにも空しいといわざるを得ない。

2かい繰り返して「元通り」になる操作といえば、こと音楽に関することとなると、
発揮地位ってあまり思いつかない。「反転操作」はそのひとつであろうが…
これにはバッハがやったような垂直方向での反転(楽譜を上下反転して読む)と、
水平方向での反転(ドレミファソラシドの反転がドシラソファミレド)というわけであるが、
いまいちぱっとしない議論ですにゃあ。

もうちっとかんがえてみる尿。

521 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/04/24(木) 00:40:59 0
>>512
>低い音域でいちばん狭い音程で「ドミソ」をおさえると、
>ちょっと音が重たくなりすぎて

いいところに気が付いたね。
低い音域の「ドミソ」各音の周波数の差が低周波公害として問題になる
生理的に不愉快な周波数になるので昔の作曲家は低い音域で、
片手で鍵盤を押さえられるような「ドミソ」の和音を
演奏するように支持しなかった。

522 :こさかな:2008/04/24(木) 00:59:42 0
わお、いきなり浮上っすか!

>わたしの記憶では、ダブルドミナントD7th->G7th->C を、入れ子上のドミナント進行と解釈し、
>DP[d->t]->TPみたいに表記して、和声進行は少なくとも入れ子を可能にする程度には強力であり、
>それゆえ、(よく記憶してないけど)ある陳述に対してメタレベルの価値付けが行える、あるいは演算が行える
>みたいなハナシじゃなかったかにゃ。昔なので、よくわからない。

だったかも、です。というか、一気にあらすじ、みたいです・・・
とりあえず、再度、取り付く島を見つけたら、辿り付いてみます。

523 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/04/24(木) 17:44:55 0
音楽って何ですか?音の遷移、和音の遷移、休止の遷移、、、、
ある音が目立ってふくらんで聞こえるのはなぜだんだろう?
ある和音が目立って広がって聞こえるのはなぜなんだろう?
調があるのはなぜなだろう?それはどこに在るの?
といったことを話し合うスレですか、ここ?


524 :虚無:2008/04/25(金) 16:35:02 0
正直、全く新しいアイディアがうかばない。
調子の悪いときは、音楽情報の素材を用いて、つまり楽譜上の記号を用いて、
自然言語と等価な<暗号>をつくる問題、とごっちゃになってしまう。
それは陳腐な問題で、それじゃないはずなのだが…

>低い音域の「ドミソ」
の問題では、チェンバロでは2オクターブめのドミソがあったと思う(大バッハ)
不思議なことに右手は<ファ>で、思い切りアボイド(禁止音)なのであるが、
バッハ先生はどうしてもここでトニックでファを鳴らしたかったと見える。
左手で和音をひいているのはその部分だけで、なんらかの理由でサブドミナントっぽい
響きを避けたかったんじゃないかと思うけど、それにしてももっと自然な解決法があったはず。
これぞ<暗号>で、fがなにかの単語の一部なのかもしれない。

>といったことを話し合うスレですか、ここ?
そうにゃ。ついでに、なぜオッパイは目立ってふくらんでくるのか、
について話し合ってもいいにゃ。

虚無だにゃーー。

525 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/04/25(金) 18:18:51 0
> なぜオッパイは
IMHO、それは、Himann説では?
E,♯F,♯G,A,H,♯C,♯D,E
E, F,♯G,A,H,♯C,♯D,E

526 :こさかな:2008/04/26(土) 19:05:11 0
「なぜオッパイは」より面白くない、どーでもいい話をひとつ。

生後五ヶ月のこどもをアヤシテ板のですにゃが、喜ぶ(泣き止む、
声を出して笑う、など)分節音に次のような傾向が見られましたにゃ。

唇吸着音(クリック)>舌尖吸着音>唇放出音>舌尖放出音
>唇震え音(トリル)>舌尖震え音>軟口蓋放出音

軟口蓋音は概して「評判」が悪く、口蓋垂震え音に至っては
見向きもされませんでしたにゃ。

ヤコブソンのスケール(だったかにゃ?)とは合致しているような
していないような、ただ、破裂音よりもsonorityの高い震え音は
自分の予想に反して「評判」が悪かったですにゃ。

自分で発音しやすい音を何らかの方法で知覚し、それが赤さまの
琴線に触れたのかにゃ・・・

527 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/04/27(日) 03:09:25 0
心音に近い音は好まれるとかいう。

528 :虚無:2008/04/27(日) 17:12:38 0
>>526 乳児にAVを見せたら、どんな反応をするのかと考える崇高なわたし。

ともかく、新しいギャグがないので、ヤケクソ企画として
全く歌詞になりそうにないブンに曲をつけるという企画をやるにゃ。
(ここのところ、専属の歌手がいないので、仕方ないのでわたしが歌うにゃ。
わたしの声を聴きたいという人がいれば、聞くのにゃ。)
http://www.geocities.jp/kyomsky2ch/

さかな先生のレスに作曲しようともしたけど、ちょっと長さが適当でなかった。5行くらいがいい。
次は>>523あたりに作曲するか…。

じつは超忙しいので、このていどの作業をするだけで、ぶったおれそうである。

曲をつけてほしい奇特な人がいたら、5行程度を目安に書き込んでちょ、にゃ。
(歌になりそうにない文章というのが、条件)

あと、歌手募集中。メルらん参照。またくるにゃむ。



529 :523:2008/04/27(日) 17:50:57 0
曲付け、希望します。

530 :523:2008/04/27(日) 18:32:46 0
5行目を以下のように変えると選にもれますか?

音楽って何ですか?音の遷移、和音の遷移、休止の遷移、、、、
ある音が目立ってふくらんで聞こえるのはなぜだんだろう?
ある和音が目立って広がって聞こえるのはなぜなんだろう?
調があるのはなぜなんだろう?それはどこに在るの?
伝わらなくても音は音だけど、でも伝われば聞こえた音なの?

531 :虚無:2008/05/02(金) 05:14:43 0
>選にもれますか?

もれますにゃ。もともと>>523はリフっぽいとこがあって、
歌詞になりやすいフレーズになってるにゃ。>>530はちょっと「歌詞っぽ」すぎ。
でもまあ、いま作曲と打ち込みが大体終わったとこで、
わたしの部屋は防音設備があるとはいえ、やはり思い切って放吟するのは
ムリなので、録音がいつになるかはわからない。

自分の歌唱能力を超えた和声があるので、
どうしようか迷っている。(歌手は、精神病歴のある女性の連絡町という状態。
わたしの印象では、歌手志望の若い女性(関東都市部)の多くは若干メンヘラぎみ

532 :名無し象は鼻がウナギだ!:2008/05/02(金) 05:45:34 0
それは残念。。。

533 :虚無:2008/05/02(金) 18:38:13 0
いま新曲アプーしたとこだが、さすがにひどい!!
こんなひどい歌は初めてだ!!!!!
だけどageて、披露するぞゴルァーーーーーーーーーーーー
(そもそもヤケクソ企画だから)http://www.geocities.jp/kyomsky2ch/
もう寝るっ!!!!!にゃ。

534 :fisxo malbona:2008/05/02(金) 19:38:44 0
虚無せんせ・・・なんか、「にほんごであそぼ」みたいです、みぁ・・・

535 :523:2008/05/04(日) 16:15:37 0
Dear Composer Kyomsky:

さきほど新曲拝聴いたしました。自ら「ひどい」「ヤケクソ企画」だと言われ、また
「にほんごであそぼ」との評もあるようですが、私は曲に合わせて小踊りしました。
自分の言葉に曲がつき、しかも素敵な声で唱っていただけるなんて、なんて素晴らしい
ことでしょう。私には、実はこれは2回め、ずっとずっと昔に一回だけこういうことが
ありましたが、今回は言語板での書き込みに曲がつくという思いがけない出来事であった
だけでなく、私の狭い了見で感じる「音楽って何だ」だったので、ほんとうに嬉しい。
音の遷移ぃぃぃのところが特に好きです。作詞著作権を主張したくなるほどです。

ついでに、他の曲の中で気に入ったのでDLして目覚まし時計かわりに使わせて頂こうと
思ったのがescalation。ぽっぽっぽで始まり終わるからというわけではなくて、
現在のページに載っている中で一番好きな曲です。私には現代版「越天楽」みたいにも
聞こえるし、多分まだ、うら若い歌い手の声がとってもうまく合っていると思います。
微かな低音から舞い上がるときがすばらしい。遠く甘くヨナのない時代の記憶のよう。

Ehren Starksっていう作曲家・ぴあにすとをご存知でしょうか?最近、よく聴きます。
どこかIrish。あまりにも軽く商業的であると言われてしまいそうですが。私にとって
Kyomsky作品の何かに似ているところがあるのですが、それが何だと言葉では言えません。
私の印象だけからいえば、翔けていく不安とでも言いたくなるものなのかもしれません。

一言、お礼が言いたくて、つまらないことばかり書いてしまいました。お赦しください。
私の言葉だと聞いて、机をひっくり返して紙袋を蹴り作品を破棄されませんように。。。。
今朝、故郷に戻ってきて、ひっくり返した宝石箱のような五月の光のなかで幸せな

           真昼のチシャ猫 こと 昼間千紗  音の粒だちLOVE
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