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本当は平和だった戦国時代

107 :日本@名無史さん:03/04/30 17:22
さすがにそこまで言い切るほど平和でもねーべ。
一般人が思い浮かべる戦国時代よりは平和って事で一つ。
とは言っても、一般人が想像しないような事(乱取り等)も普通にあるのも事実

108 :山崎渉:03/05/22 03:41
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―

109 :山崎渉:03/05/28 11:17
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

110 :日本@名無史さん:03/07/04 14:20
age

111 :日本@名無史さん:03/07/08 03:30
太平洋戦争と聞けば、思い浮かぶのは
暗の世の中、戦火に包まれた日本列島、
秩序は麻のように乱れ、街道には屍が累々としている。

ところがそうしたイメージにもかかわらず、
農業生産高は増え、重工業が勃興し、植民地との貿易が盛んになり
4年足らずの内に出産率は増加したこの時代。

同じ戦乱の時代でも、ドイツの30年戦争では人口は半減、
中国の動乱期には人口が10分の1になったといわれる(諸説あり)
えらい違いである。

当時の大新聞には、勤勉で誇り高く礼儀正しい日本人像、
犯罪も少なく極めて秩序だった村社会の様相が描かれているが

大新聞には、戦乱の激しさや、日本の軍隊の残虐さを訴えたものはほとんどない。
(悪意を持ったアカが残忍な戦争だと書き送った例はある)

世界的な視野からすれば、太平洋戦争の動乱はむしろ常態であり、
特筆すべきものではないのかもしれない。


112 :山崎 渉:03/07/12 12:41

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

113 :日本@名無史さん:03/07/13 17:39
 戦国時代は平和だったのか?。
それなら、稲葉継陽が書いたものを読んでみてね。
 ただ、似たようなものが多いけどね。 

114 :日本@名無史さん:03/07/13 18:45
「氏名詠み」とか行われたろ
所謂「戦国時代」の合戦は一種のゲームだったろな
敵の領民を皆殺しにした、なんて史実は一つもないし
甲冑や武器を見ても解かるよ 実用性よりも装飾性
特に日本刀なんて全く実用性がない

115 :日本@名無史さん:03/07/13 18:59
>>114
平安・鎌倉と勘違いしてないか??

116 :山崎 渉:03/07/15 11:40

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

117 :日本@名無史さん:03/07/30 05:46
漏れら極悪非道のageブラザーズ!
今日もネタもないのにageてやるからな!
 ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ∧_∧   ∧_∧    age
 (・∀・∩)(∩・∀・)    age
 (つ  丿 (   ⊂) age
  ( ヽノ   ヽ/  )   age
  し(_)   (_)J

118 :日本@名無史さん:03/07/30 06:08
>>114
戦国時代の合戦の大部分は投石、矢、槍で行われたわけだが。
まあ、昔の合戦は雑兵の殺戮が目的じゃなく大将や幹部クラスの命が目的。
大将の玉取ったら勝ちつうのは893の抗争と似てる罠。

昔の大将の首目当て→近代の雑兵の殺戮戦争→イラク戦争のフセインの首目当て
なんか最近の戦争は昔のスタイルに戻ってきた気がする。

119 :日本@名無史さん:03/07/30 07:23
>>114
鉄砲が流行った理由を考えたらどうよ・・・

120 :日本@名無史さん:03/07/30 15:47
戦国時代の戦争はそのほとんどが
戦場に集まって「えい、えい、おー!」とか気勢を上げてただけで
実際の戦闘行為は小競り合いすらおこなわずに
講和を結んで引き上げた罠。
だから人間が死ぬことなんて本当にごく稀。
当時の戦争なんてちょっと危険なお祭り以下です。

121 :3:03/07/30 15:49
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122 :_:03/07/30 15:49
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123 :日本@名無史さん:03/07/31 05:44
>>120
殲滅戦は確かに珍しい。
落城しなければ無抵抗の住民が殺されることもなかった。
しかも農繁期には基本的に戦争しないし。

124 :山崎 渉:03/08/02 01:16
(^^)

125 :日本@名無史さん:03/08/08 02:24
>>123
その発想を根底から覆したのが信長

126 :日本@名無史さん:03/08/10 02:04
ってことはなんだ。当時の戦争は、だんじり祭りみたいなもんか。

127 :日本@名無史さん:03/08/13 07:40
>>126
学生運動で学生と機動隊が衝突してるくらいのノリだろ。

128 :日本@名無史さん:03/08/13 08:09
長篠の合戦なんか
武田の死者一万三千とかハッタリかましといて
織田・徳川の死者六十人とか書かれてるしな・・・

ホントはどっちの死者数も百人前後と思われ。

129 :日本@名無史さん:03/08/13 08:56
>>128
武田が二千人程度で
織田が二百人程度。

130 :日本@名無史さん:03/08/13 13:04
「戦争時代」とは誰もいっていない・・・。
「戦国時代」だろ!

ポルポトやアミンの治世下の方が、戦争中ではないがよっぽど平和ではない。

131 :日本@名無史さん:03/08/14 03:42
>>97
またいい加減なデマを流す…

132 :日本@名無史さん:03/08/14 09:30
>>131
>>97は「ミスター捏造」こと思い込み厨の伊達遠江守家中(匿名潜伏中)。

133 :山崎 渉:03/08/15 12:31
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

134 :日本@名無史さん:03/08/15 15:18
ここはデマの博覧会ですね。

135 :日本@名無史さん:03/08/21 12:41
どの辺がデマですか?

136 :日本@名無史さん:03/08/21 13:13
実は「戦国時代」は「戦国時代」だった。

137 :日本@名無史さん:03/08/21 16:40
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138 :日本@名無史さん:03/08/27 01:47
最終的に戦国時代はだんじり祭りみたいなモノになりました。


終了

139 :日本@名無史さん:03/08/28 20:52
>>130
権力構造が脆く秩序が乱立してるのが「戦国」
一つの秩序に基き虐殺もあるのが「独裁」

140 :日本@名無史さん:03/08/28 21:13
日本人チビスレ、日本刀切れないスレ、そしてこのスレ、
なんか同系統のものばかりで砂

141 :日本@名無史さん:03/08/28 21:37
戦国時代こそ、日本刀の最盛期。
あらゆる戦いの決勝兵器こそ日本刀。
鉄砲や槍などは、所詮前座に過ぎない。
現代まで、あれほどの名刀が伝えられていることが、動かぬ証拠。

142 :日本@名無史さん:03/08/28 21:38
そんなんじゃ誰も釣られないだろ・・・

143 :日本@名無史さん:03/09/22 14:31
でもなんで名銃ってのはないんだろうね。
不思議だ。

144 : :03/09/22 18:58
犬夜叉で見たけど
戦国時代って領主が横暴を極めたんだよ。

145 :日本@名無史さん:03/09/22 19:44
この時代も、戦争は合理的にしていたのでは。
農繁期が済んでから、戦争していたとか。
刈り入れも終わって、今より優れていると思う。

146 :日本@名無史さん:03/09/23 01:32
>>143
「鉄砲は、武士の魂」とか「鉄砲は万邦無比の神器」とか言い出すデムパが現れなかった
だけだろ。

147 :日本@名無史さん:03/10/11 20:25
>>144
横暴を極める領主は自然淘汰されていった。
一向一揆が富樫氏を加賀から追い出したり、
尼子経久が京極氏を出雲から追い出したり、
斎藤道三が土岐氏を美濃から追い出したり、
枚挙にいとまがない。
信長が急成長できた背後には一般の領民からの支持もあったろう。

148 :日本@名無史さん:03/11/19 17:27
北条なんかも撫民政策で勢力拡大できた口だしな。

この時代、支持ってのが重要な要因だな。
民衆からの支持にしろ、武家からの支持にしろ。
そこまで悪行していたら土佐一条氏みたいにゴニョゴニョ

149 :日本@名無史さん:03/11/26 19:53
民衆も潜在的に兵力だからね。
権力者といえども、うかつなことはできない。

150 :日本@名無史さん:03/11/28 00:02
そうそう、直接的に戦闘に参加させずとも、
兵糧米・軍資金を確保したり、情報を聞き出したり、物資運搬を任せたり・・・
彼らの協力無しには勢力拡大どころか現状維持すらままなるまいよ


151 :日本@名無史さん:03/11/28 00:08
村で丸ごと裏切られたら困るしね

152 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

153 :日本@名無史さん:04/01/09 16:26
暗黒ではなかった!!!

154 :日本@名無史さん:04/01/09 17:38
>>147
富樫は違うでしょ。
一向一揆の勢力拡大を少し止めようとしたら、
逆に息の根を止められたんだから。

斎藤とか尼子にしても、領土欲から領主を追放したんであって、
追放されたり領主が横暴を極めていたというのも
勝利した連中によって創作された事も多いと思われる。

北条や今川なんかは年貢も四公六民で、
検地や楽市とかで領民からは支持を受けていた。
今川義元が戦死した後、今川氏が敵討ちよりも
領国経営に力を入れたのも領民重視のためだったんじゃないかと思う。

155 :日本@名無史さん:04/01/09 19:07
実際のところ、城を追い出された領主様が自分の元領地に略奪を働いたり
逆に村人に賞金目当てで討ち取られたりしてたんだろうな・・普通に。

156 :山羊:04/01/09 23:57
 私も戦国時代が殺戮の時代であったとは考えられません。
私の住んでいる東北では、伊達家の勢力拡大を中心に話が進みます。
伊達植宗(政宗の曾じいちゃん)はとにかく戦争をしています。これぞ、戦国の華。といった感じですが、有力豪族はぜんぜん滅びていません。
それは、たたかって大将首をとるなりして戦に勝つとそのままその一族の分家に家を継がせるからです。
それは、植宗の性格や戦略ではなく、中世的な伝統であったようです。
そもそも、武士=農民と言ってもあながち間違いではない時代だから殲滅戦なんかしたら戦力どころか、生産力も落ちてしまいます。
 ていうか、当たり前の事いってすみません。

157 :日本@名無史さん:04/01/10 12:15
「人は城、人は石垣、人は堀」っつー格言は
もちろん信玄が言ったんだけど、別に甲斐に限った話では無い罠。

158 :日本@名無史さん:04/01/11 02:59
総力戦の時代じゃないし。

159 :日本@名無史さん:04/01/18 01:20
その頃(日本の戦国時代)のヨーロッパの戦はヤクザの縄張り争いだよね。
人が死んでんのは、食い物と病気のせい。領主はチェスみたいに
戦をやっていたわけだ。だから、せこい戦い。
ベルセルクのせいでとんでもない大戦争やっていたと勘違いしていたよ。
まぁ、18世紀からは殺戮の歴史だと思うがな。

160 :日本@名無史さん:04/01/18 02:50
ドイツの30年戦争は他国の軍隊や傭兵が民間人から略奪を行った事によって
農業などの産業基盤までも破壊された事が人口激減の要因。
中国の場合も同様に産業基盤の破壊が人口の減少をもたらしている。
戦場での死者は人口動態においては重要な要因ではない。
戦国時代は戦闘は起きてもそこから略奪や虐殺に繋がる事がほとんど無かった。
産業さえ安定していれば戦争くらいで人口は減らない。

161 :日本@名無史さん:04/01/18 03:46
>>156
ちなみに稙宗だぞ

162 :日本@名無史さん:04/01/20 18:19
「戦争」って言うとどうしても第二次大戦のイメージがあるけど、
戦国時代の日本の「戦争」は総力戦じゃなかったのか。
>>159の言うヤクザの縄張り争いっていうのは分かりやすい。
お互いヤクザ同士で戦おうっている暗黙のルールみたいなのがある。
一般人を虐殺したら産業は低下し、オマンマの食い上げだもんな。

163 :日本@名無史さん:04/02/08 15:27


164 :日本@名無史さん:04/03/04 12:31


165 :日本@名無史さん:04/04/02 17:12


166 :日本@名無史さん:04/04/10 15:50
なるほど
戦国時代はやくざの縄張り争いを拡大したようなものか

167 :日本@名無史さん:04/04/11 03:07
武田・織田家が430年ぶり和睦
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040410-00000514-yom-soci

168 :日本@名無史さん:04/04/27 23:24
それにしても、日本人同士で430年もいがみ合うとは…

169 :日本@名無史さん:04/04/28 13:44
パレスチナ問題よりはマシでしょ

170 :日本@名無史さん:04/04/28 14:51
平和の秀吉軍が大陸に攻め込むのだから、

171 :日本@名無史さん :04/04/28 15:17
日本の戦国時代は、ただ脈絡なくエゴをむき出しにして戦っていた時代とは違う。
それが>>1に言うとおりの発展を見れば一目瞭然。
戦国時代は、「古い価値観から完全脱却して、新しい価値観による日本の再構築の時代」だった。
古い価値観が崩壊したのが応仁の乱(応仁の乱の時は日本は悲惨だった)。たとえていえば
応仁の乱が太平洋戦争で、戦国時代が戦後高度成長期みたいなもの。

1.古い権力構造である大寺社の権力が崩壊し、荘園が壊滅したため、新しいより強くよりよりよい
支配が可能になった。
2.1により古い流通体系が崩壊し、国や荘園を超えた競争経済が生まれ、飛躍的に経済流通が
発展した。(近江商人などがそのよい例)
3.職(多重既得権益)の体系が崩壊し、不当な中間搾取がなくなり、さまざまな形でダイナミック
な社会が生まれた。そのため、納税者を直接把握する戦国一円支配が可能になり、後に秀吉家康の
諸改革に結びついていった。(一地一作人制、検地、刀狩・・・)
4.土地や流通の自由度が向上したため、新田開発や大規模土木事業がやりやすくなった。(その技術
も格段に進歩した)そのため、旧来の戦争のイメージが一変し、戦争は経済と密接につながり、戦国大名は
経済発展に力を入れざるをえなかった。その経済集約地として、居城する山城が平山城になり、河川下流域
の城下町を生み、都市へ発展していった。
5.文化も一部上級階層の独占だったものが、その没落四散のため地方へ拡大し、また世界に類をみない、
庶民文化が花開いた。(権力者だけの生活様式が、今日の普通の生活様式になった。歌舞伎、連歌など庶民
の文化が主流になっていった)

まぁあげればキリないほどあるね。


172 :日本@名無史さん:04/04/28 20:54
>>171
そういうこと書いた本でおすすめのないの?

173 :日本@名無史さん:04/05/15 12:38
産業の確立期

174 :日本@名無史さん:04/05/15 12:50
歴史は知りませんが、戦国時代というと
寒冷期で貧しく、飢饉や餓鬼のイメージが強いのですが。

175 :日本@名無史さん:04/05/15 15:08
日本が外国と決定的に違うのは
異民族の侵入がなかったことだよ。

176 :日本@名無史さん:04/06/18 00:28
あったやん

177 :日本@名無史さん:04/06/18 23:39
あげ


178 :日本@名無史さん:04/06/18 23:41
>>174
なんだそりゃ。

179 :日本@名無史さん:04/07/01 08:56
で、何時代?

180 :日本@名無史さん:04/07/01 10:28
>>160
略奪や虐殺は無くても、火災は頻発してたはず。
なんで産業が破壊されないんだ?

181 :日本@名無しさん:04/07/01 12:21
今みたいな規模の都市って、当時いくつも無かったからでは?


182 :日本@名無史さん:04/07/01 13:20
>戦国100年を通して、一度も敵の馬蹄にかけられなかった土地も
さすがに、それはないだろ?
一番平穏だった地域というとどこだろうな。
一番酷かったのは山城か?


183 :日本@名無史さん:04/07/08 08:14
昨日の「その時歴史が動いた」だと
戦国時代は戦に勝つことより、上の官位をもらえるのが大事だって・・・
そうだと、戦国時代じゃなくて官位時代になってしまう


184 :日本@名無史さん:04/07/08 13:39
ところで竹槍でB29ってのは極めて困難だが、調べてみたらF4ファントムが
ベトナムで竹槍撃墜の憂き目に遭っているらしい。
低空爆撃の際にどこをどうしたのかはわからんが、とにかく
竹槍に引っかかって撃墜されたらしい。なさけねぇ。


185 :日本@名無史さん:04/07/08 17:38
戦国時代って人さらいしてるじゃん、奴隷にしたり身代金要求したり
後に秀吉が法令で禁じたけど

186 :日本@名無史さん:04/08/04 15:26
>>183
幕府の職制が崩壊して、代わりの権威を朝廷に求めた、という説が
今谷明氏を中心にある。
事実、戦国大名は争って朝廷の官位を手に入れようとした。
いつの時代でも、多少なりとも権力をもったら後ろ盾と箔づけを
求めるものだということ。


187 :日本@名無史さん:04/09/06 00:25
恐らく、領主による産業の発達が人口増加に繋がったのでしょう。
農機具の改良や農作物の改良、治水など、今までより自分の国力を増す必要にせま
られ、改良されたかと。 

188 :日本@名無史さん:04/09/06 11:45
>186

大名同士の実力が拮抗すれば、頭ひとつ抜け出る口実は官位だったろう。


189 :日本@名無史さん:04/09/07 12:51
だからこそ官位を自称したり、官位をめぐって争ったりしたわけだ。
その補強に使われたのが、衰えたりとはいえまだ一定の権威は持ってた幕府の役職。
>185
それが何か? 人攫いや強盗人きりなんて気にせず女子供が一人歩きできるようになったのなんて
日本が先進国の仲間入りをしてからだよ。

190 :日本@名無史さん:04/09/12 00:12:02
戦国初期はホントのんきな戦らしいよな…
まずは投石、弓→盾に隠れて特に被害無し
次に長槍で壮絶などつきあい。(突くのではなくたたき合い)
で、崩れたとこから攻め入って大将首をあげた方の勝ち。

個人で見れば大体数年に一回起こるだけだから大したこっちゃないだろう

191 :日本@名無史さん:04/09/12 07:15:23
AGE


192 :日本@名無史さん:04/09/13 22:30:16
武田信玄も、そこらで捕まえた、女、子供を売り飛ばしてますな。


193 :日本@名無史さん:04/09/14 00:30:17
日本は島国だから殲滅戦にならなかったと聞いた事がある

194 :日本@名無史さん:04/09/14 10:53:58
いきなりですが、たびたび話題になる鈴木真哉の軍忠状統計はどう思われますか?
氏はこの統計から日本の戦での白兵戦の少なさを説いていますが、刀や槍よりも矢弾の数のほうが圧倒的に多いのだから、矢傷鉄砲傷の記録が多くて当たり前だと思うのですが。



195 :日本@名無史さん:04/09/14 13:12:02
>1
>戦乱の激しさや、日本の軍隊の強さを訴えたものはほとんどない。

ザビエルとか戦乱で盗賊とかが結構横行してたってはなしてなかったけ。

196 :日本@名無史さん:04/09/14 13:14:08
>13
つまり近代の世界史に近いわけか。
戦争をしてるけど文明も発達しているから
人口は増える一方。

197 :日本@名無史さん:04/09/14 14:16:35
>>194
鈴木氏は、踏み込んで書いてませんが、私は(勝手に)行間をこのように読みました。
「刀が武士の魂であれば、刀による傷こそ、武士にとっては勲章(軍忠)ものである。
積極的に刀傷を受けたと書きたいはずだ。しかし、事実として書けなかった。
ということは、少なかったんだよ。白兵戦は」と。

198 :日本@名無史さん:04/09/14 16:12:25
戦場では槍で殴られるのが多いんじゃないかな

199 :日本@名無史さん:04/09/14 16:56:13
196
なるほど。
でもそれは「武士は遠戦志向」と断定する氏の説とは矛盾する気もします。


200 :日本@名無史さん:04/09/14 16:57:33

間違えました。

197でした

201 :こk ◆LesTtf5.Dg :04/09/14 22:01:50
戦国期が平和だったと仮定しよう。
その平和の国の軍隊に石ころ並みに無視された朝鮮、蹴散らされた明国大軍、
平和の国の浪人が武力をバックに我が物顔で渡り歩いた東南アジア・・。
ワラワラと寄ってきてはイエス様イエス様と煩い植民地支配の水先案内人どもは
結局なんだか分からないままに消えうせた。

世界の戦乱は、子供のおままごとなんじゃないかw






202 :こk ◆LesTtf5.Dg :04/09/15 00:04:38
だれか何とか言えよ!

さみしいじゃないか

さげ

203 :日本@名無史さん:04/09/15 00:05:08
信長あたりからは急速に変化していったと思う

関ヶ原は懐疑的な意見が多いけど、少なくとも大阪の陣は壮絶な殲滅戦
だったみたいだし…
互いがハイレベルで拮抗していたんじゃない?

204 :日本@名無史さん:04/09/15 02:15:27
>>199
精神論としての白兵戦
事実としての遠戦での傷
ということから、実戦の場では遠戦が多かった=遠戦志向
ということではないでしょか?私はそう理解しました。

205 :日本@名無史さん:04/09/15 09:45:40
鈴木氏の誤解の一つに、白兵突撃は被害が大きい、というものがあります。

突撃は相手を分断敗走させる有効な手段です。とくに近代以前の軍は不利になると比較的容易に崩壊します。
くわえて銃火器は現代ほど優秀ではない。

互いに飛び道具を打ち合うよりも、ある段階で突撃したほうが被害も時間も少なくなることは多々あります。

206 :日本@名無史さん:04/09/15 18:41:50
>>205
一番被害が多くなるのは、一方の大将が「ある段階だ」と判断して突撃させたら実際にはま
だ「ある段階」に達していなかった場合です。この場合には「戦闘」と言うより「屠殺」と呼ぶ
のが表現としては正しいかもしれません。
いつが「ある段階」なのかをなぜか読めてしまう大将は名将と呼べましょうが、悲しいかなそ
んな人はそれほど多く存在しているわけではありません。
従って、大抵の場合は相手の軍勢が誰にでもわかるほど崩れるまで飛び道具を延々と撃
ち合うことになります。

207 :日本@名無史さん:04/09/15 21:25:28
見てきたみたいに言うね

208 :日本@名無史さん:04/09/15 21:47:04
>>206
君の思い込みや想像を聞いてるんじゃない

209 :こk(地侍3号) ◆LesTtf5.Dg :04/09/15 23:03:44
なんつうか、弓矢鉄砲と白兵突撃の関係は、パンチをかいくぐってタックルに
行くかどうか、という関係に似ているな。
やる気ないファイターは軽いパンチで戦意喪失するのも似ている。
実戦がリングの上と違うのは、一度距離を潰されたら再び距離をとって戦うこと
はまずできない、ということだな。

分かったか?分かった上で妄想開始!

はじめ

210 :日本@名無史さん:04/09/16 01:14:06
>>209
おまえうざい。

211 :日本@名無史さん:04/09/16 07:31:13
ところで、「うざい」はいつから使われている言葉なんだろう?

10年前は使われていなかった気がするが・・

212 :日本@名無史さん:04/09/16 12:58:40
自分は使ってたけど
どっかの方言なんかもしれんね

213 :日本@名無史さん:04/09/16 15:25:53
数年前、私が学生だった頃は回りで「うざい」という人は見かけなかった。
二十歳過ぎて「うざい」と言っている人は脳が高校から進歩していない人だよ


214 :日本@名無史さん:04/09/16 16:09:37
うざったいとは前から言ってたけどウザイtって言い出すようになったのは
10年位前からかな

215 :日本@名無史さん:04/09/16 16:12:50
多摩の奥の方で老人が使ってた言葉らしいよ
それを若いのが面白がって使い出したとか

216 :日本@名無史さん:04/09/17 03:53:03
おっさんは「うざい」と言わないことが証明されました

217 :日本@名無史さん:04/09/17 07:15:29
まだ20代だが「うざい」 は使わないなあ。

なぜか少々恥ずかしい気がして・・。

218 :日本@名無史さん:04/09/17 09:22:24
子供のときは、普通だったり格好よく思えたりしたことが、大人になると恥ずかしくなるのはよくあることだ。




219 :こk ◆LesTtf5.Dg :04/09/17 23:13:45
鈴木眞哉氏の軍忠状統計はどうなんすかね?
統計になっている時点で、既に証明された事実として扱っている人も多い。
結局は資料は本人の主観・主張に沿って使用されるしかないのだから、確実な
ことは言えないのだろうか?

フラフラとあるHPを見ていたら、以下の数字があった。
軍の装備率。

   上杉    北条    武田
--------------------------------------------
槍  65.4% 37.3% 50.6%、
鉄砲 5.7%  11.0% 7.1%
弓  0.1%  8.7%  8.3%

この数字自体は鈴木氏自身の著作で語られているとのこと。
俺も氏の著作を持っていて見たことがある数字だが、本が見当たらないので
確証はない。
で、氏によると白兵戦がほとんどない(主に死んだ相手の首を刈るだけ)
ならば、なんで槍ばっかり装備しているんだろうか?という素朴な疑問。

なんで?

220 :日本@名無史さん:04/09/18 22:27:43
>>219
検索してみたのですが、該当のHPあるいは、鈴木氏の書籍が分からなかった・・・
というのは、おいといて。

当時の歩兵の主目的が、槍フスマによる、陣地の確保であったためでしょう。
槍の比率が高いのは。

221 :日本@名無史さん:04/09/18 22:57:50
槍は登場が遅く文献での初見は鎌倉時代末期の正中元年(後醍醐天皇とその側近が倒幕を企て未然に発覚した
〈正中の変〉が起こったのがこの年である)で普及しだしたのは応仁の乱頃であるとされている。
槍は大きく分けて武士やその従者が持つ2mから4mぐらいの(持)槍と足軽(雑兵)がもつ6mぐらいの長柄(の持槍)がある。
その区別は戦国大名によって異なり、武田氏のように槍を約4.45m、長柄を約5.45mと明確に分けているところもあれば、
長宗我部氏のように長柄と槍を区別していなかったところもあった。

長柄と槍は長さが違うので使用方法も異なった。槍は相手を突くことを目的とした刺突兵器として使われたが、
長柄は相手を叩くことを目的とした打撃兵器として使われたのである。また、先述したように長柄と槍は使う人も違っていた。

まず槍を使うのは武士とその従者である。彼等は合戦が始まる前は抜け駆けを禁止されるなど軍規に縛られていたが、
合戦が始まると個々の判断で手柄を立てようと戦った。彼等は戦いにおいては誰からの指示も受けなかった。
この武士が個々に手柄を争う戦い方は平安時代末期より変化はなく、さらに江戸時代まで受け継がれていく。
一方、長柄は槍足軽が使用した。足軽達は武士と異なり集団で戦う。その役目は鉄砲や弓矢と同じく後方の武士のための
突破口を作る他に、単独では自分の身を守れない鉄砲足軽と弓足軽を敵の攻撃から守る事であるが、
時代が流れるとともに大将の本陣を守る後衛となっていった。
これは長柄部隊の重要性が低下したことを意味する。戦いに参加しない場合が多い本陣の護衛であれば当然彼等も戦いに参加する機会が少ないからだ。それを証明するかのように備に占める長柄の比率は時が流れるにつれ低くなった。
戦国時代では鉄砲0.6%に対し長柄は69%(上杉氏)と長柄が圧倒的に多かったが、江戸時代前期になると鉄砲31%なのに対し、
長柄は22%(酒井氏)と比率が逆転してしまっている。

222 :日本@名無史さん:04/09/20 19:32:18
>>221

大海人皇子が槍を使ったって大織冠伝にあるけど?

223 :日本@名無史さん:04/09/25 19:31:54
日本では矛が古代に使用されたものの廃れ、中世に薙刀が登場し、十四世紀に槍が用いられるようになります。
矛から槍への変化の原因はよくわかりませんが、おそらく材質と接合方法の兼ね合いではないかと思われます。
初期の矛は銅製でしたので、切れ味は鉄に劣りもっぱら衝撃を利用したかに思われますが、
鉄製胸甲に対する威力不足から鉄剣に白兵戦の主力が移ったのでしょう。
さらに冶金技術の改良・普及や接合方法の改善により、薙刀や槍が長柄武器として再登場したかに思われます。


224 :日本@名無史さん:04/10/05 00:43:34


225 :日本@名無史さん:04/10/05 01:47:09
戦国時代が今の世界情勢の縮小版?
って感覚で見ると、平和だったと思える・・。
のは俺だけ?
現代の戦争も5〜10年に一度位ずつっぽいし。

226 :日本@名無史さん:04/10/05 09:30:34
平均して5年に一回だったらかなりの頻度だと思うが。
戦を頻発しても国力は衰える。


国民国家でもない限り常時戦争は無理。



227 :日本@名無史さん:04/10/05 17:48:20
ん?今の世の世界では、それくらいの頻度で行われていると思われ。

228 :日本@名無史さん:04/10/05 18:28:46
ま、常時は無理だろうなぁ。
でも10年も待てないほど、人間ってのは
ウズウズしてくるもんらしいな。

229 :日本@名無史さん:04/10/05 19:19:45
そうだな。日本にもそんな風潮見えてきてるしな。

230 :日本@名無史さん:04/10/05 20:27:49
関が原の合戦のとき、付近の農民が弁当持参で高みの見物をしてたって
本盗ですか?

231 :日本@名無史さん:04/10/05 20:29:59
>>230 らしいね。マジれす。

232 :日本@名無史さん:04/10/05 20:36:21
>>230
もちろん比較にはならんが、今の戦争も
現場に野次馬(基地外)ゾロゾロだからな。
昔はなおさら見れたんじゃないかな。

233 :日本@名無史さん:04/10/05 20:59:56
他人の戦ほど面白いものはない、とある評論家が言っていたな。



234 :日本@名無史さん:04/10/05 23:21:05
>>233 まさに、2ちゃんねら〜と同等の
意識レベルだよな。かなり笑える。

235 :日本@名無史さん:04/10/06 00:39:21
平和だろう。
何しろ新しい領主様は本気で犯罪者を取り締まるし、
鉱山は開発するし、商業は発展させる。

問題はごくまれに戦にかり出される事だが、それまでに比べりゃ
遙かに治安のよい暮らしができたはずだ。

236 :日本@名無史さん:04/10/23 11:36:18
信長の野望をやっていての疑問。

戦国自体って、領地と領地の境界線はドンナ感じだったの?

237 :日本@名無史さん:04/10/29 06:16:35
>>236
ないよ

238 :日本@名無史さん:04/10/30 18:57:43
例えば長篠なんか武田の将兵悉く討ち死にしているよね
真田家なんか跡継ぎの長男次男が帰ってこなかったもんだから三男の昌幸が跡継ぎに。。
指揮官クラスでさえこの率で死亡してたことを考えると、前方の兵卒なんかは逃げる間もなくもった多くの鉛玉をもらっていただろう

殆ど信長絡みで申し訳ないが、姉川、ジェノサイド長島や鳥取の干殺しなんかを見ていると
戦国時代の戦も消耗はあったんじゃないかな

239 :日本@名無史さん:04/11/01 01:41:29
>>237
どうやって統治してたの?

240 :日本@名無史さん:04/11/01 01:50:25
>>239
話合いかカツアゲ。

241 :日本@名無史さん:04/11/01 02:12:03
>>240基本的にヤクザの世界だというのは同意。

242 :日本@名無史さん:04/11/03 21:33:05
境界線無かったら関所建てられないんじゃ・・・?

243 :日本@名無史さん:04/11/03 21:43:07
当時日本に来ていた宣教師はどうみてたの?

244 :日本@名無史さん:04/11/25 22:27:48
どうって?

245 :日本@名無史さん:04/12/03 01:27:01
日本人を甘く見てた

246 :日本@名無史さん:04/12/03 05:39:35
>>236
君の親戚は色々なところに住んでいるのかい?
それと同じ構造です。だからすぐ隣のお家が敵対している他家っていうのも
あるし、んで遠国にも支配版図が飛び地になっているの。
基本的には現在とそれほど変わらないよ。地主層は殆んど動いてないしね。
あと寺社領が多いことだな。


247 :日本@名無史さん:04/12/03 06:26:15
何年かおきにアッチで戦っていたり、向こうで戦っていたり。
関係ない土地の人たちにとっては、他所の台風のようなもの。

248 :日本@名無史さん:04/12/23 02:26:50


249 :日本@名無史さん:04/12/23 08:42:43
> 農業生産高は増え、商工業が勃興し、貿易が盛んになり
> 100年足らずの内に人口は2倍に増加したこの時代。

そういえば、大日本帝国占領下の朝鮮もそういう状況だったらしいな。

250 :日本@名無史さん:05/01/02 18:58:51
16世紀って全世界的に人口増えたんじゃなかったっけ?

251 :日本@名無史さん :05/01/02 22:35:33
この時代は(ヨーロッパも)基本的にお金で兵士(傭兵とか)を雇って
戦争していたから、どちらかがお金がなくなれば講和を持ちかけたりして
適当なところで戦争が終了してたから、総力戦みたいな戦いはあまり
なかったんじゃないかなぁ

252 :日本@名無史さん:05/01/06 22:50:05
>251
>基本的にお金で兵士(傭兵とか)を雇って
>基本的に
>基本的に

はあ?


253 :日本@名無史さん:05/01/28 17:36:17
ふう

254 :日本@名無史さん:05/02/01 21:42:10
全世界的に人口が増加したのは産業革命から
グラフを見るとすごいよ
爆発的に増えてる

255 :日本@名無史さん:05/02/20 16:21:19
なんでだろうね。

256 :日本@名無史さん:05/02/20 16:49:52
実は戦国時代の戦争で戦死者って余りいなかったのかな

257 :日本@名無史さん:05/02/20 19:12:41
>>256
実際の合戦は信長の野望の戦闘みたいな感じでなかったからね。

部隊の一定割合(高くない)の人間がやられると壊走するといった感じ。

258 :日本@名無史さん:05/02/20 19:16:09
ホリプロへの感想・苦情 ・・・ info_com@horipro.co.jp

あびる優の集団窃盗問題について
ホリプロは小学5年生の時にやったと回答しているが、
ちょうど窃盗の時効の切れる7年前に合わせただけなのではないか?
非常に怪しい。
もし、一部上場企業として嘘の回答をしたのであれば、それは許されざる
行為。この問題は風化させてはいけない。

ドラゴンボールでわかるあびる優窃盗事件
http://gazo01.chbox.jp/movie/src/1108880772343.jpg

259 :日本@名無史さん:05/02/20 19:36:46
>>256
実際の合戦は信長の野望の戦闘みたいな感じでなかったからね。

部隊の一定割合(高くない)の人間がやられると壊走するといった感じ。

260 :名無し募集中。。。:05/02/21 01:43:40
光栄はどうしても殲滅戦になるな
ときどき空しくなる

261 :日本@名無史さん:05/02/21 17:19:16
現代戦もそうだけど、部隊の3分の1が行動不能になったら
その部隊は壊滅状態になる、という話があったような・・・

詳しい人は語ってくれ。

262 :日本@名無史さん:05/02/22 05:22:36
つまり旧日本軍最強ってこったな

263 :日本@名無史さん:05/02/23 11:41:46
それはそれで引き際が解らなくてこまるんじゃないのかね

264 :日本@名無史さん:05/03/03 18:55:26
軍忠状を調べたある人によると、刀傷がだいたい2%から3%くらい。
さらに槍傷なんかもごく少なかったんだな。(5%くらい)一番多かったのは弓傷、あるいは鉄砲傷なわけ。
という事は接近戦なんてものはごくたまにしか行われなかったという事なんですな。
川中島なんかでは両軍合わせて3000人近い死者がでたと甲陽軍鑑なんかではあるけど、
だとするとその負傷者はその1.5倍以上。まあ武田も上杉も壊滅状態でしょう。
けれど上杉は越前なんかにも出兵してるし、武田も北条相手によく戦ってる。ということは
この数は誇張ということですな。ただ八幡原の霧の中での遭遇戦だから、ある程度の白兵戦
にはなっただろうけど。
と思うんですけどどうかな。僕は専門家じゃないからあまり決め付けはしたくないんですよ。



265 :日本@名無史さん:05/03/03 19:03:38
甲陽軍鑑とか北越軍記みたいなプロパガンダうんこ
の実数は基本的にシカト

266 :日本@名無史さん:05/03/07 23:29:55
最近の環境考古学の成果によると、戦国時代は気温が低く、農業の生産性が
低下した時代。食糧確保のために、絶えず争いが起き、戦争が頻発したの
ではと言われている。戦国時代は、食糧事情が悪く、食糧を
得るための人の移動も多く、生産力が低いためにかえって
商業や人の移動が盛んな社会だったのではと考えられるようなって
きている。
 それから、生産力が伸び、人口が急増したのは、江戸時代のはじめ。
実はこの時期に、商品経済から一度自給自足的な経済に戻り、
その後もう一度商品経済化したのではとの指摘がなされている。
 

267 :日本@名無史さん:2005/03/25(金) 12:04:48
>>266
>>戦国時代は気温が低く、農業の生産性が低下した時代。
天文年間までの話だったと思うが。
永禄期からむしろ温暖期に変換したはず。

268 :日本@名無史さん:2005/04/06(水) 23:54:43
そんなことどうやってわかるの?

269 :日本@名無史さん:2005/04/09(土) 02:28:52
>>268
ごく一例として、長寿な木の年輪。
温暖な時期は成長幅が広く、寒冷な時期は成長幅が狭い。

270 :日本@名無史さん:2005/04/09(土) 19:12:21
>>268
他にも各地に残っている日記の内容などを吟味し、
動植物の季節変化を現在と照らし合わせる方法もある。

271 :日本@名無史さん:2005/04/11(月) 16:59:16
>>251
それって13〜15世紀頃の話じゃなかったっけ?
確かチェーザレボルジアの頃まではそうだったみたいだけどね。

272 :日本@名無史さん:2005/04/13(水) 13:43:46
>>271
総力戦に近い形の戦争が行なわれるのは、早くて絶対王政の成立、遅くても国民国家の成
立あたりからではないの?
ナポレオン軍あたりは総力戦的な動員のかけ方だった希ガス。
日本では西南の役の政府軍あたりからとか。

273 :日本@名無史さん:2005/04/14(木) 01:53:45
>>272
それは、全てあなたの思い込みです。

274 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 03:08:51
政基公旅引付を読んでも平和そうにはみえないが・・・。

275 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 11:51:07
明治人の俸給
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~sirakawa/J022.htm HPサーチ
野口英世
  明治30年 順天堂病院助手、食事つき月俸2円、後3円。
  明治31年、伝染病研究所見習助手、月俸12円、後13円、さらに15円。
  明治32年、横浜海港検疫所検疫医、月俸35円。
  明治32年、清国の牛荘(ニュウチャン)でのペスト防疫班に加わる。任期6ケ月、月俸200両(テール)。任期後もしばらく、ロシア衛生隊の依頼で滞在、月俸300両。
  明治33年、ペンシルバニア大学フレキスナー教授の私設助手、月俸8ドル(1ドル=2円)。
  明治34年、ペンシルバニア大学研究助手、月俸25ドル。
  明治35年、同大学病理学助手、月俸50ドル。
  明治37年、ロックフェラー研究所アシスタント(一等助手)、年俸1800ドル。
  大正3年、同研究所メンバー(正員)、年俸5000ドル。



276 :日本@名無史さん:2005/04/18(月) 17:48:41
>>251
おい、戦国時代は基本的に百姓を足軽にしてたぞ。
だから冬の農閑期にしか基本的に戦はなかった。
自分の脳内妄想を書き込むんじゃない、バカタレ。

277 :日本@名無史さん:2005/04/28(木) 16:58:47
まず「平和」という言葉の定義を考えてくれ
以下のリンクを読んでくれ
ttp://66.102.7.104/search?q=cache:-9IeCNxJC1wJ:www.gshs.keio.ac.jp/TOFU/brunei/tofu_brunei_peace.htm+%E5%B9%B3%E5%92%8C%E3%81%A8%E3%81%AF&hl=ja&lr=lang_ja&client=firefox-a

日本列島が単一の行政機関によって運営され戦争の無い現代が果たして平和と言えるのか?

278 :日本@名無史さん:2005/05/04(水) 17:22:01
いえるやろ

279 :日本@名無史さん:2005/05/04(水) 18:29:33
戦国時代は一番日本人が輝いていた、燃えていた時代だろう
鉄砲の保有数も世界一だったし、産業も勃興した
世界雄飛の夢のあった時代だろう

280 :日本@名無史さん:2005/05/06(金) 02:53:51
>>221
>武士やその従者が持つ2mから4mぐらいの(持)槍
この場合、”鑓”と言う字を当てるのでは?

281 :日本@名無史さん:2005/05/07(土) 17:48:49

スイス政府「民間防衛」に学ぶ
−日本が敵国から武力以外による攻撃を受け、破滅へと導かれないように−
http://www.geocities.com/nokan2000nokan/switz/

加治 隆介「倉地…俺は今つくづく思うよ」
倉地 潤「何を?」
加治 隆介「日本という国は本当に平和ボケした国だと思う」
加治 隆介「前から言われていたことだが他国のスパイがこれほど暗躍していても誰も気にしない」
倉地 潤「スパイ防止法がないからな」
加治 隆介「そうだ そういう法律がないことを むしろ誇らしげに思う国だからな」
加治 隆介「その誤った平和意識のツケが 今 確実にやってきているんだ」


282 :日本@名無史さん:2005/05/24(火) 14:58:27
ここでもネタにされてる
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1113649036/l50


283 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 00:01:36
外敵がいなければ
日本人同士でもいがみ合うよ。
日本人は人種が完全に均一とはとてもいえないし。
地方によって暮らしぶりも違ったわけだから。



284 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 00:04:02
たとえば、ヤンキーを取り締まる警察やヤンキーを働かしておく職場がなければ
そいつらは武装したまま武士になって暴れまわるに決まってんだろ。

285 :日本@名無史さん:2005/06/10(金) 21:28:47
そうかね

286 :日本@名無史さん:2005/06/22(水) 23:42:03
そうじゃないよ

287 :日本@名無しさん:2005/06/23(木) 00:21:34
「政基公旅引付」を読む限り、戦国時代が平和だとは思えない。

288 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 04:27:10
>>287
貴族にとっては、源平争乱以降平和だった時代はないので全面的に依拠して良い物やら。

289 :日本@名無史さん:2005/07/08(金) 02:15:00
そうなんですか

290 :家康:2005/07/27(水) 18:45:10
応仁の乱以前の日本は能力のない大名でも将軍の力
をかりればたやすくその時代を生きれるが戦国時代
は能力のない者は、将軍でさえも家臣や隣国の大名
に倒されることを考えれば動乱だったといってよい
と思う。一回の戦で死ぬのも百分の一どんなに多く
ても十分の一(長篠の戦などの特殊な戦いは除く)
ではあったが、江戸時代とは違い、戦国動乱、数多
くの戦あることを考えれば寿命を十分に全うできる
のはすくなかったのではないだろうか。


291 :家康:2005/07/27(水) 18:46:07
応仁の乱以前の日本は能力のない大名でも将軍の力
をかりればたやすくその時代を生きれるが戦国時代
は能力のない者は、将軍でさえも家臣や隣国の大名
に倒されることを考えれば動乱だったといってよい
と思う。一回の戦で死ぬのも百分の一どんなに多く
ても十分の一(長篠の戦などの特殊な戦いは除く)
ではあったが、江戸時代とは違い、戦国動乱、数多
くの戦あることを考えれば寿命を十分に全うできる
のはすくなかったのではないだろうか。


292 :信長:2005/07/27(水) 18:49:31
家康さん、マニアですか。相当きもいです。

293 :日本@名無史さん:2005/07/27(水) 18:51:25
歴史の面白さも知らずになぜこのページを開いたのですか?信長の名前も名乗らないでください。



294 :家康:2005/07/27(水) 18:53:02
この上の文を書いたのは僕です。名前を書くのを忘れてました。本当にすいません。


295 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 17:48:02
      

296 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 20:22:15
実は野戦より城攻めの方が死者の数は多い。
特に非戦闘員も城に篭るから、兵糧攻めや水攻め
の場合、民間人が沢山餓死した。

297 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 21:48:34
そんな平和な国の軍に破れる明と朝鮮の立場はどうなる?


298 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 22:36:39
あっちも本当は平和だったんだよ。

299 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 23:32:21
そんな平和なくにの浪人軍にシャムで破れたスペイン人の立場はどうなる?

300 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 14:27:47
山田長政だっけか?

301 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 04:56:30
山田長政なんて実在しませんよ
ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから

302 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 18:42:51
松尾

.


303 :日本@名無史さん:2005/09/05(月) 15:12:58
戦国時代は武士以外の勢力も武装していたから、
それなりの政治力があり、また大名も江戸時代のように
年貢を「八公二民」とか「九公一民」なんてできなかった。
治安は悪かったけど、権力者による圧政が少なかったのが
戦国時代なんでしょうね。


304 :日本@名無史さん:2005/09/06(火) 17:28:48
戦国時代でも足利幕府存続以前と滅亡後で、大名の意識の違いはありそうじゃないか?
以前⇒建前は天皇と幕府に従い、地方で権力を高めていく。

幕府が実権を失う⇒自分が幕府を立てて天皇家を護る。そのために天下統一しよう。

天下統一っつーか中央集権国家の樹立を目指していたのってやっぱり信長だけなのかな?
島津家だってなんだか秀吉に対抗する為に九州統一戦争やったって感じ出し。

305 :日本@名無史さん:2005/09/06(火) 20:16:29
>>304
信長が上洛した理由も建前上は、足利義秋を奉じるためだったから、
最初から中央集権国家の樹立を目指してたわけじゃないと思うな。
義秋を京都から追い出したのは、自分に刃向かったからであって
もし義秋が刃向かわなかったら、形の上では足利幕府を再興したと思う。

306 ::2005/09/06(火) 20:42:26
>>59
「陸軍パンフレット」ですな.
「適者生存」がキーワードの進化論が,当時の最新流行の思想でした.
「たたかひは想像の乳,文化の母」なる標語は,じつは進化論的思想の産物なのであります.
左翼も社会変革の論理に進化論の新知識を援用したが,帝国主義者も国家間の戦争を
進化論の自然淘汰にみたてたのだった.

神懸かりの連中がゐるかと思へば,妙に新しがりやの連中もゐるのが陸軍クオリティ.

307 :日本@名無史さん:2005/09/06(火) 21:24:56
戦国時代は戦がある程度、経済の発展に役立っていたって見方がありますね。
大名が遠征をする場合などは、莫大な金が動いてましたし。
とくに農村にとっては、大名が金を出して兵糧を買い取ってくれるので
米を金にできる願ってもない機会だったそうです。



308 :日本@名無史さん:2005/09/06(火) 23:00:11
>>305

室町幕府末期はほとんど誰も献身の情から幕府に従う事はなかっただろうけど、
もちろんそれは幕府の権力が失墜したからで、
戦争が起きる理由に幕府が絡んでいないならば、それはなんだろう?

隣人が気に食わないから紛争が起きる。するとより強大な相手からの
干渉が現実味を帯びてくる。それで気に食わないから戦争が起きる。

この繰り返しか。

>>307
大名としては経済的利益のために領土を拡大させたかったのだろうか。
だとしたら本当に戦国時代は平和だったのかなあ。


309 :日本@名無史さん:2005/09/07(水) 00:40:52
>>308
合戦を起こす理由なんていくらでもありますよ。
要は大義名分があればいいわけで、もちろん幕府を口実にした合戦もあったけど。
徳川家康が豊臣家を滅ぼした時の口実なんて、ほとんど言いがかりでしょう。


310 :日本@名無史さん:2005/09/07(水) 01:24:23
>>309
そこで大義名分としての全国統一ってどれくらい用いられたんだろうか?

日本の歴史を勉強していつも不思議に思うんだけど、
統一⇒乱世⇒新体制による統一⇒乱世の流れの中で、
日本全国を一つの権威の下に従わせるっていう意識がどれほど価値があったのかなって。

家康にしてみれば、豊臣家は潜在的に旧勢力を糾合しえる危険な存在だったんだろうけど、
「統一」という言葉や概念が、他の諸侯にとって存在したのか。
またあったとしたらどれだけの価値があったのか、知りたいなーって。

それと言うもの、中央集権国家について勉強しているもので。

311 :日本@名無史さん:2005/09/07(水) 23:22:02
>>308
武田信玄が三国同盟を破り、北条を敵に廻してまで駿河に進出したのは
海に面した領土を得たかったと言われています。そういった意味では、
経済的な目的で合戦をしたと言えますね。
ただ武田信玄と上杉謙信の川中島の合戦は、
上杉家の安全保障上の問題から起こったと言われてますので
全ての合戦が経済上の理由から行われていたのではないです。

あと戦国時代は盗賊や山賊なども多く平和だったとはいえないと思います。
あくまで農村に金が入ったので、農村の開発が進んだということを言いたかっただけです。

312 :日本@名無史さん:2005/09/09(金) 04:14:07
>>310
天下統一を大義名分にして合戦をしたのは、
朝廷を取り込んだ秀吉くらいではないでしょうか(惣無事令等)。

本格的な中央集権国家が成立したといえるのは、明治政府からだと思います。
徳川幕府も重要な役職や領土は一門や譜代にまかせ、
江戸に権限を集中させましたが、外様大名なども一定の権限や軍事力を持っていましたので、
完全な中央集権国家とはいえないでしょう。

313 :日本@名無史さん:2005/09/09(金) 07:56:30
明治維新はドイツやイタリアの統一とほぼ同時期だよね
考えてみれば東洋の国が「出遅れ組」とはいえ西洋国と肩を並べられるようになるのは凄すぎる気がする

314 :日本@名無史さん:2005/09/12(月) 10:34:12
鎖国のハンデが無ければ、元々イタリアやドイツと同レベルの国やないやろ日本は。
根拠不明の小国意識は、日教組に毒された結果か?

寧ろ日本が鎖国をしていたから欧米が好き勝手でき、
日本の鎖国撤回によってその秩序が崩壊した、と言うべき。

315 :日本@名無史さん:2005/09/12(月) 18:29:24
>>鎖国のハンデが無ければ、元々イタリアやドイツと同レベルの国やないやろ日本は。

戦国時代は日本は世界有数の軍事力を持ってたのにな。
家光が馬鹿な政策をしたおかげで、ハンデをつけられてしまった。

316 :日本@名無史さん:2005/09/12(月) 20:50:14
家光は江戸幕府切手の最高の人やぞ
鎖国以外は完璧だった

317 :日本@名無史さん:2005/09/13(火) 04:34:25
鎖国をするってことは、やはり日本のみで統一して徳川幕府の威を示すってことにあるんだろうな。
日本以外にも野心があるのならば、別にもう一回明攻めしたって良かった。

当時の日本人で島津、宗以外は、列島の外にでる気がなかったのだとしたら、
やはり統一のもつ意味は大きい気がする。

なんで家康は日本を統一しようとしたんだろう・・・
まさか鎖国をするため?

318 :一生負け組:2005/09/13(火) 21:01:23
室町時代とどっちが平和?あの時代も戦争は多いし。
応仁ノ乱など。

319 :日本@名無史さん:2005/09/18(日) 23:10:43
戦国時代って信長以前と信長以降にわけたほうがよくない?
信長以前は、中央政府が機能しなくなって地方豪族がたまにコゼリ合いしてた時代
寝返りとかなんかないと他国を制圧することってできなかった
それが信長以降、近代的な総力戦になったと

>>317
石田光成とガチンコ勝負して勝ったんで図らずとも天下統一しちゃったんだろ


320 :日本@名無史さん:2005/09/18(日) 23:22:58
>>317
つーか、織田、豊臣で天下布武路線で反対勢力を潰しまくってきた、
天下統一を止めるって事は敵対勢力を残すってことだから、
織田、豊臣時代から有力家臣だった徳川にとっては、
今更やめられないだろ。

321 :日本@名無史さん:2005/10/01(土) 21:36:07
>317
それも有るかもしれない。
ポルトガルやスペインがなければわざわざ統一しなかったんでない。
少なくとも連邦制の国家にしとかないとキリシタン大名とかがまた発生して
日本中大混乱なわけさ。
明治は連邦制からさらに外国の圧力が強まったことにより中央集権に
なったでしょ。歴史にはやはり必然性が有るよ。

322 :日本@名無史さん:2005/10/09(日) 13:19:17
ウホウホ

323 :日本@名無史さん:2005/10/28(金) 21:15:28
必然性ねえ・・・。

324 :日本@名無史さん:2005/10/28(金) 23:12:41
武田二十四将が壊滅したのはなぜなのですか?

325 :日本@名無史さん:2005/11/02(水) 16:11:38
城下町→武家屋敷→常備軍みたいな軍政改革できたのって信長だけ?
何で他の大名にできずに信長にはできたのかな?

326 :日本@名無史さん:2005/11/13(日) 07:04:47
天才だから コロンブスの卵
今で言うならホリエモンかな
でも計画実行力が大違いw


327 :日本@名無史さん:2005/11/13(日) 22:57:38
戦国時代に、鉄砲伝来なしに天下統一は成し得たかだろうか?
古代の倭国統合の基礎においても、半島から馬と騎馬技術が伝わったことが
大きかったと思われる。
それが天の配剤ということなのか、
あるいは鉄砲の伝来なしに日本独自の文化技術を駆使しての自律的な統一は困難で、
そのまま延々と抗争を繰り広げていたのだろうか?

328 :日本@名無史さん:2005/11/20(日) 04:16:34
>>327
なんちゃって統一はできたかもしれない。
つまり、徹底的に反対諸侯を叩く事のできない、鎌倉、室町時代みたいな。

・・・て書きたいけど、鉄砲の力は過大評価されてるなんて説もあるしなあ。
やっぱり原史料を読み解かなきゃ自分なりの答えはでないか。

329 :匿名希望:2005/11/20(日) 20:33:15
戦国大名は被官に家族・郎従に大名の居城に住まわせていた(常備出陣、謀反防止、人質のため)。
織田信長以外にも程度の差はあれ、軍政改革は行われていたのでは。
春日山城や小田原城や一乗谷がその例として本にあるのですが、他の大名の居城はどうなのでしょうか?

330 :甲斐犬:2005/11/20(日) 21:09:24
 農民兵は、農繁期に出兵できない、なんてのは間違い。年表を見よう。
おそらく、この間違いは、当時の農家を今日の小規模経営の自作農と勝手に
思いこんでる間違い。当時は、領主(国人・地侍)や地主(名主)による
大規模農家。今日の、住み込み従業員をかかえるパチンコ屋や旅館を想像
しる。
 当然、忙しい時期でも、経営者一族の男が従業員の一部を率いて出兵
する事は、何とか可能。要は生産効率。生産効率の高い地域ほど、余剰労働力
を出兵させやすかった。
 当時は、丘陵地から大河川下流域への人口移動期でもあったから、濃尾平野
など、もっとも余剰労働力の多い地域であったろう。

1>おそらく、宣教師は、宗教改革以降の、無茶苦茶な時代のヨーロッパと比しめて
日本を平和と思ったんだろうな。

331 :日本@名無史さん:2005/12/07(水) 01:30:00


332 :日本@名無史さん:2005/12/21(水) 15:22:54
age

333 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 20:07:39
日本が戦国時代の頃の軍事力はヨーロッパを上回っていたそうです。

334 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 20:33:22
陸奥(青森県)を治めていた武将は誰だっけ?

335 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 11:16:36
津軽と南部とありますが

336 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 13:58:39
堺の町は、商人達の自治都市だったし、戦国が一番自由で夢のもてる時代だったと思う!信長さえいなければ、

337 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 20:52:42
ありゃあ今で言えばヒルズ族が合議でいろいろ決めてたようなもんじゃね?
庶民にとって堺が自由でいい場所って意味じゃないとおもうよ?

338 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 22:18:19
封建的な支配をされてないその点において他の都市とは大きく違うと思う!

339 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 08:34:31
>1
お前工作員だろ?

340 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 08:35:48
>1〜30
ほとんど同一人物の自作自演。

341 :日本@名無史さん:2006/03/10(金) 06:38:21
>>339-340
さみしい人たちですね・・・

最近この板でも、戦国時代に過剰な思い入れをする輩が目に余るので
上げときます。

342 :日本@名無史さん:2006/03/23(木) 15:24:51
戦国時代にしても、ルネサンス期の動乱にしても、大規模な民族戦争とかじゃない
同じ文化圏内での秩序ある戦乱って、今でいう企業競争を代用してた面もあったん
じゃないだろうか。


343 :日本@名無史さん:2006/03/24(金) 12:44:03
>>333
そりゃーそうだ。
 軍制からしてちがう。

344 :日本@名無史さん:2006/03/24(金) 19:49:54
想像にしか過ぎない。

345 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 09:25:15
そうかね?

346 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 09:20:34
そうだろ

347 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 23:03:41
日本の戦国時代 合戦の虚像と真実2
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/army/1147453486/

軍事板にしまいスレができたお

348 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 12:55:57
   

349 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 14:14:14
当時の日本の軍事力を、唐入り、東南アジアの浪人を通じて鑑みるに・・・




平和最強

350 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 01:03:04
■■オタク殺到■■ 戦国武将縁の寺・神社 ■■
http://travel2.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1118036056/



351 :日本@名無史さん:2006/06/29(木) 19:58:32
■■オタク殺到■■ 戦国武将縁の寺・神社 ■■
http://travel2.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1118036056/


352 :日本@名無史さん:2006/07/07(金) 07:25:33
あげ

353 :日本@名無史さん:2006/07/15(土) 17:22:17


354 :日本@名無史さん:2006/08/07(月) 00:25:22
ん?

355 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 21:35:28
>>334
亀レスだが南部と北畠です

356 ::2006/08/19(土) 03:24:14
ルネサンスと比べるなら,比較すべき面々は
レオナルドには俵屋宗達や本阿弥光悦
ルターには「鍋かぶり日親」(法王庁には比叡山)
シェークスピアには世阿弥あたりになりますがな.
結構いけてる面々.

357 :日本@名無史さん:2006/08/25(金) 20:51:53
ほほー

358 :日本@名無史さん:2006/10/22(日) 19:31:07
まあ、明ではなく、アメリカにでも秀吉が攻め込んでおればねえ

359 :日本@名無史さん:2006/10/23(月) 07:22:19
そんな航海技術ないし補給も続かん。
半島の南部を攻め落としたところで宣撫につとめ日本府をつくる、
という方法が一番良かったと。
そうでなければやっぱり北方進出くらいだな。
樺太、千島くらいはなんとか日本領に出来ただろうが。


でも一番良かったのは、朝鮮出兵ではなく徳川征伐だったはずだ。

360 :日本@名無史さん:2006/11/12(日) 22:31:53
 

361 :日本@名無史さん:2006/12/31(日) 20:30:01
ほー

362 :日本@名無史さん:2007/01/21(日) 17:32:08
>>359
なんで?

363 :山下健三:2007/02/03(土) 22:26:01
南蛮人が鉄砲持って現れたんで国内統一に拍車がかかったんだろ
ヨーロッパ人がアジア各地を植民地にしようとしてたら
日本をまずひとつにまとめないと駄目だろ
その結果が後の徳川幕府による鎖国政策になるわけさ
地域統一ってのは外敵がいなけりゃ始まらない事なんだよね


364 :日本@名無史さん:2007/03/03(土) 02:40:53
共通の敵を持つことによって団結力が高まるって奴か。

365 :日本@名無史さん:2007/03/03(土) 08:48:39
一応、フロイスの日本史にも
「戦乱が続いている」ってかいてあるんだけどね・・・

当時の日本は北斗の拳状態だったということでOK?

366 :日本@名無史さん:2007/03/03(土) 08:54:32
>>347
またマンネリの鈴木批判でもやるのか?

367 :にゃんこ:2007/03/03(土) 09:55:36
多数派工作が戦争の中心で、戦場での決戦は、多数派工作の成果の再確認の場。
戦闘も、物理的破壊は少しで戦死者も少数、形勢が不利な側はあっさり瓦解。
勝った側は、勝った事を多数派工作の宣伝材料として、明日からまた、多数派
工作。

そもそも、戦う理由は、縄張り争いと相続争い。ヤクザの抗争に近い。(最も、
近代戦や宗教戦よりも、被害の極小化において、文明的とも近いと言える。)

ヨーロッパの宗教戦を見てきた人間なら、日本の戦国時代は「平和」に見える
だろうな。

なお、中国で、わずか数十年で、人口が1/10になったり、5倍になったり
するのは、人口調査のある公領と無い私領の間を、民衆が行ったり来たりする
ため。脱税や節税のためである。


368 :日本@名無史さん:2007/04/05(木) 00:44:19
ho--

369 :日本@名無史さん:2007/04/05(木) 18:19:45
本当は井の中の蛙で弱かった戦国時代にスレタイ変えた方が良くね?

信長「日本刀弱すぎwww」

370 :日本@名無史さん:2007/04/05(木) 22:50:32
>>367
ヨーロッパの宗教戦=カルト馬鹿同士のケンカ。
中世ヨーロッパ内では人質取りっこして、のんびり百年も戦争ごっこ。
産業革命までヨーロッパは欲深いだけで字も読めない馬鹿ばかりの国。


371 :チャンネル桜が今日から無料放送に!!:2007/04/06(金) 19:23:53

日本文化チャンネル桜は、平成十九年三月三十一日をもってスカイパーフェクTV!Ch.767における
24時間放送を休止し、同Ch.241「ハッピー241」の夜の時間帯で放送を続けることになりました。

※「ハッピー241」での放送時間(4月1日?)は、以下のとおりです。スカイパーフェクTV!
の受信環境があれば、どなたでも無料でご覧になれます。
       【月?金】18:30?21:30/23:00?24:00
       【土・日】21:00?24:00

http://www.ch-sakura.jp/index.html



372 :日本@名無史さん:2007/07/21(土) 06:54:23
戦国時代の始まりは応仁の乱よりもあとだったなど意見が分れているそうですが
現在の有力意見ではいつ頃始まっていますか


373 :日本@名無史さん:2007/08/23(木) 22:34:06
戦国大名の国力増強政策って何があるっけ

374 :日本@名無史さん:2007/10/15(月) 18:08:45
なにもない

375 :日本@名無史さん:2007/10/18(木) 01:34:04
戦国時代の治安がいいわけないだろwwww
「戦国時代は明るくて平和だった」だのわけわからんことを抜かしている奴がいたが
江戸時代の人々からみたられっきとした暗黒時代だったと思うがね
今の日本人が見た戦時中の大正昭和に近い感覚で江戸初期の人々は
戦国時代を見ていたんだと思う
大河の明るい戦国のイメージなんて所詮は歴史を楽しめと言っているだけで
本当は第二次世界大戦ばりの暗黒時代

376 :日本@名無史さん:2007/11/06(火) 15:31:41
>375
治安いいよ。
西部劇みたいに保安官を傭う必要なんかなくて、
村人全員が武装して犯罪者を捕縛したり処刑したりしてるから。

ま、村を離れた遠方で、敵対する村の軍隊に襲われて拉致られたり
売り払われ、あるいは殺傷されたりすることがあるのは愛嬌だが。



... 現代人の感覚としては、軍事政権が力を持ってるような一部の発展途上国の雰囲気。
現代日本の平和ぶりとは比較することができん。
まあ。連年の大飢饉で生きるか死ぬか、って世界だしな。

377 :日本@名無史さん:2007/12/31(月) 13:02:16
>>376
珍しく今年の大河ドラマで取り上げられていたが、領主の意向しだいで
村人は、乱取り>>107という強盗強姦行為に見舞われるのだが。

378 :日本@名無史さん:2007/12/31(月) 13:55:34
藤木久志氏の戦国村民ルポに対する言及レスがありませんね。
戦国の村を行く 藤木久志 1997/06 (朝日選書)
飢餓と戦争の戦国を行く 藤木久志 2001/11 (朝日選書)
雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り藤木久志 2005/6 (朝日選書)
土一揆と城の戦国を行く 藤木久志 2006/10 (朝日選書 )
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/%93%A1%96%D8%8Bv%8Eu/list.html

379 :日本@名無史さん:2007/12/31(月) 23:13:31
アサピの左翼捏造本はイラネ
つか戦国板や日本史板やら大河板やらなんの宣伝目的で再三に渡り執拗にその本を推奨してくるんだ?


380 :日本@名無史さん:2008/01/01(火) 00:47:57
成人しても、そのうち半分が50までには病気で死ぬ。
死が身近な社会

381 :日本@名無史さん:2008/01/01(火) 11:35:14
>>377
昔やってた大河の徳川家康でも乱取りの描写があった
水曜時代劇の真田太平記でもあった

382 :お岩:2008/01/01(火) 12:13:33
>>379
いい本だよ
朝日はまあどうでもいいじゃない?気にしない気にしない

383 :日本@名無史さん:2008/01/01(火) 12:57:11
>>381
>昔やってた大河の徳川家康でも乱取りの描写があった
俺がNHKでおっぱい剥き出しシーンを視たのはあのときが最初だった。
懐かしいね。

384 :日本@名無史さん:2008/01/01(火) 15:43:15
>>383
おお俺もだ、同志よ!
たしかにおっぱい出てたw

385 :日本@名無史さん:2008/01/01(火) 23:54:01
前時代よりも戦国期はかなり厚遇されてたよ農民。
それに商業の発展は飛躍的な流通経済による恩恵も受けれた。
領民に逃げられたり集団で徒党を組まれたらヤバァイからね…彼らは武器も持ってるから。
北条の4公6民とかもあるし。
豊かな民力が広範囲な大名の活動を支えたと言える。


386 :日本@名無史さん:2008/01/02(水) 12:10:34
優遇されたのは兵としての優秀さにあるんじゃね?
飢饉が来るたびに村同士で殺しあってたので戦闘経験豊富な農兵は
兵農分離以前の主力になるわけだよね。
在日が大手を振って闊歩してる現代よりは遥かに治安はいい。
地域が集団化してるんだしな
野伏なんかはみんなで撃退してたし、戦闘経験は野伏よりもあった。
今なら警察が犯罪後に捜査して終りだろ?
未然に武力解決してた戦国期の農村は治安最高だと思うのだが
庶民の武装解除は秀吉に始まり、徳川綱吉が完結したとされる。
江戸期からだんだんと地方の治安が悪くなる。

387 :日本@名無史さん:2008/01/02(水) 12:27:10
戦国時代より今の時代のほうがはるかに危険だろうなあ。


年間三万人の自殺者、精神病や精神問題者が三百万人以上、犯罪の増加、子供の非行、医学が豊かになったにも関わらず菌などが蔓延する、事故などの人災、自然災害など。



今のほうが危険なんだから、まじで気をつけていこうぜ!


388 :日本@名無史さん:2008/01/03(木) 10:36:39
>>387
今のほうが楽だ


389 :日本@名無史さん:2008/01/03(木) 12:04:07
>>378
『土一揆と城の戦国を行く』の中に面白いことが書かれているね。

「十五世紀後半に、日本中世は内戦(戦国)の時代がはじまり、その内戦の中で、
危機に対応して、攻撃と防禦の拠点として戦国の城がつくりはじめられる。
一方、その内戦とともに、村は滅びたのか。そうではなく、新たな戦国の城の周辺に、
村が大きな移動をはじめたのではないか。」 p208

これは藤木氏独自の意見というよりは近年の考古学調査の成果みたい。

こういう状況だったようだから、戦国時代が平和だったとはあまり言えないと思う。

390 :日本@名無史さん:2008/01/05(土) 20:24:26
>>377
大河板に、乱取り特化スレがあったよ。
9 :日曜8時の名無しさん:2007/03/05(月) 22:08:24.76
ミツも赤部に襲われてなかったか?
中世はどこの国も戦地での略奪は基本なんだなあ
風林火山の『乱取り』について語ろう
http://live27.2ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1173087261/9

391 :日本@名無史さん:2008/02/19(火) 13:49:45
>387 >389
イラクやアフガンに匹敵する程度に平和だろ

392 :日本@名無史さん:2008/02/26(火) 22:32:09
良い例えだ

393 :日本@名無史さん:2008/02/26(火) 23:07:45
軍事力は生産力に裏付けされるもの。地方の武将が覇権を争うと言う事はその支配地域の生産力が高かった証明でもある。

394 :日本@名無史さん:2008/02/28(木) 07:23:44
基本的に、
飢饉が連発して危機的状況になったときに限って戦乱の世になる。

源平合戦しかり、応仁の乱〜戦国時代しかり。

古くは三國志の時代だってそうだ。

395 :日本@名無史さん:2008/03/16(日) 00:28:12
5年後の俺へ。

いま、2008年。俺は、ここでくすぶっている。
そして、テレビでは、エド・はるみという芸人が、ちらほら出始めている。
小島よしおは、まだ、服を着させてもらっていない。
そもそも、5年後、その二人は、まだテレビに出ているのだろうか?

いや、そんなことはどうでもいい。
問題は、君だ。5年後の、君だ。


君は、どんな気持ちで、この「本当は平和だった戦国時代」というスレをみるのだろう?
ほろ苦い気持ち?それとも、温かい気持ち?

それは、君(俺)自身の努力次第なんだ。

396 :日本@名無史さん:2008/03/16(日) 00:53:30
ハンバーグゥ

397 :日本@名無史さん:2008/03/16(日) 01:44:39
信長だって地方武士から大臣にまで上りつめ、幕府を倒し新しい政治を動かした。
人間はやる気だろう。

398 :日本@名無史さん:2008/03/16(日) 01:47:27
不安感や危機感があるなら動いてみろ!
三河の人質だった竹千代だって東照大権現という神になったじゃねえか!

399 :日本@名無史さん:2008/03/20(木) 22:14:36
江戸時代は、中央集権ではなく地方分権ですよ。

戦国時代に人口や商業が発達したのは、各地の大名が
富国強兵策をとって自主的に人口と国力の増加に注力
した結果。
人口増加=徴兵増加だからね。

当時は中世から近代への過渡期であったので、商業の
発達は、流通、インフラ整備、税制等の進展と共に進み
決して意外でも珍しい事ではない。
現在の先進国クラスなら、どこでも経験している事。

近代の扉を閉じたのが、徳川家康。

400 :日本@名無史さん:2008/03/20(木) 23:49:40
だが、大都市に近い地域(関東地方や近畿地方、濃尾平野など)は、
江戸時代途中ごろから人口が減っている。

大都市から遠く離れた辺境だけが人口増加を続けた。
ま、江戸時代後半は微増ではあるが。

401 :日本@名無史さん:2008/03/23(日) 12:09:01
『政基公旅引付』文亀4(1504)年2月16日条

16日雨。大木村と船淵村の番頭が来た。昨年の干ばつのため御百姓が
多く餓死しています。そのため、蕨を採ってかろうじて命をつないで
いましたが、これを盗む者がいて、食物が無くなってしまうと死んでしまう
ので、見張り番をおくことにしました。
昨夜盗む者があったので、追いかけたところ、瀧宮神社の巫女の家に
逃げ込みました。中に入ってみましたら、巫女の2人の息子が犯人でした
ので、かばう母親と息子2人を殺害しました。ご報告します。

(政基の感想)地下沙汰だから仕方がない。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。


402 :日本@名無史さん:2008/03/23(日) 12:10:42
『政基公旅引付』文亀元(1501)年9月23日条

和泉国の守護細川氏の家臣と周辺の諸郷の農民1000人ほどが、武装して
日根野村に侵入してきた。政基の家臣と入山田村、日根野村の農民が
200人集まって、侵攻軍を撃退した。
隣村の村が、日根野荘を攻撃したことについて、入山田村は、上郷へ抗議した。
返事は、根来衆が侵入してきたと守護方が出陣命令を出したので出陣した。
しかし、相手は根来衆ではなく、御本所様(九条家)だったので、戦闘をやめて
引き返した。以後このようなことはしないということだった。

403 :日本@名無史さん:2008/05/16(金) 11:27:04
wikiの六角氏関係と北畠氏関係がわけわかめなことになっとるが誰がかいたんだ?

404 :日本@名無史さん:2008/05/23(金) 06:58:44
誰か知ってる人居たら教えて欲しいんだけど。

戦国時代、戦場となった場所には数百〜数千の遺体が転がったと
思うんだけど、この遺体はどう処理されたんですか?

405 :日本@名無史さん:2008/05/23(金) 09:24:05
>>404
そんなに転がらない。>遺体
数千も死者が出たら、軍事的にはもちろん経済的にも大打撃を受ける。

家の近所の古戦場にはいくつか塚があったから、現場でまとめて葬られるのでは?

406 :日本@名無史さん:2008/05/24(土) 03:29:43
刈り出されるのはほとんど農民だしな
モチベーションはかなり低いだろ

407 :日本@名無史さん:2008/05/24(土) 05:06:25
四辻季遠

408 :日本@名無史さん:2008/05/24(土) 17:17:26
>406
勝手に隊列を離れて略奪に行くヤツがいたり、
戦闘そっちのけで略奪してて、その間に戦いに巻き込まれたりするしな。

409 :日本@名無史さん:2008/06/19(木) 21:27:53
関連スレ
戦国時代と室町時代ってどこがちがうの?
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1213284466/
戦国時代の刑罰・拷問
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1165593622/


410 :日本@名無史さん:2008/08/31(日) 18:04:13
ほー

411 :日本@名無史さん:2008/09/01(月) 12:42:30
今のこの憂き世が平和な時代ならむしろ戦国時代のほうが余程ましだろう。

江戸幕府を潰して成立した東京政府は廃藩置県等の結果から
中央集権になりすぎてどうも馴染まないようだ。

412 :日本@名無史さん:2008/10/18(土) 21:40:04
中央集権の方が効率いいじゃん。

413 :日本@名無史さん:2008/10/18(土) 22:21:04
日本や朝鮮の歴史など中国やヨーロッパの歴史に比べればカスみたいなもの。

414 :日本@名無史さん:2008/10/18(土) 23:50:16
>>413 明治以後の日本史、日清、日露戦争、台湾・朝鮮併合、日支事変、
大東亜戦争、戦後の高度成長という爆発的な歴史を朝鮮はもっているか?


415 :日本@名無史さん:2008/10/19(日) 00:01:43
明治以降だろ?
俺が言ってるの戦国時代とかそれ以前

416 :日本@名無史さん:2008/10/26(日) 09:27:13
>>10
信長の長島・加賀の戦い、大坂夏の陣の大殺戮戦を見てから言え。

417 :日本@名無史さん:2008/10/31(金) 07:17:28
>>97おかしくないか?的中突破の島津1400名ぐらいは死んでるはずだが

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取りに行ったけどなかった。次は一時間後に取りに行くです。
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