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本当は平和だった戦国時代

1 :日本@名無史さん:02/09/27 21:45
戦国時代と聞けば、思い浮かぶのは
下克上の世の中、戦火に包まれた日本列島、
秩序は麻のように乱れ、街道には屍が累々としている。

ところがそうしたイメージにもかかわらず、
農業生産高は増え、商工業が勃興し、貿易が盛んになり
100年足らずの内に人口は2倍に増加したこの時代。
同じ戦乱の時代でも、ドイツの30年戦争では人口は半減、
中国の動乱期には人口が10分の1になったといわれる(諸説あり)
えらい違いである。

当時の宣教師達の記録には、勤勉で誇り高く礼儀正しい日本人像、
犯罪も少なく極めて秩序だった社会の様相が描かれているが
戦乱の激しさや、日本の軍隊の強さを訴えたものはほとんどない。
(悪意を持った宣教師が残忍な国民だと書き送った例はある)

世界的な視野からすれば、戦国期程度の動乱はむしろ常態であり、
特筆すべきものではないのかもしれない。
では、「戦国時代」とは何だったのか?
「戦国時代」という呼称は適切なのだろうか?

246 :日本@名無史さん:04/12/03 05:39:35
>>236
君の親戚は色々なところに住んでいるのかい?
それと同じ構造です。だからすぐ隣のお家が敵対している他家っていうのも
あるし、んで遠国にも支配版図が飛び地になっているの。
基本的には現在とそれほど変わらないよ。地主層は殆んど動いてないしね。
あと寺社領が多いことだな。


247 :日本@名無史さん:04/12/03 06:26:15
何年かおきにアッチで戦っていたり、向こうで戦っていたり。
関係ない土地の人たちにとっては、他所の台風のようなもの。

248 :日本@名無史さん:04/12/23 02:26:50


249 :日本@名無史さん:04/12/23 08:42:43
> 農業生産高は増え、商工業が勃興し、貿易が盛んになり
> 100年足らずの内に人口は2倍に増加したこの時代。

そういえば、大日本帝国占領下の朝鮮もそういう状況だったらしいな。

250 :日本@名無史さん:05/01/02 18:58:51
16世紀って全世界的に人口増えたんじゃなかったっけ?

251 :日本@名無史さん :05/01/02 22:35:33
この時代は(ヨーロッパも)基本的にお金で兵士(傭兵とか)を雇って
戦争していたから、どちらかがお金がなくなれば講和を持ちかけたりして
適当なところで戦争が終了してたから、総力戦みたいな戦いはあまり
なかったんじゃないかなぁ

252 :日本@名無史さん:05/01/06 22:50:05
>251
>基本的にお金で兵士(傭兵とか)を雇って
>基本的に
>基本的に

はあ?


253 :日本@名無史さん:05/01/28 17:36:17
ふう

254 :日本@名無史さん:05/02/01 21:42:10
全世界的に人口が増加したのは産業革命から
グラフを見るとすごいよ
爆発的に増えてる

255 :日本@名無史さん:05/02/20 16:21:19
なんでだろうね。

256 :日本@名無史さん:05/02/20 16:49:52
実は戦国時代の戦争で戦死者って余りいなかったのかな

257 :日本@名無史さん:05/02/20 19:12:41
>>256
実際の合戦は信長の野望の戦闘みたいな感じでなかったからね。

部隊の一定割合(高くない)の人間がやられると壊走するといった感じ。

258 :日本@名無史さん:05/02/20 19:16:09
ホリプロへの感想・苦情 ・・・ info_com@horipro.co.jp

あびる優の集団窃盗問題について
ホリプロは小学5年生の時にやったと回答しているが、
ちょうど窃盗の時効の切れる7年前に合わせただけなのではないか?
非常に怪しい。
もし、一部上場企業として嘘の回答をしたのであれば、それは許されざる
行為。この問題は風化させてはいけない。

ドラゴンボールでわかるあびる優窃盗事件
http://gazo01.chbox.jp/movie/src/1108880772343.jpg

259 :日本@名無史さん:05/02/20 19:36:46
>>256
実際の合戦は信長の野望の戦闘みたいな感じでなかったからね。

部隊の一定割合(高くない)の人間がやられると壊走するといった感じ。

260 :名無し募集中。。。:05/02/21 01:43:40
光栄はどうしても殲滅戦になるな
ときどき空しくなる

261 :日本@名無史さん:05/02/21 17:19:16
現代戦もそうだけど、部隊の3分の1が行動不能になったら
その部隊は壊滅状態になる、という話があったような・・・

詳しい人は語ってくれ。

262 :日本@名無史さん:05/02/22 05:22:36
つまり旧日本軍最強ってこったな

263 :日本@名無史さん:05/02/23 11:41:46
それはそれで引き際が解らなくてこまるんじゃないのかね

264 :日本@名無史さん:05/03/03 18:55:26
軍忠状を調べたある人によると、刀傷がだいたい2%から3%くらい。
さらに槍傷なんかもごく少なかったんだな。(5%くらい)一番多かったのは弓傷、あるいは鉄砲傷なわけ。
という事は接近戦なんてものはごくたまにしか行われなかったという事なんですな。
川中島なんかでは両軍合わせて3000人近い死者がでたと甲陽軍鑑なんかではあるけど、
だとするとその負傷者はその1.5倍以上。まあ武田も上杉も壊滅状態でしょう。
けれど上杉は越前なんかにも出兵してるし、武田も北条相手によく戦ってる。ということは
この数は誇張ということですな。ただ八幡原の霧の中での遭遇戦だから、ある程度の白兵戦
にはなっただろうけど。
と思うんですけどどうかな。僕は専門家じゃないからあまり決め付けはしたくないんですよ。



265 :日本@名無史さん:05/03/03 19:03:38
甲陽軍鑑とか北越軍記みたいなプロパガンダうんこ
の実数は基本的にシカト

266 :日本@名無史さん:05/03/07 23:29:55
最近の環境考古学の成果によると、戦国時代は気温が低く、農業の生産性が
低下した時代。食糧確保のために、絶えず争いが起き、戦争が頻発したの
ではと言われている。戦国時代は、食糧事情が悪く、食糧を
得るための人の移動も多く、生産力が低いためにかえって
商業や人の移動が盛んな社会だったのではと考えられるようなって
きている。
 それから、生産力が伸び、人口が急増したのは、江戸時代のはじめ。
実はこの時期に、商品経済から一度自給自足的な経済に戻り、
その後もう一度商品経済化したのではとの指摘がなされている。
 

267 :日本@名無史さん:2005/03/25(金) 12:04:48
>>266
>>戦国時代は気温が低く、農業の生産性が低下した時代。
天文年間までの話だったと思うが。
永禄期からむしろ温暖期に変換したはず。

268 :日本@名無史さん:2005/04/06(水) 23:54:43
そんなことどうやってわかるの?

269 :日本@名無史さん:2005/04/09(土) 02:28:52
>>268
ごく一例として、長寿な木の年輪。
温暖な時期は成長幅が広く、寒冷な時期は成長幅が狭い。

270 :日本@名無史さん:2005/04/09(土) 19:12:21
>>268
他にも各地に残っている日記の内容などを吟味し、
動植物の季節変化を現在と照らし合わせる方法もある。

271 :日本@名無史さん:2005/04/11(月) 16:59:16
>>251
それって13〜15世紀頃の話じゃなかったっけ?
確かチェーザレボルジアの頃まではそうだったみたいだけどね。

272 :日本@名無史さん:2005/04/13(水) 13:43:46
>>271
総力戦に近い形の戦争が行なわれるのは、早くて絶対王政の成立、遅くても国民国家の成
立あたりからではないの?
ナポレオン軍あたりは総力戦的な動員のかけ方だった希ガス。
日本では西南の役の政府軍あたりからとか。

273 :日本@名無史さん:2005/04/14(木) 01:53:45
>>272
それは、全てあなたの思い込みです。

274 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 03:08:51
政基公旅引付を読んでも平和そうにはみえないが・・・。

275 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 11:51:07
明治人の俸給
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~sirakawa/J022.htm HPサーチ
野口英世
  明治30年 順天堂病院助手、食事つき月俸2円、後3円。
  明治31年、伝染病研究所見習助手、月俸12円、後13円、さらに15円。
  明治32年、横浜海港検疫所検疫医、月俸35円。
  明治32年、清国の牛荘(ニュウチャン)でのペスト防疫班に加わる。任期6ケ月、月俸200両(テール)。任期後もしばらく、ロシア衛生隊の依頼で滞在、月俸300両。
  明治33年、ペンシルバニア大学フレキスナー教授の私設助手、月俸8ドル(1ドル=2円)。
  明治34年、ペンシルバニア大学研究助手、月俸25ドル。
  明治35年、同大学病理学助手、月俸50ドル。
  明治37年、ロックフェラー研究所アシスタント(一等助手)、年俸1800ドル。
  大正3年、同研究所メンバー(正員)、年俸5000ドル。



276 :日本@名無史さん:2005/04/18(月) 17:48:41
>>251
おい、戦国時代は基本的に百姓を足軽にしてたぞ。
だから冬の農閑期にしか基本的に戦はなかった。
自分の脳内妄想を書き込むんじゃない、バカタレ。

277 :日本@名無史さん:2005/04/28(木) 16:58:47
まず「平和」という言葉の定義を考えてくれ
以下のリンクを読んでくれ
ttp://66.102.7.104/search?q=cache:-9IeCNxJC1wJ:www.gshs.keio.ac.jp/TOFU/brunei/tofu_brunei_peace.htm+%E5%B9%B3%E5%92%8C%E3%81%A8%E3%81%AF&hl=ja&lr=lang_ja&client=firefox-a

日本列島が単一の行政機関によって運営され戦争の無い現代が果たして平和と言えるのか?

278 :日本@名無史さん:2005/05/04(水) 17:22:01
いえるやろ

279 :日本@名無史さん:2005/05/04(水) 18:29:33
戦国時代は一番日本人が輝いていた、燃えていた時代だろう
鉄砲の保有数も世界一だったし、産業も勃興した
世界雄飛の夢のあった時代だろう

280 :日本@名無史さん:2005/05/06(金) 02:53:51
>>221
>武士やその従者が持つ2mから4mぐらいの(持)槍
この場合、”鑓”と言う字を当てるのでは?

281 :日本@名無史さん:2005/05/07(土) 17:48:49

スイス政府「民間防衛」に学ぶ
−日本が敵国から武力以外による攻撃を受け、破滅へと導かれないように−
http://www.geocities.com/nokan2000nokan/switz/

加治 隆介「倉地…俺は今つくづく思うよ」
倉地 潤「何を?」
加治 隆介「日本という国は本当に平和ボケした国だと思う」
加治 隆介「前から言われていたことだが他国のスパイがこれほど暗躍していても誰も気にしない」
倉地 潤「スパイ防止法がないからな」
加治 隆介「そうだ そういう法律がないことを むしろ誇らしげに思う国だからな」
加治 隆介「その誤った平和意識のツケが 今 確実にやってきているんだ」


282 :日本@名無史さん:2005/05/24(火) 14:58:27
ここでもネタにされてる
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1113649036/l50


283 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 00:01:36
外敵がいなければ
日本人同士でもいがみ合うよ。
日本人は人種が完全に均一とはとてもいえないし。
地方によって暮らしぶりも違ったわけだから。



284 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 00:04:02
たとえば、ヤンキーを取り締まる警察やヤンキーを働かしておく職場がなければ
そいつらは武装したまま武士になって暴れまわるに決まってんだろ。

285 :日本@名無史さん:2005/06/10(金) 21:28:47
そうかね

286 :日本@名無史さん:2005/06/22(水) 23:42:03
そうじゃないよ

287 :日本@名無しさん:2005/06/23(木) 00:21:34
「政基公旅引付」を読む限り、戦国時代が平和だとは思えない。

288 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 04:27:10
>>287
貴族にとっては、源平争乱以降平和だった時代はないので全面的に依拠して良い物やら。

289 :日本@名無史さん:2005/07/08(金) 02:15:00
そうなんですか

290 :家康:2005/07/27(水) 18:45:10
応仁の乱以前の日本は能力のない大名でも将軍の力
をかりればたやすくその時代を生きれるが戦国時代
は能力のない者は、将軍でさえも家臣や隣国の大名
に倒されることを考えれば動乱だったといってよい
と思う。一回の戦で死ぬのも百分の一どんなに多く
ても十分の一(長篠の戦などの特殊な戦いは除く)
ではあったが、江戸時代とは違い、戦国動乱、数多
くの戦あることを考えれば寿命を十分に全うできる
のはすくなかったのではないだろうか。


291 :家康:2005/07/27(水) 18:46:07
応仁の乱以前の日本は能力のない大名でも将軍の力
をかりればたやすくその時代を生きれるが戦国時代
は能力のない者は、将軍でさえも家臣や隣国の大名
に倒されることを考えれば動乱だったといってよい
と思う。一回の戦で死ぬのも百分の一どんなに多く
ても十分の一(長篠の戦などの特殊な戦いは除く)
ではあったが、江戸時代とは違い、戦国動乱、数多
くの戦あることを考えれば寿命を十分に全うできる
のはすくなかったのではないだろうか。


292 :信長:2005/07/27(水) 18:49:31
家康さん、マニアですか。相当きもいです。

293 :日本@名無史さん:2005/07/27(水) 18:51:25
歴史の面白さも知らずになぜこのページを開いたのですか?信長の名前も名乗らないでください。



294 :家康:2005/07/27(水) 18:53:02
この上の文を書いたのは僕です。名前を書くのを忘れてました。本当にすいません。


295 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 17:48:02
      

296 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 20:22:15
実は野戦より城攻めの方が死者の数は多い。
特に非戦闘員も城に篭るから、兵糧攻めや水攻め
の場合、民間人が沢山餓死した。

297 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 21:48:34
そんな平和な国の軍に破れる明と朝鮮の立場はどうなる?


298 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 22:36:39
あっちも本当は平和だったんだよ。

299 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 23:32:21
そんな平和なくにの浪人軍にシャムで破れたスペイン人の立場はどうなる?

300 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 14:27:47
山田長政だっけか?

301 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 04:56:30
山田長政なんて実在しませんよ
ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから

302 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 18:42:51
松尾

.


303 :日本@名無史さん:2005/09/05(月) 15:12:58
戦国時代は武士以外の勢力も武装していたから、
それなりの政治力があり、また大名も江戸時代のように
年貢を「八公二民」とか「九公一民」なんてできなかった。
治安は悪かったけど、権力者による圧政が少なかったのが
戦国時代なんでしょうね。


304 :日本@名無史さん:2005/09/06(火) 17:28:48
戦国時代でも足利幕府存続以前と滅亡後で、大名の意識の違いはありそうじゃないか?
以前⇒建前は天皇と幕府に従い、地方で権力を高めていく。

幕府が実権を失う⇒自分が幕府を立てて天皇家を護る。そのために天下統一しよう。

天下統一っつーか中央集権国家の樹立を目指していたのってやっぱり信長だけなのかな?
島津家だってなんだか秀吉に対抗する為に九州統一戦争やったって感じ出し。

305 :日本@名無史さん:2005/09/06(火) 20:16:29
>>304
信長が上洛した理由も建前上は、足利義秋を奉じるためだったから、
最初から中央集権国家の樹立を目指してたわけじゃないと思うな。
義秋を京都から追い出したのは、自分に刃向かったからであって
もし義秋が刃向かわなかったら、形の上では足利幕府を再興したと思う。

306 ::2005/09/06(火) 20:42:26
>>59
「陸軍パンフレット」ですな.
「適者生存」がキーワードの進化論が,当時の最新流行の思想でした.
「たたかひは想像の乳,文化の母」なる標語は,じつは進化論的思想の産物なのであります.
左翼も社会変革の論理に進化論の新知識を援用したが,帝国主義者も国家間の戦争を
進化論の自然淘汰にみたてたのだった.

神懸かりの連中がゐるかと思へば,妙に新しがりやの連中もゐるのが陸軍クオリティ.

307 :日本@名無史さん:2005/09/06(火) 21:24:56
戦国時代は戦がある程度、経済の発展に役立っていたって見方がありますね。
大名が遠征をする場合などは、莫大な金が動いてましたし。
とくに農村にとっては、大名が金を出して兵糧を買い取ってくれるので
米を金にできる願ってもない機会だったそうです。



308 :日本@名無史さん:2005/09/06(火) 23:00:11
>>305

室町幕府末期はほとんど誰も献身の情から幕府に従う事はなかっただろうけど、
もちろんそれは幕府の権力が失墜したからで、
戦争が起きる理由に幕府が絡んでいないならば、それはなんだろう?

隣人が気に食わないから紛争が起きる。するとより強大な相手からの
干渉が現実味を帯びてくる。それで気に食わないから戦争が起きる。

この繰り返しか。

>>307
大名としては経済的利益のために領土を拡大させたかったのだろうか。
だとしたら本当に戦国時代は平和だったのかなあ。


309 :日本@名無史さん:2005/09/07(水) 00:40:52
>>308
合戦を起こす理由なんていくらでもありますよ。
要は大義名分があればいいわけで、もちろん幕府を口実にした合戦もあったけど。
徳川家康が豊臣家を滅ぼした時の口実なんて、ほとんど言いがかりでしょう。


310 :日本@名無史さん:2005/09/07(水) 01:24:23
>>309
そこで大義名分としての全国統一ってどれくらい用いられたんだろうか?

日本の歴史を勉強していつも不思議に思うんだけど、
統一⇒乱世⇒新体制による統一⇒乱世の流れの中で、
日本全国を一つの権威の下に従わせるっていう意識がどれほど価値があったのかなって。

家康にしてみれば、豊臣家は潜在的に旧勢力を糾合しえる危険な存在だったんだろうけど、
「統一」という言葉や概念が、他の諸侯にとって存在したのか。
またあったとしたらどれだけの価値があったのか、知りたいなーって。

それと言うもの、中央集権国家について勉強しているもので。

311 :日本@名無史さん:2005/09/07(水) 23:22:02
>>308
武田信玄が三国同盟を破り、北条を敵に廻してまで駿河に進出したのは
海に面した領土を得たかったと言われています。そういった意味では、
経済的な目的で合戦をしたと言えますね。
ただ武田信玄と上杉謙信の川中島の合戦は、
上杉家の安全保障上の問題から起こったと言われてますので
全ての合戦が経済上の理由から行われていたのではないです。

あと戦国時代は盗賊や山賊なども多く平和だったとはいえないと思います。
あくまで農村に金が入ったので、農村の開発が進んだということを言いたかっただけです。

312 :日本@名無史さん:2005/09/09(金) 04:14:07
>>310
天下統一を大義名分にして合戦をしたのは、
朝廷を取り込んだ秀吉くらいではないでしょうか(惣無事令等)。

本格的な中央集権国家が成立したといえるのは、明治政府からだと思います。
徳川幕府も重要な役職や領土は一門や譜代にまかせ、
江戸に権限を集中させましたが、外様大名なども一定の権限や軍事力を持っていましたので、
完全な中央集権国家とはいえないでしょう。

313 :日本@名無史さん:2005/09/09(金) 07:56:30
明治維新はドイツやイタリアの統一とほぼ同時期だよね
考えてみれば東洋の国が「出遅れ組」とはいえ西洋国と肩を並べられるようになるのは凄すぎる気がする

314 :日本@名無史さん:2005/09/12(月) 10:34:12
鎖国のハンデが無ければ、元々イタリアやドイツと同レベルの国やないやろ日本は。
根拠不明の小国意識は、日教組に毒された結果か?

寧ろ日本が鎖国をしていたから欧米が好き勝手でき、
日本の鎖国撤回によってその秩序が崩壊した、と言うべき。

315 :日本@名無史さん:2005/09/12(月) 18:29:24
>>鎖国のハンデが無ければ、元々イタリアやドイツと同レベルの国やないやろ日本は。

戦国時代は日本は世界有数の軍事力を持ってたのにな。
家光が馬鹿な政策をしたおかげで、ハンデをつけられてしまった。

316 :日本@名無史さん:2005/09/12(月) 20:50:14
家光は江戸幕府切手の最高の人やぞ
鎖国以外は完璧だった

317 :日本@名無史さん:2005/09/13(火) 04:34:25
鎖国をするってことは、やはり日本のみで統一して徳川幕府の威を示すってことにあるんだろうな。
日本以外にも野心があるのならば、別にもう一回明攻めしたって良かった。

当時の日本人で島津、宗以外は、列島の外にでる気がなかったのだとしたら、
やはり統一のもつ意味は大きい気がする。

なんで家康は日本を統一しようとしたんだろう・・・
まさか鎖国をするため?

318 :一生負け組:2005/09/13(火) 21:01:23
室町時代とどっちが平和?あの時代も戦争は多いし。
応仁ノ乱など。

319 :日本@名無史さん:2005/09/18(日) 23:10:43
戦国時代って信長以前と信長以降にわけたほうがよくない?
信長以前は、中央政府が機能しなくなって地方豪族がたまにコゼリ合いしてた時代
寝返りとかなんかないと他国を制圧することってできなかった
それが信長以降、近代的な総力戦になったと

>>317
石田光成とガチンコ勝負して勝ったんで図らずとも天下統一しちゃったんだろ


320 :日本@名無史さん:2005/09/18(日) 23:22:58
>>317
つーか、織田、豊臣で天下布武路線で反対勢力を潰しまくってきた、
天下統一を止めるって事は敵対勢力を残すってことだから、
織田、豊臣時代から有力家臣だった徳川にとっては、
今更やめられないだろ。

321 :日本@名無史さん:2005/10/01(土) 21:36:07
>317
それも有るかもしれない。
ポルトガルやスペインがなければわざわざ統一しなかったんでない。
少なくとも連邦制の国家にしとかないとキリシタン大名とかがまた発生して
日本中大混乱なわけさ。
明治は連邦制からさらに外国の圧力が強まったことにより中央集権に
なったでしょ。歴史にはやはり必然性が有るよ。

322 :日本@名無史さん:2005/10/09(日) 13:19:17
ウホウホ

323 :日本@名無史さん:2005/10/28(金) 21:15:28
必然性ねえ・・・。

324 :日本@名無史さん:2005/10/28(金) 23:12:41
武田二十四将が壊滅したのはなぜなのですか?

325 :日本@名無史さん:2005/11/02(水) 16:11:38
城下町→武家屋敷→常備軍みたいな軍政改革できたのって信長だけ?
何で他の大名にできずに信長にはできたのかな?

326 :日本@名無史さん:2005/11/13(日) 07:04:47
天才だから コロンブスの卵
今で言うならホリエモンかな
でも計画実行力が大違いw


327 :日本@名無史さん:2005/11/13(日) 22:57:38
戦国時代に、鉄砲伝来なしに天下統一は成し得たかだろうか?
古代の倭国統合の基礎においても、半島から馬と騎馬技術が伝わったことが
大きかったと思われる。
それが天の配剤ということなのか、
あるいは鉄砲の伝来なしに日本独自の文化技術を駆使しての自律的な統一は困難で、
そのまま延々と抗争を繰り広げていたのだろうか?

328 :日本@名無史さん:2005/11/20(日) 04:16:34
>>327
なんちゃって統一はできたかもしれない。
つまり、徹底的に反対諸侯を叩く事のできない、鎌倉、室町時代みたいな。

・・・て書きたいけど、鉄砲の力は過大評価されてるなんて説もあるしなあ。
やっぱり原史料を読み解かなきゃ自分なりの答えはでないか。

329 :匿名希望:2005/11/20(日) 20:33:15
戦国大名は被官に家族・郎従に大名の居城に住まわせていた(常備出陣、謀反防止、人質のため)。
織田信長以外にも程度の差はあれ、軍政改革は行われていたのでは。
春日山城や小田原城や一乗谷がその例として本にあるのですが、他の大名の居城はどうなのでしょうか?

330 :甲斐犬:2005/11/20(日) 21:09:24
 農民兵は、農繁期に出兵できない、なんてのは間違い。年表を見よう。
おそらく、この間違いは、当時の農家を今日の小規模経営の自作農と勝手に
思いこんでる間違い。当時は、領主(国人・地侍)や地主(名主)による
大規模農家。今日の、住み込み従業員をかかえるパチンコ屋や旅館を想像
しる。
 当然、忙しい時期でも、経営者一族の男が従業員の一部を率いて出兵
する事は、何とか可能。要は生産効率。生産効率の高い地域ほど、余剰労働力
を出兵させやすかった。
 当時は、丘陵地から大河川下流域への人口移動期でもあったから、濃尾平野
など、もっとも余剰労働力の多い地域であったろう。

1>おそらく、宣教師は、宗教改革以降の、無茶苦茶な時代のヨーロッパと比しめて
日本を平和と思ったんだろうな。

331 :日本@名無史さん:2005/12/07(水) 01:30:00


332 :日本@名無史さん:2005/12/21(水) 15:22:54
age

333 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 20:07:39
日本が戦国時代の頃の軍事力はヨーロッパを上回っていたそうです。

334 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 20:33:22
陸奥(青森県)を治めていた武将は誰だっけ?

335 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 11:16:36
津軽と南部とありますが

336 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 13:58:39
堺の町は、商人達の自治都市だったし、戦国が一番自由で夢のもてる時代だったと思う!信長さえいなければ、

337 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 20:52:42
ありゃあ今で言えばヒルズ族が合議でいろいろ決めてたようなもんじゃね?
庶民にとって堺が自由でいい場所って意味じゃないとおもうよ?

338 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 22:18:19
封建的な支配をされてないその点において他の都市とは大きく違うと思う!

339 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 08:34:31
>1
お前工作員だろ?

340 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 08:35:48
>1〜30
ほとんど同一人物の自作自演。

341 :日本@名無史さん:2006/03/10(金) 06:38:21
>>339-340
さみしい人たちですね・・・

最近この板でも、戦国時代に過剰な思い入れをする輩が目に余るので
上げときます。

342 :日本@名無史さん:2006/03/23(木) 15:24:51
戦国時代にしても、ルネサンス期の動乱にしても、大規模な民族戦争とかじゃない
同じ文化圏内での秩序ある戦乱って、今でいう企業競争を代用してた面もあったん
じゃないだろうか。


343 :日本@名無史さん:2006/03/24(金) 12:44:03
>>333
そりゃーそうだ。
 軍制からしてちがう。

344 :日本@名無史さん:2006/03/24(金) 19:49:54
想像にしか過ぎない。

345 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 09:25:15
そうかね?

346 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 09:20:34
そうだろ

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取りに行ったけどなかった。次は一時間後に取りに行くです。
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