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陸軍少尉 小野田寛郎

1 :日本@名無史さん:2005/09/15(木) 00:50:27
この人どうですよ

2 :日本@名無史さん:2005/09/15(木) 01:14:47
中国に対する日本のあるべき姿勢を説いた発言は感銘を受けた

3 :日本@名無史さん:2005/09/15(木) 01:22:40
・横井さんと違って、ただ「生き延びていた」だけではなかった。
 日本軍の軍人として「軍事活動」を行っていた。
・即ち、ルバング島のレーダー基地等の最新情報を常に収集し、
 来るべき日本軍の反撃に役立つよう、常に準備をしていた。
・唯一の武器である九九式銃を入念に手入れし、多量の弾丸を保持し
 常に戦闘に備えていた。
・わざと「敵」に自分たちの存在を知らせるよう、定期的に
 威嚇攻撃を行った。
・入手したラジオに自作のアンテナをつけ、情報収集をしていた。そのため
 朝鮮戦争、ベトナム戦争や東京オリンピックなどの出来事を知っていた。
 新幹線の開通を知った時には、
 「戦前から計画されていた弾丸列車がやっと実現したか」と考えた。

この極めて優秀な活動にもかかわらず、ただ一点
日本の敗戦だけを認めなかったために、国際関係の情報は
全て「偽情報」だと思い込み、その結果山の中で一人で戦争をし続けた
というそのアホみたいなギャップが、まじで凄い

4 :日本@名無史さん:2005/09/15(木) 06:45:52
臆病な卑怯者

5 :日本@名無史さん:2005/09/15(木) 09:35:07
この人の唯一の誤りは、
「もし本当に日本が敗戦したのなら、
軍上層部から任務解除命令が来るはずだ」と考えたこと。
陸軍の組織そのものが消滅するような形の敗戦をするなどとは、
考えてもみなかった。まあ当然といえば当然だ。

6 :日本@名無史さん:2005/09/15(木) 09:41:15
なんともすごいお爺さんだな

7 :日本@名無史さん:2005/09/15(木) 12:29:23
昭和天皇に謁見できたらよかったのに〜

8 :日本@名無史さん:2005/09/15(木) 14:20:55
意外に知られていないが、小野田少尉の存在は、終戦時
既に判明していた。捕虜収容所の旧同部隊所属者が駆り出されて
ルバング島で捜索を行ったが小野田少尉は現れず、捜索は
打ち切られた。収容所に戻った旧部下の下士官いわく
「少尉殿はコックリさんに従って動いとりますから、
ワシらにも行く先が分からんのです」
実話だ。

9 :日本@名無史さん:2005/09/15(木) 14:39:24
戦前の社会がエリートに強烈な使命感を叩き込んでた実例みたいなもの?
何にせよ頭が下がるよ。

10 :日本@名無史さん:2005/09/15(木) 15:26:15
数次にわたる捜索隊は小野田少尉を「発見できなかった」わけだが、
小野田少尉側は捜索隊の動きを完全に把握していた。
しかし捜索隊は敵に対するカモフラージュだろうと考えた彼は、
30年の間、姿を現さなかった。


ったくこの人は・・・

11 :日本@名無史さん:2005/09/15(木) 19:05:22
お母さんが「この子は山の神に守られてるから生きて帰ってくる」と直感したという話を週刊誌で読んだんだけど・・

12 :日本@名無史さん:2005/09/16(金) 23:07:27
age

13 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 04:13:43
部下を二人も道連れにするなよ。
しかも死なせてしまいおって。
山にこもりたきゃ一人でこもれよ。

14 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 04:30:27
>>13
どこのスレにもいるよな、こういう低レベルの煽りw

15 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 04:53:04
だなw

16 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 06:23:57
1人でフィリピンのジャングルに取り残されたら
俺ら戦後世代は死んでしまうよ

17 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 08:30:35
いや、人間はそう簡単に死ぬもんじゃない。
もし同じ状況になったら俺だって必死で生きのびると思う。
そうなる前に投降するだろうが

18 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 09:23:45
だから、ドン公(彼らの仲間内で現地人のこと)殺してるから出るに出られんかったんよ
出れば、現地人に殺されるか米軍の裁判にかけられると思ってたから、話題にするのも汚らわしい

19 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 11:28:59
>>17
生き延びられない人間は自然淘汰される。
なんのサバイバル術もない人間は餓死や衰弱死、動物や土民の襲撃であぼーん。

20 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 11:35:56
自然のままで生きのびる力なら横井庄いっさんの方が強い。住民に危害加えないで
隠れて生きていた。一方、小野田少尉らは食料調達に行き見つかると追っかけてきた
原住民を銃で撃ち殺して逃げていた。銃の力で生き延びた。まあ、山賊の類
庄いっさんはも銃は持ってたが使えるうちは狩猟に遣っただけ

21 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 12:12:25
客観的には野盗、山賊>小野田

22 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 13:49:15
「朝鮮戦争やベトナム戦争を知ってたのに、日本の敗戦が理解できない」
っていう思考回路がいまいち理解できない。

しかし、外界の情勢を知りつつも、それと自分の現状を結びつけて
考える事が何故かできず、何も考える事が出来なくなり
日常的な行動以上の事を展開させる事自体を放棄し、
日々を惰性に任せて過ごした、という感覚なら分かる。


23 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 13:57:21
てゆーか、日本の敗戦を知らずに30年フィリピンの山中を逃げ延びて
いたなんてデマを何時まで流す気なんだかw

横井さんの方はホントに何も知らずグアムの洞窟に一人で隠れてた訳だが。
小野田氏の方は、現地の人間を何人も殺してるんで、“敗戦を知らずに山中を
逃げ延びてる元帝国軍人”の姿を演じなければフィリピンで掴まって死刑になってた
だけの話だろ。だいたい彼は元情報将校。敗戦の情報をホントに知らなかった
のなら、こんな間抜けな情報将校は有り得ないw

24 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 15:12:49
少尉ていうけど敗戦時のホントの階級は何ね?普通、下級者はポツダム進級で
1階級上ってるはずだし、まして戦死扱いなら上ってるのでは?

25 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 15:43:09
>>23
>敗戦を知らずに山中を逃げ延びてる元帝国軍人”の姿を演じなければ

違うようだ 先日テレビで語ってた
小野田さんは近い内に敗戦するだろうことを前提に、敗戦後も生き延びて
諜報活動をすることを目的にフィリピンの島に渡っている
一端敗戦になっても皇軍は必ず反撃に転じるからそのための諜報活動をしておけ
ということだったらしい
逃げるだけでなく米軍やフィリピン軍に対するゲリラ活動も続けていた
戦後の政府はアメリカの傀儡であって、自分が信じる皇軍が復活し南下してくることを信じていたようだ
だから傀儡政府の呼びかけには一切応じなかったそうだ
日本の大まかな情報も現地のラジオと新聞で確認していた
朝鮮戦争からベトナム戦争の流れをアメリカと戦っている相手は実は日本であり
帝国皇軍が復活し南下がはじまったと思ったらしい

26 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 16:04:23
帝国陸海軍が崩壊したのに皇軍とやらが残ってるわけがなかと
捜索隊が何回も行って、その旨拡声器で流してるの聞いてたらしいじゃん
後付けの理由と分かってたが、大手マスコミも30年も苦労した、いわば戦争の
犠牲者に対して理詰めで問い詰めるのも可哀想、大人気ないと言い分を載せただけ
裏の事情なんか、知ってる人は知ってがやはり今更問い詰めてもと放置。それを
今ごろになって昔の教育が優れていたから現われた人物、なんてトンチンカンなカキコが
出てくるから真実が暴かれることになる

27 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 16:10:13
>>25
「モノは言いよう」と言う諺がここまで当てはまる言い訳も珍しいねw

28 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 16:17:30
ホロン部には何を言っても無駄か・・・

29 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 17:49:46
>>23
日本の捜索隊がいくら「あなたの身の安全は守られているから出てきてください」と言っても
出てこず、元上官がわざわざ出向いて「任務解除命令」を出して
初めてフィリピン軍に投降したわけだが。
だからあんたらの言うような、
「出てきたら殺されるから出て来られなかった」というのは真相では有り得ない。

朝鮮戦争やベトナム戦争を知りながら敗戦を認めなかったのはアホすぎる、という批判は
じゅうぶんに有り得るし、それは本人も認めるだろう。
まあそれこそ、後付けの結果論の批判だが

30 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 18:36:09
現地人からみたら山賊以外の何者でもない。謝罪しろ。

31 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 18:39:16
老い先短いし放置だな、そもそも語るだけの価値もない

32 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 18:41:25
>>17
生きのびれない人間はいくらでもいる。
何らかの事故や病気、食料不足などいくらでもある。
彼の場合は強い身体と精神と幸運があったのだろう。

33 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 18:46:19
フィリピンは毒蛇とか猛獣とかいないのかな。
それよりも蚊とかネズミとか病原菌が脅威かもしれない。

あと俺はナメクジとかカタツムリとかムカデのような不快生物が苦手だ。
ジャングルにはそんなのも多そう。

34 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 18:47:23
>>17
つーか、お前みたいな考え方の奴が
インパール作戦みたいなのを思いつくんじゃないのか?

35 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 19:17:24
上官が死んでて命令がなかったら出てこんつもりだったの?

36 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 19:22:10
陸軍中野学校(旧陸軍のスパイ養成機関)出身者というのは凄いね。

37 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 19:30:52
2人の部下?は討伐対の銃弾に倒れている。これらは彼らが山賊行為をやっていたからこそ
しかも正規の部下ではなくたまたまジャングルをさ迷っている最中出合って階級が上だったというだけ
小野田の猜疑心から投降もさせず野垂れ死にさせた責任はどうなる

38 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 19:31:39
>>35
命令の有無に固執していたというよりも、
信頼できる上官に直接言われない限り
日本の敗戦を確信できなかった、ということらしい。
だからもし谷口少佐が死んでいたら、
本当に今でも山から出てきていなかったかも知れん。

39 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 19:35:10
あの顔つき、骨相みれば、彼が偏狭で大局観に欠ける人物であることは歴然

40 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 19:49:30
中村獅童よりは小野田少尉本人の方がずっとかっこいいと俺は思うがな。
どうよ?

41 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 20:05:54
谷口少佐が昭和61年、雑誌の座談会(比島戦関係者の、当時14軍参謀)で語ってたが
小野田君は12月下旬比島にやってきてルバング島にやってきたが私の直接の部下ではなかったが
彼の参考になるように指示をあたえた、内容は「ルバン島は南シナ海が一望に見渡せるから24時間
監視してくれ。無線機の追送があれば一番先に君のところにやる」と言っただけ
残置諜者のことは知らない、て語ってる。それで小野田氏は近くにかく坐していた船から
望遠鏡を外してきて24時間監視を始めたという


42 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 20:06:24
>>21
なら、もっとも海外の軍人に尊敬されている20世紀の野盗、山賊だね。

43 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 20:08:11
ルバング島にやってきたが>ルバング島へ派遣されたが、に訂正

44 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 20:16:36
捜索隊の中にいる兄の姿を確認しているのに出てこないという根性がわからない

45 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 20:37:28
傀儡政権による策動と理解だろう。ヨーロッパ的頑固さだ。

46 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 20:50:24
だいたい小野田自身は残置長者なんていってないだろ。彼が発見されたとき
お先っ走りのマスコミが旧中野学校出身者を探してきて、彼のことを寝堀り葉掘り
聞いたもんだから、聞かれた方も、あるいは残置諜者の任務を帯びていたのかもしれない
て言ったのを事実の如く報道してしまった。あるいは大義名分をつくって彼が出てきやすい
状況つくりをしたともいえる

47 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 20:50:45
>>36
やはり普通の人ではなかったみたいだね。
特殊な訓練を受けたレンジャーとでもいうべきか。

48 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 20:53:24
てか、軍に入る前はサラリーマンだろ

49 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 20:55:10
中国にいたころはダンスなんか好んで結構遊び人みたい

50 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 20:57:23
兄て人がダイワ精工(釣具)の課長かなにかやってた

51 :日本@名無史さん:2005/09/17(土) 22:12:12
>>46
小野田本人が言ってたよ

52 :日本@名無史さん:2005/09/18(日) 01:47:24
職業軍人はスパイには適当でないと何かで読んだことがあるな。
あまり関係ないけど、市川雷蔵の「陸軍中野学校」シリーズ(大映)を
是非見てみたい。

53 :日本@名無史さん:2005/09/18(日) 12:18:54
>>37
二人の「部下」は確かに、小野田氏の直属の部下ではなく
単に知り合った仲間に過ぎなかった。
しかしだからこそ、その二人の死は小野田氏の責任ではないと
いえるでしょうが。
別に小野田氏が強制したのではなく、
各自が自分の判断に従って山に残ったわけだから。

54 :日本@名無史さん:2005/09/18(日) 13:13:43
>>53
山西省残留日本兵に
「自分の意志で残ったんでしょ?」
と平然と言った官僚みたいなこと言いますね


55 :日本@名無史さん:2005/09/18(日) 13:25:33
>>54
同じに聞こえるのは ゆがんだ解釈をしているか
理解力が不足しているからですね

56 :日本@名無史さん:2005/09/18(日) 13:28:26
>>54
何言ってんの??あんたは。

終戦の時点で、ルバン島にいた数十名の日本軍将兵は投降している。
そこで投降をしなかった
小野田少尉、島田伍長、小塚上等兵、赤津一等兵の4名が山中での行動を開始。
4年後に赤津一等兵は離脱、一人で投降している。

つまり小野田少尉が軍の権威によって投降を許さなかったのではなく、
投降を肯じなかった人々が集まって共同行動をしていたというだけの話。
どう考えても島田伍長と小塚上等兵の死は小野田氏の責任じゃない。

ていうかあなたの言っていること自体、何をいいたいのかよくわからんのだが

57 :日本@名無史さん:2005/09/18(日) 15:37:28
要するに残地長者とかいうのは作り話?

58 :日本人:2005/09/18(日) 16:43:56
偏屈な男。近所にも「クルマの運転は運転手がやるもんで俺は絶対しない」
なんていう偏屈ジジイと同じ。

59 :日本人:2005/09/18(日) 16:44:36
偏屈な男。近所にも「クルマの運転は運転手がやるもんで俺は絶対しない」
なんていう偏屈ジジイと同じ。

60 :日本@名無史さん:2005/09/18(日) 17:03:40
衆議院会議録 昭和47年10月

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/070/0200/07010280200001c.html

> ○寺前委員 
> 何で戻ってくることができないのだろう。いろいろ想像つくことがあると思います。
> 一つは、日本自身があのフィリピンをめぐっての侵略行動を起こしたことは事実
> なんだから、その過程において果たした役割りが、現地住民に対していい役割りをしたか、
> 悪い役割りをしたか、いまさら論ずるまでもないことだと思う。だから、従来侵略戦争の
> 過程で果たした役割りの問題に対する恐怖心。それから、その後生きるために
> 略奪その他のことをやったでしょう。そのために住民から反発を受けるその恐怖心。
> したがって、どんなことを呼びかけようとも自分自身が懐疑心を持つのは当然です。
> そのことは、これはもうほんとうに、侵略戦争の果たした役割りがそういう人間に
> してしまったという状態にあるだろうと思うのです。
・・・・
> ○小沢委員長 寺前君、時間です。

↑このスレのホロン部と同じこと言ってるのが笑える。
ホント、いつになっても変らんのだなw

61 :日本@名無史さん:2005/09/18(日) 23:20:05
「ある村の副村長が何度も(犬を)けしかけやがったから、
そいつを三日間つけねらって、一人になったところを・・・
まず膝を狙って一発射ち、歩けないようにしておいてボロ(蛮刀)で
たたっ斬ってやった」(児島襄『誤算の論理』(文春文庫)p451

この人、「英雄」か?

62 :日本@名無史さん:2005/09/19(月) 00:41:11
別に「英雄」だなんて誰も言ってないと思うが

63 :日本@名無史さん:2005/09/19(月) 01:01:48
たんなる小心者が軍服着てただけ

64 :日本@名無史さん:2005/09/19(月) 01:32:18
確かに「狂気」的なものも多分に持ち合わせていた人なんだろうな、
とは思う。最初に戦友の赤津一等兵が脱走した時にも、
「生かしてはおけない。見つけ次第絶対に射殺してやる」なんて言っている。
後に小塚上等兵が戦死した際には、仕返しに島民たちを皆殺しにするつもりだった、
とも言っている。

まあ確かに、>>61の思う「英雄」の観念とは程遠い人物であることは、
間違いないだろう。

65 :日本人:2005/09/19(月) 08:22:13
親も偏屈ジジイとババーがテレビにでてたの覚えてる。世の中の変化に従わず
昔のルール持ち出して「昔はこうだった」とおしつけるたぐい。
 こういう人は戦闘帽にゲートルでイラクに行く人。

 

66 :日本@名無史さん:2005/09/19(月) 08:42:35
日本人にしては日本語が不自由のようだな・・・

67 :日本@名無史さん:2005/09/19(月) 09:49:01
英雄です。
小野田氏を英雄としなければ、英雄はいない。



68 :日本@名無史さん:2005/09/19(月) 10:22:57
小野田少尉を靖国に祀るべきです!

69 :日本@名無史さん:2005/09/19(月) 10:31:03
誰もが感じると思うんだが、
この人って笑顔が非常に印象的だよね。
これが30年間任務を守り続けた軍人であり、
最後の野武士と言われる人かと思うと意外の感に駆られる。

ttp://images-jp.amazon.com/images/P/4820557696.09.LZZZZZZZ.jpg
(帰還直後の写真)
ttp://www.tokyo-jc.or.jp/2003/president/taidan/05/01.jpg
(最近の小野田氏)


帰還した時には、何で日本はこんな国になってしまったんだ、・・・と
当然ながら思っただろうが、それでもなお、ブラジルから日本に帰ってきて
青少年育成のために尽力する。
そういう、どこまでも祖国を思う心みたいなものがこの人には一貫してあるのだろう。
尊いと思う。

70 :日本@名無史さん:2005/09/19(月) 10:31:54
↑もう死んでるの?

英雄(ひでお)じゃない、寛郎(ヒロオ)

71 :日本@名無史さん:2005/09/19(月) 10:38:00
つうか、一度入ってたのでは?靖国
厚生省は死亡認定したはず。遺族は年金ももらってたはず、出てきて返したのかな?

72 :日本@名無史さん:2005/09/19(月) 10:42:04
厚生省は、新しい事情が判明すれば年金の支給をそれに合せる。
過去に払いすぎた部分については、返還は求めない。
という態度のはずだよ。まあ妥当だ。

73 :日本@名無史さん:2005/09/19(月) 10:46:24
いずれにしても比島の僻地で山賊、夜盗まがいのことしてたヤシに国費
使うなんざ言語道断

74 :日本人:2005/09/19(月) 11:06:41
こういうあきれるような偏屈男今いないネ。俺大好き。

75 :日本@名無史さん:2005/09/19(月) 11:10:01
勝手に部隊の指揮下を離れて遊兵化してた連中は南方各地にゴマンといる
それらは、インドネシア、フィリピン、ベトナムなどで独立派に属して戦ったり
現地人と同化してひっそりくらしており、日本国からは何の支援も受けていない
たまたま狂暴な性格だった小野田らが山賊化して生き延びていたのを偶像化などw
彼は直属上官ではないが、一応、14方面軍の某参謀の統制下にあったのだから逃亡兵

76 :日本@名無史さん:2005/09/19(月) 17:59:37
ぷぷっ

77 :日本@名無史さん:2005/09/19(月) 20:07:10
村民を何人も殺害してるのだから現地人だってただで返すわけにはいかない
当然ながら日本政府は多額の賠償金を支払っていると思うのだが

78 :日本@名無史さん:2005/09/19(月) 20:10:03
どう処理されたのか知らないが、
日本兵が非戦闘員フィリピン人に殺された例もある。
公平性の点から申し述べておく。

79 :日本@名無史さん:2005/09/19(月) 20:11:56
まあ、落ち武者の山賊だしな。殺されてもしょうがない。

80 :日本@名無史さん:2005/09/19(月) 20:20:06
残置諜者なんて、ほかのごの地域でも存在しない職務でっち上げるしか、厚生省も
小野田本人もそれまでの行動を正当化するしか術がなかったしな
しかし、かれは全国からの義捐金で諜者ならぬ残置長者になったもんだから
実情を知る全国の旧軍人から非難、罵詈雑言の手紙、電話が殺到し、日本に嫌気さして
ブラジルへ逃げたが寄る年波で生まれた日本が恋しくなり非難した連中も死んだころやろて
舞い戻ってきたのだから静かに余生を遅らせるほうがええ

81 :日本@名無史さん:2005/09/19(月) 23:27:46
>>77
ところが賠償金なんか払っていないんだな。
逆に当時のフィリピン軍の司令官や大統領から手厚い歓待を受け、
現地の人々の感情も一部を除き、概ね好意的だった。
まあ、すぐ訳もわからず賠償賠償言い出す某国でなくて、良かったよ。

当時のルバング島民にとっては「旧日本兵が山に籠っている」というのは周知の事実で
(ちょくちょく里に現れて食糧を奪ったり、狼煙を上げたりしていたのだから当り前だ)、
その支配区域である山地部には、島民も立ち入らないようにしていた。
だから、小野田氏が山を出てきたときには、伝説の雪男がついに発見された、みたいな
感じだったんだろう。

82 :日本@名無史さん:2005/09/20(火) 07:16:07
日本政府は賠償金や身代金の支払い、公表してないからそれは不明だよ
表向きは支払っていないといってるが旧ソ連で人質になった某財団法人にも支払ってると
いわれている。小野田少尉の場合、鈴木氏により情報が届いた後、帰還まで相当期間があり
この間に、フィリピン政府や軍と交渉、摺り合わせがあったのは当然。特攻隊の慰霊碑にさえ
金を要求するフィリピン人が何人も殺されて(戦後も)黙っているわけがない

83 :82:2005/09/20(火) 07:18:44
旧ソ連というのは、近隣のウズベキスタンかどこかのことだが(資源調査)
追加だが、例のイラクの人質にも払っているという噂がもっぱら

84 :日本@名無史さん:2005/09/20(火) 07:59:32
賠償金と身代金は、全然別種の問題だろ。身代金の話はここでは関係ない。

いずれにせよ政府が金払ったかどうかって、調べてもわからないのか?
そういう情報って開示されないものなのか

ちなみに参考までに。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/070/0200/07010280200001c.html
>捜索はもとより、小塚さんの告別式には儀仗兵まで参列したということでございます。
>さらに二十四日には、現地で千人の島民が集まって「われわれは、もう過去を忘れようではないか。
>小野田少尉を許してやろう」という島民の集会が開かれた、しかもラウルという町長さんが、
>「われわれは小野田を憎むのではなく助けよう。彼を生きたまま、無事に帰そう。これが、
>フィリピン政府とわれわれの責任でもある」という演説をぶって島民の協力方を呼びかけられた。
>これに対して厚生大臣は謝意の電報を打たれた

85 :日本@名無史さん:2005/09/20(火) 08:07:45
>マルコス大統領が「前大戦の生存者は、その帰投あり次第、関係政府に
>その身柄を引き渡すのが、フィリピン政府の方針であり、これを発表し、
>小野田少尉説得に利用されて差しつかえない旨述べた」と卜部大使に伝えた。

○山下(徳)委員
>新聞報道等によると、・・・これについて現地では損害賠償を請求しようじゃないか
>という話も起きているということを私は読んだのでありますが、ここらあたりの
>真偽のほどはわかりませんか。

○平岡説明員 
>私どもの確認している範囲では、そのような請求は正式にフィリピン政府からは出ておりません。

86 :日本@名無史さん:2005/09/20(火) 13:09:52
政府発表を鵜呑みにする幸せな人は今もいるんだ!

87 :日本@名無史さん:2005/09/20(火) 14:26:32
おいおい・・鵜呑みって・・
47年10月の時点でフィリピン政府から何も言われてないからって、
結局何も支払わなかったとは確言できない。ただ、当時のフィリピン側の
態度・感情を理解する助けになるだけで。
だから飽くまでも「参考まで」って書いてあるじゃん。もっとよく読めよ。

あとさすがに国会答弁で、明らかな嘘は言ったりしないんじゃないか?普通。
それは罪になるだろうから。
もし「政府の言うことは疑ってかかるべき」なんて考えているとしたら、
それこそ「幸せ」なマスコミ迎合主義だ。

88 :日本@名無史さん:2005/09/20(火) 19:30:44
誰か小野田自然塾に参加した人っている?
どんなことをやるのかな。火の起しかたとか?

89 :日本@名無史さん:2005/09/20(火) 20:39:55
レジスタンス、ゲリラ戦法、指導者育成。
これしかないっしょ。
役に立たなくなった剣道、柔術を精神鍛錬としての武道として
再生産できたのだから、ゲリラ戦も精神修養法として構築すべき。

90 :日本@名無史さん:2005/09/20(火) 20:55:30
http://www.nippon-foundation.or.jp/kids/topics_dtl/2005848/20058481.html

・肉のくんせいづくり
・源流探検(げんりゅうたんけん)
・マスつかみ
・12メートルのアナコンダの話(アナコンダの皮をみせてくれたよ!!!)

楽しそうだなオイw

91 :日本@名無史さん:2005/09/20(火) 20:55:53
お兄さんの格郎さんが主計曹長で小野田寛郎氏が少尉というのはポツダム昇級
のためでしょうか?お兄さんは確か旧制1高卒業だった気が…

92 :日本@名無史さん:2005/09/20(火) 21:17:43
ルバン島赴任直後の昭和20年1月10日に少尉に任官しているから、
いわゆるポツダム進級ではないね。
上官の谷口少佐も「少佐」のままみたいだから、ポツダム進級はしなかったものと見える。
お兄さんのことは知らん。

93 :日本@名無史さん:2005/09/20(火) 22:35:23
旧制一高なら大学進学じゃないの?

94 :日本@名無史さん:2005/09/20(火) 22:47:04
一高卒なのは長兄の敏郎さんじゃなくて?
昭和34年に少尉を捜索に行って一高の寮歌を歌い、
「上手な声帯模写だな。米軍も手のこんだ真似をするな・・」と思われた人ねw
たぶん↓この人。

http://www.mmjp.or.jp/jst/index/jst20106.htm

95 :日本@名無史さん:2005/09/20(火) 23:05:42
うひゃひゃ、スゲー兄ちゃん。
小野田さん兄弟中ではハズレ組だったのか。

96 :日本@名無史さん:2005/09/20(火) 23:08:55
兄ちゃんの著作、微妙に「ト」印臭を感じるのは気のせいか?

97 :日本@名無史さん:2005/09/21(水) 11:50:14
エリート医師としての敏郎さんの人生と、
数奇な寛郎少尉の人生
あなたならどっちを選ぶ??


俺は敏郎さんかな。
理由:少尉の奥さんは・・・だが、敏郎さんの奥さんは美人(←推定)だから。

98 :日本@名無史さん:2005/09/21(水) 20:10:16
小野田氏が帰還した時のニュース等の動画ってない?
もしあったら教えてください m(_ _)m

99 :日本@名無史さん:2005/09/22(木) 00:01:36
陸軍少尉の小野田さん?

100 :日本@名無史さん:2005/09/22(木) 00:04:05
       祝! 100get

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