レス数が900を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。
娘の身売り
- 1 :日本@名無史さん:2005/12/09(金) 12:36:45
- 世界で一番怖いこの言葉について語り合いましょう。
- 2 :日本@名無史さん:2005/12/09(金) 12:41:18
- ポピュラーな話しじゃん
- 3 :日本@名無史さん:2005/12/09(金) 12:52:38
- 爺さん達からならまだ村から娘が一人もいなくなってしまったとかそんな話きけるんじゃない
- 4 :日本@名無史さん:2005/12/09(金) 13:03:19
- 身売りされた娘ってどうなるの?
あと売る娘がいなくって息子の場合は??
- 5 :日本@名無史さん:2005/12/09(金) 13:26:08
- 息子は容姿が良ければ色子・陰間に売ればイイ。
大石内蔵介も遺児の行く末を案じて居たぞよ。
- 6 :日本@名無史さん:2005/12/12(月) 19:32:12
- >>4
肉屋でソーセージにされる
- 7 :日本@名無史さん:2005/12/13(火) 02:42:59
- 農村の性意識はおおらかだったから、そんなに娘を身売りさせるのに
抵抗なかったらしいよ。女中や子守奉公とかに出すのとあまりかわらん
意識だったらしい。
- 8 :日本@名無史さん:2005/12/13(火) 02:44:52
- 東北では今でも行われてる?
- 9 :日本@名無史さん:2005/12/13(火) 03:09:16
- 俺の知り合いに、身売りの担当者がいるよ。
- 10 :日本@名無史さん:2005/12/13(火) 06:49:34
- 東京の女子高生は自主的に身売りするけどな(ww
- 11 :日本@名無史さん:2005/12/13(火) 06:50:44
- >>9
●材派遣か?w
- 12 :日本@名無史さん:2005/12/13(火) 06:59:35
- ほいよ。昭和の身売りの記録やね。
吉原はこんな所でございました―廓の女たちの昭和史
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/486145090X/qid=1134424648/sr=1-1/ref=sr_1_8_1/249-5926863-9333940
- 13 :日本@名無史さん:2005/12/13(火) 07:07:13
- >>12
竹中直人が監督した
「吉原炎上」の方がわかりやすいんじゃない?
- 14 :9:2005/12/13(火) 10:21:05
- >>11
某市役所厚生課だよ。
むろん、戦前の話。
- 15 :日本@名無史さん:2005/12/13(火) 12:03:27
- 貧しくて身売りされる娘って遊女になるかもしくはどっかの商家に奉公に行くの?
器量のいい娘は遊女でだめなのは奉公?
おしんも身売りに入るの?
- 16 :日本@名無史さん:2005/12/13(火) 12:10:44
- 風と共に去りぬ
- 17 :日本@名無史さん:2005/12/13(火) 14:27:25
- >>15
奉公と身売りは全然違うだろうが。
- 18 :日本@名無史さん:2005/12/13(火) 17:08:21
- >>17奉公先で・・・・
- 19 :日本@名無史さん:2005/12/13(火) 17:37:10
- 紀田順一郎の「東京の下層社会」がオススメ。
吉原もそうだけど、女工になった場合も凄まじい搾取とセクハラの嵐に巻き込まれる。
読むとかなり鬱になるから心して読むように。
リンク貼っとくね。今流行りの「下流社会」を間違えて買わないようにw
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480085459/qid=1134462618/sr=1-2/ref=sr_1_10_2/503-3965731-2695969
- 20 :日本@名無史さん:2005/12/13(火) 17:50:58
- 昭和になっても農家、小作の男女の年季奉公はあった。
身売りとは別
- 21 :日本@名無史さん:2005/12/13(火) 17:53:14
- >>4
運が凄くよければ金持ちの旦那の妾になる。
上手くやれば遣り手のババアになれる。
なんとか勤めあげて年季があければ自由になって、そこらのしがない男と所帯を持つ。
バクチやヒモにハマると中年まで働かされた挙げ句捨てられ、更にレベルの低い岡場所や
夜鷹になり、そのうち病気になって木賃宿や路傍で無縁仏になる。
戦前のビンボー人は悲惨ですよ。
- 22 :日本@名無史さん:2005/12/14(水) 00:58:05
- 遊女は病気や無理な堕胎とかで二十歳まで生きられない人が
多かったってなんかで読んだなあ。
- 23 :日本@名無史さん:2005/12/14(水) 14:13:17
- 娘の場合売られるのは芸者?遊女?この場合ぜんぜん違うよね?
芸者はまず芸があってだし、遊女だってただ身体売ってりゃいいモンじゃないよね?(格があがれば)
- 24 :日本@名無史さん:2005/12/14(水) 14:15:18
- 江戸時代は遊女はアイドルだったってほんと?
髪型やファッションなんかもよく庶民に真似されたし、
美人の代表として浮世絵なんかにもよく描かれていた
- 25 :日本@名無史さん:2005/12/14(水) 14:29:18
- 映画サユリ。
富山の極貧家庭の娘が身売りされ、
京都で芸者となる話。
- 26 :日本@名無史さん:2005/12/14(水) 17:53:02
- 芸能だからな
- 27 :日本@名無史さん:2005/12/14(水) 22:06:13
- 遊女と言ってもランクがあるからね
- 28 :日本@名無史さん:2005/12/14(水) 22:27:48
- >>24
確か森鴎外がどこかで
「遊女屋に勤めてる連中は、最上級の花魁が最も尊い人間で
花魁を中心に世界が回っているみたいににマジで思ってる。
人の価値観っつーのはよくわからんもんだ」みたいなこと言ってたと思う。
だから花魁を神のように崇拝していた人もいただろうし、
逆に鴎外自身みたいに「花魁のどこが偉いんだよ。アホなこと言ってんじゃねーよ」と
思ってた人もいることでしょう。
まあその辺は今のアイドルと同じだわな。
- 29 :日本@名無史さん:2005/12/14(水) 22:30:56
- ところで「娘の身売り」が「世界で一番怖い」のか???
>>1はよほど人生経験の浅い香具師だな
- 30 :日本@名無史さん:2005/12/14(水) 23:19:44
- >>29
怖いと思うよ。世界で一番じゃなくて世界で一番怖い中のひとつ。
だって生活の為に親に泣く泣く売られてこの先何が待ってるかわからないのに
- 31 :日本@名無史さん:2005/12/14(水) 23:20:48
- 太夫になると帝と接見できるし、いやな客は会わずにすむし
- 32 :日本@名無史さん:2005/12/14(水) 23:35:50
- 東京都による絶滅危惧種保護の名目で条例を作ればいいのでは?
大奥設立基本法とか。
- 33 :日本@名無史さん:2005/12/14(水) 23:44:58
- >>32
赤線なんかいらん
- 34 :日本@名無史さん:2005/12/15(木) 00:54:22
- >>32
大奥?ということは貴人のみということでは??
- 35 :日本@名無史さん:2005/12/15(木) 01:31:21
- 大奥は個人所有です。
- 36 :日本@名無史さん:2005/12/15(木) 01:33:02
- 大奥なんかできたらモテナイ男がもっとあぶれるだろw
- 37 :日本@名無史さん:2005/12/15(木) 08:35:33
- 歌麿の「絵本小町引」という春画の詞書き(っていうのかな)に
こんなのがある。
「傾城(遊女のこと)のぼぼをしっちゃア、ぢもの(地者、素人娘のこと)の
ぼぼはきたなくって、御意を得られねへ、ぢもののぼぼが、どうして、
こういう按配にいくものか」
おれらだと、遊女=なんか不潔、みたいなイメージあるけど、
逆の概念もあったんだね。だから、明治時代の美人百選、みたいなのに
花魁が平気で入っているんだろう。
- 38 :日本@名無史さん:2005/12/15(木) 11:08:11
- >>36漏れの周りではもてないブサに限って美人と結婚する・・・性格はいいけどね。
- 39 :日本@名無史さん:2005/12/15(木) 13:58:02
- >>37
プロだからじゃない?売春婦なんかでいうと戦前の娼婦は
職業として認められてたから清潔に行き届いて至ってって話しあるし
もちろんそうじゃない場末や違法だって五万とあったろうが...
- 40 :日本@名無史さん:2005/12/15(木) 15:30:48
- >>39
>>19の本読んでみると吉原あたりでも性病検査等はかなりいい加減だったという話だよ。
吉原で担当してたのはあの地域のソレ専門の病院だったらしいが(ちなみにその病院自体は
現存している)例の姉歯さんの事件と同じで、検査する側とされる側の利害が一致すると
恐ろしいことがおきる。
「清潔だ」というのは当時の人の無知によるものが多かったと思う。
- 41 :日本@名無史さん:2005/12/15(木) 23:50:00
- >「清潔だ」というのは当時の人の無知によるものが多かったと思う
その通り。あと、そうあってほしいという男の都合いい妄想の賜物。
- 42 :日本@名無史さん:2005/12/16(金) 22:05:34
- その台東病院は平成になって廃院になったみたい。「新台東病院」の計画があるみたいだが。
ここの医者は(もちろん戦前の話だが)凄まじい早業で「性病検査」をしていたようで、
1時間で200検体以上をチェックしてたとか。看護婦の告発によると実際には顕微鏡も覗かないで、
楼主がワイロを払ってるか否かの方をチェックしていた、との話。
また、当時郭抜けを手伝っていた救世軍によると、ほぼ100%の遊女が何らかの健康上の問題を抱えていた、とも。
更に当時性病の特効薬が出ていなかったとか、「サックの使用を肯じざる場合において」使用を
薦められていた性病予防薬の陸軍ナントカ液は水銀くらいしか有効成分が含まれていない甚だ
頼りないものだったことなど考え合わせると、現代の医学的見地から見て当時の吉原で遊ぶことは
極めて危険な行為だったと言える。
- 43 :日本@名無史さん:2005/12/17(土) 00:11:47
- とりあえず、売春婦更正施設なんて潰そうぜ。
郵便局以上にムダだろうが。
- 44 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:21:06
- Wzs3KQ.pe.Y
- 45 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:21:31
- j6GJB89TBgA
- 46 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:26:01
- 5kv52Akx3No
- 47 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:27:03
- Rd1FuWI2IeA
- 48 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:28:45
- L2HuNxdhN.Q
- 49 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:29:46
- aZhC/Fo08Eg
- 50 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:31:45
- IgyYeIbBzeA
- 51 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:32:24
- uId9yZye73E
- 52 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:32:31
- 5aX0th.hPN.
- 53 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:33:03
- Rs/YhsSSL/M
- 54 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:34:45
- RsxKBC2F5O.
- 55 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:40:08
- MaIXm9CnzzM
- 56 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:44:35
- mi8GdGObB7s
- 57 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:48:11
- zgQlSeX7peQ
- 58 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:48:54
- CH6HnCc0RTI
- 59 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:49:11
- 95LgrRfUsCQ
- 60 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:49:14
- LM.EZAC9uwM
- 61 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:51:12
- RX6UVFgotu6
- 62 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:51:44
- dRq0m7SVYAk
- 63 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:52:13
- b6fOcaaEzqo
- 64 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:52:25
- 1LmpWZQ1piI
- 65 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:52:42
- /mue3r7j/0U
- 66 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:53:44
- Y6xEBSwQLJo
- 67 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:56:18
- GOVnT.Ud3lo
- 68 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 01:56:56
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- 69 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 11:50:29
- age
- 70 :日本@名無史さん:2006/01/30(月) 14:02:29
- ,:::-、 __
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【ラッキーレス】
このレスを見た人はコピペでもいいので
10分以内に3つのスレへ貼り付けてください。
そうすれば14日後好きな人から告白されるわ株は上がるわ
出世しまくるわ体の悪い所全部治るわでえらい事です
- 71 :日本@名無史さん:2006/03/19(日) 16:39:48
-
- 72 :日本@名無史さん:2006/03/27(月) 01:37:25
- 日本の歴史教科書はキリシタンが日本の娘を50万人
も海外に奴隷として売った事は教えないのはなぜか?
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/5a197e856586baf726f6a0e68942b400
- 73 :日本@名無史さん:2006/03/27(月) 07:06:48
- 答え
日本人が売っていたから
- 74 :日本@名無史さん:2006/03/27(月) 08:55:14
- 日本人の女衒が集めて売り飛ばしてたんだよね。
朝鮮人追軍売春婦も、朝鮮人の女衒が集めて朝鮮人の売春宿経営者に売り払われた。
どの時代どの国にも自国の女で商売するクズはいる。
- 75 :日本@名無史さん:2006/03/27(月) 20:41:46
- 男はどうなるの?女は売れるけど。
- 76 :日本@名無史さん:2006/03/28(火) 07:57:50
- 基本的に奴隷だろうが日本人は本質的に血の気が粗いのか、傭兵なってるよね東南アジアあたりで
- 77 :日本@名無史さん:2006/03/28(火) 10:38:18
- おれの爺さんの子供の頃は人買いとかいたらしいよ。
- 78 :日本@名無史さん:2006/03/30(木) 19:02:51
- 太平洋戦争時は確かにありましたよ
- 79 :日本@名無史さん:2006/03/31(金) 18:08:02
- 大阪で売春強要
女性2人を脅して大阪の旅館に1人200万円で売り、売春を強要したとし
て、札幌中央署薄野特捜隊は8日、暴力団員や旅館経営者ら4人を職業
安定法違反(有害業務職業紹介・募集)と売春防止法違反(売春をさせる
契約)の疑いで逮捕し、この旅館を家宅捜索した。
警察庁によると、女性が脅され事実上逃げられなくなり売買される事件で、
日本人が被害に遭い立件されるのは最近では異例という。
逮捕されたのは、苫小牧市春日町2丁目、暴力団員桧山健人(41)、千
歳市北斗3丁目、同高橋雅彦(41)、札幌市中央区南10西8、風俗店
経営佐々木聖(37)、大阪府和泉市王子町2丁目、旅館経営宮崎俊一
(54)の4容疑者。
調べでは、桧山容疑者らは、02年9月中旬ごろ、札幌市の女性2人(当
時19歳、20歳)を宮崎容疑者が大阪府和泉市で経営する土佐旅館に紹
介し売春させた疑い。
女性は友人を介して桧山容疑者と知り合った。暴力団関係者と交際する
よう求められて断ると、「お前らのせいで借金を背負った。大阪で体を売って返
せ。家族に何があっても知らないぞ」と脅された。女性は何の返済義務もない
借金300万円を背負わされた。宮崎容疑者は200万円を「借金の肩代わ
り」として桧山容疑者らに渡していたという。
- 80 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 22:26:57
- あげ
- 81 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 22:30:22
- >>75
人買いも居れば人売りも居る。
物々交換だねW
- 82 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 22:33:54
- 身売り娘の生産地 ex.東北 → 美人のメッカ
身売り娘の市場 ex.仙台、水戸、名古屋 → ブスのメッカ
- 83 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 23:09:31
- >>82
それは、おかしいぞ。
だったら、買われた美女が集積された仙台、水戸、名古屋にこそ美人が多いということになるはずじゃないか。
買われた美女は、せっかくの美人DNAを残せずに、すぐに性病で倒れてしまった、という、もったいないことをしてしまったのか!
- 84 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 04:40:54
- 別に美人ばっかりを売っていたわけではない。
口減らしだからな。
- 85 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 05:38:09
- 少子化対策は、津軽、秋田、庄内でだけやってくれ。仙台は必要無し!
- 86 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 08:44:35
- >>83
地元の娘との落差を強調することで、
遊郭への客足の伸びが期待できるだろ。
- 87 :三光作戦:2006/04/23(日) 09:06:09
-
日中戦争時、抗日ゲリラに手を焼いた日本軍は、強圧的に拡大して
満州と中国との国境とした万里の長城線一帯を無人化する作戦を実施した。
指定地域内の住人を総て強制収容所に移住させ、ゲリラと住人との接触を断ち
ゲリラ出没地域での耕作を一切禁止するというものである。
その過程において、首を切り落とすなどして殺害した農民は8万1千人、
拷問のため施設送りの後処刑した者4万6千人。合計127000人を殺害した。
集落によっては村民が殆ど皆殺しになった所もある。
人囲いと言われる強制収容所は粗末なもので、宿舎は無く、移住させられた住民は露地に藁を敷き、露天で寝るしかなかった。
宿舎としてのバラックや要壁などは住民の手で作らされた。
農期には収容所近くの耕地で農作業を強制された。
収容所の環境は劣悪で、満足な食料、薬もなく、病気や飢えで何万もの人が命を落とした。
表題の三光とは、殺し尽くす、奪い尽くす、焼き尽くすと言う意味である。
幾つか例を挙げると
豊潤県潘家峪では一度に1230人が虐殺された。
密雲西白連峪では、全村落を破壊し、最後に破壊から偶然逃れていた一軒を発見し、そこに居た70歳重体老人を家ごと焼殺、幼児2名を銃殺。
王廠溝、南大門一帯では、580人を逮捕し、380人を虐殺し、残り200人を強制労働の為、東北へ送り、内80%が死亡。
石柱子村では、村民700人中300人を虐殺。
興隆県秋木林、大莫峪では、全130戸から180人の青年壮年男を逮捕し、虐殺。寡婦の村とする。
興隆県ではその一帯に多数の寡婦の村が出来た。
更に寡婦の村を襲撃し、逮捕した者で使えそうな者を日本兵の慰め者にし、残りは処刑した。
興隆県では、人口16万人が戦後、10万人に減少していた。
大帽峪の村人など120人を後手に縛り、虐殺。
引っ立てて来た魯家峪住人を一人ずつ目隠しをして井戸の前に座らせ、
日本刀で首を跳ね飛ばしては井戸の中に放り込んだ。
- 88 :日本@名無史さん:2006/04/24(月) 22:34:44
- >>82
水戸は
佐竹氏が秋田に連れて行ってしまったからぶすが残ったんだよ
名古屋も
江戸につれてかれたからだろ
仙台は
知らん
- 89 :日本@名無史さん:2006/04/24(月) 23:50:03
- >>88
なんで名古屋から江戸に連れて行くんだ?
徳川家の本拠地は岡崎→浜松→静岡→江戸だぞ?
名古屋が徳川領になるのは関ヶ原後。
しかも有力一門が藩主になってるから美女が集まることはあっても
他所に流出することなど考えにくい。
- 90 :日本@名無史さん:2006/04/25(火) 00:14:59
- >>89
あのなー
尾張徳川家のやつが政治的な問題で幕府をなだめるために献上したかららしい
- 91 :日本@名無史さん:2006/04/25(火) 00:19:43
- それに
江戸の幕府と
名古屋の尾張徳川はいつも仲がよかったわけでもないらしいし
- 92 :日本@名無史さん:2006/04/25(火) 00:23:42
- 尾張徳川から将軍が出たことはないからさ
仲悪いんだね
- 93 :日本@名無史さん:2006/04/25(火) 02:36:50
- 佐竹に限って言えば、久保田までのルートが海上か陸上かも判ってないような隠密行動で美女なんて連れてけるわけ無いけどなw
- 94 :日本@名無史さん:2006/04/25(火) 06:53:24
- >>88
仙台はグレた長男が宇和島につれてったんだよ。
- 95 :日本@名無史さん:2006/04/26(水) 00:13:32
- 宇和島に随行した家臣は10数人しか居なかったらしいが?
- 96 :日本@名無史さん:2006/04/26(水) 07:34:45
- そうかだから宇和島水産高校には美女しかいないんだな
- 97 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 01:24:30
- それに一般領民まで連れて行けない。
- 98 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 12:34:08
- 緊急浮上!
○_○
( ・(ェ)・) <
/つ¶つ ¶
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ヽ //
人人 / ● ●、 ザバァ!!
/ 〇 ▼ l 人人人
/ = , 、_ _人_ノヾ
人人 ノ 人人
人人人 人人
- 99 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 13:03:26
- それじゃお前ら、
仙台と水戸と名古屋の美人は何処へ消えたんだよ。
- 100 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 15:18:42
- 最初からいねーんだよ
- 101 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 00:30:41
- そうなの?
- 102 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 01:13:47
- 東北美人を産み出したのは、
江戸時代の東北地方の極度の貧困だってわけね。
江戸時代、貧困にあえぐ東北地方で身売りが横行。
主な行き先は、東北に近く当時の有力藩であった、
東日本の各地方をそれぞれ代表する仙台・水戸・尾張(名古屋)。
仙台・水戸・尾張の男たちは、
女を忘れた妻を置いて遊郭で気立てのいい遊女を相手にする。
男のヨタ話に愛想よく合わせてくれて
化粧ばっちしの遊女は美人に見えるから
東北は美人の産地ということになるし、
遊女と比較される所帯じみた仙台・水戸・尾張の女は
ブスだということになる。
東京、京都、大阪がブスだと聞かないのは、
当時の日本を代表するこれらの街は基準であって、
美人もブスもないから。
- 103 :日本@名無史さん:2006/06/25(日) 17:16:12
- 俺の友達身売りされてたよ。
- 104 :日本@名無史さん:2006/06/25(日) 17:56:08
- 俺の妹いまデリヘル嬢だよ
- 105 :日本@名無史さん:2006/06/26(月) 02:12:59
- ザパー
- 106 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 22:44:10
- 今もたいして変らんがな
- 107 :日本@名無史さん:2006/07/13(木) 00:21:06
- いいな
- 108 :日本@名無史さん:2006/08/06(日) 00:50:03
- いまどき身売りなんてあるの?
- 109 :日本@名無史さん:2006/08/06(日) 02:38:36
- 陰間茶屋への息子の身売りスレはないの?
- 110 :日本@名無史さん:2006/08/06(日) 13:55:24
- 遊ぶ金ほしさに瓜仙てか?
- 111 :日本@名無史さん:2006/08/06(日) 19:09:34
- 陰間茶屋は売られて行くところじゃなく、夢追い系フリーターの
なれの果てかと。あとは非人方面とか。
- 112 :日本@名無史さん:2006/08/11(金) 01:06:53
- 仙台以外が美人って話になったら
まるで仙台が不美人みたいじゃないですか?
- 113 :日本@名無史さん:2006/08/11(金) 01:32:14
- 今でも金持ち上流階級の間では客船内での強姦ショーや硫酸ショーや望めば殺人ショーをみることができる。若い行方不明者がショーの主役。あるスジからの極秘情報だが。
- 114 :日本@名無史さん:2006/08/11(金) 05:49:01
- 昭和9年のやませによる大飢饉での東北総計6万人の身売りが歴史上最多?
餓死や子食い、姥捨てもこの時の惨状で語られ続けることが多いし。
そりゃ、それだけ社会構造が歪んでいたら、2・26や戦争へと繋がっていくよな
- 115 :日本@名無史さん:2006/08/11(金) 16:51:38
- 751 :詠み人知らず :2006/04/27(木) 10:53:15
【参考】
「姫一目人買一目金一目」
前句 思はず知らず抱付にけり
(不角評『双子山前集』元禄10年閏2月12日切 甲州 如言)
- 116 :日本@名無史さん:2006/08/11(金) 18:23:42
- >>114
>東北総計6万人
>餓死や子食い、姥捨て
まるで江戸時代に逆戻りしたかのようだ。
>社会構造が歪んでいた
大正デモクラシーを通じて資本家・地主が
政府・官庁から政治家を排除してのっとりをかけ、
労働者・小作農から好き放題搾取する体制を
整えてしまったからね。
- 117 :日本@名無史さん:2006/08/11(金) 22:06:43
- 東北とか貧しい地域に美人が多いのは、夜這いのお陰でいろんな遺伝子が混ざった結果だと思う。
夜這いはやりたい子とやるわけだから、優性遺伝子は美人ってことになるでしょ。
1960年代に夜這いが廃れて本当に残念
- 118 :日本@名無史さん:2006/08/11(金) 23:16:35
- 病弱で戦争に行けないばかりに
よばいコミュニティから干された男が発狂して暴れた
津山30人殺しで有名な岡山はブスのメッカだぞ。
- 119 :日本@名無史さん:2006/08/12(土) 01:38:36
- 夜這いは女の子に断る権利があるからね。
夜這い出陣前の神社とかでやるミーティングが楽しそう。
「俺は今夜●●さんの奥さんとやるよ」とか「俺は今夜×子ちゃんとやる」とか
打ち合わせが盛り上がりそう
- 120 :日本@名無史さん:2006/09/07(木) 22:55:09
- 借金が返せなかったら売り飛ばされるっていう身売りなら今でもあるんじゃないの?
- 121 :日本@名無史さん:2006/09/09(土) 06:31:36
- 大阪で売春強要
女性2人を脅して大阪の旅館に1人200万円で売り、売春を強要したとし
て、札幌中央署薄野特捜隊は8日、暴力団員や旅館経営者ら4人を職業
安定法違反(有害業務職業紹介・募集)と売春防止法違反(売春をさせる
契約)の疑いで逮捕し、この旅館を家宅捜索した。
警察庁によると、女性が脅され事実上逃げられなくなり売買される事件で、
日本人が被害に遭い立件されるのは最近では異例という。
逮捕されたのは、苫小牧市春日町2丁目、暴力団員桧山健人(41)、千
歳市北斗3丁目、同高橋雅彦(41)、札幌市中央区南10西8、風俗店
経営佐々木聖(37)、大阪府和泉市王子町2丁目、旅館経営宮崎俊一
(54)の4容疑者。
調べでは、桧山容疑者らは、02年9月中旬ごろ、札幌市の女性2人(当
時19歳、20歳)を宮崎容疑者が大阪府和泉市で経営する土佐旅館に紹
介し売春させた疑い。
女性は友人を介して桧山容疑者と知り合った。暴力団関係者と交際する
よう求められて断ると、「お前らのせいで借金を背負った。大阪で体を売って返
せ。家族に何があっても知らないぞ」と脅された。女性は何の返済義務もない
借金300万円を背負わされた。宮崎容疑者は200万円を「借金の肩代わ
り」として桧山容疑者らに渡していたという。
- 122 :日本@名無史さん:2006/09/09(土) 06:32:27
- 【社会】風俗店に売り渡そうと誘拐した上、女性に借金させる…山口組系組員ら3人逮捕
堺市内の女性を風俗店に売り渡すために誘拐し、大阪から九州まで
連れ去ったなどとして、山口組系暴力団組員の男ら3人が、大阪府警
捜査4課と泉北署に営利目的誘拐と恐喝容疑で逮捕されていたことが
8日、わかった。風俗店との交渉は成立しなかったが、九州までの移動費
などを女性に押しつけ、消費者金融から金を借りさせていたという。
逮捕されたのは、長崎県内に拠点を置く同組系暴力団組員、荒川博文
容疑者(47)ら3人。
調べでは、荒川容疑者らは、知人の堺市内に住む飲食店員の女性
(22)を長崎県内の風俗店に売り渡そうと計画。今年3月7日午後、
女性を大阪市淀川区の喫茶店に呼び出し「大阪よりいい仕事がある」
などとだまし、数日間にわたって九州まで連れ回すなどした疑い。
大阪からは新幹線で福岡・博多駅まで移動。その後、女性を乗用車に
乗せて拉致し、長崎県内の風俗店を転々として面接を受けさせるなど
していたが、結局、交渉は成立しなかったという。
このため荒川容疑者らは女性に対し、連れ回しにかかった移動費用
などを「おまえの借金や」などと言いがかりをつけて現金を要求。女性を
大阪市内に連れ戻し、市内の消費者金融で金を借りさせ、現金を脅し
取っていたという。
ソース(産経新聞) http://www.sankei.co.jp/news/060608/sha080.htm
- 123 :日本@名無史さん:2006/09/09(土) 06:33:21
- 【人身売買】フィリピン人女性を誘拐して売り飛ばす クラブ経営者ら5人を逮捕
大阪、石川両府県警は7日までに、フィリピン人女性を誘拐し38万円で売買、ホステスとして働かせたとして、
営利目的誘拐や人身売買の疑いで静岡県富士市今泉、元会社役員増田慎一容疑者(48)、神奈川県横須賀市
安浦町、ショークラブ経営新保浩一郎容疑者(46)ら5人を逮捕した。
調べでは、増田容疑者らは1月中旬、金沢市内のパブで歌手として働いていたフィリピン人女性(26)を軽食に誘い
出し、車で新保容疑者の店に連れて行き、現金と交換で引き渡した疑い。
女性は昨年12月、大阪市内の興行会社と契約し来日。誘拐された後、新保容疑者の店で5日間働かされたが、すき
を見て興行会社に電話で助けを求め、救出された。
ソース
西日本新聞 http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/20060607/20060607_084.shtml
- 124 :日本@名無史さん:2006/10/24(火) 01:08:15
- なるほど。歌麿は「無知」だったから遊女のマ○コが清潔だと「妄想」を抱いていたのか。
新しい歌麿像だ。
>>72
日本のテレビ局は、日本人女性6千人を韓国に拉致したカルト教団に便宜を図る政治家も一切報道しません。
ちなみに今の内閣に3人います。
- 125 :日本@名無史さん:2006/10/24(火) 01:46:00
- 旦那に実を売るんだから芸者も似たようなもんだよ。
- 126 :日本@名無史さん:2006/10/25(水) 02:17:40
- 風俗嬢は新潟出身が多い
- 127 :日本@名無史さん:2006/10/25(水) 21:15:28
- 少し前にアムネスティが
今でも日本は人身売買が行われている酷い国のひとつ、
って警告していたような。
- 128 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 02:29:48
- 東北地方はその寒いイメージと相成って出稼ぎ,身売りなどでは有名だが
東北地方と肩を並べるほど貧しかった山陰地方の歴史も忘れないでおいて下さい
- 129 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 03:57:23
- 新潟にはもう廓はないのですか?
江戸時代はたいそうにぎわったそうですが。
- 130 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 06:55:21
- >>129
かつての赤線地帯の裏道にソープ街がある。
- 131 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 16:52:45
- 昔の吉原って人形町にあったんでしょ?
- 132 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 16:53:49
- >129
新潟の糸魚川に遊廓があったと聞いておりんす
- 133 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 12:10:56
- 東北が飢饉で人口が流出したので新潟から女の人がけっこう嫁いだと聞いた
- 134 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 13:03:41
- 若い娘のマンコ買います
- 135 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 13:47:31
- 角兵衛獅子
- 136 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 21:57:17
- 大名の正室に、公家の娘のパターンも多いが、
大名にとっては、大名同士の婚姻よりも、
正室の実家の面倒を見るだけなんで費用的に安いから、好まれたみたい。
公家から見たら、まさしく娘の身売りして生活費を稼いだことになる。
- 137 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 22:21:41
- 側室も多いよね
乞食と変わらない悲惨な貧乏生活だったんだから
売れるものなら娘でも売るわな
- 138 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 21:34:31
- ま〜、天皇よく生き残ったなWW
- 139 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 21:43:07
- 性欲の塊じゃないと無理だよな
承子がアレなのも頷ける
- 140 :日本@名無史さん:2007/02/26(月) 02:58:12
- 身売りされた娘で一番有名人は「おしん」でしょう!
NHKの「おしん」は、橋田寿賀子が、体験談を取材して脚色を加えたという。
- 141 :日本@名無史さん:2007/03/16(金) 18:19:03
- age
- 142 :日本@名無史さん:2007/04/08(日) 16:42:37
- モーニング娘。とかもある意味身売り
- 143 :日本@名無史さん:2007/04/08(日) 21:20:33
- 今でも東南アジアじゃ、数万で娘が売られて、
数年で性病で死んでいく。
- 144 :日本@名無史さん:2007/05/06(日) 14:29:01
- 東南アジア人じゃなくて、日本人かせめて韓国人の娘で10歳くらいだったら
いくらくらいなんでしょう?
- 145 :日本@名無史さん:2007/05/31(木) 00:56:07
- 人身売買は江戸の昔から厳禁
- 146 :日本@名無史さん:2007/05/31(木) 01:15:55
- 人身売買なんて最低な日本語だな
- 147 :日本@名無史さん:2007/05/31(木) 02:00:50
- 日野家の息女が品川宿の飯盛女になったという伝説もあった。
- 148 :日本@名無史さん:2007/05/31(木) 06:03:16
- 今は生活保護やら母子寮やら、
身売りしなくてもいい、良い時代。
それでも家出娘なんかが生きていくには、性風俗がてっとりばやいみたい。
多分全国ではそれこそ十数万のヒメがいるかも。
その人たちはとしとったらどうなるんだろう。
- 149 :日本@名無史さん:2007/05/31(木) 07:24:08
- >>148
たぶんエイズで死んじゃうんだろうな
- 150 :日本@名無史さん:2007/05/31(木) 20:37:25
- >>148
歳とる前に、ガタガタな体になるからどんな病気でもやばいかも
- 151 :日本@名無史さん:2007/06/01(金) 22:50:36
- しかし、必要かって言えば必要な職種であることに違いない。
- 152 :日本@名無史さん:2007/06/02(土) 00:36:16
- で売られた娘は軍に強制連行されたニダとか言い出すんだよな
- 153 :日本@名無史さん:2007/06/02(土) 01:16:53
- だいたい素人女がもったいぶらせすぎ
もっと簡単にやれせりゃいいんだよ
なぁ、そう思わない?
- 154 :日本@名無史さん:2007/06/02(土) 01:34:21
- >>153
そうか?
十分簡単にやれると思うが。
- 155 :日本@名無史さん:2007/06/02(土) 02:33:30
- はいはい。
だったら商売にならんでしょ。
マクロで見れないって頭悪い証拠だよ。
- 156 :日本@名無史さん:2007/06/02(土) 07:13:30
- 最近の娘達の肌露出はセミヌードに近いよな。
全員が身売り予備軍に見えてきた漏れがいる。
- 157 :日本@名無史さん:2007/06/02(土) 07:32:27
- 結局、「身売り」という言葉から連想される貧困とか非人道的なイメージって
昭和の共産党あたりがつくりあげたもんじゃないの。
- 158 :日本@名無史さん:2007/06/02(土) 08:01:39
- 昭和30年代辺りは地方で盛んに共産活動があったようだが、必ずしもそうとも言えないかも。
俺は、テレビや映画による時代劇効果が多分にあると考える。
しかし、最近の若い娘は恥ずかしくないのかと俺も感じていた。身売りされる前に、身の破滅になりかねないかもしれぬな。
- 159 :日本@名無史さん:2007/06/02(土) 09:34:42
- >>155
じゃあペットボトルのお茶は何で売れるんだろうね?
きゅうすが高価だから?
茶葉を網に入れられないから?
お湯を沸かせないから?
手軽だからに決まってんだろw
- 160 :日本@名無史さん:2007/06/02(土) 12:44:41
- >>115
>>119
お茶を淹れるのはじゅうぶん簡単だが、ペットボトルのお茶はもっと簡単。
今の日本の女は簡単に股ひらくが、
売春婦はもっと簡単だから商売になる。
で売春婦に比べれば素人はもったいぶってるから、
もっと簡単に股ひらけばいいのに。
・・・ってことで、スレ違いの喧嘩は終了にしろな。
ところで共産党のプロパガンダというのは勿論あるんだろうが、
しかし昔の日本では身を売りたくないのに環境からやむなく売ったって事例が、
やはり結構あったんじゃまいか。
そうするとやはり現代とはちがうよ。
(現代にだって借金からやむなく売る女も、いることはいるんだろうが)
- 161 :160:2007/06/02(土) 12:45:41
- すまん番号間違えた
>>155 >>159 だorz
- 162 :日本@名無史さん:2007/06/04(月) 00:50:13
- 俺は貞操を守っている
- 163 :日本@名無史さん:2007/06/04(月) 17:03:54
- 猥褻、営利目的誘拐は身売りとは違うよ
- 164 :日本@名無史さん:2007/06/04(月) 23:32:33
- 買いたいから特売日がきたら教えてくれ。
- 165 :日本@名無史さん:2007/06/09(土) 16:23:51
- 日曜朝市とかについて
- 166 :日本@名無史さん:2007/06/09(土) 21:37:20
- むかしは、家族のために身を売った。今はじぶんのため。
今のほうがいいかな。
でも本物の人身売買が、この日本であるのは、ショックだ。
- 167 :日本@名無史さん:2007/06/10(日) 09:55:22
- >>166
自分のために身を売る人生なんて最低最悪じゃないか。
どうせ売るのなら、家族のためになった方がずっといい。
- 168 :日本@名無史さん:2007/06/10(日) 11:23:25
- >>167
俺は安ければどっちでもかまわないな
- 169 :日本@名無史さん:2007/06/10(日) 14:56:41
- 知人の保証人になってたせいで赤線で働いてる子知ってるけど…
それが興奮するオレは鬼蓄?
- 170 :日本@名無史さん:2007/06/10(日) 16:17:43
- ばか↑
- 171 :日本@名無史さん:2007/06/10(日) 19:32:31
- 「薄い赤線」って戦争映画、なんかあったよな??
- 172 :日本@名無史さん:2007/06/19(火) 10:40:18
- 知らん
- 173 :日本@名無史さん:2007/06/20(水) 23:23:40
- 赤線って何だ?マジでよく知らないのだが。
赤線の意味だけは明かせん、とか言うなよ?・・・
- 174 :日本@名無史さん:2007/06/21(木) 07:29:49
- それよりも「赤線」って発音は「せきせん」?「あかせん」?
- 175 :日本@名無史さん:2007/06/21(木) 10:52:45
- >>174
>>173の2行目を読んで考えてみましょう。
- 176 :日本@名無史さん:2007/06/21(木) 11:17:05
- >>174
レッドせんです
- 177 :日本@名無史さん:2007/06/28(木) 21:46:49
- 武家の女が身売りされることはあったの?
- 178 :日本@名無史さん:2007/06/28(木) 22:47:19
- ありまくりですよきっと
- 179 :日本@名無史さん:2007/06/28(木) 23:38:53
- 明治で没落した大名の娘が娼婦まがいのことをやってたことは意外とあるらしいな
あと仙石騒動で零落した家老仙石某の娘も娼婦になったらしいな
ついでに前に行った風俗の嬢が細川の子孫とか言ってたな
本当かどうか知らんけど興奮した
- 180 :日本@名無史さん:2007/06/29(金) 20:48:57
-
らしいらしいで根拠無し。
ソースだせ、ソース。
- 181 :日本@名無史さん:2007/07/01(日) 16:03:42
- 無い
- 182 :日本@名無史さん:2007/07/01(日) 18:18:34
- >>173
赤線は戦後に生まれた俗語で、遊廓の流れを汲む公娼街のこと。
GHQが公娼廃止指令を出し、警察が地図上に公娼街を赤線で
囲ったことによる。それに対し飲食店が無許可で売春させていた
私娼街を青線と呼ぶようになった。吉原は赤線、玉ノ井は青線。
- 183 :日本@名無史さん:2007/07/04(水) 09:21:49
- 男の貧乏は逃げ場が無い
- 184 :日本@名無史さん:2007/07/04(水) 09:41:22
- 借金なんて踏み倒せ
- 185 :日本@名無史さん:2007/07/04(水) 09:52:33
- 島原の吉野太夫が武士の息女ぢや
といふ事実位は常識ぢゃらうて!
- 186 :日本@名無史さん:2007/07/04(水) 14:37:32
- >>183
衆道全盛の江戸時代なら、男でも身売りで食っていける。
- 187 :日本@名無史さん:2007/07/04(水) 15:04:01
- 男の客を採る男の花界ってないな。
その割りに。
戦国大名など、
女以上に男に入れ込んでた武将とか
いそうだが。
- 188 :日本@名無史さん:2007/07/04(水) 15:38:14
- >>186
男じゃなくて少年だろ
- 189 :日本@名無史さん:2007/07/05(木) 03:31:10
- 男は腎臓でも売っておけ
- 190 :日本@名無史さん:2007/07/08(日) 11:43:55
- 男は派遣・・じゃないタコ部屋へ。
- 191 :日本@名無史さん:2007/07/10(火) 08:41:01
- 人類最古の職業
- 192 :日本@名無史さん:2007/07/10(火) 12:53:04
- >>187
無知なんだね。
「陰間茶屋」とか「芳町」とかで調べてみなよ。
- 193 :日本@名無史さん:2007/07/10(火) 23:46:03
- そういうところで、すく無知とか何とか人を罵倒するのはやめなよ。
- 194 :日本@名無史さん:2007/07/11(水) 16:30:56
- セックスを丸ごと売るのが結婚、切り売りするのが売春、一回あたりの単価は
結婚のほうが高い、売春が悪いと言うなら、結婚はもっと悪い、男の稼ぎを
洗いざらいかっぱらうシステムが結婚なのだ。
- 195 :日本@名無史さん:2007/07/14(土) 10:45:03
- そんなことに詳しくても仕方がない
- 196 :日本@名無史さん:2007/07/14(土) 15:06:01
- 金で何を得たいかによるだろうな。
毎日家に人が居て自分の子供が居て寂しくない生活が送りたいなら結婚だろうし
日頃は寂しくても良いから時々は若くて奇麗な子とセックスしたいなら、風俗かな。
まぁ、結婚できなかったら、男の場合、寿命は10年も縮むわけだが。
- 197 :日本@名無史さん:2007/07/19(木) 15:13:37
- それ、ほんと?
- 198 :日本@名無史さん:2007/07/21(土) 20:43:53
- まあ事実上、プライドやら時間やら集中力やら自分を切り売りして
糧を得てるんですけどね。
要は主観的に悲惨であるかどうかの違いだけですよっと。
- 199 :日本@名無史さん:2007/07/22(日) 12:33:52
- 理由を伴わない主張には意味が無い↑
- 200 :日本@名無史さん:2007/07/24(火) 09:19:38
- 貧しい国は今でも身売りが多いな。
旅行けば激しい営業攻勢だよ。
- 201 :日本@名無史さん:2007/07/24(火) 11:26:01
- それはどうかなあ
現代日本の風俗隆盛は、その比じゃ無いと思うが。
- 202 :日本@名無史さん:2007/07/25(水) 15:04:59
- 馬鹿あ抜かせ。
日本の宿で売春婦が勝手に飛び込んで来て全裸になるもんか。
- 203 :日本@名無史さん:2007/07/27(金) 11:50:02
- 怪しい201だ。
俺の周りには風俗なんていないよ。
- 204 :日本@名無史さん:2007/07/27(金) 13:44:03
- >>203
教えたほうがいいかどうか悩んだけど言っておくね。
おまえのかあちゃんさぁ、パチンコで負けてるときは、便所で若い男や
汚いオヤジのを3千円でしゃぶって抜いてるぞ。
お得意さんもいるみたいだ。
- 205 :日本@名無史さん:2007/08/03(金) 07:49:56
- 真人間はパチンコなんかやらないぞ。
- 206 :日本@名無史さん:2007/08/03(金) 09:54:18
- 結婚しないと寿命が10年縮むのではなく、結婚できないくらい収入の少ない
人は収入が多くて医療費をかけられる人々より寿命が短いってことだろ。
- 207 :日本@名無史さん:2007/08/03(金) 16:00:37
- >>204
おまえがしゃぶれよ
- 208 :日本@名無史さん:2007/08/10(金) 08:38:33
- 今朝の報道では婚姻、単身より同棲カップルが長命。
- 209 :日本@名無史さん:2007/08/10(金) 15:37:46
- 結婚する前と結婚した後の人生は似て非なるものだってお父が遠い目をしながら言うとった。
独身分を10年分薄めて引き延ばした感じなんだろうか。既婚者は。
時に江戸時代のおにゃのこの身売り相場はいかほどだったのだろう。
健康で十人並の器量だったとして。
- 210 :日本@名無史さん:2007/08/10(金) 19:11:38
- 現代支那では末端価格二千元
- 211 :日本@名無史さん:2007/08/10(金) 23:08:19
- 必殺!だと2両〜5両くらいじゃね?
- 212 :日本@名無史さん:2007/08/12(日) 08:53:44
- ↑ばか
- 213 :大學ヘ授:2007/08/19(日) 10:28:48
- 人身売買は江戸時代から厳禁されてゐたんですが、脱法行為が多かったのです。
- 214 :大學ヘ授:2007/08/25(土) 14:29:39
- 芸者が男名前なのは人身売買摘発を回避する為の偽装
- 215 :日本@名無史さん:2007/08/26(日) 11:03:20
-
傾城が 客を見立てる 二十七
- 216 :日本@名無史さん:2007/09/04(火) 09:03:23
- 今も世界中で人身売買
- 217 :日本@名無史さん:2007/09/04(火) 14:41:10
- 売る時は美人の娘が売られることが多かった。
身売りしなくても良かった地区(新潟、秋田など)には美人が多いのはそのせい。
なるべく親はわが子を売りたく無かったので、美人の子を売れば他の子が助かる。
生まれつき茶髪や天然パーマの子は売られずにすんだらしい。
- 218 :日本@名無史さん:2007/09/04(火) 14:56:55
- 嘘だろ。
幕末の志士たちが妻にした、芸者たちの写真を見ると、
遊郭へ売られていた娘たちは、けして美人ばかりではない。
志士たちに愛された芸者たちは、聡明ではあったのかもしれんが、
美醜は関係ない。
そもそも、7,8歳の頃に売られてくるので、
将来美人になるかどうかなんてあんまり分からん。
- 219 :日本@名無史さん:2007/09/04(火) 15:06:09
- 江戸時代の美人は今の美人とは違う。
茶髪はダメ。(東北の方は茶色系の髪の人が時々いる、)天パはダメ。
色白なこと。目は細めがいい。鼻は高い方がいい。
美人になりそうな子を仲買人も選ぶ訳だ。
顔は暗いし、化粧である程度はごまかせる。
- 220 :日本@名無史さん:2007/09/04(火) 16:56:36
- 好き好んで娘を売春婦にする親もいなかっただろうに、
(だいこん飯のおしんですら、売春婦にはならなかったのに)
大体、仲買人が品定めして、この子は買う、この子は買わない、なんてやってたのか?
少女であれば誰でも良かったんだよ。どうせ、江戸の町は、
町人の娘が大奥やら諸大名の江戸屋敷に女中として貢がされていたせいで、
江戸の男の2人に1人が生涯独身だったんだから。
吉原の女郎たちなど、値段が高くて庶民の男は手を出せず、大富豪の道楽だったんだから。
- 221 :大學ヘ授:2007/09/05(水) 08:12:36
- 越後売春婦の主たる供給地です。男児なら越後獅子になる。出羽も多いですね。
町人の娘が大奥やら諸大名の江戸屋敷に女中として上るのは望んでするのであって、婚姻準備の女子教育ですから、これに因って男女の比率が動くことはありませんし、絶対数も多くありません。
江戸の男女比率が所謂女日照りなのは、勤番侍、御店者、徒弟等、単身赴任が多かったからです。しかも彼等は永住者でなく、生涯独身とは申せません。
吉原等の女郎も、各階梯に分れ、安女郎も大勢居ました。有名なのは夜鷹です。
- 222 :日本@名無史さん:2007/09/06(木) 01:46:46
- ひと通り読んで思ったけど、身売りと言っても時代によって社会状況が違うし、
大雑把にでもいいから江戸時代、明治以降、昭和(太平洋戦争)以降は分けて考えないと
話に食い違いが出る気がする。
- 223 :日本@名無史さん:2007/09/06(木) 02:20:45
- 歌麿の記述がありますが、遊女と素人娘の陰部の比較は衛生的な事ではなくて
見た目の事でしょう。遊女は客との性交が前提の商売でしたから、見た目は勿論の事
衛生的な意味も含めて陰毛を短く手入れしてました。
一般の女性は普通は手入れしませんでしたから、ボウボウだった訳です。
>>177
武家の娘が身売りする事もありました。
『宮川舎漫筆』に、安政4年に下級武士の娘が18両で吉原に身売りをした記述があります。
他にも身売りとはちょっと違いますが、武家の奥方が刑罰として遊郭に売られる事もありました。
- 224 :日本@名無史さん:2007/09/06(木) 02:57:35
- 上の方でも書かれていますが、江戸時代でも人身売買は禁止されてます。
だから、女衒は年季奉公の給料の前払いという形で証文を書きます。
建前上は年季奉公なので吉原の場合は27歳までが年期で、28歳には自由の身になります。
親が子を渡す原因としては親の病気、年貢の未納、倒産、借金などです。
ちなみに金額は一人当たりおおよそ3〜10両が相場だったようです。
文化13年頃に書かれた『世事見聞録』には、東北地方の貧農の娘がわずか三両とか五両で
女衒に売られているという記述があります。
- 225 :日本@名無史さん:2007/09/06(木) 04:01:48
- >>220
器量によって遊郭での買い取り値が変わるので、もちろん女衒もちゃんと品定めをします。
ただし、器量が悪いから買わないのでは無く、親に払う金額が変わります。
女衒は組織化されていて、手下が地方を巡り貧しい家や借金で困っている家を見つけては
話を持ちかけます。また、器量が良さそうな娘を見つけると、時には誘拐(かどわかし)を
したりしました。
そうして手に入れた娘を江戸に連れて行き、器量の良い娘は大店に高値で、そうでない娘は
中店や小店にそれなりの値段で卸します。
あと、吉原についてちょっと誤解があるようですね。
確かに大店の高級遊女は庶民には手が出せませんでした。しかし、大富豪しか手が出せない
高級遊女のいる大店や中店は全体の10%程度です。90%は下級の遊女しかいない小店でした。
江戸時代も長いので時代によって変わりますが、天保頃の吉原全体で遊女は約2000人居て、
中〜大店の高級遊女は約200人。その内でも花魁道中を張る様な最高位は10〜20人程度です。
大多数を占める下級遊女の客は庶民だった訳です。
ちなみに最高位の花魁を一晩買うと20両〜50両(約200万〜500万円)かかりました。
中級〜高級間は何段階かありますが、概ね2〜15両程度でしょうか。
しかし、庶民が通う小店の下級遊女だと揚げ代2朱+食事代(約1〜2万円)で済みます。
また吉原最下層の川岸女郎だと約15分で100文(約3000円)。
夜鷹(素人)などは一回16文(500円!)だったようです。
(1両を10万円として計算した場合)
余り長々と吉原について語るのはスレ違いだと思いましたが、参考までに。
- 226 :大學ヘ授:2007/09/07(金) 15:25:13
- 川岸女郎は吉原に属するのですか?
江戸時代は厳格な身分社会でしたから、商売も是に合せ、高級から格安まで揃って居りました。
そうして、売春や人身売買も厳禁されてゐましたから、種々の脱法、違法行為を生みます。
御府内で公認の売春窟は吉原だけですが、これも売春を許されるだけで、人身売買は許されません。
他に違法な私娼窟多く、取締りを逃れ易いやうに「舟まん」。小舟の上でH。
- 227 :日本@名無史さん:2007/09/11(火) 07:23:55
- 舟で食べる饅頭=舟まん でおk?
- 228 :日本@名無史さん:2007/09/11(火) 09:01:41
- >>226
×そうして
○さうして
- 229 :日本@名無史さん:2007/09/13(木) 16:36:16
- おk
- 230 :日本@名無史さん:2007/09/14(金) 07:45:37
- 屋台の蕎麦は夜鷹と同じ16文だったので夜鷹蕎麦と呼ばれた
- 231 :日本@名無史さん:2007/09/14(金) 18:59:09
- > 夜鷹(素人)などは一回16文(500円!)だったようです。
現代じゃ素人のほうが高かったりするのにな
と言ってみるテスト
- 232 :日本@名無史さん:2007/09/15(土) 12:37:30
- 夜鷹は、浪人になった夫が生活のために
自分の嫁を売りに出すやつだから、かなわんわなw
遊郭の女みたいに、きれいに着飾らせたり、
踊りや三味線、教養を身につけさせたりしないし、
生活かかってるから、目先の金に目がくらんで、
嫁を高く売ろうとかは考えないから。
- 233 :日本@名無史さん:2007/09/15(土) 15:53:56
- しかし安いと物の怪みたいなのがでてきそうだな
- 234 :日本@名無史さん:2007/09/15(土) 16:06:39
- 武家の出は稀。
- 235 :日本@名無史さん:2007/09/15(土) 21:13:19
- 昔、何かの本で見た記憶が・・・・
一不義二鷹三吉原?(三は遊女かもしれない)
四五が無くて六に自分の嫁
男がそそる順位らしい
- 236 :日本@名無史さん:2007/09/15(土) 23:58:24
- >231
え?
一文銭の価値って、100円玉と500円玉の中間程度だぞ。
1600円よりは高いが8000円よりは安い、って程度だろ。500円って、誰の推定換算だよ。
- 237 :日本@名無史さん:2007/09/16(日) 02:38:05
- >>235
それを言うなら
「一富士二鷹三茄子」だ!
縁起の良い夢の順番ですよ
覚えてけ、ゆとり野郎!
- 238 :日本@名無史さん:2007/09/16(日) 03:41:54
- だからさ
その元ネタをいじってるからこそ
笑いどころになるんでしょう
本歌どり以来連綿と続く伝統ですよ
「覚えてけ」!
- 239 :大學ヘ授:2007/09/16(日) 09:33:14
- 時空を超えた貨幣價値の比較は難しいのですが、現時點では普通、一兩を八萬圓から三十二萬圓で換算します。
一兩は四千文ですから、十六文は三百二十圓から千二百八十圓となります。
- 240 :日本@名無史さん:2007/09/16(日) 14:05:17
- 恥ずかしすぎる
- 241 :日本@名無史さん :2007/09/17(月) 02:48:38
- >>236
>>239だそうです。
話は変わって、元禄世間咄風聞集という本に出てくる話によると、
浪人の妻が生活苦から夜鷹をやるような場合には、客との間に起るトラブルから
妻の身を守る為に夫が一緒について行って見張りをする事があったそうな。
- 242 :日本@名無史さん:2007/09/18(火) 21:51:34
- 幅を取るなよ
荒しだぞ
- 243 :日本@名無史さん:2007/09/19(水) 09:01:13
- 元々売春は客との間に起るトラブルから売春婦を守る為に男が一緒について行って見張りをする事が多い。
今でも、だ。
- 244 :日本@名無史さん:2007/09/19(水) 11:16:33
- 花いちもんめの歌って、
怖いよね。
あの子が欲しい。
あの子じゃ解らん
相談しましょ
そうしましょ。・・・身売りの歌・・
- 245 :大學ヘ授:2007/09/19(水) 17:29:27
- 一般に婚姻の古形を留める證據と考へられてゐます。
男女を相互に選び一對のカップルを選ぶ點からも、通説は間違つてゐないと考へます。
- 246 :日本@名無史さん:2007/09/19(水) 17:53:24
- > 好き好んで娘を売春婦にする親もいなかっただろうに
あの時代は微妙に違っていた気もする
- 247 :日本@名無史さん:2007/09/19(水) 17:59:21
- 遊郭などの娘は、激務のため、ほとんどが30まで生きられなかった。
幸運にも富豪の妾などになって以後、男を取らなくてすんだ人は長生きできた人もいるけど。
ここの男どもは、買春天国ばんざーい、と叫びたそうだが、
闇の歴史も知っておいてねw
- 248 :日本@名無史さん:2007/09/19(水) 18:38:54
- 社会学者か
- 249 :日本@名無史さん:2007/09/19(水) 20:58:46
- こりゃまた何とも言えずクラシックだな
- 250 :日本@名無史さん:2007/09/20(木) 03:14:27
- ま、女なんか30以上はあんまり役にたたないんじゃね?
本人達はばばあになっても生きてたいのかね?
- 251 :日本@名無史さん:2007/09/20(木) 07:21:44
- 石原さん夜更かしはいけませんよ。
- 252 :大學ヘ授:2007/09/20(木) 07:30:07
- 身賣は悲しいことですが、かなり一般的なことで、今の人が思ふほど大災難ではありません。今日、これが盛行してゐる國々を見れば察しは着きませう。
傾城は二十七歳が定年です。
傾城が客を見立てる二十七
ここで素人になれば、富豪の妻でなくとも、長命は可能です。紺屋高尾をご覽あれ。なほ將軍家正室でも御褥後辭退と申しほぼ同年齢で枕を交さなくなりますから、當時の婦人の平均的な壽命や老け方に即した年齢だつたのでせう。
- 253 :日本@名無史さん:2007/09/20(木) 08:27:41
- まあ、ロリコンは日本の伝統?だからなあ。
- 254 :大學ヘ授:2007/09/20(木) 10:59:15
- 違ふでせう。
世界的に短命だったから、人は早く大人になり、早く結婚し、子孫を残して、世を辞したのです。
あに日之本のみならんや。
- 255 :日本@名無史さん:2007/09/22(土) 15:54:54
- 庶民と比べ,比較的晩婚傾向のあった武士階級(特に上流武士)は
庶民より平均寿命が高かったから,とういうことか。
- 256 :日本@名無史さん:2007/09/22(土) 16:11:33
- 昭和24年の女の0歳の平均余命が59.8歳で、平成9年が83.82歳だと。
つまり単純計算で寿命は3割伸びていることになる。
つまり昭和24年当時で16歳で結婚しているなら、平成9年なら
21歳での結婚にあたり、18歳で出産しているなら、23.4歳での
出産にあたる。
いまの若い女性とその祖母とでさえこれだけ人生に差があるわけだ。
- 257 :日本@名無史さん:2007/09/22(土) 16:14:07
- 正確には昭和24年に生まれた人が16歳で・・だな。
- 258 :日本@名無史さん:2007/09/22(土) 17:35:59
- >>254
いやいや、日本人のロリコンパワーをナメちゃいかん
遥かに短命な某発展途上諸国でも、日本人の「若い子」好きは「有名」だよ
- 259 :日本@名無史さん:2007/09/22(土) 19:37:13
- ん〜
- 260 :日本@名無史さん:2007/09/23(日) 16:20:53
- http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life03/sanko-2.html
1950年の0歳の平均余命は男女で3歳しか違わないのに、
2003年では7歳も違うんだね。
割合としては1950年が女1に対して男0.94、2003年が
女1に対して男0.92。女性がより長命化している。
もともと日本の庶民の女(農家・商家)は男に劣らないくらい
働いていたはずだが、日中戦争・太平洋戦争で既婚女性が
「銃後を守る」として働かない比率が増え、戦後は「専業主婦」
としてやはり働かない比率が増えたせいだろうか。
現在のフルタイムで残業があり、ストレスが多い企業で働く
女性はそれほど長くは生きられない気がする。
- 261 :日本@名無史さん:2007/09/23(日) 21:04:01
- × 日中戦争・太平洋戦争
〇 支那事変・大東亜戦争
- 262 :日本@名無史さん:2007/09/23(日) 23:21:13
- 支那事変、事変なので職業軍人はお手当てがでていた。大東亜戦争
払うお金もなくなり戦争になった。
- 263 :日本@名無史さん:2007/09/24(月) 07:38:21
- 職業軍人は有史以来今日までずっとお手当てがでている。
只働きのボランティアでは職業軍人と呼べないよ。
訳の分らないカキコは止そうね。
- 264 :日本@名無史さん:2007/09/24(月) 07:53:52
- どんだけなナショナリストが湧いて居るスレはここですか?
- 265 :日本@名無史さん:2007/09/24(月) 10:26:17
- 職業軍人に給料が出ていたかどうかという史実とナショナリズムは無関係
- 266 :日本@名無史さん:2007/09/24(月) 20:46:12
- 江戸時代の女性の平均寿命が50歳、現在の平均寿命が85歳とすると、
単純計算で江戸時代と現在では以下のような対応になる。
14歳→23.8歳
16歳→27.2歳
18歳→30.6歳
20歳→34歳
30歳→51歳
40歳→68歳
50歳→85歳
感覚的に合っている気がする。
- 267 :日本@名無史さん:2007/09/24(月) 20:55:37
- 織田信長は本能寺の時点で、いまでいう80代のおじいちゃんなのか・・・
- 268 :日本@名無史さん:2007/09/24(月) 20:59:26
- 徳川家康は…百二十歳か
すげえな
- 269 :日本@名無史さん:2007/09/25(火) 00:09:38
- 男は7歳程度引く必要があるけどな。
- 270 :日本@名無史さん:2007/09/25(火) 00:54:22
- ヒマラヤとかアンデスでは、30〜40代でもえらく老け込んでるから、
平均寿命が短く、いまほど栄養状態もよくなかった戦国時代なら、
晩年の信長もいまの70代くらいの老け方だったとしてもおかしくない。
- 271 :日本@名無史さん:2007/09/25(火) 01:05:34
- 14歳で結婚しても全然ロリコンでもなんでもねーよ。
- 272 :日本@名無史さん:2007/09/25(火) 15:10:29
- >266
その表だと多少おかしいがな。
秀吉の姉ちゃんなど、30代半ばから産み始めて男子3人産んでいるが、
60歳から産み始めて子供3人生んだことになる。
芳春院のように早熟な女性もいたが、初潮がくるのは現代より遅かったし。
このような事は、文献にめったに残らないのだが、
幕末、将軍徳川家茂の室和宮親子内親王に関しては、
江戸までの降嫁の途中、初潮になったことがお付の女房の日記から分かっている。
和宮はこのとき17歳だった。
- 273 :日本@名無史さん:2007/09/25(火) 16:23:38
- >>272
肉体的にはそうかもしれないな。
精神的には合ってる気がする。
- 274 :日本@名無史さん:2007/09/25(火) 17:27:40
- >>272
平安時代の貴族の娘は12歳くらいで一人前になるよう教育されたそうだ。
12歳→20.4歳
- 275 :日本@名無史さん:2007/09/25(火) 17:32:54
- >>274
でも実際に、平安時代で12歳で結婚したのって、
一条天皇の中宮藤原彰子ぐらい?
しかも、第一子を産むのに10年かかっている。
彰子の母親の倫子は24歳で結婚してるしね。
12歳で一人前って、ソースは何?
- 276 :日本@名無史さん:2007/09/25(火) 21:43:04
- ♪姉やは十五で嫁に行き
お里の便りも絶え果てた
- 277 :日本@名無史さん:2007/09/25(火) 23:06:22
- >>275
鎌倉時代だけど、後醍醐天皇の中宮西園寺禧子は
11歳で後醍醐のところにいって、数え年13歳で娘を産んでいる。
あと、亀山天皇に入内した時、
西園寺嬉子は11歳、近衛位子は13歳とこれまたローティーン。
- 278 :日本@名無史さん:2007/09/26(水) 00:13:41
- >>275
平安文学を研究している人に聞いた。
当時の貴族の娘としての教養を12歳くらいまでに身につけさせたそうだ。
- 279 :日本@名無史さん:2007/09/26(水) 11:29:35
- >>277
西園寺嬉子は幼すぎて亀山天皇の寵を受けず、
すぐに実家へ帰ってしまった。
西園寺禧子は後醍醐天皇による略奪婚。
近衛位子も、父親を失ったところへ亀山天皇から声がかかったので、
2つ返事で行った感じがある。
- 280 :日本@名無史さん:2007/09/26(水) 12:04:37
- 初潮前でもフェラチオやアナルセックスはできるんじゃね?
- 281 :大學ヘ授:2007/09/26(水) 13:00:07
- 昔は早婚、早世だった。
多くがミドルティーンまでに婚姻し、ロウティーンも珍しくなかった。
♪京都木屋町糸屋の娘
姉は十六妹は十四
諸国諸大名は弓矢で殺す
糸屋の娘は目で殺す
頼山陽詩
- 282 :日本@名無史さん:2007/09/26(水) 13:47:08
- 男も10代で結婚するのが普通だったからね。
亀山天皇の妃の話をしている人がいたが、
亀山天皇自身、11歳で結婚、
13歳で父親になっている。
- 283 :日本@名無史さん:2007/09/26(水) 15:33:12
- 少なくとも男にとっては性交可能年齢=成人年齢でなきゃおかしいね。
- 284 :日本@名無史さん:2007/09/26(水) 16:18:56
- 満7歳で結婚した前田利常とか、さすがに無理だろ。
妻の珠姫もわずか3歳だったが。
当分の間はプラトニックだろ。
- 285 :日本@名無史さん:2007/09/26(水) 16:29:36
- まさか7歳とか3歳で行為はないと俺も思う。
つか、前に書いてあったけど、昔はフ○ラなんてあったの?
- 286 :日本@名無史さん:2007/09/26(水) 20:40:34
- 結婚は社会的に早められたり遅くされたりされる。
ただ現代は異常に遅いね。
- 287 :日本@名無史さん:2007/09/26(水) 20:50:02
- >>286
これは良いことなのか悪いことなのか・・・
- 288 :日本@名無史さん:2007/09/27(木) 11:22:34
- 明治〜昭和にかけて、ある遊廓近くの寺にて葬られた
大勢の遊女たちの死亡時の平均年齢は21歳だったらしい。
- 289 :アガシ:2007/09/27(木) 11:45:10
- 吉原の投込寺とちゃんと書かなきゃ史学にならないぞ
- 290 :日本@名無史さん:2007/09/27(木) 11:46:25
- それは死亡時の年齢が21歳前後が多いってことでしょ。
(おそらく一番仕事が多いから?)
それを言ったら乳児死亡率が一番高かったわけだし。
- 291 :日本@名無史さん:2007/09/27(木) 17:13:24
- 遊女のまま死んだ女性の年齢の平均をとれば
遊女の一般的引退年齢を下回るのは当たり前
- 292 :日本@名無史さん:2007/09/28(金) 11:00:31
-
明治以降ならば公娼の初鳴きの年齢は18歳くらいが多く、
河原などの道端の私娼だと年齢不詳だし、
昭和に入ってからの廓外の飲食店あたりだと15歳くらいだった。
年季の上限を10年としても、どっちにしても21.3歳の平均死亡は若すぎる。
- 293 :日本@名無史さん:2007/09/28(金) 14:11:08
- 例えば100人の遊女がいて、うち90人は長生きして、残りの10人が遊女の
間に死んだ平均年齢が21歳ってことじゃないの?
- 294 :日本@名無史さん:2007/09/28(金) 14:14:39
- 遊女は任期が明けても、遊郭を離れなかったんじゃないの?
後輩たちに芸を教えたり、女将になったりして。
だとしたら、遊女の墓には任期の明けた人も葬られていて、
なにも現役のみが葬られているわけではないことになる。
商家の妾になれた遊女ぐらいは、
満たされなくともお金だけはもらって暮らせただろうけど。
- 295 :日本@名無史さん:2007/09/28(金) 15:38:39
- 自分の娘を売るとは…。
ん〜どんな気持ちだったんだろう…。
- 296 :日本@名無史さん:2007/09/28(金) 18:24:49
- 立派な職業婦人になってくれ・・・は言い過ぎか
- 297 :日本@名無史さん:2007/09/28(金) 18:27:23
- 仮に遊郭を離れなかったとしても、建前上自由の身になったら、
遊女の投げ込み寺みたいなところには入らなかったんじゃないか
という気もするが。
- 298 :日本@名無史さん:2007/09/28(金) 19:06:24
- 吉原の遊女は必ず全員が投込寺に葬られたの?
何割くらいなの?
- 299 :大學ヘ授:2007/09/29(土) 07:42:41
- 寺請制度がありますからね。
- 300 :日本@名無史さん:2007/09/29(土) 10:08:34
- 吉原があくまで年季奉公という形なら、形式上寺は実家の寺になるんじゃないの?
- 301 :日本@名無史さん:2007/09/29(土) 10:13:16
- 一度遊郭に売られた娘は、実家に帰れないし、
ましてや実家の墓になど葬られない。
「穢れた娘」として村人ばかりでなく、家族や親戚までもが忌み嫌い、
一生村には戻れない。
- 302 :日本@名無史さん:2007/09/29(土) 10:24:11
- >>301
それと公的制度である寺請とはどう整合を取るの?
今の日本でも親子の縁を切ったといっても、法的に完全に切る
ことはできないでしょ。
- 303 :日本@名無史さん:2007/09/29(土) 11:25:10
- >>302
寺請制度が正確に機能しているのならば、
そもそも投込寺なんて存在しない。
たとえ遊女でも、死んだら親元へ遺体を返して
菩提寺に家族の一員として葬られるはずだからね。
菩提寺に葬られない人が大勢いた証拠。
- 304 :日本@名無史さん:2007/09/29(土) 11:54:32
- それならなおさら年季の明けた遊女は自分の寺を悪名高い投げ込み寺以外に
するんじゃないかなあ。
- 305 :日本@名無史さん:2007/09/29(土) 14:55:10
- 仏野念仏寺などを見ていると、
庶民の墓など、埋めた上に丸石を載せた程度で、名前や生没年が分かる例などほとんどないよ。
現在の墓地が、せいぜい明治以降の人しか名前を刻んでいないのを見ると良くわかる。
江戸時代の先祖の名前が残っているのなんて、余程有力な家だけだよ。
寺請けはあくまでも、生きている檀家の人物の名簿の管理が主体。
死んだ人は共同墓地のようなところに埋められて、名前も残らなかった。
- 306 :日本@名無史さん:2007/09/29(土) 18:30:42
- 苦界で死した娼妓は明治以降なら寺に記録が残っているくらいで墓なんて無いよ。
身寄りがないに等しいような娼妓の場合、といっても多くがそうだけど、
他の娼妓たちの手前もあるから遊廓の主人が葬ってくれる。
身請けなんて高額富籤に当選するくらいに少ないからこそ大きく語り継がれる。
どんなに稼いでも飲食、着物、洗濯、髪結い、日用品の費用の立て替え払いによって
収奪されるから金の値も知らずに搾取される娼妓が少なくなかった。
明治以降の娼妓たちは神社参りにはとても熱心だったが仏教への信仰心は薄かった。
- 307 :日本@名無史さん:2007/09/29(土) 20:53:19
- 何の抜き書き?
- 308 :大學ヘ授:2007/09/30(日) 08:41:20
- >>300
葬儀と埋葬、戸籍は必ずしも一致しません。遺体を逓送することは不可能です。
>>301
これは違います。苦界に身を沈めるのは辛いことでしたが、貧民にとって何ら珍しからず、周囲に顔向け出来ないことではありませんし、第一、自分の責任ではありません。近年まで実例無数にて、現存者もあります。
- 309 :日本@名無史さん:2007/09/30(日) 12:01:42
- 遊郭にとって大事な商品である遊女が商品価値がまだまだあった
でろう21歳で死ぬというのは理解しずらいところだね。
- 310 :日本@名無史さん:2007/09/30(日) 14:43:46
- 戦後だってアメリカ兵のオンリーさんとかパンパンとかいたしね。
- 311 :日本@名無史さん:2007/09/30(日) 17:55:16
- 今の風俗の女の子観てるとね〜
仕事モードじゃなくて、ホントに楽しそうな子が多いんだよね
(内心どう思ってるかは知る由もないけど、少なくとも「外心」は完璧)
当然ながら、人にはよるけど
- 312 :日本@名無史さん:2007/09/30(日) 21:46:43
- >311
風俗通いの親父はスレ違いw
- 313 :日本@名無史さん:2007/09/30(日) 23:08:29
- 商品価値があろうと無かろうと病気は避けてくれないぞ
- 314 :日本@名無史さん:2007/09/30(日) 23:30:21
- >>312
スレ違いすまぬ
可処分所得が現代とは圧倒的に差がある当時の双方がどんな感覚だったのかなあ・・
と最近とみに気になっているんで
- 315 :日本@名無史さん:2007/10/01(月) 18:06:51
-
>>309
貧しい農村にて女衒が言葉巧みに親から娘を買ってから周旋屋に売るまでの間に
娘には、白いまんまが食えるとか、綺麗なベベを着れるとか綺麗事をを吹き込むけど
実際に遊廓でタダで食えるのは冷や飯に湯をかけた物に漬け物が二切れの飯だった。
北国の冬だと残り飯を鍋ごと屋外に逆さに置いて凍らせた飯を湯でもどした物が娼妓の飯だった。
そんな粗末な飯ですらも売り上げが悪かったり、お茶ひきの晩は飯抜きでありつけなかった。
更に体罰をうけたり、二階の自室の布団で寝ることすらも許されない夜もあった。
だから多くの娼妓の肌は青白く痩せ衰えていて病気で死ぬのが多かった。
因みに週に一度の駆梅院にての検査で罹患が確認された場合、即、休業&入院になるが、
その間にも借金はどんどん膨らんでいくから、検査直前に娼妓同士で膿を拭き取ったり、
あそこを綺麗にお化粧して誤魔化すなど懸命に仕事を続けようとしていたらしい。
- 316 :日本@名無史さん:2007/10/01(月) 18:29:51
- >>315
っていうのが信じられないんだよね。
経営者からすると
やせ細った女>魅力がない>売れない
より
健康な女>魅力がある>売れる>儲かる
のほうがずっといいんじゃないか。
- 317 :日本@名無史さん:2007/10/01(月) 21:05:39
- いやいや、客の方からも信じられないよ
- 318 :日本@名無史さん:2007/10/01(月) 22:13:14
- まあこういう話ってのは遊女自身が潤色して語ったりしたんだろうなあ。
- 319 :日本@名無史さん:2007/10/01(月) 22:46:57
- ところが実際は過酷な環境で酷使させていたのがほとんどだったらしい。
いわゆる,代わりはいくらでもいるさって論理で
北海道のタコ部屋もそうだったけど,ロクに飯も食わせず酷使とリンチでバ
タバタ死んでいったけど,貧しかった時代だからタコ部屋しか職がなくて
補充はいくらでもできたとか。
貧乏な時代の貧乏人が就く仕事は,男女とも相場は決まっていたということかな。
- 320 :日本@名無史さん:2007/10/01(月) 23:11:00
- 人足??ならそうかもしれないけど、客商売はキツいと思う
疲れて人相悪い店員の店が流行るとも思えない
- 321 :日本@名無史さん:2007/10/02(火) 00:00:58
- やけに血色よく儲かってそうなソープ嬢は萎える。
借金かなんか背負わされてそうなのの方がコーフンできる。
- 322 :日本@名無史さん:2007/10/02(火) 00:18:29
- 21歳で葬られた遊女はみな容姿がわるかった、というオチではなかろうな。
- 323 :日本@名無史さん:2007/10/02(火) 08:41:19
- 昔は早世が多かった。
遊女に限ったことでもない。
- 324 :日本@名無史さん:2007/10/02(火) 09:07:44
- 遊女には性病も多かった。
明らかに、早世だよ。
- 325 :日本@名無史さん:2007/10/02(火) 10:07:21
- >>319
その通りですね、タコ部屋労働者の場合、契約時に多額な借金を負わせて
雁字搦めにするために最初に遊廓で1〜3日ほど遊ばせてから
その支払い分を上乗せして長期間コキ使ったといった記録もありますね。
あと、有名な網走刑務所の囚人による道路工事のときの飯も麦飯+漬け物+汁物でしたね。
- 326 :日本@名無史さん:2007/10/02(火) 10:21:48
- 兵士は1銭5厘だかの赤紙でいくらでも集められる。
しかし従軍慰安婦は?
- 327 :日本@名無史さん:2007/10/02(火) 14:28:50
- しかし、他国はどうだったんだろう。
欧米とか
- 328 :日本@名無史さん:2007/10/02(火) 18:30:34
- 「従軍慰安婦」は捏造
- 329 :日本@名無史さん:2007/10/02(火) 19:04:25
- じゃいわゆる従軍慰安婦でいいよ。
江戸には男は勝手に田舎から出てきたようなので溢れていたかもしれない
が、遊女は地方に買いにいかなきゃいけなかったとすると、やはり調達
コストはそれなりにかかるはず。使い捨てってのは理解しにくい。
- 330 :日本@名無史さん:2007/10/02(火) 19:44:37
- 今の感覚からすると地球の裏側で「調達」だろうからね
中には粗末に扱われた人はいたんだろうけど
それがどれくらいの割合だったのか?
- 331 :日本@名無史さん:2007/10/03(水) 00:05:11
- 街道筋の宿場で泊り客の相手をする飯盛り女、仲居の仕事の他に一日5、6人の客を相手してたとか。
今のように週休二日の制度ももなく年にたった一日の里帰り以外は休みもなく働かされ疲労と性病でやはり二十代半ばまで生きた人はほとんどいないらしい。
- 332 :日本@名無史さん:2007/10/03(水) 01:04:17
- >>331
いわゆる従軍慰安婦の労働条件だって同じようなものだが、
それほど死亡率が高かったとは聞かないな。そりゃ避妊具という
文明の利器はあったわけだけど。こういう悲惨な話のソースって
どういうものなんだろう。あまり公的な資料には出そうもないけど。
- 333 :日本@名無史さん:2007/10/03(水) 01:13:59
- 投込寺に類する話がソースなんだろうけど
そうすると話がまたループしてしまうw
- 334 :日本@名無史さん :2007/10/03(水) 03:16:41
- >>329
遊女にもランクがあって一口に調達コストと言ってもピンキリです。
調達の手段としては子供の頃に売られて来て、禿の頃から楼主の元で英才教育を受ける者も
居れば、岡場所の手入れ等で吉原に収容され直ぐに突き出し(客を取る)になる者も居ました。
全ての遊女が同じ様にお金をかけて仕立てられる訳ではありません。
また当時は人権という思想もありませんでしたから、今と違って人命その物が軽かったのです。
妓楼にも療養所の様な物はありましたが、病気になってそこに入れるのは稼ぎの良い売れっ子
のみです。その場合身の回りの世話の為にその遊女付きの妹女郎2人と下男を1人ほど付けて
出養生に出します。しかし、寮で療養中にかかった費用は、医者、薬代、妹女郎の日頃の稼ぎ、
下働きの給金、食料費など全て遊女本人の負担です。
そして稼ぎの悪いランクの低い遊女が病気になると、たいてい人目につかない物置などに
転がされて、食事もろくに与えられず早く死ぬようにと放っておかれたそうです。
- 335 :日本@名無史さん :2007/10/03(水) 03:41:08
- 投げ込み寺の話が出てましたが、新吉原では主に三ノ輪の浄閑寺と西方寺(土手の道哲)の
二ヶ所でした。浄閑寺は南千住、西方寺は西巣鴨に移転しましたが現存してます。
浄閑寺の墓地の中央には新吉原総霊塔あり、その地下には約二万五千人の遊女の骨が
今も眠っています。
どちらも有名なお寺なので、検索すれば色々と紹介しているページがありますよ。
- 336 :日本@名無史さん:2007/10/03(水) 03:42:22
- それは養育コストだね
地方へ探しに行くのなら、遠征費はまあ同じかと
器量によって値段は違うだろうけど、それにしてもそんなに安い買い物でも無いでしょ
- 337 :日本@名無史さん :2007/10/03(水) 04:06:54
- >>301
>>308でも指摘されていますが、「穢れた娘・・・云々」というのは間違いです。
例えば幕末の話ですが、長崎海軍伝習所教官になったオランダ人のカッテンディーケは
「長崎海軍伝習所の日々」に次の様に書いています。
「太夫(遊女)は市民から賎しまれるよりもむしろ同情の対象物であって、彼女らの
哀れむべき境遇に伴うその因業も彼女ら自身というよりも、その両親から生まれるので
ある。
<中略>
素直で美しい妓は多くの客から招かれ身請けされる。これは日本の遊女が社会的に
なんら軽蔑されるものでなかった為である。」
余談ですが、これに対して西洋の娼婦は「いったんこの淵に陥ったが最後、ほとんど
再び再生する事は不可能」と言ってます。
- 338 :日本@名無史さん :2007/10/03(水) 04:32:52
- >>>336
ちなみに売られて来た子供を養育するのは姉女郎の役目だから、楼主が自ら
英才教育を施す引っ込み禿と呼ばれる有望な娘以外は、妓楼は養育に殆どお金を
かけないよ。
食費も各紋日に新調する衣服費も突き出し時にかかる費用も、お金を出すのは
受け持った姉女郎である花魁達。
だから女衒等にある程度の金額を支払っていても妓楼は余り損する事無く遊女を
育てられる。
それに、実際に使い捨ての様な扱いを受けていたのは史料からもはっきりしているし。
新吉原に関しては関連書籍が山ほど出ているから、納得出来ないなら少し自分で
調べてみるのも良いかも知れない。
ところでコストに拘っているけれど、妓楼が娘を買う時にどの位の費用を出すと
想定しているのでしょうか?
- 339 :大學ヘ授:2007/10/03(水) 08:02:13
- 調達費が安いのは明白で、これは人身賣買−と明言してゐない−契約文書から容易に知れます。なほ、現在貧しい國々へ行けばこれを目の當たりにすることも出來ます。
ただし、これを使ひ捨てと呼ぶのは如何。
一般に人件費が安かつたので、この調達コスト、需給バランス相応ではありましたが、當時の人もそれなりに奉公人を大事にしてゐました。
今日の眼で見れば不十分に映ると云ふだけのことで、雇ひ主の家族だつてさう贅澤はしてゐないのです。
- 340 :日本@名無史さん:2007/10/03(水) 11:02:44
- やはり投げ込まれたのは容姿の劣る娘であつたようですな
- 341 :栗っこ:2007/10/03(水) 11:56:30
- 当時は保健衛生医療が未発達で、早世が多かった。
本来なら菩提寺へ埋葬す可き処、遠隔地故に叶わず、浄閑、西方両寺へ埋葬した。
身寄りがいれば何とか懇ろに弔ったろうが、孤独な死なので薄く葬られた。
これも特に悲惨な葬礼ではなかったかも知れぬが、華やかな大まがきからは落差があり、投込寺と悪口を言われた。
- 342 :日本@名無史さん:2007/10/03(水) 13:06:37
- >>339
それは様々というか、娘達を使ひ捨てたと蔑まれても仕方ないとも感じます。
- 343 :日本@名無史さん:2007/10/03(水) 17:44:00
- 目安というか現代の物差しで勘定するのも可笑しい話だけど
感覚的に人件費が安い時代であったとしても
それは女郎の懐に入る金銭が安かったに過ぎず、
実際に客が妓楼に支払う金は決して安い金額ではなかった。
江戸の花魁は現代なら一晩で300〜500万円とも言われています。
比較的稼ぎの良い大工職人の年収3年分とも言われました。
明治に入っても公娼遊廓のグレードは三段階に分かれていて、
一般庶民はその最下クラスのコースでもそう簡単に行けませんでした。
昭和に入り妓楼経営が駄目になっていった背景には遊廓に足を向けた
客を途中の廓外・門外にて乱立した非公認売春宿や河原私娼が低料金で客引きをしたのが切っ掛けです。
- 344 :武陽陰士 ◆ATDF4vFZys :2007/10/03(水) 22:44:39
- 新潮社から新刊が出た。小谷野敦『日本売春史』。
コンパクトかつパンピー向けだが、内容は恐ろしく密度が濃くシャープな筆致で書かれた第一級の売笑史の通史だ。
これからは少なくともこの本に書いてあること位、ふまえて書き込みしてくれ。
頼むぜ2ちゃんねらー。
- 345 :日本@名無史さん:2007/10/03(水) 22:47:06
- 武陽さんは読書家なんですね。
- 346 :日本@名無史さん:2007/10/04(木) 00:43:19
- >>344
それにはどう書いてあるの?
せっかく地方から買ってきた遊女にメシも与えず痩せこけたまま店に出してたって
書いてある?
- 347 :日本@名無史さん:2007/10/04(木) 01:17:30
- http://www.h6.dion.ne.jp/~be.happy/travel-nihon.htm
丸山遊郭・・・・・江戸、京都と並ぶ、3大花街の1つ。
出島などは、当然食事は洋食であったから、彼女達は、日本中が鎖国をして、外国文化
のカケラも入っていない時代に、牛肉、バター、コーヒー、ビール、ワイン、チョコレート、カ
ステラなど、珍しいものを、食べたり飲んだりできたワケである。
- 348 :日本@名無史さん:2007/10/04(木) 11:11:37
- コテハンの武陽さんは自治厨の位置付けでちゅか?
>これからは少なくともこの本に書いてあること位、ふまえて書き込みしてくれ。
昔のことを知るなら中古本すらも出ていない新刊本よりもアッシなら古書のほうをすすめるよ。
なんらかの一定基準を設定せんとしながら特定の本をルールブックみたいに扱って誘導するのは粋じゃないし解せませんよ。
- 349 :日本@名無史さん:2007/10/04(木) 13:24:24
- 江戸の遊郭と違って丸山遊郭は楽しそうだね。
これも江戸時代の遊郭には違いないわけで。
- 350 :日本@名無史さん:2007/10/04(木) 17:14:10
- 348 に同意。
勝手に特定の書を指定し、全員に準拠を強いるのは理不尽。
- 351 :日本@名無史さん:2007/10/04(木) 19:49:59
- 時代と場所で話が異なるのは当たり前。
出たばっかの新刊をここの住人に押しつけたいなら
どっかのWeb本屋に書評でも書いてから誘導したらどう?w
- 352 :日本@名無史さん:2007/10/04(木) 21:50:21
- 誤解していたけど、「投込寺」って大地震で亡くなった多数の
遊女をやむなく穴を掘って、その穴に「投げ込んだ」って意味だったんだね。
http://www.waseda.jp/student/weekly/essay/tod-847.html
安政2年の大地震の圧死、焼死の遊女たち多数を投げ込むように一穴に
葬ったことからそう呼ばれるようになった。
- 353 :日本@名無史さん:2007/10/05(金) 07:49:19
- 大地震でまるごと遊女が死んだなら投げ込み寺に埋葬された遊女の平均年齢が遊女の平均年齢になるのは
当たり前だな。
- 354 :日本@名無史さん:2007/10/05(金) 12:10:49
- よく嫁、この牛太郎mega!
新吉原の約3百年間で葬られた遊女の数が2万数千人って書いてあるだろ。
身請けもされず、足を洗えない女郎は24〜25歳にもなると吉原に居たくとも居られなくなる。
そういうのは払い下げるように安女郎屋の築地、品川、新宿、深川などの岡場所に売却される。
結局、売れっ子かそうでないかで変わるのは死ぬ場所が変わるだけで短命なのは同じ。
岡場所には捕まった最下層私娼の夜鷹や枕芸者なんかも居たから人間関係が穏やかでなかったらしい。
- 355 :日本@名無史さん:2007/10/06(土) 09:28:25
- しかし「従軍慰安婦」報道を知っている俺らにとっては、
「吉原の遊女が超短命でほとんどが悲惨な暮らしをしていた」
ってのは全然信じられないわけ。
「投込寺」という名前で誤解しやすいけど別に死んだ遊女の死体が
本当に投げ込まれたわけじゃないよね。これはあくまで大地震の時の話で。
- 356 :日本@名無史さん:2007/10/06(土) 09:53:11
- 以下のデータがあった。
・新吉原開業以来からの数は25000人
・安政2年(1855)の大地震、関東大震災や東京大空襲で焼死した遊女たちも含まれる。
(約11000人)
つまり、戦争や地震以外で死んで葬られた遊女は約14000人。
250年間に14000人が葬られたとすると、1年あたり56人。新吉原の遊女の大半が
投込寺に葬られたとするには、少なすぎる。
幕末、安政期には新吉原だけで遊女は約4000人いたという。
- 357 :日本@名無史さん:2007/10/06(土) 10:02:42
- 単純計算でもし店に出るのが15歳-21歳(死亡まで)の7年間だとすると、4000人規模を
維持するためには毎年570人ずつ死亡しなければならない。25000人に達するのはわずか
44年。「遊女の大半が投込寺に葬られた」などというのは明らかに間違っている。
WIKIにも以下の記述がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E5%8E%9F%E9%81%8A%E9%83%AD
「病気などで死んだ遊女は、吉原遊廓の場合、投込み寺と呼ばれた浄閑寺に、「〜〜売女」という
戒名で、文字通り投込まれた」という説もある。しかし、それを裏付ける資料は古文書には一切な
く、「〜〜売女」の戒名は、「心中」「枕荒らし」「起請文乱発」「足抜け」「廓内での密通」「阿片喫引」
など吉原の掟を破った者に限られていることが、最近の研究で明らかになっている。
- 358 :日本@名無史さん:2007/10/06(土) 10:15:47
- やはり年季が明ける前に不運に病死・事故死した遊女が投込寺に葬られたのでは。
・投込寺に葬られたのは時期によって変動するが新吉原の遊女の1,2割程度に過ぎない。
・投込寺に葬られた遊女の死亡時は平均年齢21歳とのことだが、25000人のうち11000人
は地震・戦争による死亡者なので、この数が平均年齢を引き下げているかもしれない。
- 359 :日本@名無史さん:2007/10/06(土) 12:03:48
- 遊女は必ずしも夭逝の道でない。
大半は年季を終えて穏やかに身を引く。
- 360 :日本@名無史さん:2007/10/06(土) 12:24:09
- そもそも、遊女が本人の罪ではなく、親の貧しさゆえのかわいそうな人だと
見られていたなら、年季があけても食うために吉原で働いていたとしても、
親に一度や二度会いにいくことくらいあったのでは。
- 361 :日本@名無史さん:2007/10/06(土) 15:07:30
- 年季があけるころには年食ってるし、よほどの美人でないと
厳しかったのかな。
- 362 :日本@名無史さん:2007/10/06(土) 15:07:49
- >>359
>大半は年季を終えて穏やかに身を引く
梅毒の問題はどうなるのでしょう?
江戸後期における遊女の梅毒罹患率は、少なくとも3〜4割。多ければ7〜8割と言われています。
梅毒は、発症から終末期までに10〜30年の期間があるので、
遊女が現役中に病死する率は、結核に比べれば、圧倒的に少ないでしょうが、
引退後、梅毒に侵された身体は、健康な人に比べれば、かなり短命だったのでは?
- 363 :日本@名無史さん:2007/10/06(土) 16:35:07
- >>362
遊女が梅毒にかかるということは、その何十倍もの男にもかかるということだよ。
- 364 :日本@名無史さん:2007/10/06(土) 17:57:53
- 当時の平均寿命を考えると、27歳から30年も行きやしないよ
- 365 :日本@名無史さん:2007/10/06(土) 18:26:10
- 幼少期に死ななかった人は50歳ぐらいまで生きたよ
- 366 :日本@名無史さん:2007/10/06(土) 21:27:39
- 遊女の実態についてはかなりの程度間違いが事実のように語られているとしか
思えないな。確かに遊女は食事は少なめにしか与えられなかったという話が
あるが、それも客におごらせる前提でのことらしい。客と食事をともにする
のに満腹では困るよな。
- 367 :日本@名無史さん:2007/10/06(土) 22:16:36
- 苦界の中にも格差があったから一晩に一人の客でも良かった一等(明治)女郎と
一晩に五人以上も取らされる薄利多売の三等女郎じゃ健康に差が生じるでしょう。
客を嫌って拒絶したら後で殴られるような酷い妓楼の死亡率は高かったでしょう。
自殺も多いし折檻死もあれば風邪ひき程度でも死に至る例も少なくなったでしょう。
- 368 :日本@名無史さん:2007/10/06(土) 22:43:24
- 角界とどっちが厳しかったんだろうね。あそこも健康には悪そうだ。
- 369 :武陽陰士 ◆ATDF4vFZys :2007/10/06(土) 23:12:31
- >>368
遊女は人身売買による商品(年季奉公なんて名称は建前だ)。
使いものにならなくなれば、転売。あるいはホッポリ出される。
人間じゃないんだよ。
性欲処理の商品。
尊厳なんてあったもんじゃない。
昔、元女郎の老婆と生活(研究のためね)をともにした学者(女ね)がいて、じかに話を聴いたけど、
(元女郎の老婆は)過去の話はなかなかしてくれなかったらしい。
つらかったからね。
思いだしたくなかったんだな。ま、当然だが。
ついでいうと私の母の知人に元女郎の女性がいたけど、やっぱりすごい苦労を背負い込んでいた(だいぶ前に死んだ。当然だが)。
遊女の手記も読んだが、「楼主、客に人間の尊厳をめちゃくちゃにされた」って意味のことが書かれてた。
客には天国だが、女郎にとっては地獄だ。まさに苦界。
君たちは甘ちゃんだよ。
くだらない吉原本やネットで、摘んだ知識はやめてくれ公害だ。
ここに悠長に書き込みしてる奴みてる殴りたくなるね。ついでに金玉もケリたいね。
- 370 :日本@名無史さん:2007/10/06(土) 23:18:36
- だから、あんたの思い込みは十二分分かったから、具体的な史料なりを示してくれ。
逆切れして「江戸の感覚」はこうだ!とマスかかれても、他人にはさっぱり判らない。
- 371 :武陽陰士 ◆ATDF4vFZys :2007/10/06(土) 23:23:43
- 女郎に対する差別もあるな。江戸明治大正昭和とずっとね。中世は別(検証ないし留保を要す)。
有名な話だが坪内逍遥は根津遊郭の女郎と結婚したんだけど、周囲は猛反対。世間にもウダウダ言われ評判になり
結局、帝大の先生にはなれなくちゃった。早稲田で教師やるようになったのはそのせいだっていうね。
芸者とは違うんだな。明治の元勲は芸者とだな。
体を売るってのはとてもつらいし、差別されるんだよ。
まあ京伝、松崎コウドウなんかは女郎と結婚したけどね。
概して女郎を奥さんにする奴は、ナイスガイが多いな。
権威主義者とか出世主義者みたいな野郎は、間違っても女郎なんか娶らないね。
- 372 :武陽陰士 ◆ATDF4vFZys :2007/10/06(土) 23:28:32
- 女郎を語るときに、江戸文学なんかに依拠しちゃダメだ。
ちゃんと史料として使えるもんじゃなきゃ。
市販されてる遊郭についての本は、恐ろしく出来が悪い。
美化された遊郭(美術、落語、文学など)
についてのものばかりだ。
ちゃんとした学者(史学ね。国文はダメだ)
の本に当たらないとね。
あるいは史学アプローチで調べなきゃ。
- 373 :日本@名無史さん:2007/10/06(土) 23:30:18
- コイツ真性の馬鹿か?
道徳が相当に崩れてる現代だって「風俗嬢と結婚するって」言ったら周りは猛反対だろ
- 374 :武陽陰士 ◆ATDF4vFZys :2007/10/06(土) 23:42:12
- >>370
どうせ史料あげたって、バカなんだから読みやしねえだろうがクズ野郎。
あと貴重な史料をこんなクズしかいないとこで、出せるか。同じ意味で学者の名前もださねえんだよアホ。だいたい本気んなって調べりゃあ分かるんだよ。
自力で出来ねえのかバカが。ネットに依存なんかしてる根暗野郎だから出来ねえんだろうが。
調べもんも出来ないパーに貴重な書物、篤実な学者の御尊名など出せるか、よく考えろノウナシ馬鹿。
とりあえず岩波からでてる『世事見聞録』をチェックしろ。女郎についての一級史料だ。
この本は文庫だから、てめえみてえな2ちゃんねらーのクソ暇人野郎に言ってもいいや。
まあてめえは、どうせ読みやしないし「古文だから分からないよー」とか
タワゴトぬかすんだろうなwww
- 375 :武陽陰士 ◆ATDF4vFZys :2007/10/06(土) 23:58:41
- ならばこっちから訊くが、
馬鹿のてめえのあげる史料はなんだ?
浮世絵洒落本色道指南書好事家の研究本落語とかあげたらブン殴るぜ。
まじいつかどっかで会ったら洒落じゃなく殴る。
それから文学美術テレビネットすべてなしだ。
変なURLとかウィとかググる(この言葉聞くと虫酸が走るぜ)
と出てくるタワゴトもなしだ。
クズ野郎が。
- 376 :日本@名無史さん:2007/10/07(日) 00:05:08
- >>375
1つだけ教えて頂きたいが、投込寺に平時に遊女の死体が投込まれたという
信憑性に足る記録はあるの?
- 377 :武陽陰士 ◆ATDF4vFZys :2007/10/07(日) 00:05:49
- 殴りゃあしねえから安心しろ。
ただあんましくだらねえ反論してくんな。
もうちっと勉強してこいや。俺を怒らせないでくれよマジで。
- 378 :日本@名無史さん:2007/10/07(日) 00:26:48
- 浄閑寺過去帳についてはここにすでに俺と同じ疑問を持って調べた人がいた。
やはりあまり遊女は若くして死んでないね。
http://www.zetubou.com/nikki/2003/03/08/124.htm
西山松之助の文章を引用したのでお読みいただきたいが、岡場所の遊女も
葬られていることはきちんと記述されているのだが、何故か途中からすべて
吉原の遊女の数ということに擦り変わっている!こんな出鱈目なものを根拠
に研究者の全員が吉原の遊女を語っているのだ!
- 379 :日本@名無史さん:2007/10/07(日) 00:30:05
- http://www.zetubou.com/nikki/2003/03/10/125.htm
さて、そもそもの最初の問題である平均寿命であるが、江戸時代125年分2156人
の女性の死者のうち、死亡年齢が記載されているのはなんと64名しかいないので
ある!しかも、そのすべてが1冊目の過去帳であるという無茶苦茶偏ったデータから
平均寿命なるものはひねくり出されているのだ!
しかも、しかもだよ!64名の年齢分布を見るとかなりが岡場所の遊女であることは
間違いがない。なんせ、40歳がひとり、30代が4人含まれている。その文章を読めば
判るが、西山松之助は何故か自分で混乱してこれを吉原の遊女と勘違いして、27歳
の定年が必ずしも守られていなかったようなことまで書いているが噴飯物である。
- 380 :日本@名無史さん:2007/10/07(日) 00:57:22
- 小谷野敦『日本売春史―遊行女婦からソープランドまで (新潮選書)
なお『江戸幻想批判』で私は、近世娼婦の平均寿命は二十三歳と書いたが、
これは西山松之助『くるわ』(至文堂、一九六三)に出てくる数字で、年季の
あいだに死亡した吉原の女郎が葬られている浄閑寺の過去帳が、寛保三年
(一七三四)までのものにところどころ年齢が記されており、その六四名の年
齢を平均したものである。年季を終えた女郎は入っていないわけだから、とう
てい正確な数字とは言えないので訂正する。(p123)
- 381 :日本@名無史さん:2007/10/07(日) 01:53:02
- >『世事見聞録』
プヨー様のワンパターンの愛読書ですな
愛蔵書の間違いかww
当時の人からしたらチラシの裏だったりしてねwww
- 382 :日本@名無史さん:2007/10/07(日) 04:29:23
- 映画さくらんを見て江戸時代や遊郭に興味も持った漏れはクズですか( ^ω^)?
- 383 :日本@名無史さん:2007/10/07(日) 10:32:35
- 時代劇に出てくるような遊郭があったのはいつ頃まで?
女郎が赤い着物(襦袢?)で商売してたのは、いつ頃まで?
- 384 :日本@名無史さん:2007/10/07(日) 11:19:09
- 常識的に考えておかしな間違いでも、いったん流布するとなかなか
訂正できないものだな。
いまだに日本の歴史学者の9割くらいは遊女は平均23歳で死んだと思ってる
んじゃないか?
- 385 :日本@名無史さん:2007/10/07(日) 11:33:10
- >>383
俺が一昨年行った札幌すすきののソープ、女郎みたいな襦袢着たおネエちゃんで、しかも美人だった。
「遊郭」そのものは売春防止法で消えたことになってるが、吉原には今でもソープがある。
すすきのも、元々は明治時代の「薄野遊郭」だから、遊郭は今でも残っているわけだな。
- 386 :日本@名無史さん:2007/10/07(日) 14:35:54
- >遊女は平均23歳で死んだ
江戸東京博物館にも、こんな様なこと書いてあった。
まさか根拠がこんなにいい加減だったとは。。
- 387 :日本@名無史さん:2007/10/07(日) 14:45:10
- 学者よりネットのほうが役に立つこともありますな。
- 388 :大學ヘ授:2007/10/07(日) 14:50:19
- 時代劇に出てくるやうな遊郭は、當然乍ら戰後の賣防法施行まで存續しました。
しかし江戸の風情を目に見える形で濃厚に留めたのは明治後期の吉原大火までです。
この大火は映畫「吉原炎上」に描かれてゐます。
- 389 :日本@名無史さん:2007/10/07(日) 15:04:59
- > 時代劇に出てくるような遊郭があったのはいつ頃まで?
今でも名残を残してるとこは無きにしもあらず。
本格的に無くなったのは、戦後じゃないかと推測。
> 女郎が赤い着物(襦袢?)で商売してたのは、いつ頃まで?
ソープランドだと、何と無くそれが残ってる店はある。それ以外だと見た事無い。時期的には着物文化が廃れて行ったのと同時期じゃないかと。
- 390 :日本@名無史さん:2007/10/07(日) 17:48:49
- [初心者]
吉原大火って明治に入ってからの出来事なの?新吉原はそっから何年続いたの??
- 391 :日本@名無史さん:2007/10/07(日) 18:47:34
- ということは、花魁行列とかカムロとかいうのは吉原大火で消滅して、
あとはタダの売春宿になっちゃったのか。
- 392 :日本@名無史さん:2007/10/07(日) 19:49:16
- それは明治のいつごろ?
- 393 :日本@名無史さん:2007/10/08(月) 00:05:24
- 下世話な話だが高級娼婦で特に重視されるのは
顔と教養かそれとも名器のほうかどっちなんだ?
- 394 :日本@名無史さん:2007/10/08(月) 00:09:54
- 顔と名器かそれとも教養か、じゃね?
- 395 :日本@名無史さん:2007/10/08(月) 01:44:21
- 吉原はタダの売春宿ってイメージが強いのかな?
- 396 :日本@名無史さん:2007/10/08(月) 11:28:30
- >>394
明治以降の時代の白石(薄野から移転した)遊廓では床づけ上手がナンバーワンだったとさ。
こういう女郎は一等の高級が多いから体の痛みも少なかった。因みに多売女郎は一晩で30人の客。
昭和に入ってからの遊廓は生き残る為に1階部分をダンスホール化したところのあり、
娼妓の服装も着物から洋服にかわり、戦後はパンパン化が進んだみたい。
- 397 :東亞病夫:2007/10/08(月) 11:58:50
- >>392 明治44年4月9日
- 398 :日本@名無史さん:2007/10/08(月) 12:18:14
- 明治の頃、南方に売り飛ばされた日本人娼婦=「からゆき」が、
クソ熱い東南アジアでも日本髪で和服だったのには驚いた。
- 399 :日本@名無史さん:2007/10/08(月) 12:48:24
- 江戸時代は蔭間茶屋がさかんだったから
息子の身売りも多かったんだろうな
- 400 :日本@名無史さん:2007/10/08(月) 13:48:37
- >多売女郎は一晩で30人の客
一晩12時間としても、超フル稼働で一人あたり24分。
現代の感覚だと、客として行きたくないな。
- 401 :日本@名無史さん:2007/10/08(月) 13:53:09
- 行為自体は一分かからないけどな!
- 402 :日本@名無史さん:2007/10/08(月) 16:19:15
- >>400
"廻し部屋"でサーチエンジンにかけてみな。
今のキャバクラの(壁はないけど)ボックス席に少し似ている雰囲気だったかもね。
- 403 :日本@名無史さん:2007/10/08(月) 17:37:54
- >>397
ありがとう。それ以降は吉原と言う名は無くなって、何ていうか、ただの売春宿となったの?
- 404 :日本@名無史さん:2007/10/08(月) 18:04:37
- 慶応二年の大炎で随分雰囲気変わった、との説有
- 405 :日本@名無史さん:2007/10/08(月) 18:05:33
- >>399
有名な歌舞伎役者にいたね・・・売り飛ばされた人。
今、その名前は有名だから自主規制するわ。
- 406 :日本@名無史さん:2007/10/08(月) 18:11:09
- ナントカシドウとかなんかじゃなかったっけ?
- 407 :大學ヘ授:2007/10/08(月) 21:08:48
- >>403
東京や大阪の下町風情も大火で一變します。
吉原は直ちに復興しましたが、舊情綿々たる風情は失はれたと云ふことです。
同じ理由で
>>404
の説も妥當しさうです。
- 408 :日本@名無史さん:2007/10/08(月) 21:17:50
- でも、吉原って度々火事になってて(他所で臨時営業するくらい)その度に再建されてますよね。
何故その時に??って疑問があります。
- 409 :日本@名無史さん:2007/10/08(月) 21:32:42
- ↑言葉が足らず、何の疑問か分らない
- 410 :日本@名無史さん:2007/10/08(月) 21:42:45
- 火事はしばしばあったのに、それまではその度に「再建」されてきたのに、何故に明治の火事で吉原の雰囲気が失われてしまったのか?
です。
- 411 :日本@名無史さん:2007/10/08(月) 22:16:52
- それまでウホッも許容してたが西洋と結びついて汚らわしい的な意識に変わったのと同じように売春に関しても汚らわしい的な意識がはたらいたとか句読点なしで書いたけど結構分かるもんじゃね?
- 412 :日本@名無史さん:2007/10/08(月) 22:26:34
- それだけなら「直ちに復興」したりはしないですよね?
もっと深い考察が欲しいところです。
- 413 :日本@名無史さん:2007/10/09(火) 03:31:21
- それは江戸が既に滅びているからです。
江戸時代が続いていたなら、事情は異ったでしょう。
火災後の再建も江戸の吉原になったでしょう
- 414 :日本@名無史さん:2007/10/09(火) 08:58:37
- >>406
ナントカのとこだけあってるかもね
陰間に身を落としながらも
歌舞伎の世界に戻って活躍した立派な役者ですよ
だから明治、大正、昭和、平成になった今でも名が残ってるんでしょうね
- 415 :日本@名無史さん:2007/10/09(火) 09:41:21
- >>412
必要なり、利益があるなら何度でも蘇るさ!
逆に需要がなくなれば青森の港の遺構とか、神戸港みたいに廃れ気味になる
- 416 :大學ヘ授:2007/10/09(火) 11:47:45
- >>412
深讀みし過ぎです。
江戸は繰返し大火に見舞はれましたが、その度に即時復興してゐます。
自動的と言つて良いでせう。
貴説は事實に立脚してゐません。
- 417 :日本@名無史さん:2007/10/09(火) 12:22:05
- 江戸時代の江戸の火事って今よりも復興が早かったらしいですよ。
遊廓は大きい建物だから難しいかも知れないけど、
裏長屋とか表通り大店とかの家主はその規則にて
火災による家屋消失の際に直ちに再建築可能な相当量の材木を確保していたらしいです。
ほら、昔のチャップリンの映画のガラス売りを知ってます?
投石してガラスを割って直後にガラスを売りに行くアレですよ。
いや、実際に江戸のまちでそれがあったかどうかはわからないけど
ちっとはそういう目論見の付け火があったかも知れないと勘ぐってみたくなる今日この頃です、ハイ。
吉原がそういう災害からの復興体力が弱化していった背景には、
メジャー四カ所の岡場所の発展による価格破壊と低グレード指向へ流れた需要高が関連しているようにも感じませんか?
どっちにしても庶民が背いっぱいに背伸びしても三等クラスだったし、
二等以上を買っていた武士階級も幕末頃には衰退していった時代ですので、
企業による接待や袖の下、或いは官官接待などがバブル後にドカンと減ったことで繁華街に空っ風が吹くようになった現代と通じるような感じもしませんか?
- 418 :大學ヘ授:2007/10/09(火) 18:54:02
- さう云ふことはありますまい。
放火は重大犯罪で、火焙りの極刑を以て報いられました。
犯罪經濟としてとても採算が合ひませんし、實例もありません。
デマを廣げないで下さい。
- 419 :日本@名無史さん:2007/10/09(火) 20:07:42
- >>416
「売春に関しても汚らわしい的な意識がはたらいた」だけの「理由」なら、明治期の大炎の後に「直ちに復興」したりはしないですよね?
言葉不足でスマソ
- 420 :大學ヘ授:2007/10/09(火) 20:30:50
- 賣春を不淨視する向きは昔も今もあり、徳川時代初期は全面嚴禁策でした。
でも幾ら磔柱に架けても跡を絶たず、禁壓し切れない大公儀が根負けして原則禁止、一部許可制に切替へたのです。
商賣ですから、世間がどう見ようと現實に需要があり、儲かる以上、必ず復興するのです。
吉原は、昭和三十年代まで相應に繁盛しました。
が、時代の潮流を大觀すれば、江戸期は花魁の時代でしたが、明治以降は藝者の時代です。
後、昭和に入つて女給、戰後はホステスと、花柳界の花形が交代して行きます。
諸行無常。
この意味で、吉原以下賣春窟の繁榮は、徐々に三業地へ奪はれて行つたのですが、それでも法禁までは何処の駅前にもありました。
駅傍の汚くごみごみした飲屋街はこの名残です。
- 421 :日本@名無史さん:2007/10/09(火) 21:32:03
- >低グレード指向へ流れた需要高
この辺がポイントかも
明治になって社会は豊かになったのに、何故上流層が「ついてこられなくなった」のか?
- 422 :大學ヘ授:2007/10/09(火) 22:20:10
- 違ふでせう。
低グレード指向といふのが史實でありません。
江戸時代は階級社會にて、遊女も高級から夜鷹まで各價格帶が揃つてゐました。
火事に關係無く、元からです。
- 423 :日本@名無史さん:2007/10/09(火) 23:04:52
- 「舊情綿々たる風情は失はれた」=低グレード指向
くらいのつもりだったんですが。。
- 424 :大學ヘ授:2007/10/10(水) 06:10:51
- 了解。
しかし風情が失はれたのは近代化の波が押寄せたからであり、直ちに凋落や低價格化を意味するものではありません。
大火が有つても無くても徐々に衰頽したではありませうが、その主因は藝者と三業地に上客を奪はれて行つたからです。
身分ある人にとつて、料亭へ行くとは言へても、賣春窟へ行くとは言へない時代になつたのです。
藝者は藝は賣つても身は賣らぬと云ふ建前です。
この建前が肝腎にて、大隈重信が早稻田田圃の邸で園遊會の接待を藝者にやらせる、聯合艦隊司令長官山本五十六が旗艦長門へ藝者を呼ぶ、歴代内閣總理大臣が待合で藝者を侍らすと云ふのも藝者だからできることで、まさかに女郎は呼べません。
藝者は藝人で、遊女ではありません。
社會的身分も上です。仲居>超えられぬ壁>藝者>高い壁>娼妓
- 425 :日本@名無史さん:2007/10/10(水) 13:15:09
- 左妻取る芸妓といえども金さえ積めば途端に枕芸者に変貌するのは珍しくない。
隠す裾だからこそ逆に手をねじ込みたくなる強い意思が働く男のスケベ心はいつの世も同じ。
吉原遊廓での火災を歓迎する楼主が戒められたのは江戸の歴史では史実。
吉原の仮宅営業が繁盛したことから遣手婆や太鼓持のような取り巻きの懐も潤ったし、
通常、廓外に出られなかった遊女たちも仮宅営業期間は自由に外出できたことを悦んだ。
十八世紀中期や十八世紀末期の岡場所全盛期に吉原での火災が皆無に近かったのとは逆に
1855〜1866の間に6度の焼失とは、1657〜1866までの23回の焼失からみても明らかに頻繁すぎる。
そして、怪動(私娼摘発)の執行にしても吉原側による町奉行所への訴願無しにては行わなかった。
つまり、捕まった私娼は競売後、吉原にて女郎として三年間、遣われたということから
安価な人材補充として吉原と役人の間で魚心あれば水心ありの需要と供給の関係が構築されていた。
吉原は売り上げが落ちると火災が発生して仮宅営業と訴願怪動によって客と女郎を増やした。
これは一時的なカンフル剤としては有効策ではあったが、その一方で格式を重んじた吉原遊廓は
生え抜き女郎以外の出世が認められないことも相まって女郎全体として質の変化は否めなかった。
参考までに、仮宅営業が繁盛した事に疑問を感じる御方は山本一力の「峠越え」をススメます。
この本は女衒が主人公なんですが吉原の仮宅営業については触れていませんですが、
如何にして江戸のまちの人々をイベント会場の催しに集めようかと知恵を絞るところが面白く書かれています。
- 426 :日本@名無史さん:2007/10/10(水) 15:16:24
- 今の貨幣価値に換算すると、
いくらで売られたんだろうな。
知ってる人が居れば教えて。
- 427 :日本@名無史さん:2007/10/10(水) 15:33:55
- 時代によって違うんじゃね
- 428 :日本@名無史さん:2007/10/10(水) 16:16:03
- >>426
427の言うとおりだけど、大雑把に吉原のような公娼というか今風
といっても明治以降の言い方だと官許遊廓は色々な取り決めがあったから
どうしても高く付いたみたいだよ。
丸山みたいに揚屋が置屋を兼ねてたシステムだとコストダウンできたけど、
吉原は格式を大事にしたのが命取りになっていった背景があって、
風呂屋の湯女、のちに散茶と呼ばれた、今でいうソープ嬢5百人を吉原に入れた際に
その格付けを低くして差別したことから逆に値崩れが発生したらしい。
つまりは湯女出身の安女郎でもベッピンさんなら人気が出るは当たり前。
上は10万円くらいといっても揚屋制度をとってたから、どんちゃん酒盛りを
やってお金をバラまいてからやっと呼べるような花魁や太夫クラスは
禿、新造を伴って道中しながらやってくるから結局、一晩で数百万円らしかった。
それも最初は手も握れなくて、2回目の裏を返す、そして3回目で馴染みとなって
やっとできるかどうからしかった・・・といっても、最高級クラスを指名するのは
単にアレが目的じゃなくて、商売の宣伝の為が多く、そんな粋な遊びをしたのは
どこのどんな御方だい?ってのが噂になって流布されることで商売繁盛に繋げたらしい。
江戸ッ子は粋ってのに拘泥するあまりに宵越しの銭は持たぬとか痩せ我慢が好きで、
金をばらまくとかその使い方で人間としての格好良さが評価されたらしい。
あと、最下級のショートで2000円からで実際には延長して8千円くらいだったらしい。
それでも、大門の外の廓外には奇しいモグリの店が多かったので、その辺で済ませたら500円。
河原にうろついていた夜鷹は客を1〜2人取ってやっとソバが食べられたとかだから酷いね。
これは、明治以降の時代でも同じで廓外のモグリ私娼屋はラーメン1杯分と言われてた。
そのかわりに、公娼と違って週に一度の検査もうけてない娼婦だから、年齢こそ若いけど、
わるくいうと安かろう悪かろうってとこだったのかもしれない。
- 429 :大阪名無しさん ◆c68ywQ2shI :2007/10/10(水) 16:24:36
- >>428
安物買いの鼻失いですな
- 430 :日本@名無史さん:2007/10/10(水) 16:30:52
- 俺>>426だけど。
>>427
その通ですよね。
>>428
詳しく書いてもらってありがとうですm(__)m
- 431 :428:2007/10/10(水) 17:00:50
- >>429
なるほど、座布団一枚!
>>430
あぁ、そんな丁寧なレス戴くと、ちぃと気が重いっす。
あいまいな記憶のみで裏を取らずにだぁ〜って書いたから
インチキがあったらご免なさい。じゃ、またネ。
- 432 :日本@名無史さん:2007/10/11(木) 09:18:18
- 子供の頃、ラーメン一杯30円だった。
- 433 :日本@名無史さん:2007/10/11(木) 13:35:16
- 各地のソープ街というのは、昔の遊郭の跡?
- 434 :日本@名無史さん:2007/10/12(金) 10:28:51
- >>433
歓楽街だから跡地みたいなところもあるようですね
- 435 :日本@名無史さん:2007/10/12(金) 12:54:41
- 名古屋の場合
大門 遊郭→赤線→ソープ
って場所も有るけど戦後は
丸の内やら寺社の多い東新町やら部落有りの新栄
今池駅西朝鮮人街なんかが風俗街
- 436 :日本@名無史さん:2007/10/12(金) 17:06:45
- 札幌の白石遊廓の場合
大門〜大門の間の通り沿いは区画が他の場所と比べアンバランスなほどに
大きいせいか、今は病院とかビルになっている。
因みに有名なススキノは遊廓が最初にあった跡地。
>>435氏が最後の行に書いたような雰囲気の店は
札幌でいうと西側に近い方の大門の外の延長線上の通り沿いにたくさんあったらしい。
参考までに古書によると当時の通称名は■■バーと呼ばれていたそうです。
- 437 :日本@名無史さん:2007/10/12(金) 19:23:34
- その黒い四角は何?
- 438 :大學ヘ授:2007/10/13(土) 07:34:02
- 特殊飮食店、特飮街と呼んでゐました。
>>425
吉原に限らず火災を喜ぶものはゐました。
大火後の好況が豫想されるからですが、此れと放火は全く別の話です。
吉原の樓主共が放火した言ふ事例は認められません。
次に奴下渡しですが、私娼窟の繁昌は公娼窟吉原にとつて脅威ですから、ライバル蹴落しは望ましい事でした。
大公儀にとつても吉原等の公娼窟に賣春を封じ込めるのが基本政策ですから、兩者には利害の一致がありました。
でも此れは癒着と云ふやうなものではありません。
今日、犯罪にわたる違法な營業を取締るのと同列です。
江戸の賣春對策は當初全面禁壓でしたが、嚴罰も空しくちつとも奏功しないので例外的に場所を限つて統制下に公認、原則禁止でしたから、私娼は犯罪なのです。
よつて時宜取締るのは當然で、問題視するやうなことではありません。
私娼を下渡されると樓主は喜んだと聞きますが、其を目的に恐れ乍らと訴へ出た形跡は認められません。
大公儀も應じますまい。
- 439 :日本@名無史さん:2007/10/13(土) 10:46:48
- 425の書き込みのどの部分にも吉原関係者が放火したなんて書いていない。読み直してみたら?としか言いようがないw
- 440 :日本@名無史さん:2007/10/13(土) 11:55:20
- コテハンからしてネタでしょ。
実社会で孤立するタイプが妄想しているだけだからそっとスルーしませう。
- 441 :日本@名無史さん:2007/10/13(土) 12:59:12
- 吉原はわかるけど
今は無き雄琴や凋落の一途ね金津が一大歓楽街となった経緯を知りたい
- 442 :日本@名無史さん:2007/10/13(土) 17:27:51
- インターネットによって子供にもあらゆるディープな性情報が氾濫する
国となりました。
- 443 :日本@名無史さん:2007/10/13(土) 17:56:01
- >>442
それはフィルタリングを施さない保護者の責任です。
子供の寝間と襖一枚隔てた隣で情事するのと似た類。
- 444 :日本@名無史さん:2007/10/14(日) 00:00:51
- でも417に付火とあるし、425も第三段は放火か控え目に見ても不審火の意。
よって439は見当違い。
- 445 :日本@名無史さん:2007/10/14(日) 00:17:06
- しかし江戸時代は長屋住まいで子供に隠すべくもないから、
>子供の寝間と襖一枚隔てた隣で情事する
のが普通で子供もちゃんとわかっていたというよね。
- 446 :日本@名無史さん:2007/10/14(日) 07:32:52
- 大半の長屋は九尺二間の一間
- 447 :武陽陰士 ◆ATDF4vFZys :2007/10/14(日) 09:37:02
- >>425>>438>>439
まず山本一力の小説は、現代人のノスタルジーが過剰に投影されていて読めた代物ではない。
時代物で歴史はほとんど学べない(例外あり)。
吉原の仮宅は確かに儲かった。
ただ吉原の度重なる火災は、生き地獄での苦しみと恨み(楼主のひどい扱い)の果てに、
耐え切れなくなった遊女によるものが多かった(無論失火もあるけどね)。
ちなみに遊女に対する公儀の裁決は「遠島」。
放火は重罪で死刑(火あぶりとか。死刑もいろいろあり)なんだが、
お上も遊女の境遇を考慮しているのか、
「遠島」ですんでいる。
これは温情判決なのか?
そもそも吉原を作らせたのは公儀なのだが…
(吉原の発生についての教科書的基本は書くなよ。私はガキのときから知ってるんでさ)。
どうでもいいが、君たちはネット上のデータとか、しようもない三次四次情報(小説とか市販のパンピー向けの通俗読み物)とかを
鵜呑みにして書き込みしているが、笑わせる。
特に大學ナントカ殿、君は吉原を研究(アカデミックなね)する際に必ず参照する
あの論文を読んでないのは
明白