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【郷士】苗字帯刀 3【庄屋】

1 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 17:15:22
享和元年(1801)の御触書
領主によって苗字帯刀を許された庶民は
(1)郷士のように由緒あって以前から許されていたもの
(2)奇特な行為によって褒賞として新たに許されたもの
(3)町年寄・庄屋・名主・御用商人・本陣などの役柄によるもの

2 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 20:00:29
九州肥後だけど菖蒲刀しか許されなかったって話を聞いたことがある


3 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 00:21:32
苗字帯刀
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1059398495/

苗字帯刀 Part2
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1143035977/l50



4 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 00:54:02
それって、民間人が実績を買われて行政の役職に就いたから
呼び名たる苗字と官職の証たる刀が授けられたって事じゃない?

5 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 19:26:42
藩に苗字帯刀許可の記録って残ってるの?

6 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 19:52:44
残ってるよ

7 :日本@名無史さん:2008/03/28(金) 20:03:32
庶民が幕府や大名や旗本に武士として召し抱えられた時点で苗字も帯刀も付いてくるよ

8 :日本@名無史さん:2008/03/29(土) 03:52:38
>>7いや、そういうことじゃないと思うのだがスレの趣旨として

9 :日本@名無史さん:2008/03/30(日) 06:13:27
上州の郷士(新田遺臣)についてご存知の方いませんか?
天領が主だと思われますが、この場合は代官所支配になるのかな?

10 :日本@名無史さん:2008/03/30(日) 11:15:13
よく高山彦九郎の家が郷士だとか書いてあったりするが郷士なんていないよ。
あの辺りは私領のほうが多いと思う。


11 :日本@名無史さん:2008/03/31(月) 07:38:50
自称郷士は多いわけで、そのなかで暗黙の了解もしくは黙認で苗字帯刀を
していたのはいたのだろうか?

12 :日本@名無史さん:2008/03/31(月) 11:50:10
私的な場合でも百姓が帯刀してら咎められるだけ。
公的に苗字を名乗り大小を帯ることはできない

13 :日本@名無史さん:2008/03/31(月) 13:24:52
村で勝手に自称なんてしてたら即村八分だよ


14 :日本@名無史さん:2008/03/31(月) 14:27:23 i
村八分のうえ訴訟にもなりかねないね。
八王子千人同心なんか村落内で武士だと主張して威張ってたら訴えられてるしな。

15 :日本@名無史さん:2008/03/31(月) 16:32:21
百姓から武士になるのはすごく難しい
現代も日雇いからサラリーマンになるのは難しいよな


16 :日本@名無史さん:2008/03/31(月) 18:05:41
春ですね

17 :日本@名無史さん:2008/04/01(火) 00:00:58
>>13勝手に小作人が始めたらそうだろうが・・・
土豪等が昔からしてましたってことは無いのかな?
 門だって戦国時代からあるやつは庄屋じゃなくても好かったらしいし

18 :日本@名無史さん:2008/04/01(火) 00:15:25
土豪はたいてい庄屋・郷士になってるし苗字帯刀だったりする

19 :日本@名無史さん:2008/04/01(火) 00:20:19
栗林忠道は松代の郷士だったらしいし、新田次郎は諏訪の郷士
信州って郷士っていたのかな?

20 :日本@名無史さん:2008/04/01(火) 00:46:35
制度としては藩によって違うけど、戦国期に地侍だったのがそのまま帰農したケースはほぼ黙認されて、自分たちで勝手に郷士を名乗ってるケースがあるようだ。

21 :日本@名無史さん:2008/04/01(火) 02:18:27
基本的に郷士って兵農分離の進まなかった(進めなかった)地域の
もので徳川幕府自体は認めていないため江戸から遠くの地域で
大名の転封後懐柔政策もしくは島津氏のように室町戦国期のままかのどちらか

22 :日本@名無史さん:2008/04/01(火) 05:23:36
>>18
 ひとつ誤解があるのだが庄屋というのは地侍の延長線上にあるもの
一般的にいえば農家の大きいもの
 郷士というのは本来的意味の武士が自分の領地なりに帰農(農民に帰ったもの)
したものをいう本質的に違うのだが、浪人と名乗っていたものが幕末期に郷士というようになった
これは教科書的

 薩摩郷士などは庄屋層であるべきである

23 :日本@名無史さん:2008/04/01(火) 09:23:08
>>19
うち松代藩内で郷士だよ。うちもともと武田家の間者で手柄立てて
領地貰ったけど武田家滅んでその後はよく知らないけどどこにも仕官
しなくて郷士になったらしい

24 :日本@名無史さん:2008/04/01(火) 14:09:51
>>22
藩によって違うから、その説は全てには当てはまらない

25 :日本@名無史さん:2008/04/01(火) 15:27:17
>>22
郷士株って知ってるか

26 :日本@名無史さん:2008/04/01(火) 17:36:36
>>22だから面白い
>>23知ってるが・・・金で買うもんだろ

 信州は兵農分離が進まず(武田家が中世の組織だったため)家臣団は
半農半士が大半で庄屋は存在しても郷士はいないはず。
 逆に信長支配下の岐阜等は郷士がたくさんいてもおかしくはないが
家康が新たな強敵の出現を恐れたため、在郷の土豪等は悉く百姓に戻された。
ま、多数が幕臣になったというのもあるかもしれんが

27 :日本@名無史さん:2008/04/01(火) 17:46:28
兵農分離を誤解してるな

28 :日本@名無史さん:2008/04/01(火) 18:07:20
>9.10上州の郷士は士族になってまっせ

29 :日本@名無史さん:2008/04/01(火) 18:44:05
高山彦九郎正之の家は明治になってから彦九郎の功績により苗字帯刀を許されたという。
彦九郎は自分の身分をきかれると『儒士』と答えているが、生まれは農民だろう。
水戸弘道館教授、彰考館総裁杉山復堂「高山彦九郎伝」によると
『常に帯刀し、役人もこれを禁ずることはなかった』
『帯刀して諸国を旅し』
『役人に「庶民の帯刀には国の定めがあるのになぜ双剣を身から話さないのか」
と言われると「私は高山遠江守以来二十余代目、その間、一人も帯刀しなかったものはいない」と答えた』
また、幼いことから剣術を好んでいたという。叔父の剣持長蔵は馬庭念流の達人だった。
管茶山『筆のすさび』よれば、幕府の役人が彦九郎を呼び出しなぜ旅をしているのかたずねた。
彦九郎は「忠孝のことをきくためだ」と答えたので役人は彦九郎に論語の講釈をさせた。
数日たって役人は彦九郎をまた呼び出し、彦九郎の講釈を隣の者に書き取らせ、彦九郎の苗字帯刀を許したという。
その他彦九郎が帯刀していたことを書き残したものは多い。同時代のものもある。

彦九郎の生地は上野新田郡細谷村内の旗本筒井氏領だった。
彦九郎の父は相模に行っていた時に殺害されたので、筒井氏の手のものが暗殺したと考えた彦九郎は
復讐しようとした。しかし細井平洲はその彦九郎を「不孝者」と言ったので、彦九郎は刀に手をかけて不孝とは何だと言った。
平洲は「既にこんなに家人を心配させているのに不孝に気付かない。それこそ不孝だ。」
と言ったので、彦九郎は自分の誤りに気付いて平洲の弟子になったという。
正田喜久『明治維新の先駆者 高山彦九郎』より

30 :日本@名無史さん:2008/04/01(火) 18:55:03
幕末はゆるゆる状態だから、あんま参考にしない方がいいぞ

31 :日本@名無史さん:2008/04/01(火) 19:01:29
彦九郎は幕末じゃないよ。

32 :日本@名無史さん:2008/04/01(火) 20:30:50
明治はもっと滅茶苦茶じゃないかw

33 :日本@名無史さん:2008/04/01(火) 21:57:39
>>29>私は高山遠江守以来二十余代目、その間、一人も帯刀しなかったものはいない
こういうの探してた

34 :日本@名無史さん:2008/04/02(水) 00:29:23
>>30
>>32
「寛政の三奇人」知らないのかい。

35 :日本@名無史さん:2008/04/02(水) 01:04:09
林と高山と蒲生だろ
幕末じゃなくて江戸後期だな


36 :日本@名無史さん:2008/04/02(水) 01:19:31
上州郷士?
高山彦九郎 自称新田十六騎高山遠江守の末裔。帯刀公認?
須田房之助 自称信濃須田氏の末裔。『百姓房吉』扱い(前スレより)
中居屋重兵衛 中居村名主出身

37 :日本@名無史さん:2008/04/02(水) 02:11:17
江戸から明治にかけて、たまに「帯刀(たてわき)」という名前の人物いるけれど、
どういう理由で、親は命名したんだろう?

38 :日本@名無史さん:2008/04/02(水) 14:01:38
つけた親に聞いて来いw

39 :日本@名無史さん:2008/04/02(水) 17:50:24
>>37
百官名といって、昔公家が諱を避けて官職名で呼び合っていたのがうつって
官職名を崩したものを自分の通称としたもの。武士ならば諱(いみな)は別にある。
主税、主膳、雅楽、采女みたいな感じでね。
帯刀は帯刀舎人(皇太子の護衛)から。

40 :日本@名無史さん:2008/04/02(水) 18:37:52
>36上州の郷士は苗字帯刀が認められてたという理由で士族の班に列した
どの程度の郷士なのか?

41 :日本@名無史さん:2008/04/03(木) 16:52:59
うちの宗家は代々上州に住んでいて、郷士と言い伝えられていたけれども、
自分が歴史に興味を持って調べてみると輪番で名主/組頭を勤める上層農民だった。
でも、公に発行されている歴史書の類にも郷士と書いてあるし、
祖父は平民だが由緒書きで宮内庁関係に奉職できたから何でもいいw
戦前でも士族/平民で待遇に差はなかったそうだ。

42 :日本@名無史さん:2008/04/03(木) 20:30:50
初歩的なな質問で申し訳ありませんが、
在方で「給人格」とか、「御徒士格」というのは郷士のうちに入るのでしょうか?

43 :日本@名無史さん:2008/04/03(木) 23:39:37
給人(侍)>徒士   ←武士
郷士     ←武士と農民の間
じゃないの? わかんない

44 :日本@名無史さん:2008/04/03(木) 23:50:04
林子平って親は旗本だろ 取りつぶされたわけだが

45 :日本@名無史さん:2008/04/04(金) 00:07:37
子平自身は仙台候の御家来ですが?

46 :日本@名無史さん:2008/04/04(金) 00:11:39
>>28みたいな馬鹿ってなんなの?

47 :日本@名無史さん:2008/04/04(金) 00:29:04
>>42格はあくまで格。御徒歩ではない
>>46具体的に

48 :日本@名無史さん:2008/04/04(金) 00:35:08
>>45
しってるよだから?

49 :日本@名無史さん:2008/04/04(金) 00:50:31
社会科で習うよね

50 :日本@名無史さん:2008/04/04(金) 00:51:33
上州の郷士って具体的にどういうもの?

51 :日本@名無史さん:2008/04/04(金) 01:04:36
百姓です

52 :日本@名無史さん:2008/04/04(金) 06:07:34
要するの学術的用語と慣用的用語ってこと?
学術郷士=藩に籍のある武士 慣用郷士=浪人
こんな感じ?

53 :日本@名無史さん:2008/04/04(金) 07:40:30
浪人というより旧地侍の子孫やそれを称する人達だろ。
公的な身分上は農民だけど、既得権益を黙認されていたんだろ。

54 :日本@名無史さん:2008/04/04(金) 09:07:21
戦国大名の領国支配の末端を担った下級代官や寄子同心的な地侍からの系譜を伝えている幕藩期の百姓が豪農になっている例はよくあるが、
正式にではなく郷士を称したり苗字帯刀を黙認されてた例なんてあるんかい?


55 :日本@名無史さん:2008/04/04(金) 16:43:06
地侍幻想にとらわれると郷士という曖昧な言葉を好んで使う

56 :日本@名無史さん:2008/04/04(金) 18:10:02
別の県だか、ウチは苗字帯刀で、親戚は「郷士だ郷士だ」と言う。ウチの藩には郷士制度は無く、「郷士」はほぼ自称か、子孫の妄想。戦国時代は地侍で、当時の領主の分限帳の最後の方に御先祖が載っている。
領主が転封後も残り、新しい藩主から苗字帯刀は黙認されたみたいだ。

57 :日本@名無史さん:2008/04/04(金) 18:18:57
正規に郷士の制度や呼称がある藩は土佐藩とどこ?

58 :日本@名無史さん:2008/04/04(金) 19:42:57
最も有名な郷士は薩摩藩の外城家中。
村役人を兼ね村落支配の要となった。

十津川郷士も有名。
太閤検地の際に赦免地とされ江戸時代にも特権を引き続き有した。
文久3年には禁裏御料となったので天皇の直臣の地位を得た。

59 :42:2008/04/04(金) 21:53:30
>>43
>>47
有難うございます。やはり単純に「郷士」と言うには無理があるようですね

うちの地元の藩の場合、慶応ニ年、「在方役人並格式覚」

 給人格>山奉行格>御勘定人格>独礼
>御徒士格
>割頭格>江筋割頭>郷目付格>水陣守>苗字帯刀御免
>苗字御免之者
>名主苗字無之者>名主代役>名主格>須賀番>御用達

なお元日の年頭御礼での待遇(万延ニ年)

 在町徒士格以上が登城、
 諸士並びに大目付、御徒士目付が御祝儀を申上げた後、
 在町独礼以上が年頭御礼、ここまで、月番年寄の謁
 徒士格之者、大目付の謁
 在町徒士格、郡奉行の謁

ご参考までに。

60 :日本@名無史さん:2008/04/04(金) 23:36:34
>>39
ありがとうございます。

61 :日本@名無史さん:2008/04/05(土) 01:45:13
>>58板的に評判のよろしくない司馬さん的には、おそらく代官所は百姓と認識
していたのでは?確たる証拠はないらしい、ただ免租地という特別な場所ではあったらしいが

62 :日本@名無史さん:2008/04/05(土) 02:30:16
外城士は薩摩では郷士とは言わない

63 :日本@名無史さん:2008/04/06(日) 02:18:19
>>1
なんで郷士と庄屋なんだ?

64 :日本@名無史さん:2008/04/06(日) 04:51:35
苗字帯刀を許されてたのがその辺りに多いからじゃないのか

65 :日本@名無史さん:2008/04/06(日) 12:30:51
制度としての郷士なら下級とはいえ大名家に侍として遇されるんだから苗字帯刀はあたりまえじゃないの?

66 :日本@名無史さん:2008/04/06(日) 12:34:58
武士だったけど帰農したとか前領主の家臣だったとか
苗字帯刀しているけど大名家との主従関係は曖昧な奴もいただろう

67 :日本@名無史さん:2008/04/06(日) 12:47:21
>>66
それは郷士じゃないでしょ?

68 :日本@名無史さん:2008/04/06(日) 12:49:32
>>66
苗字帯刀を許された百姓が郷士を自称してる場合はそうだね

69 :尾州男児 ◆7VELMWok.E :2008/04/06(日) 12:52:35
私の母方の家系は
江戸時代に年貢を納めるのに木曾川に舟を手配していた庄屋でして、
明治期に東京で奉職した西服部家から家を買ったそうですが、
大正のはじめに当主が早世して以降、没落しました。
ちなみに家紋は「五枚の笹」に似たものらしいのですが、
庄屋でも家紋を使用するのは普通に認許されていたのでしょうね。

70 :日本@名無史さん:2008/04/06(日) 18:06:37
家紋はえたでも持ってたそうだし、取り立ててこだわるようなもんじゃないよ

71 :尾州男児 ◆7VELMWok.E :2008/04/06(日) 18:31:19
穢多と呼ばれていた立場の人らはとにかく非人と呼ばれていた人らは如何でしたか?

72 :日本@名無史さん:2008/04/06(日) 19:21:38
何が如何なのか知らんが家紋は誰でも持ってた
非人でも大名でも皇族でも

73 :尾州男児 ◆7VELMWok.E :2008/04/06(日) 19:33:32
それでは政商三井の家紋は、いつごろ作られたのですか?

74 :日本@名無史さん:2008/04/06(日) 19:50:42
三井に聞いてくれば

75 :日本@名無史さん:2008/04/06(日) 22:07:24
>>66
前領主の家臣だったという前歴はあまり意味がないような気がする。
そんなの大勢いただろうしね。

76 :日本@名無史さん:2008/04/06(日) 22:46:14
あのさ、苗字帯刀の庄屋や名主もすべてが普段から帯刀してたわけじゃないんだけど

77 :日本@名無史さん:2008/04/06(日) 22:49:38
そりゃそうだろ


78 :日本@名無史さん:2008/04/06(日) 22:56:11
ほとんど帯刀なんてしてないよ
帯刀してたのは稀なケース

79 :日本@名無史さん:2008/04/06(日) 23:29:16
誰も普段から帯刀してたなんて思ってないと思うが


80 :日本@名無史さん:2008/04/06(日) 23:50:35
領主に帯刀を許されてない単なる自称郷士なら普段も晴れの場でも帯刀できないよな

81 :日本@名無史さん:2008/04/07(月) 00:36:00
時代劇で堂々と刀差したヤクザいるけど
あれって不思議な感じがする

82 :日本@名無史さん:2008/04/07(月) 00:44:05
旅行する時は護身用の脇差しを帯刀することは庶民にも許されていたから、博打打ちはいつも旅姿をして長脇差しを差していた

83 :日本@名無史さん:2008/04/07(月) 01:13:59
基本的なことだけど帯刀とは二本差すことです

84 :日本@名無史さん:2008/04/07(月) 02:45:23
>>76どの程度のことを言うのかな?そんなことを言い出したら下級武士だって
用向きの無いときは近所を丸腰で歩いてたらしい

 商家の場合はほとんど帯刀はしないらしいけど大庄屋はしてるんじゃね?
家の中じゃやらんと思うけど

85 :日本@名無史さん:2008/04/07(月) 17:00:27
余裕のある家でもなければ普段は農耕に従事していて、
日常的に帯刀はしていないと思う。

みんなの家は裏紋は伝承されている?
うちは忘れ去られていて不明。

86 :日本@名無史さん:2008/04/07(月) 19:24:59
ぜんぜんわかってない・・・

87 :日本@名無史さん:2008/04/07(月) 21:38:23
>>76
>あのさ、苗字帯刀の庄屋や名主もすべてが普段から帯刀してたわけじゃないんだけど

前スレにあったよね。式目のときとか、領主出迎えの際に正装・帯刀していたとか。

88 :日本@名無史さん:2008/04/07(月) 22:12:20
どうせ春厨だ
スルーしておけ

89 :日本@名無史さん:2008/04/08(火) 00:32:12
うちの先祖は殿様の財政を救ったとかで苗字帯刀を許されたらしいんだが苗字帯刀だと郷士なの?

90 :日本@名無史さん:2008/04/08(火) 01:38:31
>>85余裕のない庄屋は苗字帯刀は許されないのでは?
 というか。小作人と同じように田圃耕す庄屋っていたの?
>>89最近は郷士とは言わないね。昔は総称として使われてたらしいけど

91 :日本@名無史さん:2008/04/08(火) 01:52:32
苗字帯刀の名主や庄屋は村役人であって大名家によっては制度上の郷士なんていないしな

92 :日本@名無史さん:2008/04/08(火) 02:09:59
セロ弾きのゴーシ

93 :日本@名無史さん:2008/04/08(火) 04:19:09
でも本来の郷士というのはおそらく総称的なものでは?
太政官公布で由緒ある郷士は士族に列すとあるから、おそらく
士籍を確認できるものを考えてるのだとは思う

94 :日本@名無史さん:2008/04/08(火) 08:39:11
>>90
うちの地方は農地解放の影響がない位の広くはない地域だから、
庄屋も自分で耕作していたよ。

献金で苗字帯刀を許された家は高利貸しで蓄財した家が多いのかな。

95 :日本@名無史さん:2008/04/08(火) 08:43:53
地方によるんだろうが普通土地が少なければ庄屋は置かないけど
全般的に貧しい地域だとおく必要はあるんだろうな

 家なんて一村に3人の庄屋、それも庄屋は年番で二軒で交代だから
6軒の庄屋がある。理由は3つの地域が離れているのに一つの村だかららしい

96 :日本@名無史さん:2008/04/08(火) 12:54:36
新撰組に出てくる壬生郷士ってのは何?京都だと京都所司代支配とかなのかな?

97 :日本@名無史さん:2008/04/08(火) 13:04:43
壬生住人士

98 :日本@名無史さん:2008/04/08(火) 13:10:34
藩によってはいろんな村へ転勤をする藩機構末端の役人としての色が濃い庄屋もいるしな

99 :日本@名無史さん:2008/04/08(火) 13:19:06
一、主を持たず、田畑作らざる侍、相払わるべき事

100 :日本@名無史さん:2008/04/08(火) 15:26:21
二年前に八木氏が本を出したけれど、
壬生郷士は1700年頃まで自称にすぎなかったらしい。

自分の実家のある街は千石クラスの村だったけれど、
五人の旗本に分割統治されていて、それぞれに村役人がいた。
無駄極まりない・・・

101 :日本@名無史さん:2008/04/08(火) 16:55:31
単に苗字帯刀を許された分限の百姓とは別に、藩の面附帳などに郷士として家中の扱いであれば郷士だな。
そうでない者は帯刀するのも式事や神事の時だけだし身分は百姓。

102 :日本@名無史さん:2008/04/08(火) 17:11:48
細川家なんて肥後入部の翌年に大庄屋・小庄屋はすべて大小を帯刀、百姓も脇差を指せ。
持ってない場合はすぐに買い求めろ、と命令を出している

103 :日本@名無史さん:2008/04/08(火) 18:34:05
奈良県十津川村の村民は皆士族だったの?

104 :日本@名無史さん:2008/04/09(水) 01:10:44
>>100 1700年以降は士として認められたの?

105 :日本@名無史さん:2008/04/09(水) 02:27:43
十津川郷はちょっと異質な扱いぢゃなかった?

天領で村民は近衛兵的な扱いだったような。

普段は農民だけど。。

106 :日本@名無史さん:2008/04/09(水) 02:30:29
>>106
明治4年に全村2233戸すべて士族に編籍されました

107 :日本@名無史さん:2008/04/09(水) 04:59:53
>>104
京都壬生 八木家の歴史1 八木家と新選組
八木 喜久男 (著)

108 :日本@名無史さん:2008/04/09(水) 05:32:16
1って2も出す予定なのかな?

109 :日本@名無史さん:2008/04/09(水) 13:55:34
天領?

110 :日本@名無史さん:2008/04/09(水) 14:24:38
十津川は維新の勲功で士族に列したんだろ

111 :日本@名無史さん:2008/04/09(水) 15:02:06
>>102
その時期はどこでも帯刀に関しては緩かったし江戸の町人も帯刀してた。
時代が下がると、鍋釜に「ほそかわえっちゅう」と書くと金目がないから
錆びないとまで江戸の民衆に嘲られた有名な貧乏藩になって、徹底した
献金主義を敷いて往来で傘を差す(傘御免)にも5両、脇差は10両とか

一領一匹は何両とかなり細分化され、家臣に準ずるまたは組み込まれた
格式まで与えられた者は士族に編入された。


112 :日本@名無史さん:2008/04/09(水) 17:17:59
>>111
寸志侍だね

113 :日本@名無史さん:2008/04/09(水) 23:54:41
アイヌって帯刀許されたの?

114 :日本@名無史さん:2008/04/10(木) 00:08:46
アイヌが佩いた太刀とか脇差(蝦夷拵)とか残ってるけど祭祀用だろうな

115 :日本@名無史さん:2008/04/10(木) 00:09:36
>>113
シャクシャインの乱以降、武器、狩猟具はおろか、農具に至まで刃物を取り上げたため、アイヌは農業ができなくなり、漁労、採集のみで人口が激減したそうだ

116 :日本@名無史さん:2008/04/10(木) 02:30:07
武田家旧家臣で帰農したものは郷士化しなかったの?

117 :日本@名無史さん:2008/04/10(木) 03:36:41
小松帯刀は?

118 :日本@名無史さん:2008/04/10(木) 03:53:46
それはたてわき

119 :日本@名無史さん:2008/04/10(木) 04:23:32
>>109

天皇の直轄地のことですよ。

だから十津川郷は江戸時代でも幕府領ぢゃなかったと思います。

十津川郷の村民は古くから天皇に危機があるといち早く駆け付けてた経緯があって。

維新後それが認められたんでしょね。

十津川郷士は坂本龍馬とも繋がりが結構あったみたい。

120 :日本@名無史さん:2008/04/10(木) 04:55:39
>>119
十津川は幕府の直轄領だよ

121 :日本@名無史さん:2008/04/10(木) 14:18:47
>>116
八王子千人同心

122 :日本@名無史さん:2008/04/10(木) 15:54:00
>>118
このスレの苗字帯刀は「たてわき」じゃないってこと?
知り合いに帯刀(たてわき)さんという苗字の人がいたから
そうだと思ってた。

123 :日本@名無史さん:2008/04/10(木) 16:25:13
天領という言い方は確かに間違えやすいな。
字面からして天皇領と思うもんな。
だいたい明治になってから徳川から召し上げた旧幕府領が天皇領になったから天領だろ。
十津川は幕府直轄とはその通りだが、実際、数年は天皇領になってるんじゃないか?

徳川時代は幕府領をたんに御領、天皇のまかない分は、禁裏御料とか呼ばれた。


124 :日本@名無史さん:2008/04/10(木) 16:53:24
>>123
十津川は禁裏御料にはなっていないよ。禁裏御料の郷士なら山科郷士が有名。

125 :日本@名無史さん:2008/04/10(木) 16:55:03
十津川も維新後は御料になってるがそれは関係ない話しだしな。

126 :日本@名無史さん:2008/04/10(木) 17:02:48
>>124
???

>>125
まあな。

127 :日本@名無史さん:2008/04/10(木) 17:07:45
山科郷士は幕府も認めているし禁裏への役目も務めているしはっきりしているな。

128 :日本@名無史さん:2008/04/10(木) 17:15:44
十津川は幕府領でしたが

文久3年に武家伝奏の付属となり禁裏守衛の令旨を賜ります
おそらく同年宮中クーデターで尊攘派を一掃した親幕派皇族
中川宮朝彦親王の企画によるもので慶応2年までの3年間は
十津川郷士だけが御所の諸門を警護していました

この時に幕府領から皇室領に変わったと見るべきでしょうが
扶持米50石は幕府から支給されたので両属とも考えられます
士族籍への編入は禁裏守衛の功績によるものでしょう
中川宮は失脚しますがそれと御所を守った事実は別ですから

129 :日本@名無史さん:2008/04/10(木) 17:17:43
>>128
つまり勲功士族

130 :日本@名無史さん:2008/04/10(木) 17:20:01
山科郷士も士族編入されてる

131 :日本@名無史さん:2008/04/10(木) 17:34:38
>>128
>この時に幕府領から皇室領に変わったとみるべきでしょうが

この時は十津川の領主はまだ変わってないのでそう見るべきではない

132 :日本@名無史さん:2008/04/11(金) 10:58:03
士族編入されるされないの線はどの辺にあるのか?

133 :日本@名無史さん:2008/04/11(金) 12:43:38
>>132
実態(藩によるが家中での武士としての実態)、勲功、由緒(特に朝廷との関係)じゃね?

134 :日本@名無史さん:2008/04/12(土) 01:07:03
十津川も山科も例外的な存在ってことだわな

135 :日本@名無史さん:2008/04/12(土) 06:27:20
そういってしまうと薩摩や土佐の郷士も明治の勲功で例外

やはり郷士というのは支配者側から見ればただの百姓にしか過ぎないのか

136 :日本@名無史さん:2008/04/12(土) 07:49:43
>>135
土佐は勲功じゃないんでは?

137 :日本@名無史さん:2008/04/12(土) 17:41:37
薩長土肥(官軍)側は考慮されてると思う・・・

138 :日本@名無史さん:2008/04/12(土) 18:53:34
官軍に参加した長州の農民は士族
平民宰相は賊軍の家老の子孫

139 :日本@名無史さん:2008/04/12(土) 19:01:53
>>138
華士族の分家は平民
官軍だろうが賊軍だろうが家老の次男は平民


140 :日本@名無史さん:2008/04/13(日) 10:23:18
郷士というのは壬申戸籍における地士にあたるわけ?646戸しかないわけだが・・



141 :日本@名無史さん:2008/04/13(日) 10:48:10
戸籍を分けなければ次男三男でも士族でいられるだろう?


142 :日本@名無史さん:2008/04/13(日) 17:44:26
>>141
>戸籍を分けなければ次男三男でも士族でいられるだろう?

次男・三男が結婚を機に生計を独立させればその時点で平民だべさ。

143 :日本@名無史さん:2008/04/13(日) 17:51:48
ところがどっこい、昭和初期の不良華族事件の例を見てもわかるように、
結婚しても兄貴の戸籍に残って、華族の族称を持ってるヤツもいるんだよな。

いまと戸籍制度がちがうから、結婚即独立じゃない。
戦前の戸籍は、いまの核家族と違って、弟の夫婦まで入ってる大家族制だ。

144 :日本@名無史さん:2008/04/13(日) 18:49:31
上野国で旗本500石(水野氏)の知行地の宿場役人(本・脇本陣ではない)で御中小姓格苗字帯刀御免になっている家があるのですが、
仮に地頭の水野氏が改易などで潰れたりしたら苗字帯刀の格式も消えてしまうのですか?

145 :日本@名無史さん:2008/04/13(日) 21:48:02
>>143
鹿児島は士族ということが一種のブランドで、
ずっと戸籍を別にしなかったらしいね。

成り下がった士族にも平民が敬語を使っていたようだし。

146 :日本@名無史さん:2008/04/14(月) 00:33:10
鹿児島って終戦まで、表札に「士族 ○○○○」とあったらしいね。
「日本赤十字社員」の表札かけてるのと同じような感覚だったんだろうか。

ちなみに日赤社員の表札ってのは、日赤に寄付した人がもらう表札で地方によくある。
金額によって「佩有効章」とか仰々しく書いてあるのもある。

147 :日本@名無史さん:2008/04/14(月) 02:30:50
明治時代の文献に出てくる会社員てのは株主のことだね

148 :日本@名無史さん:2008/04/14(月) 04:20:52
法律用語では今でも会社員=株主では?

149 :日本@名無史さん:2008/04/14(月) 10:04:49
会社員=株主

会社員と呼ばれてるのは正規雇用労働者

150 :日本@名無史さん:2008/04/14(月) 18:46:24
合名会社とか合資会社では社員=株主だったかな?

151 :日本@名無史さん:2008/04/14(月) 20:55:40
>149昔街道を行くで十津川郷士の家も表札に士族OOってあったね

うちの田舎だと1万石程度の陣屋があるが士族様より元庄屋様の方が
戦前活躍してたそうな。士族様は目立たないようにやってたそうだが
地方差ってあるんだろうな

152 :日本@名無史さん:2008/04/14(月) 21:52:30
旧民法下では戸主の権限が強いから
平民になっても、独立のため分家するという流れもあるな。

153 :日本@名無史さん:2008/04/15(火) 18:08:47
藩士(もしくはそれ以下)で苗字帯刀を許されていたが士族に成り損ねた
のは、やはり幕軍側に多いのだろうか

154 :日本@名無史さん:2008/04/16(水) 21:07:55
仙台藩とか会津藩とか、けっこうそういうのが多いんじゃないかな。

仙台藩の場合、領土の半分以上を没収されたので、家臣の禄を大幅に削減して、
万石級の重臣でさえ家禄数十石に減らされ、陪臣たちがリストラされた。
会津藩の場合、斗南に移住せず、会津に留まった旧臣もいた。

そういう者たちは、帰農した旧幕臣同様、武士の身分を失い平民籍に編入された。

155 :日本@名無史さん:2008/04/16(水) 23:30:03
薩長側でも脱藩した香具師はどうなの?

156 :日本@名無史さん:2008/04/18(金) 01:32:21
陪臣って平民だろ?

157 :日本@名無史さん:2008/04/18(金) 01:36:55
伊達の陪臣たちの中には、士籍にとどまりたいため、北海道開拓に従事した。
当初は平民籍に編入されていたが、明治の中頃に士族に復帰できた。

158 :日本@名無史さん:2008/04/18(金) 01:39:39
>>157
>士籍にとどまりたいため、北海道開拓に従事した。

→「士籍にとどまりたいため、北海道開拓に従事した者もいた。」 に訂正。


159 :日本@名無史さん:2008/04/18(金) 01:57:32
陪臣は武士なの?苗字帯刀を許された使用人に過ぎないのか・・・

160 :日本@名無史さん:2008/04/18(金) 02:23:48
身分としての士と
帯刀とは必ずしも一致せんからなー
ややこしい

161 :日本@名無史さん:2008/04/18(金) 23:39:31
株式=株式会社の細分化した社員の地位⇒株主(社員)
一般に言う会社員は従業員。
合名、合資の社員は業務執行者=株式会社の取締役。



162 :日本@名無史さん:2008/04/19(土) 05:02:07
世襲武士→幕臣なり藩なり世襲での武士、幕府や藩に家系図届けての正社員→身分としての武士

藩とかが一代限りで武士扱いがされた者→医者とか技術とか学問剣術なんか認められて武士身分扱いになった者で契約社員みたいなもんで町奉行所の与力同心もここ

武士に雇われて苗字帯刀を許されたもの
身分は武士ではない
サンピンとか言われる用人とか
代官所で事務員するとか
普通は仕事辞めたら苗字帯刀できない
世襲とは限らない

庄屋とか地方行政の末端を担っている者は苗字帯刀、身分は武士ではない
普通は世襲される


訂正よろ

163 :日本@名無史さん:2008/04/19(土) 05:36:56
町奉行所の与力同心は確かに一代抱えだが、実際は子が再び召し抱えられることで世襲した。
また医術や剣術で抱えられたものも、似たようなもの。



164 :日本@名無史さん:2008/04/19(土) 08:05:58
一代抱えでも隠居するとき後任を推挙できたからな

版籍奉還後大名を華族としその家臣を士族としたが
「旧来同心ノ輩ハ卒ト称ス可キ事」で軽輩の武士は卒族になった
3年後世襲の卒は士族に一代抱えの卒は平民に移籍されたが
大部分の者は平民籍にされたようだ

165 :日本@名無史さん:2008/04/19(土) 10:38:52
町奉行の同心は本来帯刀できない

166 :日本@名無史さん:2008/04/19(土) 11:01:23
じゃあ中村さんは…

167 :日本@名無史さん:2008/04/19(土) 11:06:27
いつから武士の定義を決めるスレになったんだ
>>1

168 :日本@名無史さん:2008/04/19(土) 14:53:10
>>165
たしかに町方同心は二本差しではなく刀一本らしいが

169 :日本@名無史さん:2008/04/19(土) 22:10:45
>>157
>伊達の陪臣たちの中には、士籍にとどまりたいため、北海道開拓に従事した。

陪臣とはいっても、万石級の一門・一家クラス、それに次ぐ数千石級の家に仕えた中には、それこそ1000石〜数百石取りクラスの陪臣もいたわけで。

伊達家は最後までミニ幕府みたいなものだしなあ。






170 :日本@名無史さん:2008/04/20(日) 05:29:39
着流しで大のみを落とし差し・・・
池波正太郎描くところの粋なさむらいじゃんw

171 :日本@名無史さん:2008/04/20(日) 07:26:36
>>170
>着流しで大のみを落とし差し・・・
>池波正太郎描くところの粋なさむらいじゃんw

着流しで脇差しのみを落し差しじゃなかった? 正太郎の書く粋なさむらいは。

172 :日本@名無史さん:2008/04/20(日) 09:55:31
>>134
穢多身分の小法師で士族になった人もいるしな。

173 :日本@名無史さん:2008/04/20(日) 10:26:46
>>172
どこの藩ですか?

174 :日本@名無史さん:2008/04/20(日) 12:49:53
>>173
京都ですよ。ツラッテイ千本に見に行かれたら?

175 :日本@名無史さん:2008/04/21(月) 21:46:16
ものすごく田舎のほうって江戸幕府がはじまった事知らずに中世のまま
何か時々代官というやつが米取りに来るなーーと思いつつ二本差で何て
こたーないの?

176 :日本@名無史さん:2008/04/21(月) 23:57:57
つ刀狩

177 :日本@名無史さん:2008/04/22(火) 01:40:37
日本は狭いし(文化、民族的な意味でも)、中央で発生した権力はすぐ細部にまでいきわたる。
郵便制度が一夜にしてできあがったかのように感じるのもそのため。

178 :日本@名無史さん:2008/04/22(火) 15:36:08
時々小学校レベルの日本史すら知らないようなのをこの板で見るけど
外国人なんだろうか

179 :日本@名無史さん:2008/04/22(火) 20:08:05
小学生レベルの当然と思われてることを疑うのが最近の主流だよ
三段撃ちとかetc

180 :日本@名無史さん:2008/04/22(火) 20:27:15
>>178
人権板住人らしいよ

181 :日本@名無史さん:2008/04/22(火) 20:49:21
>>180
なんか思い違いしてるみたいだけど、人権板はBを叩いて楽しむ人たちの板だぞ

182 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 03:47:16
>>179
だね。

それに175のような素朴な問題は、
教科書を読んですっと把握できるようにはなっていないはず。
たとえば刀狩りという単語とその語意のみを詰め込むだけで終わってしまう。



183 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 04:31:23
175が素朴な疑問?単なる馬鹿だよね

184 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 13:16:30
馬鹿というかゆとりというか
俺は朝鮮人かと思ったぜ

185 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 16:21:21
>>183自分たちが本当の馬鹿である可能性に気付かないのか?

186 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 16:54:41
自分で調べもせず安易に聞くようなのは、バカやゆとりとしか見られないわな。

187 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 17:36:22
本に書いてあることが事実だと思い込むゆとり世代が多くて困ったもんだと
某講師がいってたのを思い出した。横レス

188 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 19:31:51
>>183
あれいい質問だろ


189 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 19:44:17
スレ違いネタをひっぱるのもどうかと

190 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 19:44:33
刀狩自体が不完全で五大老の領地では行われてないようだと前スレで出てたし
完全に農村が武装解除されたのは米占領時であって、かなりの量の刀が農村に
はあった

191 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 19:57:44
刀狩りなんて関係ないよ

192 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 20:02:15
苗字帯刀と関係ないじゃん
ひっぱるなよ

193 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 20:26:12
穢多頭の浅草弾佐衛門が二本差しにしてる写真を見たことがある。

なぜ帯刀が許されてたのか、幕府の資料が無いので確定できない。
弾佐衛門側の由来書には「家康に許された」と書いてあったそうだ。

194 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 21:03:09
幕末は何でもおkだったからな


195 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 22:18:44
>>193
浅草弾左衛門の場合は私的な帯刀だよ。

196 :日本@名無史さん:2008/04/23(水) 22:34:16
弾ざえもんは配下と長州征伐に従軍して士分になったんじゃないか?

197 :日本@名無史さん:2008/04/24(木) 04:45:50
だんざえもんは一応
家康から頼朝公の末裔で
関八州の頭として認められてる
もちろん頼朝公の末裔に
信憑性ないが、徳川自体があれだからw
それで頭としてのお役目として帯刀も認められてる
当時は武士ではもちろんない
士分として認められたのは
慶喜公が伏見桃山敗戦後
江戸城に帰って謹慎するまでの間と思う
近藤さんの甲州行きに
配下の人間だしてる
配下の彼らは士分ではないが、
江戸に来た板垣軍にあいさつしたころは
だんざえもんは士分ノハズ
但しここはどさくさで出た書面もハッキリセズ
幕府の意図は町人身分かもしれん

198 :日本@名無史さん:2008/04/24(木) 04:54:12
長州征伐に出たのは
シンモンさんとその配下のことと違うかな
まあ京都大阪までだけど
彼らは士分にはなってないし、もう足軽扱いでもないね
この頃はもう何でもありだね
実際旗本あたりでも
兵隊は火消しあたりにやらしとけばと公言
した香具師もいるしらしいw
もうそれじや武士なのかとw

199 :日本@名無史さん:2008/04/24(木) 14:50:24
幕末は範疇に入れないということで
なんでもありだからね

200 :日本@名無史さん:2008/04/25(金) 13:17:04
矛盾しすぎw教科書嫁とかなんでもありとかw

201 :日本@名無史さん:2008/04/25(金) 19:26:59
自分以外は同じ奴が一人で書いてると思うなら、精神科を受診することをオススメする

202 :日本@名無史さん:2008/04/25(金) 20:40:02
なるほど・・・

203 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 01:55:31
ttp://repository.tufs.ac.jp/bitstream/10108/26217/1/cdats-hub7-6.pdf

有名な家だが、浪人=郷士ってこと?
郷士制度がない藩の場合、これら浪人はいかに?
又、庄屋(地侍)と浪人の違いは無いのか?


204 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 10:52:42
庄屋=地侍ではないよ


205 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 11:55:08
浪人は浪人

206 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 12:16:24
庄屋さんはあくまで農だよ
浪人は仕官探し中の武士

207 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 12:58:05
>204江戸初期にはほぼイコールではないか?戦国期にも領地経営の庄屋(名主)
がいたそうだが事あれば兵を拠出してるし、
>205その資料に浪人を区分けしてる。庄屋と浪人って兼務可能なの?
>206仕官の望みは絶たれてるのに苗字帯刀して農業やって浪人?

208 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 14:43:38
ていうか武士とは別に庄屋や名主は戦国期にもいるわけで

209 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 15:50:07
地侍というより土豪→庄屋のパターンが多い気がする

210 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 16:27:14
スレ的に例外的もしくは現状では理解できにくい当時の状況を鑑みて考えたいのだが

仕官できずに土地で庄屋をやりつつ浪人身分として苗字帯刀をしていたのが>203
なわけだ。ここで刀狩された地侍と、何故か苗字帯刀してる農民の違いが知りたいわけだ

211 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 16:33:41
刀狩ってw

212 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 16:43:25
>>197 >>198
詳しくありがとう。何かでもう一度調べます。

213 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 18:07:05
>>210
庄屋の長男が家を継ぎ、次男以下が仕官したりする

214 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 18:24:14
>>213いやいや両方とも仕官できない場合について

215 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 18:41:20
他家に養子に行ったり商起こしたり出家したりと色々


216 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 19:07:15
武士の跡継ぎ以外
→他家へ養子、武家の用人、本家の居候、
後は農工商などの町人身分へ転向じゃね
もちろん徳川になって
身分が固定されてからだけど

217 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 19:18:46
庄屋で苗字帯刀を認められたのは
献金で藩へ貢献したのもあるが、
基本的にはその地域の行政雑務末端のお役目を
藩から任されてるからじゃないかな
戦国時代からその土地に半農半士で土着化してたんが
つまりことあればその地域の農民率いて戦争に行ってたんが、
刀狩り以降の身分固定で農の方になったんじゃないのん
特定の主人がいなかったり、
他への地域移動がいやだったりしたんか、
戦争がいやになったんかな?

218 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 20:18:33
一応役人だしな
身分固定と言っても流動的なもんだよ
農家ら士や商にもなるし逆もまたある

219 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 21:59:59
藻舞ら>>203全然読んでないだろ

220 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 22:35:05
pdfの時点で読む気がしない

221 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 22:53:51
悪い全然読んでなかった。

で、今読んでみたんだが、結局革嶋家の身分は明治になり
どの位置に置かれる事になったんだろうか。

222 :日本@名無史さん:2008/04/26(土) 22:59:29
>>221明治期は平民。大正期に士族に列した

223 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 02:02:01
大正期に士族てのもよくわからんな

224 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 02:44:31
平民に納得できずに士族編入運動を行い念願かなって大正二年に士族へ

225 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 03:40:23
必死すぎてワロタ

226 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 05:05:15
維新時官軍と交流があったせいだろうが士族に成れたのはすごいな。
庄屋系で士族になったのって官軍側だけかな?

227 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 14:13:19
庄屋じゃないけど幕府の御料所内の苗字帯刀をゆるされた者の中にも士族に列せられた
学者とかはいるよ。

228 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 15:13:05
明治初年辺りは平民でも官吏は士族扱いでそのまま士族かな?

229 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 18:39:03
出羽酒井家の足軽である浮組は士族ですか?

230 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 18:53:32
浮組は最上遺臣で平時は農町人

231 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 20:47:06
帰農、兵農分離、刀狩り
三大妄想

232 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 20:51:49
>>195
その根拠を出せるか?w

233 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 20:54:28
>>232
こいつは各スレを荒らしてるやつなのでスルーしてください

234 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 21:00:19
>>231妄想というか現実に行おうとしたときの歪みが周辺論

235 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 21:15:20
戦国時代にも兵と農は別だし分かれてるしな

236 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 21:16:28
は?

237 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 21:43:06
戦国時代でも兵農は分離しているのは常識

238 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 21:43:51
地域と時代に寄るだろうが

239 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 22:02:45
いつ常識になったんだろう

240 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 22:13:38
地域によるね。でも兵農が一致していた地域や時代は知らないな。

241 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 22:16:21
追い詰められた戦国大名が一大決戦をする時には「天下の御弓箭」とか「御国の為」などと言って農村から兵員を徴発したがこれは臨時の徴兵であり実際は金で雇われた匹夫同然の役立たずが村から送り込まれたりした。
幕末でも農兵を募ってるがこれも臨時の徴兵。
乱世に戦闘員を常に農民に依存していては国が立ち行かない。

242 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 22:17:00
分離してたとこは?

243 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 22:22:53
兵農一致=武田軍、長宗我部 、島津等
兵農分離=織田軍等


244 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 22:29:40
>>243
馬鹿だよね

245 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 22:30:55
バラッバラじゃないかw

246 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 22:33:03
分離してるほうが少ないんじゃね
信長が始めたんだろ

247 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 22:37:06
信長が分離ってw

248 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 22:41:47
時代地域によりバラバラ。でも上層部は分離傾向が強いが自領地を
持ってるのなら分離とはいえないかも。
 江戸期のように移封領地替え等あり自領地と切り離されて分離と呼べるかも



249 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 22:43:57
>>241
それ北条氏だろ。

250 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 22:46:52
信長はゴロツキ集めて農繁期に攻め込んでウマーだろ?

251 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 22:49:40
>>250
どゆこと?

252 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 22:52:42
兵農分離できていない地域は農繁期になると兵力動員が極端に少なくなる

253 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 22:55:35
分離してても同じだろ

254 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 22:59:10
職業軍人は田圃を耕しません。だって戦争で食っていけるんだもの

255 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 22:59:26
は?

256 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 23:00:06
>>255>>253宛て


257 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 23:01:34
>>231
その3つのなにが妄想なんだ?
まあ兵農分離といっても幕府旗本の軍役による主体は農民だけどね。

258 :日本@名無史さん:2008/04/27(日) 23:10:14
織田信長が他に先んじて兵農分離したとかって変な時代劇の見すぎじゃね?

259 :日本@名無史さん:2008/04/28(月) 00:16:49
織田信長がさらに兵農分離を進め、他の諸勢力を軍事的に圧倒した
ただし国人や地侍等の既得権授益層の解体を意味するため、最終的に徹底しされるのは豊臣秀吉の天下統一後である


260 :日本@名無史さん:2008/04/28(月) 00:23:28
ttp://oshiete1.goo.ne.jp/qa3086423.html

ここに結構いいレスがあった

261 :日本@名無史さん:2008/04/28(月) 03:07:13
・・・井沢元彦を参考にしろって・・・かw

262 :日本@名無史さん:2008/04/28(月) 20:12:28
田舎の方で武士も見たことがない地域では苗字帯刀もない気が・・・

263 :日本@名無史さん:2008/04/28(月) 21:57:52
初歩的なことですみません、そもそも苗字の「私称」を禁じたのはいつの事ですか?

264 :日本@名無史さん:2008/04/28(月) 22:12:28
「私称」は禁じられてないよ。歌舞伎役者の名前等
公文書に庶民は苗字が載らない

265 :263:2008/04/28(月) 22:33:46
あっ、すみません間違えました!
「公称」が禁じられたのが何時からなのかな
とお聞きしたかったのです。
領主への願書とか、届書きとか、
やはり、太閤検地からでしょうか?

266 :日本@名無史さん:2008/04/28(月) 23:05:45
いつからというか最初からじゃないのか
庶民が公文書に苗字入りで署名してあるのなんて見たことない

267 :日本@名無史さん:2008/04/28(月) 23:23:08
苗字の意味をたどればわかりそうなもの。

268 :日本@名無史さん:2008/04/28(月) 23:28:11
GW中だけでもsageでいこうよ
変なのが荒しまくってる

269 :日本@名無史さん:2008/04/29(火) 01:06:02
>>265
公家、武士を除く、農以下は公に認められた者以外は公称はだめということだから、
士農工商が明確にされてからだね。はっきりしたのは江戸時代になってからだろうね。

270 :日本@名無史さん:2008/04/29(火) 09:12:19
小松帯刀・・とかもついてるけど・・・
あれも なにかりゆうあるん?

271 :日本@名無史さん:2008/04/29(火) 09:35:05
百官名

272 :日本@名無史さん:2008/04/29(火) 09:49:36
>>271
ありがと

273 :日本@名無史さん:2008/04/29(火) 10:15:33
>士農工商が明確にされてからだね。

いや、俺は気にしないんだけど、そういうこと書くとうるさいのがやってくるよ。


274 :265:2008/04/29(火) 11:32:10
>>266-269さま
ありがとうございます。
お騒がせ致しまして大変失礼致しました。


275 :日本@名無史さん:2008/04/29(火) 18:20:34
>>274
悪いこといわないから苗字の成り立ちとかを自分で調べた方がいいよ


276 :日本@名無史さん:2008/04/29(火) 20:51:48
士農工商て・・・

277 :日本@名無史さん:2008/04/30(水) 01:02:28
先日、深谷克己氏の「江戸時代の身分願望」を図書館で借りた。
士分化願望や身上がり、献金郷士などを詳細に記述しているので勉強になった。

278 :日本@名無史さん:2008/04/30(水) 03:46:57
死のう交渉のうちお前等の先祖なんか皆死のうののうの方の身分なんだから農民どうし荒らそうな

279 :日本@名無史さん:2008/04/30(水) 08:28:51
>>270
どこの藩(とくに外様)も家老重臣級は百官名を名乗ってる場合が多い。
でも当然正式なものじゃないから
伊達兵部や柴田外記や原田甲斐とか国司信濃とか福原越後みたいに守や介はつかない。
将監、将曹、監物とかも多い

280 :日本@名無史さん:2008/04/30(水) 09:33:50
>>270
辻将曹って芸藩の家老にいるよね

281 :日本@名無史さん:2008/04/30(水) 17:12:27
>>279
伊達兵部は家老じゃないし正式に従五位下兵部大輔に叙任されてるゾ!

282 :日本@名無史さん:2008/04/30(水) 19:57:13
ここは武士を語るスレではないぞ!

283 :日本@名無史さん:2008/04/30(水) 20:41:21
  _人人人人人人人人人人人人人人人_
  > 携帯厨は氏んで良し!、 と・・・ <
    ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
      /´ /     ̄'-- 、. ト- 、_    i   :::::::::
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     :   | |Y>、.,_____,,...イイノハ!.   |  |
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284 :日本@名無史さん:2008/05/01(木) 00:11:57
神主って苗字帯刀なの?


285 :日本@名無史さん:2008/05/01(木) 00:20:56
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286 :日本@名無史さん:2008/05/01(木) 00:31:46
>>284
苗字帯刀って何なのか根本から調べなおすことをオススメする

287 :日本@名無史さん:2008/05/01(木) 00:48:42
藩によっては神主は苗字帯刀だね

288 :日本@名無史さん:2008/05/01(木) 03:37:25
皇族に次ぐ由緒正しき家系は古代から続く神主の家系だぞ。
大和朝廷に統一される前の小国家の王族や、上級貴族の子孫だ。
苗字帯刀云々なんていうレベルで語る庶民とは違う。別格でしょ。

289 :日本@名無史さん:2008/05/01(木) 10:01:25
武田に蹂躙された諏訪家などはとても古い家だな

290 :日本@名無史さん:2008/05/01(木) 12:30:50
>>288
古代から続く名族の神職ってごく少数だろ?普通の村の田舎神官はどうだったんだろうか。


291 :日本@名無史さん:2008/05/01(木) 14:11:31
>>290
田舎神官でも名族の分家の人が結構いるよ。
近所の神主さんちも奈良にルーツを持つ何十代も続く家だった。

292 :日本@名無史さん:2008/05/01(木) 14:28:11
村の田舎神官で無位ならせいぜい脇差に白張の狩衣だな

293 :日本@名無史さん:2008/05/01(木) 16:51:35
ここで聞いても正しい答えは出てこないよ
横着しないでちゃんと自分で調べなさい

294 :日本@名無史さん:2008/05/02(金) 00:06:56
まあ脇差だろうね

295 :日本@名無史さん:2008/05/02(金) 02:06:29
神風連の太田黒とか藩士同様だな

296 :日本@名無史さん:2008/05/02(金) 15:18:07
>>289
現存する諏訪家屋敷。
1500坪の敷地に茶室もある。


297 :日本@名無史さん:2008/05/02(金) 15:19:36
これ→http://fm-kyoto.jp/topics/kyonokyo/2006/09/13/003390.html

298 :日本@名無史さん:2008/05/02(金) 16:19:47
この諏訪家は信州の分家なのかな?

299 :日本@名無史さん:2008/05/03(土) 14:32:53
諏訪因幡守

300 :日本@名無史さん:2008/05/06(火) 12:40:14
苗字帯刀の証文って残ってるの?

301 :日本@名無史さん:2008/05/06(火) 14:23:34
残ってるよ。

比較的大きな藩のあった市に住んでるなら、市史の史料篇でもあたってみるといい。
市史の編纂時に旧家に文書の調査が入ってるはずだから、現物は見れなくても内容ぐらいはわかる。

302 :日本@名無史さん:2008/05/06(火) 18:35:20
たとえばこんなのが各藩に良く残っている
三十両献金 一代苗字帯刀御免
三両 〃  一代裃御免
みたいなやつ

303 :日本@名無史さん:2008/05/08(木) 23:00:36
諏訪のタケミカヅチは甲斐武田の祖先なのでしょうか?

304 :日本@名無史さん:2008/05/09(金) 20:48:11
市史ではなく県史にこんなのがあったよ。
熊本県史料・中世篇二「梅谷文書」という古文書に
「福嶋之内躍村之者共、刀脇指被成御免者也」
躍りをする者の村で算所だったらしいが扶持米114石を下しおかれ帯刀御免だそうだ。

305 :日本@名無史さん:2008/05/10(土) 20:37:19
豪商や豪農じゃなくても帯刀御免ってあるんだ

306 :日本@名無史さん:2008/05/10(土) 20:39:37
天皇って苗字帯刀は許されてないの?
少なくても苗字はないよね。これも幕府の公家の押さえ込み政策?

307 :日本@名無史さん:2008/05/10(土) 20:42:02
皇籍にあるものは苗字は必要ない

308 :日本@名無史さん:2008/05/10(土) 22:51:24
庄屋文書でしょ?散逸して無いのも多いよ、というか残ってる方が珍しい

309 :日本@名無史さん:2008/05/11(日) 19:36:53
>>306
天皇が帯刀?太刀は佩くかもだが


310 :日本@名無史さん:2008/05/12(月) 02:47:28
隋書には「倭国王は阿毎氏」と書いてあるけどね

311 :日本@名無史さん:2008/05/12(月) 07:18:48
天皇は神であり

人間では無いとされているから

苗字は無いみたいですよ

312 :日本@名無史さん:2008/05/12(月) 10:03:36
苗字の発生過程と成立をまずは考えよう!

313 :日本@名無史さん:2008/05/12(月) 13:16:40
中国皇帝には姓がある
姓がない国王がいるなんて予測不能だったのだろう

314 :日本@名無史さん:2008/05/12(月) 16:23:41
幕末まで○○院という法印(山伏)
苗字を持っていた様だが町史の苗字御免には無い

315 :日本@名無史さん:2008/05/13(火) 04:25:33
町史とかどうでもいいよ

316 :日本@名無史さん:2008/05/14(水) 10:22:27
苗字帯刀を正式に許されてたものだけが帯刀してたか?で疑問があるわけよ。

先祖代々帯刀してるのに何故いかんの?ふざけるな!という頑固爺が普通いるわけじゃん。
お上が怖くて生きていけるかって威勢のいい爺さんが。

317 :日本@名無史さん:2008/05/14(水) 20:20:49
>>316
それは牢人だな

318 :日本@名無史さん:2008/05/14(水) 20:52:17
牢人とかくのは、いくさに負けたほうの兵士を牢屋に入れていたことから?

319 :日本@名無史さん:2008/05/15(木) 01:26:12
そんな頑固爺さんが普通にいる?

320 :日本@名無史さん:2008/05/15(木) 05:40:49
>>319最近の年寄りは物分かりがいいというか若者に媚びてる感じだが
戦前世代の頑固さは石頭、くそ爺、雷親父・・・

321 :日本@名無史さん:2008/05/15(木) 06:18:52
江戸初期ならいいけど村にそんなやついたら村全体の責任になってしまうから無理だよ

322 :日本@名無史さん:2008/05/15(木) 06:47:01
でも>>1のお触書が出されてるってことは違反者が多いからってことじゃないの?

323 :日本@名無史さん:2008/05/15(木) 07:49:57
>>318
違う。

324 :日本@名無史さん:2008/05/15(木) 18:20:08
>>322
うちの田舎じゃ幕末の頃に馬に乗って帯刀した馬鹿が出て大騒ぎになったと言ってた
地方にもよるだろうけど、村社会で違反者がごろごろいたとは思えない
江戸なら違うかもしれないけどね

325 :日本@名無史さん:2008/05/15(木) 20:08:42
突然帯刀を始めれば違反者だろうが戦国時代からの流れで黙認ってのもありそうな気は
するけどね。苗字帯刀の伝承は多いけど証拠は少ない

326 :日本@名無史さん:2008/05/16(金) 04:12:10
現存する国重文クラスの庄屋屋敷を尋ねたら?

327 :日本@名無史さん:2008/05/16(金) 04:25:47
>>326
なんで?

328 :日本@名無史さん:2008/05/17(土) 08:10:22
米府紀事略にこんな覚書があった。苗字は許されてないけど帯刀と裃は許されたようだ。
「穢多頭十次兵衛、刀差し許され、上下着用仕るべき事
但し、御扶持は下されず候事」

329 :日本@名無史さん:2008/05/17(土) 09:57:23
本陣の家なんて文書読んでも苗字は無いけどな。。大名宿泊時のみ苗字帯刀なのかな?

330 :日本@名無史さん:2008/05/17(土) 11:55:26
本陣でもある家とない家がある
ある家の方が多いんということジャマイカ

331 :日本@名無史さん:2008/05/17(土) 11:56:56
ごみん
公式文書では使えなかったんジャマイカ?

332 :日本@名無史さん:2008/05/17(土) 12:23:15
本陣でも文書の相手によって使い分ける
苗字御免の格式与えた藩の公式文書なら苗字書き記せる
幕府には名乗れない

ってこと?

333 :日本@名無史さん:2008/05/17(土) 17:13:02
詳しくは分からんが郷土史調べると本陣の家に苗字記載は無い。

大庄屋はあるね。

334 :日本@名無史さん:2008/05/18(日) 02:22:43
大庄屋は在職中は組や手永の地域名を苗字として名乗らされてるケースが多い。

335 :日本@名無史さん:2008/05/18(日) 04:00:22
>>334
その根拠は?

336 :日本@名無史さん:2008/05/18(日) 06:04:07
苗字があっても本姓が無いケースは多かったの?

337 :日本@名無史さん:2008/05/18(日) 07:00:28
>>335
多くは無いけど大分とか北九州の藩だと手永名が公用の苗字

338 :日本@名無史さん:2008/05/18(日) 07:46:21
妙寺タテワキ

339 :日本@名無史さん:2008/05/18(日) 08:43:05
>>337
柳川藩とか?

340 :日本@名無史さん:2008/05/18(日) 08:52:35
柳川はちがうけど大庄屋は準御士分格。

341 :日本@名無史さん:2008/05/18(日) 09:23:15
>>336
元々、武士が帰農した名主、庄屋の家など家伝として本姓を持ってたのでは…

342 :日本@名無史さん:2008/05/18(日) 09:26:50
有名なところでは豊後杵築藩の場合、領内6手永(八坂・安岐・小原・来浦・竹田津・両子)に各一名の
大庄屋が置かれたが、その大庄屋の文化元年当時の姓名は八坂弥一郎、安岐長之助、小原鉄之助、
来浦新三郎、竹田津左助、両子隆助の六名。
これら杵築藩の大庄屋は藩主松平家の分限帳において知行方に列し、延宝二年には「大庄屋出陣之人数」として
軍役も課せられており在職中は士分格。だが逃散や強訴の頻発から2名の大庄屋が自主的に退役を願い出たこと
から藩は結果6名全員に退役を命じ大庄屋制は廃止された。



343 :日本@名無史さん:2008/05/18(日) 09:30:22
>>341
うちの親戚もそうだよ。
筑後の永松家だけど、本姓は桓武平氏。


344 :日本@名無史さん:2008/05/18(日) 09:31:50
>>341
私的に姓を持つことはあくまで自由だから帰農した村役人でなくても家伝として普通にあるよ。

345 :日本@名無史さん:2008/05/18(日) 09:51:35
話、変わるが一般的に東日本は名主、西日本は庄屋と呼ばれたが役職その他、身分的な違いはあったのだろうか?

346 :日本@名無史さん:2008/05/18(日) 09:53:07
豊前田川郡伊田手永の大庄屋も藩の公式名は伊田九朗右衛門だが実際は八尋氏

347 :日本@名無史さん:2008/05/18(日) 09:53:44
>>345
各藩でまったく違う

348 :日本@名無史さん:2008/05/18(日) 15:48:35
藩儒とかじゃない学者の苗字帯刀ってどうなの?

349 :日本@名無史さん:2008/05/19(月) 02:37:38
>>348
総髪にして羽織袴に脇差ってイメージだけど、幕府や藩に属してないなら浪人扱いで黙認なんじゃない?

350 :日本@名無史さん:2008/05/19(月) 10:23:41
一般平民が学者、または医者になれただろうか?「読み書きそろばん」すら出来ない子供が圧倒的多数で教育機関も藩士の子弟は「藩校」名主、庄屋、商人等の子弟は「寺子屋」と明確に分けられてたし、寺子屋の教師も僧侶や武士(浪人を含む)だったはず。

351 :日本@名無史さん:2008/05/19(月) 11:00:08
>>350
実例ですが日田の広瀬淡窓は、諸国から咸宜園に武士の子弟や僧が多く入塾しているので帯刀の身分でないと不都合だろうという
ことで西国郡代塩谷大四郎の家来分ということにしてもらい苗字帯刀の身分になります。塩谷が江戸に帰った後は後任の竹尾清右
衛門の家来分として引き続き同様の待遇を受けます。
最終的には長年の学問出精教導を認められ幕府より正式に苗字帯刀永々御免を仰せ付けられます。病死後は孫の孝之助が苗字帯刀
の身分を相続しました。

352 :日本@名無史さん:2008/05/19(月) 11:09:01
>>350
名主、庄屋、商人等の子弟は「寺子屋」。普通の百姓の子弟も寺子屋ですよ。
江戸後期の寺子屋の数からして僧や神官、浪人より百姓身分の師匠が圧倒的に多かったと思います。

353 :日本@名無史さん:2008/05/19(月) 11:47:29
>>351
一般的に考えてもそれが自然でしょ?
現代でもあの塾は某有名大、居てるから…
肩書は百姓身分ではマズイでしょ?

354 :日本@名無史さん:2008/05/19(月) 12:16:08
藩校も確か末期には庄屋や豪商の子供を受け入れてたよな?どこの藩だったか・・・

355 :日本@名無史さん:2008/05/19(月) 12:18:59
庄屋って自分が農である意識が全然無くてどちらかというと武だと思ってる。

356 :日本@名無史さん:2008/05/19(月) 12:28:37
有名な学者って農民出身がほとんどじゃん

357 :日本@名無史さん:2008/05/19(月) 12:29:42
今は農でも先祖の出自が士の家が多いからな。

358 :日本@名無史さん:2008/05/19(月) 17:15:02
武士って武装農民

359 :日本@名無史さん:2008/05/19(月) 17:17:30
高山彦九郎

360 :日本@名無史さん:2008/05/19(月) 17:39:18
高山彦九郎は気違い

361 :日本@名無史さん:2008/05/19(月) 19:52:33
農民出の学者は武士になるんじゃなくて僧侶になるって選択肢はないの?
そっちの方がハードル高いのかな。

362 :日本@名無史さん:2008/05/19(月) 20:47:38
>>350
農民の高山彦九郎は寺子屋で学んだ後
伊勢崎藩で学んでいる。この頃まだ伊勢崎の藩校はなかったが、
後に藩校の教授となる浦野神村らに学んだと考えられる。

ある日、神村が講義をしているところに彦九郎もやってきてこれを聞いていた。
神村の講義は論語の次の部分であった。
斉の景公、政を孔子に問い、孔子答えて曰く
「君は君らしく、臣は臣らしく、父は父らしく、子は子らしくあるべきです」
景公曰く「良い。そうでなければ、粟があっても食べないだろう」
これを聞いた彦九郎は泣き出したので他の門人はそんなに悲しい話かと問うと、
彦九郎は刀に手をかけて
「景公は贅沢好きで世間知らずな公子であったのに聖人の言葉をきき食を断って死ぬといった。
にもかかわらずあなたがたは他人事のように話を聞いている。
あなたがたは皇国の糟粕で乱臣賊子の奴僕だ。」と言い、また大声で泣き出した。

他にも岡白駒河野恕斎父子、細井平洲など一流の学者に学び、
前野良沢、柴野栗山などやはり一流の学者を交流を持った。
この上杉鷹山の師細井平洲も農民出身。

363 :日本@名無史さん:2008/05/19(月) 21:27:21
徳島藩は辛うじて朝敵の汚名を免れた典型的な日和見藩だが、
藩の在郷士分は士族だよ。騎馬も許された不思議な身分だし。

364 :日本@名無史さん:2008/05/20(火) 11:42:02
結局は徳川幕藩体制と言えども、各藩によってまちまちと言う事だ。


365 :日本@名無史さん:2008/05/20(火) 13:16:49
苗字帯刀を許されてると切腹も許されるの?

366 :日本@名無史さん:2008/05/20(火) 13:18:22
幕府の農兵も苗字帯刀だし奇兵隊も苗字帯刀


367 :日本@名無史さん:2008/05/20(火) 13:46:55
幕府歩兵も苗字帯刀だね

368 :日本@名無史さん:2008/05/20(火) 21:48:27
ていうか藩校とかの先生なんて百姓出身

369 :日本@名無史さん:2008/05/20(火) 22:00:18
尾藤二洲先生は船頭の子

370 :日本@名無史さん:2008/05/20(火) 22:07:49
本来の武士身分って全国で2万人(家族は除く)ぐらいだろ。

371 :日本@名無史さん:2008/05/20(火) 23:33:59
元は武士でも藩政期に帰農してた連中は農民だから

372 :日本@名無史さん:2008/05/21(水) 01:31:12
じんしん戸籍では
武士25万で4%
ウィキだけどね

373 :日本@名無史さん:2008/05/21(水) 06:23:50
その前に、ここは武士を語るスレではないのだが

374 :日本@名無史さん:2008/05/21(水) 11:02:50
>>368
居てたとしても、よっぽど才能を買われて登用された人間だろう。

375 :日本@名無史さん:2008/05/21(水) 11:27:23
>>374
どこも百姓身から有能な学者がでてるんだ

376 :日本@名無史さん:2008/05/21(水) 12:07:53
寝て食ってればいい武士階級から上昇志向の強い有能なのが現れるわけは無かろう
維新時だって官幕ともに食うや食わずの最下級武士ばっか

377 :日本@名無史さん:2008/05/21(水) 13:53:14
長州征討の時にすでに幕軍も長州も実戦部隊の主体は庶民から採用した歩兵だからな

378 :日本@名無史さん:2008/05/21(水) 20:43:32
幕末の有名な学者で武士の子て
緒方洪庵くらいじゃないのん

379 :日本@名無史さん:2008/05/22(木) 17:12:30
尾藤二洲や頼春水や菅茶山も百姓から昌平黌や藩校の先生になってるな

380 :日本@名無史さん:2008/05/22(木) 18:52:27
新選組の土方とか、近藤も養子に出る前は宮川という農家でしょ?
あれはなんで苗字もってたんだろう。
苗字があっても普段は名乗っちゃダメってこと?

381 :日本@名無史さん:2008/05/22(木) 19:00:47
>>380
大半の農民は姓を持っていたことは、今では定説。
藩に提出する文書には○○村、○○兵衛としか記されなった
けど、私称は許されていた。

382 :日本@名無史さん:2008/05/22(木) 19:43:56
>380多摩地域は幕末期に治安の悪化から庄屋等豪農に苗字帯刀を許し治安維持にあたらした

と趣味で郷土史やってる地元のおっちゃんたちが言ってるらしいがソースはあるのかな?

383 :日本@名無史さん:2008/05/22(木) 20:27:49
>>380
多摩ソースは知らんけど、
本来治安維持という武士階級のお役目を
豪農が公の役所から委託代行してるようだから
話としてはおかしくないんじゃないの

384 :日本@名無史さん:2008/05/22(木) 21:45:13
多摩の話題に持っていこうとしてるアホは日本史板とは思えないほどの初級者だな

385 :日本@名無史さん:2008/05/22(木) 22:47:37
多摩は初級なのかァ。

386 :日本@名無史さん:2008/05/22(木) 23:07:32
いわゆるスレ違い

387 :日本@名無史さん:2008/05/22(木) 23:08:18
みんな気をつけよう。
数人の研究者クズレが日本史板に粘着常駐して嫌がらせをしている。

奴等の揚足取りや罵倒には目的とメリットがある。
スレ毎に分担してるのがバレてるぞw

388 :日本@名無史さん:2008/05/22(木) 23:30:43
蝦夷と書いて(えみし)清原氏・安倍氏はエミシじゃ!

389 :日本@名無史さん:2008/05/23(金) 00:19:31
>>387
武揚もその一派???

390 :日本@名無史さん:2008/05/23(金) 00:20:31
>>388
いわゆる土人だろ

391 :日本@名無史さん:2008/05/23(金) 00:30:26
>>389
武揚って榎本武揚のこと?


392 :日本@名無史さん:2008/05/23(金) 00:33:59
幕臣だろ?

393 :日本@名無史さん:2008/05/23(金) 01:33:41
おまいら武揚隠士を知らないのかよ?
カクレ住人だなwww

394 :日本@名無史さん:2008/05/23(金) 05:11:45
庄屋のまわりは湿地帯です。


部落よりやや上のエタです。


庄←エタやヒニンの部落民が良く使う苗字です。

庄屋は武士でなく庄屋は武士のような活動はしなかったそうです。

文庫本より


庄屋の苗字に庄と付く苗字は全くないことで明らかになります。

395 :日本@名無史さん:2008/05/23(金) 07:06:18
よく分からんが田舎で土地買うなら庄屋の家の近くにが原則だぞ。
良い地盤の上に立ってるかららしい

396 :日本@名無史さん:2008/05/23(金) 07:07:24
>>394
>文庫本より

どの文庫本だよ?

397 :日本@名無史さん:2008/05/23(金) 11:00:05
>>394

そんなこと言ったら笑われるぞ(笑)

398 :日本@名無史さん:2008/05/23(金) 12:26:34
日本史の基本を知らない輩が大量出没。

399 :日本@名無史さん:2008/05/23(金) 17:16:48
庄屋イラネ

400 :日本@名無史さん:2008/05/23(金) 17:27:55
文庫本の販売元と著者を書いてくれないとなw


401 :日本@名無史さん:2008/05/23(金) 17:41:45
角川スニーカー文庫

402 :日本@名無史さん:2008/05/23(金) 18:24:39
興味があるならこれから学べばいいじゃないか。
やるならどんなことでも全力で一生懸命やれよ。
精一杯、全力でやったなら、どんな結果になっても悔いは残らないはずだから。

403 :日本@名無史さん:2008/05/23(金) 20:25:54
スニーカー文庫よりフランス文庫のがいいお

404 :日本@名無史さん:2008/05/24(土) 13:15:26
伊勢の御師が裃着けて双刀差してる絵とかあるけど許可とってたの?

405 :日本@名無史さん:2008/05/24(土) 13:49:52
華族制度

406 :日本@名無史さん:2008/05/24(土) 14:00:39
御師って普通平安貴族を真似た衣裳だけどな

407 :日本@名無史さん:2008/05/24(土) 20:21:19
庄屋層の郷士化っていうのは先祖がえりなのかな?

408 :日本@名無史さん:2008/05/24(土) 20:30:38
戦国時代に庄屋はいますが武士ではありません

409 :日本@名無史さん:2008/05/24(土) 23:19:56
「門ん家」「前ん家」が無い家は胡散臭い。単なる名子は門でも前でも無い。
地方では今でも幹部名子の家系は門・前等残ってる。


410 :日本@名無史さん:2008/05/24(土) 23:30:30
御師っていうのは伊勢講の集金人兼手配師。



411 :日本@名無史さん:2008/05/25(日) 00:54:04
御師の屋敷では一度に百人規模の宿泊者に食事を供すため
何段にも重ねた蒸籠で蒸し上げた魚にコテで焼き目をつけた
「焼き魚」を出してたんだよな

412 :日本@名無史さん:2008/05/25(日) 02:07:53
江戸時代も同様です。

藩体制によっては庄屋は庄屋であり武士ではなく


何かがあっても庄屋は出ずに ほとんどが下級武士に任せていた。

藩により違いがありますので庄屋は武士でなく身分を買っていただけで 他は何もしないってのが主流でした。

413 :日本@名無史さん:2008/05/25(日) 07:30:28
>>411
>御師の屋敷では一度に百人規模の宿泊者に食事を供すため
>何段にも重ねた蒸籠で蒸し上げた魚にコテで焼き目をつけた
>「焼き魚」を出してたんだよな

漫画の「包丁無宿」にもそんな話あったな。
「和食界征服」を企む悪役に対抗する主人公が戦うストーリーなんだけどw

414 :日本@名無史さん:2008/05/25(日) 22:02:07
これより、刀狩りを行う!!

415 :日本@名無史さん:2008/05/25(日) 23:17:21
今度、となりに越してきた○○刑部です。
主家が転封になったので、残っちゃいました。
一族郎党、刀を鍬に持ち替えて頑張りますのでよろしくね!

416 :日本@名無史さん:2008/05/26(月) 00:00:15
帰農って簡単じゃないよ。開墾して草分けになるんだから。

417 :日本@名無史さん:2008/05/26(月) 01:51:52
僅かな知行地があるので耕しますだ!

418 :日本@名無史さん:2008/05/26(月) 14:49:32
知行地を耕す???小作として?

419 :日本@名無史さん:2008/05/26(月) 19:45:32
昔は自分の元知行地に帰農した武士を郷士といってたらしい


420 :日本@名無史さん:2008/05/26(月) 20:22:38
それ知行なのか?

421 :日本@名無史さん:2008/05/26(月) 21:14:37
自分の土地。

422 :日本@名無史さん:2008/05/26(月) 22:02:12
>自分の土地

それ基本的に間違いです

423 :日本@名無史さん:2008/05/27(火) 06:49:04
縁もゆかりも無い土地に帰農はできないでしょ。


424 :日本@名無史さん:2008/05/27(火) 06:54:40
知行地に帰農なんてできないだろ?

425 :日本@名無史さん:2008/05/27(火) 13:46:02
>>424
つ 小栗上野介

426 :日本@名無史さん:2008/05/27(火) 14:46:38
知行地ったって、そこからの年貢を収入にする権利があるだけで
基本的に土地自体は百姓のものだから、帰農しようと思ったら土地を買い上げなきゃならん。

427 :日本@名無史さん:2008/05/27(火) 16:42:41
>>424
小栗の権田村への移住は帰農ではない

428 :日本@名無史さん:2008/05/27(火) 17:01:17
基本的なことを勘違いしてる。
自分で田圃を作る。

429 :日本@名無史さん:2008/05/27(火) 17:38:03
土地は誰のもの?
開墾したらその人のもの?

430 :日本@名無史さん:2008/05/28(水) 01:08:10
これより、太閤検地を行う!

431 :日本@名無史さん:2008/05/28(水) 04:40:13
>>430 時代考えろ、秀吉は死んでる。

432 :日本@名無史さん:2008/05/28(水) 16:59:15
>429おそらく誰のものでもない
開墾して検地を受けて始めて認められるんじゃないの?

433 :日本@名無史さん:2008/05/28(水) 22:07:40
だね。
勝手に開墾して、無届けだと「隠し田」として処罰の対象だからね

434 :日本@名無史さん:2008/05/28(水) 22:11:20
新田開発を請け負って大百姓になった者多数

435 :日本@名無史さん:2008/05/29(木) 02:18:06
でも請負って開発するのに金かかるから、元が金持ちじゃないとダメじゃないの

436 :日本@名無史さん:2008/05/29(木) 14:55:23
>>426

少々の土地くらいは権力で強制収用できないの?

437 :日本@名無史さん:2008/05/29(木) 14:56:27
50年分割払いで直営田にする!

438 :日本@名無史さん:2008/05/29(木) 19:30:49
庄屋どの、もう一年、年貢を徴収するのを待ってくれるよう
郡奉行に頼んではくれまいか・・・
開墾して4年目、いまだ家族や家人共を養うのがやっとなのだ(ry

439 :日本@名無史さん:2008/05/30(金) 03:40:29
その方、娘がいたそうな

440 :日本@名無史さん:2008/05/30(金) 04:49:53
それだけはお許しくだせぇ庄屋様(涙) 娘はまだ、13ですだぁ。

441 :日本@名無史さん:2008/05/30(金) 09:44:28
ちょうど食べ頃・・・いや、働かせがいのある年頃じゃノー

442 :日本@名無史さん:2008/05/30(金) 11:14:17
たまには帯刀したい。せめて脇差だけでも帯たいものである。

443 :日本@名無史さん:2008/05/30(金) 21:48:05
脇差ならいいんじゃないの?

444 :日本@名無史さん:2008/05/30(金) 22:17:06
網元や水軍、、、豪商はあるな。

445 :日本@名無史さん:2008/05/30(金) 22:44:57
>>442
脇差は町人でもオケのはず

446 :日本@名無史さん:2008/05/30(金) 23:41:12
そういやー千葉周作も若い頃苗字帯刀してたって話だな。
喧嘩時などはさすがに不味いので脇差一本で参上だったとか

447 :日本@名無史さん:2008/05/31(土) 00:37:20
馬庭念流VS北辰一刀流 田舎百姓同士の伊香保の出入りw

448 :日本@名無史さん:2008/05/31(土) 01:06:13
>>445
だからヤクザは長脇差を使うわけだ
脇差と言いながら長刀並みの長さ

449 :日本@名無史さん:2008/05/31(土) 01:22:55
江戸後期には日常的な百姓町人の脇差はご法度なわけだが・・・

450 :日本@名無史さん:2008/05/31(土) 13:52:41
天空に輝く北極星と北斗七星。妙見大菩薩様なるぞ。

451 :日本@名無史さん:2008/06/01(日) 00:20:16
格式としての苗字帯刀と実態としての帯刀私的な苗字の名乗りは峻別しろ

452 :日本@名無史さん:2008/06/01(日) 17:07:49
でもある程度の格式がないと私的な苗字帯刀も難しい気が・・・

453 :日本@名無史さん:2008/06/01(日) 20:06:09
水戸黄門の助さん格さんや膝栗毛の弥次さん喜多さんが脇差さしてるのと、
ヤクザの長脇差はどちらも道中差しと解釈してOK?

454 :日本@名無史さん:2008/06/01(日) 20:40:09
オケでしょう

455 :日本@名無史さん:2008/06/01(日) 22:43:32
長脇差しの類は時々規制されてるよ

456 :日本@名無史さん:2008/06/02(月) 00:17:50
うちの先祖の画像、左、三代、右、四代目
(左端に半分だけ写っているのは二代目)慶応4〜明治2年に作成
現品は掛軸、お盆の時に盆棚の脇に翔けます。

上部に書かれた履歴には両者とも許称氏帯刀とあります。
画像で見る限りは一刀でも帯刀と云うことでしょうか?

ttp://photos.yahoo.co.jp/ph/h_sike/lst?.dir=/9102&.src=ph&.view=

ちなみに、初代は羽織姿、二代目は羽織袴(許称氏)と云う具合に
段々偉そうな格好に描いてありますw
残念ながら明治になって養子が続いたので自分とは血は繋がっていませんが・・・

457 :日本@名無史さん:2008/06/02(月) 03:46:49
武士は2本差し
1本では帯刀とは言わんでしょう

458 :日本@名無史さん:2008/06/02(月) 18:08:00
>>456
>うちの先祖の画像、左、三代、右、四代目

見れないんだけど・・

459 :日本@名無史さん:2008/06/02(月) 18:52:53
見たくもない

460 :456:2008/06/02(月) 19:59:03
>>457
やはり、そうですか・・・

>>458
すみません、公開し忘れておりました。
何度かクリックすると大きな画像になりますが、
それでも見辛くてすみません、
(写真は県の博物館で、時代、貴賎を問わず県内に残る肖像画を
展示した時の図録からです。)

>>459
まあ、たしかにw

461 :日本@名無史さん:2008/06/02(月) 20:48:26
わざとらしい薄消しはなんか意味あるの?神林復所


462 :日本@名無史さん:2008/06/02(月) 20:52:37
前にも先祖が平藩の郷士?与力格?だったとか書いてた人がいたからその人だろうね。

463 :日本@名無史さん:2008/06/02(月) 20:59:44
>>460
これは領民の上層階級の盛装ですね。
紋服が熨斗目ではないのが物語っている。

464 :日本@名無史さん:2008/06/02(月) 21:03:17
切れてるから良く見えないけど初代は白扇を腰に差してる?

465 :日本@名無史さん:2008/06/02(月) 21:06:26
>>457
ていうか肖像画だから脇差を指していれば十分なんだが。



466 :日本@名無史さん:2008/06/02(月) 21:11:54
裃姿の肖像画に藩儒の賛が記されている時点で超上層だろw

467 :460:2008/06/02(月) 22:07:25
みなさま、有難うございます。
以前の書き込みをご記憶いただき恐縮に存じます。
下手な小細工はしない方が良かったですね、大変失礼致しました。
>>464
初代は火鉢を前にして白扇は傍らに置いています。
二代以降は手に持っています


468 :日本@名無史さん:2008/06/02(月) 23:43:50
名主でこれか。すごいね
大庄屋はどんなもんなんだろう

469 :日本@名無史さん:2008/06/03(火) 00:38:30
名主格っていうことは名主ではないということ?

470 :日本@名無史さん:2008/06/03(火) 03:47:16
公卿・公卿・神主・将軍家・初代名・外様大名・上流武家・下級郷士・農民・


【wikipedia】に歴史的な偉人がいるかいないか


等で日本人チェックする。


いない奴らは部落民・在日なんだよ

471 :日本@名無史さん:2008/06/03(火) 07:26:40
>469
・名主交代制で名主を務めることが出来る家
・金もしくは功労によって文字通り格のみ

472 :日本@名無史さん:2008/06/03(火) 08:35:05
・上の事情によってツケを回された年寄その他

473 :日本@名無史さん:2008/06/03(火) 10:42:49
平藩は新田開発で郷士、与力、新切取、刀御免になった者が多い。最も多く存在したのは楢葉郡。
上層農民の彼らは村役人を兼ねる場合が多かった。

474 :日本@名無史さん:2008/06/03(火) 11:12:17
天領じゃ新田開発しても何にも無いのにね・・・年貢は安いが

475 :日本@名無史さん:2008/06/03(火) 11:12:54
新田開発が成功すると新切取。献金すると与力→郷士

476 :日本@名無史さん:2008/06/03(火) 11:24:38
まずは金だよな。極貧から学者になり大成するのも稀にいるが。

477 :日本@名無史さん:2008/06/04(水) 03:48:07
>>474
大和川の付け替えによる新田は?

478 :日本@名無史さん:2008/06/06(金) 20:55:22
ご先祖様へ、苗字帯刀なんてしなくてもいいから、
藩へ献金する分を小判で埋めておいてくれれば良かったのにorz

479 :日本@名無史さん:2008/06/06(金) 22:01:40
江戸時代の写真なんかだと坊主頭の医者っぽい人物も大小を帯刀したりしてるけど
あれはOKなの?

480 :日本@名無史さん:2008/06/06(金) 22:29:31
>>479
おまえんち鏡無いのか?
お前さんの髪の毛と同じだよ。

481 :日本@名無史さん:2008/06/07(土) 02:54:28
>>478お蔵を作るときにお蔵の下に埋めるのが結構あったみたいだけど掘って見たら?

482 :日本@名無史さん:2008/06/07(土) 07:29:33
>>479
藩のお雇いとかは公式の場合はするでしょ
考え方は農生まれでも足軽や用人になってるときは帯刀するのと同じ
まあ医者だからいつもするのは人によるだろうけど
町医者は帯刀はしないだろうね

483 :日本@名無史さん:2008/06/07(土) 15:18:25
献金する金がなくても武家に若党や足軽奉公すれば実際に帯刀身分になれる。
旗本に奉公してた連中が村に返っても帯刀をやめず問題になってたらしいけど

484 :478:2008/06/07(土) 15:40:59
>>481
昨年、掘ってみまつた。
なんか、欠けた茶碗や、瓦片しか出てきませんでつた(ry

485 :日本@名無史さん:2008/06/07(土) 15:51:31
埋蔵金は「ある」としか言えない

486 :日本@名無史さん:2008/06/07(土) 16:11:11
>>484
あきらめるな絶対出てくる。

そしておそらく、中にはこんなメモが入ってるはずだ。

「未来の俺へ 
   悪いがこの金は屋敷を建て直すのに使わせてもらった。
                                  残念だったな。

                              天明元 辛丑年 
                                     治郎左衛門」

487 :日本@名無史さん:2008/06/07(土) 19:43:29
>1のお触書に意味が少し分からん
役職についてりゃ苗字帯刀していいと取れるがどういう趣旨で出したんだろうか

488 :日本@名無史さん:2008/06/07(土) 20:29:13
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9B%E9%B3%A5%E6%99%82%E4%BB%A3%E4%BB%A5%E5%89%8D%E3%81%AE%E4%BA%BA%E7%89%A9%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.81.A4


飛鳥時代の人苗字

489 :日本@名無史さん:2008/06/08(日) 01:17:12
自称戦国大名のの一族で、大名が開いた道の片一方の入り口の砦っぽいところに
本家が消えてからも、い続けていて、時々ご家老の苗字をもらったりしているけど
藩士でも庄屋とかでもない家柄の私が通過。

参勤交代とかで藩主が近くを通るときに、狼煙を上げてお出迎えとかしたらしい。
明治になって神官になったが地元の殖産興業と鉄道ひくので財産を
使い果たしかけたところの火事で、何がなんだかよくわからなくなってしまったという。

藩士ではないので身分は平民なり。





490 :日本@名無史さん:2008/06/08(日) 03:28:39
>>484
掘ったんかいw

491 :日本@名無史さん:2008/06/08(日) 12:51:38
>>489
藩士でも庄屋でもないって、江戸時代の家業はなに?

492 :日本@名無史さん:2008/06/10(火) 07:09:25
郷士じゃね?苗字持ってるみたいだし

493 :日本@名無史さん:2008/06/10(火) 07:18:29
郷士って家業じゃねえだろw

494 :日本@名無史さん:2008/06/10(火) 09:40:04
普通に村役人でもやってた百姓じゃないの?
村で一番の金持ちが必ず名主になってたわけでもないし
その地方で長く根を張っていた戦国大名の一族なら、
藩のほうでそれなりに処遇してても不思議ではないでしょ。

495 :日本@名無史さん:2008/06/10(火) 12:06:14
村役人って庄屋以外なんかあったっけ

496 :日本@名無史さん:2008/06/10(火) 12:10:10
自己解決
しかし>>489は村で一番の金持ちとはどこにも書いてないが
どこからそんなのが出てきたんだw

497 :日本@名無史さん:2008/06/10(火) 15:28:46
>>495
庄屋=いでいう自治会長

地方では庄屋は武士ではなく武士は下級藩士から出すのが極普通であたった。

498 :日本@名無史さん:2008/06/10(火) 15:59:16
>>497
意味わかりまへん

499 :日本@名無史さん:2008/06/10(火) 17:09:05
>>495村方三役

500 :日本@名無史さん:2008/06/10(火) 17:09:43
>>497
日本語でおk

501 :日本@名無史さん:2008/06/10(火) 17:30:14
>>500 スマン

誤字

庄屋=自治会長

502 :日本@名無史さん:2008/06/10(火) 17:48:47
庄屋の権限はもっと大きいぞ。村に割り当てられた年貢を家ごとに割り振るのは庄屋の仕事。

503 :日本@名無史さん:2008/06/10(火) 17:51:26
>>502

全国各地の庄屋全ての苗字を書いてくれないか?

504 :日本@名無史さん:2008/06/10(火) 17:54:16
基地外が混じってるようだ

505 :日本@名無史さん:2008/06/10(火) 17:55:20
>>501
そこだけじゃなく下の段の日本語も変

506 :日本@名無史さん:2008/06/11(水) 19:00:11
>>497 >>501
日本語でおk



507 :日本@名無史さん:2008/06/12(木) 01:05:12
>>491
基本、お百姓さんだな。
あと山伏もやっていたけど、職業じゃないか。
位牌に別当とかあるのがあるから、なんか藩の役職についていたか、盲人だったか。
江戸に出て幕府の火薬関係の何かをやっていた人もいるらしいけど、こっちに記録がないし、
幕府の記録調べるの大変そうだし。
なんで、ご家老から苗字もらったかもわからないし。
砦っぽいところだけに、鎧とか弓矢たくさんあったらしいけど、今残っているのは壊れた腹巻みたいなやつだけだし。

>>496
一応最初の選挙のときに投票権があったくらいの金持ちです。
曾祖母さんの姉が嫁いだ先は、藩でも指折りの大肝煎だったそうだが、
うちの曾爺さんの道楽に付き合ってだいぶ傾いたけど、火事にならなかったので
戦時中は旧藩主家が疎開していたとか。


508 :日本@名無史さん:2008/06/12(木) 18:32:19
>>507
大肝煎ってことは、東北とかだな。

509 :日本@名無史さん:2008/06/13(金) 22:59:07
名主、庄屋、肝煎、検断他にはなにがある?

510 :日本@名無史さん:2008/06/14(土) 11:07:41
村役人=苗字帯刀ではないんだけどな

511 :日本@名無史さん:2008/06/14(土) 11:28:19
新撰組の近藤勇のように
武家に養子に入れば百姓でも帯刀できるではないか。

512 :日本@名無史さん:2008/06/14(土) 11:43:04
近藤勇は武家に養子に入ってないんだけど。撃剣師匠の近藤周助の養子に入っただけで身分は百姓のままだよ

513 :日本@名無史さん:2008/06/14(土) 14:03:04
>>489
うちのかーちゃんの実家も、戦国時代に新しく開かれた道の入り口の門番とかだったらしく
屋号が「下戸」(げど)ですよ。

>>512
でも、直参とかになったしぃ


514 :日本@名無史さん:2008/06/14(土) 14:38:57
直参になったとか関係なくねーか?

515 :日本@名無史さん:2008/06/14(土) 17:27:54
田舎剣術の師匠の帯刀はまあ黙認だったんだろうね。


516 :日本@名無史さん:2008/06/14(土) 21:04:55
>>510けど>>1のお触書を見ると庄屋になりゃ帯刀出来そうに書いてあるがな

517 :日本@名無史さん:2008/06/14(土) 21:09:50
>>516
>1のどこにお触れ書きなんてかいてあるの?

518 :日本@名無史さん:2008/06/14(土) 22:24:39
江戸時代の「屋号」は、誰でも持つことが出来たの?

家が堀江屋って屋号だったが、江戸の商人のように裕福だった
訳でもなく、かといって小作農だったという証拠も特に無く・・・。

519 :日本@名無史さん:2008/06/14(土) 23:03:25
屋号は苗字じゃないから持てるけど、普通は商人が持つものでしょう

520 :日本@名無史さん:2008/06/14(土) 23:09:11
>>518
村方でも小商などしていれば、べつに構わないのでは?
その後商売を辞めたとしても、屋号は家号として残る場合もあるし
ちなみに家は竹廼屋、母の実家は石川屋

521 :日本@名無史さん:2008/06/14(土) 23:44:35
東京近郊の住宅地で俺は転入してきたわけだが
元は古くからある集落で相続税払うために地主が土地売却
1軒の屋敷の跡に数軒の住宅とかアパートとかが建ってる

古くからの住民には特定の姓があるのだがそれとは別の姓もある
大地主の原は別姓石橋でやはり地主の西村も別姓石橋

522 :日本@名無史さん:2008/06/15(日) 09:40:50
屋号は昔の苗字代わりだから商売してなくても持ってるものでしょ
今も田舎の方だと苗字じゃなく屋号で呼んでるよ

523 :日本@名無史さん:2008/06/15(日) 09:49:23
ちょっとググったら地方によって違うのか
何もかも地方によって違うからダメだなこりゃ

524 :日本@名無史さん:2008/06/18(水) 02:52:11
庄屋の半分ぐらいは帯刀を許されてたのかな?

525 :日本@名無史さん:2008/06/18(水) 11:36:10
>>524
地域によるよ

526 ::2008/06/18(水) 11:44:01
庄屋名主の帯刀が許されてるのは
大半が江戸初期からの永代庄屋の 名門家が大半
中期以降の庄屋などはあまり許されてないケースが多い 新田と呼ばれる地域の名主はかすばかり
基本的に 帯刀が許されている庄屋は 江戸期以前から 豪族や国人武士の帰納者がほとんど

527 :日本@名無史さん:2008/06/18(水) 11:58:06
永代庄屋ってどこの地域の庄屋ですか?
仮に領主が替わっても庄屋職の世襲が約束されてたってことだとしたらそれを担保し得るのは大公儀?

528 ::2008/06/18(水) 12:18:17
もちろん 大権現お墨付き貰ってる庄屋いますしね

それに 管理監督者である大名家が代わることでの
地方自治の役職や役目、役割等の人的変遷が 根こそぎ変えられると事例などあまりないですよ

基本的に 村社会の末端行政は 普通は委任委託委譲されていますから
江戸初期からの庄屋は大半が世襲的身分保障がある程度の範囲でなされてたと見解するのが妥当です

そもそも幕府が 初期に帰農させる口実が

それら豪族や国人武士の既存の権利や既得権益の保障が前提でしたからね



529 ::2008/06/18(水) 12:25:04
さらにいうと 村社会の日本で
例えば目に見えた保証の形というものが存在していなくとも

行政監督官にすぎない行政庁としての役割権限をもつ大名家

ようは監督、管理、指導、運営 というマクロ的役割

分権的末端行政区の村社会の中での確立された庄屋身分は 暗黙のうちの保証された権限として
個人に委ねられていたことは 容易に確定できますよ

530 :日本@名無史さん:2008/06/18(水) 12:41:58
アホ?

531 ::2008/06/18(水) 12:48:31
は?

なめてるのか?

俺は あらゆる学問に精通した いまだかつて論破されたことない男だ


なにが論述でおかしいのかいえるならいってからアホといえ

俺の論述が難しくてわからないだけだろ(笑)

532 :日本@名無史さん:2008/06/18(水) 13:59:20
↑狂人?

533 ::2008/06/18(水) 15:05:07
だからなんで狂なんだよこの変態

根拠もないくせに

あげくは理論的に言い返せないくせに どーしょもねーくずだな

534 :日本@名無史さん:2008/06/18(水) 15:10:23
↑ブヨウインシ?

535 ::2008/06/18(水) 15:20:36
そうだよハナタレ
よく覚えていたなくず

どいつもこいつも学術的な専門性がないばかばかり

笑えるがな

536 :日本@名無史さん:2008/06/18(水) 21:11:11
しかし、実際のところ誰が許可したのですか?
いつの時代の話ですか?
その辺からして不明確で、話が見えてきませんね。。

537 :日本@名無史さん:2008/06/18(水) 23:22:43
庄屋様はこちらでも
ウンチをお漏らしでしたか。。。


538 :日本@名無史さん:2008/06/18(水) 23:26:52
【家柄】 庄屋 VS 下級武士【対決】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1213688343/



庄屋の苗字について調べました。


庄屋←て苗字の庄屋はいませんので悪しからず。

539 :日本@名無史さん:2008/06/19(木) 00:35:48
>>538
>庄屋の苗字について調べました。

庄屋←て苗字の庄屋はいませんので悪しからず。

我が主の粗相をお許しください。。。
庄屋様ぁ、おバカまるだしでございするぞ


540 :日本@名無史さん:2008/06/19(木) 05:08:07
庄〇・徳〇・金〇・伊〇・日〇・富〇


〇原・〇本・〇山・〇原・〇島・〇田


在日に多く使われる通名・苗字は 日本人ぽっいけど頭文字が立派で金持ち風なのが特徴です。


これはマジな話し。

541 :日本@名無史さん:2008/06/19(木) 12:37:32
>>540
丸の中は金ですか?

542 :日本@名無史さん:2008/06/21(土) 16:53:38
あ【あ】[固有名詞](日本史)

2chの日本史板のコテハン。
自演厨で上層農民階級が下層士族階級より偉いという妄想にとりつかれて
何度も自分の発言を自演で擁護するためうざがられる。
およそ日本史板住人とは思えない独特の【あ】用語を駆使した書き込みを行う。
ダニやゴキブリなど汚い暴言を繰り返し、前後の流れを無視して論破宣言をするなど
どうしようもないコテハンだが、あまりのキレっぷりと、ぶっ飛んだ理論展開から
他の住人からは精神病ではないかと心配されていると言う面もある。

あ用語【あようご】(日本史)

日本史板の厨コテハン、【あ】が妄想から作り出した独特の歴史用語
[豪族庄屋][小作庄屋][エタ侍][地侍庄屋]等があるが、
まともな精神状態の人間には理解することができない。

543 :日本@名無史さん:2008/06/22(日) 12:57:50
博徒なんかは通り者だと称して長ドスを差してたらしいけど通り者(旅行者)なら脇差帯てもよかったんだよね。
道中でなにかあった時は抜いたり斬ったりしてもよかったのかな?

544 :日本@名無史さん:2008/06/22(日) 13:20:08


阿呆 庄屋 “あ”が暴れまくりスレッド
↓↓↓↓↓↓↓↓↓




【家柄】 庄屋 VS 下級武士【対決】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1213688343/



“あ”に対し悟りのお言葉そえて下さい。

545 :日本@名無史さん:2008/06/22(日) 13:40:08
>>543
野犬とか盗賊から身を守るためなら斬ってもよかったんじゃね?

546 :日本@名無史さん:2008/06/22(日) 16:17:21
うちの曽祖父が明治20年代後期旧制中学に行くため上京する折
追いはぎが出るためと称して一本刀を差し懐には拳銃を携えて出かけたそうな。
昔は治安が悪かったのかね?

547 :日本@名無史さん:2008/06/22(日) 20:23:15
廃刀令がでていますが…

548 :日本@名無史さん:2008/06/22(日) 22:38:04
廃刀令以後も懐剣や包んだ刀の携行はOK
拳銃もOK

549 :日本@名無史さん:2008/06/23(月) 00:34:01
791 名前:日本@名無史さん 投稿日:2008/06/22(日) 01:00:52
>>789
それは足軽長屋、足軽は士族ではない、The do you under stands

中学生程度の英文すら書けない池沼が暴れまくっています。
覗いて哂ってやってくださいw
【家柄】 庄屋 VS 下級武士【対決】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1213688343/l50

550 :日本@名無史さん:2008/06/23(月) 00:37:00
791 名前:日本@名無史さん 投稿日:2008/06/22(日) 01:00:52
>>789
それは足軽長屋、足軽は士族ではない、The do you under stands

The do you under stands
The do you under stands
The do you under stands
The do you under stands
The do you under stands
The do you under stands
The do you under stands
The do you under stands
The do you under stands
The do you under stands

wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww


551 :日本@名無史さん:2008/06/23(月) 22:00:55
そこの あ はブヨウインシだからお触り禁止
1人自演で1000まで埋めるキチガイだから

552 :日本@名無史さん:2008/06/24(火) 09:13:00
>>549>>550これも あ の自演です。

553 :日本@名無史さん:2008/06/24(火) 23:59:53
>>546
あ、うちの曾爺さんも上京するときはいつも脇差を持っていっていたとか聞いたな。


554 :日本@名無史さん:2008/06/25(水) 01:19:18
おれの曾祖父は脇差を仕込んだステッキ持ち歩いてたそうです

555 :日本@名無史さん:2008/06/25(水) 01:38:04
旧制中学は剣道やってるからな俺たちが刀持つのとは格段に意味が違うんだろうな

556 :日本@名無史さん:2008/06/25(水) 01:50:15
>>554それ、座頭市(-_-)⊇だろが!つっこみ

557 :日本@名無史さん:2008/06/25(水) 01:59:26
廃刀令以後に仕込杖や懐刀が流行ったらしいよ


558 :550:2008/06/25(水) 03:24:20
>>552
いっしょにしないでくれ
あのスレで言いたいことあったけど、キチガイが立てたスレだから
情報は書かなかったってのに

559 :日本@名無史さん:2008/06/25(水) 06:26:31
言いたいことって何?

560 :日本@名無史さん:2008/06/25(水) 16:12:14
山野ってアニオタだったんだな
マジで見直した

561 :日本@名無史さん:2008/06/26(木) 02:00:27
苗字帯刀が許されてもあまりメリットなさそう…

562 :日本@名無史さん:2008/06/26(木) 11:20:08
>>561
苗字帯刀が許されても、武士になったわけじゃないから自己満足の域を出ない。

563 :日本@名無史さん:2008/06/26(木) 11:51:57
つーか江戸後期はほとんど献金に対する腹が痛まない褒美だし

564 :日本@名無史さん:2008/06/26(木) 19:01:12
おなじ郷士間でも献金郷士は揶揄されていそうだな

565 :日本@名無史さん:2008/06/28(土) 23:14:11
どこの藩?

566 :日本@名無史さん:2008/06/28(土) 23:35:52
まあね。
ウチみたいな由緒正しい鎌倉御家人の子孫から見ると、殿さんも何処の馬の骨かわからん成り上がり者だから、影では○×さんと言っていたそうだし

567 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 04:38:32
前に広瀬淡窓の苗字帯刀永世士列のことが書いてあったけど
幕領でいかに庶民の永世苗字帯刀が破格格別の恩典であったかこの淡窓の詩でもわかる

朝来寵命下山村
身著逢衣及子孫
自覚一肩坦不起
国家恩又聖人恩

山深い日田の田舎にいる淡窓にとって永世帯刀で租税夫役を除かれ踏絵を免ぜられたことが当時いかに驚異の恩典であったかがわかる詩である。
淡窓の学才賢才に今さら疑いはないわけだが、彼がこの恩典に預かったのも当時の老中がかの水野忠邦であり、その元で御納戸頭の職掌にあったのがかつて日田で淡窓が教えた羽倉簡堂であったという偶然があってこその快挙であった。
事実儒者としてこの恩典を受けたものは伊藤仁斉、那波魯堂、近藤篤山ら数人に過ぎなかった。


568 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 06:44:33
幕領なんてお目こぼしがその代わりに多そうな気がするけどね

569 :日本@名無史さん:2008/06/29(日) 07:41:22
>>567
どういう偶然かわからないけど
羽倉と共に幕府三人兄弟と並び称された川路左衛門尉も豊後日田