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【文禄】 秀吉の朝鮮征伐 【慶長】パート2

1 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 08:47:33
秀吉の朝鮮征伐を考察・議論するスレッドです。

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前スレッド
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2 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 08:52:04
>>1
×【文禄】 秀吉の朝鮮征伐 【慶長】パート2
○【壬申】 秀吉の韓国侵略 【丁酉倭乱】パート20

3 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 12:08:55
朝鮮

4 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 13:21:13
韓日友好のためには日本は直ちに謝罪・賠償すべき。

5 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 14:36:07
韓国は

6 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 17:56:08
いつまでも

7 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 20:45:05
世界の中心

8 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 21:40:14
宇宙の帝王!!

9 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 22:16:34
いやあああ

10 :日本@名無史さん:2009/07/04(土) 23:15:25
                      ,====,===、
                    _.||___|_____||__
                   /   /||___,|^l
               (‘ω‘*)//.||   |口| |ω^ )
               /(^(^ //.||...||   |口| |c  )
             ∧∧.  //  .||...||   |口| ||し       新スレです
           (゚ω ゚) //   .||...||   |口| ||        楽しく使ってね
          / (^(^ //  ....  .||...||   |口| ||        仲良く使ってね
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11 :日本@名無史さん:2009/07/05(日) 00:08:57
そうだ

12 :日本@名無史さん:2009/07/05(日) 02:47:24
創価へ行こう

13 :日本@名無史さん:2009/07/05(日) 20:28:45
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E7%A6%84%E3%83%BB%E6%85%B6%E9%95%B7%E3%81%AE%E5%BD%B9
ウィキペディアの文禄・慶長の役が韓国発祥の英訳版に大幅書き換えされてます。

14 :日本@名無史さん:2009/07/05(日) 23:26:03
最近、”補給戦”を読んだら、第二次出兵の人狩り鼻そぎが一石三鳥の
ナイスな戦法だと思う様になって来た。
夏に出撃して敵の兵站を破壊する為に無人地帯を作り出し、冬は自軍だけ
補給の行き届いた城で越冬。
秋の収穫をアテに冬季攻撃を仕掛けてくる敵は、籠城側に対抗出来ず、
早々に包囲を解かざる負えない。
夏になったら最出撃で同じ事を繰り返して明に諦めさせるまで続ける。
とっ捕まえた朝鮮奴隷は将来、本国の農民と入れ替えで日本で耕作させる
為に日本本土に連行。 


15 :日本@名無史さん:2009/07/06(月) 00:14:24
>本国の農民と入れ替えで日本で耕作させる為に日本本土に連行。 

お断りします。

16 :日本@名無史さん:2009/07/06(月) 01:04:18
明に奴隷として引き取ってもらうのがベスト。

17 :nomu:2009/07/10(金) 00:25:43
これを見ると明史に記載された損害は明本国だけでなく、
明・朝鮮合わせた損害でと判る。

前後七載,喪師數十萬糜餉數百萬,中朝與朝鮮迄無勝算。
しかし関白が東国を侵してから七年、師の数十万、
数百万の食糧が失われ、わが国と朝鮮には勝算がなかった。

http://history-books.jugem.jp/?eid=7

18 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 01:18:12
>わが国と朝鮮には勝算がなかった。

どちらにせよ負けそうだったと。

19 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 07:11:49
>>17
中華思想の国なのに、一応官職名で敵国の長を呼ぶとは以外だな。
朝鮮なんて、日本が登場するたびに賊だとか倭だとか書いて日本を
馬鹿にして、根拠のない優越感に浸ってるのに。

20 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 07:20:02
倭乱

21 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 09:51:07
>>19
関白と書いている場合もあるし倭酋と書いてある場合もある。ケースバイケースだよ。

22 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 11:09:14
関白を、関羽とか中国系の名前と思ったか?

23 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 12:00:51
いやいやいや

24 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 18:43:41
倭人は謝罪しろ

25 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 18:48:40
ごめんなさい

26 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 21:30:57
謝罪だけじゃ足りない。
倭人は賠償せろ!

27 :日本@名無史さん:2009/07/10(金) 21:39:58
賠償せろ!
賠償せろ!
賠償せろ!

謝罪シル! 賠償セロ!!

28 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 03:36:44
http://en.wikipedia.org/wiki/Naval_warfare
いすんしんってやっぱ偉大なんだな

29 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 06:11:06
>>19
中国はかなり昔から日本を倭と呼ばないんだよな。小日本とか東洋鬼子とは言うけど。
変なところで律儀と言うか。

30 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 07:36:55
>>27
イリュージョンで消えるんですね。わかります。

31 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 09:07:34
ナポレオンも謝罪しなかったし、
アレキサンダー大王やジンギスカンが賠償責任を負ったという話は聞いたことがない。
豊臣秀吉程度の侵略は侵略のうちにはいらない。

32 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 10:16:12
ドイツも日帝も土下座して謝罪・賠償した。
敗戦国が謝罪賠償するのは当然のこと。
滅ぼされないだけマシだと思うべき。

33 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 11:59:52
>>32
本気で李氏朝鮮が当時の日本を滅ぼせると思ってるのか?

34 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 14:21:25
>>33
余裕。
倭など乱後わずか2年で自壊したではないかw

35 : ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:2009/07/11(土) 14:28:31

          ∩      ∩
          | | つ  .⊂「,|
   /ヾ ∧   ヽ !,'っ_ .⊂_,!
 / ・  |ミ    /  ・ ヽつ
(_'._  |ミ   ▼,__  |
 <`Д´# >     <`Д´# >
. ( 馬  )      .( 鹿  )
.  u―-u       u―-u



36 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 15:53:13
>>34
つまり朝鮮の力ではない、って言いたい訳だな。

37 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 18:37:33
韓国が手を下すまでもないと言うこと。
韓国が貿易を止めれば文化・技術・経済後進国である倭は干上がり、
国は滅び、貿易の再開を懇願してくる。
倭など白丁にも劣る奴らだな。

38 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 18:49:01
総力戦に持ちこたえられず崩壊したんだから同じ事

39 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 18:57:55
>>38
同意。
結局小国の日本には韓国侵略なんか夢のまた夢だったんだよね。

40 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 19:25:22
明が来るまで全土を蹂躙されてたくせによく言うよっと。
釣られてみる。

ところで、朝鮮や中国の兵卒は鎧を着けなかったとどこかのスレで見たんだが、
誰か知らないか?

41 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 19:27:22
戦争に一国でやらないといけないなんてルールはない

42 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 22:22:14
白村江の戦いで敗れた天智天皇は、批判を回避するため内政重視に転換し、
大化の改新などの一連の改革を行った。秀吉の朝鮮出兵の失敗も、後の
徳川幕府の鎖国政策につながる。
第二次世界大戦に破れた日本も、まだ終戦から60数年しかたっていないわけ
だし、改めて討って出るには早すぎる。まだまだ、内政重視で国力の増強に努
めるべき時期だと思うのですが・・・

43 :日本@名無史さん:2009/07/11(土) 23:37:06
徳川幕府は、朝鮮出兵で鎖国政策を行ったわけではないが?
むしろ、積極的に明と通商を結ぼうとしていたし。失敗したが

44 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 00:02:15
っていうか今現在どっかに打って出ようとしてるの?

45 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 00:07:41
ソマリア

46 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 00:17:23
竹島と北方四島は成り行きを見て手堅く確保。

47 :日本@名無史さん:2009/07/12(日) 02:20:43
竹島なんぞどうでもいいんだが
ほっとくと増長するからな鮮人は

48 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 20:55:46
大河ドラマ 天地人 第29回「天下統一」7月19日放送 あらすじ
最後
>驚がくする氏政(伊吹吾郎)は、敗戦を認め自害し、北条家は滅亡する。
>さらに家康も関東へ移封(いほう)。ここに秀吉は天下統一を果たす。

>景勝と兼続は戦のない世が訪れたことを喜び、越後へと凱旋(がいせん)する。
http://www9.nhk.or.jp/taiga/story/index.html

続きもう読めたw
この後、突然唐入り準備の知らせが入るんだろ。
でもって、「平和な世の中が訪れると思ってたのに何たる事!」と妻武器が憤るってか。
朝鮮出兵に否定的印象を与えるための演出なんだろうけど
この類の展開なら歴史的事実に反する捏造だぞ。
唐入りについて秀吉は九州役の前から既に公言してたことで
イエズス会の宣教師でさえも知ってたこと。
NHKの歴史捏造癖はここでも発揮されそうだな。

49 :日本@名無史さん:2009/07/13(月) 21:18:29
まあ、ドラマだし捏造でもいいけど、天地人なんて最初の方しか見てないからな
んとなくしかわからんがあの平和主義的な描き方だと朝鮮征伐はすごい描き方だろうな。
はっきり言って朝鮮なんて興味ないけど、テレビの韓国の持ち上げ方は気に触るわ。

50 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 07:47:04
50

51 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 09:37:05
朝鮮征伐は悪い侵略で叩きまくるのに
最上攻めは良い侵略になりそう

52 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 10:24:29
天地人に限らないが、最近の歴史小説は、
ところどころ、現代の価値観をまぜ込むから話がしらける。
作家が稚拙なのか、出版社・マスコミが腰抜けなのか。
たぶんマスコミが弱いんだろうね。

53 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 10:32:27
ほとんどの作家が朝鮮に同情的なのが気に食わない

54 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 10:43:35
>>37-39
何この自演

55 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 10:47:12
元寇ネタでさえな…

56 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 10:54:20
>>52
北条時宗でも武士がモンゴル兵助けるシーンがあってわろた
鎌倉時代の武士なら恩賞目当てに片っ端から首刎ねるだろw

57 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 11:23:53
直江が不満を言い続けた百姓の首をはねた話が捏造となってたが、
あれは割合合理的だと思うので不自然ではない。
当時は人間は平等でないというより統治の点から平等であってはならなかった時代なのに。

58 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 12:56:29
日本て基本的に異民族支配が無いから根本的なところで変な平等思考があるんだろうね。ほとんどどんぐりの背比べ状態じゃ・・・
圧倒的な兵力差を持った異民族支配を受け入れた国じゃないと本来的な優性思考は根付かないだろうね

59 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 13:20:59
異民族支配なんてアメリカぐらいしか経験してないからな

60 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 17:17:57
え?

61 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 17:19:10
>>56
南宋人は実際助けたらしいけど

62 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 19:01:05
7年間の死闘のはてに守り抜いた朝鮮!日本軍がもっとも恐れた無敗の名将李舜臣の戦歴が今明らかに!
http://japan.yi-sunsin.com/01war/01_01.jsp

63 :日本@名無史さん:2009/07/14(火) 19:42:25
>>51
俺の予想では最上の方から攻めて来たんでやむなく追っ払って、追撃してるうちに長谷堂城まで
行っちゃうんだと思う。

64 :日本@名無史さん:2009/07/16(木) 00:26:30
この戦いで明・朝鮮連合軍って言い方する人いるけど正しいのか?これじゃあ、明と朝鮮が
対等な関係だと錯覚してしまう人もいるだろ。実際は、朝鮮軍は明軍の犬のようなもんで、明軍の意の
如く動かなかったら、剣背(剣の鋭利でない部分)で殴打されてたらしいし。

「(明軍が)我が軍(朝鮮軍)を駆り出し、城中(平壌城)に在るを得ざらしむ。李イツ(朝鮮の武将)
の軍は、すなわち唐将一人あり、軍士4人を率いて、進退を監制す。しかも既に訳官無く、語言相通ずるを得ず。
進退の際、少しく其の意に違えば、たちまち剣背を以て殴打し、意に任するを得ざらしむ。故に我が軍凡そ獲る
所あるも、亦た奪わるるところと為る。」(懲録)

明軍とその子分(もしくは属軍)が一番正しい呼び方じゃね

65 :日本@名無史さん:2009/07/16(木) 14:29:20
犬は言いすぎだ!
 
精々、つかいっぱ・・・。
蔚山攻めの時も、明軍は朝鮮軍に攻撃させて回りを包囲してるだけだったとか
何とか・・・。

66 :日本@名無史さん:2009/07/16(木) 20:07:24
退却するヤツは銃殺だ!、の督戦隊戦術の起源だなw

67 :日本@名無史さん:2009/07/16(木) 21:55:09
日本軍が釜山やソウルや平壌を陥落させて朝鮮半島を縦断し
明領土まで踏み込んだのは凄い事だ。

豊臣秀吉太閤殿下や加藤清正、小西行長、小早川秀秋ら
朝鮮征伐参陣諸将がもし、1910年の日韓併合実現時に
蘇ったとしたら、どんな感想を持ったであろうか?

68 :日本@名無史さん:2009/07/16(木) 22:11:55
寺内正毅も似たような事言ってるね

69 :日本@名無史さん:2009/07/16(木) 22:14:43
大東亜共栄圏構想は、
白村の江の戦いで夢破れ、秀吉の朝鮮出兵も失敗し、
太平洋戦争で、またしても失敗。
いわゆる大東亜共栄圏を中心に世界を支配せいていた
阿蘇山麓にあった九州王朝は復古できるのだろうか?

70 :日本@名無史さん:2009/07/16(木) 22:16:56
ニンジャ・アサシンの海外反応を見るスレ★2円
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/korea/1246339025/

71 :日本@名無史さん:2009/07/16(木) 22:37:08
明軍とオスマン帝国のイェニチェリはどっちが強いだろうか?

72 :日本@名無史さん:2009/07/16(木) 22:47:13
満州八旗

73 :日本@名無史さん:2009/07/16(木) 22:50:20
明軍とイェニチェリ数が違いすぎる、オスマン帝国にはそれ以外の軍もあるし。

74 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 13:58:29
明軍は、朝鮮に文禄で4万3千、慶長で10万しか軍隊を送り込めなかったのは
なんでだろう?
明の国力の限界だったのかな。オスマン帝国もたいていの戦いは10万以下だったし、
少なくはないとは思うけどさ

75 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 23:09:09
金が無かったから。

76 :日本@名無史さん:2009/07/17(金) 23:10:51
送っても意味ないし

77 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 00:25:22
所詮、中華辺境の属邦の劣等民族を救援なんかしたくねーって事だ。
日本軍が明国本土へ進出しそうだったから、李氏朝鮮へ救援軍を派遣しただけ。

78 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 13:46:25
16世紀の世界各国の軍事力
明軍>オスマン帝国軍>>女真族>>>スペイン・ポルトガル軍>>>日本軍>朝鮮軍

戦歴見るかぎりでは、こんな感じだな。数で圧倒的に劣る明軍は、圧倒的兵力の日本軍の
拠点を少しずつ奪取し、秀吉の死の頃には日本軍は、海岸線を守るのみだった。
所詮、戦国日本も井の中の蛙だったわけだ。もしかすると、朝鮮軍より弱いかもしれない。
たいてい兵力に劣る朝鮮軍は、日本に敗退しているが、中には梨峙の戦い、晋州城や辛州山城
防衛戦では、10分の1以下の朝鮮軍が日本軍を撃破し殲滅している。ようするに文禄・慶長の役
での日本軍が朝鮮・明軍に勝っていたのは兵力だけってこと。




79 : ̄ ̄ ̄ ̄ ̄○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:2009/07/18(土) 13:51:58
           O 。  ZZZzzz
        _∧_∧_____
      / (< `∀´ >(() ./
     /  ⊂    つ ./
   / ̄⌒(ヘヽ∩(へ) /
  / ※※\  ⌒⌒く
 (_____(___,,ノ

80 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 13:56:26
>>78
>戦歴見るかぎりでは、こんな感じだな。数で圧倒的に劣る明軍は、圧倒的兵力の日本軍の拠点を少しずつ奪取し、秀吉の死の頃には日本軍は、海岸線を守るのみだった。

はぁ?貴様の妄想など見えんなあ。それと君の使う言語では、捨て城に入ることを奪取というのか?

81 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 14:07:15
はぁ?捨城だぁ?
潰走した結果捨てざるを得なくなった城が捨城とは片腹痛いわw

82 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 14:23:20
明厨があらわれたよ

83 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 14:35:40
>>81
壊走かどうかは別にして、守備兵もおかずに放棄した城は
文字通り捨て城だろ。w 日本語が不自由みたいだな。


すてじろ【捨(て)城】
守備する兵士のいない城。  辞書:大辞林 (三省堂)

84 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 14:35:41
結局の所、貧乏に強い明騎馬軍も朝鮮半島の不潔貧乏ぶりに苦戦か・・。
下手に大兵力を展開したら、それだけで自滅。
日本側の籠城戦術は最小限の費用と労力で最大限の効果をあげる
優れた戦略。
なんせ20倍の兵力で未完成の城を攻めても陥落しない和城は無敵

朝鮮奴隷は集めすぎて価格大暴落
[黒人奴隷の40分の1の値段で買えたから、5人買ったけど、
弱ってたんで2人捨てた」
とか、ポルトガル商人が書き残してるorz


85 :nomu:2009/07/18(土) 16:08:30
いつも同じようなこと言い続けているが、
戦国厨や秀吉厨には馬鹿の壁があった理解不能なんだろうが1
日本は文禄の役に16万〜20万、慶長の役では14万〜18万の軍勢
を投入しているのに際し、朝鮮軍の正規軍は7千人ほどで後は
両班が率いる義勇兵(民兵)慶長の役の正規軍の数は不明
明軍は文禄5万、慶長10万程度なんで日本軍の人数がいかに
多いかわかる。
その上、慶長の役では朝鮮南部の倭城での篭城戦に終始し、
総大将の秀吉の死に際しても密葬として、葬式もしない状況
なんだから日本に余裕がいかにないかわかる!


86 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 16:12:56
結局日本は完膚無きまでにたたきつぶされて国まで滅亡したという訳か・・・orz

87 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 16:14:29
馬鹿の壁があるヤツには、動員定数と実数の違いも判らないし、
日本軍の半数以上は非戦闘員の人夫であったことも一向に
理解できないんだよね。

で、馬鹿みたいに、っつーかマジ馬鹿だから朝鮮正規軍7千人とかいう
根拠不明の数字を念仏のように唱えているよね。w


88 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 16:35:17
明朝鮮軍はすべて兵士でした!
紛れもなく戦闘員です!!

wwwww

89 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 17:06:32
明軍や朝鮮軍の得意技だろ?捨て城拾い。

90 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 17:57:18

明の記録では、明とその属国は数十万の兵を失い、勝算が無かったと書いてある。

【明史】
列伝第二百十二 外国三 『日本』

前後七載,喪師數十萬糜餉數百萬,中朝與朝鮮迄無勝算
至關白死,兵禍始休,諸倭亦皆退守島巢,東南稍有安枕之日矣

喪師數十萬・・・・数十万の軍を失い
糜餉數百萬・・・・数百万の食糧も失い
中朝與朝鮮迄無勝算・・・・我らに全く勝算が無かった
至關白死〜・・・・・でも関白が死んで倭人は帰った。安心して寝れる。



91 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 18:10:35
倭人は巣に帰った??
すげえ、ばかにされすぎw


92 :nomu:2009/07/18(土) 18:50:03
>>87 お前ってホント馬鹿だね!
日本軍の半数以上は非戦闘員の人夫であったとしても
周り敵だらけの朝鮮半島において、戦闘に関わらなかった
っててどうしていえるんだ!
城攻めにおいても守勢側は人手不足の場合老若男女を城に入れて
戦いに参加させているのに!


93 :nomu:2009/07/18(土) 18:54:08
>>90 お前も馬鹿だね!
確かに『明史』においては正直に
明・朝鮮軍は勝算がなかったって
言っているが、じゃあ日本側には勝算
があったって思っているのか!
あの派手好きの太閤秀吉が死んだのに
葬式もせず、密葬で済ませている事態
からも日本こそ明・朝鮮以上に勝算が
まったくなかったことを証明しているのに!


94 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 19:03:10
       . … .
       :____:
     :/_ノ  ー、\:
   :/( ●) (●)。\:   
  :/:::::: r(__人__) 、::::\:  
  :|    { l/⌒ヽ    |:
  :\   /   /   /:
 必死過ぎだお


95 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 22:07:01
>>93
普通に考えて、交戦中に大々的に葬式やる馬鹿はいないだろう。

96 :日本@名無史さん:2009/07/18(土) 22:19:28
曹操は葬儀を簡略にせよと言ってなかったっけ?
武田信玄は3年間喪を秘せと言ってなかったっけ?
曹操や武田信玄って死の直前に大敗喫してたっけ?

97 :nomu:2009/07/19(日) 01:41:27
>>96 お前って馬鹿だな!
曹操の場合は葬儀以前に埋葬そのものを
簡略にしているので、30万坪に及ぶ
豊国大明神社を作らせた秀吉とはわけが
違うだろ!
信玄の場合は戦略的(京都への上洛)
には失敗でし、これによって織田家との
戦争が続くことを考えれば暢気に盛大な葬儀
をしてられない!

98 :nomu:2009/07/19(日) 01:52:08
だいたい、30万坪にも及ぶ豊国大明神社を作らせて
神として祭られるつもりの秀吉が戦争中だからっと言って
大々的に葬儀をしないとは考えられない!
唐・天竺をも征服しようとしていた時点で交戦中かどうか
にソンタクされるような考えはない!
秀吉の遺言により政治を見ている5大老5奉行が急いで
朝鮮半島から軍隊を引くために秀吉本人の意思(神として
祭られるつもりだったんだから盛大に葬儀をやるはず)
を無視して密葬にしたんだよ!
それくらい日本側には厭戦気分が蔓延していたんだよ!
とてもじゃないが秀吉があと10年長生きしていたら勝って
いたなんてことはありえない!
むしろ謀反がおきて豊臣政権が崩壊していたと考えられる!



99 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 02:20:30

          ____
        /_ノ  ヽ、_\
 ミ ミ ミ  o゜((●)) ((●))゜o      ミ ミ ミ    <だっておwww
/⌒)⌒)⌒. ::::::⌒(__人__)⌒:::\   /⌒)⌒)⌒)
| / / /      |r┬-|    | (⌒)/ / / //  
| :::::::::::(⌒)    | |  |   /  ゝ  :::::::::::/
|     ノ     | |  |   \  /  )  /  
ヽ    /      `ー'´      ヽ /    /     
 |    |   l||l 从人 l||l      l||l 从人 l||l   バ   
 ヽ    -一''''''"〜〜``'ー--、   -一'''''''ー-、 ン
  ヽ ____(⌒)(⌒)⌒) )  (⌒_(⌒)⌒)⌒)) バ


100 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 04:01:46
「自倭乱朝鮮七載、喪師数十万、餉数百万、中朝与属国無勝算、至関白 死而禍始息」
「朝鮮王朝実録」
 「日本兵との接近戦を禁じた」
 「日本兵捕虜に熱心に剣術を習った」

「宣祖修正実録」
「天兵(明兵)短剣騎馬にして火器なく、道険しく、泥深くして馳テイする能はず。
賊(日本軍)長刀を奮ひて左右に突闘し鋭鋒敵なし。」

「懲秘録」
賊(日本軍)は歩兵で、打ち振る刀は、三、四尺におよび、鋭利無比のものであった。
賊はその鋭い刀を左右にはげしく打ちふるい、人馬の区別なく斬り伏せた。
全くその勢いには抗すべき道がなかった。

「明史」
「自倭乱朝鮮七載、喪師数十万、餉数百万、中朝与属国無勝算、至関白 死而禍始息」
我が国とその属国(朝鮮)に勝算は無かったが、関白(豊臣秀吉)の死によって戦争は終わった


101 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 04:21:05
>>40

これかな?

「懲秘録」
賊(日本軍)は歩兵で、打ち振る刀は、三、四尺におよび、鋭利無比のものであった。
賊はその鋭い刀を左右にはげしく打ちふるい、人馬の区別なく斬り伏せた。
全くその勢いには抗すべき道がなかった。


日本人はよく刀槍を用いる。
我々には堅甲がないゆえ日本人に敵わない。
そこで厚鉄を用い前進鎧を作り
この鎧を着た兵士を敵陣深く切り込ませようと考えた。
取り敢えず、全身鎧の見本を製造して、
これを試用したが、とてもその重さに堪えられる兵士がおらず、これを廃した。

102 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 11:04:01
>>97-98
それだけ厭戦気分が蔓延してたのなら、その張本人が神として祭られたのはなぜですか?
それから武田信玄が上洛を目指してたのは事実ですか?
確かな史料をもって以上の質問に答えて下さいな


103 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 11:28:55
そもそも秀吉が死んだ後も
日本はガンガン戦してんじゃん

104 :nomu:2009/07/19(日) 12:29:15
>>102 じゃあお前は豊国大明神社はどの程度日本国民から祭られていた
と思うんだ!
それからわずか17年後には、その豊国大明神の一族(豊臣氏)が徳川の
言いがかりにより滅ぼされているくらいだからたいして日本で祭られて
いなかったんだろう!(神号はその直後に剥奪され、神社そのものも
放置されて荒れるに任せられたくらいにしか祭られてない!)
武田信玄については、一般的には足利義昭の呼びかけに答えて上洛戦を
起こしたといわれているよ!
逆に実際は違う、というんだったらお前がソースをだすべきじゃないか!

105 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 12:36:10
>>104
全然答えになっていません
それだけ厭戦気分が蔓延してたのなら、その張本人が神として祭られたのはなぜですか?
それから武田信玄が上洛を目指してたのは事実ですか?
確かな史料をもって以上の質問に答えて下さいな

>確かな史料

ここ読めますか?
小学校の国語の教科書読み返すことをお勧めします
あ、民族学校の教科書じゃないからね

106 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 12:37:21
大阪城は無駄にでかいな。
大阪市と大阪府はいまだにいがみ合っていて橋下知事も頭痛の種です。
と、サンデープロジェクトでやってたよ。

107 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 14:51:05
堀がでかすぎるよな


108 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 19:01:35
アゲ厨はどこでも基地外だな

109 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 19:57:36
戦前までは、秀吉の人気が一番で、次に家康、
全く人気が無かったのが信長、だったと言われている。
今は順序が逆だ。

これは、韓国系の戦勝国人が「大量に」
日本に混ざったことが影響していると思われる。

110 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 21:47:49
>韓国系の戦勝国人

なにそれ?www

111 :日本@名無史さん:2009/07/19(日) 21:54:14
日帝の占領軍と戦い勝利した韓国人のこと

112 :日本@名無史さん:2009/07/20(月) 19:55:37
朝鮮は日本に併合されていたので
占領もしてないし結果占領軍もくそもないわけだが

当然ないものとはだれも戦えないw

113 :日本@名無史さん:2009/07/23(木) 04:23:31
「どの国にせよ、敢えて日本の征服に乗り出すには日本は強国過ぎたのである。
ポルトガル人には日本征服どころか、その考えすら起こらなかった。
スペイン人は一度だけ日本の征服を考えたかに思われるが、その思惑はたちまち一蹴された経緯がある。
1609年、太平洋方面総督に対して勅令が送られ、日本軍を前にして
「我が軍隊と国家の名誉を損なうような危険を冒さないように」
との厳命が下っているのである(フィリピン当局者であったスペイン人、Antonio de Morgaの記録にある)。
ただ一度だけ、日本の不正規軍…
…浪人と呼ばれる近寄るべきでないサムライが主体…とスペイン人との間で会戦が行われたことがある。
1620年代、シャムにおいてだ。
どちらが負けたか?敗れたのはスペイン人である。
支那について言えば、朝鮮での戦いのいくつかの小競り合いで支那が勝ったことはある。
だが、戦争それ自体に支那が勝利を収めたわけではない。
そのことは支那自身が明言している。
(中略)
1644年に滅ぶ明朝の最後に至るまで、この恐るべき侵略者の記憶は生々しく残り、
「日本人と言うだけで、人民は神経をとがらせ、警戒し、息を殺した」と付言されている。

ノエル・ペリン noel perrin( ダートマス大学英米文学教授)が分析した戦国日本の軍事力(著作「鉄砲を捨てた日本人」より)

114 :日本@名無史さん:2009/07/23(木) 18:34:49
>>104
日本国民ができたのは明治だからな。
明治の頃は秀吉の人気なら高かったな。

115 :日本@名無史さん:2009/07/23(木) 20:44:36
日本が併合したというより、中国の勢力に支配されるのを恐れて、
日本に助けを求めてきたというのが正解です。
半島の勢力は、いつもそうやって日本を頼っていたんです。
まあ、しかし、白村江の戦いのときもそうだけれど、あまりあてに
ならないのが日本の特徴でして…(反省)

116 :日本@名無史さん:2009/07/24(金) 01:06:12
>>115
誤解している人も多いが
あの戦い、日本とだけで勝敗が決まったわけではないよ


117 :日本@名無史さん:2009/07/24(金) 01:54:11
>>90
>明の記録では
正確には100年以上後の清の編纂した歴史書でしょ


118 :日本@名無史さん:2009/07/24(金) 05:34:00
>>117
100年前の記録を元にね。

119 :日本@名無史さん:2009/07/24(金) 13:56:39
宇喜多と細川がもっとちゃんと戦ってたら
日本有利になったのに

120 :日本@名無史さん:2009/07/24(金) 21:05:53
>>115
つうか白村江は援軍として参戦しただけだしなあ

121 :日本@名無史さん:2009/07/24(金) 21:12:07
ああそうか、夏休みに入ったからバカが沸いてるのか

122 :日本@名無史さん:2009/07/25(土) 02:36:35
明の負けっぷりは
明史以外にもきさいされとるけどね

123 :日本@名無史さん:2009/07/25(土) 07:39:27
>>120
いや、イタリア軍をさしおいてドイツ・アフリカ軍団ぐらい主力だろうよ。

124 :日本@名無史さん:2009/07/25(土) 09:48:24
李舜臣関連が韓国側史観そのままに大幅に書き換えられてるので義勇兵急募です。

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:%E6%8A%95%E7%A8%BF%E8%A8%98%E9%8C%B2/%E3%81%8D%E6%9D%AF

125 :日本@名無史さん:2009/07/25(土) 10:12:41
>>123
つまりいつの時代も半島人は戦力外と

126 :日本@名無史さん:2009/07/25(土) 10:37:13
>>123
ロンメルに比肩するような指揮官は居なかったがナ

127 :nomu:2009/07/25(土) 17:22:47
>>122
誤解しないほうがいいけど
明史で記述されている味方の損害
は、明単独ではなく属国である朝鮮
の損害も含まれるんだよ!
日本や明以外の記述があったとしても
彼らが明の負けか朝鮮の負けかは判らず
記述している可能性が強いよ!
朝鮮は建国以来200年沿岸部を和寇に荒らされて
いるとはいえ基本的に平和ボケしていたけど
明は建国以降も蒙古との対立(北慮)や沿岸部
での海賊の侵攻(南倭)に苦しめられ、一時は
常備軍が300万以上もあった軍国だったので、存外
侮れない国だよ!


128 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 02:05:29
どのみち明朝鮮共々負けてるけどな

129 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 03:36:55
反省しろと民主党と共産党が言ってるよ。

130 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 10:26:15
侵略された自国領内の住民の生首をとって敵兵と偽り
結果出世する将軍がいる民は最強ですな(^q^)

131 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 12:22:28
落馬して死んで埋められてしまっていても、
似た体格の武士の首を取って将門の首とか言って朝廷に差し出し、
関東丸ごともらった藤原秀郷、うまくやったものです。

132 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 13:25:40
勝ち目がないのでスレちがいに走る
よくある光景です

133 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 14:34:41
秀吉のスレだからと言って秀吉から一歩もはみ出してはいけないという考えは
了見が狭すぎるし、歴史認識を誤らせます。

134 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 16:17:26
「倭軍を撃退せよ」400年前の海戦再現 → 出火し全焼

<事故前>
李舜臣将軍が私たちの水軍の10倍が越える倭船を退けた鳴梁大勝が
当時の状況そのままに再現されました。
◇ソース:naver/SBSニュース(韓国語)"倭軍を退けなさい"…400年余り戦'鳴梁大勝'再現
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=096&aid=0000075467

↓その後・・・・・



135 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 16:18:13
全南道が主監した鳴梁大勝祭り開幕日に板屋船が燃えて丸焼けになる事故が発生した。

事故を起こした板屋船は、鳴梁大勝祭り開幕日である11日16時頃、
右水営港から珍島鹿津(ノクジン) まで航海した後、原因不明の火事が発生して全焼した。

燃えた板屋船は、海南右水営港〜珍島鹿津区間を二度航海した後、
右水営港に帰港する途中、機関室の方で初めて炎が発生したことが知られている。
板屋船に火事が発生すると板屋船に乗った人々は緊急待避して人命被害はなかったことが明らかになっている。

板屋船からの火事の通報で海警と消防署が出動して鎮火に出たが、炎を消すことができず、
完全に丸焼けになった。

全焼した板屋船は先月、鳴梁大勝祭りに合わせて建造され、祭り当日が初航海だった。

板屋船が燃えた姿を見守った住民たちは数千万ウォンで製作した板屋船が
あっというまに燃えてしまった、と使い捨てになった体たらくだと批判した。

◇ソース:デイリアン(韓国語)鳴梁大勝再現中板屋船に火事′丸焼け′
http://www.dailian.co.kr/news/n_view.html?kind=menu_code&keys=3&id=129510



炎上する所まで再現しましたとさ


〜〜〜〜    完    〜〜〜〜



136 :nomu:2009/07/26(日) 19:08:24
>>128
朝鮮の役は最終的には日本の戦略的な負けだろ!
現実を受け入れろ馬鹿!


137 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 19:25:52
うっせー糞チョン!地獄に落ちろ劣等民族

138 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 19:34:47
>>136
秀吉が死ななければ勝機はなかったと当の支那人自身が認めている
現実を受け入れろ


139 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 19:39:19
ウィリアム・グリフィス『隠者の国・朝鮮』
朝鮮にはサムライがいない。
日本にあって朝鮮に欠けているものは、心身ともによく鍛えられ、
兵士であると同時に学者であり、忠誠心と愛国心と自己犠牲の高い理想をかかげる文化的集団である。

140 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 19:59:03
>>135
だっせーwwwwww

141 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 20:00:44
>>136
「戦略的勝利」「戦略的敗北」
これ朝鮮人の使う典型的な詭弁な
過大な戦略目標を事後設定して、それが達成できないから戦略的敗北
逆に過小な戦略目標を事後設定して、それが達成できたから戦略的勝利
そんな詭弁が通るんなら、第二次大戦はドイツの勝利だろ
「ヨーロッパからのユダヤ人の一掃」って戦略目標が達成できたんだからw

142 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 20:05:14
朝鮮に戦略なんかあったの?

143 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 20:09:51
ヨーロッパからユダヤ人を一掃できたから、第二次大戦はナチスの勝利
東南アジア諸国が独立してGATT体制が成立したから、第二次大戦は日本の勝利
東欧諸国を共産化できたから、第二次大戦はソ連の勝利
西欧諸国をナチスから解放できたから、第二次大戦は米英の勝利
みんな勝利でみんなハッピー

144 :日本@名無史さん:2009/07/26(日) 20:25:36
>>143

ビーハッピー!

145 :nomu:2009/07/27(月) 00:16:06
>>141
お前って途方もない馬鹿だな!
いくつだよお前!
慶長の役における秀吉の戦略目標は朝鮮南部の割譲
や明国の皇女を日本の皇后に迎えることだよ!
そのために14万〜18万の軍勢を新たに投入して、
1年半も戦いながら明・朝鮮軍を撃破できず、とうとう
5大老、5奉行が、秀吉の遺言にはない朝鮮半島からの
完全撤退を決断せざるおえず、秀吉本人の葬儀も中止して
密葬にするしかなかったんだから!
どう考えても戦略的敗北だ!


146 :日本@名無史さん:2009/07/27(月) 00:56:42
1521年まで、メキシコにはアステカ文明が栄えていたのだが、
スペイン人コルテスの侵略に屈した後は、鉱山開発で過酷な労働を強いられ、天然痘などの流行もあって人口が激減した。
さらにキリスト教宣教師が固有の宗教を破壊し、経済的にも教会が国の資産と土地の3分の1を占有した。
人種の混合政策がとられ、スペイン人の血の濃さに従って、複雑な階層に分化した。
こうした過程で、アステカ文明は根絶やしにされたのである。

実はこれは日本人にとっても他人事ではない。
戦国時代にスペインやポルトガルからキリスト教の宣教師がやってきたときに、
日本が信長や秀吉や家康のようなすぐれた人物に恵まれず、
また民族的なエネルギーも不足していたら、メキシコ人と同じ運命をたどった可能性があった。
現実にアジアでもフィリピンがそうなっている。

イエズス会の宣教師たちは、日本を占領するつもりで来たのだが、
武士の戦闘能力とその動員数、そして鉄砲が日本全土で10万丁も普及しているのに驚き、
本国に「日本占領をあきらめるべし」という手紙を書いた。
そのかわりに狙ったのが、西国の大名を改宗させ、それを手下に使って、
九州の神社仏閣を破壊し、日本の中にキリスト教区を作ろうとした。
さらに明の侵略にも使おうとしたのである。

豊臣秀吉は、明がスペイン人に征服されては、いずれは日本にも魔手が伸びると考え、
バテレン追放令を出し、さらにスペインの明への侵攻を牽制すべく先手を取って明に向かったのである。
それは文禄の役のときフィリピン総督府あてに脅迫的な手紙を出していることでも明らかだ。

歴史の教科書では、こうしたスペイン人の侵略を伏せている。
これではキリシタン弾圧も、明征伐も、秀吉の狂気の沙汰としてしか描けない。



147 :nomu:2009/07/27(月) 01:07:39
>>146
お前って途方もない馬鹿だね!
イエスズ会が本当に日本を占領するつもりだったのか
は知らないが、現実にスペインはいくらの兵力で日本を
占領するつもりだったんだよ!
パステルス「日本スペイン交渉史」によるとせいぜい
1000人か1500人くらいだぞ!いくらスペインが強くても
文禄の役だけでも16万〜20万も出せる日本を征服できないのは
当たり前じゃん!
単に当時のスペインがアジア諸国をなめていたに過ぎないじゃん!

148 :日本@名無史さん:2009/07/27(月) 01:14:36
まあそれだけの動員がかけられるという日本の地力はすさまじいな


149 :日本@名無史さん:2009/07/27(月) 01:43:20
>>145
>>141で言った通りの詭弁乙w
外交交渉での要求をそのまま戦略目標認定してるなんて、愚劣さもここに極まれりですな
外交交渉での要求なんて、あとで譲歩できるように過大な要求初めにふっかけるのが交渉の常道
んなことも知らないわけ?w

150 :nomu:2009/07/27(月) 22:59:58
>>149
お前って底知れないほどの馬鹿だね!
だったらさーお前は秀吉がわざわざ慶長
年間に改めて14万〜18万の兵力を朝鮮半島に
送った目的ってなんだと考えているんでよ!


151 :日本@名無史さん:2009/07/27(月) 23:41:31
第一には親睦を深めるためでしょうね

152 :日本@名無史さん:2009/07/28(火) 05:21:38
>お前って底知れないほどの馬鹿だね!

田舎の姑みたいな言葉遣いだね!

153 :日本@名無史さん:2009/07/28(火) 10:56:32
民主党が何十回も提出してる法案に
国会図書館改革案がある。
その内容は、なぜか国会図書館の内部に、戦争犯罪調査機関を置き
従軍慰安婦問題などを研究するというもの。

要するに、国会図書館にいっぱい胡散臭い連中を送り込んで
国会図書館所蔵の「証拠」を消してしまおうということ。
韓国人がいくらさわいでもぐうの音も出ないのは、あらゆる「証拠」が
きっちりアーカイブされていることにある。
これら証拠を消すなり、見えないとこにしまいこむなりすれば
従軍慰安婦は道理がひっこんで「事実」にできうるわけだ。

非常に危険。


文禄慶長の資料も消されそうw

154 :日本@名無史さん:2009/07/28(火) 19:50:42
>>150
ん?戦略目標云々と言い出しのはキミの方じゃないか
その目的を調べるのはキミの仕事でしょ
どーせ夏休みで暇なんだろうから、頑張って調べたまえw

155 :日本@名無史さん:2009/07/28(火) 23:03:14
ほらきた

天地人31回
http://www9.nhk.or.jp/taiga/story/index.html
>兼続は三成(小栗旬)に会い、朝鮮出兵をやめるよう秀吉に進言したいと頼むが、
>景勝と兼続は戦のむなしさを感じつつ、無事に戻ることを誓い、朝鮮へと渡って行くのだった。


156 :日本@名無史さん:2009/07/28(火) 23:49:27
まあそうだろうなw

157 :日本@名無史さん:2009/07/29(水) 00:33:11
実際に直江兼続が朝鮮出兵に反対したという記録はありますか?

158 :日本@名無史さん:2009/07/29(水) 01:11:27
功名が辻でも、殺生関白が朝鮮征伐をやめるように秀吉に直訴してた
そんな記録が実在するかどうかは知らん

159 :日本@名無史さん:2009/07/29(水) 07:35:34
主人公が唐入りに反対するのは大河ドラマの伝統。
多分、仮に加藤清正が主役の大河が作られたとしても
唐入りに反対する流れにすると思うよ犬HKはwwww

史実の兼続については知らん。
ただ石田三成が
「朝鮮半島の収穫が糞すぎて、このままじゃ補給持たねえよwwww」
って書状書いたのはガチ

160 :日本@名無史さん:2009/07/29(水) 10:53:08
>>152御愁傷様です。
うちは実家の隣人がそんなです。

161 :日本@名無史さん:2009/07/29(水) 12:09:27
朝鮮征伐は太閤殿下による東亜平定の一環。

162 :日本@名無史さん:2009/07/29(水) 16:06:42
豊臣秀吉が16世紀に東アジア共同体を作ろうとしていたことは確か。

163 :日本@名無史さん:2009/07/29(水) 20:26:27
しかし、秀吉を見ていると、なんであんな猿が天下人に成れたのか不思議でならない。
要領の良さ、如才のなさだけでは、たとえ信長の後継だったとしても天下人になれるわ
けがなく、何かカラクリがあったのではないかと考えられる。

164 :nomu:2009/07/29(水) 23:19:53
>>154
ふーん、じゃあ君は秀吉が朝鮮に兵隊を派遣したのには
何の理由もないと考えるのか?
あくまでも戦略的な敗北じゃないと言うからには!

165 :日本@名無史さん:2009/07/29(水) 23:50:40
>>159
>多分、仮に加藤清正が主役の大河が作られたとしても
>唐入りに反対する流れにすると思うよ犬HKはwwww
本当にやりかねないからワロタ

166 :日本@名無史さん:2009/07/29(水) 23:51:45
どうせ石田や直江美化して
清正貶めるんだろ

167 :日本@名無史さん:2009/07/30(木) 15:26:38
1521年まで、メキシコにはアステカ文明が栄えていたのだが、
スペイン人コルテスの侵略に屈した後は、鉱山開発で過酷な労働を強いられ、天然痘などの流行もあって人口が激減した。
さらにキリスト教宣教師が固有の宗教を破壊し、経済的にも教会が国の資産と土地の3分の1を占有した。
人種の混合政策がとられ、スペイン人の血の濃さに従って、複雑な階層に分化した。
こうした過程で、アステカ文明は根絶やしにされたのである。

実はこれは日本人にとっても他人事ではない。
戦国時代にスペインやポルトガルからキリスト教の宣教師がやってきたときに、
日本が信長や秀吉や家康のようなすぐれた人物に恵まれず、
また民族的なエネルギーも不足していたら、メキシコ人と同じ運命をたどった可能性があった。
現実にアジアでもフィリピンがそうなっている。

イエズス会の宣教師たちは、日本を占領するつもりで来たのだが、
武士の戦闘能力とその動員数、そして鉄砲が日本全土で10万丁も普及しているのに驚き、
本国に「日本占領をあきらめるべし」という手紙を書いた。
そのかわりに狙ったのが、西国の大名を改宗させ、それを手下に使って、
九州の神社仏閣を破壊し、日本の中にキリスト教区を作ろうとした。
さらに明の侵略にも使おうとしたのである。

豊臣秀吉は、明がスペイン人に征服されては、いずれは日本にも魔手が伸びると考え、
バテレン追放令を出し、さらにスペインの明への侵攻を牽制すべく先手を取って明に向かったのである。
それは文禄の役のときフィリピン総督府あてに脅迫的な手紙を出していることでも明らかだ。

歴史の教科書では、こうしたスペイン人の侵略を伏せている。
これではキリシタン弾圧も、明征伐も、秀吉の狂気の沙汰としてしか描けない。



168 :日本@名無史さん:2009/07/30(木) 16:16:48
http://www.kjclub.com/jp/exchange/theme/read.php?uid=25348&fid=25348&thread=1000000&idx=1&page=1&tname=exc_board_58&number=21275

韓国では、朝鮮侵略は、さむらいの不満を沈めるために侵略したと教えられる。
そして2回目は、中国から国王の称号を得られなかったから、秀吉は朝鮮に怒ったと
教えられている。

169 :日本@名無史さん:2009/07/30(木) 17:01:17
まあ暇つぶしなんじゃね?
もしくは天下統一記念の一種の打ち上げ

170 :日本@名無史さん:2009/07/30(木) 22:35:00
遠征のたびにかの地で子孫を作って、
そいつらが、またまた優秀で、対抗勢力に育つので、
もうかなわんですよ。

171 :日本@名無史さん:2009/07/31(金) 10:35:38
>>168
ウソツキが言ってるんだからウソなんじゃね?

172 :日本@名無史さん:2009/07/31(金) 10:53:59
学級費とかで予算が余った時に判子なんかの記念品を作ったりするじゃん?あれと同じかな?

173 :日本@名無史さん:2009/07/31(金) 14:37:05
ルソン提督がスペイン王フェリペ2世に宛てた手紙
「コーチシナ、ここは1000人で征服できます。
カンボジア王国、ここは我ら(スペイン)の生活の面倒をみてくれています。
シャム、ここは1500人で征服できます。
いずれも偉大なスペインの旗を立てるのは容易ですが・・・・・
日本が攻めて来れば、ルソンは壊滅します。」

パステルス「日本スペイン交渉史」


174 :日本@名無史さん:2009/07/31(金) 14:38:36
1588年にキリシタン禁止令を発布した豊臣秀吉が、
フィリピン総督フランシスコ・テーリョに送った書状。

往年、バテレンが日本国に来て、異国の宗教を説き、
我が国の下賤男女をひきつけ、国風を乱し、
国政を害したので、予は堅くそれを禁じた。
しかるに貴国より来た僧侶たちは帰国せず、
各地に赴き、賤しい人々に異国の法を説いてやまぬので、
予はそれを聞いて忍ぶことができず、
誅戮せしめたのである。

聞くところによれば貴国は布教をもって謀略的に外国を征服しようと欲しているということだが、
もし我が国から教師や俗人が貴国に入り、神道を説いて人民を惑乱することがあれば、
国主たる卿は歓びはしまい。
これを思え。
けだし卿らは、そのような手段をもってその地の旧主を退けて新たな君主となったように、
予に背き、我が国を支配せんと企てたのであろう。

175 :日本@名無史さん:2009/07/31(金) 21:11:58
次回の「天地人」で放送するだろうけれど、
直江は戦いが大嫌いで、いやいやながら半島に遠征
したけれど、戦わずして帰ってきた。
直江とは、どういう人物かというと、要するに戦わずし
て国譲りを応諾して関東に移住した出雲人の子孫なの
です。上杉氏が秀吉に天下太平のために上洛を承服した
過程と、出雲の国譲り神話が奇妙に一致します。

176 :日本@名無史さん:2009/07/31(金) 21:33:33
>>164
キミ日本語読めない白痴なの?
朝鮮征伐に何の理由もないと言ったことはないし、戦略的敗北ではないとあくまで言い張ったこともない
キミが戦略的敗北だという、その理由が詭弁だと言ってるだけ
せっかくの夏休みなんだから、しっかり国語の教科書復習すること
ああ民族学校じゃ「日本語」の教科書だったね、ごめんごめんw


177 :日本@名無史さん:2009/07/31(金) 22:17:57
上杉軍は渡海してパパット熊川倭城つくって
ササット帰っただけ。

178 :日本@名無史さん:2009/07/31(金) 23:54:07
「倭城」って名称もチョン式の対日蔑称だから
せめて「蔚山和城」とか「熊川和城」とかにすれば?

179 :日本@名無史さん:2009/08/01(土) 01:21:35
直江って朝鮮で武功たてんじゃないの?

180 :日本@名無史さん:2009/08/01(土) 06:56:17
まあ実際勝ちも負けもないわな、ただ中国とガチで対等にやりあったってことかな。
お互い一目置くような感じで終わってとりあえずめでたしめでたしでしょ。朝鮮は
ご愁傷さまwww


181 :日本@名無史さん:2009/08/01(土) 18:11:48
しかし書き替えられてしまった文禄慶長の役や李舜臣関係のWikipediaは直らない。工作されっぱなし。

182 :日本@名無史さん:2009/08/01(土) 19:14:54
日本人の朝鮮人に対する遠慮はすごいな

183 :日本@名無史さん:2009/08/01(土) 19:20:29
筆舌に尽くしがたいひどい事やってきたからね

184 :日本@名無史さん:2009/08/01(土) 19:26:44
朝鮮人がなw


185 :日本@名無史さん:2009/08/01(土) 22:06:56
>>178
呼称は倭賊巣窟ニダ!!

186 :日本@名無史さん:2009/08/01(土) 23:22:20
その倭賊巣窟をパクった城作ろうとしてるけどな
結局作れなかったみたいだけど
まあいつものパターンw

187 :日本@名無史さん:2009/08/02(日) 00:03:01
朝鮮を平定したら、天皇でも送り込む気だったの?

188 :日本@名無史さん:2009/08/02(日) 08:30:51
目的は、朝鮮平定ではなく、その先にある明の平定。
もし、秀吉が死んでいなかったら、半島から中国大陸は
日本の領土になっていたかもしれませんし、
反撃を受けて逆に本土決戦ということもあり得た。
歴史とは不思議なもので、同じことを何度も繰り返しています。
秀吉が追い返した民の使者の金印、志賀島で発見された
「漢委奴国王」の金印と同じ経緯ではないでしょうか?

189 :日本@名無史さん:2009/08/02(日) 13:54:20
軍板 秀吉による朝鮮征伐の軍事分析PartX
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1247907984/
日本史板 【文禄】 秀吉の朝鮮征伐 【慶長】パート2
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1246664853/
世界史板
世界史に於ける秀吉の朝鮮征伐の考察その8
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1243771115/
李舜臣vs日本水軍
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1237814841/
戦国板
【文禄慶長】 秀吉の朝鮮征伐スレ5 【壬辰倭乱】
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1195992731/
朝鮮出兵のタブーでメジャーになれない武将
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1228738050/
文禄・慶長の役が海外で誤解されまくってる件
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1224042272/
【朝鮮出兵】日本人は朝鮮人に未来永久謝罪すべき
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1153627160/
戦争・国防板 秀吉による朝鮮征伐に関する考察
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/war/1220349972/
中国英雄板
秀吉の朝鮮征伐を明の観点からの考察
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1204276024/
【日明戦争】文禄・慶長の役【万暦役】
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1182128954/
ハングル板 秀吉の朝鮮出兵には義がなかった
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/korea/1248847887/

190 :日本@名無史さん:2009/08/02(日) 17:41:01
>>188
中共により、かつて中国を支配したことのある民族が
次々と浄化されてる現状見てるとむしろ唐入りは失敗してよかったかと。

191 :國學院大學卒:2009/08/02(日) 20:02:59
中国大陸制圧したら
親王を北京あたりに迎える予定でしたよ。

192 :日本@名無史さん:2009/08/02(日) 21:01:13
天皇を北京に動座するとあるだろ
なんで親王なんだよ

193 :日本@名無史さん:2009/08/02(日) 21:08:39
>>48
今日の内容がまさにそれw

194 :jyonniru:2009/08/02(日) 22:35:53
ただ、気になるのは、日本軍16万が朝鮮に上陸したのは4月、
明軍4万3千が救援に来たのは翌年1月だ!
その後明軍の怒涛の進撃で北部朝鮮は奪回されている。
いくら明軍が強くても北部朝鮮全土を日本軍が占領していれば
都市を拠点として迎え打つことができるし、冬の寒さに対しても
暖をとることができる!
それができなかったのはやはり朝鮮義兵の抵抗にあって都市の占領
が殆どできていなかったんであろう!

195 :日本@名無史さん:2009/08/02(日) 22:40:29
北部朝鮮に都市らしい都市なんて平壌しかないだろ

196 :日本@名無史さん:2009/08/02(日) 22:56:23
朝鮮二王子は咸鏡道の連中に捕まって、加藤清正に引き渡されたんじゃなかったかな?w

197 :日本@名無史さん:2009/08/02(日) 23:30:48
>>194
怒濤の進撃どころか、寒いは喰いモンはないわで
日本軍が撤退した後に漢城に入った明軍は動かずに
籠もっているわけだがw

で、南部に移陣して兵站を回復した日本軍はさっそく
晋州城を奪取してるわな。

198 :日本@名無史さん:2009/08/02(日) 23:55:10
>>157
ない。NHKの捏造。

今日も冒頭から「日本を属国と見做す明国を征服する」とか捏造してた。
当時、明は日本を属国とは見做していない。柵封関係もなにも無いんだから。

199 :日本@名無史さん:2009/08/02(日) 23:56:06
天地人32回
http://www9.nhk.or.jp/taiga/story/index.html
>朝鮮に渡った景勝(北村一輝)と兼続(妻夫木聡)は苦戦を強いられるが、ほどなく帰国の命が下る。

またこれNHKの捏造。事実は>>177で、上杉軍は殆ど戦ってない。

朝鮮出兵では、主要な戦いの殆どで日本軍が勝利しているのに
日本軍が明・朝鮮軍を打ち負かすシーンは徹底的に隠した上で、
ひたすら苦戦イメージを植えつけることで、朝鮮出兵に否定的イメージ
を醸成するのが、捏造放送局NHKや、この分野の捏造研究者連中の常套行為。
しかし、こうした行為は、明らかに朝鮮出兵の実態を歪めている。

200 :日本@名無史さん:2009/08/03(月) 00:00:44
>>198
室町時代のはもう無効なの?

201 :jyonniru:2009/08/03(月) 00:10:28
>>197
9万を超える圧倒的な大軍で2週間かけて落城させ、見せしめのため
軍民とも虐殺して和平を有利に進めようとしたんだよな!


202 :日本@名無史さん:2009/08/03(月) 00:19:53
>>200
室町幕府が明から柵封受けてた時代から
どんだけ年数が経ってるんだよw
そもそも秀吉政権は室町幕府じゃないし

203 :日本@名無史さん:2009/08/03(月) 00:24:11
>>201
明軍も朝鮮軍も近くまできていながら見殺しにしてるからな。(・∀・)

204 :日本@名無史さん:2009/08/03(月) 00:27:51
10月4日、咸安を経由して到着した日本軍の晋州城包囲が始まり6日より攻撃が始まった。
晋州城では金時敏を中心に昆陽県監・李光若らが指揮する約3800人の兵士に加え、多くの避難民が城内で防戦に努めた。
また城外では郭再祐の配下などの慶州道義兵約1200が日本軍の背後を攻撃し、
7日の夜からは崔慶会・任啓英などの全羅道義兵約2500が到着して城外で遊撃戦を行った。
日本軍は一時攻城を中断して遊撃軍を牽制し、10日朝より攻撃を再開したが晋州城は容易に攻略できないと判断し、長期戦を厭って退却した。

なお、旧参謀本部編纂『日本戦史 朝鮮役』ではこの援兵の義兵の行動については直接日本軍と戦闘を交えたものではなく、
声援を行って日本軍の牽制の役を果たしたものとされている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%8B%E5%B7%9E%E5%9F%8E%E6%94%BB%E9%98%B2%E6%88%A6

>声援を行って日本軍の牽制の役を果たしたものとされている
>声援を行って日本軍の牽制の役を果たしたものとされている
>声援を行って日本軍の牽制の役を果たしたものとされている

205 :日本@名無史さん:2009/08/03(月) 00:33:42
>>202
室町幕府の将軍が明から柵封受けてたのがいると言っても
それは所詮貿易のための方便にすぎないんだけど
それをNHKは各種の歴史番組を総動員して
「日本が明の属国だった」ことにしたがる癖がある。
これは、名目的にも実質的にも明の属国だった朝鮮の属国イメージを
相対的に薄める狙いがある。

206 :日本@名無史さん:2009/08/03(月) 02:25:09
秀吉は信長の生前、信長の方針に唯々諾々と従っていただけのように見えるが、実はそうでもない。
 信長を遙かに凌駕したと思われる点もあるのである。
 そのひとつに、経済観念というか、経済現象に関する理解というポイントがある。

 つまりこの「銭で戦さをする」方式は、秀吉独特の戦法であって、信長の着想ではなかったことが明らかである。
 信長が同じことを考えていれば、配下の部将たちに対して、同様の作戦指導をしたはずだ。
 それでは、秀吉はそのカネをどこから調達していたのか。

 実は、借金なのだ。
 堺あたりの豪商から、莫大な借金をして戦費に充てていた。
 基本的には農民的発想である武士の考え方からは、この方法は出て来ない。返せなかったらどうするのだと考えるのが普通だろう。
 だが、それは考える必要がないのだ。というのは、これは投機だからである。貸す方の豪商にとっては、事業に対する出資に相当する。
 使い込みの穴埋めをするための借金とは根本的に違う。
 単なる借金と、投機のための出資金との違いを理解していた武将は、この時期には秀吉ただひとりだったと思われる。

「商人」としての豊臣秀吉
ttp://www005.upp.so-net.ne.jp/micin/history/history19.htm


207 :日本@名無史さん:2009/08/03(月) 09:12:06
日韓併合後、在日朝鮮人は厳しい身分差別から逃れるため、
自らの意思で朝鮮半島を脱出して日本に渡ってきました。
 日本がポツダム宣言を受け入れると在日たちは「戦勝国民」であると主張し、
「朝鮮進駐軍」を名乗り、各地で暴れ始めました。
 日本の男たちは戦場に駆り出され、残っていたのは女、子供、老人ばかり。
 朝鮮人たちはやりたい放題で、駅前の一等地は朝鮮人に占領されました。
 もちろん、そこに住んでいた日本人女性は容赦なく強姦され追放されたのです。
 当然、日本人は在日を強く憎むようになりました。
 そのため、在日朝鮮人たちは日本名を名乗るようになりました。
 朝鮮名を名乗ることは自分が犯罪者だと宣言しているようなものだからです。
 朝鮮人たちは共産主義者と組み、マスコミを使って歴史の捏造を始めました。
 「強制連行されて来た」「土地を奪われて仕方なく来た」等々。
 そして強姦犯罪を謝罪せず、土地を占拠し続けながら、
「俺たちは何も悪いことをしていないのに差別される」
「不当な差別を受けている」
「謂れなき差別を受けている」等と宣伝しました。
 朝鮮進駐軍を知らない世代の日本人は在日に対して罪悪感を持つようになりました。
 在日たちは占領した一等地で事業を始めました。それが「パチンコ」です。
 今でもパチンコ業者の8割は在日です。
 パチンコは30兆円産業。何と自動車産業よりも規模が大きいのです。
 パチンコ業界は脱税と、北朝鮮への送金で知られます。
 「日本のパチンコがある限り、我が国は安泰だ(金正日)」
 日本の政治家にもパチンコの金が流れています。
 だから「パチンコ、パチスロはギャンブルではない」等という馬鹿げた論理がまかり通っているのです。
 祖母や曾祖母が朝鮮人に強姦された場所でパチンコやスロットを楽しんだり、
在日が経営する焼肉屋で焼肉を食べる・・・。
 これは「日本人」以前に「人間として」恥ずべき行為ではないでしょうか。



208 :日本@名無史さん:2009/08/03(月) 18:58:42
>>200
どっちにしろ最終的に貿易の実権握った大内が
毛利に滅ぼされた時点で日明貿易は終わってるし、室町幕府も唐入り時には滅んでるし
そもそも日明貿易中も、日本は朝貢(という名の交易)以外属国らしいことは何ひとつしてないし
明からはモンゴル同様、化け物の巣窟扱いされてビビられてるし
属国には許されない筈の独自の元号普通に使ってるし。
これのどこが属国なのかと。

209 :日本@名無史さん:2009/08/03(月) 19:20:00
詭弁だな。

向こうが属国認定してる以上、属国は属国だ。

210 :日本@名無史さん:2009/08/03(月) 20:03:50
それなんかカッコ悪いね。

属国認定してる側が。

211 :日本@名無史さん:2009/08/03(月) 21:12:30
中華思想というのは、そういうもんだからなあ。

212 :日本@名無史さん:2009/08/03(月) 21:36:41
「精神的勝利」がモットーの阿Qですねわかります

213 :日本@名無史さん:2009/08/03(月) 22:12:52
>>209
俺が家来認定してるから
おまえ今日から俺の家来な

214 :日本@名無史さん:2009/08/03(月) 22:20:58
猿が何かしゃべってるよ…ぷっ

215 :日本@名無史さん:2009/08/04(火) 00:52:23
>>209
向こうは属国認定してないよ。
文禄役後の和平交渉で
初めて明が秀吉を冊封してやろうかって話を持ちかけたけど
それに秀吉は激怒して慶長役が始まったんだから。

朝鮮は自ら明の属国と名乗り、明を天朝と崇め奉って
明の元号と暦を持ちいてる。
日本の場合そんなことは全く無く、独自の元号を用いている。
そのことは、明も知った上で別に文句もいってない。
これは属国と見做していたなら看過できないこと。

自倭亂朝鮮七載,喪師數十萬,糜餉數百萬,中朝與屬國迄無勝算,至關白死而禍始息。『明史・朝鮮伝』

明史でも朝鮮を属国と呼んでいるが、日本に対しては、属国とは言わない。

216 :jyonniru:2009/08/04(火) 01:13:08
>>197
すぐそうやって根拠のない妄想を炸裂させる!
当時の朝鮮には1000万からの人口があったんだぞ!
高々16万程度の軍隊の食料くらい余裕で手に入る!
http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20081102/1225647411



217 :197:2009/08/04(火) 03:42:56
>>216

( ´,_ゝ`)プッ 無知・無教養のジョンイル坊やはこれだからwww

『芝峰類説』
癸巳(1593)春、大いに飢ゆ。各道の人民、流離巣を失し、餓ヒョウ※相属し、人相殺食す。
山中の草葉、松楡の皮根、並びに尽く。

甲午(1594)夏、(中略)人相殺食し、女子稚児、敢えて任意出入せず。餓ヒョウ※相続き、
飢民争いてその肉を喰らう。死骨を剥ぎて、汁を取り咽下するに至る。

                     ※ヒョウはくさかんむりに俘のつくり=飢え死にすること

218 :日本@名無史さん:2009/08/04(火) 03:50:36
17世紀後半には人口が大きく増加した。1639年の152万人から1690年には695万人と4.5倍となった。18世紀になると増減を繰り返しながら19世紀初頭の1807年には756万人というピークを迎え、その後現減少に転じて1904年には592万人と17世紀の人口に逆戻りしてしまった。
当時の社会構成は支配者と奴隷から成る農業中心の原始社会であった。もともと朝鮮半島は気候が不順であったし、
支配者は誅税しか興味を示さず農業生産は低迷し、しばしば飢饉が発生し多数の餓死者がでた。さらに鎖国政策をとってきたため、諸外国からの食料輸入もままならず、食糧不足が人口増加の歯止めとなったことが、18世紀以降の人口低迷の理由であろう。

http://nels.nii.ac.jp/els/110004624524.pdf?id=ART0007335075&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1249324659&cp=
「朝鮮半島の人口転換とその変動要因の分析 : 李朝時代から現在(韓国・北朝鮮)まで(経済政策 : 人口)」三浦 洋子、『千葉経済論叢』2004.01.10、千葉経済大学

219 :日本@名無史さん:2009/08/04(火) 15:48:16
江戸時代の人口増加は直接的には開墾が理由じゃねーか?


220 :日本@名無史さん:2009/08/05(水) 04:24:12
戦国時代も実は順調に人口増加していた日本

221 :日本@名無史さん:2009/08/05(水) 14:28:38
【聯合ニュース】横浜市、「新しい歴史教科書をつくる会」の『歪曲』教科書を採択[08/04]
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1249368063/
ソース:東京=聯合ニュース(韓国語)
http://www.yonhapnews.co.kr/international/2009/08/04/0601010100AKR20090804098300073.HTML

>また朝鮮に対しては、不適切な植民地用語である李氏朝鮮と表記して、壬辰倭乱
>(文禄の役)の時の朝鮮侵略を『出兵』と表現した。

222 :日本@名無史さん:2009/08/05(水) 14:35:13
なんてひどい

223 :日本@名無史さん:2009/08/05(水) 14:59:09
そもそも、経済、農業生産が破綻した極貧地域を進軍経路にしたのがそもそもの間違い。

224 :日本@名無史さん:2009/08/05(水) 20:34:18
>>223
つまり、間抜け揃いだったわけなんだなあ。

225 :日本@名無史さん:2009/08/06(木) 03:38:52
まともな農業のできない朝鮮人

226 :日本@名無史さん:2009/08/06(木) 16:44:54
朝鮮がなければ明に入れてたかも。
つくづく迷惑な半島。

227 :日本@名無史さん:2009/08/06(木) 18:39:34
>>199
しょせん犬HK
独眼竜の時も大して戦闘に参加してない伊達が苦戦していた事になってたから

20年以上前から否定的なイメージ植えつけてたんだから
チョンに気を使いすぎ

228 :日本@名無史さん:2009/08/06(木) 20:49:58
というか戦後、日本の武士や旧日本軍はじめ
日本は伝統的に軍事において、残虐だが戦闘はカラっきし弱いという
明らかに間違ったイメージがGHQの政策により故意に植え付けられた。
しかし近年になって、少しずつではあるが
ようやく日本人はその呪縛から解放されようとしている。
マスコミや自称知識人(笑)がどう足掻こうともはやこの動きは止められない

229 :日本@名無史さん:2009/08/06(木) 20:57:48
日本人は卑怯な上に弱いからな

230 :日本@名無史さん:2009/08/07(金) 00:01:49
弱いなら残虐行為するまえにやられるけどな。
ノムが朝鮮人は侵略してない国家って誇らしく言ってたが俺は糞ワロタ
侵略経験なしてのは要は有史以来一貫して弱い国だから


231 :日本@名無史さん:2009/08/07(金) 15:44:38
>>229
その卑怯な上に弱い日本にフルボッコにされた皆さん。
古代の朝鮮半島国家(三韓征伐など)
女真族(刀伊の入冦)
大元大モンゴルウルス(蒙古襲来)
高麗(蒙古襲来)
李氏朝鮮(応永の外冦、秀吉の唐入り)
明帝国(秀吉の唐入り)
清帝国(日清戦争)
ロシア帝国(日露戦争)
オランダ(太平洋戦争)
中華民国(日中戦争)
大英帝国(太平洋戦争)
フランス(太平洋戦争)
オーストラリア(太平洋戦争)


歴史上、卑怯な上に弱い日本をフルボッコにした国
全盛期の唐帝国(白村江の戦い)
全盛期を迎える一歩手前の頃のアメリカ合衆国(太平洋戦争)

232 :日本@名無史さん:2009/08/07(金) 19:55:33
日本では武士と農民ははっきり分かれていて、
農民を巻き込んでの戦争は行われたことがなかったらしいですね。
そのため戦国時代が100年も続いても、農業生産が低迷して餓死者
が出たといったと言った記録は残っていない。
川中島にしても関ヶ原にしても、市街戦ではなかった。
あとは城攻めですね。
夜襲もあったけれど、城を囲んでからの攻撃であって不意打ちではなかった。
鉄砲隊を使うのは卑怯者のすること。

本当は、1対1の大将戦で勝敗を決するのが武士なのです。

233 :日本@名無史さん:2009/08/07(金) 20:51:20
えーっとまず、兵農分離が進んだのは乱世が終結してからだけど?
農民は戦の度に畑焼かれるわ拉致られて人身売買されたりしてたんだけど?
市街戦や城攻めがない?むしろ南北朝期以降の日本の合戦は
城を巡る山岳での攻防戦が主流になり、それに乗じて騎兵より歩兵が増えたわけですが?
鉄砲使うのは卑怯?そんな理念があった国が
どうしてスペインやトルコを上回る世界最大の鉄砲保有国になったの?
大将同士の一騎打ち?君、戦国無双とかバサラのやりすぎじゃない?




早く学校の宿題やりなよ。夏休みはあと半分ちょいしかないよ?

234 :日本@名無史さん:2009/08/07(金) 21:10:32
馬鹿にマジレスは学問板の悪い癖だ。
スルーが一番

235 :日本@名無史さん:2009/08/07(金) 22:01:34
>>233どこを縦読みすると城攻めがなかったと読めるわけ?

236 :日本@名無史さん:2009/08/08(土) 04:23:22
信長の上京焼き討ちは市街戦とは言わないのかな?

237 :日本@名無史さん:2009/08/08(土) 04:33:48
明がどこの馬の骨に日本国王の印綬を下賜して册封しようが、
その明朝お墨付きの日本国王とやらが自分の封地ではあくまでも天皇の臣下としての分際を弁えて振る舞う限り、

日本では天皇>明朝皇帝という現実が確立している訳だ。

そういう状態を属国とは到底呼べない。

支那から訪れた下級役人に上座を譲って三跪九叩頭の礼拝を欠かさなかった朝鮮国王と天皇では格が違うからだ。

238 :日本@名無史さん:2009/08/08(土) 13:21:01
当時の朝鮮人口は多くて700万人てとこだねえ。
朝鮮の問題は成長傾向に無く、悪政で人口が行きつ戻りつしているところ。
当然、人口を国力に反映させる統治能力もたかが知れている。と言うか、歴史的にいつも仲間割れして国力は減殺されてきた。

239 :日本@名無史さん:2009/08/08(土) 15:46:02
>>238
そんな相手に勝った勝ったとホルホルするのは情けない、日本人なら判官贔屓w

240 :日本@名無史さん:2009/08/08(土) 16:25:56
>>239
???
日本人の気質は「勝者をたたえ、敗者を貶める」ですが。

241 :日本@名無史さん:2009/08/08(土) 16:26:39
>>231
フランス(太平洋戦争)

ハイエナジャップの大勝利w

242 :日本@名無史さん:2009/08/08(土) 17:31:55
>>239
ホルホルも糞も最初から朝鮮はアウトオブ眼中
ここで議論されてるのは明軍との戦いに関してだから

>>241
兵の数はフランス軍のが圧倒的に多かったんだが?
しかも状況は終戦間際で日本がアメリカにボコボコにされた時だし。

243 :日本@名無史さん:2009/08/08(土) 18:17:26
ホルホラとかではなく、大量の農民が飢えて共食いして相互略奪しているような土地で戦争するのは大変・・・というか勝っても何の意味が?もう帰りたくなるだろ常考?

244 :日本@名無史さん:2009/08/09(日) 15:04:28
1521年まで、メキシコにはアステカ文明が栄えていたのだが、
スペイン人コルテスの侵略に屈した後は、鉱山開発で過酷な労働を強いられ、天然痘などの流行もあって人口が激減した。
さらにキリスト教宣教師が固有の宗教を破壊し、経済的にも教会が国の資産と土地の3分の1を占有した。
人種の混合政策がとられ、スペイン人の血の濃さに従って、複雑な階層に分化した。
こうした過程で、アステカ文明は根絶やしにされたのである。

実はこれは日本人にとっても他人事ではない。
戦国時代にスペインやポルトガルからキリスト教の宣教師がやってきたときに、
日本が信長や秀吉や家康のようなすぐれた人物に恵まれず、
また民族的なエネルギーも不足していたら、メキシコ人と同じ運命をたどった可能性があった。
現実にアジアでもフィリピンがそうなっている。

イエズス会の宣教師たちは、日本を占領するつもりで来たのだが、
武士の戦闘能力とその動員数、そして鉄砲が日本全土で10万丁も普及しているのに驚き、
本国に「日本占領をあきらめるべし」という手紙を書いた。
そのかわりに狙ったのが、西国の大名を改宗させ、それを手下に使って、
九州の神社仏閣を破壊し、日本の中にキリスト教区を作ろうとした。
さらに明の侵略にも使おうとしたのである。

豊臣秀吉は、明がスペイン人に征服されては、いずれは日本にも魔手が伸びると考え、
バテレン追放令を出し、さらにスペインの明への侵攻を牽制すべく先手を取って明に向かったのである。
それは文禄の役のときフィリピン総督府あてに脅迫的な手紙を出していることでも明らかだ。

歴史の教科書では、こうしたスペイン人の侵略を伏せている。
これではキリシタン弾圧も、明征伐も、秀吉の狂気の沙汰としてしか描けない。



245 :日本@名無史さん:2009/08/09(日) 23:10:54
鶴松が死んで機嫌悪くした秀吉が朝鮮出兵始めて
秀頼が生まれて機嫌がよくなって上杉に帰国命じたみたいな
NHKドラマの筋書き馬鹿すぎ

246 :日本@名無史さん:2009/08/10(月) 11:43:58
サヨク史観の狂気をみた

247 :日本@名無史さん:2009/08/10(月) 21:57:23
>>244
それは全くの思い違いじゃないのか?
日本が侵略されたことがないっていうのは間違い。
神武天皇ことカムヤマトイワレヒコも渡来人なら、
大化の改新を行った天智天皇やそれを支えた
秦人も渡来人。

日本は大陸のはずれの吹きだまり。大陸で政変
が起こるたびに国を追われた貴人が逃れてきたの
です。

そういう秀吉も日本ではほとんど見られない6本指
だったということは、渡来人の血を引いていたのか
もしれません。

248 :jyonniru:2009/08/10(月) 23:07:43
いい加減ネット右翼も現実を理解しろ!
別に戦国時代の日本を特別弱いとは思ってない!
200年間の平和を貪っていた正規軍7・8千人の朝鮮
を16万からの大軍であっという間踏み潰すぐらいは強いと思よ!

249 :日本@名無史さん:2009/08/10(月) 23:20:33
ということは、開戦時に2万を越す朝鮮水軍は大半が海賊(後期倭寇)だったと・・・w

250 :日本@名無史さん:2009/08/10(月) 23:29:56
>>249
嘘はいかんよ! 嘘は!
ソース希望!

251 :日本@名無史さん:2009/08/10(月) 23:51:09
>>250
ハンドル入れ忘れてるぞ。ジョンイル坊や大慌てだなwww

親韓派の宇田川が歴史群像の『文禄・慶長の役』129Pにウリナラ亀船研究の第一人者金在瑾の著作から
3万という数字を引いてるが、まぁ、どうせ徴兵する代わりに布で納めさせて私腹を肥やしていただろうから、
定員満たしていた訳もないが、懲録あたりに元均の逃亡で1万の水軍が四散、他方李舜臣の当初の
兵数は6千ほどだから、2万くらいはいただろうとした訳だ。


それにしても、他人様にソースを要求する前に、自分の糞数字のソースをまず挙げろよ、このクズ!!(笑)

252 :日本@名無史さん:2009/08/11(火) 00:29:21
ちなみに、李舜臣は避難民の船から食糧を巻き上げてるので、
まさしく海賊だけどな。(笑)

253 :日本@名無史さん:2009/08/11(火) 02:13:25
>>247-248
ここは学問板だ。
ファンタジーもののラノベを書きたいのなら
創作発表板か同人板がよろしかろう

254 :日本@名無史さん:2009/08/11(火) 05:44:23
>>247

どのみち朝鮮人には関係ない話ですね

255 :日本@名無史さん:2009/08/11(火) 15:39:24
シャルル・ダレ『朝鮮事情』

朝鮮人は一般に、頑固で、気難しく、怒りっぽく、執念深い。
それは、彼らがいまだ浸っている半未開性のせいである。
異教徒のあいだには、なんらの倫理教育も行われていないし、
キリスト教徒の場合も、教育がその成果をあらわすまでには時間がかかる。
子供たちは成長した後は、男も女も見さかいのないほどの怒りを絶え間なく爆発させるようになる。

しかし不思議なことに、にもかかわらず軍隊は概して非常に弱く、
彼らは重大な危機があるとさえ見れば、武器を放棄して四方へ逃亡することしか考えない

256 :jyonniru:2009/08/11(火) 23:41:35
漢城退却
3月。漢城に立て籠もる秀吉軍に一大事が起こります。
明軍の経略(←参謀の意味)・宋応昌(そうおうしょう)が、
漢城郊外の龍山にあった兵糧貯蔵庫を襲撃して焼き払うという
戦果を挙げました。この兵糧庫には、漢城駐留軍約5万人の
二か月分の兵糧:1万4000石が貯蔵されていたため、
漢城駐留軍は明軍と講和することを余儀なくされました。



257 :日本@名無史さん:2009/08/11(火) 23:57:27
講和というか、事実上の降伏だな。

258 :日本@名無史さん:2009/08/12(水) 00:41:46
ノエル・ペリン「鉄砲を捨てた日本人」
どの国にせよ、敢えて日本の征服に乗り出すには日本は強国過ぎたのである。
ポルトガル人には日本征服どころか、その考えすら起こらなかった。
スペイン人は一度だけ日本の征服を考えたかに思われるが、その思惑はたちまち一蹴された経緯がある。
1609年、太平洋方面総督に対して勅令が送られ、日本軍を前にして
「我が軍隊と国家の名誉を損なうような危険を冒さないように」
との厳命が下っているのである(フィリピン当局者であったスペイン人、Antonio de Morgaの記録にある)。
ただ一度だけ、日本の不正規軍…
…浪人と呼ばれる近寄るべきでないサムライが主体…とスペイン人との間で会戦が行われたことがある。
1620年代、シャムにおいてだ。
どちらが負けたか?敗れたのはスペイン人である。
支那について言えば、朝鮮での戦いのいくつかの小競り合いで支那が勝ったことはある。
だが、戦争それ自体に支那が勝利を収めたわけではない。
そのことは支那自身が明言している。
(中略)
1644年に滅ぶ明朝の最後に至るまで、この恐るべき侵略者の記憶は生々しく残り、
「日本人と言うだけで、人民は神経をとがらせ、警戒し、息を殺した」と付言されている。

259 :日本@名無史さん:2009/08/12(水) 02:08:29
>>257
「事実上」てのが分からんが、降伏ってのは戦闘能力/手段を放棄して降るってな事じゃないのか?
その後に第二次晋州城戦があるのだが?

260 :日本@名無史さん:2009/08/12(水) 08:07:36
>>257
阿Q乙

261 :日本@名無史さん:2009/08/12(水) 09:17:35
命乞いして漢城から出ることを許可されたんだろ?
まさに事実上の降伏だな。

262 :日本@名無史さん:2009/08/12(水) 09:18:59
命乞いってwwwwソース出せよwwww

263 :日本@名無史さん:2009/08/12(水) 11:14:26
イスンシンも殺されるとき命乞いしたのかな?

264 :日本@名無史さん:2009/08/12(水) 12:37:59
まぁ自明の事実として日本は当時の未熟な船舶で大軍を送り他国を蹂躙できる強国でありチョンは奪われる弱い国ってこった。
明いなけりゃ独立は怪しい

265 :日本@名無史さん:2009/08/12(水) 12:38:15
命が惜しかったの?

266 :日本@名無史さん:2009/08/12(水) 17:52:09
だから早く戦国武将達が命ごいしたとかいうソース出せやwwww

267 :日本@名無史さん:2009/08/13(木) 13:18:51
媚支那、媚韓がソースなしで嘘を吐くのは普通のことだろ


268 :日本@名無史さん:2009/08/13(木) 13:34:02
降倭将 沙也加の真実
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%99%E4%B9%9F%E5%8A%A0_(AV%E5%A5%B3%E5%84%AA)

略歴・人物
1988年に「浅井沙也加(あさい さやか)」としてAVデビュー。程なく「沙也加」に改名。80年代終りから90年代始めに活躍した。

童顔で華奢な体型に似合わずSM・アナルセックス・放尿といったプレイもこなした。また、パイパンで出演した作品もあり、母乳が出せることでも知られた。

同時期に活躍し“淫乱ブーム”を巻き起こした人気AV女優・豊丸を凌ぐ淫乱とも評された。

269 :日本@名無史さん:2009/08/13(木) 14:33:54
立花とか朝鮮人並みに戦果捏造してる大名もいるけどな

270 :日本@名無史さん:2009/08/13(木) 15:00:20
要するにウソツキはどこにでもいるが

半島はウソの数と規模が
圧倒的に違うわけだな

271 :日本@名無史さん:2009/08/13(木) 15:03:54
朝鮮人から嘘取ったら何残るw?

立花とかはシナ人並み

272 :日本@名無史さん:2009/08/13(木) 16:54:41
韓国人はあきれる嘘をつく、簡単に反論できるような嘘をつく

科学的でない嘘をつく、証拠を見せても嘘をつく

嘘をつくのが日常、意味不明な嘘をつく、身を滅ぼす嘘をつく

政治家も武将も国家のためや家のために嘘をついて
信用を減らしながら嘘をつくのが仕事だけど
政治家も武将も韓国人みたいに無意味な嘘はつかないけどね
生命がかかってるからね、つきすぎるとやばい
一般人は基本的に嘘がばれると信用を無くすけど韓国はドウかな、嘘がばれると
なんだかの制裁があるかね?無いと嘘が蔓延する事になる・・・

まあ現実を大事にして欲しいな韓国のためにも都合の良い嘘、妄想は良くないよ、
人付き合いをする時に相手の話を聞かずに嘘ばっかりついてると
自分と他者の関係に悪い
自分の利益ばかりを追求する事になってしまい、平等が生まれない事態になる
弱肉強食社会はつらい
嘘をつくことは科学の発展にも悪い
現実を見なきゃ始まらん科学は、科学が無いと経済にも悪いじゃん
いい事無い無いばっかリ

273 :日本@名無史さん:2009/08/13(木) 21:39:51
インデアン、嘘つかない。
インデアンと同じ血を引く古モンゴロイドの
上杉氏はよく生き残れたな。

274 :日本@名無史さん:2009/08/16(日) 17:52:00
>>272
それが彼らの真実だ

275 :日本@名無史さん:2009/08/20(木) 06:33:58

最近、日本の中老年層はNHK大河ドラマ「天地人」にはまっている。 日曜日午後8時に放送されるこの時代劇は
豊臣秀吉に従う若い侍が主人公として登場する。 人気の背景は乱世で目を引く彼の配慮と義理だ。 利益ばかり追う現代人に
足りない徳性であり、注目を集めている。

この侍が主演だが、それでもドラマの中心はさまざまな奇行を見せる豊臣秀吉だ。 彼は壬辰倭乱(文禄・慶長の役)で倭兵が
破竹の勢いで朝鮮に攻め込むと破顔大笑する。 「朝鮮民族にわれわれの兵士の槍と刀の味を見せた」と喜んだのだ。
豊臣秀吉は余勢を駆って明を経てインドにまで進出し、アジアを征服する誇大妄想に陥った。

豊臣秀吉の朝鮮侵略はこの時まで力を誇示するという側面が強かった。 戦国時代を統一し、日本が国家の枠を築くと、文物が
進んだ朝鮮を制圧することを望んだのだ。 しかし明治維新後に近代化に成功した日本は次元が変わった。
日本が1500年以上も頭を下げて学んできた朝鮮と中国は無力な弱小国にすぎなかった。
ロシアに勝ってアジアを制圧した日本人は自分たちの力に驚いて熱狂し、自信と優越感に満ちていた。
集団催眠にかかり、豊臣秀吉のように誇大妄想に陥ったのだ。

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=119409&servcode=100§code=140

>文物が進んだ朝鮮を制圧することを望んだのだ。
>文物が進んだ朝鮮を制圧することを望んだのだ。

>日本が1500年以上も頭を下げて学んできた朝鮮と中国
>日本が1500年以上も頭を下げて学んできた朝鮮と中国
>日本が1500年以上も頭を下げて学んできた朝鮮と中国

ま、これが現実だから(笑)



276 :日本@名無史さん:2009/08/20(木) 07:27:52
つまり天地人の視聴者層はバカスイーツ(笑)と情弱老害で構成されてると

277 :日本@名無史さん:2009/08/20(木) 08:27:48
直江は義理のために侵略してるけどな
チョンに何いっても無駄だと思うが

278 :日本@名無史さん:2009/08/20(木) 17:13:49
>>275
中央日報で現実?といわれてもw
まあ、韓国人の新聞記者がどの程度のものかという「現実」は見られるが。

大手ウリナラチラシの中でも、起源論大好き中央日報の言っている事を、
大部分の韓国人並びに在外のコリアンが信じている「現実」があるのならば、
まず最初に中国がコリアン狩りをしそうではあるけどね。

279 :日本@名無史さん:2009/08/20(木) 22:18:47
ツラン同盟を思い起こさせますね。
猿顔は、ツングースの子孫。
乃木大将は秀吉の子孫だろうな。

280 :日本@名無史さん:2009/08/20(木) 23:21:18
亀井茲矩という武将に興味あって調べているのだが。

道月餘影
http://tottori.rojo.jp/monogatari/kamei.html
>茲矩乃ち蘇川城を焼き。古城に移る。
>居ること敷月の間。敵兵来り攻むること数次なれども。皆之を撃退せり。
>既にして。岐阜宰相秀信書を移し。古城を徹して。釜山に来れと令す。
>是を以て古城を焚き。釜山に還る。
>時に秀信の兵千余人。東古都城に據り。韓兵に囲まれる。
>乃ち茲矩をして往きて援はしむ。茲矩囲を破りて。城に入り夜城兵を引きて。釜山に還る。

織田秀信(この時わずか十三歳ってのが何とも)を助けた茲矩の武勇伝なんだが、
しかし茲矩が出張ったまま帰れと言われても帰らないもんだから敵が沢山来て
秀信の隊まで囲まれちゃったという意味にも読めるような。
東古都城と蘇川及び釜山の位置関係が分からなくて
二つの戦の因果関係がよく把握出来ない。誰か教えて。

281 :日本@名無史さん:2009/08/21(金) 07:31:02
>>275
>利益ばかり追う現代人に

「とします」って読んでしまって5秒くらい考えてしまった

282 :日本@名無史さん:2009/08/21(金) 18:48:04
>>275
李氏朝鮮の文物が進んでたって証拠は?

2000年間も頭を下げ続けてきたのは朝鮮だろ




283 :日本@名無史さん:2009/08/21(金) 21:26:10
>2000年間も頭を下げ続けてきたのは朝鮮だろ

中国か日本かモンゴルかって違いはあるが。

284 :日本@名無史さん:2009/08/21(金) 22:38:16
>>281
かぶき過ぎw

285 :日本@名無史さん:2009/08/21(金) 23:48:11
<丶`∀´>頭を下げろ、チョッパリどもめ

286 :日本@名無史さん:2009/08/22(土) 02:15:32
支那から日本と半島へ水車の作り方が伝来するが・・・

水車を何百年もかけて結局、普及出来なかった国のお話。
農業技術は中国と日本から何度も移入しているのだがいつまでたっても追いつかなかった。

1429 世宗11年12月3日 日本の水車が凄いと報告。
1430 世宗12年9月27日 水車を造ろうとする
1431 世宗13年5月17日 中国も日本も水車の利を得ているが我が国(朝鮮)にはそれがない。
1431 世宗13年11月18日 日本と中国の水車の研究の記述がちらほら。
1431 世宗13年12月25日 水車導入を試みる。
1451 文宗元年11月18日 どうやら水車の導入に失敗。
1488 成宗19年6月24年 水車導入の試みがあります(そして音沙汰無し・・・。)
1502 燕山君8年3月4日 水車導入の試みが書かれています(そして音沙汰無し・・・。)
1546 明宗元年2月1日 水車導入の試みが書かれています。琉球(沖縄)と中国で教わった福建式の水車の様です。
 ここから100年間水車の記述が有りません。消滅したようです。
1650 孝宗元年5月15日 水車導入の試み
 そして30年記述無し。
1679 肅宗5年3月3日 水車を造らせたと記述。 そして70年記述無し。
1740 英祖16年4月5日 水車など無くなりました。『孝宗大王嘗頒遼瀋水車之制於外方, 今無見存者』
1740 英祖16年11月20日 また水車を造らせたと記述。一向に普及する様子が有りません。
1764 1763-1764年 の朝鮮通信使の「日東壮遊歌」に(淀城の水汲み水車の感想)「その仕組みの巧妙さ見習って作りたいくらいだ」と記述有り。
1795 正祖19年2月18日 水車之制について盛んに出てくる。普及している感じはしない。
1811 純祖11年3月30日 ここの記述でも水車なんか必要なのか?と書かれており全く普及していない事が読み取れる。

287 :日本@名無史さん:2009/08/22(土) 08:24:03
朝鮮には奴隷民がたくさんいたので人力で十分だったのだろうな。
水車を作るには高度な木工技術や軸となる鉄芯が必要だったから
朝鮮人には無理。

288 :日本@名無史さん:2009/08/22(土) 22:25:34
ヒストリーチャンネル「古代からの発見」KL話で
朝鮮が龍の模型から煙を吐く毒ガス兵器を開発していたとか
古代ロケット砲(火車)で秀吉の朝鮮出兵で3000人の朝鮮兵が
4万人の日本兵を殺傷したとか言ってたぞw

そもそも二度の朝鮮征伐で日本軍の死者が4万人って・・・
あんな武器より日本の鉄砲隊や大筒のほうがはるかに上なのはヤツらも
分かってるのに空想上で4万人殺されてしまったよ

あの番組はどこの国が製作してるんだ?
アメリカかイギリスだと思うが韓国人の言うことをそのまま信じて流したんだな


289 :日本@名無史さん:2009/08/22(土) 22:45:56
2ch=台湾政府「朝鮮煙幕」操縦部隊支配サイト
2ch=台湾政府「朝鮮煙幕」操縦部隊支配サイト
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290 :日本@名無史さん:2009/08/23(日) 01:16:06
【産経/コラム】「チャングム」のまやかし〜増殖する韓国の「自尊史観」 筑波大学大学院教授・古田博司★2[12/17]
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1229513310/

【正論】筑波大学大学院教授・古田博司 増殖する韓国の「自尊史観」

≪「チャングム」のまやかし≫
近頃、会合で話をすると10人に1人位は韓国時代劇チャングムのファンがいて、物語をそのまま史実だと
思いこんでいることが多いので、正しておきたい。まず朝鮮の李朝では、女子が宮中に出仕すると王様と
疑似婚姻関係に入るので一生外に出られない。チャングム女史のように出たり入ったりはできない。

ドラマでは李朝時代は色彩にあふれているが、ほんとうは顔料がないので民間に色はない。中国の清朝でも
日本の江戸時代でも陶磁器に赤絵があるが、朝鮮には白磁しかないのはそのためで、民衆の衣服が白
なのも顔料が自給できないからである。民芸研究家による「朝鮮の白は悲哀の色」というのも、今では真っ赤な
ウソである。上流階級だけは中国で交易する御用商人から色のある布を買っていた。

李朝は清朝や江戸時代と異なり、技術革新を嫌い、低レベルの実物経済で500年もの統治を可能にした
のであり、どこに似ているかといえば、いまの北朝鮮に似ている。19世紀初めの朝鮮の儒者が、「(我が国
の拙(つたな)きところ)針なし、羊なし、車なし」(鄭東●『晝永編』)といっている。

291 :日本@名無史さん:2009/08/23(日) 01:16:51
針は粗雑なものがあったが、ちゃんと縫うには中国から針を買わねばならなかった。当時の中国針は優秀で、
日本も輸入している。羊はモンゴルに征服された高麗にはいたが、いつの間にか滅びた。車は西洋文化が
流入するまではない。木を曲げる技術がなかったからである。だから李朝には樽(たる)もない。液体を遠方
に運ぶことすらできなかった。かつて日本が保護したとき、韓国はそのような国であった。
(中略)

日本の自虐史観の対照には韓国の自尊史観があるのであり、それはひずんだ鏡のように日韓の関係を
歪(ゆが)めてきた。もはやポストモダン期にある日韓では、世論は反日でも贖罪(しょくざい)でも
盛りあがらない。盛りあがっているのは、韓国の反日市場で利権をあさり、同じく日本の贖罪市場で利権の
維持に汲々(きゅうきゅう)とする、一部マスコミと学者たちにすぎないのではないか。(ふるた ひろし)

ソース:(MSN産経 2008.12.17 03:01)
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/081217/acd0812170302001-n1.htm

292 :日本@名無史さん:2009/08/23(日) 06:58:29
>>291
>車は西洋文化が流入するまではない。

でも猫車はあったよ?

293 :日本@名無史さん:2009/08/23(日) 08:33:41
あの小さな車輪が
当時の朝鮮の限界だったんだろうんな

294 :日本@名無史さん:2009/08/23(日) 08:54:45
>>292
そういや、猫車(しょう軒)のタイヤ部分はどうなっているんだろうな。

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/71/Chohon.JPG
この写真だと分からんね。
てか、この写真だと木を曲げてという感じはしないな。
木を曲げて作らんでも、こんくらいの大きさなら木を刳り抜いてとか、
金属製(鋳物)なんて可能性もあるかな?
どうせ上位の両班にしか需要がないものだし。


295 :日本@名無史さん:2009/08/23(日) 09:01:47
t

296 :日本@名無史さん:2009/08/23(日) 09:04:05
二輪車は同じ車輪が二ついるが一輪車は・・・

297 :日本@名無史さん:2009/08/23(日) 09:57:38
>>294
これすごい不思議なんだけど、なんでわざわざ一輪車にしたんだろう?
古代中国の貴族の一般教養として、馬車の操縦法、すなわち「御」があるわけで、
儒教大好きな朝鮮貴族が二輪車を知らないはずはないんだが。
王族は二輪、一般貴族は一輪とか、なんか制度上の制約があったとしか思えん。

298 :日本@名無史さん:2009/08/23(日) 10:59:55
>>297
一輪車にしたのは、碌な道路がなかったから
悪路だと一輪車の方が勝手がいい

299 :日本@名無史さん:2009/08/23(日) 15:36:12
>>297
似たような奴を土木作業場でよく見かけるだろ?

300 :日本@名無史さん:2009/08/24(月) 02:34:55
http://www.chosunonline.com/news/20090823000015
朝鮮は「ロケット先進国」だった(上)

http://www.chosunonline.com/news/20090823000016
朝鮮は「ロケット先進国」だった(下)



301 :日本@名無史さん:2009/08/24(月) 03:13:24
さすが「飛車」を開発していただけのことはあるw

http://images.google.co.jp/images?hl=ja&source=hp&q=%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E3%80%80%E9%A3%9B%E8%BB%8A

302 :日本@名無史さん:2009/08/24(月) 09:45:50
朝鮮のはガセだが
大日本帝国はジェット戦闘機を、ナチス第三帝国は弾道ミサイルを
それぞれWWU期にガチで開発してたな。

303 :日本@名無史さん:2009/08/24(月) 12:43:09
ジェット機なんて主要国は当たり前に開発してるだろ。
そもそも日本のはドイツから設計図もらってたし。

304 :日本@名無史さん:2009/08/24(月) 20:26:52
日本のジェット機はドイツから技術もらったが、
ドイツと日本以外は実用化してないんでないかい

305 :日本@名無史さん:2009/08/24(月) 21:29:31
李氏朝鮮に韓国人が主張する強い軍隊や兵器が有れば一ヶ月で首都陥落は有り得ない。
史実では日本軍って一番隊のみでソウル、平壌を落としている・・・

朝鮮の役で明軍は日本の築いた城砦を一つも攻略できなかった。
戦いの流れを見ると強引な力攻めが多いから明軍も朝鮮で餓えに悩まされたのでは。
10万を超える明の大軍と日本の大軍、それらの大軍を養うには朝鮮は貧し過ぎた。

306 :日本@名無史さん:2009/08/24(月) 21:29:59
>>302
ジェット戦闘機ってあの有人ミサイル「桜花」のこと
あんなのドイツのV2ロケットに比べれば子供だまし

アメリカ軍は「桜花」をバカにてたそうだよ

307 :日本@名無史さん:2009/08/24(月) 21:43:11
ちげーよタコ

308 :日本@名無史さん:2009/08/24(月) 21:50:34
>>306
桜花もA4もジェットじゃネ20。

309 :日本@名無史さん:2009/08/24(月) 22:29:19
>>304
つ ミーティア、バンパイア、シューティングスター

他方、試験飛行が一回成功しただけでは実用化とは言えんわな。


310 :日本@名無史さん:2009/08/24(月) 23:01:38
WW2の日本ってショボいよな。
本気じゃないアメリカやイギリスに片手間でボコられた小物だし。

311 : ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:2009/08/24(月) 23:08:38

   / ̄ ̄\/)
  f    ヾ
  | <丶`∀´|
  ヽ _(◎)ノ ノつ
  /ノ/ ハヽ二二ノ
 ( (||i) )ヽ\
  ヽ)L人(_/(ノ`J

  ・・・と、タコが申しておりますw

312 :日本@名無史さん:2009/08/25(火) 00:26:04
>>306>>310
桜花はロケットだろw
ジェット機とロケットの区別がつかんのか?w
旧日本軍のジェット戦闘機は「橘花」だ。
ロケット戦闘機が「秋水」だよ。
特攻ロケット兵器が「桜花」だ。

313 :日本@名無史さん:2009/08/25(火) 00:29:55
>>310
韓国と北朝鮮は2009年になっても
ロシアからロケット技術を買ってるんだぞw


314 :日本@名無史さん:2009/08/25(火) 00:57:37
>>310
日本とドイツボコったのは実質アメリカ単独じゃねえか。
ジョンブルや露助やちゃんころやダッチやフレンチや
流刑者子孫オージーどもに戦勝国を名乗る資格なんてねえよ。
ましてや日本の一地方として枢軸側だった朝鮮は尚更な。

315 :日本@名無史さん:2009/08/25(火) 04:14:56
当時のアメリカの経済力と資源(鉄、石油)と工業力を考えたら
とても日本の力では勝てないのは分かってたんだよ
何しろ1日に大型艦2隻を余裕で建造する力があったんだから
戦闘機もどんどん生産して東南アジア戦線だけでなくイギリスにも送ったんだよ

日本海軍は先制攻撃して途中で有利な交渉によって戦争を終わらせられると
踏んでいたがルーズベルトが真珠湾攻撃の時点で「無条件降伏以外認めない」
なんて言ったから当てが外れたんだよ

今でもそうだが資源(鉄、石油)を持ってる国が勝つ
日本は資源には恵まれなかったな

316 :日本@名無史さん:2009/08/25(火) 07:41:44
>>309
単なる「ジェット」なら「世界初」と言われたカプロニカンピニN1を忘れずニダ。

317 :日本@名無史さん:2009/08/25(火) 10:17:53
>>315
話は戻るが今と違って16世紀の頃は、黄金ザックザクだったよな。
益々もって朝鮮とるメリットなんざないってか端からアウトオブ眼中

318 :日本@名無史さん:2009/08/25(火) 21:33:13
エアラコメットと言わず、シューティングスターを挙げる>>309の底の浅さよ。

319 :日本@名無史さん:2009/08/25(火) 22:34:31
>>318は”実用”という言葉を知らない馬鹿なんだね。

320 :日本@名無史さん:2009/08/26(水) 16:08:41
朝鮮人は文禄慶長の役で完全論破されたので
話題逸らしに必死なようですね

321 :日本@名無史さん:2009/08/27(木) 01:01:57
ウィキの立花宗茂読むと
思わず苦笑いしてしまうw

322 :日本@名無史さん:2009/08/27(木) 19:11:32
>>320
倭人の勝利宣言出ました

323 :日本@名無史さん:2009/08/28(金) 09:04:12
韓国での秀吉の朝鮮征伐は朝鮮軍が日本軍を打ち破ったと書いてる
明の10万を超える援軍のことなど素知らぬかのように

で、秀吉の朝鮮出兵は韓国の進んだ文物を盗むためだったと書いてる


324 :日本@名無史さん:2009/08/28(金) 10:02:41
>>321
何で?

325 :日本@名無史さん:2009/08/28(金) 16:27:49
ググレ

326 :日本@名無史さん:2009/08/28(金) 17:26:16
釜山に上陸した日本軍に対し、朝鮮軍はあっという間に敗北。
文禄の役
釜山に上陸した日本軍に対し、朝鮮軍はあっという間に敗北。
釜山鎮の戦い(鄭撥戦死)、東莱城の戦い(宋象賢戦死)、尚州の戦い(李鎰敗走)、弾琴台の戦い(申立戦死)
などで日本軍は勝利を重ねた。
日本軍は第1軍(小西行長、他)、第2軍(加藤清正、他)、第3軍(黒田長政、他)を先鋒に
三路に分かれて急進し、翌5月には首都漢城(現在のソウル)を占領。

朝鮮国王の宣祖は平壌へ遷都して避難、
さらに日本の進撃が迫ると遼東との国境である北端の平安道義州へと逃亡し、
冊封に基づいて明に救援を要請するが、
その間にさらに北上した日本の第1軍と第2軍は平壌を占領して進撃を停止した。

あまりに容易に李氏朝鮮の王都である漢城が陥落したため、
日本の諸将は5月に漢城にて軍議を行い、
各方面軍による八道国割と呼ばれる制圧目標を決めた

平安道 第1軍小西行長他、 
咸鏡道 第2軍加藤清正他、 
黄海道 第3軍黒田長政他、 
江原道 第4軍毛利吉成他、 
忠清道 第5軍福島正則他、 
全羅道 第6軍小早川隆景他、 
慶尚道 第7軍毛利輝元他、 
京畿道 第8軍宇喜多秀家他、

日本軍は北西部の平安道と全羅道を除く朝鮮全土を制圧し、
加藤清正の一隊は威力偵察のため国境を越えて明領オランカイへ攻め入った。


327 :日本@名無史さん:2009/08/29(土) 00:55:16
>>321
これか?

武勇伝は同時代史料に記録が無く、話の信憑性には疑問符が付く



328 :日本@名無史さん:2009/08/29(土) 01:32:25
神国日本vs李氏朝鮮

329 :日本@名無史さん:2009/08/29(土) 05:48:54
>>326
韓国の歴史ドラマでも秀吉の日本軍が攻めてきて朝鮮の高官達が逃げる
シーンが印象的だったと韓国ドラマ好きのおかんが言ってたw

330 :日本@名無史さん:2009/08/29(土) 13:59:09
宣祖25年4月28日(丁巳)。
○二十八日丁巳, 忠州敗報至, 上召大臣, 臺諫入對, 始發去?之議。
大臣以下皆涕泣, 極言其不可。
領中樞府事金貴榮啓曰: “宗廟園陵, 皆在此, 去將何往? 當固守京城, 以竢外援。”
右承旨申?啓曰: “殿下若不聽臣, 終至播越, 則臣家有八十老母, 欲自刎於宗廟大門之外, 不敢從殿下去也。”
修撰朴東賢啓曰: “殿下一出城, 則人心不可保。 荷輦之夫, 亦將委諸路隅而走矣。” 仍失聲痛哭, 上色變, 遽還内。

忠州で敗北の知らせ。大臣が集まってアイゴー、アイゴーと泣き叫び、何の言葉も出ない。
領中樞府事の金貴榮がようやく話し始めて、「宗廟の園陵は皆ここに在る。どうしてどこかに去ろうとするのか?都を固守して、援軍を待つべきだ。」
右承旨の申?が言った。「王様(殿下)は、なお私の言葉を聞こうとしない。ついに軍がやってきてしまったが、まだ私には八十の老婆が家に居る。
宗廟の大門の外で自刎しようとも思ったが、あえて王様が逃げるのについていこうと思う。」 
修撰の朴東賢が話した。「殿下はひとたび城を出て、すでに人心を保てる状態ではない。荷車の人夫や、将にゆだねてもろもろの路を走っている。」 
しきりに声を失いアイゴー、アイゴーと叫び、顔の色を変えて、あわただしく、帰って行った。

○時, 大臣以下?入侍, 皆極言不可去?, 而領議政李山海, 則惟噫嗚涕泣而已,
?又出謂承旨申?曰: “古亦有避去者。” 云, 衆遂譁然, 歸罪於山海。
兩司合啓請斥免, 上猶不允。 蓋是時城中士庶, 皆已奔潰, 雖欲固守, 勢有不可爲矣。

時をおいて、大臣以下しきりに出入りしたが、皆言極まって、立ちつくしていた。
しかるに領議政の李山海はただ、アイゴー、アイゴーと泣き叫び、謂承旨の申?は、「古くはまた去って逃げるものあり。」、
衆はかすまびき、李山海に罪を着せた。

331 :日本@名無史さん:2009/08/29(土) 14:01:36
宣祖25年4月29日(丁巳)。

○戊午/立光海君諱爲世子。 出東宮, 僚屬百官陳賀。

光海君(諱)が世子に立つ。東宮を出た。

○起復金命元爲都元帥, 申恪爲副元帥, 屯漢江, 邊彦e爲留都大將。

金命元都元帥、申恪復元水が漢江に駐屯し、邊彦eが留都大将(留守の都を預かった)

○時, 去?之議已決, 宗室海豐君^耆等數十百人, 叩閤痛哭。 上傳曰: “當與卿等, 效死勿去。” 耆等乃退。

アイゴー、アイゴー言っています。

○上命尹斗壽扈駕。 命金貴榮、尹卓然奉臨海君^d, 韓準、李?奉順和君^?, 出奔北道。

臨海君、順和君が北道から逃げた。

○是夜, 衛士盡散, 宮門不下鑰, 禁漏不傳更。

この夜、衛士はことごとく散り、宮門は開け放たれ、放置された。

332 :日本@名無史さん:2009/08/29(土) 14:05:22
宣祖25年4月30日(己未)

○己未/曉, 上已出御仁政殿, 百官人馬?咽於殿庭。 是日, 大雨終日, 上及東宮御馬, 中殿御屋轎, 淑儀以下到洪濟院, 雨甚, 舍轎乘馬, 宮人皆痛哭?從。 宗親、文武扈從者, 數不滿百。
晝點于碧蹄館, 僅備御廚, 東宮則闕膳。兵曹判書金應南, 親自奔走於泥濘中, 猶不能制, 京畿觀察使權?, 抱膝?目, 罔知所措。

王様、両班総出で夜逃げ。

○夕次臨津登舟, 上對侍臣, 俯伏痛哭良久, 左右皆流涕, 不能仰視。
天陰夜K, 無一條燈。 燭夜深得達東坡。 上命沈舟斷渡, 撤近水邊人家。 蓋慮賊兵取以爲筏也。
百官飢疲, 散宿於村家, 阻水不得渡者, 亦過半矣。

>逃避行中。ここでもアイゴー、アイゴー言っています。

宣祖25年5月1日(庚申)

○庚申/上發東坡館, 晝點于板門。

王(宣祖)は 東坡館出発して、昼、于板門についた。

○豐コ郡守李隨亨, 謁於道左, 稍備御膳。 百官亦得食, 下至軍糧馬料, 亦皆措備, 別獻米五石, 上?分賜從行衛卒。 夕次開城府。

○是夕, 有從卒因魘失聲, 衆皆夜驚, 互相?撲, 聲徹大内。 内人有自剄幾死者, ョ行殿門已閉, 聲到殿外而止。

自殺してる・・・。

○有從卒奪平安道土兵馬者, ?斬以徇。

333 :日本@名無史さん:2009/08/30(日) 01:29:38
● 韓国は中国の属国だったことはないらしい

「韓国は中国の属国」…中国語ガイドの韓国史わい曲が深刻

国立民俗博物館(館長:金紅男)が最近、中国語の通訳ガイドらの誤った案内事例をまとめて分析した
「誤った中国語案内事例」によると、相当数が誤った韓国関連情報を伝えていることが分かった。

ガイドの一部は「高麗(コリョ)青磁は中国の唐三彩を真似たもの」、「新羅(シルラ)の慶州(キョンジュ)は
中国の西安をそのまま移しておいたもの」、「韓国は昔から中国の属国」などと紹介している。
また「三国時代の衣服・金属活字が中国とそっくり」、「博物館に展示された遺物は真物ではなく、真物は
全て日本にある」と説明するなどわい曲している。

こうした問題は、ガイドの大半が通訳案内士試験に合格した人ではなく、違法滞在中の華僑や朝鮮族だからだ。
韓国観光通訳案内士協会などによると、韓国で活動する中国語観光ガイドは約700人で、うち資格証明を持つ人は20%にすぎない。
結局、韓国の歴史・文化に無知な「無資格」のガイドらが中国人観光客にわい曲された韓国関連情報を伝えているのだ。

中央日報
http://crutonpapa.at.webry.info/200607/article_82.html

http://plaza.rakuten.co.jp/khiroba/diary/200411150000
http://www.geocities.jp/hiromiyuki1002/cyousenrekishi.html
日本統治前の朝鮮

334 :日本@名無史さん:2009/08/30(日) 02:59:58
きっと中国の属国ではなく
支那の属国だったといいたいんだよ

335 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 12:52:27
中国が近代化に成功して偉大な国家であり続けたなら
属国であることも誇り続けたろうに。

日本や欧米にくわれ、戦後も発展途上国であった国より下につきたくないだけなんだろうな

336 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 14:28:01
<#`д´>苦難の中華属邦期、悲劇の日帝強占期、屈辱の南北分断期
全てウリ達は被害者ニダ

337 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 18:00:27
秀吉も宣教師も現場の倭寇大名たちも中国北方の騎馬軍の存在を知らなかったんだろうな
沿岸のヨワッチイ明の軍隊相手に
「こいつら超弱いwwwオイラ1人で5人は楽に相手出来るwwwwうぇww」
なんてノリで、宣教師もそれを見聞きしてて秀吉に報告して

秀吉もそれならばって感じで出兵。で、結局中国からの援軍は
北の騎馬民族を抑え込んでた世界最強クラスの軍隊。そりゃ戦線は膠着するわ。


338 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 19:34:37
■韓国の歴史歪曲

<国号の選択>
朝鮮王朝実録によれば、太祖・李成桂は使いを明に送って、国号として「朝鮮」と「和寧」という二つのうちのどちらかを
採択することを請い、「朝鮮」を選んでもらった。
国号すら自分たちで決めることが出来ず、他国に選んでもらうなど「属国」以外の何者でもない。
なお、この「国号の選択」に関して韓国の教科書は次のような歴史歪曲捏造を伝えている。

曰く「新王朝は、国号を朝鮮と定めた。「朝鮮」は、すなわち古朝鮮の伝統を受け継ぐという意味で、壇君に民族の
独自性を求めるという意味が含まれている。」
無論、事実は上の通り明に選んで貰ったのである。

<朝貢>
朝貢については韓国側もその事実はさすがに認めている。
となれば当然、「朝貢」は臣下の礼を致すものであるから、朝鮮は中国の属国であったと言える・・・のだが、ここでもまた
韓国の歴史歪曲捏造の教科書は次のように始めている。

曰く「明との外交は朝鮮側がより積極的であった。朝鮮は朝貢を通じて明の名分を立ててやり、使臣の往来を通して経済的・文化的実利を得た。
しかし後にはいきすぎた親明政策に流れる傾向があらわれた。」
何をかいわんやである。
「明の名分」という訳の分からない理屈で朝貢は仕方なくやっていたもので決して臣下の礼をとった訳ではないことを強調しているのである。



339 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 19:35:28
[続き]

<人質・強制連行>
明の後、清が中国の統一王朝となったが、この際朝鮮と戦争をし清は朝鮮に勝利している。
清は朝鮮の王子一族他、貴族とその家族数百人を人質としており、朝鮮民衆50万人を強制連行している。
朝鮮が清に敗北した1636年から1881年までの244年間の間に、朝鮮から清への朝貢はなんと500回を
超えるに至っている。
また、清の使者が朝鮮を訪れる際には朝鮮国王は漢城郊外の迎恩門まで出向き、土下座をして恭しく使者を迎え、慕華館で
勅使の接待をすることを余儀なくされていた。
もう誰が何と言おうとこれは清の属国として朝鮮である・・・はずなのだが、ここでまたまた韓国の歴史歪曲捏造の教科書は
次のように説明している。

曰く「後金は勢力を強め、国の名称を清とかえ、朝鮮王朝に対しては君臣の礼を要求して再び侵入し、漢陽を占領した。
そのため仁祖は臣下とともに南漢山城に移り、45日間抗戦したが、ついに清の要求を受け入れて講和を結んだ。
この戦争を丙子胡乱という(1636年)。」
そう、朝鮮は敗北したのではない「講和」をし清と友好関係を結んだだけであったのだそうだ。

members.at.infoseek.co.jp/konrot/rekisi08.htm


340 :日本@名無史さん:2009/08/30(日) 21:49:23
スペインは中国はバカにしてたが、かなり日本を恐れてたようだね

341 :日本@名無史さん:2009/08/30(日) 22:20:52
>>337
100 名前:日本@名無史さん[sage] 投稿日:2009/07/19(日) 04:01:46
「自倭乱朝鮮七載、喪師数十万、餉数百万、中朝与属国無勝算、至関白 死而禍始息」
「朝鮮王朝実録」
 「日本兵との接近戦を禁じた」
 「日本兵捕虜に熱心に剣術を習った」

「宣祖修正実録」
「天兵(明兵)短剣騎馬にして火器なく、道険しく、泥深くして馳テイする能はず。
賊(日本軍)長刀を奮ひて左右に突闘し鋭鋒敵なし。」

「懲秘録」
賊(日本軍)は歩兵で、打ち振る刀は、三、四尺におよび、鋭利無比のものであった。
賊はその鋭い刀を左右にはげしく打ちふるい、人馬の区別なく斬り伏せた。
全くその勢いには抗すべき道がなかった。

「明史」
「自倭乱朝鮮七載、喪師数十万、餉数百万、中朝与属国無勝算、至関白 死而禍始息」
我が国とその属国(朝鮮)に勝算は無かったが、関白(豊臣秀吉)の死によって戦争は終わった

342 :日本@名無史さん:2009/08/31(月) 22:33:58
>>341
いやだから朝鮮軍は古代ロケット砲(火車)で日本軍4万人を殺害したと
ヒストリーチャンネルで言ってたw

343 :日本@名無史さん:2009/08/31(月) 22:36:49
信頼できるな
それ

344 :日本@名無史さん:2009/08/31(月) 23:04:30
>>341
>「自倭乱朝鮮七載、喪師数十万、餉数百万、中朝与属国無勝算、至関白 死而禍始息」

×我が国とその属国(朝鮮)に勝算は無かったが、関白(豊臣秀吉)の死によって戦争は終わった

○我が国と朝鮮の前に属国だった(日本)に勝算はなかったが、関白(豊臣秀吉)の死によって
 戦争は終結した



345 :日本@名無史さん:2009/08/31(月) 23:15:01
漢字を読めない朝鮮人が、まして漢文の読解など出来るはずがないという見本?(・∀・)ニヤニヤ

346 :日本@名無史さん:2009/09/01(火) 00:06:14
>>344
それだと文脈が全然通じない

當是時,寧夏未平,朝鮮事起,兵部尚書石星計無所出,募能?倭者偵之,
於是嘉興人沈惟敬應募。星即假遊?將軍銜,送之如松麾下。明年,
如松師大捷於平壤,朝鮮所失四道並複。如松乘勝趨碧蹄館,敗而退
於是封貢之議起,中朝彌縫惟敬以成款局,事詳《朝鮮傳》。久之,秀吉死,
諸倭揚帆盡歸,朝鮮患亦平。然自關白侵東國,前後七載,喪師數十萬糜餉數百萬,
中朝與朝鮮迄無勝算。至關白死,兵禍始休,諸倭亦皆退守島
東南稍有安枕之日矣。秀吉凡再傳而亡。

そこで封貢の議論が起き、わが国と朝鮮はただ金で取り繕うとするようになる。
しばらくして秀吉が死に、倭の諸将は船で帰還、朝鮮はまた平和になった。しかし関
が東国を侵してから七年、師の数十万、数百万の食糧が失われ、わが国と朝鮮には
勝算がなかった。関白の死に至って戦争が終わり、倭の諸将は全て島の巣に戻
東南は安心して眠れるようになった。秀吉の死は一般に知られるようになった。

347 :日本@名無史さん:2009/09/01(火) 00:48:01
漢文が読めない344がまたまた大恥をかきましたとさ

348 :日本@名無史さん:2009/09/01(火) 00:52:27
すぐわかる嘘ってなんの為につくんだろ。
超絶馬鹿か単に釣りしてるつもりの輪をかけた超絶馬鹿か

349 :日本@名無史さん:2009/09/01(火) 22:27:08
たしか朝鮮人は漢字が読めないんだったよな(笑)

350 :日本@名無史さん:2009/09/02(水) 01:38:40
>>348
マジレスすると嘘も百回つけば真実になるってやつで
内容を深く読まずにぱっと見るだけの「馬鹿」を洗脳できればそれでいいって言う作戦で「わざと」やってるやつもいる。

大抵の媚韓はそこまで考えてないんだがw


351 :日本@名無史さん:2009/09/03(木) 13:04:23
【芸能】 日本の侵略行為、20年間粘り強く追跡〜前田憲二監督、ドキュメンタリー映画『月下の侵略者』完成[08/25]
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1251294124/
【芸能】 なぜ、誰が朝鮮人の鼻を切って行ったのか〜耳塚から聞こえる恨の声明『月下の侵略者』上映[09/02]
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1251894450/

在日のプロパガンダ映画

http://www.labornetjp.org/news/2009/1248163798103staff01
月下の侵略者
─文禄・慶長の役と「耳塚」

プロデューサー:イ・ウィチク 中 智 前田憲二

企画・制作
NPO法人ハヌルハウス
映像ハヌルビデオプロジェクト

製作委員:
 李義則
 中 智
 金床憲
 尹達世
 山本和信
 高ヒョンミ

352 :日本@名無史さん:2009/09/03(木) 13:07:47
>>351
>蔚山倭城では、倭軍が全滅。
>蔚山倭城では、倭軍が全滅。
>蔚山倭城では、倭軍が全滅。
>蔚山倭城では、倭軍が全滅。

ヲイ!!

353 :日本@名無史さん:2009/09/04(金) 01:46:14
嘘をつくやつより
そいつに突っ込む人間の比率が低ければ
嘘に押し負けることもあるからな

354 :日本@名無史さん:2009/09/04(金) 05:29:25
>>352
ははははは、本当に書いてあるw
こりゃあ、おどろいたw

李舜臣の馬鹿話がコリエイトされているところはリアルタイムでは知らないが(藤井信雄の李舜臣覚書など)、
まさか蔚山城の戦い(第一次と第二次のどちらだろうw)で、見られるとはw

電波な日本人(まあ名前は前田だから)を権威としすると、
あの国に広まりやすいから、これも広まるのは早いだろうなあ。
(しかし実名の在日では何故か権威となりにくい)

四半世紀後には、朝鮮軍は至る所で日本軍を撃退し壊滅させて、
漢城も平壌も朝鮮軍は放棄していない事になるのではなかろうか。

355 :日本@名無史さん:2009/09/04(金) 15:14:51
現在、ロケット宗主国であるところのウリナラは、壬辰倭乱では3000人の寡兵でロケット兵器を使って
倭軍4万人を殺傷、という誇らしい歴史をコリエイト中らしいが。


356 :日本@名無史さん:2009/09/04(金) 15:38:41
なんか あー
あーあーあー
こっちが病気なりそう

357 :日本@名無史さん:2009/09/04(金) 20:56:36
>>352
朝鮮出兵について、この分野のエセ研究者達が
日本軍が明・朝鮮軍を打ち負かすシーンは隠して
反対に日本軍の苦境ネタは徹底的に誇張してばっかりだから
物凄く捻じ曲がってるのよね。

蔚山城戦闘とは、明・朝鮮軍が攻めても攻めても死体の山を築くばかりで
いっこうに落ちず膨大な犠牲を出した戦いで
あたかも16世紀末の203高地のような様相を呈してたんだけど
そこは隠して、日本軍が飢えと渇きと寒さで苦しむシーンだけを
異常に誇張して、どっちが勝ったか判らないような戦いにしてしまってるのよね。

それに在日フィルターがかかると捏造歪曲度が更にパワーアップして
蔚山倭城で倭軍が全滅したことになる。
こんな感じ。

358 :日本@名無史さん:2009/09/04(金) 23:14:04
>>357
どう話を展開するのか少し興味がわいてきたw
第一次蔚山城戦で日本軍が壊滅したとすると、
その後も蔚山城が日本軍が保有して第二次蔚山城戦となるってのはどうしているのだろう。

明軍(は流石に登場させるよな?)+朝鮮軍が壊滅させて何故か撤退し、
日本軍が再占領したってな話になっているのかな。

359 :日本@名無史さん:2009/09/04(金) 23:28:23
殆どの書籍で第二次蔚山城戦闘は抹殺されてる。
第一次で倭軍が全滅又は敗走したことに捏造する人達にとっては
第二次戦闘が存在すること自体都合が悪いからね。

360 :日本@名無史さん:2009/09/04(金) 23:49:11
個人的に鎧兜が好きなんで
本屋で学研の 「図説・戦国の実戦兜」って本を見つけて
買おうかな〜って思ったけど
この本、加藤清正の兜のところで蔚山城の戦いについて書いてあったけど
守城戦で明・朝鮮軍を連日撃退して大打撃を与えたことには全く触れず
ただ絶望的状況に陥って、援軍の到来で脱出できたみたいなこと書いてあった。
(第一次)蔚山城の戦い後「脱出」したことにされちゃってるんだよ。
その後もずっと守備について第二次戦闘を迎えるというのに・・・

こんなデタラメな内容だったから買うの止めた。

361 :日本@名無史さん:2009/09/05(土) 00:14:16
Yahoo!百科事典
苦戦とか九死に一生とかしか書かない。
こんなのもデタラメ。

加藤清正(かとうきよまさ)
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E5%8A%A0%E8%97%A4%E6%B8%85%E6%AD%A3/
>慶長(けいちょう)の役に再出兵したが、蔚山(うるさん)城にて苦戦し、九死に一生を得て帰国。

浅野幸長(あさのよしなが)
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E6%B5%85%E9%87%8E%E5%B9%B8%E9%95%B7/
>97年(慶長2)の蔚山(うるさん)城攻防には明(みん)の大軍に包囲され苦戦した。98年秀吉の死により帰国した。

362 :日本@名無史さん:2009/09/05(土) 01:09:18
ドラマ「李舜臣」より
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7389582

363 :日本@名無史さん:2009/09/05(土) 07:59:33
実際、九死に一生を得たんじゃないの?


364 :日本@名無史さん:2009/09/05(土) 09:25:35
>>363
十のうち九つ死ぬ運命だったかと言うとどうだろうね。
確かに毛利以下は日本への帰国途上で釜山にあったが、
それらが救援に駆けつけるのは分かっていたし、
明軍はそれまでに落とさなければならない。
籠城側は備蓄不足で餓えに苦しむも、期間で言えば12月22〜翌年1月4日。
明軍は釜山他から援軍が駆け付けると退却、
そこを追撃されて戦死1万余(〜2万)、士官にも多くの戦死者を出し、総司令官はクビ。

兵力の規模が違うが、攻城側と籠城側の兵力比が同じくらい、守備について間もない・・・となると、
長光寺城籠城戦くらいの十の内のいくつかとなるかな?

365 :日本@名無史さん:2009/09/05(土) 10:24:14
>>357
まがりなりにも最終的に日本が押し勝っちゃった203高地だと
若干例えが違くないか?



366 :日本@名無史さん:2009/09/05(土) 11:39:25
>>364
> 兵力の規模が違うが、攻城側と籠城側の兵力比が同じくらい、守備について間もない・・・となると、
> 長光寺城籠城戦くらいの十の内のいくつかとなるかな?

明鮮軍で5万7千ぐらい、籠城軍は5千から3千ぐらいでは?救援軍が1万3千ぐらいだったか・・・

367 :日本@名無史さん:2009/09/05(土) 12:50:47
>>364
たかが2週間くらいの籠城で飢えに苦しむなんて
本当に何の備蓄もなかったんだな

368 :日本@名無史さん:2009/09/05(土) 12:56:06
>>366
そうだっけ?
オイラが知っている範囲では籠城側が1万だったかと。
で、6万弱対おおよそ1万。

で、甕割り柴田の長光寺城が5千対8百。
桁は違うけどね、比率で言えば。
で、水の手切られたのと兵糧不足(水は餓える程ではなかったけど)、
籠城側が城の守備に入ったばかり、援軍の到来は期待できる…てな感じで。

三木城、鳥取城の干殺しなんぞよりは、籠城側の状況としては良かったんじゃないかなあと…(て、どちらも籠城側が負けて九死に一生どころではないがw)。

369 :日本@名無史さん:2009/09/05(土) 18:37:22
>>363
日本軍が明・朝軍を大破したというのが蔚山城の戦いの根幹で
兵糧や水が不足したことは勝利までの過程に過ぎないの
根幹を書かずに過程だけ書くエセ研究者のやってることはインチキ行為になるの。

>>365
まあ、そうだね。

370 :日本@名無史さん:2009/09/05(土) 18:44:39
>>368
完成間近の蔚山に居たのって、浅野と奉行の太田、毛利の設営隊だけで
加藤清正は攻めれてから近習500を率いて西生浦倭城から緊急入城。
二の丸まで落とされたんでしょ?

371 :日本@名無史さん:2009/09/05(土) 19:10:51
>>370
>浅野と奉行の太田、毛利の設営隊だけ
加藤の配下もいた。

>二の丸まで落とされたんでしょ?
本城は一つの曲輪も落とされてない。

372 :日本@名無史さん:2009/09/05(土) 19:19:35
籠城軍を2千とか3千とか書いてるものもあるけど
この程度なら浅野勢だけでもこの人数に達するので、少なすぎると思う。
毛利勢や加藤勢が分遣されていたので、『清正高麗陣覚書』の一万という
数字に妥当性を感じる。

373 :日本@名無史さん:2009/09/06(日) 02:26:18
朝鮮軍ってホントに海戦では日本を押してたの?

374 :日本@名無史さん:2009/09/06(日) 07:48:57
>>367
本来の守備担当の清正は完成する前は他の城に居たし、建設要因が多数居てそれを収容しちゃったから兵糧が枯渇したのでは?

375 :日本@名無史さん:2009/09/06(日) 12:20:59
>>373
ウソ

376 :日本@名無史さん:2009/09/06(日) 14:40:56
>>373
ウソ
押してたんじゃなくて壊滅させてた

377 :日本@名無史さん:2009/09/06(日) 15:26:17
海戦での大砲は朝鮮の方が優れてたってのも嘘?

378 :日本@名無史さん:2009/09/06(日) 16:01:16
>>377
ウソ
朝鮮のものは大砲ではなく、火矢の発射筒。
だから砲身の肉厚も口径に比べやたら薄い。

379 :日本@名無史さん:2009/09/06(日) 16:24:21
>>376
ちょ、朝鮮水軍おそるべし。

380 :日本@名無史さん:2009/09/06(日) 17:47:56
>>376

具体的になんていう資料にそう書かれてるんだ?

381 :日本@名無史さん:2009/09/06(日) 18:52:36
>>376
そもそも日本側が上陸して
朝鮮奥地までの侵攻を許してる時点でアウトやん。
そんなに朝鮮水軍が強かったってんなら元軍の時の
鎌倉武士みたいに水際作戦で完封してみろよ

382 :日本@名無史さん:2009/09/06(日) 20:09:43
そもそも文禄慶長の役通してそんなに頻繁に海戦あったのか?

383 :日本@名無史さん:2009/09/07(月) 02:01:08
>>341
朝鮮の救援に向かった明兵が
中国沿岸の軍隊や、朝鮮兵並みに弱かったら
とっくに加藤か小西が万里の長城を突破してる

兵力温存最優先のやる気なしの諸大名連合軍じゃ
明の精鋭相手に蹴散らすとまではいかなくなった。


384 :日本@名無史さん:2009/09/07(月) 02:55:54
加藤清正率いる日本軍が半島に上陸してからあっとう間に朝鮮軍を壊滅させて
からが本当の文禄の役の始まりだろw

李瞬臣は韓国ではどういうわけか英雄になってるけど無防備な補給船を
叩いただけって説もあるし二度目の慶長の役では見事に戦士してるんだな

そんな人物が「日本人が怖がる人物を銅像しろ!」って日本に向けて
李瞬臣の銅像立ってるけどはっきり言って日本人は誰も知らない(笑)


385 :日本@名無史さん:2009/09/07(月) 09:01:07
>>384
>李瞬臣の銅像立ってるけどはっきり言って日本人は誰も知らない(笑)

李舜臣を知っている>>384は在日同胞のようです(笑)


386 :日本@名無史さん:2009/09/07(月) 09:35:06
>>384-385
最近のゆとり教育世代は東郷平八郎はしらなくとも李舜臣は知ってるらしい・・・

東郷が教科書に載ってない
ttp://oshiete1.watch.impress.co.jp/qa1466549.html

>例えば最も大きなシェア(約50%)を持つ東京書籍社の教科書には、
>秀吉の朝鮮出兵の時の朝鮮側の武将である”李舜臣”は写真付きで掲載されていますが、
>”東郷平八郎”も”乃木希典”も記載されていません。



387 :日本@名無史さん:2009/09/07(月) 11:45:58
>>386ゆとり以前からそうだが・・・20年ぐらい前何故東郷平八郎が載っていないのに安重根がのってるのかって?話題になってた

民主党政権になり支持母体である日教組の動きが気になるね


388 :日本@名無史さん:2009/09/07(月) 11:50:48
そもそもイスンシンを英雄にでっちあげたのは朝鮮総督府
「君たち朝鮮人だってやればできるんだよ」という教育のためやったこと

朝鮮人のみなさーんあなたのホルホルしてるイスンシンのサクセスストーリーは日帝の残骸ですよー
破棄しなくていいんですかー?

389 :日本@名無史さん:2009/09/07(月) 14:45:04
>>387
90年代後半に小学校高学年〜中学時代を過ごしたが
李瞬臣や安重根や柳寛順は習ったが
日露戦争は国内の反戦運動とポーツマス条約しか習わなかったw

おかげで東郷平八郎はかろうじて知ってたが
大山厳とか秋山兄弟とかは高校の頃まで全然知らなかった。
当然、日本海海戦が世界戦史上でも注目すべき出来事だなんて
知る由も無かった。

390 :日本@名無史さん:2009/09/07(月) 21:27:40
ん、オレの時代と違うのかな
李瞬臣も安重根も日本史で習った記憶が全くない
文禄、慶長の役では明の総大将の名前は記載されてないのか?

日露戦争の英雄、東郷と乃木が記載されてないのっておかしくないか?
トルコで一番有名な日本人は東郷平八郎だぞ、感謝されてるらしいw
ロシアでも東郷は日本海海戦で知られてるのに当の日本人に教えないって・・



391 :日本@名無史さん:2009/09/08(火) 04:12:51
それをやっちゃうのが
日教組

392 :日本@名無史さん:2009/09/08(火) 04:14:49
>>376
はやくソース出せば?

393 :日本@名無史さん:2009/09/08(火) 16:42:59
ネルソンが李舜臣を尊敬してるって話なかったっけ?
それとも東郷平八郎だったか?

394 :日本@名無史さん:2009/09/08(火) 17:16:11
>>393
お前ネルソンがどうやって東郷平八郎を尊敬できるんだよ
まず50年ぐらい三戦板で勉強しなおして来い

395 :394:2009/09/08(火) 17:20:15
>>393
もしかして「李舜臣を尊敬してるのって東郷平八郎だっけ?」ってことか?読みづらいわ。
それだったら、東郷平八郎が李舜臣を尊敬してるって言う話に明確なソースはないから、
多分朝鮮人の捏造話だな。

396 :日本@名無史さん:2009/09/08(火) 18:01:23
>>395
そのとおりどす。
わかりづらい文でごめん。

397 :日本@名無史さん:2009/09/08(火) 22:24:43
佐藤鉄太郎が李舜臣評価したんじゃ?

398 :日本@名無史さん:2009/09/08(火) 22:58:40
超時空提督ネルソンが降臨したのかとオモタw

399 :日本@名無史さん:2009/09/09(水) 08:36:01
メジャーリーガーがサダハル・オーを評価するようなものだろ。

400 :日本@名無史さん:2009/09/09(水) 14:09:31
そもそも創作

401 :日本@名無史さん:2009/09/09(水) 21:09:19
李舜臣って大勝と言われている閑山島で脇坂軍1500名以下を破っただけで、
一緒に来ていた加藤、九鬼の両氏には手が出せず撤退。
晋州城攻略では脇坂の点呼数は900だけど、晋州城は川があるとは言え内陸地で、
どの程度、水夫を連れて来れたのか解らない。
脇坂に勝った戦いでも大損害を与えられたか怪しい。
同じく鳴梁では来島兄弟を討死させているが、拠点放棄して古群山諸島に撤退。
撤退中に部下が捕虜になるなど、惨憺たる戦果しかない。

旧日本海軍が予算確保する為、朝鮮の役で海上輸送を脅かされたから負けたと、
原因を作った事が今の韓国の英雄に繋がっている。

402 :日本@名無史さん:2009/09/09(水) 21:20:15
韓国って李舜臣ぐらいしか銅像になる人物いないんだよな
二度目の慶長の役では戦死してるのにww



403 :日本@名無史さん:2009/09/09(水) 23:06:11
いくら李舜臣が日本勢にたいした損害を与えていなくても、そこらの無名両班よりは軍事的に活躍しているんでしょ?
戦況が朝鮮有利になるよう促進したのだったら、彼らにとっては十分英雄でしょ



404 :日本@名無史さん:2009/09/10(木) 00:25:45
>>403
江戸時代の日本では、もくそ官(木曽官)の方が知名度あったかも。

もっとも江戸時代の戯曲(天竺徳兵衛郷鏡)ものでは、
晋州城戦の金時敏(一次)と徐礼元(二次)を足して、実在の天竺徳兵衛をスパイスに、
妖術使いを混ぜた架空の人物ではあるけど。

405 :日本@名無史さん:2009/09/10(木) 03:05:41
>旧日本海軍が予算確保する為、朝鮮の役で海上輸送を脅かされたから負けたと、
原因を作った事が今の韓国の英雄に繋がっている。

興味深い
そこちょっとくわしく

406 :日本@名無史さん:2009/09/10(木) 14:47:59
>>402
>韓国って李舜臣ぐらいしか銅像になる人物いないんだよな

ところがどっこい。金時敏もでっかい銅像に!http://ko.wikipedia.org/wiki/%ED%8C%8C%EC%9D%BC:Kim_Si-min.jpg

407 :日本@名無史さん:2009/09/10(木) 20:15:57
>>401
日本丸の帆柱をへし折られたり大砲を打ち込まれて散々な目に遭ってんだろ?

408 :日本@名無史さん:2009/09/10(木) 20:32:11
そもそも文禄・慶長の役の主役は日本と明であって朝鮮はただの通り道
戦死者だけ見ても日本が圧倒的に少なく朝鮮はボロクソにやられてる
朝鮮を救ったのは援軍であった明の10万を超える大軍と秀吉の死去

無防備な補給船団を叩いた李舜臣がなぜ英雄なのか分からない
しかも戦死してるんだから・・w

韓国では伊東博文を暗殺したヤツも銅像になったり分け分からんw
本当に銅像になるほどの功績があるのか疑問な人物ばかりなんだよな

・国を守り抜いた人物もいない(1500年の属国)
・国を豊かにし近代化に貢献した人物もいない(近代化は日本の統治時代の
 教育や投資、戦後の米国、日本による資金、技術援助によるおかげ)

韓国ほど偉人がいない国って珍しいだろw


409 :日本@名無史さん:2009/09/10(木) 20:34:18
世宗大王像てのがあるけれど、能書きを読むと(なぜか日本語)
大した功績はないし、日本なら銅像は立たない。

http://www.jpn-world.com/info/korea/seoul/soulsozai/P2220195.jpg
http://www.jpn-world.com/info/korea/seoul/soulsozai/P2220196.jpg

410 :日本@名無史さん:2009/09/10(木) 21:16:58
まあ、明と朝鮮の武将の中で、唯一、李だけが
日本の将を討ち取ってるわけで、
日本の将がはるかに格上とすると、凄いことではある。

日中戦争も、シナは70万の兵でゼークトラインという防御要塞を築いて
ドイツから供給された最新の大量の装備を持って
上海の10万ほどの日本軍を潰そうとしたが
逆に30万以上の被害を出して崩壊。さらにそのまま南京まで攻略された。

このように、中華は非常に弱いので
日本はある程度勝った位では手柄にならないが
逆に朝鮮は少し買っただけでも素晴らしいと言える。

411 :日本@名無史さん:2009/09/11(金) 02:54:57
>>407
だからソース

412 :日本@名無史さん:2009/09/11(金) 06:00:07
>>411
っ脇坂記

413 :日本@名無史さん:2009/09/11(金) 09:21:36
脇坂記に記述があるの?

414 :日本@名無史さん:2009/09/11(金) 12:25:17
>>409
ハングルは今でも使われてるんだから銅像くらい立つだろう

415 :日本@名無史さん:2009/09/11(金) 13:40:19
世宗は普通に偉大
過大評価だとは思うが

416 :日本@名無史さん:2009/09/11(金) 16:35:07
>>376
はやくソース出せば?

417 :日本@名無史さん:2009/09/11(金) 23:59:49
>>414
ハングルを韓国に浸透させたのは日本人


418 :日本@名無史さん:2009/09/12(土) 10:28:00
>>413
あるよ。九鬼もやられたってさ。読んでみたら?

419 :日本@名無史さん:2009/09/12(土) 11:44:42
『志摩軍記』を挙げずに、1642年成立の『脇阪記』を挙げる不思議.。w

420 :日本@名無史さん:2009/09/12(土) 12:01:53
柱一本折れたら勝ったことになるの?w



421 :日本@名無史さん:2009/09/12(土) 12:44:04
柱一本へし折られてるのに負けを認めないの?w

422 :日本@名無史さん:2009/09/12(土) 15:03:59
帆船の帆柱が折られたら日本へ帰れないではないか。
日本まで漕いで帰るというのか?(笑う)

423 : ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄:2009/09/12(土) 15:16:32

                   ∧,, ∧
                   <#`Д´>   韓国に対する愛情はないのかーっ!
               バーン ||| θ U  
                 / ̄OT ̄ ̄\
                |二二二二二二二|
                |        |
パシャ パシャ  パシャ パシャ パシャ  パシャ パシャ パシャ パシャ パシャ
   パシャ パシャ パシャ パシャ パシャ  パシャ パシャ パシャ  パシャ  パシャ
 ∧_∧      ∧_∧     ∧_∧  ∧_∧    ∧_∧     ∧_∧
 (   )】      (   )】    (   )】 【(   )    【(   )    【(   )
 /  /┘ .   /  /┘.    /  /┘ └\ \   └\ \   └\ \
ノ ̄ゝ     ノ ̄ゝ      ノ ̄ゝ     ノ ̄ゝ    ノ ̄ゝ     ノ ̄ゝ


424 :日本@名無史さん:2009/09/12(土) 18:05:59
どうでもよいが帆柱折れても繋げばよいじゃねーか。
さらに嵐で流され帆柱失われた場合でも船の一部を壊して仮の帆柱を繋げた話とかあるんだがしらんのか。
どーやら柱を繋ぐ多様な技術の存在とかという小学生レベルの知識もないのかね。

気持ち悪い…


425 :日本@名無史さん:2009/09/12(土) 18:44:54
船大工のフランキーがいないと無理だろう
ウソップの腕ではな

426 :日本@名無史さん:2009/09/13(日) 02:31:11
バッグに女性詰め込み拉致、自宅で乱暴 42歳男を逮捕

≪「生活に困り、性欲も満たしたかった」≫
 女性をキャリーバッグに詰め込んで拉致、自宅で2日間にわたり乱暴し現金などを奪ったとして、
大阪府警捜査1課は30日、強盗強姦(ごうかん)やわいせつ目的略取、監禁の疑いで大阪市浪速区、韓国籍、金平和容疑者(42)を逮捕した。

 調べでは、金容疑者は4月中旬の夜、大阪市内のマンションで、一人暮らしの20代女性の部屋にベランダから侵入。
帰宅した女性をひものようなもので縛って持参したバッグに詰め、車に乗せて数キロ離れた自宅に連れ込み、
2日後の朝まで監禁して繰り返し乱暴した疑い。

 また女性から現金6万円とキャッシュカードを奪い、銀行の現金自動預払機から22万円を引き出した疑い。
 容疑を認め「経営する会社が倒産して生活に困り、性欲も満たしたかった」と供述したという。

 金容疑者は5月上旬にも別の女性宅に侵入、スタンガンでショックを与え、目隠しして自宅に連れ込み、
6日間にわたって乱暴を繰り返した上、現金約20万円を奪った疑いが持たれている。

読売新聞一部抜粋
女性を旅行かばんに押し込んで拉致、42歳無職男逮捕


ニュース映像
http://www.youtube.com/watch?v=8qss-PCWjs4



427 :日本@名無史さん:2009/09/13(日) 14:05:24
朝鮮人って本当に気持ち悪い名前多いよな
犯罪をしておいて平和て

428 :日本@名無史さん:2009/09/13(日) 16:23:13
偉大な英雄 李舜臣物語

朝鮮軍を徹底的に壊滅させた日本軍は明に攻め入る勢いで北上していました
しかし朝鮮は宗主国の明国様に援軍を乞いました
明は属国の朝鮮を助けるために日本軍を上回る大軍を派遣してくれました
しかし、それでも日本軍は優勢です

打つ手を失った朝鮮は日本軍の兵糧を断とうとして朝鮮全土を焼き払い焦土作戦に出ました
と同時に、戦前は無実の罪で犯罪者扱いされていた李舜臣を再登用して日本軍の兵糧ばかりを狙うゲリラ作戦に出ました
ちなみに李舜臣が罪人扱いされた率右は他の朝鮮人よりは優秀であったことに対しての妬みだったようです

李舜臣は軍船とは戦わず、徹底して輸送船を狙いました
が、現地で多くの城を築いた日本は和城からの砲撃との連携によりすぐに巻き返します

やがて秀吉が病死し、大陸の戦争より国内の政争へ動き出す日本は講和へと路線が変更になります。
講和が成立し日本軍は撤退を開始します。
さて、明軍と朝鮮軍の連合軍(連合軍といっても朝鮮軍は数も少なく士気も無く全く役に立たなかった)は撤退を見るやすぐに約束を忘れ、勢いづいて、追撃してきます

しかし日本軍は巧みな撤退によって無事に退却していきました

そして朝鮮南部の海岸線に築かれた和城での籠城戦では20万の明朝連合軍に対して日本軍は1万。
それでも日本側籠城軍の大将、加藤清正の奮闘によって20万の明朝連合軍は大敗し、明の将軍も討ち取られてしまいました

李舜臣も同様に日本に退却していく日本の船団に追撃をかけましたが、残念ながらそれは正規の戦闘軍。
あっけなく返り討ちにあって島津義弘の軍勢に捕縛され、邪魔だということで海に捨てられて溺死してしまいました
捕縛ではなく戦闘による戦死と言う説もあるようですが当時の人間の間では(明朝鮮にとっても、日本にとっても)どの道大して重要な人物ではないので、その死に際についてはあいまいなようです。

429 :日本@名無史さん:2009/09/13(日) 16:56:26
>>428
時系列が狂っています。

430 :日本@名無史さん:2009/09/13(日) 16:58:23
そして鮮人はくるっていますか?

431 :日本@名無史さん:2009/09/14(月) 03:19:13
っうか二度目には島津にやられて戦死してるやつを

「日本人が恐れる人物」として日本列島に向いて銅像建てるなよって言いたい

誰もしらねーし、別に恐れてないだろw

432 :日本@名無史さん:2009/09/14(月) 04:00:52
朝鮮北部に逃げ込んでた李瞬臣がどうやって補給路を攻撃できるのかと

433 :日本@名無史さん:2009/09/14(月) 08:31:01
>>432
その朝鮮北部ってどれだけ北部よ?

434 :日本@名無史さん:2009/09/14(月) 09:47:14
結局朝鮮が海戦で勝ててた資料はないのか

435 :日本@名無史さん:2009/09/14(月) 15:29:26

朝鮮マンセーじゃ!これでもくらえー!!!!!!

436 :日本@名無史さん:2009/09/14(月) 20:06:33
>>434
あるじゃん、秀吉の書状。

437 :日本@名無史さん:2009/09/15(火) 03:40:21
これから>>436の投下する資料にご注目ください

438 :日本@名無史さん:2009/09/15(火) 12:12:11
>>429
でもどこがくるってるかは指摘できないのね

439 :日本@名無史さん:2009/09/15(火) 20:31:51
>>437
天正二十年比定、七月十四日付脇坂宛の秀吉朱印状とか。
「去る七日カライサン口へ相働き候処に敵船指し向かい其の方大船焼き捨ての由
 是非無き次第にて候様体示し合わせず働き候は無覚悟の仕合わせに候・・・略」

440 :日本@名無史さん:2009/09/16(水) 02:08:30

船団の中の一隻の帆柱折れたので勝ちだって言ってた上の人みたいだな

441 :日本@名無史さん:2009/09/16(水) 04:32:54
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=120507&servcode=100§code=120
ポルトガルが極東の日本に会ったのは海外開拓120年たってのことだ。
日本の九州の南の種子島に漂着したポルトガル人は、日本に新兵器を伝えた。
「暴風の贈り物」と呼ばれる西洋小銃だった。日本は驚くべき速度で小銃を複製した。
いくらもせず、世界最大生産国となった。「鉄砲がない」という意味の「無鉄砲」が無謀な行為を示す
表現となったほど、小銃は必須核心兵器として定着した。
日本は小銃複製50年後、壬辰倭乱(文禄の役)を起こした。
朝鮮の地上軍は倭軍の前ではなすすべもなかった。

442 :日本@名無史さん:2009/09/16(水) 04:54:07
結局朝鮮が海戦で「勝ったこともある資料」はあっても
勝ててた資料はないのか

443 :日本@名無史さん:2009/09/16(水) 06:21:41
>>442
>>439の部分が閑山島の負けで、続きが有名な海戦禁止命令だが?

444 :日本@名無史さん:2009/09/16(水) 07:22:29
例えば>>428

>朝鮮軍を徹底的に壊滅させた
壊滅ではないでしょ?全羅道とか黄海道では押し返されたし。

>明は属国の朝鮮を助けるために日本軍を上回る大軍
一概に上回るとは言えないでしょ?動員数だけ見れば日本のが多い。
>それでも日本軍は優勢です?
そうか?休戦交渉期のことなら軍事的に押し返せずに停滞していたわけだ。
>打つ手を失った朝鮮は日本軍の兵糧を断とうとして朝鮮全土を焼き払い焦土作戦に出ました
日本が優勢なら、その支配地域を焦土化することは出来ないはずだが、表現に前提が必要では?
>戦前は
ずっと戦争中ですが?
>無実の罪
罪状があるでしょ?
>李舜臣を再登用して日本軍の兵糧ばかりを狙うゲリラ作戦に出ました
特に再登板後は後方狙いの攻撃には出てないでしょ?
>罪人扱いされた率右
理由?原因の一つでしょ?罪状は別だし、李の方が先に元均を妬んで更迭工作で追い払っている。
>李舜臣は軍船とは戦わず、徹底して輸送船を狙いました
いつの話だよ?再登板後の話じゃないでしょ?
>日本は和城からの砲撃との連携によりすぐに巻き返します
何を巻き返したの?


445 :日本@名無史さん:2009/09/16(水) 07:23:58
>日本は講和へと路線が変更になります。
秀吉が死ぬ前から、もともと講和路線でしたが?
>講和が成立し
誰と誰の講和?明朝廷も現地の責任者も講和の許可なんかしていませんが。
>撤退を見るやすぐに約束を忘れ、勢いづいて、追撃してきます
戦争中ですから。
>20万の明朝連合軍
島津厨ですか?
>加藤清正の奮闘
一年前の蔚山にと泗川がまざっています。
>20万の明朝連合軍は大敗し、明の将軍も討ち取られてしまいました
誰のこと?ま、将軍と呼べるもの「も」いたけど泗川のことなら上から何番目かと。
>李舜臣も同様に日本に退却していく日本の船団に追撃をかけましたが
追撃の決定をしたのは明水軍の大将ね。
>島津義弘の軍勢
戦ったのは救援に進出してきた島津だし。
>捕縛され
されてないでしょ?劣勢になって難破したり撤退したのは島津だし。
>捕縛ではなく戦闘による戦死と言う説
つーか、捕縛説なんかなんの根拠から?

446 :日本@名無史さん:2009/09/16(水) 09:44:49
まあイスンシンは寺で死んだニダ!なんて説まであるらしいからなw

447 :日本@名無史さん:2009/09/16(水) 10:20:16
>>446
どこにあるの?

448 :日本@名無史さん:2009/09/16(水) 10:23:33
>>446
何その真田幸村

449 :日本@名無史さん:2009/09/16(水) 10:57:14
>>446
どうせ韓国かどっかのエセ学者とかだろうけど
よっぽど日本人に殺されたことを認めたくないんだろうな

450 :日本@名無史さん:2009/09/16(水) 11:05:56
なんか必死な言い方がネトウヨコピペみたいだな。
このチョンはネトウヨコピペをご本尊のように何回も唱えてるから文章も似るんだろう。


451 :日本@名無史さん:2009/09/16(水) 19:13:10
ウヨでもサヨでもいいから、せめて自分の主張の裏ぐらい取れよ。朝鮮人じゃねえんだからよぉ。

452 :日本@名無史さん:2009/09/16(水) 19:39:15
全くだ。聞いてるか?
お前の事だよ>>444-445

453 :日本@名無史さん:2009/09/16(水) 19:56:55
>>452
オマエモナー

454 :日本@名無史さん:2009/09/16(水) 21:01:44
>>444

同意できる点もあるが、間違った点もあるので念のため。
反論があるなら、同時代資料の引用文を出すように。

>全羅道とか黄海道では押し返されたし。

ゲリラ攻撃で全羅道を守ったのは郭再祐という民間人で、黄海道については
日本軍が平壌を北限にして停止したので朝鮮正規軍に押し返されたとはいえない。

>そうか?休戦交渉期のことなら軍事的に押し返せずに停滞していたわけだ

交渉してる間に軍事的活動をしていた日本軍がいるのか?

>何を巻き返したの?

両戦役でも、日本陸軍の進出と同じくして朝鮮水軍は泊地を失い後退している。

>>李舜臣も同様に日本に退却していく日本の船団に追撃をかけましたが
  追撃の決定をしたのは明水軍の大将ね。

追撃を命じたのが明軍でも、李舜臣が日本船団に追撃をかけたのには違いが無い。

455 :日本@名無史さん:2009/09/16(水) 21:35:35
>>454
>朝鮮正規軍に押し返されたとはいえない。
黄海道で延安城が落とせないまま黒田が転進したり、全羅道では大被害を出しているものの数次の大規模攻撃を掛けていてゲリラ攻撃とは呼べないと思いますけど?それに郭再祐は慶尚道の人では?

>交渉してる間に軍事的活動をしていた日本軍がいるのか?
で、仰る通りならば何が優勢なのかと?

>日本陸軍の進出と同じくして朝鮮水軍は泊地を失い後退している。
「進出」は「和城からの砲撃との連携によりすぐに巻き返し」とは違いますよね?

>李舜臣が日本船団に追撃をかけたのには違いが無い。
この部分は同意。

456 :日本@名無史さん:2009/09/16(水) 21:56:17
>>455
俺は>>428じゃないからね。
そして、同時代資料の引用文を出してって言ったよね?

>黄海道で延安城が落とせないまま黒田が転進したり

押し返した事と転進した事が=になるのか?
その後黒田長政は白川城・江陰城という黄海道の城を守っているが?

>全羅道では大被害を出しているものの数次の大規模攻撃を掛けていて

それいつ、どこで、誰が大将の時やったの?

>それに郭再祐は慶尚道の人では?

現地から北方の戦地に赴いて権慄という官吏と一緒に戦ったらしい。

>「進出」は「和城からの砲撃との連携によりすぐに巻き返し」とは違いますよね

悪い悪い、>>428を良く読んでなかった。
正確には「日本が水陸両用作戦を展開するに当たって、李舜臣ら朝鮮水軍は巻き返されていった」だ。

457 :日本@名無史さん:2009/09/17(木) 02:17:12
当時の水軍は朝鮮も日本も陸伝いにしか移動できないしなぁ
陸から日本軍ににらみをきかされてるとなかなか戦いにくかったろう

458 :日本@名無史さん:2009/09/17(木) 05:48:25
>>456

全羅道では高敬命、金千鎰、趙憲、霊圭らが攻勢を掛けている。
連携も取れずに壊滅したが、小早川の北部転出もあって時機を逸して結果的に攻勢防御が成功した。
全羅道が打通されなかったのはある意味致命的であった戦局。

慶幾道の龍仁に居た脇坂に攻勢を掛けたのも全羅道で温存されて北上してきた軍勢。
逆襲されて壊滅しているけどね。

黄海道のケースでは李廷アンが延安の戦いで押し返された黒田長政は隣接する海州城を放棄して白川城へ転出している。。

459 :日本@名無史さん:2009/09/17(木) 09:43:54
だんだんどうでもいい話になってきてるな

460 :日本@名無史さん:2009/09/17(木) 11:39:17
>>421
かたや歯を折られたが他はぴんぴんして勝ち鬨をあげる日本
かたや歯どころか全身の骨も砕かれフルボッコにされてマットへ倒れる朝鮮

うん朝鮮の勝ち…


なわけねーよw

461 :日本@名無史さん:2009/09/17(木) 14:38:15
>>458

>連携も取れずに壊滅したが、
>逆襲されて壊滅しているけどね。

あれあれ?
押し返したんじゃないのw

>延安の戦いで押し返された黒田長政は隣接する海州城を放棄して白川城へ転出している。

転進って撤退なのか?w

462 :日本@名無史さん:2009/09/17(木) 14:49:42
>>461
地図を見ましょう。それ以前に参謀本部本ぐらい読め。

463 :日本@名無史さん:2009/09/17(木) 15:48:30
そろそろおまえら>>428の改訂版を作れよ


464 :日本@名無史さん:2009/09/17(木) 17:51:59
李将軍の前に惨めにも敗れ去ったクソジャップwww
島津、加藤はゴミ以下w

戦国武将(笑)
天下人(笑)

465 :日本@名無史さん:2009/09/17(木) 18:21:25
最近、鮮人っていう生物は無視しておく事が一番だという事を学んだ。

466 :日本@名無史さん:2009/09/17(木) 19:12:53
>>465
一見の価値有りです。

貧国弱兵論
ttp://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/korea/1250287209/

467 :日本@名無史さん:2009/09/17(木) 22:09:13
>>462

>地図を見ましょう。それ以前に参謀本部本ぐらい読め。

要は、戦闘によって朝鮮の官軍に押し返されたことは無いって言いたいのさ。
認めろよ、事実をw

468 :日本@名無史さん:2009/09/18(金) 09:55:03
>>467
いまさら新条件の投入でありますか?

流れは、黒田は延安を攻略しようと進出して防がれて海州まで退却、圧力に屈して戦線縮小のために海州を捨てて白川へ移動。

469 :日本@名無史さん:2009/09/18(金) 11:33:26
>>468
黒田はよわずぎだね。
こんなのが倭きっての猛将だなんて・・・
倭=雑魚w

470 :日本@名無史さん:2009/09/18(金) 12:06:56
朝鮮の官軍が日本に勝ったのって梨峙・幸州山城の戦いぐらい?

471 :日本@名無史さん:2009/09/18(金) 12:43:41
>>468

おやおや?
朝鮮の官軍が壊滅状態ってのにファビョってたのはお前じゃなかったか?
ん?w
ま、戦闘の結果朝鮮の官軍が日本軍を敗走させたなら「押し戻した」となるだろうけど、
日本軍の事情で撤退ってのは押し戻したことになるのかい?w

ま、朝鮮じゃそうなるだろうけど。

472 :日本@名無史さん:2009/09/18(金) 12:49:35
誰も手をつけないってことは>>428は直す必要がないってことかいな

473 :日本@名無史さん:2009/09/18(金) 13:24:23
正直なところ手の付けようがない、ってトコだな。

474 :日本@名無史さん:2009/09/18(金) 15:06:56
>>470
梨峠は官軍ではないのでは?

475 :日本@名無史さん:2009/09/18(金) 16:14:41
>>473
444が手をつけている以上それはない

476 :日本@名無史さん:2009/09/18(金) 16:24:55
梨峙は義兵

477 :日本@名無史さん:2009/09/18(金) 20:04:39
まずは正確な知識を手に入れよう。
でなければ、韓国人に論破されてしまえ。

478 :日本@名無史さん:2009/09/18(金) 20:46:59
>>471
長政は延安城に押し掛けたけど攻略できずに押し返されて策源地の海州に押し戻された。
海州も放棄して城川に戻ったw

479 :日本@名無史さん:2009/09/18(金) 22:37:47
黒田の馬鹿息子役立たず
親父みたいに気張れ

480 :日本@名無史さん:2009/09/18(金) 22:40:45
>>478

はいはい。
悔しいのはわかったから。

481 :日本@名無史さん:2009/09/19(土) 00:15:27
>>477
なんか、スゲー勉強したくなった

482 :日本@名無史さん:2009/09/19(土) 01:30:13
■朝鮮半島の本当の歴史

●ウィリアム.E.グリフィス(1843ー1928) 『隠者の国 朝鮮』 

●イザべラ.L.ハラード(1831〜1904) 邦題『朝鮮紀行』
                            
朝鮮の建築はきわめて原始的な状態にある。城郭、要塞、寺院、修道院および
公共建築は、日本や中国の壮麗さにまるで及ばない。
この国は古い歴史を誇っているのに、石造の遺跡がほとんどない。
                      P262『Corea The Hermit Nation』(隠者の国 朝鮮)

                   
朝鮮の百姓は一般に文盲である。おそらく農民階級の男の十人に四人が中国語か朝鮮語を読めるだろうが
女も勘定に入れると約85%の人々は読むことも書くこともできない。
                      P444『Corea The Hermit Nation』(隠者の国 朝鮮)

朝鮮にはサムライがいない。日本にあって朝鮮に欠けているのものは心身ともによく鍛えられ、兵士であると
同時に学者であり、忠誠心と愛国心と自己犠牲の高い理念をかかげる文化的集団である。
                      P450『Corea The Hermit Nation』(隠者の国 朝鮮)

・英国婦人のイザべラ.L.ハラードは、当時のソウルを世界一不潔な都市として酷評した。

・ウィリアム.E.グリフィスは朝鮮人の歴史捏造についてこう述べている

これは朝鮮人による歴史の塗装作業の良い見本である。
つらい現実には国産塗料を塗りたくり、黄金に見せかける。
さらに後世の事件に対しても、公的な虚飾が巧妙に施され敗戦すら輝かしい勝利に変えられる。

                    P150−151『Corea The Hermit Nation』(隠者の国 朝鮮)
   http://www.youtube.com/watch?v=gDO55C8ZVrA

483 :日本@名無史さん:2009/09/19(土) 04:28:01
北島マンジって明らかにイデオロギー色強いけど、書いてることは正しいの?

484 :日本@名無史さん:2009/09/19(土) 06:37:22
>>483
正しいことも書いているが間違っていることも書いている。
妥当なことと正しいことを理解して騙されなければよろしい。
決して信じてはイケナイのです。

485 :日本@名無史さん:2009/09/19(土) 22:57:08
そりゃ100%嘘なら、嘘が最もらしく見えないからな。

486 :日本@名無史さん:2009/09/20(日) 03:10:08
水車を何百年もかけて結局、普及出来なかった国のお話。
農業技術は中国と日本から何度も移入しているのだがいつまでたっても追いつかなかった。

1429 世宗11年12月3日 日本の水車が凄いと報告。
1430 世宗12年9月27日 水車を造ろうとする
1431 世宗13年5月17日 中国も日本も水車の利を得ているが我が国(朝鮮)にはそれがない。
1431 世宗13年11月18日 日本と中国の水車の研究の記述がちらほら。
1431 世宗13年12月25日 水車導入を試みる。
1451 文宗元年11月18日 どうやら水車の導入に失敗。
1488 成宗19年6月24年 水車導入の試みがあります(そして音沙汰無し・・・。)
1502 燕山君8年3月4日 水車導入の試みが書かれています(そして音沙汰無し・・・。)
1546 明宗元年2月1日 水車導入の試みが書かれています。琉球(沖縄)と中国で教わった福建式の水車の様です。
 ここから100年間水車の記述が有りません。消滅したようです。
1650 孝宗元年5月15日 水車導入の試み
 そして30年記述無し。
1679 肅宗5年3月3日 水車を造らせたと記述。 そして70年記述無し。
1740 英祖16年4月5日 水車など無くなりました。『孝宗大王嘗頒遼瀋水車之制於外方, 今無見存者』
1740 英祖16年11月20日 また水車を造らせたと記述。一向に普及する様子が有りません。
1764 1763-1764年 の朝鮮通信使の「日東壮遊歌」に(淀城の水汲み水車の感想)「その仕組みの巧妙さ見習って作りたいくらいだ」と記述有り。
1795 正祖19年2月18日 水車之制について盛んに出てくる。普及している感じはしない。
1811 純祖11年3月30日 ここの記述でも水車なんか必要なのか?と書かれており全く普及していない事が読み取れる。

でも水軍は最強なんです

487 :日本@名無史さん:2009/09/20(日) 14:12:41
>>486
へー。
なんかカワイイやんけ。
子供が必死に模型作って失敗の繰り返ししてるみてぇw

しかし何故そうなったんだろ。

維持管理する職人がいなかったのかねぇ

大工とかが大事にされなかったとかかな?

ちなみに種本あるなら紹介して下さい

488 :日本@名無史さん:2009/09/20(日) 16:10:41
水車というより灌漑に本腰入れられなかったんじゃないの

灌漑は時間も人も技術も金もかかるだろ
コストばっか掛かってリターンが出るかどうかわかるのははるか先の未来
「そんな面倒なことするより白丁から直接まきあげたほうが手っ取り早い」って考えるやつばっかだったんじゃね


489 :日本@名無史さん:2009/09/20(日) 18:16:21
>>488
為政者として格好いいところは見せたいけど、
農民が力を持ったら拙いから弱らす必要があった。

490 :日本@名無史さん:2009/09/20(日) 20:32:43
朝鮮半島に植林という古来より産業はあったのかな?

491 :日本@名無史さん:2009/09/21(月) 08:00:09
>>490
そんなもんがあったら唐入りのときに日本軍が植林する必要なんてなかったんちゃうかな



492 :日本@名無史さん:2009/09/22(火) 14:09:50
>>491
植林の投資とかはやってるだろ。
初期投資をすぐ食い潰して刈り取ってるだけだろ?
ただの浪費ではなく、積んでは壊すのがあの国流。

493 :日本@名無史さん:2009/09/24(木) 19:38:38
http://file.chosunonline.com//article/2009/09/24/400108623440367478.jpg
韓国の英雄、李舜臣将軍

494 :日本@名無史さん:2009/09/24(木) 20:35:55





 台 湾 人 の 日 本 侵 略 を 許 す な !


http://www.youtube.com/watch?v=f7LXG9gqzbo






495 :日本@名無史さん:2009/09/25(金) 07:12:38
韓国人の李舜臣ファンタジー聞いてると悲しくなってくる

496 :日本@名無史さん:2009/09/25(金) 07:46:44
>>494
外傷人うぜー

497 :日本@名無史さん:2009/09/25(金) 10:56:31
それも台湾人だけどね

498 :日本@名無史さん:2009/09/25(金) 11:49:43
外省人でもレイニーヤンみたいなコも多いけどね

つうか台湾スレじゃねーわなココ

499 :日本@名無史さん:2009/09/25(金) 13:25:07
李舜臣が釜山を落とせばすごかった。
でも補給はできてたって事は

500 :日本@名無史さん:2009/09/25(金) 13:49:26
李舜臣は情け深いということだな

501 :日本@名無史さん:2009/09/25(金) 17:18:21

頭の弱い子は放っておきましょうね。

502 :日本@名無史さん:2009/09/26(土) 00:36:40
まぁ力量不足ってだけなんだが。

503 :日本@名無史さん:2009/09/26(土) 01:29:43
いや、角度を変えてみれば。大昔の日米野球でほとんど相手にならない相手にヒット打てば英雄な訳で・・・4番打者をまぐれでも討ち取ればもう

504 :日本@名無史さん:2009/09/26(土) 08:34:25
灌漑や水害対策の堤防はすべて大土木事業なんで、そーいう技術者がいなかったのか
民衆にいくらそーいうのを教えても良さが理解できず拒否られたかどっちか。



505 :日本@名無史さん:2009/09/26(土) 23:34:46
水車って、原理のわりにハイテク技術なんだ。
水流を受ける羽のデザインや角度で、得られる動力が違う
また休みなしに使うから車の軸の造りも考えられているらしい。
江戸時代では、水車大工が子から孫へ秘伝として継承されていたんだ・

506 :日本@名無史さん:2009/09/28(月) 07:20:55
>>504
作るほど搾り取られて利益が還元されないどころか
旧守的な支配者の弾圧を受けるのだからやる気が起きないしやらない。
毎春の餓死に怯えながら農民では健康な奴だけが生き残り
それでも寿命は短い。

507 :日本@名無史さん:2009/09/28(月) 17:50:10
なんでWikipediaだと、碧蹄館の戦いが日本多勢の戦いになってるの?

508 :日本@名無史さん:2009/09/28(月) 23:59:46
それ気になってた
誰も兵力修正しないし

509 :日本@名無史さん:2009/09/29(火) 10:44:42
■日本と朝鮮半島2000年 第6回 蒙古襲来の衝撃  ●三別抄と鎌倉幕府の[概要]

・高麗の三別抄は強力なモンゴル軍相手に3年も勇敢に戦い抵抗し続けた
 モンゴル軍は日本侵略軍を送り込む軍隊を急きょ済州島に移った三別抄に差し向けたために
 日本遠征が大幅に遅れたことは当時北条時宗兄弟の対立で外国に目を向ける余裕がなかった
 鎌倉幕府と日本にとってはとてつもなく幸運だった

・文永の役、博多を制圧して焼け野原にしたモンゴル軍が一日で引き上げたのは三別抄との戦い
 で武器を消費したのと高麗王の死去が重なり、5月〜6月に襲撃する予定がすべて中断になり
 その間準備されたものが消耗してしまったため戦闘を持続する時間を制限されてしまった
 つまり軍事物資が不足していたため撤退した
 三別抄が抵抗したおかげで日本遠征軍の軍事力が大幅に緩和したと思われる
(しかし敵のてっほうや毒矢などで鎌倉武士団は一歩的にやられ博多は火の海になる)

・弘安の役では鎌倉武士はモンゴル軍相手に奮闘した、そして台風で船団は壊滅した(日本の勝利とは言っていない)
 日本に奇跡が起こったのも三別抄の抵抗の時間稼ぎとと神風が吹いたおかげである

・1228年のモンゴル軍ベトナム侵略に向かう、バクダン川の決戦でモンゴル軍はベトナム軍に敗北する
 怒ったクビライは3回目の日本遠征軍を日本には向かわせずそのままベトナムに向かわせる
 これにより3度の蒙古襲来は避けられ日本は救われた

・1273年製造と見られる高麗瓦が沖縄で発見される
 勇敢に戦った三別抄の残党が済州島で敗北した後、沖縄に逃れているのではと韓国、日本の学者達の間で
 注目されている

◎番組最後に日本で生まれ韓国に住んでいるリポーターの笹部佳子さんのコメント

「三別抄の足跡をたどって韓国中長い距離を移動してきましたけど、彼らの国をを守りたいんだという
 執念がひしひしと伝わってたんです(ロケ中は涙目の時も)またそのこと自体が日本に大きな影響を
 与えていたことがとても驚きでした」(鎌倉武士の戦いにはほめ言葉すらない)

510 :日本@名無史さん:2009/09/29(火) 10:45:28
[結論]

・文永の役は三別抄の抵抗で日本侵略が遅れモンゴル軍の軍事力を
 緩和したことがほぼ日本との戦に勝利していたモンゴル軍を武器補給のため
 一時撤退に追い込んだ、日本を救ったのは三別抄である
(三別抄が抵抗してなければ日本は一度目の文永の役で敗北していたと言わんばかり)

・弘安の役も三別抄が時間を与えてくれたおかげとラッキーな神風で日本は救われた
 (鎌倉武士は奮闘した、それだけしか言ってない日本が勝利したとも言ってない)

・3度目の日本遠征軍はベトナムがモンゴルに勝利したおかげで日本遠征軍を
 ベトナムに向けたことが日本を救った

・高麗瓦が沖縄でみつかり日本軍でも勝てなかったモンゴル軍に3年も戦い
 続けた勇敢な三別抄の残党が逃れたのではないかと日韓で注目を浴びている

・この番組のリポーター日本生まれで韓国に住む笹部佳子さん
 
「三別抄の国を守りたいんだ、国を守りたいんだって言う執念をひしひしと
 感じました」
(弘安の役で勝利した日本の鎌倉武士団には褒め言葉もなく完全スルー」
 
何なんだこの番組はww 

511 :日本@名無史さん:2009/09/29(火) 11:24:00
犬HKには吐き気がするな

512 :日本@名無史さん:2009/09/29(火) 11:24:42
元寇スレにも貼れよ

513 :日本@名無史さん:2009/09/29(火) 18:07:45
李舜臣は
鳴梁では拠点を奪われ敗走、露梁では討取られた挙句、残留部隊を取り逃がす。
閑山島で4倍の戦力で脇坂に何割かの大打撃を与えられたのだから、朝鮮人にしては優秀な将軍。
李洸は5万で1500の脇坂に敗れ壊走している。

514 :日本@名無史さん:2009/09/30(水) 04:00:23
●笹部佳子

笹部 佳子(ささべ・よしこ、197?年11月14日 - )は、大韓民国在住のフリーライター、アナウンサー。
愛称は「ささ姫」。

◎経歴

福岡県北九州市出身。神戸学院大学卒業後、NHK富山放送局の契約キャスターとなり、地域情報番組で活躍。
契約期間満了後帰郷し、地元でフリーアナウンサーとして活動していた。

2000年10月、韓国に単身渡航。渡航を決めてから韓国に渡るまでに僅か3週間と短かったため、この頃は韓国語は全く話せなかったという。
そのため、西江大学校語学堂に入り、1年半韓国語を学んだ。卒業後、本格的に韓国に拠点を移して活動を再開。
2004年4月、3年余の経験をもとに書いた「韓国で働く」(めこん社)を出版。

2004年10月、ソウルで「COCORO」を設立。以降、韓国人スタッフと共に各媒体の取材活動を続けるほか、日韓交流イベントの
司会、企画、コーディネイト、制作も手掛けている。
またこの頃から、韓国KBSの国際放送「KBS WORLD Radio」のパーソナリティーとしても活躍している。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%B9%E9%83%A8%E4%BD%B3%E5%AD%90
http://www.konest.com/data/korean_life_detail2.html?no=1208

「三別抄の国を守りたいんだ、国を守りたいんだって言う執念をひしひしと 感じました」
(弘安の役で勝利した日本の鎌倉武士団には褒め言葉もなく完全スルー)

                                   Byささ姫


515 :日本@名無史さん:2009/09/30(水) 08:28:48
>>510
ダウト。
文永の役の数年前に三別賞は鎮圧してます

516 :日本@名無史さん:2009/09/30(水) 12:01:51
>愛称は「ささ姫」。

なんかなぁ・・・ まぁ、いつ誰が付けたのかにもよるけど、
それでも30過ぎてこういう愛称を臆面もなく広言してるのは、


        ばかじゃね? と思うな。

517 :日本@名無史さん:2009/09/30(水) 18:54:50
三別抄なんてひたすら高麗にだだこねてただけだろ
どっちもモンゴルの威光を笠に着ようとしてただけじゃないのか
たんなる高麗内部の内輪もめ

518 :日本@名無史さん:2009/09/30(水) 20:44:07
「元寇から日本を救ったのは高麗の三別抄の勇敢な抵抗です」

                      韓国国定教科書より

519 :日本@名無史さん:2009/09/30(水) 21:21:03
そもそも神風が来るまで上陸できなかったのは
鎌倉武士の頑張りのおかげだ。

520 :日本@名無史さん:2009/09/30(水) 22:35:56
>そもそも神風が来るまで上陸できなかったのは鎌倉武士の頑張りのおかげだ




三ヶ月も上陸できなきゃそりゃ時化にも合うよ。




普通これって撃退にならないか?


521 :日本@名無史さん:2009/10/03(土) 11:18:03
元寇から日本を救ったのはベトナム。
ベトナムは、アメリカとの戦争にも勝っているし、ゲリラ戦での強さは史上最強でしょうね。


522 :日本@名無史さん:2009/10/03(土) 11:57:04
>>521オイオイ。植民地になってるし・・・だいぶ日本の残兵が参加したって話だぞ


523 :日本@名無史さん:2009/10/03(土) 12:17:51
そういえばベトナム独立の際、フランスの植民地政府を潰したのは日本だったな

524 :日本@名無史さん:2009/10/03(土) 12:18:09
ベトナムの反乱で第三次が中止になったのは事実だけど、
それで救ったと言うのは言いすぎ。

二次でさえ上陸できなかったのに、三次でできるか疑問だ。
新兵器を用いれば日本が負けていたと言うヤツもいるが、てつはう
やトレブシェットは上陸して橋頭堡を作らなきゃ使えんわけで。
だから一時は苦戦した。

と言うか、ベトナムはベトナムで凄いと思うし、よくやったと思うけど
それを引き出して日本を貶めるのは違うだろ。

525 :日本@名無史さん:2009/10/03(土) 12:21:08
いい加減ネトウヨも現実を見ろよ!
映画バラットじゃないが戦国時代の戦は足軽中心の
ショボイ戦だったんだ!
そんな日本が強いわけないだろう!
朝鮮半島は200年間の太平により平和ぼけしていたん
しこに16万以上の大軍で攻め込んだんだから緒戦は連戦
連勝だったがそのうち朝鮮民衆が立ちはだかったゲリラ戦
を始めたら途端に苦戦し始めた。
鉄砲もない朝鮮のゲリラ戦に苦戦するような日本軍なんだよ!

526 :日本@名無史さん:2009/10/03(土) 12:27:58
日本はゲリラ戦は苦手ですね。というか、卑怯だという考えがある。
なんてったって大将戦が大好き。
我こそは、源の九郎義経なるぞー!
あの関が原だって結局は正面からぶつかって勝利したからこそ日本の覇者として認められたのです。

527 :日本@名無史さん:2009/10/03(土) 12:47:13
>>523
仏印軍の要塞を攻撃した日本軍は頑強な抵抗を受けて、大量に屠られたのも事実だがな。

とりあえず、仏軍GJと言っておくか。

528 :日本@名無史さん:2009/10/03(土) 13:11:25
>>527要塞ってそういうものだし・・・


529 :日本@名無史さん:2009/10/03(土) 13:12:34
>>527
ん?

530 :日本@名無史さん:2009/10/03(土) 13:13:54
>>526
野伏戦を知らないのか

531 :日本@名無史さん:2009/10/03(土) 13:58:39
>>527
まあ最終的にフランスが負けてる事実は変わらないけどね

532 :日本@名無史さん:2009/10/03(土) 14:01:11
525そっくりの文体の馬鹿を夏休みに見かけた気がするが
…定期的にこれを貼ってあげないとだめなのかね

「朝鮮王朝実録」
 「日本兵との接近戦を禁じた」
 「日本兵捕虜に熱心に剣術を習った」

「宣祖修正実録」
「天兵(明兵)短剣騎馬にして火器なく、道険しく、泥深くして馳テイする能はず。
賊(日本軍)長刀を奮ひて左右に突闘し鋭鋒敵なし。」

「懲秘録」
賊(日本軍)は歩兵で、打ち振る刀は、三、四尺におよび、鋭利無比のものであった。
賊はその鋭い刀を左右にはげしく打ちふるい、人馬の区別なく斬り伏せた。
全くその勢いには抗すべき道がなかった。

「明史」
「自倭乱朝鮮七載、喪師数十万、餉数百万、中朝与属国無勝算、至関白 死而禍始息」
我が国とその属国(朝鮮)に勝算は無かったが、関白(豊臣秀吉)の死によって戦争は終わった



533 :日本@名無史さん:2009/10/03(土) 14:05:02
キャラ作って書きこむ逃げ腰のヤツか

534 :日本@名無史さん:2009/10/03(土) 14:47:47
16万の大軍で攻め込んだから勝って当たり前だ〜
とか言ってたやつな

「つまり朝鮮はろくな動員もかけられないしょぼい国ってことを認めるのねw」って言ったら沈黙してたっけ


535 :日本@名無史さん:2009/10/03(土) 22:12:03
>>525
おいおい足軽中心の戦いと言ったって、攻撃の要は兵力の三分の一を占める武士団だぞ。
足軽が鉄砲や弓で援護射撃したり、6メートルくらいの長い槍で槍ぶすまを作ったりして、
戦闘能力の高い武士が3メートルくらいの槍で突撃する。

朝鮮のゲリラ戦に苦戦するような日本軍なんだよ!

↑日本軍は朝鮮ゲリラなぞに苦戦してないだろw
そりゃあハエのように目障りでストレスは感じていただろうがw
日本軍が苦しんだのは、食料の現地調達計画が破綻したことによる飢えや冬将軍だろ。
戦闘では朝鮮正規軍もゲリラもゴミのように蹴散らされていたし、
明から来た討伐軍も平壌城奪回戦を除けば連戦連敗。
そもそも16万以上の大軍だから勝って当然と言うが、
朝鮮は文禄の役の全期間で正規軍8万4000人に非正規軍2万2000人、
明は文禄の役でおよそ5万、慶長の役ではおよそ10万の軍勢を派遣していたから
兵力ではそんなに差がないんだけどな。


536 :日本@名無史さん:2009/10/03(土) 22:57:49
しかし日本では武田が信濃、長宗我部が四国を平定するのに何十年もかかってる
のに朝鮮ではほぼ歩くような速さで(ほとんど抵抗を受けないのと同じ)
ソウルにまで攻め込んだんだろ

鉄砲を使った時代でも織田信長が石山本願寺と和睦するまでこれも何十年も
かかったことを考えるとやっぱ朝鮮軍って弱かったんだなw
日本ではよその大名の領地を攻め落とすのに歩くような速さでなんてあり得ない


537 :日本@名無史さん:2009/10/04(日) 02:56:22
結局日本軍はイスンシンと朝鮮の義兵に手も足も出なくて
釜山海峡に追い落とされたってことでいいんだね

538 :日本@名無史さん:2009/10/04(日) 03:23:01
でも全羅道にはまったく手出しできなかったし、
慶尚道でも郭再祐の義兵闘争により劣勢に立たされた。
晋州城を落城させたのは開戦から1年3ヶ月もたって9万
以上の大軍によりやっと占領したがこれらの戦いに活躍
義兵はいまでいうゲリラとおなじだ。

539 :日本@名無史さん:2009/10/04(日) 05:40:18
李瞬臣は記録を見る限り、凡将であって名将とは言いがたいよね。
(それでも朝鮮軍じゃ一番有能なんだが)
実際の戦果は日本軍の上陸船団の先っぽ十数隻を撃破しただけなのに大打撃を与えた様に未だに言われてる。
どこにもそんな記述ないのに何故か日本軍の補給ラインを攻撃した事にされてたり。
最後は島津に食い破られて首脳陣丸ごと戦死。
それで被害は15人。
これの何処が名将で、戦局を左右できたのかと・・・

540 :日本@名無史さん:2009/10/04(日) 08:49:57
全羅道は百済棄民が多く住んでいる。日本人、ことに藤原氏と同族。

541 :日本@名無史さん:2009/10/04(日) 08:59:09
>>536
そらまぁ長宗我部も最初から何万って軍隊もってれば平定はもっと早かったろうけど

542 :日本@名無史さん:2009/10/04(日) 09:46:05
>>540
ほおw
藤原が百済の渡来人の裔とすると、藤原浜成が百済武寧王の子孫の女から生まれた桓武天皇の即位に反対したのが、随分とシュールな図になるなw
で、なんで高野新笠や、百済王氏が百済からの渡来人と明記され、百済出身(苦笑)の藤原はなんで渡来系と残っていないのかなあ(棒

543 :日本@名無史さん:2009/10/04(日) 19:17:59
スレざっと読んだけど、ベトナム戦争勝利の要因は解放戦線のゲリラじゃなくて
ソ連の支援を受けた北ベトナム政府軍じゃん。

中越紛争でもカンボジア侵攻でもゲリラなんて出番無い。

同じ事は朝鮮征伐にも言える。 義兵なんてものを持ち上げないと
明正規軍の来援で國が救われただけで朝鮮人には出番なかったことが
ばれるからでしょう。

544 :日本@名無史さん:2009/10/04(日) 19:37:40
>>521
逆だろ。
対日本戦での敗北で、元が一時的に力が衰えたから
一時は元に従属したベトナムが反乱起こして
独立する隙が出来たんだろ。

>>527
確か日本軍の方がフランス軍よりずっと少ない兵力だったはずだが?
その状態で、要塞に立てこもったのに負けるフランスって弱すぎだろ。

545 :日本@名無史さん:2009/10/04(日) 19:53:26
それは日本兵がキチガイだったから。
例のごとく要塞に白兵突撃かまして、バタバタ死骸の山を気づきながら、
大梯子で要塞になぐりこむなんて戦国時代みたいなことやったんだろw

546 :日本@名無史さん:2009/10/04(日) 20:09:51
明号作戦でググったら

戦力
日本軍:三万
フランス軍:五万
被害
日本軍:死傷者千人
フランス軍:壊滅状態
戦闘結果:日本軍の圧勝

だとよ。
それで日本軍がバタバタ死体の山築き上げたソースは?

547 :日本@名無史さん:2009/10/04(日) 22:04:40
日本軍は対マレー半島、シンガポール戦線でも3倍の兵力を誇る
イギリス、インド、オーストラリア軍に圧勝してるしね

山下大将は凄い指揮官だよ、まさにマレーの虎と呼ばれ連合軍に恐れられた
イギリスのチャーチル首相は言った

「このシンガポールでの敗北は大英帝国の歴史の中で最も屈辱的な敗北だ」と

イギリスの軍事専門家が山下の作戦は見事ですべてにおいて完璧だったと


548 :日本@名無史さん:2009/10/04(日) 22:18:17
一方でジンギスカンの人とか辻〜んとか酷い奴も多かったが。

549 :日本@名無史さん:2009/10/04(日) 23:18:13
>>538
全羅道は結局日本軍に制圧されてるだろw
「義兵闘争で劣勢に立たされた」って、朝鮮は日本軍が予想外の抵抗にあって進路を変更しただけでも
「大勝利」と教科書に書く国だからなw

550 :日本@名無史さん:2009/10/04(日) 23:37:17
碧蹄館の戦い時の明軍ってどのくらいの人数いたの?
歴史街道の立花特集では明軍が「15万」とあったがこれはさすがに誇張だろう。
明軍は2万と書いてあるところもあるし、4万と書いてあるところもある。
wikiに載ってる人数だと明軍12000人しかいないし・・・

大将-李如松-親衞1000人
先鋒-查大受-3000人
左軍-李如梅-1000人
中軍-李如柏-1000人
右軍-張世爵-1000人
援軍-楊元-5000人

それと、日本軍の本体と漢城守備隊は戦闘に参加してないのだろうか。

先鋒隊
一番隊-立花宗茂-3000人
二番隊-小早川隆景-8000人
三番隊-小早川秀包-5000人
四番隊-吉川広家-4000人
本隊
五番隊-黒田長政-5000人
六番隊-石田三成-5000人
七番隊-加藤光泰-3000人
八番隊-宇喜多秀家-8000人
漢城守備隊-小西行長・大友吉統-14000人

本当にwikiにあるように「数に勝る日本軍が明軍を粉砕した戦い」だったのかな。
明軍の方が大軍で日本軍が苦戦したという風に書いてある本もあるんだけど・・・

551 :日本@名無史さん:2009/10/04(日) 23:47:46
>>549
>全羅道は結局日本軍に制圧されてるだろw

だな。 

文禄の役でも明軍の早期の参戦・南下がなければ、漢城を落とした後の
二次作戦行動として六番隊の小早川軍が忠清道から席巻して制圧確保する
予定だったワケで。
天兵様々なのに、>>538は義兵の大活躍という栄光のウリナラ妄想戦史に
すり替えてるな。


552 :日本@名無史さん:2009/10/05(月) 00:02:16
>>550
個人的な感触では、局所的に少数の日本軍先鋒が
苦戦しつつ数に勝る明軍を撃破した戦いだと思ってる
けどね。

本隊は参加していないと言うことでいいんじゃないかな。
宇喜多が相対的には上席でも元々統一指揮してるワケ
でもないし。
あと、日本側は帳面上の数は多いけど半数は人夫だし。

553 :日本@名無史さん:2009/10/05(月) 02:02:17
人夫や水夫も刀で武装したり、場合によっては鎧を着用することもある。戦闘時には戦いに加わる存在なので、兵士としてカウントしないのは間違い。
当時の朝鮮水軍の水夫も兵士としてカウントされている。
現代軍隊の輸送トラックの運転手や軍艦の機関員だって兵士としてカウントされてる。

554 :日本@名無史さん:2009/10/05(月) 02:50:28
その理屈だと明軍の補給や野戦築城に動員された数十万の朝鮮人民も
兵士としてカウントしないといけないということだよなwww

555 :日本@名無史さん:2009/10/05(月) 03:01:36
日本軍の側にも大量の朝鮮人民が加わっていて
明軍はこの日本軍内の朝鮮人を討ち取って戦果として報告してるなあ。

556 :日本@名無史さん:2009/10/05(月) 03:15:17
相変わらず現代の軍隊を例に持ち出すバカがいるが、旧軍では輜重兵は無論
兵員だったけれど、徴募した朝鮮労働者はあくまで軍属であって兵ではないなw

557 :日本@名無史さん:2009/10/05(月) 14:45:24
朝鮮出兵時、日本軍の兵力にカウントされているのは、荷物運びに携わると言っても、直接戦闘部隊に随伴し、かつ戦闘にも加わる人達だから、非戦闘員として扱うのは不適当。
例えば主人に従って荷運びをしている人夫でも帯刀しており、主人が白兵戦に入ると彼等も主人を助けて戦闘する。
彼等は準戦闘員であり労働者として扱うべき存在ではない。

558 :日本@名無史さん:2009/10/05(月) 14:49:00
輜重要員が加わっているのは何も日本軍だけのことではない。
明軍には輜重要員が居なかったとでもいうのだろうか?
輸送を現地人にやらせるだけでは軍隊として成立しない。
兵力に輜重要員が加わっていることは軍隊として当然の事。

よって>>552のような
「>あと、日本側は帳面上の数は多いけど半数は人夫だし。」
といった論理は日本軍にだけ適用されるよなものではなく、妥当性に欠けるものである。


559 :日本@名無史さん:2009/10/05(月) 15:21:20
>>557
>例えば主人に従って荷運びをしている人夫でも帯刀しており、主人が白兵戦に入ると彼等も主人を助けて戦闘する。

ソースキボンw

朝鮮役で動員された夫丸、水夫の大半は、武士と主従関係にある用人ではなく
一般の農漁民からの徴用のハズだが。
また、それらの人夫が戦闘参加したというなら、どんな武器で武装してたのかもな。
史実では、例えば文禄の役後に南岸の在番諸城に備えることとされた鉄砲・鑓・刀・弓と
いった武器の数は人員数に比べ著しく少ないわけだが。


560 :日本@名無史さん:2009/10/05(月) 15:25:54
>>558
すげー博識のようなので、是非、後学のために、その明軍の輜重要員の
割合を教えてくだされ。w

561 :日本@名無史さん:2009/10/05(月) 17:04:31
明軍は分裂と共食いによって食糧を供給するので
兵站も補給も必要ありません

民明書房より

562 :日本@名無史さん:2009/10/05(月) 20:13:52
では明朝鮮軍にも輜重を加算した兵力を割り増ししましょう。

563 :日本@名無史さん:2009/10/05(月) 23:14:40
>>559
お前って平和ボケしてるね!
言葉も通じない、周り敵だらけの
朝鮮にきて、ただの人足だからって味方
が苦戦しているのに戦闘に参加しないと
おもうのか!



564 :日本@名無史さん:2009/10/05(月) 23:20:23
>>563
アニメや漫画で戦争を知った気になってるユトリンか?(失)

まともな武器もなけりゃ、戦闘訓練も受けてないんだから、
始めは後方でおっかなびっくり戦闘の推移を眺めていても
一旦味方が崩れだしたら真っ先かけて逃げ出すだろ、フツー(笑)

565 :557:2009/10/05(月) 23:49:09
『海の戦国史・海賊大将の栄光』(新人物往来社)P244 江戸時代の姫路藩船手組についての記述

水夫=兵員。百三人。
抱水夫=士分ではなく、苗字はない。一刀が許された。三十五人。

566 :557:2009/10/05(月) 23:50:27
江戸図屏風
http://www.rekihaku.ac.jp/gallery/edozu/layer4/l323.jpg
http://www.rekihaku.ac.jp/gallery/edozu/layer4/l132.jpg
ここに馬上の主人と徒武者と箱持ち(輸送要員)の主従一行が画かれている。
この内、箱持ちも一刀差であることが明確に判る。

この絵は江戸時代初期の様子であるが、こうした主従のユニットは豊臣期と基本的に変わっていない。

一刀差の輸送要員も戦闘となれば、自身に敵が斬りかかったり、主人が危機に陥ったりしたとき、ただボーっと見ているだけということはないだろう。

567 :日本@名無史さん:2009/10/05(月) 23:50:47
>>564
戦闘訓練ってお前こそ近代の軍隊と間違えてないか。
戦国の軍隊はその殆どが農民だぞ。
いちいち細かい戦闘訓練なんかするか!
味方が戦闘に負けそうなのに加勢しないとでも思っているの

568 :557:2009/10/05(月) 23:51:41
大名行列を見ても非士分の者たちも刀を差している様子が判る。
http://mamagirl.blog.so-net.ne.jp/2007-06-04
http://www.lib.kanazawa.ishikawa.jp/kinsei/archive/daimyo.htm

569 :日本@名無史さん:2009/10/06(火) 00:01:40
>>565,567
馬鹿? 同時代史料の提示を求めているのに、身分制度が固定された江戸時代の武家奉公人を
ソースとして挙げるのかよ。

小学生はもうクソして寝ろw

570 :557:2009/10/06(火) 00:10:30
基本的な近世制度は既に豊臣期には成立しており
それを踏襲した江戸前期も大きな違いはない。

571 :557:2009/10/06(火) 00:11:18
>>560
明軍の輜重要員が割合を示すデータがあるならこちらとしても是非知りたい。
一つ確実に言える事は、自前の輜重や炊事担当などの要員がいない軍隊など軍隊として成立しないということ。
明軍にも確実にこうした要員がいたはずで、明軍が輸送に朝鮮人を使っていたから明軍に自前の輸送要員がいなかったということは常識的にあり得ない。

572 :日本@名無史さん:2009/10/06(火) 00:45:10
>>567
組頭が置かれるなど、戦闘組織として有るかどうかと言う問題でしょう。
逆に言えば、戦闘組織となっていなければ戦おうと言ったって戦えるものでもない。

江戸時代で言う、槍持ちや箱持ちは中間だが(別に輸送要員と言うわけではないw)、
そりゃあ襲われれば中間も差している脇差で自衛はするだろうが(茶坊主も自衛はするだろう)、
武家奉公人は戦闘単位として大名の戦闘組織には入っていないでしょ。

573 :日本@名無史さん:2009/10/06(火) 00:52:33
>>571
早い話が、なんの裏付け史料も根拠もなく、”確実”やら”はず”やら”常識的”やらの
オレサマ主観で主張してたわけな。(失笑)

574 :日本@名無史さん:2009/10/06(火) 09:11:35
http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/5/5-23.html
●古墳時代人の姿

古墳時代、3世紀中頃から6世紀まで、巨大な古墳が造られました。
この時代に、支配する者と支配される者との差はいっそう拡大し、地位身分も固定化しました。5〜6世紀の古墳の
表面にたてられた人物埴輪は、男女、身分や職のちがいをよくのこしており、当時の儀式や社会を復元するうえで欠かせない資料となっています。
正装した男は政治をおこなう人、器を捧げもつ巫女は供え物をささげる人をあらわしており、亡き人に捧げるために生前の良き生活を再現したようです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しかし3世紀〜6世紀(200〜500年代)でこの程度の埴輪しか作れなかった集団がよく前方後円墳を作ったなw
秦の始皇帝の兵馬俑なんて2200年前にもかかわらずあの精巧な出来栄え、赤い色が残ってるものさえあり
弩(石弓)の三段射ち攻撃の様子が分かるほどの躍動感がある兵馬俑もあり、兵士の顔や体格の特徴も一人一人違う
兵俑達の平均身長は178センチで8000体、馬俑600体が埋葬されている
始皇帝の時代から400年以上経ってもこのレベルとは・・・・
やっぱ任那日本府なんて無理だよ、こんな技術力ではw

●2200年前の始皇帝稜からの発掘
http://www.k2.dion.ne.jp/~osafune/heibayou/heisi/heisi.htm
武器を扱う兵士たちの躍動感が伝わってくるようだ
http://www.k2.dion.ne.jp/~osafune/heibayou/heisi/kao-ta.htm
顔も一人一人違うが、曲げの形までも一人一人違うとは凄すぎ
http://www.k2.dion.ne.jp/~osafune/heibayou/uma/sensya.htm
兵馬も大きくてカッコいい(戦国の武田軍でさえ実ははポニーだったなんて言われてるのにこのカッコよさ)
http://www.k2.dion.ne.jp/~osafune/heibayou/calr/calar.htm
色がついた状態で発掘されたものもある
http://www.k2.dion.ne.jp/~osafune/heibayou/buki/buki.htm
2200年前の武器、1700年後の日本の戦国時代並みの装備と技術力

575 :日本@名無史さん:2009/10/06(火) 11:00:40
海戦で動力となっている水夫が戦闘したら漕ぐ人間が居なくなって、敵が攻撃したいときに接近されて攻撃されるし、味方は攻撃したくとも接近できずに攻撃できないじゃん。

576 :日本@名無史さん:2009/10/06(火) 17:45:37
>>568
>大名行列を見ても非士分の者たちも刀を差している様子が判る。

ソース提示を求められてあわててググったんだろうが、無知丸出しの
馬鹿カキコだな。中間・小者は士分ではないので帯刀なんぞはもとより
許されておらん。刀に見えるのは木刀だぞ。

>>577はわざわざ江戸時代の武家奉公人を持ち出して自爆した格好だが、
ろくな知識もないのに知ったかぶりしていただけというのがバレバレだな。w

577 :日本@名無史さん:2009/10/06(火) 17:58:09
話がだいぶずれてるが…

日本軍の数が史料通りだとしても資料より減らさなきゃいけないにしても
それで朝鮮が勝ったことにはならないんだけどね

578 :パス返し:2009/10/06(火) 17:58:14
>>557

579 :576,578:2009/10/06(火) 18:03:11
自己フォローしようとリロードして確認の上で書き込んだんだが、その間に・・・w

580 :日本@名無史さん:2009/10/06(火) 19:12:53
>>576
しかも形骸化した身分の象徴を実用の武装の証拠と見立てるとはねw

581 :日本@名無史さん:2009/10/06(火) 22:48:03
どっちにしたって日本軍が軍人・軍属合わせて16万人以上を
朝鮮半島に送ったのは事実。
迎え撃つ朝鮮側は官軍が7千人ほどそれも朝鮮国内に分散して
守備していたんだから日本側の兵力の方が圧倒的に有利だあり、
瞬く間に朝鮮半島を席巻したとしても驚くにはあたらない。
でも日本軍は開戦から半月で首都を陥落させたけど、全羅道をはじめ
各地で義兵闘争が始まると途端に苦戦し始め各地で戦線が膠着し始める。


582 :日本@名無史さん:2009/10/06(火) 23:01:38
ま、話はまず官軍7千人のソースをだしてからなw


            。`;   ゲシ!
            ∩^ ´ >  
          l`il |  、,,) >>581
           ( `八)  l
         O  ノ∪∪ 再造之恩忘れたかアル
        /   ヽ l!|
        (,,/^ヽ,,) |从


583 :日本@名無史さん:2009/10/06(火) 23:02:29
はいまたアホが来て話が降り出しに戻りますよ

584 :557:2009/10/07(水) 00:06:07
>>575
水夫の場合、自船に敵が乗り込んできたら水夫も反撃するだろ。

>>576
>中間・小者は士分ではないので帯刀なんぞはもとより
>許されておらん。

いやだから、本来士分でない者も、軍務を始め公務むつくときは
武士に順じて帯刀が許されるんだって。

算盤の出来る町人が藩の徴税業務に携わったりすることがあったけど
このとき町人でも帯刀で公務を執行してたそうだ。

585 :日本@名無史さん:2009/10/07(水) 07:39:06
まぁ当時も今も日本より朝鮮が弱い弱小国で、
独立さえ他国に保障してもらう万年属国であることは確定している。

反論はあるかな?

586 :日本@名無史さん:2009/10/07(水) 07:46:08
>>584
そりゃあ、逃げ場が無くなって命を取られそうならた非戦闘員も『抵抗』はするだろうが、それをもって戦闘員と呼称するのはオカシイデスヨネ?



587 :日本@名無史さん:2009/10/07(水) 11:55:34
そうだそうだ

588 :日本@名無史さん:2009/10/07(水) 12:44:47
創価創価

589 :日本@名無史さん:2009/10/07(水) 13:17:16
「明史」
「自倭乱朝鮮七載、喪師数十万、餉数百万、中朝与属国無勝算、至関白 死而禍始息」

我が国とその属国(朝鮮)に勝算は無かったが、
関白(豊臣秀吉)の死によって戦争は終わった

590 :日本@名無史さん:2009/10/07(水) 13:56:24
窮鼠猫を噛むから鼠も戦闘員に数えましょうか?

591 :日本@名無史さん:2009/10/07(水) 20:21:20
元々武士でない人も、戦場ではその首が手柄の対象となる。
元々武士でない人も、戦場で手柄を立てれば恩賞を得ることができる。

592 :日本@名無史さん:2009/10/07(水) 23:04:40
>>582
『BIGMANスペシャル 豊臣秀吉 
 改訂新版その傑出した奇略と研究』
63P で豊田有恒が記述している。

593 :日本@名無史さん:2009/10/08(木) 10:14:02
よくわからんが
「朝鮮はまともに動員かけられなかった」ことを自慢する必要ってあるのか
義兵といえば聞こえはいいが
その「義兵」が朝鮮の王子をとらえて日本に引き渡したり
結局混乱に乗じてひと儲けしたがる山賊のたぐいが
そのときどきの気分で日本に攻撃したり朝鮮に攻撃したりしてただけでしょう
そんなのがはびこってる時点で逆に恥ずかしいことじゃないのか

594 :日本@名無史さん:2009/10/08(木) 13:24:38
正規軍がカスだったことを自慢するのはちょっと理解不能

595 :日本@名無史さん:2009/10/08(木) 20:50:19
>>594
義勇軍と現代の民主化勢力を重ね合わせてるんじゃないだろうか

596 :日本@名無史さん:2009/10/08(木) 21:34:31
李朝では両班が下層民を支配するという身分秩序で成り立つ社会体制であった。
豊臣軍の侵入はこうした李朝の身分秩序を破壊するものであった。
身分秩序が破壊されたなら支配階層である両班は、その地位が危いものとなる。
義兵軍の殆どは両班がリーダーとなって組織したものであり
義兵とは、それまで下層民をこき使い私腹を肥していた両班が
このような既得権益を守るために活動したという側面が強い。

597 :日本@名無史さん:2009/10/08(木) 21:36:32
>>596の続き)
即ち義兵とは民衆による抵抗運動とは全く異なった性質のものである。

598 :日本@名無史さん:2009/10/08(木) 23:09:59
別に朝鮮を自慢しようとも、日本を貶めようとも
思ってないよ!
ただ、みんなに現実をわかってもらいたいだけだ。
朝鮮はお前らが思っているようなやわな存在じゃないし、
日本もお前らが思っているほどたくましい存在じゃない。
(そういうと人を在日認定する馬鹿がいるが)


599 :日本@名無史さん:2009/10/09(金) 00:10:26
だから君の主張の根拠となる一次史料を挙げなさいと何度も言ってるでしょ

600 :日本@名無史さん:2009/10/09(金) 01:00:55
単なる妄想か

601 :日本@名無史さん:2009/10/09(金) 01:53:08
カンシャクオコル!!
   ∧__∧    朝鮮王朝に対する愛情はないのかーッ!
   <#`Д´>||| 
  (     O//バンッ!!
 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
 |            |


602 :日本@名無史さん:2009/10/09(金) 04:13:10
仲間割れを自慢する朝鮮

603 :日本@名無史さん:2009/10/09(金) 20:26:30
>>598
君が思うほど朝鮮は柔だと思わないし、日本は逞しいとは思わないがね。
現実云々言う前に具体的なことでも言ってみろ、このスットコドッコイな半日本人前が!

604 :日本@名無史さん:2009/10/09(金) 22:45:40
>>603
具体的とは何のことかな!
義兵闘争ならいまさら説明しなくても
いままでの議論で話し合われている!
事実、全羅道での義兵闘争は激しく
そのため慶長の役では全羅道の民を
皆殺しにするよう秀吉が命令している。

605 :日本@名無史さん:2009/10/09(金) 22:53:23
赤国(全羅道)残らず、悉く一篇に成敗申し付け
http://bookwebpro.kinokuniya.co.jp/wshosea.cgi?W-ISBN=9784642028592

606 :日本@名無史さん:2009/10/09(金) 23:05:52
>>604>>605
井沢元彦の逆説の日本史によると、秀吉が全羅道を成敗するように司令をだしたのは
文禄役後の講和で朝鮮にだまされたと思いその仕返しとして全羅道を成敗するように命令した
するように命令を出した、と書いているようだが?

607 :日本@名無史さん:2009/10/09(金) 23:10:52
>>604
さすが朝鮮脳だねぇ。

実際には井邑会議を経て、一般の朝鮮民衆に対しては還住を促す宣撫策が
取られているわけだが。
そのあたりのことは中野等の著作にもちゃんと書いてあるのだけど、ウリナラ人は
恣意的な史料選択でこうして捏造歪曲する、というのがよく分かるな。w


608 :日本@名無史さん:2009/10/09(金) 23:30:54
今日、wikiを見てみたら碧蹄館の戦いの内容が書き換えられていて興奮した

609 :日本@名無史さん:2009/10/09(金) 23:48:46
>>604
それで、文禄の役後の講和でだまされるとどうして全羅道のみを対象
に成敗命令を発するんだ?
>>607
相手の意見が気に入らないと勝手に朝鮮人認定するのがネトウヨの
愚かなところだな。


610 :日本@名無史さん:2009/10/09(金) 23:50:39
中国版の見ると、中国側の動きが詳細に書かれていて読み応えがあった。
一挙に南下したイメージがあったが、何回かに分けて援軍が来たんだね。

しかし当時の明朝の財政状態が悪すぎて泣けてくる。

611 :日本@名無史さん:2009/10/09(金) 23:54:11
中国版ウィキ
http://zh.wikipedia.org/wiki/%E8%90%AC%E6%9B%86%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E6%88%B0%E7%88%AD

明はともかく朝鮮の兵力はいくらなんでも少なすぎだろ。
正規軍だけか?
二万程度の軍隊でどうやって三十万の戦死者が出るのかわからん。
日本も全軍やられたわけでもあるまいに。

612 :日本@名無史さん:2009/10/10(土) 00:24:56
>>611読めん。全部訳してくれ


613 :日本@名無史さん:2009/10/10(土) 02:57:32
第一の標的は、全羅道の「完全」な制圧だった。この全羅道とは、
さきの文禄の役において一揆、ゲリラと化した住民の激しい抵抗に遭い、
苦しめられた地域である。これを「完全」に制圧するということは、
住民を殲滅することにほかならない。秀吉は狂気の権化と化していた。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~echigoya/ka/KeicyouNoEki.html


614 :日本@名無史さん:2009/10/10(土) 12:02:22
>>604
ローマ人はともかく、李舜臣の具体的な話は皆無なのが笑えるな。

615 :日本@名無史さん:2009/10/10(土) 13:00:42
李舜臣は「罪人」て事で李朝時代は殆ど放置されたから仕方ない。

616 :日本@名無史さん:2009/10/11(日) 10:51:53
>>609
ネトウヨと安易なレッテル貼りするヤツも愚かけどなw

617 :日本@名無史さん:2009/10/11(日) 11:11:10
>>613
バトルボックスの話なら、正しいかどうかは知らんけど緒戦時と終戦時の
人員数を挙げてあるということだろ。その間には、文禄の役だけでも17万を
超える農民を徴兵してるらしい。

>34,000人(戰爭開始時)
>最後:22,600人(包括民兵等)

むしろ、明軍30.000に対する日本側の死傷者数140.000という数字の方が
かなり無茶だな。

618 :617:2009/10/11(日) 11:13:12
アンカーミスったスマン

× >>613
○ >>611

619 :日本@名無史さん:2009/10/11(日) 15:47:13
>>617

多分撤兵した事を示してると思うんだが、14万はあんまりだよな。
文禄・慶弔両戦役合わせたと考えても無理がある。

620 :日本@名無史さん:2009/10/11(日) 18:52:01
制圧というのは、一揆の策源地を制圧すると言うことで、直接は永久占領という意味ではない。
文禄の役で未制圧だったが故に一揆の根拠地にされたという意識があって一度制圧しとかなければならない、という意味。、

621 :日本@名無史さん:2009/10/11(日) 21:09:11
>>616
てめえの気に入らない主張をした者に
朝鮮脳とのレッテルを貼っておいて
ネトウヨ呼ばわりされると「安易なレッ
テル貼りする」とはだいぶ都合のいい
頭をしてるな!

622 :日本@名無史さん:2009/10/12(月) 02:10:56
プサヨ逆ギレ〜(・∀・)

623 :日本@名無史さん:2009/10/12(月) 02:19:11
>>619
フロイスの日本史に文禄の役の戦死者数が5万人とあって、それに対して
中野等がその著作で凱旋数からの推定でまぁ妥当な数字だろうとしてるね。
慶長の役は再侵攻当初を除いて在番兵力自体が4,5万と言うところだから
戦死者は多く見積もっても1万程度、両役での戦死者数は6万前後という
ところじゃないかねぇ。

624 :日本@名無史さん:2009/10/12(月) 02:23:16
おっと、戦死者数じゃなくて”戦病死者”数だな。

625 :日本@名無史さん:2009/10/12(月) 10:39:41
37 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2006/06/22(木) 02:00:51 ID:MTyXhYgN

昔、「鶴瓶、南原の日本のよふけ」の継承番組、「ミライ」の中で、
ゲストとして来ていた徳川恒孝氏が「文禄慶長の役で日本側は国が傾きかねない程の
おびただしい数の戦死者を出した。その経緯を踏まえて徳川は鎖国を・・・」
みたいな発言をなさっててたんですよ。

TVでは「●●万人」とはっきり戦死者数をおっしゃってたんですが、
残念ながら具体的な数字を失念してしまいました。


626 :日本@名無史さん:2009/10/12(月) 12:26:31
共通の歴史教科書創るんだから戦死者は14+6÷2で10万人てことで
あっ、朝鮮の歴史ではイルボン何人殺したニダってなるのかね

627 :日本@名無史さん:2009/10/12(月) 18:33:12
制限貿易だべ

628 :日本@名無史さん:2009/10/12(月) 23:54:55
松原研究室(九州大学・韓国研究センター)
http://matsu.rcks.kyushu-u.ac.jp/past/2008/p/study/14wajo/bunroku-keicho/7senkyo/heisinoshomo.html

629 :日本@名無史さん:2009/10/13(火) 04:26:59
http://002.shanbara.jp/giron/html/enjyouhune/
珍説・大太刀など存在しない

630 :日本@名無史さん:2009/10/13(火) 15:29:13
明軍へタレすぎ
あの世で朱元璋と永楽帝が泣いてるぞ

631 :日本@名無史さん:2009/10/13(火) 18:58:55
損失の最大要因は逃亡や脱走では?
戦闘など稀にしか起きていないんだし。
潰走でもしなければ戦死なんかわずかで、戦病死や後送による減員ファクターのが膨大でしょ?

632 :日本@名無史さん:2009/10/14(水) 01:13:32
>>631
何を言っているのか良くわからないが
朝鮮半島における損失なら、逃亡や脱走
は国内戦と比べれば少ないだろう!


633 :日本@名無史さん:2009/10/14(水) 15:10:06
>>629
鉄砲が主戦力で刀なんか使われてないニダ!
大太刀なんか空想の産物ニダ!とか言っちゃってるけど
いまだに"主戦力"だけで敵に勝てると思ってるバカっているんだな

634 :日本@名無史さん:2009/10/14(水) 18:07:27
というか、槍の方が装備率高くなかった?確か槍四割、鉄砲三割くらいだったような。
この時代の鉄砲はまだ主力兵器として使えるものじゃないような。
鉄砲で防御を崩したり兵力を削ったりしても、最終的に勝敗を決するのは白兵戦だろ。

635 :日本@名無史さん:2009/10/14(水) 18:11:30
知ったかぶり乙。

朝鮮役では、島津義弘が鑓は役に立たないから鉄砲をかき集めて送れと
国元に申し送っているわけだが。

636 :日本@名無史さん:2009/10/14(水) 18:16:21
>>635
知ったかぶりに見えたか。すまん
鉄砲の数は大名によって異なるし、島津とか伊達は相当装備率高かったところでしょ?
伊達なんか兵力の過半数が鉄砲兵だったそうだが、
(ちょっと時代が違うけど)上杉謙信の軍は槍兵が60%に達していたとか。

637 :日本@名無史さん:2009/10/14(水) 19:49:41
鉄砲おくれって言ったの清正じゃないの?

638 :日本@名無史さん:2009/10/14(水) 21:11:58
秀吉自身が鉄砲を一丁でも多くと言ってるので清正も同様のことを
言い残していたかも知らんが、>>635は島津義弘の書状の話。

ググったら、関連スレでちょうど話題にぴったりのカキコがあったな。
加徳城、巨済島城の例はいずれも休戦期のことなので、慶長の役では
鉄砲の装備率は更に上がっていると思われ。


16 :名無し三等兵:2009/07/24(金) 21:12:14 ID:???
文禄の役での島津義弘などは、
国元の老中・比志嶋国貞に宛てて、
「鑓は一切役に立たない。何としても鉄砲を用意することが肝心である」
「高麗人に対しては鉄砲に限る」といっています。

旧参謀本部の『朝鮮の役』によれば、
小早川隆景の加徳城では、
士卒五千人に対して鉄砲二百挺・弓三百張・刀四百五十腰・鑓二百本で、
これで武装できるのは千百五十人ですから武装率は23%になります。

また、島津義弘の巨済島城では、
士卒二千人に対して鉄砲百挺・弓百張・刀四百腰・鑓百本で、
武装できたのは七百人で武装率は35%になっています。
このような中で、鑓の数は鉄砲と同数なのです。
弓鉄砲と比べると半分以下の装備率になってしまっています。


639 :日本@名無史さん:2009/10/15(木) 03:10:12
まあ槍の場合は槍衾にするために必要だからたくさんいるのであって
数が多いからといって殺傷数が稼げるわけじゃないからな

動く壁が敵を近づけないため、もしくは同じ動く壁である敵の槍襖を崩すために
ボコボコ殴り合うための槍だしな





640 :日本@名無史さん:2009/10/15(木) 04:09:58
>>632
国内よりは逃げ出しにくいだろうが、きつい現実と直面し続ければ主観で脱走を決意するケースは多々ある。
豊臣政権も船の管理を厳重にしているのはそれを防止するため。
更に的に走った降倭なんて言うのも居たわけだし戦史や戦病死に比べれば、損失に占める脱走の割合は高いだろ?
特に嫌々動員された人夫なんかは動員数の半分ほどいたんだしな。

641 :日本@名無史さん:2009/10/15(木) 06:33:09
>>636
伊達の鉄砲装備率は大坂役での話では?だとすると、二十年ぐらいずれているが。

>>636
島津は前後役で動員数が増えているから鉄砲装備率だと下がっているかもね。

642 :日本@名無史さん:2009/10/15(木) 15:35:00
>>633
あの手の連中は本気でそう信じてるわけじゃないよ
単に日本刀卑下のためのネガキャンしてるだけ

643 :日本@名無史さん:2009/10/15(木) 19:32:17
そして朝鮮人軍夫を大補充するわけだ。

644 :日本@名無史さん:2009/10/15(木) 19:35:26
【朝鮮出兵の際の朝鮮側の記録 「武藝圖譜通志」の記述】
「倭軍と対陣すると、倭軍はたちまち死に物狂いで突進してくる。
我が軍は、手に槍を持ち、剣を帯びていても、その剣は鞘を出る暇も無く、
槍は矛先を交えることもできずに、凶刃のもとにやられてしまうのである」

【朝鮮側の記録「宣祖修正実録」の記述】
「天兵(明兵)は短剣を持ち騎馬であり火器はなく、道は険しく、
泥深くして駆けることができない。賊(日本軍)は長刀を奮って左右に突撃し鋭鋒であり、敵なしだった」

【朝鮮側の記録「懲録」の記述】
「賊(日本軍)のほうは皆歩兵で、彼らの打ち振る刀は、三、四尺に及び、
鋭利無比の物であった。賊はその鋭い刀を左右に激しく打ち振るい、人、馬の区別なく斬り伏せた。
全くその勢いには抵抗する術がなかった」

【中国側の記録「明史」の記述】
「自倭乱朝鮮七載、喪師数十万、餉数百万、中朝与属国無勝算、至関白 死而禍始息」
(意訳)「我が国とその属国(朝鮮)に勝算は無かったが、関白(豊臣秀吉)の死によって戦争は終わった」

【朝鮮王朝実録の記述】
「日本兵との接近戦を禁じた」
「日本兵捕虜に熱心に剣術を習った」

倭寇の時代から、中国人は日本の剣術の威力に驚き、日本刀を真似て「苗刀」を作り、
日本の剣術を真似た「倭刀術」を生み出しました。^^
ttp://maokapostamt.jugem.jp/?page=1&cid=30

645 :日本@名無史さん:2009/10/15(木) 23:38:21
「加藤清正のすべて」という本を読んでいると、
「清正が安康において明将・劉縦率いる大軍に大勝を博す」とあった。
この安康における戦闘とはどういうものだったんだろうか。
調べてもそれらしい記録が出てこない。

時期は晋州城が陥落した直後くらいらしい。

646 :日本@名無史さん:2009/10/16(金) 05:45:32
>>645
どの国も後になって適当な記録を残しているからね。
リアタイムで事態を把握できていない記録もあるし。

647 :日本@名無史さん:2009/10/16(金) 09:58:49
>>633
つか倭寇の船いくさや上陸戦では日本刀は堂々たる主戦力だよん
日本刀はサブ!と言って譲らん奴は野戦の事しか頭にないんだろ

648 :日本@名無史さん:2009/10/16(金) 10:22:25
西洋でも船の上とかじゃサーベルで斬り合ってたしな

649 :日本@名無史さん:2009/10/16(金) 11:31:26
>>645
立花宗茂がその武将破ってのは知っているが

650 :日本@名無史さん:2009/10/16(金) 13:25:27
>>649
それも膨らませた武勇伝では?

651 :日本@名無史さん:2009/10/16(金) 16:44:13
明兵4万とかは誇張しすぎだけど戦い自体はあったんじゃね?

652 :日本@名無史さん:2009/10/16(金) 18:10:29
明軍を破った安康の戦いは朝鮮王朝実録にも書いてあるよ。

653 :日本@名無史さん:2009/10/16(金) 20:56:37
>>652
安康とはどこ?そしていつ?

654 :日本@名無史さん:2009/10/16(金) 23:52:38
>>652 kwsk

655 :日本@名無史さん:2009/10/16(金) 23:56:24
文禄二年
慶州安康県

656 :日本@名無史さん:2009/10/17(土) 01:51:30
>>655
マジで?何月?
何でまた清正がそんなところに?

657 :日本@名無史さん:2009/10/17(土) 02:04:22
>>652
清正は晋州城攻めで活躍し、直後は西生浦に築城を命じられているから安康に出張って戦闘をしたとは考えにくい。
更に晋州城攻防戦の時点で劉テイは戦闘して良いか明軍指導部にお伺いを立てて駄目出しされて日本軍とは不交戦の立場を取っているばかり。
安康の戦いとは何なのか、非常に疑問なんだが?

658 :日本@名無史さん:2009/10/17(土) 04:43:36
清正だけじゃなくって立花の戦いも本当にあったか疑問視されてるんじゃなかったけ?

659 :日本@名無史さん:2009/10/17(土) 11:54:43
正直、倭城での明・朝鮮軍との戦いならまだしも
野戦において明・朝鮮軍の大軍を相手に再三勝利
を収められるんだったら朝鮮半島全域を掌握して
いただろうから、その手の戦いは嘘や誇張にあふれている。

660 :日本@名無史さん:2009/10/17(土) 12:01:44
ということは、23戦23勝にも関わらず、どんどん後退する一方だった李舜臣の戦いは
嘘や誇張にあふれているという訳ですね。(・∀・)

661 :日本@名無史さん:2009/10/17(土) 12:10:32
勘違いしてるが、朝鮮最強の敵は不潔貧乏。


662 :日本@名無史さん:2009/10/17(土) 12:52:33
権慄だろ

663 :日本@名無史さん:2009/10/17(土) 13:15:26
>>655
結論は虚飾で彩った清正マンセーの大勝利合戦?

つーか、合戦自体あったの?

664 :日本@名無史さん:2009/10/17(土) 13:27:40
>>663
韓国人を笑えないな。

665 :日本@名無史さん:2009/10/17(土) 13:43:19
宣祖実録に書いてあるの?



666 :日本@名無史さん:2009/10/17(土) 13:59:10
食糧が無くて戦線を広げられなかったんだろ?一種の天佑だよね

667 :日本@名無史さん:2009/10/17(土) 20:24:21
わらじ履きの九州人に北海道並みの寒さは辛かろう

668 :日本@名無史さん:2009/10/17(土) 21:23:36
>>665
書いてあると思い込んでいるのでは?

669 :日本@名無史さん:2009/10/17(土) 21:24:53
この戦で一番活躍したの武将は誰なの?

670 :日本@名無史さん:2009/10/17(土) 21:26:34
>>666
どの国もってこと?

671 :日本@名無史さん:2009/10/18(日) 11:07:47
日本軍は女真の城も簡単に落としてるからな。

672 :日本@名無史さん:2009/10/18(日) 14:06:07
>>671
日本軍 ×
倭軍・賊軍 ○

学問板なんだから用語は正しく使えよ。。。

673 :日本@名無史さん:2009/10/18(日) 15:17:55
そうだね
×韓国
△李氏朝鮮王朝
○明帝国属朝鮮地方
だね

674 :日本@名無史さん:2009/10/19(月) 16:26:08
http://www.chosunonline.com/news/20091019000055
世界初の多段式ロケット「神機箭」復元(上)

http://www.chosunonline.com/news/20091019000056
世界初の多段式ロケット「神機箭」復元(下)

これって事実?w


675 :日本@名無史さん:2009/10/19(月) 16:56:26
>>674
韓国が歴史的にもロケット強国であったことはよく知れた事実だ。

676 :日本@名無史さん:2009/10/19(月) 17:34:46
加えて、韓国は文禄の役当時から既に飛行機を実用化していた
航空強国でもあるな。

677 :日本@名無史さん:2009/10/19(月) 17:59:39
しかし400年後のロケット打ち上げには失敗。
これは一重にロシアのせいニダ

678 :日本@名無史さん:2009/10/19(月) 22:49:50
あるなら使えよ。使い方も知らない白知がよ?

679 :日本@名無史さん:2009/10/22(木) 16:59:26
使えないから使わない。

680 :日本@名無史さん:2009/10/23(金) 18:34:29
戦国板から拾ってきたけど

得居通幸(来島通之)が文禄元年(天正二十年)の六月に唐浦で死んだって?
この時期、弟の通総や長宗我部と一緒に内陸部で繋ぎの城を作っていて
海岸部に出てくるのは七月十六日以降だぞ(高山公実録)。
ちなみに藤堂が玉浦の戦いに敗れたというのもデタラメ。
五月七日にはまだ国内に居るぞ。高山公実録にも(朝鮮)征伐記や
(高麗)船戦記のデタラメな説が流れていて困っていると書いてあるぞ。

やっぱり朝鮮人って出鱈目ばっかりだな

681 :へっ!:2009/10/25(日) 23:33:22
来週、NHK教育のETV特集で秀吉の朝鮮出兵について番組を放送するぞ!

682 :日本@名無史さん:2009/10/26(月) 15:03:34
1587年秀吉が九州征伐の陣中から妻に宛てた手紙
「高麗の王に早船で『日本の内裏に出仕せよ、さもなくば来年成敗するぞ』と
申し遣わした。私の命あるうちに、唐国まで手に入れる所存だ」

1592年日本軍は釜山に上陸し、わずか二十日あまりで漢城を占領した。

国民の歴史 西尾幹二著 

683 :日本@名無史さん:2009/10/26(月) 17:13:38
>>682
で、結果は未曾有の惨敗w
猿吉は気違いだなw

684 :日本@名無史さん:2009/10/27(火) 03:45:27
どの国にせよ、敢えて日本の征服に乗り出すには日本は強国過ぎたのである。
ポルトガル人には日本征服どころか、その考えすら起こらなかった。
スペイン人は一度だけ日本の征服を考えたかに思われるが、その思惑はたちまち一蹴された経緯がある。
1609年、太平洋方面総督に対して勅令が送られ、日本軍を前にして
「我が軍隊と国家の名誉を損なうような危険を冒さないように」
との厳命が下っているのである(フィリピン当局者であったスペイン人、Antonio de Morgaの記録にある)。
ただ一度だけ、日本の不正規軍…
…浪人と呼ばれる近寄るべきでないサムライが主体…とスペイン人との間で会戦が行われたことがある。
1620年代、シャムにおいてだ。
どちらが負けたか?敗れたのはスペイン人である。
支那について言えば、朝鮮での戦いのいくつかの小競り合いで支那が勝ったことはある。
だが、戦争それ自体に支那が勝利を収めたわけではない。
そのことは支那自身が明言している。
(中略)
1644年に滅ぶ明朝の最後に至るまで、この恐るべき侵略者の記憶は生々しく残り、
「日本人と言うだけで、人民は神経をとがらせ、警戒し、息を殺した」と付言されている。

ノエル・ペリン

685 :日本@名無史さん:2009/10/27(火) 17:19:24
>>683
戦に敗れて引き上げたのなら惨敗だが、秀吉が死んだので引き上げただけ。
まあ、朝鮮征伐といいながら、実質は(明vs日本)。

686 :日本@名無史さん:2009/10/28(水) 09:31:28
元寇の元、朝鮮連合軍と違ってきちんと秩序をもって退却しとるしな

687 :日本@名無史さん:2009/10/28(水) 12:32:04
アメリカも中国もロシアも日本人の戦闘能力の高さを恐れている
歴史から証明されるように

688 :日本@名無史さん:2009/10/28(水) 13:29:56
基本的に日本人は伝統的に兵士として優れているな。。

地勢がやまがちで険しかったからかね。

ドイツも同じ山がちな土地の住民で二千年このかた兵士は優秀。

689 :日本@名無史さん:2009/10/28(水) 15:04:19
>>688はあ?

690 :日本@名無史さん:2009/10/28(水) 20:08:31
兵士として優秀なんて自慢にならんと思うが。

大事なのは将帥としての優秀さだろ。

691 :日本@名無史さん:2009/10/28(水) 22:52:08
日本は将帥も平均的に優秀だろ
太平洋戦争期以外

692 :日本@名無史さん:2009/10/29(木) 01:31:09
山下・今村・宮崎・栗林とか優秀な奴も多いけどね

693 :日本@名無史さん:2009/10/29(木) 04:28:58
太平洋戦争は将軍の戦術ではどうしようもないから優秀もくそもない。

マリアナの鳥打ちでもアメの研究では小沢の戦術は評価はされている。

国力と開戦を回避できなかった事は個人の責任でなし、どうしようもない。


694 :日本@名無史さん:2009/10/29(木) 04:40:29
>>693
自軍の実態と合わない戦術を用いたところでまったく無意味。
つうか百害あって一利なし。

695 :日本@名無史さん:2009/10/29(木) 11:47:42
>>694
>自軍の実態と合わない戦術
具体的に何?

696 :日本@名無史さん:2009/10/29(木) 13:27:53
>>695
そりゃアウトレンジ戦法だろ。
アウトレンジから攻撃しても待ち伏せ食ってフルボッコにされちゃあねえ。


697 :日本@名無史さん:2009/10/29(木) 15:48:24
>>696
つまり成功しなかった作戦=自軍の実態と合わない戦術だと?

698 :日本@名無史さん:2009/10/29(木) 15:56:21
>>694
つーか、その場合に実態と見合う戦術ってなんだったの?
当然、比較した上で言ってんだよな?

699 :日本@名無史さん:2009/10/29(木) 18:06:22
航空戦力雑魚なのにその航空戦力で突っ込んだんだから自殺行為だよね。
小沢の作戦はまったくの失敗だった。結論ははっきり出ている。
比較云々でド素人が妄想の作戦を語り合ったところでまったく無意味。

700 :日本@名無史さん:2009/10/29(木) 20:17:14
自軍の実態(=ヨワヨワな航空戦力)を理解せずに
無謀な戦術を強行したということか。
それは負けるわ。

701 :日本@名無史さん:2009/10/29(木) 20:22:37
馬鹿だなぁ。

そもそも全ての情報が揃う訳がない。

後世からはなんとでも言えるが限られた情報戦力でのアウトレンジはアメの研究でも妥当とされてんだよ。

まさかアメの兵器の実践運用性能という当時のアメリカ人でもしらない事を踏まえて戦術を練ろとでもいうのか。


結果をみないのは馬鹿だが結果しかみないのも馬鹿だよ。


702 :日本@名無史さん:2009/10/29(木) 20:38:08
マリアナに至るまでアメリカと日本はずっと空戦やってて、
日本もアメリカの実力くらいわかっていたわけだが。
にもかかわらず弱体化した航空戦力で攻撃を強行した。
まさに自殺行為。

703 :日本@名無史さん:2009/10/29(木) 21:01:25
フム戦わず降伏でもしろと?

見当違いの書き込みだな。


704 :日本@名無史さん:2009/10/29(木) 21:02:55
>>701
馬鹿だなあ。

すべての情報をそろえることができれば誰も苦労せんわw

705 :日本@名無史さん:2009/10/29(木) 21:23:19
>>702
マリアナ沖での日本海軍機の米軍評価て「これまでで最も手強い」という評価だぞ?
戦闘機大量に揃えていたお陰で攻撃機は「七面鳥」といっているけど、これはミッドウェーでの米航空隊なんかも戦闘機の援護のない攻撃隊は七面鳥状態で全滅している。


706 :日本@名無史さん:2009/10/29(木) 21:27:46
バンザイアタックの兵士たちも手ごわかったけどな

707 :日本@名無史さん:2009/10/29(木) 21:34:05
ちなみに昭和19年1月17日ラバウルでの空戦
攻撃側米軍、SBD29機、TBF18機、F4U・F6F、51機、P38 19機 計107機
対する日本海軍、零戦79機(204空、253空)
30分間の空戦で、日本軍は損害なし、米軍はP38が8機、F4U、F6F、SBD、TBF各1機が撃墜されている。


708 :日本@名無史さん:2009/10/29(木) 21:51:48
マリアナ沖海戦
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%8A%E6%B2%96%E6%B5%B7%E6%88%A6

709 :日本@名無史さん:2009/10/29(木) 22:52:47
>>708
作戦自体破綻してたとしか言いようのないレベル

710 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 00:10:50
日本軍の作戦が破綻してる、戦力が弱いなら艦載機の半数を戦闘機にまでしないし、比島作戦でハルゼーが釣られるなんて事もないんだけどな。


711 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 01:16:46
>>704
wwwwwwだから最初から情報を揃えることはできないといっているレスに何を返してんだ。

なんの誤爆だ

712 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 05:22:32
当たり前すぎて何の反論にもなってないってことだろ

713 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 06:49:19
攻撃しなければ必敗なわけであるが?
で、アウトレンジ攻撃以外のどういう戦術なら実態にあっていたわけ?

単に結果論で失敗の尻馬に乗った実態の無い戦術批判をしているだけじゃねえの?

714 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 07:01:48
いやいや、小沢の戦法が実態に合っていないトンデモだったんだよ。
不運で負けただけなのに結果だけ見て責めるというのならそれは結果論だが、
マリアナ沖なんて100回やっても100回負けるレベルなんだから、それを責めたところで
結果論ではまったくない。

715 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 08:09:39
>>714
なんでそこまで必死に結果のみしか見ようとしないんだ?

716 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 08:30:00
そりゃ単に無知なんだろ。
百回やって百回とも負けるとか馬鹿丸出しじゃねーか。
歴史を少しでも勉強すりゃ運は大事ってわかるはず。
マキャベリでさえ最終的には運で左右されうると書いてんだから。

717 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 08:35:22


718 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 08:39:02
結果すら見ようとしない馬鹿
なんか変な宗教でもやっているようだ

719 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 10:52:04
実際に小沢の攻撃でスプルアンスの防空はギリギリだったわけ。
運が良けりゃ、攻撃は成功していたんだが、百回やってもダメとは何が根拠?

それと百回やっても成功する代替の戦術って何さ?

720 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 14:55:16
>>708によると
日本側被害
航空母艦3沈没
油槽船2沈没
航空母艦1中破
航空母艦3小破
戦艦1小破
重巡洋艦1小破
艦載機378機

アメリカ側被害
航空母艦2小破
戦艦2小破
重巡洋艦2小破
艦載機123機(ただし内80機は着艦失敗による)

惨敗だね。つうか、運がよけりゃ攻撃が成功したとか馬鹿が妄想抱いてるけど、
運がよすぎてこの結果だったのかも知れんぞw
つうか運がどうこう言ってる時点でアレだが。

721 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 15:02:33
>>>>720
なんでそこまで必死に結果のみしか見ようとしないんだ?



722 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 16:16:24
>>721
>>718

いや、結果どころか過程も見ないのか。

723 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 17:29:02
>>708見ると結果だけでなく過程もボロボロだわ。

724 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 18:36:34
>>723
で、いつになったらボロボロに成らずに勝てる、実態に合った代替戦術を提示できるの?

勝ち負けのような価値観に左右されない成功失敗の評価で見れば、小沢は巧妙に戦術を成功させた人間だし、だからこそニミッツが称賛したわけだが。

725 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 18:50:23
>>720
歴史を語っているのに運や偶然を理解できないほうがアレな頭かと。

726 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 19:59:58
結果しかみない馬鹿が一人と反論してるのが三人位か。

まぁ結果しか見ないのは中学生とかじゃね?

727 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 21:29:11
>>726
でた。俺の方が多数だとさりげなく主張するやつ。

728 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 21:44:31
おっ
言い返せなくなったのか

729 :日本@名無史さん:2009/10/30(金) 22:42:44
>>798
確かに結果も過程もボロボロだなw
これはひどいw

730 :日本@名無史さん:2009/10/31(土) 10:05:54
いい加減スレチだバカ

731 :日本@名無史さん:2009/10/31(土) 10:48:46
798が多分ぼろぼろになった朝鮮の解説をして
スレを正常化してくれるはず!

732 :日本@名無史さん:2009/10/31(土) 11:47:37
ボロボロになったのは倭人政権。
良心派の源家康によって豊臣軍国主義政権は討滅され、
家康は韓国に謝罪し、通交を哀願した。
ちなみに源氏は韓国系。

733 :日本@名無史さん:2009/10/31(土) 12:21:51
百回やって百回ダメなら、
それは戦術レベルの問題じゃないな。

734 :日本@名無史さん:2009/10/31(土) 13:41:27
>>732
宗主国の明にすら
「通商してくんないとまた攻めちゃうよ^^」
と脅したのにか?
因みに明は滅亡する前に徳川家に
「日本の皇帝陛下、どうか我が国を助けてください」
って泣き入れた

735 :日本@名無史さん:2009/10/31(土) 15:18:56
>>734
徳川に派兵を命じたのは台湾土人勢力。

736 :日本@名無史さん:2009/11/01(日) 05:10:26
国姓爺が台湾人だとは初耳

737 :日本@名無史さん:2009/11/01(日) 08:23:52
>>735
お願いに来たのは知っているが命令されたとは知らなかった。
で、何で命令なのに拒否できたの?

738 :日本@名無史さん:2009/11/01(日) 08:38:40
国爺

739 :日本@名無史さん:2009/11/01(日) 09:08:22
>>737
不忠者だったからだと思います。

740 :日本@名無史さん:2009/11/01(日) 09:10:08
>>739
駿府で大御所政治なんかしていない時期では?

741 :日本@名無史さん:2009/11/03(火) 15:01:01
朝鮮通信使は実は
室町幕府の頃から始まってたわけよ
秀吉の朝鮮征伐で一時中断してたのを
家康が再開させただけw

742 :日本@名無史さん:2009/11/03(火) 17:35:29
>>741
室町時代の朝鮮通信使

第1回 1428年(正長元年)
第2回 1439年(永享11年)
第3回 1443年(嘉吉3年)

終わり。

>秀吉の朝鮮征伐で一時中断してたのを
>家康が再開させただけw

743 :日本@名無史さん:2009/11/03(火) 19:43:14
日本から朝鮮へは挨拶はしない

将軍の前で通信使は土下座
つまりはそういうこった。

744 :日本@名無史さん:2009/11/03(火) 20:39:54
倭人は王都への立ち入りどころか釜山までしか行けなかったらしい。
なぜなら倭人は野蛮で穢れた部族だから。

745 :日本@名無史さん:2009/11/03(火) 20:55:55
朝鮮通信使は秀吉に会いに来ているよ?
一度目は戦前で「攻めるぞ」と言われ。
二度目は会わせて貰えなかった。

746 :日本@名無史さん:2009/11/04(水) 21:32:01
<ヽ`∀´>謝罪と賠償を求めるニダ

747 :日本@名無史さん:2009/11/04(水) 22:48:56
当時、対馬は日本の領土だったかどうかという疑問。


748 :日本@名無史さん:2009/11/04(水) 23:42:26
当時、朝鮮は明国の領土ではなかったかという疑問。


749 :日本@名無史さん:2009/11/05(木) 01:11:24
×朝鮮征伐
◎日明戦争朝鮮征伐戦線

750 :日本@名無史さん:2009/11/09(月) 17:57:14
>>749それも狂ってる。

751 :日本@名無史さん:2009/11/10(火) 09:41:04
しかし朝鮮ってほんと惨めだな。

外国の力を借りなきゃ国も守れない。

つまり万年属国。

こんな歴史なんて朝鮮人なら学びたくないなwwwww

752 :日本@名無史さん:2009/11/10(火) 12:49:00
元軍や紅巾軍何度も撃退した李成桂みたいな奴もいるけどね

753 :日本@名無史さん:2009/11/10(火) 13:44:42
軍板の次スレが立てられません。
テンプレートがあるのでスレ立てをおながいします。

754 :日本@名無史さん:2009/11/11(水) 19:37:32
モンゴル弓の飛距離が長かったのは矢が軽かったからね。
大鎧は日本の重い鏃に対する防御を目的に作られてたから
元の頃も明の頃も矢を食らいまくって、針鼠になりながらも
平気で向かってくる武士達に戦慄を覚えたみたいだよ


755 :日本@名無史さん:2009/11/11(水) 19:41:34
1644年に滅ぶ明朝の最後に至るまで、この恐るべき侵略者の記憶は生々しく残り、
「日本人と言うだけで、人民は神経をとがらせ、警戒し、息を殺した」と付言されている。

ノエル・ペリン noel perrin( ダートマス大学英米文学教授)が分析した戦国日本の軍事力(著作「鉄砲を捨てた日本人」より

756 :日本@名無史さん:2009/11/12(木) 02:03:59
武士は弱いですね。

757 :日本@名無史さん:2009/11/15(日) 17:51:54
ウィリアム・グリフィス『隠者の国・朝鮮』
朝鮮にはサムライがいない。
日本にあって朝鮮に欠けているものは、心身ともによく鍛えられ、
兵士であると同時に学者であり、忠誠心と愛国心と自己犠牲の高い理想をかかげる文化的集団である。

G・W・ギルモア『ソウル風物誌』 
朝鮮人の体格は、一般的にがっちりとよく発育しており、強い民族だという印象を与える。
しかし観察者たちは、朝鮮人が見かけのように強くないことを知って驚くことになる。
士官候補生たちは、起床点呼ラッパの音を聞いても起きて来なかった。
兵士たちは、どんな軍事訓練もほとんど受けなかった。
一糸不乱さや時間厳守などというものは、全く見られなかった。
軍人たちは単に飯のために服務し、軍人精神がなかった。

758 :日本@名無史さん:2009/11/19(木) 00:40:05
>>753
向こうのスレ新スレ立ってから基地外ばっかじゃねえか

759 :日本@名無史さん:2009/11/19(木) 16:30:10
>>571
明軍にもいろいろあるけど
例えば「花装」という10人1組でユニットを組む編成だと
戦闘員が半数で2人は雑用係の非戦闘員で
あと1人が全員の食事を担当するコックなんだと

昔見ただけなんで残りの細かいのは忘れた
ぶっちゃけコック以外もうろ覚えだw

760 :日本@名無史さん:2009/11/19(木) 16:32:45
思い出した
これに盾を持った防御係と
ろうせんという竹で敵の槍や刀を絡めとる要員がいたんだ
合わせて3人ぐらいか

761 :日本@名無史さん:2009/11/19(木) 18:33:30
>ろうせんという竹で敵の槍や刀を絡めとる要員がいたんだ

そりゃオフェンスじゃないだけで立派な戦闘員だろ。

762 :日本@名無史さん:2009/11/19(木) 19:15:58
そのとおり
防御係が3人で雑用炊事が3人だな

763 :日本@名無史さん:2009/11/19(木) 21:10:28
セッケイコウ考案のあの竹はホントに役にたつの?

764 :日本@名無史さん:2009/11/20(金) 17:15:56
効果があったなら日本や屍那の記録に残ってるんじゃない?


765 :日本@名無史さん:2009/11/20(金) 23:26:00
秀吉は源氏の出でないので征夷大将軍には成れなかった。
仕方がないので藤原氏の養子になって関白を襲名したのです。
どこの馬の骨ともわからない朝鮮出身の関白殿は、
故郷に錦を飾ろうとして、朝鮮出兵をし自滅した。
そういうことです。

徳川家康は、源氏だったから・・嫉妬していたきらいがあります。

766 :日本@名無史さん:2009/11/22(日) 00:02:19
やれやれですぞ

767 :日本@名無史さん:2009/11/22(日) 01:07:58
とうとう超時空太閤も在日認定、っと(・∀・)イイ!!

768 :日本@名無史さん:2009/11/22(日) 07:38:58
荒山徹が小説にするだろう

769 :日本@名無史さん:2009/11/22(日) 09:57:57
どこの馬の骨とわからんなら朝鮮出身じゃないな

770 :日本@名無史さん:2009/11/23(月) 03:25:11
馬の骨も何も、尾張国中村の足軽組頭の倅なんだが

771 :日本@名無史さん:2009/11/23(月) 16:45:46
>>763
あれが考案されたころには
日本は勘合貿易が始まってるから日本人倭寇そのものが
普通の商人に鞍替えしてて支那と戦わなくなってる

772 :日本@名無史さん:2009/11/23(月) 20:28:36
秀吉にとっては天下を取ることこそが目的であって、そのあとのことはどうでもよかったんだよ。
それが貴種でなかった秀吉の限界。
源氏の血をひく家康は、いかに長く安定した政権を立てるかに腐心した。
藤原1,000年の支配の後半は、徳川家が担ったと言えないでもない。

773 :日本@名無史さん:2009/11/23(月) 20:50:59
>源氏の血をひく家康

|∀・) ニヤニヤ

774 :日本@名無史さん:2009/11/23(月) 21:00:19
単純に異国支配の大変さがわかっただけだろ。
藤原氏の血をかつてはひいていたw徳川が。

775 :日本@名無史さん:2009/11/23(月) 21:02:53
朝鮮半島南部はかつて日本領だったわけであの時代に取り返せて
いれば日本領にできたのにな。

776 :日本@名無史さん:2009/11/23(月) 22:46:13
豊臣秀吉太閤殿下は古代大和朝廷の植民地的旧領だった朝鮮南部の任那を奪回しようとした。
あれは「国土失地回復運動」であり、本来の旧領を奪回してこそ
「天下統一」と成ると考えたんじゃね?

777 :日本@名無史さん:2009/11/23(月) 23:35:43
日本版レコンキスタ?

778 :日本@名無史さん:2009/11/24(火) 00:05:06
事実秀吉は文禄の役の講和条件として朝鮮南部四道の割譲を要求してるんだよな。
それが認められなかったから慶長の役を起こした。
そして南部を占領していたが秀吉が死んだため引き上げてしまった。

779 :日本@名無史さん:2009/11/25(水) 13:20:11
そういえば一度講和条件の条文見たいと思ってたんだよね
なんか貼ってくれるか
手っ取り早く見られる方法かおしえてくれい





780 :日本@名無史さん:2009/11/25(水) 20:35:46
>>779
本を読むのが手っ取り早いよ。

781 :日本@名無史さん:2009/11/25(水) 21:16:12
秀吉の講和条件
一、明の王女を日本の后妃とすること。
二、勘合貿易を復活すること。
三、日本、明の大官は相互に友好の誓詞を交わすこと。
四、朝鮮には都城を添えて北の四道を返還すること。
五、朝鮮から王子と大臣を人質として差し出すこと。
六、抑留中の二王子は朝鮮へ返還すること。
七、朝鮮の大官は永代違約のない誓詞を差し出すこと。

しかし到底受け入れられないと思った三成らにより明には
恭順と勘合貿易の復活を望むとだけ伝わり、明皇帝は
秀吉を日本国王に封ずるとの返書を返し秀吉は激怒し交渉は決裂した。

782 :日本@名無史さん:2009/11/25(水) 22:10:57
朝鮮人に日本の旧領を渡した家康は国賊

783 :日本@名無史さん:2009/11/25(水) 22:15:48
任那4県を売り飛ばした大友金村は、売国奴として激しく糾弾されているからね。
朝鮮南部はもともと倭国の領土だったことがわかります。

784 :日本@名無史さん:2009/11/25(水) 22:41:05
http://gimpo.2ch.net/northa/index.html#1

785 :日本@名無史さん:2009/11/27(金) 23:10:43
百済はともかく、任那4県は返してほしいものです。

786 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 08:18:55


787 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 10:22:27
今日ETV特集でやるぞ。

788 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 10:33:34
ロシアがアラスカを返せと言っているようなもんか。

789 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 10:56:30
>>787
そのレスが無かったら忘れてたわd

790 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 12:49:47
>>787
主に秀吉軍の敗走原因を作った、李舜臣の記録を手ががりに
侵略を防いだ朝鮮視点で放送予定らしい。
今回も日本側の視点では放送しないみたい

このシリーズは毎回、毎回、朝鮮視点で放送してるけど
N○Kはどこの国の民放放送なんだ?
うちの家族は最近のN○Kは気持ち悪いと言ってます。

791 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 15:30:05


792 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 15:31:16


793 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 15:31:56


794 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 15:32:59


795 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 15:33:45


796 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 15:35:52


797 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 15:36:55


798 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 15:38:44


799 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 15:40:25


800 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 15:40:42
日向英実という専務理事、台湾問題を扱ったNHKスペシャルで隠ぺい工作をしたといった抗議を受るなど思想的な偏りがあるようです。
NHK改革で会長はアサヒビール出身者になったし、今井副会長は元アナウンサー、
番組作成の方針はこの人の影響力が強いのです。


801 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 15:50:42
韓国人=朝鮮人の先祖は、古代半島の東北部、 いわゆる中国領・楽浪郡の東部地方(日本海沿岸地方)に 住んでいたワイ族。
百済人、高句麗人は古代の満州地方に住んでいた遊牧民族=フヨ族。

ウィキペディア-朝鮮民族
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E6%B0%91%E6%97%8F

歴史
朝鮮半島では4世紀頃までに高句麗、新羅、百済の三国が興り三国時代と呼ばれるが、7世紀に中国の唐が新羅と結んで高句麗、百済を相次いで滅ぼし、さらに新羅が唐の勢力を追放して朝鮮半島を統一した。
高句麗や百済の支配層は扶余系とみられ、韓系である新羅人とは別系統の言語を話した。
一般的に現在の朝鮮語の祖語は新羅語とされている。このことから言語をもって民族の基準とすると、朝鮮民族を形成していった主流は新羅人であると考えられる。

ウィキペディア-新羅
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E7%BE%85

脚註
^ なお韓国では、高句麗の滅亡後にその遺民が靺鞨族と共同して満州に建国した渤海を高句麗の後継国家と見なし、新羅・渤海をあわせて南北国時代と呼び、朝鮮民族史の及ぶ地理的範囲を朝鮮半島から満洲・沿海州を含めた領域としている。
しかしながら、言語的観点から現代の韓国・北朝鮮の祖とされる新羅と、高句麗・渤海とでは、民族的・言語的に隔たりがあり(金芳漢著・大林直樹訳『韓国語の系統』)、
高句麗・渤海を現在の韓国・北朝鮮へ連続する国家と見なす十全な根拠がないため、高句麗・渤海の故地を領土に含み、また高句麗・渤海と民族的に同系である満州族を国民として多数抱える中国との間に軋轢が生じている(→東北工程)。


802 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 15:54:16
朝鮮人(高麗族、コリョ族)は中国東北部起源の北の蛮族
「楽浪半島、もしくは東シナ半島」の歴史(中国と日本の歴史)
前1000年頃 殷の廷臣、箕氏(中国人)が周の武王から楽浪(半島北部)に封じられる?(周の属国)その後、周の凋落で王を称す?
戦国期 編纂されはじめていた地理書「山海経」に「楽浪の南に、燕に朝貢する倭がある」旨、記される。 辰国(半島南部、百越人の国)は倭そのものか? 百越人(弥生人)とは、失われた長江文明の担い手。現在そのDNAは半島、日本、ベトナム以南にしか残されていない。
前195年 秦に滅ぼされた燕からの亡命武将、衛満(中国人)が箕氏楽浪を乗っ取る。 このころから辰国は三韓に分かれはじめる。 馬韓(後の百済)は百越人の国。秦韓(辰韓、後の新羅)は始皇帝から逃れてきた秦民の国。弁韓(後の任那)も秦韓に似る。
前108年 中国皇帝の武帝が衛氏を滅ぼし楽浪郡を設置、植民地とする。
前37年 東胡を祖とするコリョ族(高麗族)が中国東北部に高句麗(前高麗)を建国。
2世紀 遼東太守、公孫度が扶余族(穢族からコリョ族と分岐)の王、尉仇台に嫁を与え馬韓(後の百済) の王とする。先から三韓の王族は全て扶余族となっていた? 倭王も同族? 新羅三王家のふたつに倭出自伝説が残されている。
3世紀初 公孫康 、曹操の許可を得て楽浪郡南部を帯方郡(後の百済)として設置。
4世紀 晋の八王の乱の混乱に乗じて、高句麗が楽浪郡を不当占拠。百済、新羅が建国。日本を大国と崇め、人質を送る。任那も併せ三韓は日本の勢力下にあった。
7世紀 任那、百済と順に滅亡、遣隋使と合わせて日本は半島から手を引く。新羅、高句麗を征伐。統一新羅は中国の属国となり、独自の名前と年号を捨て、中国式の名前と年号を使い出す。
918年 新羅滅亡、高麗(後高麗)建国。新羅内に雌伏していたコリョ族が国を乗っ取った。

ここまでは、朝鮮人の歴史ではない。



803 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 15:55:06


朝鮮人とは朝鮮半島の南側に住んでた原住民で、三韓(馬韓、弁韓、辰韓)人
それに対して高句麗(※)も百済も朝鮮人を支配してた扶余(ツングース)民族だな

広辞苑より
【扶余】前一世紀から五世紀まで、中国東北地方北部に活動した民族。
また、その建てた国。ツングース族の一。一〜三世紀中頃が全盛期、もと百済の別称。
【高句麗】紀元前後、ツングース族の扶余の朱蒙(東明王)の建国という。
中国東北地方の南東部から朝鮮北部にわたり、四世紀広開土王の時に全盛。
都は二○九年より丸都城、四二七年以来平壌。唐の高宗に滅ぼされた。高麗(コマ)。
【渤海】八〜一○世紀、中国東北地方の東部および朝鮮半島北部のあたりに起った国。
靺鞨(マツカツ)族の首長大祚栄が建国。唐の文化を模倣し高句麗(コウクリ)の旧領地を
併せて栄え、七二七年以来しばしばわが国と通交。一五代で契丹に滅ぼされた。
【靺鞨】(マツカツ)ツングース族の一。有力な部族が七部あり、その一である
粟末(ゾクマツ)靺鞨の首長大祚栄は渤海国を起し、また黒水靺鞨は後に女真と称した。
【女真】中国東北地方の東北部から沿海州方面に住したツングース系の民族。
五代の頃より女真と称し1115年完顔(ワンヤン)部の首長阿骨打(アクダ)が金を
建国し宋に対抗。後に清朝を興した満州族も同一民族である。

一方朝鮮人は、朝鮮半島の原住民の事です。 馬韓、弁韓、辰韓の民族ですね。
なので 百済≒高句麗≒渤海  ≠  三韓=朝鮮民族

804 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 15:57:24
高句麗=扶余系=満州系なんだわな。
高句麗の発祥地は中国の東北地方で、高句麗の数百年の歴史のうちの最初からの半分以上が中国東北地方にしか版図がなく、朝鮮半島には存在はしてなかった。
そして、彼らが滅亡した後は、ほとんど満州の部族に移行している。つまり、どう考えても、高句麗は中国東北系の国なんだわな。

高句麗と朝鮮の関係って大日本帝国の朝鮮と似たようなもんでしょ。
朝鮮に日本家屋があることを理由に、朝鮮人が江戸文明を作ったとかぬかすくらいあつかましい主張でしょ。
何しろ、文明が継承されてないんだもの。
満州人はきっちり高句麗文明を継承してるけど朝鮮は100年前は土人文明だもの。
高句麗はシナと新羅(朝鮮)が連合して消滅させた異民族の古代国家にすぎない。
百済も、高句麗の後継国家、渤海も同じ。

なぜ朝鮮人は嘘をつくのか Why does the Korean tell a lie?
http://www.youtube.com/watch?v=9ATZG6pyY88
http://www.youtube.com/watch?v=jbgbbXk0n1k
http://www.youtube.com/watch?v=KR7z_-jagCE

■朝鮮人が認められない歴史的事実一覧

・弥生人が長江流域からやってきた百越系民族であること
・半島南部の先住民が倭人(=弥生人=百越系民族)であること
・新羅の建国時の宰相が倭人であり、王家の二つが倭人系統であること、また始祖の朴赫居世についても倭人説があること
・百済、新羅が大和朝廷に対し従属的地位にあったこと
・大和朝廷による伽耶地域の支配(半島南部における多数の前方後円墳の存在)
・半島における文化的独自性の欠落(あらゆる分野での古典の不在)
・常に某かの国の属国として歩んできた歴史
・姓が中国文化の影響を受け、みずから改名し、中国語氏名であること
・朝鮮征伐が日本と明との戦争であったこと(李朝の軍は明の将の指揮下に入り、和平交渉も日本と明の間で行われている)
・朝鮮通信使が実質的に朝貢使節であったこと(琉球の江戸上りと同じ)
・オンモン(朝鮮文字)がパスパ文字、契丹小字をもとにしたものであり、しかもカナより600年遅れて作られたものであること

805 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 15:58:25
長い歴史の中で数多くの国や王朝に朝貢し冊封され支配、統治され
朝鮮人は混血も重ねています(大きいところでは中国諸民族、縄文人、倭人、蒙古人、満州人、大日本帝国)

近年韓国で医学界等の遺伝子や血液の分析で朝鮮のルーツは北方である事
南部からの流入(日本の縄文人や倭人、倭人王については完全にスルーしてますが)との
混血である事も徐々に指摘、新聞でも報道されはじめました

血液分析により民族の移動経路を判明する 東亜日報
韓国 台湾 日本、もっとも単一民族に近いのは日本人
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2001010317828

"韓民族は単一民族ではない!" 韓国 朝鮮日報
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2009/01/09/2009010901296.html

韓国人、違う民族の血40%位まじっている 韓国 朝鮮日報
http://www.chosun.com/national/news/200604/200604050360.html

顔で見た韓国人、すでに他民族血統…“80%が北方系” 日本版 中央日報
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=90507&servcode=400

もし日本人、韓国人が似てると感じれば、それは激しく混血を重ねた朝鮮人が似てるのであって
日本人が似ているのではないのです

朝鮮はこの通り朝鮮民族だけの物ではありません、
今後は友愛の精神で朝鮮半島は異民族を多く受け入れ多民族多人種社会となり
それぞれの民族の国籍を認め韓国朝鮮人と同じ権利を持ってもらい共生すべきです

国連、「韓国の単一民族強調」人権侵害の恐れ 日本版 中央日報
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=90362&servcode=400

韓国の民族主義を告発、スタンフォード大シン教授(上)
http://www.chosunonline.com/news/20090623000056

806 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 15:59:12
【質問】『「我々韓国人は高句麗人(フヨ族)の子孫だ。高句麗は韓国人が建国した国だ」と主張していますが、 これは事実でしょうか?』

【回答】 完全なウソです。韓国人の作り話です。韓国人と高句麗人はまったく別種の民族です。高句麗人は
古代の満州地方に住んでいた 遊牧民族=フヨ族の一派ですが、韓国人=朝鮮人の先祖は、古代半島の東北部、
いわゆる中国領・楽浪郡の東部地方(日本海沿岸地方)に 住んでいたユウロウ族です。狩猟民族=ユウロウ族の子孫が
現在の韓国人です。このユウロウ族はシベリア奥地の山岳部から半島東北部に移住してきた民族です。
 満州地方に住んでいた遊牧民である高句麗人(フヨ族)とは何の関係もありません。強いて関連付けるならば、
一時期、フヨ族がワイ族を 支配化に置いていたこと、くらいです。
 では、高句麗人の子孫にあたる民族とはどのような民族なのか。それは女真族(満州族)です。
高句麗が唐によって滅ぼされた後、高句麗人(フヨ族)は彼らの故郷である『満州』に逃げました。
 高句麗人はこの地において契丹族や鮮卑族、モンゴル族と混血しました。それによって誕生したのが
女真族(満州族)なのです。 この女真族が、1115年に満州地方から中国北部にまで版図を有する
『金国』を建国しました。金国が滅びた後、1616年に、 同じく女真族の国である第2次金国=後金国が建てられ、
この『後金国』が清国へと発展していきます。


807 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 16:00:17
高句麗人(フヨ族)の歴史を図にすると、下記のような流れになります。

〔フヨ国→ 高句麗→ 金国→ 後金国=清国 (高句麗滅亡後に建国された渤海国も『高句麗人の国』という説がある) 〕

 見ての通り、高句麗と韓国人は何の関係もありません。高句麗人の末裔と呼ぶべき民族は満州族であり、
韓国人=朝鮮人ではないのです。 韓国人は高句麗人の子孫ではないだけでなく、高句麗人の歴史を受け継ぐ
満州族(女真族)のことを『オランケ』と呼び、蔑んでいました。 オランケとは韓国語で「野蛮人」の意味です。
 韓国人は、「我々は高句麗人の子孫だ」と自称する一方で、本物の『高句麗人の子孫』である満州族のことを、
野蛮人呼ばわりして 見下しているのです。
 ところが最近の韓国人は、時と場所によって「満州族と韓国人は兄弟民族だ」と言ったり、「満州族はオランケであり、
韓国人と違う民族だ」と、 言ったりしています。まさに『ご都合主義』です。自分たちの都合により、歴史を捏造し
歪曲しているのです。 日本人は倭人の子孫である。一方、朝鮮人はユウロウ族の子孫である。この2つの民族は
最初から別種なのだ。



808 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 16:01:31
高句麗は、夫餘から出た別種である。(『旧唐書』高麗伝 :「高麗者、出自扶餘之別種也。」)
高句麗は本来夫餘の別種である。(『新唐書』高麗伝 :「高麗、本夫餘別種也。」)
という記述にもあるように、高句麗族はその起源伝説の類似点から、ツングース系と考えられる
扶余と同じ民族と見られることが多い[2]。史上でも扶余の流民を受け容れていることが記されているが、
民族を同一とするにたる明証はなく、墓制の違いを見る限りは扶余と高句麗との差は歴然としている[3]。
但し、『魏書』百済伝の百済王蓋鹵王の上表文には、「臣と高句麗は源は夫余より出る」
(臣與高句麗源出夫餘)とあり、当時の百済人は高句麗人を同種の夫余とみていたことになる。
なお、扶余族は他に、沃沮(東沃沮・北沃沮)・?・百済(王族)など朝鮮半島に広く分布していた。

wiki より

上記からも、高句麗はツングース系と確定している。当然、朝鮮民族ではない。



百済→王族は扶余族、倭人と混血 、民衆は長江文明の遺臣の弥生人(百越人ともいう)
新羅→王族は扶余族、三王家のふたつに倭人出自説あり、民衆は弥生人と、始皇帝から逃げてきた秦人(漢族)
高句麗→ツングース系女真人
高麗→ツングース系女真人
渤海→ツングース系女真人

渤海と高句麗の民族的人種的なつながりははっきりとはわからないが、
新羅に滅ぼされた高句麗の遺民が建国した国ではないか、とは言われている。
何度も日本に朝貢している。
渤海が滅んだのち、今度はその遺民が高麗を建国した、というのがだいたいの流れ。
中国東北部にいた人々が一時期朝鮮半島に国を作ったとも言えるし、それが朝鮮人であるとも言える。
朝鮮半島は漢族、倭人、中国東北部族、モンゴル人等々、種々雑多な人種が入り乱れている。
日本と違って、半島というのはどこでもそういうもの。いわば人種民族の通り道的な存在。

809 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 16:02:18
前12世紀〜前2世紀の箕子朝鮮は中国人の箕子が建国した中国人国家。
箕子朝鮮を滅ぼして前2世紀〜前1世紀の衛氏朝鮮は中国人の衛満が建国した中国人国家。
前漢の武帝が衛氏朝鮮を滅ぼして朝鮮半島北部に前1世紀〜後3世紀に設置した漢四郡(楽浪郡・真番郡・臨屯郡・玄菟郡)は中国植民地。
百済と高句麗はツングース系民族の夫余族の国家。渤海は夫余族と靺鞨の国家。夫余族と靺鞨は中国・満州族の母体。
秦からの亡命中国人が前2世紀〜4世紀に朝鮮半島南部に建国したのが辰韓(秦韓)で、後に12カ国に分裂して、その一つの斯蘆国が新羅。
百済と高句麗を滅ぼしたのは新羅ではなく唐。唐は百済と高句麗の滅亡後に旧高句麗領を安東都護府、旧百済領を熊津都督府、新羅を鶏林大都督府として半島全域を藩属国から羈縻州(中国国内扱いにした事を指す)にした。
このため一時的に朝鮮に「国」はなくなった。

朝鮮の歴史は半万年ではなく千百年弱

「朝鮮、属国史」の始まり
918年 高麗建国
10世紀 宋に朝貢、契丹(東胡の末)に朝貢。
12世紀 金(女真族、東胡の末)に朝貢。
13世紀 高麗はモンゴルの属国となる。劣等感から、一然という僧が檀君神話を捏造し、忠烈王がモンゴルに日本侵略を唆す。
14世紀 高麗滅亡、李朝建国。李朝は最初から明の冊封国で、国名も中国に決めてもらった。
17世紀 清(女真満州族)に服属、三跪九叩頭の礼に甘んじる。
19世紀 日本が日清戦争で中国を破り、属国の李朝は独立させてもらう。(日本の保護国)
1910年 李完用の要請により日本に併合してもらう。李氏朝鮮(大韓帝国)滅亡。
1948年 戦後アメリカ軍政庁の統治下にあったが、アメリカの後押しで大韓民国が成立。
1950年 アメリカとソ連の代理戦争である朝鮮戦争が起き分断国家となる。
1991年 ようやく国連加盟、史上初めて世界から独立国家として認められる。 
1993年 韓国、軍事独裁制を脱し、史上初めて独立民主政体となる。
現在 いまだ言論、学問の自由もなく民主主義とは程遠い国である。北は論外。


810 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 16:03:01
======== 偉大な韓国の歴史 ==========
10世紀 長白山が過去2000年間で世界最大級とも言われる巨大噴火を起こす(リセット)

1010年 「契丹」に侵略される。首都開城が陥落。(キタン人化)
1013年から1019年まで継続して侵略される。   (キタン人化)
12世紀 「女真」の侵入。侵略。「金」に朝貢。   (満洲人化)
1231年 「蒙古」に侵略される。首都開城が陥落。国王江華島に逃亡
    長い間、無抵抗の半島はモンゴル軍に蹂躙される。(モンゴル人化)
1247年 「蒙古」に再侵略される。しばらく蹂躙が続く。 (モンゴル人化)
1258年 雙城総管府を置かれる。翌年、王子を人質に降伏。(モンゴル人化)
    国内には多くの蒙古軍人が駐留。        (モンゴル人化)
1270年 東寧府を置かれる。              (モンゴル人化)
    反対派が済州島に移って徹底抗戦。1273年に鎮圧 (モンゴル人化)
1274年と1281年「元寇」(半島人主力で日本侵略。が、全滅(モンゴル人化)
1356年から1362年までの紅巾賊侵入により首都開京が陥落 (シナ人化)
1419年 「応永の外寇」 17000人で対馬を襲撃。船、家を焼き、住民を虐殺する。
    しかし、少数の対馬軍に撃退される。
1592年 と1598年秀吉の「唐入り」 首都漢城が陥落(短期でヤマト化は無理)
1627年 「後金」に侵略される。平壌を超え、侵略されるが漢城までは来なかった。
    しかし、国王は江華島に逃亡(満洲人化)
1636年 「清」に侵略される。首都漢城が陥落。清軍が、す早く江華島への道を遮断。
    泥濘の中、朝鮮王仁祖は清の太宗に降伏、大清国属国となる。(満洲人化)

「屈辱の象徴」三田渡碑の移転決定
http://tosi.iza.ne.jp/blog/entry/610163/
韓国マイナー観光
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Kikyo/1239/w-18.htm


811 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 16:04:28
「アイゴー!シンガポールヤフーが韓国を中国領と表記してるニダ!」

シンガポール ヤフー(sg.travel.yahoo.com)とカナダのブリティッシュコロンビア(BC)州政府サイト
(www.protocol.gov.bc.ca)が韓国関連の誤りを訂正した。
サイバー外交使節団「バンク」は「1週間前までシンガポールヤフーはアジア地図で韓国を中国の領土と表記していたが、5日現在、『韓国領』に是正された」と明らかにした。(略)

http://www.worldtimes.co.jp/kansok/kan/shakai/090106-3.html


韓国紙・中央日報が韓国人のプライドをめちゃめちゃにする事実を報道していた


『有名教科書と地図「韓国は中国領土」』

英国オックスフォード大の出版社が制作している教科書をはじめ、世界の教育機関、博物館、テレビ局、新聞社、ポータルサイト、
百科事典など総34個の世界有名機関の世界地図53個が、韓国の領土全体または一部を中国領土に表記していることが分かった。
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=65416


『スペイン紙「韓国4228年間、中国の属国」』

スペインの有力紙「エル・ムンド」のウェブ版(www.elmundo.es)が「韓国は4228年間にわたって中国の植民地だった」と紹介した。
「エル・ムンド」は「韓半島は長い歴史のなかで数多くの侵略を受けてきた。中国に1895年まで属していた(略)
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=56213



アメリカ大使館「朝鮮に歴史無し。昔から中国、日本、偏狭蛮族の属国」
http://s04.megalodon.jp/2008-0104-0331-22/www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=teconomy&page=9&nid=3182743
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2&diff=8434966&oldid=8280871



812 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 16:05:17
各国教科書に見る朝鮮半島
http://bansensyukai.blog23.fc2.com/blog-entry-7.html
◎ ポーランドの教科書
「AD1世紀以来、日本と中国は朝鮮半島の領有権を巡って衝突した」
◎ ドイツの教科書
「日本が大陸に最初の足がかりを築いたのは4世紀の事だった。その後300年、日本は朝鮮半島を支配する地位にあったが、唐との戦争に敗れ、17世紀になるまで待たなくてはならなかった」
◎ オーストラリアの教科書
「朝鮮は近代に到るまで、その国内での抵抗に関わらず、中国と日本の属国だった」
◎ フィリピンの教科書
「朝鮮は、その歴史の大部分中国の属国であり、その支配は19世紀に日本に引き継がれた。日本は自由な新しい秩序を樹立する事によって、朝鮮に平和と安全をもたらそうとした」
◎ インドネシアの教科書
朝鮮を中国の属国として記した。
「朝鮮の文化と芸術は中国・モンゴル・日本文化の影響を受けた」
「朝鮮は言論・宗教の自由が制約を受ける国」
「北部はロシアが、南部はアメリカが占領している」
◎ タイの教科書
「朝鮮は中国の支配下に入り、これが19世紀まで続いた」
◎ アメリカの教科書
「朝鮮は中国の従属国」
◎ カナダの教科書
「朝鮮は、数百年間中国の属国」
「日本は<中略>朝鮮に鉄道・道路・港を建設し、産業を発達させて教育の機会を拡大させようと努力した」
◎ インドの教科書
「朝鮮は永らく中国の属国だった」
◎ イギリスの教科書
「西暦366年から562年まで、日本が朝鮮半島を支配した」

韓国と北朝鮮の国内でどれだけ洗脳教育をしても勝手ですが外の世界に出れば朝鮮半島は古代から下関条約まで常に属国。
これが世界の一般的な認識ということです。


813 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 16:06:14
統一新羅
http://www.memomsg.com/dictionary/D1096/390.html

統一新羅は、676年の朝鮮半島の統一から935年に滅亡するまでの新羅の事を差す。
この統一新羅、いわゆる新羅は、現在の韓国、朝鮮両国の共通の先祖の国家の初代といえる。
それ以前の国家は民族・言語・文化的につながりが薄い。当然、統一新羅の前身である新羅と統一新羅は連続している。
統一の過程で滅んだ、高句麗、百済は現在の韓国及び朝鮮とは連続性があまりない。
高句麗は実質的に後継国家として渤海があり、現在の中国東北部に小さく民族移動して国家を再建設している。



東北工程:百済・新羅の歴史も「中国史の一部」=中国社科院 『朝鮮日報2007年6月4日』
http://www.chosunonline.com/article/20070604000018

公式研究書に百済と新羅の歴史も「中国史の一部」と記述していたことが3日、分かった。
百済に対しては「(高句麗と)同様に古代中国の辺境にいた少数民族である夫余人の一部が興した政権」とし、
新羅については「唐は(百済が滅亡した)660年以前には羈縻政策を、それ以降には直接統治を行った」と記述した。
また、新羅は「中国の秦の亡命者が樹立した政権」であり、「中国の藩属国として唐が管轄権を持っていた」とした。



東北工程・高麗も中国が建てた国『朝鮮日報2007年6月6日』
http://www.chosunonline.com/article/20070606000006  

高麗について、「箕子朝鮮、高句麗に続き、中国が朝鮮半島に打ち建てた3番目の政権」と主張したところの、
吉林省社会科学院が隔月刊で発行する歴史雑誌『東北史地』の2007年第3号に掲載された「後唐の明宗が、高麗を建国した太祖・王建の族籍を明らかにした」と題する論文の存在が確認された。
この論文は、「王建は決して朝鮮半島の新羅人の子孫ではなく、中国・淮河流域から来た漢人の末裔」と主張し、
933年に後唐の2代目の明宗が太祖・王建に送った冊封詔書などをその根拠として提示した。冊封詔書には太祖・王建を「長淮の茂族」と呼んでいる部分があり、この論文は「長淮は淮河流域を意味する言葉で、太祖・王建の本籍地が中国であるため、高麗は中国人が建国した国



814 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 17:24:57
今夜放送ですね。見る前から戦争の実態を描かないという、駄目駄目臭が漂ってきます。

ttp://tv.yahoo.co.jp/program/122300/?date=20091129&stime=2200&ch=8208
2009/11/29 22:00〜23:30 の放送内容
NHK教育 .ETV特集 日本と朝鮮半島2000年(8)

日本と朝鮮半島の関係に大きな傷跡を残した文禄慶長の役(1592-1598)。中国・明も巻き込んだ東アジア国際戦争はなぜ起きたのか。悲劇の実態をみつめる。
豊臣秀吉が起こした文禄慶長の役(1592〜1598年)は朝鮮半島では「壬辰倭乱」と呼ばれ、日本の侵略の出発点として刻まれている。
この戦争は日本と朝鮮、2か国間の紛争だけではなく、中国・明を含めた「日・朝・中」東アジア社会を変動させた国際戦争でもあった。悲劇はなぜ起きたのか? 戦争の実態を描く。

出演【ゲスト】ソウル・ソガン(西江)大学校教授…チェ・ドゥフィ,九州大学大学院教授…中野等,【キャスター】三宅民夫,【リポーター】大桃美代子

815 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 17:38:56
■■■悪の王者『台湾人工作部隊』の卑怯で卑劣で悪辣な工作の仕方■■■


@まず日本人のふりをしながら朝鮮煙幕を炊き付け、それを自ら叩いて
自家発電でもって正義の味方を装う。
(朝鮮人を叩く正義のおじちゃんだ!と、この時点でバカ落ちる)

Aバカがダマサれ切ったのを見計らって、何十年もかけて作り上げてきた
それはそれは高度な誘導用の捏造創作を使って勝手に自分たちの祖先、
長江江南人が渡来したと狂言しまくる。
(バカ、ダマサれ信じ込む)

Bバレかけたら、邪魔な日本人に対して朝鮮人呼ばわりをする卑劣な狂言を
働く事で防衛し、再び@に戻って、A、@、A、@、を無限に繰り返す。

Cハイ、直接的関係など何も無い台湾人祖先「江南土人」が日本人の祖先になりました。

816 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 22:06:50
おい3ちゃんみろ。

817 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 22:10:45
NHK番組
最終的に15万が渡ったって何だよ

役前に発令で15万8千8百で
最終的に20万以上が渡海してる

818 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 23:03:56
主に秀吉軍の敗走原因を作った、李舜臣の記録を手ががりに
侵略を防いだ朝鮮視点で放送予定らしい。
今回も日本側の視点では放送しないみたい

このシリーズは毎回、毎回、朝鮮視点で放送してるけど
N○Kはどこの国の民放放送なんだ?

819 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 23:19:18
NHK曰く
「膨大な戦費を使った結果、豊臣政権が弱体化した」

これ嘘。
豊臣氏は秀吉死後も膨大な財産を有している。

820 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 23:20:35
京都朝鮮学校が児童公園を堂々と不法占拠中!
日本国民として怒りの抗議を!

http://www.youtube.com/watch?v=R8lj_IMkIqg

反日民主党政権による朝鮮学校授業料無償化断固反対!


821 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 23:36:07
343 名前:NHK名無し講座:2009/11/29(日) 23:31:15.46 ID:n0Vg2ZxJ
碧蹄館の戦いも泗川の戦いも出てこない
いやあ素晴らしい番組でした
まさに「狂育テレビ」の名に相応しいwwwwwwwwwwwwww


822 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 23:56:00
まあ、一応朝鮮側にも苦いことは言ってたなあ

朝鮮が、日本から連れ帰った捕虜に非道な扱いをした事実を放送した事だけは評価しよう

823 :日本@名無史さん:2009/11/29(日) 23:58:15
相変わらずだNHKは。
主要な戦いの殆どは日本軍の勝利している実態を隠し、日本軍の勝利は初期以外は取り上げず、明・朝鮮の勝利ばかりを強調することで実態を捻じ曲げている。

例えば、一端軍に過ぎない小西の軍が平壌で明軍に敗れたことは大々的に取り上げるが
その後、明軍を碧蹄館の戦いで破ったことは取り上げない。

個々の戦いについても同様で、日本側に苦境シーンだけを強調して実態を捻じ曲げている。
例えば、蔚山城の戦い。この戦いは明・朝鮮軍に、全戦争中一ニを争うほどの損害を与えて大破した戦いであるにも係わらず、ただひたすら日本側の苦境シーンだけ強調してそれで終わり。まるで日本側の敗戦のように捏造している。

終盤の泗川・順天・二次蔚山で全て日本軍が勝利していることについても全く触れず、激しく追われて退却したような取り上げ方しかしない。

NHKのやっていることは歴史捏造そのもの。

824 :日本@名無史さん:2009/11/30(月) 02:58:03
熊本城の近くに加藤清正に拉致された朝鮮人が作ったといわれる蔚山(ウルサン)町と
いう所があります。

825 :日本@名無史さん:2009/11/30(月) 07:47:25
拉致というより
より条件のいい就職先でしょ日本は

朝鮮に居ても奴隷同然なんだから
実力次第では士分も夢ではない日本という新天地で頑張った方がいいわけだし

826 :日本@名無史さん:2009/11/30(月) 10:30:24
昨夜の放送見た素人だけど
日本軍にいいとこ一つもないな。連戦連敗じゃん弱っ
しかも島津家久を代表に日本側武将は性格がむちゃくちゃ悪く兵を奴隷のように使ってたから降倭なるものが日本攻めに協力すべく、人格パーフェクトな李瞬臣に仕えて連戦連勝とか。
つか島津一度も活躍出てこねー弱弱だったのか島津の捏造ワロタw
望郷の念に泣く朝鮮人狩りの被害者たちと肥前鍋島の悪逆。
垂直に石垣を詰める超技術を加藤が人狩りで盗んで熊本城を築いた結果、西南戦争で政府軍が勝ったのかあ。
なんつーか大桃は青い服ばかり着てて李瞬臣配下の人みたいでワロタw

827 :日本@名無史さん:2009/11/30(月) 10:32:19
個人的ETV特集まとめ

・閑山島海戦で日本水軍は名将李舜臣によって壊滅的打撃(笑)を受け制海権を失いました(爆笑)

・朝鮮の役で超重要人物であるはずの小西行長の名前すら一度も出ない

・李舜臣の乱中日記
「降倭が連れてこられた。
 敵将の島津忠恒の性格があまりに悪いので逃げてきたらしい
 城中に茶室や蹴鞠のコートを作らせたりして遊んでいるそうだ」

・戦後、帰国させられた被虜人
 <# `Д´>「倭人の捕虜になった奴はみんな犯罪者ニダ!」
 釜山についた後は何の保障も無し
 同行してた使節に泣きつき5日分の食料を与えられるがあとは放置プレイ

828 :日本@名無史さん:2009/11/30(月) 16:59:08
李舜臣の指揮した亀甲船て海戦で優位にたてる船と思えないんですが。
上で話題になってるNHKのは見逃したけど、昔講義で別のNHK制作の
同じ主旨の番組視させられた。その時、亀甲船の復元が出てきた。
どう考えても当時の技術では作れないし、作れても利便性がないと思う。

829 :日本@名無史さん:2009/11/30(月) 17:28:51
>>828
アレは、

 『ぼくのかんがえたかめせん』

                ですから。

830 :日本@名無史さん:2009/11/30(月) 21:02:41
やはり、朝鮮出兵は
朝鮮の人達に多大な迷惑をかけたと反省。


831 :日本@名無史さん:2009/11/30(月) 21:31:11
もともと朝鮮南部の任那は日本の属国だったし、
大和朝廷は百済人の作った国家だと言えないこともありません。
唐や高句麗の侵略で失った領土を回復する行為がどうして批判されるのか?
不思議でなりません。

832 :日本@名無史さん:2009/11/30(月) 21:44:07
ETV特集

碧蹄館の戦い 無し
晋州城の戦い 無し
漆川梁の海戦 無し
南原城の戦い 無し
泗川の戦い 無し
蔚山城の戦い 負けてるかのように捏造

この番組では日本軍の勝った戦いは緒戦の釜山、東莱だけで
あとは日本軍の連戦連敗として描かれていた。

嘘番組を垂れ流すNHKの体質がよく判った。

833 :日本@名無史さん:2009/11/30(月) 21:49:04
>>831
調べれば調べるほど朝鮮半島南部は日本固有の領土だもんな。
あいつらが日本の軍拡とかにヒステリックに反応するのも
自分たちが侵略者だという自覚があっていつか取り返されるかも
しれないという思いがあるからだろう。

834 :日本@名無史さん:2009/11/30(月) 22:01:06
秀吉は元寇の復讐とも言ってたんだろ。
先に日本を侵略したのは元&高麗軍だ。
秀吉は悪くないわな。

835 :日本@名無史さん:2009/12/01(火) 17:41:54
日曜日の夜10時からNHKで日本と朝鮮の交流史をやってた。
まだまだ続く模様
内容は清く正しく美しい朝鮮人と悪逆非道な日本人
っと言うほどではないけど朝鮮寄りの報道
突っ込みどころ満載

836 :日本@名無史さん:2009/12/01(火) 17:44:30
1521年まで、メキシコにはアステカ文明が栄えていたのだが、
スペイン人コルテスの侵略に屈した後は、鉱山開発で過酷な労働を強いられ、天然痘などの流行もあって人口が激減した。
さらにキリスト教宣教師が固有の宗教を破壊し、経済的にも教会が国の資産と土地の3分の1を占有した。
人種の混合政策がとられ、スペイン人の血の濃さに従って、複雑な階層に分化した。
こうした過程で、アステカ文明は根絶やしにされたのである。

実はこれは日本人にとっても他人事ではない。
戦国時代にスペインやポルトガルからキリスト教の宣教師がやってきたときに、
日本が信長や秀吉や家康のようなすぐれた人物に恵まれず、
また民族的なエネルギーも不足していたら、メキシコ人と同じ運命をたどった可能性があった。
現実にアジアでもフィリピンがそうなっている。

イエズス会の宣教師たちは、日本を占領するつもりで来たのだが、
武士の戦闘能力とその動員数、そして鉄砲が日本全土で10万丁も普及しているのに驚き、
本国に「日本占領をあきらめるべし」という手紙を書いた。
そのかわりに狙ったのが、西国の大名を改宗させ、それを手下に使って、
九州の神社仏閣を破壊し、日本の中にキリスト教区を作ろうとした。
さらに明の侵略にも使おうとしたのである。

豊臣秀吉は、明がスペイン人に征服されては、いずれは日本にも魔手が伸びると考え、
バテレン追放令を出し、さらにスペインの明への侵攻を牽制すべく先手を取って明に向かったのである。
それは文禄の役のときフィリピン総督府あてに脅迫的な手紙を出していることでも明らかだ。

歴史の教科書では、こうしたスペイン人の侵略を伏せている。
これではキリシタン弾圧も、明征伐も、秀吉の狂気の沙汰としてしか描けない。

837 :日本@名無史さん:2009/12/01(火) 18:16:44
そもそも一方は鉄がない文明なんだから。


838 :日本@名無史さん:2009/12/01(火) 19:44:39
確かに当時日本に来たキリスト教って頭から過激な殉教思想を叩き込んでいるもんな
当時日本に関与した教会では今でも天草の迫害とか教えているらしいが
「アンタらが来なきゃ日本人の歴史にそんな悲劇は起こらなかったんだ」
って話だな

839 :日本@名無史さん:2009/12/02(水) 21:26:52
豊後国あけ散々と言われるくらい百姓を軍役につかせたって聞いた。


840 :日本@名無史さん:2009/12/09(水) 19:37:04
廃れちまったじゃん



841 :日本@名無史さん:2009/12/09(水) 21:08:53
てか、南米と日本を同じにすんなよ。
スペインは日本に一目置いてたんだから。
秀吉が「ルソン、朝貢せんかい!」と喝を入れたらビクビクしてたから、スペイン人は。

842 :日本@名無史さん:2009/12/09(水) 23:41:35
>>841
てか、スペインがマニラ経由で日本に接触したのは、時空太閤が権力の座に就いてからだしね。
ポルトガルをスペイン王(フェリペ二世)が併合したのも1580年(かなりの自治権は認められていた。フェリペ3世の時代から自治権縮小→ポルトガル独立)。
ポルトガル領マカオを含めて完全にポルトガル領を掌握していたとも言い難いし。
時空太閤のキリスト教禁教の契機となるのも、スペインの保護を受けていたフランチェスコ会と、
ポルトガルの支援を受けていたイエズス会が日本教区を巡っての喧嘩からだったような。

そしてスペインは、1581年にオランダの独立(統治権否定)、1588年に無敵艦隊が英国にボロ負け、1596年には再び国家破綻(バンカロータ)。
秀吉が朝鮮に軍を送っていた頃には斜陽だわな。

843 :日本@名無史さん:2009/12/10(木) 19:25:12
いま、NHKの「ETV特集」で、豊臣秀吉の
朝鮮侵略を取り上げています。

秀吉は、日本ではスターのひとりですが、
朝鮮半島では、悪です。

多くの朝鮮人を殺したのですから、
秀吉がヒールになるのは、当然でしょう。

中には、日本に強制連行されて、
無念の思いで、日本で死んだ人がいます。

強かんをされた女の人もいるのでしょう。


こう考えると、
わたしは、秀吉を好意的には見れないですね。

もともと、こういうタイプは嫌いです。


こんなブログあったわw
さっそくNHK教育の洗脳活動が成功したな。

844 :日本@名無史さん:2009/12/10(木) 20:18:29
モンゴルの手先になって九州を攻めた朝鮮は悪です。
日本が飢饉で大変な時期に対馬を侵略した朝鮮は悪です。
秀吉はそのお返しの返礼をしてあげたので正義です。

845 :日本@名無史さん:2009/12/10(木) 20:23:59
ベトナム独立戦争において、強姦されたベトナム女性と韓国人兵との間に望まれずに生まれたベトナム人の子供が膨大にいますが韓国政府は認めることすら拒否してる悪です。
私はもともとこういのが嫌いです。

846 :日本@名無史さん:2009/12/10(木) 21:12:59
ルソン提督が日本にビビって、マニラの防衛を急いでいた。
一方、日本は強く、東南アジアの征服が簡単って手紙を国王に送った・・・・
ってネタは本当か?
俺はある程度本当だと思うが。

847 :日本@名無史さん:2009/12/10(木) 21:32:40
×朝鮮侵略
×壬辰倭乱
△朝鮮出兵
○朝鮮征伐
○唐入り
◎日明戦争朝鮮戦線

848 :日本@名無史さん:2009/12/11(金) 05:34:03
ルソン提督がスペイン王フェリペ2世に宛てた手紙
「コーチシナ、ここは1000人で征服できます。
カンボジア王国、ここは我ら(スペイン)の生活の面倒をみてくれています。
シャム、ここは1500人で征服できます。
いずれも偉大なスペインの旗を立てるのは容易ですが・・・・・
日本が攻めて来れば、ルソンは壊滅します。」

パステルス「日本スペイン交渉史」

849 :日本@名無史さん:2009/12/11(金) 07:17:35
提督なの?

850 :日本@名無史さん:2009/12/11(金) 11:02:53
イエズス会東インド巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノは
日本に3年近く滞在した後、1582年12月14日付けでマカオから
フィリッピン総督フランシスコ・デ・サンデに次のような手紙を出した。

『私は閣下に対し、霊魂の改宗に関しては、日本布教は神の教会の中で
最も重要な事業のひとつである旨、断言することができる。
何故なら、国民は非常に高貴且つ有能にして、理性によく従うからである。

もっとも日本は何らかの征服事業を企てる対象としては不向きである。
何故なら、日本は、私がこれまで見てきた中で、最も国土が不毛且つ貧しい故に
求めるべきものは何もなく、また国民は非常に勇敢で、
しかも絶えず軍事訓練を積んでいるので、征服が可能な国土ではないからである。

しかしながら、シナにおいて陛下が行いたいと思っていることのために、
日本は時とともに、非常に益することになるだろう。
それ故日本の地を極めて重視する必要がある。』

「シナにおいて陛下が行いたいと思っていること」とは
スペイン国王によるシナの植民地化である。
日本は豊かでなく、強すぎるので征服の対象としては不向きだが、
その武力はシナ征服に使えるから、キリスト教の日本布教を重視する必要がある
というのである。

851 :日本@名無史さん:2009/12/12(土) 11:21:36
スペイン国王フェリペ2世の手先として明を征服したあとには、寝返ってスペインを乗っ取ろうという計画だったのだしょうね。
流石秀吉は、アレキサンダー大王の子孫です。

852 :日本@名無史さん:2009/12/12(土) 16:23:10
今更ながら録画していたNHKの特集を観たけどワラタ
NHKはあんな番組を放送して良いの?
何であそこまで朝鮮に気を使っているのかw


853 :日本@名無史さん:2009/12/12(土) 16:43:17
なんかさ、慶長の役は負けに負けて南側まで追い込まれたのかと思ってたけど、実際は違うようだな。


854 :日本@名無史さん:2009/12/12(土) 18:47:07
作戦通りに南下して倭城築城開始

855 :日本@名無史さん:2009/12/12(土) 23:29:12
慶長の役
作戦第一段階・・・全羅道・忠清道をフルボッコにする。
作戦第二段階・・・第一段階完了後倭城築城。

作戦通りに進展している。

856 :日本@名無史さん:2009/12/12(土) 23:31:05
秀吉がもっと長生きしていれば、明は日本の領土になっていた。
日清戦争の結果を見れば、戦国時代の武将が戦争慣れしていない明に負けるはずがないことくらいわかるだろう?

857 :日本@名無史さん:2009/12/14(月) 02:52:02
それはないな。
明だって度々周りから反乱起こされて討伐しにいってたし。
まあ、平壌の戦いの前は完全な失態だったな。
50日間の停戦。商人の倅らしくないな。

858 :日本@名無史さん:2009/12/14(月) 13:09:23
商人だからな仕方ない

859 :日本@名無史さん:2009/12/14(月) 13:37:47
清正にも同じ事言われたな

860 :日本@名無史さん:2009/12/15(火) 07:08:09
>>855
しかも第二段階中も忠清道あたりまで何度も侵攻している地図をネットで見たがどっかで見れないか?
朝鮮記録から図示した奴だったんだが。

861 :日本@名無史さん:2009/12/15(火) 13:21:33
ttp://yasoshima.hp.infoseek.co.jp/#4-6
これの事か?

862 :日本@名無史さん:2009/12/16(水) 09:46:31
>>861
それのことかな

863 :日本@名無史さん:2009/12/17(木) 20:00:35
>>861
それじゃないな。

864 :日本@名無史さん:2009/12/17(木) 20:02:15
>>690将が優秀で無いというのは日本人の資質よりも優秀なリーダーのセレクションが上手く機能していないだけなんだけどね
何故こういう時代に鳩みたいなのがリーダーなんだろうね?


やっと規制解けた。

865 :日本@名無史さん:2009/12/17(木) 22:24:38
>>864
>何故こういう時代に鳩みたいなのがリーダーなんだろうね?
それが民主主義。

866 :日本@名無史さん:2009/12/17(木) 23:04:40
ワンポイントリリーフです。

867 :日本@名無史さん:2009/12/18(金) 03:50:44
スレ違います。



868 :日本@名無史さん:2009/12/18(金) 21:28:00
慶長には半島南部にヒッソクしていたのが倭軍だから

869 :日本@名無史さん:2009/12/19(土) 04:20:34
だって上に行っても飢えるだけだし。ろくに兵站も通せぬ飢餓半島。
南部に拠点を築き短期的に北上して出血を強いるしかないんじゃね?


870 :日本@名無史さん:2009/12/19(土) 16:14:59
今日の朝日新聞朝刊より抜粋
「秀吉軍の戦略物資・鉄砲玉の鉛 東南アジアからも調達」

 別府大の飯沼賢司教授(日本史)は文献に鉛を探した。戦いで苦境のキリシタン大名
を助けるためにイエズス会が鉛を届けたとの1580年の記録が見つかった。
オランダ使節が1609年に家康に持参した土産には、純金の杯2個に生糸350斤、
象牙2本と並んで鉛3千斤が含まれていた。

871 :日本@名無史さん:2009/12/19(土) 17:32:28
秀吉軍の戦略物資・鉄砲玉の鉛 東南アジアからも調達
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200912190212.html
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200912190212_01.html
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200912190212_02.html

872 :日本@名無史さん:2009/12/19(土) 19:53:59
>>860
南部布陣の後も進行を繰り返しているのはこれのことじゃないか?
ttp://plaza.rakuten.co.jp/1592to1598/diary/200805230000/
ttp://plaza.rakuten.co.jp/1592to1598/diary/200806010001/

873 :日本@名無史さん:2009/12/19(土) 20:40:00
>>872
人数少なすぎ。
どう見てもただの威力偵察か、賊だな。

874 :日本@名無史さん:2009/12/19(土) 22:41:32
>>873
偵察でしょ。
遠方まで出張る偵察部隊が輜重隊を連ねて行軍するわけではないから、食糧は現地調達。
蔚山城を不意討ちされた後に(第一次ね)、秀吉から物見を厳重にしろと命令が出てるしね。

875 :日本@名無史さん:2009/12/20(日) 00:30:49
戦闘による死者は少なかったが飢餓や疫病による死者がおおくでた。

876 :日本@名無史さん:2009/12/20(日) 03:24:36
>>874 一方その頃の明や朝鮮軍は・・・

877 :日本@名無史さん:2009/12/20(日) 08:32:59
片道150キロの進攻なら

九州の役でいえば大分を基点に宮崎ぐらいまで、
あるいは博多を基点に熊本を過ぎて水俣ぐらいまで、
小田原の役でいえば高崎を基点に鎌倉ぐらいまで

何度も攻め込んだことになるな。

878 :日本@名無史さん:2009/12/20(日) 13:32:55
普通に賊だな。
賊の発見位置を無理やり線でつなげただけ。

879 :日本@名無史さん:2009/12/20(日) 14:23:52
渡来人が持ち込んだ天然痘などの伝染病で、縄文系の住民の多くは滅んだ。
だから、日本に渡ってきた縄文人はそれほど多くないにもかかわらず、現在では日本人の主流のような顔でのさばっているんだろうな。

880 :日本@名無史さん:2009/12/20(日) 14:34:36
また出たよ。

881 :日本@名無史さん:2009/12/20(日) 15:02:01
>>878
行軍しているわけだが?

882 :日本@名無史さん:2009/12/22(火) 00:11:44
>>878
賊だった場合、日本軍から離脱しているわけだから、
これだけの遠方で朝鮮の記録に残るのなら、日本軍の占領地に戻る事も出来ないであろう賊は、
記録に残る活動域に、賊(軍からの離脱者)の根拠地となる地があった事になるでしょ。

更に朝鮮にとっては情けない事(自領に侵入した賊すら捕捉できない)になりそうな話しになると思うが。

883 :日本@名無史さん:2009/12/22(火) 07:18:27
>>882
???
なんで戻ることができないのか意味不明。

884 :日本@名無史さん:2009/12/22(火) 10:16:58
賊なのか、倭賊なのか。
どっちも賊だから紛らわしいw

885 :日本@名無史さん:2009/12/22(火) 20:21:17
>>883

>賊だった場合、日本軍から離脱しているわけだから、


886 :日本@名無史さん:2009/12/22(火) 23:39:46
賊だろうと威力偵察だろうと、日本軍から離脱してることに変わりはないぞ。
むしろ賊の方が現地にまぎれて逃走しやすい。

887 :日本@名無史さん:2009/12/23(水) 05:58:48
>>886
この場合の離脱とは、日本軍からの矢弾の補給も受けられない、
それどころか、日本軍の支配域では追捕の対象になりかねない脱走集団ってことでしょ。
大名の命令を受けての偵察部隊なら遠方まで出向いても所属する大名の元=日本軍支配域に戻る。
例え現地で物資(食糧)を調達(略奪)したとしても、賊とは言わない。

それが日本軍からは矢弾の補充も受けれない、しかし日本軍支配域から遠くまで出向いている、
流民の如き「賊」がいたとして(かなり不自然な存在だと思うが)、
それを補足して殲滅する事も投降させる事も出来ず、被害だけを受けているのだとしたら、
それは、その地を支配している者(それも戦時で軍がある一応前線に近い自領土で)の統治能力の無さを表しているでしょ。

888 :日本@名無史さん:2009/12/23(水) 12:00:30
>>887
朝鮮側の記録では倭軍自体が賊扱い。
脱走兵だろうが正規兵だろうが賊は賊。
朝鮮侵略は倭乱扱い。

ついでにいうと、ゲリラ化されると鎮圧しにくいのは古今東西を問わず常識。

889 :日本@名無史さん:2009/12/23(水) 15:36:38
国軍が賊認定されていたとは・・・。
屈辱だ・・・ orz

890 :日本@名無史さん:2009/12/23(水) 19:04:14
>>888-889
朝鮮の偏狭な儒教倫理による賊認定や蛮族扱いなど問題にしていないのだが?
朝鮮人の価値観など考慮する必要もないし、勝手にやっとけくらいなもんで。

この場合は大名の統制の下にある物見(偵察)なのか日本軍の統制から外れた賊なのかが問題なんでしょ。


891 :日本@名無史さん:2009/12/24(木) 10:00:13
>>889
国軍じゃねえし。お前は阿呆か?

892 :日本@名無史さん:2009/12/24(木) 12:12:20
国自体がサルに占領された倭国(笑)
国軍はサル軍団も取り締まれず(笑)

893 :日本@名無史さん:2009/12/24(木) 12:16:57
国軍wwwwww
馬鹿チョンが分かりやすいでつね
無知杉

894 :日本@名無史さん:2009/12/24(木) 15:56:06
ところで質問なんだが、いろんな本で慶長の役は苦戦して敗退続きだったとあるけれど、どこら辺で敗退続きだったの?

895 :日本@名無史さん:2009/12/24(木) 16:17:03
朝鮮人の脳内で



ぶっちゃけ敗退させたのは突出してきた小西隊が来援した明軍に負けたくらいじゃないか?

896 :日本@名無史さん:2009/12/24(木) 19:44:46
ちなみに俺の読んだ本には沙也可なる雑賀衆の者と配下3000人が鉄砲の技術を手土産に投降した。それを実戦に配備した朝鮮と明が、
日本を破りに破って、ついに南部の海っぺりまで攻め立てて秀吉の死を機に撤退した。
って書いてあった。

897 :日本@名無史さん:2009/12/24(木) 20:21:17
なんていう本?
電波の見本だな

898 :日本@名無史さん:2009/12/24(木) 20:22:57
>>896
実に正確な記述だね。
本当に日本語の本なのか?

899 :896:2009/12/25(金) 06:46:02
×3000人
〇2000人でした。
真実の中国4000年史
P226〜P228

この著者の杉山徹宗氏は沙也可についての記事をまとめるとこんな事言ってる。
清正の配下の沙也可は大陸の文化に憧れていて、朝鮮を攻めるのが辛くて配下2000人と共に寝返りをした。

その際、鉄砲技術を、明と朝鮮に手土産に伝えたので、連戦連敗していた明朝鮮軍は形勢を逆転させ、日本は半島南部に追い詰められた。

日本側の記録には、李如松が大軍を引き連れて日本を追い詰めたが、逆転の真相は沙也可の裏切りにあるという。

沙也可は慶長の役後は、「金忠善(きんちゅうぜん)」と名を変えて、李氏朝鮮に仕えた。

その金忠善の末裔が韓国のテグ市に14代目が住んでいて、金在徳という人で沙也可の配下の子孫も多数住んでいる。

こんな感じでした。

900 :日本@名無史さん:2009/12/25(金) 07:20:27
>>899
自己申告と子孫の後世顕彰情報だけで歴史を語っています。本当にありがとうございますた。

901 :日本@名無史さん:2009/12/25(金) 10:21:49
さやかはよくわかってないのにな
雑賀つうのも単なる通説ではない説

902 :日本@名無史さん:2009/12/25(金) 14:26:22
>>901
通説が成り立つほど史料がないわけで。

903 :日本@名無史さん:2009/12/25(金) 17:36:06
単に技術を高く買う方に雇用主を変えただけだろうねぇ。
今現在日本で当たり前の技術を持つ定年退職やリストラされた職人が中国で職人指導してるのと同じやろ。
日本統一が成り軍人が必要なくなってきた時代の話だからな。


904 :日本@名無史さん:2009/12/25(金) 17:44:53
2000人動員をできるなら8万石程度の知行がある
加藤家を裏切って朝鮮に永住なんていったらついてくる家来の割合を考えると、何十万石の重臣だよって話
加藤家の側には裏切った家臣の記録はない
まあ与太話ですな

905 :日本@名無史さん:2009/12/27(日) 03:37:38
最近、朝鮮征伐に興味を持ったんだけど、
なるべく客観的に全体像を書いてある様な、
お勧めの入門書を教えてもらえんかな。

906 :日本@名無史さん:2009/12/27(日) 07:01:06
>>904
そんな大層なものと違うでしょ。
まず沙也可という日本人男子名になさそうな名前を、雑賀にしたのは駄洒落レベルの話。
奈良の起源や日本語の単語を現代朝鮮語に駄洒落のように結びつけて喜んでいる馬鹿の逆バージョン。
大した意味は無い。

904の言う通り2000人が加藤家(当時は肥後半国で25万石くらいだったか)から離反したら、
目付が秀吉に報告し、清正がそれを理由に処罰されるような話で、豊臣姓を僭称したとか言う話しどころではない。

尤も、脱走兵がいた事も事実ではあるが、これも技術者が引き抜かれた等と言う大層な話しでなく、
現地で調達できる食料が高粱などで嫌気がさし、その上、寒さで凍傷になるなどと言う劣悪な環境と、
長期対陣による士気の低下、本隊からはぐれて投降なんてのが主な理由でしょ。

あと、日本の鉄砲は鍛造だから鉄砲鍛冶が大量に朝鮮に亡命でもしない限り、
日本軍を追い落とすだけの鳥銃を短期にそろえるなんて事も無理な話で、
短期に大量の銃を生産できるようになったのなら、その後の胡乱の頃に、
その技術の殆どが失われたのだとしたら、どんなオーパーツなのかと。
そもそも時空太閤は朝鮮の料理レシピまで探し出して焼き払うなど、略奪に明け暮れて、
その後、2百年の朝鮮の停滞を齎したそうなのに(笑)、どうやってそれだけの生産量は得たのか問い詰めたい。

907 :日本@名無史さん:2009/12/27(日) 10:29:10
>>906
朝鮮の模造火縄銃は鍛造ではなく鋳造で、また発射機構などはなかったみたいだから、
従前の銃筒の鋳物技術の応用である程度の量産はできたのではないだろうか。
まぁ、銃身の精度がどれだけ出たかは別だけど。

数はともかく形状的には、小火器の勝字銃筒は従前は円筒に複数のたがを
巻いたような形状だったものが、より小口径で前後に目当てのついた火縄銃の
銃身をコピーしたと思われる形状のもの(小勝字銃筒)が作られるようになってますな。

908 :日本@名無史さん:2009/12/27(日) 11:52:35
よく言われてる「この戦争により、豊臣政権が弱体化し関ヶ原の家康の勝利に結びついた」
というのは正しいのかな。秀吉の死後にも、豊臣政権の財政状況も余裕があったし、関ヶ原で東軍の
主力として戦った者たちも、朝鮮出兵で活躍した武将たちだし。さらに朝鮮出兵に参加しなかった徳川軍の
主力自身が真田軍に翻弄されてるし。むしろ弱体化したのではなく、朝鮮出兵が、渡鮮組の武将間に対立を
もたらせたことの方が、はるかに後に影響を与えている気がするが。

909 :日本@名無史さん:2009/12/27(日) 12:12:24
戦争をし続けて政権を維持していたのだから
戦争を止めた方が政権が不安定になる罠。

平和を喧伝する世相が成せる業か、冷静に評価して欲しいものだ。

910 :日本@名無史さん:2009/12/27(日) 15:34:17
反戦史観、反省史観、ウリナラ民族主義迎合史観の観点から

朝鮮侵略はけしからんことにしなければならない。
けしからん侵略軍は朝鮮の民衆と李舜臣と明によってコテンパンに撃破され敗退したことにしなければならない。
けしからん侵略戦争は日本にも多くの悪影響を与えたことにしなければならない。

こういった具合で恣意的に歴史的事実が捻じ曲げられているこの分野の研究の実態。

911 :日本@名無史さん:2009/12/27(日) 15:39:33
>>905
>>910みたいな観点から書かれたものばかりで
客観的でお勧めできるような入門書は知らないな。

912 :日本@名無史さん:2009/12/27(日) 16:15:01
>>905
旧参謀本部編纂の『日本戦史 朝鮮役』が今なお基本書。
現物はかなり古書価格は高いけど国会図書館のデジタルライブラリで
タダで読める。もっとも、モニタ上で通読するのはかなり大変なので、
徳間文庫から出てた現代語版を入手するのが吉。ただし資料編が
大幅に省略されてるので、出典にあたりたい場合はちょっと物足りない。

近年の物でお薦めなのは、中野等の『文禄・慶長の役』/吉川弘文館かな。
軍事的な面は概ね参本の受け売りなのはいまいちだけど、時代・社会背景含め
同役を概観するには適当だと思う。


913 :日本@名無史さん:2009/12/27(日) 16:18:31
沙也可や降倭について

十数万の兵が派遣されて戦争を続けていれば中には敵側に投降する人間もいるだろう。
その中には鉄砲技術を持った奴もいるだろう。
弓矢と旧式火器しか持たない朝鮮としては、当然こうした先進的な鉄砲技術の取り入れを図った。
しかし、先進的な鉄砲を大量に配備するには、大量に鉄砲製造技術をもった工人が必要であり、大量の鉄砲工を育成し大量に鉄砲を配備するには長い時間がかかる。
朝鮮出兵の期間中に朝鮮が大量の鉄砲(マッチロック式発射機構を有するもの)を配備した形跡はない。
戦争後期の戦闘の記述を読んでも、鉄砲による射撃を雨のように浴びせるのは一方的に日本軍であり、朝鮮軍は相変わらず弓矢や、旧式の銃筒(まともな発射機構を持たないただの金属筒)を用いて戦い続けている。

沙也可やその他の降倭については大げさに取り上げられすぎている。
元々この手の話は>>910みたいな観点から、秀吉の不当な戦争で前線の兵士たちが嫌気をさしていたような印象を与えるために恣意的に誇張されたものだ。
十数万の兵が派遣されて戦争を続けていれば中には敵側に投降する人間もいるだろう。
しかし、本当のところ日本側から朝鮮側についた人間より、朝鮮側から日本側についた人間のほうが圧倒的に多い。
にも係わらず、こちらの事実は隠され、ただ降倭の存在が恣意的に誇張されているのが実態。

914 :日本@名無史さん:2009/12/28(月) 10:05:46
1554年12月、朝鮮では、鉄砲の技術を学ぶため、教官として一人の日本人が招かれていた。
その日本人教官が、朝鮮の国境警備隊(備辺司)の隊長に、こんなことを言った

「自分の知り合いに、先に朝鮮の取締りを逃れ済州島から命からがら逃げてきた倭寇の薩摩人がいるのだが、
その者が、明春、報復のため大船団を派遣して済州島に攻め込むと言っている。
気をつけられよ。」

これを聞いた朝鮮政府はこう反応した。
「無い無いそんな事www」
無論、何の対策も採らなかった。


そして5月11日

倭寇は、来た。
七十隻あまりと言う大船団で。

彼らは全羅道の達梁浦に上陸すると、達梁城を取り囲む。
何の対策もしていなかった達梁城はわずか5日で陥落。
さらに全羅道各地の軍事施設を軒並み破壊し尽くし、
朝鮮の防衛体制は完全に麻痺、さらに六月になると済州島を襲い、
当地に甚大な被害を与えた。

このように暴れまわった挙句、倭寇は再び去っていった。
この事件は「達梁倭変」と呼ばれ、当時の朝鮮政府に、深刻なショックを与えたと言う。

915 :日本@名無史さん:2009/12/28(月) 13:50:03
>>914
およそ38年後にこれと同じ失態を朝鮮はするわけか。
正使はちゃんと「日本は侵略してきます」と言ってたのに、副使は「そんなわけない」の一言。
いくら副使の派閥の力が強くなったからと言っても、ただの副使なんだから正使の言を無下にするなんておかしすぎる。
というか、派閥の違う連中を使節団にするのが駄目だよね。

916 :日本@名無史さん:2009/12/28(月) 14:42:35
深刻なショックを受けたのにすぐ忘れちゃったんだな

917 :日本@名無史さん:2009/12/28(月) 15:33:18
歴史に学ばない民族なんだな。それでは進歩も無いわ。

918 :日本@名無史さん:2009/12/28(月) 15:42:55
歴史は学ぶものではなくコリエイトするものニダ

919 :日本@名無史さん:2009/12/28(月) 20:43:21
>>915
基本的に派閥争いが何よりも優先されたのが李朝だからなあ。
國そのものの危機よりも先に、派閥争いに汲々としてしまってたのが
彼らの最大の悲劇というやつ。

920 :日本@名無史さん:2009/12/28(月) 23:48:05
典型的な亡国の徴だな。

921 :日本@名無史さん:2009/12/29(火) 00:00:08
ところがそんな国がこのあと300年も存続する不思議

922 :日本@名無史さん:2009/12/29(火) 00:55:59
滅ぼそうとする国が無かったからだな。清は何故占領しなかったのかなぁ。
それだけの旨味が無かったのか?

923 :日本@名無史さん:2009/12/29(火) 13:12:52
派閥争いだと豊臣家も

924 :日本@名無史さん:2009/12/29(火) 20:16:24
倭もそのうち中華に併合されるんだろうね。

925 :日本@名無史さん:2009/12/30(水) 05:03:23
「揮刀如~」
「日本の武士の刀術はまるで神の如しだ。
我々の明兵は武士を見れば皆身がすくみ逃げ腰になる。
刀術に優れた武士だが刀術だけではなく飛び道具の扱いも我が銃兵と互角である。
弓の扱いも我が弓兵と互角、そのほかあらゆる兵科と比べて不足が見つからない。
本当に日本人は殺戮者だ。その家には刀を持たぬものは無く、
子供の頃から剣術を鍛えられ始め、壮年にいたれば手に負えなくなる。
それゆえ接近戦は日本の武士に一方的に有利で明兵では相手にならない。
日本人を有効的に殺せるのは火器のみである。
であるにも拘らず、多くの鳥を擁している場合でも勝てないのは外でもない。
日本人は戦いに臨んで命を忘れるが、我が明兵は戦いに臨んで恐れて逃げるため、
その鉛子は地に堕ち、あるいは薬線が法なく、手震え、目眩み、天を仰いで空しく発射する為である。」

926 :日本@名無史さん:2009/12/30(水) 21:17:14
【正論】筑波大学大学院教授・古田博司 国家の正統性確立に苦しむ韓国
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/091229/kor0912290245000-n1.htm
 さて、日韓両政府の支援により2007(平成19)年に始まった「第2期日韓歴史共同研究委員会」がこのほど終了した。
筆者は今期から設けられた教科書小グループのチーフだったが、実に虚(むな)しい2年間を過ごした。
論争好きな彼らに引きずられテーマ設定に1年間を要し、いざ共同研究が始まると、韓国の委員は4、5冊、多くて10冊の教科書資料しか読んでこなかった。
「日本帝国主義」「右翼教科書」などという用語を使い、政争の観点しか持たない彼らを諄々(じゅんじゅん)と諭す以外にはなかったのである。
さらに韓国側が名指しで人身攻撃を行っても、日本側委員長はわれわれ委員を守ることがなかった。私は「恨」を感じた。(ふるた ひろし)




韓国側委員の態度は朝鮮出兵部会でも同様だが、問題は日本側委員の北島などは、政争の観点しか持たない彼らを諭すどころか、自身を良心的研究者と自称し、一緒になって政治的非難を行っていることだ。
一例を挙げると、朝鮮出兵の部会であるにも係わらず、韓国側委員は議題でない筈の神功皇后や任那日本府の否定論を長々と唱えるが、北島らは全く諭そうともせず同調するような言動を行っている。

927 :日本@名無史さん:2010/01/03(日) 18:46:03
>>926
http://www.tsukurukai.com/07_fumi/text_fumi/fumi51_text02.html
↑ここの
“日本側も一緒になって朝鮮「侵略」を大合唱”
にも北島の暴挙について書いてある。

928 :日本@名無史さん:2010/01/12(火) 11:47:13
北島万次か
吐き気がするな

929 :日本@名無史さん:2010/01/14(木) 01:10:50
秀吉は、1598年までは軍備増強、休息、防備専念に徹する方針で1599年からは
本土で休息をとらせていた中国・四国の大名を動員して一気に勝敗を決する
考えだったみたいだけど、実行されていればどうなったのかな。対する明・朝鮮軍は、総力
を挙げて日本軍を叩こうと大攻勢に出たがことごとく敗退したばかりで、士気は
相当低かったみたいだけど、1599年以降の日本軍の大攻勢を撃退することは可能だった
かな。

930 :日本@名無史さん:2010/01/19(火) 13:03:14
北島卍もそうだけど、静岡大学名誉教授の小和田なんて国内戦をあれだけ楽しそうに書くクセに、
朝鮮出兵になると人が変わったように批判してるよね。
良い戦争と悪い戦争があるらしいな彼にはw司馬遼太郎レベルw

931 :日本@名無史さん:2010/01/19(火) 13:40:56
朝鮮に触れると圧力かけられるからな

932 :日本@名無史さん:2010/01/21(木) 00:10:42

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933 :日本@名無史さん:2010/01/21(木) 00:37:08
ゴルゴ13も
朝鮮民族絡みの話は殆ど出てこないからねw
中国人の話は普通に出てくるのに


934 :日本@名無史さん:2010/01/28(木) 03:13:07
日本史の教科書に戦局に全く影響を与えなかった李舜臣が載ってたり、元寇においてフビライに日本を攻めるよう
進言した高麗を無視して、元寇の勝利は朝鮮半島のモンゴル軍に対する根強い抵抗のおかげとか、騎馬民族説とか
百済や新羅を日本が支配したと記述している広開土王碑を旧日本軍が書き換えた説を載せるぐらいだからな。
今の日本の異常度は。

935 :日本@名無史さん:2010/02/03(水) 01:57:35
元寇の勝利が高麗の抵抗のおかげってトンデモw

936 :日本@名無史さん:2010/02/06(土) 21:35:53
>>929
現場のやる気が皆無だから難しいんじゃないの?
朝鮮半島の確保程度なら可能だったかもしれないけど

あの神聖ローマ帝国も
雄藩乱立状態だった頃は周辺国に荒らされ放題だったし
対外戦争で中央集権じゃ無い国は力を発揮できない。

だから局地戦で負け無し状態なのに
戦略的には常に及び腰


937 :日本@名無史さん:2010/02/07(日) 14:26:32
内戦が好きって・・・、今ならアフリカで実地研究ができるからそっちに逝ったら?

938 :日本@名無史さん:2010/02/07(日) 14:48:54
朝青龍を引退に追いやったのも朝鮮系の相撲協会理事の根強い不信感が根にあったようだ。
朝鮮人にはモンゴルきらいが多いし、モンゴル人の血を引いていると差別された。
ジンギスカンのように子供が数千人いたという説もある。まさに種馬ですね。
2004年にオクスフォード大学の遺伝学研究チームは、DNA解析の結果、チンギス・カンが世界中でもっとも子孫を多く残した人物であるという結論を発表した。
彼らによれば、現在までに彼のY染色体を引き継いでいる人物、すなわち男系の子孫は1600万人にのぼるとされる。

939 :日本@名無史さん:2010/02/07(日) 17:52:22
チョン系現役力士・親方ってだれ?
俺は力道山しか知らないんだが。

940 :日本@名無史さん:2010/02/07(日) 18:20:37
ネット検索では武蔵川理事長自身、帰化人だと言われてますよ。
真偽のほどは不明ですが状況証拠はそろっているようです。

941 :日本@名無史さん:2010/02/14(日) 13:01:09
>>938
賛否別れるが
ドルジは引退しても不思議じゃない程素行が悪かったし
親方軽視も弟子イビリも凄かったし。
相撲界は特に上下関係にうるさいからね。
横綱になった時に、北尾以来の悪童って言われてたけど
引退する時も北尾みたいな引退の仕方になった。

そう言えば、北尾も長州力に「この朝鮮人」って一喝してたな



942 :日本@名無史さん:2010/02/17(水) 12:07:56
なんで次スレ立ってんだ?

943 :日本@名無史さん:2010/02/21(日) 16:53:51
釜山に上陸した日本軍に対し、朝鮮軍はあっという間に敗北。
釜山鎮の戦い(鄭撥戦死)、東莱城の戦い(宋象賢戦死)、尚州の戦い(李鎰敗走)、弾琴台の戦い(申立戦死)
などで日本軍は勝利を重ねた。
日本軍は第1軍(小西行長、他)、第2軍(加藤清正、他)、第3軍(黒田長政、他)を先鋒に
三路に分かれて急進し、翌5月には首都漢城(現在のソウル)を占領。

朝鮮国王の宣祖は平壌へ遷都して避難、
さらに日本の進撃が迫ると遼東との国境である北端の平安道義州へと逃亡し、
冊封に基づいて明に救援を要請するが、
その間にさらに北上した日本の第1軍と第2軍は平壌を占領して進撃を停止した。

あまりに容易に李氏朝鮮の王都である漢城が陥落したため、
日本の諸将は5月に漢城にて軍議を行い、
各方面軍による八道国割と呼ばれる制圧目標を決めた

平安道 第1軍小西行長他、 
咸鏡道 第2軍加藤清正他、 
黄海道 第3軍黒田長政他、 
江原道 第4軍毛利吉成他、 
忠清道 第5軍福島正則他、 
全羅道 第6軍小早川隆景他、 
慶尚道 第7軍毛利輝元他、 
京畿道 第8軍宇喜多秀家他、

日本軍は北西部の平安道と全羅道を除く朝鮮全土を制圧し、
加藤清正の一隊は威力偵察のため国境を越えて明領オランカイへ攻め入った。



944 :日本@名無史さん:2010/02/25(木) 20:37:48
?

945 :日本@名無史さん:2010/02/25(木) 21:10:56
向こうでは日本の三大悪人は
豊臣秀吉、加藤清正、伊藤博文って言われますが
なんで加藤清正が小西行長以上に憎まれてるの?

946 :日本@名無史さん:2010/02/25(木) 21:42:19
>>945
首(しるし)の代わりにたくさんの
チョンの耳や鼻をそぎ落としたからじゃね?

947 :日本@名無史さん:2010/02/25(木) 22:09:02
だからツングース族は困るんだよ。
大東亜戦争でも暴走しているし、
日本から出ていってほしいです。

948 :日本@名無史さん:2010/02/26(金) 07:48:46
朝鮮征伐

949 :日本@名無史さん:2010/02/26(金) 14:20:14
【中国側の記録「明史」の記述】
「自倭乱朝鮮七載、喪師数十万、餉数百万、中朝与属国無勝算、至関白 死而禍始息」
(意訳)「我が国とその属国(朝鮮)に勝算は無かったが、関白(豊臣秀吉)の死によって戦争は終わった」

950 :日本@名無史さん:2010/02/26(金) 14:48:05
明を滅ぼした清が編纂した記録だけどね

951 :日本@名無史さん:2010/02/26(金) 15:00:43
>>950
そうだけど、明の時代の記録をもとに編纂したのだろ。

952 :日本@名無史さん:2010/02/26(金) 15:28:07
秀吉の後を継ぐ人がいれば、おそらく朝鮮南部は日本の領土になっただろうね。
別に要らんけどね、あんな先っぽ。

そうなったらその後の17世紀からの展開はどうなるのかな

953 :日本@名無史さん:2010/02/26(金) 15:55:01
>>951
史料選択に多少のバイアスはかかっているでしょうな

954 :日本@名無史さん:2010/02/26(金) 15:59:28
明を破った清の立場からすれば
明が弱かったことにしてしまうと
自己の戦功が低下することになる。

明が強かったように書いたほうが、清の立場からは望ましい。

955 :日本@名無史さん:2010/02/26(金) 16:02:19
いや、実は清は明を破ったというか、敵討ちしたという形なんだよな。

956 :日本@名無史さん:2010/02/26(金) 17:00:29
>>951
起居注とか大明實録だろうね
實録なら環境によっては閲覧できるんじゃね?

957 :日本@名無史さん:2010/02/26(金) 17:34:54
>>954
この頃から明は衰退していたということを示し、清が明に替ることの正当性を主張したともいえるかと

958 :日本@名無史さん:2010/02/26(金) 17:38:05
清は明を直接滅ぼしたのではない。

959 :日本@名無史さん:2010/02/26(金) 19:43:58

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960 :日本@名無史さん:2010/02/27(土) 13:33:59
>>946
所謂、耳塚(実際には鼻だったらしい)で供養された鼻そぎは、
慶長2年8月〜10月初旬の限定された時期の事だったらしい。
日本に残っている書簡(鼻請取状)や朝鮮側の記録でもこの一時期で、
方広寺に戦勝アピールの為の鼻供養と鼻塚を作ると言うのが先にあっての、鼻集めだとか。
勿論、前線諸将に一斉に朱印状が出されているらしい。

清正が向うに知られているのは、二王子を捕虜にした事、
あとは豊臣姓を名乗ったりで太閤の身内をアピールしたからとかのような。

961 :日本@名無史さん:2010/02/27(土) 23:43:37
>>955
>>958
ヌルハチが明軍をサルフの戦いで破ったことが
後金(清)にとって記念すべき戦勝なんだから
明軍を弱者にしてしまえば
その戦勝の価値が小さくなってしまうだろ。

962 :日本@名無史さん:2010/02/27(土) 23:57:09
普通に戦国武士は戦闘では強かったとおもうけど、あっちの寒さには弱かっただろうね。
それに、戦争の正当性でも負けてたとおもう。

「正当性」なんて曖昧なものを計るとこはできないと思うかも知らんけど、実は簡単に計れる。
味方が多いほうが正しい

963 :日本@名無史さん:2010/02/27(土) 23:58:50
>>961
中国は名分の方が重要じゃなかったかな

964 :日本@名無史さん:2010/02/28(日) 00:06:10
「正当性」なんてどうでもいいと思ってるかも知らんけど、大間違いなんだよね。

数多くの武士が正統だと認めれば、実際それが正統ということになるんから。

965 :日本@名無史さん:2010/02/28(日) 00:06:52


・ロッテの経営者一族は外務大臣「重光葵」などを輩出した日本の名家
「重光」の名を騙り日本人になりすます在日朝鮮人。


・ロッテはグリコ森永事件の際、「大阪弁」で「朝鮮人顔」な「キツネ目の男」に
  な  ぜ  か  毒を入れられず、労せずして売り上げとシェアを急拡大&ボロ儲け。
一方、標的にされたメーカーは商品が店から次々と撤去された為に、大損害を受けた。


・マスゴミが雪印を叩きまくり、株価が暴落した後に雪印のアイス部門を安く買い叩く。
その後もなぜか雪印のロゴを大々的に使い続け、雪印のアイスになりすます。


・2007年1月。「TBSで」みのもんたが「不二家がチョコを再利用した」などと捏造報道までして
雪印のように集団食中毒事件を起こした訳でもないのに  な  ぜ  か  不二家を叩きまくる。
http://news.livedoor.com/article/detail/3128144/
http://www.j-cast.com/2007/03/29006494.html

日本中の不二家が潰れまくった後、ロッテは不二家のライバル会社である
コージーコーナーを買収してボロ儲け。


ロッテ関連銘柄・企業

「Dole、HERSHEY'S、レディーボーデン、雪印、カルピス」のアイス類(製造がロッテアイス)
千葉ロッテマリーンズ、ロッテリア、バーガーキング、クリスピー・クリーム・ドーナツ、使い捨てカイロ「ホカロン」
銀座コージーコーナー、メリーチョコレート(Mary’s Chocolate)、ベルギー「ギリアンチョコ」、ドイツ「シュトルベルク」 ←New !!


966 :日本@名無史さん:2010/02/28(日) 00:39:39
清にとっては、明と日本の戦いで、明を貶めるにしろ、明を持ち上げるにしろ、
それで自分を権威づける為なんてのは、あまり考慮しないと思うけどなあ。
残っている前線からの報告書や上奏文の類をまとめたってだけで。

スポーツで日本がA国に引き分けて、韓国がA国に勝ったから、韓国>A=日本・・・なんてことが、特に韓国の連中は大好きみたいだけど。
こういった発想は、(特に昔の)中国では余り見ない気がする。

あと、実際には楽勝であっても、敵は強かったが、その敵を私は苦労しながら打ち破った(強敵を打ち破ったので恩賞頂戴)
・・・なんて事言うのは日本に多いような。
強い「よき敵」でなければ名もあがらず、美しくないと言う美学もあるだろうけど。

967 :日本@名無史さん:2010/02/28(日) 17:01:25
『明史』朝鮮役関連記述の編纂時、客観的立場から書かれており、明の存在を貶めようとした形跡は特に見られない。

明側の記録が主要なソースとなったためと思われるが
明軍の武功部分は比較的強調される傾向にある。
『明史』では全体的に明軍の果たした役割が大きいものとして書かれている。
反面、現在韓国で三大捷として扱われている戦いについての記述は『朝鮮伝』にもないなど
李氏朝鮮の役割については小さく扱われている。


968 :日本@名無史さん:2010/02/28(日) 17:08:00
『明史』を読んでると朝鮮の三大捷?

何それ?

って感じ

969 :日本@名無史さん:2010/02/28(日) 17:38:25
三大捷てなに?

970 :日本@名無史さん:2010/02/28(日) 18:13:24
>>969
閑山島海戦の大捷
幸州山城の大捷
第一次晋州城戦の大捷
ということになっている。

971 :日本@名無史さん:2010/02/28(日) 19:31:09

次スレッド
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972 :日本@名無史さん:2010/03/02(火) 22:48:45
第一次晋州城の戦いは
いわれるほど朝鮮の大勝だとは思わないけどな

前哨の野戦では日本軍が勝ってるし

973 :日本@名無史さん:2010/03/24(水) 23:58:54
朝鮮征伐じゃなくて唐入りやろう、情け無いスレッドやな。

974 :日本@名無史さん:2010/03/26(金) 14:32:01

【歴史】日本の学者たち、植民史観「枝」は切って「根」は維持。「日本古代史優位説」に問題移動[03/24]
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1269393899/

◆「任那日本府説」どうして問題か=
 任那日本府説は日本植民史観の中心軸だ。今まで日本の韓半島侵略を正当化する歴史的根拠として活用された。
 壬辰倭乱の時もそうだったし、100年前、日本侵略時もそうだった。韓半島は本来、日本の属国だったという主張だ。



975 :日本@名無史さん:2010/04/02(金) 15:32:44
「揮刀如~」
「日本の武士の刀術はまるで神の如しだ。
我々の明兵は武士を見れば皆身がすくみ逃げ腰になる。
刀術に優れた武士だが刀術だけではなく飛び道具の扱いも我が銃兵と互角である。
弓の扱いも我が弓兵と互角、そのほかあらゆる兵科と比べて不足が見つからない。
本当に日本人は殺戮者だ。その家には刀を持たぬものは無く、
子供の頃から剣術を鍛えられ始め、壮年にいたれば手に負えなくなる。
それゆえ接近戦は日本の武士に一方的に有利で明兵では相手にならない。
日本人を有効的に殺せるのは火器のみである。
であるにも拘らず、多くの鳥を擁している場合でも勝てないのは外でもない。
日本人は戦いに臨んで命を忘れるが、我が明兵は戦いに臨んで恐れて逃げるため、
その鉛子は地に堕ち、あるいは薬線が法なく、手震え、目眩み、天を仰いで空しく発射する為である。」

976 :日本@名無史さん:2010/04/04(日) 17:44:38
>>974
文献を見ても豊臣秀吉が任那日本府について触れた事例など一度もない。
そもそも、秀吉は朝鮮半島南部の任那の支配を目指したのではなく、
明の征服のため軍を起こしたのであり、目的からして性質が異なる。
当時、一部の人が関連づけて語った例があるくらいで、文禄・慶長の役が
任那日本府の影響で起こったとかは馬鹿馬鹿しい妄想に過ぎない。

いい加減、任那について政治的に抹殺しなければならない存在から開放して
冷静な研究が行われるようにしないと。

977 :日本@名無史さん:2010/04/10(土) 17:55:35
977

978 :日本@名無史さん:2010/04/10(土) 18:11:36
明の征服は成らなかったけれど、秀吉の朝鮮出兵の結果、明が衰退し、
やがてツングース系の女真族による清王朝が興るきっかけになったので、
ツラン同盟による中国支配という目的は達せられたと見るべきです。

979 :日本@名無史さん:2010/04/10(土) 20:36:18


980 :日本@名無史さん:2010/04/10(土) 20:46:00
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981 :日本@名無史さん:2010/04/10(土) 20:54:29

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982 :日本@名無史さん:2010/04/10(土) 21:19:10
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999 :日本@名無史さん:2010/04/10(土) 23:08:05
1000

1000 :日本@名無史さん:2010/04/10(土) 23:08:24
1000?

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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