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いまの天皇家に代わって世界に貢献PART2

1 :水繋がり一族:2009/11/14(土) 10:58:57
”水繋がり一族、見つけてやったぞ”

2 :水繋がり一族:2009/11/14(土) 11:02:27
人生の大半を生まれ育った地で過ごしたこともあり、日常的に両親と接する
機会は頻繁にあった。それでいろいろ教わることもできたし、親の過去の話も
よく聞くことができた。
何でこんな境遇になるのか、この問いを何度も考えさせられた。この境遇は
今、始まった事ではないことは分かっていても何故が付き纏ってしまう。
こんなことを考えて40数年も経てば、人の心の醜さが敏感に分かり始める。
幼い頃からもともと近所の不仲が災いした嫌がらせなのだとそう解釈していた。
それがどうも数ある近所の出来事、それを調べてみるとある内容にどれも
これも結びついている。
世間一般の近所の問題なのに土地問題がこんなに頻繁に関係することはどう
見ても変だ。誰かが洗脳し誘発する目的で、それをよく知り得ているものが
策略に多用したようだ。
その思惑を調べて行くと土地、相続、法律に特に執着する人物に辿りつく。
嫁ぎ先の大沢緑と出戻りの朝鍋緑の2つの名を持ち、使い分けを楽しみ、
百姓をするより頭を使って儲けなさいと豪語していた人物だ。
この糞婆、隠れて今まで40数年間も人を操っていた。どうりで始めから敵意を
抱いている言動を頻繁に発するはずだ。計算し尽くしたように何もかも自分の
意のままに成らないと気が済まない性格、そして人の家族の行動まで仕切りた
くなる性格、念密に仕組まれた近所の出来事なのだがどれも思惑が一致して
いたのが、それが誤算という落ち度だ。
全ては村上隆昭だけだと想っていたが、それを誘発させた朝鍋緑、黒幕は
お前だったのか。
その後ろには、水繋がり一族が名声欲しさに今かと待ち望んでいた。


3 :日本@名無史さん:2009/11/16(月) 23:22:48
天皇陛下万歳

4 :日本@名無史さん:2009/11/17(火) 00:04:10
万世一系

5 :日本@名無史さん:2009/11/17(火) 06:32:33
神聖ニシテ侵スヘカラス

6 :日本@名無史さん:2009/11/17(火) 08:36:56
現人神

7 :水繋がり一族:2009/11/17(火) 15:45:04
もともと、こっ酷く苛められたものとそうでなかった者には、同化という血筋を屈辱として捉えてくれない。その辺りが気質という価値観の違いなのでしょう。
その辺りを理解してくれと言いたくもないし、その半面の考え方を理解したくもありません。
不思議とそういう一面は相反するところが随所にありました。そりゃ抵抗感あ
ります。この一線を越えて戻れなくなるというときには、必ず気質から言わせ
て貰うと止めます。
今はその境目にきてしまったといった心境なのでしょうか。
これからも個性に正直に生きて行くとしたら、同化は死んでも真っ平御免です。
親族に入って貰うことも、系図にも書き込まれたくもありません。


8 :水繋がり一族:2009/11/17(火) 16:11:37
顔を合った途端、“お前ん所のアパートに入居している安達から嫌がらせ電話
があった”むっとしてやりきれない表情の両親がいる。その責められるような
言い方は天の邪鬼とも良く似ていた。お前の所にとんでもない厄介なものが入
り込んできたものよ。その問題を抱え続けて行く終わりのない苛立ちが表情、
言葉の端々に表れていた。
そんな家族の重圧に寂しさと心細さを感じながらも、安達の嫌がらせは陰湿で
過激なものだった。できることと言えば、その場その場を穏便に終わらせるこ
とが精一杯でした。少しでも話し方が悪ければ、それに付け込み問題はすぐさ
ま何十倍にも膨れ上がりどんどん過激にエスカレートしてしまう。それが奴ら
の集りに慣れたやり口だった。それも忌々しい苛立ちが忘れさられる頃を見計
らって2、3ヶ月起きに繰り返された。
近所の数え切れない嫌がらせのほんの1つとってみても板ばさみになって20数年
きてしまった。どう成る訳でもないが、心の寄り所はせめて村上隆昭と結託し
た嫌がらせなのだと、そのもともとの事の始まりを分かってくれるのが唯一の
家族であるはずです。ところが、その筋との無関係を装うために聞こうとしな
い素振りをするものもいた。そこには最早、以前の様な仲の良いという想い出
も繋ぎ止めるものは無くなっていた。
私は、最後には断固とした決断を下す。それは後世に問題を残さないという毅
然とした信念が心の支えにある。


9 :水繋がり一族:2009/11/17(火) 16:16:01
最近、母親にこんなことをいった。1つや2つ知られたくない家庭問題は何処
でもあるよ、とは常識ある家庭のお話しであって、村上一族の1つや2つは、
5千や1万もあることを言うんよ。このバカたれ親が、と怒鳴りつけた。そう
言われてハッと過ちに気付いたのか返すことばも失っていた。親を責めても
どうなるわけでもないが、一番肝心な所で大切な血筋をいとも簡単に捨てて
しまった馬鹿さ加減に腹が立つ。
そもそも、それは天の邪鬼の捻くれた根性が背負う運命なのだと想えば当然
のことかも知れん。しかし、これにより身内の境遇は大きく一変した。悔や
まれるのは元々、大町界隈では村上のことを根性の悪い一族と風潮されていた。
それを教えてくれたのは、両親であったはずなのに何故かこんな結果を招い
てしまっている。
本家を中心としてた燐戸の者は全て反対派ばかりでまともに生きて行くだけ
で大変だった。だから本当は両親も犠牲者で責めるべきではない。

しかし、ただの嫌がらせを受けたのならこんな想いが未だに続きはしない。
仲のよいはずが反対に忌々しく、その関係を止めてしまいたい理由がここにあ
る。思い知らされたことは、村上一族化したあの時を境にどのような忠告も要
らんお世話でしかなかった。
こんな事もあったそうだ“後は、母親が居らんようになれば万々歳だ”といっ
て両手を挙げて見せてくれた。それは冗談かも知れんが心の奥底に潜むつくね
島のあまのじゃくのいじけた性格が発した言葉だろう。
その忌々しい天の邪鬼は仲を利用して同化させようと邪の域を広めようとしていた。
冗談でもそう言ってくれれば、ようやく未練無く吹っ切れて他人で清算できる
と思っただけで苛立ちから開放され安堵を感じる。


10 :水繋がり一族:2009/11/17(火) 16:17:08
母親に、良くしようと想わんよ、といった。
母親はすかさず、良うせんでええよ、とことばを返してくれた。
そう言ってくれて、気持ちがほっとして肩の荷が少し下りたようで嬉しかった。
もう、いいから自分のことだけを考えと言わんばかりだった。

辞書には、具を混ぜ合わせ満遍なく練り込んで団子状になったものをつくねと呼んでいた。
語源の始まりは、
蒸した餅米をきねでついてはこねる
このこねる動作は、同じ場所をつかないように混ぜることだ。
また、ついは、こねる
つく、こね、つく、こね、
そうして団子になった餅をひっくり返し、
また、ついてはこねるを繰り返す。
つくねとは練り込む仕草であってその後、団子状のものをそう呼び始めた。
その仕草が似ていることから、
その度に反対するつむじまがりの性格を
つくね島のあまのじゃくと呼んだ。
あの弁天島は誤認だ。あんな所につくね島はなかった。
宮島の横の小さくぽつんと、いじけまくった島だ。


11 :日本@名無史さん:2009/11/17(火) 21:03:37
神武

12 :水繋がり一族:2009/11/18(水) 10:16:39
父親は戦争で兄と離別、いわば一人っ子のようなものだ。それで余計に兄弟仲
を気にして仲良くせえ、仲良くせえと良く言われた。それは別段、言い争いを
しているからではなく日常的の口癖だった。その後、気持ちの悪い村上の血筋
を入れてやったから兄弟仲良くせいと言っているように聞こえ始めた。
そんな父親も他界して暫くすると、今度は母親が長男と仲良くしなさいと私に
意見した。
今度は本当に長く揉めているのを見兼ねてだ。今まで一度も両親に口答えをし
たことはなかったが、村上の血筋を入れておいて兄弟仲良くせいとは何事なら、
村上の血筋じゃなかったら幾らでも仲良くしたるよ、と怒鳴り付けた。そこに
説教する物事の理解もできんで忠告する親がいた。
ちゃんとした親なのに何でこうなるんだ。
情けないことに、後継ぎの子は村上一族という観念を全く持っていない。
それも界隈で一番悪い部類の血筋に成り下がったという意識がないのだ。
どうも認識が足らないようだから、お前は村上のお骨と一緒に墓に入るのかと
いってやったら、これまた、黙って返事がない。
こいう風に理解していれば、あんな嫁を貰うことはなかったろうと、その認識
の仕方を教えてやったまでだ。
もっと分かり易く理解するには、村上の血筋と仲良くせいといっていることと
同じだ。
この私が、何で凄まじい化け物血筋と仲良くせにゃならんのんだ。
反論できん説教をしてどうなる。


13 :水繋がり一族:2009/11/18(水) 15:03:01
最早、天の邪鬼のことば遣いからは村上一族の擁護に回ったような印象しか受
けません。悲しいことですが、お互いの立場は血筋で一変し同等な話し合いは
できなくなりました。
俗化したものから何を聞こうとしても既に遅しなのです。そういう意味から過
去の出来事として残す必要はありました。
これでこの筋は終わります。


14 :水繋がり一族:2009/11/19(木) 18:05:19
祖父は昭和36年にアメリカから帰京。其の当時この私は小学校1年の終り頃で
す。返ってくる早々、寒がりの祖父は4月遅くまでストーブを使用していたこ
とで時期的に違いはないでしょう。その当時の朝鍋家は緑とお婆さんの2人暮
らしであったはずです。
そこに頻繁に出入りするようになって、2,3年後には家の横に3,000万の鉄
筋コンクリート造の3階建を建てたいからお金を2,000万出してくれという問題
が持ち上がりました。
続いて、財産の全てを名義変更してくれとそれも事前の話し合いもなく次から
次へと問題を持ちだして家庭内が揉めたことがありました。
もともと、アメリカ在住が長く個人名義という習慣が定着しているお国柄で本
人にとっては当然と受け止めていたようです。しかし、ここでの日本版の生活
概念を当人に納得させるのに1週間も口を聞いてくれんかったと過去を振り返
り苦笑いしていました。
父親はこのときの祖父のことを、朝鍋に入り浸りで朝鍋緑という人物はああし
て人を唆す癖があって困るんだと話しています。それには自分も若い時にあれ
の言うことを聞いて酷い目に合いお前らも引っかからんように注意するように
言われました。
祖父の帰国歴は、65歳から76歳で死去ということですから12年ほど生活を共に
しました。其の当時、出入りしていた朝鍋緑は38歳ということです。ですから
既に出戻りの身分だったと分かります。
訴訟当時“生きて居られたら”と、どうも後妻に転げ込めるチャンスを逸した
ことを相当悔しがった話し振りをしています。其の話し方からすると、昔から
知っていたということもなさそうだし、かといって松野下家の没落は明治14年
(1881年)ということですから、まだ128年しか経過はしていません。
問題はどの時点から松野下と当家の繋がりを知って摩り替わろうと準備を始め
たかです。



15 :水繋がり一族:2009/11/19(木) 18:07:27
昭和44年、松野下墳墓と燐地、現在の恵塔霊園から事は始まります。
燐地同士の立会に出向いたのは当方、父親1人と相方、3名(朝鍋緑、朝鍋喜倶
、四木)ということです。この時点で既に(使用人、四木)がいるということ
は松野下の風格に合わせた準備が既に始まっていたことが確認できる存在です。
この使用人の四木は、元、昭和螺旋製作工場に働いていたものを住み込みで雇
った使用人とのことです。この者の里は、島根県の大根島方面の出身者と聞い
ていますが、本当の所は分からずじまいです。

私が村上隆昭に苛められ始めたのは中学1年の終りから2年の始めと記憶してい
ますから、上記はその翌年近くということになります。そして続いて45年には
畑の地目が墓地に変更され、恵塔霊園としての登記は49年でした。その後、霊
園として事業開始したのは昭和51年です。
それ以後延々と墓所廻りの昔の痕跡を隠滅し、土地形状を変更し取得するのに
有利な立場に変えようと模索していました。
訴訟当初の松本は殆ど何も分かっていない状態で、どちらかというと合墓以外
のお墓は云われるままに唆されて取得したと解釈できそうです。


16 :水繋がり一族:2009/11/19(木) 18:09:56
一連の中で住み込みの使用人ということで、周辺の話題になっていました。
庭園を綺麗に保てるだけの器量があるわけでもないし、あるとすれば車の運転
手ぐらいですか。それならタクシーで済んでしまうし、管理といっても名ばか
りのものです。
ある時期を境に家柄を気にした発言をしています。それは屋敷地を綺麗にして
茶室とかを設けてそういう会合ができるような庭園造りが夢なんだと漏らして
います。
松本のお墓と主張する合墓とその並びに成る松野下のお墓、それを朝鍋緑はど
う想ったでしょうか。それは一つ並びのその屋敷のお墓と判断したはずです。
ということは、松本の合墓は取り込んだものとその素性も理解できたはずです。

訴訟当時には松本には情報を提供せず、安芸武田の末裔として操ったようです。
ちょうど麦田八幡神社境内の奉納書きを見れば誰しもそう思い込んで舞い上が
っていました。当時のその人の様子は異常なものだったと歴史家はそう漏らし
ています。
その他に、霊所名を大町恵塔霊所と事業所名を入れていることから、古いバラ
図をお持ちのようです。ということは、奉納書きの麦田の理解ができているは
ずです。
武田山が菱形に見えるという場所は今の安佐中学校のプール辺りでしょうか。
実はここも川向うの大町4丁目なのです。恐らく昔は山陽道の富村の関所辺り
になるのではないでしょうか。


17 :水繋がり一族:2009/11/19(木) 19:26:06
松野下没落後、瀬平さんが娘のテルのその後の安否を心配して朝鍋家を訪れた
と聞いています。接客したのは緑のお婆さんで、今は吉蔵さんと夫婦になって
上手くやって居られるのでもう、あんたは家に入りんさんなと言い聞かせたそ
うです。
テル18歳で夫婦になって始めの頃は、野地家に出ていたそうです。その2年後に
養子として入籍して当家に戻っているから明治30年以後に瀬平さんが訪れてい
ることになります。
この年代の瀬平さんは60歳ということのです。しかも没落して16年という歳
月しか経過はしていなかった。
想像ですが朝鍋緑の母親は嘘をついているのではないでしょうか。安否を心配
して訪れてはいたでしょうけど、朝鍋家と親族関係になるお宅は其の当時も鮮
明に覚えていたはずです。やはり、テルお婆さんが亡くなって5年という歳月を
待ち望んでいてその行動が使用人を設け、墓所周辺の画策し、当人の傲慢な所が
その時点から始まったようです。


18 :日本@名無史さん:2009/11/19(木) 19:37:45
よくわからないが
文才を感じる。

19 :水繋がり一族:2009/11/20(金) 11:09:31
以前と重複する部分もあろうかと想ますが、もう一度呼び戻してでも過去の始
まりの問題を解消したく考えています。人の欲望を操るというのは、最も簡単
で卑劣な行為で、それに一旦火が付けば外野で見ているだけでどんどん悪循環
は進行してくれる。それを端で見ているものはどんな想いだったろうか。

不思議だと想います。この私は朝鍋緑と正面切ってお話ししたことは過去現在
に至るまで一度きりです。それまでは擦れ違っても会釈程度しかした記憶が残
っていません。その一度きりというのは、擁壁工事当時の人を威嚇するような
話し方です。平生から人に命令口調を使い主導的な位置に自分がいないと気が
済まない特質した性格です。ですから、利害関係が絡む土地関係のお話しから
聞き出すとぺらぺらと乗ってきて話し始めるはずです。恐らく、知恵の宝庫を
ひけらかす場面が拝見できるのではないでしょうか。寧ろ、人を洗脳している
間に自らもその虜になって、気が付くことのできない傲慢な性格は生まれ付き
備わっていたようです。
穏やかに物事を話すことができない。そんな状況とはどんな場面を想像できますか。
それは思惑。人間の個性が一番表れている表情なのでしょう。腹が立つ、そん
な行為を通り越すと憎しみが倍増してきたときの表情なのかもしれません。
そうすると、罵るとはその場で恨みが発散できて幾分でも解消し和らげている
効果はあるのです。恨みとか妬みは心の根底に潜んでいて解消されないで持ち
続ける陰湿な感情なのです。
この私もその一人かもしれません。こんなこと延々と囚われている性格の持ち
主です。
人間個性バージョンでも放映したら面白いかもしれなせん。
奇っ怪な生き物が住む列島。
こんな生き物が住み始めたのはそう遠いお話ではありません。元々、人間に産
まれてきた以上備わってる習性のようなものなのですが、これを抑制する鍵が
壊れてしまっているのです。これが中々気付いてくれないというか。どんだけ
放置したままにしとくんだという疑問の方が悩ましてくれるわけです。
こんなことを意見したくもないが、一億三千万人もいながら何もしないなんて、
何てお国柄なんだろう。て想ってしまうのです。


20 :水繋がり一族:2009/11/20(金) 18:40:37
今年の夏場の天候不順が幸いしたのでしょうか。そのお陰で7月の終りを迎え
た頃には早々と桃のご相伴に預かりました。これは例年からすると2週間は早
取りです。モモは完熟期1週間前に成ると辺りに甘い匂いを放っているので食
べ頃に気付くことができたのです。続いて、これはと想って8月1日に梨の幸
水の袋を破って見るとこれも10日ほど収穫期が早まっていました。
その反対に、梨の豊水の収穫は適期のお盆を過ぎ10日先と随分と遅取りです。

何といっても天候異変に幸いしたのが睦の青りんご30個収穫できた。例年の風
害を逃れ、9月1日から10月中頃までと収穫時期は1カ月半とこれまた異常なく
らい長かったです。でも、始めてまともに賞味できたことが感動物でした。り
んごの早期落下したものは硬く渋み多くて食べれたものではありません。この
青りんごといっても、甘い風味が漂う頃には黄味を帯びてくるので、其れが食
す適期に近付いていたという目安です。
この中で、記念にと想って一番大きなりんごの重さを測ったら600グラムとお
店に売っているものと引けを取らないくらいの代物でした。
他には、早生ミカンの2品種が小粒ながら数百個成りました。それを食べ尽く
すのに2カ月を要し、いまだレモンには手付かずじまいです。
このレモンも今年は鈴なりで小粒っ子ながらも200個程度はあるでしょうか。
でも、でかいレモンより少し小さい目の方が重宝されます。
後は、年末にかけて伊予柑と清見オレンジが少々といったところです。
残念ながらネーブルは結実しているのは確認したのですがその後、生理落下で
落ちてしまいました。若木のうちは根はりが少なく木が大きくなるにつれ、隣
との根の干渉による毒性的な被害によるものです。解消方法は、隣の木を切る
しか方法はありません。それか相手の干渉している根切りをしてやれば大丈夫です。
もう、これだけ成らすだけで限界です。どれも10年、20年の古木になってこそ
美味しく頂ける果物です。10年以下の若木になったものは食べても美味しくあ
りません。ミカンの皮も10年過ぎて薄皮になった頃から甘味が増してくるのです。
そうか、なす術は倒木か断根か、覚えとこ。


21 :水繋がり一族:2009/11/23(月) 19:30:05
朝鍋緑の母親、ヨ子は昭和42年享年70歳と刻印されていました。この者の生前
によると没落後の瀬平が朝鍋家を訪れ娘テルの安否を尋ねたというのです。そ
れは本当のことなのかその年代を追ってみることにしました。
この者は明治34年生まれです。訪ねて来た時に話したことは、“吉蔵さんと一
緒になって、あれら夫婦は今、上手くやって居られるからもう、貴方は家に入
りんさんな”とよく言い聞かせたと言っています。ということは、この母親は
二十歳前後の言葉遣いではなかろうと想像します。
吉蔵夫婦は始め2年ほどは野地家で暮らしその後、谷口家の養子として入籍し
一緒に住み始めたのは明治30年頃からです。その4年後に上記の朝鍋緑の母親
が誕生しています。その者がどれくらいの年頃になって“あれら夫婦は上手く
やって居られるから・・・”という言葉遣いができるというのでしょうか。
朝鍋緑の母親は29歳だと仮定すれば、瀬平は昭和3年に83歳享年の年になりま
した。それより少し手前の年代で考えたにしても大正11年頃は、既に長男の
弘が誕生しているし、元妻のテウは昭和13年まで生存していました。
そんなに高齢になってまで安否を心配して訪れたとは考えられません。そう
すると、この緑が母親を唆し、瀬平のその後の行くへを知っているか確認し
たかったのではないでしょうか。年あんばいが親子ほど違っているし、あた
かも没落を見送った当事者かのような同情の言葉遣いをするとは想えない不
自然な言動です。
朝鍋緑の母親の生前にこんなお話しが残っていました。ですから、松野下没
落に関心が全くなかったとは言い難いし、一つ一つ準備を進めて来ているこ
とから親子代々良く知っていました。


22 :水繋がり一族:2009/11/23(月) 19:30:49
上記の昭和42年と言えば丁度、この年の終りが苛めの始まる時期と一致してい
ます。この問題と関係しているとは言い難いのですが、黒幕は一人身に成って
煩がたが居なくなったのは確かです。この時期を境に村上隆昭の嫌がらせが急
に始まり、すぐさま使用人の四木を雇い入れています。
それに続く44年には墳墓の立会にこれらの顔ぶれが揃うことに成るのです。
何だか、今まで抑制されていた想いが一揆に表面化を始めたかのようです。恐
らく、松野下家の家風に合わせた憧れが本人にもあるのでしょうか。
この使用人は元、昭和螺旋作業場の従業員から腕利きの者が選ばれて来てもら
ったと世間体ではそう説明しています。しかし、そんな不自然は説明が罷り通
る世の中でしょうか。それは明治維新以前の武家社会ならいざ知らず、どちら
かというと想い昂ったようなお話しです。
こんな使用人を入れるものですから当然、夫婦とか、みたいなとか、良い評判
が立つわけありません。すると、否定するかのように、其処ら中の仲人に嫁を
世話してくれるように頼んでみたり、やることが突飛過ぎて色んな噂が聞けま
した。何かある度に繕いうの行動を起こしていることが一目分かる出来事です。


23 :日本@名無史さん:2009/11/23(月) 22:09:27
ガルシア・マルケスや中上健次の小説のようだ。すごい。

24 :水繋がり一族:2009/11/24(火) 12:05:49
訴訟が始まって間もないころでしょうか、朝鍋緑が“私のやってきたことはど
うなるんでしょ”と独り言を呟いています。その言葉から、もともと訴訟に持
ち込まれることはないだろうと見込んでいた証拠です。当人にとってお墓の取
得ではなく、松野下家の名声が欲しかっただけですから事を穏便に運びたかっ
たのが本音です。
それと、もう既に87歳と高齢で時期的な焦りもあるでしょう。
訴訟当初と其の次の反論文を筆記した人物が違っていました。その2回目は言葉
遣いから朝鍋緑の反論者とすぐさま分かる文章でした。
これを読む限り、水入一族のものが直接、松本に情報を与えていないことは分
かります。恐らく、念には念をと言うことなのでしょうか。
2重に張り巡らされた防御壁が、朝鍋であり松本であったのかも知れません。
お金に困っていない水繋がり一族ですから、危ない橋を渡るような真似はしな
いと想うのです。それと天保生まれの読み書きない五助も利用したのかもしれ
ません。どちらにしても後書きされた過去帳ですから、水繋がりの総代が筆頭
になって住職さんに書かせであろうことははっきりしています。

それと村上との関係、萩原から出てきた茂八は早いうちから妻と死別していま
す。この生死の記述が後から記されているということは当地で亡くなったので
はないと想えます。ということは、一人身になって松野下家の後ろ側の小さな
竹やぶを借りて住み始めたことになります。その始めの頃は、ぼろ買いから魚
売りの行商をしていたそうです。
もともと当家と敵対の関係ですから、血を引く嫌がらせが今に繋がった事だろ
うと想像しています。問題はその村上一族を呼び寄せたものは、誰なんでしょ
うか。
朝鍋を入れるという、万全の安全という策略。水入の分家の者と顔を合わせた
ときの雰囲気は、困ったというより憤慨している様子でした。
朝鍋緑は相当な策略家で人を先導したがる癖があるのです。ですから、行動を
じっと見ているだけで親族間の連絡の様子が手に取るように分かります。
今でこそ、行動として現れていますが一昔前はこんなに分かるものではなかっ
たです。傲慢さも形として見えないと我慢できないぐらい憎しみを抱いている
のだろうと想います。


25 :水繋がり一族:2009/11/25(水) 12:57:29
朝鍋緑という人物、影武者的に名を伏せ、後継者もはっきりさせない。また、
それを優越感のように想い昂る。しかし、どこが危機感を抱いていたことは確
かです。朝鍋一族にとってこの地は生まれ育った本家です。最悪を想定して、全く別の
血筋で名乗り上がることもできます。悪事を考える者には、そんな過去を切り
捨てて開き直ることも可能です。

そもそも緑は出戻りの身分ですから、親が決めた後取りではありません。それ
で恵塔霊所の朝鍋墓地内に大竹在住の喜俱のお墓が並んでいることが分かりま
す。また、近所の土地立会に喜俱が毎回、出向いているので、土地管理上から
するとその筋のものが跡取りになるだろうと考えられます。ところが喜俱にも
子供はいません。
このお話は訴訟当初であったために、私の父親と幼なじみの好で話をしてくれ
たものです。それによりと、嫁筋の誰かを向かい入れるということでした。
そうなると養子縁組ですから孫、ひ孫の段階まで相続を飛ばすということです。
この者は、もともと金融業を営んでいただけあって、人当たりは良さそうでも
中々、強かなお人です。朝鍋緑同様、喜俱は今回の主媒者でもあるのです。

不自然なお話し、その一つでももっと早く解明ができていれば、彼らの見方も
違っていたかも知れません。それを気付くのに40数年を要してしまいました。
近所の揉め事、それは当家に関連する大きな問題ばかりです。それを唆した張
本人がここにいました。
まだまだ、解明しないといけない問題は数多くありますが、おそらく、天の邪
鬼の嫁はこれらの者が用立てられた波乱なのでしょう。人生成り行きに任せた
ら、幾らでもどん底に落とされて行くという教訓です。
身内の注意ごとに腹を立て、利害関係が余り生じないかのように想って、他人
を信用した結果なのだと想います。それは、其々の生き方でご結構なことです
が褒められたものではありません。それはつくね島のあまのじゃくが求めてい
る人生模様ですから、端でとやかくいうべきでもないし、当人にはそれが満足
であるようです。
朝鍋家にとって、
危機感を抱くほど一番大切にしているものは、本家という存在でした。


26 :水繋がり一族:2009/11/26(木) 18:41:12
朝鍋緑の父親、稔は、癌で昭和23年、享年58歳と短命です。その当時、出戻り
の緑28歳は再婚もせず母親51歳と共に暮らしていました。多くの土地を貸し地
代を得ていたのですが、家屋と隣接する村上本家のすさ工場との間で、借地を
巡る嫌がらせを受けていたようです。そこの作業場に通うものは、村上一族の
身内ばかりで多勢に無勢で一方、朝鍋は目立つ行為も無くひっそりと暮らして
いるように見えました。
その後、緑が弁護士を抱えるようになってから、土地返還と売却にこぎ着け整
理することができたようです。それで道路に面した商業利用のできる場所が重
点的に残されたものです。その中には、金だけで返還に応じたものや土地を取
得できたものとか様々であったようです。この頃の近所の噂では、朝鍋家は女
ばかりとなってとうとう手放すことになったものと想われていました。それか
ら間もなくすると、村上分家のコナミ、昭和54年享年72歳が“あの人はいい人
だ、緑さんはいい人だ”と急に褒め始めました。この売買された時期ははっき
りしていませんが、土地を得た者との間に、両家の近所付き合いが始まった時
期のようです。

私の母親は嫁いだ当時の近所のことをこんな風に云っています。
”近所はそんなに悪くはなかった”村上隆章、平成5年享年54歳が猟友会、営
繕工事の飲み助仲間を連れ歩くまではそんなに極端に悪いことをするものは居
なかったといいます。それがある時期を境に急に土地に対する執着し始めたの
です。土地を売れとか、地代を上げない、続きの土地を手に入れてやるとか、
近所に風潮し始めました。
この時期には女性物の下着が無くなる、車はパンクさせられる、わら人形が五
寸釘で打ってあったり、アパートの建設中に燐戸の電線、足場が無くなる、ア
ルミサッシが無くなる、近所を朝方まで見張って嫌がらせをする、戦時中は火
葬場の灰を田んぼの肥料にするぐらいです。子供に仕込んで一緒に悪事の数々
ですから、考えられる嫌がらせは全てやるでしょう。
ある時期を境にもともと、その気があるものを上手く唆せば自分の手足となっ
て動いてくれると朝鍋緑はそのように考えたでしょう。少しその辺りを探って
みますか。


27 :水繋がり一族:2009/11/27(金) 09:29:35
訂正、岩国の朝鍋喜倶、 村上隆章

28 :水繋がり一族:2009/11/27(金) 13:35:51
朝鍋家はこの辺では少し多めの土地8反を所有していていました。しかし、も
ともと農業を営む家柄ではなく、それを貸し付けることの地代で生計を立てて
いました。それを主に借り受けていた村上一族は、それまで朝鍋、松本、水繋
がり一族の配下であったと考えられます。
土地配分を調べてみても、松野下家の墳墓と隣接する恵塔霊所はもともと村上
本家がサツマイモ畑として借り受けていました。その他に、今のマンション前
隣りになる村上分家の章二所有の駐車場、その横の川添に長く連なる土地、鯉
城幼稚園近くの2か所の土地、こんなに一軒の地主から借りています。それが
すさ工場が繁盛すると、界隈で一番の金持ちに伸し上がり勢力が全く逆転して
います。其の当時、村上本家に20万、当家に12万と聞いています。これらのそ
うした当時の背景を調べると、土地の貸し付け条件を利用して悪事を働く者を
影で上手く操ってきたのではないでしょうか。恐らく、朝鍋緑の始まりは其の
当時から延々と続けられてきたものを引き継いだに過ぎなかったのかも知れま
せん。近隣に住むものを、そうした便宜を図る事に寄って合墓取得に至る口封
じでもあったようです。


29 :水繋がり一族:2009/11/27(金) 17:09:10
地球の自然環境変化に人類は翻弄され続けてきた。それは自然という営みでそ
の周期は10万年で繰り返される。今の環境は高温期を過ぎ寒冷化に転じている
といわれている。そうすると海面上昇が現在をピークとして降下を始めること
になる。それはどの範囲まで下がるのかというと、南極大陸の氷河2つ分がア
ラスカからアメリカ北部一帯を覆うだけ海岸が遠ざかることになる。その規模
は実に海面下130メートルが露出する。
しかし、もうそうした寒冷化した環境に戻れない運命にあるようだ。


30 :水繋がり一族:2009/11/28(土) 11:59:54
明治14年に松野下が没落。それから明治24年生まれの水本ヒテノが松本に嫁い
でいます。その嫁いだ年代は、大正元年に孝之が産まれていることから明治の
終り数年以内と分かります。調べてみると、両家が血縁を持った時期はあれか
ら後々30年のことでした。
ならば、どの時点から摩り替わろうと行動を起こしているのでしょうか。
この当時、明治26年3月11日に五助から馬之助(3男)15歳 明治11年(生)に生前、
土地の名義変更をしていました。松本五助は天保14年生まれで、大正5年9月
17日(亡)73才です。これも逆算して生前贈与した五助の年は48歳です。自ら
が生きている間に後継者を馬之助にしておかない限り明治6年生まれの長男、
五六に相続権が発生することは間違いありません。
五六(長男)明治6年(生)
リキ(2男)明治8年(生)
馬之助(3男)明治11年(生)
明治4年戸籍法以後、実際に名字を貰ったのは明治の9年頃です。この界隈では
領主の没落の噂と名乗る名字、名に沸き上がった時期であったであろうと想い
ます。テウが松野下に嫁いだのは、明治10年にテルが産まれていたことから、
9年ということになるでしょう。この当時、ナミの母里の下大町の隅田本家に
あんな所に嫁がしてとお婆さんの山が悪かったと聞いています。その当時の瀬
平さんはどうも遊び歩いていたそうです。テウも出戻り後、顔立ち、背格好、
気性まで瀬平に良く似ていたテルを嫌っていたそうです。
延々と聞かされた過去のお話しでしたが、今まで年代に落としてみたことが一
度もありませんでした。その当時、まだ松野下家が在りし明治9年頃のお話しです。


31 :水繋がり一族:2009/11/28(土) 13:43:53
其の当時の明治9年と云えば、
明治9年8月30日 松本仙吉58才(亡)
没落後の安佐郡安村大町154番屋敷、松本馬之助 明治14年8月18日登記
明治15年9月12日 松下彦右衛門別家 2代目 仙吉妻 松本五助母マス57才(亡)

上記の仙吉は前々の名前であったところへ名字が付けられたにしても都合よく
その年でした。そりゃ、その類の者に合わせてお誘いしたということもあり得
ると解釈しました。


32 :水繋がり一族:2009/11/28(土) 14:55:52
集熱で得られるエネルギーが3倍だからといってそんなに条件が良い訳でもない。
その得られた熱で発電をしてしまうと、熱×効率で直接発電したことと同じ結
果を招いてしまう。ですから、余すことなくその条件に合わせた利用方法を考
える必要がある。
それと産業界ではこの熱源を使う分野を調べてみると、
食品の加工、精油、蒸留、乾燥、消毒、熱成型、洗浄、給湯、冷暖房、培養、
など
その他に考えられることは、完全なるEV車を目標にしなくても、今のプリウ
スのように小型バッテリー搭載車に補充発電ができればいいわけです。高価な
バッテリーを大量に積むのではなく、自然からでも随時、蓄熱、発電といった
自然エネルギーシステムを導入した車も考えられるはずです。
そのために、用途に合った高温集熱の研究が必要だと想うのです。100度、
150度、200度辺りまでです。石油の精製には350度を必要としていました。可
能であればその辺りまでを考えるべきです。
集熱パネルも量産化できるガラス板成型にするべきです。あんな集熱パネルじ
ゃ進歩はありません。


33 :水繋がり一族:2009/11/28(土) 20:40:39
車のバッテリーを100km走行距離分搭載します。その車が野外で放置されて
いるときは集熱から発電され満タン充電されます。それでも余った熱はタンク
に蓄熱されて行く。
走行にはモーターのみの走行も可能だが、充電しながら直接駆動力をモーター
と組み合わせて走ることもできる。
今はガソリンスタンドだが、将来は全世帯でどこでも充電可能になる。
バッテリーが安価に作れるようになったにしても、永久的なものでもないし、
余りにも高価過ぎる。問題は限りがある資源を奪い合うことにも成り兼ねない。
確かにできれば一番理想的なものですが、その特殊な資源がいつまで続くこと
ができるでしょうか。
ばかばかしいお話だが何れはそれが本当になる。

34 :水繋がり一族:2009/11/28(土) 23:53:47
名前を村上章二といいます。
その昔、あだ名をありました。
少し長いのですが、それをご紹介します。
”しょ、しょ、しょうちゃん、しょ、章二の穴から小便しょ”


35 :水繋がり一族:2009/11/29(日) 10:49:22
↑真昼間からパンツ一丁で顔を真っ赤にして歩きまわる飲み助の弟です。

36 :水繋がり一族:2009/11/29(日) 10:52:16
家庭菜園でほうれん草を作ってみませんか。夏場の高温期2カ月を除いて随時
収穫可能です。その育成期間は温暖な時期は40日ほどで、其のかわり食す期間
は10日と短いです。その半面、晩秋に種蒔きしたものは大きくなるのに2カ月を
要しますが、食せる期間は一カ月あります。でも、家庭で食すものですから、
追肥を施していれば“とう立ち”まで葉の部分だけを取って食すこともできます。
要するに、売り物でなければ色んな食べ方、作り方ができるというお話しです。

農家の方に云わせると、ほうれん草を作って見ればその土質が分かるといいます。
それは少しでも酸性に偏っていれば葉の色が黄色くなります。ですから、毎作、
石灰を撒いてちゃんと中和する必要があるのです。これが上手くできるように
なれば、何でもと作れるようになるという教訓ものでした。
家庭消費ですから、種はちどり蒔きにして少し込み合った状態で育てます。
その中から一番大きく育ったものから抜かずにハサミで切って収穫すると、
その横で抑制されて大きくならなかったほうれん草が育ち始めます。そうして
順次収穫すると4倍の面積と同じ収穫量が可能です。その分、追肥は忘れない
ように。
種は一袋140円ほどですが、ほうれん草の種は半年で発芽しなくなるので次の
シーズンに持ち越さないことが原則です。それから高温期の種蒔きは水に一晩
浸して冷蔵庫に2日入れて寒さに合わせ芽だししてから蒔きましょう。ほうれ
ん草の種は少しばかり大変なところもあるのです。

最近、知ったことなのですが、ほうれん草は湯がいて冷凍保存OKでした。
実際、そうして食してみたのですが何ら変わりはなかったです。
それと、できれば寒冷紗を使用した方が賢明です。美味しいから鳥の餌食にな
ってしまうし、発芽して4枚葉のときに強い雨が降ると、葉っぱを両手で叩か
れたようになって枯れてしまいます。
本当は健康のため、年中ほうれん草を食してみられたらいかがですか、という
お話しをしているのです。


37 :水繋がり一族:2009/11/29(日) 13:02:06
車を野外放置している間に蓄熱から発電し自動的に充電される。そのバッテリ
ー容量は100kmを確保し、電気スタンドは家毎に庭先に設置されている。家
庭に帰って車庫に入れたときには車体したから磁気よって朝方までには満タン
充電される。その走行にはモーター駆動だけでなく、熱源を直接使った動力の
ハイブリッドからなる。
ばかばかしいようだが、温暖化を食い止めたければ全てをこのような方式に地
球を作りかえないと無理だ。何かを実行しようとしても限りある投資がある。
それを見境なく使ってしまえば、それ以上に良い方法が見つかっても、その時
には体力の限界が来てしまったあとで術も無くなっている。突飛かも知れんが
、もし可能であるという希望が欠片でもあるならばこれに賭けてみるのも将来
性がある。


38 :水繋がり一族:2009/11/30(月) 19:17:22
1.鉄筋コンクリート3階建
2.土地名義変更
3.瀬平がテルの安否を尋ねた。
4.擁壁工事の排水がバケツ数杯分が橋をつたって進入した大事件
5.平野の畑の雨水を何とかしろという因縁。
6.大田家への3差路道路左折部分の溝蓋をさせないという問題
7.本家右奥の竹やぶの開発をこんな工事をしてと罵った
8.朝鍋との竹やぶの境界確認を頼んだが未だ放置。
9.松野下墓地の松を村上隆章を使って伐採
10.墓石取得
11.角田家の後継ぎを娘さんにしなさいというお節介。
12.本家右横の道路拡張による土地提供をしていないとわざと因縁を
付けた、それは分家森本に出していない問題。
13.シミザクの雨水工事の発端者
14.棕櫚の木問題の悪知恵
15.近所付き合いなのに後取り、名字をはっきりさせない。
16.松本弘嗣は養子だと云いきった。
17.税金、儲け、金銭に関わる話を勝手に始める。得意げに相手の弱点を
指摘して優越感に浸る。


39 :水繋がり一族:2009/11/30(月) 21:54:22
村上本家の最後の当主は、鉄荘といいます。すさ工場が繁盛していたころは、
親族が2、30人集まり、みんなに“ぼっちゃん”と呼ばれ、こん限り甘やかさ
れ金銭感覚に疎いどら息子です。それも、生意気なとか、とっぽいとかいう
粋な者なら其れ成りに見てくれはあるというものです。ところが、甘さばっ
かりずば抜けて、よく云われる世間知らずが育ってしまいました。
そんな折、相続の遺言が広告の裏書きされたもので全く用をなさなかったの
です。それで身内が権利分を主張して本家に残ったものは屋敷地と道路向か
いの連なる土地少々であったようです。其の当時、奥田工務店の雇われ社長
に見透かされ、建設代金3000万を持ち逃げされ、その返済に投資した見込み
損で余計に返済不能に陥ったのです。当人は抵当に入れお金を借りるという
仕組みが余り分かっていなかったようです。気が付いたときには抵当解除で
きる余裕すら無かったといいます。その上、知り合い5、6人から借りたまま
破綻してしました。少し前まで毘沙門に向かう中腹にアパートを借り住んで
いたようですが今は何処に居るか分かりません。

この本家の用地後にマンション建設が持ち上がり、周辺住民から建設反対の
住民運動が持ち上がったのです。その反対といっても、その建設用地と隣接
するものでない限りその発言効力は無いに等しいことは分かります。それに
引っ張り出されたものがいます。これ以上続けたら、後戻りができないこと
を関係者の中の弁護士に云われて辞退したといってました。
当時のチェリス大町建設反対をそこまでやらせたのは朝鍋緑であったといい
ます。


40 :水繋がり一族:2009/12/01(火) 12:24:30
墳墓両隣の土地を取得できるものといえば水入本家の金貸し以外に他ならない。
その両隣に来る者まで意のままに操れたことは云うまでもない。
村上をその屋敷の後ろ側に配置させ、松本はもともとその周辺にいて屋敷を手
に入れていた。ここで所在がはっきりしないのが朝鍋である。今の墓石には親
の代が始まりで、それに今の場所には家は無かった。するとその辺りからこの
地に住み始め、今の恵塔霊所の持ち主になったことが分かる。その年代は朝鍋
稔昭和23年享年58歳とあるから、その生まれは明治の25年である。それが婚期
を迎えるのは大正10年頃ということになる。
ここまで辿ると、その辺りからやっと本気に成って摩り替わろうと行動を起こ
した水入本家の存在がはっきり分かる。それで松本には情報を与えず、松本、
朝鍋、水入と、万全の安全圏にいると想っているようだ。
その親族でもある水本から松本にヒテノが嫁ぎ、ということは朝鍋に嫁いだのは
ヨ子なのであろう。


41 :水繋がり一族:2009/12/01(火) 21:25:22
朝鍋緑が門扉前を綺麗にし始めると、続いて水入分家が大手門の白塀を直し、
水入本家がビルの入口に植木を誂える。玄関ばかり弄るからその時期のために
お化粧直しなのか。余り似通った行動にその日を待ち切れないご様子だ。もう
少し接点がはっきりするとよいのですが、これ以上は無理そうです。
これらと水入本家と直接繋がる血縁が見当たらないのは、それだけ用心深く事
を進めている証拠なのでしょうか。しかし、棕櫚の木のときの緑は役所関連が
黙って聞き入っているのを感ずいていた。あれから時が過ぎ、上記の行為に及
んでいることから安心仕切った行為だったのであろう。

42 :水繋がり一族:2009/12/01(火) 21:44:07
母親が時々、村上一族に想えるときがある。
それは血筋ではなく擁護のことば遣いからだ。
そのようなときは余計冷やかな目で見る事に心掛けている。
そんな感情に成れるまでが葛藤だった。
母親よ、頑張れとしか心では云えない。


43 :水繋がり一族:2009/12/02(水) 14:33:56
あれだけ反対したのはこの私一人だ。
どうしようもない親だ。

44 :水繋がり一族:2009/12/02(水) 14:49:17
私は母親の教えで育った。この教えの元は、母親の祖父が食事時に話して聞か
せてくれたそうだ。腐っても鯛とか、三つ子の魂100までとか、そうそう、何
処にも1つや2つは、3代したら先祖に似たものがでるとか。
これ全部母親譲りだ。


45 :水繋がり一族:2009/12/02(水) 20:56:16
南極大陸に堆積している氷床3810mに含まれる二酸化炭素濃度を測定してみる
と、34万年のなかいに3回の氷河期を迎えていました。今の周期は丁度、温暖
な絶頂期にあたります。これから11万年を掛けて徐々に寒冷化して行くわけで
すが、最後の僅か1万年で寒冷期から温暖期に急激に急上昇していました。
しかも海面は1万年で130メートルも上昇していたのです。そうすると1000年で
13m、100年で1.3mというペースで今とよく似た海面上昇であったわけです。


46 :水繋がり一族:2009/12/03(木) 11:41:29
母親は、天の邪鬼をようしたろう想うて一生懸命やればやるほど反対ばかりす
る。何であんなんかね?そんな愚痴を私によく漏らしていた。それも口を尖が
りかして訴える姿は、答えの見つからない、情けなくやりきれないじれんまの
ようでした。
それをあまのじゃくに“お前は何で親に相談もせんと勝手に何もかもやるんな
ら”と問いただしたことがある。すると、“お前は親のいうことを聞くええこ
よ”“ほうよ、ほうよ、わしは親に逆ろうてばかりいるんよ”一度でも話した
ことはなかろうが “話たらやるなというじゃろう、”黙って顔を見ると “あ
れみいの、じゃけえいいとおないよ”

身内でこんな感情を抱いているから、何も相談なしに行動するはずです。そり
ゃ母親はもう高齢で昔のような言い方はしません。何もかも丸くなって家庭内
を乱す行為は極力避けるような発言です。しかし、それは今でこそのことです。
過去を忘れていることは決してありません。昔は遊びごとの問題でしたが、今
は親族間闘争みたいなものです。火葬場の話をして村上一族を嫌っていたのは
父親です。今、生きていたらそんな所まで付き合いをするなと激怒するに違い
ありません。
これですから変な状況になってしまうはずです。身内を嫌いそれ以外のものに
身内同様な姿を追い求めてしまうのでしょう。この話は母親は知りません。こ
れが上記の答えです。
オレがこんなになったたのは親のせだ。
後は母親が居らんようになったら万々歳よ。

両家の親同士は懸案の仲です。始めっから親族になる理由なんていうものは何
処にもありません。お互い過去の出来事に目を向けて分かってくれば自粛とい
うものもあるのですが、黙ったまま30数年間という月日だけが過ぎてしまった
だけなのです。喋らず、触らずのこれまででした。それはこれまでのことが知
れ渡れば、考え方も変わらざるを得ないと想うのですが、何もかもが悪い方向
へ転じてしまいました。この問題に随分と時間を費やしてしまいましたが、悪
循環というこれまでを解明する必要が当家にはあったのです。それは決して無
駄な時間だとは想っていません。両親のためにも。


47 :水繋がり一族:2009/12/04(金) 11:48:10
天の邪鬼は、幼い頃に両親からする事なす事悉く怒られています。それが大き
くなっても改心することも無く、根に持ったまま個性が出来上がってしまいま
した。
上記の反論には、語気を強め表情には怒りと憎しみがありました。
誰にも相談をしない半面、同じ境遇の嫁を迎えることによってそれが良き理解
者を得たようでした。そのことを両家の親は全く親の云う事を聞かない子です
と変な所で同調していました。丁度、そのときに横で聞いていたのはこの私で
す。今まで、幼い頃の想い出だけがお互いを繋ぎ止めていただけでした。お互
いの生きざまには犯されたくない領域をありました。あまのじゃくという村上
筋には其れなりの意地があるようです。私はそんなもの理解したくもありませ
んが、これが相反するという領域を感じます。
お互いの一族には未解決の過去が付随していました。ですから其れなりの末路
は覚悟していることでしょう。血筋に関係しないぎりぎりの所までは付き合っ
たが、同化という身に危険を感じたので分かれることにした。


48 :水繋がり一族:2009/12/04(金) 21:21:59
地球は自転しながら太陽の廻りを公転していますが、その軌道は10万年を1周
期として心円から楕円軌道へと変わります。そのなかいに地球の地軸も4万年
で変化を繰り返していました。今は、その周期の一番暖かい間氷期を過ぎ、
もう既に寒冷化が始まっています。これが地球環境の大きな変動、氷河期の
訪れだったのです。
この周期は、温暖な間氷期から9万年かけて徐々に氷期に向かい、南極大陸の
氷床2つ分が北アメリカ、ヨーロッパを覆い尽くすと海面は今より130mも後
退します。それが間氷期に入ると、一揆に氷床が解け海に流れ込むと、僅か
1万年で現在の海面に上昇します。その速さは現在の温暖化が続いている上
昇分に近い値でした。
この最後の海面上昇時期を年代に置き換えると、紀元前9000年頃から始ま
り西暦1000年まで続いていたことになります。


49 :水繋がり一族:2009/12/04(金) 21:49:47
ギザのピラミッドの並ぶ大きさをラパ島3島の対比から当時の海面の深さが分
かるはずです。そうすると移住した年代まで正確に分かるのではないでしょか。

50 :水繋がり一族:2009/12/06(日) 11:42:49
地球の置かれている宿命的環境、これが分かると人類全てが同調して行動をしてくれる。
やはり、太陽光の熱利用と隕石落下による低温期のことを考えて地熱発電推進
でよいのです。
将来的には建材に真空パネルと熱源輸送のために真空送熱管の開発が必要です。
それらは一般の断熱材の10倍の保温性があるそうです。


51 :水繋がり一族:2009/12/10(木) 21:45:05
地球の化石燃料を根こそぎ使い果たせば何れ元の自然環境に帰って行く。
だから、そんなに心配する事もあるまいと想ったりもしてみた。それを国内に
考えて見れば大半の工業地帯が水没してしまって、せっかく築いてきたものが
何もかも海水にまみれて二十世紀初頭の遺物ができそうだ。
ところが根こそぎ燃料と成る物を使うとなると我が国も石炭採掘がまた始まっ
ても可笑しくない状況になる。それで延命できたにしてもたかが百年余りを凌
ぐに過ぎない。
何をどのように考えようと数百年以内に何もかも使い尽くしてしまう。それが
過ぎれば九万年とという氷期の訪れだ。そうでなくても一万年もすれれば気温
は今より6度は確実に寒冷化してしまう。
太陽の熱源を上手く使う方法、どうもこれに尽きそうです。真空内壁材を組み
込んだ建物。ガラス窓は既に真空ガラスが登場していた。熱を無駄なく使うた
めの熱交換サーキュレイター。
これからの9万年は長いぞ。


52 :水繋がり一族:2009/12/11(金) 22:37:39
たけしさんから、参院選にかけているという伝言を頂いた。
そこで、またしてもお願い事です。
内容は後ほどお知らせします。


53 :水繋がり一族:2009/12/13(日) 12:44:54
朝鍋緑87歳は、大町恵塔霊園の事業を始める際、隣接する墳墓地番の戸籍名義
人を調べ松下瀬平であることを知り得た。それは霊所を経営する上で当たり前
のことですが、そこに記されていた死亡届人には松平瀬平、昭和3年4月8日
享年82才に名門としての憧れを抱いたはずです。ゆえに届人住所の善照寺を訪
れ死亡年月日と年頃に当たる者は松平清平であることに驚き、またその届人に
当たる鴨田イセも探し当てていることでしょう。福地町の地図を開けば、宝見
とか宝珠と見ればその後の人生の全てを朝から夜通し費やしてしまったはずで
す。出戻り後、名門家を夢にまで見てそれを楽しみに65年間ご苦労様です。
そう云えば懲りもせず、“わたしゃ年寄りじゃけえ”が口癖で油断させ究極の
悪知恵を用意しておられます。この近所の揉め事の殆どは、どれも一捻りした
頭脳問題でした。山の境界を越えて下ごりした木を持ちかえり、それを炊き付
けにしたとか、あれら上手くやっているからもう、あんたは中に入りんさんな
と良く言い聞かせたとか、物語風の出来事をでっち上げ過ぎて反対にばれてし
まいますよ。小さな欠片の行動パターまでシミュレーションご苦労さまとしか
いいようがありません。ということは、本家したの森本の夫婦が網を持って池
の中を浚えていました。どうしたんですかというと、ポケットから物が池に落
ちたから探していたというのも嘘です。その横を村上の者が通り、緑さん貴方
はそれを笑いながら見ていましたね。
緑が考えたことを村上に伝え、村上が森本夫婦にやらせた。こんなにグループ
化した嫌がらせでした。もともと当家筋は問題のある家柄ではありません。貴
方方が100も悪知恵を働かせても当家からは1つとしてそんなものは見つかりま
せん。それだけ健全な家系です。しかし、今の兄嫁は例外でした。こんな血筋
が入り込むと両親まで変わってしまいました。同化とはこんなに脆くなるもの
なのです。両親といえども。
私は両親の云い付けは良く守ります。村上寄りのことばが時々混じる事がある
ので、分けて聞くようにしています。そうなんですよ、同化的なしゃべり方も
するってことです。



54 :水繋がり一族:2009/12/13(日) 12:46:27
そんなときは両親ですら、冷やかな目つきで冷静に受け止めています、これが
現実です。
その冷やかな目付きで、自らの心を冷静にさせるしか方法がないのです。長い
年月から得た教訓です。
綺麗事、並べ過ぎたらいけません。


55 :水繋がり一族:2009/12/13(日) 13:56:36
村上隆章がようやく亡くなった。これで苛めから逃れると想ったら、その母親
その子供が引き継いでいた。というより、以前から両親の云い付けで界隈の嫌
がらせも親子が関わっていました。
生まれた時から親に仕込まれる、悪い手口を悉く真似て尚且つ、それ以上に勝
る知恵が付くこれが家柄というものであるようです。
身近な環境にいるだけでことば遣いとか仕草を習ってしまう。ですから、人の
本能というものは危険を感じたり互いの雰囲気が良くないと近寄らないもので
す。まあ、我慢してとか。それはある社会構造の中での共同仕事のうちはルー
ルというものが優先するから、その範囲で影響を及ぼすことは少ないないでし
ょう。ところが個人的な環境にこんなものが入り込むと自らの子供への影響を
考えると恐ろしく感じてしまいます。
この私も村上一族化されそうになりました。それは強く毛嫌いしていますから、
まずあり得ないことすが、将来的にこのものが蔓延るということを考えただけ
で前途は闇です。それは余りにも強い影響力を及ぼす一族です。私が知る限り
一人としてまともな者はいませんでした。親子で嫌らせをする。親子で他人の
土地に入って物を取りあさる。こんな変な者が集まった近所です。
その近所のもの同士で“せわあないけえ、やったれ、やったれ”と仕掛けるも
のもいたということです。それは、村上、森本です。
この界隈の悪は、村上両家、森本両家、朝鍋、片山、上杉とどのお宅からもよ
く苛められました。

ですから当家筋には兄嫁一族の血筋は残させません。
当家筋の親族は限られた件数しかありませんが、この私が全てをお話しして特
に、血筋的に迷惑の掛からないように説明する義務があります。

56 :水繋がり一族:2009/12/13(日) 14:08:14
ないないずくしの両親に代わって、毅然とした態度で新世代のために終止符を
させたいと願っています。

57 :水繋がり一族:2009/12/13(日) 15:51:26
次世代の地球寒冷化をコントロールするシステム、そんなものはないでしょう
か。
北極圏における日照変化が氷床を拡大させ広範囲に及んだ所で一揆に倒壊する
ことで急激な海面上昇を引き起こした要因でした。この周期も10万年という緩
やかな蓄積のものでした。
何れ地球上の化石燃料は使い果たされ、過去の気候変動に近付いて行くことは
分かっています。そのサイクル分のエネルー量だけ太陽エネルギーを物質に置
き換え消費するシステムが必要になってくると想うのです。それは北半球に氷
床が余りにも拡大しないような気候コントロールができないものかと考えてい
ます。そのためにも太陽エネルギーを一時的に物質に置き換える必要がありま
す。
この課題は私では手に負えません。しかし、提唱すれば誰から引き継いでくれ
るでしょう。


58 :水繋がり一族:2009/12/13(日) 16:55:20
麦田八幡神社建築記には、明治32年5月10日、水入彦一謹書。
そのときの氏子総代他委員はそれら親族が占めていた。
懐かしい小学校2年生の終りまでいた明治10年生まれのテルお婆さんのことを
はっきり覚えています。それからすると延々と企んで来た水入本家はまだまだ、
そんなに遠くない記憶です。この大町で知名度のある一族ですから、名声が何
よりお好きとお見受けしました。

昔から土木作業するものは仕事柄から近所にはんばを設けて集まっていました。
其の当時も、萩原からこの地に来た理由は、そうした仕事仲間が集まった類な
のかと想像もしています。当時の人選が分かる者には、日雇い労務者と親族関
係を直接結ぶとはありえないでしょう。寧ろ、その頃は上手く操る絶好の者達
であったはずです。もう、これ以上は調べる必要もないぐらい黒幕ははっきり
と分かりました。
それにしても駅前の真正面に立派なお住まいを設けておられます。どんな儲け
方をされても構いませんが、悪事も相当なものでした。私が直接手を下さなく
ても相当な仕打ちが待ち受けている事に変わりはありません。さどかしその折
には、大勢に囲まれ名声をご堪能さられることであろう。


59 :水繋がり一族:2009/12/13(日) 17:24:38
天皇家に代わって新世代に貢献

(注)書き込むな

60 :水繋がり一族:2009/12/14(月) 14:07:43
村上一族は、ここで私が述べた以外に明治の始め頃から相当な悪事があります。
ですから、貴方の血筋を遡ればその頃の茂八一族に到達します。その時点から
現代まで絶え間なく続けられてきた嫌がらせは、その一族にしてみれば日常的
な習性であり楽しみでもあったようです。それが、余りにも膨大な量になるの
で詳細に調査している最中です。そのうち、いろんな人が根掘り葉掘りしてく
れてその血筋が絶えてしまうことを切に願っています。
それと、ちゃんとした両親でしたが魔がさしたというか一瞬の判断を間違えて
しまいました。それは運命という計り知れない悪戯も介入するみたいです。
行いが導く人生、私はこの生き方が一番落ち着く場です。


61 :水繋がり一族:2009/12/15(火) 02:13:12
何もかも仕組まれてしまった。
娘の彼氏は1年前から付き合っているというのですが、広大生ではなく別人でした。
誰かの紹介といってましたが心配です。
娘に素行調査してやるからとあっさり聞くことにします。

62 :水繋がり一族:2009/12/15(火) 02:23:39
>61 何もかも仕組まれてしまった。← 削除

娘の方から付き合っていると話掛けてきたものですから、いつ別れてもいいような
付き合い方をしなさいとだけ告げています。
ちゃんと聞くことにしますから調べてやってください。


63 :水繋がり一族:2009/12/16(水) 15:41:15
この件について早急に対処する必要があるようです。
話してくれたといっても、随分問題のある付き合い方でした。ひと騒動なって
も、厳しくやる覚悟です。

64 :水繋がり一族:2009/12/16(水) 17:16:01
村上隆章、平成5年7月享年54歳、其の者の死亡原因は、途切れなく朝から飲み
続けたアル中で、入院前日に動脈破裂で病院に運ばれたときには、治療施すど
ころか既に手遅れですと告げられただけが最期だったといいます。
この者のお墓記載と、朝鍋家の墓石の建立時期が全く同時期であったことは気
が付いていました。その場では霊園管理者と購入者との関係で疑うこともなか
ったのです。ところが数ある出来事の発端となった時期が墓石建立と合うし、
朝鍋ヨ子が亡くなった時期の様な解放された行動をどちらも取っていたことが
分かりました。それで村上芳江が法律にたけた手口の行動が取れたのです。そ
の行動とは、可部簡易裁判所の調停記録に残っています。
これまでの出来事全ては朝鍋緑が仕組んだ罠でした。簡単に列記した以外に、
燐戸の相当数の全ての問題はここが火種でした。
これら3兄弟と一族全てが関わり、それで関係者が少し離れた直接被害を受
けない遠巻きに成り行きを見守る場所にいたのです。


65 :水繋がり一族:2009/12/17(木) 02:23:37
なんか、何もかも崩れて行くような気がする。一生懸命頑張ってきたのに、
このやろうがいびあげやばって、疲れた。その間に見落としをしてしまった。
何もかも気がよそに行っていたためなのかもしれん。くそっ、お前らのせい
で何もかもぶち壊された。

私の父親は、後継ぎが出来たと喜んでも村上の子とは一度も云わなんだ。同じ
ように母親もだ。
村上の血が入ろうとその観念が全くなかった。だから教えてやらんと分からん、バカだ。
止めとけと私がいったら、正直に従うものだ。
あれだけいびられたから注意が散漫していたんだろう。まいった。
何とか、もとに戻さないと、しかしこれだけこっ酷くやられるとは想わなんだ。
このやろう、何もかもぶち壊すんか。

良く聞け、守ってきたのはこの私一人以外誰もいやしない。
くそっ、お前らのせいで。


66 :水繋がり一族:2009/12/17(木) 15:03:12
そんなこと一生懸命やっても世なんてよくなるもんか。そんなこと考えてないか。
この私に迷惑が掛かるような悪習性があるのではないか。近寄るなばか。

67 :水繋がり一族:2009/12/17(木) 15:38:41
おい、バカ親、この次もまた失敗するんか。といってやった。
ないない尽くしになってしまうと信念というものは脆いものだ。
成ってしまったものはしかたないから、こんな嫁、貰うんじゃなかったと、
回避するように云って逃げろと教えてやった。
もう、これしか手はないよ、、、バカ親。

68 :水繋がり一族:2009/12/17(木) 15:42:14
このやろう、屁理屈子こねんでもいいから、ちゃんときおくしとけ。
バカ親。
くそっ、教える方法がないから、罵声でも食らわせば脳裏にのこるだろう。
ばかばかしくてやってられんよ、

69 :水繋がり一族:2009/12/17(木) 16:26:12
この大町界隈で究極の地獄を要求して、必ず実行させるから覚悟しとけよ。

70 :水繋がり一族:2009/12/17(木) 17:01:35
1匹、2匹、3匹に4匹と数えたが、どうしても勘弁ならんものがいる。
その究極とやらは、森本ハナエこれを5匹目に加える。
これなら、その一族の戒めにもなる。


71 :水繋がり一族:2009/12/18(金) 15:15:52
“私が村上のを入れたけえ、こんなになったんよ”と親が認めた。
糞っ!ようやくその一言を吐かす事ができた。そのとき、ふっと、天の邪鬼の
正体は母親譲りだったのか。割り切れない想いが悶々としていたが姿を現わし
たような気がした。
あの必要以上のこまめな性格は吉蔵お爺さんで、天の邪鬼は紙一重の母親の存
在だった。なるほど、性格の裏腹というものがあることを始めて知った。
母親には、
“こんなもの貰うんじゃなかった、後悔しとる”と云っとけば、世間はある程
度同情してくれる。こうでも云わんと過去に終止符を打つ事もできんし、身に
振り掛かってくると説明した。
この際だから、無責任だろうが何だろうが、突っぱねて村上から逃げる事だけ
考えてくれればいいのです。険悪な両家に遠慮なんかする必要はないといった。

私の教えは母親譲りですが、顔立ち、性格は父親其の者だそうです。
天の邪鬼は、顔立ち、性格は母親で、教えは全く従わないし聞こうともしなかった。
母親に“お前は長男と性格が一緒なんじゃの”というと“ほうじゃろ”と返事
をした。何がほうじゃろ、このバカ親め。

性格でも、良いというものに頑固が付けば信念と想われるかも知れん。それが
、言う事を聞かずに頑固になれば天の邪鬼との違いだ。


72 :水繋がり一族:2009/12/18(金) 15:38:15
>>70 これら一族以外に光原敏行、植木、それと敏行と結託した隣の塚村も
16、7年と迷惑受けた。
今度こそは、必ず全て公開さす。

73 :水繋がり一族:2009/12/18(金) 15:38:56
貴方たちのことも。全てだ。

74 :水繋がり一族:2009/12/18(金) 15:49:04
守ったものなど誰もいやしない。私は誰が云ったことも記憶してるし、本当の
ことなのか、そうでないのか全て吟味してきた。だから其の人の性格まで判断が
できる。

75 :水繋がり一族:2009/12/18(金) 21:19:08
拘置するもの5匹、拿捕するが拘置しないものに分けよう。

76 :水繋がり一族:2009/12/18(金) 22:51:32
もう、疲れたんですよ。ほんと情けないほど疲れた。
後は、おやだろうが、何だろうが切り刻んで捨てるだけです。
母親、お前なんか要らんよ。
>>71 まいったね、ぞくぞくっと天の邪鬼が喋ったんかと想ったぞ。
ええっ、一瞬母親とは想えなんだね。
きっぱりとした言葉遣いができんね、これだけ疲れさすとこの親は、そんな
見方もよくするよ。
何、分家の身分で本家に口出しするなとでもいいたげだね。
そりゃ、もう本家と想っちゃいないよ。
あはっはは、情けないほど疲れたよ。
おいっ、バカ親。

77 :水繋がり一族:2009/12/22(火) 15:46:00
天皇家に代わって新世代に貢献
 ↑
物事の成り行きで招いてしまいました。中途で投げ出しているので自力で
戦うには少々無理と想います。私が何とかするのが筋と想い断ることを避けました。
半分、後悔もありましが、投げ出すことだけはしないつもりです。
行き届かない説明なのですが、後は何分宜しくお願いします。

78 :水繋がり一族:2009/12/25(金) 23:56:28
さすがに朝鍋緑、最後まで悪知恵の極意、何とやるじゃないか。
この私は見抜いたぞ。
露見すればあのお墓其ものの価値はなくなる。
一瞬その様に想ったが、まだ何かがあると想っていた。
この次に用意してるものは、
そう、谷口本家の血筋が村上一族化してしまったことです。
これならたやすく名声を手に入れられる。
残念だってね。
気付かれてしまった。


79 :水繋がり一族:2009/12/26(土) 12:37:42
あの村上筋の嫁は偶然じゃなかったんです。

私が気にしているのは、本家とは最後の最後までその筋のような誤解を招く行動を共にすることはできません。
谷口の血筋がそうさせないのです。


80 :日本@名無史さん:2009/12/26(土) 12:55:09
映像で見るご結婚50年のお歩み(被災地お見舞い)

http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg2632.html

両陛下は大規模な災害が起こった際には,現地に赴かれ被災者をお見舞いになってきました。
また,復興後にもご訪問になり被災者を励まされています。

映像で見るご結婚50年のお歩み(戦没者慰霊)

http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg2633.html

両陛下は激戦の地硫黄島,戦後50年には長崎・広島・沖縄・東京を,
そして戦後60年にはサイパン島を訪れ,戦争で特に大きな災禍を受けた地を
ご訪問になり犠牲者の冥福を祈られました。

天皇陛下御在位20年記念式典と天皇陛下のおことば

http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg2867.html

平成21年11月12日。天皇陛下御在位二十年記念式典が、
東京都千代田区の国立劇場にて行われました。
その模様をご紹介します。

81 :水繋がり一族:2010/01/16(土) 11:35:03


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