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【アンチとは】坂本龍馬過大評価の真実【言せない】

1 :日本@名無史さん:2010/04/20(火) 10:47:09
巷説、学説、定説、高知県、NHKに至るまで一貫して左翼主義者の平和論者に仕立て上げられている
坂本龍馬を一刀両断で斬ってしまうスレ!
坂本龍馬の功績を過大評価かどうかを語るスレ!


2 :日本@名無史さん:2010/04/21(水) 13:56:57
坂本の過大評価は龍馬伝で放送してあるとおり!

3 :日本@名無史さん:2010/04/22(木) 01:24:15
平和主義者になってることを初めて知った。
拳銃を携帯する新手の平和主義者。

4 :日本@名無史さん:2010/04/22(木) 01:42:18
14 名前:日本@名無史さん :2010/04/22(木) 00:52:22

大河ドラマの龍馬は酷いな。
平和主義者に仕立てようという演出が過剰。
二条城に登城する前の後藤に送った龍馬の手紙なんて、過激そのものじゃないか。


5 :日本@名無史さん:2010/04/22(木) 08:43:29
>>3
それを巷説というw
普通武士は帯刀しているww

6 :日本@名無史さん:2010/04/22(木) 08:47:57
平和主義者と平和論者は意味合いが違う!
武力討幕賛成派の坂本君はいつの間にか武力討幕を否定した事になっている。
嘘ばっかりのNHK

7 :日本@名無史さん:2010/04/22(木) 15:58:54
幕府を残すか残さないかで言うと残さない派の坂本先輩だから
もちろん武力討幕は想定内であったと思う。
しかし中岡ほど強烈な武力討幕論者ではない。
いわば土佐藩は別にどっちでもよかったんだw
だから、そんな過激な奴は消しなさいって言われたのさw


8 :日本@名無史さん:2010/04/29(木) 15:13:14
>>3
他国を侵略、さらに基地まだ大量において平和を語る大国があるんだぜ?

9 :日本@名無史さん:2010/04/30(金) 09:02:24
>>8
彼の国の平和とは自分たちの国が平和ならいいという考え方だ。
しかし明治維新後土佐閥と三菱が形成した財閥、軍産複合体は彼の国にも形成されている。

10 :日本@名無史さん:2010/04/30(金) 18:07:52
>>4
北条時宗を観てるからその程度では驚かぬ。
武家の棟梁が、戦争反対、人を殺すなと涙ながらに訴えるという異様な設定w

11 :日本@名無史さん:2010/04/30(金) 19:16:35
>>10
そんなに酷かったのかwww

12 :日本@名無史さん:2010/05/03(月) 17:57:22
死人が生き返るからな


13 :日本@名無史さん:2010/05/04(火) 08:59:06
>>10
あれは本当に醜かった。
キャストも悪かった。
とにかく武士として最も気概を示した人物を最も優柔不断な人物に描いたからね。

14 :日本@名無史さん:2010/05/04(火) 09:01:29
NHK大河ドラマ=日本の真の支配者、薩長幕府の洗脳

15 :日本@名無史さん:2010/05/04(火) 09:37:24
どこがw

16 :日本@名無史さん:2010/05/05(水) 00:00:16
>8 :他国を侵略、さらに基地まだ大量において平和を語る大国があるんだぜ?

アメリカのことかね、中国のことかね、ロシアのことかね、それともイギリス?

17 :日本@名無史さん:2010/05/07(金) 23:05:24


18 :日本@名無史さん:2010/05/08(土) 21:29:35

★竜馬がゆくの誕生経緯★ 作られた英雄 龍馬

友人「土佐に坂本龍馬っていう人がいたらしいんだ」
司馬「へぇー龍馬?知らないなぁ そんな人がいたのか」
友人「その龍馬ってのが面白いエピソードがあるらしいんだ。どうだ、この人物について書いてみないか?」
司馬「でも龍馬なんて聞いたこともないから、調べてから決めるよ」
友人「わかった。とりあえず調べてみてくれ」



19 :日本@名無史さん:2010/05/13(木) 11:34:37
西側の思惑にまんまとハマッタ龍馬くん。

20 :日本@名無史さん:2010/05/22(土) 22:45:48
こいつって本当に北辰一刀流免許皆伝なの?

21 :日本@名無史さん:2010/05/22(土) 22:55:47
司馬遼太郎が吹いたおかげ。
本当はいわれてるほどたいした人間ではない。
勝海舟、横井小楠の方が全然傑物。


22 :日本@名無史さん:2010/05/23(日) 18:37:10
http://blog.livedoor.jp/omokage1/

23 :日本@名無史さん:2010/05/24(月) 13:19:02
司馬さんは色々な男を小説に書いたけど、面白い人物を書くのが一番難しいときっと知っていた。
大阪人で明らかに秀吉贔屓なのに、秀吉を書かず家康ばかり主役にして長編を書いてる。

史実か否かは別にして「面白い人物」は小説にしにくい。秀吉はその典型だ。
竜馬を書いた長編が司馬さんの中でもっとも出来の悪い小説だったように思う。

大村益次郎、土方歳三、徳川家康といった面白味のない人物を主役にしたほうが
ああいう時代小説はうまくいくんだろうな。


24 :日本@名無史さん:2010/05/24(月) 14:36:20
薩長同盟裏書の 坂本龍 ってなんか嫌いだね本人かも疑われてるし 
こじつけようと思えばメモであろうがなんとでもなる
裏付けようと必死な感じが嫌だね 
誰でも英雄になれるぜよ ぜよって何だ 聞いた事ないし
これもこじつけか かっこ悪

25 :日本@名無史さん:2010/05/24(月) 16:06:55
>大阪人で明らかに秀吉贔屓なのに、秀吉を書かず家康ばかり主役にして長編を書いてる。

はぁ?


26 :日本@名無史さん:2010/05/25(火) 02:51:07
>>21
大体、勝や横井と、龍馬を同列に語る(比べる)なんて無理すぎる。

別に龍馬をフォローするわけじゃないが、叩かれるか英雄視しすぎるかのどっちがで、
きちんと評価してる人が少なすぎる。(特に2chでは)
まぁ、司馬の小説の影響がデカすぎて、ある意味「害悪」になってるな。


27 :日本@名無史さん:2010/05/25(火) 02:57:19
>大体、勝や横井と、龍馬を同列に語る(比べる)なんて無理すぎる。

幕臣と脱藩浪人だからな。
そりゃ無理だw
活動の方法が全く違ってくる。

28 :日本@名無史さん:2010/05/26(水) 00:34:37
だいたい、明治維新という物は国政のなんたるかを知らない田舎侍が権力に
飛びついて簒奪をしただけの出来事。その後の日本は地獄ですぜ。

29 :日本@名無史さん:2010/05/26(水) 00:50:40
地獄にしたのは東北出身のアホ軍人だろw

30 :武陽隠士 ◆UCfK2Lx59s :2010/05/26(水) 01:26:05
過日、江戸東京博物館で開催された『龍馬展』に行ったとき感心というか、
感慨深かかったことがある。
それは暗殺時に部屋にあった屏風が国の重要文化財指定だったこと。
龍馬暗殺時の屏風なんて学術的に貴重な歴史資料なんだろうか?まあそれはともかく…
龍馬という人物が、いかに政府筋の人間たちにとって重要だったか
よく分かる一事だよ。
勝者側に子分と朋友は作っておいて損ないね、と思ってしまった…。



31 :日本@名無史さん:2010/05/26(水) 03:53:25
単なる金儲けだけが目的



32 :日本@名無史さん:2010/05/26(水) 04:19:37
>>30
確かに。
板倉某の屏風だったかな?
そこそこ価値の高いものだとは思うけど、重要文化財級の代物ではないような。
確かに龍馬は重要な人物だったわけだ。

33 :日本@名無史さん:2010/05/26(水) 12:43:35
古代の征将軍(四海将軍・西征将軍・東征・・)たちが、
一番有名なヤマトタケルに集約した結果
タケルは150歳になってしまったが、若くしての功績に中にひょっと
すると彼に集約があるかもねえ〜

34 :日本@名無史さん:2010/05/27(木) 13:55:33
NHKは北条時宗のときもやったんだよな
「戦を避けることができるならワシの首をフビライに差し出そう!」だっけかな?
フビライかなんか知らんがとにかくモンゴルの首領さ
時宗にそういうセリフを涙ながらに語らせた
いまの坂本が妙に反戦平和主義者として描かれているのも同じ
日本人をメディアを使って徹底的に不戦主義に導こうというそのウラには、
当然ながら中国共産党とその犬である電通の意向がある
NHKはドラマでもそうだが教育テレビなんかでも、何気ない言葉やシーンの端々で
日本卑下・中国朝鮮マンセーを刷り込もうとしてくるので要注意

35 :( ̄ω ̄)獲る狸 ◆ycr5A7VfSw :2010/05/27(木) 16:01:52
>>30
おやはや(笑)武陽にしては手緩い(笑)
それは後々から坂本の評価が上がっただけではありませんか(笑)おやはや(笑)さて果て(笑)
実際坂本以上の功労を上げていながら、まったく知られず、記憶に残ってすらいない人物は多いのでは(笑)おやはや(笑)さて果て(笑)

36 :日本@名無史さん:2010/05/28(金) 14:48:18
2chでは、龍馬を叩けば歴史通wみたいな流れになってないか。
ちょっとでも好意的な事を書くと、すぐ無用な突っ込みがあるw

37 :日本@名無史さん:2010/05/28(金) 15:08:51
テレビと逆のことをやるのが2ちゃんだしな
龍馬をほめるのはミーハーくさいから通ぶりたいという中二心理も働く
ただ、テレビの龍馬マンセーぶりが年々キモくなってることも確か
中身はどんどん無くなるし同じことの繰り返しだし
時代背景の考察置いてけぼりのイメージ先行だし

ちなみに司馬遼太郎の龍馬の小説は
なぜか90年代半ばに韓国でベストセラーになり、龍馬が英雄扱いになった
当時の韓国は反日と反日の狭間の短い親日期で、
伝統的に売国奴扱いの金玉均の生涯を
好意的に描いたドラマなども放映していた
韓国で好かれれば2ちゃんで叩かれるってのもあるか

38 :日本@名無史さん:2010/05/28(金) 18:46:07
>ただ、テレビの龍馬マンセーぶりが年々キモくなってることも確か

維新本読んでたら

龍馬が生きて日本を導いていたら
日清戦争も日露戦争も起こらなかったろう

とか書いてあって寒気がした

39 :日本@名無史さん:2010/05/28(金) 21:07:11
a

40 :日本@名無史さん:2010/05/28(金) 21:17:26
>>38
なにそれwww
まあ平和を愛する歴史愛好女性様たち(略称略)にも受けがいいんだろう。
攻めはどうか知らん。

41 :日本@名無史さん:2010/05/28(金) 21:19:47
龍馬の検証本も沢山出てるし、ネットでは中村武生や桐野作人なんかも
史実に則った龍馬を論じてるし、さすがにアホなミーハーは減ってるんじゃね?
少なくとも2ちゃんにはいないような気がするが(日本史板と近代史板)、
何でもかんでも貶す流れは、さすがに飽きたなぁ・・・

と言いつつ、俺も相当貶してたクチだがw

42 :日本@名無史さん:2010/05/28(金) 21:24:12
>史実に則った龍馬を論じてるし

そういう事書くと、アンチの逆鱗にふれるぞww
「龍馬に関する一級史料は残ってねーよ」とかw
意外と大河ドラマ板ではもともな書き込みがあったりするw

43 :日本@名無史さん:2010/05/28(金) 21:48:22
もうホント、ミーハーなアホは臣で欲しいよ。
こう言う輩と幕末の話すると悪寒がするよ。


44 :日本@名無史さん:2010/05/28(金) 23:47:47
ミーハーもアンチも痛い

どっちもどっち

45 :日本@名無史さん:2010/05/29(土) 00:12:26
>龍馬が生きて日本を導いていたら
日清戦争も日露戦争も起こらなかったろう

竜馬だったらね まあ少しは分かる

でもやっぱマンセー馬鹿は気持ち悪いと改めて思った 

46 :日本@名無史さん:2010/05/29(土) 21:53:47
龍馬が生きていたら、明治はもっと変わっていたと考えるのは、いささか過大評価
だろう。しかし、師の勝海舟が考えていた日清韓連合による列強侵略阻止が、龍馬
なら出来たのではないか。
龍馬が独創性豊か思想家ではないが、実行力のある政治家であることはまちがいな
い。勝、大久保一翁、横井といった優秀な理論家と龍馬、中岡のような実行力ある
政治家がいれば、今の日本も少しは・・・・

47 :日本@名無史さん:2010/05/29(土) 22:05:45
馬鹿じゃねえか。何、寝言ってんの?

48 :日本@名無史さん:2010/05/29(土) 22:17:17
んーIFだなあ
清や朝鮮と交渉してけちょんけちょんにバカにされて征韓論に転じないとも限らないんだが…
脳内の理想の龍馬はそんなことしないんだろうなあ

49 :日本@名無史さん:2010/05/29(土) 23:45:45
龍馬if唱えてるヤツは何を龍馬に求めてるんだ?外交能力?交渉術?
龍馬のウリってそこらへんだっけ?
当時の情勢を本当に理解した上で言ってるのなら、かなりの楽観論か、龍馬を過大評価しているとしか思えないんだが…

50 :日本@名無史さん:2010/05/30(日) 00:00:36
>>47
アンチは何書いても噛み付くだけだから、やめとけ

51 :日本@名無史さん:2010/05/30(日) 00:29:52
アンチとそうじゃない奴の見分け方がおかしい…

52 :日本@名無史さん:2010/05/30(日) 07:55:21
信者じゃないからってアンチとまでは言えないだろ
ありのままの龍馬のファンだからこそ昨今の手放しの英雄化に抵抗感がある人だっているだろう

思うに坂本龍馬のいかにも優等生タイプとは違う型破りな風貌と
龍馬伝説の中の言動や挙げた成果の天才性とのギャップが魅力なんだろう
だって少年漫画のヒーローに似てるもんなあw

53 :日本@名無史さん:2010/05/30(日) 14:06:15
>>10
どうしても主役を平和主義者にしたいなら
初めから戦争嫌いの平和主義者を主役に選んで
ドラマ化したらいいのにな

大内義隆とか
朝倉義景とか

54 :( ̄ω ̄)獲る狸 ◆ycr5A7VfSw :2010/05/30(日) 20:18:23
坂本龍馬は幕末ですから髭は生やしてはおりませんが、それ以後生き延びた場合は髭を生やした写真が残ることになり、違った印象を与えたでしょうねぇ(笑)
まぁ髭を生やしていない高官も居ることは居ますが(笑)おやはや(笑)さて果て(笑)

55 :日本@名無史さん:2010/06/01(火) 08:46:32
一番の過大評価は顔w
目が大きさと眉毛の太さだなw
写真を見ればわかるが目が糸目で眉が薄いオッサンだよw
朝鮮との交渉役は成功したかもなw

56 :日本@名無史さん:2010/06/01(火) 20:08:44
27−8歳だったか丸亀で撮った写真見たら相当のクセ毛の持ち主だよな。

57 :日本@名無史さん:2010/06/01(火) 20:15:25
サッカー日本代表壮行会の龍馬人形は
眉毛が太くてオメメぱっちりw

58 :日本@名無史さん:2010/06/01(火) 20:21:10
ある程度
眉が太くて目がパッチリの昔の映画スターが漫画キャラじゃないと
韓流と見分けがつかないからなw

59 :日本@名無史さん:2010/06/03(木) 04:43:36
なんか、今回の長い2ちゃん規制って、民主党叩きとiPadと坂本龍馬の電通電凸遣る為に、規制仕掛けられた感がある‥。


60 :日本@名無史さん:2010/06/03(木) 12:03:08
 龍馬らが 新しい夜明けとか言ってみても
新政府は戦争に明け暮れて 国を滅ぼしたジャン
結局は、さ   
 という言い方は アンチにも受け入れられないか

 でも どうにか米と戦わない道は無かったかなあ
当時としては 不戦敗したら 米原住民の二の舞、
米黒人のさらに下という序列を受ける 恐怖で
戦わずにもいられない状態だったか

61 :日本@名無史さん:2010/06/03(木) 20:48:06
頭悪い文章ありがとうございましたー^^

62 :日本@名無史さん:2010/06/09(水) 20:26:16
龍馬伝を見てると、逆に過小評価に思えてくるな
流石にあそこまで役立たずな口だけ野郎じゃねぇよww

63 :日本@名無史さん:2010/06/09(水) 21:00:09
龍馬伝スレはここでいいのですか

64 :日本@名無史さん:2010/06/09(水) 21:51:46
>>62
まだ、たいしたことは出来ない頃でないの?

65 :日本@名無史さん:2010/06/09(水) 22:52:35
>>53
そんな事をしたら
平和主義者は大したことはできない
平和主義者はカリスマ的人気者になれない
ってばれちゃうじゃないか


66 :武陽隠士 ◆UCfK2Lx59s :2010/06/10(木) 00:40:12
>>35
ああやっぱり引きこもり野郎は、無知だなw
違うね。最初からだよ。あれは旧国宝でしょ。大衆レベルの龍馬人気とは関係ない。
政府筋の評価というのは、君みたいなマスの評価なんかとは関係ないの。
現在は違うけど、戦前まではそうだった。
まあ、今でも叙勲なんかに、その名残りは見られるけどね(官優遇)。
しかし、オマエはマジで無知だなwいちいち反論書くのが面倒くせーや。
そんなオツムしってから、いまだに引きこもりなんだよwきゃはははw
バーカ


67 :日本@名無史さん:2010/06/10(木) 08:34:50
>>60
鋭い指摘だけど、米ソ両陣営のその後を見ると、曲がりなりにもアメリカの傘下に入ったことを評価するしかないんジャマイカ?
ソ連の共産陣営に入っていたら、中国の下に序されていたかもと考えるんだ。
しかし、この経済奴隷状態はいかんのう!と龍馬なら言うかもねw


68 :日本@名無史さん:2010/06/10(木) 10:39:11
学者の中にも明治維新は太平洋戦争で負けたから失敗したという評価があるが
その理屈通りなら最後に滅亡したすべての幕府が失敗になる
太平洋戦争の敗北の原因が竜馬にあるとか暴論すぎる


69 :日本@名無史さん:2010/06/10(木) 12:25:30
太平洋戦争に至るまでの明治〜昭和の政治を同じものとしているのなら
もう少し歴史を勉強しろとしか言えない

70 :日本@名無史さん:2010/06/10(木) 12:55:01
>>69
もう少し じゃなくて、 もっと勉強しろ言ってやれ

71 :日本@名無史さん:2010/06/10(木) 18:24:29
大政奉還後20日あまり経った11・5坂本は「新政府綱領八策」を書いている
顧問所をつくる 上下議政書を造る 議員は入れ札(選挙)で選ぶ等であるが
あとがきでこう述べている
<強抗非礼、公議に違ふ者は、断然征討す。権門貴族も貸借する事なし。>
つまり新政府に従えば戦はなし〜
抵抗したり、攻撃すれば、断然これを排す、徳川将軍家も例外ではない

無血で新政府に移行したいが 駄目なら戦も辞さず です
断然排すのは親兵です 親兵とは政府軍の事です
しかし今政府軍はまだないので 薩長軍が替わりを勤めます

相手があることで大変難しい事柄ではございますが
龍馬は平和的政権移行を望んでいたのでございます
これを書いた10日後、何者かの手により、 彼はこの世を去りました。
まことに惜しゅうござりました。


72 :日本@名無史さん:2010/06/11(金) 00:55:09
>>66
末尾に署名入れるまでもない。

73 :日本@名無史さん:2010/06/11(金) 02:13:06
歴史の勉強したら坂本某など瑣末な人物などに興味わかないし。

74 :日本@名無史さん:2010/06/11(金) 21:15:10
>>73
維新に寄与した順で10人ばかり書いて。判定してやるから。

75 :日本@名無史さん:2010/06/11(金) 21:46:46
赤ペン先生か

76 :日本@名無史さん:2010/06/12(土) 02:55:10
うn

77 :日本@名無史さん:2010/06/12(土) 07:18:25
>>71
大政奉還なんてあくまで名義上の政権移譲でしかないんだよ
徳川が依然として日本最大の領地と兵力持ってて新政府は領地も兵力もない
これを徳川から奪って朝廷に移譲しなければ政権移譲なんて机上の空論
龍馬が大政奉還で成功した終わりと思ってたらとんでもない阿呆
西郷や大久保も大政奉還した慶喜本人もひとつの過程としか捕らえてない

78 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 04:28:12
>>77
鳥羽伏見で敗北したり、
新撰組雇わなければならないほど、武士の官僚化が進んでいた幕府が、
「日本最大の兵力持ってた」だとさ


79 :日本@名無史さん:2010/06/16(水) 00:19:52
幻想の旗本八万騎

80 :日本@名無史さん:2010/06/16(水) 07:58:08
>>78
鳥羽伏見の戦いも本来徳川の圧倒的有利
幕府側が統率も作戦もなく突っ込んでった上、錦の御旗が出て慶喜の戦意がなくなり負けた
幕府側は鳥羽伏見で負けても、西の大阪城もあれば本拠地の関東で割拠もできた
戦力としても、フランス式仕込みの洋式歩兵団と日本最大の艦隊戦力をもってる

抗戦派だった小栗が官軍が箱根関内に入った所を迎え撃ち、同時に幕府艦隊を駿河湾に突入させて後続部隊を艦砲射撃で足止めし、箱根の敵軍を孤立化させて殲滅するという策を提案したが
後でこの策を聞いた大村益次郎が「その策が実行されていたら今頃我々の首はなかったであろう」と戦慄したほど

西郷が時を置かず兵力少ない官軍で江戸に乗り込んで行ったのも、関東で割拠されたら徳川が息を吹き返すと恐れたため

81 :日本@名無史さん:2010/06/16(水) 17:25:20
幕府軍は統率されて突撃してるがな
フランス仕込みの幕兵も戦いに加わってる
でも敗北して富ノ森本陣、伏見奉行所、石清水八幡、淀城と山城国内の
幕府の拠点を数日の間に次々と奪取されて京都奪還どころじゃなくなった



82 :日本@名無史さん:2010/06/16(水) 22:45:38
幕府政治は連合国家政治だから。日本に置ける天皇の立場がよくわかっていなかっただろうし。
日本の天皇とはキリスト教における教皇であると理解して彼らは日本を理解していった。

83 :日本@名無史さん:2010/06/16(水) 22:50:02
ヨーロッパ諸国と違って日本は早くに国家体制を整えたという事がその後の国家発展をすることになる。

84 :↓ブックマーク推奨:2010/06/20(日) 18:16:25


NHKの極左売国捏造路線何とかなりませんか?19
http://yutori.2ch.net/test/read.cgi/nhk/1273991231/
次スレ
NHKの極左売国捏造路線何とかなりませんか?20
http://yutori.2ch.net/test/read.cgi/nhk/1276388465/









85 :日本@名無史さん:2010/06/20(日) 18:22:12
面白いブログがあった、いっぺん読んでみて。

武田鉄矢の『坂本竜馬』が懐かしい(迫真のラストシーン)

http://blog.goo.ne.jp/aozora110/e/72273b0530cf8ea4b86609dd3c6944e3


86 :日本@名無史さん:2010/06/20(日) 21:38:31
>>81
敗因は「偽錦旗」と豚一の鳩ポッポ的リーダーシップに尽きるね。

87 :日本@名無史さん:2010/06/20(日) 22:15:21
江戸時代の方がよかった。
この人のおかげで日本の美徳がどんどんなくなったしまうはめになった


88 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 00:35:35
>>85
どうでもいいけどその映画のラストシーンは菜の花が咲き渡る豊前小倉城下赤坂で肥後熊本藩のガトリング砲が奇兵隊めがけて炸裂する場面のはずだが・・・

89 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 03:20:47
>>86
まあ、そうではあるけど、なまじっか勝ったりしたら、かえって駄目になってたことは確かではあるね。
幕府には、長年の太平になれきって事なかれの役人根性が染みついた連中が骨絡みになった
ままだったのだから、そういうのがのさばり続けたりしたらどうもならん。

90 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 16:35:44
一部の開明的な幕臣挙げて、徳川でも近代化は出来たって言ってる奴いるが
江戸初期のような諸藩締め付けを目指したい、強烈な保守派も多かったしな

つーか慶喜ばかりに責任転嫁するのはいい加減なくせ
旧幕軍は現場指揮官が致命的。兵隊一人一人の錬度は高いのにそれを活かせる人間がいない
血気にはやるだけはやって何が出来るか分からん連中だ

91 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 01:34:07
なんだよね。
「お上のご威光」をふりかざせば恐れ入るという発想が
骨の髄まで染み込んだのが居座って、寄ってたかって
開明派の足を引っぱったわけで、組織として腐り
果てていたとしかいいようがない。

だからって、何代も前の戦功の上にあぐらをかき続けた
手合いが、腐っている自分で自分をリストラするような
ことはない と。

だから、薩長が代わりに丸ごとリストラして、使えるのは
取り込んで何とかなった と。

慶喜も、放り出すという決断だけ目立つけど、
小うるせえだけで役に立たねえ子分ばっかりで
やってられねえって目に何度も遭わされたから、
ちゃぶ台をデーイってひっくり返しただけだったりして。


92 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:28:43
ま〜結局、坂崎紫瀾が自由民権運動のための小説の材料に龍馬を使ったお陰なんだわな〜w
おまけに「維新土佐勤王史」なんつう代物まで脚色しやがった
なんて事を書くと「維新土佐勤王史」厨が必死になるがな〜w

昨日ヤホー知恵袋見てたらそんな馬鹿がいたよ
「hagetokeyaさん」とかいう奴なんだが完全にいかれてるよコイツは
何でもかんでも「維新〜」が正しいと思ってやがるw
んな訳ないだろ〜? あれは坂崎が脚色してるんだしさ〜

93 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 06:04:37
小説・マンガだけの人でしょ…

94 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 17:16:01
坂本竜馬は植民地支配の根本原因!

NHKドラマ人気の「坂本竜馬」を見ていますが、竜馬こそ韓国植民地支配の根本原因を作り出した人物であることがはっきりしてきました
竜馬は言動は日本の極右思想の原点である
外国からの侵略防ぐために強い海軍が必要だと説いていた
日本は藩別に争いをするのではなく一致団結して外国勢力と戦う準備をしなくてはならないと説いていた
この思想こそアジア侵略の大本思想である
坂本竜馬が存在しなければ韓国植民地支配も無かったことがはっきりした
ですから竜馬は韓民族の敵であることがはつきりした
竜馬は日本では人気ある
私高知に行ったことあるが桂浜に龍馬立っていた
竜馬は高知県の英雄であるようだ
韓国では憎き侵略思想の大本であることに変わりない
公共放送であるNHKが韓国侵略の思想的根源の竜馬を美化して描いていることに腹立たしい
私たちが払った受信料で製作されていることに更に怒りがこみ上げている
この真実を韓国人たちに知らせることが私の使命だと思えてきた
坂本竜馬こそ韓国を食い荒らした侵略思想の思想犯である
高知にも物理的打撃を加える候補地に照準された
竜馬を恨みなさい!

95 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 18:03:11
>>94

な ん だ こ の 中 国 人 は

96 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 18:12:47
でも90年代から龍馬はなぜか韓国で大人気w

97 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 18:33:16
坂本龍馬のスレ、ファンもアンチも中立も、乱立気味
それだけ坂本龍馬の知名度と影響が現代でも大きいと言う証拠か。

98 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 19:31:31
中途半端なとこで死んで何とでも言えるからだよ

99 :日本@名無史さん:2010/07/14(水) 21:51:01
なんで龍馬が桂や西郷たちと同列にものが言えたんだ…わっからんナ。不思議だ

100 :日本@名無史さん:2010/07/15(木) 02:10:07
>>99
西郷も桂も、旧来の杓子定規な制度、特に身分制とかに捕らわれないタイプ、
というより、そういうのを、表向きはいちおうは尊重しても、腹の底では徹底して
軽蔑してるタイプだからこそ、維新の原動力になったわけで、何のバックもないに
等しい土佐の馬の骨と対等につきあうことがあっても何の不思議もないじゃない。

まあ、勝の弟子筋ということで、実態以上に過大視された面もあるだろうけど、
旧来の杓子定規な制度、特に身分制とかに捕らわれない点ではむしろ上だから、
馬があっただろうことも間違いないし。

101 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 18:15:57
幕末の優れた志士は身分にこだわらず、譲らないものは譲らないが
良い意見は、聞き入れる度量があった。

102 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 19:32:21
センキューフォー坂本>>>>>>>>>>>センキューフォー坂本妹、坂本美樹>>>>>>>>>>>>>
>>>>>>>>越えられない壁>>>>>>>センキューフォー坂本
ホントに変な株式会社勝手に作ったやつは氏んで欲しい!

103 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 21:25:32

■明治維新の英雄の思想状況■

サヨク                                             ウヨク


                                                 吉田松陰
                                    高杉晋作
                                    伊藤博文
                                    山県有朋
                                                 久坂玄瑞
西郷隆盛
                                             大久保利通
   坂本龍馬
                              木戸孝允
                              井上馨




104 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 23:38:02
幕末にサヨク、ウヨクの意味が分からん

なんで西郷がサヨクなんだ?
坂本=西郷=馬鹿なら話が分かるが

105 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 11:10:21
よく龍馬の逸話に
これからは鉄砲の時代じゃ、これからは万国公法の時代じゃ
…っていうのがあって龍馬は常に最先端を行ってたということになってるけど
それ全部誰かに教えて貰った受け売りじゃないかw
よく考えると最先端を一歩後から真似て周囲に自慢して悦に入ってる小物にしか思えん逸話だw

106 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 15:57:39
>>103->>104
うーよく分からんが
サーよくも悪くもいろいろな考えがあったのだろう。

107 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 01:45:44
>>105
下らないところだけしか見えないのがいるのも、ま、仕方のないことだな。

108 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 11:13:14
坂本龍馬は歴史上では小物なのだが、何故こんなにもてはやされるのか俺には理解できない。
どう考えても高杉や大久保の方が上だろ


109 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 18:03:21
どう考えても大村益次郎の方が格上です。

110 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 23:43:33
司馬の妄想小説でしか歴史を知らない人はいらない


111 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 00:09:47
靖国神社の入り口の上に立っている銅像は大村益次郎だ

112 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 00:15:26
歴史小説とか読んでると。
坂本龍馬って別にたいした事ないなって思う。

評価されるのって


113 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 23:09:02
高杉晋作はウヨクの神様

坂本龍馬はホストの神様

西郷隆盛はナルシストの神様



114 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 03:12:26
英雄然とせず、万事に気さくそうなところが功績とのギャップもあり、
万民に受けている人物なんだろうな

115 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 17:13:16
寺田屋って何故に刀傷とか柱に残っているのか不思議だね
昔見学して感動したものだが・・・どうも寺田屋って?

116 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 23:04:28
>115
だって、あれって後世の再建って確定したし


117 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 23:20:04
>>115-116
京都の人は逞しいから。
龍馬だろうが新撰組だろうが面従腹背で商いに繋げるよ。

修学旅行で土産物屋の人に聞いたら
「新撰組はヤクザだよ。薩長もそう。京都の町で戦ばっかり!嫌いだけど売れるからね」だとさw

118 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 00:36:45
>>117
その土産物の人は何歳なんだ
もう誰も新撰組や薩長なんてリアルに知らんだろ

結局、歴史小説や資料から批判してる人
それなら京都人でも誰でも同じ事

当時の京都人は長州よりで、新撰組は嫌われていたらしい


119 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 00:52:03
この前の戦争が応仁の乱だったりする京都人からみたら幕末なぞヤクザの出入りみたいなもんでしょ。

120 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 19:45:35
あと龍馬が人気を博している原因であまり言われないと思うが・・・
「龍馬」と言う名前も結構ポイントだろうと思うw

機を見て一気に天に翔け上る龍、一日千里を走る馬
…如何にもヒーローに相応しい名前w

同じように名前のかっこ良さと言えば知名度人気No1の剣豪、「宮本武蔵」とかがいるw

元々「上り兵法下り音曲」と言われ武道剣術と言えば東日本で
関東の地名が名前と言うのは中々ポイントが稼げるw

「しんめんたけぞう」なんて名前だったらここまでメジャーになっていたかどうか

龍馬にしろ武蔵にしろやっぱ名前って大事だよなwww

121 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:00:02
>あと龍馬が人気を博している原因であまり言われないと思うが・・・
>「龍馬」と言う名前も結構ポイントだろうと思うw

そのことなら
前に読んだ小説でおちょくられていたよw

佐々木只三郎「才谷梅太郎・・・」
坂本龍馬「サイタニ? 人違いだろう、失礼な」
佐々木「お前のことだ! 京都では才谷梅太郎の変名で通していたのだろうが!」
坂本「ああ、そんな設定もあったな」
佐々木「設定というな、史実だ」
坂本「読者に分かりづらいから坂本龍馬でいいよ。字面も語感も幕末のヒーローにぴったりだ」

こんな感じ。

122 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:59:13
龍馬のは小説で有名になっただけで。

123 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:01:35
龍馬の・・色んなのって

なんで有名になったんだろ

124 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:31:50
龍馬は西郷の犬だったってホント?

125 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:21:33
薩摩藩家老小松帯刀出資の亀山社中の成立以来、亀山社中と坂本竜馬は薩摩藩の管制下にあった。
長州藩への武器売却は薩摩藩の依頼に基づくものであったし、薩長同盟の成立に際しても薩摩藩の依頼があった。

しかし、本人にその意思がなかったと言う訳でもあるまい。

その後、土佐藩家老後藤象二郎にも出資を仰ぎ、亀山社中は海援隊に改組される。

そして、坂本龍馬は土佐藩と薩摩藩との同盟関係締結へと動く。
彼がこの時土佐藩へ推進を強く勧めたものが、徳川慶喜へ大政奉還を行うように強く勧めることであった。

薩摩藩は討幕にあたって、徳川慶喜が徳川幕府の既得権を自ら投げ出す可能性については悲観的と判断し、
徳川幕府の諸権利を奪う勅令を、朝廷から出させることに政治力を行使していた。

だが徳川慶喜は、京都の自らの政権(一会桑)に諸侯会議を加え、正規の政府へと改組する構想を持っていた。
幕府から新政権に政府の地位を移す過程として、一旦幕府の持つ権利を朝廷に返納する行為が考えられた。
土佐藩はこれに積極姿勢を示すことで、徳川慶喜に大政奉還を行う気にさせることが可能であった。


要するに、大政奉還実現は、薩摩藩の目指す方向には適ってはいたが、思惑を越えた行為であった。
この時点での坂本龍馬は、薩摩の単純な犬ではない。

126 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:38:05
龍馬が歴史舞台の表に出てきたのは勝海舟の引き立てがあって以降という事に異論はないよね。

127 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:53:28
>>115
金ほしさによくもまあこんな長い間世間をだまし続けたね寺田屋さん


128 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:57:52
>>125
この時の、西郷、坂本の幕府に対する思惑の微妙な差異が
坂本暗殺の黒幕説として薩摩を浮かびあがらせる所以であった〜

この頃、坂本、後藤は各藩に赴き、大政奉還の重要性を説いて廻っていた
近江屋事件直後、驚いた各藩は、独自の調査網を使い、暗殺の背景を探った

その結果、土佐藩、薩摩藩などが浮かび上がってきた
特に鳥取藩の調査では、薩摩支藩の〜

                                        つづく

129 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 01:40:07
>>128
君は阿呆かい
大政奉還は薩摩が望み、不可能だと諦めていた果実であった。
これを取って来ることは薩摩にとっては予定外ではあったが、望んでいない訳ではなかった。

130 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 02:05:01
>>129
君はドアホやろ
土佐が慶喜に奉還の建白をする→慶喜が一蹴する→武力により幕府を打倒する
これが薩摩の見通しであった
慶喜が先手を打って、奉還を受け入れたので 武力行使の大義名分が消えた

薩摩、 徳川を残しての新政府はありえないし、うまくいかない→武力で打倒
     朝廷工作も準備完了済み

土佐、 大政奉還はするが徳川家は残る

坂本、 徳川は打倒したいが新政府に抗しないなら存続も可
     何より、親幕派の容堂、後藤jらが承知しないので先ずは大政奉還が先

すんなり大政奉還されたら薩摩は振り上げたこぶしが下ろせなくて、困るんだよ
それぞれの考えが微妙に違うことをよくミロやー

131 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 02:36:21
>>130
その解釈は成立しません。
幕府が政権を朝廷に返納した時点で、薩摩は幕府に政府としての敬意を払う必要がなくなります。
これは薩摩にとって討幕への中間目標の一つでした。

つまり、大政奉還は薩摩も希望していたことです。
しかも振り上げた拳は、政府でもない旧幕府へは容易に下ろすことができます。
王政復古の大号令は、徳川慶喜の大政奉還を利用した上で、更に多大な要求を旧幕府に求めるものでした。


ちなみに、あなたの解釈は中村彰彦が盛んに唱えましたが、実際のところ研究者の意見としては少数派です。

132 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 03:41:15
>>126
そりゃそうだ。

133 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 04:09:16
朝廷から任ぜられた征夷大将軍であるからこそ、朝廷に代わって夷狄を征する義務が生じると同時に、
必要に応じて兵力を動員する権利と、出先で必要に応じて臨時の政庁=幕府=を設ける権利が
生じていて、諸侯はそれに従うことを義務づけられてきていたわけだから、それを奉還したら幕府が
消滅して、当然の帰結として、徳川に従う義務自体が消滅するから、諸侯が攻め立てるには、
大義名分の点で都合が悪いことなど全くありえず、好都合でしかあり得ない。

・・・ということでよろしい?

134 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 04:44:45
ただ、「討幕の密勅」を実行するには、当然、徳川が征夷大将軍に留まっていなければならないけど、
慶喜が放棄したので「肩すかし」を食らったのは事実だよね。
そこで、内実はともかく、単一勢力としては依然として最大のままの徳川を倒し、かつ、
それを容易にするために徳川陣営を切り崩して味方につけるための、何らかの強力な
理由必要になる。

そこで考案されたのが、「王政復古」という名目で、天皇が昔のように直接的に政治を行うこととして、
天皇が、徳川を討伐するとともに、徳川が私したままになっている官位や土地を没収することに
決めたから、お前等皆その命令に従え。
その命令は、全てを統治する天皇から直接受けたものであって、それ以外のあらゆる事柄に
優先して適用されるから、「天皇の命を受けて幕府を開いていた徳川」に従っていた者であっても、
従うのが当然であって、主従関係等のいかなる規範にも反することは絶対にあり得なず、
逆らうことは「全てを統治する天皇に対する反逆となってしまう」から怖いぞ
という形に仕立てたと。

・・・ってなところでしょうか?

135 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 08:31:40
>>131
>幕府が政権を朝廷に返納した時点で、薩摩は幕府に政府としての敬意を払う必要がなくなります。
逆に言うと、薩摩が幕府を倒す為の大義名分も無くなる。
だから、「王政復古」と言う次の手を打ち出すしかなかった。
一刻も早く武力行使に踏み切りたい薩摩は大政奉還を望んでなかったと見るのが正解だろ



136 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 12:49:58
>>135
幕府を討つためには、幕府の日本国政府という地位を奪っておくことが不可欠でしょう。
大政奉還によって、薩摩の望む討幕体制が一気に整ってしまったと思います。

それに、実際は徳川慶喜は大政奉還を行う必要はありません。
諸侯を集め、天皇の承認の下に新体制に移行する宣言を出せば、それで慶喜にとっては充分です。

慶喜の大政奉還による日本国政府としての地位の朝廷への返還は、
慶喜の天皇重視姿勢が行き過ぎた、不要な譲歩であったと思います。

137 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 14:14:41
>>136
大政奉還により、既に倒幕は達成できました。
しかし、それは薩摩が望む物では無い。
薩長は武力による徳川完全排除が狙い
そのために徳川との戦争状態に引きずり込まなければならない

それに対して徳川は長州征伐の失敗から戦争無し新体制へ参加する事が狙い
大都市江戸を持つ徳川は、新体制に参加できれば、
新体制の中で主導権を握ることは容易い。

王政復古も大政奉還も全て徳川の狙い通り。
鳥羽伏見で戦いが起こった事が誤算

要するに徳川は大政奉還しないで、薩長と武力衝突するか、
大政奉還して新体制への参加の道を選ぶかの問題。

徳川は、後者を選びなんとか戦争回避したが、
結局薩摩の江戸焼き討ちに載せられて戦争状態になってしまった。

138 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 14:33:19
辞官納地も必要不可欠

139 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 14:35:38
朝廷を手放して当座の戦闘を回避しても、
朝廷に政権を委ねた上で朝廷を薩長に渡してしまえば、政権など旧幕府に帰ってくるわけがない。

自らの政府としての地位を朝廷に返納したなら、
朝廷の確保は最低条件として必要だ。

大政奉還を「戦闘を避けた英断」とする説には欠陥を感じる。

140 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 19:32:46
>>139
大政奉還は「戦闘を避けた英断」と言うより
朝廷の言うことを聞いとけば新体制に参加できると言う
徳川慶喜の甘い読みだったと言うのが正解だと思う。

薩摩が是が非でも徳川と戦争をしたいとは思ってなかった。
外様を政権に参加させれば満足すると思っていた。

しかし、薩摩は新体制での主導権を握る為に
長州と同じ徳川に勝ったと言う栄誉が欲しかった。
徳川慶喜は、薩長が新体制で対立すると思ってたが、
戦争をしてまで排除されるとまで思ってなかった。


141 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 19:43:07
島津久光は、自らが創設した諸侯会議に徳川慶喜を招き寄せたばかりに、
肝心の会議では毎回慶喜に意見を潰されたばかりか、諸侯会議を乗っ取られてしまっているから。

それで
>薩摩が是が非でも徳川と戦争をしたいとは思ってなかった。
>外様を政権に参加させれば満足すると思っていた。

島津久光は最初はその路線だったのに、慶喜に排除されたのですよ。

>戦争をしてまで排除されるとまで思ってなかった。

やった行動に比べて自覚が薄いですね。自己中心的と批評されるわけです。

142 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 21:48:48
>>141
>島津久光は最初はその路線だったのに、慶喜に排除されたのですよ。
だから島津久光は長州支持にまわったんだよ
議会になると狡猾な慶喜の足元にも及ばない事を思い知らされた。
逆に慶喜は議会になれば確実に主導権を取れると確信した。
しかし長州征伐で負けた事で、慶喜は戦争の自信を無くした。
だから、大政奉還は、政権参加を求める外様への戦争回避の妥協です。

>やった行動に比べて自覚が薄いですね。自己中心的と批評されるわけです。
多分、四侯会議の事を言っていると思うが、慶喜はこの時も戦争になるとは思てなかった。
これが島津久光との最後の会議になるとは思っても見なかったと思う
それだけ慶喜は徳川の軍事力を過大評価していたし、逆に薩摩は過小評価していた。


143 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 23:35:41
外様で直前まで無位無官で藩主ですら無い久光だから
慶喜は相手にしなかったのかな?
高貴な血筋の慶喜からしたら、身の程知らずの田舎者といったところか

144 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 23:52:38
薩摩が大政奉還反対で是が非でも武力で徳川を倒したかったなんてご都合主義
鳥羽伏見の戦いにしろ勝てる自信なんてのはなかったし
むしろ普通に負けてもおかしくない
後世から見ればあんまりにもあっけなく勝ったからすべて薩摩の計算通りでしたみたいの延長で
最初から勝てると踏んで是が非でも武力で倒したいなんてなるけど

145 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 00:08:59
慶喜=超エリート=切れ者=口が達者=都会人=土壇場では保身
久光=根暗=田舎の権力者=ぼんくら

結局、鹿児島は西郷に乗っ取られるのだから島津が賢侯とはいっても
所詮、限られた殿様のなかでは賢侯の中に入る程度だろ

146 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 00:12:12
>>144
形勢が不利になったら 一旦九州まで引いて態勢を
立て直シテ反撃の機会をうかがうつもりだったらしーな

ま幕府は小栗や勝を使えば勝てたが
勝は恭順派だし、肝心の慶喜が全く戦う気のないヘタレだからな

薩長が勝ったんではなく、 慶喜の無気力で勝手に幕府がこけただけ〜

147 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 00:13:12
>>144
それなら、何故、薩摩藩邸焼き討ちになるまで江戸で騒ぎを起こしたのか?
それが説明できないなら説得力ないよ


148 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 00:23:20
勝海舟の駒だな龍馬は。

149 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 00:25:12
すばらしい書き込みばかりで
龍馬はなんか蚊帳の外
実際この程度だったのかな?

150 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 00:26:46
>>148
それも捨て駒
拾った薩摩も捨て駒あつかい

なのにヒーローって


151 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 00:28:04
>>147
あれは徳川の領地返還で対立してだ
それほど徳川を討ちたいのならなぜ江戸総攻撃を中止したのか、慶喜にしろ容保も結局助命されてる

152 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 00:31:33
>>151
ちくと説得力がないぜよ

153 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 01:14:02
>>149
龍馬なしでも、明治維新は成立したからだと思うのですよ。

154 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 08:11:56
坂本龍馬が過大評価なのは、
1 明治になるギリギリまで生きていたから、そこそこ有名になった
2 非業の死を遂げた

だと思います。もしもっと早く死んでいれば橋本左内のように、コアな
歴史家で無ければ?な存在だし、明治まで生きていても政界では生きられなかったでしょう。

明治という新しい時代が来る寸前で若くして亡くなったため、
『生きていればきっと』という感情が移入したのだと思います。
日本は判官贔屓の国だから。

155 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 11:03:22
一番いいころあいに死んだってことですね

156 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 14:31:17
龍馬が生きておれば 坂本商会を設立し、政商として
一大コンツェルンの親玉として世界を駆け巡っていたであろう
岩崎弥太郎は坂本海運の番頭さんだw

新政府の要請で何かの役人に就任するが かったるくて
すぐに辞めてしまうだろう〜

晩年はおりょうを連れて、世界旅行だw

157 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 20:09:29
>>151
俺は徳川を殺す事が目的とは言って無いよ
徳川の政治的排除と何度も言っている。

江戸無血開城と引き換えに徳川は命は助けられた。
西郷、大久保により薩摩側は政治的主導権を手に入れた。
要するに江戸開城により新政府の政治目標は全て達成された。
それに無血が付いたのは勝の才能や慶喜の保身が影響していると思う。

>あれは徳川の領地返還で対立してだ
あまり説得力ないぞ
あのピリピリした時代にそんな事すれば戦争になるのは当たり前
現に、それを聞いた幕府側軍隊は慶喜を無視して鳥羽伏見で戦争始めた。
薩摩は大政奉還前から戦争したがってたが、それを何とか慶喜が政治的に回避していた。
むしろ鳥羽伏見までは慶喜の計算通りだったと俺は思う。



158 :日本@名無史さん:2010/07/27(火) 00:41:03
>>154
陸奥宗光のプレゼンテーションの巧さでしょ。

159 :日本@名無史さん:2010/07/27(火) 00:42:38
>>156
「坂本商会」は、特有の放漫経営ですぐ潰れたんじゃないかな。
いろは丸の件なんかを見ても、部下をキッチリ掌握するということを、
やらないというよりできないアバウトな人物だったとしか考えようがないし。

160 :日本@名無史さん:2010/07/27(火) 19:01:04


161 :日本@名無史さん:2010/07/27(火) 20:05:57
坂本が有名になった理由が分からん

司馬妄想小説の賜物か

162 :日本@名無史さん:2010/07/27(火) 20:29:27
俺も分からんが、司馬の「竜馬がいく」
と武田鉄矢がテレビで坂本龍馬の名前を
何回も連呼した影響が大きいのかな?
「坂本龍馬が居なければ、今の日本は無い!」
なんて言ってる奴を見ると、笑えてくる。

163 :日本@名無史さん:2010/07/27(火) 22:24:41
>>157
大政奉還と領地返上は違うぞ
大政奉還は幕府の政権を朝廷に返しますという名分上の政権移譲でしかない
400万石と言われた徳川が領地返上しないと朝廷は領地も収入も0でやってけない
薩長が領地の返上迫るのは当たり前で、でなければ単なる名文上の倒幕でしかない

164 :日本@名無史さん:2010/07/28(水) 00:07:31
映画やテレビが1966年の「竜馬がいく」以降に圧倒的に多く作られているから、
やはり小説の影響が大きい

歴史的小物でも小説が受ければ教科書にも載るって可笑しいだろ



165 :日本@名無史さん:2010/07/28(水) 00:12:34
慶喜が辞官納地して諸侯会議に参画することに成功したら

アラブ首長国連邦のように、諸藩連邦国家になってたかもしれん
国家元首は帝、首相は徳川家が慣例によって世襲って形になってたかも…

166 :日本@名無史さん:2010/07/28(水) 01:28:37
>>164
戦前の方が龍馬を主人公とする映画が沢山作られている。
それに明治30年頃から中学の教科書に坂本龍馬の名前が登場している。

>歴史的小物でも小説が受ければ教科書にも載るって可笑しいだろ
そういうのは司馬遼太郎の過大評価。


167 :日本@名無史さん:2010/07/28(水) 20:20:12
>>166
しらんかったw
戦前から騙されたやつが多かったと言うことかw


168 :日本@名無史さん:2010/07/29(木) 00:01:50
土佐閥のプロパガンダ活動なんだから
戦前からもそりゃあるだろ

169 :日本@名無史さん:2010/07/29(木) 01:22:57
坂本龍馬が有名になった一番のきっかけは、
日露戦争のときの皇后の夢枕を通じてのプロパガンダ。

それがらみで詩が作られ、文部省唱歌になったし、
日露戦争中に連載された夏目漱石の『我輩は猫である』でも剣豪として言及されている。


170 :日本@名無史さん:2010/07/29(木) 22:42:14
学者の中村武生さんは竜馬をどう評価してるんだろう

171 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 00:49:47
>>164
明治時代の教科書の記載例

重田定一,高山栄一 『中学日本史』 内田老鶴圃 (明治32年)
ttp://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/770122/94
<是より先、土佐の坂本龍馬等薩、長の間に周旋す.薩藩依て其議を変じ、
 西郷隆盛、黒田清隆等を長州に遣はし、木戸孝允等と謀り、合同を約す.
 幕府之を知らずして、征長の師を起し、薩藩観望して兵を出さず.>

島村東洋編 『日本史』 修学堂 (明治41年)
ttp://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/899986/83
<是より先き薩藩西郷隆盛、大久保利通等幕府の救ふべからざるを知り
 相共に努力して国事に与さんと欲し長州征伐の際窃に使者を長藩に送る
 長藩木戸孝之に応じ旧怨を釈いて共に国事を図らんとす
 土藩坂本龍馬亦た之を賛し和議密に成る 然れども幕府之を知らず
 既にして征長の軍東に反返り長、薩二藩連合して討幕の軍を起さんとす
 土藩之を愁ひ藩主容堂、後藤象二郎を遣はして慶喜に説かしむ
 象二郎、慶喜に謁し時勢の変を述べて政権を返上せんことを勧む>


172 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 00:51:14
大正時代の教科書の記載例

高橋俊乗 『国民日本歴史』 冨山房 (大正7年)
<薩摩の西郷隆盛は使を長藩に遣はして両藩の好を通じることをすゝめ、
 土佐の阪本龍馬も中に立つて周旋したので、久しく不和であつた両大藩は
 一致の行動を執ることゝなつた。而も朝廷も幕府も之を知らなかつたのである。>

<曩に三条実美等の七卿は京都を脱して長州藩にたよつてゐたが、
 慶応元年正月実美等五人は大宰府に移つた。
 この間実美等は土佐の阪本龍馬等の志士に在京の廷臣と通じさせ、
 且薩長二藩の間を周旋せしめたのである。
 時に岩倉具視は罪を蒙つて蟄居中であつたが、密に志士と接し、
 実美等と意気が相合してゐた。>

中等教科研究会 『新日本史』 有精堂書店(大正8年)
ttp://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/986533/78
<土佐藩士坂本龍馬、中岡慎太郎等実美等と通じ薩長の間に奔走し
 両藩を提携せしめ又岩倉具視(トモミ)と実美とを結ばせた。
 慶応三年具視は薩摩藩士西郷隆盛小松帯刀(タテハキ)大久保利通等と謀り、
 長藩の士木戸孝允(タカヨシ)其謀に興り
 朝廷は遂に討幕の密勅を薩長両藩に下し給うた。>


173 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 00:53:07
坂本龍馬を主に扱っている戦前の書籍を nacsis webcatで検索するだけでも以下の通り。

1883年 汗血千里駒 坂崎鳴々道人(紫瀾)原稿 雑賀柳香補綴 摂陽堂
(1885年 汗血千里之駒:天下無雙之豪傑坂本龍馬君之 春陽堂、偉業館)
1896年 阪本龍馬 弘松宣枝著 民友社
1897年 阪本龍馬 土田秦著 三末堂
1900年 坂本龍馬 坂崎鳴々道人(紫瀾)著 水野年方画 博文館
1911年 阪本竜馬 和田恒彦(天華)著 東亜堂書房
1913年 坂本龍馬言行録 渡辺修二郎著 内外出版協会
1914年 坂元龍馬 千頭清巨著 博文館
1917年 坂本龍馬言行録 川又慶二著 東亜堂
1926年 坂本龍馬関係文書 岩崎鑑川編 岩崎英恭
1927年 莊的風雲兒坂本龍馬 森茂著 金鷄學院
1927年 風雲兒坂本龍馬 山下白雲著 龍馬会
1927年 雋傑坂本龍馬 坂本中岡兩先生銅像建設會編 坂本中岡兩先生銅像建設會
1928年 坂本龍馬 真山青果著 新国劇事務所内柳蛙書房
1929年 坂本龍馬海援隊始末 平尾道尾著 萬里閣書房
1931年 少年坂本龍馬の背生涯 神谷敏夫著 大同館書店
1935年 坂元龍馬 中川重著 日本社
1938年 坂元龍馬 元文社編輯部編 元文社
1942年 坂本龍馬:讀切講談 一竜斎貞鏡著 天佑書房
1942年 坂本龍馬先生 高知県学務部編 高知県学務部


174 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 00:55:30
戦前から現在まで公開された、坂本龍馬が主人公、ないしは準主人公クラスの映画は以下の通り。
(日本映画データベース参考)

1911年08月15日、吉沢商店製作『坂本竜馬』
1912年06月28日、横田商会製作『坂本竜馬』
1914年03月01日、日活(京都撮影所)製作、牧野省三監督『坂本竜馬』
1921年11月30日、帝国キネマ演芸製作、中川柴郎監督『坂本竜馬』
1924年11月12日、松竹キネマ(下加茂撮影所)製作、大久保忠素監督『坂本竜馬』
1926年11月10日、日活(大将軍撮影所)製作、波多野安正監督『憂国の少年』
1927年10月21日、帝国キネマ演芸製作、深川ひさし監督『竜馬暗殺 前後篇』
1927年12月31日、高木新平プロダクション製作、尼崎優之助監督『阪本竜馬』
1928年01月07日、日活(太奏撮影所)製作、清瀬英治郎監督『阪本竜馬』
1928年05月18日、阪東妻三郎プロダクション(太奏撮影所)製作、枝正義郎監督『坂本龍馬』
1931年01月05日、帝国キネマ演芸製作、石田民三監督『海援隊長 阪本竜馬』
1931年02月25日、帝国キネマ演芸製作、石田民三監督『海援隊長 阪本竜馬 京洛篇』
1932年07月15日、河合映画製作社製作、長尾史録監督『阪本龍馬』
1933年10月19日、朝日映画聯盟製作、志波西果監督『海援隊快挙』
1936年08月13日、松竹キネマ(太奏撮影所)製作、冬島泰三監督『坂本竜馬』
1939年02月01日、松竹(下加茂撮影所)製作、秋山耕作監督『坂本竜馬の妻』
1939年11月30日、日活(京都撮影所)製作、辻吉郎監督『海援隊』
1942年05月14日、大映(京都撮影所)製作『維新の曲』
1952年09月10日、東映(京都撮影所)製作、丸根賛太郎監督『満月三十石船』
1970年02月14日、中村プロダクション製作、伊藤大輔監督『幕末』
1974年08月03日、映画同人社=ATG製作、黒木和雄監督『竜馬暗殺』
1986年01月25日、東京放送=電通製作、河合義隆監督『幕末青春グラフィティ Ronin 坂本竜馬』
1987年10月17日、アルマンス企画製作、山下耕作監督『竜馬を斬った男』
1987年12月19日、東宝映画製作、松林宗恵監督『ゴルフ夜明け前』
2002年09年14日、東宝=博報堂製作、市川準監督『竜馬の妻とその夫と愛人』


175 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 00:58:18
上記の映画以外に、坂本龍馬の配役が確認できた映画は以下の通り。
(多分検索漏れがあると思われる)

1924年06月06日、マキノ映画製作所(等持院撮影所)製作、後藤秋声監督『血桜』
1924年07月01日、日活(京都撮影所)製作、池田富保監督『燃ゆる渦巻 第四篇』
1926年03月19日、マキノプロダクション(御室撮影所)製作、沼田紅緑監督『孔雀の光 第二篇』
1926年04月30日、マキノプロダクション(御室撮影所)製作、沼田紅緑監督『孔雀の光 第三篇』
1926年12月31日、阪東妻三郎プロダクション(太奏撮影所)製作、安田憲邦監督『乱闘の巷』
1927年05月29日、衣笠映画聯盟=松竹キネマ(下加茂撮影所)製作、衣笠貞之助監督『勤王時代』
1928年02月10日、マキノプロダクション(御室撮影所)製作、曽根純三監督『角兵衛獅子功名帖』
1928年09月27日、日活(太奏撮影所)製作、池田富保監督『維新の京洛 竜の巻 虎の巻』
1928年12月11日、阪東妻三郎プロダクション(太奏撮影所)製作、犬塚稔監督『新撰組隊長近藤勇 第一篇』
1929年05月10日、阪東妻三郎プロダクション(太奏撮影所)製作、犬塚稔監督『新撰組隊長近藤勇 第二篇』
1930年07月13日、東亜キネマ(京都撮影所)製作、後藤岱山監督『続・鞍馬天狗 電光篇』
1933年08月31日、日活(太奏撮影所)製作、伊藤大輔監督『月形半平太』
1934年05月17日、松竹キネマ(下加茂撮影所)製作、冬島泰三監督『月形半平太』
1935年10月11日、P.C.L.映画製作所製作『エノケンの近藤勇』
1939年03月30日、日活日活(京都撮影所)製作、池田富保監督『王政復古 担龍篇 双虎篇』
1955年06月05日、日活製作、滝沢英輔監督『六人の暗殺者』
1957年01月03日、新東宝製作、並木鏡太郎監督『桂小五郎と近藤勇 龍虎の決戦』
1969年08月09日、フジテレビ=勝プロダクション製作、五社英雄監督『人斬り』
1991年07月06日、角川春樹事務所製作、薬師寺光幸監督『幕末純情伝』
2003年05月15日、ENKプロモーション製作、かわさきひろゆき監督『綺麗に咲いた』

戦後になるとテレビドラマがメインとなるが、そちらの方では
さすがに司馬遼太郎設定が増えていると思われる。


176 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 01:09:01
>>173
清国との緊張間が高まると龍馬本が出版されるんですね。

177 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 01:13:26
>>171
幕末の有名人ってほとんど史実からズレないように丁重に伝えられてるのに
竜馬に限ってはありったけ好き勝手いじられまくってるよねw


178 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 01:31:10
まあ坂本龍馬は土佐閥のプロパガンダ活動の一環として
過大評価になっているという考察はあって然るべきだと思う。

また「一次史料がほとんど残っていない」というが、
直筆の手紙が多数残っているだけでも、当時の他の浪人に比べると、
実はかなり一次史料的には恵まれている方ともいえる。

ただ、最近になってどこぞの歴史小説家が書きたてるようになったのか、

「司馬遼太郎以前は龍馬は無名だった」
「現在知られている龍馬はほぼ司馬遼太郎の創作」
「司馬遼太郎のおかげで教科書に載るようになった」

なんて言説がまかり通っているが、これらはちょっとでも明治〜昭和初期の
文献を読めば嘘であることが判る。

まず幕末・明治時代の資料を当たり、明治時代中頃までにいかにして龍馬像が組み上げられ、
その上で龍馬の虚像を訴えるのなら説得力があるが。


179 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 01:50:50
日本人にとって歴史は豆知識だからしょうがない。


180 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 01:55:26
山縣有朋など元勲が明治末期あるいは大正までぴんぴんしていたのだから、
一部の歴史家が勝手に創作したと見るのは無理があるだろうし、むしろ龍馬伝説は最初から
官製のものだったと見たほうが自然ではないか。

自由民権運動家の「薩長藩閥政府」という非難をかわすために、維新は薩摩と長州の力
だけで成ったのではない、という事を強調する「物語」が必要だったのだろうか。

龍馬伝説は全くの創作というわけでもなく、しかし後世過大評価されるほどの事はしていない、
という事か。

181 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 02:11:59
ttp://bunbun.boo.jp/okera/w_shouka/s_kentei/k6_kougou_zuimu.htm
『皇后陛下御瑞夢』 検定小学唱歌6 (昭和4年)
作詞 加藤義清
作曲 納所弁次郎

1 相模の海の波のうへ 國のしづめの富士みえて
  常磐かきはにいやしげる 松の葉山の假宮に
  皇后宮のならせられ 寒さ避けます頃とかや

2 名島の磯にゆきかよふ 千鳥のこゑの更け渡る
  よるの大殿の御座近く 白衣の武士ひれふして
  いとおごそかに申す様 微臣は坂本龍馬なり

3 日露の空にたちまよふ 雲足いよゝ急なれど
  微臣もちからを海戦に そゝぎてまもり候へば
  吾海軍のかちいくさ うたがふべくも候はず

4 御心安くましませと 聞えあぐるやたちまちに
  白衣のすがたかきゝえて 岸にくだくる仇浪の
  音ばかりこそ残りけれ 實にも不思議の御瑞夢や

5 王政復古のそのはじめ 海援隊の長として
  よの仇浪をしづめたる 坂本龍馬その人は
  死して護國の鬼となりて 明治の御代にも使へけり


182 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 15:52:24
日露戦争当時、坂本龍馬はそれなりに有名になっていた。

夏目漱石の『我輩は猫である』(日露戦争当時連載中)
ttp://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/888725/25
<。××に聞くとそれは按腹揉療治に限る。但し普通のではゆかぬ。
 皆川流といふ古流な揉み方で一二度やらせれば大抵の胃病は根治出来る。
 安井息軒も大変この按摩術を愛していた。坂本竜馬の様な豪傑でも時々は治療を
 うけたと云ふから、早速上根岸迄出掛けて揉まして見た。所が骨を揉まなければ
 癒らぬとか、臓腑の位置を一度顛倒しなければ根治がしにくいとかいつて、
 それは/\残酷な揉み方をやる。後で身體が綿の様になつて
 昏睡病にかゝつた様な心持ちがしたので、一度で閉口してやめにした。>

『ベルツの日記』(菅沼竜太郎訳)の明治38年4月15日の日記
<そのとき、妻(ハナ)が驚きの叫び声をあげた――「あら、ここに坂本龍馬の
 墓がありますわ!――「どんな人なんだ、それは?」と、自分はたずねた。
 「ご存じありませんの?皇后さまのお夢の話を、なにかでお読みになりません
 でした?」――「いや、知らないよ。」――「昨年、戦争の始まったころ、
 皇后さまが大変不思議な夢をご覧になりましたので、これを御付の方の一人に
 おもらし遊ばされました。それによりますと、お見知りのない一人の男が、
 お夢に現れて――わたしは坂本龍馬と申す者でございます、今度の戦さは勝利
 でございますから、ご安心遊ばれますよう、お知らせ申しあげるため
 参上いたしました、この坂本龍馬めの申しあげることにうそ、偽りはございません
 ――と申し述べたそうでございます。皇后さまは、その男の様子、衣服などを
 お物語になって、そんな男が居ったかどうか、またどんな人物であったかを
 おたずねになりました。御付きの人は驚きのあまり、言葉も出ない有様でしたが、
 そのような男の居ったこと、仰せのとおりの様子をした人物であったこと、朝廷に
 尽くして死んだこと、京都に葬られていることなどをお答え申しあげました。
 それ以来、坂本は日本中で有名です。そしてこのお話は、
 国民を元気づけることにもなりました。」


183 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 16:49:18
藩を動かす程の政治力をもたない坂本が仮に暗殺されなくても
後の政局に影響を与える可能性が小さいのはガチじゃね?
そうなるとやっぱ過大評価の人物だろうね。


184 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 17:35:01
やる事やった後だから暗殺されてもされなくても一緒なのであって
その前のIFを考えるなら役割は大きかったと言える罠
過大評価の背景に維新正当化の意図があると見るなら
逆に過小評価する人には維新否定派の流れがあるんだろう

185 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 17:55:53
>184
意味がよくわからんが、坂本龍馬は実は平和主義者で、
生きていたら日本は帝国主義の道を歩まなかったという話は
トンデモ諭というのには同意するよな?

186 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 18:02:06
明治期まで生きなかったこと、藩命を帯びて動くほどの要人では無かったこと、
こういう部分で史料に出てくることが少ない。
故に創作の余地があって小説家には都合がいい存在だったと思う。

例えるなら幕末版の聖徳太子か?いずれにせよ、過小評価される人が
いればその逆もあるわけで、過大評価が悪いわけではない。

187 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 19:12:13
>>185
それは同意。
というかイッちゃってる平和主義者が仮想歴史まで持ち出して
明治以来の龍馬人気を利用しようとしてるだけだろ。
ただそういう人たちは会津や幕藩体制を極端に美化する
維新否定論者と層が重なる。明治の何を否定するか、ターゲットが違うだけ。

188 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 19:33:47
>>183
逆に、藩の財力や兵力を全く当てに出来ない立場でいながら、
維新史に名が残るほどのことを実際にやった人物というのが他に誰がいるか?
という疑問も生ずるじゃない。
維新の舞台で活躍した他の主な「登場人物」で、藩の財力や兵力なしで
何か出来たものがどれだけいるか?ともいえる。

ま、「藩を(曲がりなりにも)まとめて利用したからこそ”回天”が可能になった」
わけで、設問としてあんまり意味を成してないけど。

また、後の政局にどう影響できたかは、確かに怪しい面はあるけどね。
いろは丸の件だけ見ても、直属の部下でさえもキッチリ掌握しないで
適当にやらせておくタイプの人物で、そういうのを好むタイプの人間しか
寄ってこなかったとしか考えようがないのだから、カッチリした「勢力」を
持つことは考えにくいし。

189 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 23:23:49
>>188
功山寺決起の高杉がそうじゃないか?
まあ、伊藤博文の力士隊を藩の兵力と見るかどうかだが


190 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 23:54:10
龍馬はしばさんの筆でしょ。所詮さ。

191 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 03:22:40
振り出しに戻るw

192 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 14:49:01
司馬遼太郎の坂本像というけど、藩をなくして日本に統一し、
天皇以外の権威を排し、諸外国と対等にという主張では、
むしろ戦前の坂本像をそのまま引き継いでいる。


193 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 16:56:29
>>192
その主張は坂本オリジナルでもなく、かつ坂本は
その実現の為に対して、あまり役に立ってない。

194 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 20:17:45
仮に司馬が考える竜馬像を
裏付ける資料が万一発掘されたら
きっとおまいらは
物凄い手のひら返しをするんだろうな

まあ、発掘の可能性はなさそうだが

195 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 21:17:32
資料に忠実な論考でつ

196 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 21:25:03
坂本龍馬は架空の人物。

197 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 21:34:19
(`・○・´)!!!

198 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 22:02:33
なんか今日の坂本さん見てたら、右翼っぽくて嫌気がしたお
今までは中立ってイメージだったのになぁ

199 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 22:06:39
我々が考える龍馬はイメージなんですよ

200 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 22:41:22
イメージと実像が違い過ぎる

201 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 23:27:37
>>178
「どこぞの歴史小説家」って誰?井沢元彦?

202 :日本@名無史さん:2010/08/02(月) 02:57:38
坂本ほど研究されつくされている人物もいない、何月何日にどこにいたとか不明な日がないくらいに。

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read.cgi ver 05.02.02 2014/06/23 Mango Mangüé ★
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