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坂本龍馬を暗殺したのわ誰? その弐

1 :日本@名無史さん:2010/06/11(金) 18:09:10
見廻り組とゆう説もありますが

小栗流免許皆伝、北辰一刀流筆頭代理剣士、で、殿覧試合決勝で、

桂小五郎に勝って、日本一の剣士として世に名を轟かせました、

坂本龍馬に剣で勝てる剣士が本当に幕末に居たのでしょうか?、

その後、千葉重太郎 と 坂本龍馬は勝海舟に出会い、竜馬は、

開国と貿易の、話を勝海舟に聞き、行き成り、勝海舟の弟子に、

成った訳ですが、

↓御意見を御聞かせ下さい.

2 :日本@名無史さん:2010/06/11(金) 18:17:55
失速や
 
スレに飽きた人か多く成った場合は、
 
その参は、立てません
 
坂本龍馬か北辰一刀流の免許皆伝だった事も付け加えます

失速や周りか飽きた場合、五年後十年後に又、状況を見て
 
その参、を立てさせて頂きます。

3 :日本@名無史さん:2010/06/11(金) 22:51:57
大石氏の自供と今井氏の自供はどちらが先なのか・・・
これは非常に大きな問題だと思う。
そして、「こなくそ」は何故重要視されないのか?

そしてなんて読むんだ?→「失速や」

4 :日本@名無史さん:2010/06/11(金) 23:02:02
失速(しっそく)。

5 :日本@名無史さん:2010/06/11(金) 23:31:33
「ほたえな」のソースが知りたい。ほんとに言ったのか?
武器は小太刀なのか?いつ抜刀したのか?
階段の幅とか鴨居の高さとか調べて検証した研究者はいるのか?
龍馬を斬った刀を、桂(だっけ?)の遺族が認識したのはいつなのか?

そんな事が知りたいです。

6 :日本@名無史さん:2010/06/12(土) 15:48:05
そもそも龍馬は北辰一刀流免許皆伝じゃねぇし
薙刀目録だろ

7 :日本@名無史さん:2010/06/12(土) 16:00:54
まだ発見されていないだけなんじゃ?>免許

8 :日本@名無史さん:2010/06/12(土) 16:55:19
普通に疑問なんだけど、何で発見されてない免許がある前提になるの?
龍馬が剣客って、講談とか以外に出どころあるの?

9 :日本@名無史さん:2010/06/12(土) 17:34:20
殺したのは見廻り組隊士渡辺吉太郎という者なり
死体の傷跡から判断した斬りの鮮やかさにそう結論づけられている
おしいかな彼は鳥羽伏見の戦いにて戦死

>>8、龍馬が千葉道場に身を置いて修行した期間の長さ、さな子との婚約を
定吉っあんが認めたことなどからナギナタ目録ひとつだけじゃ寂びしすぎるという
意見がある。また、坂本の本家才谷屋をついだ子孫が放蕩の末、一族の宝物を
明治時代にだいぶ売り払ってしまったという事実からそういう説が出ている。


10 :日本@名無史さん:2010/06/12(土) 17:35:49
大石の自供は拷問によるものだし
そもそも拷問にかけられたのも
あれは京都見廻組がやったもんだとの主張が信じてもらえなかったからだし。

11 :日本@名無史さん:2010/06/12(土) 17:45:40
>>3
普通に大石が兵部省で語ったのが先じゃね
実行犯として何人かの名前を挙げていたようだが、故意に名前を減らして転用した資料もあるね


12 :日本@名無史さん:2010/06/12(土) 22:11:04
大石の話を事実と仮定した場合、早い段階で新撰組内部では佐々木や今井の仕業
だって言う噂があったわけだよな。当然見廻り組内部でも知ってる奴は
たくさん居たんだろうな。今井は官軍に追求されたから自白したんだろう。
追求されないのにわざわざ自白しないよな。死刑の確率かなり高いし。
早い段階で噂があったとすれば、やっぱり佐々木や今井達で決まりかな・・・

13 :日本@名無史さん:2010/06/12(土) 23:30:41
>>9
ふうん。色々あるにはあるんだ。ありがと。
でもそれらの根拠だけじゃ、かなり弱いなー。あくまで龍馬が剣客だった場合の補強にはなっても、証明にはなりえない。
個人的には龍馬が目録でも免許皆伝でも、別にどっちでもいいけど。
ただ、免許皆伝にしては最期に油断し過ぎだとは思う。

14 :日本@名無史さん:2010/06/12(土) 23:38:28
本当の犯人は紀州藩だよ。
今井とかは丸く収まるようにでっち上げられただけ

15 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 00:10:28
いくら免許皆伝でも不意打ちされりゃひとたまりもない
井伊直弼も居合の名人でも暗殺されたし

16 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 00:42:03
幕府の守旧派と簡単にいうけど
竜馬が大政奉還を主張していたことを幕府の守旧派が知っていたってこと?
表立って大政奉還実現に動いていたのは後藤象二郎と福岡孝親だ
ずいぶん事情通な守旧派になるな
それとも後藤や福岡をも暗殺しようとしたのだろうか?

17 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 10:23:33
>>16
永井玄蕃に講釈しに行ったり、別件にしろ福井まで行ってもともと仲のいい春嶽と
語らったりしていれば、浪士ながら大政奉還策の裏に龍馬がいたことは幕閣の多くが知る所となっていたんじゃないか



18 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 10:31:35
>>3
「こなくそ」については、今井の掛け声がいつも「こりゃ糞!」だったという
1文を読んだことがあるが、あんまり信用されてない1文のよう


19 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 13:18:53
>>5
ほたえなは、二日間生きていた中岡の証言だろ
それを聞き取った記録が坂本龍馬全集や坂本龍馬の全てに収録されてるんじゃないの

>武器は小太刀なのか?いつ抜刀したのか?
階段の幅とか鴨居の高さとか調べて検証した研究者はいるのか?
龍馬を斬った刀を、桂(だっけ?)の遺族が認識したのはいつなのか?

 ↑
俺もしりたい

小太刀の名手は桂早之助だったらしいね、今井が小太刀が得意というのは子孫が否定

20 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 13:49:53
実行犯・・・見廻り組
黒幕・・・紀州藩の三浦久太郎
情報提供者・・・岩崎弥太郎

武器商人の最後らしいと言えばそれまでかもしれない。

21 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 13:59:35
行犯・・・見廻り組
黒幕・・・会津藩松平容保
情報提供者・・・んなもんはいない

現在の最新学説でしょw
他の説は、”単に奇を狙ったウケ狙い”で、現実離れ(妄想)し過ぎでしょう

22 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 14:04:14
谷の講演には「ほたえな」は出てこなかったと思う。俺が読んだのは
抜粋かもしれないけど。で谷の話から推理すると、中岡は短刀を鞘のまま
振り回したけど、手と足を斬られたらしいから、
少なくとも中岡に斬りかかった奴は小太刀ではなく長い刀だろうと思う。


23 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 14:21:08
>>21
それは学説の一つに過ぎないし最新ってワケじゃない。

24 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 14:25:34
ついでに言えば情報提供者が居る方が自然なんだけど誰も
注目してないだけ。

(真面目にやってないだけかもな)

25 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 15:04:48
坂本竜馬の側には「松平容保とも会って話をした」という証言があるのに
松平容保側の証言には一切そのようなものはない。

これは、実際は会っていたのに後から隠蔽したということなのではないだろうか。
会った時の情報がそのまま暗殺に使われたとしたら、当然隠すだろうね。

26 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 16:45:46
>>22
中岡に斬りかかったのが今井信郎だったかもしれんな
死ぬまで中岡を龍馬だと思い込んでいたとか有り得ると思う
ただ今井は、自身の当初の供述通り見張り役だった可能性が高い
なぜなら今井は京都見廻組に転属してまだ日が浅かったこと、
近江屋の主人が後年今井の語った記事を見て、(1階にいた自分たちを当時
見張っていた下っ端と同じ臭いを感じたのか)この記事の今井という
人は見張り役のようだ、と断言していること、これらの理由により。
近畿評論の元になった記事を書いた人が、のちに記者の自分が話を面白く
するためにだいぶ話を作ったと言っているようだが、今井に二階の見取り図まで
書かせてそれには龍馬、中岡、藤吉だけじゃなく書生の位置まで今井が書き込んで
いるようだから、わりに当人が喋ったことや、当人の口調をそのままに実は記事にしたのじゃ
あるまいか
記者が話を作ったと言ったのは、近畿評論の記事内の今井の証言の矛盾点を谷干城があれやこれや
公演で指摘しまくって、今井が気の毒な立場になったからだろう


27 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 16:56:34
大政奉還の恨みが動機だとしたら
たしかに大政奉還推進派の他の者達が無事だというのは
なんか腑に落ちない
薩長同盟か?

28 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 16:57:46
幕府側から、公務?であるにも関わらず堂々と捕縛に行かなかった理由は、
隠密裏に暗殺してしまわないと海援隊隊士たちや土佐藩邸の面々から血の
報復を受けかねない、下手すると薩長土による討幕戦争の引き金のきっかけ
にまでされかねないという読みが幕府側にあったからじゃないか
龍馬はそこまで大物じゃないという意見もあるだろうが、獲り方筋がかなり警戒
していたという史料はわりとあるようだ


29 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 16:58:47
>>23
>それは学説の一つに過ぎないし最新ってワケじゃない。

と言いつつ、最新の学説とやらがどんな説か書かない所を見ると
口先だけの嘘なんだろうなぁwww

そう必死に妄想する事にしがみつかなくても良いだろw


30 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 17:03:47
>>27
薩長同盟、そっちかもな
龍馬をのさばらせていたら、薩長土だけでなく日本の北から南まですべての勇藩を討幕同盟で連合させてしまう、
そんな危惧まで幕府側の守護職目付職は持ったかもしれない

31 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 17:20:06
>>29
んでも、この先「一生」覆すかもしれない新資料・証言が
出てこない
理由もあるまいて
学説=真実とは限らないだろ?

聖徳太子・足利・頼朝等の肖像画しかり、長篠合戦しかり・・・・・

32 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 17:33:37
実行者は見回り組か新撰組でも、黒幕は後藤象二郎とか土佐藩の上士連中じゃないかな
他に竜馬暗殺する動機がなさそう

33 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 17:36:04
福岡なんかは下宿先に中岡・坂本両名が訪れたにもかかわらず「留守」

襲撃後・若しくは葬儀にも参列せず>土方?談

34 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 18:50:28
後藤や福岡が黒幕とかデンパすぎるな

35 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 20:20:32
>幕府の守旧派と簡単にいうけど
>竜馬が大政奉還を主張していたことを幕府の守旧派が知っていたってこと?

竜馬は大政奉還を主張して
徳川家を助けようとした!
幕府の味方の竜馬を幕府が殺すはずがない!


・・・というのは
薩摩陰謀説信者や土佐陰謀説信者の主張なんだがw

36 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 20:25:48
あと
竜馬は暗殺直前は毎日のように永井の屋敷へ押しかけていて
永井が「せめて日が落ちてから来てくれ」と嘆いたくらいだ。
そして、京都見廻り組の宿舎は永井の屋敷のすぐ隣り。

情報提供者がいなくても
自力で突き止めることはできただろう。

37 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 21:22:12
>>36
自分の憶測を語るくらいの事でなに熱くなってんだか・・・。
気持ち悪い人だ。きっと顔も気持ち悪いんだろうな(笑)

38 :日本@名無史さん:2010/06/13(日) 21:23:52
>>34
だけど歴史的に土佐の上士と郷士の相容れなさは諸藩でも他にないくらいだろ。
土佐藩内部の権力闘争以外に竜馬を殺す動機ってどっかにある?
その後、海援隊はすてられ解散。遺産を岩崎弥太郎が必死に引き継ぎ三菱へ。
政府(後藤も所属)と対立しながら三菱汽船は成功。
三菱資本に麒麟ビールがあるがマークは竜と馬だよね

39 :日本@名無史さん:2010/06/14(月) 01:19:08
黒幕が土佐だとしても
少なくとも会津が龍馬に恨みを持ってない限り
見回り組が動くとは思えん
(他藩の命で見回り組が動くとは思えん)

40 :日本@名無史さん:2010/06/14(月) 08:15:22
大政奉還へ怨恨のある幕臣=松平容保(京都見廻組を統括)
で状況証拠も動機も十分だと思うけど。

別に犯人を捜すのは、無理に会津を庇おうとする行為だよ。
半藤一利(週刊文春・文藝春秋元編集長)あたりは出身地贔屓で
東北ばかりを持ち上げるから、あのあたりの発言は東北が絡むとおかしくなる。

41 :日本@名無史さん:2010/06/14(月) 08:53:35
そもそも手代木(会津藩幹部)が
「某諸侯の指示なんだよ」とぶっちゃけてるもんな

42 :日本@名無史さん:2010/06/14(月) 09:54:58
今井某は「坂本の腕を斬り落とした」って証言してるから
中岡とずっと間違えてただけかな
つか現場は薄暗くてどっちがどっちだか分からなかっただろうし
まあ間違えてたと言うかそっちのが箔が付くからだと思う
ただ矛盾点が多いので本当に見張り役だったのかも
でもまあ人間の記憶なんて曖昧だからね
ましてや後年に語った話なんて余計だよ

43 :日本@名無史さん:2010/06/14(月) 12:33:04
>人間の記憶なんて曖昧だからね ましてや後年に語った話なんて余計だよ

手代木の手記も「後年」だよなぁ?

44 :男だぜ。:2010/06/14(月) 13:11:18
龍馬の真意はこれです。
http://ryoma-kourin.com/

45 :日本@名無史さん:2010/06/14(月) 15:17:51
「某諸侯(守護職の会津侯か所司代の桑名侯か)の指示で佐々木と見廻り組が殺した」

これが誤りだったら
記憶が曖昧どころの話じゃなくて
手代木が年くってボケちゃったか
あえて偽証したかということになるだろ。

46 :日本@名無史さん:2010/06/14(月) 16:15:31
スレ主は坂本ほどの剣豪が・・・って強調してるけど
当日坂本は風邪を引いてたし刀も手元に置いてなかった
十津川郷士と聞いて坂本も中岡も油断してたし
藤吉がやられて声を上げた時も峰吉と遊んでるものだと勘違いした
その状況だと見廻組の手練じゃなくても暗殺は成功してたと思う
間が悪かったんだよ

47 :日本@名無史さん:2010/06/14(月) 16:59:10
風邪を引いていたかどうかは怪しい。
怪しい証言だらけで信用されてない近江屋しか風邪の件は証言していないし
げんに当日坂本は福岡のところを訪ねて福岡の恋人を口説いている。

というか
坂本が剣豪だったという前提そのものが怪しいんだがw

48 :日本@名無史さん:2010/06/14(月) 18:03:43
スレの
龍馬 ← 竜馬です、コピーしたのですがPCか変換ミスしました.

49 :日本@名無史さん:2010/06/14(月) 21:24:06
しかし後世の人気という点で新撰組と京都見廻組は何故こうも差がついたんだ?
ベンチャー企業立ちあげて意気揚々としているみたいな近藤、土方の写真と、
倒産間際の元親方日の丸大企業のヤケクソ従業員みたいな今井、渡辺篤の写真じゃ確かに差はつくかもしれんが

50 :日本@名無史さん:2010/06/14(月) 22:30:02
確認できる資料では竜馬は国元の道場で初伝の目録、千葉道場で槍の目録(初伝目録の一つ)を得てるだけ。
千葉道場での塾頭は人格で選ばれたという。
いかなる記録にも容堂公御前試合に竜馬がでた記述はない。
木戸の日記等にもない。
武市の一通の手紙にだけあるエピソード。
竜馬は剣豪だったのか??


51 :日本@名無史さん:2010/06/14(月) 23:09:10
とっさに不意打ちされたら剣豪も何もないだろうに
水戸黄門の見すぎじゃないか

52 :日本@名無史さん:2010/06/14(月) 23:17:08
>>41
容堂か
あの時点で竜馬が邪魔者なのは土佐藩だけだもんな


53 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 00:06:52
剣豪なら、超感覚で相手が不意打ちしようが何しようが事前に察知できます。

ってバカボンドの世界みたいなモンか。

54 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 00:14:36
>>52
バカですね。
容堂公がなぜ?


55 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 00:15:28
やっぱり松平容保以外ありえないということに

56 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 00:17:11
もしかして・・・大河ドラマの影響っすかw

57 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 00:23:02
実際のところ、手代木証言には「その諸侯とは桑名の松平定敬候のことです。
松平容保候の弟君なので今まで隠していました」
という続きがある。

しかし、直接の命令系統を考えると、松平容保が暗殺命令に加わらないなんて不可能だろう。

58 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 00:45:19
今井証言の方は
「御指図があって暗殺しました。
 『御指図』とは単なる上司ではない、重職者からの命令のことです。
 見廻組は会津守護職の配下ですので、松平容保候の指示と思います。」
というふうに、松平容保の指示でほぼ間違いないような証言となっている。

59 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 00:57:53
今井は、記者が脚色を認めた例の新聞記事の中で「桑名藩の渡辺吉太郎」って
言っている。

60 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 01:24:21
やはり松平容保か

61 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 01:27:07
>>59
渡辺吉太郎は桑名藩士ではないと京都霊山歴史館の人がなんかに書いていたようだが、
違っていたらすまん

62 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 01:28:05
今井が見張り役だったのか、2階へ上がったのか・・・
あと渡辺篤とか言う人が実行犯の中にいたのかどうか・・
まあ、いずれにしても実行は見廻組で決まりだよ。

63 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 01:33:24
>>47
近江屋主人新助は、坂本君は綿入れなど沢山着込んでいたため、頭部を除いた身体の傷はたいしたことなかったと言っている。
医者のように検死したわけじゃないから、そう見えただけかもしれないが。
仁先生がいてくれたらなあ

64 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 01:35:32
いずれにせよ、薩摩とか土佐が黒幕というのはデムパでしかない

65 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 01:39:17
>>64
NHKもデムパであったか
所詮テレビ局

66 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 14:39:14
テレビはデムパに乗って来るものだからな

67 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 14:39:15
なんで土佐=容堂と思うのかねぇ〜
重要案件「意外」は実質”重臣”らの(独断な)裁断だろうし、大体どこも

それに容堂からすれば「元下士」なんぞ死んだ所で「ふ〜〜ん」だったかと
(あぁ・・こっちで勝手に処分しても大丈夫か?みたいな)





68 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 14:45:10
>>50
御前試合に関しては完全に後世の捏造。
根拠とされるのは武市の国元への偽書簡だが、安政五年に書かれたとされているにも関わらず桂は木戸準一となっているし、
武市、龍馬が江戸にいない以上成立しようのない書簡だ。

免許皆伝レベルの剣の達人なら、不意打ちに対応出来る出来ないはおいても、刀を手元に置いておくくらいはしておくべきだと思う
常にそれくらいの心構えがあってしかるべきじゃないのか?
龍馬の免許皆伝書でも出てこない限り、剣豪ではなかったとするのが妥当だろう
実際、龍馬の真価は剣豪であることとは関係ないと思うし

69 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 17:34:41
交差工法気味肘鉄

70 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 21:00:39
>>67
土佐=容堂って誰か書いてる?
>某諸侯の指示なんだよ
に対して諸侯=容堂?
っていう話じゃないの?

ところで、松平容保のさらに上に実は慶喜が黒幕としていた!
って言う持論を持っている専門家もいるような気がするんだが



71 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 21:36:51
ああ、兵庫開港問題を
孝明天皇の死を利用して、幕府の主張通りに朝廷の開港承認でまとめてしまった、
あの徳川慶喜ですか。

思えば、あの死にも徳川慶喜の影がちらつく
その前の徳川家茂の死にも

72 :日本@名無史さん:2010/06/15(火) 21:37:15
最初は千葉道場への剣術修行が目的だったのかも知れないけど
どうやら遊郭通いという別の目的もあったみたいね
梅毒で頭が禿げ上がってたって話もあるし
現にお龍の証言にもある
まあ梅毒が原因か分からないけど薄くなってたのは事実らしいね
遊郭に現を抜かしてたのなら
千葉道場でどこまで真面目に剣術修業に取り組んでたかは
甚だ疑問が残る
北辰一刀流長刀兵法目録の連名と授与時期から察するに
どうもお情けとしか思えないのだが・・・

73 :日本@名無史さん:2010/06/16(水) 13:36:36
>>70
いや、単に藩の意志=殿様の意志ではないと書いてみただけ
土佐の犯行な場合〜「容堂」が指示した訳じゃないと

ついでに云うと、会津犯行な場合でも別段「先」に殿様の意志が介在しなくても
重臣らの「先走り」〜結果事がなった訳なんで「事後報告」にて裁断・・・・

もなくはないかと

74 :日本@名無史さん:2010/06/16(水) 19:05:35
蓋をあけてみれば定説通りの犯人、あっけない動機と指揮ってことに
なるんだろうけどね。

75 :日本@名無史さん:2010/06/16(水) 19:14:27
同じ幕末の暗殺事件でも
姉小路公知事件は疑惑だらけだし
佐久間象山事件なんかも疑えないことはないけれども
坂本龍馬の場合は

「だって史実通りだったら面白くないんだもん」

に尽きるわ

76 :日本@名無史さん:2010/06/16(水) 20:34:22
見廻組は歴史的にも地味な存在だからな。
新撰組だと甲陽鎮撫隊に参加しただけでも明治になってから、
元新撰組の履歴、と箔がついたように勘違い自慢した人もいるぐらいだが。
黒幕のほうは容保、定敬の兄弟の言動を丹念に追えばそれはそれで面白い
小説が書けるぐらいだと思うが。
慶喜が止めたのに東北戦争に出ていったり、
そのくせ簡単に許されて明治期は華族生活満喫。

77 :日本@名無史さん:2010/06/16(水) 21:06:35
マジレスすると三枝夕夏

78 :日本@名無史さん:2010/06/16(水) 23:33:32
松平容保が黒幕はない。坂本竜馬なんてしらなかっただろ。
見回組も新撰組も組の上部からきた指示なら御指図なんだから容保の指示である根拠なんかない。
あの時点で竜馬を殺したいのは後藤象二郎らだけだな。
そして竜馬の居場所を知っているのも。

79 :日本@名無史さん:2010/06/16(水) 23:54:06
後藤が坂本を殺したい?

バカじゃねーの?

80 :日本@名無史さん:2010/06/17(木) 00:11:24
龍馬は結構特徴のある容姿だぜ。当時としては長身だったらしいし。
写真見ても均整とれてる。平気で外出してたようだし。
「どうもアレが坂本ではないか?」って目星付けられたんじゃないか。

81 :日曜8時の名無しさん:2010/06/17(木) 00:29:27
龍馬の居場所?
当時の龍馬は毎日のように永井を訪ねてて
永井邸の隣は見回り組の宿舎なんだが・・・

82 :日本@名無史さん:2010/06/17(木) 01:50:44
龍馬が一番影響を受けた人物は誰だったんだろうか?

83 :日本@名無史さん:2010/06/17(木) 08:05:04
一番は親兄弟じゃね?

84 :日本@名無史さん:2010/06/17(木) 18:32:26
>>21で合ってるのに難しくしたい奴らの多いこと

85 :日本@名無史さん:2010/06/17(木) 19:37:37
歴史なんてのは新資料で「ころころ」変わるかんね



86 :日本@名無史さん:2010/06/17(木) 19:41:04
え? >>21って反会津勢力のプロパガンダなんじゃないの?


87 :日本@名無史さん:2010/06/17(木) 20:06:43
>>86
歴史学会がそんな下らない発想で主流の説を考えるとでも?
恨民族はお帰り下さい
一時期は龍馬も叩いてたクセに

88 :日本@名無史さん:2010/06/17(木) 22:48:03
>>78
屁たれの後藤象二郎はない。
土佐系なら中岡と口論になって刀のやり取りにまでなって、中岡が僅かに勝利した、このほうがまだ有り得ること。

むしろ後藤が新撰組などによる暗殺者に怯えていたが、近藤勇が古めかしい権威好きだったため
逆に後藤に擦り寄って来て後藤は一安心。
龍馬にそれを伝えたろうからここに龍馬の第一の油断が出た。(後藤が近藤を手名付けたなら新撰組は襲ってこないだろう)。
さらに幕閣大目付の永井玄蕃からは、龍馬に手をつけるなと指令したと聞き、ここに第二の油断が出た。

普通なら夜半十津川郷士だろうが松代藩士だろうが知らない人は門前払いのはず。

幕府筋守旧派の暗殺理由なんて、龍馬が手紙で寺田屋捕獲失敗を伝えた時に自分でかいてるじゃん。
生かしておくと徳川のためにならないことをするって。

89 :日本@名無史さん:2010/06/17(木) 23:55:34
刺客を恐れた人に、龍馬暗殺犯集団のひとり今井信郎氏がいる。
かれは新政府刑部省から宣告された禁錮の刑罰を務めあげた後、
身内のいる静岡へ向かうに当たって、腕の立つ仲間に頼んで護衛してもらったそうだ。
仇打ちが怖かったのだろうが、刑部省の佐々木高行は過去の龍馬事件より新国家のための
刑事罰整備に忙しかったのだろう。同門の土佐藩朋輩にも今井の存在、処置について
伝えた様子が全くない。
今井氏の怯えは結果として一人相撲、杞憂に終わったわけが、佐々木高行があまりにも片手間事務処理的に
龍馬暗殺犯人の件を片づけてしまったために、後世あらぬ憶測を呼ぶこととなってしまった。



90 :日本@名無史さん:2010/06/18(金) 01:58:21
静岡で禁錮になったんじゃなかったっけ?
静岡藩お預けが判決文に明記されていたはず

91 :日本@名無史さん:2010/06/18(金) 20:06:22
>>90
そおかえ

92 :日本@名無史さん:2010/06/18(金) 20:20:33
疑いだしたらきりがないことは確かだけど・・

手代木は「何を」もって弟ら(佐々木)の所作だと認識したのだろうか
命令を下したから・実弟だから・・・・・・

素人考えだが、普通なら報告+α(証拠の品・遺品)等はあってしかるべきかとは思う
・・・嗚呼、「刀」が残っていたか

確かに直後であれば「血糊」が着いているだろうし・・・・

そこまでつっこまなくていいか?

93 :日本@名無史さん:2010/06/18(金) 22:00:12
佐々木只三郎は殺人淫楽の気があったのではないかと思う。
最近は、桂早之助・渡辺吉太郎・高橋安二郎の3人が龍馬たちのいる部屋へ踏み込んだというのが定説化しつつあるようだね。
ところで襲うほうにしてみれば銃弾の1発や2発、腹に喰らう覚悟で出かけていったのだろう。
しかし上手く行きすぎてしまった。戊申の後まで生き残った者は武勇伝の一つも語りたくなったんだろうな。


見廻組の正規の行動記録には一切龍馬補殺に関する記載がないというのはホントか?



94 :日本@名無史さん:2010/06/19(土) 10:02:12
正規の記録というか
見廻組自体、1ヶ月半後には壊滅しちゃったからなあ。

最後のトップだった小笠原は
龍馬暗殺の件の問い合わせを受けて
「現場のことはぜんぶ佐々木にまかせてたからわかんない」ととぼけちゃったし。

95 :日本@名無史さん:2010/06/19(土) 12:41:04
薩摩は赤松小三郎を暗殺したからね

96 :日本@名無史さん:2010/06/19(土) 14:21:20
暗殺は交通事故にあったようなもので、歴史的痴呆者の群れである暗殺犯たちに
言及しても意味がない
そんなふうなことを司馬遼太郎が書いていたな。

しかし幕末の真の人斬りは以蔵でも桐野でもなく佐々木只三郎だったかもしれない。
殺した数ではない。その用意周到で残忍な手口。

ところで近江屋の女中が聞いた、刺客が帰り際に発したという薩摩弁、というのはガセ資料のネタなんだろうか。
近江屋に女中がいたのかも定かではないようだが。

97 :日本@名無史さん:2010/06/19(土) 17:01:16
>ところで近江屋の女中が聞いた、刺客が帰り際に発したという薩摩弁、というのはガセ資料のネタなんだろうか。
その証言自体、薩摩黒幕説の学者がいいだしたことで
ソースがよく分からんからな。

98 :日本@名無史さん:2010/06/20(日) 14:06:31
薩摩説破れたり
そして龍馬が関係を持ったのはフリーメイソンではなくて北辰の教えである


99 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 08:06:54
じゃあ斬ったのは桂だね
坂本を斬ったとされる現存する桂の刀は本物か

今井はやっぱり見張りだったのね

100 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 13:42:04
まぁ、第三者からすれば

桂の刀と

日出木下分家初代の位牌(うらに秀頼の名)の価値は「一緒」て事だわな〜

真贋なんぞ判るわけがない



101 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 19:56:13
>>5
ほたえな
は、1階にいた近江屋の主人新助の証言が元だよ


102 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 20:09:43
>>99
「中岡新太郎を斬った男」
おれ書こうかな

今井さんは年齢食うほど証言の中での自分の活躍が勇ましくなってくるからな

70歳過ぎの新聞インタビューでは龍馬の横鬢を斬って、さらに返す刀で中岡を斬ったことになってる

暗殺の直前時、土佐藩の中で大政奉還派と完全討幕派の間でただならぬ確執が生まれて、一発触発
土佐藩士同士が斬りあい目前みたいになってたという説があるね
だんだんこういう説を応援したい気になってきた

103 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 02:09:38
中岡慎太郎 坂本と一緒に暗殺されてから名を残した人物

104 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 14:48:10
薩摩がウチ来いよ〜の誘いも断り、とりあえず「旧主家」の屋敷そばに潜伏するて云う・・・・
しかも知人通じて恩人にどこか紹介してぇ〜と泣きごとまで云う始末

・・・なんかさぁ、脱藩は確かに坂本の「勝手」であるから咎めるのは当然の結果だけど
「匿う・庇護する」くらいはしたっていいじゃない?な感じ

105 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 18:26:14
>>103
釣られないぞ

106 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:02:04
細かいことに拘るが、
新撰組の大石鍬次郎が兵部省口書で、
見廻組の海野某などが暗殺したと近藤勇からきいた、と言っている。
明治二年のことである。
海野某とは誰だ。桂早之助の変名か?


107 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:50:25
>>88
へたれでその状況なら見回り組を利用するのはおかしくない。
旧幕府側には暗殺する理由がない時勢になっているな。
時勢の変化を考えないとね。

108 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 21:53:13
>>107
土佐藩内部の大政奉還派と討幕派の対立トラブルに巻き込まれた可能性ならあると思う。
福岡孝弟などは、藩内の討幕過激派から斬られそうになったことがあるらしい。
見廻組だ新撰組だ何だという証言は皆土佐藩の恥を隠蔽するための捏造強要によるものばかりとかね。
藩の中での内ゲバだとすると後藤は龍馬と同じセクトということになるが。

大河便乗で昨年後半ぐらいから今日まで夥しい龍馬本が刊行されているが、ある便乗本で
龍馬暗殺グループは、腕の立つ一人が龍馬に3太刀浴びせたあと、階下で見張りをしていた数人まで
龍馬と中岡のいる部屋にやってきて、倒れている二人に見張り組全員が数太刀ずつ差し込んだ、
それで龍馬も中岡も十数箇所の傷をおった、と解釈しているものがあった。
気を失っていた中岡が再び痛くて意識を取り戻したのは、見張り組にズボズボ尻を刺されている時。
首領らしき人間の「もうよい、もうよい」は何度も何度もしつこく倒れている二人を刺す部下の行為を
止めたもの。
I何某とかW何某とか本当は後からやってきてズボズボ刺してた人かもしれない。

109 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 22:14:14
>>107
佐々木やその部下レベルに時勢がわかろうはずもない。
政府転覆犯を殺害することにより幕威を盛り返せば、再び将軍家が政権担当者になるぐらいに思ってたのでは。
新撰組の近藤は流石に落ち目大家の幕府による空手形的旗本昇進であることに気付きはじめたりして、
土佐藩や薩摩藩の重役を羨む気持ちを持ち始めたようだが。


110 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 22:48:38
直後に勝ち誇った犯行声明がないので、表向きは「暗殺なんて
私どもは致しません」って連中なのは間違いないよなw
虚勢を張りたがる、幕府系の組織では、なさそうう。
龍馬は好戦家ではないから、その後の流れを邪魔されると困る
連中は、薩長しか居ない。
居場所を明確に知り得る立場も薩長だろうな。
薩摩は会津に恨みがある訳じゃないから、積極的なのは長州。
龍馬に薩摩を懐柔されて和平論を勧められたくないだろう。
あの時点で、坂本龍馬の存在を一番疎ましく思っていたのは
長州じゃないかな。
余計なことをされたくない立場は土佐藩にもあるだろうが、実行
力という点では、長州のような野蛮さはない。
京を焼き払い御所に攻撃を加えて帝を誘拐しようとしたテロリ
スト・長州意外に、組織的に暗殺を成功できるような藩はない。

111 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:54:24
となると、やはり犯人は松平容保ということになってしまう

112 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 13:01:38
>>1
戊辰戦争を箱館まで戦い抜いた見廻り組の今井信郎は、
箱館降伏後に、己から坂本龍馬を殺害したと自白して、官軍(薩摩軍)に投獄されている。

坂本直も、叔父龍馬の法要に、犯人の今井信郎を招いているから。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E4%BA%95%E4%BF%A1%E9%83%8E

なんで、こんな馬鹿スレ立てるの?

113 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 15:14:08
>箱館降伏後に、己から坂本龍馬を殺害したと自白して、官軍(薩摩軍)に投獄されている。

賊軍の首謀者、及び旧領主系な人物であれば「裁判」等で捕縛・投獄で”生きながらえる”可能性があった
がしかし「その他大勢」であるならば即断で処分の恐れがあったかもしれない

今井は龍馬殺害「犯」と云う価値観で生きながらえようと考えても不思議ではない
真贋はともかくね

本当な武士であるならば降伏後・即切腹だろ?
殺害真贋は書簡で残してもなんら不都合ないだろうしね

114 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 20:13:10
>>110
長州藩の馬鹿がひとりずっと龍馬をつけねらってたという文庫本が出てたな


115 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 20:25:08
>>113
京都見廻組与頭の佐々木は趣味の和歌を通じて薩摩藩士と親交があった。
京都見廻組隊士の渡辺一郎も薩摩藩士の海江田信義とお友達であった。
(西郷が今井信郎の刑罰を減刑したという話は証拠がなく、今井の子孫の推測にすぎないらしいが)
さらに慶応3年3月、見廻組と幕府歩兵隊の間であったトラブルの仲介を薩摩藩が行った。

見廻組と薩摩藩の間に関係は何かしらあったわけで、暗殺に薩摩が1枚噛んでたという憶測を呼ぶのもわかるわ。

最初に薩摩を疑ったのは春嶽だに。

116 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 20:29:28
しかし、
歴史的英雄を気違いじみた刃で斬り殺しといて、
後になって自慢すんなや阿呆

とは言いたい

117 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 20:42:49
>>100
まぁ、第三者からすれば

妻いわ口伝と

日出木下分家初代の位牌(うらに秀頼の名)の価値は「一緒」て事だわな〜




118 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 00:25:08
>>116
インタビューに答えただけで自慢している訳じゃない。

119 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 20:46:10
>>118
明治30年代の甲斐新聞の記事は記者の結城礼一郎が捏造したと言っているから置くとしても、
明治40年代の大阪時事通信の記事はいただけない。
土佐勤皇党の黒幕が龍馬で討幕の魁となっていて、龍馬と慎太郎を自分ひとりで斬って、隊長の佐々木に「俺の出る幕がない
素早さだった」と言わせた、さらに取次の藤吉は上方相撲時代見覚えがあった、遮ろうとする藤吉も自分が抜き打ちで
斬った、
やっぱりなんか腕自慢してる臭いんだが。
そもそも兵部省、刑部省で、桂早之助、渡辺吉太郎、高橋安次郎は二階へ踏み込み、私ならびに土肥仲蔵、桜井
大三郎は台所へんで見張り・・・と供述した口書は何だったのか。
当時の佐々木高行刑部大輔も変な気を使わず、明治三年に大っぴらに口書を公表してしまえばよかったんだよ。
そしたら大口めいた後日談もなかったろうし。


120 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 23:49:51
実際には
見廻り組に入って日の浅い今井は1階の見張りがいいところだろう。
2階突入は桂早之助&渡辺篤の見廻り組最強ツートップ
後詰は佐々木
その頃、腕で劣る世良は相撲取り出身の藤吉相手に壮絶な死闘を繰り広げているうちに
鞘をどっかやったんだ。

121 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 15:04:20
黒幕として彦根藩士石黒と会津藩士手代木の関与具合を検討すべき段階にきているようだな
しかし古参旗本家の面々はどうして幕末期に腰抜けばっかり揃ったのだろう

122 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 16:19:07
殺害指令を発したのは所司代の松平定敬桑名藩主ということだが、なぜ会津の松平容保にまでつながるんだ。
兄弟だからというだけでは弱い。

123 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 16:38:28
>>5
鳥羽伏見戦争の前に桂の家族たちは聞かされたんじゃないか。もとから自宅が京都にあったひとみたいだし。

大正5年に維新資料編纂員の一人が子孫宅で犯行凶器の小刀を見せてもらった記録はあるようだが。

124 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 16:40:53
>>120
一言で言うと吉良の呪い

125 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 17:06:36
京都見廻組は会津守護職の下部組織で、会津守護職の命令に基づいて行動します。
直接の上役は松平容保の腹心の会津藩士である手代木で、
当時見廻組を実質的に掌握していたのは、旗本の佐々木(手代木の実弟)です。
まして当時松平容保は尊王攘夷派排除を主張し、大政奉還を憎悪していました。

手代木は、暗殺は諸侯の命令だった、でも桑名なんだ容保様じゃないんだ、と証言していますが、
状況からは、彼は容保をかばっていると思われるので、
桑名を疑うよりは、会津の松平容保を犯人とすべきでしょう。

126 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 17:07:52
おっと京都守護職の間違い。
しかし、会津が関係ないという考えは、無理だと思う。

127 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 17:37:22
会津藩は卑怯なことを嫌悪するからそれはない
会津藩は正々堂々と正義を重んじる地域で世界の模範ともいえるので
姑息な手段は取らない

128 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 20:03:36
なんで恥ずかしげもなく嘘八百を並べられるんだろう会津厨は

犯行見廻り組、命令会津で決まりだろ

小説家の飯の種の為に確定させてないだけで

129 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 21:15:03
127の感覚って、日本人だからみんな内気だって思ってるようなもんだよな
長州は全員汚職してると思ってるんだろうな

130 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 22:40:54
>>129
山口県人と福島県人は今でも仲悪いのかな
会津で生き残った糞まじめな人たちは北海道の新十津川村にみな入植したってきいたけど


131 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 23:01:23
そりゃ勤皇派の十津川郷士だがな。新十津川物語でも三千回読んどけ。

132 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 23:05:12
>手代木は、暗殺は諸侯の命令だった、でも桑名なんだ容保様じゃないんだ、と証言していますが、

手代木自身の証言は某諸侯の命令までで
某諸侯を桑名公のことだというのは手代木の伝記作者の推測だよ。

133 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 12:48:14
>>131
いやスマンこ
青森の斗南と勘違いした。
あと北海道の歌棄、瀬棚、太櫓、山越に220人が入植か。

新十津川は明治もだいぶ過ぎてからの話だな、十津川勤皇郷士も
過去の話になっていたころか

134 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 12:59:44
>>127会津観光史学洗脳者乙
会津の卑劣さは各地の史料に記載されとるわ!
会津賛美は創作にしか出て来ません。

135 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 13:03:41
>>130会津の一方的な中傷。
会津の生き残りは長州が救済した。
斗南に行った会津人は怠けていたので
地元民から鳩・毛虫と馬鹿にされた。
マジメな会津人なんて創作にしか出て来ない。
史料では会津兵の蛮行が記載されてる。

136 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 13:29:13
慶応4年(1868)に始まった戊辰戦争は、塩原温泉
をも巻き込んだ。旧幕府軍の形勢が不利になると、
会津軍や凌霜隊などにが、塩原を焼き払おうとした。
この時焼き払われた民家は、149戸だったという。
妙雲寺も焼き払われるところだったが、住民の渡辺新五左衛門が会津軍に嘆願したため
妙雲寺の天井に描かれた菊の御紋に×印をつけることで焼失を免れた。

松楓楼松屋の歴史より

137 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 13:31:39
会津兵の蛮行

慶応4年
4月28日駒屋 守屋などで放火
5月10日中山村放火
5月10日中山村 竹ノ内村に放火
5月31日八幡村 富岡村に放火駒野村を襲撃
6月1日下守屋の民間を襲撃 金品強奪
10月7日亀ケ城に放火

会津戦争詳細年表より


138 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 13:32:43
家永三郎編『日本の歴史4』より

「若松城が落城すると、200余年の長いあいだ役人の圧制に苦しんでいた
会津の人民がいっせいに『世直し』一揆に蜂起した。
10月3日、大沼郡ではじまった一揆は、11月下旬の南会津郡の一気におよぶまで
2か月近く、全領内で、しかも、まだ、政府軍の砲火のおよばないところでもおこった。
政府軍は、この2か月におよぶ『世直し』一揆の波を、手をこまねいて見ていた。

139 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 13:51:48
>>136
塩原温泉滞在中?

140 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 14:06:45
2004 郡山市勢要覧 市制施行80周年・合併40年記念号

幕末の戊辰戦争では、戦火が北上するにしたがい会津兵の放火や略奪による大きな被害を受けました。また、物価の高騰は貧しい人々の生活を圧迫し、各地で打ちこわしが起きるなど社会不安が増大していったのです。

141 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 14:17:35
おやおや、会津藩は龍馬中岡殺しの汚名まで着せられるようになったか(事実かもしれんがな)
ただ元会津藩士としたら、長州よりむしろ薩摩に恨みを持たないものだろうか。
慶喜なんかは長州は最初から敵だったから恨みもないが、薩摩の寝返りは許せんと言ってたようだが

142 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 14:20:17
徳川慶喜の場合、島津久光の諸侯会議を乗っ取って一会桑政権にした負い目があるので
お互い様のような気がする

143 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 14:29:38
「越後戦争日記」で米沢藩士の見聞記で
長州の大砲曳きを惨殺して、生肝を取り出し
足で川に蹴り落とし、肝が橋下で破けた様を
楽しんでる記述がある。

新潟市史では会津兵の蛮行を示す記述がある。
逆に官軍側の蛮行は小説やトンデモ説にしか出て来ない。

過去スレ探ってもアンチ官軍は史料提示せずに発言してる人が大多数。
提示してあるものでもWikipedia・司馬・星に終始してる。

144 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 15:23:36
ま、会津はこの辺にしようぜ
恨民族のスレはたくさんあるからここで言っても仕方ない

龍馬暗殺の犯人としては本命だと思うがな

145 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 15:31:12
久光の諸侯会議は元々徳川からの主権奪取が目的なんだから、
慶喜側に負い目も何もないんじゃ?

146 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 16:13:48
将軍から権威を奪うための諸侯会議が、将軍に乗っ取られたら
そりゃあ不本意でしょうね。

徳川慶喜が嫌われるのは、上座に平気につく部分

147 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 16:52:40
久光も慶喜も権力争いの面では同じ穴の狢だろ
ま、明治新政府ができて良かったな

148 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 20:05:46
毒まんじゅう食わされるのと刀で斬られるのとどっちがいいか

むろんモルヒネ入りまんじゅうだな



149 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 20:19:50
いまテレビ見てて西郷が黒幕だと確信したわ

150 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 20:44:51
テレビ見て(笑)

151 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 21:36:13
天啓

152 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 23:34:43
それにしても徳川慶喜は、せっかく徳川家茂急死で将軍職を掴んだのだから、
幕府に乗り換えて、京都の一会桑政権の枠組みなんて消しちゃった方が
大政奉還の必要がなくて良かったような気がする。

島津久光から奪った諸侯会議の盟主の座を、一会桑政権として権威付けようとした結果が、
「大政奉還」による幕府消滅と将来の「一会桑政権の正規政府化」への望みだったわけで、
危険を自ら呼び寄せた観がある。

おまけに、京都に残存していた尊皇攘夷派と薩摩が巻き返して、
大政奉還で一旦朝廷に渡した幕府の諸権利が、帰ってこない事態になっちゃった。

153 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 11:53:15
>>150ニワカはテレビ・Wikipedia・トンデモ本がソースだからね。
会津贔屓なんかまさにソレじゃん。
会津スレ見てみ。会津観光史学否定側が
文献提示して会津を批判してるのに対し
会津贔屓は文献提示しないから。
してもWikipediaかトンデモ説の星。
テレビで見たと騒ぐヤツもいたぞ。
しかもNHK。

154 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 14:21:42
ところで永井玄蕃が黒幕っていう可能性はあるのだろうか?
暗殺後のコメントなぞ残っていないのか?

155 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 19:04:46
殺そうとしてる人間に対してわざわざ
注意力のなさを咎めるような事は言わんだろ
推理小説じゃあるまいし

156 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 19:12:25
院件で卑怯な大久保利通が吉井と桐野に命じたに決まってるよ
会津候はまっすぐ筋道を重んじる人だから暗殺はしない

157 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 19:25:08
>>156
会津厨醜態笑止ナリ

大久保卿から受けた恩を忘れて馬鹿殿を持ち上げてんじゃねーよ

158 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 20:19:04
状況証拠から言えば、坂本龍馬暗殺は
会津藩主松平容保の指示・会津藩士手代木の伝達命令・京都見廻組の犯行でほぼ間違いない。

松平容保は私怨に基づいて徳川慶喜の戦略を内側から崩壊させてしまった。
ということになる。

159 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 20:20:09
おまえ、
常識でもの考えろ。

桐野に暗殺なんか命令したら
堂々と日記に書き残して
FAだから。

160 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 20:35:52
>>154
面白くないがマジレスしよう。
永井玄蕃は龍馬暗殺に関する雑感を日記にしたためる暇も余裕もないままに鳥羽伏見がはじまるわ旧幕軍は朝敵にされるわ、
更にはしがらみで函館まで榎本武揚らと行くはめになって函館奉行なんかもやらされた。龍馬どころではなかったんじゃないか。
日記は見つかってないだけかもしれんが。
函館で旧幕軍が負けた後の降伏者の中では、維新政府の兵部省が龍馬殺害を疑って尋問した人員に永井玄蕃はもちろん入っていない。
永井が龍馬殺害に関わりがあるという話は誰の口からも出なかったのだろう。
ただ今井信郎の弟が兄から聞いた話として、永井玄蕃から佐々木只三郎、今井らが内密に殺害指令を受けた、という懐古談を言っていたらしいが、今井の
身分では当時大目付だった永井玄蕃に直接会うことはあり得ないように思われる(龍馬は幕臣でもまともな藩士でもなかったから身分序列のルールは適用外だったか?)。
上記は今井の弟の発したガセネタだと今は思われているようだ。
今井自身が指令は佐々木只三郎の上司、見廻役の小笠原弥八郎から出たと死ぬまで思っていたようだし。
寺田屋事件の前なら幕府大目付が伏見奉行所の面々に、龍馬は幕府の敵の薩長間を往復して徳川のためにならん奴、始末せい!と言ったらしいが(龍馬自身の書簡がソース)。

161 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 20:56:22
>>149
慶喜に辞官だけじゃなく返納地をどうしてもさせたい薩摩なら手段を問わない。なんでもやる。
薩摩には確かにそんな不気味さが漂ってな。

162 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 21:09:32
まあ赤松小三郎も暗殺されたからね

163 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 21:22:52
大久保と岩倉の謀略だろう。

164 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 21:25:36
虚言を言ふ事はなりませぬ。
卑怯な振るまいをしてはなりませぬ。
弱いものをいじめてはなりませぬ。
ならぬ事はならぬものです。

薩長厨は会津の教育を受けられなかったから
根性が曲がってしまったんだろう
謹んで同情申し上げる
でもこういう会津の風土をみれば
龍馬を暗殺して新撰組に罪をなすりつけるなんて真似は出来ない
そもそも会津藩の命令なら、何で新撰組になすりつける真似をするんだ?

165 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 22:00:50
会津教育とは、してはならないことを行ったうえで、
すべて他人のせいにして自己正当化を行う教育のこと

166 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 22:03:37
擦り付けるという点では、既に手代木証言が
容保様じゃなく、桑名候が犯人です、だもんなあ。

犯罪を犯した上で他人に責任を擦り付けるのは、会津の風土ではないかと思う。

167 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 22:24:06
変な正義に酔っている御仁には悪いが、坂本龍馬暗殺の犯人は松平容保で決まりだと思う。

168 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 22:37:55
>>164
犯人共が新撰組になすりつけた訳じゃない
駆け付けてきた土佐藩士たちが勝手に勘違いし、さらに高台寺党の人間が油小路の恨みも手伝って
新撰組の原田の鞘と声音に相違ない
と言っただけ

169 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 22:41:14

虚言を言ふ事はなりませぬ。
卑怯な振るまいをしてはなりませぬ。
弱いものをいじめてはなりませぬ。
ならぬ事はならぬものです。

どっかで見たことあるな



170 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 22:50:02
会津の什の教えなのだけど、
実際のところ、会津の自尊歴史に酔う人間はこれを何一つ守らない。

かわいそうな言葉になってしまっている。

171 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 23:07:40
瓢亭の下駄にいたっては
近江屋の主人がそんなことをいっていたと
大正年間の刊行物に書いてあるのが初出だしなw

172 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 23:30:02
そんなの朱子学に毒されてた江戸時代はどこでも教えてただろうが

そんな当たり前の事しか自慢できないのが会津

会津で実践できた奴なんて一人もいないけど

173 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 23:38:10
会津のならぬことはならぬのですも薩摩の議ヲユナも同じことだろ

174 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 23:56:55
でも会津藩主が暗殺のような機密事項を自藩の者に命じず
何で旗本の見廻り組に命じるんだ?


175 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 23:58:56
京都見廻組は政治犯捕縛の為の役職だし

176 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 23:59:18
京都守護職だからね

177 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:02:52
反幕府の犯罪者を取り締まって何が悪いか。

178 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:03:28
別に機密でもなく、今井の妻は
「今井は、京都守護職から坂本龍馬刺殺で感状を頂きました」と証言している。
まあ、永井あたりは容保に何故殺したのかと詰め寄ったかもしれないが
幕府の恥でもあるし、永井は文書を残さなかった。

179 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:03:50
龍馬暗殺が会津藩主の独断(私怨)なら
旗本の見廻組に暗殺を命じないよ
佐々木が老中や若年寄にチクッたらそれでおしまいになる
その頃の幕府は土佐藩を数少ない親徳川の外様雄藩として期待していた
京都に会津藩兵は1千人以上いるんだから
家臣に暗殺を命じると思うよ



180 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:05:05
今井の晩年の証言はあまり信頼できないよ
だんだん話が大きくなってるからw


181 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:13:22
会津藩兵に襲わせたら、暗殺にならないじゃん

寺田屋事件でも100名以上に龍馬のアジトを囲わせているのに
まして藩兵を用いたなら、数百人で包囲することになる
会津藩の犯行、と宣言しているようなものだ

永井の目を盗んでやるには、手代木を通じ見廻組を使うことになってしまう

182 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:17:08
会津藩士が直接暗殺するという手法もあったとは思うけどね
やっぱり失敗時の責任逃れを頭の片隅に考えていたのかね


183 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 06:35:48
>>182
汚れ仕事のために見廻組から幕吏軽輩を掻き集めたんだよ。
自前の会津藩士には表だって公表も出来ないことはやらせない。
見廻組の本来業務も御所警護が筋。
幕臣の次男坊三男坊を集めたというのも実態とは違うらしい、
新撰組ほどではないが所詮寄せ集め。

184 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 13:06:55
・・・その守護職からの感状ってのはどこに???

185 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 14:38:54
妻が「夫はもらって喜んでましたよ」と言っている。
現存はしないと思われる。

186 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 18:39:39
>>168
本来であるなら、そんな証拠物件に頼らずとも何故中岡・龍馬らが一つ部屋にいたのか
「何」を話し合っていたのかを推察すれば自ずと判るとは思うのだがね

まぁ、どのみち新撰組「原田」に行き着く訳だけど


187 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 19:17:44
>>185
子孫の著作によると凶器とした刀などと共に上野戦争のドサクサで証拠物件はすべて行方不明になったとか。
妻いわ口伝は当てにならないかもしれない。お孫さんが今井の名誉UPを図って作った話を原稿化し、書籍を
出版したとも考えられる、と言ったら穿ち過ぎかもしれないが。

188 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 19:29:57
>>186
あれ、制札事件で捕えた土佐の宮川助五郎の身柄をそちらの藩邸にお引き渡ししますと
新撰組がへりくだって連絡よこしたところじゃなかったっけ?
海援隊か陸援隊で引き取るっていう相談を新撰組が邪魔する理由は考えつかないが。

189 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 19:38:08
大政奉還後、坂本龍馬が中岡慎太郎と協議する内容といえば、
土佐藩・海援隊・陸援隊の今後についての意思確認だろう。

徳川慶喜は、諸侯会議を幕府に代わる自らの基盤にすべく、
諸侯を自らの設定した場、二条城へ集めようとしていた。

一方、既に薩長の軍勢は芸州も加え瀬戸内に集合しつつあった。
京都では薩摩が二条関白へ、長州征伐失敗の結果として長州への朝敵認定解除を承認させていた。
併せて、明治天皇即位の恩赦として尊王攘夷派公家への入内解禁が行われる事が決定していた。

薩摩は、朝廷で復権が見込まれる尊王攘夷派の公家と「王政復古の大号令」へ向け協議を行っていた。
王政復古では、摂関体制は廃止され尊王攘夷派の公家が実権を握ることになっていた。
併せて、幕府も徳川慶喜が作ろうとしていた一会桑を中心とした諸侯会議も否定され、
朝廷内に別の諸侯会議が開かれることになっていた(小御所会議)。

土佐は、公武合体に軸足を置いた山内容堂と、尊王攘夷に軸足を置いた乾退助との間で
どっちつかずの後藤象二郎がバランスをとっていた。

坂本龍馬と中岡慎太郎は薩長へ武器を供給し、開戦時の薩長軍への参加を確約していた。
しかし土佐藩を全て参加させるには、山内容堂の承認が必要だった。

つまり、当時の両人にとって最も重要な話題は、大政奉還を徳川慶喜へ吹き込むときに利用した
山内容堂を一転して黙らせる算段ということになる。

190 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 19:42:31
守護職小咄

会津観光史学
真面目で誠実な会津に白羽の矢が立った!
会津は天皇の信頼が厚かった!

史実
福井藩が断ったので会津藩に回って来ただけ。
有能な会津の家臣は反対したが
殿様がやる気満々で承諾。

191 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 19:55:27
>>190
容保って頭悪かったのか

192 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 19:57:13
>>189
きみは容堂派の土佐藩士が犯人だとこの期におよんで主張するのかね

193 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 20:04:33
>>188
その宮川らを捕らえようとした新撰組側の一人が「原田」
(事件で新撰組は数組に分かれて探索していた)

194 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 20:12:00
容堂の腹心のはずの後藤象二郎からして既にどっちつかずなのだから、
山内容堂が何を唱えようとも、既に尊皇攘夷一色の藩から元藩主が一人孤立している。
だから小御所会議の際も、自らの主張を通せなかった。

土佐藩は容堂一人を除いて、尊王攘夷派だった。
容堂本人が出向くならともかく、土佐藩では坂本先生に歯向かう人間はいない。
土佐ではないだろう。

むしろ坂本・中岡両名が、藩主入京・容堂隠居等を協議していたのではないか、と私は考える。

195 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 20:23:59
>土佐で歯向かう人間はいない・・・・・

のなら何故に龍馬は土佐藩邸に「入れなかった」のか?
いや、龍馬が遠慮していたとしても何故・数人(密かにでもいいから)ほど警護が出せなかったのか


196 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 21:44:15
一件が起こった時点で、既に藩邸から駆けつけてますね
会津の暴挙は土佐にとっても予想外だったのかと

197 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 22:39:19
【いじめ】中1女子の裸動画撮影問題、岐阜の中学校長、改めて謝罪 イジメに加わった男女5人のうち4人は13歳なので刑事責任問われず

171 :名無しさん@十周年:2010/06/29(火) 13:41:03 ID:H571mD4a0

いじめっ子の顔写真と実名と住所と
学校名マダー????

385 :名無しさん@十周年:2010/06/29(火) 20:58:39 ID:T57lDoJ0O
>>170
名前はヤフー知恵袋で見つけた。
> 小阪菜摘
> 朝倉楓香
> 安藤美月
> 奥村玲来


198 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 23:05:02
>>191
頭いいなんて思ってたの?
この時代で一番の馬鹿殿だよ

199 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 23:48:27
あと馬鹿殿といえば
忍従しておけば戦乱を招くこともなかったのに
領内を自藩士が火の海に変えた長岡牧野家とか

家老一人の安請け合いを信じて領土が半減した南部とか

東北を纏めれば日本を変えたも同然、と得意満面だった仙台伊達とか

200 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 01:02:33
今井と渡辺、どちらが斬ったの?

201 :阿呆の学者の妄説信者へ:2010/06/30(水) 17:42:42
 西郷隆盛の写真が発見された。
 秋田県角館町の青柳家の旧家から見つかった。(写真は闇の日本史 中津文彦
著 KKベストセラーズに掲載されている。)明治政府の高官が着る大礼服(五
七桐紋入り)を着た人物で、私達の知らない肖像である。ところが、幕末写真
(フルベッキ博士を囲んで)の西郷隆盛とされている肖像と顔の骨格、耳の形が
そくっりである。まさしく西郷隆盛である。ちなみに政府はこの写真を永山弥
一郎だと宣伝していた。この永山弥一郎は西南戦争で戦死するが、隆盛に代わ
って全軍に訓示を与えたりしていた。反乱軍に参加した者まで永山を隆盛だと
錯覚したと言われる。しかし、なぜ、政府が隆盛の肖像をキヨソネに捏造させ
たのか。それに本当の隆盛を永山に偽装しなければならなかったのか。なぜ、
反乱軍が永山を隆盛の身代わりにしていたのか。大将の命を護るだけとは思え
ない。政府、反乱軍双方とも秘密にしなければならなかった理由はただ一つ。
隆盛は政府によって暗殺されていたからである。反乱軍にとって隆盛の仇を討
とうにも隆盛のような旗頭がいなけれが軍兵が思う様に集まらなかったからで
ある。だから、偽者を立てる必要があった。政府は暗殺を隠蔽するために隆盛
が征韓論に敗れて下野したという苦しい作り話を創作したのである。 
 その他の暗殺の根拠
 下野してから西南戦争までの4年間隆盛は無為に過ごしていたとは思えない。
 戦争の原因が私学校党の暴発、政府が派遣したスパイの暗殺計画である。
 西南戦争時、大将である隆盛が私学校党らに姿を見せていない。
 戦後、何回も隆盛生存説が浮上している。これは暗殺を否定する為のプロバ
ガンダである。




202 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 20:12:20
>>200
今井と渡辺一郎と世良敏郎は階下の見張り、二階に斬りこんだのは
桂早之助と渡辺吉太郎という説も強くなってきている。
しかし二階での勝敗が決した後に、今井らも登って行き、中岡の尻や
龍馬の横腹を刀で突いた可能性もある。

203 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:39:52
>>200今井に1票
明智光秀が土民の竹槍で命を落としたように、著名人が無名の輩に殺られるのは
日本史ではよくあること


204 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 22:05:27
>>203
そんな俗説信じるな

205 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 22:36:06
桂早之助は凄腕らしいな

206 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 14:58:37
>>201
西郷黒幕説は却下された
よってスレチ


207 : [―{}@{}@{}-] 日本@名無史さん:2010/07/01(木) 15:42:45
>>201
フルベッキの写真を持ち出すと、一気に信用が落ちるんだが


208 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 16:55:30
問題は、
大政奉還に強硬に反対していた京都守護職の松平容保、
会津藩士にして京都守護職配下の見廻組を担当していた手代木
見廻組の実行責任者佐々木(手代木の実の弟)
実行犯の一人今井

このうち手代木及び今井、そして今井の妻から
松平容保を暗殺指令を出した犯人とするような状況証拠が挙がっている、ということだろう。

209 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 17:37:59
>>208
松平容保は明治期、龍馬暗殺指令のことなんかすっかり忘れていたんだろうな。
下賤の者の生死なんか知ったことじゃないと。
生き残って明治の元勲にならないとしょうがないね。

中岡慎太郎と藤吉を巻き添えにしたことはどう言い訳するんだろう。
松平容保は戊申に負けてすぐ切腹するべきだったよな。

210 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 17:44:37
日光東照宮の宮司って忙しかったのかなぁ


211 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 18:32:10
松平容保はすぐ東京の屋敷に入って豪奢な暮らしに明け暮れたそうだから、
東照宮にいた時間はさほどなかったんじゃないかな。

逆に西郷頼母は一生東照宮にいた。

212 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 23:44:33
>>201

「西郷はまだ海の上だぞ。大阪湾に入港するのがやっと二十日、京都へ入るのはさらに遅れて二十三日になってからだ。
 もちろん、京都を離れていたからといって命令を出さなかったことにはならないのが理屈だが、暗殺当日間違いなく
 京都に居合わせたこの私を差し置いてどうして西郷を疑わなくてはならんのだ」
「ならば、ここは大久保どのが――」
「断る」
 にべもなく大久保は拒絶した。


213 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 03:39:42
>>210
宮司の仕事はほったらかしで妾と遊んだり大名ごっこをしたり明治政府を呪ったりしてました

慶喜みたいに本当に何もすることがないならまだしもなぁ

214 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 03:41:23
フルベッキ(笑)
こいつのせいで明治天皇は大室なんて邪説が出てきたんだっけ?

215 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 22:15:47
明治前半、暗殺において中岡慎太郎が軽く扱われたのは何故だろう
志士としての履歴は1流だと思うんだが

216 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 23:35:47
司馬遼太郎以前:憲政の神様=板垣退助が維新回天をやりました
司馬遼太郎以降:坂本龍馬が維新回天をやりました

一人に代表させる伝統があるのか、他の人間はいつも脇役にされた。

217 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:46:53
>>215
友達が少なかったから

218 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:54:27
>>216
それは土佐に限っての事で

219 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 05:43:51
中岡の友人のほうが早死にだったとか、勝海舟の様なお喋りな奴が少なかったから。

220 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 11:14:04
http://www.47news.jp/CN/201007/CN2010070301000108.html
竜馬の婚約者さなが結婚? 暗殺後、元鳥取藩士と

坂本竜馬の婚約者で生涯独身を貫いたとされる千葉さな(1838〜96年)が、
竜馬の暗殺後、元鳥取藩士と結婚していたとする明治時代の新聞記事が、3日までに見つかった。
発見した歴史研究家あさくらゆうさんは「記事はかなり正確」としている。
独身説が広く知られているが、記事は通説を覆すことになりそうだ。

さなは「北辰一刀流」を開いた千葉周作の弟定吉の娘。
江戸の剣術修行で千葉一門に入門した竜馬は、さなと知り合い婚約したとされている。
記事は明治3年(1871年)に横浜で創刊された毎日新聞(現在の毎日新聞とは無関係)が
1903年8〜11月に連載した「千葉の名灸」。さなが晩年に営んだきゅう治院の来歴などを描く内容。

10月4〜5日の記事によると、明治6年に横浜に移り住んださなが、
定吉が剣術師範役を務めていた鳥取藩の元藩士山口菊次郎から求婚され、
竜馬の七回忌も済んだことから受諾。

定吉が「おまえの命はかつて竜馬の霊前にささげようとしたものではなかったのか」と怒ってさなを切ろうとしたため、
近くの商家が仲裁に入り、翌年7月に結婚したものの10年たたず離縁、亡くなるまで再婚しなかった。

2010/07/03 09:02 【共同通信】

221 : [―{}@{}@{}-] 日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:41:54
>>220
20世紀になって掲載された新聞記事ってソースになるのかね?
元記事に取材元が明記されているのなら、多少は意味あるだろうけど、
新聞記事って往々にして取材元を明らかにせずに書き散らしだからな。


222 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 18:13:28
偉人に限らず、
愛する人が不慮の死で先立たれるのは相当な事でしょう。
経験無いので説得力無いですが、
ずっと忘れられない存在になる気がします。
お竜さんのその後は分かりやすかったですが、
さなさんは立場的に本当に複雑だったと推測します。
本題の龍馬暗殺は誰?ですが、
真実は永遠に出てこないと思います。
現代だったら3億円事件のような、
計画と偶然が絡んでる匂いがします。
色んな諸説は殆ど聞いて、
個人的に西郷と大久保、黒幕は岩倉と信じてましたが、
最近、考えが変わりました。
実は、灯台元暗しだったんじゃないか?と。
だから、完全犯罪ができたんだって。
自分が疑っている黒幕だからこそ、
色んな説が飛び交う事態に持って行けたんじゃないかと思ってます。

223 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 18:21:17
松平容保の日記とかが出てくれば、分かるんじゃないのかな。
しかしあそこの家は、自分に不利な史料は一切出さない。

224 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 19:36:27
>>221
千葉佐那が生涯未婚だったという当時の証言はあるんだっけ?
佐那が龍馬の袖だと主張する肩袖を所持していたという事実があるだけで
佐那が本当に龍馬の婚約者だったかどうか、肩袖が本当に結納の品だったのかどうか、
ましてや佐那が生涯未婚だったかどうかなんて、誰も検証していないでしょ。

225 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 20:08:02
今と感覚は違えど、
史実通り、龍馬が女好きで、
さなさんが、ひたすら待っていたとしたら、
・・。
龍馬は大好きだけど、そこは許せない。
一途な女の扱いに困ってたのかもしれないけど・・。
大好きな偉人だけに、
妻は二人はいらないよ。


226 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 20:37:52
>>225ですけど、
言葉足らずに気付いたので補足します。
愛人は、いくらいても良い。
ただ、「私は坂本龍馬の妻です」と、
二人には言わせて欲しくなかった。


227 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 20:48:39
死人に口なしだからね。
佐那は龍馬が死んでから出てきて婚約者だったといい出した。
ただし、龍馬と結婚していなかったのは佐那本人も認めているから、
佐那が龍馬の妻でなかったことだけははっきりしている。
龍馬ファンの民権家が勝手に佐那の墓を建て龍馬室と刻んだみたいだね。

そういう意味では龍馬の妻はお龍一人なんじゃないか。
こちらは龍馬が生前率いていた海援隊の証言にも
「龍馬の妻はお龍といい有名な美人・・・」云々の文章があるから
確かにお龍が龍馬の妻だったという第三者の裏付けも取れている。

228 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:20:54
>>227
ひとつだけ質問があります。
さなさんは何故、龍馬が死んでから婚約者と言ったのですか?

229 : [―{}@{}@{}-] 日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:33:08
千葉さな子が生きている間に本人へ取材して書かれた読売新聞の記事(1893年8月24日朝刊)では、
婚約をしたものの式を挙げる前に龍馬が亡くなり、以降貞操を守ったと書いている。
これはこれで龍馬に対して「死人に口なし」だけど、
今回「発見された」という記事は、1903年8月〜11月に連載されたという「千葉の名灸」の内容で、こちらはさな子に対して「死人に口なし」という状況。


てか元記事を読んでいないから判らないけど、もしかしてこれって単なる新聞小説なんじゃないのか?


230 : [―{}@{}@{}-] 日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:40:52
て、調べたら日経にもっと詳しい解説があった。
ttp://www.nikkei.com/life/news/article/g=96958A9C81818A9995E2E3E3E48DE2E1E2E5E0E2E3E2E2E2E2E2E2E2;da=96958A88889DE2E0E3EAEAE7E6E2E0E3E3E0E0E2E2EBE2E2E2E2E2E2

親族への取材だから、意外と信ぴょう性があるかもね。


231 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 22:01:51
明治のお偉いさんは、
龍馬を含め幕末に散った人達の、
ゆかりのある人を思い出した時に祭り上げる癖があったみたいだし。
酒の席で「そういえば、あいつの女はどうしてる?ガハハ」
的な感じで、お竜さんも佐那さんも犠牲になったんじゃないかな?
と、思ってしまいます。
綺麗事を言ったって、
結局は戦好きが天下をとった訳だしね・・w

232 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 22:19:33
フェミ臭いなぁ

233 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 11:08:03
>>230
千住に住んでいる祖母に、
色々聞こうとしたんですが・・。
祖母の世代は、子供の頃に戦争を経験という理由で、
住んでた事は聞いていたが、
それ以上の興味を持つ余裕なんてなかった・・
という答えでした。
色んな人が亡くなる前に、
自分が龍馬や歴史に興味を持っていたら、
意外な証言を聞けたかもなのにと・・。
悔やみます。

234 :阿呆の学者の妄説信者へ:2010/07/04(日) 13:25:26
 坂本龍馬の立像写真は不審点が多い。龍馬は幕府のお尋ね者で、家紋入りの
服を着る筈がない。坐像の着物の襟合わせが左右ともにだぶついているのは、
両手を袖口から抜いたからである。これは立像写真の後に撮った物である。袖
に手が入っている様に偽装している。これは右手の袖が不自然にしわが多い事
からでも分かる。懐に手を入れているのは左手で、右の袖口をつかんで袖口が
だらけるのを防いでいる。右手なら手首の入っている部分が尖って膨らむ筈で
ある,
謎の腰刀を差している。その刀の柄の長さが手の握りよりも短い。この事を
隠す為に懐手にしている。右の腰に笛をぶら下げている。
 フルベッキの幕末英雄写真の龍馬とされている人物の肖像と違う。この立像
写真の人物をフルベッキの写真で捜すと、勝海舟である。謎の腰刀は、忍者が
使った秘密兵器で刀に見せた鉄砲に非常に似ている。親指で撃針を押すと点火
されて弾が発射される。龍馬の影武者となっていた勝海舟が龍馬を鉄砲で撃ち、
その後土佐藩士が切り込みをかけて斬殺したのである。腰の笛は襲撃失敗時の
応援要請の為の物である。襲撃現場に掛けてあった掛け軸の血痕に流動性がな
いのは斬殺を偽装する為に工作した為である。掛け軸や屏風に付着した血液は
重力によって必ず垂れる筈である。
福井で見つかった坐像写真の龍馬の太刀は柄が白く写っている。龍馬愛用の
吉行の柄は黒であり、矛盾している。
 後藤象二郎が龍馬と同じ演台に肘を掛けている。この時代、写真を撮る事は非
常な贅沢であり、庶民には手が届かない。VIPしかいない。しかも何か大切
な記念としてしか写真はとらない。同じ演台が使われた事は両者が一緒に撮っ
た可能性が高い。しかし、象二郎は龍馬の親友武市半兵太を処刑した仇である。
龍馬は大政奉還の為に仕方が無く土佐藩と手を結んだのである。その時期は慶
応3年10月頃であり、その一月後に暗殺されている。
立像の龍馬の髪の毛のはげ具合と福井の坐像のそれとでは福井の座像の方がは
げが進んでいる。わずかの間にはげが進む事は有り得ない。福井の写真は暗殺
後に撮られたものである。龍馬とされている者は本物ではない。



235 :阿呆の学者の妄説信者へ:2010/07/04(日) 13:29:28
 無(0)は存在しない。真空はエーテルが充満しており、エーテルが物質化す
るのである。人間の目には何も見えなくても潜在的には物質は存在しているの
である。仮に無の存在を認めるとしよう。その世界は何もない無の空間が無限に
広がってしまう。無から有は生まれない。だから、無は存在しない。車のガス欠
はガソリンが無くなったのではなく、エネルギーとして拡散したのである。それ
を集めて貯めれば蓄電池の様にまた使えるのである。
 だから、目に見えるものを色と言い、目に見えないものを空と言う。

 減算は加算の逆の演算でこれが減算の定義である。
 1個の林檎に1個の林檎を合わせると2個の林檎となる。1+1=2
 2個の林檎から1個の林檎を減らすと1個の林檎となる。2−1=1
 つまり、2個を分解すると1個の相方は何個になるかを求めているのである。
 −の記号は減らして消して残りを求めるものではない。
 1−1は1個を分解すると1個の相方は何個ですかであり、相方は存在しない。
 0+1=1の逆算の答は0個と言うのは、1=1と同じ事で、あえて0の存在
をわざわざ作り出して相方は0個と言うのは間違いである。
 それなら、0+0+1=1の逆算の答は2つの0個と言う事になりおかしくなる。
 1−1=不定、不存在で0(無)ではない。
 1/0=不定、不存在であるのと同様である。

 物が消滅して0(無)にならないのなら、数学は0(無)の存在を許してはなら
ない。数学とは物理的事象を記号にして表したものだからである。
 負の数を扱ったり、1−1=0としてあたかも1個のりんごが消滅して0(無)
になると表現している数学は物理現象と食い違っているから、金銭取引に使え
ても物理学等実学には使えない。使うと間違った結論を導き出して、真実とは
かけ離れた虚構となる。


236 :阿呆の学者の妄説信者へ:2010/07/04(日) 13:38:35
 無(0)は存在しない。真空はエーテルが充満しており、エーテルが物質化す
るのである。人間の目には何も見えなくても潜在的には物質は存在しているの
である。仮に無の存在を認めるとしよう。その世界は何もない無の空間が無限に
広がってしまう。無から有は生まれない。だから、無は存在しない。車のガス欠
はガソリンが無くなったのではなく、エネルギーとして拡散したのである。それ
を集めて貯めれば蓄電池の様にまた使えるのである。
 だから、目に見えるものを色と言い、目に見えないものを空と言う。

 減算は加算の逆の演算でこれが減算の定義である。
 1個の林檎に1個の林檎を合わせると2個の林檎となる。1+1=2
 2個の林檎から1個の林檎を減らすと1個の林檎となる。2−1=1
 つまり、2個を分解すると1個の相方は何個になるかを求めているのである。
 −の記号は減らして消して残りを求めるものではない。
 1−1は1個を分解すると1個の相方は何個ですかであり、相方は存在しない。
 0+1=1の逆算の答は0個と言うのは、1=1と同じ事で、あえて0の存在
をわざわざ作り出して相方は0個と言うのは間違いである。
 それなら、0+0+1=1の逆算の答は2つの0個と言う事になりおかしくなる。
 1−1=不定、不存在で0(無)ではない。
 1/0=不定、不存在であるのと同様である。

 物が消滅して0(無)にならないのなら、数学は0(無)の存在を許してはなら
ない。数学とは物理的事象を記号にして表したものだからである。
 負の数を扱ったり、1−1=0としてあたかも1個のりんごが消滅して0(無)
になると表現している数学は物理現象と食い違っているから、金銭取引に使え
ても物理学等実学には使えない。使うと間違った結論を導き出して、真実とは
かけ離れた虚構となる。



237 :阿呆の学者の妄説信者へ:2010/07/04(日) 13:44:12
 世の中がすべて浮浪者ばかりになったら、世の中のほとんど全ての物が不用
となり、無駄となる。しかし、お百姓さんの作る米は生きる命の糧である。だ
から、農業は神聖な生業である。その最も尊い職業をさげすみ他の者が食い物
にしている世の中は間違っているのである。ここでへそ曲がりがパンのみにて
生きるにあらずと反論するが、何の為に生きるのか。正しい生き方が分からな
いから、反論にならない。つまり、我々人間は神の理想郷づくりに働くことが
人としての務めであり、その恩寵として神から食料等を与えられるのである。
今の人間は神を無き者にして逆らっているから、滅びる外に道はない。みんな
悪魔に魂を売って人間に宿っている神の聖霊を穢してしている。豚や牛の悲鳴
を聞いても何の憐れみを感じない人間は畜生以下に堕落した悪魂になり下がっ
ている。地震等の天変地異、疫病等の発生は神の怒りというか、怨霊が怨みを
晴らす為の霊波動である。弱肉強食のけもの世の掟を認めるなら、今度は自分
が弱者にされる番がめぐってきたのである。いくら、暴力反対、戦争反対と唱
えても、生き物に対して自分の行いを省みない者が口に出来る言葉ではないの
である。世の中の現象は科学では説明出来ない。つまり、科学が間違っていて、
自然は神の意思どおりに顕現してくるものである。
この様な考え方をするものをカルトと呼び、本当の愛国者を右翼と呼ぶ事がいかに誤っているかお分かり出来たと思う。



238 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 13:56:56
>>フルベッキ
これが入ってるだけで読む価値がないとわかる

239 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 15:03:12
もう少し、
短く分かりやすく言ってほしい。
自分はバカだから、
何か力説してるとしか受け入れなかったです。
そもそもスレチじゃないですか?

写真に関して個人的意見を言います。
西郷はどう思う?
聖徳太子同様、架空の人物なのか?



240 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 16:08:59
豆知識 フルベッキ写真とは

写真は明治時代、佐賀県の医学校講師として招かれた
医師フルベッキとその門下生(佐賀県内の開業医や医学生)を撮影したもので、

昭和40年、写真雑誌「太陽」にて明治の群像として解説抜きに掲載されたものを
三島という人間が、「この写真の中に明治の元勲板垣退助がいる」と主張した。
(他人の空似と思われるが)彼は他の写真との比較で主張を強め、
更に「他の元勲もこの中にいる」と主張した(が、どの写真上の人物も彼の意図する元勲とは異なった)。

そして、この写真の中に郷土の英雄を比定することがブームとなり、
今では全ての人物に「おらが町の英雄」が定まっている。

あまりにも時代も地域も異なる英雄たちが敵味方を越えて集っているということになってしまったので
「超文明イルミナティの指示に基づく秘密結社によって明治維新が全て動かされた証拠写真なのだ」と
陰謀論の世界で語られる写真となった。

241 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 16:28:28
会津が好きな人が、坂本龍馬を暗殺したのは松平容保という議論結果を葬りたいのでしょう。
ほとんど間違いないと思うんだけど。

242 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 16:33:26
松平容保が、坂本龍馬の存在を知ってたかな?
慶喜は明治になってから志士たちの裏舞台での活動を知ったらしいけど。

243 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 17:12:11
これも結局犯人は会津か
小説みたいな結論が出そうな題材はないの?

244 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 18:05:02
>>242
知らなかったしてもピストルで幕吏を殺した人間と聞いたら放置するのは職務怠慢だろ

245 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 18:46:00
しかし寺田屋の時の包囲とは違い、見廻組5人による急襲の形式をとったことについては、
公儀の名分は装っていても、私的な怨讐と自覚していたような後ろ暗さを感じる。

大政奉還に対し、推進の立場をとった徳川慶喜や永井玄蕃とは違い、
松平容保は憤怒に近い怒りを表明していた。

坂本龍馬は自らの安全について、大政奉還の話し合いに際し大目付の永井玄蕃や
京都守護職の松平容保と面会したので安全だ、と語っている。

永井玄蕃との面会は存在したが松平容保との面会はなかった、という説もあるが、
ひとつの証言の中で一方は実在しもう一方は実在しないというのも変な気がする。

実際は松平容保は坂本龍馬と会っていたのではないか、そして大政奉還推進の意志を
坂本の口から直接聞いていたのではないか、私にはそう思えてならない。

246 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 20:44:59
龍馬が吉田東洋を暗殺してたんだな〜

247 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 20:57:49
ΩΩΩ<なんだってー

248 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 21:38:40
>放置するのは職務怠慢だろ
その場合に出す命令は捕縛で、暗殺ではないだろ。

249 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 22:29:11
そう、寺田屋の時と異なり、明らかに捕縛ではなく暗殺を目的とした見廻組の襲撃であった。
見廻組は殺害を意図していた。ここに命令者の憤怒、あるいは私憤を感じる。
そして見廻組にそのような感情交じりの命令を下せる人物は、松平容保以外には思い当たらない。

250 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 00:45:42
だからそんな私憤による命令なら容保は会津藩士に暗殺を命じるはずだろうが
部下とはいえ旗本の佐々木にそんな命令は出しにくい
永井にチクられる恐れがある

251 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 01:03:45
>>250
だからそんな私憤による命令なら容保は見廻組に暗殺を命じるはずだろうが
部下の肉親の佐々木にしかそんな命令は出しにくい
会津藩が包囲すれば永井に丸分かりだ


252 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 13:43:23
会津は怖いね

253 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 14:49:36
松平容保その人

254 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 15:41:52
つうか竜馬自体は人脈や思想はあっても、固有の武力や兵力を持ってない存在。
大政奉還や薩長同盟時ならいざ知らず、あの時点で殺す意味なんて薄いだろ。
新政府に自分が入る気も無かったようだし。
むしろ個人レベルの単純な怨恨じゃね?

255 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 16:18:16
個人レベルの単純な怨恨で見廻組を動かせる人間、それも今井に御指図を出せる人間となると
やはり松平容保ということになってしまう

256 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 16:19:02
根拠が薄いな
ユダヤ厨と変わらない

257 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 16:21:09
何が根拠が薄いのか分からない。
むしろ犯人として松平容保以外の人間を設定することが困難。

258 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 16:39:20
ならないだろ。
それじゃ個人的怨恨じゃなくて、政治的報復でしかも何の意味も無い行為。
会津アンチは勝手だが無理やりこじつけすぎ。

259 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 16:44:21
当時竜馬はお尋ね者で、正式に赦免されたわけでもない。
会津もしくは別ルートからにしろ正式な命でやっていたのなら隠す必要は無いからな。

260 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 17:00:35
土佐藩の庇護下にあり幕府首脳と折衝していた人物を幕府方が暗殺するのだから、
実行者は隠す必要が大有り。
松平容保あたりは奴は元々お尋ね者であったと強弁するだろうが、
他の人間は彼の発言をごまかしと思うだろう。

261 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 17:30:37
沖縄のユタや恐山のイタコが言うのは
西郷隆盛だっていうね。

262 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 17:37:13
質問する人に事前に希望を聞いて、その人の言うとおりに発言するそうな
会津って卑怯だね

263 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 22:44:21
>>253
君たちね、松平容保の上役つうか兄貴分の一橋(徳川)慶喜をお忘れでしょうか。
この御仁は後世自分が歴史上の英雄として語られることを切望していた人間(それ
ゆえ朝敵にされた後はみっとも無いほど醜態をさらして脆かったが)。
慶喜は土佐脱藩浪士ごときが大政奉還のデザインをしたことが気に食わなくて、
闇に葬りたかったんだよ。あくまで歴史的大英断をしたのは将軍慶喜である自分の
功績という歴史を残したかったはず。容堂と後藤は部下として自分に進言しただけの存在。
そんなふうに後世からは見られたかった。
それで京都守護職の松平容保に龍馬っう邪魔ものがいるから消せと命じた。
いっさい史料的証拠をあげられないのは残念なんだがな。

264 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 23:02:27
誰がお膳立てした席にも黙って上座に座り、
この席は自らのものと言って憚らなかった徳川慶喜が、
発案者のことなど気にするものかい

決定者である自分=徳川慶喜こそ至上
発案者は案を採用されたことを光栄に思うが良い

この癖が生涯直らなかった人間が発案者のことなど考えはしないだろう

265 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 00:12:39
それにしても、松平容保の坂本龍馬への憎悪は相当なものだったんだね

266 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 16:56:17
アンチ会津は勝手だが誰も妄想に賛同してくれないからって自演までして自賛することもないのにwwwww

267 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 17:01:34
前は会津信者が病気だったが、今はアンチのほうがひどいな。
そのうちあらゆる不審事件は会津の仕業だ! とユダヤ陰謀論説にまで成長するに違いない。

268 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 17:07:27
つうかそうやって過剰反応するから面白がって書き込むんだろう。
自分で史料が無いのは残念、とかほざいてる容保説を繰り返すのは相手にするから。

269 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 18:46:18
このスレでは、松平容保が犯人、で結論となったようだ。
反論がまるで出ない。

270 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 18:54:57
みんな呆れてんだよ

271 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 19:04:22
ならまともな反論を書けばよいのにスレ流しとは

272 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 19:24:51
>>266
薩長同盟を成立させたことへの恨みかな
龍馬自身が姉への手紙で言うには浪士志士の巨魁として名が売れてたそうだから
暗殺はしやすかったろうな、何度目かの脱藩は許されてると言っても藩を後ろ盾に持ってないに
等しかったから
新撰組を使ってもよかったんだろうけど、慶応三年のこのころは近藤勇が低能なりに時局を語ることに
首を突っ込みはじめていて、上位下達の暗殺命令は出しにくくなっていたのかもしれない



273 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 19:28:39
あと反論は>>261ぐらいかな



274 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 19:40:38
>>271
おかしな人はスルー。これが日本式のやり方。
会津会津っていつまでもモビングしてる方が異常

275 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 20:06:17
結論としては、会津武士の正体見たり暗殺魔、ですか
隠したいでしょうね、会津人にとっては

276 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 20:11:24
>>275
会津武士が誰を暗殺したの?初耳

277 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 20:14:38
坂本龍馬暗殺の犯人は松平容保
結論がでてしまった

278 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 20:17:40
え、まさか薩摩説(笑)なんて出してくるの?

279 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 20:18:45
>>277
坂本龍馬一人殺せばどうにかなるようなことだったの?
当時の倒幕の流れは?

280 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 20:20:51
>>278
え、どうしてそうなった?
誰もそれっぽい事言ってないけどwww

281 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 21:08:10
そんなことよりもっと中岡慎太郎に注目してやろうぜ。
彼は幕末期に珍しいことに笑顔の写真を残した人物。
進取の気性に溢れとるやないか。
発想のユニークさが売りの龍馬にも真似の出来なかったこと。

282 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 22:01:49
>>281
中岡慎太郎も近藤勇ばりの正面向いた怖い写真があるじゃないか。
破顔の笑い顔のあの有名な写真は
隣りに芸者と並んで写ったもので(芸者のほうは破られている)
完全な極秘プライベート写真だったみたいだよ。

283 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 22:16:36
>>281
中岡が生きてたら参議になっただろうから板垣は軍に留まりそう

征韓論で下野しそうだけど後藤と組んで
自由民権って柄じゃないから自由党はなかったかも

284 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 00:59:36
松平容保が坂本龍馬の名前を知っていたとはおもえないけど。

285 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 01:00:58
>>282
それにしたって笑い顔の写真は中岡の他にないよな。

286 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 13:13:30
>>284
スレ参照
ほぼ間違いなく、坂本龍馬暗殺犯は松平容保

287 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 15:57:19
龍馬・・・それ、沢村惣之丞やない、タイムスクープハンターや

288 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 18:15:38
275尊皇攘夷派の浪士の方が
どうみても暗殺魔だけどなwww
会津藩士はただ職務でやってる
だけだ、龍馬暗殺は幕府の役人と
繋がってた龍馬がうざかった
だけじゃないかな!

289 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 18:22:59
それにしては、中村彰彦(会津礼賛小説家)は坂本龍馬暗殺事件に際し、
薩長の残虐性をこれで示した、だの結構な事をしゃべって、会津若松商工会も大賛成しているという
現状があるのだが。

会津若松市は、犯行が松平容保ということになった途端、正当だったと言い張るわけか。
それを卑怯と呼ぶ。

290 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 18:29:24
会津に関しては、ウソを並べて薩長叩きをした報いだな
散々薩長を中傷した事件の真犯人が、松平容保様だなんて

291 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:51:51
>>284
知らんで京都守護職が務まるか。
下から順次上へ報告は上がっていたろう。
容保はできることなら西郷、大久保も殺れ!と言いたかったに違いない。
慶応三年には薩摩も長州と並んで幕府の敵という認識。

292 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 14:21:26
>>285
伊藤博文にもめっちゃ笑顔の写真が何枚かあるじゃん

293 :月孔雀:2010/07/11(日) 14:57:50
状況的に、薩摩関係者が、やったとしか思えない。

294 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 16:08:31
>>293
スレ参照
議論結果及び状況証拠は、どれも会津藩主松平容保の犯行を裏付けるものとなっている。

295 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 16:47:56
>>289
京都見廻り組が殺したことはいくつも証言が残っているのに
どうやったら薩摩の仕業になるんだ・・・?

296 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 17:22:13
半藤と中村曰く、薩摩からの坂本龍馬の居場所情報提供があったに違いない
だから真犯人は薩摩なのだ、
会津藩は利用された被害者なのだから無罪無罪無罪(おい、命令者及び実行者という罪はどこにいった?)、という論理。

しかし、大目付永井玄蕃と坂本龍馬は大政奉還の折衝関連で面会しており、
坂本は、松平容保とも会見したと話している。
京都見廻組もこのことを承知していたと思われ、要するに坂本龍馬の居場所など丸分かりであった。

297 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 20:48:28
永井屋敷の隣は
普通に京都見廻り組の宿所だしなw

298 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 22:57:21
大目付と面会する人間、特に土佐藩代表が見回組に捕縛されては話しにならないので、
大政奉還の折衝中、見回組には坂本龍馬を捕縛してはならないという命令が回っていたと思う。

それを破り、見回組に暗殺を実行させた人間がいる。

299 :日本@名無史さん:2010/07/12(月) 02:29:16
統幕派の人物が新撰組や見廻り組に切られた例など数知れず。
坂本氏の場合は幕府海軍の機関である神戸海軍操練所に居たことから、幕府を裏切った者として粛清されたとも思える。

300 :日本@名無史さん:2010/07/12(月) 02:47:36
徳川慶喜が自ら大政奉還を行い、
自らの一会桑政権と共に諸侯を二条城に集め、
自らの新政府樹立を宣言しようとするその時に、
肝心の諸侯代表としての土佐藩代表・坂本龍馬を葬るだって?

薩長の2つは、他の諸侯が集まった時点で第三次長州征伐でも始めて叩くだろうが、
土佐は味方に入れたい藩だ。徳川慶喜には坂本を葬る理由がない。

あの時京都にいた佐幕連中で、大政奉還に反対したのは
会津候・桑名候の二名と江戸からやってきて間もない連中で、
その中で見廻組に直接命令を下せるのは、会津候なんだよ。
他の人々は会津候の許可なしに見廻組を動かすことができない。

301 :日本@名無史さん:2010/07/12(月) 02:57:34
要するに、京都見廻組を動かすことが可能で、大政奉還に反対の立場だった人間を探すと、
松平容保くらいしか見当たらない、と

しかも彼は統率者だから、たとえ他の人間の意志であっても、暗殺実行には松平容保の承認があったことになる、と

302 :阿呆の学者の妄説信者へ:2010/07/12(月) 04:26:29
 見廻組説はメーソンが仕掛けた身代わりの陰謀である。ケネディ暗殺の犯人
をオズワルドにしたのも同様である。

303 :阿呆の学者の妄説信者へ:2010/07/12(月) 04:32:45
 ロシアが択捉島で7月3日から行った軍事演習と対日戦勝記念日の制定は日本
侵略の前触れである。
 今年、イランで戦争が起こり、在韓米軍等が派遣される。隙を突いて北朝鮮
が韓国を侵略する。日本は日韓同盟の為に自衛隊を派遣する。戦争が拡大して
中国が参戦する。ロシアが北海道を侵略し、中国が沖縄を侵略する。米国は日
米同盟を破り裏切って、世界中の軍隊を引き連れて東京を占領する。
 戦争の前には白気(金神気)が立つ。八甲田山遭難は日露戦争の前兆。226事
件前日の雪は事件と支那事変の前兆。去年の年末からの大雪は戦争の前兆で、
夏に雪が降ってハルマゲドンの前兆となる。地球温暖化は嘘で、氷河期へと移
行する。
 人は神が現世を天国に築く為に、品位に応じた使命を与えられて生まれ出た。
使命を忘れて弱肉強食の地獄に落し入れる張本人となって、畜生以下では生存
価値はない。日月神示は改心出来て神の審判によって弥勒の住人となれる御霊
は日本人の1厘即ち14万人だと言っている。私が神の言葉を取り次いで改心出来
た者は3人程度であり、さすが、神の見込みに狂いはない。残りの御霊は草木等
に替えられる。この御霊らは丁度溝川にいる鯉と同じで、汚れた悪の世が快適
なのである。もうすぐ悪の世が滅ぶ様に溝川が酸欠するまで気づかない。悪魔
に洗脳されて、嘘の科学、宗教、政治に騙されて神の存在に気づかず、悪魔に
魂を売っているのである。動物等を殺し、人の生血を吸って我よしの贅沢生活
を享受している。他人を犠牲にしても慈悲心を持たない鬼に痛みは分からない。
有害な鬼を退治する舞台がハルマゲドンである。
 科学が発達すればそれに倍して弊害が生じる。原子力利用は放射線廃棄物を
作り、医学進歩は悪人を生き残らせ、新病を生む。
 物理現象は目に見えない神の働きによって起きるから、神を認知出来ない科
学で解明出来る訳がない。科学技術は悪神と従順な神の働きを人間が都合のよ
い様に利用しているのであり、神への冒涜である。見も心も穢れた御霊には神
の言葉が感知出来ないから、私が神書の知識を基礎として、霊感で悟り得た真
理を道理を踏まえてお伝えしているのです。


304 :日本@名無史さん:2010/07/12(月) 04:40:12
会津に都合が悪い結論が出ると、変な埋めが入る

305 :日本@名無史さん:2010/07/12(月) 04:48:26
会津の馬鹿が隠蔽したいようだから、もう一回貼る。

要するに、京都見廻組を動かすことが可能で、大政奉還に反対の立場だった人間を探すと、
松平容保くらいしか見当たらない、と

しかも彼は統率者だから、たとえ他の人間の意志であっても、暗殺実行には松平容保の承認があったことになる、と

306 :日本@名無史さん:2010/07/13(火) 01:30:07
手代木が「桑名」云うてるから桑名候だろ?または某諸侯だっけか
兄貴(容保)の心情を鑑みた弟が、かと行って「直」に指令出来ない立場なので
手代木通して見廻の連中を動かした
(無論、佐々木以外は真相語らず・直、容保からの指令と思っていた)

結果「成功」したはいいが、「別系統」からの謂わば正式「ではない」指令だったので
表だっての公表は出来ず、慌てた手代木は以前からの懇意のある彦根重臣に相談した・・・・と

容保は神保修理あたりから坂本の人柄は聞いていたと「思う」から
素直に重臣からの意見=坂本「敵」とは思ってなかったかもしれん・・・・

307 :日本@名無史さん:2010/07/14(水) 19:50:26
無理に松平容保を擁護してみても、
「その瞬間、少し席を外していたかもしれないじゃないか」 程度のことしかいえないとは、
お笑いだ。

現時点では各種状況証拠及び証言から、坂本龍馬暗殺犯は会津藩主松平容保ということになる。

308 :日本@名無史さん:2010/07/14(水) 20:56:54
慶応3年(1867)11月15日、京都近江屋で坂本龍馬が暗殺された。
その日、龍馬と密談中だった盟友の中岡慎太郎も致命傷を負い、2日後に
絶命した。この2人を暗殺した犯人は今だ謎である。ここでは遺留品や証
言をもとに犯人を検証していくことにする。

現場状況
龍馬、中岡は京都河原町の醤油商近江屋の母屋二階にて密談中であった。
午後9時過ぎ、何者かが龍馬に面会を求めてくる。そして彼らは取り次ぎ
にでた下僕藤吉のあとから近江屋に潜入、龍馬のいる2階に向かった。
二人の刺客は2階に上がるとまず藤吉を斬殺。龍馬らの座敷に乱入し、
いきなり龍馬、中岡に斬りかかったのである。龍馬は額を真横に斬られ、
ほとんど即死。中岡は数十箇所に傷を受け、事件直後に駆けつけた谷干城
に襲撃の様子を語ると、2日後に絶命した。

309 :日本@名無史さん:2010/07/14(水) 20:58:28
1、新撰組隊士説
暗殺現場には2つの有力な証拠が残っていた。刀と下駄である。
鞘は、元新撰組隊士、のちに高台寺党の伊東甲子太郎(かしたろう)
が新撰組のものと証言。下駄も新撰組が出入りする料亭、瓢亭(ひさごてい)
のものとされ当初新撰組犯人説が有力であった。
疑問点・・・・中岡は数十箇所を滅多斬りにされ、武器を持たない
下僕も六箇所を斬られている。新撰組ほどの剣客の猛者たちが乗り込んで
いったにしては不手際が多い。また坂本竜馬は北辰一刀流の免許皆伝の腕前、
命がけの場所に犯人が下駄を履いて乗り込むとは思えない。

2、幕府見廻り隊士説
当時、京都には新撰組のほかに、もう一つ幕府に属する警察組織があった。
京都見廻り組である。明治2年戊辰戦争敗北の旧幕府軍のなかから龍馬暗殺
の犯人と称する人物が現れた。元見回り組隊士今井信郎である。
今井は明治政府の取り調べに対して、隊長佐々木唯三郎はじめ、見廻り組7人
で襲撃したと供述。さらに明治44年、同じ元見回り組隊士渡辺篤も暗殺を告白。
遺書の中に龍馬に斬りつけた様子を詳しく書き残している。
この2人の証言は刺客の人数、襲撃のメンバーの名前など様々に
食い違っているため疑問が残るが供述は具体的であるため今も有力となっている。


310 :日本@名無史さん:2010/07/14(水) 21:01:03
3、薩摩藩説、黒幕は西郷隆盛か?大久保利通か??
この暗殺事件の背景には黒幕がいたと推測される事が多い。その代表格
は薩摩藩の西郷隆盛、大久保利通らである。15代将軍徳川慶喜が大政奉還
を申し出たその日、薩長ら武力討伐派は朝廷から倒幕の密勅を得る事に成功する。
龍馬は当初、薩長と手を結び、倒幕運動を進めてきた。
しかし、ここへ来て龍馬は幕府は倒すものの徳川家は存続させる立場に
転じたこととなる。あくまで徳川家討伐をめざす薩長にとって龍馬は
裏切り者、政敵として排除するべき人物となったのである。

4、龍馬が死んで利益を得る人物、後藤象二郎
慶応3年(1867)6月、長崎から大坂に向かう船の中で龍馬は
後藤に斬新なアイデアを出す。世に言う「船中八策」である。
幕府が薩長による武力討伐を避けるには、もはや幕府自ら政権を返上
する以外にないと龍馬は後藤に説いたのである。後藤はさっそく龍馬
の提案を土佐藩の実権を握る前藩主山内容堂に説き、土佐藩から幕府
へ建白するように工作した。そしてこれにより10月、大政奉還が実現した。
このため後藤はたちまち内外の脚光を浴び、土佐藩ではその功績により
150石取りの身分から1500石の大身へと出世、さらに土佐藩参政
という重要ポストに抜擢された。しかし、後藤は大政奉還の発案が龍馬
であったことを誰にも語っていない。龍馬さえいなくなれば手柄を独占
し一生人気者でいられるわけである。中岡が残した証言によると犯人は
「こなくそ」と言ったそうである。「こなくそ」とは四国の方言で
「この野郎」という意味。同じ土佐藩士の仕業か?


311 :戯けの学者の妄説信者へ:2010/07/15(木) 02:18:48
 ヨハネの黙示録に言う悪魔の刻印を押された者とは、肉食を行なう事によっ
て内なる神の分け御霊を穢して、まるで、太陽が黒雲で覆い隠された様なもの
である。この悪魔に取り憑かれた者は、慈悲の心と羞恥心が欠如し、自己の欲
望を満たす為に正義から外れた行動をとる。五戒(殺生、偸盗、邪淫、妄語、
贅沢)の罪を犯す。この者は神を信じないか、悪魔の宗教に魂を売っている。
神を否定した科学を妄信して、科学によって生ずる害毒が自然を破壊する事に
手を貸している。この者達は神の最後の審判によって草木等に替えられる。内
なる神の御霊が発揮出来る様に直ちに菜食に移行しなければならない。
 メーソンは神の刻印を押された者を必死になって探して殺そうとしている。
携帯電話、インターネット、テレビ(デジタル放送受信用には監視カメラが内
蔵)等によって、メーソンは無線を傍受して国民を監視している。これからは
悪魔の刻印を受けた者以外は物を買う事が出来なくなる。そうすれば餓死して
しまう。その前に自給自足の生活に移行しなければならない。
 2010年から少なくとも3年間は平成の大飢饉となって食糧危機が訪れる。第3
次世界大戦が勃発して核戦争が行なわれる。想像を絶する天変地異が起こり、
悪の御霊は退治される。
 その後に神が改心出来た神の御霊だけを甦らせて、弥勒の世の住人とする。
その天国では喧嘩も殺し合いも無い、正義に基づいた神政が行なわれる。正に
極楽浄土である。


312 :日本@名無史さん:2010/07/15(木) 11:55:59
龍馬の無念「シャモ食いたかったァ…!!」

313 :日本@名無史さん:2010/07/15(木) 17:08:12
紀州藩 三浦がいちばんあやしい

ナリスマシに名札を使うなら紀州のすぐ隣の藩である
十津川藩士というのはちょうど都合がよかったっぽいし。。 

例の海難審判で不利に立たされてた上、藩としての面目も潰されたから
殺意については一番マンマンな真犯人最有力候補。

314 :日本@名無史さん:2010/07/15(木) 17:18:33
議論をすれば会津で決まりなので、他に犯人を押し付けようと必死

315 :日本@名無史さん:2010/07/15(木) 17:44:19
実は近江屋の店員を襲ったが目撃者の龍馬と慎太郎を口封じのために殺した
急ぎ働きの強盗と言うトンデモ説は誰も信じてくれないだろう(´・ω・`)
書き込んだ本人も信じていない。(^0^;)

316 :間抜けの学者の妄説信者へ:2010/07/16(金) 09:17:26
君達はいつまで騙されているのか。
 自民党も民主党もメーソンである。これはメーソンの双頭作戦である。どち
らが勝ってもあまり変わりがない。片方に偏らない様に絶えず均衡を保ってお
く。つまり、八百長の喧嘩をしているのである。小沢一郎の裏献金疑惑も小沢
と検察庁の八百長の猿芝居である。国家機関はすべてメーソンであり、田中角
栄のロッキード疑惑はコーチャンらの偽証によって仕組まれたものであって事
実無根である。田中はメーソンの了解なしに日中友好を進めたから政治生命を
絶たれた。つまり、まともな政治家は暗殺(自殺に見せかけた)等で消される
のである。
 日本の国債残高は1千兆円に近づいている。実は隠されているものを含むとそ
の3倍になる。国民一人当たり3千万円の借金である。国民の預金と土地を当て
にしているが、預金の内容は米国債等でアメリカはいざとなったら国債を紙く
ずにする。郵政民営化ですでに外資の手に渡っている。土地も大恐慌になれば
誰も買い手がいない。すでに日本は国家破産していて死んでいるのである。税
金も社会保険料も払っても何にもならない。破産すれば石油も食糧も手に入ら
なくなる。即ち、日本を破産させてから侵略するのがメーソンの計画なのであ
る。日本を悪者に仕立てて葬ると言う日本包囲網は完成している。従軍慰安婦
の議会議決、南京大虐殺(ねつ造)、靖国神社、コーヴの映画化、児童ポルノ
規正法(日本人の児童買春)、グリーンピースの調査捕鯨の妨害、日本製品を
不良品(ねつ造)にしてボイコット、特許侵害等。
 後は朝鮮戦争のドサクサに乗じて日本を侵略すればよい。その為には日本と
韓国の駐留米軍を移転させて隙を作り北朝鮮が暴発するのを助けなくてはなら
ない。北朝鮮もメーソンの指令で動くのである。


317 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 09:39:26
会津のごまかし貼りはもう結構

318 :間抜けの学者の妄説信者へ:2010/07/17(土) 10:35:13
 神の存在証明
 我々の身体の精巧な仕組みは偶然に出来上がる訳がない。自然治癒力一つを
とってもそれがどこから働くのか分からない。西洋医学は自然治癒力の土台が
なくては効力がない。高次元の神が創造したとしか考えられない。
 撫子が可憐な5弁の白い花を咲かせているのを見ていると、神の心が分かり
ます。神が地上を花の楽園にしようとしているのです。偶然に出来るのなら、
もっと醜いものが出来てもよい筈です。
 狂牛病の原因はプリオンだと言うが、最初に発病した牛はプリオンとは関係
がない。牛の肉骨粉を与えて共食いさせた為である。人食い人種も同じ病気に
罹る。なぜ、共食いすると狂牛病になるのか科学では分からない。胃袋では遺
伝子は破壊される。神が共食いの罪を顕現させているのです。肉食も間接的な
共食い(殺生)である。
 心は目に見る事が出来ない。科学では脳の働きだと言うが、人によって性格
が違う。なぜ、生まれつき感情や本能が備わっているのか分からない。2重人格
の人間がいる。これを魂の宿った人間にもう一つの魂が憑依したと考えるのが
自然である。魂が存在するのならその大元の神も存在する筈である。幽霊は身
から離れた魂が浮遊している現象である。心臓を臓器移植した人の性格が変っ
たり、亡くなった人の記憶が現れるのは魂の働きである。夢を見るのも魂の働
きで、魂が霊界とつながって映像化されるのである。急に胸騒ぎが起きるのは
神からの警報である。天眼通(透視、予知等)、天耳通(テレパシー)、天言
通(言霊)等は神通力である。この現象が本当なら神は存在する。


319 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 12:06:39
会津は答えられなくなると、意味のないものを貼って誤魔化す。

現在の状況証拠・各種議論からは
会津藩主松平容保が坂本龍馬暗殺犯人でほぼ間違いない、ということで意見が一致している。

320 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 20:45:40
今までの話をまとめると、
実行犯は新撰組で
黒幕は後藤象二郎か岩崎弥太郎ということですね?

321 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 03:37:13
近藤さんが笑っている

322 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 19:42:53
後藤の後ろに鯨の殿様だろうなぁ・・・。
郷士に誑かされたあげくに青侍に毛が生えたような
公家に長ドスつきつけて脅された訳やし・・。

323 :間抜けの学者の妄説信者へ:2010/07/19(月) 12:33:55
587年、物部、蘇我氏との間で神仏戦争が起き、聖徳太子の家来である迹見赤
檮が物部守屋を弓矢で射殺した。彼は押坂彦人大兄皇子の家来でもあった。日
本書紀は彦人皇子が死んだとも記述しないで、突然、その子・舒明天皇が即位
したと述べている。その皇后・皇極天皇治世時に大化の改新が起こり、中大兄
皇子らが蘇我入鹿を暗殺した。罪名は国政を専横したと言う。しかし、皇極天
皇は彦人皇子の孫で蘇我氏の血を受けていない。なぜ、蘇我氏が専横している
のに、皇位が蘇我氏の血を受けていない本流に戻ったのか。どうしてそれが専
横となるのか、矛盾している。彦人皇子は皇太子であるのに天皇になれなかっ
た。まるで聖徳太子とそっくりである。両者の家来が迹見赤檮である事から聖
徳太子の正体は押坂彦人大兄皇子であり、天皇に成れない訳がない。聖徳太子
は蘇我入鹿として斬殺された。三韓の朝貢時に事件は起きた。つまり、犯人は
中大兄皇子(百済王豊璋)である。だから、彼は滅んだ祖国・百済を再興する
為に、日本軍を白村江の戦いに注ぎ込んだのである。中大兄皇子はイスラエル
12支族のユダ族である。天皇家の紋章がイスラエルのシンボルの麒麟(一角獣
)である事からも分かる。
この偽の天皇の為に、楠正成、2.26事件の将校、神風特攻隊員等が犠牲となっ
た。未だに日本は朝鮮人に支配されている。真理を悟る事が出来るのは聖者だ
けである。本来世界は天皇が治めるべきものであり、その国の王が委託を受け
ていた。メーソンが世界制覇の為に各国の王政を破り、天皇に成り替わらんと
している。悪魔が統治しても悪の世は潰れる。神の信任を受けた聖者が統治し
なければならない。民主主義などと言う衆愚の多数決ではものごとは解決しな
い。悪魔は世を潰し、神の裁きを受けて退治される。


324 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 01:27:03
まとめ
坂本龍馬暗殺犯は、会津藩主の松平容保でほぼ間違いない。

但し、会津武士道で頭がおかしくなった人は、この結論を納得せず、
議論に敗れた末にスレ荒らしで誤魔化しを図っている。

325 :間抜けの学者の妄説信者へ:2010/07/20(火) 10:06:19
 ただ程恐いものはない
 携帯電話の本体価格はただであった。だから、これ程までに普及したのであ
る。携帯から発する電磁波によって脳が障害を受ける。神の御霊が幽閉されて、
悪霊の入れものとなる。携帯は盗聴されていてメーソンの監視下に置かれてい
る。
 グーグルの検索はただである。しかし、行動や思想が監視されて、監視カメ
ラと連動している。
 Backtrack4のソフトがただで手に入る。これによって、無線Lanのセキュリ
ティキーWEP、WPAが解読できる。他人の無線Lanを使用している時に自己のパソ
コンの情報が抜かれる。盗まれている側のパソコンの情報も抜かれる。
 インターネットでただで手に入るソフトにはウイルスが入っている。それを
使うと悪作用を及ぼす。ただで出来るゲームがある。それに依存して他の事が
出来なくなる。即ちネトゲ廃人である。
 テレビの視聴もただである。嘘の情報で洗脳し、映画、スポーツ、セックス
に依存させておく。低俗な番組を流して国民総白痴化を行なう。女、子供は恋
愛ドラマ、マンガに依存させて悪徳を励行させる。


326 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 11:14:32
龍馬暗殺でなく、中岡暗殺では?

327 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 14:17:11
中岡は土佐藩武力討幕派の代表人物なので、彼を考えると最初に薩摩犯行説が消えてしまう。
佐幕派小説家にとってこれでは都合が悪い。だから中岡は努めて無視なのさ。

また、実行犯として信憑性のある自白及び状況証拠のある京都見廻組について、
得られた証言の中に 坂本を狙った というものがあり、
当面は、中岡は坂本龍馬暗殺に巻き込まれたと判断されている。

328 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:20:06
暗殺を命じたのが容保だとすると、慶喜が大政奉還を発表した後で竜馬を殺す意味がわからん

329 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:39:08
容保が犯人なら、公儀の口実を持ち出しその実私怨を晴らそうとした、ということになってしまう
見廻組が包囲戦術を取らずに少数での即殺戦術をとった、というのにも命令者側の後ろめたさを感じる

330 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 02:17:31
黒幕は後藤象二郎ら上士勢力だろうなあ。
さらに山内容堂か。
その後の海援隊は後藤にいじめぬかれて
維新後も岩崎弥太郎ら三菱はいじめ抜かれるもんな。
キリンビールは岩崎らの出資だがラベルは麒麟というより
どうみても龍と馬のキメラだもんな。


331 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 03:14:43
黒幕もなんも無い、指名手配犯が潜伏している所に警察組織が突入するのは当たり前の事。京都で有名な警察組織は新撰組だったんで坂本も新撰組に掃討されたって説が流布した訳だけど。

332 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 07:46:39
黒幕は絶対答えでない

333 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 08:12:24
まあ、黒幕が明らかになると会津厨房がなかったことにするから

334 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 22:14:04
>>331
それで血気盛んな同志らが新撰組「狙う」・・・・てのは判るんだけど

「実際は」紀州の家来だからね

まぁ、間接的に新撰組と対峙したけどね

335 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 01:05:37
今までの話をまとめると、黒幕は薩摩ということですね?

336 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 02:08:18
どこにもそんな話はない
あるのは、松平容保に対する嫌疑が状況証拠の提示のたびに濃くなるという現実と、
無理に会津をかばおうと荒らしを行うモラルのない阿呆

337 :間抜けの学者の妄説信者へ:2010/07/26(月) 05:52:24
 数学は有りもしない0、負の数、∞を定義しているから誤りである。
数学で2=1を証明しましょう。
a=bの時に
a^2−b^2=ab−b^2  ^2は2乗を表わす。
が成り立つ。両辺を因数分解すると
(a−b)(a+b)=(a−b)b
両辺を(a−b)で割ると
a+b=b
a=bだから
2b=b
∴2=1
2=1が証明できてしまう。これは数学がa−a=0と定義している為の矛盾
である。
1−1=0ではないのである。
1個のりんご+1個のりんご=2個のりんごとなる。これは加算で、減算はその逆
算と定義されるから
2個のりんご−1個のりんご=1個のりんごとなる。
減算は引いて残りを求めるものではなく、分解して相方は何個になるかを求め
る算術である。
1個りんご−1個のりんご=不定(1個のりんごはそれ以上分解できないから)
これを無理やり0が存在すると仮定して
1個のりんご−0個のりんご=1個のりんごとすれば
1個のりんご−0個のりんご×∞=1個のりんごと波及して0個のりんごが無
限に存在する事になる。0個のりんごの加減乗除は結局何もしない事で無意味
である。だから、0は存在しないのである。コンピュターのデジタル信号の0
はエーテルの調和であり、1は不調和から来るエーテル波である。
 日本人はこの事を理解していたから、赤ん坊が生まれた時はすでに1歳なの
である。阿呆のインド人が0を発見したと言って路頭に迷わせ、馬鹿の数学者
が出鱈目な定義を作って数学を魔界へ落としているのである。


338 :間抜けの学者の妄説信者へ:2010/07/27(火) 00:18:48
 反論に対する回答

a^2−b^2=ab−b^2  ^2は2乗を表わす。
の左辺のaの代わりに、右辺にbを入れ替えただけである。a=bだから両辺
の値は何も変わらず一致する筈である。たとえa−bが0であろうとも、両辺
を割った残りも一致するのが数学の概念である。それなのに、2=1となるの
は矛盾している。両辺を0で割ってはいけないと逃げているようでは、とても
私と太刀打ちは出来ない。


339 :日本@名無史さん:2010/07/27(火) 00:30:07
佐々木只三郎の属していた京都見廻組は相模守組で備中浅尾藩主の蒔田広孝の配下ってウィキに書いてあるけど。

340 :日本@名無史さん:2010/07/27(火) 01:01:22
犯人は蒼井優

341 :戯けの学者の妄説信者へ:2010/07/27(火) 11:39:33
 映画「ザ・コーヴ」が上映された。ドキュメンタリー部門でアカデミー賞を
とったこの作品のテーマは、日本人の残虐性であり、世界に広める為である。
だから、太地町の漁民の目を恐れて隠し撮りしたのである。漁民がイルカをも
りで突き殺すシーン。その圧巻は湾内の海が血の色で真っ赤に染まった。
この映画が反日的であるのは日本の漁法を目の敵にしているからである。監督
のオリバーはいかにもヒューマニストのように振る舞っているが、人間が牛や
豚を屠殺して肉を食っている残虐性には目をつぶっている。自己の悪業を棚に
上げて他人の悪業を非難するのは卑怯である。
「南京大虐殺」(虚構)、「靖国」、「ザ・コーヴ」と日本人を悪者に仕立て
るプロパガンダが目白押しである。メーソンは日本人の絶滅を狙っている。悪
魔は讒言と言う卑怯な手を使って日本人を目の敵にさせる洗脳を行なっている
のだ。牛や豚の屠殺の映画を作って両方を見せなければ公平ではない。
表現の自由を楯にとって、日本人を貶めている売国奴の日本人が余りに多いのは驚きである。日本は内外の敵によって滅ぼされる。


342 :日本@名無史さん:2010/07/27(火) 12:42:34
会津は相変わらず、意味不明の文でスレ潰しを狙う。
そんなことをしても、松平容保への嫌疑が強まるだけだと思うが。

343 :日本@名無史さん:2010/07/27(火) 18:00:16
勝海舟が実行犯の見回り組の黒幕だったんじゃないかな?
大坂奉行と親しかったから、暗殺の指示を勝海舟が出せば、
すぐにでも実行された。
維新後は龍馬を誉め、暗殺についてしつこいほど、すっと
ぼけた。
勝海舟は龍馬が共和主義者ではないかと疑っていたから、
邪魔者と視ていた。

344 :日本@名無史さん:2010/07/27(火) 21:21:40
江戸幕府自体の解体と新生統一国家を夢想していた勝安房が、
江戸幕府解体と新政府創立への第一歩となる大政奉還に反対だって?
一番坂本に近い種類の人間ですよ、あれは。

どうも会津の人は、自分が敵と思う人間にやらかした罪を隠そうとするときは、
敵の中から犯人をでっち上げ、仲たがいしたように語ってくる。

早乙女貢もそうだった。

345 :日本@名無史さん:2010/07/28(水) 19:04:43
>>334
幕末剣豪斎藤一とカミソリ外相陸奥宗光が、暗闇の中で剣を交えたかも・・・
ロマンチックですね!

346 :日本@名無史さん:2010/07/30(金) 21:06:38
陸奥は剣は苦手じゃなかったっけ?

347 :日本@名無史さん:2010/07/30(金) 21:30:56
永井黒幕説もあったのね。
そのせいか、維新後、永井と勝はあまり親交がない。
不動産に関することで会っているが、ほぼ同じ畑を歩いた幕臣にしてはそっけない。
勝も疑っていたのかな?

348 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 19:50:17
大州藩の連中のが「しっくり」くると思うがね?伊予だし
「誰か」が詳細の知らされていない連中みっけて「坂本は船賃を誤魔化した云々・・・」な感じでね

349 :日本@名無史さん:2010/08/02(月) 02:05:37
http://www.youtube.com/watch?v=VzdLPLCzg5k
「勝海舟」藤岡竜馬暗殺



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