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三角縁神獣鏡は何時どこで作られたのか?

1 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 19:32:05
国産鏡なのか?中国鏡なのか?半島で作られたのか?
又、何時作られたものなのか? 荒らし厳禁! 根拠は明確に。

2 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 19:34:03
福岡県田川郡香春で作られました

3 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 19:42:19
>>1

わかりません。
ですが、>>1の問題設定そのものに、疑問もあります。

@出土している三角縁神獣鏡の、一部が国産、一部が大陸・半島製、との考えもあっていいのでは?

A製作年代をピンポイントで示すのは難しいのでは? 「踏み返し鏡」という考え方もありますし。

4 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 20:21:20
スレの最初の方ではまず前提事実の確認から始めよう。

A 三角縁神獣鏡の定義
B 三角縁神獣鏡のこれまでの出土数
C 三角縁神獣鏡の分類
  C1 デザインによる分類
  C2 細部の表現(文様の抽象化など)による分類
D 三角縁神獣鏡を出土した地域
E その他


5 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 20:24:49
三角縁神獣鏡以外も入るが、中国王朝の年号入りのものにまず限ったらどうだろう。

6 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 21:15:18
ごめんなさい。私が作りました。
おおごとになっちゃったんで言い出せなかったんです。

7 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 21:20:04
国産説がほとんどでしょ?
中国製と思うなら、福永の本でも引用して終わり。
素人には福永以上の根拠は示せない。

何の意味があるの?

8 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 21:36:25
>>4 Aについて

1 ふちの断面が三角形

2 外区の文様が  鋸歯文帯→複波文帯→鋸歯文帯→櫛歯文帯→獣文帯
   http://inoues.net/mystery/3kakubuchi.html  の上部参照

3 内区に神獣の像がある。


  中国でも三角縁と類似した鏡が出土するが、2の要件を満たさない。
  上のリンク先でも下のほうで 「これは謎かもしれない」 として2の要件を満たさないものを
  三角縁と勘違いして論じている。これは恥ずかしい。


9 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 21:39:40
>>4 DとBについて
 出土地は全て日本。沖縄からも破片が出土。
 中国、朝鮮からの出土はない。

 出土数は毎年のように増え続けており、現時点では550〜600面   

 全て日本で出土。

10 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 21:42:39
案外>>2の説もリアルであるんじゃないか?
近くに採銅所とかあるし宇佐の神幸には鏡を作るし

11 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 21:49:10
三角縁の定義については、こっちも参照
http://www2u.biglobe.ne.jp/~KELVY/kodaisi/ibutu.htm

樋口隆康は、三角縁神獣鏡を次のように定義する(『三角縁神獣鏡綜鑑』新潮社、1992年)。

1)径21〜23センチ大のものが最も多く、まれに径19センチや25センチのものもある。
2)縁の断面が三角形を呈している。
3)外区は、鋸歯文帯、複線波文帯、鋸歯文帯の三圏帯からなる。
4)内区の副圏帯は銘帯、唐草文帯、獣帯、波文帯、鋸歯文帯のいずれかが多い。
5)主文区は、四又は六個の小乳によって等間隔に区分され、その間に神像と瑞獣を求心式か同向式に配置する。
6)銘帯は七字区数種と四字区一種がある。


12 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 22:14:55
殆どが採銅所の近辺で作られたと思う。

13 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 23:21:05
>>11
もう一つ追加。

7)中国で出土していない。中国で類似品が出土した場合は、斜縁などに分類しなおして三角縁からはずすこと。


14 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 23:24:34
邪馬台国スレの九州説の人たちは、考古学者の意見を捏造とかって信用できないと言ってたけど、
このスレの人たちは考古学者の発言を全面的に信頼してるんだね。
いいことだ。



15 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 23:31:19
>>13  それは見方が違うかも。

例えば、三角縁神獣鏡の定義から>>8の「2」や>>11の「3)」を除外して、広くしたとする。

そうすると、「広くした三角縁神獣鏡」のうち、「日本でしか出土しない鏡」が問題にされる。

そこで、日本でしか出土しない鏡(上で除外した定義を加えたもの)を、また別の名称で
読んで、分類して検討することになる。

日本でしか出土しないグループの鏡について、新たな定義を作るが、それは最初の定義と
同じになる。


16 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 23:34:55
>>13は、

「△鏡は日本でしか出土しない」包囲網を作りたいんだよ。気にするな。
どうせ国産ってことで何の問題もなし。



17 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 23:42:26
>>15
>>16
実際はずされてるんだ。
かつて三角縁だったのに類似の鏡が中国で出土したらいつの間にか斜縁になっていた。

18 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 23:54:23
中国の鏡の専門家が、△鏡を日本製としてるんだから、
今後中国で似た鏡が見つかっても、徹底的に相違を見つけて△鏡は日本製にするよ。

そういう流れを批判するかしないかって話でしょ。



19 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 23:56:17
>>18
おいおい、舶載説の連中でもそんなみっともないことは言わないだろ。

奴らはちゃんとした玉砕を望んでいる。


20 :ローガン:2010/06/21(月) 23:57:51
>>17
へえ、そうなんですか。じゃあ定義に「国内で見つかるもの」と追加しないと…(笑)

21 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 00:03:36
△鏡が国産という可能性はほぼゼロってことでいいんじゃないの?

ローガン先生は違う意見をお持ちのようですが。


22 :ローガン:2010/06/22(火) 00:11:18
>>21
私は魏鏡だと思っています。先生とかご勘弁。

23 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 00:18:34
三角縁と斜縁が同じ鏡とは知らなかった。つまり、三角縁は魏鏡ということですね。

24 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 00:52:44
三角縁と斜縁の線引きなどはじめからないに等しい。


25 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 01:28:06
>>24
外区の模様が全然違うだろwww


26 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 13:23:37
拾ったので置いときますね。

斜縁神獣鏡の変遷と系譜
http://home.hiroshima-u.ac.jp/kouko/article/JITSUMORI2009.pdf

問題は、本当に分類しなきゃいけないほど差があるの?
って事かな。


27 :ローガン:2010/06/22(火) 15:27:48
>>3
>@出土している三角縁神獣鏡の、一部が国産、一部が大陸・半島製、との考えもあっていいのでは?
なら、出土地がもっとバラけるのではないですか?
> A製作年代をピンポイントで示すのは難しいのでは? 「踏み返し鏡」という考え方もありますし。
踏み返しが多数あるという前提を設けたとしても、それがマスター鏡の年代推測にどのような影響が?

28 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/22(火) 16:14:11
三角縁には、景初3年銘から仏像鏡まである。
だから魏鏡でははみ出す部分もある。

これを説明しようとすると
景初3年から永嘉の乱終息の323年頃である。


29 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 17:26:16
古墳時代になって日本列島にのみ突然出現し始め、本場中国で出土しない▲__∩__▲鏡が中国製というにはいくらなんでも無理があろう。

やはり、呉の画文帯神獣鏡の画文帯を鋸歯帯に代え、外縁にグルリと▲突起を回してバリ取りし易く改良した日本製の神獣鏡だと思われ。
舶来のオリジナルをベースに、手持ちの技術で簡単に作り変えて量産することに長けた日本人らしい鏡(例ベンツBMW→マークUを着せ替えレクサス)。
当時の中国は周辺国を従えようという超大国で、そういうチマチマしたことはやらないと思う。

30 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 17:31:35
三角縁がつまみと同じ高さで積み上げやすい。
量産に適した鏡と思われ

31 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 17:35:11
また鋸歯文は弥生時代、日本列島の銅鐸にのみ見られる文様。

弥生時代の伝統的な図柄である鋸葉文を(あまり意味を持たない)画文帯の代わりにした、という点でも弥生(日本)的でも歴史的必然性&連続性が感じられる。
本場中国の鏡なら、大きく美しい連弧文や草葉文を据えるハズだし、画文帯に意味があるので、そもそも(属国である)日本的な鋸歯文に代える意味がない。



32 :ローガン:2010/06/22(火) 18:44:52
>>28
>三角縁には、景初3年銘から仏像鏡まである。だから魏鏡でははみ出す部分もある。

ちょうどいいやん。確か三角縁三仏三獣鏡は201番鏡と共伴。岸本氏によると、舶載と倣製の境目。

>>31
>また鋸歯文は弥生時代、日本列島の銅鐸にのみ見られる文様。

中国出土鏡に普通に鋸歯文あるし。

33 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 18:46:24

三角縁神獣鏡=【内区】神獣鏡 +【外区】鋸歯文 +【縁】▲リング

内区=中国の(画文帯)神獣鏡(死ねば神仙界に逝ける道教思想=西王母・東王父・聖獣)
外区=日本の鋸歯文(銅鐸=弥生時代の農耕祭祀(首長権)のシンボル、画文帯の代替)
縁=大量生産向け品質管理の工夫(ヤマト王権に新規FC加盟した証拠に、全国各地の弥生環濠都市(ムラ)の酋長に配るため)

これをもらった弥生環濠都市の首長達は、ヤマト王権から自分たちの地位を保障され、高度な製鉄技術、
農地干拓術と死後の墓を兼ねた前方後円墳の築造技術を供与され、隣のムラとの競争にも優位に立てるという夢のような話が現実に。
まさにムラからクニへと国家統一を目指した古墳時代のヤマト王権のシンボルとしてこれほどピッタリな鏡があろうか?

34 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:32:31
君たちは銅をどうやって精錬したか知らないだろう?
当時、銅のインゴットがインターネット通販で買えたわけではもちろんない。
別子などの銅山から銅鉱石を掘りだして、それを細かく砕き、水路に流すと比重の違いで銅を含んだ鉱石がたまる。
それを炉で3日3晩焼いて粗銅を作る。
それをフイゴで風を送りながら炭素で還元すると、やっと銅らしきものができる。
その作業を2度3度と繰り返すことで純度の高い銅ができるのだ。
この製造過程には、工程ごとに熟練の技が必要で、渡来人の力を借りなければ不可能。

というのは真っ赤な嘘で、実は、古くから日本海側を中心に大陸との交易が盛んで銅地金も手に入れることができたのです。
事実、山陰地方には銅山はなく、出雲族は交易で手に入れた銅を使って銅鐸などの司祭用具を作っていたわけだし、
鏡の製造くらいは見よう見まねですぐできてしまう程度の代物だったのです。

それが、日本各地におびただしい数の銅鏡が流通していた理由です。
日本だけではなく、東アジア全体の歴史を考えないと、誤った歴史認識を盛ってしまうことになりますよ。


35 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:47:40
旧石器の石器→縄文の土器→弥生の銅→古墳の鉄→飛鳥の仏→奈良の律令。

36 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 21:49:53

Q、三角縁神獣鏡の生産地はどこですか?

A、日本である(解決済み)。

理由  550面以上の全てが日本で出土して、中国、朝鮮では1面たりとも出土しないから。


37 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 22:57:10
現実の出土状況から見れば、舶載説が存在していたこと自体が理解し難い。

38 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/23(水) 23:04:55
鏡が見えれば、邪馬台国も卑弥呼も見えると思ったんですねこれが、
しかし鏡は曇っていた。

これでお先真っ暗。


39 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:33:36
>>36
>550面以上の全てが日本で出土して、中国、朝鮮では1面たりとも出土しないから。

うち約150面がボウ製鏡で、残りは遣使のたびに日本向けに製作されて輸出された、じゃおかしいのかな?

40 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:44:57
もし将来、中国大陸や朝鮮半島で三角縁神獣鏡が何枚か出てきたら?考え変える?
可能性はゼロじゃないだろ

41 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 00:22:51
つーか、三角縁が大陸側に存在しないことを証明することはできない(悪魔の証明ね)ので、
出土状況をいくら語ったところで決着はつかない

国産説の弱点は、考古学研究で王道とされる
実物の観察から得られる情報に基づいて国産説を主張する論文が皆無なこと

42 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 00:47:00
いまどき本気で舶載説を唱えている人なんていないでしょ。
王氏は中国中の鏡を見て回った結果、1面も出ていないので日本製であると断定した。

日本で100種以上、550面以上も出土して、中国で0種、0面ということで
すでに完全かつ最終的な結論が出ている。
考古学的事実により完膚なきまでに完全な結論が出た典型例である。

この結論を否定することは、考古学を根本から否定するのと同じ。宗教。


43 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 02:18:38
つまり主産地は今の福岡県田川郡香春


44 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 07:30:37
そこで邪馬台国畿内説の悪者、福永伸哉大先生ですよ!

45 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 07:43:49
三角縁神獣鏡 じゃなく 鋸歯文神獣鏡 と言えば、すべてが解決する。

46 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 08:17:23
古墳の鏡の出土状況から見て、鏡のランクとして、圧倒的に

画文帯神獣鏡・内向花文鏡・方格規矩鏡(中国製)>>>>>三角縁神獣鏡(日本製) であることで、

前者(中国製)は被葬者の頭部に1〜2枚、後者(日本製?)は足元や棺の外に大量出土していることもポイントだと思う。

三角縁神獣鏡は、まるでお葬式や「笑っていいとも!!」の花輪みたいw

47 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 08:26:24
>>46
ワロタ!
最近ウチの爺ちゃんが死んで、お葬式でお棺に菊の花びらを隙間なく詰め込んで、
爺ちゃんの顔が満杯の菊の花の中に浮かんでるみたいだったYO!
「お父さん!」「あの世でも元気でね!」「あの世でまた会おうね!」なんて婆ちゃんやおばさんたちが泣き叫んでいたけど、
あんな感じだったんだろうか?>古墳の被葬者

48 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 12:38:02
>>33
漏れも大和朝廷が、鉄の供給と前方後円墳で日本史上初めて天下統一をしたという意見だが、三角縁神獣鏡に関しては、
ヤマト王権が弥生環濠都市(高地性集落)の首長から銅鐸を取り上げて、それを▲鏡に鋳直して下賜したという解釈をしている。

銅鐸が埋納されたのは、万が一ヤマト王権FCが崩壊したときに備えて、地中に埋めて隠しといたということジャマイカ?
倭国大乱ですっかり疑心暗鬼になっていたから、誕生したばかりのヤマト王権の崩壊にも一応備えておく必要を直感していたと思われ…

49 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 20:48:42
>>48
>銅鐸を取り上げて、それを▲鏡に鋳直して

鉛の同位体比分析をみる限り、それはないだろうケド。

50 :ローガン:2010/06/24(木) 21:13:00
>>48
>▲鏡に鋳直して下賜したという解釈をしている。

どうでしょう?
「椿井大塚山古墳出土鏡の化学成分と鉛同位体比」山崎1998からの引用がシンポジウム三角縁神獣鏡p.145にあります。
22面の成分比
銅 最少57.6〜最大73.6% 平均68%
錫 最少20.4〜最大25.8% 平均23%
鉛 最少1.48%〜最大5.34% 平均3.73%

明らかに銅鐸より、錫が多い。不足を添加するにしても 銅鐸が成分比がまちまちなので、20〜25%に揃える技術が
当時にあったとは考えにくいのでは?

51 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 21:17:41
三角縁神獣鏡を一同に集めて、同じ条件で成分を分析すればわかるのですが、
三角縁神獣鏡の多くは、各地の博物館や民俗資料館、大学などの所有物になっていて、
門外不出なのです。
それは、各地の研究者がそれぞれの利権を守るためにそうしているのです。


52 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 21:52:27
>>51
同位対比データは複数の研究機関から多くのデータが出ているが?
検証可能性が完全にない年輪年代とは違うよ。



53 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 22:03:54
それぞれ鑑定されてもなぁ・・・いまいち信用できない。

54 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 22:09:26
>>53
複数の機関が同じ鏡の同位対比を調べたものも公表されている。


55 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 22:24:30
複数の機関が、辞機関のメンツにかけて自説を主張し合うというのもなぁ・・・困ったものです。

56 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 22:53:15
銅鐸の成分のままじゃ、鏡なのに黄色になっちゃう。

57 :トニー ◆TbjlUtTwCg :2010/06/25(金) 00:00:56
>>56
まさか銅鏡が最初から緑青色だったとでも?
当時の銅製品には微妙な成分の違いで白色や金色や赤色など
多種多用にあったわけで、それが土中での経年変化で緑青色に変色しただけです。
奈良時代や平安時代の伝製品はある程度製造規格が整った時代の遺物なので
白色が多いだけのこと。
この辺はかなり初歩的な考古学のスキルです。

58 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 00:02:41
三角縁神獣鏡が国産で確定したとして、その製造期間はどれくらいか?

▲はデザインの変遷で5、6種類に分類できる。
その分類された▲の出土状況は、数世代に渡る製造とは相容れない。
すなわち、T〜W、U〜Wなどとまとまって出土したりすることが少なくない。

従って、製造期間はせいぜい2世代であり、3世代には遠く及ばない。
1世代18年とすると36年、1世代20年とすると40年。
これが三角縁の製造期間である。

三角縁の末期は400年頃である。


以上から、三角縁の製造開始は350年以前には遡らない。



59 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 00:12:30
>>58
このような簡単な理屈は、当然に年代遡上を進める畿内説でも意識されている。
畿内説側の対抗策として

A、▲を出土する古墳の末期を5C初頭頃としてきた通説を、4C前葉に繰り上げる。
B、馬具の副葬する古墳を400年以降とする通説から、4C半ば頃まで繰り上げる。
C、須恵器の始まりを400年前後の通説から、4C半ば頃まで繰り上げる。

まず、▲が出土したものを何でもかんでも繰り上げるAが始まった。
しかし、繰上げのためには、馬具や須恵器が難点になる。
そこで、一部の学者はB、Cにまで突き進んだ。

しかし、B、Cは明らかに無理。ゆえに、大多数の学者はB,Cの説にまでついて行く勇気がない。
仁徳稜などを4C半ばにするのが無理なことは自明だが、切り離して一部のみを繰上げできないから。

そこで、馬具や須恵器の問題は先送りして、とにかくAで行けるものは全て繰り上げるという
やり方が現時点での畿内説の主流である。

60 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 00:24:17
>>57
お前、日本語大丈夫か?
どこに緑青色と書いてある?

61 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 00:30:02
>>59
恨み節厨、妄想乙

62 :トニー ◆TbjlUtTwCg :2010/06/25(金) 00:52:52
>>60
失礼。言い方に語弊がありました。
たしかに56氏は「黄色」と書いてあります。
自分が言いたかったのは今は緑青吹いた銅鏡も
その下地の色が黄色もあるし、白色もあると言いたかったのです。
鏡が黄色でも全然普通です。

63 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 00:58:41
三角縁神獣鏡は白銅鏡だよ。

64 :トニー ◆TbjlUtTwCg :2010/06/25(金) 01:05:56
>>63
では逆説的に踏まえれば、銅鐸には白色も黄色もあったということでは?
あるいは銅鏡への再加工の際に錫やアンチモンなどを追加投入して、わざと白色にしたとか。
いずれにしろ、銅の国内産出が無い時代に原料の銅を大量輸入してまで三角縁神獣鏡を増産する
余裕など当時の倭国には無かったワケで。

65 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 01:12:31
▲が国産となると、長期編年はまず無理である。
デザインの変遷にしろ、模様の変遷(抽象化)にしろ、変遷の過程と
出土状況の段階的対応がほとんどない。
Tだけを出土するもの、Uだけを出土するもの・・・という年代分類ができない。
むしろ、T〜Wが一括で出たりする。

従って、出土状況ではせいぜい2段階に分けるのが精一杯。
舶載説では、その前期を舶載として、後期を国産とした。
数でいうと前期が7〜8割で後期が2〜3割である。

後期のものがあまりにも少数である。
つまり、流通期間が1、5世代にも満たない可能性を示唆する。

現実にも特定の古墳から十枚以上の多数がまとまって出土するという事実は、
長期編年を否定するものである。


66 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 01:22:21
▲の製造期間が短期(30〜50年ほど)となると、その末期が分かれば、
▲の製造開始時期が分かる。

▲の製造が須恵器や馬具の出現の直前ころまで続くとすると、▲の末期は
400年頃ということになる。

畿内説が頑張って、須恵器や馬具や横穴式石室に関連するものだけを伝世として、
▲の製造期間とは無関係と切り離すという抵抗をすることも考えられる。

しかし、万が一これがうまく行っても、▲の終末〜須恵器、馬具等の空白期間を
埋めるものがない。▲の終末と須恵器、馬具がそのまま接続する。

このように、どう考えても▲を4C半ばより古くすることはできない。


そこで、畿内説が考えた原始的な抵抗方法は、▲が国産であることを前提とした
議論をしないことである。

これが現在の大多数の学者の立場である。

67 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 01:28:54
>>58
>三角縁の末期は400年頃である

先ずこれがペテンの入り口、この 東遷厨@恨み節 の常套手段wwwwww

「流通の下限」なんて理論上限界は無い。
極端な話、俺が何処からか三角を入手して自分の墓に入れれば下限は21世紀だw

しかも組み合わせが後半の物になるにつれ「飛び飛び」「間延び」しているのは本人も十分知っているはずだがw

三角を4世紀半ばに置きたいのなら、例えば

「三角に見える***と言う意匠は4世紀の中国の***鏡を待たねばならない」

…と言う論証をすれば良い。

とにかく一番時代の新しいものを引っ張ってきて
そこからできるだけ短く流通期間を設定して
その登場時期を東遷説に合う様に誤魔化すいつもお約束のパターン…本当ウンザリw


68 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 01:32:06
>>67
日本語でOK

てゆうか、ひとつも反論になってないぞw

自分は▲の末期をいつと考えるのか。
自分は▲の流通期間をどの程度と考えるのか。

について根拠と結論を書かないと意味がないよ。

69 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 01:50:56
>>68

馬鹿か?

>「流通の下限」なんて理論上限界は無い。

と言う意味が分からないのか?

ニホンゴワカリマスカ?w

結局この恨み節は三角の登場時期の”アタマをおさえる”と言う
常道ではネタを持っていないんだよなwwww

既に様式的には3世紀の中国鏡の中にそれを見ることができて
東遷厨としてはそれが日本にやってくるのを何とか阻止しなければならないとw


70 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/25(金) 20:57:48
三角縁神獣鏡の製造期間は、倭軍が東夷軍として半島に存在した期間、
つまり275年神功元年から323年神功49年の東夷軍解散まで。


71 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 00:11:08
三角縁の鏡としての性能はどうだったのだろう?
美しい人はより美しく、そうでない人もそれなりに映し出すことができる均一な表面加工はされていたのでしょうか?
古代の鏡というと裏面の模様にばかり目がいくようですが、
表面が歪んでいる鏡など、特に女性は持ちたいと思うことはなかったと思います。
それは、現代の女性にも同意いただけると思いますが・・・

その辺を検証した方はおられるのでしょうか?



72 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 02:10:14
だから福岡の田川だろ

73 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 18:05:42
>>69
このひと気持ち悪い。

74 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:05:16
http://yamatai.cside.com/katudou/kiroku268.htm
http://www.bell.jp/pancho/k_diary-3/2010_0201.htm

これによると最近まで舶載説は生きていたようですね。





75 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:28:36
吉川弘文館 これから出る本 

▼『三角縁神獣鏡研究事典』 下垣 仁志 著
http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b61587.html

出版年月日 2010/06/29  判型・ページ数 菊判・580ページ  定価 本体9,500円+税

【目次】
T=三角縁神獣鏡研究の意義(三角縁神獣鏡の研究意義/本書の目的と構成)/
U=三角縁神獣鏡の世界(三角縁神獣鏡とはなにか/中国鏡のなかの三角縁神獣鏡)/
V=三角縁神獣鏡研究の現状(系譜と製作地/製作体制と製作背景/製作技術/編年と実年代/化学成分分析と原料の産地/流通方式と政治史的意義/銘文と信仰)/
W=三角縁神獣鏡の研究史(第T期(江戸期)/第U期(19世紀末〜1920年代)/第V期(1920年代末〜1940年代)/第W期(1950年代〜1960年代)/第X期(1970年代)/第Y期(1980年代)/第Z期(1990年代〜))/
終章=三角縁神獣鏡研究の将来(三角縁神獣鏡研究の展望/三角縁神獣鏡研究の課題と指針)/
資料(三角縁神獣鏡関連論文/三角縁神獣鏡目録/三角縁神獣鏡出土地名表/同笵(型)鏡分有図/三角縁神獣鏡銘文一覧)

【内容説明】
「卑弥呼(ひみこ)の鏡」の最有力候補である三角(さんかく)縁(ぶち)神(しん)獣(じゅう)鏡(きょう)とは何か。江戸時代からの膨大な研究史を初めて整理し、研究に便利な資料集成を付す。
誕生の経緯と製作年代、製作技術と原料産地、流通方式と政治史的意義、銘文と信仰など、最新の発掘成果と豊富な図版を駆使して、その全貌を明らかにする。重要な考古資料として、様々な可能性を秘めたその実像に迫る。

【特色】
・膨大な研究史を初めて整理。研究のポイントとなる点と、その意義を明示。
・豊富な図版を用いて視覚的にも理解しやすく編成。
・最新の発掘・研究成果を網羅し、基礎的資料として有用。
・鏡に記された銘文の一覧を付し、考古学のみならず文献研究にも資する。
・「卑弥呼の鏡」の有力候補、三角縁神獣鏡の実像に迫る。
・邪馬台国研究にも必携。

76 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:35:59
>>75
高いな。ページ数は多いが、あまり期待できん。

同位対比の話は出てこないだろう。
舶載説にかなり配慮した論調であろう。
という予想が成り立つ。


77 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:46:26
>>74>>76
学界では舶載説(一部国産説)が主流なんだからしゃーない
現実を見ようね

78 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:53:21
http://yamataikoku.hp.infoseek.co.jp/
笠松文様

三角縁神獣鏡独特の文様に「笠松文様」があります。
現在のところ、この文様は中国本土で発掘された鏡には無く、
三角縁神獣鏡のなかで独自に様式が変化しているので、
三角縁神獣鏡国産鏡説の根拠になっています。


79 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 01:03:11
その笠松文様とやらは三角縁以外の
だれがどうみても国産の鏡に認められるのかいな?

大陸鏡にも国産鏡にもなければ
両者とも孤立してる文様というだけで
国産説の根拠にはならないと思うが?

80 :ローガン:2010/06/29(火) 18:23:56
>>74
邪馬台国の怪…
>福永伸哉氏が魏鏡としている斜縁二神二獣鏡と、三角縁神獣鏡の様式の中でも、卑弥呼の鏡とされる初期段階のものの鉛同位体を比較した。
>その結果、この二つの鏡は異なるデータを示し、三角縁神獣鏡は、斜縁二神二獣鏡よりも庄内・古墳早期の製鏡に近い数値となった。

これは、かえって南北分断の前後の鏡である事を顕しているのでは?
当時の流行は呉の領域の鏡。分断後、魏で作ったのなら鉛が違って当たり前。

>踏み返しによって同デザイン鏡を製作すると、銅の収縮によって、新しい鏡は元の鏡よりも面径が1.2%ほど小さくなる。

車崎氏が安本氏に「面径の数値の精度に問題がある」と話したと。
又、「安本さんは例えば、60番鏡は作られた順に径が小さくなるという例に使っているんですが、
同じ鏡について西田先生は面径が変わらないと書いておられるのです。 ほとんど東京国立博物館にある鏡なので、おそらく西田先生は測り直しているはずなのです。」(シンポジウム三角縁神獣鏡P131)



81 :ローガン:2010/06/29(火) 19:58:42
邪馬台国の怪…>>74に貼られた268回は2008年4月。上で書いた車崎氏のコメントは2000年12月のもの。
8年も前に安本氏は、立論の前提となる数字の取り扱いについての間違いを指摘されているのに…


82 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 20:03:33
>>80
前半部分は舶載説の宗教化そのものだな。
どんな証拠が出てきてもその証拠にあわせた言い訳を後付で考えるので、
いかなる証拠も舶載説を否定しない。
マルクス主義が宗教であるとされることと同じ。

後半部分はシンポジウムの時点での話で、古鏡総覧のようにデジタル化して
厳密に測定したものには、その言い訳は通用しなくなっている。
そもそもシンポジウムの時点でも測定誤差では説明できない大きさの違いが
指摘されていたので、その時点の議論としてもアウトだが。

舶載説は50年前に敗北を認めるべきだったとしか言いようがない。
生き恥を晒し続けることが生き甲斐なのだろうか?


83 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 22:32:19
鏡に魔力があると信じられてきたのは、鏡が全てのものを写すからです。
その鏡としての基本性能が粗悪で、歪んでしか写らなければ、鏡としては、ほとんど鏡としての役に立たない。
裏の模様や形状より、鏡としての基本性能をよく調べるべきです。
鏡としての性能はしっかりしていれば、裏側などのっぺりでもいい。

なぜ、それを調べないのだろう?バカばっかりの研究者なのだろうか?

実は、それも気になるところで、例えば東京大学や京都大学といった一流大学を出ながら、ろくな研究成果も残せない考古学者は多いようです。
記憶力、大学入試の能力と、考古学者としての基本的素養というものが全く異なることがわかります。
大学入試制度の改革なくして、日本の古代史研究の進展はないというのが私の持論です。

84 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/06/29(火) 22:34:12
証拠にあわせた言い訳の後付けは唐松山の大の得意。ww
ホツマの景行の条の21ヶ月の妊娠記述では、必死にこれをとことんやらか
しているが、ホツマは和歌式五七調だから、編者がうっちゃり的言い訳に
そっての記述なんか文字の制限でやるわけがない。

239年は崇神の代の初期に三大神勅に則って日神を祀る天照大神宮が
成ったことからの朝廷の取り巻きが日神の象徴たる鏡を造り銘文に同年を
書き入れたもので、だから多数畿内から出るわけ。だから239年は崇神の
初期の年代だということが判明するのだ。

85 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 00:40:24
とりあえず宇佐神宮の御神鏡は毎年福岡県の香春町採銅所で造られる

86 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/30(水) 00:41:28
言い訳
開化治世4年のわけ

太国倍年で
211辛卯  崇神誕生
237丁巳  崇神即位 【景初元年】
246丙寅  垂仁誕生

開化も大彦も孝元の子供である、
だから二人の子供はほぼ同じ年齢で結婚した、としよう
崇神は27歳で結婚するんなら、ミマキ媛も似たような年齢であろう、であれば直ぐ出産となるハズ
ところが、出産まで10年を要している、これ程長く妊娠しなければ、産まず女として処分
されるのが恒例であろうが置いとく。
もし媛が崇神より2才年下としても、出産が34歳となり、江戸の大奥なら30歳でお払い箱
となる年齢を大幅に超えている。
こんなバカな思考が私には出来ないから、治世が4年となる。

このバカな思考には、
崇神5年凶作、同6年民の逃散、同7年実りを得る。
3年無ければならない数字を1年だ、と言いくるめた後の数字でもある。


87 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/06/30(水) 14:32:18
オマエの思考そのものに欠陥があるから不合理に見えるだ。通常暦で4年
じゃぁ、紀の記述と合うまい。これはオマエの考察に大間違いがどこかに
ひそんでいるからだね。

88 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/30(水) 19:52:09
土器第X様式の始まり=神武元年=西暦42年
纒向遺跡の始まり=崇神世=新羅192,3年を含む、
書紀はこういう数字になるんだ。

崇神元年=237年なら、纒向遺跡の始まりを新たに考え無くては成らない。
古墳の全国分散は、箸墓(箸陵)と同じ時期になる。
関東も九州もこの時代から古墳が作られる。畿内発生の古墳は誰がばらまいたか?
古墳時代前期の河内では、従来の高床式建物に住むが中期には、北方系の住居に住む。

これに答えが無ければ考察の間違いである。

89 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:48:34
崖っぷち心中鏡・・その命も風前のともしび

90 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 22:35:55
>>75
著書の半分くらいが文献目録だったぞww
残りの半分は純粋に学説史だけに特化している感じだな。

舶載説の墓標と墓誌のようなものか。

91 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 23:17:13
文献目録の価値が分からないやつは素人

92 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 00:42:48
恥も外聞も捨てたオヤジのストリーキングの証拠写真みたいなものだろ。
んなもん見たくもないわww


93 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 01:06:33
研究史を押さえるのは基本中の基本だが…

そうした学問的常識があれば九州説、東遷説なんぞにはまったりしないか…

94 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/07/02(金) 13:57:04
ウェーバー社会科学の展開 日本史 三角縁神獣鏡の初期分布からみたヤマトの領域
http://web.me.com/abukuma/Study/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0.html

文献目録よりも、少しは役立つ。

95 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/07/02(金) 14:26:19
舶載鏡が卑弥呼の鏡とすれば、間を置かずに全国へ分散する。
書紀で云えば、時代は景行時代になる。(景行240〜261年)、箸陵(箸墓)
274年渡海 永嘉の乱(308年〜323年ころ)
323年 乱の終息。遠征兵士の帰国はベビーブーム、それを支える北方民の渡来による農業手法の飛躍
350年頃より巨大古墳の築造。



96 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 18:35:19
http://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/asia/1277610372/18
(ニュース極東アジア
ネトウヨは、朝鮮人に勝てるの(笑))
  
>古代の三国志以降か? 
とにかく、紀元前の万里の長城建築以降の中華は、
日本人に紛争解決のツールとして、差別グッズを日本へ贈った。
 
むかしのチョンに、日本が奪われないように、当時の最高テクノロジーである「鏡」を大量に、日本へ配給した。
中華側も日本を妹に感じるほど日本を可愛がっていた。
 
朝鮮は兄弟では無いらしい。
【万里の長城】を延長までしてる。
中世では、【勘合府貿易】までしている。
 
● 忍法:お国透かし 【三種の神器】 鏡の術 
http://www.geocities.jp/orionseijin_cacacakah/gorira_type-b/YAP/bat69_tokebi_ainu.html
(おまけ: http://www.geocities.jp/orionseijin_cacacakah/02_jyoumonnjin/ninnpoh_okunisukashi/1-3.html

97 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 02:19:43
学者の大多数は舶載か国産かという議論を明らかに避けているよね。


舶載説はあからさまに腫れ物扱いされているね。



98 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 02:19:36
三角縁の変遷(デザイン)
http://yamataikoku.hp.infoseek.co.jp/16.htm

三角縁の変遷を書いたHPはほとんどないね。
学者が一般向けの著書にはほとんど書かなかったというのもあるが。

もともと小林が亡くなって椿井の報告書が公開される89年まで小林説は
検証不能だったので議論の対象にならなかったという問題もある。

その後も、紀年鏡の表現の抽象化はどうしても後半期(の後の方)に位置づけられ、
しかも三角縁の紀年鏡の全部が十数面しか出ていない傍流の同向式であったので、
表現の上でも、デザインの上でも紀年鏡は国産になりやすい筆頭の位置づけになる
ことが、議論のなかで明らかになってきた。

それで舶載説からは、この議論を一般向けの著書には書きにくいというのもあった。


99 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 14:17:33
>>98
>しかも三角縁の紀年鏡の全部が十数面しか出ていない傍流の同向式であったので、

全部が。?
景初3年銘の島根県神原神社古墳出土のものは−放射式−じゃないのか。?

http://pub.ne.jp/luckfield/?entry_id=2724757



100 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 15:19:36
>>99
ウィキにはそれ同向式って書いてるようですよ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%A7%92%E7%B8%81%E7%A5%9E%E7%8D%A3%E9%8F%A1
三角縁神獣鏡の銘文中に紀年が記された四面の鏡がある。島根県雲南市加茂町大字神原・神原神社古墳出土の「景初三年」
(ry)
これらの鏡四面は、すべて文様の神像と獣形像が同じ方向に並ぶ同向式である

101 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 17:45:09
>>98
>しかも三角縁の紀年鏡の全部が十数面しか出ていない傍流の同向式であったので、
>表現の上でも、デザインの上でも紀年鏡は国産になりやすい筆頭の位置づけになる
>ことが、議論のなかで明らかになってきた。

チョットマテw

「獣」「神」の像の配置でT〜Z群に分類したものじゃあ
その同向式配列が最古のものにされていたんじゃなかったのか?

自分はこれを確か都出の書いたもので見たと思うが
以下は適当にググったサイトだが、そこにも同じ物を載せている

http://shushen.hp.infoseek.co.jp/kodaisi/nendai/nendai1.htm
>(3) 都出比呂志氏の修正案……伝世鏡論をとらず、三角縁神獣鏡の細分等により小林説を補強する。
>その根拠は大きくいって次の二つである。
>@ 三角縁神獣鏡をT群からZ群までに細かく種類分けして、そのうちT群は最古で同向式であり(卑弥呼の鏡)、
>U・V群は型式の連続性からみてT群同様に魏鏡で、卑弥呼の没年である二五〇年前後の時期までに製作・輸入されたと推測する。

102 :101:2010/07/05(月) 17:46:32
まあ他の編年モデルで同向式のものを後期に置くものもあるかもしれんが…

>>98(多分いつもの東遷厨@恨み節だろうが)は纏向スレでも誰かにソースの開示を求められて
断っていたが一度きちんと誰による編年モデルなのか?…はっきりさせておいてはどうか?

この恨み節ちゃんでなくてもいいが誰か
「同向式のものは三角の中では傍流で明らかに後期国産のものに分類される」
…と言うような編年モデルを知っているセンセイがいたら是非ご教示をおながいしますwwwww

103 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 20:36:11
これだけいろんなところで言われてるのに
一切ソースを提示できない時点で察してれよ

104 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 21:45:10
>>101

>確か都出の書いたもので見たと思う

それと同じものかどうかわかりませんが、

「 小林は、三角縁神獣鏡を紋様や紋様の配置関係を基準に細かく分類して、この研究の基礎を築きました。
 ・・・このうち、第T群は、盤龍鏡のグループ、および神像と獣像を同一方向から見るように配置した同向式配列のグループです。
 この第T群の鏡の中に景初三年、景初四年、正始元年の年号をもつものがあります。
 ・・・これらの第T群の鏡が卑弥呼の使者が240年に魏の王朝からもらった鏡の主要部分に相当するのではないかと
 私は考えています。」
(都出比呂志「邪馬台国と安満宮山古墳」)

105 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 21:57:44
>>101
ついでですが、

>>98
>表現の上でも、デザインの上でも

恨み節@東遷廚の言う「表現」「デザイン」とは

248 :日本@名無史さん:2010/05/06(木) 00:19:06 (注:ドン来い70より)

三角縁の変遷には、@デザインの変遷とA表現(文様)の2つあります。

@のデザインは、2神2獣とか3神3獣とかで、新しいものほど神と獣が増えて複雑化します。
Aの表現(文様)は、内区・外区の模様が具体的なものから抽象的なものになったり、
 当初とは別のもの(笠松文様など)に変化していきます。

ということらしいです。

@は小林行雄以来、通常言われる「配置」
Aは、岸本直文の言う「神獣像表現」や、いわゆる文様(笠松文様など)、らしいが、
外区の模様(鋸歯文と波状文)が具体的なものから抽象的なものになったり、というのは(私的に)意味不明。

106 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 22:00:44
>>98
あんたがリンク貼ってるページの「系統図」の元である岸本氏作成の図では
左ブロック「四神四獣鏡群」のAとFに分派する系統の祖形として
「環状乳神獣鏡」「対置式神獣鏡」「同向式神獣鏡」とあるなw
また、真ん中ブロック「陳氏作鏡群」の最上部真ん中の系統は「紀年鏡」wで
その上にも「同向式神獣鏡」とあるけどなw

これが現在多くの研究者の共有する変遷観なんだが
紀年鏡のデザインが後期のものだなんて
どっから引っ張ってきた与太話なんだw

107 :マキムクスレ503:2010/07/05(月) 22:05:42
こっちに移動してたんだ。

>>102
>誰かにソースの開示を求められて断っていたが
>>103
>一切ソースを提示できない

・・・断られていたのか・・・

(改めて)マキムクスレ>506 恨み節@東遷廚
>まさか全部をださなきゃいかんのか?

いや、「紀年鏡の文様が(変遷の)後期に位置づけられる」という論証のあるものを。
(具体的→抽象化)といわれても、よくわかりませんし、
私的に「実際の文様を、古鏡総覧、三角縁神獣鏡新鑑などで確認」しても、
(新旧を)判断できるわけでもないでしょう?

>昔はやった変遷の議論

いつ頃のことなんですか? 2chの議論じゃないよね?

108 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 23:16:54
>>101  
自宅警備員のジョーカーと違って、仕事をやっているので平日はあまり遊べないよ。
ジョーカーは昼間から酒とネットで楽しそうだな。       さて、本題。

同向式を最古にするのは無茶な考え。三角縁のデザインは大きく分けて以下のとおり。
  A、求心式  550面以上出土   (全体の97%ほど)
  B、同向式  10数面が出土    (全体の3%ほど)

つまり、本流は求心式で、4神4獣、3神3獣のようにさらに内部分類される。
仮に、最初に同向式から始まったとすると、最初は同向式のグループが大量に作られて、
次に求心式と移行したはずである。

しかし、現実には同向式の出土数は求心式に比べて極めて少ない。少なすぎる。
ゆえに、同向式は原初期に位置づけられない。
原初鏡のうち、同向式だけが複製の対象とならなかったとするのは不合理。

同向式は三角縁の流れに乗らない亜流である。
しかも、同向式の内区は画文帯同向式の模倣であり、国内での複製が最も想定しやすい。
加えて、画文帯の同向式自体が中国では出土がないデザインであり、国産と考えられる。
画文帯同向式の内区は、中国の画像鏡の模倣であることも、国内複製の根拠となる。
また、画文帯同向式の大半が同デザイン鏡の複製である。

以上のとおり、もともと三角縁が日本でしか出土しないということに加えて、そのなかでも
三角縁同向式はさらに強い根拠で国産と断定できる。


109 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 23:53:59
>仮に、最初に同向式から始まったとすると、最初は同向式のグループが大量に作られて、

よーするに散々偉そうに書き込んでた内容は
近年までの研究動向を全く無視した個人的な妄想だったてことだな
そりゃソースは出せない訳だ

>>106の書き込みを読んだかい?
三角縁の祖形と考えられているのは同向式だけじゃあないんだよ

ちなみにあんたのその理論で行くと正始元年鏡はどんな位置付けになるのかな?w

110 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 23:54:44
三角縁神獣鏡が国産ということは、邪馬台国は鏡の国産化に成功した畿内ということですね。


111 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 23:56:58
>>108
いや、君に求めているのはそういう話ではなく、
>98の
>その後も、紀年鏡の表現の抽象化はどうしても後半期(の後の方)に位置づけられ、
のソース。

112 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 00:07:33
>>108 に続けて、  以上がデザイン論からみた同向式の位置づけ。

表現による分類は、小林に始まる。市販の本では、「椿井大塚山古墳と三角縁神獣鏡」や
「シンポジウム三角縁神獣鏡」などで具体例が確認できる。

デザインの変遷について、前者の63pに>>98と似た系図がある。
紀年鏡を含む同向式は、陳氏作鏡群の初期に位置づけられている。
しかしデザイン的に見ればこれが無理なのは>>108に書いたとおり。

表現の変遷でみても困難なことは、「古鏡総覧」などで写真を見つつ、表現の具体例に
あてはめて確認してもらうのが一番良い。

例えば、笠松文様  http://yamataikoku.hp.infoseek.co.jp/
引用先の山口の同向式は、節が変化して、横に長く変化したあとの形態である。
静岡の同向式は、さらに上下の感覚が広くなった最終局面のものである。

景初3年の陳是作鏡は、外区斜面の鋸歯文の省略という最終段階のものである。
省略さされたものを最初に位置づけるのが無理なことは、誰でも分かるはず。

デザイン論にしても表現変遷論にしても、紀年鏡を原初期にしようとして、議論が迷走している
面がかなりある。しかし、普通にそれは無理。
というか、550以上対0という状況で無駄な抵抗はみっともないだけ。

113 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 00:21:33
>>112
>デザイン論からみた

って、出土量の比率の話だけで
デザインの話なんてしてないじゃん

ある新しい製品が生み出されていく過程では
試作や改修を繰り返して改良していき、
完成段階で本格的な量産に入ることもしばしばなんだけどね
少数派が多数派よりも先行することはないなんて
思い込み以外のなにものでもないよ

114 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 00:34:40
>>113
出土数が少ないにしても、限度があるわな。
同向式は少なすぎる。

というか、全部国産で完全解決したのだから、あきらめて真面目な議論を
して学説史になを残すことを目指した方がマシだよ。

不誠実な学者の対応を告発する本は少なくないが、そんな本で自説が
取り上げられるよりはずっとマシだろうに・・・



115 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 00:53:49
>全部国産で完全解決
嘘はいかんよ、嘘は

116 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 01:08:39
>>108 >>112 恨み節@東遷厨

なあんだ要するに恨み節の「オレサマ編年モデル」ってお話だったのかw
俺もてっきり最近の学者らの研究でそう言うコンセンサスがとれていたものとばっかり勘違いしたなwwwww

>景初3年の陳是作鏡は、外区斜面の鋸歯文の省略という最終段階のものである。
>省略さされたものを最初に位置づけるのが無理なことは、誰でも分かるはず。

更にチョット待ってくれ。
ちょうど>>99に島根県神原神社古墳出土の景初3年銘の鏡が出てるが

お前が言うその 「外区斜面の鋸歯文の省略」 と言うのは
”鋸歯文・複線波文・鋸歯文”の三帯構成の更に外側の

福永が「外周突線」と呼んでいる部分の事なのか?

本来なら”鋸歯文・複線波文・鋸歯文”の更に外側に鋸歯文が来るはずだと?


117 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 01:20:59
それにこの恨み節ちゃんが何を逝っているのかサッパリ分からないのは

纏向スレで当時の魏が銅不足である事を挙げて
こっちが「中国でゼロなのは元々魏代の鏡の出土が殆ど無いから」
と言うことに対しての抗弁材料にしていた事だがw

そもそもそこまで銅不足ってんなら卑弥呼に下賜した鏡が
例え神獣鏡だろうが方格規矩四神鏡だろうが内行花文鏡だろうが
「特鋳」にならざるをえないのではないのか?w



118 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 01:44:51
>>117
「中国でゼロなのは元々魏代の鏡の出土が殆ど無いから」

つまり、大量に鏡を作ったが残っていないということかな?
いずれにしても、無茶な理屈だな。

んで、日本向けの「特鋳」という説をジョーカーは採用するのかな?

「特鋳」っていいよね。何でも説明できる。
前方後円墳も蘇我氏も大伴氏も天皇も何でもかんでも日本以外で出ないものでも
「特注」と言えば説明できる。

逆に言えば、最悪の理屈ってことだがwwwww

119 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 01:48:05
>>116
新納は、外区の扁平化にともなって外区斜面の鋸歯文の省略が生じたとして、
これを第4段階にしていることも知らないのかな?


120 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 02:28:48
>>118

畿内説は考古学者のサギだと言っておいて、
「中国で三角縁神獣鏡は1枚も出土して無い」という考古学者の主張を鵜呑みにしてるのはどうして?

むしろ、出土してるのに、「高名な学者の言い分を採用して」あえて出土して無いとされてるとは思わんのかな?


121 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 02:38:50
そうだな。
本当は中国で数万枚の三角縁神獣鏡が出土している可能性が高い。

舶載説の学者はその極秘情報を持っているからこそ、何も知らない一般人からは
バカにされるような荒唐無稽の主張を繰り返してきたんだよ。

122 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 02:52:49
まぁ、出土枚数をお題目のように唱えるだけでは
国産説を考古学的に 論 証 したことには
ならないからな

それをわかってる研究者とわからない国産鏡教信者がいて
わかってない人は俺様理論や陰謀史観を持ち出す、とそういうこと

123 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 08:38:18
とりあえず、たいした根拠もなく
よく出てくる三角縁を邪馬台国と言って回っていたら

発掘が進むにつれ、出土数がいささか多くなりすぎて
三角縁説自身で自壊したということね。

124 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 11:01:15
九州からは、古い漢鏡しか出てないけどな。


125 :ローガン:2010/07/06(火) 16:35:48
>>112
横、失礼。
>引用先の山口の同向式は、節が変化して、横に長く変化したあとの形態である。

新納編年2段階。

>静岡の同向式は、さらに上下の感覚が広くなった最終局面のものである。

それ蓮華座があるので1段階。最終局面は円圏。

>景初3年の陳是作鏡は、外区斜面の鋸歯文の省略という最終段階のものである。

界圏鋸歯文が無くなるのは確かに4段階。ただ、この外区斜面の鋸歯文とは基本的に、3段階の特徴。
ないからと言って4段階に入れるのは暴論。


126 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 18:17:31
>>119 怨み節@東遷厨
>新納は、外区の扁平化にともなって外区斜面の鋸歯文の省略が生じたとして、
>これを第4段階にしていることも知らないのかな?

スマン正直知らなかったと言うか、少なくとも記憶には留めてなかったw
で一応手持ちであたってみたが…

「シンポジウム三角縁神獣鏡神獣鏡」p98〜で岸本が新納の編年案を元にした物を説明しているが
(まあ大まかには新納のものを踏襲していると思うが…)

p101
>第W段階は、外区斜面が無文化した状態で段階で、六分割の三神三獣鏡が出現し、捩文座乳が盛行する段階。

「省略」と言っても簡略化ではなくて(もっとも鋸歯文みたいな単純なものを簡略化も無いかな?w)
やはりまるまる省略(=Del)と言う事だと思うが

>>99に見易く線画で出ている景初3年銘鏡を見るに一体何処で鋸歯文の省略が見えるのか?

やはりお前が福永が言うところの「外周突線」部の空白部分を
勝手に「外区斜面の鋸歯文の省略」と解釈したとしか思えないのだがwww
(ついでに言うと外周部にもまだ”厚み”があるようにも思うが)

怨み節でなくとも俺がトンデモな勘違いしているのなら指摘ヨロwwwwwwwww


127 :マキムクスレ503:2010/07/06(火) 19:10:03
>>108>>112
恨み節@東遷厨氏が独自の「形式学」を追求したことには敬意を表したいね。
以下は、一般書からの引用でしかないが、
これらの疑問点について答えてもらえればありがたいと思う。

「配置について」=(恨み節@東遷厨氏のいう)「デザイン論」

画文帯神獣鏡は画像鏡をもとに創作され、永康元(167)年鏡が成立の指標である。
小山田宏一氏の研究によると、環状乳神獣鏡から四獣鏡が考案され、
獣像配置を対置式に置き換えた四獣鏡、対置式神獣鏡(後漢建安21=216年)が生まれる。
そして次に、対置式の黄帝を挟む獣像配置を継承する同向式が考案されたという。

画文帯同行式神獣鏡には上海博物館所蔵61鏡があり、「中国での出土例がない」との見解は疑問である。

128 :マキムクスレ503:2010/07/06(火) 19:11:31
>>127つづき
三角縁神獣鏡の成立過程については、

「和泉黄金塚古墳の景初三年画文帯同行式神獣鏡は模倣鏡の第一段階。本来の画文帯神獣鏡にはない乳を加えるとか、
 獣形を変えるなどの細部の改変をおこなっている。次の段階が安満宮山古墳の鏡。
 これは外区を画文帯から鋸歯文帯に変えています。それを三角縁に変えて、
 半円方形帯に変えたのが神原神社古墳の景初三年の三角縁神獣鏡です。」
「平成9(1997)年に安満宮山古墳(大阪府高槻市)から見つかった陳是作同行式神獣鏡(5号鏡)は、
 画文帯同行式神獣鏡の内区に鋸歯文や複波文からなる外区を組み合わせたもので、
 三角縁神獣鏡につながる内外区の構成を試みたものと考えられ、
 景初3年鏡や正始元年鏡が生まれる経過が明らかとなった。」

という見方ががある。

>>113氏の意見を容れるなら、
「出土数が少ないため、(同行式は)変遷の初期には位置づけられない」との見解に論理性があるとは言い難いと考える。

129 :マキムクスレ503:2010/07/06(火) 19:13:35
>>128さらにつづき
「文様変遷論」=(恨み節@東遷厨氏のいう)「表現変遷論」

笠松文様については、新納・澤田・岸本各氏とも
下部の蓮華座に着目して、蓮華座から捩文乳座へと変化するとしている。
これによると、静岡鏡・山口鏡はいずれも初期の段階に位置づけている。
(「シンポジウム三角縁神獣鏡」P104・105図 )

外区斜面の鋸歯文については、
新納氏の変遷案は>>119のとおり、外区断面の扁平化が基準なので、
神原神社古墳出土鏡の断面厚みがどうなのかがまず問題だろう。
私的には、創出段階の紀年銘鏡と波紋帯鏡は他の部分から見て区分されるのではないかと考える。

いずれにしても
「どの要素を基準とするかによって、編年の細部に異論が生じている」(岡村)のは確か。

130 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 19:20:24
>>126
>指摘ヨロ

僭越ながら、
「外区斜面の鋸歯文」とは「文様帯」と「外区」の間。

131 :126:2010/07/06(火) 19:50:32
>>130

ご教示感謝。

内区と外区の間の「界圏」部分って事なのか…

更に外側とばっかり思っていたw



132 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 20:52:36
>>131
>「界圏」部分

いや、説明が悪かったようです。「界圏」は「内区」と「文様帯」の間。


鈕・・・中央の紐を通す孔のある半円球形の突起
内区・・・鈕の周りの、神像や獣像の描いてある部分。 
界圏・・・内区の周りの、鋸歯文を持つ部分
文様帯・・・界圏の外側。銘文帯、獣文帯、唐草文帯、波紋帯などがある。
外区・・・文様帯の外側。鋸歯文と波状文からなる。

ということだそうです。

133 :ローガン:2010/07/07(水) 20:44:53
>>126
見逃してた。

>>99に見易く線画で出ている景初3年銘鏡を見るに一体何処で鋸歯文の省略が見えるのか?

それ、神原神社古墳鏡と違う。 それは「鏡を知ろう その4 三角縁神獣鏡」という博物館で配布しているプリントと同じもの。
ちなみに、プリントでは、その画の下で「1〜7の条件を満たしたものが三角縁神獣だよ」と、西王母のせいちゃんが言っている。


134 :126:2010/07/07(水) 21:41:42
>>133 老眼翁

あ、ホントだ。
画像を拾って比べたらた確かに違うや。
拾った画像を見れば確かに「鋸・波・鋸」の三帯構成より内側に鋸歯文は見えないみたいだ。

いやあ、重ね重ねスイマセンwww

しかしこれ…
「文様の消失」と言うよりは中心部の肉厚の薄いところと
外周部の肉厚の厚い所の境にあった「斜面」が
全体的に肉厚が薄くなる事によりほぼフラットになってしまった
…とした方が分かりやすいのかな?

教えてもらったついでにw
ドン来いで出てきた中国のサイト
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1277826531/785-786
これについて何か知りません?

まあ自分は中文なんか一切読めんがどうも2006年の記事みたいだし
結局のところ例によってw「定義の問題」で
「それは三角縁神獣鏡神獣鏡ではありません」
…と言う幕閉めになったのかな?www

135 :126:2010/07/07(水) 21:52:16
この際もう一つ、ついでに書いておこうw

三角の議論で横から見ててどうにも分かりにくいのは
「中国産か否か?」と言う設問なら

別に魏鏡でなく呉鏡であっても中国鏡だし
当然下賜品じゃなくいわば「市販品(?)」でも良いわけだよな?

その場合よく言われる
「銘文の稚拙さ」「文様の省略化(=手抜き?)」も問題でなくなると思うが…

「中国鏡=卑弥呼の鏡」と言う図式のみで語っちゃっているのは
どうにもこうにも視野狭窄のように思えるがwwwww


136 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/07/07(水) 22:00:14
500:0 じゃぁ〜畿内説は絶望だな。

137 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 22:33:47
>>135
市販品が商業ルートで日本に来たのなら、100種以上、550面以上の三角縁が
大陸、朝鮮で1面も出土しないことをなおさら説明できませんよ。

魏が日本のために特鋳したものを外交ルートで全部日本渡したという特鋳説は
それ以外の説明があり得ないという最後の手段です。


138 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 22:57:26
>>137
まあ湖北省(と言えば三国時代は荊州か?)からは黄初の紀年銘のある神獣鏡も出てるしw

そのままズバリの三角縁神獣鏡の定義に合致するものは出ていないだろうが
それは他の種類の鏡でも同じだろう?

それに「中国でゼロだから特鋳説はありえない」と言うのなら
じゃあ大陸の魏代の鏡と日本の鏡で同型のものがあるのか?って話だが

そんな物があったとしたら、そしてそれが九州から出土したものなら
当然九州説の人間が「卑弥呼の鏡はこっちだ」と喧伝しまくっていると思うがwww



139 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 23:08:06
鏡は突然湧いてでてくるものではなく、人によって作られたからこそそこに存在しているのだ
また、鏡を作るにはかなりの技術が必要であって、その技術も一朝一夕に得られるものではないことを理解しておく必要がある

舶載説において舶載鏡と分類される鏡をじっくりと見たことがある人ならば同意していただけると思うが
いわゆる舶載三角縁神獣鏡の完成度は高く、その作鏡技術力もかなり高いものと評価できよう

「大陸では三角縁神獣鏡は今後も一枚たりとも出土しない」ということは何人たりとも証明できないのだから
製作地を推測するための考古学的研究法は、鏡の鋳型を発見するか作鏡技術の系譜を明らかにしていくしかないのだ

鋳型を発見するのは狙ってできるものではないから
考古学の王道ともいえる遺物自体の詳細な観察による製作技術の分析に力が注がれるのが当然の帰結なのだ

舶載説では福永伸哉の研究などある程度の業績をあげてきている
ところが今日の国産説論では鏡の出土状況を強調するのみで
真に考古学的研究法といえる作鏡技術に対する検討はなされていないといっていい

三角縁の作鏡技術は何処からきてどのように次代に受け継がれたのか
国産説の立場による回答を切に望む

140 :ローガン:2010/07/08(木) 00:39:01
>>135
上で四神四獣、陳是作、二神二獣のグループに関する話が出てたけど、それ 確か湯口跡のグルーピングと整合したでしょ?
橿考研だったか工芸文化だったか2000年頃レーザー分析してた。製作集団が複数あったと云う事でしょう。
発注者側の事情に急ぐものがあった事が想像出来るんじゃない?

ドン来いの件については知りません

141 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 01:05:52
>>139
考古学的には、550以上対0で完全に決着済みとしか言いようがないよ。
この出土状況を無視して、考古学を語ることはあり得ない。

舶載が完成度が高いということには異論があって、舶載説でも国産の方が出来が良いと
言う人もいる。

銘文で「海東」は三角縁のみ。
「師出洛陽」も日本出土以外はほとんど皆無。「洛」の異字の出土例があるが。

特鋳は尚方の銘が全くないので、この時点であり得ない。

技術的には、国産で異論のないだ竜鏡や平原鏡などから、国内技術者でも可能と
いうことはすでに判明している。


142 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 02:06:39
考古学に詳しくないのに
無理して書き込まなくても…

143 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 10:19:05
国産でも、神獣鏡の原型は中国から入手したものだろ。
畿内は神獣鏡を手に入れたが、
九州は何か鏡を手に入れてたのか?


144 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 19:28:54
>>142>>139の回答のつもりなんだろうか?
だとしたら>>142は考古学という学問をまともには
理解していないことになるな

145 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 19:48:57
1枚つくるのに1週間はかかるな。

146 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 21:27:33
1枚作るには1年かかるけれど、1枚できてしまえばあとは何枚でもできる。
現在の半導体工場といっしょですね。

147 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/07/08(木) 21:33:54
本日午後7時からだったか、4chでの番組の中で古代の銅鏡造りを観て
いたが、なかなか手間が喰うらしく、最初に職人さんに固まった円鏡の
未完成のやつを磨いてもらったあと、芸能人か?研磨材で10行程分くらい
の再研磨を30時間だとかでピカピカに顔が映るまで磨き上げ、なかなか
素敵な鏡をこさえていたが、100万円でないと面白くないとか説明して
いた。古代でも大変労力を使っただろうな?

148 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:24:08
ドン来いスレで、神人龍虎画像鏡と言われた鏡
http://www.bell.jp/pancho/k_diary-2/images/image-18/0701-25.jpg
これは三角縁神獣鏡の範疇に入るのかな。

外区は三角縁と同じで、神と獣が出てくるという点では同系列なのか・・

149 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:25:43
>>147
太国さん、良番組を見ましたね。
私が何度も主張しているように、鏡の命は裏面の模様ではなく鏡面の輝き、鏡としての本来の性能なのです。
三角縁だ、海獣葡萄鏡だという分類しかできないのは、男の見方でしかない。
そこが間違っているのです。

鏡としての性能で分っるいすれば、卑弥呼の鏡かどうかわかるはず。

150 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/07/08(木) 22:29:38
>>149
畿内出土の鏡は卑弥呼のもらった鏡ではありませんね。

151 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:37:01
>>147
わしも見た。
龍馬伝展にも銅鏡が出品されていたのを思い出した。スレチすまん。
チュートリアル?が磨いたのは深みのある光沢が出ていたように見えた。
おみやげに鏡100枚ってやっぱり魏の皇帝は太っ腹なんだな。
個人的には、おみやげは1枚たりとも三角縁神獣鏡じゃないと思ってるけど

152 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:38:54
>>149訂正
×鏡としての性能で分っるいすれば、卑弥呼の鏡かどうかわかるはず。
○鏡としての性能で分類すれば、卑弥呼の鏡かどうかわかるはず。



153 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:44:26
>やはり、呉の画文帯神獣鏡の画文帯を鋸歯帯に代え、外縁にグルリと▲突起を回してバリ取りし易く改良した日本製の神獣鏡だと思われ。
   ↑
三角縁はこのへんだと思われ。


154 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:47:08
神獣鏡は中国から入手したものだとしても
鏡の光沢を維持するメンテナンス要員が必要だわ。

155 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 02:18:07
神庭荒神谷、加茂岩倉発掘前後の出雲における弥生時代青銅器祭祀の評価

柳本黒塚発掘前後におけるオオヤマト古墳群における鏡保有の評価

いずれも新たな出土例により大幅に変更されることになった

考古学者達は「そこに〇〇がないから××だ」というような
「未発見」を根拠とすることがいかに意味のないことであるかを理解している

156 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 04:50:13
三角縁神人車馬鏡2世紀 後漢中期
http://we.magma.jp/~ark/sinkyou_utyuu/honkan/g027-sinjinsyaba.html


157 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 08:06:49
国産だとして、三角縁仏像鏡の様な意匠は可能なのか?
あれ確か、編年ではわりと後のほうだったような。

158 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 12:32:11
>>157
当時の仏教は魏でですらほとんど広まっていなかったというから
国内の情報だけでは無理でしょうね

159 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 13:28:57
三角縁画像鏡は中国でも出土してるんだよな。
でも三角縁神獣鏡の仲間には入れてもらえない。
>>156が代表。

160 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 13:35:07
そういえば、黒塚古墳からは三角縁神人車馬画像鏡が出土していたような記憶があるけど、
探してみると見つからないな。気のせいだったか・・・・・?

161 :ローガン:2010/07/09(金) 15:39:32
>>160
>>148氏が貼ったのが黒塚古墳出土鏡です。

162 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 16:32:20
車馬じゃなくて竜虎だったか。車馬はなかったかな。

しかしこれ>>148は優品だな。
しっかり意味がわかっていないと彫れない意匠だ。


163 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 22:58:52
当初は、三角縁神獣鏡は国内で清算されていたけれど、
賃金の安い中国に工場を移転したというのが真実ではないだろうか?


164 :日本@名無史さん:2010/07/10(土) 00:20:39
>>163そういや、俺が発見した三角縁神獣鏡の裏には「Made in China」って書いてあったな・・・

165 :ローガン:2010/07/10(土) 16:47:27
>>148
>ドン来いスレで、神人龍虎画像鏡と言われた鏡 これは三角縁神獣鏡の範疇に入るのかな。

天理市教育委員会発行の展示館資料に「黒塚古墳から出土した鏡は34面である。画文帯神獣鏡1面と三角縁神獣鏡33面である」としているので、扱いは三角縁神獣鏡ですね。
この黒塚8号鏡、神像の脇侍に足の表現があり、安満宮山の斜縁二神二獣鏡にも足の表現が見える。
又、全体の表現は西求女塚の神人龍虎画像鏡とよく似ており、 極端な事を言えば黒塚鏡のみ三角縁神獣鏡にカウントされる原因は「大きさ」じゃないですかね?
黒塚鏡22.3cm 安満宮山鏡15.8cm 西求女鏡18.6cm
他の鏡は大きさで区別しないのに。まあ椿井大塚山鏡では、少し小ぶりなのを三角縁神獣鏡としているので、一概には言えないとは思いますが…。
いずれにせよ、ただ単に500:0 を連呼しても駄目だと云う事です。

166 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 17:41:15
踏み返していくと、鏡径は1回につき2〜5mm程度大きくなります。
10回踏み返すと2〜5cmですね。

167 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 22:41:38
>>165
その22.3cmというところがみそですね。
中国人女性は顔がでかいので、このサイズでないと顔全体が写らないのです。
三角縁の謎がじわじわ解き明かされてきましたね。

168 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 01:47:08
鏡が対象物の1/2×1/2の大きさあれば、映りきると思われます

169 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 02:37:33
三角縁の発祥とからんで、柳本天神山古墳をどう位置づけるか?

柳本天神山古墳では、棺内から20面の鏡が出土したが、△は含まない。
なぜ20面もあって△を含まないのか?

A説、その時期には△は存在しなかった。
B説、存在したけど、この古墳には入れられなかった。

A説は、△を含まないことを最も合理的に説明できる。
存在しないものは入れようがない。

B説は、配布論を必然とする。さらにこれを特殊化する必要が出てくる。
20面の鏡を入手する権力があっても、全国から多数出土する△をもらえない
という特殊な事情を考案して付加する必要がある。

それ故、A説の方が圧倒的に説得力があり優勢である。

A説を前提とした場合、この古墳が240年以降とした場合には、三角縁の舶載説は
成り立たない。

この古墳を240年以前とする説は存在しない。

∴ 舶載説は成り立たない。


170 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 08:16:38
卑弥呼の鏡の表面の件ですが、
もしかしたら、凹面鏡だったのではないでしょうか?
しかも、相当の精度で焦点を結ぶ。
その鏡に太陽を反射させるとどうなるか?
そう、火をつけることができるのです。
これが卑弥呼の神事の一つだったと思われます。


171 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 12:21:39
>>170
てか殆ど凸面鏡だったからw



172 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 12:36:10
>>171
ほとんどはニセモノ。
精度の高い凹面鏡でないと、新年(春分の日と秋分の日の2回)の神事で火をおこすことはできない。
もちろん、天気が悪くてもダメだし、卑弥呼は晴れ女だったはず。

卑弥呼=日巫女=火巫女だったのです。


173 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 13:41:49
やっぱり、だめだこのスレ

174 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 14:10:13
>>169
>柳本天神山古墳をどう位置づけるか?

天神山古墳は遺体を埋納した形跡がなく、すぐ東に崇神天皇陵があり、
同陵の遺物のみを埋納した陪塚とも考えられている。

副葬鏡の内訳は、
方格規矩鏡6面、内行花文鏡4面、画文帯神獣鏡4面、獣形鏡4面、
画像鏡2面、三角縁変形神獣鏡2面、人物鳥獣文鏡1面
である。

これらの鏡は後漢時代の方格規矩鏡や内行花文鏡などを主体とする特異な組合せを示している。

蔵出しの旧い宝鏡をまとめて埋納したのかな?

175 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 14:17:06
>>141
>特鋳は尚方の銘が全くないので、この時点であり得ない。

「三角縁神獣鏡にも、2、3種類ですが、「尚方作鏡」という文字で始まる銘文を持つものがございます。」
(福永伸哉)

尚方作竟佳且好、明而日月世少有、・・・以下略
(樋口康隆氏リスト 鏡式23)

176 :うましか:2010/07/11(日) 14:48:13
「尚方作竟佳且好、明而日月世少有、刻冶分守悉皆有、長保ニ親宜孫子、富至三公利古市、傳告后世樂無已」

どの時代の「尚方」なんでしょうかねえ。
それに「富至三公」・・・・富は三公に至る、魏代の「三公」って銀印青綬の「司徒」クラスでしょう。
既に「親魏倭王」の王号を持つ卑弥呼への特鋳物に記されるような銘文ではないと思います。

177 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 15:21:35
>>176
>どの時代の「尚方」なんでしょうかねえ。

うましかさん、おひさしぶりですね。
魏代の「尚方」は3つに分かれていた、ってことですか?

>王号を持つ卑弥呼への特鋳物に記されるような銘文ではないと思います。

もっともな疑問ですが、それら(「尚方」「富至三公」)を合理的に説明することができるのでしょうか?
特別な製作状況を反映しているのかもしれません。

178 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 20:17:35
>>174
ウィキによると・・・木櫃内の20面を種類別に見ると、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%92%8C%E5%A4%A9%E7%A5%9E%E5%B1%B1%E5%8F%A4%E5%A2%B3
方格規矩鏡5面、内行花文鏡4面、画文帯神獣鏡4面、斜縁変形神獣鏡2面、獣形鏡3面、画像鏡2面である。

これが△誕生前夜の状況であろう。

三角の国産が始まると、佐味田宝塚古墳や新山古墳のように、△と混在となる。

その後に、黒塚古墳、椿井大塚山古墳のように、△が多数を占める時期が来る。


179 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 20:43:10
>>178
無茶トンデモレベル。
三角の新旧の組み合わせだけを考えても年代が逆。



180 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 20:48:13
>>178

ああ、なるほど。佐味田宝塚古墳なんかを三角登場直後に置き
その後に椿井大塚山古墳とかを置いて前方後円墳の登場自体を4世紀に置くと言う目論見かw

無論、神武ちゃんの東遷スケジュールに合わせてのお話なんだよな?www

181 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 21:05:07
卑弥呼は渡来人だった。
蓮舫人気を見れば、日本人の外人女に弱いのは一目瞭然。


182 :うましか:2010/07/11(日) 22:46:05
>>177

> 魏代の「尚方」は3つに分かれていた、ってことですか?

まあ、それも(「右尚方」ではない)有ります。

> もっともな疑問ですが、それら(「尚方」「富至三公」)を合理的に説明することができるのでしょうか?

皇帝が臣下に贈るのであれば「三公」を目指せと励ますような意味にもなるでしょうね。
でも、「至三公」自体は出世を願う吉祥句ですから、市井の贈答品に記される方がしっくりするのでは。

> 特別な製作状況を反映しているのかもしれません。

「特別な製作状況」とは?
当然、「特鋳品」と言うことですよね。
卑弥呼さんが、自分の臣下への督励用として、そう言う銘をオーダーしたとか・・・

183 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 22:54:28
>>176
>まあ、それも(「右尚方」ではない)有ります。

明帝没後リストラしたんじゃ?

>出世を願う吉祥句ですから

三角縁神獣鏡ってあまり深く考えずに作ってるって気がするんですけど。

>そう言う銘をオーダーしたとか・・・

「尚方作竟」って卑弥呼の100枚なんですか?

184 :うましか:2010/07/11(日) 23:07:57
>>183

> 明帝没後リストラしたんじゃ?

いや、高貴郷公代には分立していることが判っていますので、
それを言うなら景初年間は「分立前」と主張された方が・・・・

> 「尚方作竟」って卑弥呼の100枚なんですか?

件の三角鏡は3世紀後半以降の国産品、若しくは韓地での私鋳品だと思っています。

185 :日本@名無史さん:2010/07/12(月) 09:03:28
黒塚で、画文帯>三角縁、って結果が出てるからなあ。

少なくとも黒塚から出てきた三角縁は、魏皇帝から下賜された銅鏡百枚ではなくて、
国内で踏み返しで作られたレプリカだろう。
本物の三角縁は箸墓の中か。

186 :183:2010/07/12(月) 19:41:17
>>184 うましかさん
>高貴郷公代には分立していることが判っていますので、

えっ、そうなんですか? ソースは?

>景初年間は「分立前」と主張された方が・・・・

張茂の上書に「中尚方純作玩弄之物」(魏書・明帝紀 魏略曰)とありますからねえ。

明帝の宮殿建造は魏書全体的に大ブーイングだし、
正始元年秋七月,詔曰:「易稱損上益下,節以制度,不傷財,不害民。方今百姓不足而御府多作金銀雜物,
將奚以為?今出黃金銀物百五十種,千八百餘斤,銷冶以供軍用」だし、
高貴郷公も「及罷尚方御府百工技巧靡麗無益之物」だそうです。
やっぱりリストラじゃあ?

>件の三角鏡は3世紀後半以降

じつを言えば、<樋口康隆氏リスト 鏡式23もしくは銘式7>としか知らないんですが、
うましかさん、出土地ご存知でしょうか?

新山古墳鏡かな? だったら岸本編年4段階。つい“卑弥呼の100枚”なんて言いましたが、
最初の下賜品と違って、このあたりのぶつなら“吉祥句”にこだわることないんじゃないですか?
或いは、外藩の国王って郡大守より格下だと・・・うろ覚えで・・・。

187 :うましか:2010/07/12(月) 20:43:50
>>186

> じつを言えば、<樋口康隆氏リスト 鏡式23もしくは銘式7>としか知らないんですが、
> うましかさん、出土地ご存知でしょうか?


   ↓私はこのWEBを参照しました。

    
   ttp://www2.tbb.t-com.ne.jp/isshun/mater10.html
 
   佐味田宝塚出土の一枚については、ここに↓画像があります。
   ttp://www.emuseum.jp/detail/100030/002?word=&d_lang=ja&s_lang=ja&class=10&title=&c_e=®ion=&era=&cptype=&owner=&pos=1&num=5&mode=detail¢ury=

188 :日本@名無史さん:2010/07/12(月) 23:52:38
>>187 うましかさん
>私はこのWEBを参照しました。

ご紹介ありがとうございます。このサイトは以前みた記憶があるんですが、
その頃はまだ銘文鏡一覧は素通りしていたんでしょうね。鏡を副葬した古墳のページも、今は非常に興味があります。
さて、

>どの時代の「尚方」なんでしょうかねえ。

やはり新山古墳同笵鏡なら岸本編年4段階、「送政等還因詣臺」のときでしょうか?

ところで
>高貴郷公代には分立
のソースもお願いします。

189 :うましか:2010/07/14(水) 00:12:43
>>188

> やはり新山古墳同笵鏡なら岸本編年4段階、「送政等還因詣臺」のときでしょうか?

新山古墳自体は、円筒埴輪付きとのことですから、3世紀前半にまで遡れるものではないのでは?
また、鏡の画像も見ていませんが、佐味田宝塚出土鏡の方は、
WEBの解説にも「図様も簡略化やモールドの甘さが見られ、鋳上がりの悪さと併せ」と劣化版の国産扱いですね。
埋納されたコピーの方では無く、マスター鏡が何時つくられたのか、これは判りません。
なので『どの時代の「尚方」なんでしょうかねえ。』と言う感想になる次第です。

> ところで
> >高貴郷公代には分立
> のソースもお願いします。

通典職官典によれば魏・晋は三尚方、細かい異動まではカバーしていないでしょうが、
甘露年間や景元四年の紀年鏡に「右尚方」がありますので、その時代には中、左もあったと御推察ください。

190 :日本@名無史さん:2010/07/14(水) 22:19:38
>>189 うましかさん
>甘露年間・・・の紀年鏡に「右尚方」

了解しました。ありがとうございました。
ところで、紹介してもらったサイトのリストを見ると、ただの「尚方」銘鏡ってけっこうあるんですね。

>新山古墳自体は・・・3世紀前半にまで遡れるものではない

新山古墳出土鏡の型式組み合わせは、舶載1段階からボウ製2段階まで幅広いですよね。

>>176
>魏代の「三公」って銀印青綬の「司徒」クラスでしょう。

後漢制なら
「諸國貴人、相國皆克」「公、侯、將軍紫綬」「九卿、中二千石、二千石青綬」(「後漢書」志第三十 輿服下)でしょう。

191 :日本@名無史さん:2010/07/14(水) 22:20:56
>>176
>特鋳物に記されるような銘文ではない
>>189
>劣化版の国産扱い

「三角縁神獣鏡は、・・・神像の構成と配置は本来の宇宙観から外れているわけです。
 図像だけではなく、銘文も同じように既存の字句をつぎはぎしており、・・・」
「本場で修行した工人の作品というには、いかにもお粗末である。
 むしろそれは、模倣を基調とする魏の作鏡姿勢のなかで、
 新しい鏡を大量に生産する必要にせまられて生み出されたものであろう」
(岡村秀典)
「規格的な大きさであるとか、同笵鏡が多いということ、。それから図像の構図が多種多様である。
 西王母・東王公が複数いることも含めて、本来あり得ない特徴を持つことも含めて、
 これらは、とにかく寄せ集め工人で数をそろえた様子がうかがえる鏡ではないか」
(岸本直文)

以上のようなところが、>>177「特別な製作状況を反映」のネタもとです。
三角縁神獣鏡は(ある時点から)リストラされた「尚方」プロデュースによる外注で、
鏡職人以外の工人群も併せ集めて製作されたのでしょう。

192 :日本@名無史さん:2010/07/15(木) 00:11:03
>>191
要するに、神像の意味を理解せずに、元のデザインとか字句を
パッチワークしたということか。

これは日本で作ったから、という結論に繋がりやすいよね。


193 :日本@名無史さん:2010/07/15(木) 22:21:23
三角縁神獣鏡は凹面鏡だったことは間違いありません。
それにもう一枚のもっと焦点距離の短い凹面鏡を組み合わせると、望遠鏡ができます。
直径20cmを超える反射式望遠鏡なら数キロ先の人影も確認できます。

194 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 01:12:57
( ´д)ヒソ(´д`)ヒソ(д` )

195 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 07:16:09
>>190

> 新山古墳出土鏡の型式組み合わせは、舶載1段階からボウ製2段階まで幅広い

各同笵グループ内での製造順以外には、三角縁の編年なんて当てにならない。


196 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 00:09:27
三角縁神獣鏡が作られたとされる時代の中国製の鏡はもっと精巧だろ。
それに当時の年号が彫られてるけど、実際には中国でそんな年号無かったわけじゃん。
中国で作ってるならそんなことありえない。
日本で作ったからそんな間違いが起きる。

邪馬台国がそのままヤマト朝廷になったんですよ、って装う為のものだろ。


197 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 21:55:08
国産説論者の言い分

「尚方銘がない」「中国で一枚も同型の物が出ていない」「特鋳はありえない」…

これらを”ひっくり返して”じゃあ卑弥呼の鏡百枚はどう言うものだったのか?と考えれば

景初の頃には官営工房の尚方で鏡が作られていて尚方銘が入っていて
卑弥呼に下賜された鏡と同型の物も多く作られ
当然中国でその鏡が一枚や二枚は出て来ているって話だがw

そんな出土があるのか?って話なんだよなw

結局のところ当時の洛陽周辺での銅鏡製作事情がハッキリしないと
所詮想像だけのお話。




198 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 01:48:54
この状況で舶載説なんてオウム以下だろ。
宗教としても見苦しい。

199 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 21:01:37
真実は、時には見苦しく、すさまじいものなのかもしれません。
しかし、事実から目をそらしてはいけません。
受け入れがたい真実を受け入れる勇気が必要です。

200 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 21:52:56
受け容れがたいものを拒絶してきたのが奴らの「空白の60年」だろ。

201 :ゴリラ顔は大繁殖中:2010/07/22(木) 00:01:08
◆ 神代(かみよ)のコピペ from 在日(高天原銀河)Orionseijin Cacacakah 
http://www.geocities.jp/orionseijin_cacacakah/yahooBBS/Hinomaru/kamiyono_copipe.html
  
◆ 日本の先住民側の差別は、とことん正しい 
http://www.geocities.jp/orionseijin_cacacakah/yahooBBS/Hinomaru/Bonta/kamiyonokopipeBonta/KamiyomoSabetuhaTadashii.html
  
(余談) 朝鮮半島は神代ではない。
http://www.geocities.jp/orionseijin_cacacakah/yahooBBS/Hinomaru/Bonta/kamiyonokopipeBonta/bonta/Nothing_Gods.html
  
> 四ツ系もそうである   神代(かみよ)のコピペ 
http://www.geocities.jp/orionseijin_cacacakah/yahooBBS/Hinomaru/BontaKamiyo/AoOniAinugoMakrgumiHohgen.html
  
● 朝鮮アイヌ(トケビ)
http://www.geocities.jp/orionseijin_cacacakah/gorira_type-b/yah_kamui/Bonnta/Slave_artificial_breeding.html

● 忍法:お国透かし 【三種の神器】 鏡の術 
http://www.geocities.jp/orionseijin_cacacakah/gorira_type-b/YAP/bat69_tokebi_ainu.html

202 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 01:15:51
俺は日本考古学は専門家ではないが、
普通に考えたら、日本から何百面も出土して、中国から1面も出土しないんだったら国産鏡だろ...
中国産説は、訳分からない屁理屈で無理に中国産にしてるようにしか見えないな

旧石器事件でも、内外の人類学者とかが「絶対おかしい!」って言ってるのに、マスコミに現場写真取られるまで旧石器はあるってことが主流派だったよな...

もし「三角縁神獣鏡=中国産」説が学会の主流なら、残念ながら日本考古学はあんま信用できないな。
ガラパゴス化してるんじゃないかな

203 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 01:38:03
>>202
>中国から1面も出土しないんだったら国産鏡だろ...

まあ、そう言う印象を受けるだろうなw

が、じゃあ「中国で三角以外の鏡は何枚出ているんですか?(無論、確実魏代のもので洛陽周辺、少なくとも魏の領域からの物)」
って話なんだよwwwww

少なくとも俺はそう言った事例を知らないし
「中国で出土ゼロ」を念仏のように繰り返す連中に聞いても誰も答えないw

仮にそれが何百枚も出ていてその中に三角が一枚も無ければそう言う結論になるだろうが・・・

まあ後は自力でゆっくり考えてくれwwwwwww



204 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 02:08:12
>>203
とガラパゴスヒトモドキが吠えています。

205 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 17:59:03
>>1
採銅所で作られました

206 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 21:45:57
>>205

> 採銅所で作られました

それだけは無いと思うよw

207 :日本@名無史さん:2010/07/27(火) 22:29:06
中国での魏鏡の出土自体が数枚だから、500対0の議論は余り意味がないと聞いたが。

そもそも、鏡を有り難がる神仙信仰が大流行した倭国で、副葬品として重宝されたから、
異常に多くの鏡の出土があるのであって、
蛮族が異常に鏡を欲しがるから、魏の皇帝が特鋳したというのは十分有り得る話だろう。
ただ揚子江流域と違って、大して神仙信仰の理解がなかったから、いい加減な配置になるというか。

208 :日本@名無史さん:2010/07/27(火) 23:11:24
>>207
まあ魏が下賜品の鏡に倭人の好みを考慮して作ってやったか

それとも…
「神獣鏡?あんな南方由来の市井のパンピーどもにもてはやされているモンなんか
 下賜品にしたら”国家の品格”にかかわるわい!」

…としたか、何れにせよ当事の魏での銅鏡製作事情が分からない事にはなんともwwwwww

209 :日本@名無史さん:2010/07/27(火) 23:31:00
魏では呉との抗争を有利に導くために、銅銭の鋳造もままならない極度の銅不足
の状況のなかで、その特鋳品の大型鏡を数千枚も日本に送ったんだよ。

但し、魏の正規の工房では取り扱っていない種類の鏡だったので、倭人が魏王の
威信を後ろ盾に、魏の民間の工房に一括して注文したんだ。

日本では、その魏からの大事な鏡を王が特別の倉庫で厳重に管理していたので、
臣下に配布されるようになったのは、10〜30年後になったんだ。

配布の際に、手前の箱から順番に開いて配ったので、配布の時期によって、
配られる鏡の種類に違いが出たんだよ。

これで日本で出土状況が完全に説明できると水野先生も仰っていたよ。

210 :日本@名無史さん:2010/07/28(水) 10:15:25
大事にしまい込んで、一枚ずつ配るという図だと
前原伊都国の方格規矩四神鏡

余所からは一枚ずつしか出てこないが
平原からは数十枚まとめて出てくる。

しまい込んだ王が、自分の亡くなるときに
まとめて埋葬したんだろう。

これは漢代の中国からも多く出てくる。

211 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 11:25:34
>>210
ヒラバルと楯築、マキムクの石塚は、年代的にどの程度離れてるんでしょうか?

212 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 12:16:27
ヒラバルは微妙だなぁ。個人的には割りと新しいと思ってるけど。
タテツキと石塚は50年ぐらい石塚が新しいだろ。


213 :日本@名無史さん:2010/07/31(土) 22:46:52
埋葬祭祀のときでいうと、平原323年、楯築348年、箸墓353年


214 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 01:03:06
楯築と箸墓が近いのは必然。
特殊器台の存続期間が極めて短いから。

特殊器台ではきないでは数箇所のみ。
何千とある古墳のうちの数個。
長く見てもせいぜい10年が限度。



215 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 02:20:53
>>214
うー。タテツキと箸墓の間の庄内の期間がそんなに短い筈がないでしょう。
213みたいな無理やりな実年代で、短期間に押し込めようとするからそうなる。

216 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 10:11:44
>>214
恨み節君乙w
まるで小学生みたいな理論ですねw

217 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 10:13:57
>特殊器台ではきないでは数箇所のみ。

タテツキも畿内だと思ってるのかなぁ・・・・


218 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 12:07:56
>>212
ヒラバルの破鏡されてた鏡が、編年ではかなり古いグループになるんだっけ?

平原王墓が新しいとすると、当然ヒラバルの女王が何十年か秘蔵していた鏡を
まとめて副葬したことになる。
次の時代で、画文帯・三角縁が畿内を中心に分布するのと絡めて、
どう考えればいいんだろう?
畿内倭王権に圧力を受け、周囲に鏡を配布出来ないよう、「消費」させられた、とか。

219 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 16:11:56
>>215
畿内の古墳編年のなかでは特殊器台の存続期間は1〜2年程度だよ。

この状況で吉備で20〜30年もの期間を認めるのは、アンバランスが酷くなりすぎる。
せいぜい10年程度。実際は7,8年というところだな。

220 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 16:42:24
タテツキは立坂型、箸墓のは宮山型なんだけどね。
あ、こんなこといってもわかんないか。

221 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 20:45:55
>>220
箸墓は2種併用だろ・・・こんなことを言っても分からないか。

222 :日本@名無史さん:2010/08/01(日) 23:33:12
>>215
>畿内の古墳編年のなかでは特殊器台の存続期間は1〜2年程度だよ。

近藤義郎によれば畿内大和で特殊器台が立てられたと判明している古墳は次の4つ。いずれも宮山型だ。彼はこれらを「最古式」古墳と位置付けている。

 ・箸墓古墳 ・西殿塚古墳 ・中山大塚古墳 ・葛本弁天塚古墳

つまり、大和には宮山型特殊器台を作ることができる職人がいたわけだ。
するとこれら4古墳がもし数年おきに造られたとしても、宮山型特殊器台を製作できる職人が存命している限りは、いずれの古墳にも宮山型特殊器台を立てて祭祀を行う可能性が考えられる。
それならば、畿内大和における特殊器台の存続期間は、10年〜30年程度と幅をもって捉えた方が蓋然性が高い。また今後、宮山型特殊器台が、さらに大和の他の古墳から出る可能性も否定できない。

「存続期間は1〜2年程度」は、極端に短くし過ぎ、としか言いようがない。
なぜ職人は1〜2年だけ宮山型特殊器台を作って、そのあと宮山型特殊器台の製作をやめてしまうのか?


>>221
>箸墓は2種併用だろ

特殊器台に限れば、箸墓は宮山型の1種類のみだ。
君は箸墓古墳から出る都月型円筒埴輪を視野に入れているのかもしれないが、都月型はすでに初現の円筒埴輪へと変化したものであり、特殊器台とは区別して扱う必要がある。
初現の円筒埴輪である都月型を「特殊器台形埴輪」と呼ぶのは構わないが、特殊器台形埴輪=特殊器台ではない。

それと、君は>>220を駁したつもりかもしれないが、本質的な批判には少しもなっていない。
>>220は、吉備においては特殊器台の型式変化が数段階に渡り認められていることをふまえているわけで、そのことに無知な>>219に対する揶揄・批判として、全く正当な意見である。



223 :日本@名無史さん:2010/08/02(月) 00:19:58
>>222
ん〜と、畿内での特殊器台の位置づけを良く考えてみよう。
数千の古墳のなかでたった4箇所だけ。しかも箸墓は都月型と併用である。
この状況からは、畿内での特殊器台の存続期間はせいぜい1〜2年ということは理解できるよね。
というかこんなことさえ理解しようともしないんだね。

んで、吉備での特殊器台だけど、併行して存在した時期を一切認めずに縦列にするのは無理がある。
無理に縦列化して、その一つ一つを極端に長くするのは無理がある。

なんでそんな無理をするかというと、年代遡上のためという意図が透けて見える。

三角縁舶載説に勝るとも劣らない頑迷な人が世の中にはいるんですね。



224 :日本@名無史さん:2010/08/02(月) 00:25:07
やはり一番重要なキーワードは、特殊器台ですね。
特殊器台とは、聖水を入れた壺を置く台のことです。
スペインに住んでいたムーア人の伝承によれば聖杯の神殿は、スペイン領ピレーネ山脈の「救済の山」にあったそうです。
ムーア人とは(Moors)と書き、モロ族と呼ばれていました。
つまり、特殊器台つまり聖杯を持ちこんだのは、御諸山の大物主ということになります。

http://d.hatena.ne.jp/images/diary/m/mminazuki/2006-05-05.jpg


225 :日本@名無史さん:2010/08/02(月) 02:51:17
>>223
>ん〜と、畿内での特殊器台の位置づけを良く考えてみよう。
>数千の古墳のなかでたった4箇所だけ。しかも箸墓は都月型と併用である。
>この状況からは、畿内での特殊器台の存続期間はせいぜい1〜2年ということは理解できるよね。

理解できないなあ
どうして1〜2年ていう数字が出てくるの?不自然だよ
たとえば5年でもいいと思うよ10年でも
そっちのほうがよっぽど自然じゃん

226 :日本@名無史さん:2010/08/02(月) 10:50:04
>>225
ヒント  → 小学校で習ったわり算

227 :日本@名無史さん:2010/08/02(月) 12:16:33
特殊器台は使い捨てのオブジェに過ぎないから土器のような考えで
「使用期間」を想定するという出発点そのものがおかしい。


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