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♪邪馬台国 ドンと来い♪ 76

1 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 23:09:57

九州も畿内も四国も朝鮮もエジプトもコテハンもドンと来い!

 出来るだけソースを出して後はお好きに!


              ☆
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 *良識ある言動をしましょう。煽り、粘着禁止。荒しはスルー。

■前スレ ♪邪馬台国 ドンと来い♪ 75
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1276396464/

2 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 23:15:07
>>1 乙

3 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 23:26:27
サイキック・バカの登場が楽しみだ。
詐欺師集団の唱える、アホダラ・マキムク念仏が聞きたいな。

4 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 23:38:12
マイタウン熊本

■「第26代卑弥呼」に宮野さん

朝日新聞 2010年06月21日
http://mytown.asahi.com/kumamoto/news.php?k_id=44000001006210003

 8月1、2日に和水町の古代の森一帯で催される古墳祭の主役「第26代卑弥呼」に同町久米野の熊本学園大商学部4年宮野里紗さん(21)が選ばれた=写真。
宮野さんは「伝統ある古墳祭を盛り上げていきたい」と話す。

 熊本三大火祭りの一つ。呼び物の松明(たい・まつ)行列は2日午後7時半にスタート。卑弥呼を先頭に古代衣装姿の町民約800人が松明をかざして古墳公園一帯を勇壮に練り歩く。

写真
http://mytown.asahi.com/kumamoto/k_img_render.php?k_id=44000001006210003&o_id=4253&type=kiji


※昨年の古墳祭ポスター(熊本県玉名郡和水町サイト)
http://www.town.nagomi.lg.jp/common/UploadFileDsp.aspx?c_id=7&id=10&flid=2
http://www.town.nagomi.lg.jp/common/UploadFileDsp.aspx?c_id=7&id=10&flid=3

5 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 23:47:35
>>4

>「第26代卑弥呼」

つまり26年前から必死で町おこしか。
利権やら何やらで大変だな、九州説。


それとは別に、この大雨で被災した九州人はいないか?
ここのところ大変なことが続いているが、めげずに日々頑張ってください。

6 :日本@名無史さん:2010/06/21(月) 23:58:49
で、

九州から出土した卑弥呼の鏡ってどれなの?
九州のどこに卑弥呼の宮殿があるの?
九州のどこに卑弥呼の墓があるの?

一個でもいいから、例を挙げてくださいな。
あればの話ですが。


7 :サイキバ君誕生w:2010/06/22(火) 00:01:27
576 名前: 日本@名無史さん [sage] 投稿日: 2008/08/03(日) 11:03:08
考古学じゃ巻向は市場だって明らかなのに、畿内説は必死だな。
畿内説では祭器場がないので 巻向では 古 墳 が祭器場になるんだと。
なんせ考古学板逃げてきた奴らだから仕方ねーw 

579 名前: 569 投稿日: 2008/08/03(日) 11:25:33
>>576
それと・・・
 「 祭 器 場 」 って何なんだ?
祭祀場ならニュアンスとして分かるが・・・
初めて聞いたが、念の為ググっても一件もヒットしなかったが?
それも考古学用語なのかな?
後学の為教えてもらえないかな?w

590 名前: 日本@名無史さん [sage] 投稿日: 2008/08/03(日) 12:26:47
それと「祭器場」って造語を広めてるのも同じ人ですね。
きっと「祭祀」を「さいき」って読んじゃったのねw

593 名前: 579 投稿日: 2008/08/03(日) 12:28:52
>>590
>きっと「祭祀」を「さいき」って読んじゃったのねw
な、なるほど!
それは気がつかなかったwwwwwwwwwwwwww

595 名前: 日本@名無史さん [sage] 投稿日: 2008/08/03(日) 12:37:48
祭器場クンは泣きながらお昼寝しちゃったみたいだなw

598 名前: 日本@名無史さん [sage] 投稿日: 2008/08/03(日) 12:56:47
まっ、「祭祀」を「さいき」って読むような香具師に
考古学がどうの語られても説得力ゼロiなわけで(笑)


8 :某スレに誤爆したので貼り直しさせてねwww:2010/06/22(火) 00:27:55
しかしこの板のゴミクズ九州説の妄想は酷いな、いや今に始まった話じゃないがw

大和朝廷によって改竄された歴史
無論、文献や考古資料の中にもその真実の姿は断片的に垣間見えていたものの
戦後になってようやく古田や安本と言った学者によって世に真実が晒された事になって

それでも「悪の秘密結社キナイセツ」によってそれらは社会的に抹殺されていると…

歴史改竄で言えば「南京大虐殺」とか「従軍慰安婦」とかのレベルじゃないかもwww

なんせ日本と言う国家の起こり、その黎明期、事によったら8世紀までの
義務教育の中学の歴史でも教えるような事がまるっきりデタラメだと言うのだから

本当ならこんな2ちゃんのスレで「ギャアギャア、ビービー」とヒステリー起こして
わめいている様な話じゃないはずだがwww

俺ならそんな国家レベルの陰謀に立ち向かう勇気は無いwwwwwww

9 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 00:31:25
さっき誤爆してたね。

10 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 00:33:40
>>6
>卑弥呼の鏡ってどれなの?
画文、△、その他もろもろ、九州には何でもそろっているんで、どれか分からん。

>九州のどこに卑弥呼の宮殿があるの?
都城あたりだろうな。倭人伝の行程記事どおりに進んでそのあたりに到達する。
南を東と読み替えるとか、一月を1日と読み替えるなんて、トンデモをしなくて
ちゃんと到達するんだよ。

>九州のどこに卑弥呼の墓があるの?
生目あたりが候補かな。倭人伝の伝えるところに合った大きさの古墳がいくつか
あるよ。畿内みたいに、大きすぎて困るようなことはない。

南九州は、中国の帝から王侯に与えられた玉璧も出てるし、倭人伝の記事にあった
住居址もある。倭の地は温暖云々にも完全に合致する。合わない所は一つもないね。



11 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 00:36:48
これは宮崎説ですな。

12 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 00:49:17
>>10は宮崎説ということで、一応なりとも自己の見解を示したね。
では他の九州説はどうなのだろうか。
彼に同意するのか、それとも自説があるのか意思表示が欲しいところだね。

13 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 00:50:39
>>10
>>九州のどこに卑弥呼の宮殿があるの?
>都城あたりだろうな。

考古学的には無理だと思う。


14 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 00:58:47
>>8
>2ちゃんのスレで「ギャアギャア、ビービー」とヒステリー起こして

サイキック・バカそのものですね()笑

15 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 01:09:35
>>13
小山の人口推計によれば、弥生時代、九州の人口密集地は、一つには筑後川流域付近、
もう一つが都城盆地付近だ。北の人口密集地が伊都国、奴国あたり、南の人口密集地
が邪馬台国ということだよ。小山の人口推計は遺跡をもとにしているから、考古学的
にも十分根拠があるといえるさ。しかも、その地に玉璧がでているんだ。
古墳時代に入ってからのことを見ても、日向は九州随一の古墳密集地帯だ。これが邪
馬台国の遺跡と考えればすっきりと理解できる。九州で日向以上の適地はないよ。

16 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 02:10:40
残念だが、日向からは鏡はほとんど出てこない。

鏡は北部九州にのみ配布されていたのだよ。



17 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 02:20:48
蚕を飼って絹を生産している場所が邪馬台国だ。
って、ことは北部九州〜有明海沿岸にかけてだな。
吉野ヶ里と同じ文化圏と考えてよいと思う。

18 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 02:54:25
>>4
>写真

うーん…まあ祭りに参加している住民らは学術的な論争より
単なる「ノリ」でやっているんだろうし
それはそれで別に目くじら立てる程のものでもないし
あまり野暮なツッコミは言いたくないのだが…


…卑弥呼の時代に扇子ってあったのか?w

19 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 03:13:29
>>17
邪馬台国で蚕を飼って絹を生産しているなんていう記述は無い。
以下、あっちからの転載


>宮室・楼観・城柵・絹・蚕・大魚・水禽・温暖・冬の生菜食

これらの物の中で、邪馬台国の描写と断定できるのは、宮室・楼観・城柵だけ。
例えば、「お茶は静岡の産物である」という条件の下では、茶畑がない県は、静岡である可能性は皆無。
しかし、「お茶は日本の産物である」という条件の下では、茶畑の無い県も日本。

畿内説では、倭とは近畿から九州までカバーするから、朱が出る出ないとか、大魚水禽とか無意味。
宮室・楼観・城柵は、邪馬台国以外にもあったろうし、遺跡が失われている可能性もある。
だから宮室・楼観・城柵の跡が出たからといって、そこが邪馬台国という証拠にもならない。





20 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 05:57:45
>名前:口上師[sage] 投稿日:2010/06/13(日) 14:26:55

このスレは日本史板の中でも最も、低学歴者、未成年者、非・反社会的傾向を持つもの・精神病および発達障害者の群れ集う場所
です。ここに新しくレスされる方は十分にお気をつけください。ここは日本史板の中のいわば隔離スレであり、不用意な書き込みは、
罵倒や中傷の対象になるおそれがあります。また、醜い自演や不愉快な工作が随時行われており、他人のハンドルを使用しての偽
レスなどは日常茶飯事です。ここは歴板のゴミ溜めであり、むき出しのエゴや固執、病的言辞に溢れています。


21 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 06:01:22
>名前:口上師[sage] 投稿日:2010/06/13(日) 14:39:21

このスレのナビゲートを続けます。要注意人物としては、通称「 www」 で表される名無史がいます。別名を「ジョーカー」「ミラーマン
(草w を植える=植草から)」「サイキック・バカ」などとも呼ばれる彼は畿内説です。能力的には、考古学はよく勉強していますが、
所詮は素人の域を出ませんし、それは自分でも認めているようです。文献はやや暗いものの、総体的な教養はあるようです。彼は
九州説のレスを常に待ち、捏造や欺瞞、誤謬や不勉強を見かけるとそこを突いて嫌味に反論するという、いわば待ち伏せ方の論者
です。自説を主張することはあまりありませんが、よく考古学者の唱えるような一般的な畿内説であると自分で語っています。

10 名前:口上師[sage] 投稿日:2010/06/13(日) 14:54:16

次に注意すべき人物としては「太国」と名乗るコテハンがいます。彼はおそらく九州説なのでしょうが、邪馬台国論争についての関心
はほとんどありません。彼の目的は古代日本で採用されていたという倍暦(三倍暦含む)を用いて、記紀の年代を加工することです。
吉永小百合や原節子の好きな人のいい老人なのですが、一たび倍暦や記紀の信憑性への疑義がレスされるや、超絶罵倒マシーン
に変身します。下ネタもまったく厭いません。彼は古神道の大家であり、天津金木を用いた卜占術に習熟していると自分で述べていま
す。また、唐松山(後述)とのエンドレス論争でも有名ですが、多くの場合これはスレ違いであり話の流れを分断します。

11 名前:口上師[sage] 投稿日:2010/06/13(日) 15:02:49

続いて紹介するのは「唐松山」です。彼は卑弥呼と邪馬台国が別々の地に存したというアクロバチックな説のようですが、やはり「太国」
同様スレタイの論争には関心がないようです。彼は記紀の干支を西暦に直すことを主目的として活動していますが、その手段の一つと
して一般的には偽書とされる「秀真伝」を援用します。もはやスレの古株であるので、彼の歴史に対する見解の多くは無視されますが、
ほとんどめげる様子はありません。彼は穏やかな人格であり、質問にはたいがい答えてくれますが、まったく役にはたちません。「太国」
との論争ははた迷惑のかぎりです。

22 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 06:07:14
>名前:口上師[sage] 投稿日:2010/06/13(日) 15:14:54

さらに最も注意すべき人物として「美濃もん太」を取りあげます。彼は邪馬台国は7世紀頃に存在した国としていたようでしたが、筆者も
きちんと理解できているかの自信はありません。いずれまともな論争に関心がないのは前述の二人と同様です。彼のレスの内容の特徴
として、時代・場所の混乱、美濃に対する郷土?愛、恐竜ー人類同時生存説などのムー的事象への強い興味などがあげられるでしょう。
また携帯からの異常な速度と量の書き込みを矢継ぎ早に繰り返すため、それまでの話の流れは完全におシャカになり、その後の十数時
間が彼のレスで埋め尽くされる場合もあります。また、彼のレスは他とのやりとりはなく、基本的に自分の考えの羅列であり、コミュニケー
ション障害が疑われます。専用隔離スレもありますが、人の多いこちらのスレに立ち寄ることが予想されます。彼の出現したスレが彼のレ
スにより徹底的に蹂躙される様は、まさに「ゴジラ」を見る思いですが、最近その出現の頻度は減っています。

名前:口上師[sage] 投稿日:2010/06/13(日) 15:35:30

「縄文人」・・・彼は弥生時代の大和盆地水没説というセンセーショナルな論題でデビューを飾りましたが、今では見る影もなく、他の
九州説にも相手にされる様子はありません。説としては伊都国を前原としない、古いタイプの九州説のようです。これまで「卑狗模古」
をはじめとする複数コテを用いてさまざまな奇異の説を唱えてきましたが、その手法に憤慨したスレ住人(おそらく「縦目仮面」(後述))
により、「初老教授」などの捨コテを文体模写で乗っ取られるという逆襲を受けていますが、同情されることもないようです。レスの特徴
としては、非常識かつ無根拠の大風呂敷なものが多く、当然穴だらけであるため厳しい反論を受けます。また、用いる語彙は歴史用語
としては違和感のあるものが多く、歴史的事実に対する明らかな間違いも散見されます。これは彼が無学・無教養と揶揄されるゆえん
です。また、一時期「伊作」氏との同一人物説も流布しましたが、違うようです。


23 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 06:09:31
>名前:口上師[sage] 投稿日:2010/06/13(日) 15:49:21

「縦目仮面」・・・(なにか誤解があるようですが筆者はこの人ではありません)現役大学生・剣道部と自称していますが、この経歴に
疑念を呈する向きもあります。ただし筆者が「オカルト」や「伝統武術」板を調査した限りでは、この自称は一貫しています。はじめは
真面目学生風のレス内容でしたが、実はたいへん人が悪く、数回「改め」氏に対する総叩きを計画・実行しています。また最近では、
名無史や捨コテを用いての「縄文人」攻撃を主眼としてレスしているようです。説自体はごく一般的な畿内説です。コピペ系も多いの
ですが、マジレスの内容は根拠があります。

名前:口上師[sage] 投稿日:2010/06/13(日) 15:59:06

「サイキバ」・・・最近登場した九州王朝説のようです。>>12にある「サイキバ」と同一人物であるかは不明ですが、畿内説およびこの
スレの畿内説各氏に強い恨みを抱いているところを見る限りはそうなのかもしれません。5月の大型連休前に現れたのですが、ほぼ
一日中レスを続けることのできる、けっこうな身分であることは間違いないでしょう。泣いている家族がいるかどうかはわかりませんが、
「畿内説詐欺」を繰り返す様は、精神障害または、少なくともある種の発達障害が疑われています。彼は他の九州説と連携することも
なく、常に孤独な心の叫びを繰り返しています。レス内容は稚拙で、残念ながら有用な示唆や新しい論点はまったくありません。


24 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 07:12:35
>>16
認識不足だな。日向からもかなり出ているよ。持田一号(盤龍鏡、獣文縁獣帯鏡)
、38号(内行花文鏡)、45号△、48号△、西都原13号△など。
日向の古墳で掘られたのはごく一部だ。実際にはかなり眠っているとみなければ
ならない。

25 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 08:10:00
>名前:口上師[sage] 投稿日:2010/06/13(日) 16:13:32

「東遷厨」・・・これは複数いるようです。安本本を元ネタにした東遷論争を繰り返す「恨み節」、南九州にこだわる、いわゆる「日向東遷厨」
他。この人たちの元ネタは銅鐸廃棄、三種の神器など限られているため、またそれ以上の説の進展がないため、スレのループの主要因
となっているというむきもあります。いずれにしても古色蒼然とした印象を振り撒きます。
この他「ローガン」畿内説、「サガミ」九州説、「二」九州説、「水銀厨」畿内説など、レス量の少ない、あるいは主張の穏健な比較的無害な
コテ連もおります。

このような常軌を逸した住人がくんずほぐれつを繰り返すこのスレはまさに、場末2chの吹き溜まり。漫画「コブラ」に登場するあぶれ者
だらけの宇宙酒場を彷彿とさせます。危険ですが、あなたがちょっとした目利きができれば、重要な示唆が得られるかもしれません。
注意「このスレに入るもの、すべての希望を捨てよ」ダンテ「神曲」より



26 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 11:49:57
邪馬台国は北九州
そして東遷して大和に移った
間違いない

27 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 12:05:34
>>24
それって4世紀の古墳でしょ?

邪馬台国時代の日向の古墳ってどれ?



28 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 12:16:00
>>26は、売国奴

九州の人は、日本の一部であるより、中国の属国となりたいらしい。

それだけならまだしも、東遷説というのは、
「中国の属国だった邪馬台国の王族がヤマトを建国した」と主張するもので、
日本の建国は、中国への朝貢から始まり、中国に朝貢した卑弥呼は天照大神だと主張するもの。

なぜ、こうした売国思想がまかり通るのか不思議だ。
天皇制が大嫌いで、中国へのシンパシーがよほど強いのだろう。
今後、日本に中国人が多く流入し、今まさに日本が中国に乗っ取られかねないのに、
日本人自ら、日本人であるアイディンティティを捨てる理由はどこにもない。

ましてや、東遷説には、なんの物的証拠も無いのに、
「日本は中国が作った」という歴史観を植えつけようという魂胆は非常に国益に反する。



29 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 12:20:14
どれって言いようがないわな
古墳なんて年代不明なものが多い。
特に宮崎は内部まで掘ったのが少ないどころか
掘ってないのばかりだろ。

だいたい、神武天皇の陵墓って何世紀築造なんだ?
紀元前600年なのか?
紀元1世紀なのか?

もとは田んぼの土まんじゅう程度だったそうだが。

30 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 12:34:33
自分が調べてないだけで、「古墳なんて年代不明なものが多い。」なんてよくそんなデタラメが言えるな。

日向の歴史博物館でも日向市の広報でもどこでも、
日向の古墳が3世紀に遡るとした記述があるのか?ってことだ。

31 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 12:36:05
明治初期に、必死になって橿原という字地名を探し、それらしき土盛りを
「神武天皇稜」と断定、住民を強制移住させて、広い敷地を囲って、
威厳を持たせた、これが神武天皇稜だ。

一般庶民の塚だった可能性すらある。

32 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 12:37:46
兵庫や千葉に行けば、無数の年代不明古墳がある。
畿内説だと、纏向の古墳は、みな卑弥呼の時代に判定される。

33 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 12:50:24
http://www.youtube.com/watch_popup?v=sF52fmUMW_o

34 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 13:03:08
>>33

なんで日露戦争?
もしや、本当に天皇が憎くて神武と畿内説を批判してるリアル爺さんか?



35 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 13:07:48
今調べたら、自分の通勤路にある御塚権現塚古墳も
年代不明になってるな。

ホケノ山古墳に一部を壊されていた古墳が
5世紀判定なんて話もあったな。

36 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 13:11:32
逆に間違いなく弥生期と判定された古墳っていくつくらいあるんだろ。
いや、ゴッドハンドは別にしてね。

37 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 13:16:52
>>28
畿内説論者には感情的な人しかいないと感じていたが、なるほど、君みたいな人が多数派をしめるからなんだね
君を見ていると朝鮮の学者を思い出すよ

邪馬台国が北九州にあったのは間違いの無いことだ
方角と短里法による距離から求めれば邪馬台国の方向は明らかに九州を指しているし、
記紀にも「日向の国を通って葦原の中つ国へ向かい、奈良をせめた」と書いてある
ここまで明らかなのに「記紀はでたらめ」「方角は間違い」などと言い張るのはどう考えても無理がある

あとは「邪馬台国は北九州にあったが」、「大和朝廷はそれとは別に奈良に起こった」という説だが、
もし北九州に邪馬台国のような国があったならそれを攻めた記述がないのはおかしい
隼人族は南九州だし、邪馬台国のような国ではなかった

あとはもう屁理屈を捏ねるしかない
例えば「邪馬台国は北九州から出雲にまたがる大国で、実は出雲の国譲りこそ北九州の女酋長が大和朝廷に下った歴史」とかね
しかし銅鐸文化圏である出雲の国と北九州の遺跡とは全く異なる
北九州 中国地方 | 近畿地方

ではなく

北九州 | 中国地方 近畿地方

なのは明らか

38 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 13:23:17
国益ねえ。倭女王が魏に朝貢したと記述されてる他国の史書である「倭人伝」は鵜呑みにして、朝貢の事実はない自国の
史書である「日本書紀」を軽んずるのは何故か?ということなんだよね。これはなかなか難しい。確かに、他国では定説に
なってることでも、自国の歴史書の記述に反するからなかったことだ等々のスタンスの国も世界にはある。さらには自国の
歴史を捏造して国民に教えている国さえある。

結局は歴史研究の目的をどこに置くかということだろう。むろん学問である以上真実の追究が主目的なんだけど、一方学問
は現在・未来を生きる人のために役立つものでなくてはならないという考え方もある。ただし、やはり真実は何にも勝るだろう
と考えたいね。歴史の捏造は、未来の史家から見ればその国の精神的後進性として批判の対象になると思う。



39 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 13:26:20
畿内説は次の問いに答えよ
・神武東征神話とはなんだったのか
・北九州の地名と奈良の地名に似たものが多いのは何故か
・明らかに畿内より北九州の出土物のほうが魏志倭人伝の記述に合っているが説明してみよ
http://yamatai.cside.com/tousennsetu/image/hyou1.gif ← 畿内よりも北九州の方が矛などの出土物が多い

更に、大和朝廷≠邪馬台国派は次の問いに答えよ
・大和朝廷が邪馬台国を征服するほどの勢力ならば、
北九州の方が明らかに武力において勝っていることをどう説明するのか
http://yamatai.cside.com/tousennsetu/image/hyou1.gif
・稲作が北九州の方が早い段階で始まっていることをどう説明するのか(天孫民族が稲作を伝えたと記紀にあるが)
・中国などが一貫して日本人のことを倭人と呼んでいることについてどう説明するのか

40 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 13:32:37
http://yamatai.cside.com/tousennsetu/image/hyou3.gif

魏志倭人伝の記述・・・

「銅鏡100枚をたまう・・・」
→畿内で見つかった銅鏡27枚
 北九州で見つかった銅鏡 663枚

「国は鉄を出す 韓 穢 倭 これをとる」
→畿内で見つかった鉄器 193例
 北九州で見つかった鉄器 1835例

また、韓、穢が住むであろう南朝鮮と地理的に近かったのは北九州である

41 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 13:47:57
鉄器とか鏡とか、九州−畿内−関東と順に減っているのが、
距離と一致しているようで面白いね。

逆に銅鐸なんかは畿内中心であることもよく分かる。

42 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 13:49:29
>>30
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/rekishikou/006/re_006_040619.htm

43 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 13:52:49
>>41
いわゆる銅鐸文化圏ですね
私が考えるに、恐らくその銅鐸文化圏こそがオオクニヌシの勢力圏であった

もっと言えば国であった

そしてオオクニヌシはスサノオの系列であるが、同時にこれは新羅を経由して渡ってきた秦氏の系列である

そして華北から中国江南に移り、その後山東省辺りから船に乗ってやってきたミャオ族系の勢力(北九州邪馬台国)に、
その秦氏の系列が併合されて出来たのが「大和」の国であったと考える

44 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 14:03:06
ミャオ族は中国において、そのあまりの強さに戦いの神として崇められているという
現代でもミャオ族は傭兵として有名だ
結局中国大陸においてはミャオ族は漢民族に破れ、一民族として収まったが、
日本大陸ではむしろ秦氏(秦の始皇帝の子孫 弓月国=ペルシア系列だとして、月の勢力としておこう)が
ミャオ族(太陽の勢力としておこう)の軍門に下ったというのが面白い

尤も、天皇家や神道関連にシュメール語・シュメール文化の影響を色濃く見れるところを見るに、
決して出雲に祀られたオオクニヌシ系列は飲みこまれたわけではないだろう
古代のある時期までは一定の影響力、恐らくは同等の権限を持っていたのではないか・・・

しかし、恐らくは聖徳太子(皮肉にも、仏教を広めた聖徳太子もまた秦氏系列であろう)が没した後、
仏教が日本に根付いてから、秦氏系列は淘汰されていったと考えられる

いわゆるエタヒニンである
彼らは芸能や竹(縁起が悪い不吉な植物と考えられていた)工芸などを担ったというが、
その名残として今でも古典芸能の担い手の一部には独特な顔つき(市川海老蔵や東儀英樹など)の人が多いし、
竹関連のものには「月」やユダヤのイメージが付きまとう(かぐや姫、籠目紋=ユダヤの六ぼう星)
http://www7a.biglobe.ne.jp/~mkun/i/kagome3.jpg←籠目紋 籠には竹に龍とあるが、これはまさしく
竹をなわわいとした賎民と龍をモチーフとしていたオオクニヌシから来ているのであろう

45 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 14:10:22
ニコ動にうpされてる、人間は何を食べてきたか−モチ米ー
のなかで、ミャオ族って言っているような気がした。

その農村が日本の昔の原風景を見ているようで和む。

46 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/22(火) 14:28:15
>>40
弥生時代の鏡を数えても、畿内大和の天皇墓は除く。


47 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 14:33:21
まあ、ほとんどの畿内王は、後世天皇に格上げされただけだけどね。

48 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/22(火) 15:19:58
まあその通りではあるが

鏡=天照大神であるならば、
北九州=その末裔
大和の天皇家もその末裔である。

九州の鏡が分散していると云うことは、大神の分散であり、求心力たり得ない。
これも乱を予測させる。

これは、前期古墳の内向花紋鏡でも云える。


49 :sss:2010/06/22(火) 15:24:00
東遷があったかなかったかは、その後の日本の歴史にも大きな影響を与える。
東遷を前提とすれば、初期から一段抜けた権力の存在が認められることになる。
なかったら、皇室の源がわからなくなる。

「ゆるやかな連合」なんて仮定をしなくてはならなくなる。
その後、どういう過程を経て大和朝廷に収斂して行くのかもわからない。
記紀では、そのような考えを取っていないからである。

なにを根拠にしているのかわからないが、ほとんど想像で日本の古代が
語られることになる。表向きは考古学的にという理由をつけるのだろうが、
考古学でそのようなことがわかるとはとても思えない。

以前は、「大和朝廷」という言葉が良く見られた。現在でも、小学校・中学校
の学習指導要領では用いられているらしい。しかし、一方で、「ヤマト王権」
という言葉も良く聞くようになっている。

ウィキペディア(恐らく畿内説の人が書いたのだろう)によると、

1970年代以降、重大な古墳の発見や発掘調査が相次ぎ、理化学的年代測定や
年輪年代測定の方法が確立し、その精度が向上したこともあいまって古墳の
編年研究がいちじるく進捗し、「大和時代」という時代を設定することは
必ずしも適切ではないと考えられるようになり、かわって「古墳時代」の
名称が一般的となった。

古墳研究は文献史学との提携が一般的となって、古墳時代の政治組織にも
および、それに応じて古墳時代の政権について「ヤマト王権」や「大和政権」
等の用語が使用され始めた。

と意味のわからないことが書かれている。

50 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 15:34:46
記紀編纂の作為として、二つの矛盾したことを主張した。
「大和朝廷は唐と敵対した国ではない」
「大和朝廷は金印や卑弥呼で知られた伝統ある国である」

これを言わんがために、神武を大げさに取り上げ始祖とし、
始祖の始祖をニニギとし、始祖の始祖の祖母をアマテルとした。
始祖の始祖の祖母が仕えた出雲国の天地開闢譚として、
イザナギ・イザナミも書き込んだ。

しかし記紀を編纂した時の大和朝廷は、九州王権系天武の
断絶に成功し、畿内土着系天智の系譜が乗っ取ったのである。
以後、九州王権系皇統は断絶した。

畿内土着系は越や出雲、毛など様々な系譜の雑多な寄せ集めである。
渡来系も非常に多い。

51 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/22(火) 15:49:34
>「大和朝廷は唐と敵対した国ではない」

敵対は、新羅、高句麗である。

>「大和朝廷は金印や卑弥呼で知られた伝統ある国である」

金印も卑弥呼も登場しないのが書紀である。

書紀が大和天皇家の歴史書である限り、神武は登場する。


52 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/22(火) 16:06:21
>渡来系も非常に多い。

日本各地に北方(高句麗)系遺跡は多い。

この渡来を無視して成り立つのが、崇神朝=倭国乱=3世紀中葉である。


53 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 16:09:53
>>49
>考古学でそのようなことがわかるとはとても思えない。

わからないことを盾にして、
ことさら東遷説を強弁する必要がどこにあるのかね?
九州に邪馬台国があった、近畿にヤマト王権があった。
これでも、何も困ることは無い。
「九州に邪馬台国が東遷してヤマト王権になった。」
これもまだいいかもしれない。

しかし、
「天照大神は卑弥呼で、中国に朝貢していた。」

このような結論を導くような歴史観が、いったい後世の日本にどういう国益をもたらすというのかね?

君が、「天照大神は卑弥呼で、中国に朝貢していた。」と信じるのか勝手だが
それを喧伝して日本を文化的精神的に中国より下位に貶めるようなことを既成事実化させようとする動きには、
断固警鐘を鳴らさずにはいられない。

SSS氏は、自分が売国奴という自覚があるのか?
それとも、確信犯なのか?



54 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 16:10:40
卑弥呼と女帝を同一視するよう、意識的に編纂されたのが記紀である。
畿内政権は九州政権の対外戦争に参加させられて、結果として唐と敵対した。

55 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 16:14:47
日野智貴氏が志賀の島だと言っていた
川村明の掲示板で

56 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 16:29:29
天照神が貢献していたのは出雲国。
半島や大陸には貢献していない。

57 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 16:31:51
東遷説が、世の中の常識になったなら。

毎年多くの中国人観光客が日本に押し寄せている。
伊勢神宮の観光客も増えるだろう。

そして、伊勢神宮を訪れた中国人はこううわさする。
「日本の神は、昔、中国に朝貢し、臣下になることを求めてたんだぜ。」
「中国は、臣下の証として金印を伊勢神宮の天照大神に与えたんだ。」

伊勢神宮の中国語パンフにはこう書かれるだろう。

「日中友好の歴史は、天照大神すなわち卑弥呼が中国に朝貢したときから始まりました。」
「神武東征は紀元前660年ではなく、4世紀のことであります。」
「天照大神から始まる神道の歴史も、縄文時代、弥生時代に遡るものではなく、古墳時代初めからという短いものになります。」

さぞ満足だろうな。東遷厨は。


58 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 16:32:29
>>53
お前わざとやってるん?

59 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 16:36:11
売国奴は殲滅すべきであるな。一般論として。

60 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 16:37:21
>>57
畿内説を貶めるために過激右派を装ってるようにしか見えん
日本が古代中国の影響を大きく受けたことは分かりきったことだし、
そもそも日本人のルーツ自体が古代中国にあるとういのに何を言ってるのかと
朝貢してようがしてなかろうが歴史の真実を探るのが当然の勤めだろうが
大体これだけ情報が飛び交う現代で日本の学者が徒党を組んで都合の良い物語をでっちあげなんてできるわけがない

まあ普通ならお前は釣りかあおりと受け止められるのが普通だが、低脳なキモヲタどもに限って愛国を叫んでる現状を思うと
決してそうとは断言できないから困る
言っておくが俺は日本文化および日本を愛してるよ
少なくともお前よりはな

61 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/22(火) 16:41:50
大王を立てられず神功を女帝と認め、この時代が
倭人伝の日付が合うからこの時代を魏志倭人伝の時代とした。

この主張なら受け入れますよ。

ただしこの時代の九州政権は、畿内大和の対外業務の為に置かれた。
それを磐井が「同じ窯の飯を食った仲」と表現している。

神功元年を273年の日食の近くに置くと、323年癸未 千熊長彦が得られる。
ここが北方民の渡来時期である。


62 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 16:48:07
紀元前11世紀、周の成王のもとに、倭人が貢献している。
天照大神など目じゃない。たぶん越か出雲の王が派遣したのだろう。

63 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 16:48:39
日本人二重構造説というのがあったな
南方系と北方系がまざりあってうんぬん・・・みたいな

俺は、あれはどちらかというと南方ルートと北方ルートがまざりあって・・・と言うべきだったと思う
これはもちろん、南方ルートから来た民族が一つとは限らないし、北方ルートもしかりだ
そしてルート自体も、南ルートであれば中国江南から直接船に乗ってきたケースと、
ポリネシアを経由して島伝いに来たケースが考えられるし、
北ルートであれば半島経由で来たケースや、北海道からやってきたケースが考えられる

ただし、天皇家に関しては、おおむね二つに分類できると思っている

すなわち、南ルートで北九州に直接船で来た海人系で稲作を伝えたミャオ族勢力と、
北ルートで新羅を経由し中国・近畿にやってきた山岳系のシュメール系勢力だ
これら二つが合わさったのが今の天皇家であり、神道に鳥居など太陽信仰をしていたミャオ族のなごりもあれば、
一方で禊などのユダヤ系の文化もどうじにあることはこのためである
イザナミ神話などにおいてシュメール神話やギリシア神話との共通点があるのは、
恐らくペルシア(ユダヤ)系の人々が伝えたものであろう

ちなみにこの山岳系は後の山伏であり、アラビアの砂漠地帯ルーツの星神信仰を伝えたと思っている

64 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 16:49:35
畿内政権は目の前の新羅と、ささやかな交流をする程度だったろう。
九州政権の豊富な外交とは比べるべくもない。

65 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 16:53:12
天孫民族=天皇=山岳系とされがちだが、出雲系の天皇が山岳系、北九州系の天皇が海洋系だったと思っている
あま=海(あま)=天(あま)と通じるではないか
もっとも、山を天と考えて、海と天の両方を「あま」とすることで、
山岳系と海洋系の両方を尊いものにしたとも考えられるが
アマテラスがタカマガハラを、スサノオが海原を・・・と記紀にもあるし・・・
分からなくなってきたな

66 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 16:55:47
>>65
こらボケ。低脳なキモオタってお前のことだろうが。

67 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 16:57:43
>>65
>イザナミ神話などにおいてシュメール神話やギリシア神話との共通点があるのは、
 恐らくペルシア(ユダヤ)系の人々が伝えたものであろう

こんなことがどっからわかるんだよ、ボケカス。「恐らく」を使えば何書いたっていいのか?



68 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 16:58:32
>>60

おまえが日本を愛してるかどうかなんて関係ないね。

問題は、「天照大神=卑弥呼=中国に朝貢した」という論をことさら喧伝し、
それが日本の掲示板で既成事実化され、
中国のネットユーザーをそれを見つけて広められたら、終わりだ。ということだ。

意味わかるか?

日本の天皇の祖先であり、一番偉い神が、中国に朝貢してたってわけだから、
中国のネットユーザーは喜んで飛びつくだろ。

それで、おまえは満足なのか?ということだ。


69 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 16:59:10
>>63
>言っておくが俺は日本文化および日本を愛してるよ
 少なくともお前よりはな

こんなことを書くやつがキモオタなんだよ。これは万人が認めるだろ、クズ。


70 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/22(火) 17:00:29
240年 正始元年から323年迄 倭国は中国の冊封を受けた。
これにより 日本の発展の礎となる。

けっして百済から全てがもたらされた訳では無い。
323年以降百済は倭の臣として、半島に存在した。


71 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 17:04:26
>>67
朝鮮もまたペルシアの影響を受けた国だからだよ
例えば朝鮮にある古墳から見つかった剣はペルシア系のものだったりね
イザナミ神話なんかは遊牧民のものが伝わって変形して伝えられたものだと考えられている
これは普通に言われていることで、何も俺のオリジナルじゃない

>>69
どういうこと?

>>68
>問題は、「天照大神=卑弥呼=中国に朝貢した」という論をことさら喧伝し、

喧伝?
してないが
それにアマテラス=卑弥呼ってのも違う
アマテラスは太陽に仕えた巫女が太陽信仰の中で神格化されたものだ
誰か特定の巫女だけが崇められたわけじゃない
しいて言うならアマテラスは太陽であり、自然なのであって、人ではない

>中国のネットユーザーをそれを見つけて広められたら、終わりだ。ということだ。

お前の妄想の中にはネットしか出てこないな・・・
言っておくが世界中に日本史を研究している学者がいて、論文も発表されてる
俺らがどんな説唱えようがしったこっちゃないw
俺らが立てられる説なんて学者ならもっと詳細に立てられるし、それを防ぐすべは無い

意味不明な陰謀論を煽って真実を隠蔽することを正当化してんじゃねえよ

72 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 17:04:41
>>69
まったくなあ。低脳なキモオタに限って自分がそうだとわからないんだよな。こいつらは
ホント会社クビになってもわかんない。なんでやめさせられたかが。

73 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 17:08:23
>天皇家や神道関連にシュメール語・シュメール文化の影響を色濃く見れるところを見るに、

こんなことを書くやつは、低脳キモオタどころか基地外だろ。wwww

74 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 17:12:10
日本文化へのシュメール文明の影響を疑う人は「イシュタルの冥界くだり」とか見てごらんよ
あの中国ですら秦の始皇帝がペルシア系だったりと、ペルシアの影響を受けている
これは当時の時勢を考えれば当然で、ペルシア人は世界最古にして最も先進的だった四大文明の一つ、
メソポタミア文明の後継者だからだ
彼らからは古代のみならず、日本の歴史を通して色んな技術が伝わってきた
もちろんその多くはシルクロードから輸入され、中国を経由したから、中国の文化だと思われがちだが・・・

いずれにせよ、中国の影響を認めるくせにペルシアの影響を認めないということはありえない
中国がペルシア人に建国されたもので、文化的にも影響を受けているのだから

私はこうした間接的影響から、もっと根本的、直接的な影響が古代の段階であった、といっているのだ

決して非現実的なことではないだろう

75 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 17:12:55
>>57
東遷説が嫌いみたいだけど、畿内説をとったところで、天皇家の先祖が
中国に朝貢したってことは何も変わりがないな。


76 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 17:20:27
畿内王が、中国に堂々と朝貢したのは8世紀以降だな。
白村江の戦いでは、畿内王と唐が密通していた可能性はあるけどな。


77 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 17:21:54
シュメール語と日本語の共通点は既に色んな人に指摘されているから、ちょっと調べてごらんよ
出雲勢力がペルシア系を中心とする秦王朝の勢力であったことは疑っていない
例えば・・・

スサノオ・・・スーサの王 (スーサは古代エラム王国=ペルシアの首都)
月弓の尊・・・弓月国(ペルシア)の尊
夜の大食の国・・・大食は中国語でアラビアのこと
牛頭天皇(スサノオ)信仰・・・ペルシア・ユダヤ人のバアル(牛の姿をした神)信仰
星神信仰・・・日射量の強いペルシアでは太陽ではなく星神が崇められる
イシュタルの門の菊の紋章・・・イシュタルの門には天皇家と同じ菊の紋章がある
神社を守る一角獣と獅子・・・ユダヤの神殿ではユニコーンとライオンが守ると伝わっている
狛犬・・・高麗犬からきているという説は有名だが、この高麗は秦氏が一時いた新羅であろう
秦氏・・・機織で有名だが、ペルシアもまた高度な機織で有名な地である ペルシアじゅうたんなど
製鉄・・・出雲は鉄剣を使った製鉄文化圏であったが、この製鉄技術を発明したのがまさにペルシア人
塩をまく風習、水で手を洗う風習、禊など・・・イスラエルにも同じ風習がある

きりがないのでこの辺にしておくが・・・
これを凝り固まった先入観から感情的に否定する奴は学者じゃないね

78 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/22(火) 17:23:45
>ペルシアの影響を認めないということはありえない

永嘉の乱は石勒だ、これに対峙したのが、倭の所属する東夷軍でもある。
だから書紀は、勒兵を敵兵の意味で使っている。書紀の編纂時までは、敵兵=勒兵で通用した。

問題は、高句麗好太王から長寿王だ、これがペルシャ系では無いか?


79 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 17:25:34
>>75
だね
彼が証明すべきは「卑弥呼=どっかの関係ない勢力の女王≠アマテラス」だ
まあ彼と発想が近いであろう本居宣長の説(北九州の女酋長説)に立てば、畿内説論者のほうが都合がいいのかも
でもそれだと北九州征伐の記録が無いことがおかしいという話になるし、
そもそも銅矛などにおいて畿内の勢力が劣っていることをどう説明するのかと
鉄剣を使っていた出雲勢力に鉄器が九州より劣っていた畿内勢力が勝てるだろうか

80 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 17:26:22
>>74
もう黙ってどっか行け基地外。なにがイシュタルだ。オルフェウスにしてもどんだけ時代が違うと思う?
キリストの墓が青森にあって、日本はユダヤ文化とかいうのと同レベル。

81 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 17:28:45
>>68

アホなこと言うたらあかん。料簡の狭いやっちゃな。
邪馬台国や卑弥呼やアマテラスがどうであろうと現在の日本には関係ないやんけ。ネットがどうだと
言うのや。ネットの世界ではもっとえらい話が飛び交っているんやで。ケツの穴の狭いこと言わんど
いて くれ。


82 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 17:31:42
>>78
何の話をしてるの?
俺は秦の始皇帝=ペルシア系って話をしてんだけど
これは遺伝子調査でも明らかになってる
古代中国人の一部はコーカソイドである、とね
今でもウイグルとかあるんだから別段不思議じゃなかろう

朝鮮の王族にペルシア系の血が入ってることは可能性とし大いにありうる
そもそも朝鮮には秦氏がたくさんいたし、というより日本にいる秦氏は朝鮮から渡ってきたからね

書記の「スサノオははじめ新羅に降り立ったが気に入らず・・・」という記述からスサノオを新羅の王だとする説があったが、
明らかに新羅と出雲のどちらにとっても第三者的な立場からの記述だ
新羅の王が「新羅に降り立ったが・・・」というのはおかしい
新羅の民族から王が生まれたなら、新羅の地自体がタカマガハラのように神格化され、
このような記述にはならないはず・・・

83 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 17:33:42
ペルシャ人は有色人種であって、今のイラン人だぞ。

84 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 17:36:19
>>80
もっと具体的に批判してくれるかな?
時代が違う?
文化というのは過去を受け継ぎながら発展していくもんだよ
西洋的に言うなら、オリエントの文化・神話が西洋文化にカタチを変えて伝承されていったように、
イシュタル神話もまたカタチを変えながら(西洋的意味での)オリエントの更なるオリエント、
すなわち極東に伝わっていった・・・
と言っているだけだ

これを「ばかげてる」だの「基地外」だの言うのには根拠があるのかな
君の想像力が貧困なだけじゃないのかね?

権威をかさに切るつもりはないが、君の今の発言は学会では失笑物だよ?
ギリシアなど遊牧系民族の神話と日本神話の共通点は昔から言われてることだ
俺はそれをもっとさかのぼれる(地理的にはむしろギリシアよりオリエントの方が近いがね)と言っているんだよ

85 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 17:42:49
>>83
それがどうしたの?(ところで有色人種って区切りは白人的世界観に基づいたものだからやめたほうがいい
肌の色より遺伝子的な分布で見ればインド人ですらコーカソイドなのだから)
ユダヤ人は白人だってこと?
それは大間違いで、実際には古代のユダヤ人は黒髪褐色の肌の人種だし、背も高くない
キリストだって本当は絵に描かれてるような金髪で色白な人種じゃない
アラブ系だったろうね

今の日本人にアラブ系の顔立ちは少ないかもしれないけど、
例えば中央アジアのキルギス人(弓月国)なんか見てごらんよ
彼らはコーカソイドとアジア人の混血だけど、日本人とびっくりするほどそっくりだ
朝鮮人と日本人よりも見分けが付きがたいかもしれない

86 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 17:44:26
真の始皇帝がイラン人という証拠はないな。どうせ遊牧民族だろう。

87 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 17:45:31
まあ、邪馬台国とは無縁だな。

88 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 17:51:04
イシュタル門を守るライオンhttp://www.s-russia.co.jp/archives/01antique-04/image/1swa-11.jpg
イシュタル門を守るユニコーンhttp://www.toroia.info/images/musus.jpg
イシュタル門の菊の紋章http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/0e/Babylon_detail1_RB.JPG

神社もまた、獅子と一角獣によって守られる
一般的には、向かって右側の像は「阿形(あぎょう)」で、角はなく口は開いている。そして、向かって左側の像は「吽形(うんぎょう)」で、
1本の角があり口を閉じている。両方の像を合わせて「狛犬」と称することが多いが、厳密には、角のない方の像を「獅子」、
角のある方の像を「狛犬」と言い・・・
獅子&一角獣http://image.blog.livedoor.jp/yatanavi/imgs/6/4/6420621a.jpg
天皇家の菊の紋章http://blog.kodai-bunmei.net/blog/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0%E4%BC%8A%E5%8B%A2%E7%A5%9E%E5%AE%AE.jpg

キルギス人
http://withcamera.sakura.ne.jp/Asia/kyrgiz/kyrgiz106.jpg
http://semaru.web.infoseek.co.jp/Dscf00081.jpg

89 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 17:53:47
誰でも思いつく意匠って、たくさんあるんだよね。
何の証明にもならないよ。

90 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 18:06:25
>>89
現実から目をそらしたい気持ちは分かるが、この類似はとても無視できないよ?

ちなみにシュメールでは
月・・・シン
太陽・・・ヤマシュ
と呼んでいた

このヤマシュ・・・はまさに大和(ヤマト)のことであるし・・・
シン・・・は秦(シン)のことである

・・・とまあここまでいくとさすがに信憑性が疑われそうだからこれは冗談としておこう

しかしこのイシュタル、これもやはり天体を象徴していて、金星の化身とされている

まさに三位一体なわけだが、この構造、何かに似ていないか?
そう、イザナギの左目から太陽(アマテラス)が、
右目から月(ツクヨミ)が、鼻からスサノオ(これは星、という説がある)が生まれた
三貴神だなんて言われているが、まさにシュメールの構造と同じなんだよ

更に言えば木嶋神社には三本足の鳥居があるのだが・・・
これも俺は三貴神から来ていると思っている
ちなみにその木嶋神社、蚕神社とも呼ばれている

この蚕はまさに、秦氏(秦氏やペルシアが機織で有名なのはくどいほど言ったが)が伝来したものなんだよ

91 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 18:08:52
あ、それからその木嶋神社だが、この神社がおわすのはあの時代劇で有名な太秦だ
太「秦」・・・ね・・・

92 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 18:23:58
>>75
>>79

全然違うね。
畿内説の場合、卑弥呼はヤマトトトヒモモソヒメで、皇女にすぎない。
天照大神とも違う。
紀元前から続く神道と長い天皇家の歴史の途中での、一時期での外交関係でしかすぎない。

ところが、東遷説というのは、
神道の根源である天照大神が中国に朝貢して臣下になったという、
とんでもない歴史観。
まったく意味が違うことは子供でもわかるだろ。

考古学上の証拠がって、
たとえば「天照大神は卑弥呼なり」などという木簡が出てくるような決定的証拠が無いかぎり、
天照大神を卑弥呼だなどと仮定することもバカげてる。

どんだけ自虐史観に染まってるんだ?と言いたいね。
そんなにおまえは、中国の臣民になりたいのかと。
日本の心である、神道、天照大神、天皇の歴史を中国に捧げたいのかと?


93 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 18:26:31
また一人「もん太」級のバカが・・・。

94 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 18:31:18
>>92
どこが自虐史観なのやら
自虐史観というのは戦後アメリカによって作られ、さらに日教組やらの影響で中韓にやたら卑屈な史観で作られたって印象があるが
例えば遺伝子調査でルートが明らかになりつつあるのに、稲作が朝鮮伝来であることに異様に拘ったり、
元寇が単なる運だけでなかったりといったことを教えようとしなかったりするなら、そら自虐史観だろうよ
真実を故意に捻じ曲げてるからね

だがお前は理想的な結論が先にあって、それに合うように都合の悪い事実から目をそらしてるだけだろ
そんでもって、自分の気に入らない論を唱えるものを反日だのと誹ってるだけ

さすがにずれてるってことに気付こうか
最後に、あまり古代史をなめるなと
文献史料の乏しさゆえに捏造し放題だとでも思ってるのかしらんが、根気良く調査していけば真実は必ず見えてくる
分かったかこの朝鮮猿が

95 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 18:39:31
>>94
>だがお前は理想的な結論が先にあって、それに合うように都合の悪い事実から目をそらしてるだけだろ
>そんでもって、自分の気に入らない論を唱えるものを反日だのと誹ってるだけ

ある意味当然だね。

おまえは、北方領土は日本の領土だと思うか?
竹島は日本の領土だと思うか?
南京虐殺は、中国の言うとおりの規模で起こったと思うのか?

ある意味、歴史的事実なんてどうでもいいんだよ。
自国の国益を損ねるような歴史観はもたないというのが、世界中の国が行ってる歴史教育だ。

それを、なぜわざわざ証拠もなしに、中国に都合の良い歴史観を広める必要があるのだ?

おまえのほうが、国際感覚とズレている。
国益というのは、真実よりも優先されるべきことなんだよ。





96 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 18:41:44
>>94
>分かったかこの朝鮮猿が


おまえらみたいな売国奴に言われたく無いね。




97 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 18:44:21
>>95
俺も外交や戦争においては時には詭弁や嘘を弄することは必要だと思うがそれは外交的な領域でやってろ
ここが何板か忘れたわけじゃあるまい
お前の勝手な正義感で議論の邪魔をしないでいただけるかな
学問は真実を追究するためにある
真実が分からなければ嘘だってつけやしないんだから

それにしてもネットに閉じこもってるキモヲタが国際感覚とは笑わせる

98 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 18:52:22
>>97
反日売国奴がなにを偉そうに。

このまえの天皇と中国首脳の会談だって、
おまえに言わせたらどうでもいい話だろうが、
中国がじわじわと日本よりも優位に立つ布石をどんどん打ってるってことだ。

今はまだ、中国も表面上は天皇に一目置いてるが、
東遷説なんてのが世界に広まって、常識にでもなろうものなら、
中国との外交がどれだけダメージを受けるか、おまえにはわかるまい。

なにせ、「東遷説」ってやつは、「日本の一番偉い神の天照大神が中国の臣下だった」という説だからな。
天皇は、さらに下位に置かれることになる。

そうした、将来何が起こるかも予測できずに、好き勝手に「卑弥呼=天照大神」だとか主張し、
自分は歴史の真実を解き明かしたみたいな顔をして、よく平気でいられるものだ。
反日売国奴でなければ、己の考えの愚かさにとっとと気がつくだろう。



99 :訂正:2010/06/22(火) 18:56:57
「東遷説」や「畿内説」では天皇が中国に朝貢していたことになるな。

100 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 19:01:16
>>98
いい加減な知識で人の邪魔してんのはお前だろうに・・・
お前のしょうもない危機感は良く分かった
「真実に勝るものはない」ということだけ覚えて帰れ^^;
ていうかそんなに受け入れがたい事実なら「卑弥呼は天皇家とは関係ないよ説」をきちんと論理的に語ればいいのに・・・
お前はこの先邪馬台国の議論になって不利になるたびに「国益に反するからその話はするなあ〜!!!」で黙らせるつもりなの?w

101 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 19:10:13
>>99
東遷説と畿内説は違う。

>>92
全然違うね。
畿内説の場合、卑弥呼はヤマトトトヒモモソヒメで、皇女にすぎない。
天照大神とも違う。
紀元前から続く神道と長い天皇家の歴史の途中での、一時期での外交関係でしかすぎない。

>>100
>ていうかそんなに受け入れがたい事実なら「卑弥呼は天皇家とは関係ないよ説」をきちんと論理的に語ればいいのに・・・
そんな当たり前のことを語る必要などないね。

あと、国益に反するのは、東遷説のみ。トンデモ度もピカいちだがな。
ただの九州説なら、勝手にやればいいさ。
そのかわり、天照大神≠卑弥呼ってことで。当然のことだが。

しかし、九州にあった邪馬台国が、畿内のヤマト王権に併合されたという歴史観を持つことができるのか?
できなければ、いずれ東遷説に変容していくだろうがな。
自分でも気がついてるのか無自覚なのか、反日売国奴の道を歩むってことを覚えておけ。




102 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 19:19:33
>>101
畿内のヤマト王権に併合か
そりゃあいい
でもさ、http://yamatai.cside.com/tousennsetu/image/hyou1.gifをみて分かるとおり、
矛の数だけ見ても畿内と北九州では圧倒的な差があるんだよねw
もちろん、北九州の方が圧倒的に多い

103 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 19:21:13
>>102

つまり、東遷説だったことだろ?

反日売国奴だって自覚あるか?



104 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 19:23:02
それからアマテラス≠卑弥呼であってほしいようだけども、東遷説にたとうとアマテラス=卑弥呼とはならんよ
それは全く別の文脈の議論だろうが
個人的にはアマテラスの逸話は事実に基づいてるように見えるがね

Wikiの日蝕のところを見ると、

計算上は、邪馬台国の時期に日本列島で日食が2回起きた可能性がある。卑弥呼が死んだとされる247年と248年である

とあるからね
卑弥呼は日蝕のせいで国が荒れて、殺されたんじゃあるまいか?
少なくとも何かあったような気がしてならんね
ちなみに卑弥呼=日巫女ね

105 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 19:23:04
九州説は正しいが、いくらなんでも天照大神が東遷したというのは、トンデモだろ。
第一、天照大神は九州の人間でなく、対馬の人間だ。

106 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 19:27:41
>>104
東遷説で、天照大神が卑弥呼じゃない、ってことは、どういう論なのかね?

このさいだからはっきり聞かせてもらおう。

天照大神は、邪馬台国より古代から神として存在していた。
神武東征と、邪馬台国東遷は、関係ない。神武東征の方が、邪馬台国成立より古代に起きた。
邪馬台国が東遷したとき、ヤマトには神武のヤマト国があった。
神武のヤマト国を、邪馬台国が併合した。

そういうことでいいのかね?



107 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 19:29:17
>>105
東遷したのは五十年ほど卑弥呼の後の神武天皇の代だろう
ただ、その前から東方とは何らかの関係があったと思ってるけど

東遷説を否定するなら、
@畿内に起こった勢力の正体は何か(どこから来た何と言う勢力か)
Aその勢力が暮らした名残はあるのか(遺跡を見る限り畿内の出土物はしょぼい)
B記紀にある東征神話や、九州の地名はどう説明するのか
C九州に大和朝廷と敵対する国があったなら、何故その国との記録がかかれてないのか

これに答えてくれ

ところで対馬というのは根拠があるの?

108 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 19:29:46
>>92
東遷説と天照大神=卑弥呼説とはまったくの無関係。
畿内説と卑弥呼=ヤマトトトヒモモソヒメ説ともまったくの無関係。

109 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 19:34:08
>>107
>東遷したのは五十年ほど卑弥呼の後の神武天皇の代だろう

それで、卑弥呼と天照大神は違うというのは、詭弁そのものじゃないのかね?

はっきりと、反日売国奴の東遷説だと白状したほうが潔いと思わないか?


110 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 19:34:58
>>109
コテつけてくんない?
名無しだと誰が誰やらわからん

111 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 19:35:30
>>110

反日売国奴呼ばわりしてやるから気にするな。


112 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 19:41:16
>>107
その前に東遷を証明しろよwww
否定も何も説として成立していないじゃないか。

つーかこのキチガイの湧きっぷりはどういうこと?
売国奴がどうとか中国がなんちゃらとか、お前らここは学問板だぞ。

113 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 19:42:25
>>111
よそでやれ、ネトウヨ

114 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 19:42:48
>>112
東遷説を否定する人のほうが説として成立して内容に見える
それよりコテをつけろ

115 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 19:44:03
なんだこの「kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM」とか言う馬鹿は?

…ったく「邪馬台国東遷説」とか「九州王朝説」とかはこの手の基地外が次から次に沸いてくるな。

それから「愛国」だの「売国」だのウヨサヨ論争は他の板でやれクズども。

朝貢記事が気に入らないから邪馬台国の位置論争もそれにより恣意的に解釈する
…お前らは九州説の祖本居宣長か?www

そんな事でいちいちヒステリー起こしていたら明治〜昭和天皇がイギリスから叙勲されていた事はどうなる?

ナンタラ将軍の役名を貰った「委の五王」も天皇じゃまずいんだよな?
九州王朝説マッシグラだなwwwww

ゴミクズども(皇国史観で畿内説を語る馬鹿も含む)は去れ!


116 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 19:46:16
>>114
>>112だが、俺は東遷説否定だが、キミのへんてこな説にも苦笑している。
よって議論する気もない。
つーかキミも邪魔なので巣に帰ってくれ。

117 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 19:47:14
ここはIDが出ないスレなんだからコテトリをつけろよ阿呆

118 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 19:48:59
>>116
議論する気も無い、というのも酷いが「邪魔」「巣に帰れ」というのは相当だな
匿名掲示板に縄張り意識を抱き始めたなら精神科にいくことをオススメする
もういいから黙って俺のトリをNGに突っ込むんだ!な?

119 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 19:49:11
東遷説を語るバカを諭すには、同レベルのバカに堕ちないとダメなんだよ。

東遷説は、反日売国奴。
本人も否定できまい。
反日売国奴なら、反日売国奴らしく、

「おれ、反日売国奴なんだけど、卑弥呼が天照大神で、中国に朝貢して、東遷して天皇家になんたんだと思うよ。何か文句ある?」

と、言えばいい。
そしたら、議論に応じてやる。

東遷説のくせに「天照大神と卑弥呼は関係ない」などという欺瞞は許さん。



120 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 19:49:46
>>117
スレでなく「板」の仕様だwww阿呆
オマエの脳内ルールを押し付けるなよ、嫌なら帰れ

121 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 19:53:59
>>120
まーた「嫌なら帰れ」か
ここの連中はどっかおかしいんじゃあるまいか
言ってる内容も不気味だが無駄にギスギスしすぎだろ

122 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 19:54:49
東遷東遷、って言ってるけど、関東政権が西遷したかもしれないし、
周囲の諸国が結託してやっつけたのかもしれないし、東遷である必然性を感じない。

123 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 19:55:31
>>121

いいから、早く、
「おれ、反日売国奴なんだけど、卑弥呼が天照大神で、中国に朝貢して、東遷して天皇家になんたんだと思うよ。何か文句ある?」
と、宣言したまえ。

そしたら、議論に応じてやるから。


124 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 19:56:13
越や出雲が、お墓を作りたい、といって纏向を占領しただけだろ。

125 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 19:57:24
半島の負け組が逃げてきたので、畿内で土木労務者として酷使されただけじゃないの?

126 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 19:57:34
>>123
お前と議論したいなんて言ったっけか?w
もう一人のほうもさ、お前と同じガイキチだったからNGしてくれって頼んだところだよ
お前もやったらどうだ?w専ブラ使ってるならだけど
(しかし逆NG機能とかあったらいいのにな)

127 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 19:58:08
東遷の根拠も、必然性も、ゼロだよ。

128 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:00:53
天皇なんていう称号はずいぶん後になってからだろ。「倭国王」が列島の最高位だ。
倭国王は、7世紀まではほとんど九州の人間だった。

129 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:01:04
>>121
てか東遷説やら九州王朝説やらを、こんな場末で必死で叫んでいる連中なのだから
どっかおかしくて当たり前だわな。
そのおかしな連中のところに乗り込んできたのだから、それくらいの覚悟は持つべきなんじゃね?

だが君もかなりおかしいという自覚はある?
夕方から今に至るまで何を必死になってるのよ。
その時間から書いているということは、下校してから即PCに張り付いているのか?
まあとりあえず晩飯食って風呂に入っておちつけ。
落ち着いてから、学問板でウヨサヨやる愚を反省せーや。

130 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 20:02:57
>>128
天皇って用語は聖徳太子がつけたらしいからね

131 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:03:04
あと>>123はマジ消えろ。
おまえの怨み節は聞き飽きた。

132 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:03:29
>>126


東遷説のくせに「天照大神と卑弥呼は関係ない」などという欺瞞は許さんといっておるのだ。

この反日売国奴の欺瞞野郎が。

いいから、早く、
「おれ、反日売国奴なんだけど、卑弥呼が天照大神で、中国に朝貢して、東遷して天皇家になんたんだと思うよ。何か文句ある?」
と、宣言したまえ。


133 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:04:28
先日の自称右翼も、その右翼のボスが、実は民族派を装った極左だったな。
日本男児の誇りを持って頑張っているはずの人間が、実は知らないままに、
北朝鮮労働党の下部組織構成員なわけだ。

134 :初回サービスwww:2010/06/22(火) 20:09:38
>>39 kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM

>・神武東征神話とはなんだったのか

そのまんま神話、始祖神話において
「ご先祖さんが遠くから苦労して来はったんやで〜」
と言うのは珍しくもない。
ちなみに金鵄やヤタガラスと言った霊長の助けを受ける。
結局は末弟の神武が即位する末子相続…これらはアジア地域に見られるモチーフ

>・北九州の地名と奈良の地名に似たものが多いのは何故か

そりゃ人の移動や地名だけの伝播等々考えられるだろうが
これを東遷説に絡めるなら3世紀以前の九州から大和への伝播を証明しろカス

>・明らかに畿内より北九州の出土物のほうが魏志倭人伝の記述に合っているが説明してみよ

果たして何処までが本当に当時の日本の風俗で北部九州のものかの峻別はおいといても
地理的にも郡使が常駐していたであろう北部九州の様子が一番詳しく書かれていてもなんら不思議ではない。
(少なくとも不彌國あたりまでは北部九州と言うのが定説)

畿内説において倭国=九州〜畿内を想定していて倭国の風俗風習に九州のものが多く出ていても何ら矛盾はしない。

…ったく大方「邪馬台国の会」あたりでネタを拾ってそこに自分の神話解釈をくっつけて
意気軒昂にこの板に乗り込んできたんだろうが

お前みたいな馬鹿は腐るほどまにあっている
言いたい事ひとしきり書いたら元の巣へ返ってくれwwww

135 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:09:57
天照大神の孫がニニギ、その数世代後が(血統は不明だが)卑弥呼、ニニギの曾孫が神武。
神武と卑弥呼の時代の前後関係は不明。

天照大神とニニギと神武は、一応血がつながっていることになるが、卑弥呼は不明。

136 :134訂正:2010/06/22(火) 20:11:56
誤)ちなみに金鵄やヤタガラスと言った霊長の助けを受ける。

正)ちなみに金鵄やヤタガラスと言った霊鳥の助けを受ける

137 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:17:18
結局、邪馬台国論争がかつて一大ブームになったのも
それは日本と言う国家の起源に深く関わり

いきおい個人の国家観歴史観の反映
…それどころか国家観歴史観を代弁させる物ですらあったからなんだろうwww

このレベルに話を堕としてしまうと2ちゃんじゃあ「ウヨサヨ」の罵倒合戦にしかならないわけでwwwwwwwww

138 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:17:33
>>39特別サービスだぞ

大和朝廷≠邪馬台国派の説明

畿内政権は圧倒的に先行していた九州政権=邪馬台国の衛星国であり、
九州政権のもとでずっとやってきたが、時々反抗したりすることもあった。
7世紀には畿内も実力をつけ、九州政権に匹敵する国家となった。
白村江の敗戦で、適当に口実をつけて逃げていた畿内政権は、
敗戦の痛手が少なくて済んだが、九州政権かたやってきた天武に
国家を乗っ取られてしまい、文武のころに九州系を排除して、
畿内土着人脈に取り戻すことができた。で、記紀を編纂した。

139 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:18:25
緩い連合国家だから、九州の風俗が多く描かれていても不思議はない、
というのはまあ、理解できる。

だけど、それは畿内に都があることの何の根拠にもならない。

都は九州だろってのを否定する材料にもならない。

140 :縦目仮面:2010/06/22(火) 20:18:40
>>133
あの「醜の御楯」というのはただの冗談すよ。しかし、今回の事態は俺関係ないから。www いやあ、香ばしい人が多い。

>ここは歴板のゴミ溜めであり、むき出しのエゴや固執、病的言辞に溢れています。

口上師の言うとおりだね。www

141 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 20:19:36
>>134
ずいぶんねちっこい言い回しをするんだな
別に屁とも思わんが読むのに退屈だからもう少し短くしてくれ
君は畿内説=畿内〜九州が倭国の立場に立っているんだそうだが、
なら北九州の方が銅矛にしろ鏡にしろ鉄器にしろ明らかに畿内より九州の方が進んでいることについてどう説明するのかな

畿内説というのは「邪馬台国とは畿内にあった」、つまり、「魏志倭人伝の記述は畿内のものだ」という説だと思うのだが
だからこそ、方角の記述が畿内に向かっていないことについて間違いだのなんだの言ってきたわけだろう
都合の悪い記述だけ「この部分は九州のものなんだろう」というのは畿内説の根本を揺さぶるものだと思うのだが?
結局魏志倭人伝を書いたものは畿内に来ていたのかいなかったのか
YESかNOで答えたまえ

142 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:21:08
>>139
まったく同感。

143 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:23:12
なんだ、縦目仮面=醜の御楯って、本人が自白しちゃったよ。

144 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:24:02
>>14 1kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM
>結局魏志倭人伝を書いたものは畿内に来ていたのかいなかったのか
>YESかNOで答えたまえ

NO

「魏志倭人伝を書いたもの」と言うのは当然「陳寿」だわな?
そりゃ来ていないに決まっているだろうがw

一体お前は何を言っているんだ?wwwwwwww

145 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:25:37
>>134
ではないが、もうそれ散々に言い尽くされ論破されつくしているんだよ。
>北九州の方が銅矛にしろ鏡にしろ鉄器にしろ明らかに畿内より九州の方が進んでいることについてどう説明するのか

それと畿内説の認識が間違っている。
というか指摘どおり「邪馬台国の会」の口上どおりでワロタ。

具体的にどこがどう否定されたか、その根拠や論文は何かは再録するのがめんどくさい。
知りたいのなら過去5スレくらいどこかにアップするが、読むか?

146 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 20:26:56
>>144
質問を言い直そう
魏志倭人伝の証言の元になったものは来ていたの?
YESかNOか

147 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:26:58
>>141

東遷説のくせに「天照大神と卑弥呼は関係ない」などという欺瞞は許さんといっておるのだ。

この反日売国奴の欺瞞野郎が。

いいから、早く、
「おれ、反日売国奴なんだけど、卑弥呼が天照大神で、中国に朝貢して、東遷して天皇家になんたんだと思うよ。何か文句ある?」
と、宣言したまえ。



148 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:27:06
>>144
ずいぶんくだらない揚げ足取りをするねえ。
口先だけのディベートなら、それで勝った気がするかも知れんが
議論なら、負け確定だぜ。

うれしかろう。よかったな。

149 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:27:55
横からだけど、倭人伝の編者は陳寿で、むろん倭国にも邪馬台国にも来ていない。魏の答礼使は邪馬台国に来て
卑弥呼に直接、金印・証書その他の装封した答礼品を渡したと思う。それが職責だから。ただし、魏使の報告書なる
ものがあって、陳寿あるいは魚豢がそれを参照して書いているかというのは個人的には疑問。

150 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:30:36
あ、すまん>>145は新登場キティ君へのレスね

でkaijunokodomo ◆dxakKNa1zM は過去スレ読みたいか?
九州説や東遷説がボロボロになって、罵倒を繰り返すしか手立てがなくなっていく様が丸分かりで面白いぞ。

151 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 20:32:04
>>150
君自身が何故東遷説が成り立たないかをここで言うのが一番手っ取り早いと思うんだけど
どうもここの連中はいちいち面倒くさい奴が多いと思う
もっと肩肘張らずに普通にできんのか?

152 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:32:43
>146 kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM
>魏志倭人伝の証言の元になったものは来ていたの?

あまり甘えるなよドカスw

まあ「魏志倭人伝の証言の元」と言うのは卑弥呼の下に赴いた魏使による報告を言っているんだろうが

常識の範疇で考えて魏使が卑弥呼の下まで行ったと考えるべきだろうな。

が、その魏使による報告によってあの行程記事が書かれたという保障は何も無い。
その前にそのような報告書があったことすら…

お前は証明できるのかな?wwww

153 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:33:07
俺は東遷説ではないが
罵倒を繰り返して、定期的に壊れ、反日がどうとか
関係ない話題を絡めてくるのは

大抵、畿内説だな。

154 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/22(火) 20:35:01
>魏の答礼使は邪馬台国に来て卑弥呼に直接、金印・証書その他の装封した答礼品を渡したと思う。

残念ではあるが、渡した相手は、女王でなく倭王と書かれている。


155 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:35:34
>>151
書いたら長いんだよ、きちんとした反論がどれだけ手間で時間がかかるか知ってるだろ。
それをご新規キティがやってくるたびにやれとでもwww

肩肘張ってないから過去スレ読むか?って聞いているのだが。
それとも構って欲しいだけか?

156 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:37:06
>>153

畿内説=サヨクの陰謀 論を繰り広げているのが東遷厨@恨み節なわけだがwwwwwwww

ちなみに以前マルクス思想に染まった現在の考古学会を支配しているサヨク学者が死に絶えたら
九州説や東遷説は普通に復権するだろうとも言っていたなwwwwwwwww

157 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 20:38:08
>>152
だからその自分に酔った話し方をやめろ
証拠証拠言ってたら何も始まらないのが歴史学だわな
今確実とされている歴史上の事件だって推測で埋められていったものだ
魏王朝でどの程度使いのものの証言に忠実に書いたかなんて分かるわけが無い
で、結局畿内にまで行った上での記述なのだとしたら、その畿内の記述はどこにあったのか、という話になるわな
纏向遺跡が王宮だというなら、その風土風俗が何故記述されていないのか

それからさっきからずっと無視しているが、畿内より北九州のほうが鉄器にしろ矛にしろ鏡にしろ圧倒的に進んでいるのは何故だ?
首都よりも進んでいる地方なんて聞いたことないわな

158 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:39:00
>>156
↑こんなふうにイデオロギーとかからめてくるのが畿内説だな

159 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 20:39:21
>>155
別に論破してくれなくていいよw
どういう根拠に立って論を展開したのかを知りたいだけだ

160 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:39:44
>>153
てか縦目あたりがイデオロギーという名の釣り針垂らして
入れ食いになるのが大抵九州王朝説と東遷説、つまりここの九州説という認識のほうが正しい。

要するに釣られ易いんだよ、だから縦目に遊ばれる。

161 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:39:51
>>154
倭国は首長国連邦国であり、この場合の倭国王=倭王=卑弥呼だ。
一方で卑弥呼は小国である邪馬壱国=女王国の首長でもあった。
小国と小国連邦との二重構造を理解すべし。

162 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:41:44
>>156
いや、思想に関係なく、畿内派閥&畿内利権の側でないと食っていけないというだけだ。
だからプロの学者ほ畿内説に転向する。

163 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:42:12
>>159
だからそれを書いてあるものをうpするって言ってるわけだが
そしてこちらは何度も書くのはめんどくさいからそれ読めとも言っている。
読んで納得してから、またのお越しをってことだ。

どこにうpする?ロダを指定して。

164 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 20:42:40
>>161
横から失礼だけど、小国とやらの邪馬壱国は邪馬台国とは別の国と認識してるの?
それから、北九州の方が明らかに近畿より進んでいることについてはどう考えているの?

165 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:42:51
畿内説でないと食っていけないので、
詐欺でも神の手でも何でもやる羽目になるのが、畿内説。

166 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:43:23
>>151
>君自身が何故東遷説が成り立たないかをここで言うのが一番手っ取り早いと思うんだけど


今度は、集中砲火が怖くて、さも「東遷説ではございません」とかって逃げるのかね?
それでもいいから、どう東遷説と違うのか、簡単に語ってもらおうか。




167 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 20:44:33
>>163
過去スレって読めるの?
じゃ、お願いするわ
ロダ?良く分からん

168 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:44:41
>>162
まあこういうふうに陰謀論に頼るしかなくなったのが、ここの九州説だ。
派閥や利権があるのなら、なぜ次々と旧説否定がでるのかすら考えられなくなっている。

169 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:45:25
>>164
山ゐ国=邪馬壱国が時代を経て、山大ゐ国=邪馬台国になっただけだが。
かつても日本が、大日本帝国になったりしたよね。
九州のほうが圧倒的に先進的だったから、中国と国交していたけど、それがどうかしたの?

170 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:46:33
>>167
読めるの?って・・・おいwwwPC初心者かよwwww
心配するなHTMLであげてやるからちょっと待つように。

171 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:46:53
いずれ倭人伝が書かれたのは280年代と考えられ、伊都国に常駐していたという郡使、泰始初(266)までの朝貢時の
聞き取りその他を総合して書いたとも考えられる。魏使の行程を辿って倭人伝を読む・・・というのはロマンがあるが、むろ
ん魏使の報告書があったなどという確証はない。ただし魏帝証書は全文引用なので、魏朝の記録が晋代まで継承されて
いたのだろう。だから、文書記録があるなら邪馬台国の記述にしてももう少し具体的であってもよさそうなものだが。

172 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:47:21
>>168
詐欺も長年やっていると、考古学と矛盾するし、国民も詐欺に気がつくから、
畿内説はときどき説を買えるよね、三角縁神獣鏡舶載説などはもう捨てたよね。

173 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 20:49:38
>>169
いまいち君の史観が見えてこない

・邪馬台国とは首長国連邦である
・九州の方が圧倒的に先進国
・でも北九州のやまい国は小国
・その小国の女酋長が邪馬台国連邦の長を勤める
・卑弥呼はつまり北九州小国の女王であるが、連邦の長になったので畿内にやってきた

これでいいかな?

174 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:54:07
>>173

回答

・邪馬台国とは首長国連邦の一小国で、かつて邪馬壱国という名で、連邦の宗主国を永くやった
・九州の方が圧倒的に先進国
・でも北九州のやまい国は小国だが、宗主国として君臨した
・その小国邪馬壱国の女酋長が倭国=首長国連邦の宗主国の首長を勤める
・卑弥呼はつまり北九州小国の女王であるが、連邦の宗主国首長になり、死ぬまで九州にいた

175 :初回サービスはこの辺あたりまでwww:2010/06/22(火) 20:54:08
>>157 kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM
>それからさっきからずっと無視しているが、畿内より北九州のほうが鉄器にしろ矛にしろ鏡にしろ圧倒的に進んでいるのは何故だ?

先ず威信財の鏡については
畿内説の場合、九州以東に濃い分布を見せるようになる画文以降の時代を当ている。

鉄器についてはそもそも古墳時代初期においても絶対量では九州のほうが優位で
鉄の普及=王権の発生条件 と言うような考え方が疑問視されているのが現在の趨勢。

…質問の内容があまりにも外出、あまりにも低レベル。

俺でなくとも畿内説の人間ならウンザリしているだろうよwww

過去ログ読んで出直して来いドカスwwwwwww

176 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 20:54:47
邪馬台国が連邦国だったなら、何でわざわざ最も先進的な北九州から
最も離れた場所を首都にしたのか全くもって理解できん

177 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:57:19
>>176
だから卑弥呼も壱与も、東遷などしたことはない。
小集団で東移住したのは神武。
倭国の首都機能を東遷したのは天武。

178 :ローガン:2010/06/22(火) 20:57:39
>>171
>魏使の行程を辿って倭人伝を読む・・・というのはロマンがあるが、

そうですね。

>文書記録があるなら邪馬台国の記述にしてももう少し具体的であってもよさそうなものだが。

文章量としては結構多いでしょう。あれこれ考えれて楽しいですよ。

179 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:59:36
神武東征については確定的なことはいえないが、乾湿性の耳垢遺伝子の研究などから近畿地方には多くの渡来人の
流入があったと考えられ、それまで支配的であった東北由来の縄文文化を一掃した記憶が残っているとも考えられる。
また記紀編纂時はヤマト王権が隼人対策に苦慮していた時期であり、

>隼人の神話を取り込んだうえで、隼人を朝廷に服属させることを正当化するための造作を加えたものが記紀の日向
  神話。そこには記紀編さん時の、南九州、南島の領域化という朝廷の政治的関心、意図が強く反映している。

という地元の隼人研究の第一人者、中村明蔵氏の見解もある。

180 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 20:59:57
>kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM

http://www.csync.net/service/file/view.cgi?id=1277207670

解答パスは[yamatai]

もし直リン不可ならば
http://www.csync.net/service/file/index.html
ここからファイル名「ドン来い#70-75.zip」をダウソ

ついでにマキムク過去スレをふたつ入れておいたので
現代の畿内説というか「緩やかな交易連合説(初期ヤマト連合説)」についても勉強しておいてくれ。

これを読んで咀嚼した上での質問なら受け付ける。

181 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:01:18
神武は少人数で移住しただけであって、その他たくさん集まった集団のうちの一つだ。
神武が畿内全域を支配したことなど、一度もない。

182 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:02:08
>>180
しかし、すげー親切だなおまいw

昔の2ちゃんねるなら「過去ログ読んでこい」の一言で終わりだったんだがwwww

183 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 21:02:16
>>175
>鉄の普及=王権の発生条件 と言うような考え方が疑問視されているのが現在の趨勢。

???
つまり「邪馬台国であるはずの畿内で鉄器が見つからないのに九州で見つかると言うことは、
鉄が見つかることは大して重要なことではない」という考え方から着てるわけ?
完全にあべこべじゃん
それとも邪馬台国論争とは関係無しに、歴史学界の全体が最近になって「鉄と王権の発生条件は関連が無い」となってるわけ?

いずれにせよ、「王権の発生条件」と「先進国家の条件」とはだいぶズレがあると思うんだけどね

それから鉄を抜きにしても、銅矛の数においても圧倒的に北九州が多いんだけど?

184 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:03:27
>>183

なんで、こそこそ逃げ回ってるのかな?

東遷説のくせに「天照大神と卑弥呼は関係ない」などという欺瞞は許さんと言っておるだろ。

この反日売国奴の欺瞞野郎が。

いいから、早く、
「おれ、反日売国奴なんだけど、卑弥呼が天照大神で、中国に朝貢して、東遷して天皇家になんたんだと思うよ。何か文句ある?」
と、宣言したまえ。



185 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:03:54
九州が圧勝に決まってるな。
後進地域で武器もない畿内など、九州に太刀打ちできないよ。

186 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 21:04:24
もし邪馬台国=大和朝廷なら大和朝廷が邪馬台国を併合したはずなので後進国家の畿内が邪馬台国というのはおかしいし、
邪馬台国≠大和朝廷にしても、畿内はもちろん、邪馬台国を凌ぐ勢力の痕跡がどこにあったの?と言う話になる
(邪馬台国=畿内だが大和朝廷は北九州!とか言い出したら面白いがw)

187 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:05:28
鉄、鏡、銅矛、絹、が九州優位か
それで、本当に畿内が九州を支配できるのか?

まあ、どちらにしても畿内−九州 大戦争の痕跡が
見あたらないことが、一筋縄ではいかない問題だが。

188 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:05:46
>>182
いやもう、話のループにうんざりなんだわ。
>>183を読んでもわかるだろうが、鉄の有意性ひとつ取っても、散々繰り返し説明してきたことだし
何よりも初心者が一番陥りやすい間違いなんだよね。

初心者用にテンプレとリンク集でも作ろうかと思ってるくらい、うんざりしてる。

189 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 21:07:07
>>188
Wiki作ればいいじゃん
荒れるっていうなら畿内説用と北九州説用の二つ作ればよい

190 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:08:10
邪馬台国は戸数7万余の大国だ。九州の面積の約1/5を占めるくらいの版図だな。九州中部(熊本県中北部、宮崎県中北部)
がいいところだ。

191 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:08:41
>何でわざわざ最も先進的な北九州から最も離れた場所を首都にしたのか全くもって理解できん

これは、当時の最大の関心事が食料であったことに由来すると考えられる。瀬戸内の勢力が近江、東海の勢力と結ぶには
大和盆地は適地であり、大和川水系を利用しての交通の利便もあった。天候に左右される水稲耕作にあって、東国は大きな
食料供給地でありこの力を軽んじてはならないと思う。確かに鉄製品は便利だが、鉄製農具が飛躍的に収穫量を伸ばすわけ
ではなく、また鉄製武器にしても、弥生後期にあって長躯遠征しての戦闘などは到底不可能と考えられる。

192 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:08:43
>>183
>つまり「邪馬台国であるはずの畿内で鉄器が見つからないのに九州で見つかると言うことは、
>鉄が見つかることは大して重要なことではない」という考え方から着てるわけ?

そう、それが主流の考え方。個人の意見ではない。なので

>それとも邪馬台国論争とは関係無しに、歴史学界の全体が最近になって「鉄と王権の発生条件は関連が無い」となってるわけ

まさにその通り。

193 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 21:08:50
>>187
俺の説では畿内勢力=出雲勢力なので、国譲り神話と言うカタチで痕跡が残っている

194 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:10:30
>>186
旧唐書に、その辺のことが一部書いてある。
7世紀には、戦争ばかりやっていた九州政権が疲弊し、逆に畿内政権は国力を付けていった。
難波京などは相当繁栄していたと思う。
九州政権の天武が、畿内政権を乗っ取ってしまうという事件(壬申の乱)が起きて、
天武は九州政権の首都を、畿内に移転してしまった。
半世紀後、畿内政権系の連中が、九州政権の血統を追放してしまった(静かな革命)。

さあこの一連の事件、これはどちらの国、どちらを併合したとも言い難い。

195 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:10:41
>>189
で、落としたのか?
あげてくれっていうのでわざわざ手間かけたのだが。
あとは読んでから書いてくれ。

196 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:13:24
>>188
まあそう言ったボランティア精神は尊重するがw
あまり効果は期待できないと思うwwww

それを読んで納得できるアタマを持っている奴は
最初から自力でその答えに辿り着いているだろうし

ここに意気軒昂に乗り込んでくる馬鹿はそれを読んでも理解しないだろうwwwwwww

197 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 21:14:33
正直畿内説論者の説は昔から畿内が中心だと言い張りたいがために無理やりこじつけてるようにしか見えないな
大体畿内説論者の間ですら論が一致してないじゃん
散々九州説をトンデモだの言うことがあれこれ変わるだの言っておいてさ
邪馬台国首長国連邦だのと言い出したかと思えば、今度は九州政権の乗っ取り?
邪馬台国の証言者は畿内に行ったと言い出したと思ったら、卑弥呼は北九州に留まっていただの・・・
古代の中心は北九州なのか大和なのか、いい加減はっきりしてくれ^^

198 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:15:39
祭祀用の銅矛は確かに北部九州に多いが、弥生から古墳時代にかけて広まっているわけでもなくむしろその祭祀は衰退して
いる。全国的に広まったのはもちろん前方後円墳の祭祀であり、この時代を新しいものにするか、あるいは前方後円墳の九州
発生を説くかしない限り九州説は苦しいだろう。銅鐸祭祀の終焉についても、この前方後円墳の祭祀に切り替わったで、何の問
題もないだろう。集落共同体の祭祀から、首長霊という個人崇拝に信仰形態が変化したということで十分説明がつく。

199 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:16:04
>>196
テンプレ作ったら、もう>>○○嫁ですべて解答してやろうかなと思ってるんだが、効果薄いかな?
流石に同じネタのループは飽きた。

200 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:16:10
>>197
九州政権の乗っ取りじゃなくて、畿内政権の乗っ取り。
邪馬台国は九州。畿内国はその衛星国。

201 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:17:31
古墳を根拠に邪馬台国の場所を語るやつは、まず詐欺と考えてよい。
そのほとんどは、畿内説だがw

202 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:18:50
>>197

なんで、こそこそ逃げ回ってるのかな?

よほど、図星なのか、痛いところを突かれてるのか、
とにかく、お茶を濁して逃げ切りたいようだな?


東遷説のくせに「天照大神と卑弥呼は関係ない」などという欺瞞は許さんと言っておるだろ。

この反日売国奴の欺瞞野郎が。

いいから、早く、
「おれ、反日売国奴なんだけど、卑弥呼が天照大神で、中国に朝貢して、東遷して天皇家になんたんだと思うよ。何か文句ある?」
と、宣言したまえ。



203 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:20:34
魏志倭人伝に出てくる邪馬台国の風土・気候・産物は、
少なくとも畿内でないことは確かだ。

204 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:21:20
>>197
九州説も一致していないだろ?
てか九州政権の乗っ取りやら畿内が鉄ルートを奪取したやらの畿内説ってのはもう古いんだよ。
それこそ文献の南を東に読み変える時代くらい、考え方が古い。

まあここは九州王朝やら東遷やら東征やらの、古い九州説ばかりで
全く時代に追いついていないからお似合いかもしれないが。

では現代の主流説は何かというのが「緩やかな交易連合説」なんだわ。
そのあたりはマキムク過去スレ読んで概要を把握してくれ。

205 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:22:47
中国が、後進国(というか国ですらない感じだが)の畿内と国交を結んで
得られるメリットなど何もない。

九州邪馬台国なら、強敵呉国との対抗上、非常に有意義だが。

206 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:24:00
>>204
畿内説で生き残っている説など、一つもないんだよ。

207 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:24:01
>>197 kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM
>今度は九州政権の乗っ取り?

あ、それ「九州王朝説」だからなw

そもそもお前の考えている東遷説じゃあ銅鏡も鉄器も矛も…全てが一斉に
九州から畿内へシフトしなければならないのだがwww

そんな事は到底無理、(邪馬台国論争なんてレベルを超えて)リアルでそんな事を主張している学者を知らないw

まあゼロから勉強しなおしておいでwwwww

208 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:24:15
ちなみに>>202みたいに、同じ事をどれほど無視しても延々書き続ける等質が粘着しているのもこのスレの特徴。
>>7>>23を参照の事。

209 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:25:38
銅鐸生産の終了ー畿内の環濠集落の衰退・廃棄ー早期前方後円墳の発生、これらのことはリンクしており、社会段階が1レベル
進化したのだと思う。これはもちろん東遷などによるものではなく、交易拠点どうしのゆるやかな連合により、各地の文化が融合さ
れた結果と考える。それは早期前方後円墳の各地葬制の集合により見て取ることができるのではないか。東遷説は、三種の神器
の副葬をその根拠とする場合が多いが、早期古墳に見る特殊器台などは、大和入りの前に吉備を取り込んだとでもしなければ説明
不可能だろう。

210 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:30:31
>銅鐸祭祀の終焉についても、この前方後円墳の祭祀に切り替わったで、何の問 題もないだろう。
>集落共同体の祭祀から、首長霊という個人崇拝に信仰形態が変化したということで十分説明がつく。

信仰というものはなかなか変わり難いものだよ。よほどの事が無い限り変わらんね。社会体制が大きく
変わったとしか考えられんだろ。ユルフン連合で何ができるのだ?話にならん。

211 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:31:46
ありもしない、「ゆるやかな連合」を前提にしないと成り立たない説は、
詐欺としか言いようがないな。

212 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:35:06
>>209
集合→習合

邪馬台国時代の鏡は画文帯神獣鏡と考えられる。この分布から、鏡は半島から北部九州を経由して畿内に伝わったものであ
ろう。これは公孫氏の時代であり、ヤマトを中心とする「ゆるやかな連合」が、後漢の衰退と運命を共にした伊都国を中心とする
北部九州勢力に対し、いちはやく公孫氏と手を結んだためと考えられる。

「ゆるやかな連合」は、軍事力ではなく半島からの圧力により北部九州を統属したと考える。むろんこのあたりは根拠の出しよう
がない推論ではあるが、東遷にしても状況証拠しかないのは同じ。そして北部九州には、近畿由来の庄内土器が流入してゆく。
これがあまり苦しいので、安本は庄内の九州発生を唱えたが、これには多くの九州の考古学者もあきれ果てた。

213 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:37:14
>>208

おまえにとっても、相当都合が悪い話なようだな。

この反日売国奴の欺瞞野郎が。

いいから、早く、
「おれ、反日売国奴なんだけど、卑弥呼が天照大神で、中国に朝貢して、東遷して天皇家になんたんだと思うよ。何か文句ある?」
と、宣言したまえ。


214 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:37:53
>>210
ではなぜ銅矛祭祀の地に前方後円墳ができるのか説明してもらおうか?お前の理解力がないのも、根拠のあるレスが
できないのも知ってて言ってるんだが。ww 力がないのにムリに参加しようとしてもどうにもならないだろうが。www

215 :sss:2010/06/22(火) 21:40:57
ものすごくスレが進んでいるな。
>>202
天照大神が朝貢しても別に何の不都合もない。
古代はそういう時代だったことがわかるし、朝貢したことが事実だとしても、
それでその後の歴史が影響を受けることは全くない。

後漢書に、「桓帝の延憙九年(166年)に大秦国王の安敦が遣わした使者が
象牙・犀角・玳瑁を献上した」との記録がある。
大秦国はローマ帝国。安敦はローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌス
とみられている。

日本だって、別に征服されたわけじゃないし、朝貢といっても挨拶程度と
考えれば、目くじら立てるほどのこともない。

216 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/22(火) 21:41:05
>中国が畿内と国交を結んで得られるメリットなど何もない。

従順な倭人は東夷軍の主流として323年迄存在する。


217 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:41:26
>後漢の衰退と運命を共にした伊都国を中心とする 北部九州勢力に対し、

アホか?伊都国の誰が後漢から金印を貰ったり倭国王と認められたりしたのだ?

218 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:44:46
>>215
SSS氏は、
反日売国奴と認めたようだな。

それじゃあ、さっそく伊勢神宮にいって、
「ここの神様は、もとは九州の卑弥呼で中国に朝貢して臣下になった」と、
ビラでも配って来い。

中国人観光客は大喜びだろうな。ヒーローになれるぜ。よかったな。

おまえの好きな東遷説も世に広まるぞ。
いいことばっかりじゃないか。ぜひやってくれ。
こんな掲示板でぐだぐだ言ってんじゃねえよ。




219 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:45:11
まあ北部・東部九州の早期前方後円墳について言えば、銅矛などの祭祀を共有していた四国南部が、「ゆるやかな連合」入り
を仲介した可能性は高い。また、山陰・北陸の勢力に関しては吉備の仲介も考えられる。いちいち根拠は出してはいられないが
興味があったら調べてみればよい。いずれにしても上レスしたように交易は当時倭国の血であり、この血流が止まることはその
部位が壊死することであった。この流れは単に九州島内に収まるものではないし、むしろ九州は積極的に連合に参加したかった
だろう。南九州でも、生目の勢力などは早くに連合に参加した。たくさんの部族が割拠する中でそれが集団の利益になったから。


220 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:46:10
>>216
畿内人が中国軍に仕えたことなど一度もない。

221 :sss:2010/06/22(火) 21:47:21
>>218
アホか。皇室の歴史書である記紀を完全に無視して、天皇をどこの馬の骨か
わからない出自に仕立て上げることがよっぽどおかしいと思わないか。

222 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:50:20
>>214
九州王権かどこからか、邪教禁止令(銅鐸禁止)が出たんだろう。
その代わりに兵隊訓練として、地方王の死後霊崇拝とセットで、
古墳造営を強要されたのではないだろうか?
でないと、畿内に突然巨大古墳がつくられていく説明にならない。

223 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:50:21
>>217
倭奴国が倭の奴国とは限らないだろうし、これは考古学的知見だ。伊都国、奴国はそれぞれ後漢の下に大陸の文物を受容し、
さらに北部九州の各首長に分与していたと考えられている。


224 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 21:50:58
過去スレを挙げたとかほざいてるがよめねえじゃねえか
ふざけんな

225 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:51:09
>>219
>まあ北部・東部九州の早期前方後円墳について言えば、銅矛などの祭祀を共有していた四国南部が、「ゆるやかな連合」入り
>を仲介した可能性は高い。

具体的な例としては宇佐赤塚が豊予海峡を越えて伝わったものとか?

まあ近年考古学では日本海側が注目を集めてきているんだろうが
太平洋側ってのも色々見直されるかもしれんねwwww

226 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:51:34
>>219
ありもしない、ゆるやかな連合論を使って、詐欺を説明するの、止めてくれる?

227 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 21:52:29
>>222
北九州は昔から銅鐸なんて使わなかった
使っていたのは出雲や畿内であるが、彼らがそれをやめたのは出雲の国譲りがあったから

228 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:54:46
>いずれにしても上レスしたように交易は当時倭国の血であり、この血流が止まることはその
>部位が壊死することであった。

こんなことが言える根拠は何だ?各地で交易が行われていたことは考え得ることだが、連合(?)まで
して交易しなければならない理由があるのか?運搬手段を持つ交易商人が居たということで説明できる
だろが。

229 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 21:56:02
>>227
出雲での銅鐸放棄の時代が遅いので、それはない。

230 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/22(火) 21:58:42
>出雲の国譲りがあったから

193年崇神6年から同8年の出来事である。
これにより大物主は振根となり、九州の治世も関与していたが、殺されたことにより
九州は終息の付かない状態となる。


231 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 22:01:15
俺の説まとめ

#1 南方系やら北方系やらが色々日本に来る 縄文人
#2 本州にシュメール系のスサノオがやってくる 民は縄文人だが王族はペルシア・秦氏
#3 シュメール系文化は狩猟文化で、同時に銅鐸文化圏として中国地方から畿内に広がる
#4 北九州にミャオ族がやってくる 稲作の伝来
#5 北九州は半島を通して大陸の技術を学び力をつけていく 邪馬台国をなす
#6 卑弥呼の時代(267年あたり)に日蝕がある それがきっかけで卑弥呼ころされる 大乱が起こる
#7 五十年くらいして神武天皇誕生 東征し、奈良に都を移す この東征は記紀より長期的なスパンをかけたものだろう
#8 この東征は出雲の国譲りと同じ時期である可能性が高い
#9 シュメール系とミャオ族系でタッグを組む つまり神武天皇とタタラ姫の結婚
#9 本州西部を制圧完了 様々な文化を集めて纏向遺跡を作る
#10 北九州文化の影響で銅鐸文化は消滅
#11 狩猟文化の代わりとして稲作を広める 同時に太陽信仰が広まる
#12 太陽信仰のシンボルとして、五十年前に死んだ卑弥呼に白羽の矢が立つ
#13 卑弥呼の墓が作られる 箸墓古墳と同じかは不明 ともかくこうして前方後円墳勢力が始まる

232 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:01:28
>>223
伊都国は三国志の東夷伝に初めて出て来る。それも戸数僅か千の小国だ。伊都国と後漢のつながりなど
どの史書にも書かれていない。もしかして君は前原の遺跡を伊都国のものとでも思っているのか?

233 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:03:41
>>232
ザワザワ。いやね、縄文人よ、キモイー。

234 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 22:03:44
>>229
出雲勢力圏=出雲ではない
銅鐸の出土を見れば分かるが、
* 兵庫県 56点
* 島根県 54点
* 徳島県 42点
* 滋賀県 41点
* 和歌山県 41点

と、決して島根県に留まらない
つまり出雲は飽くまで痴呆であり、むしろ畿内がオオクニヌシ王国の首都だった
出雲族と俺が呼んでいるのはただ単にオオクニヌシが出雲に祀られたから

>>230
出雲の国譲りがその時代だったというソースは?


235 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:05:12
>>231
ええと、創作アニメのシナリオですか?

236 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:07:05
>>234
銅鐸は、日本海側から放棄されたのではなく、畿内から先に放棄されたので、
ストーリーに無理がある。

237 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 22:07:07
>>235
批判したいならきちんと論じたまえ!

238 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 22:07:56
>>236
ん?
だから首都となった奈良でより太陽信仰が根付き、それがどんどん各地に広がっていったと言っているのだが?

239 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:09:22
>>233
なんだこのやろ〜 気持ち悪いしゃべりをしやがって。てめ〜 皮剥いで塩漬けにするぞ〜

240 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:10:15
>>224
はあ?今確認したが全く問題ないぞ。
解凍パスyamataiは入れたか?
あとはダブルクリックで勝手にプラウザ立ち上がるだろ。
もしプラウザの関係ならIEでやってみ

241 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:10:50
>>238
国譲りを強要されたばあい、出雲テリトリーの最果てたる畿内から放棄させた、
そのメカニズムの説明がつかない。

242 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:12:37
交易については、各集落内に鍛冶工房などもあり有る程度の自給はできていただろうが、南海のゴボウラやイモガイの加工
品や、新潟県糸魚川産のヒスイなど特産があり、それを食料と変えることは集落の存続に対しきわめて有利だっただろう。ま
た、交易によって拠点集落同士が徐々に結びついていくのだから、そのバンドは当然ゆるやかなものにならざるを得ない。
伊都国に置かれたとされる、一大率は常駐する郡使によりバックアップされていたのではないかな。

243 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:12:46
>>231
この反日売国奴の欺瞞野郎が。

卑弥呼と神武の関係は何なんだ?
都合よくぼやかしているが、おまえのホンネは、
天照大神(卑弥呼)は神武の祖先ということにしたんだろう?

いいから、早く、
「おれ、反日売国奴なんだけど、卑弥呼が天照大神で、中国に朝貢して、東遷して天皇家になんたんだと思うよ。何か文句ある?」
と、宣言したまえ。

天照大神は神武の祖先ではないなら、そう宣言したまえ。

簡単なことだぞ。


244 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 22:13:37
>>240
嘘吐きが

245 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 22:16:13
>>241
だから出雲勢力は銅鐸の数からして畿内が中心だと言ってるんだが???

>>243
>天照大神は神武の祖先ではないなら、そう宣言したまえ。

記紀はもちろん大昔からそういうことになってるだろうがwwwwww
天照≠卑弥呼で揉めるならわかるが天照の子孫は神武じゃないとか意味不明wwwww

246 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:16:15
>>242
それは、異部族の交流であって、連合とはいえない。
ある時は都合よく国家連合とし、ある時は個人的物々交換だとするのは、ダブルスタンダード。

247 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:17:07
>>245
その国は、出雲国と呼ばない。国譲りさせられた国ではない。

248 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/22(火) 22:18:25
>>234
滋賀県は大物主が王宮を置いた土地であり、国譲り後の活動場所が
親(スサノオ)の国出雲である。


249 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:20:51
あとは前にも紹介したが、神武東征は、応神天皇が九州から大和に帰還する際の忍熊王の反乱などを元に創作された
とする説もある。

>鮮半島政策を巡る4世紀末のヤマト政権の内部分裂で、その結果、応神が大王家の正当な後継者である忍熊王を打倒し
 て河内王朝を樹立した。一族が河内大王家の姻族となっているのは、彼らが応神側に加担し勝利に貢献したことを物語っ
 ている。神武東征――初代天皇を日向出身とする伝説も、5世紀の河内王朝の時代に、4世紀末の内乱をモデルに構想さ
 れたものであり、王権を簒奪した河内大王家と諸県君一族が、皇祖はもともと日向出身とすることによって、自らを正当化し
 ようとしたのだ。

これは塚口義信氏の説だが、この河内王朝の樹立により、4世紀まで最大の古墳は生目古墳群に営まれていたのが、5世紀
には西都原古墳群にそれが移動していく。


250 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:22:26
>>244
ははあ、君の構成では読めないんだな。
違う構成に対応できるようにもう一度やってみるわ。

251 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:22:31
>>246
>ある時は個人的物々交換だとするのは、ダブルスタンダード。

個人的物々交換? 誰がそんなこと言ったんだ。www

252 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:23:56
>>180はダウンロードできるぞ。全部に目を通すのは大変だがw

253 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:24:06
>>245
この反日売国奴の欺瞞野郎が。

適当にごまかしてんじゃねえよカス!


卑弥呼と神武の関係は何なんだ?
都合よくぼやかしているが、おまえのホンネは、
天照大神(卑弥呼)は神武の祖先ということにしたんだろう?

いいから、早く、
「おれ、反日売国奴なんだけど、卑弥呼が天照大神で、中国に朝貢して、東遷して天皇家になんたんだと思うよ。何か文句ある?」
と、宣言したまえ。

卑弥呼は神武の血縁ではないなら、そう宣言したまえ。 (←これでいいか?)

簡単なことだぞ。


254 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:26:58
>>245

こうやって、のらりくらり逃げてるってことは、
本人の中じゃ、天照大神=卑弥呼=神武の祖先と認めてるんだろうな。

でも、はっきりとは認めたくないのか?
反日売国奴と自認するのがイヤなのか?
言ってることは、反日売国奴と同じことなんだがな。

SSS氏のほうが、まだ潔い。
こいつはチキンだ。


255 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:27:27
>>251
呉が九州を攻撃しかねず、半島まで攻撃してきている時代、
ありもしない「ゆるやかな国家連合」を想定し、
個人や集落同士の物々交換をもって国家連合と断定するのは無理。

256 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 22:28:18
>>247
勘違いしてるようだが、オオクニヌシは「葦原の中つ国」の主であって、「出雲の国」の主ではない
出雲は飽くまで「オオクニヌシが引退後に祀られた地」でしかない

257 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:29:21
これも横からだが、卑弥呼=天照大神 とするには相当の根拠が必要だろう。日食と天の岩戸神話をめぐる安本説は
有名だが、単にそのようにも解釈できる程度のことで、絶対的な根拠など出しようがない。安本もそれは知ってるだろうし、
ずいぶんもうかっただろう。

258 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 22:31:28
>>257
卑弥呼が超でかい墓を立てられたと言う記述だけで十分すぎるくらいだよ


259 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:32:00
>>256
葦原の中つ国は、宍道湖の国だろう。
で、畿内を他より優先して、銅鐸を放棄させた理由は?

260 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:32:15
>kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM

http://www.csync.net/service/file/view.cgi?id=1277213333

今回はwinrar使用。パス無し。
解凍ソフトは出来ればwinrar推奨。

261 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:33:05
卑弥呼は、天照大神と5世代以上後の人間だね。


262 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 22:33:56
>>260
いちいち解凍だのパスだのあほだの面倒くせんだよ詐欺師が!
テキストにコピペすらはやいだろうが!

263 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 22:35:24
>>261
卑弥呼も神武天皇も記紀に書かれているよりずっと短い期間しか治めていなかったと考えられる
不明七代だかなんだかいうやつは在位十年程度と考えるのが妥当

264 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:35:36
いずれ神話の人物にモデルがいるなどというには相当慎重な姿勢が必要。こう書くとシュリーマンの「トロイア」の例を
持ち出したりするんだろうが、当時からホメロスの「イーリアス」は事実を基にした可能性があるとされ、シュリーマン以外
にも発掘は続けられていた。・・・安本の人生は成功だよな。生きてるうちに決定的な事実は出ないだろうし、ひっかかる
やつが大勢いいる。ww

265 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:37:24
>>253

同じことをうるさいぞ。俺様が代りに答えよう。
2世紀末卑弥呼が倭国王に共立される直前に(倭国乱の最中に)神武は東征に出た。卑弥呼と神武は同族
(邪馬台国の王族:元は帥升系)。卑弥呼は神武より年少ながら神武の叔母にあたる。

ということでどうだ。俺様を売国奴呼ばわりするか? 返事次第じゃただでは済まさんぞ。

266 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 22:38:21
>>264
残念ながら安本氏より説得力のある説を唱えるものが畿内説側にいないし、
それどころか反論すらまともにせずにただありえないありえないと嘯くばかり
反論してみろというと面倒だのなんだのといってはぐらかし、
そのくせこんな質問は説明し飽きただのと嘲笑して突っぱねようとする

論に説得力がないのはもちろんだが、まず態度からして誠意の無いやつらばかりだ

267 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:39:32
>>262
あげろと言いながら、あまえその態度はなんだ。
あげてくれた人に失礼にも程がある。

まさか解凍ソフト持っていないとかのオチじゃないだろうな。

268 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:40:38
>>236
いや銅鐸や銅剣と言った大型青銅祭器によるマツリに決別して
大型首長墓(四隅)によマツリに先にシフトしたのは山陰の方が先
…と言うのが一般的な理解だろう?

故に一大銅鐸文化圏の中心であるヤマトを東遷勢力が滅ぼしたから
各地の銅鐸祭祀が滅んでいくなんてお話は
まあこことかネット上でしかお目にかかれないような与太話wwww

「聞く銅鐸」の終焉と、畿内周辺地域の大型化した「見る銅鐸」の終焉に
そんなストーリーを見るのは今時ここのゴミクズ九州説ぐらいか?wwwwwwww



269 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:41:07
>>266
なんだ安本信者か・・・www

270 :縦目仮面:2010/06/22(火) 22:41:33
>>266
ww だから俺の分身である「口上師」が書いてるだろう。

>ここは歴板のゴミ溜めであり、むき出しのエゴや固執、病的言辞に溢れています。


271 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:43:32
>>262
うp主だが、今確認したが何の問題もないし面倒くさくもないぞ。
むしろ8スレ分ここにコピペであげられた方が面倒だろう。

解凍の仕方や落とし方が分からないのなら教えるが。

272 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:43:37
>>266

とうとう、馬脚を出したな。
ようするに、安本信者ってことじゃねえか。
この反日売国奴は。

>>265
卑弥呼を天照大神と同一視しないなら、貴殿は売国奴ではない。



273 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:44:09
>>268
だったら、西の方から九州勢力が銅鐸勢力を滅ぼして畿内に至ったと考えれば
いいだけの話だ。

274 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:44:32
>>268
おっと、中国地方の古墳と銅鐸消滅を連動させているわけね。
連動してるかなあ?さらに、畿内とは古墳も違うしなあ。

275 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 22:46:05
>>271
今読んでるが2010年4月のデータだあ?
ふざけんな
しかもろくな議論がねえじゃねえか
この頃からずっと煽りあって喧嘩してるだけ
こんなもん読んで理解しろなんざてめえのただの逃げだろうがよ

276 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:46:28
>>271

横からだけど、いただきました。ご苦労様です。

277 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:47:05
>>275
要点をまとめてないのが致命的だよね。

278 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:47:46
>>275
その中から抽出して読むのが2chだろ、アフォか。

279 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:49:35
とりあえず、

kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM
SSS

この両名が安本信者の反日売国奴なのは、わかった。
最初からそう言えばいいのにな。
まだ、1,2名、名無しの反日売国奴が潜んでるようだが、
kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM /SSSの戯言を、ご静聴してるということは、
安本信者なのは確かだろう。




280 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:50:05
何でkaijunokodomoは、畿内説なのに、安本派なわけ?よくわからない。

281 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:50:04
要点を読みたかったらマキムクスレの>>1でいいんじゃね?

282 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:50:05
新しいコテハンバカかと思ったら、縄文人かよw

283 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 22:50:53
>>278
てめえ自身が議論があったかどうかなんてうろ覚えだってのが見え見えなんだが?
大体2010年の4月のデータって時点で「こういう議論は大昔から何度も何度もされていて・・・」なんて言い訳は
大嘘だとわかるわけで
面倒くさいとか言いながらやっぱ逃げてるだけなんじゃねえか

284 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:51:04
なんだ縄文人かよwwwww

285 :sss:2010/06/22(火) 22:52:23
>>257
これは、倭人伝、梁書などの卑弥呼・台与の記述と、記紀における高天原の
天照大神との類似性で十分だろう。

まず、卑弥呼は王であり女性で独身。このような存在からして天照大神以外
に相当する人物はない。

さらに、卑弥呼は、狗奴国との争いで苦労している。使者を帯方郡に送り
援軍を求めたとされる。王頎は、都に赴いて伺いを立てたが、当時の魏の
情勢からそれは無理で、張政が黄幢を持ち、調停にやってきている。
しかし、その頃、卑弥呼は死んでいる。

天照大神は、素戔鳴尊との争いに窮している。いったんは和解したが、
素戔鳴尊は高天原で乱暴の限りを尽くす。天照大神の機織小屋に皮を剥いだ
馬を投げ入れると、ついに天照大神は怒って岩戸に隠れてしまう。

他にも類似点はある。
共に、鏡に縁のあること。台与が王になってからの男王の出現。天照大神が
岩戸を出てからの高皇産霊尊の出現など。

天照大神=卑弥呼+台与は、最も可能性が高い。

286 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 22:52:51
しかしMHTなんちゅういなかくせえファイルで挙げるなんざ終わってるな
俺ならテキスト化して保存して送るね
なんでHTMLにこだわるのか意味不明
しかもIE()でしか読めない形式にするとか嫌がらせでしかない

287 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:53:03
>>283
それ以前もあるが、全部読むというのならうpするぞwww

ちなみに6年前のスレもある。
マキムクスレで俺が抽出した老教授のやつだな。
これも欲しい人がいるならあげるが。

288 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:53:24

■来月にも調査再開 - 纒向遺跡中枢部

奈良新聞 2010年6月22日 
http://www.nara-np.co.jp/20100622102515.html


 卑弥呼の時代に重なる3世紀前半の大型建物跡が見つかった桜井市の纒向遺跡で、中枢部の調査が7月にも再開される。廃材などがのぞく穴を本格的に調査するほか、柵で囲まれた区画の広がりなどを確認する。

 昨年の調査区を市教育委員会が南側に拡張。穴は直径約5メートルに達する可能性もあるが、北端の一部が見えただけで調査は行われていない。
 加工痕のある板材や多数の土器が確認されており、移転時に廃材を捨てたとすれば、建物構造の解明に有力な材料となる。

 纒向遺跡は邪馬台国の有力候補地で、3世紀前半は女王卑弥呼の時代と一致。同後半には中枢部が三輪山寄りに移転したと考えられ…


    記事の詳細は本紙をご覧下さい ⇒ 【 奈良新聞を購読する 】

・纒向遺跡で行われた昨年の発掘調査。写真奥の南側へ調査を広げる=昨年11月、桜井市辻
http://www.nara-np.co.jp/photo/c749d9e85d5d0a9782c3d1243fc0fd48.jpg

289 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:53:25
まあ畿内説の論旨は、詐欺部分を取り除くと、いつも分からない。


290 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:54:37
>>286
君の構成が分からないのでな。
おまけにどうやらPC初心者らしいので、一番手っ取り早い方法にしたのよ。

で、どうするんだ?全部読むのかwww

291 :sss:2010/06/22(火) 22:56:02
>>271
インターネットの掲示板でそういう言い方は卑怯だろう。
これを全部読んでから言いたいことを言えと言っていたら、議論にならない。
短い文章で的確に言い表せないのなら、そんなことは持ち出さないことだな。

292 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:56:02
>>287
他のは結構ですけど、老教授のやつ激しく欲しいです。

293 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:56:03
しかしまあ確かに「邪馬台国の会」は邪馬台国の事に関して網羅的に
初心者にも分かり易く書いてあるので重宝するってのは言えるんだろうなw

かくいう俺だってたまに見るしwww

しかし一種の「詐欺テクニック」と言うか大きな話じゃ「プロパガンダテクニック」と言うか

1から10まである事実の内自説に都合の良い物をチョイスしてあげる。
そしてそれらのデータに基いて普通ならトンデモ扱いされるような説を
さも客観的データに基いて構築されているような説に見せかける

…と言う手法は中々分かりにくいのかもしれんがwwwwww
(挙げてあるデータ事態は嘘じゃないから)


294 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:58:07
>>291
いや過去スレ読みたいっつーからあげたのに、なんか読むのがマンドクセエとかぬかしてるだけ。
本人が読みたいって言ったんだよ。

295 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 22:59:49
>>287
こちらも老教授を希望します。
宜しくお願い致します。

296 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 23:00:02
>>281
それを読んだが、仮に巻向遺跡が1世紀のものだとしたって何の問題も無い
それなら俺は「それは未開なオオクニヌシの作った遺跡だ」というだけだ
畿内が先進地域の北九州に制圧された地であることは明らかである
例えば島根は出雲、出雲大阪は和泉という
これは出雲→出蜘蛛、和泉→出ず巳 であって、いずれも「蝦夷」扱いされていることが分かる
他にも大阪の葛葉は糞袴が語源である
この糞袴は、タカマガハラからきた人がその地の土人を追い詰めたときに、脱糞したからだ
このように畿内は後進地域で、九州に制圧されたが、それに従わないものがたちが蝦夷となって、ときおり反乱をしたのだ

297 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:00:17
>>285
>天照大神の機織小屋に皮を剥いだ馬を投げ入れると

卑弥呼に馬の皮を投げつけた?…ここ笑うトコ?wwwwwwww


298 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:01:22
>>296
正体バレたんだから、帰ったら?

299 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:02:11
安本は「私と一緒に、古代史学界をやっつけましょう」と古田を誘って、きっぱりと断られたことがある。
安本美典が九州説なのはありがたいが、本人がペテン師っぽいから注意しないとな。
実に慎重な論を展開すると思いきや、妙なところでズッコケ論をぶち上げるので、困る。



300 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:03:25
>>292>>295
じゃあ用意するけど、ちょっと時間が欲しい。他に色々用事もあるので。
明日までには同じロダにあげますわ。

301 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:03:55
>>293

中学生なら騙されるだろうが、
大人になれば安本の詐欺的手法に気づくはず。
あんな幼稚な論文に騙されてたら、社会で生きていけない。
すぐいろんな詐欺に引っかかる。

SSS氏なんて、数年間も安本信者してるってことは、
よほど社会と関わりの無い生活をしてるんだろう。
ニートとか。


302 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 23:03:55
>>293
九州北部が圧倒的に先進国である、という簡単な事実をわざわざ捻じ曲げて、
邪馬台国首長国連邦だの珍説奇説を臆面も無く言ってるのはそっちだろうに^^

言ってるデータに嘘は無い?
ああそうだろうなw
そのデータを元にすれば素人でも北九州が邪馬台国だと考える
つまりは自然な発想だということであり、畿内説が理屈を捏ね回さなければならない程証拠に乏しいことの証左だ
(そもそも説明しろといったら「時間がかかるから過去スレ嫁」だからなw)
悔しかったら「読むだけで」畿内説が正しいと思わせるデータを提示してみろ
北九州派は出土物や北九州の先進性、地名の類似などを挙げるだけで十分だ

303 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:06:06
>>285
>これは、倭人伝、梁書などの卑弥呼・台与の記述と、記紀における高天原の天照大神との類似性で十分だろう。

まあ、一般のアマチュア歴史愛好者が2chで書くには十分だろうが、これだと永遠に教科書に載るようなことはないだろ。
ところで、こっちは文系でよくはわからんのだが、この2chの記述は正しいのか?

>天文学者の斎藤国治は、248年9月 5日朝(日本時間。世界時では4日)に北部九州で皆既日食が起こったことを求め、これが
  卑弥呼の死に関係すると唱えた。井沢元彦も『逆説の日本史』でこの説を支持している。さらに、橘高章と安本美典は、247年3
月24日夕方にも北部九州で皆既日食が起こったことを指摘し、247年の日食が原因で卑弥呼が殺され、248年の日食が原因で
男王に代わり壹与が即位したと唱えた。これらの説は、邪馬台国北九州説や卑弥呼・天照大神説と密接に結びついている。

>しかし、現在の正確な計算では、いずれの日食も、邪馬台国の主要な比定地である九州本島や畿内の全域で(欠ける率は大き
  いが)部分日食であり、部分日食は必ずしも希な現象ではないことから、日食と卑弥呼の死の関連性は疑問視されている。


304 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:06:22
>>299

ところがこの板じゃあ「九州王朝説」と「邪馬台国東遷説」がぐっちゃ混ぜになったような
(悪いところどりの)ハイブリッド種が腐るほど発生しちゃっているんだなwwwww

まあ要するに中身は単なる「アンチ畿内説」でしかないわけだがwwwwwww



305 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 23:06:40
>>298
正体がばれたのはそっちのほうだよ
ろくに反論をよこさずに「北九州東遷説はとにかく失笑物」というレッテルだけを貼り続ける奴が多いことが不思議だったが、
ネトウヨちゃんの暴走で東遷説をとれば皇室にとって不合理だということになることを恐れているのだということがよーく分かった

306 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:07:19
>>302
俺は九州説だが、倭国という呼称は連邦国だぞ。
約30国から成る連邦国=倭国のなかに、邪馬台国があるということだ。



307 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:08:05
>>302
>北九州派は出土物や北九州の先進性、地名の類似などを挙げるだけで十分だ

そうだね。
それ以上の考古データを見せても分析も理解もできないよね。

だから大学も出てない君が、
天照大神が卑弥呼で、っていう話しか理解できないってのはわかるよ。


308 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 23:08:23
>>303
へえ、部分日蝕はよくあることなのか
皆既日食はどうなの?
卑弥呼の時代以前だというならどこの国であったと考えられるの?

309 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:08:53
>>304

いやちがう。アンチ詐欺説だ。詐欺説は圧倒的に畿内説が多い。

310 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:09:39
>>305
>ネトウヨちゃんの暴走で東遷説をとれば皇室にとって不合理だということになることを恐れているのだということがよーく分かった

そうだよ、だから東遷説を語るやつは、売国奴だというのだ。

311 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 23:11:10
>>306
こいつらは「邪馬台国は連邦国家で畿内に首都があり、北九州の邪馬壱国が主張になった」ってほざいてんだよ

>>307
だから魏王朝がわざわざ後進国家の畿内と手を結ぶ必要性を説いてごらんよw
これなら大学出てない(言っちゃ悪いがお前のせこい価値観丸出しの恥ずかしいレッテル貼りだなwwwwwww)
俺でも理解できるからさ!

312 :sss:2010/06/22(火) 23:13:13
>>301
安本氏の本はほとんど読んだことはない。というか、人の書いた本を読んだ
ことはあまりないな。
いうなれば、東遷説は、和辻哲郎・井上光貞などから続く邪馬台国論争の王道だろう。
文献を丹念に読んでいくとそこに行き着く。

313 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:13:28
>>302

・出土物
何をもってしてというか何の出土物を根拠にしている?
まさか銅矛やら鉄とかの低レベルの話じゃないだろうな?

・北九州の先進性
弥生後期の先進性は誰もが認めているよ。ところが大きな王権が発生した畿内に北九州の影響がほとんどない。
まさか鏡とかの様式も踏み返しもごっちゃにした話かい?

・地名の類似
それデタラメ。根拠はその説の提示者が間違いに気づいて引っ込めたのに
安本がさらに地名を追加して嘘を強化したもの。
ちなみに九州でも6世紀以降と見られる地名(墨江、住之江など)を3世紀の根拠に持ってくるなど、ちょっと調べればすぐに剥がれるレベルの嘘。

あと日食とかのデータは要らないかwww
安本によると日食が重要なんだろ?

314 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:13:51
>>296
地名など言い出したらきりがないし、記紀の引用も根拠にはならない。
「日本書紀」には伊覩県主の祖五十迹手が八尺瓊、白銅鏡、十握剣のいわゆる三種の神器を仲哀天皇に献上した説話を伝えてる。
書紀は卑弥呼を神功皇后に擬していて、その夫・仲哀天皇の在位は西暦192〜200年。この記述は、卑弥呼共立直前の伊都国王
の服属を表したものといえるんじゃないか。いずれ俺はこんな記述はあてにしないが、三種の神器は「使ってください」と北部九州側が
差し出したことになってる。ww

315 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:14:54
東遷というと、何で九州を捨てて畿内なんぞへ遷ったんだって話になる。
東遷ではなく、東征だよ。九州の勢力が畿内を植民地にしただけってことだ。


316 :sss:2010/06/22(火) 23:17:13
>>303
高天原が真っ暗になったというのを日食に関連付けて考えたことはない。
むしろ、台与が王になると、国中が不服で争いが起こり、千人あまりが
殺された、という戦乱状態を比喩的に表したものだと考えてきた。

伝承が、時間と共に脚色されて日食のような表現になったのかもしれない。

317 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 23:17:45
>>313
あのさ、魏志倭人伝には「鉄が良く出る」「韓・穢・倭これをとる」ともろに書いてあるの^^;
その条件を満たすのは畿内()ではなく北九州なの^^
しょぼい畿内からは銅矛が北九州の数十分の一だけ出てきて、あとは銅鐸しか出てこない
その銅鐸は東遷後真っ先に淘汰されたけどねwwww
分かった?

318 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:17:47
>>302 kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM

じゃあその先進性とやらを表すはずの「銅鏡」と「鉄器」が畿内にその分布の中心が移るのに
(実年代はおいといても)タイムラグがあるのは何故なんだ?て言う話だなアホwwww

そもそも「先進性」って何だって?お話だよw

鉄器で言えば古墳時代がスタートして畿内に大型古墳がバンバン作られるような時代になっても
鉄器量で上回る九州が先進地域。

もっと話し広げりゃ少しでも鉄を使っていた旧大陸の文明なら
鉄を持っていなかった新大陸の古代文明より先進国って話になるwwww

「先進性」の定義についてまともに考えた事はあるか?

致命的なのは国力軍事力を支える基盤は当然人口と言う話になるだろうが
鉄器の分布とリンクした人口推定のデータなんか少なくとも俺は見たことが無いwww





319 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:17:52
>>303 本当ですよ。

安本が日食計算に使用したのは、DOS時代の今から30年近く前のPCソフト。
アスキーの「アストロノーツ」

ところがwindows時代に入ってからのアストロノーツVer.7.0では
その時代の日食はふたつとも日本列島では観測不可だと判明した。
てか95用のアストロノーツの頃には、もう分かっていた話。

320 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:19:14
私のような素人はテレビやなんかで見て何となく邪馬台国は奈良なんだろうなあと思うんですが、
こういうところを見ていると何かにつけ畿内説というのはインチキなんだと勉強になります。
畿内説の人たちは罵倒ばっかりでちゃんと議論しようとしませんし都合の悪いところは無視ですからね。
私の家の近くにある巨大な前方後円墳もおそらく九州あたりから来た王がつくったと考えていいんでしょうね。

321 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 23:20:19
http://yamatai.cside.com/tousennsetu/image/zu7.png
http://yamatai.cside.com/tousennsetu/image/zu8.png

ほらよwこれ見ても偶然だって言い張るなら大したもんだがwwwww

322 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:21:13
つまりは、銅鐸勢力が北九州を支配下に入れたのか、それとも逆に北九州が銅鐸勢力
を支配下に入れたのか、って話だ。銅鐸勢力が北九州を支配下に入れたのならば、北
九州に銅鐸がばらまかれていたはずだ。北九州が畿内を支配下に入れたから、銅鏡が
ばらまかれたんだよ。分かる?

323 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/22(火) 23:23:06
>「韓・穢・倭これをとる」ともろに書いてあるの^^;
その条件を満たすのは畿内()ではなく北九州なの^^

この条件を満たすのは任那を持った畿内ヤマトです。


324 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:23:14
>>322
銅矛、甕棺は?

325 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:23:46
>>321
偶然ではなく、似ているものを膨大な地名から安本が恣意的に集めて「似てるでしょwww」とやった単なる嘘。

その嘘をまた嘘で塗り固めるために、後世の地名も追加している。

さらにその嘘をまた嘘で上書き・・・・・・・この繰り返し。

326 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:24:25
>>321


なんで、ヤマトから九州に地名が移ったと思わんの?

文献上、ヤマトは九州に大宰府を置いてるし、多くの役人や東国人を九州に送ってるわけだが。

いっても無駄だけど、他の人のために。

327 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:25:10
>>321
てかそのふたつの図形が似ているとする感性がふしぎwww

328 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 23:25:14
>>318
現実逃避したいのかしらんけど一人で勝手に論点を広げないでくれるかな?
俺は先進性なんて問題にしてない
魏志倭人伝には「鉄がよく出る」とある以上、鉄器がほとんど出ない畿内はありえないと言ってるんだよ^^
更に言えば、韓や穢といった南部朝鮮の民族が地理的に遠い畿内にいるというのもおかしいw
明らかに朝鮮半島と縁が強いのは北九州だ
縄文時代のころから北九州の倭人が住んでるw

329 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:25:24
水間〜三潴は偶然だねw

330 :sss:2010/06/22(火) 23:26:08
>>320
当たっているかも。纏向がどうして邪馬台国なのか。箸墓がどうして卑弥呼の
墓なのか。ゆるやかな連合とかなんかなのか。
こういう一番肝心なことを答えてくれない。
根拠を示さずに、当たり前のように語っている。

331 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:26:21
>>324
>銅矛、甕棺は?
銅矛、甕棺勢力と非銅矛・甕棺勢力とが争って、非銅矛・甕棺勢力が勝ったってこと
だろうね。







332 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:26:29
このリンクには過去日食の一例が載ってる。 http://star.gs/njkako/njkako.htm あとはステラナビゲータをダウンロードして自分で
研究。地名や神社は、実は記紀が出てから記紀の記述に従って後付けで作られたものも多い。それに例えば、神功紀で、皇后が
「珍しい魚だ」と言ったので、めずらが訛ってまつら(末盧国)になったとか、到底信用できないまさに地名譚。「糞袴」とかも同じ。

333 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:27:10
残念>>320は自演ですから。

334 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:28:57
>>301

まあ騙される方にも問題があって
それは単に情報弱者ゆえに被害にあった…と言うより

もっと積極的に「そう言うものを信じたい」と言う欲求があるんだろうなw

故に一度読んで「我が意を得たり」と心酔すると
その後以下にそれを批判した意見を見ても
馬耳東風になってしまうとwwwwww

ある意味需要と供給のバランスが取れているとも言えるか?wwwwwwwww

335 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 23:29:08
>>323
>この条件を満たすのは任那を持った畿内ヤマトです。

だから任那をもっていた「ヤマト」は邪馬台国のことなんだよwwww
そしてそれは北九州なの^^;

>>325
具体的にこの画像のどこが後世の名前なのか言ってみ?
夜須川なんてもろに天安河原だと思うがねえw

336 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:29:08
>>332
ごめん、winndowsになってからはアストロノーツじゃなくステラナビゲータに統一したんだったね。

337 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 23:30:48
>>332
何を根拠に信頼できないの?w
糞袴は地元の人にも伝わってる有名な話ですが
信じたくないだけだろうにw

338 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:31:17
>>335 >>313に書いてるぞ。
まさか墨江や住吉を3世紀とか言わないよな。

339 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 23:34:02
天岩戸神社も天の安川も高千穂にあるし、神話でも高千穂こそ天孫降臨の地ともろにあるのに
それでもなお畿内説論者は北九州が邪馬台国だと認めたくないらしいw

340 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:34:41
大和高田と筑前高田とかwww
そんなら高田が入ってたら日本全国アリだな。

341 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:35:58
>>339
で、肝心の邪馬台国はどの遺跡なんだ?

もしかして、まだ地中深く眠っているとかいうありがちなオチ?

342 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 23:37:47
>>338
知るわけねーだろ
異説を述べるならお前が根拠をもってこい
ちなみに墨江については墨江の乱というのがあったはず
これは三世紀ではないが六世紀なんてものではなく、
三世紀を生きた仁徳天皇が死んで直後の乱だ
古から墨江と呼ばれていたに決まってる

343 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:37:49
>>321
あとはその地名の類似というのは、はじめて見れば不思議でころっといっちゃうんだなあ。まあ完全に偶然ではないとは思う。
例えば福岡の地名由来は、黒田長政が出身地の岡山県福岡庄を偲んで取って付けたように、大宰府の官人が奈良を偲んで
付けたものであっても不思議はない。ww 地名の新古は地理学では決定できない。ww

344 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:39:41
神話から史実を語るってのは、素人は面白いけど、
所詮、おあそびの域を出ないんだよなあ。

九州説の人たちが必死に持論を述べてるけど、
じゃあ、そのすごい発見を論文にしてどこかで発表するなり歴史雑誌に投稿してみればいいじゃない?


全く相手にされないと思うけど。

季刊「邪馬台国」なら採用されるかもだけどな。
それすら保障はできん。



345 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/22(火) 23:40:16
あらあら 任那の建国は九州ですか。
もし九州王朝が任那を支配していれば、乱の発生は無かったのにね。


346 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:40:16
北九州に着いてから水行十日とか陸行一月とか北九州説は無理すぎ。距離や方角は曖昧で当然。しかし日数はあまり間違えない。
北九州からそれだけの日数の所にあるんだよ。
したがって北九州説は無理。
遺跡も出ないしね。
鉄も産してないし。

347 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:40:34
>>342
異説を述べているのは君のほうだよwww
俺らは異説に対し、通説を示しているだけ。

しかし・・・

>三世紀を生きた仁徳天皇が死んで直後の乱だ

笑うしかないなwww
じゃあ大仙築造は3世紀かよ。

348 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:41:13
>糞袴は地元の人にも伝わってる有名な話ですが信じたくないだけだろうにw

地元の人には記紀に書いてた話が伝わってるんだろ。ww バカだろお前。マジレスしてた俺もバカだが。www

349 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 23:41:34
>>341
吉野ヶ里遺跡じゃねえの!?
>>343
そりゃぽつぽつと地名が似てるところはあるだろうよ
が、ここまでセットになって類似している例がざらにあるってなら、是非見せてもらおうじゃないか

例えば二つの画像で共通している
・春日
・三笠山
・天瀬
・香具山
・笠置山

これらの地名が並ぶ日本の場所を示してくれ^^

350 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:41:57
>>328 kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM
>俺は先進性なんて問題にしてない

やれやれ自分が持ち出した「先進性」について突っ込まれたら
知らぬ顔してトンズラか…まあここのゴミ九州説で慣れているがw

>>302
>九州北部が圧倒的に先進国である、という簡単な事実をわざわざ捻じ曲げて、
>邪馬台国首長国連邦だの珍説奇説を臆面も無く言ってるのはそっちだろうに^^

ここまでこのアホの理屈は「九州は先進国よって邪馬台国もそこにあった」と言う話で
その先進性を示すのが「銅鏡」であり「鉄器」であるわけで

首都移転に伴ってはそれらが一斉に畿内へ移されなければ話の筋が通らないw

まあ「鉄」や「鏡」で先進性を説きそこに邪馬台国を見るという理屈と
「東遷説」は両立しえないって話だなw

アホはご苦労さん♪とwwwwwwwwww




351 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/22(火) 23:42:37
水行十日と陸行一月あれば畿内大和から帯方郡へ行き着く。
これが当時の移動速度です。


352 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 23:44:03
>>347
ほらよ つhttp://www.city.matsubara.osaka.jp/10,946,53,267.html

>>348
だからそれを「信じたくない」から信じないんだろうに^^;

353 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:44:22
SSS氏も、もう何年も東遷説一本で持論を固めてるんだろ?

だったら、そろそろ潮時じゃないか。
サガミハラハラみたいに自費出版するなりすれば?
ここで持論を披露しても賛同者は少ないし、君に有益な情報も得られないだろ。

一回くらい、論文をきちんと書いて、どこかに投稿してみなよ。
そこまでの意欲があるならだけど。



354 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 23:45:18
>>350

>>328の二行目から先が全く見えてないの?^^;
驚いた
これがリアル現実逃避か

355 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:46:47
>>349

吉野ヶ里wwwwwwwww

いやはや、安本先生涙目だな。

で、なんで吉野ヶ里が邪馬台国なのに、甘木中心の地名の類似が出てくるの?

ところで、なかなかいい地名を抽出してくれたね。
このうち春日、三笠山、香具山、笠置山なんかは安土桃山以降に九州ではつけられたものだよ。
それまでの文献では違う名前なのでね。

356 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:47:37
>三世紀を生きた仁徳天皇が死んで直後の乱だ

こんなバカを相手にしてたのか? トホホ。それともこれは崇神の間違いなのか?仁徳天皇が三世紀なら、箸墓いや銅鐸って
いつの時代になるんだよ。www

357 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:49:38
>>344
逆に言えば「神話」をまじめに検証すればそれを根拠にした九州説・東遷説なんてものは噴飯物になるって話でw

「天孫降臨神話」は北東アジア系の神話で
アマテラスの「岩戸隠れ」の神話は南方系の神話。

少なくとも二つのルーツのものを合わさってできたのが記紀神話で
それが一つの史実から描き出されたような事を言う時点でデムパ決定だなw

(元々あった神話に後世卑弥呼の姿を仮託した・・・なんてお話ならともかく)

良く日本の文化は外国の文化をインポートしてそれをオリジナルのレベルにまで消化するところに
真骨頂があると思うが(まあ悪く言う奴にとっては猿真似なんだろうがw)

その原点は記紀神話にあると思っているw

日本の神話はそんなに孤独な存在じゃないんだよwwwwww




358 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:50:02
>>319
また途方もないデマを。畿内説のやり方の典型だな。
ジョーカーもいい加減にしろよ。

安本は東大とかの天文学者の研究結果を引用しているだけ。
そのデータが修正されたという事実はもちろん、ない。


359 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:50:48
九州説の言いたいことは、

卑弥呼は天照大神で、
邪馬台国は九州にあって、
高天原も九州にあって、
岩戸隠れは、卑弥呼が死んだ頃の日食のことで、
卑弥呼の後に神武が東征して、
ヤマト王権を作って、日本神話が出来たってことだよね。

だったら、それでいいんじゃないの?
他に何か疑問点でもあるの?
全部自分で答えが出てるなら、こっちが答える必要もないよね。

畿内説は間違いだと主張したいわけ。
だったら、気が済むまですればいいじゃない。
畿内説は、詐欺。全部ウソ。利権がらみの捏造。それでいいでしょ。

君らの言いたいことはよくわかったよ。うん。


360 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:51:04
>>352
ほらよっじゃねえwwwwww

なんで仁徳が3世紀なんだって言ってるのよw

で墨江の乱の舞台は難波宮だろうが。

どうして九州の住吉神社につながるんだよ。

普通は大阪の住吉が先で、九州にも同じ名前がつけられたか分社だと考えるだろ。

361 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/22(火) 23:51:22
そろそろ今日は練るけど、宿題をわすれるなよwww
宿題@
>>39・・・ヒント:北九州は軍事先進国家です これはずっと変わりません さて、大和朝廷を作るのに必要な力は何?
宿題A
>>40・・・ヒント:畿内が魏からもらった銅鏡100枚はどこにいったんでしょうねwwww
宿題B
>>107・・・ヒント:そもそも北九州を滅ぼす程の勢力はどこからきたんでしょうかw
宿題C
>>349・・・ヒント:自分で偶然はよくあるって言ってたし簡単だよね!なあに、たったの5つだよ!安川氏が挙げた地名の六分の一くらいだよw

362 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/22(火) 23:51:43
田道間守の洛陽訪問
5月に大和を出発
6月(倭の7月)帯方到着
12月(同11月)洛陽訪問
3月 大和帰着。


363 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:53:21
>>358
>東大とかの天文学者の研究結果

何が「とか」だ。お前がそれ出してみろ。クズ。

364 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:53:58
>>358
いや安本大先生は自著の中で

アスキーのアストロノーツ(ステラナビ)を使って計算しました!って
胸張ってお書きになられてるのだが・・・。

そうか!その安本大先生の名を騙って畿内説詐欺が出した本だといいたいのだな。
講談社現代新書のやつは!

365 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:55:37
>>361
この時代の混乱は・・・まさか「美濃もん太」?まあ、違うにしてもあれ級だよな。

366 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:57:39
ちなみに、
>>321の地名の一致には、致命的なミスがあって、

どちらの地図にも「三輪」がある。

この「三輪」というのは、崇神が大物主を祀った後で出来た地名だから、
東遷する前に九州にあったらおかしいわけ。

というわけで、ヤマトから九州に地名が移ったものと容易に答えが出る。
日本書紀をちゃんと読まない素人は騙されるだろうけどな。



367 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:58:13
しかしバカの乱入で平日なのにスレの進んだこと。ww

368 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:58:21
>>299
ジョーカーはここでもウソを書きまくっているな。
畿内説は詐偽とウソだけで成り立っているのが良く分かる。

安本と古田は最初から、犬猿の仲というのは常識以前のことだろ。
古田は安本が最初に発表した平均在位の時点で噛み付いている。

369 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/22(火) 23:59:02
住吉は九州が先で神功時代に大阪へお引っ越し。


370 :日本@名無史さん:2010/06/22(火) 23:59:35
http://eclipse.gsfc.nasa.gov/SEatlas/SEatlas1/SEatlas0241.GIF
これを見ると北九州説が説得力がありますね!
青いラインが完全日食です

371 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:00:29
>>361

>九州は軍事先進国家です

まずこれが大間違いなんだよな・・・これを信じ込んでいるレベルが東遷説。

>畿内が魏からもらった銅鏡100枚

この様式を特定するのが先だわな。九州説とか何とか関係なしに。

>九州を滅ぼす程の勢力

滅んでないが、どうしたのだ?何か滅んだとかいうことを示すものはあるのか?

>あに、たったの5つだよ!

すでに>>355で説明済み。


てか、『安川氏』って誰だよwwwwwwwwww
尊敬しているなら間違うなってwwwwwwwwwwww

安本涙目だな、吉野ヶ里が邪馬台国だとかの理屈に自説を使われた挙句、名前を間違われるとか。

372 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:00:37
>崇神が大物主を祀った後で出来た地名
素直だねえ。よくそんな話を信じられるね(笑)

373 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:01:29
>>366
先入観に凝り固まった奴はこれだから困る
オオクニヌシを三輪山に祀ったとあるが、そのときの三輪山という名前をつけたのが天孫民族であり、
故郷タカマガハラの三輪山からとったのである

374 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:01:30
>>368
>古田は安本が最初に発表した平均在位の時点で噛み付いている。

平均在位も、安本のサギ的手法のひとつだねえ。
ああやってグラフ化すれば、卑弥呼が天照大神の時代と重なるようにみえるが、
卑弥呼以後の王は、在位が極端に短いのに、
卑弥呼は70年も王位にいたって、おかしいだろ?って話。




375 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:02:06
>>367
しかし今後もこの手の馬鹿は再生産し続けられるだろうなw

それぐらい
「神話の中に隠された史実を見る」
と言うのは万人をひきつけるロマンチシズムがあるのだろうがwwwwww

376 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:02:29
>>370
九州を通ってないじゃん、青いラインwww

377 :sss:2010/06/23(水) 00:02:48
>>368
九州王朝説と東遷説は年代観が全く異なるからね。
むしろ、九州王朝説の年代観は畿内説の一部と重なる。

378 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:03:50
>>372

それなら、岩戸隠れも後世の創作ですね。

379 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:04:14
>>375
しかも元ネタが安本や古田や井沢というのは、正直もう飽きた。

380 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:04:28
>>374
>平均在位も、安本のサギ的手法のひとつだねえ。

これは激しく同意!

381 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:05:03
平均在位は完全な詐欺だな。平均はもちろん出るが、誤差の範囲は非常に広く、これから何かまとまった結論は引き出せない。
ためしに数える起点を一つずらしてみればいい。安本はこれ完全にわかっててやってるんだから、詐欺の言葉を使うしかない。ww

382 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:05:23
>>377
当然だろ。事実としてあり得ることか?

383 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:06:42
>>376
240−260年なんちゅう曖昧な時期しか推測できない機械なら当然誤差もあったでしょうよ^^

384 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:07:13
>>368

>>299はどう読んでも九州説しかも九州王朝説の立場から書かれた安本批判だが
www氏はいつから九州王朝説になったんだ?

385 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:07:57
平均在位なんて、一目でインチキだってわかるのに、
いまだに騙されてる人がいるのがかわいそうだね。
SSS氏もどうして目が覚めないのか不思議。


386 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:08:09
なんか畿内説論者って感じ悪いな

387 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:09:04
東遷説論者は、反日売国奴だしな。

388 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:09:06
>>363 >>364
ジョーカーってやっぱり精神的におかしいね。

『倭王卑弥呼と天照大御神伝承』勉誠出版の32頁では、
東京大学の天文学者、斉藤国治と加藤真司という別の学者に検討を依頼して、
247年と248年に北九州で皆既日食が生じたことを確認した。

と書いてあるが。

ジョーカーの理解力ではこの日本語も理解できないらしい。

まあ畿内説に洗脳されているレベルだからオウムなみということなんだろうww

このスレで脱洗脳されるといいね。


389 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:09:16
>>385
何がいんちきなの?
少なくとも記紀にある在位のほうこそいんちきなのは馬鹿でも理解できると思うけど

390 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:09:19
>>383

しかし>>370はどや顔で出してくる。こんな杜撰な奴をねwwww

391 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:13:14
>>388

まあ、それもサギ的な作文なんだけどね。

東大が計算したコンピューターは何を使用したか?ソフトは何か?
現在のコンピューターと比べて精度はどうか?
「九州で皆既日食が生じた」とは、具体性に欠いた文であって、「畿内で皆既日食が見えなかった」とは書いて無いし。
岩戸神話が、3世紀以後の成立だという論拠も無い。

こんなサギに引っ掛かってたら、社会で契約書にサインなんてできんよ。


392 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:13:43
>>381
平均在位説を理解してから書けよ。ジョーカー。

平均在位説では、統計上の誤差も出している。

そのレベルのことさえも理解できないのがジョーカーのジョーカーたるゆえんだな。




393 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:15:26
>>392

なんで卑弥呼の後の王は在位が短いのに、卑弥呼は70年も在位してんの?
その時点で、平均在位説は崩壊してるでしょ。



394 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:15:35
>>388
なんでそんな嘘を書く?

正確には「元東大教授で古天文学の斉藤国治氏(邪馬台国の会会員)」



「歴史作家で古代史研究家の加藤真司氏(同会員)」



「アスキー社の天文ソフト『ステラ・ナビゲーター』を使って描いた」

とはっきりあるのだが


また論文を捻じ曲げて抽出する前回と同じ手法か?

395 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:16:17
>>391
さすがジョーカー。畿内説に洗脳されたサイバカ。

「安本が自分で計算した」ということへの反論に無関係な再反論をしていることさえ
理解できていない。



低脳の限界ここにありwww


396 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:17:06
>>388

なんだよ。
おまえのほうがウソじゃねえか。

これだから、安本信者は信用ならんな。

397 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:18:41
>>393
は?w
元々卑弥呼の国は王がころころ変わったってあるだろうが
卑弥呼は長く続いた稀有な例
卑弥呼が死んでその状態に戻ったんだよ

398 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:20:47
ちなみに斉藤国治氏は『天文学者』ではない。

東大では『文献学』を担当していた。つまり『文献学者』。

『数理文献学』とおなじく『古天文学』というものを自称しているだけ。

399 :694:2010/06/23(水) 00:21:08
>>209
>銅鐸生産の終了ー畿内の環濠集落の衰退・廃棄ー早期前方後円墳の発生、
>これらのことはリンクしており、

もうすこしツッコんでレクチャーしてほしいな。

銅鐸生産は、奈良盆地では畿内の他地域に比して早期に終了している、というし、
環濠集落の衰退・破棄は、逆に奈良盆地が比較的遅い、という。

総合的にみて、銅鐸生産の終了ー畿内の環濠集落の衰退・廃棄、から
早期前方後円墳(纒向型前方後円墳)の発生まではずいぶんとタイムラグがある、んじゃなかったっけ?

また、近畿型銅鐸の終焉が比較的遅かった地域(近江、紀伊)では前方後円墳はない、んじゃなかったか。

どうも、単純には呑み込めないんだが・・・。よろしく。

400 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:21:28
というか誤差以前の問題として、天皇の代数は記紀のとおりだと考えるならそれは唐松山と同じ思考法。ww


401 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:21:58
>>394 >>391だろ
ジョーカーの自演癖って、ようするに酔っ払いながら同じことを書いているだけなんだよね。
同じことを繰り返す酔っ払いと同じ。

安本が自分で計算したのではない。 つまり、>>319はデマ


ということでジョーカーのレスは悪質なデマであると確定したのに、そのことに気付かず
自分の話がデマであるという前提を認める再反論を繰り返す。


思考力がなくなった状態で中傷を繰り返して、逮捕されるなよ。

402 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:26:58
>>293
>(挙げてあるデータ事態は嘘じゃないから)

じゃあどこが詐偽なんだ?
データ自体を無視して、逆の結論を導く畿内説の方が詐欺じゃないのか?


403 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:27:40
>>401

「現代新書 新版・卑弥呼の謎(講談社)」を読んでみ

安本センセ、「私が使用したのはアスキー社の・・・」ってお書きになられてるぞwww
つまり安本センセが嘘を書いたんだな。

で、オマエも嘘を書いたと。
加藤真司のどこが東大の学者なんだ?

404 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:29:14
>>228
>運搬手段を持つ交易商人が居たということで説明できるだろが。

これで3回目になる、と思うんだけど、
弥生時代後期に共同体社会から独立した商業資本の存在が想定できない。

あなたの想定する交易商人てのはどんなものなのか、
すこし詳しく説明してほしい。

405 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:31:47
>>402

「カラスは黒い(事実)」

「墨も黒い(事実)」

「よって墨の黒は、カラスの黒を模して作られた(安本的大嘘)」

こういうことさ。
こんなのに騙されるなんて、怨み節@東遷説クンは大丈夫か?

406 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:36:39

m(-_-m)〜 ウラメシヤー
 

407 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:37:02
>>403
どこのページかな?
毎度おなじみのジョーカーによるウソの上塗りですな。
それとも酔っ払って幻覚を見たのかな?

あの本は日食説は採用できないと書いてある。
しかも、2年連続の日食のことに触れていない。

408 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:39:05
>>405
それを具体例で書かなきゃ負け犬の遠吠えだよ。

409 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:40:37
ほい、お約束の老教授過去スレ。

http://www.csync.net/service/file/view.cgi?id=1277221092

パス無し。rar形式。

◆邪馬台国は大和朝廷になったのか?◆PART14
◆邪馬台国は大和朝廷になったのか?◆PART15

ちょっとこれ以前と以降が見つからないので、とりあえずこのふたつ。

410 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:42:35
>>407

自分は>>388で思いっきり嘘を書いていて何いってるんだろうね、この阿呆は。

411 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:44:20
>>410
アスペなんですよ、彼は。

412 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:46:58
>>409

ありがとうございます、早速今から読ませていただきます。

>>411

アスペなら仕方ないな(映画デビルマン風に棒読み)

413 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:47:07
>>293 = >>301 = >>334 = ジョーカー

みんな当然に分かっているんだけど。


414 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:49:10
>>410 〜 >>412 ジョーカーの自演ですな。

この人は自演で小学生を騙せれば満足なのかな。
中学生でも自演と分かるよ。


415 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:52:19
しょせん畿内説というのは、古代史にほとんど興味のない一般人が
なんとなく、「邪馬台国は畿内だったんだ。」と誤解することのために
大嘘を繰り返すだけなんだよね。

集落遺跡がひとつたりとも出土しない「都市」マキムクとか。




416 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:54:09
東遷説を騙るやつというのは、反日売国奴だけどな。

417 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 00:55:25
サイキバか怨み節かどっちか知らんけど

いまワールドカップのグループAが大変なことになっているので、一人でやっててね

418 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 01:23:17
安本の主張する平均在位年論には、
「記紀に伝わる神と天皇の代数が事実を反映している」
との未検証な前提がある

卑弥呼前後の倭の王位については、
事実を伝えていると考えられる魏志倭人伝によれば
男王→卑弥呼→男王→台与
ということになる

しかし、記紀のどこを読んでも
安本がイコール卑弥呼とみなす天照大神の2代あとに
天照大神と同様に主導的な立場である女神は登場してこず、
魏志倭人伝の内容とは一致しない

岩戸隠れの前後で卑弥呼と台与を反映したものだという安易な反論もあろうが、
その主張は「記紀に伝わる神の代数は事実を反映しない場合がある」と同義である

つまり、記紀を立てれば魏志を否定することになり、
魏志を立てれば記紀を否定することになるのである

つまり、安本の平均在位年論は前提からして
成り立たないものだということになる

わっかるかな〜?
わっかんないだろうな〜

419 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 01:41:51
同じ数十世代前の二人の有名人なら、同一人物である、というクダラナイ結論だよな。
クダラナイ屁理屈を、懸命に一冊の本にすると、もしかして本当かもしれないな、と
安本が、読者に錯覚してほしいだけのこと。

普通の九州説は、もっとまともだから心配するな。

420 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 01:43:57
>クダラナイ

百済でない→百済ない→くだらないwww

421 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 01:50:32
>>418  
批判するにしても、もう少しマシな理屈を言えよ。 
ジョーカーの知能ではこれが限界なのか?

平均在位論の利点は統計的処理にあるが、その反面弱点もある。

A、統計上の誤差。
B、高句麗の長寿王のような王(実在したとして)によって誤差が大きくなる。
C、大数の法則により誤差が解消されるだけの、天皇の数を対象としていない。

というように、記紀の天皇が実在したという議論の前提に乗っても、批判はできる。

前提に乗らない立場からの批判は、前提自体への批判になっても、平均在位論への
批判としての意味がない。
これが批判の仕方。分かった?

422 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 02:14:23
やっぱり安本信者には理解できないのかな?
問題は平均在位年数論そのものの統計学的な方法論にあるなんて内容じゃないじゃん
日本の神代〜古代にあてはめる場合には安本氏が設定した前提条件と魏志倭人伝が矛盾してますよってとこでしょ
そこについての反論はないの?

423 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 02:16:37
屋切り士官が正しいw

424 :口上師:2010/06/23(水) 02:37:03
さてさて、またまた新たなコテ登場。その名も「kaijunokodomo」チャンチャン。>>257 レスなどでカマをかけてみたら予想どおりに
安本東遷厨と判明。ただしこのコテの場合、>本州にシュメール系のスサノオがやってくる 民は縄文人だが王族はペルシア・秦氏
などかなりの電波が混じってる。

>>94 最後に、あまり古代史をなめるなと文献史料の乏しさゆえに捏造し放題だとでも思ってるのかしらんが、根気良く調査していけば
真実は必ず見えてくる。

大見得切っての真実が、このシュメールなんとかというのが大笑い。 >>342 >三世紀を生きた仁徳天皇が死んで直後の乱だ
このレスは忘れちゃいけないね、みなさん。終世語り伝えましょう。





425 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 09:26:45
>>409

亀レスだけど貰いました
こういうのは助かる

426 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 10:19:01
       ,..-─‐-..、
          /.: : : : : : : .ヽ < kaijunokodomoってバカなの?死ぬの?
        R: : : :. : pq: :i}
         |:.i} : : : :_{: :.レ′     コ  ツ         , -─弋¬、
        ノr┴-<」: :j|    ポ        ン !! /      `Y < シュメールや3世紀仁徳とかキチガイ?
      /:r仁ニ= ノ:.ノ|!           _          | {、       |
       /:/ = /: :/ }!        |〕)       从\ |)   |
     {;ハ__,イ: :f  |       /´   (〔|      ヽ__j儿从八_
     /     }rヘ ├--r─y/ ☆、  `\      i⌒ヽ ̄ ̄\
   /     r'‐-| ├-┴〆    _, 、_⌒☆ \    |  | `===ヘ
    仁二ニ_‐-イ  | |      ∩`Д´)     ゙と[l ̄| .|     \
    | l i  厂  ̄ニニ¬       ノ   ⊂ノ        ̄|  |         ヽ
   ,ゝ、 \ \   __厂`ヽ    (__ ̄) )            |  |\      }
  _/ /\_i⌒ト、_   ノrr- }     し'し′         /{_〆 ̄`ーー=='^┤
 └-' ̄ `|  |_二二._」」__ノ                  {| -‐  / | | }
      └ー′                          └─-二_/⌒Y ̄}

427 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 10:21:24
>>422

理解できないから、安本の説に騙されると。

最低限、自分で記紀を読破して、記紀が編纂された背景を調べて、
神話を相対化して見ることが出来てはじめて安本の説は「素人向けのウソ」だとわかる。



428 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 10:25:05
安本?地名が似通ってるとか言ってる時点で
トンデモ理論だと普通気付くだろw

429 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 10:25:59
安本が数字をいじくりまわす専門家だから、数字でこんなウソをついてみました、という話だ。
畿内説の三角縁神獣鏡舶載詐欺や箸墓年代繰り上げ詐欺などと、なんら変わらない。

430 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 10:29:07
所詮、神話や古史古伝から歴史の真実を探る類の本は、
「どうだ、オレの説はスゴイだろう!」と読者をだますのが本質。
気づかずにだまされるヤツが多ければ、本も売れるし、著者も読者も自分が正しいと錯覚する。

安本のサギから抜け出すには、自分で文献を検証する能力があれば十分なんだが、
能力が無いってことなんだろうなあ。



431 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 10:38:39
>>430
ところが安本詐欺を自ら受け入れて、どっぷりハマっていく奴も多い。
これなんか九州人の近畿に対するルサンチマンの発散になるからなのだろうね。

ちなみに大阪人が東京に対して感じているものと同じな。
そういう負の階層の最下位連中は、だいたいオカルトに走る。

東北のピラミッドとかナニャドーレがユダヤ語だとかの話も
東北人の東京に対するルサンチマンが元になっている。


昔、オウム信者がこういうことを言っていたっけ。

「間違いとか変だとか、そんなの言われなくても分かってる!でも、もう帰る所なんてどこにもないんだよ!」

432 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 10:47:21
>>426のAAはふたりバージョンもあったんだw
思わず笑ったわw

433 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/23(水) 10:58:04
おいおい、結局宿題はやってこなかったのか?w
駄目じゃないか

434 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/23(水) 11:01:24
イシュタル門を守るライオンhttp://www.s-russia.co.jp/archives/01antique-04/image/1swa-11.jpg
イシュタル門を守るユニコーンhttp://www.toroia.info/images/musus.jpg
イシュタル門の菊の紋章http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/0e/Babylon_detail1_RB.JPG

神社もまた、獅子と一角獣によって守られる
一般的には、向かって右側の像は「阿形(あぎょう)」で、角はなく口は開いている。そして、向かって左側の像は「吽形(うんぎょう)」で、
1本の角があり口を閉じている。両方の像を合わせて「狛犬」と称することが多いが、厳密には、角のない方の像を「獅子」、
角のある方の像を「狛犬」と言い・・・
獅子&一角獣http://image.blog.livedoor.jp/yatanavi/imgs/6/4/6420621a.jpg
天皇家の菊の紋章http://blog.kodai-bunmei.net/blog/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0%E4%BC%8A%E5%8B%A2%E7%A5%9E%E5%AE%AE.jpg


ちなみに金星とはスサノオおよびイザナミのことでもある
あまつみかぼしという神があったが、あれも金星の象徴と言われているね
日本神話に異常に星神信仰が少ないのは、彼らが迫害されたから
しかしながら出雲という天皇家の一部を占める血筋であるがゆえに、神としても扱わなければならない・・・

イザナミ=シュメール系
イザナギ=ミャオ族系

435 :kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM :2010/06/23(水) 11:14:27
スサノオ・・・スーサの王 (スーサは古代エラム王国=ペルシアの首都)
月弓の尊・・・弓月国(ペルシア)の尊
夜の大食の国・・・大食は中国語でアラビアのこと
牛頭天皇(スサノオ)信仰・・・ペルシア・ユダヤ人のバアル(牛の姿をした神)信仰
星神信仰・・・日射量の強いペルシアでは太陽ではなく星神が崇められる
イシュタルの門の菊の紋章・・・イシュタルの門には天皇家と同じ菊の紋章がある
神社を守る一角獣と獅子・・・ユダヤの神殿ではユニコーンとライオンが守ると伝わっている
狛犬・・・高麗犬からきているという説は有名だが、この高麗は秦氏が一時いた新羅であろう
秦氏・・・機織で有名だが、ペルシアもまた高度な機織で有名な地である ペルシアじゅうたんなど
製鉄・・・出雲は鉄剣を使った製鉄文化圏であったが、この製鉄技術を発明したのがまさにペルシア人
塩をまく風習、水で手を洗う風習、禊など・・・イスラエルにも同じ風習がある

きりがないのでこの辺にしておくが・・・
これを凝り固まった先入観から感情的に否定する奴は学者じゃないね

436 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 11:33:05
なんだ、どこかで読んだ気がすると思ってたらオカルト板から追い出された馬鹿か

437 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 11:39:48
否定はせんがついていけん

438 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 11:48:49
あーあ、ユダヤ同祖論までやってきただよ

大国、唐松山、縄文人の三つのしもべよ、出番だぞ

439 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 11:52:08
♪ 三倍タイコク〜 ppp責めぇ〜

♪ カラマツヤマは空気読めぇ〜

♪ 縄文変身!コテ変えろぉ〜

440 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 12:00:00
>>438-439
>大国、唐松山、縄文人の三つのしもべよ、出番だぞ

ワロタwwww
しかし縄文人じゃなくてもん太のほうが良いwww

441 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 12:01:01
たったひとつの常識捨てて

生まれ変わったアスペの心

詐欺の畿内説叩くも玉砕

サイキバやらねば誰がやる!

442 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 12:06:04
>>438-441

昼休み早々笑い死ぬかと思った
腹筋返せwwwwwwww

443 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 12:32:21
>>441

うまいなあ。口上の人かな?


444 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 12:36:34
>>431

そうか!

安本にだまされてるとかじゃなくて、
もとから、畿内説が嫌いな人が、畿内説を煽ってる安本についていってるってことか。
で、安本は、畿内説嫌いな人の受け皿になって儲けてると。

まあ宗教と同じだな。
現実を受け入れられない人が神にすがるようなものか。



445 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 12:39:59
♪ 最新の 考古事実もぉ 文献の 熱い議論もぉ

♪ 知らないでぇ書きこむボクは 怨み節ぃ

♪ 畿内でさえなければいいんだぁ

♪ 九州のどこでもいいんだぁ

♪ ひねくれてスレを荒らしてるボクなぁのさぁ

♪ ああ〜だけど そんなボクでもぉ このスレは構ってくぅれるぅ

♪ それだから今夜もこのスレ 居つくのさぁ

♪ それだから今夜もこのスレ・・・・・・ 居つくぅのぉさぁ〜

446 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 13:07:49
くだらないレスが多いなあ。もっとまともな議論をやれ。
畿内説は、奴国、伊都国を通って帯方郡へ行ったというんだろ。畿内はいつから
奴国、伊都国を通れるようになったんだ? 何で奴国、伊都国に銅鐸がでないん
だ?

447 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 13:18:55
♪ 浅い あさぁいぃ〜 浅い理解の東遷

♪ ダブルスタンス 倭人伝と記紀

♪ 古田と安本 ごっちゃで語る

♪ 鉄よ 絹よ 銅鐸よ

♪ 現実逃避で血眼に 妄想片手にレス返す

♪ 敵は 脳内 畿内説

♪ 戦え 最強 鉄器軍団東遷

448 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 13:23:33
素人が出来る範囲ってのは、文献を読むことだけだからなあ。
しかも、魏志倭人伝なら短いし、都合の良いところだけ拾い読みできるし、
漢文だから、解釈も自由自在。

こんなに便利なオモチャは無いと。
でも、オモチャで遊ぶなら、家で一人でやってたほうがいいよ。
大人にオモチャみせて、講義してみせたところで所詮、大人からはオモチャにしか見えない。


449 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 13:40:30
>>409
ありがと!
テンプレに出来そうな議論があったから、コピペしとくか。
九州説派の、「畿内が九州を支配できるわけないだろバーカ」な追求に対して。
------------------------------------------------------------------------------
◆邪馬台国は大和朝廷になったのか?◆PART14
150 :老教授@畿内説纏向派 :04/12/05 23:14:19
一気にスレが伸びている・・・びっくり
K−1は消化不良でしたね。ガチと興業の兼ね合いの難しさを垣間見たような気がします。

>>100 >北九州がなぜ没落したか
玄界灘グループの隆盛の基盤がその経済力にあったと見ているからです。
寡占状態であった半島との交易、またおそらく半島在住の倭種との人的交流(つまり流通コネクション)
南国ルートから入るゴホウラなどの装飾品、本州各地との貿易。
特に本州との貿易はボロ儲けに近い状態と思われます。
金属器や装飾品の値(物々交換が基本ですが)は北九州の言い値で取引されていたのではないでしょうか。
弥生後期前半の北九州は東アジア最大の貿易地と言っても良く、まさにこの世の春といった風情です。
その頃本州は有力首長がクニをまとめ始め、小競り合いが始まります。
2世紀あたりから拮抗状態なるのが、倭国大乱の正体だと考えます。
同時に本州や四国、南九州が互いに北九州を介さない交易ルートを築きはじめます。
特に瀬戸内、山陰、近畿は金属器の普及により、飛躍的に生産効率が上がります。



450 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 13:44:32
>>409より
------------------------------------------------------------------------------
◆邪馬台国は大和朝廷になったのか?◆PART14
151 :老教授@畿内説纏向派 :04/12/05 23:14:58
これは北九州にとってボディブローのようにじわりと効いたのでしょう。
なにしろ生産キャパシティを超えた、いわゆるバブル状態に近い隆盛だったためです。
ここで話し合いなのか圧力なのかは不明ですが、本州特に近畿の北九州移入を認めます。
これを開放政策と例えたのですが、結果的に大失策だったのでしょう。
まさに庇を貸して母屋を取られるといったところです。これが3世紀の状況ですね。

ところが4世紀に入ってすぐ、高句麗の南下政策と西晋の滅亡という一大事が起こります。
その後も大陸は五湖十六ヶ国に、半島も高句麗により騒乱状態に陥ります。
ここで原ヤマト連合が大きく政策転換を行ったと見られますが
同時に玄界灘の古くから栄えた首長たちにとってはとどめの一撃でもありました。

これが私の考える玄界灘グループの興亡です。
ちなみに早くから原ヤマト連合に協力したと見られる豊前は、この間着実に勢力をのばしております。


451 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 13:48:23
九州は江戸時代でいうと、長崎の出島。
外国から来た物を、一大率が吟味してた。
要は出先機関

452 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 13:58:37
なんつーか、6年前から、えんえんループしてただけなんだな。

これからは、九州説が鉄だの銅鐸だのと言ってきたら過去スレ嫁で終わりだ。

Upしてくれた人、ありがとう。



453 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 14:27:48
>>451
どこの出先? 何を証拠にそれを言うの?


454 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 14:47:47
安本美典は一人詐欺だが、畿内説は利権集団協同詐欺だから、いっそう性質が悪い。

455 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 15:16:18
 

456 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 15:21:03
>>317
>あのさ、魏志倭人伝には「鉄が良く出る」「韓・穢・倭これをとる」ともろに書いてあるの^^;
>その条件を満たすのは畿内()ではなく北九州なの^^

國出鐵,韓???倭皆從取之.諸?買皆用鐵,如中國用錢,又以供給二郡.

これって倭人伝じゃなくて韓伝の辰韓弁辰の記述だよね。

457 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 15:28:15
結論は一緒だから、そこは突っ込まなくてもいいんじゃない?

458 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 15:37:12
日本の歴史はそのときの権力者が都合のいいように書き換えられているので信用できない
歴史の教科書もめちゃくちゃ、日本は単一民族国家ではないのにそう教えようとしている

459 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 15:45:42
自国に都合の良いように教えるのは、どこの国でもしてることだろ。


460 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 15:57:22
>>457
全然一緒じゃねーだろw

461 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 16:01:47
>>459
日本と北朝鮮はとくに酷い
いまだに部落問題が解決していないのは歴史を正しく教えなかったのが原因なのです
邪馬台国の畿内説と九州説が決着しないのも歴史が改ざんされ続けた結果なのです

462 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 16:34:14
>>457
韓伝で、「辰韓で鉄が採れる」「韓・ワイ・倭が鉄を入手しにくる」って書いてあるのが、
なんで邪馬台国が北九州である根拠なわけ?

韓伝の記述を倭人伝だと勘違いして、「鉄が採れるのは北九州だとか言ってんじゃないの?」
と思ったのはオレの勘違い?

463 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 16:38:33
根拠じゃなくて、決定的な証拠の一部になるだろうな。
まあ、畿内説なんて誰も相手にしないから構わないけど。

464 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 17:27:11
>>461
はぁ?2国だけかよ?
イスラエルはどうなんだ?


465 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 17:29:19
× 邪馬台国の畿内説と九州説が決着しないのも歴史が改ざんされ続けた結果なのです
○ 邪馬台国の畿内説と九州説が決着しないのも利権を守ろうとする畿内説詐欺の結果なのです

466 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 17:30:46
方角も万二千里も名前も一致するのは福岡の八女(やめ)市周辺しかない。
こんなになにもかも一致しているのに、近畿にあったなどと、頭大丈夫かな。

467 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 17:32:41
畿内説の人に聞きたいんだけど畿内の連中はどっからやってきたと考えてるの?
北九州説なら中国大陸あるいは朝鮮半島あるいは南方諸島から渡来ってことは地理的に納得できるけど。

468 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 17:43:44
最後の水行陸行の日と月の表記が、
特定を不可能にしているんだよなあ。

奴国、宇美国までが確定としたら、そこから
南東のどこかと言うことしかいえん。

469 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 17:49:51
>>434-435 kaijunokodomo ◆dxakKNa1zM

なんだ? この 真 性 ド キ チ ガ イ は?wwwww

いくら俺でもここまで話のレベルを堕としたくはないが…

>イザナミ=シュメール系
>イザナギ=ミャオ族系

イザナミ・イザナギによる国産み神話における

最初の男女とも言えるカップルが交わがその最初の交わりが間違った物であって
初産の子が不具で(蛭子)後に正しい交わりを学んで子を得る

…と言ったモチーフは太平洋地域にも見られる根源的なもの。
(ハワイの神話では天と地の神ワケアとパパの最初の子が不具だった)
まあこんなお話は別に神話に特別な関心を持っていない人間でも知っているような事だろうが…

こういうリアル基地外は「古代史」や「神話」なら自分の電波を飛ばし放題と高を括っているんだろうが
神話なんて物は基本的な構造は日本の中だけで完結しない。

広範な地域に見られる話の筋の原型としてシュメールだのミャオだのを語るのならともかく・・・
記紀神話の解釈にあっちこっちから、ごったに寄せ集めてきて「ぼっくん流神話」を語っているだけ
己の無知さ加減を堂々と知らしめているだけ。

額に「ぼくはアホです」とマジックで書いて裸踊りしているアホをリアルタイムで見ている気分だwwwwww

470 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 17:52:58
>>467
半島から海流に乗って、敦賀辺りに
漂流物が多いという事を知らないの?

471 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 17:54:53
>>466
あぁそうだね、大した一致だよ。

472 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 17:56:22
水行陸行の日と月の表記は現代人がどう考えようとあくまで推測にしか過ぎない
のであって、そのように書かれているのだから、大昔はそれだけ日数を要したとしか
考えるのが常識の思考。水行は明らかに陸内であるから川行のこと。

473 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 18:04:25
伊都から1500里(短里の方が合理的なので短里で計算すると約100数キロ)
の道のり(直線距離ではない)を川を船で1ヶ月、陸を歩いて1ヶ月で100数キロ先の邪馬台国に
着いたということであり、別に何も問題ではない。考えてみれば一人や二人の旅だったら
進むのも速いだろうけど、おそらく百人以上の大勢での移動なので其の位要するのは
大昔なら極常識的範囲だ。

474 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 18:08:48
邪馬台国の時代は小国が乱立していた時代だから、邪馬台国に関しては
九州説のほうが辻褄が合うような気がするね

475 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 18:11:48
歴史を捻じ曲げた張本人の鎌足の時代に邪馬台国畿内説になったのではないか
鎌足とは日本名で本名郭ムソウとかいう唐の軍人が歴史を塗り替えた

476 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 18:16:38
>>450 の老教授の引用だが…

>本州特に近畿の北九州移入を認めます。
>これを開放政策と例えたのですが、結果的に大失策だったのでしょう

レス全体あるいは上記の前後部分の趣旨から言って
(経済・文化の門戸開放に留まらず)畿内→北部九州と言う直接的な人口の流れなんだろうか?

だとすれば若干違和感を感じるwwww

そもそも倭人伝に見える人口の記述で伊都国が僅か千余戸で
奴国の二萬余戸と比較すれば文字通り「ケタが違う」

この数字をそのまま実数と見るかは疑問だが一応の比率・大小関係を見る糊塗ができるものとした場合
もはやこの時点で北部九州玄界灘周辺地域において
本州四国の首長連合の強い影響の下での「再編成」があったのではないか?


477 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 18:21:18
前原伊都国は以外と狭いと言えば狭いんだよね。
地図を見て、202号線、筑肥線のあたりは海、または湿地帯とみれば
南側の山に挟まれた地域だけになる。

その狭さから見て、奴国の2万戸に対して1万戸はちょっと多すぎる。

478 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 19:37:10
日本人シュメール起源説はガチですよ?
一応日本史板なのにここでは知らない人が多いようでびっくりした

479 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 19:42:16

♪ ねえ ムー民 あっち逝って〜

480 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 19:50:05
しかしシュメールやミャオ族はあんまりなので、九州説も仲間扱いしないで排除に協力してくれ。


481 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 19:54:10
九州説にとって、彼の東遷説も迷惑。
神武が九州の国家全体を、畿内に移転したなど笑止千万。

482 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 20:40:32
まあシュメールやら中国少数民族とかの影響がないかといえば、こじつけができる程度
にはあるんだよな。日本は文化流れ果つる地だから。

完全否定は時間がかかるし、スレの無駄になる。第一バカバカしくてだれもやりたくない
だろ。スルーが一番だろうね。

483 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 20:55:07
>>482
ギリシア神話でオルフェウスが亡き妻を追って冥界を巡る話と
イザナギが同じように冥界を巡る話の類似とかなw

まあそこら辺をトンデモに陥らないように細心の注意を払いつつ話を進めるなんて
2ちゃんねるじゃあ到底無理なんだろうがwwwww

イザナミとイザナギ、ペアで考えなければならない存在を
個々にルーツを求めるなんてナンセンスは
太陽の神と月の神、そしてそれらに悪さして「蝕」を起こす第三の存在

…と3点セットで考えなければならない物を二つだけを取り出して適当にお話を作ってしまう
(アマテラス=卑弥呼、スサノオ=狗奴国)
東遷厨どもも同じ穴の狢なんだよなwwwww

484 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 20:57:53
シュメール説のどこがとんでもなのか理解に苦しむ
本当学をつんだつもりの人に限って自分から可能性を閉じるよね

485 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 20:58:25
藤原鎌足こと郭ムソウが悪いw
自分が実権握る以前を全部書き換えた張本人だから
シュメール人が日本にいたことは否定できない事実だし、邪馬台国九州説のほうが
朝鮮や中国との距離を考えると自然だし

486 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 20:59:21
東遷説は反日売国奴だからな。
そんなに日本が嫌いなら、中国に帰れと。

487 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 21:10:53
唐人である郭ムソウが捻じ曲げた史実を誰ももとにもどそうとしなかったのはその末裔たちが
日本を牛耳ってきたからなのである
マッカーサー元帥様が農地解放するまで続いたのだからなんともならない
今の歴史教科書でも弥生時代以前の歴史は神話みたいなことしか教えていない
超多民族国家である日本を単一民族国家などと真顔で言ってる学者さんも未だに
いるようであるが、そういう生き方しないと学会で飯が食えなくなるので真実には
目を瞑っているのであろう

488 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 21:32:21
>>485
シュメール人が日本にいた事を主張するくせに、
朝鮮や中国との距離が近いから、
なんて理由で邪馬台国を語るなよw

489 :老老教授:2010/06/23(水) 21:33:48
>>449>>450
私の過去レスを再掲して頂いて恐縮ですが、あれは私の若気の至りとも言うべき暴論でありました。

委奴国王から帥升を経て続いた倭国の奴国が半島経由による大陸との交易を独占していた頃、四国、
瀬戸内地方、近畿地方で有力首長がクニをまとめ始め、小競り合いが始まり、2世紀あたりから拮
抗状態なるのが、倭国大乱の正体だと考えたのですが、これは勇み足でした。

考えてみれば、中国の史書に「倭国乱」と記されたということは九州にあった倭国のことでしかあり
得ないのでした。ようやく「有力首長がクニをまとめ始めた」段階の四国、瀬戸内、近畿が中国に
「倭国」と認識されるわけもありません。軽卒でした。



490 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 21:36:15
>>489

偽者はしょせん偽者で、本家の足元にも及ばないなあ

491 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/23(水) 21:37:44
「倭国乱」は九州であるが、邪馬台国は大和。


492 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 21:38:01
縄文人は引っ込め、このクズ野郎。老教授のレスは長年の知識に裏打ちされたもので、お前のはクソだ。

493 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 21:39:57
そうだな。学問とヒマつぶしを同一視してる椰子は死んだほうがよくね。

494 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 21:56:01
www しょせん縄文人には何故こんな手厳しい批判を受けるかはわからないだろうなあ。説の当否はともかく、老教授のレスは
たくさんの論文や実地検証を経た上で書かれている。だから尊重するものも多い。に対して縄文人レスがその場その場の思い
つきなのはみんな知ってる、それもさしてよくもない頭で考えたもの。www

495 :老老教授:2010/06/23(水) 21:58:26
畿内説に都合の悪いことを書いてしまったようですね。しかし、都合のいいものは認め、都合の悪いものは
排斥するでは真実には辿り着けません。皆さんは学問などと口にされますが多くのレスは学問とはほど遠い
罵詈雑言でしかありませんね。これだから私は引退していたのです。では又いつの日か。

496 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 22:11:45
畿内説だとなんかおかしいんだよな
そのあとの時代はあきらかに近畿地方なんだけどな

497 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 22:12:00
>>489
ようやく正しい道にもどったわけだな。ま、結構なことだ。

498 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/23(水) 22:15:10
時代を変えれば邪馬台国は大和である。

景行時代しか無い。


499 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 22:16:38
過去スレみれば、昔はまとも九州説も居たってことだよな。

ところが今は、ゲテモノしか残ってないと。

まともな九州説の思考ができるやつは、とっくに九州説から足を洗っただろう。


500 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 22:17:23
ただまあ、>>450のレスあたりは、武力によらない征西といった考えに近いから九州説は黙っちゃいられないだろう。
庄内土器の流入、前方後円墳の採用、三角縁の分与?など、弥生終末から古墳初頭に九州で起こる出来事の説明
が求められるんじゃないか?時代を全部新しく見るのか、それとも庄内も前方後円墳もみな九州発生にするのか?ww


501 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/23(水) 22:22:42
考古学は年代を遡上させた。
これに合わせ文献史学も年代遡上させねば、整合性が得られない。


502 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 22:29:22
>>501
卑弥呼の魏への朝貢(238か239年)は動かないんでしょう?
だとしたら記紀のその時代の天皇は誰ですか?

503 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 22:30:56
弥生人は朝鮮人だ。日本から追放せよ!!


504 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 22:34:25
>>500
九州説からすれば、庄内土器、前方後円墳の採用、三角縁の分与などは九州が先でも
畿内が先でもかまわない話だよ。九州が先ならば御本家が始めたこと、畿内が先なら
ば東征軍が始めたことだ。いずれにしろ、それは九州勢力が始めたことに変わりは
ない。九州勢力が関与しないで、銅鐸に頼っていた畿内の毛人が急に鏡だ、大きい墓
だなどというはずはないからな。


505 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 22:34:52
>>500

>>450
>まさに庇を貸して母屋を取られるといったところです。これが3世紀の状況ですね。

すごく納得できる。
改革・開放したら外国資本に乗っ取られたみたいな。
九州説は経済オンチなんだろ。


506 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/23(水) 22:36:10
これまでの文献史学は、百済本紀を正しいとしてきたが正解を得られていない。
考古学が遡上した今、正しいとするのは新羅本紀だ。

こちらは、古代から現在に至る正しい韓国の歴史書であるからだ。

まあこれでも崇神に拘るんだろうな、箸陵を箸墓と連呼して。



507 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 22:40:13
老老教授は昔の老教授本人ではないだろうが、本人も今ではそう思っているのではないかな。
なにしろ弥生時代の四国、瀬戸内、近畿には王の存在を示すような墓も遺物(遺跡出土物)もない。
こんなところが大陸と通交していた倭国とは考えられないからね。

もちろん、半島から日本海を渡って出雲や丹後や福井辺りに入ってきた人や物はあったであろうから、
貨泉など大陸の物が出土することはある。しかし、これらの物は九州の出土品(鏡、璧など)に比べれ
ば質量ともにはるかに劣る。

畿内説論者の中には大陸との交易拠点が例えば後漢の衰退によって後ろ盾をなくした伊都国から博多湾岸の那珂に移っただの、
九州北部は畿内の邪馬台国の連合に組み込まれただのと、見て来たような論を立てる者がいるが、そんなことを示す史料文献は
存在しない。考古学的資料からの推論であろうが、資料の見方で結論は変わる。考古学的事実などと言えば客観性があるように
聞こえるが、推論が恣意的であれば詐欺と同じである。

508 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 22:41:50
>>504
>九州勢力が関与しないで、銅鐸に頼っていた畿内の毛人が急に鏡だ、大きい墓
>だなどというはずはないからな。

えーと、鏡はたぶん九州勢力の関与もあったような気がするんだけど
「大きい墓」は、どうかな?
九州じゃないような気がするよ。
円筒埴輪なんてのも、九州起源じゃないでしょ。

509 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 22:44:29
2世紀末に九州北部が衰退したのは、
後漢の衰退によって後ろ盾をなくし、
畿内の邪馬台国の連合に組み込まれたものでしょう。

加えて、畿内は、公孫氏と組んで発展を遂げることになると。
考古学的状況から、十分に客観性のある事実と言えますね。





510 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 22:52:13
>>509
「2世紀末に九州北部が衰退した」という証拠は?
「畿内の邪馬台国の連合に組み込まれた」証拠は?
「畿内は、公孫氏と組んで発展を遂げることになる」証拠は?
「考古学的状況から、十分に客観性のある事実と言え」るとする根拠は?

ぜ〜んぶ畿内説のための作文じゃないか。いい加減にせ〜。


511 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 22:53:19
>>509
それならば、畿内は九州北部を通じて朝鮮半島から鉄を手にいれやすくなったはず。
畿内の鉄が急激に増加するはずだな。しかし、事実はそうではない。分かるよな。
つまり、畿内が北九州を傘下に入れた形跡はないんだよ。

512 :sss:2010/06/23(水) 22:59:12
>>502
倭人伝によると、景初三年に難升米等を帯方郡に派遣したのは、倭女王と
なっている。正始元年に梯儁がやってきて、詔書・金印などを授けたが、
これも親魏倭王・卑弥呼に対して行われている。

魏からみれば、交渉の主体は卑弥呼であって他にはいない。弟がいて補佐して
国を治めるとの記述はあるが、名前もないし、特に活躍するでもない。
むしろ、大夫である難升米の方がいろんな面で活躍する。

このようにみてみると、少なくとも天皇(大王)をうかがわせるような存在を
卑弥呼以外に認めることは出来ない。

では、それをうかがわせるような女性の天皇がいたのか、記紀によると、
わずかに神功皇后がいるだけだが、神功皇后は時代が違うし、朝鮮まで
出向いて戦った神功皇后と、王になって以来見たものは少ない卑弥呼とでは
性格が全く異なる。

というわけで、卑弥呼時代に天皇(大王)はいなかったと考えるべきかな。
つまり、記紀に登場する人物で、卑弥呼に比定できるのは天照大神だけと
いうことになる。

513 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:01:58
>>508
そんなことはないよ。本州の大きな墓のはしりが出雲の墳丘墓あたりだってこと
は聞いたことがあるだろう。次のように言われているよ。
「唯一発掘調査が行われた出雲の西谷墳丘墓で注目すべきは、平原一号墓との共通
点だ。」(寺沢「王権誕生」)

514 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/23(水) 23:02:13
九州の鉄は、海人が握っていたんですよ。市テキとはその事を云う。
だから値の良い熊本方面で売りさばく、
北九州王朝とは元々が農業国家であり、海人の統制はきつくなかった。
あまりきつくすると渡海に影響が出かねない。
鉄を手にした九州中央は、北九州を相手にしない。

515 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:02:36
>>512

まだいたのか。
反日売国奴め。

はやいところ、伊勢神宮にいって、
「伊勢神宮の天照大神は卑弥呼で、中国に朝貢して臣下になった。」とビラまいて来い。
おまえの最終目標だろ。


516 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:03:46
>>512
>つまり、記紀に登場する人物で、卑弥呼に比定できるのは天照大神だけと
>いうことになる。

えーと、天照大神は神様ですよ。「人物」じゃありませんよ。

517 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:05:43
>>499
お互いにきちんとテンプレをつくって自説を簡潔にまとめているね。
そうやって議論を進めていこうとする姿勢が見えるから、多少の雑音が気にならない。
すごい良スレだったんだな、昔は。

518 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:09:20
>>503
それを言い出したら、日本人そのものがもともとないってことと同じなんだよ
いろんなとこから集まってきて、勝ったものが負けたものを奴隷にするという
ことをずーぅとやってきた国なんだからな
天皇陛下を追放できますか?っていう話にまで発展しちゃうよ

519 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:11:35
>>517

「東遷説さえいなければ」

今でもまともな議論は出来ると思うよ?

まともな九州説にとっては、東遷説こそいい迷惑。
佐賀女子短大の、高島忠平学長は東遷説大嫌いだから。

ttp://www.saga-s.co.jp/news/saga.0.1485053.article.html

>その上で、「当時の鉄器や文物などの資料が豊富に出土される九州説の方が自然」などとし、
>逆に資料が貧弱な近畿説や九州から近畿に移ったとする「東遷説」は中央史観から逆算された説と批判した。



520 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:14:19
九州説を真面目に研究してる人もいるのですから、
東遷説なんて空論を唱えるのはやめて欲しいです。
九州説全般がトンデモ扱いされてしまいます。


521 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:19:30
>>519
東遷説が嫌いらしいな。畿内説からすれば、邪馬台国が九州の中で消滅した
というならば、古墳も銅鏡も九州のものとは無関係ということで、優越を主
張できたからな。 九州勢力の東征を言われると、何の反論もできなくなる、
困るだろうね、分かるよ。

522 :sss:2010/06/23(水) 23:20:16
>>418
平均在位年数は、天照大神の時代を正確に特定するものではないだろう。
個々の在位期間が不明な限りそれは無理。しかし、可能性を探ることは出来る。

つまり、在位期間の不明な天皇あるいはそれに準ずる人々が、古代の天皇の
平均在位期間と似たようなものであると推定すれば、天照大神の時代が
卑弥呼の時代に重なる可能性があると考えることが出来る。

記紀に登場する人物を全て実在と仮定する安本説には若干の疑問があるが、
これはこれでそれなりに妥当性のある推定方法だと思う。
天照大神の年代を推定する方法として、これより妥当な方法があるだろうか。

卑弥呼のあとの男王については、倭人伝には「更立男王、國中不服」とある。
国中が不服な王は、認められていないと考えるべき。

日本書紀では、倭人伝などを引用しながらも、神功皇后に卑弥呼と台与の
二人分をまかなわせているように見受けられる。卑弥呼と台与の二人を、
天照大神一人としているのも十分にありうる。

天照大神は、岩戸に入る前と岩戸から出た後では人格(性格)が異なることは
よく指摘される。特に、高皇産霊尊の登場が大きい。
くしくも、梁書などで台与のあとにまた男王が立ち、中国爵命を並び受けた
ことに符合する。男女の王の並立なんてほかには例がない。

523 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:21:35
>>522

反日売国奴くん。

はやいところ、伊勢神宮にいって、
「伊勢神宮の天照大神は卑弥呼で、中国に朝貢して臣下になった。」とビラまいて来い。
おまえの最終目標だろ。





524 :sss:2010/06/23(水) 23:26:22
>>515
畿内説は、昔からそういうレッテル張りが好きみたいだな。
それではまともな議論はできないというか、単に避けているに過ぎない。
もう、ただ嫌っているだけだろう。
真実を闇に葬ろうとしているのかな。


525 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:30:51
邪馬台国は東遷してない。倭の五王と秦王国が東遷している。

神武のモデルは名前に「天 アマ」がついてないので、倭の五王の讃か武。
天武のモデルは秦王国のアマタリシヒコの子孫。随書の秦王国は九州。

また景行天皇のモデルは倭王武、名前はタラシヒコよりもらう。景行天皇の
別名は大足彦忍代別尊=オオタラシヒコオシロワケミコト
なので、景行天皇は九州の征伐をして熊襲と戦っている。熊襲は熊本辺りにいた
倭人国で狗奴国に通じる。

526 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:32:20
SSSくんは、伊勢神宮に行ったことがあるのかな?
あそこはいいところだよ。
森の中にあって、清浄な空気があたりを包む、神聖そのものという土地だ。
いったい、中国や朝鮮に、日本の神社に相当するような斎場があるだろうか?
自然崇拝は古代には世界中にあっただろうが、多くの国は、自然を壊し、
石作りの豪華な神殿を作るように発展した。

森を聖地とする伝統は、日本だけに受け継がれてきたスタイルだとは思わないかね?
外国の影響がどこにあるだろう?
天照大神は、その日本の最高位にある太陽神だ。

しかし、君は、天照大神は3世紀の生身の人間がモデルで、中国に朝貢したのだという。
面白いね。
ぜひ、今度伊勢神宮に行くことがあったなら、社務室に赴いて、宮司に向かって、
>>522と同じ論を語ってみたまえ。宮司はどんな顔をするだろう?
君の高説を、温かい目に受け止めてくれるかもしれないよね。
もしかしたら、君の説が、伊勢神宮のパンフに載るかもしれない。
そうなったら、とても嬉しいだろう? それが君の望みなはずだ。

ぜひ一度、伊勢神宮の宮司のその話をしてきてほしい。



527 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:36:43
>>524
>真実を闇に葬ろうとしているのかな。

アホウが。ここ2chで真実も闇もないだろうが、クズ野郎。www 東征の事実が闇に葬られようと
してると思うんなら、裁判でも起こせよ。あるいは朝日の全面でも買いきって論文でも載せることだな。ww

528 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:42:48
SSSくん。
伊勢神宮に行く暇が無いなら、電話で問いあわせてみるというのはどうだろう?

伊勢神宮の代表電話番号は、ググれば出てくる。
電話の相手は、神社にお勤めなだけあって、とても物腰の静かな方ばかりだ。
だからこちらも礼儀正しくしないといけないよ。

君の知りたいことは、こういうことだろう?
「天照大神は、卑弥呼でしょ?」
ストレートに聞いて見るのもよし、遠まわしに探ってみるのもよし。
相手が本当に「天照大神は、卑弥呼のことです。」と返答したら、君は大満足だろう。
ぜひこのスレで報告してくれ。意気揚々とね。君は九州説のヒーローになるよ。
どうだい、すごいだろう?

もし、相手がお茶を濁すようだったら、君はこう思うんじゃないかな?
「畿内説の陰謀で、口止めされてる」
大変だね。伊勢神宮が、畿内説の学閥によって、圧力を受けて、口止めされてることになる。
そんな大変なことは、とにかく、世間に訴えたほうがいい。
ぜひ、このスレで報告してくれ。 そして畿内説の陰謀を世に暴いてみてくれ。
楽しみにしてるよ。


529 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:46:52
まあ俺らは「ゴミは消えてくれ」って言葉の通りに言ってるわけなのだが

東遷厨はそれを脳内変換して

「なるほど、真実を語る俺が邪魔なのだな。闇の組織どもめがこんあところまでやってきやがって」

こうなっちゃう訳なんだな

こういう妄想はだいたい現実で報われていない自分を
せめて空想の世界だけでも満たされようとする代償行為なんだよね。

530 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:48:08
倭の五王にしても自分から尊号を僭称して、あとから中国に朝貢して正式に任官されているのだから、
卑弥呼だけが中国に朝貢していたわけではない。
中国に朝貢していたのがそんなに嫌なら倭の五王も関係ないとしなきゃね。

531 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:51:07
>>524
sss
ふざけたことを言うんじゃねえぞ。お前などしょせんはこの2chで論の主導権を取りたいとか、
楽しく遊びたいとかその程度だろうが。ww ほんとに東征を訴えたいなら、すべてを捨てて
安本のとこへでも走ったらどうだ、ああ。自分で何もできないくせに詐欺だとか陰謀とか言って
るやつはすべてクズ野郎。www

532 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:54:11
>>530
まあ中国の属国みたいな時代の話ですからね

533 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 23:55:45
とにかく、SSSくんは、
天照大神を卑弥呼とすでに断定してるわけだから、
答えは簡単に出るんですよ。

天照大神が卑弥呼なのか
伊勢神宮に問い合わせるだけ。

簡単なことだよね。歴史に興味があるから、教えて欲しいんですけど、と、
丁寧に気持ちを伝えれば、相手も丁寧に答えてくれるよ。
それに、「天照大神は、卑弥呼ですか?」という問い合わせは、年に何回かあるはずだから、
相手もよく、こちらの気持ちを察してくれると思うよ。
だから、遠慮しないで直接聞いてみるといい。
そうすれば一定の答えが出てくるから。

「天照大神は卑弥呼だった!」
「伊勢神宮は、陰謀に巻き込まれて口止めされてる!」

どっちにせよ、SSSくんにはいい収穫になると思う。
2chで書き込みしてるヒマがあったら、まず伊勢神宮に問い合わせる事。
そのほうが早いから。


534 :sss:2010/06/23(水) 23:56:22
>>526
伊勢神宮には何回か行ったことがある。
すごく広い神社だと思った。
>>528
そういう言い方はもういいから、ちゃんと説明したらどうなのかな。
天照大神が卑弥呼でないとしたら、いったい誰なのか。
それさえはっきりさせればすむことだろう。

天照大神というのは、記紀に登場する天上の神様となっているが、
素戔鳴尊との争いの場面が大半を占める。そのあと天岩戸に隠れる。
むしろ、人間臭さにあふれている。
神格化されるほどの美化されているわけではない。

実在の人物の反映と考える方が妥当だろう。

535 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 00:01:54
古墳時代の歴史書が全部鎌足くんに焼かれてしまったんだからどうにもならんよ

536 :sss:2010/06/24(木) 00:02:24
>>533
皇室というか、その周辺が天照大神を皇祖神としているのは、多分、記紀に
最初に登場するからだろうな。日本書紀では、高皇産霊尊を皇祖と呼んで
いる。

伊勢神宮に問い合わせろって、問い合わせてもいいが、伊勢神宮も
わからないだろう。「わかりません」って笑われるだけだろうな。

537 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 00:02:54
>534
SSSくん、

>そういう言い方はもういいから、ちゃんと説明したらどうなのかな。
>天照大神が卑弥呼でないとしたら、いったい誰なのか。
>それさえはっきりさせればすむことだろう。

天照大神が卑弥呼かどうかなんて、こっちは答える立場にないでしょ。
伊勢神宮に問いあわせてください。そのほうが早いから。

天照大神=卑弥呼って断定してるのはSSSくんなんだから、
あなたに立証責任があります。





538 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 00:04:30
>>536

>伊勢神宮に問い合わせろって、問い合わせてもいいが、伊勢神宮も
>わからないだろう。「わかりません」って笑われるだけだろうな。

問いあわせれば、相手の声のニュアンスもわかるでしょ。
いいから、明日にでも、問いあわせてごらん。

それとも、現実の世界と接点を持つのが怖いのかな?





539 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 00:04:38
ちなみに、宇佐神宮に行って、比賣大神は卑弥呼ですかと尋ねた人が
いたらしい。神社の人は「わかりません」と言ったとか。

540 :sss:2010/06/24(木) 00:07:48
>>537
立証責任って、天照大神=卑弥呼+台与の根拠は、何度も書いているはずだが。
なんだったら、もう一度書こうか?

今度はそちらの番だと思うが。

541 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 00:07:54
>>522
魏志に記される卑弥呼と台与の二人が紀記では天照大神の一人になっていると主張するということは
紀記に記される神と天皇の歴代数が事実と異なるように改変されていることを認めることだろう?
その瞬間に紀記に記される歴代数に対する疑念が生じることになる訳で、
その信頼性のない歴代数分の平均在位年数を過去に向かっていくら積み上げて年代を推定したところで
それは事実とは乖離したものになるので何の意味もない作業なんだけどね

あと、卑弥呼の次の王は国中が服さなかったから紀記に記されていないという主張も
紀記の記す歴代数が事実と異なることを率先して認めることになるので(以下略)

542 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 00:10:44
>>540

あなたが、伊勢神宮に電話すればすむ話でしょ?
なんで、関係ない他人に答えを聞こうとするわけ?
変な人だね。

やっぱり、実世界と接点を持つのが怖いの?
伊勢神宮に電話して、笑われるのが怖いの?
君の信念である東遷説は、伊勢神宮の人に笑われたくらいで揺らぐんですか?


543 :sss:2010/06/24(木) 00:12:08
>>539
は私です。

544 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 00:14:36
>>543
天照大神=卑弥呼+台与でもなんでもいいから、
この先、この話を続けるなら、あなたが伊勢神宮に連絡してウラをとってください。

伊勢神宮から「わからない」という答えを聞けたなら、相手の口調のニュアンスを報告して、
話はそれからだな。


545 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 00:16:40
シュメール系ダン族秦氏スサノオの近畿を
北九州の女王ツングース系ミャオ族大和氏天照が国譲りさせたのが大和政権

546 :sss:2010/06/24(木) 00:17:13
>>542
そんなに電話するのが好きなら、自分で伊勢神宮に電話したらいい。
天照大神は誰ですかって。
連続投稿警告が出たのでしばらく休憩。

547 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 00:19:05
>>546
>そんなに電話するのが好きなら、自分で伊勢神宮に電話したらいい。

自分の説を、自分で実証する気が無いってことなのかな?


とんだ甘ちゃんだ。

2度と帰ってくるな。



548 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 00:19:37
>>512
神功皇后の年代は記紀によっているんだろうなあ。
それなのに、天照大神は神功皇后よりずっと遡るという記紀の記述は無視するのかい。

549 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 00:21:35
秦氏というのは随書の秦王国のことだから、近畿ではないよ。
随書読めばわかるとおり、筑紫国の東が秦王国だから九州だよ。

550 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 00:28:16
古代史を研究しようって言うなら、気になることがあれば神社でも、博物館でも、文部省でも、
普通に問い合わせするものだと思うが、問い合わせ窓口は開いてるんだし。
そこまで能動的になれないヤツは黙ってロムってろってことだ。




551 :sss:2010/06/24(木) 00:30:22
>>542
こちらは自分の説に信念を持っているからいいんだよ。
感情的な意見や誹謗・中傷ばかり繰り返すだけで、根拠を言わないのは
そちらだろう。
そちらが確かめるのが筋だと思う。

だいたい、伊勢神宮に電話しろなんて子供染みたことをいうのがおかしい。

552 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 00:35:41
>>551

現実世界と向き合うのが怖いだけだろ。

俺も伊勢神宮に何度も行って、話しもいろいろ聞いたし電話で問い合わせをしたこともある。
「天照大神は卑弥呼ですか?」なんて話はしなかったけどな。
俺には必要の無い話題だから。

必要があるのはSSSのほうだろ?
だったら、SSSが問い合わせするべきスジの話だ。


553 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 00:36:46
>>551
その信念を持ち続けるのは別に構わんが
2chで公開オナニーするのはやめて欲しいね

554 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 00:40:09
記紀はとにかく天皇の在位期間が長いので、天照大御神を卑弥呼の時代にしても
少しもおかしくないね、確かに。


555 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 00:40:15
伊勢神宮に聞けば分かると思ってるところが幼稚だな。

556 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 00:42:57
>>555
じゃ、君が伊勢神宮に教えてあげたら?
「天照大神は卑弥呼だったんですよ」って。


557 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 01:04:48
他人に押しつけないで自分でやること。君が伊勢神宮に教えてあげたら?
「天照大神は卑弥呼だったんですよ」って。

558 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 01:22:09
アマテラスが誰かって?
アホな事にスレを消化しているな…
天照は天照、神様であって人間ではないwww

大体このsssの日向東遷厨のオレサマストーリーだツクヨミを無視しちゃっているw

じゃあイザナギの禊で同時に生まれてきたツクヨミってのは誰なんだ?

それに天孫降臨劇が史実、神武東征も史実なら
その間にある日向三代の神話は如何なる史実の反映、メタファーなのか?

結局てめえに都合のいい部分をつまみ食いしただけの
「ぼくのしんわかいしゃく」に過ぎないwwwwwwwwww

こんな与太が将来日の目を見る状況って俺には想像すらできないwwwwwww



559 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 09:50:32
>>558
ケチばかりつけてないで、畿内説の合理的解釈でも真面目に考えてみたら?
倭人伝は全部信用できない、南は東のことだ、なんて与太が将来日の目を見る状況って
俺には想像すらできないwwwwwww

560 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 09:54:51
>>559
コピペにマジレスだが「将来日の目を見る」じゃなくて、現実は既に現在アカデミズムは畿内説一色なわけだが・・・

561 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 11:08:23
>>560
海外の日本史家の間じゃ相手にもされてないだろ
騒いでるのは皇国史観に毒された派閥だけじゃねえか

562 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 11:10:13
海外の日本史家(w)

だれ?

563 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 11:15:02
♪ 邪馬台国はいつも 九州の中にぃ〜

♪ なんでだろ?九州説選んだ私でっすぅ

♪ もう止まらない 卑弥呼様はアマテラスだよ

♪ I Go Crazy 常識はつまらないの

♪ You Must Die 感じるままオカルト説に逝くの

♪ 妄想でしょでしょ 報われない現実から逃げて

♪ 夢があるから素直に読める 記紀も倭人伝も

♪ 一緒に叫んでください 畿内説は詐欺だと

♪ いまや過去になった九州説、東遷説、王朝説 伝えてぇ このスレ I 'm Still Crazy

564 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 11:32:19
♪ さらばぁ九州 旅立つイワレ 無敵軍団ジンム

♪ 東の彼方 大和盆地へ 鉄器も持たず 今旅立つ

♪ 必ずここへ 帰ってくると 手を振る人の 期待裏切り

♪ 瀬戸内越えて 大和盆地は 九州の痕跡無し

♪ 無能軍団ジンムぅぅぅ!

565 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 11:33:54
>>563
ハルヒのOPでしょそれ
マジ気持ち悪くて笑えないから控えおろう
最近キモヲタでしゃばりすぎ

566 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 11:35:01
アニメしか趣味が無いやつは見てて悲しくなる
会話しててもアニメネタしか出てこない貧困な世界観じゃそりゃアカデミズムに毒される罠

567 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 11:36:11
うわつまんね・・・^^;一生懸命考えたんだと思うとwwww

568 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 12:10:55
あ、今日も替え歌あがってるw

まあ九州説には不快なのは分かるが、厳しい寸評ですまんが今日のはもうひとつ。
てか、ハルヒってのをここのおじさん連中は知らないんじゃないか?
ヤマトはすぐに分かったけど。

569 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 12:21:19
若いやつで九州説ってありえないし。


570 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 12:31:02
常習犯なのこいつ!?wwwww
このセンスでがんばっても悲しい結果にしかならんと思うがなあ
ネットでだけ寒いギャグを振りまいてるならまだかわいいけど、リアルでもこんな寒い歌発表してるならちょっとあれだよ?
あんまり回りに気を使わせない方がいいよ?

571 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 12:34:01
今時九州説なんて言ってるのは
九州の村興し自治体とアマチュア研究家、
それに一部の朝鮮人だけです。

572 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 12:34:44
そんなに悔しかったのか。

573 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 12:35:22
まああれだ、揶揄されている九州説が褒めてくれるはずがないというアレだ。
明日は期待してるぞ。

574 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 12:45:14
『早く定説になりたい!』

暗いさだめを吹き飛ばせ

鉄!絹!文献! 東遷厨房

575 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 12:47:33
わーおもしろーい

576 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 12:47:39
この野郎、欠点を改善してシンプルに面白くなってるじゃないかwww
なにこの才能の無駄遣いw

577 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 12:52:35
畿内説論者の幼稚さがにじみ出てるスレだな
嫌韓厨がまだまだ幅を利かせていた頃に、頓珍漢な根拠で極論息巻いてた雰囲気とそっくりだ

578 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 13:05:43
畿内詐欺ってまだいたの?

こいつら毎日同じ書き込みばかりやってて、よく飽きないよな()

579 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 13:12:55
>>578
( ´∀`)オマエモナー

580 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 13:26:49
>>577
不思議な話だな。君に言わせれば畿内説は嫌韓厨なんだね、つまりネトウヨって訳だ。

ところがだいたいの畿内説は神武東征やら欠史八代やらは否定しているんだ。
記紀の記述は信用できないとしているんだわ。

そして大国なんかに言わせれば、そういうのは津田史観に毒されたブサヨらしい。

レッテル貼りも結構だが、とりあえずお前らで設定を話し合ってからやってくれ。
俺たち、右なの?左なの?wwwwwww

581 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 14:40:17
そうね。畿内説というか戦後の歴史学は記紀の記述を全面的には信じないとするのが基本的な立場。文献史学なら中国側史料の
裏付けがあるもののみを史実として扱う。あるいは考古学的な資料による裏付け。・・・ただし、文字の一般的には使用されてない時
代にあって、「卑弥呼=天照大神」あるいは「卑弥呼≠天照大神」などの資料が出るはずもなく、確定的なことは言えない。しかし文
献史料と異なり、考古学資料は日々新たに積み重なっていく。そしてその積み重ねの中から、自ずと全体的な状況が見えてくる。

「卑弥呼=天照大神」については、そうである確証は何もない。ある人にはそれが確からしく見え、ある人にはそうは思えない状況が
続いていくだけ。いつまでも史実にはならないし、教科書にも載らない。

安本は「結論が出ない」ことを知ってて、あえてこれを商売の種に選んだ。安本はいい、儲かっただろうし社会的な地位も得た。確か
に彼の存命中に邪馬台国問題が決着を迎えることはないだろう。しかし、この脆くかつ危うい仮説を信じて付き従ったものはどうなる
のだろう。哀れでならない。


582 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 14:51:14
>>581
うん、あわれだね。きみは。

583 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 14:52:08
信者の行く末というのは、そういうもの。
自己責任だな。


584 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 15:19:40
歴史学は歴史的事実を追求するのがその使命の一つだと思うが、日本側に文字資料のない時代については上で出てきたシュメール
がどうこうなどの超古代史といわれるトンデモでも、全面否定は難しい。しかし、実証されないものについては少なくとも「保留」の態度
を取るのが学問を進めていく上であるべき姿である。

理論物理学で有名なホーキング博士は、ブラックホール蒸発に関するホーキング輻射など優れた業績を残したが、ノーベル賞受賞対象
にはならない。なぜなら、ノーベル賞は基本的に実験・観察によって検証可能な業績に対するものであり、理論構築から数十年後に確証
が取れて受賞するケースもある。アインシュタインの受賞も相対性理論に対してではない。

むろんアマチュアがこのような匿名掲示板に何を書くのも自由ではあるのだが、世間一般に認められていない事柄について、「絶対にこう
である」と主張するのは、はなはだ見苦しい態度であると言わざるをえない。





585 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 15:38:06
大山マスタツ亡き後の極真会館とか、教祖帰幽後の新興宗教団体とか、そんな感じですか。

586 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 16:14:17
世間一般に認められていない事柄だって、別にかまわんだろう。ただ、それなりの理由を書くべきだろう。
でないと、読んだ人は、書いた人が何を考えているのか、分からないからね、

587 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 16:15:11
ただまあ天照大神に関する考察は面白い論点をいくつか含むだろう。こちらは文献はまったく専門ではないが、例えば日本書紀
には、神功紀において「倭人伝」の中の卑弥呼に関する記事を引用している。これは中国に見せることが目的の一つであった書紀
の編纂姿勢において、「三国志」の記述を無視できなかったためであると思うが、この書紀編者の「卑弥呼=神功皇后」説はどう見
たらよいのだろう。

書紀編者は断定しているわけではなく、懐疑的な姿勢であり(266年朝貢も卑弥呼と見るのは誤謬)、これは書紀編纂時において卑
弥呼についての記憶は失われているということか?それとも、何か重大な事実を隠匿するためのミスリードなのか?・・・後者の立場
に立てば書紀は恣意的に編纂されていることになり、その全体の記述を疑ってかからなければならないことになるのではないか?

>>585 カラテは一人でも、老人でもできるからねえ。むしろ時間のたっぷりある老人が孤独に2chに籠もって爆発するのではないか?
www すでにその兆候が出てるか?www

588 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/24(木) 17:01:00
>>586
そう。このような性格の掲示板なら、極端なスレ違いでない限り何を書くのも自由だろう。上レスを読ませてもらったが、さすがにシュメ
ールどうたらのようなものはスレ住人の総意で淘汰されるだろう、・・・あんまりだからな。ただ、「卑弥呼=天照大神」のようなものも、私
から見れば同じレベルのトンデモだな。上で「反論してみろ」と大見得を切っている輩がいるようだが、これは「ドラエモンは実在する」と
いう命題に反論してみろというのと同じで、まったく不毛、水掛け論を呼ぶだけだろう。sss という輩はおそらく体系的に学問を学んだ経
験がないのではないか。さらに論題自体が時代錯誤もはなはだしい。www

面白そうなスレなのでコテを名乗ることにする。




589 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 17:32:57
日本書紀自体が全くあてにならない代物
古事記もしかり

590 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 17:40:10
だから大和朝廷は存在しない。

591 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 17:42:34
大和朝廷は、どう考えても文武以降。桓武天皇以後がいいところかな。

592 :恐竜の卵:2010/06/24(木) 17:44:13
>>589
それでは聞くが、あてになる代物とは何だ?

593 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 17:45:03
九州王朝とチェンジしたという説がある8世紀後半ですか。

594 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 17:46:23
>>587
>中国に見せることが目的の一つであった

外国の歴史書との整合を図っただけだろ。百済、新羅関係の記事もそんな感じ。

まず、国内歴史書と伝承で編年する。
その結果出た年代に相当する外国の記事を挿入する。

という順序でやったため、国内資料では天皇の長寿伝承の結果、天皇の在位期間が
繰り上がり、その年代に外国の歴史書の事跡が挿入されている。

干支を120年繰り上げると整合するとう考えもあるが、120年新しくした年代が正しいという
わけでもないので、国内資料による年代設定は干支が利用されていない。
むしろ、国内資料に干支の記載がなかったので、繰り上がってしまったのだろう。


595 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/24(木) 17:51:40
私が書くまでもなくこのスレの住人には周知なのだろうが、天照大神は天武朝以降、古事記成立にともなって創作されたとする説も
ある。あらかじめ断っておくが、これも「卑弥呼=天照大神」説同様に定説化しているわけではないし、現時点の史料で判定できるも
のでもない。ただ、いかにもありそうな印象を与えることは確かだろう。

この説では、持統女帝の事跡を正当化するために天照大神の性格を創作し、それまで一地方神であったものを皇祖神にまで祀りあ
げた。この主目的はむろん持統帝の孫への皇位継承を正当化するためのものであり、「天孫降臨」の記述がこれを象徴するといった
もの。・・・種々の理由から、「アマテラス」の研究はなかなか進展しないが、これはスレ違いになるだろう。



596 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 18:03:19
>>595
記紀は二つの特殊な(矛盾した)主張をしている。

1:畿内王権は天地開闢以来連綿と続いた、中国にもおなじみの国である
2:畿内王権は唐に刃向かった国ではない

1:日本列島では宗主国が3度交代し、神話〜人話が3段階になっている。
その2段階目が天照大神なので、これを書かないと天地開闢以来の国にならないから書いた。

2:卑弥呼は天照大神より数代後の人物だが、畿内王権の始祖として神武を置いたため、
卑弥呼と時期の近い神武ばかりを描写することとなり、卑弥呼には推古を充てて誤魔化した。

597 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/24(木) 18:04:05
>>594
>外国の歴史書との整合を図っただけだろ。百済、新羅関係の記事もそんな感じ

これはむろんそうだろう、整合しなければ史書としての体面が保てない。国家としての諸条件を整備していた時期だから。このスレに
は(上の口上師という人のレクチャーによれば)倍暦などを駆使する御仁もいるようだが、干支はすべて後付けだろう。そのあたりは
本邦における暦の歴史を少しググってみるだけで十分だろう。

598 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/24(木) 18:07:26
>まず、国内歴史書と伝承で編年する。
その結果出た年代に相当する外国の記事を挿入する。

この方法なら正しい太陰暦に記事を差し込まねばならないが、
書紀は太陰暦であるが、正しく無い。
何故正しく無いのかを解明せよ。


599 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 18:12:05
スレ違いでしょうけど、
昔から暦の話を見るたびに気になっていたのが閏の存在で、
だいたいどの時期に閏を入れたかは、記録に残っているんでしょうか?

600 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/24(木) 18:22:55
>>596
>記紀は二つの特殊な(矛盾した)主張をしている。
1:畿内王権は天地開闢以来連綿と続いた、中国にもおなじみの国である
2:畿内王権は唐に刃向かった国ではない

これも正しいと思う。白村江から注意をそらしたいという恣意はそこここに散見される気がする。天智から天武にかけての描写、「虎に
翼を着けて放つ云々(後漢書の故事から引用?)」などは中国に見せるための体裁かもしれない。また、旧唐書の記述「其人入朝者
多自矜大不以実対」のあたりを見ても、その意図は達されているようだ。


601 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 18:43:44
>>599
閏年は、東洋には無かったでしょ?



602 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/24(木) 18:44:56
>>599
「閏」??わからない。www この唐松山という人が詳しいのではないか?いずれ中世でも旧暦が何度も改定されているのは、実際と
合わないことが多かったからではないか?閏はズレが大きくなってから修復のために入れていたのかもしれないが・・・。
いずれ本邦で古来から暦が用いられていたのなら、もっと星辰神話や占星術のようなものが現代まで残っていてもよいのではない
かと思う。この星の話は天武天皇との関わりも深い。



603 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 18:48:00
閏月、閏年、いずれは入れなければならないはずですが
生活に困るくらい大きくずれたら、制定し直しということなんでしょうかね。

604 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 18:58:40
>>595 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI.

>この説では、持統女帝の事跡を正当化するために天照大神の性格を創作し、それまで一地方神であったものを皇祖神にまで祀りあ
>げた。この主目的はむろん持統帝の孫への皇位継承を正当化するためのものであり、「天孫降臨」の記述がこれを象徴するといった

神話をきちんと相対化できる論客は歓迎する。
おそらく、溝口 睦子氏の著書なども読まれているのではないか?





605 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/24(木) 19:05:37
>>599
古記に残っている。
だから太陰暦を無視して年代を考えても正解は得られない。


606 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/24(木) 19:11:27
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/simin16/rekihouz.html
二、「古記」の暦数
 『十三経注疏附校勘記』(清・阮元校勘)に収録された「春秋左伝注疏・巻第 十八」・「伝」文公元年条の「疏」には、次のような注釈がある。

 正義曰、古今暦法、推閏月之術、皆以閏余、減章歳余、以歳中乗之、章閏而一、所得為積月、命起天正算外、閏所在也、其有進退、以中気定之、無中気則閏月 也。
古暦、十九年為一章、章有七閏、入章三年閏九月、六年閏六月、九年閏三月、十一年閏十一月、十四年閏八月、十七年閏四月、十九年閏十二月、・・・大率 三十二月
則置閏・・・。
 「古記」が、陰陽頭の職掌の一つである暦数の注釈に、右の『春秋正義』の文章から引用していることは明白である。なお、「古記」は、「十七年 閏五月」とするが、
暦法上は『春秋正義』の「十七年閏四月」の方が正しく、「古記」の方は誤写であろう。

暦は古記の言い分が正しい。




607 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/24(木) 19:18:52
古記は古暦、十九年為一章、章有七閏、と発言しているのに
当時の暦で否定しても始まらない。

古記は神武以降応神までの暦であろう。


608 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/24(木) 19:36:15
ただし神武を−660年に設定しても正しい太陰暦にならない。
何故だ?
つまり正しい太陰暦に、空白の太陰暦を加味した物だからである。
半分の長さで書紀を読んでも正しい太陰暦は得られない。
方法はただ一つ、19年の倍数で伸長されている。
この場合のみ正しい太陰暦が、当時の暦法で得られる。


609 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/24(木) 19:42:57
>>604
いや数冊拝読しただけ。五胡十六国の動乱によって東アジア民族の大きな移動があったという論点は面白かったが、「タカミムスヒ」
と「アマテラス」の関係については説得力はあるものの推測の域を出ないように感じた。ただし、プロだから当然なのだが、氏は方法
論を持っている。

ロラン・バルトによれば物語の構造分析には方法論を明確にし、個々の話がその仮定に対してどれほど着いたり離れたりしているかを
絶えず検討していく必要があるという。これは当然のことなのだが、安本あたりでも単に「似ている・共通点がある」という印象批評に終始
しているのは専門外とはいえ笑止である。

神話分析は、さらに地域による広がりも考慮しなくてはならず、「天の岩戸」系の話なら、はるか以前から南シナの苗族(上で出てきたか
www)、アッサムのカーシ族、ナガ族にもあり、またオーストロアジア語系のクメールその他にも分布していることが明らかにされている。
(岡正雄の研究など)これらは意図的に触れられていないのだろうが、これらの国々に卑弥呼が偏在していたわけではなかろう。wwww


610 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 19:50:27
岡正雄は、日本神話と海外の神話の類似を指摘するまでは良いが、
騎馬民族征服説に傾倒するようでは、やはりトンデモと言わざるをえない。
当時の流行だったのかかもしれないが。

611 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/24(木) 19:55:12
>>610
www 当時の知識で日本民族の起源を考察するにはちょっとムリがあったということだろう。よく知っているな。このスレもあまりあなど
れんか。ww しかし、神話の分類はそれなりに実証的なものだ。

612 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/24(木) 19:56:49
騎馬民族征服説を否定するには、北方の民の流入を正しく把握せねばならない。

323年神功49年、東夷軍の大将であった千熊長彦に従った民が倭国に流入した。
晋が洛陽奪回を断念し、東北方面が空白地帯となった年だ。


613 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/24(木) 20:14:37
で、どこに行こうか。天武帝の話でもするか。天武が「天文・遁甲を能くした」と天武紀の始めに出てくるが、これは式(ちょく)という用具
を用いた占術の類らしい。日本初の占星台を築き、陰陽寮制度を整えたりしているので当時にあってはかなり前衛的だったのだろう。w

>>612
書紀には、横川で壬申の乱の帰趨を占い、卦には自分が勝つと出たらしい。wまた、天武紀には12年に東方の空に星が現れた記述が
ありこれはハレー彗星と推測できるが、このあたりはあなたの編年に合致しているものですかな?あと、記紀に記載される天文記事との
整合性は?

614 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/24(木) 20:28:23
奈勿大聖神帝紀(ネムルデソングシンゼギ) 7年, AD383年.
七年 正月 行水羊祭 光臣伊伐〓 白花稟主 7年(AD383年) 1月, 水羊(修養, 癸未, AD383年)祭(私の)を行った. 光臣(狂信)を 伊伐〓(イボルチァン)で, 白花(百貨)を 稟主(稟奏)にした.

三月 夫余流民三十戸又来降 夫余与倭相通 年年受其民 散置都鄙 倭臣熊彦美而善弁 与阿□相通 多聴其言 故国人異反 或帰于我 亦帰于麗 休礼太后生長?子勿? 始立戸口典 禁民子母相婚
3月, 夫余(付与)の 流民(流民) 30号がまた 来降(レハング)した. 夫余(付与)と 倭(なぜ)が 相通(上通)したら, 毎年その民たちを受けて, 都邑と田舍に 散置(散置)させた. 倭(なぜ)の
臣下 熊彦(ウングオン)はハンサムだ言葉がお上手で, 阿□(子供)と 相通(上通)したら, 彼の言葉にたくさん従った. それで 国人(お吸物である)らは 異反(離反)して, あるいは私たちに,
あるいは高句麗に帰属した. 休礼太后(ヒュリェテフ)は 長?(ザングフン)の息子 勿?(ムルフン)を生んだ. 戸口典(戸口前)を初めて立てた. 民たちが息子とお母さんがお互いに婚姻するこ
とを禁止させた.


癸未年 国人は、高句麗、百済、倭好きなところへすんでも良い。
こんな発言は、323年でしか説明出来ない。

まあ百済から全てを頂いて倭国は大きくなったと考える方々は383年の出来事として下さい。


615 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 20:30:54
天武の話をするのなら、
九州王朝説を一蹴してほしいな。

壬申の乱は、天武が九州から畿内に移ってきて天皇になった事とか言ってるからな。


616 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 20:33:56
天武が九州から来て、壬申の乱を起こしたって、史実そのままでしょう。

617 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/24(木) 20:36:08
溝口睦子氏の著作に関する話では、「タカミムスヒ」と「アマテラス」は明らかに別系統の神性であり、これに関する研究成果は多い。
上レスで、台与をフォローした男性有力者を「アマテラス」に対する「タカミムスヒ」にあてる意見もあったようだが、これも単なる類似性
の指摘であってそれ以上の深まりはない。「タカミムスヒ」が主導する「天孫降臨」は北方系の神話であり、元来の皇祖神の性格として
はこちらのほうがよりふさわしいであろう、天皇家の出自からしても。www おっと、私はむろん騎馬民族説ではないが。www 「タカミ
ムスヒ」はこの北方由来の性格に、さらに古代農耕神的「高木」の要素が加わったものと考えてよいのではないのか。

618 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/24(木) 20:48:04
あとは・・・私はけっして文献や神話が専門ではなく、むしろ上の閏の話などわからないことだらけなのだが、まあ岡田精司氏の説でも
紹介しておこう。溝口睦子氏もかなり参照しているだろう。

>天皇家の守護神は元来男性神であるタカミムスヒであった。
  五世紀後半雄略帝紀に、守護神の祭場を河内・大和地方から伊勢に移し伊勢神宮が成立した。
六世紀の早い時期、タカミムスヒに仕える巫女=斎王は、神格化して日神タカミムスヒと並ぶ祭祀の対象になった。
  推古帝紀、巫女神=日女神(アマテラス)は、タカミムスヒと並ぶ存在にまで高められた。
  天武帝紀に伊勢神宮の祭祀に大変改が加えられ、ヒルメの神(アマテラス)のみを、単独に太陽神として祭ることとなった。

これがすべて真とは思わないが、いい得ている部分も多いだろう。

>>615 九州王朝はただの物語だよ。ww ただし天武帝は強烈な改革者だ。


619 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 20:49:26
なんかすごい人が来てんじゃね。

620 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/24(木) 20:55:35
>>618
倭媛の嘆きが聞こえてきそうだ。


621 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/24(木) 20:57:37
天武の話をするのなら、 箸陵は誰?


622 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 20:58:50
タカミムスヒは奈良県御所市の高天彦神社に奉られてます。
御所は葛城の本拠地。高天彦は延喜式最高位の神社。
高天彦の近くに高天原があります。この麓には一言主の社があり、
雄略とのエピソードが残っています。

623 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/24(木) 21:08:29
天武帝は皇位継承を期に、宗教的に日本を統合しようとした節がある。壬申の乱においては劣勢時に神武天皇陵に捧持し、また
これを告げた牟佐の神は孝元天皇との関連が指摘される。これが史実であるかは図りがたいが、皇統の開祖とされる神武帝との
関係を強調することで、正統を継ぐ者という印象を与えようとした意図を見ることもできるだろう。

実は伊勢神宮を天皇家の守護社としたのも天武であり、長期間途絶えていた齊宮の復活、式年遷宮制度の制定、広瀬・竜田祭の
国家事業としての実施など。また、この頃から新嘗祭と大嘗祭の区別がされ現在にまで継承されている。伊勢神宮に道教的要素
が多く見られることは夙に指摘されているが、これは天武が持ち込んだものだろう。彼は宗教を巧みに利用し自らを権威つけようと
した。

624 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 21:08:56
>>618
>天皇家の守護神は元来男性神であるタカミムスヒであった。

記紀を「素直に読めば」そういうことになるな。
あくまでも、高天原の主神は、高皇産霊神であって、天照大神は自然神のひとつにすぎない。
たまたま、天照大神の子孫が天皇になった、という説話であって、
天皇の祖神がツクヨミやスサノオになってた可能性もあった。

天武が天照大神を奉じて皇祖神に高めたのは、
これはもう、壬申の乱で尾張氏の援軍を得るためだったと考えるしかあるまい。
つまり、天照大神は、伊勢の地方神だったということになる。
文献史学では最も有力な説だね。


625 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/24(木) 21:17:31
天武帝が、今でいう国家神道のみを捧持したのでないことは、仏教に対しても大官大寺等の造営が進められるとともに僧尼の統制
を強化している。また、上レスした陰陽寮などは、陰陽五行説を起源とする中国的なものだし、主祭する泰山府君は道教的な神であ
り、その後盛んになる方違、物忌、反閇などの呪術は道教の方術に由来する。つまり一つの宗教に特化することなくそれぞれ手厚く
遇している。これらは、壬申の乱後の人心を収攬するための方便であったと考えることもできるだろう。

この天武帝の時期に神々の系統が再編され、「アマテラス」の神格が高められ、そして記紀がその意図を継いで編纂されたとしても
驚くことではないと考える。ww


626 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/24(木) 21:30:25
>>624
>文献史学では最も有力な説だね。

そう。「タカミムスヒ」は北方由来であり、「アマテラス」は土着南方系。天皇家の祖神は北方由来であり、これに素朴な農耕神としての
神木(神の依り代)、あるいは性的象徴としてのメイ・ポールのようなもの(これは言いすぎかもしれないがww)などの概念が統合された
ものが「タカムスヒ」(高木神)であり、神話は安本の言うような底浅いものではないだろう。

627 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 21:35:51
>>626
>天皇家の祖神は北方由来であり

安易に考古学と結びつけるのもアレなんだけど、
神武が即位した橿原遺跡は、縄文時代末期なんだよな。
東北系の土器も出てるし。

だからまあ、神武東征も、
日向から近畿に移住した部族がいた記憶と、橿原で即位した首長がいた記憶の合成だと考えている。



628 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/24(木) 21:45:59
>>627
なるほど、橿原遺跡・・・いいところに目をつけた。あの遺跡は不幸な歴史(これもスレ違いになるので興味があるならググってほしい)
があるが、亀ヶ岡などの影響を受けた橿原式土器は縄文晩期の一つの指標ではある。近畿には水稲耕作とともに南方から、もっと言え
ば大陸から人が入っただろう。その記憶が東征の記憶として残っているかは何ともいえないだろうが、縄文文化が徐々に北方に追われ
ていく象徴と言えないこともないか。このあたりも面白い論点になるな。

629 :神無月巫女 ◆Nd2zKeMg.E :2010/06/24(木) 21:51:21
「海部氏勘注系図」によると高皇産靈尊は10世孫・乎縫命の別名で豊鋤入姫命である10世孫・大倭姫命の
お兄さんにあたります。卑弥呼と台与の間の世代の人物で台与のお父さんになります。

630 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 21:52:00
>>628

一般的な話では、卑弥呼は「日巫女」の意味で、太陽神を祀ってた巫女というイメージが浸透してると思うけど、
何か意見ある?


631 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 21:53:48
新唐書、旧唐書にあるけど国都の東界と北界は大山があると。
北に大山がある、海ではなく山があるということはその山は丹波高地うぃ指して、
東の山は紀伊山地と見られる。その界の外は毛人の国だとある。
時代は倭国の名を嫌って日本に改めたころの7世紀後半のことです。
ですからまだ福井や三重などは毛人の国があり、縄文文化であったということです。
つまり奈良も縄文文化から弥生文化を跳び越して古墳文化に入ったので、
考古学的物証が弥生のものが極端に少ないのだと思う。

632 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 21:55:26
SSSみたいな東遷厨のロジックは至極単純

「アマテラスは史上の誰かがモデルになって創造されたもの」
 ↓
「じゃあアマテラスに一番似ているのは誰か?それは卑弥呼に他ならない」

…と結局「誰が一番似ているか?」と言うお話に過ぎないwwwwwww

そもそも話の前提、アマテラスに「モデルとなった人物がいた」が根拠が無い。

少なくとも話の大まかな筋から言えば海外に類似・そのルーツが見られ
まして何らかの史実に基いたものが時を経て変遷した物と考える必然性は無い。

仮に「似比べゴッコ」で言っても
「持統=アマテラス」説の方が話としては良くできているwww

この説が”良くできている”と言うのは
誰が・いつ・何処で・何の為に・どのようにして それを行ったかをかなり具体的に言えることにあるw

また持統・不比等コンビ(w)による陰謀と言うこのお話は
天武系の王統が称徳(例の稀代の怪僧道鏡を寵愛したとか言う女帝なw)で絶え
その後に天智系が復活するまで続く

…どころか明治になって壬申の乱で殺された大友皇子が
弘文天皇としてその列に加えられた…と言うところまで続いているかもしれない壮大なお話(藤原氏の野望)w

SSSも与太を飛ばすにしてももう少し面白おかしくするように精進すべしwwwwwwwww

633 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 21:55:44
>>629
でたらめを言うなよ。
「海部氏勘注系図」にも、高皇産靈尊の娘のタクハタチヂヒメと、アメノオシホミミの子が、
天火明命だと書いてあるが?

634 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/24(木) 22:05:41
>>630
>一般的な話では

wwww 誰にとっての一般的な話なんだ?マンガなどに出てくる卑弥呼のことか。こちらはマンガは疎いが、しかし「倭人伝」のどこ
に太陽を祀ったと書いてあるのだ?「事鬼道能惑衆」とあるだけだ。卑弥呼=「日巫女」とする根拠はない。むしろ中国人なら「鬼」
の字を見れば「祖先の霊」を連想するだろうな。www

635 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 22:10:21
>>634

貴方、ただものじゃないね。

もちろん、俺も、卑弥呼は「日巫女」ではないと思ってる。
「呼」は、「コ」とも発音しないしな。
しいて言えば、「姫」+「呼(当時の尊称)」かな?





636 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 22:11:29
てかこの茨城童子って普通に縦目だろ?www

637 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 22:14:34
最近、縦目が大活躍だな。
まあ面白いからいい。怨み節しかかけない奴とは雲泥の差だし。

638 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 22:19:24
卑弥呼は卑・弥呼で切れるんですよ。
倭人伝の後ろのほうに「倭女王彌呼」、「倭王彌呼」と書いてあります。

639 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/24(木) 22:23:27
ただし、この倭における宗教についての記述はめったに取り上げられることはないし、考古学者でもできる人は少ない。
これも面白い論点にはなるだろう。風俗記事部分にある宗教的記述はこのあたりだろう。(原文は文字化けがあるので)
これは一般の風習なのだろうが、卑弥呼が太陽信仰をもって民を惑わしているならその片鱗くらい見えてしかるべきでは
ないか。

>その俗挙事行来に、云為する所あれば、すなはち骨を灼きて卜し、以て吉凶を占い、先ず卜する所を告ぐ。その辞は令亀の法の
  如く、火タクを観て兆を占う.。
>始めて死するや、停喪すること十余日なり。時に当たりて肉を食わず。喪主コツ泣し、他人就いて歌舞し飲酒す。已に葬るや、家
  をあげて水中にいたりてソウ浴し、以て練沐の如くす。
>その行来して海を渡り、中国にいたるには、恒に一人をして頭をくしけらせず、キシツを去らせず、衣服コ汚し、肉を食わせず、婦
  人を近づけず、喪人の如くせしむ。これを名づけて持衰と為す。

>>636>>637 その縦目というのは誰かな??


640 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 22:24:30
>>637
改宗した縄文人じゃないか?


641 :神無月巫女 ◆Nd2zKeMg.E :2010/06/24(木) 22:26:42
>>633
デタラメと言われましても「海部氏勘注系図」の10世孫・乎縫命の横に亦名として書いてあります。


642 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/24(木) 22:27:45
>>632
安本そのものが底浅いのか、それともわざとわかりやすくして信者を釣り上げているのかここは難しいところだな。いずれ後者
だとしたら、その意図は成功したとはいえるだろう。www

643 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 22:29:16
>天皇家の祖神は北方由来であり

例えば…

ニニギが布に包まって地上に降臨すると言う「真床襲衾」を大嘗祭の時の寝具で再現していて
「赤子が布に包まって地上に降りてくる」と言う神話が北東アジア地域に見られる…とか言うお話なwwww


しかしこの手の話はやれ「三種の神器」とか「記紀に隠された天皇家の秘儀」見たいな物を
好んで語る個々の九州説の連中から出てきてもよさそうなもんだがwwww

644 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 22:30:05
縦目は醜の御盾でミソをつけたので汚名返上とばかりに神話の本でにわか勉強か。ご苦労さん。

>>632
世界各地に似たような神話があるのは事実だが、神話の筋立てを利用して書かれた歴史的事実もあるだろう。
古い時代に起った事柄については正確な年月など記憶に残るのは困難である。例えば、織田信長が本能寺の変
で死んだということは語り継がれるだろうが今日の人々は書物が見なければそれが西暦何年何月のことかは分
らないであろう(受験勉強生や専門家は別として)。

なお、
神武東征は記紀が編纂された頃には年月などは忘れられただ事績の大略だけが記憶されていたのだろう。これ
を似たような神話の筋立てを利用して書き上げたものとも考えられる。海外にも似たような神話があるから史
実を反映していないと決めつけるのは浅薄であろう。


645 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 22:33:55
>>641
「海部氏勘注系図」の最初のほうに、
高皇産靈尊の娘のタクハタチヂヒメと、アメノオシホミミの子が、
天火明命だと書いてあるのは無視?

おまえの言うソースは何だよ?






646 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 22:36:20
>>644
>神話の筋立てを利用して書かれた歴史的事実もあるだろう。

だーかーらー

SSSの言うようなお話は元々あった神話に歴史上実在した人物を”仮託した”なんて話じゃない。
あくまで史実が先にありそこから神話ができたと言う構図。

…そこんトコを先ず理解しろボケ

647 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/24(木) 22:36:33
>>644
>史実を反映していないと決めつけるのは浅薄であろう。

客観的に見て、反映していると考える根拠のほうが希薄だと思うがね。むしろこちらは「アマテラス」の出自を問うているのだ。
かなり後代まで、皇祖神として遇されていたか疑わしいことばかり調べれば調べるほどポロポロと出てくる。これは畿内説がど
うとかいうことではなくもっと学問的な話だ。私は縦目という人ではないし、神話本のにわか勉強などもしていない。失礼な話だな。


648 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 22:37:59
>>641
あんたの勘違い。

乎縫命の亦名は、高皇産靈尊じゃなくて、神皇産霊尊(カミムスビ)

違う神ですよ。



649 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 22:40:07
>>592
ない!とういうのが結論だと思う
時の権力者が自分たちの都合のいいように歴史書をねつ造し続けた結果
日本の歴史はなぞの部分がほとんどだと思うのです
シュメール人が日本にいたことは事実なのですが、書面としての証拠はなく
白村江の戦い以降に書かれたものしか書面がないゆえに真実が闇に葬られてる
のが現状だと思う

650 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 22:41:04
>>647
アマテラスの出自は対馬だが、孫のニニギが九州に上陸して定着、
時代を経て、伝説的な「一族の祖」として祭り上げられたもの。

651 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 22:43:00
太陽神信仰は百越のトン族などがそう。
倭人も百越の仲間だと思うので多分太陽神信仰だったのかも。
日=太陽また太陽は王を表すという。
ミコ=御子
つまり卑弥呼とは王の子という意味。
巫女のミコはもっと時代が下ってからの言葉だと思う。

652 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 22:48:20
また同じ百越のイ族は火祭りでこしみの一つの裸になり体中にいろとりどりのペイントをして踊る。
倭人の刺青を連想させ、そっくりである。
なので、日=太陽=火とも取れる。

653 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 22:55:21
卑弥呼は鬼道に仕えるんだから、「日の巫女」ではなくてむしろ「イタコ」に近い。

654 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 22:56:53
また百越には蛇神信仰もある。
記紀はそれらの民族信仰を取り入れて混ぜ合わせて作り話をしているのだろう。
天孫降臨は山信仰だと思う、山信仰は北方民族の信仰らしい。

655 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 23:03:30
>>646
汚い言葉遣いの人だね。記紀の「アマテラスの物語は海外にもある神話と似ているから史実を反映している
ものではない」と言うのは言い過ぎだと言っただけだよ。アマテラスのモデルは居なかったと証明するのは
難しいだろ?

>>647
縦目は茨城の大学に所属していたと言っていなかったっけ。

656 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 23:05:07
だから倭人の信仰はどれか一つの神の信仰というより
八百万の神々の言葉にあるように、いろいろな自然神を信仰していたのだろう。
それがいつのまにか一つの最高神を基にするピラミッド型の神信仰に変わっていったようだ。

657 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 23:09:45
>アマテラスのモデルは居なかったと証明するのは難しいだろ?

当たり前だボケwww
そりゃ「悪魔の証明」に等しい。

「アマテラスにモデルがいた」「それは誰か?」なんてのはそれを唱えている人間が立証の責務を負うのが筋。

「こことここが似てるでしょ?」と言うレベルでは話にもならない。


658 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 23:10:10
シュメール文字が九州にあるということは紀元前に九州に王朝があったと考えても
不思議じゃない

659 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 23:10:15
アマテラスは皇室の神様だね。一般庶民の神は八百万の神だ。

660 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 23:14:20
>>657
偉そうな口をきく奴だな。てめ〜なんざ・だ。(・は鼻くそでもネズミの糞でも蚤でもシラミでもおめ〜の
好きなものにしろ)

661 :神無月巫女 ◆Nd2zKeMg.E :2010/06/24(木) 23:16:23
>>645
情報ソースは「神道大系 古典編13 海部氏勘注系図」です。
天火明命と書かれているのは仁和885〜889年の籠名神宮祝部丹波國造海部直等氏之本記ですね。
彦火明命と書かれている721年養老5年の籠名神社祝部氏之本記の記述を信用した方がいいですよ。


662 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 23:21:22
>>661
あんたの勘違いだって。
眼鏡かけてよく見てみ。

乎縫命の亦名は、高皇産靈尊じゃなくて、神皇産霊尊(カミムスビ)

違う神ですよ。


663 :神無月巫女 ◆Nd2zKeMg.E :2010/06/24(木) 23:25:54
>>648
10世孫・乎縫命の右側に亦名高皇産靈尊とあり左斜め下に一云神皇産靈尊とあります。
亦名と一云のどちらを優先するかですが亦名の方を優先します。

664 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/24(木) 23:30:45
www 海部氏系図か。畿内説には有利な材料かもしれないが、国宝の価値はあるかな。私は疑問だと思っているが、これもスレ違い
になるか。いずれ「アマテラス」伝承は全国的に極めて少ない。「神明社」はいくらでもあるがね。

>>655 茨城の大学?? 私のコテ名は鬼の名だ。www


665 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 23:31:13
>>663

それなら、彦火明命の母のタクハタチヂヒメの親は誰になるんですか?

666 :神無月巫女 ◆Nd2zKeMg.E :2010/06/24(木) 23:48:22
>>664
海部氏系図は丹後国印が押してある古い系図で内容がないが、海部氏勘注系図の方は有力な歴史的資料です。
茨木???辻元清美の配下のクソ左翼の人ですか???

667 :日本@名無史さん:2010/06/24(木) 23:57:38
茨木童子を知らん奴が日本史板にいるのかorz

そんな奴に限ってアマテラスがどうしたとか、何かの冗談?

668 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 00:00:47
>神無月巫女

おまえもそのハンドルのくせに、鬼と茨木市の区別がつかんのか?
しょせん萌えアニメレベルか。

669 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 00:06:46
>>663
>亦名と一云のどちらを優先するかですが亦名の方を優先します。

「乎縫命」を優先しろよバカ。



670 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 00:09:58
海部氏は元はカイフではなくワタベと読ませたと思う。
それが渡部、渡辺にも繋がる同族だろう。またワタはハタにも繋がるのの
秦氏の一族だと思う。
であるから海部氏の系図は隋書のアマタリシヒコ系であって、
邪馬台国とは時代も違えば系図も違う。

671 :神無月巫女 ◆Nd2zKeMg.E :2010/06/25(金) 00:11:10
>>665
栲幡千々姫命と両親は神代の人だからどうでもいいと思います。

672 :神無月巫女 ◆Nd2zKeMg.E :2010/06/25(金) 00:25:46
>>668
鬼と茨木市の区別?どうでもええやんか。しょせんホラ吹き大魔王の九州説の人やろ。
アホ・馬鹿・間抜け・愚か者と九州説の人の区別なんかつかへんやろが。アホちゃ〜うか。


673 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 00:26:53
>>672
>アホ・馬鹿・間抜け・愚か者

自己紹介ですね。

674 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/25(金) 00:31:33
>>667 >何かの冗談? 
www さすがに大江山くらいは知っているか、それは何よりだ。なら今度はそちらのご高説を拝聴したいものだが。

>>666
これはまったく意見の相違だな。私は勘注系図に価値があるとは思っていない。あのようなもので歴史を語るのは、大きく誤るもと
になると思うがね。

ところで、卑弥呼の鬼道が太陽信仰であるかどうかは重大事だな。なぜなら畿内説がおおかた比定する纏向遺跡の出土品には太
陽信仰の痕跡はほとんど見られないからだ。あえていえば古墳やら建物の方位関係なのだろうが・・・。上に挙げたとおり倭人伝に
も卑弥呼が太陽信仰を行っていたとする記述は見つけにくい。これもあえていえば鏡をもらったことくらいか。しかし鏡が太陽信仰と
リンクすると言い切ることもできまい。これは九州説は卑弥呼の鏡はすべて内行花文と見ているのか?まったく「あえていえば」の繰
り返しだな、そんなに太陽信仰が好きかね。ww




675 :神無月巫女 ◆Nd2zKeMg.E :2010/06/25(金) 00:40:10
>>669
邪馬台国九州説より邪馬台国畿内説を優先しろよ。バ〜〜〜〜〜カ!!
>>673
あなたの推薦文です。参考になりましたか?

676 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/25(金) 00:43:02
>>672 >しょせんホラ吹き大魔王の九州説の人やろ。

これは情けない。人のレスをまったく読んでいないのだろう。上レスは 卑弥呼=アマテラスを否定するためのものだ。論点をまとめ
るとこうなる。

・「天の岩戸」に類する神話は南方系諸国に見られ、日本神話のオリジナルとは言えないこと。
・「アマテラス」が古来から天皇家の皇祖神として遇されていたとは思えないこと。「タカミムスヒ」が元来の皇祖神と考えられること。
・「アマテラス」神話は、持統女帝の事跡の正当化を目的として創作された疑いのあること。
・卑弥呼の鬼道が太陽信仰であったとする根拠が弱いこと。



677 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 00:44:54
邪馬台国は九州にあったと考えるほうが自然
近畿地方にも国はあったと思うけど邪馬台国とは違うんじゃないかと思う
とにかく日本にたくさん国があった時代の話で後代の権力者たちが
邪馬台国を利用して権力基盤を築いていったために各地に邪馬台国
伝説があるのではないかと思う

678 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 00:47:11
>>675

俺は>>669だが、畿内説だ。
文献から考察するにしても、他の文献と一致する事項を優先すべきだろ。
特定の系図にのみ書かれた事項が、何より優先される道理は無い。

古事記にも日本書紀にも、高皇産霊神は、神代の神なんだから、
「乎縫命=高皇産霊神」というのは、「卑弥呼=天照大神」だとかぬかす東遷説のアホと同じ理屈だ。

そもそも「乎縫命=高皇産霊神」でないと困る理由が何かあるなら聞かせてもらおう。




679 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 00:56:45
>>676
卑弥呼がアマテラスでないのは、全く同意。

東遷説には大ダメージだろうが、「卑弥呼は太陽祭祀を行っていない」というのは通説になってもいいと思う。
もちろん、畿内説としては、ヤマトトトヒモモソヒメを卑弥呼に推したい。
モモソヒメは太陽祭祀ではなく、大物主の祭祀をしていた。
つまり祖霊信仰であり「鬼道」に通じる。


680 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 01:13:19
さて「卑弥呼=アマテラス」に執着している奴の誰も

「じゃあ禊の時同時に生まれたツクヨミは誰なのか?」
と言う質問に答えないがwww

ちなみに「アマテラス・スサノオ・ツクヨミ」と言う二男一女と言う兄弟構成は
実は倭迹迹日百襲媛命の方に一致したりするw

まあこれもお遊びの範疇だがwwwwwww




681 :神無月巫女 ◆Nd2zKeMg.E :2010/06/25(金) 01:14:13
>>676
天照大神は海人族の神であって磯城県主の子孫である天皇家の神ではありません。
海部氏勘注系図によると卑弥呼は9世孫・日女命で別名が倭迹迹日百襲姫命・日神・
神大市姫命で大市と百襲姫から箸墓古墳が日神から天照大神が連想されます。

682 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 01:16:18
「アマテラス・スサノオ・ツクヨミ」って、原語がばらばらな気がするな。

たぶん、創出された時代や場所がばらばらだからだろう。


683 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 01:20:00
>>681
あのねえ、言ってることがいちいち意味不明なんだけど?

>天照大神は海人族の神であって
何を根拠に?


>磯城県主の子孫である天皇家
何を根拠に?

>海部氏勘注系図によると卑弥呼は9世孫・日女命で別名が倭迹迹日百襲姫命・日神・神大市姫命で
そんなに別名がつらつら書かれてて、「天照大神」が書かれてないのは別人ってことだろ。
バカなの?


684 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/25(金) 01:20:58
>>679
まあ、「鬼」の字にそこまで深い意味があるかはわからない。中国の「天」の概念とは異なる邪法程度の意味かもしれない。ww
ただ 卑弥呼=日巫女 とするためには相当の根拠が必要であり、これは未だ実証されてはいないだろうということだ。上で、>>630
が書いたレスが典型だろうが、これは一種の先入観であって、太陽信仰をことさら持ち上げる必要はないと考える。

>>676 で書いた論点にもう一つ付け加えるなら、
・安本東遷説は天皇の在位年代という統計的に不確かな論拠に依存する度合いが大きく、神話の構造分析などがきちんとなされて
 いないこと。


685 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 01:21:56
>>682
いろんな民族がそれぞれの言葉で生活していた時代だからバラバラなのでしょうね

686 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 01:23:39
>>683
伊勢が海人族の住んでいた地域だからじゃないの?
通称八の民が祭った神様

687 :神無月巫女 ◆Nd2zKeMg.E :2010/06/25(金) 01:28:23
>>678
卑弥呼=9世孫・日女命=天照大神、台与=11世孫・日女命=豊受大神と思います。
乎縫命=高皇産靈尊でないと困る理由は勘注系図の亦名・一云・亦伝が崩壊するからです。

688 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 01:32:34
>>686

よくしってるね。
八の民は伊勢〜尾張に多く住んでたらしい。
彼らの神が、天照大神ってわけ。


689 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/25(金) 01:33:03
>>680
天武紀創作説をとるなら、三貴神のモデルは葛城皇子と越智姫の間の三人の子供、つまり大田皇女、鵜野讃良皇女、建皇子の三人
とされることもある。

中国の盤古伝説には、盤古が死してその左眼が太陽に右目が月になったという起源譚があり、これは三貴子の誕生とよく似ている。
いずれ神話を自国だけのものとして捉えるのは無理があるだろう。スサノヲは確かに異質ではあるが、物語の進行役、トリック・スター
としての意味合いかもしれない。

690 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 01:34:38
>>687
おまえの論はおかしい。

亦名・一云・亦伝を大事にするなら、
亦名・一云・亦伝に天照大神と書かれてない人物を勝手に手照大神にするな。



691 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 01:35:22
>>684 茨木仮面
>神話の構造分析などがきちんとなされていないこと。

つうかだな安本センセイもそんな海外の神話との類似なんてお話は知っているはず。
(心理学者のほうが神話には明るいんとちゃんか?wwww)

特に「日向神話」なんて比較神話学のネタの宝庫だろうにwwwwwwwww

692 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 01:38:57
天武こそが歴史をねつ造した極悪人w

693 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 01:40:10
安本は知ってて、ウソをついてるからな。
ボロが出ないように慎重に論を作ってる。

だまされるヤツが出るのは仕方ない。
自分で神話学を勉強するほどヒマなやつも少ないだろ。
しかし、掲示板で堂々と意見交換するつもりなら、資料批判の基礎は押さえておけと。


694 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 01:48:19
>>693

>しかし、掲示板で堂々と意見交換するつもりなら、資料批判の基礎は押さえておけと。

まさにそこなんだな。安い文庫本数冊かどこぞのサイトを元ネタにするなと。
しかもマニアに対して、そんな付け焼刃で相手にしてもらえるはずがない。

695 :神無月巫女 ◆Nd2zKeMg.E :2010/06/25(金) 01:53:45
>>683
天照大神は日女命で海人族の神に決まっているでしょう。
磯城県主葉江の子孫が天皇家です。記・紀を読むと「五月蠅」の語源の葉江の娘がいっぱい出てきます。
神の名前はみだりに唱えてはいけません。天照大神も同じです。聖書を読んだことがないのですか?

696 :神無月巫女 ◆Nd2zKeMg.E :2010/06/25(金) 02:11:46
>>690
9世孫・日女命の一云、日神から大日靈貴へさらに天照大神に連想できないとは恥ずかしい人ですね。

697 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 03:35:24
>>695
天皇家は百済人でしょ?

698 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 08:12:15
卑弥呼は精霊信仰だと思う。
百越がそうだそうです。Bimawビモという司祭が先導するそうです。
ヒミコはビモの子で訛ってヒミコに聞こえたのかもしれません。
これのほうが、記紀を語るよりずっと現実的で科学的。

699 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/25(金) 10:27:18
>>696
>日神から大日靈貴へさらに天照大神に連想できないとは恥ずかしい人ですね。

これに数字を入れなければ、ただの創作話で終わる。
何年の出来事か数字を入れられないのは、恥ずかしい事です。


700 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 10:41:26
>>696
>日神から大日靈貴へさらに天照大神に連想できないとは恥ずかしい人ですね。

連想ゲームでは、何も証明したことにはならない。


701 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 11:58:28
連想ゲームは畿内説に任せておこう。

702 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 12:17:47
>>697
天皇家は関西人でしょ?

703 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 12:24:07
>>695
http://translation.infoseek.co.jp/
関西弁訳

天照大神は日女命で海人族の神に決まっとるやろわ。
磯城県主葉江の子孫が天皇家や。記・紀を読むと「五月蠅」の語源の葉江の娘がいっぱい出てきまんねん。
神の名前はみだりに唱えてはいけまへん。天照大神も同じや。聖書を読んだことがないのやか?

704 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 12:56:03
>>703
関西人の俺でも意味不明なこと書くなよ

705 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 13:44:02
「倭王武」の上奏文を関西弁に翻訳

わい、武が治めよ、と朝廷から封じられた倭国は、皇帝陛下のおられる都よりずっと離れた辺鄙な土地にあるんや。
皇帝陛下の威光を示す範囲を、ずっと帝国の外側へと広げてまいりたんやちうわけや。
昔から、わおったちの祖先は、自らも甲冑を装い、山河を渡り歩いて戦い、ゆっくり休むこともおまへんやったちうわけや。
その結果、東は毛人の国々55カ国を征伐し、西は衆夷の国々66カ国を服属させ、海を北に渡って平らげた国々は95カ国に及びまんねん。
帝国の進む道は安泰になり、帝国の領土はまんねんまんねん拡がっていまんねん。
わいども倭国累代の王たちは、ずっと長い年月道を誤らず忠節を尽してきたんやちうわけや。
皇帝の臣であるんや、わい、武も、愚やろか者ではあるんやが、先王たちの歩んだ道通りに統べるところは率先し、
常に崇敬するねん方向を間違えず、帝都への道は百済の国を隔ててはいまっけど、常に船による航行ができる準備は整えていまんねん。
せやけどながら、高句麗は道理を無視し、武力を持って侵略を図り、国境周辺を略奪・侵略を繰り返していまんねん。
おまけに侵略した後、その地に留まるので、その地域が宋朝廷に対するねん忠節心が失われるようになっていまんねん。
わおったちの朝廷への道も、時には妨害され通じなくなりよったりしていまんねん。

706 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 13:44:46
続・「倭王武」の上奏文を関西弁に翻訳

わい、武の亡き父、倭王済が、この天朝に通じる道を、高句麗が侵略し閉塞したことに怒り、100万の弓弦を準備し、
諸国の義勇軍の応援もあり、まさに高句麗に戦いを挑んだその時に、父済と兄とを共に亡くしてしまい、
あと一歩ちうところで成功しまへんやったちうわけや。
その後は順帝陛下の服喪期間となり、兵を動かせず、したがって戦いは休止していて高句麗に勝つことが出来とりまへん。
やっと今となり、兵も武器も充分に準備し、父や兄の果たせなかった目的達成に向かうことを宣言したいと思いまんねん。
諸国義勇の士も、諸国の政ごと・軍事ともに整え、白兵戦もみな厭わぬ心構えも出来ていまんねん。
もし皇帝陛下の御徳を戴き、この強敵高句麗をやっつけることが出来、ほうぼうの被侵略地の回復が出来れば、
わおったちの父兄の勲功を落としめることはない、と断言できまんねん。
それやろから、オノレに、従来父に与えられておったと同様の「開府儀同三司」の権限があるものとみなしておっただき、
配下の諸国王そのた功臣にもそれぞれの位官を仮に授け、以って皇帝陛下への忠節を励まさせたいちうわけや。

707 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 15:33:40
なぜ「倭」の字を当てたか
「人」が「女」に「(禾)頭を垂れる」という意味


708 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 15:40:16
国号で言うと「元」は北(の民)、「清」は東(青龍)と三水は黒龍江

709 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 15:48:18
>>705>>706

ケッタイな関西弁やね。おもろいけど。

710 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 17:16:30
>>676
茨木童子 ◆3FwOd6PnI.
ジョーカーと同じ本読んでるんじゃないかな。
だいたい、南方系の神話っていつ出来た。いつ日本に入ってきた。
どうして、日本の歴史書がそんな国の神話のマネをしなくちゃならない。
中国の歴史書のまねをしたというのならまだわかるが。

>>680
月読尊はもともと影が薄い。古事記にはエピソードが全く見られない。
日本書紀でも、保食神を殺したことにより、天照大神から二度と顔も
見たくない、消えなさいといわれ、その後全く登場しない。

実在したとしても、やはり影が薄かったんだろう。
倭迹迹日百襲姫は王とは呼べない。その時点で失格。似ている点もない。

規制中なのでしばらく書き込みは出来ません。sss


711 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/25(金) 17:47:41
数字を入れなければどのようにでも好き勝手な話が作れると云うことだ。


712 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 17:54:45
終止符スレか

713 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 18:01:57
>>710
おつかれさん。
もう東遷説の時代は終わったよ。


714 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/25(金) 18:06:10
・纏向地域: 狭井川より北方で、桜井市と天理市の境界辺りまでの地域。
・三輪地域: 東は三輪山がそびえ、西は狭井川と初瀬川(大和川)に挟まれた三角形の区域。古代歌謡では「水垣」といわれ、清浄な場所とされました。

崇神は瑞垣宮
垂仁は珠城宮
景行は日代宮

昨年の大型建物は珠城地区である、今年の発掘で決着は付くだろう。


715 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 18:52:17
天皇家は百済人、戦前朝鮮半島を統治下に置いたのは百済人の祖国奪還行為だと
考えるのが自然なのです

716 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 18:55:49
>>714
なんで垂仁陵だけ離れているんだか

717 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 19:30:03
>>710 SSS日向東遷厨
>ジョーカーと同じ本読んでるんじゃないかな。

アホか?

前にもお前に同じような事を言ったがそんな事は『 特定の本 』を読まなくても
少し神話の事を調べたら知りうるような内容(恐らくネットだけでも可能)
安本や古田信者じゃあるまいしw

と言うかその程度も知らずに神話を好んで語るのが傍からみたら馬鹿丸出し
足し算・引き算の意味を知らない奴が数学を語っているようなアホらしさw

お前はこの期に及んでも日本の神話は孤立したようなものと思っているのか?
救いようの無い馬鹿だなwww

そもそも神話に
「他所の国の物を真似した真似された」
なんて考えを持ち込むこと自体がアホの所業。

基本的な構図は国や民族を超えて伝播する。
その上でオリジナルの部分が加えられる(特定の氏族の祖が役割を与えられたり)

一回(匿名性の高いネット以外)自腹で自費出版でもするか何らかの公の場所で
「日本の神話は海外の神話との類似なんて関係ありません。
 アマテラス=卑弥呼、スサノオ=狗奴国の卑弥弓呼、ツクヨミ=影が薄いので無視してOK」
…なんて言ってみろよw

完全にイタイ人扱いされるのがオチになる事を請け負ってやるわwwwwwwwww



718 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 19:36:09
天照大神は海人族の神様、その他各地方の神様はその地域に住み着いた民族が祭った
神様で八百万の神が日本にはいるのよ
日本が多民族国家であった証拠にも関わらず、それを認めようとしない世の中の教育が
おかしいだけの話

719 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 19:39:24
ちなみに>>710ででてきた「保食神殺神事件」における加害者は
ツクヨミだったりスサノオだったりするが
そこにアマテラスがいるのは共通していて

このような女(神)が殺されてそこから穀物等が生じる
…と言うお話は「ハイヌウェレ型神話」と言われていて
これもアマテラスが南方系の出自である事の傍証だろうwww

参考)wiki「ハイヌウェレ型神話」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%8C%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%AC%E5%9E%8B%E7%A5%9E%E8%A9%B1


720 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 19:40:55
日本全国にある神明神社はぜーんぶ天照大神を祀ったものです

721 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/25(金) 19:46:19
www ま、神話はともかく、アマチュアのsssもともかくだ、仮にもプロを名乗ろう者がこんなレスをしてるのが邪馬台国の現状。

>すなわち、卑弥呼=ヒメコ=日女子で、太陽の女の子=天照大神(日神)である。また、天照大神の天岩戸事件前は卑弥呼、
  事件後が台与である。つまり卑弥呼+台与=天照大神で、実像は神代に送られ神功皇后は卑弥呼・台与の虚像とされた。

これは鷲崎某氏と今は亡き改めドツボ氏との下リンクの掲示板での対論だが、いくら地域興し要員とはいえ、いくばくかの鳥目を
いただいてるくせにこの程度の論拠なのだ。www まったく馬鹿馬鹿しい。何が「太陽の女の子」だ、何が「虚像」だ。www
http://yamataikoku.bbs.coocan.jp/?m=listthread&t_id=40

そういえば上での論点でもう一つ忘れていたのがあった。
・日本書紀編者が卑弥呼を神功皇后に比定していることについての論理的説明が難しい。


722 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/25(金) 20:06:52
ということで、アク禁は気の毒だが、sssには出てきたらこれらの疑問に答えてもらいたいものだ。

・「天の岩戸」に類する神話は南方系諸国に見られ、日本神話のオリジナルとは言えないこと。
・「アマテラス」が古来から天皇家の皇祖神として遇されていたとは思えないこと。「タカミムスヒ」が元来の皇祖神と考えられること。
・「アマテラス」神話は、持統女帝の事跡の正当化を目的として創作された疑いのあること。
・卑弥呼の鬼道が太陽信仰であったとする根拠が弱いこと。
・安本東遷説は天皇の在位年代という統計的に不確かな論拠に依存する度合いが大きく、神話の構造分析などがきちんとなされて
 いないこと。
・日本書紀編者が卑弥呼を神功皇后に擬していることについての論理的説明が難しいこと。

あとは、日本における太陽信仰の変遷史でも少しレクしてもらえるとありがたい。これは東遷説の批判ではなく、ほんのとば口の、
卑弥呼(+台与)=天照大神 批判だ。

>>717 こいつらは、威信財の服装習慣の伝播すら認めないのだから、神話伝承の広域伝播など認めるわけもなかろう。www




723 :業務連絡www:2010/06/25(金) 20:07:36
>>689 茨木童子 ◆3FwOd6PnI.

その盤古ネタは某変態仮面も出していたと思うが気のせいだろうwwww

しかしその話じゃスサノオに当たる第三の存在が出て来ないし

盤古を「原始の巨人」と見る向きもあるようだが
死後その体から色んな食物が生じる形は共通とは言え

(東南アジア太平洋地域に良く見られる)女(神)と巨人じゃあ少し系統が違うのではないか?
むしろ巨人と言えば北欧系を想像させるが…

何らかの関係はあるだろうが
読み手によっては直接の祖先・源流と書いていると理解しかねないのは
もう少し慎重な表現にした方がいいのではないか?
まあ老婆心だがwww

724 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/25(金) 20:08:10
服装習慣→副葬習慣

725 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/25(金) 20:09:27
>日本書紀編者が卑弥呼を神功皇后に比定していることについての論理的説明が難しい。

これは
支那の干支と書紀の干支が、年と朔で合う場所です。


726 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 20:13:47
>>721

>・日本書紀編者が卑弥呼を神功皇后に比定していることについての論理的説明が難しい。

記紀が矛盾した二つの主張をしていることは、前に書いた。
1:畿内王権は天地開闢以来の、中国にもよく知られた国である
2:畿内王権は唐に刃向かった国ではない

中国に既知の国なら、三国志に出てくる卑弥呼と同一視を誘導する畿内王を、それとなく配置
しないわけにはいかない。女でなければならない、というのが困難だが、そこで無理やり神功皇后
を宛がったとおもわれる。

727 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/25(金) 20:14:40
>>723
盤古ネタは、さらに古いインドの「リグ・ヴェーダ」に出てくるプルシャが元々ネタという説がある。神々に殺されたプルシャの身体から
太陽や月、神々や人間など世界の全てが生れた・・・。私は、スサノヲはやはり異質で、狂言回しというか物語の進行役として採用さ
れているのだと思うがね。

>トリックスター (英語 trickster) とは、神話や物語の中で、神や自然界の秩序を破り、物語を引っかき回すいたずら好きとして描か
 れる人物のこと。シェークスピアの喜劇『夏の夜の夢』に登場する妖精パックなどが有名。ギリシア神話のオデュッセウスや北欧神話
 のロキもこの性格をもつ。(Wikiより)

728 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 20:15:08
>>722 茨木仮面
>神話伝承の広域伝播など認めるわけもなかろう。www

もしアマテラスの神話がその基本的構造から完全オリジナルなら
日本の神話学壊滅だわなw

いや話は日本だけでおさまらない。
海外の神話学者も日本の神話をその研究対象にしている奴全員マジ脂肪

…と言う壮絶なお話になるわけだがw

まあ本人は自覚していないだろうがwwwwww






729 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/25(金) 20:46:28
神功皇后摂政四六年(丙寅二四六)三月乙亥朔
魏少帝正始7年 ?次:丙寅 生肖:虎 西元246年2月3日(星期二)起
1月丙子、2月丙午、3月乙亥朔 である。

ここが正しいとした、編纂者には、これ以降の数字を全てそろえる必要が出た。
その為に応神までをそのまま使い、仁徳からは、以後の記録からたどれる数字を使う。

神功39年を景初3年とした時点で太陰暦による記録が無ければ、出来ない作業です。



730 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/25(金) 20:58:25
ま、同じ類型の神話が各地にあるのは伝播によるものと考えるのが普通で、イザナギと・ザナミの神話とギリシャ神話のオルフェウス
なども、かなりの時代差があるので伝播と考えて問題はないだろうが、あとはユングの集合的無意識説などもある。これは、

>(ユングは)個人のコンプレックスより更に深い無意識の領域に、個人を越えた、集団や民族、人類の心に普遍的に存在すると考え
  られる先天的な元型の作用力動を見出した。元型の作用と、その結果として個人の夢や空想に現れるある種の典型的なイメージは、
  様々な時代や民族の神話にも共通して存在し(以下略)(Wikiより)

というようなもので、各地域で個別に類似の神話が発生する作用を肯定するものだ。


731 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/25(金) 21:45:08
>神話が発生する作用を肯定するものだ。

神話を歴史にするためには、数字を付ける必要がある。


732 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 21:54:53
神話オタクの諸君!
いつまでぐだぐだ神話の話をしているのだ?邪馬台国の所在についての決め手になるようなものではないだろ。


733 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 21:59:14
そうだ。記紀には邪馬台国も卑弥呼も壹與も登場しない。ちゃんとした文献で議論しろ。ヴア〜カもん共。

734 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 22:04:21
盤古神話が話題になってるので、日本書紀の記述について補足しておく。

日本書紀には「一書」という書き方で複数の伝承が併記さrてるのはご承知の通り。
天照大神、スサノオ、ツクヨミの誕生も、日本書紀には2箇所かかれている。

一度目は、イザナギ・イザナミの国生みの直後、
日本列島と山川草木を生んだ後に、天下の主者、日神、オオヒルメムチ(一伝、天照大神)を生む。
(この時点で、日神の名称は二つ有り、複数の伝承が混ぜられている)
次に、ツクヨミ、スサノオを生んでいる。

二度目の記載は、イザナギが黄泉の国から帰った後、禊をしたときに、
左目から天照大神、右目からツクヨミ、鼻からスサノオが生まれる。

このように、天照大神誕生の伝承は複数あったことがわかり、
二度目の記載は、明らかに盤古神話の影響と見るべきだろう。
一度目の記載は、盤古神話とは別系統で、日本独自の古代からの伝承かもしれない。

なんにせよ、複数の伝承があることから、
卑弥呼=天照大神などという思考は噴飯物としか言えない。神話を解析する努力を怠っている。




735 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 22:12:13
「一書」は原典に最初からあったどうか解らないぞ
日本書紀が写本継承されていく中で、ある時複数の系列が発見され、その時に「一書」の形で併記されたのかもしれない

736 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 22:16:29
神話の話はもう聞き飽きた。だが、下記の論は正しいか?

>なんにせよ、複数の伝承があることから、
>卑弥呼=天照大神などという思考は噴飯物としか言えない。神話を解析する努力を怠っている。

「卑弥呼=天照大神」の当否は別として、一人の主人公に複数の伝承があることは別におかしいことでは
ないだろ。味方から見た人物の姿と敵方から見たそれは異なるだろう。複数の伝承が生まれてもおかしくない。

737 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 22:17:01
古事記での、天照大神、スサノオ、ツクヨミの誕生は、
イザナギが黄泉の国から帰った後、禊をしたときに生まれている。

しかし、イザナギ、イザナミの国生みのあとに神生みの記載があり、
山の神や風の神など丁寧な記載があることから、
本来は、太陽の神もこのときに生まれたと、古代人も考えたはずだろう。
盤古神話の影響で、神話が作り変えられたということ。

神話は、かたりべの知識や能力で変更か加えられていったことは疑いようが無い。
そこから史実を読み取るのは、よほど慎重に批判していかなければならない。


738 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 22:19:40
>>736
>「卑弥呼=天照大神」の当否は別として、一人の主人公に複数の伝承があることは別におかしいことでは
>ないだろ。味方から見た人物の姿と敵方から見たそれは異なるだろう。複数の伝承が生まれてもおかしくない。

一人の人物が、複数の名前で伝承されたこともあるだろうが、
複数の人物が、一人の神に投影されたこともあるだろう。

どちらか、簡単に断定することができるのかね?


739 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 22:24:30
>>738
断定はできんだろう。738は734の引用部分が正しくないということを示すのに一例を挙げただけだろ。

740 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/25(金) 22:28:58
神話の登場人物と実在の人物の間には大きな溝がある。これを強引に結び付ける便利な言葉が「反映」やら「投影」だな。これら
の言葉は、何の論証も示さなくとも何かを説明した気にさせるきわめて利便性の高いものだが、実はそれだけ学問的な方法論から
は遠ざかっていく・・・と私は学んだ。ためしに、「卑弥呼 天照大神 反映」でこのままコピペしてググってみることをお薦めする。
どれだけ根拠をないがしろにした駄ブログが出てくるか。wwwwwww

741 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 22:30:21
>>739

むしろ、複数の名前の持つ神は、
もとは別個の神で、日本民族が融合する過程でひとつの神に集合していったと考えたほうが自然と思うが。

ヤマトタケルも複数の武者の投影だろうし、
神仏習合で、天照大神が大日如来とされたこともある。

まさか、君も天照大神=大日如来とは思わないだろう?



742 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 22:32:39
卑弥呼=天照大神説なんて、ジンギスカン=義経説以下のトンデモだよ。
有名人ならなんでも=で結び付けるなんて、愚の骨頂。バカバカしい。


743 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/25(金) 22:51:38
これは私も何ともいえないところなのだが、隋書の記述を持ってして、この時代の天照大神の処遇を疑う説もある。

>使者言倭王以天為兄 以日為弟 天未明時出聴政 跏趺坐 日出便停理務 云委我弟。

つまり、倭王は天を兄として日を弟とする。天が明けない時に政務を執り、日が登ると政務を止めて弟(太陽)にゆだねるということ
だが、確かにここに女性の日神の姿は見てとることはできない。



744 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 22:55:27
>>743
天照大神は彼らにとって、先祖の中の英雄にすぎない。
神様に祭り上げられたのは、天武以降だったかもしれない。

745 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 23:09:02
延喜式にも、天照大神を祀る神社って少ないでしょ?

伊勢神宮しかないと言ってもいいくらい。


746 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 23:13:29
>>745
神明神社と名のつくところは全部天照大神を祀ってあります
全国に1万数千社あるようですよ
海人族が占有していたところがよくわかります

747 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 23:15:03
神明社は、明治以降に神社の統廃合をしたときに、
国策として増やしたような気がするんだけど、どうかな?

748 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 23:17:19
天皇は百済人、天照は海人族の祀った神
邪馬台国は九州、それより以東は種々の国々が乱立していた時代
まあ遊牧民族と海人族が勢力争いをしていた時代でもある

749 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/25(金) 23:18:15
いずれ歴史というのは、飛び離れた古い時代を研究してそこだけがわかるというケースは少ない。つまり日本における太陽信仰の
歴史というなら、わかるところから遡っていくのは一つの方法論。上レスしたように伊勢神宮は天武期に厚遇されたことは事実である。
それ以前については文献にはっきりとした記述があるなら別だが、倭人伝では卑弥呼と太陽信仰の係わりはわからない。

750 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 23:18:26
>>747
そういう神社もあると思うが、何百年、何千年と続いている神社もある

751 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 23:19:34
伊勢神宮は私幣禁断って言って天皇しか祭れなかった
ずっと後世になってお伊勢を広める札売りが全国を回るようになって
伊勢神宮を勧請して祭る明神社が増えた
延喜式神名帳は朝廷が国儀として奉幣して回るリストであって、言わば外様の神
伊勢は皇祖だから「神宮」、他のは「神社」と言い分けている
延喜式に天照大神を祀る神社が載ってないのは当たり前

752 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 23:20:04
>>749
たしか天武は新羅系の人だったから、自分の勢力を広げるために海人族の祀った
天照を利用したんじゃないかと思う

753 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 23:20:15
神明社は、中世〜近世にかけてたくさん作られたようだね。
多くは奈良以前に由来するものではなさそうだ。

754 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 23:22:18
天下を取った百済人が数の多かった海人族を治めるために天照を利用したに過ぎない
未だに、くだらないなんて言葉が使われているのもいい例だ

755 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 23:23:05
海人族というのは太平洋諸島にいる海人族かと思ってしまいます。
日本にもハワイ人のような人種の人々がいたと思うけど。
縄文土器の模様と同じものが太平洋の島で見つかっている。
海人族は南方系縄文人のこと。

756 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 23:33:30
>>752
また、意味不明なことを。

天武と新羅の接点って何だよ?



757 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/25(金) 23:34:05
Wikiにもあるが、全国的にアマテラスの伝承のある地は少ない。ただしこれはアマテラスがスサノヲやオオクニヌシのように各地を
経巡った神ではないからそうなのかもしれないが。ただし、全国の伝承には記紀成立以降に後付けで作られたものも多い。
いわば「裏山の温泉は弘法大師が掘り当てたものにしてしまえ」的な・・・。www

758 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 23:35:58
>>756
屋切り士官w

759 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 23:36:07
九州で女神が関係しているところだと
たいてい神功皇后が祭ってある。

なんだか、ある時期に人為的に統一されたような気がするんだよ

760 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 23:37:25
海人族が、天照大神を祀ったとか、
天皇は百済系とか言ってる人がいるが、
根拠はなんだよ?

書き逃げしてんじゃねえよ。鬱陶しい。

>>751
天照大神の信仰が、一般に広まっていなかったってことだよ。
延喜式に出てる神社は、ほとんど聞いたことの無い土地の神を祀ってる。



761 :茨木童子 ◆3FwOd6PnI. :2010/06/25(金) 23:46:53
>>759
これは以前調べたことがあるが、記紀成立後に神功皇后が上書きされた可能性があると考える。スレ違いになるからここで
はやらないが、興味があるなら調べてみたら。キーワードは「辛嶋氏 大神比義 神仏習合」など。


762 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/25(金) 23:51:04
>>754
倭の臣下 熊彦(ウングオン)はハンサムだ言葉がお上手で, 阿□(庶民)と 相通したら, 彼の言葉にたくさん従った. それで 国人(平州人)らは 異反(離反)して, あるいは私たちに, あるいは高句麗に帰属した
千熊長彦
383年に 国人(平州人)等が、百済、高句麗、倭 
これらどの国へ向かっても良いと云う時代では無い。
323年 神功49年が正解で、百済は倭から領土を分与されることにより大国となる。



763 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 23:53:11
皇室神道の中しか天照大神は出てこないってこと?
だったら最終的な王朝で記紀を編纂した王朝の神だね。
つまり天津神の仲間ってことかな。

764 :日本@名無史さん:2010/06/25(金) 23:56:24
くだらない=百済ない=百済でない

765 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 00:00:07
皇室にとって、天基を草創した始祖は神武ということになっている。
その神武の故郷の天基を草創した始祖はニニギ。
ニニギの祖母が天照大神だが、天照大神は宗主国出雲国の臣下だった。

だから皇室が天照大神を大きく取り上げても、あまり意味はない。

766 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 00:02:57
>>765
>ニニギの祖母が天照大神だが、天照大神は宗主国出雲国の臣下だった。

根拠は?

根拠も書かずにそうやって意見を書いたところでトンデモ扱いされるだけよ。
根拠を書けば、それが妥当かどうか、皆で考察もできる。
独り言なら、自分のブログでやれ。


767 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 00:04:20
そういえば、明治初年頃、国家神道に統一するために
御神体を天照大神系にとりかえた神社もあったとかあったとかなかったとか。
うろおぼえですが。

768 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 00:07:06
たしか教育勅語では高祖は天照大神だったような。

769 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 00:13:53
>>766
対馬のあまてる神社総代の貴重な伝承。

770 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 00:19:50
>>769
>対馬のあまてる神社総代の貴重な伝承。

具体的に、誰か本に書いてる?





771 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 00:25:19
古田だろ。



772 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 00:54:16
>>763
>だったら最終的な王朝で記紀を編纂した王朝の神だね。

記紀が書かれたのは、天武の頃だから、
壬申の乱で勝利した側に都合の良い歴史書になってるはず。
実際に、壬申の乱で功績のあった氏族の祖神は、記紀神話でも大きく取り上げられてるが、
まけた側の氏族の祖神は、記紀神話に登場してるのかどうかわからない。



773 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 01:10:27
広開土王碑(こうかいどおうひ)は、高句麗の第19代の王である広開土王(好太王)の業績を称えるために息子の長寿王によって414年旧暦9月29日(碑文によれば甲寅年九月廿九日乙酉)に建てられた石碑で、広開土王碑は現在吉林省集安市の好太王陵の近くに位置しています。

この碑に、新羅と百済は、倭国の属国となった経緯が記されています。 それは,以下
のようなものです。


「 もともとは、新羅と百済は高句麗の属民で朝貢していたが、倭が辛卯年(391年)に海
を渡り百残・加羅・新羅を破り、臣民としてしまった。 」

倭の国が朝鮮半島を占領した歴史があっても、朝鮮半島に支配されたことはないようですね

774 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 01:12:18
>>734
レス代行は、字数制限が厳しいので端的に。
天照大神=卑弥呼は、いろんな学者も述べている。
白鳥庫吉、和辻哲郎、井上光貞など。例えば、白鳥庫吉は、
卑弥呼は「天上に君臨し万神を統御」した天照大神と同一性格の「宗教的
君主」である、などして、その同一性を述べている。
これらの学者は、神話にも非常に造詣が深い。

個人的には、天照大神は、出雲や日向などとの関連性があるなど存在範囲が
広いので、漢書地理誌にあるような時代ではなく、もっと時代は下ると思う。
だから、伝承もありモデルもある時代だと考える。
ジョーカーはもっと落ち着いてレスするように。sss

775 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 01:41:47
>>774
ハイハイでましたよw

日向東遷厨のアホの一つ覚え
「白鳥庫吉」やビッグネーム並べてのハッタリwwwwww

白鳥が言ったからどうしたって?

白鳥が世界中を飛び回りフィールドワークを行って
あるいはそう言った研究成果を世界中から集めて
21世紀の今日、尚

「日本のアマテラスは卑弥呼、高天原は邪馬台国」

と言うお話が通用するような物を残しているのか?

考古だろうが文献だろうがその歴史に巨人として名を残す学者でも
今日において通用しない部分なんてのは多々ある。

そう言った峻別を一切しないのがコイツw
古今東西の説から自説に都合の良い部分だけを切り取ってくるのが芸風。

神話からあるいは古今の学者から都合の良い部分だけを切り取った

『コラージュ作品』がこの日向東遷厨のトンデモ説wwwww



776 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 02:01:18
>>774

SSSくん。

伊勢神宮に電話したかい?
「天照大神は卑弥呼ですか?」って。
話はそれからだといっただろ。

他人の説(しかも過去の人)の受け売りばかりしてないで、自分で実証してみろよ。


777 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 02:06:41
なんで海人族が祀った神が卑弥呼になるのか意味不明www

778 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 02:21:20
日本書紀で、日神(太陽神)をオオヒルメムチ、天照大神と別名を伝えていることや
盤古神話の影響があることを踏まえてもなお、
天照大神=卑弥呼と断定できるような、何か説得力のある言及を
白鳥庫吉、和辻哲郎、井上光貞がしているのかな?




779 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 02:24:44
天照大神=卑弥呼なら、
天照大神=大日如来でもあるのだから、
卑弥呼は仏教徒だった!くらいの説をぶちあげてほしいものですな。


780 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 03:25:53
天照大神=瀬戸内寂聴、っていうのはどうだ?

781 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 07:57:54
広開土王の時代は九州と半島の人々が行き来していて戦いがあったのであって、
日本はまだ近畿王朝はできていなくて、九州北部に倭国があったので、
倭の国が支配したとはいえない。結局は半島から来た人だし、倭人にしても渡来人だから。
倭の五王の時代だろう。倭王武の時代にやっと中国地方の毛人を支配した段階。
日本の形ができてくるのはその後のことだよ。

782 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 08:27:37
やはり国が巨大化していったのは、馬、武器の発達、人口の多さの三要素だと思う。
農耕による人口増加、馬による行動範囲の拡大、武器による戦争の強弱、
これによって、大きな国がますます大きく成長していったのだろう。
邪馬台国時代は鉄はあったようだけど矢のやじりしか書かれていない、骨のやじりもあったので
鉄製品はまだまだ数がすくなかったのだろう、また馬がいないのでみな徒歩。
しかもはだしで歩いていた。魏志倭人伝の倭国の姿はまだまだ邑国の様子である。
大きな国を形成できるような条件が揃っていない。
市町村位の大きさの国が沢山あったのだ。其の中で女王国に属する国が約30国あったということだ。

783 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 10:02:09
>市町村位の大きさの国が沢山あったのだ。
旧百余国だね。余り多く考えないことだ。

784 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 10:07:13
旧百余国は九州の倭国ではなく楽浪海の倭人の国のことだよ。

九州には沢山の国があったと思うよ。ただ魏に朝貢したのが30カ国だったんですよ。。
倭王武の時にしてもあれだけの数の国がありましたから。

785 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 10:21:25
九州に国があったとしても、近畿にも国があった。
そして、近畿の国が後のヤマト王権に成長する。
九州の国は衰退し、畿内ヤマト王権に飲み込まれる。
倭の五王はもちろん畿内ヤマト王権の王である。

786 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 10:24:07
近畿にはまだ国はないよ。毛人の国ならあっただろうけど。
倭王武の時代に中国地方が毛人の国だったのだから。

787 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 10:31:05
>>786
大国主涙目ww

788 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 10:49:46
なんで中国文献ばかりで日本の歴史を語ろうとするの?
売国奴は日本から出て行ってね。

789 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 11:00:22
>>788
お子ちゃまですか?
売国奴という意味を理解し、使用してますか?

790 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 11:15:10
>>788
日本の文献がそのときどきの権力者に都合よく書き換えられ、古代史が正しくないので
外国の文献を参考にせざるを得ないんです

791 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 11:15:32
>>786
大国主やニニギの立場がなくなるような書き込みはやめろ

792 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 11:15:42
売国奴でないなら、紀元前660年の神武東征を尊重し、畿内にヤマト王権が存在したことを主張すべき。

793 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 11:19:13
>>790
おまえは、南京虐殺についても、日本政府は実態を隠してるから、中国の主張を鵜呑みにするということだな?


794 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 11:26:53
>>793
南京虐殺をここに登場させ、他の歴史との整合性を問うのはなぜ?
で、あなたに南京虐殺のどんな真実がわかるというのか?
当事者としての答弁でしょうか?
事実を知らぬ者同士の単なる記事の分析からからの意見の相違なら、これほど馬鹿らしい事はありませんが

795 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 11:27:42
>売国奴でないなら、紀元前660年の神武東征を尊重し、畿内にヤマト王権が存在したことを主張すべき。

きみの方が売国奴だと思うけど。
少なくとも毛人や倭人(農民階級)が君主になっていないだろうに。

796 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 11:28:19
邪馬台国と直接的な関係はないかもしれないが、
関東の古墳の多さを考えれば、東国が九州や近畿より極端に遅れていたとは思えない。
(弥生から古墳時代の話ね、その後火山の噴火やなにやらで、いったん衰退している。)


797 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 11:35:25
東国は極端に遅れていたよ。古墳は8世紀のものが多いだろうね。
近畿王朝の東への開拓が始まったから、或いは国譲りで負けた大国主系が東へ
入植したからとかいろいろな場合が考えられるけど、
東国が遅れていたのは間違いない。
だから東北の方が縄文時代は文化が高かったなどと頓珍漢なことを言っている学者がいるのだよ。
東北の縄文文化は10世紀ころまであったのだから、時代が下れば文化は高度になったのはあたりまえの話だ。

798 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 11:43:56
8世紀の古墳て、具体的にどこが有りますか?
ちょっと心当たりが無いもので、
具体的に例示していただけると助かります。

一応確認しておきますが、古墳時代ぐらいまでの東国とは、
今の関東地方ぐらいのエリアで、今の東北地方は、エリアにまだ含まれていないとう認識です。

799 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 11:48:38
君は人の鵜呑みばかりをしているから、私の書いた意味がわからないんだよ。
そんな姿勢じゃ疑問点も浮かばないだろうよ。
今の古墳の年代観がすべて正しいとでも思っているの?

800 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 12:03:23
抽象的な話はわかりませんし、ここでそういう議論はしても意味が無いと思いますので、
八世紀の古墳(と推定されるもの)がどれなのかだけを例示して下さいな。

801 :1:2010/06/26(土) 12:03:25
>>797
ソース!!プリーズ、ハリアップ!!!

802 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 12:49:42
でっかい釣り針だな〜(w

803 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 12:53:51
新石器時代は北海道や東北などのほうが人口が多いんじゃなかったっけ?

804 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 12:54:13
>>800
東国には新しい文化が入ってくるのが遅れたのはあたりまえだと思いますよ。
あなたは弥生時代から古墳時代といいましたよね。
東国が西と同じ水準になったのは古墳時代の末期からですよ。

805 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 13:45:37
私も、全く遅れて無かったとは思ってません。
西から文明が伝わって来ているということを前提に考えれば、
おっしゃる通りだと思います、
ただ、東西の交流を考えれば、そんな極端に差がつくことは無かったのは?
また、八世紀にいわゆる古墳をまだ作っていたとは、
新しい説だと思いましたので、確認したかっただけです。
何時までも脱線していては他の方に迷惑だと思いますので、
これまでにしたいと思います。

806 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 13:51:27
>>799
じゃあ、君の8世紀っていうのも鵜呑みに出来んわなww

807 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 14:14:43
美濃もんたですら7世紀といったのにwwww

808 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 14:30:38
八世紀にも作っていましたよ。近畿王朝が7世紀末日本国を名乗ってから間もない時代ですから、
古墳を作るような首長が関東へ領土を拡大していったのですよ。農民を大勢連れてね。
古墳造りをして人足を雇って君長がその権威を高めるようなこともしたのだと思う。
ただ単に造墓の目的だけではないでしょ。つまり墓を作ってなわばりを示す意味もあると思う。
東国はそれまでは毛人、或いは早く来た倭人の国だったのだから。
まず中部、そして関東ですから。

809 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 14:41:22
天照=卑弥呼の問題でしょ、どうぞもどって。

810 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 15:38:52
架空のものと実在のものを=で結び付けることは出来ない。

811 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/26(土) 15:57:44
>古墳を作るような首長が関東へ領土を拡大していったのですよ。農民を大勢連れてね。

のんきな思考をしているな。
日本武尊の関東遠征は、255年頃
千熊長彦は、323年 平州の国人を引き連れ、長野、上毛へ入植
ここで東夷軍の派遣は打ち切られ、各自自分の屯倉へ帰る。
ここから畿内政権は、各屯倉から古墳築造の人足の供給を受け、大型古墳の築造。
4世紀末に高句麗の南下がある、ここで又半島に兵力を展開する。大型古墳築造の余裕は無い。
半島に兵力を展開するも、高句麗に負け続け、百済も高句麗の傘下となる。
これが履中以後の百済が登場しない時代だ。
渡りの屯倉、百済を抑えられた倭国は独自外交を始める、倭の5王がそれに当たる。
百済と国交を回復すれば、倭国独自外交も終焉する。


812 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 16:32:38
>>811
そもそもあなたのは時代が早いもの。私が考えてるよりも。
私のは8世紀のことですから。

近畿王朝が日本国になって倭国を統一した後のことです。
記紀をもとに時代編年を考えている人とは根本的に考え方が違うのですよ


のんきな考えしているのはむしろそちら。
戦いに明け暮れていたのは倭王武の時代、その後も毛人、倭人とは戦いの連続、
交流どころではない。そんなに早い時代にもう関東まで勢力が及ぶと考えているほうが
のんきだよ。
そんな甘っちょろいもんじゃございません。

813 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 16:34:09
唐松山にマジレスしてるやつがいる。www

814 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 16:36:30
>>812
自分の考えを他人に押し付けるな。
押し付けたいのならそれなりの情報源を示せ。


815 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 16:38:36
グダグダ言ってないで8世紀に築造された古墳の具体例を早く挙げろよ。


816 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 16:40:09
>>814
押し付けていると思ってるの?
一つの意見なのに。じゃなにもかけないでしょうよ。
へんな人ですね。
情報源は中国史書だよ。君らは記紀しか詠まないから根本的に意見が食い違うんだよ。

817 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 16:47:33
あ、カントの古墳は8世紀、あ、関東の古墳は8世紀、あコリャコリヤホイ。九州王朝腐れ脳。
あコリャコリャホイ。

818 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 16:49:54
唐書には国都の北と東は大山でその外は毛人の国だとある。
つまり夷人の国だったわけで、ヤマト朝廷の正式な領土ではなかったわけ。
だから関東のは8世紀のものが多いだろうってはなし。推測だから。
すぐに古墳時代は収束したので、古墳の歴史の厚みが感じられないのだよ。
なかには古い古墳もありますけど。埼玉古墳群など。これらにしても
九州福岡の古墳の厚い層にはとてもかなわない。


819 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 17:08:53
高松塚やキトラも8世紀初頭と言われてる

820 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/26(土) 17:09:32
古墳の築造は関東もそれほど遅れていない。
と云うことは、早い時代から、畿内の関与があった証拠である。

稲荷山の鉄剣銘もそれを証明している。


821 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/26(土) 17:14:39
8世紀に大量の農民を引き連れて関東開発か?

吉見百穴にはコロボックルが住んでいたのか?


822 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 17:16:30
その稲荷山にしても時代はいろいろ説があるし、
その鉄剣をもった子孫がそれを携えて行ったのかもしれないし。
熊本にも同じものが出ているので、
同じ時期に(近畿から見て)辺境な場所に移った可能性だってある。


823 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 17:18:44
古墳(こふん)とは、一般に日本史にて、3世紀後半から7世紀前半に築造された墳丘を持つ古い墓のことである。
古代の東洋では位の高い者や権力者の墓として盛んに築造された。
日本史では、墳丘を持つ墓は墳丘墓と呼んでいるが、
この内、3世紀後半から7世紀前半に築造されたものを特に「古墳」と呼んで区別している。

824 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 17:20:06
日本の古墳所在件数が最も多いのは兵庫県で16,577基にのぼる。
以下、千葉県13,112基、鳥取県13,094基、福岡県11,311基、
京都府11,310基とつづき、
全国合計では161,560基となる(平成13年3月末 文化庁調べ)[4]。

825 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 17:23:47
穴にすむのは近畿王朝系ではまずないでしょう。

大古墳文化ってのは倭人のものでもないし、縄文人のものでもない。
厚葬の習慣のある高句麗、扶余系の人々の古墳が今に残る大部分の大きな古墳の
主だよ。

826 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 17:24:08
>>821
吉見百穴は古のラブホだろう

827 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 17:24:53
問題は古墳の数ではないから。

828 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/26(土) 17:34:03
ラブホだったか、すまん。


829 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 17:45:53
おまいら、薄葬令ぐらい知ってるんだろうな?

吉見百穴はラブホといい、混浴温泉といい、うらy、もとい、けしかん施設が多すぎ!

830 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 18:33:51
古墳時代は20世紀まで続いてるといってもウソにはならない。

それがどうした?


831 :問答者:2010/06/26(土) 18:59:27
屈葬は須弥山からの影響の一つであり私人のご主人様としておそらく称呼されたのであろう。
とすれば、薄葬は題麻王の壷型蓬莱山の中から出土するものであろうか?

上の問いに答えよ。

832 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 19:13:12
呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン

833 :問答者:2010/06/26(土) 19:53:18
>>832
おんし、やるぜよ。

834 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 20:19:59
魔王の好物は元々ハンバーグではなくコロッケだったそうだ。

835 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 20:57:51
天武の墳丘だっけ?
皮肉かなんなのか盗掘者によって比定地が正しかったと実証されたのは。

836 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/26(土) 21:18:30
天武はどうか知らんが
大仙陵には、天皇3人位葬られて居たんだろう、一人はほじくり返されてしまったが。
それから履中は古い古墳に葬られる。

そうしないと数が合わないもんな。


837 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 22:38:52
>>834

好物がコロッケからハンバーグになったのは、当時の番組スポンサーがハンバーグ
でおなじみの、マルシンフーズだったからというのが
世間での認識

838 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 22:59:59
やはりここはオタクの栖であったか。

839 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 23:03:49
数数多ある、
奈良の誰のものか分からない大型古墳の一つ、コナベ古墳をレーダーで上から撮影した写真。
僕が注目したのは周りを囲むように作られている小さな墳墓。
これはひょっとして、コナベの主の奴隷たちの墳墓ではないか?
僕はずっと古墳の中に殉死者を埋めていたと思っていたが、古墳の周りに埋めていたんじゃないかと思えてきた。

ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100626-00000749-yom-soci.view-000

840 :日本@名無史さん:2010/06/26(土) 23:07:53
>>835
そうそう。持統皇后と一緒に埋葬されている事もその盗掘によって判明したんだよね
天武・持統天皇陵は飛鳥駅から30分ぐらいの場所ですね。
大学生の頃、レンタサイクルで飛鳥を回ったのを思い出しましたw

841 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 00:15:46
>>831
前方後円墳の墳丘が須弥山なわけだが

842 :問答者:2010/06/27(日) 00:26:29
♪くっしゃみ一つで呼ばれたからは、それが私のご主人様よ。
ハ、ハ、ハクション大魔王、壷の中から、ハハハンハ、飛んでくる。

さあ、皆さんもご一緒に♪・・・岡本健一氏の説では前方後円墳の起源を中国神仙思想の蓬莱思想に求め、壷型の蓬莱山
から採られたものだとしているね。

843 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 01:11:41
>>838
オタクというより年寄り。

844 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 02:25:00
「それからどうした?」

845 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 04:11:10
要するに九州王朝説どもにとってできるだけ九州王朝を長く歴史上に見たい。
ヤマト王権のスタートをできるだけ遅らせたいと言うわけだw

一体何の為にそんな妄想に執念を燃やすか知らんが
明治維新で薩摩によって新政府が作られたことで満足しろよwwwwww

今の有名政治家とて薩摩藩士の子孫なんてざらにいるだろう?wwwwww


846 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 09:22:32
>>839
これは凄いですね。
コナベ古墳は誰の古墳なんだろうか・・・更にでかいウワナベは・・・
結構興味深い古墳ですね

847 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 10:10:13
古墳だと分かっているところは、形がはっきりするというだけのことだが、
山々をレーダー撮影していけば、これまで気づかなかった古墳がぞろぞろ
見つかるということかな。

848 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 14:53:05
航空考古学か。しかし気をつけないと曲学氏のようになるぞ。www

849 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 14:57:10
航空考古学を使って、いかに詐欺を働こうかと、畿内説が考え中。

850 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 15:45:15
もう東遷説の時代は終わったんだよ。


851 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 16:41:29
もはやネタすらも無いのが九州説。

852 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/27(日) 18:15:03
>古墳の周りに埋めていたんじゃないかと思えてきた。

正解でしょうね。
これまでの発掘は、山と濠にしか興味を示さない。
兆域全てで一つの墳墓となる。


853 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 18:23:28
という事はコナベ古墳は、
埴輪を埋めたりする前の殉死者も埋葬していた時代の古墳ではないか?

854 :悩む人:2010/06/27(日) 22:48:05
南は東の間違いだとし、ゆるやかな首長連合で北部九州の伊都国、奴国を取り込んだ広域連合体制倭国を
構想したが、考古学的にはどうもまずい。2世紀末にリーダーシップをとれるような国や王が畿内に存在
した形跡がない。どうすればいいのだろう。

855 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 23:05:54
>>854
九州にもねーよw

856 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 23:06:23
しかし、九州には卑弥呼の宮殿も墓も鏡も見つからないのであった。

857 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 23:07:06
>>854
夜釣りですか?

858 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 23:12:18
縄文釣り。ww

859 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 23:16:35
歴史を塗り替えてしまった郭務?が悪い

860 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/27(日) 23:30:17
>>853
殉死者も埋葬していた時代の古墳はホケノ山以前です。
ホケノ山古墳はたぶん以後になります。

>歴史を塗り替えてしまった郭務?が悪い
歴史を読めない自分を責めるべき。


861 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 23:39:22
>>856
畿内には見つかったつもりでいるんだ。おめでたい奴だ。

862 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 23:45:40
>>860
郭ムソウ=藤原鎌足が歴史を作り替えたのが一番の原因で、邪馬台国の所在すら
九州なのか畿内なのかわからなくしたんじゃないのか
読めないから未だにどっちだって話が延々と続いているわけでしょ?

863 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 23:49:50
ひとつはやはり万世一系を強調するあまり、それに齟齬する歴史が書き換えられてる可能性だろうねえ。

864 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/27(日) 23:50:54
纒向は崇神からで在る事を認めた?まだでしょ。
神功元年に273年の日食を注入、認めた?まだでしょ。

だから歴史が読めない御仁としたの。


865 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 23:55:56
読めない人が読めない人を非難するの図。

866 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/27(日) 23:56:31
274年渡海
275年神功元年
323年 永嘉の乱終息、兵士の帰来と北方系の渡来。
326年 七支刀

神功紀でさえ、この程度の正確さで正しいことを書いて有る。
これを時代を違えて、ねつ造記事など、とんでも無いことだ。


867 :日本@名無史さん:2010/06/27(日) 23:59:39
ttp://nihonnsi.blog.so-net.ne.jp/2006-02-01
郭務悰って、藤原鎌足と別人じゃん。
しかし、この時代から中国人が沢山来てるのには驚いた。
劉○○って人沢山いるけど、もしかしたら坂上氏ってこの人たちの親戚?

868 :悩む人:2010/06/28(月) 00:06:24
57年に光武帝に朝見して印綬を受けた奴国(倭奴国)は福岡にあったと考えられるし、107年に生口160人を献じた
倭国王帥升も九州内の国にいただろう。旧唐書には「倭國者古倭奴國也」とあるが、倭国は昔の倭奴國を含むいくつ
かの国の集まりだったであろう。

この倭国の帥升系男王の時代が七八十年続いてのち倭国乱が起き、2世紀末に卑弥呼が共立されて王になった。倭人伝
には倭国という表記もあるが、卑弥呼については倭国王とは書かれておらず倭女王または倭王と書かれている。
これは卑弥呼の共立によって従来の倭国体制が変わったこと、例えば、倭国の盟主国が帥升の国(奴国)から邪馬台国
に移ったこと、を示すものであろうか。

869 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/28(月) 00:13:58
千熊長彦 383年の 人. Name:radio2010/06/04(金) 17:38 奈勿大聖神帝紀(ネムルデソングシンゼギ) 7年,
七年 正月 行水羊祭 光臣伊伐〓 白花稟主 7年(AD383年) 1月, 水羊(修養, 癸未, AD383年)祭(私の)を行っ
た. 光臣(狂信)を 伊伐〓(イボルチァン)で, 白花(百貨)を 稟主(稟奏)にした.

三月 夫余流民三十戸又来降 夫余与倭相通 年年受其民 散置都鄙 倭臣熊彦美而善弁 与阿□相通 多聴其言
故国人異反 或帰于我 亦帰于麗 休礼太后生長?子勿? 始立戸口典 禁民子母相婚

3月, 夫余(付与)の 流民(流民) 30号がまた 来降(レハング)した. 夫余(付与)と 倭(なぜ)が 相通(上通)
したら, 毎年その民たちを受けて, 都邑と田舍に 散置(散置)させた. 倭(なぜ)の臣下 熊彦(ウングオン)は
ハンサムだ言葉がお上手で, 阿□(子供)と 相通(上通)したら, 彼の言葉にたくさん従った. それで 国人ら
は 異反(離反)して, あるいは私たちに, あるいは高句麗に帰属した. 休礼太后(ヒュリェテフ)は 長?(ザン
グフン)の息子 勿?(ムルフン)を生んだ. 戸口典(戸口前)を初めて立てた. 民たちが息子とお母さんがお互い
に婚姻することを禁止させた.

*倭臣熊彦美而善弁 与阿□相通 多聴其言 = 倭(なぜ)の臣下 熊彦(ウングオン)はハンサムだ言葉がお上手で,
阿□(子供)と 相通(上通)したら, 彼の言葉にたくさん従った.

この記事は383年でなく、323年神功49年です。
神功49年の記事と上記の記事と支那の情勢を勘案して読んでみて下さい。
神功49年の記事にねつ造は無い。


870 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 00:24:31
白昼夢って、みんな見ますか?

俺は白昼夢ってどんなものか、よくしらない。空想とかとは違うんだろうか?
目が覚めてるのに、夢を見たように、実際に無いものが見えたり空を飛んだりするんだろうか?
そういう経験は自分にはない。
だから他人が白昼夢を見たことがあるとしたら、すごくうらやましい。体験談なんかも聞きたい。

たとえば、邪馬台国が九州にあったとし、太陽を祀る吉永小百合のような卑弥呼が民を統率し、
卑弥呼の死後、神武が東征してヤマト王権になったとか、そういう話を、ノートに書きとめ、
ネットの掲示板で披露し、自分は、誰も知らないは古代史の謎を解いたんだという高揚感に酔いしれる。
みなが、自分の意見に賛同し、名前が売れて、本まで出版してしまう。
いつも通勤途中で見かける公園の丘が卑弥呼の墓だった証拠を掴み、
教育委員会に発掘許可を申請する。テレビ局に卑弥呼発掘スペシャル特番の企画を売り込む。
考古学界を揺るがす新事実を突きつけ、畿内説は崩壊し、ついに、自分が邪馬台国と定めた遺跡から金印が発掘される。
マスコミからインタビューに追われ、講演で全国を飛び回る日々。

しかし、ふと気がつくと、むなしくキーボードを叩く、世間から孤立した自分がいるだけ。
これが白昼夢というものだろうか?
ぜひ経験してみたいなあ。




871 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 00:31:52
>>867
史実では別人になってるけどそれは不比等らがそういうふうに捏造したのよん
日本に漢字なるものが入ってきたのもその頃、もともと漢字なんて使ってない
民族だったのに中国化されていった頃です

872 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 00:38:01
唐に負けなければシュメール語がそのまま日本語になっていったと思うんだけどな

873 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 01:07:57
郭務?は白村江の戦いの戦後処理もあって来日したというのが通説。

663年の戦いのあと、朝鮮半島に残された日本兵が捕虜となっていた。
その捕虜と引き換えに大量の物資を渡した。

中国側が大量の人員で来日したのは、大量の日本兵を捕虜としていたから。

日本兵を引き渡してもらうために、1673匹の絹や布2852端、綿666斤
その他の大量の物資が渡されたのであろう。

また返還する兵士の数と帳尻を合わせたので、端数になったと考えられる。

直木孝次郎『古代日本と朝鮮・中国』講談社学術文庫などを参照。
私が直木の論文のなかで優れていると思った数少ないものの一つ。
直前に同じ内容の論文を別の人が書いていたというミソがついているが。


874 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 01:17:55
郭務悰は日本の文化を中国化した挙句に過去の歴史までくちゃくちゃに
した張本人です
藤原は正しくは「とうげん」と読み「唐から来た人」という意味なのです
藤原鎌足と名乗っていたのですが、それでは歴史に汚点残ると考えた不比等らが
歴史を改ざんして鎌足と務悰を別人に仕立てたのです

875 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 01:27:47
唐は対チベットの戦局が危機的な状況だったので、
高句麗国の再建阻止と半島情勢沈静化だけで手いっぱいであり、
郭が日本列島に残留できる状況ではなかったはず。

876 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 01:54:44
>>875
郭務悰は朝鮮半島と日本担当だからチベット戦線とは無関係だと思いますよ

877 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 02:28:51
http://kenshin.blog.ocn.ne.jp/blog/2010/02/post_5081.html

天皇家は韓国南部からやってきた人々が先祖らしいw
まあ百済人の末裔であることは歴史が物語ってはいるのだけれど

878 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 02:54:54
http://www.youtube.com/watch?v=uX7xFMvCly8

小沢さんが公言しています、天皇家の祖先は朝鮮半島南部から九州へ上陸し
和歌山、三重と海伝いに上陸し、奈良の地へ入って神武王朝を開いたと

879 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 03:00:39
続き
↑の動画の6:00のとこから重大な事実が述べられています
桓武天皇の生母は百済の王女であると、天皇陛下も認めた
とはっきり述べられております

880 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 06:10:04
典型的朝鮮人の妄想でした。

881 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 09:37:37
>>876
いや、唐上層部(高宗か則天武后かもしれないが)から、再三、早期終戦命令が出ている。
極東へ送った唐軍をチベットに差し向けるためだ。


882 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/06/28(月) 10:33:55
神功元年前年≠273年

日蝕は数日も続かな〜い。つまり日蝕と関係がない。

883 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/28(月) 13:00:35
>>873
>日本兵を引き渡してもらうために、1673匹の絹や布2852端、綿666斤
その他の大量の物資が渡されたのであろう。

これだけの思考が出来れば、5世紀初め高句麗の南下による、倭国の敗退時にも
同じ事が起きた、と考えた場合だ。

高句麗に敗退した倭国は、大型古墳を作れない。とこうなる。
だから仁徳が5世紀にづれ込むことは無い。


884 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 13:34:55
>>878
金日成の義兄弟=文鮮明の主催する、チャンネル桜なんか信用するな。
かつての極左ゲバ学生が集まって、日本国粋主義を偽装して作った番組だ。

885 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/28(月) 13:53:38
>>882
>神功元年前年≠273年
否定したいんだろ、ならば 自分の編年で
神功渡海と半島、大陸の情勢
神功49年 半島諸国を臣下とする。
神功52年 七支刀

こちらを主張しなさいよ。
なにも主張出来ないんだろ、だから太国倍年は間違いである。



886 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/06/28(月) 14:19:51
主張出来ないと間違いなら、開化が4年だとかも主張してないんだから、
オマエのいい加減な論法からオマエの開化の編年は間違いだということに
なり、オマエ自ら遠回しにこの開化の4年の編年の間違いを認めたことに
な〜る。ww


887 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/28(月) 14:42:43
へたれ太国
七支刀はノギヘンと主張するなら、それを太国倍年で示せ。

やはり出来ないだろ、神功紀の何も主張出来ない太国倍年は
ただ算木の数字を連呼するしか能のない代物である。


888 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 14:44:43
>>884
文鮮明って統一教会の教祖ですね
でも小沢さんが語ってしまったことは事実ですからねw

889 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/06/28(月) 14:58:47
>>887
できないだとぉ〜?ww 以前毎回解説してただろうが。ww
オマエ物忘れがすごいな?ww

890 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/28(月) 15:12:13
>毎回解説してただろうが。ww

算木の数字解説か。
それはあくまでも算木の数字解説でしかなく、歴史とは全く関係ありません。

私の求めるものは
西暦○○年 半島情勢が××の時 渡海
同じく 大陸情勢が××の時 半島を占拠、
その3年後 七支刀

この様な歴史です。
算木の数字は歴史を語らない。


891 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/28(月) 18:17:10
奈勿大聖神帝紀(ネムルデソングシンゼギ) 7年,
七年 正月 行水羊祭 光臣伊伐〓 白花稟主 7年1月, 水羊(癸未,)
倭の臣下 熊彦(ウングオン)はハンサムだ言葉がお上手で, 阿□(庶民)と 相通したら, 彼の言葉にた
くさん従った. それで 国人(平州人)らは 異反(離反)して, あるいは私たちに, あるいは高句麗に帰
属した
千熊長彦、国人(平州人)等が、百済、高句麗、倭 これらどの国へ向かっても良いと云う時代である。
だから千熊長彦は、323年癸未 神功49年 空白となった平州に現れる。
324年には、高句麗が楽浪方面を抑える。その前でなければならない。
326年 神功52年 東晉明帝太寧4年丙戌 七支刀
この事実から 神功渡海は、274年幽州を分け平州を置く、この年になる。
273年に日食があった。この事実を元年に差し込む。

へたれの算木数字だけで否定しても、事実は残る。
否定したければ、別の事実を積み重ねて否定してみろ。


892 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/06/28(月) 18:41:06
何を寝言をいってるんだネ。ww
ザ・掲示板があったころから、あさきち氏(ローガン氏)と討論して、
もう説明済みだ。オマエ、ひどい記憶能力だなぁ。ww

天津神算木は、これまた別だろうが。そのころ天津神算木については、
こちらは解説なんかまだしてなかったんだぜ。まぁ男が子供を産んだとか
言うオマエの脳内だから、だいたいそんな記憶能力だと測り知れるがねぇ!

893 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/28(月) 18:46:25
太国:なお、天津神算木から 神功初年=353年 を計測済みである。
新羅 344 倭国が花嫁を求めたが辞退
345 倭王が国書を送り国交断絶
346 倭軍が金城を攻撃
364 倭兵が大挙して侵入

ここに渡海の道理も知らない神功を渡海させる。書かれていない記事は九州王朝である。
いくら主張しても足跡も無い。


894 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/06/28(月) 18:53:19
足跡もクソもな〜い。ww
ちゃんと九州年号がうんと出てるし、倭の五王も九州関係だ。
神功、應神のころに、九州に比売大神という女王がいたわけさ。宇佐神宮
のこの女が証拠の一だ。開化が4年だとか、デタラメはひっこめろ。

895 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 19:49:49
グドン対ツインテール か。

896 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 21:16:41
愚鈍 対 珍出る

897 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/28(月) 22:53:55
>足跡もクソもな〜い。ww

裁判で云えば、証拠提出拒否ね。
此方は証拠を提出しているんだ。
提出拒否は、裁判に持ち込むことも出来ない。


898 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/06/28(月) 23:04:15
読みたきゃぁ、そのころの板を探すんだな。
オマエなんか開化がなぜ4年なのか、証拠を出したことがないわけだよ。
つまり、証拠提出拒否の張本人は他ならぬオマエなわけさ。ww

899 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 23:18:37

■銅が木棺1700年守る…鏡から溶け出し防腐 /桜井茶臼山古墳

読売新聞 2010年6月27日
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20100627-OYT1T00269.htm?from=navlp

 初期大和王権の大王級の墓とされる奈良県桜井市の桜井茶臼山古墳(3世紀末〜4世紀初め)で、石室内の木棺に大量の銅が含まれていることが、県森林技術センター(高取町)などの調査でわかり、
26日に関西大学(大阪府吹田市)で開かれた日本文化財科学会で報告された。

 石室に納められた銅鏡から、抗菌作用がある銅の成分が溶け出し、「防腐剤」になったとみられ、同センターは「木棺が約1700年間も残る一因になった」としている。

 木棺はコウヤマキ製で、長さ4・89メートル、幅0・75メートル、重さ264キロ。劣化が懸念されたため、昨年10月、県立橿原考古学研究所が石室から搬出後、採取した六つの木片(5〜10ミリ角)を蛍光エックス線分析装置で調べた。

 自然界の木材や土壌に含まれる銅は平均で数ppm以下だが、すべての試料で100〜800ppmを検出。
石室には少なくとも81面の銅鏡を副葬したとみられることが、これまでの発掘調査などで判明しており、雨水で銅イオンが溶け出し、木棺にしみ込んだ可能性が高いという。

 また、木棺が残ったほかの理由に、耐久性が高いコウヤマキ製▽石室の高い密閉性▽石室に塗られていた水銀――といった項目も示された。

 同センターの酒井温子・主任研究員は「古代の人が木棺の腐食防止のために銅鏡を副葬したとは思えないが、結果的に保存効果をもたらした可能性が高い」としている。

・桜井茶臼山古墳の石室内に納められた木棺(2009年9月、代表撮影)
http://www.yomiuri.co.jp/photo/20100627-069673-1-N.jpg

900 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 23:27:23

■川西市:「画文帯同向式神獣鏡」など4件、市指定文化財に /兵庫

毎日新聞 2010年6月27日
http://mainichi.jp/area/hyogo/news/20100627ddlk28040168000c.html

 川西市は、6世紀初めの勝福寺古墳(同市火打)から出土した「画文帯同向(がもんたいどうこう)式神獣鏡」など4件を、市指定文化財に指定した。

 神獣鏡は直径20・9センチで、中国の後漢時代の鏡を原型に、神や獣の像が同一方向に描かれている。製造年代やどこで作られたのかは不明という。

 1891(明治24)年に古墳の石室が発見された際、偶然出土したものだが、その後、行方不明となり、約30年前に大阪府池田市の個人宅に収蔵されていることが判明した。
同市は06年、300万円で買い戻し、市文化財資料館(同市南花屋敷)に保存・展示。出土先の勝福寺古墳が、猪名川流域で6世紀初めに活躍した有力首長のものであることを裏付ける貴重な副葬品として、文化財に指定した。

 ほかに指定されたのは
▽江戸時代前期〜中期の神社本殿様式を伝える「小戸神社本殿」(同市小戸)
▽鎌倉時代(13世紀)の美術品「小戸神社木造狛犬(こまいぬ)」(同)
▽平安時代(10世紀)の「観音寺木造十一面観音菩薩(ぼさつ)立像」(同市小花)。【浜名晋一】


※参考サイト 川西市ホームページ
 ・市指定文化財に4件追加
http://www.city.kawanishi.hyogo.jp/88622010_0618.html

901 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 23:36:54

■【ふるさと便り】大津・古墳時代中期の石棺から頭蓋骨 赤い顔料 魔よけのためか

産経新聞 2010.6.28
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/100628/acd1006282156006-n1.htm

 大津市神宮町の近江神宮境内にある宇佐山古墳群で、古墳時代中期(5世紀前半)の石棺が出土し、中から魔よけのためとみられる赤色の顔料が塗られた頭蓋骨(ずがいこつ)が見つかり、県文化財保護協会が28日、発表した。
赤は血を表し、「魔」を遠ざけるために使われたとみられるという。当時の人々の顔立ちを知る手がかりにもなり、研究成果が注目される。

 協会によると、見つかった頭蓋骨は上あごまでで、下あごはなかった。ほおや額の形などから被葬者は20〜40歳代の男性で、身長は155センチ前後と推定されるという。
赤く塗られた人骨は弥生から古墳時代の古墳などで、山陰地方から丹後地域にかけて出土した例があり、県内では高島市の打下古墳でも赤く塗られた頭蓋骨が見つかっている。

 一方、今回頭蓋骨が入っていた石棺は長さ158センチ、幅24〜36センチ。頭蓋骨の位置から琵琶湖側に足を向ける形で収められていたとみられる。

 宇佐山古墳群からはこれまでに、古墳時代後期(6世紀ごろ)の古墳が12基出土。琵琶湖を眺望できる標高約150メートルにあり、協会の担当者は「被葬者は水運業に従事した氏族の可能性もある」としている。
 現地説明会は7月4日午前10時と午後1時半の2回。京阪電車・近江神宮前駅下車。

 片山一道・京都大学名誉教授(骨考古学)の話 「保存状態が良く、古墳時代の人々の顔立ちや体形などを知る上で貴重な資料になる」

・古墳時代中期の石棺に収められた人骨=大津市神宮町
http://sankei.jp.msn.com/photos/culture/academic/100628/acd1006282156006-n1.jpg

902 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/28(月) 23:41:46
開化は欠史8代の国内問題
対する神功は、国際問題 

>なぜ4年なのか、証拠を出したことがない
では3倍年の証拠は?倍年の証拠ゼロ。
普通暦(太陽暦と太陰暦)と二,三倍年の複合 こんな証拠もゼロ
もしこんな暦法が存在したのなら、復元して提示しなさいよ。
存在しない暦法は復元不可能。誤魔化すために暦法を複雑にしついには主張する
本人でも復元不可能となった。
単純な二倍年だけでも復元して提示したら?


903 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 23:49:39

■遺跡立体復元、誤り認め改修も…議論の場なし

読売新聞 2010年6月28日
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20100624-OYT1T00738.htm

 平城宮大極殿など遺跡の立体的復元が全国で進められている。柱穴や礎石など発掘されたままの状態を見せる保存方法と比べて当時の姿をイメージしやすいが、本当に正しい復元なのかという疑問が常につきまとう。

 そんな中、北海道上ノ国町の上之国勝山館(かみのくにかつやまだて)跡で、「過去にほとんど例がない」(文化庁記念物課)という、復元の誤りを認めた改修が行われることになった。

 ◆「分かった以上は…」◆

 勝山館跡(国史跡)は、アイヌとの最前線に築かれた15〜16世紀頃の山城。1985年に杭(くい)をすきまなく並べた「塀」を復元したが、これをすきまのある状態に改め、城内の守備側が攻め手を目視できるような構造にする。
老朽化による更新に合わせ、今年8月に着手する予定だ。

 上ノ国町の塚田直哉学芸員は「もともと発掘調査の成果や文献の研究などから、杭の間を離して外が見える柵として復元すべきだった。なぜ現状のような復元が行われたのか不明だが、誤りと分かった以上、改める」と話す。
当時、中世の山城を立体復元した例が北海道や東北地方にはなく、あまり厳密さを気にかけていなかったという背景がありそうだ。

 文化庁記念物課によると、1989年に史跡内の建物の復元への補助が始まり、全国の遺跡で立体復元が増えた。
「まだ20年しかたっていないので、ほかに変更した例は聞いたことがないが、確実に違う復元だったと後の発掘や研究などで分かれば、新しい成果を反映するほうが望ましい」と指摘する。

・上之国勝山館跡は全周460メートル。高さ1.8メートルの柵が計150メートルにわたって復元されているが、このうち、25年前に復元された30メートルについて改修が行われる
http://www.yomiuri.co.jp/photo/20100624-010557-1-N.jpg
(つづく)

904 :日本@名無史さん:2010/06/28(月) 23:51:20
(読売新聞つづき)

 ◆「ありえない構造」◆

 今後、修正するケースは増えるのか。
弥生時代の大規模な環濠(かんごう)集落跡、吉野ヶ里遺跡(佐賀県吉野ヶ里町)は歴史公園として整備。3階建ての建物や、物見やぐらを板の「壁」が2重に取り囲む形で復元されているが、城郭考古学を専門とする千田嘉博・奈良大教授は
 「全く防御性がなく、ありえない構造」
と批判する。勝山館跡と同様、守備側の視界が遮られ、敵に矢や石を放つことができないからだ。

 遺跡の発掘から復元まで担当した佐賀県教育委員会の七田忠昭参事は、
 「目隠しの役割を重視して復元した。今のところ修正すべき点はない」
と批判を一蹴(いっしゅう)するが、その一方で、復元の根拠を明示する配慮は必要だとの考えを示した。

 松木武彦・岡山大教授(考古学)も
 「過去へのあこがれの気持ちは、考古学の重要な要素で、遺跡をアミューズメント化すること自体は悪いことではない。しかし印象が強いほど、どこまでが推定なのかきちんと説明すべきだ」
と指摘する。

 東日本のある古代遺跡の整備担当者は
 「復元は多かれ少なかれ推定に基づく。整備している段階では『本当にこれでいいのか』と悩んでいた個所も、完成すると、本当に昔は復元のような姿だったと思いがちだ」
と明かす。専門知識のある学芸員が定年後に補充されない地方自治体が増えており、このままでは施設の更新期という修正の機会を逃し、誤った復元を継続させてしまう可能性もある。

 千田教授は
 「復元するまでは、制度的に専門家の意見や文化庁の許可などが必要だが、復元後に疑問点が浮かんでも第三者が議論する場すらないのが最大の問題だ」
としている。(文化部 岡本公樹、清岡央)

・吉野ヶ里遺跡の主祭殿があるエリアは、高さ2メートルの柵がほとんどすき間なく復元されている。一見、完璧な防御に見えるが…
http://www.yomiuri.co.jp/photo/20100624-010597-1-N.jpg

905 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:01:20

■ほんのコーナー:『卑弥呼の正体』=山形明郷・著 /栃木

毎日新聞 2010年6月14日
http://mainichi.jp/area/tochigi/news/20100615ddlk09070133000c.html

 「卑弥呼」と「邪馬台」に新発見。「日本列島内の女王ではない」。こんな興味深い文句の帯が本書を包む。

 古代北東アジア史の比較文献史家と称する、宇都宮市生まれの故・山形明郷氏が95年に発刊した「邪馬台国論争・終結宣言」の最終改訂版。
本書では「倭=日本、邪馬台国=大和朝廷ではなく、卑弥呼は朝鮮半島在住の倭人か中国人だった」など、これまでの定説に反論している。

 本書の編集などは足利市在住の歴史研究団体「北東アジア市民の会」の坂口孝男事務局長が担当した。251ページ。定価1500円(税別)。問い合わせは三五館(電話03・3226・0035)。【古賀三男】


※三五館サイト 書籍案内 『卑弥呼の正体』
http://www.sangokan.com/books/978-4-88320-501-1.html

906 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:04:49
>>905
おもしろそうな本だね?

907 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:05:25
畿内ウリナラ説は、もう飽きた。

畿内ウリナラ説=大和は世界の中心であり卑弥呼など野蛮な半島人三国人だ

908 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:09:26
天皇自体が百済の末裔なんだからなw
結局日本人なんて移住民族の混血につぐ混血でわけのわからん民族だっていうのが
結論だと思う

909 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:14:03
ブラジルのようにポルトガル白人と現地インデイオの混血なら体色などで
ある程度は血の違いが判別できるけどねえ。日本はどうせモンゴロイドの
範疇。

910 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:15:29

■邪馬台国の滅亡 若井敏明著  記紀を読みこんだ九州説

日本経済新聞夕刊 2010年6月9日付
http://www.nikkei.com/life/culture/article/g=96958A96889DE2EAEAE5E1EBE0E2E2EAE2E4E0E2E3E29C9C99E2E2E3;p=9694E3E4E2E4E0E2E3E2E5E3E2E4

 卑弥呼は、3世紀はじめの倭(わ)国に君臨した女王だと、中国側の記録にある。
そして、近年の考古学は、大和の纏向(まきむく)が3世紀初頭の一大中心地であることを、あかしだてた。そのため、女王のいた邪馬台国も纏向にあったとする畿内説が、有力になっている。

 だが、邪馬台国がそれほど大きな勢力をもっていたという保証はない。
九州北部の酋長(しゅうちょう)たちをたばねた地方勢力が、女王国として中国へつたえられていた可能性もある。倭国は、のちの日本国よりずっと小さい、地方政権だったかもしれない。

 最近、纏向で王宮とおぼしき大規模建築群の跡がほりおこされた。卑弥呼の宮殿かと、マスコミへは喧伝(けんでん)されている。
しかし、その様子は記紀がつたえる崇神、垂仁、景行の宮殿をこそ、しのばせる。あれは、初期大和政権の本拠だったんじゃないか。考古学は、記紀がつたえる伝説の妥当性を、あかしだてていたのかもしれない。

 この本を読むと、畿内説のもろさやあぶなっかしさが、よくわかる。著者は奈良に生まれ、大阪大学で歴史を学んだ関西人である。地元びいきではない、記紀を読みこんだ九州説が、あじわえる。(風俗史家 井上章一)


※吉川弘文館サイト 歴史文化ライブラリー294 『邪馬台国の滅亡 〜大和王権の征服戦争〜』
http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b56094.html

911 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:27:02
解説自体が、畿内ウリナラ説だなw

912 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:30:29
吉川弘文館 これから出る本 

▼『三角縁神獣鏡研究事典』 下垣 仁志 著
http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b61587.html

出版年月日 2010/06/29  判型・ページ数 菊判・580ページ  定価 本体9,500円+税

【目次】
T=三角縁神獣鏡研究の意義(三角縁神獣鏡の研究意義/本書の目的と構成)/
U=三角縁神獣鏡の世界(三角縁神獣鏡とはなにか/中国鏡のなかの三角縁神獣鏡)/
V=三角縁神獣鏡研究の現状(系譜と製作地/製作体制と製作背景/製作技術/編年と実年代/化学成分分析と原料の産地/流通方式と政治史的意義/銘文と信仰)/
W=三角縁神獣鏡の研究史(第T期(江戸期)/第U期(19世紀末〜1920年代)/第V期(1920年代末〜1940年代)/第W期(1950年代〜1960年代)/第X期(1970年代)/第Y期(1980年代)/第Z期(1990年代〜))/
終章=三角縁神獣鏡研究の将来(三角縁神獣鏡研究の展望/三角縁神獣鏡研究の課題と指針)/
資料(三角縁神獣鏡関連論文/三角縁神獣鏡目録/三角縁神獣鏡出土地名表/同笵(型)鏡分有図/三角縁神獣鏡銘文一覧)

【内容説明】
「卑弥呼(ひみこ)の鏡」の最有力候補である三角(さんかく)縁(ぶち)神(しん)獣(じゅう)鏡(きょう)とは何か。江戸時代からの膨大な研究史を初めて整理し、研究に便利な資料集成を付す。
誕生の経緯と製作年代、製作技術と原料産地、流通方式と政治史的意義、銘文と信仰など、最新の発掘成果と豊富な図版を駆使して、その全貌を明らかにする。重要な考古資料として、様々な可能性を秘めたその実像に迫る。

【特色】
・膨大な研究史を初めて整理。研究のポイントとなる点と、その意義を明示。
・豊富な図版を用いて視覚的にも理解しやすく編成。
・最新の発掘・研究成果を網羅し、基礎的資料として有用。
・鏡に記された銘文の一覧を付し、考古学のみならず文献研究にも資する。
・「卑弥呼の鏡」の有力候補、三角縁神獣鏡の実像に迫る。
・邪馬台国研究にも必携。

913 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:37:20
ちょっと遅かったな。

914 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/29(火) 00:38:44
>最近、纏向で王宮とおぼしき大規模建築群の跡がほりおこされた。

来月あたりからまた続きを掘るそうなので、年末辺りには結論がでるかも。

この建物は、239年に崩御した垂仁の珠城宮である。


915 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 00:39:07
『三角縁神獣鏡舶載鏡詐欺説研究事典』のほうがよかったな

916 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 01:27:47
学者には言論の自由なんて・・・

917 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 02:30:03
邪馬台国が大和なのが許せない反日売国奴の多いことよ。


918 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 02:41:45
>>917
反日じゃなくて歴史を正しく研究せず、いいかげんなことばかり教えてきた日本の教育が
部落差別や在日差別の元凶になっていることに気付いてほしい
日本民族が種々雑多の混血人だという認識のもとに立てばすべてが解決していくのでは
ないかと思います
現に天皇家が百済の末裔にもかかわらず在日が差別されるのはなんだかおかしな話
だし、部落民と呼ばれる人たちはもともとの先住者なのに百済人に征服された後に奴隷
待遇になって今日にもまだその痕跡を残していることのほうが問題があるんです
邪馬台国と大和は別物だとは思いますが、百済人であることには変わりありません

919 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 02:46:28
いっそのこと日本なんて国号はやめて百済に変更したほうがはっきりするんじゃないですかねw
戦前に朝鮮半島を領有した真の理由は百済人の祖国奪還行為以外の何物でもない

920 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 02:56:23
高句麗や新羅からの渡来人も多いから無理

921 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 03:10:54
>>910
>あれは、初期大和政権の本拠だったんじゃないか。

それすら認めないのがここのゴミクズ九州説だからなwww



922 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 03:48:36
>>920
天下取ったのが百済人なんだから百済にしたほうがわかりやすいと思うんだけどね
小沢さんも韓国で天皇家は百済だなんて実にくだらないことを演説したわけですしね
態度はっきりさせれば韓国や北朝鮮ともなかよくできるし、中国ともなかよくできる
マッカーサー大元帥ですら天皇家を潰すようなことはしなかったわけなんだし
第二次大戦で国を二分されなかったのは日本だけにように一見見えるのであるが
朝鮮半島と日本列島はひとつの国家だったわけだから、日本だけは3分割されて
しまったのというのが正しい見解だと思います

923 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/06/29(火) 10:03:35
239年≠垂仁没年

924 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/06/29(火) 10:24:12
>>902
オマエの開化4年で終わりなんぞは、オマエが崇神という子宮のない筈の
男が出産したとか言ってた完全デタラメと同類項のインチキ、支離滅裂の
極だということが各スレ民も読んでておかしいと分かるもので、ひどい
粗悪論である。早く精神病院で診てもらえ。bbb

だいたい証拠証拠と言う奴の殆どが追い詰められてるから、証拠証拠を
連発するのが定石だな。かつては改めも追い詰められてそれを言って
いたが、よ〜く演劇で犯人が追い詰められると、これを連発するわけなの
が典型的見本だぜ。ww オマエは開化が4年で終わりだという説明が出来
ないわけだよ。男が子を産んだ旨オマエは書きこんでいたが、開化4年間
というのもこれを同類項の支離滅裂たるいい加減なオマエの妄想の結実
そのものだ。www

それに開化の代は3倍暦法と言った覚えはないんだよ。開化は2倍暦法を
行使してたんだと一貫して主張してるんだよ。倍年暦の証拠は景行の代の
21ヶ月妊娠で、もう決まりだぜ。基点をズラす〜うっちゃりをやるほどの
記載個所でもあるまい。編者は五七調で書きこみ制限で記載してるから、
ほつまのここは基点ズラしなどやる余裕の文ではないのさ。

925 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 11:14:07
>>918-922

天皇家が百済人じゃないのは自明なんだが、
渡来人としか考えたくない心理状態ってどういう風に形成されるんだろう。
なんらかのコンプレックスがあるんだろうな。

外国の歴史を見れば、別の国から来た外国人が王になったことは多いが、
出自を隠したりしてないし。


926 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 11:53:00
仏教伝来以降、衰退してた神道を再興させたのが天武天皇。
仏教経典とは違う、日本独自の宗教観を作ろうとして、日本書紀を編纂させた。
外国人施政者が他国の宗教を庇護した例は無いわけで。

天皇家が百済人だという主張は、神道の起源、天照大神の起源が百済にあると言ってるようなもの。
これが反日売国奴でなくてなんだろうか?


927 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 12:24:13
>>925
http://www.youtube.com/watch?v=uX7xFMvCly8
↑の6:00くらいのところで小沢さんがはっきり言ってますよ
あの人はいい性格じゃないですけど、根拠のないことはいいません

928 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 12:28:59
>>926
天武は新羅人です、その時代は唐が実効支配していましたね
桓武のときに百済人が政権奪還して今日に至ってます
ただ日本には先住人である拝火教徒や白山信仰の人、また天神信仰の人などもいますから
神道でまとめたほうが統治するうえで有利と判断したのでしょう

929 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/06/29(火) 12:31:31
実行支配されたら、日本は半島にのっとられてるだろうが。w

930 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 12:31:50
>>920
高句麗や新羅だけでなく、南方から渡ってきた中央アジアの渡来人が数の上では
多いのが原因なのでしょう

931 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 12:32:52
>>929
政権中枢は乗っ取られた状態だったでしょうね

932 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/06/29(火) 12:36:54
実行の行の字が間違いだったな、失礼。実効だな。

ヒノモト(日本)とはウラゴト(卜事)の「ト」から

 ト
 ↓
ヒ ノモト → ヒトノモト(人類の根源地)

と解したい。

933 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/06/29(火) 12:47:44
中枢が乗っ取られてたら、一系無窮が継続出来っこないよ。
失礼だが、妄想だと想うよ。

934 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/06/29(火) 13:32:31
>>902
復元しろと言うなら、オマエも考古をえらく根拠としてるんだから、
オマエこそ考古を使い日数で復元するんだな。それともテメエだけはしな
くていいのか?ww オマエから度々煩く言ってる注文ではないか。

935 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 13:43:25
証拠など一切、カラ松山

936 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/06/29(火) 13:45:42
wwwww 同意!
なにせ男が出産したなどと言ってる奴だから、その盲象度が
東京スカイツリーを超えるくらいひどいことを・・・。wwwww

937 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 13:50:05
>>928

そうした仮説を唱えることが、誰の得になるんですか?

中国朝鮮に利するだけですね。
売国奴決定。


938 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 14:05:09
http://www.youtube.com/watch?v=uX7xFMvCly8
↑の6:00くらいのところで小沢さんがはっきり言ってますよ
あの人はいい性格じゃないですけど、根拠のないことはいいません

939 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 14:08:36
>>938
天皇陛下の「ゆかり発言」で有名な話に言及しただけで、天皇陛下の意見そのものですが何か?

940 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 14:10:10
>>939
だから百済人ってことでいいんだろ?
天皇は百済じゃないとか言ってる御仁がいるからねwww

941 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 14:16:00
>>940
桓武天皇に限定してゆかりがあるという話だけど、それが何か?

942 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 14:17:18
邪馬台国は百済系、そのときに近畿地方にあった政権が高句麗系(四つの民)
と考えたほうが自然
結局百済が勝って大化の改新が始まると考えたほうが辻褄が合うと思うのです

943 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 14:17:32
その百済人も新羅人も高句麗人も倭人も、10万年前は
全員アフリカ人だったわけですが、それが何か?

944 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/06/29(火) 14:18:27
双方日本系だよ。

945 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 14:18:53
近畿土着系は新羅閥と癒着しているな。
九州王権は百済閥と癒着しているな。

946 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 14:21:15
天武=武力で治める帝
天智=仏教でいう智で治める帝
仏教は神道(祖霊信仰)の手段
祖霊が釈迦を先達として天上界に登れるように仏事で弔いをする
釈迦は須弥山の頂に達した、だから仏塔に舎利を祭る
須弥山=仏塔=前方後円墳の墳丘=三角縁神獣鏡の丑(中心の突起) 何ら変わっていない


947 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 14:22:33
>>943
よく知ってるねwww

948 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 14:25:10
>>945
「えぇと、百済は中国系の民族だったけど、遊牧民の新羅に滅ぼされてぇ・・・・・」

949 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 14:35:34
http://www5.ocn.ne.jp/~iranka/kinnissei.html

天武は新羅となっています

950 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 15:02:40
いや、その前に半島人の血の半分は倭人系。

951 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 17:49:14
邪馬台国は九州にあって百済系、近畿地方には北方遊牧民族の作った王朝が存在していた
と考えたほうが自然
大化の改新のときに百済系が勝って政権奪取したと考えるほうが自然だと思われる

952 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 17:55:31
近畿地方には部落と呼ばれる地区が数多く存在しているのであるが、百済系
が勝って政権奪取したときに負けた遊牧民族たちを閉じ込めたのが部落の
始まりだと考えたほうが辻褄があってくる

953 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/06/29(火) 18:05:00
畿内も九州の日本系だよ。半島人が日本へだいぶ来てたろうが、乗っ取り
なんか出来もこないよ。乗っ取られてれば、一系は軽く断絶で中国の王朝
みたいになっていただろう。

954 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 18:09:55
>>953
九州の日本系と言えば聞こえがいいが、百済系であることには
変わりない
九州の上部、朝鮮半島の南西部は百済系だと考えるのが自然

955 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 18:13:49
http://blogs.yahoo.co.jp/tokaiama/707.html

956 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 18:39:06
>>954

だったら邪馬台国も、百済系の卑弥呼が建国したと言えよ。


957 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 18:49:19
>>956
あなたがおっしゃってるじゃないですか?(笑

958 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 18:56:55
http://tokatu1.at.webry.info/201002/article_1.html

959 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/29(火) 19:21:51
奈勿大聖神帝紀(ネムルデソングシンゼギ) 7年,
七年 正月 行水羊祭 光臣伊伐〓 白花稟主 7年1月, 水羊(癸未年)祭を行った。
三月 夫余流民三十戸又来降 夫余与倭相通 年年受其民 散置都鄙 倭臣熊彦美而善弁 与阿□相通 多聴其言 故国人異反 或帰于我 亦帰于麗 休礼太后生長?子勿? 始立戸口典 禁民子母相婚

3月, 夫余の 流民30戸がまた 来降した. 夫余と 倭が 相通(上通)したら, 毎年その民たちを受けて, 都邑と田舍に 散置させた. 倭の臣下 熊彦(チクマナガヒコ)はハンサムだ言葉がお上手で,
阿□(庶民)と 相通(上通)したら, 彼の言葉にたくさん従った. それで 国人(平州人)らは 異反(離反)して, あるいは私たちに, あるいは高句麗に帰属した。

343年 神功49年 東晋は洛陽奪回を断念する。それに伴い
平州方面は切り捨て、空白地帯となる。そこで倭軍は渡海し百済軍を引き込み、新羅の勒兵を殲滅させ
半島を再編成する。それに伴い空白化した帯方郡方面を、この地の安定のために百済に分与する。
平州方面の住民の多くが千熊長彦に従い倭国へ渡来する。


960 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/29(火) 19:24:04
訂正
×343年 神功49年
○323年 癸未 神功49年


961 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 19:32:18
>>957
なるほどね。
九州の邪馬台国は、百済系の卑弥呼が作ったと。
韓国人大喜びだな。

みなさ〜ん。これが売国奴の正体ですよ。


962 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 19:34:05
だいたい、なんでもかんでも「百済系と新羅系の戦い」って言って置けば、
歴史の真実を探れたみたいな気になるのっておかしいんだよ。

井沢の影響だろうけど。



963 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 19:42:25
>>952
ちゃうちゃう、百済系=遊牧民やで
部落にイケメン・美人が多いって言うのもそのせいな。

奈良・京都で差別が根強いのは、奈良・平安時代に別勢力が流入してるから。
滋賀や大阪ではそれほどじゃない。

964 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/29(火) 19:47:18
晉書卷一百九   載記第九 慕容皝慕容翰 陽裕
太寧末326年,拜平北將軍,進封朝鮮公。廆卒,嗣位,以平北將軍行平州刺史,督攝部內。
咸康(335年-342年)七年,皝遷都龍城。率勁卒四萬,入自南陝,以伐宇文、高句麗,
2824
句麗、百濟及宇文、段部之人,皆兵勢所徙,
347年 慕容恪攻高句麗南蘇,克之,

百済は340年代には大国と認識されている。

喜べ 百済の歴史は50年古くなるぞ。


965 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 19:50:45
>>954
その古代半島人の血は、半分倭人だったと何度言ったら・・・

966 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 19:55:32
まあ、百済が出来る前から遊牧民一派は日本に来てたよ
大陸の方でもちょこちょこ国作ったりしてた。
なにせ気軽に移動する性質の民族だから。

あ、本田圭祐もその血脈な。
受け口っぽい、顔が細いのに対して大きい口が特徴的。

967 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 20:04:32
遊牧民は土地に固執しない性格の持ち主ですからねw

968 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 20:17:22
>>963
百済も新羅も遊牧民だけど、勝った百済が百済人以外の遊牧民族を部落へ閉じ込めたのよん

969 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 20:25:30
百済でない人→くだらない人

970 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 20:31:23
そそ、モノにも執着しない。
戦国時代の、財産や姓を家臣にぽんぽん分け与えちゃう系の武将はその流れ。
尼子経久とか蒲生氏郷とか石田三成とか。
フン族のアッティラ王にも同じような清貧エピソードがあるらしい

971 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 20:50:44
もはや荒らしでしかないな。

この百済厨は。

972 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 20:55:49
でも、神武はツングースとか夫余系とか高句麗とか言われてる方。
こっちはたぶん威張りたがりww
で、横暴が過ぎたので継体天皇でまた匈奴系(遊牧民)に政権交代。

その後は天皇家は据え置きのまま摂関政治が続いたので、
基本的には天皇家のルーツは遊牧民系。

973 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 21:01:30
つまり日本の建国に貢献したのはぺクチョンとオランケ。
韓国人が喜ぶ理由は何もない。

974 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 21:06:16
>>972
>>973
結局遊牧民が天皇ということでは異論はないわけですね
では農民と呼ばれる人たちはどこからやってきた人たちなのでしょう

975 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 21:22:50
>>974

おまえのバカ話につきあえんだけだ。
甘えるな。

976 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 21:25:20
邪馬台国は百済であることは明白になってきたので、九州説が有力だということですね
邪馬台国の時代に近畿地方にあったのは百済以外の遊牧民族の国家であったと

977 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/06/29(火) 21:27:59
>>954
そうならむしろ、逆に半島の下部、南側は倭系だともいえますね。

978 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 21:28:17
>>974
そりゃ中国江南っしょ?これはもう常識じゃないかと^^;
でもこれも二派あるように思う。呉と越。

稲作の中心になっていたのは呉から来た民。
日本神話のツクヨミの一族。

越から来た方はたぶん「安曇族」で、高地性集落作って住んでた。
この人達は中国最古の王朝・夏王朝の末裔だとかって話もあるらしい。

979 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 21:34:50
>>977
百済=倭と考える説ならそういう説になるでしょうね

980 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 21:47:37
邪馬台国は百済で九州、近畿地方にあった政権は非百済系の遊牧民族国家で南方からやって
きた先住者である八の民(農民)を半奴隷化していた と考えればよいのかな?

981 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 21:50:11
八の民は八母音の言葉を使うところからそう呼ばれるようになった
ちなみにチベットは八母音の言葉を今でもつかってます

982 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 21:54:41
>>980
その「九州は百済」ての、どこから出てきたと?

983 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 22:08:48
>>980
越系の住民はたぶん蓑(みの)とか作って税として治めてた。
まんま「美濃」の語源だねww
おそらく大阪盆地にも多く住んでた。それが狗奴国と思う。

ずーーーっと後の時代に差別されるようになったのは、
団結力があり、度々一揆を起こすので、権力者に恐れられたからでしょうね

984 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 22:22:30
訂正しとくよ
×大阪盆地
○大阪平野

985 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 23:17:17
もう九州説も終わりだね。

986 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 23:22:53
畿内説はみんな詐欺だったし、
九州説が正しいことが分かっちゃったから、
論争終わり。


987 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 23:24:50
>>986
というかお前の人生が終わりだろ。こんな書き込みばっか一日中やっててwww

988 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 23:27:15
畿内説詐欺を認めちゃったワケねw

989 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 23:28:52
荒らすしか脳がなくなった九州説。

どうしようもないな。

990 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 23:42:02
詐欺の畿内説より100倍いいだろう。

991 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 23:51:05
>>989
畿内は邪馬台国群が勝った後の話でしょ?
邪馬台国群 VS 近畿遊牧民国家主体の八幡国群(4つの民と八の民の連合国家)
が当時の勢力図と考えると辻褄があってくるんだよ

992 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 23:53:03
>>991
こいつをイエローピーポーで連れて行って電気ショック療法を。

993 :日本@名無史さん:2010/06/29(火) 23:55:40
そろそろ畿内説詐欺の終焉

994 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 00:11:11
>>992
勝った邪馬台国群(百済系)が負けたほうを奴隷化したから部落差別の名残が
近畿地方に色濃く残ってるのよ

995 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 00:18:40
>>994
あれだっけ、百回言えば本当になるって信じてるんだっけ
がんばってね、残念ながらどっからどう見てもウソだけど

百済からの亡命者が近畿に移り住んだのは動かない事実
何でもパクれると思うな腐れシナ人

996 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/06/30(水) 00:19:58
百済は、大和が323年に領土を分与する事で大きくなれたが
4世紀末の高句麗による占領で高句麗の臣下と成る。
雄略時代にやっと高句麗から逃れるが、その後も圧力を受け続け、
ついに滅ぶが、朝廷は倭国に逃れ、倭国の朝廷で働く。


997 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 00:36:58
百済を前面に出すと統治不可能になる可能性があったため、歴史を捻じ曲げ
今日に至った

998 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 00:44:33
>>996
倭人=百済人だから、それは当然でしょうね
大化の改新までは九州にあった国なんだから
大化の改新と言えば聞こえがいいが、邪馬台国群が近畿遊牧国家群に
勝って、近畿へ移りすんだとしたほうが自然

999 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 00:46:25
百済人支配はいつまで続くのであろう

1000 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 00:47:45
天皇は百済人

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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