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♪邪馬台国 ドンと来い♪ 77

1 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 00:48:51
九州も畿内も四国も朝鮮もエジプトもコテハンもドンと来い!

 出来るだけソースを出して後はお好きに!


              ☆
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♪邪馬台国 ドンと来い♪ 76
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1277129397/

2 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 00:52:24
〜 〜 〜 〜 ,ヘ、〜/              ┃           /ヘ   /
〜 〜 {ヽ_ /  {_/              ┃    「対馬国」 ▲/ /
〜 ヘ/      ★末盧国         ┃          ∠ノ / ニイガタ
/ヘ~                        ┃             /
                           ┃ 「一大国」      /
          _ |ヽ■伊都国       ┃      /▲フ   /
       /ヽ/ |/ |       伊吹山  ┃      | 「 /
      |      ヽ ★奴国       ┃      | |__/
       ヽ,  水行 ヽヘ  ★不弥国  ┃     /   トヤマ
       |      ↓ /           ┃ ↓  / カナザワ
     ┌ '        ノ           ┃ ↓ /
    /        /           ┃ ↓|フクイ
   丿 水行  / ̄              ┗━━━━━━━━━━━
  |_     ↓/ ̄
  /  _/ヘ/▲投馬国
  | |    \                 末盧国・・・敦賀市 (気比の松原)
 /  >   天 \              伊都国・・・旧伊香郡 (古保利古墳群)
/  /     安 \             奴国  ・・・長浜市 (国友鉄砲村)
\ |        川             不弥国・・・米原市 (息長稜)
  ∨             ☆呼邑国  投馬国・・・野洲市・近江盆地
                              (日本最大銅鐸、伊勢遺跡)
     邪馬台国 ▲  天
               岩 ☆為吾国  邪馬国・・・旧信楽町
             戸           呼邑国・・・甲賀市 (手裏剣=鉄?)
                         為吾国・・・伊賀市 (同上)
            ☆巴利国      巴利国・・・名張市 (同上)
      ☆烏奴国             烏奴国・・・宇陀市 (辰砂・丹の産地)
  ☆奴国                  奴国 ・・・奈良盆地

3 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 00:53:17
斯馬国   = しま/志摩(三重県) 
巳百支国 = みまき/御牧(京都府久世郡)
伊邪国   = いせ/伊勢(三重県)
都支国 = とき/土岐(岐阜県)
弥奴国 = みの/美濃(岐阜県)
好古都国 = かがつ/各務原(岐阜県)
不呼国 = ふわ/不破? ほこ/矛→関市?(岐阜県)   
姐奴国 = しゃが/志賀(“シャガ”の花?)
対蘇国 = とそ?/伏見(酒)?
蘇奴国 = そね/彦根?大阪?(“ソネ”の木)
呼邑国 = こお/甲賀
華奴蘇奴国 = かねすな/高島市(砂鉄産地)
鬼国 = くぃ/栗太郡(栗)
為吾国 = いが/伊賀
鬼奴国 = くぬ/五條市(クヌギ)
邪馬国 = 信楽??
躬臣国 = きし/和歌山市(雉) 
巴利国 = はり/名張 「針」?
支惟国 = きい/紀伊郡(京都市南区)
烏奴国 = うだ/宇陀
奴国 = 奈良盆地??

狗奴国 = かが?/大阪?香川?淡路?吉備?

4 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 01:02:41
畿内説の詐欺はもう結構。

5 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 01:05:16
だよね。どう見ても近江説だもんね^^

6 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 01:52:57
>>2
>>3
まさに多民族国家日本列島だったんですね

7 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 02:06:01
>>2-3はトンデモ説だから、相手にするな。

8 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 02:10:34
>>6
民族で分かれてるんじゃなくて
ある程度まとまった平地ごとに国になってるっぽい

9 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 02:45:34
滋賀より東は八の民が作った国々がたくさんあったはず

10 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 02:50:20
へえ。ちょうどイントネーションの境か。
ところで八の民って何

11 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 02:54:28
>>10
八母音で話す民族の総称だそうです
今ではチベット語にその名残があります、名古屋弁も一説には八母音と言われています

12 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 02:56:47
>>10
イントネーションの境は関ヶ原だと思います
北陸も関西なまりです

13 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 02:57:03
>>11
どう見ても嘘
そんな命名するわけない

14 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 03:00:54
>>13
八の民って言い方はほんとだよんwww

ちなみに八母音とはあいゐうえゑおをを指します、ゐはウィ、ゑはウェと現代では読み替えて
います

15 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 03:01:19
>>12
福井まででしょ?
あと、能登と佐渡も関西っぽいってwikiかなんかで見た

16 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 03:03:25
>>14
それでその語源は嘘かwwwwww

滋賀より東に住んでる人は八の民って言わないんじゃないの
その人達が少数派である地域でそう呼ぶんよな?

17 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 03:05:03
>>14
それでてめえはどんな民なの?
チョン?シナ?

18 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 03:05:28
>>15
福井も石川も関西訛りですね、行ったことある人ならわかると思います

19 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 03:15:27
>>16
http://blogs.yahoo.co.jp/seyqxara/43990281.html

20 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 03:22:58
>>16
今では四つも八つも差別用語となっていることは事実ですね
なんでそうなったかというと歴史を捻じ曲げた教育の影響が大きいのと
天下を取った百済系の人たちの日本支配の方法に問題があったという
ことは言えると思います

21 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 03:36:26
>>20
語源は嘘なんですね?????

22 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 03:44:05
>>21
http://blogs.yahoo.co.jp/yuukokujyuku/11848135.html

23 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 03:46:01
記紀の改ざん・捏造によって歴史を捻じ曲げる必要があったのは

藤原氏

これは周知のことじゃないでしょうか?

で、彼らがどこから来たかと言えば唐・新羅。
そんなはるか昔っから、マスゴミな人達だったんですね。
「大化の改新」って、「文化大革命」と同じですよ、要は
そして現代に至っても、>>20のように悪行なすりつけ工作をしてるわけだ。

24 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/06/30(水) 14:28:55
歴史の捻じ曲げは唐松山の得意の常習。ww

25 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 15:44:21
大化の改新までは北方遊牧民(四つ)と南方渡来人(八つ)の共存共栄国家だった
それをぶち壊したのが郭務?こと藤原鎌足とその一派の新羅人たちなのです
大化の改新ではなく単なる侵略者たちなのです
百済系を表に立てて、裏で日本を牛耳ってる奴らこそが諸悪の根源なのです
まだマッカーサーの農地解放でかなり改善はされましたが、それでも過去の
傷跡が色濃く残っています

26 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 16:17:34
前スレで、過去スレうpしてくれた人ありがとう!

ドン来い#70-75.zip
ttp://www.csync.net/service/file/view.cgi?id=1277207670
pass[yamatai]

[邪馬台国関連].rar
ttp://www.csync.net/service/file/view.cgi?id=1277213333

老教授過去スレ
◆邪馬台国は大和朝廷になったのか?◆PART14
◆邪馬台国は大和朝廷になったのか?◆PART15
ttp://www.csync.net/service/file/view.cgi?id=1277221092



27 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 16:18:43
449 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 13:40:30
>>409
ありがと!
テンプレに出来そうな議論があったから、コピペしとくか。
九州説派の、「畿内が九州を支配できるわけないだろバーカ」な追求に対して。
------------------------------------------------------------------------------
◆邪馬台国は大和朝廷になったのか?◆PART14
150 :老教授@畿内説纏向派 :04/12/05 23:14:19
一気にスレが伸びている・・・びっくり
K−1は消化不良でしたね。ガチと興業の兼ね合いの難しさを垣間見たような気がします。

>>100 >北九州がなぜ没落したか
玄界灘グループの隆盛の基盤がその経済力にあったと見ているからです。
寡占状態であった半島との交易、またおそらく半島在住の倭種との人的交流(つまり流通コネクション)
南国ルートから入るゴホウラなどの装飾品、本州各地との貿易。
特に本州との貿易はボロ儲けに近い状態と思われます。
金属器や装飾品の値(物々交換が基本ですが)は北九州の言い値で取引されていたのではないでしょうか。
弥生後期前半の北九州は東アジア最大の貿易地と言っても良く、まさにこの世の春といった風情です。
その頃本州は有力首長がクニをまとめ始め、小競り合いが始まります。
2世紀あたりから拮抗状態なるのが、倭国大乱の正体だと考えます。
同時に本州や四国、南九州が互いに北九州を介さない交易ルートを築きはじめます。
特に瀬戸内、山陰、近畿は金属器の普及により、飛躍的に生産効率が上がります。



28 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 16:20:02
450 :日本@名無史さん:2010/06/23(水) 13:44:32
>>409より
------------------------------------------------------------------------------
◆邪馬台国は大和朝廷になったのか?◆PART14
151 :老教授@畿内説纏向派 :04/12/05 23:14:58
これは北九州にとってボディブローのようにじわりと効いたのでしょう。
なにしろ生産キャパシティを超えた、いわゆるバブル状態に近い隆盛だったためです。
ここで話し合いなのか圧力なのかは不明ですが、本州特に近畿の北九州移入を認めます。
これを開放政策と例えたのですが、結果的に大失策だったのでしょう。
まさに庇を貸して母屋を取られるといったところです。これが3世紀の状況ですね。

ところが4世紀に入ってすぐ、高句麗の南下政策と西晋の滅亡という一大事が起こります。
その後も大陸は五湖十六ヶ国に、半島も高句麗により騒乱状態に陥ります。
ここで原ヤマト連合が大きく政策転換を行ったと見られますが
同時に玄界灘の古くから栄えた首長たちにとってはとどめの一撃でもありました。

これが私の考える玄界灘グループの興亡です。
ちなみに早くから原ヤマト連合に協力したと見られる豊前は、この間着実に勢力をのばしております。


29 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 16:26:20
砂鉄製鉄がまだ開発されていない時代、鉄は半島鉄に依存した。
甲冑を容易に貫けるのは、鉄製の鏃である。
鉄鏃は半島から鉄を手に入れられる九州だけが潤沢に使うことができた。

よって、九州の軍事制圧力が永く続いたのである。
九州が半島戦争に疲弊するまで、畿内はさっぱりだった。

30 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 16:30:57
前スレからの流れ

九州説が論破される

火病した九州説が、天皇を朝鮮人扱いして荒らしまわる。

天皇が朝鮮人なら、卑弥呼も朝鮮人。
邪馬台国も朝鮮人が作った。
朝鮮人に征服されたのは北九州だから、
邪馬台国も北九州。

というわけで、邪馬台国九州説が勝利したとさ。



31 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 16:45:37
>>25
牛耳ってるっつか寄生しつづけてるのな。
学会では「選ばれたものだけが知っている、私達が牛耳っているのだ〜」
とか教わるのか知らんけど

32 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 16:48:22
いや、隠れ畿内派が民族派右翼を偽装して、
「九州説ってこんなに馬鹿です、ダメです」と演じただけ。

33 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 17:00:17
なんだ隠れ畿内派ってwww

34 :茨木童子:2010/06/30(水) 17:00:47
右翼は、演じてみればわかるが実に気持ちがよい。天皇を中心に据えて思想的にほとんどconflictがないからだ。www
ところで、>>28 の老教授レスだが、

>ここで話し合いなのか圧力なのかは不明ですが、本州特に近畿の北九州移入を認めます。

と、サラッと書いてあるが、実はこの部分が焦点なんだよなあ。

35 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 17:29:48
まあ、九州の国を宗主国とした連邦の一角を畿内が担ったということでしょう。
呉国侵略対策から、対高句麗戦へと、防衛基地を移転した事実(たとえば
吉野ヶ里の規模縮小)を、畿内派はすぐに「九州の衰退」として喧伝するんだけど、
単なる機能移転なんだよね。馬鹿じゃないかと思う。

36 :老いぼれ教授:2010/06/30(水) 17:41:15
あ、あの話か。

これまで玄界灘グループが隆盛を極めてたんやが、本州や四国、南九州が互いに北九州を介さない交易
ルートを築きはじめるという事態になってもうた。

これは北九州にとってボディブローのようにじわりと効きよったんやろな。
なにしろ生産キャパシティを超えた、いわゆるバブル状態に近い隆盛やったためや。
ここで話し合いなのか圧力なのかは不明やけど、本州特に近畿の北九州移入を認めまんねん。
これを開放政策と例えたんやけんど、結果的に大失策やったんやね。
まさに庇を貸して母屋を取られるといったところや。これが3世紀の状況やね。

なんか文句あるんか?

37 :老いぼれ教授:2010/06/30(水) 17:51:19
文句はいっぱいあるやろ。
自分でも何を書いてるのやら意味がさっぱり分からんのやから。

「なにしろ生産キャパシティを超えた、いわゆるバブル状態に近い隆盛やったためや。」やてなんのこっちゃ?
何の生産キャパシテイなんかいな?訳わからん。そうでっしゃろ?

38 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 18:00:51
嫌ね。縄文人よ、臭いわ。きっと老教授に嫉妬してるのよ。

39 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 18:03:00
嫉妬する気持ちが分からんわ
飲み屋でくだを巻くオヤジが、イチローを批判するようなものかね

40 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 18:32:39
>>34
>右翼は、演じてみればわかるが

演じてみたのかwwwwwwww
自白乙www

41 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 18:50:06
俺、右翼畿内説だけど茨木じゃないよ。


42 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 19:05:52
ヤングが考える右翼とおっさんがイメージする右翼は、もう全然別物だわなー

43 :老いぼれ教授:2010/06/30(水) 19:11:11
弥生後期前半の北九州は東アジア最大の貿易地と言っても良く、まさにこの世の春といった風情でんがな。
その頃本州は有力首長がクニをまとめ始め、小競り合いが始まりまんねん。
2世紀あたりから拮抗状態なるのが、倭国大乱の正体だと考えてるわけやけどね。
同時に本州や四国、南九州が互いに北九州を介さない交易ルートを築きはじめるちゅうわけや。

どうです。訳わかりませんやろ?2世紀後半に有力首長がクニをまとめ始めた言うたかて、考古学的
には何の痕跡もありませんのや。北九州を介さない交易ルートを築きはじめた言うたかて、何を交易
したのかわかりまへん。漢鏡は出ませんし、目ぼしい物と言えば貨泉くらいのもんでっしゃろ。鉄器
も少ないし、こんなのや貨泉にしても九州からおこぼれに与ったとしてもいいくらいでっしゃろ。

ほんま、何書いとったんかいなと今になって後悔してるとこですわ。すんまへんな〜。

44 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 19:40:37
そりゃあ縄文人くらい知識も知恵もなかったら、あの内容なんてさっぱり判らないだろう。

45 :老いぼれ教授:2010/06/30(水) 19:48:53
縄文人に分かるわけないやろ。時代が違うんやから。冗談はいい加減にしなはれ。

46 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 19:49:57
なんか河童が来てるらしいから、嫉妬しているのはコイツじゃね?

47 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 20:01:12
河童ってなに?
なんかヘンな偽近畿人は湧いてるみたいけど

48 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 20:10:13
>>27>>28に紹介された老教授の説を理解できると言うのは畿内説論者だけだろう。彼らは自分の頭
で考えることは苦手だからね。違う表現をすれば、知的能力に劣るというか論理的思考能力に欠けるとい
うか、要するに幼児の脳を持ったオトナだからね。

49 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 20:17:15
まあ抽出レスだけ読むと、その根拠は?になるのだろうけど
スレを落として全部読むと、すべて実例に裏打ちされたものだとわかる。

当時まともな頭を持った九州説は、転向を余儀なくされたそうだし
理解できないものが居残って糞スレにしたというのもうなずける。

50 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 20:24:38
確かに。このスレの畿内説も世間水準から見てけして頭の良いほうではないだろうが、おそらく九州説は
障害や病気がボロボロ見つかるレベルだろう。「詐欺」連呼してるやつはまず間違いない。

51 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 20:24:42
>まあ抽出レスだけ読むと、その根拠は?になるのだろうけど
>スレを落として全部読むと、すべて実例に裏打ちされたものだとわかる。

その実例を一つでもいいから挙げて説明してみてくれんかな。

52 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 20:27:26
畿内説はカルトと同じ詐欺だから、お約束の場所で思考停止できる人だけが、
論理の飛躍や明らかな矛盾、非常識な論理展開に気づかずに、
畿内説をそのまま受け入れられる。

53 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 20:28:03
>>51
わずか20数レス前も読まんのかwww
さすが病気レベルだな
>>21で勝手に落として読め

54 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 20:28:04
>>50
「九州王朝」に入信した時点でアウトだわな。

55 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 20:28:50
>>21じゃねえな、>>26だわw

56 :51:2010/06/30(水) 20:33:39
>>53
実例に裏打ちされた論が見当たらんから頼んでいるんだが。

57 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 20:34:00
詐欺(畿内説)は言い逃れして去るわけか

58 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 20:35:45
>>56
見当たらんのではなく、見つけられないかもしくは信じたくないの間違いだろw

59 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 20:44:56
空想妄想に裏打ちされた利権(畿内説)弁護しか見つからないな

60 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 20:46:37
しかたないだろう。www ここは引きこもりや底辺労働者が歴史家のふりをして遊ぶスレだから。

61 :51:2010/06/30(水) 20:52:14
>>58
いや、真剣に読んだが見当たらないのだよ。「見つけられないかもしくは信じたくない」のじゃないんだ。
君は知っているんだろ。実例に裏打ちされた論を。頼むから一つでいい、挙げてくれ。

62 :縄文人 ◆FOQ9C4h6OA :2010/06/30(水) 20:53:36
そらそうでっしゃろ。キャバクラ行く金もなし、2chはただでんがな。女房子に馬鹿にされ家の中では
粗大ゴミ扱い。職場では学もなく若いやつらに鼻であしらわれて、ここでいっぱしの先生様のふりを
するのがお互いの約束でおまっしゃろ。

63 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 20:56:02
>>60
それにしてもレベルが低すぎるわな。
専門板ってのはヲタが集まって普通のはずなのに
鉄器軍団とかシュメールとか、もうこいつらなんなの?って糞レベルが多数いるのが不思議。

鉄道板には鉄ヲタが、アニメ板にはアニヲタがやはりいて
なんだかんだと言いながら、ヲタらしくきちんとした知識を持っているんだよな。
やはりオカルト板と同じく、キチガイをひきつける何かが、日本史にはあるんだろうな。

幕末関係スレには、必ず痛い新撰組ヲタが乱入してくるってのもあるし。

64 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:02:14
結局能力が低いから最新の考古学事情が追えないし、安本とか古田にすぐコロッとやられる。
数十年前の説がそのまま横行する。

65 :縄文人:2010/06/30(水) 21:02:39
>>62
おめ〜は誰だ?おらの知り合いか?もしかしておらの名を騙って悪さする奴でね〜か?
変なこと書くでね〜ぞ。悪さしたらただではおかね〜ぞ。頭に穴あけて脳味噌吸うぞ。

66 :縄文人:2010/06/30(水) 21:04:43
今も家族から半ば隔離されて、パソコンの前で酒を飲みながら書いてるんやが、人生は寂しい
もんでんがな。わしには何もいいことがなかった。

67 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:05:10
消費者庁の調べで、こんにゃくゼリーの危険性が発表されました。

食品による窒息事故、およそ4000の事例を調べ、
窒息の可能性が高いとされていた、モチ、アメなどと、こんにゃくゼリーを比べ、
重症になった割合を比較した。

結果、呼吸困難によって命の危険にある重症以上の事故の起きた割合は、
こんにゃくゼリー 85.7%
もち 54.7%
アメ 1.2%

よって、こんにゃくゼリーはとても危険な食品で規制対象にされそうな勢いとなってます。

さて、このニュースの数字トリックがわかりますか?
九州説の人にはわからないでしょう。



68 :縄文人:2010/06/30(水) 21:11:18
>>63
なんだ?おめ〜は自分だけはレベルが高いと言いたいのんけ?ふ〜ん。そんで、おめ〜はどんな高説を
持っているのんけ?えらそ〜な口きくんなら何か言ったらどだ!!


69 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:19:48
レベルが高い人は2chにはまず来ないよ。来ても有象無象の多さにあきれて去ってゆく。

70 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:26:33
>>67
馬鹿にするでねえ。
こんにゃくゼリーで起きた窒息事故の件数、餅で起きた窒息事故の件数、アメで起きた窒息事故の件数
が示されていない。「呼吸困難によって命の危険にある重症以上の事故の起きた割合」だけでは危険度
は判定できんだろう。

71 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:29:35
畿内説詐欺は、考古学の重鎮が主導して、利権を守り大勢で押し切る構図だ。
ケネディー暗殺なんかと一緒。>>67みたいな誤魔化しとは次元が違う。

72 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:36:00
ケネディー暗殺wwwwwwww
単なる偶然の類似でも、馬鹿は見つけると自分ですごい発見したような気になるんだ。
「シュメール」→「スメル」→「スメラミコト」とか。wwww

こんにゃくゼリーは小さい子には切って食べさせないとね。

73 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:38:43
さて、九州説の決まり文句、
「九州からは鉄器が多く出土してる。畿内の鉄器は少ない。だから、先進国家である邪馬台国は九州だ。」

この文章は、「真」ですか?



74 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:42:31
「あの畿内説が、実はひどい詐欺だった」と国民が気付き始めて、その認識が広がっている。
コンニャクの話やら、民族派ヤラセ東遷九州説野郎(実は畿内説)まで使って、
破綻した畿内説を維持しようとする哀れさよ。


75 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:43:58
>>74
おまい本当に現実から乖離してるな、大丈夫か?

76 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:44:09
>>74は、
>>73が「真」だと考えてるわけですね?



77 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:45:18
魏志倭人伝には、大量の巨大古墳など出てこない。卑弥呼の塚がたった一つ出てくるだけ。
多数の巨大古墳が出てこない代わりに、鉄鏃・蚕・絹などが出てくる。
そんなことは一切、おくびにも出さないのが、詐欺畿内説。

78 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:46:58
これは単に三段論法の最初の「鉄器出土量が多いところは進国家である。」が抜けてるだけだろう。
でこの命題が真かどうか。www

79 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:47:44
冬にも生菜を食べ、蛤が採れ、潜水漁をするのが特徴なのだが、畿内はまったく対象外となる。
それを無視するのが、詐欺の畿内説。

80 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:50:26
「三角縁神獣鏡こそ卑弥呼が貰った魏鏡だ」と絶叫した畿内説。
九州から数百枚も三角縁神獣鏡が出てきたら、急に口をつぐんだり、言い訳に必死になったり。
詐欺の畿内説とは、このレベル。

81 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:52:40
「魏志倭人伝に書かれてる倭国の風俗は、すべて九州内のことである。だから、邪馬台国は九州だ。」

これは、「真」ですか?



82 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:53:15
九州から数百枚wwwwww

83 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:54:20
九州から数百枚って・・・

どんどん脳内設定が狂っていってるなw

84 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:54:35
>>73
君は自分勝手な解釈をする人だね。

「弥生時代においては九州からは鉄器が多く出土しているが畿内での出土は少ない。また畿内では漢鏡などの大陸からの
到来物の出土も少ない。また、畿内には王墓と見られる遺跡も少なく2世紀後半までに有力な国や首長が連合国家を形成
したと見られる痕跡がない。これらのことから邪馬台国が畿内にあったとするには無理がある。」

というのが正しい認識だ。

85 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:56:06
>>84

「弥生時代においては九州からは鉄器が多く出土しているが畿内での出土は少ない。また畿内では漢鏡などの大陸からの
到来物の出土も少ない。また、畿内には王墓と見られる遺跡も少なく2世紀後半までに有力な国や首長が連合国家を形成
したと見られる痕跡がない。これらのことから邪馬台国が畿内にあったとするには無理がある。」

これは、「真」ですか?


86 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:58:04
縄文人のただの知ったかぶり。このスレに来てから得た知識が大半。

87 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 21:59:25
>>85
うるさい!!「真ですか」の連呼はやめろ。近所迷惑だ。

88 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 22:02:24
>>86
で、おまえはぐ〜の音もでないのだな。84に反論できんのだろ。

89 :縄文人:2010/06/30(水) 22:04:52
わしはのう、ただの労務者なんよ。このスレでは、大和盆地水没とか弥生九州人口100万とか、楽しく脳内古代史を
語りたいだけなんや、皆もそうやろう。2chに根拠なんか必要ないやろが。

90 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 22:06:57
>>87
なんで怒ってるの?
なにか、都合の悪いことでもあるの?

91 :縄文人:2010/06/30(水) 22:16:29
わしはこの齢になってもう老い先は見えちょる。このスレに来たのは、九州説の柱になって「さすが縄文人さん」
と慕われたかったからなんよ。ところがどうだ、畿内説どころか九州説にも馬鹿にされて、まともにレスつけるやつ
もおらん。書き込んでも酒がマズいことばかりじゃ。

92 :縄文人:2010/06/30(水) 22:19:47
>>89
こらこら、儂の名を騙るなと言っただろ!

儂が根拠のない話をしたことがあるか?奈良湖が2世紀まではかなりの規模だったことは唐古・鍵の水没が証明している。
弥生時代の九州人口100万は可能性の話だ。文献的には当時の人口については倭人伝の戸数で推定するしかないだろう。ま
た農耕可能な土地面積から見ても100万人は十分養えるということだ。

93 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 22:57:08
ほら見ろ、あきれてレスが止まった。

94 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 23:05:27
反論ができずに止まったんだろう。

95 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 23:11:45
徳島の方言で「くんだら」というのが有るのですが、
これの語源ってひょっとして「百済」なんでしょうかね?
だれか教えて。

96 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 23:27:36
「彼の名前は何ですか?」
「伊藤くんだら」

97 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 23:34:12
ええと「くだらない」は「百済ない」ではないだろ。「くだらない」を古典文法にすると「くだらぬ」で、これは「下らぬ」だろうね。
普通は名詞に否定の助動詞「ぬ」をつけることはない。「はしらぬ」は「走らぬ」であって「柱ぬ」でないのと同じ。
徳島弁は知らないが、違うんじゃねの。

98 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 23:40:28
てか前スレもそうだったが、本当に「下らない」の語源を知らねえのかよ・・・
なんで百済がでてくるのか・・・これはギャグなのか?

99 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 23:47:06
>>63
>やはりオカルト板と同じく、キチガイをひきつける何かが、日本史にはあるんだろうな。

特に古代史は「言ったモン勝ち」と言う傾向が強いのだろう。
オカルトと言うか神話と現実の境界もあいまいで
いきおい「ぼく の かんがえた しんわたいけい」の発表会となる。

邪馬台国論争が異質なのは70年代あたりから邪馬台国ブームで
「暗号解読ゴッコ」「読み方アイデア発表会」のようなものが現実に前例としてあって
大抵のトンデモ説でも一応は「九州説」と言う看板を名乗れると言うことなんだろうw

まあここのゴミクズ九州説どもが「邪馬台国ブームに遅れてやってきたアホ連中」なのか
それとも「いまだに邪馬台国ブームを引きずっている前世紀の化石」なのかは分からないがwwww



100 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 23:52:55
学閥やら官庁やらを支配している詐欺畿内説は、近畿で何が出ても
唐突に邪馬台国と大和朝廷の証拠にしてしまう。

もう、組織的詐欺だとわかってるんだよ。

101 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 23:54:32
畿内説を標榜する学者は不利なところをわざと避けるから、本人が
もとから畿内説を信じていないってのがバレバレだよね。

102 :日本@名無史さん:2010/06/30(水) 23:58:07
>>82,83氏が呆れて揶揄しておるが、一応きちんと疑問をぶつけておく。

>>80氏。
>九州から数百枚も三角縁神獣鏡が出てきたら、急に口をつぐんだり、言い訳に必死になったり。
>詐欺の畿内説とは、このレベル。

九州出土の三角縁神獣鏡は、実数で、>>80氏は、いったい何枚と把握しておられる?

103 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 00:00:42
>>84
>2世紀後半までに有力な国や首長が連合国家を形成したと見られる痕跡がない。
>これらのことから邪馬台国が畿内にあったとするには無理がある。

…じゃあ3世紀にならその可能性を認めているって話だなwww

それを邪馬台国として何か不都合があるのか?

逆に3世紀の九州に首長連合体が形成されたような痕跡があるのか?が問題なわけだがw
畿内説云々じゃなくて九州の考古学者でそんな事を言っている人間がいるのか?

先ずこの幼稚な詐欺論法は年代を限定せず「弥生時代」とぼかしているのが一つ。
それに鉄器の出土と首長連合云々の因果関係もすっ飛ばしているのが一つ。

もうこのレベルはウンザリだが
ここの九州説の根本がそう言ったイメージから成り立っているのだから言ってもらちのないことなのかもしれんがw

104 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 00:06:36
邪馬台国がどこにあるか? なんていう意味での
九州説畿内説 なんてのは最初から国政的な陰謀なんだよ。
蝦夷差別や挑戦差別やら大陸侵略の名分やら
いろいろ混じりあって江戸時代からネタにされてるだけ。

当時の政治的首都である伊都から、はるかに離れた僻地なんだよ邪馬台国は。



105 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 00:11:40
>>98
>「下らない」の語源

そう言えば「上り兵法下り音曲」と言う言葉がある。

まあ直接的には日本の剣術の中興の祖と言われるのが鹿島神道流の飯篠長威斎と言うことに由来するものかもしれんが…
(ここら辺の話は剣道やっている某変体仮面が詳しいのかもしれんがw)

多分歴史的に見て関西の人間が軍事的脅威を感じていたのは常に東国であったように思う。

それは案外纏向の時代から繋がっているのかもwwwwwwwww

106 :縦目仮面:2010/07/01(木) 00:15:24
「醜の御楯」は右翼の戯画化だよな。むろんあんなのはいないだろ。俺の中学校の剣道部の同級生は右翼になって、
六本木で不良外人を取り締まる?活動をしてるが、軍歌の漢字なんか半分読めるかどうか。ww

邪馬台国は中学校の歴史教科書でも習い始めに出てくるし、「卑弥呼」というのはほとんど始めての固有名詞だから
興味を持つ人も多いんだろう。畿内・九州両論併記のようであるし。

あとオカルト板常連として一言。中学生率も基地外率も歴板より高いんだが、俺の感触では頭がいい人も歴板より多い。
まあスレにもよるが。

107 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 00:23:29
今の右翼は、6割が同和系、2割が朝鮮韓国系、1割が中国系。
醜の御楯は革マル崩れだから、朝鮮韓国系かな?

108 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 00:30:47
>>106
>畿内・九州両論併記のようであるし

そう、それで勘違いしちゃっているのがここのゴミクズ九州説どもなんだよなw
「九州王朝説」や「邪馬台国東遷説」が併記されたわけではない。

ただ「九州説」の中にそう言った与太が一切微塵も含まれないかと言うと
それも怪しいわけだがwwww

109 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 00:33:40
阿波弁の「くんだら」は「くだらない」と似てますが、
微妙に用法が違うんですねよ。
「くんだら言うな。」とか、「くんだらするな。」みたいに使いますが、
「どくんだら」と頭に「ど」をつけて強調したりもします。
うしろに「ない」をつけて使うことは有りません。
で多分、使い方からして名詞だと思います。


110 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 00:36:19
この>>100-101のすごいところは
悪口のための悪口でも、痛い九州説を装った釣りでもなくて
本気でこれを信じていることにつきる。

またこの妄想に従う馬鹿東遷厨までいるところが、なんともいえず香ばしい。

案外彼らは「人類は月へはいってない」とか「相対性理論は誤り」だとかも信じているのかもしれないね。

111 :縦目仮面:2010/07/01(木) 00:38:51
>>108
うちは鹿島古流だけど、神宮の宝物殿には「悪路王」の首像と首桶が展示されてた。この「悪路王」がアテルイなのかは
難しいところのようだが、ここは香取神功とともに長く対蝦夷の前線基地だったんだろうね。

112 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 00:51:46
>>110
九州説と言うか何らかの学術的考察を突き詰めた末に出てきた「インボーロン」じゃないからなw

むしろ本人の何らかの鬱積した情念のはけ口として
とりあえず邪馬台国論争をお題に頂戴しただけと言うwww

>>100なんかはアホの九州王朝説サイキバだろうが
無論その「学閥」の詳しい中身も知らないだろうし
官庁を通して流れる金の怪しい使い道の具体的な話が出てくるわけでもないwwwww


113 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 00:56:14
就職するなら畿内説じゃないとな
出世するなら畿内説じゃないとな
転勤するなら畿内説じゃないとな
教授になるには畿内説じゃないとな

畿内説詐欺の温床ですw

114 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 00:59:02
>>113
「自分が負け組みなのは、畿内説が悪いんだい!」

115 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:00:45
>>107
右翼が同和系なのが不思議としかいいようがないねw
同和を作った張本人達を崇拝してるんだからさw

116 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:03:00
>>113
畿内説でなおかつ藤原は純系日本人だと言わないとまともに就職できませんからね
大学も畿内説で藤原万歳しないと教授までたどり着かないんでしょうね
完全にファシズムですねwww

117 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:03:03
カネ目当てじゃないのよ。
シナ人の自民族正当化工作。

九州説も畿内説も、捏造しあって真実から遠回りしてるだけ。

118 :あ、鳥だ、飛行機だ、ルサンチマンだwww :2010/07/01(木) 01:04:56
>>113
畿内説スゲーなw
ひょっとして畿内説になれば人生ばら色?www

まあ逆に言えばサイキバや恨み節にとって自身が不遇をかこつ羽目になっているのは
悪の組織キナイセツのせいなんだろうなwwwwww

119 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:07:04
「藤原」の語源は「唐原」すなわち「唐から来た人」を意味する
今の天皇家は「百済人」
今でも表百済、裏唐の図式は変わってない
マッカーサーが徹底的にやってくれればよかったんだな
農地解放でひとまず奴隷制度は消滅したんだが、そこから先はやれずじまい
で日本を去ってしまった

120 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:08:49
>>115
そりゃ天皇と「四つ」は同族だもの
鳥肌実とか、細面でしょ。ああいうのが本来高貴なお顔。

現在の右翼が本当にその系統かは疑問だけどね
「同和を作った」のは幕府なり政府なりでしょ、天皇ではない

121 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:09:01
ひょっとしてデスブログの「東原」も同じ語源か?

122 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:10:08
>>119

卑弥呼は朝鮮人。
邪馬台国は朝鮮人が作った。
北九州を支配したのは朝鮮人。
だから、邪馬台国は九州なんですね?



123 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:13:28
>>113
感情的に詐欺詐欺と繰り返すのはやめてもらえませんか。
内容が無いので、レスの無駄です。
具体的な知識や理論に基いた議論はできないのですか。

124 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:14:23
>>120
四つは北方遊牧民族、百済は朝鮮半島南部の遊牧民族くずれじゃないの???

125 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:16:19
>>120
天皇と四つが同族だったのは大化の改新以前の話でしょ?
今の天皇は百済人でしょ?天智天皇あたりからですから

126 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:17:40
>>124
そう。
北方遊牧民族が、朝鮮半島で作った国が百済、本州で作った国が大和

127 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:19:59
まあ、大和国には満州系も絡んでる。
伊都国の王であり、日本神話のスサノオ。

128 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:20:46
>>126
ソースは?

129 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:22:37
>>126
部落差別がどうして起こったのか説明してくれ

130 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:22:41
卑弥呼が朝鮮人ということに、異論は無いようですね。

朝鮮人が北九州に入植し、鉄器や絹や先進文化を伝え、
縄文時代そのままの貧しい倭人を従えて、
吉野ヶ里で都を開き、即位した朝鮮人の女が卑弥呼というわけです。
天照大神は卑弥呼のことです。
日本の起源は全て朝鮮にあります。
もちろん、今の天皇も朝鮮人です。




131 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:25:44
神武〜倭の五王辺りは満州系の天皇。
河内に都があった頃ね。

継体天皇からはまた「四つ」系統。

>>129
蘇我氏暗殺により、シナチョン(藤原氏)の流入が食い止められなくなったため。
平安京遷都前に皇族が粛清されてるね。

132 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:31:07
>>131
北方遊牧民族も匈奴やら東胡やらあったようですが、朝鮮半島と日本列島には
別々の遊牧民族がいたと考えるほうが自然だと思います
どっちかが俗にいう四つでどっちかが天皇家だという仮説も成り立つと思うのですが

133 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:32:31
日本人は、朝鮮人の神を崇めてます。
神社の原型は、すべて朝鮮人が祀ったものです。
天照大神もスサノオも全部朝鮮人を神として崇められたのです。
日本書紀も古事記も朝鮮人が書いたものです。
朝鮮人が、日本の歴史を作ってあげたわけです。


134 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:32:43
あと、このスレで八の民って言ってる人いるけど
えった(越太)って言われてたのは南方系の人達。
こちらも技術面で優秀だったためシナ人に疎まれた。

民主党政権と同じことが、古代にも起こってたわけです。
やばいですよ。参院選行きましょうね。

135 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:50:10
>>134
やばいのはあんたの正気だろw

136 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 01:54:57
>>132
言葉が通じる程度には「同族」ですよ

百済人は天皇になってません、天皇と近い民族だっただけ。
でも、百済から来たって事はちょっとしたステータスだったんでしょうね
桓武天皇の母(高野新笠)はわざわざ百済系10世ってアピールするほどだし
それにしても10世て。1/512くらい?
かえって怪しいだろ

137 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 02:13:45
>>136
じゃあ天皇は何人???

138 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 02:18:31
>>137
日本人でしょ。
おめーは何人だっつの

139 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 02:25:08
>>138
その日本人のルーツをここで語りあっているわけでしょうが
今の日本人は国籍日本というだけで何人のなれの果てかわからん奴の集合体なんだからさw

140 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 02:27:33
>>133
朝鮮人と一からげではわけわからんでしょ?
百済だの新羅だの高句麗だのという話から始まってるのにwww

141 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 02:39:02
何人って聞かれてもな。
ヤマト人とでも言うしかないし。
大陸では殷(商)が遊牧民国家っぽい気がしてますがどうでしょう。

つまり天皇は商人である、と

142 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 03:09:24
遺伝子的には、Y遺伝子Nタイプだと思われ
http://img.photobucket.com/albums/v506/anthropology/WorldHaplogroupsMaps1.png
PDF見れる人はこっち http://www.scs.uiuc.edu/~mcdonald/WorldHaplogroupsMaps.pdf

このNタイプというのは近畿に集中しているようなんですね。
(その図を探してるのですが見つからない・・)
となればヤマト国と関係が深いと見るべきでしょう、そして天皇とも。
おそらく>>2-3の地域に、このNタイプが多くあるはず。
特に甲賀−伊賀−名張−宇陀あたりにね。

もちろん、その血が現在の天皇家まで受け継がれてるかは、定かではない。
と予防線張っておく^^;

143 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 03:18:22
>>135
同意。

何か、邪馬台国と違う時代の話になってるんだけど。

日本人のルーツねぇ。

日本人は、中国大陸諸民族+シベリア+ロシア系+中央アジア系+ポリネシア系で解釈すると
納得できるし、DNA的にも矛盾しないし、美しい過去でまとまるんで、
その解釈でいいかと。
朝鮮人も、日本人の先祖の一つと言うよりは、上記の日本人みたいに解釈して
それ+モンゴル人+女真族くらいでまとめるのが正解でしょう。
朝鮮人は民族的なカテゴリーとしては脆弱なので日本人の先祖の一つという
とらえ方は無理があると思う。


144 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 03:25:02
>>143
同じ国の話ですよ。歴史はつながっています。

納得するとか(誰が?)まとまるとか都合がいいとかそういう事じゃなくて

事実を明らかにしましょう。

145 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 06:54:33
高句麗や百済の崩壊したときにどっと入ってきてることは間違いない。半島からの
流入が一番多いことはまちがいあるまい。
あとは南方からの人々と北方からの人々、どのくらいの割合になるかは分からんが・・

146 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 10:29:10
>半島からの流入が一番多い
その考えはちょと古い
縄文人・弥生人は大陸から直で来てる模様
まあ縄文人は半島通ったかもしれんが、現在半島では絶滅した人種

http://sakezo.web.fc2.com/kyusekki1.html
ここが分かりやすい。
ただし弥生後期に鉄器を持ち込んだのはO3ではなくN系統、
C3系統が早期に来たというのも疑問

147 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 10:38:32
C3系統は高句麗・漢氏(あやうじ。満州系)などに含まれていたものと思う。
九州におけるC3の比率の高さは、違う理由がある・・・

148 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 11:10:26

ようするに、卑弥呼は朝鮮人で、

邪馬台国も、朝鮮人が作ったということですね。


149 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 11:15:25
ようするに、日本人と朝鮮人は、共通の祖先と別々な祖先から、
同時に出来上がった民族で、どちらがどちらの祖先でもないということです。

150 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 11:16:17
ちがいます。
九州説をゴリ押ししているのが朝鮮人だということです。

151 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 11:21:42
邪馬台国が九州にあって、卑弥呼も朝鮮人にしたほうが、
朝鮮人観光客誘致に優位だからです。


152 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 11:22:20
畿内説は、日本は白村江で朝鮮人に負けて、朝鮮人が天皇になったとしています。

153 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 11:23:29
畿内説は、桓武天皇も朝鮮人だったことを今上天皇が明言したという。

154 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 11:23:56
C3というのはシベリア方面や沿海州にいた、騎馬民族とは違う
系統で、オロチョン、ヤクート、ブリヤート、エベンキなどの漁労採集民だと思う。
近代まで北海道や樺太などにいた漁労採集民と同じ系統だと思う。
DNAの世界分布の図を見るとね。
日本にも樺太経由で入ってきていた民族だと思う。


155 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 11:24:36
畿内説は、野蛮な九州人と違い、先進的な朝鮮民族が畿内で天皇として日本を統治してきたとしています。

156 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 11:26:51
>>148
>ようするに、卑弥呼は朝鮮人で、・・

違うな。卑弥呼は九州の弥生人だから邪馬台国も九州の弥生人、
大和は高句麗由来の政権だな。百済じゃないよ。

157 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 11:27:31
邪馬台国は九州にあったので、九州を征服した朝鮮人が、朝鮮人の卑弥呼を共立したのです。


158 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 11:30:22
九州で開催される「ミス卑弥呼コンテスト」のような催しでは、
卑弥呼は弥生人のような粗末な服は着てません。
朝鮮人の卑弥呼は、きらびやかな大陸風の衣装を身にまとって冠をつけています。


159 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 11:33:51
卑弥呼の時代に、朝鮮人などいなかったわけだが

160 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 11:33:55
>>157
>九州を征服した朝鮮人が、朝鮮人の卑弥呼を共立したのです。

朝鮮の風習に鬼道があったとでも ?

161 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 11:36:22
>>154
そう、それが一番オーソドックスな見方。
そしてC3がアイヌ・九州に見られることから、
早くから日本に居て、後から来た勢力に南北に追いやられた。
という仮説が出てくる。>>146のように。

でも違う。
九州のC3は、騎馬民族に連れられて九州南部に渡来した。
http://blogs.yahoo.co.jp/ryukyu_independent/5460130.html
こんな人達。

162 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 11:47:09
C系統は要するに古モンゴロイドで、南太平洋からシベリア、北アメリカまで広がっている。
縄文人といわれる人たち。アボリジニにもこの型が多い。
彫の深さからいうと欧米黒人とアジア人のちょうど中間タイプだと思う。
九州のC3は朝鮮半島や満州、モンゴルのC3系統の人がO系統の人に付いて
来た人でしょうね。でも%は低いでしょ?



163 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 11:51:45
>>154
漁労というか貝塚こさえてたのはC1の方ね。
C3は狩猟。

ちなみにハヤトは、奈良時代に畿内に集団移住させられてる。
彼らは畿内隼人と呼ばれていた。
畿内説の連中が「近畿」でなく「畿内」にこだわるのは、その辺。。

>>162
縄文人はD2。そのくらい読み取ろうよ。

九州のC3は8%、低い%だと思う?
九州七県併せることによって薄めても8%、これは非常に濃い。

164 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 11:58:48
九州は騎馬民族に征服されたので、卑弥呼も渡来系です。

165 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 12:13:49
九州七県、人口比率は無視して同数のサンプルを採るとします。

このうち六県が、他地域と同程度の3%であると仮定します。
これは他地域(アイヌを除く)でのC3の最高値です。
まあ「他と同じ」ならこのくらい、という数字ですね。

残り一県で、平均値を8%まで引き上げるには、
その県は38%のC3を持っている必要があります。
かなり特殊な分布ですね。

「九州」と一まとめの統計で発表しているのは、これをごまかすためでしょう。

166 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 12:15:02
D2は倭人だよ。そのくらい読み取ろうよ。
チベットのDと同じ系統なんだから。
Dが関東以東に多いのは農耕開拓民で東へ東へとOに追いやられたから。
約50%位が倭人のD。
アイヌも実はほとんど倭人と混血しているのでDが多い、純粋なアイヌ人はいないのだよ。

167 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 12:19:42
むちゃくちゃ言うねこのシナ人は。

アイヌはどう考えてもD2。
C3にレイプされて13%混入してる。

168 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 12:24:25
>>167
D2が縄文人というのは大きな間違いだよ。
アイヌには純粋な人はもういない。
倭人の風習がアイヌにはのこっているんだよ。
比較的近代に混血したから、縄文人的な風貌が濃く残っているんだよ。
でもDNA的には混血だよ。


169 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 12:28:43
>>168
倭人が、アイヌをパーフェクトに民族浄化する程のレイパーだとでも?

170 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 12:30:06
倭人はOとは違うDNAのDで、顔が細長く歯が大きめだと思う。
昔は長江の北にも居て、米つくりをしていた。
湖では水没して魚取りだと思う。荊州の人々は文身断髪だった。

171 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 12:32:47
>>169
あたりまえだよ。だから日本には江南的風習が多いのだよ。
食料作る土着民は強いよ。


172 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 12:39:59
倭人って背が低い人って意味だろ・・・

どうにかがんばって
賢い漢民族が稲作文明を伝えてやったアル!ってことにしたいんだろうけど
もう、科学的に明らかになってしまってるんだよ。

稲作は長江文明の担い手だったO2bが伝えた。
これが「倭人」のメイン層。

O3は有史以来、ごちゃごちゃと詭弁をこねて人が蓄えたものを
くすねとって来ただけの連中。残念ながらね。

173 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 12:44:22
>>172
もうめちゃくちゃだね
O2bは江南にはいないでしょう?
よく考えてこらんよ。
O2aが江南に多いのだから。
みなO系統に混血しているんだよ。
でもDは江南にいけばいくほど多くなるんだよ。

漢民族が米つくりを伝えたのではなくDの倭人が伝えたんだよ。
何度いわせるのよ。

174 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 12:45:40
何回言ったって嘘は嘘なんだよ腐れシナ

175 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 14:51:12
D2というのは主に縄文人だけど、
弥生期に渡ってきた百越人にも含まれている。
(後者は東南アジア寄りの地域に長く留まり混血している。)
彼らは木工・建築に秀でており、木が多い山間部を選んで居住した。
追いやられたのではなく、初めから山地に住んでいた。
(西日本でも、奈良県十津川村などは縄文系の集落。)

一方、O2bの稲作民は、水田を作るのに有利な、水が豊かな平地を選んだ。

ごく自然に住み分けできてたわけ。

176 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 16:02:41
>>175
O2bは現在の長江の北に多いのですから、倭人(百越人)とは違いますよ。
百越人は南に移住しましたから。
それにチベットにDがあるのだから、Dは倭人だろうというのは推測できる。
チベット人は日本人によく似ている。決して縄文人の骨格ではないですよ。
縄文人とD2をDNA的に一緒にするといういい加減さにはびっくり。
弥生期の百越人は骨格でいうと面長、頬骨の張った葉が長い、いわゆる弥生人の骨格だよ。
だからDが縄文人というのは大きな間違い。だったら関東以東の人間の半分は縄文人の純粋種になってします。
そんなことありっこない。縄文人は記紀でもなかなか皇命に従わなくて戦争していたのだし、
男が少なくなってもともと少なかったのに戦争でなくなったり、病気で無くなったりして、
男系種を残すことが殆んどできなかったんだよ。


177 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 16:13:16
匈奴ももとは長安の付近にいた民族で史記匈奴伝には夏の末裔とあるので、
人種的には漢民族の一種だよ。O3あたり。
O2bは漢民族だろうと思う。O2bも同じく漢民族の一派。
12世紀頃元を統一したのは匈奴O系統だよ。比較的近世だから、モンゴルにはCとOが多いのだよ。
Cは先住民になる。Oは匈奴系の騎馬民族だよ。だからチンギスハンはその名の通り漢民族なんだよ。
ふっくら色白、目が細く上がっているのは漢民族の特徴だよ。

178 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 16:19:46
>>177
訂正>O2bは漢民族だろうと思う
O2bは漢帝国人だろうと思う。巴蜀の人も含めて。
O2aはO2bの分枝した同人種だよ。とにかくO系統はいわゆる漢民族だよ。
倭人は漢民族とは人種的に違うのだよ。

179 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 17:35:05
>>176-178
何でもいいから喋れば、モノを知ってるように見えると思ってるやろ
シナ人さすがだな
「縄文人 d2」でぐぐってみなよ、もう常識レベル。
ここは捏造工作は無理。諦めな。

>弥生期の百越人は骨格でいうと面長、頬骨の張った葉が長い、いわゆる弥生人の骨格だよ。
これダウトね。
百越人は、中国南部〜東南アジアから出た人達。
面長だなんて誰が信じるの?
堺の遺跡から特に短頭・面長の人骨が出るそうだけど、
これこそ遊牧民・匈奴、遺伝子Nの人々。

漢民族が迫害してた匈奴が、漢民族なわけないでしょう。
功績を残した民族は、なんでもかんでも漢民族か。
本当にクソですね。

>だったら関東以東の人間の半分は縄文人の純粋種になってします。
いみふ。
縄文系の人は朝廷にへこへこしなかった。
十津川村の人々もそう。
だからと言って全く交流しなかった訳でも全滅させられた訳でもない。

180 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 17:44:16
>>179
ほんとにめちゃくちゃだね。
D2ga縄文人というのはウソだよ。広まっているけど。
おばかな人がひろめたんだろうけど。
縄文人が日本人の半分いたら、顔がみな四角で目がくぼんでいてわりあい彫が深くて
覇が小さくて上下かみあわせがつきあわせで、みたいな顔になるよ。
縄文人の骨格見たこと無いの?
それに縄文人が現代人の半分いるってことを本気で思っているなら相当へんだよ。
女性だけが渡来したわけじゃないのだから。女性だけだったら、先住民と混血して
人口増やすしかないけど、実はそうではない。
縄文人は戦争したんだよ。だけど、武力的にかなわないから、降参して
融合したんだよ。
渡来人+先住民女性の男の子供は渡来人のDNAになるんだよ。
そうやってどんどん人口を渡来人のDNAにしていけば、結局
先住民男性DNAってのは数でかなわなくなるから、現在の人口において%が少ないんだよ。
Cが先住民系だよ。

181 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 17:55:11
>>180
匈奴がNだなんてものをしらなさすぎる。
N系が入ったのは中世期の東西交流が活発化したときの話だよ。
へんにトルコ系とか白人種系とかいうけど、たしかにシルクロードで交わっていたから、
誤解されているのだろうけど、中国史書をみればわかるよ。
匈奴というのは内モンゴルやモンゴルにいる天幕の家にすんで、家畜を放牧する
モンゴロイド人だということが。
だからモンゴルにいるO系統は中世期に入った匈奴の子孫だよ。
半分いるCは先住民系だよ。

182 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 17:55:26
>>180
>女性だけが渡来したわけじゃないのだから。女性だけだったら、先住民と混血して
>人口増やすしかないけど、実はそうではない。
何言ってるのか分からない。

いや、親切に解説してあげますが
縄文人D2の男性遺伝子に対して、それとペアになる女性の遺伝子が少ない、
という事実があるわけですよね。
この答えはかんたんで、
D2の男性は、C1(貝塚文化人)とペアの女性に子供を生ませたんですよ。
C1の方が、先に日本に来ていました。
これは、ポリネシア系の、背が低くて手足長い、顔はちんくしゃ気味の人たちね。
ツチグモとか、魏志倭人伝で朱儒とか呼ばれてる。

C1とC3は、かなり遠い人種。全く別ものと思った方がいい。
分岐した地点が同じだったというだけ。

183 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 18:02:09
>>182
だからそのD2は倭人(百越人)ですよ。
倭人しか考えられないでしょう、そんなに人口を増やすのは。
食料が豊富にあるのだから。
そもそもチベット人は縄文人の顔つきではない、
アイヌ人には純粋な男はいない、
などから冷静に考えれば、Dは縄文人ではないということがわかるのが普通。

184 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 18:02:48
>>181
>中国史書をみればわかるよ。
ソースよろ

ほんまキイキイうるさいチョンやな
匈奴は分類すればモンゴロイド。別に異論ないですけどね
別に白人だとか言ってないし。あほくさ

Nってのはフィンランドで多数派。
フィンランドはフン族の国だと言われてる。
フン族は、匈奴が西へ侵攻したものだとも言われてる。
したがって、Nは匈奴。

普通に考えたらそうなる。

185 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 18:07:32
>>183
>倭人しか考えられないでしょう、そんなに人口を増やすのは。
チベットや日本以外では絶滅危惧種ですが?

要は僻地に引きこもる、生真面目で知恵が深い人種なんですよ。
縄文時代はの日本は島全体が僻地だったので、縄文人D2は子供を生み増やせたんです。

186 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 18:09:52
>>184
おまえがうるさいんだよ。
Nが匈奴だったら北欧の方になってしまうよ。
中国史書をよく読んでみたら。ソースなど要求しないで、自分で探してね。

187 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 18:14:31
>>186
いや、Nって北欧から来たわけじゃないし。
そのくらい分かるでしょ。
なんせ家畜を飼ってるから、広範囲に移動したわけさ。

北欧の女性に子供を産ませたから、金髪率高いけどね。
フィンランドの父系は匈奴。

188 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 18:14:35
>>185
Dは日本が縄文人しかいなかったし、人口もなかったから、どんどん人口を増やしたんだよ。
もとは大陸にいたけど、辺境に追いやられたのだよ。
その後後から来た漢系の渡来人はこのD系の倭人がいなと食べていけなかったから、
残ったんだよ。
それに日本は中世期までまだ東北は毛人の国だったのだから。
辺境の土地のせいで、Dは日本で純粋種を保つことができたんだよ。

189 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 18:20:52
>>188
もう全然何言ってるか分からない。

漢系ってのは何、漢の国を作った人達?
それとも現在の漢民族を自称するアノ人達?

純粋種とかってどうやって分かるの〜
メシと棲家を確保できる、知恵のあるD2の男に、
他民族の女性もついていったというだけですよ。
アメリカ先住民でも同じことが起こっているようです。

190 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 18:45:02
現実社会との乖離が甚だしいな。
ここで、何らかの結論が出たとして、世間とは全く関係の無いこと。


191 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 18:47:36
>>190
犬HKとアサヒを操作すればいいことだから?

192 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 19:05:34
>>84
>正しい認識

古墳時代初期においても「九州からは畿内より多く鉄器が出土して」いますね。
しかし畿内では王権が誕生しています。

終末期になると「漢鏡などの大陸からの到来物」の出土量が逆転しますね。

これらのことから
「邪馬台国が畿内にあったとするには無理があるというのが正しい認識だ」
というのは間違った認識だ、ということが言えます。

ちなみにどこで間違ったかというと、「弥生時代においては」というおおざっぱな前提。

193 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 19:08:40
図星を突かれて話題そらしですね分かります

194 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 19:14:00
王宮も宮殿も住民住居もない畿内王権

195 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 19:28:28
つーか邪馬台国のスレで何やってんだってかんじだな
他に日本人のルーツがどうしたとかのスレがあるんだから、そっちでやれよおまいら

196 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 19:32:05
>>195
そもそも邪馬台国を建国したのがどういう人種かって話だから

197 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 19:36:43
http://www.k2.dion.ne.jp/~yohane/00000dna02.jpg
この図のように、本州中心部・近畿辺りに
Y染色体Nタイプが多く見られるようです

198 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 19:37:49
>>196
それは単一人種(民族)が建国したということを前提に、そこから派生した話じゃないか。
むしろ複数の文化や習俗がまじりあった混血文化に近いのが、弥生後期後半の特徴だろ。
そんな畸形的騎馬民族説みたいなのをここで論じてどうするよ。

199 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 19:41:31
>>196
そうだよ。複数の文化が交じり合っていた。
でもリーダーが現れなけれければ、突如国の形になっていくってことはないね

Nが先住民的な存在だったなら、
国の中央部(であった場所)に集中して分布するのは不自然だよ

200 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 19:44:44
匈奴は、外見にこだわらず他民族とも進んで交流したと言われてる。
「ゆるやかな連合」の立役者には適任でしょう?

201 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 19:46:31
軍事的圧力に押されて、ぜんぜんゆるやかじゃないわけだが。

202 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 19:49:34
は〜、そんじゃ「ハードな連合」でもなんでもいいですけどね〜

203 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 19:59:53
倭国では卑弥呼よりも前に、男王の時代が七、八十年続いたんだよな。
その男王はどこにいたのかな?

204 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 20:04:25
投馬国じゃないかね〜

205 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 20:07:39
これがその王。
http://www.kyoto-np.co.jp/info/chara/070820.html

206 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 20:38:39
>>201
匈奴は天下取っても間接統治しかやらないはず、直接統治はしない
要は自分らのいいぶんさえ通ればそれ以上は踏み込まない人種なのです

207 :縄文人:2010/07/01(木) 22:19:35
>>192
君は84に答えることが出来ていると思っているのかね。そうだとしたら情けないことだ。

>しかし畿内では王権が誕生しています。
弥生時代に誕生した畿内の王権とはどういうものかね。九州北部までを連合の傘下に収められるような王権
が存在したとでも言うのかね?そのような王権が存在したのであればそれに相応しい王墓や威信財の出土が
あってもよいと思うが、それはあるのかね?もしかして古墳時代以降の王権のことを言っているのか?

>終末期になると「漢鏡などの大陸からの到来物」の出土量が逆転しますね。
何を言っているのかね?畿内での銅鏡の出土数が増えるのは古墳時代からだろが。弥生墓から漢鏡はどれだけ
出ているのだ?

どだ?まいったか。こんにゃろめ。

208 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 22:29:46
いっ、嫌あああ。クソコテの縄文人がきてるわ。

209 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 22:30:42
確かに。レスが臭う。

210 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 22:33:24
とにかく倭人は縄文人ではないよ。弥生人だよ。
米を食べていたから、歯がすれないので長く大きい。
骨格的に縄文人とは明らかに違うタイプ。
百越人は元は大陸の南陽あたりにもいた。今の華中に。そのへんから出た人骨の骨格は九州の
弥生人とそっくりなんだよ。

211 :縄文人:2010/07/01(木) 22:34:19
DNA情報による推定もいいんだが、例えば2世紀の支配層(首長など)のDNA分析ができなければ大した
ことは言えないのじゃないかな。現代人のDNAを調べてもその祖先の情報がなければ(例えば、先祖は支
配層に属していて代々同じ地方に住んでいるなど)あまり役に立たんだろう。

212 :縄文人:2010/07/01(木) 22:39:29
208、209はこのスレのゴミクズ畿内説のなかでも特に質の悪い奴らだな。反論できないから遠吠えする
しかないのだろう。口惜しかったらまともに反論してみ。できんだろうな。がはは。

213 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 22:41:07
縄文人は耳垢が湿ったタイプだから、腋臭もひどいんだよ。気の毒に。

214 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 22:42:16
>>212
臭いから消えて。

215 :神無月未婚:2010/07/01(木) 22:43:51
臭いコテは元から断たなきゃダメよ。

216 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 22:44:24
畿内説なんか、はじめから詐欺集団なんだから、やることは当然ゴロツキ

217 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 22:48:20
>>211
そうねえ、
同和の祖先は天皇と同じってのはよく言われることだし
皮革加工・牧畜はいかにも遊牧民由来の職業だね

で、日本語はフィンランド語と文法が近いでしょ?

忍者も匈奴だったわけよ。
スキタイ族とか、金属加工が得意だったでしょ。

遊牧民、匈奴がヤマト国を作ったと考えると、
いろんなことが気持ちいい程つながるんだよ。
スッキリするよ〜

218 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 22:57:32
だから今から2000年前くらいに北部九州に来たのが倭人だよ。
中国の文献と考古学的物証からもそれはいえるそうだよ。
倭人はD2なんだよ。
O2bなどとんでもないでたらめ。
チベット人がDが多いことと日本人ににていること、あきらかに弥生人的であること
また江南の百越はあきらかに弥生人的であること、
などからDは倭人のDNAだ。
その後4.5世紀に騎馬系の王族が入ってきたんだよ。O系統ね。
その後もまた何波かO系統は入ってきている。
彼らは支配者層になった。それで現在の日本のDNAは
Oが半分、Dが40%、Cが10%、Nが少しなんだよ。
Nは北ヨーロッパ系。Cが縄文人系、堅い実を食べるので歯が小さくすれている、あごが発達している。濃い顔をしている。特に太平洋系縄文人。

219 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 22:58:24
私はいくつかの大学に出入りしているのやけど、見ていて気付いたことがありますのや。

学生達の会話など聞いとるとると、相手が立派であればあるほど、その相手に映ったオノレの姿が醜いので、
立派な相手に食ってかかるちう傾向がみられるのですわ。相手を批判したり罵倒することでおのれの見識が
相手より高いと認めてもらえると勘違いしとるんですわ。

でも、これは学生に限ったことではありまへんな。未成熟なオトナにもみられますな。213や214は典型ですな。



220 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 23:01:50
>>219

「立派な相手」とは、縄文人のことです。






221 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 23:03:49
>>218
>チベット人がDが多いことと日本人ににていること、あきらかに弥生人的であること
>また江南の百越はあきらかに弥生人的であること、
おまえはどこで弥生人と会ったんだ。
江南の百越とはいつ会ったんだ。

うせろ捏造シナ人

222 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 23:30:55
卑弥呼の墓 
某スレのwajinちゅう人物の主張を転載させてもらいます。

【 徑百餘歩 】とは【 周囲 ( 徑 ) 百餘歩 】と訳すことになるんや。
これまでも何度か掲示してきたんやが、先人達はデタラメな訳を平然と行っていまんねん。
誤った訳はこれだけに限りまへん、他にも数ようけ存在しまんねん。
ぜひ皆はんも、魏志倭人伝の正しい訳に力を注いでみまへんか ?

他人と言い争ったり、問題定義もせんとただ【 突っ込み 】に明け暮れる人生は、卑屈な心を生むだけや。

魏志倭人伝には、当時の模様が生々しく描かれていまんねん。
柔軟な想像力で、後世にええ贈物を残したいものや。


223 :神無月未婚:2010/07/01(木) 23:39:40
縄文人氏は2chでは元気者ですが、実生活では極めて卑屈な人生を送ってらっしゃるでしょ。

224 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 23:47:20
>>207
>古墳時代以降の王権のことを言っているのか?

そうですよ。厳密に言えば、畿内に発生した最初の王権のことです。
その時代の九州と畿内とのを鉄器出土量を比べると、九州の方が多いでしょう?
ですから、鉄器の出土量が九州より少ないから「邪馬台国が畿内にあったとするには無理がある」
と考えるのは「正しい認識」ではないですよね。

>畿内での銅鏡の出土数が増えるのは古墳時代から

卑弥呼共立以前の漢鏡の状況からは「正しい認識」は導きだせないでしょう?
卑弥呼の時代に配布された銅鏡は、弥生時代終末期以後の墳墓から出土するのだから、
「弥生墓から漢鏡」をもとにするのは「正しい認識」ではありませんよね。

225 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 23:50:32
うーん、8世紀の畿内と九州の鉄器量の差ってどんなもんなんだろ

226 :神無月未婚:2010/07/01(木) 23:53:15
>>224
ムダですよ。縄文人にマジレスしても必ず曲解します。知能が低いのです。

227 :日本@名無史さん:2010/07/01(木) 23:56:58
DNAの鑑定から推察してみると、チベットや雲南地方からやってきた人たちが日本人
元祖のような気がしますね、山間民族と呼ばれる人たちがね

228 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 00:05:39
>>224
またしても相手の主張をねじ曲げているな。

>鉄器の出土量が九州より少ないから「邪馬台国が畿内にあったとするには無理がある」
>と考えるのは「正しい認識」ではないですよね。
そんなことは言ってないだろが。2世紀後半以前に畿内には「九州北部を連合に組み込むほどの国や
王の存在を示す遺跡がないから邪馬台国が畿内にあったとするには無理がある」と言っているのだ。

>卑弥呼共立以前の漢鏡の状況からは「正しい認識」は導きだせないでしょう?
邪馬台国は倭国の盟主的立場だ。それも帥升の倭国の後継者だ。その倭国は後漢に朝貢を行うなど大陸
との交流を持っていた。だから大陸の文物が入って来た。漢鏡はその一つだ。古墳時代の前から入って
来ていたのだ。それが畿内に出ないでは話にもならんだろが。


229 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 00:08:35
邪馬台国と畿内にあったであろう国とは別物だと考えたほうがいいんじゃないかと思います

230 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 00:10:19
神無月未婚
やめな。煽っても縄文人は行かず後家なんか相手にしないだろうよ。

231 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 00:15:05
女なのか?

232 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 00:17:26
>>224
鉄器の出土量の違いは技術の進展度に関係があると見てもいいのじゃないでしょうか。それはまた大陸や
半島との交流の差を反映しているのじゃないでしょうか。つまり、九州は先進地域で畿内は後進地域とい
うことを示すものではないでしょうか。後進地域が先進地域を連合に組み込むことができるのでしょうか?

233 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 00:19:22
九州北部に限定しているのも変だな。
有明海沿岸地方〜唐津湾〜博多湾に渡る国家群だと思うが。

234 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 00:22:47
>>232
できもしないことをいかにできそうにもってゆくかが腕の見せどころなのですよ。
畿内説は捏造だけはお得意ですからね。



235 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 00:28:18
邪馬台国は九州で、九州以外にも小国が乱立していたと見るのが一番自然だと思います

236 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 00:32:33
畿内説だと、弱小国畿内が「ゆるやかに先進九州を支配」していたんだそうな。
誰にも理解できない論理だ。

237 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 00:33:48
C1 貝塚文化人、土蜘蛛
D2 縄文人、アイヌ    ← 一番多い
O2b 弥生人、倭人、百越  ← 二番目に多い
N ヤマト、匈奴、百済人
C3 ハヤト、新羅
O3 藤原氏、唐、鮮卑

扶余・高句麗系はO3+C3+D1?

238 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 00:36:36
>>234
そうなんですか。私は唐古・鍵や池上・曽根の出土物を見て、金属工房跡があるみたいなことが言われて
いるのに、まるで縄文時代の器物じゃないかと思えるほどであることにショックを受けました。最大級の
弥生遺跡と騒がれたにしては貧弱だな〜と。

239 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 00:38:41
>>228
>帥升の倭国の後継者だ。

北九州の帥升倭国から、「女王之所都」である畿内へ中枢が変わったんですよ。
だから「王の存在を示す遺跡」も「大陸の文物」も出土する場所が変わったのです。

240 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 00:39:31
邪馬台国は壱岐対馬及び北部九州の国邑の連合体のことだ。
王都は伊都国と考えて間違いないな。


241 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 00:40:19
王宮も宮殿も住民もいない畿内纏向へ中枢を変えた・・・これはまた冗談を

242 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 00:42:57
>>241
去年、大型建物が出たぞ

243 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 00:45:14
>>239
つまり邪馬台国が九州から畿内に移ったということですか?

244 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 00:48:07
「博多湾〜唐津湾〜有明海沿岸」の九州北西部が、強大な九州国家だったのだろう。
木器で土盛りばかりしていた畿内とは、比較になりません。

245 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 00:48:40
>>242
あの柱穴跡は何時の時代のものですか?

246 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 00:59:06
畿内説は奴国の時代に九州に国があって日本の中心だったことは認めるのかな?

そこら辺りからぼかしてごまかさすのが、畿内説の大多数の学者のやり方だよね。
そうしないと「神武東征」につながるから。


247 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 01:01:57
>>246
あの胡散臭すぎる金印をまず認めてない

248 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 01:02:13
九州は、鉄器が多いから強大な国家だった、という先入観を捨てなければ、
畿内説は理解できなません。

凡人には理解できないのは、仕方ないことです。
説明すると、あまりにも長くなりますからね。

まず、山陰地方が、九州を介さずに朝鮮半島と直接交易してたことに着目できるかどうかですが。


249 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 01:02:32
>>232
>後進地域が先進地域を連合に組み込むことができるのでしょうか?

どうでしょう。鉄と王権については2つの考え方があると思います。

弥生終末〜古墳初期にかけても「西高東低の鉄器生産状況は直ちには克服されなかった。」
にもかかわらず、畿内には王権が誕生している。したがって、
「九州は先進地域で畿内は後進地域」は王権誕生にはあまり関連しない。

「布留0式の、近畿の前期古墳への大量の鉄器の副葬状況や、集落での高度な鉄器生産の出現をみると、
 その逆転変換点は、庄内期に徐々に達成されていったと考えざるを得ない」(寺沢)

250 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 01:04:06
>>245
・構築時期・・・・庄内式期古層段階
・廃絶時期・・・・庄内3式期を含めてそれ以前

251 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 01:05:18
なぜ、九州は鉄器が多いのに、畿内連合の傘下に入ったのか?
という事象に興味を持てなければ、九州賛美一辺倒で、九州説しか信じられなくなるのは仕方ないことですね。




252 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 01:10:27
>>248
>山陰地方が、九州を介さずに朝鮮半島と直接交易してたことに着目できるかどうかですが。
寺沢は、出雲あたりの墳墓に北九州の影響をみてるな。
九州を解さずに、朝鮮半島と直接の交易ってのはむずかしいんじゃないかな。
直接の交易ができたのならば、出雲や畿内にもっと鉄が流入したはずだ。

253 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 01:10:46
九州は、鉄器が多く、先進国であったにも関わらず、
畿内連合に、地位をあけわたしたわけです。

この説明は、説明する相手が興味が無ければ、説明しても無駄というか、
「九州が畿内に負けるわけが無い」と思い込んでる人には、
どんなに説明しても理解されないことです。

だから、「どうして、九州は畿内連合の参加になったんですか?」と、
興味深く聞く耳を持てる人が出てくるまで、ROMするしかないというのが本当のところですね。
現実的には、そういう人にはお目にかかったことはありませんが(笑)

254 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 01:11:41
>>252

丹後。

255 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 01:13:25
>>243
>つまり邪馬台国が九州から畿内に移ったということですか?

つまり王権が九州から畿内の邪馬台国に変わったということです。
以来「世有王皆統屬女王國」

256 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 01:16:41
つかアホなこと聞くけど、九州の鉄器って輸入品なの?
だったらたくさん出土するのも当たり前じゃない?
自前で加工できるならリサイクルするんだから

257 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 01:18:01
で、伊都国の連中は、自分たちが盟主と仰ぐ邪馬台国が東にあることも知らなかったと?


258 :256:2010/07/02(金) 01:25:46
ちょっと勘弁してよ
まさかそんな初歩的なことも考慮されずに
九州は鉄器がたくさん出るから力を持ってた!って話になってるの?

259 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 01:51:03
>>251>>253
畿内に明け渡したのではなくて、九州の天武が畿内を簒奪しただけだが。

260 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 01:53:21

■一色青海遺跡 赤いシカ描いた土器出土 日本最古か 愛知

毎日新聞 7月1日
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100701-00000019-maip-soci

 愛知県埋蔵文化財センターは1日、同県稲沢市の一色青海(いっしきあおかい)遺跡で、酸化鉄を原料とした赤い顔料のベンガラを用いて6頭のシカを描いた筒形土器が出土したと発表した。
土器は弥生時代中期後半に当たる紀元前1世紀ごろのもので、日本最古の色付きの絵とみられる。

 遺跡は約300棟の竪穴式住居が確認されている大規模集落。センターによると、土器は09年12月の発掘調査で見つかった。高さ9センチで縁と底が欠けており、全体は約12センチだったと推定される。
絵は、焼く前に細い線を刻んで下絵を描き、これをベンガラでなぞるように描かれていた。

 弥生時代の絵画土器は全国で約600点見つかっているが、ほとんどは線を刻んだだけ。
福岡県筑前町の大木遺跡で出土した紀元前2世紀ごろ(弥生中期前半)の土器には黒い顔料でシカが描かれていたが、彩色のものは今回の土器が最古という。
センターの樋上昇調査研究専門員は「色を付けたのは儀式で使うためでは」とみており「日本の絵画の成り立ちを知るうえで貴重な資料」という。

 センターは3日から9月26日まで愛知県瀬戸市の県陶磁資料館で、この土器を一般公開する。【丸山進】

拡大写真
一色青海遺跡から出土した、赤い顔料でシカの描かれた土器=愛知県庁で2010年7月1日、丸山進撮影
http://ca.c.yimg.jp/topics/1126527822/img.news.yahoo.co.jp/images/20100701/maip/20100701-00000019-maip-soci-view-000.jpg

261 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 01:53:57
天武は近畿出身なので、だまされないように。

壬申の乱で、九州勢力が天武の味方にないましたか?


262 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 01:58:58
鉄持ってて九州つえぇ〜 = 九州に邪馬台国があった

はぁ?って感じだな。邪馬台国が鉄を豊富に持ってて強い国だとは一言も書いとらん
鉄があるからっていう優位性は邪馬台国論争とは全く関係がないだろうに

263 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:02:55
>>248
畿内に国があったことは認めてもよいが、邪馬台国とは別物だと考えるのが自然

264 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:03:52
>>261
天武は唐人でしょ?

265 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:04:50
>>261
天武はどこで蟄居して、どこから畿内に来ましたか?
九州で蟄居し、九州から畿内に入ったのです。
ダマされないように。

266 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:06:08
>>237
四つと呼ばれてる人たちはどのDNAですか?
八つと呼ばれてる人たちはどのDNAですか?

267 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:06:51
鉄がなくても、国力は九州が圧勝だが、一大率が諸国を検察してたんだから、
木器を振り回してるだけの畿内じゃ無理でしょ。

268 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:08:59
>>262
邪馬台国に関係ないどころか
少なくとも畿内の王権発生における鉄の普及のスピードを見た場合

鉄が古代社会において連合勢力を纏め上げるような
力を持っているのかと言う事が疑問…と言うか否定的にならざるをえない。


269 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:09:08

■国重要文化財指定記念 吹上遺跡出土品を展示−−日田市 /大分

毎日新聞 2010年6月29日
http://mainichi.jp/area/oita/news/20100629ddlk44040687000c.html

 日田市小迫の吹上遺跡出土品が国重要文化財に指定された記念展「弥生時代のヒタを治めた人々」が7月11日まで、同市のパトリア日田で開かれている。入場無料。

 同遺跡では、発掘による出土品として県内で初めて第6次調査分の副葬品577点が3月に一括指定された。
95年ごろの発掘では弥生中期(紀元前3〜紀元1世紀)の「王墓」とみられたが「クニ」の裏付けがなく、現在では「有力者の墓」とみなされている。

 第6次調査では、かめ棺墓7基、木棺墓3基の墳墓群から銅剣、鉄剣、管玉、勾玉(まがたま)などが大量出土。文化審議会は
 「人骨に着装された貝輪はゴホウラ製とイモガイ製が男女で使い分けられ、当時の貝製装身具の状態を知る稀有(けう)な資料」
と高く評価した。

 会場は考古学ファンでいっぱい。貝輪や甕(かめ)棺、発掘現場の模型などに目を奪われた。初日の20日には、田中良之・九州大大学院教授の講演「人骨研究が解明する弥生時代像」もあった。【楢原義則】


※参考サイト(いずれも日田市ホームページから)

・吹上遺跡出土品 重要文化財指定記念展示「吹上〜弥生時代のヒタを治めた人々」
http://www.city.hita.oita.jp/bunka/page_00046.html

・吹上遺跡 重要文化財指定記念展示チラシ(PDF:1,608キロバイト)
http://www.city.hita.oita.jp/content/000017074.pdf

・日田市埋蔵文化財センター常設展示 〜旧石器時代から弥生時代〜
http://www.city.hita.oita.jp/bunka/page_00010.html

270 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:11:00
>>265
>天武はどこで蟄居して、どこから畿内に来ましたか?

アホカ?

壬申の乱で、九州勢力が挙兵して神武を支援したのか?という根本的な話を無視するな。

天武は、九州とは関係ない。


271 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:12:14
>>265

壬申の乱で、九州勢力が挙兵して天武を支援したのか?という根本的な話を無視するな。





272 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:14:53
>>267
まぁそんな事はないと思うが、そうだとしよう。
それで、それと邪馬台国の所在と関係あるのか?
卑弥呼や弟王は鉄振り回していたのか?

273 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:21:32
九州が畿内を簒奪した。やったのは天武。ただそれだけのこと。
畿内が九州を併呑したなど、とんでもない妄想。
もちろん「ゆるやかな連合」なども一切無かった。

274 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:21:51
>>271
壬申の乱は唐に占領された後だから、九州勢力などもはやない

275 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:22:24
党は九州を征服しないで、さっさと引き揚げたわけだが

276 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:24:10
諸国を軍事的に統率するためには、木器を振り回しているだけじゃ無理。
鉄器がどうしても必要。

277 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:28:35
>>275
郭務?こと藤原鎌足の陰謀により歴史は書き換えられた、自分が乗っ取ったとは史実に
書くわけにはいかなかったから

278 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:33:39
>>277
あ、それは別人だから、君の妄想。

279 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:34:08
>>276
軍事的に統率できるなら、鬼道使いの卑弥呼は必要なくないかw?

280 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:36:53
まあ豊富な鉄器で「むてきのてっきぐんだん(笑)」を持ち
そのご利益で農耕の収穫を飛躍的に押し上げた

…なんて「鉄の帝国」みたいな物を九州に見る学者は
鉄を研究している者あるいは九州の考古学者の中にもいないのが現実だわなwww

少し板違いと言うか話を広げると人類と鉄の出会いは
遅くとも紀元前のヒッタイトなんだろうが

「鉄は国家なり」とまで言わしめるほどに重要な地位を得るには
産業革命をまたねばならなかったとwww

281 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:45:49
>>274

だから天武は唐人だというの?
バカじゃないの?

だったら、最初から唐が日本を併合するわ。


282 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:45:59
しかしここのゴミクズ九州説の二本柱の一本「九州王朝説」において
壬申の乱の天武になんで何処から九州なんてものが出てくるんだ?w

吉野に逃れた天武がそこから先、九州に逃げ延びたのか?www

与太飛ばすのもいい加減にしろよアホども。

そんなに電波飛ばしたかったら専用スレでやれ、ゴミはゴミ箱に。

283 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:49:09
卑弥呼がだめなら神武、神武がだめなら神功、神功がだめなら応神、
応神がだめなら継体、継体がだめなら天武、天武がだめなら、
次は明治天皇か?九州から来たのは?(笑)


284 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 02:49:54
天武が頼ったのは尾張。
神道・旧物部勢力であり、九州は関係ない

285 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 03:46:55
>>279
卑弥呼・壱与のあとはさっさと元の軍国主義になったわけだが

286 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 03:47:49
木器で天下統一できるのか?畿内説の妄想だろ。

287 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 03:54:55
 
   天下統一(笑)   



288 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 07:25:31
邪馬台国は鉄器の生産技術を持ってたよ。

>>2-3
一つ目の奴国、長浜はのちに国友鉄砲村ができた所。
甲賀・伊賀・名張は忍者の里、手裏剣って鉄器でしょ。
おそらく鉄の鋳造を知っている匈奴系が住んでいた。

加えて、岐阜・関市も邪馬台国連合だった可能性がある。
言わずとしれた刃物の産地。こちらは鍛造だね。
ちなみに古代中国福建省あたりにいた「ビン越人」は
ステンレス加工ができたとかなんとか。
刀鍛冶職人はここから来たじゃないかなと思う

289 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 07:58:58
>>284
尾張地方では「人面文土器」ってのが出土するそうな。
これは鯨面の刺青の顔を、土器の模様として彫ってあるもの。
で、同じようなのが岡山、吉備でも出ると。
尾張と吉備は桃太郎伝説も共通してる。
方言も似ている。あまり指摘されないようだけど
「でーれーえれー(ものすごくしんどい)」とか、そっくり。

で、吉備人は朝鮮半島南部にあった伽耶からの渡来人。
伽耶は製鉄で栄えた国だった。
その流れで、日本でも大規模な武器生産を行い、物部氏になったと思われ
ぶっちゃけ奈良時代の装束ってチョゴリ風でしょ。
元は伽耶の衣服形態だったんじゃないかなー

まあ、政権自体はまた天智系にもどったわけだけど

290 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 08:38:26
これは、二通りの言い方ができるかな
尾張人・吉備人は半島起源、
もしくは、チョゴリすら日本人の置き土産にすぎない

Y-DNA分布が非常に気になるところ。
日本全体では少ないO1(台湾起源)などのタイプが、
愛知・岡山に集中してるかも知れない。
ちゃんと発表してほしいわ、税金で研究してんだからさ・・・

291 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 08:56:08
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1278028080/l50

292 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 15:53:42
>>253
これがこのスレのゴミクズ畿内説派の典型的なクソレスだな。

弥生時代に九州で鉄器が多く使われていたということは大陸との交流が盛んで技術も進歩していたことの
一つの証だ。その鉄器が弥生時代の畿内から出ないということはそこが技術的後進地域だということだ。
さらに、鉄器やそれに関わる技術だけでなく、九州には漢鏡など大陸からの到来物が多く出土する。

これは倭奴国から帥升の倭国さらには卑弥呼の倭国へと続く倭国の中心が九州にあったことを示す有力な
考古学的事実だ。裏を返せば、畿内には大陸と交流を持つ倭国の中心など存在しなかったということだ。

邪馬台国の所在地に関わる考古学的視点からみた最重要点は上述のようなことだ。これで決まりみたいな
ものだが、ゴミクズ畿内説派は諦めがつかず「先進地域であった九州がなぜ畿内連合の傘下に入ったので
すか?」などと頓珍漢な抗弁を繰り返す。

何時九州が畿内連合の傘下に入ったと言うのだ?畿内に九州勢力起源の王権が誕生したであろうことは想
像するに難くないが、そしてそれが後世に列島の大部分を支配するに至ったことは認められるが、畿内起
源の王権が九州を傘下に収めたなどとは・・・あきれて物も言えんわ。

どうだ分かったか?口惜しかったら2世紀の王墓や漢鏡などの威信財を畿内で掘り出してみるんだな。






293 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 16:29:15
もーいいからー。
そうだよ北九州は磐井の乱の後になってやっと大和の傘下に入ったんだよ
だから邪馬台国とは全然別の話。

大体、鉄器鉄器って、それらはなんで土に埋まってんの
廃墟が多いから大都会!って言ってるようなもんだ

例えば近畿で銅鐸が多く出土するのは、新たな勢力が渡来した際に
獲られないよう隠したから。
銅鐸を所有した勢力は、むしろ弱体化した事を意味する。

294 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 17:01:08
いや、磐井の乱の結果、畿内が九州を支配したのではなく、
九州政権から中国地方の一部徴税権を割譲してもらっただけだ。
九州が宗主権を振り回し過ぎた状態に、畿内がブレーキをかけただけ。
その後、壬申の乱で畿内はあっさりと九州に併合された。

295 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 17:11:57
どうやら
>>283
でFAのようですね

まさか壬申の乱に賭けてくるとはね。
もう何でもいいから言いがかりつけて、通ればめっけもんって感覚なのな

296 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 17:16:47
九州磐井王のもとで、属国畿内の継体が反乱を起こしただけ。
磐井の乱の結果、継体が得た領土は?記紀に全然書いてないじゃん。
相変わらず、九州が宗主権を握っていたのは変わらない。

297 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 17:29:48
はぁぁ?
記紀なんぞ藤原氏にアサヒられてる書物に書いてないからどうだっつの?

298 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 17:38:32
どうして弥生時代末に、九州は弱体化して、畿内王権の傘下に入ったんですか?


詳しい方教えてください。


299 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 17:38:38
九州王朝は専用スレがあるからそこでやれ

300 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 17:39:41
>>298

>>27>>28

301 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 17:47:00
>>300
そうだったのか!
老教授@畿内説纏向派さんの解説はわかりやすいですね!
過去ログも見てみます。

302 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 17:53:28
>>301
日付みてごらん。6年も前にこれだけのことが書かれていて、すでに決着した話なんだよ。
まあこの人は本職の考古学者だそうで、情報は一般人よりずっと早いからだろうけど。

303 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 17:57:50
>>301
単純なんだね君の頭脳は。老教授@畿内説纏向派のは説と言えるものではないよ。文献的な裏付けも考古学的な
裏付けもないからね。よく考えてごらん。

304 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 18:00:56
>>298
まだこんな幼稚なことを言う奴がいるとは!!畿内説派ちゅうのは進歩という言葉を知らんようだな。

305 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/07/02(金) 18:24:38
>>303
纒向は2世紀後半と考古学は云う。
ならば 崇神5,6年は新羅192,3年の記事である。
よって 現箸墓は箸陵の間違いである。


306 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 18:49:47
>>298
呉国からの防衛基地を、呉国衰弱&滅亡により縮小しただけ。
九州国はどんどん強大国になっている。

307 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 18:51:48
>>302
いや、江戸時代の松下見林の時代から、とっくに畿内説は詐欺だと決着がついていたワケ。

308 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 19:04:48
いくら九州王朝説や東遷説が吠えても、当の>>298は読みもしていないんじゃないかなw

まあ普通の九州説はここの連中とは違って幾分まともだから、他所で普通の九州説の意見も聞いてみたらいいと思うよ。

309 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 19:10:46
>>308

>>306

310 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 19:23:15
>>306なんかは典型的な九州王朝説で、いちばん参考にならん

311 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 19:37:01
3世紀は今より、壱岐が6倍大きく、対馬も6倍大きかった証拠、マダ〜?

312 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/07/02(金) 20:06:01
九州は乱により衰退。
畿内大和が全国に古墳を作らせる。


313 :縄文人:2010/07/02(金) 20:41:39
ぷげあっ。酔っ払ってアホの畿内説をからかうのは最高だな。

314 :神有月未婚:2010/07/02(金) 21:04:43
んまあ、憎たらしいレスですこと。このような御仁は身動きできないように縛り上げられて、
右の鼻穴に練りわさび、左の鼻穴に練りからしのチューブを入れて(どちらもハウス社製
がよい)いっせーのでチューブを握りつぶされたらよいんですわ。

315 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 21:39:32
6年前なら縄文人も九州説のヒーローになれたかもしれないが、
今じゃ、ただのピエロだしな。

今頃来て、なにしてんの?みたいな。


316 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 21:51:59
695 :老教授@畿内説纏向派 :04/12/27 00:01:10
なんだかスレが迷走していますね。
>>1にあります様に「根拠を明記した意見交換・情報提供・問題提起」を心掛けていただきたいものです。

さて1〜3世紀においての北部九州、特に玄界灘グループの状況ですね。
結論から先に書きます。玄界灘グループとその盟主である伊都国の隆盛は、2世紀末をもって終了しています。
とどめの一撃は後漢の滅亡(190年)だと考えますが、伊都国が衰退する兆しは中葉から認められます。
平原1号墳の建造がそのころと考えられていますが、これが伊都国の全盛期でもあり、また衰退への第一歩でもあります。
先に述べました「首長霊」信仰の原型でもある平原古墳群の黎明とほぼ同時期に
吉備にて銅鐸祭祀の終焉、新形式の特殊器台と楯筑古墳の登場、また出雲、丹後においては四隅突出形墳墓が出現します。
これらの技術は渡来人(おそらくは半島南部出身者)のものであり、吉備グループが彼らを積極的に登用した結果でしょう。
この後、大陸では黄巾の乱などによる混迷が深まり、後漢の権威を後ろ盾としていた伊都国の権威は大きく揺らぎます。

同時に独自の「首長霊」を祭る吉備グループによる流通経路の再編成と、それに伴う環濠集落の解体
第2次高地性集落の後期ピークなどにより、瀬戸内流通網は一時的に麻痺状態になったと考えられます。
畿内と四国が吉備、出雲に同調したことも、衰退に拍車をかけたものと思われます。

前に吉備グループの流通再編成が異常なほどのスピードで行われた理由については意見を控えましたが
これは供給の拡大と言うより畿内以東の強い要望、つまり高い需要がベースにあります。
それこそ土木技術と共に、鉄資源の安定供給にほかなりません。



317 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 21:53:42
696 :老教授@畿内説纏向派 :04/12/27 00:02:04
繰り返しになりますが、ここで再認識していただきたい。
本来「鉄器」とは出土することのほうが珍しいシロモノなのです。
前スレにて酸化した実例を挙げましたが、それすらもレアケースなのです。
弥生期から古墳期を経て飛鳥白鳳期に至っても、めったに出土いたしませんし
確認されている青銅器や石器の総数に比べても、鉄器出土例が極端に少ない事からもお判りいただけると思います。
数少ない鉄器出土例は、地下水の影響を受けにくい台地や高台または北九州特有の甕棺墓内など、酸化の進行を遅らせる条件が揃ったが故の結果です。
2世紀までの時点では北部九州の墳墓は高台に発生した例が多く、また保存性の高い甕棺墓の時期に集中しています。
北部九州といえども低湿地からの出土例は殆ど無く、その他の地域にしても集落や墳墓が高台に移ってからの時代しか出土いたしません。
これは絹製品も同様です。事実、高台墳墓に移行してからは畿内において「倭文(しずり)」らしき絹織物の出土が認められます。

さて「後漢書」にある57年の印綬記事、107年の奴国王帥升等による生口160人の献上記事の頃ですが
実は考古学的には2世紀には奴国の衰退と伊都国の台頭が確認されています。
北部九州の墓制が甕棺墓から石棺に突然移行するのは1世紀後半と見られていますので、ここでも流通主体の変化があったことが導き出されます。
同時に第2次高地性集落の前期ピークが豊前、瀬戸内東部で始まり、瀬戸内に瞬く間に広がります。
高地性集落の発生要因が戦乱と混乱への不安にあることは容易に推察できますが、そのまま1世紀もの間維持され続けたのは
この流通経路の再編成がもたらしたものであり、その副産物が近隣との小競り合いでしょう。


318 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 21:55:03
697 :老教授@畿内説纏向派 :04/12/27 00:03:01
話を2世紀末に戻します。
緩やかに弱体化する伊都国と玄界灘グループに、半島との流通主体において直接揺さぶりをかけたのは出雲である可能性が極めて高いのです。
この頃から北部九州の各集落において、山陰系の土器が流通し始めます。吉備、伊予、丹後、河内がこれに続きます。
3世紀初頭(204年)帯方郡設置の時点では、丹後地方において畿内、東海向けの鉄器供給が一般化していた痕跡さえあります。
つまり帯方郡の庇護の下に半島での貿易を行っていた主体は、すでに北部九州ではなくなっているのです。
「魏志韓伝」に「倭韓遂に帯方に属す」とあるのが210年頃の状況ですが、ここでさらに北部九州に追い討ちをかけたのが
新設された畿内纏向であり、そこで生産された庄内式土器が北部九州をピンポイントに目指して西進します。
これは今までの土器頒布の常識からしても極めて異常な状態です。
途中の瀬戸内各地には目もくれないかのように、北部九州のみに大量に投入されるからです。

ちなみに集落解体は畿内が先だとする説と、瀬戸内や山陰が早いとする説が論戦を戦わせていますが
私は後者を支持しています。前述の土木技術の頒布が瀬戸内から発生していることが根拠です。
また纏向の特異性とは外来土器が高比率で確認される点ではありません。
その外来時が「纏向において」生産されている事なのです。3世紀末の突然の放棄までこの現象は継続して確認されています。
土器製作が可能な技術者が一斉に集結している遺跡は、現時点ではここしかありません。
倉庫地帯や流通中継基地は今後発見される可能性がありますが、2世紀末において東西に向けての流通発信基地が確認される可能性は低いでしょう。

319 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 21:56:50
698 :老教授@畿内説纏向派 :04/12/27 00:04:10
3世紀中葉には北部九州の独自の貿易主体は認められません。
これは一例としてかつて西新町遺跡を挙げましたが、筑紫全土に及んでいます。
この状況において伊都国のみが既得権とでも言うべき特例で存在しています。他のクニに独自の王がいた痕跡はありません。
北部九州の有力首長たちは、まず伊都国の傘下に入り2世紀を過ごし
2世紀末か3世紀前半には伊都国ごと共立国家である邪馬台国の傘下に組み込まれたとの見方が妥当でしょう。
しかしながら倭人伝に見られる「卑狗」や「ヒナモリ」は伊都国支配時代の官職と考えられ、連合の支配を受けていたのではなくあくまでも連合参加であったと見られます。
伊都国はいわば外務大臣的な役割を受け持っていたのでしょうが、やがてそれに代わる役職が連合より派遣されます。
それが「一大率」であり、各クニに対して統括的な権限を有していた存在だと考えます。各地におかれた「大倭」より一段高い権限があったのではないでしょうか。

さてこの伊都国を歴史の舞台から追いやった連合の主体はどこにあったのか?
これまでの経緯からして、邪馬台国連合が九州島のみで構成されるとは考えられません。
連合の守備範囲は非常に緩やかな繋がりではありますが、西日本及び中部日本をカバーしていたのですから
九州島内ではこれらの地域の流通経路を掌握し、東海にまで影響を及ぼすことはまず有り得ません。
では出雲か吉備か・・・?それとも伊予、讃岐、播磨、丹波、丹後、河内か?はたまた中部か東海か?

320 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 22:07:34
699 :老教授@畿内説纏向派 :04/12/27 00:05:01
これは流通発信基地として新設され、各地から人材が集結していた土地を想定するのが妥当でしょう。
その条件を満たす場所は奈良盆地南西部、すなわち大和纏向しか考えられないのです。
また4世紀中葉ですが、奈良の東大寺古墳から出土した「中平」年銘の鉄剣が畿内が主体となって
すでに後漢時代には大陸と交流を持っていたとの可能性すらあります。
もちろん2〜3世紀の軍事的東征や政治的東遷を示唆する遺物も遺跡も発見されてはいませんし、今後も期待出来ません。
記紀に九州発祥を匂わせる記述があるのは、4世紀以降の連合内の政治状況に起因すると見ています。

(以下略)

◆邪馬台国は大和朝廷になったのか?◆PART15 より




321 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 22:12:11
老人の妄想の晒し上げは止めてやれよ。


322 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/07/02(金) 22:15:29
>玄界灘グループとその盟主である伊都国の隆盛は、2世紀末をもって終了しています。

伊都の玉造遺跡は、島根の玉を加工している。
大物主との関係が考えられる。
大物主は、2世紀末に崇神に位を譲る、そして出雲の振根と名を変えるが、九州に主張中の
出来事で、殺される。ここから何年間かは、出雲国王が不在となる。


323 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/07/02(金) 22:20:43
>「魏志韓伝」に「倭韓遂に帯方に属す」とあるのが210年頃の状況ですが、

任那建設は、209年。新羅本紀の伽耶です。


324 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 22:21:23
吉備ー出雲ラインが半島内の倭を通じて公孫氏と渡りをつけた、と思う。この時期の倭国では軍事力で遠くの相手を
叩くことはできず、流通経路の変化というのは半島からの圧力によるものだろう。これには渡来人が大きく関わってい
た。

325 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 22:31:08
マキムクの悲惨な実情は目を覆うばかりだな。

あれだけ掘って集落の痕跡が全くなく、土器だけが出続ける不自然さは、
伝承のとおりに「大市」という市場があったことを認めるほかない。


大本営発表もとうに限界を超えた感がある。


326 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 22:35:52
この時点での老教授は吉備影響説なんだな。
今年の初めごろに再登場したときは、吉備ではなく
まず河内や阿波などが主体となって東海との交易を求めたものから始まって
そこに吉備・出雲・南九州なんかが乗っかってきて、最後に北九州も参加したというふうに考えを改めたとか語ってたね。

327 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 22:36:13
前方後円墳に見られるような大規模土木工事の技術が渡来人系というのは同意するが、これを導水路に応用するなどの
ことが水稲耕作のありようを変え、環濠集落の解体を進めたとするのは、現状ではまだ難しいとも思う。部族全体を見守り
災いを遠ざけるものとしての首長霊の概念の発達が、分散居住を促進したとも言えるのではないか。

328 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 22:39:55
マキムクは庄内式が集中的に出土する地域ということで、いつかは大規模集落を
掘り当てるとの見込みだけで議論を進めてきた経緯がある。
いまさら「ウソでした。」とは言いにくいだろうな。

最高責任者の石野は「大市」に言及して、離脱のタイミングを図っているようにも見えるが。
その後は誰が引き受けるのだろうか。




329 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 22:44:00
>>326
これはどうだろう。近江・東海ルートの開拓と、半島ー北部九州ラインの制圧というのは目的が異なるのではないか。むろん
最終的には大陸の文物は東国に入っていくのだが、当初は別ライン、別目的で動いていたとするほうが考えやすい気がする。
・・・ただ、東国の価値はこのスレで考えられているよりっずっと大きいということか。九州中心史観の輩には想像もつかんだろ
うが。ww

330 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 22:46:12
石野はマキムクだけではなく、畿内説からも離脱する気配もあるな。

三角縁の舶載説はもとから支持していない上に、寺沢に批判されてからは年輪年代を
完全に無視するようになった。

最近では、放射性炭素(C14)の歴博の発表を批判することを書いたり、中平刀が
国産とする中国の学者の説を紹介したりと、畿内説の年代の根拠になるものを
全部否定して、結論だけ根拠なしにイヤイヤ畿内説に合わせている。

門脇のようにいまわの際に善人ぶって九州説に転向するのではないか。




331 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 22:47:26
>>327
土木技術の渡来と首長霊概念が相互に影響しあって相乗効果を生んだのかもしれない。
なにかひとつのエポックのみで、あれほど急激な変化があったとは思えないし
一口に北九州や畿内といっても、その中でも先進性を持つところと旧態依然のところが混在しているところからも
やはり何らかの情報共有システムが、先進地区間で存在したと考えざるを得ない。
このシステムが交易に根ざすもので、これを緩やかな連合と呼んでも差し支えないだろうね。

332 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 22:51:32
ねー首長霊とか何言ってんの?
これが21世紀の学問なの?

333 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 22:54:02
>>332
老教授=ジョーカーで全部自演なのは、この板の常識だろ。

334 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 22:55:30
それ言ったら
九州説=畿内説で全部自演だよねー

335 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 23:02:46
>>331
結局は面としての大きな国というものはこの時代存在しないんだよな。だから交易拠点集落どうしの繋がりとなる。古墳初期
の豪族居館内の祭祀場、そして遠くからでも見える前方後円墳というものが分散した集落を精神的にバンドし、クニが面とし
て拡がっていく過程に繋がるのではないか。

記紀の四道将軍の話もあるが、各地の早期古墳は集落同士の線の繋がりだろう。南九州にしても早くに古墳を採用したのは
割拠する中の一勢力だ。

336 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 23:04:18
>>325
大市だとしても、それだけの市を開けるのは何故?
そこは偏狭の地ではなく、国の中心だったからだ。

337 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 23:22:04
>3世紀中葉には北部九州の独自の貿易主体は認められません。
>これは一例としてかつて西新町遺跡を挙げましたが、筑紫全土に及んでいます。
>この状況において伊都国のみが既得権とでも言うべき特例で存在しています。他のクニに独自の王がいた痕跡はありません。
>北部九州の有力首長たちは、まず伊都国の傘下に入り2世紀を過ごし
>2世紀末か3世紀前半には伊都国ごと共立国家である邪馬台国の傘下に組み込まれたとの見方が妥当でしょう。

この老教授の言う伊都国というのは前原(現糸島市)のことであろうが、前原は倭奴国やそれを継いだ帥升系の霊
園や交易基地や水軍基地が置かれていた地域と見る事もできよう。そう見れば、ここに王墓が存在し、大陸や半島
からの到来物の出土があることも理解できる。

「他のクニに独自の王がいた痕跡はありません。」というのは2世紀以降のことであろうが、それは帥升が倭国王と
して君臨したからと考えることができる。倭人伝にも王の存在は倭国王以外には伊都国と狗奴国についてだけ記載さ
れている。

『北部九州の有力首長たちは、まず伊都国の傘下に入り2世紀を過ごし 2世紀末か3世紀前半には伊都国ごと共立国
家である邪馬台国の傘下に組み込まれたとの見方が妥当でしょう。」というのは

「北部九州の有力首長たちは、まず帥升の傘下に入り2世紀を過ごし 2世紀末か3世紀前半には帥升系の国ごと邪馬
台国の傘下に組み込まれたとの見方が妥当でしょう。」と書き変えれば違和感はない。

老教授の論は畿内説派には「わが意を得たり」とばかりに無批判に受け入れられたかも知れないが、上に例を挙げた
ように同じ材料を用いても異なる解釈ができる内容のものなのである。






338 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 23:28:07
>>337
このクソレスは縄文人だろうが、では「北部九州の有力首長たちが傘下に組み込まれた邪馬台国」というのはいったいどこなんだ?
佐賀あたりか?そこに何がある?それこそ北部九州より明らかに遅れた地だ。主体がない幻を提示されてもこちらは困惑するだけ
だな。畿内説は少なくとも纏向を提示している。

339 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 23:36:00
縄文人は今年初めごろのマキムクスレで、老教授に即レスで一蹴された恨みがあるんじゃないかw

340 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 23:37:25
老教授にしてみれば、6年前に終わった話だからなあ。

341 :337:2010/07/02(金) 23:43:00
>>338
このクソレスはゴミクズ畿内説派の質の悪い人間のものだろうが、337の主旨とは離れたことで言い掛かり
をつけることしかできないんだな。

邪馬台国は熊本県中北部に本拠を置く広域国家だな。方保田東原遺跡をはじめ弥生遺跡の宝庫だ。
ところで、纏向には何があるのだ?邪馬台国の存在を示すものがあるのか?何もないだろが。



342 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 23:43:51
いや〜纏向はカリスマ神武が来てからの都だよ。
卑弥呼は共立された王なんだから。王と言うより公選の大統領。

卑弥呼はむしろ質素に暮らしたはずだよ、そうじゃなきゃ反発を招く。
全ての集落(=クニ)からの信頼があったからこそ、
この人を攻撃するなら他の集落を敵に回すことになる、という
連合をまとめる力になり得たんです。

343 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 23:43:58
>>339
そういえば一蹴されてたなあ。www まあ、2chだから誰が誰にどんなレスをしてもスレ違いでなければかまわないんだが、あまり
にも学問的な下地が違いすぎる。ww 最新の考古資料をずっと追っていくとおぼろながら見えてくるものがある。これはまったく
勉強せず、数十年前で思考が止まっている縄文人には絶対に理解不可能なことだ。www

344 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 23:47:59
>北部九州の有力首長たちは、まず帥升の傘下に入り2世紀を過ごし

>>292のゴミクズもそうだがwも
「帥升から卑弥呼へと続く連綿と九州に倭国の中心たる権力が存在した」
…なんてはここの九州説のアホ連中の妄想にすぎない。
無論、根拠なんて無いwwwww

いや、そもそも、その師升にしても史書には「師升”等(ら)”」として書かれている。
(この板で”師升等”を一つの人名と解するレスはみた事が無い)

「連合体」と言う語はここのアホ九州説には非常に受けが悪く
「古代にそんなものが存在するものか!」と馬鹿みたいに噛み付いてくるがww
「〜等」と書かれているって時点で少なくとも確固たるヒエラルキーの頂点に君臨した如きイメージには程遠いと思うが…

むしろ小さなクニグニが乱立しその中で一番力のある奴が、とりあえず代表として選ばれたみたいな?w

345 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 23:49:25
>>341
>弥生遺跡の宝庫だ

弥生遺跡はどこにでもある、それこそ関東にも。どこだって人が住んでたんだよ。www 纏向には各地との繋がりが見られる。
これは土器だけの話ではなく、古墳の葬制やその他の技術に関してもだ。方保田東原遺跡・・・名前を出すのは簡単だが、九
州の中心地であった証はなんだ?

346 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 23:50:33
>>341
畿内説一味の捏造、欺瞞の足跡がありますよ

347 :337:2010/07/02(金) 23:50:56
>>343
嘘つくな。縄文人は例の柱穴跡について古墳築造関連の建物跡だという考えを述べたことがあったようだが、
老教授は「その可能性もある」みたいなことを言っていたような記憶がある。
しかしなんだな、おまえこそ数十年前で思考が止まっているんじゃないか?同じことの繰り返しばかりじゃ
ないか。

348 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 23:51:56
>>341
方保田東原を中心地に持っていくのは無理がありすぎる。
単に同時代の弥生遺跡だからってので飛びついてはダメだ。
邪馬台国に関係すると言うのなら、まず巴型銅器が説明できないだろう。

349 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 23:54:00
>>347
ほう面白い、実に面白い。
実はそのスレも保存しているんだけど、例によってうpしようかw

350 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 23:55:26
纏向からは東海、山陰の土器が認められる。
つまり、物資が東海、北陸から運び込まれていたということ。
そして九州の土器は少ない

そして九州では畿内、山陰の土器が認められる。
つまり、畿内、山陰から物資が運び込まれていたということである。


351 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 23:56:43
>>326
現在自分が持っているイメージはそれに近い。
もっと言えば連合体の立ち上げはむしろ大和より河内が中心だったのではないか?とさえ思っているwww


352 :日本@名無史さん:2010/07/02(金) 23:59:02
>>344
おまえの頭の中身は糠味噌か?
「倭国王帥升等獻生口百六十人願請見」は、倭国王の帥升が何人かの首長を伴に引き連れていったことを
示しているのだ。そんなことも分からんのか?

353 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:01:37
>>348
説明なんかできやしないんだよ。ww ただ名前を知ってるだけのことだろ。・・南九州を例に出すと、古墳時代に入っても早くに
ヤマト王権と結んだ生目の勢力だが、河内王朝と呼ばれるものが樹立した頃には、西都原の勢力にとって変わられてる。その
外に東の地下式横穴墓、西の地下式板石積石室墓という状況だ。まさに「八十梟帥」の群雄割拠状態。これがずっと隼人の乱
頃まで続いていく。その他の九州勢力にしても、早期前方後円墳を分与された勢力でもその力が長続きせず、他にとって変わ
られたりしている。

354 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:01:58
>>352
そんなトンデモ解釈なんか誰もわからんわw

355 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:05:47
>>351
実は俺も河内に一票。
ただ河内が積極的に主導を続けた痕跡はないんだよね。
交易連合で倭国を牛耳ろうという発想そのものが、当時はどのクニにもなかったと考えているけど。

356 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:07:02
>352

そんな事は分かっている
わざわざ「〜等」と書かれているというのは
その同伴した首長らが師升の下位の者と中国人の目に映らなかったからだろうと言う話だ

…ったく下らないレスをよこすなよゴミクズw

まあ160人と言う生口も首長らが「俺も俺も」と自己主張した挙句の数と考えれば理解しやすいかな?wwwww
(これが「百人」なんてキリバンなら誇張を疑うところだがw)

357 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:12:47
いま過去スレのマキムク9を読み返したんだけど
縄文人が柱穴跡について老教授に質問しているレスすらないな。
米がヒエ・アワより生産性が高いとか、例によってデタラメ書いて
老教授にドングリピッドの例や灌漑技術の未熟さなどから、それはないと具体的に否定されている。

358 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:13:09
>356
>その同伴した首長らが師升の下位の者と中国人の目に映らなかったからだろうと言う話だ

それはおまえの邪推だろう。帥升には倭国王を冠して他の者は名前も記さず等で済ませている。


359 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:13:51
もう無理なんだよ。九州を通って近畿に流れる画文鏡、そして九州に入っていく庄内土器。このことを九州説で説明するのは
極めて難しい。いつかの東遷厨が言ってたように、伊都国自体は人口などの面では衰退してはいないだろうが、弥生末から古
墳初めにかけて王都と呼べるような存在ではなくなっている。これは倭人伝にあるとおり、2世紀末には邪馬台国に統属したと
いうことだろう。で、老教授のいうように近畿から人が入っていく。

>>356
むしろ卑弥呼の朝貢の貧しさが緊急の事態を思わせる。というか、「遠くはるかから必死に」を強調し、答礼品を多くもらおうという
高等戦術か?www これは冗談。


360 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:15:31
>>355
ヨウ!河内厨の同士よwwwww

更に更に細かい話をすれば河内湖の存在が連合体形成に向かう方向性を持たせたのではないかと想像しているw

どの本で見たかあるいはネットで見たのかも忘れちゃったんだが
銅鐸の製作において地域による分業制が見られる…と言うのがそのヒントになりそうな気もするんだが

この話詳しい奴がいたら詳細を語ってくれるとありがたいw



361 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:16:27
銅鐸はねー。一番大きいのが出土したのは近江なんですよ。みなさんよろしゅう
そりゃ米が安定してたくさん採れるんだから有利ですよ。
渇水はマレだし、台風もあまり来ない。
弥生遺跡もたくさんあります、掘れば何か出るので皆さん工事を嫌がります。
でも、その周辺が有利だったのは、
米たくさん作ったもんがエライ、という時代までですね。

その次に来るのは武力でしょうか、
いや農民をバカにすんな、食料を隠して生き延びるくらいはしますよ。
次に来るのは技術でしょう。
鍬(くわ)、鋤(すき)。あとのこぎり、かなづちとかね。
邪馬台国の時点では、権力・・というか主導権を握っていたのは、
技術者層だったと思いますねー。

362 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:18:27
ヤマト】纏向は王権の礎の地か【マキムク】その9.rar

http://www.csync.net/service/file/view.cgi?id=1278083787

ほい、持ってない方はどうぞ。パス無し。

363 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:19:00
>>359
文化は低いほうから高いほうに流れる「物」もあるってことさ。
以上、明快に説明がつく。

364 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:22:18
河内の勢力が大和川水系を封鎖すればむろん纏向の存在はない。河内には遺跡から渡来人居住の可能性が高い。
まあ当然に考えられることと思う。


365 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:22:43
>>357
弥生時代における米の生産性と言うのもあらゆる事に関わってくる重大な要素だよなw

先に遺伝子による縄文系弥生系のお話があったが…

例えば「弥生人が縄文人を駆逐しつつ東進した」なんてシナリオにしても
そりゃ「稲作で米を腹一杯食えて時に+αの余剰もあった」なんて事だったら
そういったワンサイドゲームの東進も可能だったろうとwww

366 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:25:41
>>361
北部九州は稲作の先進地域。その土地を鉄器を持った集団が征服していった。
こうして近江や河内や畿内より先進的な九州政権ができたわけ。

367 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:30:28
>>366

>北部九州は稲作の先進地域。その土地を鉄器を持った集団が征服していった。

へー、そんなら稲穂輝く大農園があってみんなで米食って
日本刀ばりの強度を持つ鉄剣があったんだね。
すごいねー、畿内なんかじゃなく世界征服できるよ。なんでしなかったの?

368 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:30:44
>>363
明快?それはお前の頭の中だけだろう。www 安本はこれがあまりに苦しいので、庄内の九州発生を言い出した。これは
やらなきゃよかったのに,、ここで完全にトンデモの烙印が下った。九州の考古学者でも避けるだろそんなの。www

九州が畿内より文化程度が高いのはそれはずっとだろう。しかし、だからといって九州が畿内を支配できるなどということは
ない。それともよく揶揄されるように鉄刀を振り回して暴れこんできたか?www やはりこの時期の倭国内の力関係は半島
の状況に左右されるんだよ。伊都国は後漢と命運を共にした。180〜190年代が倭国の画期だと思う。

しかしもうこれは九州中心史観だよな。www 俺は関東在住で畿内に借りはない。www

369 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:33:07
え〜と、河内が主体と言ってる人は、
具体的にどの遺跡を想定してるの?


370 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:35:02
>>363

…であるならばだ。

高い方から低い方へ文物が流れていくのは尚の事ごく自然な事だよな?

「鏡」を根拠に東遷説なんてぶち上げる連中がいかにアタマオカシイか分かってもらえていると理解していいな?wwwww

371 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:36:22
>>370
東遷などないでしょ。神武の引っ越しはあったけどね。

372 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:36:33
いやー。河内は狗奴国です。
もちろん当時、邪馬台国と張るだけの力があったってことですけど。
で、そこを抑えるために神武=公孫氏が降臨して、大阪は無敵になりましたとさ。

373 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:36:40
>>369
http://www.occh.or.jp/kako_news/images/040319/hajiki-leaflet.pdf

374 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:38:12
>>369
いやどこの遺跡とかじゃなくて、大和川水系の各中小集落郡。
この中には出雲や吉備と深い関係がある集落もあって、またすでに東海系パレス式も持ち込まれている。
もっと効率的な流通を常に求めていたんじゃないかということ。

375 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:41:01
>>368
>伊都国は後漢と命運を共にした。

なんでこんな出鱈目が言えるのかな。漢書にも後漢書にも伊都国の名前など出て来ないぞ。三国志の倭人伝
に初めて登場する国だ。その倭人伝にも「伊都国は後漢と命運を共にした」ことを窺わせる記事はない。


376 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:41:20
>>373
個人的には、久宝寺は河内における物流センターの役割も担っていたのではないかと思う。
加美なんかもそうかもしれない。

377 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:42:57
>>375
ちょっと待て。おまえ後漢書と三国志のどっちが先に成立したのかを知らんのか?

378 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:43:36
>>368
天武の部下が大嘗祭に参加したことはあるが、天武が大嘗祭を主催したことはない。
九州の王が大嘗祭を主催していたからだ。

379 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:46:50
>>376
「個人的には」って君はなにかの団体の代表者かなにかなの?

380 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:47:26
>>375
2世紀末の卑弥呼共立のあたりから統属されていたんだろう。考古学的にはそう考えると符合する事実が多い。卑弥呼朝貢
以降は郡使をバックにした一大率に監視されてたんだろう。これが後代の太宰帥に繋がると言えば言いすぎか?ww

381 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:48:09
観光課の職員か?

382 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:48:42
>>377
そんなこと知っとるわい。それがどうした。

383 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:50:09
>>379>>381
言葉のアヤに噛み付くなってw 余裕ないやツラだなw
俺的にはでも、俺の考えではでもいいぞ。

384 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:51:22
>>378
>九州の王が大嘗祭を主催していたからだ。

突然わけわからんレスをしないでくれ。俺の>>368レスと何の関係があるんだ?ww 次は曲水の宴か?逸年号か?悪いことは
言わない。九州王朝はただの面白おかしいお話で、永遠に教科書に乗ることはない。www

385 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:52:47
大阪の伝統芸能に人形浄瑠璃ってあるでしょ
人形使いって、傀儡子(くぐつし)とも言うね。
あれは、加賀(かが)、各務ヶ原(かがみはら)と語源は同じだと思う。
そして、狗奴国も、「かがこく」じゃないかと(がは鼻濁音)。

で、大元は何かって言うと、「華夏」。中国最古の王朝。
じゃないかと思ってるんだけど定かではないよーー

386 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:52:49
>>382
嘘つけwww知っててどうしてそんな理屈になるんだよ。
後漢書の記述が三国志の劣化コピーだなんて、初心者でも知ってるぞ。

387 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:55:54
>>384
畿内の天皇は、九州王に仕えていたという、単純な話だけどそれが何か?

388 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:56:00
>>386
そんなことは知っとるわい。それがどうしたと言うんじゃ。
どっちにも「伊都国は後漢と命運を共にした」ことを窺わせる記事はない」だろが。

389 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:56:40
>>386
しかたないんだよ。縄文人だから。ww

390 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 00:57:24
>>384
どうやら精神を病んでいるのはサイキバひとりじゃないってことだろう。
シュメール厨とか、そういうのが集結しつつあるんじゃないかw

オカ板住人だったら分かるだろ。
ビリーバーがたまに紛れ込んできて住人が辟易させられることの繰り返しだし。

391 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:01:00
え!オカ板住人が紛れ込んでるんですか!
やだーえんがちょー

392 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:01:25
>>388
オマエが伊都国の記述は三国志にはあるが、後漢書にはないとか
わけのわからんというか間違った話を持ち出したんだろうがwww
なくて当たり前じゃねえか、ホントにバカだな、縄文人は。

ところで老教授が君のどのレスに可能性はあるとか答えてるのかい?
バカでうそつきとか、救いようのない奴だなw

393 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:04:43
>>388
こっちは老教授の過去レスを受けて、考古学的な知見を話している。>>341で >方保田東原遺跡をはじめ弥生遺跡の宝庫だ。
と出しただろ。それをぜひやってくれ。ここらが広範囲に邪馬台国なんだろ。www まあこっちは文献でも問題にはならないだろう
けど。

>>390
いやでも、シュメール=タカミムスヒ、ミャオ族=アマテラス というのは実はわからないこともないんだ。wwwwww



394 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:07:08
>>392
論点をずらすな。
「伊都国は後漢と命運を共にした」ことを窺わせる文献のことが主題だろが。逃げるな!
それから話題を逸らしたいのだろうが、縄文人と老教授のやりとりなんか持ち出して何の関係があるのだ?

395 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:09:16
まあ何れにせよ
ここのゴミクズ九州説が妄想している

「師升から卑弥呼まで続く九州王朝」…なんてのは根拠は無い。

てかフツーに考えて順序が逆wwwwwwwww

九州に邪馬台国を見つけてそこからその連続性を考える段階に入るべきで

最初に「連続している!」ありきで「ゆえに邪馬台国は九州」なんてアホの妄言以外のなにものでもないwwwwwwww

396 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:09:41
シュメール人、意外と新しいね。
せいぜい紀元前8000年頃じゃん。
縄文人の方が優秀かもよ

397 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:10:17
別に王朝だなんて誰も言っていないだろ。独り芝居するな。

398 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:10:42
>>394
こいつ本当にバカなの?
おそらく縦目と思われる>>368は、文献など根拠にしていないぞ。
考古学的知見による仮説だ。

それをバカ縄文人が「どの文献にそんなこと書いている!うがー!」ってヒステリー起こしてるんだろうが。
最初から最後まで的外れなんだよ。

399 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:13:46
>>393
匈奴=アマテラス
扶余=スサノオ
百越=ツクヨミ
ですわ。

400 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:15:03
>>394
ずらしてるのはそっち。こっちは文献の話はしてない。考古学的知見としては、伊都国から北部九州の首長に威信財が分与され
ていた関係が薄れること。伊都国で行われていた交易が那珂川方面にシフトしていくこと、等々。明使が秀吉に会ったことも知ら
なかった馬鹿の相手はしてられない。

>福岡市早良区・西新町遺跡や,大阪市平野区・大阪府八尾市の加美・久宝寺遺跡群では,弥生終末に大規模な集落が成立し,
  山陰・瀬戸内・畿内に由来する土器群が搬入され,三韓土器も出土する。それぞれの土器群がすべて人の移動を意味するとは
限るまいが,西日本各地の倭人は西新町遺跡や加美・久宝寺遺跡群で韓人と直接交易できる機会に恵まれたことになる。

http://www.ops.dti.ne.jp/~shr/wrk/2001a.html

401 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:16:44
タカムスビとかオモイカネは縄文系かなと思う。

402 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:22:02
突然違うものを持ち出すならいくらでもできる。じゃあ記紀でやろうか。これに答えられるか?ww

>「日本書紀」は伊覩(いと)県主の祖五十迹手(いとて)が八尺瓊、白銅鏡、十握剣のいわゆる3種の神器を仲哀天皇に
  献上した説話を伝えている。同書は卑弥呼を神功皇后に擬しており、その夫・仲哀天皇の在位は西暦192〜200年。
この記述は、卑弥呼共立直前の、伊都国王の服属を反映したものともいえそうだ。

これによれば三種の神器は北部九州から使ってくれと謙譲したことになってる。>伊都国王の服属を反映したものともいえそうだ。
これ案外当たりなんじゃないか。www まあ俺は記紀を援用することはないけどね。

しかし馬鹿だ。文献にないからこその考古学だろうが。


403 :402:2010/07/03(土) 01:23:00
あら、 謙譲→献上 スマソ。

404 :神無月巫女 ◆Nd2zKeMg.E :2010/07/03(土) 01:23:30
九州には貧相な王権があって倭国大乱で大和の軍勢に福岡県の志賀島に追い詰められて滅亡したと言う結論に決定。

405 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:24:36
木器じゃ無理。

406 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:29:24
>>384
>九州王朝はただの面白おかしいお話で、永遠に教科書に乗ることはない。www

しかし邪馬台国の位置に関して九州説も併記されていることで
九州王朝説は”ナニかカンチガイ”している可能性はあるだろうwwwwww

まあ九州王朝説が本当なら今の日本人は
7・8世紀頃までの自国の歴史に関してデタラメを学校で習っていると言う事で
こんな2ちゃんやネットでギャアギャアわめいていて良いのかよ?って話で

もっとリアルに政治的な動きもでて来て然るべきw

まあ結局「九州王朝説」なんて与太を飛ばしてる連中も
内心はそんな事は信じていない。

ただ世間一般の常識・アカデミズムに対し物申す事で一種の爽快感
あるいは自己表現の欲求を満たしているだけなんだろうwwwwwwwww


407 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:32:32
>>406
え、何歳?
邪馬台国は九州って教えられた不幸な世代じゃないんだ、うらやましいよ

408 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:37:30
>>407
そもそも教科書に畿内説九州説両論併記ではなくて
九州説のみの記載だった…なんて時代があったのか?w

と言うかお前みたいなアホは
「邪馬台国は九州」と言うイメージを教科書で習ったものとして
自身の記憶を改竄しちゃってるんじゃないのか?wwwww


409 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:40:02
>>402
>しかし馬鹿だ。文献にないからこその考古学だろうが。

馬鹿はおまえさんでないかい。遺跡が何を語ってくれるんだい?語っているのは人間だろ?それも限られた
知識をもとに己の思考力の範囲を出ることのできない想像を。

410 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:41:27
えー、まあこれはほぼ九州ですねってノリで教わったよ。
ちなみに団塊ジュニア世代なwww

自国の歴史に関しては、たっくさんデタラメを学校で教えてるよ
リアルに政治的な動きか。難しいね。
なんせ親まで戦後世代なんだから。
戦争は日本が悪かったでーすって思想に染まってんだから。

今はいくらなんでもおかしいってことで、じわじわ変わってきてるみたいよ。
「大化の改新」が「乙巳の変」になったりね

411 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:43:33
>>409
そういうことはきちんと文献を学んだ人間が言わないと、説得力がない。
まともに読んでもないお前が言うな、だな。

412 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:44:10
今日はというか今日もというか、縄文人とはしょーもないレス応酬にしかならない。www アク禁スレからの引用。常にこんなこと
ばっかでもメゲることがないんだな、この人は。www


460 : 卑狗摸古(本物) 2009/11/17(火) 00:12:25 ID:0SAp+iVg
>>457
明史日本伝の信長や秀吉の記事に関しては、その当時明から使節が信長や秀吉のもとに来て
情報を持ち帰ったということがなかったと思います。他の史書については検討していません
が、少なくとも魏史東夷伝倭人条に関しては梯儁や張政が倭国に来て帰っている訳ですから
(これも倭人伝にしか書かれていないことですから怪しいと言う人がいるかも知れませんが)
その報告記録というちゃんとした資料があって、それを基にして書かれたものと判断してい
ます。倭人伝は明史日本伝の信長や秀吉の記事と同列に論じられるものではないと思う次第
です。

461 : 縦目仮面 2009/11/17(火) 00:39:44 ID:WAEUi5yg

>>460 >その当時明から使節が信長や秀吉のもとに来て情報を持ち帰ったということがなかったと思います。

はあ?1596年、明の正使が秀吉のもとに来て、その国書に「爾を封じて日本国王と為す」
とあり、金印を渡そうとした。これに秀吉が激怒して、慶長の役が始まったというのは有名な
話で、俺でも知ってる。小西行長は、明の使節沈惟敬と多くの交渉を行ってた。縄m・・・
卑狗摸古(本物)さんはもう少し調べてからレスしたほうがいいよ。



413 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:47:01
>>412
何、どうしたの?
なんで関係ない話題蒸し返してるの???

414 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:47:23
>>410
それは教科書じゃなくて、教えた教師が悪いんだろう。
歴史教科書の方向性というか、「大化の改新」が「乙巳の変」に変わったりしたのは
記紀を鵜呑みにしないという、ごくあたりまえの考え方が浸透しただけだよ。

つまり戦後の自虐史観とかは関係ないわけ。

415 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:53:18
>>414
教科書にもそんな感じで載ってたよ?

>つまり戦後の自虐史観とかは関係ないわけ。
つまりってなにがどう「つまり」なの???
大化の改新、乙巳の変の中心になったのは
藤原氏、つまり、韓人(からびと)および唐人だよ。
「日本悪い、中国えらい、かわいそう。」
方向性がおおいにつながってると思うけどねえ

416 :縦目仮面:2010/07/03(土) 01:54:15
>>413
縄文人が元寇などでも何にも知らないことを世間に知らしめてるのさ、ボクちゃん。俺なら恥ずかしくてもう書かないけど
この人は違う。www

>それも限られた知識をもとに己の思考力の範囲を出ることのできない想像を。

むろん限られた知識だが、縄文人よりはあると思う。こいつがいくつ、日本史フアンなら当然知ってるようなことを知らなか
ったか。ww

417 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:54:30
>「大化の改新」が「乙巳の変」になったりね

そのできすぎた勧善懲悪劇wとか他にも聖徳太子の超人伝説とかなwwwwww

まあ邪馬台国に関して九州説併記は今後も暫くは続くとは思うが
流石に今の教科書
「古墳時代は4世紀から」なんて事は書いてないんだろう?w

あとここの九州説のアホ連中の脳内じゃあスタンダードな
銅鐸圏と銅矛圏の2大勢力圏を列島の東西の二つの円で示した図とかも今じゃ無いんだよな?wwwwwww





418 :縦目仮面:2010/07/03(土) 01:54:56
あ、元寇じゃない。朝鮮出兵。www

419 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 01:56:53
>>417
聖徳太子は十七条の憲法定めただけじゃね?
万札になってもてはやされすぎってのはあるけど

クーデターっていうかテロが「改新」って流布されるのとは別物

420 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:00:09
>>415
また自分で書いたことを三歩で忘れる鳥頭が出てきたかw

どこから突っ込んでいいものやら・・・

>今はいくらなんでもおかしいってことで、じわじわ変わってきてるみたいよ。
>「大化の改新」が「乙巳の変」になったりね

これは自虐史観が「いくらなんでもおかしい」から、表記が変わったって意味だろ?
で、そんなの関係ないよって話なの。純粋に学術的な理由。

なのに>>415では、変わった理由が自虐史観によるものとかの意味だよね。大丈夫か?君。

それと藤原氏が郭ナントカとかむちゃくちゃ書いているのはお前だろw
もしかして日本語が苦手か?

421 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:02:29
>>419
十七条憲法にしてもウマヤドが作ったものじゃないってのが、もう定説だよ。
今の教科書にはもうそう書いていない。

422 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:05:22
>>420
カク?ナントカ?って何?しらね。そうかじゃないし。

純粋に普通に学術的におかしいことが、なんで教科書に載ってたの?

そうだよ戦争にまつわる「自虐史観」とは別だね。

藤原氏をヒーローに祭り上げて得をするのはどういう人達?
それは結果的に、自虐史観を広めたがる人達と重なるんだよ

423 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:06:05
>>417
>銅鐸圏と銅矛圏の2大勢力圏を列島の東西の二つの円で示した図とかも今じゃ無いんだよな?wwwwwww

俺が中学校のときはあった気がする。まあ大筋では間違ってないと思うけどね。ただこれも、いろんなことがわかってきたんで、
もう中学生じゃ理解不可能な話になってる。同じ文化圏にあった四国南部が東部九州を連合に引き込んだ可能性とか。

朝鮮出兵も、「文禄・慶長の役」、「日明戦争」になったのかな。これはまあ政治的配慮かもしれん。

424 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:06:37
つーか邪馬台国に関しては、九州説が有力と書かれた事は一度もない。
ちなみに畿内説有利とも書かれてはいない。
そんな不確かなことを書いても、検定は通らないから。

425 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:09:50
>>421
ふーん、じゃあ誰?誰でもいいけど。
昔の日本でそういう憲法が定められた、という事が重要だったの。
習う側も聖徳太子は半ば架空の人物って認識してたよ。
誰が決めたかはたいした問題じゃなかった。

426 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:10:00
>>424
だからあとは世間一般に流布していたイメージって話なんだろうなwww

ぶっちゃけ今でも街頭で
「邪馬台国は畿内にあったと思いますか?それとも九州にあったと思いますか?」
…ってアンケートとったら九州説のほうに軍配が上がると思うwww

ぶっちゃけ九州にあったとするほうが色々ロマンチックだし夢があるよなwwwwww

427 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:11:43
>>426
いや日教組教師がそう言ったからだって

428 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:13:59
>>423
ああ、こうやってサヨク側だった九州王朝説や東遷説を、ウヨご用達に捻じ曲げたわけかw

大化の改新ってのはね、中大兄と鎌足が渡来系の蘇我許すまじと正義の戦いを決行したってお話なの。
で、いや単なる権力争いのクーデターつーかテロじゃんというのが真相だと考えられるようになったから、乙巳の変に格下げされたの。

改新じゃなく変になったのは、そういうことだよ。
藤原氏や中大兄を持ち上げていたのが「改新」で、そうじゃないよってのが「変」
君の解釈は真逆すぎてよく判らんわw

429 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:14:42
>>426

加えて卑弥呼を天照大神と考えるやつが出てくると、おかしな話になるのが問題だな。

邪馬台国は魏志倭人伝のことだから記紀は関係ないといいながら、
卑弥呼と天照大神を絡めてくるところが、論理破綻してる。

430 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:17:20
聖徳太子は後世に仏教側が持ち上げた側面が大きいんじゃないか。ただこのあたりも九州王朝がいろいろからんでくる。www

431 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:17:55
だいたい、「大化」元年は695年だろ。645年に「大化」の改新などできるはずがない。

432 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:19:13
>>427
まあ幸い俺はそんな経験は無いが
日教組と言うか左かぶれの歴史教師が授業の中で九州説をプッシュしたと言うのは普通にありそうな話だなwwwww

今や右だろうが左だろうが邪馬台国九州説なんて関心ないだろうw
ある意味政治的なものから開放された状態とも言えるかもしれんが
もはや論争自体が過去のものになってしまったとw

433 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:19:24
>>428
蘇我氏は渡来系というには早期に来てる。
伊都国人がそれだよ。邪馬台国の時代から、外交を担っていた。

伊都国付近には古墳が山ほどある。
これは、不法入国者を葬ったもの。

藤原氏は何者か?不法入国したい奴らだよ。

434 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:20:50
>>431
??????????
それどこの国の話だ

435 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:22:18
>>429
>加えて卑弥呼を天照大神と考えるやつが出てくると、おかしな話になるのが問題だな。

そこがロマンチックなんじゃないかチミ〜w

アンコウで言えばアンキモ、蟹で言えば蟹味噌、マグロで言えば大トロ…
キモだよキモwwwww


436 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:24:04
>>428
>中大兄と鎌足が渡来系の蘇我許すまじと正義の戦いを決行したってお話なの。
鎌足が「正義」だったという見方は、現在主流じゃないと思いますがね???

437 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:24:23
>>433

>伊都国付近には古墳が山ほどある。
>これは、不法入国者を葬ったもの。

もう何でも言った者勝ちだな

>藤原氏は何者か?不法入国したい奴らだよ。

俺も外国人参政権には大反対だが、君のような空想マンガ歴史観は持ってないよw

438 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:25:38
>>436
だから、もう主流じゃなくなったから「変」に変わったといってるのだが、本当に日本語が読めないのか?

439 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:26:54
>>437
>大化の改新ってのはね、中大兄と鎌足が渡来系の蘇我許すまじと正義の戦いを決行した
この自慰ファンタジーっぷりにはかないません。
えっと、別人ですか?別人ならどう思われます?

440 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:27:18
なんかアレじゃない?仁徳を3世紀とか書いた奴が来ているんじゃないか?

441 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:31:11
>>439
いや両方とも俺だよ。てか本当に日本語が読めないんだな。
「大化の改新」ってのは、そういう史観で書かれているんだよ。
で、それが間違いなのが分かったから、「乙巳の変」というクーデター扱いに格下げされたって一貫して書いているのだが。

442 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:32:18
まあねえ。神話を史実と見たい側はすぐトロイアとか殷墟とか持ち出すけど、これらは発掘前から信憑性がかなり高いとされてた
んだよな。ただし、卑弥呼=アマテラス とするには卑弥呼と太陽信仰の関わりがやはり苦しい。それこそ倭人伝には出てこない。

だいたい飛鳥時代で、どれくらい血が混じってれば渡来系っていうんだ?

443 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:35:38
>>441
あら、正直さに関心しちゃう。

でも
>大化の改新ってのはね、中大兄と鎌足が渡来系の蘇我許すまじと正義の戦いを決行した
この書き様は現在もアナタが「そういう史観」を持っているように見受けられますがね?
現在は間違っていると認識している書き方には思えません

444 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:45:15
>>442
まあシュリーマンとかはそれを取り上げたマスコミやあるいは本人自身の「演出」が多分にあったんじゃないのか?w

絵空事とされていた神話を信念と情熱をもって遺跡を掘り当てて
それが事実と証明した稀代の夢追い人…みたいな感じでwwwwwwwwwww

ちなみにプロのトレジャーハンターなんてのは
のべつ幕無しに地面掘り返す事は無く
文献とか事前の調査に大半の時間を費やすものとか…
(でないと掘り返したポイントがほんの少しずれていただけで徒労に終わってしまう)

本当に記紀神話(神代)に何らかの史実を見出そうってんなら
素人の俺なんかよりよほど冷徹に
「この部分は海外にも類似のある神話」とかバッサバッサと切り捨てないと
それこそあっちこっちの地面を掘り返しているだけの
アタマオカシイヒトになりかねないwwwww

まあ逆に言えば自分では地面を掘り返さない
言うだけならタダ…と言うのがあるから好き勝手言って自己満足に浸るってのがあるんだろうがwwwwww

445 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:48:45
wwwww 埋蔵金掘ってる人はいるけどねえ。

446 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:55:52
実際の、邪馬台国&諸国の場所にも関わってくることなんですよ

>>2のね
伊都国付近に、やたらめったら古墳がある。
狭い土地です。そんなにたくさん古墳が必要だったんでしょうか。
魏志倭人伝にもある通り、伊都国は外交においてとっっても重要だった地。
つまり、関所です。

ここが蘇我氏の本拠地だったことは、根拠の無いことではありません。
伊香郡はものすごい仏像の里です。寺はなくなっても仏像は守ってる。

そして、シナ・朝鮮系の恨みを買う理由もあった。

つながっちゃうんだ。いろいろと。

447 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:56:09
プロボクサーの内藤大助が入場曲に使っているが
ここの九州説のBGMにも『ロマンチックが止まらない』を強く推すw

♪ロマンチックが止〜まらない
 (夢は何処までもひろがりんぐwwwwww)

448 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:58:04
>>444
この腐れメガネ、学会員ってことでいいんだよね

449 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 03:47:46
蘇我氏が四つ、中大兄皇子と鎌足がチョン ってことでよろしいわけですね
DNA的には先日の上のほうを見る限り日本は山間民族の数が圧倒してると思うのですが

450 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 08:21:18
ちがう。
蘇我氏は満州系=扶余系。
中大兄皇子は「四つ」=匈奴。
鎌足はシナ人。

数が多けりゃいいって発想、キモイんですけど

451 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 08:40:00
蘇我氏とは忌部氏、後の斎部氏。
乙巳の変の後、太平洋側に追放された。
つまりシナチョンの邪魔にならない場所ってことwww

おそらく彼らは東国に入植した高句麗人とつながって
源氏の勢力になっていった。

452 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 09:13:28
蘇我は葛城氏です。
だから稲目や馬子、蝦夷、入鹿はあれだけの権力が持てた。

453 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 09:19:00
畿内説って、ネズミ講と変わらないよな。
屁理屈の言い逃ればかりするが、結局は詐欺。

454 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 09:20:11
>>453
サギ君、毎日ご苦労さんw

455 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 09:47:36
纏向に集まるサギの群れは、ヤマタイ、ヤマタイと叫びます。
ぜんぶサギです。

456 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 10:19:37
>>330  笑えない話だ。

457 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 10:34:01
>>452
葛城氏はどうして権力を持てたのですか。

458 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 10:41:31
>>457
日女命の出身地。彼女の妹は祟神の后。
南河内から奈良西部までを支配していた大豪族。
建内宿禰やソチヒコも葛城氏。
葛城氏の本拠地には延喜式最高クラスの社殿、高木神を奉神とする高天彦神社
さらに鴨氏も併呑していた事から、今で言う陰陽などの術事にも長けていた。
私はこの鬼道は陰陽道の原型のようなものだったと考えています。

459 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 10:50:34
御諸と葛城の戦い=倭国大乱

共立=和睦(祭祀王を葛城・寄合の主導権は葛城、俗世王を御諸・俗世王の嫁を葛城にする)

卑弥弓呼の乱=タケハニヤスの反乱

卑弥呼以って死す=祭祀王死ぬ

男王立つが再び倭国乱れる=祟神の次の垂仁の代にサホヒコサホヒメの反乱

460 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 10:53:23
>>455
では九州一帯に飛んでる鳥は アホウドリと鳩山だなwwww

461 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 11:21:55
>>412>>416
縄文人に嫉妬しているようにしか見えんな。

明史の秀吉などに関する記述におかしな点がかなりあることは事実だが、それは明が十分な情報を入手していなかった
からだと考えられるだろ。確かに明の将軍沈惟敬は朝鮮に於いて小西行長と休戦交渉を行っている。そしてその後、明
の使節として来日し秀吉にも会っている。しかし、交渉は不調に終り、沈惟敬は処刑されている。

明の使節が来日したのは戦時の慌ただしい最中であり、交渉が目的であり、しかも秀吉の怒りを買って早々に引き上げた
のであるから日本の国情調査まで十分に行う余裕があったとは考えられない。これは魏使が2回も来倭し倭からも度々使
者が洛陽や帯方郡を訪れていた卑弥呼の時代の状況とは大いに異なる。三国志の倭人伝の記事と明史の日本関係記事の真
贋精粗を同列に論じる方がおかしいであろう。

462 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 11:51:22
>>461
縄文人に伝えてくれ「自惚れるなチンカス」と

463 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 12:15:59
>>450
天皇家は「四つ」ということでよろしいわけですね?

464 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 12:16:56
>>450
その説の根拠は?
天智天皇は百済じゃないんですか?

465 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 12:28:08
>>450
日本人のマインドがあるのは山間民族だと思うのですよ
あとは「四つ」とか「八つ」とか「チョン」の類ばかりでしょ?

466 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 12:53:12
>>465
DQNシナ人がほざくなボケ
というか遺伝子的には、山間民族に「八つ」も含まれるよ。

縄文系はもちろん
四つと言われた人達こそ、大和魂を持った本来のヤマト民族だし
神武=公孫氏と同じ、えびす顔でマッチョな一族も
稲作を持ってきた倭人も
日本建築を支えた越人も
みんな日本人。

寄生虫のシナチョン以外はな。

467 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:02:10
天智天皇は百済人ではない、
継体から始まる天皇家と、百済支配層が元は同族だったというだけ。

そしてこれは遊牧民、匈奴。
そのため朝鮮でも日本でも、政治の中枢にもぐりこんだシナ系によって
嫌がらせを受けてきた。

天皇が百済と近い血筋だからといって、韓国人が威張る理由は欠けらもない。

468 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:05:11
半島南部の考古学の発掘調査が進まず(例えば前方後円墳を埋め戻す、
水田跡を捏造する等の不穏な動きも多々ある。)、反東北部にいたっては
何をかいわんや?
という事で、倭と朝鮮半島の関係が曖昧なままにされている。
ひとえに韓国側が、面子に拘りすぎる事が原因で拗れている・・・そう聞いた。

以上。

469 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:06:36
>>467
>天皇が百済と近い血筋

万葉集とか、古代の文献は百済語が多用されてるって事か。
全くそうは思えんがな。

470 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:11:05
>>469
百済語って現存してるの?

全羅道出身者が日本語を話すと関西弁っぽくなったりする

471 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:11:18
>>467
>そしてこれは遊牧民、匈奴。

遊牧民や騎馬民族ってのは、馬に乗って遊牧しているから騎馬民族とか
遊牧民とか言われるんだよね。

竪穴式や高床式の家に定住して、田んぼで野良仕事してたら、それは遊牧
とは言わないんだよ。
解るか、脳味噌、パー。

岩手の小沢何某の「半島南部の騎馬民族」には、どえらく笑わせてもらったよ。
半島南部で、誰が馬に乗って羊飼ってたって?
豚は遊牧には不向きだぞ。
豚を飼ってる満州族は、モンゴル族や突厥に馬鹿にされていたのだ。


472 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:13:38
>>470
>全羅道出身者が日本語を話すと関西弁っぽくなったりする

ならねぇなぁ、キチガイさん!
語彙を何千語か、具体的に並べてみな。
和歌を百済語で呼んでみな。
読めよ。
想像で物言ってんじゃねぇよ。

473 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:16:05
>>468
捏造され放題の日中に比べたらマシだな

夏、商、秦、漢。
古代中国の優秀な民族は、みんな日本に逃れて来た。
中国人が日本に文化を伝えたというのは大きな間違い。

474 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:19:13
>>471
そうだねー
だから「騎馬」民族とは言ってないしー
日本では鹿くらいしか飼ってないかもねー

キーキーうっさいよDQNシナ

475 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:21:28
つか百済人が近畿に移住したのは普通に記録が残ってることだし?
百済寺ってのもちらほらあるしさ。

476 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:22:02
早く読めよ。

万葉集は百済語とか新羅語で書かれてるだろう?
早く、どれが百済語の単語か、並べろよ。

477 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:24:57
>>476
「百済語」が現存してると言うなら、それをまず教えてね^^

478 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:35:57
古代の倭人は、朝鮮半島南部〜九州にかけて幅広く分布してたから、
弥生末期〜飛鳥時代の渡来人の多くは、朝鮮半島の倭人が主だったと思うな。

本来、倭人は呉の遺民だというから、何代もの長い年月を重ねて、
最後に逃れ着いたのが日本列島だったのかな?

現存する中国の少数民族では、ハニ族が古代の倭人に近い習慣を持っているよね。

479 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:38:11
>>466
匈奴が大和民族の中心だったわけですね

480 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:40:19
>>466
>神武=公孫氏

え?

481 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:41:15
>>466
「八つ」は海洋性民族だから、山間民族とはマインドが違うだろ?

482 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:42:31
>>471
小沢は「桓武天皇の生母が百済の王女」といっただけw

483 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:45:12
>>478
ベトナムにもいるぞ。昔の南中?南蛮?になるのかな。
今でも高床式の家に住み、ねずみ返しもある。
金印もあちらの博物館に日本で見つかったものと全く同じものが保管されている。
田畑には明日香村に見られる、亀石や猿石が無造作に置かれている。

更にワ族という民族が魏の侵攻に合い、夜のうちに船で何処かに行ってしまったという伝説があるそうだ。

484 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:48:51
>>481
海洋性て。
そんな植物性とか動物性みたいに分けられるもんじゃなかろ

「八つ」=安曇族は、船作りと航海を生業にしてたんだろうね、
だから山と海が両方近い所に高地性集落を作った。

縄文系も、建築技術は優れてたみたいだよね

485 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:52:44
ヤマタノオロチは八つ退治の事になるのか?

486 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:54:13
>>478
>本来、倭人は呉の遺民だというから、何代もの長い年月を重ねて、
>最後に逃れ着いたのが日本列島だったのかな?
呉からダイレクトに日本に来てると思うよ。
春秋時代の呉が滅んだのが、紀元前473年だとか。

487 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:55:33
>>483
ベトナムにいる?

ハニ族には、鳥居(原型)、ねずみ返し、辰(蛇)信仰とか残ってるけど、
明日香村のそれはハニ族より高句麗の影響の方が大きくない?

ちなみに朝鮮半島南部の倭人も辰(蛇)信仰を持っていたよね。

488 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:57:35
>>485
オロチはオロチョンじゃね

鶴の恩返しとか羽衣伝説はそれっぽいかも。

489 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 13:58:22
>>487
いましたよ。
前にふしぎ発見でやってた。イ族?だったっけか。

490 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 14:04:10
ベトナム山岳部、少数民族地帯に神話の民を見た って言う奴だった気がする

491 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 14:17:24
イ族って、夷族とも書いたわけでしょ
東夷こと満州人と近い民族なんじゃないのかな・・・
高句麗とも似た文化を持ってるなら、かなりあやしい

492 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 14:31:05
http://sakezo.web.fc2.com/kyusekki1.html
イー族はDNAのD1タイプを16%持ってる。
東京で、D1タイプが1%。
たった1%だけど、100人に一人と言えば結構な頻度だね

493 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 14:44:24
>>482
ちがうちがう、半島南部の騎馬民族が奈良に王権を築いたといったようだ。
中央日報か朝鮮日報の日本語版に書かれていた。
江上波夫の「騎馬民族説」を指摘したことがはっきりと、書いてあった。

しかしあれだ、韓国人が騎馬民族、騎馬民族、騎馬、騎馬、騎馬、騎馬、騎馬…
ひたすら言い続けている理由は一つ、単に騎馬民族が颯爽として格好いいからだろう。

在来の朝鮮馬は、気性の荒い、小型のロバみたいな馬みたいなヘボイやつだけどな。
高句麗にしても、純粋な騎馬民族とは言い切れんぞ。
半農半牧で漢化が進んだ連中だろうが。

いい加減先入観に浸って「夢」を見続けるのはやめるこった。

494 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 14:59:58
そう、そういうお馬鹿なイメージを抜けば
満州系民族が大和朝廷の王になったという話も
マイルドになって受け入れやすくなる

そこで、公孫氏。
邪馬台国と交流があったと思う。
そして、魏志倭人伝の通りに邪馬台国の場所を認識していて、
邪馬台国の南にある狗奴国に、南から攻め込もうと考えたとしたら。
九州南部に上陸するはめになるね。
おそらく、これが神武天皇。

495 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 15:04:25
>>494
>満州系民族が大和朝廷の王になったという話も

で、満州語と大和言葉は、文法意外で何処どれだけ共通してるの?

496 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 15:07:51
大和言葉はヤマト(匈奴)の言葉な。
後から来たのが満州系。
まあ元々同じ系統かも知れないけど。

497 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 15:15:05
>>496
匈奴は強くてな、秦の始皇帝をびびらせ、あの劉邦もこれを制圧する事が出来ずに、
その後何十年も漢帝国は屈辱的な和睦を強いられた。
それだけ強かった。
そんじょそこらの騎馬じゃなぇ。
ちっちゃい馬をキンキラキンの馬具で飾り立てて、やっと乗ってる様なビビリのお百姓さんあがりじゃねぇ。

498 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 15:17:52
>>494
戦前満州国作ったくらいだから、満州人が大和朝廷の王になったとしても違和感はないな

499 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 15:25:38
>>497
劉邦は戦へただったからね、項羽が天下取ってれば匈奴ごときに負けなかったんだけどなw

500 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 15:34:47
>>498
うん。
そしてその末裔はこんな感じ↓
http://allkyojin.seesaa.net/image/DSCF2512.JPG
巨人師匠な。

501 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 15:50:50
>>500
単に巨人さんをうpしたかっただけだろ?

502 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 15:52:35
ついでに匈奴の末裔はこんな感じ。
http://sankei.jp.msn.com/photos/politics/local/100625/lcl1006251213001-p1.jpg

>>501
あ、ごめん本田さんを貼りたかっただけ。
本田△

503 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 16:05:53
http://blogs.yahoo.co.jp/eraser1eraser/49784238.htmlによると
扶余が百済で、匈奴が新羅となってるようだが

504 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 16:08:50
天皇が満州人なら百済人でも問題はないようです
天皇が匈奴なら新羅人でも問題はないようです
結局「四つ」って新羅人?

505 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 16:23:31
>>503
間違い。
百済の臣は扶余、って何かの史書に書いてるけど「臣」だからね。
支配層はひょろ長い匈奴。
参考画像・百済観音
http://www.geocities.jp/qsshc/cpaint/nara/horyujikudara1.jpg

>>504
何言ってるのかさっぱりわかんね
結局「四つ」は匈奴・百済系だよ。新羅は関係ない。
新羅人はワイとか鮮卑とかじゃないの?
ただ、時代によって違うようだけどね。いまいちよく分かってない

506 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 16:38:47
>>505
匈奴ってひょろ長なのか?
「四つ」って色白の人が異様に多いんだけどな

507 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 17:04:17
たとえば私が恋を 恋をするなら
四つのお願い聞いて 聞いてほしいの
一つ やさしく 愛して
二つ わがまま 言わせて
三つ さみしく させないで
四つ 誰にも 秘密にしてね
四つのお願い聞いて 聞いてくれたら
あなたに私は夢中 恋をしちゃうわ

508 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 17:10:18
さあ「四つ」の皆さんこんばんわ。今日も一日元気に働きましたか?
皆さんは週休2日などないでしょうから、ほんとうにご苦労様です。
こちらは、「四つ」による「四つ」の皆さんための放送局です。
さて今日始めの番組は「皮革製品のなめし方」ではどうぞ。




509 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 18:02:57
>>505
四つって色白だし、白山信仰だし、百済とは全くの別物なんですけどwww

510 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 18:07:47
>>505
匈奴も2種類いるからね、白いのと黒いのと

511 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 18:07:59
>>509
ほう、百済のこと詳しいんだ?

同和地区はイケメン・美人が多いって言うでしょ。
血が濃いとかそんなんじゃないんだよ。
もともと長身な民族なの。

512 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 18:18:08
ただ背は高いけど胴もけっこう長めだったりする。
あと、音楽センスがある。
関西出身のミュージシャンが多いのも、
匈奴の血が色濃く流れているからだと思うよ

513 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 18:19:54
>>511
四つって長身なの?へぇーー
現物は色白で背はあんまり高くないんですけどね

514 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 18:22:51
>>511
同和地区で長身って見たことないですよwww
やたら色白でこわーい雰囲気は醸し出してますけど

515 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 18:29:32
ふーん、地域によるのかねえ
色白でこわい雰囲気?
三木道三みたいな感じ?(古いな)

516 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 18:34:41
>>515
今の四つは江戸時代以降のものだから、本来の四つの祖先を断定することはたぶん無理

517 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 18:37:37
俺の知ってる四つは、背中に牛頭大王の入墨をしてる。

518 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 18:38:48
今の四つは江戸時代に悪いことしてそのまま四つの身分に落とされた連中もいるからな

519 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 18:41:05
やれやれゴミクズ九州説だけじゃなくて
幼稚なウヨサヨ論とか挙句は同和ネタか…

本当に邪馬台国ネタはVIPPERとか厨房御用達だなwww


520 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 18:43:13
まあそうだよ、実際利権目当てとかで紛れ込む人間も多かろうからね
現在も同和地区をアピールしてのは、中でもタチが悪い一派だとも言えるし。

ただ、本来は(ってのもおかしな言い方だけど)四つの祖先はヤマト=匈奴。
初期邪馬台国の地域から考えてもね。

521 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 18:44:40
>>519
古代史は、日本人の人種・成り立ちと無関係には語れないよ

522 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 18:51:56
>>521
で?

卑弥呼が弥生系だの縄文系だの匈奴だの(騎馬民族説か?)チョンだの…
一体何を根拠にほざいているんだ?

当然邪馬台国の位置も確定できているうえでの話だろうな?
その根拠は何だ?

本当何処の板でも沸いてくるなこの手の連中はwww



523 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 18:54:04
>>522
え?だって>>2-3でみなさん異論ないんでしょ^^

524 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 18:58:07
>>522
卑弥呼は何系か、正直分からんねえ。公選だからね。

525 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 19:12:24
ただ、力を持っていたであろう三者、
ツクヨミ(弥生・稲作)
アマテラス(匈奴)
スサノオ(満州)
の仲裁役として卑弥呼が立てられたのならば、
むしろ縄文系から選ばれたんじゃないかって気がしますねー。
わからんけどー。

526 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 19:16:07
>>523
畿内説だな?邪馬台国に関しては九州だと考えたほうが自然

527 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 19:25:14
>>526
まだ言ってんの?
畿内説と九州説のマッチポンプの時代は終了しました。

528 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 19:28:47
ところで巨大古墳はなぜできたの?

529 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 19:32:35
>>528
でかいのが大好きな、満州系の神武さんがお越しになったから。
卑弥呼の墓は質素だと思うよ。
たぶんこれ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E9%83%B7%E4%BA%80%E5%A1%9A%E5%8F%A4%E5%A2%B3

530 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 20:28:29
>>529
これ確かに時代は古いが、前方後方墳とあるね。場所的に見て俺は狗奴国関連のものじゃないかと思う。この古墳で面白いのは、
3世紀台の築造として、古墳の近くから見つかった5世紀後半の竪穴式住居は出土品から墓守の家と推定されてる。この規模の
古墳で2世紀近くの祭祀が続けられているのはちょっと驚きだが、集落の聖域のようなものになっていたのかもしれない。
夫婦埋葬で、渡来人の可能性が高い・・・か。

上の話とリンクすれば、墓守などの家系は後代差別の対象になった例も多いだろうし、あるいは神官となったか。歴史は難しいね。

531 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 20:38:29
>>530
>場所的に見て狗奴国
なにを言うてんのよ、あきれるわ
奈良から見ても九州から見ても北東ですが?

夫婦同葬って所がポイントで、男の王ならば妻も一緒に葬るのは考えづらい。
女性が王ならば、その夫なり身近な男は、権力争いの種になりやすいため、
殉死させられた可能性は高いと思う。

532 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 20:39:03
>>528
畿内説に立てば、巨大古墳は首長霊信仰のためのモニュメントといえばいいか。対内的には、前首長から支配権を受け継いだ
ことを共同体内に周知させる機能。対外的には、いわゆる「ゆるやかな連合」内での首長権の継承が承認されたことを表すのだ
ろうね。この手続きのために、古墳上での祭祀に他地域の首長連も顔を連ねたのだろう。あと古墳の規模は、「連合」内での地位
を表しているのだと思う。さらには、上で出てきた大規模土木技術とも関わりがあるのかもしれない。

533 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 20:41:59
うわー
話をそらしにかかりましたねえ日教組ども

534 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 20:48:47
>>531
あきれてけっこう。ww 倭人伝の方角・距離は最初から考えていない。で、この前方後円墳の拡がりをみる限り、同心円状の伝播
よいうようなものではなく、明らかに古墳時開始以前からの緊密な集落同士の関係が覗えるだろう。つまり古墳よりも「連合」が先に
あったということ。

ただ、このレスも「なぜできたのか」という質問の答えにはならないだろうな。なぜあの形で、なぜあれほど巨大なのかを説明するの
は難しい。この巨大さは半島の影響も考えにくい。

535 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 20:58:42
ネトウヨにされたり日教組にされたりで、畿内説も大変だな。

536 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:00:42
>>534
>倭人伝の方角・距離は最初から考えていない。
いやもうモノを考えずに喋らないでくれる?

いつの時代も、とにかくでかけりゃでかい程いい!っていう発想の人はいるものだよ
でかい方が荒らされにくいとか。そんなもんでしょ?
紅白の小林幸子の衣装が巨大化したのと同じだよ

537 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:01:36
大きさに関しては北條芳隆の言う、開発に伴う残土処理との考え方もあると思う。
もちろん主要因ではなく、いくつもあるだろう多くの要因のひとつとしてだが。

538 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:03:29
>>536
君の考え方がおかしい。
もはや九州説でも倭人伝の里程・方角はあてにならないという見方のほうが主流だ。
いつまでも倭人伝に縛られているなんてのは、昭和の時代で終わった話。

539 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:05:46
>>538
だって方角もおおかた正しいルート見つかっちゃったじゃん>>2

540 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:09:27
>>539
オマエの脳内だけに存在する妄想だ

541 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:10:06
>>486
先秦時代の呉からダイレクトなのは宗像とかの海洋民族になるのかな?

542 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:10:19
>>540
クリックすればあなたも見れるよ♪>>2

543 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:12:32
>>541
農耕民族でしょ。長江で使ってた舟で頑張ったんじゃない?


544 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/07/03(土) 21:13:22
古墳の全国展開は、景行でしか説明出来ない。


545 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:14:16
>>542
見た瞬間に「駄目だコイツ(AA略)」になったわw

546 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:17:01
>>545
都合の悪いものを突きつけられて思考停止wwww

547 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:18:14
あとは俺が気になってるのは、「半島内の倭」といわれる人々、おそらく伽耶諸国を表すのだと思うが、これらの人々が「連合」の
形成にあたってどのように動いたのかということ。半島の歴史は詳しくはないので、レクチャーしてくれる人がいるとありがたいな。w

倭人伝に関しては「倭人伝からは邪馬台国の位置比定は無理である」というのが当方の見解だが、むろん「素直に読んでないから」
とか「結論は出ているが畿内説は認めたくないだけ」とか、そういう見解があるのも知ってる。wwwwww




548 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:20:39
文献として残ってないけど、邪馬台国は公孫氏に隷属していたのではないかな?
邪馬台国の勢力圏は、朝鮮半島南部(の一部)から九州北部の小勢力だったと考えるのが賢明。

後の機内王権は、鮮卑や高句麗と連動して勢力を拡大した倭種とは異なるワイ系部族だと思うな。
そもそも、五王時代に倭と高句麗が戦争状態にある中、機内に高句麗勢力がある自体が矛盾してる。

549 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:30:04
>>548
まーた一部だけパクって適当に捏造するんだからシナ人は

公孫氏と高句麗はイコールではないでしょ
だいたいその辺の人達は権力志向が強そうだから
同族でも争うことはあったでしょうよ

550 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:32:08
>>543
春秋時代の航海技術で福建省辺りから九州まで来れる?

初期の渡来人は、純粋な農耕民族じゃなくて(後の)百越に近い民族じゃないかな?

551 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:38:19
>>550
ん?農耕メインの人達も「百越」だと思ってた
百越って結構範囲広いんじゃないの?定義は知らない^^;

長江の川辺に住んでるんだから、当然舟も使ってただろうけど
海に出るのは命がけだっただろうと思う。

552 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:43:12
巻向は大市だと言ってた九州説論者に質問。
なんで大市があったんだろう?あなた方の言う偏狭の地になんで市がw?
市があるということはそれだけいろんな地域との交易があり、
しかも中心地だったという事の裏づけじゃないの?

あと、大神神社に初瀬川の上流に市があったと書かれているんだけど、2箇所もあったの?
それはそれで当時としては巨大交易都市でまさしく国の中心だといってるようなモンだよね?

553 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:46:42
>>552
まあ、邪馬台国より後のはなしだけどね。

554 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:49:32
>>553
これは驚いた。巻向は何であれ祟神の時代のものであるという共通認識だったと思っていたがw

555 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:49:37
>>549
黄巾の乱と同時期に起こった倭国大乱から遼東公孫氏滅亡まで、倭国に関連する文献が途絶えているのは、
倭国からの朝貢を半独立勢力の遼東公孫氏が受けていたからでしょ?

あと、卑弥呼が遼東公孫氏とか民族的に絶対にあり得ないから。
可能性があるにしても春秋時代の呉(姫氏)の傍系じゃないかな?倭武とかはその系統だと思うけど

556 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:51:33
>>555
葛城氏が何処から来たのかという事だよね
俺も呉の人だと思う。天孫の孫は孫呉の孫かと思ってる

557 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:53:55
>>554
うん、そんで祟神は卑弥呼より後でしょ

>>555
>邪馬台国の勢力圏は、朝鮮半島南部(の一部)から九州北部の小勢力だったと考えるのが賢明。
ここが捏造部分。
あとは、このスレの前の方に書かれてることの焼き直しだね

558 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 21:58:06
>>557
>うん、そんで祟神は卑弥呼より後でしょ
その根拠はあるの?

559 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 22:00:20
>>558
卑弥呼が天皇の系譜の中に含まれているとは思えない。

560 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 22:02:28
>>559
「思えない」じゃキツイよな。。。
何か確信があって書いてるかと思ったんだが、買い被り過ぎたようです。
ごめんなさい

561 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 22:02:39
>>3にミマキ国ってのがあるね
祟神=ミマキイリヒコはそこの人間でしょう。
そして、台与を暗殺したのもね。

562 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 22:03:55
>>557
古代より倭人は半島南部から九州で生活していたのだよ。
半島南部から九州の倭人は呉の遺民たちだろうけど、燕に帰属していたらしい。

563 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 22:04:11
>>560
じゃあ、卑弥呼は誰?
祟神より後の登場人物で該当するのは?

564 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 22:06:04
>>562
瀬戸内にも近畿にもいただろが、何を言ってんだか

565 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 22:06:19
>>561
畿内説だがそれはないわ。妄想してトヨたんを殺すな

566 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/07/03(土) 22:07:42
倭人伝登場人物
倭女王=大乱の国に立てられた女王 神橿日姫か?男王の斎王?
難升(斗)米=難(奴)戸畔=ナトベ=奴国大夫 倭女王の部下
都市牛利(たしうり)=タジマモリ =田道間守
伊支馬=イクメ=垂仁
倭王←タリヒコ =景行
伊聲耆掖邪狗=伊勢のベテランイワカ=磐鹿六雁
イヨ=五百野姫←伊勢神宮より筑紫へ下向
ついでに書紀より
倭女王卑弥呼=巾3尺の石
男王=筑紫の大木
官に伊支馬有り。次を彌馬升と日い、次を彌馬獲支と日い、←任那での情報か?
伊支馬=イクメ=垂仁
彌馬升=ヤマシロ=タタネコ  (ホ37048 ミワのタタネコ ヤマシロが) 
彌馬獲支?
狗奴國=狗古智卑狗?


567 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 22:08:16
>>563
後ではなく同時期。弟王は義弟の祟神。
叔母は、畿内説といえばあの人だよ。

568 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 22:08:34
>>563
無理に記紀の登場人物に重ねる必要なんてないんじゃないかな。
もし仮に箸中山が卑弥呼の墓だったにせよ、モモソが実在の人物だったとなるわけではない。
またモモソの伝説が白蛇云々を除いて何らかの史実の反映だったとしても、それは卑弥呼に直結しない。

こういうお遊び邪馬台国探しを、ここでは「神話解釈ごっこ」とか「暗号解読ごっこ」って呼んでるんだわ。

569 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 22:11:43
諸と葛城の戦い=倭国大乱

共立=和睦(祭祀王を葛城・寄合の主導権は葛城、俗世王を御諸・俗世王の嫁を葛城にする)

卑弥弓呼の乱=タケハニヤスの反乱

卑弥呼以って死す=祭祀王死ぬ

男王立つが再び倭国乱れる=祟神の次の垂仁の代にサホヒコサホヒメの反乱

570 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 22:15:07
>>564
中国側の文献に登場する半島南部〜九州のは倭人
中国側の文献に登場しない瀬戸内〜近畿のは倭種

この違いは歴史を学ぶ上で重要なんだけど^^


571 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 22:18:48
>>565
トヨたんとか言うな、うぜえ

台与=モモソ姫は合ってると思うからね。あれは暗殺でしょ。

そして、王宮?は信楽にあった。
テロリストがミマキ=宇治方面から忍び込んだ。
現場に残った糸が三巻き、つまりミマキだね。
そんな駄洒落メッセージを話に織り込まなくてもって思うけどw
つまりミマキ国は要注意ってことだったんだろう。

それで、信楽は危険だというので奈良盆地南部に遷都して、
マキムクが建設された、と(実は神武が来たのもこの辺りだと思う)

スッキリしたでしょ。

572 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 22:19:35
もうヤマト王権は高句麗王朝の分家でいいよね^^

573 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 22:20:47
>>572
すっこんでろハングク人^^

574 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/07/03(土) 22:34:39
奈勿大聖神帝紀(ネムルデソングシンゼギ) 7年,
七年 正月 行水羊祭 光臣伊伐〓 白花稟主 7年1月, 水羊(癸未年)祭を行った。
三月 夫余流民三十戸又来降 夫余与倭相通 年年受其民 散置都鄙 倭臣熊彦美而善弁 与阿□相通
多聴其言 故国人異反 或帰于我 亦帰于麗 休礼太后生長?子勿? 始立戸口典 禁民子母相婚

3月, 夫余の 流民30戸がまた 来降した. 夫余と 倭が 相通(上通)したら, 毎年その民たちを受け
て, 都邑と田舍に 散置させた. 倭の臣下 熊彦(チクマナガヒコ)はハンサムだ言葉がお上手で, 阿□
(庶民)と 相通(上通)したら, 彼の言葉にたくさん従った. それで 国人(平州人)らは 異反(離反)して, あるいは私たちに, あるいは高句麗に帰属した。

323年癸未 神功49年 東晋は洛陽奪回を断念する。それに伴い 平州方面は切り捨て、
空白地帯となる。そこで倭軍は渡海し百済軍を引き込み、新羅の勒兵を殲滅させ
半島を再編成する。それに伴い空白化した帯方郡方面を、この地の安定のために百済に分与する。
平州方面の住民の多くが千熊長彦に従い倭国へ渡来する。


575 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/07/03(土) 22:43:05
>もうヤマト王権は高句麗王朝の分家でいいよね^^

卑弥呼=崇神時代なら、その思考も視野に入るが、現実は
卑弥呼=景行時代である。


576 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 23:19:57
種族の話はもう終りにしてもええのではなかろうか。大陸の漢にしても魏にしても単一民族ではなかったんやし、
列島に住む人達も大部分は混血しておったんやから。高句麗系だとか百済系だとか新羅系の人間が渡来して政権
の中枢部に入りこんできたんは4世紀末以降のことやろう。3世紀の列島に住む人達を魏は倭人や倭種と見て
おったちうことでええのではおまへんか。

577 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 23:24:14
>>571
奈良盆地南部?磯城だろそこはwww地図を確認してから書けよ

578 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 23:26:25
>>576
よくねえよ偽関西人

歴史をネタにゆすりたかりをやるような国が近所にあるっていうのに
しかもそいつらにいいように歴史を書き換えられてるっていうのに
終わりにしていい訳が無い、
むしろいい加減に正しい歴史認識を始めなきゃいけない

579 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 23:27:10
>>571
>>2-3のサイキック地図を読み直せよ('A`)

580 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 23:28:25
www 縄文人もたまにはいいことを言う。1人の女性が5人程度子供を産み。この内の4人が成人になるとすれば1世代で人口は2倍
になり、この傾向が続けば10代で1024倍にもなる。元の集団が 1000人であっても10世代(約200〜250年)で100万人にも達する。
これはまあただの計算だが、渡来人系は生存に有利な技術を持っていたと考えれば、混血しながら縄文系の人々と入れ替わって
いったんだろうね。

581 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 23:29:17
>>577
あーハイハイ中央部?
桜井市って広いんだね〜

582 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 23:33:40
>>580
つか入れ替わってないよ?www。
縄文系の遺伝子は依然として日本で最多だし
腐れシナ人は女に避けられるから大して増えてないんだよ?

583 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 23:44:38
>>582
いいかげんにやめろ馬鹿が。そんなのは専用板でやれ。現在の日本人のルーツが中国だとか半島だとかそんな
ことに興味のあるやつのとこでやればいい。DNAで現在の日本文化が語れるわけでもなし。

584 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 23:46:16
>>578
およよ。この国際化時代に大袈裟なこと言わはる人も居てまんねんのやね。お言葉やけど、3世紀のことで
我が国はどこぞにゆすられておりますのんか?

585 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 23:46:34
>>580
残念ながら、
「俺達は優秀な渡来系だから日本を乗っ取ってもいいんだ」
なーんていう思い込みは、ぜーんぶ妄想なの。
古代から嫌われもんだったのよ、君らは
せめて謙虚になりなよ

>>583
は?ここ日本史板ですけど?

586 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 23:49:20
>>581
奈良の地図を見ることも出来んのかww

587 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 23:50:30
>>584
このネットが普及した時代に、まだ知らないと?
http://www.youtube.com/watch?v=tdDW89AJ1qo
http://www.youtube.com/watch?v=vMeYgB6jsHI

588 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 23:51:25
>>585
>「俺達は優秀な渡来系だから日本を乗っ取ってもいいんだ」

またわけのわからんことを。邪馬台国スレだろうが。上の同和厨もそうだが、お前らのねじけたレスがキモイだけだ。そんな
ことをして何になる。実際お前らのようなのを見てると世も末だと実感するよ、アホ。

589 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 23:52:21

■纒向中枢部の調査再開 - 桜井市教委

奈良新聞 2010年7月2日 
http://www.nara-np.co.jp/20100702095836.html

 邪馬台国の有力候補地とされる桜井市辻の纒向遺跡で1日、市教育委員会が中枢部の調査を再開した。昨年見つかった大型建物跡(3世紀前半)の南側で、約450平方メートルの調査を予定している。

 同遺跡では昨年、床面積が約240平方メートルに達する大型建物跡が出土。3世紀前半では最大で、祭祀(し)施設とみられている。

 今回の調査は9月末までの予定で、初日は調査区の草刈りや器材の搬入が行わ…


     記事の詳細は本紙をご覧下さい ⇒ 【 奈良新聞を購読する 】


調査区の草を刈る市教委の職員=1日、桜井市辻
http://www.nara-np.co.jp/20100702095836.html

590 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 23:52:48
邪馬台国〜倭京〜大宰府

日本史板的にはこんな感じでいいわけ?

591 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 23:53:58
>>583
畿内説と九州説で賛否両論あるのは、日本人のルーツがはっきりしてないからだろ?
あと未だに部落差別がなくならないのは日本が多民族国家でその傷跡として今でも
続いてるんだっていう認識が国民に全くないのも、歴史が正しく伝わっていないから
だと思うんだけどな

592 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 23:54:20
>>588
そうだよ。中国人に参政権を与えるなんて、世も末なんだよ。
古代から文化を伝えるどころか、汚い工作ばかりしてる。

593 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 23:57:14
>>587
何だすそれは。3世紀のことは関係ありまへんな。

594 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 00:01:15
この>>2を載せた馬鹿をネトウヨ厨でもいいけどとりあえず近江厨とでも呼ぼうか。

で、近江厨よ、お前消えてくんない?
つーか空気読めない心の障害があるらしいのは薄々分かるのだが、俺らそんなに優しくないから関係ないのよ、そんなの。
ハングル板でもVIPでも好きなところへ散ってくれんか。

お前、ここのバカ九州説だけでなく、他の全ての畿内説からもうざがられてんだわ。
昨晩は畿内説から叩かれ、今夜は九州説から叩かれてるじゃないか。
それに対しお前は、相手を朝鮮だとか学会員だとか日教組だとか脳内設定全開で暴れているだけで
全然日本史とは関係ない話ばかりじゃねえか。

お前がどんなに関係あると思っていようが、それこそ世間では関係ないんだよ。
お前はお前だけが居る世界に返れ。他人と交わろうとするな。

てかこいつはサイキバと同じレベルのバカなんだから
畿内説が奴を完全に無視しているように、九州説も無視でやってくれ。
こんなのでスレを消費するのは勿体無い。

595 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 00:01:50
>>593
邪馬台国が九州か畿内かどちらかだという事にされてるのは
そこにシナ系住民が多いから。

596 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 00:04:56
>>594
どーでもいいループレスでスレを埋めてるのはあなたでしょ、創価メガネ君

597 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 00:11:15
日本人の源流は倭人でいいのでは?

ちなみに倭人は縄文人ではないよ

598 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 00:13:12
>>596
www学会員にレス入れるなよ

ここはwww隔離スレなんだぜ

599 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 00:15:12
>>591
>畿内説と九州説で賛否両論あるのは、日本人のルーツがはっきりしてないからだろ?

そうやろか?日本人のルーツと言うてもねえ。大元はアフリカに誕生した人類やろ?その内のアジア地域に移って来た者達の中から
地域や時代を異にして日本列島に渡ってきたものやろ?日本列島に来たときは異なる文化を持っておったやろうが、先住の人達の中
にとけ込んでいったんとちゃいますか?それくらいのことしか分かれへんのやないやろかね。


600 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 00:16:13
日本人って源流なんてないと思うよ
いろんな民族が入り込んできて、勝ち組がその時々に天下を取って歴史を書き換えてきたんだ
と思う
天下人が変わるたびに歴史がコロコロと書き換えられてきたから邪馬台国の所在地さえはっきり
しなくなってるんだと思う
節目節目で天下取った奴の出自がはっきりと特定できれば、邪馬台国が所在地もはっきりする
と思うんだけど、その出自も諸説入り乱れてぐちゃぐちゃになってるような気がする

601 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 00:20:16
>>599
もうそんな時代じゃない
DNAによって、日本人のルーツは明らかになり始めてる
http://sakezo.web.fc2.com/kyusekki1.html

602 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 00:22:51
ルーツとか血とか言い出すやつが一番差別を助長してるだろ。上レス読んでればそうとしか思えん。www こっちは気を使って書いて
るんだ。縄文人というのは縄文文化を体現した人々で、弥生人というのは弥生文化を担う人たちのこと。ほんのわずかの血筋の違いで
行動パターンが異なるわけでもないだろうし。チワワでもセントバーナードでも犬は犬なんだよ、ダボケが。

603 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 00:26:08
>>602
そもそも差別される謂われはなかったと証明する事こそ
差別撤廃の助けになると思うけどね

604 :632:2010/07/04(日) 00:33:59
>>603
私も602の言うてはることは正論や思いますで。差別撤廃の話は別のとこでお願いしまっさ。

605 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 00:36:05
>>602
中国人でも韓国人でも日本人でもアジア人はアジア人、とか思う類の人?

606 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 00:38:46
>>591が正論ですね。

607 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 00:39:38
縦目と縄文人が共闘しているところなんてはじめて見たわ
それだけこの近江厨がキチガイだからなんだろうけど。

>>605
東京人でも関西人でも九州人でも、日本人は日本人と思う類の人だよ。

608 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 00:40:02
>>605
そういう類の話は邪馬台国スレではやらないタイプの人・・・というか興味もない。嫌われてるんだからもうやめたらどうだ。

609 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 00:45:33
>>607
もっと人が流動的だった時代の話なのでね。
話は日本国外にも及ぶんです、残念ながら。

中国人と韓国人と日本人は、
血筋の違いで行動パターンが異なる、という事も否定しますか?

というかチワワとセントバーナードの行動パターンが同じとは思えないw

610 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 00:48:31
>>608
日本史板にいながら、日本人に興味がないってどういうこと??

611 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 00:49:16
>>601
分子人類学による日本人の系統のところで一番肝心な関西地区がないですね
これだけだと竪穴式住居に住んでいた縄文人と中国人しかいないことになってしまう

612 :604:2010/07/04(日) 00:50:19
>>605
私も602に賛成したんやから返事しまっせ。

私は無国籍主義者ではありまへんで。中国人は中国人、韓国人は韓国人、日本人は日本人ですがな。
だけど、日本に帰化すれば出身が中国でも韓国でも米国でもインドでもどこでも日本人として認めていいのと
違いますか?

あまり国粋主義を振りかざすのは大人げないと思いませんか?余裕を持たなあきまへんがな。



613 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 00:53:13
>>611
意図的に隠されているのは確かです。
九州のみ県単位ではなく広域の統計なのも奇妙。

614 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 00:56:22
www 縄文人もこういうとこは常識人だよな。むろんチワワとセントバーナードでは体の大きさも違うから行動パターンも違うだろ。
犬だってそれは賢い種もそうでない種もいるだろう。これは人間でも同じで運動能力や知能、外観などの違いがある。しかし、そ
れらによって差別してはならないものだということを言ってる。お前はクズの中のクズのようだからもうレスしないよ。

615 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 01:00:27
>>614
なんとまあ実に中国人らしい物言いでいらっしゃる。さすがです。

616 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 01:01:15
今夜は縄文人の株がちょっとだけ上がったなw

617 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 01:02:44
>>616 学会内で?w

618 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 01:14:17
今日、日本人同士で差別し合う習慣なんて存在しないでしょ?

薩長政権下で、前近代的な習慣は廃止されてるし、
飛鳥時代からの毒文化を今日まで引きずってるのは奈良・高知みたいな一部地域だけじゃん

そして、東京に負け続ける関西人が目の仇にしているのが九州・東北な訳です。


619 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 01:18:52
>>611
http://www.k2.dion.ne.jp/~yohane/00000dna02.jpg
この図が少しは手がかりになります。

神武東征の際、大和から「長髄彦・安日彦」が青森に逃れたという神話がありますが
青森県ではNが8%と、他地域に比べ高頻度で見られますね

620 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 01:24:38
>>619
図には書かれているのに統計に書かれてないのが意図的だと言いたいのです
Nの系統は説明文も載っていません
図を見ると北陸、関西地区にNが存在すると思うのですが、肝心なとこがボケて
いるんですね

621 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 01:25:28
ハ〜イ『東日流外三郡誌』ハイリマース

622 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 01:30:02
>>620
そう、ぼかされてます・・・
http://www.scs.uiuc.edu/~mcdonald/WorldHaplogroupsMaps.pdf
この図を見ると、N系統はフィンランド・バルト三国にも多いです。

623 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 01:33:12
>>622
ユーラシアの北方に多いですね

624 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 01:35:45
Nの系統が最初に天下取った奴らで、あとからやってきた奴らに天下取られて
そのまま賤民に落とされたんじゃないか?

625 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 01:37:04
>>623
そう、トナカイ飼って暮らしてる人達などですね。
特にNが多いヤクート人というのを調べて見たら
http://www.elen-music.com/images/art096_profile.jpg
こんな人達だそうです

626 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 01:38:31
>>624
天下を取るって何でしょうね?
天皇は125代続いてることになってるのに

627 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 01:45:00
>>625
画像のソースは?あとやけに色白だな

628 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 01:56:01
>>627
極寒地だからか、地が白いのかは分からないですね

アヤルハーン、ヤクート人の口琴演奏家。
http://www.elen-music.com/art096en.php
http://eyakutia.com/2010/01/world-music-albina-degtyareva-ayarkhaan/

629 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 02:05:55
>>523
今ここでBだの四だのほざいているのは近江厨(仮)だったのか…
板違いスレ違いだから他へ逝けゴミクズ。

そもそも>>2なんておよそ語呂合わせ以外の何物でもない。

郡使の常駐が想定されている伊都国が「旧伊香郡 (古保利古墳群)」?
その戸数二万戸と記されている奴国が「長浜市 (国友鉄砲村)」?
その他諸々…

ここのゴミクズ九州説ですら(否定するにしても一応は)言及するそれらのクニグニの性格を一切無視か
ゴミクズ九州説以下。

はっきり言ってもはや弄りようが無い…だからスルーされているって事に気づけドアホwwww



630 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 02:17:29
ゴミクズ以前に、畿内説は詐欺そのものだが。

631 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 02:26:10
>>629
あら?叩かれてるんじゃなくてスルーされてたんですか?どっちですか?

今時、キーワードさえあれば、検索して分かることですからね。
旧伊香郡は非常に特異な町ですよ。
人口に対して、おそろしい程の古墳と観音像がある。
http://www.t-webcity.com/~pipedan/other/newpage69sigatakatuki-kannonnosato.htm

ところで、方角はメチャクチャでいいのに、
「戸数二万戸」は厳守しなきゃいけないんですか?何で?

自分はこういう論争が好きじゃないんで、
誰かが気付いてまとめて発表してくれないかな〜と他力本願でおります^^

632 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 03:06:43
しかし、今夜はオカルトスレでも人をバカ呼ばわりしてしまって少し反省してるが、ww 最近基地外率高すぎやしないか?
むろん自分が常に正しいなどというつもりはないが、もん太師レベルがあまりにも多いと思う今日この頃の夏の夜の。
いくら2chとはいえ・・・・ねえ。

633 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 03:38:51
>>631
>「戸数二万戸」は厳守しなきゃいけないんですか?何で?

別に「二万戸」を実数として厳守しろと言う話じゃない。
通説なら福岡平野で北部九州においてもっとも栄えた地域であろうと言う事は異論が無いところで

しかも纏向型古墳の出現や畿内系土器の流入等々、年代にしても弥生末期から古墳時代へと
追っていけるのが強み。
それに対抗しえるほどのものがお前の言う比定地にあるのかって話だ。

特に『観音像』 ??????????
何で古代の邪馬台国のお話に観音像が出てくるんだ?

アタマおかしいんじゃないのかお前wwwwwwwww

…と言うか

>自分はこういう論争が好きじゃないんで

…ってお前邪馬台国を”ネタにして”何を言おうとしてるんだ?w


634 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 03:56:29
〜 〜 〜 〜 ,ヘ、〜/              ┃           /ヘ   /
〜 〜 {ヽ_ /  {_/              ┃    「対馬国」 ▲/ /
〜 ヘ/      ★末盧国         ┃          ∠ノ / ニイガタ
/ヘ~                        ┃             /
                           ┃ 「一大国」      /
          _ |ヽ■伊都国       ┃      /▲フ   /
       /ヽ/ |/ |       伊吹山  ┃      | 「 /
      |      ヽ ★奴国       ┃      | |__/
       ヽ,  水行 ヽヘ  ★不弥国  ┃     /   トヤマ
       |      ↓ /           ┃ ↓  / カナザワ
     ┌ '        ノ           ┃ ↓ /
    /        /           ┃ ↓|フクイ
   丿 水行  / ̄              ┗━━━━━━━━━━━
  |_     ↓/ ̄
  /  _/ヘ/▲投馬国
  | |    \                 末盧国・・・敦賀市 (気比の松原)
 /  >   天 \              伊都国・・・旧伊香郡 (古保利古墳群)
/  /     安 \             奴国  ・・・長浜市 (国友鉄砲村)
\ |        川             不弥国・・・米原市 (息長稜)
  ∨             ☆呼邑国  投馬国・・・野洲市・近江盆地
                              (日本最大銅鐸、伊勢遺跡)
     邪馬台国 ▲  天
               岩 ☆為吾国  邪馬国・・・旧信楽町
             戸           呼邑国・・・甲賀市 (手裏剣=鉄?)
                         為吾国・・・伊賀市 (同上)
            ☆巴利国      巴利国・・・名張市 (同上)
      ☆烏奴国             烏奴国・・・宇陀市 (辰砂・丹の産地)
  ☆奴国                  奴国 ・・・奈良盆地

635 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 03:57:11
斯馬国   = しま/志摩(三重県) 
巳百支国 = みまき/御牧(京都府久世郡)
伊邪国   = いせ/伊勢(三重県)
都支国 = とき/土岐(岐阜県)
弥奴国 = みの/美濃(岐阜県)
好古都国 = かがつ/各務原(岐阜県)
不呼国 = ふわ/不破? ほこ/矛→関市?(岐阜県)   
姐奴国 = しゃが/志賀(“シャガ”の花?)
対蘇国 = とそ?/伏見(酒)?
蘇奴国 = そね/彦根?大阪?(“ソネ”の木)
呼邑国 = こお/甲賀
華奴蘇奴国 = かねすな/高島市(砂鉄産地)
鬼国 = くぃ/栗太郡(栗)
為吾国 = いが/伊賀
鬼奴国 = くぬ/五條市(クヌギ)
邪馬国 = 信楽??
躬臣国 = きし/和歌山市(雉) 
巴利国 = はり/名張 「針」?
支惟国 = きい/紀伊郡(京都市南区)
烏奴国 = うだ/宇陀
奴国 = 奈良盆地??

狗奴国 = かが?/大阪?香川?淡路?吉備?

636 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 03:58:49
狗邪韓国はどこなの?w

637 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 04:16:36
>>635
>姐奴国 = しゃが/志賀(“シャガ”の花?)

なあ近江厨よ、古代史の知識とか何とか言う前にだ…

ジャガイモって新大陸が原産って知っているのか?wwwwwwwwwww

確かにこのテイストはもん太のそれと同じだなwwwwwwww

638 :637:2010/07/04(日) 05:07:28
あ、良くみたら「ジャガ」じゃなくて「シャガ」か…

悪い、ごめんな近江厨www

639 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 08:01:50
>>638
笑い茸でも食べたんですか?
それとも火病ってやつですか?

640 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 08:16:19
江南から半島南部と九州にそれぞれ広がっていったのが「倭人」
華北、旧満州、半島北部から日本海を渡って出雲、丹後、吉備、畿内、越に入って来たのが銅鐸文化


641 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 08:48:16
>>633 旧伊香郡高月町(滋賀県)にある遺跡一覧をまとめてきましたよ
http://www.t-webcity.com/~pipedan/other/newpage69sigatakatuki-kannonnosato.htm

古保利古墳群  古墳時代前期から終末期  前方後円墳 8基
                            前方後方墳 8基
                             円墳    79基
                            方墳    37基
渡岸寺遺跡    古墳時代〜室町時代    鉄器生産集団の場
馬上古墳群    古墳時代前期から中期   前方後円墳
                             前方後方墳10基以上
馬上南遺跡    弥生時代終末期〜平安時代
大円寺遺跡    古墳時代後期〜平安時代     金属器の生産
高月南遺跡    弥生時代中期〜平安時代中期  竪穴住居450棟以上
                                掘立柱建物200棟以上
                                玉造工房の痕跡
宇根遺跡      古墳時代〜平安、鎌倉時代    大型建物跡の木器
父塚古墳                          古墳上部に稲荷神社
                                円墳又は前方後円墳(推定)
五位塚古墳    古墳時代後期  古墳時代後期の県内最大規模の豪族の首長の墳墓
姫塚古墳      4世紀前半     前方後方墳 県内最大級、平野部に残り貴重
山畑古墳群    3世紀前半〜6世紀後半  前方後方墳1基、県内最大級
                                小円墳10数基

642 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 08:51:19
松尾宮山古墳群 古墳時代後期・終末期      方墳3基
物部遺跡      弥生時代中期〜平安時代   竪穴住居、掘立柱建物
                              玉造工房の痕跡
横山神社古墳   6世紀中頃             前方後方墳
横山遺跡      弥生時代中期〜平安時代   竪穴住居
                              方形周溝墳
                              建物8棟以上の玉造工房の痕跡
唐川宮山古墳群 古墳時代後期           横穴式石室4基
                              第三号墳は、良好多数の副葬品発見
湧出山古墳群   5世紀〜6世紀初頭       前方後円墳1基
                               円墳、方墳13基
井口遺跡 井口   古墳時代終末期(7世紀)以降 最大規模の集落
                              (伊香郡衙=律令制の郡の役所)
瓢箪塚古墳    古墳時代後期(6世紀中葉)   前方後円墳
                               高時川北部を治めていた豪族の首長の墳墓
大海道(おかいどう)遺跡 弥生時代〜平安時代   3集落にまたがる大集落
                               竪穴住居122棟
                               掘立柱建物12棟
-------------------------------
という訳で、どなたかここが伊都国であったことを論証して下さいませ。
私そういうの苦手なんですよねえ^^;

643 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 08:58:15
論証はできない。例えば郡使が常駐してたと思う場所を発掘してみな。自分で汗をかかないとね。

644 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 08:58:45
ちなみに
伊香郡高月町は長浜市と合併により廃止
2009年11月1日時点のデータ
面積  41.22km² 
総人口 10,078人(推計)

645 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 09:13:11
>>643
はあ。
郡使が常駐してたなどという事をどうすれば証明できると?
日本には他にそんな場所がありますか?

といいつつ
高月町出身のヤンマー創始者は満州フェイスだったりしますね^^
郡使はそのまま高月町民になったと。
この辺りは周辺地域と異なる方言が話されているとのこと。

646 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 12:27:30
>>638
火病って関西人のサイキックバカでも発病するんだね()笑

647 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 12:30:11
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1278205743/
>【朝鮮半島】白頭山が噴火したら、洪水で北朝鮮が壊滅し、火山灰で世界中から太陽の光が無くなる?[07/04]

> 釜山大の尹成孝(ユン・ソンヒョ)教授によると、白頭山の噴火は、韓民族に大きな影響を与えたという。同教授は
>「紀元前1−2世紀の噴火では、付近で暮らしていた東夷(とうい)族、すなわち韓民族が、災害を避け、中国の山東地域に大挙して移動した」と話した。

これって、師升等が朝貢した頃じゃない?
中国の文献に白頭山の噴火って書いてあった?



648 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 12:31:55
>>647
あ、紀元前1-2世紀だった。

まだ倭国は中国と関係ない頃か。


649 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 12:54:19
>>644
>郡使が常駐してたなどという事をどうすれば証明できると?
無論「郡使駐留所」なんて看板が出てくるわけじゃないがw
まあ一般的に言えば漢鏡や楽浪土器の大量出土かな?

で・・・

>>642-643
古墳時代の終末期おろか平安時代までのものすらズラズラと並べてもらってもなw

そのルートが単に魏使の通ったルートでは無くて新しい交易ルートとして機能していたのなら
しかも北岸狗邪韓國から北部九州おろか山陰すらすっ飛ばして(おいおいw)佐渡まで直と言うのなら

2〜3世紀にその佐渡〜湖北に新しい交易のハブが誕生した事を推定しうるような材料を出してもらわないとwww


650 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 13:05:11
>649
漢字の出土品

651 :649:2010/07/04(日) 13:07:43
>近江厨
まあ「近江説」なんてのは普通に昔からあるし
日本海ルートも「陸行一月」の解釈で昔からある説だが…

魏使が奈良盆地を目指すとして何でわざわざ(半島から直で)佐渡まで行って
能登半島経由してヤマトを目指さねばんらんの?

もうその時点でサッパリ意味が分からないのだがwww


652 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 13:20:26
>>651
それ東征のルートだよね・・・・
知らんけど
幼女トヨを担いで東に移動してきて若狭で上陸して奈良を目指した
やがて神官のミマキ(崇神)が代表になる

653 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 13:22:23
近江説は、邪馬台国火星説や南極説と同レベルだから、
理性ある人間に理解できるなどとおもったら間違いだ。
まして、近江説にわずかでも理性があると思ったら大間違いだ。

654 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 13:55:50
近江に邪馬台国があったとは思いませんが
銅鐸国家の中心地は奈良ではなく、このあたりではなかったかとは思います

655 :神無月巫女 ◆Nd2zKeMg.E :2010/07/04(日) 16:13:04
近江には卑弥呼のお母さんである谷上刀婢の実家が大津市の太神山付近にあった。

656 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 16:43:34
>>651
南って書いてあるのに思いっきり東へ進んだとか
そんなご都合主義のマスゴミ脳と一緒にしないでもらえますかね?

邪馬台国と使者のやり取りをしてたのは魏じゃなくて公孫氏。
で、その当時は半島の北部、東岸から出航していた。
北朝鮮からならば、佐渡島が行きやすい島。

後に、魏がその行路を記した文書を手に入れ、
半島西岸から出航するルートとつなぎ合わせた。
文書に記された島を対馬だと思い込んだ。
その結果が魏志倭人伝。

657 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 16:46:56
佐渡島の次に粟島、粟島の次に飛島、飛島の次に利尻・礼文に行けよ。

658 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 16:47:00
ま、人間勘違いってのはよくあることだからね。
シャガとジャガイモを混同する人もいるくらいだし。

659 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 17:37:10
>>653
地動説に例えていただきたいですねw
今まで創価・シナ勢が必死で魔女狩りしてきたから、明らかにならなかっただけ。
近江説は、むしろごく自然な結論。
だって米たくさん採れるもん。弥生末期ならそこからでしょ?

660 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 17:44:17
温暖で冬でも生菜を食べ、蛤や大魚がいて、絹を産出しているところでしょう。
近江ではないことだけは確かです。

661 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 17:53:34
>>660
だーから全部同じ狭い地域のことを言ってると思うのが間違い。
「魏志」編集時にミックスされてるよ。
欧米の人が日本と中国の文化の区別つかないのと同じこと。

魏の人間にとっての「倭人」は日本だけじゃなく、江南、半島南部も含んでる。
どこの倭人が冬に生菜を食べていたのかは分からない。

662 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 18:05:35
纒向発掘でまたしても九州説の阿鼻驚嘆が聞こえるのか、胸熱だな

663 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 19:14:36
纒向発掘で、大量の木器が出てくるだけだろ。後進国が証明されるだけだ。

664 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 19:40:50
>>663
この発言だけでどれだけ素人か分かろうってなもんだ。
次の発掘では木器が出るような場所は掘らないんだよ。
もし出てくるとすれば祭祀関係のそれだろう。

665 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 19:45:01
>>651
『三国志魏書』の沃沮伝に倭国らしき記述があって、
この伝聞が、後の倭国探索につながり、魏志倭人伝になってる。
その時点では、倭国は朝鮮東北海岸の東方という認識

○沃沮(よくそ)の伝承

 幽州刺史(魏の幽州の長官)毋丘儉が高句麗王の宮を追って転戦していた時、王[斤頁]
の別働隊が東の果てに行きついた。そのとき、古老に「海の東には人がいるか」とたずね
た。古老はこう答えている。

耆老言國人嘗乘船捕魚、遭風見吹數十日、東得一島、上有人、言語不相暁、其俗常以七月取童女沈海。
又言有一國亦在海中、純女無男。又説得一布衣、從海中浮出、其身如中(國)人衣、其兩袖長三丈。
又得一破船、随波出在海岸邊、有一人項中復有面、生得之、與語不相通、不食而死。其域皆在沃沮東大海中。

古老が言うには、同国人がかつて船で漁に出て風で数十日流され、東のとある島に上陸した。人がいて、
言語は通じず、その習俗は、毎年七月に童女を海に沈めるというものだった。また言うには、海に国があって、
女ばかりで男がいない。また言うには、海から浮かび出た布衣があったが、中国人の衣のようで、両袖の長さが
七・二メートルほどもあった。また、難破船が海岸にうちあげられたが、うなじにも顔のある人が生き残っていた。
言葉が通じず、食事もとらず死んでしまった。その海域はすべて、沃沮の東の大海にあると。

 沃沮の東といえば、東北地方か北海道である。

666 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 19:52:56
>>664
後進国らしい土器か木器がせいぜいだろうよ。

667 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 20:14:45
>>666
しょせん素人つーか、よくその程度の知識で日本史板に書けるなと逆に感心するわ。
次回発掘場所から木器が出たら一大事だぞ。
なぜならそこに水路ないしはため池があったことになるからだ。
この意味がわかるか?

668 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 20:15:45
>>667
どーしてー?
おせーてー。

669 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 20:25:01
>>668
1千年以上前の木製品が出土する条件ってのは
水分を大量に含んだ細かい泥土にくるまれて、自然冷水保存状態であることなんだわ。
だから出土した木材を下手に触ると、一瞬で粉々になる。
これを防ぐために砂糖水などに漬けて、浸透圧を維持して保存するんだな。

で次回発掘予定地ってのは、すでに試掘がされているわけよ。
これは纏向に限らずどこでもそう。
その上で木器が出てきたら、これはもう常識外のことか、建築物周辺やその柱の間に水路や池があったってことになる。
それこそ一大事だ。

あと木器とか土器なんてのは、たいていは環濠や水路なんかから出るんだ。
これは保存というより、ゴミを捨てたってことなんだわ。

670 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 20:30:02
>>669
へーへーへーへーへーへーへーへーへーへー
懇切丁寧なご解説ありがとうございます。

乾いてる方が保存されるようなイメージでした。
まあ、土に埋まってたら普通に土に還りますね。

671 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 20:36:55
ちなみに青谷上地寺の人骨も、この冷水保存状態だよね。
あれも環濠にそのまま捨ててあったから、運よく脳みそまで残った。
九州で弥生中期の人骨が出たのも、墳墓内に染み出た地下水がたまったからなんだわ。

甕棺から出土するのはこれとは全く逆で、土に触れていない完全密封状態だったから。
だから絹とかも奇跡的に出土した。
3世紀以降の九州で絹が出ないというのは、甕棺葬送が廃れたからだね。
だから日本各地で養蚕を行っていた可能性は十分にあるわけ。
米作も広まっているわけだから、むしろそっちのほうが自然でしょ。

672 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 20:41:28
むろん水分の多い場所は遺物の周囲が無酸素状態になって腐敗菌の活動が抑えられる
から残ってる場合が多いけど、乾燥した場所でも出ないことはないよ。

673 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 20:46:29
>>669
>建築物周辺やその柱の間に水路や池があったってことになる

で、水路や池があると何かすごいの?

674 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 20:46:30
>>671-672
水分と酸素が両方あると腐敗・分解が進む、と。
まあ、建築物でもなければ
木製品が風通しの良い所にさらされたまま保存されるって事はないですね・・

675 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 20:50:41
あと絹についてはどうだろう。弥生後期に九州でも絹の出土が少なくなるのは、甕棺が廃れた
せいというのは正しいと思うけど、布目順郎氏の研究にあるように、古墳初期には畿内でも出土
が多くなるから、弥生時代においては北部九州の特産・交易品だった可能性も否定はできない
と思う。九州以外にまったくなかったわけではないとは思うけどね。でもこのことで邪馬台国の所
在を語るのは難しいんでないかい。


676 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 20:51:37
>>673
3世紀の時点で造園があったとも考えられるようになる。
また簡易水洗トイレの可能性までも考慮しなければいけないだろうね。
そんなものは後の時代にもないだろ?飛鳥になってやっとそれらしきものが出てくるってのに、オーパーツすぎるだろw

677 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 20:56:25
>>676

そういえば、吉野ヶ里での建物周辺に水路は無いね。

マキムクでは建物のそばに水路があった=造園されてた=高度な建築文化があったってことなんだね。

時期的には、庄内後期?

678 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 20:56:35
>>675
北部九州の特産・交易品だったとみる可能性は十分にあると思うよ。
3世紀以降出土しなくなるのが、養蚕の衰退とは考えにくいからね。
けれどそれ以外でも行われていた可能性も同じくらい今のところあるんだし
あなたの言うように、邪馬台国所在地の決め手にはならないんだよね。
絹は邪馬台国の特産品ではなく、倭国のそれだと書かれてもいるし。

679 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 20:58:48
>>677
いや造園とかいうのは、そんなの出てきたら古代史が根底からくつがえっちゃうということで
多分そんなもの出ないよ。万一出ちゃったら、あなたの言うように考えざるを得なくなってしまう。

680 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 21:05:08
>>676
吉野ヶ里なら排泄物は環濠とかに廃棄してたと思うけど、纏向では導水路から採取した木樋
内部の堆積土壌から寄生虫卵と食物残滓が大量に見つかってる。これはっ水洗トイレと簡易下
水道の可能性があるよんじゃなかったけ。あと古墳時代になれば、木樋形埴輪などから豪族居館
には導水された祭祀場があったと考えられてる。庭園と言うことはないだろうけどね。

681 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 21:11:35
でもなんか、導水施設をかたどった埴輪があるとかなんとか
http://www.azuchi-museum.or.jp/syunki22.html

682 :681:2010/07/04(日) 21:16:52
それでも古墳時代に入ってからだわね

683 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/07/04(日) 21:17:27
昨年の続きで発掘する宮城は珠城宮
まだ日代宮が手つかずで残っている。


684 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 21:20:50
>>681
導水施設の木樋形埴輪や湧水施設の井.戸形埴輪、あるいは囲形埴輪などは近年出土が
目立ってる。これは古墳時代の首長層にある程度共通した水の祭祀が拡がっていたのだと
思う。大規模治水工事技術などと関係あるかはちょっとわからない。

685 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 21:25:08
古代ローマ遺跡の水道は水の祭祀とか言われないのに、
日本の水道は、水の祭祀と言われるのはどうして?

686 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 21:30:49
なんか急に考古に詳しい人が出てきたみたいですね。^^

687 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 21:34:02
纏向の太田北微高地の導水施設もはじめは単なる水の祭祀跡と考えられてたんだけど、木樋内
で大量の寄生虫の卵と食物残滓の発見から解釈がやや混乱している。産屋説とか、祭祀に人糞を
用いていたww 可能性とかね。このリンクに平面図が載ってる。
http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/blog-entry-1793.html


688 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 21:34:08
普通に公共事業だと思うねえ・・・
模型を持っていって、
こんな感じでウンコが勝手に流れていくようにしますけど、どうですか
うちらに米を納めませんか。みたいな。

689 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 21:37:01
>>687
>この導水路Bの木樋内で大量の寄生虫の卵が見つかりました。
>その数は便槽とほぼ同じ数であり、どうも大便を放り込んだようなのです。
>「天岩戸」の神話を再現するような儀式が行われていたのでしょう。
おまえは儀式のためにウンコをするのかと小一時間(ry

690 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 21:37:07
>>687
>祭祀に人糞を用いていたww 可能性とかね


なんで、「上下水道を完備した居宅」という言い方はできないの?


691 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/07/04(日) 21:38:09
倭人伝による倭人は、
男子は皆露かいし、木綿を以て頭に招け、その衣は横幅、ただ結束して相連ね、
これが古墳時代前期の風俗として、
古墳時代中期の埴輪では、確認出来ない。
同じく住居も、縦穴か高床式が、埴輪では北方系の住居となる。

古墳前期と中期には文化的断絶があるが、説明出来ていない。
何故か?古墳前期を崇神に充てると、神功がねつ造記事となる為である。
神功紀が歴史に取り入れられない限り、邪馬台国は解明しない。


692 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 21:43:06
>>690
ただここの立地を考えると普通の居住地とは思えないし、土器類の出土状況やら直弧紋板の出土から
みても、これは特別な施設だと思う。むろんこの時代の一般住居に導水施設などはないだろう。

693 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 21:47:29
あと祭祀に人糞を用いていた可能性、というのは俺もちょっとどうかとは思うけど、古代には現代の常識
が通じない部分があるのもまた確かだしね。神道の教義によれば、大便などは穢れを表すものだから、
聖なるものと対比してどうしたこうしたとか??。

694 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 21:47:58
水の祭祀というのは纏向でも、大溝分岐路発掘時に当初立てられた仮説だったよね。
その後便槽並の水質だったことが判明したので、石野なんかはかなり迷走しちゃったけど
普通にゴミ捨て場にされてしまった考えたほうがいいんじゃないかな。
とりあえず溝にゴミを捨てるってのが、弥生全般においてのデフォみたいだし
禁止しても捨てる奴はあとを絶たなかっただろうから。

695 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 21:48:29
>>692
「病院」とかはどう?

696 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 21:51:08
一般人の居宅じゃなくて、大王か、豪族の居宅ということでいいだろ。



697 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 21:53:52
>>695
上で紹介したように「産屋」説というのはあるよ。出産を畏敬視するのは縄文以来だし。
http://www.city.fujiidera.lg.jp/9,1182,98,151.html

698 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 22:02:44
>>697
無理やり水の祭祀場にしたいみたいだけど何でかな?
公共の水洗トイレってだけで、画期的だと思うが。


699 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 22:06:48
>>698
www いや面白い話を紹介してるだjけ。むろん桜井市境域委員会のいうように、遺構が廃棄
される過程で寄生虫卵が混入した可能性というのも考えられる。遺跡というのはけっこう後代
のものが混入してるからね。


700 :699:2010/07/04(日) 22:08:07
境域委員会→教育委員会

701 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 22:11:35
>>697
これが「病院」だとしたらさ
本人が動けず、汚物の処理に困るっていう状態があるから
簡単に水を得られ、屋内でも清潔に排泄できる施設を作ろう
っていうシンプルな理由だよ

祭祀とか畏敬視とか、いちいちそういう単語がでてくるのってイラッとする

702 :699:2010/07/04(日) 22:16:23
>>701
>祭祀とか畏敬視とか、いちいちそういう単語がでてくるのってイラッとする
wwww 俺はオカルト系だからね。www

703 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 22:17:39
>祭祀

サイシ、と読みます。~~

704 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 22:18:08
>古代には現代の常識が通じない部分があるのもまた確か
だと?
古代だろうが現代だろうがウンコは臭いんだよ
神秘的な祭祀の力でウンコの臭いが消えるとでも言うのか?
現代の私達がウンコの臭いをほとんど嗅がずに生活できるのは
「技術」があったからだろーが

>俺はオカルト系だからね。
ウンコにまみれて暮らせ

705 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 22:26:36
>>704
www 別にウンコ説を肯定してるわけでもない。ただし記紀などを読んでも下ネタ系はそれなりに
あるし、生殖が神聖視されていたのも確か。わからないことだらけなんだよ。

706 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 22:32:46
ウンコは神聖視されてません。あほか

707 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 22:32:52
>>705
記紀だからって、ウンコは神聖視されてないだろ。

神聖なものと不浄なものの認識はされており、
神聖なものから不浄なものを遠ざけるための、公共トイレとしたほうが説得力ある。

ウンコの祭祀?
バカなの?


708 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 22:35:12
祭祀対象は蛇。まぁ蛇は龍で水ってことになるという人もいるけど
その後は鏡であり太陽ですよ

709 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 22:44:03
汚い物を食べさせるなと怒られてバラバラに切り刻まれた神様がいたね

710 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 22:45:24
ウンコと木器で喜んでいた畿内。こんな国が魏に使者を送るかよ。

711 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 22:58:46
九州は野グソ。

712 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 23:01:57
>>709
あれ、発酵食品じゃないの?チーズとか。

713 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 23:05:21
>>709
でもその身体から穀物が出てきたんだよ

714 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 23:27:46
畿内人は、ウンコが好きなのか?魏志倭人伝にはそんなこと、書いてなかったな。

715 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 23:33:44
>>666の糞レスから始まって、ドン来いらしからぬまともな議論の応酬に発展したというのはなかなか。

しかし同一人物っぽい>>710がそれを台無しにするというのもまたドン来い。

異常者が何人かいなくなれば、案外ここもまともになるのかも。

縄文人にしても、根っからのキチガイではないことを示したし
サイキバ・恨み節・近江厨当たりが消えれば、煽りにしても自演にしても真面目に議論するにしてもまだマシになるような気がする。
あ、モン太とかサガミ・大国。唐松なんてのはもう空気だから。

716 :↑自民党(清和会)&統一教会の小沢攻撃ウザイ:2010/07/04(日) 23:36:22
ウンコに蝿が寄ってきたよw

717 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 23:38:31
近江厨も参加してましたよ^^
ちゃんと研究されてる方のお話はためになります^^

718 :縦目仮面:2010/07/04(日) 23:51:49
>>715
いや、縄文人はちゃんとした社会人だと前々から思ってますよ。ただ、からかうと反応が面白いので。

>異常者が何人かいなくなれば、案外ここもまともになるのかも。

これはなんないでしょうね。2chだから知識レベルが違うものの集まりだし、俺も考古学板にいてもあまりに過疎なんでここに
来てる。



719 :日本@名無史さん:2010/07/04(日) 23:56:07
>>718
近江説に対してハイレベルなご見解を賜りたく存じます^^


720 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 00:02:47
●ネトウヨ(ネット右翼)がみっともない12の理由

1.威勢が良いのはネット上だけで現実の行動は何もしない
2.2ちゃんねる発の噂を裏も取らずに事実と断定する
3.愛着を持っている日本文化が伝統文化ではなく漫画・アニメ・ゲーム程度
4.国防重視を説くくせに現実に自衛隊には入らないし入っても役に立たない
5.都合の悪いことはすべて反日勢力の自作自演ということにする
6.特亜・在日・創価・左翼以外の社会悪は平気で見過ごして批判しない
7.戦前戦中・終戦直後の今よりひどい貧困を味わった世代に敬意を表さない
8.自分は何もしてなくても過去の日本人の手柄を自分の手柄のように誇る
9.反中国のくせに高い国産商品より安い中国製品を買うことを恥じない
10.何の話題でも嫌特亜、反左翼に結びつけないと気が済まない
11.たまたま日本人に生まれただけで努力して何かになったわけではない
12.この文章を読んで「これを書いた奴はチョン」と証拠もなく勝手に断定

721 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 00:02:49
>>718
ジャガイモ厨とお仲間ごっこをしに出て来られただけだったのでしょうか?

722 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 00:04:35
あらま。やっぱりアノ人達なんだね
自己申告乙としか言いようがありません^^

723 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 00:13:23
>>716
え?でも俺、あなたらしき人に昨晩一昨晩と、差別主義者とか学会員だとかレッテル貼られたんだけどw
ちなみに>>669以下の一連のレスは俺ね。

ただその前に素人がどうしたとかの煽りをやっているのは俺じゃない。
あ、また荒れそうだなと思ったのと、ちょうどいいネタが来たなというので乗っかって、僭越ながら解説させてもらっただけ。

724 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 00:15:23
あ、>>716じゃなくて>>717だわw

725 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 00:22:16
>>723
ん?縦目仮面さんに聞いたんですが?

いちいちヒキツケみたいに笑うのやめたんですか?

726 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 00:24:04
>>725

727 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 00:29:02
「学会員」は草の生えたジャガイモ厨にしか言ってないけどねえ
一応使い分けてるし

「差別主義者」は絶対言ってないしなあ
むしろ差別問題を明らかにしようスタンスでしょ。どうみても。
どうしてそんなあからさまに話を曲げるんですかね?

728 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 00:29:29
ごめん>>726は間違ってエンター押しちゃったw

てか>>725の近江厨さん
ジョーカー氏と俺は別人。主張にしてもゆるやかな連合あたりは一緒だが、狗奴国の位置とかはまるで異なる。
そういえばサイキバ君も混同してたなあ。そんなに文体似ているかねw

草を生やすのは、(笑)よりラクだし、まあそういう文体も使いますよだって2chだものって言う程度のこと。

729 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 00:33:57
>>728
うーん、あなたが書いたのは
>>444
>>594
どっちでしょうか??

730 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 00:42:15
>>729
両方とも違う。
>>444はおそらくジョーカー氏。
>>594はわからん。

俺は>>441とかで、「大化の改新」を正義だとかの書き方で揶揄して大袈裟に書いてたのを
>>443で「そういう史観をもっていいる」とか言われて
「えーこの人ギャグとかそういうの全然通じないのかorz」となった者だわw

731 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 00:48:46
尾張弁って意外とぽろっと出ますよね


>>730
>「えーこの人ギャグとかそういうの全然通じないのかorz」となった者だわw
                                         ~~~~~~~~
>>594
>お前、ここのバカ九州説だけでなく、他の全ての畿内説からもうざがられてんだわ。
                                              ~~~~~~~~

732 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 00:53:49
>>731
えーっと俺、尾張とはまったく縁がないんだけどw
ちなみに「だわ」って語尾は一種の2ch的用語ね。ν速とかに行ってごらん。
草を生やすのもVIP系から派生したやつ。

ちなみに関西人なんだわ、俺。
でもここではそういうのを使わないのよ。
ほら、このレスだけでも色々混ざってるのがわかるでしょw

733 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 01:00:10
>>732
いや〜「だわ」はないわ、
岐阜・愛知くらいでしか聞いたことあらへんし
2chでも岐阜・名古屋人が書き込んでるレスでしか見いひんで?
滋賀関連のスレでたまに見かけるけど。

734 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 01:09:32
>>733
その「見いひんで」も京都特有の言葉でしょw
でもたぶん京都人ではないと思う。
同様に「だわ」も自分の地元とは別にネット言葉として使ってるんだべさ。

で、「ひん」で判るってのが、俺が実際はどこの出身かってのもヒントにはなるわけだw

735 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 01:17:56
>>734
滋賀と奈良ちゃうかったかな>見いひん・来いひん
京都は微妙に違う気すんで。
ほんで関西人っていうのは嘘やったん?

736 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 01:26:37
>>735
いや京都中心で北摂でも「ひん」だったりする。

てか方言話は思いっきりスレ違いだし、たぶん他の人には迷惑だろうから
この辺でやめといたほうがええんとちゃうw
ちなみに君の言い回しは、滋賀作っぽいw(この辺で俺の地元わかるやろw)

737 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 01:31:50
>>736
ひんは中部地区でも使いますw

738 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 01:35:50
>>736
私は普通に滋賀やけど?
そやし近江の地理知ってるから、魏志倭人伝のルートが分かったんやん。
別に地元に邪馬台国誘致とかとちゃうで。

うん、滋賀作とか言うのは京都と名古屋な^^
京都やったら、
>その「見いひんで」も京都特有の言葉でしょw
って指摘の仕方、なんか変やね

まあ、関西人を騙るのはもうやめてな、尾張仮面
っていうことでさいなら。

739 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 01:38:24
ああ、差別主義者の他にも、尾張人というレッテルまで貼られたわw
オレ、どこの人間なんだろw
まあ笑えたからいいかw

740 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 01:44:26
>>739
美濃でもええけど?三河?

741 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 01:48:07
>>739
ひんは関西系だね、だから中部地区でも使う地域は使う
あと使うか使わないかは人にもよるけど、通じるんだよな

742 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 01:50:32
大阪市内から南側に行くと「ひん」はないなあぁ
「使えへん」「「やらへん」と「へん」になる。

743 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 01:51:27
>>742
へんも中部地区で通じます、使う人と使わない人がいます

744 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 01:52:47
じゃあ、だぎゃあ はどのあたりなんだろうか?

745 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 01:52:55
ただ、へんに関してはイントネーションで全く違う意味になります
推奨と否定と二通りで使うようです

746 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 01:54:29
>>744
だぎゃあは年寄り言葉じゃないかな?だがやはよく聞いた
だぎゃあは完全に八母音の名残のような気がするね

747 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 01:55:47
三河はだらー

748 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 02:04:21
「ひん」になるのは語幹がイ段の動詞だけです
「見いひん」「しいひん」など。
「やらへん」などは同じ。

749 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 02:09:11
>>748
>「ひん」になるのは語幹がイ段の動詞だけです

いわゆる「母音調和」ってやつ?

750 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 02:15:39
大和河内弁は へん
ガラの悪い関東人が思うアニメなどで出てくる関西弁はこっち
間延びした関西弁を使う人は大概、奈良の人

751 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 02:16:07
>>749
それっぽいですね
名古屋・岡山で「どえらい」が「でーれー」になるのも

752 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 02:34:34
名古屋・岡山の方言が似てるの?
有名な話?


753 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 02:43:04
>>751
でーれーは通じるけど使わない、どえりゃぁが名古屋弁

754 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 02:51:29
ドンと来いひん!

755 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 03:03:59
ドンと来うへん!

756 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 03:24:06
でーれーえれーげ
って言ってる人がいたがあれは岐阜?

757 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 06:04:31
あれか、卑弥呼が関西弁とか、ありえん(笑)

758 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 07:50:23
むしろやんす弁でやんした

759 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 13:44:35
岡山弁 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E5%B1%B1%E5%BC%81
連母音融合と言うらしい

瀬戸内海(setonaikai)→ せとねーけー(setoneːkeː)
前へ(maee)→ めーへ(meːe)
青い(aoi) → あえー(aeː)
数えて(kazoete)→ かぜーて(kazeːte)
暑い(atui)→ あちー(atiː)
スイカ(suika)→ しーか(siːka)

760 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 15:23:51
「おきゃーまは、せとねーけーに面しとる」なんて言うのかな。

761 :ローガン:2010/07/05(月) 16:53:00
>>742
大阪市内から南側に行くと「ひん」はないなあぁ 「使えへん」「「やらへん」と「へん」になる。

「ひん」北河内の人は言いますね。中河内では、
使えへん→使わいん。 やらへん(せえへん)→しゃあいん。になる。

762 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 17:48:18
>>761
その「使えへん」は「使わない」の意味?

行かない=「行けへん」 行けない=「行かれへん」の地域(大阪?)と
行かない=「行かへん」 行けない=「行けへん」 の地域があるね。
たまに誤解の元w

使わいん・しゃあいんは初耳。
和歌山辺りもそうなんだろうか

763 :ローガン:2010/07/05(月) 18:37:19
>>762
>その「使えへん」は「使わない」の意味?

そう。使わない→使わいん。
使えない→使わらいん。
もっとも、かなり年配の人しか云わなくなりました。

764 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 19:26:51
>>759
岡山じゃなくても中部地方でも地域によっては使うようです

765 :日本@名無史さん:2010/07/05(月) 21:49:01
>>764
ウゼエとかキメエとかもその類だから、岡山固有ではないけど
岡山がもっとも顕著ってことかな
「でーこんてーてーてー」とか

あと、やっぱり愛知・岐阜かな
北陸・静岡はそれほどでもないみたい

766 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 00:24:51
近畿、北陸は独特のイントネーションの通称関西弁だから
母音調和以前にきめぇよ

767 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 00:47:00

■【麗し大和】(27)紺碧に浮かぶ大王墓 垂仁天皇陵

産経新聞 2010.7.4
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/100704/acd1007040701002-n1.htm

 紺碧(こんぺき)の空を映し、ゆったりと水をたたえる古代の王墓。近鉄尼ヶ辻駅の雑踏を抜けると、時の流れが止まったような垂仁(すいにん)天皇陵(宝来山古墳。ほうらいやまこふん)がある。
町や田園風景のなかで突然出合う太古の遺産。だから、奈良歩きはおもしろい。

 古事記、日本書紀に伝わる11代垂仁天皇は在位なんと約100年。とても信じられないが、古墳自体は約230メートルと4世紀中〜後期の前方後円墳としては最大規模だ。
4世紀といえば、中国の史書にみえる卑弥呼(3世紀)と倭の五王(5世紀)の間で、文献上は謎だらけ。古墳は、ベールに包まれた謎の4世紀に強大な権力を持つ王がいたことを教えてくれる。

 水鳥が憩う濠(ほり)の周囲をぐるりと歩くと、東南の片隅に、田道間守(たじまもり)の墓と伝わる小島がぽつんと浮かんでいた。
記紀によると、天皇の命で非時香菓(ときじくのかぐのこのみ、橘の実という)を求めて常世(とこよ)の国に渡り、10年後に帰ったがすでに天皇は亡く、嘆き悲しんで死んだという。
当時の果実は菓子のルーツとされ、今では田道間守は「菓祖」として菓子業界の信仰を集めているそうだ。

 ところが、どうやらその小島はそれほど古いものではないらしい。「幕末から明治のころに堀を拡張した際に、当初の堤の一部が残ったもの」という和田萃(あつむ)・京都教育大名誉教授。

 ともあれ、陵(みささぎ)に寄り添う小さな島に人々は、伝説の忠臣をなぞらえた。永遠へのあこがれもあったろう。そこに新たな信仰が生まれるあたり、なんとも日本人らしい心のありようだと思う。(山上直子)


周濠に浮かぶ垂仁天皇陵=奈良市尼辻西町
http://sankei.jp.msn.com/photos/culture/academic/100704/acd1007040701002-p1.jpg
http://sankei.jp.msn.com/photos/culture/academic/100704/acd1007040701002-p2.jpg
http://sankei.jp.msn.com/photos/culture/academic/100704/acd1007040701002-p3.jpg
手前の小島は田道間守の墓と伝えられる
http://sankei.jp.msn.com/photos/culture/academic/100704/acd1007040701002-p4.jpg

768 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 00:57:48

■【麗し大和・記者の裏話】(27)ナゾの古代4世紀 移動する前方後円墳

産経新聞 2010.7.4
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/100704/acd1007040700001-n1.htm

 特に熱心な古代史ファンというわけでもなかったのに、この1週間、“謎の4世紀”にハマった。
4世紀は、中国の魏志倭人伝に書かれた卑弥呼の時代(3世紀)と、宋書倭国伝にある倭の五王(5世紀)の間の時代。けれど、文献的には“空白の世紀”だ。
ところが、考古学的な遺産でいうと、前半は三輪山周辺に、中期から5世紀にかけては奈良市北部・佐紀地域に大規模な前方後円墳が築かれている。
たぶん、その墓の主たちが当時の「王」だったんだろうけど、移動しているのはどういうこと?(にわか勉強なので勉強不足の点はお許しを)

 ◇王の墓が移動?

 そもそも、最古と見られる前方後円墳は桜井市の箸墓古墳(3世紀なかごろ? 卑弥呼の墓かとよく話題にのぼる)で、山自体が大神神社のご神体の三輪山のふもとという意味深なロケーションだ。
その後も、4世紀前半にかけて箸墓からすぐ北の天理市柳本町に巨大な前方後円墳が築かれている。

 ところが。4世紀半ば以降、突然、王墓としか思えない大規模な古墳がずっと北の佐紀周辺に造られる。奈良市北部の佐紀古墳群だ。
神功陵や成務陵などの天皇陵とされる古墳のほか、5世紀とみられるウワナベ古墳、コナベ古墳もある。
奈良県の地図をみると一目瞭然、桜井・天理からポーンと奈良市のなら山(京都府との県境)周辺へと、王墓が飛んでいったような感じなのである。
(つづく)

769 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 01:05:17
巨大古墳を作らないのが、邪馬台国の一般的風習だ。
畿内だけはあり得ないから、心配するな。

770 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 01:07:59
そうして、古墳を作る風習の無い九州は大和に併合されたわけですね。

771 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 01:18:43
>>768つづき)
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/100704/acd1007040700001-n2.htm

 さらに、次の5世紀に入ると、有名な仁徳天皇陵(堺市)など、さらに巨大な前方後円墳が大阪府の河内・和泉地方に造られはじめること。
といってもまだ、佐紀には仁徳陵ほどではないにしろ、それなりに大きな古墳が同時期に造られていて、「どういう関係?」と疑問がおこる。確か、河内王朝とか、王朝交代説というのを聞いたこともあったなあ…。

 ◇王朝交代というよりは

 で、「ははぁ、なるほど」と思った解説があった。王朝交代というよりは、盟主権の移動があったというもの。元来、大和の王家があり、王権を握った大阪の首長は大和の王家と縁組みすることで“王”としての認知を得たと…。
背景には当時の朝鮮半島を中心とする国際情勢変化がありそうだ。

 またそれから考えると、さかのぼって三輪から佐紀へと王墓が移ったのも、佐紀の有力一族が王家と婚姻を結び、生まれた子供が王位を継いで、その墓はたぶん母の出身地だった佐紀周辺に造られたのではないか、と。

 うーん。いずれにしても、考古学と文献研究の協力がさらに謎の4世紀の解明を進めてくれそうだ。

 【参考】白石太一郎著「考古学と古代史のあいだ」(ちくま学芸文庫)、「古墳とヤマト政権−古代国家はいかに形成されたか (文春新書)

772 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 02:39:29
そうして、古墳を作る風習の無い九州の天武が、大和を併合したわけです。

773 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 06:28:24
>>771
しかし、盟主権が移動したとしても、実家にはそれなりの跡継ぎがいて2番手の墓が造られるはず。
実家が急に造れなくなるか? どうみても、こじつけだな。

774 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 12:39:10
実家ねえ・・・
大阪の方が支持層が厚いから遷都したって程度のことじゃないか?
大和は旧勢力の居住地なわけだから。

しかし河内系の王がいつ来たのかは微妙
箸墓・マキムク造営の頃には居たと思うんだが、大きな変換期は5世紀か・・・

775 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 14:16:31
結局万世一系ということは考えられないわけで、
時代ごとに発展した地域が交替で首長になったってことだろな。

神武東征なんてファンタジーが入り込む隙は無いわけで。

776 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 14:36:05
神武東征はファンタジーでもない

河内系の王家は、
帯方郡の公孫氏が九州から上陸し、東征したものだよ

「水行20日」等の誇張を鵜呑みにして邪馬台国の南を目指せばそうなる。

777 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 18:05:54
サハ語は8母音w

778 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 18:07:29
チベット語も8母音

779 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 18:13:22

■常設展 広く見やすく - 12年ぶりに一新【桜井市埋文センター】

奈良新聞 2010年7月3日
http://www.nara-np.co.jp/20100703105115.html

 桜井市の出土遺物を展示する同市芝の市立埋蔵文化財センターが常設展を一新した。リニューアルは12年ぶり。纒向遺跡で見つかった大型建物跡の復元コンピューター・グラフィックス(CG)パネルも展示した。

 桜井のあけぼの▽マキムクの時代▽王権と祭祀(し)▽律令国家の成立へ―の4ゾーンを設け、常設展のスペースを1.5倍に拡充。ゾーンごとに色分けして見学しやすくした。

 10年ほど前に農地整備で見つかった前方後円墳、小立古墳(5世紀後半)の家形埴輪や蓋形(きぬがさがた)埴輪は復元が終わって初めて展示…


      記事の詳細は本紙をご覧下さい


リニューアルで露出展示された埴輪=桜井市芝の市立埋蔵文化財センター
http://www.nara-np.co.jp/photo/57dae7d1283de1c06358fad2eb856679.jpg

780 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 18:59:41
>>771
>盟主権の移動があったというもの

所謂 『王権輪番制』 っちゅうやっちゃなwwww
まあ俺もそのセンで考えているが

奈良盆地南部に発生したヤマト王権が北部佐紀に進出
その後河内に出て行った…とするより元々その地に勢力があったとするほうが分かり易いと思うw

ちなみに主に東遷厨な連中がこの板でぶち上げている年代観
庄内開始が4世紀に入って布留開始が4世紀半ば
…なんて事になったら更に古墳群同士の年代が接近し
古墳の鮨詰め圧縮状態が進み

もう王権輪番制確定(ガチ)にでもしなければどうしようもなくなるのではないのか?wwww
今でも大概鮨詰めなわけでwwwwwwww

781 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 21:12:15
>>771
河内に古墳が多いのは葛城氏の影響。
葛城の勢力(南河内〜奈良西部)と御諸の勢力(奈良東部〜伊勢)

782 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 21:50:15
8母音を5母音にした不逞な輩はだれなんだ?

783 :漢文を知る男:2010/07/06(火) 22:35:09
>>780
>ちなみに主に東遷厨な連中がこの板でぶち上げている年代観
>庄内開始が4世紀に入って布留開始が4世紀半ば
>…なんて事になったら更に古墳群同士の年代が接近し
>古墳の鮨詰め圧縮状態が進み

古墳群の年代が接近しているのは4世紀後半から5世紀初にかけての半島侵略戦争において戦死した将軍達
の墓が多かったからではないだろうか。

784 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 23:00:31
半島戦のための、兵隊隔離基地だったんだろう。
訓練のために木器で土木工事(土盛り)をさせていたと思う。

785 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 23:02:13
縦目さん、また訳してもらえませんか。

东汉晚期同向式三角缘神兽镜(组图)

近期,洛阳新发现了东汉晚期·三国同向式三角缘神兽镜。
该镜通体红斑绿锈,白光水银古,是非常典型的黄河流域(收藏界谓之北方坑口)出土特征(图一)。
据有关专家考证,东汉三国时期,黄河流域不流行神兽镜,偶有出土,也仅为平缘,且不能排除由南方铸镜中心传输过来。
即使是大量流行各类神兽镜的长江流域,也没有发现过直径超过20厘米的平缘同向式神兽镜的著录,更不要说三角缘同向式神兽镜了。

http://www.cangdian.com/Doc/CangNews/html/061223100320.html

ほかに誰でも、中国語を知る男、はいらっしゃいませんか。

786 :日本@名無史さん:2010/07/06(火) 23:33:42
これほんとかなあ。

试论洛阳发现的三角缘神兽镜

[藏点 CangDian.com 中国艺术品收藏门户]  2006-12-23  中国文物报  张懋镕

  《中国文物报》刊登了王趁意同志的一篇新闻稿《同向式三角缘神兽镜》,
报道在河南洛阳发现了一枚东汉晚期至三国的同向式三角缘神兽镜。
这是迄今为止在中国境内发现的首枚与日本出土的三角缘神兽镜形态最为接近的铜镜,(为便于叙述,将其编号为“06洛镜”。)
其意义之大不容小视。有鉴于此前也有三角缘神兽镜在中国境内发现的传闻,经过鉴定,均与三角缘神兽镜相去甚远。
因此为慎重起见,首先有必要对这枚06洛镜的真伪作以甄别。

    今年10月18日,我带青铜器方向研究生外出考察,在郑州见到了这枚铜镜。
镜体硕大,表面锈层清晰,斑驳有致,纹饰流畅,铭文秀朗,应是一件真器无疑。
回到西安后,又请陕西省文物保护中心作理化分析,其结论证实我们的判断是正确的。

http://www.cangdian.com/Doc/CangNews/HTML/061223100511.html

787 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 00:04:34
縦目さん中国人とつながってるの?w
中国語を知る男あるかwww

788 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 00:17:51
九州説終了のお知らせか。

789 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 00:23:47
8母音を5母音に変えた奴が歴史を書き換えた張本人だ

790 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 00:28:29
>781
葛城氏は「くすき」、日本語の音は樟(くすのき)が語源?
樟脳がとれ、時には神木とされる。
腐りにくいため、丸木舟や古墳時代の半構造船にも使われた。
丹も船の防腐剤としての用途があり、葛城山には精錬工房の跡もある。
神仙思想と煉丹術の理論書である『抱朴子』を著した葛洪に関係ある氏族かも。

791 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 00:36:00
「かつらぎ」だろ

唐人は日本で丹(水銀化合物?)集めさせて食って
これで不死身ヨ〜とか言いながら早死にしてったらしいね

いや葛城氏はそんな連中と関係ないって。

792 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 05:44:14
>>785
翻訳サイトでやってみたが
洛陽周辺で同向式三角が出たって話なのかな?w

>後漢の末期にと式の三角形の物の縁の神獣鏡に向って(写真)
>近頃、洛陽は新しく式の三角形の物の縁の神獣鏡に後漢の末期・三国を発見しましたと。
>この鏡の全体の赤いぶちの緑のさび、白光の水銀は古くて、とても典型的な黄河流域(収集界の言う北方の坑道の入り口)が特徴(図の1)に出土するのです。
>関係専門家の考証によると、後漢の三国時代、黄河流域は神獣鏡が流行しないで、偶然に出土があって、縁と引き分けするだけもで、しかも排除して南方鋳鏡センターから伝送してくることができません。
>大量にたとえ各類の神獣鏡の長江流域が流行するのですとしても、直径が20センチメートルのを上回って式の神獣鏡に対する記録と縁と引き分けすることをも発見したことがなくて、更に式の神獣鏡に三角形の物の縁を言わないでくださいと。


793 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 05:45:37
同じく以下翻訳サイトにて

おいおい…

洛陽の発見の三角形の物の縁の神獣鏡を論じます

[ CangDianを隠します.com 中国の芸術品は戸口の]を収集します  2006-12-23  中国の文化財は申し込みます  張懋鎔

《中国の文化財が申し込みます》は王趁意同志の1篇の新聞原稿《へと式の三角形の物の縁の神獣鏡》を掲載して
、 報道は河南洛陽で1枚後漢の末期三国のとまで(へ)式の三角形の物の縁の神獣鏡に発見しました。
これは今までのところ中国国内で発見する初と日本の出土する三角形の物の縁の神獣鏡の形態の最も接近する青銅製の鏡で、(述べるのに都合よいため、その通し番号を“06洛河の鏡”です。)
その意義の大きさは軽蔑を許しません。この点を考えての前にも三角形の物の縁の神獣鏡の中国国内で発見するうわさがあって、鑑定を経て、皆三角形の物の縁の神獣鏡と大変な違いがあります。
そのため慎重なために、まずこの06洛河の鏡の本当の盗作に対して審査弁別します必要があります。

今年10月18日、私は青銅器の方向の大学院生を連れて外出して考察して、鄭州でこの青銅製の鏡に会いました。
鏡の体は大きくて大きくて、表面のさびの階ははっきりして、まだらになり独特のおもしろみがあって、刺青はなめらかで、銘は上品で美しくて明るくて、1件の本当の器がまちがいありませんはずです。
西安に帰った後に、また陝西省の文化財保護センターに物理・化学の分析を行ってもらって、その結論は私達の判断が正しかったことをを実証します。


794 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 07:46:57
>>785-786

しかし記事の日付かな?2006・・ってあるけど?


795 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/07/07(水) 12:08:10
>>785
http://translation.infoseek.co.jp/
ご自分で。


796 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/07/07(水) 12:30:49
>>771
>5世紀に入ると、有名な仁徳天皇陵(堺市)など、さらに巨大な前方後円墳が

4世紀末から5世紀初めは、高句麗の南下がある。
この事により、百済は高句麗の支配する処となる、よって巨大古墳は作れない時代となる。
それが海外の登場しない履中以後である。

百済本紀には、高句麗による支配の時代を欠く
だから韓国考古学は、ソウルの積石塚を誰の墓か説明出来ていない。
これ以前の百済王墓は盛り土墳である、そして熊津に移った後も土盛り円墳である。
このやむなく積石塚墳を作った時代を百済本紀は欠く。


797 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/07/07(水) 12:34:57
百済本紀と新羅本紀には、50年ほどの齟齬がある。
http://kusegakunoto.progoo.com/bbs/kusegakunoto_topic_pr_218.html

正しい歴史は
323年癸未 神功49年 千熊長彦である。


798 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 19:36:07
歴史を書き換えた鎌足が諸悪の根源だな

799 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 19:37:33
大化の改新と言えば聞こえがいいが、単に唐に乗っ取られただけの話
歴史は全部捏造された揚句に漢字使用など日本の文化を破壊した

800 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 19:40:56
>>785-786

いや中国語なんてまったく分からないが
今まで日本で大々的に報道があったなんて聞いた事ないし

どうせ又”定義の問題”で三角じゃないって結論なんだろう?www

801 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 20:15:48
>>799
漢字を持ち込んだのって「漢氏(あやうじ)」じゃないんかねー?

802 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 20:28:13
>>801
それは知らんけど、漢字は読んで字ごとく「漢で使われている文字」
そんもん持ち込んで日本の文化を破壊した唐の連中が一番悪い

803 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 20:38:51
>>802
だって本来の「漢人」は現在の自称漢民族とは違うでしょう?
唐の代で初めて「漢民族(自称)」が実権を握ったんじゃなかった?

804 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 20:46:30
>じゃなかった?

意味わかんない

ソースは?

805 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 20:47:24
>>804
日本語勉強し直してから出直せ

806 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 20:50:41
>>803は歴史の捏造だろ

807 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 20:52:12
珍説奇説、言ったもん勝ちなの?w

808 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 20:53:24
>>806
あーそう?
性格には「唐は鮮卑が支配した国」だったっけね

809 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 20:54:20
その通りだ。子坊。

810 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 20:57:13
だから現在の中華人民共和国は鮮卑の国なんだ

ふーんw

811 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 20:58:21
日本では
chinese character を漢字、と言う。
唐字、ではない。魏字でも呉字でもない。

そして、日本には漢氏と呼ばれた氏族がいる。
かなり古い渡来系とされる。

漢字を伝えたのが唐人だというのは不自然じゃないか?

812 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 21:01:29
漢字は「韓字」。起源は韓国だ。

813 :日本@名無史さん:2010/07/07(水) 21:07:09
ウリナラキター
いやもういいから

814 :金 長大:2010/07/07(水) 21:13:00
殷朝の統治者は高麗人であった。漢字の一つの起源とされる甲骨文字は高麗人の生活様式
や風俗を反映した基礎象形文字であるのだ。たとえば「家」の字の下半分は「豕(=豚)」を含ん
でいるが、「豚を屋内で飼うのは高麗人だけである」。

815 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 00:31:28
>>786

洛陽博物館に行けば現物が見れるよ。
確か、同型かどうか分からないが、日本でも似たやつは出てるよ。
でも「三角縁」じゃなくて「斜縁」神獣鏡と呼ばれてしまうらしい。
鏡種、鏡名なんて分類する人の考え次第でどうにでもなるもの。
あと、鏡径が大きいのも「三角縁神獣鏡」の特徴の一つとされる。
洛陽のは小さい。
そして「三角縁」と「斜縁」を分けたのは、舶載説の大先生のお考えでもある。

 ↓洛陽の奴
 ttp://homepage1.nifty.com/sawarabi/seian.rakuyou/24rakuyou/24kagami_1.jpg

 ↓安満宮山古墳出土斜縁二神二獣鏡
 ttp://www.tcn.zaq.ne.jp/meiyoh2/amamiyayama/photo/kagami4.jpg

 ↓一般的な三角縁(黒塚古墳出土鏡の一つ)
 ttp://www.bell.jp/pancho/k_diary-2/images/image-18/0701-25.jpg

816 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 00:46:03
>>785
やってみた。間違ってるかもしれん。

最近、洛陽で東漢晩期・三国の同向式三角縁神獣鏡が発見された。
この鏡は、全体に赤い斑・緑の錆・白く光る水銀古があり、
これは極めて典型的な黄河流域(収蔵界ではこれを北方抗口という)出土の特性である。(図一)
関係する専門家の考証によると、東漢三国の時期、黄河流域では神獣鏡は流行しておらず、
たまに出土があっても平縁であり、南方の鋳鏡中心からもたらされたということも排除できない。
たとえば各種神獣鏡が大量に流行した長江流域にしても、
直径が20cmを超える平縁同向式神獣鏡を発見したという記録はない。
まして三角縁同向式神獣鏡については言うまでもない。

817 :ローガン:2010/07/08(木) 00:48:28
>>815
>一般的な三角縁(黒塚古墳出土鏡の一つ)

それ…神人龍虎画像鏡。

818 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 00:57:36
>>817
> >>815
> >一般的な三角縁(黒塚古墳出土鏡の一つ)
>
> それ…神人龍虎画像鏡。

このように分類は人其々w

819 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 05:44:25
>>818
なるほど、それで中国製ではないものを中国製と言う人がいるんだね
日本には有るけど本物を作ってる中国にはないのにね

今の中国で日本製によく似た名前の物を日本製と言う人と同じだね
中国には有るけど本物を作ってる日本にはないものね

820 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 10:16:13
>>815

細かい差異はあれど、原型は中国から来た鏡があって、日本で真似たってことだろ。

魏から神獣鏡を畿内が手に入れて、模倣して三角縁をつけて大量生産して配布した、で何か問題あるのか?


821 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 11:17:17
中国から三角縁神獣鏡が、一枚も見つかっていない件

822 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 12:26:08
>>821
どうしてこういう意見が出てくるのか理解できない。

三角縁神獣鏡は、ゼロから倭人が作ったデザインだとでも言うのだろうか?
それはそれですごいトンデモだな。」

823 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 12:42:19
トンデモかな?
銅鐸が作るんだから鏡だって作れるんじゃないの

824 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 12:47:00

神獣鏡のデザインはどこから得たと思ってるんだ?

中国からに決まってるだろ。

どこまでアホなんだよ。また誰かに騙されて鵜呑みしてんのか。


825 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 12:56:33
だいたい神獣やら二神やらの概念って、相当神仙思想に通じてないと浮かばないわな。

826 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 13:06:14
デザインじゃなくてデザイナーが日本に来たんじゃねーの

827 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 13:20:05
その神仙思想デザインの物(鏡以外)って、もちろん中国でも出土してるんだよね

828 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 16:00:48
鏡をマネして作っただけでしょ。
欧米人が意味も字も分からず「漢字」を刺青したのと変わらない。


829 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 17:14:41
>>828
意味も分からずコピーしただけなら
「景初四年」なんて年号のものは出ないわなw

830 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 17:24:10
後になって、ちょっとだけ意味を知ったんだろ。

831 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 18:03:45
ああ言えばこう言うの思いつきレベルだな。
国産説の否定ではないのだけど、どのようにして舶載説が唱えられるようになったのか
また様式による区分はどうなっているのか、踏み返しはいつごろから行われたのかなどは
過去に詳細な検討が加えられているので、もっと具体的な議論が可能なはずだが。

せめて小林の三角縁編年あたりをベースにして
ここがおかしいとか、この部分は妥当だなど語ってくれないと話にならない。

デザイナーの来日やら漢字のコピーなんて、語りつくされたネタを繰り返すだけならサルにだって出来る。

832 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 18:11:47
公孫氏滅亡が 238年=景初2年 ですってよ。

833 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 18:13:04
こうそんしって誰なん?

834 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 18:22:34
>>833
朝鮮半島の付け根辺りにいた、ブイブイ言わせてた豪族。
たぶん満州人。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E5%AD%AB%E6%B0%8F_(%E9%81%BC%E6%9D%B1)

帯方郡を仕切ってたんじゃないかとかナントカ、
何やら古代日本にとってかなり重要な影響を与えていそうな勢力。

835 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 18:24:23
[氏]も名前の一部なんだ?


836 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 19:02:55
2010/07/08 19:00〜19:56 の放送内容 日本テレビ
ミリオンダイス
▽チュートリアルが古代の鏡「銅鏡」をイチから作って、IKKOさんにメイクをしてもらおう!▽腹ぺこベッキー&イモトが行く!日本全国究極の晩ご飯の旅
▽チュートリアルの物作りシリーズ第2弾! ⇒古代の鏡「銅鏡」をイチから作って、IKKOさんにメイクをしてもらおう! ▽腹ぺこベッキー&イモトが行く!日本全国究極の晩ご飯の旅 ⇒自らの手で食材を調達!ありつけるまでは一切食事禁止の珍道中!
出演
【MC】チュートリアル、ベッキー、イモトアヤコ 【ゲスト】IKKO


837 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 20:40:16
素人なんでよくわからんが、
巻向遺跡で建物跡とか見つかって、邪馬台国はだいたい畿内でまとまったんじゃないの?
まだ論争は続いてるの?
そういや小学生のころは九州が有力って教わった気がする

838 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 20:51:39
>>837
邪馬台国の詳細が明らかになると困る人達が、工作し続けてるんですよ

九州vs畿内っていう所で足止めさせて、
邪馬台国の住人がどんな人達で、どんな風に国が成り立ったか
そういう議論を後回しにしてるんです。

そういった工作員には、自称畿内説支持派も含まれます。
「畿内説」も、じつは違うんですよ。
このスレを初めからお読みください^^

839 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 21:26:31
>>837

実際は、巻向遺跡の発見で畿内説に収束しました。

ですが、九州も観光客を誘致しないといけない事情から、
いまだに九州説を喧伝してます。
学者の側は畿内説を掘り下げつつ、九州説の存在は生暖かく無視してるのですが、
それを良いことに畿内説は詐欺だと言って来る困ったド素人には、それなりに罵声を浴びせて遊んでるわけです。



840 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 21:27:28
>>817  亀ですが。
笠松があるようだけど、これは舶載で争いないのかな。

841 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 21:33:42
>>840
どこの笠松でつか?

842 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 21:52:11
>>837

畿内説で食っていける学者・先生が食えなくなってきたので、延命しているわけです。
官僚による失業対策の一環です。

843 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 21:53:46
>>841
 http://www.bell.jp/pancho/k_diary-2/images/image-18/0701-25.jpg
の内区の右上あたりにある笠松。


844 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 21:58:59
>>842
結局天皇制崩壊の危険があるので畿内説で押し通したい連中がいるんじゃないのかね
天皇家は万世一系じゃないのに未だに万世一系とか言ってるわけだし

845 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:05:01
>>844
跡継ぎがいるのに何で崩壊しなくちゃならんのか。




846 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:05:25
>>844
???ふつう畿内説で万世一系とかいってるやついないぞ。
たいていは神武やら八代は否定している。

847 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:09:03
>>846
実在の天皇は第10代崇神天皇からだと言われている。
ていうか、一般的にそう言っているがな。

848 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:10:37
畿内説が詐欺だと知られてきたので、動揺している橿原考古学研究所職員たち。

奈良県立橿原考古学研究所が梱包した国宝の馬具が、輸送中に破損した。
九州国立博物館で展示する予定だった。

http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20100708-OYT1T01073.htm

849 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:10:47
>>847
崇神以降も多くを捏造と主張してきたのが戦後左翼学者。
その長老たちの目が怖くて、言いたいことも言えませんよ。

850 :ゴジンム:2010/07/08(木) 22:11:14
萬世一系皇統護持 神州ハ不滅ナリ

851 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:12:07
出世するため、就職するためには、恩師と同じ畿内説を唱えないと、生活が保障されない構造。

852 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:15:15
>>851
それが現実でしょうね、生活のために頭のいい先生方があえてウソをつきとおす姿
が痛々しいですね

853 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:16:15
明治以降はまちがいはないなw

854 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:16:54
畿内説が右翼になったり左翼にさせられたり、九州説は節操がないなあ

855 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:18:07
>>852
自演レスが痛々しいぞw

それと今更ゴジンムかよwww大国wwwww

856 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:21:32
畿内説による九州説の抹殺というのは本当だよ。畿内説にとって、目の上のタンコブ的な
存在であった古田某は、畿内説の送り込んだ破壊工作員「和田喜八郎」によって破滅させ
られたんだ。

857 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:21:54
この下戸遺伝子マップを見ると、東遷したんじゃないか?とも思う。

“酒豪”どこに多い? 「全国酒豪マップ」の謎 編集委員 小林明
http://www.nikkei.com/life/living/article/g=96958A90889DE3E2E3EAE5E7E1E2E2E3E2E5E0E2E3E2E2E2E2E2E2E2;p=9694E3E6E2E4E0E2E3E2E4EAE6E2


858 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:28:16
畿内説はおかしいって、邪馬台国は九州のほうが辻褄あうもん
機内には邪馬台国とは全く違った国家が存在していたとしたほうが自然

859 :857:2010/07/08(木) 22:28:55
この下戸マップを見ると、九州北部に上陸した「下戸遺伝子」が、
瀬戸内海を通って畿内・四国地方を真っ直ぐ目指している事が解る。
古代人間が移動する場合は、主に瀬戸内海を移動するわけだ。

860 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:36:58
安本美典も畿内説の工作員だよな。
あいつは古田先生を潰すために送り込まれてきた。
そして自分はアマテラス東遷などとヨタ話をでっちあげて笑われることで
畿内説を有利する工作を日夜行っている。

861 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:37:48
>>854
マルクスに『共産党宣言』を書かせたのは、巨大資本家ロスチャイルドだった。
右翼の赤尾敏や石原慎太郎も、もとは左翼だった。

862 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:39:01
生きていくためには、どんな詐欺でもやって、畿内説を守り抜くしかない人々が、大勢いるわけです。

863 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:40:17
古田こそ畿内説の工作員だろ

ありもしないヤマイチ国なんかで笑いものになって九州説を貶めた

それを糾弾したのが安本先生だ

勝手なこというな

864 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:43:10
>>861
清々しいくらい関係ない話、乙

865 :838:2010/07/08(木) 22:51:40
>>837
>>838-864のように、空虚なレスの応酬で
まともな議論をさせないようにしてるわけです。

866 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:51:53
三角縁神獣鏡舶載説
箸墓卑弥呼墓説
纏向邪馬台国説

次から次に出てくる、畿内説詐欺。
みんなで詐欺を押し通せば怖くない畿内説。

867 :838:2010/07/08(木) 22:55:00
>>866
こういう架空の人物に対する人格攻撃とかね。

868 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 22:57:24
このような会話があったと想像できる。

和田 「先生、あんたの小便を少しもらうよ。」

古田 「・・・何を言い出すんだ。」

和田 「勘違いするなよ。紙に古色を着けるためだ。何人かのを混ぜたほうが
    それらしくなるんだ。」

869 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:06:29
このような会話があったと想像できる。

原田 「あんたの小便を少しもらうよ。」

東奥日報 「・・・何を言い出すんだ。」

原田 「勘違いするなよ。古田を陥れるためだ。」


870 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:06:35
スッポロン、ハッ。

871 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:07:29
>>867

自首してくれてありがとう。

872 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:10:16
ちょ〜こべえ

873 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:11:31
こういう工作員が湧いてる場合、
彼らが必死で隠してるところに真実がある。

>>868
あーあれもあやしいね
いくらなんでも尿をビンに保存してたとかさ・・・
しかも、発見者はアンチ側の人間なんだって?
普通におかしいでしょwww

874 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:13:31
>>873
>普通におかしいでしょwww    お前の頭がな。

875 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:14:24
原田実と東奥日報記者がおかしいだろ。

876 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:14:36
>>874
このように
やつらに都合の悪いレスには、頭の悪い叩きが入ります。

877 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:15:27
三角縁神獣鏡舶載説詐欺を、平気でやる連中だからな。

878 :ムッシュバラバラ:2010/07/08(木) 23:16:27
はーははははははんはは〜〜
ちょいと出ました チンパン探偵 ボクちゃん サルちゃん チンパンちゃん
よく似た顔の チンパン探偵 ムッシュバラバラ バーラバラ
あわてん坊で 早とちり どひゃんひゃんと ずっこける
敵は しらける 俺も しらける
よれよれ ばあちゃん チンパンばあちゃん
よれよれ じいちゃん チンパンじいちゃん
まっかっかっかーな おヒップ けっとばせー けっとばせー

879 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:16:28
>>875
ところで寛政本見たぁ?
和田家って、代々同じ筆跡の人が継ぐのかと思っちゃったよw

880 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:18:29
じゃあムー大陸と冥王星をきっちり説明してくれよ、頭がいいんだろw

881 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:21:03
>貴方と(もう、こう呼ばせてほしい。)はじめて会ったのは、石塔山だった。貴方はいつものくせで、
  あぐらを組み、斜めにわたしを見上げるようにしながら、言った。
「絶対に−−−裏切るなよ。」

古田武彦「和田喜八郎氏に捧ぐ」より抜粋

882 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:23:38
和田なんて関係ないんだよ。畿内説詐欺は組織犯行だから、はるかに悪質だ。

883 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:24:56
寛政本が嘘でも本当でも関係なし。

畿内説がずっと詐欺をやってきたことは、間違いのない事実だから。

884 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:27:17
そういえば「九州王朝大好き」氏をこの頃見ないね。逝ったのかな?

885 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:28:21
>>883
真実が明らかになりゃ、嘘つきどもの屁理屈は泡になって消えるだけ
だからサギサギ言ってないで、正しい事の方に目を向ければいい

886 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:34:18
>>882-883

あーあ、話をそらすしかなくなっちゃったか
追い詰めてごめんねw

887 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:34:23
何かつまんない話ばかりだね。




888 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:36:16
今いる人はだれも知識ないから。

889 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:38:43
畿内説詐欺だけが明確なら、それでいいや。

890 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:40:54
九州は観光客誘致しないといけないから大変だね。
邪馬台国は死守したいよね。

891 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:43:47
畿内説の学者って本気で自説を信じているように見える人が居ないよね。
都合の良い話だけチョイスして適当にお茶を濁すだけ。

892 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:45:48
じゃあ、ちょっと面白い話ー

「東日流外三郡誌」に、
蝦夷地には、西から来た民族と、東の大陸から来た民族が住んでた
って記述があるらしいんだけど
実際、サハリンには、ネイティブアメリカンと同じ遺伝子型を持つ民族
(ギリヤーク人だっけか?)がいるそうな
日本(内地?)にもごく少数いるんだっけかな

面白くね?
書物自体は「偽書」でも、何らかの真実の伝承が含まれているんじゃなかろうか

でも読むのはめんどくせ

893 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:47:32
100%本当でも100%嘘でも、べつにかまわない。
畿内説が、詐欺だと判明しているから。

894 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:49:05
>>893

お前がそう思うのならそうなんだろう

お前の中ではな (AA略)

895 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:51:45
邪馬台国は九州、畿内にあったのは別の国

896 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:55:03
前も書いたけど、サイキバ君が少しずつ進歩してくれていて、ちょっと嬉しいw
畿内にもクニがあったと認めるようになってきたからね

まあ亀の歩み以下の理解力だけど、なんかヘレンケラーが「うぉーらぁ!」って言ったときの
サリバン先生のような心境だわw

897 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:57:07
畿内説の人達も、琵琶湖の水を浴びて目を覚ますがいいよ^^

898 :日本@名無史さん:2010/07/08(木) 23:59:50
>>896

そうだね。
かなりの進歩だ。
そして、畿内にあった国が、九州を遥かに凌駕する経済規模を持っていたことに気がつけば、
九州説の愚かさにも思い至るだろう。
それには、もっと社会に出て大人としても経験を積まないとだめだろうな。


899 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 00:08:00
>>896 =>>898

ジョーカーの自演癖の進歩のなさには呆れるな。

900 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 00:08:13

■舟形木棺はヒノキ製 日本最古、昨年名古屋で発掘 

中日新聞 2010年7月6日
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2010070602000041.html

 名古屋市北区の平手町遺跡で昨年2月に見つかった弥生時代中期後半(約2000年前)の日本最古の舟形木棺が、ヒノキ製だったことが市教育委員会の分析で分かった。
当時の丸木舟にヒノキが使われた出土例はないことから、廃船となった丸木舟を棺(ひつぎ)に転用したのでなく、初めから木棺として作られた可能性が高まった。

 木棺は幅約1メートル、長さ約2・8メートルで状態が良く、併せてふたと、30〜50歳代の性別不明の人骨の一部も棺内から見つかった。発掘後の分析で、棺はヒノキの丸太をくりぬいて作られたと判明した。

 「精霊(しょうりょう)舟」などで現代にも受け継がれる、魂を舟であの世へ送る「舟葬(しゅうそう)」という葬送風俗は、弥生末期以降の遺跡で確認されていた。
平手町遺跡の舟形木棺はこれを約200年もさかのぼるため、廃船を転用しただけとの見方も捨てきれなかった。

 同志社大の辰巳和弘教授(古代学)によると、縄文以降の遺跡から出土した実用の丸木舟約400例を調べたところ、材質はスギやクスノキなどで、ヒノキは1例もなかった。
木棺がヒノキ製だったことで、辰巳教授は「舟葬思想に基づいて、わざわざ舟形に棺を作った可能性が高い」と話している。

 市教委は木棺の保存処理作業を終え、17日から名古屋市瑞穂区の市博物館に常設展示して一般公開する。

・ヒノキ製と分かった名古屋市北区出土の舟形木棺(名古屋市見晴台考古資料館提供)
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/images/PK2010070602100031_size0.jpg

901 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 00:18:10
>>899
同意w

902 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 00:19:55
>>900
考古学が混沌としすぎていて、この手の記事の信用性が全くわからない。

歴博のC14の発表のように、極端な異端説を学界での議論を避けてマスコミに
出すようなことが、多発するようになった。

年代論もそのC14で極端に古くする年代がまかり通るようになった。
データが全く出ず、今はほとんど支持されていない年輪年代を根拠にしたりする例まである。

土器編年もますますいい加減になっていき、「最古」にするためだけの年代判定では
ないかと思えるようなことも、学界の検証、検討なしにマスコミで発表されるようになった。

今回の記事も、本当に弥生中期後半なのかがまず疑問に思う。
木棺の中に土器があったわけではなかろう。
土器があったとしても、埋葬時に古い土器を入れる例も多いのであてにならない。

類例がないことは慎重に判断すべきなのに、類例がない方向に誘導してセンセーショナルに
マスコミに乗せるという風潮がまかり通りすぎ。

903 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 00:25:58
>>902

ようするに、
弥生時代中期後半(約2000年前)の尾張では、舟形木棺など存在するわけがない、
と言いたいわけですね?

ようするに、古代で発展してたのは九州だけで、それ以外の地方は縄文時代のままだったということにしたいわけだ。








904 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 00:26:20

■古代の炭化米、焼けずにできた  京大などエックス線画像解析

京都新聞 2010年07月06日
http://www.kyoto-np.co.jp/environment/article/20100706000145

 奈良県田原本町の唐古・鍵遺跡から出土した約2500年前の炭化米が、火事などで焼けたものではないことがエックス線画像解析で分かり、京都大総合博物館(京都市左京区)が6日発表した。
遺跡の炭化米は焼けた炭と考えられてきたが、再考を迫られそうだ。

 弥生時代の環濠(かんごう)集落跡から出土した炭化米の塊の内部断面を、島津製作所の高精細エックス線CT(コンピューター断層撮影)装置で解析した。
もみの細かい毛や穂とつなぐ穂軸が残り、火を受けてはいないことが判明した。穂軸などの状態から、もみは穂についたまま積まれ、何らかの理由で土に埋まって、化学的に炭化したらしい。今後、炭化のメカニズムを探る。

 泉拓良・文学研究科教授(考古学)は「弥生時代の米が石炭のように炭化するとは考えていなかった。炭化しているから火事があったと短絡的に考えないようにしないといけない」と話している。

 佐藤洋一郎総合地球環境学研究所教授(植物遺伝学)は「ここまで高精細に分かれば品種も特定できる。当時の収量や保管法なども分かるのではないか」と期待する。

 解析した炭化米とエックス線画像は、京大総合博物館の企画展「科学技術Xの謎」で7日から展示される。入館料が必要。

・高精細エックス線CT装置でとらえた炭化米の断面。だ円形のもみから伸びる細長い穂軸が確認できる(京都大総合博物館提供)
http://www.kyoto-np.co.jp/picture/2010/07/20100706191417tannkamai.jpg

905 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 00:34:22
>>903 違うよ。

この手の発表をどこまで信用したらよいか、分からないと言っているだけ。
捏造旧石器のたぐいと報道だけでは、区別のしようがない。

舟形木棺が近接時期にほかにも多数出ていれば良いが、そうではない。
そういう場合には慎重に発表をすべきだし、それが学者としての矜持でもある。

学者というのは自信があることでも、確定表現は避けるというのが普通。
その上で証拠を淡々と列挙する。
それなのに、最近では自信がないから確定・断定表現を用いて、証拠らしい証拠を
示さない学者もどきが、学者と自称する例が増えている。

この記事では、「少なくともこの部分は確定的かな。」と思える部分が何一つない。


906 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 00:36:12
>>905

君にとっては「可能性が高い」というのは確定表現なんだw

907 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 00:40:06
まあまあ、>>900の記事には、畿内説の集団詐欺みたいな陰謀は見られないじゃないか。

908 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 00:41:19
なぜか「最古」ばかりが出土するのはいつものこと。



909 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 00:44:40
数年後に報告書が出る頃には内容が変わっているかも。


910 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 00:45:47
纏向では、最古の卑弥呼の墓が発見される予定です。
今回は旧石器時代の設定です。

911 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 00:46:43
>816
うーん、それが最終的に「三角縁神獣鏡」とされなかったとしても
一応、後漢・三国の時代の洛陽から「神獣鏡」が出たのはガチって事でいいんかいな?

良く国産説の言い分では銘文の稚拙さ云々以前に

「神獣鏡なんて道教色の濃い鏡を五斗米道に手を焼いた魏が下賜品にするはずがない」
「後漢から禅定で権力を引き継いだ形にしている魏にとっては神獣鏡は品格にかける云々…」

…と言う話があるが、洛陽でも(少なくとも民間レベル)では流行していたと見ていいんだろうか?

あと恨み節@東遷厨と言うか例の「邪馬台国の会」でも出てたと思うが

「呉地の神獣鏡なんてものは魏が呉を滅ぼすまで魏の領域には流入してこなかった」

と言う理屈もあったなwww

しかしこれ、もう少し一般にも知れ渡ってても良さそうにも思うが
(三角の製作地論争に結構大きく影響するからね)

それとも俺みたいな素人のアンテナが低いだけ?w


912 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 00:48:45
名古屋で見つかったのならあながちウソとも言い切れんな
舟で葬るのは海人族だったら十分にありうる

913 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 00:56:02
>>906
「弥生時代中期後半」は確定表現だが。どこを見ている?

類例がある古墳時代のものの可能性がもっとも高い。
そこで、その可能性を否定する材料がどれだけあるのかという点が重要。
記事はその点に触れていない。

もう、うんざりだな。この手の発表は。


914 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 01:08:10
>>913

そんなにウソだと思うなら、自分でウソだと証明できるくらいの証拠を提示しなよ。

自分の印象だけでイチャモンつけてるだけにしか見えないよ。


915 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 01:14:16
新聞発表が信じられないなら、教育委員会なり博物館なりに連絡して、
「○○遺跡が弥生時代中期という根拠は何に基づくものか?」
くらいのことを聞いてみろと。

で、その回答に不審があるなら、あらためて掲示板で意見を募るのもよし。
>>913の印象だけで、何を言っても、
自分で情報収集能力も無いくせに文句だけは一人前のバカ?としか思えないな。

916 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 01:50:15
その通り!


ウソと証明されるまでは、ウソはつき放題なのだwww



917 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 02:22:52
九州国立民族博物館で不審に思って、学芸員を呼んでもらって、
いくつもの展示物に「○世紀」と堂々と書いてある根拠を求めたが、
しどろもどろに

  「慣習的にそう考えられてきているから」
  「学会の伝統的な見解だから」

と答えたので、納得できません、と言っておいた。

918 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 08:21:56
再び激しく素人で申し訳ないんだが
スレを頭から読んでもよくわからんかった
畿内説が詐欺って言われてるのはなんで?

919 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 09:46:05
>>918
まーあえて理由をあげるなら

大学では畿内説を唱える教授が多いので、学生もそれにならうしかない
マキムク遺跡や箸墓古墳が邪馬台国だと称して、予算をむしりとる

とかかな。
でも九州説の人が言うのはただの「負け犬の遠吠え」っぽいけど

920 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 09:52:12
詐欺は、相応の根拠がないとつけないが、
九州説は根拠が無いから詐欺ですらない。ただの妄想。

921 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 09:55:46
>>918
まあ、いつもの人というかなんというか。
なんか、個人的な復讐心に燃えてんじゃないの。

「オレオレ」詐欺ならぬ「詐欺詐欺」詐欺

922 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 09:57:16
詐欺は詐欺だけどな

このスレ見てても、有利な派閥に属することだけが重要で、
事実を解明する気なんてさらさらなさそうだ

923 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 10:08:38
いくら、畿内説を詐欺といったところで、
九州説を証明する根拠はないからなあ。

九州説は、甘木、日向、宇佐、熊本、佐賀と場所はバラバラで、
仮にそのどれかが邪馬台国だった場合、他の説は、やっぱり妄想だったということこになるだけ。


924 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 10:13:02
>>918
「ここに居る九州説の連中はバカです」って宣伝してるだけだから、
あんまり気にしないでw

925 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 12:36:23
>>918

「相対性理論は間違っている!」「進化論は聖書にそむくから間違いだ!」
「世界は陰でユダヤの三百人委員会が支配している!」
「9.11はアメリカの陰謀だ!」

こんな妄想を本気で叫ぶ奴っているでしょ?それと同じで我々も困っています。

926 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 12:58:43
>>918
畿内説を詐欺といっているのは、関連のはっきりしていないものを邪馬台国の〜卑弥呼の〜などと確定的に言っているからでしょう。

918についている畿内説のレスから彼らの程度が分かるとおもいます。

927 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 13:05:08
九州には邪馬台国を思わせる遺跡はないからなあ。

928 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 13:14:38
魏志倭人伝によれば、
温暖で、絹を生産し、蛤が取れ、大魚がおり、
冬でも生菜を食べているようなところに限定される。
奈良県じゃ無理でしょ。

929 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 13:17:39
九州から近畿までが倭国なので当然です。

930 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 13:58:03
6世紀末ですら、大和にとって播磨は外国だったので、
3世紀に畿内の九州支配など不可能です。

931 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 14:07:19
播磨が外国だったという理屈もわからんし
九州を支配していたという理屈もわからん

そんな畿内説なんてあるのか?
あったにせよ、ごく個人的な妄想だろう

いったい誰と戦っているんだ?

932 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 14:31:36
>>917
十中八九、ウソだな。
よほど忙しいか、お前が相当な不審者でもない限り
うんざりするほど詳細に教えてくれるぞ。

だいたいどこでも学芸員は「教え魔」だ。

933 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 14:57:08
>>932
そりゃ知ってることは教えてくれるだろうよ
しかし、なぜそう結論付けられてるのかを問うと答えられない。

同じようなこと聞いた経験があるよ、
「今まで数多くの研究者がそう言ってきたからそうなんだ」
だってさw

934 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 15:08:50
>>933
そりゃたぶん君のせいだw 痛い人だと思われたんだわ。

君がどこまで専門的な知識があるのか、相手は分からないんだよ。
ちなみに俺は学芸員でもなんでもないけど、もっと具体的に質問してみ?
それならある程度答えられるよ。

単に「根拠はなんですか?」とか聞かれても、膨大な研究成果を踏まえた知識がないと理解できないのに
なんて答えればいいんだ?

935 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 15:16:00
つーか、遅まきながら今気づいたのだが
>>917

『九州国立民族博物館』

ってなんなんだwww
架空の博物館でしたってオチかw

936 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 15:20:18
そりゃあ名前間違えるような奴が、根拠云々言っても説得力ないし
学芸員もまともに相手してくれんわな。

937 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 15:20:49
>>934
>膨大な研究成果を踏まえた知識がないと理解できない
んなわけないじゃん
理解せずに丸覚えしてるからそうなるんだよ

理解してるなら、手がかりとなる事物の一つや二つ挙げるはずだよ

938 :937:2010/07/09(金) 15:24:10
ちなみに、とある遺跡の現地説明会でのことでした。

その時の発掘物と、それから導き出される説については
親切丁寧に教えてもらいましたv

939 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 15:26:40
>>938

とある、じゃなくて具体的に遺跡名と調査主体団体を言ってみ?

で、発掘物とは何か、導き出される仮説とは何かもね。

940 :937:2010/07/09(金) 15:27:55
>>939
はぁ?
調査主体団体?
なんで?
つるしあげんの??

941 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 15:29:18
それと『九州国立博物館』では、どの展示物について歴年代根拠を尋ねたんだい?
これも具体的に頼むわ。

942 :937:2010/07/09(金) 15:30:19
>>941
それ別のひと

943 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 15:34:51
>>935
多分「九州国立博物館」と「国立歴史民俗博物館」を脳内合体させてできたんじゃないのかな?w

944 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 16:41:13
いいから、その博物館に電話しろよ。

何なら俺が聞いてやろうか?
具体的に何の出土物の年代根拠が知りたくて、何が不審なんだね?

945 :sss:2010/07/09(金) 17:18:34
>>921
まあ、考古学的には邪馬台国は存在しない。考古学が何か言えるとしたら、
文献との突合せということになる。

前にも書いたが、魏志倭人伝に書かれている邪馬台国あるいは倭国の状況は
「宮室・樓觀・城柵」があること。考古学的に邪馬台国あるいは卑弥呼時代の
倭国の状況と言えるのは、これが出ている吉野ヶ里遺跡ということになる。

年代も同じで、考古学的には吉野ヶ里遺跡が卑弥呼の時代ということになる。
3世紀中頃に、郡使がやってきて実際に見た光景なのだから。

にもかかわらず、畿内説の考古学者は、「宮室・樓觀・城柵」の出ていない
纏向が邪馬台国だと考えるらしい。しかも、吉野ヶ里遺跡は卑弥呼の時代では
なく、纏向の年代が卑弥呼の時代と重なると考えているらしい。

これは、普通の考古学的な方法というものから掛け離れていると思うのだが。

ところで、纏向が邪馬台国である根拠はなんだったかな。

946 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 17:26:33
>>945
じゃあ「宮室・樓觀・城柵」の考古学的定義を言ってみろ。

あんなものが吉野ヶ里、九州特有のものなんて言っている学者がいるのか?



947 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 17:28:30
>>918

ひょっとして>>837と同じ人かな?

まあ「詐欺詐欺」連呼しているのはチョットアタマがアレな九州説だから気にするな
…と言ってもアレな九州説がメインだから困るんだよな、この板はwwwwwwwwww

自分達の九州説は完全完璧であるはずなのに
現実を見れば邪馬台国論争自体が既に過去のもの。
九州説なんか殆ど一顧だにされていない。

(当然「九州王朝説」や「邪馬台国東遷説」は論外のイロモノ扱いw)

それは何故か?学会を支配している
(まあ予算に口出しして教科書の内容までも思うがままにできるらしいから
 学会のみに収まらない相当巨大な組織w)
「悪の組織 キナイセツ」によって蹂躙されているからだ!

…と言う脳内ストーリーに逃避しなければやってられないんだろうwww

それに、好んで陰謀論を語る連中は
自説を構築し論証するより、むしろ畿内説にイチャモンつける事が目的になっている節があるw

948 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 17:30:45
>>918
あとコレだけは認識しておいた方がいいのは
ここの九州説はその実中身は「九州王朝説」や「邪馬台国東遷説」及びそれらの混合雑種みたいなものが殆ど

無論、邪馬台国の比定地を九州に置く以上「九州説」には間違いないのだろうが
何とか辛うじて教科書に両論併記として残っている一応は学説として議論できるレベルのものとは区別されるべきもの。

ここの畿内説の連中も
「この板のゴミクズ九州説とリアルの九州説は別物」
と言う認識だと思うwwwww



949 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 18:11:06
でもさーリアルの九州説がマトモなら、
ここの九州説もそれを引用してくるはずじゃーん

どうせ本書いてるような人もろくな事言ってないでしょー
読んでみろとか言うのやめてねw
駄本読むのってちょー苦痛w

950 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 18:18:02
>>949
いやマトモな九州説ってのは
「鉄器軍団が本州を征服」とか「鉄があれば最強!」とか考えていないんだよ。
あと「倭人伝を素直に読めばここにたどり着く」とかの解読ごっこもしていない。
もちろん「宮室・樓觀・城柵」なんかも根拠にしていない。

つまりこの板の異端九州説からしたら、本流の九州説も認められないんだ。
だから絶対に引用なんかしないよ。

951 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 18:41:19
>>945

戻ってきたか?売国奴のSSSくん。

伊勢神宮に自分で電話をして、「天照大神は卑弥呼のことですか?」と聞いてみたか?
それとも、社会との接点を作るのが怖くて、電話もできず、
相変わらず、東遷説という空想に浸ってるんか?

伊勢神宮に電話することは、何も難しくないし、おかしなことでもない。
SSSは卑弥呼=天照大神と信じてるのだから、自分で実証することが、君の人生の使命だろ。
直接、伊勢神宮に電話をして、宮司の離し方の感触を聞くだけで、
「卑弥呼=天照大神」という考え方が、どれくらい的を射ているか、わかるというものだ。
きっと、「YES」とは答えてくれないだろうが、相手の話し方で、
「真実は秘密なので言えない」「面倒な人が電話してきたな」「この人なら真実を伝えてもいいかもしれない」などと、
ニュアンスは伝わるものだ。
それを報告するだけでも、君にとっても、ここの人にとっても、収穫になるんだよ。

それすら出来ないなら、君は本当にヒキコモリの社会不適合者ってことになるな。


952 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 18:43:17
>>950
そんなポリシーある人達かぁ?
なんでもいいからこじつけて誘致しようっていう、「ゴネ得」発想としか思えん
説得力がある書籍があれば、鬼の首とったように出して来るでしょ

953 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 18:47:25
>>945
>ところで、纏向が邪馬台国である根拠はなんだったかな。

SSSくんは、こんなふうに嘯いてるが、
じゃあ君の主張するところの「卑弥呼=天照大神」ってのは、
どれくらいの根拠があるのかね?

九州の邪馬台国が東遷してきたにしても、その物的証拠は何があるのかね?
それらの証拠は、畿内悦よりも、はるかに客観的に信憑性が高いのかね?
SSSくん本人は高いと思ってるんだろう。

それなら、後は、簡単だ。
伊勢神宮に直接電話して「天照大神は卑弥呼なんでしょ?」と聞いてみること。
これが、確証を掴む第一歩。
掲示板でウダウダいってても、何も始まらないぜ。



954 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 18:51:16
>>952
いやポリシーがないから、都合のいいところだけ抜き出してくるわけよw
全体的な主張には賛同できないものだからね。

なかには書名や論文名を具体的に挙げた上で、そこに書かれた文章を捻じ曲げて紹介した奴までいたよね。
書かれていないことまで、その本に載っていると嘘をついた奴までいた。
その本を持っている人たちに一瞬で論破されたけど、懲りずに何度も同じ嘘をつく。

だからここの九州説ってのは単なる異常者なんだ。
他の九州説と一緒にしてはいけないと思う。

955 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 18:55:18
SSSくんが何を言おうが、
本人に真実を追究する信念が無いなら、負け犬の遠吠えにしか聞こえ得ない。

東遷説に信念があるなら、伊勢神宮に電話して「卑弥呼は天照大神だと思うのですが、情報を教えてください!」と、
熱意を込めて問い合わせることは簡単だし、そうすべきだ。

笑われるのが怖いのか?

それは、自分の説が、子供じみた妄想だってことを自分で認めてるってことだろう。
いいかね?
君より社会に進出してる他の人は、アマチュアであっても、
自分で発掘調査許可を求めたり、本を書いたり論文を書いたりしてるよ。
そういう人たちに比べて、君は最下層にいるわけ。
自覚してますか?


956 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 19:04:23
そういえばここ何日か縄文人や日向厨の姿が見えないのだが
まさか土石流で避難してるんじゃないだろうな。

もし何か困ったことがあったら遠慮無く言えよ。
九州説はナシだろとは思うけど、これも何かの縁だ。

957 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 19:05:09
SSSをはじめ、九州説の人間は、他人の受け売りと、畿内説の攻撃にしか眼中になく、
自分で実地調査したり、資料を集めたりってことを何もしない人が多い。

畿内説は詐欺だ〜、卑弥呼は天照大神だ〜、とか、
そんな駄文を掲示板に書いたところで、君より詳しいやつは多いのだから、簡単に論破されるだけ。
せめて、畿内説をうならせるだけの新事実を自分で掘り起こして披露してみろと言うのだ。

伊勢神宮に問い合わせるなんて簡単なことなのにな。



958 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 20:28:29
邪馬台国に関しては九州説に軍配上がると思うんだけどな
そのころ畿内にあったのは邪馬台国とは無関係の北方民族が作った国だと思うんだけどね

959 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 21:25:44
>>958
どうしてそう思うのかな?

960 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/07/09(金) 21:28:15
卑弥呼≠天照大御神

ムー誌の8月号が今日出たわけだが、日本の某所の地理が天照大御神の横顔
に似てるということで、そこの記事を見たが、この横顔は真の天照大御神
にはあんまり似てるとはいえないな。><

961 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 21:28:41
素人目線だけど
倭人人伝だけ読むとやっぱり九州の方が矛盾が少ない気がしたよ
でも遺跡とかトータルでみたら畿内が有利なのかな?
学会とかではどっちが多数派なの?

962 :sss:2010/07/09(金) 22:39:30
>>951
まだいたのか。
伊勢神宮がどういう考えかは、伊勢神宮の由緒書きを見ればわかる。
ほとんど記紀そのままの由来を踏襲している。年代観も同じで、天照大神が
伊勢に鎮座されたのは崇神天皇の御世で約2000年前となっている。

神武天皇も紀元前660年だろう。天照大神となれば、そのはるかに昔となる。
しかし、これは現実的ではない。学問的には否定される。
伊勢神宮に由緒を聞いても仕方がないから、みんながそれぞれに研究している。
そんなことは誰でもわかっていると思っていたが…。

それでも、伊勢神宮に聞けばわかると信じているほどの低脳ならば、自分で
電話してみればいい。

963 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 22:47:39
>>961
倭人伝重視のアナタには近江説>>2-3がおすすめ^^

964 :sss:2010/07/09(金) 22:51:39
>>953
天照大神=卑弥呼+台与の根拠は、倭人伝という中国の歴史書と日本の記紀が
酷似している点にある。

高天原の主宰神である天照大神は女性で独身。一方で、倭王である卑弥呼も
女性で独身。巫女的な性格も似ている。鏡に縁があるところも似ている。

さらに、天照大神は、素戔鳴尊の乱暴に困り果て、ついには天岩戸に隠れる。
卑弥呼は、狗奴国との争いを魏に報告に行っていて、仲裁のために張政が
わざわざ黄幢を持ってやってくる。しかし、その頃死んでしまう。

天照大神が岩戸に隠れると、高天原は真っ暗闇になる。卑弥呼が死ぬと
倭国は跡継ぎをめぐって千人あまりが殺される争いが起きる。

天照大神が岩戸から出ると、高天原は元のように明るくなる。そして高皇産霊尊が
登場し、主導的な役割を演じる。
卑弥呼のあとに台与が王になると、国中が定まる。そしてさらに男王が立ち、
共に中国の爵命を受ける。

これは酷似といってもいいだろう。三国志と記紀がこのように似ているのは、
同じことをいっていると考えるのが妥当。

965 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/07/09(金) 22:55:44
卑弥呼の活躍時代は崇神の世あたりであるが、天照大御神の時代は神武
よりもっと以前だから、卑弥呼は天照大御神にはなりえない。つまり双方
は別人である。

966 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 22:56:39
>>962
>伊勢神宮に由緒を聞いても仕方がないから、みんながそれぞれに研究している。

ばかだなあ。

伊勢神宮の、知られざる由緒なんていくらでもあるだろうに。
ちょっと宮司と話をするだけで興味深い話をしてくれる。
記紀に書いてある通りの由緒ばかりではないぞ。

君は、記紀に書いてある通りの由緒しか教えてくれないと
勝手に思い込み、古代史の真実から目を背けてるわけだ。

自分の信じる「天照大神=卑弥呼」説が崩れるのが怖いんだろうが、
歴史の真実はもっと面白いんだよ。はっきりいって損してるだけだよ君は。
他の研究者は、どんどん先へ行ってるというのに。


967 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 23:00:45
伊勢神宮の建立者は斎王ヤマトヒメ

968 :sss:2010/07/09(金) 23:00:48
さらに、考古学的には、弥生九州と近畿古墳文化の連続性がある。
逆に言えば、弥生近畿と近畿古墳文化には連続性が見られない。

例えば、近畿地方周辺であれほど発展した銅鐸の製造・祭祀の終焉がある。
古墳時代になって銅鐸は全くみられず、逆に驚くほど多くの鏡の出現がある。

首長墓と見られる古墳も、近畿地方あたりの弥生時代からは考えにくい。
逆に、吉野ケ里などでは、弥生中期から首長墓がみられる。突出した副葬品を
も棺も九州では古くから見られる。

棺の内容あるいは墓制も、棺の内部を朱で染める習慣、鏡や剣を副葬する
習慣などは九州では古くから見られる。近畿地方ではまず見られない。

鉄の優位性も忘れてはならない。

文献的、あるいは考古学的なものを総合すれば、東遷説が一番妥当だろう。

969 :sss:2010/07/09(金) 23:04:43
>>966
宮司と話をして何もかもわかるんだったら、誰も苦労しないだろう。
電話しろ厨と同一人物かどうか知らないが、同じようにおめでたい頭をしているな。

970 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/07/09(金) 23:05:15
東遷っていうのは孫悟空なら出来るが、一般に考えてムリだな。

971 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 23:06:34
>>961
たまたま九州出身の倭人の話が元になっているんじゃないの?
「おらが村」の風物を中心に、熱心に語った可能性もあるね。
第一陳寿は、日本列島に来ていないんじゃないの?

972 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 23:06:47
>>969
おまえが、宮司よりもよく知ってるなら、宮司に教えてやればいいだろ?

そうすれば、宮司も関心して、伊勢神宮のパンフレットに、
「当社の天照大神は、卑弥呼であって、魏に朝貢した女王と言われる」なんて、
書いてもらえるかもしれないぜ。

そうなったら、うれしいんじゃないのか?
なんで引きこもってるんだ?


973 :日本@名無史さん:2010/07/09(金) 23:11:43
>>969

ついでに、中国の観光業者にも連絡とって、
中国人向け伊勢神宮ツアーでも企画してみれば?

「日本人が信奉する天照大神は、3世紀に中国に朝貢した倭の女王卑弥呼である!」

なんて宣伝すれば、中国人は飛びつくぜ。
三重県も観光収入を期待できるからな。

いいアイデアだろ?おまえの希望した世界が来るぜ。

974 :sss:2010/07/09(金) 23:14:13
>>972
底なしにおめでたい頭をしていると見える。
伊勢神宮は、記紀の記述どうりの由緒を信じている。そんなことはわかって
いるだろう。祭神の天照大神という名前からしてそれがわかる。

伊勢神宮の言い分は記紀に尽きる。記紀をそのまま信じるか?
畿内説だって、他のどんな説だってそれとは明らかに異なる考えをする。

まだ、伊勢神宮に聞いても無駄だというのがわからないかな。
「電話しろ厨」にはやっぱり理解不能か。

975 :sss:2010/07/09(金) 23:19:38
>>973
漢書には、ローマ皇帝も後漢に朝貢したと書かれている。だからと言って
今更、ローマ帝国が中国の臣下なんていっても何の意味もない。
同じように、皇室の祖先が朝貢したと書かれていても、特にどうということも
ない。
それなのに、妙な意味を持たせようとするほうがよっぽどみっともない。

976 :日本@名無史さん:2010/07/10(土) 00:05:15
>>974

「俺は伊勢神宮の宮司の話なんか信じないぜ」ってか。

結構なことだ。

伊勢神宮に行ったことがあるとか書いてたが、本当に宮司とは何も話をしなかったんだな。
他人とコミュニケーションとれないのか?
古代史に興味があって、伊勢神宮に行ったなら、そのへんの人をつかまえて、
雑談レベルでも由緒の話くらい聞けるはずだがな。
もちろん、記紀には載ってない話がな。


977 :日本@名無史さん:2010/07/10(土) 00:11:46
もっとも、SSSにしてみれば、
天照大神=卑弥呼に結びつかない話は、全部ウソと、一蹴するんだろうが。

ようするに、東遷説を信奉してるような人間は、
SSSみたいに他人の話は信じず、自説だけを信じて内にこもってるやつばっかりってことだよ。



978 :日本@名無史さん:2010/07/10(土) 00:17:31
>>学会とかではどっちが多数派なの?
ぶっちゃけ今は九州出身者がそれぞれ自分の地元を邪馬台国と主張してるだけで、他はほとんど畿内説


979 :日本@名無史さん:2010/07/10(土) 01:07:52
>>976 何を一生懸命釣ってるんだ?
伊勢神宮って、戦前は神宮大司庁がおかれ内務省直轄だったし、今も全国5万社の本宗という位置付けだ。
宮司も、神社界のエリート中のエリート、もちろん神社本庁から派遣された人だ。
どんな場末の神社でも神社本庁に包括されているし、宮司はそこから免許を貰っている。
つまり全国どこの神社でも、神社本庁の定める祭祀方式に従い、神道における歴史観も共有している。
その神社本庁は戦前の皇典講究所の成果をそのまま受け継いでいるから、紀記を正とする皇国史観。
神社って、そういう物なんだよ。

980 :日本@名無史さん:2010/07/10(土) 02:13:21
しかしまあSSSの説はどれもこれも今じゃ一顧だにされない理屈を並べ立てた
まさにゴミクス理論の見本のようなモンだなw

個々には今まで散々ツッコミ入れてきたので今回は突っ込むのを止めておくが
(ツッコミどころが満載過ぎてキリがない)

俺は「神宮に電話しろ」とか「てめえで発掘してこい」とかは言わないが
一体コイツは、如何なる発見があれば自説が日の目を見る事ができると考えているんだろう?w

ある日「卑弥呼=アマテラス」をベースにしてお話を組み立てて
その出来を自画自賛、この板に意気軒昂で乗り込んで来たは良いが
世の中そんなに甘くなかったと…ここのゴミクズ九州説のパターンだなwww

981 :日本@名無史さん:2010/07/10(土) 03:50:09
>>979
もともと八の民が祀ったものを横取りしただけのことですよね?

982 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 05:31:02
>>968
> さらに、考古学的には、弥生九州と近畿古墳文化の連続性がある。

「連続性」は無いだろうw
古墳文化への親縁性は、吉備>出雲・河内・大和>近江>東海>北部九州の順かな?

【青銅器祭祀】 
 北部九州・・・弥生終末に終焉
 出雲・吉備・大和・・後期後半に終焉
 河内・近江・東海・・・弥生終末に終焉
【大型墳丘墓】
 北部九州・・・弥生終末期以降に出現
 吉備・・・後期後半に出現
 出雲・河内・大和・・・弥生終末期に出現
 近江・東海・・・弥生終末期以降に出現
【埴輪・特殊器台等】
 北部九州・・・弥生終末期以降に出現
 吉備・・・後期後半に出現
 出雲・河内・大和・・・弥生終末期に出現
 近江・東海・・・弥生終末期以降に出現
【漢式鏡埋納】
 北部九州・・・弥生前期から継続
 出雲・・・・後期前半に出現
 吉備・河内・大和・近江・東海・・・弥生終末期以降に出現
【棺制】
 北部九州・・・甕棺から石棺へ
 出雲・吉備・河内・大和・近江・東海・・・舟形木棺を継続






983 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 06:35:28
まあ「連続性」と言うならSSSが大プッシュする「鉄」に関してはどうなのよ?って話だなw

纏向の勝山付近に出てきた製鉄遺構のフイゴ羽口を再現した実験では
確かバックファイヤーみたいなのを起こして機能的にはイマイチだったと言うがw
(形そのものはツクシのものと同じらしいが)

どう考えても銅鏡より鉄の方が実用性はあるだろうw
ましてSSSみたいな連中はそれが国力に直結するような位置を占めるかのように言っているんだから
どう考えても順序が逆…まあこれもツッコミどころの自己矛盾の一つwww



984 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 08:38:46
なるほど・・・、この発想は無かったな。
確かに歴史教科書には、「畿内説有利」とか、「九州説有力」、とは書いてなかった。
にも関らず、日本史の担任から「九州の邪馬台国が、騎馬民族の集団にやっつけられた。
そいつらは奈良へ行ったのではないか?」という話は散々聞かされた記憶がある。
ちなみに、その教師もバリバリの日教組?(ていうか、殆ど活動家レベル)

426 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:10:00
>>424
だからあとは世間一般に流布していたイメージって話なんだろうなwww

ぶっちゃけ今でも街頭で
「邪馬台国は畿内にあったと思いますか?それとも九州にあったと思いますか?」
…ってアンケートとったら九州説のほうに軍配が上がると思うwww

ぶっちゃけ九州にあったとするほうが色々ロマンチックだし夢があるよなwwwwww

427 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:11:43
>>426
いや日教組教師がそう言ったからだって

432 :日本@名無史さん:2010/07/03(土) 02:19:13
>>427
まあ幸い俺はそんな経験は無いが
日教組と言うか左かぶれの歴史教師が授業の中で九州説をプッシュしたと言うのは普通にありそうな話だなwwwww

今や右だろうが左だろうが邪馬台国九州説なんて関心ないだろうw
ある意味政治的なものから開放された状態とも言えるかもしれんが
もはや論争自体が過去のものになってしまったとw

985 :984:2010/07/10(土) 08:42:23
>そいつらは奈良へ行ったのではないか?

ちなみに、行ったと言うのは、騎馬民族の事を指すようだった。

九州=邪馬台国
奈良=九州をやっつけた獰猛な騎馬民族

という事をI教諭は必至に強調していたな。

986 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 09:44:54
>>985

それ、手塚治のマンガじゃないの?
騎馬民族のニニギが九州をやっつけてヤマトに行ったんじゃなかった?


987 :984:2010/07/10(土) 10:34:38
>>986
よく考えたらそうかも知れんw
ただの騎馬民族説かも。

騎馬民族が九州の邪馬台国を征伐→騎馬民族がその勢いで奈良まで突進。

これが単に、担任の個人的趣味(手塚ファンとかw)なのか、日教組の政治的
統一見解なのかは悩む所。
ちょっと、日教組の見解を調べてみようと思う。

ただ、俺がかつて学校で習ったのが、「歴史」ではなくて、「政治」だった
可能性が出てきたな。
これは忌忌しい事だ、非常に。

988 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 11:15:44
日教組の正式見解なんて無いかもしれんが、

 「皇国史観」を否定したり揶揄できたりする『ネタ』なら何でもOKだったと思う。
 極端な話、戦前、戦中派流の「歴史観」を否定できるなら、もっと前の皇国史観である本居宣長だって利用できる。
 万世一系を否定できるなら九州王朝もOK、天孫降臨を否定できるなら騎馬民族もOKつーこと。

 この日教組時代に初等、中等教育を受けた世代が今の史学会の重鎮クラスなのは間違いないが、
 反動で戦前回帰してしまった安本みたいなのもいる。

 大雑把に言うと 
  
  畿内説  戦後教育世代の優等生中心、皇国史観への反発は強く、唯物史観へのアレルギーは無い。
 
  九州説  大正デモクラシー世代から「ゆとり」教育世代まで多士済々、思想的には何でもあれで百花繚乱。

989 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 13:20:11
日本の歴史教育がゆがんでいることは間違いない
万世一系なんてありえないし、日本が多民族国家だという概念を教えてこなかった
のが意味のない部落差別を生み今日に至っている

990 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 13:21:17
大化の改新じゃなくて、単に中国人にとって代わられただけという歴史

991 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 13:25:24
>>989
万世一系自体がありえないし、天照大神も7世紀の創作にも関わらず、
卑弥呼と同一視するバカもいるしな。


992 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 13:29:00
>>989
部落差別は、明治維新後の近代の歴史教育が始まる前から存在してるだろう。
万世一系かどうかは知らんし、よそから何処かの血が入っているかも知れんが、
天皇家が一つの家系であることは間違いなかろう。


それに、部落差別は異民族差別とは違うだろ。
そもそも、在日以外に国内に異民族が住んでいるという意識すらないんだから、
異民族差別をしようがない。




993 :984:2010/07/10(土) 14:48:48
>>988
>畿内説  戦後教育世代の優等生中心、皇国史観への反発は強く、唯物史観へのアレルギーは無い。

いやいや、今日は、むしろ保守でしょう。
畿内説や東遷説を支持しているのは。

少なくとも高校時代の個人的な経験から言うと、日教組?教師などが支持しているのは、
九州説+騎馬民族説(手塚説)でしたよ。
畿内に邪馬台国があったらマズイんだそうです。
理由は、奈良に倭人(日本人)の強大な政権があるのは許しがたく、あくまでも騎馬民族(半島出身者)が、
程度の低い土人(倭人=日本人)を征服した、という構図にしたいからでしょう。

994 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 14:49:23
所謂「被差別部落」と民族差別は次元の違う話。
現代の「同和」は、真宗本願寺派の宗教利権が産み出したとも言える。
根源は仏教思想に内包される職業差別だよ。

995 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 14:53:38
>>993

”畿内説「や」東遷説を”

すごく無茶苦茶な結びつけだと思うが・・・

畿内説と皇国史観が絶対結びつかないことくらいは理解したまえ。

996 :984:2010/07/10(土) 15:12:33
>>995
>畿内説と皇国史観が絶対結びつかないことくらいは理解したまえ。

皇国史観なんてどうでもいいですよ、正直。
だけど、奈良に倭人の政権があってはならない、というのが彼らの頑なな信仰にちかい
教育でしたよ。
奈良にあった古代の政権は、弥生系でも、縄文系でも、漢民族でもまずくて、絶対に、
“半島”からの侵略者でなくてはならない、それが、俺が受けた教育ですよ。

もっと、強調して言えばね、

日本人でも、中国人でも、ベトナム人でも、彼らにとっては駄目なの。
あくまでも、騎馬民族か朝鮮人による政権じゃないと駄目だったんです。

997 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 15:45:41
>>996
バリバリ日教組の教師が学校にいなかったのでよくわかんない。

>日本人でも、中国人でも、ベトナム人でも、彼らにとっては駄目なの。
>あくまでも、騎馬民族か朝鮮人による政権じゃないと駄目だったんです。

なんで?教えてちゃんですまんけど、よろしくお願いします。

998 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 15:56:43
>>996

話が摺り合わないねw

日教組教師の教え子たち世代が、今の畿内説の中心世代であって、
結果として、その世代は騎馬民族説を「全否定」しているんだよ。

そして、その教えられた唯物史観に基づいて、畿内自生勢力を含む集団が、
後の大和朝廷を形成する礎になったと、考えている。
事実は、そういうことです。

貴方の主張したいことは、
「バリバリの日教組員だった俺の教師が、九州説だか騎馬民族説だったかだった」
ということでしょ。

だったら、よく理解もしていない「畿内説」を対比材料などにしない方がよいですよ。


999 :984:2010/07/10(土) 16:03:38
>>997
>なんで?教えてちゃんですまんけど、よろしくお願いします。

日教組だったのか、その他の左翼組織の先生だったのかは知らんけど、とんでもない
プロ市民な先生で、俺が日本史の時間に学習した事は、たった2つ。
「天皇朝鮮人説」と「平和教育」、これだけ。
異常でしょうw
その教師が、奈良は騎馬民族が政権を建て〜天皇は謂わば韓国・朝鮮人の同胞かも・・・と
言い続けたw

>>998
自分でも噛み合ってないな・・・と思ってましたw
もう、頭にきちゃってねぇ、そのプロ市民教師。

1000 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 16:05:21
1000なら邪馬台国は阿波だった。

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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