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♪邪馬台国 ドンと来い♪ 78

1 :日本@名無史さん:2010/07/13(火) 01:27:07
    九州も畿内も四国も朝鮮もエジプトもコテハンもドンと来い!

     出来るだけソースを出して後はお好きに!
               ,、
             //
           ///)
          /,.=゙''"/       _,r'三 ̄`ヽ、
   /     i f ,.r='"-‐'つ     /ヘ/" ゙̄\,ミ\
  /      /   _,.-‐'゙~     ,! 、!r r。-r ミ   i  細けぇこたぁいいんだよ!!
    /   ,i    ,二ニー;     ドツ ヽ ̄  fハ, il
   /    ノ    il゙ ̄ ̄      l ー-_゙   ,、/ /
      ,イ「ト、  ,!,!         ゙! )二」゙  ,!i Y
     / iトヾヽ_/ィ"___.     ヽ.t  _/,!  i
    r;  !\ヽi._jl/゙_ブ,フヽヾーtー:、__ ,トf-≦-=、_,L
    ∧l   \゙7'゙ .j!/ / /\jr=ニ:ー-゙┴、 ゙ミ三ヽi]l「/l      _____
   ./ i !   \.// /./  ./   \ ┌‐ヽミ≦‐十'"!    r",.-、, \
  /  i゙i     /  ̄ ̄ ̄       i .l ッー-、\_ミ「彡゙'ー=‐ (_.人 ヽ._ ヽ
 ノ   ヾ、  /            i! ! \_ ̄i i l r‐へ.__ ゝ. \   /
/      ゙''y'              l .i  、 l  !.j .l l 「,> (  \   人

         ♪邪馬台国 ドンと来い♪ 77
   http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1277826531/l50
   *良識ある言動をしましょう。煽り、粘着禁止。荒しはスルー。


2 :日本@名無史さん:2010/07/13(火) 01:28:42
          /^)      /^)      /^)
    ♪    ./ /_,∧    / /_,∧    ./ /_,∧
        / /・ω・)  / /・ω・)  / /・ω・)  ♪
        /    /o  /    /o  /    /o
       ./    〈   ./    〈   ./    〈
       し' ̄(_) . し' ̄(_) . し' ̄(_)



3 :日本@名無史さん:2010/07/13(火) 01:47:16
>>1

4 :日本@名無史さん:2010/07/13(火) 02:03:11
>>1

5 :日本@名無史さん:2010/07/13(火) 02:29:34
     _ ―- ‐- 、
    (r/ -─二:.:.:ヽ  >>1 立ったな
    7''´ ̄ヽ-─<:.:.',                  __
.   〈t<  く=r‐、\:く       _ ...-::‐::¬::::: ̄:::::::::::::::::::::::::::::::
   ∠j ` / ,j={_/ヽヽr'       >:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
.    っ Y _/ ヽ了       /:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
.    し イ --─¬       /::::::/:/|:::/::∧:::∧:::::::::::::::::::::::::::::::::::
      f: :_: : :_:_:_└ 、     |/f|/|/ .|/ |/ ∨ ヽ|\:::::::::::::::::::::::::
     /-ー/: : : : : : :\      {            ヘ:::::::::::::::::::::
    /7: : : :r: : : : : : : : : }     ',  .j /     }   .}::::::::::::::::::::   あぁ >>1乙だ
   /: : : : : :.|: :j: : : :\: : j      } /_       ミ   ヘ::::::::::::::::::
  /: : : : : : : j: ヘ、: : : : \|    /く<l´::<ニ二 ̄`>   ミ:::::::::/
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6 :日本@名無史さん:2010/07/13(火) 03:07:04

■邪馬台国テーマに出土品陳列 「発掘された日本列島」展

朝日新聞 2010年7月9日
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201007090387.html?ref=reca

 全国各地で続く発掘調査の最新成果を展示する「発掘された日本列島2010」が東京・両国の江戸東京博物館で開かれている。
09年に奈良・纒向(まきむく)遺跡から3世紀では最大規模の建物跡が見つかり、邪馬台国論争が再燃したことを受け、今年は邪馬台国を前面に出している。

 旧石器時代から近代まで8区分して展示している。古墳時代のコーナーでは、纒向遺跡から出土した木製仮面(長さ26センチ、幅21.5センチ)や木製の鎌の柄などを陳列する。

 邪馬台国を巡る「畿内説」「九州説」の両説を展望できるよう配慮。奈良の唐古(からこ)・鍵(かぎ)遺跡の土器、青銅器の鋳型、福岡の須玖(すぐ)遺跡群と三雲・井原(いわら)遺跡からの鏡、ガラス小玉など幅広く展示している。

 近代では、軍事や戦争に関する遺跡の発掘が目立つ。

 1865年に国産初の実用蒸気船を完成させたとされる佐賀県・三重津海軍所跡からは染付海文茶碗(ちゃわん)などが出土。「海」の文字が入った茶碗は、海軍と焼き物文化が融合した象徴ともとれる。

 沖縄県の沖縄陸軍病院南風原濠群(はえばるごうぐん)は1945年、太平洋戦争下の沖縄戦時に実際に使われていた病院跡だ。
注射溶液用のガラス瓶、ピンセットなどの医療品がひとかたまりとなって発掘された。パネル展示ではあるが、沖縄戦のありようをしのばせる。

 同博物館では25日まで。青森県立郷土館・三内丸山遺跡展示室(8月3日〜9月5日)▽宮城県の多賀城市埋蔵文化財調査センター(9月14日〜10月11日)▽大分県立歴史博物館(10月22日〜11月19日)
▽香川県立ミュージアム(11月27日〜12月23日)▽大阪歴史博物館(2011年1月12日〜同2月28日)。

奈良県の纒向遺跡から出土した古墳時代前期の木製仮面=文化庁提供
http://www.asahi.com/culture/news_culture/images/TKY201007090381.jpg

関連記事
http://www.asahi.com/event/AIC201005180011.html

文化庁ポスター
http://www.bunka.go.jp/oshirase_event/2010/pdf/hakkutsu_2010_poster.pdf

7 :日本@名無史さん:2010/07/13(火) 03:42:19

■発掘調査現場から(247回) 広報「わかざくら」(桜井市) 平成22年7月掲載

・箸墓古墳の外濠状遺構
http://www.city.sakurai.nara.jp/bunkazai/index.html

 纒向遺跡の南端に位置する箸墓古墳は、3世紀中頃〜後半に築造された最古の定型化した前方後円墳として、また日本列島における最初の大王墓として、全国的にもよく知られている古墳です。
全長約280mの墳丘部分は、現在倭迹迹日百襲姫の大市墓として管理され、調査・立ち入りができません。したがって墳丘周辺で実施される発掘調査は、箸墓古墳に関する新たな知見が得られる貴重な機会となってきました。

 このような発掘調査の積み重ねにより、墳丘の周囲をめぐる幅10m程度の周濠と、その外側に広がる大規模な外濠状遺構の存在が明らかになりつつあります。
平成21年度に前方部の南側で実施した纒向遺跡第163次調査(箸墓古墳周辺第19次)においても、外濠状遺構の一部が検出されました。
前方部南側で確認されたのは今回がはじめてであり、その幅は50m以上と大規模なものでした。
またその南端部分では人工的な盛り土が確認されました。外濠状遺構が掘られたのちに、外周部分が整えられている可能性が考えられます。

 箸墓古墳の築造は、日本列島はじまって以来の国家的大事業であったと考えられます。確認された大規模な外濠状遺構は、列島最初の大王の墓にふさわしい、箸墓古墳の壮大な全容を浮かび上がらせました。【文化財課】

写真 箸墓古墳・大規模な外濠状遺構
http://www.city.sakurai.nara.jp/bunkazai/photo/chosa247.jpg

8 :日本@名無史さん:2010/07/13(火) 21:17:22

  O           0
   o  / ̄ ̄\  o
 (丶  /      ノ  o
 || |      /) 。
  \>◎(○)◎/8/丶
(\_ノ/⌒/⌒/⌒oイ_ノ
`\_丿o|8|8|し|ノ    ______
  (___ノ\_)_)_ノ/|   ./      ./|
  | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  |   | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  |
  |          |  |   |          |  |
  |        .|  |   |        .|  |
  │.畿内   ..|  |   |   九州 . |  |
  |_____|/     |_____|/

9 :日本@名無史さん:2010/07/13(火) 23:15:15
なんで盛り下がってんねん?

10 :もう解明済み:2010/07/14(水) 11:55:31
〜 〜 〜 〜 ,ヘ、〜/              ┃           /ヘ   /
〜 〜 {ヽ_ /  {_/              ┃    「対馬国」 ▲/ /
〜 ヘ/      ★末盧国         ┃          ∠ノ / ニイガタ
/ヘ~                        ┃             /
                           ┃ 「一大国」      /
          _ |ヽ■伊都国       ┃      /▲フ   /
       /ヽ/ |/ |       伊吹山  ┃      | 「 /
      |      ヽ ★奴国       ┃      | |__/
       ヽ,  水行 ヽヘ  ★不弥国  ┃     /   トヤマ
       |      ↓ /           ┃ ↓  / カナザワ
     ┌ '        ノ          ┃ ↓ /
    /   ┏━━━━┓        ┃ ↓|フクイ
   丿    ┃ 高天原 ┃        ┗━━━━━━━━━━━
  |_ 水行↓,┗━━━━┛
  /  _/ヘ/▲投馬国
  | |    \                 末盧国・・・敦賀市 (気比の松原)
 /  >   天 \              伊都国・・・旧伊香郡 (古保利古墳群)
/  /     安 \             奴国  ・・・長浜市 (国友鉄砲村)
\ |        川             不弥国・・・米原市 (息長稜)
  ∨             ☆呼邑国  投馬国・・・野洲市・近江盆地
                              (日本最大銅鐸、伊勢遺跡)
     邪馬台国 ▲  天
               岩 ☆為吾国  邪馬国・・・旧信楽町
             戸           呼邑国・・・甲賀市 (手裏剣=鉄?)
                         為吾国・・・伊賀市 (同上)
            ☆巴利国      巴利国・・・名張市 (同上)
      ☆烏奴国             烏奴国・・・宇陀市 (辰砂・丹の産地)
  ☆奴国                  奴国 ・・・奈良盆地

11 :もう解明済み:2010/07/14(水) 11:56:14
斯馬国   = しま/志摩      【三重県】 
巳百支国 = みまき/御牧     【京都府久世郡】
伊邪国   = いせ/伊勢      【三重県】
都支国   = とき/土岐      【岐阜県】
弥奴国   = みの/美濃      【岐阜県】
好古都国 = かがつ/各務原   【岐阜県】
不呼国   = ほこ/矛→関市?  【岐阜県】   
姐奴国   = しゃが/志賀(シャガの花?)【滋賀県】
対蘇国   = とそ/伏見(酒)   【京都市伏見区】
蘇奴国   = そね/彦根(シデの木)【滋賀県】
呼邑国   = こお/甲賀      【滋賀県】
華奴蘇奴国 = かねすな/高島市(鉄鉱石)【滋賀県】
鬼国     = くぃ/栗太郡(栗)  【滋賀県】
為吾国   = いが/伊賀      【三重県】
鬼奴国   = くぬ/五條市(クヌギ)【奈良県】
邪馬国   = やま/信楽?    【滋賀県】
躬臣国   = きし/和歌山市(雉)【和歌山県】
巴利国   = はり/名張 「針」? 【三重県】
支惟国   = きい/紀伊郡     【京都市南区】
烏奴国   = うだ/宇陀      【奈良県】
奴国     = 奈良盆地??    【奈良県】

狗奴国 = かが/大阪

12 :日本@名無史さん:2010/07/14(水) 20:42:35
荒廃したな。

13 :日本@名無史さん:2010/07/14(水) 22:03:50
結論が出てしまったからね

14 :日本@名無史さん:2010/07/14(水) 22:56:49
天照大神が卑弥呼+台与であることはすでに自明であり、立証の必要もない古代史の根幹部分だ。
天岩戸後に高木神の出番が増えるのは、幼少の台与を補佐した世俗王を表すものだろうな。
天照神話は、これらの史実が反映・昇華されたものであるのは疑いない。






15 :日本@名無史さん:2010/07/14(水) 23:07:49
天照大神を皇祖神にしたのは天武天皇。
7世紀までは、天照大神は伊勢の地方神にしかすぎなかった。
これが文献学の出した結論。



16 :日本@名無史さん:2010/07/14(水) 23:13:03
なぜ天武天皇が天照大神を皇祖神にしたのかは、次の理由ではないだろうか。

17 :日本@名無史さん:2010/07/14(水) 23:13:28
天照大神は海人族(8の民)だろ?

18 :日本@名無史さん:2010/07/14(水) 23:18:09
八の民=尾張氏の信奉してた神が天照大神。

19 :日本@名無史さん:2010/07/14(水) 23:19:41
名古屋市のマークも八に○

20 :16:2010/07/14(水) 23:22:56
天武が壬申の乱で築いた政権は、
@唐に対してやや反抗的な国家として判断されがちだった
A歴史と伝統のない新興国として見られがちだった
これを解決するために記紀の編者は
B我が国は唐に敵対した国ではないと強調するために、唐と戦った王統を、皇統の系譜から外した
C我が国は天地開闢以来存在し、古来から中国に知られた国である、と強調した

Cを言うために、神話と人話の中間ぎりぎりに位置する、天照大神を大きく取り上げることにした

21 :日本@名無史さん:2010/07/14(水) 23:27:32
甘いな、そこまでならトーシロでも言える。記紀編纂時に隆盛していた仏教という視点が足りない

22 :日本@名無史さん:2010/07/14(水) 23:34:37
九州では、とっくに仏教が流行っているから、関係ないんじゃない?

23 :日本@名無史さん:2010/07/14(水) 23:48:59
天武=物部=尾張・吉備 だね

24 :日本@名無史さん:2010/07/15(木) 18:14:04
邪馬台国のメルマガがあるのね。

http://www.mag2.com/m/0001138570.html


25 :日本@名無史さん:2010/07/15(木) 21:13:05
コテはみんな死に絶えたのか?

26 :日本@名無史さん:2010/07/15(木) 21:20:45
河童は株の小額売買にはまっている。メ は自決したらしい。あとはアク禁とかじゃないか。

27 :日本@名無史さん:2010/07/15(木) 21:48:31
土は土に、化石は化石に、か・・・空しいのう。

28 :◆.L.MXSPOgc :2010/07/16(金) 08:45:17
>>24
サンプル読む限りでは九州説っぽいけど、よくわからないね。

>>末慮は唐津。伊都は糸島市。奴は博多。
とあるが、方位距離の記述と合わないことは無視なんだろうな。

その南に投馬国、邪馬台国を考えているけど、
12000里を見て日数には触れていないから、
それほど南に比定してるわけではなさそう。

久留米〜八女〜みやま〜大牟田あたりか宇佐なのかな。


29 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 15:17:22
>>24の、東大の元助手は「九州説」だろうと思う。
彼のうわべの根拠はいろいろあるんだろうが、彼が九州説である原因は、
「東京帝国大学白鳥庫吉教授の学閥だから」ということだろう。
彼が敵対しているのは「京都帝国大学内藤湖南の学閥」だ。

もういいかげん、こんな低レベルの学閥間綱引きから、我々は脱却しなければならない。

30 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 17:54:16
>>29
おまえがまず脱却しろwww

もう東大VS京大とか全く存在しないわ
東大のセンセも基本的には畿内説だよ。てか学会そのものがそう
だいたいこの元助手が『史学助手』なのか『考古学助手』なのか
はたまた全く無関係な分野の助手なのかすら、はっきりしていないじゃないか。
つーか史学関係だったら、きちんとプロフィールに載せるはずわな。

31 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 18:18:14
志摩半島の東に唐泊という港がある。
昔、遣唐使船が風待ちに停泊していた港だそうです。
更に、西側にも引津の港が同様にあります。天然の良港だそうです。

韓半島から1000里で対馬、1000里で壱岐、1000里で末蘆ですが
壱岐から唐津では、距離が近すぎると思います。(作家の高木彬光
も同じ発想)
従って、壱岐から唐津の湾岸沿いに、志摩半島の引津の湊であれば
距離の問題は解決します。

志摩半島を超えると、玄海灘という海の難所があるので、荷物を持参
してるのであれば、そこまで危険を冒さないのではないかと思います。

引津の湊から、東南に陸地をすすみ、雷山川沿いにすすみ、細石神社経由
で日向峠をこえれば、日向川上流に出ます。博多湾沿岸はすぐ近くです。
そこまででたぶん、500里でしょう。

日向川沿いに伊都国があったのか、そこから那珂川、大宰府方面すべてが
伊都国なのかはわかりませんが。

唐津を末蘆に比定することが、九州論者の欠点なのかもしれません。
使節団は、荷物を積んでおり、あくまで、伊都国の近くの天然の良港(湊)
を目的にしており、倭人伝にはそこから「東南」に陸行しているとの記述
があるのです。


32 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 18:28:38
引津湊 ・・・近くに「こけのむす姫」を祭った神社があります。

細石神社・・・「さざれいし」神社といいます。
       近くに前原市の弥生時代の遺跡があります。
日向川と室見川の交叉したところに、弥生時代の有名な遺跡が
あります。

「君が代」の歌詞は、この使節団のルートを暗示したものでは
ないかと思えてなりません。

33 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 18:38:16
あほか?なぜ「こけのむす姫」が後代のつけたりと考えないのだ?

34 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 19:26:00
>>33

人の意見に否定から入り、いきなりあほ?ですか。
「日本書紀」「古事記」を盲目的に信じ、万世一系を信じる人には
無理かもしれませんね。
以下、とある方のメモの抜粋です。

桜谷神社の古計牟須姫命

かつて“君が代の源流を訪ねる旅”(平成九年四月、国民休暇村志賀島主宰)に参加して、
その折おとづれた福岡県糸島郡志摩町船越に鎮座する、桜谷神社で見聞した感想を述べました。
当時の“旅の栞”をいまいちど見てみます。
桜谷神社、桜谷にあり、若宮大明神という。
 祭神木花咲耶姫神、苔牟須売神。(又、ニニギノミコトなるべしとの説あり)
 祭日 十一月五日。
 寛永元年十一月五日、浦の漁人仲西市平の妻に神告ありて、初めて勧請せしという。
 文政六年再建せり。(この記の出典は糸島郡誌であることを後に知る)
 これを読んで「苔牟須」から、君が代をふと思い出しましたが、この「苔牟須売神」
という珍しい名をもつ神が、寛永元年に神憑りによって開顕されたということが、
私には大層興味深深でした。
・・では何故、桜谷神社の「苔牟須売姫命」は糸島郡誌の
中で「苔牟須売神」と書きつけられたのか。
 ところで、この糸島郡誌はいつ発行されたのか知りたくて調べました。糸島郡誌は昭和二年
(一九二七)十月一日、糸島郡教育会から初版が発行されていました。昭和二年がどのような年
であったか振返りますと、天皇家に関する国家事業では、大正天皇の大喪、旧制の四大節の一つで
あった明治節の制定、昭和天皇即位式の前年、このような時代の中で、糸島郡誌が編纂されています。
委員の中で、桜谷神社を「郡誌」に収録するについて、「古計牟須」(こけむす)は、国歌君が代の巌
となりて苔のむす、に合わせて「苔牟須売神」とするのがよろしいのではと、そのような意見が出たかもしれません。
さらに巌、苔むす、から生じた「苔牟須売神」は磐長姫とみなされたのでしょうか、木花咲耶姫神を合わせて神社の体裁
が整えられ記述されています。そのように思えるのです。

35 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 19:31:30
>>34
あほか?「苔牟須売神」というのは記紀のどこに載ってるどんないわれの神なんだよ?
>「苔牟須売神」は磐長姫とみなされた   こんなの何の根拠もないだろ。

36 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 19:40:40
思うのですが・・

>>33,35の人は、自分の意見を言わないで、あほか?
だけの人ですので、相手にされない方が良いのでは
ないですか?

37 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 19:45:32
>>30
まあ学内に高名な学者先生がいれば否応なしにその薫陶を受けるのは当たり前で
「学閥」と言うほどの厳しい括りではなくともある程度は傾向のような物は出てくるんだろうがw

実際には「京大VS東大」なんてのは外野が面白おかしく囃し立てたところがあるんだろうなwwww

しかし仮にその学統・学閥による争いがあったとしても
そんな物戦前の話なんじゃないのか?

60〜70年代からの「邪馬台国ブーム」じゃあ アカデミズムvs市井のマニア、畑違いの学者、文筆家…と言う構図になって
東大ってのも見えてこない気がするw

(もっとも「放射説」の榎なんかは東大だが…)

正直、東大が九州説で徹底抗戦してくれりゃもう少し面白い状況なんだろうがwwwwwww



38 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 19:56:01
「就職口」を抑え込んだ「京都帝国大学」が「畿内説」以外を粛清して、政治決着がついたな。

39 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 20:19:24
「畿内説のインボーだあ!」と言うゴミクズ九州説の呪詛でこのスレも埋まってしまうのか?

スレ立て規制も厳しいのにええ加減にせえよドアホw

40 :鹿島怜子:2010/07/16(金) 21:12:37
フフン、このスレも馬鹿ばかりね。

41 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 21:56:09
>>33
>唐津を末蘆に比定することが、九州論者の欠点なのかもしれません。

だからずっと前から 唐津を末蘆に比定するのは
おかしいよと言い続けてきているんですが(ちなみに私は北部九州山門説)、表に出る反応はほとんど無しか
頭から否定されるだけ。
同じ九州説にも末蘆は唐津ではなく、博多湾の西の方に取る説があるんですが全然手ごたえありません。
伊都国の近くの天然の良港とは博多湾のことです。
ですから伊都国は大野城か太宰府あたりで、末蘆が前原の近くなのだと。
そうすれば、方角も距離も一致します。
距離は現代の地図での直線距離ではなく、道のりです。
現代でも車でメーターを測れば、直線距離よりずっと多くなります。
正確な地図も土地勘もない昔の外国人が歩いて測るわけですから、地図上の直線距離の
2.3倍は長い距離を歩いたことだと思います。ですから500里で大野城、大宰府辺りが
適当なところです。

42 :日本@名無史さん:2010/07/16(金) 23:48:59
>>41
正解は、皆に無視され、振り向かれることもない、日蔭の野の花。
みんなから注目されたら、真相を奪われてしまうので、ひたすら無視される。


43 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 00:03:42
>>土地勘もない昔の外国人
魏使は探検に来たんじゃないぞ、倭人に最善の道を案内されて歩いた筈だ

44 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 00:07:25
>>41
頭から否定するわけではないが、それだと倭人伝的にも考古学的にも齟齬が生じるんじゃないかね。
末蘆が前原の近くだとすれば、倭人伝の末蘆国を貧相に記した記事は間違いという事になる。
まあ壱岐・対馬にしても倭人伝の記述はおかしいというのが定説だから、そこは良いとしても
その後の伊都国までもが末蘆以下の規模で、奴国や邪馬台国がさらにそれ以下というのは
流石に苦しくないか?
倭人伝をどう読むかだけを一生懸命やっても、それはまさに机上の空論だと思う。

45 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 00:07:53
>>43
ツアーで外国旅行したことない?

A街からB街まで行くのに、直行するってことは無いんだぜ?
途中でいらない観光スポット巡りしたりするんだ。
そうなると、土地勘の無い外国人は、距離や方角がわからなくなる。

46 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 00:11:18
ただ魏使が末蘆経由で上陸したとは考えにくいという有力説もある。
倭人伝には対馬から一番近い松浦半島(末蘆)を単に挙げただけで
実際のルートは違ったんじゃないかという考え方だね。
そっち方面を念頭において考えを再構築してみてもいいんじゃないか?

47 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 00:16:49
>>45
倭人伝を構成する情報は、果たして魏使が残したものかどうかをまず再検討したほうがいいと思う。
魏使が初めて倭の地を訪れた外国人って訳じゃないんだよ。
北部九州に限定しても、すでに半島との頻繁な往来と交易がすでに認められている。
公孫氏を滅亡させた魏が、その先の倭国のことを全く情報がなく、支配した半島人からも聞いていないというのは不自然だよね。

それよりまず、倭人伝は旅行記でも道案内書じゃないということを理解しておいて欲しい。

48 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 00:20:04
>>45
魏使は観光で来たんじゃないよ
「距離や方角がわからなくなる」って、そんな暢気な事やらないよ
倭人に問い質してでも正確に記す、それが仕事ってもんだろ

49 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 00:40:24
>>46
同感です。松浦半島から糸島半島に陸伝いに船行して(唐津湾経由の陸伝いならば、玄海灘が近くでも
安心して船行きで博多湾に行けると思います)
博多湾のめいのはまの東辺りに着岸にしたのだと思っています。
末蘆はマル国と読んで、現在の前原はマルの前(西)にあるのでマエマルでなまって
マエバルになったのかなあとか、思ったりしています。
めいのはまの西辺りは丸とか原という地名が残っています。



50 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 00:50:07
>>46
同感してくれるのはありがたいけど、これは考古学的な見地から述べた意見なので
地名の語呂合わせとかは遠慮してくれるかなw
あくまでも魏使の上陸地点が末蘆じゃなくてもいいという考え方であって
末蘆をどこかに持っていくという話ではないので、あしからず。

51 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 00:50:10
>>49
訂正 めいのはまの東× めいのはまの西

それと道案内がいたのは当然承知しています。でなければ
伊都国にいけませんから。
要するに距離を測っているのは外国人ですから。
言い方が悪かったとは思いますが、そんな小さなことをつつかれるとは
思って・・・いましたw
普通に迂回したり川を渡ったりしながら歩けば直線距離の2,3倍になると考えるのは
妥当だと思います。

52 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 00:53:07
>>47

もちろん、邪馬台国は畿内に間違いない。
魏志の時代に、畿内のクニを無視してるってありえないしな。


53 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 00:55:18
>>50
イミわかりません。それでは話が先に進まないと思いますが。
例えばの話を出しただけです。
地名の語呂あわせを第一に考えたわけではなく、方角と距離を第一に考えて
その結果、名前にも語呂合わせができたというだけの話です。
それに考古学的見地からだけでは片手落ちですよ。

54 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 01:05:03
>>53
>方角と距離を第一に考えて
でもその方角と距離の通りに進むと、どんどん何も無いところに行くわけでしょw
なので山門説は下火になったのですよ。
だいたい山門という地名そのものが後世のものでもあるからね。

55 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 01:05:58
>>48
中国人のシゴトを信用するなんて危険すぎるあるよ
外側だけ綺麗に塗る、それがチャイナクォリティ

>>45
現代と違うのは、その土地まで行くには、
本人が相当な労力を払わなくては行けないということ。
でも、報告される相手は確かめようがないw

魏志倭人伝では、水行「十日」だのって記述は明らかに誇張と見ていい
でも方角を偽る理由はない。
なんだっけ、放射説?意味不明すぎる。

使者は「これだけの広い範囲を調査しました」と言いたがっただろう。
邪馬台国側の外交官は
「ウチの領土は広い、王は遠い所にいるから会わせられない」と言いたがっただろう。

それぞれが、どんなウソをつきたかったか。
そう考えれば、疑っていい範囲も限られる。
少なくとも放射説はうんこ。そんなウソをつく理由がどこにあんのよ

56 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 01:11:35
魏使の来訪は何度かある、ウソの報告をしたらバレる
官僚同士で相互監視させて讒言させる、皇帝の臣下とはそんなもの

57 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 01:12:19
>>56
中国人にそんなモラルがあるわけないでしょ!?

58 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 01:18:41
>>54
どんどん何もないって、
宝満川があるじゃないですか。それと大都市の久留米が。

久留米は投馬国です。
大野城から久留米まで車や電車で約50キロの道のりがあると思います。
昔は川を蛇行しながら行ったわけですからその2倍程度は道のりにすれば有ったと思います。
そこまで水行き20日かかったわけです。
昔の旅は半分休んで半分進みました。だから正味10日位で100キロ程度を進んわけです。
それと一里150メートルで計算しています。両足を出して一歩ですから(距離の場合)
とすると伊都から女王国まで1500里はだいたい200数十キロになります。
大野城から山門山川まで現代で車、電車で100キロ程度あります。
ですから昔は川の蛇行、陸の迂回等考えまた半分は休むことを考え、200数十キロで2ヶ月かかったと
いうのは妥当だと思います。というわけで北部九州山門説になったわけです。

59 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 01:18:44
>>56
それだけ詳細な報告があったのなら、なぜ三国志はあの程度の情報しか書けないのかという矛盾が生じるでしょ。
何度も言うけど、三国志は魏の為の歴史書でもなしし、報告レポートでもないのですよ。

60 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 01:21:54
>>58
では久留米のなんという遺跡が投馬国の一部なのですか?
まさか未だひとかけらも発見されていないとかいう、そういうオチですか?

おそらく貴方には考古学見地がすっぽりと抜けているのだと思います。
片手落ちどころか、両手落ちですね。

61 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 01:28:48
>>60
考古学的見地といいますけど、
いまだ発見調査されているのは一部ではありませんか。
また時代もまちまちの遺跡です。
今の時点で考古学的見地を前面に出すのは危険がありすぎます。
まずは文献学からです。それが第一だと思います。

62 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 01:32:28
>>61
はあ。じゃあ久留米をくまなく掘り起こして下さい

63 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 01:35:45
>>61
その一部とやらが、実際にはどのくらいのものか一度お調べください。
おそらく遺跡名もほとんどご存じないようですから、まず貴方に必要なのは知識の集積です。
それと文献学は、すでに極限まで考察されつくしています。
残念ながら今更貴方が出る幕はありません。

64 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 01:37:28
いつものことだけど文献学をかたる奴ほど文献に疎いわな

65 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 01:38:30
>>59
つまりその通りでしょ。
三国志は魏の為の歴史書でもなしし、報告レポートでもない。
適当に書けば良いだけでしょ?
やはり魏の時代には倭について詳細な報告書もあり、公式な外交文書もあったと思いますよ。
詔書を発給して冊封したくらいだから、女王の居所はもちろん女王国全体の政治経済地理に関する情報も吟味されての事だと思います。

66 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 01:40:13
>>65
それがあったと推測するのはまあいいとして
それはどこかに残っているのか?見つかったのか?

67 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 01:43:22
>>65
>詔書を発給して冊封した
「詔書」
「発給」
「冊封」
それぞれの用語を解説よろ^^
そんな日常的じゃないコトバを使うのはよろしくないね。
人に伝える意思があって書き込みをしてるのならね。

あ、「吟味」は分かります^^

68 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 01:49:14
詔書は詔(皇帝の意思)を記した紙
冊封は外国の国と主従関係を結ぶ事


69 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 01:51:10
>>68
はー。そりゃ大変だ。
「詔書を発給して冊封」
って略すようなことじゃないねえ

70 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 01:53:01
しかもそれなら「詔書を出して冊封」でも良さそう。
どうして分かりづらい漢語でぼかすの?

71 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 01:54:33
>>63
考古学的見地からでは残念だけど、今の状態ではどんなに沢山あろうが
無理。時代がまちまちだし、全部掘りきっていないし。
年代測定法も誤差がおおきすぎてあてにはならないし。
まずは文献だよ。文献で極限まで考察されつくしているなんておおきなウソ。
倭人伝は魏志だけではない。ほかの文献も調べなきゃならないのに。
何もわかってないのはあなたの方ですよ。

72 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 01:56:58
>>71
ほうほう、>>10-11についてはどう思われます?

73 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 02:03:26
>>72
一生懸命絵を描き地名も考えたみたいだけど、努力だけを評価してあとはスルーですよ。
なんでそんなことを聞くのですか?

74 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 02:06:00
>>73
>スルーですよ。
思考停止ですね。

75 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 02:10:32
>>70
皇帝の言葉が詔(チャオ!)、行政機関で書面化したものが詔書
日本史でも宣旨とかは「発給」という言葉を使う

76 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 02:14:48
>>72
誤解されると困るんだけど、私だって一応考古学的見地も調べていますよ。
ただ第一に考えるのは文献だということです。

そもそも近畿の前方後円墳は詳細な調べがほとんどできていない。
調べたらそれがまるで倭人の風俗には一致しないことがわかってしまうね。きっと。
証拠隠滅したり、でっちあげたりしないでね、今から釘さしておかないと。

77 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 02:15:18
>>71
やっぱ文献学についても何にも知らないんだな
他の文献にしてもしゃぶりつくされtるよ。
もっと勉強してからまたおいで。

78 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 02:17:04
>>76

>証拠隠滅したり、でっちあげたりしないでね

こうやって陰謀論にはまっていくわけかwww
k北部九州にも巨大前方後円墳があるって知ってる?

79 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 02:18:22
>>75
「宣旨」?
なんですかねそれ
「みことのり」ならググる意欲も湧くんですが

>>76
そりゃ近畿に「倭人」とは違う民族が来たからでしょ

80 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 02:21:56
>>79
早い話、前方後円墳は倭人の墓ではないのですよ。


81 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 02:26:46
>>80
何あたり前の事言ってんの

82 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 02:28:10
>>77
誰だか知りませんけど、
しっかり中身を語れるようになるまで、しばらくおとなしくしてなさいね。



83 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 02:35:19
>>81
なんだ知ってるのか。
箸墓は卑弥呼の墓だって近畿説は言うから、勘違いしてるのかと思った。

84 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 02:39:24
>>83
近畿説じゃなくて畿内説でしょ?

近畿に来て大和国を築いたのは、満州人と匈奴。
つまり「漢民族」が、東夷、北狄と呼んで必死で蔑もうとした民族。
考えて見りゃ分かる。
日本史は、マスゴミに巣くってるのと同じ連中が一番初めにとり憑く分野。

85 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 03:23:14
>>79
詔書も冊封も宣旨も、知ってて当たり前の、ごく基礎的な歴史の用語だけど。
邪馬台国の問題に興味を持っていながら、なんで知らないんだと不思議に思う。

86 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 03:32:00
>>85
日本のことだから興味があるんであって、
歴史の用語に興味があるわけじゃないからね

調べてみたよwikipedia。
>冊封(さくほう)とは、中国王朝の皇帝がその周辺諸国の君主と「名目的」な君臣関係を結ぶこと。
うわあきも。なんでシナ用語使ってんの??

87 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 03:44:47
>>86
バイクや車についてて、中でガソリンを燃やして、車輪をぐるぐる回すヤツって、
いちいち言うかい。エンジンって言えば話は簡単だろ。
うわあきも。なんで英語使ってんの??って言うかい。

むかし、日本にあった国のトップが中国の皇帝から王の位を認められた。
中国ではその行為を冊封というから、そのまま使用してる。

88 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 03:47:54
>>87
>中国ではその行為を冊封というから、そのまま使用してる。
なーにー?あなたが中国人ってこと?

89 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 03:56:54
>>87
エンジンを"engine"といちいちネイティブな発音で言う人がいたら
うわあバカ。と思うねw

90 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 04:05:53
>>89
エンジンなんて外国語は使うな。発動機と言え。キリッという人も、
うわあバカ。と思うねw

91 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 04:07:34
>>90
だから一般的にはエンジンって言うよ?

92 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 04:16:02
>>91
だから一般的に冊封とか詔書とか宣旨とか言うの。

>日本のことだから興味があるんであって、
>歴史の用語に興味があるわけじゃないからね

日本のことだから興味があるって、それ、日本の歴史のことだよね。
歴史用語抜きで、どうやって歴史を語るんだろう。
オレ、車に興味があるんであって、用語に興味があるわけじゃないからね。
と言ってるのと一緒なんだがなあ。
ハンドルとかワイパーとかキャブレターなんて言葉の意味がわかんなくて、
それでどうやって車について語るんだと。

みょうに突っ張らずに、素直に一つ一つ覚えていけばいいじゃない。

93 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 04:21:50
>>92
>だから一般的に冊封とか詔書とか宣旨とか言うの。
言わない言わない。
「朝貢」はこのスレでよく見るから覚えた。

94 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 04:38:02
>>93
それは、君の日常生活の中に無いだけのこと。歴史関係の本をよく読む人には普通の言葉。
ちなみに、小泉首相が郵政解散したけど、衆議院を解散するとき、天皇の解散詔書に閣僚がサインする。
詔書なんかは、今でも普通に使われる日本語。

まあ、君の言ってることは、女の子が「私、車に興味があるの」って言うから車の話をしはじめたら、
「キャブレターとかエンジンとか、そんな特殊な言葉使わないでよ。普通の言葉で話してよ」
と怒りだすようなものだなあ。
「えっと、ガソリンを霧状にしてエンジンの中に、
いやいや車についてるガソリンを燃やして車輪をぐるぐる回す機械の中にガソリンを霧状にして吹き込む機械
って、メンドクサイわい」
ってことになるよ。

95 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 05:51:29
unko

96 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 07:20:06
>>94
ならないならない。
キャブレターは知らなくても車は運転できる。
自動車整備にまで興味がある女子はさすがに少ないし、
いるとしら「車に興味がある」というぼんやりした表現はしない。
「エンジンに興味がある」とか、具体的な表現をする。
「車に興味がある」と言う女子はエンジンの仕組みを理解しているべき
なんて発想の男もいない。

というか
>えっと、ガソリンを霧状にしてエンジンの中に、
>いやいや車についてるガソリンを燃やして車輪をぐるぐる回す機械の中にガソリンを霧状にして吹き込む機械
言ってる本人が理解してないのが丸分かりで面白いw
その男は(あ、やっぱり知ったかしてるだけだったんだ)と
女子に見透かされて相手にされなくなるであろうw

97 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 08:05:29
車板で吸気を語ってるスレッドにきて、

EFI?
なんですかねそれ
「キャブレター」ならググる意欲もわくんですが

そういうレベル。

98 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 08:09:53
>>97
もういいから。

99 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 08:50:52
>>97
EFIググる気もないのに、なんで車板の吸気を語るスレッドに行こうという気が起きるのかが不思議。
普通、興味ある板に行って、知らない言葉が出てきたら調べてみようと思うんだけどなあ。
まあ、実際は高校の教科書に出てくる言葉なんで、EFIじゃなくて、キャブレターのレベルだと思うけど。

100 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 11:22:19
もう、邪馬台国のことはいいからさ、懐かしのコテの思い出を語るスレッドにしようよ。

河童虫、改め、老教授、サガミハラハラ、太国、縄文人、美濃もん太、九州王朝大好き・・・doontakuka、九州ですがなんてのも居たな。

101 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 12:08:28
>>100
まともな畿内説と言えば「老教授」ぐらいか?

もともと九州説にとっては邪馬台国ブーム華やかなりし頃を
「昔は良かった」と、ともすれば昔を懐かしむ傾向があるのかもしれんがw

畿内説にとって邪馬台国の時代の古代史と言うのは現在進行形の問題なんだよwww

無論、今後新しい発見で今まで考えられていた枠組みを
大幅変更しなければならない事もあるだろうがそれはそれで楽しいw

と言うか100%現在の自分の予測通りに事が進んだら面白くもなんともない。
いい意味で自分の予測を裏切ってもらわないとwww


常々疑問なんだが、ここのゴミクズ九州説は如何なるイベントが発生したら
自説が日の目を見る事ができると想像しているのか?

まさか、ある日突然ここに書き込んでいる自身の「すなお読み」が

「やや!これこそ論争に終止符を打つ究極のすなお読み!!」

…と脚光を浴びるとでも思っているのだろうか?www

102 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 12:14:49
>>101
なんかもうシャドーボクシングだね

103 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 12:30:02
>>71
>倭人伝は魏志だけではない。ほかの文献も調べなきゃならないのに。
>何もわかってないのはあなたの方ですよ。

ヨコからだが…

その「ほかの文献」って具体的に何だ?
まさかこの板でよく引かれる「後漢書」とかか?

例えば御覧引の倭人伝は魏略や広志にも先行する史料を下に書かれたのではないかと
研究された事があったが(これには例の放射説の榎も噛んでいたらしいw)

結局のところ魏志をベースにしたものに当時の知見を加味しただけ…と言う結論に達したと聞くが…

要するに文献資料に頼る限り約二千文字の魏志倭人伝の単一史料に拠らなければならない
と言うのが結論…と言う認識なのだがこれってマチガイデスカ?www

どうにもこうにもここの九州説の暗号解読ゴッコは
以下の連立方程式を解こうとしているようなもんだと思えてならないwwww

  x+y=10
 2x-20=-2y

…まあ例えとして幼稚なのは分かっているが”算数”の時点でオチこぼれた人間と言うことでご容赦をwwwwwww




104 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/07/17(土) 13:22:55
>>100
このごろ規制ばかり長きにわたり、それで書きこめないのでは?

105 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 13:35:48
ぎゃああああああ

106 :縄文人:2010/07/17(土) 17:42:38
>>104
太国ちゃん、本当にこの規制というのはひどいものだね。

107 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 18:26:58
・・・ってオマイら、フツーに書き込めてるじゃないかw

108 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 20:02:20
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1279363892/

古事記と日本書紀に現れる内容を見れば初期伽耶人と初期百済人が先に日本に渡って勢力を
育てた。この時、扶余人が日本列島を占領するとすぐに新旧勢力の大妥協が成り立つ。これを極
めて日本式表現で現わしているにもかかわらず、このような事実を努めて冷遇して操作した。
このように見る時、日本天皇、天照大神と台風の男神、スサノオノミコトの結合に現れる部分は、
当時の韓半島から流入した新旧勢力間の同質性から来る大妥協だった。

日本列島は高句麗の子孫と渤海の遊民まで次々に合流してそれこそ韓半島の民族性をそのまま
混合している。過去に太陽を崇拝した人々は永い歳月を経て浮かび上がる楽園を求め、永遠の
人生を渇望して東に東に移動しながら生きてきた。その痕跡が壁画などの遺物と共に各々その時
代の主人を詳しく伝えて隠せない本当の真実を語っている。

日本の出雲・九州・大和地域が韓国人の定着地であった事実を隠そうとしてきた日本史学界の学
者と政治関係者は出土した韓半島関連遺物によって慌てふためいている。このような事実は日本
国家の誕生の側面から隠せない永遠の事実だ。

歴史は永い歳月、覆っておくことはできても歴史家の目は少しの間も覆うことはできない。日本の
「正倉院」に保管された遺物を堂々と公開する日を待つ。そして「仁徳」王陵を世界の考古学者ら
と共に発掘公開できないのは、何がそんなに恐ろしいのか?


109 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/07/17(土) 21:49:21
>>106 縄文人さん
この1年、昔の数倍規制されて、迷惑この上ないです。今日は解除されて
ますが、も〜う〜すぐに規制再開されっぱなしです〜〜。

110 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 22:33:40
まあ少々マジレスすると、ここ数年の2ch運営は選挙やWCなど
レスが活発になる時期を狙って、●購入狙いで規制を増やす。
それと板を問わずにウヨサヨ言い出す馬鹿が、あちこちにマルチコピペを張りまくるので
プロバイダに迷惑行為にあたるため解約を促すという目的がある。

このスレでもそういう馬鹿が数人いるようだが、今後は自重されたし。
サーバー永久規制などになったら、もう書き込みは不可能と思ったほうがいい。

111 :日本@名無史さん:2010/07/17(土) 23:44:51
6年前からループしてるだけだから、規制されても問題ないだろ。

112 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 00:30:38
まあねえ、もう結論でてしまっているのに、現実から目をそらし続けたいひとの溜まり場だからな
縦目やジョーカーがそいつらをいじって遊ぶと、その繰り返し

113 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 03:58:35
>>112
断末魔に勝利宣言というのはよくあることですね。

114 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 04:25:26
>>112
ジョーカーは自演が痛いし、アホ過ぎのヤラレキャラだろ。
畿内説を貶めるために九州説が演技しているのではないか?

115 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 09:49:34
>>112
九州の電波は除いてこの二人が常に荒れてる原因なんだけどね

116 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 10:37:26
電波じゃない九州説が居ないから仕方ない。


117 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 10:45:12
何で「www」は「ジョーカー」と呼ばれるのかな?
命名者は確か太国じーさんだと思ったけど、何が由来なの?
ま、太国脳の構造は余人には理解しがたいものがあるので
御当人ですら説明できないかもしれないけどw

118 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 11:04:50
バットマンの悪役のジョーカーじゃね?
いつも笑ってるということで。
まあ何にせよじじくさいセンスだが。

119 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 11:07:13
荒れる原因はむしろサイキバ&怨み節じゃないか?
なにしろ同じ芸風で延々粘着するわけだから、スレの無駄遣いもはなはだしい。

120 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 11:20:36
サイキバ君の書き込みは実に微笑ましいかと。

「恨み節」は一人じゃないよね。
基本認識のレベルにかなり違いがあるので3〜4人はいるよ。
その内、最低レベルの奴は、古田と安本の違いも認知できないレベルなので
サイキバ君なのかもしれないがw

「恨み節」はwwwの命名だけど、私は「九州説懐古軍団」と呼びたい。




121 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 18:13:32
「ゆるやかな連合」と100回連呼すれば、事実になる。

122 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 19:53:20
>>119
電波はスルーだよ。基本中の基本。
相手しなきゃそれで消えてく。
それを毎回煽ってる方が本当の悪。
スレッドが殺伐としていく原因。

123 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 20:33:34
>>122
このスレに限っては、その常套手段は通用しない。
なぜならここの九州説全員が電波だから(まともな九州説がひとりもいないという意味)
さらには近江厨とかウヨサヨがどうしたとか、ついにはユダヤ厨まで寄ってきているのだから
ここは電波の隔離スレだと認識しておいたほうがいい。

纏向や緩やかな交易連合について真面目に議論したかったら、該当スレに行くべし。

124 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 20:38:30
>>123
陰謀厨きた〜〜

125 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 20:40:21
>>124
なぜ俺が陰謀厨なんだよw >>121と間違えたのか?

126 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 20:43:09
>>125
ユダヤ厨って何?

127 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 20:52:54
>>126
まったくムダな知識だが、まあ読めや。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E3%83%A6%E5%90%8C%E7%A5%96%E8%AB%96

いずれ、同和が来るようならスレの役目はもう終いに近い。それとも誰か新コテやるか?

128 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 20:58:57
>>127
そんなのこのスレにいるかー?

129 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 21:01:06
八つとか四つとか言ってるのがそうだろ。

130 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 21:05:11
>>129
八つとか四つはユダヤ人なの?

131 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 21:08:04
八切止夫か? くだらない。

132 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 21:12:03
>>127
>それとも誰か新コテやるか?
何が「それとも」なんだかよく分からんけどさー
別にコテなんかいなくてもいいんだよ?
それとも何か特定の「お仲間」に対する呼びかけかな

133 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 21:12:30
>>130
いちいち質問するなアホ。ユダヤとは違うが、トンデモ度はほぼ同じ。
http://www.rekishi.info/library/yagiri/scrn2.cgi?n=1049


134 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 21:14:58
>>133
ユダヤ厨なんてどこにいんだよwww

135 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 21:24:05
本当に馬鹿ばかりのスレだ。

136 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 22:50:38
荒廃したな。

137 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 22:52:37
結論が出てしまったからね〜

138 :日本@名無史さん:2010/07/18(日) 23:02:52
八切万歳!
核心をついた説だと思うが、共産党のバイブルになっているので深入りするのは危険ですね

139 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 03:26:37
四つやら八つは完全に妄想の類だな。
人の知らないことを知ってるオレすげーって感じの話。

日ユ同祖論は、卑弥呼天照同一論に通じるところがあるな、トンデモ加減的にw


140 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 05:58:45
>>123
そんなもの何の理由にもなってませんよ
例えば>>1などに電波専用の隔離スレであることも一切記載していない
単純にwwwや縦目が初心者や電波を叩いて遊ぶためのスレとしか見えないですし
邪馬台国関連のスレはほんとヒドイですね

141 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 06:34:20
このスレは自作自演で日本史板を荒らしまくるwwwの隔離スレなんですけど・・・。

142 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 08:44:17
マスゴミが民主党に都合が悪いニュースがある場合に
話題そらしに、どーーーでもいいニュースを延々取り上げる手口あるでしょ
あれと同じ。
ジャガイモwwwと涙目仮面は工作員さん。
日本の本当の歴史が明らかになっては困る類のお方なの。

143 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 10:50:37
日本の本当の歴史とは、朝鮮半島から騎馬民族がやってきて天皇になったということですね。

卑弥呼も朝鮮人と言うわけですね。

http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1279363892/

144 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 11:15:17
>>143
こりゃまたがんばってますねw
百済人はぺクチョンだし、扶余人はオランケ。
百済人って言っても邪馬台国作った人達は百済を通ってない。
彼らは半島より北、満洲付近から日本に来てる。

145 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 13:23:41
大和民族自体が詰んでんのよw

超大国連中からすれば何が何でも半島通過してもらわんと困るのよ。
後は北行こうが南行こうが自由だ。

146 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 13:44:52
>>142
陰謀論の見本のようなレスだな。

戦え、聖なる戦士よ、見えない敵と。

147 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 15:55:48
>>146
もう見えてるしさー
あんまり醜いから見ないフリしたくなるけど
いろいろ変だってのは、皆うすうす気付いてたの、昔から

148 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 16:09:56
>>145
ちなみに超大国連中ってドコとドコとドコですか。

149 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 16:44:05
「超太国」の間違えでは?

150 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 16:46:10
残念ながら力が正義を騙り、勝者が歴史を騙る。
これからもそうだ。

151 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 17:00:56
>>147
気づいたつもりが、あさっての方向に行っちゃったんだねーかわいそう。

むかし星新一がこんなこと書いてるんだよ。
『目から鱗が落ちたというが、たいていの場合それは、目に鱗が飛び込んだのだ』

152 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 17:08:03
>>150
「騙った者が勝者」ではないわなw

153 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 17:10:59
もう何と言うか…

「チョンネタ」「同和ネタ」あと「草加ネタ」が加われば
2ちゃんねるの厨房御用達の三大話のできあがりだなwwwww

仮に何処ぞの古墳を調査して半島由来の遺物が大量に出てきたとて
そんなもの予想の範疇。

火病起こすかはしゃぐのはバカウヨ連中か
ここでインボーロンほざいている>>147みたいなアホ連中(=バカサヨ?)だけ

そもそも騎馬民族征服王朝説の根拠としては応神陵から江戸時代に馬具が発見されている
…と言うのがあったが馬匹文化の導入は当然半島からの輸入で
馬自体は勿論、馬具を作る工人も渡来してきたのは間違いない。

ついでに言うと土器の須恵器も基本外来の技術。

一体何を鬼の首をとったかのごとくはしゃいでいるのか知らんが
あまりにも幼稚すぎる。

154 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 17:12:18
>>153
すっこんでろジャガイモ

155 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 17:18:32

…で、その明らかになりつつある「隠された真実」と言うのは具体的に何なんだ?

その根拠は?

「インボーだ」と繰り返すだけで各論には踏み込まないのかな?クズどもw

それをこのスレの趣旨である邪馬台国に絡めてきちんと論陣はれる奴がいるのか?


 『 この世界は陰謀ではなく陰謀論に満ち溢れている 』www

156 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 17:23:41
>>155

『 日本にはうんこみたいな中国人がたくさん紛れ込んでる 』

各論ってなに。うんこをいちいち報告しろと?

157 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 17:32:08
>>156
で?

『 日本にはうんこみたいな中国人がたくさん紛れ込んでる 』

を隠蔽するために邪馬台国論争でどのような誘導工作がなされているって話なのかな?

…しかしここで「うんこネタ」とは…トホホ

まったくガキは「うんこネタ」が好きだよなあwww

こんなところでアホをほざいていないで夏休みの宿題でもはよやれwwwww

158 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 17:36:26
まあどうしても同和ネタやらと日本史を絡めて語りたい奴は
以下のスレにでも逝ったらどうか?

【ひろゆき】網野善彦を語り継ぐ3【皇太子さま】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1166618444/l50

本当は古代史になんてさしたる興味ないんだろう?w

だから出て来るとしても近江厨のような地名の語呂合わせだけで
そこからの展開は放棄しているとwwww




159 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 17:43:50
>>158
ここに居座っている陰謀厨は網野史観なんて知らないよw

160 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 18:10:29
>>158
おや、近江説に興味がおあり?
後世の出来事までスッキリ展開していくのが近江説の魅力ですよー


161 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 18:41:18
>>160
>後世の出来事までスッキリ展開していくのが

その手の与太は九州王朝説で間に合っている

162 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 18:48:59
九州王朝説?
吸収王朝が大和政権になった!以下略。大和政権の起源はウリ達!
ってのしか見たことないけどね

163 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 19:12:14
いまだに
トンでもトンデモの騎馬民族征服王朝説とか書いてる
キチガイがこのスレに生息しているとは。。。

164 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 19:13:36
>>163
朝鮮人だろうな。

朝鮮じゃ、日本の歴史はウリたちが作ったことになってるからな。
畿内にヤマト王権があったら困るわけで。


165 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 19:14:33
>>163
生息してないよ。幻でも見てる?
何かよからぬ薬でも使用してますか?

166 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 20:13:13
おまえら脳内敵と戦いすぎw

167 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 20:55:28
馬鹿馬鹿しい

半島からの帰化系の血が混じってない日本人なんて
それこそ北海道のアイヌの一部ぐらいしかないだろうに…

チョンネタはハングル板でやってくれって話だよな

168 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 21:02:52
だからさ逆だってば
半島に流入した縄文系の血のほうが濃いんだよ
もちろん相互の行き来はあるがね

169 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 21:07:35
>>164

畿内にヤマト王権があっても困りもせんがな。
九州だろうが、畿内だろうが、日本は箕子に国を譲った檀君の隠遁先じゃないか。

170 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 21:56:15
半島経由の遺伝子なんて3割程度じゃね
弥生系ですら大陸から直接来た可能性が高い

というかスルーされた土地に何か優位性があるんですか

171 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 22:22:02
そもそも近江厨とかその他の陰謀厨のアホ連中は
暴れる場所、相手にする人間を間違っているんだろうなw

今の考古学者で少なくとも「万世一系」を積極的に指示している奴なんて少数派だろうにw

先にも言ったが天皇陵を発掘して半島由来の文物がザクザク出てきて
仮に天皇が半島からの帰化系の子孫と言うことが(まあ現実的には無理だろうが)証明できたとしても
そんなもの予想の範疇内。

ましてそれで今の象徴天皇制がひっくり返るとでも本気で思っているのか?




172 :ゴジンム:2010/07/19(月) 22:29:35
萬世一系皇統護持 神州ハ不滅ナリ

173 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 22:29:36
韓国人が喜ぶのがウザイ。


174 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 22:35:09
半島人に奇妙なコンプレックスがあるのは社会がゆがんでるからであって、DNAなどの問題ではないだろ。

175 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 22:42:49
「九州説」って人たちがなにを求めてるかはわからないけど
魏志倭人伝について言えば
末盧國を出雲(松江)とすれば、不彌國(伊勢・三重)まで
すんなり路程が書かれてるんだよ。
これはおpそらく江戸時代でも明らかだったはずなんだ。

なぜ、それを説の1つとしても出せなかったのか
戦前までの研究をいちど白紙にして望まないと
魏志倭人伝研究ってのは学問ではなくなってしまうと思うよ。

176 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 22:44:41
>>171
125代はナイだろうねえ。
でも継体天皇は一応神武の血統を引き継いでると思うよ

誰が天皇制をひっくり返そうとしてるの?
近江厨ではないね、継体天皇は近江出身の線が濃厚でしょ?

177 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 22:46:14
朝鮮総連直営の似非右翼がゾロゾロ出てきたなw

178 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:01:59
>>175
>これはおpそらく江戸時代でも明らかだったはずなんだ。

で、その根拠は?
「〜はず」って言われても理解しようがないのだがwwww

江戸時代までの文献にそのルートの解釈を打ち出したものでもあるのか?

日本海ルート説といえば笠井新也以前の物を知らないんだが
もしあったなら是非ご教示を

179 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:09:50
>>178
いや、そういう説がひとつも「ない」からおかしいね、って書いてるんだけど。

180 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:15:18
ジャングルのように草が茂っていて、冬でも生菜をたべて、潜水漁をしているような土地は、
江戸時代でも出雲や伊勢じゃないとわかるだろう。

181 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:15:51
>>179
そんな事を言い出したら

「太平洋ルートが出ていないのがおかしい」
「邪馬台国関東説が出ていないのがおかしい」
といくらでも言えるわなwww

で仮に出てきていないのが不自然と言うのなら
それがでてくるのを阻害していた要因は何なのかな?w

香ばしい陰謀論の類かな?www

182 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:17:06
うん、おかしい
末盧国までは固定な!ってお約束はどこから来た?

>>181
バカじゃないの
地図見れば

183 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:18:32
>>181
そうじゃないよ、
二つの神社、とくに伊勢を魏志倭人伝研究に絡めることが戦前までは
できなかったんじゃないかと考えてるんだ。

184 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:20:37
>>182
で地図を見てどうするんだアホw

任意の場所に「×」印つけてそこまでのルートを適当に選んで
途中の地名を語呂合わせするんだったらほぼ無限にお話できると思うのだがw



185 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:21:43
>>184
パプアニューギニアまで行って還ってくんなジャガイモ

186 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:22:06
>>182
>末盧国までは固定な!ってお約束はどこから来た?

一番最初は

・対馬から一番近い
・地名の類推

この2点だろう

その後、みんなの大嫌いな考古学がそれが間違いで無かった事を証明した

187 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:22:55
>>186
>証明した
証明して?

188 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:24:30
>>183
戦前戦中にはタブーだったといのは事実だが
その中でも津田なんかは圧力に屈せずに論文を書き上げているね

つまりタブーだったことと、トンデモとは両義ではないってことだね

189 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:25:46
>>187
多分君は馬鹿だから理解できないよ、プラム君wwww

190 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:26:39
そりゃタブーを作り出してる側がトンデモなんだからなw

191 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:26:48
>>183
内藤湖南が卑弥呼を誰に当てていたのか知っているのか?

元伊勢と呼ばれる地を巡り最後に伊勢に落ち着いた倭姫だぞ?w

192 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:29:01
>>188
両義がだおうとかは意味が良くわからないけど
いずでにしても、不可触領域があって
それで魏志倭人伝研究が組み立てられていたってことだね、

193 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:29:54
>>186
>その後、みんなの大嫌いな考古学がそれが間違いで無かった事を証明した

>>189
>多分君は馬鹿だから理解できないよ、プラム君wwww

いかにも理系ができん奴だ・・・

194 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:32:21
で、近江厨他の陰謀厨どもの言う

現在の畿内説がひた隠しにしている事実って
結局、何なん?

天皇がチョンの直径子孫と言うこと?
ヤマト王権が実は中国人によって打ち立てられたということ?

…嗚呼こうやってこのスレも与太で埋まるのかw


195 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:32:42
>>192
それも違う。
>>191にあるように、初期論争は比較的タブー無しでやっていた。
軍部台頭からそちら方面の研究が、全般的に制限されただけ。

あと内藤とか白鳥なんてのは『文献学』での論争な。
戦後論争は、清張、宮崎などのブームのあと、部隊は完全に考古学に移った。
そこではいまやもう畿内説も九州説も存在しない。

196 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:33:30
よーするに、

こういう連中が邪馬台国にたかってたって事。

今まで100年間「討論しても結論が出なかった」なんてウソ。

支那バエどもがたかって結論を隠してきた。

197 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:37:02
>>196
で、能書き口上ほざくのはもう良いから

その支那バエどもが隠し続けてきた真実って何なのよ?w



198 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:41:03
>>197
うっざいな

>その後、みんなの大嫌いな考古学がそれが間違いで無かった事を証明した
さっさと証明すれば?

199 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:43:51
ループしている環境こそが、掲示板歴史オタクにとって最適な環境。

200 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:44:12
>>198

ハイ、ゴミクズの陰謀厨がトンズラ体勢に入りましたwwww

一体お前らは何と戦っているんだ?wwwww



201 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:44:55
>>198
本を読め、ともう7年以上も前から言われ続けてるんだろ、プラムwww
お前が初心者でこの板にやってきて、けちょんけちょんに叩きのめされたとき
何人かが必読書を教えていたはずだぞwww
それを読めwww

202 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:45:01
>>195
「比較的」タブーなし、ってのは詭弁じゃないかな。


203 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:48:04
>>201
つかプラムってなんかいなジャガイモくん
結論に辿りつけてない事が明らかな自慰本を読んでどーなんのかと

いやもう結論出たけど^^
>>10-11

204 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:49:11
>>202
まあ多少あったにせよ、現在になんら関係ないわな。
それとも有ったほうが陰謀論には都合がいいのか?

205 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:50:14
>>201
いや、これは本を読まないからこその言意学だろうね。例えは変だが、目が不自由になった人が聴覚などの他の器官が発達する
ようなもので・・・球質が軽いという欠点があるからこそ、大リーグボールが生み出されたようなもので。www

206 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:51:04
中国人うぜえ

207 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:51:11
>>203
ああお前、無知無能の近江厨かwww
お前の中で結論が出ただけだろ?それとも世間に問うてみたのかい?

あ、それで誰も相手にしてくれないから『陰謀』なのかwww
分かりやすい奴www

208 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:52:47
>>205
ワロタ 要するに『馬鹿ゆえにトンデモしか生きる道なし』ってことか

209 :プラム ◆jPpg5.obl6 :2010/07/19(月) 23:52:53
>>201

おい、薬でもやってんのか?
それとも「プラム」の亡霊にでもとりつかれたか?

私はこの「ドンこい78」に投稿するのは初めてだぞ


210 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:53:35
>>207
あれを見て無邪気な九州説がいなくなったね^^

工作できなくなってゴメンね腐れジャガイモ

211 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:53:36
>>209
相変わらず嘘が下手で堪え性のない奴www

212 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:54:01
>>195
>戦後論争は、清張、宮崎などのブームのあと、部隊は完全に考古学に移った。

しかし松本清張なんかは「ここは中国人の修辞・誇張」とズバズバ切り捨てている印象があるがw

それに少なくとも吉野ヶ里ブーム頃までは考古学に期待していたのは
むしろ九州説のような気もするwwww



213 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:55:24
邪馬台国が近江の可能性というのはないわけではないだろうけど、末盧国や伊都国をそこへ持ってくのは無理だし、地名の類似は強調
すればするほど、人が離れていくだろうね。

214 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:55:58
>>210
お前を批判しているのは、畿内説だぞwww
九州説は、ああまた俺らと同じトンデモさんが来たぐらいにしか思ってないとwww

馬鹿九州説どもは、単に飽きたか規制だろ。

215 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:55:59
結局、今ここで与太飛ばしているのは

「近江陰謀厨」の一人なんか?wwwwwwww

216 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:56:10
>>204
おれは最初に書いているとおり、明確に2大神社との繋がりを
論ずることができなかったんだろう、という考えを示してるだけで
それに対してタブーはなかったなんて強弁するほうが陰謀説だね。
ていうか現代進行形だよそれじゃ。

217 :プラム ◆TOfHBAKZgM :2010/07/19(月) 23:57:08
>>209はトリップ失敗

>>211

そういうのはIPでも抜いてから言うんだな
お前みたいなおっちょこちょいなやつがいるから、何時までも低レベルなスレなんだ

218 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:57:09
>>212
そうか裏切られたと思ってるのか。
なるほど、それで親の敵みたいに忌み嫌うわけだ。

219 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:58:50
>>214
批判?スルーしてんじゃないの?どっち?
好きなように言うねー

てか批判聞いたことないよ^^

220 :日本@名無史さん:2010/07/19(月) 23:59:49
>>214
あ、批判あったあった。

ジャガイモは新大陸産なんだよwwwwww

って。

221 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 00:02:51
>>218
いや「裏切られた」と言う意識はないと思うなw

つうかここの九州説の連中って論争史の概略すら掴んでないんじゃないのかな?

それこそ邪馬台国ブームのときの「アカデミズムVS市井のマニア」と言う構図が
戦前明治から続いてきて考古学が終始畿内説側だった…とか思っていそうwwwww

マスコミや考古学に怨み節ほざいたところで
何のことはない、チョット前まで、てめえらが散々その恩恵を受けていたんだろうって話wwww

222 :プラム ◆TOfHBAKZgM :2010/07/20(火) 00:03:42
>>201

>本を読め、ともう7年以上も前から言われ続けてるんだろ、プラムwww

本を沢山読んでもアンタレベルなら、本なんて読む必要もないだろうと
自ら証明しているようだぞ
人に本を読めと指導出来るのは、それなりの器量が必要と言う事だよ
「読め」と指導しているものが
この体たらくでは、誰もそれを実行しようなんて思わないので倭

理解できるよな?

223 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 00:05:21
ああ、自作自演のジャガイモ厨よ

君はいったいどんな使命を背負っているのか

そんなに必死でハムスターのように

スレを回す必要がどこにあるというのか

224 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 00:06:34
考古学は3世紀の列島の全体像を明らかにしてきているだけなんだけどねえ。九州説の、九州以外は土人の国で後で東遷されるだけ
の対象などという論調は無理だということは明らか。このような考えこそが差別の最たるものだと思うけどね。渡来人にしても、3世紀段
階で、すでにかなり畿内にも入ってきてるだろう。

225 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 00:10:02
ま、河童さんとは以前に「馬の字と絵」の話とかしたけど、かなり頭のいい人だと思いますよ。

226 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 00:11:04
そもそも>>10

投馬国で「銅鐸」が出て来るのはまあ良いとしてもだ…

>奴国  ・・・長浜市 (国友鉄砲村)
>呼邑国・・・甲賀市 (手裏剣=鉄?)

って何なんだ?

邪馬台国のお話でなんで「鉄砲」やら「手裏剣」が出て来るんだ?


この近江厨ってリアルメンヘラさんですか?

227 :プラム ◆TOfHBAKZgM :2010/07/20(火) 00:13:37
ここには一人、クスリやってるのいるね?

同じ薬中と思われんのも嫌だから
サッサと退散するよ


幻想見えるようじゃ末期だな     お大事に

228 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 00:13:44
>>226
そこに住んでた人間が、鉄の鋳造技術を持ってたってことなんだよねー
いつ住み始めたかは定かではないにしても

何がどうメンヘラにつながんのか分からんけど

229 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 00:15:24
>>222
つまり馬鹿のままってことか、やれやれ。
そういえばすべてのスレ住人から馬鹿にされてたもんな。

>>226
今頃気づいたのか、サイキバとは異なるタイプの糖質だよ。

230 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 00:19:14
>>228
そりゃ戦国時代ごろまでには製鉄技術なんて日本の各地にあったろうさ
(ちなみに鉄砲なら紀伊の雑賀衆とかが有名がw)

それが3世紀からつながる物かどうかも棚上げしてたんじゃあ話にならんよメンヘラ君w

231 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 00:22:43
近江厨は、なんだか小者感に満ち溢れているから、いまひとつイジリ甲斐がないんだな。
単なるやられキャラというか、北斗の拳でのヒャッハーの人。
あ、キン骨マン近江厨ってのはどう?

232 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 00:24:26
>>230
鉄砲生産で有名なのは、堺と長浜。

雑賀衆は鉄砲使うほうの人な。
wikipedia「雑賀衆」
-鉄砲-
鉄砲伝来は天文12年(1543年)8月に鉄砲が種子島に我が国で初めて伝来したと思われている。
その後根来寺の僧津田算長らが畿内に持ち帰っており、『戦国鉄砲 傭兵隊』によると根来衆経由で
雑賀衆に持ち込まれたと思われている。根来衆の佐武伊賀守が天文18年(1549年)に鉄砲を習い始める、
という記述が見受けられるので恐らくこの以前には根来衆に伝来していたと思われている。
根来衆には一定量の鉄砲があったと思われているが、これらの鉄砲をどのようにして用意できたのか、
現在に至り明確には解っていない。説としては、堺より外国から移入した、地元で作られた、
当時は鉄砲作成技術はなく他の地域より職人を招いたなどが言われているが、いずれも推測の域を出ない。
仮に鉄砲を自前で作成していたとしても、雑賀には鉄砲の材料となる鉄、真鍮、黒色火薬の材料となる硝石が
生産されておらず、入手経路等を示す資料は解っていない。

233 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 00:29:37
と言うか同じ陰謀論をほざいているアホでも

サイキバの方は一応その全貌骨子は分かっている(いや本当は分かりたくも無いんだがw)

7・8世紀頃までの通説の日本史はデタラメ
九州王朝を隠蔽した大和王朝の捏造の歴史…と言う与太だと思うが
(要するに既存の九州王朝説)

この近江陰謀厨が何を言いたいのか良く分からん。

その「邪馬台国近江説」を消し去る事で何を隠蔽し世としてるんだ?「悪の畿内説」はwwww

恐らく邪馬台国論争のみならず近現代史にまで繋がる壮大な電波…もといお話のようだがwwwww

234 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 00:30:36
>何を言いたいのか良く分からん。
頭わるいのね

235 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 00:33:01
>>234

ごめんな近江陰謀厨。

あいにくテレパシー使えないんでwwww

236 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 00:34:34
つか言いたいことなんか

>>10-11 にスッキリまとまってんだけど^^

237 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 00:39:16
まあ近江説なんかは普通に昔からあって

(大内規夫(歌人)『近江卑弥呼の鬼道と天文学』1976 等)

何も露見するとやばい事を隠蔽するためでもなく普通にマイナーなだけwwww





238 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 00:40:55
>>237
それの行路は?

239 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 00:48:09
>>238
悪いが魏使の行程をどのような物に想定しているのかは知らない。
自分で調べてくれ。

銅鐸の出土を重視して三上山を太陽信仰の場としているらしいが

まあ日本海ルート自体は笠井新也が提唱した事で有名だし
近江を比定する事もなんらタブーでもないwwww

一体、リアルメンヘラ近江陰謀厨は何と戦っているんだ?

240 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 00:51:24
>>239
いや?なんでこんな簡単なこと今まで誰も気付かんねんボケ
ってだけ。

アナタこそ何と戦ってるのかな^^

241 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 00:57:35
>>240
そりゃ

「半島から(島伝いに九州にいけるのに)一気に佐渡を目指して
 そこから近江に向かう」

なんて事を考える人間はいなかったって話だなwww

>なんでこんな簡単なこと今まで誰も気付かんねんボケ

自分を基準に物事考えたらアカンよw

まあ自覚症状も無いんだろうがwwwwwww

242 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 01:02:15
>>241
よくわからんなー
私にとっては簡単でも、他の人にとっては難しいってこと?
そんなに頭いいんだ私ー。照れるやーん

243 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 01:15:38
さすが宇野宗佑を輩出しただけはあるなw

244 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 01:18:04
「半島から(島伝いに九州にいけるのに)一気に佐渡を目指して
 そこから近江に向かう」

まあそんな離れ業が出来るのなら、持衰とかはいらんわな。
てか遣唐使でも無理なのに、弥生時代には出来たんだw

245 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 01:23:31
>>244
半島からじゃなくて帯方郡からでしょ

唐人はバカだから仕方ない

246 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 03:10:13
ここ久しぶりに来たけど
めちゃくちゃレベル落ちてるなあ

マキムク、箸墓で9割がた決まりなんで
昔の良コテがすっかり消えちゃったのか

247 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 11:07:39
良コテって、言っても、
夢を追ってばかりはいられないだろ。

248 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 12:12:33
妄想良コテwww

249 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 14:01:15
ホントに唐の人は半島渡ったの?
半島は紛いなりにも他国だし三国もあるんだから
普通は避けるんじゃないの?

250 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 15:15:23
帯方郡の使者も半島周ってない。
東側から出航した。

魏志をまとめる際に、
西側から出航し、半島を迂回する北九州ルートと混同して書かれた。

帯方郡と魏は別物、魏が帯方郡の史書をパクっただけ

251 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 18:02:39
>246 名前:日本@名無史さん :2010/07/20(火) 03:10:13
>ここ久しぶりに来たけど
>めちゃくちゃレベル落ちてるなあ

>マキムク、箸墓で9割がた決まりなんで
>昔の良コテがすっかり消えちゃったのか

あほか?畿内説はもう、完全に否定されとるのに
まだ、戦前並みの皇国史観に凝り固まっている奴
にレベルの話は、滑稽だろ。


252 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 18:30:24
あーそーだねー
畿内説は完全に否定されたねー


253 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 18:55:55
>>251
誰に否定されたのw
お前っていうオチは無しな

254 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 19:22:00

…と言うか畿内説の中の人たちってウヨクなのかサヨクなのかどっちなんだ?www

255 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 20:26:00
ウヨ寄り九州説からはサヨと呼ばれ
サヨ寄り九州説からはウヨと呼ばれているよw

本当はどっちでもないんだけどね、イデオロギーと関係ないところではじき出されたのが「ゆるやかな連合説」だから。

256 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 20:37:41
>>251
>あほか?畿内説はもう、完全に否定されとるのに

もう少し面白い冗談書けよ
つまんない

257 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 20:40:21
皇国史観とかウヨとかサヨとかどうでもいい
今出土してるもんが証明してるんだからな
文献学的にも合致してるし

258 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 20:51:34
ネットオタクはここが生活の場所なのです。逆らってはいけません。

259 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 21:41:14
勾玉発祥の起源は日本か韓国か?
ttp://npn.co.jp/article/detail/69150275/
 さて、勾玉の起源であるが、日本では遥か縄文時代の遺跡から出土される物がもっとも古い。勾玉には呪術的な
要素も強く、勾玉には精霊が宿り、それを身に付けることで災厄から身を守ると思われて来た。また、その形態は
弥生時代から古墳時代の間に、ほぼ形作られた物と思われる。その形状からか、勾玉は胎児を指しているとも
言われている。
 勾玉の大きさは、1センチ大から5センチ大まで様々な大きさがあり、材質は翡翠、水晶、瑪瑙、ガラス製の物など、
様々な材質で作られてきた。中でも翡翠製の勾玉が最も多く、新潟県糸魚川から出土される翡翠を用いて製作
された勾玉が、日本各地から出土されている。
 さて、韓国の勾玉の歴史であるが、韓国からは主に、6世紀頃の遺跡から出土される。
しかも、その材質は翡翠製であり、韓国から翡翠は産出されない。

 近年、科学的な研究の結果として、韓国の勾玉は日本の糸魚川産の翡翠で作られたものだと判明された。
つまり、韓国の勾玉は日本からその時代に韓国へ輸出されたものだったのである。
これに異を唱える学者もいるが、勾玉が日本起源であることは、どうやら間違いない

260 :日本@名無史さん:2010/07/20(火) 22:57:34
>>250
日本へはどういうルートでつか

261 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 00:02:07
>帯方郡の使者も半島周ってない。
>東側から出航した。

倭人伝中の狗邪韓國ハブられましたって話なのか?w

しかしもう何でもありだなw
まあ絶対に不可能とは言わんが
何が悲しくてそんなリスクを犯さねばならんのか?w

後世でもそんなルート使われたような事があったのか?
イマイチピンと来ないが…

…あ、一つあった。

佐渡からじゃなくて新潟からだが
元ネタはひょっとして万景峰号(マンギョンボン号)か?wwwwwww

しかしこのネタハングル板の厨房どもには流行っているのか?



262 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 00:08:57
>>259
糸魚川の翡翠は勾玉としての価値だけしかないよ。

自分が雲南の親友からお礼に貰った大理王家の翡翠は、
ミャンマー北部産で、チャクリー王朝のエメラルド仏と同じ最高品質の翡翠。
大理王家の末裔は、中国共産党に追われてタイ北部のメーサロンにいる。

263 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 00:11:26
>昔の良コテがすっかり消えちゃったのか

今やゴミクズのスクツwと化している九州説にも良コテがいたのか…
昔はどんなだったんだ?

「東遷説」や「九州王朝説」なんてゲテモノじゃなくかったのかな?

今のこの板の現状からは想像もできませんがwww


264 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 00:19:47
2ちゃんの在日もキモいけど、
ここに貼り付いてるwwwwwww関西人はもっとキモいです(´Д`)

韓国人でも留学生とかまともなんですけど、
2ちゃんの在日と関西人はまともなのが・・・orz

265 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 00:50:09
>>261
>倭人伝中の狗邪韓國ハブられましたって話なのか?w
何言ってるのか分からない。
満洲の東まで領土だったなら、そちらから船を出すのがむしろ自然。

266 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 00:55:13
>>265

で、万景峰号ルート説wにおける狗邪韓國は一体何処なんだ?




267 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:04:01
>>266
は?どう見ても「伽耶」

ただし、帯方郡からの使者はそんな所は通ってない。

魏の人間が、帯方郡の史書を読んで
半島西側から船を出し韓国半島づたいに「まぼろしの邪馬台国」を探しに行った。
島が二つある所までは見つかったある、この先に邪馬台国があったはずアル〜
つって、勝手に書き換えた。
余裕のシナクォリティ。

268 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:09:16
>>267
>は?どう見ても「伽耶」

ということは韓伝も間違いだったという事だね
つまり帯方郡についての記事も間違いじゃないとおかしいのだが
公孫氏の滅亡というのも作り話か?

もう一度最初から考え直してみれば?

269 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:12:40
>>268
>ということは韓伝も間違いだったという事だね
まあシナ人が書くことだからいくらでも間違ってんでしょ
韓伝になんて書いてるか知らんけど。どうでもいいし。

つか公孫氏ってそれこそ帯方郡の人間じゃないの
なんで作り話とか言い出すのかさっぱり分からんが

270 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:14:49
>>268
一個マチガイなら全部マチガイじゃないとおかしいのだが
っていう理屈がさっぱり意味不明なんだが

271 :175:2010/07/21(水) 01:18:52
なんだろう、皆21世紀の今でも遠慮があるみたいだけど。

末盧國を松江出雲とした説が戦前まで存在しなかった、存在できなかった
という論説をこの板の人たちさえ認められないというのは驚くべきことだと思うよ。

考古学会、でも日本史学会でもなんでもいいけど
戦前までタブーが「存在した」、と明言した上で魏志倭人伝を
学究しようという、そうした宣言はないものなのかね。
もしないのなら、九州説だの近畿説だの学会で語られるレッテルなど
なんの意味もないんじゃないのかな。
みなで茶番やってますよくらいの意味しか。

272 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:20:18
>>270
いやとにかく韓伝の内容ともまったく一致しないわけだから。
伽耶が狗邪韓國だったら、当然帯方郡に関する記事も間違いってことになる。

まあ>>269で韓伝すら読んでいないと白状しているわけだから
もう論外としか言いようがないんだけどね。
つーか倭人伝さえまともに読んでないんだろうな。

273 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:22:21
>>272
>韓伝の内容
どうぞどうぞ。謹んで御高閲を賜りますよ〜

274 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:24:12
>>271
「戦前まで」タブーが存在した?
いや戦前も今もシナ人の工作は存在しますよw

275 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:26:32
>>271
いやそんな妄説を学会レベルで考えた馬鹿がいなかっただけ。
正確には、邪馬台国=エジプト説というもっとトンデモがあったわけで
何だかんだ言いながら、カオスだった。

戦後になって民間トンデモ説が無数に現れて、その中のひとつとして
出雲上陸説も地元民からちょっとだけ出たというだけよ。

で、そのトンデモが何故淘汰されたかというと、当時の航海術では
半島南端から直接日本海各地に渡るルートを往復するのが不可能だと推測されるようになったから。
詳細は『準構造船』でググれ。

276 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:28:44
>>275

戦前の学会事情にまでお詳しいんですか

277 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:29:08
>>273
お前の目の前の箱を使ってamazonからでもポチれ。
岩波の文庫版が一番安い。
お前さんがどれだけ低収入か知らんが、コーヒー代1杯で買える。

278 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:30:56
>>275
「妄説」なんて書く時点でタブーを守ろうとしてるんだよ、きみは。
それに気づかない気づかせないくらいの今の論争に問題があるんだね。

279 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:32:01
>>276
つーか論争史なんて、専門スレに書き込むつもりならデフォで知ってなきゃおかしいだろw
このスレでも何度も名前の挙がった

『邪馬台国基本論文集、全3巻』 佐伯有清:編

これくらいは読んでいたほうがいい。

280 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:33:24
>>278
相変わらずの陰謀論だなwwwwww

で邪馬台国が畿内説優位なのは民主党の陰謀ですかwwwwwww
それとも自民党の陰謀wwwwwwwww

281 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:36:04
>>275
ぐぐった。
次に縄文時代後期から弥生時代にかけて準構造船が多くなり、
遠洋航海も可能になったといわれている。

結構遠くまでいけたっぽいけど。

半島南端から日本海沿いに移動するルートって、
畿内説もそれを前提としてるのでは?
畿内説死亡?

282 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:36:36
>>278
なんか勘違いしているようだけど、この平成の世には邪馬台国論争など現実には存在しない。
大方畿内で決まったのに、九州説が必死でわめいているだけ。
もう論争にすらなっていない。対等ではないんだよ。

283 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:37:07
>>279
嘘つきどもがどんな嘘をついてきたか勉強しろとか

アホ?


284 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:38:27
>>281

>縄文時代後期から弥生時代にかけて準構造船が多くなり

はあ?どこのトンデモサイト見てんだよ
準構造船登場は早く見て弥生後期後半、遅ければ古墳時代初期だ。

285 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:40:41
>>283
ああそっかwwww

世の中全てを呪っているんだね

報われないのは政治のせい、世の中のせい、学校のせい、親のせい、まわりのせい

いや君のせいなんだけどね

286 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:40:43
>>284
そんな時代の船なんか腐って残ってないだろうに
どうして年代を推定できるのか疑問だね

287 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:42:36
>>285
いやマジ今、政治と学校が悲惨なことになりつつあるって
もちろんネットやってんだから知ってるよな

288 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:42:52
>>282
いや俺が言ってるのは戦前まで不可蝕領域があった、ということを
現在、魏志倭人伝を研究している学者は「明言」していない、ということだよ。

不可蝕領域があった時代の研究や文献、通説wなどをそのまま飲み込んだ
研究などは無意味だし後世への学究にもならないと考えているんだ。

289 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:45:28
>>288
とにかく

過去の研究や文献、通説wなどをそのまま飲み込んだ
研究などは無意味だし後世への学究にもならない

ということですね、同感です。

290 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:46:41
>>271

はあ?タブー????
何を言っているんだお前w

「自説のような物が今まで世に出てきていないのは
 タブーとされひた隠しにされてきたからだ!」

…と言う電波さんのインボーロンだなwくだらなさ過ぎるwww

>>275も言っているがブーム華やかりし頃の邪馬台国論争の百花繚乱&百鬼夜行状態をなめるなよwwwww

吉備・出雲は言うに及ばず諏訪、新潟、伊豆、上総、下総、四国なら阿波、愛媛松山etc…
九州以外にも日本全国「おらが国の邪馬台国」だらけw

一体何のタブーがあったんだ?アホw

そもそも「末盧國を松江出雲とした説」がタブーにされたと言うのは如何なる軋轢を生じるからなんだ?
「遠慮」って誰に遠慮するんだ?

電波は九州説でお腹イッパイなんで他所でやってくれんか?w



291 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:47:41
>>290
そんなに「タブー」に拘らなくていい。

重要なのは

過去の研究や文献、通説wなどをそのまま飲み込んだ
研究などは無意味だし後世への学究にもならない

ということ。

292 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:48:32
>>282
「畿内説で決着がついた」と言っているのは、関係者だけなんだよね。
財務官僚が「消費税は10%に決まりました」って言ってるけどね。

293 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:50:41
>>287
なりつつあるんじゃなくて、昔から悲惨だったよw

その中で他人のせいにして自分の世界に逃げ込む奴と

現実に立ち向かうやつとに別れただけで、君が前者だというだけさ

294 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:52:19
>>292
そりゃあ九州で卑弥呼の湯とか卑弥呼饅頭とか売ってる奴には認められないだろうよ

295 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:52:33
>>293
今時マスゴミの悪行を知らないヤツが2chにいるとは・・・

296 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:54:26
>>295
今に始まったことじゃないというだけさ
お前ν速とかでも、アフォですか?馬鹿なの?とか釣りなの?散々レスされてるだろw

297 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:56:28
>>296
そういう反応でアンタがマスゴミと同じ側の人間だってバレてるよ

298 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 01:58:52
>>291 近江厨

「自分が正しい、過去の物は全て無意味」と必死に叫んだところで

何処ぞの馬鹿がわめいている…と言うことで終わりw

で佐渡直行ルートと言うのは交易ルートとしても機能したのか?
もしそうなら弥生末期古墳時代初頭に交易ルートの劇的変化を示す考古資料の一つや二つあるだろう?w

無論「手裏剣」とか「鉄砲」は無しでだwwww

単に精々知名の語呂合わせだけの説をぶち上げて
それが今まで検討されなかったのは「タブー」だったからなんて言われてもなあ

…ここはメンヘラ板じゃないんだがw


299 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 02:00:35
>>297

そう思うのならそうなんだろう

お 前 の 中 で は な

300 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 02:02:01
しかしおまえら、メルヘンさんをいじって遊ぶの大好きだな。
俺はごめんだから華麗にスルーしてるのだが。

301 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 02:03:56
>>298
まだやんの?

302 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 02:05:08
しかしこの近江陰謀厨を誰かがサイキバと比べていたが…

この電波の憑き具合は「もん太」っぽいなw

これで圧倒的な怒涛のレス量があったらもん太とタメはれるんじゃないか?wwwww

303 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 02:10:22
>>302
どう見てもあなたの方が長レスしてますよ?

304 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 02:14:28
>>289
同感してくれてありがとう。

ただ、魏志倭人伝研究に関しては
名だたる学者が、出雲、伊勢の名前を出した研究を出せなかったために
方位が違う距離が違う、はては短里だ誤記だと言ったなどといった
茶番が繰り返されていたという推測があって
なんとも罪深いなあと想うしだいです。

305 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 02:36:34
>>304 近江陰謀厨
>出雲、伊勢の名前を出した研究を出せなかったために

馬鹿も休み休み言え。

伊勢については前に湖南が卑弥呼を倭姫に当てた事を言ってやったが
出雲にしても日本海ルート説で投馬国に当てるなんてのは普通にあるわけだがw

もっと細かく言えば御覧に他文献では投馬が「於投馬」とあり
これを島根半島の恵曇(えとも)に当てる説とか…

「今までの論争は意味がない物だ」と切り捨てようって大言壮語ほざくにはあまりにも無知。









306 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 02:42:46
>>305
おいおい、その人は「出雲陰謀厨」って設定でしょ
なんでもレッテル貼って攻撃すりゃいいってもんじゃないよ

307 :175:2010/07/21(水) 02:45:31
>>305
昨日から、わざとかどうか知らないけど
誤解されているようだけど、昨今名指しされている「近江陰謀厨」
って人とおれとは別人物ですよ。

おれは昨年から、伊都を丹波だとしてレスしていましたけど
それは、北九州の糸島を一大国として話していました。

近江某とは無関係ですのでよろしく。

308 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 02:48:00
>>306
ついで

陰謀厨なんて失礼な!

309 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 02:51:07
>>308
そう、私は近江説、あなたは出雲説。

「陰謀厨」なんて幼稚なレッテル貼りは品性疑いますね。

310 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 03:25:00
こんなIDも出ない板で混同されるのは迷惑だとか
昨年から言ってましたとか、こいつら馬鹿ですか
それが嫌ならコテつけるか何かするべきじゃないかね

311 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 04:00:53
文脈読めない奴が多いからね。
小説板なんかもむごいもんだ。
エトスの崩壊とでもいうのか

312 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 05:22:24
ふぁー、起きた。

畿内説だか関西説だか知らないけど、これは歪んだ皇国史観や皇室擁護しない限りありえないから。

現実レベルの話でで、魏書東夷伝倭人条の現存するまともな版本(百衲本)見ても、
邪馬壹国が関西に繋がる記述なんて1つも存在しないし、関西人御用学者とかマジで馬鹿じゃないの?

畿内脳は、三角珍獣鏡()みたいに、中国社会科学院まで巻き込んでまーた騒ぎたいの?埋葬されたいの?
じゃ、二度寝するから。糸島か山門で親魏倭王の金印が発見されたら起こしてね^^ ばいばーい(^^)ノ~~

313 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 05:58:19

マジで
キチガイなんだ・・・・

冗談でやってるのかと思った

314 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 06:00:57
ホント
発掘の成果についての客観的な判断のできない馬鹿と
主観的にしか歴史を見れないキチガイの
2種類しかこのスレには残ってない
残りカスって
こんなにも醜悪なんだな

315 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 06:30:48
情報発表時刻 2010年7月21日 6時24分
発生時刻 2010年7月21日 6時19分ごろ
震源地 奈良県
緯度 北緯34.2度
経度 東経135.7度
深さ 60km
規模 マグニチュード 5.1


316 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 06:37:44
>>313
>>314


317 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 08:31:02
奈良で育った者の一人としては畿内説など滑稽そのものですよ。
最近までは自分の故郷が邪馬台国だったことを疑っていませんでしたが、
この板での畿内説の人たちの態度を見て疑問に思うようになりました。
あんな巨大な古墳がいきなり出現するのは、やはりいかにも不自然に感じますね。
九州か朝鮮半島南部から入ってきた王がつくったのではないですか。
当時、朝鮮半島南部にいたのは今の朝鮮人とは別種の「倭人」だったでしょう。朝鮮人は嫌いです。


318 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 12:50:03
畿内説が正しいならば、畿内わ前提に倭人伝の行程を読めばすぐ理解できる、納得できる
となるはずです。いくら考えても、畿内に結びつかないというのは、畿内ではない証拠。


319 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 13:16:39
>>318

単なる主観。

320 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 13:30:36
弥生の絹が大量に出てこないし、蛤も採れないし、冬に生菜を食べることもできない、
ぜんぜん温暖でない奈良や滋賀は、邪馬台国として必要条件を満たさない。

321 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 13:36:18
>>320
さいきば君夏休みの宿題ははかどってますか?

322 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 13:38:40
金印も玉璧も出ていないところに邪馬台国があったはずはない。

323 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 13:48:47
やっぱり邪馬台国は畿内しかない。

324 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 14:20:40
>>322
>金印、玉璧
単なる過去の栄光
九州は後漢の衰退と共に落ちぶれてます。

325 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 14:23:38
畿内は最初から相手にされた形跡がありません。

326 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 14:30:25
おおかたマキムクで決定なんだが

残る問題は
マキムクと同時代に
宮崎にマキムクとの親和性を表すものが
数多くあることの解明(同じ勢力としか考えられない)

これがわかれば魏志倭人伝の謎も
解明されるかもしれん

そうなれば日本の古代史はかなり輪郭がはっきりし
見通しのよいものになる

327 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/07/21(水) 14:39:50
100%九州だよ。当時畿内は男王国、九州は卑弥呼の女王国での2極局面
だったのさ。

328 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 14:40:59
>宮崎にマキムクとの親和性を表すものが数多くあること
どんなものがあるというのかな?

329 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 14:50:38
>>328
このスレで一時期たくさん出てきた話なんで
過去スレ見ろよ


330 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 15:10:24
初期型前方後円墳、加飾壺あたりでぐぐってみ

あと親和性といえば、中部九州も意外と山陰と関係が深いのな
北部九州は吉備周辺
南部九州は土佐。讃岐を経て河内と

それにもちろん畿内各地と東海・北陸・関東

この辺りの物流実績なんかが交易圏の一級拡大に繋がる伏線となったのかもね

331 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 15:45:46
東征もゴールドラッシュみたいに
各九州勢力がそれぞれに本州を切り取ったというのも
ありかな?

332 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 15:54:07
>>331
本州各地に各九州勢力の痕跡があったなら、当然誰でもそう考える。
しかし皆無に等しいので、誰もそう考えない。

333 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 16:15:36
>>330
うん、それで
宮崎と奈良のつながりからすぐに連想されるのは「神武天皇」。
ならば前方後円墳は、神武天皇以降に作られたのではないか?

マキムク・箸墓が卑弥呼・台与の時代のものと仮定すると
すでに神武が来ていたという事になる、しかしそれなら
誰が王になるか、という小競り合いが起こるだろうか、否、ならない。

マキムク・箸墓は神武東征以降のもの。
魏志倭人伝に書かれた「邪馬台国」はもう少し前の時代。

334 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 16:31:48
神武東征にあたるものはマキムクよりもっと古く
ヒムカ(日向-太陽を向く)とマキムク(真東を向く)が同意味の言葉というのも
そう考えれば納得が行く
宮崎県(日向)は海岸線すべてが真東を向いてて
太陽神信仰にぴったりの土地柄だ
その太陽神信仰が内陸地である奈良に持ち込まれたという推論ができる

335 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 16:33:54
>>333
その仮定をする前に、まずは神武の実在性についてもっと考察すべきじゃないか?
おおかたの見方では、神武は架空人物というのが通説だ。
君は通説を採用しないという立場なのだから、なぜ採用しなのか、その根拠は何かを詳細に述べなくてはいけない。

>>333のままでは、単なるどこにでもある創作レベルで、持ち込みボツ確実だよ。
もっと細部を詰めて。

336 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 16:42:18
>神武は架空人物というのが通説だ

批判も多いが梅原猛の数冊の著作は興味深い
「海人と天皇」「天皇家の“ふるさと”日向をゆく」などね
架空ではないと

ブログだとこのあたりを参照
http://blogs.yahoo.co.jp/yan1123jp/6542539.html

337 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 16:46:45
梅原猛を根拠にするかorz

いや俺も好きだよ、好きなんだけどそれは違うだろ

338 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 16:49:18
あと梅原好きなら『神々の流竄』とかは読んだ?
まだそっちのほうを根拠にしたほうがいいんじゃないかね。

339 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 16:51:33
>>318 倭人伝の行程を読めばすぐ理解できる、納得できるとなるはずです。

行程を読めば 理解できるようになっていますが。なにか?
http://www.eonet.ne.jp/~organism/yamato-1_3.html#1-3-30
何度か張ったリンク先ですが、まだ読んでくれてない人がいるのですね。

340 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 16:55:40
根拠ではなくて
ストーリーとして実によくできていて澱みがないねってこと
すべての事情の説明がつくんじゃないかということ

神武(架空でもいいんだが-要するに大和朝廷の祖)に
南九州の隼人(縄文人の海人)の血が色濃く流れ
彼は天孫族(元は中国から流れてきた民族)との混血
普通に古事記を読むとそういう解釈になる

なぜ景行天皇が日向で熊蘇征伐の戦いに出たのか
ここへんも過不足なく説明がつく

341 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 17:16:19
>>339
あなたの説のように並んでいたということならば、道里を記載できないと
いうのは理解できませんね。方角も合いませんし、途中から陸行に変わる
理由もありません。

342 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 17:20:02
>>331
邪馬台国が九州を統一して東征したとなれば、東征軍は北九州や熊本、大分など
各地の軍によって構成される(いくつかの軍ができる)と考えるべきだろう。

343 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 17:25:42
>>340
指輪物語などもストーリーは実に良く出来ていて、まさに澱みがない。
だからといってホビットやエルフの実在性を主張するというのは別の話。

記紀神話の編纂者たちが優秀なストーリーテラーであることと、史実はまた別だよ。
その豊かな文学性を享受して感動するのは読者に任せておけばいい。
しかし研究するならば、客観性を常に持ち批判する精神が必要になる。
つまり作者はどう解釈して欲しくてその記述を書いたのかなど。
君が普通に読んでそう解釈したというのは、作者の思惑内の話であって、事実かどうかはまた別の話になる。

344 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 17:26:30
>>342
戦国時代でも不可能だったのに、弥生時代には可能だったとでも?

345 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 17:29:16
>341


346 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 17:34:04
>>343
そのストーリーは
魏志倭人伝、発掘されてるものなどまで含めたいろんなストーリーってことね
記紀だけじゃなく

いろんな史書や明らかになってきてる事実をつなぎあわせてみる時
もっとも矛盾の少ないストーリーってこと

347 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 17:36:14
>>341
>あなたの説のように並んでいたということならば、道里を記載できないと
>いうのは理解できませんね。方角も合いませんし、途中から陸行に変わる
>理由もありません

道里を記載できない とはどう云う事だ? 意味不明
途中から陸行に変わる のではなく古代の山陽道は陸行が原則 海上航路は現在でも渡航が困難な関門海峡を避けただけ。

348 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 17:46:00
>>346
発掘されているものなんて、東征全否定のものばかりなんですが
それを知らずに矛盾なしとか思っているのかな

349 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 17:48:43
>>347
弥生後期の山陽道陸路は無理なんじゃね?
そんなものがあったなら、もっと中国地方で様々な交易痕跡があってしかるべき。
実際は西瀬戸内と東瀬戸内が相互交流するより先に、四国北部がそれぞれ
吉備、河内などと先に交流している。

350 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 17:52:32
あらあら、また必死の話題そらしが始まった。

>マキムクと同時代に
>宮崎にマキムクとの親和性を表すものが
>数多くあることの解明(同じ勢力としか考えられない)

とりあえずこの無視できない「事実」は考慮しましょうね

351 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 17:56:21
>>348
ここでさんざん議論されたことなんだけど
東征って
古事記で詳細見たって
そんなに大規模なものじゃなかったんだろってこと

どうも「東征」に対する先入観がでかすぎる

352 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 17:58:24
>>351
うん。騎馬民族に対する過剰な期待に似てる。


353 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 18:09:01
>>351
そういうスタンスならまだ議論の余地があるんだよ
でもさ、このスレをよく知っているのなら
「我こそは無敵の鉄器軍団!その名も神武東征隊なり!」なんて馬鹿も大勢いるだろ?
そういうのとは違うんだよってまず示してくれなきゃ、名無しでは判断しようがない

354 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 18:10:43
>>353
スルーを覚えろ

355 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 18:13:56
たとえばさ
卑弥呼や神武(実在人物だとして)と同時代の都と考えられる吉野ヶ里には
戦争の跡が数多くあるけれども
それは史書には書かれてない
魏志倭人伝などにうっすら倭が戦国状態であったことが書かれてるくらいだ

ということは
そういうたくさんあった戦いのうちのひとつが神武東征であり
それは神武-大和朝廷が勝ち残った家系だからこそ戦記として残っただけだよね

356 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 18:14:52
>>339
これなんかも、一目見て
なんだただの馬鹿か。って分かるわな
もはや釣りレベル

357 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 18:14:59
> 349
> 弥生後期の山陽道陸路は無理なんじゃね?
> そんなものがあったなら、もっと中国地方で様々な交易痕跡があってしかるべき。
> 実際は西瀬戸内と東瀬戸内が相互交流するより先に、四国北部がそれぞれ
> 吉備、河内などと先に交流している。

どの板だったかちょっと忘れたが比較的最近のスレで
>「考古学研究」に載った次山淳氏の研究では、布留0,1期の吉備型甕の移動
>ルートは、
>>博多湾沿岸⇔周防灘⇔松山平野・今治平野⇔備後東南部⇔吉備⇔播磨⇔>摂津沿岸⇔大阪湾⇔河内湖⇔大和川⇔大和。
>  最多出土が「河内・小阪合遺跡」で45点。分布の両端にあたる「西新町遺跡」>と大和への出入り口「船橋遺跡」そして「纏向遺跡」
>  で突出した出土がある

広島あたりがちょっと弱いが、考古学的根拠も一応はある。

358 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 18:25:22
>>357
それは俺も読んだが、そいつはそこに書いてあるとおり
『布留0,1期の吉備型甕の移動』であって、後期終末期か古墳時代黎明期の話だよ。
西新町が複合集落として形成された後の話だね。

後期中葉だと吉備と出雲に相互交流があったことが判明しているが
瀬戸内を繋ぐラインにまでは発展していない。

>>355

>卑弥呼や神武(実在人物だとして)と同時代の都と考えられる吉野ヶ里には

おいおい100年以上違うぞ。神武はどうか知らんが実在が確認されていない人物を引き合いに出してどうする。
また吉野ヶ里で戦痕と見られる首なし死体が甕棺から出土してのは、さらに時代を遡るぞ。

359 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 18:30:25
>>358
吉野ヶ里って
弥生式中期の土器が出土するから弥生時代中期、ってことなんだっけ。

新たな型を持ち込む人が、それまでなかっただけじゃないのかな

360 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 18:34:18
>>359
まわりがどんどん新しい型に移行するのに、吉野ヶ里だけが取り残されたの?

あと北内郭はそれまでの北部九州にはなかった畿内建築形式で、古墳時代黎明期と思われる頃の建立と見られている。

361 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 18:38:02
>>360
そんな、弥生時代に
なんでもかんでも周りのクニと歩調合せるわけなかろうに
九州では銅鐸はほとんど出ないんでしょ?

362 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 18:44:51
>>358
吉野ヶ里は数百年続いて
ちょうど卑弥呼時代ころを境に滅んでいった都なんだから
同時代って言ってもいいじゃん

363 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 18:49:09
>>361
つまり北部九州で取り残されたって言いたいんだね。
でもなのに建築様式だけ畿内のものを取り入れたの?
また周辺からはきっちり筑前甕も出土しているのだから、取り残されたわけじゃないよ。
ただ吉野ヶ里の集落としての全盛期は、歴年代でいうと0年から100年当たりであって、邪馬台国とは無関係。

あと初期型銅鐸は北部や中部九州で出土している。
これもそれらの地域では大型化するまで流行らなかったというだけ。

364 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 18:50:37
>>362
邪馬台国というか、倭人伝の年代である3世紀中ごろには
吉野ヶ里は放棄寸前だよ

365 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 18:53:45
>>358
>後期中葉だと吉備と出雲に相互交流があったことが判明しているが

これは西谷と楯築の関係の事?

366 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 19:00:09
>>358 瀬戸内を繋ぐラインにまでは発展していない。

つまり経路確保の初期段階では 胡散臭い異部族である温羅の住む広島(鬼国)を 平和的な交易ではなく大和・吉備連合軍により武力で強行突破すれば 吉備と周防は一応繋がるという考え方はありえると思うが



367 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 19:02:54
>>365
それもあるし初期円筒埴輪でも共有部分が多い。
それが後期後半からなぜか縁が薄くなっていくんだけどね

>>366
武力とかの幻想は捨ててw
その時代にクニ同士の大規模戦争は不可能

368 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 19:05:43
>>366
ウラさんって岡山の鬼ノ城じゃなかった?

369 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 19:09:58
ちなみに福井方言には一人称「うら」ってのが残ってます

370 :365:2010/07/21(水) 19:23:55
>>367
俺は後期後半は吉備と出雲はライバル関係なんじゃないかと思うけど。
詳しい話は忘れたけど吉備の中部より北では吉備系の土器であったり
山陰系の土器であったりところころと変わるんじゃなかったけ?
その辺が俺には勢力争いがあったように思える。

371 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 19:30:04
>>367 その時代にクニ同士の大規模戦争は不可能

このケースでは「クニ同士の大規模戦」ではなく 広島県府中町付近の比較的小さな集落である「鬼国」をよってたかってぼこぼこにするだけですから。

>>368ウラさんって岡山の鬼ノ城じゃなかった?

ひょっとすると広島から首を持って帰ったのかも
http://www.eonet.ne.jp/~organism/yamato-1_5.html
・・・のまんなかぐらい

372 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 20:32:04
>>371
なんつー適当な・・・

373 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 20:47:59
>>370
吉備と出雲の関係は興味あるなあ
まずお互いに交流することによって地力をつけ
それからさらに大きな交易を求めて競うように九州や畿内に進出していったんだろうな

374 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 20:52:58
なんかもう

交易にドリーム求めすぎ

375 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 20:56:32
桃太郎のお話はねえ…

猿(申)鳥(酉)犬(戌) が 鬼(牛(丑)の角、虎(寅)の褌、鬼門=丑寅)を成敗したと言う事で

単純に陰陽五行説で見れば「金剋木」

方角に当てはめれば、むしろ
「西が東をやっつけた」ってお話になるw

まあ何れにせよ史実を抽出するのは相当困難かとwwwwwww

376 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 21:04:16
>>372 なんつー適当な・・・

・・・と言われましても なにしろ倭人伝とか言う時代の50〜80年前の出来事なので まともな資料が・・・

たとえば いわゆる考霊年間の倭国の大乱というのが この「穏健な首長連合」による中国への交易経路の開拓戦争であったという考え方もありえます(その時代にクニ同士の大規模戦争があったと書いてある)。

現時点ではまだ資料を物色中で かなり漠然とした仮説であることは承知しています。でも2世紀後半から3世紀にかけての古代史は面白いですよ。
倭人伝なんぞというのは付け足しみたいなもの





377 :日本@名無史さん:2010/07/21(水) 21:09:00
桃太郎伝説といえば岡山・愛知なわけだが

双方で、鯨面の顔を刻んだ土器が出土するそうな
人面文土器
http://www.katch.ne.jp/~anjomuse/exhibitions/jinmenmon/jinmen.htm

378 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 00:22:03
おや反応がない。面白い話じゃないかい?

吉備国は、朝鮮半島にあった伽耶諸国と関わりが深いとされてる。
ならば、吉備とそっくりな文化を持つ尾張もまた、伽耶からの渡来系ではないか?
また、奈良・高松塚古墳の壁画の女官達の衣装は、チマチョゴリそっくりですね。
高松塚古墳は藤原京期(694年〜710年)の造営とされてます。
壬申の乱(672年)からまもなくです。
「大海人皇子」の軍勢には、東国の豪族が協力したといいます。
東国とは、尾張ではないでしょうか。

要するに、
鬼ヶ島へ行って俺達の大都会を作ろう!と意気込んだ
伽耶からの渡来人が吉備と尾張に住み、後に物部氏となり、
クーデターを起こして大和朝廷を乗っ取った、と。

まあ、邪馬台国とはあまり関係ない話。

379 ::2010/07/22(木) 02:21:06
何のこじつけかわからんが
鯨面の顔を刻んだ土器というのは縄文人の名残
海人系で
隼人の血をひいてるってこと
朝鮮半島にはいっさい関係ない話

380 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 02:33:58
>>259
縄文、弥生、銅鐸、銅鏡、巨大古墳
節々に文化の断絶が言われるが、勾玉は終始一貫していたという事か?

381 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 02:43:02
文化の断絶という考え方は今は主流じゃないでしょ
縄文−弥生−古墳時代と連続していたと考えられている

382 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 02:46:29
東征にせよ東遷にせよ
文化の異なる民族の流入はあったという説と、勾玉の連続性はどう見るの?

383 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 02:48:47
>>379
おいおい正気か?
隼人なんて薩摩限定の小数民族だろ?

384 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 02:50:30
日本列島から朝鮮半島への武力侵攻の痕跡はたくさん残ってるが
逆はない
つまり帰化人というのは列島に武力侵攻しに来たのではなくて
半島や大陸で敗走して来た場合や
戦乱を避けて来た場合
請われて来た場合のだいたい3種類だということになる

民族の異なる文化の流入はあったが
その新しい文化は流行のようなものだったのではないかと

勾玉はずーっと縄文人の文化として一貫して続いており
それが倭人の主流だったというのも連続しているんでしょ

385 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 02:55:39
>>383
隼人は南九州全般
薩摩隼人、日向隼人など

その大元は
上野原遺跡(約1万年前〜の縄文遺跡)などに住んだ縄文人で
http://www.jomon-no-mori.jp/uenointr.htm
これが古事記・魏志倭人伝などに痕跡を残している黥面の人と考えられる

386 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 02:57:23
>>384
請われてもないのに来た場合もあるだろ

387 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 03:02:21
>>386
カネと技術を持たない難民なんて、人権とか紙くず以下の時代には虐殺か飢え死しかないよ

388 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 03:05:26
>>385
日向隼人は悪さするから京都府南部に連行されたらしい

389 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 03:05:58
>>383
ハヤトを小集団と捕らえるなよ。まだ居るっちゃいるぞw

390 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 03:07:27
>>387
それが日本の隣にある大陸には、寄生虫のごとき人種が生息しておってな

391 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 03:10:04
>>389
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/5c/Satsuma-samurai-during-boshin-war-period.jpg
これが薩摩藩士らしい
真ん中の寄り目具合に注目

392 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 03:10:12
>>390
そりゃ現代の話だろw
なんか勘違いしている奴が多すぎる。

393 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 03:11:42
>>385
しかしおそらく君も知っている有名な縄文鯨面の仮面は
静岡から出土しているんだな

394 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 03:12:03
>>388
古事記を読むと神武は
日向隼人の血がもっとも濃いわけだが

いろいろ考え方はあるだろうが
天皇家が隼人の血をひいてるからこそ
その時期も朝廷で重用されたんだろう

395 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 03:12:55
>>391
島津と古層ハヤトを一緒にするなボンクラ。

396 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 03:14:01
>>393
静岡って愛知の隣って知ってる?

397 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 03:26:00
>>394
>いろいろ考え方はあるだろうが
>天皇家が隼人の血をひいてるからこそ
そんな考え方はない。

>>395
島津氏ってのは秦氏の一支流だから、バタ臭い顔のはず
沢村一樹みたいな。

398 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 04:06:24
いや
古事記を読むと
神武の血の8分の7が隼人の血で
8分の1が天孫族の血と書いてあるわけだが

399 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 04:15:33
ハァ?

400 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 04:25:51
素直に読め
木花咲耶姫、豊玉姫、玉依姫は
国津神(日向の土着民族-すなわち日向隼人)、海神族(隼人)の娘だ

401 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 08:42:32
※素直読みとは
 自らの「そうであればいいな、そうであって欲しい」という願望に逆らわず
 無理があるこじつけを平然と主張すること、またその主張。
 代表的な素直読みに「放射説」がある。
 近年、中国人による契約書の素直読みが、数々のトラブルを引き起こしている。

402 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 09:53:07
あなたの言うのはこじつけ。畿内説の読み方がそれだ。
素直というのは文字通り素直に読むこと。方角、距離など書いてあるとおりに読む。
そして、放射説は素直な読み方だよ。

403 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 10:07:35
>>402
文字通り素直に読むなら、短里なんていう文献に出てこないことも言わずに、
書いてある通りに素直に読んで、はるか南方海上に邪馬壱国を求めたらいいよ。

404 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 10:27:06
そうゆうのは素直に読んでいるとは言わないんだよ。
千里とあったら、倭人伝はどの程度の距離を千里といってるのか、はっきりして
いるところからそれを考える、それが素直な読み方だ。

405 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/07/22(木) 10:48:15
素直に読んでも遣使らは南海上には行かないよ。まぁロボットは疲労しな
いので、歩けの指令でもって歩き続ければ南海の海中には行くことに
なるが、人間は疲労するし、病人でも出たり目前に海賊山賊でもいる気配
があれば遠回りもするわけで一時滞在もするだろう。だから一月の記事は
九州説にとって不合理ではなく、むしろ当然であろう。

406 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 13:18:40
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1279766220/l50

【北九州・城野遺跡】弥生時代の石棺に人物画、呪術師か

[朝日新聞]2010年7月22日11時1分
http://www.asahi.com/culture/update/0722/SEB201007210082.html
人物像の推定復元図
http://www.asahi.com/culture/update/0722/images/SEB201007210089.jpg
城野遺跡の石棺の壁に描かれた人物
http://www.asahicom.jp/culture/update/0722/images/SEB201007210084.jpg
方形周溝墓から出土した石棺。朱色に塗られていた=2009年11月、北九州市の城野遺跡
http://www.asahicom.jp/culture/update/0722/images/SEB201007210088.jpg
古代中国の方相氏
http://www.asahicom.jp/culture/update/0722/images/SEB201007210083.jpg



407 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 13:30:11
>>402
典型的な”古い考えの九州説”だな
近年の研究についていけないのだろう
おそらく畿内説が未だに”南”を”東”の誤写だと考えたものだとか思っているのだろうね

榎の放射説を未だに信じていたり、文献のみで邪馬台国の位置がわかるとか
昭和の時代から全く進歩していない

408 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 13:32:49
>>403
しかもその反論が”邪馬壱国”とはまたトンデモ
なぜ”邪馬壱国”が短里を否定するのだろうね
これがどういう意味かすら、この人も判っていない

409 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 14:13:13
>>407
倭人伝が書かれてから1700年もたっているんだぜ。ここ2、30年の解釈の
揺れをあれこれ言ってみたところで仕方ないことだ。
放射式に気づかないようでは、その「新しい説の論者」の読解力は零だね。

410 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 14:21:06
日本が載っている最古の地図って
九州の南に本州があるんだよね

411 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 14:42:39
その地図は誰が書いたの? 日本へ来た中国人? 

412 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 15:09:22
おーまさにそこが話の焦点だね

413 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 15:22:03
放射式なんてとっくの昔に否定されてるのも知らんのか

414 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 15:24:07
http://blog.goo.ne.jp/sleep96/e/e81d520545e1c48f788aefdf9b34edd0
>1402年に李氏朝鮮で、中国・明の地図などを参考に作られた
これかな

415 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 15:25:52
>>409
現存しているのは12世紀の写本だけどな
しかも2冊を読み比べると微妙に標記が違う

それでも一級資料であることは間違いないが、全面的に信を置くこと自体が間違い

416 :414:2010/07/22(木) 15:31:44
これねー
倭人伝の記述からの類推のみで書いたとしたら、納得がいく描写だよね

417 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 15:32:43
>>409
彼が根本的に間違えている点は、未だに邪馬台国論争なるものが存在していると思い込んでいるところだね。
現実にはもうそんな論争など存在しない。
文献史学者はとうの昔に倭人伝解釈を終了してしまい、これだけでは邪馬台国の位置は判明しないと結論付けた。
考古学者はすべてが畿内説と言ってよい。

もう論争なんて段階はとっくの昔に終わった。

九州説を唱えるのはアマチュアしか存在しない。
ましてや我こそが素直な読み方をしたなんてのは、アマチュアからも馬鹿にされる電波しかいない。

418 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 15:35:26
>>416
15世紀の地図を倭人伝参考にして、しかも朝鮮で描くわけないだろ

419 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 15:41:15
>九州説を唱えるのはアマチュアしか存在しない。
あらら、ついこの間、門脇の九州説が出たばかりだが・・
門脇もアマチュア扱いか?

420 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 15:42:21
>>418
魏だか明だかで書かれた時点で間違ってんでしょ

まず「帯方郡」がどういう存在だったか考え直すべきなんだよ
魏と帯方郡はどういう関係か。

おそらく魏も、帯方郡使が書いた邪馬台国への行路を読んだだけ。

421 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 15:43:55
>>419
九州説なんか書く時点でバカか詐欺師w
権威も何もありゃしない

422 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 15:46:26
>>419
門脇禎二のことか?もうお亡くなりになったよ。
おそらく2008年の『邪馬台国と地域王国』の事を指しているのだろうけど
これの評価は概ね以下の通り。

この先生の遺作。
近年の纏向遺跡の研究結果に代表されるように考古学の研究の成果で、
門脇先生の主張(6世紀まで倭国は統一せず)が厳しくなってきたので、
それに抵抗するために彼が最後にこの本を書いた理由だと思う。
門脇先生が邪馬台国九州説に転向したのも、箸墓古墳が卑弥呼の墓になることによって、
門脇先生が否定してきた日本の建国史が復活する恐れが出てきたからだと思う。

423 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 15:48:46
15世紀の朝鮮の地図で、3世紀の魏人の地理観を語られてもねえ。
混一疆理歴代国都之図は、良くみるとわかるが、朝鮮以外の他の国は
めちゃくちゃに書かれているから。

424 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 15:48:56
>門脇先生が否定してきた日本の建国史が復活する恐れが出てきたからだと思う。

なぜ恐れるの?おかしな人だね

425 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 15:49:56
>>416 >>418
416の言うとおりだろうな。15世紀ころ日本の地図を手に入れて、世界地図にどうゆう
角度ではめ込むか、その参考資料となりそうなのは中国史書しかない。
15世紀には日本の都は近畿なんだから、それを邪馬台国と同じだろうと思い込めば、
本州を南へもっていくということになる。

426 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 15:52:35
>>421
オレは畿内説だが、その言い方はフェアじゃない。
九州説を唱える学者を最初から除外してかかれば、そりゃ議論は終わったってことになる。
ただ、第一線の学者で、いまだに邪馬台国論争やってる人はいるのかな?
門脇氏のように、引退した老先生がおやりになっているのではなかろうか。

427 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 15:54:22
>>422
おもしろい評価だねえ。どこに出ているの? まさかあんたの考えではないだろうな。

428 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 15:55:17
終止符スレは誰も立てないの

429 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 15:55:50
>>422
箸墓について、畿内説は、後円部が先に作られ、前方部が後で追加されたと
言う説だったわけだろう。つまり、箸墓は卑弥呼の墓としては、大きさも形も
異なることを認めていた。
一緒に作られたことがわかったわけだから、あきらめるのかと思ったら、
いまだに主張を続けるわけかな。

430 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 15:59:20
魏が、帯方郡使が書いた邪馬台国への行路を手に入れ、
実際にたどったところ、対馬・壱岐までしか見当が付けられなかった。
その先は帯方郡使が書いたものを丸写し。

したがって、対海・一支のみ当て字ではなく
現在使われているのに近い表記になっている。

431 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 15:59:25
>>426
俺も>>421はちょっと無茶だとは思う。
だが実際九州説や東遷説を主張する学者は皆無と言ってよい。
高島公平なんかは例外ね、あのひとは表向きの九州説だから

>>427
これのコメ欄
http://blogs.yahoo.co.jp/shigechanizumo/55243474.html

432 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 15:59:33
>>425
混一疆理歴代国都之図は、どこからか行基図を手に入れ、それをそのまま
書き込んだという説が有力。

433 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:06:16
>>430
うーん着眼点は面白いのだけど
12世紀の写本でも一支は『壱大』と標記されているんだよ。

大は支の誤写とするのが一般的な解釈だが、そうすると少なくとも倭人伝作成時には
『一支』と呼ばれそう表記されていた事になるから、現在の表記に近いからという理由は苦しいんじゃないかな。

434 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:09:02
>>433
そう、日本への漢字の伝来時期も疑惑が多いねw

435 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:13:12
>>431
おいおい、「これの評価は概ね以下の通り」と紹介するからには、学会の大勢とか、ある程度認めら
れている話をしろよ。そんなコメを評価するのは君ぐらいのもんだぜ。

436 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:13:19
だいたい門脇禎二氏は史学者であって考古学者ではないからな。
考古学的なことはまるでトンチンカンだったし。

437 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:16:14
いや九州説が今やトンデモ説扱いになってしまったのは
卑弥呼の墓を提示できないのと
後の大和朝廷との関係がわからないことが大きいだろ

はっきり言って今や九州説は宮崎県ぐらいにしか
卑弥呼の墓を提示できる場所が無い
宇佐神宮とか言い出すヤツもいるけどな

438 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:16:48
>>436
しかし、逆に言えば、畿内説を主張する考古学者は、史書の読み方なんぞ知らん奴ばかりだからなあ。


439 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:17:49
>>435
簡潔に纏めてあるから引用したのだが
じゃあ個別に行くかい?

箸中山は円墳プラス方墳である→宮内庁調査により完全否定
庄内式土器の起源は播磨である→多くの発掘結果により完全否定
筑前甕が庄内式の原型である→これまた完全否定

まだやるかい?

440 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:18:21
魏志倭人伝だけを論拠にして
具体的な具体的候補地の発掘がまるっきり出てこない状況では
学問としては終わっちゃってる

441 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:18:47
>>437
放 射 説 とか言い出すからだよ 
素人が見ても「こんな事言い出さなきゃいけないほど無理があるんだ・・・」って思うよ

442 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:20:18
>>438
いや文献学者が結論付けているんだよ。
魏志倭人伝やその他の中国史書をいくら読み解いても、邪馬台国の位置はわからないと。

君は過去のいかなる文献学者でも為し得なかった偉業を、我こそ達成したと主張しているに等しいんだ。

443 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:22:09
>>441
もともと放射説の言いだしっぺの榎にしたって
専門はチベット文化だからね。完全な門外漢。

444 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:23:08
>>439
それが何で門脇九州説の話に結びつくのかな?

445 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:27:43
>>444

おいおいあんた門脇氏の本を本当に読んだのか?
どこかのインチキサイトからの引用だけで語ってるんじゃないだろうな。

これらはすべて生前の門脇氏の主張で、これらを基に九州説を主張したんだ。

446 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:29:10
>>441
君が素人だから放射式の読み方を理解できんのだよ。
放射式は、榎だけではなく、畿内説の山尾だって採用しているし、中国の学者にだって
賛同者がいる。史書の読み方を知っている者からすれば、当然の読み方なんだ。


447 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:29:59
>>445
どうせまた元ネタは邪馬台国の会でしょ
まったく罪作りだぜ、詐欺師安本は

448 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:34:06
>>445
門脇の九州説はそんなところから出てきた話じゃないよ。
倭人伝が伝える行程記事や周旋五千里との問題が中心だ。

449 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:34:07
>>447
その書き方は犯罪ですよ。通報しました。

450 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:40:25
>>446

ま た お 前 か

前に山尾の著書も引用して完全否定されてたろ
ほとぼりが冷めたとでも思っているのか

で、新ネタの中国の学者って誰wwwww

>>449

安本が詐欺師だってのは周知の事実だろ
もしかして信者か?

451 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:45:23
最近の考古学&畿内説の成果がすすみ、
三世紀の纏向には大魚が泳ぎ、潜水漁ができたり、
蛤が採れたりしたことが分かった。

452 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:48:14
>>451
畿内に行くには瀬戸内海を航行するだろ。
温暖で、大魚が泳ぎ、潜水漁ができるって、
瀬戸内海の気候そのものじゃないの。

453 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 16:49:07
>前に山尾の著書も引用して完全否定されてたろ
何が否定されていたって? 山尾が放射説ではないってことか?

454 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 17:15:23
>>442
エライじゃん。誉めてあげなよ

455 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 17:19:54
>大魚が泳ぎ、潜水漁ができたり、蛤が採れたり
そりゃ伽耶の倭人を見ての描写かな。
済州島に海女さんいるでしょ

456 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 17:24:38
>>442
そんな結論は出せるものではないよ。そう書いているのは、読めない学者が、自分が読めないことを
棚に上げて倭人伝のせいにしているだけの話だな。

457 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 17:27:29
ああ、海女さんはどこにでもいるみたいね

見せばやな 雄島の海女の 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色は変わらず

この雄島は福井県だってさ

458 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 17:29:48
だが、会稽東冶の東だろうと言われるほど温暖の地はそうそうないぜ。

459 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 17:33:06
>>458
そりゃ水行二十日とかってのを読んで、勝手に注釈つけたんじゃん

460 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 17:34:34
とにかくたくさん文章を書けば賢く見えると思ってるんでしょ

461 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 17:40:05
>>456
じゃあ読める学者って誰?
安本かな、古田かなw

462 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 17:46:20
>>461
ま、学者は本来「読める」べきだ。
だから「読めない」学者という但し書きをつけなくてはいけなくなる。
それでは「読める」学者がいるかというと、
残念ながら邪馬台国論議に関してはいなかった。
まっとうな学者不在の分野。
アマチュアがなんとかしてやらなきゃね(^o^)/

463 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 17:52:10
>>462
思い上がりが昂じて妄想の域に入ったか

464 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 17:52:59
>>463
では「読める学者」を紹介して下さい

465 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 17:56:31
何十年一日のごとく
魏志倭人伝のみをたよりにして
九州説を語るアマチュア


466 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 17:57:13
>>464
三品彰英か佐伯有清の論文

467 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 17:57:25
>>465
九州説なんてプロアマ以前の問題じゃん
いい加減スルー覚えろ

468 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 17:58:09
>>462
なんとかするアマチュアが2chで落書きするだけかよ
頼りない奴だな

469 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 18:02:57
>>467
畿内説同士の真摯な議論は、考古板かマキムクスレでやるんだよ
ここはその片手間に鼻くそほじりながら、キチガイ九州説をいじって遊ぶスレ

470 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 18:06:51
>>469
これはなに?>>10-11

471 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 18:33:07
>>470
それはメンヘラ近江説

472 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 18:41:33
>>471
いじらないの?
メンヘラだからスルー?w

473 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 18:45:36
>>472
だって本物だもの、このスレの最初のほうを参照の事

474 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 18:50:28
まあ何だかんだ言いながら縄文人とかは、ここではおバカなレスが多いけど常識人の一面も持ち合わせているようなのだが
最近やってきた近江厨とか日向厨なんかは、かなり人間的にやばいタイプなんだよな。
サイキバはあれも心の病気だから仕方がない部分もあるけど、まだ可愛げがあるw
モン太もアスペつーか空気読めないわな。

色々な症例の見本市だな、ここ

475 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 19:02:49
あれ?
「キチガイをいじって遊ぶスレ」なんじゃなかった?
何をせこい口裏合わせしてる?

476 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 19:10:06
いちばん痛いのは現実見ないで
皇国史観がどうたらって書いてるヤツ
「何と戦ってるの?おまえ」

477 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 19:11:55
朝鮮厨が一番痛いだろ。
朝鮮は、何も関係ないのに粘着してる。

478 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 19:24:50
>>476-477
あらあら、架空のキャラ作っちゃってw
興味深い「症例」ですね。

479 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 19:27:06
>>476-477

それは同一人物で
それが
>478で
たぶん在日コリアンだよ



480 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 19:28:32
>>479
日本語不自由ですか?

481 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 19:36:52
>>455
纏向にはいないな。勝手読みしちゃダメじゃん。

482 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 19:37:16
こういうキチガイが湧いてきているのだが

312 名前:日本@名無史さん[sage] 投稿日:2010/07/21(水) 05:22:24
ふぁー、起きた。

畿内説だか関西説だか知らないけど、これは歪んだ皇国史観や皇室擁護しない限りありえないから。

現実レベルの話でで、魏書東夷伝倭人条の現存するまともな版本(百衲本)見ても、
邪馬壹国が関西に繋がる記述なんて1つも存在しないし、関西人御用学者とかマジで馬鹿じゃないの?

畿内脳は、三角珍獣鏡()みたいに、中国社会科学院まで巻き込んでまーた騒ぎたいの?埋葬されたいの?
じゃ、二度寝するから。糸島か山門で親魏倭王の金印が発見されたら起こしてね^^ ばいばーい(^^)ノ~~

483 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 19:44:12
>>482
そいつ
真性キチガイだわな

484 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 19:44:30
畿内説は、纏向神話を守る利権宗教です。

485 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 20:02:00
>>478

いるじゃん
>481-484


486 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 20:19:43
>>421

” この板の ”九州説がバカでアホでマヌケで基地外で電波な詐欺師と言うのなら
全くもって全力で同意もするがw

一応、現時点九州説もアリっちゃあ、アリと言うか
何処まで言っても理論上は可能性はあるわけでwwwww

仮に既に3世紀ヤマトを中心にした連合体が日本にできていたとしても
その最大勢力が邪馬台国であったと言う保証はない。

ぶっちゃけて言えば『 偽僭説 』
・・・これを持ち出されたら大抵の考古資料も意味がない。

実際に地方の一大名が「日本国王」を名乗ったような例もあるw

もっともあくまで可能性のお話で
それ以上のことを主張するなら主張する側に何らかの証拠を出してもらわないとならないがw
(「そんな事は無かった」なんて悪魔の証明はできないから)


487 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 20:31:48
>>446
>史書の読み方を知っている者からすれば、当然の読み方なんだ。

いつも伊都国=佐賀大和 説をぶち上げている日向厨だな?

個人的には原史料に放射式の記述の物があった可能性を考えれば
放射説も可能性が全くないとは言い切れないと思うが

「放射式に読むのが当たり前」と言うなら
それを議論の俎上に上げてこなかった明治以来の学者(畿内説九州説共に)や
連続式に書いてある梁書や御覧を編纂した中国人は
「中国史書の読み方を知らなかった」馬鹿揃いだったという話だなwww

寝言は寝て言えアホ。

お前がいつも「放射説”も”ありえる」にとどまらず
「放射式で読むのが当たり前」と言うのは

「〜ありえる」と言うレベルでとどまれば
じゃあ連続式を明確に否定し放射式を肯定するような材料を提示できないからだろう?(ゲラ

「スナオに読んだら放射式!」と言っておけば
そこで話を終わらせられると言う目論み…違うか?wwwww

488 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 20:44:04
>>422
しかし門脇の地域を重視して地方の王国を想定すると言うのは
今の畿内説と言うか考古学の主流(と言っていいと思うが)の「ゆるやかな主張連合」と
折り合いがつかなかったのかな?

まあ「王国」「王朝」の定義の問題になりそうだがw

あと「ゆるやか」と言ってもそのゆるさ加減、権力構造ができるまでのスピード等々
学者・論者の間でもバラツキはあると思うが・・・

ちなみに『邪馬台国と地域王国』p28 大和説との決別−九州説への転換

>邪馬台国があったとされる弥生後期の大和盆地に、日本列島諸地域の諸小国を、
>果たして「属統」させていた政治勢力はあったのか。
>逆に、列島各地の諸小国は、大和のその地域勢力に「属統」されていたのであろうか。

…要するに「属統」させるかorさせられるか…と言う二択何だよなwwwww



489 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 20:52:02
三世紀倭国の準構造船に「屁人」が乗っていたことはあまり知られていない。
屁人とは、倭国の秘儀「五穀豊穣」により、特殊な食い合わせをすることによって、
連続放屁を可能にし、それを推進力にして船を前進させる失われた古代技術。
屁人が船の舳先に、交代で出て黄色い霧を出しながら交代で連続放屁する様は
まさに圧巻。

490 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 21:00:51
邪馬台国は九州、その頃の畿内は四つの民の政権、中部地区は八の民の政権

491 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 21:04:57
和牛食えっ。狂牛病など怖くない、極上の和牛の霜降りロースを食えっ、クエッ、クエッ、チョコボ〜〜ル。

492 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 21:09:26
>>491
チョコボールは金のエンジェルが出ると、米山ウメさん(86歳)が景品としてもらえる。

493 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 21:13:41
>>492
銀のエンジェルが出ると、古田家に一泊できるらしいぞ。これすごくね?

494 :日本@名無史さん:2010/07/22(木) 21:15:29
>>489>>493
出て行け、基地外ども。


495 :◆.L.MXSPOgc :2010/07/23(金) 00:18:56
畿内説も既存の九州説も、基本誤りなのだから、
それぞれが相手の誤っているところを突いて得意になれる。
そんな感じかな。

しかし私の説には反論らしい反論が出せない。
せいぜい「2つのルートは無い」という小学生なみの知能の低い駄々こね程度。

まぁそんな状況のじゃれ合いを永遠に願うというのも、wwwとか数人いるのかも知れないけどw



496 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 00:44:27
邪馬台国は大和で正解でしょう。



497 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 01:11:53
夏冬に生菜を食べる、温暖な土地が邪馬台国。
近畿地方は全滅ですね。

498 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 01:23:00
倭人伝には、邪馬台国の風土など記載されていない。
九州説の中の人たちは「書かれている」と思いたいのだろうが、
実際に書かれているのは、帯方郡からの路程、官名、戸数、女王の居處だけ。

499 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 01:24:16
>>495 二 ◆.L.MXSPOgc
>しかし私の説には反論らしい反論が出せない。

…相変わらず誰にも弄ってもらえず、一人で勝利宣言か…
進歩のない下らないゴミクズだなホントw

以前お前は自然科学の方面に自身が詳しいとかほざいていたが
だったら「科学とは反証可能な仮説体系である」とか言う言葉知っているだろう?

「反論がない」と言うことがどう言うことか少しは考えてみろアホw

「倭人伝の行程記事が複数の資料からなっている可能性がある」
と言う事に関してそれを否定する奴もいないだろう。

だが複数からなると言っても体外は”資料の繋ぎ合わせ”で

 資料Aによる行程→資料Bによる行程

…等であってお前のように方角と距離の組み合わせを
好き勝手に弄ると言うのは、いよいよもって何でもあり。
お前が否定している放射説以上に解釈の自由度を無理やり拡張した
「便利なアイデア」にすぎない。

確か投馬国への水行二十日は沖縄までの行程が混同してるんだっけ?

だったら東へ水行と書くところを沖縄への情報が混入した…として
畿内説でも組み立てられるんじゃないのか?w



500 :499:2010/07/23(金) 01:55:34
あっ、そうか!ひょっとして

終止符スレが終止符打たれたからw
二 ◆.L.MXSPOgcの馬鹿はかまって欲しくてこっちに乗り込んできたのかな?wwww

501 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 01:57:39
サイキバ君は知らないのだろうが、カブ科やセリ科、アブラナ科の植物は冬でも普通に採れるだろう。
その多くは、シベリア系在来種なので九州よりも近畿以東に多い。
それにオオバコ、タンポポとかのロゼットタイプの越年草だって食えない(俺は食いたくは無いが)ことは無いぞ。
温帯の日本列島は、亜寒帯の洛陽や帯方郡とは風土が違うので、冬に野草が採れるのはもの珍しかっただろう。



502 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 01:58:56
あれは【素直に読むと】倭国の風習であって、邪馬台国のそれじゃないものね

たぶん【素直に読んでいない】のだろうね

503 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 02:36:57
>>462
そりゃあ、読める学者じゃなくて、「読んじゃう」素人。
原文に書いてないことを、あたかも書いてあるように読んじゃう。

504 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 03:46:54
畿内説だと、邪馬台国の風土は南極でもよいことになる。
畿内説論者より、陳寿のほうが頭がいいな。

505 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 06:42:36
畿内厨というのは祖先を心底馬鹿にしている連中ですよ。
古代人が南と東を取り違えたと本気で言っているのですから。
昔の地図?中国人の日本に対する地理感覚?
南は南、畿内厨は太陽が南から昇って北に沈むとでも思っているのでしょう。

506 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 06:49:08
>>505
倭人伝書いたのは中国人だから、祖先関係ない。
所詮は伝言ゲーム。

507 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 11:53:06
>>450
>で、新ネタの中国の学者って誰wwwww
とぼけてるのかな? 中国人で誰が放射説をとってるかぐらい知らんのかね。
古代日本研究の第一人者と言われる王金林教授が放射説だよ。


508 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 12:43:00
>>507

王金林が放射説?

王氏の著書は『邪馬台国と古代中国』『弥生文化と古代中国』しか読んではいないが
そのどちらにもそういう事は書かれていないが。
どこをどう読んだら、王氏が放射説を唱えていることになるのか?

むしろ王氏の漢鏡研究によると、南部九州にその発掘例がないことから
南部九州は邪馬台国ではあり得ないと言う結論しか導き出せない。

あとな『王金林 放射説』でググると面白いことに4件ヒットするんだ。
そのうちの3つがこの板の2chスレ(ドン来い2つに、畿内説スレ)

その中で『王金林が放射説』と書いてあるのはドン来い2つのみ。

つまり世界中でお前さんだけが『王金林が放射説』と言ってるんだよ。

509 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 12:43:28
陵墓に指定された古墳を発掘できないのは、天皇家が朝鮮半島由来だから?

510 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 12:52:25
またお馬鹿朝鮮厨が出てきた
朝鮮と邪馬台国はまるっきり関係ねえんだから
他のスレでやってろよ

511 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 12:56:35
>>509とかが湧いてくるのを見ると、ああ学生さんは夏休みかぁとうらやましくなるなw

512 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 14:05:15
>>509
朝鮮ゆかりは不味く無いよ。南九州押さえた事だろ危ないのは。

513 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 14:16:07
>>508
なんだ、基本的な本も読んでないのか。「古代の日本」にはっきりと書いてあるよ。

514 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 14:47:22
>>513
「古代の日本 邪馬台国を中心として 人類叢書4」 王金林/六興出版 1986年

まあ君はすぐ嘘をつくから、【本当に】その本に書いてあるにしても
その後の著書では一切放射説に王が触れていないという事は、考えを改めたということになる。

86年の本では書いていて、88年と92年の本には一切書いていないなんてありうるのかどうか知らんが。

515 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 15:23:48
畿内説論者らしいご都合主義だな。私ならば、説を改めると書いてない限り、その説を維持して
いるものだと理解するがね。


516 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 15:45:56
>>515
はっきり書いてやらないと判らないようだな、さすが【素直に読む】読解力だ。

王氏は放射説など支持していない。
君が嘘をついているだけ。
何度も同じ手口を使って嘘をつくというのは、虚言症という心の病だ。

517 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 16:09:08
横から失礼。
王金林氏で揉めてるみたいだけど、「古代の日本」の当該部分を抜粋してここに提示したらはっきりするんじゃない。
それと、放射説に賛同する中国人学者って、他に候補はいないの?一人だけ?

518 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 16:29:03
>>515
まあ、畿内説からご都合主義を取ってしまったら何も残らないしねえ
今や畿内説なんて老人たちの白日夢だよ

519 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 16:40:00
>>517
おいおい、中国人学者様を当てにするか。
中国系はみんな畿内支持だよな良かったな

520 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 16:46:39
畿内説ってサヨク街宣活動みたいだな。

トップは元からマルクスなど信じちゃいない。金のため。
末端だけが騙されて信じている。


521 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 16:47:22
>>517
言いだしっぺの日向厨がやればいいのだろうけど、無理だろう。
なぜならその本には一言も放射説支持とは書かれていないのだkら。

あと放射説を積極的に採用する学者は、現在では国内に若干、それも昔の説。
外国ではひとりもいない。

522 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 16:52:54
>>517
ほら、嘘を見破られたら途端に意味の無い畿内説中傷レスが増えただろ。
これが答えだよ。そしてこれが日向厨の本性。
彼は実在の研究者の名前や著作を挙げて、その中に書いていないことを捏造するのが得意手段。
過去にも榎、山尾それどころか安本の著書まで挙げて、書いていないことを書いていると連呼する。

ちなみに>>508にあるように
『王金林は放射説』とネットで書いているのは、世界中にたったひとりしかいない。
ここ2chの日向厨だけが、それを主張している。
世界でひとりだけ、そんな妄想か嘘かを必死でついているのさ。

523 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 17:10:34
日向厨ってひとくくりにしないでね
日向のことを書いてるヤツは俺含めて数人いるようだから

524 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 17:22:56
>>523
また嘘か
その数人がすべて同じ主張で同じ知識レベルのはずがないだろ
それとも日向を主張する奴は全員同じレベルの低脳なのか?

525 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 17:59:56
>>518が本質を言い切ってしまった件について

526 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 18:25:59
>>518
>>525
>まあ、畿内説からご都合主義を取ってしまったら何も残らないしねえ
>今や畿内説なんて老人たちの白日夢だよ

添削してあげるよ

まあ、九州説からご都合主義を取ってしまったら何も残らないしねえ
今や九州説なんて老人たちの白日夢だよ

527 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 19:03:57
うーん件の本を読んでいないのでなんともだが…

この日向厨って以前、福永が弥生末期の銅鐸の一斉埋納を言っていたとか

石野が日向に弥生末期に巨大勢力が出現したとして
如何にも日向説を支持しているかのように言ってみたり

白鳥を神話研究の大家としてその言で邪馬台国=高天原と言ってみたり…

どうも古今の学者の一部言動を切り取って我田引水・牽強付会をやらかす悪癖がありそうだなwwww


528 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 19:17:14
>>523-524

ヨコだが…

恐らく日向を好んで取り上げる奴は
今出ている日向厨(邪馬台国の比定地は日向か都城かにおいていたと思うが)ともう一人

日向宮崎は重視する物の邪馬台国の比定地は熊本に置く奴(恐らくSSS)と最低二人はいるみたいだw
(ちなみに熊本〜宮崎にまたがる一大帝国と言うことなら縄文人とも被ったりするwww)

もっとも今出ている日向厨も他の日向厨もその九州中南部の勢力が北部にまで版図を広げ
九州に巨大帝国を築きやがて東征に向かうという壮大なお話に突き進むのは同じようで

中々区別がつきにくいwwww


529 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 19:23:27
馬鹿馬鹿しい話だな。3〜4世紀頃に軍事だけが突出して進歩することなどありえない。歴史感覚が狂ってるんだよ。
生活様式は弥生末〜古墳前期で、軍事面だけ中世並みのことができるとか本気で思ってるのか?
集団移民ならともかく、東征なんて夢物語なのは自明。

530 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 19:44:45
畿内説にしても日向を軽視しているわけではない。
北部九州の一部と同様に、かなり初期から交易連合に参加していた可能性は十分にあるからだ。
むしろかなり後まで積極参加しなかったと見られる中部九州や
同じヤマトにありながら最後まで参加しなかったと見られる芝遺跡などに比べると
初期ヤマト連合の形成に大きな影響を与えたのではないかとは思っている。

だがそれと邪馬台国日向説とは別だ。
石野や宮崎大学の見解にしても、この初期参加の可能性についての言及だからね。

531 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 20:03:40
>>530
>畿内説にしても日向を軽視しているわけではない

>だがそれと邪馬台国日向説とは別だ。

全くもって同意。
日向と言うか大分や宮崎と言った九州の東側。

例えば宇佐の赤塚古墳なんかを見れば
ヤマトとの関係が相当濃厚な物があっただろうと直ぐにもうかがい知れる。

ここの九州説の連中にとって邪馬台国や神武東遷に関わらなければ
興味の対象にもならんのかもしれんがw

まだまだ古代史におけるフロンティアだよなwwww




532 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 20:04:14
>>530

芝遺跡が最後まで参加しなかったというのは、どういう根拠からなの?


533 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 20:05:02
>>530
>初期参加の可能性についての言及

俺もそうだが
非難されるときにはいっしょくたにされて攻撃されちゃうなあ
まるで宮崎の名前出しちゃいけないみたいに

ヤマト連合、マキムク、箸墓造営の同時期に
宮崎平野あたりとマキムクとが同勢力であったと考えないと
特に生目古墳群に関しては説明が難しいんだよね
http://www.city.miyazaki.miyazaki.jp/www/contents/1211443925832/index.html

534 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 20:14:53
>>526
「添削」という言葉の意味さえわかってない真性馬鹿登場。
畿内説が劣勢だからって何も焦って書き込むことないよ。

535 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 20:25:18
>>532
土器の交わりがないまま消滅するから。
遠隔地の東海型や山陰型はもちろん、庄内式でさえも導入が並外れて遅い。
集落放棄寸前と見られる時期にやっと庄内式が出土するくらい。
こういうのが面と面ではなく、点と点を線で結んだゆるやかな交易連合の根拠のひとつであって
強固な王権が一面的支配をしていたのではないという考え方が導き出された。
もちろん北部九州にしても同様の現象が起きている。
ゆるやかに滅ぶ板付や、再編成を繰り返して変質していく三雲や西新町などがそう。
まだ各地の調査報告は少ないが、吉備や出雲でも同様の傾向が見られる。

>>533
一人か二人のせいで大変だね。
しかし書き込み内容でまともな人かどうか大体判るから、遠慮なくやると良いと思う。

536 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 20:27:25
>>534
>畿内説が劣勢
それは少なくとも、この地球上での話ではないな。
どこの星の話かな?こりん星?

537 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 20:31:04
>>534
真性馬鹿?
畿内説なぞ真性基地○だろうが!

538 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 20:31:36
>>535

大和の中では芝遺跡だけなの?
他の小集落でも、同じような状況なの?

遠隔地と交流の見られる遺跡は、マキムク、唐古・鍵くらい?


539 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 20:33:46
そうね。各集落の首長層そのものがまだ世襲として安定していない時代。ある地方を支配する強大な権力など
ない頃の話なんだよな。点としての集落があちらの勢力と結んだり、こちらの勢力と離れたりしているような状態。
生目の勢力にしたって南九州のごく一部にすぎない。

540 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 20:36:33
>>539
ありがと。
こういう具体的な話が出てくると助かる。


541 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 20:40:50
>>539

つまり、邪馬台国時代も、九州から近畿まで、集落の点と点が結びつきあってるだけで、
その間の集落は邪馬台国連合から除外されてたりしてたってことなんだね。

だから、広範囲な面的支配勢力というものは存在しなかったと。

542 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 20:45:56
土器など年代しか編年してないけど、
日本各地が同じ時期に同じ土器を使ってたと考えるのが畿内説の学者。
頭おかしいとしか思えない。
土器など、民族や遠隔地にあれば、当然形は違うのに。
それに支配者一族が同じ期間に全国各地に散らばるようなことはないよ。
他の民族の支配者を一切考えてない。

形の違いを一切考えず、これは何年から何年、これは何年から何年など年代だけで区切るのはバカのすることだよ。
日本には縄文人の文化と倭人の文化と大陸北方の文化が入り混じっていた時期があるのだから。
土器の年代よか土器の形を見てこれは同じ民族の古墳でだいたいいつごろか、
と考えて統計をとったほうが、真相がわかってくるのは早いよ。
今現在の土器編年は大雑把過ぎていい加減きわまりないと思う。

543 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 20:50:25
>>542

なんら具体性の無い印象論は読む価値が無い。


544 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 20:52:09
おそらく地方の前方後円墳や三角の副葬などは、周囲の勢力にヤマト王権と結んだことを知らしめる効果が
あったんだろう。ヤマト王権と結ぶことで、地方のクニは周囲への優越を示すことができ、またヤマト王権は
進出の拠点を得ることになる。前方後円墳の祀りによる宗教的な結びつきがそれほど強いとも思えない。


545 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 20:53:52
>>543
いつも具体性が無く、誹謗中傷、無駄口、論点ずらし、わけのわからない
理屈っぽい書き込み、それしかできないのは畿内説のほう。
畿内説のは読む価値がないのだ。

546 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 20:58:02
>>538
大和というより、大和川流域にある小中集落が、積極的に他地域と交流していたようだね。
これは弥生後期にはいってすぐあたりから連綿と続いていた。
その規模が一気に大きくなったのが後期後半で、これは出雲や吉備と並んで
東海各地との交易活発化が影響しているんじゃないかな。

原則的に芝だけでなく、大和北部や山城などはあまり他地域に交わっていない。
これは近江がやはり積極性がなかったことに由来するのかもしれない。

>>542
土器編年の基本がまるで理解できていない。
地元土器と外来式土器が同時に同じ地層で出土するからこそ、同時代だと推測できる。
もちろん漸次移動していったものは、やはりバケツリレーのように各地を経て伝達される。
その中で日向の形式を畿内で作ったものや、畿内形式を北部九州で作ったものもある。

第一『支配者一族が同じ期間に全国各地に散らばる』とかのおとぎ話は誰も考えていない。
きちんと理解してから書き込もう。

547 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:00:24
このスレで一時期やってた議論なんだけど
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/rekishikou/006/re_006_040710.htm
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/rekishikou/006/re_006_04071001.gif

この図のうち
前方後円墳は天孫族(ヤマト連合)の墓
地下式横穴墓は隼人族の墓
地下式板石積石室墓は熊蘇族の墓
と考えると
実にすっきり古事記神代記-熊蘇征伐までの説明がつくのよね

生目の地下式横穴墓の上に前方後円墳が作られたというのは
そのまんま日向神話神武までの天孫族と隼人族との婚姻につながる

548 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:00:34
昼間の嘘つき日向厨が必死だな。

王金林氏の「古代の日本」の何ページに、放射説を採用すると書かれているのかな?

さあ一所懸命捏造するんだwww

549 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:01:48
いずれ地方勢力の盛衰というのはかなり長期間続くんだよな。上で出てきた生目の勢力でも、4世紀まで南九州最大
の古墳はここに営まれていたのが、5世紀には西都原に男狭穂塚などが出現する。これは河内王朝の影響によると
考えられ、こうした盟主権の変動は吉備や上毛野にも見られる。これは邪馬台国には直接関係のない話なんだが。

550 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:02:08
>>546
>原則的に芝だけでなく、大和北部や山城などはあまり他地域に交わっていない。
>これは近江がやはり積極性がなかったことに由来するのかもしれない。

すると、伊勢遺跡も、孤立してたような状況だったんですか?



551 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:02:54
>>542

>土器の形を見てこれは同じ民族の古墳でだいたいいつごろか、
>と考えて統計をとったほうが

まさにそれが土器編年なのだが、君やっぱ頭おかしいの?

552 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:03:48
>>547

それ5世紀の話じゃないの?


553 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:06:45
>>552
生目古墳群の最古の前方後円墳は
日本最古クラスだということだから(まだ調査中)
前方後円墳の下にある地下式横穴墓は
それより古いって考えたほうがいいでしょ

554 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:07:35
>>550
孤立というとなにか敵対していたか無視していたかのような印象になるけど
どちらかというと遠隔交易にあまり興味がなかったのではないかな。

それも4世紀後半になると、纏向にも北陸型の土器が増え始めることから
自然の流れとして、やっぱ交易したほうがお得じゃんと転換した程度だろう。

交易連合というのは、それ自体が王権ではないんだよ。
いくつかの地方王権(首長)が並列して通商条約を結んでいたような感じ。
だから倭人伝での、邪馬台国の女王卑弥呼が統治していたかのような記述が疑われているわけ。

555 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:07:36
>>542
土器編年に重点を置くのは間違いの元だよ。
だから批判しているのに。

そもそも畿内中心でしか頭がないから、それに合わせて物証を
当てはめることしかできないんだから。
それで頭いいと思っているのかな。

556 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:12:12
>>551
違いますね。民族の違いなど考えてないですよ、
畿内説者は。
日本全国みんな同一民族として扱っている。
だから土器編年みたいなへんなものが作れるんだよ。

557 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:12:38
横からだけど、5世紀以前はもっとばらばらだろう。まさに、「八十梟帥(やそたける)」状態。つまり南九州は社会進化度が
低く、狭い耕地ごとに首長がいた。邪馬台国に灯定するにはほど遠い状況。

>>553
>前方後円墳の下にある地下式横穴墓は 

もの知らないんならレスやめろ。

558 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:13:51
>>556

…あのう、もしもし?

九州には九州の、関東には関東の「土器編年」があるわけなんだがwwwwwwww

559 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:16:02
>>557
リンク先ちゃんと読んでよ
http://www.city.miyazaki.miyazaki.jp/www/contents/1211443925832/index.html
その中で注目されるのは、地下式横穴墓が前方後円墳の下から見つかったことです。
これは、近畿地方からの影響のもと築かれた前方後円墳と
南九州独特の地下式横穴墓の関係を知る上で非常に貴重な発見であったと言えます。

560 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:16:07
ただこれはあまり有名じゃないけど、弥生後期の若狭や北陸って
同時期の畿内なんかをはるかに凌ぐほどだったんじゃないかと考えられるようになっている。
北部九州、出雲、吉備そして若狭なんかが最先端地だったんじゃないかと。
そこから太平洋側や瀬戸内各地がだんだんと力をつけてきて
各地に有力なクニが並列するようになった。
これらが近隣同士でまず結びあって、それから遠隔地と直接交易をするようになっていったと。
この交易に必要なルール(相場、為替など)で結ばれた網が、ゆるやかな交易連合で
富の集中が顕著になってから、内部で覇権争いが起きたと。

この争いは倭国乱みたいな初期のものを指すのではなく
おそらくある程度の武力行使が可能なレベルになった5世紀以降だと思うけど。

561 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:18:17
>>537といい>>555といい

自分にレスしてどうするよ、嘘つき日向厨www

風呂に入って寝ろ

562 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:21:52
>>553 >>559

これが何か?
前方後円墳の下に地下式横穴墓があったんでしょ?
つまり地下式横穴墓を潰してその上に前方後円墳を造ったというだけのことですがな。

563 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:22:17
>>554
>いくつかの地方王権(首長)が並列して通商条約を結んでいたような感じ。
>だから倭人伝での、邪馬台国の女王卑弥呼が統治していたかのような記述が疑われているわけ。

逆に、近畿は、地方王権(首長)が並列して通商条約を結び、
九州の狭い地域では、卑弥呼が共立されたとは考えられないのですか?
それを否定する状況が何かみられますか?


近畿は、

564 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:22:20
>>559
アホか? だからいつ作られた前方後円墳の話なんだよ?副葬品から見た地下式横穴墓の築造時期は5世紀後半以降だろ。

565 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:23:45
>>558
その地域ごとの編年も多分おかしいに決まってる。
なんで土器で編年してそれを重視するのかな。土器からは民族の流れとか
文化の伝達の様子位しか推測できない。
そのそも同じ地層にあったからって、その地層の年代が間違ってたらアウトだし。
ほんとに頭おかしいとしかいいようがない。
土器編年など間違いだらけ。みんな文献を無視した人たちの
誤った編年だよ。
それをうのみにするヤツの気がしれないね。

566 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:25:29
>>548
せめて読んでから書けばいいのに。馬鹿丸出し。

567 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:28:43
>>563
九州は北部・中部・南部ともに、何らかの交易連合があった形跡さえないのよ。
3つとも東西で温度差があるの。
その小さなブロックだけで纏まっていたにせよ、もうその時点で倭人伝の記述と大きく食い違うわけ。
だから倭人伝から邪馬台国を見つけるのはもう無理なんよ。

>>565
>その地域ごとの編年も多分おかしいに決まってる。
もうねアホかバカかとwwww

568 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:30:31
>>566
いや君も実は読んでないでしょw
デタラメ書いただけだもんね
王金林に土下座して誤れ

569 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:30:45
>>567
君は畿内説なんだろうけど、畿内説はね、もうねアホかと、バカかと。

570 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:34:56
つーか各地の土器編年がデタラメだったら、当然日向の土器編年もデタラメだよな
そうすると生目古墳群が3世紀後半というのも間違いだよな

完全に破綻しているな

571 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:35:36
土器編年から実年代をいうには確かにある程度の年代幅を持たせる必要があるだろうけど、新古の関係に大きな狂いはない。
そして上レスにあったように同じ地層の土器などを比較していくことで、各地の土器の相関ができあがる。つまり畿内が古くなれ
ば北九州も古くなる・・・この関係は崩れない。

572 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:36:08
王金林「古代の日本」134頁
対馬国から伊都国までの書き方は、その行程路線が直線連続走行であることを現しており、今日の
中国語でいうならば、すなわち狗邪韓国から対馬国・一支国・末盧国を経て伊都国に至る
となる。・・・しかし、伊都国以降はこれと違うのである。公式を使って表示すれば「方向、国名、
距離、方向」となり、行文の中には、行程路線の直線連続走行を表す文字はない。
・・・奴国は不弥国へ行く起点ではなく、不弥国は投馬国に通じる起点ではなく、投馬国も邪馬台
国へ行く起点ではない。・・・はっきりしていることは、伊都国はこれらの国の協同起点である。
すなわち、伊都国から始まり、その行程を中国の俗語でいう「四至法」(日本では「放射式」という)
を取ったのである。・・・私の見方は、榎一雄氏の観点と一致するものである。

573 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:38:18
生目で地下式横穴墓が前方後円墳の下から見つかったと

調査してみないとここの部分の造営時期はわからない
指摘されたとおり単に5世紀に作られた地下式横穴墓の上に
その後前方後円墳が作られたというだけかもしれないが

いずれにせよ、生目に地下式横穴墓、前方後円墳がたくさんあるってことは
この地で天孫族と
隼人族の先祖と目される宮崎土着民族との交流があったわけよね
でそれは生目で最古の前方後円墳が作られた時期に遡るわけでしょ

地下式横穴墓とは前方後円墳の影響下に作られたものだよと考えても
その交流の時期が5世紀ということではない

574 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:39:35
>>542とか>>565とかは、そもそもこいつの言う「土器編年」が何なのかさえ分からない。
いやその前にもはや日本語の文章として読むのも辛いwwww

サイキバ君が頑張って長文書いたか

最近この板に寄り付いている「同和ネタ」とか「チョンネタ」で暴れている電波さんなのかな?w


575 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:39:47
誤記訂正
協同起点→共同的起点

576 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:49:17
密封された古墳内にA地域の土器とB地域の土器が共存してれば、それは特殊なケースを除いて同一時代のものと
考えていいよな。これが横糸。で、縦糸はB地域の土器に少しだけ別の要素が加わったものがB地域で見つかれば、
それは少し新しい時代のものと考えていいよな。この横糸と縦糸の関係というのは多くのケースを比較検討して作られ
たもの。

577 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:51:28
>>572
ほう、では明日図書館で確認するか。
日向厨は今まで平気で書き換えをやってきたから、いまいち信じられないからな。

578 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:53:14
>>573

>調査してみないとここの部分の造営時期はわからない

調査したから見つかったんだろw
もう何がいいたいのかさっぱりわからん

579 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:59:09
土器編年などデタラメだよ。知らなかったの?

形での土器編年よりも、前方後円墳の副葬品の統計とって、
それからでる土器の統計をとったほうが編年しやすいと思うよ。
まだまだ前方後円墳は地方のしか調べがしてない
同じ文化後継者と見られる前方後円墳だけにしぼって土器の統計をとったほうが最初はわかりやすい。
でも畿内の前方後円墳の副葬品や土器の調べはほとんど手付かずだから今
土器編年はできないよ。土器編年などしなくても副葬品で編年できるし。
そしたら、逆に副葬品から土器の編年ができる。
最初はわかりやすい前方後円墳からはじめたほうが、整理しやすいからお勧めだと思う。
今までの土器編年説っこの土器は弥生末期だとか、古墳初期だとか年代わけしているけど、
しているけど、そういうのってほんとにいい加減なわけ方だよ。
文化は地域によって同じ時代でも違うのだから。


580 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 21:59:53
>>573
いや、だから生目に古い古墳があるのは確かで、早くからヤマト王権と結んだ勢力がいたということだろう。そうすることが
自分たちに有利と考えた勢力。しかし、南九州は結局7世紀頃までまとまらない。ここに邪馬台国があったとは思えない。

581 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:05:02
だいたい「副葬品の統計」というのは何だ?むろん土器以外の出土品との共伴関係も考慮して土器編年は組み立てられてる。
・・・馬鹿を相手にしてもしょうがないんだが。

582 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:06:03
>>544
>周囲の勢力にヤマト王権と結んだことを知らしめる効果があったんだろう。

なるほど、そうかも知れません。

>周囲への優越を示すことができ

「ヤマト王権と結ぶこと」は、(結んでいない場合と比べて) どういった点で優位なのでしょうか?

>宗教的な結びつきがそれほど強いとも思えない

前方後円墳、三角の副葬、などは“改宗”の表明なのでは?

583 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:07:49
>>574
日本語がどうのこうのチョンがどうのこうのとか言ってるけど、ほんとに性格悪いね。
口が悪いから性格悪いってのはすぐわかる。
こんなのが同じ日本人だと思うとガックリするね。

そんなによみづらければ、読まなきゃいい。


584 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:10:13
>>567
>九州は北部・中部・南部ともに、何らかの交易連合があった形跡さえないのよ。
>3つとも東西で温度差があるの。
>その小さなブロックだけで纏まっていたにせよ、もうその時点で倭人伝の記述と大きく食い違うわけ。
>だから倭人伝から邪馬台国を見つけるのはもう無理なんよ。


九州説の思い描くスケールの小さい邪馬台国像そのままだけどな。


585 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:10:16
>>580
宮崎に邪馬台国があったとは考えてないが
魏志倭人伝に書かれている倭の南方系の風俗は
宮崎平野周辺のことだと考えれば納得がゆく

宮崎平野あたりは
帯方郡と纏向との海路の中継地だったんじゃないかと

586 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:16:31
>>582
これは推論でしかないが、大和の前方後円墳は首長霊信仰と考えられる。つまり死んだ首長が神となってクニを見守る。それだけ
ではなく、現在の首長が、亡くなった首長=神 の力を宿して統治する、という一種の民衆支配のための装置としての役割があった

おそらく前方後円墳を分与された地域ではここまで社会体制は進化していないと考えられる。つまり土着の信仰がありながら前方後
円墳を受け入れた。これは、設計・築造の技術やきらびやかな威信財などを与えられることで、あたりの集落から畏敬される効果が
あったのではないかな。

587 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:18:54
>>585
>>585
宮崎だとすれば、倭人伝の行程記事どおりで何の問題もない。
九州で、一番の古墳群があるのも宮崎だ。それなのに、何で宮崎に邪馬台国
があったと考えないのかな?
帯方郡と纏向を結ぶ行程を考えたときに、間に宮崎を入れるというのは極め
て不自然だと思うがね。

588 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:19:04
>>584
>九州説の思い描くスケールの小さい邪馬台国像そのままだけどな。

この板で「スケールの小さい邪馬台国像」なんて殆ど出ていないように思うがw
大抵は九州の半分ぐらいは強力な面的支配をした一大帝国www
(勿論「七万戸」なんて余裕でクリアw)

まあ、あえて言うと犬国が「小さい邪馬台国像」かもしれんがwwwwww




589 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:22:17
>>587
その宮崎の古墳群が、畿内発祥の前方後円墳だから。
君の言うとおりだとすると、日向邪馬台国は畿内の傀儡政権だということになる。

590 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:24:37
今日の結論。畿内説は要するに詐欺。

591 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/07/23(金) 22:24:53
ジョーカー

 何か用か〜? ><

592 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:28:18
>>587
ただの最短行程としての
帯方郡-纏向としてじゃなくて
弁韓・辰韓からの鉄の輸入の中継地としての宮崎平野ね

北九州・中九州と纏向のヤマト連合とのあいだに当時対立があったとすれば
宮崎平野-纏向のルートは
海路としてちっとも不自然じゃない

593 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:28:29
>>586
氏族社会では先祖霊が神だから、一族の者が祭るのはわかるけど
民衆一般に首長霊の崇拝を強要するというのは、なんか近代ファシズムの様な・・・


594 :586:2010/07/23(金) 22:28:50
あとは前方後円墳の周堤を築くなどの大規模土木工事技術が水稲耕作を利した、という考えもあるが、このあたりはよくわからない。



595 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:29:01
>>591
用は無い。

さっさと去ねい。

596 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:29:38
>>589
傀儡というかヤマト(邪馬台国)の飛び地みたいなもんというか

597 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:30:21
>>593
このあたりは推論だよ。ただし、環濠集落が廃れて分散居住になったことと何らかの関係があるとは思う。

598 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/07/23(金) 22:31:19
ジャックの奴、余計なことを書きこむな。

zzzzzzzzzzzzzz・・・・・・・・

599 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:35:13
>>593
分散したレスになってスマン。むろん民衆というよりも、支配層内で首長霊を継承したものには無条件で従う、といったこともあった
のかも。妄想気味なのでこれ以上は止めておくが。w


600 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:36:39
>宮崎だとすれば、倭人伝の行程記事どおりで何の問題もない。

まあ、もはや耳にタコができるほど聞き飽きた日向厨の自信満々のご高説だがw

放射説といってもその拠点となる伊都国を佐賀大和に置くのがコイツの説の一大眼目なんだが…

玄界灘周辺じゃなくて有明方面に
『郡の使の往来して常に駐る所なり』と言われるような場所が出現したなんて想定をしている九州の考古学者っているのか?
って話なんだよなwwww

大陸との交流の窓口が玄界灘周辺から有明にシフトした
もしくは「もう一つの窓口」として出現した。

…なんて事は現時点あまりに絵空事だと思うがw





601 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:43:09
有明=伊都国方面から楽浪土器やら大陸の文物がざくざく出るといいんだけどねえ。w

602 :600:2010/07/23(金) 22:43:13
ついでに言うと

そもそも卑弥呼の下にまで行った魏使が
なんで途中の伊都国を拠点にした地理情報を書かなきゃならなかったのか?ってはなしで

だったらその情報は魏使ではなく伊都国にいた郡使によるもの…と考えたほうが合点がいきやすいだろう。

まあ北部九州のクニグニなら大体の土地勘で伊都国から見ての大方の方角距離は書ける物の
九州を出て本州の地理なんて元より脳内地図に無かった…情報確度は格段に落ちる

それがあの記述に至ったと考えれば畿内説にとっても都合がよろしいwwwwwwww

603 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:49:03
>>597
古代の税の主体は賦役労働(食料などは自弁)だから
巨大古墳などは強大な統治力の証拠ではある
ある意味、大型前方後円墳の分布が当時の政権の分布だよ

604 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:49:39
邪馬台国は九州、畿内は四つ政権、中部地区は八つ政権、関東以降は未統治

605 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:50:13
>>600
アホな考古学者のお説ごもっともと言っていたら、今まで見つけられんかったとおり
邪馬台国の所在は「わっかりませーん」となるだけだ。
考古学者は、「北部九州の丘陵上には集落と墓地がひしめきあっている」と言ってる
だろうが。墓地と貧民窟、そんな所に、王宮が置かれるわけがあるか?大切な田圃だ
って少ないじゃないか。弥生時代の中心地は、広大な田を見渡せる大平野に遷ってい
たんだよ。だから、古墳時代になってから有明海沿岸は発展しているんだ。

606 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:50:33
地理学者の室賀信夫氏は、倭人伝の記述は北部九州限定の地図のようなものを参照した可能性を書いているな。

607 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:51:59
>>601
まあ「楽浪土器」に関しては本人にも何度か説明したんだが

そう言った劇的な発見でもなければ現時点
無数にある「すなお読み」のワン・オブ・ゼムだなwwwwww

あとは「すなお読み」同士でどつきあって
「すなお読みチャンピオン」を決定してくれって話だwwwwww

当然敗れた者は
「すいません私の読み方は全然すなおじゃありませんでした」
と敗者宣言するようにwwwwwwwwww

608 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 22:59:21
>>603
ここで記紀を持ち出すのは反則だろうが、箸墓築造の記事には厳しい奴隷労働というような印象はないな。「昼は人が作り、夜は
神が作る」といった箇所からは、信仰心を考慮に入れてもいい気がする。ピラミッドの例もあるしねえ。

609 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:03:15
>>546
>大和川流域にある小中集落が、積極的に他地域と交流していたようだね
>その規模が一気に大きくなったのが後期後半

具体的にどこなのでしょうか? 遺跡名とソースを教えてください。

610 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:10:01
ちょっと邪馬台国がどこかということは置いといて

二世紀の倭国大乱について考えると
のちの纏向ヤマト連合(畿内・吉備)と北九州勢力との対立が倭国大乱だったんじゃないかと
北九州勢力は鉄や大陸の交易品を独り占め
これに対抗して後のヤマト連合が鉄や交易品を手に入れるためには
どっかの九州の勢力と手を結ぶ必要がある
でこの手を結んだ相手が日向(宮崎平野)だったと
日向は海人系の民族で
船を使った交易や船での戦闘にも都合が良かった

611 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:10:05
>>586
>首長霊信仰・・・つまり死んだ首長が神となってクニを見守る

それは、そのとおりだと思います。

>前方後円墳を分与された地域ではここまで社会体制は進化していないと考えられる
>設計・築造の技術やきらびやかな威信財などを与えられることで

定型化した前方後円墳(出現後)の話なんですね。
了解しました。レスどうも。

612 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:16:18
日向にもっていくには無理がある。
日向より、有明海に近い佐賀か熊本のほうが、適地でしょう。

613 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:16:19
>>607
素直な読みなんて、幾つもあるもんじゃないな。末盧国に上陸したら、東南陸行
五百里、佐賀付近に行ったときには、他の連中の姿は見えなくなっているよ。
気の毒だけど、一番先に視界から消えるのは畿内説だな。

614 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:17:33
記紀に登場する神武は狗奴国王卑弥弓呼だというのはどうだ?卑弥呼に取って代わって倭国の王になろうとしたが、
魏が介入したので諦めて東方の新天地を目指した。そうして奈良に入って地方のボスの座を獲得した。

615 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:19:53
まず、神武を邪馬台国時代と考える根拠がない。w

616 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:21:31
畿内に相当数の巨大前方後円墳がある。それを土地人だけで
築造するのは負担が重過ぎて無理だ。当然地方からの傭役者が集まり
造ったことは想像できる。つまり中央集権だったからこそできたのだ。
ひょっとすると、奈良王朝が王陵を巨大に
作り直して政権の勢力を示したのかもしれない。だから巨大古墳は8世紀のものかもしれない。
仁徳天皇陵からガラスの大鉢が出土した。正倉院のものとそっくりだ。
つまり唐と交流のあった奈良政権が過去の大王の陵を造り直して
巨大な古墳を造ったと考えられはしないだろうか。


617 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:23:32
>>612
佐賀は北九州勢力
熊本は大和朝廷に最後まで逆らった勢力


倭国大乱の時期から
のちのヤマト連合と
宮崎平野豪族との同盟があったと考えれば
記紀の記述とも
魏志倭人伝の海人風俗記述とも矛盾しない

618 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:24:28
トホホ、もん太とどっちか、というレベルだ。

619 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:25:36
>>586
まあ前方後円墳が首長霊信仰に基く物であって
大衆支配のためのギミックだった(故に一度副葬されたら外からはその姿の見えなくなる副葬品よりは
単純に見た者を畏怖させる巨大さの方に力点が置かれることになるwwww)

…と言うのはそのまま首肯するところではあるが

社会の形態として身分の階層化等は少なくとも九州の方が進んでいたのではないかと言う気がする。







620 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:32:26
>>615
神武は大和王朝の始祖だとされているだろ。3世紀初頃までは奈良には国らしいものはなかったのだから、
大和王朝の始まりとみられるような国は3世紀半ばにできたんじゃないの。つまり神武は3世紀半ばに奈良
のボスになったちゅうわけよ。

621 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:36:30
>>620
神武は実在すると仮定すれば
ヤマト連合のボス崇神
の数代前のご先祖で
倭国大乱期か
その少し前の人物ではないかと

622 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:36:51
>>619
ああ、北部九州の話ではないよ。生目とか、初期の前方後円墳があるところ。

623 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:47:20
仁徳天皇陵は後の時代に改修はしているだろう。
でも副葬品については当時のものだと思う。
ガラスの器はペルシャかどこかのシルクロードの流通品。
遣唐使が唐から持ち帰ったかもしれないし、唐人が持ち込んだものかもしれない。

今までの通説に洗脳されている人には受け入れがたいだろうけど。

奈良に巨大古墳が多いのは奈良王朝が後の時代に作らせたものかもしれない。
だから橿原の藤原京の近くの桜井に巨大古墳が多いのだろう。桜井はつまり
王家(大倭)の墓地だったのだろう。それを新しく代わった王朝が過去の王朝の墓地を
改修してあたらしく巨大古墳を造って勢力を誇示したのかもしれない。
(唐書には大倭を日本が合併したとある。)

624 :619:2010/07/23(金) 23:50:12
>>622
おk。
それならすんなり得心がいくw

確かに日向とかは銅矛の文化圏からも外れていて
玄界灘周辺地域が後漢の威光をバックに築いた旧いヒエラルキーからも外れていたんだろう

故に新しい波に乗る事に躊躇なかったと…

まあ、どの時代にもありそうなお話だがwwwww

625 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:54:22
平城京の後に巨大古墳改修ですか・・・
大仏殿造るだけで精一杯だったとか、難波に一時期都を移したりとかは無視ですか

つーか宮内庁指定陵が全く調査されていないとか思っているわけですか
本格発掘解体調査がまだなだけで、奈良期に大掛かりな改修がなかったことくらいとっくの昔に判明してます

626 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:55:43
魏志倭人伝には古墳が出てこない件について。
塚が一つだけだな。

627 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:56:51
>>623
こういうスレ違いのノイズは
他のスレに行ってやれ
大倭を日本がうんぬんというのは
単に唐が
隋時代の聖徳太子の日本対等国宣言に戸惑って書いただけの話

628 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:58:02
だいたい北部九州の豪華な副葬品というのは宗教的な要素は少ないだろう。

629 :日本@名無史さん:2010/07/23(金) 23:58:28
古墳を百年論じても、畿内に邪馬台国が見つからない件

630 :うましか:2010/07/23(金) 23:58:54
>>619

北條芳隆の説に普及期の古墳は「首長墓では無い」と言うのがあったな。
出現期の大型墳丘墓や畿内・吉備の大王墓級の古墳については結論を「留保」するとしているが、
地方における古墳祭祀については、「祖霊祭祀」の範疇には入るものの「祖霊」=「首長」では無いだろうと言うこと。

例えば、その地域の盟主墳でありながら複数主体墳の被葬者が、
非血縁の経産婦の組み合わせ(赤の他人の婆っ様二人)とか言う事実があり、
被葬者の年齢・性別等から判断して「首長」として埋葬されたとは考えられないと言うことらしい。

では、被葬者は首長以外のどのような立場の人物かと言うと、
誤解を招くかもしれないが、ある種の「生贄」だろうと仰ってますね。
「生贄」と言う表現はどうかと思うが、必ずしも政治的リーダーが祭祀の対象である必要は無いとも思う。


631 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:00:19
>>625
そんなのあったら、必ず続日本紀に載るだろ。

632 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:01:09
>>625
奈良期に改修ではなく、奈良期に築造です。
その後世に改修があっただろうという話です。
仁徳天皇陵は、まわりの倍塚を侵食してまで掘りを作っていますから。
そんな造りかた普通しないです。

633 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:03:24
>>608
「昼は人が作り、夜は神が作る」というのは、季節労働を意味していると思う
労役は農閑期に賦課されるからね
それと奴隷労働と税としての労役を一緒にしないで欲しい
班田収授法でも、稲として納める税は収穫の3%程度ときわめて軽い
職業分化の進んでいない古代では、米だけ都に集めても職人がいない
地方から労役で奉仕させるのが古代の税なのだ

634 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:05:21
しかし今日の日向厨もそうだが
結局、土器編年はデタラメだ!学者は無能だ!とかの
サイキバや怨み節と同じ芸風になってしまうんだよな。

まあ・・・

「NASAは宇宙人の死体を隠蔽している!」
「アポロは月には行っていない!」
「相対性理論は間違いだ!」
「進化論は間違いだ!」
「ユダヤが世界を裏から支配している!」
「ノストラダムスの予言の通り世界は滅びる!」

こういう連中って同様に、自身持って乗り込んできたところ
自分より知識のある人たちにフルボッコにされて、その悔しさと逆恨みからこんなトンデモに走ってしまうのだけど
こういうのってオカ板でも痛いビリーバー扱いで、住民から相手にされてないよね。
ねえ縦目さん。

635 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:05:28
>>630
「生贄」はかなり先鋭的な意見と思うけど、地方のは土着のどろどろした宗教に前方後円墳の形式だけが持ち込まれたとしても
不思議ではないような。

636 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:07:17
魏使の梯儁と張政は邪馬台国に行っている。梯儁は卑弥呼に魏の皇帝の詔書を渡しているし、張政は壹與に告喩して
いるのだから。倭人伝の記事は彼らの見聞の記録を基にしているだろう。

倭人伝には「其死 有棺無槨 封土作冢」と倭国の墓を記述しているが、卑弥呼の墓については「大作冢 徑百餘歩」
とだけ書かれている。これから見ると、卑弥呼の墓は張政には大きなものに見えたが箸中山古墳のような前方後円墳
ではなかったと考えられる。箸中山古墳のような形の巨大な墓であれば印象は強かったであろうからあのような簡単な
記述にはならないだろう。

また、晋の時代にも邪馬台国は朝貢を行っており、当然両国に交流があったが、晋書の記述は三国志の倭人伝の引き写
しが大部分であり、倭人の墓についても「其死 有棺無槨 封土作冢」と変更がない。ということは晋の時代にも倭国
には前方後円墳は無かったのではないか。

637 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:08:56
>>630 うましか
面白そうな話だなw

「地方における古墳祭祀」と言うことであれば…

地方の有力者が前方後円墳と言う新しい埋葬文化を導入し
それでもって自分の権威権力を高めようとしたが

なんだかんだ言っても自分や身内をそこに埋葬するのはやっぱり嫌だったとw

「そういやあ、あそこの婆っ様、霊力があるとか言う話だったぞ。
 そろそろお迎えの頃だし、出来上がった古墳に入ってもらうべ?」

…なんて会話がwwwwwwwwww

638 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:15:46
>>630北條のいう関東の普及期古墳については、>>586の解釈がもっとも説明がつくのではないだろうか。

いや俺は>>586本人ではないが、北條も首長霊信仰が根本的理解と信仰をもってして広まったものとは考えにくいとしている。
むしろ『形から入る』という、ある意味ミーハーな迎合というか
地元信仰と首長霊信仰を各地で独自解釈した、そういう事例があちこちにあるという事だろう。

これも、首長霊信仰が絶対的な宗教弾圧のような強制力を有していない
つまり何か別のメリットがあるからその形式を受け入れたと考えたほうがいいと思う。

そのメリットが土木技術の教授と交易グループへの参加という
いわば鼻先にぶら下げたニンジンだったと考えると、大まかだが流れが掴めるかと思う。

639 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:20:16
おいおい、前方後円墳だとか首長霊信仰などは邪馬台国には関係ない話でないかい。

640 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:25:35
魏志倭人伝には、卑弥呼の塚と、鬼神(死者の霊)しか出てこない。

641 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:27:51
>>638
まあ、そもそも前方後円墳が各地の埋葬文化の寄せ集めパッチワーク、キメラの如き物だとも言われるからなwwwwwwww

642 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:30:06
>地方のは土着のどろどろした宗教に前方後円墳の形式だけが

地方の有力者は侵略者に対して格段に兵力が劣っているだろうから
そういう融合はまず無理だし、そんなことしたら、潰されるだけ。
侵略者自らが支配者になるので前方後円墳の主は同じ宗族か、その家来のものだよ。
地方の農民はただ侵略者に従うだけだよ。
抵抗は少しはしただろうけど。
蝦夷なども結構抵抗はしたらしい。

643 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:30:57
>>641
うん、このパッチワーク、キメラというのが倭国連合のキーワードなんだよね。
これが理解できないと、どこかの無敵の軍団が征服したとかのヨタ話に陥ってしまう。

644 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:33:38
「ゆるやかな(点と点を結ぶ)交易連合(首長連合」と「前方後円墳」でしか話題が続かないとは
畿内説派の諸君も辛いことでござるな。

645 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:37:56
>>644
でもそれに代わる理屈を見つけられないんだよね。
九州説にしてもこの緩やかな連合を前提としているのが、この平成の時代にはデフォなんだ。
それすら知らずに、大昔の消えた説や、最近倭人伝を『素直に』読んで私だけが真実を悟りました!という電波がここには多いようでな。

646 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:41:23
>>638
>鼻先にぶら下げたニンジンだったと考えると、大まかだが流れが掴めるかと思う

>>544からの流れは、「定型化した前方後円墳」出現後の時代だが、
“グループへの参加”もしくは“グループ形成”の話と見れば、それ以前も同様だったろうなあと考えられますね。

647 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:47:06
>>644
いやもう邪馬台国に関しては
北九州圏勢力とヤマト連合(奈良中心)の二択で
あとは宮崎ぐらいしかないんだけど

なんでか宮崎はずーーっとヤマト連合側で
ものすごくつきあいが深く
北九州勢力とはほとんどつながりがない

だったらヤマト連合=邪馬台国がいちばん矛盾ねえじゃん
って話だわ

648 :うましか:2010/07/24(土) 00:48:58
>>639

いや、
旧来の弥生型社会でも未成熟ながら古墳祭祀が受け入れられると言うことになれば、
古墳普及期の開始も繰り上がるかも。
畿内説お得意の「年代遡上」効果があるよw

「邪馬台国の時代は既に古墳草創期である」
これ、畿内説成立の絶対条件だから。

649 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:54:08
>>646
>それ以前も同様だったろうなあと考えられますね。

「ゆるやかな連合」形成期ということだと思うけど、これはおそらく重要なルート上の集落、特産のある集落の必然的な結び付きじゃないかな。
そしてこの連合が自然に、大陸との交易を独占する北部九州との対立軸になった。

650 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:54:32
>>646
同感。
このグループというのは、言葉で言うと利害関係者ということになるのだろうけど、実際はこんな感じだったのかも。

「ちょwwwお前んとこの勾玉かっけー!どこで買ったの?」
「ああ高かったけど、北九州経由」
「まじwww北九州ってブランドじゃんwwwwどうやって友達になったのYO」
「ウチの庄内式がバカ売れwwwそんで吉備さんトコの技術も一緒に教えたらもう入れ食いよw」
「かっけwwww勾玉△ 俺も欲しい!参加したいお」
「簡単じゃん、市場に参加すればいいんだわ、お前んとこの特産物もってマキムクへGOだべ」
「うお!そんならコメ出すわ俺!鉄器欲しいお!」
「紹介したるわ、でも俺に1割ヨロ」

651 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 00:56:15
>>642
前方後円墳を征服者のモニュメントとするなら
畿内王家の物よりも巨大な古墳とかはそこに明確なヒエラルキーを見出すのが困難になる。

第一いわゆる「纏向型」が日向から会津まで出現した時点で
ヤマト王権はそれだけの版図を獲得したって話になるが

もうそこまで行くと「邪馬台国論争」とか言う範疇をはるかに超えたお話だなwww



652 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 01:01:40
四道将軍にしても、日本武尊にしても大規模軍事遠征というような話ではないよ。ヤマト王権の一種の宣伝マンといった感じ。

653 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 01:02:38
うましか氏久しぶりだね、あなたの考察は面白いから好きなんだ。
ジョーカー氏や縦目氏も相応の論客なんだから、こういう面子で語り合うと面白そう。

俺としては、前方後円墳や威信財や信仰形式をもってして『支配を広めようと目論んだ』のではなく
まさに格好よくて便利なモノにみんな飛びついたというような経済原理のほうが優先されるのではないかと考えている。

654 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 01:14:50
まず征服とかいったって、3・4世紀に大規模な遠征軍を出せるようなクニはないし、もしあったとしても征服後に占領・統治など
できない。そもそも遠征する先にそんな広範囲のクニはない。長期間かけて地方の一集落を叩くメリットなどない。この認識が
どうしてこの板の九州説はできないのか不思議だね。雄略天皇と坂上田村麻呂と織田信長が脳内でごっちゃになってる感じ。w

655 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 01:18:51
>>653
経済原理というか農業治水技術などの食うため住むためのノウハウを
当時の最新情報の集積基地だったヤマト連合が提供したので
前方後円墳作りに各地が参画したんだろうと
そしてあっというまに広がったんだろうと

656 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 01:22:31
>>651
要するにここの未熟九州説のほとんどは

>「纏向型」が日向から会津まで出現した

これを畿内が九州から東北まで武力支配したとかの主張と思い込んでいるのだろうね
それは九州に鉄器軍団が存在したとの間違った思い込みから来るもので
だから畿内にそんな軍事力があったはずがない、それこそ九州軍団の支配の跡だとか誤解に誤解を重ねている。

文化の伝播が経済効率的な理由で加速したという理屈を想像すらできない。
その地域ごとに有力なクニが邪馬台国の時代、いやそれ以降も各地にあったとかも想像できない。
そして一部のものはそれが九州だけにあったとして、九州王朝説を唱える。

とんでもない話だ。邪馬台国なんて安定政権でもなんでもないんだよ。
単にヤマトの地にあったというだけで、後の大和朝廷の礎だったかどうかすら怪しいものなのに。

657 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 01:23:00
>>651
邪馬台国が近畿にあったはずないですから、違う範疇に入るのは当たり前。

近畿に巨大古墳が集中して有るってことは、やはり中央集権化した賜物だと思う。
後から巨大な古墳を造ったとしてもなんら不思議ではない。
そんなに多くの古墳を造ったら地元民は疲弊するだけだもの。
地方の巨大古墳は天神山古墳などにあるように、天子の子辺りが
葬られているのだろう。巨大な古墳をつくることによって勢力を誇示し、
人民を従わせた。

658 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 01:30:54
>>657
だからさ
そういう階級闘争的なものすごく古い史観は
今、ピラミッド造営については否定されてるのを知ってるよね?

同じことが前方後円墳造営にあったと考えたほうがいい

659 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 01:34:05
>>654
おそらく三国志演義のように勇猛な戦争が日本にもあったとか思いたいのだろうね。
あれこそ誇張された作り話なのに。
それともゲームの三国無双のように、青龍刀でバッサバッサと切り刻ざむファンタジーを信じているのか。

織田鉄砲軍団や武田騎馬軍団を信じる歴史初心者と同じレベルかもしれない。

660 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 01:38:00
そこに行けば
水田があって畑があって食える
寝泊りする場所があって住める
農閑期には前方後円墳を作る
それで食いもんはもらえる

これによって前方後円墳が完成したあとも
民衆の動員力はそのままその地に残される
そして町ができて商業圏ができる

661 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 01:39:17
>>657
いや君の話だと、もう邪馬台国がどうとかの範疇じゃないのよ。
そんな現代的な支配体系なんて、この時代には不可能というのが大前提なの。

ローマでも中国でも、実際はそんな格好いいものじゃないのよ。
もっと金勘定とか政治運営とか、こせこせしてドロドロした格好悪いスカっとしないもの。

662 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 01:45:35
魏志倭人伝には「全然ゆるやかでない連合」しか載っていない件

663 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 01:52:27
>>662
うんだから倭人伝の記事は正鵠を射ているとは考えにくい。
これが考古学成果を元にした現代の邪馬台国論争の最前線。

664 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 02:00:32
倭国大乱があったのは事実だろうけど
その時期を経て
ヤマト連合の水田稲作文化が津々浦々に広がっていったんでしょう

665 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 06:57:49
>>663
魏志倭人伝には「全然ゆるやかでない連合」しか載っていないが、それを認めては
畿内説は成り立たない。仕方がないから、倭人伝の記事はまちがっているとして、
なんとか「ゆるやか連合」ということで辻褄を合わせようとする。これが考古学成
果をまともにみることができない畿内説の最後のあがき。

666 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 07:50:44
>>482
>畿内説だか関西説だか知らないけど、これは歪んだ皇国史観や皇室擁護しない限りありえないから。

歪んだ皇国史観に忠実になるなら、西都原古墳群でもいいじゃないか。

667 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 07:57:38
>歪んだ皇国史観や皇室擁護

天皇の先祖が親魏倭王で金印をもらっていたら、どうして“皇国史観に忠実”に
なるのかも解らん。
皇国史観なら、宮崎にもっていかないといけないな。

668 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 09:20:52
>>666-667
彼には彼しか判らない彼独自の論理があるのだろう。
あまりキチガイをいじると、村崎百郎みたいになりそうで怖い。

669 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 11:02:12
天皇が、古代オリエント文明を築いたシュメール人の子孫だとすると、
粘土板や石碑が残っていてもいいはずなのに、それらしい証拠は一切出てきていませんね。
しかし必ずあります。葦のペンで書かれた楔形文字の粘土板が天皇陵から発見されれば、すべての謎が解けるはずです。

葦原中津国とはアッシリアのこと。
邪馬台国の女王卑弥呼はバビロニアの女王だったのです。

670 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/07/24(土) 11:04:57
妄想乙彼! 暑さでおかしくなったのか??

671 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 11:27:14
シュメール語でルガルとは、市の王のこと。津軽とは王のことだったことがわかります。
シュメール語でエンシとは、国の王、つまり大王のこと。蝦夷とはシュメールからやってきた大王一族だったのです。

672 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 11:42:59
>>663
考古学の成果って具体的に何?

673 :太国 ◆yVAs7uaYlY :2010/07/24(土) 11:45:19
君は中国の「天津」という市が天津神の出所の地だとでも言うのか?www

文字が合えばくっつけるのは漫才等では結構だが、通常は妄想に繋がり、
笑われちゃうよ〜。

674 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 12:01:06
>>665
この板のゴミクズ九州説が真にアホなのは一つに
相手に対し放りつけた言葉がそのままブーメランのように自分に跳ね返ってくる事を
認識できていない事だなwww

じゃあ3世紀の九州に
「全然ゆるやかでないガチンコ支配体制」を可能にせしめた国(”クニ”じゃなくてもはや”国”)が何処にあったのか?
それを如何なる”考古学的成果”が証明するのか?

威信財体系でも何でもいい。
一体何によって検証できるのか?答えられるのだろうか?

実際のところ仮に”強力な支配体制”でも畿内説なら
北部九州に出現した前方後円墳、近畿系土器の流入、銅鏡の出土数の東西の逆転

…と強弁できる材料はあるわけだが
現実に即してそこまでの体制を3世紀に完成するのは無理としているだけで

もし今後新たな発見で畿内の支配体制が九州に強力に及んでいたと言う事になっても
畿内説は困らないわけでwwww






675 :sss:2010/07/24(土) 12:22:33
>>674
アホはお前。
例えば、戦国時代を考えてみよう。土の中から出てきたもので戦国時代の
どんな様子がわかる?
遺物では、織田信長も豊臣秀吉も出てこない。戦乱の様子などもわからない。
もう、妄想の域になる。言った者勝ちの世界になる。
あの複雑な様相が土器なんかでわかるわけがない。

だいたい、各地の土器があることがどうして邪馬台国の証拠になるんだ。
そこから妄想を膨らませて、「ゆるやかな連合」なんてあきれてしまう。

考古学がそんなに信頼できるなら、纏向が邪馬台国である根拠を考古学で
示してみろ。畿内説の定番である箸墓が卑弥呼の墓である根拠はなんだ?

考古学を根拠にするというと、一見まともに聞こえるが、実際は、最後の
手段である妄想に頼っていることになる。

676 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 12:34:50
>>674 >>675
675の全面勝利。674は相手に対し放りつけた言葉がそのままブーメランのように
自分に跳ね返ってくる事を認識できていなかったようだwww



677 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 12:35:26
>>675
ではその戦国時代の複雑な様相が何故判ったんだ?
答えは『膨大な量の文献史料と考古学資料』から。

倭人伝やその周辺の10個程度のしょぼい量の文献などではない。
何百、何千という量の史料を精査して、はじめてあそこまで判明したんだ。

それが文献学というもので、対比史料の少ない史書を崇め奉るというのは学問でなく単なる宗教。
その程度の認識もないレベルで文献を語るな。

678 :sss:2010/07/24(土) 12:37:52
それから何度も言っているが、邪馬台国あるいは倭国の状況として倭人伝に
書かれているのは、「宮室・樓觀・城柵」。
これが出てきているのが、吉野ヶ里遺跡だから、考古学的には吉野ケ里を
邪馬台国あるいは卑弥呼時代の倭国にするのが常道だろう。

にもかかわらず、吉野ケ里を卑弥呼の時代ではないとし、纏向を邪馬台国と
した畿内考古学はこの時点で役目を終えたとしか思えない。

まさに、畿内説ための考古学になってしまった。前からわかっていたことでは
あるが。

679 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 12:40:35
>>678

何度も言っているがwwww
「宮室・樓觀・城柵」は吉野ヶ里では出土していない。
誰もそうは言い切っていない。吉野ヶ里の公式HPを穴の開くほどよく読め。

680 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 12:41:33
>>675 SSS

要するにお前が言いたいのは
「考古学は邪馬台国の問題に関して口を出すな!」
と言うことだなw

今後SSSは文献一本でやれよ?wwww
(例えば以前言ってたような製鉄遺構を邪馬台国に結び付けるかのような理屈もやめろよw)

でヒステリックに畿内説を否定するのはいいが
じゃあ邪馬台国が九州にあった根拠は何なんだ?

「ゆるやかな連合なんてありえない!」と威勢良くほざくのはいいが
だったら「強固な面的支配」をしていた九州の一大帝国の存在をどうやって証明する?

文献一本でやると言うのなら、それはそれで尊重されるべき姿勢だが

自称「すなお読み」から膨らました妄想だけじゃあ単なる
何処ぞのアホがつぶやいている与太でしかないぞ?wwwwwwww

681 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 12:45:54
>>677
>ではその戦国時代の複雑な様相が何故判ったんだ?
>答えは『膨大な量の文献史料と考古学資料』から。
考古学的資料を加えたところはごまかしだな。戦国時代の複雑な様相を知る
資料は殆どが文献資料だよ。考古学的資料なんぞ微々たるもんだ。
邪馬台国時代のことも、倭人伝がなければ何もわからん。邪馬台国という国
があって魏と通交したことも、当時30国あったことも、なーんも分からん。


682 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 12:47:20
>>678 SSS
>考古学的には吉野ケ里を邪馬台国あるいは卑弥呼時代の倭国に

コラコラコラ、言った直ぐそばから都合のいい時にだけ考古学を持ち出すなクズw

倭人伝の「宮室・樓觀・城柵」が吉野ヶ里のそれと一致する確証は何によって担保される?

サイズは?形状は?

勿論吉野ヶ里の場合その構造物が出てきたというわけでもないw




683 :sss:2010/07/24(土) 12:48:30
>>677
例えば、縄文時代あるいは弥生前期あたりでもいいが、この時代と卑弥呼時代
では人々の持っている知識の量がぜんぜん違う。

卑弥呼などの人名もわかるし、邪馬台国などの国名もわかる。
魏と交流のあったこともわかるし、倭国のいろんな状況もわかる。
これは倭人伝があるからだろう。
考古学も、倭人伝がなければどうしようもない。

今まで考古学的な根拠とされてきた卑弥呼の鏡にしても倭人伝から
取ったものだし、卑弥呼の墓についても同じ。

考古学では、縄文時代の歴史学的な様子を知ることが出来ないことからも
わかる。倭人伝がないとどうしようもないのに、倭人伝を軽視しなくては
ならないところが、畿内説の限界だろうな。

684 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 12:50:39
>>681
そう、ところが倭人伝程度の記事では
本当に邪馬台国があったのか、30ヶ国があったのかが本当なのかすら判らん。
勿論考古資料だけでも判らんが、しょぼい数個の文献だけであったとする乱暴な論理そのものが間違い。

だから君程度が文献を語るなって言ってるだろ。

685 :sss:2010/07/24(土) 12:51:28
>>682
だから、纏向が邪馬台国である考古学的根拠を言えと言っているだろう。
批判できるところばかり批判しているだけじゃないか。

686 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 12:54:28
ところで・・・

SSS君も気に入り、困った時の吉野ヶ里(の3点セット)だがwww

吉野ヶ里に再現されている『楼観』って

「鳥取県の稲吉遺跡出土の土器の絵が参考にされている」

…って聞いた事があるんだがそれってマジっすか?wwwwwww

687 :sss:2010/07/24(土) 12:55:46
>>684
倭人伝が信頼できないというのなら、それなしで考古学だけで邪馬台国を
考えてみたらいい。出来ないだろうな。
だいたい、邪馬台国の言う国名や卑弥呼からして倭人伝なしには存在しない。

先ほども言ったが、縄文時代を考古学で考えるのに等しい。
国名も人名も全く登場しない世界になる。

688 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 12:55:47
>>683

犯人の供述調書に『ナイフでメッタ突きにしました』とあるのに
死体には銃創があったなら、そりゃ犯人の供述がおかしいんだ。

『私はきちんとブレーキを踏みました!』と言っても
現場にブレーキを示すタイヤ痕がなければ、その供述もおかしい。

それと同じさ。倭人伝は決して正確な当時の日本の実情を伝えていない。
もちろん記紀も伝えていない。

689 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 12:56:38
>>684
しょぼい僅かな考古資料だけで邪馬台国があったとする乱暴な論理そのもの
が間違い。だから君程度が考古資料を語るなって言ってるだろ。

690 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 12:59:50
吉野ヶ里にズバリ「宮室・樓觀・城柵」がなくても、吉野ヶ里は「宮室・樓觀・城柵」のある文化圏だ。
「宮室・樓觀・城柵」は、あきらかに、畿内圏ではなく、吉野ヶ里のある西北九州圏。

691 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:01:23
>>687
ほんとうにアホだな。
古代考古学に国名も人名も登場しないよ。そういう世界だ元から。
だから大和でなく『ヤマト』、国でなく『クニ』と表記しているだろ。

そして倭人伝などに縛られずに導き出されたのが、緩やかな交易連合だ。
これには文献は一切参考にされていない。
今更こんな初歩的なことを書くとは思わなかったよw

>>686

マジっす、大マジっすよ。
それとあれを『楼観』だと考えている人などいないっす。
柱穴跡から考えて、あれに人が上ったら倒れますw

692 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:04:56
まあ邪馬台国の問題を考古学的なアプローチに置き換えるなら・・・

『中国史書に邪馬台国と書かれたクニが
 3世紀の日本にあったとするならそれは何処になるのか?』

…だろうなwwww

ざっくり言ってしまえば
九州説は倭人伝に見える邪馬台国そのものを探し
畿内説は邪馬台国と呼ばれたクニを探しているとwwww

ちなみにここの九州説による邪馬台国のハードルはもはや成層圏すら突き抜けるほどに高いwww

国全体として人口七万戸は余裕
卑弥呼に仕えた奴婢だけで1000人はいる吉野ヶ里のような環濠集落
今日まで徇葬の風習が日本にあったのかさえ議論されるのに
卑弥呼の墓には100人もの奴婢が徇葬されているとか…

勿論「ゆるやかな連合」なんてのはもってのほか
九州の30カ国を強力に支配した強国大国で無ければならない・・・

もはやフィクションと現実、2次元と3次元の区別がついていないオタと変わらない気がするがwwwwww



693 :sss:2010/07/24(土) 13:05:54
>>691
今になってそんなことを言ってもねえ。
吉野ヶ里遺跡が発掘された当時の記録を見てみると、畿内説の考古学者、
例えば、金関恕、佐原真、石野博信さんらも、倭人伝の国を見たと
言っているのだが。

694 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:06:15
>>688
そうかな? 末盧国に上陸して東南五百里。そこは、後の肥前国府のあたりだ。
そこに伊都国があったとみて何がおかしい?
南へ水行二十日、南へ水行十日陸行一月。有明海があるんだから何の問題もないね。
倭人伝が正確な実情を伝えているとみて何も問題ないよ。 

695 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:08:02
>>689
まあ一番しょぼいのは、吉野ヶ里に「宮室・樓觀・城柵」があるとかの間違った認識しか持てないSSSの知識だな。
もっと勉強しろ、倭人伝にしてももっとよく読め。君には全てが足りない。

696 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:11:39
>>693
それは『宣伝』wwwwwwww

「吉野ヶ里から邪馬台国が見える」の名キャッチコピーを考えたのも佐原真。

みんな知ってて盛り上げたんだよ。

なんせほぼ完璧な形で『弥生中後期の中期の集落遺跡』がほぼ丸ごと出たんだ。
そりゃあ工業団地計画も中止して欲しいし、保存もして欲しい。
君、ホントに世間知らずだなw

697 :sss:2010/07/24(土) 13:13:24
>>696
吉野ケ里の望楼に登れば邪馬台国が見える、と言ったのは高嶋忠平さんだが。

698 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:14:17
>>696
要するに、考古学者は嘘つきだ、信用しちゃいかん、ってことか。やっぱりなあ。

699 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:15:33
>>696
しかしアレって狙ってやったんだろうなw

地元の新聞記者を焚きつけたのはwwwwwww

700 :縄文人 ◆cM49xEAzX6 :2010/07/24(土) 13:16:14
>>684
>そう、ところが倭人伝程度の記事では
>本当に邪馬台国があったのか、30ヶ国があったのかが本当なのかすら判らん。
>勿論考古資料だけでも判らんが、しょぼい数個の文献だけであったとする乱暴な論理そのものが間違い。

久しぶりに覗いてみたが、相変わらずのやりとりじゃね。
上記のようにえらく乱暴なことを言う人もいるもんだね。こんなことを言ってたら古代の文献は殆どが信用
できないことになる。

文献の数が少ないことを理由に「信ずるに能わず」と切り捨てるのは間違いでやんしょ。貴殿の表現にある
「しょぼい」文献とは三国志の倭人伝等であろうが、しょぼいとは思っていない者も大勢いる。貴殿が何故
しょぼいと言うのか説明して下さらんかのし。

701 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:19:24
>>697
それは佐原さんのパクリwww
高島さんはよくそういうギャグをやる、お茶目な人。
君、高島さんのこともよく判ってないでしょw
あのひと、吉野ヶ里が邪馬台国とは無関係だと熟知していながら
こここそ邪馬台国って宣伝して、広報に努めてくれてるんだよ。

まああの吉野ヶ里ブームで、九州各地の発掘調査が桁違いに進んだわけで
その結果九州説が消滅したのは皮肉だけど、要するに一般の関心を得ることが宣伝の目的だからね。

君のような世間知らずには信じられないだろうけど
吉野ヶ里は邪馬台国だってくらいの嘘なら、九州の十分な調査を促すためにはつきますよw

702 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:21:36
>>698
いや君が単純バカで世間をよく判っていないだけ。
論文とシンポジウムではまるっきり内容が違うなんてのは
どの分野の学問でもある。
要するにリップサービスを真に受けた君がバカってだけよ。

703 :sss:2010/07/24(土) 13:22:39
>>701
宣伝、広報、嘘、なんか畿内説の人らしい言葉がずらりと並ぶな。

704 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:25:26
>>703
世間って怖いよねw
だから引きこもりになったんだろ?現実が怖いから。

ちなみにそんなに吉野ヶ里が好きなら、一度行ってごらん。
学芸員の人に聞いたら、いろいろ教えてくれるよ。忙しい時期じゃなかったら。

705 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:27:31
誰が見ても吉野ヶ里は、明らかに「宮室・樓觀・城柵」のある文化圏だと分かったから、
佐原や高嶋が正直にそう言っただけ。

706 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:31:14
>>672

ヨコからだが…

「ゆるやかな連合体」に結びつく話としたら

例えば(纏向型)前方後円墳の出現状況とかがある。

ここのゴミクズ九州説は「ゆるやかな連合体」を否定し
陣取りゲームの領土拡張のような進展を想像しているのかもしれんが

前方後円墳の出現は
先ず畿内に濃厚な分布を見せそれが時代と共に東西に広がっていく…なんて話ではなくて
いきなり広範囲(日向〜会津)に言わば「飛び飛びの状態」で現れている。

・・・まあこうやって説明してもすぐさまリセットされて同じ質問を繰り返すのがここの九州説の連中だがwwww

707 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:36:47
>>701
>高島さんはよくそういうギャグをやる、お茶目な人。

自身が九州説に傾いていった切欠として
若き日ディペード形式の勉強会で(嫌々やらされた)九州説の自分がボロクソに叩かれた経験を
素直にカミングアウトするあたり、個人的にはその芸風は嫌いじゃないwwww

708 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:37:58
>ゴミクズ九州説は「ゆるやかな連合体」を否定し

はあ?魏志倭人伝には「全然ゆるやかでない連合体」しか出てこないわけだが。
畿内説の必要条件だから「ありもしないゆるやかな連合体」を言い張るだけでしょ?

709 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:39:01
>>705
そう信じたいのは判るけど、現実を見ようよ。
吉野ヶ里の公式HP、あれも現実だよ。
トップページでも『倭人伝にある「宮室・樓觀・城柵」と思われる遺構も〜』とぼかして書いてあるし
中を詳しく読めば、それ以外にその3点について突っ込んで解説している箇所がひとつもないことが判るから。
それと高島さんは、論文では「吉野ヶ里=邪馬台国」なんてアホなことは一度も書いたことがない。
TVや雑誌のインタビューでは喜んでそう語ってるけどねw

そういう意味では与那国島海底遺跡の木村センセも同じかも。
あのひともマスコミには喜んで『遺跡だ!』っていうけど、自身の論文には一切そういう事を書かないからね。

ところでなんでSSSと名無しを使い分けてるの?自演したいからかなw

710 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:40:06
>>707
嘘と利権で固めた畿内説に嫌気がさして、九州説を支持した高嶋が、
転向理由を、ギャグ風に語ったわけでしょう。

711 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:40:55
>>708
そう、だから魏志倭人伝のその記述は間違い。
話がループしてるけど、それ判ってるwww
冷たい麦茶でも飲んで落ち着けw

712 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:41:22
>>709
真実は、畿内説に花を持たせてあげているために、ちょっとボカしただけ。

713 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:43:10
>>711
自分が間違いだと気付けよ。

714 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:43:43
>>710
いやあんた、ホントに高島さんのエピソードとか何も知らんの?
それでよく支持できるなw

仲間内でのディベートで誰も九州説をやるものがいなかったので
しぶしぶやったけど、我ながら詭弁しか出せなかったと笑っておられたんだよ。

715 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:46:26
>>713
いやね、これは俺の個人的な説ではなく
『考古学会の主流』なのよ。

だから君も他のバカ九州説と一緒に『畿内説は嘘つきだ!』『捏造だ!』『学者はみんなバカだ!』って
叫んでれば良いんじゃないの?
そうやって一生を終えるわけよ、君は。

716 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 13:58:57
>>703

東遷説のSSSくん。
伊勢神宮には問い合わせたかい?

君の論では、「天照大神=卑弥呼+台与」なんだろ?
だったら、天照大神を祀る伊勢神宮に聞けば、なんらかの手がかりが得られるだろ。

伊勢神宮側は、「天照大神=卑弥呼+台与」ということを知ってて隠してるかもしれない。
それなら、君の問いかけで、真実を語ってくれるかもしれないだろ?
伊勢神宮側が、「天照大神は卑弥呼じゃない」と考えてるなら、それは間違ってるということだから、
君が真実を教えてあげないと、永久に君の論は誰からも認められない。

君が、自分の論を実証しようとしない限り、君は負け犬のまま人生を終わるわけだ。


717 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 14:08:32
ここの九州説の連中はその批判の対処をマスコミに向ける事もしばしばなんだが…

そう言った連中が「吉野ヶ里んも3点セット」とかを好んで取り上げるのは
もはやギャグ以外の何物でもないようなwwww

マスコミによる宣伝が成功した最大の事例だろうにwwwwwwwww

718 :sss:2010/07/24(土) 14:14:20
>>716
また登場か。いかにも畿内説って感じの人間だな。陰険でしつこい。
なんか、暗い部屋に閉じこもりきりって感じがする。当たってる??

ところで、君は天照大神は誰だと思う?
まず、それを答えること。伊勢神宮に尋ねてもいいよ。
普通はそういうものだろう。他人の意見を否定する場合は、代わりの意見を出す。
それに答えない限り二度とレスしないのでそのつもりで。

719 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 14:30:00
九州王朝はあったか否か?

倭奴国金印と帥升
これを王と見るなら当然九州王朝はあった
吉野ヶ里の存在もそれを示唆してる

これを否定するのはおかしい
ヤマト連合の前に
北九州に王がいたのはあたりまえの話

720 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 14:39:25
>>697 sss
>吉野ケ里の望楼に登れば邪馬台国が見える


吉野ヶ里の望楼に登ってモバイルで纏向を見ろ…と言うことですね、わかります。



721 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 14:39:50
『後漢書』倭人伝
【 桓霊間倭國大亂 】
桓帝と霊帝の間(146−189年)
 倭国は大いに乱れた
【 更相攻伐 暦年無主 】
 互いに攻撃すること暦年
 その間は主君無し

福岡平野、筑後平野、熊本平野から出土する「鉄鏃」は、
この戦いで使用されたと考えられる
三平野から出土する「鉄鏃」の数は、
日本全体の 70%以上を占め
倭国大乱とはこの三平野が主戦場だったと結論付けられる

722 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 15:06:13
>>719
そいつは考古学的には便宜的に『ツクシ王権』と読んでいるやつだな。
その存在は誰も否定していないよ。
同時期に『キビ王権』『イズモ王権』『ヤマト王権』『サンオン王権』などもあったと考えられているから。

しかしそれと九州王朝説は別物。

>>721

鉄鏃ねえ・・・北九州では墓の中に武器を埋めて戦いに備えていたとでもいうつもりだろうか?
戦争のたびに墓を掘り返すのは大変だったろうねw

723 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 15:09:17

>福岡平野、筑後平野、熊本平野から出土する

「○○平野」とか書かれるとドコゾの戦場跡地から出土したかのようにも聞こえるが、
ほぼ、100%、副葬品です。
ただ、弥生時代の族は、まだ形式的に実用(狩猟用)と儀仗用の分化が顕著でないので、
実際に野っぱらで使用された鏃が埋納されていたかもしれないが。

724 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 15:13:20
さてヤマト連合纒向だが
200年代に入り忽然とこの地に大都市建設が始まる
これは魏志倭人伝の記述とは矛盾しない
(倭国の風俗や行程の話は置いておいて)
ここを邪馬台国と比定しても別に問題はない

倭国大乱(146−189年)のあとに建設が始まったということだ

725 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 15:20:02
>>715

× 『考古学会の主流』

○ 『考古学利権界統一の申し合わせ』

726 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 15:30:17
しかしここの九州説の全員が全員、利権だとかの陰謀論に行き着くってのは面白いね。
現実に追い詰められた者の、最後の空想の砦なのだろうか。

727 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 15:36:16
>>725
ただ言いっぱなしじゃあ、週刊誌の与太記事と同じ。
陰謀だとか利権だとかいうのなら、証拠を揃えて提示するように。

以後、無駄レスでスレを消費するのはご遠慮願いたい。

728 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 16:16:52
で神武東征だが

これを倭国大乱の時期頃だと考えれば、
記紀の記述、時期の前後関係にも矛盾しない。
魏志倭人伝にも矛盾しない。

倭国大乱は、福岡平野、筑後平野、熊本平野を中心とする
北九州・中九州地区の内戦だった。
日向(南九州)は、この内戦とはほとんど関係のない地域で、
この内戦に乗じて、南九州の豪族神武に相当する人物が奈良盆地に行き、
そこの豪族を破って王となった。
神武、および神武の子らは、大豪族だった吉備・出雲らの勢力と手を結び
この地にその後纏向の都市建設が始まったことになる。

729 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 16:20:51
過去にもしばしば弥生時代の人口の算出方法についてここで引用されているが、
以下計算方法をまとめてみる。
弥生時代の地域別人口の試算としては、以下のものが知られている。

(1) Shuzo Koyama, "Jomon Subsistence and Population", Senri Ethnological Studies no. 2, pp. 1-65 (1978年).
(2) 小山修三, 『縄文時代』, 中央公論社, 1983年.
(3) 鬼頭宏, 「明治以前日本の地域人口」『上智経済論集』41巻(1-2号), pp. 65-79(1996年)

しかしながら、(3)の鬼頭宏の論文では、事実上弥生時代以前に関しては(2)の小山修三の本の数字をほぼそのまま引用しているだけで(地域別人口を按分によりより細かくしている点だけが違う)
また(2)の本には細かい計算方法が載っておらず、事実上(1)の論文だけが、弥生時代以前の地域別人口を推計したものである。

で、(1)の論文のpdfは以下のサイトで閲覧が可能であった。
(先週まではできたが、今はなんかメンテ中?リンク修正中?で見られない)。
ttp://ir.minpaku.ac.jp/dspace/handle/10502/259

縄文中期と土師期(古墳〜平安時代)の関東地方の遺跡を比較すると、
遺跡当たりの人口密度は5〜7倍程度と推定される。
また関東地方における縄文前期、中期、後期、晩期、弥生時代、土師期の時代の長さはほぼ同じ(1000年)。
澤田吾一による奈良時代の関東地方の推定人口94万3300人、関東地方における縄文中期遺跡数(5549箇所)に対し、
遺跡当たり人口密度比7倍(弥生時代3倍、縄文早期は時代の長さ倍を考慮して20倍)を掛けると以下のように求められる。

時代  遺跡数  推定人口
縄文早期  2,530 21,900 (=943,300x2,530/5,549x1/20)
縄文前期  4,399 106,000 (=943,300x4,399/5,549x1/7)
縄文中期 10,893 262,500 (=943,300x10,893/5,549x1/7)
縄文後期  6,672 161,000 (=943,300x6,672/5,549x1/7)
縄文晩期  3,159 論文中では推定人口が算出されていない
弥生時代 10,624 601,500 (=943,300x10,624/5,549x1/3)

なお計算式と推定人口が一致しないが、論文中では地域別人口を算出した後、
10の位の数位を切り捨てした値を合計した値を推定人口として計上しているためである。

730 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 16:24:35
(2)の小山修三『縄文時代』では、係数を整理して以下のように算出している。
時代  遺跡数  推定人口
縄文早期  2,530 20,100 (=2,530x8)
縄文前期  4,399 105,500 (=4,399x24)
縄文中期 10,893 261,300 (=10,893x24)
縄文後期  6,672 160,300 (=6,672x24)
縄文晩期  3,159 75,800 (3,159x24)
弥生時代 10,624 594,900 (=11,624x56)

なお計算式と推定人口が一致しないが、論文中では地域別人口を算出した後、
10の位の数位を切り捨てした値を合計しているため。
本の中では乗じる係数を弥生時代57人、縄文時代24人、縄文時代早期8.5人と紹介しているが、
(1)の論文の遺跡数と照らし合わせる(『縄文時代』には遺跡数が掲載されていない)と、
どうみても弥生時代と縄文時代早期の係数は56人と8.5人。

(3)の鬼頭宏はほぼ小山修三の『縄文時代』の人口を踏襲しているが、
細かい地域別人口を算出するに当たって(1)で引用されている遺跡分布数を考慮していないのか、
計算結果が一部違う箇所がある。


731 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 16:51:49
小山氏の方法で弥生時代の都道府県別推定人口を求めると以下のようになる。
『縄文時代』では、実際には地域別人口として東北、関東、北陸、中部、東海、
近畿、中国、四国、九州の人口が示されているだけである。

都道府県 遺跡数 弥生時代推定人口(遺跡数x56)
青森県 38 2,100
岩手県 88 4,900
宮城県 208 11,600
秋田県 39 2,200
山形県 45 2,500
福島県 179 10,000
東北合計 597 33,400
茨城県 305 17,100
栃木県 148 8,300
群馬県 248 13,900
埼玉県 293 16,400
千葉県 69 3,900
東京都 295 16,500
神奈川県 410 23,000
関東合計 1768 99,000
新潟県 154 8,600
富山県 29 1,600
石川県 103 5,800
福井県 84 4,700
北陸合計 370 20,700
山梨県 31 1,700
長野県 1245 69,700
中部合計 1276 71,500
岐阜県 227 12,700
静岡県 537 30,100
愛知県 450 25,200
東海合計 1214 68,000

732 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 16:55:47
見にくいので修正
都道府県 遺跡数 推定人口(遺跡数x56)
青森県  38  2,100
岩手県  88  4,900
宮城県  208  11,600
秋田県  39  2,200
山形県  45  2,500
福島県  179  10,000
東北合計  597  33,400
茨城県  305  17,100
栃木県  148  8,300
群馬県  248  13,900
埼玉県  293  16,400
千葉県  69  3,900
東京都  295  16,500
神奈川県  410  23,000
関東合計  1768  99,000
新潟県  154  8,600
富山県  29  1,600
石川県  103  5,800
福井県  84  4,700
北陸合計  370  20,700
山梨県  31  1,700
長野県  1245  69,700
中部合計  1276  71,500
岐阜県  227  12,700
静岡県  537  30,100
愛知県  450  25,200
東海合計  1214  68,000


733 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 16:58:25
都道府県 遺跡数 推定人口(遺跡数x56)
三重県  536  30,000
滋賀県  110  6,200
京都府  129  7,200
大阪府  204  11,400
兵庫県  434  24,300
奈良県  204  11,400
和歌山県  317  17,800
近畿合計  1934  108,300
鳥取県  86  4,800
島根県  91  5,100
岡山県  237  13,300
広島県  290  16,200
山口県  346  19,400
中国合計  1050  58,800
徳島県  53  3,000
香川県  45  2,500
愛媛県  259  14,500
高知県  181  10,100
四国合計  538  30,100
福岡県  257  14,400
佐賀県  172  9,600
長崎県  252  14,100
熊本県  472  26,400
大分県  42  2,400
宮崎県  94  5,300
鹿児島県  588  32,900
九州合計  1877  105,100
全国合計(北海道・沖縄を除く)  10624  594,900


734 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 17:20:49
鬼頭推計は小山推計とほぼ同じだけど、例えば飛騨地方を東山に加えるなど、
地域別推計を算出するにあったって按分方法が多少違う。ただ、どちらも
1965年の『全国遺跡地図』掲載の遺跡数に56を乗じて求めていることに変わりがない。

28,700 東奥羽
4,700 西奥羽
39,300 北関東
59,700 南関東
20,700 北陸
85,100 東山
54,400 東海
30,200 畿内
70,300 畿内周辺
17,700 山陰
48,900 山陽
30,100 四国
40,500 北九州
64,600 南九州
594,900 全国合計(蝦夷・琉球を除く)


735 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 17:27:14
小山推定の問題点を挙げるとすれば、やはり弥生時代の推定人口であろう。
以下のファクターが大きく、特に弥生時代の人口については再計算が必要と思われる。

(1) 弥生時代がより細かい時代区分に分けられていない。
(2) 地域別の遺跡の平均サイズの違いが問題にされていない。
(3) 1965年の『全国遺跡地図』以降の発見された遺跡について再計算されていない。

弥生時代全般を通しての平均人口分布を紀元200年頃の人口とするのは無理がある。
弥生時代自体の年代改訂もさることながら、せめて紀元前と後に分けて遺跡分布の違いを集計し直す必要があると思われる。
さらに邪馬台国論に人口論を導入するのなら、古墳時代の人口を推計する必要がある。

また地域別に平均遺跡サイズを算出し、計算に入れるだけでも相当推定人口は変わる。
再計算の結果、地域別人口、人口変動が最大で1桁変わっても不思議ではない。
とは言っても、再計算の結果九州と近畿の人口比が大きく変わるとは思えないけど、
大陸からの渡来人口の根拠とするには、小山氏の推定人口からは無理がある。

ただ、いずれにせよ昔に比べてそこそこデータベースが揃っているはずなのに、
誰も小山氏の推計人口を再計算した人がいない。
どの研究者も小山氏の推計人口をそのまま引用するか、批判はしても再計算を試みようとしない。

なお小山氏は、弥生時代の人口を100万人に修正した推計人口を算出しているとされるが、
その修正された人口の算出方法について論文が(多分)発表されていないので詳細は不明。


736 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 17:28:25
>>734
力作なのは認めるが、算出の元になるデータが1965年の『全国遺跡地図』というのがなあ。
算出方法の問題よりも、元データが半世紀近く前で、しかも80年代以降の調査ラッシュの前だからね。

737 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 17:36:06
訂正

>>729で、
>縄文中期遺跡数(5549箇所)

と書いてしまったけど、5549箇所あるのは関東地方の土師期の遺跡数。
関東地方の縄文中期遺跡数は3977箇所なので、遺跡数当たりの人口規模比を7とすると、

縄文中期の関東の人口は、澤田吾一が『奈良朝時代民政経済の数的研究』(1927年)
の中で奈良時代の関東地方の推計人口として導いた94万3300人から、

943,300x3,977/5,549x1/7 ≒ 96,581人

と求まる。1978年のSenri Ethnological Studiesの論文中ではこの数値を切り捨てて96,500人が採用されており、
『縄文時代』では 3,977 x 24 ≒ 95,400 人が関東の縄文中期の人口として採用されている。


738 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 17:37:52
豪族神武に相当する人物が
この内戦(倭国大乱)に乗じて、南九州の奈良盆地に行き・・

と書いたが
なぜ神武は南九州を出て奈良まで行ったのか?
これは、武器(鉄剣など)に自信を持っていたからだと考えられる。
同時期に九州以外では、鉄の武器がまだほとんど使われていないことを
知っていたのだろう。

739 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 17:50:51
>>738
九州でも、それどころか半島や大陸でも、鉄の実用武器はその時代使われていませんよ
丸太棒相手にチャンバラしたらすぐに折れたり曲がったりする、頼りない強度だから。
せいぜい刃渡り10cmくらいの小刀が、『実用工具』としてあったくらいで。
あと鉄鏃だからといって銅や骨と殺傷力は変わりませんよ。

740 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 18:07:04
>>735
>とは言っても、再計算の結果九州と近畿の人口比が大きく変わるとは思えないけど、

そう。

今後、数字全体が大きく修正される事はあっても
”九州だけ”が大きく伸ばされる事は無いだろうwww

(九州にだけ適用される”謎のパラメータ”でも編み出さない限りw)


この板のゴミクズ九州説の脳内じゃあ鉄器に恵まれた九州北部じゃあ
農作の効率も他地域より抜きん出て
その事は当然人口にも反映されているんだろうが

現実にはそのようなアドバンテージはありはしないwwww


741 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 18:14:15
>>726
理想と現実のギャップだねw

「すなお読みに基くオレサマの完全無敵の九州説!」と妄想しても現実は
邪馬台国論争自体がもはや過去の物。

「悪の組織キナイセツ」によって不当に貶められているからだ!脳内でバランスが取れないんだろうw



742 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 18:20:00
毎度毎度、九州説の同じ与太の繰り返しでこのスレも消費されるのもつまらないんで

九州説の連中に聞いてみたいんだが…

一体どのような新発見イベントがあれば自説が日の目を見ることもあると考えているのかな?

2ちゃんのこの板に「自分流すなお読み」を書いていれば
ある日突然世間の注目を浴びるとか考えている?w

743 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 18:34:52
九州から大規模集落遺跡とともに金印が出土することじゃないかな。吉野ヶ里の夢、あの興奮と感激を再び、とか。

744 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 18:50:28
>>739
単に「新兵器」が神武(と目される人物&グループ)のモチベーション付けになったということ
後に我々が殺傷能力がどうこうということは
当時の戦士の「自信」とは関係ない話

また吉野ヶ里のたくさんの遺体を見ても
魏志倭人伝の言う倭国大乱頃までの時期に
北九州・中九州で組織的な戦闘が行われていたことは明らか

745 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 19:01:33
>>722-723
源平合戦の時の矢が
野っ原やら道やら海岸から見つかったつー話は
まるっきり聞かんわな

746 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 19:01:43
一方、銅鐸勢力はあまり広がった形跡はないし、倭国の乱に関係した
形跡もない・・・・銅鐸の埋納と共に消滅しただけ。

747 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 19:09:10
>>743
親魏倭王の金印はともかく、吉野ヶ里レベルの環濠集落が一つや二つ見つかったところで
邪馬台国論争になんら影響ないんじゃないのか?w

まあ昨今の経済情勢からして全面的に保存なんて事にならず埋め戻されるんだろうが…



748 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 19:19:45
たぶん源平のあいだには
ゆるやかな連合があったのだろう

749 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 19:25:26
>>745
ズレてるなあ
>>721は『三平野から出土する「鉄鏃」の数は、日本全体の 70%以上を占め』
これを根拠にしているわけよ。

じゃあその出土する鉄鏃とは、実は墳墓内の副葬品なわけだから
前提そのものが間違っているといわれているんだと。

750 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 19:26:45
倭の五王は、安東将軍とは、
大彦の弟の安日彦の直系の津軽安東氏。
つまり、シュメールの王ルガルなのだ。

751 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 19:27:09
>>744

丸太棒で折れたり曲がったりする鉄剣じゃあ
そりゃあモチベーション下がっただろうなwwww

752 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 19:29:17
>>744
なんでそこで吉野ヶ里とか、それほど損傷遺体が多くない例を出すのかなあw
土井ヶ浜とか知ってる?そっちのほうがいいんじゃないのと助け舟を出してあげるw

753 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 19:32:19
>>752
九州の話をしてるんだが

754 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 19:35:38
>>749
>三平野から出土する「鉄鏃」の数は、日本全体の 70%以上を占め

という事実はかわらんだろ

どこの前提がまちがってると言いたいわけ?

755 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 19:40:52
>>753
当時の九州と本州は地続きで今の山口県は
九州だったんだよ
畿内派にとっては基本中の基本だろ

756 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 19:53:33
>>753
そうですか、九州『だけ』が大乱があったことにしたいわけですか
山口県は無視ですか、そうですか
山口で九州より先に騒乱があったことは、九州説にとってはまずい話なんですね

>>754
だから墓の中に保存してたの?って聞いたんだけど、意味判ってる?

757 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 19:55:39
終止符スレまだ後続が立っていないが…

ドツボが消え、河童が消えて、スレに終止符打たれちゃったのか?w

758 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 19:55:45
どこの前提がまちがってるの?

って聞いてるんだけど

759 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 19:56:58
頑張れ!モチベーション下がりまくりの神武鉄器軍団!

せめて丸太棒に勝て!

河内沖で敗退しても熊野でゲリラ戦だ!

760 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:00:09
>>758
手間のかかる奴だなw

全ての前提が間違っているんだよ。
墳墓からの出土量を前提に語ってどうする?
それらの鉄鏃は『地中に埋められている』んだよ。
まだそれを基に鉄器の多さを語るならまだしも
使用できない物を引き合いに出して戦争があったとか、本気で言っているの?

761 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:02:26
>>760
はあ?
だったら源平合戦の矢を野っ原から探してこい

762 :クレイジー神武:2010/07/24(土) 20:07:52

♪うだつの上がらん奴ぁ俺んトコへ来い

♪俺もパッとしないが心配すんな

♪見ろよピカピカの鉄の武器

♪そのうちなんとかなるだろう〜



763 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:08:27
九州に鉄製品を持ちこんだのはシュメール人の末裔に違いありません。
ヒッタイトというのはシュメールの文化を継承したバビロニアの王を滅ぼしたとされていますが、
実はシュメール人はヒッタイトの鉄文化を吸収して九州に上陸したのです。


764 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:10:43
病的なほどの「ゆるやか連合厨」の理論で行くと
とりあえず武田も上杉も織田も毛利も「ゆるやか連合」ってことになっちゃうから
始末におえん

765 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:12:36
>>761
君、戦跡って知ってる?
矢や刀なんか転がってなくても、かなり後の時代の調査でも焼土や破壊痕から
ある程度の戦いがあったかどうか判るんだ。

北九州のどこに、その戦跡を持つ集落遺跡がある?

それとな、源平の各合戦の正確な位置は今もって判っていないんだ。
理由は文献記述が曖昧だから。
ピンポイントで発掘しようにも、大まかな位置しか判らないからやりようがないんだよ。

そんな例は日本史のどこにでも転がっているぞ。
聚楽第の正確な位置と大きさは今もって不明だし、桶狭間の正確な戦闘内容も各論がある。
比叡山焼き討ちが事実では無かったことなどは、比叡山の建物跡の全発掘調査が行われたことにより判明した。

だから君は判っていないんだ、何一つ。
墓の中の武具から、ここで戦争がありましたとか何それwww
もっと実用的な武器を探して来いw

766 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:13:51
>>764
歴史が苦手だったろw

767 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:16:33
>>764
武田も上杉も織田も毛利も「今は敵対する事に利なし」と見れば
かりそめの和睦でも何でも結び相手のご機嫌もとる。

「無敵の鉄器軍団」が現れて東遷
その後東に西に征服劇を繰り返して領土拡張して大和朝廷ができました、めでたしめでたし。

…なんてのはガキの漫画レベル以下のゴミクズ。

実際の歴史はそんな単純な物じゃないということだなwww





768 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:17:53
>>766
彼は、武田騎馬軍団とか鉄砲三段撃ちとか三本の矢とかを、まだ信じているんだよ

そっとしておいてやろうよ

769 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:19:58
>>767
>「無敵の鉄器軍団」が現れて東遷

誰もそんなことは書いてない
カッカして嘘書くなよ

770 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:20:39
病的なほどの「ゆるやか連合厨」
ちょっとファビョりすぎ

771 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:24:03
>>769

誰も書いてない?本当に誰も書いてないの?じゃあこれ何?

738 名前:日本@名無史さん[] 投稿日:2010/07/24(土) 17:37:52
豪族神武に相当する人物が
この内戦(倭国大乱)に乗じて、南九州の奈良盆地に行き・・

と書いたが
なぜ神武は南九州を出て奈良まで行ったのか?
これは、武器(鉄剣など)に自信を持っていたからだと考えられる。
同時期に九州以外では、鉄の武器がまだほとんど使われていないことを
知っていたのだろう。

これは自分のじゃないとか今更ナシな。

772 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:25:00
>>770
ファビョリンはお前じゃないか。しかも本物の病気持ち。

773 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:27:33
先の人口のお話もそうだが

ここのゴミクズ九州説が妄想しているほどの鉄器の優位性はもはやお笑い話。

鉄製武器の優位性がモチベーションになって
瀬戸内を横断してヤマトまで神武軍団がやってきた?

その神武軍団の鉄製武器と言うのは百人切っても刃こぼれ一つせず
何故か使っても減らない鉄族とかだったのか?w

無論、兵の損失も無い不死身の軍団www

全く「兵站」と言う概念が全く無いよなここの九州説のアホ連中はwww

「輜重輸卒が兵隊ならば蝶々蜻蛉も鳥のうち」を地で行くような馬鹿ばかりwwwwwwwwww

774 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:28:31
どうして天皇はシュメールの王だと信じてもらえないのだろう?
天皇家自信が出自を隠しているからではないでしょうか?

775 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:31:09
>>774

♪ねえムー民、あっちいって〜

776 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:36:52
>>768
もう根本的な歴史センスの問題と言うか・・・

「戦略の失敗は戦術によってカバーできない」と言うのは古今東西を通じての鉄則だと思うが

ここの九州説の連中は戦術と言うより「鉄器」と言うアイテムでもって
全てのお話を可能にせしめようと言うのだから本末転倒どころの話じゃない。

777 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:40:15
まあ、九州で弥生の戦争があったというのは中橋孝博などの研究からも間違いないところだけど、そもそも畿内説とは
「倭国乱」の解釈が違うので、いつまでも議論は噛み合わないだろうな。考古学的に見られる部族や集落の関係から、
3世紀の「倭国」の範囲が到底九州島には収まらないというのが、現代の畿内説の共通認識であって・・・。ww

778 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:46:44
畿内説をとって「倭国」の範囲が九州島に納まるなんて言えるわけはないな。
毒を食らわば皿までって言葉もあるわな。

779 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:46:53
>>637
小学生かよ

780 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:48:32
>>778
というかね、九州説、畿内説を抜きにしても実際そうなんだよ。

781 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:54:09
たしかに、北部九州が態度が悪いとかで、
瀬戸内、山陰、四国、近畿などから総スカンを
くってるというのが3世紀の状況だよなあ。

782 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 20:59:01
だから、ここの九州説のアホ連中は
「倭国大乱は九州内の事に決まってる」と
ギャアギャアビービーとヒステリックに叫ぶんじゃなくて

その後に新たに出現した秩序・体制を示す考古資料でももってこいって話なんだよなwww



783 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 21:06:19
>>780
となると、旧唐書が伝える倭国の別種、日辺にある日本国とはどこのことで
ござんしょうか?

784 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 21:10:37
>>778

>「倭国」の範囲が九州島に納まる

残念だけどさ、もうそんな歴史観を持つ学者も研究者もいないんだよ。
アマチュアにしても本当に歴史好きのマニアとかも同じ意見なんだ。
これは畿内説とか九州説とかの、そんな程度の小さな話じゃないんだよ。

もっと歴史を好きになってごらん。学ぶ作業はいくつになっても楽しいよ。

785 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 21:15:54
>>783
結論から言うと、わからん。
旧唐書がどこまで正確に日本の姿を把握していたか、それを検証するための史料がないから。

例えば民主が与党になったのを、元の日本(政府)とは違うと表現することも、非常にそれは乱暴で大雑把な見方だけど
相手がそう勘違いしてしまう可能性もある。
かと思えば、大日本帝国と現在の日本国が違う主体の国家なのか?
徳川幕府と明治政府では違う国になるのか?など、定義によっては曖昧になる。

つまり旧唐書の記述からでは、実際がどうだったのか確かめようがないわけだ。

786 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 21:15:59
>>783
旧東書で邪馬台国を語るのはムリだと思うけどね。10世紀の書物だし。おそらく日本書紀がわざと曖昧な書き方(白村江を隠すなどで)
をしたため、当時の中国側が、壬申の乱をもって「倭国(天智政権)」が倒されて「日本国(天武政権)」が成立したという誤解を持ったんだ
と考えてる。

787 :786:2010/07/24(土) 21:19:05
旧東書→旧唐書

788 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 21:29:34
旧唐書の、

>其人入朝者 多自矜大 不以實對 故中国疑焉(その人 入朝する者 多く自ら矜大 実を以てこたえず。故に中国是れを疑う。)

というのは、国策として「白村江で戦った国ではありませんよ。」とごまかしてるんだと思う。ww このあたりの日本書紀の記述も、
「虎に翼をつけて放つ」とか、中国の易姓革命時のような描写があるし、実に恣意的なものを感じる。ただし、このことなどによって、
天智・天武非兄弟説などのトンデモも生まれてきてしまう。ww



789 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 21:36:31
終止符スレ、最近はオレ以外のやつは立てるなっていう彼はいなくなったの?

790 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 21:40:45
>>789
現在 死亡説があるようです。

791 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 21:50:15
どうやら犯人は河童らしい

遺体には竹刀でフルボッコされた跡があるとかないとか・・・

792 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 21:59:26
>>784
何を考えているんだか、あきれるね。九州説における倭国は九州だけだよ(当然ながら
倭人伝時代の話な)。本州まで倭国だなんて言ったら、卑弥呼が倭の女王になるわけわ
けがない。

793 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 22:02:06
>>792
>九州説における倭国は九州だけだよ

根拠が無い。

794 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 22:04:07
>>792
このスレでも何度も書かれているが
現代の九州説はすでにゆるやかな連合を前提として考えられている。
この連合の中で北部もしくは南部九州が主導権を握ったというものだ。

君のような旧態依然の九州説は、もはや絶滅種なんだよ。

795 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 22:10:37
>>794
では、その現代の九州説とやらを紹介してもらおうか。誰が本州まで含めたゆるやかな
連合の倭国概念で九州説を称えているってんだ?

796 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 22:12:08
>>789->>791
スレ立て規制で立てられなかった

797 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 22:13:38
>>795
柳田康雄うを読め

798 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 22:17:02
>>718


おかしなことを言う人がいるな。

天照大神は、高天原にいる太陽神だろう。
それ以外の何かではないし。
伊勢神宮の人に聞いてもそう答えていたが?

君は違う考えをもってるみたいだから、論証責任は君にあるわけだが。


799 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 22:24:43
>>797
柳田は九州説ではないぜ。

800 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 22:28:46
>>799
話の流れをちゃんと掴め馬鹿

801 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 22:32:15
柳田氏は、伊都国中心の倭国が北部九州で形成され、その勢力が2世紀末から3世紀始めに奈良盆地へ移動して邪馬台国が
生まれた、とする伊都国東遷説というべきものだよな。

802 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 22:32:39
>>800
ごまかすなよ。逃げないでちゃんと答えろ。

803 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 22:40:05
>>577
図書館で調べてきたんだろ。どうだった?

804 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 22:42:00
>>802
おまえ柳田を読んだことがないのだなw
九州説のくせに九州随一の考古学者の説も知らんのか?

805 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 22:47:24
考えてみりゃ
「3世紀には九州も含めた首長連合ができていた」という認識に立って
尚且つ九州説を主張すると言うのは至難の技だなwwww

とりあえず関祐二なんかはその範疇に含まれるか?w

連合体の中にあって…と言うより一種の「偽僭説」だがw

逆にその首長連合を否定した九州説って誰になるんだろう?

安本の場合あくまで「年代」に異議を唱えて東遷後のヤマト王権の進展については
別に通説に物申しているんじゃないだろう?

するとやっぱり九州王朝説の人間と言う事かな?w



806 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 22:49:32
>>804
ごまかすなって言ってるだろうが。伊都国東遷だと言おうが何と言おうが、
邪馬台国が畿内にあったという以上、九州説ではない。

807 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 22:56:27
>>805
関祐二は確かに緩やかな連合を前提として、九州藤原氏と大和物部氏が権力争いしたって話だったっけ?
まああのひとは単なる作家だから、面白おかしく書くのが目的なのだろうけどね。

808 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:00:34
>>806
なんか必死だねwwww
足元が揺らいでいるのかな?いい傾向だw

畿内マキムクとは別に九州に存在した邪馬台国が、朝貢当時には九州になったという考え方もあるんだぜ。
これはアマチュアの九州説がよく支持している考え方だな。

809 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:01:29
九州になった→×
九州に在った→○

810 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:04:10
足下がふらついているのはお前の方だろう。邪馬台国が、朝貢当時には九州になった?
まったく意味不明だ。

811 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:05:42
『ゆるやかな首長連合』…これを否定するといっても二つの方向性があると思う。

一つは年代にこだわる立場で
首長連合は何れ現れる事を認めるが
少なくとも3世紀、邪馬台国の時代にはまだ時期尚早とする立場。

もう一つは年代に関係なく
そもそも日本の歴史においてそんな物は存在しなかった…と言う立場
(恐らくここのゴミクズ九州説は大半がこの立場だろうw)

後者の立場をとるとなるともはや九州王朝説以外に無いと思うのだが・・・

812 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:07:31
そもそも、『ゆるやかな首長連合』を正当化できる根拠が、まったく存在しない件

813 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:12:06
>>810
どうどう、落ち着け。角砂糖食うかw
>>809で訂正しているじゃないか?

だいたいこのファビョる様からすると
実は君、否定している緩やかな連合の考え方すら理解していないんじゃないか?
それとおそらくこのスレでのやりとりすらも理解できないのだろう。
不勉強な君にとって、新たに知る事実だから頑張って覚えなさいね。

814 :805:2010/07/24(土) 23:13:20
関センセイを挙げたんでついでに武光センセイも挙げておくかな?

確か(九州を含む)各地の纏向型の出現時期は普通に3世紀においていたはずだし
そこに一種、戦略的意味も見ていたはず。

ただ邪馬台国の時代にはヤマトは大陸との交流についてはあまり関心が無かった
…と言う見立てだったと思うがwwww




815 :縄文人 ◆cM49xEAzX6 :2010/07/24(土) 23:13:30
「ゆるやかな首長連合」は言葉のひびきがよくないね。「ゆるふん連合」がぴったりだ。

816 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:16:06
>>811
前者の場合だと様々な出土事実に反する。

だが後者だと、そもそも全ての、それも文献も考古成果も全て無視することになる。

まさに四面楚歌だねw

817 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:18:09
九州王朝の系譜を考えれば、そもそもの始まりは本居宣長の偽僭説が母体で、この頃は右もいいところの思想内容。これを鶴峯戊申が
発展させて「襲国」とし、九州年号なるものも発見した。で、さらに古田によって九州王朝になるわけだが、思想的にぐるっと展開して左に
なってるというこの不思議。ま、その程度のものなんだが。wwww

818 :縄文人 ◆cM49xEAzX6 :2010/07/24(土) 23:20:44
前方後円墳は邪馬台国とどのような関係があるんかいの?

819 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:21:13
>>814
水野センセイの「三王朝交代説」なんかどう?
あれを応用して、卑弥呼&台与の時代、崇神の時代、応神の時代
それぞれに北九州→マキムク→河内と移動したというのは・・・うーん、底が浅すぎるかww

820 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:22:59
>>818
悪いけど貴方の相手は後日ね。
今はキチガイ退治の真っ最中だから協力してよ。

821 :縄文人 ◆cM49xEAzX6 :2010/07/24(土) 23:24:13
マキムクは邪馬台国とどのような関係があるんかいの?

822 :縄文人 ◆cM49xEAzX6 :2010/07/24(土) 23:26:05
>>820
キチガイとは誰のことなん?

823 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:26:36
>蝿文人

最近も日本の各地で水害があったわけだが…

アレを見て「唐古鍵は奈良湖の水位上昇で水没した」とか
ほざいている自分を省みたりしないのかな?wwww




824 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:28:41
>>812
3世紀巻向成立以降は「やわらか連合」を主張してもいいんだがな
2世紀の奈良盆地なんて
2世紀の北九州に比べたら
単なるド田舎だ

825 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:29:21
なぜ纏向か?ということなら東海重視という視点があるんじゃないかな。単に環瀬戸内連合の拠点というなら、吉備辺りでもかまわない
ような。・・・このあたりは九州説にはまったくない考え方で、到底理解しずらいだろうが。

826 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:31:37
奈良盆地馬鹿が
巻向成立以前から奈良盆地を中心にした「やわらか連合」を主張してるから
支離滅裂になってるわけで

827 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:32:28
いずれ、九州説の厨は >>824 のように田舎と都市とかいった差別的な考えから抜け出せないんだな。




828 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:32:40
>>813
訂正をみる前に書き始めたんでね。だが、訂正したのをみても意味不明だな。
九州に存在した邪馬台国が、朝貢当時には九州に在った?
九州に存在したなら九州に在って当たり前じゃん。何を言いたいんだ?

829 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:35:02
>>826
それこそ誰もそんなことは主張していないように思うが。
頭を冷やして整理しなおそうよ。
このままだと本当に精神をやられるぞ。

830 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:35:27
>>827
そいつは特に、現在自分が引きこもってるのは社会が悪いからだ、とか考えるたちのやつだろう。
現在の自分のダメダメな状況からくるコンプレックスを、「九州無敵軍団」とか「文化最先端」とか
そういうので晴らしているんだろう。憐れともなんともね。

831 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:36:08
>>812
主張者の「脳がゆるい」という最大の根拠がある。


832 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:37:48
>>831
おまいは「脳が病気」か「脳が先天的障害」のどっちか。

833 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:38:11
脳がゆるいというか
相手の論に対する勝手な決め付けとか妄想があるんで
議論が成立しないんだよ

834 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:40:00
>>828
つまり朝貢当時は九州に在って、その後に首都機能を移転したとか
九州邪馬台国は盟主の座を失って埋没してその後に台頭したのが畿内だとか
いやいや大和に中央集権が生誕するまで九州を含む各王権は並列していたとか

いろいろなことが考えられるじゃん。
もっと頑張ろうよwwwアタマ使おうよwwww

世の中の九州説は、色々考えてるんだからさ、君も置いていかれないようにしなきゃいけないよ。

835 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:40:02
>>829
巻向成立以前に
倭国大乱はなかった、やわらか連合があったと
書いてる馬鹿がいるじゃん

836 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:40:53
「脳がゆるい畿内説連合」は、年中見かけるな。

837 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:41:58
>>833
>議論が成立しないんだよ

おまいが何か根拠を出して議論したか?

838 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:42:08
脳がやわらかすぎて
溶けかかっちゃってる「やわらか連合脳」なんだろw

839 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:44:13
あーあ、壊れ始めたwww
もう駄目だな、この九州厨は

840 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:47:08
>>835
倭国大乱ねえwwww
それ物理的な戦争のことなの?しかもクニを征服するような大規模な奴。
まあそんなのはなかっただろうね。

それと各地の交易連合が以前から存在していたなんてのは、もう常識のレベルだぞ。
それが更に大きな交易を求めたことによる拠点がマキムクだろう。

841 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:47:41
「副葬品の統計」とか、わけわからんことを言ってるのがこのサイキバだろ。あれをもって議論
とかいわれてもねえ。

842 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:47:57
どうも「やわらか連合脳病患者は」
北九州が2世紀まで中国との交易との窓口だったってことさえ
気に入らないようだな

その頃の巻向って
誇れるべき何があったんだよww

843 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:49:50
>>842
現在のおまいに誇るべき何がある?

844 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:50:30
>>841
これサイキバかなあ?
奴とは違うタイプの病気持ちじゃないかな。
うそつき日向厨だと俺は睨んでいるが、案外怨み節東遷説のひとりかもしれない。
それとも吉野ヶ里馬鹿のSSSが名無しで書いているか、山門キチガイか?

いかん、病人が多すぎるwwwww

845 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:52:11
>>842
それも誰もが認めている。>北九州が2世紀まで中国との交易との窓口だった

なあ、本当にお前何と戦ってるんだ?
お前の中にある幻の畿内説か?そんな芸風は安本だけで十分だぞ。

846 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:52:20
>>844
だから
そういう妄想がおまえの病気なんだよ
「やわらか連合脳」クン

847 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:52:41
日本史の上で「連合」というものが一度でも存在した証拠がない。



その「証拠なき連合」が数世紀も続いたとか、もうカルトそのものだな。




死に物狂いで「天皇による統治」を否定しようとする戦後左翼の成れの果て。


848 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:53:14
>>842
>どうも「やわらか連合脳病患者は」
>北九州が2世紀まで中国との交易との窓口だったってことさえ
>気に入らないようだな

はて?
一体何処の誰と戦っているのかな?w

大抵の畿内説は不彌國までのクニを九州北部に置き
2世紀どころか3世紀も4世紀も窓口としては九州北部を普通に想定していると思うが?www






849 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:56:00
>>847
あーあ、今度は左翼にされちゃったよw
皇国史観なのか戦後左翼なのか、俺らはどっち?wwww

つーかナニコレ???

>日本史の上で「連合」というものが一度でも存在した証拠がない。

鎌倉政権も室町政権も秀吉政権も徳川政権もガン無視ですか、そうですか。

850 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:56:36
>>834
前の文章からではそんな意味は到底分からんね。他人に分かるように書くことだ。
ところで、834で君があげた九州説は倭国概念を本州まで広げているってのか?
それらの九州説も旁国を九州の中に含めているはずだぜ。つまりは、倭国は九州だ
けで、本州は「倭種の国」にしかすぎないという理解のはずだ。

851 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:56:49
>>849
この際 「両翼」でwwwwwwwwwwww

852 :日本@名無史さん:2010/07/24(土) 23:59:32
>>850
前の文章って、ホントのホントに知らなかったの?釣りじゃなく本当の馬鹿なの?

>ところで、834で君があげた九州説は倭国概念を本州まで広げているってのか?

勿論その通り。

>倭国は九州だけで、本州は「倭種の国」にしかすぎないという理解のはずだ。

それが絶滅を危惧される保護対象の古い九州説。

853 :縄文人 ◆cM49xEAzX6 :2010/07/25(日) 00:00:56
>>823
タバコを買いに出ていた間にずいぶん進んでいるね。

おいこら、そこのあんちゃん。ひとの名前を間違えるな。「蠅」は「よう」、儂の縄文人の「縄」は「じょう」
だから間違えんようにな。

今回の各地の水害と唐古・鍵の水没では状況が違うんじゃが、君には分からんじゃろな。

854 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:02:11
>>849
おいおい、それが「連合」なのか?

脳がゆる過ぎるにもほどがあるぞ。


855 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:03:10
>>852
だったら九州説で旁国を本州に比定している実例をいくつかあげてくれ。


856 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:03:10
>>850
こいつ自分がバカだから理解できないのを他人のせいにするのが得意のようだな

ま さ に  ゆ と り

>>830の指摘は大当たりだ

857 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:04:12
>>854  俺は849ではないが、じゃあ、連合じゃないということを長レスで論じてみろや。クズ。

858 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:05:40
>>855
それは古い九州説である君があげるべきだな
てか自分で考えろよw
生きているうちに頭を使え

859 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:06:35
>>857
連合じゃない=頂点になる権力からもピラミッド構造がある。

ようするに権力間の上下構造がある場合は連合ではない。


簡単なことだろ。

「天皇による統治」を死に物狂いで否定し続けてきた戦後左翼史観は
「連合」の定義もなしに「連合」と連呼し続けてきたのだな。



860 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:07:57
>>858
ないものは挙げようがないね。前に名前がでていた武光だってすべて
九州に比定してるよ。倭国は九州だけだ。

861 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:10:46
倭人伝中の「倭国」とは九州だ。
倭国大乱とは九州内での騒乱の事だ。

・・・何れも根拠が無い。

(とは言え九州がその範疇から外されていることは無いと思うがw)

九州説にとって致命的なのは
その大乱後に現れた新秩序・新体制を見ることのできる考古資料が無い事だろう。
(もしあるなら教えてくれw
 もっともそんな物があったなら九州説はもっとまとまりのある説になっていただろうがw)

例えば威信財で九州説厨が三度の飯より好きな銅鏡。

大雑把に言えば
方格規矩四神鏡は1世紀
内行花文鏡は2世紀がピークで
3世紀は弥生イ方製鏡の時代だと思うが

果たして3世紀の鏡で九州に強力な面的支配機構が存在したような事を論証できるのか?

まあこの質問の意味自体が伝わるか不安だがwwwwwwwwww






862 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:11:40
>>859
なんだ、『連合』の意味が理解できていないのかw

『交易連合』だ。

政治的なヒエラルキーはここでは関係ない。

『通商同盟』なら、お前の中学生程度の政治理解でもピンと来るかwww

で、「天皇による統治」を肯定する九州説ってどんなの?
そろそろ俺のターンにしてくれよw

863 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:14:46
>>861
畿内説論者のいう倭国概念と九州説論者のいう「倭国は九州」という概念と
のどちらが正しいかを論じているんじゃないぜ。
現代の九州説は倭国概念は本州まで含め、邪馬台国を九州に比定するという
から、そんな奇妙な説はないだろうと言ってるだけの話だ。

864 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:15:20
>>860
ん?>>852での「九州説で旁国を本州に比定している実例」の旁国というのは
使役する三十ヶ国のことなのか?君の中では。
それとも隔絶した遠隔の地のことか?

君きちんと倭人伝すら読んでいないだろうw

865 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:17:43
>「天皇による統治」を死に物狂いで否定し続けてきた戦後左翼史観は
「連合」の定義もなしに「連合」と連呼し続けてきたのだな。
 
これは3世紀から天皇がいて、しかも倭国を統治していたという話なのか?それなら誰だって否定するだろうよ。バカバカしい。
現在の「畿内ゆるやかな連合」説はイデオロギー的なものではないよ。


866 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:19:54
>>863
あるんだから仕方がないwwwwwwww
それが現代の生き残った九州説で、君は死滅した九州説。

現実を見ろよ。
だいたい現実世界に君のような古い九州説を唱える人間が何人いると思ってるんだ。
2ch以外の邪馬台国関連の掲示板やサイトも見てみろ。
君と同じデムパも多いが、丁寧に廻ればきっと君の考えが古いことが理解できる。

君が古い九州説しか考えられないのは、決定的に知識が足りないからさ。
柳田すら知らなかったんだろ?

867 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:20:05
>>864
旁国といったら21国のことだよ。素人さんかね?

868 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:22:11
>>866
君が柳田を九州説論者と誤解したんだろ。決定的に知識、常識が足りないんだよ。

869 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:25:22
>>867
ああなるほど、古い九州説定義での旁国かw
それこそ君が調べるべきだな、君は根本的な知識が足りないのだし。

その旁国とやらを、あれはここ、それはあそこと比定する作業なんて、今では誰もやっていない。
せいぜい語呂合わせで遊んでくれ。

繰り返し言う、君は決定的に古いんだ。知識も考え方も何もかも。

870 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:27:54
>>862
つまり江戸時代の江戸と大坂も交易による連合って事だな。




要するに、ただのトンデモだろ。



871 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:30:20
>>868
誤解?柳田は新しい現代のタイプの九州説だよ。
伊都国が東遷したというより、連合内で強い影響力を持っていたという伊都国主導説だ。

誤解は君のほう。新しい情報を全く身につけていない。
それどころか君の中では、柳田は畿内説なんだね。
そうか、君の古い九州説に反するものはみな畿内説なんだね。

872 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:30:50
>>869
そうか、そうか。君こそ決定的に知識、常識が足りないんだ。
もう、やめようね。勉強したきたらまた相手をしてやるよ。

873 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:31:51
>>870
バカですねwwww
もはやいちゃもんつけるだけですか。
そのいちゃもんも的外れ。

874 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:34:43
>>872
頑張れ、今は悔しさに涙しているだろうが、きっと君の肥やしとなる。
ここで意地になったままでは、君はそこまでの人間だ。
一晩ゆっくり寝て、2,3日ネットから離れて図書館でも行って学びたまえ。

熱中症予防のために冷房入れろよ。
水分取れよ。

頑張れ、おやすみ。

875 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:36:47
>>870
うーんウヨサヨのイデオロギー論争志向が強いのは「怨み節」っポイが

そこまで無駄な行間を空けるのはサイキバ君の芸風だがw

怨み節ちゃんもサイキバの芸風真似ているのかな?wwwwwwwww

876 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:37:33
>>873
交易していたら、連合なんだろ。
どこが違うんだ?

877 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:50:28
畿内説は詐欺
詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺
詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺
詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺
詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺
詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺
詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺
詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺
詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺詐欺

878 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:52:37
九州説は正義
正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義
正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義
正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義
正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義
正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義
正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義
正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義
正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義
正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義
正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義
正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義

879 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:53:22
>>877
うわあああ〜きましたヨ。
本格的なヤシがwwwwww

880 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:54:59
なにこれ怖い

881 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:55:25
>>876

交易、貿易と言ったら普通は国と国との間のことだろう。
江戸も大阪も幕府の直轄地なんだからさ、わざわざ連合とか言う関係を持ちだす例じゃないだろうにw

「ゆとり」教育の効果って恐ろしいな。

882 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:58:01
あ〜あ・・・壊れたか・・
オマイらwww
他人の人生を壊すようなことしてないでもう寝ろ。
撤収だ、撤収だよ。


883 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:58:14
>>881
権力は考慮しないんじゃなかったのか?

三歩進んで全部忘れるニワトリ以下だな。


884 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 00:59:57
詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね
ばかにするなばかにするなばかにするなばかにするなばかにするなばかにするな
詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね
ばかにするなばかにするなばかにするなばかにするなばかにするなばかにするな
詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね
ばかにするなばかにするなばかにするなばかにするなばかにするなばかにするな
詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね
ばかにするなばかにするなばかにするなばかにするなばかにするなばかにするな
詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね詐欺氏ね
ばかにするなばかにするなばかにするなばかにするなばかにするなばかにするな

885 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 01:01:31
こりゃいかん、ばかにするなが怖すぎwwww

886 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 01:02:32
まあ詐偽なのは学者自身も自覚しているよ。
んだからもちつけ。

887 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 01:10:44
>>859
まあいつもの「怨み節」と思うが…

3世紀の九州には九州限定だとてその『ピラミッド構造』が存在していたって立場なんだよな?

それを示す考古資料って何よ?
そのピラミッドの頂点って九州の何処にあったんだ?

つうか、いまだにお前が邪馬台国を九州の何処に置くのか?聞いた事が無いんだがwwww
(何度か質問したが何れもスルーされたが、何か都合悪い事でもあるのか?)

888 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 01:12:01
>>887
その前に自分に課された質問に答えろよwww

889 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 01:13:14
>>883

>権力は考慮しないんじゃなかったのか?

キミのそのフレーズの元ネタを誰が言ったか判らないが、キミが他人の言葉を理解できていない証左だな。

「交易連合」には、それを統括するような政治権力は存在しないと言うことだよ。
連合を維持してる原理は、互恵、相互依存、協調・・・
政治的に自立した地域(クニ)相互における取引関係が、複数の集団相互の関係に拡大したものが交易(のための)連合だよ。
江戸と大坂の間の経済活動は、幕府と言う権力機構により維持される経済活動だろ。
幕府の機能は、遠隔地の商取引に特化したものじゃないだろう、そんなものは「連合」とは言わない。
ところが、キミは交易連合について、他人が説明した内容を「交易」=「連合」説と理解してしまったわけだw



890 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 01:19:02
>>888

ああ、他人にイチャモンつける事で脳が一杯になって
その質問が自分に返ってくることを考えてなかったのかな?w

しかし不思議だよなあ。

この「怨み節」が九州説として邪馬台国を九州の何処に比定するのか
いまだに語った事が無いと言うのはwwwww

(誰か聞いた事ある奴いるか?)

案外、畿内説と言う権威=サヨのスクツにイチャモンつけられるなら「東遷説」でも「九州王朝説」でも何でも良かったんじゃないのか?www

イデオロギー論争的な事こそが目的だとwwwwwwwwww

891 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 01:19:12
私は病気じkyゃない
私を病気のしたい日とがまは割りにいるだけで病気じゃない
私は毎日インターネットでリハビリしているからby歩浮きじゃない
誰に頼まれてやっているのかしらないが私を陥れるのはやめろ
鍛冶雲病気じゃない
さべつしないでください
差別しないでください
差別しないで下さい
私は病気ではありません
誰は香が私を病気にしちゃいのです
私をびょ気にしないで下さい

892 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 01:19:14
>>889
>政治的に自立した地域

権力を考慮しているとしか見えないのだが・・・



いじり甲斐のないジョーカーはジョーカーらしくないな。




893 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 01:20:35
>>892 恨み節@東遷厨

>>889はジョーカー様じゃないぞwwwwwwwwwwww


894 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 01:25:26
もうやめてください邪馬台国は鳩首です
間違いないから大丈夫です
九州じゃないと説明できオアm船
私を病気にしたい火とが病気でそ
病気の穂とが私を病気の城のです
差別しないで下し
差別しないで下さい
眠たいのに寝ぬれません詐欺はやめてくださお
眠たいのみ眠れ那船詐欺は辞めましょう

895 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 01:35:38
もうやめましょう
私は病気ではアロマ船
畿内説を見ると心がざわざわしmさ
鳩首は親切です療養しました
大阪はつらかった出sy
おおさkで仕事は嫌です
九州画やまた憩いkです
もうみんあ書かないできダサい
書くと心画と語とげいたいです読むの嫌で市
眠れなくない利増す
真無理田ウイ出津
眠りたいです
書くのは溜めましょう
病気にしたいひとたちからにげたらまたやるましょぽう

896 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 01:40:06
しゃ、洒落にならん(汗)
総員撤収!今夜はもう終わりだ撤収!

897 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 02:07:43
「畿内纏向やわらか連合脳」で、今日も学閥・利権を維持するぞぉ〜!

898 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 02:07:55
>>892
> >>889
> >政治的に自立した地域
>
> 権力を考慮しているとしか見えないのだが・・・

俺、ジョーカーじゃないよwww

ホンンとに理解力(つーか国語力か)の無い人だね。
自立した地域相互間に権力関係が無い、と言うコトをキミは地域内にも権力関係が無い、と理解してしまったわけだ。
連合の各構成員は当然地域王権だろwww
中央集権を富士山型、連合を八ヶ岳型として、どちらも山であることに違いは無い。
もうそろそろ「交易連合」の定義については理解してくれたかな。





899 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 04:34:53
>>855
バカじゃねーの?
旁国も九州。本州は倭種の別の国。そう書いてあるだろ。

900 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 04:39:51
>>861
なんか懸命だなw
じゃ畿内説はそれらの考古学的証拠ってのがあるの?w
無いから九州説を説得しきれてないんだろ。
いわば畿内説の恨み節だなw



901 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 05:07:51
>>900
アホが脊髄反射でイチャモンつける前に

そもそも巷間言われている畿内説と言うものが
どう言うものであるのかその骨子ぐらいは把握してから書き込めクズ。

北部九州にも出現した前方後円墳、近畿系土器の流入、銅鏡の出土数の東西の逆転

…これらを新しい秩序として見るのが畿内説。

この板のゴミクズ九州説は年代観争いに持ち込んで抗弁するしかないのだが

九州説には年代観争いするネタすらないのが実情w








902 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 05:19:29
さて、今回もまた 「怨み節@東遷厨」 は自身が邪馬台国を九州の何処に比定するのか
…と言う質問に答えてくれなかったが

何か都合の悪い事でもあるのだろうか?w

そもそも邪馬台国東遷説と言うのなら邪馬台国が九州の何処にあったかをハッキリさせ
次に東遷勢力がヤマトの何処にやってきたのかをハッキリさせ

その言わば「スタート地点」と「ゴール地点」で直接的な人の移動を想定しうる材料を導き出す必要があると思うのだがwww

もう畿内説にイチャモンつけること自体が目的になっているんだろうか?wwww


903 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 06:48:50
>>899
ここで畿内説厨は、そのことも分かってないから、からかっていた
だけだよ。

904 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 07:07:15
>>901
>北部九州にも出現した前方後円墳、近畿系土器の流入、銅鏡の出土数の東西の逆転
前方後円墳・・畿内と北九州(その他の前方後円墳があるところも)同じ勢力かもな。
      もしそうとしても、どちらが主か従か、むずかしいな。
近畿系土器の流入・・貢ぎ物を入れて送った証拠かな?となれば、主は北部九州か。
銅鏡の出土数・・銅鏡は九州の威信財。新しい植民地へ安物を大量にばらまいたって
      ことだろうな。
で、これらを総合して、どうして畿内説がでてくるんだろう。
教えてくれんかのう?


905 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 09:48:46
シュメールからの渡来人の影響としか考えられませんね。
ヒッタイトが紀元前1190年頃に滅亡するとその製鉄の秘密は周辺民族に知れ渡る事になり、
エジプト・メソポタミア地方で鉄器時代が始まります。
紀元前330年、アレキサンダー大王の東方遠征によりシュメール人の血を引くアケメネス王朝が滅びると、
シュメールの王たちは、アッシリアの地を追われて東へ大移動をはじめます。
ニギハヤヒやニニギという名は、シュメールの王の名前と酷似し、シュメール系の王だったことが伺えます。

906 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 10:11:20
>>904

> >北部九州にも出現した前方後円墳、近畿系土器の流入、銅鏡の出土数の東西の逆転

> 前方後円墳・・畿内と北九州(その他の前方後円墳があるところも)同じ勢力かもな。
>       もしそうとしても、どちらが主か従か、むずかしいな。

・出現期の前方後円墳に九州的要素が見られないこと(東瀬戸内+畿内的要素の融合)や
九州での受入れが限定的であることから、九州が「主」の可能性とか強弁できるところは無い。

> 近畿系土器の流入・・貢ぎ物を入れて送った証拠かな?となれば、主は北部九州か。

庄内甕は運搬用具じゃないでしょうw

> 銅鏡の出土数・・銅鏡は九州の威信財。新しい植民地へ安物を大量にばらまいたってことだろうな。

九州人さん達は「銅鏡(それも新嗜好の)」だけを持って新天地に「植民」してきたんですかw

> で、これらを総合して、どうして畿内説がでてくるんだろう。
> 教えてくれんかのう?

私は>>901じゃないので、正直、これだけじゃ説明にならないかと思うよ。
ただ、弥生時代の文化の発信源が、朝鮮半島との窓口である北部九州であったのに対して、
これら新しい文化の発信源が全て畿内にあると言うことはわかる。




907 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 10:42:13
シュメール人の王族は、朝鮮経由と中国本土経由の2方向から渡って来たのです。
先に着いたのは、本土から直接渡ってきたニギハヤヒのほうです。

908 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 10:52:32
なんだか最近、シュメール人の攻撃が激しいですね。
大和説も九州説も色あせて見えます。

909 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 11:39:44
>>906
>出現期の前方後円墳に九州的要素が見られないこと
そんなことはありませんよ。九州的要素の有無に注意しながら本でも読んでみましょう。

>庄内甕は運搬用具じゃないでしょうw
では、その流入は何だというのですか? 空で運んできた? 技術者が北九州に連れて
来られた? 運搬用具とされたと考えないのはなぜ?

>九州人は「銅鏡」だけを持って新天地に「植民」してきたんですか
「銅鏡だけ」なんて誰も言ってないでしょ。

>これら新しい文化の発信源が全て畿内にあると言うことはわかる。
まあ、思い込みとしか言えませんね。


910 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 11:42:34
>シュメール人

現地音で正しくは「ケムール人」と発音する。
このケムール人が10年後の2020年、再び日本に襲来することを45年ほど前に円谷英二が予言している。

911 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 11:52:38
>>909

> >出現期の前方後円墳に九州的要素が見られないこと
> そんなことはありませんよ。九州的要素の有無に注意しながら本でも読んでみましょう。

せめて、一つくらい例を挙げてみなさいよ。

> >庄内甕は運搬用具じゃないでしょうw
> では、その流入は何だというのですか? 空で運んできた? 技術者が北九州に連れて
> 来られた? 運搬用具とされたと考えないのはなぜ?

庄内甕は、薄手の煮炊き用だよ。
そんな壊れやすいものを使って何を運ぶんですか?
在地品があるんだから技術の伝播は認められるよ。

> >九州人は「銅鏡」だけを持って新天地に「植民」してきたんですか
> 「銅鏡だけ」なんて誰も言ってないでしょ。

そりゃ失礼した。
で、九州人が持ち込んできた銅鏡以外のものとは?

まあ、答えていただかなくても既に安本臭がプンプンして来ておりますがw

912 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 12:00:35
シュメール人は系統不明な膠着語をはなし、民族的にも不明な点が多いことも日本人と共通する特徴です。


913 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 12:07:57
>>909
>出現期の前方後円墳の九州的要素

副葬品の豪華化がそれにあたるのかも知れないが、ホケノ山の鉄鏃の形式などから
直ちに九州の直接影響とは言い難いね。
むしろ九州以外の地域の影響のほうがはるかに大きい。

>庄内甕を運搬用具とされたと考えないのはなぜ?

煮炊き用具だからね。形状からして運搬用とは考えられない。一目すれば判る筈だが。

>「銅鏡」

そもそもの考えがおかしい。北部九州にて後漢鏡が輸入できたのはまさに後漢の時代。
滅亡後は後漢の文様様式とは全く違う画紋帯神獣鏡が主体となり、畿内に増える。
出土状況から北部九州は画紋帯を入手できなかったと考える他ない。
その後、三角縁神獣鏡というさらに劣化した鏡が畿内を中心に日本中に広まる。
そこでまたやっと九州にも鏡が戻る。

>新しい文化の発信源が全て畿内にある

これはちょっと言い過ぎ。新しい文化の集積地であったとするほうがより正確だろう。
ただその畿内に対して、北部九州が新たな文化や旧来の栄華を発信することは遂になかった。
むしろ西新町に代表されるように、次々と畿内の文化を受け入れ、旧来の九州文化は退潮していく。
また半島からの土器も旧来に比べ格段に増え、北部九州は他地域からの入植とみられる集落に席捲される。
旧集落は漸次放棄され、新たな血を導入した集落が古墳時代まで生き残る。
これを北部九州の没落とまでは言わないが、旧来の勢力とは全く違う主体に変化し、最先端地域の座からは滑り落ちたとは言えるだろう。

914 :901:2010/07/25(日) 13:00:22
つうかね>>901への批判は結構だから
九州説側としてそれに対抗しうる軸・ネタを出してみろって話だなw

ったくここのゴミクズ九州説の連中は相手に投げつけた批判がブーメランのように戻ってきて
自分に浴びせられる事も考えていない。

イチャモンつける事でアタマイッパイイッパイのアホばかりwwwwww

倭国大乱は ” 九州限定イベント ” で、その後に邪馬台国を頂点にして
「全然ゆるやかなでないガチンコ支配体制」が確立したと言うなら
それを如何なる資料に見るのか?って話だがw



915 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 13:09:46
>>911 >>913
>出現期の前方後円墳の九州的要素
寺沢の「王権誕生」には、「前方後円墳を構成する諸要素だが、その肝心の部分が前段階
のキビや讃岐・播磨などの中・東部瀬戸内地域の要素で占められていることが一目瞭然だ。
続いて北部九州で、近畿の要素はずっと少ない。」とあるな。
直接か間接かどうかは、重要な問題ではない。

>庄内甕は煮炊き用具だ。
それに限られるのかな? それに、近畿系土器の流入というのは、いろいろな
土器があるのだろう。一般に土器が物資運搬に使われなかったとは言えまい。 

>出土状況から北部九州は画紋帯を入手できなかったと考える他ない。
簡単には決めつけられんな。それに、九州を経て入手するかどうかはさしたる
問題ではない。九州の勢力だから鏡を重要視した可能性だな。








916 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 13:16:17
>>914
>九州説側としてそれに対抗しうる軸・ネタを出してみろって話だなw
空っぽの奴から「対抗し得るネタ」と言われてもな。
畿内説なんぞ、根拠らしい根拠は何もない。最初から最後まで思い込みだな。
九州説からすれば、「倭人伝を読め」の一言で十分だ。


917 :901:2010/07/25(日) 13:32:33
まあゴミクズ九州説には「馬の耳に念仏」と言うより
「悪の組織キナイセツの手先の学者の妄言だ!」とか火病起こされるだけかもしれんがwwwwww
九州の考古学者センセイの考察として参考までに…

『邪馬台国時代のツクシとヤマト』 −「三世紀のツクシの住居と集落」武末純一

>もし、この時期までツクシ政権が独自の勢力を保ったのであれば、
>この地域独自の威信財体系があるはずですがそういうものはありません。
>弥生時代の後期には、中国鏡を頂点としたツクシ政権独自の副葬品体系があります。
>同時に祭礼では、広形銅矛を頂点とし、一番底辺には青銅の鋤先などが来るという
>青銅器祭器体系をツクシ政権はもちますが、どちらも古墳時代前期にはなくなります。
>では、それらとは別にツクシ独自の威信財体系が成立したかと言うと、それはありません。
>これをどう評価するかです。比恵・那珂遺跡の青銅器鋳型は青銅武器のようですし、
>鉄器生産工房も、あれだけ掘ってもほとんどないため、これをツクシ独自の政権体のトップと評価するのはむずかしいでしょう。

918 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 13:35:59
>>915

> >出現期の前方後円墳の九州的要素
> 寺沢の「王権誕生」には、「前方後円墳を構成する諸要素だが、その肝心の部分が前段階
> のキビや讃岐・播磨などの中・東部瀬戸内地域の要素で占められていることが一目瞭然だ。
> 続いて北部九州で、近畿の要素はずっと少ない。」とあるな。

だから、貴方の考える「九州的要素」って何ですか?
例えば、寺沢は東遷論者じゃないのだから、寺沢のイメージ=東遷論者のイメージには成りえない。
つまり、寺沢は貴方じゃないから、貴方のイメージには成りえない。

> 直接か間接かどうかは、重要な問題ではない。

何でさ?
前方後円墳体制の成立に九州がどのように関与したかをを論じようとしているんだかさ、
前時代に吉備で受け入れ、定着したものを吉備から取り入れることと、吉備を経由ですに直接受け入れることでは、
全然違うでしょう。

> >庄内甕は煮炊き用具だ。
> それに限られるのかな? それに、近畿系土器の流入というのは、いろいろな
> 土器があるのだろう。一般に土器が物資運搬に使われなかったとは言えまい。 

畿内産の運搬用土器が「土器の流入」と言うほど九州から出ていると言うのですか?


919 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 13:37:08
いつもの隠れ安本の戯言は聞きあきたから相手にすんなよ。

920 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 13:42:40
>>917
別に悪の組織なんて思ってるわけではないから、ひがまんでいいよ。
わざわざ紹介してもらってなんだが、ツクシ政権が独自の勢力を保ったわけでは
ないってだけのことだろうな。

921 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 13:53:59
>>918
>貴方の考える「九州的要素」って何ですか?
寺沢が指摘する諸要素に別段異議はないよ。おかしい話でなければ、素直に
受け入れるたちなんでね。

>畿内産の運搬用土器が「土器の流入」と言うほど九州から出ていると言うのですか?
考古学者が、近畿や吉備の土器は北部九州へ多量にもたらされているっていうから、そ
れを信用しているだけだが。ちがうのかね?


922 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 13:55:17
九州の発掘が進んでいるとは初耳だ。考古学者が聞いてあきれる。

923 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 14:45:09
>>921
王権誕生を読んでいるのなら、そのあたりを疑問に思うはずないのだが。

>畿内産の運搬用土器
運搬用というのはまあアレだが、要するに煮炊きに特化した庄内式の出土が、北部九州では多い。
保存用や祭祀器は、畿内からの入植グループが居住したとみられる西新町居住区などから多くではするが
庄内式分布図とは必ずとも一致しない。
庄内式で保存や運搬に使用できそうなものは、一般的にはあまり出土しない。
当然このことから運搬用に煮炊き土器を使用したとは、普通は考えない。

924 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 14:48:20
>>921
>寺沢が指摘する諸要素に別段異議はないよ。

ならば問題はないはずだが?
副葬品の豊富さという習慣のみが伝わったとするほうが、よほど自然だが。

925 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 14:51:31
>>922
80年代以降は他地域よりずっと進んでいる。これは何よりも吉野ヶ里ブームのおかげ。
バブル崩壊後はどこも進まなくなったが、それでも山陰や山陽、東海、北陸などよりは、はるかに進んだ。

926 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 15:16:56
>>923
>煮炊きに特化した庄内式
私は庄内式を煮炊き専用とは考えていないんだよ。いわば、高級な土器というイメージ
だな。肉が薄いから壊れやすいというのではなく、薄くても強い土器だろうとね。

土器の移動をどうみるか。供献土器とか労働力の移動に伴うとかいわれるが、土器それ
自体の価値のために空で運ばれることもあるだろうが、物が入れられて運ばれることも
あるだろう。そうゆう意味で、物資移動に伴うと言ってるんだよ。石野も「名産物を壺
に入れてもってきた、それが空になってすてられた。そう考えるのが普通でしょう。」
と言ってるね。

>>924
摘する諸要素に別段異議はないが、それを習慣のみが伝わったと解釈するならば
同意できないね。

927 :次スレのご案内:2010/07/25(日) 15:31:04
久々にスレたて成功したwwwwww

本スレ使い切ったら以下のスレへ

♪邪馬台国 ドンと来い♪ 79
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1280039342/l50


928 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 15:31:27
>>926
巻向や古墳を作った労働力は食料持参で旅をして来たんだろうね
土器に入れて運んで来て、そのあと調理用にした

929 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 15:33:41
>>926
やっとまともな知識を有した九州説が来たのかしら?
その結論が東遷や九州王朝だとしても、今までのよりはずっとましですわ。

出掛けなければいけないから(あとでちゃんとレスするが)
北部九州に多い庄内式の形状が▽なのはどう説明します?
つまり底がとんがっていて自立出来る形ではないもの。
これなどかまどの上に置いて、煮炊きの熱効率を高めるための形状に他ならないでしょう。
この▽に物を入れて運んできたとかだったら、運搬人は片時もそれを離せませんよ。
これについてはどうお考えでしょうか?

急がなくとも夜中か明日で結構です。

930 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 15:46:40
>>929
古代の土器は、多くが我々から見たら不安定な形だよね。自立させるという考え方
ではなかったんじゃないかな。どうせ、床もでこぼこ、舟も丸木をくりぬいたり
したもので、置くところは平ではない。となれば、置く場所にくぼみをつけると
か仕掛けをする、そうゆう使い方が常態だったのだと思うよ。

931 :縄文人 ◆cM49xEAzX6 :2010/07/25(日) 15:54:17
>この▽に物を入れて運んできたとかだったら、運搬人は片時もそれを離せませんよ。
>これについてはどうお考えでしょうか?

藁で編んだ敷物(縁の部分が厚く中央が薄くなっている)がある。これに座らせれば倒れない。▽に物を入れて運ぶ
ときにはその敷物の縁に付けた(4本ほどの)縄で固定して手に持つか背負う。簡単なことだね。

932 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 16:15:12
つーか船で運ぶなら、床に置くより
つるしたほうがはるかに安定するだろ。船の安定も含めて。
水や害獣の防御にもなるし、運搬、搬入も簡単だ。

933 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 16:21:01
と言うか安定させる為の細工をするなら
最初から安定した形の物を作るのが常識だろうなw

934 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 16:26:07
>>930
>自立させるという考え方ではなかったんじゃないかな。

時代によって平底から丸底へという変化をたどることができるのです。

「地面に据えて周囲から煮る底の安定した伝統的弥生甕から、次第に丸底化した庄内甕へと変化する。
 真下から火であぶる熱効率が重視される訳だ」(西川寿勝)

>>929が指摘しているのはその点だと思いますよ。

935 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 16:43:09
>>934
煮炊きではなくて
運搬についての疑問を書いているんだろ。
よく読んだら?

936 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 16:48:52
運搬で安定させたいなら、さかさまにすればいいじゃない。
ばか?


937 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 17:01:43
>>935
>運搬についての疑問を書いているんだろ

形状が▽なのは、煮炊き用に特化したためだということですよ。
だから、運搬用の土器ではないと考えられるのです。

938 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 17:10:54
>>937
特化ってのは違うだろ。
まず平底より工程が楽だったってのがあるだろうし
なにより、火の扱いが難しかったってのがある。現代人がガスを使うようにはいかないからね。
かまどのように盛り土をした中に穴を開けて風量調節をするわけだから
平底では火力の維持や調整が難しかしかったんだろう。
あと、飲食だけじゃなくて工芸、儀式などにも使われてたということを忘れないほうがいい。
銅鐸なんかも、そういう用途に使われたじゃないかな。水銀抽出とか。

939 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 17:23:21
>>937
丸底が運搬用ではないというなら、貯蔵用、運搬用に特化した物もあるはずだね。

940 :縄文人 ◆cM49xEAzX6 :2010/07/25(日) 17:30:52
>>936
>運搬で安定させたいなら、さかさまにすればいいじゃない。

それは壷が空の場合か固形物が詰まっている場合(この場合は布の蓋をするだろう)だね。中身が液体の場合は
さかさまにはできない。

>>932
>つーか船で運ぶなら、床に置くより
>つるしたほうがはるかに安定するだろ。船の安定も含めて。
>水や害獣の防御にもなるし、運搬、搬入も簡単だ。

つるすのはよい考えだが、舟では揺れるから壷どうしがぶつからないようにしなければならない。むしろ藁で作った
緩衝剤に包んで一カ所に隙間無く詰めて置いたほうが無難だね。

儂は3千年も生きておるので生活の智慧が豊富なんじゃよ。

941 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 17:38:02
>>940

>つるすのはよい考えだが、舟では揺れるから壷どうしがぶつからないようにしなければならない。むしろ藁で作った
>緩衝剤に包んで一カ所に隙間無く詰めて置いたほうが無難だね。

つるしたつぼを船の床とも縄で結んでおけば、ぶつかるのは避けられるよ。
こういうのは、確か昔の帆船でよくやられてたんじゃないかな。
なにか西洋の帆船の図鑑かなにかで見たような気がする。網でくるんだガラスの玉みたいなやつ

942 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 17:39:55
移動生活がなければ、しっかり作ったかまどに、丸底を設置できるが、
そうでなければ、石と薪に置きやすい先の尖ったものがいい。

943 :縄文人 ◆cM49xEAzX6 :2010/07/25(日) 17:41:16
>>939
丸底の方が平底より強度という面では優れているのだよ。液体の容器としては丸底が使われただろう。平底だと
置く場所に注意が必要だ。小さな突起のあるところに不用意に置くと壊れる。丸底の場合は専用の敷物があるか
ら安心だね。


944 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 17:42:44
>>938
>特化ってのは違うだろ。

はあ、そうですか。

>平底より工程が楽だった

だったら丸底のほうが早く出現するのでは?

>平底では火力の維持や調整が難しかしかったんだろう

だから丸底に変化していったんでしょう。

>あと、飲食だけじゃなくて工芸、儀式などにも使われてたということを忘れないほうがいい。

それがなにか?・・・論点は、
>>929「北部九州に多い庄内式の形状が▽なのは」「底がとんがっていて自立出来る形ではないもの」だから
>>906「運搬用具じゃないでしょう」
したがって、>>904「貢ぎ物を入れて送った証拠」などと言うのはマヌケでしょう。
ということだったのでは?

「特化」という言葉尻をとらえてなにが言いたいんですか?

945 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 17:47:15
>>939
>丸底が運搬用ではないというなら、貯蔵用、運搬用に特化した物もあるはずだね。

理由は? 言ってることが意味不明だ。

946 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 17:48:19
>>944
きみ、終了

947 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 19:28:47
>>940
>それは壷が空の場合か固形物が詰まっている場合(この場合は布の蓋をするだろう)だね。中身が液体の場合は
>さかさまにはできない。

この人バカなの?
液体が詰まった壷の重量がどんんだけだとおもってるんだ。
しかも、運ばなきゃならない液体ってなんだ?酒か?
土器に酒入れて交易なんて想像もできんわアホらしい。



948 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 19:52:05
>>947
では、北部九州における外来土器の流入はどのような理由によるものだと
思っているのかな?

949 :縄文人 ◆MGjHCEuZCk :2010/07/25(日) 20:23:52
土器にはもちろん武器としての使用法もあったと思われる。中に灰と香辛料を詰めて敵の集団に投げつければ効果は
大きいものがあっただろうし、紐をつけて振り回すなどということもあっただろう。極めつけは、中に硫黄、硝石、炭を入れ
て導火線をつけ、敵の集落に夜間に設置する。天然アスファルトを詰めてもよいかもしれんな。

950 :縄文人 ◆MGjHCEuZCk :2010/07/25(日) 20:28:19
>>948
横からになるが、大型の甕は首壷だろうな。九州軍団が畿内で狩った敵の首を甕に入れて九州に届けるために使用されていた
のではないかと推測する。中世の武士が敵の首級をあげるという習慣も、このあたりのことから来ているのかもしれんよ。中身は
首とびっしり詰め込まれた塩だ。

951 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 20:41:10
>>926

> >煮炊きに特化した庄内式
> 私は庄内式を煮炊き専用とは考えていないんだよ。いわば、高級な土器というイメージ
> だな。肉が薄いから壊れやすいというのではなく、薄くても強い土器だろうとね。
>
> 土器の移動をどうみるか。供献土器とか労働力の移動に伴うとかいわれるが、土器それ
> 自体の価値のために空で運ばれることもあるだろうが、物が入れられて運ばれることも
> あるだろう。そうゆう意味で、物資移動に伴うと言ってるんだよ。石野も「名産物を壺
> に入れてもってきた、それが空になってすてられた。そう考えるのが普通でしょう。」
> と言ってるね。

嘘を付くな。
石野が言っているのは煮炊き用甕に関する発言じゃないだろう。
結局、毎度おなじみの安本流すり替え法でゴマかしとうす戦術ですね。

952 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 21:12:15
>>951
石野の言葉を、煮炊き用甕に関する発言と書いたつもりはないよ。

953 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 21:18:59
>>948

> では、北部九州における外来土器の流入はどのような理由によるものだと
> 思っているのかな?

それは>>923で既に明確な説明がされているよね。

それと北部九州で出土する外来土器ってこんな感じね。
 http://www.fsg.pref.fukuoka.jp/kyureki/kyurekidayori_29.pdf
 畿内系出土土器の画像があるが、残念ながらこの中に庄内甕の画像は無い。
 実際の庄内甕は下の画像の大きい方のやつね。
 http://www.bell.jp/pancho/kasihara_diary/images/h17b/0429-110.jpg
 何故、ことさらにこのような不安定な形状の甕を利用したと主張してまで、
 畿内からの物資の搬送(貢納)があったことにしたいのか理解に苦しむ。
 畿内から九州への貢納など行われていない、と考えれば「庄内甕による輸送」などと言う非現実的な輸送法は必要ないのだが。

954 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 21:25:11
むろん優れた機能性があったから取り入れられたし、現地でも類似のものが作られた。ただそれだけのことを
九州説が否定のための否定をしているにすぎない。こうして学問とはほど遠いところでムダレスが積み重なって
いく。

955 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 21:29:47
>>952

> 石野の言葉を、煮炊き用甕に関する発言と書いたつもりはないよ。

庄内甕が物資搬送に適しているか否かを論じているときに、
全く違う様式について語った発言を、前後をぶった切った状態で引用されてもねえwwww


956 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 21:32:17
庄内式土器とはシュメール式土器のこと
シュメールに皇(スメラミ)ではなく庄内の字をあてた理由は定かではありませんが・・・
ニギハヤヒに従って畿内に舞い降りた物部氏とはシュメール系の人々だったのでしょう。


957 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 21:41:44
>>955
私は庄内甕に限った話をするつもりもないし、庄内甕が煮炊き専用甕だなどという
考え方もしないんでね。あなたの都合で読まれても、付き合いかねるな。

958 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 21:57:51
>>947
馬鹿はあんたのほうじゃおまへんか?酒だって重要な交易品かも知れませんでえ。当時の酒はアルコール度が低うて
現在のビール程度の強さだったと想像されるんやけど、これを作るにも技術が必要だった筈やさかい皆欲しがったと
思いまっせ。重さなんてせいぜい20kg程度まででっしゃろ、重くても。

959 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 22:10:14
>>953
>庄内式で保存や運搬に使用できそうなものは、一般的にはあまり出土しない。
これはあなたの意見かな? 出典があるならば教えて欲しいな。

960 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 22:13:02
倭人伝には葬儀において「始死停喪十餘日 當時不食肉 喪主哭泣 他人就歌舞飮酒」と書いてある。これは倭人に
限った習俗でもないと思われるが、喪主一家を除いて、葬儀参列者には酒を振る舞わなければならなかった。ある国
の首長が死ねば、大量の酒を必要とするので酒の産地から購入することもあっただろう。その酒は瓶に詰めて運ばれ
たのではないか。

961 :唐松山 ◆V0F34EbmQA :2010/07/25(日) 22:24:23
酒は腐る。だから、くだらない。となる。


962 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 22:25:56
>>953
>何故、ことさらにこのような不安定な形状の甕を利用したと主張してまで、

形状が不安定に見えるというだけであって、それを安定させるのは極めて簡単なことです。縄文人が言っているように
藁で作ったリングの上に置けば安定します。そして何より大事なことは強度と製造しやすさです。平底は見た目は安定
していますが強度は落ちるのです。

963 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 22:30:34
>>961
夏場はね。夏場には瓶に原料を仕込んで運搬途中で醗酵させたんじゃなかろうか。いくらでも智慧は出る。

964 :うましか:2010/07/25(日) 23:00:45
発酵酒なんて態々遠くから運ばなくても何処でも造れるんじゃないですか?
遠くまで運ぶ価値のあるものって、玉石や金属製品とか生口とかだと思います。

965 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 23:08:02
客観的には大した違いはなくとも、どこの酒がいいとか、みんな言ってるよ。

966 :縄文人 ◆cM49xEAzX6 :2010/07/25(日) 23:13:39
>>964
>発酵酒なんて態々遠くから運ばなくても何処でも造れるんじゃないですか?

通常はそうでしょうね。酒をよその国から購入しなければならない時としては首長の死亡などで葬儀用の酒が
国内で賄いきれない場合などでしょうね。有力な国の首長の葬儀ではよその国の首長が酒を携えて弔問に来る
ようなこともあったかもしれませんね。

967 :うましか:2010/07/25(日) 23:17:38
私は日本酒なら二本松の大七が好きです。
でも、3世紀の話ですから生?造は無かったでしょうね。

968 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 23:23:24
酒ねえ。ま、ヤマブドウとかの果実酒ならそのまま糖分を発酵させることができるけど、米から作る場合はデンプンを糖に変える必要
があって、おそらく米を噛んで唾液の作用で糖化させてたと思う。それに、果実の皮などに付いた菌を使って発酵させる。

「大隅国風土記」では、米を口噛みするのは神聖な巫女の仕事とされる記述があるし、また、三輪山の酒も歌になるほど有名。「醸す」
の語源は「噛む」という説もある。これは後代の話だけど、そういう意味では酒作りと祭祀は不可分の関係があったのかもしれんね。

969 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 23:28:39
>>968
神吾田鹿葦津姫の天甜酒(あめのたむさけ)みたいなものですね。
口噛みならやはり美人に噛んでもらったやつの方が美味いでしょうね。

970 :縄文人 ◆cM49xEAzX6 :2010/07/25(日) 23:30:30
三世紀に精米が行われていた形跡は見つかっていないようだから、酒は米からではなくキビやドングリなどから作っていたのでは
ないだろうか?麹や酵母菌はどうしていたのだろうか?

971 :うましか:2010/07/25(日) 23:34:25
>>970

麹は無くても何とかなるでしょう。
酵母は、自然に頼るしか無かったのでは?

972 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 23:42:18
>>970
菌は果実の皮などに自然に付着しているものを使ったと思う。それで十分できると思う。東南アジアの事例だと、デンプンを含むものを叩いて
粉にし、団子状に練り固め、これを放置して自然に菌を増やしていくという餅麹タイプを利用してる。


973 :縄文人 ◆cM49xEAzX6 :2010/07/25(日) 23:51:06
>>971
デンプンを糖化するのに唾液を使うことは考えられないわけではありませんが、大した量にはならないでしょう。
麹菌はカビですから、なにかの拍子に見出されて培養されていたかも知れません。酵母菌はどこにでも居ますから
糖化したものを放置しておけば醗酵はするでしょうが、腐敗を防いで良質の酒を作るにはよい酵母菌の居る環境が
必要だったと思います。

974 :日本@名無史さん:2010/07/25(日) 23:59:30
酒の造り方は当時すでに世界中で様々な方法が実践されていたので
南方や半島経由でも当然その方法は伝えられていたと考えたほうが良いだろう。
その土地ごとに採れる果実や穀物を原材料にすればいいし
家畜の血を使っても出来る。
アルコール度を高めたりする技術はまだなかっただろうけどね。

975 :縄文人 ◆cM49xEAzX6 :2010/07/26(月) 00:03:46
酒の話をしたら議論している場合ではないという心理状態になったのでお先に失礼します。

976 :うましか:2010/07/26(月) 00:09:56
>>975

えー、素面だったんですか。
私は既に出来上がってました。



977 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 00:53:51
しかし今日の庄内甕から酒に至るまでの話は
ここのところ続いた電波九州説に比べればずいぶんまともな議論だったようだな
縄文人はまともな話をできる子なのだから、煽りスタイルをやめて
こうやって建設的に話を進めていけばいいと思うよ

978 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 00:56:31
庄内甕の話っていっても、九州発祥だとか言うならデンパそのものだろ。


979 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 01:07:27
>>978
今日の流れではそのデンパは話には入れなったのか、出てきていないように思ったけどw
九州発祥とか言ってる奴は、完全に安本の受け売りで自分で考えたものでもないレベルだろう。
だから何故そう考えたのかの根拠すら示せない。
邪馬台国の会のサイトに書いてあったとは、流石に言えないのだろうw
そういう連中がついていけない話を中心にスレを進めていくというのも、ひとつの手かも。

980 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 01:28:50
>>977
>ここのところ続いた電波九州説に比べればずいぶんまともな議論だったようだな

んだなwwwww

基本的に土師器は液体の長期保存には向かないんだろうが
須恵器が出現するまでは選択肢自体がないか…

ひょっとして「タタキ」によって液体の浸透性等に関して物理的特性とかが変わるのかな?
教えて土器に詳しいエロイヒトw

981 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 01:47:31
土師器は液体の長期保存には向かないのは常識だろ。
先人が何百回とテストしてるだろ。

それなのに、酒を入れて運んだとか、アホ丸出しだな。


982 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 07:20:38
>>980
別に知識はないが、油をしみこませるとか、手はありそうだな。

983 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 08:16:23
wwwはヤマト王権の考古学的証拠を、催眠術にでもかけられたように邪馬台国のものだと信じ込んでいるだけだなw

考古学者考古学者とオウムのように繰り返すが、じゃ畿内が邪馬台国だって書いた考古学者のまともな論文があるのかってことだよw


984 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 09:20:43
>>983

横からだが、確かに考古学者のまともな論文で、邪馬台国について言及したものはないはず。
ただ当たり前の話だが、九州にあるとした考古学者も皆無。

なぜなら考古学者は、論文では文献史学の範疇である『邪馬台国』の名称を使わないから。
論文で『邪馬台国』の名称を使うのは文献学者や歴史学者に限られている。

それは君も知っているからこそ、そういう文章になったんだろ?

しかしヤマト政権=邪馬台国連合だと、殆どの考古学者はそう考えている。
これも君のよく知っている通りだ。

一般向けの説明は、これで十分かいw

985 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 16:28:29
>984
>ただ当たり前の話だが、九州にあるとした考古学者も皆無。

九州説によるブーメラン(自爆)とゆうわけですねw

986 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 19:32:57
畿内説なんか、考古学者だけでなく初めから誰(ry

987 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 21:43:32
シュメールと書いただけで、相手にされなくなるのはなぜでしょう?
やはり戦前の天皇シュメール説の悪影響によるものでしょうか?

988 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 22:00:07
Out of base


989 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 22:12:44
君の場合はシュメールじゃなくて、迷惑メールだから

990 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 22:22:49
うまい

991 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 23:00:01
次スレ


♪邪馬台国 ドンと来い♪ 79
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1280039342/l50


992 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 23:08:22
うめ

993 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 23:09:04


994 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 23:09:48
埋め

995 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 23:19:16
ume


996 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 23:21:33
膿め


997 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 23:22:33
倦め

998 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 23:25:29
埋め

999 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 23:29:20
ウメ

1000 :日本@名無史さん:2010/07/26(月) 23:30:31
1000なら九州から親魏倭王の金印出土

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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