【奉天会戦】日露戦争【日本海海戦】
- 1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/11/19(土) 22:29:28 ID:pWlvgBK0O
- 近代史といえばこれだろ?
- 532 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 18:47:54 ID:5TZM4I2Q0
- 自分もバカな質問をして良いだろうか。
北極海側を通ってベーリング海峡を通り抜けるのも無理なの?
海が凍っていて無理なの?
- 533 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 19:23:11 ID:20VXhpQJ0
- >>532
永久氷の限界ぎりぎりを航行することになるからかなり厳しい。
それと北極海側はロシア領とはいえ目立った補給港がないこと、
時季が制約されることからかなり難しいのではないのかなあ。
そういうリスクを考慮したらこの方面で大艦隊を動かして
白海からベーリング海峡までに立ち往生したら話にならんからなあ。
- 534 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 19:40:42 ID:5TZM4I2Q0
- >>533
教えてくれて、ありがとう。胸の支えが取れたよ。
- 535 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/17(火) 22:42:33 ID:ARvkA+j60
- 明治維新以降の歴史をちょっと考えてみますと、何ゆえ日本はロシアと
対峙し戦争したのでしょうか。ロシアとの戦線を大陸内に持っていかないと
日本の安全保障が成り立たないとの論を予てから信じておりはしますが。
歴史にIFはおかしいでしょうが、仮に日本がロシアと戦わなかったとする
ならば旧満州は現在ロシア領であり朝鮮半島もロシアの植民地となった後、
ソ連邦の一部となってその後1991年頃にやっと独立したことであろう事は
想像に硬くありません。
(ソ連の崩壊がまだなければ朝鮮半島は独立すらしていない可能性があります。)
また仮に、日本が大陸に進出しなければ、清朝崩壊が違った形で起こり、
欧米ソ連により割譲され、今現在の中国は生まれていなかったと思います。
これももしもですが、日本が大東亜戦を戦わなかったならば、今現在も
東南アジアは欧米列強の植民地のままであり、世界史が今とはぜんぜん
違ったものである可能性が大いにあります。
結局、朝鮮人も中国人も東南アジア人もインド人も日本人を利用したので
あって、この事実こそが歴史的真実であるとの認識を明確にしなければ、
将来に渡っての禍根を残すこととなると私は思うのです。
- 536 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/18(水) 22:29:30 ID:c7UBVQP80
- >>535
どうなったかは誰にも解らんね。ただ明治の社会が続き、その政体の中に今自分がいれば窮屈に感じてると思う。
敗戦により得た物もある。地主や財閥、統帥権や発言力の強い軍部が残ったままなら俺らは今の生活はできてないだろう。
自由な社会と引き替えに、独立国家としての気概を失ったり隣国のいまいち納得できん不評はかったがね。
日本が主体性を持って(持たざるを得ず)行動した結果に、日本に怨みを抱いた国もあり多少の感謝を感じてる国もある。
こっちから相手側に「お前らも得した事もあるだろう」って言ったところで相手が感じた事を変えさせるのは難しいよ。
日本も他国の為だけじゃなく、自国の国益を考えて行動しての結果(植民地からの開放等)なんだから。
後世の人が、感情から距離を置いて冷静に判断する「歴史」になるにはまだ生々しすぎるんじゃないかな。
あきらかな歴史の捏造なんかには毅然として対応していくべきだとは思うがね。
- 537 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 22:49:50 ID:IdosBH1p0
- クヌース著「シティーの帝国」から引用。
「日本を実質的にブリテンのロボットにした日英間の一連の秘密協定が
初めて結ばれたのは一八九五年頃と思われる。ブリテンの金融寡頭
権力は、日本の戦争と工業生産の拡大に融資するために日本の銀行
制度を実質的に乗っ取り、日本で製造された商品で最終的に世界を
窮地に陥れた……
一九〇二年一月三十日と一九〇五年の条約によって、日本はフランス
と同じく、イギリスの親密で補助的な同盟国となった。この同盟は、
国際金融寡頭権力と関係している日本の政治家たちが暗殺されて終焉
するまで、約三十五年続いた。」
「一八九五年」とは、明治二十八年。これは、日清戦争時に当る。
この年に「日英間の一連の秘密協定」なるものが結ばれた、と言う。
このことが、日本のこれまでの「歴史家」によって、なんらかの
かたちで記述されたことはない。
要するに日本人が、自慢のタネにして居た、日清、日露の両戦役と
その戦勝は、ブリテン≠ェ日本をロボットとして、上手く使用した!!
と言うだけの話しであった。
身も蓋もないことに成ってしまうとしても、これは事実である。
- 538 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/02(木) 15:57:38 ID:H1LMMOO2O
- 海ゆかばを見て号泣した俺が来ましたよ
- 539 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/03(金) 13:11:30 ID:p4FDtDqj0
- >>537
「イギリスにしてみれば」だろ?
「事実」は一つだけど、事実を眺めた人の数だけ「真実」は
うまれるんだよ。
最近何が何でも自説を推して他人の意見を一蹴するやからが
増えたように思う。歴史学ってそういうもんじゃないと思う
けどなあ・・・。
- 540 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/06(月) 15:36:46 ID:zyOl70ei0
- >>539
> 最近何が何でも自説を推して他人の意見を一蹴するやからが
> 増えたように思う。歴史学ってそういうもんじゃないと思う
> けどなあ・・・。
ネット時代の到来とほぼ同時のような気がする。相関関係があるかどうかについては手持ちの材料がないので即断は避けたい
と思うが。
文系学問は理系学問と違って正解が一つとは限らないんだよなぁ。
その一つの例が、大学の試験問題に取り上げられた文学作品の作者が答えたら正解じゃなかったってこと。
歴史の場合は、当事者の関わり方の違いや一次資料が全て残存するわけじゃないせいで正解が一つにならないわけだが。
- 541 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/09(木) 14:10:12 ID:4aPjQPh/0
- >>539
まあ英国にもいろんな考えの人がいるんだなあ、くらいでいいんじゃないか?
英国は中国権益を他の列強から保護する為に日本が必要だったし(海軍力の不足)
日本はその本土および利益圏に対するロシアの脅威に対して他の列強の支持を必要とした。
そういう背景を考えずにトンデモなシティ陰謀論を唱えているだけだろう、クヌース氏は。
まあ経済をメインに国際関係を捉えるならせめてレーニンの『帝国主義』くらいは数字を出さないと
まったく説得力がないわなあ。
これじゃあ経済から歴史を語るふりをした、単に歴史的事実と根拠のないシティの「金融寡頭権力」を
結び付けているだけの物語。米独仏の金融資本は英国シティに従属していたのか?
ウィーンの金融資本すらベルリンのそれから独立を維持していた時代なんだぜ。
世界史も日本史も知らなければ英国史も知らない、もちろん当時の金融・経済もね。
「イギリスにしてみれば」ですらないと自分は思うわ。
まあこの人にすれば「真実」に見えるのかなあ。引用箇所だけじゃ判断できないが。
- 542 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/21(火) 14:42:34 ID:qFixFzJ/0
- >>512
もう少しあとに、軍楽隊だった人が出ていたな。
対馬にくるので、出撃の時に積んでいた石炭の袋を捨てた時の話をしていた。
捨てるときに、「天丼一杯」と思いながら捨てたと言っていたな。
- 543 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/31(金) 22:33:11 ID:bfNfQ43S0
- 日露戦争はお互いが消耗しきったところで講和になったのだが、
英米独仏にしてみれば、もっと際限なく武器弾薬を流し込んで
とことん泥沼化させてみるのも一興だったかもしれんね。
- 544 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/01(土) 00:20:21 ID:VG6D6Ku30
- >>543
すでにロシアは革命、日本は財政難(それも英米が負担)
露仏同盟と仏資本のロシアへの投下、日本外債への英米の投下
独資本の近東進出と独墺同盟の険悪化を考えれば列強にそんな余裕はない。
それに誰が利益を得るのか?
山東の独、仏印、江南の英国、米領フィリピン
遼東や満韓で日露が共に破綻したら極東の勢力均衡は失われるだけで
ロシアの決定的な破滅は欧州の勢力均衡にも大きな影響を及ぼす
(独墺二国同盟の近東進出の激化、露仏同盟の弱体化)。
そもそも日本もロシアも数ヵ年に及ぶ長期戦を想定していたのか?
あの総力戦を経た日米の太平洋戦争でさえも両国軍当局は軍需を考慮して3年以内(建艦サイクルらしい)
における相手国海軍の殲滅、終戦を想定していたのに。
- 545 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 22:22:54 ID:XWre2A5L0
- ロシアというとランドパワーの代表と思われがちである。
しかし、ロシアの大都市の大部分は大河川の岸辺や海洋に面した良港に
建設されており、そこでは水運が非常に大きな役割を果たしている。
また、シベリア開拓も鉄道開通前は、河川を遡り、狭い峠を越えて次の
河川を下るというルートで実行されている。
つまり、ロシアは内陸河川の水運を主要な交通手段として発達してきた
シーパワーなのである。この点、モンゴル人やトルコ人などの遊牧民族
とは大きく異なっている。似た例を挙げるとするならば、揚子江流域以南
の中国が挙げられるかもしれない。重慶・武漢・南京などの大都市は
いずれも揚子江の水運に大きく依存している。
ロシアにおける河川水運は冬季に運行不能となる致命的欠点がある。
また、バルチック艦隊の航路に見られる長距離の海運は時間がかかり過ぎる
欠点がある。それ故、ロシアは面積は広大であるが真の強国には成り得なかった。
それを超大国に一変させたのは鉄道という技術革新である。1850年代の
クリミア戦争では鉄道輸送の不十分さのために苦戦したロシア軍だが、
1904-5年の日露戦争ではシベリア鉄道開通により、ロシア極東に大量の
兵士を送り込んで戦争を実行している。
このような技術革新がシーパワーの雄であった大英帝国に大きな憂慮を
与えて、地政学という学問を生み出したことは当然とも言えるだろう。
日露戦争とは、国際金融資本が鉄道建設により戦争がどの様に変化し、
ランドパワーがどれだけ強大化するか、シーパワーがそれに対抗するには
どうすべきかを極東という舞台で実験する目的で日本に実行させた戦争
ではないかと私は想像している。
- 546 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/09(日) 21:49:01 ID:R+TEqxH+0
- ttp://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2007090900091
2007/09/09-16:38 巡洋艦ワリャーグの記念碑除幕=日露戦争に参加、数奇な運命たどる−英
日露戦争開戦時の戦闘で大破し沈められたものの、日本が引き揚げて使うなど、
数奇な運命をたどったロシアの巡洋艦「ワリャーグ」の記念碑が8日、
最後に沈没した海域に近い英スコットランドのレンデルフトで除幕された。ロシアのインタファクス通信などが伝えた。
ワリャーグは1904年、仁川沖海戦で日本艦隊の攻撃を受けて大破したため、ロシア軍の手によって沈められた。
翌年日本側が引き揚げ、巡洋艦「宗谷」として使用。16年にロシアが買い戻し、船名も元に戻された。
しかし、英国で修理中にロシア革命が起きたため差し押さえられ、後にドイツにスクラップとして売却された。
20年、解体先にえい航される途中、スコットランド沖で座礁し沈没した。
記念碑の建立はロシアの関係団体が主導。この日の除幕式では、十字架をかたどり、
ワリャーグの姿が描かれた高さ3メートルのブロンズ製記念碑が披露された。
式にはロシアのチトフ外務次官らが出席した。
- 547 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 14:01:47 ID:smpxLn720
- 日露戦争についてお勧めサイト
まずは東郷元帥
ttp://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h17/jog399.html
ttp://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h17/jog400.html
この人は外せない明石少佐
ttp://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog176.html
児玉源太郎もすごい
ttp://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h17/jog385.html
ttp://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h17/jog386.html
お金はやっぱり必要、高橋是清
ttp://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog291.html
情報は大切、福島少佐のユーラシア単騎横断
ttp://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h17/jog418.html
- 548 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 03:06:33 ID:l4xZ5NMe0
- >情報は大切、福島少佐のユーラシア単騎横断
その割には現地の事前調査を怠るあたり足元がお留守だね。
福島や明石がやったような派手な諜報活動しか目に入ってないのか?
- 549 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/07(日) 01:05:36 ID:s+9fILoZ0
- 日露戦争は桶狭間だってことを当時の日本人が理解していれば
その後の歴史も変わったんだけどな。
- 550 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/09(火) 23:06:39 ID:yCmYN4Ym0
- >>549
東郷平八郎が無駄に長生きして歴史を悪い方向に引きずって行ったな。
むしろ乃木が生き残っていたほうが平和な国になっていたかもしれない。
- 551 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/10(水) 10:19:26 ID:OXShzv6F0
- >>550
東郷は単にかつがれただけ。東郷をかついだ連中は、乃木が生きてりゃ乃木を担いだよ。
- 552 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/10(水) 17:50:36 ID:D7R2vA2F0
- 歴史的には勝っても地獄、負けても地獄・・・かw
仮に負けたとしたら朝鮮は植民地化されて消滅
日本は北海道割譲ってところかな。
正直、朝鮮消滅というのは魅力的だw
- 553 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/10(水) 21:57:31 ID:XeId0g8G0
- >>552
日本が南樺太を取れたのは戦争末期に樺太実効支配を果たしていたから。
日本軍が奉天や対馬沖で壊滅していたとしてもロシア軍は北海道上陸までやるかなあ?
- 554 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 11:40:10 ID:9xVK6jVe0
- >>549
国の存亡を賭けた戦争だと、その当時の軍人、政治家はわかってたと思う。
でも勝ちすぎて決戦主義にとらわれてしまって、次の戦争でへたこいた。
>>553
ロシアの南下政策をなめるな。ポツダム宣言受託後の18日に占守島強襲上陸
してる。この時、日本軍が止めなかったら、北海道の半分はソ連に取られていた
可能性あり。
くわしくは
ttp://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog203.html
- 555 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 14:54:19 ID:mlzurrIT0
- ゼロからたたき上げた初代と家産を食いつぶすぬくぬくと育ったダメな三代目の違いだなw
- 556 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 20:52:44 ID:Brw1F4wc0
- >>554
というか、「戦」が国の命運を決するものだという「決戦」概念自体を忘れてしまってたのが現実。
自分の栄達のために私的に戦をおこし、軍令無視してどんどん広げる。
そしてそれを処罰もされず、結果「石原大佐も満州事変起こして出世したんだ!」ってことになる。
そして始まったWW2では「決戦」という言葉は国の命運を決する意味での「決戦」ではなく
単なる官僚組織の帳尻あわせに伴う横紙破りを正当化するための言辞と化し
戦争後半は「決戦」と銘打てばどんなアホな物資調達・戦力引き抜き・根こそぎ動員・無意味な徴発も可能になり
米軍の爆撃機に焼かれる前に、既に国の足腰自体がぐずぐずに腐れ果てていた……と。
占守や虎島の日本兵たちは、いってみるならそんな腐臭漂うゾンビの中の、最後の綺麗な部分だった、と。
- 557 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 23:19:51 ID:qbWALUWd0
- 占守島の日本兵は立派だったと思うけど、ロシアの領土欲を強調しすぎるのはどうか。
極東地区で日本にさんざん痛い目にあわされてるのだから、ちょっとでも国境線を
遠ざけようとするのは人情というもの。
- 558 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 23:42:29 ID:Brw1F4wc0
- >>557
そりゃ占守島のこと「しか」見てないから言えること。
その時コミュニスト勢力が世界全体で何やってたかを考えれば、君みたいなのんきな感想文は出てこない。
- 559 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 23:56:53 ID:qbWALUWd0
- >>558
世界的な話は置いておいて、二国間の関係だけを見ればソ連もロシアも日本には寛大に接してきたと思うぞ。
シベリア抑留にしても、よくもまあ生きて帰してくれたものだと思う。
亡くなった方や大怪我をした方には失礼だが。
- 560 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 23:59:22 ID:Brw1F4wc0
- >>559
その程度で寛大って言っていいんだったら、米はどんだけ寛大なんだって話になっちゃうぞw
- 561 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/12(金) 09:41:12 ID:V8wFQUVc0
- >>557
国境線遠ざけるのにポツダム宣言後に仕掛けてきたり、日ソ中立条約の一方的な
破棄をみてたら寛大なんて言葉はでてこない。
ソ連の領土拡張主義は、同じ共産国同士の中国とも紛争起こしてるし、アフガンニ
スタン侵攻も忘れたの?
- 562 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/12(金) 17:49:54 ID:jTWJ5G3M0
- 半世紀単位でロシア・ソ連と日本の関係を語れば話は混乱するだけだぜよ。
覇権主義ソ連と日本が接近した時期も少なからずあったわけだし
また前世紀には3、4回も戦争状態にあったわけだ。
隣接する二国間の関係が「常に」友好的だとか敵対的だとかあり得ない。
- 563 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/12(金) 23:03:49 ID:w+Kroe9Q0
- 中ソ対決時代は中国もソ連も日本に甘々な対応だったね。
パンダくれたり歌声運動とか・・・
- 564 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/13(土) 16:05:51 ID:SYd8RUz10
- >>560
アメリカよりソ連のが寛大。
- 565 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/13(土) 18:04:42 ID:Pft8IR240
- スターリンが寛大とは思えんw
- 566 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/13(土) 19:58:43 ID:sZ1eCkiX0
- >>565
それは違う。
冷酷残忍なスターリンがなぜか日本人にだけは優しかったということが重要。
カチンの森事件とシベリア抑留を比べてみればよくわかる。
- 567 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/13(土) 20:35:04 ID:Pft8IR240
- ポーランドみたいに日本が占領されてたら虐殺されてんじゃないの?
戦争終了後に敵国の捕虜を大量虐殺するほどスターリンは馬鹿じゃないw
- 568 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/15(月) 02:32:46 ID:UrdCbOuC0
- ルーズベルトよりスターリンのが寛大。
- 569 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/15(月) 09:23:16 ID:B4deh+p80
- 共産党かロシアの工作員がいるのか?
- 570 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/15(月) 20:20:35 ID:23Om6S1J0
- ロシアが嫌われ者のセルビア人に何かと目をかけてやってたのは
地中海への出口がどうしても欲しかったから。
まさかモンテネグロ独立で内陸国になってしまおうとは。
不凍港Getへの道はあまりにも長く険しいが頑張れロシア。
- 571 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/16(火) 01:03:09 ID:c/rkM8ak0
- >>568
猜疑心の塊のようなスターリンが寛大ってどんだけぇw
- 572 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/16(火) 15:29:06 ID:XNmYeN5D0
- >>571
猜疑心の塊と言う点ではスターリンとルーズベルトでは東西の横綱で甲乙ないなw
- 573 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/16(火) 21:25:00 ID:sx9il58r0
- 独裁者と選挙で選ばれる大統領を一緒くたにすんなよw
- 574 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/17(水) 23:33:08 ID:YQJY8x1L0
- 指示しただろw
- 575 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/17(水) 23:33:57 ID:YQJY8x1L0
- おっと誤爆っすw
- 576 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/26(金) 00:33:02 ID:IUQCxsL50
- ttp://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200710250144.html
バルチック艦隊司令長官の手紙 ロシアで発見
2007年10月25日10時57分
日露戦争でバルチック艦隊を率いたロジェストウェンスキー中将が、
決戦の場となる日本海へと向かう航海の中で記した手紙31通が遺族のもとで保管されていることが、
山梨学院大のコンスタンチン・サルキソフ教授(政治学)らの調査・研究で明らかになった。
自軍の状態を冷静に判断し、「この艦隊は滅亡する」などと本音が記されていた。
状況判断のできない傲慢(ごうまん)な愚将と描かれてきた従来の提督像とは相当に隔たる内容だ。
ロ中将を日本人に印象づけているのは司馬遼太郎氏の小説「坂の上の雲」だろう。
成田龍一・日本女子大教授(日本近現代史)は「日露戦争は戦後歴史学の大きな弱点。
人々が知りたい戦場の光景を伝えなかった。司馬さんの作品に相当する歴史書は見あたらない」と指摘する。
戦争の行方を決めた歴史的海戦の責任者であるロ中将は
陰の主役といった役回りで登場し、「あれは愚物だ」と司馬さんは描いた。
「規律をよろこび、ボーイ長のような職業性格」で「よほど臆病(おくびょう)な人かもしれない。
かれはこの大艦隊の司令長官であるには、その点でもっともふさわしくなかった」
「日本艦隊をのこらず海底へたたき沈めるであろうとおもっていた。
皇帝の官僚にふさわしいスマートさと、宮廷遊泳術によって海軍軍令部長にまでなったのである」とも書かれている。
- 577 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/26(金) 00:34:11 ID:IUQCxsL50
- >>576
手紙はサンクトペテルブルクの妻に送ったもの。
ロシア革命で遺族が国外に逃れた時も大切に持ち運び、現在は帰国し同地に住むひ孫が保管している。
日露戦争100周年を記念して山梨学院大が04、05の両年にシンポジウムを開催。
その準備の中で存在を知ったサルキソフさんがコピーの提供を受け読み進めてきた。
1904年2月に戦争が始まると、ロ中将はほどなく司令長官に任命され、バルト海の艦隊を極東に回航する準備を始める。
旅順艦隊と共同で日本海の制海権を握る計画だったが、8月の黄海海戦で旅順艦隊は壊滅。
手紙は9月に出港準備中のバルト海の港で
「我々を取り巻く状況は悪く、改善することができない。日本の動員状況は我々よりうまくいきそうだ」と書いたのに始まる。
10月に出港。間もなく英国の漁船を、日本軍と間違えて攻撃する事件をひき起こす。
「このような弱さをもつ艦隊の将来を、当てずっぽうで期待するのは難しい」と前途を悲観。
艦隊はアフリカを回りインド洋を目指す。暑さは厳しく補給は困難で、
「航海は日に日に重苦しさを増している」。マダガスカルで長期足止めにあうと
「日本があらゆる準備をすることを可能にしている。不吉な運命がロシア艦隊を圧迫している」と不安を記した。
- 578 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/26(金) 00:34:53 ID:IUQCxsL50
- >>577
日本が近づくと悲壮感は強まり、05年4月には「どうしても帰れる気がしない」と。
そして5月の日本海海戦で艦隊は消滅した。
「坂の上の雲」は将兵の手紙や回想を軸にロ中将の姿や艦隊内部の様子を描いた。
ロ中将は回想録を残さず、この手紙はロシアでも公開されたことはない。
「日本との戦争は冒険だとの意識がすべての手紙を貫いている」とサルキソフさんは分析する。
「司馬さんがこの作品を書いたのは冷戦のさなかで、参考にできるロシア側の資料は限られていた。
この手紙を見ても、そこに描かれたいくつかの固定観念は通用しないことが分かるでしょう」と語り、
この手紙を軸にしてロシア側から見た日露戦争を一冊の本にまとめたいと計画している。
- 579 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/26(金) 14:54:36 ID:SeZuT0QO0
- まあ新資料の出現で定説が崩れ去るのは「関ヶ原」でも経験済みだからな。
そんなので一々司馬を罵ってたら、東西冷戦期に近未来戦記書いてたハケットだのゲーム作ってたダニガンなんか何回自己
批判せにゃならんのよ。あとノストラダムスの五島勉とか。
しかも、司馬と違ってこっちはまだ当事者が生きているケースが多いのにこの連中がコメント出したの聞いたことない。
そう言えば五島勉はどこかで言い訳にならないようなこと書いてたかw
- 580 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/26(金) 21:46:02 ID:Fci8gHln0
- 坂の上の雲で一番キャラが立ってるのってロジェストウェンスキーだよね。
秋山兄弟とか東郷・乃木よりもはるかにいいキャラだ。
- 581 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/27(土) 03:51:22 ID:9v4/lmgF0
- 八甲田山の雪中行軍は、結局この戦争に
いかされたんですか?
- 582 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/27(土) 05:47:45 ID:41dWRvc40
- ドイツで女孕ませて帰ってきた誰かさんが頑迷固陋に改変を拒むもんでねぇ
- 583 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/27(土) 09:02:24 ID:ZMBN21y/0
- 不思議なのは、森の上司や同僚も改変しろという意見書をもってたらしいこと。
1人が反対したって、これだけ賛成意見があるなら押し切ることは不可能ではないはずだが、はて。
- 584 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/27(土) 13:15:27 ID:uELlpKvs0
- アストロ球団に出てきたバロン森って軍医総監殿のことだったんだな。
最近知ったよ。
- 585 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/27(土) 14:41:08 ID:a75JpPST0
- >>576-578
これ読んでも特に印象変わらないけどな。
坂の上の雲の中でも前途悲観してる様子書いてたし。
まあ、状況判断出来るやつがバルチック艦隊を極東まで送るという
無謀な提案はしないと思うよ。
- 586 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/28(日) 00:15:36 ID:SO7dZnHh0
- >>583
米食固執の最大の理由は「軍隊に入れば銀シャリが食える」という
江戸時代より受け継がれた精米信仰を敵にできない、って点だったからね。
- 587 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/01(木) 10:56:50 ID:/zXcCLH+0
- >>586
間違い。平時の陸軍は麦飯を食わせている。
こんなの徴兵経験者から簡単に知れ渡るだろうから、
銀シャリで勧誘なんてできるはずがない。
- 588 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/01(木) 17:26:47 ID:UmONqviB0
- >>585
こいつが言いだしっぺの元凶だよなw
で、誰か別のやつが行くと思ってたら自分が行くことに
なってしまった自業自得馬鹿じゃん。
- 589 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/02(金) 11:53:58 ID:QxZpB1PI0
- 日本って一応国民皆兵のはずだが。
銀シャリで釣らなきゃならないほど、
徴兵忌避者が多かったのかね?
- 590 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/04(日) 15:14:40 ID:4/wUUM/f0
- >>588
上島竜兵の逆か。かわいそうに。
>>589
日露の頃は意外に徴兵逃れが多かったらしい。
まだまだ国家体制が未整備で、草の根分けても探し出すような能力は無かった。
- 591 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/04(日) 21:34:32 ID:Fb+nmR5t0
- で、白米で勧誘の具体的なソースは?
陸軍がそういう宣伝をしたのなら史料が残っているはずだろう。
徴兵制は全国規模なんだから。
- 592 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/22(木) 21:13:09 ID:Wa2ysKFK0
- 日本海−世界が認める名称3of3
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=649512
- 593 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/23(金) 08:51:43 ID:nxnmxoLb0
- 八甲田山の雪中行軍は日露戦争に活かされました。
極寒地の場所での暖の取り方や水を凍らせない工夫。
- 594 :581:2007/11/26(月) 03:43:50 ID:jDeumWim0
- 雪中行軍、活かされたのか。
行軍で亡くなった方も多少は浮ばれたかな?
あと、まったく関係ないんだけど、ガッツ石松氏が、高倉健さんに
「あの映画、大ヒットですね。山田甲八(やまだこうはち)」と語った
と言うのは本当でしょうか?それとも、ただの都市伝説?
- 595 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/28(水) 10:14:24 ID:RY0E4fFB0
- もしロシアに負けていたら、今こうやってのんびりネットを楽しむことも
なかったかもしれないと思うと感慨深いものがあるな・・・
- 596 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/29(木) 20:47:21 ID:ZOpyl1tw0
- ロシアに負けていたっつってもロシアに日本侵攻の力はない。
大陸領土をすべて失い、フィンランドのような小国として生きる道になってただろうから
WW2で対米開戦をせずに済んだ可能性は高い。
・・・・・・確かにのんびりネットを楽しめない可能性が大だな。
戦後の高度経済成長が無い、明治憲法体制からの漸進的改革しか発生しなかっただろうから。
- 597 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/30(金) 18:57:54 ID:4l/aeL4I0
- 日本海海戦にボロ負けしたら大変なことになってただろうな。
陸軍主力は天井に登ってはしご降ろされた状態になるし通商路は寸断されるは艦砲で焼き討ちされるはで
降伏に近い講和条件を飲まされたかも。
まあ日本海海戦に敗北することはなかっただろうけどね。
満州派遣軍が突っ込みすぎて壊滅する可能性はかなり高かったよね。
講和が半年遅れてれば多分敗北してただろうし・・・
ベストのタイミングで講和を締結した外交の勝利。
軍事オンチのウィッテはロシア外交の勝利とか言ってたけどw
- 598 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/01(土) 20:46:45 ID:KO930ZAp0
- >>597
明石元二郎の工作が成功して、ポチョムキン号の反乱や血の日曜日事件など
ロシアに政情不安が発生していた。
もしポーツマス条約が結ばれなかったら、革命や大規模な内乱が起きかねなかった。
だからウィッテは条約を結んだんだよ。政治オンチのチミには判らないか?w
- 599 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 01:12:30 ID:XNDXhFphP
- バルチック艦隊を派遣したのがロシアの最大の失敗だったんだよな。
日本海の制海権を日本が維持したところで運ぶ兵員も物資も尽きて
いたんじゃ意味が無いw
- 600 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 13:55:14 ID:JHFM3A+X0
- >>599
旅順艦隊が生きている間は、バルチック艦隊派遣の意味は当然あったから
派遣した事自体は間違いではない。
旅順艦隊が全滅した段階で、派遣の意義は根底から崩れたのだから、
柔軟に作戦変更すべきだったのだが、老朽化した官僚組織は一旦決めた事は
意義が消えても変更できない。諫早湾干拓や長良川河口堰みたいなもんだ。
- 601 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/03(月) 15:57:04 ID:7AlhLiSu0
- >柔軟に作戦変更すべきだった
本当に?
バルチック艦隊が日本海軍に絶対に勝てないとする根拠は?
もちろんロシア側から見て。
- 602 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/03(月) 18:29:04 ID:K6FPAiDq0
- >>601
勝つと言っても日本海軍が旅順艦隊に勝ったレベルじゃ意味がない。
連合艦隊をそれこそ日本海海戦レベルで殲滅しないことには。
ウラジオストックに入っても日本には旅順攻略のような余力はなくとも
旅順艦隊なきいまとなってはどのみちロシアも黄海と対馬海峡の制海権は得られないから
戦局に大きな変化はない(樺太侵攻は避けられたか?)
ただ日本海の制海権はどちらにもあらず、となるかな。
まあ柔軟に作戦変更と言っても今更欧州に戻るのは無理だから
最も(日本海軍と遭遇しないという意味で)安全な航路でウラジオストックに
入って圧力をかけるのがベストだったんだろうけど最短ルートを採ったことが
ロシアにとっては致命的だったなあ。
日本はバルチック艦隊をウラジオストックに入れないことが目的だし。
- 603 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/03(月) 19:27:11 ID:qunXt/J20
- 日本からすると手を出せないウラジオストックに第二太平洋艦隊の主力が入るだけで大きな脅威だと思うよ。
旅順艦隊が連合艦隊に封鎖されてた間に、数隻の巡洋艦しかないウラジオ艦隊を捕捉しきれずに苦労したわけで・・・
まあ連合艦隊を撃破しないかぎり戦局への直接的な影響はないけどね。
ロシア側の継戦意思を持続させるような小戦果を連続して稼がれると深刻な問題になりかねん。
>>601
日本海海戦についての分析は大江志乃夫がバルチック艦隊でやってるね。
結論は連合艦隊の一方的優位だった。
- 604 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/03(月) 23:59:37 ID:K6FPAiDq0
- >>603
結局、バルチック艦隊が連合艦隊をあの日本海海戦のように
「未曾有の」勝利をしない限り戦局には大した影響はないんじゃないか。
ウラジオストックに大艦隊を保有する余裕は当時なかったはず。
仮にウラジオストックに入った場合の講和交渉では
講和条件は多少日本に不利になったとは思うが日本が史実に反して
失うのは南樺太と南満州利権の一部だろう。
少なくとも韓国問題が解決されない講和は日露ともに呑めない。
韓国問題が解決できない講和ならいずれ幾次の露土戦争の如く
第二次日露戦争が起こったかも知れないなあ。
- 605 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/04(火) 00:45:40 ID:7+DOoluoP
- バルチック艦隊がわざわざ負けに来てくれて日本が
助かったという側面はあるな。
もし艦隊派遣が無かったら、陸戦が長引いて日本の運命も
変わっていたかもしれない。
- 606 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 20:32:50 ID:7t+uTUod0
- ttp://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20071223i111.htm
がん公表、法整備に尽力…山本孝史・民主党参院議員が死去
民主党の山本孝史(やまもと・たかし)参院議員が
22日午後11時50分、胸腺がんのため死去した。58歳だった。告別式は未定。
山本氏は1949年7月、兵庫県芦屋市生まれ。立命館大学卒業後、
交通遺児を支援するボランティア団体での活動を経て、93年衆院選に初当選した。
2期務めた後、2001年参院選で大阪選挙区から当選し、07年に比例選に転じて再選された。
党参院幹事長、参院財政金融委員長などを歴任した。
05年12月、血液検査で胸腺がんがみつかった。
山本氏は06年5月22日の参院本会議で医療制度改革関連法案の代表質問に立った際、
自身ががんであることを公表し、がん対策のための法整備に与野党で取り組むよう求めた。
この質問で与野党協議の気運が高まり、同年6月にがん対策基本法が成立した。
07年参院選では、闘病しながら選挙活動に臨んだ。
再選後は、体力的な理由から国会を欠席することも多かったが、
被爆者援護法改正案の発議者となるなど、医療政策や患者支援の充実に取り組んだ。
山本氏の死去に伴い、7月の参院比例選で民主党の次点だった
前衆院議員、大石尚子氏が繰り上げ当選する。近く中央選挙管理会が決定する。
大石尚子 71 民新(1) 衆院議員、神奈川県議、民社党女性局長。横浜国大学芸卒。神奈川県出身。
(2007年12月23日20時19分 読売新聞)
- 607 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/27(木) 01:16:42 ID:pgEgeBSA0
- 日露戦争の勝利ってその後の日本にとってプラスだったんでしょうか?
- 608 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/27(木) 18:03:20 ID:hde2/o0S0
- 第2次大戦で負けて今の日本があると思うと、奇跡的な勝利というのは
その後の歴史にはいい結果は及ぼさないということになりますか。
かと言って、ロシア相手では負けたら負けたで大変なことになる。非常に難しいw
大事なことは勝っても負けてもその戦争の冷静な分析が必要と言うことですか。
- 609 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/28(金) 14:24:18 ID:5GL5ivYs0
- 近代戦で白人に有色人種が勝ったので一目置かれる立場になれたけど
欧米では黄禍論が激しくなったのも事実。
でも日露戦争だけで見ればプラスかな。
- 610 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/28(金) 15:03:03 ID:vgBwp4090
- 日露戦争を始めた以上は勝たなきゃ意味がない。
極東だけを考えれば日仏協商、三次の日露協商と
戦勝後の露仏同盟との接近もあって効果は大きかったと思うけどな。
満蒙利権も米国からの圧力を日露両国で払いのけた感があるし。
ある意味、日英同盟よりもww1時点では日露協商の方が重要だったかと。
革命とシベリア出兵で全部おじゃんになったけど。
- 611 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/29(土) 11:42:35 ID:kP6ItyfB0
- 火葬歴史なんて妄想の域を出ないけど
長期的に見れば日露戦争で負けて大陸利権を持たないほうが良かったかもしれんね。
そうなれば中国で排日運動なんて起きなかっただろうし。
日本は極東海域の制海権さえ持ってれば国防上は問題ない。
- 612 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/29(土) 14:03:07 ID:DFS9PKYJ0
- 負け方にもよるだろうね。
- 613 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/30(日) 10:45:07 ID:+Kp7Ln/30
- >日本は極東海域の制海権さえ持ってれば国防上は問題ない。
それだけじゃ駄目だから、わざわざ大量の兵力を満州に送り込んだんだろうに。
制海権を取るだけでいいならひたすら連合艦隊を拡張するだけでいいわけで、
そもそも日露戦争など起す必要はない。
- 614 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/30(日) 13:05:14 ID:UFf/E+2i0
- ロシアに対して極東海域の制海権を得るには結局
日本による韓国の保護国化と旅順の獲得が不可欠なわけで
そしてそれを維持するには南満州が日本の利益圏とならんといかん。
ロシアか中国が日本と並ぶくらいしっかりした列強の一角として
日本の権益を保障できるならば問題ないのだがww1が痛かったなあ。
- 615 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/30(日) 13:58:02 ID:2qMk8QEA0
- 日本海海戦が無ければ、ロシアの撤退戦略に引きずり込まれて日本は負けていたんだろうな
- 616 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/30(日) 19:54:45 ID:4ZEGNNRI0
- >>613
それだけじゃダメというのが単なる思い込み。
当時の指導部がそう思い込んでいたのは否定しないが。
まさに連合艦隊を強化すれば国防上は十分。
- 617 :名無し:2008/01/02(水) 19:08:08 ID:SEA6/iA70
- >>616
ウラジオストックの駆逐艦2,3隻が日本近海を荒らしまわっただけで満州へ
の輸送が脅かされるのにロシア極東艦隊を完全に抑えられるほどに艦隊を強化
するのにどれだけの金がかかると思っているのか。少なくてもロシアの艦隊以
上の艦隊を常駐させなければならない。当時の日本の国家予算では絶対ムリだ
- 618 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/02(水) 21:05:43 ID:6kJt+Qjb0
- >>617
この議論が日露戦争に敗北したらという妄想から派生してるのは理解してるか?
そもそも満州に利権が無ければ輸送は必要ない。
一連の流れから日露戦争で敗北して大陸利権を一切失ってる状況を考えてるわけだが。
具体的に言えば半島の先までロシア領になった場合、海軍力だけで国防が可能かという話し。
ウラジオ艦隊については確かにゲリラ的な出没に迷惑したが、戦争の大勢に影響があったわけじゃない。
ロシアの太平洋艦隊は日本と敵対した場合、艦隊決戦を経ずに太平洋の制海権を取ることはできない。
これは旅順基地が健在でも同じことで、地勢的に日本列島に扼される運命にある。
よって貿易に必要な通商路はおおまかに確保できる。
もう一つの可能性である上陸阻止についても、英国の例を見れば一目瞭然。
制海権を奪えない状況での敵国への上陸は単なる妄想。
最後の論点である経費の問題については、根本が妄想の話しなのに経費計算まで出来るか!というのが回答になる。
>>611で書いたように極東海域で日本が制海権を得るのは前提の話しであって、制海権を取れれば国防上問題ない。
仮に制海権を取れなければ国防上問題がある。それだけのことだ。
- 619 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/03(木) 12:19:43 ID:Vfh+XF+C0
- 日本の歯車が狂いだしたのは日露戦争より第一次世界大戦でドイツに勝って
アジアのドイツの権益を引き継いだあたりからだろ
- 620 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/03(木) 19:24:13 ID:++MMtVlZO
- 金融恐慌だよ
- 621 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/04(金) 01:13:48 ID:zNaCf+rVO
- 満州事変からだろ あれはもっとうまくやれた
- 622 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/04(金) 09:55:35 ID:MGC07lA90
- 日清、日露で大陸に権益持ったのが始まりだろ。一度持てばそれをさらに
増やしたいと思うのは、帝国主義新入生にしてみれば当然かもしれない。
- 623 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/04(金) 12:10:23 ID:2s8QmHAK0
- 帝国主義とは結局はブロック経済圏のことでえげつない貿易を利権とする
欧米と衝突しただけ。
- 624 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/05(土) 13:58:15 ID:El+VT4lp0
- 資源はいるけど、中国に深入りしすぎたのかな。海洋国家が大陸国家になろうと
しても無理だし。インドネシア、フィリピンまでのシーライン維持できればよかったけど
どうしても海洋国家アメリカとぶつかるし。
- 625 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/07(月) 22:29:25 ID:A/oFiPGZ0
- 日本は情報戦がずっと(多分今も)不得手だけど
日本海海戦のときにはイギリスがサポートしていた。
司馬遼太郎はバルッチック艦隊の航路が最後まで分からなかったように
書いているが、ずっと艦隊を追尾していたイギリスからの情報が
最上層部にだけは伝えられていたに決まっている。だから大山
は動じなかったんだ。知ってたんだからw(証拠は無いけど)
- 626 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/11(金) 01:08:19 ID:ta9uZSNh0
- 日露戦争後の日露協商が上手く続けば問題なかったんだよな、結局。
満州は日露がおさえている限り米国も何ともできなかったし
太平洋の勢力均衡も日英よりも日露の協調があれば問題なかったのだろう。
21ヶ条要求も英米が反発しても露との協調があればどうにかなっただろう。
帝政を覆すロシア革命(とそれに続くシベリア出兵)が日本の将来を狂わせたんだが
ツァーリズムの反近代化・愚民政策なしに日露戦争(特に陸戦)勝利はなかっただろうし
近代日本はどうもロシア内政に振り回された感が否めない。
もちろん他の列強の内政で転ぶようじゃあダメなんだがそこは日本の限界だったのだろう。
- 627 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/16(水) 15:35:42 ID:cIbEABDc0
- 明治以降の日本は大陸利権のために財産も人材も消費しすぎ。
太平洋戦争で無条件降伏しなければずるずると国力を消耗してただろうに。
- 628 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/17(木) 17:21:03 ID:FcRFhYF/0
- 日露戦争における日本兵による強姦被害と逃げ惑う人々
http://i75.photobucket.com/albums/i294/Enedre/soldier.jpg
- 629 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/23(水) 09:54:58 ID:3lqJGpZ+0
- >>628
アッー
- 630 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/15(金) 03:10:31 ID:AxNrbAmXO
- 英語wikiで「日本海」をrenameするかどうかが議論されています。
http://en.wikipedia.org/wiki/Talk:Sea_of_Japan#Rename_the_Article
ぜひ、ID登録をして、Oppose(反対)に投票しよう。
朝鮮人のねつ造を許してはいけない。
「Sea of Japan」を守ろう!
- 631 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/10(月) 10:26:32 ID:t5y8dVhh0
- ttp://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20080310-333627.html
明石大佐のライフル銃が靖国神社に寄贈
日露戦争(1904−05年)中に帝政ロシアで革命を起こすため日本陸軍の明石元二郎大佐が
欧州で大量調達したライフル銃の1丁が、このほどフィンランド中部のヤコブスタード市立歴史博物館から、
靖国神社の戦史博物館「遊就館」に寄贈されることになった。
欧州でロシアに対する情報収集や謀略活動に奔走していた明石大佐は、
1905年1月にサンクトペテルブルクでロシア革命の発端となった「血の日曜日事件」が起きると、
対ロ戦争を有利に運ぶためロシアで反政府派の武装蜂起支援を計画。
約1万5000丁のスイス製ライフル銃や拳銃2500丁、弾薬を購入した。
武器をのせた汽船ジョン・グラフトン号は同年9月、当時ロシア領だった
フィンランドのヤコブスタード沖で約1000丁のライフル銃などを同国の独立派に渡した。
さらにロシアの革命組織にも届けようとしたが、座礁してロシア当局に発見されたため船を爆破した。
結局、フィンランドで蜂起はなく、銃は17年の独立後に起きた内戦に使われた。
市立博物館は12丁を所蔵するが、日露戦争を研究する
稲葉千晴名城大教授の仲介で寄贈が決まった。遊就館の日露戦争コーナーに展示される。
[2008年3月10日9時53分]
- 632 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 19:48:32 ID:a8ocoUF70
- 良スレ
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