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【米百俵】長岡藩を語れ【ガトリング家老】

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/11/20(日) 10:30:30 ID:81SBPMS30
どうぞ

2 :河井継之助:2005/11/20(日) 15:57:58 ID:Qfce1G6N0 ?
このわしが2じゃ

3 :三島億二郎:2005/11/20(日) 23:00:23 ID:UF63ToQ30
>>3島億二郎

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/11/23(水) 23:48:40 ID:6NliK3ks0
大和田爆笑

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/11/25(金) 19:55:29 ID:LHWDxX0gO
元祖北朝鮮→飢えに苦しむ民の米を自分自身のために金に変えて使ってしまった。将来のため?餓死した人間に将来などない!

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/11/29(火) 22:18:52 ID:jIzWpOlu0
河合って誰?

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/11/30(水) 01:17:07 ID:jNUxUZVR0
しるかぼけ

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/02(金) 05:42:09 ID:IP1lEHQg0
ガトリング家老にテラワロス

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/03(土) 21:53:25 ID:wQdYIqQF0
長岡ってどこ?

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/04(日) 12:15:40 ID:65UsRHnc0
新潟

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/04(日) 15:05:47 ID:zyHhOp+a0
7万石ごときで普段見たこともないスイス人気取ってんじゃねーよボケが。
よーしパパ会津と話つけちゃうぞーとか言ってんの。もう聞いてらんない。
おまえらな、北越焦土にしてやるからその城あけろと。


12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/06(火) 10:42:32 ID:bVfbMtq70
age

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/11(日) 17:07:24 ID:I/JV/NUT0
下亜

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/11(日) 21:23:00 ID:KhudyxrS0
拗ねる兄弟兄って、金策に戻った日本で秘密裏に殺されたってあるけど、
根拠は?

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/20(火) 15:48:28 ID:bsppRuNDO
祝!ドラマ化!

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/25(日) 15:38:02 ID:Jdi7NLjQ0
北国の坂本龍馬はないだろ…


17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/25(日) 21:44:14 ID:dinya+tgO
河井継之介 スネル兄弟 アームストロング砲

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/26(月) 00:44:22 ID:ZObk31WjO
何でまた河井の話に坂本が絡むんだか。幕末なら何でも坂本絡みって指向がいい加減きもい。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/26(月) 03:12:49 ID:qHTX56nj0
予告みたー
ガトリング撃ってたねー

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/26(月) 10:59:02 ID:mf47G0qn0
そうだよ
竜馬は武田鉄矢にやらせろよ

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/26(月) 13:45:03 ID:/CCoAwcY0
>>18
坂本竜馬は、司馬小説のせいであまりに持ち上げられすぎだわな。
史実では、薩長同盟は彼一人の功績では全然なく、仮に生きてても
明治政府の中枢にいれたかどうかも分からない程度の存在感と
影響力だったのだが。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/26(月) 13:52:59 ID:/CCoAwcY0
「最新兵器で武装したのは長岡藩の平和を守る為」とのたまったが、
中村獅童に「そこまで武装するのは、戦争の思惑があるからだろう」
と突っ込まれて必死にすがるも空しく、返って長岡藩は侵攻の対象となり
戦争に巻き込まれた。
改憲主義者達へのメッセージも含まれてるなw

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/26(月) 15:51:19 ID:7SVGL22c0
物理学者「長岡半太郎」について語るのは、このスレですか?

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/26(月) 16:58:12 ID:LIAdLB66O
ガトリング家老とピストル大名 爆裂!炎の長岡藩

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/26(月) 22:43:31 ID:mf47G0qn0
あーむすとろんぐさん

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/26(月) 22:50:56 ID:gvRTD23lO
日テレオレは見るけどね、むしろ録るよw

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/26(月) 23:39:14 ID:64bZpqze0
>>22
つーか、河井は最初に幕府に薩長討伐を具申しているしなー。
幕府がへタレたら、自分は平和主義者です、だから和平を要求するってのが、
虫のいいはなし、それも新政府とは袂をわかつ、中立だし。

新政府側としたら、そんなの信じられるわけねーよな。

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/27(火) 12:48:44 ID:2MBPDgXV0
薩賊、多年譎詐万端、上は天幕を暴蔑し、下は列侯を欺罔し、
内は百姓の怨嗟を致し、外は万国に笑侮をとる。
その罪、なんぞ問わざるを得んや。

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/27(火) 17:38:59 ID:EezKyV020
河井をドラマ化するのは良いのだが、もう一人の坂本竜馬というタイトルは
いただけんよな。自分の子供に竜馬という名前を付ける親の様にアホっぽい。
どうせ時代考証を無視して竜馬が絡んでくるんだろうが、ガトリングな河井を
描いたドラマでは無いであろう事は、このタイトルで容易に想像が付く。
平和主義者としての河井と竜馬。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/27(火) 20:09:01 ID:Wv9YLmr50
小林虎三郎が出るなら何の問題もない>ドラマ

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/27(火) 22:22:18 ID:0vLnEsGP0
こりゃしょぼしょぼな津具の助だな

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/27(火) 23:04:29 ID:ZmAXJAka0
タイトルを「ガトリング侍」とかにして欲しかった。

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/27(火) 23:26:12 ID:VF+PHTRwO
誰でも「○○の坂本龍馬」にできそうだな。

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/27(火) 23:40:43 ID:PlG3fV+90
河井継之助はアイヌ民族の英雄です。
勝手に日本人にしないで下さい。
それにしても、さすがは明治政府軍‥‥罪も無い一般民衆に砲弾を
浴びせるとは‥‥

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/27(火) 23:46:54 ID:amkLKJTk0
糞ドラマだった。
河井と司馬遼太郎があの世で泣くよ

36 :伊丹幸夫:2005/12/27(火) 23:59:48 ID:iZHWT1F40
印象に残った場面は法螺貝を吹くところだけだった

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/28(水) 00:14:46 ID:A3EneEk60
武士らしい熱い人だったんですね。
にしても松代藩はあっさり官軍に恭順したんですね。長野らしいw
長野も戦ってほしかった。

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/28(水) 00:24:32 ID:uYx+31fh0
『つぐのすけ』なのか『つぎのすけ』なのか。
確か司馬では『つぐのすけ』だったはずなんだが。

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/28(水) 00:30:15 ID:dC99Jc+lO
『いくさは、絶対しちゃならんのやで…』って。なんでこんな陳腐なセリフを!河井はそんな事言うわけね〜じゃん!

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/28(水) 00:44:33 ID:K9co5iV80
長岡の民が継之助の墓を打ち壊すシーンは無かったな。

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/28(水) 01:07:42 ID:8EYv6kxe0
>>40
一番冒頭にあった

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/28(水) 01:20:29 ID:/nKh1Q8C0
>>37
無茶言うな。あれで正しいんだよ。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/28(水) 01:24:41 ID:fqR6VmFZ0
今までの経緯上、薩長側に恭順してもロクな目に合わないのは確かだが、
100%敗北する戦争をしたら、それ以上にロクな目に合わないのに
長岡藩を戦場にしたのだから全く理解できんわ。

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/28(水) 02:02:42 ID:XvSw6O5a0
継之助→五十六は関係あり?

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/28(水) 02:18:42 ID:adE5iwSh0
途中で寝てしまったお
今おっきしたとこだお

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/28(水) 13:19:55 ID:tkhd0Dx70
幕末期の長岡藩は財政面もそれほど窮乏しているわけではなかったから、現状維持を貫きたかったんだろうな。
河合継之助の言う富国強兵とはあくまでも長岡藩のためであり日本国という意識はなかったと思う。
悪い言い方をすれば自らの保身のために長岡を戦場に巻き込んだんじゃないの?

昨日のドラマのチープさには笑わせてもらったが。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/28(水) 14:46:39 ID:H1SeoQ220
長岡藩(河合)の凄かった部分や面白い部分をもっと描いて欲しかったな。
東山の金さんばりの潜入捜査とか、
岩村の膳を蹴飛ばす山形に会談の相手が山形か黒田だったら
この後の悲惨な戦いは起こらなかったみたいなナレーションとか、
優れた装備で大健闘して山縣逃走とか、あそこらへん。



48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/28(水) 16:13:09 ID:YJEoUdcO0
河井=近衛・東条

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/28(水) 18:29:50 ID:t7D8Vs8a0
いろいろ死んだみたいだけど
最後は戦ったからかっこよかった
武士はこうでなくちゃ

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/28(水) 21:13:55 ID:dC99Jc+lO
>>47端からはじまで全く同感(^^)時間が足りないよね?三時間二日連続とかで放送して欲しかった。

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/28(水) 23:01:24 ID:FFyeGKT60
会津に住む太郎さん(仮名)65歳の証言
:「大和の連中は、戊辰のドサクサに紛れて、アイヌ部落を皆殺しにしてまわった。
奴らは、女子供も関係なく、人狩りを行い、殺しては、焼いて、骨を潰して、荷台一杯
になると山に捨て去る。会津以外にも東北全土でやったんじゃ。なぜかというと
、薩長の偽幕府の命令だったからじゃ。わしも仕方なくやったんじゃ。そうしなければ、
わしも殺されとった。わしは初め拒んどったが、そういうと、薩長の兵卒から足を銃剣
の柄で潰され、ほんとに殺されるんじゃなかろうかと思った。しかし、
わしの痛みよりも、アイヌの人々の痛みを考えると、わしは殺されても
拒むべきじゃった。」


52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/29(木) 20:06:59 ID:tLdu/9550
高野五十六

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/01(日) 02:27:41 ID:hA7P2iSQ0
ドラマではもっと「武士の時代は終わった、これからは商人の時代が来る」
ということを強調して欲しかった。
現に彼の学僕である外山寅太はそういう道を歩んで成功したのだから。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/28(土) 04:32:17 ID:2ZARaZ2l0
「負けると分かってても、戦わねばならんのだ!!」

 一矢報いたものの、長岡は薩長に蹂躙された。

このコメ100俵で、学校作ろうよ。
合理的判断ができずに開戦して、
負けて、
みんなを困窮に突き落とすよーな、
DQN指導者(かわいつぐのすけ)を二度と生まないためにも!!

その学校の卒業生であった山本五十六は、
「半年や1年は暴れるが、あとはシラネ」
その言ゆえに対米開戦に至った。

 コメ100俵は、歴史の皮肉。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/30(月) 20:08:40 ID:P+9yfldr0
花神総集編のビデオ見たら河井と北越戦争ずいぶん出てくるね
本編は燃えちゃって残ってないとは惜しい
あれだったら5回位は北越戦争だろうな
只、継之助を高橋英樹とはずいぶん奢ったけど
ちょっとイメージ違うな、30年前だから若すぎるし
時山のマツケンと山県の西田敏行はよかった
西田山県が逃げる所も動きがいい

56 :名無しさん@長岡:2006/01/30(月) 21:00:35 ID:wKmZ5AgL0
長岡の(----)河井継之助と山本五十六
(----)の中の文字は?
(----)英雄
(----)アホ
(----)馬鹿
(----)---
どれかなー


57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/09(木) 10:10:40 ID:A3Tp/U6S0
第二次世界大戦を明治維新に例えると
太平洋戦争=北越戦争
連合軍(米・英)=西軍(薩・長)
日本=長岡藩
山本五十六=河井継之助



58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/27(月) 15:58:35 ID:G8/OXZvH0
ガトリング砲=ゼロ戦

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/01(水) 17:28:25 ID:Vl7MY9a40
287 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/02/06(月) 23:18:31 ID:J3taJydT0
12 名前:日本@名無史さん 投稿日:2006/01/01(日) 00:50:23
会津藩兵の肝喰いは有名。北越戦争での会津藩兵の越後での略奪
暴行放火は凄まじく、経済的に困窮した農民で、土地を手放す者
が多かった。恐らく、肝喰いは薩摩辺りが元祖だろうけど。


会津藩兵は越後で略奪暴行放火をしたと言うのは本当?

288 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/02/11(土) 06:23:57 ID:VSmCPQsk0
本当です
長岡が会津に味方する前は、嫌がらせの為に行い、
越後で負けて撤退する時にも行っています。
外国人医師が実際に見て、記録を残しています。

289 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/02/11(土) 06:44:06 ID:I/hdSq8HO
>>288
そういや小千谷談判の前日に
長岡領内で新政府に対する威嚇行為を行なって
交渉の余地を完全に奪い去ったのも会津だったな。

290 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/02/11(土) 09:49:15 ID:7yn4QK310
新政府は会津藩が長岡領内で動いている事で、
長岡と会津が組んだと完全に疑い、河井の交渉は門前払いに終わりました。
そして会津藩の望み通り長岡は奥羽同盟に参加。その結果は散々なものになりました。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/08(水) 00:00:56 ID:PuEU1Sy6O
40万部のベストセラー『嫌韓流』の第2弾

『嫌韓流2』発売中

意外とおもしれーぞ

61 :ほだれ様:2006/03/13(月) 19:04:39 ID:gdF4xeNi0
昨日栃尾のちんぽ祭りに行ったら市長の森さん来てた。
うれしそうに神輿担いでた。
栃尾は司馬の小説どうり盆地の要害だったよ。
帰りに長岡駅前の本屋を通りがかったら、今泉鐸次郎著河井継之助伝が
一万二千円で売ってたよ。

62 :m9('v`)ノ<あなたは愛国者ですか? ◆6AkAkDHteU :2006/03/14(火) 20:11:15 ID:Y8khkkHi0
ガトリング家老ってのにしびれたw
司馬遼太郎の峠はおもしろかったよ

63 :奈々氏:2006/03/14(火) 21:28:13 ID:IO+pC4RB0
長岡藩の家訓ともいえる「常在戦場」は、長岡藩独自の言葉ではなく
あの上杉謙信が部下に与えた言葉です。
やはり彼は天才ですね。
ちなみに、この常在戦場を社訓としている会社があります。



64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 01:36:26 ID:ExPqgnV40
中村勘三郎のおかげで河井の人気が凋落してしまった。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/17(水) 09:31:06 ID:d58YjNmU0
>>64
落ちるほどの人気があるとも思えんがな。
一部に熱狂的なマニアがいるくらいで。

66 :名無しさん@お腹いっぱい:2006/06/07(水) 10:16:56 ID:Ic7JHpux0
>>63
上杉謙信の常在戦場の心得(運は天にあり、鎧は胸にあり・・・)には「常在戦場」という文字はない。
長岡藩牧野家に戦国以来伝わる参州牛久保の壁書の中に「常在戦場」の文字があり、これが長岡藩士の精神的バックボーンになった。
(長岡藩士はもともと三河武士でありそれを誇りにしていた)。
両者は全くの別物。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/14(土) 03:41:56 ID:Vu3bdNeB0
age

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/14(土) 11:47:27 ID:KZmnE9ro0
>>63
>常在戦場を社訓としている会社
社員としちゃたまったものじゃなかったよ
社内で笑顔をしてはいけない(赤字だから)とか目標達成できないと罵詈雑言。
上司の命令は絶対で反論は許されず、会社に対する無条件の忠誠を求められる。
何人の社員が辞めた事か。
社員は給料貰うために働いているのであって、社長の家臣じゃねえ。
社長が退陣して、今はこんなことは無いけどな。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 21:58:00 ID:r2wuufC20
地震があった時神奈川から炊き出し支援で悠久山公園というところに2週間ぐらい寝泊りした。
野球場の壁がヒビが入っていてひどかった。
毎晩余震で震度4とかあって結構怖かったけどあのあたりが長岡城跡だったのかな?
近くに博物館があったけど災害派遣できていたので見ることができなかたのは残念だったな。

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 18:33:54 ID:flUWnlPj0
>>69
長岡城は現在のJR長岡駅にありました。


71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 22:15:21 ID:Y18oj4oO0
>>68
うちの会社はいまだに常在戦場・・・
しかしその戦場で社長は寝首かかれる覚悟しているのだろうか

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 22:59:05 ID:mlVdM6Or0
長岡で山県有朋が死んでたら・・・

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 23:22:53 ID:v+6+tZZo0
狂介時代の山県はかっこええなあ。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 06:13:26 ID:0EAGMtZ00
軍人は戦場で死ぬべきだな

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 19:34:55 ID:RoyTcVk10
新潟出身の俺にとっては謙信と継之助はやっぱヒーロー。
同時代の一般大衆はたまらんかったろうけど。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 23:22:15 ID:rkWQCl6y0
継之助に近代要塞の構築法を教えてやる奴がいれば・・・

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/02(土) 11:52:42 ID:zJ5ZRp9M0
明治維新が1年くらい遅れたかもね

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/07(日) 00:59:29 ID:DZrzKTVa0
長岡は譜代だから仕方ないよ。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/11(木) 11:23:14 ID:M2PZS+wd0
そうか

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/11(木) 11:51:19 ID:GNtUyNwRO
>75
地元は河井より吉良の方が人気あると聞いた事があるけど違うの?
個人的に河井より藩ぐるみで巻き込んだ会津が微妙…

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/12(金) 05:14:32 ID:vj61T5WQ0
あれは小説の脚色。
新潟県でも魚沼の方は江戸時代は会津領だったんだよ。
当然小千谷は会津領。
自分の領土が奪われたら取り返しに来るのは当たり前。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/12(金) 17:51:13 ID:ITld+s5HO
継之助最高
ガトリング砲撃ちまくれ!
幕末の人物中でも一番だと思います。

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 21:37:09 ID:1+p5Q4eg0
あれは日本の妄想。
新潟県でも下越の方は江戸時代は李朝領だったんだよ。
当然佐渡は韓国領。
自分の領土が奪われたら取り返しに来るのは当たり前。

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/11(金) 23:47:33 ID:vySG2gT50
保守

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/31(木) 00:57:23 ID:vd8tRAJ70
継之助に共鳴 記念館大入り
2008年01月12日

ビジュアルな展示スペース=長岡市の河井継之助記念館で

 幕末の長岡藩で軍事総督を務めた河井継之助の生涯をたどる「河井継之助記念館」(長岡市長町1丁目)の入館者数が好調だ。約1年前のオープン以来、約2万人が来館し、市の予想を上回った。
小説「峠」で継之助を描いた司馬遼太郎のファンが半数を占める一方、激動の時代にあって、自らの信念を貫き通した継之助の精神性に共鳴するサラリーマンや若者も少なくないという。

 記念館がオープンしたのは06年12月27日。継之助の生家跡にあった民家を市が購入し、国の街なみ環境整備事業を活用して完成させた。

 継之助の雅号「蒼龍窟(そうりゅうくつ)」にちなみ、青を基調にした館内には、継之助が西国歴遊の際に記した日記「塵壷(ちりつぼ)」の原本や、九州で購入した蓑(みの)、司馬さんの「峠」の自筆原稿の一部など32点が展示されている。

 入り口には、戊辰戦争の際に長岡藩が使用したとされる手動機関銃「ガトリング砲」の原寸大模型もある。

 記念館によると、有料入館者総数は10日現在、1万5862人。オープン初日から5日間の無料開放期間に来館した人なども含めると1万9616人にのぼる。

 市観光課は同館の入館者数を、市内にある同規模施設の山本五十六記念館や市郷土史料館などを参考に1日当たり45人とはじいていた。
「実際にはそれ以上の人が訪れており、予想以上の人気」と、同課主任の平井秀行さんは言う。

 好調を支えているのが司馬ファンの存在だ。

 記念館によると、入館者の半数は県外からの人たちで、そのほとんどは司馬ファンや「峠」の読者という。

 「峠を読んで、継之助に引きつけられた人たちが、小説以外の人物像を求めて来館するケースが多い」と、館長の稲川明雄さん。
小説と史実の違いを「発見」する楽しみも、司馬ファンにはあるようだ。

 継之助の生き方に共鳴する若者やサラリーマンも少なくない。

 「たとえ最悪の結果が待ち受けていようとも、己の信念を曲げず、権力者に『ノー』と言った継之助は、会社組織に縛られている人たちに魅力的に映るのかも知れません」と稲川さん。
記念館が生家跡に建てられたと知った来館者の中には、「ここに継之助が住んでいたんですね」と感激し、空気を吸って帰っていく人もいるという。

 ただ、市内からの来館は全体の約2割にとどまっており、市民に親しまれる記念館づくりが今後の課題だ。
昨春スタートした「塵壷」の読書会などに加え、今年は講座の開設なども検討中。集会機能も備えた記念館の特色を生かす考えだ。

 開館は午前10時〜午後5時。入館料は大人200円、大学生・高校生、障害者・介助者は150円、小中学生は100円。
問い合わせは記念館(0258・30・1525)へ。
ttp://mytown.asahi.com/niigata/news.php?k_id=16000000801120005

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/31(木) 15:21:50 ID:qu7X9jQKO
長生橋

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/10(日) 09:21:59 ID:8s5CMWDuO
墓参りにでもいってこよ

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/10(日) 12:32:48 ID:JPEwlAnvO
関原小学校はまだ木造かい?

89 :売国マルハン:2008/02/10(日) 14:19:17 ID:TF0TcbML0
パチンコスレで遠隔、ホルコン、サクラ、マネーロンダリングなどについて書き込むと渋谷マルハン社員やマルハンに依頼された
ネット工作会社がスレ荒らしをしてスレが機能停止します。
↓↓工作員の荒らしのやり方↓↓
2008/01/10(木)ID:iA54n BU50
■■■■マルハン総合スレッド 9■■■■http://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/118702←右左くっけて→1165/783-784
【宮崎県都城市】パチ事情そのAhttp://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/11871←右左くっけて→89246/658-659
【山と川】宮崎県児湯付近PART1【自然イパーイ】http://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/118←右左くっけて→8235164/471-472
【基地外が大暴れ4】エスパス日拓総合スレ【18発目】http://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/11888←右左くっけて→85488/401-410
2008/01/13(日)ID:1HLcWz UK0
【基地外が大暴れ4】エスパス日拓総合スレ【18発目】http://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/118←右左くっけて→8885488/461-462
■■■■マルハン総合スレッド 9■■■■http://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/1187←右左くっけて→021165/809-810
【香川】パーラーグランドのスレ2【徳島】http://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/1188←右左くっけて→315438/324
【延岡】宮崎県北情報PART3【日向】http://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/1196←右左くっけて→865970/186

パチンコ産業は荒らすことでレスとレスの間を空けて読む気をなくさせたり
マネーロンダリング、さくら、ホルコン、遠隔、などの風評被害を最小限に抑えようとしてる。

新スレ→○○○マルハンパチンコタワー渋谷パート10○○○
★★★★★このスレの解説★★★★★を読んでみるとよく判る。
http://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/1201←右左くっけて→304777/52-54
ネット工作員については→【電通TBS】ピットクルー(株)【プロ工作員】
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/mass/1189187503/65


90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/17(日) 03:41:42 ID:9/X1Xh6HO
sage

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/17(日) 07:35:14 ID:yG2Rqe/T0
 米百俵=開発独裁
日本が嫌われる最大の理由はそれなんだが
戦後の賠償を「戦争犠牲者の救済なんかに使うより開発や経済発展の為に使え」
ということをアジアの国に勧めた 
 ソ連は革命を輸出
日本は開発独裁思想を輸出
 
 


92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/17(日) 08:39:14 ID:3bv81f2p0
>戦後の賠償を「戦争犠牲者の救済なんかに使うより開発や経済発展の為に使え」
>ということをアジアの国に勧めた
犠牲者への個別救済を主張する日本側に対し、韓国は自国主導で救済するとしてまとめて
賠償金を受け取り、経済発展の資金源とした。その歴史を捻じ曲げようとする馬鹿がいるな。

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/17(日) 09:18:49 ID:yG2Rqe/T0
もっと昔の話
インドネシアとかフィリピンのこと

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/21(木) 16:41:54 ID:H/0ZAtRe0
 戦後の米国からの援助でも日本はそのような使い方をした
食料などの現物以外は 復興(それも生活関連より石炭や鉄鋼電力といった
産業基盤に)回した

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/05(水) 12:06:05 ID:2n1vQst10
『その時歴史が動いた』第317回
北越の蒼龍 ”明治”に屈せず 〜河井継之助 地方自立への闘い〜

放送日 平成20年3月5日(水)22:00〜22:43 総合

スタジオゲスト 勝田政治(かつたまさはる)さん(国士舘大学教授)
ttp://www.nhk.or.jp/sonotoki/sonotoki_yotei.html

96 :河井継之助:2008/03/05(水) 20:48:08 ID:D4txFQJM0
薩長の姦賊、暴威を逞うし、幼沖の天子を欺奉り、
私意を縦にし、不正の乱を起し、万民を塗炭に苦しめ…
今に於て決せずんば国内の形勢、困難に至るべし。
不倶戴天の難敵眼前に至り、直ちに賊軍を追討し、
御城下を回復し、両者を奉迎し、万民の塗炭を救うの外、
吾輩今日の勤め他事これなく候。

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/05(水) 23:06:08 ID:5wZze1ubO
日越

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/06(木) 13:29:28 ID:T1upjl/T0
>>97
日越か!
日越なのか!

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/08(土) 17:21:42 ID:E6Dy/9ErO
小説は面白かったが中立なんて嘘でしょ?
一藩を担う政治家として失格。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/10(月) 23:18:09 ID:6sVl7zfF0
その時歴史が動いたの感想

【長岡人は最低】

最後のシーンでガトリング家老とか土佐藩のバカなんてどうでもよくなった。

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/13(木) 14:40:24 ID:b8sSzkJ50
>>100
最後のシーンってどんなのだった?

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/18(火) 14:07:05 ID:xH61jHuk0
>>101
長岡人が河合の墓を何度も壊してきた。

まさに土人。

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/28(金) 22:24:37 ID:BfAaTUS8O
河井は家老職には不適任どころか、やってはいけない人間
司馬の評価はおかしい。
河井は天才みたいな事書いてあったが、天才は河井でなく立見

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/29(土) 20:30:38 ID:hPLU9Pdi0
河井さんのお墓を見てきた。
やっぱり刀傷のようなものがあった。
家族が戦死した者や、とばっちりを受けた町民や農民からは
やはり恨まれたんだろうと思う。

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/29(土) 20:48:09 ID:nT91QjuAO
農民や町人が恨むのは当然だろW

もし一人の政治家が勝手にアメリカに喧嘩売って戦争になって家族が死んだらどうする?


106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/29(土) 23:39:18 ID:hPLU9Pdi0
恨むなら、町を破壊し、農民を徴発して犠牲者を出した侵略軍の薩長を恨むと思うのだが、
身内の河井さんの墓を執拗に壊すという長岡人は。
それだけ当時の人たちの傷が深かったのだろうけど。


長岡空襲でも、山本五十六の出身地だからアメリカに目をつけられたとか言う年寄りがまだいるし。
でも、今もって加害者のアメリカが憎いなどとは言わないね。

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/30(日) 01:10:19 ID:ZVQ+n16DO
長岡の町人や農民を不幸にしたのは

1河井
2河井殺さなかった藩士
3河井登用した藩主
4官軍

の順だろ


108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/30(日) 16:08:49 ID:HMfZpwz60
>>106
実際の所、
>町を破壊し、農民を徴発して犠牲者を出した
のは、最終的に市街地の9割以上を焼き払って撤退した、河井継之助ら長岡藩士と会津藩士なのですよ。

だから旧長岡藩士は、戊辰戦争後も長らく町人に対して肩身が狭かったそうです。

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/08(火) 09:39:48 ID:CV4sr686O
河井がダメだとか言っている奴に言いたい。河井を暗殺するだけの根性があった人間がいたか?

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/08(火) 20:37:27 ID:XknpDwP+0
>>107
官軍が1番だろ
だいたい私怨で会津攻めるのに協力を強要するなんて道理が通らん

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/10(木) 09:33:19 ID:3jHslojCO
>>110
町を焼いたの河井w

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/10(木) 20:56:47 ID:rR8J5jG80
>>91
なにが問題なんだろう、
自称被害者に金を配っても、
何千人かの、数ヶ月の食べ物になるだけで、なんの意味もない。
その金を子供の教育などに使えばいいが、それもないだろう。

だが、国家がそれを有効に使えば、国家全体が発展する。
一部の人間に金を使うより、はるかに多くの人間を豊かにできる。
実際開発独裁をした国家は、みな発展をしている。
>>110
官軍は焦土作戦もしてないし、略奪もやってないんだよな(一部の兵士は除くが)
だけど、援軍できた会津とかは、長岡藩領で略奪暴行と好き勝手やっていたそうな。
河井も勝つことしか考えておらず、町を焼き払って、
官軍になにも与えないようにして撤退。
怨まれるのは仕方ないと思う。

つーか、領内で戦争すんなよ。勝とうが負けようが、
たとえ焼いて撤退せずとも、両軍が戦争すれば大変なことになるのはわかっているはず。
素直に官軍について、官軍とともに会津に攻め込んどけば、
焦土になるのは会津だけですんだ、実際会津は街道沿いを焼き払っていたんだから、
同じこと。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/11(金) 20:37:35 ID:gHWpQGKDO
>>112
長岡領内に陣地を築くなどの会津桑名の軍事行動を排除せずに許したまま、官軍に中立だ調停だ藩論統一の時間をくれだの要求しても説得力なし。

だいたい選択肢として妥当であり多数派である長岡藩恭順派を弾圧して官軍に現状維持の時間稼ぎを要求する河井って敵にも味方にも大迷惑だろ?

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/12(土) 20:22:37 ID:q6O06+4bO
>>105
その人物が長岡出身だったりする
その人物のおかげでもう一度長岡が廃墟になった

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/12(土) 20:41:57 ID:ACt06Eo2O
>>114
イソロクは戦争反対だったろ

そういえばイソロクは河井と一緒に戦った山本帯刀の山本家の養子だったよな

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/14(月) 22:14:58 ID:CzzPK1GVO
>>115
だったら、河井も武装中立を主張していた
交渉の相手がDQNの岩村じゃなければそれなりの成果はあったはずだ

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/15(火) 04:47:30 ID:lGlPpu7b0
>>115
山本帯刀と五十六は山本勘介の子孫ですってさ

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/15(火) 15:48:43 ID:rWoU1SrbO
河井が生きていたら調子にのっている女子アナに何て言うだろうか?

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/17(木) 09:27:26 ID:hTW8iJA2O
>>116
口だけ有言不実行の嘘吐き家老。
武装中立なら先に会桑軍を排除してみせろ。

岩村の判断は極めて妥当。

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/17(木) 11:29:05 ID:/ed1K9Rc0
>>119
> 岩村の判断は極めて妥当。

岩村の判断は極めて生ぬるい。錦旗を掲げた王師の赴くところ、それを阻む者の存在を許してはならない。
参謀たる者、旧弊な馬鹿家老の寝言を聞く機会なぞ作らずに一思いに長岡藩を踏み潰して転戦して行くべきであった。

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/17(木) 14:05:36 ID:hTW8iJA2O
>>120
大総督府にそんな方針ないから。
長岡は河井の指導のもとに恭順しないから討伐しただけ。

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/17(木) 14:09:33 ID:hTW8iJA2O
>>120
本当に恭順や中立したいなら態度で示さにゃあな?
尾張藩の仲介も踏み躙り、藩内の恭順多数派を少数強権で押さえ込んで長岡を戦争に駆り立てたのが河井。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/17(木) 16:35:49 ID:7jUY6qYf0
>>122
もう馬鹿家老から「申し上げたき儀が・・」と書状が届いた瞬間、断固討伐を決定しなければいかん。
王師に対しては、恭順してその身を全うするか瓦礫の中に滅亡するかの選択肢しか存在しない。中立などという選択肢は
あってはならない。

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/18(金) 01:49:24 ID:A+KIVNgPO
馬鹿家老とは思わんけど、
京都の公家あたりから
三条や岩倉とかに根回ししとかなあかんよ
あと越前公とかな
現場でいきなり交渉しようとしたのは田舎者と
言わざるおえん

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/18(金) 13:56:50 ID:2j/lxgGq0
>>124
そういう才覚があれば、最初から恭順してるだろ。武装中立とか基地外みたいなことを考えたりしない。
むしろ進んで会津仙台米沢を一手に討伐して見せるべきだった。

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/19(土) 00:06:01 ID:EKG0rfk90
河井に正義があったんだからしょうがないだろう・・
官軍は歴史認識で無法者の集団であったと結論がでてるじゃないか

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/19(土) 14:50:46 ID:710USPiQ0
>>126
寝言は寝てから言ってください。

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/21(月) 21:35:04 ID:93szC7ih0
【ガトリング家老】河井継之助の大河なじらね?
http://live27.2ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1208781034/

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/21(月) 22:32:55 ID:Jin6LAcoO
雲出

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/24(木) 22:18:21 ID:V/+rItDsO
バズーカ

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/25(金) 11:58:13 ID:vjlE0HTQO
>>124
尾張藩の斡旋を蹴飛ばして戦争に突き進むことを選んだのが河井。

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/26(土) 12:42:05 ID:H33BqiRwO
>>131
駄目な奴だな。
恭順派が大勢だったのに。

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/28(月) 01:06:43 ID:LdzuW6B5O
>>131
恭順しても会津攻めの先鋒にさせられるだけ
長岡藩のメンツを考えると中立が妥当だと思うのだが
残念ながら河井の意図を理解できる人物が薩長にいなかっただけだ

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/28(月) 01:08:37 ID:aaRDEu8CO
関原

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/28(月) 01:15:38 ID:LdzuW6B5O
越後交通がナローゲージじゃなかったら生き残れたのだが

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/28(月) 01:25:44 ID:aaRDEu8CO
真紀子さんのせいかな?

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/28(月) 06:02:06 ID:4v409vRW0
>>133
中立なら、長岡領内の奥羽列藩同盟側も追い出さないとw


138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/28(月) 17:01:52 ID:f57VLLMa0
>>133
本来なら山県の考え通り、河井を会談決裂直後に拘束しておくべきだったな。
それを岩村の阿呆はむざむざ彼を帰してしまったが為に薩長軍は無駄な被害を出す羽目になる

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/30(水) 11:11:50 ID:ORJ03WS6O
>>138
河井が捕まったならどうなっただろうか

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/30(水) 11:56:34 ID:PFdrSrSNO
河井が捕まったなら三尺玉

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/30(水) 12:12:49 ID:XinqP5Lq0
河井は一藩の利害を超えて日本全体の国益を考えてた。
ほとんどの藩が保身に走り日和見に汲々としてたのとは対照的だ。

薩長の姦賊、暴威を逞うし、幼沖の天子を欺奉り、
私意を縦にし、不正の乱を起し、万民を塗炭に苦しめ…
今に於て決せずんば国内の形勢、困難に至るべし。
不倶戴天の難敵眼前に至り、直ちに賊軍を追討し、
御城下を回復し、両者を奉迎し、万民の塗炭を救うの外、
吾輩今日の勤め他事これなく候。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/30(水) 14:08:50 ID:ABZ5/JIiO
>>133
たとえ会津攻めの先鋒だとして何が問題なわけ?
みんなハッピーじゃん。

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/30(水) 19:08:36 ID:LhyHIJSg0
>>139
強硬派の首魁が河井だから、
河井がいなくなれば、戦争はおそらく起きない。

>>141
それもろ会津じゃん。


144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/30(水) 19:15:33 ID:mvWOwcC3O
たしかにすばらしい人物だが結果的に家どころか一藩をめちゃくちゃにしてしまった。
こういう能力も自信もある強情な人物が強権を握るとどうなるかという見本。
結果として小林虎三郎の言う通りになった。何がしたかったのだろうな。結局は個人的に薩長の連中を内心片腹痛くく思って憤慨しただけなのかも知れないな。
河合さんは家老になんかしてはいけなかった。彼自身もかわいそう。


145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/01(木) 13:40:15 ID:3WXq/NExO
河井と米百俵や億千マンといった有能な人物がいるのに長岡藩は評価かされないのは謎だ

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/02(金) 05:30:28 ID:QR9ZHmG10
億千マンってなに?

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/02(金) 11:23:42 ID:AxmRQs8X0
>>146
三島

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/02(金) 23:30:55 ID:DOvhfS7v0
>>142
おまえ馬鹿じゃないの?

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/03(土) 02:05:30 ID:l1VwY4Rb0
>>142
仮に資本主義を守るために朝鮮半島で自衛隊が最前線で戦ってくれ、
戦費がかかるから3000億だせって命令されたら大問題だろ。

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/03(土) 05:52:39 ID:y0VbKWx40
極端なたとえ話を突然始める知的障害者発見。
先鋒は他藩にも命じられているのに。

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/05(月) 00:37:14 ID:ayzgsy0Y0
幕末マイナー人物
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1047302970/451
山本帯刀・・・・1844〜1868

代々家老職を継ぐ門閥であったが、聡明にして果敢という評
価がされている人物で、河井継之助の人物、思想を理解していたとされ
藩政改革での藩士の俸禄改正では三分の一減俸を積極的に受け入れ、
藩士の範を示した。
長岡で戦端が開かれるや若き指揮者として重きをなし、大隊を率いる将として奮戦
長岡陥落により八十里峠附近で残存の長岡兵を指揮し西軍進入を8月末まで阻止。
その後会津若松へ転戦、会津戦争を配下の長岡兵と共に戦うも明治元年9月8日、
会津の飯寺村において集結の西軍攻撃を濃霧の中行うも長岡兵は敵味方を誤認し
配下の43人と共に捕らわれた。
西軍の将はその人物を惜しみ降伏を勧めたが降伏を拒み、
山本含み43名は翌9日斬首された。享年24歳
山本帯刀亡き後の山本家はその後、養子となった山本五十六が継いだ。




152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/05(月) 00:37:52 ID:ayzgsy0Y0
幕末マイナー人物
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1047302970/452
三島億二郎(1825〜92)

文政8年(1825)長岡藩士伊丹市左衛門の二男として生まれる。 継之助より2歳年上である。
20歳でわずか37石の川島家の養子となる。佐久間象山に学び、吉田松陰とも交流があり、
黒船の来航では調査を命ぜられている。蘭学に秀でており藩校宗徳館の三進といわれた秀才の花輪馨之進、
三間市之進、渡辺進は川島塾の門下生である。また継之助とも親しく、若いころ奥州各地を遊歴している。
継之助と違って性格は温厚かつ沈着であり、華々しく表面にはでることはなかった。
それゆえに継之助に信頼される。 慈眼寺の会談が決裂の後、継之助は億二郎に真っ先に開戦の止むなきを伝えた。
継之助は自らの首と3万両で戦いを避けようとしたが、非戦派だった億二郎が生死を共にすることを誓い、
長く苦しい戦いに突入する。
億二郎が力を発揮したのは、戊辰戦争後の長岡の復興である。下級藩士の出でありながら、
藩主や藩士から人望が高く大参事に抜擢された。そして壊滅的な打撃をこうむった藩士や領民のための産業振興、
教育環境の整備、病院や銀行の設立さらには北海道の開拓と移民など、億二郎の果たした業績は数え切れない。
米百俵で学校が設立されたというが、百俵の代金では学校は建てらず、本や教材費でほとんどなくなる。
億二郎は苦しい財政の中から、三千両の大金を学校建設資金として最優先に割り当てた。
明治25年(1892)68歳の人生を閉じるが、後半生は長岡の基礎造りのために、懸命に捧げた人生である。
継之助や小林虎三郎を凌ぐ逸材であり、長岡藩士で唯一の銅像が、信濃川のほとりで今も長岡を見続けている。

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/05(月) 08:26:17 ID:y2VPosLp0
>>148
馬鹿はお前。多数意見の恭順否定は長岡が朝鮮に転落したようなもの。
会津の先鋒やっていた方がマシ。てか、普通の判断が出来る藩はやっていたわけだしなー。

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/07(水) 19:53:39 ID:BnUxOb3X0
>>149
その結果連合軍に攻め込まれ、
国土が灰になったら、その為政者は当然責められるとおもうが。

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/07(水) 21:48:37 ID:1BsegrRhO
>>154
約束されたミスチョイスだしな。

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/08(木) 00:56:06 ID:C1rHyxHX0
>>141
>河井は一藩の利害を超えて日本全体の国益を考えてた。
内戦の長期化こそ日本の国益を損なう。
紀州や尾張が、新政府側に成り、慶喜さえ恭順蟄居してしまた時点で
反薩長で戦う旗頭が、無くなってしまってる。流れは、定まっている。
奥羽列藩連合や旧幕府陸海軍は、頭不在の烏合の衆。
烏合の衆と一緒に戦う事事態情報分析能力の欠如。

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/09(金) 14:42:38 ID:uwKRP/RR0
>>153-154
もう少し歴史を勉強した方がいい
現在の価値観で過去の価値観を否定することはできない

多くの藩の家老は家格だけの馬鹿家老だったのだよ
徳川から毛利や島津に将軍家が変わるとか思ってたのよ

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/09(金) 19:30:50 ID:iUfFqeeH0
>>157
お家と領地の安堵が当時の至上の価値観ですが、なにか?

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/09(金) 23:43:03 ID:PhKqYvYC0
>>156
>内戦の長期化こそ日本の国益を損なう。
私利私欲のために無責任に攘夷を煽り内戦を起こしたのは薩長。
その薩長に権力を明け渡さなければ国益が損なわれるとする主張は、
盗人猛々しい屁理屈にすぎない。

>流れは、定まっている。
結果論にすぎない。たしかに討幕派は緒戦において予想外の勝利を収めたが、
それが永続するか否かは不確定だった。
必勝を算して敗し、必敗を期して勝つの事例は数え切れない。

>奥羽列藩連合や旧幕府陸海軍は、頭不在の烏合の衆。
であるならば討幕派も烏合の衆にすぎない。
「頭」は戦闘のなかで新たに創造されるもの。

>>157
薩長もまた藩のために幕府を乗っ取ることが目的だった。
日本全体の変革を見据えていたのは、
河井や小栗のような一部の知識人だけ。

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/10(土) 05:17:47 ID:wXuDvp7Z0
河井にも小栗にもそんな知性はないよ。
あったのは、幕府の維持、復活だけ。
そうすれば自分達の地位も安泰だからね。

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/11(日) 22:28:04 ID:AMRE8qnc0
>私利私欲のために無責任に攘夷を煽り内戦を起こしたのは薩長。

それは幕府のこと、反抗的な諸藩を討伐するってことで、
内乱を起こしたからね。

>必勝を算して敗し、必敗を期して勝つの事例は数え切れない。

末期の日本陸軍みたいな発想だな、
そういや当時の陸軍上層部は・・・

>であるならば討幕派も烏合の衆にすぎない。

統一した指揮系統で動いている新政府軍と、旧幕府を一緒にすんなよ。

>薩長もまた藩のために幕府を乗っ取ることが目的だった。

日本の為に動いたわけであって、藩のことなど考えてないよ。

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/12(月) 00:52:13 ID:Se2UL+q90
>>159
奥羽列藩同盟の、財源もなく軍制改革もなく兵器すら慌てて輸入する有様を考えれば
本当に必勝を算していたのかさえ疑問。
長岡が崩壊した後に勝ち戦ってあったっけ?

頭は創造されるって、当時の佐幕派に大村益次郎と比肩できる知能がいたか?
それが全軍の音頭を取れる立場にあったか?

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/12(月) 21:38:31 ID:MDI4RaKf0
>>157
河井が家老になったのは大抜擢だな、家格からはありえない。

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/12(月) 21:44:06 ID:MDI4RaKf0
>>161
イギリスの商人に借金したからだろw

>>162
北越戦争の段まできたら勝ち目はないだろうな。
まあ、河井は武装中立を成功させて戦わず済ませたかった、
新しく藩丁をつくる構想も同時に進めてるからね。

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/13(火) 00:12:45 ID:4dVXp8N80
イギリスから借金していたのはまさに幕府だろう。
その借金が返せずに、関税を引き下げられたり、開港を迫られたりしていた。

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/14(水) 03:00:56 ID:bIYnKwh20
少なくとも長州がイギリスから借金してたって話は聞いたことがないが。
廃藩置県の折にも撫育方には百万両ぐらい残ってて、そっから毛利家として七十万両明治政府に寄進した記録もあるし。

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/15(木) 05:25:24 ID:SV8GNkpY0
>>124
中立を主張するのなら、最初から朝廷の上層部(岩倉とか、木戸、西郷)
とかに、絶対根回ししていたはずなのに。
していなかったってことは最初から決戦するつもりだったのではないの?
岩村との会見は茶番というか、開戦の大義名分だけでは?
山縣や黒田が出てきても結果は同じだったのでは? 
責任を岩村に擦り付けただけで。

江戸城の無血開城ももっと上で話が付いてたって言うし。



168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/17(火) 21:35:35 ID:jJiLncp7O
あげ

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/17(火) 22:44:49 ID:XRbtGrOZO
関原

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/18(水) 23:42:22 ID:duBKxWrKO
日越

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/20(金) 21:07:09 ID:XTOx7M5nO
宮本

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/22(日) 13:57:52 ID:9uQKIPwvO
雲出

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/30(月) 23:24:06 ID:FvMf7UF1O
大島

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 11:56:21 ID:SvZ3XmZ60
なんにせよ会津より好感が持てるのは確かだよ。

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 22:59:28 ID:qqYCjoL0O
悠久山

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 21:49:28 ID:d14i84MlO
鳥越

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 09:21:23 ID:Oi37/mjmO
NHKの番組見て歴史が動いた?見て感動したよ…

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/02(土) 23:27:49 ID:V7k6bDOS0
正直、維新に河井がいなかったとしたら
ものすごく退屈であったろう

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/12(火) 21:11:32 ID:4Th08DXuO
大手大橋

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/17(日) 03:21:45 ID:PwJnPvHWO
八方台

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/25(月) 20:16:54 ID:65X/tveS0
ぶっちゃけ、俺の出身地の藩が、戊辰戦争で何やってたのか全く知らん。
西日本だから多分官軍方だったんだろ、程度。戊辰戦争の資料を見ても、
藩の全く名前が出てこない。4万石の藩だったんだが。。。

河合がいなかったら、長岡もきっとそんな感じだったと思うよ。
今日に至るまで話題を提供してくれて「武士の意地」というテーマを
与えてくれるんだから、有り難い話じゃねーか

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/26(火) 03:07:22 ID:Lk8iD7t/O
いまの長岡の人って継之助のことどう思ってるの?嫌いなの?

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/27(水) 21:56:12 ID:CNF3kTTGO
>>182

良く思っている人は少ない。たいてい河井が嫌いな人は小林虎三郎がいいっていう人が多い。俺は逆だけどね。

会津だと河井の評価は高いんじゃないかな?

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/29(金) 16:33:01 ID:seo7jsXtO
長岡藩士の子孫だが、西軍とアメリカに家を焼かれた。

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/29(金) 20:26:18 ID:SnD22Snr0
ちなみに、長岡市内全域に放火して、市街地の95%以上を焼き払ったのは、
薩長ではなく、長岡藩士と会津藩士です。

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/30(土) 17:40:23 ID:r3nYVfJ/0
篭城する方が、敵(包囲側)の拠点にならないように
城下町を焼き払うのは当たり前の話で、仕方ないんじゃないか。

西南戦争の熊本城攻防戦でも、篭城した官軍は、まず熊本の街を焼き払って
西郷軍の拠点にならないようにした。

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 16:19:33 ID:QdTE1nwdO
長岡住みだが河井は俺の英雄

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 07:11:59 ID:pei9Q5D80
関東管領上杉の家臣だったはずなのに、気が付いたら徳川の藩屏として戦っていた、不条理
征夷大将軍で源氏の棟梁なんだから、一応の筋は通るけど
なんだかなあ、という気分は否めない。

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 22:09:15 ID:hSakDnZB0
牧野は、徳川家康配下の武将の一人であったが、イマイチぱっとしなかった。

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/04(木) 16:34:02 ID:osSN+IsI0
牧野家と言えば、徳川配下の武将と言うより、鎌倉時代より続く東三河の豪族。
遊行僧が由来の徳川家なんかより、はるかに名門。
だから成上がりの徳川家なんかより、名門の今川家との方がウマが合って、
酒井・本多・石川・井伊・大久保といった、安祥以来の旗本衆よりは
徳川家への帰属が遅く、桶狭間以後。

しかし、名門だけに何かと優遇されて、結局5つも大名家が誕生した。
信州の名門で譜代大名になった小笠原家に、4つも大名家が誕生した事に似ている。

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/04(木) 22:55:01 ID:76Z6YLC1O
牧野家の当主は皆「忠」の字が使われているが、そのうちつける名前がなくなるんじゃないか。

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取りに行ったけどなかった。次は一時間後に取りに行くです。
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