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二・二六事件 2.26事件 2・26事件

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/26(日) 10:11:11 ID:NhdUMqbx0
二・二六事件70周年記念ですお。

http://ja.wikipedia.org/wiki/2.26%E4%BA%8B%E4%BB%B6

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/22(木) 07:33:42 ID:rwprkzP20
この本のなかに、226事件も書かれている。
こんな見方もあるのかと、目から鱗が落ちました。

日本は勝てる戦争になぜ負けたのか
http://www.7andy.jp/books/detail?accd=31925862


256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/24(土) 14:34:19 ID:/JH1JkLo0
皇道派も統制派も同じ穴の狢。
皇道派は「天皇陛下をお助けする」と掲げているが、
それは事情を知らない下士官クラス以下の末端のみ。
派のトップらは天皇を利用してのし上がろうとしただけの小物。唾棄の対象でしかない

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/05(水) 17:05:34 ID:pMaSCLnY0
コンダークのーーよーーにわれーーーーたーてばーーーーー

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/05(土) 12:38:42 ID:On2iezcy0
迫水万亀さん=岡田啓介・元首相の二女
http://www.yomiuri.co.jp/national/obit/news/20080105zz01.htm

迫水万亀さん(さこみず・まき=岡田啓介・元首相の二女)5日、老衰で死去。97歳。告別式は
9日午後1時、世田谷区若林3の1の18の自宅。喪主は二男、朗生(あきお)氏。

夫は、終戦時に内閣書記官長を務めた迫水久常・元郵政相。

(2008年1月5日12時25分 読売新聞)

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/05(土) 21:48:58 ID:5imI2Enz0
なるほどな。
226って手段は最悪だがそれほど悪逆非道の輩って訳でもないし
国内状況を見てれば貧民層から火つけられたり刺されたりしても文句言えないだろう。
民のためとか日頃言ってる天皇があれほど怒り来るってたのがどうも腑に落ちなかったのだが、
背後に宮中のドロドロがあったとすればとても納得が行く

260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/07(月) 02:03:04 ID:tW4Xtc8O0
お前さんだけじゃね?

261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/23(水) 20:50:28 ID:CXGlJvnP0
ってか現代の視座から見ると、「大御心を待つ」ってのが甘いという気がす。
北なら大御心を無理にでも変えさせるという人物だったのだろう。こちらな
ら上手くいったかもな。

262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/31(木) 18:37:12 ID:ToOcR5lVO
渋谷の慰霊碑っていつも花が置かれてるが
誰が管理してるの?

263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/26(火) 03:52:37 ID:kvry7oF50
今日だな

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/29(金) 00:40:56 ID:CW4JcyQvO
>>262仏心会という遺族会がある。その人達がやってるみたいだが
最近は熱心な遺族でもない若者が、手入れを手伝っていたりするみたい。慰霊像も仏心会が建立したんだが、自決した河野の兄貴が中心となって建立したようだ。
昔はこの事件に加わっていた元将校もメンバーにいたみたいだが
さすがに事件から72年経つと亡くなったりしていて
今は主犯の遺族や処刑されなかった将校の孫や甥、息子といった人が活動してるみたいだ。
慰霊像に御名刺受けがあるから興味があるなら名刺入れてコンタクト取ってみたらどうか?


265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/29(金) 00:53:14 ID:CW4JcyQvO
あと末松太平事務所 で検索すると、この事件のメンバーの1人であった末松太平(故人)氏の息子さんが運営してるブログがある。慰霊像の除幕式はまだご存命だった頃の末松氏が行なったとのこと


266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/07(金) 18:17:35 ID:eq8cNduh0
>>259
背後に宮中のドロドロがあったとすればとても納得が行く

  だな!らしいな・・・だから昭和天皇は早急に、終わらせ処分したかった・・・のかもな・・

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/09(水) 22:01:36 ID:xyNY6MI/0
>>202
遅レスだが現代日本の民度はそれほど悪くないと思うぞ。
実際、犯罪発生率なんて現代より戦前の方がはるかに高いし、現代なら確実にワイドショーネタになるような
凶悪犯罪も結構多かった。少年によるバラバラ殺人や女学生の妊娠騒ぎもこの頃から普通にあったしw

268 :國學院大學卒:2008/05/04(日) 21:12:45 ID:CKsBdesOO
最近、
二二六事件の青年将校には
江戸時代の百姓一揆的な
要素があると感じます。

即ち代官の悪政を糾弾し、
王の徳政を期待するという我が国伝統の庶民蜂起の形です。

残念ながら昭和天皇は
あくまで近代君主たらんと
されたお方でしたから、
彼らのある意味伝統的な直訴の意味が通じなかったところにこの事件の悲劇があります。

269 :國學院大學卒:2008/05/04(日) 21:24:18 ID:CKsBdesOO
昭和維新の歌に
「成否を誰かあげつらう」
との歌詞がありますが、
中斎先生の天保の乱に共通するものを感じます。

ただ青年将校にとってやはり
最大の悲劇は、彼らの蜂起の意味を誰よりも
理解して欲しく、また東洋王道の伝統に従えば
そうでなければならないはずの天皇に
理解してもらえなかったことでしょう。

この時の若き天皇はあくまで西欧のような近代君主たらんとあることに
こだわりをもっていたようです。

270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/04(日) 21:38:38 ID:CKsBdesOO
>>234
勅使を送り彼らを弔うべきです。
彼らは日本の伝統的な義士の系譜に連なるべき人達です。

日本が道を誤ったのは
この時、天皇が前近代的な
義挙も道も解さなかったことにある
伝統否定の近代国家にあります。

結局、近代国家大日本帝国は
その最後の最後で
昭和天皇のご聖断という
きわめて前近代的な手段で
救われることになります。

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/04(日) 21:43:16 ID:CKsBdesOO
皇道派青年将校は遡れば
赤穂義士まで遡る
伝統的な日本の義士の系譜に連なる人々です。

272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/04(日) 21:46:32 ID:oZKltBIn0
>>259>>266と言うか北一輝が首謀者とか言い始めた時点
で何かを隠蔽してる気配がプンプンする

青年将校の影で糸を引いてた黒幕が誰だか知らんが映画のパトレイバー2みたいに
帝都東京で戦争を演出する事が目的だったとしか思えん。

誰が策謀した戦争ゴッコなのかは定かじゃないが最悪だ


273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/04(日) 22:06:56 ID:CKsBdesOO
本来ならば赤穂義士や中斎先生あるいは水戸浪士の時のように
彼らの死によって世間に義が回復されなければならなかったはずでした。

しかし、近代国家には
義という観念すらなかったのです。

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/04(日) 23:49:24 ID:cNIHvNX60
バレンタインデーでチョコレートをあげるのを始めた年。

275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/05(月) 09:09:18 ID:Q2oO/hYw0
>>270
ご聖断で日本を救ったといふ昭和天皇が、2.26に際しては
川島陸相、山下少将らが本庄侍従武官長を通し、「勅使を賜り、死出の光栄を
・・・・・」と依頼したのに対し、「自殺するなら勝手にさせるがよい、かくの如き
者に勅使などもってのほか」と激怒したんだが
このため、山下は生涯、天皇に嫌われ通し、天皇の意を受けた東条のために
ドサ回り専門。遂には意に添わぬレイテ作戦にとばされ非業の死を遂げた。

276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/05(月) 09:51:58 ID:XOZCp5i+0
>>275当たり前だな。普通怒るだろう
法治国家と封権国家を勘違いしてる連中は陛下は大嫌いだし

>>273胡散臭くて涙が出るんだが
47士の時も幕府に利用されて政治批判の回避に利用されてた

277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/05(月) 18:01:31 ID:QBegqAir0
若殿に兜獲られ負け戦

278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/07(水) 13:14:36 ID:i2PRFXXD0
>268
>226事件に百姓一揆や直訴の匂い

賛成。西欧合理主義で解釈しようとすると、どうしても
「人間には実利を得ようとする動機がある」と仮定しなければならない。
必然、犯人探しが始まる。

【犯人探しの実例】
@秩父宮の陰謀(俗説)とか
Aマキャベリストとしての青年将校(秦郁彦)とか
B右翼の親玉におさまり財閥相手に恐喝人生を送ろうとした北一輝の扇動の失敗(松本なんとか)とか
C軍事参議官会議を悪用した、事後収拾的な、山下泰文の陰謀(澤地久枝)とか

でも、どうしても宮中突入失敗とか、玉を獲らない、青年将校の逡巡が見える。

正義とか何とかは、おいておいても、もちっと、土俗的、素朴な何かだったと思うんだ

279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/07(水) 13:19:57 ID:i2PRFXXD0
Bは大昔読んだ松本健一理論だったな。
D松本清張は、よくあるように、皇道派、統制派の軍閥暗闘史と
その生存競争としての一発逆転を狙った「決起」説に収斂したけど。

まあ、それでも「近代合理主義」からこぼれおちる「幼稚」「手抜き」「見通しの甘さ」が
過去、青年将校の行動について、評論された。
でも、それを幼稚というのは、俺らも含めた評者が近代の精神に毒されているからであって
もちっとプリミティブな動機を想定してもいいのかもね

280 :國學院大學卒:2008/05/10(土) 20:01:55 ID:2c7+bqmVO
>>278>>279
そもそも天皇という存在自体が
この時代、
この国の民の前近代性を
刺激する
古代的ないし中世的存在として
捉えられていたはずです。
ところが当の天皇は近代立憲君主を嗜好して
いたのがこの事件の悲劇であると思います。

281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/10(土) 20:34:42 ID:0y1RoiFx0
青年将校たちが獄中で本気で恩赦による放免を期待していたと聞いて幻滅したな。

覚悟を決めた後も自分達が仕出かした殺人行為を
本気で遺書で詫びたのはただ一人、後は得手勝手な怨嗟と呪詛を書き連ねていたとか。


282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/10(土) 20:39:15 ID:0y1RoiFx0
信頼している重臣を一方的に惨殺されて
犯人を義士扱いにして自決させろと言われたら
「自殺するなら勝手に為すべく、勅使など以ての外なり」と陛下が仰るのは当然だと思うのだが。

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/15(木) 11:45:37 ID:4Q0F9el70
山下も昭和天皇も好きな私には複雑な事件だよ

284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 23:42:15 ID:yU2aCi2P0
政党政治が崩壊しつつある、今こそ平成維新の断行を求める!

でも、自衛隊じゃ屁にもならないだろうな・・・

285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/27(火) 01:18:04 ID:vUjCF2Ro0
歩兵第3連隊の常盤稔少尉は、後に釈放されて満州に渡り、田中信夫(「コンバット!」のサンダース軍曹の声優さんと同じw)という偽名でスパイ活動をしていた。

どうでもいいか・・・そんなこと。


286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/28(水) 12:31:08 ID:OvZyulAu0
本庄侍従官の娘婿、山口太一郎は山口は砲の着弾距離の測定器ではかなりな技術者で、
二重映像合致式のレンズ距離計では、いくつかの開発がある。

というかれっきとした光学技術者で、ニコンだかコニカだかの戦前の企業で
かなり関わった板と記憶?

287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/01(日) 21:39:04 ID:GMS0xadh0
この事件を引き起こした青年将校達には、
青年将校達に同情的な考えだったんですが改めて調べてみると
無知で無謀な人達だなと思った。
維新の志士気取りだったんだろうけど。
かわいそうなのは、作戦行動だと思って従った
兵卒の人達だね。
この後 最前線行きで死んで来いってことだよね。


288 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/10(火) 02:01:24 ID:Uoldm4mx0
今更だけど、、
>>176
栗原中尉に限らず、どの受刑者も絶命までには数分〜数十分かかってる。
香田大尉なんか死亡時刻(死体検案書上だが)が7時31分だからかなり長め。
さすがに被弾後にしゃべったのは栗原中尉だけだったと思うけど。
執行状況をの詳細は当事者意外は知る由もないが、軍閥(だったと思う)という
映画のシーンが多分一番近いはず。十字架に正座、目隠し兼垂れ布の形状、照準の
黒点、受刑者の服装、射手の発射シーンetc、これは信憑性の高い各文献と殆ど一致してる。
ちなみに安藤大尉の発射段数は文献によっては2発とも3発とも言われてるが実際は1発。
複数発射は栗原、中橋の両中尉のみ。さらに銃架上に2丁の銃(正・副射手)があった等と
いう記述は誤りで、実際は正射手用の38式歩兵銃が銃架上に、そしてその左に土嚢が置いて
あって、副射手は土嚢に銃を託して伏射するのだ。
実際は受刑者が十字架に縛り付けられた時に正射手は銃架上で受刑者の額の黒点に照準を
合わせて銃をビスを閉めて固定するから、合図のあった時に狙ってなくても引鉄を引きさえ
すれば命中するメカニズムになってる。だから指揮官(山之口甫歩兵大尉)の合図の腕に
注目でき、手が振られたらすぐに発射できる。ただ、どの文献を見ても栗原中尉のように
複数発射された受刑者、つまり土嚢に託し伏射する副射手が照準を固定した、という部分は
見当たらないが、通常は第一弾の発射後に医務官が脈をとるだろうし、殆どの場合は
1発で絶命するはずなので2弾目は照準固定する必要性が薄いと推測してみた。
でも栗原中尉がしゃべったのはかなりミラクルに近いんじゃないかと個人的には思う。
至近距離から放たれた38式歩兵小銃の弾丸は眉間から入って脳を掘り進んで後頭部を
貫通してさらに縛ってある十字架にめり込むから、普通は意識は即座に失うと思うけど。
死体検案書は各受刑者とも種別は変死、病名(死因)は頭蓋穿透性貫通銃創、検案者は
二等軍医(名前忘れた)であった。ところで変死者の場合は火葬許可の時間制限なんかの
決まりごとがあって、遺族は火葬するのにも一苦労だったとかの記事を何かで読んだ。
執行が終わったら死体は担架で大型テントが張られた安置所まで運ばれ、銃創のふき取り
なんかの処置をして白装束を着せて名札をつけて納棺、全員の執行の後に車を手配して
遺族に連絡、引き取りに来させたという。なお2発の銃弾を受けた栗原中尉だが、父・栗原勇大佐の
手記によると『両目を開き歯を食い縛りたる無念の形相』と回想している。その後火葬されて玉枝夫人
の胸に抱かれて無言の帰宅をした。ったくもう、目くらい閉じて成仏させてやれよと刑務所側に言いたい。
興味深い事に執行の言い渡しは7月12日の処刑当日の早朝であるが、前夜に察知して遺書を書いたり辞世の句
をしたためたりしたのは夕食時にリンゴとお菓子(饅頭だったと思う)が出されたから。

最後に余計な自己紹介、現在は決起将校の大尉クラスの年齢だけど9歳の頃から死刑に絶大な関心を持ち、
12歳の頃に松竹映画「226」を見て以来、死刑について研究してる死刑マニア。
残された研究テーマはどの文献を見ても執行前に「十字架に縛りつけ、少量の水を与え(ry」とあるが
この意味が未だに解らない。相沢中佐の時も水が与えられたようだが「別れの杯」のような
意味合いでもあるのかな?


289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/10(火) 02:32:58 ID:Uoldm4mx0
>>287
兵隊は確かに可哀相だよ。
当初は純粋に死刑に対してのみの興味で226事件を研究したけど、そのうちに
事件の本質に触れて死刑の事以外にも知りたくなって色々と努力した甲斐あって
7年ほど前に安藤大尉の部隊に所属し、決起に参加した老人と話す機会があったけど
満州で激戦のチャハル地方に送られ、第二次大戦の時も南方の島々の激戦地を転々と
させられ、大半の参加した兵隊はこのダブルパンチで戦死したとか。でも安藤大尉の
誠実な人柄は映画や文献では脚色されてるのかと思いきや、本当だったみたい。
訓練が終わると飴玉とか金平糖を図嚢から出してくれてくれたり、兵隊に対する気遣いは
人一倍だったらしい。一方、歩兵第一連隊で決起参加した兵隊(伍長)とも話す機会に
恵まれたが、こちらの老人は栗原中尉の部隊からの参加で、直属上官の栗原中尉に対して
悪口こそ言わなかったがあまり良い印象を抱いてない様子だったが香田大尉と
丹生中尉は厳しい面もあったが部下からは好かれる仕官だったそうで特に丹生中尉は
暖かな人だったとか。この老人に当時の原隊に帰隊する際の話を聞いたが営庭の入り口の
正門に急ごしらえの検問所のような所が設けられていて。一人一人を憲兵が厳しい口調で
尋問し、ヨコシマな考えを持たず、純粋に上官の命令によってロボットのように
行動した兵隊と行動の意味を知った後、決起に積極的に動いたりした兵隊に二分化され、
後々の軍法会議まで常に監視下に置かれたんだって。

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/13(金) 09:33:40 ID:aLSQZESr0
ネットは広いな

291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/15(日) 17:50:05 ID:tYu49YMu0
226のMVP=鈴木貫太郎の嫁

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/16(月) 08:03:25 ID:MvkpPy4U0
>>289
226に限らず大戦中も大本営発表とは違う成果の戦闘の
生き残りは監視され隔離、つまり軍隊と言うよりは役人
としての隠蔽体質からだろうな。
515の方は死刑逃れて刑期後は中国行っていたらしいな。

293 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/18(水) 05:39:45 ID:hfH4VmAN0
>>288-289
死刑マニアって一体www
でもかなり詳しいね、あなたの『研究テーマ』なる最後の水だけど、多分お察し通り
別れの杯の意味だろうな、勝手な想像で根拠はないけど。戦争末期に特攻隊の出撃の
時は酒がかなり入手困難になってて水で代用してたらしいけど。

>>292
515事件の刑期後っていつぐらいなの?確かかなり長期刑だったと記憶してるけど
仮釈放とかあったのか?

294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/18(水) 07:42:55 ID:0rnSzEYD0
別の者だが
5・15事件の軍人側の刑は比較的軽く、主犯各の三上卓、古賀清志が禁固15年
黒岩勇が禁固13年、他は無罪や執行猶予で服役してないはず
しかも三上らは度重なる恩赦の適用を受けて刑に服したのは6年ほど
三上は獄中では特別待遇、看守からは先生と敬称で呼ばれていた
一方、民間の橘は殺人を犯していないのに無期懲役、大川は禁固5年、しかし、
彼らも軍人らより遅れはしたがが昭和15年には恩赦で出獄している。

295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/18(水) 09:29:47 ID:yPKO4/E10
>>294
それは例えば部隊を動かすなど将校としての地位を利用してやってないからでは?
軍刑法でも兵を率いてやるのと、個人がやるのじゃ重さが違ったはず。
まぁ、統制派の天下になったら満州とかで平気で軍法違反しても見逃されるようになっちゃうが。

296 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/19(木) 21:52:29 ID:ltLrxJNo0
 立野信之「叛乱」を久しぶり読んだ。確か映画化されたはず。
 テレビ東京で深夜やってたな。もう1回やらんかな。

297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/25(水) 10:52:10 ID:/Qu1EfD/0
>>296

プロローグに軍法会議の判決を受けるシーンから始まるやつ?

298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/30(月) 06:01:51 ID:oyL0HKCt0
既出だったらスマソ
youtubeでうpされているNHK特集で当時の関係者の肉声が聞けるみたいだな。
http://www.youtube.com/watch?v=QT45AteTT9A

299 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 21:53:57 ID:fAWgivUF0
>>288
なんつー死刑マニアなんだw
銃殺刑って受刑者1名につき6名ほどの射手で構成されてて実弾は1名のみってのが
銃殺刑だと思ってたけど実際は射手も確実に『自分が撃ち殺した』って解るのか・・


300 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/06(日) 10:55:54 ID:ZkuXcqEu0
300

301 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/06(日) 10:58:02 ID:ZkuXcqEu0
301

302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 11:40:54 ID:/C0A/jiF0
302

303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 11:47:25 ID:/C0A/jiF0
303

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 22:09:56 ID:qA/ftsll0
もうすぐ決起将校たちの命日だな・・

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