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木戸孝允(桂小五郎)について語ろう8

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/27(木) 00:44:21 ID:GUzSU8uxO
引き続き語れ

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/27(木) 21:23:01 ID:+5VAEObA0
桂小五郎

天保4年(1833)長州(山口県)で生まれる。

池田屋事件、蛤御門の変の時、うまく逃げて逃走生活にはいる。
このことから「逃げの小五郎」と呼ばれる。
一説には小五郎が新撰組に囲まれたとき、
とっさに「うんち」をして相手をおどろかせ、その隙に逃げたという。
まさに逃げの達人である。

慶応2年(1866)薩長同盟成立の際、長州の代表に選ばれる。
明治維新に貢献して「維新の三傑」の一人に選ばれる。

明治4年(1871)海外を視察して日本の近代化に貢献。

明治10年(1877)没。享年45歳。

(;´∀`)・・・うわぁ・・・逃げの達人て・・・・

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/27(木) 22:02:47 ID:wIYLyPib0
三条 木戸のラインから
岩倉 大久保のラインへ

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/28(金) 07:31:50 ID:sxmwqC6t0
お坊ちゃま貴族慶喜を家康の再来だなんて.....
味方の危機感をあおるためにあえて言ったのか.....

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/28(金) 14:46:22 ID:o1bI3XrZ0
桂太郎は木戸の身内ですか?

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/28(金) 21:55:25 ID:5h+81oYUO
違うよー

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/29(土) 09:24:02 ID:bpblM4gnO
桂だけで木戸孝允の身内だと判断するなら
落語家に身内が多いね。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/30(日) 18:35:22 ID:wWhISfdZ0
>>1
スレ立て乙!

今日タウンワーク見たら旅館「幾/松」がバイト募集してたんだが・・・
あそこの捏造疑惑はほぼ確定なの?

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/30(日) 19:46:05 ID:32tsF4x10
ちなみに幾松は売春婦

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/31(月) 02:44:39 ID:OsFBdnt9O
芸妓や舞妓を売春婦売春婦言いたがるのが在日朝鮮人の特徴
祖国には売春オンリーのキーセンしかないからなw

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/31(月) 08:55:32 ID:Z6tkOIxB0
幾松が枕芸者じゃなかったなら木戸なんかと結婚しないわな。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/01(火) 23:11:54 ID:CB77pMVu0
木戸が精神病になったのは幾松のせい?

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/02(水) 18:59:48 ID:Hg7BXv/GO
大久保と西郷のせい

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/03(木) 14:25:24 ID:Gd1v1JjE0
桜の季節になると木戸の作った歌を思い出す。

『世の中は桜の下の相撲かな』

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/05(土) 03:13:35 ID:uw0BU//G0
>>8 kwsk

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/07(月) 01:34:55 ID:sE99aMmG0
>>14
世の中ってものは、勝ってる間は土俵に立ち続けなければならない。
負けて土俵の土の上から上を見上げて初めて見える桜の景色ってものがある、
とかいう句ね。
彼のような根っからの革命家で、極端な挫折も浮き立つような勝利も知ってる
やつの言葉だってとこもイイ。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/08(火) 02:59:30 ID:yd8WFR3pO
精神病?
それは伊藤のあれじやないの
体調が良くないときもあったが、精神病じゃないでしょ

18 :8:2008/04/08(火) 19:59:11 ID:zxdWcblT0
>>15
「旅館」「幾/松」「捏造」でググると色々出てくるよ。

バイト情報に関しては至って普通だった。
掲載紙はもう捨ててしまったので詳細はわからないんだが。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/08(火) 21:26:00 ID:8/SLbpJp0
木戸孝允(桂小五郎)について語ろう7
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1133859005/


20 :15:2008/04/08(火) 22:00:21 ID:e1mvuFXV0
>>8
d。さっそく見てみたよ…

大河・「組!」の年、はじめてお昼に別館の方に行き、
一番安い御膳を食べたんだが、
ランチというにはギリギリで、しかも混んでて、
でも店員さんの丁寧な応対に感動したんだ。
そのあとも、毎年京都行った時には寄ってるのだが、
だんだん対応がアレになってきた…と思ってたんだよね。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/09(水) 06:27:06 ID:wno2A+uu0
>>17
晩年の木戸は鬱病。
鬱々とした木戸日記にも脳病についてのぼやきが書かれてる。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/09(水) 12:27:42 ID:EtkwQwYJ0
>>16
うんこ漏らして逃げ回ってた木戸が根っからの革命家?
冗談もほどほどにな。

23 : ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:2008/04/09(水) 21:44:40 ID:Dv31v7eW0
  (::::::::::/  ):::ノ::::ノ ) ソ ヾ::::::::::::丶::::ヽ
 (:::::::::/ 彡  ノ   ノ  :: 彡:/)) ::::::::::)
(::::::::::/彡彡彡彡彡   ミミミミミミミ :::::::::::)
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24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/10(木) 00:37:19 ID:HFjSsXnUO
>>22
桂小五郎は真実、優れた革命家の中の革命家。
逃げたのも大きな目的、大願成就の為の一つの手段。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/10(木) 02:08:28 ID:Y0Vl+Q0F0
>>24
すまん。代わりに応えてくれてたんだ。
でも、発言内容からしてあまりマジに対応しないほうがいいような気もしたんだが。

2chは正直あまり見たこともなかったが、最近前スレ6をみて、前半のほうの発言者
たちがなかなか大人で知識も豊富、小説とか既存イメージにとらわれてない話をしてて
見直してたところ。面白かった。
でも反面やっぱり色々な人がいるんだなとも思う。22も本当はわかってて反応を
遊んでるだけなのか、本気発言なのかは不明だが、ちょっとね・・・。

かくいう自分も以前は木戸に対してそんなに好印象を持ってなかったけど、
色々分かってきて、今ではこんなサイトにまで書き込んでるので人間変わるもんだ。
木戸の場合、認識が変わる瞬間っていうのも醍醐味なのかもな。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/10(木) 04:46:36 ID:THdUxRCp0
>>22
偉大なる首領様桂小五郎同志は、不撓不屈の革命闘士であらせられた。
ウンコをなされたのも、大いなる目的、偉業成就の為の革命的な手段。
日本人民は偉大なる脱糞に学び団結を強化しなければならない。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/10(木) 09:55:36 ID:7H6eM3tG0
女にもてて、梅毒移されてそれで死んだって本当?

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/10(木) 16:15:01 ID:JGwQLpa/O
死因は癌だった筈。胃癌だったような…。
余談だけど、木戸を裏切って大久保についた伊藤が
数十年後伊東に同じように裏切られるのは皮肉を感じる
しかも両者ともに和解することなく死に別れるし

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/10(木) 22:01:45 ID:iM8lh0sq0
胃癌じゃないだろ。
謎の脳病再発により病床に就き、
もうろう状態の中で脱糞しながら死んだんだよ。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/11(金) 17:24:07 ID:+F9kvOm80
>>27
西郷との性交渉で、フィラリアをうつされた可能性の方が高い。
寄生虫が脳に入ると西郷のような基地外・廃人となる。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/12(土) 00:14:19 ID:n3M8sCjWO
『南州翁異聞』て征韓論を検証していくテレビ番組で悪役に描かれてたorz
自分のイメージでは閥には興味ない感じだけど、どうなの?
テレビでは長州閥を作る為に伊藤と色々画策してた。

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/12(土) 09:39:27 ID:0wto+8ba0
>>31
史実の木戸孝允は閥にこだわるような度量の狭い人ではないと思う。
日本を越えて世界の幸せを考えていた。

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/12(土) 15:57:39 ID:xSl/zF7d0
>日本を越えて世界の幸せを考えていた。
ありえない妄想だ。
木戸は生涯、長州閥の利権のために奔走した人物。
しかし視野が狭く陰気で猜疑心が強いから、
子飼いの伊藤からさえ見捨てられた。

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/12(土) 21:22:54 ID:m8QaIT2z0
いわゆる長州閥形成には良くも悪くも手を出してない。山縣。
血を流してきた一部長州同郷人からしてみれば報われるのは当然なで、木戸の態度は誤解も与えた(前原とか)。
逆に、木戸にもっと自己利権のために奔走するような図太い強さがあったらと思う。
>>33
「視野が狭く」「陰気で猜疑心」どの小説から?まさか司馬?知りたい。

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 03:19:26 ID:bV3zGBQ4O
蘇峰の著作で紹介されている日記やら書簡を読むと「物凄い心配性の理論家だけど浪花節の感激家」って感じ。


修羅場をあんだけ潜って、親しい仲間を次々失いながら最後まで生き残って維新をなしとげた。


それを考えるとやっぱりとんでもない人だと思う。


ここでウンコウンコくさしてる奴や俺が木戸の前に座ったら、背中にビッショリ汗かいて一言も話せないぐらい怖さもあると思う。



閥は色んな意味で作れない人だと思う。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 10:34:56 ID:iIYEc5wi0
>>35
>仲間を次々失いながら最後まで生き残って
ものは言いようだけど、
要するに仲間を見殺しにして自分だけ逃げたから生き残れた。
正確に表現すれば、司馬が描いたような、ただの卑怯者だよ。

>背中にビッショリ汗かいて一言も話せないぐらい怖さもある
ウンコくさいから?

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 13:01:04 ID:Hmpd3WHj0
>>36
せっかくこのスレに来てるんだから、「醒めた炎」読んでみたら?
木戸伝記物語ではなく、明治維新そのものの分析がメインなところがあるから
読むの大変かもしれないけど。頑張って最後まで読んで、そこに貴方の聡明さが
あれば、時代や人間性について理解できるものがあるとおもう。
司馬の「花神」と「翔ぶが如く」あたり読んでる状態だったら、特におすすめ。

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/15(火) 11:24:52 ID:sis2PIEW0
池田屋で桂がいなくなったのは何故?
宮部らと一緒にやる気が無かったのかな?

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/15(火) 14:52:56 ID:W8YP8ucs0
>>38
対馬藩の対応に追われてたから。だったっけ?
参加するつもりはあったと思うんだけど。

「醒めた炎」読書中です。
時間が無くてやっと下巻。先は長い。。。


40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/15(火) 14:55:50 ID:W8YP8ucs0
ちなみに前スレたま〜にロムってたんだけど、覗かないうちに
いつのまにやら次スレになってた。
進行がまったりなので、2、3ヵ月空いても残ってると思ってたんだけど。
今年に入ってなんか面白い話、新しい話はありましたか?

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/16(水) 00:36:00 ID:yq3RxfAe0
>>38
当時、長州失脚後、桂の雄藩連合・宮廷工作や京都潜伏を支えていた対馬藩で大目付が暗殺・
藩内分裂発生。桂もその当事者として事態収拾の為、まだ誰も集まってない池田屋へは言伝して
対馬藩邸へ移った。そこで大島友之允と話してる最中に池田屋の騒ぎ、宮部・吉田稔麿らの死を
聞き、大島から突出を止められてる。
(池田屋では古高奪還に目的を絞るよう話す予定だった)

騒ぎを知った長州藩邸からは杉山松介も、桂を助けに(実際は不在)池田屋に行き斬られ、
藩邸に戻って亡くなっていて、だいぶ桂も衝撃を受けた。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/16(水) 07:54:06 ID:6N74E4Ui0
>>38
仲間を見殺しにして自分だけ逃げたんだよ。
その後長州藩邸までたどり着いた仲間を、
扉を閉ざして中に入れなかった。ほんと卑怯な奴だ。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/16(水) 21:50:15 ID:yq3RxfAe0
桂って、本当に松蔭先生の遺体を引き取って埋葬してたのな。
首を斬られ血だらけで、髪もざんばら何も身に着けてなかった。
それを洗い、自分らの着物を着せ、首をつないで、、、って
どんな気持ちだったんだろうな。
漫画の中の話かと思ってた。

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/17(木) 12:56:19 ID:1ZHyzPIlO
>>42桂は藩邸に戻ってないので、留守居役の乃美織江の判断だと思うけど。しかも、見捨てたというより、杉山の様な死者を増やさない為では?

>>43。伊藤博文も一緒に埋葬してるよ。松門の飯田・尾寺に協力した形になるのかな。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/17(木) 23:31:09 ID:EdSW4vZZ0
>>43
>髪もざんばら何も身に着けてなかった。
往生際の悪い囚人がジタバタと暴れると着物がはだけた状態になる。
吉田もそうだったということ。
ベラベラと調子こいて老中暗殺計画をゲロした時、
まさか死罪になるとは思っていなかったんだろうな。

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/18(金) 01:37:09 ID:A+KIVNgPO
着物は埋葬の前に取られたんだよ

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/18(金) 22:50:18 ID:paig28AT0
張り付いてアンチやるなんて暇なやつもいるんだな
一生関わりなく過ごせるのにな、漫画やアニメのキャラじゃあるまいし

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/19(土) 08:12:50 ID:T3wQw4UB0
>>47
まったく同意

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/19(土) 10:03:43 ID:T3wQw4UB0
フィクションと思ってたつながりで。「新撰組!」初回、
象山の黒船沿岸視察に、人足の変装して、桂・龍馬・近藤土方が一緒に行くシーン、
ドラマとはいえ設定が強引すぎと思ってたんだが。
桂だけは本当に黒船来航時、伊豆代官江川の沿岸視察に人足に変装して同行してるんだ。。
塾頭1年目だよね?この人って面白いな〜。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/22(火) 01:15:09 ID:Z7fLvyF90
江戸期の良心が生んだ江川太郎左衛門(斎藤弥九郎の親友)ら開明派の系譜は、桂に受け継がれていく。
この辺の感慨は『醒めた炎』よりむしろ、漫画『風雲児たち幕末編』を読むとよく分かる。桂の特異な出発点も。
ギャグ漫画だが何故か感動する傑作。ただ本屋には通常置いてなくて、取り寄せだけどね。

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/22(火) 03:12:17 ID:hgUzB5Gk0
>開明派の系譜は、桂に受け継がれていく。
それはない。江川は偉大だが桂はうんこ。
だいたい桂たちが"開明派"なら長井雅楽が抹殺されるようなことはない。

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/22(火) 03:40:22 ID:OjPa04aOO
開明だから切られたわけじゃないんだろ

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/23(水) 01:37:32 ID:cNUQcJY40
うーむ。自信満々に断定的に否定するのに根拠が妄想か古い俗説(時々史実と正反対・・・)。
おそらく「貶めたい」という欲求が前面だからこんなことになってるんだな。
どうすればいいのか・・・。

開明派の影響は当然桂一人が受けた訳じゃないし、逆に開明性だけが桂を形作ってる
訳でもない。んじゃそれは何だろうってとこが面白い(開明だけじゃ明治維新は起きない)。
だから'特異'と言ってる。
ちなみに「桂」を「桂たち」にナチュラル変換しないように。

長井雅楽は藩命による切腹。原因は色々だが航海遠略説の失敗としておく。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/23(水) 08:39:19 ID:OQmFzvk90
>>50-53
桂は無知蒙昧な攘夷派のなかの一匹にすぎない。
江川との接点をもって、桂のみを「開明派の系譜」に入れようとしても無理がある。

>開明だけじゃ明治維新は起きない
これは同意。
明治維新、すなわち王政復古は、開明派とは正反対のベクトルを向いてる。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/23(水) 11:50:01 ID:75mWJ8I/0
黒船来航のころの日記に
「開国か攘夷か、自分は無学だからどちらが良いのかわからない」
というようなことを書き残している。
20歳くらいの格好つけたい年頃の男の子が、「わからないものはわからない」
と認めちゃってる素直さが好き。
その後、江川について歩いたり来原良蔵の渡米計画にあっさり賛同したりと、
わからないものを解決しようとする行動力はすごいと思う。

桂は決して無知蒙昧じゃない。
若いころから先進的な思想にふれていた知識人。


56 :sage:2008/04/23(水) 19:53:03 ID:2jAOSHG4O
知識人っていうのは違和感があるな。自分の知識より、得意分野を持つ他者を巧く活かす思考の人っぽい。
問題を相談すると、何パターンも対策を練ってきたという話もあったし。

中立・漸進的だから華やかな人気に欠けるけど、政治家ならその方が良い。

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/24(木) 00:37:36 ID:/LjzNuH+0
>桂のみを開明派の系譜に入れようとしても無理がある
「桂のみ」入れようとしてる訳ではないよ。
>だいたい桂たちが"開明派"なら長井雅楽が抹殺されることはない
のくだりで「桂たち」=「長州全体が開明派」みたいに誤って混乱すると思ったので訂正した。

そもそもの意図は、高野長英撲殺(黒船のたった3年前)に至る尚歯会(江川もメンバー)弾圧に
悲憤を感じていたので、幕末ぎりぎりに花が開き、桂にも開明的な感化が残っていくサマに、人と人との
つながりの妙味を感じた。感慨深いと。
(単純に系譜=師弟関係とするなら江川塾に兵学入門してるし明治後も子にすら師弟の礼を尽くすしありといえばありか)

桂も、江川だけでなく中島・高崎etcと先進思想技術にふれる(当時そんなことしてる外様藩士はいないと思う)。
もちろん松陰の危機意識も。
単純な開明家でも攘夷家でもないものに、育っていく。
鳥羽伏見の直後に版籍奉還を言い出す根っこはダテじゃない。
共和制(!)を口にし、当時兵政分離(結局実現するのは戦後)を唱えるのもダテじゃない。

一般的な人気に欠けるのは、ある程度「複雑な時代背景の理解」がないと本当の良さが分からない点にあるかも。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/26(土) 10:20:38 ID:8iBZKrj60
江戸にいた頃、会津の秋月から攘夷の無謀さを説かれた時、桂は笑って言った。
−−虎に乗っている者が、途中で降りるのは危ない。
この受け答えがクールだ。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/26(土) 10:45:51 ID:GaiyToZ50
>>56
>中立・漸進的
ものは言いようだけど、要するに自分の意見や信念を持たない日和見主義者ということ。
主体性がなく情勢に流され明治後まで生き延びることができた。
人気を得る要素がこれほどない人物も珍しい。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/27(日) 00:23:02 ID:xsoq+YKR0
木戸はただの金づる。
他人の言いなりで金だけ出すんだから便利な男だったのだろう。

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/29(火) 14:03:27 ID:PzmJqth10
>60
どこの木戸さんですか?

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/30(水) 01:05:48 ID:l/VpXsrH0
木戸はキリスト教やキリスト教徒にはどう思っていたのだろうか?
仏教にはどう考えていたのだろうか?

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/30(水) 11:24:16 ID:0wWoNJ/t0
>>62
>木戸はキリスト教やキリスト教徒にはどう思っていたのだろうか?
「邪宗門厳禁」「徒党・強訴・逃散禁止」「郷村脱走禁止」が木戸の本音。

>仏教にはどう考えていたのだろうか?
廃仏毀釈を煽って国宝級の寺社仏閣の多くを灰にした張本人が木戸だ。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/30(水) 12:51:03 ID:DO5AjcGyO
木戸自身の葬儀は時流に逆らって仏葬だけどな

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/30(水) 17:40:14 ID:s8ZaV+Y80
ここまで粘着するのもすげえな・・・よほどリアルが悲惨なのかw

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/02(金) 23:25:09 ID:N2T0mvt30
ほんとだなw

明治6年、神道一辺倒の宗教政策に木戸・伊藤が不快感を抱き、政策変換へ。
仏教をも包含した宗教政策に変換が図られ、神佛双方に一応の信教の自由を保障する達が出される。

・・・真反対だよ。もう気が済んだのでは?

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/02(金) 23:50:38 ID:VWoPpNFV0
日本近代史の板に幕末維新の功労者をおとしめすことを趣味にした人
幕府が続いたたほうが良かったと思う人も多いようですね。
それも思想言論の自由か。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/03(土) 01:06:36 ID:PYwxBkFm0
>>66
分かりやすい解説ありがとう。モヤモヤしてるのがすっきりした

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/03(土) 20:43:48 ID:3MPZUy4f0
そういや、栃木県日光の三仏堂も明治4年ごろ木戸の尽力で廃棄から守ってたな。

寺社じゃないけど、上野の桜も伐採に反対し市民に公開してたし。感謝。


70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/05(月) 17:55:58 ID:ZEwPmvyw0
>>40
今更なんだが。ここ「8」となってたので、過去スレみれるようにしたところ、今までって
なんというか住人のレベル差の激しいところだったんだな。
でも「6」とかも色々面白いエピソードとかあったので、見てみるといいのに。

244 :日本@名無史さん :2005/08/22(月) 23:23:31
じゃ、史実性は日記より薄いと思う(自分の判断だが)が、面白い逸話。
 明治に発行された、近世偉人百話より。

木戸孝允がはじめて従五位になった時に、国許から老人が来て、
「従五位」とは、どんな者であるか、」と問うので、「然らば従五位を
見せて遣らう、」と言って、一室へ入って、烏帽子直垂をつけて上座に
座り、下僕に命じて、件の老人を呼ばすと、老人は孝允を一目みるより
笑い出した。すると孝允が大喝して、「田舎漢、腰が高いッ」と言ったの
で、老人吃驚して小さくなって座った。
 後で孝允は、着物を着替えて出て来て、今の無礼を謝罪して、
「唯今のが、従五位でした」

漢字以外ほぼ原文。まあ、こういうお茶目をやらかす人物だと思われてた所もあるんだな。
今の、陰気で根暗というイメージとは程遠い。
両親に早く先立たれたためか、老人に好かれるし、老人になつくタイプだったそうな。

−−歴史学者からひょうきんと表されてたけどこういうところかw。かつなかなか深い!

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/05(月) 18:41:58 ID:Odr2AfUo0
>>70
つまらん。

ウンコ漏らして逃げ出した時の木戸の方がお茶目だ。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/07(水) 15:31:44 ID:xo0fOB/r0
>>70
これは週刊「日本の百人」木戸孝允の巻で取り上げられてたね
お茶目だなぁwとおもた

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/07(水) 23:25:38 ID:VFp1YxDm0
笑った後、ちょっと考えさせられた

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/08(木) 11:30:59 ID:hUTUdkPB0


75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/10(土) 19:38:41 ID:1k05bcEo0
三十六計逃げるに如かず。
逃げも立派な作戦。
未来を創るために逃げるべき時は恥を忍んで逃げるのも勇気。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/10(土) 20:28:52 ID:HTrzfY3c0
実行力においては大久保に及ばないが見識は大久保より上だろうね

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/11(日) 02:46:47 ID:6WQO7c/f0
>>76
実行力云々は、明治7年前後でずいぶん違う印象なんだよな〜。
それまでは廃藩置県とか各種改革の企図・実施の最大の推進者じゃん?
台湾出兵で反対下野した後だよね、病状悪化もあり本気で引退したがってる。
だから及ばなかったのはやはり忍耐力?by伊藤

あれだけ苦労したんだから、ラスト2年希望どおり松子さんとゆっくり洋行させたげたかった。
(でもそしたら大阪会議の成果である立憲議会制・三権分立への方向性もなくなるのか・・・)
明治初年頃岩倉に「自分の寿命はあと10年もつかどうか」って書簡残ってなかったっけ?
どこまで先見の明があるんですかwと不謹慎

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/11(日) 06:04:13 ID:7iRTYu/y0
木戸が現代の政治家の体たらくを見たらなんと言うか。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/11(日) 11:59:59 ID:6WQO7c/f0
現代はともかく、その後の明治・大正・昭和の歴史の悲劇はとても見せられないな。

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/11(日) 13:18:34 ID:eQm5amCa0
木戸は典型的な政治家でバランサー
西郷のように圧倒的人望があったわけでなく、大久保のように権謀術数に長けてたわけでもない
ごく普通の常識家

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/11(日) 13:46:17 ID:D1IsrwhN0
「今日政府の各君を見るに、才徳兼備の人に乏しく、
故に漸く甲東君(大久保利通)を以其権衡を維持せしが、
今巳に其権衡を失り」明治11年・森山茂

初期明治政府で重要だった政治家は大久保だけ。
西郷は馬鹿だし、木戸は大久保の足を引っ張り内部不和を煽った。

>>78
現代の政治家は、保身と日和見しか能がない政治屋だらけ。
木戸にとっては自分の鏡像を見る思いだろう。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/12(月) 15:29:06 ID:HoDOp0TE0
>>81
>明治11年

・・・釣りか?

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/13(火) 00:49:41 ID:PzZN+Gc00
死んでんじゃん

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/13(火) 00:56:34 ID:fcE3Vip00
>今巳に其権衡を失り
大久保が死んだということだろ

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/13(火) 14:34:17 ID:zkdfAkJl0
何か無知って物悲しいな。

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/13(火) 23:53:24 ID:KC8rYB+50

養子ってどこからもらったんですか

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/14(水) 07:05:00 ID:3o/tABHd0
>その後の明治・大正・昭和の歴史の悲劇はとても見せられない
西南戦争ですら駅で兵を見かけて思わず涙ぐんでた木戸、悲しくて死んじゃうなw

軍に対して文民統制を貫き、同郷の山縣もムクれられたが参議にしなかった。
(これ一つとっても江戸の幕藩体制下に生まれ育ったものとして'ごく普通'なのか?凄くね?
実際周囲に理解されてないし)
軍の肥大化を懸念し、反乱時の増員(やり過ぎ)も戦後警察に組み込む方針でやっと納得。
内務省による有司専制の危険さと、次世代に残す弊害を訴え続けてる。

あれだけ心配してたのにねぇ・・・

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/14(水) 10:01:05 ID:qTtjqt0C0
>>80
>ごく普通の常識家

すごくマットウな人間なんですよね桂さん。
まぁ政治家に向いていたかはわからないんだけど・・・
というかそういう人は向いていないかもな。


89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/14(水) 12:24:51 ID:ll28y0E+0
>西南戦争ですら駅で兵を見かけて思わず涙ぐんでた木戸、悲しくて死んじゃうなw

彼のそういうところが好きだ。
木戸日記の3巻のおわりころの方だよね。確か。
日記読んで彼の事がますます好きになったよ…

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/15(木) 02:25:56 ID:j52jpiIs0
>>80
司馬花神の桂イメージ?(違ってたらごめん)
司馬ファンだが、結局今の木戸桂の不人気さってこの人のせいなのかなorz

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/16(金) 14:00:29 ID:tnXqSoiuO
>>86 最初は異母姉の子(禁門の変で戦死)、次に来原良蔵に嫁いだ妹・治子の次男(留学先で客死)。
最終的な後継ぎが治子の長男(孝正)。後継ぎに限らなければ、それこそ捨て子も養子にしてるはず。

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/16(金) 16:45:47 ID:qxKP6vpk0
>>91
あれだな。
赤ん坊が家の前に捨てられてて泣き声が聞こえてたんだけど
向かいだか隣の家の子が泣いてるのかと思って寒空の下しばらく放置しちゃった、
可哀相なことをしたって日記に書いてるやつ。
抱き上げたらその子がにっこり笑って、不覚にも泣いたとか言ってたなw

あの赤ん坊ってその後どうなったんだろ。
たしか日記には性別すら書いてなかったと思うが、誰か詳しく知ってる?

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/16(金) 22:39:27 ID:+W1IXgR40
既出だったらすまんが、木戸孝允関係文書て、読み下し文ついてますか?
手紙のまま活字でしょうか?手紙の画像も入ってますか?

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/16(金) 23:29:28 ID:qxKP6vpk0
読み下しはない。
画像は巻頭にちょこっとだけ(附録みたいな感じ)。
巻末の解題が割と面白かった気がする。

95 :93:2008/05/17(土) 07:21:41 ID:1LuT6Mzw0
かたじけない!>94
読み下しなしで500ページもあるってことは、やはり収録人数と手紙の数が多いってことでしょうなぁ。。。

関係ないが、木戸の死因は鉛か水銀の中毒じゃないかとこの頃思っている。
義歯がこわれたというのが、なんか、いかにもその頃の義歯って、あぶない金属使っていそう。


96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/17(土) 09:29:22 ID:Os/ftp6o0
死因は胃癌だといわれているけどね。
「西郷、たいがいにせんか。」といって死んだのかな。
西郷のことも最後まで思っていたと思う。

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/17(土) 10:37:05 ID:wfYlK0zI0
29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/10(木) 22:01:45 ID:iM8lh0sq0
胃癌じゃないだろ。
謎の脳病再発により病床に就き、
もうろう状態の中で脱糞しながら死んだんだよ。

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/17(土) 12:37:12 ID:wQM2poVT0
>>86
江川太郎左衛門の娘は養女にして河瀬に嫁がせているな。
(あの優秀な跡継ぎ(英武)は岩倉使節団に随行させてるし)
函館で死んだ幕臣中島三郎助の遺族も徹底して面倒見て、子供も引き取ってる。

木戸とその周辺を通じて維新をみると、単純な幕府側・倒幕側といったくくり方が
いかに難しいかよく分かる。

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/17(土) 23:08:20 ID:KS7ZuF690
>西南戦争ですら駅で兵を見かけて思わず涙ぐんでた木戸、悲しくて死んじゃうなw
池田屋事件で仲間を見殺しにし、奇兵隊を粛清した木戸が、
駅で兵を見かけて涙ぐむか?

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/18(日) 02:25:42 ID:vGrD6KWs0
某推理小説で名探偵が言ったセリフ。
「他人を蔑んだ言い方をする時、
その本人は、周りからそれ以上蔑んだ目で見られていることを自覚するんだな。
貴賤貧富にかかわらず、相手を認めてあげるってことは、
人間にとって一番大切なことだよ」

倒幕側だろうが、幕府側だろうが、普通の一般市民だろうが、
みんなあの「幕末」という時代に生きてた人はスゴイと思うよ。
当時は電気ガス水道なんてないし、学校で結核予防注射なんてしてくれないんだぜ。
そういうのがわからない人は、かわいそうな人間だなって思う。

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/18(日) 02:28:16 ID:W0GAm47W0
池田屋のときは対馬藩邸に居たと記憶してるが。
それに吉田稔麿みたいな行動しちゃう人の方が稀少だろう。
つか、吉田は行かないで欲しかった。本当に惜しい人を亡くした。
諸隊の内でも反乱に加わらなかった人は私財を投じて助けたりもしてるし、
失職する士族や民衆の生活のことを憂いてた点では、新政府内でも有数だと思うよ。
まぁそれ故に理想主義にちょっと寄りすぎの面がないかと俺は思ったりするんだが。
徹底した現実主義の大久保とは、案外良い取り合わせだったかもしれない。

ちなみに大隈の木戸評。

私は木戸公にはずいぶん世話になったものである。
公の精神はただ皇室に一時の忠節を尽くすというのではなく、天皇の下で国家を根本から一洗し、
尽瘁(じんすい)せんとする理想を抱いていた。
そこで毛利氏も、島津氏も、徳川氏も眼中になく、公の精神は国家の統一を図るというのが基礎であった。
しかるに、その偉大なる精神を諒解できない者もいて、長州の内部にも公を喜ばないものがあった。
公は毛利敬親父子に対しても熱烈なる同情を有しておられたが、一部の頑固党には、長州藩が
公のために崩壊せられたかのように考えるものもあった。
その一例として、慶応二年の幕長戦で長州が勝利した際の占領地(小倉など)を公が奉還しようとしたことに
反対して争うものがあった。
公は大いに憤慨して、何のために王政復古をしたのか、将来日本は、世界万国に対峙して行かねばならないのに
内輪で些細なことを争うとはと嘆いた。
そんなふうに維新の初めにおいて、普通の人々は公の真実の精神を理解し得なかったのである。
長州内部さえそうなのだから、薩摩のことも公は心配していた。薩摩は真心忠節を尽くすのか、
あるいは自己の権力を拡張せんとするのか、あるいは覇権を掌握せんとするのではないかということを憂慮されたのが、
その身体を衰弱された基をなした。
これをもって見ても、公は一点の私欲なくして熱烈なる忠実心なることを、証明するに足ると思うのである。

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/18(日) 02:32:25 ID:vGrD6KWs0
>>101
長文乙&トンクス。
大隈のそれって、松菊逸話とか逸事とかそこらへん?
読んだことある内容なんだけど、どの本だか覚えてない…

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/18(日) 23:23:44 ID:JvIajazd0
やはり池田屋の際の木戸の行動は不可解。
前後の行動も謎が多く、難を逃れたのは単なる偶然とは思えない。
彼の自記を読むと、宮部の下僕、そして古高が捕まったことにビビり、
危険な仲間との接触を極力避けてたことは明らかで、
その臆病な振る舞いが彼の命を救うことになった。

また、長州が池田屋の仲間を見殺しにしたのも木戸の卑怯な指示によるもの。
「余(木戸)、当時京都邸内(長州屋敷)の諸士を総管す。
依って、余、かつて古高と同盟のもの三人を選び古高の難を救うを許し、
その他をして門を出ずるを禁ず。
…門を厳にし、前途また大事、猥りに此挙に応ずるを許さず。」

その後の禁門の変の際も、乞食や人足に身をやつし、
あげくのはてに厠を乞うて幕吏の包囲から逃亡。

仲間内から「逃げの小五郎」と揶揄され嫌われてるのは、
それなりの理由があるんだろうね。

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/19(月) 00:29:38 ID:YkgrkUVB0
>>101
薩摩の久光をみてると、毛利敬親と木戸(桂)との信頼関係は奇跡的にすら思えてくる。
元々見栄えのする?練兵館塾頭として自慢の藩士だったのが始まりだろうが、その後の抜擢と
「桂がいなければ決してできなかった」と言われる薩長同盟も藩主の理解あればこそ。
残る逸話から総合するとやっぱりある意味名君だよね。

桂も敬親への忠義心が篤くて、武士の解体や世襲制大名の解体を目指しているのに
矛盾を感じてないところがナイス。

印象的だったのは、版籍奉還を説く木戸に対し、毛利の殿様が
−−では、そちとはもう主従でなくなるのか。
木戸もさすがに絶句した。
というくだり。分かってるんだな。。。
それでも藩主が版籍奉還の最初の理解者のひとりとなるんだからなぁ。

版籍奉還は長州藩内のほうが反発が激しく諸隊反乱へとつながってくのが皮肉。

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/19(月) 04:39:30 ID:E54WYtXX0
すげー久々に来たが、やっぱ2chは面白いな。知識の範囲が広い。
強制IDってなんだ?こんなとこで聞くとぶん殴られるのはわかっているが。

明治まで生き残った長州組は伊藤、山県、山田はスレあるみたいだけど、井上馨、品川弥二郎はない?
明治のはじめに、大隈派でなくて井上と木戸に関わってる人が知りたかったんだが。
山田が入ってるのが驚き。

106 :大隈重信:2008/05/19(月) 21:52:33 ID:ixOVXN2i0
使節団派遣の事は、素と余の発議にかかり、
余は進んで使節の任に当らんことを望む。
木戸、大久保のごときは(無能で無教養なんだから)、
留りて内政の整理に尽瘁することこそよかれと思ひしに、
世は意外の点に結果を見るものにて、
留まるべしと思ひし(無知蒙昧な)木戸、大久保は留らずして外に出て、
往かんと思ひし余は往く能はずして内に留り、
内外の衝に当りて其実権実務を掌握するの大任を負はざるべからざるに
至りしこそ是非なけれ。

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/19(月) 23:27:22 ID:p7kAUdgP0
地租改正の税率を下げさせたのは木戸孝允の尽力があったからだそうです。

108 :86:2008/05/19(月) 23:42:14 ID:YnoU7iv70
>>91
どうもありがとうございました!

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/19(月) 23:53:21 ID:OsLBKW1k0
維新の三傑でも最高の人物である。
人間として人格が最高と思う。

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/20(火) 02:14:20 ID:f7x5H3D80

必死に木戸を美化しようとしてる木戸厨が痛々しい

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/20(火) 04:55:36 ID:Nq+XDhSe0
維新の三傑と言えば、重要度からして岩倉、大久保、西郷だろ。
この三人のうち誰が欠けても維新は成立しないが、木戸はそれほどの重要度はない。

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/20(火) 05:31:13 ID:1WMW4dgq0
>>105 強制IDは荒らし対策で同日同回線で同じIDが振られる(たぶん)。

使節団かぁ。大隈は言いだしっぺなのに確かに気の毒。
でも、木戸は行ったほうが日本のイメージアップになって良かった様なw
岩倉の他では唯一タイムズ紙の社説に人物批評付で掲載。

「木戸は我々西欧諸国の代表にとって、断固たるそして変ることなき味方である。
彼は自国につたわる伝統的な偏見を物ともせず、外国人と真の交友関係を結ぶ
道徳的な勇気を持ち合わせている実に稀な日本人のひとりである。
彼は岩倉を大使とする使節団の副使をつとめているが、この国で木戸と会う機会の
ある者は、彼の能力と健全な判断力とに感銘を覚えるに違いない。
(略)このような人物たちを使節団として選んだのは、日本政府の名誉である」

日本としてはいいデビューなんかな(本人たちはそれどころじゃなさそうだが)。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/20(火) 12:08:28 ID:sSqg0mfn0
タイムスってことはイギリスですね。イギリス訪問中は、パークスとか、元函館領事がくっついてるから、その影響もありかも?

「逃げ」がずるいとか、卑怯っつーのは、その後仕事しない場合で、その後仕事してるから、ずるくも卑怯でもないんじゃないか?
撤退は戦術では?


114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/20(火) 21:48:14 ID:Li26Rl1f0
>>
木戸は「既に神経衰弱に罹れるに非ざるや疑ふべし」三宅雪嶺

アメリカに赴いた岩倉使節団は、条約改正交渉に乗り出す。
当初、天皇の委任状が無いことを突かれて交渉が頓挫しかけるが、
大久保と伊藤が委任状のために帰国することで交渉は続けられた。
アメリカ側とは木戸が中心となって何度も会談を重ねる。
しかし、木戸ごときに老獪なアメリカ外交を崩すことは到底不可能。
壁にぶち当たった木戸は、ついにはヒステリーを起こし、
そもそも条約改正交渉を行ったことが間違いだったと言い出す。
森有礼をはじめ周囲の日本人に当り散らしたことは有名な話で、
冒頭の三宅の一節は、その際の木戸についての評。

その後、使節団は欧州に渡りイギリス、フランスなど各国を巡るが、
木戸は一切条約問題については口をつぐんでしまう。
岩倉使節団は、世界中に日本人のバカの見本を晒して回ったようなもの。
岩倉や木戸ではなく、大隈を代表にしてたら、もう少しマシな活動ができただろうに…

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/20(火) 22:08:25 ID:cYVX7dOC0
( ゚д゚ )・・・

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/20(火) 22:21:31 ID:L2UjTnui0
>>111
西郷なんていてもいなくても歴史は全く変わらんぞ、
むしろ維新がスムーズにいったとおもうけど?


117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/20(火) 23:32:40 ID:leFIuY1T0
三宅雪嶺って岩倉使節のとき、給仕さんかなんか?留学中?
いずれにしても、子供なので、子供の目にそう見えていたのは興味深いが、神経衰弱は木戸の性格で、のちにいわれる「脳病」は、馬車で2度も事故ってるからじゃないか?
実際、木戸の死因て何?結核ってことになってる?
胸が痛いとか言ってるけど、結核って胸痛い?胸痛いのって、心臓病でない?

大隈はなんで岩倉使節に行かなかったの?ポスト的には、彼が行けば良かったとは思うが。当時は伊藤の方が部下だろ。


118 : :2008/05/21(水) 03:23:26 ID:2cmSZ6+zO
>>111
難しいな

大久保は明治維新自体にはさしたる功績はない
とはいえ
天皇を取ることができたのは岩倉と大久保の暗躍があってのことだが
しかしそれは大久保でなくともできたろうな

明治維新に対する功績では木戸以下だろうな
やはり革命に関しては 西郷 次に木戸 坂本あたりか
比して明治以降
西郷は役にたったか?

廃藩地検までは木戸の功績が大久保西郷を上回るが 以降は大久保だしな
岩倉は例の会議で西郷を押さえ込んだ功績はある


119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 04:06:10 ID:bazv9y3T0
>>118
んだな。
維新の三傑っていわれても、何時もう〜んと
うなっちゃうのはそのモヤモヤ感からなんだよな。

ところで、広沢暗殺したのは結局誰なわけよ。
たしかに木戸とは仲良くはなかったけど。

模擬裁判形式で昔誰かが犯人探しの小説書いてたな。
あれは確か暗に木戸がやったと結論付けてた記憶がある。
誰のどの小説だったか・・・。
捨てちゃったのか見当たらない〜!


120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 06:01:27 ID:d4UbvFK00
>>118
同感。時期と評価ポイントによって全然ちがう。当たり前だけど。
んで、維新を「53年ペリー来航から明治10年西南戦争まで」とくくった場合
三傑とか関係なく、最初から最後までキーマンとなってるのは木戸と思えるんだよ。
(西郷も大久保も坂本もそれぞれ重要だけど)

活動の場所、思想、人との関係・登用、苦悩や挫折も含め「維新」を体現してる。
司馬から歴史に入ったのでなかなか気づけなかったけど。

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 08:36:00 ID:DBK/u4270
>>112
>日本としてはいいデビューなんかな
日本の外交デビューは、幕府が送った遣米使節団。
小栗上野介が為替レート交渉を行い、日本側の主張を認めさせてる。
行き当たりばったりの岩倉一行と比べると格の違いを感じる。

>>113
仲間を見殺しにして逃げるのは卑怯だろ。
後で「仕事」をすれば卑怯者でなくなるわけではない。
そもそも木戸はろくな仕事をしていない。

>>116
重要なのは明治維新がかなり人的・偶然的な要素によって成立してること。
倒幕勢力の形成、王政復古クーデタの画策、幕府側の総反撃の中止、
これらの動きが上手く噛み合わなければ維新はありえなかった。
よって、維新の三傑は、グラバー、岩倉具視、徳川慶喜、となる。

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 13:31:58 ID:uvi54wsQ0
三傑
革命だと、高杉、大村を入れたいけどな。
三条、久光も維新の三なんとかにしたい。
あと一人が思い浮かばないが。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 15:33:25 ID:NOi7GeAmO
>117
当初行くつもりだったけど、木戸を引っ張り出したい大久保に邪魔されたんじゃなかったっけ
だから大隈の洋行がぽしゃったわけで…

>119
古川薫「誰が広沢参議を殺したか」かな?
あれは黒に近いグレーだったような…(実際は白だと思うけど)
前スレあたりで広沢が不平士族に恨まれてた理由とか書いてる人いたけど、内容忘れた。すまん

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 17:44:41 ID:bazv9y3T0
>>123
感謝。
やっぱりあの小説か〜。
捨てるはずないのにどこ行っちゃったんだろ。

しかし大久保っていつも木戸を何かにつけ使うよな。
彼は正直木戸では権謀術数のレベルにおいて
とても太刀打ちできない相手。
無理やり担がれるたび、さぞ憤懣やるかたない思いをした事であろう。
木戸ってそういうとこがかわいそうだな。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 19:41:11 ID:HWPbc2Ke0
木戸は調整型で現実主義タイプの政治家だからね
長州の久坂や高杉だの大村のような変人をまとめられる常識家は木戸以外居なかった

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 19:58:07 ID:bazv9y3T0
一言で言えば苦労人だなぁ。
おかげで美男子の誉れ高かったご面相も
後半人生では苦渋に満ちた顔相に。
まぁ歯を抜いちゃったせいもあるだろうけど
絶対ストレスで命縮めたくち。


127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 20:44:04 ID:ioKNAYfy0
>>123-124
ほとんど大隈使節団で決まりかけてたときに、大久保が反対してひっくり返したんだよ。
非薩長に外交の実権を握られたら薩長藩閥としては困るだろ。
また、大隈は内政に関しては殖産興業路線を支持し、大久保と考えが近い。
大隈や西郷に内政を任せておけば、大久保が海外に出ても大きな支障はない。
問題は木戸。日本に置いといたら大隈の邪魔をするに決まってるから、
一緒に連れ出し目の届くところで監視してた。

こうして、木戸を排除したことにより、
神祇省廃止、学制改革、地租改正、徴兵令、国立銀行設立など、
国家の基礎を留守政府が整備することができた。

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 20:55:56 ID:SrFtIOUK0
>>121
なにいってんだ、明治政府は当初のプランどおり倒幕して、
そのまま政治改革をしただけ、
むしろ政治改革をする為に、邪魔な幕府を潰したといっていいほどだ。

>>127
西郷がいつから、殖産興業なんてもんを理解したんだよ、
木戸と違って、あいつにおつむなんてないんだから、
そんなの理解できるわけないだろ。

そもそも大久保が木戸を監視するなんてありえねーよ。
立場は木戸が上、
そもそも大隈なんて、事実上木戸閥の人間だ。
政策に大きな違いはない。
いつから木戸が学制地租改正徴兵令銀行に反対したんだよw
でたらめも対外にしろ。

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 21:39:59 ID:bazv9y3T0
>>128
まぁ、そうなんだけどさ。
西郷はこっちおいといて
大久保については、立場が上なのに・・・ってとこが
微妙だよなぁ・・・。
愚痴ってたと思うぜ。


130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 22:20:26 ID:SrFtIOUK0
実力的にはともかく、立場上は木戸が上。
実力といっても、実行力という意味で、
企画力などは、五分か木戸が上だとおもうが。

三傑は大久保、木戸だけは確定、西郷はどうみても入らない。


131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 22:22:34 ID:TqJVSVI90
>>128
>明治政府は当初のプランどおり倒幕して、
初耳だぞ。その当初の倒幕プランとはなにか?
具体的に説明してくれ。

>木戸と違って、あいつにおつむなんてないんだから、
西郷も一応はフルベッキの門下生。粗暴で無教養な木戸よりはマシだろ。

>立場は木戸が上、
大久保も木戸の同じ副使で使節団での立場は同じ。

>大隈なんて、事実上木戸閥の人間だ。
大隈と木戸が一致してたのは廃藩置県のところまで。
ところが税をどう使うかという次の段階で、
開化派の大隈と緊縮財政派の長州閥との間で対立が起こる。
井上は海外の木戸に泣きつき開化路線を潰そうとするが、
最終的には大蔵省から木戸派の井上を追放することによって決着。
これによって、大隈が国家財政の実権を握り、様々な開化政策を展開する。
もしも木戸が日本にいたら、日本の近代化は終わってたはず。

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 22:31:09 ID:HwQ5Sdsq0
妄想の激しいスレですね。

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 22:50:00 ID:SrFtIOUK0
>>131
>初耳だぞ。その当初の倒幕プランとはなにか?

幕府潰して、廃藩置県をして中央集権国家を作るのが、
木戸の当初からの目的、そのためにむしろ幕府を潰したというべき。

>西郷も一応はフルベッキの門下生。粗暴で無教養な木戸よりはマシだろ。

フェルベックなんて、ただの神父、西郷の程度の低さがよくわかる。
木戸とは比べられんな。

>大久保も木戸の同じ副使で使節団での立場は同じ。

明治政府での地位の話。参議であり木戸よりも大久保は下位。

>開化派の大隈と緊縮財政派の長州閥との間で対立が起こる。

放漫財政派と、緊縮財政派というべきだな。
そして井上が対立したのは、大隈ではなくて江藤。
司法省の権限を大きくしようとした江藤と、
大蔵省の権限を維持しようとした井上の対立、
そして江藤は井上のスキャンダルをでっちあげて、政的の井上を葬っただけ。

ちなみに井上は、学制にも徴兵制にも、地租改正にも銀行にしても、
むしろ大隈よりも積極派であるが、反対派ではない。

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 01:08:55 ID:Ne6aF6QN0
もう、アンチにはスルーしようぜ。
リアルでは誰にも相手されてないんだから、相手してやったら喜ぶよ。


135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 01:19:47 ID:Pmr+vMKd0
>>133
同意見だ。えらいな。ああいうのにまで対応して。
>( ゚д゚ )・・・ となってしまってた。

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 01:32:58 ID:bixv5g7+0
>>133
>廃藩置県をして中央集権国家を作るのが、木戸の当初からの目的、
お前の妄想はいいからソースを出せ。

>木戸とは比べられんな。
フルベッキを「ただの神父」というなら基地外松陰はいったいなんだ?
そして木戸は、その松陰からさえ出来が悪いと低評価。

>参議であり木戸よりも大久保は下位。
どうでもいい形ばかりの地位に異常にこだわるところが木戸ヲタらしい。

>そして井上が対立したのは、大隈ではなくて江藤。
裁判所を各府県に設置しようとしたのに井上が金を出さなかったからね。
その一方で公私を混同し不正な蓄財に励んでた。江藤が怒るのも当然だろ。
なお、対立したのは司法省だけではない。
文部省、陸軍省、地方官等々すべて井上の無責任な反開化政策にぶち切れ、
大隈でさえ、井上を追放すべしとの判断に傾いた。
「実ニ八方敵中ニ座スルノ思ヲナセリ」
この井上の木戸への訴えが当時の状況を物語ってる。

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 01:35:56 ID:9pujf+5R0
でもさ、地味地味といわれてる木戸のスレが、
上位に来てるなんて俺的にはちょと嬉しいよw

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 02:26:48 ID:caKGIpN10
同じくw

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 03:33:52 ID:Pmr+vMKd0
高輪談判って知ってる?(また地味な話題だよなw・・・でも重要)

Wikiで見てもらえばいいんだけど、維新後、戊辰をきっかけに出回ってる膨大な偽金について
薩摩藩との取引で大量に保有してるパークスをはじめとした5カ国との会談。
明治新政府の国際的信用と貿易経済を破綻させかねない大問題。
(新政府と無関係と切り捨てられるのを恐れた)

会談前に欧米注視の中本件担当してた大隈を、自藩でも偽金作ってた大久保が妨害、大隈は
辞任まで決意してたのを木戸が救って、その後の通貨改革・金融改革を支えた。
木戸が引き立てた人物って、大隈とか江藤とか澁澤栄一とか、伊藤とか井上とか
開明派人材揃いでさすがだ・・・。(あ、大久保批判じゃないよ)

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 03:43:02 ID:atw3IUy10
>>127
>神祇省廃止、学制改革、地租改正、徴兵令、国立銀行設立など

明治2年6月21日からの兵制論争じゃ、大村と木戸が国民徴兵制を主張してるのに対し、
大久保らの薩摩派が反対している。
「藩兵を外にし農兵を募り親兵とするの軍務官の見込み、決て不安心」(大久保日記、6月23日)
この意見対立の最大の原因は、当時の両者が政府最大の敵を誰と見ていたかによると言われる。
木戸は諸藩及び不平士族を、大久保は百姓・町人の政府からの離反を最大の脅威とし
むしろ薩長土三藩の兵を中央に供出するよう主張した。
この論争では結局大久保が勝ち、のちに薩長土に加え肥後兵も加わった。

少なくとも徴兵制に関して、君の意見は大ウソ。

>>121
>仲間を見殺しにして逃げるのは卑怯だろ

徳川慶喜は?

>>136
>廃藩置県をして中央集権国家を作るのが、木戸の当初からの目的、

先述した明治2年の兵制論争だが、このとき木戸は征韓論を唱えている。
で、これの目的だが、対内策として諸藩の力を弱め、不平士族の方向性を海外に逸らし、
中央官僚制を確立強化することにあった、という解釈がある。
故に木戸や大久保は、西郷の士族の復権を目的とした征韓論には断固反対した。
政策の成否の是非は兎も角、そういう思想的な背景はあった。

しかし征韓論粉砕の一件を見るにつけ、大久保こえーw

あと明治6年の薩長土肥閥の抗争については、ここの解説が面白い。
ジェトロ - 日本貿易振興機構 アジア経済研究所
http://d-arch.ide.go.jp/je_archive/society/book_unu_jpe2_d03.html

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 07:33:30 ID:Pmr+vMKd0
>廃藩置県をして中央集権国家を作るのが、木戸の当初からの目的
そのとおりだね。これはむしろ木戸の大根本じゃん・・・今さら?

鳥羽伏見直後、明治初年(慶応元年だよ、おい)2月、有名な版籍奉還の建白書を、
維新史上初めて提出してる。
「七百年来の積弊を一変し、三百諸侯をしてあげてその土地人民を還納せしむべし。
しからずんば一新の名義、いづくにあるか知らず」

当時これを言い出すのは死の覚悟が必要だし、よっぽどタイミングを図らないと
実現できない。でも、やったんだよ。でも三条岩倉は秘した。その是非は分からない。
(ちなみにこの時期よりも前から、統一国家構想は書簡で残ってる)

ーーー版籍奉還が2月に行われていたら、東北もあれまでには戦わなかったろう。
木戸はそういって残念がっている。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 12:15:36 ID:m75f0N1u0
歴史に残る名文

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 12:22:12 ID:WMvcFin50
いや、アンチもいないと2chぽくない。せっかく久々だから放置しないで、そして、以前のスレで出てても蒸し返してくれ。たのむ。
みんなで褒め殺してるのも気持悪いからな。

「仲間」を「見殺し」が「卑怯」というのは、言葉の意味の解釈がへん。
ヒットラーやスターリンだって、「仲間」を見殺しにはようせん。
そんな根性の座った人じゃないな、木戸は。
池田屋とか蛤御門とか前原とかのことを言ってるんだったら、仲間を見殺しじゃない。
味方と思われる人たちを、知ってて、助けないで逃げたのは、自分の命の方が重要だという判断だから、卑怯ではない。
無闇に死に急ぐ方が卑怯ともいえる。
仲間じゃなくなったので、ちょうどいいから死んでもらったか、もともと仲間じゃないとも考えられる。

征韓論(西郷のじゃなくて)の
>対内策として諸藩の力を弱め、不平士族の方向性を海外に逸らし、
中央官僚制を確立強化する
っていうのは、本人が日記で言ってたんじゃないか?でも、誰かの説みたいな感じもするが。

版籍奉還は文久の改革あたりにあった案じゃないかと思うんだが。
史実としてあったってことじゃなくて、案としてあったんじゃないかと思う。
木戸のオリジナルじゃないと思うのだが。

松陰がきちがいは賛成。革命には狂は必要。
でも、木戸にあるのは創造力じゃなくて、遂行能力。
そういうのは政治家の基本だから、松陰はわざわざほめないだろうな。

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 13:55:43 ID:9pujf+5R0
池田屋に付いては色々意見があるけれど
自分は卑怯というのとはちょっと違うと思うなぁ。
そんな計画やめろと散々いっても聞く耳持ってくれないし、
あんまり強硬に止めたら今度はこっちに噛み付いてきそうだし。
まだやるべき事があるのにつきあって死ぬわけにはいかないし。
斉藤道場の教え通り、無駄に命を捨てるなっていうのを
実行したんだろうな。

>仲間じゃなくなったので、ちょうどいいから死んでもらったか、
もともと仲間じゃないとも考えられる。

さすがに「ちょうど良い」とは思わなかったろうけど(ww)
それしかあるまいと苦渋の選択をした・・・、
これはあったと思う。
いや〜、それしかないと思っても、ずっと苦しんだろうな。
自分だったら絶対鬱になるよ。






145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 18:56:06 ID:xcQ2yuBp0
>>136
>お前の妄想はいいからソースを出せ。

廃藩置県関連の研究書嫁、
上でもいっているが、真っ先に建白書だしているし、
それ以前にも廃藩置県を意味する手紙などを残している。

>どうでもいい形ばかりの地位に異常にこだわるところが木戸ヲタらしい。

単純な実力でも明治政府ナンバーワンだが?
せいぜい比肩しうるのは大久保のみ、そしてその大久保は常に木戸を立てていた。

>裁判所を各府県に設置しようとしたのに井上が金を出さなかったからね。

んな金あるわけないだろ、つかそれは内務省の権限を、
司法省が取ろうとしたからだよ。
だから大久保もカンカン。

>その一方で公私を混同し不正な蓄財に励んでた。江藤が怒るのも当然だろ。

これ実は証拠ないんだよ。裁判でも無罪になってる。

>文部省、陸軍省、地方官等々すべて井上の無責任な反開化政策にぶち切れ、

嘘はやめろ、井上は反開花政策などしていない、
むしろ率先してやっていた、強硬派の一人。
そして井上が各省庁と対立していたのは、緊縮財政派だからだよ。
そしてこれは大蔵省の宿命。
今でも財務省は、もっと金寄越せという各省庁と、
常に対立している。
>>144
池田屋は捏造臭い。
記録が新撰組が拷問したものしか残っておらず、
志士側にはない、また志士側の計画は、
拉致られ、拷問を受けていたこの「自白」した人の救出であり、
焼き討ちの計画ではない。


146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 19:19:20 ID:4OHJbHUTO
死因の話が何度か出てて気になったんだが。
順天堂の佐藤進が往診して、木戸の死因を胃癌と肝臓肥大だと診断してた記憶があるんだけど。違ったのかな…。
司馬は何で結核にしたがるのか疑問だったんだ。
知ってる人教えて下さい。

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 20:28:59 ID:O8d5I7mu0
>>146
死因は脳病。
晩年の木戸はほとんど廃人。

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 21:47:32 ID:OBkfTSpv0
>>147
私の持っている「木戸孝允」と言う本(松尾正人著・吉川弘文館刊)には
木戸孝允の死因は胃がんとしていますが、貴方が死因を脳病とする根拠は
何ですか?


149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 23:27:02 ID:E3sE9qf/0
胃癌、肝臓系は説得力あるな。胃腸に問題あるっつーのと、肝臓は健康なわけない飲み方してるっつーのは明らかだから。
脳病は、馬車から落ちた後、その頭痛を脳病だと本人が言ってるからではないだろうか。それは外傷だと思う。結核は血吐いたり咳出たり自覚症状があるから、木戸の性格だったら、自分で言ってると思うんだが、言ってないと思う。

池田屋で殺されたという人たちは、木戸の一派じゃない。知り合いではあると思うけど。吉田稔麿も、その日に殺されたのは確実みたいだけど、現場にいた証拠ないし。
池田屋って、そんなに大事件に扱われてないと思うんだが、新撰組の映画とかテレビとか小説とか以外で、そのときのことを一番語ってるのって誰?


150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 23:41:28 ID:aEPNew3f0
>>146
講談社学術文庫「大久保利通」109ページ
佐藤進氏・談のところにあるよ。

「木戸公の別邸を訪問し同公の病床に伺候して診察をいたしたのである。
病気は胃癌と肝臓の故障でなかなか重症であった。」

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/23(金) 01:00:40 ID:YjL6YHYO0
>>147
木戸日記 4月24日
昨日来病気尤不快を覚ふ 余平生骨を東山に埋るは宿意なり
胸部の病不癒を知らは安然直に此地に留臥せんことを欲せり

あと、脳病って死の二十日前まで日記書いたりできるんだろか。

>>149
松陰の親友だった宮部鼎蔵も死んでるんだよなぁ。池田屋。
資料の出処をちゃんと明記してあるHPをみっけたので、参考までに引用。
■京都放火説の真偽
「よくある誤解」でも触れましたが、長州藩の「陰謀」はこのころにはかなり流布しており、新選組が古高の取調べで初めて得た情報ではありません。

また、歴史学者原口清氏の研究によれば、洛中放火計画を事実として伝えているのは幕府側史料だけで、
古高と連絡のあったはずの桂小五郎もその書簡で放火計画を「虚説」と否定しており、同氏は陰謀説に疑問を呈しています。
京都歴史資料館の小林丈広氏は「幕府側にすれば陰謀説の流布によって、志士弾圧(池田屋事件など)を正当化することができると同時に、
京都市中に根強い尊攘熱に水をさす効果をも期待できたのである」としています。
(中略)
ところで、当時在京中の土佐人の書信に「浪士申合の事」とされるものがあるそうで、池田屋集合浪士の一人、北添佶摩の案ではないかと
推測されています(下表:『維新土佐勤王史』)。
これによれば、浪士が焼き討ちを考えていたのは京都市中ではなく、壬生の新選組屯所であり、
中川宮・会津候の殺害まで考えていなかったことになります。
古高のが自白したものも、新選組の屯所の焼き討ちだったとすると、新選組は会津藩に対して危機を誇張して報告したことになります。
(表略)
なお、元治元年には長州藩が洛中に放火して公武合体派を殺害という風説が広く流布していたわけですが、
前年の文久3年6月には幕府が御所に放火して激派公卿を逮捕するという風説が流れていました(こちら)。
(後略)
◆「今日」元治1.6.5:池田屋事件(1)前夜
http://bakumatu.727.net/kyou/7/070864-ikedaya.htm

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/23(金) 02:29:31 ID:ghsvFtrC0
>>151
>あと、脳病って死の二十日前まで日記書いたりできるんだろか。
胃病という仮説もあるけど、慢性的な胃病だったら日記に書きまくるはずだが、そんな記載はない。
脳病に起因する前身衰弱で死んだと推定するのが妥当。
事実、木戸は何度も異常な脳発作を起こしてる。
ひどいときは左半身が麻痺し歩けなくなるような状態だからかなり重篤。
発作は周期的に起こるもので、症状が収まってるときは、なんの問題も無く日記が書けた。

>>145
>嘘はやめろ、井上は反開花政策などしていない、
全国から税を搾り取ったんpにし、それを開化政策に回さず、個人的に着服してたんだから、
井上は事実上「反開化政策」を行ったといわれてもしょうがないわな。

>>141
>これはむしろ木戸の大根本じゃん
「維新後の桂( 木戸) の毎日は、薩摩閥の首領大久保利通に対し、
長州閥の勢力を防衛することに多くの精力がさかれた」
司馬遼太郎

木戸の「大根本」が知りたければ、司馬先生の本をちゃんと読め。
木戸が鬱病のウンコ漏らしであることがよく分かる。

153 :34:2008/05/23(金) 06:32:21 ID:1DEdfycQ0
34です。>>33
「木戸は生涯、長州閥の利権のために奔走した人物。
しかし視野が狭く陰気で猜疑心が強い」発言に対し、
>>34
「どの小説から?まさか司馬?知りたい」と書き込んだ者です。

でもそれは決して↑のように、司馬=史実としたものではなく
逆に「それって小説の影響じゃないの?司馬の表現に少し似てるし。
失礼かも知れんけど史実にあたってると思えないなぁ。
逆に何読むとそういう感想になるの?素直に知りたい」という思いから。

ごめん。誰も気にしてないと思うけど、ついちゃんと言っておきたくなった。

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/23(金) 09:56:55 ID:EET3MIr30
>154
木戸スレの盛り上がりを期待した書き込みではないだろうか。
ところが、このスレには司馬の本つか小説に木戸の大根本が書いてある(小説「にも」書かれているだろう、とは思っても)と思ってる人が殆どいないので、残念乍ら期待外れな反応?
盛り上がってはいるかもしれんので、その意味では期待通り。いい仕事したかもしれん。
あ、そう書いてるのが司馬氏かどうかは自分は知らん。

>151
とんくす。
火つける計画が全くなかったとは思わないんだが、古高としては、どっちみちもう殺されるの確実なわけだから、びびらしたろーやないけ....こういう驚きのプランもあるのだ!みたいな気持ちもあったんじゃないか?

木戸つーか桂は、その手の攘夷騒ぎは鎮静させたい派だったと思うんで、むしろ、京都での新選組活動に関わってんじゃないか、とも思うんだが。
誰か関係文書で秋月悌次郎の手紙読んでる方、それ、いつ頃の手紙です?

だから、脳病は馬車事故の外傷だって。半身麻痺すんのも馬車事故のときだから。
馬車って結構危ない乗り物なんだよ。道が西洋みたいに鋪装されてないのに導入すっから。
田舎道仕様のじゃなくて、都会用の導入しちゃったみたいだし。

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/23(金) 11:20:01 ID:yH3WSbTA0
ソースってのは、一次史料、または信用できる二次史料、専門の論文とかを言うんだよ。
司馬の「小説」は素晴らしいとは思うし、司馬も本をいっぱい読んで書いたと言う。
歴史興味ない人へのキッカケとかにはいいと思うし、影響も与えたと思うが、
司馬小説=史実ではない。

気になったんだけど、ここで木戸日記を読んだやつってどれくらいいる?
ログ読むと、何人か読んでるだろうなって感じの発言の人はいるけど。
自分は今は三巻の後半。貸出禁止図書だからなかなか進まない…

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/23(金) 12:12:27 ID:nyOKTjwH0
昔国会図書館に何日も通い、必死にコピーしたが
一巻目で挫折・・・orz
結局稼げる身分になってから買ったよ。
良い文献だからもっと安くなって広く読まれると良いのになぁ。
(時々本人が「そんな事広めんでくれ!」って頭抱えそうな記述もあるけどw)
でも木戸の人となりを知るには返ってそういうところが興味深かったりする。

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/23(金) 12:13:52 ID:NoIvQWpz0
自分ところは貸出可能だったので晩酌の供に読んだものだが
貸出禁止は辛いな
隣の県の県立図書館なんかでは貸出可能だったりしないか?
隣接してるとカード作れるんじゃないかと思うが


158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/23(金) 14:48:49 ID:pNn6qcUo0
地元の県立図書館だとあるにはあるみたいなんだけど
どうやら書庫に入ってるみたいで気軽に見れないんだよなぁ
醒めた炎もそうみたいで未だにあの分厚さを見れてない
家にあるのは文庫版だしなぁ

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/23(金) 18:10:46 ID:8b7LqolFO
>>150 146です。携帯からなんですみません。
あの大久保ネタ本ですねw読み返してみます。ありがとうございました。

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/23(金) 19:33:08 ID:F8EB7SYR0
>>152
>全国から税を搾り取ったんpにし、それを開化政策に回さず、個人的に着服してたんだから、

史実に沿った発言をしてくれ、当時明治政府の財政は火の車で、
余裕がなかったから、けちけちしただけ。
そして国家財政規模のものを個人的に着服できるわけないだろ、
そんな天文学的な金を個人的に所有できるわけがない。

>司馬遼太郎

だから史実に沿ってくれ、
つか木戸はそこまで藩閥にはこだわってない。



161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/23(金) 22:27:00 ID:SiDAnu1l0
>このスレを見ている人はこんなスレも見ています

カツラ=「ヅラ」ってわらっちゃたよ
木戸さん、子供にも知名度上がってんの?w

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/23(金) 23:03:00 ID:YjL6YHYO0
うん……まぁ……一応……w

>>152
これはちょっとぶっ飛びすぎじゃね。
>全国から税を搾り取ったんpにし、それを開化政策に回さず、個人的に着服してたんだから、
>井上は事実上「反開化政策」を行ったといわれてもしょうがないわな。

話の流れから察すると、もしかして江藤に責められた尾去沢銅山事件のことかね?
ありゃ単純な公金着服じゃないぞ。ググれば簡単に出てくるから、経緯は自分で調べてくれ。
ちなみに、看板の話は明らかに流言飛語の類だと思う。
退官後の井上の行動見れば、自分の物にする気も必要も無かったのは明らかだから。

それに、汚職=反開化政策ってのはちょっと論理が飛びすぎだと思うがね。
規模なら尾去沢銅山事件より、黒田の開拓使官有物払下げ事件のが額面だけでもよっぽどでかいぞ。
まぁ汚職自体を弁護する気はないがw

スレを活性化させてくれるのは誠に嬉しいのだが、ソースが司馬遼ってのはちょっと……
「小説に書いてあったから」っていうのは「漫画に書いてあったから」って言うのと同じだと思っておいた方がいいと思うよ。
応援してるので頑張ってくれ。

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/23(金) 23:20:21 ID:El61d6q80
井上は個人的に着服してる事実あるの?
彼は、金を集める能力は高いけど、運用したり、貯めといたりする才能が低いんでない?
木戸日記を読むと、井上好きになるぞ。司馬遼太郎のいう通り、自分のものと他人のものに区別つかない人なのがわかって笑ってしまう。

井上が集めた金は、所謂その後の財閥が運用したんだと思うよ。侍は金のこと考えないのが普通だから、大蔵省は小栗でも誰でも、経験ある人がやればよかったんだよ。
当時の侍の感覚として、金は穢れたものみたいに福沢が言ってなかったか?
木戸なんか、はじめの頃、3/5を軍事費用に充てるとか言って、ものすごい金銭感覚してるし。
加賀の勘定方の人の「武士の家計簿」とかいう本、すごい面白かったな。

で、木戸の大根本のわかる司馬本知りたい。おしえれ。

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/24(土) 00:00:12 ID:qWSt6lo70
井上は運用も蓄財も大好きだぞ。
だが国家がやばければ、全財産を国庫に入れるくらいは余裕でする。
そういう人。

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/24(土) 00:41:26 ID:Cex2T7cf0
うむ〜、良い意味でも悪い意味でも、
現在では考えられぬダイナミックさw

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/24(土) 01:12:12 ID:BeR56sxs0
>158
書庫にあるのなら、何度もリクエストして借りればいいじゃないか。
期限がきたら延長。これ最強。
本は借りれるものは借りたほうが良い。そしてコピれ。


井上って良くも悪くも規格外だよな。
金に汚いイメージのせいで過小評価されがちだけど、
神クラスの政治家だと思うお。自治党とか自分的にはかなり神。
ところで井上スレマダー?
木戸スレ以上に荒れそうだけど密かに期待してみる。

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/24(土) 01:55:44 ID:9XMcyewwO
相変わらずアンチの人論破されてるなぁ

>>166
井上は悪く書かれることが多いから荒れまくりそうだねw

ところでヤフオクで木戸孝允で検索かけるとおもしろいものが…

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/24(土) 06:48:37 ID:iZmBpWdi0
元勲クラスにとっては、明治政府は自分達が命がけで作ったものだからね。
大久保が自分名義で借金して政府の赤字を穴埋めしていたのは有名だが、
それに近い気持ちはあるんだろう、
会社の創業者にとって、会社は自分の実の子よりも可愛いというらしいし。

のちに権力をとっただけの政治家とはやはり違ってくる。

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/24(土) 10:19:36 ID:qqNJRLKQ0
井上スレ、始まったらおしえれ。ここしか見てない。
荒れるかね?井上って人に恨まれるようなことしてる?
金持ってる人で井上にどっか持って行かれた人はむかついてるだろうけど、むかつくだけ無駄っぽい。
面倒見いいつーか、面倒見てるかどうかわからんが、盛んに人材登用とかしてしてるから、恩に着てる人も多いと思うが。
渋沢を新政府に入れたのなんか、井上じゃないの?
豪快なとこがいいよ。ひとの話聞いてないようなとこも魅力ある。
本人も外れてるのは知ってたんだろうな。世外だし。
井上が主人公の小説ってないの?大概、伊藤とカップリングなのが、不満だな。
伊藤とは仲良かったのかね?

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/24(土) 11:37:36 ID:iZmBpWdi0
伊藤とは親友。
年取って病気患ったときは、見舞いにいったが、
そのときはお口あーんで食べさせていたとか、いないとか。
腐女子がアーッ!と喜ぶ関係ではないけど。

171 :強制ID実験中:2008/05/24(土) 12:14:06 ID:n9r/7tqo0
ごめんな。どういうもんか知りたい。ここでやるなだとは思うが。

木戸(というか桂か?)は腐女子に人気ありそうだが。もう、とっくにそういう嵐は過ぎた?
でも、相手は誰よ?周布か殿様か容堂だな。

172 :強制ID実験中:2008/05/24(土) 12:17:21 ID:n9r/7tqo0
あーそーか。わかった。すまん。あぽんしていいぞ。

井上って、木戸生きてる頃住んでるのどこ?伊藤、大隈は築地?
木戸は山尾と仲いいよな。

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/24(土) 12:24:21 ID:ThObN/p00
>>167
掛軸?
これ画も木戸なんだよな?
木戸にしては上手くないか

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/24(土) 14:10:58 ID:Cex2T7cf0
>>173
>木戸にしては上手くないか

ごめん大笑いしたぜ。
あんなに南画好きなのに本人は・・・。
まぁそこがまた味だ。

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/24(土) 15:32:31 ID:D8yvtmM50
司馬の話がでてたけど、悔しいことに表現力はピカ一なんだよな。

跳ぶより、明治6年薩摩の(あの突飛な)台湾出兵への木戸の反対意見書口語訳
「統治の制度はまるで整っておらず、人民の産業はなお成り立っておらず、
国の会計は毎年赤字で、しかもその赤字をうずめるのに内外から借金をし、
その赤字がいよいよ国力を削いでいっている。領土を奪るのは財政を豊かにする道だ、
ただ国家がそれをやるには無数の条件を必要とする、
台湾の場合最も重要な条件は奪ったところで維持できるか、できないではないか」
「木戸の思想には、戦争は民にとって凶事だという不抜のものがある」

『日本国の士民の場で物を考える点では、木戸の意見は千年の歴史に耐えるところをもっている』

木戸の亡くなるシーンでは自分の遺骸を葬る場所について
『「東山の一峰の霊山がいい」といった。
霊山は、維新前の騒乱や幕府方のテロリズムで斃れた長州人や他藩の彼の同志が多く眠っており、
その墓石の群れそのものが幕末の革命運動を語るものであり、
その全てといっていいほどが、桂小五郎と称した頃のかれの友人たちだった。
死んでから語り合えるということもあったであろう。』

そういえば霊山って行った事ないけど龍馬中岡の碑文は木戸だよね。
字は上手いはず、字は。。。

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/24(土) 19:39:48 ID:BeR56sxs0
井上スレ欲しいな。政商スレでもいいけど。

>169
自分が知ってるのは海音寺…。小説というより評伝だけど。
他はタイトルあやふやだけど、「若き日の井上馨」とかいうので
あったような…。
ちなみに同世代の井上評価としては、佐々木とかボロクソ言ってるらしい。
まあ、この人は木戸を評して「後世は過大評価されるだろう」とか
皮肉ってもいたキガス。
他は恨まれるっていうか、会津系作家共はこぞって
貪官汚吏とか言いやがる。確かにそうなんだけど、それ以上に
色々やってるのにな。特に人材育成はぶっちぎりトップだろ。

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/24(土) 23:12:13 ID:ThObN/p00
突然ですまない。
木戸日記のテキストデータって需要あるかな?
一年分にも満たないうえに間違いだらけな気がするがうpしてみた。

http://kissho.xii.jp/1/index.php 
1jyou36156.zip 
DLKeyはkido

昔暇を持て余してた時に打ったもので、いい加減にも程があるのだが、よかったらどうぞ。

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/24(土) 23:34:28 ID:gBH03GW40

ヤフオク、木戸ものアラート入れてっから(買わないけどな。見るだけ。結構楽しめる)見てたけど、例の火鉢かなんかに書いた絵にも似てる。布に書いてるからだと思うけど、字が木戸っぽくなくね?
その出品者、某家放出品、すげ持ってる。某って人、大した財産家?wwww
木戸、字はうまいけど、絵は箱書きがなきゃ売れないんじゃね?でも、木戸の好きな奥原清湖とか、竹田とかも、「上手い」っていう画風じゃないと思う。つか、自分は南画がそんな好きじゃないからだが。

>176 おおきに。海音寺は探してみる。
「若き日」は、長州ファイブと暗殺未遂頃っぽいな。小説だと「若き日」が多く、自伝だとじじいになってからじゃん?大概、知りたいのは、「中年の頃」なんだよ。
そういう意味で、木戸、大久保、西郷は、いいときに死んだ。西郷は微妙だけど。
佐々木って、高行?佐々木高行が井上好きだったら佐々木の評価が変わるけどな。
でも、「後世」に評価されると見たのは興味深い。佐々木も日記書いてたよな?探してみよう。

井上が嫌われてるのは汚職っぽいからなんだ?
あの時代で、つか、あの背景で、汚職以外のどういう方法で鉄道通したり、電信システム作ったりできるよ?しかもあんな短期間で。それまで存在すら知らない国民だぜ?
外国人、米なんかいらねぇんだからさ。金持ってんのは商人なんだから。それやったら儲かるから投資できる、って概念が普通の、つか、上層部にいる武士じゃわからんだろ?
まぁ、そういうことを急激にやったこと自体が批判の対象なんだろうけどな。


179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/24(土) 23:58:57 ID:yXwfkK/H0
当時経済を知ってたアクティブ政治家は伊藤と井上、せいぜい大隈ぐらいのもの
他はまぁ…東大法学部出が政治家になったようなもんか

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/25(日) 00:20:06 ID:dADV6KOr0
>>177
トン!さっそくDLしてみた。
177、すごいよ、よくここまでやったね…。いったい何者なんだ?笑
助かる。乙でした。

前の方で、木戸日記読んだ人いる?って言った者なんだが、
自分はノートに、面白い部分はペンでメモってる。
貸出禁止で書庫にあるから、いちいち頼むのはめんどいが、
館内コピーは15円だったので、手書きで頑張った。

ちなみに「世界ノンフィクション全集・第50巻」に、
木戸日記の抜粋があって、こっちは貸出OKだから全部コピーした。
初心者は、こっちの方が読みやすいかも。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/25(日) 01:05:41 ID:KwL8ewHi0
>177
thx!多謝!!

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/25(日) 02:21:12 ID:xGt6JyNc0
>>177
うわー凄。ありがとう。(チラリズム・・・悶々)
このスレっていい人多いなぁ。

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/25(日) 02:36:02 ID:gLaHUDcu0
>177 えらい
まかーだから、見てないが。。。

木戸日記、現代語プロジェクト、だれかやらね?ここじゃなく、どっかのブログかなんかで。手伝うぞ。
もとが英語だから、書き下しは出来ないんで、現代語でないと手伝えんが。
学者に任せておくと、いつまでたっても普通に知りたいだけの人は近づけないだろ。
買ったら高いし、借りてくることもできないんじゃな。木戸の意思には反してるかもしれん。
本人は天皇になら見せると言ってたらしいから、一般に見られたいかどうかは微妙だがw。そういう世の中になったんだ、木戸さん、てことで。
著作権文句言われたら裏に下げるとかな。

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/25(日) 11:13:02 ID:1zLUGq/80
>>179
あと松方も一応それに入れていいんじゃ。
明治黎明期に財政の音頭とれたのは井上、大隈、松方ぐらいかな。
ちょっと時代が下れば高橋是清なんかも音頭とる立場で出てくるが。

>>183
そりゃまぁ、温泉に入ったら痔によく効いた寛なんて書いてる日記を
不特定多数に見られたくはなかっただろうw

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/25(日) 12:14:13 ID:eHIEtO4L0

>>184
>そりゃまぁ、温泉に入ったら痔によく効いた寛なんて書いてる日記を
不特定多数に見られたくはなかっただろうw

でも、そういう人に読まれたらどひゃ〜っと言う文が
混じってるところが、思いつくまま心情を吐露してる感が
あって好きなんだよね。この日記w
物凄い高尚な事書いてる時と、そうじゃない時とのギャップが
いい。
多くの人がこの日記読んだら、昔からある
冷淡で策士、卑怯っていうイメージは
払拭されると思うなぁ。


186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/25(日) 13:56:09 ID:to294YHe0
松方か。ナイス。西郷、大久保の死んだ後の薩摩人は確かに有能な人多いな。
木戸生きてる頃、日本にいた?よく知らないんだが。木戸死んだ後の人ってイメージあるが。
松方っつーと、海舟のどれか忘れたけど、談話の本に、税所とかとのすげー話のってるだろ。
女買って、云々つーの。誰が言ってる話かも忘れたけど。

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/25(日) 23:19:27 ID:SEJuF0Iy0
>>183
天皇になら見せるのかアレをwww

空気読まない発言で悪いんだけど、原文で読まないと伝わらないんじゃないかな・・・。
だから訳文にしてしまうのはどうかと。
もっと廉価で大量に出して!って要望を、マ●ノ書店あたりに送ってみるのはどうだろ。

影印本ならともかく、ちゃんと翻刻してある活字本、しかもそれなりに文意の整った
木戸の書き物が読めない、読む努力をする気のない人は
「普通に知りたい人」じゃない気がするんだ・・・。

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/25(日) 23:33:42 ID:Gxppv7Ta0
いやそんな、原文をちゃんと読むってのは受験漢文を読むのとは話が違いすぎるだろ
求められる当時の社会や文化に対する知識が比べ物にならない
史料の現代語訳とか日本語訳とか、大学の教授が訳してるのでさえ間違いだらけだってよく指摘されてるのに
原文に当たれないだけで知る資格が無いみたいな・・・
かく言う自分もなんとなく雰囲気を楽しむために原文にも目を通してるだけで、ちゃんと理解できてる自身なんて全く無いから
スレ住人がそれぞれの解釈を述べてくれるだけでも非常に参考になると思うんだが・・・

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 00:02:34 ID:Ph4QxeBX0
5

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 00:04:30 ID:8kDuOrMq0
下げるの失敗したorz

191 :187:2008/05/26(月) 00:23:34 ID:8kDuOrMq0
ごめん>>190は間違い

>>188
申し訳ない、原文読めん奴はすっ込んでろとか、
決してそういうことが言いたいわけではなかったんだ。

ただ訳した時点で原文とイコールのものにならないのは明らかだから、
それをわかったうえで読んでる人ならともかく
「原文読むとかだるいわ。とにかく手軽なのがいい」っていう人が読むと、
結局「司馬を読んでるから歴史わかってるよ」っていうのと同レベルの
勘違いが横行してしまうんじゃないかな・・・とかいう杞憂にかられて発言してみたんだ。
だからって別に、「訳をするな」っていう意味じゃなくて
「知りたい」人は結局原文読みたいんじゃないのかな、と思った次第で。
なんか色々とすまんかった。

>求められる当時の社会や文化に対する知識が比べ物にならない
>スレ住人がそれぞれの解釈を述べてくれるだけでも非常に参考になると思うんだが・・・

全面的に賛成。
私も木戸日記や文書に註がついてればいいな、と思っていたクチだから。

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 00:53:35 ID:rcQvaVJs0
自分は、文庫で、全一巻で、日記のいいところ取りでもいいから、
木戸日記をなわかりやすく書いた本が出て欲しい。
注釈つけて、振り仮名は適度にある感じで。
小説やドラマだと、冷酷キャラで主役の引き立て役になってるけど、
人民大好きで、よく泣いて、お茶目な所とかもあるって知ってほしい。
もちろん、原文とイコールにはならないだろうけど、
それでも彼の日記の雰囲気だけは感じてもらえたら、って思う。

醒めた炎が復刊されたら一番いいのだけど、
ちょっと歴史好きなレベルだと、醒めた全4巻は挫折すると思う。
ここまで書いてアレだか、
今の出版業界の状況だと、無理なのは自分でもよくわかってる。

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 01:00:10 ID:m8BGhhf20
同じく賛成。
そして本当にやるなら手伝う。

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 02:14:10 ID:UtdO+8/Q0
木戸の鬱日記は痔と精神病の経過観察がメインテーマ。
出版ルートに乗るわけがないだろ。

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 02:16:12 ID:hHJ9Xrg50
皆すごいな。己の能力不足にじっと手を見る(でも入力とかなら・・・)
木戸日記の解説というと某「木戸を●る!」サイトがあったよね?
でも、あれはツッコミ専門って感じだしな。量もちょい少ない。
確かにあれだけだともったいないんだよな。コラボとかw

196 : to:sage:2008/05/26(月) 02:20:20 ID:5Lv9PNMS0
なんだな、原文が読めるか云々以前に、買えば高いし、そもそも売ってないし、重いし、コピーするの大変だし本痛むし、ってとこも含めて、それでも読もうっつー人と、訳文でもいいから知りたいって人の数が、限りなく近いかもしれん、てことはあるよな。
ただ、内容が面白いじゃん?笑えるし、泣けるし。あの時代の人の日常(って、あんな日常の人も少ないだろうけど)がわかるって意味でも、いいと思う。
明治維新に限らず、それより前は全部そうだけど、普通の日本人は昔の書物が読めないわけじゃん。それってどーよ、って気持ちがずっとある。
専門に勉強した人にしかわからない部分が大きすぎる。わからないでいいってとこもあるのかもしれんが、自分は知りたい。木戸の行きつけの植木屋とか、地図で探したりしたい。

って、2chでこんなこと言ってていいのがすごいな。。。


197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 02:40:10 ID:uTR4zJrD0
日記もだが、自分は例の襖の下張りから出てきたっていう
漢詩が見てみたいww
萩からは遠くてなかなか行く機会ないし
内容のせいかもしれないけど、
仕舞い込まれちゃったらしいじゃん。
見た人いる?


198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 02:58:32 ID:hHJ9Xrg50
あれはやめようよ(面白かったが)。2chじゃ荒れる。

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 03:44:53 ID:8kDuOrMq0
木戸の命日にこの話題かw
漢詩は冨成博『木戸孝允』に載ってたはずだが。

↑これをさっきから書き込もうとしてるのにエラー出て弾かれまくってる。
墓参り行くから許して木戸さんwww


200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 21:02:34 ID:i0KNWAoE0
>>191
188だが、こちらこそ変に噛み付いてすまなかった
ちょっと酒入ってたせいで論点もなんかずれてるし・・・


>>199
漢詩だけが目当てでその本借りたことあるw
紹介文にちょっと悪意が感じられるんだが、漢詩自体は結構面白いような
昔は名のある人でもこういう詩をつくるものだったとも聞くし



201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 22:07:02 ID:uTR4zJrD0
俺ここのスレ好きだ。
なにげに良スレだよ。

ところで墓参り、もう何年も行ってねえ。
でも一人だけ高いとこにあって(松子夫人は横にいるけど)
あの墓寂しそうだよなぁ。
参拝者もだいたい龍馬中岡あたりで止まっちゃうし。


202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/27(火) 00:06:21 ID:1Bu3Ns7E0
墓参り行って来たよノシ
命日だというのに花少なかったな〜。
花立てに入らなかったら困るな、と思って
ほんのわずかしか持っていかなかったんだが、なんか申し訳なくなったw

>参拝者もだいたい龍馬中岡あたりで止まっちゃうし。

東大路から護国神社までの坂登るのもけっこうきついのに、
さらにまた山登りだからねぇ。

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/27(火) 01:07:52 ID:Z5gUiCAB0
そこでここで供養したつもりですよ。
しかしあの人は、あの世に行っても気を揉んでそうだなぁw

しかし、春嶽公の木戸大久保評は笑える。
まぁ酔って醜態を晒したら、大久保には人をも殺すガン付けられた上に鼻で笑われ(奈良原繁)、
木戸には投げ飛ばされた挙句首を絞められる(黒田清隆)んだが。
……案外良いコンビじゃないか?w

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/27(火) 01:30:28 ID:UlOsk7Vx0
一昨年くらいに命日に、霊山歴史館行ったら、土産係の人が、
幾松の人が午前中に花を持ってきた〜とか言ってたんだが、
今は、やってないのかなぁ…。
3回くらい命日に行った事があるが、いつもちゃんとした花が飾ってあった。
自分の持ってきた安い花束がさびしく見えるが、そのまま置いてくる。

確かに、坂本中岡あたりで、一般人は止まってしまうだろうが、
量より質、とか思ってみる。

205 :sage:2008/05/27(火) 01:43:15 ID:QzXemVXe0
あの墓は年寄りには厳しい。。。竜馬/中岡で、こっちが逝ってしまう。
歴史館のベンチから、あのインド人に代表で挨拶して、インド人から各々に伝言してもらっているが。
できたら品川の墓をもっと麓にしてもらって、せめて品川に伝言してほしいんだが。

sage方を忘れてしまったのでFAQを見たら、ひろゆきがまだ永遠の19才とか言ってやがる。
悪いことはいわん。もすこし上げろ。

206 :sage:2008/05/27(火) 01:46:03 ID:QzXemVXe0
をい。。。わかってねーじゃねーか。
さげたかった気持ちだけ汲んでつこっまんでくれ。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/27(火) 22:06:53 ID:6ghJNlvN0
ww お〜い!まださがってないぞ〜(E-Mail欄に入れろw)

木戸死んだ時ってプロマイド写真がすごい売れたんだって?
そもそもは、長州の後輩連が木戸が亡くなった寂寞感に耐えられず、
遺族に「いつでも木戸と共にいられるよう」依頼して焼き増したのが
始まりとか何とか。ええ話や。愛されてたんだなぁ。

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/27(火) 22:19:48 ID:jZW3liuk0
↑木戸松菊逸話に載ってたね、その話。写真も。
この写真の方が、教科書とかに載ってるやつよりもカッコいいから、
こっちを使ってほしいと思ったよ…

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/27(火) 23:06:58 ID:JdslY2/40
>>208
そうなんだよな、教科書や百貨辞典に載ってる写真、
何も知らなかった子供の頃は
「何?この陰鬱そうなおじさん」って思っていたw
しかし案外写真残っているので調べている者としては
嬉しい。
「なんでこの格好で撮る・・・?」ってのも時々あるが。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/27(火) 23:21:37 ID:ZxZfLx7f0
異常なくらい写真撮ってるもんな。。。いつも左七三(どういうのかわからん)に構えてる。
しかし、今日びの教科書には木戸孝允が載ってるのか。
わしらの頃は岩倉とか板垣じゃね?
って、それは札か?

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/27(火) 23:29:36 ID:RP42LXWx0
板垣の鬚は覚えてるなぁ。
年少の頃は見事な鬚だと思っていたが、長じて長岡外史の鬚を知るw

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/28(水) 02:25:16 ID:t/YLC0sO0
>>211
長岡外史・・・まさに飛行機の翼のような髭ww
頑張ってはやして見た事もあったけど
あんまりうまく生えなかった木戸には
出来ない造形だよなぁ。


213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/28(水) 02:48:27 ID:Ooz+X2PF0
なんかの本で、
「ヒゲをのばすのは嫌い。大久保とか伊藤がのばしてるのを見て不満。」
とかいうのを見たんだけど(何の本かは覚えてない)
ウィキの写真は…。つーか、なんでよりによってアレなんだ…

214 :sage:2008/05/28(水) 21:54:05 ID:TszqEqc50
『風雲児たち』幕末編で

お金持ちの小五郎君は15,6歳であっちの方のお楽しみも覚えちゃった

とか書かれてるんだけど、これは史料あるんでしょうか?
こんなん初めて目にしたけど、いかにも本当っぽく語られるので困惑する


215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/28(水) 22:02:00 ID:TszqEqc50

間違えた ごめん


216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/28(水) 23:37:34 ID:ffzTiVQn0
あっちとは、どっち?

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/29(木) 00:42:20 ID:zkoCrnUP0
>>214
wwそだな。その件史料あるかは知らないけど、でもあの漫画は好きだ。
(史実が知りたい場合はやっぱり醒めた炎とかになるけど、
描かれることの少ない江川・斎藤とかについてはイメージしやすいと思うし)

『風雲児たち』江戸編のほうで、家光の弟(秀忠の隠し子)保科正之
(明暦の大火で焼けた江戸城天守閣を再建せず、防火都市建設に尽力したり、
地味だけど凄い型破りな政策を次々行った人。あの会津藩の藩祖だね)
を語った言葉なんだが、

自分にとっては、人物史観に懐疑的だったのに
木戸好きになった、その原点。

「暗いばかりになっていても不思議でなかったこの時代に、
私たちがほのかな明るさを感じるとき、そのルーツをさぐっていけば
保科正之の人間性にたどりついていることがたびたびあるのである」

「政治形態やしくみとは別の次元で、政治を行っているのは
やはり人間の心であると思い知らされるのだ」


218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/29(木) 01:43:18 ID:zlOy9rVS0
>>214
もちっと後には少なくとも江戸に上る途中で
友達に大盤振る舞いして遊んでるw
本人の筆によると確か「つまみ食い」。
それ見た時はポカンとなった。

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/29(木) 02:52:45 ID:geH7c43Q0
>>216
第1巻で、女性二人に酌してもらってるコマ内にそう書いてあった。
芸者遊びか廓遊びだと思うんだけど…  そんな史料ないか。

>>218
「つまみ食い」って…まさかとは思ったがホントにそういう意味だったとはw

若い頃の史料とか、出版されてない書簡とか、もう何でもいいから全部見たい。
あるって分かってんのに読めないのがもどかしい。
一般人は見られないもんなのかな?
出版の可能性ってあるのだろうか?


220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/29(木) 11:06:47 ID:fJW9/06l0
>>177
頂きました
ありがとうございました



221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/29(木) 13:34:24 ID:SrPwu0a10
木戸は「軍人に政治を任せるのは×」という信念を
何処から仕入れたんだろうか。
現代なら常識だけど、当時は先進国でもこういう
思想は浸透していないよね?

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/29(木) 15:01:29 ID:jLvdzO5Z0
木戸ってどこ行っても芸者関係の知り合いが一杯いるから、女あそびはしてるんだろうけど、室とかっているの?
性格が女っぽくない?なんか、女あそびというより、女の友達が一杯いる感じ。姉妹の間に生まれ育ってるせいだと思うけど。
幾松さんは男っぽい。そういう夫婦なのかな、と思うけど。
霊山て、幾松さん以外に女の人いるの?品川の奥さんとか、君尾さんとかも入ってるのかね?



223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/29(木) 16:53:54 ID:zlOy9rVS0
ええと、確か祇園かなんかにいたな、お妾さん。
木戸はお祭りの行列に参加する彼女に豪華衣装誂てやった。
ところがその衣装が、汚れたか、まどろっこしいズルズルだったとかで
彼女はばっさりそれを歩きやすい様に途中で切り捨てた。
んで世間じゃ、「さすが木戸公の愛人ともなると金かかってても
全然気にせず切っちゃうんだなぁ」と妙な感心をした。
すまん、記憶があやふや。
でもそんな逸話は確かにあった気がする。


224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/29(木) 17:39:16 ID:WiuvwD830
祇園のお加代さんだな。
衣装代の4千円を木戸が用意する約束をしていたというが、
果さずに死んでしまったので実際に出資したのは伊藤。

お加代さんは木戸晩年の愛妾といわれているけど、
木戸の病状や公務状況、京都滞在日数をみるに果たして本当に
馴染みであったかは疑わしいらしい。
お加代さんはかなりの美人で元は西園寺公望の思いものだったりして
相当有名だったらしいから
木戸クラスの人間とも顔見知りではあっただろうし、
関係したこともあったかもしれないけど、
そう通い詰めていたような形跡はないっぽい。

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/29(木) 22:10:34 ID:xz4IA7+E0
>221

それは概念をどっかから仕入れたのではなく、現実的にメンツを見て、こいつらに政治させちゃまずい、と思ったのではないのか。。。
海舟は軍人に入るんだろうか。海軍にいた(明治になってから)の木戸が生きてる頃じゃないか?

「こんなスレを見ています」に山田と山県がカップリングされてるのは何でだ?
山田を司法省に入れたのは木戸かね?いい人選だと思うが。

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 00:05:45 ID:b2rpG8vA0
>>222
>木戸ってどこ行っても芸者関係の知り合いが一杯いる

でもって気軽に揮毫してやったりするもんだから、弾正台から叩かれてたなw
弾正台廃止後に、その関係の役人が密かに集めてた木戸の芸者遊びの証拠がたくさん出てきて、
しかもそれを伊藤や大隈に見られて焦ってたとかwww


227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 01:11:31 ID:MeDKC2/70
なんかそういう話をされると、先収会社作って大好きな金儲けに励んでた頃の井上馨に宛てた手紙の末文、

>先日来は日々江戸の桜と難波の牡丹、日々お楽しみのよし指をくわえて羨み申し候。

これが厭味じゃなくて本気で羨ましがってるように見えて困るじゃないかwww

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 03:39:58 ID:SRGJY8F80
>>227
>指をくわえて羨み申し候。
嫌味にしても、こういう言い回しがたまらなく好きだw
基本真面目でジレッタントだけど、どこかお茶目で坊ちゃん。
木戸は本当に奥が深いww

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 06:43:33 ID:mUo5AF+50
>>221
木戸は「軍人に政治を任せるのは×」という信念を何処から仕入れたんだろうか。

仕入れたというより、経験に裏打ちされた考えといわれてる。山縣や西郷個人がどうというより「政治家の私兵」は許さんという。
維新前の四境戦争の頃からそういう傾向あるから、結局止めきれず、長州藩そのものの存亡の危機(一藩で幕軍に対峙・・・)に
陥らされた禁門の変までの数々で「政略無き暴発」の怖さを身をもって体験してきてるせいと思われる。
(戦争っちゅーのは勝算や止めどころ、第三者の引き込み等まで見こしてないと)

せっせと政治工作してきた全てが水泡に帰したし。ま、そこから学べるってのが「聡明」ってことだな。

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 08:47:46 ID:K75776eR0
岩倉使節団で欧米の文明の歪を見て木戸孝允は
征韓論者から平和主義者にかわる。
シビリアンコントロールもそのときに気付いた発想かも。
全体の幸福を願うようになった人だと思う。

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 10:13:14 ID:SRGJY8F80
常々思う。
ピンではちょっと苦しいが、支える政治家が何人かいたら
木戸なら維新後の日本の目指す方向をよりよく指し示した
はずと。
早死、惜しすぎる。


232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 20:32:14 ID:b2rpG8vA0
>>229>>230というところみたいだな。
ちょっと長くなるけど・・・


(西郷、山縣の参議就任を聞いて)
文明の各国政体の善と賞するも、其一端を云へば、
文武の任判然と相立ち、亜細亜諸州の及ばざるところ也。
(『木戸孝允日記』明治5年5月18日)

(西郷下野、薩兵大量辞職後)
兵隊廟議を論し、気随に辞表を出し、廟議を兵隊に漏洩せしむ。其責も亦軽からず。
終にかくの如き形勢に至り、兵士法を重んずるを知らず、文官文武を判つを知らず。
然して文明を欲求す。
実に木によつて魚を求むるものの如し。豈に嘆かざるべけんや。
(同6年10月30日)

(西南戦争開戦秒読みの頃)
長州は一新前、一藩の艱難数度に及ぶ。
実に兵隊の驕慢は治民に害あるも、経歴の上覚知するものあり。
(同10年10月5日)


変換の手間を省くために適当に読み下して句読点つけてる。スマソ。

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 21:54:33 ID:M0l4sbFI0
桂小五郎

天保4年(1833)長州(山口県)で生まれる。

池田屋事件、蛤御門の変の時、うまく逃げて逃走生活にはいる。
このことから「逃げの小五郎」と呼ばれる。
一説には小五郎が新撰組に囲まれたとき、
とっさに「うんち」をして相手をおどろかせ、その隙に逃げたという。
まさに逃げの達人である。

慶応2年(1866)薩長同盟成立の際、長州の代表に選ばれる。
明治維新に貢献して「維新の三傑」の一人に選ばれる。

明治4年(1871)海外を視察して日本の近代化に貢献。

明治10年(1877)没。享年45歳。

(;´∀`)・・・うわぁ・・・逃げの達人て・・・・

234 :229:2008/05/30(金) 22:58:59 ID:mUo5AF+50
>>232 サンキュ。230も。
木戸日記の抜粋までしてくれるとは思わなんだ。
すごいな。


235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 23:39:50 ID:hL97YTAh0
ちょっとかまわせてくれ!

>233
そのコピペのクソして逃げた話の出どこをおしえれ。小説とか漫画とかじゃないやつ。
自分が知ってるのは木戸から直接聞いたという海舟談。でも、新撰組じゃなくて、蛤御門のときだ。
それ以外に誰に言ったネタなのか知りたい。
容堂には言ってるような気がする。

236 :232:2008/05/31(土) 01:26:36 ID:nGfjosOY0
よく見たら>>230

>欧米の文明の 歪 を 見て

って書いてたんだな。
思いっきり反対の意味の記述を引いてきてしまったorz

むしろ相応しいのはこっちかな・・・。

弟の頑固とは存じ候へども、開化の国にも醜態少なからず。
何卒悪弊には染まざる様いたしたく、今日の勢、
またひそかに是等の相も深く杞憂仕り候。
(『木戸孝允文書』四、明治5年1月13日付槇村正直宛書簡)


「詳細は帰国してから話すね」とか言ってるんで、「悪弊」「醜態」が
必ずしも軍事関係のことを指しているとは限らないけど・・・
(前後の書簡からして、主に蓄妾についての話っぽい)。

あと、列強の話じゃないけどこんなのあった。

トルコ国かつて兵士に権あり。国政も是が為に振ふあたはず。
王威も是が為に地に落つ。(『木戸孝允日記』明治5年3月24日)

以上自己満足の訂正すまそ。

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 01:42:41 ID:Ahnha8ov0
例のアレは、氷川清話(講談社学術文庫)にあるけどさ、
「袴を脱いだふう」って書いてあるから、実際には出してないと思うんだけど…
そこから、いろんな所で、変な方向に派生していったんじゃないかなあ。
自分は、袴めくってフンチラ程度で、役人がびっくりしてる時に…って思ってる。

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 03:02:37 ID:10LtTrim0
氷川清話かー。
勝はホラ吹きのケがあるように思えるからなぁ。どこまで信用していいのか悩むw

>>236
すっかり欧米に染まって祖国を貶す森やらの公使を見て激怒し、後にも”森無礼”とか厭味書いてるね。
そういう粘着質な処も好きです。つか大久保や伊藤のこと言えないよ、木戸さんw
まぁ、酔ってる黒田を毛嫌いする割には素面の黒田の能力は褒めていることから、
評価はちゃんと付ける人だったんだろうけどw

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 06:08:26 ID:TKJYeNCO0
木戸の使節団での欧米に学ぼうとする姿勢は異常なほど。
帰国すぐ(四日後に)報告書を提出、司馬をして
「その態度は元勲という尊大なものではなく、
留学生がレポートを出すような律儀さであったといっていい」

松陰の密航計画と同時期、桂来原と堂々と藩庁に渡航願いを出して藩を仰天させて以来、
渡航は生涯をかけた願いであり、結局海外を見ずに死んでいった師や同志を思うこともあっただろう。

日本の風俗を外国人の前で罵倒する森有礼をはじめとする洋化派は、
わずかな海外生活の経験をもとに欧米文明を賞賛し、日本の「百端そなはざるを」批判する。
「その心多くは日本を罵るにありて、歎ずるにあらず」

在外経験のない理事官たちを、西洋を少し知っているというだけの理由で
書記官が愚弄する。同胞に対してでさえそうだから、将来アジアの後進諸国から
留学生が来日したときに、日本人はどういう態度をとるか。
(アメリカのわれわれを迎えたようにできるのか)。(醒めたより)

元々廟堂の誰より欧米の美点を(蘭学者が師だし)良く知ってる木戸。それは変らないのだろうが。

そっか、後進国を差別する者と、もし母国が没落したら真っ先に見限る者は同一なんだな。
胸にしみるよ・・・。

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 11:29:32 ID:rR3O0hck0
そうそう。多分、用足しをするから、と言って、それ見てるのは失礼だから、捕吏がちょっとそっぽ向いたすきに、脱兎の如く逃げた、というようなニュアンスと思う。
それ以外に出てないのかね?海舟にしてるんだから、結構お気に入りのネタで、他の人にもしてると思うんだが。岩倉とか。
その海舟は、いかにアメリカの貞操観念みたいのが乱れてたかって話もしてるけど。

木戸の訪米時は、折悪しくもグラントが大統領なんだよ。グラントは、南北戦争の人気だけで大統領になっちゃったような可哀想な人(政治家になるつもりなんか全然なかったけど、なっちゃったので、みんなに馬鹿にされたりした)なんで、それ見て、本質を掴んだかもしれん。
国務長官のフィッシュにしてやられたってことも含めて。
軍と、兵部省を分けるっていうのは木戸の意見じゃなかったかね?

アメリカで森に会って、西洋かぶれぶりに大変反感を覚えながら、かといってそれだけで森が嫌いになってしまったかというとそうでもなく、しつこくつき合ってる。
そこが面白い。政治家として、柔軟な人。

んで、今回のヤフオクはどーよ?更に上手いぜ。

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 11:43:47 ID:qbbNDtGr0
どうでしょうね、この瓢箪鯰ちゃんは・・・w
真筆かどうかは別にしても顔がすごくかわいいぞ。

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 13:09:14 ID:1hnpiezE0
>>239
ものは言いようだけど、要するに木戸は世界について何も知らない馬鹿だったということ。

>>237
>実際には出してないと思うんだけど…
木戸は生まれつき胃腸が悪かった。
死の恐怖で脱糞したとしてもおかしくはない。
袴をめくった程度で幕兵が見逃すわけがないだろ。

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 13:10:41 ID:1hnpiezE0
114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/20(火) 21:48:14 ID:Li26Rl1f0
>>
木戸は「既に神経衰弱に罹れるに非ざるや疑ふべし」三宅雪嶺

アメリカに赴いた岩倉使節団は、条約改正交渉に乗り出す。
当初、天皇の委任状が無いことを突かれて交渉が頓挫しかけるが、
大久保と伊藤が委任状のために帰国することで交渉は続けられた。
アメリカ側とは木戸が中心となって何度も会談を重ねる。
しかし、木戸ごときに老獪なアメリカ外交を崩すことは到底不可能。
壁にぶち当たった木戸は、ついにはヒステリーを起こし、
そもそも条約改正交渉を行ったことが間違いだったと言い出す。
森有礼をはじめ周囲の日本人に当り散らしたことは有名な話で、
冒頭の三宅の一節は、その際の木戸についての評。

その後、使節団は欧州に渡りイギリス、フランスなど各国を巡るが、
木戸は一切条約問題については口をつぐんでしまう。
岩倉使節団は、世界中に日本人のバカの見本を晒して回ったようなもの。
岩倉や木戸ではなく、大隈を代表にしてたら、もう少しマシな活動ができただろうに…

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 14:37:09 ID:InhTtdwY0
だから、三宅は子供なのに、なんでそこにいたんだ、っちゅーのに。
あと、木戸が神経衰弱で胃腸弱くて脱糞すると、どういう弊害があるんだ?
木戸が怒って条約やめるのは、使節が独自に自分達が作った内容で条約を締結しようとしたからじゃないのか?

週末だからかまってやるぞ。


245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 19:50:32 ID:xLJ3TL480
たしかにわかることは木戸の脱糞とかなんとか言っているやつの人生は
木戸の人生にくらべいかにもつまらない人生だということだ。
なぜわざわざ匿名だからといっておのれの愚劣さを暴露したがるのか。
ひとの心の不思議を感じてしまう。

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 20:13:52 ID:wAkCL/bb0
やっていることは正しかったのに、
いまいち実行力にかけ、
自分の部下の不祥事に負われ、
ストレスで胃腸が悪くなったか。

どっかの国で首相やっていた人に似ているな。

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 23:19:01 ID:nGfjosOY0
ヤフオク見たw
てか上手く描けてるという理由で真贋を疑われる木戸カワイソスww

敢えて絵のことには触れないで素人考えを言ってみると、
木戸の自署だと、「松菊」の「松」の木偏の縦棒はどれも左に膨らんだカーブ、
「菊」のつつみがまえ(「句」の字と共通の部分ね)2画目は
割と丸っこくてハネ部分が長い、
ついでに「米」のチョンチョンは下2つが大きくかつ下がり気味・・・
という特徴がある気がするんだが。

なのでこの軸の署名はいつものと違う気がしたけど、
まあ今まで木戸の書はわずかしか見てないし、
なんつってもやはり「絵が上手すぎね?」ってことで
はなから疑ってかかってるせいで怪しく見えちゃうんだろうなw

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/01(日) 01:03:44 ID:/QEcSPlQ0
>>243
協議と言っても、アメリカから一方的に要求を押し付けられてただけじゃんw
大久保が居た時からそう。
相手に交渉する気がないのに、無理矢理成果だけ残そうと賛同しても、害にしかならないよ。

今の政府が結んだクラスター爆弾全面禁止条約がいい例。
米中露に北朝鮮や韓国さえ歯牙にもかけていない条約に、なにを焦っているのやら。
しかも有効な代替兵器はなく、出費だけ嵩んで防衛戦力は激減。しかも、このペナルティ食らうのは東アジアじゃ日本だけ。
これこそ、敢えて何もしない方がマシだったの好例だ。

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/01(日) 03:56:11 ID:boZMG4kA0
木戸の字って丸いっつーか、曲線的じゃない?優美な字だと思う。
あれだけ揮毫してれば、どれも作品としていいわけないだろうけど。酔っぱらって、最低のデキとか言ってたりするし。もらう方の身にもなれ。
むしろ、これが傑作!と自分で言ってるのはどれなんだろうかね。

でもこのナマズくんは、筆使いとかかなり良いよね。3000円なら買うけどな。


250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/01(日) 12:22:38 ID:U0w50CrS0
ひょうたんナマズ、18500円にあがってるw。マジデカ。

岩倉使節団について何度か出てたので長文スマソ。
使節団の目的は、明治新政府としての国書提出と、改正交渉にあたっての諸外国の事情調査。
それを米国での歓迎ぶりに森公使&伊藤が改正自体を使節団で行おうと熱烈主張。
(駐米公使で英語が多少できるってだけで突然権威にw)使節全員賛成。

条約改正に天皇の全権委任状が必要だというので大久保伊藤は一時帰国するが、
でも、問題の本質は、安政年間の通商条約全てにある「片務的最恵国待遇条項」の存在。
米国等と二国間交渉の中で妥協する部分が、自動的に他の列強にも適用される点。
1カ国ずつやってたらすごい日本不利。
森は明治5年2月大久保ら一時帰国「前」に気づき、焦ってフィッシュにヨーロッパでの
列強一括交渉を「他国から嫉妬されるから」と苦し紛れの理由で依頼し鼻で笑われたが、
日本側には結局誰にも何も報告しなかった。・・・自分の失策だからか?こういう奴いるよな。。

結局この「最恵国待遇」条項を木戸が知るのは、旧知の駐日独公使フォン・ブラントから。
愕然とし、岩倉もフィッシュにヨーロッパでの一括交渉を依頼すると、
−−−岩倉大使は森から何も聞いてなかったのですか?
と唖然。4ヶ月も前に断った提案だったから。
結局無用となった委任状を持ってきた大久保伊藤の帰着を待ち、交渉打切りを決定。
・・・岩倉が叱りつけるのも良く分かるよw。後半会談に森は姿をみせてない。
その後は本来の目的に戻り旅程続行。

木戸が怒ってたのは、
英語の国語化と武士の世襲家禄続行を主張し吉田の外債募集を妨害していた森有礼であり
その森に感化されキリスト教を国教化しようとしていた伊藤。

「片務的最恵国待遇」や「一旦与えた既得権益の挽回」といった気の遠くなるような
壁については、新政府が近代外交関係習熟の過程で踏まねばならないステップ。


251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/01(日) 15:00:43 ID:sn1t2lN70
>>244
>三宅は子供なのに、なんでそこにいたんだ、っちゅーのに。
見てもいないことをあれこれ批判するのが評論家の仕事だろ。

>>245
ダラダラと無為に費やされた木戸の卑俗な人生の中で、
唯一個性と天才が光を放ったのが脱糞逃亡の瞬間なのでは?

>>246
実行力以前の問題だ。
仲間内で愚劣な殺し合いを続けてきた尊攘派のなかにあって、
木戸が生き延びてこれたのは、己の信念を持たず、
たえず周囲を窺い日和見に徹してたから。
そして、こういった小心な生き方はストレスが溜まり胃腸に悪い。

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/01(日) 16:03:54 ID:equC/eC/0
>250
ここで、一生の不覚というか、手落ちであったと木戸はものすごく後悔しているけど、それはどれを指しているんでしょうかね?
こいつらは日本を売るつもりか?!と愕然として、森や伊藤の言うことを真に受けたことを指して後悔していると思うのだが、結果的に条約交渉はやめてしまうので、そんなに落ち込まんでもいいのではないか、という気もするんだが。
それより前に、天皇のハンコがないと条約改正出来ないことに気付かなかったことか?とも思える。
このハンコ(?)問題ももめるけど、全権委任の意味が身にしみたという点では、意味のある経験だったと思うんだが。
それまで、ねつ造の勅状とか乱発してた日本の態度は通用しないとわかったんじゃないかな、と。
ちょっと時系列的に自分の記憶が滅茶滅茶なので、見直してみるが。
でも、ユタであれだけ無駄に足留め食って、ワシントンで伊藤、大久保を往復させるようなとんでもない時間的なロスをしながら、ここで条約交渉はやめる!という決断は、誰が下したにせよ、すごいと思う。

>ダラダラと無為に費やされた木戸の卑俗な人生の中で、
唯一個性と天才が光を放ったのが脱糞逃亡の瞬間なのでは?

うん。それはそーかもしれん。その逸話が一番よく知られてるみたいだからな。
応援してるぞ。がんばれ。

瓢箪なまずもがんばれ。

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/01(日) 20:14:46 ID:O/1TyJgW0
>>246
安倍ちゃんみたいなアホと木戸さんを同列に扱うのはどうかと…。

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/01(日) 22:15:33 ID:OJyAb7Cb0
>>250
適度に改行してくれんかね?読む気が失せるよ。携帯か?

255 :250:2008/06/01(日) 23:41:16 ID:U0w50CrS0
長文は気にしてたんだが、改行もひどいか?
読みづらかったらごめんな。


256 :254:2008/06/02(月) 03:20:14 ID:/vA52k1K0
>>250
マジすまんかった。番号間違ってた…orz
250の文は読みやすくて、好感が持てる文章だよ。
長文でも全然気にならない。むしろもっとやってくれ、って思う。
これからもいいネタ投下を頼む。

>>252
適度の改行を頼む。文章が、右までギッシリで読みずらい。
画面から顔を離し、遠くからスレ全体を見ると、一人浮いてるのがわかるよ。
つメモ帳

257 :252:2008/06/02(月) 03:34:48 ID:qsh33R7K0
すまぬ。
252はビンボー人につき、画面が小さいので気付かなかった。
気をつける。


258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/02(月) 05:19:06 ID:meAg5VJu0
木戸、大久保が憲法制定まで長生きしていれば、軍隊のシビリアンコントロール
も、強力な首相権限も実現していたであろう。



259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/02(月) 05:47:32 ID:rpCcLr1G0
>>253
安倍はあほでもなんでもないが?
へタレではあるけど。

260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/02(月) 19:52:39 ID:PbSoiIHd0
>>250
>使節団の目的は、明治新政府としての国書提出と、改正交渉にあたっての諸外国の事情調査。
でも、その程度の瑣末な目的ならば、使者を送れば用が足りる。
政府首脳が勢ぞろいしてガキの使いに出かける必要がある?

>1カ国ずつやってたらすごい日本不利。
アメリカから日本に有利な条件を引き出せばいいだけ。
当時日本の貿易はイギリスに牛耳られ、輸入品に押された国内繊維産業は痛手を受けており、
保護関税が必要な状況だった。
これに対しアメリカはイギリスとの対抗もあって、
日本が関税自主権をもち保護関税政策をとることに理解を示していた。
一方のイギリスは、日本が関税自主権を獲得することには絶対反対の立場。
アメリカとの単独交渉は試みる価値があったんだよ。
問題は木戸や岩倉の交渉力が子供以下だったこと。

261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/02(月) 19:57:47 ID:PbSoiIHd0
>>250
>結局この「最恵国待遇」条項を木戸が知るのは、旧知の駐日独公使フォン・ブラントから。
明治政府は、使節団を送る直前に、北ドイツ連邦との間で最悪の不平等条約を結んでる。
そして、最恵国条項により、沿岸貿易や領事裁判権等で他国との関係でも譲歩を強いられ、
日本は以前よりさらに不平等な地位に追い詰められた。
ドイツ公使としては、当然、アメリカと勝手な交渉するなと圧力をかけるだろうね。
そして木戸や岩倉は外交交渉そのものに臆病になっていた。
なんでこんなやる気の無いバカ集団が諸外国めぐりをしたのか理解に苦しむ。

当時の庶民が冷笑したように「大使副使の名あるも観光団に異ならず」だね。

262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/03(火) 03:44:51 ID:R3TbWAUv0
>>259
彼はNo.2とか3とか補佐役のがいい動きをしてると思う。

>>261
北ドイツ連邦との条約って、名前しか出てこないかスルーされてる事が多いように思うが
そんなに重要な条約?何かいい資料はないだろうか。
あと、たとえアメリカが日本に譲歩したとしても、他国がそれに従う必要はないでしょ。
でないと単独交渉と一括交渉で揉める意味が全くない。
しかもアメリカ側の要求の内容は、井上清によれば、治外法権の維持、居留地の拡張、内地旅行と内地商業及び
不動産所有の許可などの内地解放、日本の輸出税の全廃、地方行政規則と貿易港則についての外国領事との協議など。

早稲田大学大学院経済学研究科の資料でも、米の要求にはこんなのが入ってるようですが。
 A 税率改訂(輸出入品とも5%を維持する。茶・生糸関税を増し、5%以上支払っている多くの輸入品関税を減らす。)

明治維新史学会1994秋・京都
http://www.h-web.org/mrugai/private/rep1994b.html

交渉次第って言ったって、まずこの状態から開始ですよ。
それに、ブラント政権が本当にアメリカが日本の保護関税政策に理解を示していたの?
1878年の寺島宗則による交渉ではアメリカは関税自主権の回復に同意しているようだが、
岩倉使節団当時にもそう考えていたとは到底思えないんだけど。

263 :名無しさん@お腹いっぱ