爺さん婆さんから聞いた幕末明治大正昭和の話 2
- 1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/26(土) 09:53:43 ID:XsNLZn5k0
- サブジェクトが長すぎて苦労しました。
前スレ
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1162752969/l50
爺さん婆さんから聞いた幕末明治大正の話 その1
1 :日本@名無史さん:2006/11/06(月) 03:56:09
君が爺さん、婆さんから聞いた、リアルな実体験話を
皆に聞かせるためのスレッド。
歴史上の有名人との接触
歴史上重要な出来事に関わった話
先祖が英雄で、身内しか聞けない話
その他、どうでもいいがおもしろい話
- 2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/26(土) 15:03:26 ID:JOYVzjNIO
- 憲兵がっぺムカつくて言う話しか知らん。
- 3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/26(土) 15:12:45 ID:n5E9cwAe0
- 逆に、左翼の男が逃亡してて、警官が一本背負いでつかまえたって
はなしきいたことがあるよ
- 4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/26(土) 15:37:20 ID:fEPNK7X3O
- ひいじいさん 薩摩の人間にみんなで石投げたって言ってたよ
- 5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/26(土) 17:33:29 ID:ajazS3ch0
- >>1
乙です。
- 6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/27(日) 00:50:31 ID:FfYo7wbsO
- >>1さん乙だす
- 7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/27(日) 01:25:07 ID:q8ajpefBO
- >>1
乙です
- 8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/27(日) 04:10:43 ID:JIYMJJ9Q0
- >>1乙
これで堂々と昭和の話ができるってもんだ
- 9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/27(日) 09:36:18 ID:/9p2sWl60
- >>1 良スレ乙
- 10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/27(日) 13:37:02 ID:B6xLzCpc0
- スレ立て乙です
- 11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/27(日) 17:44:03 ID:iJOXbeCA0
- 昭和入れたのか
つい20数年前のことだから、このスレタイだと
バブルの話とかもできることになるぞ
そんなの聞きたいか?('A`)
- 12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/28(月) 02:37:46 ID:MwX7hu8NO
- がっぺ頭悪か!
- 13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/28(月) 17:32:10 ID:rmzTRNt00
- 日本語でおk
- 14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/28(月) 23:27:14 ID:Q2KywmI+O
- 昭和はいらね。
後、先祖自慢もいらね
- 15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/28(月) 23:29:42 ID:28izQWFa0
- お前がいらね
- 16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/29(火) 04:32:36 ID:ywFvgBZoO
- 大正時代の話を聞かせてくれ
- 17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/29(火) 20:28:03 ID:Za2QIrpO0
- ttp://jp.youtube.com/watch?v=lIyEi0OIUX4&feature=related
1930年代の国産アニメ
- 18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/30(水) 04:22:05 ID:CNNFlIrbO
- セックスの話
- 19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/30(水) 17:59:30 ID:sotQumfFO
- 村で殺人あっても恥だから警察沙汰にはしなかったらしい
- 20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/01(木) 08:41:33 ID:O+GE41NH0
- 一つ山越えた所から来た美人のお嫁さんが
いきなり手鼻をかんで周囲を驚かせた。
- 21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/01(木) 13:47:16 ID:Nu2OUqlX0
- 10年前に89才で亡くなった婆さんの実家は
平坦な集落の中にあったので、早くから電気と上水道が引かれていて
結婚式の日に、自分の嫁ぎ先がまだランプと井戸と知って、
先が思いやられて、悲しい結婚式だったと言ってた。
当然ランプのホヤ掃除なんて知らなくて、井戸の水汲みの経験もなくて
新婚の頃は、姑さんにいつも怒られてたそうだ。
爺さんの家は、婆さんの実家から3kmぐらいしか離れていないんだけど
山の中なんだよね。
- 22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/01(木) 21:43:18 ID:zZdFc2cRO
- うちのばーちゃん今86歳だけど戦時中畑仕事していたら、
味方の飛行機が飛んで来たな〜と思っていたら空襲警報がなったと同時に敵の爆撃機が頭上すれすれに飛んで来て、慌てて体一つが入るのがやっとの用水路に逃げたらしい、空襲警報は鳴るのが遅いし役立たずって言うてました。
- 23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/01(木) 22:29:05 ID:pkImLFXH0
- >>17
これ見ると、韓国のパクリアニメを日本は絶対責められない気がするのだがw
フィリップスとかミッキーマウスのかのひどいパクリキャラが…w
- 24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/02(金) 04:51:36 ID:cAzvVG5Z0
- うちの婆ちゃん、戦前に18歳ぐらいで教員になったんだけど、
10q離れた山奥の小学校に毎日、徒歩で通勤していたそうな。
知り合いの爺さんは、季節によっては毎日、大八車に積んだ野菜を
自分一人で引っ張って、4,5時間かけて、青果市場まで持って行ってたんだと。
1日、8〜10時間歩く生活って、想像できないなぁw。
- 25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/02(金) 05:12:09 ID:Kv5nwzjVO
- 西南戦争の戦場だった田んぼでは当時の鉄砲の弾が今でもよく見つかるらしい
- 26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/02(金) 07:48:05 ID:TgEUfn5lO
- 大正4年生まれの死んだばぁちゃんが言ってたけど
昔は日光に遠足に行くと、いろは坂は自力で歩いて登ったんだそうだ
でもその景色は格別だったって
- 27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/02(金) 23:45:57 ID:cAzvVG5Z0
- 旅で歩くのと違って、毎日同じルートを見慣れた風景を見ながら長時間歩くと、
ランナーズハイじゃないけど、意識がぼぉ〜とするときがあるんだって。
今日はどうしても、あの角を曲がった記憶がないけど、気づいたら、正しく曲がって、ちゃんと家に帰る方角に歩いていたとか。
なんか、キツネに化かされたとか言う話は、どうもそういうところから生まれたんじゃないかな。
- 28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/03(土) 05:45:59 ID:qv9tA1ycO
- 18歳の時の話だ
入院中の祖母が夢に出てきた
何も言わずに俺を見て優しい顔で微笑んでた
そうしたら電話がかかってきた
電話に出る前から、これは祖母が亡くなった事を知らせる電話なんだとなぜか悟っていて、実際に電話に出てみたら本当にそうだった
ばあちゃんがお別れを言いに来てくれたのかなぁ
祖父母が亡くなった時に不思議な体験をした人います?
- 29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/04(日) 00:49:04 ID:cbs2AoAo0
- 俺もあるよ。
昨年祖母が亡くなったんだけれど、祖母は信仰心の篤い人だった。
亡くなった日の前か後かは忘れてしまったが、
夜中寝ていて半分目が覚めた夢心地になって、
祖母と金色のお釈迦様が表れ、少しして消えると同時に、俺が生まれる時には既にいなかった
祖父の声で、「○○(祖母の名前)を連れて行くぞ。○○(母の名前)を頼んだぞ」
という声が聞こえた。
祖父の写真を持っているんだけど、辛い時に自分の内面をみつめると
祖父の声が聞こえるような感じがして、涙が出てくるんだ。会った事も無いのにね。
きっと俺の守護なんだと思う。
- 30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/05(月) 18:25:41 ID:xtzTZMs/0
- >>29
俺も車に轢かれたとき、歩道橋から死んだ祖父が心配そうにこっちを見ていた
のを感じたことあるな、9歳の時だったけど
怪我は奇跡的に捻挫だけですんだんだよな
- 31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/06(火) 00:28:20 ID:nL14mJklO
- やっぱみんなも不思議な体験してるんだねえ
- 32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/07(水) 03:27:49 ID:7tj4mZ61O
- 実家で古い戸籍をとってきたみたいで明治10何年なんて物もあってびっくり。
うちは釜でご飯を炊いたとか、
道路から見えた不思議な洞穴の事をきいたりしたら、○○の防空豪とか、そのくらいかな。
戦争は召集だけで終わったとか、戦地にいったほうはあまり語らなかったな。思い出したくないよね。きっと。
- 33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/07(水) 03:33:21 ID:7tj4mZ61O
- なんだかチラ裏だね。スマソ
- 34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/10(土) 09:58:38 ID:y6thrh4Y0
- >>32
子どものときには
「お年寄りから戦争の話を訊いてみましょう。貴重ですからね」
てな具合に勧められたりしたもんだけど、大人になって冷静に考えてみると
気軽に訊いていいようなことなのか迷うところな気がする。特に戦場体験とかは。
- 35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/10(土) 23:32:23 ID:oYX0MyWf0
- 子供の頃に祖母によく戦争や関東大震災の話を聞いたけど、今となってはほとんど内容は覚えてない…
- 36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/11(日) 01:24:33 ID:FoqRT2bzO
- 爺さんがマッカーサーに直訴した。
爺さんの友人はケネディの親族だか誰かを戦時中助けて大統領就任式に行ったらしい。
マッカーサーは案外良い人だったと言ってる。
- 37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/15(木) 02:36:30 ID:FMvfmGfM0
- 今月休刊の「主婦の友」の附録おもしろす。大正6年3月発行の第一号の抜粋。
新渡戸稲造が『夫の意気地なしを嘆く妻へ』とか主婦向けに書いてて笑う。
図書館の雑誌コーナーにあるかもしれんので、是非閲覧されたし!
- 38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/15(木) 16:25:27 ID:EBTIbAx90
-
263 名前:風の谷の名無しさん@実況は実況板で 投稿日:2008/05/15(木) 15:52:49 ID:d5oFP78e
>>261
ある意味波乱の時代だよ。その前数百年続いてた平和が乱れた時だから。
実際、俺のひい爺さんは白虎隊討ちに出征してるし
(内心皆白虎隊に同情的で、わざとゆっくり会津に向かっていたら
着く前に戦争終わったらしいがw)
内乱の時代だから。
これ、どこの藩の話だろ
- 39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/15(木) 21:26:35 ID:a+eFESMeO
- 会津に恨みの無い藩じゃね?
- 40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/15(木) 23:40:02 ID:zdVumCo10
- 薩長以外のほとんどの藩は、名目的には西軍に味方しても、
やる気なんて全くなかったよ。
- 41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/16(金) 02:10:20 ID:IigIkryyO
- 鳥羽伏見の戦いの前夜に敵味方関係なく仲良くお風呂に入っていたという逸話が本に書いてあったぐらいだしね
- 42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/20(火) 18:56:04 ID:7TIv4qdm0
- 江戸時代生まれの人と喋った事ある人ってまだ生きてるかなぁ
- 43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/20(火) 21:00:56 ID:GIXPGTClO
- 江戸時代生まれの泉重千代さんは1986年まで生きてたぞ
- 44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/20(火) 22:52:27 ID:9kKrhvOD0
- 上野戦争のあと死んだ幕兵に官軍がいたづらしてたって。でも注意しようとか
遺体を片付けようとすると怒られた、官軍なんて酷いもんだとひいひいばあちゃんが
言っていたとか
- 45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 02:16:41 ID:4T0V8nPn0
- 目黒川の行人坂とぶつかるあたりのうなぎ屋さん(太鼓鰻)
昔は目黒川で取った鰻を出してたんですよだって。
そのころのあたりの映像が頭に浮かんで幸せな気分になった
- 46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 19:25:15 ID:X9xOz348O
- 北区王子を流れる石神井川(音無川)は幕末や明治の古写真にたまに登場するけど、当時は水が綺麗でこの川の水で入れたお茶が最高の贅沢と言われていたらしい
今ではコンクリートに覆われた汚い川だけどね
近くに吉宗の命で作られた飛鳥山や、名主の滝、近藤勇が処刑された地(板橋駅前)などもあります
- 47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 22:56:22 ID:5yBGjONd0
- >>45,46
こういう昔情緒の話はいいね
綺麗な小川なんて今の時代じゃむしろファンタジーに近いw
- 48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/22(木) 23:29:43 ID:MYgntH880
- でもあこがれるね。都心の川が清流でザリガニや魚が泳いでるのって。
韓国はソウルの川の上を走っていた道路をなくして清流復活させたんだよな
- 49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/23(金) 11:33:16 ID:kbOcQeKBO
- 山形の婆ちゃんと銀座に行ったら
「久しぶりだべ」というので「前はいつ来たの?」と聞いたら
「前来た時はまだ進駐軍がいた」と言ってた。それは随分久しぶりだなと思った。
- 50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/24(土) 15:45:29 ID:89MTclzzO
- 太平洋戦争で海軍の整備兵として海に出ていた祖父(88)が
唯一してくれた戦争話
ある日甲板に出て海を見ていたら、自船に向かってくる魚雷発見
誰かに伝える間もなく「死ぬ!」と思った瞬間、
魚雷は船の下を通り抜けて遥か彼方へ消えて行ったそうだ
普段すごく気難しい祖父が「冗談のごたる(ような)話やろ」と笑ってたから実話だと思う
あと余談として
自分は嘉吉の乱で有名な家の直系(に近い傍流?)らしいが、どこまで本当なんだかw
- 51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/25(日) 00:03:29 ID:vmbiAFdX0
- おれの爺さんの親父が明治天皇の詩の先生だったらしい
- 52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/25(日) 00:17:22 ID:YyPeMEZ+0
- スレの要旨とはことなるかもしれないが
近所のおじさんのおじいさんの実話?
清水の次郎長の話だが、そのおじさんのじいさんは
清水の次郎長と地元のヤクザ者との決闘をみたことがあったらしい。
時は幕末、場所は安倍川の河原で次郎長も相手も腰が引けていて
見てる側が恥ずかしくなるよな罵り合いをして
結局切り合いもせずお互い捨て台詞を吐きながら去って行ったそうな。
おじさんのおじいさんは「大したこともねぇなー」と思ったらしい。
当方遠江国在住
- 53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/25(日) 12:04:21 ID:4KP5Omfm0
- 本に書いてあった話だけど、戦前にヤクザ同士が日本刀で喧嘩を始めそうになった
しかしお互いにらみ合ったまま一歩も動けずに「もう止めよう」って話になって結局斬り合いにはならなかったそうだ
- 54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 00:36:46 ID:kZiIVpJB0
- らしいね。でもサムライの斬りあいはお互いにすれ違うともう相手が
倒れているって斬り合いを見た人の話が残ってるね。
やくざもんの間では「サムライとは斬りあいするな」って言葉があったらしいから。
へたれサムライでもモノ心付いたころから刀もたされて型やってるんで喧嘩剣法じゃ
勝てないって意味だったらしい
- 55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 01:43:29 ID:M4AmA1CKO
- 中国における虐殺史
1851年 太平天国の乱 主導者・洪秀全 死者2000万人〜8000万人
1860年〜 回教徒の乱 主導者・清王朝 死者2000万人〜3000万人
1900年 義和団の乱 主導者・義和団と西太后 死者数757名、負傷者数2654名
1928年 済南事件 主導者・蒋介石 日本人居留民の被害人員約400名
1928年〜 国共内戦 主導者・蒋介石・毛沢東 死者約2千万人
1937年 通州事件 主導者・蒋介石 日本人居留民の被害人員約400名
1938年 黄河決壊事件 主導者・蒋介石 死者約32万人、離郷者数約63万、罹災者1000万人
1951年〜 三反五反運動 主導者・毛沢東 71万人を処刑、129万人を逮捕、123万人を拘束
1947年 二二八事件 蒋介石 死者19,000〜28,000人(数十万との説も)
1946年〜 国共内戦の再発 蒋介石・毛沢東 死者300万人(諸説ある)
1946年〜 東トルキスタンの虐殺 主導者・毛沢東他 死者1000万人以上 850万人が強制中絶、核実験の放射能によって75万人が死亡・50万人以上が虐殺。
1949年〜 チベット大虐殺 主導者・毛沢東、胡錦濤他 死者20万人以上(諸説あり)
1958年〜 大躍進政策 主導者・毛沢東 死者2000万人〜5000万人
1960年〜 文化大革命 主導者・毛沢東 死者1000万人(一説には3000万人)
1989年〜 天安門大虐殺〜現在 法論功大虐殺、環境大破壊、毒入り製品毒野菜輸出
- 56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/27(火) 20:57:10 ID:I805LyFFO
- 祖父母が若い頃には幕末生まれの人がたくさん生きてたんだよね
どんな話を聞いたのかな〜
- 57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/28(水) 00:03:11 ID:eAF/qsn+0
- 真剣での切りあい喧嘩は明治末期にはまだあったらしい。
侍の子孫なんかは果し合いみたいな真似してたって。刀はせいぜい2,3回打ち合う程度で
決着がついたって
- 58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/28(水) 00:42:23 ID:Gm5FeEdJ0
- 北洋艦隊が日本に来たとき、本物の士族が、青竜刀を持った中国人に斬られたって事件あったんだよね。
それを見た農民が「情けない」と思ったとか。
- 59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/28(水) 05:15:21 ID:mxYZjFHD0
- うちの死んだじいちゃんは大酒のみで近所でも有名だった
田畑と酒を交換したという逸話があるぐらい
そんなじいちゃんが戦争で満州へ行った時の事
じいちゃんは仕事しないで酒ばっかり飲んでたらしい
銃弾の降りしきる中でもニコニコしながら酒飲んでたらしい
んで、日本が負けた時、中国人が日本兵に復讐を始めたらしいんだが
戦争中日本兵にひどいことされた彼らの恨みは凄まじく、日本人はかなりむごい目にあったそうな
そんな中じいちゃんだけは
「お前は戦争中も優しかった、私達に何もしなかった」って見逃されたんだと
ただ酒飲んでただけだろ〜wって感じだが、ここで死んでたら俺もいないんだし
大酒のみに感謝だな
この話をしてくれたのは、当時日本語の通訳をしていた中国人のばあちゃんなんだが
婚約者がいたにもかかわらず日本兵のじいちゃんと恋に落ちて父ちゃんを産んだ
やっぱり差別とかいろいろ大変だったらしいが二人のラブラブっぷりは
孫から見てもすさまじかった
ちなみにじいちゃんは死ぬ前日まで毎日一升ぐらい飲んでた
倒れて、病院で「酒が飲みたいな〜」って言葉を遺してぽっくり死んだ
- 60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/28(水) 05:26:03 ID:VbtnP62dO
- >>59
くたばれ非国民。
- 61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/28(水) 22:04:26 ID:9uG1+By80
- 御茶ノ水に河童がいたって明治生まれのじいちゃんが言っていたらしい
- 62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/29(木) 18:46:47 ID:cN8L0rXD0
- 原爆投下からしばらく後の山陽本線復旧1番列車で広島を通過したらしいが、
遺体をまとめて油かけて焼く時の黒い煙がそこいらで上がっていたとか。
- 63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 02:27:00 ID:ZYugbjxzO
- 原爆や空襲を目の当たりにした人は地獄のような光景を見たんだろうなぁ
- 64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 03:06:44 ID:aO04DMIR0
- >>63
阪神大震災も、十分に「地獄みたいな光景」だったよ。
東京や地方の人に詳しく説明しても、全く伝わらないけどね。
あればっかりは体験しないと判らない。
でも、ああいうの見ちゃうと人生観変っちゃうんだよね。
震災きっかけに興銀辞めて楽天を創業した三木谷みたいに
人生観変って成功したケースはまれで、
震災を期に脱サラして失敗した人が多いなあ。
時期も悪かったけど。スレ違いスマソ。
- 65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 07:12:59 ID:PUAp0NdR0
- 悲惨な体験の価値観なんて人それぞれだろ
悲惨自慢はやめてくれ、そんなの世界中にたくさんいる
- 66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 11:47:35 ID:Lt4v/ph20
- >>65←こういうのがいるから、みんな戦争体験等を語りたがらなくなる。
- 67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 23:32:37 ID:7h7aHTK10
- 俺の爺さんでも婆さんでもないが、学校の年取った先生から聞いた話。
昭和二十年の終戦の日、
先生たちの集落の人は、人づてに負けたことを聞いた(山に住んでてラジオ聞けず)。
やけになった先生たちは「米軍に殺される前に腹いっぱい食うぞ!」と決めて、
近所のきれいな川に大量の山椒をぶちまけた。
川面には大量の魚が浮いてきたので残らず獲り、とっておきの酒も引っ張り出して、
これが最後のつもりで飲めや歌えの大宴会を行なった。
その後、思ってたよりはるかに穏健な支配体制が敷かれたのはよかったんだが、
近所の川では丸一年アユもアメゴもほとんど獲れなくなり、
酒も保存食料も残らず飲み食いしたんで大いに困ったそうだ。
日本駐留前の、人々のアメリカへの恐れがわかる話だな。
- 68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 23:52:33 ID:BDcI/sPX0
- >>64
自分の母(昭和15生まれ)は、阪神大震災で焼け野原になった神戸長田の映像を見て
「(太平洋戦争時の)空襲を知ってるから、これ見ても驚かない」と言ってた。
体験しないと分からない、は確かかも。
- 69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 00:09:38 ID:9bRXDByqO
- 明治初期までは磔の刑が行われてた
市中引き回した後に磔にし、三日晒した後にわき腹に槍を刺す
2〜3回槍を刺せば絶命するのだが20回ほど槍を刺す
そして最後に喉を刺して死体を三日晒す
当時の人は打ち首とかはふつうに見てたけど、磔の処刑をする場面だけは見たがらなかったらしい
本にそう書いてあった
- 70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 00:42:16 ID:EWNAaRUI0
- 清時代の中国では生きている人間を、大衆の前でバラバラにして殺す死刑があったな
グロ過ぎるだろ・・・
- 71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 02:18:40 ID:6K/yKAz00
- >>68
震災の避難所で、戦争経験のある年配の人達はみんな
「空襲より地震の方がキツイ」と言ってた。
空襲は、まず空襲警報が鳴って、防空頭巾被ってみんなで防空壕に避難して、
対空砲火やB29独特のエンジン音が聞こえてきて、
心の準備が出来てから爆弾がヒューと鳴りながら落ちてくるけど、
地震や余震は何の前触れもなく突然襲ってくるし、安全な場所もないしね。
- 72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 17:51:18 ID:fvN8z0/l0
- 中国で戦ってきた祖父が、「チェコ機銃」の優秀さをよく称えてたな。
中国兵からの分捕り品だけど。
「日本のやつよりずっと丈夫で、機能もいいんだ。鉄がいいんだろうな」と言っていた。
- 73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/01(日) 00:28:37 ID:4XiyUvwr0
- チェコってガラス工芸品とかも得意だよね。手先が器用なんだろうね。
それが銃にも活かされた。
サッカーも大柄な割にテクニックあるし。
ってスレチだね。
- 74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/01(日) 03:44:13 ID:XXRAiXTy0
- 壮吉の磔の写真
ttp://community.livejournal.com/vintagephoto/612116.html
くらやみ坂刑場(磔刑と獄門台のさらし首)
ttp://www.visualizingcultures.com/beato_people_gal_large/pages/
bjs50_execution.htm
- 75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/01(日) 20:00:14 ID:LwbScPVc0
- >>72
ZB26(チェコ・ブルーノ1926年式)軽機関銃な。
壊れにくく命中精度が高く価格は安く、大勢の日本兵がこれにやられた。
日本軍もチェコから買えばいいのに国産にこだわって、
火力で劣る上に、戦場では故障続出でまったく使い物にならず。
今の自衛隊も、特に機銃に関しては70年前と全く同じ状況で、
馬鹿高いのに粗悪ですぐ故障する国産品に、自衛隊員は戦々恐々。
守屋みたいのが兵器を選んでバックリベート貰ってるんだから、
当然そうなるけどね。
- 76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/05(木) 03:01:26 ID:RRVXsuHv0
- そんなに国産銃ってだめなの?
- 77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/05(木) 05:17:31 ID:B0VFnuFgO
- 祖父ってどんな存在でしたか?
父方の祖父は俺が生まれる前に亡くなってたし、母方の祖父は若い頃に祖母と離婚してしまったので幼い頃に数回しか会えずに亡くなってしまったんです
だから俺には祖父ってどんな感じなのかよく分からない
祖父に可愛がってもらいたかったし、色々な話を聞きたかった
やっぱ祖母とはちょっと違う存在なのかなー
- 78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/05(木) 09:37:45 ID:OCd7pb720
- 違うよ。男だよ。
- 79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/05(木) 17:01:52 ID:Qs9uIhBh0
- >>76
陸自で30年以上も主力を務めた国産の62式機関銃が隊員泣かせの欠陥品として有名だったなあ。
故障が頻発したのに、抜本的な改善が最後までされなかったのは、
旧軍からの伝統なのか、自衛隊が戦闘を全く想定していないからなのか、
調達本部の役人がワイロ貰ってたからなのか、俺にもよく判らない。
今ではベルギーFN社のベストセラー機銃「MINIMI」のコピーに切り替えているが
例によってライセンス生産で、本物のMINIMIと違って、相変わらず故障が多い。
自動車や家電品と違って競争がないし、自衛隊員が「国産のMINIMIは欠陥品だ」と
マスコミに言ってしまうと、軍事機密を暴露した罪で軍法会議だから、改善される見込なし。
戦場で1丁の機関銃が故障したら、一個連隊が危機に瀕する事もよくあるんだが、
そういう危機感は日本の防衛省には全くない。そのへんの体質は旧軍とそっくり。
- 80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/06(金) 17:51:21 ID:2J+Pmv9DO
- ひいばあちゃんが女学校行くのでかなり家の財産を使ったとかなんとか。
- 81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/06(金) 22:55:34 ID:uBTwX0Cn0
- 前スレかなんかで呼んだんだけど幕末士族だってひいじいちゃんかなんかが
指3本くらいなくて全身傷だらけ。時々尋ねてくる友達も頬がなかったり片耳
だったりでじいちゃんが子供の頃怖かったけどご一新を生きた侍はみなそうだって
笑ってたって話が印象的
- 82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 00:29:36 ID:gVn2JWJO0
- 勝海舟も随分傷あったって言うけど本当かな
- 83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 00:32:42 ID:7wL43GrVO
- 勝は犬に金玉咬まれて死にかけたんじゃなかったっけ?
- 84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 09:24:41 ID:p68dgbZV0
- >>81
そんな昔じゃなくても、俺がガキの頃(1970年頃)は、戦傷者がまだ40代で
片手がない人、頭部に弾跡のある人、爆風で顔半分が焼け焦げた人とかいくらでもいた。
小1の担任の先生は胸の下に貫通弾創があったし、教頭先生は片手が無かった。
夏にプールに行くと、大人の男性にでっかい傷がある人がとても多いので、
子供だからマジマジと見てしまって親に怒られたもんだよ。
- 85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 11:06:03 ID:nqDDYilO0
- おいおいいまさらだが>>51って高崎正風じゃないか?
- 86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 14:49:04 ID:keKPqLbg0
- まあ、ホントならな
- 87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 23:29:40 ID:sbHNa33S0
- お彼岸になるとお寺に戦傷者の人がいてハーモニカ吹いててこわかったな。
片手片足とかない人多くて。勝がキンタマ噛まれたのは子供のときだろ。
勝だとボディガードの以蔵が刺客きって人を殺めるなって言ったら斬らなきゃ
あんた死んでたんだって言われて苦笑したって話が残ってるな
- 88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 23:51:55 ID:HR1BHHUc0
- >>87
お寺の縁日で、戦傷者が座って募金をしてた。
傍らで軍歌のテープ流して。
やはり1970年頃だったけど、いつのまにか見かけなくなった。
- 89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 01:42:44 ID:vyEk9l4rO
- うちのひいばあちゃん、明治生まれだよ。まだ生きてるが、かなりボケてる。
ボケてないうちに話聞いとくんだったな。
- 90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 05:17:39 ID:Az4Pn2Ae0
- 親戚みても明治生まれって最近みなくなったなあ
ていうか内の近い親戚じゃもう一人もいないかも
- 91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 15:54:06 ID:WuepYKKy0
- 俺の実家では、正月に近くの護国神社にお参りに行くんだが
参道でいつも戦傷軍人が物乞いしてたなあ。
ピーターパンのフック船長みたく、亡くした手に、?←こういう形の鉤をつけていた。
父親が彼らを見ると、厳しい顔をしてたのを思い出す。
86〜87年頃までいた。バブル期にいなくなった。
- 92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 17:39:21 ID:BgK7UtX00
- >>90
明治も遠くになりにけりだね。
うちも昨年祖母が亡くなって、明治生まれの親戚はいなくなってしまった。
父が太平洋戦争に行き、脛に2発銃弾受けて捕虜になったが、
こういう人も後10年したらほとんどいなくなるだろうね。
孫を作ってリアルにそういう人がいた事をみせてやりたいが、
ワープア無職なので多分無理だ。
- 93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 22:45:30 ID:e67BnEAq0
- 士族だったひいじいちゃんの家に伝わる話。
正月に近所の若い衆が餅つきするんだけどそれみて「あいつは人が斬れん」
とか「こいつは斬るな」とか言っていたらしい。腰と手の絞りが持ちつきと
剣術似てるとからしいけど。
- 94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 23:35:38 ID:uABkzbMX0
- 俺のじーさんは戦争時、満州(かなりの内地の方)に行ってたんだが、
とにかく食べ物が無くて困ってたと言ってた。
仕方が無いので数人で犬を食ったらしいが、上官に見つかり
体罰と一週間ほどの牢屋監禁だとよ。
かなり、厳しかったらしい。
- 95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/09(月) 00:18:34 ID:/rr11WOH0
- 明治44年生まれの婆ちゃんの話
満州からの引き揚げのとき、ソ連兵に後ろから銃を突きつけられて脅され、
結婚式のときの着物を渡したら、両手でたぐるように巻き込んで持って行かれたらしい。
実家は酒屋でそこそこ裕福だったから、上等な着物だったのではないかと思われる。
- 96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/09(月) 04:36:11 ID:0ZjlBwyEO
- 父方の家系も母方の家系も曾祖母までのことしか分からん
祖母が生きてる時にご先祖様の話を聞いておくべきだった
- 97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/10(火) 10:51:46 ID:TdI8Zmdh0
- 爺ちゃんから聞いた話。小中学校に配属将校がいて生活指導や教練やるらしい。
基本的に予備役の年寄り将校が来てたから、教練といっても大した事もなかった。
でも太平洋戦争が始まると現役バリバリの若い将校が赴任して来て、
「気合が足らん!」「なんだそのへっぴり腰は!」とか言って、
金属製の指揮棒でぶん殴られるから、もう死ぬかと思った。
指揮棒で殴られて意識を失う同級生が続出し、教練の時間はただ恐怖だけだった。
配属将校に酷い目にあった同級生のかなり多くが、戦後に共産主義に走ったのは、
気持は分かる、って言ってた。
- 98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/10(火) 11:01:57 ID:8gyLU2zn0
- 祖父ではないが知り合いの社長さんの話
戦争当時15〜6歳だったらしいんだが、さとうきび畑に仲間4人で
隠れてるところを米兵に見つかって捕まったらしい。
でもその米兵がトイレかどこかに行っている隙に、そいつの拳銃を取って
自分達の弁当箱の中に隠したんだって。もちろんそれに気付いた米兵は
「俺の拳銃をとこにやった!?」って怒り狂ったらしいが
みんな怯えながらもシラを切り通した。
それでホロ付きのトラックの荷台に乗せられて連行されることになったんだが
その荷台にアメリカ製のタバコが山ほど積まれていたらしく、興奮した4人は
そのタバコを荷台からどんどん道に投げ落としていって、最後は自分達も走っているトラックの荷台から
飛び降りて、点々と落ちているタバコを拾いながら帰ったんだって
この社長さんはいつもいろんな体験談を話してくれるけど豪快さが半端ない
- 99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/10(火) 13:20:19 ID:hh6CU0N90
- >>98
戦争当時になんで米兵登場w
そもそもここはじいさんばあさんから聞いた幕末明治大正限定。
いつの戦争の話だよw
- 100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/10(火) 13:21:43 ID:hh6CU0N90
- ああ、さとうきび畑っていうから沖縄の話か。
いすれにしてもスレ違い。
- 101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/10(火) 13:22:54 ID:hh6CU0N90
- あれ昭和も入ってるのか。
>>1が紛らわしい。
- 102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/10(火) 13:23:53 ID:hh6CU0N90
- じゃ昭和64年の話でもいいのか?
- 103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/10(火) 13:25:20 ID:hh6CU0N90
- 昭和64年にはうちのじいさんばあさんとっくに死んじゃってるよorz
- 104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/10(火) 20:29:32 ID:9FCcmiotO
- 4年前に86で亡くなったウチの祖母。
戦争が激しくなる前は喫茶店に行くのが好きだった。何故か防空壕に入ると「ああ、またレモンをいれた紅茶と、トーストにバターとジャム両方塗ったのが食べたいな…」と毎回のように思っていたそうだ。
現在と余り感覚変わらないかも。
- 105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/10(火) 22:32:06 ID:PazKWA8H0
- 士族だったひいじいちゃんは手裏剣が上手で年取っても庭に来るスズメや
鳩を仕留めては家族に怒られていたらしい。手裏剣の下手な侍は修行に
出たときにひもじい思いをするってよく話していたらしい。
- 106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/11(水) 04:13:45 ID:uKptGMt5O
- 雀や鳩を仕留めて家族に怒られてた曾爺様ワロスw
徳川慶喜も手裏剣の名人で隠居しても毎日、手裏剣の鍛錬を欠かさなかったそうだ
- 107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/11(水) 11:09:27 ID:RXvDNXmm0
- 手裏剣なあ、、、、、小柄(こづか)じゃないのかな。
うちも士族だったから小柄は何本かあるけど、手裏剣は見たことがない。
実家に空気銃があって、田舎だから色々なものを撃ったけど、
鳥は的が小さい上にちょこちょこ動くから、空気銃でもなかなか当たらない。
さらに身体は、頑丈でツヤツヤしたな羽で覆われていて、球形だから、
弾が当っても、当たり所が良くないと、弾がすべるようにはじかれる。
カラス撃った時なんて、軽くはじかれて、そのカラスはピクッとしただけで、
逃げもしないで無視された。
弓矢や小柄で鳥を仕留めるなんてすごいよ、超人技。
鳥を獲る時は、ザルを紐で引っ張って落とす、古典的な方法のほうが
はるかに効率的だったなあ。。自分の話でスマン。
- 108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/11(水) 16:31:08 ID:uKptGMt5O
- 泉重千代さんが亡くなった1986年の2月までに生まれた人は江戸時代生まれの人と同じ時代を生きたことになる
- 109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/11(水) 20:43:26 ID:0AwTQpTSO
- >>108
その1986年の2月生まれです。
江戸時代生まれの人と同じ時代を生きた最後の世代だと思うと感慨深い
- 110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/11(水) 21:13:55 ID:gdk84UgU0
- 泉重千代さんが亡くなったのは、オレが21歳の時。
オレが物心つくかつかないかの頃、当時の日本最高齢者は嘉永生まれだったらしいけど
さすがに覚えてない
- 111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/11(水) 23:20:57 ID:+nNKuLXU0
- 人ではないんですが昔マタギ犬の血の濃い犬が家にいたらしく
スズメから鶏まで獲ったらしいです。スズメなんて信じられないんですが
結構これが獲ったらしく都会だった祖母はそのために卒倒しそうになったとか
- 112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/11(水) 23:25:53 ID:I55xkGuV0
- あのなあ、ここは雑談スレじゃねえんだ。
- 113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/11(水) 23:28:22 ID:I55xkGuV0
- >>都会だった祖母
うちの祖母が都会だった頃、祖父は田舎だった。
わかんねえだろうな〜♪
- 114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 00:21:35 ID:EZoBqFzW0
- 都会育ち、変にデリートしちゃいました。
雑談、って言われればそれまでですが大正時代にマタギの純血の犬なんて
もうほとんどいなかったらしいのです。それをかなりのお金を払って東北で
見つけてきたものと言う話でした。祖父が犬好きで当時では未だ珍しいシェパードとかも
飼ってて庭は大変な事になっていたらしいです。すいません雑談で。
- 115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 00:42:33 ID:p4a9xOJ80
- >>114
いやいや、ギリギリスレチじゃないでしょうw
爺さんの話なんだから。その空気感が大切です
- 116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 00:50:45 ID:K2ro96ry0
- >>110
歴代の長寿日本一記録者
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E5%AF%BF#.E6.AD.B4.E4.BB.A3.E3.81.AE.E9.95.B7.E5.AF.BF.E6.97.A5.E6.9C.AC.E4.B8.80.E8.A8.98.E9.8C.B2.E8.80.85
- 117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 02:50:39 ID:fCeNpwik0
- >>108-110
泉重千代さんは、生年を20才サバ読んでるというのは常識。
慶応元年生まれは早世したお兄さん。 泉重千代さんの出生証明は存在しない。
大体、結婚した歳が1904年で、慶応元年生まれなら39才にもなっていて
当時としては余りに遅すぎ。19才で結婚なら、当時の徳之島としてはごく普通。
まして 泉重千代さんは親や兄に早く死に別れ、祖父母に育てられている
跡取り息子だった。19才で結婚したのがごく自然。
- 118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 10:50:34 ID:L0U9QZqa0
- >>115
111は爺さんなんか全然でてこない。
完璧に犬の話だ。
- 119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 18:22:33 ID:ATvuBNyV0
- 犬の話だが、爺さんのエピソードも入った貴重なお話だと思う。
>>110=114
もう少し話を上手くまとめなさいよ。
- 120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 19:56:41 ID:L0U9QZqa0
- >>119
だから111にはじいさんのじの字も出てきてないっつうの。
完璧に犬の話。
だから雑談すれじゃねえって言ったんだ。
- 121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 19:57:20 ID:L0U9QZqa0
- じいさんが出てくるのはそのあとの114.
- 122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 19:57:41 ID:L0U9QZqa0
- 114に対してスレ違いだなんていってない。
- 123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 19:58:37 ID:L0U9QZqa0
- >>119
110と114は別人。
もっとよく読んでからレスしやがれ。
- 124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 20:06:09 ID:02UxDkGGO
- タイムスリップして若い頃の祖父母に会ってみたい
俺はあなたの孫ですって言っても信じてもらえないだろうけど
- 125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 20:08:52 ID:L0U9QZqa0
- >>124
スレ違い
- 126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 22:35:37 ID:CpA7sreo0
- もと海軍士官だった祖父が、戦後実家で百姓をしていると。
「新しい国軍ができるから、また乗らないか?」
と勧誘してきた人があったという。
祖父は断ったが、旧軍人の勧誘、かき集めなんて本当にあったんだな。
- 127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 23:21:50 ID:ISlZJNIA0
- 明治の頃は女性も時々道で「立ちしょん」したって昔ひいばあちゃんが言ってた。
どうやってやったんだろう。でも明治になって外人が来て確か政府は切り鼻と
女性の路上放尿をやめるように通達したとかって話しがあるから本当だったんだろうけど
- 128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 23:46:11 ID:MvNBDGfP0
- >>85
本人じゃなくても、接触あるだろ。。。
ひーじーさんが聞いた高崎正風の話でスレ立てろ!
とりあえず、じーさん呼んできて、パソコンの隣に座らせろ!
つか、生きてないよな、そのじーさん。。。
- 129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/13(金) 02:23:04 ID:oPWdlBW80
- >>127
今でも田舎行くと婆さんが立ちションしてるのが見られるよ。
- 130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/13(金) 10:55:59 ID:1EfdAZ3h0
- >>128
ん?俺は>>85なんだが>>51は別人だぞ
おれのひいじいちゃんの話じゃない
- 131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/13(金) 11:04:23 ID:bCjfYs6q0
- >>130
それはわかってる。すまん、紛らわしかった。
51の人、高崎正風とひーじーさんが接触あるんなら、知りたくね?
ってことだった。
- 132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/13(金) 23:16:50 ID:wYLf1JoF0
- 明治まで混浴だったんでしょ。どんなだったのかな。江戸だけかな
- 133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/14(土) 04:35:35 ID:ibF3qU/O0
- >>132
混浴、いまでもあるよ。
秋田だったかな、最近、混浴のマナーが悪くなったので、
マナーを守って下さい、って立て看を立てたって、テレビでやっていたよ。
>84
傷痍軍人って言ったよな。
確かに、1980年頃までは、いたな。
お祭りの日とか寺社の境内の片隅とかに、ボロボロの軍服を着て、立っていた。
通りすがりの人が、足元の籠なんかにお金を入れていたな。
あれは本当の戦傷者なのか、それともたんにそのように装った物乞いだったか?
- 134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/14(土) 10:50:20 ID:0kagfT6d0
- せいぜい60年台までだな。本物は。
- 135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/14(土) 22:46:31 ID:uh7E9UyC0
- 子供の頃八百屋さんが片腕なかった。戦争でなくしたらしいけど子供心に
怖かった。申し訳なかったけど正直な感想だった
- 136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/15(日) 00:10:11 ID:k5vRborp0
- おれのおやじは、浅草寺で傷痍軍人を見ると
ああいう人がいるから戦争に負けたのだよ、ということを
彼の業界語でよく言ってた
彼の友達は指のない人が多かった
(実話です)
- 137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/15(日) 13:21:54 ID:Segg2OgxO
- >>136
> 彼の業界語でよく言ってた
業界語?893とかそっち系ですかね
- 138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/20(金) 11:48:36 ID:t5/slr8U0
- うちの家系、明治天皇ゆかりの者
だからって どーっていう事という事ではありません
- 139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/20(金) 21:42:16 ID:dDzwN1fl0
- 承子ちゃんおかえり
- 140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/21(土) 08:26:19 ID:PWEkmxLX0
- 泉重千代さんって
子供の頃から飼ってた亀の方が先に死んじゃったんだろ
- 141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/22(日) 08:27:01 ID:KmhXhjOXO
- 亀の寿命はミドリガメやイシガメなどで30〜40年
ワニガメやリクガメで80年
ゾウガメや、一部のリクガメで80〜150年
ちなみに淡水魚のコイは意外に長寿で50〜80年ぐらい生きると言われている
- 142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/22(日) 14:33:34 ID:cBnj/nUd0
- なんたって縄文杉が一番。
- 143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/22(日) 15:22:58 ID:wfpJwZY+0
- 縄文杉は3本の杉の合併木だから、年輪がグチャグチャになっていて
樹齢4000年とか無茶苦茶な数字が一人歩きしてる。だからギネスに公認されない。
現在、一番長生きな植物と言われているのはレッドウッド
- 144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/22(日) 17:12:32 ID:cBnj/nUd0
- 縄文杉よりギネスの方がえらいと思ってるバカ
- 145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/22(日) 22:25:28 ID:hiGY5ddh0
- 鯉でも昔花子ってのが年輪で200歳って出たんだよね。
その家のおばあちゃんが嫁入りしたときにお姑さんが嫁入りしたときに
既にいたって話を聞いたということだからあながちうそではなさそうだけど
- 146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/22(日) 22:51:51 ID:YLvaZDJQ0
- 日本語で
- 147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/23(月) 00:43:05 ID:LQx6tOoiO
- うちの婆ちゃん、今も健在でもうすぐ100歳だけど今はボケて話は聞けないけど昔聞いた話し。
チリか三陸津波か忘れたけど山に避難して山から海を見てたらしいんだけど、海の水が一気に引いていった光景が恐ろしく怖かったらしい。その後ものすごい波が来て町が飲み込まれて行ったって言ってた。
- 148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/23(月) 01:03:00 ID:LQx6tOoiO
- 戦争の話しも。空襲警報を聞いて防空壕に逃げたけど鮨詰め状態で押しつぶされて亡くなる人も居た。凄い音と揺れで防空壕が潰れた所もあって中に居た人が土砂に埋まった。あの音と光景は目に焼き付いて離れないらしい。鉄作ってるから狙われたみたい
- 149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/23(月) 12:58:25 ID:roEqZzSj0
- 爺ちゃん曰く、空襲の際に防空壕に入っていたら安全でもなくて、
焼夷弾で大火災が起きると、壕の中で蒸し焼きになってしまうから
防空壕を脱出する判断が難しかった、とのこと。
早く出過ぎて機銃掃射を受けて死んだり、逃げ遅れて防空壕の中で
蒸し焼きになって死んだ人も多かったって(直接の死因は酸欠だろうね)。
壕で蒸し焼きになった遺骸は、そのままの形で出てくるので、
まるで仏様みたいで、皆で読経しながら運び出したと言ってた。
- 150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/25(水) 11:44:49 ID:3w3m1Tqb0
- じいさんの聞いた話が、父ちゃん母ちゃんに聞いた話なのが辛いが
うちの小学校は東京大空襲の中心地にほど近いので、
わしらが在校時代に、東京大空襲当時、先生だった人が、まだ先生やってて、
その先生から聞いた話。
外から火が入ってしまうから、ということで校門を閉めた。
その時に中に入れなかった人たちが、外で開けてくれ、開けてくれと言ってるんだけど
開けてあげなかった。
だから、校門には爪の跡が残っている(建て替えてるんだけど)というので恐かった。
今なら、全校児童が登校拒否だろう。
- 151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/25(水) 14:53:16 ID:wBoI9xxl0
- 80才のうちのばあちゃんが第二次世界大戦中に
吉祥寺の在郷軍人(陸軍中将)さんの家で奉公してたときの話。
空襲にそなえ、隣の組が消火訓練をやりだした。
奥さんは「隣組が始めたのだからうちの組もやらないと」と中将さんに言ったが
中将さんは「そんなことはやらなくていい」と取り合わなかったそうだ。
軍人としての自覚があるから決して口にはしなかったけどアメリカとの戦力差を知ってて
そんな小さな努力は無駄なことだとわかっていたっぽい。
そのことに奥さんが怒って実家に帰ってしまい、そこの娘さんとばあちゃんは
一大事と大変オロオロしたそうだ。奥さんすぐに戻ってきたけど。
圧倒的戦力差が分かってた中将さんはどんな気持で日本をみてたんだろうと考えると
少し切なくなる…
- 152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/26(木) 00:19:50 ID:qKLfm4fO0
- 戦前の軍隊のいじめは酷かったらしい。それでいじめられていた新兵は
実際の戦闘が始まるのを楽しみにしてたんだって。
「弾は前からばっか来るわけじゃねぇ」って。 おじいちゃんのはなし
- 153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/26(木) 10:04:54 ID:n/Obs4JT0
- このスレは題に無理があるな。
じーさん、ばーさんが幕末を知ってて、しかも2chに来るなんてのは、
恐らくおらんだろ...。
いたら、是非、ageで書き込みお願いします。
- 154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/26(木) 11:17:16 ID:K3zBuMtU0
- >>153
じいさんばあさんが来るんじゃなくて孫が来るんだろうが
- 155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/26(木) 11:31:50 ID:ClPdvW340
- いや、じーさん、ばーさんが幕末知ってる孫は、戦争行ってる世代だろ。
2ch世代のじーさん、ばーさんは、へたすりゃ戦争行ってない世代だぜ。
団塊の世代あたりのじーさん、ばーさんで明治だよ、おそらく。
- 156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/26(木) 13:56:58 ID:K3zBuMtU0
- >>155
戦争行ってる世代は2ちゃん来ないって誰が決めたんだ?
- 157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/26(木) 16:16:44 ID:AHlAtifv0
- イマジネーションだろ。戦争に行った世代がPCやってるとは
あまり思えないだろうからな。水木しげるでも戦争に行ってた時は20歳だしな。
当時20歳の人が現在PCを使って2chにカキコしてるとは想像つかないだろw
- 158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/26(木) 16:19:32 ID:K3zBuMtU0
- 想像力の欠如
- 159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/26(木) 18:25:08 ID:GT4f87gLO
- 今80代ぐらいの人の爺さん婆さんが幕末明治を過ごした世代なのは常識で考えればわかる。
- 160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/26(木) 19:33:58 ID:K3zBuMtU0
- 昔は7人8人子供がいるってのは普通。
ってことは末っ子あたりになるとかなり高齢での出産だ。
自分のじいさんばあさんの年齢を基準に考えない方がいい。
- 161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/26(木) 19:35:50 ID:K3zBuMtU0
- ばあさんはともかくじいさんは相当高齢でも子供作ってたりするぞ。
若いかみさんもらったりして。
- 162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/26(木) 23:55:44 ID:BQRbVRZ30
- 俺は30歳だけど祖父母が明治36年生まれで曾祖母が幕末生まれだよ
祖母も親父も40歳過ぎてから生まれた子だから
- 163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/27(金) 00:23:13 ID:2N2zli3h0
- >>162
すげえな。
俺は34歳で両親とも兄弟が8〜9人だが、祖父母はもう他界してしまった。
祖父は2人とも長男だったし。
- 164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/27(金) 00:38:03 ID:v2QTT8jk0
- その話題で盛り上がったのがすごいな。。。。
いいネタふりだったんだな?>>153
- 165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/27(金) 00:39:18 ID:pG//AmtT0
- 家に伝わる話・・・ってのがあるんだよ。今は核家族だとそういうの消えたのかな
- 166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/27(金) 00:52:16 ID:tZ4UXGUrO
- 今生きていたら90才の祖母が10才位の子供の頃。うちの田舎(千葉県)にはまだチョンマゲの人が少しいたらしい。
後、お祭りの時、山から降りてきたサンカもよく見かけたそうだ。
サンカについてもっと聴こうと思ってるうちに昇天してしまった。
- 167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/27(金) 08:48:48 ID:NEEaLoDk0
- 明治時代に、東京から東北地方に旅行したイザベラ・バードが、
日本人の3分の1は、アバタ顔であると書いているが、
90歳の知り合いの爺さんに聞いたら、戦後でもアバタ顔の人は、かなりいたらしい。
種痘を受けなかった人が相当いたんだなぁ。
- 168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/27(金) 08:58:57 ID:NEEaLoDk0
- >>166
うちの田舎も千葉県で、同じく今生きていたら90才の祖母から聞いた話だけど、
シナ事変が始まるまでは、お歯黒をした女性がいたらしい。
- 169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/27(金) 21:59:10 ID:WX8tRqUl0
- 婆ちゃんの実家は信州の東筑摩郡というすごい山中で、サンカの話は聞いてる。
実家は見た目は普通の農家なんだけど、副業で薬屋をやっていて
年に2回サンカが、霊芝・熊の胆・薬草とか、漢方薬の原料を売りに来る。
代金は金じゃなくて、米や豆で払う。
サンカの人は異様な風体だから、来る日は子供心にドキドキしたそうだ。
太平洋戦争が始まったらサンカが来なくなった。
風の便りで、国の命令で新潟県に定住させられたらしい。戦争中だから
徴兵のために強制的に定住させられたんじゃないか、と婆ちゃんがいってた。
- 170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/27(金) 22:54:18 ID:X0+3xnbeO
- ゴメン。スレチは承知での頼みです。サンカとやらを簡単に説明願います。
- 171 :名無しさん@お腹いっぱい:2008/06/27(金) 23:00:43 ID:igelEgas0
- 俺は41歳だけど祖父が明治29年生まれで曾祖が嘉永生まれだよ
祖父も親父も40歳過ぎてから生まれた子だから
祖父は90過ぎで他界したのでいろんな話しを聞いた
当時は興味なく覚えてないのが残念
そういえばプロレスが好きで、よく話したたなぁ
テリー・ファンク 対 アブドラー・ザ・ブッチャー
ホント残念
- 172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/27(金) 23:15:11 ID:fL7S5BBU0
- >>170
ググるという知恵も無いのか?
- 173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/27(金) 23:21:45 ID:H0Ah99eH0
-
朝鮮総連も拉致問題の被害者だと思います。
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/soc/1214576345/l50
- 174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/27(金) 23:25:09 ID:5VUwVDbu0
- 母方の爺さんは戦時中の最後に徴兵された人の中の一人で満州に行ったそうだ
で、ろくに戦闘も起こらぬまま即武装解除でシベリアへ強制連行、あまりに過酷だったらしくカマキリと食ってたらしい
その時のロシア兵の馬鹿さ加減を笑ってたな、時計を水洗いしたとか
父方の爺さんは成田空港某闘争の時に左翼とか絡まずにただ百姓という身分で300人くらい纏め上げて県庁に直訴しにいった
百姓軍団が耕運機で県庁まで直訴しにいったもんでそりゃまぁ凄かったらしい、仲間が興奮しすぎて竹やりで県庁のガラスぶっ壊したりしたらしいし
その後国会に証人として呼ばれて、その時の国務大臣徴発して一触即発になったとか
親父の話によればその頃は殺気の篭った目をした右翼が家の周りに複数いたとか言ってたな
爺さんもサラシ巻くくらいの覚悟だったらしいし、とにかくその頃の百姓の気迫は凄かったらしい
そういやハマコーとも知り合いだとか言ってたな
でもその後の三里塚闘争は結局左翼主導になっちゃったからなぁ・・・
- 175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/27(金) 23:35:59 ID:fL7S5BBU0
- カマキリと食ってたらしい
- 176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 00:40:56 ID:l4vFwhKy0
- 戦中みんな痩せてたのにある地域の農村だけみんな肥えていたそうな。
ザリガニ食べてたんだって
- 177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 01:54:53 ID:1ZZZs/Bv0
- 地方によっては明治までは貧しくて子供が育てられない家庭は7才までの子供は殺しても黙認されたとか…
誰かそういう話を聞いた人います?
- 178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 02:25:52 ID:pSTFP2ER0
- >>177
「七歳までは神のうち」ってやつかな。
- 179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 03:52:57 ID:aa2C2zqs0
- こけしは子消しという伝えは本か何かで見かけた覚えがある。
- 180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 08:01:47 ID:7EVPazX3O
- >>169
異様な風体とはどんな感じだろう
- 181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 09:35:49 ID:TV4rlXVmO
- はに丸くんの中の人がストレッチマンとゆう話なら・・・
- 182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 12:23:45 ID:WQFQiRgd0
- >>177
7歳の子供を殺したら殺人だろう。新生児と勘違いしていると思われw。
生まれてすぐの赤子は、間引きといって、消すことも地方によっては黙認されていた。
お産婆さんが、赤子を取り上げると、「育てますか、流しますか」と家族に聞いて
「流してください」と頼まれると、そのまま神様にお返しする、と言う。
- 183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 13:51:53 ID:1ZZZs/Bv0
- 江戸時代中期以降、領主の禁令や教諭にもかかわらず、飢饉時の農村などで、圧殺・絞殺・生き埋めなどの方法により、乳幼児の殺生が行われたことは事実である。
当時7歳以下の子どもは神の子とされ、いつでも神にお返しする(つまり殺す)ことができるとされていた。
一種のクーリングオフである。だから、間引きは「子返し」とも呼ばれていた。
http://www.nagaitosiya.com/a/population.html
なかでも「子殺し習俗」は興味深い。
「間引き」と呼ばれた子殺しは「育てないのであって、子供にしない。7歳までは神のうち」という観念によって正当化されていたというからややっこしい。
http://mainichi.jp/area/gunma/news/20080514ddlk10040111000c.html
俺も>>182さんと同じ認識だったんですけど、やっぱり7歳までは神様に返されてたのかな?
- 184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 18:46:45 ID:I6FKTPJs0
- >>170
定住せず田畑を持たないで山に住む人々だったかな
江戸時代では被差別階級に属した
- 185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 20:48:18 ID:JVtXyfNrO
- >>184
あざーす。
- 186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 22:23:35 ID:4s0bBFRo0
- 暗い時代だったからね。特に農村部は貧しかったし
- 187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 22:29:17 ID:1asyZQAy0
- 過去は暗黒時代というのは未来は無条件に明るいというのと同じ。
単なる幻想にすぎない。
暗い面もあれば明るい面もある。
過去も未来も。
- 188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 12:26:35 ID:GiUb3Vjc0
- >>42
江戸時代生まれの人と喋った人なら今でも普通に生きているだろう。
今百歳の人が5〜10歳位の時なんかだったら江戸時代生まれの人は
当時40代から50歳位の人もいるわけだし。
- 189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 14:17:43 ID:nYnNWkWL0
- 京都の江戸時代の風景をCGで復元したものを見たことが有るが
綺麗だったな、なんつうか幻想的な感じ。
- 190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 14:51:07 ID:JzobkUt4O
- あーあ。
- 191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 14:52:33 ID:WzEQgZUO0
- 大分県出身の者ですが
子供の頃、他界した祖母(明治26年生れ)から
♪薩州西郷さんは鰯か海老か 鯛(鯛)に追われて逃げてゆく♪
という唄をよく聞かされました。
祖母も曾祖父母から聞かされたのでしょう。
- 192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 17:05:52 ID:JthN6DXE0
- 鯛(鯛)
なんか意味あんの?
- 193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 17:23:59 ID:ZdIwQlMz0
- >>191
鯛(隊)だね。
- 194 :191:2008/06/29(日) 19:17:08 ID:WzEQgZUO0
- >>193
フォローありがとう。
- 195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 22:06:30 ID:IfYfdg170
- さんかはロマンチックに捉えられ過ぎ
- 196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/30(月) 00:36:19 ID:ahOK9HMk0
- 秀吉の唐入り、朝鮮征伐を映画や小説などに
したものってありますか?
この時代は今と違って、朝鮮中国に気を使う事は
無かったと思うんで。
- 197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/30(月) 00:43:19 ID:l8t8j8wY0
- スレ違い
- 198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/01(火) 07:10:21 ID:A031Zc370
- >>196
しかも板違い
- 199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 03:47:49 ID:OsOZcOqk0
- 幕末の写真を見るとなんか顔がみょうに黒い、というか汚れてるように見えるんだけど
あれは写りおよび保存状態のせいなんでしょうか?
それともその当時はあれが普通だったんでしょうか?
- 200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 10:10:41 ID:0quZErq+O
- ↑それを爺さん婆さんに聞いてみれ。
良スレ状態とはなかなか続かないもんだな。
- 201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 12:16:56 ID:a+pMVIN50
- さすがにじいさんばあさんは当時生きてないだろう。
- 202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 12:18:23 ID:a+pMVIN50
- つうか、幕末に生きてた人は今生きてないだろう。
- 203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 21:19:46 ID:sQWt1ISH0
- >>199
皆、農作業とかで野外活動しているから、日に焼けてて顔が真っ暗なんだよ。
昭和40年代以前の機械化される以前の農業を知っているなら分かるはず。
- 204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/04(金) 00:33:49 ID:7UAmp50o0
- 俺の近所の漁師の爺さん(76歳)の祖父が西南戦争に官軍として従軍したそうな。
九州から遠く離れたこの村から只一人で、当時は地元で名誉とされていたらしい。
褒美?恩賞?で、「あの漁場をやろう」と言われたらしいが何故か断った。
現在でも魚の良く取れる漁場だが、「ここは俺のもんだった。遊んで暮らせた。」と
ぼやいていたのが忘れられない。
この爺さんスロットが好きでいつも負けまくっている。
じいちゃんのじいちゃんはどう思っているんだろ?
- 205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/04(金) 01:59:12 ID:F0qJp1dB0
- 他人の話はスレ違い
1 :日本@名無史さん:2006/11/06(月) 03:56:09
君が爺さん、婆さんから聞いた、リアルな実体験話を
皆に聞かせるためのスレッド。
- 206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/04(金) 02:16:24 ID:mxg7wUthO
- >>204
昔は気骨のある人も多かったみたいだな。貧しくても卑屈じゃ無いところがとても良い
- 207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 19:47:53 ID:rzE3KPax0
- 大正生まれのバイト先の社長(10年前に他界
は、戦時中、アンコールワットに行ったことが
あるって言ってた。
当時でも、密林の奥に遺跡が有るって話は
兵隊達の中でもそこそこ有名な話だったらしいよ
- 208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 21:08:10 ID:GGyamger0
- 他人の話はスレ違い
- 209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 21:55:03 ID:yCceqjnJO
- 祖父(大正生まれ 数年前に他界)の親父だか爺さんだかが、日露戦争に従軍してて、どこかの山でロシア兵と撃ち合って、金し勲章(しの字がわかんねw)貰ったとか。
それは今も残ってるのか!?と、ちょっと期待して聞いてみたんだが、なんでも大恐慌の頃か太平洋戦争後の混乱期だったかに質に流しちまったとか… orz
それと何か関係があるのかわからないが、祖父が勲何等かの小さな銅のメダルみたいの持ってた。
これだけは遺産としていただこうと思ってたんだが、
晩年かなりボケててどこかに隠し無くしてしまい、こちらも紛失… orz
- 210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 22:00:54 ID:GGyamger0
- 君が爺さん、婆さんから聞いた、リアルな実体験話
じいさんの爺さんとか言う又聞きはスレ違い。
- 211 :209:2008/07/05(土) 22:09:22 ID:yCceqjnJO
- もう一つ、祖父さんの話と比べるとぐっと地味ですが、
祖母さん(同じく大正生まれで数年前他界)から聞いた話。
子供の頃、学校に一度外人の教師が来たことがあるらしい。
その外人教師に教えてもらったという英語の歌を、晩年まで覚えてて婆さんよく口ずさんでた。
ロイ ロイ ロイヤ バット ジェントル バット ドリーム♪
メリー メリー メリー メリー ライフル バット ドリーム♪
…こんなような歌詞だったと思うんだが、
数年前、TVでたまたま映画を見てたら、ハリソン・フォードだったか誰だったかが、これと全く同じ歌を歌っててビックリした!
たぶんあちらでは有名な童謡かなんかなんだろうな。
- 212 :209:2008/07/05(土) 22:35:51 ID:yCceqjnJO
- >>210
失礼。じゃあ最後に祖父から直で聞いた、ちょっと歴史的…というか民俗学的(?)な話を。
うちの爺さん、かなりの山村の生まれなんだけど、昔は近隣の町や村に商売に行く時とか、山の尾根づたいに歩いて行くのが普通だったらしい。
(この方が道を通るより楽だったとか)
また、かなり険しい山奥にある神社などでよく賭場が開かれてて(官憲の目を避けるため)
そんな山奥でも結構博打打ちが集まったそうな。
後年、サンカの話を知った時、ひょっとしたらサンカってのは、当時の山村の人間なら"ごく普通にやってたこと"が、町の人間の目に奇異に映って生み出された幻想に過ぎないのかも?と思った。
- 213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 22:43:35 ID:GGyamger0
- サンカの子孫乙。
- 214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 23:00:24 ID:yCceqjnJO
- なんでも農家やりながら、炭焼きとか山ブドウ採ってジュース作って町に売りに行ってたそうだけど、
やっぱり炭焼きとかもサンカの仕事だったんすかね?
ちなみに、戦後に闇市に山ブドウジュース売りに行こうとした時、途中で警察だか進駐軍の検問をトラックで突破したことがあるとか言ってたなw
結核で徴兵検査落ちて戦争行かなかった爺さんの唯一の武勇伝… orz
- 215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/06(日) 09:19:46 ID:VSQeuws90
- 俺は33歳だが、小学生の時怖い祖父ちゃんに聞いた話。
俺の祖父ちゃんは大正13年生まれで戦争の時は大陸に行ってた。
どこの部隊に所属していたとかは知らないが、一等兵だった。
中国の部隊と戦闘して「首の後ろを弾丸がかすり、跡が残っている」と
俺に見せた。確かに筋の様に残っていた。
また、子供心に衝撃だったのは「言う事聞かない中国人をブチ殺した。」
祖父ちゃんが直接手を下したのか、それとも見た話なのかは解らない。
ただ、「中国兵」でなく「中国人」と確かに言った。民間人か?
でもまあ祖父ちゃんが生きて帰ってきたから、母ちゃんも生まれ俺も生まれた。
その祖父ちゃんは14年前70歳で逝った。もっと聞いとけば良かったな。
祖父ちゃんの母ちゃん、俺の曾祖母は俺が小学生まで存命で言っていた。
「○○は戦争に行く前はおとなしい子だった。帰ってきたら人間が変わっていた。」
- 216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/06(日) 09:52:50 ID:+ZWpKc7J0
- >>210
それは
row, row, row your boat gently down the stream
merry, merry, merry, merry life is but a dream
という歌だな。カッコウの歌のように輪唱する子供の歌。
漕げ漕げ船を 静かに川の流れにまかせて
ラララ人生はつかの間の夢
みたいな意味だろうか。
- 217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/06(日) 12:34:05 ID:4dNkuYoy0
- >>216
俺に話しかけるな
- 218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/06(日) 12:56:17 ID:YMmfpI1p0
- >>215
>「言う事聞かない中国人をブチ殺した。」
中国の工作員か?w 中国人らしいミスだなw
俺の爺ちゃんも婆ちゃんも、氏ぬまで「シナ人、シナ語」だったよ。
「中国」なんて、爺ちゃん婆ちゃんの口から聞いたことがない。
> どこの部隊に所属していたとかは知らない
ありえない。爺さんの原籍ぐらい、家族なら誰でも知ってるだろ。
- 219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/06(日) 13:14:57 ID:4dNkuYoy0
- 爺ちゃん婆ちゃんだって中国四国ぐらい言うだろう。
- 220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/06(日) 23:03:05 ID:YaChPulvO
- >218
いや、俺の爺さんも大陸で戦ってたが、中国と言ってた。多分シナと言っても分からんからじゃないか?
あとぶち殺した下りは似た話を俺も聞いた。
食料を民家から集める時の話だったな
- 221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 01:47:26 ID:27t+RoIy0
- >>218
たまにこういう馬鹿いるよな。
「自分のジジババが言わないから他人も言うはずがない」
「自分が爺の原籍知ってるから他人も知っている」
お前の口癖「こんなの常識だよ」w
- 222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 02:10:59 ID:jMdTAKMS0
- >>220
爺さんは北支で戦ってたが、相手を八路軍や国民党軍と言ってたなあ。
「中国軍」とは言ってなかった。まあ「中国軍」なんて存在しないけど。
膨大な住民の海の中で、占領している日本軍なんて米粒のような存在だから
住民を敵に廻さないように苦労したが、終戦後、村長を筆頭に大半の住民が
張学良のシンパで、日本軍の情報が国民党軍に筒抜けだっただけでなく
米軍の中国系兵士が工作員として村人に混じっていた事も判って
「騙された」と悔しがっていた。
- 223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 02:49:51 ID:cZQ4TDwjO
- >222
食料集めの話をしてくれた時に、なんでそんなひどい事したんだ!?って聞いたら、その八路が道路にでっかい穴空けてトラック通れなくしたり、ゲリラ攻撃でまともに届かなかったから仕方なかったと言ってた。
日本軍を恐れて逃げた後の無人家屋が多かったらしいけど、地域や時期によって付き合い方が違うのか
長沙から西だから中支になんのかな
- 224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 04:58:37 ID:nj4/IQ7xO
- お歯黒と言えば、昭和40年代の雑誌で取材受けてた婆さんがしてたな。
地域によっては、明治の終盤まではやってたらしいから
昭和のうちは存在してたんじゃないの?
チョンマゲについては、明治後期以降になってもやってた人はただの変人だろうな。
- 225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 05:09:16 ID:A5q4Txuw0
- >>218
人の話を聞く技術を学んだ方がいいよ
本屋さんに置いてあるから
- 226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 05:21:37 ID:V8Ay4scyO
- 【第二次世界大戦の日本とユダヤの知られざる関係】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1215370052/
ヨロ(^-^)/
- 227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 07:28:53 ID:ffMCM793O
- 60ちょっと前の母親の子供の時は、慶応生まれの人がまだいたそうだ。
- 228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 08:24:44 ID:ZgOAmupl0
- >>227
母親から聞いた話はスレ違い。
- 229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 10:32:20 ID:jMdTAKMS0
- 家族が戦争に行ったら、
残された家族は、必死で所属部隊の消息を知ろうとするけどね。
家族が部隊名を知らないなんてあるのか?
- 230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 12:36:38 ID:cZQ4TDwjO
- >229
知らない人の方が多いのじゃないか?孫レベルまでいけば尚更。どんな経験をしたかを聞きたい人は居ても、部隊まではなかなかしんどい。
俺は聞いたけど、爺さんは苦笑いだけ。理由は、余りにも人が死ぬので混成されて、また死んでまた混成の繰り返し。
連隊史があるけどもうぐちゃぐちゃで、細かい部隊追跡できなかった。
- 231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 18:29:01 ID:5sLrNN8p0
- >>229
一体何時の話だよ?最近かよw60数年も昔の話だろ。
当時の家族なら知っているかも知れないが、3世代も下ると普通知らないだろ。
俺は215だが、母方の祖父でそんな頻繁に会えなかったしもう25年位前の事で
俺がまだ、はなたれだったから大人みたいに詳細に質問したり的を得てないのは当然。
まあ、もっともっと戦争体験の話を聞いておくべきだったと後悔している。
父方母方の祖父母はもうとっくにいないから永遠に聞けない。
- 232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 18:45:31 ID:jMdTAKMS0
- 住所と原籍がほぼ同じなら、大多数はそのまま近くの連隊に入営するから
青森5連隊、松山22連隊、豊橋18連隊、静岡34連隊、福知山20連隊とか
とても判り易いけどね。爺さんがどこに住んでいたかも知らなかったのかな?
どんな孫なんだww
- 233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 19:53:05 ID:smy7ol3BO
- >>232
>>231は爺さんが住んでいた場所を知らないとは書いてないぞ。
戦争の話を聞くにしても部隊までは気にしないだろ。
簡単な部隊編成でも60年以上前に戦争に行った老人やその家族が忘れていても当たり前。
>>232みたいに気にして揚げ足取る方が変だ。
- 234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 21:24:52 ID:hxqH32Im0
- >>223
> 戦争の話を聞くにしても部隊までは気にしないだろ。
部隊を気にしない者が「どこの部隊に所属していたとかは知らないが」と
わざわざ書くかな? 215には、
> また、子供心に衝撃だったのは「言う事聞かない中国人をブチ殺した。」
と書いてあるが、こんな事を幼い孫の前で言う爺さんがいるか?
かなり眉唾と言うか、作り話っぽいね。
- 235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 21:37:49 ID:N8XeN0yR0
- YMmfpI1p0=hxqH32Im0
- 236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 21:40:31 ID:cZQ4TDwjO
- >233
多分ぶち殺したの部分に反応してしまったんだろ。
自分の爺さまや日本がそんな事するわけない。だから>215は嘘だ、て所か。
俺もショックだったから、なんでそんなことした!て言ってしまった。
それから色々詳しく聞き出して今は受け入れてるけどね
- 237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 21:54:27 ID:smy7ol3BO
- >>236
たしかにショックかもしれないが戦時中の話だもんな。
自分は戦時中に中国人を殺した話を爺さんから聞かされていたという人に会ったことがあるからあまり驚かなかったけど。
それにしても>>234は揚げ足取り過ぎ。
- 238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 22:29:33 ID:hxqH32Im0
- 2ちゃんへアクセスのなんと1割は中国から
中国ネタは一応疑うのが常識
日本兵の虐殺を持ち出すのが連中の常套手段
- 239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 22:39:47 ID:cZQ4TDwjO
- >237
俺の爺さまの話も結構叩かれそうな話が実は多い。
爺さんの部隊では、ついて来れなくなった兵士は手榴弾で自爆させられていた。
当然命令書はなくて、言われなくても分かってるよな?て感じだったそうだ
これは道路は八路に寸断されて帰れないし捕まっても困る、しかし一人の為に遅れるわけにいかない。
お前は戦争の事が分かってないと言った後にこの話をしてくれたんだが、最近沖縄の話で命令書云々の話が出たときに、なんとなくピンときたよ。
- 240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 23:05:56 ID:5sLrNN8p0
- ID:hxqH32Im0 お前が朝鮮人なのは解ったから。
- 241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/08(火) 07:24:00 ID:aY0ngZdSO
- >>239
戦時中の国のために死ぬのが当たり前の風潮だとそういうことも日常的にあっただろうね。
戦争に行った場所によっても違うだろうけど。
でも実際に戦争を知らない60代以下の世代が想像しているより遥かに悲惨なことも多数あったと思う。
- 242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/08(火) 14:04:06 ID:Jc6dKGsL0
- >>239
爺さんはフィリピンだったけど、マニラ市街戦が終わって敗残部隊が北部密林に
逃げ込んだ頃には手流弾は貴重品で、自殺用の手流弾を貰えるなんて贅沢な話で
「武士の情」の世界だったらしいぞ。恥でもなんでもない。
脱落者はゲリラの恰好の餌食で、生きたまま置き去りにされるとなぶり殺しだから
どうしようもなかったんだろ。
- 243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/08(火) 15:07:55 ID:3fl0rkrhO
- >242
俺も恥と思ってる訳ではないよ。
以前、別の所で同じ事書いたら、おかしいだの工作員だの叩かれた経験があるもんで。軍オタらしき人が補足してくれたので助かったけど。
手榴弾があったのは、上海から戦場に向かう途上で戦闘すらしてない段階だったからで、戦闘後はやはり欠乏したらしい
- 244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 00:17:57 ID:Hqk0sivm0
- 母子家庭だった父の友人が大戦末期に特攻隊に志願し亡くなったそうです。
あとから思うと随分と悩んでいたのかふさぎ込んだ様子を見せていたそうですが、
国のために自分は死ぬと。
そのお母様は何かと父を頼り時にかなりのお金を無心したりもしていました。
事情を知らない私たち家族は赤の他人に、とちょっと腹立たしく思っていましたが
父が死ぬ直前にその話を聞き、恥じ入った次第です。父の死後仏壇を整理していたら
おそらくその方のものと思われる寄せ書きのようなものが出てきました。
もっていかないで父に渡したのでしょうかね。
こんな話、おそらく山ほどあるんだと思います。すいません、スレを汚しまして
- 245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 03:09:39 ID:LLe3H7dd0
- 赤の他人の話はスレ違い。
ここは自分のじいさんばあさんから聞いたリアルの話を書くスレだ。
伝聞はスレ違い。
スレ汚すんじゃねえ。
- 246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 08:12:46 ID:rPc2AtjGO
- >>245
スレタイには合わないが爺さん婆さんのみだとあまり話題が出てこないだろう。
家族や近しい人の話ならいいと思うんだけどな。
戦時中の貴重な話を少しでも多く聞きたい。
次回から家族や知人に聞いた幕末明治大正昭和というスレタイにしてほしい
- 247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 11:15:34 ID:0dm7BEy10
- 戦争の話なら軍事板に行ったほうがナチュラルに聞いてもらえるかも
あなたのおじい様の戦争体験を教えて その19
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/army/1214673329/
荒れそうな話題を扱ってるのに、比較的安定してる長寿スレ
いい話も悲惨な話も沢山あるよ
僅かな手かがりから爺様方の所属や戦歴を調べて教えてくれる人もいるよ
- 248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 11:34:37 ID:H1+yaq0UO
- >245
そのくそ汚い文章がここを一番汚しとるわ
もう荒らすの止めろ
- 249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 11:59:30 ID:xS05aUnE0
- もう爺さん婆さんと言っても昭和の生まれが大半になってきている。
まあこのスレを50代以上の人が見て、書き込むのなら話は別だが。
又聞きくらいしか、昭和以前の話は苦しいと思う。
- 250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 13:01:15 ID:LLe3H7dd0
- 苦しかろうがなんだろうが、ここはそういうスレ。
文句あるならスレ立てたやつにいえ。
気に入らなかったら気に入るスレ立てればいい。
- 251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 13:02:12 ID:LLe3H7dd0
- >>248
諸悪の根源はスレ立てたやつ。
おれに文句言うのは筋違い。
- 252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 13:09:30 ID:0dm7BEy10
- >>ID:LLe3H7dd0
君がどういう心理状態で自治ごっこやってるのか
みんな分っててスルーしてるんだよ
ここで暴れて気が済むなら好きなだけ暴れてきな
それでガス抜きができるなら安いもんだ
- 253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 13:17:15 ID:LLe3H7dd0
- なんですって!キーッ!
- 254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 13:19:18 ID:LLe3H7dd0
- ってことで、ここは
>>君が爺さん、婆さんから聞いた、リアルな実体験話を
>>皆に聞かせるためのスレッド。
よろしく。
- 255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 13:26:15 ID:H1+yaq0UO
- >251
>244は家族全体で遺族の生活を支援するという、日本人なら感謝すべき人。
そんな人には一定の礼儀をもって接するべきで、最低限の礼儀すらわきまえない奴が、ここのルールを語るな
- 256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 13:28:36 ID:LLe3H7dd0
- スレ違いをスレ違いと言ってどこが悪い。
- 257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 13:29:35 ID:LLe3H7dd0
- スレ違いのことを書くのはアラシ。
それを擁護するのもアラシ。
アラシいくない。
- 258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 13:30:18 ID:LLe3H7dd0
- 俺を煽ってるやつがいるな。
なにが目的だ?
そんなことが楽しいのか?
- 259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 14:53:03 ID:HUPk3A87O
- 俺のじいちゃんは陸軍砲兵で前線に赴いたこともあったけど丁度終戦時に洛陽にあった下士官養成学校みたいな所にいて助かったみたいだがそのあと中国に抑留、米をちょろまかしてなんとか食いつないでいたそうです。
- 260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 18:42:58 ID:RwnFDfp90
- 自治活動お疲れ様でーす(笑)
- 261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 19:30:15 ID:LLe3H7dd0
- どういたしまして
- 262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 20:58:27 ID:LDoClruk0
- 小さいころ、祖母(明治後半生まれ)をしたっていて
毎晩お風呂の後は、祖母とお話ししてた
時にはいとこたちと一緒に話をきいた
当時の話
戦後、飼ってた犬を朝鮮人にさらわれたあげく食べられた
戦後、朝鮮人の泥棒、恐喝、などが多発、とにかく怖かった…など
朝鮮人エピソードが多く、すっかり今の私はネット右翼です
- 263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 21:10:02 ID:U3eUsqtY0
- >飼ってた犬を朝鮮人にさらわれたあげく食べられた
ちょw 朝鮮人!
- 264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 22:29:01 ID:qhQyW8P10
- 侍は怖い、怖いってひいばあちゃんが口癖のように言っていたと我が家に
伝わっている。なんでかはまるで分からないけど
- 265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 22:30:05 ID:LLe3H7dd0
- ひいばあちゃんはスレ違い。
しかも伝聞。
- 266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 22:31:20 ID:LLe3H7dd0
- たぶん強姦されたんじゃないのか?
その子孫がお前ら。
- 267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 23:38:02 ID:bhOrqgnd0
- >>245
1スレのスレ立て人ですが、
すまんが血の繋がった爺さん婆さんの話のみとは言っていないつもりだ
単純に数世代前の現実感や空気感を聞きたいだけなので大らかに考えたいですね
自分のネタがなくなったのですっかりロムってたが
妙な制約でスレがつまらなくなるのはカンベンです
- 268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 00:09:13 ID:dCk7ZCrO0
- 確かにスレタイには「自分の」とか「血のつながった」とかは書いてない!
それを変な勘違い野郎が勝手に制約しやがって!
スレ主かとみんな思ってたはず。
おい謝罪しろよ→ID:LLe3H7dd0
スレ違いは自分でしたとなww もう来るなよハゲ
- 269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 00:17:33 ID:4aiwy9DXO
- >267
感謝します。
- 270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 01:18:54 ID:KLycICUo0
- >>267
「君が爺さん、婆さんから聞いた、リアルな実体験話」
おいこれが数世代前の話だってどう読めばそう読めるんだ?
おおらかに考えたいだあ?
全てお前がこんなこと書くのが原因じゃないのか!
お前の責任だぞ!
なにがつまらなくなるのはカンベンだ?
人ごとみたいに。
お前の責任だろうが。
どう考えてんだ。
数世代前ってことは伝聞でもいいってことになっちまうぞ。
伝聞とリアルな実体験話というのとは矛盾するだろうが。
それとも伝聞と実体験がイコールだってえのか。
こいつあおもしれえや。
だったら奈良時代からの伝承だって実体験ってことになるだろう。
もうなんだってありじゃねえか。
他のスレといったいどうちがうんだよ。
説明しろよ。
試合の途中でルール変える審判みたいなもんじゃねえか。
なんつうやつだ!
- 271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 01:20:45 ID:KLycICUo0
- すべてお前が諸悪の根源!
おやまれ!
スレのみんなに謝れ!
- 272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 01:23:07 ID:KLycICUo0
- 試合の途中でルール変える審判ゆるすまじ
- 273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 01:24:56 ID:KLycICUo0
- おい、ここはもうなんでもありのスレだってよ。
なに言ってもいいんだってよ。
いったい他のスレとどこが違うんだろうね。
そもそもそれじゃわざわざスレ立てる意味すらないんじゃねえの?
- 274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 01:33:40 ID:KLycICUo0
- >>268
文句あるなら>>1に言えといったはずだ。
諸悪の根源>>1をゆるすな!
- 275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 10:05:03 ID:nLGwfoRY0
- 爺さん婆さんから聞いた幕末明治大正昭和の話→どこにも「自分の祖父祖母」と書いていない。
他人の爺さん婆さんでも良い。また、爺さんがその爺さんに聞いた伝聞でも良い。
君が爺さん、婆さんから聞いた、リアルな実体験話を 皆に聞かせるためのスレッド→
どこにも「自分の」と書いていない。どこの、何時の時代の爺さん婆さんから聞けば良し。
リアルであれば何でも良し。架空や作り話はダメ。
歴史上の有名人との接触
歴史上重要な出来事に関わった話
先祖が英雄で、身内しか聞けない話
その他、どうでもいいがおもしろい話 →ここを見ても自分の祖父祖母だけでは少し無理がある。
何代も遡って、伝わり爺さん婆さんがリアルに語れば良し。
ID:KLycICUo0=ID:LLe3H7dd0 お前の屈折した一方的な勝手な自己解釈でこのスレを荒らした
罪は大きい。すぐに謝罪しろ!! スレ主でもないくせに偉そうに。
お前がここから出れば全ては上手くいく。 何かと「スレ違い」って真性のアホかw
一人で必死に自己弁護悲しいな。
まず謝り、「出て行きます」と言えカスハゲ!!!
- 276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 13:50:56 ID:xdU3RGq30
- キチガイスレ
- 277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 14:10:19 ID:KLycICUo0
- >>275
だれもそういってなかった。
俺の指摘にその様には言い返してなかった。
ってことはみんなここはおれの言ったようなスレ立てだと認識していたってことだろう。
そんなあやふやなすれ立てしといて、あと付けで土俵を広げるような>>1に全責任があるのは明白。
そんな>>1こそ謝罪しなければならない。
つうか、そもそも>>267が当人だという証拠があるのか?
他人がなりすましで、適当なこと言ってたって分からないだろう。
たとえば今俺が>>1だといって「自分の爺さんばあさん以外はだめ」
っていったらみんな俺に従うのか?
結局そういうことじゃねえか。
なんの意味もない。
だから最初の
「じいさんばあさん」
「リアルなな実体験」
この2条件を縛りにするしかないんだよ。
それを変えたいんなら次スレからにするか、新しいスレを立てるかしなきゃならないだろう。
- 278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 14:12:27 ID:KLycICUo0
- 偽者>>1こと>>267にだまされるな!
- 279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 14:21:15 ID:KLycICUo0
- >>1こそ諸悪の根源!
便乗犯>>267に鉄槌を!
- 280 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 14:31:26 ID:KLycICUo0
- お前らの言ってることだと本で読んだ乃木大将の話だっていいことになっちまうぞ。
本を書いた人はおじいさんでした。
うその話じゃなくて人からから聞いたリアルな実体験の話でした。
その人はおばあさんでした。
もう何でもありになっちまうじゃないか。
他のスレとどこが違うんだよ。
だったら他のスレに書けばいいじゃねえか。
- 281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 14:32:54 ID:KLycICUo0
- もうなんでもありだってよ。
へっ、わらわせやがら。
- 282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 16:39:29 ID:yKgWCZprO
- >>280
いつも荒らしてて情けなくならないの。毎日暇人なんだな
- 283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 19:06:40 ID:KLycICUo0
- スレ違いしてるやつが荒らしてるんだもん。
ぼくは悪くないもん。
元はと言えば>>1が悪いんだもん。
>>1の名をかたる>>267も悪いんだもん。
それにだまされるやつも悪いんだもん。
- 284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 20:35:05 ID:vUNzQG+T0
- ID:KLycICUo0=餓鬼は学校池。
お前が来てからおかしくなっただろうが。
伝聞は多少はどうしても尾鰭付いたり、美化されるもんだ。
そういうのも承知の上で楽しむんだよ。
- 285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 21:07:51 ID:KLycICUo0
- だったら他のスレと何も変わらないもん。
わざわざスレ立てする意味がないもん。
- 286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 21:19:11 ID:vUNzQG+T0
- >>285
お前の爺さん婆さんから聞いた話はないのか?
爺婆が昭和生まれとは言わせないぜ。
自分が聞いた話もしろ。
無いなら失せろ!
ちなみに俺は両親両方とも祖父母は明治生まれだ。
高祖父は幕末生まれだ。
- 287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 21:33:41 ID:KLycICUo0
- >>286
お前こそ自分が聞いた話しろ。
ただし高祖父はスレ違い。
- 288 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 22:58:45 ID:NWU46Jnl0
- >>251
ならばお前がスレ汚しを非難するのも道理ではあるまい。
ナニが「筋違い」だ。馬鹿者が。
- 289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 23:20:02 ID:AHIvfScr0
- 我が家では未だに桃の節句はしません。女の子がいても。
主君が命を落とした日で以来ずっと。あぁ、花の生涯・・
いいじゃん、と思うけど。俺、結婚して女の子が出来たらどうしよう。
なぜか姉貴は娘の桃の節句がんとして拒んで旦那さん側の家を怒らせちゃったけど。
あんな根性ないよ
- 290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 23:31:57 ID:4aiwy9DXO
- >289
その主君はどなた?
言えばまずいか
- 291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 23:48:24 ID:8SkUTZ3s0
- >>290
「桜田門外の変」でググれ。
「花の生涯」も知らない若い世代か、、
大河ドラマを祖母ちゃんと尾上松録、佐田啓二で観てた自分は、
大河「篤姫」でのあのドン百姓顔が気にいらねぇ。
- 292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/11(金) 00:28:33 ID:Er+ewPLLO
- >291
ドラマ化されてたんですね。
お察しの通り、産まれる遥か前のドラマでした
我が家にも伝統みたいなものがありまして、長男は代々同じ名前で、今は一番上の兄が継いでます
祖父が強硬で、反対の父を押切ってつけたそうです
今後どうするかは意見が別れてるので、どうなるかは不明
- 293 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/11(金) 01:09:07 ID:EHtPfLY80
- 289だけど難しいよね、こういうの。
自分が結婚して娘が出来たら他の子と同じように桃の節句の楽しい想い出を
作ってあげたい。第一そんな昔のことを引きずるのは時代に合わないと思うけど
なんか家とか一族の雰囲気とか圧力ってのもこれは経験者じゃないと分からないと
思うけど強烈。
うちはまして師範やってて一報受けて「言い伝えじゃ」一週間しないで江戸に
行きその悔しさと責任(あるのか?)に追腹するとかって騒ぎになったとか言ったくらいだから。
自分なんか東京生まれだしもういいじゃんと思うけど、玄関に置かれた赤揃えの
前通るたんびにね・・
- 294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/11(金) 01:38:56 ID:Er+ewPLLO
- >293
>292です
たまたまですが、その一番上の兄が彦根に仕事で滞在していたので、よく彦根城行ったり琵琶湖で泳ぎました。ご先祖もあの近辺に住んで居られたのでしょう
無知の件につき失礼しました
- 295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/11(金) 02:13:05 ID:EHtPfLY80
- 289 293 です。
ちなみに291は私の書き込みじゃありませんよ。
そんな無知とか失礼とか言われちゃうと恐縮しちゃいますよ。単なる気弱な
根性無しの若造ですから。でも以前福島の女性が鹿児島の男性と結婚しようとして
大反対にあい勘当されたとか聞いたことありますんで今でも幕末引きずってる
ケース意外に多いのかも知れませんねぇ
- 296 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/11(金) 13:00:50 ID:Er+ewPLLO
- >295
我が家も桜田門の事件とは多少縁があります
越前松平の下級藩士だったのですが、大獄の時志士の一人が我が家に出向いたのを、家人の誰かが当局に通報しました。
当然捕まり、その時点では問題無いのですが、桜田門で状況は一変。
彦根みたいに厳罰は無い代わりに汚名は被り、明治に大叔母がその母に聞こうとしてひどく叱られたそうで、長い間タブーでした。
大叔母は嫌ってハワイに出て教師をしたのですが、不幸にして日本の奇襲、そして抑留されました
幕末とはいえ歴史の連続性とは確かに恐いものがあります
- 297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 18:45:39 ID:CQAi0a38O
- 昔はもっと涼しくて、三十度で猛暑だったそうな
うらやましい
- 298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 19:41:27 ID:e+5hfPmkO
- 明治時代は涼しかった
- 299 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 20:03:18 ID:RlNK5gVL0
- 俺小学生の頃、夏休みの日記に天候と気温毎日記録してた記憶あるが
30℃くらいで暑かったと言えた様な気が。
もう人間の活動に支障をきたすね近年は。
- 300 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 22:07:43 ID:mFEO3iK20
- 新宿御苑だの有栖川公園に行くとひんやりする。自然は凄いよ。
人間って自分で自分の首を絞めているなあ。
- 301 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 22:38:31 ID:7c+S8ABC0
- そういいながら俺の首絞めるのはよせ。
- 302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 23:32:32 ID:XX4+1Kqo0
- 婆さんが死んだ後、数年してから、幕末〜現代に興味がわき、もっと聞いておけばよかったと後悔した
- 303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 23:33:21 ID:XX4+1Kqo0
- >>299
なんかレス見たら気温の話になってるけど、マジでガキの頃は高くて33度だったよ。気づいたら40度とかありえん。
- 304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 00:34:21 ID:OcD7W6VbO
- 扇風機も無い時代だったんだよなぁ
- 305 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 00:39:34 ID:9u/oCodO0
- 「ワシは明治6年の生まれのもんじゃが、童子の折はエアコン
ましては扇風機なんて物もなかったわい。よく外に出て団扇で扇いで
雑談しながら涼んだものじゃ。」
- 306 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 00:45:03 ID:XyZM5m380
- >>27
そういう語り継ぐのって大切ですなぁ。。そして日本人、弱体化しているな明らかにw
- 307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 00:48:23 ID:XyZM5m380
- >>23
いや、これ70年前だぞ?韓国のガンダムパクリはそんな前じゃないわけで。
あと、見てみたけど凝ってるじゃん。日本人らしいと思ったわ。韓国のあれはパクり度が凄すぎる。
- 308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 02:08:55 ID:THSm6aQL0
- ■ 神奈川県はインチキだらけ
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/travel/1212673847/
▼横浜・・・嘘の日本最大級、嘘の日本初が多すぎる。「日本最大の港町」という大嘘を吐き続けた住宅都市。インチキ港町・横浜
▼鎌倉・・・昭和時代に造られた景観を古都の景観と称して観光客誘致。国宝建築はたった一棟のインチキ古都・鎌倉
▼箱根・・・江戸時代温泉番付は前頭。提灯評論家雇って雑誌で箱根を賛美させ、造成温泉を天然温泉のように宣伝するインチキ温泉・箱根
- 309 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 02:13:20 ID:z/VdiMyY0
- わしらの頃は、「冷房」なんつーものは学校にないぜ。扇風機もない。
炎天下に朝礼とかやって、よっぽど体の弱い奴が年に1、2人倒れるくらい。
冬寒くてだるまストーブから離れたくなかったのは覚えてるけど、
暑くて死にそうだった記憶がない。
というか、暑さとか寒さで、学校で文句言っていいということを知らなかった。
だからって、病気になったのもいなかったけどな。
- 310 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 05:09:49 ID:xZhGdsMY0
- いたよ
- 311 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 09:40:19 ID:CM1k7tbT0
- 元々歴史には興味あったが自分がデジカメを持ち歩き、日記をつけといると
二度と帰らない過去の記録に並々ならぬ関心持つんだよね。
特に写真が残っている幕末あたりはそれ以前と違い臨場感あふれて当時の人間に親しみがわく。
幕末明治期の写真集を見たが風景は昔懐かしいし人々も素朴な感じがするのだが
切腹や打ち首するのも当然と考えてたりするんだよな。
- 312 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 21:08:27 ID:JIKuL6Wl0
- 関連スレ
先祖が陸士か海兵学校出身のやつ
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1161594741/
70歳以上の殿方ならびに御婦人方、語りませふ 二興
http://bubble6.2ch.net/test/read.cgi/cafe50/1182835866/
みなさんの戦争体験を聞きたいです
http://bubble6.2ch.net/test/read.cgi/cafe50/1147164820/
あなたのおじい様の戦争体験を教えて その19
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/army/1214673329/
- 313 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 22:13:27 ID:x1I3Fq12O
- >311
祖父の家を取り壊すことになり、残るは不用品だけという状況で最後に見回ったところ、お守りが落ちていたので中を開いてみました。
中から古銭と昔の写真が入っており、一人の妊婦と老婆が映っておりました。
裏書きによれば、なんと妊婦はひいひい婆さんで、老婆はひいひいひい婆さん。当然、腹の子はひい婆さん。
驚いたのはその写真が余りに状態がよく、明治人の写真についての特別な感覚がよく伝わってきました
- 314 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 22:34:31 ID:ALMrwR8X0
- >>309
そうそう俺は45歳で九州で生まれ育った者だけど
エアコンなんかなくても夏は苦でもなんでもなかった。
ここ10年くらい夏の空気が湿度で重く感じる。
天気図で見ると太平洋の空気じゃなくて中国南部から(インド洋由来)の
空気なんだな。
- 315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 22:40:24 ID:DHopcIq00
- >>305
あんた一体何歳になるんだよw
- 316 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 00:31:12 ID:f0XnLV7p0
- 明治生まれの祖父が、子ども時代に弟とトンボを追っていて(大正時代)、
弟がトンボをやっとのことで捕まえて、虫籠に入れようとしたら逃げられたそうな。
弟が泣き出したら祖父も悲しくなって兄弟二人でしばらく泣き続けたそうだ。
今の時代よりいい時代だったのかな
- 317 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 00:35:45 ID:B1JhHZ0x0
- 泣けばいい時代なの?
- 318 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 00:37:21 ID:B1JhHZ0x0
- トンボよりカブトムシの方がずっといいだろうに。
今ならデパートで買えるよ。
昔よりずっといい時代だ。
- 319 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 01:03:07 ID:4x/EcTFcO
- >317
>318
え〜どこからつっこんだらいい?
- 320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 01:11:42 ID:JlejxMtaO
- 父1946年生まれ 祖父母1903年生まれ 曾祖父1872年、曾祖母1875年生まれ ここから先が分からん
もうちょっとで江戸時代に届くのに
祖母が生きてるうちにご先祖様の話を聞いておけばよかったぜ
- 321 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 03:19:22 ID:B1JhHZ0x0
- >>319
明治時代は鈴虫を売りに来た。
わざわざ買いに行かなくていい。
って、せめてそのくらいの突っ込みはしてくれ。
- 322 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 10:53:31 ID:sDrDttPR0
- tumannne
- 323 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 11:46:24 ID:B1JhHZ0x0
- 別につまるような話はしてない
- 324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 23:20:18 ID:NSPyPrju0
- 20年前に死んだ爺さんが子供のときに犬に追いかけられた。
その時たまたま通りがかった人が日本刀で犬を斬り殺してくれたそうだ。
当時は犬など話し飼いだったって言うけど焼けんじゃなさそうだし飼い主は
心配しているかもなどとほっとしながらおもったそうな
- 325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 23:46:56 ID:B1JhHZ0x0
- 20年前の話かと思っちゃったじゃないか
- 326 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/16(水) 06:53:54 ID:iB450Yhm0
- >>316
ええ話やの。。。この話の味わいがわからん若造どもめ。
とんぼが逃げたくらいで、おとととつくづく泣けた遠い日々を思うじーさんと
その気持ちを味わうようになった孫のうつくしい叙情スレだ。
歴史となんの関係もないが、それでいいのだ。
- 327 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/16(水) 11:52:37 ID:Jfp66E0T0
- >>324
すげえな…今だったら動物愛護団体から責められるぜ。
犬切った人は警察?
昔(廃刀令後)は外で刀もっていていいのは警察・軍人・貴族・消防署の人だっけ?
- 328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/16(水) 14:45:16 ID:VMKYkhSm0
- 母方の祖母から聞いたヒイお祖母さんのお話。
祖母の実家が愛知県の東加茂郡松平村という所なんですが、ヒイ祖母ちゃん
はそこの庄屋の娘として生まれ、村長の娘さんと二人だけ袴をはいて皮靴で
学校に通ったらしい。
子供のころはお殿さんがみえると「下に〜下に」と時代劇と一緒だったと。
また、屋根裏部屋(祖母の子供心には卓球の体育館位の広さ)には祖母が
小学校のころはお蚕さんをかっていて、村のおばさん達が籠に桑の葉を
しょって屋根裏にあがっていくのを興味津々で付いていったんだって。
母も小学生の頃夏休みに数回いったらしい。
母の思い出の中では、その村の風景はトムクルーズのラスト侍の小雪が
住んでいた村そのものらしい。
- 329 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/16(水) 16:58:24 ID:Xh6EZ8mhO
- 明治45年生まれの祖母は、曾祖父が船乗りだったこともあり
女学校卒業後頃に、ポケモンを飼ってたらしい
- 330 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/16(水) 20:05:06 ID:sITZIDuMO
- >327
よく知ってるな。消防署まで知ってる人はあまり居ないと思います。
曾祖父は消防署所長だったので今でもサーベルあります。
ただし、戦後GHQにより刃を中程から叩き折られて、斬れないですけど
- 331 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/16(水) 20:13:49 ID:HoKffJWt0
- >>330
叩き折られてなかったら斬るつもり?
- 332 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/16(水) 22:59:27 ID:1YIHU5XuO
- 何か最近イタいのが紛れ込んでますな…
- 333 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/16(水) 23:39:21 ID:HoKffJWt0
- 文句あっか
- 334 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/16(水) 23:57:30 ID:y8MdT5yk0
- 俺のじいちゃん明治36年生まれで昭和57年、俺が8歳のとき
80で死んだけど、記憶にあるのはヤニ臭かった事。
そのじいちゃんだけど、生涯タバコを吸うのにライターを使わず
マッチだったと言う。 これってこの時代の人なら普通なのかな?
- 335 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 00:05:06 ID:5WSJumdp0
- GHQ叩き折ったの?
うちは士族の末裔だったんで刀や鎧、美術品とかが随分合ったらしいけど
どこで聞きつけたかGHQがやってきて天井裏に隠した刀や槍とかを
強盗ヨロシクもって言ってしまったっておじいちゃんが言ってた。
結局脇差と鎧、それに家計図くらいしか残らなかった。今でもあるけど
- 336 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 00:07:49 ID:dZIeKyrl0
- 家系図だろ
- 337 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 00:09:04 ID:dZIeKyrl0
- 叩き折れるくらいだからおおかた竹光だったんだろうよ。
- 338 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 00:38:46 ID:yEORiN+m0
- >>328
蚕は、戦前の話に必ずと言っていいほど出てくる。
俺の明治生まれ祖父は旧藩主の墓参りに行っていた。
やはり日本は、地方自治国家の連邦国だったんだな。
道州制より、廃県置藩のほうが日本らしい。
>>334
マッチが普通だよ。エコーとか吸ってたな。>俺のじいさん
- 339 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 00:39:28 ID:LHPV00fNO
- >335
詳しい状況は分からないけど、GHQからお達しが来て武器になりそうなものは差し出せと言う事だったみたいです。
祖母は反対したのですが、元公務員の曾祖父は律儀に持っていき、刃のないサーベルだけ持って帰って来たそうです
- 340 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 00:51:14 ID:K0uAb9B50
- 戦後っていうと、うちの地元はみんな空襲で焼かれた話と
食べ物に変えた話ばっかで、必ず、すごいいいもの持ってたことになってる
でも、食べ物と変えた地方の人で、そういうものが蔵に一杯あるという話は知らない。
というか、そういう地方に友達いないんだが、あるの?
- 341 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 00:54:52 ID:dZIeKyrl0
- >>戦後っていうと、うちの地元はみんな空襲で焼かれた話
戦後になんで空襲で焼かれるんだ。
- 342 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 01:04:16 ID:98HORBpG0
- >>340
それは、都会の人の恨みなんじゃ?地方農民から見ると以下のようになる…。
はっきり言って戦前の農民は米でさえ満足に食えなかった。3食米を食っていたのは都会のサラリーマンね。
で、食うのに一生懸命で、余裕がなかった田舎の農民にしてみると、都会の人間が勝手に始めた戦争で
労働力を奪われ、必死の思いでやっと作った米を(昭和20年は不作だっけ) それまで安く買いたたかれて
いて、やっと高く買ってくれる人が現れたんだから、今まで3食米を食っていた都会の者に、少しくらい米を高く
売っても罰はあたらないだろ。
ってのが正直な気持ちだ。まあ、実際米を売れたのはほとんどが、地主階層だったんだろうけどさ。
- 343 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 04:05:49 ID:Ws3z5rr+0
- スレ違いを言い立てるつもりは全くないが・・・
反論のフリして憶測と感想を書き散らす手合いってどうなのよ
事実どころか、仮説の体裁すら備えてないじゃん
せめて「当事者から聞いた話」にしないか?
- 344 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 06:50:22 ID:mLWIcRZlO
- >>333
荒らし方変えたんだね
- 345 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 09:22:37 ID:dZIeKyrl0
- >>333は偽者。
俺様が本物の荒らし。
- 346 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 10:04:33 ID:FiEZoushO
- もうボケちゃった爺ちゃん(84)が健在だった頃に聞いた話。
その当時我が家はそこそこ貧乏で、当然中学校に入るお金は無く小学校が終わると丁稚奉公に行った。
その会社が中国の天津に工場を出すことになって、当時16、7の爺ちゃんがそこへ行くことになった。
そんなある日、工場の従業員が街で喧嘩しているのを見かけ、仲裁しようとした。
すると突然後ろから声が掛かった。
そいつは日本刀を持ち、「貴様、日本人か。こんな所で何をしている。」と全く不自由ない日本語で話し掛けて来た。
相手は日本人で、ここにいる事情を説明すると、「ここらは俺らの縄張りだ、迂闊に手を出すとこうなるぞ」と言いながら刀を頭に押し付けた後去って行った。
(そこに日本人がいた理由はよく分からなかったが、とにかく人生で一番の生命の危機だったらしい。)
そのまま立ちすくんでいると、周りが騒がしい事に気付いた。従業員も騒いでいる。
「頭!」と言われ、後頭部に手をあててみる。その手を見ると血がべっとり付いていた。
今でもその傷は頭に残っている。
子供の頃に聞かされた話だからよく覚えてないけどこんな感じ。
おんぶしてくれたらちょうどその傷が見えてて気になってて聞いたら教えてくれた。
ほんと、ボケる前にちゃんと聞いとくんだったな。
- 347 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 15:13:35 ID:83p/Lt0Z0
- 爺ちゃんと婆ちゃんは、マッカーサーに田んぼを取り上げられた話をよくしてたなあ。
もし自分で耕していたら1haだけは取り上げられなかったので、
急遽家族で田んぼやる事になったけど、やったことがないから要領が分からなくて、
元小作人に聞いても誰も助けてくれなくて、仕方なく家業の従業員にやらせたら、元小作人に
農地委員会に密告されて、1haも取り上げられそうになったとか、そういう話。
家族で慣れない米作りして、必死で守った5枚の田んぼも、
この数年で伯父さん伯母さんが相次いで亡くなって、もう完全放置状態。
従兄弟もみんな東京に出てきちゃってるし、どうしようもない。
- 348 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 15:27:09 ID:dZIeKyrl0
- >>346の「その当時」の「その」とはどこにかかるんでしょう。
「健在だった頃」にかかるんでしょうか。
でもそれはあなたがおじいちゃんから話を聞いた時期でしょ。
おじいちゃんが丁稚奉公した時期じゃないでしょ。
つまりおじいちゃんが丁稚奉公した時期はどこにも書かれていない。
それなのに唐突に「その当時」と言ったってこっちにはいつの時期だかわかんないよ。
- 349 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 15:29:36 ID:dZIeKyrl0
- >>347
マッカーサーに返したら?
- 350 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 19:06:23 ID:oKz3fxPs0
- またきたよコイツw
なんでそんなにイチャモンつけるのカス君ww
- 351 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 19:21:48 ID:dZIeKyrl0
- 俺のライフワークだから
- 352 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 19:26:40 ID:98HORBpG0
- >>343
当事者の話を総合した話なんだけどなw
- 353 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 19:42:50 ID:dZIeKyrl0
- そりゃ伝聞だろうがうわさだろうが、元をたどれば全部
当事者ってことになっちまうだろうが。
- 354 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 19:43:25 ID:dZIeKyrl0
- もうなんでもありじゃねえか。
他のスレとどう違うんだよ。
- 355 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 19:56:56 ID:9JJPlJ5kO
- 明治生まれの祖母は小学校4年で中退したぜ
だから漢字は簡単な漢字しか読めなかったみたいだ
- 356 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 20:11:46 ID:dZIeKyrl0
- 中退っていうか義務教育は4年までじゃなかったっけ?
- 357 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 20:18:02 ID:LHPV00fNO
- >343
まあまあ。どこでも話の流れで多少の雑談や、脱線はあるからな。大きく外れて無いかぎりは、ある程度ゆるくなるのは仕方ないと思うよ。それが面白い時もあるし。
それよりここの問題は荒らしだよ。ほんと困ったもんだ
- 358 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 20:18:33 ID:dZIeKyrl0
- だれのこと?
- 359 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 21:44:05 ID:9JJPlJ5kO
- >>356
4年の途中で退学したらしい
- 360 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 22:24:02 ID:efpUVkct0
- Q.押し紙ってなぁに??
A.
★☆ 毎日新聞 「押し紙(広告詐欺)」のまとめ ★☆
毎日新聞 押し紙 画像
http://www.mynewsjapan.com/reports/displayimage?file=ReportsIMG_I1157840329864.jpg
販売店の奥に山積みにされた「押し紙」。
店主さんも隠し場所に苦慮している。
毎日新聞「押し紙」の決定的証拠 大阪の販売店主が調停申し立て 損害6,300万円返還求め
http://www.mynewsjapan.com/reports/436
毎日新聞140万部“水増し詐欺”の決定的資料
http://www.mynewsjapan.com/reports/174
新聞社は“広告詐欺”
新聞社が強引に公称部数を増やしたがるのは広告料金を高くしたいからだ。実際、
表にもあるように、97年からの5年間で公称部数は増えたが、実売数は減っている。
「毎日は広告効果がない」とよくいわれるが、当然だ。4割は読者に届かないのだから。
- 361 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 22:46:53 ID:1EvlsaNZ0
- 西南戦争の時、ひーばあちゃんの家に西郷隆盛が泊まりに来て
お礼にナギナタと鉄砲を一本ずつ置いていったんだって。
この話聞いたときびっくりして、思わずソースきぼんぬって言いそうになった。
ちなみにそのナギナタと鉄砲は、第二次世界大戦の時に兵隊に回収されたんだと。
ハナクソみたいな金属が当時の日本には必要だったんだな。
- 362 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 01:08:08 ID:ui6eUb1N0
- うちの曾婆ちゃんはもうずっと前になくなったが江戸時代の生まれでな。子供のころはよく江戸時代の話を聞いたものだ
- 363 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 11:11:29 ID:rO/Hlxh30
- うちのひいひいひいひいひいひいひいひいばあちゃんなんか奈良時代の生まれだぞ。
- 364 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 13:19:13 ID:TGwPEofWO
- >>361すげえ
- 365 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 18:02:16 ID:q5jgLhQm0
- 前スレで西南戦争に出兵する西郷さんをひいばあさん(ばあさん?)が見たって話あったよね。
その後に>>361のひーばあちゃん家に行ったということか…
ちょっと前に続いたGHQの話といい、関連して話が横に広がると
歴史がすごくリアルかつ壮大に感じるな。
- 366 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 18:25:56 ID:gdb7sxit0
- >>361
曾婆さまが西郷さんをスケッチしていればもっとすごいよね。
写真なら教科書の肖像画がびみょーに違ったんだろうな
>>326 や >>365 のように短い文章で読みやすく、要点を明晰に伝えることができる人が減ったよね。
やはり読書をしたり、手紙を書いたりした世代と携帯やゲームの世代との違いが出るよね。
とにかく戦前の人は字が綺麗。
- 367 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 19:25:52 ID:IQyGjLEsO
- 偶然、NHK大河ドラマ「翔ぶが如く」の最終巻を借りてきて観ていた。西南戦争に発つ西郷さんのそのエピソードが、何か目に浮かぶようでちょっと感動した。
- 368 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 23:30:09 ID:vKV56RoJ0
- 明治の中期頃までは江戸時代とそれほど変わらなかったとかひいじいちゃんは
聞かされたそうです。
- 369 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 02:37:30 ID:gxqDXD6g0
- それは、そうでしょう。
江戸から明治になっても、幕末に生きていた人間がそのまま社会生活を営んでいるのだから。
西洋近代文明が、地方の庶民の生活に影響を及ぼし始めるのは、日露戦争ぐらいから。
- 370 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 03:30:31 ID:CQ/gsGdEO
- 明治生まれの曾祖母の名前はひらがなの二文字
その娘である明治生まれの祖母の名前はカタカナで二文字だ
- 371 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 05:58:52 ID:BqZ3BQk3O
- 敗戦直後の東京はそれはひどかったそうな。人々は飢え、多くの物を失い、心の荒廃は極に達していた。かつて支配していた朝鮮人は市中を我が物顔でのし歩きレイプしまくっていた。
うちのバァちゃんもちょっと綺麗どころだったので真っ先にチョンどもの毒牙にかかった。そして生まれたのが…
この俺だ!大韓民国万歳!
- 372 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 08:54:08 ID:pWFPYI+i0
- 俺の親父の友人が、明治30年代生まれの俺の祖父さんの事を
「時代劇から飛び出てきたような人」と言ってたが。
スレ違いになりますね。
- 373 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 11:25:51 ID:ULgqbXX+0
- スレ違い
- 374 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 23:20:03 ID:65idSU4HO
- >372
あんまり気を遣いますと、荒らしの餌食になる事があるので注意しましょう
機会があればお祖父様についても是非書いて下さい
- 375 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 00:21:20 ID:A/uA5Tmr0
- 呼んだか?
- 376 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 22:55:01 ID:10OvOpxs0
- 戦前までの半島系の方の生活はそれは酷かったそうな。
はっきり言うと今のホームレスのかたがたが集まって暮らしているような状況だったとか。
旧い世代の人に半島差別をする人が多いけどそれもしょうがないんだ、それくらい
彼らは貧しい人たちだった。
と言う話を知り合いの大正生まれのおじいさんが話してた
- 377 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/21(月) 14:04:32 ID:un5kyrqa0
- 俺が子供(4〜5歳)頃、明治生まれのばーちゃんが
「日本勝った!日本勝った!ロシア負けた。ロシアの弱いやつ、また負けた」
なんて歌を歌ってたのを思い出した。
ばーちゃんが娘のころ聴いた日露戦争の歌か?
- 378 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/21(月) 17:48:16 ID:9/kjJ41H0
- うちのひい婆さんは 幕臣の娘で
鳥羽伏見の敗走のあと 大阪城で上