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◆日本はなぜ近代に適応出来なかったのか?◆

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/13(月) 09:23:39 ID:feiX9XtPQ
16:名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/04/13(日) 15:41:36 ID:j8RaNHjT0
もともと戦前の日本は革命前の露伊とともに周辺工業国である
周辺工業国は米独英仏の主要工業国などに対し繊維製品など軽工業製品を輸出し
主要工業国から重工業製品等資本財を輸入していた
また資本もまた主要工業国から輸入していた
日本は日清戦争後、大陸侵略の足掛かりにより他国民の犠牲のもとに工業化が進
展始め、1897年に清国の賠償金をもとに銀本位制から金本位制にようやく移行し
国際金融市場と連結、為替相場を安定化し、資本輸入を容易にした
米独英からの技術など資本財輸入も日露戦争後、急速に拡大するが、自国の資本
財生産の低位性は払拭できずWW?前の粗鋼生産は伊の4分の1、露の14分の1で
国内消費の47%しかまかなえず、経常収支も赤字、他国からの借款も激増した
WW?前はついに金準備が枯渇し、返済が滞りった
大戦により食糧缶に石を詰め欧州に輸出するなど悪徳商法や戦後、独からの多大
な借財を踏み倒し危機を回避するなど現代の中国よりかなり悪質な国家だった
日本が金本位制に復帰したのは1930年だが、恐慌によりすぐ放棄
農業不況により小作人に打撃、労働者の失業率も他国に比し高水準だった

345:世界@名無史さん :2008/10/07(火) 21:33:30 O [sage]
―第一次世界大戦前の工業製品輸出額とその割合の伊日比較―
・1901-5年の年平均
世界全体 3990(100%)
イタリア 87(2.2%)
日本 41(1.1%)

・1913年
世界全体 7450(100%)
イタリア 194(2.6%)
日本 102(1.4%)

ちなみに1913年度の粗鋼生産量を例にとっても
日本の粗鋼生産量はイタリアの粗鋼生産量の約4分の1に過ぎない
また日本の粗鋼生産量はロシアの粗鋼生産量の約14分の1に過ぎない

当時の露伊日の周辺工業国は米独英仏の中心工業国にあらゆる面でかなり水を開けられている
従って周辺工業国の日本が先進国であったということは幻想であり
同じ周辺工業国のイタリアよりも下位に位置する軽工業主力の今で言えば単なる中進国に過ぎないのである

戦争バカの気違いじみた理論を除けば近代経済史においては統一された意見であろう

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/13(月) 09:33:42 ID:feiX9XtPO
大英帝国とかアメリカとかロシアとか、帝国主義が本格化する前に広大な領土を獲得した国を見てると、
世の中、早いもの勝ちだと実感させられる。

日本とかドイツみたいな遅れてきた国はどこまでいっても追いつけない。

残念だが19世紀からでは手遅れ。
関連
◆フランスはなぜ近代に停滞したか◆
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1184663111/
◆ドイツはなぜ近代に適応できなかったのか?◆
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1177417938/
◆イタリアはなぜ近代に適応できなかったのか?◆
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1222142350/

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/13(月) 09:39:46 ID:feiX9XtPO
519:名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/12(日) 19:20:24 ID:lSvkII9Z0
>>517
>江戸時代にすでにその素地が出来上がっていたおかげ。

違う。戦国時代にすでに日本は大国。
人口にして、明の四分の一程度、
西洋の半分くらいは相手に戦えるくらいの国力をもった大国だった。

だが幕府が糞で、日本を100年遅らせた。
面積が違うとはいえ、清の人口が5,6倍にも膨張したのに対し、
日本はせいぜい二倍。人口で一割程度になってしまった。
西洋に対しても、大きく遅れをとってしまった。
だがら下地をいうなら、それは戦国時代以前に出来ていたわけだが、
それを無駄にしてしまっただけ。

>そこには江戸時代以上の過酷な現実との戦いもあったのだ。

間違いである。
江戸時代の暗黒っぷりに比べたら、明治は天国といっていいだろう。
いや明治すら天国になってしまうほど、それだけ江戸時代が地獄というべきか。
それは江戸時代で飢饉が多発し、多くの人間が餓死していたのと比べたらそれはよくわかる。

>徳川がたの人間もいなければ、近代化の成功など有り得なかったのだ。

必要ない、いなくても、元幕府官僚程度の代わりはいくらでもいる。


4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/13(月) 12:38:02 ID:Y3CnXbTA0
>>3
>それは江戸時代で飢饉が多発し、多くの人間が餓死していたのと比べたら

明治期から現在でもまだ江戸期の半分弱の時間しか経過してないんだ。
江戸時代は二百年を超える。
そんな長い期間には、いくつもの変遷があったわけだが、それを短い明治時代と比べてひとことで「クソ」?

「クソ」だというほどに飢餓が多発すればいまごろ日本人はいないだろう。もしくは、クーデターくらい起こっている。
「クソ」というほどの時代なら、まるで価値観の違うはずの外国人にまで「素晴らしい」といわれるような文化なぞ生み出せはしない。

人口の増減はどのような時代でもある。平和でも減るし、戦乱の世界でも増える。飢餓こそ、日本でなかったのはここ数年のことだ。

きみは、徳川政権なり幕藩体制に個人的な怨みでもあるのか?

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/13(月) 13:55:02 ID:feiX9XtPO
関連世界史版
何故日本は21世紀に没落したのか?
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1222092175/



6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 00:35:21 ID:SihX4KwN0
没落つか、上がりすぎていた感がある。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 02:14:08 ID:WAqfT3S10
>>5
周り国々は落下してるぞ

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 15:56:15 ID:U24xYwGjO
679:世界@名無史さん :2008/10/14(火) 15:16:35 0
徳川のバカが日本を統一したからダメになったんだよ。
欧州みたいに毎日戦闘してりゃ、そりゃ機関銃だの
バズーカだの明・オスマン以降の重火器を大幅に改造
できるわな。日本と支那は平和すぎた。しかもせっかく
紅毛人がそのヒントとなる技術を持ってきてくれたのに
生かすこともしなかった。徳川と清は万死に値するな。
俺は戦争に行きたくないけど

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 16:21:58 ID:Su8tSpgX0
>>1
明治維新から30年かそこらで欧米に追いついてないのは当たり前の話。
適応できないも何もそれ以前の問題。欧米は産業革命起してから200年もたっている。

逆に、近代化を最も早く推し進めることができたのは日本。
その急成長ぶりは1913年を100とすると、工業生産指数が1938年には約600になっていた。
実に6倍の成長。
1913年にはイタリアの4分の1という話であるのに、
1938年には、なんとイタリアの約3倍の鉄生産高になっている。
工業生産高でもイタリアを大きく凌いでいる。

むしろ当時非欧米で、近代化を成し遂げた唯一の国が日本だった。
逆に日本が最も近代化に適応できる体制の国だったと結論できる。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 16:31:14 ID:Su8tSpgX0
なぜ非欧米で、産業の中心地から隔絶した極東にあり、
技術・工業品の導入には最も不利な地勢にありながら、
日本がこれだけ早く近代化を成功させることができたかというのは、
江戸時代の日本の教育制度にあったといわれている。

江戸時代の学校普及率は江戸で70%〜86%であって、
識字率は80%を誇っていたと言われる。
これは同時期のパリやロンドンの20%前後と比べても格段に高い教育水準だったことを意味する。
近代化というのはいかに多くの技術者が、
いかに早く先端技術を習得できるかという点に最大の課題がある。
しかし識字率が高くなければ勉強もできず、マニュアルも読めないということになる。
教育が近代化に欠かせないといわれる理由であって、
その点日本は元々高く、近代化に極めて向いていた国柄だったといえる。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 20:17:10 ID:i7P7lFel0
>>9-10素晴らしい見解ありがとうございます。

に比べて>>1はどう解釈すればこのスレタイになるのか(笑
飽食、文明の利器、サブカルなどの充実、
グローバルな国性が当たり前だと思い込んでるゆとりの発想か?ww

どの見地からみても適応出来てないとはこれ如何にだな、まったく(冷笑

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 20:19:07 ID:U24xYwGjO
まさか、その識字率70%以上は江戸、大阪、京都の三大都市の話じゃないか。
あの貧しい東北地方や薩摩藩、中部山岳地帯の貧しい農村には文盲の小作農(半農奴)や小規模経営農家による封建的土地所有関係なのに。
有料による住民の自主に委ねた教育や私学の育成で、寺社勢力以外による貧困層への広範な一般教育の普及も明治維新以後なのに。
全国識字率50%以下じゃないか男女の差別や農村の疲弊貧困層を考えると。
中流階級以上じゃないと識字率は高くないと思うが。

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 20:27:02 ID:U24xYwGjO
547:名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/13(月) 16:14:03 ID:sCM5MhAB0
欧州の市民革命は貴族(日本でいえば士族まで含む)が富裕層含む市民からも
嫌われ憎まれたから起きた。
日本では市民(町人)は貴族(士族ー大名まで含む)といっしょになって
農民から搾取していたから起きなかった。
日本で起きるなら毛沢東のような革命になっていたと思う。

日本では市民革命は起きかったのか?
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1164230237/


14 :共産主義革命万歳:2008/10/14(火) 20:30:56 ID:U24xYwGjO
4:名無しさん@お腹いっぱい。 :2006/11/23(木) 09:24:09 ID:q2vxT0XdO
幕藩体制300年弱にもわたる朱子学教育の徹底により、
人民の枝葉までに思考停止と奴隷根性が浸透した。
その結果、革命に相当する概念に思いを及ばす機会もなく、
天文学的な数の百姓たちが声をあげることも知らずに
ただただ無力に歴史の闇の彼方に消えていった。
しかし、幕藩体制下のあまりの苛政ぶりで
本来支配階級である下級武士までもが
被支配者的な生活に身を落とした。
百姓に比べれば多少は教養と力のある人材を敵に回した結果が、
明治維新という、意味も分からずに欧米の学問を丸暗記した
戦前の学者たちの間で市民革命か否かで論争になった、
担い手のよく分からない革命に繋がった。

15 :社会主義革命万歳:2008/10/14(火) 20:39:42 ID:U24xYwGjO
思ふに今日生温き自由思想家の横行するは鵺的革命たる明治維新の結果である。
彼の革命に精力を消尽した改造的精神は王政復古の功業に慢心して、
復新しく近世的なる改造的精神の深さを理解する能力を失つて了つた。
我等は一等国の国民である。
然し乍ら果して我等は近世的国家の住民であると云ひ得るであらうか。
近世的国家に於ても社会主義や無政府主義は圧迫せられて居る。
けれども個人の脳髄と心臓との働きはもつと尊重せられて居る筈である。
去頃朝鮮から帰つた客の談話だと云つて、統監府下の束縛から脱して
下関に帰つた時にはつくづく憲法国の治下に民たる有難さが分つたとあつたから、
そんなものであるかと思つた事であつたが、日本の社会主義者が英国は勿論のこと
あの辛辣を以て鳴つてゐる独逸にでも行つたら朝鮮よりの帰客と同一の感じを
懐かないであらうか。モリエールの喜劇を禁止した我が当局を有しても
尚憲法治下の有難さに随喜する人がありとせば、近世的国家に於ける
個人権の伸張は民衆の実力によつて獲得せられた者である事さへが分つて居らぬのである。

 魚住折蘆(1883-1910)  「穏健なる自由思想家」 明治四十三年九月十六日

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 20:40:13 ID:Su8tSpgX0
>>12
「まさか」も何も19世紀初頭のロンドンの20%やパリの10%といった識字率も同様に、
これも欧州最大規模の大都市の数字。
日本も欧州もあくまで大都市での比較であり、何の不都合もあるはずがない。

もともと欧州では教育は貴族の権利という文化であって、
庶民の教育は不必要という意識が根強かった。
庶民の教育という面では寺子屋の普及していた江戸期の日本の方が確実に普及している。
何れにせよ10%や20%の識字率というのは、
日本ではよほどの辺陬の水準だったと思われる。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 20:45:28 ID:U24xYwGjO
教育水準高いプロイセンとか北欧とかプロテスタント地域はどれくらいなんだ。確かドイツが1870年だと識字率世界一は事実だし。
後、当時の清帝国、北京、南京、上海他の大都市、李氏朝鮮の京城の識字率は?

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 20:46:26 ID:i7P7lFel0
コピペやめろ

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 20:49:11 ID:Su8tSpgX0
少なくとも非欧米で唯一近代化を成し遂げたのが日本であるというのが世界史における常識。
工業化の速度も欧州と比べても格段に速かった。

「なぜ(非欧米で)日本だけが近代に適応出来たのか」
ということなら、議論に値する命題かもしれないが
適応できなかった理由なんて、事実適応して近代化している以上、
どれだけ探しても見つかるはずがない。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 20:58:52 ID:U24xYwGjO
しかし、その末路が満州事変、15年戦争、日中戦争、太平洋戦争での破滅だからな。
日本はなぜ近代に適応出来なかったのか?の結末を表してると思うが。


21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 21:07:42 ID:Su8tSpgX0
>>20
戦争に負けても国は滅んでない。
というより逆に戦後にGDP世界2位の経済大国になっている。
明治維新以降、どれだけ難局に直面しても崩壊せず近代化を成し遂げていった何よりの証拠。

そもそも歴史に関する知識が皆無なんだよな。
近代の代表である欧米先進は、繰り返し戦争を起し、
列強の全てが例外なく敗戦に見舞われている経験がある。
ドイツは二度の大戦に敗北し、
フランスも普仏戦争やナポレオン戦争で完敗し、
イギリスはアメリカの独立を許し、ロシアは言うに及ばず、アメリカですらベトナムでは一敗地に塗れている。

負けたから近代に抵抗できなかったなどといえば全ての列強に当てはまり、
どこの国も勝ったり負けたりしながら近代化をしていっているのが歴史の事実。
日本はといえば日清戦争で勝ち、日露戦争で勝ち、第一次大戦でも勝っている。
第二次世界大戦で一度負けたのみであって、むしろ近代に入ってからの勝率は、欧米でも極めて高いほど。

負けたから近代化できなかったなどという論理は論外もいいところ。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 21:08:10 ID:U24xYwGjO
太平洋戦争について断言できる事は?
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1176432030/
◆ドイツはなぜ近代に適応できなかったのか?◆
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1177417938/
◆フランスはなぜ近代に停滞したか◆
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1184663111/
◆イタリアはなぜ近代に適応できなかったのか?◆
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1222142350/

イタリア、フランス、ドイツと近代に適応出来なかったと議論になってる。
日本だってこの3国と比較した場合どうなんだ。
太平洋戦争での破滅は近代に適応出来なかった証拠じゃないのか。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 21:14:59 ID:Su8tSpgX0
「ロシアはなぜ近代に適応できなかったのか」スレや
「アメリカはなぜ近代に適応できなかったのか」スレや
「イギリスはなぜ近代に停滞したか」スレも作る必要があるよな。

戦争に負けない、近代に適応した国なんてどこに存在するのかと。
日本がそれに当てはまらない理由なんて、非常に簡単な話。
「そんなものは存在しない」というだけ。

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 21:19:58 ID:i7P7lFel0
だから適応出来てない具体例を挙げて議論しようぜ。
産業、文化、外交、etc…

受け売り、コピペはいいからw

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 21:38:17 ID:Su8tSpgX0
欧米の感覚では戦争なんて流行り風邪のようなもので
時々かかって、たまにこじらせる事がある程度の認識。
それほど頻繁に戦争を繰り返して来たのが欧米の歴史であって、
むしろ戦争に触発されて近代化が進んでいったという側面が強い。
戦えば一方が負けるのが戦争なわけで、
欧米が一度やそこら敗戦したからといって卑屈になることなど全くないんだよ。

それが日本人は逆なんだね。
戦争に負けるという経験が無かったためか、
戦争に負けるというのが、一国の存在が全否定されるかのような大事と捉えている。
敗戦国の日本は、敗戦国という十字架を永劫抱えていくんだと卑屈になってしまう。

60年前の一度の敗戦すら、未だに負けたから負けたからとウジウジ言っているのは
確かに欧米には見られない特徴で、
日本が近代に適応できない点があるとすれば、そういう過度なナイーブさにあるのかもしれない。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 22:09:29 ID:U24xYwGjO
なるほど支那(`ハ´)や朝鮮<ヽ`∀´>がウジウジと、(`ハ´)謝罪と賠償アル、<ヽ`∀´>謝罪と賠償ニダはやはり過去の恨みは恐ろしい。
恨みは欧州でもかなり残るはずだが。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 22:20:27 ID:Su8tSpgX0
ちなみに戦争に関して謝罪している国は世界でも日本だけ。
ドイツが謝罪しているのはホロコーストについてで、
戦争については謝罪なんかしてないし、
日本における朝鮮のような植民地支配についても、謝罪と賠償した国なんて無い。
イギリスなど世界の4分の1を植民地にしても謝罪しないどころか、
それを元に産業革命を起して近代化している。近代化というのはそういう意味だった。

日本はその両方について謝罪しているわけで、世界で最も潔い。
欧米列強なんてもっと図太い国ばかりだから堂々としてればいいんだよ。

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 22:48:51 ID:U24xYwGjO
ドイツ帝国の分岐点はどこ?修正するなら
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1188647923/
国家経済のセオリーが植民地型帝国主義の場合、
経済的な自給自足が可能という前提なくして国家の繁栄は有り得ない。
資源小国のドイツが仮に統一しても早晩行き詰まるのは火を見るより明らか。
日本の場合そのドイツよりも工業力、資本、経済、鉄鉱石、石炭などの資源も少ないし、国内で食わせられなくて東北地方で餓死者続出農村疲弊したのは事実だしな、行き詰まったのは事実。
ドイツ、オーストリア二重帝国、イタリア、日本、の中で一番行き詰まりを打破して発展の可能性あったのは4国中どれだろ。

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 23:26:57 ID:Su8tSpgX0
>>28
日本が餓死者を多く出す飢饉に見舞われたのは江戸時代の話。
そのころはヨーロッパだって似たような飢饉は多かったし、
明治以降の日本の農村は貧しかったとはいえ、
餓死者が続出したほどの話は聞いたことがない。
続出とまでいうならどこでどれだけ死んだのかデータを出す必要がある。

資源無いなんて言えばイタリアもフランスも、
石炭や石油といったエネルギー資源は日本以上に産出が無いし、
ドイツも植民地持ってないぶん資源は多くない。
しかし何れも列強と言われるほど発展している。
近代国家の中でも上位を占める大国になっているんだよ。

これは資源の多寡が近代化の絶対条件とまでは言えない証拠といえる。
近代国家といえば列強だけでなく、近代制度を取り入れている全ての国、
東欧や北欧の小国まで含めて全てに当てはまっている。

数多の近代国家の中でも列強にまでのし上がっているのは極々一部でしかない。
その極一部を捕まえて「繁栄は無い」だの「近代に適応できない」だの
理屈に合わないことを言っても的外れ。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/15(水) 09:25:49 ID:9OwG7g2oO
それは「総戦力」だわな。そのうち日本方面にどれだけ割けることが
できるか?が分からなければ予測演習なんでできないよ。日本は日露戦争で
ロシアを敵に回し、それを維持させるほどの生産力がないのに満洲に兵站を
拡大せざるを得なくなってしまった。さらにロスチャに日露戦争の戦費を
借りてしまったので返済のために東北飢饉や身売りなどがおきても何もできなかった。
日本は戦略も大略もない。目先の敵を破砕するだけの国だ。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/15(水) 10:19:08 ID:jPnd9yLE0
>>30
それは日露戦争が無ければどうなっていたかという視点が欠落している戦略も大略も欠落した妄言。
そもそも日本はロシアと戦争をする気などなかった。
交渉で済む事なら、何も国の存亡をかけて大国と戦争する必要はない。

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/15(水) 20:06:54 ID:9OwG7g2oO
暗くないって言っても、それは都市生活者か、田舎の金持ちだけだろ
ここに出ている例は全部その類だ。太宰なんて良いとこの坊っちゃんだしな

大多数の人口を占める田舎の子作農民は悲惨そのもの。
1918年米騒動
1918年〜24年シベリア出兵
1920年戦後反動恐慌 尼港事件
1923年虎ノ門事件
1923年関東大震災 死者・行方不明者10万5千家屋の全壊10万9千、焼失21万2千
1924年アメリカで排日移民法
1927年昭和金融恐慌 鈴木商店破綻 台湾銀行休業
1929〜33年世界大恐慌
1930年生糸相場崩落 米価大暴落 岩の坂集団貰い子殺し事件
1930年東北・北海道大冷害 飢餓地獄 娘身売り 欠食児童
1931年満州事変
1932年五・一五事件 桜田門事件 第一次上海事変
1933年国際連盟脱退 三陸大津波
1936年二・二六事件
1937年第二次上海事変 通州事件

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/15(水) 20:09:28 ID:9OwG7g2oO
江戸時代などを対象にした時代劇を見ると、
町人やら武士など、綺麗な着物を着て小奇麗な格好をしているが、
あれ全部嘘っぱち。

実際の江戸時代は、物凄く汚い着物を着ていて、洗剤も石鹸もなかったので、
どす黒く汚れてて、体臭も凄まじいものがあった。髪などは臭くてたまらなかった。
5メートル先からでも、強烈な臭いをかもし出していた。顔も赤などでどす黒かった。

そして上流階級の大名や姫なども例外ではなく、着物はどす黒く常に汚れていた。
爪にはうんこが入り込み、いつも茶色くなっていた。
部屋の障子などもビリビリニ破れていて、畳は体液などで汚れていて、
今では考えられないほど汚かった。
畳にはうんこや尿などがへばりついていた。

農村地帯では乱交が普通に行われていた。
夫婦のみでSEXするのは稀で、多人数とのSEXをやっていた。
現代でも、援助交際が受け入れられ、日本のAVが過激なのも、全てその名残である。
これは全部本当の話である。
爪にうんこが入り込み茶色くなってたのは知ってるよ。
そんな手でおにぎりを作って、うまうまい言いながら食べてたって。
知らなかった歴史という本に、おにぎりの話がのってて、
昔のおにぎりは白米なのに黒っぽくなってて、それば手垢と爪に入りこんだ「うんこ」だったんだって。
それをうまいうまい食ってたって。
時代劇はほとんど嘘だよね。
汚ねえー

だから伝染病がすぐに蔓延してたんだな。

現代じゃ考えられない
江戸時代はトイレットペーパーなんてなかったから
手で尻を拭いてたんだな。
でもその手をちゃんと洗えよな。


34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/15(水) 20:11:32 ID:9OwG7g2oO
大正〜昭和初期なんて超格差社会だろ。

京阪神&東京(関西のほうが格差は少なく生活レベルは高い)と地方の格差、
地方の大地主と庶民の格差。そんな大雑把な決め付けは建設的ではない。
昭和5年〜9年の東北大凶作は戦後の比ではない。冷害というだけなら平成5年、15年にも
起きているが、木の根を食べるほどの飢餓は起きていない。
それは冷害に強い品種改良など農業技術の進歩が要因の一つであろう。
昭和5年〜9年は世界大恐慌の直撃もあり、そうした農村の窮状が軍部の台頭の原因ともなった。
戦前の格差の有無より、その要因を分析する方が有用であろう。
そして格差の倍率など比較しても余り意味が無い。
帝都三大貧民窟では残飯屋が来ると食事にありつけたが、来ない日は1日食事が無いという
名無しさん@お腹ぺこぺこが大勢存在した。そんな人らに外国ではザラだぜといって、いったい
何の慰めになるというのだろうか。

いずれにせよ、戦前と戦後の社会システム、国際経済体制、文明と技術などの違いを考察するべきである。
戦前と戦後の違いを階級闘争史観で解くのも間違いだし、「戦前日本は暗い時代ではなかった」という幻想も
間違いである。何ゆえ戦争に至ったか、戦争に負けて日本は何を手にしたか。
いろいろ着目すべき点が多く、ここでは説明しきれないが、この時代をきちんと理解することが、
軍部と憲法しか見ない偏狭なデマ宣伝に騙されない為にも必要なことだ。


35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/15(水) 20:12:44 ID:9OwG7g2oO
不平等は仕方のないことなんだから、それをどうやって諦めさせるか、
自覚させないかが大切なんだよな。
「てめーは低能なんだから負け組なんだ、このクズ!」と
言わんばかりの最近の風潮は、日本をまた戦争に向かわせる気なのかと勘ぐってしまう。

よく、欧米の貧富格差や階級社会を非難している低能モンゴロイドがいるけど、
白人は日本人のような土人と違い学習能力のある文明人だけあって
そのあたりの対処(意識レベルでの棲み分けを社会に浸透させること)は
きちんとできてると思う。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/15(水) 20:21:01 ID:9OwG7g2oO
 1940〜41年頃の一人当りGNP(国勢調査より)…●は全植民地含む資産を本土人口で割った
 ●英:550j、●米:500j、●仏:450j、独:400j、伊:300j、
 ソ:200j、
 中:10j、亜爾:150j、伯:100j、南ア:50j、●蘭:400j、
 【日:60j(本土100j、台湾100j、某20j)、満州100j 】

 1947〜48年の一人当りGNP…●は全植民地含む資産を本土人口で割った
 ●米:2000j、●ソ:200j、●英:400j、●中:40j、亜爾:500j
 ●仏:300j、伯:200j、●伊:200j、西独:100j  南ア:200j
 ●蘭:300j、東独:100j、【日:4j 】

1957〜58年の一人当りGNP…●は全植民地含む資産を本土人口で割った
米:3500j、ソ:500j、●英:2000j、中:20j、亜爾:700j
●仏:1500j、伯:500j、伊:1000j、西独:2000j  南ア:500j
●蘭:1500j、東独:1000j、【日:300j 】
西暦1967〜68年頃の一人当りGNP
米:5000j、ソ:1000j、西独:4000j、【日:2000j】 英:3000j
仏:3000j、 伊:2000j、伯:1000j、中:100j 亜爾:1000j
東独:1500j、蘭:3000j、 南ア:1000j

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/15(水) 20:22:13 ID:9OwG7g2oO
 自動車の場合にしても、このころまでの日本では国産自動車はほとんどなく、アメリカのGMとフォードが入ってきて、
部分品を全部持ってきて組み立てだけを行う、ノックダウン方式で自動車を作っていた。
これに対して、トヨタや日産を助成するために、自動車事業法がつくられたのですが、
結局戦時になってフォードやGMが撤するということにまでなっていきます。
 もちろんこの時期、日本の重化学工業が発達したといっても、自動車などはまだまだ弱く、
特に国産自動車は材料が悪いといわれていた。軍用車など非舗装の悪い道で乱暴に走らせると
国産車だと材料が弱いから、シャフトが折れてしまうというような事故が頻繁とあって、
陸軍の自動車部隊などでもフォードの車が当たると喜んだといわれている。
(中村隆英 「昭和経済史」岩波書店)
1940のデータつうーのもな、準戦時体制だし
かといってどこを基準にするべきかもわからない。

日中開戦前が妥当かというとそうでもなく、インドアフリカ
大洋州東南アジアの植民地との貿易は高関税かさらに酷い数量割り当てで
産業日本はすでに半分死んでる。

かといって第一次大戦中やその直後を基準にするのも適切ではない..


38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/15(水) 20:24:10 ID:jPnd9yLE0
なんだ。ただの日本嫌いのコピペキチガイか

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/15(水) 21:08:44 ID:9OwG7g2oO
東北辺りは江戸時代と大差無いよ。つうか江戸時代の生活レベルを低く見すぎじゃない?
汽車が通っているから、飢饉でも容易に救援物資が届くようになったから、餓死者が減ったのはあるが、生活レベルは大して変わっていないのが現実。
はっきり言って江戸時代より東北が食事面でマシになったのは、冷害に強い稲が普及した昭和10年以降。 汽車が通っているからとか、そんな理由ではない。
江戸時代は幕藩体制の弊害で飢饉の被害が甚大になったのだ。
例えば南部藩で餓死者が出ていても幕府も近隣藩も知らん顔の平気の平左だ。
はあ?餓死?そりゃ南部藩の問題だ。おら、知らんってものだ。
そして、ある藩で画期的な新品種、新技術が開発されたとしても、それが全国に
広まるのに何十年もかかったのだ。これも幕藩体制の弊害。
アホか、
飢饉発生で食料不足している地域まで、江戸時代に物資を運ぼうとするとどれだけ時間かかると思ってんだ。
飢饉は草木も枯れる冬から春がピークな訳だが、
新米が物流拠点の大坂から江戸に届くのが早くて冬になるのに、
江戸から更に船等手配して南部の二戸等に物資を送るには、やっぱり数ヶ月はかかるのが当時の現実な訳で、
その頃には草木も芽生えて何とか食い物を見繕えて飢饉終わって、田植え始めてるってぇの。
汽車が出来て短期間に物資が動くことが、飢饉救済の絶対条件。
幕府が無能だとか以前に物流が問題になるのよ。
藩も馬鹿じゃないから飢饉予想される場合は慌てて米買い始めるのだが、
周りの藩も大抵はやられているから全体的に米不足、
遠い飢饉の影響無かった藩からは物流の問題があり、大量には運べず、精々粥の炊き出しをほそぼそとやるのが当時の精一杯。

西南戦争見てみろよ、蒸気船に電信があっても、熊本に軍隊=大量の物資送るのに3ヶ月だぞ。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/15(水) 21:09:48 ID:9OwG7g2oO
アホか、
飢饉って、その年限りだと思ってるのか?何年も続くからこそ被害が甚大になったんだぞ。
秋の稲刈りの時期になって初めて凶作に気づくとでも思ってるのか?
百姓は毎日お天道様のご機嫌を伺ってるんだぞ。
何が物流だってよ。笑わせるなって。コンビニの話じゃないんだから。


41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/15(水) 21:11:33 ID:ZwsXN4e/0
>>33
日本ですらそうなら他の国はもっと酷かったろうw

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/15(水) 21:12:03 ID:9OwG7g2oO
当時の都市と農村の格差はすごいからね。
都市中流層以上となると、平日は丸の内のオフィス街に背広にソフト帽を着て省線や市電で出勤。
夕方6時頃までに帰宅。夕食はコロッケなどの洋食も食卓に並ぶ。
家族はラジオを聴いたり蓄音機で音楽を聴きながらモダンな生活。
主人は時に書斎で本を読む。
休日には家族で観劇や遊園地、百貨店に行き、洋服を買ったりライスカレーを食す。
主人は仕立てのよい外出用洋服を着用し、奥さんはきれいな着物に日傘、子供は男女とも子供用の
洋服に帽子。
街には、ネオンが輝き、モボ・モガが闊歩し、カフェーの明かりが灯る。
これが当時の東京や大阪のモダンな風景と生活。

これが東北の農村の小作民ともなると、
小学校卒業程度の年齢で娘は娼婦として売られてしまう。
男も商家に強制的に丁稚奉公される場合もある。
凶作期には食べ物は何もないに等しく大根の丸かじりをする写真もある。
服は破れたり汚れた野良着を男女とも着の身着のまま。
村は地主など一部が裕福なだけで後は江戸時代と大して変わらない貧しい生活。
江戸時代と大して変わらないって、アホか。

江戸時代は嬰児殺しが公然と行われていて、それで口減らしをしていた。
飢饉のときは村ごと全滅するような地域まであったし、人肉食も普通に
行われていた。昭和の恐慌ではそこまで悲惨なことにはなってないぞ。
例外的には、少しはあったかも知れないけどな。

はっきり言えば、昭和時代は江戸時代や明治時代に比べれば、はるかに
マシになっている。産業技術が発達した後世から見れば暗い時代だった、
なんて言い出したら、どんな時代でも暗い時代になるわな。



43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/16(木) 09:30:35 ID:Y/ekzEb60
>>2大英帝国とかアメリカとかロシアとか、帝国主義が本格化する前に広大な領土を獲得した国を見てると、
世の中、早いもの勝ちだと実感させられる。

日本とかドイツみたいな遅れてきた国はどこまでいっても追いつけない。

・・・日独はGDPで英仏を追い越して久しいが、まだ追いついていないのか?

 スペイン、ポルトガルは広大な植民地を獲得していたが、先進国になったか?

 シナ、インド、ロシア、ブラジル、アルゼンチンなども広大な領土をもっているが先進国に
なる可能性があるのか?

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/16(木) 10:12:24 ID:pDgn/11YO
戦前はアルゼンチンは一人当たりGDPでは先進国だろ、日本、イタリアより一人当たり生活水準は豊か。
ブラジルだって一人当たり生活水準は日本と同じ。
ロシアは見事に戦前は工業化を成功した先進国だろ。
戦後冷戦時代に社会主義陣営を鎖国経済にしたから先進国に遅れを取っただけで。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/16(木) 12:43:36 ID:27tCR9LL0
>>33
開国後日本に来た外国人が、
『日本はなんて清潔なんだ』
と驚嘆したらしいが、世界の中心だ、白人至上主義だっていう世界なら、地球中汚かったのか?

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/16(木) 13:32:52 ID:Y/ekzEb60
ロスケ、シナ、朝鮮は何故近代化に対応できなかったか、の方が重大問題だな。


47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/16(木) 13:39:32 ID:gUsD4pgK0
コピペを間に受けるなよ。
当時の日本人は世界でも極めて入浴好きといわれる。
大衆浴場みたいなのがそこら中にあって、
庶民でも入浴できるのは特筆に価する文化だった。
江戸時代の入浴頻度は沐浴も含めて、平均すると数日に一度くらいのもので
今の感覚からすると少なくはあるが、
水道から水が出たりしない当時としては非常に多い水準。

中国では週に平均1回程度行水をすれば十分とされていたし
そもそもヨーロッパに至っては風呂に入るとかえって穢れて病気になるという迷信があったお陰で、
そもそも入浴する習慣そのものが無かった。
それも庶民限定の話ではなくて、貴族が香水をつけるのは悪臭を紛らわせるためで、
王族ですら、綺麗好きなマリー・アントワネットが入浴したという話が逸話として残るほど。
ヨーロッパでも衛生法が施行されて、バスタブや大衆浴場が普及していくのは
なんと19世紀末。明治時代になってからやっとという状況だった。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/16(木) 14:01:50 ID:gUsD4pgK0
昔から日本人が稀な入浴好きだった理由は、
文化的な理由のほかには、
湿気の多い気候であることと、埃の多い風土だったことにあるといわれている。

>>45
幕末に来日した西洋人を驚かせたのは、特に日本人のトイレ事情だった。
日本人にはちょっと理解し辛いが、
ちゃんとトイレがあり、道端に糞便が散らかってないというのは、西洋人にとっては驚愕の光景。
西洋ではパリのような大都市でも、家にオマルのようなものが置いてあって、
そこに用を足し、一杯になったら「窓から下の道に投げ捨てる」というのが普通の習慣だった。
だから道は汚いわ部屋は臭いわで衛生環境が最悪で、伝染病が蔓延する遠因になっている。

ベルサイユ宮殿にはなんと王の部屋にトイレがあるだけだった。
宮廷に住まう大勢の貴族や女官は、宮廷の庭園で野グソをやっていた。

豆知識のようであるが、
西洋の貴婦人のドレスのスカートが、傘状に広がっているのはただのファッションではなく、
野グソがしやすいようにという粋な工夫だった。
貴婦人がハイヒールを履くのは、これもただのファッションではなく、
ウンコ塗れの道路を歩く為の実用的デザイン。
そして女性が日傘を差して歩くのは、建物の窓から投げ捨てられる汚物をじかに浴びないために始まったもの。

西洋に関する知識の薄ければネタかと思うかもしれないが、
全て事実だから初めて聞いたのであれば是非調べて確認してほしい。
それが江戸時代の西洋の日常。
それと比べているのだから、江戸の綺麗さというのは驚愕に値していた。

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/16(木) 14:10:22 ID:gUsD4pgK0
にぎりめしがウンコや垢塗れで茶色というのは根拠のないネタ。
手洗いの水くらいは江戸時代でもどの家にもあるんで、頻繁に手を洗う。
うんこ付きのにぎりめしなどを持っていって仕事して、
昼食に食べるころには大腸菌が天文学的に繁殖して病気になってしまう。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/16(木) 21:33:19 ID:Y/ekzEb60
>>48 フランスも朝鮮並みだったということか?


51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/17(金) 06:34:51 ID:DP2GB9LI0
フランスだけでなくヨーロッパはイギリスもどこも同じようなもの。
西洋史の知識が全く皆無な人間に限って、
妄想で西洋崇拝して昔の日本が不潔というんだから病気だよ。

そういう面では西洋人より日本人のほうが
はるかに近代社会的な観念を持っていたと言っていい。

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/17(金) 12:02:11 ID:h6dw1ImV0
>>51 北欧はサウナ風呂があったので清潔だったんではないだろうか?

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/18(土) 07:40:24 ID:TSFwDEn90
>>49 握り飯が茶色だったのは、オコゲを見てそう曲解したんだろうな。

 あの焦げたところが美味いのだが。


54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/18(土) 09:37:43 ID:VywLplzj0
焼おにぎりにする例が多かったんだよ。
焼きすぎて失敗して捨てられたものが発掘されたことがある。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/18(土) 10:45:40 ID:uO6IabGUO
戦時中に捕虜にきんぴらゴボウ振る舞った人が
戦後、軍事裁判で「捕虜に木の根っこ食わせた」
って言われて捕虜虐待の罪で処刑されたって話思い出した

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/18(土) 18:48:45 ID:Uf10LXyyO
確かWWU当時でも高等教育受けた人が欧米露より少ないし、工場の電化率は列強最低の40%自転車操業の町工場が大半の惨状。
規格化や大量生産技術以前に基盤面が貧弱。
戦前日本は輸出輸入総量の30%〜40%を米英の船舶に頼っていた、即ち外洋船舶も全然足らない状況。
国産工作機械は精度が低くて効率が悪い。
治金技術も低くて、ハッキリ言って戦前日本の国内インフラ面や一般生活水準は、イタリアより下、即ち列強最低。
一人辺りGDPになるとイタリアが欧州列強だったと解る数字になる。


57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/18(土) 19:21:57 ID:VywLplzj0
自分の「希望」に都合のいい妄想書き散らしてもすぐわかるから無駄なんだよ。
一人当たりのGDPで列強最低なのはソビエト連邦ですが何か。
ソビエトは戦前の日本の一人当たりGDPの世界倍率の水準を越えたことは、歴史的に一度もない。
開国から一世紀もたってないのにアメリカと対抗した超大国ソ連より上だったんだからたいしたもんだよ。

輸送船舶は、当時自国船のみで海運を賄えた国などほとんどない。
イタリアなど地中海貿易の中心地でありながら、1938年の船舶総トン数は日本の40%以下という状況。
船舶ということでいえば、日本は当時世界第3位の船舶保有量を誇る海運大国。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/18(土) 19:31:43 ID:VywLplzj0
戦前戦中の日本が欧米より教育水準が低いというのも単なるイメージで、
進駐したGHQが日本の識字率調査をしているが結果はアメリカより遥かに高いというものだった。

その結果のお陰でGHQの漢字廃止論が綺麗に吹っ飛んだほど。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/18(土) 22:05:58 ID:S4V6D78r0
>>58
識字率うんぬんというのは、初等教育の問題じゃね?

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/18(土) 22:58:57 ID:VywLplzj0
義務教育の問題だよ。
国民全体に一定水準の教育を施す体制の問題。
今と比べれば当時の高等学校進学率は低いものだが
今はほとんどの人間が大学に行くのに学歴水準は逆に落ちていっているのが実情。
単純に昔は中卒多いから馬鹿なんてことはいえないわけ。

現実に経済発展や近代化に戦前戦中の教育程度は何の障害にもなっていない。
戦後の高度経済成長期に働いていたのは、
全て戦前戦中の教育を受けた世代だからな。
戦後教育世代が就職するようになってから高度経済成長が終息し、
戦中派が引退したころに日本経済が下り坂になっていく。

むしろ戦前戦中に教育を受けた世代が今の経済大国日本を作った。
それに比べて分数の計算もできない大学生を量産している今の教育がどれだけ駄目かということだわな。

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/19(日) 02:54:17 ID:+RIkhhxJO
計画経済が適切に運営され効率的発展へ繋がるなら不満は出ないかと
そもそも戦前或いは戦中の日本人はその政策を支持し続けたんだが。
国民の大多数は開戦支持だったし、治安維持法やら国家総動員法も戦時体制だと思って受け入れた。
軍部独裁が嫌なら大臣現役武官制を廃止する意思を持つ議員を当選させるか、改憲支持の議員で2/3を占めて73条に基づき憲法改正すればいい話だ

敗戦の責任を取るべきは首相であり(議員を当選させた国民でもある)参謀総長と陸海軍大臣であって、立憲君主は犯すべからずが
明治憲法に書いてあるだろう

騙されただの洗脳されただのは民主主義下では成立たない。ドイツだってナチスを支持した国民に責任がある。


62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/19(日) 03:00:17 ID:+RIkhhxJO
日本の軍部の暴走の原因は何か。
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1203921768/


63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/19(日) 03:16:35 ID:+RIkhhxJO
大日本帝国の国力
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1192870087/
56:名無しさん@お腹いっぱい。 :2007/10/30(火) 20:07:48 ID:0L0ynZTj0 [sage]
マディソンの統計についてはいろいろな意見もあるようですが、一応その統計を前提とするとしても、たとえば1936年の実質GDPは

アメリカ 7,992.59億
中国 4,200.90億
ソ連 3,613.06億
イギリス 2,712.97億
インド 1,975.99億
ドイツ 1,929.41億
フランス 1,761.87億
日本 1,515.14億
イタリア 1,308.66億

という順になります

ただ、マディソンの統計におけるGDPは「現在の国境線」で換算していますので、必ずしも当時の国家のGDPを表したものではないということを理解しなければならないでしょう
ついでにマディソンの統計における1936年当時の一人当たりのGDPは

アメリカ 6,211
中国 827
ソ連 1,991
イギリス 5,762
インド 655
ドイツ 4,571
フランス 4,204
日本 2,159
イタリア 3,061

となります


64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/19(日) 09:43:20 ID:+RIkhhxJO
支那事変が財政的に致命的なのは事実だからな、当時の日本の国家予算が列強最低の20億円代なのに国家予算の半分以上支那事変のため軍備では財政破滅だわな。ナチスの自滅財政破綻寸前と同じ。
当時の日本は社会資本や工業施設が不足、基礎工業力(土建能力、工作機械)の不足は貧弱な重工業の限界を示す、しかも史実ではハンマー一つ持った女の子にヤスリやハンマー片手に最新兵器造れと言っても出来るわけがない。
発電所、利水など基礎インフラが不足してるから、重工業を始め産業に不可欠な発電能力や浄水能力も追い付いていない。
一般学生を学徒動員で短期教育で将校にしたくても高等教育を受けた人材が少ない。
高等教育を受けた人材が少いは造船、鉄鋼、化学、機械など重工業を支える工員、技術者の質が欧米露に劣ってたのは事実。
日本人独り当たり所得が少ないため、誰もが高等教育を受ける事が出来なかったのは大ハンデ。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/19(日) 09:48:27 ID:+RIkhhxJO
間違えた生まれてこの方トンカチ一つ持ったことも無い女の子に、ヤスリやハンマー片手に最新兵器を造れと言っても出来るわけがない。

66 :87:2008/10/19(日) 17:42:14 ID:WFGSSjNU0
>>65 日本では江戸時代にカラクリ人形というロボットを作っていたが。

 朝鮮にそんなものがあったか?


67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/19(日) 19:19:17 ID:+RIkhhxJO
お馴染みウリナラ起源でググレばいろいろ有りそうかも。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/19(日) 19:23:28 ID:+RIkhhxJO
鉄道もインフラ面や技術力で限界があり高性能蒸気機関車が造れなかったのは。
斉藤晃の蒸気機関車の興亡、蒸気機関車の挑戦での内容の通り事実だしな。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/19(日) 20:33:00 ID:+RIkhhxJO
1868年以後に成立した日本の 絶対君主制は、その政策には幾多の変化があったにもかか
わらず、無制限の権力を掌中に保ち、勤労階級に対する 抑圧と専横支配のための、その官
僚機構を不断に完成してきた。日本の天皇制は、一方、主として地主なる寄生的・ 封建的階
級に依拠し、他方にはまた、急速に富みつつある貪欲なブルジョアジー(資本家)に依拠して
、これらの 階級の上部と極めて緊密な永続的ブロックを結び、かなりの柔軟性をもって両階
級の利益を代表しながら、同時に またその独自の、相対的に大なる役割と、わずかに似非
立憲的形態で軽く覆われているに過ぎぬ、その絶対的性質を 保持している。

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/19(日) 20:35:07 ID:+RIkhhxJO
明治憲法の欠陥や、いろんな出来事で、軍部独裁に近くなっていった。

「統帥権問題」
軍部の意に沿わない決断をした首相が、統帥権を楯に糾弾される。

「軍部大臣現役武官制」
軍部の意に沿わない内閣が成立できない。

「大政翼賛政治」
政治が軍部に追随する体制に。
立憲君主制は絶対君主制を革命で倒して絶対君主を処刑して確立するものだ。
絶対君主に憲法の衣装をまとわせても立憲君主にはならない。これが歴史の
教訓。日本がいつまで経っても民主主義国にならないのも当然だね。
古い明治時代か何かの写真みると、天皇の通るときなど
和服着た人民(臣民?)たちが土下座して頭を土につけている
こんなん民主主義というのかね?
民主主義の訳ないだろ。

臣民寄りの政治を民本主義と言ったのが限界。
主権者はとりあえず横においといて。
>>222
誰だかちょっと忘れたが、駐日英国大使か何かが、
「天皇が初めて江戸に来たとき、その行列を土下座で迎えた民衆が、わずか数年(だったかな?十数年?)で、
同じ天皇の行列を、立ったまま旗を振りながら歓迎している」
みたいな事言って感嘆してたよ。
誰だったかなぁ。どうにも種本が見つからんが、何々の見た明治日本みたいなシリーズだったと思う。
確か名門で、イギリスではアーネスト・サトウは知られてないが、この人は有名みたいな紹介がしてあったw
ちなみに単行本。

まぁ戦前日本の体制は完全な民主主義だ!と主張しようとは思わんがw
江戸時代の日本はヨーロッパ中世の段階だからいきなりブルジョア民主主義へは
飛躍できない。絶対主義の段階がその前にあるんだよ。それが天皇制なんだ。

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/20(月) 00:07:05 ID:dkzy2AcPO
まあ所詮は鳥無き島の蝙蝠に過ぎなかったわけで

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/20(月) 10:41:16 ID:MX+Dz8KL0
>>68
日本の鉄道インフラはけして悪いほうではない。
国土の広い米ソと比べればともかく、鉄道の貨物輸送量は
1938年の段階で1億5300万トン。これは同年のフランス1億3300万トンやイタリアの5400万トンよりもかなり高いほど。

蒸気機関車も世界水準のものは作れている。
アジア最大の有名な満鉄の特急あじあ号は完全に日本の設計。
車内環境や牽引重量、速度的にも世界の新型列車と遜色のないものだった。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/20(月) 10:46:08 ID:MX+Dz8KL0
>>65
機械工業が世界で最も発達していたドイツも女学生に戦闘機作らせているんだが。
ドイツも重工業の貧弱さを示したわけだ。ドイツが貧弱って定義なら日本が貧弱なのはしかたない。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/20(月) 11:22:00 ID:MX+Dz8KL0
>>70
基本的な間違いは大政翼賛会は軍の組織ではない。
戦時下に国意の統一を図ろうという政党の運動というだけで、議会を軍部に追随させる性質のものではない。

大統領や総統や書記長が絶大な権限を持って統一的に戦争遂行する国と比べ、
日本の首相はただの閣僚の一人に過ぎず権限は非常に小さい。
戦時下に政党が党利党略で争っていたんでは戦争にならないのは明らかだった。
もちろん何を置いても戦争に勝つのが第一なのは与党も野党も同じで、
軍部に反対している議員でも翼賛体制に賛成している。

というより戦争中に軍部の意向が優先されているように思えるのは当たり前の話。
軍部が「これだけの予算を通してこれだけの飛行機を作ってくれ」と要請しているのを
今の財務省みたいに拒絶していては戦争が出来ない。
それを軍部独裁というなら軍部独裁の国でなければ戦争などできない。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/20(月) 12:28:14 ID:xXnT+vZMO
日本の軍部の暴走の原因は何か。
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1203921768/
大正デモクラシーで民主化された日本。
議会選挙で民意に逆らえない内閣。

実は軍高官より政党幹部の方が、好戦的。

南渡洋爆撃は政友会が煽った様な物。

永井柳太郎が蒋介石政権打倒を言い出し、杉山参謀次長(当時)にたしなめられている。
毎日反日暴動で、年間数万件の訴え、しかも解決0、
という大陸での現状を、
本土の人間が理解してなかっただけ。
それでも忍従の石原の不拡大案は正しい判断だったんだろうが、
それにしても民意も激昂してたし、民主主義やってるんだから致し方が無い。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/20(月) 12:30:07 ID:xXnT+vZMO
さて満州事変だが、これは軍部の暴走といえるのだろうか。
石原莞爾という関東軍の青年将校が軍中央の意思に背いて独断で関東軍を動かしたものだ。
重大な統帥違反で、これは間違いなく暴走といえる。
監督はバントのサインを出しているのに、それを無視してホームランを打つようなものだ。
こうした結果オーライを容認し賛美したのは誰であったろうか。
それが手柄を挙げれば何でもありみたいな風潮を生んだのではないか。
暴走が暴走を呼ぶ、暴走の連鎖だ。これでは収拾がつかなくなるのは当たり前だ。
石原莞爾の重大犯罪を裁かなかったのは誰か。
俺はそうした議論をしたいのだ。

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/20(月) 12:32:08 ID:xXnT+vZMO
満州事変とか、近衛が対米交渉してる最中に南部仏印進駐したりとか、
軍部大臣現役武官制で、軍部の意に沿わない内閣が成立できないとか、
統帥権問題で、軍部の意に沿わない決断をした首相が糾弾されたりとか、
指摘できる点も色々あるが。

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/20(月) 12:34:00 ID:xXnT+vZMO
国際連盟を脱退し、日独伊三国軍事同盟を締結した松岡外相も暴走である。
しかし、そんな松岡外相を拍手で支持したのが国民であり、その後の国際情勢は松岡の思惑とは
全く違う方向に進んでしまったのだ。
さて話は変わるが、このスレのテーマを「大日本帝国が軍国主義に変質した原因は何か」としてはどうか。
これも相当難しいテーマだと思うが筆者はこの論点で述べてみたい。
大日本帝国は大雑把にいうと藩閥政治→元老政治→政党政治→軍人政治と推移している。
ここで軍人政治は文民統制の観点から有りうべき政治ではない。
しかしその背景には内外の難局に対する政党政治の無策・腐敗・政争に呆れた国民が
難局打開を軍人に期待したという事実がある。国民が軍部の台頭を後押ししたのだ。
それには日清戦争・日露戦争の勝利を過大に評価した神国不敗信仰がある。
そして日英同盟、ポーツマス条約と巧みに外交に成功し、第一次世界大戦で戦勝国となり常任理事国にまで
なったにもかかわらず満州事変の処置を誤り、国際的孤立という外交の失敗を招いた。
当時の国民は満州事変を快挙と賛美し、首謀者である石原莞爾を天才と崇めた。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/20(月) 12:40:20 ID:MX+Dz8KL0
>>76
満州事変以後の軍部暴走って何?

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/20(月) 12:48:13 ID:xXnT+vZMO
軍部暴走の原因は昭和8年のゴーストップ事件(天六事件)だろ
この時の警察・裁判所の判断がすべてをダメにした
日本だけが暴走してたわけじゃないだろう。
ただ、外国はリーダーも暴走してたというだけ。 日本だけがとか、外国もとかそんな話ではない。
統制されてない、統制を無視したのが暴走なのだ。
そんなのがまかり通れば近代法治国家の資格なしだ。
日本人は情に溺れ法秩序を見失ってしまう傾向がある。
それは現代でもそうなのだ。
確かに事件の処置を誤り良からぬ前例をつくってしまったのは問題だ。
しかし、それ以前に誰が青年を思い上がらせたのかも考える必要があろう。
幣原外交の罪だね。上っ面だけ、ひたすら穏便にして、反って問題を大きくしてしまう愚だ。
穏健外交とか強調外交といっても、その実国民の切実な問題を全く解決しなかった。
だから国民は軍事力に期待をかけたのだ。
現代の外交にもそうした傾向はある。


81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/20(月) 12:50:57 ID:MX+Dz8KL0
大上段に構えた偉そうなもの言いしてても
知識が全然感じられない非常に無内容な書き込みだからな。

松岡外相が暴走したというなら、
政府の判断を無視して勝手に国際連盟を脱退したり、三国同盟を結んだのなら暴走といってもいいが、
実際は全部政府の方針だったんだからな。
特に国連脱退などは逆に松岡は最後まで渋っていたほど。暴走って何が暴走なんだと。
とにかく何から何まで全て暴走だったと狂った偏見を披露されてもな。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/22(水) 17:21:05 ID:N58k0kxnO
『挙国一致』かぁ・・・
あの時本当に挙国一致してればもう少しマシな戦争が出来ただろうに・・・。

軍部はイケイケ、
政府は困ると言い、
外交はドイツだイギリスだロシアだアメリカだ纏まらず、
国民は兎に角イケイケ、
軍部も南だいや北だ、
内閣は方針を纏めきれずに総辞職しまくり、
首相もコロコロ代わる。

今とそっくり(笑)

その末路
【世界60カ国価値観データブック】
もし戦争が起こったら国のために戦うか・・・調査対象国中最下位
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/5223.html
自国民である誇り・・・・・・・・・・・・・56位/60カ国
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/9465.html

なんかデータみると日本人って特異的な民族って気がするな
圧倒的に最下位とは
日本は世論という点で、著しく戦闘継続能力に
欠ける事がわかりましたな。
おそらく自衛隊が防衛戦に移っても
すぐ世論が反戦に著しく傾き白旗を上げることでしょう
グローバルスタンダードから外れた存在・・それが日本人



83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/22(水) 22:29:35 ID:N58k0kxnO
近世〜近代ヨーロッパの暮らし
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1193754038/
軍板あたりのほうが詳しいと思うが、
基本的に1941年になってもインフラ整備や基礎工業力はイタリア以下だ。
しかし軍事技術ではその時点では列強に伍していた。
基礎体力の無さから5年間で大差をつけられるが。

戦前日本は軍備への傾斜投資でいびつな発展をしたに過ぎん。
ソ連がロケットだけは米国より上を行っていたようなもんだな。

まぁ東京横浜や大阪神戸は大いに繁栄していた。
30年代の丸の内や銀座なんて、まさに帝都と呼ぶに相応しい威容。
だが、田舎は貧乏。
だからこそ南米や満洲に何百万も入植した。
ナイロビやアディスアベバが近代的大都市でも、地方はいかにもなアフリカ的光景なのと似ている。

本当にぶっちぎるのは戦後数十年経ってのこと
まぁ今となっては泡沫の夢だったような気もしてくるが・・・

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/23(木) 00:22:08 ID:boRHNg8NO
その日本の経済力はフランスの半分以下だよ
軍事力については高いと思う
しかし、ソ連がそうであったように軍事力だけに金が掛かったいびつな国

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/23(木) 00:24:54 ID:boRHNg8NO
国民一人当たりの所得(米ドル換算)

1860年

日本 128
イギリス 558
イタリア 308
ドイツ  354
オーストリ 228
ロシア  168

開国前の日本
やはり欧州に対して圧倒的に貧しい。
イタリアの二分の一。中央アジアをもっていたロシアよりも低い

1914年
日本 36
イギリス 224
アメリカ 377
フランス 153
イタリア 108
ロシア  41
オーストリ 57

ww1前の日本
一応列強最底辺にランクインした頃の日本
しかし、まだまだ貧しい。ロシア以下、イタリアの1/3
イギリスやアメリカとは論外といっていい程の差


86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/23(木) 00:26:30 ID:boRHNg8NO
一人当たりの工業水準(1900年のイギリスを100とする)
1880年
日本 9
オーストリア 15
1914年
日本 20
オーストリア 32

鉄鋼生産
1880年
日本 2万トン
オーストリア 97万トン
11913年
日本 25万トン
オーストリア 2600万トン

エネルギー消費(石炭に換算)
1880年 
日本 460万トン
オーストリア 1970万トン
1914年
日本 2300万トン
オーストリア 4900万トン



87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/23(木) 00:27:52 ID:boRHNg8NO
国民一人当たりの所得(米ドル換算)
1860年 (開国後)
オーストリ 228
日本 128
1914年 (ww1前)
日本 36

オーストリ 57

相対的に見た各国の工業力(1900年のイギリスを100とする)
1880年
日本 7.6
オーストリア 14
1913年
日本 25.1
オーストリア 40.7

人口
1860年
オーストリア 3400万
日本           3000万
1914年
オーストリア 6400万
日本           6200万



88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/23(木) 20:38:02 ID:boRHNg8NO
軍事力で語るなら残念ながら日本は永遠に先進国ではない
そんくらい日本の兵器や作戦はお粗末すぎる
どれもドイツの劣化コピー品だしな
ディスカバリーやヒストリーチャンネルみてもイタリア以下の扱い
どこにもパクってもらえなかった日本製兵器
多少恣意的なところがあるといわれるがサイトだがそのあまりのお粗末さはここが参考になる
http://www.luzinde.com/ 旧日本軍弱小列伝
弱小帝政ロシア相手ですら日露ではキルレシオでかなり負けている
残念ながら軍産複合体の親玉であるブッシュ一家との密約でロシアは敗戦させられ満州を獲得したとみるのが正しいだろう
もともと科学軽視、残虐で精神論や数で勝負や人命軽視、玉砕、特攻しか脳がないうざったらしい民族(国体、軍閥、軍産複合体、財閥、軍隊)
をハエのような奴らを満州獲得をきっかけに叩きつぶすのが
目的だったというわけだ こんなこと書くと日本人には非常に耳に痛い話だがな
http://alternativereport1.seesaa.net/archives/200603-1.html
多少陰謀論めくが再説・資料編「ブッシュ一族の中国侵略の歴史と対日政策」
現ブッシュがアルカイダやイラクと日本を同列視するのもわけない
要は自爆テロや欧米の武器を買ってorコピーすることしか取柄のない低脳アラブ諸国や低脳フセインと日本は同じってことだ 
低脳のくせに好戦的で質の低いものなら大量に量産するだけの力はあるウザいだけの軍事主義集団だからその世界を牛耳る軍事の親玉に消されたってだけだ
つまりブッシュやペンタゴンからみれば何も日本から引き出すものはなかったということ
ちなみに負けたとはいえ今でもよくドイツはアメリカや欧州諸国と共同で兵器開発しており兵器の輸出もかなりしている
潜在的にもっているものもまだ高いということだろうな
日本は独自で開発しているといわれるステルス機のデータすら
フランスにとってもらい 機体デザインはF-22とF-15を足して2で割ったような旧世代漂い(おまけにエンジンが非力すぎるため中国の旧型Jシリーズのようにかなり小型)まるだしのもので完成はあと20年後
とかお粗末すぎる

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/23(木) 23:59:05 ID:boRHNg8NO
古代はともかく、日本は資源が乏しく、向上心なくしては貧しく惨めな国だったよ。
実際に1945年の終戦後は「火垂るの墓」の世界そのもので、世界最貧国の一つ
で、都市には餓死者が溢れていたしね。最近こそ収まったが、ここ100年、日本は
人口過多で自国で養いきれず、他国に移民ばかり出していて、今の中国人並に
嫌われていたよ。
日本は向上心なくしては生きていけないことがみんな判っているから、向上心が
あるのだと思うけどねぇ・・・・。日本は資源、食料に乏しく、外貨獲得の手段がなけ
れば、即座に国民が飢える国であることをお忘れなく。そんな国、他に殆どない
のも事実だけどね。アメリカ、ヨーロッパの先進国は例外なくほぼ自給自足でやって
いける国ばかりだからね。そういう点では日本は世界でも非常に特異な存在。


90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 08:57:56 ID:QK3hxN8G0
まぁ資源が自国に無いってのは日本の責任じゃないな

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 14:58:15 ID:e5PkIL0BO
日中戦争時に満鉄調査部が行った「支那抗戦力調査」は、中国側の戦力の
高さを指摘し、日本軍は勝利を収めることは困難と結論した報告書

しかし陸軍は、皇軍は必勝なんだから負けるわけがなく、したがってそのような
調査結果は反軍的だとして棄却した
日中戦争のその後の泥沼化は周知の事実だが、ここで注目したいのは次のこと

己の楽観的観測にそぐわない意見や調査が出されると、反日だ反組織だと
レッテルを貼り、耳障りのいい「意見」だけを集め、それを根拠にまっしぐら
太平洋戦争でもこうした傾向は多々見られたし、戦前のみならず戦後の日本で
も政府の政策や公共事業、民間組織などでも広く見られるこの現象
大体最後は破綻して、イエスマンばかりでチェック機能が働かなかった、との
「敗戦の弁」を述べるだけで終わって、また同じことが繰り返される始末

耳障りのよい話だけを求めて、過去の失敗から何も学ばない連中こそ、
結果的に属する社会を崩壊させる獅子身中の虫だと思うけどな

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 16:26:14 ID:aep02+Ve0
>>89 終戦直後など持ち出せば、どこでもそうだな。世界大恐慌時代の米国、
ヨーロッパでもそうだ。

 戦前のシナ、朝鮮よりはマシだろうがな。

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 16:29:43 ID:aep02+Ve0
>>1 日本が世界で唯一、欧米に追いついた国と言われるのは、江戸時代に

すでに近代的国家だったからだ。戦後の高度成長もその素地があったから
実現したことだ。

 シナ、ロシア、朝鮮を見ているとそのことがよく分かるな。


94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 19:11:52 ID:kAHaw45U0
>>91
日本が連合軍に降伏したとき中国大陸では連戦連勝だけど。
アメリカの支援のことをいっていただけ。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 20:42:51 ID:e5PkIL0BO
>>92異議あり!戦前日本の一人当たりGDPや生活水準はスペイン、ポルトガル、ポーランド、ギリシャ、ロシア、フィリピン、インドネシア並みでアルゼンチン、チリ、ウルグアイ、イタリア、香港、シンガポールよりも下じゃないかよ。

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 20:43:57 ID:e5PkIL0BO
間違えた>>93だ。

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 20:46:25 ID:e5PkIL0BO
帝政ロシア末期のロシアは「先進国」だった
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1191429002/
近世〜近代ヨーロッパの暮らし
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1193754038/

これをみたら江戸時代日本がいかに後進国か、帝政ロシアやスペイン、オスマントルコ帝国よりも立ち遅れた後進国だったか解る。

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 20:57:39 ID:e5PkIL0BO
45:世界@名無史さん :2008/01/20(日) 13:23:25 0
残念ながら豊かさと言う点では

西欧>>>>>>>>江戸日本ね


日本の豪商がせいぜい欧州では中流かそれ以下にあたる
48:45 :2008/01/20(日) 14:11:33 0
勘違いしないでほしいのは

産業革命前の国と産業革命後の国では
その生産力の差は十倍、百倍違うということ


産業革命前の江戸日本が豊かだっという妄想は
どの国にもありがちなアジア諸国の「欧米が我が国にくるまではわがくには豊かだった」という妄想と変わらん
すなわち産業革命前の国というのは基本的に貧しく、乏しく、余剰生産力などはほとんど無きに等しい

そういう状態だよ

でなきゃ、明治日本があれほどあせったりしないよ


99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 20:59:32 ID:e5PkIL0BO
53:世界@名無史さん :2008/01/20(日) 14:46:27 0
ちなみにロシア海軍の旅行記の文節を書き出してみると

「この国は基本的に貧しい。この国の豪商といわれる輩もわれわれから見れば
 貧乏人と変わらない楚末な家の造りと衣服で暮らしている」
「この国の大多数の人間は、基本的に農奴であり、我が国の農奴と生活水準は同じ位である」

まあ、一応良かった面もあげてくれてはいるが
「ただ、(江戸だけに限定するならば)一方で富の配分はそれなりに行き渡っており、どんな貧乏人でもそれなりに清潔な身なりをしている。」
「我々が家でお茶を所望すればそれなりに、どんな貧しい家でも、清潔な茶碗にお茶を一服用意してくれる。」
「こういったことにおいては、ロシアだけでなく欧州の都市に見られる底辺層とは違い、そういう意味では安心できる」

出典は大国の興亡 ポールケネディ著 統計
 ロシア人の手記に関しては、講談社、幕末日本旅行記より抜粋


54:世界@名無史さん :2008/01/20(日) 14:53:53 0 [sage]
正直江戸時代の日本の統計資料は少ない。
あてにならない部分はある

明治時代ですら欧州より圧倒的に貧しかった日本(←これは統計があるので確実)が
江戸時代には欧州より豊かだったとするならば
明治になった途端に日本が貧乏になったと考えなければならず矛盾である

「実際は明治時代ですらあれだけ貧しかった日本なんだから
 江戸時代も当然貧しかった」

とするのが妥当ではないかな
近代化する前の江戸時代なんてもっと貧しかったと考えるのが普通だろう
59:世界@名無史さん :2008/01/20(日) 23:06:09 0
ソース出ているだろ
イギリスの10倍貧しい江戸日本
>>49
おまいさんじしんが図書館いって調べてもいいぞ

反論したければどうぞ

白人が来るまでは我々は豊かな生活をしていたんだ!!

という信仰は、アフリカにもアジアにも
どの国にもある。そしてそれを論破することがいかに不毛なものかもよくしっている
一度自分自身の目で確かめてみるといいだろう


100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 21:01:10 ID:e5PkIL0BO
大国の興亡 上巻
ポールケネディ 草思社

から>>49の表を引用した


あとマクミラン世界史統計
http://www.excite.co.jp/book/product/ASIN_4562014350/
からも似たような数字が出てくるだろう


少しでも歴史をかじった人間なら
江戸時代の日本が西洋と比べ貧しい数字しか出てこない事は
右翼思想の歴史家ですら否定しないから
まあ、産業革命前の国としては要領悪いなりに頑張った方だが
どっちにせよド貧困の底にあった事実は数字からも明かよね


一応、
first industrial nationという書籍から
自分が思わず納得してしまった文を引用しておこうか

我々(西洋人)が歴史を学ぶ上で極めて重要な知っておかねばならない事がある。

それは、かつてよくいわれていたのとは違って、アジア、アフリカ、ラテンアメリカの人々は
西欧の人間が進出する以前、幸せな理想社会で暮らしてはいなかったという事である……(略

すなわち、産業革命以前の国々の特徴は「貧困」だったということである。伝統的な農業では生産性が低く
一人当たりの生産高は低い。国民所得が農業に依存している国では消費需要を満たしてなおあまりあるほどの生産は
めったにできなかった……
http://www.warspite.jp/chapter1/01.html

昭和の頃の日本の統計


正直明治の日本もみれたもんじゃないが
実は高橋財政以降の日本でようやくロシア水準並になるんだよ

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 21:02:04 ID:e5PkIL0BO
今の日本に似ているのは、末期のオーストリア帝国ではないか?
行き詰った政治、歯向かってくる半島国家、無能な官僚、
異民族に侵食される国土、退廃する文化、強国からの圧力、
言いたくないが皇位継承者の妃の問題…。

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 21:47:00 ID:e5PkIL0BO
国民一人当たりの所得(米ドル換算)

1860年

日本 128
イギリス 558
イタリア 308
ドイツ  354
オーストリ 228
ロシア  168

開国前の日本
やはり欧州に対して圧倒的に貧しい。
イタリアの二分の一。中央アジアをもっていたロシアよりも低い

1914年
日本 36
イギリス 224
アメリカ 377
フランス 153
イタリア 108
ロシア  41
オーストリ 57

ww1前の日本
一応列強最底辺にランクインした頃の日本
しかし、まだまだ貧しい。ロシア以下、イタリアの1/3
イギリスやアメリカとは論外といっていい程の差


欧州の一般的労働者

原始的とはいえども社会福祉制度ができて
国民会年金制度ができたため将来はまあまあ安心
生活は豊かとはいえないまでも
朝に紅茶とトーストを食べながら、ニュースペーパーを読み出勤


日本
東北のN藩では飢饉のたびに食料が尽き
木の根っこ(ごぼうじゃない)などを食べながら飢えを凌ぐ
天保の飢饉では家後と全滅したという話も聞く
品種改良した稲などは当時には無かったから
東北地方の稲は冷害に弱く、基本的に春飢餓が日常差万事


「こんなのは一部だけだ!!}という人もいるだろう
無論そのとおりだ
だからこそ、一部の例を挙げて比較する事の無意味さを知ってほしい


海外で、ワープアやネカフェ難民だけ取り上げて「これが今の日本だ」といわれたら
たしかにワープアやネカフェ難民は日本には少なからずいるが
「こんな極位置で日本を紹介してほしくない」と俺は思う

教科書にあるイギリスの子供の炭坑労働者もそういう意味では同じ

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 21:49:57 ID:e5PkIL0BO
江戸日本ってロシアやイタリア以下だったんだね
ちょっとショック
まあ、産業革命前はどこも一緒だな
やや日本が貧しい程度

しかし、1860年の頃になると数倍も差がついて
これを最終的に追い抜くのは戦後のアメリカの援助による高度経済性成長をまたねばならなかったと

18世紀から20世紀中盤の日本は辛うじて列強最低国の地位だったが
一人当たりのGDPは最低であり、ロシア以下


それなのに当時の日本がヨーロッパより豊かだったというのは
目が曇っていると言うか正直哀れ
中世の日本も貧しいらしいな。
インド以下

ザビエルもこの国からお布施は期待しない方がいいだろう
国民が貧し過ぎる。むしろこちらが金を貸し与えて信者を増やしたらどうかといっているが
なぜ日本は貧しい貧しいといわれていたの?
確かに中世の宣教師も開国後の外人も
識字率が高いなどの面は褒める一方で、必ず農民も武士も、領主や将軍すらも(パークス談)「貧しい」というね
富の偏在は日本は歴史的に小さいほうだったから
ヨーロッパあたりの富豪なんかと比べると貧乏に見えるんじゃね
質素倹約を旨とすべしみたいなのもあったし
そうだな
精神面は比較的褒めていた人が多かったからな
だが、物質面は欧米>>>日本なのはすでに前提としておくべき
産業革命前の国なんて、貧しく乏しく余剰生産力は無きに等しいってね


精神面も性風俗や読み物、風習に関してはかなりが偉人に叩かれまくりだったね
今の日本のアニメが叩かれる理由と同じ。暴力とセックス

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 21:51:03 ID:e5PkIL0BO
日本というより東アジアに言える事だが理由の一つに「稲作」がある


稲は少ない面積でも大量に収穫できる優れた作物だが
反面、労働集約率が高過ぎる。ゆえに子沢山にしなければ収穫を見込めない
伝統的な農業では家族数人ぐるみになって、一年かかってやっと作る稲と
欧州の農民が一人か二人でパッパと種捲いて収穫が見込める麦では
かならずしも子沢山にする必要がなく、余暇で商業や酪農などができる
よって一人当たりのGNPはおよそ日本より上とならざるえない
パークスは男女混浴の風呂に激しく嫌悪感を抱いたらしいな
ロシアの海軍おっさんも子供がマン○の絵をした凧揚げをしていて、さらにその子供が
その描かれているものが何かよく知っていることに、性道徳の概念が無いとこんな国になるんだろうといってたわ。
同じ足で和菓子を買いに言ったら、なぜかやっぱり笑顔でマ○コの形をした和菓子を平然と握ってくれた菓子職人に
「嫌がらせなのか善意なのかわからん」と疑問に思ったらしい
ハリスは日本の書物を買いに言ったところ、露天にある書物は全ていかがわしい絵とともある小説(エロ小説)しかなくてがっかりしたそうだ。

あげればきりがない程色んなところで叩かれる日本の精神面ってこんなもの



105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 22:06:32 ID:aep02+Ve0
昔の日本が貧しかったと叩いて何を言うつもりだ?それならアジア全般が
そうだっただろう。

 アジアも一部貴族は日本の富裕層より豊かだった?今でも石油産出国の
首長たちがそうだな。それがどうした。

 日本はそれから抜け出せて、他のアジア諸国はまだ全般的には貧しいという
変化を見るのが歴史学だろう。

 日本叩きが目的のスレなら好きなようにやっていろ。


106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 22:29:02 ID:e5PkIL0BO
一人当たりの工業化水準

1750年(産業革命前)
日本 1
フランス 1.2
イギリス 1.3 
オーストリア 1
ロシア 0.9
ドイツ 1.1
清 1.1

↑ここまではいい線いっているが

1860年(産業革命後)
日本 1
イギリス 9.1
フランス 3.0
ドイツ  2.1
ロシア  1.1
アメリカ 3.0
イタリア 1.3
清    0.6

イギリスに9倍差一気につけられる
他の欧州諸国も二倍。ロシア以下に

1900年
日本 1
イギリス 8.5
ロシア 1.1
イタリア 1.4
アメリカ 6.0
ドイツ 5.0
フランス 30.
オーストリ 2.1

↑日清戦争に勝利後の日本は必死に近代化を進めるが
まだまだ列強の枠組みには入っていない
列強最下層のロシア、イタリア以下

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 22:30:57 ID:e5PkIL0BO
ロシアって近代化はじめたのは日本と同じ時期なんだよね

日本の開国とクリミア戦争が一致しているので
産業革命に関しては同輩なんだよ

でモスクワとサンクトが大阪や江戸の貧しい町並みと違うわけでして
実際ロシア人からも「貧しい」と酷評されている訳ね
江戸時代の日本は産業革命前と後もどちらも元々貧しかったのかもね
江戸期が貧しいのは当たり前鎖国して自給自足で成り立ってたんだからね。
欧米の野蛮人は植民地支配で産業奪って現地人労働として使い肥えてた。
まあ識字率は高かったと思うよ
これは外人も認めてた
うろおぼえだったが、江戸が70%、ロンドンは10% パリ20%かな
ただし日本も農村になれば30%くらいになる
まあこれでも高い方だろうけどね


でも豊かさという面では…
やはり貧しい国には違いが無い


108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 22:37:31 ID:e5PkIL0BO
http://syasinsyuu.cool.ne.jp/tosi/68.jpg
皇居前…近くにあるのはたんぼか??
http://syasinsyuu.cool.ne.jp/tosi/66.jpg
銀座……殺風景だな。アメリカ西部の開拓地の方が栄えてそうだ
http://syasinsyuu.cool.ne.jp/tosi/67.jpg
お茶の水……本当にここは東京なのか? 筏みたいな船と森林しか見えないが
http://syasinsyuu.cool.ne.jp/tosi/52.jpg
上野……藁葺きの家と田んぼがいいね!! え? ここ上野??
http://syasinsyuu.cool.ne.jp/tosi/53.jpg
芝大門前…人力車なんて欧米じゃ見られないものがあるな
http://syasinsyuu.cool.ne.jp/tosi/54.jpg
浅草……なんだこのバラックと藁葺きの数々は? 戦後の焼け野原の東京みたいだ
http://syasinsyuu.cool.ne.jp/tosi/59.jpg
市ヶ谷……ぶっw
http://syasinsyuu.cool.ne.jp/tosi/60.jpg
赤坂……こめんと疲れた。お百姓さん達がんばれ
http://syasinsyuu.cool.ne.jp/tosi/56.jpg
天下の三越、三井本店……さすがに藁葺きじゃない分マシか。でも欧米の会社は普通に高層ビルなのに
http://syasinsyuu.cool.ne.jp/tosi/63.jpg
明治「41年」。ついに日本に「初」の本格デパート。三越本店!!
もう少しで大正なのに。ようやくはじめてデパートかよ
ニューヨークのそこらの店の方がいい構えしていそう
プゲラwwwwwwwwwwwwww
猿の楽園だなどこぞの国はwwwwwwwww
こりゃ、欧米より栄えていたなんて口が裂けてもいえないなww
建物はもちろんながら、そこに写ってる人間も、
西洋様は、まことに文明人ですね。
極東の猿の惑星は、写ってる猿の服装まで・・・・・・
あーーーカナスィーーーーーーーーー泣けてきちゃうよね、日本人さんww
前近代の江戸時代の農民は、最底辺の国ロシア人に貧しいといわれるほど
粗末な身なり、不潔で粗末な藁葺きの家で自給自足の生活をしていた

一方その頃ニューヨークの市民は
>>90のような大量消費社会で
文明的で豊かな生活で暮らしていましたとさ

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 22:55:56 ID:aep02+Ve0
>>107 それにしては朝鮮通信使は、えらく日本を豊かな国でシナ以上だ
とさえ書いているな。

 朝鮮と比較すれば月とスッポンほど日本の方が豊かだったんだろう。


110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 22:59:18 ID:e5PkIL0BO
昭和になっても娘の身売りだもんな
どこの後進国やら


銀座なんてアメリカ西部の都市にも劣る町並みなのに
これでアメリカの戦争するんだから
笑っちゃう。
確かに
俺も明治や昭和の日本があれだけ貧しかったのに
江戸が豊かだったと言う江戸史観は少し疑問に思っていた。
色々読ませてもらったが、江戸から既に貧しく明治昭和の貧しさも江戸時代の貧しさの延長と見る方が合理的だな。


111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 23:02:43 ID:e5PkIL0BO
農書を書き残した秋田郡七日市村の肝いり・長崎七左衛門は、この惨上状を次のように記している。
「幼児は捨てられ、父母を探し迷う姿は、まるで地獄である。
路上での追いはぎ・強盗の様は修羅道と言える。
かわいそうにと幼児の手に食物を握らせると、その親が奪い取って自分で食べてしまう。
全く親子兄弟の情もなく、畜生道という有り様だ。」
天保飢饉の様子を記した「天保凶飢見聞記」
「倒れた馬にかぶりついて生肉を食い、行き倒れとなった死体や狼や鳥が食いちぎる。」
「秋田飢饉誌」
「通町橋から6丁目橋の下まで、橋の下は集まった浮浪者で一杯となった。
死人をムシロに包んで背負いながら歩く者、橋の下で子を産む母親、
親子兄弟に死に別れ、悲しんでいる者、途中で子供を捨ててたどり着いた親など様々であった。
通町橋など午前10時ころになると、200人以上もの浮浪者が橋の両側に立ち並んで物乞いをし
、通行もままならないほどであり、夜などは物騒で外出できない状態であった」
 天保4年、秋田藩の人口はおよそ40万人、うち死者が10万人出たとの説もある。
そういうごく一部の状況と農民を想定されてもな
アメリカが悲惨なら伝統農業をやっていた日本はもっと酷かったはずで
さもなきゃ、明治政府がアメリカの大規模農業をお手本としないでしょ?

 「秋晴れの鳥海は清らかな山姿を、紺碧の空にクッキリ浮かせている。
 しかし、山裾にある町村は、未曾有の凶作に悩み、
 木の実・草の根、人間の食べられるものは
 全部刈り取り掘り尽くし、米の一粒だに咽喉を通すことのできぬ
 飢餓地獄にのたうつ惨状、秋田県由利郡直根村百宅部落
 のごときは、空飛ぶ鳥類さえ斃死したかと思われ、
 400名の部落民からは生色がほとんど奪われ、
 天に号泣し地に哀訴の術も空しく飢え迫る日を待つのみの状態である。
 同部落は戸数100戸、作付け反別80町歩、これは冷害のためほとんど全滅だ。
 でなければ山に入って栗・トチ・山ぶどうなどの木の実、
 山ゆり・山ごぼう・フキなどの草の根・木の葉を集めるために欠席する。
 糧食なくして何の教育ぞやの感を深くさせられる。
 垢に汚れたヨレヨレのボロ着にまとった赤児をおんぶして、
 授業を受ける児童の多いこと、
 一人泣き出せば又一人、  背の赤児はまだしも自分でもママ末に負えなくなって泣き叫ぶ子守りもいる。
(昭和9(1934)年10月26日付け秋田魁新聞)


112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/24(金) 23:05:36 ID:aep02+Ve0
>>103 まぁ日本は食生活は貧しかっただろうな。ヨーロッパやシナの貴族みたいに豚のような肥満
は居なかっただろう。

 今でもアメリカ人みたいなブタはあまりいないしな。日本で肥満が問題になってきたのはここ
10年〜20年程度の最近のことでしかない。

 シナ人には肥満が多いという印象が昔からあるが、朝鮮人にはないな。


113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/25(土) 00:25:48 ID:yoUMp2kyO
イスタンブルの一般ですらいい服きているのに
日本の一般人の服の粗末な事
おいおい
ビルさえ立ってりゃって
それなら、三越も三井も中途半端なビルたてんなよww
それにニューヨークやイスタンブルの写真は
人の生活も移っているけどどうだよ?
きてるもの。洋服。普段俺等がきているものと遜色ない
日本はどうだ? 粗末な服。なけてくる
欧米の建築を、ただの都会のビルとしか考えないのは、やはり東洋の未開猿ならではなんだろうな。
欧米は、いわずとしれた、建築にも文化や芸術性が、表現として表出されている。
たとえば、西洋は、医学が発達していたため、車椅子などは1800年代には登場する。
それにあわせて、室内も機能性の変革がおきてる。ようはバリアフリーやユニバーサルデザイン化。
西洋に行くと、非常に障害者にも優しい、進んだ建築に目を見張る。
かたや日本は、いまだに段差だらけ。バリアフリーも、西洋にまねて一等国家の資格として真似てる程度の意識。

まー現代建築はさておき、たとえばスペイン広場や、ロシアの赤の広場やフランスなど、建築物だけではない、広場という概念にも注目してほしい。
なぜこのようなつくりになってるか、イエローモンキーにはわかるか?www

太古から宣伝や表現というものに洗練されてる人種であり、市民と権威をつなぐ画期的街形勢となっている。
ただ芸術的建築物が、無作為に乱立しているわけではない。


114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/25(土) 00:27:56 ID:yoUMp2kyO
西洋における街とは、あらゆる文化を表現した建築物に、社会学的規範の元や秩序的、多様的、多目的な価値を見出すための土台構造の上で、
意図的、計画的、機能的に人為的結合、融合された、ひとつの社会有機体という考えができるわけ。これが恐れ多い西洋の街

かたや日本は、ざっくばらんの川にそって生息してるにすぎないあばら家。即江戸大火 薄汚い無計画町

この差だよ醜い日本の子たち
日本 東京
http://www.vipper.org/vip721759.jpg
江戸明治以来の大八車と人力車が道を横切る。
清とかいう国を倒しても列強にはまだ認められていない
ほとんど軍事費にまわされるため庶民の生活も変わらない
摩天楼もハイウェイも、自動車も、観覧車もない地べたに這いつくばる生活は さながらゴキブリのようである。

日本がイタリア以下、ロシア以下なのは否定できないよ
悪いけど歴史統計あさっている史学科の人間なら
右寄りの人間すら否定しない
日本を貶めるつもりがなくても
近代列強の統計資料漁って行くうちに、勝手に日本の貧しい点が浮き彫りになっていくんだからさ


115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/25(土) 00:30:52 ID:yoUMp2kyO
よく西洋は地域的環境がよかったというイエローがおおい
優越という定義の中での西洋の生活や社会基盤等において、黄色が直面する劣等。それらの原因に起因する一要因に過ぎない環境の差異という背因のみで理論を肯定化することはできない。
環境は、あくまで生態との相互作用の関連性のなかで誘発されるシステム理論ナわけ。
環境がいいからという理由では定義にならない。その環境の特性を、他に起因するあらゆる社会資源との統合化により、はじめてそれらが生かされる。
要は、環境の優越を活用するのも人間だし、その環境にあらゆるものを適合させて、進化していく過程が存在する世ナ。

それらすべてをアソシエーション化した進化的変動を文化における分化の過程で助長し、多領域への拡大発展させたプロダクトイノベーションとして
あらゆる社会的基盤を構築していったのが白人様。

    それらすべてがなにもかもできなかったのが、黄色(中華、日本、朝鮮 兄弟たち
工業力は英1/10
GDPは米露英の1/20
一人当たりの生産力は米英の1/10
人口だけはあったけどな>日本
まあ、豊かさは推して知るべし。
戦前は最期までロシアイタリアすら抜けなかったんだから
当時の日本は下手すりゃオスマン以下でしょ



116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/25(土) 00:34:21 ID:yoUMp2kyO
国民一人当たりの所得(米ドル換算)
1860年 (開国後)
オーストリ 228
日本 128
1914年 (ww1前)
日本 36
オーストリ 57
相対的に見た各国の工業力(1900年のイギリスを100とする)
1880年
日本 7.6
オーストリア 14
1913年
日本 25.1
オーストリア 40.7
人口
1860年
オーストリア 3400万
日本           3000万
1914年
オーストリア 6400万
日本           6200万
一人当たりの工業水準(1900年のイギリスを100とする)
1880年
日本 9
オーストリア 15
1914年
日本 20
オーストリア 32
鉄鋼生産
1880年
日本 2万トン
オーストリア 97万トン
11913年
日本 25万トン
オーストリア 2600万トン
エネルギー消費(石炭に換算)
1880年 
日本 460万トン
オーストリア 1970万トン
1914年
日本 2300万トン
オーストリア 4900万トン
全部負けているな。
オーストリアと言ったら一人当たりの水準はイタリア以下の国なのに


117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/25(土) 00:37:50 ID:yoUMp2kyO
オスマン以下だもん。当時の日本は
数字でちゃったね。じゃあ、欧州に日本以下の国は存在しないという事で
もう終わろうや
オスマン以下って、オスマンは斜陽とはいえ大国だったろう
歴史を知らんやつと思われるぞ
まーなw
普通は江戸日本はオスマン以下だと思う
その上の欧州列強と比べちゃ失礼だしなw
オスマンが瀕死の病人と見られていたのなら
さしあたって日本は瀕死のZ武あたりかw

オーストリア>イタリア>スペイン≧オスマン>>>黄色人種超えられない壁>>清≧江戸日本>>李氏朝鮮

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/25(土) 11:09:15 ID:yoUMp2kyO
 「秋晴れの鳥海は清らかな山姿を、紺碧の空にクッキリ浮かせている。
 しかし、山裾にある町村は、未曾有の凶作に悩み、
 木の実・草の根、人間の食べられるものは
 全部刈り取り掘り尽くし、米の一粒だに咽喉を通すことのできぬ
 飢餓地獄にのたうつ惨状、秋田県由利郡直根村百宅部落
 のごときは、空飛ぶ鳥類さえ斃死したかと思われ、
 400名の部落民からは生色がほとんど奪われ、
 天に号泣し地に哀訴の術も空しく飢え迫る日を待つのみの状態である。

 同部落は戸数100戸、作付け反別80町歩、これは冷害のためほとんど全滅だ。

 でなければ山に入って栗・トチ・山ぶどうなどの木の実、
 山ゆり・山ごぼう・フキなどの草の根・木の葉を集めるために欠席する。

 糧食なくして何の教育ぞやの感を深くさせられる。

 垢に汚れたヨレヨレのボロ着にまとった赤児をおんぶして、
 授業を受ける児童の多いこと、
 一人泣き出せば又一人、
 背の赤児はまだしも自分でもママ末に負えなくなって泣き叫ぶ子守りもいる。
(昭和9(1934)年10月26日付け秋田魁新聞)


江戸時代じゃないよ。昭和の話。農村を襲った飢餓地獄。
そりゃ、たくさんアメリカに移民したくなるわな
日本にいるよりリアメリカの底辺移民の方が生活は楽だもん

近代化しても庶民の生活は貧しいまま
ようやく庶民の生活がマシになるのは実は戦後

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/25(土) 12:23:54 ID:dxkZY1nZO
こんな過疎スレで連日オナニー長文乙。他にすること無いのか?

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/25(土) 13:49:02 ID:yoUMp2kyO
戦時中 「非国民!(笑) 国賊!(笑) アカ!(笑)」
現在   「ニート!(笑) フリーター!(笑) ワープア!(笑)」

戦時中 「祝ひ終った、さあ働かう!理窟言う間に一仕事!足らぬ足らぬは工夫が足らぬ!」
現在   「会社の存亡がかかっている!休出残業は当然だ!業績が悪いのは従業員が楽しているからだ!」

戦時中 「空襲時にバケツリレーで消火できないのは根性が足りないからだ!全ては大和魂だ!」
現在   「安定した職に就けないのは我慢が足りないからだ!ゲームばかりしてるから対人スキルが著しく劣ってるのだ!」

戦時中 「ぜいたくは敵だ!日本人ならぜいたくは出来ない筈だ!ガソリン一滴は血の一滴!一億玉砕だ!」
現在   「痛みを伴う改革が必要だ!改革の痛みで餓死凍死することはない!米百俵の精神だ!」

戦時中 「搭乗員が足りん!とにかく若者をかき集めろ!練度など無くて構わん!離陸さえ出来れば充分だ!」
現在   「即戦力が足りん!外国人労働者をかき集めろ!団塊世代の定年を延長しろ!新人を育てる余裕など無い!」

戦時中 「今日も決戦明日も決戦!欲しがりません勝つまでは!月月火水木金金!」
現在   「甘えるな!国際競争に勝つためには私生活も犠牲にしろ!過労死など自己責任だ!」

戦時中 「我ガ海軍ハ南方洋上ニテ敵空母10隻ヲ撃沈、敵航空機1000機ヲ撃破ス!一方我ガ方ノ損害ハ極メテ軽微ナリ!」
現在(少し前まで)「景気は着実に回復している!現在のわが国は『いざなぎ超え』の空前の好景気である!」
戦時中 「若者をどんどん戦場に送り込め!代わりならいくらでもいる!大学生の徴兵猶予を廃止しろ!」
現在   「労働者をどんどん使い捨てろ!代わりならいくらでもいる!派遣労働の規制を緩和しろ!」

戦時中 「日本が戦争に敗れることなど決して有り得ない!最後には神州日本に必ずや神風が吹く!」
現在   「資本主義が崩壊することなど決して有り得ない!世界経済はデカップリングで必ずや息を吹き返す!」

戦時中 「安全な資産である国債を買え!国債は自国民からの借金なので経済が破綻する心配は無い!」
現在   「安全な資産である国債を買え!国債は自国民からの借金なので経済が破綻する心配は無い!」

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/25(土) 16:42:02 ID:296EkEf40
>>118 日本人移民などシナのクーリー移民に比べたら桁違いに少数だろう。

 もともと人口が違うこともあるが。アメリカ横断鉄道はシナのクーリーが
作ったらしいな。


122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/25(土) 16:46:15 ID:3LHqxE5X0
>◆日本はなぜ近代に適応出来なかったのか?◆

ヨーロッパ人じゃないから。
付け焼刃で出来ることには限りがある。

注)「人種が異なる」という意味ではなく
  日本人社会が近代化というプロセスを
  経なかった、という意味である。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/25(土) 23:49:27 ID:296EkEf40
>>122 シナ、朝鮮の人治社会よりははるかに近代化しているがな。

 日本は自由民権運動、大正デモクラシーを経て近代化のプロセスをシナ、朝鮮
よりはるかに経験している。シナの専制政治、朝鮮の衆愚政治とは異なる。


124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/26(日) 00:04:37 ID:q9qQVltTO
朝鮮の衆愚政治?
韓国、台湾同様日本も衆愚政治だろが(笑)
韓国、台湾を馬鹿に出来んぞ、アジア初の憲法は半ヨーロッパのオスマン帝国のミドハト憲法、タンジマートの改革も日本よりも早い。
江戸〜日清時代まではまだオスマンが日本より先進国。
日露〜第一次でやっと日本は経済的にスペイン、オスマンと同等レベル。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/26(日) 08:41:26 ID:q9qQVltTO
朝鮮旅行記 編纂:ゲ・デ・チャガイ(複数のロシア人旅行者が見た、開国後の朝鮮)

朝鮮の現況 報告:アムール州総督府 公爵ダデジュカリアニ

文明は日本と同じく朝鮮においてもそれを完全に受け入れる土壌を見出している。
過去4、5年ヨーロッパ人ならびにアメリカ人を交流を続けていた結果、
朝鮮人はこれらの国民からすでに多くのものを学び、さまざまな模範施設を自ら創設している。
これらの施設では朝鮮の若者が、経験を積んだ外国人の指導下に
さまざまな分野の農業、工業の作業を学び、機械生産などについても習熟している。
これらすべての新事業に対して、朝鮮政府は税関収入と地租の一部を特別資金として支出している。
朝鮮人の情熱的気質ならびに新種の規制を持ってするなら、
これら有益な企図のすべてに輝かしい成功を収めることが可能で
、地方の生産地から及びその経済生活の向上を目指す水ら加の出費のすべてを、
政府は何倍にも増して回収するであろう。
朝鮮人労働者がいずれかの官吏の為でなく自分自身のために働く港湾ならびに海外では、彼らの勤勉と精励の模範である。

朝鮮の過去は、農業の成功や工場制産業のためにも、あらゆる条件が揃っていることを立証する。
かつては朝鮮人が、今日の日本国民の誇りである諸技術(陶器、絹製品、金属製造)について日本人に教えた時代もあった。
この時代の朝鮮人はそれを全面的に奨励する諸条件ならびに国内組織の下で暮らしていた。
今日では民衆も政府も彼らの国家体制が立脚する反動的諸原理の完膚なきまでのは破産を明瞭に意識している。
そこで民衆も政府も一致協力して、行政の領域のみならず、社会生活においても根本的な改革を断行することに決した。
朝鮮政府はヨーロッパ人の優越性、彼らの知識と経験を認めて、これらの文明化した人々を招き、
高級と有利な条件で雇用しているが、民衆も彼らを慶んで迎え、自らの文明開化の先導者として敬意を払っている。

-------------------------------------------------------------------------------

朝鮮も開国後は日本と同じように『お雇い外国人』を招聘して
近代化に努めたんだが、どこで差がついたんだろうか

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/26(日) 08:43:05 ID:q9qQVltTO
ネットウヨク度診断

 以下の質問にお答え下さい。

1 朝日新聞に書いてあることは、ほとんどが捏造だと思う。
2 海外旅行では中国・韓国だけは行きたくない。
3 全ての教育問題の原因は日教組にあると思う。
4 2ちゃんの書き込みは平均的な世論だと思う。
5 「売国(奴)」という言葉をよく使う。
6 ハングル文字を見ると、吐き気が頭痛、めまいがする。
7 首相の靖国参拝を批判する人を全く理解できない。
8 街宣右翼や暴力団の構成員は、大半が在日韓国・朝鮮人だと思う。
9 民主党に投票したら負けだと思っている。
10 たとえおごりでも、韓国料理店では絶対に食べたくない。
11 国が被告の裁判では、ついつい国側を応援してしまう。
12 大学の第二外国語では、韓国(朝鮮)語や中国語は絶対履修したくない。
13 日本国憲法よりも大日本帝国憲法の方が素晴らしいと思う。
14 従軍慰安婦は単なる売春婦だと思う。
15 韓国スターに熱狂する女性を大変不愉快に思う。
16 女系天皇の容認は日本の伝統文化の破壊だと思う。
17 街で在日韓国・朝鮮人を見かけると、「半島に帰れ」と心の中でつぶやく。
18 小泉改革が進んで、人々の生活は本当に良くなったと思う。
19 自衛官や警官を除く公務員は皆、既得権益の上にあぐらをかいていると思う。
20 中国や北朝鮮による日本への武力侵攻は、十分に有り得る事だと思う。



該当項目数が
 0〜3  :あなたは正常です。今の状態を保ちましょう。
 4〜7  :あなたは少し右寄りです。もう少し頭を柔軟にしましょう。
 8〜11 :あなたはかなり右寄りです。考え方の偏りを正しましょう。
 12〜15:あなたは2ちゃんをやり過ぎです。もう少し外に出ましょう。
 16〜19:あなたは危険です。外に出ると危ないので、家で引きこもりましょう。
 20   :あなたは犯罪を起こす一歩手前の状態です。即、精神病院に入院しましょう。


127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/26(日) 08:44:14 ID:q9qQVltTO
該当項目数が
 0〜3  :あなたは正常です。今の状態を保ちましょう。
 4〜7  :あなたは少し右寄りです。もう少し頭を柔軟にしましょう。
 8〜11 :あなたはかなり右寄りです。考え方の偏りを正しましょう。
 12〜15:あなたは2ちゃんをやり過ぎです。もう少し外に出ましょう。
 16〜19:あなたは危険です。外に出ると危ないので、家で引きこもりましょう。
 20   :あなたは犯罪を起こす一歩手前の状態です。即、精神病院に入院しましょう。

これ間違っているよ


該当項目数が
 0〜3  :あなたはヒダリマキになっている、氏ね!。
 4〜7  :あなたは少し左寄りです。もう少し頭を柔軟にしましょう。
 8〜11 :あなたは大分マトモです。考え方の偏りを正しましょう。
 12〜15:あなたは正常です。ヒダリマキ撲滅に外へ出ましょう。
 16〜19:あなたは素晴らしい人です。一人でも多くのアカを折伏してください。
 20   :あなたは完璧です。即、Wikipediaの管理人に立候補しましょう。


128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/26(日) 15:58:33 ID:q9qQVltTO
345:世界@名無史さん :2008/10/25(土) 19:46:45 0 [sage]
むしろ鎖国で元々スタートが遅れてたのにここまで来れたのは大したもんだと思うよ
鎖国してなけりゃあまだましだったかもね
346:世界@名無史さん :2008/10/25(土) 20:36:45 0 [sage]
鎖国しなかったらキリスト教国になってたよ

まあ、だったらどうなってたかはよくわからんが


129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/26(日) 18:27:05 ID:q9qQVltTO
20世紀前半の日本はアレクサンドロス大王のマケドニアや
ナポレオンの頃のフランスとも考えられるな

どの道、マケドニアやフランスでわかるように、
日本に未来はないだろう

大体、アメリカの世なのにどんなに頑張っても
日本が世界の一角なんて占められない

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/26(日) 18:28:11 ID:q9qQVltTO
そして天皇制によって明治維新が安易に革命にならなかったことで明治政府は幕府から官僚機構を受け継いでいた。
そして良く整備された官僚機構は金と人材を吐き出すことが出来た。これこそが日本の発展を支えたのだ。
決して江戸時代の技術があったからではない。
それは副次的な要素に過ぎないし、その技術は西欧から見るならば最低でも2世紀は遅れているものだった。
バッタン機構すら独自に開発できなかったことを知れば十分だ。
故に私はこう結論を出す。
各専門分野の歴史書に江戸時代の技術を特別視して、これこそが他国に真似できなかった明治における発展を支えた日本の秘密である、
と書かれていることは江戸時代の技術が当時ですら西欧から見るならば遅れていた、という事実を認めたくはないがための貧乏人・奴隷根性である。
また社会性についても江戸時代に発達したものは世界経済から隔離された日本の歪さが生んだモノが多数存在し、これを日本の発展理由とすることも同意できない。
勤勉革命などと恥ずかしげもなく詠んで満足しているようでは話にならない。
私は日本の飛躍が可能となった要因とするのは、天皇制と言う古くから受け継がれてきた政治機構が優秀だったからであると考える。


131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/26(日) 19:21:52 ID:4ElWDPk00
>>130そして天皇制によって明治維新が安易に革命にならなかったことで

・・・260年続いた幕府が消滅し、廃藩置県により各藩も消滅し、自由民権運動の結果、議会開設、
憲法発布して立憲君主制になったが、これが革命でないのか?

 武士階級もなくなり、国民皆兵制を取ったがこれは身分制度廃止という大変革だな。

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/26(日) 19:43:14 ID:q9qQVltTQ
もともと安い労働力しか国際市場に売れるものがなかった国
だから、労働力が値上がりしてもっと安い中国やインドの労働力に売り負け
しかも、その辺りに資源を買い負けしてんだから必然的な衰退だろ
資源はない。人ばっかり多い。養いきれない。
人口減少は必然的。そして♪☆★♪☆★♪☆★♪☆★♪☆★♪☆★♪☆★♪☆★♪☆★♪☆★♪☆★
☆★♪☆★♪☆★♪☆★♪☆★♪☆★♪☆★♪☆★♪☆★♪☆★♪☆★♪

>>176
でもぉ、国土は狭いしぃ、(´・ω・`)
資源はないしぃ、(´・ω・`)
少子化と高齢化が同時に進行しているしぃ、(´・ω・`)
世界二位の経済力が身の丈に合っていないというのは
それなりの説得力があるんじゃないでしょうかぁ〜?川・ε・川

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、その減少がさらに将来性のなさに拍車をかける。
所詮、一時の国際情勢上の幸運という砂上の楼閣の上にしか日本の繁栄はなかった
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でもぉ、国土は狭いしぃ、(´・ω・`)
資源はないしぃ、(´・ω・`)
少子化と高齢化が同時に進行しているしぃ、(´・ω・`)
世界二位の経済力が身の丈に合っていないというのは
それなりの説得力があるんじゃないでしょうかぁ〜?川・ε・川

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133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/26(日) 19:46:00 ID:q9qQVltTQ
海の広さは世界で七番目だっけ
しかし中国に軍事占領されてりゃ海洋資源もいかせんわな

マスゴミと平和主義とお花畑脳サヨクのせいで日本が弱くなった
外交をしたたかにするという敗戦の教訓がぜんぜん活かされてない現実

この国のエリートは糞の集まりか! 国力=((基本指標:人口+領土)+経済力+軍事力)×(戦略目的+国家意思)

フーム? 係数がよくわからんからなんとも言えないけど
まあアレだな、日本に当てはめるなら領土と軍事力に不安があって
国家戦略はあるのかないのか謎、国家意思はバラバラって漢字化
経済力あるから安心とは言えないんじゃないかなぁ

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/26(日) 19:47:44 ID:q9qQVltTQ
8:今だに孤立した民族へ :2008/07/26(土) 21:17:22 0
いや、それ以前の時代から日本人は土地にしがみつくことしか能のない農耕民族
国家で太古から想像力が欠落しているんだよ。まあ諸々の事情から詮無いことか
もしれないが…

日本が変われるととしたら平家の政権が長続きしたばあいか?いやいっそのこと
蒙古の支配を100年くらいうけて、広い世界を知ったほうが長い目で見れば
日本のためだったかもwいずれにせよ、日本と日本人がガラパゴス諸島の珍獣と
おなじで地上で最も特異な位置にいることは間違いないなw

ガラパゴス化による孤立=没落パターンだな、朝鮮、エチオピアと同じ様に。

一時的な動揺はあろうが、日本の最大の弱点は情報収拾と解析。
上手く情勢を見切って上手くやったときもあったが、国を誤った事もある。 

一つ目は随唐というグランドパワーが成立した600年代初頭、
唐の強大さの情報が入っていない。日本は細かい義侠心で白村江で戦い敗北した。
二つ目は、元寇だが、この場合にも日本の情勢判断は甘すぎた。
二回の攻撃を撃退したが、所詮は結果オーラーイで、後の大崩壊の芽生えとも成った。
三つ目は、秀吉、これはこっちからわざわざ攻め込んでいった馬鹿な例。
民帝國はもう青色吐息ではあったが、同時に豊臣政権の弱体化を招いた。
四つ目は日露戦争の後。 そして満州事変による欧米との関係悪化で情報が途絶えた。
そして、破落戸の情報を信じて太平洋戦争まで転がっていくってわけさ。



135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/26(日) 19:51:05 ID:q9qQVltTQ
大英帝国とかアメリカとかロシアとか、帝国主義が本格化する前に広大な領土を獲得した国を見てると、
世の中、早いもの勝ちだと実感させられる。

日本とかドイツみたいな遅れてきた国はどこまでいっても追いつけない。


136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/26(日) 19:54:12 ID:q9qQVltTQ
金属加工だよ。「イタリア 旋盤」でググってみなよ。
上司の話では、機械に使用している鉄が違うらしい。
日本製の工作機械は、普通の鉄を使ってるが
イタリアではまるで材木みたいに、鉄をまず10年ぐらい寝かせて
狂いが生じないようになってから、精密機械用の鋼材にしてるから、
ミクロン単位の誤差も生じない。
1/1000mmの誤差でも、ターボプロップエンジンのベアリングとかだと
不良品になっちゃうから、誤差が生じないってのはすごい事だ。
日本製の工作機械では、1/100mm単位までの加工しか出来ない。

15世紀後半からの百年は北イタリア、ベルギー、南ドイツが経済の中心地だったわけで
フッガー家を擁する南ドイツはかなり有力な地域で
当時のヨーロッパ経済を支配するかというぐらいの勢いがあったと
近代世界システム論に書いてあったな
ドイツは当時イギリスより先進国だったし
活版印刷はヨーロッパで一番普及し、識字率も一番高かった

北イタリア、南ドイツ、ベルギーは連動していて同時に没落した
これはカール5世の世界政策の破綻と関係してる
変わりに台頭してきたのがオランダ、イギリス、やや遅れてフランス
さらにその後の30年戦争のダメージが大きかった
中世盛期から近世初期まではドイツは後進地域とはいえないね
むしろイタリアとドイツが道連れで近代化から取り残された感じ

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/27(月) 00:59:15 ID:gC45pvUT0
>>1 日本のことよりシナ、朝鮮が何故現在も近代化できないか、の方が東亜の重要問題だが。

 インドネシアやビルマもできていないから、東亜では無理ということか。


138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/27(月) 17:22:38 ID:6l54jso6O
江戸時代は、「お米」を基礎とした農業主導の財政を支配階級が作り上げました。
戦国時代の貨幣流通が中途半端だったため、お米の方が信用価値が高かったという証拠なのでしょう。
おかげで大坂の先物取引市場など、先進的な農作物取引が世界に先駆けて行われています。
しかし、全体として見た場合、進んだ租税制度とはいえません。
農業技術の進展を考慮しない硬直した租税制度のため、武士の没落を早め幕府崩壊の原因の一つとすらえいます。
もちろん、歴史において様々なファクターが重なり合って、江戸時代の税制が作られたのですもちろん、歴史において様々なファクターが重なり合って、江戸時代の税制が作られたのですが。
租税徴収を当初お米のみとした原因は、室町時代の「鐚(びた)」という言葉に代表される悪銭(明からの輸入銅銭が数百年の年月で劣化したものや、国内鋳造の粗悪な通貨)の弊害からの脱却が原因の一つでした。
しかも日本自身での貨幣鋳造力はありません。ついでに、当時の日本経済を完全に満たすほどの金銀銅は産出されていません。
また、日本全体の商業経済が発展していなかったのも大きな原因の一つです。

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/27(月) 17:36:00 ID:6l54jso6O
18世紀末のドイツでは読書人口が増加し、各地で読書協会がつくられていった。
読書協会は全国で270にも及んだ。それらは一冊の書物を皆で回し読みしたり、
書物の感想を述べ合ったりするところであった。
自由と平等の原則のもとで社会の身分や序列に関わりなく、性別も問うことなく
集まった人々の集団であった。
ほかには農業技術改良協会、音楽協会、歴史協会などがあり、格式やしきたりと
無縁で仲間と洗練された楽しみを享受することができた。
「西洋近代をつくった男と女」によれば、
中央フランスの小さな半農村的な町で、識字能力は、男性の35%、女性で27%
で意外と高い。


140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/28(火) 08:14:02 ID:INaA4j2SO
その江戸時代に飢饉だらけで餓死者多数出してれば世話ねえわなw
『日本経済史1』江戸時代の経済諸量の推移より
1600→1720年
人口 1200万人→3128万人
年平均増加率 0.80%

実収石高 19731千石→32034千石
年平均増加率 0.40%

ていうか人口増加率に全然追いついてないじゃん
1720→1750→1800年

人口 3128→3110→3065万人
年平均増加率(1720→1800年) −0.02%

飯を半分にしても子作りは出来る
貧しさの脱却のために労働力を増やしたいために
しかし限界を越えれば慢性的飢餓状態に陥り人口減に転ずる
1600年に比べたら食糧生産が増えたから人口が増えたんだろ。これが一つ目。
しかし食料が増えた以上に人口が増えた。だから一人当たりの取り分は減った。これが二つ目。
なんで一つ目を無視するの?
経済学の初歩習った方がいいな
人口の増加率が食糧の増産率を上回った場合どうなる?
食糧の価格は当然ながら上がる
当時の日本は購買力の乏しい貧しい小作農家が殆どだ


141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/30(木) 12:32:55 ID:Xb8+1HUd0
>>136
そうそう。君はそうやって人の言うことを聞いとくべきだよ。
中学生とは思えないほど稚拙な文章だったけど、面白かったよ。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/30(木) 17:46:20 ID:gxquxL+50
>>138
>しかも日本自身での貨幣鋳造力はありません。

寛永銭
アジア全域で使われたろ

>当時の日本経済を完全に満たすほどの金銀銅は産出されていません。
>また、日本全体の商業経済が発展していなかったのも大きな原因の一つです。

貴金属の輸出しまくってたろ何言ってんの
戦国期商業の発展は室町以降だろ

>しかも身分制の固定化により人口移動がままならない。

日本の身分制度はそこまで厳密なモンじゃない

>>140
餓死者出すようなとこは金欲しさに米を輸出してたとこだろ
それを禁止してたとこじゃ餓死者は出とらん
経済問題だな
蝦夷のニシンを大量に肥料用に消費してた時代だぞ
挑戦のように年中餓えてるような世界とは違うし

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/30(木) 17:59:04 ID:gxquxL+50

産業革命前の生産性はヨーロッパも日本も同じだって数字を挙げてたろ

>>108
>前近代の江戸時代の農民は、最底辺の国ロシア人に貧しいといわれるほど
>粗末な身なり、不潔で粗末な藁葺きの家で自給自足の生活をしていた

>一方その頃ニューヨークの市民は
>大量消費社会で文明的で豊かな生活で暮らしていましたとさ

日本の僻地の寒村の農民の暮らしと、アメリカ最大の都市を比べてどうすんだよ
愚かな印象操作w


>>139
>18世紀末のドイツでは読書人口が増加し、各地で読書協会がつくられていった。

じゅ、18世紀になってやっと読書人口増えたのか・・・w

>中央フランスの小さな半農村的な町で、識字能力は、男性の35%、女性で27%
>で意外と高い。

日本と比較するとあまりの低さに涙が出るな

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/30(木) 18:01:39 ID:gxquxL+50
>>98
>すなわち産業革命前の国というのは基本的に貧しく、乏しく、余剰生産力などはほとんど無きに等しい

余剰生産がなかったら江戸や大阪のような大都市は発展しないぞ
映画の羅生門のような世界であるかのように殊更に言うのはキチガイ

>>118
>江戸時代じゃないよ。昭和の話。農村を襲った飢餓地獄。

それ東北地方のために使うはずだった予算を朝鮮に費やしてしまった結果だろ
ヨーロッパでもジャガイモ飢饉で大量に餓死者が出てんだろ

>>102
>朝に紅茶とトーストを食べながら、ニュースペーパーを読み出勤

違うだろw
路上の屋台で安いコーヒーすすって出勤、だろ

>だからこそ、一部の例を挙げて比較する事の無意味さを知ってほしい

お前は日本の場合は悪い一部の例を、西洋は良い一部の例を挙げるだろ
お前のやり方が一番無意味だよ

>教科書にあるイギリスの子供の炭坑労働者もそういう意味では同じ

社会問題化してたんだからかなり広範に見られたんだろそれ

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/30(木) 18:04:02 ID:gxquxL+50
>>130
>そして天皇制によって明治維新が安易に革命にならなかったことで明治政府は幕府から官僚機構を受け継いでいた。
>そして良く整備された官僚機構は金と人材を吐き出すことが出来た。これこそが日本の発展を支えたのだ。
>決して江戸時代の技術があったからではない。
>私は日本の飛躍が可能となった要因とするのは、天皇制と言う古くから受け継がれてきた政治機構が優秀だったからであると考える。

なぬ?
江戸幕府から受け継いだ官僚機構が日本の発展を支えたが、
江戸時代の技術ではなく、天皇制の政治機構が優秀だったからだ・・・?
天皇制の政治機構て具体的に何よ? 実務性皆無じゃん

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/31(金) 10:29:17 ID:KTNtDC1VO
1870年に当時、世界の金融業における中心地であった英国・ロンドンで公債の買取り人を募集した。そのときの金利は9%であった。
これは当時の外債市場においてもこれは高い金利であった。以下に当時の外債市場の金利を示す。
1870年におけるロンドンでの外国債の発行状況(単位百万ポンド)(※2) クーポン 発行価格 発行金利 発行額
アルゼンチン 6 88 6.8 1
チリ 5 83 6.0 1
エジプト 7 78.5 8.9 7
フランス 6 85 7.1 10
ホンジュラス 10 80 12.5 2.5
日本 9 98 9.2 1
ペルー 6 81.25 7.4 11.9
ルーマニア 7 86 8.1 0.4 ロシア 5 80 6.3 12
スペイン 5 80 6.3 2.3
トルコ 6 60.5 9.9 22
外債は金利9%以外にも担保として関税収入と今後3〜5年間に建設する3つの路線からの鉄道純益が充当された。
この発行条件は高い金利、短い債還期間、抵当といった点で半植民地的条件であった。
不平等条約において制限されている関税収入すら担保にしなければ成らないところに日本の信用のなさが現れている。なお1870年代における英国のコンソル公債の利子率は約3.2%であった。

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/01(土) 10:05:20 ID:RXAcgMAN0
何故…ってムラ社会だったからでしょ
ちなみに戦後も変わってない

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/01(土) 20:41:15 ID:rj2hk1tJO
日本は鎖国によって多くのものを失ったのか??
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1215669076/
日本はそもそも栄える条件が整ってない。
今の位置ですらかなり上等でしょう


149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/02(日) 00:15:34 ID:DHD7AJ4SO
第一次世界大戦中、大日本帝国はどのくらいの国力なんだ?オーストラリアやオスマンより下なの?
第一次大戦時の日本は独自に軍艦が作れないから列強と言えるような存在ではないな。
なぜなら日清戦争・日露戦争の主力艦は外国製だったんだから。
あと、弾薬の消費量が日露戦争より激しかったそうだ。
日本の国内の工場をフルに稼動させても列強諸国の生産量には及ばないみたいだ。

ゆえに総力戦でもしようものなら日本は国力的な低さが露呈するね。
ま、列強には及ばなかったかもしれないが、当時、軍艦を造れる国は
本当に限られてたし、日本より弱くて植民地にされた国もあるから、
対抗しえただけでも立派なものだろう。

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/04(火) 19:05:38 ID:j3bsjVkTO
10:ホント70年前からオツムの進歩しない馬鹿が多いよなw :2006/05/27(土) 06:46:46 ID:4gpl0PZe0
山本五十六(三国同盟が締結された後の昭和十五年秋・嶋田繁太郎宛書簡 より)
 「日独伊軍事同盟前後の事情、其の後の物動計画の実情等を見ると、現政府のやり方は
 すべて前後 不順なり、今更米国の経済圧迫に驚き、憤慨し困難するなどは、
 小学生が刹那主義にてうかうかと行動するにも似たり」
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/05(水) 07:02:52 ID:vEUNA1jW0
関連スレ
[仮想] 明治からやり直す [日本]
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1150203786/
明治の軍隊と昭和の軍隊の違い?
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1205548885/


152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/05(水) 21:16:38 ID:yrGzE1F70
>>149
ちゃんと調べてから書こうね。
第一次世界大戦時は主力艦の殆どが国産化していた。
日露戦争後竣工した国産の戦艦は8隻。
「生駒」1907年01月14日 竣工
「筑波」1908年03月24日 竣工
「伊吹」1909年11月01日 竣工
「鞍馬」1911年02月28日 竣工
「薩摩」1910年03月25日 竣工
「安芸」1911年03月11日 竣工
「河内」1912年03月31日 竣工 (ド級)
「摂津」1912年07月01日 竣工 (ド級)

無論巡洋艦「利根」「筑摩」「矢矧」「平戸」も国産

弾薬については日露戦争時、火薬の原料は主にチリ硝石だったので資源の制約が大きかった。

その後、石炭・水・空気からハーバー法でアンモニアが合成できるようになったために
その制約がなくなり第一次世界大戦時ドイツは火薬の原料を全て国内の石炭でまかなえた。
なおアンモニアを原料に硝酸(ニトロ)を作るオストワルト法はすでに確立されていた。

戦後もアンモニア合成で硫安・塩安・硝安などの窒素肥料が豊富で安価に製造できるようになったため
土地の痩せたドイツは主食が馬鈴薯やライ麦パンだったが小麦の生産も可能になった。

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/05(水) 22:51:45 ID:yz502xoHO
ハーバーボッシュにオストワルト懐かしいな。
高校の化学で習ったわ。化学反応の式忘れちゃったけどw

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/08(土) 04:00:44 ID:R/o66Ryf0
◆シナ、朝鮮はなぜ未だに近代に適応出来いのか?◆


155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/08(土) 16:05:05 ID:Fdy995/B0
下見て悦に入ってどうする

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/10(月) 18:14:24 ID:tfav1YCG0
その辺りが未だに身分制時代に下見て安心してた時代のメンタリティから抜け出せてない証拠

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/10(月) 18:51:06 ID:QM1SWeT10
日本より上なんてほとんどないけど

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/13(木) 20:49:30 ID:5VEe63arO
チャンコロ帝国なんぞのサルまねをした、
江戸幕府の極端な貿易制限はやっぱりやりすぎだ。


歴史が面白くない。

大日本帝国海軍が兵たんの重要性、
通商破壊を理解できなかったのは、
江戸幕府の愚策のせいだ。

   
キリスト教禁止はしかたがないとして
長崎、大阪、江戸などの
太平洋側の主要港をいくつか開いて、欧米・シナとの
制限貿易である御朱印船貿易を続行すべきだった

ジャパンガレオンやジャパンフリゲイトからなる「護衛艦隊」が七つの海を駆け回り、
http://wkp.fresheye.com/ja/shared/thumb/e/e9/BattleOfVirginiaCapes.jpg/300px-BattleOfVirginiaCapes.jpg

小銃や野砲をもったサムライが護衛する日本の商館が、ナイロビやウィーンやロンドンやパリやマドリッドに開かれていただろう。

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/14(金) 22:34:45 ID:msEHe2F80
三河の田舎狸の罪は大きい…

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/14(金) 23:51:29 ID:EDkgTdrb0
「神武創業ノ始ニ被為基,諸事御一新,祭政一致之御制度ニ御回復被遊候」
このおバカな主張から明治日本ははじまった。
薩長のような復古バカによるクーデタが成功したことが、
日本の近代化が歪んだ原因。

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/15(土) 20:26:10 ID:sMxcpV6CO
今の官僚ののさばりようを見ても、戦時の軍の官僚的な性格をみても日本人は結局精神レベルではいまだに西洋化(近代化?)できていないね。

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/16(日) 00:10:56 ID:569MANuw0
今の党官僚ののさばりようを見ても、軍の売国奴な性格をみてもシナ人、朝鮮人は

結局精神レベルでは絶対、西洋化(近代化?)できないね。


163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/16(日) 11:56:01 ID:F7PQ0aWw0
制度だけ近代化の持ち込んでもしっかりとは根をおろさないんだろな
先の敗戦までも、いまだにムラ社会が生きてるし

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/17(月) 21:44:46 ID:u9/gSdN0Q
ハンチントン氏が文明の衝突で説明してたな制度だけ近代化しようともやがて土着文化が顔を出すって。
引き裂かれた国に日本はなった感じだな。
中華(極東)文明=西洋文明で引き裂かれた国な感じで絶対日本単一文明なんて有り得ない。

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/18(火) 00:02:33 ID:UTrNFcVL0
>>164 日本にはシナ文明の律令制度も根付かず、結局東亜では唯一の封建制度国家を形成したしな。

 これが部分的に西欧の封建制度に類似していたことも日本の近代化、西欧化の基礎になったという
説もあるな。

 インド文化の仏教も葬式仏教として生きているだけで、結婚式場の神道と棲み分けているしな。

 儒教にいたっては処世術の教訓みたいなものでしかない。

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/18(火) 02:17:18 ID:/L3fCUiUO
ハンチントン氏の説明だと日本は三つの文明に引き裂かれた国という訳か。
日本に似ている文明の国は高句麗、百斉、新羅、加羅、渤海まで溯れば朝鮮なんだが。
中華文明の受け入れ程度で朝鮮と日本で大差だからな。
日本の場合。
国内土着=中華文明=西洋文明で余りに引き裂かれてアイデンティティーを喪失した引き裂かれた国だろ。
東南アジア諸国が引き裂かれた国では一番日本に似る感じ。
西洋文明に近いのはラテンアメリカ、ロシア東方正教会文明が近いだろ。
日本は戦前までだとロシア、ラテンアメリカのメキシコ、ブラジル、東欧諸国スペイン、ポルトガル辺り程度しか適応出来なかったのは事実でアルゼンチン、イタリアよりも生活水準は低くてフィリピン、トルコ、マレー辺りと大差無かったし。
戦後の最近が余りに特異で異常過ぎた日本を過大評価し過ぎる。

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/18(火) 03:06:56 ID:BaFV8fF30
近代の本質は産業化とそれにともなう大衆化であって資源の大量消費が肝。

だから鉄鋼石炭石油といった産業の基礎資源の入手が重要。
戦前は特に偏在していた石油を得ることの困難さから戦争にまでなったが、
戦後サウジをはじめとする湾岸諸国で大油田の発見があいつぎ
安く大量の石油が日本でも得られるようになって経済規模がここまで拡大できた。

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/18(火) 09:22:56 ID:/L3fCUiUO
>>167、つまり>>158>>159、近代に適応出来なかったのはやはり江戸時代の鎖国政策が最大の原因、あれで国民性、外交、歪んだ経済的立ち遅れ現在まで負の遺産をもたらした事は確か。


169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/18(火) 09:30:41 ID:/L3fCUiUO
つまり戦国時代から信長、秀吉時代から海外拡張しとかんと肝心の鉄鋼、石炭、石油、入植地、市場、植民地獲得重商主義による国内資本確保に国内財閥成長、国内マニファクチャーによる軽工業や農業の発展と近代化に結び付かんとな。

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/18(火) 09:38:38 ID:/L3fCUiUO
欧州の一般的労働者

原始的とはいえども社会福祉制度ができて
国民会年金制度ができたため将来はまあまあ安心
生活は豊かとはいえないまでも
朝に紅茶とトーストを食べながら、ニュースペーパーを読み出勤


日本
東北のN藩では飢饉のたびに食料が尽き
木の根っこ(ごぼうじゃない)などを食べながら飢えを凌ぐ
天保の飢饉では家後と全滅したという話も聞く
品種改良した稲などは当時には無かったから
東北地方の稲は冷害に弱く、基本的に春飢餓が日常差万事


「こんなのは一部だけだ!!}という人もいるだろう
無論そのとおりだ
だからこそ、一部の例を挙げて比較する事の無意味さを知ってほしい


海外で、ワープアやネカフェ難民だけ取り上げて「これが今の日本だ」といわれたら
たしかにワープアやネカフェ難民は日本には少なからずいるが
「こんな極位置で日本を紹介してほしくない」と俺は思う

教科書にあるイギリスの子供の炭坑労働者もそういう意味では同じ



171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/18(火) 09:41:00 ID:/L3fCUiUO
1870年に当時、世界の金融業における中心地であった英国・ロンドンで公債の買取り人を募集した。そのときの金利は9%であった。
これは当時の外債市場においてもこれは高い金利であった。以下に当時の外債市場の金利を示す。
1870年におけるロンドンでの外国債の発行状況(単位百万ポンド)(※2) クーポン 発行価格 発行金利 発行額
アルゼンチン 6 88 6.8 1
チリ 5 83 6.0 1
エジプト 7 78.5 8.9 7
フランス 6 85 7.1 10
ホンジュラス 10 80 12.5 2.5
日本 9 98 9.2 1
ペルー 6 81.25 7.4 11.9
ルーマニア 7 86 8.1 0.4 ロシア 5 80 6.3 12
スペイン 5 80 6.3 2.3
トルコ 6 60.5 9.9 22
外債は金利9%以外にも担保として関税収入と今後3〜5年間に建設する3つの路線からの鉄道純益が充当された。
この発行条件は高い金利、短い債還期間、抵当といった点で半植民地的条件であった。
不平等条約において制限されている関税収入すら担保にしなければ成らないところに日本の信用のなさが現れている。なお1870年代における英国のコンソル公債の利子率は約3.2%であった。
これが徳川時代鎖国の弊害停滞と中世的封建制が残存した末路だ外国から借金したくても外国資本導入したくても日本には全然信用が無い。
国内資本不足国内産業未熟。
余りに国内が悲惨すぎて発狂しちゃうよ李氏朝鮮半島並みだよ哀号!

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/18(火) 17:47:52 ID:yJYJglhk0
>ID:/L3fCUiUO
ただのコピペでは莫迦にされると思ったのか必死に独自に改変しているようだが、元のコピペの方が遥かに読みやすかったな

所詮その程度なんだから、身の丈にあった文章を書けよ。

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/18(火) 21:44:15 ID:/L3fCUiUO
昭和五年 世界恐慌の直撃
昭和六年 凶作の追い打ち
昭和七年 悲惨、娘身売りと欠食児童
昭和八年 戦争への道行と三陸大津波
昭和九年 ああ、昭和東北大凶作
飢餓線上の凶作激甚地を行く
重荷を背負った娘たち、空腹に泣く子どもたち
その当時は餓死者ゼロ。

昭和20年代前半は毎年100万人前後の餓死者
昭和20年代後半は毎年10万人前後の餓死者
昭和30年代前半は毎年1万人前後の餓死者
昭和30年代後半に毎年100人前後の餓死者数になった。
ソース:国勢調査


174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/19(水) 12:28:35 ID:GrLFV9I90
>>166 戦後の最近が余りに特異で異常過ぎた日本を過大評価し過ぎる。

・・・日本がシナ事変、大東亜戦争をしなければ、もっと早く高度成長して早晩、経済大国になって
いたという説もあるな。



175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/19(水) 12:33:25 ID:GrLFV9I90
>>166 戦後の最近が余りに特異で異常過ぎた日本を過大評価し過ぎる。

・・・それと国防のための朝鮮、台湾、満州への投資が大きすぎて国内投資が遅れたという成長阻害
要因もあっただろう。

 戦後は国内へ集中投資できたので成長できた面もある。


176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/19(水) 15:17:28 ID:8txIYz3CO
アルゼンチン、ロシア→ソビエト、東欧諸国、ブラジル、南アフリカ、チリ、フィリピン、メキシコみたいに途中挫折した国々も沢山あるからな、実際日本は歴史的にみて貧しい国々は確かだし朝鮮特需がなければ途中挫折も有り得るからな。
戦前は国内資本不足、高等教育受けた技術者不足、基礎工業基盤が脆弱でフォード生産受け入れ基盤が無かった。
スペイン、イタリア当たりの生活水準で挫折する可能性も大だし。
つまり戦後が異常過ぎただけだと思うがバブル大失敗〜最近を見ると化けの皮が剥れてきたと思う。

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/19(水) 15:48:52 ID:8txIYz3CO
http://majo44.sakura.ne.jp/planes/fords/tytle.html
フォード生産がアメリカだけでなくイギリス、ソビエトにも波及しただけでなく、第一次大戦敗戦で経済停滞したドイツにもフォード生産が何とか受け入れたと書いてある。
日本、イタリア、フランスにはフォード生産システムは普及出来なかったみたいだ。
ただし日本の場合支那事変の段階で既に財政破綻寸前だし人間無茶な借金で買い物続けちゃいかん。
国家予算は戦前では列強最低の20億円半ば代しかない。
300万頓の船舶はギリギリ日本経済を停滞維持出来る数字。
650万頓でも後200万頓の外洋船舶が経済成長するには足らない。
基礎インフラが貧弱で発電所、治水不足で工場電化率は列強最低の40%、フォード生産システムを受け入れる前に基盤面貧弱過ぎる。
土建能力、材料加工の工作機械の不足、高等教育を受けた人材不足(貧乏なため)、国産工作機械の質の悪さ、これに戦時中はトンカチ一つ持ったことも無い女の子にヤスリやハンマー片手に最新兵器を造れと言ってもできるわけありません。
ハッキリ言って一般生活水準、インフラ面はイタリア以下、一人辺りGDPになるとイタリアが欧米列強だったと良く分かる数字も見えてくる。

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/19(水) 16:09:10 ID:8txIYz3CO
イタリアに関しては、フォード、輸出はしたが、現地生産は一切していなかったらしい。
その結果、イタリアの伊達男たちは、フォード式大量生産なんぞ全く知らなかった。
フィアットだ末期だ、否、マッキだといった戦闘機がどんなに量産されても、せいぜい1500機前後まで、という辺りから、だいたいその生産力は想像がつくだろう。
日本の場合は先にも書いたように、1924年(大正13年)末にフォードが進出、1925年から早くも最終組み立て工場を稼動させた。
これはあくまでほとんどの部品をアメリカから持ち込むノックダウン式だから、大量生産のノウハウ、という面からみれば、ほとんど学ぶ所はない。
(ちなみに横浜市子安のフォード工場跡地は現在マツダのR&Dセンターになっている)だが、1935年(昭和10年)ごろ、フォードは国内産業保護に動き出した日本に対し、部品まで日本製とした完全生産工場の建設を申し出る。
フォード式大量生産システムが日本にもたらされるチャンスが訪れたのだ。が、これを日本政府は、陸軍の主導下で握り潰す。
1936年5月に成立した「自動車製造事業法」。
これによって、国内資本以外の自動車メーカーの活動を、事実上停止に追い込むのである。
国内の自動車メーカを保護し、軍部への供給を確保しようとしたのだが、保護するもなにも、当時の日本に産業と呼べるレベルの「自動車工業」はなかった(笑)。
結果、これから育てなければならない産業の芽を自ら刈り取った事となり、その結果…まあ、戦争でケチョンケチョンにされます。

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/19(水) 16:10:56 ID:8txIYz3CO
昭和61年、NHKがこの件を取材して番組にし、後に角川文庫から「フォードの野望を砕いた軍産体制」という本になって出版された。その中に、この件に関する、ヘンリーのコメントが載っている。
「(前略)日本の軍部は国産自動車でまかなおうとしているらしいが、自動車工業というのは、そんなに甘いものではない。
軍部は、ほんとうに日本のためを思っているのか」この点については、ヘンリーが完全に正しかった。日本は、自らの手で、最大のチャンスを切り捨てたのである。

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/19(水) 16:25:09 ID:8txIYz3CO
関連
何故日本は21世紀に没落したのか?
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1222092175/
日本は鎖国によって多くのものを失ったのか??
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1215669076/

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/19(水) 16:27:33 ID:8txIYz3CO
日本が鎖国していた事によって最もマイナスだった点は、
諸外国と付き合う上でのスキルの蓄積がうまく出来なかった点が一番大きいと思う。
幕末から明治初期にかけてはギリギリのところでそれなりに上手くは立ち回れたが
それさえ外交的に余裕があったとは全く言えない。
実際第一次世界大戦頃まで惰性で上手くいっていたのはイギリスなどの強力な国と
日本との利害がある程度一致していたからに過ぎない。
その後はイギリスやアメリカの、景気が悪くなったらスケープゴートをつくり
そこを叩いて景気浮上というお決まりのパターンに日本がのせられフルボッコ・・・。
今ではフルボッコ怖さに、日本という杭が出ないようにとひたすら対米従属
&対アジア弱腰・・・。
本来対外的に向けなければならない頭は江戸時代から国内向け・・・。
外交スキルが高ければ今のような事は起きない。


182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/19(水) 16:33:16 ID:8txIYz3CO
植民地云々はともかく困難な立場に置かれたのは事実だ。
アヘン戦争の直後あたりに開国して10年早く近代化してれば
甲申事変で金玉均を見捨てずにすんだかもしれないし、
彼が生き残れば韓国併合もやらずにすんだかもしれない。
日露戦争ももっと有利な条件で戦えたかもしれない。
まあ、全部タラレバだけど、やはり失ったものは大きいと思う。
厳密な意味も何も、外国からの文物の輸入に大規模な制限がかかってたらそりゃ「鎖国」だろ。
定義の問題じゃないし。

>失ったものはそれほど多いとは言えない、という事。
でかいだろ。産業が完全に停滞してたせいで植民地レースに出遅れて
「遅れてきた帝国主義」として太平洋戦争へレッツゴーですよ

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/19(水) 16:34:13 ID:8txIYz3CO
>植民地がないのが原因
植民地だけではない。
どこの植民地をどのように取れば自国に有利か?
或いは不平等条約で搾取するならどの国がいいのか?
どの国と組めば自国の利益に繋がるか?
その辺の国家戦略の立て方が、
鎖国によって諜報力や外交力が幼稚であったため出遅れた。
植民地政策はその中の一部に過ぎない。
くだらん懐古趣味だな

「身を守る」とか言ってるところがすでにして引きこもり体質w
なんで海外へ広く打って出ようって考えにならんのだ?


まあその精神構造こそが
いまだに引きずってる「鎖国」っていう近代日本の病理なんだろうけどね


184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/19(水) 20:04:33 ID:8txIYz3CO
江戸時代鎖国の弊害の末路。
それはないと思う
日本は第一次大戦の特需がなければ農業国から中進国へ脱皮できなかった
戦後も軍需、大陸への侵略、海外企業・技術の援助、国家の過度の輸入規制、円安がなければ日本重工業の発展は苦しい

第一次大戦前、日本は莫大な海外資本と資本財の輸入により弱体な工業を支えていた
日本は増税に次ぐ増税を行っても外債の元利支払に苦しんでいたが、大戦勃発により回避された

大戦後、回復した欧州諸国の良質な製品が流入すると直ぐに日本の各工業部門は危機に晒された
特に造船業、工作機械での凋落は酷く、辛うじて軍需により生きながらえた
電気機械はもともと日本電気が米ウエスタン・エレクトリックとの合弁会社
東京電気は米GEの子会社だった
大戦後も富士電気が独ジーメンスと古河の合弁で設立され
日立は英独から大量の技術を導入していた
繊維も英仏伊からの技術援助を受けていた
自動車に至っては米企業に太刀打ちできず悪名高い自動車製造事業法を1936年に施行し事実上海外企業を半ば強制的に排除した
航空機もエンジン、プロペラをはじめ海外技術の導入模倣に専念した
鉄鋼は20年代に至ってもなんとインドで生産された銑鉄を輸入して国内不足分を賄った
30年代でも輸入依存度は30%
化学では日本窒素肥料が伊からアンモニア合成技術の導入援助を得た


185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/19(水) 22:42:01 ID:HLLzefYo0
というか、日本以外の国についてはどうなの?

「鎖国」してなかった国では、みんな近代に適応したのかね。

してないよな。

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/20(木) 03:00:22 ID:ApJ8O0AI0
日本は最も貧乏くじを引いたとおもう。

まず、中国とロシアとアメリカにかこまれてるという位置が、ありえないほど最悪。
んで時代遅れで帝国主義戦争に目覚め、完全敗北。

まあ太平洋戦争は人種戦争の面があるから、その面では今でも時代遅れじゃないけどさ。

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/20(木) 08:09:42 ID:FwdIs2GuO
大英帝国とかアメリカとかロシアとか、帝国主義が本格化する前に広大な領土を獲得した国を見てると、
世の中、早いもの勝ちだと実感させられる。

日本とかドイツみたいな遅れてきた国はどこまでいっても追いつけない。

残念だが19世紀からでは手遅れ。

結局そんな結末の最大の原因はやはり江戸時代の鎖国政策なんだな。
16世紀末〜17世紀初等ならまだロシアもアメリカも太平洋に来なかった訳だし。

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/20(木) 14:42:02 ID:ApJ8O0AI0
江戸幕府が積極的な海外進出政策をとったとしよう、それでも絶対どこか外国と衝突は避けられないとおもう。

ロシアか、イギリスか、アメリカか、中国か、どこと衝突しても、ろくなことにならないとおもう。

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/20(木) 17:48:23 ID:FwdIs2GuO
史実みたいに20世紀に衝突して本土空爆の嵐を受けたり原爆落とされてジャップの丸焼きプギャーや謝罪と賠償ニダ、謝罪と賠償アルでねちねちされるよりはマシだろ。
18世紀までなら例え負けても君主や大名が責任とるだけで民衆の被害は史実よりは少なくて住むし。
インドのマハラジャみたいに生き残れる可能性もある。
フランス革命=ナポレオン戦争であんなに荒して最後に負けたフランスだって結局最後はウィーン会議で罪は赦されたし。

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/20(木) 18:15:11 ID:ApJ8O0AI0
>>189
たしかにそれもそうか。

もっと早い段階で、世界秩序に組み込まれておくほうが安全だな。
外国の技術導入も早い段階で行なわれるだろうし。

思えば史実の日本は、ほぼ最悪に近い選択をしたものだ。

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/20(木) 18:23:10 ID:lsjadn+C0
ずっと引き篭もってたせいで
すっかり空気の読めない国になっちゃったね。

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/20(木) 18:45:18 ID:ApJ8O0AI0
正直、昔の日本の技術のショボさには不満ありまくり。

あらゆる技術がさ。

193 :韓国対馬島守護協会:2008/11/20(木) 18:50:40 ID:UEc6XHTl0
対馬島は韓国の地

韓国対馬島守護協会

www.cizel.co.kr

入って来て署名お願い致します

みんなで団結しましょう !

194 :対馬島は韓国の地:2008/11/20(木) 18:54:14 ID:UEc6XHTl0
対馬島は韓国の地

韓国対馬島守護協会

www.cizel.co.kr

入って来て署名お願い致します

みんなで団結しましょう !

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/20(木) 21:08:59 ID:swVwlUl6O
日本人は指導者にとっては最高の駒だと思う だが指導者が馬鹿だから迷走

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/20(木) 22:54:26 ID:9kk/M3Rf0
確かに朝鮮併合は最悪の選択だったな。併合せずに中露に縄張り争いさせて
もっと早く中露で分割させてそこで対峙させていたら、中露の日本への脅威は
低下できたはずだ。

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/20(木) 23:21:17 ID:FwdIs2GuO
太平洋戦争について断言できる事は?
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1176432030/


198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/20(木) 23:32:10 ID:ApJ8O0AI0
中露に縄張り争いなんて無いでしょ。

英露で縄張り争いになるんでしょ。

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/21(金) 12:27:40 ID:9mpUQ5TwO
もし、日本がヨーロッパの植民地になっていたら
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1214379127/
>>188>>189>>190


200 : ◆6JOuAtLo92 :2008/11/22(土) 17:22:29 ID:KaeoVxb6O
トリニダードトバゴ

201 ::2008/11/22(土) 17:30:25 ID:6fIFvFe70
でもさ、江戸幕府の積極的な海外進出政策って、具体的になにするんだ?

植民地支配と奴隷貿易?

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/22(土) 18:39:45 ID:boYEMv9W0
>>201
結局、馬鹿の一つ覚えの朝鮮出兵になりそうだな・・・

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/22(土) 19:56:36 ID:I1YQN0/3O
鄭成功の依頼で清明動乱介入かな。
矛先を南方スペイン植民地方面フィリピンなら中華本土や朝鮮よりはマシだと思うが南方マラリアが脅威だが。

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/22(土) 22:29:41 ID:AxO7MOYr0
日本も大型船を建造して海運に乗り出す。
長崎だけじゃなく堺や横須賀を開港して海外との貿易を盛んにする。

当時の国力からいったらこれぐらいがせいぜいだな。

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/22(土) 22:44:52 ID:5u5Lscd60
>>204
実際家康はそれをやろうとしていたが色々とキリスト教がらみの問題があって
うまく発展させられないうちに死んでしまい、家光がそれを潰した。

http://www.shizuoka-cvb.or.jp/oogosho400/study/05.htm


206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/22(土) 22:49:02 ID:5u5Lscd60
>>203
幕府の考えだと、国内がまだ纏まり切れてなく、秀吉時代から自分の代までに起こった
大きな戦争や内線により消耗した国力が回復しないうちにそれをやれば
豊臣の二の舞どころの騒ぎでは無い事が分かっていたから断ったんじゃないのかな?

207 ::2008/11/22(土) 22:54:29 ID:6fIFvFe70
おもえば、日本の良き時代は鎌倉時代までだよな。

あのときは、モンゴルも撃退したし、最良だったな。

あのときに満州まで反撃して満州事変を起こしとけばよかったのに。

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/23(日) 10:08:24 ID:qoUCI0DzO
関連スレ
【】 なぜ昔の日本は領土を広げなかったのか 【】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1214058553/


209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/23(日) 17:47:08 ID:3koYqlrn0
>>206
つか、徳川幕府にとっての最大の敵は国内に居た訳で。
だから造船技術自体を衰退させてでも大艦の建造を禁止した。
全ての諸侯を敵に回しても圧倒できるぐらいの力が徳川家にあれば
外征という目もあったかもしらん。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/24(月) 14:40:23 ID:UCc+8sU80
>>209
家康は、貿易船(朱印船)については大型船は許可してたけどね。

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/01(月) 20:09:17 ID:uL6WL3jsO
イザベラ・バードの本とか読むと、
明治時代の日本も地方によっては全然風呂に入らなず、
不潔だったということが良く分かる。

江戸や京都などの都市部が清潔だというのは色々な人が共通して記述しているけど、
皮膚病と盲人の多さについてはよく指摘されている。


212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/02(火) 10:14:36 ID:WNN+lbiw0
風呂に入る習慣のある国自体希少だったろ
盲人は金貸しで優遇されるから偽めくら
コピペすんなチョン

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/04(木) 22:51:22 ID:08kNlKw/0
>>198 朝鮮の王か王の親父が逃げ込んだのはロシア大使館で、北京にも幽閉されていたことがあった
らしいので、主役は中露だろう。

 イギリスよりもドイツが朝鮮王朝に食い込んでいたという話もあったな。

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/05(金) 17:56:20 ID:3xI2CuL4O
・1913年の1人あたりGDP
西欧平均:3 482
アメリカ:5 307
日本:1 334
フィリピン:1 418
インド:663
中国:688
南アフリカ:1 451
アルゼンチン:3 797
メキシコ:1 467
チリ:2 653
http://www.ggdc.net/maddison/Monitoring_the_world/1995_Monitoring_the_World/TextTables/tables_chapter1.pdf

日本人は戦前から優秀だった!!!ボロボロになった中国やインドよりかわねwww


215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/06(土) 11:24:30 ID:yCvQvmTSO
海禁政策が最大の原因は確かだなロシア帝国、南米諸国、オスマントルコ帝国よりも一人辺り所得水準、基礎インフラ、一人辺りGDPで遅れていたし。
474:日本@名無史さん :2008/12/06(土) 10:12:29
背景は儒教的中華思想が大きい気がする
475:日本@名無史さん :2008/12/06(土) 10:24:04 [sage]
キリスト教国中心的思考が影響を持ったのは
は18世紀から19世紀にかけての一時期だけで
日本が鎖国しようとしていた当時はあまり関係無いと思う
476:日本@名無史さん :2008/12/06(土) 10:29:40
海禁政策をとった国はどの国も
海禁政策をしている間、欧米にかなり差を付けられてしまった
植民地化防止というより、むしろ植民地化の危険性を高めたと思う


216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/10(水) 12:03:50 ID:hTubIhdSO
近現代日本の落ち度はなにか?
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1228809055/


217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/10(水) 12:10:23 ID:hTubIhdSO
11:名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/09(火) 22:27:41 ID:VwQylbIx0
世間では欧米の帝国主義は悪だと言う論理がある。
だが俺はあえて擁護させてもらう。
日本が帝国主義的な国へと変質するのは
19世紀も末期になってから
この頃になってはもはや帝国主義なんて政策は
時代遅れの上に時代錯誤的な政策へと変わりつつあった。
そもそもイギリス帝国やフランス植民地帝国が
帝国主義的な政策を推し進めていたのは
19世紀以前の話
歴史上の著名な帝国主義的な国は
19世紀以前に領土を広げている
ローマ、オスマン帝国、モンゴル、アッバース朝が
領土を広げていたのは19世紀以前
米国なんて19世紀の時点で既に
領土を購入すると言う方法をとっている
どう考えても日本は時代遅れの時代錯誤野郎でした
なにせスペイン、ロシア、フランス、イギリスが
帝国主義的な政策を布いていたのは
19世紀以前の話で19世紀末期となれば
領土を広げるのをほぼやめてる
ポルトガル・スペインなんて広げた領土を独立させたりして
放棄したくらいだ
どう考えても帝国主義的な政策は肯定できません
遂行させるのが遅すぎます。
14:名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/09(火) 22:41:00 ID:VwQylbIx0
ぼくは徳川幕府の怠慢も悪い、と思うけどね。
もし植民地や領土が欲しければ、19世紀以前に帝国主義をするべきだった。
そもそも日本には多くのチャンスと自由が与えられていた。
日本は独立した国で、他国の脅威はほぼないに等しかった。
それを拒んだのは日本なのだ。日本自らが鎖国して、帝国主義を拒否した。
結局、日本人の怠慢が原因なのだ。だれも悪くない。
自らの怠慢を棚にあげて欧米は悪いんだい、と批判するのはおかしいとぼくは思う。
ぼくはあえて欧米の帝国主義は悪くない、と言わせてもらう。
17:名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/09(火) 23:05:07 ID:VwQylbIx0
>>自主独立はままならなかったのか?
タイやネパールのケースを考えるとできない、と言う訳ではなかったろ。
大体、19世紀末期となると欧米帝国主義諸国は領土を新たに広げるのをやめてる。
アヘン戦争や清仏戦争なんて日清戦争以前の出来事であり、
日本が自衛的な意味で帝国主義政策をしたのが1895年以降だと考えると、
欧米帝国主義諸国の脅威は必ずしも重ならないのだ。
1898年に米西戦争を起こしていたアメリカのみが脅威の可能性としてあげられるが、
アメリカは別にタイ王国を潰そうとしたり英仏のように清/中国に嫌がらせしているとも思えん。
つまり脅威はなくなっていたのだ。
>>朝鮮や台湾併合程度までで止めておくなど
俺は時期を考えるともはや間違いだと思うけどね。
日本人用の植民地にもならなかったし、
他民族を支配したり領土を広げる事に実質的な旨みなんてなかった。
台湾獲得が1895年、韓国併合が1910年だと考えると
遅すぎたともいえる。
なぜならオランダ、イギリス、フランス、ロシア、スペイン、ポルトガル
オスマン帝国のような
帝国主義の先輩諸国はこの時期になると新たに領土を広げたりするのはやめてる。
スペインとポルトガルなんて獲得した領土を独立させて捨てていたくらいだ。
アメリカなんて領土を購入すると言う方法を既にとっており、
武力で強奪するなんて賢い方法ですらなかった。
第一次世界大戦の衝撃を考えると、武力で領土を広げるなんて狂気の沙汰であることは確か。
なぜなら膨大な人的犠牲を出してまでさしたる価値も面積もない領土を獲得しても意味ないからだ。



218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/10(水) 22:01:29 ID:L2gsPgzTO
なんでこの板ってこの手のスレが多いの?

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/11(木) 18:59:50 ID:zEag0WMIO
48:名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/11(木) 15:22:05 ID:8cWrc/ao0
>>46
モンゴル帝国主義が13世紀
オスマン帝国主義・清満州帝国主義が16〜18世紀

日本は19世紀も末期になってようやくスタート(※19世紀末期が日本帝国主義の全盛期ではない)
この頃になったら他の列強は全盛期か末期に突入している・・・

日本が帝国主義政策を布くとなれば
信長か秀吉の頃にしなければ世界潮流に合わせる事はできなかっただろう
となるとやはり徳川幕府か・・・・

>>いや秀吉の朝鮮出兵も停止させたい。
この頃はまだ許された。
なぜなら秀吉ご存命中の頃はオスマン帝国も前期から全盛期の間だからね。
しかし問題視すべきはやはり秀吉の視野の狭さだろ
スペインやポルトガルですらヨーロッパの征服、ではなくて
アメリカ大陸やヨーロッパの外を目指したのに、
明征服を掲げる秀吉の視野は明らかに狭い
ロシアですらシベリアの方に向かって中欧や西欧の征服なんて避けたのに
明征服を目指した秀吉の視野が狭いのは間違いない
49:名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/11(木) 15:27:52 ID:8cWrc/ao0
日本が失敗したのは
1東アジアの征服を狙った秀吉の視野の狭さ
2徳川幕府の怠慢
319世紀末期となってスタートさせた日本政府の視野の狭さ
419世紀末期にスタートをきるのはもう無茶でしかないのに
 それでもなお帝国主義に転じた日本政府の化石論理

結論から言えばこれだね

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/11(木) 19:00:45 ID:zEag0WMIO
52:名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/11(木) 16:12:49 ID:8cWrc/ao0
日本と他のアジアの国の場合

紀元前組
―マガダ国、秦

11世紀以前
―ウマイヤ朝、アッバース朝

13世紀
―モンゴル帝国

18世紀
―オスマン帝国、ムガル帝国、清

19世紀も末期になって
帝国主義なんて化石思想に拘ったアホ
―日本

56:名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/11(木) 18:31:00 ID:8cWrc/ao0
>>51
あのね、日本が史上の帝国主義国と比較して
失敗して
しかも帝国主義に転じたのが遅かったのは事実だ

イギリス、ロシア、フランス、アメリカは
19世紀末期になってもなお
帝国主義的な拡張政策が見られたが
彼らは16〜18世紀辺りから帝国主義政策に転じている
日本のように19世紀末期になって
帝国主義に転じると言う、
世界全体から見て世界潮流を誤るような
判断はくだしてない。
彼らは少なくとも世界潮流に沿った
国家政策を行っていた

日本なんて19世紀末期から
帝国主義に転じるし
20世紀になってもなお帝国主義に固執するし
他のアジアの国と比較してもヘタレだ

世界情勢を読み間違って
無意味に自国民の死者を増やし、
しかも終いには絶望的な敗戦を迎えるなんて
イギリスやアメリカには見られんこと


221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/12(金) 13:45:24 ID:r9csXhji0
コピペするぐらいならあっちのスレでやれ。

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/15(月) 22:55:05 ID:bDaieBrW0
【文化】「女房の長いトンネルを抜けるとそこは農園だった」農家の現状を訴えた“農国”50万部突破
ttp://namidame.2ch.net/test/read.cgi/yasai/1223375038/

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/17(水) 19:43:15 ID:r1IVjmC4O
743 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2008/11/06(木) 00:37:11 ID:???
わがイタリアは間抜けな極東の猿に技術を教えってやった

1870年に猿の前橋製糸工場にわが国の誇るケンネル式繰糸機を他の欧州諸国に先駆け設置してやった
これが太平洋戦争までの間に軽工業国の猿の国の主力産業の繊維工業の先駆けとなった
猿は無謀にもわがケンネル繰糸機をないノーミソ捻って模倣しようとしたが
見事に失敗しやむなく猿は簡素化したボロ繰糸機を生産した

猿は1923年にわが国の偉大な化学者ルイギー・カザレーの発明したアンモニア合成技術を欲しがった
軽工業国の猿の国はまだ銑鉄の50%、鋼材の70%を輸入に依存している惨めさで
銑鉄にいたってはインドで生産された銑鉄を輸入する体たらくだったが
土下座して乞う惨めな猿を哀れんだわが国は偉大な化学者カザレーの技術を下賜し延岡に猿の国初のアンモニア合成工場を設立した


224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/17(水) 23:25:43 ID:zLYMbPSx0
>>1 近代に対応できた国というのは、どこにあるんだ?

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/18(木) 10:27:47 ID:Pjk2ZaAM0
スレッドのタイトルが意味不明。近代化は普通に成功したはず。

「日本はなぜスーパーパワーになれなかったか」なら妥当だし、
しかも今は
「日本はなぜメジャーパワーから脱落しつつあるのか」という状態。

その遠因が近代化時代や江戸時代にあるはずというなら分かるが。

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/18(木) 12:28:21 ID:NCOhHRU+O
>>224、アメリカ、条件付き英連邦

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/18(木) 14:31:30 ID:8763eaqJ0
>>1 その理屈なら日本は戦前までは近代化に対応できていなかったが、戦後の高度成長で対応できたことになるな。

 単に対応に時間がかかったという当然のことを言っているにすぎないし、どの国でも対応に時間は
かかっている。

 大英帝国は1945年まで植民地帝国だったが、それが近代化だったのか?

 アメリカもスーパーパワーになったのは第二次大戦後のことにすぎない。

 ソ連は一時、軍事的スーパーパワーになったが、近代国家といえるのか?

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/18(木) 18:58:52 ID:pKIQpNAYO
近代化が欧米化という意味ならば、やはり精神的な面は近代化できなかったね。
今でもそうだが、戦前もそう。日本的な要素がかなり残っていた。それが近代国家形成に役立った反面、今でも不景気や官僚問題の根幹となってる

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/18(木) 19:03:26 ID:8763eaqJ0
>>228 近代化=欧米化なら欧米以外の国が完全に近代化することはありえないことだ。

 日本以外でもロシア、シナ、インド、アラブ、トルコなどが完全に欧米化することなど無理だろう。

 欧米に近いラテンアメリカでさえ欧米化はできないだろう。


230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/18(木) 22:14:00 ID:GxqvRqlj0
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%85%8E%E6%A9%9F%E8%AB%96
1830年代にはアメリカは既に世界最強だったことが、日本の一部の人にも知られてたんだよ。
ポーランドのことまで知ってたりして。

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4545.html
日本の貧しさ。
「産業革命」の前から西欧は豊かだった。もちろん富国だから強兵でもある。

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/19(金) 09:46:55 ID:XlFbQZmK0
>>230 19世紀の欧米といえば帝国主義全盛時代だが、それを近代化というなら日本が遅れていたことは確かだな。


232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/23(火) 07:45:57 ID:Tu8Zmjbn0
・・・隣にシナ、朝鮮という前近代国家があって足を引っ張り続けられたせいもあるな。


233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/23(火) 10:10:40 ID:6wvy/aOG0
>>230
植民地からの資源略奪や奴隷徴集すれば豊に成る。

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/23(火) 10:48:35 ID:OUnxM5W70
そんなこと考えてたから戦前日本は貧乏だったんだな。
とっくに、資源略奪や奴隷徴収より近代産業のほうがよっぽど儲かる時代になってたのに。
大航海時代あたりで思考が止まっていれば、
どんな国だって貧乏になる。
スペイン・ポルトガルを見れば分かるだろw

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/23(火) 13:20:08 ID:5Cbo0xH70
その近代産業の点でも後発だったから、植民地に頼ろうとしたんじゃね?
簡単に近代産業育てられるなら、今頃皆先進国だよ。

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/23(火) 16:06:35 ID:xtRUpTgE0
日本の足をひっぱる金のかかるアジアはいても儲けさせてくれる植民地なんかなかったね。

それでも頑張って近代産業を育成したんだけど水準がようやく追いついたのは1930年代後半だね。
浜口内閣と井上蔵相のドタバタが痛かった。

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 01:41:55 ID:b5erwqW00
>>236 一時は台湾をフランスに売り払おうとしたらしいが、朝鮮もロシアに売っておけばよかったんだがな。



238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 02:06:04 ID:Zbqxb4ORO
そんな事できるわけねだろ。なんの為の日露戦争だ。
さらにロシアは共産化してるし自殺行為だろ

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/30(火) 16:26:10 ID:439GO/d50
>>238 日露戦争の前には日露で朝鮮分割案もあったらしいな。

 朝鮮を緩衝地帯にしておくという選択肢もあったんだろう。今はそれが
実現している。

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/30(火) 16:40:23 ID:Fl6f028c0
1903年8月からの日露交渉において、日本側は朝鮮半島を日本、満洲をロシアの支配下に置くという妥協案、
いわゆる満韓交換論をロシア側へ提案。
主戦論を主張していたロシア海軍や関東州総督のエヴゲーニイ・アレクセーエフらは、朝鮮半島でも増えつつあった
ロシアの利権を妨害される恐れのある妥協案に興味を示さず、さらにニコライ2世やアレクセイ・クロパトキン陸軍大臣も主戦論に同調。
ヴィッテ首相は、戦争によって負けることはないにせよロシアが疲弊することを恐れ、戦争回避論を展開したが退けられた。

ロシアは日本側への返答として、朝鮮半島の北緯39度以北を中立地帯とし、軍事目的での利用を禁ずる提案。

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/31(水) 05:14:21 ID:wmzSUsFq0
>>240
それいいね。

いまの状態って、つまりそれに近いんだよな。

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/31(水) 09:04:42 ID:jy2LkX7H0
誰か、内蔵無線LANを使ってルーター化する方法を教えてくれ
PSPで対戦やりたい

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/02(金) 09:49:19 ID:/bMv21ZOO
近現代日本の落ち度はなにか?
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1228809055/


244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/18(水) 23:25:03 ID:+vS7ACpoQ
28 :世界@名無史さん:2008/04/28(月) 01:20:33 0
>>27
産業革命のことを言っているんだろう。おそらく。
ロシアの農奴解放令が1861年。日本のそれは日清戦争後だから1890年代に採るのが普通。
もっとも国内に植民地みたいな領土を多数抱えて既に工業基盤をある程度持っているロシアと、資源もほとんどない上に米作しか産業や市場がないも同然で経済変革と産業変革を同時に行おうとする日本では、兵員の動員力だけ見てもスタートから雲泥の差ではあったが。
29 :世界@名無史さん:2008/04/28(月) 01:31:03 0
ロシアの場合は常に交易してたからね、300年も外界との接触を避けてた日本とは蓄積が違う
ピョートルの後継者的役割をしたエカテリーナも常に西洋情勢に目を配ってた
30 :世界@名無史さん:2008/04/28(月) 01:40:39 0
産業革命はイギリスが別格で18世紀中だが、後はベルギーやフランスドイツ(関税同盟など)が1830年代ぐらいでアメリカが南北戦争後の1860年代ぐらいと言うことになっている。

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/19(木) 00:01:57 ID:hiS1mBqP0
>>1 欧米以外で近代に適応してG7に並んでいるのは日本だけだが。

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/19(木) 00:12:44 ID:zzp1Zwsl0
>>1 近代に適応できない国がなぜGNP世界2位になれたんだ?

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/20(金) 00:19:35 ID:n9H3GH+80
今の歴史教育は非常におかしい。
ほとんどの人は戦前日本を全て軍国主義で侵略国家とし、否定している。

戦前日本は非常に平和であり、理想的な国家であった。
当時日本は非常に豊かであり、より理想に近い一君万民国家であった。

何故それを教えない?
教科書に昭和初期の国民の生活事情や政治体制などが何故詳しく載っていないのか?
満州事変以降は非常に詳しく書かれているのに何故だろう……
都合が悪くなるのだから?

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/20(金) 19:25:41 ID:aJZIWlZm0
>>247
ttp://www.daitouryu.com/iyashi/pictur/daikonwokajirushounen.jpg

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/21(土) 11:19:11 ID:FBB+ZgTs0
こういうのをマッチポンプというんだっけ?

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/23(月) 23:03:57 ID:wAKONERyO
>>250
(´・ω・`)ショボーン
http://imepita.jp/20090124/089930


251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/20(月) 12:02:29 ID:CFha79il0


W杯韓国大敗記録


54年


ハンガリー9-0韓国(1試合最多点差記録) 当時新記録&現記録
トルコ7-0韓国   ※2試合連続で被ハットトリック

90年
スペイン3-1韓国  ミッチェルに被ハットトリック

98年
オランダ5-0韓国  チャンスすら作れず 守りも放棄

他のアジア各国のボロ負け
 サウジは0-4が2回 0-8が1回
 日本 1-4 1-3で逆転負け
 中国 0-4 0-3が1回ずつ
 北 3点リードからまさかの5失点 けど賞賛は受けた
 UAE 1-5 1-4
 クウェート1-4 王子介入
 イラン 0-3 1-4
 蘭領東インド 0-6




252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/20(月) 12:36:44 ID:PLBeY/neO
適応したじゃん

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/25(土) 19:16:16 ID:hBKO1/rC0
戦後日本は進駐軍に、きっかり適応しましたね。

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