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【中学校】戦前日本の中等教育【高等女学校】

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/17(月) 03:19:58 ID:3irgKqY70
ほぼ現在の中学校・高等学校にあたる戦前の中等教育機関(旧制中学校、高等女学校等)について語るスレです。
皆さんの中にも、戦前に実際に通った身内のおられる方や、
それらを前身とする学校を母校に持つ方がおありかもしれませんね。

当時の生徒の動向や進路のこと、学校生活などなど幅広く語りましょう。
小学校や師範学校、旧制高等学校、大学などのネタも面白そうなので歓迎。
荒らしはスルー。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/17(月) 10:01:39 ID:87Na2vhN0
岡山は女学校の数が比較的多かったと祖父江孝男の県民性という本に書いてあったよ

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/17(月) 17:30:53 ID:3irgKqY70
>>2
そうなんんですか。初耳です。

東京や大阪などの大都市は公立校からしてかなり多くあるのですが、地方へ行くと
急に数が少なくなりますね。やはり住民のニーズというか、教育熱の程度を反映しているのでしょうか。

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/18(火) 10:22:44 ID:2mc3FbZP0
そのようにも思われますが、発展の側面もあると考えれます。
岡山は現在でもあまり災害というものがありませんから他の県よりはスムーズに発展できたのではないでしょうか?
そのぶん余裕が出てきて教育に熱が入ったとお考えられます。
今でも岡山は中国地方で最も大学(国公立大・短大、私立大・短大含め)が多い県ですし。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/18(火) 17:19:17 ID:Ltz5I1ER0
袴姿の女学生萌え〜。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/19(水) 04:50:39 ID:8RjrcnUn0
朝鮮人(兄) 日本人(弟) アジアの常識

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/19(水) 20:03:50 ID:DWE/xYJ50
「明治・大正人の朝から晩まで」(河出書房新社)に当時の学生の生活など面白い話がありましたよ

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/20(木) 09:00:08 ID:HLSUCKN00
母校が府の第一高等女学校を前身とする公立高校だったんだけど、大正期くらいに
なると、女学校教育のニーズが急激に高まっていたのに学校の数が全く追いつかなくて、
公立は物凄い超高倍率になったいたらしい。(高い時で十何倍とか)
小学校でも、中学校や女学校のお受験対策の補習をガリガリやりまくっておったそうな。
現代の中高一貫校よりも厳しいかも。

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/20(木) 09:07:31 ID:jcgHO7eT0
昭和5年小学校入学者数 160万人(中退者8万人)
そのうち旧制中学・実業学校・女学校に進学したもの 24万人
伯父が旧制中学だったけど、当時のアルバムを見ると皆しっかりした顔立ちだよ。






10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/20(木) 14:42:45 ID:D13DxEOI0
>>8
男子の旧制中学に比べて女学校のレベルはかなり低かったらしいけどね。
男子は旧制中学へ入れれば徴兵期間が短くなり、
更に高校や予科(今の大学教養課程)へ進めば徴兵免除と自分の命が懸かってるから、
必死に勉強したからという面もあるかもしれないし、
徴兵減免者、免除者を減らすために国策で旧制中学の数を絞ったため、
女学校(中等教育)へ進む女子が男子の3〜5倍と多いため、
学力の平均が落ちただけかもしれないけど。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/20(木) 21:03:11 ID:SGwWNq4/0
女学校は行儀作法とか言葉づかいに厳しかったらしい。
津田梅子の私塾とか。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/20(木) 21:57:32 ID:/omBmJk70
東京府が東京都になったとき府立中は都立中?
市立中も都立中?

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/21(金) 10:30:37 ID:2lK5PsHU0
サザエさん・おフネさん母娘の学歴は共に旧制高等女学校卒業。
波平さんは旧制中学校卒業。
マスオさんは早稲田大学卒業。

現代人みたいな顔してお茶の間に登場してくるけど、アイツらは
明治・大正・昭和初期の学校で学び育った一家です。

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/21(金) 12:28:56 ID:2k1zpRo20
今は6・3・3・4の16年
戦前は6・5・3・3の17年と思いきや、実は16年
旧制中学、女学校では進学する半分の人たちが4年で進むため
5年生は今で言う浪人1年生なんだよなあw

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/21(金) 13:47:43 ID:MM96R9e50
大学は3年制で夏卒業だったんだよね。
夏目漱石の「こころ」でも夏に卒業してるし。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/21(金) 21:18:12 ID:lzGXkkN90
>>14
何か戦後教育の方が素晴らしいと習ったけど、それは具体的にどうなの?

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/22(土) 08:04:58 ID:f3wi6+a40
戦前の学制は、基本的に中等教育がお受験によって分断されない点では優れていると思う。

現行の教育制度では、中等教育が新制中学校(前期中等教育)と新制高等学校(後期中等教育)に
分断されて、無駄が多いし、一貫した教育目標も立てにくい。
最近、公立私立を問わず名門校のモデルとして流行っている中高一貫校の在り方は
ある意味戦前への回帰と言えるかもしれないね。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/22(土) 10:15:30 ID:FbFEesvy0
大学に関しても同じ
戦前は旧制高校と大学が各3年ずつ計6年
旧制高校(ないし予科)では文理分けしてないため、徹底した基礎教育ができる
今は中等教育後期から文理分けして基礎教育が足りない(特に文系の数学力)
しかもかつての旧制高校にあたる大学1〜2でどこまで高等教育の教養を扱っているか
その上4年は就活やら卒研などに時間を取られ、高等専門教育は実質3年時の1年間しかない
本当の高等教育を受けるには、院まで行かなくてはならないのは時間の無駄すぎる

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/23(日) 11:11:52 ID:V39z72RL0
各都道府県の、歴史の古い旧制中学や高女は今でも地元の名門校・トップ校になってる
ところが多いよね。OBやOGが大きな力を持ってるところも多い。


20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/24(月) 08:09:53 ID:K0aW3wgV0
ばあさんが、自分の女学校の時分には戦争で勉強どころではなかったし、
第一志望の女学校も身体検査だけで落とされたって言ってた。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/24(月) 09:27:57 ID:WLOGgfsd0
中学や女学の進学率はどれくらいだったの?

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/25(火) 21:11:47 ID:BvfTz8Mv0
>>21 工業や商業までいれて25%くらい。今の大卒以上の価値。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/25(火) 21:47:59 ID:WYC2/q5u0
>>22
いつごろの数字?大正?昭和?

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/25(火) 22:55:21 ID:C9TFq4ag0
NHKの朝ドラ「純情きらり」で有森桜子(宮崎あおい)が通っていたのが高等女学校?

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/25(火) 23:47:14 ID:Fb+rrtbz0
京都書房の新訂国語図解の学校制度によると明治33年に帝国大学生は2800人、大学予科(高等学校)生4900人。
高等師範学校生480人、女子高等師範学校生320人、(男子)師範学校生14000人、(女子)師範学校生2110人。
高等女学校生12000人、中学校生78000人、実業補修学校生8900人。
高等小学校生(2〜4年制)870000人、尋常小学校生(4年義務制)3730000人。
幼稚園生23000人。
大正9年に大学院生533人、大学生22000人(内女子2人)専門学校生49000人、高等学校生9000人。
師範学校生(男)15000人、(女)7000人、高等女学校生130000人、実業学校生(甲種)84000人、(乙種)52000人。
実業補修学校生990000人、中学校生180000人、高等小学校生(2〜3年制)900000人、尋常小学校生(6年義務制)7720000人。

となっている。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/26(水) 03:08:32 ID:Dbd0RSeo0
戦前の女学校の様子や教師・生徒の感じがとてもよくわかるサイトがあった。

明治36年4月熊本県立高等女学校開校
ttp://www.higo.ed.jp/sh/dai1sh/enkaku/koujyo/koujyo.html

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/26(水) 03:17:04 ID:Dbd0RSeo0
明治末〜大正頃の公立の女学校って、どこもしつけ的なところはかなり厳しいながら
どこかのどかというか牧歌的な感じがする。卒業したらお嫁に行けばいいだけだから
あまりガツガツする必要がなかったって感じだろうか。
勉強の出来るお嬢さんが多かったからガリ勉系女学生も沢山いたみたいだけどw

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/26(水) 07:01:30 ID:gJJ2OdAJ0
>>25
大正時代は女子大を専門学校扱いしていて、
ほとんどの法制上の大学は女子の入学を認めてなかった点は補足した方がいいかもね。
大正9年の大学生の女子2人は東北大だっけ?
本当は4人いるはずだけど、2人は文部省が聴講生扱いで最後まで学生とは認めなかったんだよね。

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/27(木) 07:51:56 ID:gFPTxOue0
なんで認めなかったの?

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/27(木) 10:04:44 ID:qKdcLrBa0
旧制中学や女学について書かれた良書を教えてください。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/28(金) 07:50:14 ID:HqnwHfUr0
>>30
文部科学省のサイトの、『学制百年史』が最も優れていると思う。
情報量が半端じゃない上わかりやすく書かれているから。
これを読めば、旧制中等学校ばかりでなく、戦前〜戦後の教育制度を包括的に学ぶことができる。しかもタダ。
URLは↓
ttp://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpbz198101/index.html

32 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 11:16:52 ID:Pu9Mxd2O0
大阪府では、戦後の学制改革の時、近場同士の中学校と女学校の生徒と教員を
半分ずつ互いに交換して男女共学の新制高等学校にしたお。


33 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 12:17:30 ID:Ov+cYUjU0
>>29
女性蔑視の役人もいたとは思うけど
(戸籍の名前に平民女子が漢字を使うのは生意気だと勝手にカタカナにした小役人は多いらしいけど)
一番の理由は徴兵制にあるそうだ。
大学生になると徴兵が免除になるけど、女子が入った数だけ優秀な男子が徴兵に取られてしまう。
女子には徴兵はないし女子大(専門学校)があるから、わざわざ大学に来なくても十分な教育は用意されてる。
言い訳とは思うけど、だから女子の入学を認めない理由という解説もあった。

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/01(火) 09:14:55 ID:3onH0+AU0
女子高等師範学校と専門学校では、学歴としてはどっちが上なんでしょうか?

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/11(金) 16:13:09 ID:aKSwKIjP0
沖縄の女学校はひめゆり部隊に先生生徒をとられて廃校になっちゃいました。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/13(日) 11:52:57 ID:5ienQ/4z0
7月26日報道  教員免許更新 廃止の公約

http://sankei.jp.msn.com/politics/election/090726/elc0907260134001-n1.htm
http://www.mytokachi.jp/nyandanyan/entry/12

教員免許更新制度・教員を含む公務員待遇低下・教育内容の画一化・保護者の価値観の多様化・
いわゆるモンスターの増加・精神疾患などで退職する教員の増加など様々な理由で教員志望者は加速度的に減少します。
おのずと教員採用試験の競争率は下降の一途。都市のそれは2.0倍を切りそうな雰囲気。
過去に行われていたような地方への教員募集行脚が再開されている状況です。
その結果,教員の資質は輪をかけて落ちるということは目に見えるようです。
採用試験の内容も,ハードル上げどころか,受験しやすいように項目が減ってきています。
更新制度はもうやめられないのです。ただし,研修内容はどんどんレベルを落としていかざるをえません。
「不適格」のラインもずるずると落としながら,いずれリハビリ機関のような状況を呈するかもしれません。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1428836899

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/13(日) 11:59:44 ID:5ienQ/4z0
教員免許更新の合格率は99.92% 無意味なうえに天下りの温床だから白紙にするのは当然ね
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/news/1252802813/
免許更新のため、先生が講習受けた
http://mainichi.jp/life/edu/news/20090829ddm090100002000c.html
その少数に物凄い意味があるんですけど? ようは講習を聞いても内容が理解できなくて落ちた馬鹿教員が36人もいるんだろ?
実際、クビになった教員には自分の担当教科の
問題がわからないヤツとかいたはずだが

だいたい10年とかアホかよ。
予備校なら3年と持たないだろ。
競争原理を取り入れろよ。



38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/13(日) 12:04:08 ID:5ienQ/4z0
私立の学校は公立の学校の先生になれなかった奴がいくところ
一生身分が保障されてるところと
いつクビ切られるか分からないところじゃあ、
前者にいい人材が集まるのは当然

今の教師って40代50代が多くて30代が少ない。
20代は増え始めてきてる。
40以上は受ければ合格みたいな時代もあったらしい。
そのせいで30代は一都道府県の採用人数が3人なんてときもあった。
しばらくしたら教師の団塊の世代も一気に退職。

今や組織率が極めて低い日教組を、あたかもユニオンショップになってるが如く国民に触れ回って、
「こいつらが悪い」と喧伝するのはどうかと思うが。
全教の方が問題だろ。

私立の学校もピンキリだけど
教員の給与は公立の数倍はザラ
塾講から引き抜かれたりするから
人材としては明らかに私立の方が上
受験生獲得のため、有名大学を採ろうとするし、
待遇がいい、倍率も激高だから、志願者の1%しか受からない
公立は40%くらい受かる


39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/13(日) 12:41:18 ID:hkW34iBu0
俺は史学科だから教員になるには狭すぎる門だwww

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/13(日) 14:36:58 ID:nThFyESW0
では実際に戦前の入試問題を解いてみよう

液体
A:純良な牛乳の比重は1.03 であるという。水に沈めると12.2cm だけ水に沈む円柱を,
ある牛乳に沈めたら12cm だけ沈んだ。この牛乳が純良かどうか判定せよ。
(大正9 高校統一試験)
B:0℃の水が同温度の氷になると,体積は9%増加する。0℃の氷2.18? が0℃の水に
浮かんでいるとき,水面下にある氷の体積はいくらか。
(昭和8 専門学校入学者検定試験)
C:比重1.05 の海水に浮かんでいる重量2100 トンの船がある。水線での船の切口の断
面積は400uで一定とする。
(1)船が海から淡水の川に入ると,水線はどのぐらい上下するか。
(2)海水における吃水(水面から船底までの長さ)が6m とすると,川を上がっ
て深さ8m のところまで行くためには,何トンの荷物を余分に積めるか。
(昭和11 長岡高工)

[1]2kgの物体が水平面上を2.4m/s の速度で動き始め,1m滑って静止した。
(a)摩擦力の大きさはいくらか。
(b)物体の失う運動エネルギーがすべて熱になるとすると,最初の半秒間に生じ
た熱は何カロリーか。
[2]100Vで使う電熱器(200W)と何個かの電球(40W)がある。
(a)電熱器と電球1個の抵抗はいくらか。
(b)200Vの電源で,電熱器と電球を規定通り100Vで使うためには,電球何個が
必要か。またこの場合の連結図をかけ。
[3](a)毛管現象
(b)電気抵抗
について説明せよ。 (昭和11 浜松高工)

41 :民主が沖縄に反日中国人を3000万人移住させるの知ってるか:2009/09/13(日) 17:04:32 ID:dBuPprMw0
行政書士兼社労士 黒田大輔http://www.youtube.com/watch?v=Loiu6D_Hyvs ←2015年に中国に軍事侵略され日本人虐殺
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1252818615/801-900←  朝鮮工作員が暴走中、これがスパイだ
左翼=中国=朝鮮=民主 民主党は日本の為になんか政治しないよwww
マスゴミ(テレビ・新聞)は既に在日ウンコリアンの支配下にあるからこれらの恐ろしい売国の実態を報道しません
民主党が国会で通そうとしている法案
外国人参政権・・・中国・朝鮮人に参政権を与える法案、これが通れば議会に日本を滅ぼす朝鮮・中国人を送られ、日本終了
人権擁護法案・・・日本人の言論の自由を奪う法案、2ch閉鎖、ネット情報の反日政府介入、また韓国人と言っただけで差別と見なされ逮捕
沖縄ビジョン・・・この2012年までに沖縄を中国に返還するという法案、3000万人の中国人移民を受け入れおきなわ終了
国籍改正法案・・・これは既に去年国会でカルト公明党が通しました(爆笑)マスゴミは一切報道しませんwwこれによって今日本国籍取得を請願するだけで容易に日本国籍取得が
できるようになりました。既に何人もの中国・朝鮮人が帰化し世界中で日本人を名乗って犯罪を行ってまります(これは日本人の印象を悪くするための工作活動です)
移民受け入れ法案・・・日本本土に1億人の朝鮮・中国人の移民を受け入れて、日本人文化、日本語、土地、技術すべて奪われます
そして反日教育を受けた彼らは日々日本人を一匹残らず殺すでしょう(現在チベット・ウイグルで中国は民族虐殺してます。これが日本で起きます)
http://www.youtube.com/watch?v=Qe_-hhIdVK8←売国入門
http://www.youtube.com/watch?v=tOwyWtGUTF8 ←残虐な映像だから、見たくない人は絶対見ないで、でもこれが今現在中華人民共和国がやっている侵略です
チベット・ウイグルでは大量虐殺、東トルキスタンでは町に核を落として核実験(50万人死亡、これは戦争中に日本が核で死亡した人よりも多い)
これから君たちが日本を造ってくんだろ?日本を滅ぼしたいのか、再生させたいのか 意思を示せ!!!

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/14(月) 00:35:53 ID:6PGUfI2C0
母校の旧制高等女学校時代の入試問題を百年史で見たんだけど、意外や意外、結構難しかった!!
単純に知識の詰め込みが必要って言うよりは、柔軟な頭の使い方や論理的な思考力などが要求される良問が多かったね。
昔って逆に今より教育レベル高かったって聞いたことあるけど、確かにそうだったのかも、なんて思ってしまった。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/14(月) 01:27:28 ID:nXvuAHRj0
>>42
そりゃ今みたいな電卓やら公式やらが少ないんだもん
数学なんてもう難解な数式の連続

航空学を学んで飛行機会社に就職したらもうひたすら
地獄の数式計算が待っていた

理系のエリートは今より格段に上だと思う

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/14(月) 09:48:27 ID:ZRLUG2ji0
>>43
YS-11を計算機なしでソロバンと計算尺だけで設計したと聞いた時は驚いたけど、
欧米は欧米で日本のような九九とか桁そろえする計算法が普及してなくて、
加減算の桁借り桁送りなんて概念も知らないまま、進んだ工業化を確立してたんだから、
とてもじゃないけど信じられないんだよなあ。

でも、今は今で公式やら計算法が普及しすぎたせいで、それに頼りすぎなんだよね。
ついでに電卓が小数点以下何桁も出すから、誤差という概念も希薄になってるように思う。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/14(月) 15:17:24 ID:0KdxzERmO
大正時代の生物の参考書を買ってみたら当時の知識の量は半端じゃねぇって分かった。
数式も凄いがまさに博学なヤツが高等教育や大学に行ってたんだな。
Fランの俺とは大違いだ。

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/15(火) 23:49:56 ID:95bYmiGh0
将来はただお嫁に行くだけが仕事の、多くの女学生たちに
あんな高度な教育ははたして必要だったのか?

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/16(水) 11:08:14 ID:r9Hei8HD0
「中等教育」という言葉は、「中等野球」今の高校野球から来た。

昭和10年ごろには、男子の旧制中学&旧制実業学校&旧制農学校などの、
いわゆる「中等教育校」への進学率は60%を超えてた。
今の大学進学率より上。
女子も裁縫学校を入れれば、昭和10年代には5割ぐらい有ったらしい。

1950年代の高校進学率は、男女とも25%ぐらいだったらしい。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/16(水) 21:16:56 ID:hjwlDkTa0
>>47
いや、「中等教育」を行う学校を集めて開かれたのが「中等野球」だろ。
順番が逆。

あと、昭和10年代に入っても中等学校への進学率は20%前後だったぞ。
>昭和15年における旧制中学校への進学率は約7%で,
高等女学校等を含めても約25%にすぎなかったが,
新制高等学校に対する進学需要は高く,昭和25年には進学率が40%に達した。
昭和29年に50%を超え,高度成長期には更に上昇して40年に70%,
49年には90%を超え,平成11年には97%に達している
ttp://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/chuuou/toushin/991101a.htm

ちゃんと調べろ。いい加減なこと書くな。

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/17(木) 07:19:26 ID:6FNpECDX0
高等女学校は何を教えてたんだ?
英語とか幾何代数もやってたのか?

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/17(木) 13:13:10 ID:BS/KOT+2O
「はいからさんが通る」って史実としては正しいのかな?
裁縫の宿題とかあったのか?

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/17(木) 16:32:58 ID:fe5vmXDbO
戦後位まで貧しくて学校いけなかった人も居たんだよね。
なんか切ない

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/18(金) 21:56:47 ID:IBm2+9At0
>>49
高等女学校は中学校の女子版だからね。
もちろん英語も幾何代数もやってたよ。
ただ、一部選択科目になっている学校もあった。
中学校にあって高等女学校にない科目、またはその逆パターンもあったよ。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/18(金) 22:53:53 ID:eCFujiIj0
母親(昭和4年生まれ)は昭和16年にミッション女学校1年生だったが外人教師から
英語を習っている。その後すぐに交換船で帰国したそうだ。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/19(土) 23:24:36 ID:KQcAfY/P0
ミッション系の学校は、「高等女学校」の基準を満たさない各種「女学校」っていうのも
多かったみたいだね。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/21(月) 16:36:00 ID:HH+xRnFI0
>>47-48
★戦前の高校野球を語ろう★
>http://ex13.2ch.net/test/read.cgi/mlb/1135851846/l50
>175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/01(水) 02:13:33 ID:ZmN7XD9r
>大学の授業の余談で、戦前の中等野球という呼び名は
>当時としては画期的ともいえるリベラルな発想だったと
>いう話を聞いたことがある。なぜなら中学校と実業学校、あるいは師範学校の間には
>厳然としたランク付けがあり、当時の感覚としては、決して中『等』ではなかった。
>それらをひっくるめて「中等」と表現している媒体は、野球界にしか存在しなかったとのこと。
>この呼称を考えた人は、かなり進歩的な人物だと、大学の教育課程の教授は
>感嘆しながら話していたのを、今思い出した。

>>48
>ちゃんと調べろ。いい加減なこと書くな。

思い切り久しぶりだが、こういう時に使うんだろうな。
   ∧_∧  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ( ´∀`)< オマエモナー
  (    )  \_____
  | | |
  (__)_)

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/24(木) 11:25:29 ID:EqtBWarV0
もし、第二次世界大戦がおきなければ中等教育の大衆化がすすんでいたのかな。

>>17
第二次世界大戦後の学制改革では、公立の新制高校は希望者全入にするつもりだったのにね。

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/24(木) 20:36:00 ID:m9+INYme0
>>56 それでも高等小学校か中学校(高女)かという複線方式になったろうな。
師範学校に行けたので、貧乏で優秀な子は高等小学校を選んでいた。
新制中学校は、戦前からあった高等小学校の義務教育化の流れを汲んでいる。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/24(木) 21:39:25 ID:yVIDQMw80
>>51
そう言う子に援助する地域の名士というのも居たんだよなあ。
社会としてどちらがいいのか。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/24(木) 21:52:00 ID:m9+INYme0
>>51 >>58
そういう人を救済するシステムがあった。例えば軍隊の学校とか。
戦後もある時期まではあったな。昭和30年代に中卒で新日鉄に工員で入って
工学博士までとらせてもらった人もいる。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/24(木) 22:24:46 ID:yVIDQMw80
>>59
あなたに聞きたいのだが、複線式と今の方式のどちらがいいと思います?

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/25(金) 02:45:47 ID:ZH8cgOHB0
>>59
あと逓信省の講習所とか国鉄の教習所とかもけっこうレベルの高い教育してたみたいだね。
家が貧しくて中学に行けないけど勉強したいので国鉄に入って、教習所修了後、研究所配属。
そこでの研究で博士号をとった人を知ってる。応用数学関係だった。

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/25(金) 09:06:08 ID:luBC3lo30
>>60
>>59じゃないけど、今の方が絶対選択肢はあると思う。
当時家は貧しかったけど、援助を受けて高等学校行ったなんて人はごく一握り。
飛びぬけた成績の持ち主かつ教育に理解ある親だったってことで
そういう人は、今ある奨学金や大学の授業料無料制度にも軽くパスしているだろう。

当時ほとんどのプチ優秀かつ貧乏人は、下にも兄弟がつかえているから早く卒業して働けとかで
もったいないと惜しまれつつ、尋常小学校卒業したらすぐ働くパターンだったんじゃなかろうか。
特に昭和初期までの田舎では。

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/25(金) 11:50:32 ID:p2sJ4ecW0
>>62
新制高校がほぼ義務教育化したのはすごいことなのだな。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/25(金) 12:49:53 ID:KKj0wHZB0
>>62
選択肢が多いことを望み、そして自由度の高さを誉める人が多いけど、
実際には選択肢や自由度が増えるほど高望みして選ばないとか、
楽できる選択肢を探して努力しない人が増えるという現象が起こる。

今はまさに、そういう選択肢の多さが悪く出た時代だと思う。
努力できる一握りの人にとっては最高の時代だろうけど。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/25(金) 21:02:59 ID:luBC3lo30
>>64
うん、それはわかるけどね。
どんなことも功罪半ば、程度問題で薬も毒になってしまうってこと及び
裾野が広がると、どうしてもそれに付随した問題が出てしまうってことは。
けどやっぱりそれでも、裾野が広がったのはいいことだと思う。
明日買う米がないっていう悩みと、明日は何食おうって悩みなら
絶対後者で悩む方がマシでしょうw
大して努力もしない自分が大学行けたのも、大学行く人が珍しくない今だからだろうなあ
と思うから、素直にありがとう今の時代って感じだ。
尋常卒のうちの父親の世代だったら、私も「仕方ないなそういう時代だから」で
14,5歳で働いていただろう。
(私が大学入った20年前頃だって、まだ「女は大学まで行かなくていい」「県外なんか行かなくていい」
っていう家庭もあった)

自由な時代に耐え切れない、自由が負担になるがゆえに現れる「贅沢な悩み」と
そこから派生する問題は、確かに何かを蝕んでいく恐ろしさがあるけどね。
恵まれすぎて根本的な部分もわからなくなってる人たちに
失わないとわからないのかーって胸倉つかんで叫びたい気持ちよ。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/26(土) 10:51:48 ID:wdCc4nPw0
>>62
>当時ほとんどのプチ優秀かつ貧乏人は、下にも兄弟がつかえているから早く卒業して働けとかで
>もったいないと惜しまれつつ、尋常小学校卒業したらすぐ働くパターンだったんじゃなかろうか。
>特に昭和初期までの田舎では。

事業に失敗したとかで、多くの借金がある家でもない限り、
小作の子を含む多くの普通の人たちは、18歳前後まで農学校とか実業講習学校とか裁縫学校へは通ってた。
大体、義務教育で無い高等小学校へ、ほぼ全員行ってたんだから、
生活レベルが上がるにつれて、旧制中高大も多くなる。

義務教育で降りて…と言うのは戦前ではなく、敗戦後の困窮した昭和20〜30年代の話。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/26(土) 13:21:42 ID:7UquLB020
>>66
田舎で昭和2年生まれのうちの父親は、尋常卒で満州行ったよ。
親戚や周りも同様。
別な田舎で昭和7年生まれのうちの母親は、当時新設された国民学校卒。
これまた他の親戚も同様。
確かに裕福な家ではないが、特別事業に手を出してたとか借金があったってわけでもない
ごく普通の子沢山の田舎の家だったよ。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/26(土) 13:39:35 ID:7UquLB020
>>66
>大体、義務教育で無い高等小学校へ、ほぼ全員行ってたんだから

今wikiで見てみたら、1936年の統計で高等小学校への進学率は66%だったそうだよ。
まあうちの父親も一応高等科は出たそうだけど。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/26(土) 14:51:38 ID:QTqK9+EX0
それこそ地域によってだいぶ違うだろう。
昭和30年代だと、高校進学率は6割程度だが、
大都市ならほぼ100%進学しているにもかかわらず、
地方だとかなり低い状況。

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/26(土) 17:50:44 ID:7UquLB020
そうそう。
だから
>多くの普通の人たちは、18歳前後まで農学校とか実業講習学校とか裁縫学校へは通ってた
>義務教育で無い高等小学校へ、ほぼ全員行ってた
>義務教育で降りて…と言うのは戦前ではなく、敗戦後の困窮した昭和20〜30年代の話
なんて十把一絡げにまとめられるとちょっとね。

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/26(土) 19:15:30 ID:ZJVbiji50
高校の無償化が話題になっているけど、日本って昔から教育にお金をかけたがらない国だとおもう。


72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/26(土) 22:54:06 ID:j1UdlPu+0
日本の親は今、世界で3本の指に入るほど高い教育費を払ってますが?
特に大学では

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/26(土) 23:11:00 ID:4kVxat6u0
>明日買う米がないっていう悩みと、明日は何食おうって悩みなら

まあこれは事実だけど、
野生動物だって満腹のときは平気で食べ物捨てるんだよね。
好き嫌いもとんでもなく激しい。
今の社会は恵まれてる有難みを過剰に要求しすぎる。

その結果逆切れして居直るのが二ートでありネウヨの差別主義者であり、
逆に口だけのハングリー同士が集まってお互いをコキ降ろして粛清しまくったのがキチガイサヨ。

人間なんて三日おいしい生活を味わえばもう元の生活には戻れないものなんだから、
自身が安泰生活送る人があんまり人にハングリー精神を要求しない方がいいと思うわけです。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/26(土) 23:20:55 ID:4kVxat6u0
野生動物も人間が過保護に飼うとストレスで死んでしまうことがある。

例えば二十年前の就職と今の就職なら今の方が遥かに困難なはずだから、
苦労の度合を競うような話はしない方がいいと思う。

まあ学生の過保護化と就職の困難化にあまりにギャップがありすぎて
今の該当年齢の人は一体どんな世界観なのか想像が付かない。よく生きてるな。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/26(土) 23:25:24 ID:ZJVbiji50
>>72
親じゃなくて国がだよ。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/27(日) 16:01:41 ID:1j8BEvGo0
>>75
意味不明。

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/27(日) 16:03:40 ID:g5Zfc3QP0
つまり、日本という国は教育に投資をしないということらしい。

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/27(日) 16:41:30 ID:FzwulNHy0
>>77
投資をしないと言うより、省庁の中で文科省はどこにも入れなかった人が最後に流れ着く官庁。
いわば役人の落ちこぼれの溜まり場。
そのために予算が少ないから、当然教育にはお金が回らない結果を生む。
たしか日本の教育予算額が、先進国で最低水準だっけ?

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/27(日) 18:24:35 ID:JmyQweUd0
>>76
バカなんじゃねえの?
>>65の方がどんだけ意味不明だよ。
お前自身が15歳のときスネカジリだったんだろ?働けよ。
他人事のように代弁すんな。
演説でいい気になる陶酔者がいるから社会が悪くなる。
少なくともその歳なら俺は親元にはいない。
こうゆうエセモラリストはどうにかなんねえのかな。

80 :79:2009/09/27(日) 18:27:45 ID:JmyQweUd0
間違えた^^
75を73と読み間違えた。。吊って来るよボク。いいや止めるな

81 :76:2009/09/27(日) 23:09:14 ID:1j8BEvGo0
>>80
誰も止めねーよ。
いっぺん吊って来いよキチガイ。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/28(月) 20:05:21 ID:m9CnO7pe0
中等教育ってむずかしいもので、義務教育と社会階層をわける教育の線をどこかでひかないといけない。

ブルーカラーを大量に必要とした第二次世界大戦前なら中等教育は義務でなくてもよかったが、高度な知識を要求される現代は高校を義務化してもいいほどになっている。

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/03(土) 13:11:13 ID:sDs6/vkB0
戦前の甲子園への参加校が650(外地除く)ぐらいで、
現在の甲子園への参加校が4200ぐらいだから
単純計算で、昔は今より入学が6〜7倍難しかった…、

訳ではない。
戦前の最多人口が6500万人で、現在は約13000万人だから、人口が半分。
さらに戦前は全校が男女別学たが、現在は大多数が男女共学。
それを勘案すると、現在の高校生の割合は、
戦前の中等教育校(中学、実業学校、農学校、裁縫学校など)より60〜70%程度多い感じ。

戦前の中等教育校への進学率*約1.7=現在の高校進学率。

年度別世代人口が100万人を超えたのが1920年代に入ってからで、それは第二次大戦中に中等教育学校に行ってた世代から。
少子化が叫ばれる今(120万人台)より少ない。
まして200万人超いた1970年代前半生まれ世代の40%程度の年度別人口。

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/03(土) 22:29:36 ID:7eOFapxy0
母数集団の質がなあ。

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/04(日) 06:27:45 ID:/HF6xDQpO
>>66
実業講習学校とは実業補習学校(後の青年学校)のことだね
夜間に週に数回の、青年団活動に毛が生えたような学校と
中等教育である農学校を同列では論じられないよ

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/04(日) 12:13:52 ID:3R5qEdDT0
>>83
戦前の中等学校は、中学や高等女学校で1学年100〜150人程度
実業学校は50人程度のところも多い、今の高校よりずっと小規模だった

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/07(水) 09:28:50 ID:luqjvD6N0
>>82 今の高校の教科書を見ると結構むつかしくて本当に理解しているのは2割くらいじゃないか?
それが「真の高校生」といえるわけで実態は戦前と変わらない。今の日本は高校生を学力別の学校に
振り分け「横の学歴」で選別しているわけだ。アメリカの子どもと文通していて宿題を
見てやっていたが高校の数学で微分積分を教えないのに大学一年で物理を取ったら微積分を
使いまくりだったので驚いた。日本では中学の勉強がやさしすぎて高校でいきなり難しくなるが
それが大学に移行しているわけだ。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/09(金) 21:56:39 ID:L8xHHDKD0
>>86
そんなにすくないのか。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/10(土) 14:40:54 ID:67WYzSe10
>>86
>1学年100〜150人程度

21世紀に入ってから少子化で、田舎を中心とした半分以上の高校が、
それくらいの生徒数らしいな。
あと、戦前から私学は、多人数詰め込み教室てのも多かった。

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/11(日) 09:53:06 ID:1V7z9Ko7O
>>88-89
ただし、昭和15年頃から中等学校進学者が増大して学校の規模は大きくなっている。
工業や農業の実業学校は実習のための設備や用地が必要で金もかかるので基本公立だが
私立商業は机さえあればいいからビジネスとして旨味がある。

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/11(日) 15:36:48 ID:OnoeGSmZ0
第二次世界大戦後の日本の中等教育って変な発展の仕方をしたとおもう。

「新制高校は義務教育ではない」という建前をかかげながら、、新制高校への進学者が増加し、新制中学卒業者の雇用の場がどんどんへっていった。

そこに、昨今の不況による高校授業料未納者問題がでてきて、高校中退者の行き場がない状態になっている。

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/11(日) 16:20:22 ID:TIQG2zIa0
でも、それは日本に限った問題ではなく、
戦後は、世界中どこでもそうだと思う。
義務教育が10年以上あるのって、英仏や、アメリカの一部の州ぐらいなものだし。

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/12(月) 00:43:41 ID:102ZNrKL0
旧学制の飛び級制度はともかく、現在の学制にある飛び入学制度は問題大有り。
小中高の最高学年を飛ばして上級高へ入学できる制度だけど、その場合は前の学校は退学扱い。
最近、大学に飛び入学するケースが増えたけど、何らかの理由で大学を卒業できないと、
その人たちは中卒扱いになるんだよなあ。

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/12(月) 00:48:09 ID:CBfYsAuF0
>>93
そうなの?

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/15(木) 05:53:19 ID:n/0NENmo0
鳩山幸のスレに書き込んで下さい
鳩山幸の先祖が特殊すぎるんです
20世紀初頭にアメリカに渡ったり、戦後に外人相手の旅館をしたり、テーラーしたり

>37の週刊文春10月8日号が一番詳しいかと
>2の週間新潮9月24日号と >9の週間文春9月24日号も参考にどうぞ
ファーストレディー】鳩山幸をウォッチするスレ 7
http://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/ms/1255494891/
web魚拓http://s02.megalodon.jp/2009-1015-0546-57/hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/ms/1255494891/

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/15(木) 23:32:12 ID:K7FGSmPi0
もともと中等教育は労働者育成が目的だからね。
経済的に自立できるに足りる知識を与えることが目的。

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/16(金) 19:44:11 ID:bFrnQvrYO
>>96
高等小学校って中等教育になるの?

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/17(土) 07:32:33 ID:G/79Sirx0
戦前の教育制度のわかりやすい図

ttp://www.jacar.go.jp/special/contents/p02/images/p03/p04L.jpg

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/17(土) 10:30:00 ID:JArZ2UA80
>>98
これは大正8年時点の学制? それとも翌年から始まる新制度?

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/17(土) 12:50:10 ID:a1oimKKR0
大正野球娘の女学校はミッション系みたいだけど、多数派?

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/19(月) 16:13:29 ID:tf9mIhnV0
>>97
高等小学校では、英語?漢文?数学はおしえていなかったらしい。

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/21(水) 18:27:59 ID:JPLJRt7K0
【】は野球甲子園の参加校数、()は5年間の年度別人口の平均
1901〜05年度(1891〜95年度生…90万人)
1906〜10年度(1896〜1900年度生…95万人)
----大正----
【約100校】1911〜15年度(1905〜10年度生…100万人)
【約150校】1916〜20年度(1910〜14年度生…105万人)
【約300校】1921〜25年度(1905〜10年度生…110万人)
----昭和----
【約550校】1926〜30年度(1910〜14年度生…115万人)
【約700校】1931〜35年度(1915〜20年度生…120万人)
【約650校】1936〜40年度(1920〜24年度生…125万人)
【約450校】1941〜45年度(1925〜29年度生…130万人)
【約1200校】1946〜50年度(1930〜34年度生…135万人)
-----新制高校----
【約1700校】1951〜55年度(1935〜39年度生…155万人)
【約2000校】1956〜60年度(1940〜44年度生…165万人)
【約2500校】1961〜65年度(1945〜49年度生…230万人)
【約2700校】1966〜70年度(1940〜44年度生…175万人)

1931〜35年度の約700校の時点で、戦後の1961〜65年度より、人口比で多いだけだが。

その上、戦前は野球は「東京朝日の野球害毒論」「外来球戯」「米国敵性球戯」とかで、
旧制公立中学校や農学校には野球部がなかった学校も多かった分、
戦後すぐ、GHQが武道禁止したので戦前から大人気の野球に集中し、ほぼ全部の中等教育校に野球部が出来た。
その数が約1200校、しかも全部男子校。
【約4050校】1986〜90年度(1970〜74年度生…205万人)と人口比で比較すると、
戦前の中等教育校は現在の約3600校に相当し、
世代人口比で見ると、戦前の中等教育校は戦後の9割ぐらいの普及率だったといえる。

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/24(土) 15:11:09 ID:JDh72EUV0
>>100
あれは東洋英和女学院のことだけど、東京で多数派は府立。
ただし幼稚園や小学校から一貫のブランド校はミッション系が多い。
(雙葉、聖心、白百合、東洋英和など)

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/24(土) 15:28:05 ID:JDh72EUV0
>>18
旧制高校は入学時点で文系理系で分けてるよ。
文系なら甲類はドイツ語、乙類はフランス語、丙類は英語といった具合に、
理系なら甲類は理工、乙類は農、丙類は医学系といった具合に分かれていた。
予科は各学部の附属。

あと旧制高校でも入試で数学が無いケースは結構あり、
そのうえ理科をほぼ履修せず、ゴネて医科大学へ進学した猛者もいるらしい。

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/28(水) 11:36:12 ID:fdKqvzck0
>>102
旧制中学最後の1947年の各都道府県の参加校数:総計1125
(括弧内は新制高校野球大会で一番多かったときの校数で、大会総数では4163校) 
北海道51(北133、南152)
奥羽…青森22(75)、岩手29(90)、秋田17(53)
東北…宮城23(81)、山形16(58)、福島26(94)
北関東…栃木21(67)、群馬22(67)、埼玉23(167)
南関東…茨城21(110)、千葉23(182)、神奈川41(205)
東京74(東118、西146)
山静…山梨17(42)、静岡27(120)
信越…長野30(98)、新潟34(108)
北陸…富山17(51)、石川22(55)、福井11(30)
東海…愛知54(185)、岐阜22(69)、三重21(68)
京津…京都27(78)、滋賀15(52)
紀和…和歌山15(39)、奈良18(52)
大阪57(188)
兵庫51(168)
山陰…鳥取7(27)、島根11(41)
山陽…岡山17(57)、広島26(100)、山口21(60)
四国…香川15(39)、徳島11(36)、愛媛21(63)、高知11(32)
北九州…福岡41(135)、佐賀11(42)、長崎15(61)
南九州…大分16(52)、熊本18(68)、宮崎11(53)、鹿児島23(88)、
(沖縄…県内大会12、新制高校最多64) 
戦前…満州12、台湾13、某28

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/29(木) 10:05:02 ID:SNm2uu7TO
>>105
一つの郡に中学・高女・農学校が各一校づつ
県内に私立中・工業・商業が数校づつと考えればそんなもんでしょ

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/03(火) 11:02:42 ID:gBB0A1Bd0
>>106

>>105の学校は全部男子校だから、
これプラス、ほぼ同数の高女と家政学校と裁縫学校がある。

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/07(土) 14:30:30 ID:BMwXv2kv0
>>107
実家高等女学校ならともかく、家政学校や裁縫学校は中等学校じゃないよ。
そもそも貴方は何が言いたいの?

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/08(日) 10:52:31 ID:KmvpYmnc0
戦前に中等教育を受けられたのは都会の中産階級以上と田舎の地主階級

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/08(日) 19:01:00 ID:zKzValZ70
yuだや、白人どもは植民地支配で
支配地域の住民の共同体を徹底的に破壊する

日本も数十年かけて都会、個人主義、ださい・うざいの名の下に
地域共同体は破壊されてしまった

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/09(月) 06:44:29 ID:0JepKVEYO
■マータリ =旧制の学制について語る= その2■
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/joke/1248501239/

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/17(火) 14:38:37 ID:IBlCapL90
>>108
家政学校や裁縫学校とかは、
大多数が学制改革とともに、新制高校になった。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/21(土) 11:38:34 ID:T8P+DOPU0
>>109
1930年代には農村部の人口が30%台になってたから、
人口の2/3を占める都市部と中心に、いわゆる中等学校への進学率は、
現在の大学進学率より高くなっていた。

昭和20年代前半は敗戦の影響で、農村部の人口が60%あったけど、
昭和30年頃には、農村部の人口は20%前後になってた。

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/23(月) 19:18:52 ID:22ANPKd20
>>112
女子商業や女子農業のような中等学校令に基いた実業学校は戦後高校に転換したけど
単なる裁縫学校や家政学校といった各種学校が学制改革で一斉に高校に変換した
なんて話はきいたことないぞ

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/27(金) 10:17:09 ID:JQ3RvnGN0
>>14
高等女学校は多くが4年制で5年制は少ない。
4年制の高等学校女学校から進学するとまず予科に入ることになるけど
5年制を卒業してるといきなり本科に入れた。

旧制高等学校の総定員は3000人程でその中でさらに四修での合格者
といったらかなり少ない。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/01(火) 11:53:19 ID:IfDNdKFn0
>>115
>旧制高等学校の総定員は3000人程で

昭和10年頃には、東京帝大合格者は、
一高より東京高校や浦和高校などの方が多くなってる。
高校合格も、各道府県の一中より、ナンバースクールじゃない中学の方が合格者を多く出してる。

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/02(水) 16:00:03 ID:5CoYgfru0
>>115
都市部は5年生が多かったみたいね
4年制卒業と5年制卒業ではなんか学歴的なというかプライドというか
やっぱ壁があったみたいです

最近では女学生手帖って本がいろいろくわしいですね

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/03(木) 08:30:46 ID:nYLh1NRE0
>>117
東京以外では5年制は県庁所在地にある高等女学校ぐらい

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/12(土) 09:01:26 ID:GcY0IN130
>>113
1930年代に都市人口が総人口の2/3? どういう統計資料?
それに都市生活者と言っても庶民はほとんどが人夫や職工という時代だろ

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/12(土) 15:16:35 ID:MdV0gK3t0
>>119
>1930年代に都市人口が総人口の2/3? どういう統計資料?

週刊新潮の高山正之・変見自在というコラムで、

自分が小学校高学年だった昭和20年代末頃の社会化の授業で、
日本の第一次産業の人口比率が、10%前半だった。
日本は農民が多いと思ってたので、予想外の少なさに吃驚したのを今でも覚えている、

という意味の記事が有った。

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/12(土) 16:55:08 ID:zhBlbJBQO
中等学校の進学率が20%を超えた昭和10年代なら腕のいい手間賃の高い職人は子供を中等学校にやれたかも
でも職工や人夫じゃ無理だろうな
公立中学でもかなり授業料高いし

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/21(月) 14:11:56 ID:uwQRVGpu0
もともと江戸時代だって百姓がすべて農民だったわけじゃない
百姓は本来庶民の意味で村の大工や鍛冶屋も手間賃で働く人夫も百姓だった
上州あたりでは多くの百姓が織物の手工業に従事していたし
船を持っているものや蔵を持つほどの商売をしているものでも
人別は水呑という例もある

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/23(水) 15:39:21 ID:o8Mo0nMR0
>>64
新制高校が1条校として特権的な地位にあるから、新制中学卒業後のキャリア形成がすごく硬直的になっているような気がするのだよね。

高校を中退してしまうときびしい立場におかれてしまう。

今は参考書やインターネットといった情報源が豊富にあったり、予備校があったりするから、大学入試の高卒要件は撤廃すべきだとおもう。

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/23(水) 16:38:48 ID:nfmJtiYQ0
高校卒業程度認定試験受けろよw

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/23(水) 18:10:56 ID:o8Mo0nMR0
>>124
二度手間におもわないのか?

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/23(水) 19:36:43 ID:nfmJtiYQ0
大学からしてみれば、
最低限のチェックを外に任せられるのはよいこと。

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/25(金) 21:25:46 ID:lum+dftP0
>>123
高認があるじゃん。

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/30(水) 20:13:48 ID:At4xsz6f0
教育はセレブがリードすべき分野。
年取ってる人は、やたらと教育に
ついて語りたがるが、
セレブでなき者が教育を語るのは、
身分をわきまえていないとしかいいようが
ない。人は、まず、
自分自身から律しなければならないのだ。

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/01(金) 02:16:17 ID:rizXtJrY0
勝ってセレブになるか、負けてコンプレックスにさいなまれる人生か、
ふたつにひとつ。
勝者に弟子入りしろ。負け組から離れろ!
負け組に教育を語らせるな!
負け組の教育論は「もっと下がいる」という話ばかり!
そうなるな!

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/01(金) 23:51:25 ID:gwdbK1JD0
>>129


131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/12(火) 14:05:08 ID:7Tgm+pcf0
青年学校ってのは正式(今でいう高校や/高専・短大・大学)な期間だったのか、それとも
職業訓練校とか専門学校みたいな正式のルートからは外れた存在だったの?

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/13(水) 15:43:39 ID:GGhS3L+20
>>131
青年学校義務化で13年も義務教育をやろうとした第二次世界大戦前にくらべると戦後の義務教育は後退しているような。

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/13(水) 20:17:38 ID:Dy1uQ4us0
青年学校 (夜学もあり、女子は裁縫など)

祖母は高等2年、青年学校1年を経験。青年学校は義務じゃなかったらしい。
田舎のお話。



134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/14(木) 09:38:10 ID:EB2rZAaS0
最近は、公立の名門校も中学部をつくる傾向にあり、徐々に戦前の複線式に戻りつつあると思う。
中高一貫校と3年生の公立中学は、昔の中学校と高等小学校を思わせる。

ある程度、金と社会的地位のある家庭は、中高一貫校に子供をやるのがデフォじゃないか。

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/14(木) 13:19:55 ID:BdNt91Ae0
>>134
公立中高一貫校はエリート校にしないのが建前だけど、国立大附属学校が、教育実験の場という建前が崩壊してエリート校化していった教訓にまなんでいないような気がする。

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/17(日) 17:34:21 ID:Fmeyk4v40
大正期の女学校の授業料ってどのくらいだったのですか?
また、どのような階層の子女が通っていたものなのでしょうか。
ちなみに、私の祖母が名古屋で通っていたらしいのですが。

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/19(火) 11:17:36 ID:fEmchjY40
>↑
女学校って? 高等女学校じゃないのかな。
そういえば、男子は○△中等学校なのに、女子は□◇高等女学校と呼ぶのは
どのような経緯からなんだろう?

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/20(水) 21:01:56 ID:yRvQcqAA0
>>136
女学校の生徒数は中学生より多かったから、
中流家庭なら出せたんだろうな。女学校で教員免許も取れるし。
亡くなった婆ちゃんも女学校出て、小学校の先生してたけど
「当時はOLなんてないから、まともな女の職業は看護婦と教員しかなかった」
と言っていた。

>>137
尋常小学校卒業後、中学校に行くのはエリートで、
普通は高等小学校に行って、実技を身につける人が多かった。
高等小学校に対して、高等女学校。

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/22(金) 00:16:31 ID:yL3auUfa0
うちのばあちゃんも頭良かったらしく高等女学校に是非にと誘われたが、
家が貧乏というか、途中でやめさせることになったら可愛そうとの理由で
進学断っているよ(大正時代、府立第一高女)。母は全盛期の白鴎高校。
確かに頭は良かったなぁというか器量が凄かった。ばあちゃん武士やん!
(結構、下級でも武士出はやはり学があると思う。遺伝8割だと思うよ)

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/22(金) 17:12:28 ID:6DOCBv1I0
>>138 高等小学校に対して高等女学校云々はウソだよ。
第○中学校(○中)に対して、第△高等女学校(△高女または△女)て
具合で、それぞれが新制高等学校の母体になっているケースが多い。
勘違いや思い違いはともかく、明らかなウソを書くのは止めようや。


141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/22(金) 18:19:24 ID:jQVrQvb50
>>140
137の回答に全くなっていないなあ。
自分は回答しないで、非難だけするのは、子供のする事だよ。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/22(金) 20:00:23 ID:BcwjMgB30
>>138
昭和18年だけど、高女は高等小学校でなく中学校と並列で中等学校と定義されているよ。
>女学校で教員免許も取れるし。
代用教員にしかなれなかったはず。正規の教員免許をとる人はは女子師範の2部に行った。

 詔書・勅語・教育法規等
 教育法規等
(三) 中等教育
 中等学校令(抄)(昭和十八年一月二十一日勅令第三十六号)

第一条 中等学校ハ皇国ノ道ニ則リテ高等普通教育又ハ実業教育ヲ施シ国民ノ錬成ヲ為スヲ以テ目的トス

第二条 中等学校ヲ分チテ中学校、高等女学校及実業学校トス

中学校ニ於テハ男子ニ、高等女学校ニ於テハ女子ニ高等普通教育ヲ施シ実業学校ニ於テハ実業教育ヲ施スモノトス

実業学校ノ種類ハ農業学校、工業学校、商業学校、商船学校、水産学校、拓殖学校其ノ他実業教育ヲ施ス学校トス

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/23(土) 00:03:01 ID:NgfdQHXl0
>>142
>昭和18年だけど、高女は高等小学校でなく中学校と並列で中等学校と定義されているよ。

意味不明、高等女学校の戦争中の一時の呼び名を言っても仕方ない。

>代用教員にしかなれなかったはず。

1年代用教員やって、適性・能力等に問題なければ、正式教員になれる。
戦前の女性小学校教諭の大半がこの方法。

>正規の教員免許をとる人はは女子師範の2部に行った。

高等女子師範なんて、東京と奈良しかない。
日本中の小学校教諭志望の若い女性が、
東京と奈良に集まったとでも思っているのか?w

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/23(土) 02:02:57 ID:UsAjEuPk0
単に、公教育における女子教育が高等女学校を終点とするもので、
それ以降の高等女学校研究科だの、女子高等師範だの、私立女子大学(資格上は専門学校)は、
学制の中では本来存在しないものであった、ということでしょう。

そこが政府の考える終点だったから。
女子を大学へ、なんて考えていなかったから。

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/23(土) 02:50:46 ID:jLLUDoiR0
>>143
女子高等師範学校は、高等女学校教員の養成学校だよ。

小学校教員を目指す女子は、高等小学校を卒業後各府県道の師範学校女子部に進むのが普通。
中学校・高等女学校卒業者が正規の小学教員になるには1年ないし2年制の師範学校二部に
通う必要があった。代用教員もありだったけどね。

>>144
旧制から新制への切り替え期間だけではあるが、東京女子医専・名古屋女子医専・大阪女子医専の3校が、
大学令で初めて認められた女子大学でもあったりする。
医学教育を大学に一本化することに変わったので大抵の医専が大学に昇格したというだけの話なんだが、一応。

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/23(土) 12:26:58 ID:WwJl5g+V0
>>137
19世紀後半当時の欧米列強の学制を翻訳した。

Elementary school→(基本学校)→尋常小学校
 Elementary Girl's school→(基本)女学校→女子クラス
Junior school→高等小学校
Middle school→中学校…Junior High schoolでは無い。
 High Girl's school→高等女学校
High school→高等学校
College→大学
University→総合大学



147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/23(土) 15:23:02 ID:LdB4vza90
>>143
旧制高等女学校が旧制中学と同格なのは、
すこし歴史のある県立高校行った人は誰でも知ってる常識。
うちのばあちゃんの姉妹は九州の田舎から、
教員になるために、奈良や東京の女子高等師範に行ったよ。
別に特別なことはない。

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/24(日) 02:05:01 ID:mNv8FBsh0
そうそう、>>1にあるように、旧制の中学校や高等女学校の多くは新制の高等学校に
引き継がれたね。地域でレベルの高い進学校であることが多い。
ただ東京や大阪では学区制の改編や私学の躍進で無茶苦茶レベル落ちたところも多いね。

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/24(日) 02:14:36 ID:UiE/sbXf0
神奈川の希望が丘(旧制一中)の転落は悲惨

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/24(日) 08:49:04 ID:1hBfZhaR0
http://www.youtube.com/watch?v=xJMdAcPWs-c
http://www.youtube.com/watch?v=FRqJ2gZYBmA
http://www.youtube.com/watch?v=8gIP4FKjr9Q
http://www.youtube.com/watch?v=LVpydYb1B6E
http://www.youtube.com/watch?v=xJMdAcPWs-c
http://www.youtube.com/watch?v=qxWy19lQyLk
http://www.youtube.com/watch?v=z-SCVL3aZXg&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=-Tl23hSSiuA&feature=related

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/25(月) 09:23:31 ID:TycWrV7k0
自分は1957年生まれで小学校の時は師範学校出の教師に習い、大学では教授たちは
まだ旧制高校経験者だった。新入社員のころは役員や部長は旧制出身で
陸士や海兵の経験者も多かった。だから>>145のようなことは自明なんだが
>>143のような若い人にとっては江戸時代と同じなんだね。143のように声が大きい
方がいずれ史実とされるようになるのだろうか。

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/25(月) 09:28:03 ID:MKMu1ers0
>>147
だから、137の回答に全くなっていない。
批判するだけなら子供でも出来る。
137に対して、ちゃんと回答したら?w

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/25(月) 10:22:18 ID:FGofrC6D0
141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/22(金) 18:19:24 ID:jQVrQvb50
>>140
137の回答に全くなっていないなあ。
自分は回答しないで、非難だけするのは、子供のする事だよ。

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/25(月) 09:28:03 ID:MKMu1ers0
>>147
だから、137の回答に全くなっていない。
批判するだけなら子供でも出来る。
137に対して、ちゃんと回答したら?w

ウザ・・・目の前の箱は一体何のためにあるんだか。
自分の無知を棚に上げて暴れるなんて子供でもしませんw

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/25(月) 10:30:19 ID:FGofrC6D0
ちなみに、高等女学校を女学校と呼ぶのは高等学校を高校と呼ぶような物でただの略称。
厳密には、高等女学校の法制化以前の各種女学校や、高等女学校の認可がおりないような女学校などを指す場合もある。
中等学校令などを例に出すまでもなく、下位の小学校との接続やカリキュラム、修業年限などの点で、
高等女学校が中学校とほぼ同格の教育機関だったことは明白なのだが。
中学卒高女卒はそのままでは代用教員どまりだし、女高師は高女の教員を養成する。
>>137
>男子は○△中等学校
の時点でおかしい。「中等学校」じゃなくて「中学校」だから。

これでわかったかな。

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/25(月) 17:57:15 ID:UK/WA2Hn0
「中等学校」は中学校や師範学校、高等女学校を含む、文字通り中等教育の学校
全体を指す言葉だからな。それすらわかってないのに偉そうに何を言ってるんだか。
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/image/hpbz198102/f0393001.gif

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/25(月) 18:12:56 ID:MKMu1ers0
>>153-155
中等教育なのに、高等女学校とは、これ如何に???
の説明が全く出来ていないがww
早く説明してくれwwwwww

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/25(月) 18:15:53 ID:IkxtdHUk0
それより上が無いのに、中等なんて付けるわけが無い。
既に>>144で書いてあるじゃないか。

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/25(月) 21:26:34 ID:MKMu1ers0
>>157
高等女学校の上に女子高等師範がある。
女子高等師範は、間違いなく高等教育の学び舎。

しかし、中等教育なのに「高等女学校」とは、これ如何に?wwwww

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/26(火) 00:17:38 ID:+7Qp7kgW0
まったく、会津若松からの発信は中傷ばかり

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/28(木) 01:39:25 ID:QvfhgWlb0
>>157・159
完全論破されて、白旗かwwww
たわいもないwwwwww

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/28(木) 02:01:13 ID:QzXDJONt0
結局中傷だけの煽り魔(会津若松からの発信)と。

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/02(火) 22:31:15 ID:555699U00
まさか、現在の高等学校が中等教育だってのを知らない奴が暴れてるのか?

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/03(水) 01:45:36 ID:U/xwTyvzP
>>162
IDすげええええええええええええええええ

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/03(水) 19:31:40 ID:PMiOgpX70
>>146
学制が始まった当初は、小学校は6年まであったが義務教育が4年までだった。
よって、
Elementary school→(基本学校)→尋常小学校1〜4年
 Elementary Girl's school→(基本)女学校→女子クラス1〜4年
Junior school→小学校5〜6年
 Junior Girl's school→(基本)女学校→女子クラス5〜6年
Middle school→中学校…Junior High schoolでは無い。
 High Girl's school→高等女学校
High school→高等学校
College→大学
University→総合大学

のちに義務教育が6年になると、それまでの小学5〜6年の部分が、
そのまま上に乗っかり、高等小学校1〜2年になった。

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/03(水) 19:49:25 ID:yoR6w7mP0
>>164
そうすると、高等小学校にいかずに中学に行く子も出てくるわけだ。
当時の中学は今の高校と違い、かなりレベルが高かったから、
大変だったろうなあ。

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/06(土) 12:26:40 ID:Pm5/5CxM0
>>165
優秀な男子は、中学4年から直接に陸士海兵へ行ったり、
中学5年から大学行ってるから、
つまり、優秀な人ほど旧制高校へ行ってない。
それが、戦前のトップエリートの中等高等教育が中途半端になり、
中途半端な判断で日本を失敗させた原因と見られ、
戦後では、新制高校の卒業が大学入学の要件になった。

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/06(土) 13:15:13 ID:iL3F3GxF0
>>166
>戦後では、新制高校の卒業が大学入学の要件になった。
戦後でも制度の上では小3、小6、中3、高3の4つの学年を飛ばして上へ行けるよ。
ただ飛ばした場合、修了ではなく中退扱いになるので積極的には利用されてない。
一部の大学や、高校大学一貫校が行ってるぐらいだ。
ひょっとしたら中高一貫校が中3を飛ばす5年制を始めてるかもしれんけど。

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/06(土) 17:04:39 ID:LnOy5Sjk0
優秀な子ほど、短い期間で高学歴を手に入れることが出来た昔の制度は、
貧困家庭の秀才にとってどんなにか助かったことだろう。

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/06(土) 17:25:22 ID:vMLpO/S20
>>166 中学五年から大学に行っているから ・ ・ ・。
    浅学(?)のせいか理解できないんだが、詳しく教えてくれ。

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/06(土) 17:59:39 ID:F1+WRCfC0
大学予科のことだろ。カリキュラムは旧制高校に準じているので専門的な教育は受けない。

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/06(土) 18:02:24 ID:F1+WRCfC0
追記
もしくは大学の附属専門部。卒業したら就職するのが普通だが
予科卒業者と同じ学力があるとして学部入学を許されることもあった。

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/06(土) 23:39:48 ID:bLW197Ma0
>>169
>>166は致命的な間違いをしてるよ。
中学4年時中に陸士や海兵に入ったり、中学4年修了時で旧制高校に行くことはあっても、
中学から直接大学に行くことはない。

大学予科はあくまでも旧制高校と同格であって、大学とは別物。
ていうか、大学予科とは、旧制高校からでは志願者が集まらないような僻地の帝大(北大とか京城大とか)や私立大学などが
学生を囲い込むための制度で、原則その大学の本科にしか進学できず、
帝大ならどこでもほぼ無試験で進学できる旧制高校と比べれば、明らかに学力的には劣る。

従って
>優秀な人ほど旧制高校へ行ってない。
というのは、軍の社会的地位や、経済的理由等により、
戦前は軍の士官養成学校に一定数の人材が割かれていたことを
何か誤解してこういう書き方したのではないかな。
実際には一番優秀な人間が行くのは一高。

そもそも旧制高校は高等教育であり、先生は「教授」、生徒は「学生」。
新制高校は中等教育なので、旧制高校を経ずに高等教育を受けさせたのが失敗だから
戦後の大学入学要件が新制高校の卒業になったというのは、根本的におかしい。

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/07(日) 20:54:39 ID:Gd1l2q8w0
>>172 だから旧帝大には 旧制高校の流れを汲む「教養部」というのが独立した形で
残ったのだが、90年代にほどんどなくなりいまや東大の駒場にしかない。

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/07(日) 23:06:31 ID:ZBi9nV4K0
文Tや理Vという名称も旧制高校を引きずってますな。
もっとも、その意味は違うけど。

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/08(月) 10:42:45 ID:ug0jlv6v0
>>173
駒場の教養学部は名前だけで、旧制高校の雰囲気からはほど遠い。
他の大学の学部と全く変わらない

信州大学の教養課程(大学1年、全学部が旭キャンパスに集められる)が、
旧制高校の名残をもっともよく残していると言われている。
信大の思誠寮は旧制高校の寮そのままで、皆で寮歌を歌いながら行進したり
ストームが今でもある。

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/08(月) 10:46:46 ID:XRg/bBxI0
>>172
旧制の高等工業や高等商業などは「教授」とか「学生」だったのかな?
現在の国立の高専は「教授」や「学生(16才から)」と呼ばれているけど。

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/08(月) 11:13:58 ID:sZKoZ/tZ0
>>176
高等商業は基本的に教授。

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/08(月) 12:18:02 ID:+c7UWfxa0
カナダ(モントリオール)のメル友と話していたら、ユニバーシティに行く前に
カレッジを終わらなくてはいけないと言っていたから今でも旧制高校と同じ
制度でやっている国がある。

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/08(月) 15:58:39 ID:cSCkPw2I0
>>175
信州は典型的なタコ足大学で教養→専門で散り散りになってくから
旧制高校っぽいかもな。寮はたぶん戦前からあるような寮なら
どこの国立でも大抵雰囲気残ってると思う。

俺のいた所も、戦後できた寮と戦前からある寮では雰囲気が全く違った。

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/09(火) 11:18:41 ID:9scP7IUW0
寮歌が今でも歌い継がれて、寮生がトレイン組んで寮歌を放歌しながら
街を練り歩くとか、旧制高校の伝統が今でも色濃く残っているのは、
全国で信州大学の思誠寮だけだろう。
多くの大学では、学生運動の時代に寮歌は「反動のシンボル」として
消滅させられてしまった。

ちなみに当時の信州大学の全共闘議長は、猪瀬直樹。
猪瀬は、利権に釣られて左から右に簡単に転向する節操のない男だから
思誠寮の伝統がかろうじて残されたのかなあ。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/11(木) 16:56:18 ID:u8+r/f4f0
モンゴメリー作赤毛のアンでは、義務教育を終えたアンは、クイーン学院に行って教師になり、
働きながら学資を貯めて、東部にある大学に行ってたっけ。
このクイーン学院が師範学校なんだな。

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/14(日) 03:35:34 ID:C5uMwpOa0
ここって情報が錯綜しすぎてわけわからん
地方の話とか一部の人の話ばっかりで総体的な話がない

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/20(土) 18:51:37 ID:ON3DyfHOO
それが戦前の学制の特徴じゃないのかな。

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/17(水) 18:32:11 ID:gbG9yXg60
戦前は、
帝大、陸士海兵、高師、医科、高商、高工が同格の頂点だった。

それ以外に、高小から船会社の小僧働きへ行った人たちも多かった。
戦前の日本は貧乏だったから、外貨を稼ぐ船会社や貿易会社へは、
最優秀の人材を送っていた。

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/17(水) 23:43:29 ID:yP/ZM0Gc0
>>184
帝大はそれ以外とは同格ではないよ。一段上。
同格なのは旧制高校。あるいは大学予科。
現代に例えるなら、大学の学部卒と修士修了くらいの違いがある。

参考までに、自衛隊では、大卒は採用時は三尉直前の幹部候補生だが、
修士を出て技術系で採用されると、いきなり二尉だそうな。
帝国海軍が主計科の短期現役将校を採用するときに、大卒はいきなり主計中尉。
高商卒は主計少尉と、いかにも海軍らしい学歴区別をつけている。
ちなみに、兵科の予備学生制度を作ったときには、陸軍から抗議を受けて、
大卒でも少尉候補生に準じた身分で採用という格落ちをしたそうだが。

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/18(木) 13:12:07 ID:w7ERNJON0
>>184-185 医科も医専と医大があったろ。今でもお医者さんたちは旧六とか
気にしているよ。 子どものころ田舎の医者には戦時促成栽培の医専出が
多かったがそれでも問題はなかった。

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/18(木) 15:44:23 ID:w7ERNJON0
旧帝大の学部募集を止めて大学院だけにすれば、ほぼ戦前の制度が復活する。
教授も今ではほとんど大学院所属だし旧帝大に学部はいらないと思う。

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/18(木) 20:18:52 ID:uELpuhdG0
>>187
一案だけど、東大法学部がいまでも官僚養成機関として機能している以上、
その案に反対する勢力も多いだろうね。

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/18(木) 20:43:24 ID:BcgolZsj0
>>186
医師増員のため、医学部を廃止せよ - 井上晃宏(医師)
http://agora-web.jp/archives/799263.html
医師不足を解消するため、医学部定員の増加が必要とされているが、設備や
教員の拡充がままならないため、すぐに定員を増やすことはできない。しかし、
今すぐ、養成医師数を増やす方法がある。それは、医学部を廃止することであ
る。

医師国家試験で問われる水準の医学知識は、高卒程度の基礎知識があれば、
独学で習得可能である。学校教育は要らない。「国家試験は必要最小限度の
知識であって、医学部の教育目標は、それよりも、ずっと上にある」と医学部教
員は言うだろうが、実際には、医学部を卒業するのに必要なものは、国家試験
程度の知識だけである。それだけが、医学部卒業者の品質保証となっている。

実技教育は、ほとんど行われていない。OSCEは落ちる人のいない試験である。
臨床実習の実態は職場見学である。それは必要なことではあるが、医学部で
なければできないということはない。つまり、医師国家試験があれば、医学部
など必要ないのである。医師国家試験の受験資格を無制限とし、知識さえあれ
ば、誰でも医師になれるようにすべきである。必要な実技は、卒後臨床研修に
より、合格後2年間で身につければよい。

一見、乱暴なようだが、2005年以前の司法試験は、まさに、このような制度で
行われていた。旧司法試験は、学歴無制限の選抜試験だった。それで、特に
問題はなかった。むしろ、学校教育を義務化した新司法試験の方が、はるかに
合格者の達成水準が低い。独学でも、人は勉強をすることができるし、評価さ
え適切に運用されるなら、学校教育は不要なのである。

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/19(金) 14:14:46 ID:sroITq1u0
>>189 これは 極論だけど、田舎には戦時促成医専出どころか「満州免許」など
もっともっと怪しい先生がいたが特に事故もなかったよ。

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/20(土) 01:18:11 ID:vRYI6LhW0
>>190
ああ、そうだね。
「満州免許」って知らないけど、衛生兵あがりのモグリの医者なんてのも、たまに新聞沙汰になってたよね。
それがけっこうウデがよくて患者に信頼されてたりw

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/22(月) 17:16:11 ID:FlF4nXwm0
今、甲子園の高校野球をやってるが、
戦前にも、高校野球を甲子園で行っていた。
旧制高校の。
参加50校ぐらいで甲子園出場は4校。
中等野球の甲子園大会の1週間前ぐらいに開催。

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/22(月) 18:59:19 ID:bMnl8VsN0
>>192
旧制高校のスポーツって一高対三高みたいに対校戦のイメージが強くて
全国大会を頭の中に描きにくい

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/22(月) 21:53:02 ID:s8yY+Jkt0
>>192
それってインターハイの一環?

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/24(水) 17:44:20 ID:J7XtUh040
軍国主義者ではないが、戦前の教育制度に戻してほしい。あと、中学校や高等女学校も義務教育にしてほしい。

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/25(木) 22:59:57 ID:/e44o2BY0
>>194
インカレじゃね?

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/26(金) 00:10:56 ID:sVUu04xR0
>>196
ほら、高校って旧制でもハイスクールだから。

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/04/01(木) 14:31:36 ID:UxQPe/NX0
年齢区分の呼び方
12歳以下:欧州…バンビ、北米…リトル、サッカー系…Jrスクール
13〜14歳:欧州…ユース、北米…シニア、サッカー系…スクール(U-15)
15〜16歳:欧州…カデット、北米…Jrハイスクール、サッカー系…Jrユース(U-17)
17〜18歳:欧州…ノービス、北米…ハイスクール、サッカー系…ユース(U-19)
19〜20歳:欧州…ジュニア、北米…カレッジ、サッカー系…セカンド(U-21→U-23)
21歳以上:欧州…セニア、北米…リブレ、サッカー系…トップ

13〜16歳が中等教育(ミドル・スクール)、17〜20歳が高等教育(ハイ・スクール)て感じ。

北米のカレッジで、大学スポーツは大学2年修了からプロ入りが普通。

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/04/07(水) 18:39:44 ID:aTasUa5v0
>>192-194
インターハイの原型と言われているのが、
昭和15(1940)年と昭和17(1942)年に行われた全国中等学校錬成大会。
甲子園周辺で開催し、野球も大会の一競技として実施していた。

国体の原型といわれる明治神宮大会に、
「高専の部(高等学校&専門学校)」と言うのが有って、
これが現在のインカレの原型と言われている。
戦前の大学は「一般の部」に参加。

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/04/07(水) 18:42:09 ID:aTasUa5v0
>>198
欧米だとバイクの免許が

>18歳以下:欧州…ノービス←125cc未満
>19〜20歳:欧州…ジュニア←600cc未満
>21歳以上:欧州…セニア←制限無し

て感じだって。

欧米だとバイクの免許が


201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/04/13(火) 06:18:34 ID:LXtsI1mc0
〔陰惨法廷一部始終〕宝塚音楽学校「女の園いじめ裁判」は凄い!
(週刊女性セブン2010年4月22日号)
http://megalodon.jp/2010-0413-0606-12/www.dotup.org/uploda/www.dotup.org807186.jpg
http://megalodon.jp/2010-0413-0607-59/www.dotup.org/uploda/www.dotup.org807187.jpg
http://megalodon.jp/2010-0413-0609-47/www.dotup.org/uploda/www.dotup.org807189.jpg

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/05(水) 11:08:27 ID:Oy4X+YXM0
中高一貫校の問題点は、6年間で対人関係が固定化してしまって、思春期ならではの問題が厄介になることらしいが、旧制中等教育学校にそういうことはなかったのだろうか。

進学できる人がかぎられていたからそんなに問題にはならなかったのだろうけど。

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/06(木) 09:24:29 ID:YOjwE/oP0
>>202  5年制と6年制は微妙に違うと思う。
さらに優秀な子は4年終了で出て行くから。

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/10(月) 13:54:24 ID:ou7xwy650
小学校は、尋常科と高等科が、同じ学校にある場合が多かったので、
8年間同じ学校。


205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/12(水) 22:23:51 ID:STsP5Ntr0
>>202
昔は中学5年が当たり前だったから今の感覚で人間関係云々といっても
正確に当てはまらないと思う
ただ、現代の中高一貫校への指摘と似たような意見が7年制高校に対して出されていた
いわく中だるみするとか12、3歳のガキが勘違いするとか
武蔵はその辺気にしてたのか今の校風からは考えられない位の少数スパルタ教育学校だったとか
裏表14年在籍していた人もいたらしい

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/13(木) 00:34:34 ID:YDMKpu5d0
>>205
>裏表14年在籍していた人もいたらしい

それはツワモノだw

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/19(水) 17:35:33 ID:AffDSCJk0
希望者は公立高校に全入という高校三原則を実現できなかったことがその後の受験競争といった中等教育の問題をひきおこしたとおもっている。

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/27(木) 22:21:38 ID:XVUoztnH0
うちの爺さん、江田島の海軍兵学校卒なんだけど、海軍兵学校卒ってそんなに
すごいの?村始まって以来の秀才とか言われてたみたいよ?

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/27(木) 23:23:04 ID:N+eS0LmX0
>>208
一高、海兵、陸士で戦前の受験三冠だったらしいからね。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/28(金) 08:43:42 ID:eGwTqv/X0
>>208
中等教育をうけられる人すらすくなかったからね。
防衛大学校に進学するよりもすごいことだったはず。

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/28(金) 11:16:35 ID:7CLiTvxe0
>>208 期による。終戦近くは大量採用しているからあまりありがたみがない。
大正の軍縮時代は陸士とあわせも今の防大より定員がすくない。

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/29(土) 18:22:30 ID:eiJNYt2j0
高度な朝鮮文化から学んだ日本の教育者たちは多い

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/15(火) 21:32:47 ID:Y9m//Gy70
>>208
男の中の男が内地〜外地からも集結していたらしいね
日本人しか入れなかったと思うけど
相当すごい経歴だとおもうけど、孫のあなたは能力を受け継いでますか?

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/21(月) 09:10:32 ID:ykIA95B10
高等小学校も大正時代に工業化の進展にあわせて英語と数学を必修にすべきだったような気がする。

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/21(月) 12:12:46 ID:dBZig5640
そうだよねー
あと、幕末の寺子屋も開国に備えて英語必修にすべきだったような
気がする。

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/21(月) 14:38:14 ID:et1PfvN40
幕末じゃ英語必修にしたくても英語教師の確保が難しい

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/21(月) 14:51:23 ID:dBZig5640

まったく分かっていないw

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/26(土) 21:43:37 ID:7p5khW9A0
爺さんが中学4年の時に戦争が終わったんだが、
一兵卒として兵隊にとられても、ただ殴られるだけだから
中学2年の時に陸幼受けたが落ちたので、
陸軍経理学校に入学しようと考えてたってさ。
戦争末期だから男は軍人になるのが当然で、高校とか考えなかったと言っていた。

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/27(日) 01:23:36 ID:CiBSHUb90
つか、高校行っても、
文系ならそのまま兵隊にとられるだけだしね。

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/28(月) 19:02:56 ID:eDZqKHUu0
>>219
いや、爺ちゃんは理系。戦後、新制大学の工学部の卒業1期生。

理系なら海軍機関学校とかと思うけど、機関学校出ても船がボカチン食ったら
オシマイだから、軍人で、一番生き残る確率が高くて、すぐ将校になれるのは
経理将校だと思って、経理学校目指したそうだ。

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/28(月) 21:53:33 ID:ZVO3+gJE0
経理学校目指すのは消極的徴兵忌避ってやつかな。
中曽根も東大卒業後に海軍経理学校に入ってたようだ。

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/29(火) 11:21:36 ID:fyDg19XV0
>>221 それは「短期現役」という別な制度。旧制中学卒とおなじ
コースに入ったわけではない。

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/02(金) 20:03:54 ID:KTMr1r1I0
色々言われてる野球WBCだが、
旧制中学とかで野球やってた元選手たちの世代は、
日本のWBC優勝そして連覇に、諸手を上げて歓喜してた。
川上哲治とか杉下茂とか。
戦前に大相撲してた人たちも、外国人力士の増加と出世を、
諸手を挙げて大相撲の発展と喜んでいた。

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/05(月) 13:09:18 ID:URMMuXqI0
戦前に大相撲してた人たちって云うのが誰なんだか良く分からんが?
でも、オレの周りの往事の大相撲を知ってる人たちは、最近の相撲界を
嘆いているけどな。『中学出て直ぐに相撲界に入ったせいか、彼らの常識
は世間と離れ過ぎるのに本人がそれを分かってないから、周りから"しょ
せんフンドシ担ぎのすることはあんなモンよ"ってバカにされるんだ』って。


225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/07(水) 19:14:50 ID:TUYeubRz0
中曽根って数年前、今東大受験しても受かる自信あるって言ってたけど
あの人ってそんなに頭いいの?

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/07(水) 21:29:36 ID:O7CMdQvp0
初学者が一から旧制中学や女学校知るにはどの文献がオススメ?

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/15(木) 12:53:46 ID:7n+xfXu+0
戦前に拓殖大学卒業って結構エリート?

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/16(金) 00:17:00 ID:fdpqxoYF0
>>227
大卒が少ない時代とはいえ、戦前からFランはあるよ

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/16(金) 12:53:45 ID:eXxaR0QJ0
>>227-228 Fランでも軍隊では幹部候補生の資格があるからその意味ではエリート。
大卒が少ないから勉強ができなくても家に金があるとそういう待遇が得られた。

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/17(土) 13:14:13 ID:zdWAYxRc0
http://ex13.2ch.net/test/read.cgi/mlb/1135851846/175
>大学の授業の余談で、戦前の中等野球という呼び名は
>当時としては画期的ともいえるリベラルな発想だったと
>いう話を聞いたことがある。なぜなら中学校と実業学校、あるいは師範学校の間には
>厳然としたランク付けがあり、当時の感覚としては、決して中『等』ではなかった。
>それらをひっくるめて「中等」と表現している媒体は、野球界にしか存在しなかったとのこと。
>この呼称を考えた人は、かなり進歩的な人物だと、大学の教育課程の教授は
>感嘆しながら話していたのを、今思い出した。

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/17(土) 17:15:40 ID:KQc3h2P10
Fランどころか旧陸軍では旧制中学や実業学校の卒業者は幹部候補生を受験する資格があって、合格すれば
短期間(?)の教育を受ければ将校になれたって聞いたことがある。
だから戦争末期は将校のレベルが極端に低くなって、沖縄戦では日本軍が住民の食糧を奪ったり、集団自
決を強要したり挙げ句の果てにはスパイ容疑で住民を虐殺するような不祥事が起こったとか。

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/17(土) 20:13:11 ID:FggAvPBq0
>>227-229, 231
阿川弘之さんの海軍予備学生としての実体験に基づいた小説では阿川さんら帝大出にまじって
拓殖とかFラン大学卒も出てくる。砂糖を銀蠅したり、殴りかかってきたりDQNぶりが描かれている。

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/17(土) 22:20:58 ID:Y9EC/jTV0
いや、DQNな奴がFランであると明記されてるわけじゃないが。
あのころの基準でいけば間違いなくFランの龍谷大学出身パイロットの活躍とかも書いてるし。

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/18(日) 16:20:03 ID:XGZUTYZb0
>>231 ←かなり違う。
幹候は、甲幹と乙幹があって、大卒や医専卒が甲幹、中卒や実校卒は乙幹。
10-12ヶ月の研修受ければ見習将校(将校ではなく準尉扱い)になれるのが甲幹。

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/20(火) 05:28:08 ID:DxPVNqRr0
>>93
遅レスだが、小中には飛び級ってシステムないのでは?
高年齢者の上学年編入のことをいってるわけではなさそうだし。

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/21(水) 12:37:03 ID:inhq/CbU0
>>235  >>93は他所の国の事を言っているんだよ。1947年以降には制度としてもない。
今の日本でそれに近いのは千葉大学など高校2年終了で入学ができる一部の大学が
あるのみ。

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/22(木) 05:22:57 ID:4P83A97JO
大卒で湘南爆走族に入ったらFラン?

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/24(土) 16:47:06 ID:KpdvPhxB0
>>234
見習将校って呼称は日本陸軍には無かったはずだが?
士官と将校をクソもミソも一緒にしてるんじゃないかな。

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/25(日) 03:43:43 ID:CR4/19TR0
>>236
明らかに日本の文脈に見えるが?

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/25(日) 03:45:07 ID:CR4/19TR0
そういえば旧制高校尋常科も中等教育なのかな?
ここで語るのは場違い?

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/25(日) 11:53:15 ID:2jsW8/K/0
>>240 7年制高等学校(尋常科4年・高等科3年)は制度的に高等教育機関と位置づけられている。
英国のパブリックスクールに範をとったもの。

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/25(日) 20:30:32 ID:UwA/VSYq0
>>240
>>1では高校や大学も可と言ってるし
実質、戦前の教育機関スレなんだから、いいんじゃない?

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/26(月) 10:24:48 ID:+3dGv7QY0
東京大学教育学部附属中等教育学校
ttp://www.hs.p.u-tokyo.ac.jp/

旧制東京高等学校の敷地に建っている。一学年少なく中等教育の
範囲だが、希少な7年制高等学校の名残だと思う。

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/27(火) 16:56:05 ID:xlVfuOxw0
>>234 ウソこけ! ルバング(?)島から生還した小野田少尉は海南中学卒の甲種幹部候補生上がりだったはずだよ。

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/28(水) 22:57:21 ID:pAfYLIcH0
>>243
うーん、確かに現代の中高一貫校って、7年生高等学校と似ている面があるんだけど…
致命的に違う点があるのよ。受験勉強するかしないかという点が。

そういう意味では、むしろ私立大学にエスカレータ出来る中高一貫校の方が似てるんでないかい?

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/29(木) 09:50:41 ID:+DeyrQlW0
>>245 旧制高校の卒業生は「専攻を選ばなければ」帝大に入れたけど人気の専攻は
当然あるので一学年3千人くらいの『白線浪人』を生んでいたようだ。

 7年生高等学校は掟破り(というか暗黙の了解破り)の「受験対策」のようなことをやっていて
東京帝国大学の進学率で一高を抜いていた。

 今でいえば東京理科大学が東大や東工大の大学院受験対策(学歴ロンダ)学校に
なっているのと似ている。

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/29(木) 10:30:30 ID:4eVXrpLg0
>>246
いやまあ、おっしゃる通りですがね。
それでも、合格できなければ高卒で終わる学校と、進学自体は保証されてる学校は違うと思うよ。
エスカレータ中高一貫校だって、受験勉強して東大やら京大やらに入るケースは結構あるし。

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/30(金) 03:58:51 ID:LX9HgD5N0
そういえば「中等教育」とか「高等普通教育」という言葉(概念)っていつごろできたんでしょう?

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