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■坂本龍馬は『竜馬がゆく』以前は無名の雑魚■

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/03(木) 09:22:54 ID:TuyqIpAK0
坂本龍馬に関する専門家で、NHK龍馬伝の時代考証を
担当してる学者、山村竜也氏がいってましたね
司馬の小説以前は、ほぼ無名に近い存在で
地元の高知でも板垣退助、武市より知名度がなかったと

やっぱり司馬の小説によって祭り上げられただけだったんだな(笑)


2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/03(木) 09:28:31 ID:TuyqIpAK0
なんでも鑑定団でも、坂本龍馬は明治の中期まで無名の存在で
新聞小説が流行したおかげで知られるようになったとズバリいってましたね
司馬はそしてその新聞小説を司馬風に焼きなおしただけ

結局、虚構の龍馬が有名になっただけで
史実の龍馬は全然、重要な人物じゃないんだよな

てか少しでも歴史を勉強してる人なら当たり前のことだけど
龍馬オタはなかなか認めないからねw

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/03(木) 09:41:48 ID:TuyqIpAK0
明治の新聞小説で一部の知識人に知られるようになって
司馬の小説でやっと一般人に知られるようになったということ

新聞小説の『汗血千里駒』も実は自由民権運動のなかで書かれたもの
坂本龍馬ってのは司馬の小説以前から、自由主義的、反権力的、左翼的な人物
として描かれてるんだよ
左翼の司馬が、汗血千里駒を焼きなおそうと思ったのも無理はない


つまり、坂本龍馬ってのは史実では無名の小物にすぎない
左翼運動家がつくりあげた虚構のイメージが徐々に一人歩きしていっただけってことだ
本当に有名になったのは1960年代以降に司馬が小説を発表しテレビドラマ化してから
実はかなり最近なんだよ


実際の歴史においても重要な人物だったと思ってる馬鹿がいるが
大きな間違いということだ

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/04(金) 22:16:09 ID:8cqy3/Lp0
>>1
ここの管理人と議論してこい
http://hpcgi2.nifty.com/ryomado/ryomadoKIJBN/ryomadoKIJBN.cgi

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/08(火) 02:46:01 ID:FAAaojL30
明治以前に死んでしまったからどう評価したらいいか・・・
ただ実際の彼の事跡から相当な人物であるのは確か
小説の影響で過大評価されてる面もないとは言えないが・・・

主観では実業界では岩崎小弥太みたいな、軍人ならば大山巌みたいな人になったんでは

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/09(水) 17:42:11 ID:ncROCJFf0
>>5
実績なんてしょぼいもんだよ
死んだ維新志士のなかから、たまたま小説の主人公に抜擢されて人気になったから
有名になっただけ
司馬が書いた新撰組の沖田がやたら有名になったのと同じ理屈
史実ではたいしたことない雑魚だが、虚構のヒーローとしては有名ってだけ
司馬の小説がかかれる前は地元高知でさえ知名度低かったんだぞ

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/09(水) 19:43:35 ID:fqNO27eG0
>>6
もてはやされるものに反骨の気概は大変結構
しかし書いてる内容はそれじゃほとんど脳内妄想
雑魚だとか虚構のとかの決め付けた言葉でしか語れないのか?
(なぜ雑魚か、なぜ虚構かの理由を書け)

俺は救国の英雄みたいな持ち上げかたは全然的外れで過大評価に過ぎると思ってる



8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/10(木) 01:12:24 ID:7yTE1MmZ0
>>6
>死んだ維新志士のなかから、たまたま小説の主人公に抜擢されて人気になったから
>有名になっただけ
『汗血千里の駒』以前から、他藩の志士の伝記でも言及されているし、
高知の志士の偉人伝などでは真っ先に取り上げられている。
明治中頃以降は、中等学校の教科書に、薩長同盟の仲介者として取り上げられている。

>司馬の小説がかかれる前は地元高知でさえ知名度低かったんだぞ
1928年には地元の寄付により坂本龍馬像が建てられた。


9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/10(木) 12:20:29 ID:ti9rDVfi0
>>8
汗血千里の駒が書かれた頃の維新番付ですら
小結評価でしかなかった
竜馬評価の専門家が司馬の小説以前は板垣よりも知名度低かったと断言してるほどだし
たいした存在ではないだろ
あくまで虚構のヒーローだよ

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/10(木) 12:39:47 ID:VL/0E2cy0
地元の者だけど、正直、自分も何がそんなに凄いのかようわからん<龍馬
龍馬ファンが多いから、ちょっと気になって調べてみた事もあったけど
調べれば調べるほど、どこが凄いのかわからなくなる。w
確かに、いろんな出来事にチョロチョロ噛んではいるみたいだけど
じゃあ、実際何をやったのかというと、自力では何もやってないに等しい。
幕末の偉人には知り合いが多かったみたいだけど・・・どうなんだろ?
フィクションのイメージが強すぎると正確な判断が出来なくなるから問題だよね。

龍馬だけでなく、歴史上の人物って本当はどんなんだったのか脚色なしで激しく知りたい。


11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/11(金) 02:38:46 ID:VtqVCt/20
難しい問題だよ。
歴史上の人物って、自伝でも遺さないかぎり、他人の評価だけ
なんだし。
他人が自分に都合のいいように、その人物を解釈するわけで。



12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/11(金) 02:49:02 ID:AMiAi0pV0
>>9
>汗血千里の駒が書かれた頃の維新番付ですら小結評価でしかなかった
小結なら充分好評価だろ。

てか、どこの出版元が出した維新番付?

>竜馬評価の専門家が司馬の小説以前は板垣よりも知名度低かったと断言してるほどだし
「板垣」と比較して知名度が低くても、それは無名を意味するわけではない。


13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/11(金) 02:52:15 ID:VtqVCt/20
暗殺の時だって、峰吉だったか・・・・
龍馬にシャモ肉を買いにやらされて、お遣いにでてる間に刺客が来たって
ことになってるけど、見廻組の実行犯の記憶では、襲撃時に部屋には坂本、
中岡のほかに子供(書生)がいたって証言があって、
子供は斬るのがかわいそうだから見逃したって、のちに語ってる。
峰吉は現場にいながら、こわさのあまり、いなかったってことをいいはり、
その時はそれが事実になって、龍馬のシャモ好きなんて話にまでなってる。

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/11(金) 02:59:12 ID:AMiAi0pV0
『汗血千里の駒』以前の評価の例

寺田栄助版『近世報国赤心士鑑』(明治9年)
ttp://www.wul.waseda.ac.jp/kosho/imaspdf/pdf2/nishigakiwo6_3145_13.pdf
坂本龍馬の名前は二段目右から3人目

皆川嘉一『木戸公小伝』(明治10年)
ttp://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/781282/6
<此時ニ方テ 土ニ坂本龍馬アリ
 各藩ノ間ニ往来シテ名アリ
 陰ニ薩長ノ阻隔ヲ憂ヘ 薩邸ニ往キ 西郷大久保諸士ニ説キ 長ニ来リ 公ニ説ク>

土居通予編『海南義烈伝』(明治11年)
ttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/777535/11
土佐藩の志士として、武市半平太の次に紹介されており、薩長の仲介者として評価されている。

荘司晋太郎他『海南愛国民権家列伝』(明治13年)
ttp://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/777388/4
薩長同盟と海援隊に果たした役割が紹介されている。


15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/11(金) 03:00:47 ID:AMiAi0pV0
明治時代の教科書の記載例

重田定一,高山栄一 『中学日本史』 内田老鶴圃 (明治32年)
ttp://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/770122/94
<是より先、土佐の坂本龍馬等薩、長の間に周旋す.薩藩依て其議を変じ、
 西郷隆盛、黒田清隆等を長州に遣はし、木戸孝允等と謀り、合同を約す.
 幕府之を知らずして、征長の師を起し、薩藩観望して兵を出さず.>

島村東洋編 『日本史』 修学堂 (明治41年)
ttp://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/899986/83
<是より先き薩藩西郷隆盛、大久保利通等幕府の救ふべからざるを知り
 相共に努力して国事に与さんと欲し長州征伐の際窃に使者を長藩に送る
 長藩木戸孝之に応じ旧怨を釈いて共に国事を図らんとす
 土藩坂本龍馬亦た之を賛し和議密に成る 然れども幕府之を知らず
 既にして征長の軍東に反返り長、薩二藩連合して討幕の軍を起さんとす
 土藩之を愁ひ藩主容堂、後藤象二郎を遣はして慶喜に説かしむ
 象二郎、慶喜に謁し時勢の変を述べて政権を返上せんことを勧む>



16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/11(金) 03:04:19 ID:AMiAi0pV0
『ベルツの日記』(菅沼竜太郎訳)の明治38年4月15日の日記から、

<そのとき、妻(ハナ)が驚きの叫び声をあげた――「あら、ここに坂本龍馬の
 墓がありますわ!――「どんな人なんだ、それは?」と、自分はたずねた。
 「ご存じありませんの?皇后さまのお夢の話を、なにかでお読みになりません
 でした?」――「いや、知らないよ。」――「昨年、戦争の始まったころ、
 皇后さまが大変不思議な夢をご覧になりましたので、これを御付の方の一人に
 おもらし遊ばされました。それによりますと、お見知りのない一人の男が、
 お夢に現れて――わたしは坂本龍馬と申す者でございます、今度の戦さは勝利
 でございますから、ご安心遊ばれますよう、お知らせ申しあげるため
 参上いたしました、この坂本龍馬めの申しあげることにうそ、偽りはございません
 ――と申し述べたそうでございます。皇后さまは、その男の様子、衣服などを
 お物語になって、そんな男が居ったかどうか、またどんな人物であったかを
 おたずねになりました。御付きの人は驚きのあまり、言葉も出ない有様でしたが、
 そのような男の居ったこと、仰せのとおりの様子をした人物であったこと、朝廷に
 尽くして死んだこと、京都に葬られていることなどをお答え申しあげました。
 それ以来、坂本は日本中で有名です。そしてこのお話は、
 国民を元気づけることにもなりました。」

ttp://bunbun.boo.jp/okera/w_shouka/s_kentei/k6_kougou_zuimu.htm
『皇后陛下御瑞夢』 検定小学唱歌6(昭和4年)
作詞 加藤義清
作曲 納所弁次郎
1 相模の海の波のうへ 國のしづめの富士みえて
 常磐かきはにいやしげる 松の葉山の假宮に
 皇后宮のならせられ 寒さ避けます頃とかや
2 名島の磯にゆきかよふ 千鳥のこゑの更け渡る
 よるの大殿の御座近く 白衣の武士ひれふして
 いとおごそかに申す様 微臣は坂本龍馬なり
3 日露の空にたちまよふ 雲足いよゝ急なれど
 微臣もちからを海戦に そゝぎてまもり候へば
 吾海軍のかちいくさ うたがふべくも候はず
4 御心安くましませと 聞えあぐるやたちまちに
 白衣のすがたかきゝえて 岸にくだくる仇浪の
 音ばかりこそ残りけれ 實にも不思議の御瑞夢や
5 王政復古のそのはじめ 海援隊の長として
 よの仇浪をしづめたる 坂本龍馬その人は
 死して護國の鬼となりて 明治の御代にも使へけり


17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/11(金) 03:27:49 ID:AMiAi0pV0
幕末〜維新の時代、少なくとも志士の間では坂本龍馬は有名人だった。
明治16年の『汗血千里駒』により、全国的に名前が知られるようになる。
明治24年4月8日の贈正四位は、橋本左内、村田清風、久坂玄瑞、高杉晋作、
武市半平太、中岡慎太郎などの名だたる志士と同時に行われている。
明治30年頃以降、教科書に取り上げられうようになる。
明治37年、葉山の御夢で有名に。
昭和初期に作られた阪本龍馬の映画は以下の通り

昭和2年、深川ひさし監督映画『竜馬暗殺 前後篇』
昭和2年、尼崎優之助監督映画『阪本竜馬』
昭和3年、枝正義郎監督映画『坂本龍馬』
昭和3年、前原武志監督映画『阪本竜馬』
昭和6年、石田民三監督映画『海援隊長 阪本竜馬』
昭和6年、石田民三監督映画『海援隊長 阪本竜馬 京洛篇』
昭和7年、長尾史録監督映画『阪本龍馬』

要するに言いたいことは、司馬が小説にする前から坂本龍馬はそこそこ知られた存在。
実際の龍馬の業績について議論するのは意味あると思うが、過大評価なのは司馬遼太郎の役割


18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/11(金) 14:59:54 ID:hsRew8Wi0
>>12
どこの出版社か知らんが、500円で買える『龍馬と維新志士がよく分かる本』に
龍馬は知名度が低く小説の影響で認知されるようになった
そのころの維新番付では小結評価で決して高い評価ではなかった
裏方だから仕方がない・・・云々
ってことが書いてある
あと、なんでも鑑定団で番組で龍馬の写真が鑑定されたとき、龍馬は明治の中頃まで
無名の存在だったと断言してたな


19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/11(金) 15:03:05 ID:hsRew8Wi0
>>17
新聞小説が書かれた後も、それほどの知名度ではないよ
龍馬専門家が司馬の小説以前は地元高知ですら知名度低かったといってるほどだからな

あくまで司馬の小説で全国的にブレイクしただけなんだよ
史実的には、まったくの無名人物ではないかもしれないが
たいして重要ではなく小物にすぎないってのは確かだよ

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/12(土) 02:57:02 ID:OhZXm2Ru0
>>18-19
新聞小説が書かれるまでは全国的に無名だったのは事実だから、なんでも鑑定団は嘘をついていない。
実際に坂本龍馬に関する新聞記事が一気に増えるのは、明治24年の正四位以降。
明治30年以降は教科書に載る人物となるので、少なくとも無名の人物ではなくなった。
で、日露戦争最中の明治37年の葉山の御夢で名前が全国区となる。

例えば>>16にあるように、単なる専業主婦のベルツの妻は坂本龍馬は
「皇后の夢の噂」のおかげで有名人であると証言している。

日露戦争の最中に連載された夏目漱石の『我輩は猫である』の中でも、
<。××に聞くとそれは按腹揉療治に限る。但し普通のではゆかぬ。
 皆川流といふ古流な揉み方で一二度やらせれば大抵の胃病は根治出来る。
 安井息軒も大変この按摩術を愛していた。坂本竜馬の様な豪傑でも時々は治療を
 うけたと云ふから、早速上根岸迄出掛けて揉まして見た。所が骨を揉まなければ
 癒らぬとか、臓腑の位置を一度顛倒しなければ根治がしにくいとかいつて、
 それは/\残酷な揉み方をやる。後で身體が綿の様になつて
 昏睡病にかゝつた様な心持ちがしたので、一度で閉口してやめにした。>
ttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/888725

>龍馬専門家が司馬の小説以前は地元高知ですら知名度低かったといってる
その龍馬専門家を疑った方がいい。
昭和3年には地元高知県で、地元住民の募金で坂本龍馬の像が建てられている。

>あくまで司馬の小説で全国的にブレイクしただけなんだよ
戦前には坂本龍馬を主人公とする娯楽映画が10編以上作られている。

司馬遼太郎の影響力を過大視し過ぎ。


21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/12(土) 14:28:47 ID:mwsbc6gf0
>>4のBBSに書いてる事が一番真っ当な意見だと思ったが・・・

皆、小説や漫画に影響受けすぎてんじゃなかいかな。
フィクションを基に議論しても滑稽なだけでしょw

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/12(土) 17:20:57 ID:BczGxCVR0
裏方役だし当時の評価では小結レベルだけど、地元で小説化されたり募金で像を建てられたりするレベルの人物ではあったと
幕末のヒーローとして大人気になるのは違和感あるが無名の雑魚と貶されるのも何か違うな

23 :日本@名無史さん:2010/06/12(土) 17:50:23 ID:cVFUZXTO0
教科書に載ったから有名だとか
小説の主人公になったから有名だとか
主張するのはムリがある。

教科書には載っているし
小説の主人公になったこともあるけれども
懐良親王や明正天皇が
日本人なら誰でも知っている有名人だってことにはならないだろ?

『竜馬がゆく』以前の龍馬は
維新志士としてそこそこ知名度はあったけれども
誰でも知っているレベルの有名人ではない。そういうこと。

24 : [―{}@{}@{}-] 名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/12(土) 20:01:10 ID:D31GI0CgP
>>1は「司馬の小説以前は、ほぼ無名」と主張してんだぞ?

それに懐良親王や明正天皇が映画の主人公になったことが一度でもあるか?

改めて戦前に公開された、映画の題名に坂本龍馬の名前が入っている
邦画をリストアップすると、以下の通り。

明治44年8月15日、『坂本竜馬』(吉沢商店製作)
明治45年6月28日、『坂本竜馬』(横田商会製作)
大正3年3月1日、『坂本竜馬』(日活製作)
大正10年11月30日、中川柴郎監督『坂本竜馬』(帝国キネマ演芸製作)
大正14年11月12日、大久保忠素監督『坂本竜馬』(松竹キネマ製作)
昭和2年10月21日、深川ひさし監督『竜馬暗殺 前後篇』(帝国キネマ演芸製作)
昭和2年12月31日、尼崎優之助監督『阪本竜馬』(高木新平プロダクション製作)
昭和3年1月7日、前原武志監督『阪本竜馬』(日活製作)
昭和3年5月18日、枝正義郎監督『坂本龍馬』(阪東妻三郎プロダクション製作)
昭和6年1月5日、石田民三監督『海援隊長 阪本竜馬』(帝国キネマ演芸製作)
昭和6年2月25日、石田民三監督『海援隊長 阪本竜馬 京洛篇』(帝国キネマ演芸製作)
昭和7年7月15日、長尾史録監督『阪本龍馬』(河合映画製作社製作)
昭和11年8月13日、冬島泰三監督『坂本竜馬』(松竹キネマ製作)
昭和14年2月1日、秋山耕作監督『坂本竜馬の妻』(松竹製作)

以下の二つは、配役のトップに坂本龍馬の名前が入っている。

昭和元年11月10日、児島三郎監督『憂国の少年』(日活製作)
昭和17年5月14日、永田雅一総指揮『維新の曲』(大映製作)

25 : [―{}@{}@{}-] 名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/12(土) 21:16:44 ID:D31GI0CgP
ちなみに西郷隆盛が主人公と推定される戦前の映画のリスト。
明治44年4月15日、『西郷隆盛西南戦争』(横田商会製作)
大正元年4月29日、『西郷隆盛一代記』(横田商会製作)
大正7年11月3日、『西郷隆盛』(日活製作)
昭和4年10月4日、中島宝三監督『西南戦争』(マキノプロダクション製作)
昭和5年5月17日、志波西果監督『江戸城総攻め』(帝国キネマ演芸製作)
昭和8年12月31日、稲垣浩監督『風雲 前篇』(千恵蔵プロダクション製作)
昭和9年1月7日、稲垣浩監督『風雲 後篇』(千恵蔵プロダクション製作)
昭和12年11月11日、下村健二監督『西郷南州』(今井映画製作所製作)
昭和14年7月25日、仁科紀彦監督『西郷と益満』(新興キネマ製作)

桂小五郎はこんな感じで、案外人気がある。
明治44年8月1日、『桂小五郎』(吉沢商店製作)
大正15年3月7日、江後岳翠監督『燃ゆる若武者』(帝国キネマ演芸製作)
大正15年5月25日、斎藤寅次郎監督『桂小五郎と幾松』(松竹キネマ製作)
昭和2年7月14日、池田富保監督『地雷火組 第一篇』(日活製作)
昭和2年7月22日、池田富保監督『地雷火組 第二篇』(日活製作)
昭和3年7月13日、池田富保監督『地雷火組 完結篇』(日活製作)
昭和6年11月28日、石田民三監督『地雷火組』(新興キネマ製作)
昭和8年7月13日、宇沢義之 沖博文監督『剣士桂小五郎』(阪東妻三郎プロダクション製作)
昭和9年、久見田喬二監督『旅姿桂小五郎』(日活製作)
昭和11年9月13日、山口哲平監督『颯爽桂小五郎』(極東映画社製作)
昭和14年3月30日、池田富保監督『王政復古 担龍篇 双虎篇』(日活製作)

大久保利通に関しては、配役のある映画は数点あるけど、主人公と推定される映画は皆無。


26 : [―{}@{}@{}-] 名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/12(土) 21:19:30 ID:D31GI0CgP
ついでに戦前の教科書に全く登場しない新撰組は、戦前のチャンバラ映画では引っ張りだこのようだ。

大正3年1月、『近藤勇』(日活製作)
大正10年7月4日、『近藤勇』(日活製作)
大正13年12月25日、『女人地獄』(帝国キネマ演芸製作)
大正14年2月26日、森本登良夫監督『近藤勇』(帝国キネマ演芸製作)
大正14年10月8日、清水宏監督『虎徹の斬れ味』(松竹キネマ製作)
大正15年2月10日、大森勝監督『天満のお蝶』(帝国キネマ演芸製作)
大正15年7月1日、辻吉郎監督『義に鳴る虎徹』(日活製作)
大正15年8月12日、松屋春翠監督『増補新選組』(東亜キネマ製作)
大正15年8月13日、辻吉郎監督『新撰組 前篇』(日活製作)
大正15年、辻吉郎監督『新撰組 後篇』(日活製作)
昭和元年12月31日、安田憲邦監督『乱闘の巷』(阪東妻三郎プロダクション製作)
昭和3年12月11日、犬塚稔監督『新撰組隊長近藤勇 第一篇』(阪東妻三郎プロダクション製作)
昭和3年12月31日、曾根純三監督『近藤勇』(河合映画製作社製作)
昭和4年5月10日、犬塚稔監督『新撰組隊長近藤勇 第二篇』(阪東妻三郎プロダクション製作)
昭和4年6月28日、井上金太郎監督『剣士沖田総司』(ツキガタプロダクション製作)
昭和5年10月17日、伊藤大輔監督『興亡新選組 前史』(日活製作)
昭和5年10月31日、伊藤大輔監督『興亡新選組 後史』(日活製作)
昭和7年5月20日、衣笠貞之助監督『生き残った新選組』(松竹キネマ製作)
昭和7年12月31日、村田実、田坂具隆監督『昭和新撰組』(新映画社製作)
昭和8年1月10日、根岸東一郎監督『残党新撰組』(河合キネマ製作)
昭和9年5月31日、益田春夫監督『新撰組悲歌』(大都映画製作)
昭和9年12月31日、稲垣浩監督『新撰組 前後篇』(日活製作)
昭和9年12月31日、長男史録監督『勤皇党』(阪東妻三郎プロダクション製作)
昭和10年7月18日、笠井輝二監督『第二新選組』(松竹キネマ製作)
昭和10年10月11日、山本嘉次郎演出『エノケンの近藤勇』(P.C.L.映画製作所製作)
昭和12年10月11日、武山政信監督『新選組』(P.C.L.映画製作所製作)
昭和13年6月1日、マキノ正博監督『新撰組』(日活製作)
昭和15年1月13日、森一生監督『近藤勇』(新興キネマ製作)

なお数多くある「鞍馬天狗」シリーズには、桂小五郎、坂本龍馬、西郷隆盛、新撰組の面々もちょくちょく出ている。


27 : [―{}@{}@{}-] 名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/12(土) 21:28:20 ID:D31GI0CgP
一応大久保利通の配役のある戦前の映画(日本映画データベースでの検索)は以下の通り

大正15年5月25日、斎藤寅次郎監督『桂小五郎と幾松』(松竹キネマ製作)
 桂小五郎の次に名前がクレジットされているけど、どうみても主人公は桂小五郎

昭和15年5月15日、内田吐夢監督『歴史 第一部 動乱戊辰』(日活製作)
 配役のトップが片倉新一郎、丹羽長国などで、戊辰戦争の敗者を主人公とした映画と思われる。多分大久保は悪役

昭和17年1月14日、森一生監督『大村益次郎』(新興キネマ製作)
 どうみても主人公は大村益次郎

大久保利通の不人気ぶりがうかがわれる。


28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/13(日) 03:20:33 ID:ixPI+5ED0
維新三傑と龍馬を比較して小物だ何だという意見もあるが、
そもそも立場が圧倒的に違うんだから、比較するのは無意味。
脱藩浪人という視点で観ないと、龍馬の魅力は分からないと思う。

しかし、メディアは、未だに司馬の小説をネタに番組作りするのはやめてほしいw

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/13(日) 22:10:48 ID:WFMFoUMpO
累計1000万部を越えると聞く、司馬遼太郎「竜馬がゆく」。
影響が負の要素の理解の理由は、何?学部や院で歴史学の教育を
うけたのでもない者が何を偉そうな御託をいうのか分からないと、
釣り堀に餌を撒きます。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/16(水) 16:16:08 ID:9tQgz2KU0
どんな奴も俺と比べれば小物w

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/18(日) 21:17:54 ID:n22ME+cA0

★竜馬がゆくの誕生経緯★ 作られた英雄 龍馬

友人「土佐に坂本龍馬っていう人がいたらしいんだ」
司馬「へぇー龍馬?知らないなぁ そんな人がいたのか」
友人「その龍馬ってのが面白いエピソードがあるらしいんだ。どうだ、この人物について書いてみないか?」
司馬「でも龍馬なんて聞いたこともないから、調べてから決めるよ」
友人「わかった。とりあえず調べてみてくれ」

ソース 当時、司馬と交流のあったサンケイ新聞社員の話


32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/18(日) 21:23:57 ID:n22ME+cA0

■明治維新の英雄の思想状況■

サヨク                                             ウヨク


                                                 吉田松陰
                                    高杉晋作
                                    伊藤博文
                                    山県有朋
                                                 久坂玄瑞
西郷隆盛
                                             大久保利通
   坂本龍馬
                              木戸孝允
                              井上馨



33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/24(土) 14:40:47 ID:ty0Zm/lt0
>>31-32
そのサンケイ新聞の社員が無知なだけ。

司馬遼太郎以前から坂本龍馬は小説のネタになっていた。



34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/24(土) 20:22:16 ID:YMyDX5Uf0
>>33

真性発見。


35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/30(金) 17:46:06 ID:iUxWgOj/0
明治時代には坂本龍馬は小説になっていたでしょ。
日露戦争のとき皇后陛下の夢枕に立ったこともあるでしょ。
第二次世界大戦の戦中に映画化された「坂本龍馬」の映画もあったでしょ。
昔から坂本龍馬は有名だったよ。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/30(金) 17:55:54 ID:lfEsXUjT0
何だか哀れ過ぎる
暗殺された後も新政府を正当化する為のプロパガンダに無名の男が利用され続けたのか

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/30(金) 18:42:05 ID:W8gZMfrRP
暗殺したのは幕府の役人じゃん
新政府は全然関係ないわボケ!!!

38 : [―{}@{}@{}-] 名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/30(金) 21:18:23 ID:83B1qKBSP
戦前から現在まで公開された、坂本龍馬が主人公、ないしは準主人公クラスの映画は以下の通り。
(日本映画データベース)

1911年08月15日、吉沢商店製作『坂本竜馬』
1912年06月28日、横田商会製作『坂本竜馬』
1914年03月01日、日活(京都撮影所)製作、牧野省三監督『坂本竜馬』
1921年11月30日、帝国キネマ演芸製作、中川柴郎監督『坂本竜馬』
1924年11月12日、松竹キネマ(下加茂撮影所)製作、大久保忠素監督『坂本竜馬』
1926年11月10日、日活(大将軍撮影所)製作、波多野安正監督『憂国の少年』
1927年10月21日、帝国キネマ演芸製作、深川ひさし監督『竜馬暗殺 前後篇』
1927年12月31日、高木新平プロダクション製作、尼崎優之助監督『阪本竜馬』
1928年01月07日、日活(太奏撮影所)製作、清瀬英治郎監督『阪本竜馬』
1928年05月18日、阪東妻三郎プロダクション(太奏撮影所)製作、枝正義郎監督『坂本龍馬』
1931年01月05日、帝国キネマ演芸製作、石田民三監督『海援隊長 阪本竜馬』
1931年02月25日、帝国キネマ演芸製作、石田民三監督『海援隊長 阪本竜馬 京洛篇』
1932年07月15日、河合映画製作社製作、長尾史録監督『阪本龍馬』
1933年10月19日、朝日映画聯盟製作、志波西果監督『海援隊快挙』
1936年08月13日、松竹キネマ(太奏撮影所)製作、冬島泰三監督『坂本竜馬』
1939年02月01日、松竹(下加茂撮影所)製作、秋山耕作監督『坂本竜馬の妻』
1939年11月30日、日活(京都撮影所)製作、辻吉郎監督『海援隊』
1942年05月14日、大映(京都撮影所)製作『維新の曲』
1952年09月10日、東映(京都撮影所)製作、丸根賛太郎監督『満月三十石船』
1970年02月14日、中村プロダクション製作、伊藤大輔監督『幕末』
1974年08月03日、映画同人社=ATG製作、黒木和雄監督『竜馬暗殺』
1986年01月25日、東京放送=電通製作、河合義隆監督『幕末青春グラフィティ Ronin 坂本竜馬』
1987年10月17日、アルマンス企画製作、山下耕作監督『竜馬を斬った男』
1987年12月19日、東宝映画製作、松林宗恵監督『ゴルフ夜明け前』
2002年09年14日、東宝=博報堂製作、市川準監督『竜馬の妻とその夫と愛人』


39 : [―{}@{}@{}-] 名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/30(金) 21:20:16 ID:83B1qKBSP
上記の映画以外に、坂本龍馬の配役が確認できた映画は以下の通り。
(多分検索漏れがあると思われる)

1924年06月06日、マキノ映画製作所(等持院撮影所)製作、後藤秋声監督『血桜』
1924年07月01日、日活(京都撮影所)製作、池田富保監督『燃ゆる渦巻 第四篇』
1926年03月19日、マキノプロダクション(御室撮影所)製作、沼田紅緑監督『孔雀の光 第二篇』
1926年04月30日、マキノプロダクション(御室撮影所)製作、沼田紅緑監督『孔雀の光 第三篇』
1926年12月31日、阪東妻三郎プロダクション(太奏撮影所)製作、安田憲邦監督『乱闘の巷』
1927年05月29日、衣笠映画聯盟=松竹キネマ(下加茂撮影所)製作、衣笠貞之助監督『勤王時代』
1928年02月10日、マキノプロダクション(御室撮影所)製作、曽根純三監督『角兵衛獅子功名帖』
1928年09月27日、日活(太奏撮影所)製作、池田富保監督『維新の京洛 竜の巻 虎の巻』
1928年12月11日、阪東妻三郎プロダクション(太奏撮影所)製作、犬塚稔監督『新撰組隊長近藤勇 第一篇』
1929年05月10日、阪東妻三郎プロダクション(太奏撮影所)製作、犬塚稔監督『新撰組隊長近藤勇 第二篇』
1930年07月13日、東亜キネマ(京都撮影所)製作、後藤岱山監督『続・鞍馬天狗 電光篇』
1933年08月31日、日活(太奏撮影所)製作、伊藤大輔監督『月形半平太』
1934年05月17日、松竹キネマ(下加茂撮影所)製作、冬島泰三監督『月形半平太』
1935年10月11日、P.C.L.映画製作所製作『エノケンの近藤勇』
1939年03月30日、日活日活(京都撮影所)製作、池田富保監督『王政復古 担龍篇 双虎篇』
1955年06月05日、日活製作、滝沢英輔監督『六人の暗殺者』
1957年01月03日、新東宝製作、並木鏡太郎監督『桂小五郎と近藤勇 龍虎の決戦』
1969年08月09日、フジテレビ=勝プロダクション製作、五社英雄監督『人斬り』
1991年07月06日、角川春樹事務所製作、薬師寺光幸監督『幕末純情伝』
2003年05月15日、ENKプロモーション製作、かわさきひろゆき監督『綺麗に咲いた』


40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/31(土) 11:41:46 ID:arZzcWlT0
龍馬は、かなりたくさん主演や助演をしているじゃないの。
けっして、無名ではなかったんだよね。多分。

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