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外国人の人権2

348 :法の下の名無し:2008/02/27(水) 15:54:20 ID:N+EDcsT0
続き。

我が国が、国民主権、民主主義の原理を採用しています。(前文、1条)。
国民主権における「国民」の内容が、憲法上定まっていないとすれば、国民主権原理が全く無意味に
なってしまうことから、その意味の「国民」は、実質的な意味を持ちます。
民主主義は、治者被治者の自同性の要請を含みますから、「国民」概念を解釈するにあたっては、
被治者の実態を重視して考えるべきです。これが「>>1」の中心議論です。

民主主義が正義かと抽象的に問われれば、それはYESでしょう。しかし、民主主義の内容は一義的
ではなく、民主主義とくくられる一群の中でもずいぶんと異なった考え方が存在します。
直接民主主義と間接民主主義が高校の教科書にも載っていた対立の例です。
こうして、民主主義の中身をどうとらえるかもまた、憲法解釈の問題となります。

国民主権に関する議論の詳細はどこかを検索してもらうとして、通説は、権力の正当性の根源が国民に
あることととらえます。この立場からは、国民は「過去、未来も含めた観念的統一体」と定義され、
治者被治者の自同性も抽象的にとらえられることになります。
いわゆる有力説は、通説に加えて、総体としての国民と同一視される有権者団が、実際の権力を行使するとします。
有力説によれば、同一視という観念を通じて、その限りで治者と被治者が現実に結びついています。
いずれにせよ、現在する国民が現実に権力を行使することととらえる学説はあまり支持をえません。
これは、民衆というのは気分屋で愚かな者だから、現実に力を行使させるとろくなことにならない、
国民主権、民主主義の名の下に、憲法秩序の破壊が行われかねない、という親切心ないし大きなお世話的な考慮によるものです。
こうして、憲法の要請する治者被治者の自同性とは、現在、未来も含む観念的な被治者が、
権力の制定性の根拠でなければならないこと。有力説に立つと、上の被治者と同一視出来る有権者団が、
現実の権力を有すること(ほぼイコール参政権を有すること)を意味することになります。

もう一度、国民概念に返ります。ここから先は、まったく私の考えです。
過去未来も含めた総体としての国民については、抽象的意味での治者被治者の自同性に反さぬ様、
少なくとも現実に被治者の実態を有する者は、ここに組み込まなければならない。
また、この意味の国民が国籍で定まるとするのは、国籍法で定められた主権者が国籍法に自らの定義を委ねるという美しいまでの循環論ができあがってしまう。
通説ならば、国籍法による国籍保有者が総体としての国民の枠をはみ出さない様にすることが要請されて、
国民概念に関する議論は、それで終わりです。もう民主主義という理由は消費尽くされました。出てきません。
あとは、国籍法が14条、15条3項等ほかの規定に反さない様にするだけです。
有力説に立つと、実際の参政権保有者と総体としての国民が同一視できる必要があります。
参政権と国籍を切り離さない議論の進め方(前の仮定1)に立つと、実質的意味の国民と有権者団が、
同一視出来るように国籍法を定められなければなりません。とはいえ、相手は抽象的総体ですから、
幾何で言う合同は無理で、せいぜい相似形でしょう。相似形を崩さない範囲で、国籍法に関する立法裁量が認められます。

続きは、また今度。
いまや手元にまともな教科書もないので、間違い等あれば、ご指摘下さい。

349 :法の下の名無し:2008/02/27(水) 16:57:38 ID:VQFPeWoW
>>345
>つまり、在日コリアンが憲法上の国民であるとして、政府には第一に国籍制度
>(国籍法)の内容を憲法に合致したものにする義務があり、
>かかる義務を果たしている場合には、在日コリアンの諸権利を一般の外国人と同等に扱うかは
>原則として政府の立法裁量ということでしょうか。
>
>この結論は、国籍法が適正な内容であっても在日コリアンの権利を国籍を理由に制限することが
>許されないということを意味すると思います。
>(つまり最初の引用部分と矛盾する可能性が強い)

その場合は、

・国籍法が適正な内容ではなかった。
・政府の裁量はまったくの自由ではなく、国籍法のみならず憲法にも規制され、
 在日コリアンを国民として扱わないのこと(国籍を付与しない or 国籍を理由に参政権を認めない)が憲法違反になる。

これらのうちのいずれかであり、いずれにしても、
憲法上の国民に憲法上の権利を保障する責務は政府にあるわけなので、
正当な理由がなければ、許容されることはないと言える。

350 :法の下の名無し:2008/02/27(水) 16:58:04 ID:VQFPeWoW
>>346
>国民主権原理を援用できなくとも、例えば、国籍という明確な基準を用いる利益を援用することはできますし、

明確な基準ということなら、市民権証のようなものも可能でしょう。
なぜ、国籍である必要があるのかという点で根拠が弱いと思うが?

>そもそも、抽象的な観念的総体である「国民」から現実の権力を
>行使する有権者団を確定する作業には、ある程度の立法裁量が認められるでしょう。

これには同意

351 :法の下の名無し:2008/02/27(水) 16:58:32 ID:VQFPeWoW
>>347
>2.その場合でも帰化は義務ではありませんが、帰化しなかったことにより、
>何がしかの不利益をこうむっても、これは仕方が無い。
>合憲的に運用されるある制度が存在するなら、その制度をあえて利用しない
>不利益もまた甘受しなければならない、と考えるわけです。

問題はそうではないのだ。
キモは「在日(住民)の側に、帰化の義務があるのか?」という点。
この点を「無い」と認めてしまえば、上の結論には至らないということ。
「合憲的に運用される」ことで、帰化制度が合憲であることを言っているようだが、
帰化制度自体が合憲であるだけでは足りない。帰化制度自体に違憲性がなくても、
・憲法上の国民に憲法上の権利を保障できてない(15条)。
・憲法上の国民を、国民と認定できてない(10条)
これらの責務を果たせてないという意味で、政府には総合的な違憲性が生じる。
これは、責務が為政者(国)であることと責務が被治者(住民)に無いことの合わせ技として生じる不当性である。

352 :法の下の名無し:2008/02/27(水) 16:58:57 ID:VQFPeWoW
例えば、

・ひろゆきが、2chの運営は利用者である2chネラの合意(参政)によって行うと宣言
・その運営参加には、「2chネラ称(キモイ)」を取得する必要があるとする。

↑この場合、「2chネラ称なんてヤダ」と言って参政権(参加権)を得られないことになる
「比較上の不利益」をこうむることになる利用者もいるだろう。しかし、これには何ら不当性はない。
なぜなら、ひろゆきには「利用者全てに参政権を認める責務」がないから。

・ある地方自治体が、住民の自治を宣言した。
・有権者名簿に記載されるためには、現住所を登録して住民であることを示す必要があるとする。

↑これはごく普通の地方選挙なわけだが、現住所の登録をしないヤツは実際にいるだろう。
だが、自治体は憲法上、住民に参政権を認めることを義務づけられているにもかかわらず不当性はない。
なぜなら、現住所の登録は法律で“義務”づけられており、それは自治体の運営上必要なことであると認められているから。
しかし、その一方で、

・ある地方自治体が、住民の自治を宣言した。
・有権者名簿に記載されるためには、現住所を登録するだけでなく、戸籍も変更する必要があるとする。

↑これはダメでしょう。戸籍は実質的な意味がないものだと自治体が主張したとしても、
「これは長州人の証であり、俺が所属する長州人会では戸籍を必須としている」などと言って
戸籍変更に応じない者も出てくる。住民であることは現住所登録で証明可能なのだから、
戸籍の変更は余計なことであり、「仕方ないことである」として容認することはできない。
これは、「参政権が欲しいなら踏み絵を踏め」というのと同じであり、義務として認められない以上、
不利益を容認するものにはならない。
戸籍制度自体が、合憲であっても同じ。そもそも、この自治体は戸籍制度を利用してるだけで、
戸籍制度(戸籍法)を地方参政権の必要事項のように改正したわけではない。
当初の問題に立ち返ると、帰化制度自体に違憲性がなくても総合的に違憲性が生じる。
従って、その違憲性は「帰化制度自体は合憲だ」と主張しても解除されない。

353 :法の下の名無し:2008/02/27(水) 16:59:52 ID:VQFPeWoW
>>347
>上はまったく成り立ちません。しかし、そこまでの要請は憲法上導かれないと考えます。
>国民主権、民主主義は、憲法の正当性をあたえる元としての国民に被治者を含めることを
>要請するが、それにとどまると考えるわけです。

国民に参政権を認めることが、憲法によって課された国の責務ではないと?
これはかなり過激な発言ではないか?
とりあえず、本気でこれを主張しようと思ってるのか聞きたいが、
結局は、性質性に毒されてるだけではないかと、オレは思う。
性質説では、国民とは別に「国民に準ずる者」といった概念を構築する。
「憲法上の国民概念」ということで、これを考えてるのではないか?

354 :法の下の名無し:2008/02/27(水) 17:00:44 ID:VQFPeWoW
ここから、性質説および最高裁判決批判(興味がないなら読まなくてもいい)

性質説と文言説を考える上でとてもいい例は、あの最高裁判決、
http://www2.interbroad.or.jp/shimada/ftp.osaka.saikousai.hannketu.html
これは文言説によって性質性を否定したわけでしょ?
後段の「憲法第八章の地方自治に関する規定は、民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み」とは、
民主主義を根拠に「国民(住民)と同等の権利が認められるべき」としたもの(性質説)。
その一方で、前段は国民主権を根拠に、外国人には参政権が認められない(認める責務はない)とした(文言説)。
はっきり言って矛盾なんだが、とにかく裁判官は後者(文言説)を是として、性質説を退けた。
簡略的にまとめると、在日に関し、

性質説:参政権→是(民主主義)
    :国民→否(国民に準ずる者であって国民ではない。国籍を持ってない者が外国人であることは否定しない)

文言説:参政権→否(「国民主権ウ」により参政権は国民のみの権利だと主張し、民主主義が適用されること自体は否定しない)
    :国民→否(根拠不明#以下で述べる)

例のスレ:参政権→是(民主主義)
     :国民→是(「民主主義+国民主権ウ」により、論理的必然として国民となると主張)

性質説は「国民に準ずる者」として国民としての権利を求めるものの、憲法10条の国民とはしない。
文言説(判例)は民主主義が適用されて参政権を認めるべきことになることを否定しないが、
憲法の国民主権原理をもって、外国人には認められないとする。
この国民主権原理は「国民とその性質が認められる者が一致すること」を要求するので、
これそのものが文言説とも言える。この意味では、「例のスレ」は文言説の一種であって敵対関係にはない。
つまり、文言説は「国民=主権者」という理念自体は否定してない。
「国民=主権者」と不整合が生じているのは性質説であり、「国民=主権者」が憲法上の理念であるなら、
性質説に勝ち目はない。しかし、問題は、在日の外国人認定は国民主権(国民=主権者)そのものではないこと。
実際、「例のスレ」は国民主権(国民=主権者)を否定せず、それを前提とする形で、
「在日は日本国民」を導いている。つまり、

例のスレ:「国民は国籍で示す」という趣旨は否定しないが、その政府運用の結果を否定する。
     :憲法前文(民主主義)によれば、在日は主権者となるから、「国民=主権者」により、国民。

文言説(判例):「国民は国籍で示す」であるから、在日は外国人

ここで注意すべきは、在日に国籍が無いのは、主に国籍無効化の通達によるものであり、
血統主義その他の諸要素よる結果としてそうなってるわけであって、
「国民は国籍で示す」という趣旨によって直ちに導かれるものではないこと。
要するに、最高裁判例には、在日が外国人であるとする“憲法論的な根拠”がないと言える。

355 :法の下の名無し:2008/02/27(水) 17:02:16 ID:VQFPeWoW
繰り返すが、在日の外国人認定は

文言説(判例):「国民は国籍で示す(目的)」であり、政府の国籍認定も「正しく国民に国籍を付与できている」から、外国人

本来なら、↑こうでなければならない(目的は結果を正当化しないので)。簡略的に言えば、

T、「A:国民は国籍で示す(目的)」+「B:現状の国民認定(結果)は正当」→「Xは国民ではない」

にもかかわらず、最高裁はBをしなかったことにより、憲法から「Xは参政権を認めるべきだが、認める必要ない」という
矛盾した結論を導き出している。これが正しいなら、憲法は内部矛盾しているということになるし、
そうでないなら、最高裁は「根拠もなく憲法を矛盾認定している」ということになり、98条に抵触する。
オレは後者だと思っているのだが、ここでそれを言うつもりはない。要は、T意外にも国民認定の仕方はあって、
そちらの方が本質的であるということ。つまり、

U「C:国民主権(国民=主権者)」+「D:民主主義」+「E:民主主義により、Xは主権者と見なすべき」→「Xは国民である」

これが例のスレが言っていることであり、そもそも、Bの正当化は「Aのみ」では成立しないわけで
(成立するとすれば、「どんな国籍付与でもOK」とAが述べているということになるが、そんなことは有り得ないだろう)、
A以外の理念、しかも、実状との関係で国民を選択する機能を持っている理念が必要になる。で、それこそが、Uであろう。
どういうわけか、「民主主義+国民主権」に国民選択機能があることを把握しない者が多いのだが、
上記の判例は、このどちらも認めていながら、そこから生じる「参政権は認めるべき」を根拠もなく否認している。
その一方で、性質説はDとE(「D:民主主義」+「E:民主主義により、Xは主権者と見なすべき」)は
大まかに認めながら(どういうわけか参政権は認めるが主権者であることは認めない?)、
C(国民主権)が自分を否定するものであるかのようにみなして、「Xは国民である」にまで踏み込まない。
いずれにせよ、判例にある憲法上の矛盾は、Uによって解決するし、憲法論として整合性をつけるにはこれしかないと思うが?
排除すべきは、根拠もなく「B:現状の国民認定(結果)は正当」とやることだよ?

補足:ここでは単純化のために「国民=主権者」という表現を使っているが、
   Uや判例では「主権者→国民(主権者であれば国民)」のみが必要であり、
   「その逆も真なり」を意味する「=」である必要はない。
   ただ逆は通常の「国民であれば主権者」だからたいした問題ではない。

356 :法の下の名無し:2008/02/27(水) 17:03:10 ID:VQFPeWoW
>>348
>通説は、権力の正当性の根源が国民にあることととらえます。

そうであったら嬉しいわけだが、オレの区分ではそうではないでしょう。
「権力の正当性の根源が国民にあることととらえます」
これは「当該の全ての権力根源は国民に存ずる」という意味で、
権力根源の集合が、国民の集合に含まれるということでしょ?
つまり、「権力根源は国民である」で、言い換えれば、
「主権は国民にある」もっと言えば「主権者は国民である」。
教書的には、国民主権は「国民は主権者である(国民には権力根源がある)」なのだから、
上記の命題とは「逆」の関係にある。
これが別であることは、例えば「権力根源のない国民」が想定できるかどうかを考えればいい。
前者は容認するが後者は容認しない。
とはいえ、この論点は「枝葉」であって、本論にとってはどうでもいいこと。

>有力説によれば、同一視という観念を通じて、その限りで治者と被治者が現実に結びついています。
>いずれにせよ、現在する国民が現実に権力を行使することととらえる学説はあまり支持をえません。

「現在する国民が現実に権力を行使する」ということは本論では問題ではない。
本論では、現実の人間に対して「参政権を認める」「主権者と認める」ということが問題なのであって、
彼らが選挙に行かないか、選挙がほとんど無意味であってもかまわない。
そもそもオレは国民主権や民主主義は愚民を騙すトリックという意義があるだけで、
実査には適当な理念ではないと思っている(←これも関係ない話だが)。
関係ない話ついでに言えば、治者認定しなきゃトリックにならないじゃないかってこと。

>また、この意味の国民が国籍で定まるとするのは、
>国籍法で定められた主権者が国籍法に自らの定義を委ねるという美しいまでの循環論ができあがってしまう。

その通り。「現行国籍保持者は本当に国民か?」という問に対して、「国民は国籍で示すのもの」という定義で
その問が真とななり、その定義の正当性に、「国籍法で認められた主権者に認められたから」とすれば、
「国籍法」→「国籍保持者の集団X」→「主権」→「国籍法」
といった循環が生じ、たとえXが「在日」であっても、「福田一族」であっても真となってしまう。
だが、『「主権」→「国籍法」』ってなことはどんな法律にも言えることであり、
どんな法律でも違憲判断できなくなってしまう。つまり、憲法理念は単純な「主権者に認められた」の上位になければならない。

>幾何で言う合同は無理で、せいぜい相似形でしょう。相似形を崩さない範囲で、国籍法に関する立法裁量が認められます。

それで十分。一票の格差でも「無い」なんてことでなくても合憲とされる。

357 :法の下の名無し:2008/02/27(水) 20:13:58 ID:N+EDcsT0
>>349
国民主権原理を定住外国籍人の人権制約原理として用いることが出来るかという論点です。
話が違います。

>>350
これも、国民主権原理を定住外国籍人の人権制約原理として用いることが出来るかという論点です。
話が違います。

>>351
>>352
もちろん、帰化は義務ではありません。
何回か見た文章ですが、実体法上の義務とそれを要件とした法律の憲法適合性をパラレルに論じる根拠がありません。
問題となる権利ごとに、その権利の行使の可否を住民登録を基準とすることが合理的かどうかを判断するだけです。

>>353
>国民に参政権を認めることが、憲法によって課された国の責務ではないと?
そうです。
同旨の発言を
>幾何で言う合同は無理で、せいぜい相似形でしょう。相似形を崩さない範囲で、国籍法に関する立法裁量が認められます。
と繰り返しています。
過去や未来の抽象的国民にどうやって具体的な参政権を与えるのですか?

>>354 >>355
良くわかりませんが、文言説を誤解されています。もはや克服された学説であり、判例でも用いられることはありません。

>「Xは参政権を認めるべきだが、認める必要ない」
どこがこう読めたのでしょうか?
>(どういうわけか参政権は認めるが主権者であることは認めない?)
たしかに、引用判例は、傍論で参政権を立法裁量の問題としましたが、主権者ではないとしました。その整合性は不明です。

>>356
>「現在する国民が現実に権力を行使する」ということは本論では問題ではない。
>本論では、現実の人間に対して「参政権を認める」「主権者と認める」ということが問題なのであって、
いや、主権者と、権力の行使=参政権は別だと長々書いているのだが。現実の行使とは投票に行くことではない。

>>幾何で言う合同は無理で、せいぜい相似形でしょう。相似形を崩さない範囲で、国籍法に関する立法裁量が認められます。
>それで十分。一票の格差でも「無い」なんてことでなくても合憲とされる。
で、参政権と国籍を切り離さない議論の進め方(前の仮定1)に立つ以上、それは同時に参政権を認める範囲にもなる。
以前書いた様な、
実質的国民であるならば、それにふさわしい形で国籍取得する
途が無ければならない。届出制とまでは行かずとも、いくらなんでももう少し、明確で容易な帰化制度を
整備する必要がある。また、2重国籍を絶対に禁止すべきか議論の余地もある。
といった国籍法を採れば、相似形を認めるのに必要十分ではないかと考えます。

参政権と国籍を切り離さない議論の進め方に異論があれば、別の仮定でもかまいません
便宜上仮定しただけで、議論の実質は同じことです。

358 :法の下の名無し:2008/02/28(木) 01:33:30 ID:M08LsARP
>>346
>届出制は、ひとつの簡明な方法であることは、間違いありません。
>2重国籍をどうするかという議論が残るだけです。

二重国籍の是非それ自体ではなくて、政府の憲法によって課された義務の内容について考えているのです。
二重国籍はおいといて、政府の国籍法制の構築に当たって、在日コリアンとの関係で国籍法以外の手続で在日コリアンの意思による国籍取得手続を整えた場合、
その手続を開始しようとしない在日の諸権利を実質的国民と同等に扱わないことは、許容されるのかどうかを問題にしています。
(参政権、社会権保障を、今のままとどめておくことです)

>大本にあるのは、国民主権、民主主義という多義的な原理は、解釈論の理由付けとして援用しても良いが
>限定的にもちいなければならないという価値判断です。
>その実質的理由は、国民主権をめぐる議論の中で、人民主権論を否定する理由と同じです。

ということは、在日コリアンだけではなくて、主権の論理を権利制約の根拠として持ち出すことそれ自体否定するということでしょうか。
(こういう学説も確かにありますね。)
ただ、この学説の論拠は、在日の権利論とは次元が違いますね。
それに、この学説を採用するとしても上述の問題は残ります。
国民主権が在日の権利制約根拠とならなくても、例えば地方選挙権が付与されない場合、
憲法レベルでの国民でありながら参政権を保障されない人が出てくるわけですが、
それはやはり致し方ないということでしょうか?
>>347の論述からはそのような傾向がうかがえますね)

359 :法の下の名無し:2008/02/28(木) 01:51:45 ID:M08LsARP
>>358訂正
× (>>347の論述からはそのような傾向がうかがえますね)

○ (>>348の論述からはそのような傾向がうかがえますね)

360 :法の下の名無し:2008/02/28(木) 02:18:23 ID:M08LsARP
>>346
>国民主権原理を援用できなくとも、例えば、国籍という明確な基準を用いる利益を
>援用することはできますし、そもそも、抽象的な観念的総体である「国民」から現実の権力を
>行使する有権者団を確定する作業には、ある程度の立法裁量が認められるでしょう。

この国民主権理解は、ナシオン主権のそれでしょうか。
それは別に良いとして、仮にプープル主権論に立つとしても、
有権者団の確定にある程度立法裁量が認められるのは当然だと思います。
ただ、そのことと、有権者団の確定に当たって実質的国民である在日の参政権からの排除を許容する理論を導けるかどうかは別の問題ですね。
国籍と、実質的国民との乖離が大きければ、やはり有権者団を国籍で判断することは憲法の趣旨に合わないだろうし、
逆に国籍が実質的国民とある程度一致が確保されうるならば、国民確定に当たってもっぱら国籍で判断することも許容されるでしょう。
で、これを踏まえたうえで国籍届出法の成立はどう評価されるのかがやはり問題でしょう。

361 :法の下の名無し:2008/02/28(木) 14:59:20 ID:gwgzJUM4
>>357
>国民主権原理を定住外国籍人の人権制約原理として用いることが出来るかという論点です。
>話が違います。

今回になってようやく確信したんだけど、あなたは性質説論者でしょ?
オレにとって、性質説を批判する意味はないのかもしれないけど、
はっきり言って、性質説では「国民主権原理を定住外国籍人の人権制約原理として用いることが出来るか」
という論点には応えられません。なぜなら、想定される制約とは主権や参政権にかかわるものであり、
条文で「住民」が対象にされている地方参政権はともかく、「国民」が対象になってる前文、15条などで
ある種の制限がかかるのは自明だからです。この場合、制限という表現がそもそも不適切で、
「始めから人権保障義務が認められないのであって、制限してるのではない」ということでしょう。
要するに始めから国民主権の対象外においた不毛な議論にしかならないと言いたいわけです。
どうしてそうなるか説明しましょう。

ここでの安価先のレスは、あなたの
>>345
>つまり、在日コリアンが憲法上の国民であるとして、政府には第一に国籍制度
>(国籍法)の内容を憲法に合致したものにする義務があり、
>かかる義務を果たしている場合には、在日コリアンの諸権利を一般の外国人と同等に扱うかは
>原則として政府の立法裁量ということでしょうか。
↑に対するレスです。
「(国籍法)の内容を憲法に合致したものにする義務」とは何ですか?
文脈から言って、10条の要請を正しく遂行する、つまり、誰が国民であるかを正しく認定することでしょ?
在日コリアンは憲法上の国民であると仮定しながら、誰が国民であるかを正しく認定した制度において、
在日コリアンが国民の認定を受けていない(日本国籍が無い)というような話になってる。
どう考えても、憲法10条の「国民」は憲法前文、1条、15条の「国民」に相当するわけだから、
「国民主権」における「国民」ということになり、在日コリアンをそれに含ませない認定が
「憲法に合致したもの」であるなら、「国民主権」における「国民」に在日コリアンは含まれていないと言うしかない。

別の人だと思うが、>>348 は「この意味の国民が国籍で定まるとするのは、
国籍法で定められた主権者が国籍法に自らの定義を委ねるという美しいまでの循環論ができあがってしまう」
と言っているが、その国籍法によって示される国民が「国民主権」の国民と一致する「正しい国民」なら、
悪循環に見えても正当な循環だということであり、批判の余地がなくなる。
そのようなことで、あなたの上のレスを読んだときに、オレは一種の背理法だと思い、
結論がおかしくなるのは、「(国籍法)の内容を憲法に合致したものにする義務を遂行できた」という
仮定に起因するものだとして、>>349を書いた。が、それが的外れだとと言う。
では、本気で憲法上の「国民」という文言とは別に、「憲法上の国民」が認められると考えるわけ?

つか、他者へのつもりだったレスにもレスしてるから、あなたが誰なのか分からないんだが?

362 :法の下の名無し:2008/02/28(木) 15:00:34 ID:gwgzJUM4
>>357
>何回か見た文章ですが、実体法上の義務とそれを要件とした法律の憲法適合性をパラレルに論じる根拠がありません。

意味が分からない。例えば道路交通法の被害者救助義務と道路交通法自体の憲法適合性とか、
前者が妥当でも後者が妥当になるわけじゃないが、その点をスリカエたりしなければ
普通に論じられるじゃない?そもそも、論じるのに根拠が必要ってのが分からないし、
オレのレスがそのような論述になってるの?
単に、http://www2.asahi.com/2004senkyo/news/TKY200406240183.html
という話だよ?住民登録は生活実態によるもので、生活実態に即した登録を求める自治体は妥当でしょ?
地方自治体法という具体名も出してないわけで、この法律自体の憲法適合性は論じてないよ?

363 :法の下の名無し:2008/02/28(木) 15:01:47 ID:gwgzJUM4
>>357
>>国民に参政権を認めることが、憲法によって課された国の責務ではないと?
>そうです。
>同旨の発言を
>>幾何で言う合同は無理で、せいぜい相似形でしょう。相似形を崩さない範囲で、国籍法に関する立法裁量が認められます。
>と繰り返しています。

例の判例などが存在する状況からして、
「国民に参政権を認めることが、憲法によって課された国の責務ではない」
というのはあまりにも突飛で、そのような説明では理解できないんだが?
それに、引用してるのは国民認定でしょ?
国民であることが不明な者に参政権を認めるって話ではなく、何の前置きもない「国民」についてだよ?
もっとはっきり言えば、
「10条や15条の『国民』に正しく合致する者に参政権を認めることは憲法によって課された国の責務ではないのか?」
と聞いているわけです。

>過去や未来の抽象的国民にどうやって具体的な参政権を与えるのですか?

どこから、「過去や未来の抽象的国民」などという者が出てきたのですか?
そもそも、オレとあなたの相違点は、「憲法上の国民」として何を想定するかであり、
オレの批判もこれを対象にしている。逆に言えば、

A:憲法上の国民Xを仮定する。
B:Xに関しては、参政権が保障されない。
C:Bは憲法条文が何の役割も持たない無意味な条文とするので、憲法の趣旨(前文等)に反している。
∴:Aは不当(背理法)

というように、「過去や未来の抽象的国民」がXだとするなら、適切な概念とは言えない。
改めて聞くけど、何を根拠にこのような国民概念を持ちだしてるの?

364 :法の下の名無し:2008/02/28(木) 15:03:41 ID:gwgzJUM4
>>357
>良くわかりませんが、文言説を誤解されています。もはや克服された学説であり、判例でも用いられることはありません。

別に従来の文言説を全肯定する気はないわけだから、それがさまざまに否定されても関係ないんだけど?
オレの指摘は憲法上の国民概念に示される現実の人々と、主権者とされる現実の人々の関係において、
国民主権が何らかの機能(制約)を果たしているかという点(ここでは、どちらの人々も“抽象的”である)。
簡単に言えば、文言説は憲法条文の「国民」という文言を重視する立場だから、
オレの論述が文言説に含まれないとは思わないのだが、それはたいした問題ではないんじゃないの?
気に入らなければ、ネオ文言説とか、消極的文言説とか命名してもいいけど、結局は、
その間違いとされる点をオレの説が含んでいるかでしょ?
どのような意味で「文言説を誤解」してると言うの?

>>「Xは参政権を認めるべきだが、認める必要ない」
>どこがこう読めたのでしょうか?

前者は後半の
“憲法第八章の地方自治に関する規定は、民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み、
住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は、その地方の住民の意思に基づき
その区域の地方公共団体が処理するいう政治形態を憲法上の制度として保障しようとする趣旨に出たものと解されるから、
我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であって"
前段で、「『住民』に参政権を認めるべき」として、後段で、それ(住民)を永住外国人等に当てはめていること。
#前段の理論は「保障」であり、「認めるべき」になる。
#もし、「“日本国民たる住民”は参政権を認めるべきだから、外国人は○○(ポジティブな意味)である」なら、
 ポジティブな意味が生じる根拠がなくなり、不当な文章になる。
後者は、言うまでないが前半部分。
前半で「認める必要はない」としたため、後半も「認めても違憲ではない」になってるが、
その結論を導いた論述は、「保障の理論を永住外国人に適用したもの(認めるべき)」である。
保障の論述から、どういうわけか、保障を排除する結論を出している(認めるべきだが、認める必要はない)。

365 :法の下の名無し:2008/02/28(木) 15:04:26 ID:gwgzJUM4
>>357
>いや、主権者と、権力の行使=参政権は別だと長々書いているのだが。現実の行使とは投票に行くことではない。

これは結局、上の論点ですね。

>といった国籍法を採れば、相似形を認めるのに必要十分ではないかと考えます。

それこそ問題にしてる点だが、実際の一致を考えるなら、
ほとんど無審査にするなど、帰化制度を容易にしても、当人達の申請に依存する以上、
一致する保障はないでしょ?
上でさんざん述べたけど、この点、現住所を登録する制度なら問題がない。
現住所という事実を登録するだけのなで、役所が住民に当然のこととして義務づけることができる。
生活実態が所在する場所を把握するのは、憲法上の住民による自治が成り立つには必要不可欠なことなのだから、
住民としても、これくらいの義務は理解するであろうし、住民が不適切な届け出をしたとしても、
自治体としては、長野市のように生活実態に基づいて住民認定(参政権その他も含む)をするだけ。
結局、自治体に協力するかどうかって話であり、当人の意思が決定的になることはない。
その一方で、帰化制度は、その本性からして、当人の自由意思でしょ?
参政権を認める義務に異議があるようだが、もし、これが義務なら、
適切な方法があり得るにもかかわらず、どうにも不適切な方法(当人の自由である帰化)に依存させるのは
不当なことになる(国が違憲として非難される)。

>参政権と国籍を切り離さない議論の進め方に異論があれば、別の仮定でもかまいません

背理法における仮定になるから問題ないよ。

366 :法の下の名無し:2008/02/28(木) 22:22:27 ID:O0jApD2p
>>361

>「(国籍法)の内容を憲法に合致したものにする義務」とは何ですか?
>文脈から言って、10条の要請を正しく遂行する、つまり、誰が国民であるかを正しく認定することでしょ?
そのとおり。
>在日コリアンは憲法上の国民であると仮定しながら、誰が国民であるかを正しく認定した制度において、
>在日コリアンが国民の認定を受けていない(日本国籍が無い)というような話になってる。
これもそのとおり。
>どう考えても、憲法10条の「国民」は憲法前文、1条、15条の「国民」に相当するわけだから、
これがちがう。憲法前文、1条、15条の「国民」は、争いがあるが、第一議的には
「過去、未来も含めた観念的統一体」です。>>348
だから、
>「国民主権」における「国民」ということになり、在日コリアンをそれに含ませない認定が
>「憲法に合致したもの」であるなら、「国民主権」における「国民」に在日コリアンは含まれていないと言うしかない。
こうはならない。

>そのようなことで、あなたの上のレスを読んだときに、オレは一種の背理法だと思い、
>結論がおかしくなるのは、「(国籍法)の内容を憲法に合致したものにする義務を遂行できた」という
>仮定に起因するものだとして、>>349を書いた。が、それが的外れだとと言う。
背理法と誤解されたのは、納得しました。そういう風にも採りうる。
ただ、やはり、国民主権原理を外国籍人の人権の制約根拠としうるかというもっと狭い論点の話なのです。

>では、本気で憲法上の「国民」という文言とは別に、「憲法上の国民」が認められると考えるわけ?
上に書いたとおりです。

>>他者へのつもりだったレスにもレスしてるから、あなたが誰なのか分からないんだが?
これは、失礼 >>345=>>348です。

367 :法の下の名無し:2008/02/28(木) 22:33:56 ID:O0jApD2p
>>362

>>352にて
>・ある地方自治体が、住民の自治を宣言した。
>・有権者名簿に記載されるためには、現住所を登録して住民であることを示す必要があるとする。

>↑これはごく普通の地方選挙なわけだが、現住所の登録をしないヤツは実際にいるだろう。
>だが、自治体は憲法上、住民に参政権を認めることを義務づけられているにもかかわらず不当性はない。
>なぜなら、現住所の登録は法律で“義務”づけられており、それは自治体の運営上必要なことであると認められているから。

「住民の自治を宣言した」というのがよくわからないが、
住民登録を選挙権の基準にすることの合憲性が、住民登録が法律上の義務であることに求められている様に読めます。
しかし、その本旨は、住民登録が「ごく普通の地方選挙」において、選挙権者の範囲を決める基準として
適切であると述べたかったのでしょうか。
>>365
>現住所という事実を登録するだけのなで、役所が住民に当然のこととして義務づけることができる。
>生活実態が所在する場所を把握するのは、憲法上の住民による自治が成り立つには必要不可欠なことなのだから、
>住民としても、これくらいの義務は理解するであろうし、住民が不適切な届け出をしたとしても、
>自治体としては、長野市のように生活実態に基づいて住民認定(参政権その他も含む)をするだけ。
はそのように読めます。
であれば、先の「実体法上の義務とそれを要件とした法律の憲法適合性」云々は、撤回します。
その点には、別に異論はありません。


368 :法の下の名無し:2008/02/28(木) 22:49:49 ID:O0jApD2p
>>363全体について、>>366 >>348

>>364
文言説は、外国人の人権について、憲法の規定が「何人」となっている権利は外国人にも保障されるが、
「国民」となっている権利は外国人には保障されないとする立場であり、それ以上でもそれ以下でもありません。
簡単に、「文言説は憲法条文の「国民」という文言を重視する立場」ということが許されなくはないとしても、
>性質説は「国民に準ずる者」として国民としての権利を求めるものの、憲法10条の国民とはしない。
>文言説(判例)は民主主義が適用されて参政権を認めるべきことになることを否定しないが、
>憲法の国民主権原理をもって、外国人には認められないとする。
といわれても、本当に意味がわかりません。

>“憲法第八章の地方自治に関する規定は、民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み、
>住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は、その地方の住民の意思に基づき
>その区域の地方公共団体が処理するいう政治形態を憲法上の制度として保障しようとする趣旨に出たものと解されるから、
>我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であって"
>前段で、「『住民』に参政権を認めるべき」として、後段で、それ(住民)を永住外国人等に当てはめていること。

「住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は、その地方の住民の意思に基づき
その区域の地方公共団体が処理するいう政治形態を憲法上の制度として保障しようとする趣旨」
とは、文字通りある政治形態を制度として保障している、といっただけで、具体的な住民に
直ちに選挙権を与えるべきという趣旨は含みません。制度の保障は、個人の権利とは別もので、良く出て来る概念です。


369 :法の下の名無し:2008/02/28(木) 23:07:10 ID:Bmze72q/
>>366
>これは、失礼 >>345=>>348です。

私は>>345ですが、>>348ではありません。

370 :法の下の名無し:2008/02/28(木) 23:23:44 ID:O0jApD2p
>>といった国籍法を採れば、相似形を認めるのに必要十分ではないかと考えます。それこそ問題にしてる点だが、実際の一致を考えるなら、
>ほとんど無審査にするなど、帰化制度を容易にしても、当人達の申請に依存する以上、
>一致する保障はないでしょ?
たしかに、保障はない。

>上でさんざん述べたけど、この点、現住所を登録する制度なら問題がない。
保障がない点では同じじゃないかと思うが、自由意思にかからしめない点で、一致する確率は上がる。

>その一方で、帰化制度は、その本性からして、当人の自由意思でしょ?
>参政権を認める義務に異議があるようだが、もし、これが義務なら、
>適切な方法があり得るにもかかわらず、どうにも不適切な方法(当人の自由である帰化)に依存させるのは
>不当なことになる(国が違憲として非難される)。

別論ですが、帰化が、「本性からして、当人の自由意思」かどうかは、よくわからない。
本当に良くわからないが、強制的な国籍付与制度も、認める立論も可能かもしれない。
ま、とにかく、自由意思による帰化制度を前提として。

参政権を認める義務というか、繰り返しになりますが、相似形を維持する義務ですね。ただ、これが国民主権・民主主義から
出てくるのは、先の国民主権に関するる有力説か、より直接的なプープル主権の考えを強く入れた場合ですね。
それ以外の立場からは、もっぱら平等原則、普通選挙等の問題になる。
ま、とにかくその相似形で。

なんらかの線引き基準を作った時点で、相似形は崩れます。
在監者、未成年などでも崩れますし、引っ越して3ヶ月などの基準でも崩れます。
崩す理由と絡めて、崩すことに合理性があるかが、立法裁量の限界です。

------------こっからよくわかない--------
先に書いていてわからなくなったのが、この合理性をもっとも厳格に考えるならば、それだけ適切な基準たり得る住民登録に加えて、
国籍を要求することは、明らかにより重い制限であり、合理性の疑義を生じます。
選挙の公務性を持ってくると、もう少し合理性を緩く見てもらえるので、個人的には嫌いなこれを持ってくる必要が出てくる。

自由意思である帰化に依存させるのが「どうにも不適切」には異議。先にも述べたが、
公法的つながりの最たる選挙の基準に公法的つながりの基準である国籍を持ってくるのは、
性質上不可分の関係ではないにしても、けっして、「どうにも不適切」ではないでしょう。
結局は、相似形を崩すおそれと勘案して、合理性のある立法裁量ではないか。

わからなくなったこともあって、また最後説明不足です。すません。



371 :法の下の名無し:2008/02/28(木) 23:26:32 ID:O0jApD2p
>>369
ごめんなさい、間違いました。

重ね重ね、失礼しました。

372 :法の下の名無し:2008/02/28(木) 23:31:14 ID:O0jApD2p
>>338
>>346-348
>>357
>>366->>368
>>370
が同一人物です。

また、先に送ったつもりで、送ってないものがありました。


>>358
>政府の国籍法制の構築に当たって、在日コリアンとの関係で国籍法以外の手続で在日コリアンの意思による国籍取得手続を整えた場合、
その手続を開始しようとしない在日の諸権利を実質的国民と同等に扱わないことは、許容されるのかどうかを問題にしています。

はい。問題は心得ています。

この例
>地方選挙権が付与されない場合、
>憲法レベルでの国民でありながら参政権を保障されない人が出てくるわけですが、
で行きます。実質、>>348の続きです。先送りにした「国籍と参政権の結びつき」の話でもある。
憲法上、国民主権の担い手である抽象的総体としての国民から、選挙権を付与する者を選ぶ作業です。
選挙権付与の対象者を指定するには、いろいろな立法上の要請があります。固定制、明白性、
実際の投票行為に関する技術的要請等々。
いずれにしても、何らかの基準を持ち出さなければなりません。
住民登録や新たなる「市民登録」なる制度をこれを基準として用いていくことも十分に考えられます。
では、国籍を基準として許されるか。国籍取得は、国家と公法的な絆を結び、その国家の構成員となることです。
公法的行為の最たるものである選挙において、
選挙権付与の基準として極めてふさわしいものでしょう。
固定制、明白性、その他の技術適用性にも良く応えられます。
実質的国民である彼は、その意思で、国籍を取得しなかった。
その理由は様々であろうし、感情論としても、もっともなものもあれば、どうでも良い物もあるでしょう。
しかし、国籍は国家との公法的つながりの基準に過ぎません。国籍を取得しても憲法遵守義務すら
発生しません。「様々な理由」も選挙権付与に国籍を基準とした立法裁量を制限しないでしょう。

と書いたものの、たとえば、「市民登録」が実質的国民に対して「より制限的でない」選挙権の付与基準である
ことは、間違いないでしょう。だとすると、「選挙の公務的性格」を持ち出さないと、
説明が付かない気もします。ここは、良くわからない。

結果、
>国籍と、実質的国民との乖離が大きければ、やはり有権者団を国籍で判断することは憲法の
>趣旨に合わないだ
>ろうし、
ということになるかもしれませんが、この乖離は立法裁量の範囲内である。
まぁ、自らの意思で国籍を取得せず、あるいは離脱する者が続出しても、それは、結局その国に魅力が無かったということでしょう。


ところで、余談。
>ということは、在日コリアンだけではなくて、主権の論理を権利制約の根拠として持ち出すことそれ自体否定>>するということでしょうか。
そうしたいです。
>(こういう学説も確かにありますね。)
>ただ、この学説の論拠は、在日の権利論とは次元が違いますね。
最近の学説の状況など、かなりご無沙汰、はっきりいって不勉強で、ぴんと来ないのですが、よろしければ、
参考となるURLなどご紹介下さい。

373 :法の下の名無し:2008/02/29(金) 18:40:58 ID:tTm82h0Y
>>366
>>「(国籍法)の内容を憲法に合致したものにする義務」とは何ですか?
>>文脈から言って、10条の要請を正しく遂行する、つまり、誰が国民であるかを正しく認定することでしょ?
>そのとおり。

ここで問題は「何をもって正しい(あるいは間違ってる)と判断しうるか」ということ。
とりあえず、問題提起だけして次。

>>どう考えても、憲法10条の「国民」は憲法前文、1条、15条の「国民」に相当するわけだから、
>これがちがう。憲法前文、1条、15条の「国民」は、争いがあるが、第一議的には
>「過去、未来も含めた観念的統一体」です。>>348
>だから、
>>「国民主権」における「国民」ということになり、在日コリアンをそれに含ませない認定が
>>「憲法に合致したもの」であるなら、「国民主権」における「国民」に在日コリアンは含まれていないと言うしかない。
>こうはならない。
>>では、本気で憲法上の「国民」という文言とは別に、「憲法上の国民」が認められると考えるわけ?
>上に書いたとおりです。

つまり、「国民」という文言とは別に、「憲法上の国民(過去、未来も含めた観念的統一体)」が認められると。
そして、「国民に参政権を認めることが、憲法によって課された国の責務ではない(T)。
なぜなら、ここで言う『国民』とは『過去や未来の抽象的国民』であり、参政権を与えるのは無理だから>>348 >>357」と。
こういうことですね?

374 :法の下の名無し:2008/02/29(金) 18:41:40 ID:tTm82h0Y
今回議論したいのは、「過去や未来の抽象的国民」という表現で“一般的に”想定される意味ではない。
これが「参政権を与えるのは無理な存在であり、彼らへ参政権を与える責務がないと帰結される」ということ。
もちろん、過去に遡って不当に参政権が認められなかった者やいまだ存在しない未来の者に参政権を与えるのは無理である。
しかし、それを理由に、「国民に参政権を認めることが、憲法によって課された国の責務ではない」となるか?
はっきり言ってしまえば、これではあらゆる規範がその意義を失う。
「殺人犯は逮捕しなければならない(命令・義務)」
過去や未来の殺人者を全て逮捕するなど無理だから、このような責務はないと?
この論点に関しては既に>>356 で、
“それ(不完全・相似・近似)で十分。一票の格差でも「無い」なんてことでなくても合憲とされる。”
と言ってるわけで、一般的に言う意味での「完全に認める責務はない(無理なことまで強要してない)」として
「国民に参政権を認めることが、憲法によって課された国の責務ではない」と言ってるのでは“ない”と補足したつもりだが、
そのことも十分承知であるかのようなレスが帰ってきている(>>357 の後半)。
であるなら、この命題(T)はいったい何なのか?
一般に、規範的命題には、抽象的で命題そのものと、現実適用を視野に入れた複合的な命題があるわけだが、
前者に関しては紛れもなく全称命題である。例えば、
・「何人も、喫煙禁止区域において、喫煙してはならない(全称命題)。ただし、分煙施設内においては、この限りでない」←条文として複合。
・「殺人犯は逮捕しなければならない(全称命題)」→たの規範との兼ね合いから→「殺人犯は逮捕しなければならない。ただし、無理を強要するものではない」
全称命題でなければ、技術革新その他で可能になった場合にも「無理認定された件だから、逮捕しなくてもいい」となるので不適切。
そもそも、抽象的なんだから、現実的な無理かどうかなんて混入する余地はないし、
規範が守れなかったとしても規範そのものが無効になるわけでもない。
完全を志向する全称命題であっても、必ず完全でなければならないわけではない。
この点、あなた自身も、元となる理念である民主主義について、
>民主主義が正義かと抽象的に問われれば、それはYESでしょう。
と言ってる。これでますます分からなくなるのだが、結局、「過去や未来の抽象的国民」とは、
もはや現実について何も言えないような、別次元の存在としか考えられないでしょう?
そして、本件で言う民主主義とは「いわゆる正義」ではない(正義の民主主義とは別)であると。
「過去や未来の抽象的国民」に関する批判は以上。

375 :法の下の名無し:2008/02/29(金) 18:41:56 ID:tTm82h0Y
で、次に問題なのは、最初に挙げた問題。
憲法1条、15条の「国民」は上記の「過去や未来の抽象的国民」であるとして、
憲法10条に関しては、別の「国民」が想定されると。
つまり、在日は、10条の国民には該当しないが、1条、15条の国民はそれとは関係ない(例えばある種の在日は該当しうる)。
で、問題は、ここで言う「10条国民」は、“現在国籍を持っているものと同義ではない”ということ。
なぜなら、「10条国民」との一致不一致において、国籍が正しく付与されたか判断できるとされているから(最初の問題)。
では、1条15条とは違う「10条国民」とはいったい何であるのか?
この抽象概念は、このスレでも未だに出てきてないものだと思うが、オレにはその説明も論拠も見あたらない。

例のスレは基本的に消去法を用い、そのような国民概念は、「民主主義+国民主権」から論理的に規定されるもの以外にないと
してるわけで、もし、別の概念が存在するなら、重要な反論となる。
これは是非説明して頂きたい。

376 :法の下の名無し:2008/02/29(金) 18:42:21 ID:tTm82h0Y
>>367
>住民登録を選挙権の基準にすることの合憲性が、住民登録が法律上の義務であることに求められている様に読めます。
>しかし、その本旨は、住民登録が「ごく普通の地方選挙」において、選挙権者の範囲を決める基準として
>適切であると述べたかったのでしょうか。

いまいち分からないんだが、正確には、
「憲法は『生活実態』に即して選挙権を認定せよと、国や自治体に求めている。
その求めに応じるために、住民登録として、生活実態に即した登録をするよう住民に求める(ある種の義務づけをする)ことは合憲である」
ということで、言いたいのは、たとえ、田中が長野市の有権者名簿に登録されなかったとしても、
その責任が直ちに長野市に科せられるわけではない。
このことが、「(田中・在日)○○しなかったのだから、選挙権(参政権)を認められないても仕方がない(許される)」の
正しい状況表現であって、この○○が帰化や戸籍変更だとそうではない、ということ。
(なぜなら帰化や戸籍変更の義務づけが正当性をもたないから)

377 :法の下の名無し:2008/02/29(金) 18:42:43 ID:tTm82h0Y
>>368
>文言説は、外国人の人権について、憲法の規定が「何人」となっている権利は外国人にも保障されるが、
>「国民」となっている権利は外国人には保障されないとする立場であり、それ以上でもそれ以下でもありません。

一般に言う外国人とは国籍を持たない者だから、結局>>354
>文言説:参政権→否(「国民主権ウ」により参政権は国民のみの権利だと主張し、民主主義が適用されること自体は否定しない)
>   :国民→否(根拠不明#以下で述べる)
になるんじゃないの?
オレとしては、それよりも内容が小さい「権利と国民が一致する」というのを文言説の基本とし、
国民を国籍保持者に限らなければ、「例のスレ」も文言説と言えると言ってるわけだが、
どうも、どこが不適切なのか分からないな。

>といわれても、本当に意味がわかりません。

これは、上のレス。10条と1条15条の間で、「国民」が別物になるのはおかしいという話。

>直ちに選挙権を与えるべきという趣旨は含みません。制度の保障は、個人の権利とは別もので、良く出て来る概念です。

いや、判例は「民主主義」と言ってるわけで、例えば、ある特権階級の者を「住民」と称して、
「その地方の住民の意思に基づきその区域の地方公共団体が処理するいう政治形態を憲法上の制度」が
保障されても、民主主義に従ったことにはならない。民主主義は「治者被治者の自同性」を要求するもので、
「ある集団」の意志が統治に反映されること(一種の政治形態と言える)だけを言ってるのではない。
「ある集団」の妥当性(総体として被治者であるか)まで要求している。

378 :法の下の名無し:2008/02/29(金) 18:43:49 ID:tTm82h0Y
>>370
>>上でさんざん述べたけど、この点、現住所を登録する制度なら問題がない。
>保障がない点では同じじゃないかと思うが、自由意思にかからしめない点で、一致する確率は上がる。

田中の件にあるように、完全に一致する保障はない。が、少なくとも国や自治体が違憲認定されることからは逃れられる。
つまり、「権利を保障するという責務は果たしている」と言える。
これにすら不満なら、いったい国や自治体は、どうやって憲法の要求である
「生活実態に即して選挙権を与える」ということが出来るのかって話になる。
その一方で、例えば、国籍や戸籍でやるのは最善の方法とは言い難い。
現実に自由意思で、生活実態とは別の「出身地」や「自己アイデンティティ」だと理解されてるものであり、
それより「生活実態」に即した現住所登録は既に手元にあるわけだから。

>参政権を認める義務というか、繰り返しになりますが、相似形を維持する義務ですね。

上でレスしてるが、それが問題だろうな。

>先に書いていてわからなくなったのが、この合理性をもっとも厳格に考えるならば、それだけ適切な基準たり得る住民登録に加えて、
>国籍を要求することは、明らかにより重い制限であり、合理性の疑義を生じます。

まさにそうでしょ?国籍を要求する意味が分からないわけ。

>公法的つながりの最たる選挙の基準に公法的つながりの基準である国籍を持ってくるのは、
>性質上不可分の関係ではないにしても、けっして、「どうにも不適切」ではないでしょう。

それは前のスレでさんざんやった「契約」とか「信託」って話でしょ?
オレは公的な繋がりとは、信託を受けることであり、それは現実的には選挙に参加することだが、
法学的には主権者と認めること、あるいは参政権を認めること自体で成立したと言えるものでしょう。
誰が選挙に行ったかなんて不明だし、選挙に行ってないことで「治者になってない」として、
彼を諸法律の被治者から外すなんて無謀なこと。抽象的な議論では、全ての国民の信託を受けたと言うしかない。
抽象的な自同性とはこういうもんじゃないの?

379 :法の下の名無し:2008/02/29(金) 20:26:36 ID:RtGaqonn
>>378

>>先に書いていてわからなくなったのが、この合理性をもっとも厳格に考えるならば、それだけ適切な基準たり得る住民登録に加えて、
>>国籍を要求することは、明らかにより重い制限であり、合理性の疑義を生じます。

>まさにそうでしょ?国籍を要求する意味が分からないわけ。

横レスで恐縮なんだが、どうして国籍を要求する事が、住民登録より重い制限なのか、そこの所がよく判らないのだが?
というのも、このスレで散々話題になっている、”憲法上の国民?”であるとか、形態論的に在日外国人を国民と看做せる
という考えに立つのであれば、国籍という資格権は軽視できる存在になるんじゃないかと。
住民登録と同様、その土地に住み、諸権利を行使する証明みたいなモノ、と考えるなら別段何らの違いはないではないか。

そうであるにも関らず、国籍を住民登録より一段上の存在と暗黙的に看做しているみたいだけど、その違いについて
ちゃんと説明してもらわんと。 そしてその違いが明確にある、というのであれば国籍の機能と住民登録の機能について
も論述すべきだろう。 更にいうなら、アイデンティティがどうの、と言う主張があるが、問題となっている朝鮮民族で
国籍にそこまで拘るのは在日ぐらいのものであり、アメリカやカナダなどの移住朝鮮人は皆当地の国籍を取得する方向に
走っている。 それ以外で明確な違いがあるのであれば、是非御教授願いたい。

380 :法の下の名無し:2008/02/29(金) 20:50:58 ID:NiSn4Y/v
>>375

>憲法1条、15条の「国民」は上記の「過去や未来の抽象的国民」であるとして、
>憲法10条に関しては、別の「国民」が想定されると。

10条の国民は、国籍を持っている者です。文言上自明です。

そういう問題ではない、その国籍法の憲法適合性はいかに判断されるかだ、という主旨であれば、

>>348
1.過去未来も含めた総体としての国民については、
抽象的意味での治者被治者の自同性に反さぬ様、少なくとも現実に被治者の実態を有する者は、
ここに組み込まなければならない。
また、この意味の国民が国籍で定まるとするのは、国籍法で定められた主権者が国籍法に自らの
定義を委ねるという美しいまでの循環論ができあがってしまう。
(したがって、憲法1条、15条の「国民」は、国籍より前に、憲法上確定されなければならない。)

[国民主権・民主主義から導かれる10条の立法裁量の限界は]
2.
通説ならば、国籍法による国籍保有者が総体としての国民の枠をはみ出さない様にすることが要請されて、
国民概念に関する議論は、それで終わりです。もう民主主義という理由は消費尽くされました。出てきません。
あとは、国籍法が14条、15条3項等ほかの規定に反さない様にするだけです。

3.
有力説に立つと、実際の参政権保有者と総体としての国民が同一視できる必要があります。
参政権と国籍を切り離さない議論の進め方(前の仮定1)に立つと、実質的意味の国民と有権者団が、
同一視出来るように国籍法を定められなければなりません。とはいえ、相手は抽象的総体ですから、
幾何で言う合同は無理で、せいぜい相似形でしょう。
相似形を崩さない範囲で、国籍法に関する立法裁量が認められます。

今日は、これだけ。もうしわけない。

できれば、自らが前提とする国民主権・民主主義の立場を従来の議論を踏まえて明らかにした上で
語っていただきたい。でないと、本当に訳がわからない。

381 :法の下の名無し:2008/02/29(金) 20:57:32 ID:NiSn4Y/v
>>379

私は、理論ではなく、感覚的な話として、国籍は軽視しますが、重視する人もいる。
重視する人の意向も尊重したい。

で、そういうおはなしではなくて、
設例では、 
住民登録等(技術的にはこれで足りる)に加えて、国籍も要求するのですから、
住民登録等だけよりも、より重い制限になります。

算数的な話です。

382 :法の下の名無し:2008/02/29(金) 21:39:02 ID:HtlvUZqV
俺も横から失礼。

憲法がなぜ最高法規であり権威があるかといえば、それを作ったのが国民だからであろう。
憲法自身にも前文で憲法確定したのが日本国民である、と書いてある。
それなのに、あたかも憲法が独自の理念で国民を定義している(できる)かのような議論ってのは、アリなのか?
憲法理念上の国民と憲法前文に書かれている国民とは別だ、というなら分かるが、
そうだとしたらその憲法に権威はあるのだろうか?そんな憲法に権威など無いのではないか?
船虫(いわゆる「>>1」)も>>13で言ってるように、憲法上の国民というものがあるとしたら、
それは「憲法以前に居た(あった)国民」以外の解釈は有り得ない。
だから争点は「現憲法以前はどのようにして国民決定していたか」であろう。その答えが即ち憲法上の国民だ。

さて、現憲法以前の日本国民が治者被治者同一理念によって決定されていたか?
船虫は「消去法でいくと民主主義」と主張する(>>14および極東板スレ)が、
その消去法の選択肢の中には「社会契約主義」が含まれていなかった。
この板の別スレの前スレ(ややこしいw)でも冒頭で社会契約論は提示されたが、
その時の反論は「国籍と社会契約理念がリンクしているという根拠が無い」というものだった。
しかしながらそれを言うなら「国籍と民主主義がリンクしているという根拠も無い」わけだ。
船虫自身が言ってる事だが、国民をどのように決定してきたか、について
明確に根拠付きで「これだ」と断言できる確定的なものは今のところ見いだせていないわけで、
である以上そのアプローチは「根拠があるか否か」ではなく消去法による、という事になる。

そこで提示する。
「現憲法以前の国民決定理念としてふさわしいものを選ぶ。
 民主主義と社会契約、消去法でいくと消えるのはどっち?」

これを普通に考えたら、消えるのは民主主義であろう。
というより社会契約論を持ち出すまでもなく、「現憲法以前」という条件であるなら、
むしろ消去法で真っ先に消されるのが民主主義であるのは明白。
なにせ現憲法以前(=大日本帝国憲法当時)は、主権は天皇にあったのだから、議論の余地は無い。

383 :法の下の名無し:2008/03/01(土) 01:36:16 ID:3KB2qsm5
丁寧にレスつけてる ID:NiSn4Y/vが、気の毒に見えてきた。
ひとりでがんばってるよね。
少なくとも、国民主権の定義ぐらい書けるようになってから、
書き込むようにしたらどうかなぁ。
それがいやだって人は、もとのスレに書けばいいんだよ。

384 :法の下の名無し:2008/03/01(土) 02:20:13 ID:3KB2qsm5
いまスレをざっと読み返した。フナ無視君も結構まともなことかいてるジャン。
ただし、フナ無視君も他のウヨ連中も、国民主権とか民主主義とかについて、根本的に誤解している。
というか、理解しようとしていない。
国民主権原理をきちんと定義できる奴が、何人いるのかね。

385 :法の下の名無し:2008/03/01(土) 02:58:54 ID:fIdzVSF3
>>383-384
そういうレスを船虫に対して書いても、「どこがどう間違ってるのか、きちんと反論を書け」って言われるだけですよ。

386 :法の下の名無し:2008/03/01(土) 03:21:51 ID:4jzunXYc
>>381
申し訳ないが全く理解出来ない。国籍は国政に対する参政権が付与される。
住民登録は地方参政権。 無論、実務的に選挙の案内等は住民登録などを元にその人物に対して
発送したり、その人物が国民であるか(名簿)、もそれらに基くデータによって管理されているがね。

別に海外に出ても、日本国籍を持つ者ならば在外投票が出来る事(つまり日本において住民登録していなくとも
選挙に参加出来る)からして、クリアする権利としては同質のモノとしかいえんぞ? 
逆に実体(憲法上の国民とやら)を重視するのであれば、海外で何十年も住んでいる在外邦人に対して、果たして
日本の選挙権を与えるのは適切か?という疑問すら招聘されるのではないか?


387 :法の下の名無し:2008/03/01(土) 03:52:04 ID:4jzunXYc
>>382

>だから争点は「現憲法以前はどのようにして国民決定していたか」であろう。その答えが即ち憲法上の国民だ。

これが正しく核心部分なんだとは思う。だがこれらは理論ではなく、極めて因習的な要素によって事実として存在
している主体になるから、憲法学上云々とは、基本的に相容れない概念だと思うが。

つまりどういうことかを説明すると、ユーゴ分裂に見られるように、同じ国民であったのに同地域に民主主義が
普遍したと思えば、内戦になり複数国家が分裂してしまったのは何故か?を考察するのが一番判り易い。

即ち、人々は民主主義とかのイデオロギーの前に人種や宗教的価値観、更にはそれらをひっくるめて民族的・歴史的
価値観等の因習的同一性を共有しないと、多様な価値観に馴れている、且つ所得等が高い経済的に安定した高度
大衆化社会以外は、それらの人々の間において、統一国家が成立しない、という点に尽きる。
他スレでもあったが、シュミットのいうそれら共同体の同一性ともいうべき特質をもつ特定の人類集団単位でしか
国家を維持出来ないって事。 それらが正に本来的な国民であり、それら人々が共同体の同一性を持つ人々の
間によってのみ、国民国家を成立させた時点で一番最初に民主主義の名の下に憲法を制定したと考えるべきだな。
つまりそもそも定住外国人の存在など無視できるほど小さな問題か、認識すらされていなかったって訳。
それがグローバル化や歴史的経緯等によって、本来的な同一性を持つ以外の外国人が大量に自国領土に流入する
事によって諸問題が噴出したと見るべきだろう。

だから民主主義や憲法における論理的帰結の国民概念と、それら実体としての前憲法的に存在している国民という
との間に、そもそも大きな乖離が発生している訳であり、それらに関して整合性なんて付けれる性質のモノではない、
という結論にしかならないだろう。

だから現実に合わせて国家が成立したのであって、必ずしも民主主義が先にあって国家が成立したのではない、という点に
注目すべき。 だからこそ、この憲法学上の国民とやらの論者の理論を借用するのであれば、戦後民主主義となった
日本において、完全に人権面で日本人と同等の権利を有する事になるのであるからして、朝鮮民族(半島)は日本から
独立する必要性はなかった事になる。だが現実は、それ以前の集団の持つ同一性の違い(民族の違い)によって、彼らは
日本人と一緒の政体を構築するのはまっぴら御免だったと言う訳だ。
結論として、これらを根本的に考察していない憲法学上の国民概念に於いて、現実の国民認定のあり方は全く説明つけれる
筋合いのものではない、と帰結するしかないだろうな。 それこそ不毛な論議に終始する事だろうね。

388 :法の下の名無し:2008/03/01(土) 09:40:34 ID:2iBWea14
憲法学者のこの種の議論で民主主義とか国民主権を理由づけにしてるものも多いけどピントはずれだよね。
徹底した自由主義・平等主義を達成するために、
権力が空間(領土)に等しく及んでいることを利用して、
治者被治者の自同性で反転させることを思いついたんだろうけどね。
ただ本来的な民主主義と特に政治学的な面での衝突は避けられないだろうな。
「自由と平等という立憲主義の精神を達成するには、地球市民社会しかありません。
 国民国家は敵です」と素直に言えばよいのに。
ま、日本国憲法とは整合しないから言えないか。トロイの木馬的議論だね。

389 :法の下の名無し:2008/03/01(土) 13:22:48 ID:3KB2qsm5
>>385
反論というか、いいことも書いてるから、間違いをちゃんと説明してあげたいんだけどさ、
用語法とか普通と違うから、どこで勘違いしているのか、よくわからないんだよ。
「文言説」みてもそうだろ?

390 :昨日のID:NiSn4Y/v:2008/03/01(土) 22:11:12 ID:B2CkXvjw
>>389
まあ、そういうことなんですけどね。
そんなに偉そうなニアンスじゃなくて、自分の考えのなかのわからないところや、
間違いが浮き出されたらいいなあと思っています。



391 :法の下の名無し:2008/03/01(土) 22:17:34 ID:B2CkXvjw
>>386

1.住民登録を要件とする
2.住民登録と国籍を要件とする。

2.の方がより重い制限であることは、明らかではないですか?
どこがわからないですか?

私は、2.であってもかまわないと考えますが、
選挙権の制限に関して、より重くない制限ですませられるならすませよう、
という結構説得的な考え方もありえて、その考え方なら、2.は不可になります。

先の記述は、「より重くない制限ですませられるならすませよう」という、このスレでは誰も書いてない、
しかし、法学板に居る者なら誰もが気になる考え方を意識したもので、
このスレの議論はまだそこまで進んでいません。

392 :法の下の名無し:2008/03/01(土) 22:48:04 ID:B2CkXvjw
>>373

>つまり、「国民」という文言とは別に、「憲法上の国民(過去、未来も含めた観念的統一体)」が認められると。
>そして、「国民に参政権を認めることが、憲法によって課された国の責務ではない(T)。
参政権ではなく選挙権というべきでしたが、それ以外その通りです。参政権というと、非常に意味が広いので、
広義の参政権は、憲法によって国民に認めるべきとされています。その限りで撤回します。

また、憲法上の国民の中のある種の国民に選挙権を認めることは、15条3項が義務づけています。
もうひとつ、総体としての国民は、国民主権における国民ですから、前文、1条にある国民の文言とと一致します。
15条1項

まとめてもらうと、私もはっしょって書いていたのがよくわかるのですが、正確には、
「国民主権、民主主義の理念は、左の概念が全体とした国民に選挙権を認めることを義務づけない」
ということです。

>なぜなら、ここで言う『国民』とは『過去や未来の抽象的国民』であり、参政権を与えるのは無理だから>>348 >>357」と。
無理だから、というのは、まあそうです。
より実質的理由は、>>348の中段。
および、国民主権を巡るすでに語り尽くされた議論を参照して下さい。芦部でも奥平でもよいです。

>>374
お書きの一般論は良くわかる。
しかし、お書きの例を借りれば、もともともの規範が命ているしても、
「過去未来も含めた抽象的な観念的存在としての殺人者の総体を捕まえろ」
ということであって、「殺人を犯した実在の個人を捕まえろ」ではないのである。

また、そもそも、選挙権をみとめよ、というような規範が含まれているという
前提に理由がありません。

393 :法の下の名無し:2008/03/01(土) 23:07:08 ID:B2CkXvjw
>>377
文言説云々は、なぜ、従来の議論の中で生まれ確立した言葉を、別の意味で使うことに
こだわるかのほうがわかりませんが。
対話を成立させる意思を疑います。

>いや、判例は「民主主義」と言ってるわけで、例えば、ある特権階級の者を「住民」と称して、
>「その地方の住民の意思に基づきその区域の地方公共団体が処理するいう政治形態を憲法上の制度」が
>保障されても、民主主義に従ったことにはならない。
これは、単に、まちがった理解でしょう。
「民主主義」というのは、抽象的でかつ多様な概念であって、「民主主義」といっても具体的な権利保障等は
ほぼ何も出てきません。

民主主義が正義かと抽象的に問われれば、それはYESでしょう。しかし、民主主義の内容は一義的
ではなく、民主主義とくくられる一群の中でもずいぶんと異なった考え方が存在します。
直接民主主義と間接民主主義が高校の教科書にも載っていた対立の例です。
こうして、民主主義の中身をどうとらえるかもまた、憲法解釈の問題となります。

地方自治の領域において、憲法が採用した民主主義の現れが、

>住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は、その地方の住民の意思に基づき
>その区域の地方公共団体が処理するいう政治形態を憲法上の制度として保障しようとする
こと、民主主義は、解釈上の指導理念として、(口悪く言えば枕詞で)
「民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み、」
として扱われる。

同様
>民主主義は「治者被治者の自同性」を要求するもので、
>「ある集団」の意志が統治に反映されること(一種の政治形態と言える)だけを言ってるのではない。
>「ある集団」の妥当性(総体として被治者であるか)まで要求している。
これも、抽象論としてはおそらく異論があり得ないほどに正しいが、
それが具体的にどう制度化され、保障されるかは別。
国民主権を巡る議論と同じ。

394 :法の下の名無し:2008/03/01(土) 23:09:24 ID:t/C7T3fU
>>391

>2.の方がより重い制限であることは、明らかではないですか?
>どこがわからないですか?

反論になっていないが? 在外投票など、住民登録していない外国在住邦人であっても投票できるのは
スルー? つまり、住民登録と国籍を要件とする、というのは国政に参加する必要十分条件ではないではないか。

それであるにもかかわらず、鸚鵡返しに同じ事を繰り返されても説得力は発生しないが?
更にいうなら、日本国内における、住民登録していない日本国内の日本国籍保有者(例えばホームレス)も
主権(参政権)は保持している。単に行政側が選挙管理の都合上、選挙案内等を送れなかったりどこの選挙区に
割り振るべきなのかを確定できないから、選挙を行使出来ないだけの話。

権利として消滅していない事からして、瑣末な技術論的制約を殊更大げさに言いすぎというものだろう。

ところで、更に質問している、

>逆に実体(憲法上の国民とやら)を重視するのであれば、海外で何十年も住んでいる在外邦人に対して、果たして
>日本の選挙権を与えるのは適切か?という疑問すら招聘されるのではないか?

これについてはスルー? これこそこちらとしてはちゃんと意見を聞きたいのだけど。
国籍による国民認定を行わず、形態論的な国民認定(憲法学上云々)を用いるなら、外国に定住する日本国籍者は
一体何者になるの? 核心部分の返答を求む。

395 :法の下の名無し:2008/03/01(土) 23:19:44 ID:B2CkXvjw
>>先に書いていてわからなくなったのが、この合理性をもっとも厳格に考えるならば、それだけ適切な基準たり得る住民登録に加えて、
>>国籍を要求することは、明らかにより重い制限であり、合理性の疑義を生じます。
>まさにそうでしょ?国籍を要求する意味が分からないわけ。
いや、意味はわかります。
ただ、選挙権の立法裁量を審査するにあたり、「より軽い制限で良いのなら、それですますべし」という基準を採用すると、
私の立場から、国籍を基準とすることは問題が出てくる可能性があるということ。
このあたりからまだ議論されていないところで、私がわからなくなってきたところに入ってくるわけですが、
・届け出制による国籍取得が認められたと仮定して、
・在日コリアンが国民主権でいうところの国民であるとして、
彼に選挙権を与えない立法は、如何なる審査基準によって憲法適合性を判断されるべきか。
という問題です。

>>公法的つながりの最たる選挙の基準に公法的つながりの基準である国籍を持ってくるのは、
>>性質上不可分の関係ではないにしても、けっして、「どうにも不適切」ではないでしょう。
>それは前のスレでさんざんやった「契約」とか「信託」って話でしょ?
ちがいます。だいたい、前の話は、「国籍を基準としなければならない」というはなしで、
いまは、国籍をの基準とすることが許されるかかどうかという話です。
「どうにも不適切」な基準なら、まったく許されない。
そうでないなら、もうすこし厳密に考えていく必要がある。上の問題です。

396 :法の下の名無し:2008/03/01(土) 23:33:14 ID:B2CkXvjw
>>394

>住民登録と国籍を要件とする、というのは国政に参加する必要十分条件ではないではないか。
ええ、わたしはそういう立法も憲法に適合すると考えますよ。

もともと
>、どうして国籍を要求する事が、住民登録より重い制限なのか、そこの所がよく判らないのだが?
と誤解されていたので、そうではないよという話です。
国籍と住民登録の重さの話は、問題として上がっていません。
スルーする気はなかったのですが、上の誤解が印象的だったので、それに引きずられました。

>逆に実体(憲法上の国民とやら)を重視するのであれば、海外で何十年も住んでいる在外邦人に対して、果たして
>日本の選挙権を与えるのは適切か?という疑問すら招聘されるのではないか?
そういう立法もあり得るかもしれません。直ちに違憲とはならない気がします。

もちろん、>>348で書いたとおり、
過去未来も含めた総体としての国民については、抽象的意味での治者被治者の自同性に反さぬ様、
少なくとも現実に被治者の実態を有する者は、ここに組み込まなければならない。
また、この意味の国民が国籍で定まるとするのは、国籍法で定められた主権者が国籍法に自らの定義を委ねるという美しいまでの循環論ができあがってしまう。
通説ならば、国籍法による国籍保有者が総体としての国民の枠をはみ出さない様にすることが要請されて、
国民概念に関する議論は、それで終わりです。もう民主主義という理由は消費尽くされました。出てきません。
あとは、国籍法が14条、15条3項等ほかの規定に反さない様にするだけです。

というだけのことですから、国民主権原理が、海外長期定住者に選挙権を与えるなと要請しているなんてことはありません。

>国籍による国民認定を行わず、形態論的な国民認定(憲法学上云々)を用いるなら、外国に定住する日本国籍者は
>一体何者になるの? 核心部分の返答を求む。
主権者たる国民です。彼を排斥する理論は、>>348のどこにもないでしょう?

ところで、あなたの支持する国民主権概念からは、お書きの例はどう処理されるのですか?

397 :法の下の名無し:2008/03/02(日) 00:15:36 ID:3MT9uLZ2
>>396

>国籍と住民登録の重さの話は、問題として上がっていません。

その重さとは、単に技術論的制約をもって、大げさに取り上げすぎだろ?と指摘しているのだが?
この本質は

>>住民登録と国籍を要件とする、というのは国政に参加する必要十分条件ではないではないか。
>ええ、わたしはそういう立法も憲法に適合すると考えますよ。

ということ。 まあ、瑣末な部分をこれ以上突っ込んでも益がないので止めにしておくが。

>>逆に実体(憲法上の国民とやら)を重視するのであれば、海外で何十年も住んでいる在外邦人に対して、果たして
>>日本の選挙権を与えるのは適切か?という疑問すら招聘されるのではないか?
>そういう立法もあり得るかもしれません。直ちに違憲とはならない気がします。

>というだけのことですから、国民主権原理が、海外長期定住者に選挙権を与えるなと要請しているなんてことはありません

結局、国民主権原理以外に今の国籍概念も批判なしで受け入れる、という開き直りにしか聞こえんぞ?
そもそも、こちらの国籍に関する根本的な疑問に関して、貴方は単にはぐらかしているにすぎない、としか取れないがな。

それらを踏まえてこちらが答えるならば、あと循環論とか又出てきたが、国や国籍の本質は >>387にて説明されているよう
な実体上としての主体。だから理論から国籍や国家が発生したのではなく、統治実態(民族単位等)から自然発生したという
事しかいえまい。貴方のいう理論では本質的に導きだせない代物だということなんだが?最も、憲法学上の整合性を全く
取らない訳にはいかないので、若干の矛盾は承知しつつ論理体系を構築する分には異論はないが。
更に疑問なのは

>そういう立法もあり得るかもしれません。直ちに違憲とはならない気がします。

と答えておきながら、

>主権者たる国民です。彼を排斥する理論は、>>348のどこにもないでしょう?

これは明らかに矛盾なのではないか? 舌の根が乾かない内にこのようなダブスタをやられてはこちらは混乱する
ばかりなのだが? 主権者たる国民なんだろ? 排斥する理論はないんだよな? で彼らの主権を制限する
ような立法はあり得るのか? ますます判らなくなってきたw

398 :法の下の名無し:2008/03/02(日) 01:22:21 ID:lp8BM338
>>387
概ね同意だけど、個人的にはそんなに難しく考えなくても
「憲法や民主主義は国民を決定する理念ではない(そのような「機能」はない)」
で良いような気がする。
国民ってのは共同体の構成員であって、憲法や民主主義はあくまで共同体の範囲内で作用する・・・
ってあたりが、普遍的(一般的)な考え方じゃないのかなぁ。

399 :389:2008/03/02(日) 01:36:59 ID:BxfdKKgf
>>390
いえいえ、
あなたのほうが、よほど嫌みったらしいですよ。w

>>397
いいことを教えてやろう、
あんたは、はぐらかされてるんじゃなくて、馬鹿にされてるんだよ。
あんたが、「国民主権」の議論なんて、知りもしないとわかっていながら、
ところで、あなたの支持する国民主権概念からは、お書きの例はどう処理されるのですか?
って聞かれてるだろ?
それで、案の定、まったく答えられない。

そのやり取りを見て、ニヤニヤ笑うのが、法学板クオリティーなわけだ。←人間として、最低だなw

400 :390:2008/03/03(月) 13:01:10 ID:u1ewbhHa
>>399
勘弁してください。
そんなんじゃないです。

401 :法の下の名無し:2008/03/03(月) 18:48:13 ID:7JZDPdNl
>>379
>横レスで恐縮なんだが、どうして国籍を要求する事が、住民登録より重い制限なのか、そこの所がよく判らないのだが?
>というのも、このスレで散々話題になっている、”憲法上の国民?”であるとか、形態論的に在日外国人を国民と看做せる
>という考えに立つのであれば、国籍という資格権は軽視できる存在になるんじゃないかと。

読んでて「オレへの反レスじゃないんじゃないのか」と思うんだが。
オレは、「”憲法上の国民?”であるとか、形態論的に在日外国人を国民と看做せる」という考えだから、
国籍に左右されず、国民と見なせばいいと思ってる。
しかし、その一方で、国民とはあくまで国籍保持者であるという主張をする人がいる。
オレとしては、「国民は国籍で示す」という国籍法の趣旨自体は否定する気はないのだが、
趣旨が妥当でも、政府による付与作業の結果として憲法上の国民と食い違っていくることは当然想定されるわけで、
そんな状況(現在の在日がこれにあたる)でも、国籍を持たない者は国民ではないとして
憲法上の国民に関する権利を認めないのか、という批判を展開している。
国籍が重い制限となるのはあくまで現行国籍制度(血統主義であり政府裁量を大いに容認する制度)を
護持しようという立場において生じるもので、「10条関連法としては国籍法に拘る必要はない」とするオレには
関係のないことと言える。つまり、「重い制限だ」というようなことをオレが言うのは背理法的な意味でのこと。

>国籍にそこまで拘るのは在日ぐらいのものであり、アメリカやカナダなどの移住朝鮮人は皆当地の国籍を取得する方向に

アメリカは出生地主義でしょ?
この点、アメリカは国籍と「生活実態のある国」が一致しやすい。
その一方で、日本は血統主義であるから、どうしても民族主義的なイメージを持たれやすい。
また、朝鮮籍になったことの由来は、当時の戸籍であるから、出身地という連想がこびりついている。
実状における民族主義的なアイデンティティの要因は日本の国籍制度自身にもある。
こんなウヨ的な制度における国民認定をサヨ的な憲法と一致させるのは困難でしょ?(重い制限になる)

402 :法の下の名無し:2008/03/03(月) 18:48:37 ID:7JZDPdNl
>>380
>10条の国民は、国籍を持っている者です。文言上自明です。
>そういう問題ではない、その国籍法の憲法適合性はいかに判断されるかだ、という主旨であれば、

いや、前文と後文は関連する一つの問題でしょ?
10条は国民を法律で示せと言っている。とりあえず、憲法は「国籍で示せ」とは言ってないという問題はおいておいて、
「国民(と)は、国籍を持っている者です」とはいったいいかなる意味であるのかが問題である。
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1201350193/508
にあるように、「彼(国籍を持ってない者)に国民認定(国籍付与)すべきか?」という国籍付与の合憲性が焦点になった場合、
「国民(と)は、国籍を持っている者です」の解釈で、状況が大きく変わってくる。
政府に裁量があるとはいえ、国籍付与の是非が憲法論的に論じられるわけだから、
だれを国民とみなすか(誰に国籍を認め、誰に認めないのか)という論点が拠って立つ理念なりイメージが必要になるでしょ?
哲学の真理論みたいな話になるが、参照すべき見本(対応説における実在)か
演繹的に見本を導き出す根元的理念(整合説における真理)が必要になるでしょ?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E7%90%86
憲法論としては、憲法理念を真とする宿命があるので、単純な合意や有用性をもって「正しい」とすることはできない。
となると、それを口に出していうかどうかはともかく、何からの「憲法上のしかるべき国民像」がないと
法的(国籍法的に)違法でない手続きで行われた国民認定に関して、異議を唱えたり、正当化したりすることはできない。
言ってることは分かるかな?
要するに、「国民(と)は、国籍を持っている者です」という言明は何を正当化しているのかってこと。
オレは「国民は国籍で示す」という国籍法の趣旨や「国籍法を作ること」への正当化は認めてもかまわないと思ってるが、
政府による国民認定作業の結果である「国籍付与の現状」が正当化されることはないと思っている。
もしそうなら、政府の国民認定作業が無茶苦茶であっても違憲とできなくなってしまう。
結局、「国民は国籍で示す」という国籍法の趣旨が日常言語における国民の定義のようになっていることから
(マスコミはこの定義を使っている)、一般論として「国民(と)は、国籍を持っている者です」と言えるだけでしょう。
一般論として「日本人は正直です」と言えたとしても、三浦和義が嘘をついてない証拠にはならないわけ。
以上、後文の、http://www.crnjapan.com/japan_law/ja/20050413-asa-cannot_refuse_citizenship.html に関しても、
前文の命題は見過ごせない。10条単独で政府の国民認定が違憲になることはないにしても、
国民を正しく認定できていないのなら、10条に対しても違憲性が生じる。
本論として重要なのは、

>>「(国籍法)の内容を憲法に合致したものにする義務」とは何ですか?
>>文脈から言って、10条の要請を正しく遂行する、つまり、誰が国民であるかを正しく認定することでしょ?
>そのとおり。 >>366

というあなたは、いったい何をもって「正しい」と判断するのかってこと。

403 :法の下の名無し:2008/03/03(月) 18:50:16 ID:7JZDPdNl
>>348
>また、この意味の国民が国籍で定まるとするのは、国籍法で定められた主権者が国籍法に自らの
>定義を委ねるという美しいまでの循環論ができあがってしまう。
>(したがって、憲法1条、15条の「国民」は、国籍より前に、憲法上確定されなければならない。)

「国民は国籍で示す」という趣旨(目的)で結果を正当化するのでなければ悪循環になりません。
また、日常会話やマスコミの定義が「国民は国籍保持者」であり、一般論としてそうであっても、
厳密な意味で正しい国民認定が行われているとは限りませんし、ましてや、
認定に異議が唱えられた東京地裁のような件でそうなるわけではありません。
ただ、マスコミや役人は、裁判や法改正がない限り、国籍保持者を国民と呼んだり、そう扱ったりするのは当然です。
が、これは法学議論では当たり前の話であり
(判決が出るまでマスコミや役人はAを犯罪者と呼ばないが、Aの罪を主張する者はAを犯罪者と呼ぶかもしれない。また冤罪は逆)、
何の問題もないでしょう。表現の次元が違います。

>通説ならば、国籍法による国籍保有者が総体としての国民の枠をはみ出さない様にすることが要請されて、
>国民概念に関する議論は、それで終わりです。

ここで問題にしているのは、その「国民(1条、15条)」が国民認定(国籍制度による国籍付与)を規制する観念(10条)になるのか、
上で言っているように、まったく別物なのかということです。
オレには、この発言は、前者であるようにしか読めないのですが、あなたの主張は後者なんでしょ?

>有力説に立つと、実際の参政権保有者と総体としての国民が同一視できる必要があります。

これも同じで、あなたは、
「国民(総体)に参政権を認めることが、憲法によって課された国の責務ではない」と言われるのですから(>>357)、
「実際の参政権保有者と総体としての国民が同一視できる必要があります」は、まったく逆の主張にしか読めません。
#追記:以下のレスで、選挙権とあるので、この点はOKかもしれん。

404 :法の下の名無し:2008/03/03(月) 18:50:36 ID:7JZDPdNl
>>348
>できれば、自らが前提とする国民主権・民主主義の立場を従来の議論を踏まえて明らかにした上で

それは簡単ではないのですが、オレが前提にしてるのは、国民主権に関しては
「憲法は『国民』という文言を使って、保障対象者を示しているのだから、
憲法の『国民』という文言に合致する(指示対象にしている)者を言ってるわけで、
それ以外の者については述べていない」。
これが憲法上の国民について「文言の指示対象とする方が妥当」とする理由でもある。
民主主義に関しては、治者被治者の自同性を「必須の理念」として認め、言うまでもないことだが
「どうしても完璧じゃないといけない」とか逆に「有効な規範理念たる国是ではない」などとは言ってない。
他の「契約」といったものについても、少なくとも必要な前提にはしていない。
これくらいなんだが。

405 :法の下の名無し:2008/03/03(月) 18:51:02 ID:7JZDPdNl
>>382
>憲法がなぜ最高法規であり権威があるかといえば、それを作ったのが国民だからであろう。
>それなのに、あたかも憲法が独自の理念で国民を定義している(できる)かのような議論ってのは、アリなのか?

有りでしょ。前憲法的な自然権でも、「憲法以前に存在する」、「憲法に依存せず存在する」としても、
憲法論の枠を飛び出すことはないのだから、その根拠は憲法にある。
つまり、「自然権が先で憲法が後」という法理念的命題と、その命題の是非を論じる憲法論的なメタ議論が存在するということ。
この手のメタメタなパラドックスは哲学では良くあることだが、法学では「憲法によって確認される」などとして
「憲法によって根拠付けられる」という表現を避けることでこれを回避してるんでしょ?
それと同じで「定義できる」などと憲法によって発生したかのように表現するから逆説的になるだけで、
これも憲法によって確認されるなどと言えばいいことじゃないの?
オレなんて、一切の正当化を排して、批判的合理主義的に
「消去法によって他が排除され、妥当かもしれないものとしてこれが残る」と表現するわけだから、
パラドックスは明らかに回避できてると思うが。

“国民は憲法以前に存在する。しかし、我々が想定する者達が本当に国民であるのか、
 我々には確定的な解答は述べられない。ただ、憲法はその認定作業を助ける規制概念となる。
 もっとも、憲法が制定されてない状態では、その規制概念も確定的ではない。
 とはいえ、結果として憲法が成立したのが明らかなら、国民の存在も明らかであろう。
 成立したとしても、誰が国民であるかは厳密には確定しない(正当化できない)
 が、不当な認定が不当であることは憲法によって判断できる”

科哲の真理と科学理論の関係と同じなんだよ。

本当の国民←真理(実在)
憲法理念←検証に用いられる実験データ
現状の国民認定やオレの国民認定←仮説(科学理論は全て仮説)

「本当の国民はこれだ」ってな仮説があるが、それが真理から直接生まれるのではない。
ただ、それが真理かどうか実験データに照らして調べることができる
(真理は、基礎データと整合性があるはずだから)。が、
経験によって、仮説が真理の地位を得ることは論理的に有り得ない。
まあ、実際の科学がそうであるように、憲法から導かれる(実験データから導かれる)とか
証明(検証)されると言っても、表現上の混乱をきたさない限り問題ないけどね。

>むしろ消去法で真っ先に消されるのが民主主義であるのは明白。
>なにせ現憲法以前(=大日本帝国憲法当時)は、主権は天皇にあったのだから、議論の余地は無い。

上記のようにそうじゃないし、民主主義と矛盾するような(消去法で排他的になるような)ものは、
契約論などともっともらしい名称をもっていても、憲法に合致しないでしょ?

406 :法の下の名無し:2008/03/03(月) 18:51:25 ID:7JZDPdNl
>>392
>>つまり、「国民」という文言とは別に、「憲法上の国民(過去、未来も含めた観念的統一体)」が認められると。
>>そして、「国民に参政権を認めることが、憲法によって課された国の責務ではない(T)。
>参政権ではなく選挙権というべきでしたが、それ以外その通りです。参政権というと、非常に意味が広いので、
>広義の参政権は、憲法によって国民に認めるべきとされています。その限りで撤回します。

どのレスが誰なのか分からなくなっちゃったんだけど、
選挙権を排除しても、反論の論理構造として変わらないと思うが。

>また、憲法上の国民の中のある種の国民に選挙権を認めることは、15条3項が義務づけています。
>もうひとつ、総体としての国民は、国民主権における国民ですから、前文、1条にある国民の文言とと一致します。

要するに、国民の総体という表現で言っていたのは、以前は「1条、15条」だったが、
今度は、参政権に相当する1条と、選挙権に相当する15条に分けられると?
これで、国民概念は、「3+α」だよ?

1、現在政府が認定してる国民(国籍保持者)
2、憲法1条の国民
3、憲法15条の国民

それで、問題なのは、

4、10条に関し、国民認定が妥当であるとする場合に、規制概念として必要な国民

これ。先にいったように、ここで1を持ってくるわけにはいかないので、
何か憲法上の概念を使わないといけないと思われるが、それは2でも3でもないと?
で、今回新たに、「3を正しく認定するにはどうすればいいか、そこで依拠するのは2ではないのか?」
という問題が生じたわけでしょう。

一応整理すると、方法論としてオレが妥当だと思ってるのは新法制定。
つまり、15条のような国民の権利を保障するのに依拠される国民認定法。
そして、これを10条の指定法とすることで、国籍の「しがらみ」から憲法上の国民を解放する。
オレは「民主主義と国民主権(文言説)で、論理的必然として国民が選定される」、つまり、
「定住者たる被治者→治者→主権者(選挙権を保障すべき者)→国民」と考えており、
このような明からさまな認定理論がある以上、その他の憲法理念はこれを補助するような立場にしかならないと思ってる。
であるから、国民概念がいくつあろうとも、基本はこれと近似したものにしかならないと思ってる。
あくまで国籍を用いて国民認定しようとするのもかまわないが、当否基準として参照する概念が、
このようなものであるなら、現状には明らかに乖離があり、その乖離を国籍で埋めるには、
現実的に極めて困難である(在日は帰化しないだろうから、強制的な付与になる)。
いずれにせよ、15条と10条の国民が一致するのだから、これは文言説の様相を呈していることになる。

407 :法の下の名無し:2008/03/03(月) 18:52:44 ID:7JZDPdNl
>>392
>より実質的理由は、>>348の中段。
>および、国民主権を巡るすでに語り尽くされた議論を参照して下さい。芦部でも奥平でもよいです。

これも言葉の問題で、>>348の中段のほとんどの議論は同意なんだよ。
結局は「みなし」にしかならないと。問題は
>いずれにせよ、現在する国民が現実に権力を行使することととらえる学説はあまり支持をえません。
これ。これでは「国民主権原理の無力化」にしか読めないわけで、
従来の、国民認定(10条)や15条(選挙権)の規制概念にならない「総体としての国民概念」の影響もあって、
実質的に空虚な概念を論じているかのように読めてしまうこと。

>しかし、お書きの例を借りれば、もともともの規範が命ているしても、
>「過去未来も含めた抽象的な観念的存在としての殺人者の総体を捕まえろ」
>ということであって、「殺人を犯した実在の個人を捕まえろ」ではないのである。

これはよく分からない。
抽象的命令から、現実的命令が演繹されることにいかなる問題があるのか?

>>393
>「民主主義」というのは、抽象的でかつ多様な概念であって、「民主主義」といっても具体的な権利保障等は
>ほぼ何も出てきません。

これも上記の問題と同じだと思う。

>それが具体的にどう制度化され、保障されるかは別。

もちろん、そもそも、自由と平等など、規範的理念において対立が生じないことなど考えられない。
民主主義にしても、それが直接的に法制度になることはないだろう。
だが、問題は、法制度の是非を判断する規制概念にすらならないのかってこと。
「治者とすべきは3年以上の定住者」とか、治者被治者の自同性の理想から言えば、
便宜的でおおざっぱな制度でしかないが、これでも民主主義に従ったものだと言えるし、
現実問題では明らかな非が認められなければOKなんでしょ?
それを反対に、「だから民主主義に従わなくてもいい」と言うと意味不明になる。

408 :法の下の名無し:2008/03/03(月) 18:53:39 ID:7JZDPdNl
>>395
>・届け出制による国籍取得が認められたと仮定して、
>・在日コリアンが国民主権でいうところの国民であるとして、
>彼に選挙権を与えない立法は、如何なる審査基準によって憲法適合性を判断されるべきか。
>という問題です。

普通に15条違反でいいでしょう。
15条が言うところは「国民に選挙権を認めるのは国の責務である」なんだから(上記のオレの説では)、
そのような法制度を作らなかった国が違憲となる。
#固有の権利なんだから、モノを言わぬ子供の権利と同様に、申請しないから認めないはダメだろう。
ただ、現住所の登録のように、為政者が人民の「生活実態の所在」を把握するのは憲法の要請に従う上で必要なことであり、
円滑な公共の福祉を実現するために必要だと認められるなら、「申請しないから認めなかったんだ」として
その非から逃れられる(違憲にならない)。

>>>公法的つながりの最たる選挙の基準に公法的つながりの基準である国籍を持ってくるのは、
>>>性質上不可分の関係ではないにしても、けっして、「どうにも不適切」ではないでしょう。
>>それは前のスレでさんざんやった「契約」とか「信託」って話でしょ?
>ちがいます。だいたい、前の話は、「国籍を基準としなければならない」というはなしで、
>いまは、国籍をの基準とすることが許されるかかどうかという話です。

これは分からない。オレは、選挙権を認めるのは国の責務であるという主張だよ?
「申請するもしないも当人」の勝手という制度では、その責務をまっとうできない。
また、「契約」とか「信託」といった話も、結局、「国が信託を得ることを必要とする」ということでしょ?
信託を得なければ正しい国政にならない(憲法前文)。
つまり、「国籍にしようが生活実態にしようが、政府の勝手かもしれんが、
国籍にしたら信託を得ていることにならないので、困るのは政府だよ」ってこと。

いずれにせよ、問題は、上の国民概念(>>406 )だと思う。
この点についての意見が不一致なまま論じてもあまり意味がない。

409 :法の下の名無し:2008/03/03(月) 20:35:40 ID:g7MJgPwc
>>399

いや文章をよく読めない人間にそんな事を言われてもこっちは痛痒を感じないんだがw
何を問題点にしているのか判ってないだろ?馬鹿は外野に引っ込んでろって。

結局

>>そういう立法もあり得るかもしれません。直ちに違憲とはならない気がします。

>と答えておきながら、

>>主権者たる国民です。彼を排斥する理論は、>>348のどこにもないでしょう?

には答えが無かった訳だ。 大した見識の持ち主だったな、ここの住人は。
まあ双方とも自分の主張なのでどちらかを否定しないと駄目だもんなw 本当にいい加減なスレだなw

410 :法の下の名無し:2008/03/03(月) 20:48:03 ID:yI+MIjPg
>>405
>有りでしょ。前憲法的な自然権でも、「憲法以前に存在する」、「憲法に依存せず存在する」としても、
>憲法論の枠を飛び出すことはないのだから、その根拠は憲法にある。
(中略)
>それと同じで「定義できる」などと憲法によって発生したかのように表現するから逆説的になるだけで、
>これも憲法によって確認されるなどと言えばいいことじゃないの?

いや、そうだよ?こっちもそれを言ってるんだけど?「船虫も言うように」って書いてるじゃん(お前船虫だよなw)。
>>382前半部分は「現憲法における国民概念は前憲法的である」って事を単に念押ししただけだよ?

>科哲の真理と科学理論の関係と同じなんだよ。
(中略)
>「本当の国民はこれだ」ってな仮説があるが、それが真理から直接生まれるのではない。

誰も「本当の国民は社会契約概念である」なんて言ってませんぜ?
「消去法で」民主主義と社会契約ならどっちが消えるか?って聞いてんだけど?
君の理屈だと消去法でいくしかないんだろ?早くどっちかを消してくれよ、もちろん理由つけてな。

>上記のようにそうじゃないし、民主主義と矛盾するような(消去法で排他的になるような)ものは、
>契約論などともっともらしい名称をもっていても、憲法に合致しないでしょ?

上記とかぶるが、民主主義が国民決定に一切関与していない、などという断言は誰もしてませんよ?
「消去法でいくと」民主主義は消えるよね、って言ってるだけですが?それとも消去法自体否定するの?w

あと加えて言うなら、(くどいほど言われてきた事だと思うけど)憲法に民主主義って書いてないよ?
「民主主義と矛盾する事」が、「憲法の」「どこに」合致しないのかを、具体的に挙げてくれよ。何条の何項?それとも前文?
一般に民主憲法だと言われているから、ってな程度では、極東板では通用してもここじゃお話にならないよ?

それと、こちらは「現憲法以前はどうだったか」を論じているんだけど?
憲法以前の話なのに、なんで憲法に合致しないかどうかの話になるの?
もしも憲法以前の国民概念が現憲法の国民概念と矛盾しているのだとしたら、
前憲法的な国民概念は現憲法によって確認されてない、って事になるだろ。
それとも、現憲法では民主主義が国民理念なのだから現憲法以前もそうだった、とでも?だとしたら順序が逆だぜ?

411 :法の下の名無し:2008/03/03(月) 20:57:21 ID:yI+MIjPg
5行にまとめてみた↓

船虫「憲法上の国民とは前憲法的に存在するものであり、
   憲法はそれを確認しているだけであり憲法から発生しているものではない」
オレ「でも現憲法以前は民主主義じゃなかったよね、なにしろ天皇主権だし」
船虫「民主主義に反する事は現憲法に反する!」
オレ「それ、現憲法から発生してんじゃん・・・」

412 :法の下の名無し:2008/03/04(火) 00:49:05 ID:42Ppas1a
ふなちゃん、もっと相手の書いていることを読みなよ。
おれ、あんたのことは好きじゃないけど、今回は、結構いいこと書いてると思うよ。ほんとに。
でも、専門外の法学板に書くんだから、もうちょと謙虚になろうよ。
402なんて、馬鹿みたいだよ。380をちゃんと読んだら、あんな書き込みにはならないはず。
少なくとも、一人は、まともに相手にしてくれてるのだから、もうちょっとなんとかしようよ。
俺も、もうちょっと早く帰れるようになったら、賛成か反対かどっちかの立場で書くから。
それまで、国民主権の勉強でもしといてな。

あ、380書いた人以外は、法律の素養も論理性も両方無い人だから、相手しないこと。
せっかく逃げてきたのに、相手をすると、またノイズを撒き散らすから。
おれもうっかりへんな書き込みをしてしまった。すまん>スルーした人。

#あんたは、法律の素養が無いことはバレバレだけど、それなりに論理性があるんだよね。
だから、気になる、。

413 :法の下の名無し:2008/03/04(火) 01:03:43 ID:42Ppas1a
とまあそれだけではなんなので、
>>395
>・届け出制による国籍取得が認められたと仮定して、
>・在日コリアンが国民主権でいうところの国民であるとして、
>彼に選挙権を与えない立法は、如何なる審査基準によって憲法適合性を判断されるべきか。
あんたの言うことは、どっか根本的にまちがっている感じがしてしょうがないんだけど、
どこが間違ってるのか、指摘できないんだな。
これも、違憲審査基準の話じゃない気がするんだけど、なぜそうなのかがわからないんだ。
デンパ理論のにおいがぷんぷんしているのだけどねぇ。
これも、審査基準とかいう話じゃない感じがしてしょうがないんだけど、、、。

ま、ちょっとしらべてみるわ。





414 :法の下の名無し:2008/03/04(火) 01:38:25 ID:TFDx2AGm
>>412
言ってもせんない事だが、ここ最近では今のあんたのそのレスが一番アタマ悪そうだよ。
実は法学板って隔離板なんじゃないのか、とすら思わせてくれる文章だ。

415 :法の下の名無し:2008/03/04(火) 14:58:38 ID:LDmNFbKw
>>410
>>>憲法がなぜ最高法規であり権威があるかといえば、それを作ったのが国民だからであろう。
>>>それなのに、あたかも憲法が独自の理念で国民を定義している(できる)かのような議論ってのは、アリなのか?
>>有りでしょ。前憲法的な自然権でも、「憲法以前に存在する」、「憲法に依存せず存在する」としても、
>>憲法論の枠を飛び出すことはないのだから、その根拠は憲法にある。
>(中略)
>>それと同じで「定義できる」などと憲法によって発生したかのように表現するから逆説的になるだけで、
>>これも憲法によって確認されるなどと言えばいいことじゃないの?
>
>いや、そうだよ?こっちもそれを言ってるんだけど?「船虫も言うように」って書いてるじゃん(お前船虫だよなw)。
>>>382前半部分は「現憲法における国民概念は前憲法的である」って事を単に念押ししただけだよ?

いや、そうは読めないんだがな。

・憲法上の理念による国民→そんなのアリ?(無いだろう)
・だから、ガチに憲法以前の国民が主権者たる(憲法を制定した)国民である。

このように読んだわけだが、まあいいや。

>「消去法で」民主主義と社会契約ならどっちが消えるか?って聞いてんだけど?
>君の理屈だと消去法でいくしかないんだろ?早くどっちかを消してくれよ、もちろん理由つけてな。

前のスレではそれを中心に述べてきたつもりなんだけど?
例えば
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1201350193/117-122
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1201350193/369
はっきり言えば、あなたのレスで興味があるのは、上の、あなた自身が否認してる論法だけなんですよ。
前スレで民主主義と契約論と呼ばれる理論の対立があり、当人としては十分論じたつもりでいる。
この状況で、「社会契約が消えるか?」と問われても答える気になると思う?
前スレの議論を改めてやらせたいの?
それゆえ、まったく新規な例えば、憲法以前ということで、
憲法理念を排除して「これが国民(契約者)だ」とやるなら議論する気にもなるが、
そうじゃないんでしょ?

>それと、こちらは「現憲法以前はどうだったか」を論じているんだけど?
>憲法以前の話なのに、なんで憲法に合致しないかどうかの話になるの?

↑まったく意味不明なんだけど?
つか、「アリなのか?」「有りでしょ」を誤読してる?

416 :412:2008/03/05(水) 00:51:08 ID:KZQ4tf86
>>414
頭わるそうかもね。ま、いいや。
法学板なんて、隔離板なんだから。

さて、380とか書いた人へ。
しらべたけど、あんまり書いてないな。
浦部説以前は、国民主権の議論と外国人の問題が、まったく
別に扱われていた感じ。

あんたみたいなことを書いている人も居たよ。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kaisunao/ronbun/gaijinsansei/gaijin-sansei_2.htm
これ読んでも、違和感がぬぐえないのはなぜ?
ま、あんたの書いていることも、成り立ちうる解釈だってことだろうね。

もうちょっと調べる。


417 :380他:2008/03/05(水) 12:17:10 ID:otv8r3M9
>>416
ありがとう。
読んでみた。

もともと、自分の考えは、自分で書きながら、何かおかしい感じがして、しかし、論理的には正しいはずで、
何がおかしいのかわからない状態でした。(あなたと同感)

読んでみて、たしかに、私と同様の枠組みで議論を進めていますが、ますますなんかおかしい感じがしてきました。

それは、論文なのでしょうか?学生向けのシート?
そこに引用されている文献もあたらないといけないですね。


418 :380他:2008/03/05(水) 12:29:13 ID:otv8r3M9
しかし、引用の論文も、国籍、選挙権の立法裁量についての審査基準は述べていませんねぇ。
なんとなく、緩やかな合理性で判断しているようだが。
やはり、審査基準を持ち出す議論の枠組みがおかしいのか???


419 :法の下の名無し:2008/03/05(水) 17:41:20 ID:FT8exWUm
>>416
上からの感想のようなことばかり書いてないで、キミの主張も述べたら?
まさか、マイナーな学説だからダメだってだけのことじゃないんでしょ?
そういう妥当性判断も有りではあるわけだが、それにしてもそれを主張しないとねぇ。

420 :412:2008/03/06(木) 02:25:44 ID:gJg5N6BR
>>418
審査基準を出してこないのは、前文の裁判規範性の有無と関係あるのかもね。
それと、論者が、芦部説に賛成していないことも関係あるだろうね。

>419
常識的な法律の初歩や国民主権に関する従来の議論を無視した
「主張」
よりも、簡単なセンテンスだけで会話が成立することもあるんだよ。

421 :法の下の名無し:2008/03/06(木) 09:55:43 ID:rK5gEG8Z
>>420
横レスだけど前のスレで判例の国民主権の理解に疑問を呈してた人?

422 :法の下の名無し:2008/03/06(木) 15:47:38 ID:ThZBnp1v
>>420
>常識的な法律の初歩や国民主権に関する従来の議論を無視した

いちいち言及すれば長文になるわけで無視が適切な場合もある。
一概に、「無視=ダメ」ではないわけだ。
悪い意味で無視だと言うなら、それを指摘してみたら?
それとも、↓のように相手のデンパ受信に頼るわけ?

>よりも、簡単なセンテンスだけで会話が成立することもあるんだよ。

オレはその手の暗黙ないし、ナーナーのレスは議論倫理としてダメだと思うな。
文章のような客体のなかで明確にすることこそ重要。

結局、馬鹿とか悪口言うだけで議論はできないの?

423 :380他:2008/03/06(木) 18:02:33 ID:EBSvuJb7
>>412
>審査基準を出してこないのは、前文の裁判規範性の有無と関係あるのかもね。
前文の・・というよりも、1条、15条1項とカラムので、「国民主権」概念自体と呼んだ方がより正確かも。
そうであるとしても、問題の実質は、14条、44条但書、などとからむので、やはり、審査基準が出てこざるを
得ないのではないかと。

>それと、論者が、芦部説に賛成していないことも関係あるだろうね。
国民主権に関する芦部説?
であれば、それを採らないことは、論者の思考パターンとして、大いに影響しているでしょうね。
ただ、それは思考パターンとして理解出来るだけで、上と同じではないかと。

良く読むと、やはり選挙の公務性だけから広い裁量を導いている様で。
結論は私も異論がないのですが、「公務性」を持ち出すのはどうかという気が。

424 :380他:2008/03/06(木) 18:27:36 ID:EBSvuJb7
>それとも、↓のように相手のデンパ受信に頼るわけ?
>>よりも、簡単なセンテンスだけで会話が成立することもあるんだよ。
ごく常識的な前提を共有するだけですから、受信は容易ですよ。



425 :412:2008/03/07(金) 01:23:44 ID:vrd2FKDp
>>423
>国民主権に関する芦部説?
そうそう。

結局、甲斐先生が立法府の広い裁量を認める論拠は
あいまいとしか言いようが無い。選挙権と、放送法の内外人差別が
同じ基準でいとも思えないんだけどね。

国民概念をいじるのは、スマートな手法だけど、もっと体系ごといじらないと
いけないところが出てくるってことか。

426 :法の下の名無し:2008/03/07(金) 01:24:11 ID:R5EHyNan
国民主権については、ナシオン主権かプープルかという対立および有権者主体説か全国民主体説がある。

外国人の権利論も含めて、政府に課せられる憲法上の義務は、要請か許容か禁止かという類型がある。

外国人参政権については、ナシオン主権説からは許容説が導かれ、プープル主権からは要請説が導かれる。
(但し、永住等の一定の条件が求められる。)

有権者主体説や全国民主体説からは、いかなる帰結が導かれるかは定かではない。

ここで問題となるのは、プープル主権を採用したとき、有権者たるべきプープルを国籍法によってきちんと把握できている場合に、
外国人参政権要請説がそれでもなお維持できるのかどうかである。

例えば、今まで永住者や特別永住者として管理されてきた人々のカテゴリを制度上廃止して、
国籍法によって一定の定住要件を満たした場合に原則として国籍取得を認める制度が出来た場合である(二重国籍も容認)。

私の考えでは、この場合、外国人参政権要請説は維持されないと見る。

他方、在日コリアンの意思に基づく国籍取得法は、これとは状況が違う。
この法は、現在の国籍法を維持したままの在日コリアンの国民編入だからである。
この法をつくったとしても、外国人参政権要請説はいまだ維持し続ける。

427 :412:2008/03/07(金) 01:26:01 ID:vrd2FKDp
>>421
前のスレでは書いてない。
380の人じゃないのかな。積極的に書いていたのは彼一人だから。

428 :法の下の名無し:2008/03/07(金) 01:45:06 ID:R5EHyNan
>>426が成り立つためには、
憲法上の国民概念が実質的な概念であること(国籍法による国民が憲法上の国民だというトートロジーの否定)
憲法上の国民概念が民主主義の主体であること(主権主体を観念的抽象的集団ではなく、実体的な統治権の担い手と見ること)
が必要。

しかし、一部を除いてごくごく普通の憲法研究者はこんなことを考えてはいない。
多分、ナシオンかプープルかといわれればプープルだといいつつ、民主主義を肯定しつつ、
国民主権の教条的理解によって憲法上の国民=国籍法上の国民というトートロジーを容認する。
(正確には実質的には国家主権論=主権の対外的側面の強調)

429 :法の下の名無し:2008/03/07(金) 02:01:06 ID:R5EHyNan
>>428
国家主権論を否定するわけではない。
しかし、国家主権論も、国民概念の実質的理解に立つ限り、国籍法上の国民だけが主権の担い手であるという結論にはならない。
国家主権論は、プープル以外を主権の担い手とすることの禁止という文脈で意味を持つ。
例えば、日本への一時旅行者に参政権を与えることは、プープル主権の見地からも否定されうる。
後は、実質的な国民概念をどこまで精緻化していけるかという問題が残るだけです。

430 :法の下の名無し:2008/03/07(金) 08:41:25 ID:0iP5zvHd
>>427
レスthx。
立法裁量なんだとなるとそれを狭く解しても苦しいだろうね。
在外者の選挙権の判例はあるけど。
そもそも憲法眺めても国民の基準もしくは国籍の内容が一義的には見えてこないし。

431 :法の下の名無し:2008/03/07(金) 10:52:46 ID:EHNLAlAn
>>372
>>ということは、在日コリアンだけではなくて、主権の論理を権利制約の根拠として持ち出すことそれ自体否定>>するということでしょうか。
>そうしたいです。
>>(こういう学説も確かにありますね。)
>>ただ、この学説の論拠は、在日の権利論とは次元が違いますね。
>最近の学説の状況など、かなりご無沙汰、はっきりいって不勉強で、ぴんと来ないのですが、よろしければ、
>参考となるURLなどご紹介下さい。

亀レスですが、それは樋口先生の主権論(その反対側としての人権論)です。
『憲法 近代知の復権』119頁以下をどうぞ。有名な論文です。

432 :法の下の名無し:2008/03/07(金) 11:08:12 ID:EHNLAlAn
>>372
>まぁ、自らの意思で国籍を取得せず、あるいは離脱する者が続出しても、それは、結局その国に魅力が無かったということでしょう。

つまり、在日コリアンが憲法上の日本国民であったとしても、在日コリアンによる国籍取得法案なんかを制定すれば、
政府の憲法によって課せられた義務は達成されることになるわけですね。

で、あなたが例の「前スレ」>>1だという前提でいくと、やはりわからないことが出てくる。(何度か過去スレで出ているが)
在日コリアンの国籍取得法可決と、在日コリアンを法律レベルで日本国民と同等の権利を保障することと、どっちが優先されるのでしょうか?
それとも、この二つのルートのいずれかを採れば、どっちでも全くかまわないのでしょうか?
この二つのルートは、在日コリアンの法的立場を根本的に異なる立場として処遇するものなのですが、いかがでしょうか?

433 :380他:2008/03/07(金) 13:15:32 ID:QVOMJsTa
>>431
>『憲法 近代知の復権』119頁以下をどうぞ。有名な論文です
ありがとうございます。本当に不勉強です。
樋口先生は、「国民の名をもってする人権侵害」という言葉が鮮烈なまでに印象深く、
その出典も覚えていないのですが、今でも、物事を考えるときに思い浮かべられます。

>在日コリアンの国籍取得法可決と、在日コリアンを法律レベルで日本国民と同等の権利を保障することと、どっちが優先されるのでしょうか?
>それとも、この二つのルートのいずれかを採れば、どっちでも全くかまわないのでしょうか?
私は元の「>>1」を書いた人間ではありませんが、一定要件の元、在日コリアンをナシオン・全国民の意味での国民ととらえることに賛成します。
その立場からも、2つのルートの優先度は出てこないのではないですか。
国籍の概念を従来の様な堅いものととらえるか、甲斐先生のようにhttp://www5a.biglobe.ne.jp/~kaisunao/ronbun/gaijinsansei/gaijin-sansei_2.htm
「権利の束」ととらえるか、という先送りにしていた問題に絡みますが、私は、正直あまり関心がないところです。


434 :380他:2008/03/07(金) 13:21:37 ID:QVOMJsTa
>>426,428,429
主権がプープルにあると、主権の行使として制定された国籍法は、最高たる主権者の意思であって、
それ以外に国民は存在しえない
とはなりませんか?
(これは、プープル主権全般への批判と同じだが)


>しかし、一部を除いてごくごく普通の憲法研究者はこんなことを考えてはいない。
>多分、ナシオンかプープルかといわれればプープルだといいつつ、
有名な方とそのお弟子さん以外に、そう言っている人居ますか?


435 :法の下の名無し:2008/03/07(金) 18:15:07 ID:eTXDVj7H
>>424
>ごく常識的な前提を共有するだけですから、受信は容易ですよ。

議論が噛み合わない場合における原因の多くは、
互いに別の前提を常識(正論)だと思っていること。
それゆえ、議論の不一致が問題にされてる状況で、「ごく常識的な前提だ」として
その前提の明示や証明を無言に伏していても意味ない。また、このスレの議論もそうだが、
常識こそが否定対象にされてるんだから、それの共有を当然視するのも適当ではない。

↑これこそ常識だと思うんだが?

>>428
>多分、ナシオンかプープルかといわれればプープルだといいつつ、民主主義を肯定しつつ、
>国民主権の教条的理解によって憲法上の国民=国籍法上の国民というトートロジーを容認する。

そうそう。おかしいでしょ?
下の人も言ってるように、「教条的理解=国籍主義的解釈の刷り込み」なんだよ。

436 :法の下の名無し:2008/03/07(金) 18:16:21 ID:eTXDVj7H
>>432
>>まぁ、自らの意思で国籍を取得せず、あるいは離脱する者が続出しても、それは、結局その国に魅力が無かったということでしょう。
>つまり、在日コリアンが憲法上の日本国民であったとしても、在日コリアンによる国籍取得法案なんかを制定すれば、
>政府の憲法によって課せられた義務は達成されることになるわけですね。

常識的に言っても、政府に課せられた義務が達成されるのは、政府が「およそ最善を尽くした」と認められる時である。
田中の住民票問題で長野市は、登録がないにもかかわらず、長野市は生活実態が把握できていたことから
田中の選挙権を認めた。これは問題なく認定できるのに住民票に拘るのは最善とは言えないからでしょう。
それと同様に、他に最善の方法が想定されるなら従来の帰化制度に拘るのは適当ではない。
たとえ帰化を簡易化しても、国籍への思い入れから全ての在日コリアンが帰化するとは限らない。
現住所の登録のように、ある種の義務であると認められるなら、帰化を義務づけることにより、
全ての在日コリアンを帰化させる、あるいは、帰化しない非は在日自身にあるとして、
政府の非を無くすことが可能だろうけど、そんな帰化制度など不可能でしょう。
従って、日本政府は、国籍剥奪の非を認めて謝罪するなどして、なんとか在日を説得して帰化させるか、
10条対応の新たな制度を作って、そこで憲法上の国民としての権利を保障する仕組みを作るしかない。
逆に言えば、後者のようなより最善な方法が想定できる限り、国民認定漏れが生じる制度(簡易国籍制度)で
憲法によって課せられた政府の義務が達成されたとは言えない。

437 :法の下の名無し:2008/03/07(金) 18:24:07 ID:eTXDVj7H
>>434
>主権がプープルにあると、主権の行使として制定された国籍法は、最高たる主権者の意思であって、
>それ以外に国民は存在しえないとはなりませんか?

それは憲法前文に反する。

“そもそも国政は,国民の厳粛な信託によるものであつて,その権威は国民に由来し,
その権力は国民の代表者がこれを行使し,その福利は国民がこれを享受する。
これは人類普遍の原理であり,この憲法は,かかる原理に基くものである。
われらは,これに反する一切の憲法,法令及び詔勅を排除する。”

国籍というものが介在するからポイントがぼやけるのだが、
結局は、一部の国民しか国政に参加(代表者を送れない)できないことになるのだから、
その原理に反することになる。ナチのように、国民自らが独裁を望んだようなもので、
たとえ、国籍法や国籍認定が全ての国民(国民の総体)の意思であっても、
それは憲法上認められない。

また、「国民A→国籍法→国籍保持者→国民B」というループにより、
国民Bをもって国民Aを規定するのは、さんざん言われている“悪しき循環”である。
国民Aは、このループとは違う理念的なものとして規定される(民主主義等による)ものであり、
それと国民Bが乖離する場合は、国民Bの認定が不当となる。
国民主権による正しい手続きのもとに制定された法律だって、違憲になり得るわけだが、
この場合、不当なのは国籍法の根幹(国民は国籍で定める)ではなく、
政府の裁量とされる部分(在日の日本国籍を無効化した通達等)である。
政府は憲法10条により、Aと一致するものとしてBを示すことが求められているが、
それを適切に達成できなかったというだけの話でしょう。

438 :412:2008/03/08(土) 02:11:46 ID:C2JuCvo3
>>430
>立法裁量なんだとなるとそれを狭く解しても苦しいだろうね。
そんなことも無いと思うけどね。
甲斐論文は、あまり実質的根拠無く、広く立法裁量を捉えるようだが、
そこは、もっと議論があっていい。
参政権なんかだと、国益保有者と審査基準は同様でもいいはずなんだがな。

439 :412:2008/03/08(土) 02:27:36 ID:C2JuCvo3
>426
>外国人参政権については、ナシオン主権説からは許容説が導かれ、プープル主権からは要請説が導かれる。
これは、あまりにも大雑把じゃない?
プープルを強調する立場からしか、要請説は導き得ない
という意味ならそうかもね。

その場合も、380の人の
>主権がプープルにあると、主権の行使として制定された国籍法は、最高たる主権者の意思であって、
>それ以外に国民は存在しえない
>とはなりませんか?
という批判がまさにあてはまってしまう。
要請説は、かなりしんどいよ。

>>428
>正確には実質的には国家主権論=主権の対外的側面の強調
これ、こういうニアンスのことよくみるんだけどね。
なんで、主権の対外論が対内的国民主権の議論と関係するんだろう。
まじわからん。



440 :412:2008/03/08(土) 02:31:27 ID:C2JuCvo3
>>429

>国家主権論は、プープル以外を主権の担い手とすることの禁止という文脈で意味を持つ。
これは、主権論でどんな立場をとってもおなじだよね。

>後は、実質的な国民概念をどこまで精緻化していけるかという問題が残るだけです。
膨らませる方向への限界だから、精緻化しなくてもいいんじゃないの?
なんか読み間違えていたらすまん。

441 :法の下の名無し:2008/03/08(土) 09:04:36 ID:oU+hqATu
>>438
>参政権なんかだと、国益保有者と審査基準は同様でもいいはずなんだがな
それだと参政権と社会権で結果的にあべこべにならない?
ま、あべこべにならない立場に立つのだろうけど。

442 :380他:2008/03/10(月) 12:56:06 ID:KxiP4DXf
立法裁量はある程度広くあるべきだとおもってるんだけど(←感情論)、
広げる実質的根拠がよくわからない。

狭くても、たとえば、LRA持ってきても、実際違憲となる領域は、あまり無いだろうから、
結論が大きく変わるわけでもないけど。



443 :380他:2008/03/10(月) 12:58:45 ID:KxiP4DXf
>>438
>参政権なんかだと、国益(国籍ですね?)保有者と審査基準は同様でもいいはずなんだがな
国籍を基準とすること自体が合憲とすると、あとに何か問題残りますか?
違憲とする場合だけの問題でしょうか。

444 :412:2008/03/11(火) 01:14:23 ID:VsNn79Yt
>>441
生存権の立法裁量は海のように広いから、逆転することは無いんじゃない。

>>442
うーん、なんとなく、国籍と参政権を分けて考える説を前提にしてた。
つーか、こっちのほうが思考整理に良いよ。そろそろこっちを全体にしよう。
その上で、選挙権に関してLRAを持ち出すと、あんたが依然書いていた通り、国籍基準は
違憲の疑い出てこない?

445 :412:2008/03/11(火) 01:22:32 ID:VsNn79Yt
その上で、選挙権に関してLRAを持ち出すと、あんたが依然書いていた通り、国籍基準は
違憲の疑い出てこない?

そんなことないな、立法目的に何を持ってくるかだけだな。酔っ払いの勘違い。

446 :法の下の名無し:2008/03/11(火) 07:54:28 ID:prpAKInw
>>444
>生存権の立法裁量は海のように広い
この現象をさして逆転するんじゃないかなと思ったわけ。
国籍による差別を参政権で厳しく解し、社会権で緩く解す