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〜〜〜 法律に正義はあるのか  〜〜〜

1 :法の下の名無し:2007/09/02(日) 17:50:09 ID:79ALzIHw
 法律に正義はあるのか?

 女子高校生 コンクりート詰め殺入事件を考える。
2名の少年(18歳と16歳)が東京都足立区綾瀬で帰宅中の女子高校生を
誘拐し、少年の自宅(両親も同居)に40日間も監禁し、暴行、殺害した。
40日の間、被害者の性器や肛門にスポーツドリンクの瓶を押し込み、陰毛を
剃って全裸で踊らせたりした。気まぐれに揮発性油を塗りライターで火をつけ、
熱がる様子を見て笑い転げた。 監禁を黙認した両親は不起訴、少年らの刑期には
未決勾留期間が算入された上、刑期満了前に仮保釈されたため、主犯以外は全て
6年程度で仮出所され、主犯も既に仮出所されている。
受刑者1人当たり月20万円の税金が使われ、被害者側の税金(消費税を含む)
で使われている。服役中は給料(作業報奨金)が支払われ、土日休業、平日は
毎日3時間の自由時間がある。一方、被害者の遺族は遺体を引き取るための
自動車代まで支払わねばならなかった。

2 :法の下の名無し:2007/09/02(日) 18:46:57 ID:xavoj6rE
殺入?
いつ起こったのかも詳しく書いてないな

3 :法の下の名無し:2007/09/02(日) 21:54:42 ID:l4VLa+4o
>>2
あー確か昭和60年くらいの事件じゃなかったかな?バイト帰りの女の子を拉致って、散々いたぶった挙句殺してしまったから、コンクリに埋めたってやつ。
当時は、少年法の改正前だったとは言え、俺もこの事件知った時は、>>1みたいに法律に正義はあるのか?って疑ったよ。人外と言うのも生温いくらいの事をやっときながら、加害者は全員、今はもう普通に生活してるんだからな。
細かい内容に興味があるなら、ググッてみるといい。コンクリ殺人とか、コンクリート殺人とかで検索すれば、この事件の記事はいくらでも出て来る。

4 :九十九里浜:2007/09/02(日) 22:26:51 ID:npRzPn/X
東京大学法学部刑事法講座が社会に垂れ流し続けた猛毒で、何の罪も無い
被害者の霊魂や遺族は心を引き裂かれ続けてきたのさ。
それでいても毒を撒き散らした張本人たちは、なんの良心の呵責も感じてはいないのさ。
>1のような極悪犯罪者どもは、いずれ神様が殺してくれるさ。


5 :法の下の名無し:2007/09/02(日) 22:37:01 ID:l4VLa+4o
>>4
あのさ、ここ何板か分かってる??オカルト板かなんかと勘違いしてない??

6 :九十九里浜:2007/09/02(日) 23:06:06 ID:npRzPn/X
>>5
君に一つadviceしておこう。物事には茶化していいことと、そうで無い事
があるんだよ。加害者の権利ばかり擁護してきたのは、間違いなく上記の組織
が中心。 神様  という言葉で揚げ足とって、茶化していいような事件じゃ
ないだろう?
アメリカあたりだったら、とっくにリンチで殺されてるし、中国なら、捕まって
3日後には死刑だったろうよ。あんた刑事法講座の関係者?

それとも出所してきた本人かよ。




7 :法の下の名無し:2007/09/02(日) 23:43:37 ID:l4VLa+4o
>>6
どっちでもない。ただの学部生だ。ていうか>>3の俺のレスを見たら本人って発想は流石に浮かばんと思うがな・・・。
茶化すとかじゃなくて、ここは法学板であって、神とかの超常現象の裁き云々言う板じゃない。板違いだって言ってるだけだ。
実際、俺がこの事件の加害者への法の裁きが軽すぎるって考えてるのは、>>3を見れば分かるだろ?感情論で言えば、当然に極刑相当だと思うし。
まあ、とは言っても、俺は目に見えないもんは信じないタイプだから、神の裁き云々言われても全く興味がないのも事実だけどね。神がデスノートみたいに確実に裁きを下すなら話は別だけど。

8 :法の下の名無し:2007/09/02(日) 23:49:20 ID:l4VLa+4o
>>6
ていうか、俺のドヘタな文章見て、どこをどうやったら東大の刑事法講座の関係者に見えた??理解しかねるな。

9 :法の下の名無し:2007/09/03(月) 03:45:08 ID:LigExxZq
>>4
くわしく

10 :法の下の名無し:2007/09/04(火) 12:58:03 ID:w8fuO1xT
>>1
マルチ氏ね

## 法と正義の哲学について教えて下さい ##
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1188723789/


11 :法の下の名無し:2007/09/05(水) 01:07:00 ID:NkEFkH2S
いや、別にそれくらいはいいんでは・・・。

12 :法の下の名無し:2007/09/06(木) 19:04:18 ID:zhBiUkAl
尼崎
の まき みぎわ、に正義
な氏ね!

13 :誘導:2007/09/08(土) 18:47:27 ID:vl9YLwvP
法学(仮)板ローカルルール

ここは法学,その他大学法学部で研究されている学問分野の話題について学術的に議論する板です。
よって、法律や政治が絡めば許容されるわけではありません。
以下のものはここでは禁止です。【全掲示板&案内】から他の適切な板を選択して御利用ください。

ニュース、出来事、事件など1つの事案でのスレ立て禁止

14 :法の下の名無し:2007/09/19(水) 12:06:25 ID:Qiu/isub
なんか順番がおかしいな。
正義ってのは法に従うことでしょう?
法自体に正義なんてあるわけない。

法として「法律」を持ち出すとわかりにくいけど、例えば、
「野球のルールに正義はあるのか」と言い換えてみればわかる。
質問自体が言語矛盾。


15 :法の下の名無し:2007/09/19(水) 12:50:48 ID:nIuqsnYh
正義というのは法に従うこと、では必ずしもないだろうね。
もちろんそのような見解を採る者も極く少数ながら存在するが、
多数を形成するものではない。

法がなくとも「正義」を思考することも可能だし、また「正義」なくとも法を
思考することも可能であって、「正義とは法に従うこと」などとは言えない。
したがって質問自体が「言語矛盾」(この言語矛盾とは如何?むしろ言うならば語義矛盾
という表現を使うのが相当と思われるが)ということはない。
野球と社会とパラレルに論じることができるとする暗黙の前提が疑わしいわけである。

16 :法の下の名無し:2007/09/19(水) 13:57:45 ID:Qiu/isub
>>15
おそらく勘違いしていると思うんだが、
>>14 でいう「法」というのは、
いわゆる「法律」という意味では無いよ(法律を含むけど)。
そういう誤解を避けるためにわざわざ野球ルールを引き合いにだしてるんだが。

>法がなくとも「正義」を思考することも可能だし、また

可能であるというのなら、具体例を一つでいいから示してもらおうか。

>野球と社会とパラレルに論じることができるとする暗黙の前提が疑わしいわけである。
では、(このスレの論点について)パラレルに論じ得ないとすることを妥当とする、
野球と社会の具体的な違いを、これも一つでもいいから示してもらおうか。


17 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 03:24:46 ID:UVDzo+m6
法律の上にある 法

18 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 15:03:00 ID:P9wuChwd
>>16
その前になぜ「正義とは法に従うこと」って断言できるのかな?
思想史を紐解けば、そんな杜撰な主張をしている者が果たしていたという
のだろうか?間違ってもソクラテスはそうだとか言わないでね(笑)。

20世紀に入っても、ロールズやドゥウォーキンなどもそんな理解をしていないし、
趣向を変えてデリダやレヴィナスともなれば、ましてやそう。
絶対的他者への応答の事実状態こそが責任として理解するレヴィナスは、間違っても
「正義とは法に従うこと」などという主張はしていない。
デリダは括弧つきになるだろうが、
「脱構築は『正義』である」と。しかし脱構築は法なら法の同一性を前提とする
形而上学的思惟をそのアポリアに招いて解体していく営為として働く以上、
「正義とは法に従うこと」ということには、これまたならない。

19 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 15:10:07 ID:P9wuChwd
思うに、野球のルールに相当するルールを社会は持たないものと思われる。
つまり、そのルールでなければ最早野球ではなくなる類のルールは社会にはない。
また野球のルールブックに書いている規則と野球のプレーヤーの諸々の振る舞いを
通して記述されるルールに相当するルールを社会が持つわけもない。
もちろん規則随順性という視点でみれば類似しているところはあるが、類似と言っている
ことからもわかるように、むしろ差異が際立つ。

20 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 16:06:05 ID:ECqcc7Wq
>>18
>その前になぜ「正義とは法に従うこと」って断言できるのかな?

法に従うことでない正義が存在しないからだよ。

仮にこの根拠を君が否定したいなら(「法に従うことでない正義は存在する」という積極的事実を主張したいなら)、
立証責任は君の側にあることは、君ぐらい博識なら、知っているよね?

21 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 16:47:54 ID:XZqLYnJK
定義を明らかにせずに正義だの法だのを論じてどうするんだよ君たち。
同じ言葉で別の議論をしてもかみ合うわけがないだろう。

22 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 17:32:44 ID:P9wuChwd
>>20
だからそれは君自身がそれしかないと思っているから、そう思うという
堂々巡りでしかない。
小生は「正義とは法に従うこと」だとは思わないし、これまでもそんな理解を
している者は少ないと思われる。

あと君は根拠を示していない。繰り返すことになるが、
@正義は法に従うことである。
Aなぜなら法に従うことでない正義が存在しないからだ。
@とAは結局同じことを繰り返しているに過ぎないので、Aが@の根拠にはなっていない。
したがって、「仮にこの根拠を君が否定したいなら立証責任は君の側にあること」
にはならない。

私見を述べるならば、「正義」は同定不能な概念と否定的に示すほかないと思われる。
その意味で「『正義』はそれ自体脱構築不可能な概念である×」とのデリダ的なやり方しか
ない。
ゆえに「正義とは法に従うことである」との理解はとれない。


23 :14:2007/09/22(土) 17:33:20 ID:ECqcc7Wq
やれやれ、言い出した本人はやらないのか。

私の言っている「法」とは、規則、規範一般のことを言っている。
「〜してはいけない」「〜すべし」「〜する権利がある」という形式をとって
行うべきこと、行うべきでないこと、違反した場合の罰則、
権利の授与などを規定するものだ。
従って、いわゆる「法律」も法なら、野球のルールも法となる。

正義の定義は先に示したとおり、「法に従う(則る)こと」。

だから、
>>20
における私と、 P9wuChwd 君との論点は、「そのような定義が一般的に通用しているか」にあるということになるね。

以上の定義に沿うなら、「法律に正義はあるのか?」への答えは、
>>14 のようになる。
そもそも、質問自体が矛盾している、ということだ。

24 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 17:37:44 ID:P9wuChwd
正義の定義を「法に従うこと」などと杜撰な理解をしている思想家いる/いたのか?
勝手な定義を振り回して一般化して論じていただきないというのが小生の感想である。

25 :14:2007/09/22(土) 17:41:04 ID:ECqcc7Wq
>>22
ええとね。

>>23
に書いたように、この問題は、

>だから、
>>>20
>における私と、 P9wuChwd 君との論点は、「そのような定義が一般的に通用しているか」にあるということになるね。

ということだと思うんですよ。

で、ある命題が現実に即しているか、という議論を行う場合に、
命題と証拠が同じことの繰り返しになるのは、当たり前なんですよ。
万有引力の証明をするのに、リンゴが木から落ちることを証拠として示したとして、
「「リンゴが木から落ちる」なんて、「質量を持つ物質の間には引力が働く」を言い換えただけじゃないか」
という反論は意味ないわけですよ。

26 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 17:44:08 ID:P9wuChwd
「法の支配」の理念から現法律を正義に反するとの理由で批判する言説(言うまでも
ないだろうが、小生は必ずしもこの見解にもくみしないが)が有意味な言説でないとも
思わない。
スレ主が法律を議会制定法でなおかつ一般的抽象的法規範としての意味を持つのだとすれば、
それが正義に反するとの批判は十分ありうる。
政府を批判した者は死刑にするとの法律が仮にあったとして(我が国では考えにくい事態であるが)
その法律に正義はあるのかと問うことはありうるし、全権委任法は正義に反するとの言説も言説として
有意味足りうる。

それから先ほどもいったが、野球と社会を同一次元で語ることはできない。


27 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 17:51:31 ID:P9wuChwd
>>25
君は事例のあげかたも杜撰極まりないと思うよ。
「リンゴが木から落ちる」と「質量を持つ物質の間には引力が働く」を言いかえただけに
過ぎないわけではないよ。
現象を説明として万有引力の法則が提起されても、それが有意味なのは、他の現象をも適切に
説明しうるということと、命題それ自体から導き出せる分析的判断とは異なり、
経験的事実の観察や実験的検証のふるいにかけられた結果ゆえに、現象の物理学的説明として有意味足りうる。

他方、「正義は法に従うこと」だと主張の根拠として示されたものといえば、
「法に従わない正義は存在しないから」というのは、別に経験的対象の観察や実験的検証のふるいに
かけられ淘汰され生き残った他の現象をも説明可能な主張にはなっておらず、
そう思う、なぜならそう思わないわけには行かないからだ、といっているに過ぎないので、
これまた杜撰なたとえである。

28 :14:2007/09/22(土) 17:52:20 ID:ECqcc7Wq
あなたの法と正義の定義は示してくれないのですか?

というか、私の定義を否定する以上は、別の定義を示してくれないと、
議論が成立しませんが?

29 :14:2007/09/22(土) 17:55:04 ID:ECqcc7Wq
>>27
ええと、「説明」の話はしていません。
私がしているのは「証拠」の話です。

30 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 18:01:36 ID:P9wuChwd
>>29
「証拠」と言っているが、君が持ち出した例は「科学的説明」の話ではないか?
ごまかさないでいただきたい。
ニュートンがプリンキピアにて「証拠」「証拠」と連呼していたであろうか?
否。科学的説明とは何かについて、これまでなされてきた議論を見ても、君の
出した事例を命題と証拠云々と訳のわからない主張をしている論者も残念ながら
見かけない。証拠は、実験的検証等の、仮説形成の確証と検証の文脈で登場する概念。
ジェボンズでもラカトッシュでも然り。ファン・フラーセンもそう。それぞれ主張の
内容は異なれど、君のようなわけのわからない主張をしている論者は見られない。

31 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 18:06:32 ID:P9wuChwd
>>28
人の文章を読んでいないのかい?
小生の卑見は、>>22後段で示している。否定的な仕方で、いわば「反定義」として
かろうじて示されるものと考えるよりほかないのではないかという感想。
まだ固まっているわけではないが。

32 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 18:14:12 ID:P9wuChwd
小生の愚見によれば、否定的な仕方でかろうじて示されるものでしかないと考えるが、
だからといって積極的意義がないかといえば必ずしもそうではないかもしれない。
カント的な意味でのいわば「統整的理念」としてそれが機能する余地がないとは言えない
と思うから。難しい問題であることに違いないが。

33 :14:2007/09/22(土) 18:14:54 ID:ECqcc7Wq
>>30
>「証拠」と言っているが、君が持ち出した例は「科学的説明」の話ではないか?
もちろん、違いますよ。

34 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 18:16:38 ID:P9wuChwd
>>33
だとしたら不適切な事例だね。撤回するなら早々に撤回するがよろしいと思うが如何か?

35 :14:2007/09/22(土) 18:16:44 ID:ECqcc7Wq
>>31
法の定義は見当たりませんね。

36 :14:2007/09/22(土) 18:17:34 ID:ECqcc7Wq
>>34
どの事例が、どのような点で不適切ですか?

37 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 18:21:06 ID:P9wuChwd
>>36
人の文章を読みなさない。万有引力の法則を例に挙げた箇所だよ。
リンゴ云々という言明と質量を持つ云々という言明とのつながりについて
君が述べたところ。これは科学的説明として論じられる・論じられてきた関係。

>>35
君が読めないということだろう。それを責めようとは小生は思わない。

38 :14:2007/09/22(土) 18:24:20 ID:ECqcc7Wq
>>22
つまり、あなたの正義の定義は、

・同定不能な概念

そうすると、このスレの質問は、「法律に同定不能な概念はあるか」
という意味だ、ということになりますね。

39 :14:2007/09/22(土) 18:30:02 ID:ECqcc7Wq
>>37
>リンゴ云々という言明と質量を持つ云々という言明とのつながりについて
>君が述べたところ。これは科学的説明として論じられる・論じられてきた関係。

実際にどのように論じられてきたかという歴史的事実についてはややこしくなるので踏み込みませんが、
仮に、リンゴの落下が科学的説明として論じられる・論じられてきたとしても、
「証拠」として挙げることが不適切ということにはならないと思いますが。
ある仮説をある証拠で証明しようとしたときに、「その事柄は説明としてるか割れていたから証拠にはならない」
と反証されることはないでしょ?


40 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 18:35:20 ID:P9wuChwd
>>38
例えば「〜に正義はあるのか!」とある対象(ここでは〜に該当する)を批判
するとき、そこで意味されているか(ここでは社会的にどのようにその言明を形成
する言語使用がなされているのか、という意味)ということと、当該対象の中に
ある概念が包含されていることとは必ずしも同じではない。
スレ主がどの意味で「法律に正義はあるのか」と主張したかは小生にはわからない。
したがって場合分けが必要となるが、
仮に前者の言語使用としてなされたのであるならば、
定義不能だけど統整的理念として機能する正義からすれば、おかしい、との理解を
することもできるかもしれない。
後者の言語使用であるならば、それは最早「〜あるか」「〜である」という言明それ自体は
微妙なものとなるだろう。強いて言えば「〜あるか×」という仕方で問うしかなかろう。
デリダは敢えてそのような問いをしたわけだ。
「正義とは脱構築不可能である×」と。あるいは「脱構築は正義である×」と。

41 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 18:40:08 ID:P9wuChwd
>>39
小生はそのような主張をしていない。再読願いたい。
リンゴ云々と質量云々は、一方が他方の言明の単なる言い換えになっている関係には
立たないと主張しているわけ。
他方、君が出した「正義とは云々」「なぜなら法に従わない云々」という言明の関係は、
一方が他方の単なる言い換えになっている、つまり言明以外の要素から導出される関係にはなく、
単に語義を変えた関係でしかないから、事例として持ち出すのは不適切であるということ。

42 :14:2007/09/22(土) 18:52:54 ID:ECqcc7Wq
>>40
>スレ主がどの意味で「法律に正義はあるのか」と主張したかは小生にはわからない。
私は、スレ主は、主張しているのではなく問うていると思うのですが。
とりあえず、形式としては質問として示されていますよ?

>>41
>リンゴ云々と質量云々は、一方が他方の言明の単なる言い換えになっている関係には
>立たないと主張しているわけ。
ですから、それは「説明」としてはでしょう?

43 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 18:58:54 ID:P9wuChwd
>>42
君は人の文章を読んでからレスポンスしているかい?
小生がどの意味で「〜」と主張したか、と言っているのは、
質問内容を語る言明がありうる言語使用のうちいずれの意味を持って
問われているのか、それが詳らかにはわからないが、と言っているわけ。
おわかりになります?
説明の箇所については、君の提出したアナロジーはなんら説得的ではないと
いうことを認めたということでよろしいかい?

44 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 19:09:00 ID:P9wuChwd
そろそろ小生の否定的な提示の仕方の誤りを指摘していただこうか?
「正義とは法に従うこと」という手前勝手な主張をしたわけだから、
君も小生の「手前勝手な主張」にコメントをよこしてもよさそうと思うが如何?
単細胞が多い法解釈学者ですら「正義とは法に従うことだ。なぜなら法に従わない
正義はありえないからだ」というトートロジカルな主張をして悦に浸っている夜郎自大
な輩はめったにいないと思われるが。
でないと例えば判例にしばしば見受けられる「〜は・・・・の点で正義に反するから」
だとか「手続的正義に著しく反するような」といった言明は意味を為さなくなる。
法に反するか否かが問われているときに、「正義に反する」というときに使用される「正義」が
「法に従うこと」という意味を付与されているわけないからである。
さもなくば、「法に従うことに反しているから法に従わない」とトートロジーを主張することに
なるからね。

45 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 19:30:30 ID:P9wuChwd
そもそも「法に従うことが正義だ。なぜなら法に従わない正義は存在しないからだ」
などいうと主張が当然自明であるとの見解が過去・現在の哲学者なり倫理学者なりその他
法哲学者の言説を通してなされたことがあるのだろうか?
そこを>>14氏に尋ねてみたい。
反例なら挙げられようが。例えばスピノザは『国家論』だったかと記憶しているが、
人民にとって害悪しか齎さぬ国家があるとせば、そのような国家の法などに拘束される
必要もないし、またそのような国家自体が滅びた方が被害は軽微で済むとまで主張していたはず。
ジョン・ロックも抵抗権を認めているように、法に従うこと自体を正義だとは思っていない。
カントは、自己の格率が普遍的立法となるように行為せよ、との主張をしているが、
もちろん法に従うことを正義とはしていないし、カントのいうパブリックな理性の行使(そもそも
理性の行使はカントにいわせればパブリックなものでしかありえないのだろうが)は、法に従うことでは
ない。法が見せかけのパブリックを偽装しているだけで、実はプライベートなものでしかない
場合もあることを前提に立論している。
と色々あるわけだが、いずれにしても「法に従うことが正義。なぜなら法に従わない正義は存在しないから」
などいう主張はしていないし、一般的にもそうした見解が誰からも支持を受けた自明の問題とされた事実もない。

46 :14:2007/09/22(土) 20:48:23 ID:ECqcc7Wq
>>43
>質問内容を語る言明がありうる言語使用のうちいずれの意味を持って
>問われているのか、それが詳らかにはわからないが、と言っているわけ。
しかし、
>>40
の文中には、「主張したか」という言葉は出てきますか「問われているのか」という言葉は出てきませんよ。

>説明の箇所については、君の提出したアナロジーはなんら説得的ではないと
>いうことを認めたということでよろしいかい?
ええと、あなたには、私の述べている内容について、
何か納得できない点がある、ということは認識していますよ。
それが何かはよくわかりませんが。

>>44
>そろそろ小生の否定的な提示の仕方の誤りを指摘していただこうか?
なぜ?

>>45
とりあえず、あなたの言う、「反例」というのは、「法に従わない正義」の提示だと理解していいですか?
そして、その場合の法の定義は、私が示した定義だと。
仮に私が示した法の定義以外の定義であなたが「法」という言葉を使っていらっしゃるのなら、
その反例は、私の主張に対する反例にはなりませんよね?

47 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 21:05:57 ID:P9wuChwd
>>46
もう無理しなさんな。
〜はあるのか?
というのだから
「問われているのか」と解して何ら問題ない。今更何を言っているやら。

法の定義を示せ示せと阿鼻叫喚の如く言っておられたのだから、
小生が否定的な仕方で解すほかあるまいと返答にどう応答するのかが問われている。
もちろんそう解さないことも可能。

君の言う「法に従うことが正義」との主張をしている人間が君以外にいて、
かつその主張が歴史的にも汎通しているのかい?
あと、その質問は君自身に問われるべきかと思うが如何か?
スレ主は「法律に正義はあるのか」と言っているわけだ。
それに対して君は法に従うことが正義だ、とおそらく著名な学者なら口が裂けてももらさない
与太話を弄しただが、スレ主から言わせればともすれば君の主張はスレ主への反論にはならない
ということになるが如何か?

48 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 21:14:01 ID:P9wuChwd
小生は>>14氏が、自身が妄想する「法」の定義(この内容が実は不明なのだが)
をでっち上げ、かつそれが正義である、とこれまた自身が妄想する正義の定義
(少なくともこんな杜撰な理解をしている思想家や法学者は皆無に近いと思われるが)で、
スレ主に対して言語矛盾だと糾弾しておられると解すほかあるまいと思っている。
なにより言語矛盾とか言っている時点で大いに笑わせてもらいましたよ。
言語矛盾ってな〜に?語義矛盾といいたいの?論理矛盾といいたいの?それともそれとは
別の言語矛盾ってあるのかい?


49 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 21:31:04 ID:P9wuChwd
>>14氏はこれまで幾多の哲学者や法学者が思考の営為を連ねてきた「法とは何か」
あるいは「正義とはいかなる謂いか」という問いに対して簡単に答えが出ると
思っているらしい(もちろん妄断の類)。
それゆえ安易に定義、定義と馬鹿の一つ覚えよろしく絶叫する。
もちろんそれが議論のたたき台としてとりあえず提示されたという留保をつけるのならば格別、
そうしないでただただ手前勝手な妄想与太話を弄して悦に浸り、あろうことか、他人に対して
その手前勝手な与太話を押し付けて「言語矛盾だ!」などとこれまた自作の概念を以って糾弾
する。

法哲学(ないし法理学)を紐解けばわかるように、オースティンやハート、あるいはドゥウォーキン
にとって「法とは何か」について共通した定義があるわけではない。
幾多の法学者にとっても事情は同じで、「法とは何か」について共通了解など成立していない。
「正義とはいかなる謂いか」という問題もそうで、ソクラテスでも、ストア派でも、カトリック神学を
含む中世哲学でも、カント、ヘーゲル、マルクス、ベンサム、ミル、ロールズ、ムーア、シジウィック、
レヴィナス、デリダ、ハーバーマスなどなど幾多の見解が百花繚乱の如く乱れている。
間違っても「法に従うことが正義。法に従わない正義は存在しないから」という単細胞的な見解を弄した
者はいない(そんなこと謂おうものなら、その時点で忘れ去られる存在と成り果てること必定)。



50 :14:2007/09/22(土) 21:37:00 ID:ECqcc7Wq
>>47
ええと、つまり、 >>40 における。
>スレ主がどの意味で「法律に正義はあるのか」と主張したかは小生にはわからない。
は、
>スレ主がどの意味で「法律に正義はあるのか」と問うたかは小生にはわからない。
という意味に、
>解して何ら問題ない。
わけですね?

>法の定義を示せ示せと阿鼻叫喚の如く言っておられたのだから、
>小生が否定的な仕方で解すほかあるまいと返答にどう応答するのかが問われている。
>もちろんそう解さないことも可能。

すいません、純粋に日本語として意味不明です。

>君の言う「法に従うことが正義」との主張をしている人間が君以外にいて、
>かつその主張が歴史的にも汎通しているのかい?

はい、正義についての主張はただ一つの例外なくそのようになされていますよ。

>あと、その質問は君自身に問われるべきかと思うが如何か?
どの質問ですか?

>スレ主は「法律に正義はあるのか」と言っているわけだ。
それはつまり、
 スレ主は「法律に正義はあるのか」と問うているわけだ。
>解して何ら問題ない。
わけですね?
であれば、

>それに対して君は法に従うことが正義だ、とおそらく著名な学者なら口が裂けてももらさない
>与太話を弄しただが、スレ主から言わせればともすれば君の主張はスレ主への反論にはならない
>ということになるが如何か?
私は、>>1 の「問いに対しての反論」など行っていませんよ?





51 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 21:40:57 ID:P9wuChwd
>>50
嘘も休み休みにしないさいな。
君のような主張をしている者などほぼ皆無というのが事実。
そうではないというなら、著名な学者の原典から証拠付ける文言でも
引っ張ってくださいな。
やれやれお話にならない。

52 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 21:48:08 ID:sCY4VA4A
正義論って決着ついてたの?初耳だw

53 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 21:51:06 ID:P9wuChwd
>>14氏にはご自分の妄想与太話を弄する暇があるのなら、これまで幾多の碩学が
積み上げてきた議論を一瞥することをお勧めしたい。
いやはや、法哲学の歴史も思想史の常識も弁えない斉藤野人の戯言とは言え、
ここまでくれば異常というほかあるまい。

54 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 21:58:33 ID:P9wuChwd
それにしても非常に香ばしい響きを伴う文言だねえ。
「正義ってのは法に従うことでしょう?
 法自体に正義なんてあるわけない」。
何度読み返してもほくそえむほかない。
この薄っぺらな認識でよくもまあ居丈高に与太話を弄して恥を持たぬ態度を
貫けたもの。驚きの連続ですよ(笑)。

55 :14:2007/09/22(土) 21:58:40 ID:ECqcc7Wq
>>51
ええと、私のような主張をしている人がいるかどうかは知りません。

私が申し上げているのは正義についての主張、つまり、
「〜は正義だ」という主張が、
「ある法に従っているもの」を正義と言っている、
つまり、私の示した定義を使ってなされており、
只一つの例外も存在しない、ということです。

つまり、あなたが只一つでも反証を挙げることができれば、
私の主張は崩壊します、別に高名が学者の名前を何人も列挙する必要はありません。

56 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 22:10:14 ID:P9wuChwd
>>55
はいはい。その事実認識が誤りといっているわけ。わかるかな?
まず法の定義は確定していない。これがまず第一。
ある行為が法に従っているか否かというのは、法の定義が何であるかという
既に確定している見解を元に判断されていきたわけではないのが歴史的事実。
ある行為が法に従っているか否かは、時に裁判で何が法であるのかという模索の
中で解釈を通して判断されてきた。
こういういった歴史は、ハートの『法の概念』やらドゥウォーキンの『法の帝国』に
詳しいから一読してみたら如何か?
オースティンの法主権者命令説を批判するところからはじまり、各自の見解がなされている。
法の意味論的解釈批判もその一つ。
何が法であるか、という問い一つとっても確定的な解釈はないんだよ。
世界を眺めても法の定義が共通しているわけではない。何が法か、何が正義かは未確定のまま
言語行為として法的営みが連鎖しているというのが実情。
したがって君の示した定義を使ってなされており、只一つの例外も存在しない、との言い分は
成り立たないんだよ。

57 :14:2007/09/22(土) 22:17:59 ID:ECqcc7Wq
>>56
>まず法の定義は確定していない。これがまず第一。
ええと、私の定義は示していますよ。
>>23
別の定義で議論を行いたいのであれば、あなたの定義をどうぞ。


58 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 22:21:36 ID:P9wuChwd
>>57
君の定義が世界共通の定義とはなっていないわけだから、
只一つの例外はないとはこの時点で言えないのよ。何度言えばわかるの?

>私の示した定義を使ってなされており、←これ全くの嘘ね。
>只一つの例外も存在しない、ということです←これも嘘ね。

こうまで厚顔無恥な主張を見たのは久々だよ。

59 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 22:34:10 ID:P9wuChwd
法と正義を結びつける議論はなされてきた。
それに小生も興味がある。
しかし間違っても、>>14氏の言う薄っぺらな戯言を並べ立てた議論など、
ほとんど皆無と言ってよい。
ましてやこれまでなされてきた正義についての言説が、
>>14氏が言う「法の定義」とやらに基づき、かつ「法に従うことが正義」
だなどという戯言が例外なく唱えられてきた事実ももちろんない。
「法の定義」など確定しているわけではないし、ましてや正義についての言説は
未だに喧々諤々の大論争。おそらく終止符が打たれる日は人類が滅びるまで来ない
だろうと思われる。

法と正義を全く別物と考える人々もいるだろう。神の栄光にその身を捧げることこそ絶対の正義
だという者もいるし、「チュチェ革命偉業」のため首領を決死擁護することに正義を見る者もいる。
そのためならば他国自国の法律を犯しても構わないと思うものいる。
「アメリカ帝国主義」打倒のため、異教徒皆殺しにしることにこそ正義なりと行動する者もいる。
「世界広宣流布」のために活動することは「無限の正義」であると唱えるSGI会長(笑)も存在する。
これらは法と正義を結び付けない理解に立つ人々だろう。

60 :法の下の名無し:2007/09/22(土) 22:56:05 ID:P9wuChwd
法と正義の関係については極めて難しい問題が横たわっていて、誰も解決しえて
いないわけだが(驚くべきことに>>14氏はいとも簡単に解決してしまわれた!
しかも己の主張と同じくする者ばかりで只の一人の例外もないとのたまう!)、
叩き台として次のように考えてみるのもいいかもしれない。もちろん小生は>>14
とは違って妄想与太話を弄するを得意としないし、ましてや只の一人の例外もない
などと夜郎自大な戯言を吐く厚顔無恥の輩でもないつもりだから、かかる愚行はしたくない。

小生自身はかろうじて否定的に指し示されるものでしかない、と極めて正義の積極的定立には懐疑的
だが、ただしそれが統整的理念として機能するならば、有用な概念ではないかと思うようにしている。
これが現状。その後の見通しは未だつかめていない段階だが、とりあえずは、以下のように整理できるかも
しれないと甘い期待も抱いていることは確かであろう。
すなわち、
政治的決定・制度を全ての人の異議申し立てに開き、その公共的正当化可能性を
絶えず批判的に再吟味しつづけるための規制理念として普遍主義的正義理念を基底に置きながら、
集合体より個人を公共的正当化の名宛人とすることによって個人を公共的討議において語りかけられる
べき主体とみなすこと。

その主体である個人が公共的討議における対等な存在として配慮され尊重されることを要求し、
所与の決定・制度・社会的配備等を最終的真理または自然的秩序として批判封じを認めないこと。

その公共的正当化可能性の絶えざる批判的再吟味とそれによる修正の可能性を保証するため現状を
支配する公式非公式の一切の権力の政治的答責性の確保を求めること。

61 :14:2007/09/23(日) 09:51:39 ID:8yi4haah
>>58
>君の定義が世界共通の定義とはなっていないわけだから、
>只一つの例外はないとはこの時点で言えないのよ。何度言えばわかるの?

とりあえず、あなたがその只一つの例外さえも示すことができないことをもって、
あなたと私の議論においては、「例外はない」とするには十分ですよ。

繰り返しになりますが、
>つまり、あなたが只一つでも反証を挙げることができれば、
>私の主張は崩壊します、別に高名が学者の名前を何人も列挙する必要はありません。
もし、あなたが言うように私の主張が嘘であるなら、長文のレスは必要無いはずなんですよ。
たった一行の実例、それだけで済むはずです。

にもかかわらず、あなたは長文を費やしながら、抽象論に終始し、
只一つの具体例も示すことができない。


62 :法の下の名無し:2007/09/23(日) 10:02:42 ID:f4Q0k6wU
ここまで来ると只の荒らしですな。
法学の知識以前に対話を成り立たせる努力が全く見られない。

63 :法の下の名無し:2007/09/23(日) 13:09:48 ID:9YaHM6bY
この子はいったい何を求めているのかな?
「正義とは法に従うこと」という「定義」への反証?

1:定義には原理上反証を与えることはできない。
  定義は常に「真」なので、反証されちゃ困るでしょう。
  定義に対して「反証」を求めるってどういうつもりなのかな?
2:一般人の「正義」という語の用法が「正義とは法に従うこと」
  という定義に沿ったものとなっていないことの実例が欲しいの?

もし君の「定義」が妥当なものだとすると、例えば未だに法と呼べるような
ルール体系がない未開社会で、そこでのある個人の行動は「法に従う」
ことはありえないから決して「正義」に適ったものではありえない
ことになるよね。でも、我々は未開社会に於いてすら個人のある行動が
正義に適っているということがありえないとは普通考えていない。

或いはこういうのもありかな。「法に従うこと」ってのは要は
ある主体の行為だよね。「正義とは法に従うこと」というのは、
ある主体の行為がある一定のルールに従っているとき、
それが正義に適っているということをいっていることになる。
でも「正義に適った社会」という表現はどうだろう。
社会全体は主体ではないので(法に於ける主体はあくまで自然人と
法人しかいないからね)、「社会(という主体)が法に従っている」
という言い方は意味をなさない。「正義」という語は社会について
適用できるのに、「法に従う」という表現は社会について適用できない。
だから「正義」と「法に従う」という2つの表現には、
それが帰属させられる対象に関して、用法の一致がない
(それが意味論的なものか語用論的なものかはともかく)。
従って、用法の違うこれらのものを等置してしまう君の「定義」は
妥当ではない。

「社会が法に従っている」ということを、社会の全個人が
法に従った行為をなしていることだと分析すればいいような気が
するかもしれないね。でもこれは巧くいかないだろう。
社会全体が法というルールに完全に従っていなくても
人々はある社会を正義に適っていると呼ぶだろう。
例えば、ある個人が犯罪を犯したとしても、それに対して
適切な処罰と、被害者に対する適切な損害回復がなされている場合とかね。


64 :法の下の名無し:2007/09/25(火) 02:52:27 ID:WBlXupS+
ここまでざぁ〜っと読ませてもらいましたが・・・>>14さん、もういいじゃないですか。
無知は恥じることじゃないですよ。
これから法哲学なりいろいろ学んでいきましょう。



65 :法の下の名無し:2007/09/25(火) 20:28:16 ID:P3uDK41W
最初から読んでみた。
この子のいう「法」ってのは単に「規範」という意味なのね。
でもそうすると「規範」に「従う」という表現も微妙だよね。
許可規範や権能賦与規範に「従わない」ことってそもそも
できるんだろうか? 「〜してもいいよ」という許可規範に
どうしたら違反できるのかな?
しょうがないからとりあえず義務規範に限定して考えるよ。

「ある行為が正義に適っている=規範に従っている」
っていう「定義」が問題になっているわけだね。
じゃあある行為が正義に適っている=「〜しなさい」という
命令(義務)規範に従っているとしよう。この行為は
この命令規範に対立する禁止規範「〜するな」に従っていない
よね。規範に従っていることと正義に適っていることが
定義によって真なら、この行為は禁止規範に従っていないから
正義に適っていないことになる。あれ? 前提と矛盾したね。
定義を修正する必要があるようだ。

修正1:行為Aが正義に適っている=行為Aがその随従となる
ような義務規範Rが「ある」。

命令規範「Aせよ」は定義により行為Aがその随従となる。
命題が抽象的な対象として「存在する」というのと同様の意味で
この定義の「ある」をとらえてしまうとどうも無内容
になってしまうようだ。どんな行為Aについても
それに対応する命令規範があるわけだから。

そこで「雪は白い」という命題も「雪は白くない」という
命題も抽象的な対象として「ある」が、どちらか一方が、
そしてその一方のみが、「成立する」、というのとパラレルに
考えてみよう(命題は「成立する」が規範は「妥当する」)。


66 :法の下の名無し:2007/09/25(火) 20:29:51 ID:P3uDK41W
修正2:行為Aが正義に適っている=Aがそれの随従であり
しかも妥当であるような義務規範Rがある

これはさっきより巧くいきそうだ。左辺→右辺はよさそうだ。
でも逆はどうだろう。右辺→左辺は、もしなにか規範が
妥当すれば、その規範に従うことは必ず正義に適っている
ことを主張している。すると、世界には妥当する規範は
正義に適っているかどうかを決める規範の一群しかない
ことになる。礼儀作法の規範とかも、もしそれが妥当する
ならば正義の問題であり、正義の問題と切り離された
礼儀作法なんてものはないことになるね。
野球のルールもそれが妥当するなら正義の問題だ。

これは充分可能な立場だ。妥当な規範はみんな正義の問題で、
そうでないものは本当は規範ではないか、実は妥当していないのだ。
でもこれはちょっといやだし、少なくとも我々は一般に
そういう風に「正義」という語を用いていない。

じゃあ規範の「妥当」を規範体系、規範領域ごとに相対化
できないだろうか。でも、正義を決定する規範を、右辺で
正義自身に言及することなく規範の妥当を相対化することで
括りだしてくることがア・プリオリにできるかどうかは
残念ながらかなり疑わしい。

そうすると結局、

修正3:行為Aが正義に適っている=行為Aがその随従となり、しかも
正義を決定するものとして妥当であるような義務規範Rがある

という甚だ無内容にみえる「定義」に落ち着くことになるだろう。
でも本当は正義が規範の問題であると主張しているわけだから、
無内容というわけではない。正義の規範性を否定する論者
はこの「定義」を受け容れないだろう。
行為Aが正義に適っているという判断を認めても、
行為Aをなすべきだ、とは必ずしも認めないことは幾らでもありうる。
トラシュマコス風の正義観はまさにその古典的な例のひとつ。
だから誰もが正義を規範に従っていることとしてとらえている
という主張は単純に誤りだということになる。


67 :法の下の名無し:2007/09/25(火) 20:53:37 ID:P3uDK41W
どうでもいいけどID:P9wuChwdな子の反論?の仕方はよくわからないし
残念だけれど好もしいものとも思えない。
>>60みたいに井上達夫の議論をコピペしたりとかもどうかな
(井上達夫の議論自体はとても魅力のあるものなんだけどね)。
>>54の「この薄っぺらな認識でよくもまあ居丈高に与太話を弄して
恥を持たぬ態度を貫けたもの。」という捨て台詞は(本当に残念だけれど)
自分に跳ね返りかねないんじゃないかな。
>>14の子の主張は間違っていると思うけれど、基本的には単純な問いを
一貫して聞きつづけているだけ。それに対して何か妙に刺激されたのか
殆ど激昂して罵倒をつづけているのは美しい光景じゃない。
こういうことはあまり言いたくないけれど、法学部の子
(もしかしたら不適応気味?)にありがちな権威主義的な態度が
垣間見える気がするのね。思い過ごしならいいんだけど。


68 :法の下の名無し:2007/09/25(火) 22:36:25 ID:30W5obe9
わざわざどちらも上げ続けてるし
同じ人が書いてたんじゃないの

69 :法の下の名無し:2007/09/27(木) 19:35:53 ID:MCnOl/bC
定義の問題をなぜ問題にするのか
くだらんことに時間を費やす前に
共同共謀正犯について説明してみろ

70 :特権によって暴走する弁護士会と旧帝国の類似性:2007/09/29(土) 16:50:29 ID:8R5Cs7un
山口県光市で起きた母子殺害事件の判決を社会は注目している。 その判決を通して社会の倫理規範やモラルは “ かくあるべき “ と
示され今後の判例となるからだ。 しかしその規範策定と宣告は、独裁政治のような社会一般の多数意見には何ら影響されない特権機構
だけによって決定されることは、絶対に許されない。 何故なら社会を構成する一般集団は、それを法律として相当期間に渡り遵守せねば
ならないのだから、民主主義国において社会一般の民意が犯罪事件の判決量刑にまで及ぶのは “ 至極当然 “ である。

刑事裁判では犯罪者の殺意の有無について争うことがあるが、原始社会や戦国時代ならいざ知らず、現在の福祉行政には様々な問題もあるかも
知れないがそれでも最低限の生活は保障されているのなら、それ以上の富や快楽を求める犯罪者が金銭強奪や暴行などの “ 一方的な目的 “ で
面識も無い他者の権利を侵害する時、その時点で犯罪者には “ 可能性としての殺意 “ があると判断すべきである。

マクロ領域の物質現象を理解するための法則的決定論から派生して、政治社会現象もその視点から考察する唯物的自然観は、
現在では生命作用や微細領域の物理的理解には全く無力である。 つまり “ 生物は機械 “ ではない。

だが依然としてその思想を基盤とする法曹界の一グループが弁護士懲戒請求について、一般社会は感情的に法制度を理解していると言明した。
しかし唯物思想を政治体制としたソ連邦など共産国が崩壊したように、唯物論も科学的視点からでさえその限界が見えている。
そのため唯物論を思想基盤とする弁護士達の論理構築は、およそまともな倫理観から逸脱するようになった。
これは法論理ではその整合性が全く成立しない “ 恩赦 “ と共に、私達の素朴な社会正義には相容れないことだ。

71 :殺意を持たない犯罪者が母親殺害後、幼児まで殺すだろうか :2007/09/29(土) 16:53:21 ID:8R5Cs7un
母子殺害事件の実行犯 福田孝行には殺意は無かったと仮定しよう。 これは不幸な家庭環境の中で生きて来た18才になったばかりの人間が
起こした事件である。 動機は暴行目的であり個人的恨みは無い。 しかし幼児を育てる母親は見知らぬ突然の侵入者に対して、本能的に激しい
抵抗を行った。 このため犯人は母親を殺害した。 しかし人間としての倫理と理性を持って裁く時、この事件の問題はここからである。

犯罪行為によって母親の意識は薄らぎ身動きしなくなった。 この時、実行犯 福田孝行は殺人までは予期しなかったことであり殺意は無かったので
あれば、その予想外の事態におののき慌てたはずだ。 さらにそれによって “ 元々の人間性として我に返り “ 救命行為を行う人間もいるだろうし、
そうでなくても死にゆく人間を目の前にして、解決方法が分からずその場から一刻も早く立ち去りたいと思うはずだ。

しかしこの犯人は違う。 弁護陳述では死者回復の儀式と称して、死者を目の前にしても慌てることもなく目的を遂げようとしているし、
身動きしなくなった母親の元へ大声で泣きながら寄って来る幼児を、その大声によって事件の発覚を恐れたこの鬼畜は無残にも幼児まで殺害した。

弁護陳述では、泣き止めさせるために幼児の首に紐を巻き、それを蝶結びにしてあやそうとしてその紐を強く締めてしまったなどと述べているが、
幼児の殺害は母親が救命もされずに息絶える途上で実行されており、このような鬼畜に殺意は無かったなどと平然と弁護して、それは弁護行為として
当然だと言ってのける人間達の思考基盤や法的解釈が、私達の社会規範になることだけは絶対に阻止しなければならない。

72 :法の下の名無し:2007/10/19(金) 03:54:32 ID:NBKO6d25
小林秀雄賞取った 内田樹さんの 私家版ユダヤ文化論の中にあるレヴィナスの教え
                人はあらゆる行動に先んじて すでに有責である。
226ページで、責任は事実的にそこにあるのではない。と書いておられるけれど、
私は有責である と宣告する人が出来しなくとも 人はすでに有責であると思う。
人々が日々平穏に暮らして行けるのは 時空をこえた、神すらも気付かれていない所
での 他者の犠牲があるから。それを人が理解するのは、おサルさんが微分方程式を
理解する事ができないのと同じ。レヴィナスの言う有責は 強く感じる人にはわかる
               あまりにも深い  事実
上記の事件については、現在生きている全ての人間が責任を負っている。
だから一刻も早く 死刑を執行して、乱された宇宙的秩序を回復する事が、
原罪を負っている我々すべての最小限の義務だと思う。

73 :14:2007/10/28(日) 18:49:06 ID:K5k9PRa9
>>65
>>66
ええと、基本的な誤解があると思います。
あるいは、私の定義が不十分であるのかもしれません。

私は、「全ての規範に同時に従うことが正義だ」と申し上げているのではありません。
「ある事柄が、ある(一つの)規範に従うときそれは「その規範において」正義である」
と申し上げているのですよ。
例えば、アメリカの法における正義と、日本の法における正義は異なります。
(多くの共通点を持つとはいえ、細部では差異があります。)

74 :法の下の名無し:2007/10/28(日) 20:12:21 ID:BBG4oi/t
つ 礼儀作法の規範

礼儀作法の規範に従うことが「礼儀作法に於いて『正義』である」
ということはない(我々は通常「正義」という語をそのように
用いていない)。もちろん、「いや私はそのような場合でも
用いうるものとして『正義』を定義するのだ」という返答が
行われるのならばそれはそれで結構。その場合、あなたの
用いる「(〜の規範体系に於ける)正義」は
定 義 に よ っ て
「(〜)の妥当な規範に従っている」ということ以上のことを意味しない。
そもそも、あなたは「法」という語をも単なる「規範」の異称としてしか
用いていないのだから(野球のルールも「法」なんだよね)、
「正義とは法に従うこと」というのは単に定義によって真であるだけ。

で、だとすると君はなんで「定義」に対して反例を求めるなんて
無意味なことをやっていたのかな?


75 :14:2007/10/28(日) 20:27:10 ID:K5k9PRa9
>>74
ええと、反例は「定義」に対して求めていたわけではないのですよ。
>>25


76 :法の下の名無し:2007/10/28(日) 22:33:58 ID:LX+A9r0U
>>73
>「ある事柄が、ある(一つの)規範に従うときそれは「その規範において」正義である」

トートロジー。
例えば、私人の銃所持行為はアメリカのある規範においては正義だが、
日本のある規範においては正義でない。
この言明に何か意味があると思いますか?

それとも、ただ単に正義なんか相対的だから確定できないって言いたいのか?

77 :14:2007/10/28(日) 23:12:52 ID:K5k9PRa9
>>76
>トートロジー。
定義の記述が形式としてトートロジーになるのはあたりまえですね。

78 :法の下の名無し:2007/10/28(日) 23:35:33 ID:LX+A9r0U
>>77
>定義の記述が形式としてトートロジーになるのはあたりまえですね。

読み間違い。そこを問題にしてるんじゃない。
定義の内容それ自体がトートロジカルで使いものにならんと言ってるんだ。

君の定義は、例えば、
「正義とは、当該社会において正義と考えられているもののことである」
というレベルのものと変わらん。

で、何か意味のある定義になってるかね?

79 :14:2007/10/28(日) 23:43:47 ID:K5k9PRa9
>>78
あなたにとっては、
>「ある事柄が、ある(一つの)規範に従うときそれは「その規範において」正義である」
という記述が、

>「正義とは、当該社会において正義と考えられているもののことである」
>というレベルのものと変わらん。

ということであれば、この問題についてこれ以上、
あなたと私が議論するのは時間とスレの無駄だと思います。


80 :法の下の名無し:2007/10/28(日) 23:53:22 ID:LX+A9r0U
>>79
君の「定義論」は板違いだからもう書き込むなよ。
せいぜいブログで独善的な「定義」を垂れながして悦に入るがよい。

81 :14:2007/10/29(月) 00:07:42 ID:diAI6JMV
>>80
あなたが何にそんなに腹を立てているのか、わからないのが残念です。
おそらく、
>>79
のようななんらかの誤解が原因だと思うのですが。
どうもそれを解くことは、私には難しすぎるようです。

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