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■■■■三島由紀夫の「檄」■■■■

1 :法の下の名無し:2007/10/19(金) 19:10:48 ID:3tHZBxuH
われわれ楯の会は自衛隊によって育てられ、いはば自衛隊はわれわれの父でもあり、兄でもある。
その恩義に報いるに、このやうな忘恩的行為に出たのは何故であるか。
かへりみれば、私は四年、学生は三年、隊内で準自衛官としての待遇を受け、一片の打算もない教育を受け、またわれわれも心から自衛隊を愛し、もはや隊の柵外の日本にはない「真の日本」をここに夢み、ここでこそ終戦後つひに知らなかった男の涙を知った。
ここで流したわれわれの汗は純一であり、憂国の精神を相共にする同志として共に富士の原野を馳駆した。
このことには一点の疑ひもない。

われわれにとって自衛隊は故郷であり、生ぬるい現代日本で凛烈の気を呼吸できる唯一の場所であった。
教官、助教諸氏から受けた愛情は測り知れない。
しかもなほ敢えてこの挙に出たのは何故であるか。
たとえ強弁と言はれようとも自衛隊を愛するが故であると私は断言する。

2 :法の下の名無し:2007/10/19(金) 19:12:54 ID:3tHZBxuH
われわれは戦後の日本が経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。
政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみささがられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を潰してゆくのを歯噛みしながら見ていなければならなかった。

われわれは今や自衛隊にのみ、真の日本、真の日本人、真の武士の魂が残されているのを夢見た。
しかも法理論的には自衛隊は違憲であることは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によってごまかされ、軍の名を用ひない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因をなして来ているのを見た。
もっとも名誉を重んずべき軍が、もっとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。
自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負ひつづけてきた。
自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与へられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与へられず、その忠誠の対象も明確にされなかった。

3 :法の下の名無し:2007/10/19(金) 19:14:48 ID:3tHZBxuH
われわれは戦後のあまりに永い日本の眠りに憤った。
自衛隊が目覚める時こそ日本が目覚める時だと信じた。
自衛隊が自ら目覚めることなしに、この眠れる日本が目覚めることはないのを信じた。
憲法改正によって、自衛隊が建軍の本義に立ち、真の国軍となる日のために、国民として微力の限りを尽くすこと以上に大いなる責務はない、と信じた。
四年前、私はひとり志を抱いて自衛隊に入り、その翌年には楯の会を結成した。
楯の会の根本理念はひとへに自衛隊が目覚める時、自衛隊を国軍、名誉ある国軍とするために命を捨てようといふ決心にあった。

憲法改正がもはや議会制度下ではむづかしければ、治安出動こそその唯一の好機であり、われわれは治安出動の前衛となって命を捨て、国軍の礎石たらんとした。
国体を守るのは軍隊であり、政体を守るのは警察である。
政体を警察力を以て守りきれない段階に来てはじめて軍隊の出動によって国体が明らかになり、軍は建軍の本義を回復するであろう。
日本の軍隊の建軍の本義とは「天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る」ことにしか存在しないのである。
国のねじ曲がった大本を正すといふ使命のためわれわれは少数乍ら訓練を受け、挺身しようとしていたのである。

4 :法の下の名無し:2007/10/19(金) 19:16:41 ID:3tHZBxuH
しかるに昨昭和四十四年十月二十一日に何が起こったか。
総理訪米前の大詰ともいふべきこのデモは、圧倒的な警察力の下に不発に終わった。
その状況を新宿で見て、私は「これで憲法は変わらない」と痛恨した。
その日に何が起こったか、政府は極左勢力の限界を見極め、戒厳令にも等しい警察の規制に対する一般民衆の反応を見極め、敢えて「憲法改正」といふ火中の栗を拾はずとも、事態を収拾しうる自信を得たのである。
治安出動は不要になった。

政府は政体護持のためには、何ら憲法と抵触しない警察力だけで乗り切る自信を得、国の根本問題に対して頬っかぶりをつづける自信を得た。

これで左派勢力には憲法護持のアメ玉をしゃぶらせつづけ、名を捨てて実をとる方策を固め、自ら護憲を標榜することの利点を得たのである。
名を捨てて実をとる!
政治家にとってはそれでよからう。
しかし自衛隊にとっては致命傷であることに政治家は気づかない筈はない。
そこで、ふたたび前にもまさる偽善と隠蔽、うれしがらせとごまかしがはじまった。

5 :法の下の名無し:2007/10/19(金) 19:19:00 ID:3tHZBxuH
銘記せよ!
実はこの昭和四十五年(注、四十四年の誤りか)十月二十一日といふ日は、自衛隊にとっては悲劇の日だった。
創立以来二十年に亘って憲法改正を待ちこがれてきた自衛隊にとって、決定的にその希望が裏切られ、憲法改正は政治的プログラムから除外され、相共に議会主義政党を主張する自民党と共産党が非議会主義的方法の可能性を晴れ晴れと払拭した日だった。
論理的に正に、この日を境にして、それまで憲法の私生児であった自衛隊は「護憲の軍隊」として認知されたのである。
これ以上のパラドックスがあらうか。

われわれはこの日以後の自衛隊に一刻一刻注視した。
われわれが夢みていたやうに、もし自衛隊に武士の魂が残っているならば、どうしてこの事態を黙視しえよう。
自らを否定するものを守るとは、何たる論理的矛盾であらう。
男であれば男の矜りがどうしてこれを容認しえよう。
我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば決然起ち上がるのが男であり武士である。
われわれはひたすら耳をすました。
しかし自衛隊のどこからも「自らを否定する憲法を守れ」といふ屈辱的な命令に対する男子の声はきこえてはこなかった。

かくなる上は自らの力を自覚して、国の論理の歪みを正すほかに道はないことがわかっているのに、自衛隊は声を奪はれたカナリヤやうに黙ったままだった。

6 :法の下の名無し:2007/10/19(金) 19:21:03 ID:3tHZBxuH
われわれは悲しみ、怒り、つひには憤激した。
諸官は任務を与へられなければ何もできぬといふ。
しかし諸官に与へられる任務は、悲しいかな、最終的には日本からは来ないのだ。
シヴィリアン・コントロールが民主的軍隊の本姿である、といふ。
しかし英米のシヴィリアン・コントロールは、軍政に関する財政上のコントロールである。
日本のやうに人事権まで奪はれて去勢され、変節常なき政治家に操られ、党利党略に利用されることではない。

この上、政治家のうれしがらせに乗り、より深い自己欺瞞と自己冒涜の道を歩まうとする自衛隊は魂が腐ったのか。
武士の魂はどこへ行ったのだ。
魂の死んだ巨大な武器庫になって、どこへ行かうとするのか。
繊維交渉に当たっては自民党を売国奴呼ばはりした繊維業者もあったのに、国家百年の大計にかかはる核停条約は、あたかもかつての五・五・三の不平等条約の再現であることが明らかであるにもかかはらず、抗議して腹を切るジェネラル一人、自衛隊からは出なかった。
沖縄返還とは何か?
本土の防衛責任とは何か?
アメリカは真の日本の自主的軍隊が日本の国土を守ることを喜ばないのは自明である。
あと二年の内に自主権を回復せねば、左派のいふ如く、自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終わるであらう。

7 :法の下の名無し:2007/10/19(金) 19:23:28 ID:3tHZBxuH
われわれは四年待った。
最後の一年は熱烈に待った。
もう待てぬ。
自ら冒涜する者を待つわけにはいかぬ。
しかしあと三十分、最後の三十分待たう。
共に起って義のために共に死ぬのだ。
日本を日本の真姿に、戻してそこで死ぬのだ、生命尊重のみで魂は死んでもよいのか、生命以上の価値なくして何の軍隊だ。
今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。

それは自由でも民主主義でもない。
日本だ。
われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。
これを骨抜きにしてしまった憲法に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか。
もしいれば、今からでも共に起ち、共に死なう。
われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇ることを熱望するあまり、この挙に出たのである。

8 :法の下の名無し:2007/10/24(水) 13:47:52 ID:aOSGcXhc
三島事件の背景には自衛隊が深く関わっている。
全学連による反政府運動は日増しに激化し、今にも共産革命が起こるのではないかという当時の社会世情の中で、
国家の防衛に強い危機感を抱いていた旧日本陸軍出身の自衛隊幹部とアメリカ陸軍とCIAは自衛隊によるクーデターを望んでいた。


9 :法の下の名無し:2007/10/24(水) 13:50:00 ID:aOSGcXhc
アメリカは中ソ接近による極東アジアの共産主義勢力の拡大に対抗するため、日本が憲法を改定し自衛隊が国軍になってアジアの共産革命に対する西側陣営の防衛を本格的に担ってくれることを望んでいた。
つまり彼らはクーデターの機会を望んでいたのである。

一部の自衛隊幹部は、日本国内での新左翼運動と各地の都市闘争の勃発に対して自衛隊が治安維持出勤をし、デモ隊を鎮圧して、そのままクーデターへと流れ込み、かくて自衛隊を国軍として社会に認知させようと考えていた。
クーデターの機会を望んでいた彼らにとって、国を憂い、自衛隊の覚醒を諭していた三島と関係をもつことは願ってもないことだったのである。

10 :法の下の名無し:2007/10/24(水) 13:53:30 ID:aOSGcXhc
クーデターを画策する高級将校たちが一度は三島の構想に理解を示したものの、最後は憂国よりも自分たちの保身のため三島の構想を握りつぶし、うやむやにしてしまった。
また、キッシンジャーの訪中によりアメリカの対中政策はそれ以前のような強固な対抗姿勢を全面に出すものではなくなりつつあった。
そして、さらに激化し続けると思われた学生運動は、力を強化した警察機動隊の前に次々と撃沈され、自衛隊の治安維持出勤の可能性はなくなってしまった。
つまり、三島だけがとり残されたのである。このとき三島にあったのは絶望だけだったであろう。


11 :法の下の名無し:2007/10/24(水) 13:54:14 ID:aOSGcXhc
その後、三島が何をしたかということは周知のとおりである。三島は自衛隊がもう決起しないことを知りながら、あえて狂気を演じたのである。
クーデター実行を塞がれた三島はクーデターらしき状況を演出ことによって、メッセージを伝えたかったのではないだろうか。
今、三島事件から37年後の今日からみると、三島の自衛隊と戦後日本に対する考えは、その後の政治家の堕落、日本国民のバブルの狂騒、小学生や中学生の犯罪など、三島の檄文の中身は、ある意味日本を予言し正しかったと言わざるをえない。


12 :法の下の名無し:2007/11/13(火) 16:21:44 ID:4NdelLpL
日本人が、二本足でしっかり地に足をつけて立つことを、諸外国はどこも望んでおらんし、
欧米も、特亜(ロシア、中国)も、そういう機運は芽にならないうちに摘んできたというのが、
この日本の戦後60年であった。

宦官のような小賢しい官僚統治をのさばらせておいてるうちはどうにもならんだろうね。
これは、明治維新政府設立以来の、日本の桎梏である。

それがまた、日本のリベラル思想の病理のあらわれでもある。
しかも、何に侵されているのか自覚もできないでいるようだ。

13 :法の下の名無し:2007/11/15(木) 14:19:04 ID:P+MLJg/a
日本はみかけの安定の下に、一日一日魂のとりかへしのつかぬ癌症状をあらはしてゐるのに、手をこまぬいてゐなければならなかった。
もっともわれわれの行動が必要なときに、状況はわれわれに味方しなかったのである。
(中略)
日本が堕落の淵に沈んでも、諸君こそは、武士の魂を学び、武士の錬成を受けた、最後の日本の若者である。
諸君が理想を放棄するとき、日本は滅びるのだ。

三島由紀夫
遺言状
「楯の会会員たりし諸君へ」から

14 :法の下の名無し:2007/11/15(木) 21:32:14 ID:JR8GP4FA
まあ三島のチンコはでかかったらしいがな

15 :法の下の名無し:2007/11/20(火) 15:21:55 ID:GhJdUG+Y
三島の真意や遺志を伝える仕事に取り組んでみると、彼がいかにこの国の将来を憂え、真剣にかつ周到に、国家防衛をあるべき姿に戻す計画を練っていたかということに驚かされる。
また、物事のすべてから国家の危機を敏感に感じ取っていた彼が、状況の変化の中で計画の可能性を狭められ、追いつめられ、最後の選択をし、身を処するに至る過程の悲痛さ、雄々しさは改めて私の胸を締め付けたものだ。
ある作家が導き出した結論のように、三島は単純な狂気に駆られていたわけではない。
(中略)
三島との出会いがなかったら、私の人生は砂漠であった。
三島と語り合い、訓練をともにした日々は私に、もう一度、祖国防衛の実現に取り組もうとする意欲と希望を与えてくれた。

山本舜勝
元陸上自衛隊調査学校教官班長、
北部方面総監部第二部長、
調査学校情報教育課長、
のちに同校副校長、陸将補

16 :法の下の名無し:2007/11/20(火) 17:22:18 ID:GhJdUG+Y
自衛隊の中でもある特殊な教育・訓練を行う立場にあって、やがて私は三島の教官となった。もちろん彼は平凡な生徒ではなかった。
私は何度か彼の深い洞察力に触れて舌を巻いたものだし、鋭く切り込んでくる質問にたじたじになったこともあった。私にとっても実に得るところの多い共同作業であった。
われわれがそうした特殊な訓練と研究を行っていたことについては、多少の説明が必要だろう。
たとえ戦争を放棄したと宣言しても、万が一外からの攻撃にさらされれば、われわれは座して祖国を蹂躙されるに任せているわけにはいかない。そのとき、自衛隊は祖国を守らなければならない。

山本舜勝
元陸上自衛隊調査学校教官班長、
北部方面総監部第二部長、
調査学校情報教育課長、
のちに同校副校長、陸将補


17 :法の下の名無し:2007/11/20(火) 17:52:50 ID:GhJdUG+Y
戦争にはつねに表に見えている部分と陰で動いている部分があり、表の部分だけでは勝つことはできない。
わかりやすい例で言えば、国際政治の世界では日本の政治力、交渉力、情報力はかなり弱いと言われており、現実に外交交渉などではいつもしてやられている感がある。
陰で動いているというと、何か姑息な卑怯なことのように感じられるかもしれないが、こちらから戦争を仕掛けることがないわが国としては、
むしろ水面下での動き、ネットワーク、情報力などは、不幸な状況を招く危機を未然に防ぐ有力な方法として欠くべからざるものなのである。
三島由紀夫はそのことに気づいていた。彼の行動が一般の人々にわかりにくかったとすれば、その大きな原因の一つは、彼の考えと行動がこうした陰の部分に踏み込んでいたことだろう。
私たち二人は志を同じくする者として、訓練をともにし、真剣に祖国防衛を語り合った。しかし私たちは、最後まで行動をともにすることはなかった。私は、三島の決起を正確に予測することができなかった。

山本舜勝
元陸上自衛隊調査学校教官班長、
北部方面総監部第二部長、
調査学校情報教育課長、
のちに同校副校長、陸将補


18 :法の下の名無し:2007/11/21(水) 11:45:39 ID:iOL/ZO3n
情報勤務全般の概念を理解してもらうため、日本で現実に起こったスパイ事件を例に、講義した。取り上げたのは、昭和38年4月1日朝、秋田県能代市の浜浅内に、二人の男の漂流死体が打ち上げられたことから発覚した「能代事件」である。
(中略)
むろん、外国人登録証はなく、装備から見てかなり大物の北朝鮮工作員と推測された。そして地図などから、目的地は秋田ではなく、東京、大阪でのスパイ活動が目的と思われた。
しかしこの事件は、何らかの陰の力が働いたのか、結局憶測の域を出ないまま、うやむやのうちに迷宮入りとなってしまったのである。
講義の中で、二人の溺死体の写真を示したとき、三島は写真を手にしたまま五分間ほども見入っていた。
そして、この事件が単なる密入国事件として処理され、スパイ事件としては迷宮入りになってしまったことに私が言及すると、三島は激昂した調子で言った。
「どうしてこんな重大なことが、問題にされずに放置されるんだ!」

山本舜勝
元陸上自衛隊調査学校教官班長、
北部方面総監部第二部長、
調査学校情報教育課長、
のちに同校副校長、陸将補


19 :法の下の名無し:2007/11/22(木) 11:33:26 ID:zRiGOySi
三島の「祖国防衛隊」構想は、きわめてスケールの大きい国家的防衛試案である。
民間からの志願によって構成することになる防衛組織の実現のためには、国民の広い層からの支持を得なければならない。そして、それに先行して、膨大な経費のかかるこの企てには資金的裏付けが必要だった。
(中略)
資金的裏付けを産業界に求めるのは自然であり、現実に三島が、産業界に大きな期待を寄せていたことは、この仮案〈J・N・G(ジャパン・ナショナル・ガード=祖国防衛隊)仮案〉からも明らかである。
(中略)
三島は緻密な情勢判断に立って、己の半生を賭して祖国の真の防衛に身を捧げようとしていた。
(中略)
最終的には国家の制度までしていくためには、私的な同志の集まりでは間に合わない。民間防衛軍として十分に機能するためにも、ある程度の規模が必要である。
そこで彼は計画への援助を財界に求めたのである。

山本舜勝
元陸上自衛隊調査学校教官班長、
北部方面総監部第二部長、
調査学校情報教育課長、
のちに同校副校長、陸将補


20 :法の下の名無し:2007/11/22(木) 12:10:11 ID:zRiGOySi
ある晩、三島が前触れもなく拙宅を訪れた。
(中略)
やがて話は、三島が藤原(元東京練馬陸上自衛隊第一師団長)の案内で、日経連会長の桜田武のところへ相談に行った時のことに移っていった。
三島の声の調子が変わっていた。一瞬空気が張り付くような緊張が走り、三島は吐き捨てるように言った。
「彼は私に三百万円の援助を切り出し、『君、私兵なぞつくってはいかんよ』と言ったんです!」
(中略)
問題は、桜田が拒否以上の、悪意に満ちた応えをもって報いたことにあったと言わねばならない。
桜田が三島の考えを理解しなかったといっても、何ら責めるには当たらないだろう。だが彼は、三島の提案を頭から否定する以上のこと、つまり馬鹿にすること、揶揄することによって三島を否定し、侮辱したのであった。
桜田は三島の構想に理解を示さなかったばかりでなく、わずかな金を投げ与え、皮肉でしかない忠告を添えたのであった。当然三島は、その投げ銭を拒否した。そして、それ以降、財界への接触をいっさい断つことになった。

山本舜勝
元陸上自衛隊調査学校教官班長、
北部方面総監部第二部長、
調査学校情報教育課長、
のちに同校副校長、陸将補


21 :法の下の名無し:2007/11/22(木) 16:01:13 ID:zRiGOySi
この事件(桜田の件)は三島に、重大な路線変更を決意させることになったのである。
「祖国防衛隊」から「楯の会」への名称変更の真の意味を私が知ったのは、三島の自刃後であった。
遺された資料をもう一度徹底的に洗い直した私は、三島が、『J・N・G仮案』で一般公募による隊員グループを「横の組織」と位置づけていることに気づいた。
(中略)
三島の文脈からすれば、「志操堅固な者」のみによる中核体要員養成については、すべて三島に委ねられる形で行われるが、それは一般公募に至る準備段階として位置づけられ、財界からの資金援助の枠内に入る。
そして、中核体の結成が完了し、これを核として公募組織が結成される段階から、徐々に三島の手を離していって、すべてを組織の執行機関に委せることにする、というのが彼の構想のあらましだったのではないかと思う。
(中略)
桜田は、事実上この上ない拒否によって、「祖国防衛隊」を国民的な横への広がりをもった民間防衛組織にする、という三島の構想を粉々に砕いた。
三島は、独自の準備段階へ独力で突入することを決意せざるを得なかった。

山本舜勝
元陸上自衛隊調査学校教官班長、
北部方面総監部第二部長、
調査学校情報教育課長、
のちに同校副校長、陸将補


22 :法の下の名無し:2007/11/22(木) 18:43:48 ID:c81Suu3l
三島は戦後生き残った最後の武士だな。




23 :法の下の名無し:2007/11/23(金) 09:56:22 ID:+qudrPEG
10ch朝日で三島特集やってるよ

24 :法の下の名無し:2007/11/23(金) 10:26:21 ID:+qudrPEG
憂国忌まで3日だそうな

25 :法の下の名無し:2007/11/23(金) 12:58:00 ID:lJ1TcMAX
私は、決して明かしてはならない最後の部分に触れずとも、そのぎりぎりのところに踏みとどまることによって、
三島に対する誤解を解き、その真意を伝え、名誉回復を図ることは可能であり、また日本の国家防衛のあり方についての論議に一石を投じることもできるだろうと考えていた。
だが、本稿を書き進めるうち、三島の真実を明らかにするためには、その最後の部分に触れずにすますわけにはいかないという思いが募ってきた。そのことを語らなくては三島にすまない。その霊を鎮めることはできないと思い始めたのである。
クーデターは行われるはずだった。

山本舜勝
(注:なお以前この山本の著書を読んだときは、中曽根康弘のことが書かれていた記憶があるが、この改版ではその部分が削られた模様)


26 :法の下の名無し:2007/11/23(金) 13:00:20 ID:lJ1TcMAX
前章で少し触れたが、かつて私は戦後唯一のクーデター未遂事件と言われる「三無事件」の内部調査を命じられた。
(中略)
私はジェネラルたちが、自衛隊によるクーデターの機会をもとめ、事件の陰で暗躍したことを知った。
こうした中、三島由紀夫が自衛隊で訓練を受け、自衛隊と連携した行動をとるようになった。
自衛隊幹部が三島の要請を受け入れ、異例の関係をもつようになった背景には、自衛隊誕生とともにその実権を握ることになった旧陸軍将官、将校たちの悲願が隠されていた。
(中略)
この痛恨の失敗(三無事件)は新たなクーデターの機会を求める彼らの思いを強くしていた。それから六年後、彼らの前に現れた三島由紀夫は、彼らの悲願を実行に移す機会を開く絶好の人物であった。

山本舜勝
元陸上自衛隊調査学校教官班長、
北部方面総監部第二部長、
調査学校情報教育課長、
のちに同校副校長、陸将補


27 :法の下の名無し:2007/11/23(金) 15:02:19 ID:lJ1TcMAX
国内における全国的な新左翼運動の高まりと、世界各地で多発した新たな都市闘争のうねりは、これまでにない革命的状況の到来を予感させた。
それは一方で、わが自衛隊が本来あるべき姿で認められるチャンスであり、われわれ情報勤務の人間が、真に求められる存在となる絶好のチャンスでもあった。
(中略)
すなわち、10月21日(昭和44年)、新宿でデモ隊が騒乱状態を起こし、治安出勤が必至となったとき、
まず三島と「楯の会」会員が身を挺してデモ隊を排除し、私の同志が率いる東部方面の特別班も呼応する。ここでついに、自衛隊主力が出勤し、戒厳令状態下で首都の治安を回復する。
万一、デモ隊が皇居へ侵入した場合、私が待機させた自衛隊のヘリコプターで「楯の会」会員を移動させ、機を失せず、断固阻止する。
このとき三島ら十名はデモ隊殺傷の責を負い、鞘を払って日本刀をかざし、自害切腹に及ぶ。「反革命宣言」に書かれているように、「あとに続く者あるを信じ」て、自らの死を布石とするのである。

山本舜勝
元陸上自衛隊調査学校教官班長、
北部方面総監部第二部長、
調査学校情報教育課長、
のちに同校副校長、陸将補


28 :法の下の名無し:2007/11/23(金) 15:46:45 ID:lJ1TcMAX
三島「楯の会」の決起によって幕が開く革命劇は、後から来る自衛隊によって完成される。クーデターを成功させた自衛隊は、憲法改正によって、国軍としての認知を獲得して幕を閉じる。
そこでは当然、私も切腹をしなければならないし、出勤の責任者としてのHと藤原も同様であろう。三島もそれを求めていたはずである。

もう一度言う。クーデターは行われるはずだった。
(中略)
武士道、自己犠牲、潔い死という、彼の美学に結びついた理念、概念に正面切って立ち向かうことが、私にはできなかった。
(中略)
そして私の死だけではない。何よりも私が認めがたく思ったのは、三島を失うということだった。

山本舜勝
元陸上自衛隊調査学校教官班長、
北部方面総監部第二部長、
調査学校情報教育課長、
のちに同校副校長、陸将補


29 :法の下の名無し:2007/11/23(金) 16:08:14 ID:lJ1TcMAX
H陸将は、まだ私が三島に会っていなかった頃、このようなことを漏らしたことがある。
「おい、カモがネギをしょってきたぞ」
文学界の頂点に立つ人気作家三島由紀夫の存在は、自衛隊にとって願ってもない知的な広告塔であり、利用価値は十分あった。
その彼が広告塔どころか、自らを犠牲にして、自衛隊の自立という永年の悲願を成就しようとしている。ジェネラルたちは、三島の提案した計画に実現の可能性を見たのだ。
三島が単なる文人などではなく、しっかりとした理念と現実認識に基づく理論の持ち主であり、戦略家、将校としての資質と実行能力をもったりっぱな同志であることを知り、その人間的魅力に触れた私は、陸将たちの不遜な見方に反発を感じるようになった。
彼らにとって三島は、自分たちの目的を遂げるための手駒に過ぎなかった。そして、彼らにとっては私もいつでも捨てられる手駒の一つであった。

山本舜勝
元陸上自衛隊調査学校教官班長、
北部方面総監部第二部長、
調査学校情報教育課長、
のちに同校副校長、陸将補


30 :法の下の名無し:2007/11/23(金) 16:23:42 ID:lJ1TcMAX
しかし三島は、彼らの言いなりになる手駒ではなかった。藤原らジェネラルたちは、「三島が自衛隊の地位を引き上げるために、何も言わずにおとなしく死んでくれる」というだけではすまなくなりそうだということに気づき始めた。
三島のクーデター計画が結局闇に葬られることになったのは、初夏に入った頃だった。私はその経緯を詳しくは知らない。藤原らは場合によっては自分たちも、死に誘い込まれる危険を察知したのかもしれない。
藤原は三島の構想に耳を傾けながら、参議院議員選挙立候補の準備を進めていた。
(中略)
三島はむろんひどく落胆したが、自衛隊との関わりで行われていた訓練を禁止されるには至らなかったため、決起の機会がまったく失われたものとは考えていなかった。

山本舜勝
元陸上自衛隊調査学校教官班長、
北部方面総監部第二部長、
調査学校情報教育課長、
のちに同校副校長、陸将補


31 :法の下の名無し:2007/11/27(火) 12:39:39 ID:OysNLkLq
10月21日に向けて、新左翼各派はそれぞれにキャンペーンを繰り広げていた。学生だけでなく、反戦派と呼ばれる労働者集団も戦闘的な街頭デモを展開して、革命前夜の状況を作り出すべく、10月から11月にかけての闘争に全力を傾けよ、と呼びかけていた。
(中略)
三島はその日をどういう気持ちで迎えただろうか。
彼の構想を一度は受け入れたジェネラルたちは、その実行をうやむやにする形で自分たちの身の安全を図ったが、断固とした態度で全面否定したわけではないらしかった。
三島は逃げ腰の彼らとの話し合いを続けるなかで、それでも状況次第では、自衛隊の治安出勤もあり得ると考えていたらしい。
(中略)
警視庁の当該部署に確かな情報源をもっていた三島は、当日の警備状況とともに、その日の街頭闘争がどのような展開になり得るか、詳細な情報分析を事前に知っていた。
(中略)
直前までマスコミによって盛んに報じられていた自衛隊治安出勤の可能性は、完全に断たれたのである。

山本舜勝
元陸上自衛隊調査学校教官班長、
北部方面総監部第二部長、
調査学校情報教育課長、
のちに同校副校長、陸将補


32 :法の下の名無し:2007/11/27(火) 14:31:45 ID:OysNLkLq
彼は、どのような形であれ、米軍占領による国の歪みを正し、民族の志を復活するためのクーデター計画を実行することを決意していた。
計画実行の当日になって、実現の可能性はほとんど残されていなかったが、それが完全にゼロとなるまであきらめなかった。
それは、最後まで力を尽くす誠でもあったが、あきらめの色を見せて、部下たる「楯の会」会員の士気を損なうことの愚を知っていたからであろう。
彼は真の武士であった。
(中略)
自衛隊の部隊と私たち情報勤務者が一体となって、心底からクーデター計画実行に取り組んだとするなら、三島の期待は実現したであろう。

山本舜勝
元陸上自衛隊調査学校教官班長、
北部方面総監部第二部長、
調査学校情報教育課長、
のちに同校副校長、陸将補


33 :法の下の名無し:2007/11/27(火) 14:47:08 ID:OysNLkLq
自衛隊を本来あるべき姿、国軍として憲法上の認知を得させ、情報技術とシステム確立の下に、不正規軍としての民間防衛軍を結成して機能させること。
それは理想であり、これを長期的戦略を立て、広く国民に浸透させることによって実現するという理想論が、現実にきわめて困難であることを、私は長い体験の中で実感していた。

その意味では、10・21は、多少の無理はあっても、三島が主張したように、二度と訪れないかもしれない千載一遇のチャンスだったかもしれない。
永遠に訪れてこない望ましい機会を待つよりは、不十分でも限られた機会に力を集中させ、知力をふりしぼって、実現に力を尽くすべきではないか。
あるいは悲劇的な、あるいは無様な結末を迎えることになったとしても、座して様子をうかがうだけで、何事もなし得ないまま一生を終えるよりどんなにかましであるか。
三島の死に接したとき、私は過去に何十回、何百回となく自問してきたこの問いを、改めて自分に問いかけた。

山本舜勝
元陸上自衛隊調査学校教官班長、
北部方面総監部第二部長、
調査学校情報教育課長、
のちに同校副校長、陸将補


34 :法の下の名無し:2007/11/28(水) 03:48:47 ID:0RCfgvXC
>>23
詳しく。

35 :法の下の名無し:2007/11/28(水) 11:40:52 ID:bndG+XlA
>>34
ttp://blog.goo.ne.jp/ju3846/e/d724dba3667506d29fb4d3834a3957a1

36 :法の下の名無し:2007/11/28(水) 12:08:20 ID:RGicSBvP
三島の真の決起は昭和44年10月21日に、果たせないまま終わっていた。
(中略)
私は三島の行動の行く末と三島の身を案じる一方で、私自身の身の危険を感じていた。それを恐れていたことで、私は三島に詫びたいと思う。三島は個人的なうらみで行動するような人間ではなかった。
(中略)
最後の決起は、この国の行く末を案じるがための、捨て石としての死であった。自己の保身をのみ考えて立とうとしない将官たちと、自らの運命に鈍感なすべての自衛隊員に対して糾弾し、反省を促したのである。

山本舜勝
元陸上自衛隊調査学校教官班長、
北部方面総監部第二部長、
調査学校情報教育課長、
のちに同校副校長、陸将補


37 :法の下の名無し:2007/11/28(水) 12:42:23 ID:RGicSBvP
昭和46年秋、三島の一周忌が近づいてきていた。せめて思い出につながる部下たちを集め、われわれだけでも密かに三島を供養したいと思った。
11月24日、陽が落ち人の顔の判別がつかなくなる頃を待って、私は三島家の門前に独りで立った。
(中略)
私は、ただ合掌して唇を噛んだ。
翌25日夜、仮の祭壇を設け、私の手許に残った三島の遺品を供えた。部下の持ち寄りの供物をそなえ、懐かしい三島からの手紙を朗読して読経に代えた。
部下たちからすすり泣く声が洩れ、私も泣いた。
それが、私にできる本当に精一杯の供養であった。
そして、私の誕生日が来た。
(中略)
私はその日(2月28日)、自衛隊調査学校の校庭の壇上に立って、学生や部下たちに別離の挨拶をしようとしていた。
「晩秋の巨雷とともに、私の夢も消えた」
私は挨拶をこのように結んだ。
10代半ばの陸軍士官学校入学で始まった私の軍隊人生は、この日を以って終わった。

三島由紀夫はもっとも雄々しく、優れた「魂」 であった。

山本舜勝
元陸上自衛隊調査学校教官班長、
北部方面総監部第二部長、
調査学校情報教育課長、
のちに同校副校長、陸将補


38 :法の下の名無し:2007/12/01(土) 00:12:38 ID:7Gq18LUH
>>35
ありがとう

39 :法の下の名無し:2007/12/03(月) 13:44:06 ID:JWuRWigL
決起当日、市ヶ谷へ向かう5人を乗せた白いコロナが第二京浜から中原街道を行き、首都高速に入ったあたりで、
助手席の三島が言った。
「これがヤクザ映画なら、ここで義理と人情の『唐獅子牡丹』といった音楽がかかるのだが、おれたちは意外に明るいなあ」そしてそれを歌いだし、四人が和した。

古賀は「われわれに辛い気持ちを起こさせないためだ」と感じた。

(古賀被告の検察官調書より)

40 :法の下の名無し:2007/12/03(月) 13:45:20 ID:JWuRWigL
市ヶ谷総監室のバルコニーの演説から帰ってきた三島由紀夫の最後の呟きの言葉
「二十分間くらい話したんだな。あれでは聞こえなかったな。」
それから、益田総監に向かって
「恨みはありません。自衛隊を天皇にお返しするためです。」

(二人の切腹のところは省きます)

益田総監の言葉
「きみたち、おまいりしなさい。」
そして総監は小賀に手を解かれた後に
「私にも冥福を祈らせてくれ。」
と言い、首の前に正座し瞑目合掌した。
知らず識らずに総監の目に涙が溢れてきた。
そして、黙って泣く三人にも
「もっと思い切り泣け。」
と総監は言った。

(現場にいた益田総監、古賀の公判廷での証言から)


41 :法の下の名無し:2007/12/03(月) 13:48:28 ID:JWuRWigL
そして、後の三島裁判での益田総監の証言から

「被告たちに憎いという気持ちは当時からなかった。
…中略…
国を思い、自衛隊を思い、あれほどのことをやった純粋な国を思う心は、個人としては買ってあげたい。
憎いという気持ちがないのは、純粋な気持ちを持っておられたからと思う。」


42 :法の下の名無し:2007/12/03(月) 13:52:01 ID:JWuRWigL
三島由紀夫の死後に、幹部が自衛隊員に極秘で行ったアンケートでは、大部分の隊員は三島の考えに共鳴したという事実がある。
事件の翌日には、総監室前に菊の花束が隊員たちにより手向けられた。

43 :法の下の名無し:2007/12/16(日) 20:45:53 ID:1W1eovb6
菊か
なるほど

44 :法の下の名無し:2007/12/18(火) 11:58:27 ID:o9tIF8A1
山内(元自衛隊員、普通科教導連隊元助教)は、あの日、市ヶ谷のバルコニーで
「諸君は武士だろう!」と絶叫の響きをにじませながら訴える三島の声をかき消すように、嘲笑や罵声を浴びせた隊員たちにむしろ
「腹が立ち」、「平岡先生を悪者にしてはいけないということしか頭に浮かばなかった」という。
三島への尊敬の念が強まることはあれ薄まることはなかったのである。

そんな山内も、終生先生との思い出を忘れない、と書きとめたノートのなかで、
〈私は先生に会う以前、三島由紀夫とはつまらぬ小説家であろうと思っていた〉と明かしている。

杉山隆男
「兵士になれなかった三島由紀夫」より

45 :法の下の名無し:2007/12/18(火) 12:14:46 ID:o9tIF8A1
それが「尊敬」へと180度変わったのは、生身の三島に触れて、たとえ弱さがあっても、そんな自分から決して逃げることはせず、
むしろ真正面から立ち向かって、より強くなろうとする三島の真摯な姿を間近でみつめてからだった。

杉山隆男
「兵士になれなかった三島由紀夫」より


46 :法の下の名無し:2007/12/18(火) 12:23:06 ID:o9tIF8A1
ひたむきな三島に心動かされたのは山内ひとりではなかった。体験入隊してきた三島を、時には「平岡ッ」と本名で呼び捨てにしながら、手加減せず厳しく指導してきた教官や助教も、
あるいはともに汗を流し、隣り合わせのベッドで眠った訓練仲間の学生も、少なくとも私が話を聞いたすべての元兵士たちが口を揃えて、
鍛え上げられた上半身に比べて足腰の弱さが際立つ、三島の中のアンバランスを指摘しながら同時に、三島の愚直なまでの一途さにすがすがしいものを覚えていた。
要するに彼ら全員が、兵士になろうとして、世界のミシマとは別人のように弱さも含めてすべてをさらけ出した人間三島に惚れこんだのである。

杉山隆男
「兵士になれなかった三島由紀夫」より

47 :三島由紀夫:2007/12/19(水) 17:37:21 ID:RBX809Fm
自衛隊にとって健軍の本義とは、なんだ。
日本を守ること。
日本を守るとはなんだ。
日本を守るとは、天皇を中心とする歴史と文化の伝統を守ることだ。
おまえら聞け。聞け!
静かにせい。静かにせい!
静粛に聞け!
男一匹が命をかけて諸君に訴えているんだぞ!
いいか!
いいか!

それがだ、いま、日本人がだ、ここでもって立ち上がらなければ、自衛隊が立ち上がらなければ、憲法改正というものがないんだよ。
諸君は永久にだね、ただ、アメリカの軍隊になってしまうんだぞ!


48 :法の下の名無し:2007/12/20(木) 14:30:44 ID:4ka1Onvf
三島事件の直後、新聞記者たちの質問は、三島の行動が日本の軍国主義復活と関係あるか、ということだったが、私の反応は、ほとんど直感的に「ノー」と答えることだった。
たぶん、いつの日か、国が平和とか、国民総生産とか、そんなものすべてに飽きあきしたとき、彼は新しい国家意識の守護神と目されるだろう。
いまになってわれわれは、彼が何をしようと志していたかを、きわめて早くからわれわれに告げていて、それを成し遂げたことを知ることができる。

エドワード・サイデンステッカー


49 :法の下の名無し:2007/12/20(木) 14:59:30 ID:a/d3aoTJ
>>47
>日本を守るとは、天皇を中心とする歴史と文化の伝統を守ることだ。
この部分は俺の耳には「〜天皇を中心とする武士道文化の伝統なのだ。」と聞こえるんだが。

50 :法の下の名無し:2007/12/21(金) 21:26:54 ID:nQ7zYW4M
三島由紀夫の文学を読めば武士道精神よりももっと昔の、源氏物語、古今和歌集などの王朝文学、さらには古事記の神話にも造詣が深く、
それらすべてのなかにある日本人のもののあわれの心、文化天皇を規範とした家族、社会の隣人共同体意識、義理人情、日本独特の精神文化を指していることが解りますよ。

51 :法の下の名無し:2007/12/22(土) 14:40:09 ID:Q31awCLR
ハラキリにおいて死は消滅する。死という人間的諸条件を、ある人間の意志が、自由に否定する行為であるからだ。
ハラキリにおいては、より高き倫理価値が自己に対する超越のかたちによって、死に対する克服のかたちによって肯定されているからである。

三島にとっては死は行動として一つの強烈な現実性を持っていた。日本の偉大な伝統と、儀式とによる死。
それでも異常なことだが、西欧ではローマ人的なこの死とロマンティックな自殺とを、混同するに至っている。
西欧のロマン主義者は、決してこのような方法では自殺しなかった。どのような文明も、死を祭儀的行為として提議してはいないのである。
ある意味では日本の武士道精神がそれを提議した。

アンドレ・マルロオ


52 :法の下の名無し:2007/12/22(土) 17:34:47 ID:Q31awCLR
新聞や週刊誌の中には、しごく単純に三島を異常性格者ときめつけ、最初から彼が自分の文学の主要テーマとして選び貫いた同性愛をも風俗の眼で眺めたあげく、ホモだオカマだと立ち騒ぐ向きまであるのには一驚した。
死んだのは流行歌手でも映画スターでもない、戦後にもっとも豊かな、香り高い果実をもたらした作家である。
彼の内部に眼玉ばかり大きい腺病質の少年が棲み、あとからその従者として筋肉逞しい兵士が寄り添ったとしても、それをただ劣等感の裏返しぐらいのことで片づけてしまえる粗雑な神経と浅薄な思考が、こうも幅を利かす時代なのか。

中井英夫
当時の報道を批判して


53 :法の下の名無し:2007/12/22(土) 17:46:19 ID:Q31awCLR
ある政治家が「狂気の沙汰」と呼び、これに迎合するかのようにある作家が「精神分裂症」と診断した。病理学的な狂気は三島由紀夫君にはなかった。
狂気とかたづけてしまえば、その時点で政治家も作家も、一切の思考を停止し、責任を回避することができる。
ソ連のような国では、多くの健康な作家が精神病院に入れられている。独裁者と怠惰な思考喪失者にとっては、人を狂人あつかいにすることほど簡易軽便な処理法はない。

林房雄
当時の報道を批判して


54 :法の下の名無し:2007/12/23(日) 16:55:17 ID:PXQWJedY
三島君の熱望は決して政治概念としての天皇の復活、したがって明治憲法復元論でもなく、ただ左右の全体主義(共産主義とファシズム)に対抗する唯一の理念としての「文化の全体性と統括者としての天皇」の復活と定立であった。
このような定立が、「古代の夢」は別として、日本の歴史において実現された実例があったかどうかは論争的として残るが、その試みが幾たびか行われて、多くの忠臣と志士がこの夢に命を捧げたことは事実である。

林房雄


55 :法の下の名無し:2007/12/26(水) 14:47:53 ID:M4+VmEhP
「薔薇刑」の基本的テーマは「生と死」「エロスとタナトス」であり、それは三島由紀夫を被写体とするところの私の主観的ドキュメンタリー作品である。
そこで理解してもらいことは、三島氏は自分を「被写体」と呼び、最初から最後まで完全に「被写体」に徹してくれた。
だからハリウッドの映画監督がつくった映画「MISHIMA」の中で私らしい写真家が登場するが、
そこで画面上のMISHIMAがカメラをかまえる写真家に向かってカメラの位置を変えるように手で指示するシーンがでてくるが、あんなことは絶対になかったし、ありえないことだ。

細江英公


56 :法の下の名無し:2007/12/26(水) 14:48:53 ID:M4+VmEhP
三島さんは文字通り「誠実の人」であった。その点だけは、身近に彼を知り、そして生き残った自分の責任として、きちんと後世に伝えておかなければならない。
その三島さんが、あえて選んだ死に様であるのなら、それは真摯に考え抜いた結果であったはずであり、そこには止むに止まれぬ理由が存在したに違いないのである。
であるから、私がまず強調しておきたいのは、事件直後から多くのメディアによって宣伝されてきたような「スキャンダル」として三島さんの死を扱うようなことは、実にもって愚劣なことであるということである。

細江英公


57 :法の下の名無し:2007/12/29(土) 15:47:23 ID:iV17IWQm
私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。
日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。
それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。

三島由紀夫
「私の中の二十五年」より

58 :法の下の名無し:2007/12/29(土) 17:19:50 ID:fzUo5CV9
富裕で、抜け目のない経済大国にはなりきれなかったようだ。

59 :法の下の名無し:2007/12/30(日) 17:50:23 ID:pag2slmc
三島由紀夫
「僕はいつも思うのは、自分がほんとうに恥ずかしいことだと思うのは、自分は戦後の社会を否定してきた、
否定してきて本を書いて、お金をもらって暮らしてきたということは、もうほんとうに僕のギルティ・コンシャスだな。」

武田泰淳
「いや、それだけは言っちゃいけないよ。あなたがそんなこと言ったらガタガタになっちゃう。」

三島
「でもこのごろ言うことにしちゃったわけだ。おれはいままでそういうことを言わなかった。」

武田
「それはやっぱり、強気でいてもらわないと…」

三島
「そうかな。おれはいままでそういうことは言わなかったけれども、よく考えてみるといやだよ。(略)」

私は三島さんを懸命にナダめにナダめる武田氏に、つよい共感で(感傷的にも)涙ぐみたくなる。
しかし同時に、三島さんがもの書きとしての恥部をここまで口にする激しい自己意識に心をうたれずにいられない。
それはまたそっくり三島さんの社会への批判でもある。

田久保英夫


60 :法の下の名無し:2008/01/04(金) 16:51:56 ID:brpNhbBz
左翼人の私も右翼人の三島の「行動」には、かなり衝撃を受けたことも事実なのであって、これを匿す気にはならないからである。
そして衝撃を受けなかった人はどんな人なのかと思ったりもするのだが、「行動」といい「芸術」といっても、所詮人間はおなじなのかも知れない。
しかも三島と私とはイデオロギーが全くちがっているのに、どこか類似性、相似性があるような気がして、それが私自身気になるのである。

三島由紀夫こそはあきらかに、永井荷風や谷崎潤一郎やあるいは川端康成の耽美主義の系譜とその路線に沿いながら、しかし明確な知性をもって、またその美的知性の故に、
その路線の最終駅に到着しながら、それをなんらかの形で社会的行動におきかえようとした努力家であり勇気ある誠実者ではなかったのだろうか。

山岸外史


61 :法の下の名無し:2008/01/04(金) 17:33:17 ID:brpNhbBz
息つくひまなき刻苦勉励の一生が、ここに完結しました。
疾走する長距離ランナーの孤独な肉体と精神が蹴たてていた土埃、その息づかいが、私たちの頭上に舞い上がり、そして舞い下りています。
あなたの忍耐と、あなたの決断。あなたの憎悪と、あなたの愛情が。そしてあなたの哄笑と、あなたの沈黙が、私たちのあいだにただよい、私たちをおさえつけています。
それは美的というよりは、何かしら道徳的なものです。あなたが「不道徳教室講座」を発表したとき、私は「こんなに生真じめな努力家が、
不道徳になぞなれるわけがないではないか」と直感したものですが、あなたには生まれながらにして、道徳ぬきにして生きて行く生は、生ではないと信じる素質がそなわっていたのではないでしょうか。

武田泰淳


62 :法の下の名無し:2008/01/15(火) 12:54:30 ID:JAxz6EG3
たとえこのたびの事件が、社会的になんらかの影響をもつとしても、生者が死者の霊を愚弄していいという根拠にはなりえない。
また三島氏の行為が、あらゆる批評を予測し、それを承知した上での決断によるかぎり、三島氏の死はすべての批評を相対化しつくしてしまっている。
それはいうなればあらゆる批評を峻拒する行為、あるいは批評そのものが否応なしに批評されてしまうという性格のものである。
三島氏の文学と思想を貫くもの、それは美的生死への渇きと、地上のすべてを空無化しようという、すさまじい悪意のようなものである。

磯田光一


63 :法の下の名無し:2008/01/15(火) 13:01:39 ID:JAxz6EG3
三島氏にとって必要なこと、それは「戦後」という時代、あるいはストイシズムを失った現実社会そのものに、徹底した復讐をすることであったと思われる。
イデオロギーはもはや問題ではない。自衛隊も、自民党も、共産党も、氏の前には等しく卑俗なものに見えたのである。
この精神の貴族主義者にとって、いったい不可能以外の何が心を惹いたであろうか。

磯田光一


64 :法の下の名無し:2008/01/15(火) 14:31:13 ID:JAxz6EG3
ぼくにとっていまでも驚異に思われるのは、三島というひとが、あんなに明敏かつ冷徹な批評家的、懐疑家的な眼と、あんなに度の高い情熱とを、どうして併有することができたか、ということである。
情熱家は、世のなかに少なくはないだろう。しかしあのような最期をとげ得るほどの人物が、ほかにどれだけあるか。
また冷静な合理主義者の数は、多いだろうが、死の最後の瞬間まであれほど冷徹に計算し、実行し得るひとは、稀だろうと思う。
しかも驚くべきことに三島氏はその両者をわが身に併存させていたのだった。

村松剛


65 :法の下の名無し:2008/01/16(水) 16:47:57 ID:gVrJ0Si+
三島由紀夫は見事に切腹した。しかも、介錯は一太刀ではすまなかった。恐らく、弟子である森田必勝には師の首に刀を振り下ろすことに何かためらいでもあったのだろう。
それは逆に、三島が通常の切腹に倍する苦痛に克ったことを意味する。
罪人の斬首の場合、どんな豪胆な連中でも恐怖のあまり首をすくめるので、刀を首に打ち込むことはきわめて困難であると、山田朝右衛門(首切朝右衛門)は語っている。
しかし、三島は介錯の刀を二度三度受け止めたのである。このことは、三島由紀夫の思想が「本気」であることを何よりも雄弁に語っていた。
楯の会が小説家の道楽ではないことの確実な証拠であった。だからこそ、「本気」ではなかった左翼的雰囲気知識人は、自らの怯えを隠すように嘲笑的な態度を取ったのである。

呉智英


66 :法の下の名無し:2008/01/18(金) 15:46:30 ID:WvZH9TIR
一人の人間、ましてあれだけの人物が自ら死を選んだ真の理由を、簡単に特定できるはずもない。
が、あえていうならば、三島さんが言っていた「文武両道」の「武」とは「文」を守るためのものと位置付けていたと考えたい。
守るべき「文」とは、自身の「文学」だけに止まるものではないだろう。もっと広く、そして深く「日本の文化」そのものとでも呼ぶべきものであったはずである。
思い起こせば、高度経済成長を達成したあの頃には、我々日本人は、豊かさと引き換えに自分たちの文化をないがしろにするということを、なんら恐れなくなっていた。
今の日本が抱える混迷も、根本的にはそこに問題があったのだということを、私も含め日本人の多くが気づき始めているのではないだろうか。

細江英公


67 :法の下の名無し:2008/01/18(金) 16:02:23 ID:WvZH9TIR
三島さんには、今の日本の姿が見えていた。だからこそ、政治的な速攻性のないことがわかりきっている、あのような行動をあえてとることによって、我々に命懸けの「警告」を遺したのではなかったか。
そして恐らく三島さんが意図した通り、彼の行動は長く記憶され続け、その警告の意味は、時間がたつにつれてその重みを増してきているように思えてならない。
私は、既存の政治勢力が自らの主張のために三島さんの警告を都合よく利用するようなことがあってはならないと考える。
一方、彼の死後、文壇においては「あれは文学的な死であった」として、その多くが三島さんの個人的な理由によるものであるとする見方が支配的だったように思われるが、それにも違和感を感じてきた。
なぜなら、三島さんが憂いていたのは、もっと根源的な、日本人の精神的な危機そのものだったはずなのだから。

細江英公


68 :法の下の名無し:2008/01/20(日) 01:29:28 ID:WE2mGjKW
くだらねぇ、やめろやめろ!政治だの文学だの社会学だの哲学だの、冗長で暇で無意味な役に立たない議論が得意だな、他でやれよ、経済学板・司法試験板・法学板以外行ってくれ、それなら文句無い。迷惑なんだよ!!!!!

69 :法の下の名無し:2008/01/20(日) 13:00:22 ID:2WEmRuz/
三島事件は美学上の事件でも、芸術的殉教でもない。明らかに思想的事件である。
徳川時代の水戸史学、平田篤胤、吉田松陰、そして昭和戦後に三島由紀夫と連なるくらいの歴史的、思想的深みを持つ事件であると思う。
私は現代日本が世界に誇っていた文学者のこの突然の死を悼む。その死を賭してする行為の重みは、いたずらに我々の言葉の軽さを身に沁みさせるものである。

中曽根康弘


70 :法の下の名無し:2008/01/23(水) 12:07:27 ID:aH2q+BPf
「私はかねがねこの問題について言ってゐるやうに、文学を生の原理、無倫理の原理、無責任の原理と規定し、行動を死の原理、責任の原理、道徳の原理と規定してゐる。」
三島由紀夫

これは、「文学とは何か」という重要な主張でもある訳ですが、事実、三島さんの文学には倫理や道徳を侵すことをテーマにした作品が多いことはよく知られています。
その一方で、楯の会の制服を私の会社に注文した時の生真面目な態度にも表れているように、現実の行動においては極めて倫理的、道徳的であったことも、三島さんをよく知る人々の間では、つとに知られていました。

辻井喬


71 :法の下の名無し:2008/01/23(水) 12:08:24 ID:aH2q+BPf
「私の考へる革新とは、徹底的な論理性を政治に対して厳しく要求すると共に、一方、民族的心性(ゲミュート)の非論理性非合理性は文化の母胎であるから…(中略)
この非論理性非合理性の源泉を、天皇概念に集中することであつた。
かくて、国家におけるロゴスとエトスははつきり両分され、後者すなはち文化概念としての天皇が、革新の原理になるのである。」

三島由紀夫


72 :法の下の名無し:2008/01/23(水) 12:09:25 ID:aH2q+BPf
ここで「文化概念としての天皇」という三島さんの有名な主張について触れている訳ですが、これで明らかなように、三島さんはある意味では「革新派」であったともいえる。
ただそれは、東西冷戦期に東側が言っていたような意味での革新ではもちろんない。
そして天皇を革新の原理とするという主張に注目すると、二・二六事件の決起将校たちの思想的な指導者であった北一輝も同じようなことを言っていたということに思いあたります。
つまり、北一輝が二・二六事件の決起将校たちとともに天皇の命令というかたちで処刑された時から、日本の国の有り様は、三島さんの考えるものとは、実は全く異なる性質のものになってしまっていたのです。

辻井喬


73 :法の下の名無し:2008/01/23(水) 12:11:50 ID:aH2q+BPf
以上で明らかなように、三島さんの言っていたことは、そもそも右翼か左翼かといったような単純な二元論で説明できるようなものではなく、どちらにも分類できない革新派であり、どちらにも分類できない民族派だったといえるのです。
しかし、その点がなかなか理解されないのは、新聞などのメディアでは、こういう「どちらにも分類できない概念」というものは扱うのに困るらしくて、ほとんど活字などで解説されることがないということに原因があるのです。
そして、時間がたつにつれて、どんどんどんどん問題が単純化されて、一般の理解は益々三島さんの言っていたことの本質から遠ざかってしまっていると思われるのです。

辻井喬


74 :法の下の名無し:2008/01/24(木) 20:37:43 ID:T1PRRB1J
介錯に使われた刀は、ご存知のように「関の孫六」でした。書店の御主人の舩坂弘さんから寄贈されたものです。
そのため、舩坂さんは警察に呼ばれたわけですが、そのときもう一度実物を見せてもらったところ、奇妙なことに柄のところが金槌でめちゃくちゃにつぶされていて、二度と抜けないようになっていたそうです。
これはいったい、何のためなのか警察でも見当がつかなかったようです。ところが、その後の調べで、倅の周到な処置であることが判りました。

平岡梓


75 :法の下の名無し:2008/01/24(木) 20:53:06 ID:T1PRRB1J
というのは、こういうことです。倅は死ぬのは自分一人で足りる、決して道づれは許されない、ましてや森田必勝君には意中の人がいるのを察し、彼の死の申し出を頑強に拒否し続けて来た。
しかし、森田君はどうしても承知せず、結局、あんなお気の毒な結果になってしまったのです。
そして、森田君の希望により倅の介錯は彼にたのむ手筈になったものの、かねてから介錯のやり方を研究していた倅の眼から見ると、森田君の剣道の技倆はおぼつかないと見てとったのでしょう。
かんじんのとき、万一にも柄が抜けることのないよう、ああした処置をして彼に手渡したのだそうです。まことに用意周到をきわめたものです。
自分自身が割腹に使用したのは、かねて用意の鎧通しでした。

平岡梓


76 :法の下の名無し:2008/01/28(月) 16:59:41 ID:r7LRdaph
私にとって、敗戦が何であったかを言っておかなくてはならない。
それは解放ではなかった。断じて解放ではなかった。不変なもの、永遠なもの、日常のなかに融け込んでいる仏教的な時間の復活に他ならなかった。

三島由紀夫


私たちの信じていた戦争ではそれはないと思い始めたころ、日本の敗戦が来た。
しかしそれも私にとっては決して「解放」ではなかった。ただ全く新しい、別の意味で曖昧な幻想の世界が再び始ろうとしているという予感があった。

橋川文三


77 :法の下の名無し:2008/01/28(月) 17:01:00 ID:r7LRdaph
…戦争も、その「廃墟」も消失し、不在化したこの平和の時期には、どこか「異常」でうろんなところがあるという感覚は、ぼくには痛切な共感をさそうのである。
…つまり、そこでは「神話」と「秘蹟」の時代はおわり、時代へのメタヒストリックな共感は断たれ、あいまいで心を許せない日常性というあの反動過程が始まるのであり、
三島のように「廃墟」のイメージを礼拝したものたちは「異端」として「孤立と禁欲」の境涯に追いやられるのである。
「鏡子の家」の繁栄と没落の過程は、まさに戦後の終えん過程にかさなっており、その終えんのための鎮魂歌のような意味を、この作品は含んでいる。
…この日本ロマン派の直系だか傍系だかの作家のなかに、ぼくはつねにあの血なまぐさい「戦争」のイメージと、その変質過程に生じるさまざまな精神的発光現象のごときものを感じとり、それを戦中=戦後精神史のドキュメントとして記録することに関心をいだいてきた。

橋川文三


78 :法の下の名無し:2008/01/28(月) 19:47:15 ID:r7LRdaph
三島はファシズムの魅力とその芸術上の危険とを、いかなる学者先生よりも深く洞察した作家である。
ファシズムの下においては、三島の習得したあらゆる芸術=技術が無用となることを、彼はほとんど死を賭して体験した一人であるかもしれない。

…そのように(上記)書いたことを、私は三島に対して正しかったと今も思うことだけを述べておきたい。
そしてそれは認識の問題ではなく、むしろ人情の問題に属するとだけつけ加えておきたい。

橋川文三


79 :法の下の名無し:2008/01/28(月) 21:02:15 ID:r7LRdaph
最も理解してもらえるはずの才能が、ヴェクトルが逆になった孤立性のゆえに対立する立場に立たなければならないという、歴史というものの悪意を、橋川は充分に知っていたと思われます。
三島由紀夫との場合がそうでした。言いかえれば橋川は柔らかい心を抱いて、思想と感性の屋根を裸足で駆け抜けたのでありました。
創造的知が常にそのように生を生きなければならないのだとすれば、それはあまりにも厳しい時代の法則のような気が私にはしてきて仕方がないのです。

辻井喬


80 :三島由紀夫:2008/02/05(火) 20:05:11 ID:SCPmDHwy
諸君は武士だろう。武士ならば、自分を否定する憲法を、どうして守るんだ。
どうして自分の否定する憲法をだね、自らを否定する憲法というものにペコペコするんだ。
これがある限り、諸君というものは、永久に救われんのだぞ。
諸君は永久にだね、今の憲法は政治的謀略で、諸君が合憲だかのごとく装っているが、自衛隊は違憲なんだ。
自衛隊は違憲なんだ。
貴様たちは違憲なんだ。
憲法というものは、ついに自衛隊というものは、憲法を守る軍隊になったのだということに、どうして気がつかんのだ。
どうして、そこのところに気がつかんのだ。
俺は、諸君がそれを完全に断つ日を、待ちに待っていたんだ。
諸君が、そのなかでもただ小さい根性ばっかりに固まって、片足突っ込んで、本当に日本のために立ち上がる時はないんだ。

憲法のために、日本の骨なしにした憲法に従ってきた、ということを知らないんだ。


81 :法の下の名無し:2008/02/12(火) 13:00:51 ID:35aiDL3s
三島由紀夫「伊沢さんは保田与重郎さんが好きですか、嫌いですか?」

伊沢甲子麿「保田さんは私の尊敬する人物です。
…戦後、保田さんを右翼だとか軍国主義だとか言って非難するものがありますが、私はそのような意見とは真向から戦っています。
保田さんは立派な日本人であり文豪です。」

三島「私は保田さんをほめる人は大好きだし悪く言う人は大嫌いなのです。今、伊沢さんが言われたことで貴方を信頼できる方だと思いました。」

当時、三島氏は大蔵省の若手エリート官僚であった。
…三島氏は天才的な作家であり東大法学部出身の最優秀の官僚でありながら、いささかも驕りたかぶるところがない謙虚な人柄であった。
そして義理と人情にあつい人であるということがわかったのである。

伊沢甲子麿


82 :法の下の名無し:2008/02/12(火) 13:16:40 ID:35aiDL3s
三島氏の要望により私は歴史と教育に関する話をいろいろとするに至った。
特に歴史では明治維新の志士について。中でも吉田松陰や真木和泉守の精神思想を何度も望まれて話した。
…三島氏は松陰や真木和泉守の話を私が始めると、和室であったため座布団をのけて正座してしまうのだった。
…その外では西郷隆盛の西南の役の話や、また尊皇派の反対の佐幕派の人物である近藤勇や土方歳三の話も何度となく望まれて語った次第である。
特に近藤勇は三島氏の祖母の祖父である永井尚志が近藤勇とは心を許し合った友人であったため、深く敬愛の情を寄せていた様である。

伊沢甲子麿


83 :法の下の名無し:2008/02/15(金) 20:37:27 ID:rugLKFWY
戦後文学の作品は沢山あり、さらに沢山つみあげられることだろう。今や大企業である。
しかしついのつまりに、三島由紀夫だけが文学及び文学者として、後の世に伝わってゆくだろう。
彼は紙幣を作っていたのでも、銀行預金通帳の数字を書き加えたのでもないからである。

保田与重郎


84 :法の下の名無し:2008/02/20(水) 11:05:38 ID:OeU82lRw
私が三島由紀夫氏を初めて知ったのは、彼が学習院中等部の上級生の時だった。
…そのあと高等部の学生の頃にも、東京帝国大学の学生となってからも、何回か訪ねてきた。
ある秋の日、南うけの畳廊下で話していると、彼の呼吸が目に顕ったので、不思議なことに思った。
吐く息の見えるわけはなく、又寒さに白く氷っているのでもない。長い間不思議に思っていたが、やはりあの事件のあとで拙宅へきた雑誌社の人で、三島氏を知っている者が、彼は喘息だったからではないかと云った。
私はこの齢稚い天才児を、もっと不思議の観念で見ていたので、この話をきいたあとも、一応そうかと思い、やはり別の印象を残している。

保田与重郎


85 :法の下の名無し:2008/02/20(水) 12:02:11 ID:OeU82lRw
三島の天皇崇拝は、彼の存命中ずっと在位していた天皇、裕仁に向けられたものではない。
短編「英霊の声」では、二・二六事件の首謀者と昭和二十年の神風特攻隊員の霊が、自分は神ではないと宣言して彼らを裏切った天皇を激しく責める。
天皇の名の下に死んだ者たちは、天皇が普通の人間と同じ弱さを持った人間であることを知っていたが、天皇という資格(キャパシティ)にあって、天皇は神であると確信していた。
もし、天皇が二・二六事件に関わった青年将校を支持し、なかんずく、彼らに自裁を命じたのだとしたら、その行為は、老いて堕落した政治家に囲まれた単なる統治者ではなく、神としてのふるまいだったであろうに。
しかし、神風特攻隊員が天皇を叫びつつ喜びに満たされて死んだ、それからわずか一年も経たずに、自分は神ではないと宣言した時、天皇は彼らの犠牲を哀れで無意味なものにしたのだ。

ドナルド・キーン


86 :法の下の名無し:2008/02/20(水) 12:18:12 ID:OeU82lRw
三島は、天皇無謬説を唱えたことがある。無論これは天皇の人間としての能力をさした説ではない。
より正確に言えば、天皇は神の資格において、人間の姿をした日本の伝統そのものなのであり、日本民族の経験が保管された唯一無二の宝庫である。
天皇を守ることは、三島にとって、日本そのものを守ることだった。このような政治観を日本の右翼と同一視するのは誤りであろう。
彼は確信していた。日本の景観を無慈悲に切り刻んで顧みない貪欲と、それが舶来だからというだけで事物や習慣を表面的に受用する西洋化、この二重の脅威から日本文化の崩壊を救えるのは若者の純粋さ、すなわち信念のためには死を辞さぬ若者の覚悟だけだと。

ドナルド・キーン


87 :法の下の名無し:2008/02/23(土) 10:27:43 ID:a3SraC4i
あの時(ノーベル賞を)受賞したのが川端であり、三島由紀夫でなかったのは、何かの行き違いだったかもしれない。
すなわち、国連事務総長だったダグ・ハマーショルドが1961年に亡くなる直前、三島の「金閣寺」を読み、ノーベル賞委員会のある委員に宛てた手紙で大絶賛したのである。こういった筋からの推薦は小さくない影響力を持っていた。
また1967年のこと、出版社の国際的な集会がチェニスで開かれ、私はその集いが授与する文学賞、フォルメントール賞を三島にと試みたが失敗に終わった。
この時、スウェーデンから参加した有力出版社ボニエールの重役が私を慰め、三島はずっと重要な賞をまもなく受けるだろう、と言ったのだ。ノーベル賞以外にはあり得なかった。

ドナルド・キーン


88 :法の下の名無し:2008/02/23(土) 12:46:26 ID:a3SraC4i
三島由紀夫氏の最後の四巻本の小説は、小説の歴史あってこの方、何人もしなかったことを、小説の歴史に立脚した上でなしあげようとしたのであろう。
そういう思いが、十分に理解されるような大作品である。

三島氏も、人のせぬおそるべきことを考え、ほとほとなしとげた。
そこには人間の歴史あってこの方の小説の歴史を、大網一つにつつみ込むような振る舞いが見える。

保田与重郎


89 :法の下の名無し:2008/02/23(土) 12:54:45 ID:a3SraC4i
人を、心に於て、最後に解剖してゆくような努力は、私に怖ろしいものと思われた。
三島氏ほどの天才が思っていた最後の一念は、皮相の文学論や思想論に慢心している世俗者よりも、そういうものとは無縁無垢の人に共感されるもののようにも思われる。
その共感を言葉でいい、文字で書けば、うそになって死んでしまうような生の感情である。

保田与重郎


90 :法の下の名無し:2008/02/25(月) 15:25:24 ID:AEOuzpMj
自己の作品化をするのが、私小説作家だとすれば、三島由紀夫は逆に作品に、自己を転位させようとしたのかもしれない。
むろんそんなことは不可能だ。作者と作品とは、もともとポジとネガの関係にあり、両方を完全に一致させてしまえば、相互に打ち消しあって、無がのこるだけである。
そんなことを三島由紀夫が知らないわけがない。知っていながらあえてその不可能に挑戦したのだろう。
なんという傲慢な、そして逆説的な挑戦であることか。ぼくに、羨望に近い共感を感じさせたのも、恐らくその不敵な野望のせいだったに違いない。

安部公房


91 :法の下の名無し:2008/02/27(水) 16:15:12 ID:U8AGWt/I
金閣寺は、この作品において美の象徴であり、しかも戦火によっていつ焼亡するかもしれないという時期、凄まじいまでの美をあらわしている存在である。
主人公は、その終末の予感に陶酔しつつ、金閣寺=美との共生にいいがたい浄福を感じている。
…敗戦の日、金閣寺と主人公の共生は断たれる。金閣寺は、あの失われた恩寵の時間を凝縮して、永遠の呪詛のような美に化生する。
主人公は美の此岸にとりのこされ、もはや何ごととも共生することができない。

橋川文三


92 :法の下の名無し:2008/02/27(水) 16:16:13 ID:U8AGWt/I
―この辺りには、戦中から戦後へかけての青年の絶望と孤独の姿が、比類ない正確さで描き出されており、
金閣=美を戦中の耽美的ナルシシズムにおきかえるならば、戦後もなお主人公を支配する金閣の幻影が、青年にとって何であったかを類推するに困難ではないであろう。
そこから、金閣寺を焼かねばならないという決意の誕生もまた、戦後の三島の精神史にあらわれた「裏がえしの自殺」の決意にほかならないことも明らかになるであろう。
こうして、この作品は、実際の事件に仮託しながら、三島の美に対する壮大な観念的告白を集大成したような観を呈しており、美の亡びと芸術家の誕生とを、厳密な内的法則性の支配する作品の中に、みごとに定着している。
「仮面の告白」に遙かに呼応する記念碑的な作品である。

橋川文三


93 :法の下の名無し:2008/02/27(水) 16:53:46 ID:kKE+6qYf
>保田与重郎

せめて正字に直した上で貼り付けてくれたまえ。

94 :法の下の名無し:2008/02/28(木) 15:23:10 ID:Ef7uYDdR
日本の民と国との歴史の上で、天地にわたる正大なる気を考える時、偉大なる生の本願を、文人の信実として表現した人は、戦後世代の中で、日本の文学の歴史は、三島由紀夫ただ一人を記録する。

保田與重郎


95 :法の下の名無し:2008/02/28(木) 15:56:20 ID:Ef7uYDdR
私は三島氏の死をきいた時、かなしさに心緒全くみだれました。
私の知っている三島君は、紅顔可憐の美少年でした。大人の顔を知らないので一層かなしいのです。
大学生のころは謡曲の文句に非常に興味を寄せていた。それについて、むかしの百科事典は極めて高級だった、とある時私が話題の中でいったことを、少し気にしたようだった。

保田與重郎


96 :法の下の名無し:2008/02/28(木) 16:05:49 ID:Ef7uYDdR
彼の少年から青年の時代にかけての、稚な顔を多分にのこした、繊細な年頃だけを知っている私には、戦後のたくましい体躯を誇っている彼の写真を見ると、何か憎らしくなったような気がした。

しかしこの二十数年間、私は三島氏の世評には盲目だったが、その文学の作品や言説については、真剣に考え、かりそめだったことはない。

保田與重郎


97 :法の下の名無し:2008/03/03(月) 12:02:57 ID:pmB72rvN
どう考えても私にとって不思議で仕方がなく、理解を絶するとしかいいようがないことは、
戦後25年の平和体制が、たとえばロマンティシズムといったような文芸上の観念にまで、有無をいわさず貶下的な内容を付加してしまうような雰囲気をつくりあげているということだろう。

澁澤龍彦


98 :法の下の名無し:2008/03/03(月) 12:03:59 ID:pmB72rvN
これは、経済的繁栄のみを目途としてきた支配体制のつくり出すムードに、文学者までもが巻きこまれているのか、それとも、その支配体制と表裏一体の関係にある共産党のふりまいた、人工甘味料入りの神話の賜物か。
「いつわりの人間主義をたつきの糧とし、偽善の団欒は世をおおい…」と作品中で歌った三島氏の声が、まさに呪いの言葉のように響いてくるのは、かかる時であろう。

澁澤龍彦


99 :法の下の名無し:2008/03/03(月) 12:04:27 ID:pmB72rvN
要するに、事柄はきわめて明瞭なのだ。
すなわち、三島由紀夫氏は一個の過激派だったということだ。
右とか左とか限定なしの、絶対追求者としての過激派である。

澁澤龍彦

100 :法の下の名無し:2008/03/03(月) 12:05:47 ID:pmB72rvN
三島氏の掲げるイデオロギーと、切腹という異様な自殺の方法とが、諸外国にどんな悪影響をあたえるか、といったような政府与党的な配慮には、私はまったく興味ない。

ひるがえって、もし諸外国に、日本に関してトランジスターの商人の国とかいったイメージしか定着していないとすれば、その情けないイメージを日本刀によって打ちやぶった三島氏の功績は、どんな文化使節のそれにも勝るであろう。

澁澤龍彦


101 :法の下の名無し:2008/03/03(月) 17:42:00 ID:pmB72rvN
川端氏は僕の吹く勝手な熱をしじゅう喜んでニコニコしてきいてくれた。おしまいには僕が悲しくなってしまった。
僕の生意気な友人たちだったら、フフンと鼻の先であしらいそうなこんなつまらない笑い話や、ユーモアのない又聞き話が、どういう経緯で川端氏の口に微笑を誘うのだろう。
しかしこうして一人で喋っているうちに、だんだん僕が感知しだしたのは僕の孤独ではなくて、むしろ川端氏の孤独なのだった。
ひろい家の中には夕闇がよどんで来た。ひろい家のさみしさが身にしみる時刻だ。

三島由紀夫
昭和22年
日記から


102 :法の下の名無し:2008/03/03(月) 17:43:53 ID:pmB72rvN
川端氏とのさびしい夕食、川端氏のかえってゆく一人の書斎、僕は僕の行方にあるものをまざまざと見る気がした。
名声とは何だろう。このひろい家によどんでくるどうにも逃げようもない夜のことなのか?否しかしなお僕は名声を愛している。
なぜなら名声でやっとたえられるものが僕の中にあるからだ。名声とは必要不可欠な人間にだけ来るものだ。
そうして名声があるために、ある人の慰めになる不幸があるものだ。こんな孤独の実質を名声は少しもかええないが、名前と形容詞だけは支えてくれる。
文学の仕事、それが形容詞の創造であるとするなら、こうして形容詞の冷徹で花やかな報いをうけるのは当然だ。

三島由紀夫
昭和22年
日記から


103 :法の下の名無し:2008/03/04(火) 22:43:18 ID:6GvOBPXp
私は、研究室で突然三島の死を聞いたとき、どういうわけかすぐに連想したのは、高山彦九郎であり、神風連であり、横山安武であり、相沢三郎などであった。
これらの人々の行動はいずれも常識を越えた「狂」の次元に属するものとされている。
この「狂」の伝統がどのようにして、日本に伝えられているのか、それはまだだれもわからないのではないだろうか。
ただ、すべての「異常」な行動を「良識」によって片づけることは、これまでの日本人の心をよくとらえ切っていない。
三島は私の知るところでは非常に「愚直」な人物である。
私のいう意味は、幕末の志士たちのいう「頑鈍」の精神であり、私としてはほめ言葉である。
私は三島をノーベル賞候補作家というよりも、その意味では、むしろ無名のテロリスト朝日平吾あるいは中岡良一などと同じように考えたい。

橋川文三


104 :法の下の名無し:2008/03/07(金) 11:23:48 ID:IfrtmxKm
戦争のことは、三島や私などのように、その時期に少年ないし青年であったものたちにとっては、あるやましい浄福の感情なしには思いおこせないものである。
それは異教的な秘宴の記憶、聖別された犯罪の陶酔感をともなう回想である。
およそ地上においてありえないほどの自由、奇蹟的な放恣と純潔、アコスミックな美と倫理の合致がその時代の様式であり、透明な無為と無垢の兇行との一体感が全地をおおっていた。
…しかし、このような体験は、いかにそれが戦争という政治と青春との偶然の遭遇にもとづくものであったにせよ、その絶対的な浄福の意識において、断じて罪以外のものではありえない。

橋川文三


105 :法の下の名無し:2008/03/07(金) 11:35:16 ID:IfrtmxKm
戦後、三島は己れの青春を「不治の健康」と名づけることによって出発した。
これはもとより逆説である。しかし、およそ生きるものが病み、やがて死んでゆくという有機的自然の過程こそ、三島たちにとってかつて許されたことのない世界であった。
死は、無機物との出会いにおいて、夭折においてしか不可能だったからである。通常の意味における「死」がありえなかったように、日常の生もまた拒まれていた。
もしなお生一般を生きるとすればそれは仮面による生、たえず変貌する日常性を仮装した、永遠の問いかけという形でしかありえない。
それはあの禁欲者たちが、自己の生の確証のためにではなく、隠された決断者の恣意の確証のために行動したのと同じように、不断に生を拒否するために行われる組織的な自己規制という意味をもつ。

橋川文三


106 :法の下の名無し:2008/03/07(金) 11:50:25 ID:IfrtmxKm
三島の文体の人工的な華麗さは、実は生の不在の精緻なアリバイを構成しようとする禁欲的な努力をあらわしている。彼は生の此岸からではなく、いわば反世界の側から様式を作り出そうとする。
三島の日本精神史における意味は、この点にもっとも鮮明にあらわれているといえよう。そして、もう一つつけくわえれば、三島は日本の思想に、一種のものすごいフモールの感覚をもちこんだといえるかもしれない。
ハイネのスタイルでいえば、おどけた仮面の双の眼玉からのぞいている死神の眼のイメージである。
しかし、これは不詳の言い方であろうから、私はむしろ三島の生き方における『葉隠』の倫理を説いた方がよいかもしれない。

橋川文三


107 :法の下の名無し:2008/03/11(火) 11:55:32 ID:95EbltA2
昭和の歴史は敗戦によって完全に前期後期に分けられたが、そこを連続して生きてきた私には、自分の連続性の根拠と、論理的一貫性の根拠を、どうしても探り出さなければならない欲求が生まれてきていた。

そのとき、どうしても引っかかるのは、「象徴」として天皇を規定した新憲法よりも、天皇御自身の、この「人間宣言」であり、
この疑問はおのずから、二・二六事件まで、一すじの影を投げ、影を辿って「英霊の声」を書かずにはいられない地点へ、私自身を追い込んだ。
自ら「美学」と称するのも滑稽だが、私は私のエステティックを掘り下げるにつれ、その底に天皇制の岩盤がわだかまっていることを知らねばならなかった。
それをいつまでも回避しているわけには行かぬのである。

三島由紀夫


108 :法の下の名無し:2008/03/11(火) 12:09:06 ID:95EbltA2
二・二六における天皇と青年将校というテーマは、ほとんどドストエフスキーの天才に俟たなければ描ききれないであろうというのが、私の以前からの独断であった。
それは何よりも神学の問題であり、正統と異端という古くから魅力と恐怖にみたされた人間信仰の世界にかかわる問題だからである。
端的にいえば、それは日本人の魂の世界における「大審問官」の問題にほかならないからと私は考えている。

橋川文三


109 :法の下の名無し:2008/03/11(火) 12:44:15 ID:95EbltA2
「英霊の声」の作品評を改めてしようとは思わない。
…問題はこれがある巨大な怨念の書であるということである。ある至高の浄福から追放されたものたちの憤怒と怨念がそこにはすさまじいまでにみちあふれている。
幽顕の境界を哀切な姿でよろめくものたちのの叫喚が、おびやかすような低音として、生者としての私たちの耳に迫ってくる。
三島はここでは、それら悪鬼羅刹と化したものたちの魂が憑依するシャーマンの役割をしている。
昔から能楽のもつ妖気の展開様式に熟練している三島は、ここでも巧みにその形式を利用している。

橋川文三


110 :法の下の名無し:2008/03/11(火) 12:57:23 ID:95EbltA2
私は、今でも深夜「二・二六事件」(河野司篇)をひもどくとき、そのとあるページを直視するにたえないが、この作品の鬼気にはそれに通じるものがある。
彼らの方が生きており、お前たちの方がそうではないのだぞと、そのとあるページのデスマスクは不気味な言葉で語りかけてくる。
そういう迫力において、この作品は、あれらの人々の心情をみごとに再現している。
三島はやはりここで、日本人にとっての天皇とは何か、その神威の下で行われた戦争と、その中での死者とは何であったか、
そして、なかんずく、神としての天皇の死の後、現に生存し、繁栄している日本人とは何かを究極にまで問いつめようとしている。
これが一個の憤怒の作品であるということは、それが現代日本文明の批判であるということにほかならない。

橋川文三


111 :法の下の名無し:2008/03/13(木) 15:05:24 ID:k4eEyZlu
三島由紀夫は、戦争末期の終末感と日本浪漫派系の文学趣味を背後に押し遣って、戦後に登場したとき、何をいちばん怖れたかといえば、
日本浪漫派系の没落と入れ替わりに登場した、第一次戦後派文学と呼ばれる転向左翼の文学者でもなければ、無頼派の文学者でもなく、
戦争末期の終末感を抱いたまま生き埋めにされ、なお節を曲げずに「紙なければ、空にも書かん」とつぶやいている保田與重郎という存在であろう。

桶谷秀昭


112 :法の下の名無し:2008/03/13(木) 15:26:23 ID:k4eEyZlu
私が三島先生に初めて会った時の言葉は、いまだに忘れられないものになっています。
…その彼が開口一番いった言葉は「あなたは保田與重郎先生が好きですか」だった。
保田先生というのは、文芸評論家で、いわゆる日本精神を持った方でした。しかし終戦と同時に追放され、戦争犯罪人ということで、一切の執筆活動を停止された。
…その当時の作家、学者の間では、保田先生の名を口にすることはタブーであった。それを三島先生があえて口に出したので私は驚いた。

伊沢甲子麿


113 :法の下の名無し:2008/03/13(木) 15:36:03 ID:k4eEyZlu
一瞬のためらいはありましたが、この際私としても、私自身の信念を素直に言うべきだと思い、「日本は戦争に敗れたけれども、保田先生はあくまでも立派な方だ。
保田先生を尊敬する。あの方の学問はしっかりしておられるし、あの方の信念、思想は立派だ」と答えました。
三島先生は私の顔をじっと見ておられ、「君は本物だな」と言われました。

伊沢甲子麿


114 :法の下の名無し:2008/03/16(日) 22:44:10 ID:IG4OK5JV
それにしても西洋人の享楽主義のえげつなさは、支那人はともかく、とても日本人の肌にはあいませんね。

平岡公威16歳
東文彦への書簡から

ドイツ語の講座の本少しよみ出しました。いやはやドイツ語はまるで法文みたいですね。ヒットラアという嫌悪すべき名が、亀の子文字の行間にチラチラします。
モスコオはどうしてどうしておちますまい。(?)

平岡公威16歳
東文彦への書簡から


115 :法の下の名無し:2008/03/16(日) 22:45:40 ID:IG4OK5JV
「西洋」へ、気持の惹かされることは、決して無理に否定さるべきものではないと思います。真の芸術は芸術家の「おのずからなる姿勢」のみから生まれるものでしょう。
近頃近代の超克といい、東洋へかえれ、日本へかえれといわれる。その主唱者は立派な方々ですが、
なまじっかの便乗者や尻馬にのった連中の、そこここにかもし出している雰囲気の汚ならしさは、一寸想像のつかぬものがあると思います。
我々は日本人である。我々のなかに「日本」がすんでいないはずがない。この信頼によって「おのずから」なる姿勢をお互いに大事にしてまいろうではございませんか。

平岡公威18歳
東文彦への書簡から


116 :法の下の名無し:2008/03/16(日) 22:46:06 ID:IG4OK5JV
いやなことと申せば今度も空襲がまいりそうですね。こうして書いております夜も折からの警戒警報のメガホンの声がかまびすしい。
一体どうなりますことやら。
しかしアメリカのような劣弱下等な文化の国、あんなものにまけてたまるかと思います。

平岡公威18歳
東文彦への書簡から

117 :法の下の名無し:2008/03/16(日) 23:02:40 ID:IG4OK5JV
文学の上では日本は今こそ世界唯一であり、また当然世界第一でありましょう。
ムッソリーニにはヒットラアより百倍も好意をもっていますので、一しおの哀感をおぼえました。ムッソリーニも亦、ニイチェのように、
愚人の海に傷ついた人でありましょう。英雄の悲劇の典型ともいうべきものがみられるようにおもいました。
かつて世界の悲劇であったのはフランスでしたが、今度はイタリーになりました。スカラ座もこわれたようですね。
米と英のあの愚人ども、俗人ども、と我々は永遠に戦うべきでありましょう。俗な精神が世界を覆うた時、それは世界の滅亡です。
萩原氏が自ら日本人なるが故に日本人を、俗なる愚人どもを、体当りでにくみ、きらい、さげすみ、蹴とばした気持がわかります。

平岡公威18歳
東文彦への書簡から


118 :法の下の名無し:2008/03/17(月) 11:58:24 ID:91XnoqyO
国家儀礼と申せば、この間新響へゆきましたら、ただ戦歿勇士に祈念といえばよいものを、ラウド・スピーカアが、
やれ「聖戦完遂の前に一億一心の誓を示して」どうのこうのと御託宣をならべるので、ヒヤリとしたところへ、「祈念」という号令、
トタンにオーケストラが「海行かば」を演奏、――まるで浅草あたりの場末の芝居小屋の時局便乗劇そのままにて、冒涜も甚だしく、憤懣にたえませんでした。

平岡公威18歳
徳川義恭への書簡から


119 :法の下の名無し:2008/03/17(月) 12:17:01 ID:91XnoqyO
国家儀礼の強要は、結局、儀式いや祭事というものへの伝統的な日本固有の感覚をズタズタにふみにじり、
本末を顛倒し、挙句の果ては国家精神を型式化する謀略としか思えません。
主旨がよい、となればテもなく是認されるこの頃のゆき方、これは芸術にとってもっとも危険なことではありますまいか。
平岡公威18歳
徳川義恭への書簡から


120 :法の下の名無し:2008/03/17(月) 12:25:31 ID:91XnoqyO
今度の学制改革で来年か、さ来年、私も兵隊になるでしょうが、それまで、日本の文学のために戦いぬかねばならぬことが沢山あります。
去年の戦果に、国外国内もうこれで大丈夫と皆が思っていた時、学校へ講演に来られた保田與重郎氏は、これからが大事、これからが一番危険な時期だと云われましたが、今にしてしみじみそれがわかります。
文学を護るとは、護国の大業です。文学者大会だなんだ、時局文学生産文学だ、と文学者がウロウロ・ソワソワ鼠のようにうろついている時ではありません。

平岡公威18歳
徳川義恭への書簡から


121 :法の下の名無し:2008/03/17(月) 14:43:04 ID:91XnoqyO
僕らは卑怯な健康よりもデカダンをとる。デカダンの中にあるはるかな未来への輝きと能動も熟知しているのだ。

僕らが浪漫主義を主張したことは、悲しみと憤り、歎きと憂いの混淆した境地の主張だった。

保田與重郎


122 :法の下の名無し:2008/03/17(月) 14:47:06 ID:91XnoqyO
私は日本民族の永遠を信じる。
今や三島氏は、彼がこの世の業に小説をかき、武道を学び、演劇をし、楯の会の分列行進を見ていた、数々のこの世の日々よりも、多くの国民にとってはるかに近いところにいる。
今日以後も無数の国民の心に生きるようになったのだ。そういう人々とは、三島由紀夫という高名な文学を一つも知らない人々の無数をも交えている。

保田與重郎


123 :法の下の名無し:2008/03/17(月) 14:48:55 ID:91XnoqyO
総監室前バルコニーで太刀に見入っている三島氏の姿は、この国を守りつたえてきたわれらの祖先と神々の、最もかなしい、かつ美しい姿の現にあらわれたものだった。
しかしこの図の印象は、この世の泪という泪がすべてかれつくしても、なおつきぬほどのかなしさである。
豊麗多彩の作家は最後に天皇陛下万歳の声をのこして、この世の人の目から消えたのである。日本の文学史上の大作家の現身は滅んだ。

保田與重郎


124 :法の下の名無し:2008/03/24(月) 10:38:20 ID:bwFkh/OT
「花ざかりの森」の作者は全くの年少者である。どういう人であるかということは暫く秘しておきたい。それが最もいいと信ずるからである。
もし強いて知りたい人があったら、われわれ自身の年少者というようなものであるとだけ答えておく。
日本にもこんな年少者が生まれて来つつあることは何とも言葉に言いようのないよろこびであるし、日本の文学に自信のない人たちには、この事実は信じられない位の驚きともなるであろう。

蓮田善明
昭和16年「文芸文化」

125 :法の下の名無し:2008/03/24(月) 10:46:49 ID:bwFkh/OT
この年少の作者は、しかし悠久な日本の歴史の請し子である。
我々より歳は遙かに少いが、すでに、成熟したものの誕生である。此の作者を知ってこの一篇を載せることになったのはほんの偶然であった。
しかし全く我々の中から生まれたものであることを直ぐに覚った。そういう縁はあったのである。

蓮田善明
昭和16年「文芸文化」

126 :法の下の名無し:2008/03/24(月) 10:48:27 ID:bwFkh/OT
交遊に乏しい私も、一年に二人か一人くらいづつ、このように国文学の前にたたずみ、立ちつくしている少年を見出でる。
「文芸文化」に〈花ざかりの森〉〈世々に残さん〉を書いている二十歳にならぬ少年も亦その一人であるが、悉皆国文学の中から語りいでられた霊のような人である…。

蓮田善明
昭和18年「文学」


127 :法の下の名無し:2008/03/24(月) 11:41:03 ID:bwFkh/OT
前略
「蓮田善明とその死」感激と興奮を以て読み了えました。毎月、これを拝読するたびに魂を振起されるような気がしました。
この御作品のおかげで、戦後二十数年を隔てて、蓮田氏と小生との結縁が確められ固められた気がいたしました。
御文章を通じて蓮田氏の声が小生に語りかけて来ました。
蓮田氏と同年にいたり、なおべんべんと生きているのが恥ずかしくなりました。
一体、小生の忘恩は、数十年後に我身に罪を報いて来るようであります。
今では小生は、嘘もかくしもなく、蓮田氏の立派な最期を羨むほかに、なす術を知りません。

三島由紀夫
昭和42年
小高根二郎への書簡から

128 :法の下の名無し:2008/03/25(火) 11:38:29 ID:N8CtCR+2
歴史を喪ったわれわれが、いのちを振い起そうとして今日古典に索めるのは、
歴史を失ってかえって不逞にも己を傲るためにとて万葉集に擬している輩のようなことでもなく、「御時勢」でもない。
古典をまどい尋ねているのは、われわれのうしなったいのちへの郷愁の情である。

今日はこのように郷愁するものが妖雲を打ち撥っている。それは単に武力のすることでなく、たけび立つ皇国人の全生命の堪えがたくて決断するところである。

蓮田善明


129 :法の下の名無し:2008/03/25(火) 12:04:54 ID:N8CtCR+2
芸術とは、芸術へ花さかしめる意気があらねばならない。

われわれの祖先に於いては、それは国振としてある。このように国のいのちの振い興っている時、「都」の精神というものが生々活々のものとなり、
「みやこび」又は「みやび」として芸術が意気以て花さいている。
それはたとえば平安朝の如く優柔と見られても、子細に省みれば、古今和歌集の如きが国振の復興として「やまと魂」を詩品にまで化したその成跡は、
実に今日まで日本人の雅情として拭い去ることのできないものを打ち樹てたのである。

蓮田善明


130 :法の下の名無し:2008/03/25(火) 12:25:37 ID:N8CtCR+2
そのような国の雅情というものが理解されず、或はかのリアリズムというようなものの影響者に軽蔑さえされている所以は、
彼等に「都」を打ちたてる意気どころか、唯国際主義的なものに、性根もなく眼奪われ随従日も足らざる世界の田舎者の呈した状況であるほかの何ものでもない。
リアリズムという念仏につんのめって手を汚している者に、耀く都の光など思いも寄らぬことである。
スケールとか手法とかを学べば学ぶだけ小ざかしく、かえって人を豊かに養うべき芸術のいのちに反して、今は芸術の勉強家たちが益々貧しくいやしく見えてきていたのは何故か。

蓮田善明
神韻の文学
昭和16年


131 :法の下の名無し:2008/03/25(火) 13:02:30 ID:N8CtCR+2
私はまづ氏(蓮田善明)が何に対してあんなに怒っていたかがわかってきた。
あれは日本の知識人に対する怒りだった。最大の「内部の敵」に対する怒りだった。

戦時中も現在も日本近代知識人の性格がほとんど不変なのは愕くべきことであり、
その怯懦、その冷笑、その客観主義、その根なし草的な共通心情、その不誠実、その事大主義、その抵抗の身ぶり、その独善、その非行動性、その多弁、その食言、
……それらが戦時における偽善に修飾されたとき、どのような腐敗を放ち、どのように文化の本質を毒したか、
蓮田氏はつぶさに見て、自分の少年のような非妥協のやさしさがとらえた文化のために、憤りにかられていたのである。

三島由紀夫


132 :法の下の名無し:2008/03/28(金) 17:40:26 ID:UNi/sU4Y
国のため、いのち幸くと願ひたる、
畏きひとや
国の為に、死にたまひたり

保田與重郎
昭和45年11月某日


133 :法の下の名無し:2008/03/29(土) 16:56:06 ID:9Jx6qKdN
わがこころ
なおもすべなし
をさな貌
まなかひに顕つを
いかにかもせむ


夜半すぎて
雨はひさめに
ふりしきり
み祖の神の
すさび泣くがに

保田與重郎
昭和45年11月某日

134 :法の下の名無し:2008/04/06(日) 11:20:45 ID:cggdvPhb
保守

135 :法の下の名無し:2008/04/12(土) 15:32:49 ID:/gKy0PNa
彼(三島)の感性は非凡なだけでなく時に大変ユニークで、常人の追随しかねる点があったけれども、人間としての器量は大きかった。
思えば、不良少年の親分を夢みるだけのことはあった。

三谷信

136 :法の下の名無し:2008/04/12(土) 15:33:41 ID:/gKy0PNa
…初等科六年の時のことである。元気一杯で悪戯ばかりしている仲間が、三島に
「おいアオジロ―彼の綽名―お前の睾丸もやっぱりアオジロだろうな」と揶揄った。
三島はサッとズボンの前ボタンをあけて一物を取り出し、
「おい、見ろ見ろ」とその悪戯坊主に迫った。それは、揶揄った側がたじろく程の迫力であった。
また濃紺の制服のズボンをバックにした一物は、その頃の彼の貧弱な体に比べて意外と大きかった。

三谷信


137 :法の下の名無し:2008/04/12(土) 15:35:59 ID:dpHM6NdG
蓮田善明氏は、「赤ちゃんポスト」を設置した熊本の病院の院長の
実父だって、先日の日経夕刊に出ていたな。

138 :法の下の名無し:2008/04/14(月) 11:35:08 ID:s3SZUHAU
三島由紀夫は死ぬ前、「奔馬」の取材で熊本へ行き、蓮田善明さんの家族に会いに行ったようだから、その人は三島由紀夫と面識があるかもね

139 :法の下の名無し:2008/04/17(木) 11:41:41 ID:DGOd2Wb0
終戦前のことですが、荷物の疎開でズック袋やトランクをいくつも荷造りしましたが、
そのときも公威は、荷造りの手伝いをしたり、それぞれの荷物の中身を克明に手帳に記入してくれたり、自動車で運びにくい品物は大八車を借りて来て弟妹と三人で運んでくれました。
…公威はつねに先頭になっていやな仕事を引き受けて、ずいぶんこの弱い私を助けはげまし、一家の心の支柱となってくれました。

平岡倭文重


140 :法の下の名無し:2008/04/17(木) 11:42:14 ID:DGOd2Wb0
(三島は)銀座方面に出かけるとき、海外旅行に出かけるとき、ちょっとたのむとかならずなんでも買ってきます。
…忘れたら忘れたでよいと申しましたが、数軒さがしてやっとあったと注文しないパイプも買って来てくれました。
いかなる些細なことでも、たのめばかならず履行してくれます。

平岡梓


141 :法の下の名無し:2008/04/17(木) 11:55:59 ID:DGOd2Wb0
彼は(三島は)無限の敵、即ち日本文化、いや日本を腐敗させつつあるものへ、自分の命、絶対の価値ある自分の命を投げつけた。
彼は敵に向い最後迄断然逃げなかった。
…彼は自分の愛するもの(これには自分の家族も入る)に、自分の最上のものを捧げたかった。
それは自分の命、これである。

三谷信


142 :法の下の名無し:2008/04/17(木) 12:02:52 ID:DGOd2Wb0
世人は彼の死を嘲笑した。これは彼の敵の正体を、世人が未だ理解していない時に死んだからか?
多くの人、中には名声にあっては一流人が、まるで見当違いのことをいって、彼の死を手軽に料理している。
しかしいつでも彼の死は早すぎるのだろう。
“死”は誰でも逃げたいものだから。

三谷信

143 :法の下の名無し:2008/04/17(木) 12:15:07 ID:DGOd2Wb0
彼は稀なる作家、思想家、そして文化人であった。
自分の思想のために、生涯の頂点で、世人の軽蔑は覚悟の上で死ねる者が何人居るか。
彼と思想を異にするのは全く自由であるが、嘲笑するには先ず自分の考えに殉じて死ねる者でなければなるまい。
なぜなら、彼の死は冷静な死であったから。

三谷信

144 :法の下の名無し:2008/04/17(木) 12:16:21 ID:DGOd2Wb0
彼は少年時代に戻って死んだ。
少年時代、彼は日本文化に殉ずる心で生きて居た。その心で死んだ。
純粋という点では、学習院高等科学生の頃の姿で死んだ。
所詮作家からはみ出した男、言葉で適当に金を儲けることを、出来るがやらぬ男であった。

三谷信


145 :法の下の名無し:2008/04/21(月) 12:03:07 ID:np7kVrcN


146 :法の下の名無し:2008/04/21(月) 15:42:44 ID:eZbtPHT8
「豊饒の海」は、いわば本質的に強烈な挑戦をふくんだ作品であり、今なお解きほごしがたい数々の謎と問題をはらんで、ぼくらの前に屹立している。

佐伯彰一


147 :法の下の名無し:2008/04/21(月) 15:52:11 ID:eZbtPHT8
三島は多彩な文体を使いこなし、とくに古い雅語の使用にかけては同世代の作家の中で特異な存在だった。
しかも、それを無理なく、自信をもって、美しく使った。
その点ではジョイス的と言える。ジョイスは何人もの異なる人間になることができたが、三島もそうだった。

エドワード・サイデン・ステッカー


148 :法の下の名無し:2008/04/25(金) 16:26:24 ID:yO6393yn
その夕べの焔、夜ふけの焔、夜のひきあけに近い時刻の焔は、いずれもまったく同じ焔でもなければ、
そうかと云って別の焔でもなく、同じ燈明に依存して、夜もすがら燃えつづけるのだ…

緑生としての個人の存在は、実体的存在ではなく、この焔のような「事象の連続」に他ならない。

時間とは輪廻の生存そのものである。

三島由紀夫
「暁の寺」より


149 :法の下の名無し:2008/04/25(金) 16:26:54 ID:yO6393yn
最高の道徳的要請によって、阿羅耶識と世界は相互に依為し、世界の存在の必要性に、阿羅耶識も亦、依拠しているのであった。
しかも現在の一刹那だけが実有であり、一刹那の実有を保証する最終の根拠が阿羅耶識であるならば、
同時に、世界の一切を顕現させている阿羅耶識は、時間の軸と空間の軸の交わる一点に存在するのである。

三島由紀夫
「暁の寺」より

150 :法の下の名無し:2008/04/25(金) 16:27:47 ID:yO6393yn
刹那刹那の海の色の、あれほどまでに多様な移りゆき。
雲の変化。そして船の出現。……そのたびに一体何が起るのだろう。
生起とは何だろう。
刹那刹那、そこで起っていることは、クラカトアの噴火にもまさる大変事かもしれないのに、人は気づかぬだけだ。
存在の他愛なさにわれわれは馴れすぎている。
世界が存在しているなどということは、まじめにとるにも及ばぬことだ。

三島由紀夫
「天人五衰」より


151 :法の下の名無し:2008/04/25(金) 16:28:34 ID:yO6393yn
生起とは、とめどない再構成、再組織の合図なのだ。遠くから波及する一つの鐘の合図。
船があらわれることは、その存在の鐘を打ち鳴らすことだ。
たちまち鐘の音はひびきわたり、すべてを領する。海の上には、生起の絶え間がない。
存在の鐘がいつもいつも鳴りひびいている。一つの存在。

三島由紀夫
「天人五衰」より


152 :法の下の名無し:2008/04/25(金) 16:38:45 ID:yO6393yn
本当の天才とは、簡単には説明することのできない能力の持ち主のことだ。
シェイクスピアは天才だった。モーツァルトも、レオナルド・ダヴィンチも、紫式部も天才だった。
私がこれまでに出会ったすべての人々のなかで、「この人は天才だ」と思った人は二人しかいない。一人は中国文学および日本文学の偉大な翻訳家であったアーサー・ウェイリーである。
…中略…
そして、私の出会ったもう一人の天才が三島由紀夫である。

ドナルド・キーン


153 :法の下の名無し:2008/04/26(土) 15:45:27 ID:ExPq70el
三島由紀夫の仏教理解が、いかに徹底したものか。
三島は決して、そこらへんの日本人がやりたがるように、「般若心経」の解説なんぞしはしない。
宗教音痴の日本人に仏教の神髄を理解せしむるために、「ミリンダ王の問い」を(暁の寺で)引用し解説する。
これのみにて三島の仏教理解の深さ、はるかに日本人を越えていると評せずんばなるまい。

小室直樹

154 :法の下の名無し:2008/04/30(水) 11:01:29 ID:q2dLRnv6
アメリカ人が六代目の鏡獅子を本当に味解しようとする努力、
――と云ふより大国民としての余裕を持つてゐたら戦争は起らなかつた。
文化への不遜な態度こそ、戦争の諸でありませう。
日本の高邁な文化を冒涜する国民は必ず神の怒りにふれるのです。

平岡公威
昭和20年
三谷信への葉書から


155 :法の下の名無し:2008/04/30(水) 12:23:13 ID:q2dLRnv6
彼(三島)は幼時、友達に、自分の生まれた日のことを覚えていると語った。
彼はそのことを確信していた。そしておそらく、外にもその記憶をもつ人が何人かあると素直に考えていたのであろう。
初等科に入って間もない頃、つまり新しく友人になった者同士が互いにまだ珍しかった頃、ある級友が
「平岡さんは自分の産まれた時のことを覚えているんだって!」と告げた。その友人と私が驚き合っているとは知らずに、彼が横を走り抜けた。
春陽をあびて駆け抜けた小柄な彼の後ろ姿を覚えている。

三谷信

156 :法の下の名無し:2008/05/04(日) 17:06:56 ID:8bhuARYH
保守

157 :法の下の名無し:2008/05/11(日) 22:52:20 ID:9KyOQTo+
三島由紀夫が中国へ抗議声明を出した文化大革命について

文化大革命(ぶんかだいかくめい)は、中華人民共和国で1960年代後半から1970年代前半まで続いた政治・社会・思想・文化の全般にわたる改革運動。
プロレタリア文化大革命ともいう。はじめ毛沢東指示のもと林彪が主導、劉少奇からの政権奪権が目的であり、その死後は四人組に率いられて
毛沢東思想に基く独自の社会主義国家建設を目指したが、実質は中国共産党指導部における大規模な武力を伴う権力闘争であり、
指導部に煽動された暴力的な大衆運動によって、当初は事業家などの資本家層が、さらに学者、医者、などの知識人等が弾圧の対象となった。
しかしその後、弾圧の対象は中国共産党員も弾圧の対象となり、多くの人材や文化財などが被害を受けた。
期間中の死亡者、行方不明者の数は数百万人とも数千万人とも言われ、事実上の自国民のホロコースト状態であったと言っても過言ではない。
またこの革命の芽はカンボジア内戦へ飛び火し、クメールルージュの自国民の大量虐殺と密接な関係がある。

当時の抗議声明文が載ってるサイト
http://dogma.at.webry.info/200609/article_4.html

158 :法の下の名無し:2008/05/14(水) 17:32:16 ID:aRC4TByp
三島由紀夫氏から送られ、私が建白書だと称しているものは、「内閣」の印のあるB4判用紙にタイプされ複写された24枚に及ぶ文書で、黒紐でとじられていた。
表題は「武士道と軍国主義」及び「正規軍と不正規軍」と名付けられ、二編に分かれていた。

三島氏は昭和45年、自刃の年の7月上旬、当時の保利官房長官に、防衛に関する意見を求められた。
そこで日頃からの持論を口述し、それを、タイプ印刷にしてこの書類にまとめた。
これは、佐藤総理と官房長官が目を通したのち、閣僚会議に提出される手筈になっていたのだが、このことを知った防衛庁長官中曽根康弘氏が、長文の手紙を保利氏に寄せ、閣僚会議に出すことを阻止したものである、と私は信じている。

山本舜勝
元陸上自衛隊調査学校教官班長

159 :法の下の名無し:2008/05/19(月) 15:09:49 ID:wSkLv9S0
交戦中に殺された男の最後の記録を読んではじめて、戦争というものが本当にどんなものかわかりはじめた。
…日本軍の兵士たちの耐えた困苦のほどは圧倒的な感動をよびおこした。
それに引きかえ、週に一度検閲しなければならないアメリカ軍の兵士たちの手紙には、何の理想もなく、またたしかに何の苦しみもなく、ただただもとの生活に戻りたいということだけが書かれていた。
戦争中ずっとこの対照が私の心につきまとってはなれなかった。

ドナルド・キーン
「日本との出会い」より

160 :法の下の名無し:2008/05/19(月) 15:34:50 ID:wSkLv9S0
そうです。ぼくは、非常に近い距離からアメリカの軍隊を見ていました。
しかし、理想をいだいて戦っているような米兵には、ただの一度もお目にかかったことがありませんでした。それは確実に言えることです。
「もっといい世界のために、自分は戦死してもいい」などという文句は、アメリカの兵士の手紙の中には、こんりんざいなかったのですから。
日本の兵士は、家族に送る手紙の中ででも、「滅私奉公」とか「悠久の大義」などという言葉を使っていました。
ぼくは、日本の軍国主義者の理想を受け入れることは絶対にできなかったが、このような手紙を書き、日記をつけた個々の日本兵士には、敬意をいだかずにはいられませんでした。
結局、日本人こそ勝利に値するのではないかと信ずるにいたった。

ドナルド・キーン


161 :法の下の名無し:2008/05/27(火) 00:39:26 ID:+Un1zouH
三島よ。

162 :法の下の名無し:2008/05/27(火) 17:27:27 ID:QMB7g+pw
「洋食の作法は下らないことのようだが」と本多は教えながら言った。
「きちんとした作法で自然にのびのびと洋食を喰べれば、それを見ただけで人は安心するのだ。
一寸ばかり育ちがいいという印象を与えるだけで、社会的信用は格段に増すし、日本で『育ちがいい』ということは、つまり西洋風な生活を体で知っているということだけのことなんだからね。
純然たる日本人というのは、下層階級か危険人物かどちらかなのだ。
これからの日本では、そのどちらも少なくなるだろう。
日本という純粋な毒は薄まって、世界中のどこの国の人の口にも合う嗜好品になったのだ」

三島由紀夫
「天人五衰」より


163 :法の下の名無し:2008/05/27(火) 17:29:24 ID:QMB7g+pw
「…僕は君のような美しい人のために殺されるなら、ちっとも後悔しないよ。
この世の中には、どこかにすごい金持の醜い強力な存在がいて、純粋な美しいものを滅ぼそうと、虎視眈々と狙っているんだ。
とうとう僕らが奴らの目にとまった、というわけなんだろう。
そういう奴相手に闘うには、並大抵な覚悟ではできない。奴らは世界中に網を張っているからだ。
はじめは奴らに無抵抗に服従するふりをして、何でも言いなりになってやるんだ。そうしてゆっくり時間をかけて、奴らの弱点を探るんだ。
ここぞと思ったところで反撃に出るためには、こちらも十分力を蓄え、敵の弱点もすっかり握った上でなくてはだめなんだよ。

三島由紀夫
「天人五衰」より

164 :法の下の名無し:2008/05/27(火) 17:30:43 ID:QMB7g+pw
純粋で美しい者は、そもそも人間の敵なのだということを忘れてはいけない。
奴らの戦いが有利なのは、人間は全部奴らの味方に立つことは知れているからだ。
奴らは僕らが本当に膝を屈して人間の一員であることを自ら認めるまでは、決して手をゆるめないだろう。
だから僕らは、いざとなったら、喜んで踏絵を踏む覚悟がなければならない。
むやみに突張って、踏絵を踏まなければ、殺されてしまうんだからね。
そうして一旦踏絵を踏んでやれば、奴らも安心して弱点をさらけ出すのだ。それまでの辛抱だよ。
でもそれまでは、自分の心の中に、よほど強い自尊心をしっかり保ってゆかなければね」

三島由紀夫
「天人五衰」より


165 :法の下の名無し:2008/05/31(土) 12:13:55 ID:WT1BGESm
三島痛かっただろう
痛いなんてもんじゃないぜ

166 :法の下の名無し:2008/06/02(月) 15:10:38 ID:rQFzIx8s
(三島が)『自由』に書いた論文も、原稿40枚分と云って語ってもらい、原稿に起こしたら、一切訂正の必要なく、最後の句点でちょうど40枚になったのは驚くべき才である。

西尾幹二

167 :法の下の名無し:2008/06/02(月) 15:16:32 ID:rQFzIx8s
『新潮』の昭和45年2月号で“文学の宿命”と題して三島について述べたが、『国文学』の同年5月号の三好行雄との対談で三島がこの拙論を肯定的に取り上げてくれた。
当時若い評論家は、三島を褒めないことが処世術であった。

西尾幹二

168 :法の下の名無し:2008/06/02(月) 15:17:12 ID:rQFzIx8s
ワイルドはその逆説によって近代をとびこえて中世の悲哀に達した。
イロニカルな作家はバネをもっている人形のように、あの世紀末の近代から跳躍することができた。
彼は19世紀と20世紀の二つの扇をつなぐ要の年に世を去った。
彼は今も異邦人だ。だから今も新しい。
ただワイルドの悪ふざけは一向気にならないのに、彼の生まじめは、もう律儀でなくなった世界からうるさがられる。
誰ももう生まじめなワイルドは相手にすまい。
あんなに自分にこだわりすぎた男の生涯を見物する暇がもう世界にはない。

三島由紀夫
「オスカア・ワイルド論」より


169 :法の下の名無し:2008/06/02(月) 16:11:48 ID:rQFzIx8s
三島由紀夫に影響を受けたと指摘されているアーティストの一人に、日本のアニメ「巌窟王」の音楽を担当したジャン・ジャック・バーネル(フランス人)がいますが、
ジャンは70年代の伝説の英国パンク・ロック・グループ、ストラングラーズの名ベーシストでした。
バンドの3rdアルバム『ブラック&ホワイト』には「ユキオ」の副題が付けられた「デス&ナイト&ブラッド」(死と夜と血)という曲や、次のアルバム『レイヴン』の「アイス」という曲にもハガクレという言葉が出てきます。

「死と夜と血」

俺が彼の瞳のなかに
あのスパルタを見た時

夭折はいいこと
だから俺たちは決めたんだ

死ぬこと以上に
すばらしい愛はないと

俺は俺の肉体を
俺の武器にまで
鍛えあげるんだ

ジャンは三島の熱心な愛読者でもあり、極真会館の道場生でした。現在は士道館の空手ロンドン支部長をしているそうです。

170 :法の下の名無し:2008/06/02(月) 16:12:28 ID:rQFzIx8s
78年12月に単独来日した際にジャンは、「なぜ日本はこんなアメリカ・ナイズされているのか、日本の若者は眠っているのか」と怒りまくったという逸話があり、
「米国資本の市場戦略は安逸な快楽を与え、人々の感性を鈍らせることから始まっている。
それはヨーロッパの伝統的な明晰さにとって第一の敵といえるが、
日本人もそれに毒されている自分たちを自覚し民族の知的遺産である伝統、それは魂(スピリット)といっていいが、それを救出しなければならない。」と誌面にメッセージを残しています。


171 :法の下の名無し:2008/06/09(月) 12:12:50 ID:RLGhZL2k
二十五年前に私が憎んだものは、多少形を変えはしたが、今もあいかわらずしぶとく生き永らえている。
生き永らえているどころか、おどろくべき繁殖力で日本中に完全に浸透してしまった。
それは戦後民主主義とそこから生ずる偽善というおそるべきパチルスである。
こんな偽善と詐術は、アメリカの占領と共に終わるだろう、と考えていた私はずいぶん甘かった。
おどろくべきことには、日本人は自ら進んで、それを自分の体質とすることを選んだのである。
政治も、経済も、社会も、文化ですら。

三島由紀夫
「果てし得ていない約束――私の中の二十五年」より

172 :法の下の名無し:2008/06/09(月) 12:40:40 ID:RLGhZL2k
私は昭和二十年から三十二年ごろまで、大人しい芸術至上主義者だと思われていた。
私はただ冷笑していたのだ。或る種のひよわな青年は、抵抗の方法として冷笑しか知らないのである。
そのうちに私は、自分の冷笑・自分のシニシズムに対してこそ戦わなければならない、と感じるようになった。
(中略)
この二十五年間、思想的節操を保ったという自負は多少あるけれども、そのこと自体は大して自慢にならない。
(中略)
それよりも気にかかるのは、私が果たして「約束」を果たして来たか、ということである。
否定により、批判により、私は何事かを約束して来た筈だ。
政治家ではないから実際的利益を与えて約束を果たすわけではないが、政治家の与えうるよりも、もっともっと大きな、もっともっと重要な約束を、私はまだ果たしていないという思いに日夜責められるのである。

三島由紀夫
「果たし得ていない約束――私の中の二十五年」より

173 :法の下の名無し:2008/06/09(月) 12:51:01 ID:RLGhZL2k
個人的な問題に戻ると、この二十五年間、私のやってきたことは、ずいぶん奇矯な企てであった。まだそれはほとんど十分に理解されていない。
もともと理解を求めてはじめたことではないから、それはそれでいいが、私は何とか、私の肉体と精神を等価のものとすることによって、
その実践によって、文学に対する近代主義的盲信を根底から破壊してやろうと思って来たのである。

三島由紀夫
「果たし得ていない約束――私の中の二十五年」より

174 :法の下の名無し:2008/06/09(月) 13:11:23 ID:RLGhZL2k
私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。
このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。
日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。
それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。

三島由紀夫
「果てし得ていない約束――私の中の二十五年」より


175 :法の下の名無し:2008/06/12(木) 17:18:20 ID:u1KGo8xb
明治維新のときは、次々に志士たちが死にましたよね。
あのころの人間は単細胞だから、あるいは貧乏だから、あるいは武士だから、それで死んだんだという考えは、ぼくは嫌いなんです。
どんな時代だって、どんな階級に属していたって、人間は命が惜しいですよ。
それが人間の本来の姿でしょう。命の惜しくない人間がこの世にいるとは、ぼくは思いませんね。
だけど、男にはそこをふりきって、あえて命を捨てる覚悟も必要なんです。

三島由紀夫
「古林尚との対談―最後の言葉」より


176 :法の下の名無し:2008/06/12(木) 17:34:16 ID:u1KGo8xb
あの遺稿集(きけわだつみのこえ)は、もちろんほんとに書かれた手記を編集したものでしょう。
だが、あの時代の青年がいちばん苦しんだのは、あの手記の内容が示しているようなものじゃなくて、ドイツ教養主義と日本との融合だったんですよね。
戦争末期の青年は、東洋と西洋といいますか、日本と西洋の両者の思想的なギャップに身もだえして悩んだものですよ。
そこを突っきって行ったやつは、単細胞だから突っきったわけじゃない。やっぱり人間の決断だと思います。
それを、あの手記を読むと、決断したやつがバカで、迷っていたやつだけが立派だと書いてある。
そういう考えは、ぼくは許せない。

三島由紀夫
「古林尚との対談―最後の言葉」より

177 :法の下の名無し:2008/06/13(金) 23:49:52 ID:PH7yroEA
三島由紀夫の著作は単なる消費のための文学ではない。
それは革命書であり、政治文書であり、宗教書である。
あるいは一言でいえば「日本民族の聖書」である。

没後まだ30数年であるから三島から目を背けようとする
やからが居てもしかたあるまい、いや、彼らの存在こそが
聖書の魔力を認めているようなものなのである。

わたしは三島の著作を人に勧めない。なぜならばそれは
コーランや旧約聖書のように民族が読むべき「義務」だからである。

178 :法の下の名無し:2008/06/17(火) 20:59:46 ID:bHae3AuE
http://www.geocities.jp/kyoketu/61052.html

檄文 三島由紀夫


http://www.geocities.jp/kyoketu/61051.html

演説文 三島由紀夫

179 :法の下の名無し:2008/06/17(火) 22:40:26 ID:tu/foBLh
日本は緑色の蛇の呪いにかけられている

三島由紀夫

180 :法の下の名無し:2008/06/17(火) 22:42:50 ID:tu/foBLh
インドにいける奴といけない奴がいる。それは個人のカルマによる。
君がインドに行くのではない。インドが君を呼ぶんだ。
三島由紀夫

181 :法の下の名無し:2008/06/17(火) 22:44:38 ID:tu/foBLh
抵抗はやれ
抵抗は死に身でやれ
遊び半分はやるな

三島由紀夫

182 :法の下の名無し:2008/06/18(水) 10:48:20 ID:wJ/1aTdx
夕焼を見る。海の反射を見る。すると安里は、生涯のはじめのころに、一度たしかに我身を訪れた不思議を思い返さずにはいられない。
…安里は自分がいつ信仰を失ったか、思い出すことができない。
ただ今もありありと思い出すのは、いくら祈っても分かれなかった夕映えの海の不思議である。奇蹟の幻影より一層不可思議なその事実。
何のふしぎもなく、基督の幻をうけ入れた少年の心が、決して分かれようとしない夕焼の海に直面したときのあの不思議……。

三島由紀夫
「海と夕焼」より


183 :法の下の名無し:2008/06/18(水) 10:49:07 ID:wJ/1aTdx
安里は遠い稲村ヶ崎の海の一線を見る。信仰を失った安里は、今はその海が二つに割れることなどを信じない。
しかし今も解せない神秘は、あのときの思いも及ばぬ挫折、とうとう分かれなかった海の真紅の煌めきにひそんでいる。
おそらく安里の一生にとって、海がもし二つに分かれるならば、それはあの一瞬を措いてはなかったのだ。
そうした一瞬にあってさえ、海が夕焼に燃えたまま黙々とひろがっていたあの不思議……。

三島由紀夫
「海と夕焼」より


184 :法の下の名無し:2008/06/18(水) 10:51:03 ID:wJ/1aTdx
この主題(『海と夕焼』の)はおそらく私の一生を貫く主題になるものだ。
人はもちろんただちに、「何故神風が吹かなかったか」という大東亜戦争のもっとも怖ろしい詩的願望を想起するであろう。
なぜ神助がなかったか、ということは、神を信ずる者にとって終局的決定的な問いかけなのである。
『海と夕焼』は、しかし、私の戦争体験のそのままの寓話化ではない。
むしろ、私にとっては、もっとも私の問題性を明らかにしてくれたのが戦争体験だったように思われ、
「なぜあのとき海が二つに割れなかったか」という奇蹟待望が自分にとって不可避なことと、同時にそれが不可能なこととは、実は『詩を書く少年』の年齢のころから、明らかに自覚されていた筈なのだ。

三島由紀夫
「海と夕焼」自作解説より

185 :法の下の名無し:2008/06/18(水) 11:01:42 ID:wJ/1aTdx
われらはもはや神秘を信じない。
自ら神風となること、自ら神秘となることとは、そういうことだ。
人をしてわれらの中に、何ものかを祈念させ、何ものかを信じさせることだ。
その具現がわれらの死なのだ。

三島由紀夫
「英霊の声」より

186 :法の下の名無し:2008/06/18(水) 11:16:33 ID:wJ/1aTdx
われらには、死んですべてがわかった。
死んで今や、われらの言葉を禁める力は何一つない。
われらはすべてを言う資格がある。何故ならわれらは、まごころの血を流したからだ。

三島由紀夫
「英霊の声」より


187 :法の下の名無し:2008/06/19(木) 22:32:44 ID:s7zj+ORU
合言葉は
ミシマ。
君はミシマチルドレンを
知っているか。
三島由紀夫に選ばれた
スーパーエリートたち。
日本には そのまさか があるんだよ。

188 :法の下の名無し:2008/06/20(金) 01:16:04 ID:ORTkkqTz
もう 始まっているからね

アキラ
ラストシーン
老少女エスパーの言葉

189 :法の下の名無し:2008/06/23(月) 15:22:03 ID:L4knhb2p
三島氏は、日本人について、「繊細優美な感受性と、勇敢な気性との、たぐい稀な結合」と云った。
そして「これだけ精妙繊細な文化伝統を確立した民族なら、多少野蛮なところがなければ衰亡してしまう」と云う。
この史観と実践倫理を、彼の一代の生き方の上に重ねた時、わが身心は、ただおののく感じである。

保田與重郎
「ただ一人」より

190 :法の下の名無し:2008/06/24(火) 02:27:29 ID:DEE0J3mu
自衛隊と言う世界で生きた人間の心理
もろ今の北朝鮮の洗脳された兵士の叫び
もっと賢い人間かと思った
一般社会じゃ生きにくいわな。

191 :法の下の名無し:2008/06/24(火) 14:22:33 ID:qqr2AOmH
三島由紀夫が自らの生命を賭けて反対した思想の重要な側面は、この、手続きさえ合っていれば、その政策や行動の内容は問わないという、敗戦後のわが国の文化風土だったのではないか。
彼の目に、それは思想的退廃としか映らなかったのである。
…しかし、多くのメディアや芸術家は、彼の行動の華々しさや烈しさに目を奪われて、それを右翼的な暴発としか見なかった。

辻井喬
「叙情と闘争」(読売新聞連載回顧録)より


192 :法の下の名無し:2008/06/24(火) 14:30:29 ID:qqr2AOmH
>>190
三島由紀夫は文学者です。
自衛隊で生きた人間ではありません。

193 :法の下の名無し:2008/06/24(火) 17:13:13 ID:vcD0jCf0
文学者として死んだのではありません。
戦闘者、防人として死んだのです。
晩年はシャーマン的側面も見られます。
陽明学、唯識、古神道を学ばずして三島を評価できません。

194 :法の下の名無し:2008/06/24(火) 19:38:31 ID:DEE0J3mu
自衛隊精神が軸で文学を学んだ人間じゃないの


195 :法の下の名無し:2008/06/25(水) 02:08:05 ID:mz+yXj9L
このスレの最初から最後まで、精読させていただきました。
投稿者の方、ここまで書き込むのは大変だったでしょうが、お疲れ様です。

三島が自衛隊で決起を促してから38年。
三島が指摘した日々すすむ「日本人の魂の癌症状」は、ついに末期症状にまで及んだ感がありますね。
これからも日本人の精神荒廃は、年を追うごとに加速度的に拡がっていくでしょう。
そして近いうち、日本人の身体から生命そのものを再起不能な程に永遠に抜き去ってしまうに違いない。

もう気づいても遅すぎるところまで来てしまった。

彼が決起書で提起した問題の深刻さも、まだ十分に理解されていない気がします。
日本人は現実社会に適応して、理想を捨ててしまった。
近頃増えている不気味な無差別事件も、西欧化の極致に追い込まれた日本社会があげる悲鳴のうな気がしてならないです。

先の大戦の終戦間近には「一億総玉砕」なんて軍首脳は狂ったことを言っていましたけど、ただ一方で、
戦後のこのような情けない、屈辱的な日本社会を歩むくらいだったら総玉砕していた方が幸せだったのかもしれない、
と最近思うようになってます。
もう「日本」は消えてなくなってしまった。
今私たちが住むの国は「日本」などではなく、「日本」に近い呪われた別の他国ではないのでしょうか・・・。

196 :法の下の名無し:2008/06/25(水) 14:44:25 ID:2Bn1lmob
>>195
閲覧ありがとうございます。最初は文学板の三島スレに書いてましたが、アンチ三島(たぶん三島をよく理解していない人か反日外国人)の妨害で、こちらにあったスレにぽつぽつ書き留めてました。
三島の著書を読むと40年近く前の人なのに、今の日本の現状を暗示していたことがよく解ります。
三島は日本の未来を危惧していたと思います。
米国追随型の行きすぎた経済優先、功利優先社会による日本人の精神の崩壊と魂の死から、
未来の日本を護るためにはどうしたらいいのか模索したのだと思います。
米国追随の行きすぎた市場経済優先主義も、一党独裁をはらむ共産主義も両方、
日本の伝統、美、言論の自由、文化芸術を破壊するものとして、三島由紀夫は憎んだのだと思います。


197 :法の下の名無し:2008/06/25(水) 23:29:13 ID:hZuCnin9
死を選択した小さな無差別テロリスト達は悪行政が生み出したのだ。
政府が弱者を切り捨て法案出す度に、加害者、被害者、関係無く死人が急激に増え続けてる。
医療費削減、障害者削減、高齢者削減、政府の望み通りに事は進む。
何の選択肢の無い者は自殺に追い込まれ、三万人超、絶望感に包まれ荒れ狂う孤独なテロリストは増え続けるだろう。
誰もが心の闇に狂気を隠し持っているからだ。
どんな思想があろうとも我欲に勝てない人間は同じ結果を繰り返すだけだ。

三島 みづを

198 :法の下の名無し:2008/06/26(木) 11:08:31 ID:7cwaCGeJ
すべての国民が悪魔に魂を売り、経済の高度成長と取引をしたように、現世相は一応思えるかもしれぬが、国の正気の脈々としたものが、必ず潜流しているにちがいないと私は思う。
それなくしては日本はなくなり、人類も、理想も、文明も消滅するのである。
人類に意志はなくとも、生命の起源に於て、天地との約束はあったと思う。これを神々という御名でよぶことを、私はためらはない。

保田與重郎
「ただ一人」より

199 :法の下の名無し:2008/06/26(木) 11:33:19 ID:7cwaCGeJ
あの市ヶ谷での事件は、政治的なニヒリズムにもとづくパフォーマンスでも、非現実的なクーデタでもない。
三島は大塩平八郎と同様に、それが必ず失敗する事は識っていただろう。
にもかかわらずそれを試みることは、自滅ではなく、そのような大義を信じるものが日本に一人はいるということを示すための言挙げであり、
その言葉が、必ず、たとえば後世に対してであっても、聞く耳を持った者に伝わるという確信の表明だ。
故にそれはニヒリズムに似ており、ニヒリズムに発しているのだが、その大いなる否定なのである。

福田和也
「保田與重郎と昭和の御代」より

200 :法の下の名無し:2008/06/26(木) 22:23:44 ID:n23iAQ2J
>>195-196
このスレ立てた者ですが、書き込み乙です。
三島の檄文が今なお日本の政治社会状況に合致することを発見して
愕然とし、敢えて法学板に立てさせてもらいました。
文学板などでは作品としての解釈しかなされないような気がしましたし、
実際2chでもマスメディアでもアメリカへの隷従、大衆社会批判の方面
は巧妙に触れられておらず、三島の主張が矮小化されているように感じます。

>>196氏の書き込みは敬服するのみですが、しかし三島の檄文を読んでの普通の人の
感想も知りたいものです。
このスレの>>1-7の檄を読んでみなさんの所感をどんどんカキコしてほしいもんです。

201 :法の下の名無し:2008/06/27(金) 23:03:30 ID:Cew7Yb/7
三島よ・・・

202 :法の下の名無し:2008/06/30(月) 16:27:49 ID:L9EfezQh
たとえ私が狂気だったにせよ、あの狂気の中心には、光りかがやくあらたかなものがあった。
狂気の後には水晶のような透明な誠があった。

翼を切られても、鳥であることが私の狂気だったから、その狂気によってかるがると私は飛んだ。

三島由紀夫
「朱雀家の滅亡」より

203 :法の下の名無し:2008/06/30(月) 16:29:52 ID:L9EfezQh
私にはわからない。自分が今なお狂気か正気かということが、自分にはわかろう筈がない。
只一つわかることは、その正気の中心には誠はなく、みごとに翼は具えていても、その正気は決して飛ばないということだ。あたかも醜い駝鳥のように。
私は知らず、少なくともお前たちみんなは駝鳥になったのだよ。

三島由紀夫
「朱雀家の滅亡」より


204 :法の下の名無し:2008/07/01(火) 14:35:31 ID:1lQ/qkVw
三島由紀夫が尊敬していた保田與重郎の三男の直日さんは、学生時代からアラブ支持の活動をしていて、パレスチナ難民へのカンパ活動、難民救済に打ち込んでいたそうです。
そして昭和42年、中東戦争でアラブ側がイスラエルに完敗した数日後に、保田直日さんは睡眠薬を飲み自らの命を断ったとのことです。
三島由紀夫がこのことを知っていたかどうかは不明ですが、保田與重郎の三島への思いは、この息子の死とも重なり、より大きな悼みになったと思われます。

205 :法の下の名無し:2008/07/02(水) 01:05:40 ID:NH/EhOw5
まさに軍人道

206 :法の下の名無し:2008/07/02(水) 11:45:08 ID:ijjNAVmH
彼がそのわかい晩年で考えた、天皇は文化だという系譜の発想の実体は、日本の土着生活に於いて、生活であり、道徳であり、従って節度とか態度、あるいは美観、文芸などの、おしなべての根拠になっている。
三島氏が最後に見ていた道は、陽明学よりはるかにゆたかな自然の道である。
武士道や陽明学にくらべ、三島氏の道は、ものに至る自然なる随神(かんながら)の道だった。
そのことを、私はふかく察知し、粛然として断言できるのが、無上の感動である。

保田與重郎
「天の時雨」より


207 :法の下の名無し:2008/07/02(水) 11:55:09 ID:ijjNAVmH
三島氏らは、ただ一死を以て事に当たらんとしたのである。
そのことの何たるかを云々することは私の畏怖して自省究明し、その時の来り悟る日を待つのみである。私は故人に対し謙虚でありたいからである。
三島氏の文学の帰結とか、美学の終局点などという巷説は、まことににがにがしい。
その振る舞いは創作の場の延長ではなく、まだわかっていないいのちの生まれる混沌の場の現出であった。
国中の人心が幾日もかなしみにみだれたことはこの混沌の証である。

保田與重郎
「天の時雨」より


208 :法の下の名無し:2008/07/04(金) 01:12:27 ID:CF3HzBYh
人に愛された事の無い愛される事を知らない人間だろう
人の愛しかたを知らないだから愛を知らない人間が共感するのだろう
俺の方が遥かに優れてる


209 :法の下の名無し:2008/07/04(金) 10:59:26 ID:mrgoZc3g
近代西欧文明がもたらした物質万能への傾倒が、いまや極点に達していることは言うまでもない。
人間としての存在が、どうあらねばならないのか。それを問う時はきている。
三島由紀夫は、究極のところ、そのことを人々に問いかけたのだ。
作品によって問いつづけ、さらには自決によって問うた。いや、問うたというよりも、死の世界に生きることを選び、この世への「見返し」を選んだ。
五年後、十年後、いや百年後のことかもしれない。だか、そのとき三島由紀夫は、復活などというアイマイなものでなく、さらに確実な形……存在として、この世に生きるであろう。

小室直樹
「三島由紀夫と『天皇』」より


210 :法の下の名無し:2008/07/04(金) 17:04:43 ID:dfnG/9Tm
私は進学校に通う一学生ですが、蔓延するニヒリズムやモラルの堕落、静かに包囲を狭めて迫りくる
危機に対して恐怖を抱いています。
それゆえか、本質の理解には到底およばないまでも、故三島氏の訴えへの共感を禁じえません。

211 :法の下の名無し:2008/07/05(土) 12:56:48 ID:OiApUsSB
堤防の上の砂地には夥しい芥が海風に晒されていた。
コカ・コーラの欠けた空瓶、缶詰、家庭用の塗装ペイントの空缶、永遠不朽のビニール袋、洗剤の箱、沢山の瓦、弁当の殻……
地上の生活の滓がここまで雪崩れて来て、はじめて「永遠」に直面するのだ。
今まで一度も出会わなかった永遠、すなわち海に。
もっとも汚穢な、もっとも醜い姿でしか、ついに人が死に直面することができないように。

三島由紀夫
「天人五衰」より


212 :法の下の名無し:2008/07/05(土) 22:47:14 ID:wn2nY5fu
コピるだけで本質を理解してないね

213 :法の下の名無し:2008/07/06(日) 11:23:24 ID:PvmLUhqS
私と彼とは文体もちがい、政治思想も逆でしたが、私は彼の動機の純粋性を一回も疑ったことはありません。

武田泰淳


214 :法の下の名無し:2008/07/06(日) 16:21:10 ID:En65BqVh
三島が人間の本質を知らずして思う思想など使えないんだよ
役に立たない思想など作家でもできるレベル
目立つ事をやっただけの事だ
凡人よりレベルが高い思考を持ってただけ
未熟者のまま自決した


215 :法の下の名無し:2008/07/06(日) 21:39:11 ID:hLg0gM/i
>>214
「むしろ私は、心中多少の後ろめたさと、多少の羨望を感じながらも、
あんな無謀な一挙にすべてをかけた人たちを、嘲笑したろうと思われるのです。
…他人の情熱を見ると、一刻も早くその不調和、その情熱と彼自身
との間の微妙な齟齬を発見して、わが身を護るために軽い嘲笑を浮べる
のが習いでした。その気になって探せば、『ふさわしくなさ』というものは
、どこにでも見つかるのです。」
                   『奔馬』「本多の手紙」より

216 :法の下の名無し:2008/07/06(日) 22:36:21 ID:PvmLUhqS
>>214
三島由紀夫は作品のなかでも、人間の本質を追求して人間の弱さや、悪と美、世界の意義について考察や哲学をしていますよ。
だからこそ、三島は欧米型合理主義と人工甘味料的人権主義によって、未来の日本に蔓延してゆくモラル崩壊、シニカルを予見し危惧しています。


217 :法の下の名無し:2008/07/08(火) 00:35:43 ID:d46cVr22
自分の思考で経験で表現しろ説明しろ
受け売りの言葉を引っ張り出して貼付ける能力しかない
結局は本質を理解してないから応用が出来ない
未熟者に共感する者もさらに未熟者なんだよ

218 :法の下の名無し:2008/07/08(火) 01:12:57 ID:LvzRQFct
なんかおかしな人間が張り付いてますが、
三島の著作読まずに批判してるね。怖いんだろうね、三島が。
三島に対しては、異常なほど批判的な人間がいるからね。

三島が人間の本質理解していないというが、じゃああなたは
理解して、三島が間違いをしてるわけね。教えてくれるかな
人間の本質とやらを。

それからね三島の思想の全体像なんて研究者でも極められないんだよ。
一般人には著作から人間の真実の断片、片鱗を感じ取るくらいしかできない。

219 :法の下の名無し:2008/07/08(火) 10:42:39 ID:Iywm7OVJ
>>217は文学板にいるアンチ三島だよ。
しつこくしつこく三島についての引用を阻止して、あの手この手で妨害するためだけに、朝から晩まで張り付いてる奇特な人です。
三島の著書も禄に読んでないくせに、三島の本質が解ってないといって荒らしてるだけだからほっておいた方がいいよ。
たぶん反天皇主義の人だと思います。

220 :法の下の名無し:2008/07/08(火) 10:44:52 ID:Iywm7OVJ
占領時代は屈辱の時代である。虚偽の時代である。
面従背反と、肉体的および精神的売淫と、策謀と譎詐の時代である。
初子は本能的に自分がこういう時代のために生まれて来たことを感じていた。

三島由紀夫
「江口初女覚書」より


221 :法の下の名無し:2008/07/08(火) 20:51:15 ID:d46cVr22
三島は人間の真理を知らない未熟者なんだよ


222 :法の下の名無し:2008/07/08(火) 22:16:59 ID:d46cVr22
考え方なんてものは人の口から書物から得たもねなど百人が百人が受け取り方が違うんだよ。
自分の都合のいい受け取り方を人間はする
経験未熟者は未熟な受け取り方するしかない。
それは全ての事に言える
世の中の現状も人の心も一定のバランスで保たれている。
百人が百人、バランスを取るポイントが違う。
自分の事は自分しか理解できない全部自分で自分を追い込んでやっと何かが本質が見えて来る。
自分と戦わずして一点の光も見つけられない自ら暗闇の茨の道を何十年も歩き続ける。
何を理解しても変わらないのが人間だ
歴史が証明している人間は同じ事を何故繰り返すのか。
感情や欲望に自我を支配されコントロールされてる。
自分に都合のいい思想など個人の空想で妄想。


223 :法の下の名無し:2008/07/09(水) 10:52:16 ID:vg0c4iZt
>>222
あなたの論でいけば、『三島は人間の真理を知らない未熟者』というのも、結局はあなたの都合のいい受け取り方でしかないでしょう。
あなたの書き込みは、全てあなた自身にあてはまることだと思いました。
それから、三島を批判するなら、せめて三島の主要の著書くらいまともに読んで下さい。
よく知りもしないで反感や印象だけ批判しても、何の具体性も説得力もありませんよ。

224 :法の下の名無し:2008/07/09(水) 16:12:04 ID:8Yn8v5L+
三島は論争ジャーナルグループに金を渡してた田中清玄を嫌ってた。
田中の師匠、山本玄峰を三島はいかに見ていたのだろうか。
三島と山本玄峰、もしあいまみえていれば、三島翁の矍鑠とした姿が平成の世にあったではないだろうかと 淡い夢想をする。
そして見合いをし、結ばれることのなかった美智子陛下への慕情は?

225 :法の下の名無し:2008/07/10(木) 12:13:16 ID:s1zMQpk4
>>224
『春の雪』は、美智子皇后への思慕が含まれているという評者もいますが、私はそれはあまりないと思います。
見合い以前に別れた女性(四年交際していた満佐子)や、やぶれた初恋の三谷邦子(仮面の告白の園子)への思慕の方がいくつかの作品から強く感じられます。
三島由紀夫は知人(村松剛)に、あれは(春の雪)私小説なんだよ、とぽつりと漏らしたそうです。

226 :法の下の名無し:2008/07/10(木) 13:59:43 ID:9fzd8+1F
↑どうもご丁寧にありがとうございます。
関係ないけど たった今
テーラワーダ仏教のスマナサーラ老師を幡ヶ谷にて目撃しました。

227 :法の下の名無し:2008/07/10(木) 23:30:04 ID:s1zMQpk4
>>226
その方の顔は私は知りませんが、あなたが心に留めていた人を偶然、見かけるというのは、何か不思議なものがあるのかもしれないですね。
私はなぜか、お笑い系のタレントの人を偶然見かけることが多いです。私自身はそういう素質はないんですけど。


228 :法の下の名無し:2008/07/11(金) 02:05:17 ID:ynDFkGQy
↑凡人が何言ってんだよ
>私自身はそういう素質はないんですけど。
はっ?はっ?
素質?素質?素質?
やっぱり脳内がやられてるな可哀相に笑いが止まりません。
ギャッハッハッハッ…

229 :法の下の名無し:2008/07/11(金) 05:19:27 ID:cVdTyymJ
初心者なんでミスりましたが読めるかな
http://academy6.2ch.net/test/bbs.cgi?guid=ON

230 :法の下の名無し:2008/07/11(金) 05:57:51 ID:cVdTyymJ
偶然を縁だと考えるのは日本人の宗教感に根差した美徳。
「鏡子の家」で童貞の青年画家が古神道系の神秘主義者に邂逅する様子や
「豊饒の海」で本多が輪廻転生を目撃し「こんな奇跡を許した以上、この先もう何が起こるかわからない」と畏れわななく場面など、三島の神秘体験を基にしている。
一度神秘体験をすると、この世に偶然なんてものはなく、見るもの、聞こえるもの、触れ合うもの全てがまるで暗合のように問い掛けてきて、本人は意味を解読しようと敏感になる。
三島は晩年、人の言葉に敏感で「なんで君にそんなことがわかるんだ?」と意図せず自分の心中を見抜くような発言に偶然以上のものを確信していた。
インドで牛と目が合うことも三島には、意味があった。
三島のあの目は、南方熊楠と同じく、異界を覗きこんだことのある修験行者の目。
「わかる奴だけにわかればいいさ」

231 :法の下の名無し:2008/07/12(土) 16:27:57 ID:QUf60V2h
偶然とは、人間どもの理解をこえた高い必然が、ふだんは厚いマントに身を隠しているのに、ちらとその素肌の一部をのぞかせてしまった現象なのだ。
人智が探り得た最高の必然性は、多分天体の運行だろうが、それよりさらに高度の、さらに精巧な必然は、まだ人間の目には隠されており、わずかに迂遠な宗教的方法でそれを揣摩しているにすぎないのだ。

三島由紀夫
「美しい星」より


232 :法の下の名無し:2008/07/12(土) 16:33:19 ID:QUf60V2h
宗教家が神秘と呼び、科学者が偶然と呼ぶもの、そこにこそ真の必然が隠されているのだが、天はこれを人間どもに、いかにも取るに足らぬもののように見せかけるために、悪戯っぽい、不まじめな方法でちらつかせるにすぎない。
人間どもはまことに単純で浅見だから、まじめな哲学や緊急な現実問題やまともらしく見える現象には、持ち前の虚栄心から喜んで飛びつくが、一見ばかばかしい事柄やノンセンスには、それ相応の軽い顧慮を払うにすぎない。
こうした人間はいつも天の必然にだまし討ちにされる運命にあるのだ。
なぜなら天の必然の白い美しい素足の跡は、一見ばからしい偶然事のほうに、あらわに印されているのだから。

三島由紀夫
「美しい星」より


233 :法の下の名無し:2008/07/12(土) 17:12:40 ID:QUf60V2h
神のことを、人間は好んで真理だとか、正義だとか呼びたがる。
しかし神は真理自体でもなく、正義自体でもなく、神自体ですらないのです。
それは管理人にすぎず、人知と虚無との継ぎ目のあいまいさを故ら維持し、ありもしないものと所与の存在との境目をぼかすことに従事します。
何故なら人間は存在と非在との裂け目に耐えないからであるし、一度人間が『絶対』の想念を心にうかべた上は、世界のすべてのものの相対性とその『絶対』との間の距離に耐えないからです。

三島由紀夫
「美しい星」より


234 :法の下の名無し:2008/07/13(日) 00:15:00 ID:tAZTKuBC
三島は人間の本質心理真理をなんとなくでしか感じていない
必然=結果、偶然=結果
いくつもの結果の理解は出来て予測できても
結果の前の仕組みを構造は理解出来てないな
自分が誰かの仕組み構造を少し動かし変えれば
思い通りの結果を相手に与える事が出来る。
必然偶然は造られる、誰にも言わず行う、それが善でも悪でも、相手は気付かず受け入れ人生を送るのだ。


235 :法の下の名無し:2008/07/13(日) 10:06:15 ID:5vhNmk0g
>>234
あなたの言っていることは三島の論とは論点が全くずれている。
あなた自身が三島の言わんとしていることを、ちっとも理解できず、読解力がな全くない人だというのがよく分かった。


236 :法の下の名無し:2008/07/13(日) 15:49:51 ID:yXk2W3xV
どうでもいいが、さっさと削除依頼出しとけよ

237 :法の下の名無し:2008/07/13(日) 23:45:59 ID:tAZTKuBC
アッハッハッハッ
点である論点が違うポイントであろうと線で繋ぎたどり着く所は全部同じだ理解は出来ないだろうな
三島は俺より劣っているだけの話ではないか
お前はさらにずっとずっと下の凡人達の領域で書物を読んで
自分は分かったかのような気になって満足してる
子供のようだな


238 :法の下の名無し:2008/07/14(月) 10:54:48 ID:J9zdnmYH
>>237
なんだ、自分が三島由紀夫より優れていると妄想しているただの頭のおかしい人ですか、お疲れ様でした。
自分より劣っている三島を、とやかくつつく暇があるなら、あなたはご自分のために時間を使ったらいかがでしょうか?
本当に賢い聡明な人は、自分より劣った者に執拗に粘着しませんからね。

239 :法の下の名無し:2008/07/14(月) 11:06:46 ID:J9zdnmYH
「奔馬」には、1876年に叛乱を起した武士たちの集団自殺が描かれており、彼らの行動は勲を感奮興起させたものであった。
この血と臓腑の信ずべからざる大氾濫は私たちを恐怖させるとともに、あらゆる勇敢なスペクタクルのように興奮させもする。
この男たちが闘うことを決意する前に行った、あの神道の儀式の簡素な純粋性のようなものが、この目を覆わしむ
流血の光景の上にもまだ漂っていて、叛乱の武士たちを追跡する官軍の兵隊たちも、できるだけゆっくりした足どりで山にのぼって、彼らを静かに死なせてやろうと思うほどなのである。

マルグリット・ユルスナール


240 :法の下の名無し:2008/07/14(月) 11:07:23 ID:J9zdnmYH
勲はといえば、彼はその自殺に幾分か失敗する。
しかし三島は、それ自体うかがい知りえぬ肉体的苦痛の領域に天才的な直感をはたらかせて、この叛逆の若者に、彼にとってはあまりに遅く来るであろう昇る日輪の等価物をあたえてやったのだ。
腹に突き立てられた小刀の電撃的な苦痛こそ、火の球の等価物である。それは彼の内部で赤い日輪のような輝きを放射するのである。

マルグリット・ユルスナール


241 :法の下の名無し:2008/07/14(月) 15:38:31 ID:tRe8xfuy
あの、、ここは、、法学板なのですが。。

242 :法の下の名無し:2008/07/14(月) 23:29:53 ID:0abqddXY
レッツバスロマン!!

243 :法の下の名無し:2008/07/15(火) 16:02:37 ID:TD9IExXm
彼(三島)はたしかに、古い夢の、神々の、死の自覚の上に立って、つねに仕事をしてきた作家であるといえるだろう。
彼は神々を、錬金術師のように、合成することを夢みる。そこに彼の批評精神があり、光栄があり、そしてまた苦しみがあるばずだ。

道徳を信じない道徳家、
愛を拒否する愛の詩人、
詠嘆的であることを恐怖する、しかしロマンティックな嘆美家、
――作品の背後にある作者(三島)の姿を、一口にいえば、そういうことになるのではないか、とぼくは思っている。

村松剛


244 :法の下の名無し:2008/07/17(木) 12:05:22 ID:QXD2aMpa
高校へ入ったら、勉強の邪魔にならぬ程度のスポーツもやるべきで、それも健康が表面に浮いて見えるようなスポーツがいい。
スポーツマンだというと、莫迦だと人に思われる利得がある。政治には盲目で、先輩には忠実だということぐらい、今の日本で求められている美徳はないのだからね。

三島由紀夫
「天人五衰」より


245 :法の下の名無し:2008/07/17(木) 12:08:48 ID:QXD2aMpa
――大人しい透に向って、こうして執拗に説き進めながら、いつしか本多は、目の前に清顕と勲と月光姫を置いて、返らぬ繰り言を並べているような心地にもなった。
彼らもそうすればよかったのだ。自分の宿命をまっしぐらに完成しようなどとはせず、世間の人と足並を合せ、飛翔の能力を人目から隠すだけの知恵に恵まれていればよかったのだ。
飛ぶ人間を世間はゆるすことができない。翼は危険な器官だった。
飛翔する前に自滅へ誘う。あの莫迦どもとうまく折合っておきさえすれば、翼なんかには見て見ぬふりをして貰えるのだ。

三島由紀夫
「天人五衰」より


246 :法の下の名無し:2008/07/19(土) 14:51:22 ID:RaF1eFhu
無神論も、徹底すれば徹底するほど、唯一神信仰%

247 :法の下の名無し:2008/07/19(土) 14:52:20 ID:RaF1eFhu
無神論も、徹底すれば徹底するほど、唯一神信仰の裏返しにすぎぬ。
無気力も、徹底すれば徹底するほど、情熱の裏返しにすぎぬ。
近ごろはやりの反小説も、小説の裏返しにすぎぬ。

三島由紀夫
「川端康成氏再説」より

248 :法の下の名無し:2008/07/20(日) 23:14:03 ID:JKh2bH4s
まだやってんのこの板違いスレ。
>>1がどういう料簡でずっとコピペを続けてるのかよくわかんない。
動機は途中に書いてあるが、なんでそれを法学板で延々やるのか。

政治思想板とかの方がいいんじゃない


249 :法の下の名無し:2008/07/22(火) 10:01:18 ID:ZASIFFmV
空文化されればされるほど政治的利用価値が生じてきた、というところに、新憲法のふしぎな魔力があり、戦後の偽善はすべてここに発したといっても過言ではない。
完全に遵奉することの不可能な成分法の存在は、道義的退廃を惹き起こす。

三島由紀夫
「道理の実現――『変革の思想』とは」より


250 :法の下の名無し:2008/07/22(火) 10:58:42 ID:s7FnrXOU
成文法だろ
成分法てなんだよアホが


251 :法の下の名無し:2008/07/22(火) 22:21:48 ID:ZASIFFmV
空文化されればされるほど政治的利用価値が生じてきた、というところに、新憲法のふしぎな魔力があり、戦後の偽善はすべてここに発したといっても過言ではない。
完全に遵奉することの不可能な成文法の存在は、道義的退廃を惹き起こす。

三島由紀夫
「道理の実現――『変革の思想』とは」より


252 :法の下の名無し:2008/07/23(水) 00:52:56 ID:3uLxUift
肝心な部分を平気で間違えてるような文章にゃ
何の説得力もないね
資源の無駄遣いだわ

253 :法の下の名無し:2008/07/23(水) 12:14:51 ID:798nYar+
>>252
三島嫌いのくせに、朝から晩まで小姑みたいにスレを監視する奇特なバカお疲れ。

254 :法の下の名無し:2008/07/23(水) 12:15:34 ID:798nYar+
「いま筋の通ったことをいえば、みんな右翼といわれる。
だいたい、“右”というのは、ヨーロッパのことばでは“正しい”という意味なんだから。(笑)」

三島由紀夫
鶴田浩二との対談「刺客と組長 男の盟約」より


255 :法の下の名無し:2008/07/23(水) 16:06:12 ID:IXYNR/eV
しかし間違っているをleftと言わない。

256 :法の下の名無し:2008/07/23(水) 16:27:20 ID:bPbQ6yun
これは三島ギャグなんだからいいじゃないか

257 :法の下の名無し:2008/07/23(水) 23:33:51 ID:5jwSJtig
三島依存症障害だと自覚はできてますか?
現在の社会で三島思考の真似で生活不可ニート
精神科で診察を薦めます
誰も居ないでしょ?
誰もが通り過ぎる暗闇の底辺でスレッド立て三島を利用して自分の存在をアピールする心理
早く自分が正常でない事を受け入れて下さい。
孤独な異常者へ。

258 :法の下の名無し:2008/07/23(水) 23:40:57 ID:q7hTKhnV
サヨクがナオンにモテる訳を教えてやろうか?












http://money6.2ch.net/test/read.cgi/seiji/1216731549/l50



259 :法の下の名無し:2008/07/24(木) 09:54:50 ID:9bvnBWi4
>>257-258
頭おかしいのはあなたの方だと思いますけどね。
他人への煽りは、そっくりそのまま煽った本人の弱みを露呈してるといいますから。

それから私は女ですが、左翼の男は大嫌いです。
三島のような日本男児的な人が好きですね。
あなたみたいな、女にもてるとかいう基準で動いている男は、女性に嫌われるタイプだと断言しておきます。

260 :法の下の名無し:2008/07/24(木) 17:11:17 ID:9bvnBWi4
かつてアメリカ占領軍は剣道を禁止し、竹刀競技の形で半ば復活したのちも、懸声をきびしく禁じた。
この着眼は卓抜なものである。あれはただの懸声ではなく、日本人の魂の叫びだったからである。
彼らはこれらをおそれ、その叫びの伝播と、その叫びの触発するものをおそれた。
しかしこの叫びを忌避して、日本人にとっての真の変革の原理はありえない。

三島由紀夫
「道理の実現――『変革の思想』とは」より


261 :法の下の名無し:2008/07/24(木) 17:13:34 ID:9bvnBWi4
変革とは、このような叫びを、死にいたるまで叫びつづけることである。その結果が死であっても構わぬ、死は現象には属さないからだ。
うまずたゆまず、魂の叫びをあげ、それを現象への融解から救い上げ、精神の最終證明として後世にのこすことだ。
言葉は形であり、行動も形でなければならぬ。文化とは形であり、形こそすべてなのだ、と信ずる点で私はギリシャ人と同じである。

三島由紀夫
「道理の実現――『変革の思想』とは」より


262 :法の下の名無し:2008/07/24(木) 17:27:30 ID:9bvnBWi4
>>261
訂正

旧字・證明→証明

263 :法の下の名無し:2008/07/30(水) 13:53:27 ID:4fENP0wr
左翼のいう、日本における朝鮮人問題、少数民族問題は欺瞞である。
なぜなら、われわれはいま、朝鮮の政治状況の変化によって、多くの韓国人をかかえているが、彼らが問題にするのはこの韓国人ではなく、
日本人が必ずしも歓迎しないにもかかわらず、日本に北朝鮮大学校をつくり、都知事の認可を得て、反日教育をほどこすような北朝鮮人の問題を、無理矢理少数民族の問題として規定するのである。

三島由紀夫
「反革命宣言」より


264 :法の下の名無し:2008/07/30(水) 13:54:49 ID:4fENP0wr
彼ら(左翼)はすでに、人間性の疎外と、民族的疎外の問題を、フィクションの上に置かざるを得なくなっている。
そして彼らは、日本で一つでも疎外集団を見つけると、それに襲いかかって、それを革命に利用しようとするほか考えない。
たとえば原爆患者の例を見るとよくわかる。原爆患者は確かに不幸な、気の毒な人たちであるが、この気の毒な、不幸な人たちに襲いかかり、
たちまち原爆反対の政治運動を展開して、彼らの疎外された人間としての悲しみにも、その真の問題にも、一顧も顧慮することなく、たちまち自分たちの権力闘争の場面へ連れていってしまう。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

265 :法の下の名無し:2008/07/30(水) 13:56:12 ID:4fENP0wr
日本の社会問題はかつてこのようではなかった。
戦前、社会問題に挺身した人たちは、全部がとはいわないが、純粋なヒューマニズムの動機にかられ、
疎外者に対する同情と、正義感とによって、左にあれ、右にあれ、一種の社会改革という救済の方法を考えたのであった。
しかし、戦後の革命はそのような道義性と、ヒューマニズムを、戦後一般の風潮に染まりつつ、完全な欺瞞と、偽善にすりかえてしまった。
われわれは、戦後の社会全体もそれについて責任があることを否めない。
革命勢力からその道義性と、ヒューマニズムの高さを失わせたものも、また、この戦後の世界の無道徳性の産物なのである。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

266 :法の下の名無し:2008/08/04(月) 13:57:21 ID:LhBNaHiz
いま楯の会に入ろうと思ったら、やっぱりザイクスになるんだろうか。

267 :法の下の名無し:2008/08/05(火) 10:16:18 ID:QM3t5sue
唯識論入門として、(暁の寺は)これほど簡にして要を得たものを知らない。
難解なことで有名な仏教哲学の最高峰が、われわれの足下に横たわっているのだ。
仏教を研究しようとする学徒のあいだでは、よく、倶舎三年、唯識八年、といわれる。
『倶舎論』を理解するのには三年かかり、唯識論を理解するのには八年はたっぷりかかるというのだ。
それが僅か三島由紀夫の作品では十二頁にまとめられている。エッセンスはここにつきている。くりかえし精読する価値は十分にある。

小室直樹
「三島由紀夫と天皇」より


268 :法の下の名無し:2008/08/05(火) 12:56:33 ID:COag/WE8
仏さん生きてるときには存在しなかった体系省いたらだいたいそんなもんだろ。
仏さん自身は簡単なことしか言ってない気がする。

269 :法の下の名無し:2008/08/06(水) 00:56:39 ID:Us1fLrVr
そうか三島はホモセクシャルと言う事だな
ホモでも日本男児

270 :法の下の名無し:2008/08/13(水) 11:47:02 ID:lm2Tvcef
きょうで丸五日間、丸っきり空襲がありません。不気味な不安。そのなかにも駘蕩たる春の日は窓辺まで押しよせて来ています。
…僕はこれから「悲劇に耐える」というより、「悲劇を支える」精神を錬磨してゆかなければ、と思います。

平岡公威(三島由紀夫)
三谷信への葉書より
昭和20年3月3日


271 :法の下の名無し:2008/08/13(水) 11:47:59 ID:lm2Tvcef
御葉書拝見。何はあれ、このような大変に際会して、しかも君とそれについて手紙のやりとりの出来るような事態を、誰が予想し得たでしょう。
…これから勉強もし、文学もコツコツ落着いてやって行きたいと思います。自分一個のうちにだけでも、最大の美しい秩序を築き上げたいと思います。
戦後の文学、芸術の復興と、その秩序づけに及ばず乍ら全力をつくして貢献したいと思います。
…すべては時代が、我々を我々の当面の責務に追いやります。僕は少なくとも僕の廿代を、文化的再建の努力に捧げたいと思っています。

平岡公威(三島由紀夫)
三谷信への葉書より
昭和20年8月22日


272 :法の下の名無し:2008/08/13(水) 12:58:50 ID:lm2Tvcef
何かの拍子に三島は「アメリカって癪だなあ、君本当に憎らしいね」と心の底から繰り返しいった。
そしてかのレースのカーテンを指さし「もしあそこにアメリカ兵が隠れていたら、竹槍で突き殺してやる」と銃剣術の動作をして真剣にいった。
当時の彼は学術優秀であり、品行も方正であったが、教練武術の方はまるで駄目であった。
…そういう彼が竹槍で云々といった時、彼には悪いが、突くといっても逆にやられるだろうがとひそかに思った。けれども、彼のその気迫の烈しさには本当に胸を突かれた。

三谷信
「級友 三島由紀夫」より


273 :法の下の名無し:2008/08/13(水) 12:59:52 ID:lm2Tvcef
今、卒業式の時の彼を思い出す。戦前の学習院の卒業式には、何年かに一度陛下が御臨幸になった。我々の卒業式の時もそうであった。
全員息づまる様に緊張し静まる中で式は進み、やがて教官が「文科総代 平岡公威」と彼の名を呼びあげた。
彼は我等卒業式一同と共にスッと起立し、落ち着いた足どりで恭々しく陛下の御前に出て行った。彼が小柄なことなど微塵も感じさせなかった。
瞳涼しく進み出て、拝し、退く。その動きは真に堂堂としていた。心ひきしまり、すがすがしい動作であった。
あの時は彼の人生の一つの頂点であったろう。そういう彼ゆえ、古来の日本の心を壊そうとするものを心の底から許さなかった。

三谷信
「級友 三島由紀夫」より


274 :法の下の名無し:2008/08/14(木) 02:42:53 ID:/SB1ZvV8
お前は可哀相な女だ
不細工だからだ。

三島 ゆきお

275 :法の下の名無し:2008/08/14(木) 02:43:34 ID:/SB1ZvV8
お前は可哀相な女だ
不細工だからだ。

三島 ゆきお

276 :法の下の名無し:2008/08/15(金) 15:39:17 ID:TeJ7AK/x
あらゆる英雄主義を滑稽なものとみなすシニシズムには、必ず肉体的劣等感の影がある。

三島由紀夫
「太陽と鉄」より

277 :法の下の名無し:2008/08/26(火) 14:29:18 ID:59hWEDmu
ウンコ臭いオッサンどもは無人島か北朝鮮に強制送還して強制労働させればいい。
あるいは斧でミンチにしてトイレに流す。

278 :法の下の名無し:2008/08/27(水) 10:34:21 ID:c/gqPSLU
>>277
三島は、日本の文化や天皇を転覆させようとする勢力や外国人スパイは追い出す考えで、暗殺すら肯定してますが、単なる人種差別や乞食差別みたいな考えはありませんよ。


279 :法の下の名無し:2008/08/27(水) 11:05:55 ID:c/gqPSLU
いま非常な情報化社会がありますから精神というものはテレビに写らない。そしてテレビに写るのはノボリや、プラカードや、人の顔です。それからステートメントです。
そして人間はみんなステートメントやることによって、なにかしたような気持になっているんです…。
そのステートメントが情報化社会のなかで、非常なスピードで溶解されて、ちょうどあたかも塵埃処理のように、早くこれをすべて始末しなければ東京中が塵埃でうずまってしまう。紙くずでうずまってしまう。
それで情報化社会というものは過剰な情報をどんどん処理しているんです。
この東京というもの、日本というものは、近代%b

280 :法の下の名無し:2008/08/27(水) 11:07:11 ID:c/gqPSLU
いま非常な情報化社会がありますから精神というものはテレビに写らない。そしてテレビに写るのはノボリや、プラカードや、人の顔です。それからステートメントです。
そして人間はみんなステートメントやることによって、なにかしたような気持になっているんです…。
そのステートメントが情報化社会のなかで、非常なスピードで溶解されて、ちょうどあたかも塵埃処理のように、早くこれをすべて始末しなければ東京中が塵埃でうずまってしまう。紙くずでうずまってしまう。
それで情報化社会というものは過剰な情報をどんどん処理しているんです。
この東京というもの、日本というものは、近代化すればするほど巨大な塵埃焼却炉みたいになってくる。

三島由紀夫
とある講演の言葉
「橋川文三『三島由紀夫の生と死』」より

281 :法の下の名無し:2008/09/02(火) 15:35:48 ID:VcXcUyGf
天皇はあらゆる近代化、あらゆる工業化によるフラストレーションの最後の救世主として、そこにいなけりゃならない。それをいまから準備していなければならない。
それはアンティエゴイズムであり、アンティ近代化であり、アンティ工業化であるけど、決して古き土地制度の復活でもなければ、農本主義でもない。
…つまり天皇というのは、国家のエゴイズム、国民のエゴイズムというものの、一番反極のところにあるべきだ。
そういう意味で、天皇は尊いんだから、天皇が自由を縛られてもしかたがない。
その根元にあるのは、とにかく「お祭」だ、ということです。
天皇がなすべきことは、お祭、お祭、お祭、お祭、――それだけだ。

三島由紀夫
「文武両道と死の哲学」より


282 :法の下の名無し:2008/09/02(火) 15:43:07 ID:VcXcUyGf
亭主が自分の部屋に電話を引いたり、テレビをつけたり、ボタンを押すと飛び上がる椅子をつけたりするのに、
エリザベスは、まだ十八世紀のお茶の作法で、百メートル先から女官たちが手から手へつないだお茶を持って来て、冷えたお茶を飲んでいる。自分の部屋には電話がない。
ぼくは、そういうことが天皇制だろうと思うんです。日本の皇室がその点でわれわれを納得させる存在理由は日ましに稀薄になっている。
つまりわれわれが近代化の中でこれだけ苦しんで、どこかでお茶を十八世紀の作法で飲んでいる人がいなければ、世界は崩壊するんだよ。

三島由紀夫
「文武両道と死の哲学」より

283 :法の下の名無し:2008/09/05(金) 11:24:06 ID:qcxw+gM6
侵略主義とか軍国主義というものは、武士道とは始めから無縁のものだ。
…私に言わせれば、二・二六事件その他の皇道派が、根本的に改革しようとして、失敗したものでありますが、結局勝ちをしめた統制派というものが、
一部いわゆる革命官僚と結びつき、しかもこの革命官僚は、左翼の前歴がある人が沢山あった。
こういうものと軍のいわゆる統制派的なものと、そこに西欧派の理念としてのファシズムが結びついて、昭和の軍国主義というものが、昭和十二年以降に初めて出てきたんだと外人に説明するんです。
私は、日本の軍国主義というものは、日本の近代化、日本の工業化、すべてと同じ次元のものだ、全部外国から学んだものだ、と外人にいうんです。

三島由紀夫
「武士道と軍国主義 政府への建白書」より


284 :法の下の名無し:2008/09/05(金) 11:25:07 ID:qcxw+gM6
軍国主義というものが、実に、日本の明治以降、動いてきた歴史の中で、非常に、皮肉なものがある。
というのは、我々は外国からいい影響だけ受けていたと思ったのは、非常に間違いであった。
明治以降の日本がやってきた西欧化の努力によって今日まで、近代国家にきたのであるけれども、その全く同じ理念が、軍国主義をもたらしたのである。
ここをよく考えないと日本の近代感覚というものの一番大きな問題は掴めない。

三島由紀夫
「武士道と軍国主義 政府への建白書」より

285 :法の下の名無し:2008/09/05(金) 11:26:33 ID:qcxw+gM6
軍国主義のいわゆる進展と同時に、日本の戦略、戦術の上にアジア的な特質が失われていったのは大きい。
というのは、今のベトナム戦争でも判るように、アジア的風土の中で、非常にアジア的な非合理な方法によって、ゲリラ戦を展開して、敵を悩ましている。
…我々は、もう一つ、ここで民族精神に振り返ってみて、日本とは何ぞや、武器と魂というものを日本人は如何に結びつけたか、そこに立ち返らなければ、日本というものの防衛の基本的なものは出てこない。

三島由紀夫
「武士道と軍国主義 政府への建白書」より

286 :法の下の名無し:2008/09/05(金) 11:27:35 ID:qcxw+gM6
私は、終始一貫した憲法改正論者で、それが、物理的に可能であるのか、不可能であるのか、そんなことは、おかまいなしに、一介の人間としてそれのみをいっているのは、決してそれによって、日本を軍国支配しようとするつもりはないのだ。
あくまでそれによって日本の魂を正して、そこに日本の防衛問題にとって最も基本的な問題、もっと大きくいえば、
日本と西洋社会との問題、日本のカルチャーと、西洋のシィヴィラリゼイションとの対決の問題、これが、底にひそんでいることをいいたいんだということです。

三島由紀夫
「武士道と軍国主義 政府への建白書」より

287 :法の下の名無し:2008/09/18(木) 12:44:10 ID:Gw3PbE1Z
日米共同コミュニケによって、現憲法の維持は、国際的国内的に新たなメリットを得たのである。
すなわち国内的には、今後も穏和な左翼勢力に平和現憲法の飴玉をしゃぶらせつづけて面子を立ててやる一方、過激派には現憲法にもこれだけの危機収集能力のあることを思い知らせ、
国際的には、無制限にアメリカの全アジア軍事戦略体制にコミットさせられる危険に対して、平和憲法を格好の歯止めに使い、一方では安保体制堅持を謳いながら、一方では平和憲法護持を受け身のナショナリズムの根拠にするというメリットが生じたのである。
これはいわば吉田茂方式の継承であり、早急な改憲は、現憲法がアメリカによって強いられた憲法であるより以上に、さらにアメリカの軍事的要請に沿うた憲法を招来するにすぎないという恫喝ほど、効き目のあるものはあるまい。
改憲サボタージュは、完全に自民党の体質になった。

三島由紀夫
「道理の実現――『変革の思想』とは」より


288 :法の下の名無し:2008/09/26(金) 09:02:52 ID:hruVfr5W
法学と関係ないから邪魔

289 :法の下の名無し:2008/09/26(金) 16:13:09 ID:y6MiDwns
われわれは天皇ということをいうときには、むしろ国民が天皇を根拠にすることが反時代的であるというような時代思潮を知りつつ、まさにその時代思潮の故に天皇を支持するのである。
なぜなら、われわれの考える天皇とは、いかなる政治権力の象徴でもなく、それは一つの鏡のように、日本の文化の全体性と、連続性を映し出すものであり、
このような全体性と連続性を映し出す天皇制を、終局的には破壊するような勢力に対しては、われわれの日本の文化伝統を賭けて闘わなければならないと信じているからである。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

290 :法の下の名無し:2008/09/26(金) 16:13:54 ID:y6MiDwns
われわれは、自民党を守るために闘うのでもなければ、民主主義社会を守るために闘うのでもない。
もちろん、われわれの考える文化的天皇の政治的基礎としては、複数政党制による民主主義の政治形態が最適であると信ずるから、
形としてはこのような民主主義政体を守るために行動するという形をとるだろうが、終局目標は天皇の護持であり、その天皇を終局的に否定するような政治勢力を、粉砕し、撃破し去ることでなければならない。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

291 :法の下の名無し:2008/09/26(金) 19:33:58 ID:m3vFuYYn
三島の政治的無知にはあきれる

292 :法の下の名無し:2008/09/27(土) 16:21:00 ID:jQMqkzYu
人間の運、不運の岐れ道は中国では残酷なまでに鮮明である。不運な人間に誰も同情しない。この国では悲劇も哀話も人の心を動かさない。
だから中国の文学にはギリシャ悲劇のような悲劇が存在しない。
中国人は赤穂浪士と三島由紀夫の悲劇をどうしても理解できないそうである。

西尾幹二

293 :法の下の名無し:2008/10/12(日) 11:37:27 ID:2qhsHxHu
 天才数学者、岡潔氏の三島由紀夫論を再発見
  岡潔研究会が三十八年前の『蘆牙』掲載箇所を発見
****************************************

 岡潔研究会(横山堅二代表)が復刻した『蘆牙』第三号は原号が昭和四十六年四月に奈良で発行されたもの。

 同誌は当時、奈良で発行され、同市に住まわれていた天才数学者・岡潔を囲むグループが出していた。岡潔は岩下志麻、笠智衆が主演の映画『秋刀魚』のモデルでもある。

 このなかで岡潔が三島由紀夫に触れた箇所がある。
 岡潔先生曰く。
 「三島由紀夫は偉い人だと思います。日本の現状が非常に心配だとみたのも当たっているし、
天皇制が大事だと思ったのも正しいし、それに割腹自殺ということは勇気がなければ出来ないことだし、それをやってみせているし、本当に偉い人だと思います。」

 編集部が「百年逆戻りした思想だと言う人もありますが、それは全然当たっていないと言われるのですか?

 岡潔の答え。
「間違ってるんですね。西洋かぶれして。戦後、とくに間違っている。個人主義、民主主義、それも間違った個人主義、民主主義なんかを、不滅の真理かのように思いこんでしまっている。
ジャーナリストなんかにそんな人が多いですね。若い人には、割合、感銘を与えているようです。かなり影響はあったと思います」。


294 :法の下の名無し:2008/10/22(水) 16:49:12 ID:GL6pgxtm
私にとっては、ごく自然な、理屈の要らない、日本人の感情として、外地にひるがえる日の丸に感激したわけだが、
旗なんてものは、もともとロマンティックな心情を鼓吹するようにできていて、あれが一枚板なら風情がないが、ちぎれんばかりに風にはためくから、胸を搏つのである。
ところが、こんな話をすると、みんなニヤリとして、なかには私をあわれむような目付をする奴がいる。
厄介なことに日本のインテリは、一切単純な心情を人に見せてはならぬことになっている。…
自分の国の国旗に感動する性質は、どこの国の人間だってもっている筈の心情である。

三島由紀夫
「お茶漬ナショナリズム」より

295 :法の下の名無し:2008/10/22(水) 17:15:45 ID:GL6pgxtm
自然な日本人になることだけが、今の日本人にとって唯一の途であり、その自然な日本人が、多少野蛮であっても少しも構わない。
これだけ精妙繊細な文化的伝統を確立した民族なら、多少野蛮なところがなければ、衰亡してしまう。
子供にはどんどんチャンバラをやらせるべきだし、おちょぼ口のPTA精神や、青少年保護を名目にした家畜道徳に乗ぜられてはならない。

三島由紀夫
「お茶漬ナショナリズム」より

296 :法の下の名無し:2008/10/31(金) 02:40:42 ID:sXvXhFp+
三島由紀夫ってダサい。

297 :法の下の名無し:2008/11/04(火) 12:25:19 ID:PT4Sr0Iw
西郷隆盛と蓮田善明と三島由紀夫と、この三者をつなぐものこそ、蓮田の歌碑にきざまれた三十一文字の調べなのではないか。
西郷の挙兵も、蓮田や三島の自裁も、みないくばくかは、「ふるさとの駅」の「かの薄紅葉」のためだったのではないだろうか。
滅亡を知るものの調べとは、もとより勇壮な調べではなく、悲壮な調べですらない。
それはかそけく、軽く、優にやさしい調べでなければならない。なぜならそういう調べだけが、滅亡を知りつつ亡びて行くものたちのこころを歌いうるからだ。

江藤淳
「南州残影」より

298 :法の下の名無し:2008/11/19(水) 14:34:29 ID:QnmwecHR
今の日本を見ていると三島さんの檄文に
書かれた通りの日本になったね・・・。

299 :法の下の名無し:2008/11/20(木) 12:34:38 ID:v03bNIwQ
<老いを寿ぎ敬う心ー日本の心>
(保田輿重郎氏)
・お祖母様の手を引く孫娘という形は、つい近頃までは、田舎の村道などの光景で、世間で一番美しい風景だった。
なつかしく、うれしく、そのほのぼのとした風景は、ただのどかであった

・西洋では生活に余裕のある人も親を平気で養老院にいれますし、そうでなくても親とは決して同居しないものです。
老年にとっては家族や世間とのつながりはいよいよ大切になってくるのに、
西洋では「老いた親の世話は社会保障がするもの」と老人は家族とのつながりから離され、「人生の流タクの境涯」にあり、「みな孤独苦しんでいる」のです。

300 :法の下の名無し:2008/11/20(木) 12:43:54 ID:v03bNIwQ
<子供を慈しむ伝統ー日本の心>
・百年ほど前の英国では子供に対する虐待行為を法律で禁止しなければならないほど、それが酷かった。
西洋人は、人間観、子供観において性悪説に立っており、「仮借ない躾によって、ジャングルの野蛮人を文明へと教育する」やり方です。
・子供を慈しむ伝統は、国語の自称詞、対称詞の中にも自然と現れています。
我々が夫婦の間でもお互いを「お父さん、お母さん」と呼び、両親を「おじいちゃん、おばあちゃん」と呼ぶのも、子供を中心に見ているからです。
子供に対しても上の子を「お兄ちゃん、お姉ちゃん」と呼ぶのも、今度は下の子を中心にしているからです。
・「銀も金も玉も、何せむに、優れる宝子にしかめやも」(山上億良)

301 :法の下の名無し:2008/11/23(日) 14:54:50 ID:y0tjfCam
…防衛大学の学生なんかに聞きますと、われわれの軍隊はシビリアン・コントロールの軍隊であると。だから政権がかわれば、それに従うのは当然だと。
日本に共産政権ができれば、われわれは共産軍になるのは当然だという考え方をするのが、かなり多いらしいですね。
そういう考え方は間違いだということを世間はこわいから教える自信がないんです。
これは軍隊の重大な問題で、自衛隊というのは、もともとイデオロギッシュな軍隊であるということを、もっと周知徹底させないと……。
それを世間でたたき、国会でたたき、ぼくにいわせると、イデオロギー的な軍隊であるけれども、名誉の中心はやはり天皇であるというところで、すこし極端ですが、そこまでいかなければだめだと思うんです。

三島由紀夫
対談「天に代わりて」より

302 :法の下の名無し:2008/11/23(日) 15:17:09 ID:/rC8ZrrL
真の愛国烈士・三島由紀夫氏、森田必勝氏。 今の腐敗し堕落した日本を見たら… 今だに米国の犬である日本を見て見たら…

303 :法の下の名無し:2008/11/29(土) 14:52:24 ID:1h2RGZ7x
「五十になったら、定家を書こうと思います」三島由紀夫は、友人の坊城俊民氏にそう言った。
「…定家はみずから神になったのですよ。それを書こうと思います。定家はみずから神になったのです」
神になった定家。それは三島由紀夫にほかならない。

小室直樹
「三島由紀夫と天皇」より

304 :法の下の名無し:2008/11/29(土) 14:53:12 ID:1h2RGZ7x
「定家はみずから神になったのです」
これは何を暗示しているのだろうか。
仮面劇の能だが、仮面をつけるのがシテ(主役)である。シテは、神もしくは亡霊である。
亡霊をシテにして、いわば恋を回想させる夢幻能は、能の理想だといわれる。
死から、生をみるのである。時間や空間を超えたものだ。
三島由紀夫が、定家を書こうと考えたとき、やはり能の「定家」が頭にあったに違いない。

小室直樹
「三島由紀夫と天皇」より

305 :法の下の名無し:2008/11/29(土) 14:54:28 ID:1h2RGZ7x
現代では、生の世界と死の世界は、隔絶したものにとらえられている。だが、かつて(中世)は、死者は生の世界にも立ち入っていた。
定家は神になって、生の世界に立ち入ろうとした。そう考えた三島由紀夫ではないだろうか。
生の世界にあっては成就できない事柄を、死の世界に往くことによって可能たらしめようとしたのが、三島由紀夫だった。
…あえて死の世界へ往き、守ろうとした存在があったのだ。

小室直樹
「三島由紀夫と天皇」より

306 :法の下の名無し:2008/12/02(火) 16:19:29 ID:rpBUvCZA
産業革命こそが人類最大の悲劇だ。
テクノロジーの果てしない競争が人間を精神的に追い込んでいる。
byセオドア・カジンスキー



この言葉は、まさに至言ですな・・・

307 :法の下の名無し:2008/12/07(日) 17:13:29 ID:04DYva+F
いかなる盲信にもせよ、原始的信仰にもせよ、戦艦大和は、拠って以て人が死に得るところの一個の古い徳目、一個の偉大な道徳的規範の象徴である。
その滅亡は、一つの信仰の死である。
この死を前に、戦死者たちは生の平等な条件と完全な規範の秩序の中に置かれ、かれらの青春ははからずも「絶対」に直面する。この美しさは否定しえない。
ある世代は別なものの中にこれを求めた。作者の世代は戦争の中にそれを求めただけの相違である。

三島由紀夫
「一読者として(吉田満著 戦艦大和ノ最期)」より

308 :法の下の名無し:2008/12/10(水) 14:58:37 ID:zza0nywm
吉田満は、三島由紀夫の「死」を、青春の頂点において「いかに死ぬか」という難問との対決を通してしか、
「いかに生きるか」の課題が許されなかった世代――そのような世代のひとつの死としてとらえ直してみせた。
あの自決がさまざまな意味を「異なる解明の糸口」を示していながら、実のところ戦争に散華した仲間と同じ場所を求めての、死の選択であり、そのような願いによる決断であったという。
これはたんなる世代論だろうか。三島由紀夫の生と文学を、あまりに単純な世代の「死」として単純化してしまうことになるのだろうか。私はそうは思わない。

富岡幸一郎
「仮面の神学」より

309 :法の下の名無し:2008/12/10(水) 15:01:09 ID:zza0nywm
保田輿重郎は三島の自刃に際して「三島氏の事件は、近来の大事件といふ以上に、日本の歴史の上で、何百年にわたる大事件となると思った」と記したが、
もし仮にそうだったとしても、それは三島由紀夫という個的な存在の、その生と死の劇的な問いかけゆえにではなく、その「死」が疑いもなく一つの世代の夥しい「顔」%

310 :法の下の名無し:2008/12/10(水) 15:01:57 ID:zza0nywm
保田輿重郎は三島の自刃に際して「三島氏の事件は、近来の大事件といふ以上に、日本の歴史の上で、何百年にわたる大事件となると思った」と記したが、
もし仮にそうだったとしても、それは三島由紀夫という個的な存在の、その生と死の劇的な問いかけゆえにではなく、その「死」が疑いもなく一つの世代の夥しい「顔」と重なり合い、その死のなかに埋没することを懇望したものであったからではないか。
あの自決事件は、決して特異なものでも異常なものでもなく、あえていえば平凡な静謐さのなかにある。
そう思うとき、『豊饒の海』第一巻の冒頭で描かれた「セピア色のインキで印刷」された日露戦没の写真――その風景を想起せずにはいられない。

富岡幸一郎
「仮面の神学」より


311 :法の下の名無し:2008/12/11(木) 14:59:26 ID:1dYgz89h
…池田浩平や吉田満といった同世代の死者のなかにとらえるとき、戦後作家としての彼(三島)の仮面――
『仮面の告白』についての作家自身の注釈でいえば「肉づきの仮面」――の背後に隠されていた素顔が浮かびあがる。戦後作家としての無数の華麗な「仮面」。
神学者の大木英夫は、三島由紀夫は、その文学は仮面をかぶることによって、「神学問題で灼けただれている現実にも耐える」と正確に指摘した。
《そして死を避ける。しかし、彼の文学は、かえってその仮面が割れて、素顔が出て、神学問題に直面するところがある。そして死が避けられなくなる。
さまざまな奇行と試行の紆余曲折を経て、ついに市ヶ谷への突貫となるのである》(「三島由紀夫における神の死の神学」)

富岡幸一郎
「仮面の神学」より

312 :法の下の名無し:2008/12/11(木) 15:01:14 ID:1dYgz89h
『仮面の告白』が、『花ざかりの森』と彼の十代の青春の住処がであった「死の領域」への遺書であり、まさに「死を避ける」ための人工の文学的仮面であったとすれば、
最晩年に書かれたエッセイ『太陽と鉄』は、「その仮面が割れて」いくところを詳細に辿ってみせた自己告白の書であった。
これまで何度も論じてきたように、そこに三島における「神学問題」が、すなわちあの「神の死」の問題が露われているのはいうまでもない。
おそらく、日本における神学問題を最もラディカルに現実の光のなかに引きずり出したのが三島由紀夫である。
多くの宗教学者が決して見ようとしなかったものを、語りえなかった根底的な「神」の問題を、三島は自らの生と文学と、そしてあの苛烈な死によって語ってみせた。いや、「神学問題に直面」したとき、「死が避けられなく」なった。

富岡幸一郎
「仮面の神学」より

313 :法の下の名無し:2008/12/20(土) 11:23:28 ID:qL+K85qe
…あれより二週間病床に臥り、つい御返事がおくれしままにかくの如き事態となりました。
玉音の放送に感涙を催ほし、わが文学史の伝統護持の使命こそ我らに与へられたる使命なることを確信しました。
気高く、美しく、優美に生き且つ書くことこそ神意であります。
ただ黙して行ずるのみ。今後の重且つ大なる時代のため、御奮闘切に祈上げます。

平岡公威(三島由紀夫)20歳
昭和20年8月16日付、清水文雄への葉書から

314 :法の下の名無し:2008/12/20(土) 12:35:35 ID:qL+K85qe
東京へ出ました序でに学習院へ立寄り、はじめて焼跡を見てただならぬ感慨がごさいました。
…光にまばゆく立ち働らいてゐる人々が懐しい後輩たちかと映り、近寄つてみると、それが見知らぬ兵隊たちであつた寂しさ。
…中等科の校舎の中には、見知らぬ人々が往来し、事務室もザワザワして、昔のやうに温かく私を迎へてはくれぬやうに思はれました。
「ふるさとは蠅まで人を刺しにけり」それほどでもありませんが、無暗に腹が立つて、何ものへともしれず憤りを抱きながら門を出ました。
ふしぎな私の冷酷。昔、共に学んだ友人たちには、具体的に逢つてどうといふ感激もないのに、ただ会はずにゐると漠たる悲しみと孤独の感じに苛まれるのを如何ともなす術がございません。

平岡公威(三島由紀夫)20歳
昭和20年7月3日、清水文雄への書簡から

315 :法の下の名無し:2008/12/20(土) 12:39:41 ID:qL+K85qe
…新宿駅で私は汚ない作業服とキャハンを穿いた後輩を発見しました。
彼は私が彼の先輩であることもしらず、私を不思議さうに見てゐましたが、その目は学習院の学生によくある澄んだ、のんびりした目付で、口は少しポカンと開いてゐました。
…彼は、そこで我勝ちに下りた乗客たちとは似てもつかない、実にオットリした、少したよりない、少し眠さうな歩き方で、階段の方へゆつくり歩いて行きました。
何故かそれを見ると、私はふと涙がこぼれさうになりました。
ああした人種、ああした歩き方、あれがいつまでこの世に存続して行けるであらうか。
私たちもその一員であつた、閑雅なあまり頭のよくない、努力を知らない、明るい、呑気な、どこともしれず、生活からにじみ出た気品のそなはつた学習院の学生たち、
あの制服、あの挙止、そしてあの歩き方、そのすべてが象徴してゐたある美しいもの、それ自身頽落を予感されてゐたもの(私の十数年の学習院生活はその予感のなかにのみ過ごされました。)が、
今や鶯色の汚れた作業服を刑罰のやうに着せられ、靴は埃にまみれ、トボトボと不安気に歩いてゆくのを見て、私が目頭を熱くしたのも道理でございます。

平岡公威(三島由紀夫)20歳
昭和20年7月3日、清水文雄への書簡から

316 :法の下の名無し:2008/12/20(土) 12:41:58 ID:qL+K85qe
かうした終末感を私は、徒らな感傷や、信念の不足からして感ずるのではございません。
ある漠たる直感、夢想そのもののなかに胚胎する覚醒の危険、凡て夢見るが故に覚めねばならない運命を感ずるのでございます。
現実に立脚した精神がわれわれの夢想の精神より更に弱体なものとみえる今日、われわれの夢想も亦凋落の決心を必要とします。
昼を咲きつづける昼顔の仄かな花弁は、昼の烈しい光のために日々に荒され傷つけられます。何ものも神の夢想に耐へるほど強靭であることは出来ません。
しかし人の夢想の極限に耐へえた人は、その烈しさ極まる目覚めの失墜にも耐へうるであらうと思ひます。
ただ朝をのみ時めいた朝顔とはちがって、あの長い烈しい昼間をよく耐へた昼顔の夢想は、その後に来る長い夜の烈しさにも耐へるでありませう。
私共は今日ほど私共の生の強さと死の強さを感じることはございません。

平岡公威(三島由紀夫)20歳
昭和20年7月3日、清水文雄への書簡から

317 :法の下の名無し:2008/12/20(土) 13:01:56 ID:qL+K85qe
私共は遺書を書くといふやうな簡単な心境ではなく、私たちの文学の力が、現在の刻々に、(たとへそれが喪失の意味にせよ)、ある強烈な意味を与へつづけることを信じて仕事をしてまゐりたいと思ひます。
その意味が刻みつけられた私共の時間は、永遠に去ってかへりませんが、地上に建てた摩天の記念碑よりも、海底に深く沈めた一枚の碑の方が、何千万年後の人々の目には触れやすいものであることを信じます。
私共が一度持つた時間に与へた文学の意味が、それが過去に組入れられた瞬間から、絶対不可侵の不滅性をもつものであると思はれます。
項日、生じつかな名声は邪魔であるが、真の名声はますます必要であることを感じて来ました。文学作品を本文とするなら、名声はその註釈、脚註に相当します。
本文が死語に化した場合、この難解なロゼッタ・ストーンを解読しうるものは、たえず更新される註釈のみでございませう。

平岡公威(三島由紀夫)20歳
昭和20年7月3日、清水文雄への書簡から

318 :法の下の名無し:2008/12/22(月) 14:22:10 ID:wH+o8AAr
それはさうと、昨今の政治情勢は、小生がもし二十五歳であつて、政治的関心があつたら、気が狂ふだらう、と思はれます。
偽善、欺瞞の甚だしきもの。そしてこの見かけの平和の裡に、癌症状は着々進行し、失ったら二度と取り返しのつかぬ「日本」は、無視され軽んぜられ、蹂躙され、一日一日影が薄くなつてゆきます。
戦後の「日本」が、小生には、可哀想な若い未亡人のやうに思はれてゐました。
良人といふ権威に去られ、よるべなく身をひそめて生きてゐる未亡人のやうに。

三島由紀夫
清水文雄への書簡から

319 :法の下の名無し:2008/12/22(月) 14:23:26 ID:wH+o8AAr
下品な比喩ですが、彼女はまだ若かつたから、日本の男が誰か一人立上れば、彼女をもう一度女にしてやることができたのでした。
しかし、口さきばかり巧い、彼女の財産を狙ふ男ばかり周囲にあらはれ、つひに誰一人、彼女を再び女にしてやる男が現はれることなく、彼女は年を取つてゆきます。
彼女が老いてゆく、衰へてゆく、皺だらけになつてゆく、私にはとてもそれが見てゐられません。

三島由紀夫
清水文雄への書簡から

320 :法の下の名無し:2008/12/22(月) 14:25:36 ID:wH+o8AAr
このごろ外人に会ふたびに、すぐ「日本はどうなつて行くのだ?日本はなくなつてしまふではないか」と心配さうに訊かれます。
日本人から同じことを訊かれたことはたえてありません。「これでいいぢゃないか、結構ぢゃないか、角を立てずに、まあまあ」さういふのが利口な大人のやることで、日本中が利口な大人になつてしまひました。
スウェーデンはロシアに敗れて百五十年、つひに国民精神を回復することなく、いやらしい、富んだ、文化的創造力の皆無な、偽善の国になりました。
この間もベトナム残虐行為査問会(ストックホルム)で、繃帯をした汚ないベトナム農民が証言台に立ち、犬をつれた、いい洋服の中年のスウェーデン人たちがこれを傾聴してゐるのに、違和感を感じる、と書いてゐる人がゐましたが、
日本が歩みつつある道は、正に、「犬を連れた、いい洋服の中年男で、外国の反戦運動に手を貸す『良心的』な男」の道です。

三島由紀夫
清水文雄への書簡から

321 :法の下の名無し:2008/12/23(火) 15:17:55 ID:WTlQBX4E

三島由紀夫が現憲法の矛盾、改正を提起した「問題提起」という論文は、憲法第一条、第二条、第二十条、第九条の欺瞞と矛盾、改正の必要性を問題提起した憲法改正草案論文です。
『日本改正案―三島由紀夫と楯の会』(松藤竹二郎著)、または三島由紀夫全集36巻に記載されています。

憲法九条を改正するときは、第一章の天皇問題と、第二十条をセットで変えなければ、却ってアメリカの思う壷だとした、理路整然とした論文で、心ある日本人必読の論文です。

322 :法の下の名無し:2008/12/30(火) 16:26:04 ID:KWMl9T+6
三島はフランス外人部隊にでも入隊すればよかったのに。

323 :法の下の名無し:2008/12/31(水) 16:47:22 ID:938NxIzZ
そう言えば、1995年に中国の李鵬首相(当時)が、オーストラリアを訪問
した際に、「日本は20年も経てば地球上から消えて無くなる。」という趣旨
の発言を豪州政府の高官にしたという話が伝わっていますよね。

当時も今も、一部の愛国保守派がこの発言を中国政府に抗議すべきだ、という
ようなことを言っていますが、彼ら保守派の事実認識は的外れのような気がす
る。李首相の言葉は、もっと深刻な事実を暗示していると私は考えます。

私が思うに中国の政治家や官僚というのは、極めて計算高いリアリストが多い。
冷戦時代の激しい政府内部の権力闘争を勝ち上がり、首相の地位まで登りつめ
た人が、一時の感情に任せて、このような無責任な発言をするとは、到底思え
ない。何か裏付けがあると考える方が、極めて合理的だ。

このような発言が許されるのは客観的なデータに基づいて、事実が冷酷にどの
ように進んでいるのかを指摘する場合だけだ。そこに主観的意見、個人的感情
は含まれない。

李首相の言葉は、個人的な願望を表しているのではなく、単に物事の事実を指
摘しているだけだと私は考えます。

「日本が消えてなくなる」というこの言葉が、三島由紀夫先生の「なくなる」
と同じ意味なのかどうか、わかりません。しかし昨今の日本の現状を見るに、
私達の住むこの国の周りで、日本の「文化のカタチ」がなくなっていくこと
に危機感を覚えずにはいられません。

324 :法の下の名無し:2009/01/03(土) 19:10:45 ID:VcnE95aC
三島由紀夫のようにチビで弱々しい軟弱男は、
右翼思想にすがり自分を強く見せたいもの。
それにしても、三島由紀夫の若いころの写真、
ほっそりしていて顔も女のように美しい。
実際、女以上に美しいと言われて、内心、喜び、自分自身を毛嫌いし、
気持ちが揺れていたようだな。
現在も活躍するオカマの大御所にオカマになるよう勧められたこともある。


325 :法の下の名無し:2009/01/03(土) 19:14:54 ID:VcnE95aC
西洋文明の基になっていたギリシャ文化に心酔していた三島由紀夫に
日本文化が分かるはずがない。
子供のころからも、家庭は丸々の西洋的環境。
このあたりは、ツングース文化とイギリス文化の混合文化で生活している天皇家にも当てはまる。
三島とか天皇に日本文化を語る資格は無い。


326 :法の下の名無し:2009/01/03(土) 23:17:07 ID:fwl59De2
>>325
そんな表面的にしか三島を見られないあなたに三島が解るわけないでしょうね。

327 :法の下の名無し:2009/01/03(土) 23:17:45 ID:fwl59De2
…例へば、右翼といふやうな党派性は、あの人(三島由紀夫)の精神には全く関係がないのに、事件がさういふ言葉を誘ふ。
事件が事故並みに物的に見られるから、これに冠せる言葉も物的に扱はれるわけでせう。事件を抽象的事件として感受し直知する事が易しくない事から来てゐる。
いろいろと事件の講釈をするが、実は皆知らず知らずのうちに事件を事故並みに物的に扱つてゐるといふ事があると思ふ。
事件が、わが国の歴史とか伝統とかいふ問題に深く関係してゐる事は言ふまでもないが、それにしたつて、この事件の象徴性とは、この文学者の自分だけが責任を背負ひ込んだ個性的な歴史経験の創り出したものだ。
さうでなければ、どうして確かに他人であり、孤独でもある私を動かす力が、それに備つてゐるだらうか。

小林秀雄
「感想」より

328 :法の下の名無し:2009/01/03(土) 23:19:14 ID:fwl59De2
思想の力は、現在あるものを、それが実生活であれ、理論であれ、ともかく現在在るものを超克し、これに離別しようとするところにある。

エンペドクレスは、永年の思索の結果、肉体は滅びても精神は滅びないといふ結論に到達し、噴火口に身を投じた。
狂人の愚行と笑へるほどしつかりした生き物は残念ながら僕等人類の仲間にはゐないのである。

実生活を離れて思想はない。併し、実生活に要求しない様な思想は、動物の頭に宿つてゐるだけである。

小林秀雄
「文学者の思想と実生活」より

329 :法の下の名無し:2009/01/04(日) 17:28:22 ID:rhVRtSc5
「我が国旗」

徳川時代の末、波静かなる瀬戸内海、或は江戸の隅田川など、あらゆる船の帆には白地に朱の円がゑがかれて居た。
朝日を背にすれば、いよよ美しく、夕日に照りはえ尊く見えた。
それは鹿児島の大大名、天下に聞えた島津斉彬が外国の国旗と間違へぬ様にと案出したもので、是が我が国旗、日の丸の始まりである。
模様は至極簡単であるが、非常な威厳と尊さがひらめいて居る。
之ぞ日出づる国の国旗にふさはしいではないか。
それから時代は変り、将軍は大政奉くわんして、明治の御代となつた。
明治三年、天皇は、この旗を国旗とお定めになつた。そして人々は、これを日の丸と呼んで居る。
からりと晴れた大空に、高くのぼつた太陽。それが日の丸である。

平岡公威(三島由紀夫)11歳の作文

330 :法の下の名無し:2009/01/07(水) 11:49:29 ID:yh78xF/4
旧ソ連国家保安委員会(KGB)の後身であるロシア連邦保安庁(FSB)ではカリキュラムの中で日本語の三島の作品を読ませている。
物欲のないこういった日本人にしてはならないと警戒しているのだ。
…「ファシスト・サムライ」というロシア語には日本人への尊敬と畏敬の気持ちがある。
本当の日本人は「ファシスト・サムライ」でヘナヘナしているのはウソである、と思っている。
大いなる誤解だが誤解のままにしておけばいい。

佐藤優(起訴休職中外務省事務官)
「ロシアから吉野へ 神皇正統記から三島へ」講演要旨の一部から

331 :法の下の名無し:2009/01/09(金) 10:33:26 ID:iGrOaAxv
…タクシーに乗っていたとき、ラジオで無着成恭が子供の質問に答えていたんです。
子供が「先生、スサノオノミコトとか、アマテラスオオミカミの話は本当にあったんですか」ときくと、
その無着が「チミ、それね、ぼくこれからハナスしるけどね。あのスンワ(神話)というのは、ほんとうのハナスと違うの。
…アマテラスオオミカミ(天照大神)ツウ人がいだの。それがらスサノオノミコト、ツウ人がいだの。これが悪い人でね、何したがどいうど、
まんず、田んぼ荒らして米とれなぐしたの。…それがら機織りをこわして……」(笑)
これじゃ、ぼくは子供が可哀想になっちゃった。(笑)唯物史観の、つまり、やり方を教えて、まず基本的な生産関係の生産手段の破壊とか、そういうところから教えていって、それがいかにいけないことかと。
そして神話的なことを全部リアリスティックに教えている。

三島由紀夫
対談「天に代わりて」より

332 :法の下の名無し:2009/01/09(金) 10:34:08 ID:iGrOaAxv
子供の雑誌なんかをみていますと、手塚治虫などがやはり神話を書いている。
たとえば神武天皇など他民族を侵略した蛮族の酋長にしている。
日本に古代奴隷制なんてないんですが、奴隷たちが苦しめられて鞭で打たれて、そこで金の鳥が弓の上にとまったりして、それで人民を威嚇して……と、全部そういう話です。
…小学生や子供が読むのは、大学生が読むのとは違うでしょう。
これがなんでもないような女の子向きのマンガの中に、支配階級を倒せとか、資本主義はいかんとか、それがたくみにしみ込むように織りこんである。
大人が神経をつかっても、いつのまにか侵入してきているんですよ。

三島由紀夫
対談「天に代わりて」より

333 :法の下の名無し:2009/01/12(月) 12:43:50 ID:v1MGxESc
今から考えてみると、「豊饒の海」が最後に突入していったのは、物事のすべてが「存在の耐えられない軽さ」を生き、
ノスタルジア(懐旧)とパスティッシュ(模倣)の原理のもとに操作されてゆく、ポストモダンの薄明のことだったような気がしています。
わたしが大学生活を送った1970年代は、10年間を通して、あなたの名前(三島由紀夫)が忌避され、排除されてきた時代でした。
大学院の研究室でも、同級生どうしの会合でも、あなたの死のみならず、その作品について言及することは場違いであり、
できればあなたのような文学者が戦後日本に存在していなかったかのように振舞うのが、暗黙の了解であるような日々が続いていました。

四方田犬彦
「時間に楔を打ち込んだ男」より

334 :法の下の名無し:2009/01/12(月) 12:55:10 ID:v1MGxESc
日本のポストモダン社会は、三島由紀夫の不在によって、安心して自己実現を達成したのです。
70年代と80年代を代表するイデオローグであった山口昌男と蓮見重彦を考えてみたとき、それは明らかとなるでしょう。
山口はあなた(三島)が悲劇的なもの、崇高なものに魅惑されていたのとは対照的に、それらから意図的に距離を置き、喜劇的なもの、道化的なものに焦点を当てました。
…一方の蓮見は、あなたと同じ学習院に学び、皇族と人脈的な関係をもつことにきわめて野心的な人物でしたが、一貫してあなたを嫌っていることを公言していました。
…あなたの全集が再び編集され、刊行されていなかった日記や書簡が公にされたり、…あなたの行動の全体が次の世代によって再検討の対象となるようになったのは、
2000年代に入り、先の二人の知的扇動家の影響が消え去ったことと、軌を一にしているのは、けっして偶然ではありません。

四方田犬彦
「時間に楔を打ち込んだ男」より

335 :法の下の名無し:2009/01/27(火) 15:54:16 ID:MPib0TLV
わたくしは、自分の書いたものや、いつたものが、いますぐ役に立つたら、かへつてはづかしいといふふうに考へてをります。
ですから、たとへばけふ申し上げたことが、あるひはみなさんのお心のどつかにとまつて、それが十年後、二十年後に役に立つていただければ、それはありがたいけれども、
あつ、三島のいつたことはおもしろい、ぢや、けふ会社で利用して、つかつてみようかといふやうなことは、わたくしは申し上げたくもないし、申し上げる立場にもゐないと思ふんです。
わたくしは、その、ぢや日本の精神ていふのはなんだ。日本が日本であるものはなんだ。これをはづれたら、もう日本でなくなつちやふもんはなんだと。それだけを考へていきたいです。

三島由紀夫
「現代日本の思想と行動」より

336 :法の下の名無し:2009/01/27(火) 15:54:55 ID:MPib0TLV
いま非常な情報化社会がありますから、精神といふものはテレビに写らない。
そしてテレビに写るのはノボリや、プラカードや、人の顔です。それからステートメントです。
そして人間はみんなステートメントやることによつて、なにかしたやうな気持になつてゐるんです。
わたくしは、そこまでいけば、どんなことをやつたところで、目に見えない精神にかなはないんぢやないかといふふうに思つてゐるんです。
昔のやうに爆弾三勇士、あるひは特攻隊、ああいふやうなものがあつたときに、はじめてこれはすごい、これはテレビにも写らなかつた、なにも出なかつたが、これはすごいといふ一点があると思ふんですが、
いまテレビに写つてるものは、どんなものが出てこようが、結局、情報化社会のなかでとかし込まれて、また忘れられ、笑はれ、そして人間の精神体系になにものも加へないままで消えていくんぢやないか。

三島由紀夫
「現代日本の思想と行動」より

337 :法の下の名無し:2009/01/27(火) 15:55:22 ID:MPib0TLV
わたくしは、政治自体も非常にさういふ点で危険な場所にゐると思ひますのは、政治もあらゆる場合にステートメントだけになつていく。
そのステートメントが情報化社会のなかで、非常なスピードで溶解されて、ちやうどあたかも塵埃処理のやうに、早くこれをすべて始末しなければ東京中が塵埃でうづまつてしまふ。紙くずでうづまつてしまふ。
それで情報化社会といふものは過剰な情報をどんどん処理してゐるんです。
この東京といふもの、日本といふものは、近代化すればするほど巨大な塵埃焼却炉みたいになつてくる。
そのなかで人間はなにをすべきかといふことについて、わたくしはなんとか考へていきたいと思ふんです…

三島由紀夫
「現代日本の思想と行動」より

338 :法の下の名無し:2009/01/27(火) 23:43:05 ID:5h5zPV7l
ねーねー、なんで三島は兵庫県なんかで検査をうけたのかな〜?
そりゃーきまってるさ!田舎の逞しい青年の間では三島はことさらひ弱にみえる。
それゆえに検査で落ちることをのぞんだのさ!
これのどこが憂国だよアッハッハhッハhッハhッハhッ八は」


339 :法の下の名無し:2009/01/28(水) 10:57:17 ID:l2ikav2R
>>338
本籍が兵庫だからどっちで受けようが自由でしょう。実際には体力測定で落ちてないから、田舎でも東京でも関係ないしね。
誤診が判明した後、次に徴兵されることも決まってました。

340 :法の下の名無し:2009/01/28(水) 12:57:21 ID:8JPPn0jT
同じ東大法学部→大蔵キャリア→徴兵検査落ちでも
三島由紀夫と宮沢喜一は、なんでこうも対照的なんだろうねえ。
ちなみに二人とも旧制高校は首席で卒業している。

341 :法の下の名無し:2009/01/29(木) 02:31:18 ID:DUZga47X
2・26将校だ定家だって、あんた結局自分を神格化したいだけでしょって。
そんなのに付き合ってられまへん。


342 :法の下の名無し:2009/01/29(木) 23:28:33 ID:Ti+yzEeX
>>341
自分の魂を神の位置まで高めたいという意思だから良いことじゃん。

343 :法の下の名無し:2009/01/30(金) 10:20:56 ID:AnOuQL11
>>337
三島の言ってることって、ちょっと聞いたら正しいような気もするけど、
どっかの予言者と同じで、抽象的なことばっかいってりゃ後々起こったことも
いろいろこじつけて予言できたような気がしちゃうんだよね。
全然具体性がないわ。

344 :法の下の名無し:2009/01/30(金) 11:49:08 ID:rIZR72Jg
>>343
あんたが理解力のないバカだから、そうみえるだけ。

345 :法の下の名無し:2009/02/04(水) 12:16:16 ID:xxgbpCY8
私は決して平和主義を偽善だとは言はないが、日本の平和憲法が左右双方からの政治的口実に使はれた結果、日本ほど、平和主義が偽善の代名詞になつた国はないと信じてゐる。
この国でもつとも危険のない、人に尊敬される生き方は、やや左翼で、平和主義者で、暴力否定論者であることであつた。それ自体としては、別に非難すべきことではない。
しかしかうして知識人のConformity が極まるにつれ、私は知識人とは、あらゆるConformity に疑問を抱いて、むしろ危険な生き方をするべき者ではないかと考へた。
一方、知識人たち、サロン・ソシアリストたちの社会的影響力は、ばかばかしい形にひろがつた。
母親たちは子供に兵器の玩具を与へるなと叫び、小学校では、列を作つて番号をかけるのは軍国主義的だといふので、子供たちはぶらぶらと国会議員のやうに集合するのだつた。

三島由紀夫
英誌「Queen」より

346 :法の下の名無し:2009/02/04(水) 12:16:42 ID:xxgbpCY8
それならお前は知識人として、言論による運動をすればよいではないか、と或る人は言ふのであらう。
しかし私は文士として、日本ではあらゆる言葉が軽くなり、プラスチックの大理石のやうに半透明の贋物になり、一つの概念を隠すために用いられ、どこへでも逃げ隠れのできるアリバイとして使はれるやうになつたのを、いやといふほど見てきた。
あらゆる言葉には偽善がしみ入つてゐた、ピックルスに酢がしみ込むやうに。

三島由紀夫
英誌「Queen」より

347 :法の下の名無し:2009/02/04(水) 12:17:12 ID:xxgbpCY8
文士として私の信ずる言葉は、文学作品の中の、完全無欠な仮構の中の言葉だけであり、前に述べたやうに、私は文学といふものが、戦ひや責任と一切無縁な世界だと信ずる者だ。
これは日本文学のうち、優雅の伝統を特に私が愛するからであらう。
行動のための言葉がすべて汚れてしまつたとすれば、もう一つの日本の伝統、尚武とサムライの伝統を復活するには、言葉なしで、無言で、あらゆる誤解を甘受して行動しなければならぬ。

三島由紀夫
英誌「Queen」より

348 :法の下の名無し:2009/02/04(水) 12:17:42 ID:xxgbpCY8
すべてのものに始めと終りがあるやうに、行動も一度幕を開けたらば幕を閉じなければならない。
行動は、たびたび繰り返したやうに、瞬時に始まり、瞬時に終るものであるから、その正否の判断はなかなかつかない。
歴史の中に埋もれたまま、長い年月がたっても正当化されない行為はたくさんある。

三島由紀夫
「行動の終結」より

349 :法の下の名無し:2009/02/07(土) 16:52:29 ID:OA6+bL1+
三島氏が「奔馬」の取材に熊本にやつてきたのは昭和四十一年八月で、その時の話相手になつたのが私である。
三島氏は数日間、熊本に滞在したが、その間に三島氏の心にふれて、私は少なからず感動した。
それは三島氏が、神風連の調査に熊本にくるにあたつて、すでに神風連関係の著書を東京でほとんど目を通してきた、といふ熱心と謙虚さを知つたことばかりではない。

荒木精之
「初霜の記・三島由紀夫と神風連」より

350 :法の下の名無し:2009/02/07(土) 16:54:10 ID:OA6+bL1+
神風連について学ぶためには、古神道を知らねばならぬといつて、わざわざ古神道をつたへる大和の大三輪神社に行き、数日間滝にうたれたり、そこの宮司から古神道の話をきいてゐた、といふやうな真剣さを知つたからである。
さらに私の心をうつたのは、熊本にきて私と対話中、神風連にとつてもつとも重要な遺跡であり、
その思想信条の発源体であつた新開皇大神宮に行くのに、私の案内を辞退して、道順だけをきいてそこまで十キロの径を一人出かけて行つたといふ態度であつた。

荒木精之
「初霜の記・三島由紀夫と神風連」より

351 :法の下の名無し:2009/02/10(火) 22:45:58 ID:3FiMvtof
拝啓 永らく御無沙汰しておりますが、その後お変りもいらつしやいませぬか。
…お国は今までとは異なつた種類の、想像も及ばなかつた危難に直面し、我々の戦ひは今すぐ始められねばなりませぬ。
日本人がわれとわが手で、その高貴と美とを、かくまで無惨に踏みにじつて了つたことは、我々共々、実に遺憾に存じますが、
文学とは北極星の如く、秩序と道義をその本質とし前提とする神のみ業であります故に、この神に、わき目もふらず仕へることにより、我々の戦ひは必ずや勝利を得ることと確信いたします。

平岡公威(三島由紀夫)
昭和20年9月3日付の葉書から

352 :法の下の名無し:2009/02/21(土) 12:15:12 ID:wCu+q88W
私は別にかつての軍隊の讚美者でもなく、軍隊生活の経験も持たない身は、それについて論じる資格もないが、
大分前に、「きけ、わだつみの声」であつたか、その種の反戦映画を見て、いはん方ない反感を感じたおぼえがある。
たしかその映画では、フランス文学研究をたよりに、反戦傾向を示す学生や教師が、戦場へ狩り出され、
戦死した彼らのかたはらには、ボオドレエルだかヴェルレエヌだかの詩集の頁が、風にちぎれてゐるといふシーンがあつた。
甚だしくバカバカしい印象が私に残つてゐる。ボオドレエルが墓の下で泣くであらう。
日本人がボオドレエルのために死ぬことはないので、どうせ兵隊が戦死するなら、祖国のために死んだはうが論理的であり、人間は結局個人として死ぬ以上、おのれの死をジャスティファイする権利をもつてゐる。

三島由紀夫
「『青春監獄』の序」より

353 :法の下の名無し:2009/02/21(土) 12:15:50 ID:wCu+q88W
絶対的に受身の抵抗のうちに、戦死しても犬のやうに殺されたといふ実感を自ら抱いて、死んでゆける人間は、稀に見る聖人にちがひない。
私はすべてこの種の特殊すぎる物語に疑ひの目を向ける。兵隊であつて文学者あつた人の書くものも、一般人を納得させるかもしれないが、私のやうな疑ぐり深い文士を納得させない。
私の読みたいのは、動物学者の書いた狼の物語ではなく、狼自身の書いた狼の物語なのである。
狼がどんなに嘘を並べても、狼の目に映つた事実であり嘘であれば、私は信じる。
私は何も礼を失して、宮崎氏を狼呼ばはりするのではない。しかし氏の著書は、或る見地から見て、実に貴重なのである。

三島由紀夫
「『青春監獄』の序」より

354 :法の下の名無し:2009/02/28(土) 12:32:11 ID:PcQluyBp
戦後二十二年間、私は原爆について発言しなかつた。…
第一に、原爆に関しては、体験した者と体験しない者、被曝者と被曝しなかつた者といふ二つの立場以外、絶対ありえないからだ。
これがベトナム論などと根本的に違ふ点であり、そのことを忘れた発言はすべてウソである。
被曝しなかつた者が、いくら「おかはいさうに」と同情してみせても、そんなことで心慰められる被曝者は一人もゐない。
…広島に“新型爆弾”が投下されたとき、私は東大法学部の学生であつた。
…それが原爆だと知つたのは数日後のこと、たしか教授の口を通じてだつた。
世界の終りだ、と思つた。この世界終末観は、その後の私の文学の唯一の母体をなすものでもある。

三島由紀夫
「私の中のヒロシマ――原爆の日によせて」より

355 :法の下の名無し:2009/02/28(土) 12:33:11 ID:PcQluyBp
ヒロシマ。ナチのユダヤ人虐殺。まぎれもなくそれは史上、二大虐殺行為である。だが、日本人は「過ちは二度とくりかへしません」といつた。
原爆に対する日本人の民族的憤激を正当に表現した文学は、終戦の詔勅の「五内為ニ裂ク」といふ一節以外に、私は知らない。
そのかはり日本人は、八月十五日を転機に最大の屈辱を最大の誇りに切りかへるといふ奇妙な転換をやつてのけた。
一つはおのれの傷口を誇りにする“ヒロシマ平和運動”であり、もう一つは東京オリンピックに象徴される工業力誇示である。
だが、そのことで民族的憤激は解決したことになるだらうか。

三島由紀夫
「私の中のヒロシマ――原爆の日によせて」より

356 :法の下の名無し:2009/02/28(土) 12:33:36 ID:PcQluyBp
いま、日本は工業化、都市化の道を進んでゐる。明らかに“核”をつくる文化を受入れて生きてゐる。
日本は核時代に向ふほかない。単なる被曝国として、手を汚さずに生きて行けるものではない。
核大国は、多かれ少なかれ、良心の痛みをおさへながら核を作つてゐる。彼らは言ひわけなしに、それを作ることができない。
良心の呵責なしに作りうるのは、唯一の被曝国・日本以外にない。われわれは新しい核時代に、輝かしい特権をもつて対処すべきではないのか。
そのための新しい政治的論理を確立すべきではないのか。日本人は、ここで民族的憤激を思ひ起すべきではないのか。

三島由紀夫
「私の中のヒロシマ――原爆の日によせて」より

357 :法の下の名無し:2009/02/28(土) 12:34:19 ID:PcQluyBp
戦後二十二年間、平和はまさに米ソの核均衛の上に保たれてゐた。
だか、お互ひの核ドウカツだけで均衛が保たれたかといふと、さうは思へない。
第二次大戦中、広島で原爆が使はれたといふ事実、たくさんの人が死に、今も肉体的、精神的に苦しんでゐる人がゐるといふ事実がなかつたとしたら、観念的にいくら原爆の悲惨さがわかつてゐても、必ず使はれたらう。
人間とは本来、さういふものである。
…将来、小型爆弾が使はれる可能性は、皆無ではないだらう。
…だが、いちばん危険なのは、防衛力としてのABM(弾道弾迎撃ミサイル)が開発されて、攻撃力としてのICBM(大陸間弾道弾)との均衛が成立したとき、
つまり大国がICBMに対して自国の安全を守れるといふ考へに達した時であらう。

三島由紀夫
「私の中のヒロシマ――原爆の日によせて」より

358 :法の下の名無し:2009/03/01(日) 13:11:20 ID:AduH+P7g
実は私は「愛国心」といふ言葉があまり好きではない。何となく「愛妻家」といふ言葉に似た、背中のゾッとするやうな感じをおぼえる。
この、好かない、といふ意味は、一部の神経質な人たちが愛国心といふ言葉から感じる政治的アレルギーの症状とは、また少しちがつてゐる。
ただ何となく虫が好かず、さういふ言葉には、できることならソッポを向いてゐたいのである。
この言葉には官製のにほひがする。また、言葉としての由緒ややさしさがない。
どことなく押しつけがましい。反感を買ふのももつともだと思はれるものが、その底に揺曳してゐる。
では、どういふ言葉が好きなのかときかれると、去就に迷ふのである。愛国心の「愛」の字が私はきらひである。
自分がのがれやうもなく国の内部にゐて、国の一員であるにもかかはらず、その国といふものを向う側に対象に置いて、わざわざそれを愛するといふのが、わざとらしくてきらひである。
もしわれわれが国家を超越してゐて、国といふものをあたかも愛玩物のやうに、狆か、それともセーブル焼の花瓶のやうに、愛するといふのなら、筋が通る。それなら本筋の「愛国心」といふものである。

三島由紀夫
「愛国心」より

359 :法の下の名無し:2009/03/01(日) 13:13:08 ID:AduH+P7g
また、愛といふ言葉は、日本語ではなくて、多分キリスト教から来たものであらう。日本語としては「恋」で十分であり、日本人の情緒的表現の最高のものは「恋」であつて、「愛」ではない。
もしキリスト教的な愛であるなら、その愛は無限低無条件でなければならない。
従つて、「人類愛」といふのなら多少筋が通るが、「愛国心」といふのは筋が通らない。なぜなら愛国心とは、国境を以て閉ざされた愛だからである。
だから恋のはうが愛よりせまい、といふのはキリスト教徒の言ひ草で、恋のはうは限定性個別性具体性の裡にしか、理想と普遍を発見しない特殊な感情であるが、「愛」とはそれが逆様になつた形をしてゐるだけである。

三島由紀夫
「愛国心」より

360 :法の下の名無し:2009/03/01(日) 13:14:57 ID:AduH+P7g
ふたたび愛国心の問題にかへると、愛国心は国境を以て閉ざされた愛が、「愛」といふ言葉で普遍的な擬装をしてゐて、それがただちに人類愛につながつたり、アメリカ人もフランス人も日本人も愛国心においては変りがない、といふ風に大ざつぱに普遍化されたりする。
これはどうもをかしい。もし愛国心が国境のところで終るものならば、それぞれの国の愛国心は、人類普遍の感情に基づくものではなくて、辛うじて類推で結びつくものだと言はなくてはならぬ。
アメリカ人の愛国心と日本人の愛国心が全く同種のものならば、何だつて日米戦争が起つたのであらう。「愛国心」といふ言葉は、この種の陥穽を含んでゐる。

三島由紀夫
「愛国心」より

361 :法の下の名無し:2009/03/01(日) 13:15:24 ID:AduH+P7g
日本のやうな国には、愛国心などといふ言葉はそぐはないのではないか。すつかり藤猛にお株をとられてしまつたが、「大和魂」で十分ではないか。
アメリカの愛国心といふのなら多少想像がつく。ユナイテッド・ステーツといふのは、巨大な観念体系であり、
移民の寄せ集めの国民は、開拓の冒険、獲得した土地への愛着から生じた風土愛、かういふものを基礎にして、合衆国といふ観念体系をワシントンにあづけて、それを愛し、それに忠誠を誓ふことができるのであらう。
国はまづ心の外側にあり、それから教育によつて内側へはひつてくるのであらう。
アメリカと日本では、国の観念が、かういふ風にまるでちがふ。日本は日本人にとつてはじめから内在的即自的であり、かつ限定的個別的具体的である。
観念の上ではいくらでもそれを否定できるが、最終的に心情が容認しない。

三島由紀夫
「愛国心」より

362 :法の下の名無し:2009/03/01(日) 13:16:05 ID:AduH+P7g
そこで日本人にとつての日本とは、恋の対象にはなりえても、愛の対象にはなりえない。われわれはとにかく日本に恋してゐる。
これは日本人が日本に対する基本的な心情の在り方である。(本当は「対する」といふ言葉さへ、使はないはうがより正確なのだが)
しかし恋は全く情緒と心情の領域であつて、観念性を含まない。
われわれが日本を、国家として、観念的にプロブレマティッシュ(問題的)に扱はうとすると、しらぬ間にこの心情の助けを借りて、あるひは恋心をあるひは憎悪愛(ハースリーベ)を足がかりにして物を言ふ結果になる。
かくて世上の愛国心談義は、必ず感情的な議論に終つてしまふのである。

三島由紀夫
「愛国心」より

363 :法の下の名無し:2009/03/01(日) 13:17:45 ID:AduH+P7g
恋が盲目であるやうに、国を恋ふる心は盲目であるにちがひない。
しかし、さめた冷静な目のはうが日本をより的確に見てゐるかといふと、さうも言へないところに問題がある。
さめた目が逸したところのものを、恋に盲ひた目がはつきりつかんでゐることがしばしばあるのは、男女の仲と同じである。
一つだけたしかなことは、今の日本では、冷静に日本を見つめてゐるつもりで日本の本質を逸した考へ方が、あまりにも支配的なことである。
さういふ人たちも日本人である以上、日本を内在的即自的に持つてゐるのであれば、彼らの考へは、いくらか自分をいつはつた考へだと言へるであらう。

三島由紀夫
「愛国心」より

364 :法の下の名無し:2009/03/06(金) 16:38:50 ID:JVD0GIqA
三島由紀夫さんの《詩の朗読レコード》「天と海」が発売されたことについて、今では知っている方も少ない。
…このレコードの制作当時、私は大手のPR会社に勤務しており、このレコードに関する企画、制作、PRなどに深く関与していた。
…三島さんは「キミが勤めている会社のためだったら断るが、キミの個人的な頼みでやるのなら引き受けてもいいよ」と快く返事をしてくれた。
私が三島さんに知己を得たのは、学生時代にさかのぼる。当時流行していたボディビルジムでの出会いが契機となり、氏との数奇な縁が始まった。
…詩は朗読する本人にお任せすることになり、三島さんは浅野晃氏の「天と海」という長編を選んだ。
この詩の内容は、詩人で大学教授でもあった浅野氏が、学徒動員で出征し、南方の地に散っていった教え子たちの英霊に捧げる鎮魂歌であった。

川瀬賢三
「『天と海』レコード化のころ」より

365 :法の下の名無し:2009/03/06(金) 16:40:50 ID:JVD0GIqA
この仕事を始めるに当たって三島さんは、「今回の制作は、私は単なる朗読の演技者であるから、全てキミの指示に従うので注文があれば遠慮なく言って欲しい」と念を押された。
…このLP盤の制作には半年ほどを要し、サラリーマン時代の私には苛酷な毎日だった。
…深夜のスタジオで、山本(直純)氏が作曲した音楽テープをバックに、独りアナブースの中で、緊張の面持ちでマイクに向かう三島さんは、まるで尊い命を南方に散らしていった若き英霊の魂が乗り移ったかの如く、鬼気迫る迫真の演技であった。
三島さんが、精魂込めて朗読したこのレコードは、現在では“幻の名盤”となり、再発売されていない。誠に残念としか言い様がない。
今は三島さんの全ての好意に感謝し、ひたすらご冥福を祈るのみである。

川瀬賢三
「『天と海』レコード化のころ」より

366 :法の下の名無し:2009/03/12(木) 23:50:15 ID:zXDKWA+y
…世俗的君主とは祭祀の一点においてことなる天皇は、正にその時間的連続性の象徴、祖先崇拝の象徴たることにおいて、「象徴」たる特色を担つてゐるのである。
天皇が「神聖」と最終的につながつてゐることは、同時に、その政治的無答責性において、現実所与の変換する政治的責任を免かれてゐればこそ、保障されるのである。
これを逆に言へば、天皇の政治的無答責は、それ自体がすでに「神聖」を内包してゐると考へなければ論理的でない。

三島由紀夫
「問題提起」より

367 :法の下の名無し:2009/03/12(木) 23:52:10 ID:zXDKWA+y
「神聖不可侵」の規定の復活は、おのづから第二十条「信仰の自由」の規定から、神道の除外例を要求するだらう。
キリスト教文化をしか知らぬ西欧人は、この唯一神教の宗教的非寛容の先入主を以てしか、他の宗教を見ることができず、
英国国教のイングランド教会の例を以て日本の国家神道を類推し、のみならずあらゆる侵略主義の宗教的根拠を国家神道に妄想し、
神道の非宗教的な特色性、その習俗純化の機能等を無視し、はなはだ非宗教的な神道を中心にした日本のシンクレティスム(諸神混淆)を理解しなかつた。
敗戦国の宗教問題にまで、無智な大斧を揮つて、その文化的伝統の根本を絶たうとした占領軍の政治的意図は、今や明らかであるのに、日本人はこの重要な魂の問題を放置して来たのである。

三島由紀夫
「問題提起」より

368 :法の下の名無し:2009/03/17(火) 15:43:55 ID:4DFwkwve
国体は日本民族日本文化のアイデンティティーを意味し、政権交替に左右されない恒久性をその本質とする。
政体は、この国体維持といふ国家目的民族目的に最適の手段として、国民によつて選ばれるが、政体自体は国家目的追求の手段であつて、それ自体、自己目的的なものではない。
民主主義とは、継受された外国の政治制度であり、あくまで政体以上のものを意味しない。これがわれわれの思考の基本的な立場である。
旧憲法は国体と法体系の間の相互の投影を完璧にしたが、現憲法は、これを明らかにしてゐないことは前述の通りである。

三島由紀夫
「問題提起」より

369 :法の下の名無し:2009/03/17(火) 15:45:07 ID:4DFwkwve
けだし、国体の語を広義に解釈すれば、現憲法は二種の国体、二つの忠誠対象を、分裂させて持つてをり、且つ国民の忠誠対象をこの二種の国体へ分裂させるやうに仕組まれてゐるからである。
国体は本来、歴史・伝統・文化の時間的連続性に準拠し、国民の永い生活経験と文化経験の集積の上に成立するものであるが、革命政権における国体とは、いふまでもなく、このやうなものではない。
革命政権における国体は、未来理想社会に対する一致した願望努力、国家超越の契機を内に秘めた世界革命の理想主義をその本質とするであらう。
ところが、奇妙なことに現行憲法は、この相反する二種の国体概念を、(おそらく国論分裂による日本弱体化といふ政治的企図を含みつつ)、並記してゐるのである。
これが憲法第一章と第二章との、戦後の思想的対立の根本要因をなす異常なコントラストである。

三島由紀夫
「問題提起」より

370 :法の下の名無し:2009/03/17(火) 15:45:39 ID:4DFwkwve
…国体と政体の別を明らかにし、本と末の別を立て、国にとつて犯すべからざる恒久不変の本質と、盛衰を常とする政体との癒着を剥離することこそ、国の最大の要請でなければならない。
そのためには、憲法上、第一章と第二章とが到底民族的自立の見地から融和すべからざるものであり、この民族性の理念と似而非国際主義の理念との対立矛盾が、エモーショナルな国民の目前に、はつきり露呈されることが何よりも緊要である。

三島由紀夫
「問題提起」より

371 :法の下の名無し:2009/03/17(火) 15:46:32 ID:4DFwkwve
このことは、グロテスクな誇張を敢てすれば、侵略戦争の宣戦布告をする天皇と、絶対非武装平和の国際協調主義との、対立矛盾を明示せよ、といふのではない。むしろその反対である。
もし現憲法の部分的改正によつて、第九条だけが改正されるならば、日本は楽々と米軍事体制の好餌になり、自立はさらに失はれ、日本の歴史・伝統・文化は、さらに危殆に瀕するであらう。
われわれは、第一章、第二章の対立矛盾に目を向け、この対立矛盾を解消することによつて、日本の国防上の権利(第二章)を、民族目的(第一章)に限局させようと努め、その上で真の自立の平和主義を、はじめて追求しうるのである。
従つて、第一章の国体明示の改正なしに、第二章のみの改正に手をつけることは、国家百年の大計を誤るものであり、第一章改正と第二章改正は、あくまで相互のバランスの上にあることを忘れてはならない。

三島由紀夫
「問題提起」より

372 :法の下の名無し:2009/03/18(水) 13:06:12 ID:xjrrcvOP
――さて、逐条的に現憲法の批判に入ると、
第一条(天皇の地位・国民主権)天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
第二条(皇位の継承)皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
とあるが、第一条と第二条の間には明らかな論理的矛盾がある。
すなはち第一条には、「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とあるが、第二条には、「皇位は、世襲のものであつて」とあり、もし「地位」と「皇位」を同じものとすれば、「主権の存する日本国民の総意に基く」筈のものが、「世襲される」といふのは可笑しい。
世襲は生物学的条件以外の条件なき継承であり、「国民の総意に基く」も「基かぬ」もないのである。

三島由紀夫
「問題提起」より

373 :法の下の名無し:2009/03/18(水) 13:07:23 ID:xjrrcvOP
又、もしかりに一歩ゆづつて、「主権の存する日本国民の総意」なるものを、一代限りでなく、各人累代世襲の総意とみとめるときは、「世襲」の語との矛盾は大部分除かれるけれども、
個人の自由意志を超越したそのやうな意志に主権が存するならば、それはそもそも近代個人主義の上に成立つ民主主義と矛盾するであらう。
又、もし、「地位」と「皇位」を同じものとせず、「地位」は国民の総意に基づくが、「皇位」は世襲だとするならば、「象徴としての地位」と「皇位」とを別の概念とせねばならぬ。
それならば、世襲の「皇位」についた新らしい天皇は、即位のたびに、主権者たる「国民の総意」の査察を受けて、その都度、「象徴としての地位」を認められるか否か、再検討されなければならぬ。
しかもその再検討は、そもそも天皇制自体の再検討と等しいから、ここで新天皇が「象徴としての地位」を否定されれば、必然的に第二条の「世襲」は無意味になる。いはば天皇家は、お花の師匠や能役者の家と同格になる危険に、たえずさらされてゐることになる。

三島由紀夫
「問題提起」より

374 :法の下の名無し:2009/03/18(水) 13:08:25 ID:xjrrcvOP
私は非常識を承知しつつ、この矛盾の招来する論理的結果を描いてみせたのであるが、このやうな矛盾は明らかに、第一条に於て、
天皇といふ、超個人的、伝統的、歴史的存在の、時間的連続性(永遠)の保証者たる機能を、「国民主権」といふ、個人的、非伝統的、非歴史的、空間的概念を以て裁いたといふ無理から生じたものである。
これは、「一君万民」といふごとき古い伝承観念を破壊して、むりやりに、西欧的民主主義理念と天皇制を接着させ、移入の、はるか後世の制度によつて、根生の、昔からの制度を正当化しようとした、方法的誤謬から生れたものである。
それは、キリスト教に基づいた西欧の自然法理念を以て、日本の伝来の自然法を裁いたものであり、もつと端的に言へば、西欧の神を以て日本の神を裁き、まつろはせた条項であつた。

三島由紀夫
「問題提起」より

375 :法の下の名無し:2009/03/18(水) 13:09:31 ID:xjrrcvOP
われわれは、日本的自然法を以て日本の憲法を創造する権利を有する。
天皇制を単なる慣習法と見るか、そこに日本的自然法を見るかについては、議論の分れるところであらう。
英国のやうに慣習法の強い国が、自然法理念の圧力に抗して、憲法を不文のままに置き、慣習法の運用によつて、同等の法的効果と法的救済を実現してゆくが如き手続は、日本では望みがたいが、
すべてをフランス革命の理念とピューリタニズムの使命感で割り切つて、巨大な抽象的な国家体制を作り上げたアメリカの法秩序が、日本の風土にもつとも不適合であることは言ふ俟たない。
現代はふしぎな時代で、信教の自由が先進諸国の共通の表看板になりながら、十八世紀以来の西欧人文主義の諸理念は、各国の基本法にのしかかり、これを制圧して、これに対する自由を許してゐないのである。

三島由紀夫
「問題提起」より

376 :法の下の名無し:2009/03/18(水) 13:10:49 ID:xjrrcvOP
われわれがもしあらゆる宗教を信ずることに自由であるなら、どうして近代的法理念のコンフォーミティーからだけは自由でありえない、といふことがあらうか?
又逆に、もしわれわれが近代的法理念のコンフォーミティーからは自由でありえないとするならば、習俗、伝習、文化、歴史、宗教などの民族的固有性から、それほど自由でありうるのだらうか?
それは又、明治憲法の発祥に戻つて、東洋と西洋との対立融合の最大の難問に、ふたたび真剣にぶつかることであるが、
敗戦の衝撃は、一国の基本法を定めるのに、この最大の難問をやすやすと乗り超えさせ、しらぬ間に、日本を、そのもつとも本質的なアイデンティティーを喪はせる方向へ、追ひやつて来たのではなかつたか?
天皇の問題は、かくて憲法改正のもつとも重要な論点であつて、何人もこれを看過して、改憲を語ることはできない。

三島由紀夫
「問題提起」より

377 :法の下の名無し:2009/03/18(水) 13:16:15 ID:xjrrcvOP
…世俗的君主とは祭祀の一点においてことなる天皇は、正にその時間的連続性の象徴、祖先崇拝の象徴たることにおいて、「象徴」たる特色を担つてゐるのである。
天皇が「神聖」と最終的につながつてゐることは、同時に、その政治的無答責性において、現実所与の変転する政治的責任を免かれてゐればこそ、保障されるのである。
これを逆に言へば、天皇の政治的無答責は、それ自体がすでに「神聖」を内包してゐると考へなければ論理的でない。
なぜなら、人間であることのもつとも明確な責任体系こそ、政治的責任の体系だからである。そのやうな天皇が、一般人同様の名誉毀損の法的保護しか受けられないのは、一種の論理的詐術であつて、「栄典授与」(第七条第七項)の源泉に対する国自体の自己冒涜である。

三島由紀夫
「問題提起」より

378 :法の下の名無し:2009/03/18(水) 13:17:14 ID:xjrrcvOP
「神聖不可侵」の規定の復活は、おのづから第二十条「信仰の自由」の規定から、神道の除外例を要求するだらう。
キリスト教文化をしか知らぬ西欧人は、この唯一神教の宗教的非寛容の先入主を以てしか、他の宗教を見ることができず、
英国国教のイングランド教会の例を以て日本の国家神道を類推し、のみならずあらゆる侵略主義の宗教的根拠を国家神道に妄想し、
神道の非宗教的な特色性、その習俗純化の機能等を無視し、はなはだ非宗教的な神道を中心にした日本のシンクレティスム(諸神混淆)を理解しなかつた。
敗戦国の宗教問題にまで、無智な大斧を揮つて、その文化的伝統の根本を絶たうとした占領軍の政治的意図は、今や明らかであるのに、日本人はこの重要な魂の問題を放置して来たのである。

三島由紀夫
「問題提起」より

379 :法の下の名無し:2009/03/25(水) 11:38:53 ID:+mmKJqs6
ありていに言つて、第九条は敗戦国日本の戦勝国に対する詫証文であり、この詫証文の成立が、日本側の自発的意志であるか米国側の強制によるかは、もはや大した問題ではない。
ただこの条文が、二重三重の念押しをからめた誓約の性質を帯びるものであり、国家としての存立を危ふくする立場に自らを置くものであることは明らかである。
論理的に解すれば、第九条に於ては、自衛権も明白に放棄されてをり、いかなる形においての戦力の保有もゆるされず、自衛の戦ひにも交戦権を有しないのである。
全く物理的に日本は丸腰でなければならぬのである。
…第九条のそのままの字句通りの遵奉は、「国家として死ぬ」以外にはない。しかし死ぬわけには行かないから、しやにむに、緊急避難の理論によつて正当化を企て、御用学者を動員して、牽強附会の説を立てたのである。

三島由紀夫
「問題提起」より

380 :法の下の名無し:2009/03/25(水) 11:43:42 ID:+mmKJqs6
自衛隊は明らかに違憲である。しかもその創設は、新憲法を与へたアメリカ自身の、その後の国際政治状況の変化による要請に基づくものである。
…護憲のナショナリスティックな正当化は、あくまで第九条の固執により、片やアメリカのアジア軍事戦略体制に乗りすぎないやうに身をつつしみ、片や諸外国の猜疑と非難を外らさうといふ、消極弥縫策にすぎず、
国内的には、片や「何もかもアメリカの言ひなりにはならぬぞ」といふナショナリスティックな抵抗を装ひ、片や「平和愛好」の国民の偸安におもねり、大衆社会状況に迎合することなのである。
しかもアメリカの絶えざる要請にしぶしぶ押されて、自衛隊をただ「量的に」拡大し、兵器体系を改良し、もつとも厄介な核兵器問題への逢着を無限に延させるために、平和憲法下の安全保障の路線を、無目的無理想に進んでゆくことである。
…核と自主防衛、国軍の設立と兵役義務、その他の政策上の各種の難問題は、九条の裏面に錯綜してゐる。しかしここでは、私は徴兵制度復活には反対であることだけを言明しておかう。

三島由紀夫
「問題提起」より

381 :法の下の名無し:2009/03/25(水) 11:47:30 ID:+mmKJqs6
私は九条の改憲を決して独立にそれ自体として考へてはならぬ、第一章「天皇」の問題と、第二十条「信教の自由」に関する神道の問題と関連させて考へなくては、
折角「憲法改正」を推進しても、却つてアメリカの思ふ壷におちいり、日本が独立国家として、日本の本然の姿を開顕する結果にならぬ、と再々力説した。
たとへ憲法九条を改正して、安保条約を双務条約に書き変へても、それで日本が独立国としての体面を回復したことにはならぬ。
韓国その他アジア反共国家と同列に並んだだけの結果に終ることは明らかであり、これらの国家は、アメリカと軍事的双務条約を締結してゐるのである。

三島由紀夫
「問題提起」より

382 :法の下の名無し:2009/03/31(火) 16:39:51 ID:xUe8toCc
第九条の改廃については、改憲論者にもいくつかの意見がある。
「第九条第一項の字句は、そもそも不戦条約以来の理想条項であり、これを残しても自衛のための戦力の保持は十分可能である。しかし第二項は、明らかに、自衛隊の放棄を意味するから削除すべきである」
といふ意見に、私はやや賛成であるが、そのためには、第九条第一項の規定は、世界各国の憲法に必要条項として挿入されるべきであり、日本国憲法のみが、国際社会への誓約を、国家自身の基本法に包含してゐるといふのは、不公平不調和を免かれぬ。
その結果、わが憲法は、国際社会への対他的ジェスチュアを本質とし、国の歴史・伝統・文化の自主性の表明を二次的副次的なものとするといふ、敗戦憲法の特質を永久に免かれぬことにならう。むしろ第九条全部を削除するに如くはない。

三島由紀夫
「問題提起」より

383 :法の下の名無し:2009/03/31(火) 16:42:20 ID:xUe8toCc
その代りに、日本国軍の創立を謳ひ、健軍の本義を憲法に明記して、次の如く規定するべきである。
「日本国軍隊は、天皇を中心とするわが国体、その歴史、伝統、文化を護持することを本義とし、国際社会の信倚と日本国民の信頼の上に健軍される」
防衛は国の基本的な最重要問題であり、これを抜きにして国家を語ることはできぬ。
物理的に言つても、一定の領土内に一定の国民を包括する現実の態様を抜きにして、国家といふことを語ることができないならば、その一定空間の物理的保障としては軍事力しかなく、
よしんば、空間的国家の保障として、外国の軍事力(核兵器その他)を借りるとしても、決して外国の軍事力は、他国の時間的国家の態様を守るものではないことは、
赤化したカンボジア摂政政治をくつがへして、共和制を目ざす軍事政権を打ち樹てるといふことも敢てするのを見ても自明である。

三島由紀夫
「問題提起」より

384 :法の下の名無し:2009/03/31(火) 16:43:23 ID:xUe8toCc
自国の正しい健軍の本義を持つ軍隊のみが、空間的時間的に国家を保持し、これを主体的に防衛しうるのである。
現自衛隊が、第九条の制約の下に、このやうな軍隊に成育しえないことには、日本のもつとも危険な状況が孕まれてゐることが銘記されねばならない。
憲法改正は喫緊の問題であり、決して将来の僥倖を待つて解決をはかるべき問題ではない。
なぜならそれまでは、自衛隊は、「国を守る」といふことの本義に決して到達せず、この混迷を残したまま、徒らに物理的軍事力のみを増強して、つひにもつとも大切なその魂を失ふことになりかねないからである。
自衛隊は、警察予備隊から発足して、未だその警察的側面を色濃く残してをり、警察との次元の差を、装備の物理的な次元の差にしか見出すことができない。国家の矜りを持つことなくして、いかにして軍隊が軍隊たりえようか。
この悲しむべき混迷を残したものが、すべて第九条、特にその第二項にあることは明らかであるから、われわれはここに論議の凡てを集中しなければならない。

三島由紀夫
「問題提起」より

385 :法の下の名無し:2009/03/31(火) 17:24:29 ID:I1bkuhtC
374 名前:日本@名無史さん 投稿日:2008/08/30(土) 21:38:01
>「葉隠」の説く武士道を考える
> -「葉隠」武士道の犬死理論の陥穽-
>著作と責任/佐藤弘弥
http://www.st.rim.or.jp/~success/hagakure_ye.html

佐藤弘弥なる視野狭窄な御仁による珍葉隠論。
珍文章のしょっぱなから、ヒステリックなオナニー全開である。
「ヤンキースのマツイ」のたとえだとか、
そこらの中学2年生も感涙にむせびそうな、すばらしい思考のお綴りである。

この特大場外ホームラン級の知性が書いた小児的ファンタジーが
ネットで上位にひっかかり、目に★な方も多いだろうから、
とりあえずこのスレで駆除しておく。


377 名前:日本@名無史さん 投稿日:2008/08/30(土) 22:47:23
>>.374
佐藤弘弥(笑)
空き樽は音が高いっていうか、キジも鳴かずば打たれまいに・・・
閑古鳥が鳴くサヨ系じゃんじゃんで市民記者を
しょぼしょぼやってればええのに(笑)


【検索ワード】
葉隠、佐藤弘弥、馬鹿、思い込みの禿しい爺さん、三島由紀夫
武士道、山本常朝、田代陣基、新渡戸稲造

386 :法の下の名無し:2009/05/03(日) 22:51:06 ID:55CvKd+K
保守

387 :法の下の名無し:2009/05/15(金) 00:07:09 ID:xv8EQ+81
神風・特攻隊は、なぜ体当り攻撃をしたのか
それは、大空襲の犠牲を少しでも少なくするため
米軍がカラー撮影した本物の映像
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4152465
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4151717


388 :法の下の名無し:2009/05/21(木) 16:22:05 ID:Z53VUuZ/
Q――つぎに東南アジアについてちよつと聞きます。
インドも中共との交戦の経験を持つ国ですが、東南アジアと日本との最大の相違点は、中共の脅威を感じてゐるのと感じてゐない点にあると思ひますが。

三島由紀夫:中共と国境を接してゐるといふ感じは、とても日本ではわからない。
もし日本と中共とのあひだに国境があつて向かう側に大砲が並んでたら、いまのんびりしてゐる連中でもすこしはきりつとするでせう。
まあ海でへだてられてゐますからね。もつともいまぢや、海なんてものはたいして役に立たないんだけれど。ただ「見ぬもの清し」でせうな。

三島由紀夫
「インドの印象」より

389 :法の下の名無し:2009/05/21(木) 16:22:45 ID:Z53VUuZ/
Q――日本人が中共をこはがらないのは一種の幻想的な“大平感”なんだらうけれど、日本にさういつた幻想があることも、また一つの現実ぢやないでせうか。

三島由紀夫:たしかにさうですね。幻想(イリュージョン)といへどもなにかの現実的条件によつて保たれてゐる。
ぼく自身は、日本にも中共の脅威はある、と感じてゐます。これは絶対に「事実(ファクト)」です。
しかし、日本人が中共に脅威を感じないといふことは「現実」です。「現実」とはぼくに言はせれば、事実とイリュージョンとの合金です。
「現実」をささへてゐる条件は、いはくいひがたしで、恐らく何万といふ条件があるでせう。海もあるし、長い中国との交流の歴史もあるし……。
ものを考へようとするとき、片方の「現実」を「事実」だけでぶちこはさうとしてもダメです。幻想をくだくには幻想をもつてしなくつちや。ですからもし、ぼくが政治家だつたら……。

Q――「中共はこはくない」といふ幻想は、どうやつてくだきますか?

三島由紀夫:「中共はこはい」といふファクトではなく幻想をもつてですよ。

三島由紀夫
「インドの印象」より

390 :法の下の名無し:2009/05/31(日) 12:53:41 ID:ajdHPqhM
さて、いくら早く焼きたいからと云つて、餅を炭火につつこんだのでは、
たちまち黒焦げになつて、喰べられたものではない。
餅網が適度に火との距離を保ち、しかも火熱を等分に伝達してくれるからこそ、
餅は具合よく焼けるのである。
さて、法律とはこの餅網なのだらうと思ふ。
餅は、人間、人間の生活、人間の文化等を象徴し、炭火は、人間のエネルギー源としての、
超人間的なデモーニッシュな衝動のプールである潜在意識の世界を象徴してゐる。
人間といふものは、おだやかな理性だけで成立つてゐる存在ではないし、
それだけではすぐ枯渇してしまふ、ふしぎな、落着かない、活力と不安に充ちた存在である。

三島由紀夫
「法律と餅焼き」より

391 :法の下の名無し:2009/05/31(日) 12:55:07 ID:ajdHPqhM
人間の活動は、すばらしい進歩と向上をもたらすと同時に、一歩あやまれば
破滅をもたらす危険を内包してゐる。
ではその危険を排除して、安全で有益な活動だけを発展させようといふ試みは、
むかしからさかんに行はれたが、一度も成功しなかつた。
どんなに安全無害に見える人間活動も、たとへば慈善事業のやうなものでも、
その事業を推進するエネルギーは、あの怖ろしい炭火から得るほかはない。
…人間の餅は、この危険な炭火の力によつて、喰へるもの、すなはち社会的に有益なものになる。
しかし、もし火に直接に触れれば、喰へないもの、すなはち社会的に無益有害なものになる。
だから、餅と火のあひだにあつて、その相干渉する力を適当に規制し、
餅をほどよい焼き加減にするために、餅網が必要になるのである。

三島由紀夫
「法律と餅焼き」より

392 :法の下の名無し:2009/05/31(日) 12:57:47 ID:ajdHPqhM
たとへば殺人を犯す人間は、黒焦げになつた餅である。
そもそもさういふ人間を出さないやうに餅網が存在してゐるのだが、
網のやぶれから、時として、餅が火に落ちるのはやむをえない。
さういふときは、餅網は餅が黒焦げになるに委せる他はない。すなはち彼を死刑に処する。
餅網の論理にとつては、罪と罰は一体をなしてゐるのであつて、殺人の罪と死刑の罰とは、
いづれも餅網をとほさなかつたことの必然的結果であつて、
彼は人を殺した瞬間に、すでに地獄の火に焼かれてゐるのだ。
そして責任論はどこまで行つてもきりがなく、個人的責任と社会的責任との継目は永遠に
はつきりしないが、少くとも、殺人といふ罪が、人間性にとつて起るべからざることではなく、
人間の文化が、あの怖ろしい炭火に恩恵を蒙つてゐるかぎり、火は同時に
殺人をそそのかす力にさへなりうるのである。

三島由紀夫
「法律と餅焼き」より

393 :法の下の名無し:2009/05/31(日) 12:59:50 ID:ajdHPqhM
かくて、終局的に、責任は人間のものではないとする仏教的罪の思想も、
人間には原罪があるとするキリスト教的罪の思想も生れてくるわけであるが、
餅網の論理は、そこまで面倒を見るわけには行かない。
ただ、餅網にとつていかにも厄介なのは、芸術といふ、妙な餅である。
この餅だけは全く始末がわるい。
この餅はたしかに網の上にゐるのであるが、どうも、網目をぬすんで、
あの怖ろしい火と火遊びをしたがる。
そして、けしからんことには、餅網の上で焼かれて、ふつくらした適度のおいしい焼き方に
なつてゐながら、同時に、ちらと、黒焦げの餅の、妙な、忘れられない味はひを人に教へる。

三島由紀夫
「法律と餅焼き」より

394 :法の下の名無し:2009/05/31(日) 13:05:19 ID:ajdHPqhM
殺人は法律上の罪であるのに、殺人を扱つた芸術作品は、出来がよければ、
立派な古典となり文化財となる。
それはともかくふつくらしてゐて、黒焦げではないのである。
古典的名作はそのやうな意味での完全犯罪であつて、不完全犯罪のはうはまだしもつかまへやすい。
黒焦げのあとがあちこちにちらと残つてゐて、さういふところを
公然猥褻物陳列罪だの何だのでつかまへればいいからである。
それにしても芸術といふ餅のますます厄介なところは、火がおそろしくて、
白くふつくら焼けることだけを目的として、おつかなびつくりで、ろくな焦げ目もつけずに
引上げてしまつた餅は、なまぬるい世間の良識派の偽善的な喝采は博しても、
つひに戦慄的な傑作になる機会を逸してしまふといふことである。

三島由紀夫
「法律と餅焼き」より

395 :法の下の名無し:2009/05/31(日) 18:17:44 ID:fWTxkwbe
ツンデレ処女と理論派童貞の人権バトル
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1175557792&owner_id=3329428&comment_count=39&&mhome=1

396 :法の下の名無し:2009/05/31(日) 18:42:20 ID:3lgjiiRp
探偵・ヤクザ・その他不審人物から、不可解な依頼、理不尽な命令、
その他イジメや嫌がらせの強要などをされたことはありませんか?
それは某反日宗教団体による集団ストーカーです。あなたはそれに加担させられたのです。

信者による集団ストーカーやほのめかし(本人の前で個人情報を含む会話をする、
行く先々でわざとらしい咳払いを浴びせる、等)には限界があります。
いくら教団の信者が多いといっても日本全体から見れば圧倒的に少数派。
仮に職場や近所に信者が一人か二人位いたとしてもあまり効果はありません。
ですから一般人にも異常行動やほのめかしをさせるのです。

でも実はそういった行為は敵の正体さえ見抜き、ある程度慣れれば耐えられるものなのです。
実際には単純なイジメや嫌がらせ行為などが効いているイジメ殺人なのです。
ですが信者達は輪廻転生を信じているので、たいしたことはさせられません。
ですから悪質なイジメ行為は一般日本人を買収脅迫してやらせるのです。
(彼らは直接やらなければ(宗教的に)罪にならないと真剣に考えています)

彼らの目的は「民族の恨みを晴らす=日本人を(法的、宗教的に)犯罪者にする」ことです。
『自殺=自分を殺す=殺人=地獄に落ちる』
『精神崩壊=前世の報い=前世で悪いことをした罪深い人間であることの証明』
『脅迫されて仕方なく嫌がらせをした日本人を憎み、危害を加えてしまう』

標的の周囲の人間を片っ端から脅迫・買収して集団でイジメ殺させる。
日本人に日本人をイジメ殺させて犯罪者にする。それが集団ストーカーの実情なのです。
こんな事をするのは教団の指導者がイジメやイタズラ好きで反日で金が有り余っているから。

ちなみに集団ストーカーは標的に24時間プレッシャーを与えるため、
救急車、消防車、犬、廃品回収車、その他様々な騒音が異常な頻度で発生します。
もしもそういう現象があったら、近くに集団ストーカーの被害者がいるということです。

※集団ストーカーのサイトには「思考盗聴」「電磁波攻撃」等の被害が紹介されていますが、
これは集団ストーカーの被害を訴える被害者を統合失調症に思わせる為の悪質な宣伝工作。
加害者が被害者のふりをして作っているのです。

397 :法の下の名無し:2009/06/09(火) 12:53:32 ID:ONljCNug
左翼はいつも、より良き未来世界といふものを模索してゐる。
いつもより良き未来社会へ向かつて我々は進歩してゆくと考へてゐるのです。
…ところがソビエトはご承知のやうな状態になつた。これは完全な官僚社会のみならず、その常套語を使へば、帝国主義なのです。
そして、かつて日本人が未来社会と思つたのが帝国主義になつてしまつた。もうスターリン批判以来、日本人のソビエトに対する夢も崩れた。
では、中共はどうか。中共はどうも日本人の西洋崇拝から言ふと少し外れる処があつたんだけど、文化大革命といふことがあつたので、
ますます日本人の理想から遠くなつてしまつた。
…そこで未来社会の展望を失つたところに彼らの焦燥と彼らの一種の絶望感があることは確かなのです。

三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より

398 :法の下の名無し:2009/06/09(火) 12:57:17 ID:ONljCNug
それで、より良き彼らの本当の未来社会とは何であるか。
皆さんは、「自由からの逃走」といふエーリッヒ・フロムの本などをお読みになつたことがあるだらうと思ひますが、
…いはゆる、ヒューマニテリアン・ソシャリズムですが、完全な言論自由化の社会主義といふやうな、誰が考へても実現不可能のやうな、
より良き未来に向かつて進んで行かうと、それがまあ大体の左翼型のラディカルな革命の行動の先にある未来国であると考へて良いと思ひます。
…何も私は共産主義に対抗して生きてゐるわけではありません。
…ですけれども彼らの考へにうつかり動かされ、蝕まれていつたならば、どういふ結果になるか目に見えてゐる。

三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より

399 :法の下の名無し:2009/06/09(火) 12:59:00 ID:ONljCNug
私は未来といふものはないといふ考へなのです。未来などといふことを考へるからいけない。
…我々はアメーバが触手を伸ばすやうに、闇の中を手探りで少し先の未来までは予測ができる。
或ひは来年くらゐまでは予測できるかもしれない。
しかし、人間が予測されない闇の中を進んでゆくためには、その闇の彼方にあるものを信ずるか、或ひはその闇といふものに対決して
本当に自分の現在に生きるかといふことの二つの選択を迫られてゐるといふのが私の考へ方の基本であります。
“未来に夢を賭ける”といふことは弱者のすることである。そして、自分をプロセスとしか感じられない人間のすることであります。
…このやうな思考の中からは人間の円熟といふことも出て来なければ、人間の成熟といふ思考も絶対に出て来ない。
実は、人間は未来に向かつて成熟してゆくものではないんです。それが人間といふ生き物の矛盾に充ちた不思議なところです。
人間といふものは“日々に生き、日々に死ぬ”以外に成熟の方法を知らないんです。

三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より

400 :法の下の名無し:2009/06/09(火) 13:00:09 ID:ONljCNug
そこで、何も未来を信じない時、人間の根拠は何かといふことを考へますと、次のやうになります。
未来を信じないといふことは今日に生きることですが、刹那主義の今日に生きるのではないのであつて、
今日の私、現在の私、今日の貴方、現在の貴方といふものには、背後に過去の無限の蓄積がある。
そして、長い文化と歴史と伝統が自分のところで止まつてゐるのであるから、自分が滅びる時は全て滅びる。
つまり、自分が支へてきた文化も伝統も歴史もみんな滅びるけれども、しかし老いてゆくのではないのです。
今、私が四十歳であつても、二十歳の人間も同じ様に考へてくれば、その人間が生きてゐる限り、その人間のところで文化は完結してゐる。
その様にして終りと終りを繋げれば、そこに初めて未来が始まるのであります。

三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より

401 :法の下の名無し:2009/06/09(火) 13:01:16 ID:ONljCNug
われわれは自分が遠い遠い祖先から受け継いできた文化の集積の最後の成果であり、
これこそ自分であるといふ気持で以つて、全身に自分の歴史と伝統が籠つてゐるといふ気持を持たなければ、
今日の仕事に完全な成熟といふものを信じられないのではなからうか。
或ひは、自分一個の現実性も信じられないのではなからうか。自分は過程ではないのだ。道具ではないのだ。
自分の背中に日本を背負ひ、日本の歴史と伝統と文化の全てを背負つてゐるのだといふ気持に一人一人がなることが、
それが即ち今日の行動の本になる。
…「俺一人を見ろ!」とこれがニーチェの「この人を見よ」といふ思想の一つの核心でもありませう。
けれども、私は中学時代に「この人を見よ」といふのは「誰を見よ」といふのかと思つて先輩に聞きましたところ、
「ニーチェを見よ」といふことだと教へて貰ひ、私は世の中にこんなに自惚れの強い人間がゐるのかと驚いたことがあるのです。
しかし、今になつて考へてみると、それは自惚れではないのであります。

三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より

402 :法の下の名無し:2009/06/09(火) 13:04:04 ID:ONljCNug
自分の中にすべての集積があり、それを大切にし、その魂の成熟を自分の大事な仕事にしてゆく。
しかし、そのかはり何時でも身を投げ出す覚悟で、それを毀さうとするものに対して戦ふ。
…ここにこそ現在があり、歴史があり、伝統がある。彼らの貧相な、観念的な、非現実的な未来ではないものがある。
そこに自分の行動と日々のクリエーションの根拠を持つといふことが必要です。
これは又、人間の行動の強さの源泉にもなると思ふ。といふのは人間といふものは、それは果無い生命であります。
しかし、明日死ぬと思へば今日何かできる。そして、明日がないのだと思ふからこそ、今日何かができるといふのは、
人間の全力的表現であり、さうしなければ、私は人間として生きる価値がないのだと思ひます。

三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より

403 :法の下の名無し:2009/06/09(火) 13:04:56 ID:ONljCNug
本日ただ今の、これは禅にも通じますが、現在の一瞬間に全力表現を尽すことのできる民族が、その国民精神が
結果的には、本当に立派な未来を築いてゆくのだと思ひます。
しかし、その未来は何も自分の一瞬には関係ないのである。
これは、日本国民全体がそれぞれの自分の文化と伝統と歴史の自信を持つて今日を築きゆくところに、
生命を賭けてゆくところにあるのです。
特攻隊の遺書にありますやうに、私が“後世を信ずる”といふのは“未来を信ずる”といふことではないと思ふのです。
ですから、“未来を信じない”といふことは、“後世を信じない”といふこととは違ふのであります。
私は未来は信じないけれども後世は信ずる。
特攻隊の立派な気持には万分の一にも及びませんが、私ばかりでなく、若い皆さんの一人一人がさういふ気持で後輩を、
又、自分の仕事ないし日々の行動の本を律してゆかれたならば、その力たるや恐るべきものがあると思ひます。

三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より

404 :法の下の名無し:2009/06/15(月) 12:51:18 ID:YtR5rsw5
人は、天皇と言ふと、たちまち戦前、明治憲法下における天皇制の弊害を思ひ出し、
戦争からにがい経験を得た人ほど、天皇制に対する疑惑を表明してきたのが常ですが、
私は、天皇制とは、その歴史は、あくまでもその時代時代の国民が、日本人の総力をあげて
創造し復活させてきたものだと思ふのです。
いつも新しい天皇制があり、いつも現在の天皇制があり、その現在の天皇制の連続の上に
永遠の天皇制があるといふところに、天皇の本質がひそむのです。
これは一つの例をとつても、天皇ご自身にわれわれのやうな姓名ファミリーネームがなく、
一つの非人称的な方として伝承されてきたことをみてもわかります。
新しい天皇制は、われわれがつくつていくものであり、そしてこれを抜きにしては日本の今後の
自立の精神の中心は見あたらず、また天皇をいたづらに政治権力に接着おさせすることなく、
あくまで無限受容の無我の本主体として、その日本独自の歴史・文化・伝統のみに
かかはる君主制を確立しなければなりません。

三島由紀夫
「70年代新春の呼びかけ」より

405 :法の下の名無し:2009/06/15(月) 12:55:26 ID:YtR5rsw5
…一説によるとある創価学会の自衛隊員は、「私はいざといふときには上官の命令で弾は撃たない、
池田さんのおつしやつた方に向けて撃つ」といつたといふ。
こんな軍隊は珍らしい軍隊で、このやうに、いざといふときにどつちへ弾が行くのかわからないといふのでは全く困る。
再び魂の問題に戻るが、自衛隊に対しては決して偽善やきれい事であつてはならない。
自衛隊は、平和主義の軍隊であり、平和を守るための軍隊であることに違ひはないが、もつと現実に目覚めて、
一人一人高度の思想教育を行なはなければならない。
さうでなければ毛沢東の行なつてゐるあの思想教育に勝てないと思ふ。
さうでなければ、日本の隣にある、このぎりぎりの思想教育を受けた軍隊に勝つことの不可能なことを、私は痛感するのである。

三島由紀夫
「栄誉の絆でつなげ菊と刀」より

406 :法の下の名無し:2009/06/24(水) 10:03:15 ID:NwQGCsFW
僕は今この時代に大見得切つて、「共産党に兜を脱がせるだけのものを持て」などゝ無理な注文は出しません。
時勢の流れの一面は明らかに彼らに利があり、彼等はそのドグマを改める由もないからです。
しかし我々の任務は共産党を「怖がらせる」に足るものを持つことです。
彼等に地団太ふませ、口角泡を飛ばさせ、「反動的だ!貴族的だ!」と怒号させ、
しかもその興奮によつて彼等自らの低さを露呈させることです。
正面切つて彼等の敵たる強さと矜持を持つことです。
ひるまないことです。逃げないことです。怖れないことです。
そして彼等に心底から「怖い」と思はせることです。

平岡公威(三島由紀夫)
昭和21年2月10日付、神崎陽への書簡から

407 :法の下の名無し:2009/06/24(水) 10:03:58 ID:NwQGCsFW
――それでは文化的貴族主義とは何でせうか。それは歴史的意味と精神的意味と二つをもつてゐます。
…後者はあらゆる時代に超然とし、凡俗の政治に関らず、醇乎たる美を守るといふエリートの意識です。
(これは芸術からいふので、倫理的には道徳を守るエリートたりともある人はいふでせう)
…しかもその効果は美的標準に於て最高のものであらねばならぬ点で明らかに貴族主義的です。
向上の意識、「上部構造」の意識、フリードリヒ・ニイチェが貴族主義とよばれる所以です。

平岡公威(三島由紀夫)
昭和21年2月10日付、神崎陽への書簡から

408 :法の下の名無し:2009/06/24(水) 10:04:39 ID:NwQGCsFW
われらの外部を規制する凡ゆる社会的政治的経済的条件がたとへ最高最善理想的なものに達したとしても、
絶対的なる「美」からみればあくまでも相対的なものであり、相対的なものが絶対的なものを規制しようとする時、
それは必ず悪い効果を生じます。
いかによき政治が美を擁護するにしろ、必ずその政治の中の他の因子が美を傷つけることは、当然のことで仕方ないことです。
したがってあらゆる時代に於て美を守る意識は反時代性をもち、極派からはいつでも反動的と思はれます。

平岡公威(三島由紀夫)
昭和21年2月10日付、神崎陽への書簡から

409 :法の下の名無し:2009/06/24(水) 10:05:23 ID:NwQGCsFW
――「中庸」といふ志那クラシックのいかにも睡つたやうなこの言葉がやうやう僕には激しい激越な意味を以て思ひかへされて来ました。
中庸を守るとは洞ヶ峠のことではありません。いはゆる微温的態度のことではありません。元気のない聖人気取ではありません。
「中庸」の思想こそ真に青年の血を湧かせる思想なのです。それは荊棘の道です。苦難と迫害の道です。
漢籍に長ずるときく山梨院長が、戦時中の輔仁会で翻訳劇を上演しようとした僕の意図を抹殺し、戦争終るや
「モンテ・カルロの乾盃」を手もなく容認するやうな態度を、人々はいはゆる「中庸」の道だと思つてゐます。
これは思はざるの甚だしきものです。これこそいはゆる論語よみの論語知らずです。

平岡公威(三島由紀夫)
昭和21年2月10日付、神崎陽への書簡から

410 :法の下の名無し:2009/06/24(水) 10:08:40 ID:NwQGCsFW
右顧左顧して世間の機嫌をうかゞひもつとも「穏当な」道を選ぶといふ思想こそ、孔子が中庸といふ言葉で
あらはしたものと全く反対の思想です。
中庸といふこと、守るといふこと、これこそ真の長い苦しい勇気の要る道です。
このやうな時代に、美を守ることの勇気、過去の日本精神の枠、東洋文化の本質を保守するに要する勇気、
これこそ真の男らしい勇気といはねばなりません。
学習院は反動的といふ攻撃の矢面に立ち、真の美、真の文化を叫びつゞけねばなりません。

平岡公威(三島由紀夫)
昭和21年2月10日付、神崎陽への書簡から

411 :法の下の名無し:2009/07/04(土) 13:58:06 ID:sPk3XUsM
東京空港で、米国務長官を襲つて未遂に終つた一青年のことが報道された。
日本のあらゆる新聞がこの青年について罵詈ざんばうを浴せ、袋叩きにし、足蹴にせんばかりの勢ひであつた。
…私はテロリズムやこの青年の表白に無条件に賛成するのではない。
ただあらゆる新聞が無名の一青年をこれほど口をそろへて罵倒し、判で捺したやうな全く同じヒステリカルな
反応を示したといふことに興味を持つたのである。
左派系の新聞も中立系の新聞も右派系の新聞も同時に全く同じヒステリー症状を呈した。
かういふヒステリー症状は、ふつう何かを大いそぎで隠すときの症候行為である。
この怒り、この罵倒の下に、かれらは何を隠さうとしたのであらうか。
日本は西欧的文明国と西欧から思はれたい一心でこの百年をすごしてきたが、この無理なポーズからは何度もボロが出た。
最大のボロは第二次世界対戦で出し切つたと考へられたが、戦後の日本は工業的先進国の列に入つて、もうボロを出す
心配はなく、外国人には外務官僚を通じて茶道や華道の平和愛好文化こそ日本文化であると宣伝してゐればよかつた。

三島由紀夫
「日本文化の深淵について」より

412 :法の下の名無し:2009/07/04(土) 13:59:15 ID:sPk3XUsM
昭和三十六年、私がパリにゐたとき、たまたま日本で浅沼稲次郎の暗殺事件が起つた。
浅沼氏は右翼の十七歳の少年山口二矢によつて短剣で刺殺され、少年は直後獄中で自殺した。
このとき丁度パリのムーラン・ルージュではRevue Japonais といふ日本人のレビューが上演されてをり、
その一景に、日本の短剣の乱闘場面があつた。
在仏日本大使館は誤解をおそれて、大あわてで、その景のカットをレビュー団に勧告したのである。
誤解をおそれる、とは、ある場合は、正解をおそれるといふことの隠蔽である。
私がいつも思ひ出すのは、今から九十年前、明治九年に起つた神風連の事件で、これは今にいたるも
ファナティックな非合理な事件としてインテリの間に評判がわるく、外国人に知られなくない一種の恥と考へられてゐる。

三島由紀夫
「日本文化の深淵について」より

413 :法の下の名無し:2009/07/04(土) 14:00:40 ID:sPk3XUsM
約百名の元サムラヒの頑固な保守派のショービニストが起した叛乱であるが、彼らはあらゆる西洋的なものを憎み、
明治の新政府を西欧化の見本として敵視した。
…あらゆる西欧化に反抗した末、新政府が廃刀令を施行して、武士の魂である刀をとりあげるに及び、
すでにその地方に配置された西欧化された近代的日本軍隊の兵営を、百名が日本刀と槍のみで襲ひ、
結果は西洋製の小銃で撃ち倒され、敗残の同志は悉く切腹して果てたのである。
トインビーの「西欧とアジア」に、十九世紀のアジアにとつては、西欧化に屈服してこれを受け入れることによつて
西欧に対抗するか、これに反抗して亡びるか、二つの道しかなかつたと記されてゐる。
正にその通りで、一つの例外もない。
日本は西欧化近代化を自ら受け入れることによつて、近代的統一国家を作つたが、その際起つた
もつとも目ざましい純粋な反抗はこの神風連の乱のみであつた。
他の叛乱は、もつと政治的色彩が濃厚であり、このやうに純思想的文化的叛乱ではない。

三島由紀夫
「日本文化の深淵について」より

414 :法の下の名無し:2009/07/04(土) 14:02:40 ID:sPk3XUsM
日本の近代化が大いに讃えられ、狡猾なほどに日本の自己革新の能力が、他の怠惰なアジア民族に比して
賞讃されるかげに、いかなる犠牲が払はれたかについて、西欧人はおそらく知ることが少ない。
それについて探究することよりも、西欧人はアジア人の魂の奥底に、何か暗い不吉なものを直感して、
黄禍論を固執するはうを選ぶだらう。
しかし一民族の文化のもつとも精妙なものは、おそらくもつともおぞましいものと固く結びついてゐるのである。
エリザベス朝時代の幾多の悲劇がさうであるやうに。
……日本はその足早な、無理な近代化の歩みと共に、いつも月のやうに、その片面だけを西欧に対して
示さうと努力して来たのであつた。
そして日本の近代ほど、光りと影を等分に包含した文化の全体性をいつも犠牲に供してきた時代はなかつた。

三島由紀夫
「日本文化の深淵について」より

415 :法の下の名無し:2009/07/04(土) 14:04:00 ID:sPk3XUsM
私の四十年の歴史の中でも、前半の二十年は、軍国主義の下で、不自然なピューリタニズムが文化を統制し、
戦後の二十年は、平和主義の下で、あらゆる武士的なもの、激し易い日本のスペイン風な魂が抑圧されて来たのである。
そこではいつも支配者側の偽善が大衆一般にしみ込み、抑圧されたものは何ら突破口を見出さなかつた。
そして、失はれた文化の全体性が、均衛をとりもどさうとするときには、必ず非合理な、
ほとんど狂的な事件が起るのであつた。
これを人々は、火山のマグマが、割れ目から噴火するやうに、日本のナショナリズムの底流が、
関歇的に奔出するのだと見てゐる。
ところが、東京空港の一青年のやうに見易い過激行動は、この言葉で片附けられるとしても、あらゆる
国際主義的仮面の下に、ナショナリズムが左右両翼から利用され、引張り凧になつてゐることは、気づかれない。
反ヴィエトナム戦争の運動は、左翼側がこのナショナリズムに最大限に訴へ、そして成功した事例であつた。

三島由紀夫
「日本文化の深淵について」より

416 :法の下の名無し:2009/07/04(土) 14:05:26 ID:sPk3XUsM
ナショナリズムがかくも盛大に政治的に利用されてゐる結果、人々は、それが根本的には
文化の問題であることに気づかない。
九十年前、近代的武器を装備した近代的兵営へ、日本刀だけで斬り込んだ百人のサムラヒたちは、
そのやうな無謀な行動と、当然の敗北とが、或る固有の精神の存在証明として必要だ、といふことを知つてゐたのである。
これはきはめて難解な思想であるが、文化の全体性が犯されるといふ日本の近代化の中にひそむ危険の、
最初の過激な予言になつた。
われわれが現在感じてゐる日本文化の危機的状況は、当時の日本人の漠とした予感の中にあつたものの、
みごとな開花であり結実なのであつた。

三島由紀夫
「日本文化の深淵について」より


417 :法の下の名無し:2009/07/20(月) 13:43:35 ID:EL8OW5SD
…非武装抵抗の利点は、一つは血を流さないですんだ、といふことと、
一つは国家の主権が曲りなりにも保たれたといふことでなければならない。
しかし、それはあくまで「非武装抵抗」の利点であつて、「非武装」の利点ではない。
非武装(チェコは事実上非武装国家ではなかつたが)それ自体は、強大な武力に対して
何らの利点を持ちえないことは明らかである。
武力抵抗の反対概念は、非武装そのものではなく、非武装抵抗といふことであらう。
そして非武装抵抗の存立条件は、国民の結集した否(ノン)にしかなく、又、
陰に陽にサボタージュその他で抵抗する他はないが、次に来る段階は、非武装抵抗ですら
血を流さずには有効性わ発揮しえぬ、といふ段階であり、又、国家の主権が曲りなりにも保たれても、
その国家権力の実質的な主導権を奪はれるといふ状況をすでに容認するならば、そのあとで、
実質的な主導権を奪ひ返さうといふ抵抗は、抵抗の最初の論理的根拠を欠くことになる。

三島由紀夫
「自由と権力の状況」より

418 :法の下の名無し:2009/07/20(月) 13:45:12 ID:EL8OW5SD
なぜなら、われわれが抵抗の手段の選択を迫られたとき、その一方(すなわち非武装)によつて、
論理的に一貫するならば、敵をすでに受け入れた己れの状況に対する抵抗とは、われわれ自身に対する
抵抗に他ならなくなつてしまひ、抵抗の論理は自らの身を喰ふものになるからであり、
つひには抵抗それ自体が成立たなくなるからである。
そのとき、われわれは、非武装抵抗の利点が一つもない地点に立つてをり、
「非武装抵抗」と「非武装」とは同義語になり、つひには敗北主義の同義語になるのである。

三島由紀夫
「自由と権力の状況」より

419 :法の下の名無し:2009/08/17(月) 12:09:13 ID:3d0gWM1q
日本の周囲の情勢を見渡すのに、直接侵略事態はむしろ可能性が薄く、間接侵略事態がある程度進行した場合に
はじめて直接侵略事態が起こるであらうといふことが常識として考へられる。
一例がソビエトはいはゆる熟柿作戦といはれてゐるやうに、昔からいつたん相手を安心させてから、例へば
一国が両面作戦を恐れてソビエトと手を握つた時に、ソビエトは一旦これと手を握つて相手を安心させた後に、
相手がソビエトに背をむけて敵と戦つてゐる留守を狙つて背後から、その条約を破つてこれを打ちのめし、
占拠し、あるひは自分の手に収めるといふ時機を狙ふ戦略に甚だ老練であり、甚だ狡猾である。

三島由紀夫
「自衛隊二分論」より

420 :法の下の名無し:2009/08/17(月) 12:10:09 ID:3d0gWM1q
ソビエトが現下のやうな政治情勢で、日本に直接侵攻してくることは、すぐには考へられないけれども、
ソビエトなり北鮮なり中共なりのそれぞれ色彩も形態も異なつた共産主義諸国が、もし日本に政治的影響を及ぼして、
間接侵略事態を醸成するのに成功した場合、そしてそれが日本全国の治安状態を攪乱せしめ、国内の経済も崩壊し、
革命の成功が目の前に迫つた場合、このやうな場合にはソビエトが、あるひは新潟方面に陽動作戦を伴ひつつ
北海道に直接侵攻してくる危険がないとは決していへない。
決していへないけれども、このやうな直接侵略事態を考へる前に、最も我々が問題にすべきものは、
これを最終目的として狙つてくる、間接侵略事態の進行である。

三島由紀夫
「自衛隊二分論」より

421 :法の下の名無し:2009/08/24(月) 12:06:17 ID:n3LYiSS0
GHQと戦争裁判という問題はね、単なる思想問題として考えますと(いまや僕は、政治問題としての意味よりも
思想問題として影を落としていると思うのですが)GHQの理念、あるいは戦争裁判の理念というのは、
近代的普遍的諸価値のヒューマニズムがおもてだっているわけです。
そうすると、戦後にそういう諸観念がもう一度復活して、天下をまかり通って、同時にその欺瞞をあらわしたということで、
僕はアメリカの影響というのは、日本の戦後思想史には非常に強いというふうに考える。みんなが思っているよりも。
…彼ら(アメリカ人)は、自由といい、平和といい、人類というときに、それは信じていると思う。
それは彼らの生活の根本にあって、そういうものでもって国家を運用し、戦争を運用し、経済を運用してやっている。
それが日本にきてみた場合に、日本人がそういうような、ある意味で粗雑な、大ざっぱな観念で生きられるかどうかという、
いい実験になったと思う。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

422 :法の下の名無し:2009/08/24(月) 12:10:53 ID:n3LYiSS0
…アメリカ人の考えている自由、アメリカ人の考えている人類、アメリカ人の考えている平和というものは、
ベトナム戦争もやれるものであるということがわかってきたということだ。
これは大きな問題だと思う。
そうすると、アメリカ人はベトナム戦争をやっても、やはり自由を信じ、平和を信じていると思う。
これは嘘ではないと思う。彼らはけっしてそんな欺瞞的国民ではありませんし、彼らは戦争をやって自由のために
戦っているというのは、嘘ではないですよ。彼らは心からそう信じている。
ただ日本人は、そんな粗雑な観念を信じられないだけなんです。
というのは、日本で自由だの平和だのといっても、そんな粗雑な観念でわれわれ生きているわけではありませんからね。
そこに非常に微妙な文化的なニュアンスがあって、そこのうえで近代的な観念が生きている。
それが徐々にわかってきたというのが、いまの思想家全体の破綻の原因で、それは結局アメリカのおかげだと思うのです。
それを与えたのもアメリカなら、反省を促したのもアメリカですね。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

423 :法の下の名無し:2009/08/24(月) 12:15:40 ID:n3LYiSS0
林房雄:…日本弱化と精神的武装解除の軍人政治にすぎないものを、アメリカニゼーションと思いこんだのが三等学者です。
新憲法とともに登場して来た三等学者がたくさんいる。彼らが新憲法を守れというのは当然です。…

三島由紀夫:…丸山(真男)さんなどでも、ファシズムという概念規定を疑わないのは不思議ですね。
ファシズムというのは、ぜんぜん日本にありませんよ。

林:絶対ありません。どう考えてもね。

三島:そういう概念規定を日本にそのまま当てはめて、恬然と恥じない。
今度彼らを分析していくと、別なものにぶつかるのですよ。
丸山学派の日本ファシズムの三規定というのがありますね。
一つが天皇崇拝、一つが農本主義、もう一つは反資本主義か、たしかこの三つだったと思う。
そうすると、それはファシズムというヨーロッパ概念から、どれ一つ妥当しはしませんよ。

林:一つも妥当しない。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

424 :法の下の名無し:2009/08/24(月) 12:26:06 ID:n3LYiSS0
三島:はじめナチスは資本家と結んだのですからね。
日本の愛国運動というのは、もちろん資本家といろいろ関係も生じたけれども、二・二六事件の根本は反資本主義で、
当時二・二六事件もそうだが、二・二六事件のあとで陸軍の統制派が、二・二六事件があまり評判が悪かったので、
今度、やはり反資本主義的なポーズにおける声明書を発表したら、麻生久がとても感激したのですね。
やはりわれわれの徒だということになって、それで賛成演説などをやったりしたことがあるけれども、
そういうファシズム一つとってもそうだし……。

林:…それから二・二六事件にしても、進歩学派諸君は支配階級内部の対立だというふうにかたづけているが……。

三島:事実はぜんぜん違っている。

林:これは一つの革命勢力と支配勢力との闘いだということを認めないわけですね。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

425 :法の下の名無し:2009/08/24(月) 12:46:00 ID:n3LYiSS0
僕はたとえばね、どんな思想が起ころうが、彼ら(日本の近代主義者、知識人)は
もう弁ばくできないと思うのです。
だって自分たちがやるべきときやらなかったのだから、あとに何が出てももうしょうがないですよ。

…とにかく僕が「喜びの琴」という芝居を書いたとき、共産主義は暴力革命は絶対やらないのだと、
もうそんなのは昔の古いテーゼで、いま絶対にそういうことはやらないのだと……
あんな芝居を書く男は、頭が三十年古いとみんな笑ったものです。
そうしたらね、インドネシアの武力革命が起こりかけた。まあ、失敗しましたが。
ちょっと、五、六年さきのこともわからないのですね。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

426 :法の下の名無し:2009/08/28(金) 10:57:12 ID:gl6+qqr3
神風連のことを研究していて、おもしろく思ったのは、かれらは孝明天皇の攘夷の御志を、明治政府が完全に転倒させ、
廃刀令を出したことに対して怒り、…万世一系ということと、「先帝への忠義」ということが、一つの矛盾のない
精神的な中核として総合されていた天皇観が、僕には興味が深いのです。
歴史学者の通説では、大体憲法発布の明治二十二年前後に、いわゆる天皇制国家機構が成立したと見られているが、
それは伊藤博文が、「昔の勤皇は宗教的の観念を以てしたが、今日の勤皇は政治的でなければならぬ」と考えた思想の実現です。
僕は、伊藤博文が、ヨーロッパのキリスト教の神の観念を欽定憲法の天皇の神聖不可侵のもとにしたという考えはむしろ逆で、
それ以前の宗教的精神的中心としての天皇を、近代政治理念へ導入して政治化したという考えが正しいと思います。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

427 :法の下の名無し:2009/08/28(金) 10:57:55 ID:gl6+qqr3
明治憲法の発布によって、近代国家としての天皇制国家機構が発足したわけですが、「天皇神聖不可侵」は、
天皇の無謬性の宣言でもあり、国学的な信仰的天皇の温存でもあって、僕はここに、九十九パーセントの西欧化に対する、
一パーセントの非西欧化のトリデが、「神聖」の名において宣言されていた、と見るわけです。
神風連の電線に対してかざした白扇が、この「天皇不可侵」の裏には生きていると思う。
殊に、統師大権的天皇のイメージのうちに、攘夷の志が、国務大権的天皇のイメージのうちに開国の志が、
それぞれ活かされたと見るのです。
これがさっきの神風連の話ともつながるわけですが、天皇は一方で、西欧化を代表し、一方で純粋な日本の
最後の拠点となられるむずかしい使命を帯びられた。
天皇は二つの相反する形の誠忠を、受け入れられることを使命とされた。
二・二六事件において、まことに残念なのは、あの事件が、西欧派の政治理念によって裁かれて、神風連の
二の舞になったということです。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

428 :法の下の名無し:2009/08/28(金) 10:58:48 ID:gl6+qqr3
ところで僕は、日本の改革の原動力は、必ず、極端な保守の形でしか現われず、時にはそれによってしか、
西欧文明摂取の結果現われた積弊を除去できず、それによってしか、いわゆる「近代化」も可能ではない、
というアイロニカルな歴史意志を考えるのです。
…幻滅と敗北は、攘夷の志と、国粋主義の永遠の宿命なのであって、西欧の歴史法則によって、その幻滅と敗北は
いつも予定されている。日本の革新は、いつでもそういう道を辿ってきた。
…僕の天皇に対するイメージは、西欧化への最後のトリデとしての悲劇意志であり、純粋日本の敗北の宿命への洞察力と、
そこから何ものかを汲みとろうとする意志の象徴です。
…「何ものかを汲みとろう」なんて言うとアイマイに思われるでしょうが、僕は維新ということを言っているのです。
天皇が最終的に、維新を「承引き」給うということを言っているのです。
そのためには、天皇のもっとも重大なお仕事は祭祀であり、非西欧化の最後のトリデとなりつづけることによって、
西欧化の腐敗と堕落に対する最大の批評的拠点になり、革新の原理になり給うことです。
イギリスのまねなんかなさっては困るのです。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

429 :法の下の名無し:2009/08/28(金) 10:59:33 ID:gl6+qqr3
…僕は大嘗祭というお祭りが、いちばん大事だと思うのですがね。あれはやはり、農本主義文化の一つの精華ですね。
あそこでもって、つまり昔の穀物神と同じことで、天皇が生まれ変わられるのですね。
そうして天皇というのは、いま見る天皇が、また大嘗祭のときに生まれ変わられて、そうして永久に、最初の
天照大神にかえられるのですね。そこからまた再生する。
…僕は、経済の発展的な段階というものを、ぜんぜん信じてないのですね。
農耕文化なり、なに文化なり、資本主義から社会主義になるというのは、まったく信じてない。
だけれどもインダストリアゼーションは、土から、みんな全部人間を引き離すでしょう。
そしてわれわれのもっているものは、すべて土とか、植物とか、木の葉とか、そういうものとはどんどん離れていく。
それで土を代表するものはなにかとか、稲の葉っぱを代表するものはなにかとか、自然というものと、
われわれの生活とを最後に結ぶものはなにか。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

430 :法の下の名無し:2009/08/28(金) 11:00:26 ID:gl6+qqr3
…天皇制というのは、少しバタ臭い解釈になるが、あらゆる人間の愛を引き受け、あらゆる人間の愛による不可知論を
一身に引き受けるものが天皇だと考えます。普通の人間のあいだの恋でしょう……。
恋(れん)ですね。それは普通の人間とのあいだの愛情は、みなそれで足りるのですよ、全部。
それがぼくは日本の風土だというふうに思うのです。
(中略)
…僕にとっては、芸術作品と、あるいは天皇と言ってもいい、神風連と言ってもいいが、いろいろなもののね、
その純粋性の象徴は、宿命離脱の自由の象徴なんですよ。
つまりね、一つ自分が作品をつくると、その作品は独得の秩序をもっていて、この宿命の輪やね、それから
人間の歴史の必然性の輪からポンとはみ出す、ポンと。
これはだれがなんと言おうと、それ自体の秩序をもって、それ自体において自由なんですね。
その自由を生産するのが芸術家であって、芸術家というものは、一つの自由を生産する人間だけれども、
自分が自由である必要はない、ぜんぜん。そしてその芸術作品というのはある意味では、完全に輪から外れたものです。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

431 :法の下の名無し:2009/08/28(金) 13:06:32 ID:qr2dHulr
朝鮮半島真実の歴史
?? Dokdo ? ??? ??? real world history in early 19th.(seoul)

http://www.youtube.com/watch?v=6-zgLG6BhdI

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432 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 13:49:03 ID:IcLvc7PR
――それはそうと、この間江田島の参考館へ行って、特攻隊の遺書をたくさん見ました。
遺書というのではないが、ザラ紙に鉛筆の走り書きで、「俺は今とても元気だ。三時間後に確実に死ぬとは思えない……」
などというのがあり、この生々しさには実に心を打たれた。
九割九分までは類型的な天皇陛下万歳的な遺書で、活字にしたらその感動は薄まってしまう。
もし出版するなら、写真版で肉筆をそのまま写し、遺影や遺品の写真といっしょに出すように忠告しました。
それにしても、その、類型的な遺書は、みんな実に立派で、彼らが自分たちの人生を立派に完結させるという叡智をもっていたとしか思えない。
もちろん未練もあったろう。言いたいことの千万言もあったろう。
しかしそれを「言わなかった」ということが、遺書としての最高の文学表現のように思われる。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

433 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 13:50:38 ID:IcLvc7PR
僕が「きけわだつみのこえ」の編集に疑問を呈してきたのはそのためです。
そして人間の本心などというものに、重きを置かないのはそのためです。
もし人間が決定的行動を迫られるときは、本心などは、まして本心の分析などは物の数ではない。
それは泡沫のようなただの「心理」にすぎない。
そんな「心理」を一つも出していない遺書が結局一番立派なのです。
それにしても、「天皇陛下万歳」と遺書に書いておかしくない時代が、またくるでしょうかね。
もう二度と来るにしろ、来ないにしろ、僕はそう書いておかしくない時代に、一度は生きていたのだ、ということを、
何だか、おそろしい幸福感で思い出すんです。
いったいあの経験は何だったんでしょうね。あの幸福感はいったい何だったんだろうか。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

434 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 15:06:55 ID:0ROFWYf6
石原慎太郎総監督「俺は君のために死ににいく」を見たんだが腹が立って仕方ねえ。
何に腹が立つかってえと、当時の暴走した一部の軍部層とフジサンケイと石原慎太郎にだ。
しかし石原慎太郎やフジサンケイはいったいなんだ。
こいつらに特攻隊を語る資格はない。
特攻隊は何だかんだ言って結果として国家のために死んだ。
無駄死にだったかも知れないが、とにかく国家のために死んだ。
石原慎太郎とフジサンケイはアメリカと中国に国を売った売国奴ではないか。
こんな腐れ売国奴に靖国や特攻隊を語る資格はねえ。

このような連中にとっての国旗や国歌 愛国心なんてものは、
自分たちの利益確保のために使う道具でしかないんだな。
権威化 神聖化されたものを利用すれば、こちらが働きかけなくても
自分たちの利益に自発的に奉仕する人間を確保することが出来る
愛国の概念は良いビジネスになるからね
どんなにあくどいことをしても愛国を叫べばチャラになるところがある。
売国もそう。三島はそのようなことをいち早く察し、危惧していたと思うよ。


435 :法の下の名無し:2009/08/31(月) 10:22:38 ID:2FCBKM/S
三島:日本人はアジアでも特殊な民族で、外来文明に対する抵抗力はいちばん強いと思う。
肺結核の黴菌に対しても、清浄な空気の田舎から出てきた人は非常にかかりやすく、都会でもまれて免疫になっている人は
かかりにくいのと同じで、日本は外来文化の吹きだまりと言われているぐらいなので、抵抗力はアジアでいちばん強い。
インド人は依然としてサリーを着ている。インド人は外来文化に対して立派に抵抗している。
日本人の男は似合いもしないセビロを着、女はドレスを着ている。
皮相な観測をする外国人は、日本人は無節操で外来文化に対する抵抗力がないというが、そんなことはない。
似合わないセビロを着ていられるから抵抗力があるのだ。
そういう恰好ができないということは、逆にいえば抵抗力がないということだ。
ガンジーが糸車で抵抗したのはそれを知っていたからだ。

三島由紀夫
千宗室との対談「捨身飼虎」より

436 :法の下の名無し:2009/08/31(月) 10:23:22 ID:2FCBKM/S
三島:トインビーが言っているように、東南アジアから近東地方にかけての西洋文明の侵略に抵抗しえたのは
ガンジーの糸車である。もし、たとえ小さな機械でも、あれを機械に変えていれば、堤に穴があいたように、
そこからどっと西洋文明が入って来る。
そして社会が改革され、経済が改革され、西洋人が教えたとおりにやっていく。
現に東南アジア諸国は西洋をまねて革命を起こそうとしているが、日本はその点、いつもぐずらぐずらしている。
明治維新だってしようがないからやったんだ。のらりくらりで、相手を受け入れても抵抗力を失わない。
これは自信を持っていいと思う。
冷蔵庫やテレビをおいても、もう一つの世界を持っていける力がある。
人生をフィクションにする力は、日本人の大きな力だ。

三島由紀夫
千宗室との対談「捨身飼虎」より

437 :法の下の名無し:2009/08/31(月) 10:24:51 ID:2FCBKM/S
三島:アメリカ人をご覧なさい。アメリカ人は六つの頃からセビロを着て、死ぬまでセビロを着なければならない。
ほかに着るものがない。人生をフィクションにする部分は一つもない。
教会に行ってもプロテスタントの教会だから、カソリックと違って飾り物やお祭があるわけでもない。
その一生は、人生のフィクションを味わうものがなにもないから、じつにさびしいものだろう。
そうだから、日本の文化に見られる人間精神の、純粋な結晶に、憧れを感じる。
日本人はそれをケロっとして持っている。自信を持っていい。
千:私もそれを考えて、ある席で言ったことがある。
日本人は模倣性が強いというが、そんなことは考えなくともよい。
無意識のうちに外にいるときは洋服、畳の上にいるときは着物を着る。
衣食住に関しては、外国人ができないことを平然としてやれる。
ですから、こういう機械文明の時代になっても、茶室で静かに自分の境地をさがし出すこともできる。

三島由紀夫
千宗室との対談「捨身飼虎」より

438 :法の下の名無し:2009/08/31(月) 10:27:53 ID:2FCBKM/S
編集者:…お茶事は演出するもの、フィクションである。
しかも、それは歌舞伎の「先代萩」とか「菅原伝授」とか、たとえ俳優がかわっても繰り返して
なんべんでもやれるというものではない。だから一期一会……。
千:一期一会はお茶から出ているんだが、べつにお茶だけに限らなくともいいでしょう。
人間はおたがいに生活に追われているから、一日の一瞬間でも、ほんとうに心からとけあってお茶事を構成していこう、
そういう解釈でいいんじゃないですか。
今日会えば二度と会えなくても満足だという真剣勝負のような気持、そういう気魄は当然あるべきだと思う。
ただ、それを押しつけては、おたがいに窮屈になってしまうけれど。
三島:最高の快楽というのはそういうもんじゃないか。
現在の一瞬間を最高に楽しむ。非常にストイックな快楽ということになりますね。

三島由紀夫
千宗室との対談「捨身飼虎」より

439 :法の下の名無し:2009/08/31(月) 10:28:47 ID:2FCBKM/S
千:瞬間瞬間をいかに満足するか。お茶を出す亭主はどういうようにすればお客さんに喜んでもらえるか、
また客のほうは、どうすれば雰囲気のなかに溶け込んで、自分というものが亭主に快く受け入れられるかという
瞬間的なふれあい、それは今言われたように、最高の快楽、和・敬・清・寂というものだろうと思う。
三島:たいへん教養のあるアメリカの婦人が、日本にきて、北鎌倉のあるお寺に行ってそこの高僧に会った。
春で庭に梅の花が咲いていた。その人は日本語ができないので、おそるおそる座敷に入って、端近に座った。
やがて和尚さんが現われてニッコリした。彼女もなにもわからないがニッコリした。
その瞬間、彼女はここで死んでもいいと思ったそうです。
これまで五十何年間生きてきたけれども、自分が死んでもいいと思った瞬間はあのときがはじめてだといっていたが、
ここに道を求むる人ありという感じでした。(笑)

三島由紀夫
千宗室との対談「捨身飼虎」より

440 :法の下の名無し:2009/08/31(月) 10:36:12 ID:2FCBKM/S
三島:…これは古い言葉ですが、伝統芸術というのはおしなべて「捨身飼虎」の精神がほしいと思う。
身を捨てるということは、現代ではセビロを着ること、テレビを見ること、洗濯機を使うこと、地下鉄を乗ること、
これが現代の捨身。お茶はほんとうにおそろしいものですよという位置まで高めるのが飼虎。そうしなければいけないと思う。
いま歌舞伎や能の人のやっていることは、虎が檻から勝手に出てしまって、自分では虎を飼っていない人が多い。
そこで身を捨てないで、着物、羽織、袴をはいても、虎がいないのでは人の心をつかめない。
お客さんは檻のなかに虎がいないことを知っている。
編集者:…お茶は虎だというのは非常に大切だと思います。盲蛇におじずで、虎を猫だと思っている人が多いから、
猫じゃなくて虎だということを知らせるのは伝統を守るために必要なことでしょう。
外人を茶室に入れたら、キチッと坐らせて、猫じゃなく虎だと思わせることは非常に必要なことですね。
三島:ますますこれから必要でしょう。総理大臣までチョロチョロしている世の中で、日本の凜然たるものを
持っているのは伝統芸術だけだということになるかもしれないね。

三島由紀夫
千宗室との対談「捨身飼虎」より

441 :法の下の名無し:2009/09/07(月) 14:25:31 ID:WUy/1mBF
…近代主義者はとにかくだめだということは、二十年でよくわかった。
そうして日本の近代主義者の言うとおりにならなかったのは、インダストリアリゼーションをやっちゃったということで、
これが歴史の非常なアイロニーですね。
普通ならば、近代主義者の言うとおりに、思想精神が完全に近代化することによって近代社会が成立し、
そしてインダストリアリゼーションの結果、そういうものが社会に実現されるという、じつは必ずしも
コミュニズムであってもなくても、彼らの考えていることはそうですよ。
ところがなに一つわれわれのメンタリティーのなかには、近代主義が妥当しないにもかかわらず、工業化が進行し、
工業化の結果の精神的退廃、空白といってもいいが、そういうものが完全に成立した。
それと、日本人のなかにある古いメンタリティーとの衝突が、各個人のなかにずいぶん無秩序なかたちで
起こっているわけですね。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

442 :法の下の名無し:2009/09/07(月) 14:26:14 ID:WUy/1mBF
…僕が思想家がぜんぜん無力だというのは、経済現象その他に対してすらなんらの予見もしなければ、
その結果に対して責任ももってないというふうに感ずるからです。
第一、戦後の物質的繁栄というのは、経済学者は一人も寄与してないと思いますよ。
僕が大蔵省にいたとき大内兵衛が、インフレ必至説を唱えて、いまにも破局的インフレがくるとおどかした。
ドッジ声明でなんとか救われたでしょう。政治的予見もなければなんにもない。
経済法則というものは、実にあいまいなもので、こんなに学問のなかでもあいまいな法則はありませんよ。
それで戦後の経済復興は、結局戦争から帰ってきた奴が一生懸命やったようなもので、なんら法則性とか
経済学者の指導とか、ドイツのシャハトのような指導的な理論的な経済学者がいたわけではないし、
まったくめくらめっぽうでここまできた。
これは経済学者の功績でも、思想家の功績でもない。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

443 :法の下の名無し:2009/09/07(月) 14:28:03 ID:WUy/1mBF
三島:やはり林さんの明治維新の根本テーマでも、開国論者がどうしてもやりたくてやれなかったことを、
攘夷論者がやった。あの歴史の皮肉ですね。
林:攘夷論者のみが真の開国論者だった。これが歴史のアイロニイだが、敗戦史家たちには、
このアイロニイがわからないのだな。いまにわかります。
三島:そういう大きな歴史の皮肉ですね、そういうあれがあったでしょうか、戦前、戦後を通じて、文学で……。
林:アイロニイだらけだ。…ドイツ文学の鴎外と英文学の漱石が乃木大将の殉死を最も正確に理解した。…
東西文明の接点に立つ日本文化のアイロニイではないでしょうか。…
…すべて内的な自己展開であって、時流におし流されてものを言ったのではない。
…だから人間は戦争を避けて通ろうとしてはいけないのですよ。
平和は結構だが、戦争は必ず起こると覚悟していなければ、一歩も進めない。
平和が永久につづくなどと思っていたら、とんだ観測ちがいをおかすことになる。
地球国家ができましたら、こんどは宇宙船を飛ばして……。
三島:ほかの遊星を攻撃する……。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

444 :法の下の名無し:2009/09/12(土) 12:18:53 ID:esAPni7o
三島:…日本の状況をみますと、…少なくとも自民党が危ないときになって国民投票をやったとします。
そうしてウイかノンかといのを国民に問うたとします。
できることは、安保賛成(ウイ)か安保反対(ノン)かどっちかしかない。
安保賛成というのは、はっきりアメリカですね。安保反対というのはソビエトか中共でしょう。
日本人に向かっておまえアメリカをとるか、ソビエトをとるか中共をとるかといったら、
僕はほんとうの日本人だったら態度を保留すると思うんですね。
日本はどこにいるんだ。日本は選びたいんだ、どうやったら選べるんだ。
これはウイとノンの本質的意味をなさんと思うんですよ。
そういたしますと、…まだ日本人は日本を選ぶんだという本質的な選択をやれないような状況にいる。
これで安保騒動をとおり越しても、まだやれないんじゃないかという感じがしてしようがない。

三島由紀夫
林房雄との対談「現代における右翼と左翼」より

445 :法の下の名無し:2009/09/12(土) 12:20:13 ID:esAPni7o
三島:それで去年の夏、福田赳夫さんと会ったときに、
「自民党は安保条約と刺しちがえて下さいよ」と言ったんですよ。
私が大きなことを言うようですが、私の言う意味は、自民党はやはり歴史的にそういう役割を持っている、
自民党は西欧派だと思うんです。
西欧派は西欧派の理念に徹して、そこでもって安保反対勢力と刺しちがえてほしい。
その次に日本か、あるいは日本でないかという選択を迫られるんであるというふうに言ったことがある。
いま右だ左だといいましても、安保賛成が右なのかということは、いえないと思うんです。
安保賛成も一種の西欧派ですよ。安保反対はもちろん外国派です。
そうすると国粋派というのは、そのどっちの選択にも最終的には加担していないですよ。

三島由紀夫
林房雄との対談「現代における右翼と左翼」より

446 :法の下の名無し:2009/09/12(土) 12:21:51 ID:esAPni7o
三島:ですからナショナリズムの問題が日本では非常にむずかしくなりまして、私が思うのに、
いま右翼というものが左翼に対して、ちょっと理論的に弱いところがあるのは、われわれ国粋派というのは、
ナショナリズムというものが、九割まで左翼に取られた。
だって米軍基地反対といったって、イデオロギー抜きにすれば、だれだってあまりいい気持ちではない。
それからアメリカは沖縄を出て行け、沖縄は日本のものであったほうがいい、なにを言ったところで、
左翼にとってみれば、どこかで多少ナショナリズムにひっかかっているから広くアピールする。

三島由紀夫
林房雄との対談「現代における右翼と左翼」より

447 :法の下の名無し:2009/09/12(土) 12:22:45 ID:esAPni7o
三島:そうして私は、ナショナリズムは左翼がどうしても取れないもの――九割まで取られちゃったけれども、
どうしても取れないもの、それにしがみつくほかないと信じている。だから天皇と言っているんです。
もちろん天皇は尊敬するが、それだけが理由じゃない。
ナショナリズムの最後の拠点をぐっとにぎっていなければ取られちゃいますよ。
そうして日本中が右か左の西欧派(ナショナリズムの仮面をかぶった)になっちゃう。
林:…僕は今の左翼の“ナショナリズム”は発生が外国指令だと思う。
いくら彼らに教えても反米はできるが反ソ、反中共はできない。
したがって尊王ということは、彼らにとっては、もってのほかです。…
三島:…やつらは天皇、天皇といえばのむわけないです。
のむわけないから、やつらから天皇制打倒というのを、もっと引出したいですよ。
…これをもっとやつらから引出さなければならない。
やつらのいちばんの弱味を引き出してやるのが、私は手だと思っているんですがね。

三島由紀夫
林房雄との対談「現代における右翼と左翼」より

448 :法の下の名無し:2009/09/13(日) 19:29:17 ID:lMtAHTZB
>>385
電波というか、人間味を感じなかった。

449 :法の下の名無し:2009/10/01(木) 19:54:46 ID:SLXGvZuh

【10月の臨時国会で民主・公明が外国人参政権法案提出へ】

            _,‐/.|       ヽ.,лi'\,‐i
           ノ   .|      ,ノ  (´・ω・`)´i
          /    `'‐´`'-,_,‐'v'‐-ー,__,、,-、_`'!_ _
    _ __ノ‐-ー'     ,‐^'‐‐,iー,,l´        ~   ,}
 ‐‐=''‐'`フ   中国  ,‐´     `\   朝鮮  /"
     .t_   . i`ヽ_/   < `∀´ >   ~j      `i、
     .л)   .`j     ___,,,--、   '‐!      ζ
    __| . jヽ‐'´~    /''     `ヽ  ヽ, ,,---'´´~
    `フ `i      ノ        ヽ, /
    `'''ーt´   ,‐,/~          .i /
      <   _j 

韓国人の民度
ttp://www.kjclub.com/jp/exchange/theme/read.php?uid=98279&fid=98279&thread=1000000&idx=1&page=1&tname=exc_board_59&number=83664
貸し出しと返却を自由に市民たちの良心に任せる良心本棚がオープン !

 …3ヶ月後, 3千冊全部 紛失&未返却 orz

450 :法の下の名無し:2009/10/09(金) 16:53:23 ID:vv/jbRJU
民族主義とは、本来、一民族一国家、一個の文化伝統・言語伝統による政治的統一の熱情に他ならない。
(中略)
では、日本にとつての民族主義とは何であらうか?
…言語と文化伝統を共有するわが民族は、太古から政治的統一をなしとげてをり、
われわれの文化の連続性は、民族と国との非分離にかかつてゐる。
そして皮肉なことには、敗戦によつて現有領土に押し込められた日本は、国内に於ける
異民族問題をほとんど持たなくなり、アメリカのやうに一部民族と国家の相反関係や、
民族主義に対して国家が受け身に立たざるをえぬ状況といふものを持たないのである。
従つて異民族問題をことさら政治的に追及するやうな戦術は、作られた緊張の匂ひがするのみならず、
国を現実の政治権力の権力機構と同一し、ひたすら現政府を「国民を外国へ売り渡す」買辧政権と
規定することに熱意を傾け、民族主義をこの方向へ利用しようと力めるのである。

三島由紀夫
「文化防衛論 戦後民族主義の四段階」より

451 :法の下の名無し:2009/10/09(金) 16:54:39 ID:vv/jbRJU
しかし前にも言つたやうに、日本には、現在、シリアスな異民族問題はなく、又、
一民族一文化伝統による政治的統一への悲願もありえない。
それは日本の歴史において、すでに成しとげられてゐるものだからである。
もしそれがあるとすれば、現在の日本を一民族一文化伝統の政治的統一を成就せぬところの、
民族と国との分離状況としてとらへてゐるのであり、民族主義の強調自体が、この分離状況の
強調であり、終局的には、国を否定して民族を肯定しようとする戦術的意図に他ならない。
すなはち、それは非分離を分離へ導かうとするための「手段としての民族主義」なのである。
…前述したやうに、第三次の民族主義は、ヴィエトナム戦争によつて、論理的な継目をぼかされながら
育成され、最後に分離の様相を明らかにしたが、ポスト・ヴィエトナムの時代は、この分離を、
沖縄問題と朝鮮人問題によつて、さらに明確にするであらう。

三島由紀夫
「文化防衛論 戦後民族主義の四段階」より

452 :法の下の名無し:2009/10/09(金) 16:56:00 ID:vv/jbRJU
…戦後の日本にとつては、真の民族問題はありえず、在日朝鮮人問題は、国際問題であり、
リフュジーの問題であつても、日本国内の問題ではありえない。
これを内部の問題であるかの如く扱ふ一部の扱ひには、明らかに政治的意図があつて、
先進工業国における革命主体としての異民族の利用価値を認めたものに他ならない。

三島由紀夫
「文化防衛論 戦後民族主義の四段階」より

453 :法の下の名無し:2009/10/09(金) 16:57:14 ID:vv/jbRJU
…手段としての民族主義はこれを自由に使ひ分けながら、沖縄問題や新島問題では、
「人質にされた日本人」のイメージを以て訴へかけ、一方、起りうべき朝鮮半島の危機に際しては、
民族主義の国際的連帯感といふ論理矛盾を、再び心情的に前面に押し出すであらう。
被害者日本と加害者日本のイメージを使ひ分けて、民族主義を領略しようと企てるであらう。
しかしながら、第三次の民族主義における分離の様相はますます顕在化し、同時に、
ポスト・ヴィエトナムの情勢は、保守的民族主義の勃興を促し、これによつて民族主義の
左右からの奪ひ合ひは、ますます先鋭化するであらう。

三島由紀夫
「文化防衛論 戦後民族主義の四段階」より

454 :法の下の名無し:2009/10/14(水) 12:00:28 ID:wq4B+hWr
国と民族の非分離の象徴であり、その時間的連続性と空間的連続性の座標軸であるところの天皇は、
日本の近代史においては、一度もその本質である「文化概念」としての形姿を如実に
示されたことはなかつた。
このことは明治憲法国家の本質が、文化の全体性の侵蝕の上に成立ち、儒教道徳の残滓をとどめた
官僚文化によつて代表されてゐたことと関はりがある。
私は先ごろ仙洞御所を拝観して、こののびやかな帝王の苑池に架せられた明治官僚補綴の
石橋の醜悪さに目をおほうた。
すなはち、文化の全体性、再帰性、主体性が、一見雑然たる包括的なその文化概念に、見合ふだけの
価値自体を見出すためには、その価値自体からの演繹によつて、日本文化のあらゆる末端の
特殊事実までが推論されなければならないが、明治憲法下の天皇制機構は、ますます西欧的な
立憲君主政体へと押しこめられて行き、政治的機構の醇化によつて文化的機能を捨象して
行つたがために、つひにかかる演繹能力を持たなくなつてゐたのである。

三島由紀夫
「文化防衛論 文化概念としての天皇」より

455 :法の下の名無し:2009/10/14(水) 12:01:03 ID:wq4B+hWr
(中略)
「みやび」は、宮廷の文化的精華であり、それへのあこがれであつたが、非常の時には、
「みやび」はテロリズムの形態をさへとつた。すなはち、文化概念としての天皇は、
国家権力と秩序の側だけにあるのみではなく、無秩序の側へも手をさしのべてゐたのである。
もし国家権力や秩序が、国と民族を分離の状態に置いてゐるときは、「国と民族の非分離」を
回復せしめようとする変革の原理として、文化概念たる天皇が作用した。
孝明天皇の大御心に応へて起つた桜田門の変の義士たちは、「一筋のみやび」を実行したのであつて、
天皇のための蹶起は、文化様式に背反せぬ限り、容認されるべきであつたが、西欧的立憲君主政体に
固執した昭和の天皇制は、二・二六事件の「みやび」を理解する力を喪つてゐた。

三島由紀夫
「文化防衛論 文化概念としての天皇」より

456 :法の下の名無し:2009/10/14(水) 12:01:43 ID:wq4B+hWr
明治憲法による天皇制は、祭政一致を標榜することによつて時間的連続性を充たしたが、
政治的無秩序を招来する危険のある空間的連続性には関はらなかつた。
すなはち言論の自由には関はりなかつたのである。政治概念としての天皇は、より自由で
より包括的な文化概念としての天皇を、多分に犠牲に供せざるをえなかつた。
そして戦後のいはゆる「文化国家」日本が、米占領下に辛うじて維持した天皇制は、
その二つの側面をいづれも無力化して、俗流官僚や俗流文化人の大正的教養主義の帰結として、
大衆社会化に追随せしめられ、いはゆる「週刊誌天皇制」の域にまでそのディグニティーを
失墜せしめられたのである。
天皇と文化は相関はらなくなり、左右の全体主義に対抗する唯一の理念としての
「文化概念たる天皇」「文化の全体性の統括者としての天皇」のイメージの復活と定立は、
つひに試みられることなくして終つた。

三島由紀夫
「文化防衛論 文化概念としての天皇」より

457 :法の下の名無し:2009/10/14(水) 12:02:23 ID:wq4B+hWr
(中略)
時運の赴くところ、象徴天皇制を圧倒的多数を以て支持する国民が、同時に、容共政権の
成立を容認するかもしれない。
そのときは、代議制民主主義を通じて平和裡に、「天皇制下の共産政体」さへ成立しかねないのである。
およそ言論の自由の反対概念である共産政権乃至容共政権が、文化の連続性を破壊し、
全体性を毀損することは、今さら言ふまでもないが、文化概念としての天皇はこれと共に崩壊して、
もつとも狡猾な政治的象徴として利用されるか、あるひは利用されたのちに捨て去られるか、
その運命は決つてゐる。
このやうな事態を防ぐためには、天皇と軍隊を栄誉の絆でつないでおくことが急務なのであり、
又、そのほかに確実な防止策はない。
もちろん、かうした栄誉大権的内容の復活は、政治概念としての天皇をではなく、
文化概念としての天皇の復活を促すものでなくてはならぬ。
文化の全体性を代表するこのやうな天皇のみが窮極の価値自体(ヴエルト・アン・ジッヒ)
だからであり、天皇が否定され、あるひは全体主義の政治概念に包括されるときこそ、
日本の又、日本文化の真の危機だからである。

三島由紀夫
「文化防衛論 文化概念としての天皇」より

458 :法の下の名無し:2009/10/16(金) 10:54:07 ID:eCHot4xq
われわれは絶対的暴力否定の抵抗思想としてガンジーの思想の如きを知つてゐるが、
ガンジーは少なくとも抵抗の思想である。
日本の非暴力主義には、抵抗の思想は稀薄であり、エゴイズムのみが先行してゐる。
絶対平和主義は、自分たちの集団に対する攻撃をも甘んじて容認するといふことにおいて、
少なくとも集団に対する攻撃を容認しない、といふ原理に立つ国家の不可侵性を
否定するものだからである。
国家は力なくしては国家たり得ない。国家は一つの国境の中において存立の基礎を持ち、
その国境の確保と、自己が国家であることを証明する方法としては、その国家の領土の
不可侵性と、主権の不可侵性のために力を保持せざるを得ないことは、最近のチェコの
例を見ても明らかであらう。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

459 :法の下の名無し:2009/10/16(金) 10:54:47 ID:eCHot4xq
もちろん十九世紀的な主権国家の幻はすでに崩れ、国際的な集団保障の時代が来て、国家概念は、
社会主義共同体と、自由諸国の国々とに別れ、ヨーロッパですら、将来のイメージとしては、
共同体的な同盟国家よりも、さらに強固なつながりを持つた国家形態を求めてはゐる。
しかしながら、現実に支配してゐるのは国家の原理であり、イデオロギーの終焉はまだ
絵空事であつて、むしろ、技術社会の進展が、技術の自己目的によるオートマティックな
一人歩きをはじめる傾向に対抗して、国家はこのやうな自己内部の技術社会のオートマティズムを
制御するために、イデオロギーを強化せねばならぬ傾向にある。
社会主義インターナショナルは単に多数民族、強力民族が少数民族をみづからの手中に
をさめるための口実として使はれてゐるにすぎない。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

460 :法の下の名無し:2009/10/16(金) 10:55:32 ID:eCHot4xq
まだ国際政治を支配してゐるのは、姑息な力の法則であつて、その法則の上では
力を否定するものは、最終的にみづから国家を否定するほかはないのである。
平和勢力と称されるものは、日本の国家観の曖昧模糊たる自信喪失をねらつて、
日本自身の国家否定と、暴力否定とを次第次第につなげようと意図してゐる。
そこで最終的に彼ら(左翼)が意図するものは、国家としての日本の崩壊と、無力化と、
そこに浸透して共産政権を樹立することにほかならない。
そして共産政権が樹立されたときにはどのやうな国家がはじまるかは自明のことである。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

461 :法の下の名無し:2009/10/16(金) 10:56:24 ID:eCHot4xq
(中略)
一般大衆は、革命政権の樹立が、自分たちの現在守つてゐる生活に、将来どのような時間をかけて
どのように波及してくるかについてほとんど知るところがない。
彼らは、現在の目前の問題としては、いつもイデオロギーよりも秩序を維持することを欲し、
ことに経済的繁栄の結果として得られた現状維持の思想は、一人一人の心の中に浸み込んで、
自分の家族、自分の家を守るためならば、どのようなイデオロギーも当面は容認する、
といふ方向に向つてゐる。そして、秩序自体の変質がどういふ変化を自分たちにおよぼすか、
といふ未来図を彼らの心から要求することは、ほとんど不可能である。
人々はつねられなければ痛さを感じないものである。
もし革命勢力、ないし容共政権が成立した場合、たとへたつた一人の容共的な閣僚が入つても、
もしこれが警察権力に手をおよぼすことができれば、たちまち警察署長以下の中堅下級幹部の首の
すげかへを徐々に始め、あるひは若い警官の中に細胞をひそませ、警察を内部から崩壊させるであらう。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

462 :法の下の名無し:2009/10/16(金) 20:48:37 ID:tdVKps2v
昨日、book off で「日本人の法感情」(中川剛)という本を見つけて買った。
今、真ん中へんを読んでいる。
すばらしい分析だと感心しながら読んでいるところだ。
読んだ人いますか?

463 :法の下の名無し:2009/10/17(土) 23:41:57 ID:W/t9cv/7
読んでまちぇん(o∂.∂)人(∂.∂o)

464 :法の下の名無し:2009/10/19(月) 22:20:39 ID:KYbVMpvJ
読んでみてくだちゃい。

465 :法の下の名無し:2009/10/22(木) 09:00:52 ID:vdOKKNgy
未だに三島の政治的発言を真に受けてるバカいるの?

466 :法の下の名無し:2009/10/22(木) 13:49:22 ID:Mko14ByA
的を射ているから読まざるをえないだけなんだけどね。

467 :法の下の名無し:2009/10/23(金) 14:21:35 ID:wognHEZS
あそう

468 :法の下の名無し:2009/11/05(木) 11:11:40 ID:5IW65fXH
【尚武の】◇◇◇三島由紀夫◆◆◆【こころ】
http://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/sisou/1257215077/

469 :法の下の名無し:2009/11/17(火) 10:16:33 ID:304lTHK2
戦後日本の歴史が一つとぎれてしまつた。そのとぎれたところに自衛隊の問題があり、警察の問題があり、
またいろいろ複雑な言ふにいはれない、日本人として誠に情けない状態があらゆる面に発生してきました。
(中略)
大体戦後の民主主義といふものは、アメリカといふ成金の新しい国から来たものでありますから、アメリカは
アメリカとしての歴史はもちろん持つてはをりますが、彼らが大切にしてゐる古い歴史といふのはせいぜい
十八世紀です。アメリカに行くと、これは非常に古い家である、十八世紀だなどとよくいはれる。
彼らはどんなにさぐつて見ても十八世紀以前に遡つてアメリカの歴史を語ることができない。
それより古い頃にはインディアンがゐたんで、インディアンの方がよつぽど歴史上における誇りもあるし、
自信もあるはずです。これが白人に駆逐されてしまつた。
白人であるアメリカ人といふものは、人の家にどかどか入つて来て、平和に暮らしてゐた人間を追ひ散らして、
新しい国を建てた。それが移民の国アメリカです。

三島由紀夫
「私の聞いて欲しいこと」より

470 :法の下の名無し:2009/11/17(火) 10:17:19 ID:304lTHK2
さういふ国の人に、日本のやうな古い歴史、文化を持つた国の伝統と連続性の力といふものは判らない。
彼らにどう説明して聞かしても判らない。それは無理はないです。何となれば彼らの感覚にはそんな古い
歴史といふものがないのですから……古いといふと十八世紀を思つてゐる人間にいくらいつても判らない。
判つて貰はうとすることが所詮無理なんでせう。
まあ、日本がアメリカに占領されたといふことは国の運命で仕方がないかも知れませんけれども、一番
根本なところが彼らに判らなかつたことは日本にとつても不幸だつたのでせう。それはわれわれだけが
判つてゐるのであつて、国といふものは、永遠に連続性がなければ本当の国ではないと思ひます。
そしてとに角今は空間といふものがここに広がつてゐる。この空間に対して時間があるわけです。

三島由紀夫
「私の聞いて欲しいこと」より

471 :法の下の名無し:2009/11/17(火) 10:18:32 ID:304lTHK2
今のこの世界の情勢といふものはハッキリいひますと「空間と時間」との戦ひだと思ひます。
(中略)
しかしながらその国際的な争ひは、あくまで空間をとり合つてゐるわけです。
ところがこの地球上の空間を占めてゐる国の中にも一方では反戦、自由、平和といつてゐる人達がをります。
この人達は歴史や伝統などといふものはいらんのだ。歴史や伝統があるから、この空間の方々に国といふものが
出来て、その国同士が喧嘩をしなければならんのだ。われわれは世界中一つの人類としての一員ではないか。
われわれは国などといふものは全部やめて、「自由とフリーセックスと、そして楽しい平和の時代を造るんだ」
と叫んでゐる。彼らには時間といふ観念がない。
空間でもつて完全に空間をとらうといふ考へ方においては、彼らもまた彼らの敵と同じなのです。
それでは、今日の人類を一体何が繋いできたのかといふことを論議し、つきつめてゆくと、結局最後には
「時間」の問題に突き当たらざるを得ない。

三島由紀夫
「私の聞いて欲しいこと」より

472 :法の下の名無し:2009/11/17(火) 10:21:04 ID:304lTHK2
(中略)
今ソビエトで一番の悪口は何だと思ひますか。ソビエトで人を罵倒する一番きたない言葉、それをいはれただけで
人が怒り心頭に発する言葉は何だと思ひますか……私はロシア語を知りませんから、ロシア語ではいへませんが、
「非愛国者だ」といふことださうです。さうすると一体これはどういふことなのかと不思議になります。
その伝統を破壊し、連続性を破壊してゐる共産圏においてすら、現在は歴史の連続性といふものを信じなければ
「愛国」といふ観念は出て来てないことに気付き、その観念のないところには共産国家といへどもその存立は
危ぶまれるといふことを気付いたに違ひない。
ですからこの「縦の軸」すなはち「時間」はその中にかくされてゐるんで、如何に人類が現在の平和を
かち得たとしても、このかくされてゐる「縦の軸」がなければ平和は維持できない。
それが現在の国家像であると考へられていいんです。

三島由紀夫
「私の聞いて欲しいこと」より

473 :法の下の名無し:2009/11/17(火) 10:22:01 ID:304lTHK2
ことに日本では敗戦の結果、この「縦の軸」といふのが非常に軽んじられてきてしまつた。
日本は、この縦の軸などはどうでもいいんだが、経済が繁栄すればよろしい、そして未来社会に向つて、
日本といふ国なんか無くなつても良い。みんな楽しくのんびり暮して戦争もやらず、外国が入つて来たら、
手を挙げて降参すればいいんだ。日本の連続なんかどうなつてもいいんではないか、歴史や文化などは
いらんではないか、滅びるものは全部滅びても良いではないか、と考へる向きが非常に強い。
さういふ考へでは将来日本人の幸せといふものは、全く考へられないといふことを、この一事をもつてしても、
共産国家が既に明白に証明してゐると私は思ひます。
(中略)
共産主義国家が、国家意思を持つてゐて、日本のやうな、佐藤首相が自らの手で国家を守るといつてゐるこの国に、
国家意思がないとは一体どういふことだらうか。
さういふことになるのは今の日本の根本が危ふくなつてゐるからです。根本はここにあるのです。

三島由紀夫
「私の聞いて欲しいこと」より

474 :法の下の名無し:2009/11/29(日) 03:20:28 ID:wcCxYXqB
在日韓国人の「外国人参政権」を急いで欲しがる理由について。
 以下の理由らしいとの事です。 

2012年在日韓国人に徴兵義務強制、拒否すれば財産没収(正式決定済み事項)の法律が韓国で決定。
 ↓
2012年以降、在日韓国人は兵役をこなすか、手数料を支払うかしかなくなる。
 ↓
ただし、兵役に行くor国籍を認めて代金を支払うと特別永住資格を喪失するらしい(帰化するしか日本に居住する方法がなくなる)

 ということは、頑張って2012年まで在日の参政権等の法律を阻止できればあの忌まわしい在日は駆逐できるってことなのか!
 みんな頑張ろうぜ!日本の地を日本人の手に!!
 できればこの文章を、いろんなページに貼り付けてほしい。
 たのむ。子供たちに明日を!

 参考・在日韓国人が参政権をほしがる理由
http://d.hatena.ne.jp/hidekopon/20091123/1258974145



475 :法の下の名無し:2009/12/03(木) 12:20:18 ID:Pbaonaf2
ところで私はあらゆる楽観主義、楽天主義がきらひである。
ファクトといふものは、悲観をも楽観をも蹂躙してゆく戦車だといふのが私の考へで、ファクトに携はらぬ人は
往々歴史を見誤まるのである。

三島由紀夫
「三島由紀夫のファクト・メガロポリス」より

476 :法の下の名無し:2009/12/03(木) 17:13:32 ID:Pbaonaf2
兜町――それは現在のこの一瞬だ。
(中略)
そこには、なるほど資本主義の枠はあるけれど、どんなイデオロギーにもゆがめられない、テコでも動かない
現在只今の生活感覚が充実してゐて、盲目でありながら透視力に充ち、どんな理窟もはねとばし、予想も論理も
役に立たない。よかれ、あしかれ、ありのままの素ッ裸。兜町を直視すれば、気取りも羞恥心も吹つ飛んでしまふ。
いかに壮大な革命理論をゑがいても、心のどこかに、「マイホームを建てる三十坪の土地がほしい」といふ
気持があれば、その集積が、露骨に株式相場にあらはれてしまふ。
ひどく敏感で、ひどく鈍感。

三島由紀夫
「三島由紀夫のファクト・メガロポリス」より

477 :法の下の名無し:2009/12/03(木) 17:14:13 ID:Pbaonaf2
時代に対して徹底的に受身で、自己一身の利益しか考へてゐないといふ「心」が、集積されると、時代を
動かしてゆく一つの重要な動因になるといふそのふしぎ。
…兜町の第一線の人々と親しく話してみて、そこに世代の差による考へ方のちがひは当然ありながら、
「どんな観念論も空しい」といふ一点で、逞しい合意に達してはたらいてゐる人々の、一種強烈な自信に圧倒された。
しかし果して、どんな観念論も空しいだらうか?
それは歴史が決定する問題であり、「現実」がまだ最後の勝利を占めたわけではないのである。

三島由紀夫
「三島由紀夫のファクト・メガロポリス」より

478 :法の下の名無し:2009/12/12(土) 10:39:40 ID:iiFs6UHs
安保体制はそれ一つで孤立してゐる問題ではなく、わかり切つたことですが、新憲法とワンセットになつてゐて、
どうしても切り離せないやうにできてゐて今も続いてゐる。
このワンセット関係、換言すれば、シャムの双生児のやうにおなかまでつながつてゐて頭が二つといふ状況を
十分把握しておかないと、安保、憲法は論じられないと思つてゐる。
安保は新憲法における欠陥、すなはち安全保障についての無力を補填するといふ形でできてゐる。
アメリカの本音としては日本を属国にしておきたいけれども、まあ日本が強くならない程度の憲法ぐらゐは
与へておかうと考へたわけですね。さういふ背景を考へると、安保、さらに沖縄の問題が派生的な二次的な
問題だといふことがはつきりしてくる。
私が諸君に、目前の変転する事象に惑はされることなく、根本的なことだけを考へてくれと言ふのは、憲法が
このままでは、日本の防衛問題も最終的な解決はつかない、日本が本当に姿勢を正して本来の姿に戻るには、
このままではだめだと思ふからであります。
三島由紀夫
「『孤立』ノススメ 三、安保、新憲法はシャムの双生児であるといふことについて」より

479 :法の下の名無し:2009/12/28(月) 15:55:26 ID:uJ/4NynC
…私は国家といふものの暴力を肯定してもそれが直ちに無前提に戦争を肯定することにはならないといふ立場に
立つものであるが、この立場に真に対立するものが次のやうな毛沢東の言葉なのである。
すなはち「われわれの目的は地上に戦争を絶滅することである。しかし、その唯一の方法は戦争である」これが
毛沢東の独特な論理であつて、この論理がすなはち右に述べたやうな暴力肯定の論理とちやうど反極に立つものである。
すなはちそれは平和主義の旗じるしのもとに戦争を肯定した思想なのである。私は戦後、平和主義の美名が
いつもその裏でただ一つの正しい戦争、すなはち人民戦争を肯定する論理につながることをあやぶんできたが、
これが私が平和主義といふものに対する大きな憎悪をいだいてきた一つの理由である。

三島由紀夫
「砂漠の住人への論理的弔辞」より

480 :法の下の名無し:2009/12/28(月) 15:56:35 ID:uJ/4NynC
そして、私の暴力肯定は当然国家肯定につながるのであるから、平和主義の仮面のもとにおける人民戦争の肯定が
国家超克を目的とするかのごとき欺瞞に対しては闘はざるを得ない。国家超克はいはゆる共産主義諸国の理論的前提で
あるにもかかはらず、現実の証明するとほり共産主義諸国も国家主義的暴力の行使を少しも遠慮しないからである。
(中略)しかし「人民戦争のみが正しい暴力である」(このことは、「中共の持つ核兵器のみが平和のための
正しい核兵器である」といふ没論理をただちに招来する)といふ思想は、それほど新しい思想であらうか。
それは又、古くからある十字軍の思想であり、その根本的性格は「道義的暴力」といふことであるが、道義的主張は
どんな立場からも発せられうるものである。かくてあらゆる道義が相対化されるときに、被圧制、被圧迫の立場のみが、
道義的源泉であるとすれば、その自由と解放は、たちまち道義的源泉を涸(か)らすことになるのは自明である。

三島由紀夫
「砂漠の住人への論理的弔辞」より

481 :法の下の名無し:2009/12/28(月) 15:57:34 ID:uJ/4NynC
道義の問題を別としても、暴力に質的差異をみとめること、正義の暴力と不正義の暴力をみとめることは、軍隊と
警察の力のみを正義の力とみとめ、その他の力をすべて暴力視する近代国家の論理と、どこかで似て来るのである。
かくて毛沢東の論理は、結局、国家の論理に帰結する、と私は考へる。
私はかりにも力を行使しながら、愛される力、支持される力であらうとする考へ方を好まない。この考へ方は、
責任観念を没却させるからである。責任を真に自己においてとらうとするとき、悪鬼羅刹となつて、世人の
憎悪の的になることも辞さぬ覚悟がなくてはならぬ。それなしに道義の変革が成功したためしはないのである。
自分がいつも正しい、といふのは女の論理ではあるまいか。

三島由紀夫
「砂漠の住人への論理的弔辞」より

482 :法の下の名無し:2010/01/21(木) 23:33:14 ID:56otM6Eq
【高森アイズ】三島由紀夫の天皇論[桜H21/11/25]
http://www.youtube.com/watch?v=IslOROG4nRM&hl

483 :法の下の名無し:2010/01/25(月) 10:31:25 ID:KGBflBAO
日本とは何か、といふ最終的な答へは、左右の疑似ナショナリズムが完全に剥離したあとでなければ出ないだらう。
安保賛成も反共も、それ自体では、日本精神と何のかかはりもないことは、沖縄即時奪還も米軍基地反対も、
それ自体では、日本精神とかかはりのない点で同じである。そしてまたそのすべてが、どこかで日本的心情と
馴れ合ひ、ナショナリズムを錦の御旗にしてゐる点でも同格である。「反共」の一語をとつても、私はニューヨークで、
トロツキスト転向者の、祖国喪失者の反共屋をたくさん見たのである。
私は自民党の生きる道は、真のリベラリズムと国際連合中心の国際協調主義への復帰であり、先進工業国における
共産党の生きる道は、すつきりしたインターナショナリズムへの復帰しかないと考へる。
真にナショナルなものとは何か。
それは現状維持の秩序派にも、現状破壊の変革派にも、どちらにも与(くみ)しないものだと思はれる。

三島由紀夫
「『国を守る』とは何か」より

484 :法の下の名無し:2010/01/25(月) 10:32:16 ID:KGBflBAO
現状維持といふのは、つねに醜悪な思想であり、また、現状破壊といふのは、つねに飢ゑ渇いた貧しい思想である。
自己の権力ないし体制を維持しようとするのも、破壊してこれに取つて代らうとするのも、同じ権力意志の
ちがつたあらはれにすぎぬ。
権力意志を止揚した地点で、秩序と変革の双方にかかはり、文化にとつてもつとも大切な秩序と、政治にとつて
もつとも緊要な変革とを、つねに内包し保証したナショナルな歴史的表象として、われわれは「天皇」を持つてゐる。
実は「天皇」しか持つてゐないのである。中共の「文化」大革命に決定的に欠けてゐる要因はこれであり、かれらは
高度な文化の母胎として必要な秩序を、強引な権力主義的な政治的秩序で代行するといふ、方法上の誤りを犯した。
文化に積極的にかかはらうとしない自由主義諸国は、この誤りを犯す心配はない代りに、文化の衰弱と死に直面し、
共産主義諸国は、正に文化と政治を接着し、文化に積極的にかかはらうとする姿勢において、すでに文化を殺してゐる。

三島由紀夫
「『国を守る』とは何か」より

485 :法の下の名無し:2010/01/25(月) 10:35:13 ID:KGBflBAO
(中略)最近私は一人の学生にこんな質問をした。
「君がもし、米軍基地闘争で日本人学生が米兵に殺される現場に居合はせたらどうするか?」
青年はしばらく考へたのち答へたが、それは透徹した答へであつた。
「ただちに米兵を殺し、自分はその場で自決します」
これはきはめて比喩的な問答であるから、そのつもりできいてもらひたい。
この簡潔な答へは、複雑な論理の組合せから成立つてゐる。すなはち、第一に、彼が米兵を殺すのは、日本人としての
ナショナルな衝動からである。第二に、しかし、彼は、いかにナショナルな衝動による殺人といへども、殺人の
責任は直ちに自ら引受けて、自刃すべきだ、と考へる。これは法と秩序を重んずる人間的倫理による決断である。
第三に、この自刃は、拒否による自己証明の意味を持つてゐる。

三島由紀夫
「『国を守る』とは何か」より

486 :法の下の名無し:2010/01/25(月) 10:37:26 ID:KGBflBAO
なぜなら、基地反対闘争に参加してゐる群衆は、まづ彼の殺人に喝采し、かれらのイデオロギーの勝利を叫び、
彼の殺人行為をかれらのイデオロギーに包みこまうとするであらう。しかし彼はただちに自刃することによつて、
自分は全学連学生の思想に共鳴して米兵を殺したのではなく、日本人としてさうしたのだ、といふことを、
かれら群衆の保護を拒否しつつ、自己証明するのである。
第四に、この自刃は、包括的な命名判断(ベネンヌンクスウルタイル)を成立させる。すなはちその場のデモの
群衆すべてを、ただの日本人として包括し、かれらを日本人と名付ける他はないものへと転換させるであらうからである。
いかに比喩とはいひながら、私は過激な比喩を使ひすぎたであらうか。
しかし私が、精神の戦ひにのみ剣を使ふとはさういふ意味である。

三島由紀夫
「『国を守る』とは何か」より

487 :法の下の名無し:2010/02/15(月) 11:26:02 ID:vtfWSEWL
私の貧しい感想が、この本に何一つ加へるものがないことを知りながら、次の三点について読者の注意を
促しておくことは無駄ではあるまいと思ふ。
第一は、もつとも苛烈な状況に置かれたときの人間精神の、高さと美しさの、この本が最上の証言をなしてゐることである。
玉砕寸前の戦場において、自分の腕を切つてその血を戦友の渇を医やさうとし、自分の死肉を以て戦友の飢を
救はうとする心、その戦友愛以上の崇高な心情が、この世にあらうとは思はれない。日本は戦争に敗れたけれども、
人間精神の極限的な志向に、一つの高い階梯を加へることができたのである。
第二は、著者自身についてのことであるが、人間の生命力といふもののふしぎである。
舩坂氏の生命力は、もちろん強靭な精神力に支へられてのことであるが、すべての科学的常識を超越してゐる。

三島由紀夫
「序 舩坂弘著『英霊の絶叫』」より

488 :法の下の名無し:2010/02/15(月) 11:26:43 ID:vtfWSEWL
あらゆる条件が氏に死を課してゐると同時に、あらゆる条件が氏に生を課してゐた。まるで氏は、神によつて
このふしぎな実験の材料に選ばれたかのやうだ。(中略)
体力、精神力、知力に恵まれてゐたことが、氏を生命の岸へ呼び戻した何十パーセントの要素であつたことは
疑ひがないが、のこりの何十パーセントは、氏が持つてゐたあらゆる有利な属性とも何ら関はりがないのである。
それでは、ひたすら生きようといふ意志が氏を生かしてゐたか、といふと、それも当らない。氏は一旦、はつきりと
自決の決意を固めてゐたからである。

三島由紀夫
「序 舩坂弘著『英霊の絶叫』」より

489 :法の下の名無し:2010/02/15(月) 11:27:49 ID:vtfWSEWL
氏が拾つた命は、神の戯れとしか云ひやうがないものであつた。その神秘に目ざめ、且つ戦後の二十年間に、
その神秘に徐々に飽きてきたときに、氏の中には、自分の行為と、行為を推進した情熱とが、単なる僥倖としての
生以上の何かを意味してゐたにちがひない、といふ痛切な喚起が生じた。その意味を信じなければ、現在の生命の
意味も失はれるといふぎりぎりの心境にあつて、この本が書き出されたとき、「本を書く」といふことも亦、一つの
行為であり、生命力の一つのあらはれであるといふことに気づくとは、何といふ逆説だらう。氏はかう書いてゐる。
「彼ら(英霊)はその報告書として私を生かしてくれたのだと感じた」
(中略)そして氏の見たものは、他に一人も証人のゐない地獄であると同時に、絶巓における人間の美であつた。

三島由紀夫
「序 舩坂弘著『英霊の絶叫』」より

490 :法の下の名無し:2010/03/13(土) 12:41:51 ID:X/tiaKA6
□□□評論家・三島由紀夫■■■
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1268296560/

三島由紀夫と楯の会
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/war/1268100886/

491 :法の下の名無し:2010/03/21(日) 11:16:39 ID:9lvrno2t
オルテガの史観は、所与の事実をそのまま歴史とはみとめない。(中略)
これは結局、キリスト教徒の歴史観のうちにあらはれた世代の観念である。世代を媒体にして、歴史的事実が
形成されるといふ世代論である。(中略)
特攻隊の歴史感覚と、オルテガ流の「理念のなかにおける再体験の試み」といふ歴史感覚ほど、相隔たること
遠いものはない。
私には、今も、戦争体験はオルテガ流に甦つては来ない。特攻隊は歴史の中に突入し、埋もれた。
われわれは偶然生き残つて、歴史の外に取り残された。私は歴史の外にある自分の存在理由をたづねて、
今日に及んだのである。

三島由紀夫
「歴史の外に自分をたづねて」より

492 :法の下の名無し:2010/03/30(火) 10:17:00 ID:rBA3pTkV
最近ウェイドレーの「芸術の運命」といふ本を面白く読んだが、この本の要旨は、キリスト教的中世には
生活そのものに神の秩序が信じられてゐて、それが共通の様式感を芸術家に与へ、芸術家は鳥のやうに自由で、
毫も様式に心を労する必要がなかつたが、レオナルド・ダ・ヴィンチ以後、様式をうしなつた芸術家は方法論に
憂身をやつし、しかもその方法の基準は自分自身にしかないことになつて、近代芸術はどこまで行つても
告白の域を脱せず、孤独と苦悩が重く負ひかぶさり、ヴァレリーのやうな最高の知性は、かういふ模索の極致は
何ものをも生み出さないといふことを明察してしまふ、といふのである。著者はカソリック教徒であるから、
おしまひには、神の救済を持出して片づけてゐる。

三島由紀夫「モラルの感覚」より

493 :法の下の名無し:2010/03/30(火) 10:17:20 ID:rBA3pTkV
道徳的感覚といふものは、一国民が永年にわたつて作り出す自然の芸術品のやうなものであらう。しつかりした
共通の生活様式が背後にあつて、その奥に信仰があつて、一人一人がほぼ共通の判断で、あれを善い、これを
悪い、あれは正しい、これは正しくない、といふ。それが感覚にまでしみ入つて、不正なものは直ちに不快感を
与へるから「美しい」行為といはれるものは、直ちに善行を意味するのである。もしそれが古代ギリシャの
やうな至純の段階に達すると、美と倫理は一致し、芸術と道徳的感覚は一つものになるであらう。
最近、汚職や各種の犯罪があばかれるにつれて、道徳のタイ廃がまたしても云々されてゐる。しかしこれは
今にはじまつたことではなく、ヨーロッパが神をうしなつたほどの事件ではないが、日本も敗戦によつて
古い神をうしなつた。どんなに逆コースがはなはだしくならうと、覆水は盆にかへらず、たとへ神が復活しても、
神が支配してゐた生活の様式感はもどつて来ない。

三島由紀夫「モラルの感覚」より

494 :法の下の名無し:2010/03/30(火) 10:17:40 ID:rBA3pTkV
もつと大きな根本的な怖ろしい現象は、モラルの感覚が現にうしなはれてゐる、といふそのことではないのである。
今世紀の現象は、すべて様式を通じて感覚にぢかにうつたへる。ウェイドレーの示唆は偶然ではなく、彼は
様式の人工的、機械的な育成といふことに、政治が着目してきた時代の子なのである。コミュニズムに何故
芸術家が魅惑されるかといへば、それが自明の様式感を与へる保証をしてゐるやうに見えるからである。
いはゆるマス・コミュニケーションによつて、今世紀は様式の化学的合成の方法を知つた。かういふ方法で
政治が生活に介入して来ることは、政治が芸術の発生方法を模倣してきたことを意味する。我々は今日、自分の
モラルの感覚を云々することはたやすいが、どこまでが自分の感覚で、どこまでが他人から与へられた感覚か、
明言することはだれにもできず、しかも後者のはうが共通の様式らしきものを持つてゐるから、後者に
従ひがちになるのである。

三島由紀夫「モラルの感覚」より

495 :法の下の名無し:2010/03/30(火) 10:18:06 ID:rBA3pTkV
政治的統一以前における政治的統一の幻影を与へることが、今日ほど重んぜられることはない。
文明のさまざまな末期的錯綜の中から生れたもつとも個性的な思想が非常な近道をたどつて、もつとも民族的な
未開な情熱に結びつく。ブルクハルトが「イタリー・ルネッサンスの文化」の中で書いてゐるやうに
「芸術品としての国家や戦争」が劣悪な形で再現してをり、神をうしなつた今世紀に、もし芸術としてなら
無害な天才的諸理念が、あらゆる有害な形で、政治化されてゐるのである。
芸術家の孤独の意味が、かういふ時代ではその個人主義の劇をこえて重要なものになつて来てをり、もし
モラルの感覚といふものが要請されるならば、劣悪な芸術の形をした政治に抗して、芸術家が己れの感覚の
誠実をうしなはないことが大切になるのである。

三島由紀夫「モラルの感覚」より

496 :法の下の名無し:2010/03/31(水) 19:21:43 ID:9d30R0NX
ふうん

497 :法の下の名無し:2010/04/05(月) 11:15:57 ID:VsGcB4YQ
現代の若い人たちの特徴として、欲望の充足そのものをあまり重要なものとしてゐないのではないかと僕は思ふ。
それは欲望を充足してから後に、いつも「たしかこれだけではないはずだ」といふやうな飢餓の気持に襲はれて、
その感じの方が欲望の充足といふことよりも強く来てしまふんです。女の人に関しては、まだまだ欲望の
充足といふことは大問題かもしれないけれども、若い男にとつては欲望の充足だけが人生の大問題であるなんて
ことは、ほとんどないんぢやないかと思ふ。(中略)
今はさういふもの(性欲の満足)に対して、あまりにも近道が発達してゐるものだから、人間のかなり大事な
一つの仕事である生殖作用が、だんだん軽くなつてゐる。その一つの現はれがペッティングなどといふことに
なるんだけれども、これからますますかういふ傾向がひどくなるんぢやないかと思ふ。その結果、若い人たちの
性欲以外のいろいろな欲望に対する追求も、だんだんとねばりがなくなり、非常にニヒリスティックになる
といふことは言へると思ふ。
たとへば明治時代の立身出世主義のやうに一つの公認されてゐる社会的欲望が、大多数の人たちを動かして
ゐた時代もあるわけです。さうすると、社会的欲望の充足が、だれが見ても間違ひのない社会における完全な
勝利になる。さういふ時代には、あらゆる条件がそれに伴つて動いてゐたと思ふんです。たとへば上昇期の
資本主義の時代、さうして日本が近代国家として統一されて、まだ間もない時代、しかも恋愛の自由がまだ
完全にない時代――もちろんプロスティチュートはたくさんゐたし、さういふことの満足は幾らでも得られた
けれども、普通の恋愛がまだ非常に困難であつた時代、従つてたとひ男がプロスティチュートを買つても、
精神的に非常にストイックだつた時代、さういふ頃には、欲望の充足といふことは、みんな一つの大きな方向に
向つた大事業だつたといつていいと思ふ。だからさういふ立身出世主義みたいな世俗的なものの裏返しとしては、
あの時代は理想主義の時代だつたとも言へるかもしれない。

三島由紀夫「欲望の充足について」より

498 :法の下の名無し:2010/04/05(月) 11:16:24 ID:VsGcB4YQ
けれども今の時代は、普通の若い人たちの間で、必ずしもプロスティチュートでなくても、欲望の充足が非常に
簡単になつて来てゐる。その簡単になつて来たといふ背後には、逆にどうやつてもいろいろな社会的な欲望の
充足が困難になつて来たといふ事情も入つてゐると思ふ。たとへば今学校で子供たちに、将来何になりたいかと
聞いたならば、大臣になりたいなどといふ子供はあまりゐないだらうし、大将などはなくなつてしまつた
やうなものだし、みんなのなりたいものは、プロ野球の選手だとか映画俳優くらゐしかなくなつてしまつた。
さうして社会が一種の袋小路に入つてゐて、未来の日本の希望といふものもあまり見られないし、社会そのものが
今発展期にないといふことが、非常に概念的な言ひ方だけれども、簡単に欲望が満足させられてしまふ悲しさ、
空虚感に、ますます拍車をかけてゐるといふ感じがする。
そこで欲望の充足といふことは、ほかの項目にある刺激飢餓といふことに、すぐ引つかかつて来る。
ヒロポンとかパチンコとか麻雀とかに対する狂熱的な欲望も、みんなさういふところに入つて来ると思ふのです。
だから性欲なら性欲といふことを一つ考へても、それにいろいろな条件がからんで来るので、もし性欲が非常に
簡単に満足されるとすれば、何も性欲である必要はないんです。それはある場合においては賭事であつてもいいし、
目先の小さな刺激であつてもいいし、何でもいいわけです。つまり一つの欲望が非常に大事であるといふことに
なれば、ほかの欲望もみんな大事であると言へると思ふ。もし性欲の満足が非常に大事な問題であれば、ほかの
欲望もそれぞれ人生の中での大問題になる。一つの欲望の充足がくだらぬことになつてしまへば、ほかもみんな
くだらなくなつてしまふ。

三島由紀夫「欲望の充足について」より

499 :法の下の名無し:2010/04/05(月) 11:16:43 ID:VsGcB4YQ
それが両方から鏡のやうに相投射してゐるから、何も女の子を追つかけなくても、ヒロポンを打つてゐれば
いいといふことになる。さうしてヒロポンがこはいといふ人は麻雀をやつてゐればいいといふことになる。
さういふ点から見てみると、案外今の若い人には――それは新聞や雑誌の言ふやうに性道徳が乱れて
めちやくちやになつてゐるといふ部分もあるでせうけれども、一部分には何だか全然何も考へないでパチンコ
ばかりやつてゐて女の子とつき合ふこともない。ヒロポンなんか少し甚だしいけれども、一方では女の子と
ちつともつき合はないで麻雀ばかりやつて、うたた青春を過してゐるのも多いんぢやないか。従つてすべてに
欲望がなくなつた時代とも言へるんぢやないかと思ふ。
(談)

三島由紀夫「欲望の充足について」より

500 :法の下の名無し:2010/04/14(水) 11:16:41 ID:wAsCUFDd
今日のやうに泰平のつづく世の中では、人間の死の本能の欲求不満はいろいろな形であらはれ、
ある場合には、社会不安のたねにさへなる。
こんな問題は、浅薄なヒューマニズムや、平べつたい人間認識では、とても片付かない。

三島由紀夫「K・A・メニンジャー著 草野栄三良訳『おのれに背くもの』推薦文」より

501 :法の下の名無し:2010/04/16(金) 10:36:57 ID:E6V1HGWA
聞くところによると、例の「風流夢譚」掲載のいきさつについて、中央公論の嶋中社長がその掲載を反対した
にもかかはらず、あたかもぼくが圧力かけて掲載させたやうに伝はつてゐるらしいんです。
これはとんでもない誤解で、推薦した事実さへない。第一、新人の原稿ならいざ知らず、深沢さんといへば
一本立ちの作家ですからね、だれそれの推薦なんてあり得ないぢやないですか。世間ではよく、ある出版社の
背後にはこれこれといふ作家がゐて、その作家の言ふことならきく、といふやうな考へを持つ人がゐるらしいが、
それは“編集権”の存在を知らない者の言ふことで、編集権を侵害しないといふモラルは、ぼく自身いつも
守つてきたはずだ。ただ例外があるとすれば、“文学賞”の審査員になつたときくらゐのものだらう。
そのときだつて、技術顧問的な役割で、作品の芸術的な判断以外の社会的な影響にまでは、タッチしないものだ。

三島由紀夫「『風流夢譚』の推薦者ではない――三島由紀夫氏の声明」より

502 :法の下の名無し:2010/04/16(金) 10:37:17 ID:E6V1HGWA
かういふ事情を知つてゐれば、ぼくが「風流夢譚」を掲載するやうに圧力をかけたなんていふことがナンセンス
だといふことがよくわかるはず。しかし、それにもかかはらずぼくの名が使はれたとすれば、それは一部の者が
苦しまぎれの逃げ口上に使つたのではないか。さう思へば使つた者にも同情の余地があるのだが、迷惑うけるのは
こちらだからね。ともかくふりかかつた火の粉ははらひ落としたいといふのが本音だ。
この際、次第に大きくなる風説――新聞雑誌でもそんな書き方をされてゐるんで――の誤解をときたい……。
(談)

三島由紀夫「『風流夢譚』の推薦者ではない――三島由紀夫氏の声明」より

503 :法の下の名無し:2010/05/06(木) 11:13:14 ID:UEknYPqm
天地の混沌がわかたれてのちも懸橋はひとつ残つた。さうしてその懸橋は永くつづいて日本民族の上に永遠に
跨(またが)つてゐる。これが神(かん)ながらの道である。こと程さ様に神ながらの道は、日本人の
「いのち」の力が必然的に齎(もたら)した「まこと」の展開である。(中略)
神ながらの道に於ては神の世界への進出は、飛躍を伴はぬのである。そして地上の発展そのものがすでに神の
世界への「向上」となつてゐるのである。かるが故に「神ながらの道」は地上と高天原との懸橋であり得るのである。
神ながらの道の根本理念であるところの「まことごゝろ」は人間本然のものでありながら日本人に於て最も
顕著に見られる。それは豊葦原之邦(とよあしはらのくに)の創造の精神である。この「土」の創造は一点の
私心もない純粋な「まことごゝろ」を以てなされた。

平岡公威(三島由紀夫)16歳
「惟神(かんながら)之道」より

504 :法の下の名無し:2010/05/06(木) 11:13:40 ID:UEknYPqm
「まことごゝろ」は又、古事記を貫ぬき万葉を貫ぬく精神である。鏡――天照大神(あまてらすおほみかみ)に
依つて象徴せられた精神である。すべての向上の土台たり得べき、強固にして美くしい「信ずる心」であり
「道を践(ふ)む心」である。虚心のうちにあはされた澎湃(はうはい)たる積極的なる心である。かゝる
積極と消極との融合がかもしだしたたぐひない「まことごゝろ」は、又わが国独特の愛国主義をつくり出した。
それは「忠」であつた。忠は積極のきはまりの白熱した宗教的心情であると同時に、虚心に通ずる消極の
きはまりであつた。
かゝる「忠」の精神が「神ながらの道」をよびだし、又「神ながらの道」が忠をよびだすのである。かくて
神ながらの道はすべての道のうちで最も雄大な、且つ最も純粋な宗教思想であり国家精神であつて、かくの如く
宗教と国家との合一した例は、わが国に於てはじめて見られるのである。

平岡公威(三島由紀夫)16歳
「惟神(かんながら)之道」より

505 :法の下の名無し:2010/05/06(木) 13:50:06 ID:dM8/saHx
http://katata.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2008/07/21/072101.jpg
http://www19.atpages.jp/imagelinkget/get.php?t=v&u=www.minipara.com/movies2005-3rd/miyabi/img/main.jpg
http://katata.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2008/07/21/072102.jpg


506 :名は有る:2010/05/07(金) 23:46:35 ID:mhGJyIcZ
三島の小さな墓標が昔の市ヶ谷駐屯地の角に隠れてつくられていた。
最近防衛省を尋ね、その後を探すと、今でも角に三島由紀夫と書かれた墓標がある。これは部内の者でもほとんど知られていない。

当時、あの東部方面総監室で何があったのか・・・。
その当時の写真、三島の首、その写真、血でべったりの絨毯、それらは一体どうなったのか、あの時数多く部屋の写真を撮った・・・。その写真は全て没収されて、どうなったのか、今どこにあるのか、何故没収されたのか・・・。その理由はここには書けない・・・。



507 :法の下の名無し:2010/05/22(土) 23:51:39 ID:BqS7r820
私は事文化に関しては、あらゆる清掃、衛生といふ考へがきらひである。蠅のゐないところで、おいしい料理が
生まれるわけがない。アメリカ文化を貧しくさせたものは、清教徒主義と婦人団体であつて、日本精神は
もつともつと性に関して寛容なのである。日本文化の伝統は、性的な事柄に関する日本的寛容の下に
発展してきたものである。

三島由紀夫「『黒い雪』裁判」より

508 :法の下の名無し:2010/05/22(土) 23:52:01 ID:BqS7r820
(中略)
いくら「黒い雪」が穢らしくても、偽善よりはよほどマシである。映画も芸術の一種として、芸術のよいところは、
そこに呈示されてゐるものがすべてだといふことだ。芸術は、よかれあしかれ、露骨な顔をさらけ出してゐる。
それをつかまへて「お前は露骨だ」といふのはいけない。要するに、国家権力が人間の顔のよしあしを
判断することは遠慮すべきであるやうに、やはり芸術を判断するには遠慮がちであるべきである、といふのが
私の考へである。それが良識といふものであり、今度の判決はその良識を守つた。
この一線が守られないと、芸術に清潔なウットリするやうな美しさしか認めることのできない女性的暴力によつて、
いつかわが国の芸術は蹂躙されるにいたるであらう。われわれは、二度と西鶴や南北を生むことができなくなるであらう。

三島由紀夫「『黒い雪』裁判」より

509 :法の下の名無し:2010/05/23(日) 05:00:40 ID:kpmFNk7C
三島由紀夫 とはなにものだったのか jpg
http://www19.atpages.jp/imagelinkget/get.php?t=v&u=hurec.bz/mt/archives/%E3%80%8C%E4%B8%89%E5%B3%B6%E7%94%B1%E7%B4%80%E5%A4%AB%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%AB%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B.jpg
三島賞作家 古川日出男が強力ゲスト迎えCDデビュー
http://image.news.livedoor.com/newsimage/2/f/2fbd0_185_news_thumb_furukawahideoplus-m.jpg
三島由紀夫
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510 :法の下の名無し:2010/07/05(月) 11:17:29 ID:CBM31O6Z
政治問題に関する言論を規制しようとする動きがあるときには、必ず、これを
カムフラージュするために、道徳的偽装がとられ、あはせてエロティシズムや風俗一般に
対する規制が行はれるのが通例である。

三島由紀夫「危険な芸術家」より

511 :法の下の名無し:2010/07/05(月) 11:19:52 ID:CBM31O6Z
エレキは有害で、青少年に対して危険であり、ベートーヴェンは有益で、何ら危険がないのみか
人間性を高めるといふ考へは、近代的な文化主義の影響を受けた考へであつて、
ベートーヴェンのベの字もわからない俗物でも、かういふ議論は鵜呑みにするし、
現代の政府の文化政策もこの線を基本的に離れえないことは明白である。
しかし毒であり危険なのは音楽自体であつて、高尚なものほど毒も危険度も高いといふ考へは、
ほとんど理解されなくなつてゐる。政治と芸術の真の対立状況は実はそこにしかないのである。
してみると日本には、真の危険な芸術家は一人もゐないといふことになり、政府も
そんなに心配する必要はなし、万事めでたしめでたし。

三島由紀夫「危険な芸術家」より

512 :法の下の名無し:2010/07/31(土) 23:27:00 ID:Ml3Rib26
○偉大な伝統的国家には二つの道しかない。異常な軟弱か異常な尚武か。
それ自身健康無礙(むげ)なる状態は存しない。伝統は野蛮と爛熟の二つを教へる。

○承詔必謹とは深刻なる反省の命令である。戦争熱旺(さか)んなりし国民が一朝にして
平和熱へと転換する為に、自己革命からの身軽な逃避が、この神聖な言葉で言訳されてはならない。

平岡公威(三島由紀夫)
昭和20年9月16日「戦後語録」より

513 :法の下の名無し:2010/07/31(土) 23:27:30 ID:Ml3Rib26
○デモクラシイの一語に心盲ひて、政治家達ははや民衆への阿諛(あゆ)と迎合とに急がしい。
併し真の戦争責任は民衆とその愚昧とにある。源氏物語がその背後にある夥しい蒙昧の民の
群衆に存立の礎をもつやうに、我々の時代の文学もこの伝統的愚民にその大部分を負ふ。
啓蒙以前が文学の故郷である。これら民衆の啓蒙は日本から偉大な古典的文学の創造力を
奪ふにのみ役立つであらう。――しかしさういふことはありえない。私は安心してゐる。
政治家は民衆の戦争責任を弾劾しない。彼らは、泰西人がアジアを怖るゝ如く、民衆をおそれてゐる。
この畏怖に我々の伝統的感情の凡てがある。その意味で我々は古来デモクラチックである。

平岡公威(三島由紀夫)
昭和20年9月16日「戦後語録」より

514 :法の下の名無し:2010/07/31(土) 23:27:45 ID:Ml3Rib26
○日本的非合理の温存のみが、百年後世界文化に貢献するであらう。

○ナチスもデモクラシイも国の伝統的感情の一斑と調和するところあるために取入れられ
又取入れられ得たのであると思ふ。これを超えて、強制的に妥当せしめらるゝ時、
ナチスが禍(わざはひ)ありし如く、デモクラシイも禍あるものとなるであらうと思ふ。

平岡公威(三島由紀夫)
昭和20年9月16日「戦後語録」より

515 :法の下の名無し:2010/07/31(土) 23:28:02 ID:Ml3Rib26
○偏見はなるたけない方がよい。しかしある種の偏見は大へん魅力的なものである。

○芸術家の資質は蝋燭に似てゐる。彼は燃焼によつて自己自身を透明な液体に変容せしめる。
しかしその融けたる蝋が人の住む空気の中に落ちてくると、それは多種多様な形をして
再び蝋として凝化し固形化する。これが詩人の作品である。
即ち詩人の作品は詩人の身を削つて成つたものであり、又その構成分子は詩人の身に等しい。
それは詩人の分身である。しかしながら燃焼によつて変容せしめられたが故に、それは
地上的なる形態を超えて存在する。しかも地上的なる空気によつて冷やされ固められ乍ら。

○人生は夢なれば、妄想はいよいよ美し。

平岡公威(三島由紀夫)
昭和20年9月16日「戦後語録」より

516 :法の下の名無し:2010/07/31(土) 23:28:20 ID:Ml3Rib26
○退屈至極であつた学習院の学友諸君よ。
諸君らに熱情ある友情の共感をもちつゞけることができるほど、僕は健康な人間ではなかつた。
君らがジャズを愛好するのもまだしも我慢できた。君らが一寸も本を読むといふことを
しらないで、殆ど気高くみえるほど無智なことにも我慢できた。
だが僕には我慢ならなかつた。君らと会ふたびに、暗黙の内に強いられたあの馬鹿話の義務を。
つまり君たちが、おそろしく、さうだ慶応年間生れの老人よりも、もつとおそろしく
退屈であつたことを。――戦争が僕と君らを離れるやうに強いた。今では、昔より、僕は
君らを愛することができるだらう。尤も君らが僕の目の前にゐないことを前提としてだ。
――なつかしい「描かれる」一族よ。君たちは君たちの怠惰と、無智と、無批判の故に、
描かれるべく相応に美しくなつてゐる筈だ。僕には「桜の園」の作者となる義務があるだらう。
(君らがゑがかれるために申分なく美しくなつた時代に)

平岡公威(三島由紀夫)
昭和20年9月16日「戦後語録」より

517 :法の下の名無し:2010/07/31(土) 23:30:13 ID:Ml3Rib26
○流れる目こそ流されない目である。変様にあそぶ目こそ不変を見うべき目である。
わたしはかゞやく変様の一瞬をこの目でとらへた。おお、永遠に遁(に)げよ、そして
永遠にわたしに寄添うてあれ。

○神界がもし完全なものならそれが発展の故にでなく、最初からあつたといふことは注目すべき事実だ。

○どのやうな美しい物語にも慰さめられないとき、生れ出づるものは何であらうか。
それを書いた瞬間に、すべては奇蹟になり、すべては新たにはじめられ、丁度、朝警笛や
荷車や鈴や軋(きし)りやあらゆる騒音が活々とゆすぶれだし、約束のやうに辷(すべ)り出す、
さういふ物語を私は書きたい。そしてそのやうな作品の成立がもはや恵まれずとも怨まない。

平岡公威(三島由紀夫)
昭和20年9月16日「戦後語録」より

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