もう0時か、
2ちゃんねる ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50 [PR]無料のブラウザで出来るゲーム集[PR]  

■■■■三島由紀夫の「檄」■■■■

1 :法の下の名無し:2007/10/19(金) 19:10:48 ID:3tHZBxuH
われわれ楯の会は自衛隊によって育てられ、いはば自衛隊はわれわれの父でもあり、兄でもある。
その恩義に報いるに、このやうな忘恩的行為に出たのは何故であるか。
かへりみれば、私は四年、学生は三年、隊内で準自衛官としての待遇を受け、一片の打算もない教育を受け、またわれわれも心から自衛隊を愛し、もはや隊の柵外の日本にはない「真の日本」をここに夢み、ここでこそ終戦後つひに知らなかった男の涙を知った。
ここで流したわれわれの汗は純一であり、憂国の精神を相共にする同志として共に富士の原野を馳駆した。
このことには一点の疑ひもない。

われわれにとって自衛隊は故郷であり、生ぬるい現代日本で凛烈の気を呼吸できる唯一の場所であった。
教官、助教諸氏から受けた愛情は測り知れない。
しかもなほ敢えてこの挙に出たのは何故であるか。
たとえ強弁と言はれようとも自衛隊を愛するが故であると私は断言する。

424 :法の下の名無し:2009/08/24(月) 12:26:06 ID:n3LYiSS0
三島:はじめナチスは資本家と結んだのですからね。
日本の愛国運動というのは、もちろん資本家といろいろ関係も生じたけれども、二・二六事件の根本は反資本主義で、
当時二・二六事件もそうだが、二・二六事件のあとで陸軍の統制派が、二・二六事件があまり評判が悪かったので、
今度、やはり反資本主義的なポーズにおける声明書を発表したら、麻生久がとても感激したのですね。
やはりわれわれの徒だということになって、それで賛成演説などをやったりしたことがあるけれども、
そういうファシズム一つとってもそうだし……。

林:…それから二・二六事件にしても、進歩学派諸君は支配階級内部の対立だというふうにかたづけているが……。

三島:事実はぜんぜん違っている。

林:これは一つの革命勢力と支配勢力との闘いだということを認めないわけですね。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

425 :法の下の名無し:2009/08/24(月) 12:46:00 ID:n3LYiSS0
僕はたとえばね、どんな思想が起ころうが、彼ら(日本の近代主義者、知識人)は
もう弁ばくできないと思うのです。
だって自分たちがやるべきときやらなかったのだから、あとに何が出てももうしょうがないですよ。

…とにかく僕が「喜びの琴」という芝居を書いたとき、共産主義は暴力革命は絶対やらないのだと、
もうそんなのは昔の古いテーゼで、いま絶対にそういうことはやらないのだと……
あんな芝居を書く男は、頭が三十年古いとみんな笑ったものです。
そうしたらね、インドネシアの武力革命が起こりかけた。まあ、失敗しましたが。
ちょっと、五、六年さきのこともわからないのですね。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

426 :法の下の名無し:2009/08/28(金) 10:57:12 ID:gl6+qqr3
神風連のことを研究していて、おもしろく思ったのは、かれらは孝明天皇の攘夷の御志を、明治政府が完全に転倒させ、
廃刀令を出したことに対して怒り、…万世一系ということと、「先帝への忠義」ということが、一つの矛盾のない
精神的な中核として総合されていた天皇観が、僕には興味が深いのです。
歴史学者の通説では、大体憲法発布の明治二十二年前後に、いわゆる天皇制国家機構が成立したと見られているが、
それは伊藤博文が、「昔の勤皇は宗教的の観念を以てしたが、今日の勤皇は政治的でなければならぬ」と考えた思想の実現です。
僕は、伊藤博文が、ヨーロッパのキリスト教の神の観念を欽定憲法の天皇の神聖不可侵のもとにしたという考えはむしろ逆で、
それ以前の宗教的精神的中心としての天皇を、近代政治理念へ導入して政治化したという考えが正しいと思います。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

427 :法の下の名無し:2009/08/28(金) 10:57:55 ID:gl6+qqr3
明治憲法の発布によって、近代国家としての天皇制国家機構が発足したわけですが、「天皇神聖不可侵」は、
天皇の無謬性の宣言でもあり、国学的な信仰的天皇の温存でもあって、僕はここに、九十九パーセントの西欧化に対する、
一パーセントの非西欧化のトリデが、「神聖」の名において宣言されていた、と見るわけです。
神風連の電線に対してかざした白扇が、この「天皇不可侵」の裏には生きていると思う。
殊に、統師大権的天皇のイメージのうちに、攘夷の志が、国務大権的天皇のイメージのうちに開国の志が、
それぞれ活かされたと見るのです。
これがさっきの神風連の話ともつながるわけですが、天皇は一方で、西欧化を代表し、一方で純粋な日本の
最後の拠点となられるむずかしい使命を帯びられた。
天皇は二つの相反する形の誠忠を、受け入れられることを使命とされた。
二・二六事件において、まことに残念なのは、あの事件が、西欧派の政治理念によって裁かれて、神風連の
二の舞になったということです。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

428 :法の下の名無し:2009/08/28(金) 10:58:48 ID:gl6+qqr3
ところで僕は、日本の改革の原動力は、必ず、極端な保守の形でしか現われず、時にはそれによってしか、
西欧文明摂取の結果現われた積弊を除去できず、それによってしか、いわゆる「近代化」も可能ではない、
というアイロニカルな歴史意志を考えるのです。
…幻滅と敗北は、攘夷の志と、国粋主義の永遠の宿命なのであって、西欧の歴史法則によって、その幻滅と敗北は
いつも予定されている。日本の革新は、いつでもそういう道を辿ってきた。
…僕の天皇に対するイメージは、西欧化への最後のトリデとしての悲劇意志であり、純粋日本の敗北の宿命への洞察力と、
そこから何ものかを汲みとろうとする意志の象徴です。
…「何ものかを汲みとろう」なんて言うとアイマイに思われるでしょうが、僕は維新ということを言っているのです。
天皇が最終的に、維新を「承引き」給うということを言っているのです。
そのためには、天皇のもっとも重大なお仕事は祭祀であり、非西欧化の最後のトリデとなりつづけることによって、
西欧化の腐敗と堕落に対する最大の批評的拠点になり、革新の原理になり給うことです。
イギリスのまねなんかなさっては困るのです。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

429 :法の下の名無し:2009/08/28(金) 10:59:33 ID:gl6+qqr3
…僕は大嘗祭というお祭りが、いちばん大事だと思うのですがね。あれはやはり、農本主義文化の一つの精華ですね。
あそこでもって、つまり昔の穀物神と同じことで、天皇が生まれ変わられるのですね。
そうして天皇というのは、いま見る天皇が、また大嘗祭のときに生まれ変わられて、そうして永久に、最初の
天照大神にかえられるのですね。そこからまた再生する。
…僕は、経済の発展的な段階というものを、ぜんぜん信じてないのですね。
農耕文化なり、なに文化なり、資本主義から社会主義になるというのは、まったく信じてない。
だけれどもインダストリアゼーションは、土から、みんな全部人間を引き離すでしょう。
そしてわれわれのもっているものは、すべて土とか、植物とか、木の葉とか、そういうものとはどんどん離れていく。
それで土を代表するものはなにかとか、稲の葉っぱを代表するものはなにかとか、自然というものと、
われわれの生活とを最後に結ぶものはなにか。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

430 :法の下の名無し:2009/08/28(金) 11:00:26 ID:gl6+qqr3
…天皇制というのは、少しバタ臭い解釈になるが、あらゆる人間の愛を引き受け、あらゆる人間の愛による不可知論を
一身に引き受けるものが天皇だと考えます。普通の人間のあいだの恋でしょう……。
恋(れん)ですね。それは普通の人間とのあいだの愛情は、みなそれで足りるのですよ、全部。
それがぼくは日本の風土だというふうに思うのです。
(中略)
…僕にとっては、芸術作品と、あるいは天皇と言ってもいい、神風連と言ってもいいが、いろいろなもののね、
その純粋性の象徴は、宿命離脱の自由の象徴なんですよ。
つまりね、一つ自分が作品をつくると、その作品は独得の秩序をもっていて、この宿命の輪やね、それから
人間の歴史の必然性の輪からポンとはみ出す、ポンと。
これはだれがなんと言おうと、それ自体の秩序をもって、それ自体において自由なんですね。
その自由を生産するのが芸術家であって、芸術家というものは、一つの自由を生産する人間だけれども、
自分が自由である必要はない、ぜんぜん。そしてその芸術作品というのはある意味では、完全に輪から外れたものです。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

431 :法の下の名無し:2009/08/28(金) 13:06:32 ID:qr2dHulr
朝鮮半島真実の歴史
?? Dokdo ? ??? ??? real world history in early 19th.(seoul)

http://www.youtube.com/watch?v=6-zgLG6BhdI

↑    ↑    ↑    ↑
youtubeで韓国人に見てもらえるよう再生回数を増やしていきましょう!
youtube 検索キーワード「dokdo」「seoul korea dokdo」「real world history」
でも検索にご協力下さいm(_ _)m
事実を広めるために、どんどん拡散してください!

432 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 13:49:03 ID:IcLvc7PR
――それはそうと、この間江田島の参考館へ行って、特攻隊の遺書をたくさん見ました。
遺書というのではないが、ザラ紙に鉛筆の走り書きで、「俺は今とても元気だ。三時間後に確実に死ぬとは思えない……」
などというのがあり、この生々しさには実に心を打たれた。
九割九分までは類型的な天皇陛下万歳的な遺書で、活字にしたらその感動は薄まってしまう。
もし出版するなら、写真版で肉筆をそのまま写し、遺影や遺品の写真といっしょに出すように忠告しました。
それにしても、その、類型的な遺書は、みんな実に立派で、彼らが自分たちの人生を立派に完結させるという叡智をもっていたとしか思えない。
もちろん未練もあったろう。言いたいことの千万言もあったろう。
しかしそれを「言わなかった」ということが、遺書としての最高の文学表現のように思われる。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

433 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 13:50:38 ID:IcLvc7PR
僕が「きけわだつみのこえ」の編集に疑問を呈してきたのはそのためです。
そして人間の本心などというものに、重きを置かないのはそのためです。
もし人間が決定的行動を迫られるときは、本心などは、まして本心の分析などは物の数ではない。
それは泡沫のようなただの「心理」にすぎない。
そんな「心理」を一つも出していない遺書が結局一番立派なのです。
それにしても、「天皇陛下万歳」と遺書に書いておかしくない時代が、またくるでしょうかね。
もう二度と来るにしろ、来ないにしろ、僕はそう書いておかしくない時代に、一度は生きていたのだ、ということを、
何だか、おそろしい幸福感で思い出すんです。
いったいあの経験は何だったんでしょうね。あの幸福感はいったい何だったんだろうか。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

434 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 15:06:55 ID:0ROFWYf6
石原慎太郎総監督「俺は君のために死ににいく」を見たんだが腹が立って仕方ねえ。
何に腹が立つかってえと、当時の暴走した一部の軍部層とフジサンケイと石原慎太郎にだ。
しかし石原慎太郎やフジサンケイはいったいなんだ。
こいつらに特攻隊を語る資格はない。
特攻隊は何だかんだ言って結果として国家のために死んだ。
無駄死にだったかも知れないが、とにかく国家のために死んだ。
石原慎太郎とフジサンケイはアメリカと中国に国を売った売国奴ではないか。
こんな腐れ売国奴に靖国や特攻隊を語る資格はねえ。

このような連中にとっての国旗や国歌 愛国心なんてものは、
自分たちの利益確保のために使う道具でしかないんだな。
権威化 神聖化されたものを利用すれば、こちらが働きかけなくても
自分たちの利益に自発的に奉仕する人間を確保することが出来る
愛国の概念は良いビジネスになるからね
どんなにあくどいことをしても愛国を叫べばチャラになるところがある。
売国もそう。三島はそのようなことをいち早く察し、危惧していたと思うよ。


435 :法の下の名無し:2009/08/31(月) 10:22:38 ID:2FCBKM/S
三島:日本人はアジアでも特殊な民族で、外来文明に対する抵抗力はいちばん強いと思う。
肺結核の黴菌に対しても、清浄な空気の田舎から出てきた人は非常にかかりやすく、都会でもまれて免疫になっている人は
かかりにくいのと同じで、日本は外来文化の吹きだまりと言われているぐらいなので、抵抗力はアジアでいちばん強い。
インド人は依然としてサリーを着ている。インド人は外来文化に対して立派に抵抗している。
日本人の男は似合いもしないセビロを着、女はドレスを着ている。
皮相な観測をする外国人は、日本人は無節操で外来文化に対する抵抗力がないというが、そんなことはない。
似合わないセビロを着ていられるから抵抗力があるのだ。
そういう恰好ができないということは、逆にいえば抵抗力がないということだ。
ガンジーが糸車で抵抗したのはそれを知っていたからだ。

三島由紀夫
千宗室との対談「捨身飼虎」より

436 :法の下の名無し:2009/08/31(月) 10:23:22 ID:2FCBKM/S
三島:トインビーが言っているように、東南アジアから近東地方にかけての西洋文明の侵略に抵抗しえたのは
ガンジーの糸車である。もし、たとえ小さな機械でも、あれを機械に変えていれば、堤に穴があいたように、
そこからどっと西洋文明が入って来る。
そして社会が改革され、経済が改革され、西洋人が教えたとおりにやっていく。
現に東南アジア諸国は西洋をまねて革命を起こそうとしているが、日本はその点、いつもぐずらぐずらしている。
明治維新だってしようがないからやったんだ。のらりくらりで、相手を受け入れても抵抗力を失わない。
これは自信を持っていいと思う。
冷蔵庫やテレビをおいても、もう一つの世界を持っていける力がある。
人生をフィクションにする力は、日本人の大きな力だ。

三島由紀夫
千宗室との対談「捨身飼虎」より

437 :法の下の名無し:2009/08/31(月) 10:24:51 ID:2FCBKM/S
三島:アメリカ人をご覧なさい。アメリカ人は六つの頃からセビロを着て、死ぬまでセビロを着なければならない。
ほかに着るものがない。人生をフィクションにする部分は一つもない。
教会に行ってもプロテスタントの教会だから、カソリックと違って飾り物やお祭があるわけでもない。
その一生は、人生のフィクションを味わうものがなにもないから、じつにさびしいものだろう。
そうだから、日本の文化に見られる人間精神の、純粋な結晶に、憧れを感じる。
日本人はそれをケロっとして持っている。自信を持っていい。
千:私もそれを考えて、ある席で言ったことがある。
日本人は模倣性が強いというが、そんなことは考えなくともよい。
無意識のうちに外にいるときは洋服、畳の上にいるときは着物を着る。
衣食住に関しては、外国人ができないことを平然としてやれる。
ですから、こういう機械文明の時代になっても、茶室で静かに自分の境地をさがし出すこともできる。

三島由紀夫
千宗室との対談「捨身飼虎」より

438 :法の下の名無し:2009/08/31(月) 10:27:53 ID:2FCBKM/S
編集者:…お茶事は演出するもの、フィクションである。
しかも、それは歌舞伎の「先代萩」とか「菅原伝授」とか、たとえ俳優がかわっても繰り返して
なんべんでもやれるというものではない。だから一期一会……。
千:一期一会はお茶から出ているんだが、べつにお茶だけに限らなくともいいでしょう。
人間はおたがいに生活に追われているから、一日の一瞬間でも、ほんとうに心からとけあってお茶事を構成していこう、
そういう解釈でいいんじゃないですか。
今日会えば二度と会えなくても満足だという真剣勝負のような気持、そういう気魄は当然あるべきだと思う。
ただ、それを押しつけては、おたがいに窮屈になってしまうけれど。
三島:最高の快楽というのはそういうもんじゃないか。
現在の一瞬間を最高に楽しむ。非常にストイックな快楽ということになりますね。

三島由紀夫
千宗室との対談「捨身飼虎」より

439 :法の下の名無し:2009/08/31(月) 10:28:47 ID:2FCBKM/S
千:瞬間瞬間をいかに満足するか。お茶を出す亭主はどういうようにすればお客さんに喜んでもらえるか、
また客のほうは、どうすれば雰囲気のなかに溶け込んで、自分というものが亭主に快く受け入れられるかという
瞬間的なふれあい、それは今言われたように、最高の快楽、和・敬・清・寂というものだろうと思う。
三島:たいへん教養のあるアメリカの婦人が、日本にきて、北鎌倉のあるお寺に行ってそこの高僧に会った。
春で庭に梅の花が咲いていた。その人は日本語ができないので、おそるおそる座敷に入って、端近に座った。
やがて和尚さんが現われてニッコリした。彼女もなにもわからないがニッコリした。
その瞬間、彼女はここで死んでもいいと思ったそうです。
これまで五十何年間生きてきたけれども、自分が死んでもいいと思った瞬間はあのときがはじめてだといっていたが、
ここに道を求むる人ありという感じでした。(笑)

三島由紀夫
千宗室との対談「捨身飼虎」より

440 :法の下の名無し:2009/08/31(月) 10:36:12 ID:2FCBKM/S
三島:…これは古い言葉ですが、伝統芸術というのはおしなべて「捨身飼虎」の精神がほしいと思う。
身を捨てるということは、現代ではセビロを着ること、テレビを見ること、洗濯機を使うこと、地下鉄を乗ること、
これが現代の捨身。お茶はほんとうにおそろしいものですよという位置まで高めるのが飼虎。そうしなければいけないと思う。
いま歌舞伎や能の人のやっていることは、虎が檻から勝手に出てしまって、自分では虎を飼っていない人が多い。
そこで身を捨てないで、着物、羽織、袴をはいても、虎がいないのでは人の心をつかめない。
お客さんは檻のなかに虎がいないことを知っている。
編集者:…お茶は虎だというのは非常に大切だと思います。盲蛇におじずで、虎を猫だと思っている人が多いから、
猫じゃなくて虎だということを知らせるのは伝統を守るために必要なことでしょう。
外人を茶室に入れたら、キチッと坐らせて、猫じゃなく虎だと思わせることは非常に必要なことですね。
三島:ますますこれから必要でしょう。総理大臣までチョロチョロしている世の中で、日本の凜然たるものを
持っているのは伝統芸術だけだということになるかもしれないね。

三島由紀夫
千宗室との対談「捨身飼虎」より

441 :法の下の名無し:2009/09/07(月) 14:25:31 ID:WUy/1mBF
…近代主義者はとにかくだめだということは、二十年でよくわかった。
そうして日本の近代主義者の言うとおりにならなかったのは、インダストリアリゼーションをやっちゃったということで、
これが歴史の非常なアイロニーですね。
普通ならば、近代主義者の言うとおりに、思想精神が完全に近代化することによって近代社会が成立し、
そしてインダストリアリゼーションの結果、そういうものが社会に実現されるという、じつは必ずしも
コミュニズムであってもなくても、彼らの考えていることはそうですよ。
ところがなに一つわれわれのメンタリティーのなかには、近代主義が妥当しないにもかかわらず、工業化が進行し、
工業化の結果の精神的退廃、空白といってもいいが、そういうものが完全に成立した。
それと、日本人のなかにある古いメンタリティーとの衝突が、各個人のなかにずいぶん無秩序なかたちで
起こっているわけですね。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

442 :法の下の名無し:2009/09/07(月) 14:26:14 ID:WUy/1mBF
…僕が思想家がぜんぜん無力だというのは、経済現象その他に対してすらなんらの予見もしなければ、
その結果に対して責任ももってないというふうに感ずるからです。
第一、戦後の物質的繁栄というのは、経済学者は一人も寄与してないと思いますよ。
僕が大蔵省にいたとき大内兵衛が、インフレ必至説を唱えて、いまにも破局的インフレがくるとおどかした。
ドッジ声明でなんとか救われたでしょう。政治的予見もなければなんにもない。
経済法則というものは、実にあいまいなもので、こんなに学問のなかでもあいまいな法則はありませんよ。
それで戦後の経済復興は、結局戦争から帰ってきた奴が一生懸命やったようなもので、なんら法則性とか
経済学者の指導とか、ドイツのシャハトのような指導的な理論的な経済学者がいたわけではないし、
まったくめくらめっぽうでここまできた。
これは経済学者の功績でも、思想家の功績でもない。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

443 :法の下の名無し:2009/09/07(月) 14:28:03 ID:WUy/1mBF
三島:やはり林さんの明治維新の根本テーマでも、開国論者がどうしてもやりたくてやれなかったことを、
攘夷論者がやった。あの歴史の皮肉ですね。
林:攘夷論者のみが真の開国論者だった。これが歴史のアイロニイだが、敗戦史家たちには、
このアイロニイがわからないのだな。いまにわかります。
三島:そういう大きな歴史の皮肉ですね、そういうあれがあったでしょうか、戦前、戦後を通じて、文学で……。
林:アイロニイだらけだ。…ドイツ文学の鴎外と英文学の漱石が乃木大将の殉死を最も正確に理解した。…
東西文明の接点に立つ日本文化のアイロニイではないでしょうか。…
…すべて内的な自己展開であって、時流におし流されてものを言ったのではない。
…だから人間は戦争を避けて通ろうとしてはいけないのですよ。
平和は結構だが、戦争は必ず起こると覚悟していなければ、一歩も進めない。
平和が永久につづくなどと思っていたら、とんだ観測ちがいをおかすことになる。
地球国家ができましたら、こんどは宇宙船を飛ばして……。
三島:ほかの遊星を攻撃する……。

三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より

444 :法の下の名無し:2009/09/12(土) 12:18:53 ID:esAPni7o
三島:…日本の状況をみますと、…少なくとも自民党が危ないときになって国民投票をやったとします。
そうしてウイかノンかといのを国民に問うたとします。
できることは、安保賛成(ウイ)か安保反対(ノン)かどっちかしかない。
安保賛成というのは、はっきりアメリカですね。安保反対というのはソビエトか中共でしょう。
日本人に向かっておまえアメリカをとるか、ソビエトをとるか中共をとるかといったら、
僕はほんとうの日本人だったら態度を保留すると思うんですね。
日本はどこにいるんだ。日本は選びたいんだ、どうやったら選べるんだ。
これはウイとノンの本質的意味をなさんと思うんですよ。
そういたしますと、…まだ日本人は日本を選ぶんだという本質的な選択をやれないような状況にいる。
これで安保騒動をとおり越しても、まだやれないんじゃないかという感じがしてしようがない。

三島由紀夫
林房雄との対談「現代における右翼と左翼」より

445 :法の下の名無し:2009/09/12(土) 12:20:13 ID:esAPni7o
三島:それで去年の夏、福田赳夫さんと会ったときに、
「自民党は安保条約と刺しちがえて下さいよ」と言ったんですよ。
私が大きなことを言うようですが、私の言う意味は、自民党はやはり歴史的にそういう役割を持っている、
自民党は西欧派だと思うんです。
西欧派は西欧派の理念に徹して、そこでもって安保反対勢力と刺しちがえてほしい。
その次に日本か、あるいは日本でないかという選択を迫られるんであるというふうに言ったことがある。
いま右だ左だといいましても、安保賛成が右なのかということは、いえないと思うんです。
安保賛成も一種の西欧派ですよ。安保反対はもちろん外国派です。
そうすると国粋派というのは、そのどっちの選択にも最終的には加担していないですよ。

三島由紀夫
林房雄との対談「現代における右翼と左翼」より

446 :法の下の名無し:2009/09/12(土) 12:21:51 ID:esAPni7o
三島:ですからナショナリズムの問題が日本では非常にむずかしくなりまして、私が思うのに、
いま右翼というものが左翼に対して、ちょっと理論的に弱いところがあるのは、われわれ国粋派というのは、
ナショナリズムというものが、九割まで左翼に取られた。
だって米軍基地反対といったって、イデオロギー抜きにすれば、だれだってあまりいい気持ちではない。
それからアメリカは沖縄を出て行け、沖縄は日本のものであったほうがいい、なにを言ったところで、
左翼にとってみれば、どこかで多少ナショナリズムにひっかかっているから広くアピールする。

三島由紀夫
林房雄との対談「現代における右翼と左翼」より

447 :法の下の名無し:2009/09/12(土) 12:22:45 ID:esAPni7o
三島:そうして私は、ナショナリズムは左翼がどうしても取れないもの――九割まで取られちゃったけれども、
どうしても取れないもの、それにしがみつくほかないと信じている。だから天皇と言っているんです。
もちろん天皇は尊敬するが、それだけが理由じゃない。
ナショナリズムの最後の拠点をぐっとにぎっていなければ取られちゃいますよ。
そうして日本中が右か左の西欧派(ナショナリズムの仮面をかぶった)になっちゃう。
林:…僕は今の左翼の“ナショナリズム”は発生が外国指令だと思う。
いくら彼らに教えても反米はできるが反ソ、反中共はできない。
したがって尊王ということは、彼らにとっては、もってのほかです。…
三島:…やつらは天皇、天皇といえばのむわけないです。
のむわけないから、やつらから天皇制打倒というのを、もっと引出したいですよ。
…これをもっとやつらから引出さなければならない。
やつらのいちばんの弱味を引き出してやるのが、私は手だと思っているんですがね。

三島由紀夫
林房雄との対談「現代における右翼と左翼」より

448 :法の下の名無し:2009/09/13(日) 19:29:17 ID:lMtAHTZB
>>385
電波というか、人間味を感じなかった。

449 :法の下の名無し:2009/10/01(木) 19:54:46 ID:SLXGvZuh

【10月の臨時国会で民主・公明が外国人参政権法案提出へ】

            _,‐/.|       ヽ.,лi'\,‐i
           ノ   .|      ,ノ  (´・ω・`)´i
          /    `'‐´`'-,_,‐'v'‐-ー,__,、,-、_`'!_ _
    _ __ノ‐-ー'     ,‐^'‐‐,iー,,l´        ~   ,}
 ‐‐=''‐'`フ   中国  ,‐´     `\   朝鮮  /"
     .t_   . i`ヽ_/   < `∀´ >   ~j      `i、
     .л)   .`j     ___,,,--、   '‐!      ζ
    __| . jヽ‐'´~    /''     `ヽ  ヽ, ,,---'´´~
    `フ `i      ノ        ヽ, /
    `'''ーt´   ,‐,/~          .i /
      <   _j 

韓国人の民度
ttp://www.kjclub.com/jp/exchange/theme/read.php?uid=98279&fid=98279&thread=1000000&idx=1&page=1&tname=exc_board_59&number=83664
貸し出しと返却を自由に市民たちの良心に任せる良心本棚がオープン !

 …3ヶ月後, 3千冊全部 紛失&未返却 orz

450 :法の下の名無し:2009/10/09(金) 16:53:23 ID:vv/jbRJU
民族主義とは、本来、一民族一国家、一個の文化伝統・言語伝統による政治的統一の熱情に他ならない。
(中略)
では、日本にとつての民族主義とは何であらうか?
…言語と文化伝統を共有するわが民族は、太古から政治的統一をなしとげてをり、
われわれの文化の連続性は、民族と国との非分離にかかつてゐる。
そして皮肉なことには、敗戦によつて現有領土に押し込められた日本は、国内に於ける
異民族問題をほとんど持たなくなり、アメリカのやうに一部民族と国家の相反関係や、
民族主義に対して国家が受け身に立たざるをえぬ状況といふものを持たないのである。
従つて異民族問題をことさら政治的に追及するやうな戦術は、作られた緊張の匂ひがするのみならず、
国を現実の政治権力の権力機構と同一し、ひたすら現政府を「国民を外国へ売り渡す」買辧政権と
規定することに熱意を傾け、民族主義をこの方向へ利用しようと力めるのである。

三島由紀夫
「文化防衛論 戦後民族主義の四段階」より

451 :法の下の名無し:2009/10/09(金) 16:54:39 ID:vv/jbRJU
しかし前にも言つたやうに、日本には、現在、シリアスな異民族問題はなく、又、
一民族一文化伝統による政治的統一への悲願もありえない。
それは日本の歴史において、すでに成しとげられてゐるものだからである。
もしそれがあるとすれば、現在の日本を一民族一文化伝統の政治的統一を成就せぬところの、
民族と国との分離状況としてとらへてゐるのであり、民族主義の強調自体が、この分離状況の
強調であり、終局的には、国を否定して民族を肯定しようとする戦術的意図に他ならない。
すなはち、それは非分離を分離へ導かうとするための「手段としての民族主義」なのである。
…前述したやうに、第三次の民族主義は、ヴィエトナム戦争によつて、論理的な継目をぼかされながら
育成され、最後に分離の様相を明らかにしたが、ポスト・ヴィエトナムの時代は、この分離を、
沖縄問題と朝鮮人問題によつて、さらに明確にするであらう。

三島由紀夫
「文化防衛論 戦後民族主義の四段階」より

452 :法の下の名無し:2009/10/09(金) 16:56:00 ID:vv/jbRJU
…戦後の日本にとつては、真の民族問題はありえず、在日朝鮮人問題は、国際問題であり、
リフュジーの問題であつても、日本国内の問題ではありえない。
これを内部の問題であるかの如く扱ふ一部の扱ひには、明らかに政治的意図があつて、
先進工業国における革命主体としての異民族の利用価値を認めたものに他ならない。

三島由紀夫
「文化防衛論 戦後民族主義の四段階」より

453 :法の下の名無し:2009/10/09(金) 16:57:14 ID:vv/jbRJU
…手段としての民族主義はこれを自由に使ひ分けながら、沖縄問題や新島問題では、
「人質にされた日本人」のイメージを以て訴へかけ、一方、起りうべき朝鮮半島の危機に際しては、
民族主義の国際的連帯感といふ論理矛盾を、再び心情的に前面に押し出すであらう。
被害者日本と加害者日本のイメージを使ひ分けて、民族主義を領略しようと企てるであらう。
しかしながら、第三次の民族主義における分離の様相はますます顕在化し、同時に、
ポスト・ヴィエトナムの情勢は、保守的民族主義の勃興を促し、これによつて民族主義の
左右からの奪ひ合ひは、ますます先鋭化するであらう。

三島由紀夫
「文化防衛論 戦後民族主義の四段階」より

454 :法の下の名無し:2009/10/14(水) 12:00:28 ID:wq4B+hWr
国と民族の非分離の象徴であり、その時間的連続性と空間的連続性の座標軸であるところの天皇は、
日本の近代史においては、一度もその本質である「文化概念」としての形姿を如実に
示されたことはなかつた。
このことは明治憲法国家の本質が、文化の全体性の侵蝕の上に成立ち、儒教道徳の残滓をとどめた
官僚文化によつて代表されてゐたことと関はりがある。
私は先ごろ仙洞御所を拝観して、こののびやかな帝王の苑池に架せられた明治官僚補綴の
石橋の醜悪さに目をおほうた。
すなはち、文化の全体性、再帰性、主体性が、一見雑然たる包括的なその文化概念に、見合ふだけの
価値自体を見出すためには、その価値自体からの演繹によつて、日本文化のあらゆる末端の
特殊事実までが推論されなければならないが、明治憲法下の天皇制機構は、ますます西欧的な
立憲君主政体へと押しこめられて行き、政治的機構の醇化によつて文化的機能を捨象して
行つたがために、つひにかかる演繹能力を持たなくなつてゐたのである。

三島由紀夫
「文化防衛論 文化概念としての天皇」より

455 :法の下の名無し:2009/10/14(水) 12:01:03 ID:wq4B+hWr
(中略)
「みやび」は、宮廷の文化的精華であり、それへのあこがれであつたが、非常の時には、
「みやび」はテロリズムの形態をさへとつた。すなはち、文化概念としての天皇は、
国家権力と秩序の側だけにあるのみではなく、無秩序の側へも手をさしのべてゐたのである。
もし国家権力や秩序が、国と民族を分離の状態に置いてゐるときは、「国と民族の非分離」を
回復せしめようとする変革の原理として、文化概念たる天皇が作用した。
孝明天皇の大御心に応へて起つた桜田門の変の義士たちは、「一筋のみやび」を実行したのであつて、
天皇のための蹶起は、文化様式に背反せぬ限り、容認されるべきであつたが、西欧的立憲君主政体に
固執した昭和の天皇制は、二・二六事件の「みやび」を理解する力を喪つてゐた。

三島由紀夫
「文化防衛論 文化概念としての天皇」より

456 :法の下の名無し:2009/10/14(水) 12:01:43 ID:wq4B+hWr
明治憲法による天皇制は、祭政一致を標榜することによつて時間的連続性を充たしたが、
政治的無秩序を招来する危険のある空間的連続性には関はらなかつた。
すなはち言論の自由には関はりなかつたのである。政治概念としての天皇は、より自由で
より包括的な文化概念としての天皇を、多分に犠牲に供せざるをえなかつた。
そして戦後のいはゆる「文化国家」日本が、米占領下に辛うじて維持した天皇制は、
その二つの側面をいづれも無力化して、俗流官僚や俗流文化人の大正的教養主義の帰結として、
大衆社会化に追随せしめられ、いはゆる「週刊誌天皇制」の域にまでそのディグニティーを
失墜せしめられたのである。
天皇と文化は相関はらなくなり、左右の全体主義に対抗する唯一の理念としての
「文化概念たる天皇」「文化の全体性の統括者としての天皇」のイメージの復活と定立は、
つひに試みられることなくして終つた。

三島由紀夫
「文化防衛論 文化概念としての天皇」より

457 :法の下の名無し:2009/10/14(水) 12:02:23 ID:wq4B+hWr
(中略)
時運の赴くところ、象徴天皇制を圧倒的多数を以て支持する国民が、同時に、容共政権の
成立を容認するかもしれない。
そのときは、代議制民主主義を通じて平和裡に、「天皇制下の共産政体」さへ成立しかねないのである。
およそ言論の自由の反対概念である共産政権乃至容共政権が、文化の連続性を破壊し、
全体性を毀損することは、今さら言ふまでもないが、文化概念としての天皇はこれと共に崩壊して、
もつとも狡猾な政治的象徴として利用されるか、あるひは利用されたのちに捨て去られるか、
その運命は決つてゐる。
このやうな事態を防ぐためには、天皇と軍隊を栄誉の絆でつないでおくことが急務なのであり、
又、そのほかに確実な防止策はない。
もちろん、かうした栄誉大権的内容の復活は、政治概念としての天皇をではなく、
文化概念としての天皇の復活を促すものでなくてはならぬ。
文化の全体性を代表するこのやうな天皇のみが窮極の価値自体(ヴエルト・アン・ジッヒ)
だからであり、天皇が否定され、あるひは全体主義の政治概念に包括されるときこそ、
日本の又、日本文化の真の危機だからである。

三島由紀夫
「文化防衛論 文化概念としての天皇」より

458 :法の下の名無し:2009/10/16(金) 10:54:07 ID:eCHot4xq
われわれは絶対的暴力否定の抵抗思想としてガンジーの思想の如きを知つてゐるが、
ガンジーは少なくとも抵抗の思想である。
日本の非暴力主義には、抵抗の思想は稀薄であり、エゴイズムのみが先行してゐる。
絶対平和主義は、自分たちの集団に対する攻撃をも甘んじて容認するといふことにおいて、
少なくとも集団に対する攻撃を容認しない、といふ原理に立つ国家の不可侵性を
否定するものだからである。
国家は力なくしては国家たり得ない。国家は一つの国境の中において存立の基礎を持ち、
その国境の確保と、自己が国家であることを証明する方法としては、その国家の領土の
不可侵性と、主権の不可侵性のために力を保持せざるを得ないことは、最近のチェコの
例を見ても明らかであらう。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

459 :法の下の名無し:2009/10/16(金) 10:54:47 ID:eCHot4xq
もちろん十九世紀的な主権国家の幻はすでに崩れ、国際的な集団保障の時代が来て、国家概念は、
社会主義共同体と、自由諸国の国々とに別れ、ヨーロッパですら、将来のイメージとしては、
共同体的な同盟国家よりも、さらに強固なつながりを持つた国家形態を求めてはゐる。
しかしながら、現実に支配してゐるのは国家の原理であり、イデオロギーの終焉はまだ
絵空事であつて、むしろ、技術社会の進展が、技術の自己目的によるオートマティックな
一人歩きをはじめる傾向に対抗して、国家はこのやうな自己内部の技術社会のオートマティズムを
制御するために、イデオロギーを強化せねばならぬ傾向にある。
社会主義インターナショナルは単に多数民族、強力民族が少数民族をみづからの手中に
をさめるための口実として使はれてゐるにすぎない。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

460 :法の下の名無し:2009/10/16(金) 10:55:32 ID:eCHot4xq
まだ国際政治を支配してゐるのは、姑息な力の法則であつて、その法則の上では
力を否定するものは、最終的にみづから国家を否定するほかはないのである。
平和勢力と称されるものは、日本の国家観の曖昧模糊たる自信喪失をねらつて、
日本自身の国家否定と、暴力否定とを次第次第につなげようと意図してゐる。
そこで最終的に彼ら(左翼)が意図するものは、国家としての日本の崩壊と、無力化と、
そこに浸透して共産政権を樹立することにほかならない。
そして共産政権が樹立されたときにはどのやうな国家がはじまるかは自明のことである。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

461 :法の下の名無し:2009/10/16(金) 10:56:24 ID:eCHot4xq
(中略)
一般大衆は、革命政権の樹立が、自分たちの現在守つてゐる生活に、将来どのような時間をかけて
どのように波及してくるかについてほとんど知るところがない。
彼らは、現在の目前の問題としては、いつもイデオロギーよりも秩序を維持することを欲し、
ことに経済的繁栄の結果として得られた現状維持の思想は、一人一人の心の中に浸み込んで、
自分の家族、自分の家を守るためならば、どのようなイデオロギーも当面は容認する、
といふ方向に向つてゐる。そして、秩序自体の変質がどういふ変化を自分たちにおよぼすか、
といふ未来図を彼らの心から要求することは、ほとんど不可能である。
人々はつねられなければ痛さを感じないものである。
もし革命勢力、ないし容共政権が成立した場合、たとへたつた一人の容共的な閣僚が入つても、
もしこれが警察権力に手をおよぼすことができれば、たちまち警察署長以下の中堅下級幹部の首の
すげかへを徐々に始め、あるひは若い警官の中に細胞をひそませ、警察を内部から崩壊させるであらう。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

462 :法の下の名無し:2009/10/16(金) 20:48:37 ID:tdVKps2v
昨日、book off で「日本人の法感情」(中川剛)という本を見つけて買った。
今、真ん中へんを読んでいる。
すばらしい分析だと感心しながら読んでいるところだ。
読んだ人いますか?

463 :法の下の名無し:2009/10/17(土) 23:41:57 ID:W/t9cv/7
読んでまちぇん(o∂.∂)人(∂.∂o)

464 :法の下の名無し:2009/10/19(月) 22:20:39 ID:KYbVMpvJ
読んでみてくだちゃい。

465 :法の下の名無し:2009/10/22(木) 09:00:52 ID:vdOKKNgy
未だに三島の政治的発言を真に受けてるバカいるの?

466 :法の下の名無し:2009/10/22(木) 13:49:22 ID:Mko14ByA
的を射ているから読まざるをえないだけなんだけどね。

467 :法の下の名無し:2009/10/23(金) 14:21:35 ID:wognHEZS
あそう

468 :法の下の名無し:2009/11/05(木) 11:11:40 ID:5IW65fXH
【尚武の】◇◇◇三島由紀夫◆◆◆【こころ】
http://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/sisou/1257215077/

469 :法の下の名無し:2009/11/17(火) 10:16:33 ID:304lTHK2
戦後日本の歴史が一つとぎれてしまつた。そのとぎれたところに自衛隊の問題があり、警察の問題があり、
またいろいろ複雑な言ふにいはれない、日本人として誠に情けない状態があらゆる面に発生してきました。
(中略)
大体戦後の民主主義といふものは、アメリカといふ成金の新しい国から来たものでありますから、アメリカは
アメリカとしての歴史はもちろん持つてはをりますが、彼らが大切にしてゐる古い歴史といふのはせいぜい
十八世紀です。アメリカに行くと、これは非常に古い家である、十八世紀だなどとよくいはれる。
彼らはどんなにさぐつて見ても十八世紀以前に遡つてアメリカの歴史を語ることができない。
それより古い頃にはインディアンがゐたんで、インディアンの方がよつぽど歴史上における誇りもあるし、
自信もあるはずです。これが白人に駆逐されてしまつた。
白人であるアメリカ人といふものは、人の家にどかどか入つて来て、平和に暮らしてゐた人間を追ひ散らして、
新しい国を建てた。それが移民の国アメリカです。

三島由紀夫
「私の聞いて欲しいこと」より

470 :法の下の名無し:2009/11/17(火) 10:17:19 ID:304lTHK2
さういふ国の人に、日本のやうな古い歴史、文化を持つた国の伝統と連続性の力といふものは判らない。
彼らにどう説明して聞かしても判らない。それは無理はないです。何となれば彼らの感覚にはそんな古い
歴史といふものがないのですから……古いといふと十八世紀を思つてゐる人間にいくらいつても判らない。
判つて貰はうとすることが所詮無理なんでせう。
まあ、日本がアメリカに占領されたといふことは国の運命で仕方がないかも知れませんけれども、一番
根本なところが彼らに判らなかつたことは日本にとつても不幸だつたのでせう。それはわれわれだけが
判つてゐるのであつて、国といふものは、永遠に連続性がなければ本当の国ではないと思ひます。
そしてとに角今は空間といふものがここに広がつてゐる。この空間に対して時間があるわけです。

三島由紀夫
「私の聞いて欲しいこと」より

471 :法の下の名無し:2009/11/17(火) 10:18:32 ID:304lTHK2
今のこの世界の情勢といふものはハッキリいひますと「空間と時間」との戦ひだと思ひます。
(中略)
しかしながらその国際的な争ひは、あくまで空間をとり合つてゐるわけです。
ところがこの地球上の空間を占めてゐる国の中にも一方では反戦、自由、平和といつてゐる人達がをります。
この人達は歴史や伝統などといふものはいらんのだ。歴史や伝統があるから、この空間の方々に国といふものが
出来て、その国同士が喧嘩をしなければならんのだ。われわれは世界中一つの人類としての一員ではないか。
われわれは国などといふものは全部やめて、「自由とフリーセックスと、そして楽しい平和の時代を造るんだ」
と叫んでゐる。彼らには時間といふ観念がない。
空間でもつて完全に空間をとらうといふ考へ方においては、彼らもまた彼らの敵と同じなのです。
それでは、今日の人類を一体何が繋いできたのかといふことを論議し、つきつめてゆくと、結局最後には
「時間」の問題に突き当たらざるを得ない。

三島由紀夫
「私の聞いて欲しいこと」より

472 :法の下の名無し:2009/11/17(火) 10:21:04 ID:304lTHK2
(中略)
今ソビエトで一番の悪口は何だと思ひますか。ソビエトで人を罵倒する一番きたない言葉、それをいはれただけで
人が怒り心頭に発する言葉は何だと思ひますか……私はロシア語を知りませんから、ロシア語ではいへませんが、
「非愛国者だ」といふことださうです。さうすると一体これはどういふことなのかと不思議になります。
その伝統を破壊し、連続性を破壊してゐる共産圏においてすら、現在は歴史の連続性といふものを信じなければ
「愛国」といふ観念は出て来てないことに気付き、その観念のないところには共産国家といへどもその存立は
危ぶまれるといふことを気付いたに違ひない。
ですからこの「縦の軸」すなはち「時間」はその中にかくされてゐるんで、如何に人類が現在の平和を
かち得たとしても、このかくされてゐる「縦の軸」がなければ平和は維持できない。
それが現在の国家像であると考へられていいんです。

三島由紀夫
「私の聞いて欲しいこと」より

473 :法の下の名無し:2009/11/17(火) 10:22:01 ID:304lTHK2
ことに日本では敗戦の結果、この「縦の軸」といふのが非常に軽んじられてきてしまつた。
日本は、この縦の軸などはどうでもいいんだが、経済が繁栄すればよろしい、そして未来社会に向つて、
日本といふ国なんか無くなつても良い。みんな楽しくのんびり暮して戦争もやらず、外国が入つて来たら、
手を挙げて降参すればいいんだ。日本の連続なんかどうなつてもいいんではないか、歴史や文化などは
いらんではないか、滅びるものは全部滅びても良いではないか、と考へる向きが非常に強い。
さういふ考へでは将来日本人の幸せといふものは、全く考へられないといふことを、この一事をもつてしても、
共産国家が既に明白に証明してゐると私は思ひます。
(中略)
共産主義国家が、国家意思を持つてゐて、日本のやうな、佐藤首相が自らの手で国家を守るといつてゐるこの国に、
国家意思がないとは一体どういふことだらうか。
さういふことになるのは今の日本の根本が危ふくなつてゐるからです。根本はここにあるのです。

三島由紀夫
「私の聞いて欲しいこと」より

272 KB [ 2ちゃんねる 3億PV/日をささえる レンタルサーバー \877/2TB/100Mbps]

取りに行ったけどなかった。次は一時間後に取りに行くです。
新着レスの表示

掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50
名前: E-mail (省略可) :


read.cgi ver 05.0.7.8 2008/11/13 アクチョン仮面 ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)