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社会契約論代用案

1 :ふぁむ:2008/07/11(金) 06:16:00 ID:w8wA6ByI
●自然科学は、
ある物事の有無、在り方=存在形式を問題にする学問である。
ex.人間はこのようにして活動する
ex.風はこのようにして流れる
ex.因果関係はこのようにして決される

●法学は、
ある物事の「あるべき」かたち=当為形式を問題にする学問である。
ex.人は殺すべきでない(人は殺さないでおくべきである)
ex.人権は尊重されるべきである


2 :ふぁむ:2008/07/11(金) 06:16:39 ID:w8wA6ByI
●ところで、
「その物事はかくあるべきだ」という物事の当為形式の主張は、
存在形式の範囲内でなされてはじめて、事実との整合を果たす。
(たとえば「人間は光より早く走るべきだ」という主張があるとしても、
 それは存在形式的にはありえないことであり、事実との整合性をもたない)
これは言うまでもないことではあるが、一応理解のために述べておく。
イメージ:「当為形式⊆存在形式」
その人のできる範囲内でその人のすべきことを決することが、存在形式と整合的なのである

●しかし、
人間が、
「存在形式⊂当為形式」
というイメージを思考的に描くことができる(もちろんそこには論理の飛躍が存在する)
ことからも明らかなように、
人間(の「思考」)は、基本的に存在形式を無視することができる
(逆のこと、すなわち人間の肉体が存在形式を越えられないことはいうまでもない)

それをいかにして抑え込むか、
いかにして、人間に当為形式を順守させるか、
ということが問題なのであるが、
その方法は2つである。
@その人間に当該当為形式を納得させる方法。
Aその人間に当該当為形式を物理的に強制させる方法。
@の方法は、人間自体を物理的に支配するその人間自身に働きかける方法であり、
Aの方法は、人間自体を支配する物理法則を利用して人間自身を働かせる方法であるといえる。

3 :ふぁむ:2008/07/11(金) 06:17:50 ID:w8wA6ByI
●思うに、
「存在形式=当為形式」
などと捉える人間はいない。
「なしうることはすべて行うべきことである」
などと考える人間はいない。
ex.自殺できるならばまず自殺するべきだ、などと考える人間はまずいない。


なぜか?


それは人間が「欲」を有することと関連する

4 :ふぁむ:2008/07/11(金) 06:18:40 ID:w8wA6ByI
●人間は、
彼のなしうることを考え、それと前後して、
そのなしうることの枠内で、彼の「したいことの実現」を考える。
この「したい」と思う気持ちが「欲」である。
(もちろん彼は彼になしえないことも考え、それをしたいとも思う。むしろその方が多い)
そして、その「したい」ことを行うためには、
およそ、彼と同じように「自分のしたいことの実現」を企図している「他者」
(あるいは、その集合体である「社会」)
と付き合っていかなければならない
(そうでなければ彼は他者あるいは社会に迫害されてしまい、結局彼のしたいことが果たせない)
(この意味で他者あるいは社会は、「潜在的な迫害者」であるといえる)
ということを意識的に感じ取っているはずなのである。

●すなわち、
現在、ある誰かが、何かしたいことを実現しようとするとき
・・・そのときにはもはや、「他者」(「社会」≒「潜在的な迫害者」)が存在しており、
その他者との関わりのなかで、「彼のしたいことの実現」を図るとき、
まずもって、「他者」(「社会」≒潜在的な迫害者)のしたいことの実現を妨げてはならず、
他者をできる限り敬う必要がある(そうでなくては迫害されるから)。
(なお、もちろんそれは「自分のなしたいことを実現するための手段」であり、目的ではないことに留意されたい)
そしてその「他者」「社会」(潜在的な迫害者)のしたいと思うことを、
同時に達成するための技術として、法律は存在していると考えるべきである。

●国家は、
社会契約によって導出されたのではない。
国家は、人間が「彼のしたいことの実現」(「目的の達成」)を叶える手段として
編み出した第三者的機関(潜在的迫害者との利害調整を行う機関)
なのであって、これは「潜在的迫害者」の作り出した調整機関なのである。
(調整には、援助と破壊とを必要とし、国家はこれを行っている。)

5 :ふぁむ:2008/07/11(金) 06:19:28 ID:w8wA6ByI
●弱肉強食
という言葉がある。
国家は、
『「したいことの実現」を図ろうとする全ての人間の「感情」』が根拠となって、
それに支えられて生ぜしめられ、それに支えられて成立せしめらるるものである。
人間界における強者は、彼らの作り出した調整機関たる国家なのであり、
われわれ個人は人間界における弱者なのだ、という比喩も可能であろう。

●言いかえれば、
感情をもつ物体が、
(それが人間であろうが何であろうが構わない)
ある一箇所に集中したときに、
その「感情」を最大限に全うするために論理的に必然となる要素が、
第三者調整機関たる国家なのである。
さらにいえば、国家や法律は、
人間が集合し、彼らがそこで「彼のしたいことの実現」を図ろうとするときの
論理的帰結として用意されるものなのである。

6 :ふぁむ:2008/07/11(金) 06:19:59 ID:w8wA6ByI
●人間が、
人間の「当為形式」
(ex.人間は人を殺してはならない)
を主張することは、人間が「感情」をもっている限り、必然的に行われる。
それゆえに、その体系として法律を編纂することも、それを研究し続けることも、
現在、活発に行われているのであろうと思われる。

●こうして、法律は、
全ての人間の「欲」を満たすようなかたちで形成される。
つまり、そのようなかたちこそが法律の「あるべきかたち」なのであり、
人権は不可侵であるべきだ、という当為形式も、
殺人はするべきでない、という当為形式も、
およそ現在となえられている当為形式のすべては、
そのようなかたちで、捉えられなければならないように思われる。

7 :法の下の名無し:2008/07/11(金) 18:24:24 ID:ZoLFPFxm
んなのロックにしろ、ルソーにしろ200年も前から言っとるわボケ

8 :法の下の名無し:2008/07/12(土) 08:29:11 ID:dwYam03B
●国家は、
社会契約によって導出されたのではない。
国家は、人間が「彼のしたいことの実現」(「目的の達成」)を叶える手段として
編み出した第三者的機関(潜在的迫害者との利害調整を行う機関)
なのであって、これは「潜在的迫害者」の作り出した調整機関なのである。
(調整には、援助と破壊とを必要とし、国家はこれを行っている。)


ロックですね、分かります。

9 :法の下の名無し:2008/07/12(土) 10:36:46 ID:uKVBbbcU
>>8
なんかその、
ごめんなさい・・

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