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(・◇・)【家族法における論理】(・◇・)

1 :自由人:2009/01/01(木) 19:20:26 ID:2VJiH4KV
家族法における論理は財産法におけるそれと違うのだろうか?
財産法は、一応、
個別関係(閉じた関係)→法律←個別関係(閉じた関係)
法律を通して開いた関係をみる。法律関係の事前的観点。
家族法は、一応、
個別的(←法律→)関係(閉じた関係)
法律が入り込んでいた関係をみる。法律関係の事後的観点。



2 :自由人:2009/01/01(木) 22:43:37 ID:R1oLusLk
おばん

>1のそれぞれの関係は範囲の大小を度外視すると同じように見える。だから、オーソドックス
にスポット視点を向けると、財産法も家族法も同じ論理となる。家族法においても法が意識され
法律が適用されるに及んでは閉じた関係がはじけるからだ。親族法では、例えば、婚姻にあって
は少なくとも戸籍係が、普通なら披露宴でオープンになるし、相続法にあっては、家族関係がば
らばらになり閉じてはいなからだ。ただここで気をつけたいのは、かつて川島が家族的社会観を
披露したように、別に古くはハートが立場的社会観(つまるところは政策論)を伝搬させたよう
に、どうも法的関係が修飾され過ぎて>1のような自然な観察が追いやられてしまった。だから、
スポット視点のみを頼りに法的関係がフィクションであると言われたりした。つまり、全体考察
が無意識のうちに放棄されてしまった。これからは、さまざまな社会要因等の結果的には全体考
察がされるほうがいい。現時点でも、スポットから見える具体性はフィクションではないね。(・◇・)

じゃあね。誰か、後はよろしく。

3 :自由人:2009/01/01(木) 22:58:47 ID:R1oLusLk
おばん

>1に見た関係は、関係する範囲の大小を度外視するれば、同じように見える。
スポット考察をすれば、親族法における婚姻も最低限には戸籍係によって閉じた
関係ではなくなるし、披露宴では尚更だ。また、相続法においては、それが問題
に上がった時点で閉じた関係ではなくなっている。だから、財産法と家族法の考
察に違いはないという見方は出来る。ただ、ここで気をつけたいのは、かつての
川島が抱いた家族的社会観やより前のハートによる立場的社会観(つまるところ
は政策論)などによって、法的関係が>1にみたような自然なものから修飾され
た人工的なものになってしまっているということ。これがフィクション論へと繋
がり、スポット考察に見る事実的なものを確かな法的なものする部分考察が、社
会要因とその構成を扱う全体考察の障りになっているということ。(・◆・)

じゃあね。後はよろしく。

4 :自由人:2009/01/01(木) 22:59:17 ID:R1oLusLk
おばん

>1に見た関係は、関係する範囲の大小を度外視するれば、同じように見える。
スポット考察をすれば、親族法における婚姻も最低限には戸籍係によって閉じた
関係ではなくなるし、披露宴では尚更だ。また、相続法においては、それが問題
に上がった時点で閉じた関係ではなくなっている。だから、財産法と家族法の考
察に違いはないという見方は出来る。ただ、ここで気をつけたいのは、かつての
川島が抱いた家族的社会観やより前のハートによる立場的社会観(つまるところ
は政策論)などによって、法的関係が>1にみたような自然なものから修飾され
た人工的なものになってしまっているということ。これがフィクション論へと繋
がり、スポット考察に見る事実的なものを確かな法的なものする部分考察が、社
会要因とその構成を扱う全体考察の障りになっているということ。(・◆・)

じゃあね。後はよろしく。


5 :自由人:2009/01/01(木) 23:00:05 ID:R1oLusLk
おばん

>1に見た関係は、関係する範囲の大小を度外視するれば、同じように見える。
スポット考察をすれば、親族法における婚姻も最低限には戸籍係によって閉じた
関係ではなくなるし、披露宴では尚更だ。また、相続法においては、それが問題
に上がった時点で閉じた関係ではなくなっている。だから、財産法と家族法の考
察に違いはないという見方は出来る。ただ、ここで気をつけたいのは、かつての
川島が抱いた家族的社会観やより前のハートによる立場的社会観(つまるところ
は政策論)などによって、法的関係が>1にみたような自然なものから修飾され
た人工的なものになってしまっているということ。これがフィクション論へと繋
がり、スポット考察に見る事実的なものを確かな法的なものする部分考察が、社
会要因とその構成を扱う全体考察の障りになっているということ。(・◆・)

じゃあね。後はよろしく。


6 :自由人:2009/01/01(木) 23:08:15 ID:R1oLusLk
すまん

>2ー4を>5に差し替え

じゃあね。誰か、後はよろしく。(・◆・)



7 :法の下の名無し:2009/01/02(金) 00:44:57 ID:+OAp2b8a
これだけ社会が複雑多様な構造になっているとき、
全体考察など無意味ではないのか。
その全体考察から得たもの自体、
フィックションの最たるものではないだろうか。

閉じていようが、開いていようが、
そこに複数人が存在する限り一定の法則は発生し
やがてルールへと昇華されていく、
たとえ不正義のルールであっても。


8 :元自由人:2009/01/02(金) 22:14:24 ID:eZBZTlP7
>7
ご自身の信じることを進められればよいと思います。ご活躍を期待しております。


9 :法の下の名無し:2009/01/03(土) 01:55:02 ID:AOqZCJ4H
事前と事後の観点といえば、
新堂の行為規範・裁判規範が思い浮かばれる。

だが、財産法と家族法と言えば、
個人法と団体法の差が思い浮かばれる。

法人法は個人と団体の両者にまたがるところから、
商法とくに会社法の行為法・組織法論は、
「財産法と家族法」つまり「民法」よりも一つ上に
抽象化させたもののように思われる。
が、行為法=任意法規、組織法=強行法規は、組織強制で破綻した。

そういえば、労働法も団体法と個人法の両にらみ、なのだけれども。


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