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正しいかなづかひ

1 :名無氏物語:2006/01/12(木) 23:22:31 ID:RTIu4QQW
現代文でも正しいかなづかひにすると分かりやすいよね。

597 :名無氏物語:2008/03/15(土) 12:30:09 ID:ltBINP6r
漢字が表意文字であるといふかんがへかたは、わがくににおいては、
きはめてねづよいものがありますね。中国においても表意文字であると
しんじてをられるかたがおほいやうです。漢字そのものが表意文字であると
のかんがへがつよいやうです。

中国語は孤立語で活用変化をしませんね。しかも、一音節でひとつの意味を
あらはします。このために、一文字がひとつの意味をもつのです。
これをとらへて表意文字といふのは、表意文字の意味がさういうものであれば
たしかにさういふことになりますが、それはあまり意味のある定義とはいへない
でせう。

わがくににおける漢字のもちゐかたは、非常に特殊なものです。
ひとつの漢字を音よみしたり訓よみしたりするわけですね。日本人は、漢字の
このようなもちゐかたを意識して、これを表意文字とよんでゐるやうにおもひます。

598 :名無氏物語:2008/03/15(土) 19:30:06 ID:nVqg5IDS
>>597
>それはあまり意味のある定義とはいへないでせう。

そのとほりです。
であるからこそ、このあひだも書いたやうに、近々「表語文字」てふ定義
がしばしば用ゐられ、「表音文字」と必ずしも一對一の對應をなすものではない、
といつたやうな見方が寧ろ支配的になつてゐるわけです。
もつとも、ぜんたい文字には、「表語機能」が本來的にそなはつてゐるのですが、
漢字は殊の外そちらに傾向してゐる、といふことになりませう。

599 :名無氏物語:2008/03/15(土) 22:20:05 ID:68HgqGCV
中国語における漢字を表語文字とよぶのは、
なかなかをもしろいかんがへかたとおもひます。
やつと漢字=表意文字といふこりかたまつたかんがへかたがかわつてきてゐる
やうで、よいこととおもひます。

とにかく、日本語における漢字のつかひかたは、きはめて特殊といふことです。
要するに、わかりにくいといふことです。明治の人たちはヨーロッパのことばを
訳すときに、なぜ漢語をおほくもちひたのでせうかね。

そんななかでも、証券や金融では、和語をおほくもちひてゐます。これは
とてもよいことです。このやうにやればできるのです。できないといふひとが
ゐますが、それはおもひこみにすぎません。

600 :名無氏物語:2008/03/16(日) 02:23:51 ID:w9v8hZMD
>>599
「特殊」即「わかりにくい」といふ圖式が理解しにくいので、そのあたり
について一度ぜひご説明願へませんか。あなたの書いてをられる文章を
拜讀してゐると、「訓讀み」は便利な漢字の利用法、さればこそ、漢字を
どんどん使つて然るべしといふ結論に落著きさうな印象さへ受けるのですが……。
たとへば以下のやうに。
>漢字を訓よみしたことで、やまとことばをおほくのこすことができたことは
とてもしあわせなことです。
「しあはせ」か何うかはさて置き、いつたい何故、「できるだけ和語をおほく
用ゐるべし」となるのかが分らない。論理の飛躍を感ずる。
「わかりよいから」といふ回答はナシです。なぜといふに、「わかりよさ」
といふのは、たとへば「漢字でかくとわかりよいから漢語がふえたのだらう」
(もつとも罪の部分もある。「的」とか「性」とかいつた接辭が安易な造語
を促したことなど)といふやうな現象の説明にはなつても、現象と乖離した
理論の補強としては甚だ心許ないからです。それは主觀だ、美學論爭だとい
はれるとそこでおしまひです。
なほ「証券や金融」で和語をつかふといふのは、いはばジャーゴンとしての
機能 を持たせんがためでせう。さう考へるはうが自然なやうに思ふのですが。
また、和語をそこまで大切にされたいのならば、なぜ「もちひる」といふやうな
誤つたかなづかひに拘泥されるのでせう。その事情もぜひ知りたいものです。

601 :名無氏物語:2008/03/16(日) 10:22:45 ID:5Ay9/PXb
古代の中華文明のちからがつよい時代に、極東地域において、みづからのことば
をおほくのこすことができたのは、しあわせなことです。それは主観やら美学やら
といふことではありません。どの国のひともさうかんがへるのが普通です。

証券や金融で和語をおほくつかうのは、明治よりまえから発達してゐたからと
おもひます。
たとへば、さきものは、世界ではじめて大坂の堂島で公設市場がおかれたやうです。
西洋のしくみをしつたひとびとは、それを理解し、和語におきかへることが
とても簡単だつたにちがひありません。
ここで重要なところは、明治よりまえのひとびとは、あたらしいしくみになまえ
をつけるにあたつて、むやみに漢語をあてなかつたといふことです。
やればできるのです。明治のひとびとが、むやみに漢語をおほくつかつてしまつた
ということです。

602 :名無氏物語:2008/03/16(日) 10:28:44 ID:5Ay9/PXb
「もちひる」をめぐるやりとりは、わたしのかきこみではありません。

603 :名無氏物語:2008/03/16(日) 16:40:52 ID:j9unkwWi
ひっし

604 :名無氏物語:2008/03/16(日) 20:35:21 ID:w9v8hZMD
>>601
>みづからのことばをおほくのこすことができた

殘念ながら、まだかみあつていないやうです。いつたい「みづからのことば」とは
何でせうか。既にして日本語の内部深くまで浸透してゐる「呉音」や「漢音」は、
「みづからのことば」といへないでせうか。「和語」の傳統とは何でせう?
それならば、窮極的には、たとへばの話ですが、古代八母音(もつとも二重母音に
消化できる可能性も有りますが。なほ、わたくしは此を「上代特殊假名遣」と呼ぶ
ことはなるべく避けてゐます)までをも復活させよ、といふことになりはすまいか。

かめい たかし《「こくご」とは いかなる ことばなりや》―ささやかなる つゆば
らいの こころを こめて―(『國語と國文學』昭和四十五年)でもお讀みになること
をおすすめします。

>どの国のひともさうかんがへるのが普通です。

その「国」といふのはいはゆる「國家」と考へても宜しいでせうか。
だとすれば、それはおほまちがひです。近時でこそ日本も單一民族國家であること
が否定されつつありますが、しかし一般によく知られる多民族國家では、隣村まで
煙草を買いに出かけるときでさへ、自分の使用言語が通ずるか何うか、戦戦兢兢と
してゐるのが普通なのださうです(鈴木孝夫による)。

605 :名無氏物語:2008/03/16(日) 20:35:53 ID:w9v8hZMD
つづき。

ご存じのやうに、日本では日本語を「公用語」とはしてゐません。さうする必要が
無かつたからです。公用語には英語を使ひ、母語としてスペイン語をもち、また
現地語をも使ひこなす…といふやうな南米の某國のやうな状況が、わが國には決して
あり得なかつたからです。かういふ國の人々は、「みづからのことばをおほくのこ」
さうなどゆめ思はず、言語を一種の道具としてしか見てゐないのが現状です。
なるべく現地語を使ふべし、と主張するのは寧ろ少数派です。しかも、さう主張し
ながらも、結局はたとへば英語のはうがつがふが宜しいので、やむなく英語を使つ
てしまはざるを得ないといふのが事實です。

>「もちひる」をめぐるやりとりは、わたしのかきこみではありません。

たとへば>>599で、「証券や金融では、和語をおほく『もちひて』ゐます」と
書いてをられるのは、ほかならぬあなたなのではありますまいか。

606 :名無氏物語:2008/03/16(日) 22:07:56 ID:g8T/VFAp
「呉音」や「漢音」がみづからのことばではないことは、あきらかです。
これらは漢字の音よみのことですね。さしづめいまなら北京音でも
とりいれますかね。
みづからのことばをおほくのこすことと、古代八母音を復活するとかしない
とかは別のことですね。ふるければよいといふものではありません。

みずからのことばを大切にする傾向は、各国でさかんになつてゐるやうです。
ケベックではフランス語を大切にしてゐます。スコットランドでもアイルランド
でも、もづからのことばをなくさないやうに努力がつづけられてゐます。

>たとへば>>599で、「証券や金融では、和語をおほく『もちひて』ゐます」と
>書いてをられるのは、ほかならぬあなたなのではありますまいか。

それがだうしたのでせうか?

607 :名無氏物語:2008/03/17(月) 01:25:42 ID:Ww3YSt0B
>>606
>「呉音」や「漢音」がみづからのことばではないことは、あきらかです。

いや、さういふ意味ではなくて、「みづからのことば」といつても過言ではないくらゐ、
日本語の内部に深く深く浸透・沈潛してゐるのではないか、といふことです。
しかも、シナ中古音では十一母音(推定)だつたものを、日本語の五母音におきかへて、
“自家薬籠中のもの”としてゐるわけです。その時點で、「音讀み」とはいへ、それは既にして
「みづからのことば」、つまり日本語といへるのではないか、といふことです。
「古代八母音」も、「たとへば」として擧げたまでなので(御反論もけつかうですが、きちんと
その意もお汲取り下さい)、あなたがどこからどこまでを「やまとことば」と看做し、究極的に
は何を目指されてゐるのかがよく分らなかつたので、さういふ極端な例をあげたに過ぎません。
あなたの仰る「やまとことば」ないし「和語」の範疇を、明確な定義のもとに、いまいちど
お示し頂ければと存じます。

>みずからのことばを大切にする傾向は、各国でさかんになつてゐる

これは何うも、恣意的なやうです。局地的な問題をとりあげられても、はあ…さうですか……
と反應するほかありません。

>それがだうしたのでせうか?

何度もまうしてゐますが、そんなに和語を大切にされたいのならば、何故に「かなづかひ」を
なほざりにされるのか、とお訊きしてゐるのです。「どう」「だう」のやうに、説として
一定してゐないのもあります。が、「もちゐる」は大槻文彦以來、これが定説となつてゐます。
勿論、きちんとした理由があるならそれはそれで構はないのですが、大した理由もないのに
さういふかなづかひを固執し、それで持説を展開しやうとされるのならば、それ以前に御説の信頼性
をも傷つけられることになりませうから、差し出がましいやうですが、御指摘申し上げたのです。

608 :名無氏物語:2008/03/17(月) 15:05:47 ID:6m89ftLD
みずから?
みづから?

609 :名無氏物語:2008/03/20(木) 23:54:24 ID:goMfFqmf
http://www.kobe-np.co.jp/news/bunka/0000843842.shtml
>ヨーロッパでは近年、言語観が変化している。各国政府は言語の多様性を尊重し、
>少数言語を保全する方向に向かっているという。話者が少なく、公用語との差が
>小さいにもかかわらず言語と認められたミランダ語は、その好例だ。

みずからのことばを大切にする傾向は、ヨーロッパではさかんになつてゐるやうですね。

610 :名無氏物語:2008/03/20(木) 23:55:43 ID:goMfFqmf
みづから

611 :名無氏物語:2008/03/22(土) 19:48:07 ID:C8BYdGw/
英語世界でも、つづりと発音がずれてきてゐるので、現代の発音にあわせて
つづりを変へやうといふ運動があつたやうですが、事実上頓挫してゐるやうですね。
それに比べて、わが国では、戦後なにげに仮名遣ひを変へることに成功しました。
考へてみれば、不思議なことです。

612 :名無氏物語:2008/03/22(土) 21:30:35 ID:y2ILHzSQ
戦後のドサクサで國語を考へるゆとりがないうちに賣國奴にしてやられたのです。
それに新聞が同調したので國語改革は成立したのです。
愛國者の巻き返しは手遅れでした。


613 :名無氏物語:2008/03/23(日) 17:20:10 ID:kzrHgBSz
>>609
「みづからのことば」を大切にされたいお氣持はよくわかるのですが、であると
すれば、「方言」はどうすべきなのでせう。固より念頭に置かれてゐないことが
非常に氣になるのですが。「和語」といふのは、大概、近世以前でしたら奈良か
京都か大坂のことば、近世以後でしたら大坂か江戸のことばに過ぎないわけです。
たとへば、沖繩のひとが「ウチナーグチ」こそ「みづからのことば」だ、といひ
始めたり(それにウチナーグチにもさまざまの變種があります)、九州のひとが
やれ肥後辯だ(熊本にさへ八代、宇土方言などさまざま有ります)薩摩辯だと
いひ始めたらどうなのでせう。少數言語保全といふのは、さうまでしないと、
つじつまのあはないこととなるのです。話題を中央語に限定してをられるやう
ですが、それでも「みづからのことばを守れ」といふ動きは立場上、興味ふかい
ことに、多言語主義(言語帝國主義に離反するもの)といふ進歩主義と、言語
原理主義ともいふべき保守主義が結託してゐます。さういふ状況に、自覺的で
ない人も有ります。あなたがさうでないことを祈るのみです。

>>611
「なにげに」は昭和五十年代の新語ですから、「なにげなく」(何氣なく)の
はうが良いのではないでせうか。老婆心切ながら。失禮いたしました。

614 :名無氏物語:2008/03/23(日) 17:21:42 ID:kzrHgBSz
いひ始めたら→いひ始めたりしたら

615 :名無氏物語:2008/03/23(日) 20:48:46 ID:V+i7v+zK
方言もとても大切な言葉ですね。あたりまへのこととです。方言も、問題なく
ただしいかなづかひで、かきあわらすことができます。むしろ、方言の方が、
ふるいかたちをのこしてゐることが、おひいやうです。

「なにげに」はみづからのことばとおもひます。わたしは、ふるいものが、
ただふるいからすぐれてゐるとは、おもつてゐません。

616 :名無氏物語:2008/03/23(日) 20:57:28 ID:V+i7v+zK
明治維新のころ、土佐の人は、「ず」と「づ」をいひわけてゐたといふことが
ある偉人の記録にありますね。ただしいかなづかひのままに発音してゐたのでせう。

大阪でも、「角のウドン屋」のことを「かろのうろんや」と最近までいつてゐた
やうです。これは「ど」が「ろ」に変化したものですね。これとおなじやうに、
「水をくれ」を「みどくれ」と発音するやうです。これは、「みづをくれ」の
「づを」が「ど」に変化したものですね。「みず」ではとてもかうはなりません。
ただしいかなづかひの大切さが方言によつていよいよあきらかになります。

617 :名無氏物語:2008/03/23(日) 20:59:47 ID:V+i7v+zK
>>615
「あらわす」→「あらはす」
「おひい」→「おほい」

618 :名無氏物語:2008/03/23(日) 21:04:58 ID:V+i7v+zK
すみません。
沖縄のことばは、方言といふ範囲をすこしこえてゐるとおもひます。

619 :名無氏物語:2008/03/23(日) 23:04:58 ID:kzrHgBSz
>>615
方言のかきあらはし方、ないし發音を問題にしてゐるのではありません。
落著いて、よく讀んでみてください。“運用面”をこそ問題としてゐるのです。
さう「みづからのことば」の大合唱ばかりでは、コミュニケーション不全に陷る
のではありますまいか。言葉をつかふ際には、あるていどの「規範」が必要です。
それゆゑにこその「標準語」でありませう。たとへば、わたくしがここでいま出生地の
方言を喋るとすれば、あなたにはとても傳はりますまい。が、あくまで(たとへばの話
ですが)わたくしが「これはみづからのことばであるから」云々といふことでおし
とほすのでしたらば、どうでせう。キリが無くなるのではありませんか。
わたくしはつまり、「みづからのことば」がさういふ免罪符として通用する事態をこそ
危惧してゐるわけです。線引きをするとすれば、どこまでがさう規定できるのか。
「沖縄のことば」も極端な例としてあげたに過ぎないのです。
要は、安田敏朗氏のやうな手合ひの物言ひですね。「わたくしだけの言葉」とは
これ如何に。私の私による私のための言葉。それが「みづからのことば」と
でもいふのでせうか。その割には、「みづからのことば」だから「日本人」には
わかりよい、としばしば仰つてましたよね。すると前提からしてをかしなことに
なります。「日本人」といふ無色透明の存在を規定することがそもそも誤りだつた
のではないか――、と。
それともあなたは、丸谷才一よろしく「二本立て」でゆかうと仰つてゐるんでせうか。
(丸谷氏はたしかに才人ですが、たまに突拍子もないことを仰います)

620 :名無氏物語:2008/03/25(火) 22:07:23 ID:bpCLW4FQ
日本人にとつて漢字の音よみは、わかりにくいですね。
それは、どの地方のひとにとつてもおなじこととおもひます。
それでも、明治のひとたちがヨーロッパのことばを、おほく漢語におきかえて
しまつたので、いまでは漢語ぬきには、かたれないことになつてしまつてゐます。

歴史は大切なものですね。明治のひとたちがやつたことも、ひとつの歴史です。
そのことはいまさらだうしやうもありません。しかし、これからさきにむかつては、
あたらい歴史がきざまれてゆくのです。むやみに漢語をおほくつかうことは
なるべくさけることはできます。それと、ただしいかなづかひです。
ただしいかなづかひにこころがければ、ひらかなをおほくつかつても、
わりあいにわかりよいとおもひます。

621 :名無氏物語:2008/03/25(火) 22:09:24 ID:bpCLW4FQ
誤:おきかえて
正:おきかへて

622 :名無氏物語:2008/03/25(火) 22:26:08 ID:040FoFSD
    彡//:::::::::::::::::::iヾミ 、
    /:::::::::::::::::::: :::::::::::::::ヽ
  γ::::::::: ::人::::人人 :::::::::ヽ
  (:::::::::::/  \ , , /\::ヾ   あなたねえ!!
   \:/   (●)  (●) \:ノ
     |       (__人__)   |   どんだけサービス残業してると思ってるんですか!
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.      /⌒〜" ̄, ̄ ̄〆⌒,ニつ
      |  ,___゙___、rヾイソ⊃
     |            `l ̄
.      |          |
 
サービス残業はどれくらいしてるんですか?

        / ̄ ̄\        
      /       \     彡/::::::::::::::::::iヾミ 、
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       |::::::::::::::    |(:/ (●) (●)   \::::::) 
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     .  ヽ::::::::::::::    }  \   ` ⌒´     _/:::ノノ 
        ヽ::::::::::  ノ    |           \
        /:::::::::::: く     | |         |  |
-―――――|:::::::::::::::: \――┴┴―――――┴┴――

http://www.youtube.com/watch?v=bqTmiEXdzYY&feature=related

623 :名無氏物語:2008/03/26(水) 05:44:32 ID:rz1ZeSsK
>620
ある程度漢字あった方が読みやすいです。

624 :名無氏物語:2008/03/26(水) 20:43:05 ID:xU14YWDq
明治のひとたちは、むやみに漢語をつくりすぎたといふことはいへると
おもひます。漢語をむやみにつかつて、こけをどしでゐばつてゐた面も
ありますね。
戦後になつて漢字のかずが制限されて、しかも形が簡素化されました。
これでゆきすぎた部分が、すこしもとにもどつた、といふことではないで
せうか。

それにしても、明治のひとたちは、漢字をおほくつかふことと、当時の清国
との関係を、あたまとこころのなかで、どのやうにをさめてゐたのでせうかね。

625 :名無氏物語:2008/03/29(土) 23:59:46 ID:vXsu3DKE
呉音や漢音はねうちがあつて、清音はねうちがない、
といふやうにかんがへていたのかね。

626 :名無氏物語:2008/03/30(日) 16:26:27 ID:trG7zsKl
明治の漢語翻訳は素晴らしい事業。どこが行き過ぎなのか。
現在の横文字垂れ流しより漢語翻訳のほうがよっぽど良い。

627 :名無氏物語:2008/03/30(日) 17:05:25 ID:ss4xlxru
>>626
ほう → はう

628 :名無氏物語:2008/03/30(日) 20:18:26 ID:W6g+7o95
むかしのひとは、やまとことばをうまくつかひました。
めがね、とほめがね、おほづつ、などはまつたくすばらしい。

明治のひとも、もうすこし、かんがへることををしまなければ、よかつたのです。

629 :名無氏物語:2008/03/31(月) 13:19:11 ID:mp3bu44I
>>628
漢文が教養の一だつたので、漢語翻訳も仕方がなかつたのでせう。
もつともそれは、漢文コンプレックスのうらがへしでもありませうが。

但、漢語翻訳もそれなりに「かんがへ」てゐるとはおもふんですがね・・・
それゆゑ、逆輸入なんてこともおこり得たわけで。
「中華人民共和国」の実に三分の二、「人民」も「共和国」も、
日本で出来たもの、いはば「和製漢語」です。
この漢語もうまくできてゐる、発想からして「まつたくすばらしい」。
この論法に、どこかをかしなところがありませうか。
つまり「やまとことば」にしろ「漢語」にしろ、「うまくつか」つて
ゐることにかはりは無いわけです(もちろん、無闇な漢語量産には感心
しませんが、ある程度その業績は認めてしかるべきではないか、と)。

630 :名無氏物語:2008/03/31(月) 23:24:40 ID:sJ36gaXG
明治のひとたちに、漢文コンプレックスがあつたといふのは、本当でせうか?

当時の清国は、列強にぼろぼろにされてゐながら、まつたくそれをはねのける
ちからはなく、ただただあはれにきりさかれてゐるありさまだつたわけです。
日清戦争で日本にまけるまへまでは、ねむれるししとすこしはこわがられて
ゐたのですが、日本にまけてからは、いよいよ列強のゑじきとなつたわけです。

このやうな清国も、もつともおほい漢族は満州族をいただいてゐましたね。
そのなさけないありさまの漢族の文字こそは漢字です。このことを明治の
ひとたちは、だうかんじてゐたのでせうかね。

古代にさかえた漢族と当時の漢族は別ものとでもかんがへてゐたのでせうかね。
日本につたはる漢文は古代の漢族からひきついだもので、当時のなさけない漢族
とはかかわりない、とかんがえてゐたのでせうかね。

631 :名無氏物語:2008/03/31(月) 23:26:38 ID:sJ36gaXG
こわがられ → こはがられ

632 :名無氏物語:2008/04/01(火) 01:25:15 ID:sMZA5uA+
ふに〜                   

633 :名無氏物語:2008/04/01(火) 02:10:57 ID:jNSorB6W
やまとことばはことだまの宿らむことばなれば、醜きからことばな使ひそ

634 :名無氏物語:2008/04/01(火) 02:16:06 ID:rSKkztr7
武蔵

635 :名無氏物語:2008/04/01(火) 10:22:48 ID:HMIUw/AE
>>630
昔の人間は漢文が支那語で書かれた支那のものだと思つて居なかつた。
では日本語で書かれたものだと思つてゐたかといふと、さうでもない。
なんとも思つてゐなかつた。
明治以前の人(宣長などの一部の特殊な学者を除く)に取つて学問とは
ただ四書五経に記された聖人の道を学ぶことであつた。


636 :名無氏物語:2008/04/01(火) 13:41:46 ID:ewPD226U
>>630
「明治のひとたちに、漢文コンプレックスがあつたといふのは、本当でせうか?」
とのことですが、さう考へるよりほかないでせう。
それは支那コンプレックスと全同ではない。といふか別物だ。
「漢族の文字=漢字」など、念頭にすら置いて無かつたに相違あるまい。
それどころかたとへば大東亜戦争時には、支那も朝鮮も“漢字文化圏”である
(もつともこの用語は戦後のものですが)といふ「事実」を利用して、「同文
同種」であることを強調し、「大東亜共栄圏」の正当化の便法として使はうとも
してゐたのです。支那コンプレックスなど無い、むしろ逆ですね。

>>635氏の書いてをられるやうに、「学問とはただ四書五経に記された聖人の道を
学ぶことであつた」わけですし、また漢詩も教養のひとつだつた。
さすれば田中角栄も、一種の教養のスタイルとして漢詩を書かうとこころみたわけ
ですし(平仄などは正確でないですが)、戦前から大物代議士たちは、儒学者
について四書五経の要諦を学ばうとし、それが出来なければ教養人失格だとすら
かんがへたわけです。現在は、その残滓すらのこつてゐませんが。

637 :名無氏物語:2008/04/01(火) 23:41:51 ID:7AeyFSXb
明治のひとたちがかかへる、つじつまのあはないことは、いくつかあります。

・南朝をたたへるにもかかはらず、ときの天皇は北朝のすゑである。

・かみよのむかしをまこととするにもかかわらず、科学はそれとことなる
 ことわりをあらはす。

・なさけない漢族の文字である漢字をおほくもちゐる。


638 :名無氏物語:2008/04/05(土) 22:05:44 ID:OO+zIETo
「学問とはただ四書五経に記された聖人の道を学ぶことであつた」
とは、
さむらひたちが、おもてのこととしておこなつてゐたことですね。
もし、みながそのやうなことばかりに、うつつをぬかしてゐたとすれば、
明治になつていそいで西欧の科学におひつくことはできなかるたでせう。
わがくにでは、科学的なまなびや数学のきはめは、ふるくからさかんでした。

四書五経やら儒学やらにうつつをぬかしてゐた近隣諸国が、どんなめに
あつたかをかんがへると、わがくにとのちがひはあきらかです。

639 :名無氏物語:2008/04/06(日) 00:12:03 ID:UJojm0A/
>>638
「わがくにとのちがひはあきらかです」か……。ファナティックだなあ。
暴論だなあ。「西欧の科学におひつく」云々といふことからして、あなたこそ
西洋至上主義、科学至上主義、実学至上主義、裏をかへせば西洋コンプレックス
の愚に堕してゐることくらゐ、さつさと気づきなさいよ。

640 :名無氏物語:2008/04/06(日) 12:49:49 ID:2joWdyko
明治のひとたちは西洋の科学やしくみに、いそいでおひつかうと、できるかぎりの
ちからをそそぎました。さうしなければ、かならず西欧列強のゑじきになつたからです。
それが当時の、うきよのおきてたつたのです。
西洋コンプレックスといふやうな、なまやさしいものではありません。

明治のひとたちのがんばりは、たかくたたへられます。
漢語をおほくもちゐすぎたことは、すこしくやまれますが。

641 :639:2008/04/06(日) 15:53:37 ID:UJojm0A/
>>640
「西洋コンプレックスといふやうな、なまやさしいものではありません」??
一体、どこをだう誤読すれば、さうなるのでせうか。
私は、あなたのその態度を論つてゐるのですよ。
「西欧に」おひつくだの、「科学的なまなびや数学のきはめ」をことさらに
称揚してみせるだの。「漢語」を蔑視、「わがくに」や「西欧」をやたらと
持上げてみせるのは、確かにわかりやすい図式ですが、非常に危険です。
また、科学技術を「西欧」的な一枚岩でかんがへてをられるやうですが、
中岡哲郎『日本近代技術の形成』くらゐ、お読みになつては如何か。
帯にかうあります。「なぜ日本は西欧にのみこまれなかったのか」。
日本人の努力は、何とかして西欧におひつかうとする点にあるのではなく、
移植された技術と在来の技術とを止揚し、その撞著を克服しやうとする点
にこそありました。「西欧の科学におひつく」などといふ単純なもの
では決してありえません。

642 :名無氏物語:2008/04/06(日) 23:27:48 ID:0f0eTEju
>移植された技術と在来の技術とを止揚し、その撞著を克服しやうとする点

そのとほりです。それができたこともさることながら、さうしやうとかんがへた
ことがとてもえらいですね。そのためには、四書五経に記された聖人の道を学ぶ
ことのみをやつてゐたのでは、とてもできないことですね。

江戸時代のひとたちも明治のひとたちも、とてもえらいとおもひます。
漢語をおほくもちゐすぎたことは、すこしくやまれますが。

643 :名無氏物語:2008/04/07(月) 08:02:55 ID:upu6lPzd
聖人の道・・・は比喩では?

644 :名無氏物語:2008/04/07(月) 11:48:01 ID:WJF3l+Fy
>四書五経に記された聖人の道を学ぶことのみをやつてゐたのでは

漢文習得は、儒学など思想習得にのみ傾いてゐたのではありません。
聖人君子の道を…なんてことは、為政者または帝政学に於る話です。
だから漢詩文を、いちわうの例として、あげておいたのです。

では、他に、いつたいだういふものがあるか。
主たるものをあげるとすると、たとへば訓詁の学です。
漢語の義をきはめ、詩作にはげまむとした。あるいはそこから術語を
作らうとした。あなたのおかんがへでは、漢語を少くしなければ、
発展は阻害されてしまふといふ結論さへみちびきだせさうですが、
なぜ漢語を捨てずに「さうしやうとかんがへ」ることが可能だつたの
でせう? そのあたりが、まつたく説明できてゐないやうにおもはれる
のですが。詰まり、いひやうによつては、まつたく逆にも結論すること
ができるんですね。「漢語をおほくもちゐ」さへしなければ、などと
いふ仮定の話を歴史に導入せむとすることは、まつたくもつて無意味です。

645 :名無氏物語:2008/04/07(月) 14:25:41 ID:xMhho3nJ
大化の改新

646 :名無氏物語:2008/04/07(月) 20:53:31 ID:dP/SXv6m
歴史に仮定のはなしをもちこむこんでも、しかたのないことです。
それに、漢語をおほくもちゐても、近代化はできます。

さいふことではなく、わたしはただ、漢語をおほくもちゐすぎたことは、
くやまれるといつてゐるのです。

訓詁の学もだめでせう。そのやうなものでは、西欧列強にはたちうちできません。

647 :名無氏物語:2008/04/07(月) 21:07:29 ID:dP/SXv6m
江戸時代から実学をおもんじてゐたことが、
明治になつておほきくはなひらいたものとおもひます。

漢語についていへば、
たとへば、「止揚」といふことばはわからなくもありませんが、ピンときません。
もつとよい和語でいいあらはせないものか、とおもひます。
「移植された技術と在来の技術とを止揚し」といふもちゐかたがただしいものか
どうかもよくわかりません。
それに、わたしには「撞著」ということばはわかりません。

648 :名無氏物語:2008/04/07(月) 21:11:07 ID:dP/SXv6m
「撞著」といふことばがわからないといひながら、「そのとほりです。」
などと、わかつたやうなことをかきこんだことは、くやんでゐます。
あしからず。

649 :名無氏物語:2008/04/07(月) 21:22:12 ID:dP/SXv6m
「移植された技術と在来の技術とを止揚し」については、

「わがくににもとからあつたたくみのわざに、エウロパのたくみのわざをまなび
くはへ、ならひのちがひにうちかちながら、たくみのわざをたかめ」

とするのでだうでせうかね。

650 :名無氏物語:2008/04/08(火) 12:48:13 ID:ofZ8FWkt
>>649
申しわけないのですが、語単位での義がまつたく判りません。
ただ、「ならひ」はおそらく「習慣」とも訳せませう。が、それをおほきく
とるか、こまかくとるかを読者にすべてゆだねるといふ「丸なげ」には、
あまり感心致しません。
文脈を理解しやうにも、その前提となる術語やコンテクストの共有が
まづは必要となりませう。それに、語の用法を理解出来たとて、文意を
把握するまでにはおほくの時間を要するでせう。
かててくはへて、その異常なほどの間延びの仕方はなんとしませう。
「そのやうなものでは、西欧列強にはたちうちできません」との言葉を、
そつくりそちらにおかへししませう。

ことのついでに言ふと、「撞著」は「どうちゃく」とよみます。
「撞着」とも書きます。「矛盾」とほぼ同義です。老婆心切ながら。

>「撞著」といふことばがわからないといひながら、「そのとほりです。」
などと(略)

「くや」むも何も、>>642でしつかり引用されておいて、それはないでせう。
それこそフェアではないといふものです。

>訓詁の学もだめでせう。

私は、たとへば術語の生産にあづかつたとか、あくまで語彙レヴェルに限定して
いつています。科学技術、工業化へどれ程寄与したか、なんてことは一言もいつて
をりません。

651 :名無氏物語:2008/04/09(水) 00:28:59 ID:raQ0/0IN
科学技術、工業化へどれ程寄与したか、といふ意味においては、
漢語をおほくもちゐたかだうか、といふことは、どちらでもおなじでせうね。
漢語をおほくもちゐなくても、近代化はできたと思ひます。
さういふ意味において、漢語をおほくもちゐすぎたことは、
くやまれます。漢語は日本人にはわかりにくいです。
わかりにくい漢語をおほくもちひるのは、なるべくさけるのがよいと
おもひます。漢語をおほく学んだところで、たいして意味はありません。
それより、ただしいかなづかひを学びませう。

四書五経やら訓詁の学では、西欧列強にたちうちできないと思ひますよ。
なんせ、蒸気船でやつてきて、おほづつをぶつはなすわけですから。

あなたも、漢語をなるべくつかはないで、みずからの考へをあらはす
やうにしてみたら、よいと思ひます。がんばつてみてください。

652 :名無氏物語:2008/04/09(水) 01:28:21 ID:Dv1N1/dC
>>651
「漢語をなるべくつかはないで、みずからの考へをあらはすやうにしてみたら」
との御提案はありがたいのですが、私は納得したうへでないと、さうしたくはありません。
個性没個性を論ふならそれもまた一興、しかし言語は通じてこそ存在意義があるといふものです。

その効用を、出来れば具体的にお教へねがいたいものです。「わかりやすい」といふのは主観に
すぎないやうにおもふのですが。私のばあひは、和語ばかりの方が、わかりにくくて困ります。

それに、議論としても余りかみあつてゐないやうな気が。

>漢語をおほくもちゐなくても、近代化はできたと思ひます。
>さういふ意味において、漢語をおほくもちゐすぎたことは、
>くやまれます。

「さういふ意味において」の「さういふ」とは何ですか。私はそこに論理の飛躍を
感ずる。詭弁でさへない。かりに「さう」が後述の「わかりにくい」をさすとして、
なぜ漢語をひとしなみに「わかりにくい」と決めつけるのでせうか。
無理に和語にしたはうが、概念としてはもつと広く漠然としたものになり、意味がとりにくい
ものとなつてしまはないとも限らないのです。現に、>>649でこころみられた和語訳の、
(私にとつて)なんとわかりにくいことか。あなたにとつてわかりよいものが、他人にとつても
わかりよいであらうといふ、そのおもひこみや傲慢は、もつとも危険なものです。

しかも、さういへば>>646では、
>それに、漢語をおほくもちゐても、近代化はできます。
と仰つてゐたのでは。「おほくもちゐても」、と認めてゐるわけですね。
されば、ことさらにまた声高に、漢語をもつと少なく、といはなくても、別にいいんぢやないかと考へ
てしまふんですがね。御主張が、だうしても、いきあたりばつたりのおもひつきに感ぜられるのです。
実は信念すら無いんぢやないか、あるいは私をただ単に揶揄されてゐるだけなんぢやないか、と。

653 :名無氏物語:2008/04/09(水) 01:36:22 ID:Dv1N1/dC
ねがい→ねがひ

654 :名無氏物語:2008/04/09(水) 22:54:42 ID:C4Xi0/jf
・・・・・・つまんないスレ・・・・・・

655 :名無氏物語:2008/04/10(木) 22:39:39 ID:7HHokyTV
>漢語をおほくもちゐなくても、近代化はできたと思ひます。
>さういふ意味において、漢語をおほくもちゐすぎたことは、
>くやまれます。

ここで、「さういふ」がさすものは、あきらかにそのすぐまへでのべたことです。
すなはち、「漢語をおほくもちゐなくても、近代化はできたと思ひます。」です。
だれでもわかることですよ。

そんなことより、むづかしい漢字をなるべくつかはないやうにして、
ただしいかなづかひをひろめませう。

656 :名無氏物語:2008/04/11(金) 07:48:53 ID:RD4Mm5cE
仮名だけだと読み辛いです。

657 :名無氏物語:2008/04/11(金) 11:35:08 ID:ka5ev4G/
>>655
>だれでもわかることですよ
残念ながら、たれにもわからないとおもひます。
ですから私は、あなたにもわかるやうに、新たに引用しなほしたでせう。
もう一度いはう。あなたは以前、
>それに、漢語をおほくもちゐても、近代化はできます。
と仰つてゐたわけだ。>>652での再論になるけれども。
したところが、
>漢語をおほくもちゐなくても、近代化はできたと思ひます。
とも書いてをられるわけです。ではなぜ、さういふ両方のばあひをのべながら、
「さういふ意味において」とお書きになるのか。
すると、「漢語を使つても別にいいぢやないか」といふ結論さへ想定されうるわけです。
だから「さういふ」に、たとへば漢語の「わかりにくさ」といふ価値判断を勝手に付与
してゐるとしかおもへないわけだ。

しかも、いきなり、
「そんなことより、むづかしい漢字をなるべくつかはないやうにして、
ただしいかなづかひをひろめませう。」
と来た。「そんなことより」などと、勝手に話を進めないでいただきたいですね。
反論できそうな部分だけとりあげられて、反論(になつてゐない)反論をくりかへす
手法は、いいかげんに止めてもらいたいものです。

658 :名無氏物語:2008/04/11(金) 11:37:10 ID:ka5ev4G/
できそうな→できさうな

659 :名無氏物語:2008/04/11(金) 11:37:33 ID:ka5ev4G/
もらいたい→もらひたい

660 :名無氏物語:2008/04/12(土) 00:28:31 ID:pOrL81t2
やれやれ、漢語をおほくつかつても、つかはなくても近代化はできたでせう、
といふことですね。実際には、明治のひとたちは漢語をおほくもちひたわけ
です。もちろんそれでも近代化はできました。いまのひとたちは、そのあとに
うまれたわけですから、さうやつてこしらへた漢語をつかふことになれるやう
に訓練をうけてそだつたわけです。だから、漢語がわかりにくいとは、あまり
おもはないといふわけですね。しかし、そのやうな努力はつかれますよね。
世界でもめづらしい、なみだぐましいことです。

しかし、漢語をおほくつかはなくても近代化はできたはずです。
だから、くやまれるといつているのです。そのわけは、和語をもつとうまく
つかつて近代化してゐれば、もつとすなおにわかるやうになつたとおもふからです。

歴史にもしも、はダメですね。だからくやまれるといつてゐるだけです。
それでも、将来にむかつてすこしづつかへてゆくことはできますね。

わたしは、あなたに反論する気はありません。
あなたも、あじめのころとくらべると、むづかしい漢字がいくぶんへつてゐる
やうにおもひますよ。もうすこしがんばつてみてください。

661 :名無氏物語:2008/04/12(土) 07:53:17 ID:6FaQXUbb
>そのやうな努力はつかれますよね。 世界でもめづらしい
漢字だと漢字の意味さえ解ればぱつと見で想像つきますけど、英語とかは単語の意味知らないと解りませんよ。

662 :名無氏物語:2008/04/12(土) 19:11:20 ID:T5hp4Reb
さういふやうにおもふ日本人はおほいやうですが、さういふものでもないのです。
英語でも、音素のもつ意味はなんとなくあつて、それがくみあわさつて単語が
できてゐるのです。それが、ことばといふものですね。さらに、接尾語や接頭語
といふものがあつて、さういふものが、くみあはさつてできてゐることばのばあい
には、しらない単語でも、意味はおよそ見当がつくことがおほいですよ。

むしろ、その点こそは、日本人にとつて漢字がわかりにくいおほもとなのです。
漢字の音素としての意味は、学校で漢字の訓練をうけないかぎり、日本人にはわかりません。
そのやうな訓練は、なみだぐましいものです。その時間と労力を、もつとほかの
ことについやせば、もつとすばらしいことができるとおもひます。

663 :名無氏物語:2008/04/13(日) 02:40:39 ID:5BPWds8u
>>660
>そのやうな努力
>世界でもめづらしい、なみだぐましいこと

やれやれ。
漢語(漢字?)に対してかかる拒否反応を示されるといふのは、よほど辛い
体験か何かをされたのでせう(皮肉でなく)。

>和語をもつとうまくつかつて近代化してゐれば、もつとすなおにわかる
やうになつた

ちよつと待つてください。
だから、日本人にとつて和語こそがもつともわかりよい言葉である、といふ
根拠が何処にあるのかお示しいただきたい、といつてゐるのです。
大前提となるその疑問については、なかなかこたへてくださらない。
和語がわかるやうになるためにも、ある程度の「訓練」(あなたのいひ方を
かりれば)が必要です。それは、単語ごとの「訓練」が中心となるはずです。
したところがなぜ、漢字になると文字単位で比べるんでせうか。まつたく公平
ではありません。漢字は、文字単位での「訓練」をある程度経ると、――この
スレでまへに書いてゐた方がゐましたが――「造語能力」があるために、その後
の熟語の生産段階では、むしろすくない努力ですむやうになります。

>わたしは、あなたに反論する気はありません

さう仰る割に、しつこく喰ひさがつて来られるのは何故なのでせう。
私はあなたに反論してゐる積もりです。私は、反論といふのもコミュニケーションの
一手段だとおもふゆゑに、それを一方的に遮断するやうな発言をなさるのは解せません。

664 :名無氏物語:2008/04/13(日) 05:24:57 ID:kop3jHeG
先月來の兩人の論争(?)を始めから拜讀致しました。
兩人共仰る事に、俗に所謂突つ込み所滿載、否滿載は過言かも知れませんが、
寡く無い樣です。

>>657
>反論できそうな部分だけとりあげられて、反論(になつてゐない)反論をくりかへす
>手法は、いいかげんに止めてもらいたいものです。

の言には同感です。中々質問に答へて呉れない樣で、觀て居る側にしてももどかしい限りです。

>>663さんは何故正字の使用を已めて了つたのでせうか。面倒だからでせうか。
此點丈御訊申したう御座ります。

二申。恐らく>>663さんからは直ぐに突込み所とは何所かと云つた返事が
有りませう。

665 :名無氏物語:2008/04/13(日) 11:12:25 ID:5BPWds8u
>>664
「何故正字の使用を已めて了つたの」か、とのことですが、已めて了つた訣では決してなく、
相手によつて使ひ分けてゐます。>>660氏に配慮した積もりなのでした。が、餘計なことであつた
かも知れません。ただ、わたくしは、どの字に於ても「正字」を使ふといふ立場ではありません。
たとへば「法」を「灋」とは書きません。それは面倒だからではなく、後者の「灋」が癈れて
了つてゐる、「正字」とは認識されなく成つてゐる、と判斷してのことです。

666 :名無氏物語:2008/04/13(日) 11:39:32 ID:5BPWds8u
過日からずつと疑問として抱いてゐたことを、忘れない内に書いておきませう。
これは、>>660氏に向けて書くのですが、あなたは「論爭」をされてゐるお積りは
まつたく無いのかも知れません。しかるに、あくまで「わかりやすさ」を固執される
ならば、いづれ「正假名」をも抛棄するといふことになりますまいか。詰まり、
話者ないし書き手の努力や負担をことさらに論はうとされるのでしたら、新假名を
用ゐる立場であつてこそ自然ではないかとおもふのです。不思議です。實に不思議です。
因みに私は、正假名が論理的であるとおもふゆゑにこそ、正假名をつかひます。
その點に於て、福田恆存の意見には諸手を舉げて贊成します。たとへば、
「食わない 食おう 食いて(食って) 食う 食えば 食え」では活用語尾がそろひません。
「食はない 食はう 食ひて(食つて) 食ふ 食へば 食へ」とすれば、ハ行でそろひます。
何と論理的なんでせう。

667 :名無氏物語:2008/04/13(日) 11:40:58 ID:5BPWds8u
しまつた。「担」→「擔」

668 :名無氏物語:2008/04/13(日) 11:49:14 ID:5BPWds8u
>>664
何度も失禮致します。
>>665の漢字の一部(「癈」字)が、誤認識によつて間違つてゐることに氣づきましたが、
何うか御寛恕くださいませ。

669 :名無氏物語:2008/04/13(日) 16:51:15 ID:4WpPwnNP
明治のひとは、aufheben を止揚と訳しましたね。
きくところによると、ドイツ人にとつてaufheben は普通の日常語とのことです。
ヘーゲルは、aufheben といふことばをつかつて、かれのかんがへをひとびとに
ときあかしたのです。aufheben には、とりけす、うへにおく、のふたつの意味
があるやうですね。これにピッタリの和語があります。「たなあげにする」です。
aufheben にはもともとヘーゲルのかんがへるやうなふかい意味はなかつたわけですね。
「たなあげにする」にもさほどのふかい意味はない日常語です。

ところが、「止揚」だとだうでせうか。日本語としての意味はなにもありません。
この漢字をみて、だいたいの意味をおしはかることもできません。

670 :名無氏物語:2008/04/13(日) 19:08:03 ID:5BPWds8u
>>669
話題を各論に摩り替へられてしまつては、たいへん困ります。
例が恣意的にすぎるでせう。それは不可ません。
それで濟むのでしたら、私が別な特定の和語をあげ、これこれの和語はかう
いふ意味だが通じにくいから漢語で書きあらはしたはうがよいのではないか、
と反論すればよく、それに對するあなたの御反論もきつと「用意」されて
ゐる筈です。さういふことが延々とつづけば、いたづらに無用なレスポンスを
増やすばかりでせう。わたくしがいひたいのは、さういふ事ではないので、
そのまへに、「和語」全般が「漢語」全般よりもわかりよい、といふ一般化
の根據がいつたい那邊に在るかといふことついてご説明をしていただきたいと
申してゐるのです。

671 :名無氏物語:2008/04/14(月) 06:15:37 ID:uQkFThnL
>662
>英語でも、音素のもつ意味はなんとなくあつて、それがくみあわさつて単語が
>できてゐるのです。それが、ことばといふものですね。さらに、接尾語や接頭語
>といふものがあつて、さういふものが、くみあはさつてできてゐることばのばあい
>には、しらない単語でも、意味はおよそ見当がつくことがおほいですよ。
漢字の偏や旁等にも意味はあります。トドの詰まり勉強してるかしてないかです。
ちなみに私は授業真面目に聞いてなかつたので解りません・・・

672 :名無氏物語:2008/04/14(月) 06:20:40 ID:uQkFThnL
連投失礼!一つ書き忘れ。
>669
例が極端すぎます。日常的な漢語の話しではなかつたのですか?

673 :名無氏物語:2008/04/14(月) 21:51:04 ID:FJyYEMzQ
>>671
さういふものではないとおもひますよ。

母語であれば、さほどにまじめに勉強しなくても、音素のもつ意味が
なんとなくわかるものです。そこがポイントなのです。
どのことばにも、そのことばらしさ、といふものがあります。

日本人には、和語はわかりますが、漢語の音素のもつ意味は漢字を
まなばないかぎり、なんとなくもわかりません。
中国人には、漢字をまなばなくても漢語の音素のもつ意味は、
わかるやうですよ。
中国語は孤立語ですから、音素のもつ意味はとても重要ですね。

674 :名無氏物語:2008/04/14(月) 22:57:07 ID:FJyYEMzQ
なかには、すつかり和語にとけこんでゐる漢語もあります。
たとへば、按配、工夫、大丈夫、具合、丁寧、大事、・・・
かういふ漢語は、ひらかなでかきたくなるやうなことばです。

675 :名無氏物語:2008/04/15(火) 07:49:25 ID:KDCQ/8PG
では別に漢語でも良いのでは?

676 :名無氏物語:2008/04/15(火) 13:29:39 ID:9Jc2Ld0q
>>673
>日本人には、和語はわかりますが、
何故ですか? 和語も學習してゆかない限り、わからないとおもふのですが。
殊に「正かなづかひ」は、「新かなづかひ」の用ゐられてゐる現下では、後天的
な習得なしには使ひ熟すことの出來ない最たるものだと思ふのですが。
また、「さほどにまじめに勉強しなくても」と限定される根據は? 「そのことば
らしさ」といふ表現は、情緒に傾いていて、全く説得的ではないのですが。

>中国人には、漢字をまなばなくても漢語の音素のもつ意味は、わかる
それはコンテクストに應じて、といふ限定つきで結論すべきことでせう。
いふまでもないこと乍ら、「同音多義」の文字も有るわけですし。
一字ごとにピンインを聞いたところで、その義が解されるとは到底おもへない。
(音數は確かにざつと四百ほどと、日本語よりもおほいが、四聲が衝突してゐる音
なんて、それこそ幾らでも有ります)
詰りは單に、母語として話せるといふだけでせう。それを「漢字をまなばなくても」
と言ひ包められてしまつては、きつと誤解を招くであらうと存じます。
あなたの話は、それが「發話」についてなのか、はた「讀み書き」についてなのか、
あるいは兩者ともさすのか、よくわからないばあひが有る。「讀み書き」はあくまで
後天的な會得によるほかないことに、もつと自覺的であるべきでせう。
(ですから、先ほど「正かなづかひ」の例をあげたのです)
無文字社會でなくても、いはゆる「文盲」の人は澤山ゐるわけですし。
「讀み書き」も含めての言語習得であれば、いづれにても學習が必要となります。
「さほどにまじめに勉強しなくても(いい)」「漢字をまなばなくても(いい)」といふのは、
えうするに母語としてそれをまなんだ、といふ事實のいひかへに過ぎず、よく考へ
ると、「母語だからさほどにまじめに勉強しなくてもいい」といふ同義反復になつて
ゐるだけです。そのうへ、それでは「發話」しか念頭に置いてゐない事になる。

677 :名無氏物語:2008/04/15(火) 20:47:59 ID:qsV6PFD8
よみかきは、学習によつてえるものです。それはあくまで二次的なものです。
母語としてはなせるかだうかが、とても重要です。
母語としてはなせるかだうかが、わかりよいかだうかのおほもとです。
それゆえ、母語につかづいてゐる漢語は、ひらかなでかきたくなります。

中国人にとつて、漢字は母語をそのままかきあらはす文字です。
同音異義のことばがあらうと、それはそのことばがもともともつもので、
文字のせいではありません。

母語であつても、学習してさらに上達することはよいことですね。
外国語をまなぶこともとても大切なことです。
しかし、もっとも大切なことは、母語を母語として高める努力とおもひます。

くだんの aufheben についていへば、母語として普通のことばの意味を
ヘーゲルがふかめたといふことですね。
そのやうな努力が、和語においてもつみかさねられることが、
のぞましいとおもつてゐます。

678 :名無氏物語:2008/04/16(水) 01:32:56 ID:pDQfi2RR
>>677
言文一致の陥穽に嵌まつてゐますよ。
話し言葉と書き言葉は自づと違ふものです。
耳で聞いて良く解からない言葉も文章で読めば良く理解できる。

日本人にとつても漢字は國語を表記する文字です。

679 :名無氏物語:2008/04/16(水) 06:18:26 ID:CpLWjlHI
>>676
>「同音多義」の文字も有るわけですし。
五つ六つ例を挙げて呉れる?

>四聲が衝突してゐる音なんて、それこそ幾らでも有ります
これも五つ六つ例を挙げて呉れないと意味不明?

680 :名無氏物語:2008/04/16(水) 11:27:32 ID:qzYae8E/
>>679
>>「同音多義」の文字も有るわけですし。
>五つ六つ例を挙げて呉れる?

これは日本漢字音に於ても同じですが、いちわう支那語に就ての話でしたので、
現代普通話(北京語)の例をあげておきませう(以下算用數字は四聲)。
「阿」(e1)は、「曲學阿世」の如く「おもねる」義も有しますが、「水阿」
「山阿」の如く「くま」「いりくんだところ」の義をも有しますし、「四阿」
といつた場合、「あずまや」の義にもなります。
「案(按、an4)」は、「おほづくえ」の義もあるのだけれども、「事變」とか
「公文書」とかいつた義をももちます。「巴(ba1)」は、「近寄る」の義だけ
ではなく、「希望する」、あるいは動詞のみならず「必ず」といつた義ももちます。
いまおもひついたのだけでも、これら以外に十ほど有りました。
さて、これらを等し並に「派生義」とかたづけることは可能でありませうか?
おのぞみでしたら、ほかに幾つでもあげてみせませう。

>四聲が衝突してゐる音なんて、それこそ幾らでも有ります
これも五つ六つ例を挙げて呉れないと意味不明?

たとへば「dan(4)」。「旦」「但」「担」「誕」「啖」「淡」…すべて同音です。
「mei(2)」。「媒」「梅」「没」「枚」「眉」…すべて同音です。
「mi(2)」。「糜」「靡」「迷」「謎」…すべて同音です。
「tong(2)」。「桐」「銅」「童」「瞳」…すべて同音です。
「yin(1)」。「因」「姻」「陰」「音」「殷」…すべて同音です。
此はホンの一例です。かういふ風にあげてゆくと、ほんたうにキリがありません。
>>673氏の仰る「漢字をまなばなくても漢語の音素のもつ意味は、わかる」
といふ表現が、どれだけ誤解を招くものかお判りになるでせう。
うへで見たやうに、その「音素」の義は、ばらばらです。さてそこに何らかの
「共通義」てふものが見出されませうか?
「コンテクストに應じて、といふ限定つきで結論すべ」し、とまうしたのは、
正にさういふ意味に於てであります。

681 :680:2008/04/16(水) 11:44:02 ID:qzYae8E/
>>677
>よみかきは、学習によつてえるものです。それはあくまで二次的なものです。
>母語としてはなせるかだうかが、とても重要です。

おや。さう仰るのなら、>>655で、
「そんなことより、むづかしい漢字をなるべくつかはないやうにして、
ただしいかなづかひをひろめませう」と仰つてゐるのは、どう解する
べきなのでせう。あなたのお考へでは、「かなづかひ」は飽く迄
二次的なもの、であつて、さまで固執するに及ばない、といふ結論
さへ導きだせさうなのですが。

したところが、後續の文章では、
>同音異義のことばがあらうと、それはそのことばがもともともつもので、
>文字のせいではありません。
とも仰つてゐる。文字のせゐではない、といふのなら、文字なかりせば
區別ができない。すなはち、ここでは「讀み書き」が優位に立つてゐるやう
にお見受けするのですが。「はなしことば」の話題の直後に、「讀み書き」
の話題に轉ずるのは、だういふわけでせうか。

なほ、
>それゆえ、母語につかづいてゐる漢語は、ひらかなでかきたくなります
とも仰つてますが、わたくしの立場では、「漢語」も母語と看做してゐます。
これについて以前、わたくしは>>607で、
>(呉音や漢音は―引用者)「みづからのことば」といつても過言ではないくらゐ、
>日本語の内部に深く深く浸透・沈潛してゐるのではないか、といふことです。
>しかも、シナ中古音では十一母音(推定)だつたものを、日本語の五母音におきかへて、
>“自家藥籠中のもの”としてゐるわけです。その時點で、「音讀み」とはいへ、それは既にして
>「みづからのことば」、つまり日本語といへるのではないか、といふことです。
とまうしましたが、それについての御反論をまだお聞きしていないやうに存じます。
できれば当該件について、だうお思ひになるか、御意見をお聞かせ願ひたいものです。

682 :名無氏物語:2008/04/17(木) 00:24:37 ID:8l/a5qMf
かなづかひは二次的なものですね。それはさうですが、
二次的であるといふことと、かなづかひはなんでもOKといふのとは、
まつたくちがいます。和語をだうかきあらはすべきか、といふことは
とても大切なことです。ただしいかなづかひが、すぐれてゐるとおもひます。

漢語のなかには、母語にちかづいてゐるものもあります。しかし、漢語の
おほくは母語とはいへません。たとへば、「母語」といふ漢語ですが、
これは「ぼご」とよみますね。和語で「ぼご」といへば、さうですねえ、
なにかへこんだものをあらはすことば、といふことでせうかね。

683 :名無氏物語:2008/04/17(木) 06:33:52 ID:Xvx939z7
それはイントネーションが何処かで違つてくるのでは?

684 :名無氏物語:2008/04/17(木) 10:38:11 ID:sErBapnA
「如何」を和語で「だう」と書くのはok?
古典で「如何」を「だう」と書いた用例教えて。

685 :名無氏物語:2008/04/17(木) 13:43:58 ID:cNm3p5Y9
「正字・正かなづかひ」に戻さねば、本朝は愚人許りになつてしまふぞゑ。

686 :名無氏物語:2008/04/17(木) 14:17:54 ID:PzCCmMV4
「正字・正かなづかひ」でかいても母語母語云つてゐる愚人存り。

687 :680:2008/04/18(金) 10:28:17 ID:YEBpTUmR
>かなづかひは二次的なものですね。それはさうですが、
>二次的であるといふことと、かなづかひはなんでもOKといふのとは、
>まつたくちがいます。

仰せのとほり。では何故、>>662で、
>漢字の音素としての意味は、学校で漢字の訓練をうけないかぎり、日本人にはわかりません。
>そのやうな訓練は、なみだぐましいものです。その時間と労力を、もつとほかの
>ことについやせば、もつとすばらしいことができるとおもひます。
とお書きになつてゐるのでせうか。「正かなづかひ」を會得する爲にも一定の訓練、學習が
必要な筈です。こころみに上引の「漢字の音素としての意味」を「正かなづかひ」におきかへ
てみるとアラ不思議、これは「表音式かなづかひ」信奉者の言ひ分そのものです。
詰まり、わたくしがいひたいのは、「わかりよさ」「學習の勞」ばかり論難してゐると、どこ
かに矛盾が生ずるのではないか、といふこと。

そろそろ、>>681で提示した他の質問にもこたへて下さい。また、「和語」が何故、日本人にとつて
もつともわかりよいといへるのか、という質問にも。

688 :680:2008/04/18(金) 10:28:39 ID:YEBpTUmR
つづき。
>たとへば、「母語」といふ漢語ですが、
>これは「ぼご」とよみますね。和語で「ぼご」といへば、さうですねえ、
>なにかへこんだものをあらはすことば、といふことでせうかね。

たとへ冗談としてもたいして面白くはありませんが、しかのみならず、
>>677等で「母語」を連呼しておき乍ら、それはあんまりといふものです。
しかし成程、「母語」(ないし母國語)といふのは、一寸いひすぎであつたかも
しれません。正確にいふならば、わたくしのかんがへでは、漢語も「日本語の
語彙体系」にすつかり取込まれてゐる、と言ひたかつたのです。
それは、文法面からみてもさうです。統語構造にしつかと組込まれてゐる。
たとへば、これはある方の御説を援用して述べるのですが、
*セ・リーグの開幕したのとき、…
 セ・リーグの開幕のとき、…
前者は、「開幕」といふ動詞的意味をあらはす漢語に(過去)テンスを示す
「た」が下接してゐますが、このばあひ助詞「の」は不要だ。しかし、後者は、
「の」が要る。つまり、「開幕」といふ漢語が、過去のことも未来のことも
あらはすことができるわけです。さればこそ、「あすセ・リーグ開幕」といふ
見出しでも、「きのうセ・リーグ開幕」といふ見出しでも、意味が通ずるわけです。
コンテクストに應じて、動詞的漢語が過去や未来のことをあらはすのは、これは
漢語がすつかり日本語に馴染んでゐるといふ証據でもあります。

689 :680:2008/04/18(金) 10:35:16 ID:YEBpTUmR
という質問→といふ質問
未来→未來

690 :名無氏物語:2008/04/18(金) 22:52:30 ID:g5gRXlfY
いやあ、もりあがつてゐますなあ。

セ・リーグの開幕のとき、…

の開幕は名詞ですなあ。名詞には時制の考へはありませんなあ。
だから、過去でも未来でも何でもOKですなあ。
開幕に代はる和語で品詞もおなじものは、ちょつと思ひつきませんなあ。
それを思ひつかないからといつて、別にだうといふことはありませんけどね。

和語でいひあらはすとすれば、
たとへば、過去のことであれば、

ことしのセ・リーグがはじまつたとき、…

とでもいひますかね。これでなにもさしつかへありませんね。

691 :名無氏物語:2008/04/18(金) 22:56:38 ID:g5gRXlfY
あは、名詞でいひあらはす和語をおもひついた。なんといふことはない。

ことしのセ・リーグのはじまりのとき、…

692 :名無氏物語:2008/04/18(金) 22:58:50 ID:g5gRXlfY
これなら、過去でも未来でもOk。

693 :名無氏物語:2008/04/18(金) 22:59:51 ID:g5gRXlfY
名詞だからあたりまへだけどね。

694 :名無氏物語:2008/04/18(金) 23:21:43 ID:g5gRXlfY
あつ。「ことしの」いつてゐながら、過去でも未来でもOkといふのはをかしい
ですね。「ことしの」をけしますかね。まあ、どちらにしても、名詞には、
時制のかんがへはないわけですけどね。

695 :680:2008/04/19(土) 02:30:51 ID:D1CtwGq6
>>690
しまつた。格をあやまつてゐました。御指摘ありがたうございます。
*セ・リーグの開幕したのとき、…
 セ・リーグの開幕のとき、…
を、
*セ・リーグが開幕したのとき、…
 セ・リーグが開幕のとき、…
とあらためてください。さうすれば、「セ・リーグが開幕。」といふ
いひきりの形をつくることができますゆゑ。失禮致しました。

696 :680:2008/04/19(土) 02:33:47 ID:D1CtwGq6
これで文中の「開幕」を名詞として解釋しうる餘地は無くなる筈です。
(形式的に、といふのではなく、意味論的に)
ありがたうございます。

697 :名無氏物語:2008/04/19(土) 03:04:38 ID:8xDwXOSu
>>696
>これで文中の「開幕」を名詞として解釋しうる餘地は無くなる筈です。
>(形式的に、といふのではなく、意味論的に)

君が代の「が」と同じに解釈すれば「開幕」を名詞として解釈し得ます。
いや、勿論冗談です(笑)。悪しからず。

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