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平仄は必要か?

1 :万戸侯:2001/03/07(水) 16:33
「唐の時代の平仄は、現代中国語とも異なっている。
それなのに、日本人が辞典片手に漢詩を作る必要性があるのだろうか?」
こういう問いを目にした。
別にいいじゃん。唐詩には唐詩の形式があるんだから。

2 :名無しさん@1周年:2001/03/08(木) 22:03
日本人の漢詩といえば良寛さんの漢詩が平仄も押韻もデタラメだけど、
夏目漱石が「日本人の作だから私にとってはそんなことはどうでもいい」
という意味のことを言ってますよね。
そんなことを言いながら漱石本人はちゃんとした漢詩作ってたけど。

3 :名無しさん@1周年:2001/03/09(金) 01:18
でも田中角栄の漢詩はちょっと、ね。


4 :名無しさん@1周年:2001/03/09(金) 08:26
良寛と角栄を一緒にしちゃダメでしょ。
要するに詩才があるかないこそが一番重要ってことだね。
って当たり前か・・・。

5 :食いだおれさん:2001/03/23(金) 02:20
「萬湖餘霞樓」って琵琶湖の辺で誰か題したらしいが、
平仄あってるか?

6 :名無しさん@1周年:2001/06/23(土) 01:47
平仄なんで意味ないじゃん<日本人が漢詩を味わうときには
ちゃんと「送りがな」「書き下し文」がついた漢詩の意味さえ分かればいいんじゃん?
平仄はそもそも発音をしやすい言葉を並べた(和歌の5 7 5 7 7)と一緒じゃん。中国語で読みやすい用にしただけ。
あんなもん、中国人じゃない限り、必要なし!!

7 :名無しさん@1周年:2001/06/24(日) 00:02
だったら日本には、りっぱに31文字やらがあって、
詩的表現の方法があるんだから、
わざわざ漢詩にすることもない。
中国人じゃない限り、必要なし!!
っていうんだったら、
他にもあててくれよ。
英語の詩を原文で味わう必要もなくなるんじゃないか?

8 :6じゃないよ:2001/06/24(日) 01:35
>>7
江戸時代までは公式文書などには漢文が用いられていた。
日本人は元来中国語である漢文を日本語として受容するための
技法を編み出したわけだな。返り点とか。
つまり、日本人が読む漢詩と言うのはすでに日本語化されたものなわけだし、
漢文というのは日本語を表現するための方法の一種であると言っても過言ではないわけだな。
だから日本人が(平仄を無視して)漢詩を詠むのは別に不自然なことではないよ。
ちなみに漱石は小説を書く時、頭の中では漢文で文章を組み立てたそうな。
(ウソかホントかは知らん)
英語に関しては全然違う言語なので原文で読んだ方がいいんじゃないかな。
翻訳だと音だけではなくて、訳の部分でも齟齬が出てくるだろうし。

最後に、俺は短歌や俳句の方が好きだな。
「散る桜 残る桜も 散る桜」
これほど完結にして深遠な詩はないね。

9 :名無しさん:2001/06/24(日) 05:11
平仄も合わないような、そんな漢字を勝手に並べただけのものを
こしらえて、どうなるってんでしょう。
箸にも棒にもかかりませんよ。

10 :名無しさん@1周年:2001/06/24(日) 12:02
だが、それがいい

11 :>10:2001/06/24(日) 13:15
だが、それが漢詩とは言い難いのでは。
百歩譲ってそれが古詩だって言っても、なにを今更ってかんじでしょう。
自由律の俳句でもつくってれば。
あれは平仄や脚韻もいらないし、数の数えれない人でも大丈夫だから。

12 :名無しさん@1周年:2001/06/24(日) 15:56
別にそんな漢詩、日本人しか読まないんだからいーじゃん。
日本人が日本風の漢詩を作っちゃいかんのか。
欧米人が欧米風の俳句を作っちゃいかんのか。

13 :名無しさん@1周年:2001/06/24(日) 23:46
漢字を並べて、詩を作ったって良いじゃん。
日本人は、「漢字・ひらがな・カタカナ」を使いこなす民族なんだから。
平仄なんぞにこだわっている人間は、「中華思想」になっている人間だ。
古代の中国にでもタイムスリップすれば(藁

14 :万戸侯:2001/06/25(月) 00:00
久々に見たらレスが一杯ついてる。
まあ、唐詩をやるなら、平仄の規則は必要でしょう。
しかし、中国とかのYahooで調べたんだが、
中国で唐詩やってる人って、ほとんど見つからない。
(たんに、唐詩をやる人がインターネットをやらないだけかもしれないが)
唐詩にこだわってる人間は、中国人にさえ(゚Д゚)ハァ?ってされそうだ。

15 :名無しさん@1周年:2001/06/25(月) 00:53
日本風の漢詩にはまったく反対しないし、日本的情緒を、
漢詩の形式で表現できればすばらしいと思う。
でも、日本語の単語を、漢字で漢詩風に並べても、
見て、聴いて、読んで美しい漢詩そのものには、とても
及ばないんじゃないだろうか。
書き下し風に書いて行くのとは別だよ、わざわざ漢詩風に
漢字並べる必要がないじゃん。

例えれば、英語の単語を日本式に並べて、「英詩」っていわれても
韻も文法も叶ってなければ、まったく興ざめするような気がする。

で欧米人の欧米風の俳句って、どんなの?
日本語の単語を使うの?

欧米風の俳句=英語(≠日本語)の詩=haiku
欧米人の俳句=日本語=俳句

日本風の漢詩=日本語(≠漢語)の詩=?
日本人の漢詩=漢語=漢詩

>中国で唐詩やってる人って、ほとんど見つからない。
Yahoo上でって事だよね?唐代の詩ってコト?

16 :名無しさん@1周年:2001/06/25(月) 01:58
英語での、俳句は意味なしでしょ。元々の言語が違うんだから。
日本語は節操なく「漢字」を輸入しているので、「漢詩」を日本人が平仄を無視してでも理解できる土壌ができてる。
英語は言語体系が違うんだから、比較対照にすらならないね。
漢字を日本人が、どれだけ工夫して身につけた物か、それを考えれば、「欧米人の俳句」て言うのは、言葉の体系が違うから意味なし

17 :名無しさん@1周年:2001/06/25(月) 02:09
近世の文化人が貧困や社会に対する怒りなどを表現するとき、詩歌の
ジャンルにおける適切な表現形式としては、漢詩があるだけだった。
和歌にはそのような伝統も、表現の蓄積もなかった。(和歌が貧困を
詠むようになるのは、香川景樹が出現してからだ)
俳句と同じ内容を描いた漢詩が存在するが、比べてみるとやはり違う。
俳句も貧困や痛憤を盛り込まないではないが、それでもなお江戸時代
全体を通じて、廃れることもなく漢詩が作り続けられたのは、漢詩の
ほうがよりよく表現できると考えられている内容が存在したからに
他ならない。

本年の某先生の講義内容の一部でした。

平仄は・・・どうなんでしょか、先生?

18 :名無しさん@1周年:2001/06/25(月) 02:37
>>16
なんかものの論じ方がずれてないか?
詩的感情を表現する所の、定型詩の形式については
どう考える?

さておき、下読んでみ
「中国語での、俳句は意味なしでしょ。元々の言語が違うんだから。
日本語は節操なく「欧米語」を輸入しているので、「英詩」を日本人が発音を無視してでも理解できる土壌ができてる。
中国語は言語体系が違うんだから、比較対照にすらならないね。
欧米語を日本人が、どれだけ工夫して身につけた物か、それを考えれば、「中国人の俳句」て言うのは、言葉の体系が違うから意味なし」

・…俺がヘンなのかな?
まあ漢俳がどの程度分野を確立してるものなのかをよく
知らないので、申し訳無いが。

19 :野牛酔眼流:2001/07/05(木) 06:22
欧米人の俳句には自国語で作ったものもあるし、英語で作ったものもある。
俳句の精神というものが短い句で表現されていればいいのではないか?
それに加えて5・7・5の17音節で表現されていれば合格。
ベートーベンはピアノを教えていた時、音の間違いより、強弱や緩慢など表現の間違いを厳しく注意したと言う。

平仄というのはサッカーでキーパー(のポジション)以外の選手が手でボールを触ってはいけないというのと同じレベルのルール。
用字、用語が中国のものでないといけない。
ルールからはずれた漢詩、唐詩は仮名を省略した電報の文に過ぎない。
ルールを守ってこそ、サッカーがありバスケット・ボールがあるのだ。

発語の辞として「其」の字を使った漢詩、唐詩を教えてください。
散文では史記の高祖本紀、「其以沛爲朕湯沐邑」の用例はありますが...
辞海、大漢和、漢辞海と当たっても、高祖本紀以外の用例を挙げていません。

20 :名無氏物語:2001/07/05(木) 13:11
「王朝時代の日本語は、現代日本語とも異なっている。
 それなのに、現代人が辞典片手に和歌を作る必要性があるのだろうか?」

21 :名無氏物語:2001/07/06(金) 00:14
王朝時代も、唐代も、雅語である詩語や詞語は、
日常の単語とは異なってたんじゃなかったでしたっけ?
そのころからすでに用語の参考書があるじゃないですか。

和歌には和歌なりの表現ができ、和歌にしかない良さが
あると思うなあ。使い込まれた語で、わざわざいまのこと
をうたっても、辞典ひきひき和歌作っても、うたに志をの
せる喜びはあるんじゃない?

昔の詩形にしっくり来る用語っていうのも、ある程度はあ
るんじゃないかなあ。
有名な佐々木信綱氏の
「逝く秋の 大和の国の 薬師寺の 塔の上なる 一ひらの雲」
なんて、辞典引くほどの難しい単語はないけど、歌にふさわしい
語が並んでるような気がします。

22 :名無しさん@1周年:2001/07/06(金) 02:37
>散文では史記の高祖本紀、「其以沛爲朕湯沐邑」の用例はありますが...
>辞海、大漢和、漢辞海と当たっても、高祖本紀以外の用例を挙げていません。

そういう用例の偏りが漢和辞典の欠点ですね。
この「其」は偉そうな命令の語気なので、正史の帝紀などにしょっちゅう出てきます。
で、そういう言い方を詩に使うのは、命令句の引用みたいな形になるでしょうから
結構特殊でしょうね。
「常言厳母手。能出棟梁材。忠孝忠為重。吾児其勉哉!」とか。

23 :野牛酔眼流:2001/07/07(土) 06:09
早速のレス、有難う御座います。
「其以沛爲朕湯沐邑」の集解に[馬因]案風俗通義曰:『漢書注、沛人語、初發聲皆言其、其者、楚言也。』とありますが
「吾児其勉哉」の「其」もやはり「楚言」なのでしょうか。

24 : :2001/07/07(土) 09:07
漢詩風に漢字並べるのは意味あるんじゃないの?
一行に入れる漢字の数とかが決まってればある一定のリズムは
書き下し文でも出ると思う。

25 :名無氏物語:2001/07/08(日) 13:01
>沛人語、初發聲皆言其、其者、楚言也

漢代から唐代にかけての注釈では、「お前漢文読めんのかよ」と言いたくなるほどドキュンな説がまま出ます。劉邦としては儒教なんかを利用して重々しくやりたいわけで、「朕」なんて言葉を使ったのもその表れです。そこへ急に沛県なまりなんか使うわけありません。またそのなまりを史官がそのまま書くわけありません。この「其」は、もっと古い "書経" にも結構出るはずです。用例は自分で検索して下さい。

26 :名無氏物語:2001/07/09(月) 00:56
>>24
なんで漢詩風に並べた後、書き下しにわざわざすんの?
もともと書き下し風の日本語表記で通せばいいのに。
七五調にしたらリズムもいいんだし。

27 :名無氏物語:2001/07/09(月) 15:04
七五調と書き下し文じゃ全然リズムが違うだろ。

28 :名無氏物語:2001/07/09(月) 23:55
「時に利あらずスイ逝かず。
 スイの逝かざる、いかんすべきや?」

「時利あらずスイ逝かず。
 スイ逝かず、いかんすべき?」
どっちかというと、上の方が語調がヨイ
よな気がするが…

で、なんであえて漢字だけ並べるん?

29 :名無氏物語:2001/07/09(月) 23:58
書き下し文は著作権の問題があり、
出版時は、へたに好きなように
書き下せないんじゃなかったか。

30 :>29:2001/07/10(火) 00:17
誰が主張してるの?

最近、バカなことで著作権主張する低脳が多いね。

31 :名無氏物語:2001/07/10(火) 00:32
今手元に資料はないが、たしかに判例があるんじゃないかな?
特に漢文の引用は、不用意に書き下し文をそのまま他から
引くとイタイ目にあう事があるかもしれないよね。

32 :名無氏物語:2001/07/10(火) 00:36
書き下しは一種の翻訳といえば翻訳だからねえ…
平仄の妙も味わえ、書き下しの語調もわかる日本人は、
幸せで楽しいと思うけどねえ。

33 :名無氏物語:2001/07/14(土) 19:35
>>28
単に規則性を持たせてるだけじゃねーの?

34 :名無氏物語:2001/07/28(土) 01:15
>>28
”時に利あらず 騅逝かず
騅の逝かざるを奈何にすべき”もあるぞ。
こっちはなかなかにテンポが良いと思うのだが…。
あと、井伏鱒二の于武陵・”勧酒”の書き下しで
”コノサカズキヲ受ケテクレ
 ドウゾナミナミツガシテオクレ
 ハナニアラシノタトヘモアルゾ
 「サヨナラ」ダケガ人生ダ”
ってのもある。 こっちは完全に七五調。

35 :名無氏物語:2001/07/30(月) 01:34
>>34
スレ題を見ろ。
都々逸やってんじゃねーんだYO!

36 :名無氏物語:2001/07/31(火) 13:17
必要。

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・終了・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

37 :名無氏物語:2001/08/04(土) 01:09
便乗糞レスひとつ。
『春秋左氏伝』の冒頭、隠公元年条の
「夏五月、鄭伯、段にエン(焉におおざと)に克(か)つ」
が俳句の元祖だっていうジョーク、江戸時代の人が言ってた
ような(笑)。

38 :少佐:2001/08/04(土) 01:13
漢文の平仄は
お札のスカシみたいなものでは?

39 :歴史の勉強:2001/08/04(土) 22:44
平仄は元来、中国語特有の性質に基づくもの。
五言七言の詩に関しては、平仄による「声律」が一応あります。(二四不同)
でも、絶対的な規則ってわけでもなく、中国人自体もけっこう破っています。
たとえば、杜甫の「雲白山青万余里」は「余」の声律が反則。

漢詩を書くのなら、おそらく「脚韻」を重視したほうがいい。
優先順位としては、
1.脚韻
2.リズム
3.平仄
でいいと思います。2.は日本人けっこう知らないけど、五言七言の詩は
「2,2,3」
という音節を取るのが大原則。中国語は漢字一字が必ず一音節なので、
基本的に漢字二字、漢字三字を交互に配列して、リズムを取る。
平仄は1.と2.の次ぐらいで十分だと思います。
もちろん、中国語の感覚を把握し、それに則った方がいい。
一行全部「平」字、あるいは「仄」字というのはいささかまずいのでは?

もちろん、文法的に間違いない中国語が大原則(これ最優先)。

40 :名無氏物語:2001/08/05(日) 03:42
蜂腰・鶴膝病にも気をつけないとね。

41 :名無氏物語:2001/08/05(日) 03:43
さらに細かく言うと、
リズムは五言で2・1・2、もしくは2・2・1になるのではないかな?
んで、七言になると五言の頭に2がプラスされる。
つまり、2・2・1・2、もしくは2・2・2・1になる。
それと、韻を踏むため、もしくは二六同とか二四不同を守るために
文法をわざと破ることもあるので、なかなかに油断ならない。

42 :風と木の名無しさん:2001/08/05(日) 07:26
必要なんでしょうか?

43 :歴史の勉強:2001/08/06(月) 01:57
明治初年、ある日本人が清に行って、日本製の漢詩を見せたことがあったそうです。
その人は、きっと自分も好きな詩を清国人も気に入ってくれるだろうと思ったら、
清国人は有名な詩をあまり好評価せず、以外とマイナーな詩を高く評価したとか。
最大の難点は、やっぱり「音」だったらしい。
内容は立派でも、中国人の耳に美しく聞こえないとダメなようです。

やっぱり、美しい漢詩を作るためには、中国語の知識が必要なんじゃないでしょうか?
もちろん、文法的に完全な中国文を作り、音声も中国人の好みに合わせる。
もう中国人なみに中国語の音をつかんでる・・・って人には、平仄は付け足し程度の知識でしょう。
でも、中国語を完璧には把握できてないって人は、一応「平仄」のルールに従った方が
いいんじゃないでしょうか?(その方が楽だと思います)
とりあえず「形」にはなるから。

44 :名無氏物語:2001/08/06(月) 13:21
それは「中国人にとって」美しいというだけでしょう?
中国人が好むものが素晴らしいなんて限らないんだからさ。
書き下し文の形で美しいならそれはそれで美しい文学なんじゃないの?
わざわざ中国人の好みに合わせなければいけないとは思えないな。
まあ今の人が作る分には最初から書き下し風に書くか、
完全な中国語として書くかした方が良いだろうけど、
昔の日本漢詩を評価する場合は書き下しの形で評価するべきじゃないの?

45 :歴史の勉強:2001/08/06(月) 23:24
>名無氏物語さんへ

あなたの主張は正論だと思います。
日本人で漢詩作った人はほとんど中国語を知らなかったと思うから。
西郷南洲の詩は、あれはあれでいいものだと思いますね。
あなたがおっしゃるように、日本人は最初っから訓読文の形式でも
いいと思いますよ(明治時代の新体詩みたいだけど)。

ただ、五山の禅僧や荻生徂徠(おぎゅうそらい)、森槐南(もりかいなん)
みたいに、中国語に通じてた人もいるので、彼らは特別視したほうがいい
かも知れません。

46 :名無しにして頂戴:2001/08/07(火) 10:06
ふむぅ、
日本人の漢詩は“意味”に重点を措く傾向がありますよね。
そんな中でも夏目漱石の漢詩は“音韻”に優れていて、
中国人には高く評価されている、とのこと。
自分も夏目漱石の漢詩が出版されているのを、
三聯書店刊の書籍で目にしたことがありましゅ。

47 :名無氏物語:2001/08/07(火) 10:44
別にいいんじゃないの?
漢詩の形で漢字を並べても。
書き下し文としてもリズムに優れ、
中国語の詩としても読めるなら楽しさ2倍じゃん。

48 :47:2001/08/07(火) 10:46
わたしゃド素人なんで偉そうには言えませんが・・・・

49 ::2001/08/07(火) 16:45
本当に素人の意見でしたね。

50 :歴史の勉強:2001/08/08(水) 21:26
この問題は、明治時代に正岡子規が言ったことと同じって気がする。
明治年間「無韻、無平仄」の詩が提唱されたそうですが、子規はそれに
反対して、「だったら仮名交じり文にすべきだ」と言っています。

この問題は、究極的には「漢文訓読は是か非か」というとこまで帰着すると思う。
荻生徂徠は漢文を中国語でそのまま読むべきだと考えていました。
訓読すると、誤読が生じる可能性が高くなるからです。

それに、時代を下るほど、訓読が難しくなる(太古も同じか)。
たとえば、「已経」なんて単語は「すでに」と読んでいいのでしょうか?
ちなみにこの単語、唐代の詩にすでに出てきています。
「臨済録」はまだしも、「碧巌録」なんて訓読するとメチャクチャになる。
「爾」も「汝」も、日本人は普通「なんじ」と読むけど、現代中国語では
二人称の代名詞は普通「ニーハオ」のニーしか使わない。
日本語の「きみ」も「あなた」も「おまえ」もこの一語で表す。
翻訳ってのは実に難しい作業で、どうしても「ズレ」が生じる。

本題と大きくズレましたが、訓読は大きな問題を含んでいることを
認識してもらいたくて、書きました。

51 :名無氏物語:2001/08/09(木) 13:37
age

52 :名無氏物語:2001/08/09(木) 18:08
中国語にしても、今の発音で読んで美しいままなのかどうか、
古音復元に努めるべきなのかどうか、先人が論じ尽くしてる
ような気がします。
ところで、普通話で漢詩読むのに、読書音使う人もいるし、今の漢詩
テキストは字書?通りだし。台湾、福建とかでは、今も文言音で読ん
でいる人とかあるのかなあ?香港や華僑社会じゃどうなんだろ?
ちなみに僕は、吉川幸次郎氏あたりから唱えられている、声調によって
感情表現の効果を高める云々みたいな考えには、あんまり同意できません。
“重々しい上声で締めくくっている”みたいな・・・
時代によって音も変わるのに・・・

黄河遠上白雲間=“ぱいゆんちぇん”か“ぽーゆんかん”
これは北方の音

旅館寒灯独不眠=るーこあんはんてんとくぷびあん
客心何事転凄然=けくしむふーすとあんちぇえりあん
故郷今夜思千里=こーひょんきみやあすちあんりい
霜鬢明朝又一年=しょんぴんびんてぃやうゆういっりあん

あんまりお聞きになったこともないかと思い、ずっと前
聞いた台湾の文言音で朗読された音を書いてみました。
聞き間違えはごめんなさい。
平仄に関連して感じた事を述べました。

53 :HKJB:01/09/05 00:39 ID:2lBkb03Q
漢字書道が趣味なので、専ら漢詩を書くことになるが、な
かなか読めない。私の年代では漢文は訓読するものになっ
ていたが、作品を書く場合には原文の文字を追って書く。
この場合は音読しないと書けない。
平仄は唐代の発音に基づいていると言うことだが、辞書に
は唐代の発音が書いてない。辞書の発音に依って書いてゆ
くと、どうもスムースには書けない。どうも平仄、つまり
唐代の発音がわからないとリズムに乗りきれないし、特に
草書を書く場合には困惑する。漢詩、少なくとも唐詩を読
むには唐音と平仄を知らないと本当には読めないのではな
いかと思われる。
漢文には文法があるのだろうか、文法を踏まえて漢文を読
もうとしても、例外続出で解読の参考書がないと読めない。
しかもこの解読所書の原文ははほとんど全部訓読が振って
ある。
平仄の本題からは外れたが、平仄を知らないと書作品特に
草書は書けないように思われて困惑している。

54 :名無氏物語:01/09/07 23:46
>>53sama
草書の名人で漢詩をやった人、うーん、たとえば川村驥山翁が
唐音に精通していたとは聞いていませんが・・・もちろん平仄は
覚えておられたと思います。狂草あばれまくってますよね。
で、53さんのおっしゃる“平仄を知る”とは、“漢詩を作る”
って意味に感じ、考えたんですが…よろしいでしょうか…?

というのは。漢詩を作る方は、唐音を知る知らないにかかわらず、
一度は頭から返り点などなしでリズムをつけて読んでると思うんです。
そして、知らない間にそれが身につくと思うのです。
漢詩はおつくりになりますか?
作ってみてはいかがですか?
作らないと、なかなか平仄までは覚えないです。

すでにご存知のこととは思いますが、神田の東方書店などからは、
中国現代音での漢詩朗読用の本やテープ、また、台湾などでも
テープの朗読つきの本が出てます。現代音でも、唐詩はきれいな韻律
ですよね。また、発音記号がついた本もあり便利ですよ。
台湾の三民書局から出てる、唐詩三百首や宋詞三百首なんか、全部発音
記号がふってあり、楽しめます。
前後赤壁賦なんかも、輸入本買って現代音で覚えました。だから、なかなか
訓読では出てこないのが残念。
これなら、平仄覚えなくても、漢詩の音読はできますけど・・・!

韻律に乗じ、ざざっと、一気呵成に漢詩を一首草書で書き上げること
ができれば、それは楽しいことでしょうね!

55 :歴史の勉強:01/09/08 03:20
53さんの夢は、究極的には我々漢詩愛好家の最終目標……って気がする。
漢詩を愛する者なら誰だって、一度は古代の音でその美を味わってみたいと考えたと思う!
僕は毛筆はまったくやりませんが、53さんの主張せられることは正論て気がする。
書道は漢字あってこそ成立するもんだし、書くならやっぱ詩を書きたいだろうから。
黄庭堅の書体は彼の詩あってこそだ。

ただ、古代中国語の音を堪能するためには、北京語ではダメだと思う。
北京語は「入声」(つまる音)が消滅してしまっているし、「r」音が発達しすぎている。
要するに、有力な方言(広東、福建、上海各語)に比べて、一番変化しちゃったのが北京語なわけ。
特に「入声」は強調したいなあ。
リズムの上で重要だと思うから。

56 :名無氏物語:01/09/09 23:57
>55san
あの吉川氏がひそかにされてた、平上去の元入声字の入声読みは、
どうお考えになります?台湾の某氏には、なんじゃこの音は?(PI→PIK)
みたいないわれようされてましたけど…
(たしかに、海彼の国でも同じような事やってる人もいましたが。)

>黄庭堅の書体は彼の詩あってこそだ。
そう!私もそう思いたいんですが、西川寧氏の有名なテーゼ「書は文学に従属せず」
っていうのが巌のようにデンって座ってますよね。
勇ましい詩は勇ましく書くべきか、悲しい詩は、あえて悲しそうに書くべきか?
今も否定する先生方は多いんじゃないでしょうか?
大家が「燕」って草書を飛燕の軌跡のごとく仕上げ、物議をかもし出しましたよね。
どっかに黄書李後主詞とかないかなあ?

ペキン語で哀婉な韻律でも、カントン語だと怖くてたまらん、あるいは
その逆っつうのもありえますかね?

57 :歴史の勉強:01/09/11 01:16
う〜む……現代の中国の方がどう思っているかは知りませんが、
少なくとも昔の詩人は厳密に区別してたわけで……。
「リズム」の上で非常に重要な音だと思うので、あえて主張しました。

入声ったって、語末の「-k」「-p」「-t」の違いはあまり区別されてないみたいですね。
本によると、もう12〜3世紀には「呉」地方では区別されなくなったとか。
福建地方では区別してたみたいですが。
僕が持ってる広東語の音声教材でも、一聴しただけでは区別できませんね。
僕の耳のせいだ、と言ってしまえば、それまでですが。
入声の「-k」「-p」「-t」が非常に弱く発音されるようになったのは、
たとえば「一音」が「yi-ton」のように発音されないためだと思うのですが、
どうでしょう?

北京語は、数ある中国語方言の中でも、流麗きわまる音だと思います。
広東語は北京語に比べて非常に「ゴツゴツ」してる感じ。
でも、白楽天の優美な詩を北京語で読むのはいいとしても、
杜甫の悲壮慷慨の詩を北京語読みするのはどうかと思うことがあります。

58 :歴史の勉強:01/09/13 09:41
落ちそうだから書いとこう。
世界はNY襲撃事件で揺れてるかど、ここは優雅に古典に浸ろうじゃないか!

何はさておき、
古代音を知るまでとは行かずとも、中国語に通じていることは好いことだと思う。
日本人がやってしまいがちな「和習」を撲滅するためにも有効だと思う。

59 :歴史の勉強:01/09/15 21:12
漢詩万歳!(マンセーではない)

60 :万戸侯:01/09/15 23:56
和習ってまずいんですか?

61 :歴史の勉強:01/09/16 01:00
だって、和習あり、にしちゃうと、

空高山緑
吾首相也

も、いいことになっちゃわない?(こんなの、おれの弟子が作ったら、殺す)

62 :万戸侯:01/09/16 01:11
かなりまずいっすね。

現代語を入れるには、どうしたらいいんでしょう?

63 :歴史の勉強:01/09/16 10:05
白話語彙を詩に入れるのは、かなり古くから実験されてますが、
多用される字でも平仄は非常に難しいと思います。(甜蜜など)
声調も、子音もかなり変化しちゃってますからね。
でも杜甫の「登高」にある『潦倒』はもともと白話語彙だそうです。

最良の策は、19世紀ごろの詩人の作品を見て、
使ってよさそうな単語をコレクトしていく方法じゃないでしょうか?
また、五山の禅僧の詩にはけっこう白話語彙が入ってます。
「什麼」、「作麼生」はもともと白話のはずですよ(現代語でもある)。
五山の詩は図書館にあると思いますので(岩波が出したから)、
「五山文学」という本を探してみたら、いかがでしょう?

64 :歴史の勉強:01/09/16 10:13
和習は「変な中国語」を書かないために意識すべきものだと思います。
これは日本人が生じっか漢字を知ってるから起こること。
言語学用語の「干渉」ですね。
もちろん、どんなインテリでも往々にしてやっちゃうのが和習。
だから、中国人から見て「ん〜?」と思われないために、
どっかで「歯止め」をかけなきゃならない。
だって、完全自由にしちゃったら、限りなく変な漢字の羅列になっちゃうもんね。

田中角栄首相の前轍を踏まないためにも……

65 :^^:01/09/16 14:15
>空高山緑
>吾首相也

これは和習とは言えない。もちろん天高山緑のほうが圧倒的に
よく使われるが。
われ首相なりは、下らないから笑いを買ったんだろう。わしゅうではない

66 : :01/09/16 17:22
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67 :名無氏物語:01/09/16 18:54
和習は排すべく、和風は掬すべし。邦人の作、宜しく和風たるべし。ってどなたかおっしゃってましたっけ。
好掬和魂、廃倭臭。●●○○●○●。
邦人之作、要和風。○○○●●○○。

68 :名無氏物語:01/09/18 00:49
頼山陽の、「雲か山か呉か越か?水天髣髴、青一髪!」
日本語の朗読や吟詠では、たいへん語調がよろし。
が、中国語読すると、まことにおマヌケに聞こえる。
(えらい学者さんもいっておられました)
この詩が、漢文学〜広義の中国文学といえるのかは、
う〜ん。日本語の漢文並びのような気がするよなあ。
いくら到底格の古詩には平仄がない?とはいえ・・・

69 :歴史の勉強:01/09/20 04:03
頼山陽で思い出したけど、藤田東湖の「回天詩史」。
手塚治虫の「陽だまりの樹」で、主人公が愛唱する詩だったので記憶してる。
原文未見なので、推測で漢文を復元すると、こんなものか。

三度決死而不死
二十五回渉刀水

(刀と渉が逆かも知れない)
ううむ……としか言いようがない。
この詩はやたら数字がよく出るので、ユーモラスな詩と言えるかも知れないが、
いかにも日本人が作った詩……しかも色気のない詩、に感じられてならん。
特徴は、「声律」をまったく無視してることで(語句のほとんどが仄声)、
有名なわりに、ここまで平仄を無視したのもめずらしい。

ただ、訓読するとなかなか格調高い文で、変体漢文の微妙なとこかも知れん。

みたび死を決して、しかして死せず、二十五回、刀水をわたる

僕は、一番美しい日本語の文章は和漢混淆文だと信じて疑わない人間だから、
漢文訓読には否定的でも、漢文調はとても大事だと思っている。
でも、詩に関して藤田先生のようなことをされては……。

70 :5モロ、無修正画像サイト発見!:01/09/20 08:04
モロ、無修正画像サイト発見!

http://www.sex-jp.net/dh/01/
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71 :名無氏物語:01/09/20 20:13
そういう詩は日本語の文学として考えればいいじゃん。
どうせ作った本人も読んでた人達も訓読文で理解してたんだから。
なぜそこまで「こうあらねばならない」って考える?

72 :名無氏物語:01/09/20 22:17
>>71
そういう詩を日本語の文学として考えるという事と、
漢詩に平仄が必要か?どうかということは
別問題ではない。
という意味か?

>なぜそこまで「こうあらねばならない」って考える?
という指摘じたいが外れてると思う。
たとえば
「ああいう和製英語は日本語として考えればいいじゃん。
どうせ使う本人も読む人達も日本語として理解してるんだから。」
これは、英文学そのもの論じる事とは、まずはわけて
考えた方がよいのではなかろうか。

それに、69氏の書き込みを素直に読む限り、氏は東湖の作を
71さんのおっしゃる通り、日本語の文学として考えておられる
ようだが。

73 :名無氏物語:01/09/21 17:39
ていうか日本漢詩を問題にするときと
外国語文学としての漢詩を問題にするのとでは話が違うってことだろ。
日本人が「漢詩」と言う場合には言葉自体の定義付けが曖昧だな。

74 :歴史の勉強:01/09/23 09:30
漢文学は日本文学の中で非常に重要な位置を占めるので、無視してはいけない。
所詮「インテリの文化」と言うなら、和歌も全部そうなるはずだ。
徳川時代は「57577」あんて衰退してたはずで、漢詩が詩文の主役だった。
漢文学を「完全に」無視するから、頼山陽も菅茶山も知らない人が増えるのだろう。

漢詩としていかに欠陥があっても、有名な作品ぐらいは高校の教科書に掲載すべきだと思う。
もっとも、今の学力じゃ、漢詩も満足に読めないだろうか……?

75 :名無氏物語:01/09/24 00:20
日本的情緒や感情をほんとうに、漢詩で表現できるように
なったのは、文化文政以降、また、和臭を取り沙汰される
山陽先生も、日本人としての感懐はよく述べておられるとは
よく言われてきたし、実際にそうなのでしょう。
ただ、表現(措辞)の和臭と、平仄(音韻)の和臭は、不即不離
にみえてそうではないところが、ややこしい。
狂詩でも、平仄さえあってれば、唐音読みで美しい抑揚に
感じられるに違いない。

76 :歴史の勉強:01/09/24 10:05
日本で漢詩が流行した時代は
@奈良〜平安初期、A五山文学、B徳川時代後期、
の3つあるけど、@とAは意外と研究おくれてる感じですよね。
朱子の作とされている、「少年易老不成学〜」は最近、五山の禅僧のものじゃないかって説がある。
@〜Bの中で一番レベルが高いのは五山だと思うけど(特に14世紀のは)、
五山の禅僧の作品でも、中国人に恥じない作品だったら、どしどし教科書に載せてもいいと思うんだけど。

和習があってもいいんじゃー……という意見がまかり通るのは承認できんが、
漢詩全部無視という風潮は我慢ならんぞ?
日本語で書かれた日本語で読めるもんだけが日本の古典だー
って発想は「最悪の意味での」国粋主義じゃないかな?

77 :名無氏物語:01/09/25 00:53
少年既老不成学。●○●●●○●
誰歎三春無是約。○●○○○●●
涙作深池夢遶来。●●○○●●○
枯桐颯颯声中覚。○○●●○○●

76さん、学難成ではなかったか?それとも、
五山の原詩があるん?
あとを続けて適当にならべたけど・・・
韻もあってないかも・・・

78 :歴史の勉強:01/09/25 01:11
失礼! まちがえた!

少年易老学難成
一寸光陰不可軽
未覚池塘春草夢
階前梧葉已秋風

少年老いやすく学成り難し、一寸の光陰かろんずべからず、
いまだ覚めず「池塘ちとう」「春草しゅんそう」の夢、階前の梧葉すでに秋声

が正しい。学成らず、では怒られてしまう。

79 :名無氏物語:01/09/25 01:35
少年易老学難終
一寸光陰不可同
未覚池塘春草夢
階前梧葉已秋風←

76さ〜ん、もうフォローできへんでえ!
一寸の光陰もともにすべからずじゃあ。

80 :歴史の勉強:01/09/25 01:45
しもたあ!
「秋風」じゃったあ!
何でこんなにミスるんだろ?
訓読文は合ってるのにねえ……。

書き込み増えてよかった……は牽強付会?

81 :名無氏物語:01/09/25 01:58
>韻もあってないかも・・・

学と覚は江摂。約は宕摂。もともとかなり違う音でちゅ。
しかし三春無是約って何でちょ?
一寸光陰不復同。不再同。

82 :1:01/09/25 02:37
http://members.tripod.co.jp/bingo852/

83 :名無氏物語:01/09/25 19:32
中国人に恥じる恥じないとかが評価の基準になるのが理解出来ん。

84 :名無氏物語:01/09/25 19:49
>>83
中国語の文学としての漢詩を考えた場合は
中国語としてどうかというのは評価するに際して重要だと思われ。

85 :名無氏物語:01/09/26 01:19
えっと。
個人的には、唐詩の研究には平仄って考えなきゃって思う。
音韻学ってのも、必要やと思うし。
そう言う研究してくれる人がおらんとあかんと思う。
でもな?
いま、日本だけで流れるんやったら、
漢詩っぽいの、ってので、ええんちゃうかなぁ?
それを漢詩って、海外の人に紹介するのは恥やから止めて欲しいけど。
もし、漢詩を作るんやったら、やっぱり中国語を踏まえて欲しいな。
中国語って言っても、方言によって違うんかな?
それやったら、普通話くらいは踏まえた方がええんかな?
おいら良く分からんけど。
そんなんでええんちゃう?

86 :当方関西人:01/09/26 08:12
掲示板で関西弁を使うのも恥だからやめてください。

87 :79:01/09/26 13:48
>81さん
少年既老不成学。
誰歎窮途無抜擢。
涙作深池夢遶来。
枯桐颯颯声中覚。

これで韻はあったかなあ?でも、
それだけ・・・フォローどころか(笑)・・・
まんが喫茶にも誰か韻書や便覧おいてくれい!

一寸光陰不復同、このほうがこなれてるから?
勉強になりました。

88 :^^:01/09/26 22:34
>まんが喫茶にも誰か韻書や便覧おいてくれい!

約なんて日本の音から陽韻だって分かるでちょ。
覚と学は北京語から江摂だって分かるっち。
涙作深池夢遶来は名句と言っていいっちゃ。よっっ博士!!
でも作者自身が日本語に訳ちたら意味が変だったりちて。
少年已老不成学。肯歎窮途無抜擢。

89 :1:01/09/26 22:50
http://www.f2.dion.ne.jp/~impact14/

90 :歴史の勉強:01/09/27 00:03
韻、と言っても、
陶淵明なんか唐宋の詩人に比べれば、ずいぶん勝手きままな韻を踏んでますよね。
3種類の鼻音なんか特にね(同じ鼻音なら使っていい、みたいな)。
でも、あんぐらい大雑把でいいような気もする。
平水韻はちっと細かいんでしょうね。

91 :名無氏物語:01/09/27 02:00
関西はネットの恥。と。。。φ(.. )メモメモ

92 :87:01/09/27 02:38
>88さん
嗅いで見る動く車〜とか、水兵リーベ〜みたいな、
韻を覚えるのん、ないんでしょうか?
古詩の一韻到底、長いのいくつか覚えりゃいいんでしょうけど。

批正ありがとうござます。僕の作品として、どっかに書いとこ。
鄭板橋?だったっけ、例の「柳絮飛来片片紅」以来の、詩壇の佳話と
して、語りつがれる事に・・・・訳ないか。

93 :名無氏物語:01/09/27 08:48
>>85
海外に紹介する場合はKANSIって紹介すればいいんじゃない?

94 :名無氏物語:01/09/27 20:20
>87
>まんが喫茶にも誰か韻書や便覧おいてくれい!
図書館行け!

95 :名無氏物語:01/09/27 23:33
>94
おもいっきしはずしてねえか?

96 :名無氏物語:01/09/28 00:59
>>93
そかそか。日本製の新しい漢詩みたいなものですってなことで。
・・・いや、それじゃ多分解決しないと。。。
やっぱ読んだときの音が重要だし。。。中国では通用しないのでは・・?
すみません。。。どしろうとなもので。。。

97 :名無氏物語:01/09/28 01:56
韓国、北朝鮮、ベトナムでは、平仄どうしてるんだろ?

98 :名無氏物語:01/09/28 10:46
>>96
訓読で読ませとけばいいじゃん。
中国語の詩ではなくて日本語の散文詩の一形態として紹介すればいいだけ。
中国以外なら翻訳する場合は音は関係なしだし。
日本製漢詩は中国詩として見た場合は問題あるけど、
文学として見た場合は特に問題はないと思うよ。

99 :名無氏物語:01/09/28 11:12
韓国は平仄苦労してるね。
ベトナムは、口語に平仄あり。

100 :名無氏物語:01/09/28 15:13
韓国では、書道もかなり保守的、詩もあんまり破格なのは、好まれないのでは?想像だけど‥

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取りに行ったけどなかった。次は一時間後に取りに行くです。
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