ユダヤ=秦氏は鬼・悪魔
- 1 :黒男 ◆GKCqilIBuQ :2006/09/28(木) 22:44:14
- 秦氏がユダヤの流れを引いているとはよく言われることだが、これは事実である。
そもそも秦氏を秦氏と書くのは、中国でペルシャを秦と書いていたからである。
ペルシャ帝国がバビロン捕囚からユダヤ人を解放し、そのままユダヤ人の一部はペルシャに居住した。
そこで多くのユダヤ人はペルシャ化され、そのまま世界中に散っていった。
これが「失われた十支族」である。
その中のダン族こそが秦氏である。
言うまでもなくペルシャはキリスト教の最大の敵であり、ペルシャ化されたユダヤ人は悪魔となる。
「獣」と書いて「jew」と読むのはそのためである。
ファリサイ派というのは「ファールス」という語からできた言葉であり、ペルシャ派ということである。
秦氏はその後朝鮮半島を経由して日本へと来る。
新羅を一時「波斯」と書いていたのは、秦氏が居住していたからであろう。
日本に来た秦氏は最初権力に座るが、後に賤民身分へと落とされる。そして鬼になる。
鬼に角が生えているのは、バールに角が生えているのと同じ理由である。
秦氏の神はスサノヲやヒルコだが、これが記紀神話でどういう扱いを受けているか考えてみるといい。
要するに、皇室と繋がりはあっても、厄介者なのだ。
ちなみに現在の同和・在日も≒秦氏である。弾左衛門の「ダン」とは、ダン族のことである。
イランと北朝鮮が繋がっているというのは、現代だけの問題ではない。古代に遡ることなのだ。
つまり、秦氏=悪魔崇拝者のネットワークである。
--------
これは京大教授も事実だと認めた、私の自論です。
- 497 :天之御名無主:2008/09/18(木) 13:55:37
- やー真鯛国
- 498 :天之御名無主:2008/09/18(木) 14:51:19
- >>490
それは唯一絶対神の信奉者から見た評価。
さらにそのとおりだとしても、いまの論題とは何の関係も無い。
>>491
いいきれない。
それ以外の成分が殆どある。
天皇は救世主のレプリカ。
大嘗祭の時、死装束で天皇は何をしている?
- 499 :天之御名無主:2008/09/18(木) 15:08:52
- >>498
ユダヤ教では女は男性であるアダムの骨から作られたことになっているが?
日本神道でも同じく女は男性から作られた、と記されているのか?
- 500 :天之御名無主:2008/09/18(木) 19:51:51
- >>499
記されているとする説もある。
アメノミナカヌシが世に現われたときから
イザナギ、イザナミが数々の神産みをするときまでが
7段階に分けられることと、その内容のシンクロから
絶対神が7日かけてこの世を作ったとする聖書の話を
符合させている説があってその中で述べられている。
もちろん肋骨とか、りんごとかヘビとかは、でてこないがな。ww
- 501 :天之御名無主:2008/09/20(土) 00:19:51
- 籠神社の先代か先々代の宮司さんが
神道の究極の神はYAWHだったが、
仏教が覆った為云々と。
百済王族の藤原氏クーデターと王朝交替は、
ユダヤ=出雲系統による
それまでの神道祭祀のあり方、民族の神話を駆逐したということだろう。
漢字によるそれ迄の文字抹殺と共に。
- 502 :天之御名無主:2008/09/20(土) 00:38:48
- >>501
訂正:
YHWH
- 503 :天之御名無主:2008/09/20(土) 07:40:17
- 藤原氏の起源は唐の王朝貴族らしいですね。
まず百済を乗っ取ってそれから新羅との連合軍で
出雲王朝を滅ぼして日本を支配したのでしょう。
- 504 :丹波三郎:2008/09/20(土) 12:07:15
- 藤原氏は中臣氏−忌部氏に繋がる祭祀系氏族ですよ。
天智天皇が藤原鎌足に下賜した女性がすでに妊娠していて、生まれたのが不比
等だった。つまり不比等は天智天皇の隠し子だった、と言う説もありますが。
一方、籠神社は海部氏−物部(連合)系になる。
天武天皇の死後、藤原不比等が実権を握るとそれまで伊勢神宮の禰宜だった
海部氏系の渡会氏から藤原系の荒木田氏に交代させられてしまう。伊勢神宮の
歴史は海部系神道対忌部系神道との主導権争いだった。
そして同時に、ニギハヤヒ(「天神系」=北部九州−出雲−越の日本海部族連
合)とイワレヒコ(「天孫系」=南部九州−四国−近畿南部の太平洋部族連合)
との対立でもあった。
- 505 :丹波三郎:2008/09/20(土) 12:10:14
- >>504続き
でも、どちらも中国や朝鮮の古代祭祀とは関係が無い。ユダヤ人ラビのトケ
イヤー氏が指摘しているように、むしろ古代ユダヤ教の祭祀手順に近い、と言
うか、縄文時代から続く倭人文化である精霊信仰をユダヤ文化の根本としての
聖書を設計図に使って再編成したかたちになっている。
その点から、皇室と古代ユダヤ文化との関係が議論されている訳です。
中国の秦漢〜三国時代に旧約聖書の文化を持った人達が朝鮮半島や中国南
部から日本にやって来たのは間違い無いでしょう。私は、ニギハヤヒ(天神)系
はアレクサンダー大王の東方遠征当時にペルシャ帝国に居て帝国崩壊と共に東
へ逃げた人達、イワレヒコ(天孫)系は大王のパレスチナ占領後に東方遠征に
参加して、アレクサンダー帝国崩壊後に前者を追って日本へやって来た人達だ
と考えています(あくまで、個人的な見解です)。
さて、>>1の秦氏が渡来したのはもっと後の時代ですから天神系や天孫系とも
違う「第三勢力」になります。おそらく佐伯好郎博士が主張していた原始キリ
スト教徒、別名「ユダヤ教イエス派」だったと思います。
6世紀以降に仏教文化が導入された事で、朝廷は日本古来の宗教である神道の
再編成が必要になりました。長い年月を経て本来の意味を見失ってしまった古
神道について、藤原氏政権はそのころ各地で神社建築を引き受け当時最新の教
義を保持し財力もあった秦氏に、知識と技術・財源を提供させました。その結
果、秦氏は没落した物部氏に代わり藤原氏の後ろ盾として、中央政権内部に食
い込む事に成功します。
ただ、「伊勢内宮の天照大神はキリスト」と言う説も有りますが、私は関係
無いと思います。秦氏本来の氏神は稲荷神(=「ウカノミタマ」)で、古来か
らアジア全域に存在する穀霊信仰とキリスト(=「日々の糧を与える神」)が
習合したものだと考えています。一方、伊勢外宮の豊受大神は「トヨノウケノ
カミ」=「穀霊信仰」とヤハウエ=「マナを降らせ、ユダヤの民に食料を与え
る神」が習合したものでしょう。
- 506 :丹波三郎:2008/09/20(土) 13:17:58
- 従って、秦氏も「聖書の民」ではありますがキリスト教系になります。
「メシアニック・ジュー」と言うべきでしょうか。それ故、ユダヤ教ファンダ
メンタリスト(原理主義者)にとっては忌むべき存在かも知れません。
盂蘭盆会が古代ペルシャのゾロアスター教の影響だと言う指摘もありますし
仏教と共にヒンズー教の神々(帝釈天や弁財天)も日本に渡来しています。
更に中国からは哲学としての儒教や、道教の神々も来ています。
聖武天皇が仏教を国の中央に定めるようになった後、仏教以外の外来の宗教は
解体され、神道と仏教に吸収され現在に至っています。
私達が今ここでやっているのは、例えばカレーを食べて、その味から材料を調
べているようなものでしょう。
「この味は・・・キャベツだな」
「ターメリックもたっぷり」
「醤油も入ってる」
「隠し味はチョコレートだな♪」
しかし材料が何であれ、カレーはカレーとして、美味しく食べるのが一番良い
んじゃないでしょうかネ。それを言ってはミもフタも無い話ですが・・・。
- 507 :天之御名無主:2008/09/20(土) 19:50:29
- カレーの例え話。
でも明らかにこのカレーにはコリアンダや
サフランが入っていると解るのに
そんな物入れてないと、言い張るコックが
世の偉い人達・・というわけで。
- 508 :天之御名無主:2008/09/20(土) 22:57:10
- 藤原氏は謎が多い。
鎌足の名は関東の鹿島にいたとき狐が夢にでてきて
鎌で政権を取れと言われたらしい。
また伊勢は当時の東方面への軍事拠点(軍港)であり
現茨城県の鹿島と深い関係があって、それは中央政権に於ける
武器の調達(鉄)に関与していてかなりの発言力をもってみたいだ。
- 509 :天之御名無主:2008/09/21(日) 06:54:24
- >>505
誰にレスしようかと迷ったのですが、とりあえず
ヘブライ語と日本語を扱ったサイトがあったので、紹介します。
検討ください。
* 日本民謡とヘブライ語
http://www.sun-inet.or.jp/usr/hiro7733/public_html/minyo/minyo.html
http://www.sun-inet.or.jp/usr/hiro7733/public_html/word/word.html
それから、伊勢神宮の天照大神は、スサノオの子である
天照国照彦火明櫛甕玉饒速日命だと考えています。イザワの宮、
籠神社の祭神にも注目しています。
スサノオノミコトの父君であった、フツの御魂が祀られている
島根県平田市(平成の大合併で現在は出雲市に改)にある
宇美神社の神紋は桐紋で、これは七枝樹のシンボル化ではないかと
思えるのですが・・・
- 510 :丹波三郎:2008/09/21(日) 11:57:48
- 上記のサイトについては知りませんでした。ROMっておきます。
基本的に日本は皇室も含めて多民族による部族連合国家であり、シルクロード
の北方(草原・ステップ)、中央(オアシス)、南方(インド洋)、及び南太
平洋の4つのルートからやって来た様々な人々と文化の集合体だと考えていま
す。
天照大神にしても、各地の各部族がそれぞれに信仰していた太陽神、又は「グ
レートスピリッツ」を統合したものでしょう。
(同時に、皇室が独占的に祭祀を行う事によって、国民に対する支配権を正当
化する役割もあったと思います。)
ですから、卑弥呼の様な巫女王の要素も有り、此花咲耶姫もあり、火山神も有
り、そして持統天皇やニギハヤヒの存在も投影されている。ただし祟神天皇が
天照大神を大和に祀ろうとしたところが住民から大反対された為(当時は大物
主の信仰が盛んでした)、豊鍬入姫命を御杖代(後の斎宮)として伊勢に移転
させていますから、何らかの影響はあるにしても、
「天照大神」=「饒速日命」は無理があると思います。
ただ祟神天皇が神武系では無く饒速日命の直系だとしたら、その可能性は高い
でしょう。
- 511 :丹波三郎:2008/09/21(日) 13:58:41
- 伊雑宮はマンガ「ヤマタイカ」や飛鳥昭雄説で有名になりましね。
伊勢(志摩)地方は神宮が移転してくる以前から独自の太陽信仰が盛ん
だったところですから(天照では無く海照。両方共「アマ」と発音)、
持統天皇の時代に組み込まれたとしても天照との直接の関係は無いと思
います。
対して、私が注目しているのは京都の太秦にある木嶋坐天照御魂神社
(蚕の社)です。天孫系では無く天神系太陽神としてのニギハヤヒを祀
っているとしたら、此処でしょう。
さて。スサノオ命の父親がフツの御魂、とするのは原田常治著「古代
日本正史」からの情報ですね。
歴史書としての古事記・日本書紀にはおかしな部分が多いのも事実です。
しかし同時代に書かれ記紀と異なる為に偽書扱いされた他の古文書にし
ても信憑性の点では記紀と同程度であって、それを基に執筆された「古
代日本正史」が記紀と内容が異なるから真実と言う訳には行きません。
- 512 :丹波三郎:2008/09/21(日) 14:08:41
- 私がこのスレで記入して来た説もあくまで仮説であって、「古代日本
正史」と変わりません。つまり”言った者勝ち”の話なのです。
- 513 :天之御名無主:2008/09/21(日) 16:45:31
- 秦氏は全国的に広がってて各地で商業・工業を支配し、
その経済力は大きなものになってたが、
以外にも中央政府にその痕跡がみえず、
大きな勢力のわりにあまり政治には関与しなかったのが不思議な感じです。
「秦氏とその民」より〜高価な割りにイマイチだから図書館で。
- 514 :天之御名無主:2008/09/21(日) 18:12:17
- 今の経団連みたいな物でしょう。>秦氏
政治には参加しなくて影響力・・というか
そのほうが結局安泰だからでしょう。
クーデターに怯えるより時の政権に・・・
- 515 :天之御名無主:2008/09/21(日) 19:46:15
- それが実態ならハザール系なら肯定できるが、
本ユではないと思えるけど?
元々のユダヤは経済中心主義の民族ではなく宗教が主で、
神官とか祭儀をつかさどる集団なら納得できるから
秦氏≠ユダヤと思う。
- 516 :天之御名無主:2008/09/21(日) 21:06:15
- >>515
だから、紀元前の北ユダヤが
なんで「経済中心主義の民族ではなく宗教が主で、
神官とか祭儀をつかさどる集団」なのよ。
神職はレビ族の専売特許。
他の部族はフツーの人。
流浪の間に様様な専門職や技術を
吸収したとしてもおかしくない。
- 517 :天之御名無主:2008/09/21(日) 21:10:52
- しかし、ユダヤ教徒か原始キリスト教徒だから
レビに司祭を執り行ってもらって、祭儀もするわな??
何の不思議も無い。
- 518 :天之御名無主:2008/09/21(日) 22:54:08
- >紀元前の北ユダヤ
アッシリアに亡ぼされた後にヒッタイトに奴隷として売り渡され、
一部がペルシャに行き混血後に中国に渡って秦と呼ばれ5世紀頃に日本に渡来した。
この時点でかなり純血度は薄れ信仰もなくなって世俗的になってただろうから、
もはやユダヤ人とは程遠い民族になってただろう。
しかし問題は南ユダヤ民族が渡来したかが重大であって本筋であろうと思うけどね。
- 519 :天之御名無主:2008/09/21(日) 23:24:20
- >>510
最初のお説も全体的お考えにも説得力がありますね。感心させられました。
というよりご研鑽の発表をこんなところで。感謝します。
ところで、静岡の子之神社をご存知ですか?
ネットに公開されているご祭神、由緒のコーナーが、
何かのヒントにならないでしょうか?
この神社のご祭神について:
「・・・天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日尊(アマテラスヒコアメノホアカリクシミカタマ
ニギハヤヒノミコト) 本来の天照大御神(太陽神・男神)にして、・・・」
いざわの宮 イェサヤ イザヤ?妄想かもしれないですが。妄想の
可能性も?この音、何か臭いませんか?漢字は只の当て字のようですし。
日向系の祭祀と出雲系の祭祀は違いますね。また神紋も、
現皇室のものは、菊紋ではなく、菊紋は後ほど取り入れられたので、
日月紋が正式ですね。(鏡、太陽神と関係あるか?)
出雲大社に菊紋がある・・・ どなたかの旅行記で見た覚えがあります。
- 520 :天之御名無主:2008/09/21(日) 23:30:28
- >>510
現在のところでは私は、大王?ニギハヤヒ・ヤマト王朝の男系「皇統」は
日向(神武)王朝との交代により断絶。その後、大化の改新以降、
百済系藤原氏の朝廷への侵入と共に「別民族系」に交代したと考えています。
この段階で親新羅の出雲の男系皇統は完全に滅亡している?
「三種神器」はいわゆる「神代」ではなく、後の世に制定されたものということです。
そうすると、より古いのは、または、神武側が出雲に要求、強奪したのは
(古事記、イズモフルネの話、出雲の滅亡・・・と続く)、より古い「十種神宝」のことでしょうか、
それとも、神宝は別にあったのか。
こんがらがってきました。笑
勉強がまだまだ不足で申し訳ないです。
- 521 :天之御名無主:2008/09/21(日) 23:57:15
- >>510
さて。スサノオ命の父親がフツの御魂、とするのは原田常治著「古代
日本正史」からの情報ですね。
ということですが、
私の場合は原田氏のお説は孫引きになるのか、どなたかがお話になっている
ということで初めて知った次第で申し訳ないです。でも、氏のおっしゃる通り、
「神社伝承学」や、実地に足ばなくては分からないこともあり、
そのようなご研究はとても重要な意義があると思います。
今ではたくさんの人が、その説を素通り出来なくていらっしゃるようですね。
神奈備にも情報があります。
●宇美神社[ウミ]
宇美神社「布都御魂神」もと沼田郷(元平田市、現在出雲市)の奥に鎮座。
http://kamnavi.jp/en/izumo.htm
●宇美神社
http://websakigake.sakura.ne.jp/05-231.html
●宇美神社(神紋)
(島根県平田市平田) 布都御魂 =素佐之男の父 布都御魂は
素佐之男の父として祀る。
http://homepage3.nifty.com/kiya/sehachi/kiya330a.htm
- 522 :天之御名無主:2008/09/22(月) 00:12:34
- >>510
こちらが神紋でした。
●宇美神社
http://websakigake.sakura.ne.jp/05-231.html
ところで、出雲大社創建よりさらに古い時代の、
現在雲南市三刀屋に鎮座する
「三屋神社」がとても気にかかります。
以下ページの最下部の方にあります。
「延喜式神名帳」 以下サイト引用:http://kamnavi.jp/en/izumo.htm
出雲国内に於て大神の神地と神戸が風土記撰上当時に置かれた場所は
此の地のみで他に一ヶ所も無いのみならず神の御門と神戸とを社号とした神社が
全国に他に一社もないことは特筆に値することである。
即ち風土記には「三屋郷 郡家の北東二十四里 所造天下大神の御門即ち
此処に在り 故三刀矢と言ふ神亀三年字を三屋と改む 即ち正倉有り」と記されており
大神の御門と謂ふのが神社の所在を示したことであってこの神社が存在して居るので
御門郷と号くべきであるけれども此地には神社のみでなく神の御料に充てる為の
田畑や山林などが定められそれに付属した民戸があったのでその・・・ 風土記には
「三屋郷 郡家の北東二十四里 所造天下大神の御門即ち此処に在り 故三刀矢
と言ふ神亀三年字を三屋と改む 即ち正倉有り」と記されており大神の御門と謂ふ
のが神社の所在を示したことであって・・・ 三屋神社とこの古墳とは相互に裏付けられ
三刀屋の地が出雲文化の発祥の地である事をいよいよ明らかにされることになった。
- 523 :丹波三郎:2008/09/22(月) 00:42:20
- >>519
子之神社の存在は初めて知りました。まだまだ無名の神社が存在するもので
すね。由緒等が紹介された書籍・HPをご存知でしたら、また教えて下さい。
・・・ハテ? 皇室の正式な紋章は日月紋だったでしょうか・・・?
確かに錦の御旗の飾りなどに使われていますが、正式な紋章(エンブレム)と
まではいかなかったように思います。
↓神紋の分類については下記のサイトで検索すると便利ですよ。
http://www.genbu.net/sinmon/
京都にある皇室ゆかりのお寺には、菊の御紋章を幕や幡に使っている処が沢山
あり、明治以降や第二次大戦後に神社庁の関係で神社仏閣の行事に菊紋を付け
た備品が使われました。その神社の主祭神と菊紋とは関係の無い場合が多いの
で、あまり拘らない方が良いですよ。
- 524 :天之御名無主:2008/09/22(月) 01:11:52
- 玄武さんのページのご紹介、ありがとうございます。既に
お世話になっておりました。まだまだ消化していないですが。笑
正式に返事する前に、
しばらく前に気にかかったことがあります。
1ヶ月位前に、鳥取県青谷上寺地遺跡に
宮内庁の調査官の人がお見えになっていたんですが。
素人には少し奇異に感じられました。宮内庁は
古代遺跡発掘現場にはいつもお見えになる?
弥生後期の盾に緑色顔料 東アジア最古の使用例 鳥取・青谷上寺地遺跡
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/080903/acd0809032109004-n1.htm
- 525 :天之御名無主:2008/09/22(月) 01:18:44
- 正式にお返事する前に、
と訂正させていただきます。
産経記事の説明より
【青谷上寺地遺跡】鳥取市青谷町にある弥生時代中期−後期の集落跡。
脳組織が残った頭蓋(ずがい)骨や、殺傷痕のある大量の人骨が見つかった。
祭祀(さいし)に使ったとみられるクジラの骨で作った剣や木製琴、農具、
食器など多種多様な遺物が出土、「地下の弥生博物館」とも呼ばれる。
建築関係では、ほぼ完全な形の大小2枚の格子窓などが残っていた。
丁度、時代的には魏志倭人伝が記す「内乱」の時期と符合しますね。
畿内と出雲の衝突の後でしょうか?
- 526 :天之御名無主:2008/09/22(月) 01:20:12
- 訂正:
衝突の跡
- 527 :天之御名無主:2008/09/22(月) 01:24:37
- >>523
遅くなりました。
子之神社そのものでよろしいでしょうか?それでしたら
http://www.neno.net/
- 528 :丹波三郎:2008/09/22(月) 01:37:34
- >>522
「フツの御魂=スサノヲ命の父親」、面白い説です。
実は奈良県天理市の近くに祟神天皇の頃に創建されたとする石上神宮と言う神
社が有り、主祭神は「布都(フツ)御魂」、御神体は古代の霊剣です。
そして「布都御魂」とは神武東征の際に苦戦するイワレヒコを助ける為、天
から地上へ投げ落とされた霊剣です。
何故そんな霊剣がスサノヲの父になるのでしょうか。
結論から言いますと、スサノヲと「フツの御魂」とは最初から関係が無いので
はありませんか?
http://websakigake.sakura.ne.jp/05-231.htmlの最尾部に書かれている社伝
が正しいなら、九百年前から祀られている「石神」が「石上」に変わり、発音
が似ていることからその神の名前も奈良の石上神宮の主祭神である「フツの御
魂」とされた。つまり「フツの御魂」が出雲に定着するするのは平安時代以降
で、スサノヲの父では無いでしょう。
- 529 :天之御名無主:2008/09/22(月) 01:57:49
- >>523
現天皇家の系統の日月紋について
ウィキペディアなども参考にしましたが、
専門に扱っているサイトはまだ知りません。
私が注意を引かれたのは、主にこのサイトによります。後半部分以下の方に
その記述があります。
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kaihou40/kaihou40.html
「・・・天皇家の本紋が日月紋で、菊紋は仮紋であるということにもよる。」
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kaihou40/kaihou40.html
- 530 :天之御名無主:2008/09/22(月) 02:04:24
- >>528
石上神宮はニギハヤヒノミコトの一族4代をお祀りする社との
認識があります。フツというのは、スサノオの父の霊魂である神剣の
ご神威を神としたものと考えるのですが。うーん
眠くて混乱してきたようなので、日を改めてまた・・・
今日はありがとうございました。
- 531 :丹波三郎:2008/09/22(月) 02:12:31
- >>528続き
さてちょっと面白いデータを。
イザナギ神社(兵庫県淡路島) 北緯34度27分36秒(1秒=30,8m)
葛城山(奈良県御所市) 34度27分22秒
高松塚古墳(奈良県高市郡明日香村)34度27分44秒
伊勢内宮 34度27分17秒
玉造稲荷神社(大阪市) 34度40分29.11秒
生駒山(大阪府) 34度40分42秒
西大寺(奈良市) 34度41分36.99秒
籠神社(京都府) 東経135度11分51秒(1秒=25m)
生田神社(兵庫県神戸市) 135度11分26秒
下鴨神社(京都市) 135度46分21秒
八坂神社( 同 ) 135度46分43秒
伏見稲荷大社(京都市伏見区) 135度46分23秒
西大寺(奈良市) 135度46分46秒
那智本宮(和歌山県) 135度46分(秒以下は不明)
偶然でしょうか?
それとも原始的な道具しかなかった1300〜500年前に、このよう
な正確な測量技術を持っていたのでしょうか?
役の小角の本拠地にしていた葛城山や生駒山は、古代のランドマークだ
ったのでしょうか。
古代の興味は尽きませんね。では、オヤスミナサイ。
- 532 :丹波三郎:2008/09/22(月) 08:44:10
- >>520 >>530
おはようございます。これまでの自己レスの総括をしておきます。文字通り
「言った者勝ち」の話ですから、参考程度に御読み下さい。
天神系(北九州−日本海側部族連合)と天孫系(南九州−太平洋側部族連合)
の対立は桓武天皇の時代まで続きました。先に大和盆地に進出したニギハヤヒ
(ヤマトと命名=天神系、物部氏)からイワレヒコ(天孫系。大伴氏、日向族)
が覇権を奪いますが、4世紀後半に近江・丹後系部族(神宮皇后の実家)の
支援を受けた物部氏が応神天皇を擁立したクーデターに成功。以後、継体天皇
の中継ぎを経て天武朝まで続きます。
飛鳥時代に天神系政権内部の主導権争いでトップだった蘇我氏に対し、天孫
系の中兄皇子が蘇我入鹿を暗殺し天智天皇として即位します。しかし壬申の乱
で物部・蘇我系の大海皇子(天智天皇とは兄弟では無い)が再び奪取。天智の
娘である後の持統天皇を皇后に立てて天神系・天孫系の統合を画り、持統天皇
がその事業を引継ぎます。
- 533 :丹波三郎:2008/09/22(月) 09:13:46
- 形式上は天武系(=天神系)政権でしたが、実権は忌部−中臣氏(天
孫系)の藤原氏が握っていました。藤原鎌足が百済の王子豊璋とする関
谷説もありますが、中国で死んだとする記録も有りますので「藤原鎌足
=豊璋」は確定出来ません。
その藤原氏を財政面でバックアップしていたのが秦氏でした。奈良時代
末期に藤原氏宗家を伝染病で失うと、姻戚関係を結んでいた秦氏系の北
家が藤原氏の中核になります。つまり秦氏に乗っ取られたのです。以後、
秦氏は中央では藤原氏、地方には名を変えて移住し歴史の中に消えてゆ
きます。
こんなところでしょうか。では、仕事に戻ります。
またいずれ、何処かで。
- 534 :天之御名無主:2008/09/22(月) 13:04:28
- >>531
正確な測量技術
持っていたようです。
いぜんのNHKの番組で
そう言うものの内容に触れていて
当時の手に入る簡単な道具
竹の棒とか何かだけで
ものすごく正確な「一直線」が
作れるそうです。
山越えとかの見通しの利かないところは
星の観測で出来るとか言ってました。
- 535 :天之御名無主:2008/09/22(月) 21:13:28
- ま〜古代には航海してくるぐらいだから
かなり正確な測量技術があったのでしょう。
ユダヤ人もそうだが藤原氏のルーツも謎で、
中臣氏系列である鎌足の先祖の系図がまったくない。
たとい中臣氏が地味な存在であったとしても
3〜4代前ぐらいまではわかってたはずだと思うけど。
急にパッと現れた感じがなんとも不可解である。
また成り上がりで学がない感じもしないのがまた不思議です。
- 536 :天之御名無主:2008/09/23(火) 00:13:10
- >>535
藤原氏についての考察は色々ありますが、
これはどうでしょう?
私はかなり参考になると見ています。
※藤原氏は今は藤原を名乗っていない。戦前の
近衛首相とか、一条、三条 等々 いわゆるお貴族のお公家さんの家系ですね。
(藤原氏に連なる姓氏を挙げてあるサイトで調べられます。)
日本は大化の改新以降は、近現代に至るまで
完全に裏で実権を握る藤原氏の天下になっているんでしょうね。
http://www2.plala.or.jp/cygnus/s5.html
- 537 :天之御名無主:2008/09/23(火) 00:53:37
- 藤原氏の起源は唐の王朝貴族らしいです。
だから藤原というのです。唐を源とする。
桃太郎の桃も唐ですね。鬼退治と称して
出雲系の人間を殺したのでしょう。
- 538 :天之御名無主:2008/09/23(火) 01:22:52
- 日本の戦争体制を敷いたのは、藤原氏です。=近衛文麿
だから百済系の日本のメディアは、近衛の戦争責任を
論じられないのでしょう。これは穿ち過ぎかな。
- 539 :天之御名無主:2008/09/23(火) 09:15:42
- 藤原=フジワラ=フシハラ=節のある腹(蛇腹)=蛇をシンボルとした一族
と言う説もある。藤原氏の氏神である春日大社のシンボルは鹿なのに、その辺はどーなのよとツッコミたくなるが、
(「元々物部氏のものだった春日大社を藤原氏が奪ったんだ!」と言い返して来たので、
「物部氏って大物主とか、三輪神社だろ?シンボルはやっぱり蛇じゃん」ともう一度ツッコんでみた。)
先祖がどこから来たかより本人が何をやったかが大事なんだよな。
- 540 :天之御名無主:2008/09/23(火) 11:10:06
- >>536
やはり百済の王族の可能性は高そうだ。
別の独自の仮説で髄の煬帝の氏族ってのはどうだろうか?
煬帝には息子がいたらしいが隋が滅亡してから後はよくわからない。
遣隋使の件で日本ルートもあっただろうし、
またあの有名な「日出る〜」で煬帝はかなり根にもってて
息子が日本に来て藤原氏として入り込み
当時の曽我氏や太子の氏族の暗殺につながったと考えれば
なんとなくありえそうな話と思うけど。
- 541 :丹波三郎:2008/09/23(火) 23:04:04
- >>530
補足。
スサノヲ、と言うと私にとっては出雲神話よりも九神文書の方が印象が強いで
すね。大国主だと実在の人物をモデルにしているとも思うのですが、スサノヲ
の場合は文字通りの「神」。
故郷を離れ世界を放浪し、最後に辿り着いた安住の地が日本だった。ただ、そ
の神話を伝えた人々がやって来たのは、出雲族の国土開拓や邪馬台国の成立よ
りも前。国東半島で鉄鉱山の開発が行われたとされる、紀元前10世紀頃では
ないかと思います。
(「高天原を追われたスサノヲが新羅のソシモリに降臨したと」するのは、蘇
民将来で有名な牛頭天王の伝説が混入していると考えています。)
本来は中東地域での、牛の角を持つ暴風神・金属(鍛冶)神だった。鉱山開発
・金属精錬の技術が広まるに従い、中東からインド洋経由の海上ルートで縄文
時代の日本へ伝わった。
暴風雨(=自然の驚異)を象徴する存在だった為に大物主信仰と習合し、牛
頭神から蛇神へと変化する。出雲の神楽で、ヤマタノオロチと戦ったスサノヲ
が天叢雲剣を持ってオロチの体内から出て来るのはこの為。また「大物主+ス
サノヲ」=「蛇身の金属神、漂白の神」のイメージはヤマト政権に追われた蝦
夷と共に東国へ伝わり、「アラハバキ神」に発展して行く。
出雲族や天神・天孫族にとっては縄文時代からの先住の神だった。彼等はス
サノヲを熊野大神として祭り上げる一方、「高天原から追われた漂白神、彷徨
う神」とする事で、スサノヲが先住民の神である痕跡を消そうとした。
記紀の神話ではスーパースターでありながら、同時に中央から遠ざけられ辺境
に祀られたのはそんな事情があるのだ、と思います。
- 542 :天之御名無主:2008/09/25(木) 22:35:11
- 藤原氏について言及したものですが、
ところでこの前奈良に行きまして、香具山付近の国道を車で走ってました。
標識で談山神社の表示をみかけ「あ〜ここの右手の向こうにあるのか〜」
っと思った時に右腕上腕に急に刺す様な痛みが走りました(今まではなかったです)
ちょっと不安に感じましたが、その後たまに又同じような痛みが上腕にあります。
あまり探らない方がいいかもしれません。
なにか霊的にもよくわからないことがあると思われます。
- 543 :天之御名無主:2008/09/26(金) 19:43:17
- あぁ、その関係なら面白い本があるよ。
心霊コミックで有名な現役霊能者の寺尾玲子氏が、古代の人物を霊視するルポ
ルタージュがある。
1.霊能者・寺尾玲子も新都市伝説_闇の検証(1〜7集)
2.ほんとにあった怖い話コミックス
魔百合の恐怖報告(ショックレポート)_第18集
闇に笑う女帝
1、2共に朝日ソノラマ刊
興味があったら読んでみたら?
- 544 :天之御名無主:2008/09/26(金) 21:15:50
- アドルフ・ヒトラー閣下を降霊し、呪われしユダヤ人及びその信奉者どもを殲滅せよ!!
- 545 :天之御名無主:2008/09/28(日) 13:24:29
- >>543
サンクス。
一度読んでみます。
- 546 :P波:2008/10/01(水) 23:38:14
- 古代は日月紋だったようですが、菊紋に変わっています。日月紋は葛野氏に関係するのでしょうか?
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