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神武東征は事実か神話か

1 :天之御名無主:2007/02/27(火) 17:35:09
関東各地に残る神武天皇の足跡。
しかし神武天皇は神話の天皇と言われもする。
いったいどういうことなのか。

2 :天之御名無主:2007/02/27(火) 18:36:55
かわいそうだから2ゲット!

3 :天之御名無主:2007/02/27(火) 22:01:14
神武天皇が何故神話的、伝説的と言われるのか?

理由は簡単、同時代の文字資料が無いから。

雄略天皇は稲荷山古墳の鉄剣銘に「ワカタケル」の名前が確認され、「宋書」などの中国史書により(倭の五王)、雄略の曾祖父応神天皇辺りまでは実在しただろうと考えらてれる。

文字で記録する以前は先史時代となり、先史時代の人物の事蹟を歴史として証明するのは、まず不可能。

4 :天之御名無主:2007/02/28(水) 01:25:15
証拠の無い事柄を事実と言われてもなあ。

5 :天之御名無主:2007/02/28(水) 01:50:10
神武が辿り着いたとされる埼玉の鷲宮神社は
正式に認められてないらしいけどなんで?

6 :天之御名無主:2007/02/28(水) 03:04:29
まず、日本書紀に神武が辿りついたという記述があるかどうかが問題。

その上で、地域の神武に関する伝承を集め整理し、神武の行動を再構成出来れば一つの仮説になるかもしんが。


7 :天之御名無主:2007/02/28(水) 10:38:33
古代日本において先端文化や技術が渡来人の影響を受けた北九州から
畿内に移動したのは事実。
それが一人の王(神武?)の間の出来事なのか、何世代にも渡った
緩やかな勢力移動なのか、それはわからん。
ただ事実上の初代天皇と言われる崇神天皇も成り上がりではなく、前
に何代も血縁の大王がいたようだから、神武のモデルになったような
王はいたのかもしれない。
個人的には神武は大和武尊と同様、物語化する過程で象徴的なエピソード
を持つ複数の人物を統合させた架空の人物だと思う。

8 :天之御名無主:2007/03/01(木) 04:53:45
>>7
に同意する。九州高千穂あたりから大きな勢力が近畿方面に抜けて、出雲の大国主や
熊野の長脛彦あたりを征服。しかも裏切りや寝返り色香やらかなり卑劣な方法とって征服
してる。ただ神武にあたる存在はいたと思ってる。もちろん脚色みたいなのはされてるだろうが。


9 :天之御名無主:2007/03/01(木) 09:31:12
鷲宮神社の由来は怪しいが、創建が出雲族によることは確かなようす

10 :天之御名無主:2007/03/04(日) 04:19:24
>>1えーと、、、
「神武東征」は九州から畿内への移動だから、
関東には足跡を残していないと思います。

関東に東征したのは日本武尊(ヤマトタケルノミコト)ですね。
日本武尊ならば、関東各地に伝説が残っています。

>>5>>9
埼玉の鷲宮神社にも日本武尊の伝説がありますが、
やはり学問的な確証には欠けるようですね。

こうした伝説には、中世・近世に生まれたものも多いので
(特に神社縁起は後代の創作が大半とされる)
歴史的事実とみるには抵抗があるのでしょうね。

11 :天之御名無主:2007/03/04(日) 21:19:38
>7-8
基本的な質問で恐縮ですが…

東征した神武のモデル=先進技術を持った北九州の勢力ならば、
何故に出発点(降臨地)が北九州ではなく、大陸からの玄関口とは言いがたい日向高千穂なのですか?

12 :天之御名無主:2007/03/04(日) 21:25:31
>>3
考古学板向けのネタだよねえ

13 :天之御名無主:2007/03/05(月) 21:25:37
>>11
後の大和朝廷につながる有力豪族が北九州にいたとして、その先祖は
日向あたりの猟師や狩人からのし上がってきたかもしれない。
何世代にも渡る権力者の系譜と移動とその記憶が神武という架空の人物に
集約されたということじゃないの?


14 :天之御名無主:2007/03/06(火) 01:55:50
日本古代史の謎が解明される。

邪馬台国総論
http://yamatonokuni.seesaa.net/

15 :天之御名無主:2007/03/06(火) 06:09:44
民神板的には
「神武神話」がいつごろ確立したか
ってことなんじゃないのかな。かなり新しいとは思うけれど

16 :天之御名無主:2007/03/06(火) 19:06:50
記紀編纂以前については確かめようがないよね。

福岡の郷土史家が記紀と伝承を基に神功皇后の行動を再構成して、それなりにつじつまの合う行動に再現してるけど、仮説の域を出るものじゃないしね。

フィールドワークで集めた伝承も起源が何時かは定かじゃない。

まぁ、それでも神功皇后の伝承は豊富にあるから、全く根も葉も無いとは思わんけどね。

しかし、神武天皇は大和に入って即位してからの記述がない。
記紀編纂の時点で神武に関する情報があったとしても、せいぜい名前とか初代とか東征したとかいった断片的な情報しか無かったと思う。

17 :天之御名無主:2007/03/06(火) 19:32:09
最初に東征したのは火明命。記紀にも書いてあるだろう。
神武は遅れて入っている。
ちなみに火明命の東征については海部氏勘注系図に詳しい。

18 :天之御名無主:2007/03/08(木) 20:05:30
神武天皇はアレキサンダー大王をモデルしたものだってことは既に明らかですよね。

19 :天之御名無主:2007/03/09(金) 21:44:41
>>11
日向の地から太陽神の霊感が発せられていたからだよ。

20 :天之御名無主:2007/03/09(金) 21:53:28
宗教(祭祀)と科学(技術)はもともと兄弟みたいなものなのだ。
「先進技術を持った集団」といえば技術だけに秀でた集団と
考えるのは現代的思考だろう。

21 :天之御名無主:2007/03/10(土) 14:20:20
猿田彦は先遣隊長だったんだろうな
西洋人みたいな顔の特徴してるのが気になるが

22 :天之御名無主:2007/03/11(日) 23:16:15
21>>
猿田彦は天孫降臨に出てくる神様だよ。
神武東征の道案内をした国津神はシイネツヒコ(漢字わすれた)。
この神様、あんまり強そうぢゃない。
あと、タカクラジ、ヤタガラスなんてのもいたな。ほかにも協力者多数。

でも、神武東征と応神天皇の大和入りなんかは、完全に話がループしてるから、
天孫降臨や海幸山幸伝説も含めて、元は一つの出来事だったのかも。

ちなみに猿田彦はアメノウズメと結婚したあと地元の伊勢に帰り、平和に暮らして
いたが、あるとき貝に手をはさまれて海で溺れ氏んぢまったそうな。キノドク。

23 :天之御名無主:2007/03/22(木) 23:32:27
神武は、そのまんま知事だよ〜かつては、日向の国から、東京へ、東性したんだよ!!

24 :天之御名無主:2007/03/24(土) 18:56:00
>>23
まあ、世界史みれば首都が変わるなんて当たり前のことだけどな…


25 :天之御名無主:2007/03/24(土) 21:20:54
>>19
(・ω・)オカ板にカエレ!

26 :天之御名無主:2007/03/25(日) 17:20:19
>>18
偽史に出てくるウガヤ王朝76代だっけ?

ウガヤって朝鮮半島の伽耶語で上伽耶(国)と読めるんだってね。
しかも伽耶王朝は76代?までだそうで。

27 :天之御名無主:2007/03/30(金) 18:05:47
漢書で出てくる頃は日本は分裂してたから統一がいつからかはわからんよなあ…


28 :天之御名無主:2007/08/06(月) 18:03:31
>>26
それって、バカチョンのでっち上げじゃん。>>26はチョンかな?

29 :天之御名無主:2007/09/30(日) 03:21:05
バカチョンて言ってしまったら、チョンに決まってしまうだろw
実際、バカチョンの元の意味はそうでないようだけど。

30 :天之御名無主:2008/02/25(月) 22:44:19
>>17>>21
36 :天之御名無主:2007/07/01(日) 15:58:28
”サルタヒコとホノアカリとが同格神であった可能性は高い・・・”
伊勢神宮 ─森と平和の神殿 川添登 筑摩書房 2007/01/25 p183
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480842725/
さるたひこって…
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/1121183006/36

31 :天之御名無主:2008/03/15(土) 22:18:30
奈良盆地は縄文時代は湖で、古墳時代になっても湿地帯だった。
神武東征の経路は、かつて湖、湿地帯であった土地をきれいに避けている。

32 :天之御名無主:2008/03/17(月) 20:58:12
神武天皇が即位したとされるB.C.660年は、
「軸の時代」のただ中に当たる。

33 :天之御名無主:2008/03/25(火) 10:13:51
応神天皇、建内宿禰が北九州から大和に進出したのともダブってるね。
建内宿禰(武内宿禰)の子供達は北九州出身節が強い。

34 :天之御名無主:2008/04/27(日) 17:35:23
保守

35 :天之御名無主:2008/04/28(月) 23:36:54
遅レスにも程があるが

>>29
カメラのアレの呼称に関しては
「バカ」でも「チョン」でも使える簡単なカメラ、
って事でそう呼ばれてると聞いたことがあるのだけど…都市伝説?

36 :天之御名無主:2008/05/02(金) 17:54:21
>>11
天皇家の太陽神子孫思想に基づくらしいよ。
「天神=日神の子孫であるニニギノミコトが降り立つにふさわしい場所・・・
太陽が上る方角に位置している・・・南九州の日向が・・・えらばれ・・・」
天皇誕生 遠山美都男 中公新書1568 2001.1 p37
http://www.junkudo.co.jp/detail2.jsp?ID=0101044593

37 :天之御名無主:2008/05/02(金) 23:32:24
コノハナサクヤヒメの別名がカムアタツヒメで隼人系でしたっけ。


38 :天之御名無主:2008/05/03(土) 13:44:57
記紀では隼人の祖と皇室の祖が縁戚関係になっていなかったっけ?

39 :天之御名無主:2008/05/03(土) 15:31:33
隼人や蝦夷は現日本人なのに、後の大和に虐められました。


40 :天之御名無主:2008/05/03(土) 18:12:35
>>39
大和言葉も喋れないやつが、大和民族なんだからよw

41 :天之御名無主:2008/05/04(日) 10:52:00
墳墓に鏡剣珠を埋葬する習慣は、3世紀ごろ、九州から近畿に移っている。
考古学的事実が、東征を証明している。

42 :天之御名無主:2008/05/04(日) 16:42:13
東征の主力は水軍か?(当時の道路事情)

東征には隼人軍団も加勢していたのか?

43 :天之御名無主:2008/05/04(日) 18:26:50
多分そうだと思うよ。

44 :天之御名無主:2008/05/04(日) 22:43:09
氷河期終わり頃からでは
人類が日本列島で繁栄できる場所は
南九州ぐらいに限定されます。
考古学的事実です。

45 :天之御名無主:2008/05/04(日) 22:47:49
たしか上高森遺跡

46 :天之御名無主:2008/05/04(日) 22:51:59
>>42
主力は水軍。隼人は海人。

47 :天之御名無主:2008/05/04(日) 23:24:06

書紀では神武は東征後に郊祭(祀)をしているんだ。場所も特定されている。
郊祭(祀)は中国では天子が行なう祭祀なんだ。なぜ神武が中国の祭祀をするか?
書紀の記述からは、はっきり郊祭(祀)の意味を認識しているようにみえる。

48 :天之御名無主:2008/05/06(火) 09:00:38
書紀の作家の中に中国人が参加していただけだろ。
書紀には漢籍からの明らかなパクリもあるし。

49 :天之御名無主:2008/05/10(土) 09:58:24
>>47
伏義つながりだから

50 :天之御名無主:2008/05/10(土) 11:19:08
>>47

神武=徐福なら中国祭祀にはくわしいはず。

51 :天之御名無主:2008/05/11(日) 02:53:52
諸君らは知るか?
江戸時代に日向(宮崎県)で古代中国の祭器が発見されたるを!
しかし金印に匹敵する、この発見は何故か無視されてきた…

52 :天之御名無主:2008/05/11(日) 04:00:37
>>51
ネットでkwsk読めるとこある?

53 :天之御名無主:2008/05/11(日) 11:45:24
>>52
>>51じゃないけど
たぶんコレのことだと思う



ttp://www.city.kushima.miyazaki.jp/cgi-bin/odb-get.exe?WIT_template=AC020000&WIT_oid=icityv2::Contents::2823

面白いモノだと思うのに、原田実って人の本以外で取り上げられたのは知らないんだよなぁ

54 :⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒○ :2008/05/11(日) 20:20:30
 
日ユ同祖論(1) 神武東征
http://kuwappa.livedoor.biz/archives/50386937.html

境目
http://diarynote.jp/d/36488/_0_1320.html

神武東征
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&page=2&nid=1931046&st=writer_id&sw=jugemujugemu&start_range=1930987&end_range=1933039

倭国、大和国とヘブライ王国  ENTRY ARCHIVE 2005年09月  神武東征を読む
http://blog.goo.ne.jp/n_ishii517/m/200509

日本と古代ヘブライの共通点メモ
http://yawatakoma.blog46.fc2.com/blog-entry-281.html

磐余で天下を治めた「神倭伊波禮毘古」
http://blogs.yahoo.co.jp/leg1723/36027569.html

日本に来たユダヤの民 (古代日本謎の中東思想渡来考)
http://www.asyura2.com/0411/bd38/msg/790.html

聖徳太子の正体と2人のメシアの謎
http://get-astep-ahead.seesaa.net/article/55714287.html

日本大好きNo71 神の字が付く地名とユダヤ
http://nihonnsi.blog.so-net.ne.jp/2007-05-14

55 :52:2008/05/11(日) 21:07:39
>>53
出掛けてて遅くなったがURLありがとん。すごく面白いねー。
串間あたりの首長が国交交易により周王からもらったかも知れないし、
周王から授与された大陸人がそれを身につけ来日しただけかも知れないが、
モノとして非常に古いわけじゃん。もっと積極的に研究されてもいいよな。

56 :天之御名無主:2008/05/13(火) 16:34:26
「串間の穀璧」が「志賀島の金印」ほど有名じゃないのは、現物を所有しているのが国ではなく民間だから。
歴史好きを自認する奴でも知らないのが多いから、そいつの知識をはかるリトマス試験紙になるよw

57 :天之御名無主:2008/05/14(水) 13:26:01
>呉の国は戦には敗れたが水軍は健在であった。
「この呉の国王夫差か、その子孫が穀璧を持って海流を利用し島伝いに串間に
亡命したという説」もある。
いずれにせよ、この穀璧を持つ子爵の位の人が串間にいたことには間違いはない。



ありうる話だけど、海流の関係で、呉から倭に逃げた場合には宮崎県ではなく
九州西岸に漂着するような気がするんだが。

58 :天之御名無主:2008/05/14(水) 13:28:11
神武軍団の戦法は原始的な手口であり
中国の兵法や技術を駆使した戦法が見られないようにも思われる。

59 :天之御名無主:2008/05/14(水) 14:40:11
>>57
漂着した場所から、より立地の良い所に移動したとも考えないのか?

60 :天之御名無主:2008/05/14(水) 15:16:43
>58
戦国時代でも、孫子の兵法は知られてたけど、
山がちな日本では、平野での決戦を基本とした兵法は難しかった…んじゃないの?


61 :天之御名無主:2008/05/16(金) 19:53:18
なんかネタないか?

62 :天之御名無主:2008/05/24(土) 20:44:13
保守あげ。



63 :天之御名無主:2008/05/25(日) 00:39:41
>>61
あるよムーを読め

64 :天之御名無主:2008/05/25(日) 11:41:53
>>61
神武の部族は、邪馬台国勢力に九州から追い出された?
”(天孫族は)3世紀初の加羅からの降臨の後・・・北九州の制覇を目指したが・・・邪馬台国
連盟から圧迫を受け・・・やむをえず東征に出ざるを得なかったのではないか・・・・・”
倭人と韓人 上垣外憲一 講談社学術文庫 2003 p56
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4061596233.html

65 :天之御名無主:2008/05/25(日) 13:25:26
天孫族の故郷は韓国の「金海」付近という説もあるね。

66 :天之御名無主:2008/05/25(日) 19:16:41
>>64
邪馬台国の一部が東遷したと考える方が自然。

67 :天之御名無主:2008/05/25(日) 20:33:04
>>65
天孫族の故郷は、金官伽耶(金海市)でなく大伽耶(高霊)だろ?

68 :天之御名無主:2008/05/25(日) 23:42:03
高霊のいい写真ウェブのどこかにないだろうか。

69 :天之御名無主:2008/05/26(月) 09:19:33
ttp://www.nishida-s.com/main/categ2/korea-2/korea-2.htm

高天原故地

70 :天之御名無主:2008/05/26(月) 09:20:35
でも考古学の裏づけはとれていないからなあ。

71 :天之御名無主:2008/05/26(月) 20:14:10
高天原は九州。

72 :天之御名無主:2008/06/05(木) 19:37:34
2世紀頃までは関東から西の各地に経済圏というか
ローカルな首長の勢力圏がいくつか並んでた。
それぞれ他の勢力を仮想敵国にしていて、実際戦争もあった。
けど絶対的に強い勢力はまだなかった。

3世紀始め頃に、奈良盆地や大阪平野を中心として
東海から中国四国までのあたりを統括する政権が発足。
岡山、徳島の勢力も政権樹立の際中心にいた可能性があるが、
各勢力の合意のもとにできた連立政権っぽい。戦争の形跡はない。
その少し後に九州北部の勢力もこれに参加。

これが考古学で分かる範囲で、九州勢が近畿を征服するシナリオは
成立しがたい。

5世紀頃まで、今の大阪平野の真ん中へんは河内潟という海だった。
記紀が書かれた8世紀にはもう河内潟はなくなって陸地になってた。
神武東征では河内潟沿いの港に軍を上陸させる話があるので、
東征の伝説は少なくとも記紀が書かれた時点で300年以上遡る、
とどこかで読んだ…もしも何らかの事実を反映しているなら。

73 :天之御名無主:2008/06/05(木) 19:57:31
>>72 ウソつくな。 九州王朝は事実。 少なくとも7世紀初頭まで九州王朝が実権を持っていた。
鉄器の出土を見ればわかるだろう。
九州から東征したのは全ての史実が物語っている。

74 :天之御名無主:2008/06/08(日) 10:30:59
入京の案内したカモ氏は、当時の大和の一大勢力だったんだね。
”神武天皇の東征を先導したヤタガラスの後というカモ氏は、葛城の鴨君(のち賀茂
朝臣)と山城葛野の賀茂県主に分立・・・彼らが奉斎した鴨都波神社の鎮座地が弥生
時代の拠点的大集落である御所市鴨都波遺跡である・・・・・”
神々と肉食の古代史 平林章仁 吉川弘文館 2007/06 p60
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4642079777.html

75 :天之御名無主:2008/06/08(日) 10:53:58
東征が事実とした場合、
吉備勢力の協力(兵站とか)をとりつけていたんだろうか?

76 :天之御名無主:2008/06/08(日) 12:32:00
>>73
電波は巣に帰れ。
神武東征と九州王朝説は何の関係もない。

77 :天之御名無主:2008/06/09(月) 12:23:24
南九州の日向から出発したとは書かれていない。
筑紫の日向から出発したんだから、北九州の日向以外にないだろう。

78 :天之御名無主:2008/06/09(月) 13:00:46
近畿王朝の元号は、701年の大宝から。 その前の朱鳥、白雉は九州元号でそれまで近畿王朝は元号を持っていなかった。
九州元号は、継体(517年)から元号を使っていたし、中国、韓国の歴史書にも九州元号が記録されている。
海外と行き来するのに元号を持たない国なんて有りえない。

79 :天之御名無主:2008/06/09(月) 13:03:17
大体高千穂峡ってあんな山奥に少しの間でも朝廷が有ることなんてありえない。
行った事も無い近畿のバカ者が勝手にでっち上げただけ・

80 :天之御名無主:2008/06/09(月) 13:15:16
九州元号
http://www.interq.or.jp/www-user/fuushi/5-anc/siryou/e-kyusyuGkawa.htm

81 :天之御名無主:2008/06/09(月) 17:49:48
神武天皇=景行天皇だろ。 神功皇后と武内宿禰は200〜500年くらいの間の出来事を2人の話にでっち上げ。
卑弥呼は=天造日女命=日女命=大倭命

82 :天之御名無主:2008/06/10(火) 16:21:38
そういやこいつが面白かったな
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/1070731657/468,470

83 :天之御名無主:2008/06/10(火) 20:15:52
>>79
あほか。だからこそ信憑性があるんだろうが。

84 :天之御名無主:2008/06/11(水) 16:41:35
霧島連峰にもカラクニ岳と言うのが有るけどカラクニが見えるわけが無い。

85 :天之御名無主:2008/06/11(水) 17:03:06
カラクニから着た人が近辺に住み着いた、って意味なんだろうか?

86 :天之御名無主:2008/06/11(水) 17:13:11
違う。 宮崎に行ってみると解るけど全ての地名が神話に出てくる地名。
大学の倫理の時に神話の講義が有ったが、次から次に宮崎の地名が出てきてびっくりした。
戦前の道徳教育用のでっち上げ神話か、後から適当に宮崎の地名をすり替えたかのどちらか。
古事記をかじってもそんな地名は出てこない。
宮崎市内近辺の地名が多かった。
宮崎の平和台は皇紀2600年を記念して建てられた。

87 :天之御名無主:2008/06/18(水) 01:33:56
津軽外三郡誌に十三湊を支配した蝦夷安東氏、荒覇吐一族に神武天皇と
倭で争って敗れた長脛彦の話が出てくるしぃ。

88 :天之御名無主:2008/06/18(水) 01:35:55
海彦山彦の兄弟喧嘩!しかも山彦は長脛彦だし。

89 :天之御名無主:2008/06/18(水) 16:48:37
津軽外三郡誌は

「神武天皇の本名はサヌで、台湾の高砂族」

みたいなことを書いているな。

90 :天之御名無主:2008/06/18(水) 18:46:03
台湾の高砂族なんて新しい時代のデッチ上げだろw

91 :天之御名無主:2008/06/18(水) 19:02:45
>>86
>大学の倫理の時に神話の講義が有ったが、次から次に宮崎の地名が出てきてびっくりした。
>戦前の道徳教育用のでっち上げ神話か、後から適当に宮崎の地名をすり替えたかのどちらか。

学生がわかりやすいように現代の地名で解説したとは考えんのか?

92 :天之御名無主:2008/06/19(木) 04:41:14
サノだからスサノオと同一なのかもしれんな

93 :天之御名無主:2008/06/19(木) 09:46:04
高砂族とは書いていない。

「台湾の原住民族」のような書き方をしている。

ただし、それだと高砂族っぽい首切りの風習が神武軍にはないなあ。

神武側近が顔に刺青をしていた記録(というか神話伝承)はあるが。

94 :天之御名無主:2008/06/19(木) 09:47:29
正確には台湾とも書いていない。

南方の島と書いてある。

フィリピンやポリネシアや海南島ではないだろうから、やはり台湾だろう。

95 :天之御名無主:2008/06/19(木) 10:04:08
>>91 >学生がわかりやすいように現代の地名で解説したとは考えんのか?

そんなの意味無い。 宮崎に住んだことが有る人にしかわからない地名だから、
東京の一般学生にとってはアメリカの地名と同じ事。
もううろ覚えだが、「ヒトツバ」の浜で目を洗ったとか。 
大淀位は聞いたことが有る人がいても一ツ葉を知っている人は少ないだろう。

96 :天之御名無主:2008/06/22(日) 00:50:12
東日流外三郡誌wwwwww

>>95
それじゃ
>戦前の道徳教育用のでっち上げ神話
でも
>後から適当に宮崎の地名をすり替えた
のどちらでもないだろ。
そんな誰も知らない、神話にも出てこない地名じゃな。

単なる教授の趣味の世界っぽいな。

97 :天之御名無主:2008/06/22(日) 16:38:35
教授の宮崎が舞台の邪気眼物語を聞かされたのか

98 :天之御名無主:2008/06/23(月) 11:25:51
黄泉の国
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/chiiki/chiiki/h-mythroad_story/shinwa/03.html
イザナギのみそぎ  「橘」「小戸」 「阿波岐原」
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/chiiki/chiiki/h-mythroad_story/shinwa/04.html
橘公園は大淀川沿いの有名な公園 小戸神社も有る。
阿波岐原はシーガイアのある一ツ葉海岸の一角の地名

大学の時に聞いた話はもっと詳しくもっと沢山の地名が出てきていた。
ヒトツバと言う地名も出てきたと思う。

しかし、筑紫の日向の海でみそぎをしたと書いてあるのに、
南九州の日向の海とすり替えるのは無理が有りすぎる。
南九州の日向は神武天皇が行った時に付けた名前だと言う事になっている。

当然福岡にも筑紫の日向の小戸は有る。
http://nonbiri.boo.jp/sinwa%2018.html

99 :天之御名無主:2008/06/23(月) 23:09:47
でも日向三代の「日向」は、細かい場所の特定はともかく、宮崎県と言うことで研究者の意見が一致してるよね。

100 :天之御名無主:2008/06/24(火) 07:13:20
>>99
否、降臨したのは、筑紫のクシ岳近辺の日向説もある。

101 :天之御名無主:2008/06/29(日) 10:58:55
>>100
書紀には「日向の襲(そ)」と、大隅の古名があり、薩摩の古名の吾田から妻をめとっている以上、
南九州であることは明らか。
また、山幸彦を隼人の祖とするなど、南九州とのつながりを示唆している。

102 :天之御名無主:2008/06/29(日) 12:44:58
神武東征軍に隼人兵が加勢していた傍証みたいなのはあるだろうか?

103 :天之御名無主:2008/07/21(月) 18:09:17
>>101
神武の妻は、大和在の大物主女の媛蹈鞴五十鈴比売だろが。

104 :天之御名無主:2008/07/21(月) 18:48:07
>>103
ニニギの話だよ。

105 :天之御名無主:2008/07/23(水) 18:07:32
アレクサンダー大王はギリシアからみればマケドニアという蛮地から出てきた。
神武天皇も同じ。
不毛な地から豊穣な地を目指す。
何も不思議なところはない。


106 :天之御名無主:2008/07/24(木) 15:36:27
不毛な地とはどこの事だよ。 地理を知らないボンボンかな。

107 :天之御名無主:2008/07/24(木) 15:45:49
>>105ではないが、そういう記述はあるよ。「背宍の空国」
南九州は火山灰土で、当時の技術では稲作の生産性が低かった。


108 :天之御名無主:2008/07/24(木) 17:26:20
>>107 有難う、その言葉は知らなかったので今調べたけど、不毛の地などと解釈するのはおかしい。
背宍(おいしい鹿の背の肉)が食べられるカラクニ(現在の韓国岳=カラクニダケ)を通って薩摩に行った と書かれてるだけじゃないか。

権力者は、豊穣の地からしか生まれない。 筑紫の日向 辺りは稲作が盛んだった。

それに 日向が宮崎だとしても宮崎辺りは火山灰土壌じゃないぞ。 
あそこを火山灰土壌と言うなら日本中が火山灰土壌だよ。
肥沃な土地で遊んでいても暮らしていける位豊だよ。 食べ物には決して困らない土地。

109 :天之御名無主:2008/07/24(木) 21:51:38
素人ですが神武東征って非常に興味あります。
仮に九州から東征したのならば理由はなんだったんですかね?
増えすぎた人口を養う為?雲仙普賢岳や桜島が噴火したり、台風による水害や
日照りが続いて米や農作物が不作だった?そもそも古代の九州は今とおんなじ
地形だったんですかね?理由がなければ東征なんかしないと思うんですけど。
神話って全部嘘ってわけではないと思います。
当時の自然状況や環境がわかれば何か分かるかもですね。


110 :天之御名無主:2008/07/24(木) 22:00:05
>>104
瓊々杵の妻は、吾田国の海人でなく大山津見女の木花開耶姫のはずだが。

111 :天之御名無主:2008/07/25(金) 22:09:51
>>108
韓国(からくに)は韓国で記載されているし、「空国」は通常「むなくに」「むなしくに」と読まれている。
「背宍の空国」は、「背中の骨のまわりに肉がついていない痩せた体のように、荒れて不毛な地」という意味に解釈されている。

>>110
別名を神吾田鹿葦津姫。これは通常、「吾田の鹿葦津姫」と解釈される。
吾田津姫、鹿葦津姫とも言う。
なお、彼女を海人と書いた覚えはない。

112 :天之御名無主:2008/07/26(土) 08:56:04
>>101
瓊々杵が降臨したクシフル岳は筑紫の現直方市西方の六ヶ岳、吾田の笠沙岬は
現宗像市の草崎らしい。
イワレヒコに相当する人物が実在した2〜3世紀に、当時の北部九州住人が
稲作不毛の地の鹿児島県住人と交流したとは考えられない。
http://www.geocities.jp/oden1947/ninigizinmu.html

>>109
東征理由は>>64に。

113 :天之御名無主:2008/07/28(月) 10:32:24
高良大社文書『高良記』(中世末期成立)

百済からの降人の頭、百済氏が犬の面をつけて正月十五日に犬の舞を日本国の朝廷の守りとなって舞う行事が
今も高良大社で続いているということだが、初代高良玉 垂命がこの地に都をおいた時期、
四世紀末から五世紀初頭にかけて百済王族が捕虜となっていることを示している。
これに対応する記事が朝鮮半島側の史書『三国史記』百済本紀に見える。

「王、倭国と好(よしみ)を結び、太子腆支(てんし)を以て質と為す。」
(第三、阿[辛*]王六年<三九七>五月条)
「腆支王。<或は直支と云う。>……阿の在位第三年の年に立ちて太子と為る。六年、出でて倭国に質す。」
       (第三、腆支王即位前紀)
インターネット事務局注記2001.8.30
辛*は草冠編に辛です。
 
『三国史記』のこの記事によれば、三九七年に百済の太子で後に百済王となった腆支が倭国へ人質となって来ていたのだ。
この三九七年という年は、初代玉 垂命が没した三九〇年の後であることから、倭王讃の時代となろう。
『日本書紀』応神八年三月条に百済記からの引用として、百済王子直支の来朝のことが見えるが、
書紀本文には『高良記』のような具体的な記事はない。

すなわち、百済王子が人質として来た倭国とは、近畿天皇家ではなく、九州王朝の都、三瀦あるいは高良山だったのである。
 百済国王子による正月の犬の舞は、いわゆる獅子舞のルーツではないかと想像するのだが、
七支刀だけではなく王子までも人質に差し出さねばならなかったことを考えると、当時の百済と倭国の力関係がよく示された記事と思われる。
この後(四〇二)、新羅も倭国に王子(未斯欣)を人質に出していることを考えると、東アジアの軍事バランスが倭国優位 となっていたのであろうが、
倭の五王が中国への上表文にて、たびたび朝鮮半島(百済など)の支配権を認めることを要請しているのも、こうした力関係を背景にしていたのではあるまいか。


114 :天之御名無主:2008/07/28(月) 14:45:50
神武東征って
邪馬台国を盟主とするヤマト連合国の大王が「東征するから各国の
王や王子は小倉に全員集合!」っていう話ではないんですよね?
神武さんは当時日向にいた一豪族にすぎないの?現在の天皇の
ご先祖様なの?

115 :天之御名無主:2008/07/28(月) 16:02:12
>>114 そんなこと聞くな。 勝手に想像して面白がってればいいんだよ。

116 :天之御名無主:2008/07/28(月) 19:43:29
>>114
日向三代と初期天皇は、いずれも末子相続だが、ニニギノ命の父は、五男神の長子である天之忍穂耳命。
つまり神武帝の家系は、邪馬台国連合から見れば傍系ということ。
因みに九州王朝説はデムパ。


117 :天之御名無主:2008/07/28(月) 23:28:58
>>116
ありがとうございました。
勉強になりました!

118 :天之御名無主:2008/07/29(火) 09:38:20
>>116 高千穂なんて何もないぞ。 あんな山奥に豪族が育つはずもない。 古墳もそれらしきものも何もない。
もっともらしい観光名所が出来ているだけ。 かなり後世になって神楽とか持ち込まれたのだろう。
ずっと南の開けたところには西都原古墳群が有るが、高千穂とは全然違う。

119 :天之御名無主:2008/07/29(火) 09:43:33
>>116 全てが九州から始まっていると書かれているのに、九州王朝説がデムパとはこれいかに。
神武東征は信じて、九州王朝説を信じない方がおかしい。
近畿王朝は、大宝からしか年号を持っていないんだぞ。 正倉院書物も700年以降の書物しか保存されていない。
それ以前は全て九州年号で世界と交易をしていた。 
百済ですら年号を持っていたのに年号を持たない近畿王朝が交易しているはずがない。

120 :天之御名無主:2008/07/29(火) 10:10:31
で、九州王朝の年号は何なんだ?

121 :天之御名無主:2008/07/29(火) 21:51:31
>>118
その高千穂は神話に言う高千穂ではないらしいが、それでも弥生時代の遺跡がある。
天孫が降臨した高千穂は、韓国岳に向かい、襲の国にまたがる霧島山のあたり。
縄文時代から中世にまたがる複合遺跡、上野原遺跡がある。
九州時代の神武帝が、阿多の阿比良姫を娶ったという、文献上の裏付けもあるので
高千穂は霧島近辺であろう。
なお、一口に「高千穂の宮」と言っても、神代三山稜の位置を見るに、その所在地は一定ではなかったようである。

>>119
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E5%B7%9E%E7%8E%8B%E6%9C%9D#.E5.95.8F.E9.A1.8C.E7.82.B9

122 :天之御名無主:2008/07/30(水) 07:44:50
こっちでも九州王朝かよ

123 :天之御名無主:2008/07/30(水) 11:22:36
>>121 霧島あたりと言う方がもっと信じられないけどな。  霧島連山を縦走したことが有るけどあんな所で生活できる訳が無い。
上野原遺跡なんて山じゃなく錦江湾に近いじゃない。 霧島連山をはるかかなたに臨む地。

124 :天之御名無主:2008/07/30(水) 19:31:59
>>123
おいおい、天孫は稲作民だよ。山の中に住むわけないだろ。
住んだのはあくまで平地、高千穂の峯ってのは、天から降って来たって建前だから山を選んだに過ぎん。
日向三代の勢力範囲はもっと広いし、高千穂の宮だって所在地は一定でないと書いたんだがな。

125 :天之御名無主:2008/07/31(木) 23:18:46
橿原在住の俺がきましたよ
天から天下るってのは韓国の神話との類似が否定できないな
なんで卵生神話を引き継いでないのか不思議っちゃ不思議だが

で、 アマ=天=海 というつながりがあるわけだ
九州から韓国を見たときに、海があって、その水平線は天とつながっていて
結局、「韓国から来る」「海から来る」「天から来る」というのが
全部、同義になってしまっていたとしても不思議ではないと思う

アマ族はカヤ(ミマナ)の追放された王族とかいうのが一番ありそうなんじゃないかね

126 :天之御名無主:2008/08/01(金) 00:34:25
海は上代では、単独で用いる場合、どこまで行っても「うみ」。
他の言い方をするとしたら「わた」。
「あま」は海部とか海人などで用いられる。
記紀に於いては「天」「海」「韓国」は厳然と区別されており、混同された形跡はない。
「天」=「海」でも苦しいのに、まして韓国と結びつけるなど、論理の飛躍も甚だしい。

127 :天之御名無主:2008/08/01(金) 13:15:11
天国から移動する際、どこでも天降っってるわけじゃないんだよね。
筑紫・出雲・韓に限定されてる。
てことは天国はその3地域に接してる地域。

128 :天之御名無主:2008/08/01(金) 18:22:42
その三か所は互いに海で隔てられてるんだが、と一応突っ込んでみる。

しかしその考えだと、



筑紫→出雲

日向の襲

の方がしっくりくるんじゃない?

129 :天之御名無主:2008/08/01(金) 19:26:29
いい突込みですね、まさしくそのとおり海域です。
その海域に点在する島々が天国。
壱岐、対馬、五島列島等。
古事記にそれらしきことが書いてあります。

ちなみにニニギは筑紫に天降ってますので筑紫は天国の対象外。

130 :天之御名無主:2008/08/01(金) 20:05:23
まあもともと倭人は半島南部から北九州にかけて住んでいた民族らしいが、
人口が集まってたのはやっぱり筑紫だよ。
つまり筑紫こそが高天原。
神武天皇は生産力の低い襲の国に追いやられた傍系の王子の子孫。

131 :天之御名無主:2008/08/01(金) 20:20:09
神武が傍系の王子ってのは同意。

ただ筑紫の古名は白日別。
壱岐=天比登都柱
対馬=天之狭手依比売
とは別のようです。
筑紫に天降ってる事も天国とは矛盾します。

132 :天之御名無主:2008/08/01(金) 21:53:38
>筑紫に天降ってる事も天国とは矛盾します。

それはあくまであなたの見解だから・・・

133 :天之御名無主:2008/08/01(金) 23:03:20
また、高天原が島嶼だとすると、対馬は良田無く、壱岐は少しあるが足りず、魚をとり、南北に船を出して交易している、
という、海洋民であることを示す魏志の記述と、稲作民であったとする記紀の記述が矛盾します。
ただあなたの意見にも一理あるので、天照大御神以前の高天原がそれらの島嶼で、
以降の高天原が筑紫だというのはどうでしょうか。
それだと、半島南部→島嶼→北九州という歴史的な流れも説明できます。

134 :天之御名無主:2008/08/01(金) 23:28:25
>>126
>記紀に於いては「天」「海」「韓国」は厳然と区別されており、混同された形跡はない。

概念として区別されていても、実際には「天から下る」ということは出来ないわけだから
異人は、「どこか」から来たわけだわな
その「どこか」とは、「どこか」が問題なわけだ

ちょっと驚いてるんだがね
韓国とか筑紫とか出雲に天下ったという記紀の記述によって、
「天」が韓国とか筑紫とか出雲であるとかいう議論をしてる人がいるのか?
天下ってきた人たちは、日本に土着していた人だと主張している人がいる?

「どこか」から、韓国とか筑紫とか出雲に来た、その「どこか」が、問題なのであって、
天族は、内陸人にとって、外からきた異人だということには、はじめから異論はないのかと思っていたのだがね

で、「天」が、対馬とか壱岐とかの島々を指すというのは
まだわからんでもないが、常識的に考えれば
日本に来れる場所で、人が住める陸地なんてのは限られてて
しかもある程度文明が進歩してて
内陸人を制圧できそうなところといえば
必然的に韓国か中国になっちまうと思うんだけどな



135 :天之御名無主:2008/08/01(金) 23:35:26
で、「天」「海」は混同されているわけではないかもしれないが
とこに内陸民から見て、異界として認識されている

神話では、はっきりと天孫と海神の娘が結婚して皇祖になっているわけだ
アマテラスとスサノヲの神話を見ても、天には田んぼがあるので、
天族が稲作の技術を持った渡来系で、
彼らが、日本沿岸もしくは島々に住む海族を巻き込んで
内陸民を支配するに至るという構図に見える

136 :天之御名無主:2008/08/01(金) 23:36:45
× とこに内陸民から見て、異界として認識されている

○ ともに、内陸民

137 :天之御名無主:2008/08/02(土) 05:45:59
目的は良田ですよね、きっと。
おっしゃるとおり島嶼には良田がない。
だがここには大陸技術が真っ先に入ってくる。
最新の武器で武装した軍団の豊穣の地への侵入。
それがニニギの天孫降臨、かな〜と。
以後は九州が舞台となるわけです。


138 :天之御名無主:2008/08/02(土) 20:03:20
つまり筑紫は豊穣の地だと。
それだと東征の動機が弱いのでは?
それに山幸彦海幸彦の話は、稲作だけでは食えないことを示しているとも考えられるので、
やはり天孫は生産力の低い土地にいたのでは?
また、イザナギが禊ぎをしたのが筑紫の海岸なら、その時点で天津神は筑紫にいたと考えるのが妥当では?
まあイザナギは当時既に信仰されていた神様だと思うので、
イザナギを信仰する集団ということですね。
で、地元阿多の豪族と政略結婚を繰り返して地歩を築き、東征に至ると。
同機は、このまま九州にいたのでは未来永劫傍系だから。

>>134
最大の問題は、韓国語は日本語とは意外に隔たっているということ。
中国語に至っては文法自体違う。
で、九州に降った天孫は、何ら武力行使はしていないわけですね。したのは政略結婚。
出雲の場合、タケミナカタと諏訪の神モレヤの間でも、
タケミカヅチとタケミナカタと同じようなことがあったようで、
ひょっとしたらこっちの話が混入している可能性も考えられます。

整理すると、現在天孫の故郷は半島と島嶼と北九州の三説が出ているわけで、
興味深いことに、これは魏志や後漢書から導き出される倭人の元々の勢力圏、
つまり「弁韓トクロ国は倭と境を接す」「奴国は倭の極南界」との記述から、
倭人の勢力圏は半島南部から北九州にかけてと思われますが、
それとほぼ一致しています。


139 :天之御名無主:2008/08/02(土) 23:35:16
>やはり天孫は生産力の低い土地にいたのでは?
島嶼には良田がないのですよね?
とすれば島嶼説は矛盾無くぴったりきますよね。

>最大の問題は、韓国語は日本語とは意外に隔たっているということ。
これも壱岐・対馬等の島々なら問題ないですよね。
魏志倭人伝にも倭国に属する国として紹介されてますし。

あと134さんの「どこか」の話はとても根本的かつ重要なテーマで、無視出来ないですよ。
AからBに移動したのにもかかわらずAとBが同じ土地、
というのは有り得ないからです。


スサノオ:天国⇒新羅国
タケミカヅチ:天国⇒出雲
ニニギ:天国⇒筑紫

ということで資料(記紀)を無視しない限り、この3領域は対象外となります。
そもそも筑紫が天国であったら、天孫降臨などする必要が全くないじゃないですかw。







140 :天之御名無主:2008/08/03(日) 00:18:55
>>139
> >やはり天孫は生産力の低い土地にいたのでは?
> 島嶼には良田がないのですよね?
> とすれば島嶼説は矛盾無くぴったりきますよね。

いやあなたの言うのは天孫ではなく天祖の話ですよね?
私が言っているのは天孫、つまり日向三代と神武天皇のことです。

> >最大の問題は、韓国語は日本語とは意外に隔たっているということ。
> これも壱岐・対馬等の島々なら問題ないですよね。
> 魏志倭人伝にも倭国に属する国として紹介されてますし。

言語の問題はそうですが、高天原には良田があったとする記紀の記述とは矛盾が生じます。

> あと134さんの「どこか」の話はとても根本的かつ重要なテーマで、無視出来ないですよ。
> AからBに移動したのにもかかわらずAとBが同じ土地、
> というのは有り得ないからです。

> スサノオ:天国⇒新羅国
> タケミカヅチ:天国⇒出雲
> ニニギ:天国⇒筑紫

> ということで資料(記紀)を無視しない限り、この3領域は対象外となります。
> そもそも筑紫が天国であったら、天孫降臨などする必要が全くないじゃないですかw。

前にも書きましたが、それはあくまであなたの見解。
天孫降臨の地が日向の襲、つまり南九州なら、当然高天原と降臨した土地は別ということになります。


141 :天之御名無主:2008/08/03(日) 07:10:00
>いやあなたの言うのは天孫ではなく天祖の話ですよね?
>私が言っているのは天孫、つまり日向三代と神武天皇のことです。

あれれれ?
いつのまにか話題が天国のありかから日向三代と神武天皇になってるw。
じゃあ天国はもうやめてそっちにしましょうか?(笑)。

142 :134:2008/08/03(日) 09:20:52
>>138

>また、イザナギが禊ぎをしたのが筑紫の海岸なら、その時点で天津神は筑紫にいたと考えるのが妥当では?
>まあイザナギは当時既に信仰されていた神様だと思うので、
>イザナギを信仰する集団ということですね。

皇祖に連なる神々は、必ずしも一系とは限らないわけで、
筑紫にイザナギがいたから天族だというのは短絡的だと思いますよ
イザナギ自身は天族(皇族)というより、土着の部族の太祖であり
よそから来た天族が、地元の民族神話を吸収したと考えることもできる

神話学的には、征服者が自己の血筋を聖化して説明するための王朝の来歴を示す「氏神」の神話と
「民族」の成り立ちやこの世の成り立ちを説明するための神話は、じゃっかん筋が違う
この二つは、征服者が交代するたびに溶け合うので、混乱するが
民族の移動を考える点からは、
イザナギ(太祖)とかイザナミ(太母)・アマテラス(日神)・ツクヨミ(月神)は、
大和の民族集団が抱えてきた大神話であり、

スサノヲは韓国から出雲へと渡来した一族が抱えてきた氏神(征服者の英雄神)
ニニギやイワレヒコは皇族が抱えてきた氏神と割り切ったほうがいいと思う

143 :天之御名無主:2008/08/03(日) 13:17:00
>>141
話を整理しましょう。
要するに、天孫は初めどこにいて、どこに移ったかという話ですよね?
で、貴説では、壱岐対馬などの島嶼にいて、筑紫に移ったと。
ならば当然、その子孫である神武天皇も筑紫にいたことになる。
ところが古事記には、日向から出発して筑紫に至ったと明記してある。
この日向を、筑紫にある日向とするのは、福岡から九州へ向かったと書くようなもので、全くナンセンスであり、
これは勿論宮崎以南の日向のことです。
神武紀には出発地は明記していませんが、速吸之門、つまり豊後水道を通って筑紫国の宇佐に至ったとある。
いずれも、東征の出発地が、筑紫にある日向ではなく、宮崎県の日向、あるいは豊の国以南の地であることを示しています。
つまり天孫降臨の地=筑紫説はここで完全に崩れます。
筑紫からわざわざ日向方面へ行ってそこから出発し、また筑紫に戻ってくるなど不自然ですから。

要するに神武天皇がいたのは筑紫ではあり得ず、その先祖の移住の記事は天孫降臨以外にはないので、
天孫降臨の地は筑紫たり得ず、婚姻記事等からも、日向以南の南九州である可能性が高いと言えます。
つまり高天原が筑紫であることを否定する材料はないということです。
無論、稲作に関する記述を除けば、島嶼群であることを否定する決定的な証拠もないわけですが。
そももそ何度も書いてますが、島嶼群も筑紫も、倭人の勢力圏なので、どちらがどうというのもおかしな話です。

なお、あなたの挙げた大八島の別名は古事記にのみ見えて書紀にはないので、考慮が必要です。

>>142
その考えは否定しませんが、神々の系統が元来どうだったかは、今後の研究課題では?

144 :天之御名無主:2008/08/03(日) 20:04:25
>>143
神武の本拠地が日向であることと、天孫降臨が筑紫であること、
とりたてて矛盾はしませんが。
なぜなら
>神武天皇は生産力の低い襲の国に追いやられた傍系の王子の子孫。
という見解ですので。
でなけりゃわざわざ異国の地まで出かけ、
命がけで土地を侵略しようなんて思わんでしょ。
しかも得た土地はたった大和の一隅です。

あと筑紫にはニニギだけでなく、スサノオも天国から天降ってますが、
これはどう解釈します?
でもまあここは民俗・神話板なのでそこまで厳密に検証する必要はないのかもしれませんね。

また古名ですが、書紀になければ確かに考慮は必要ですが、
記紀ともに天国=島嶼群という認識で書かれていない以上、創作とは考え難く、
貴重な資料であることに変わりはないでしょう。





145 :天之御名無主:2008/08/03(日) 21:30:05
>>144
>神武天皇は生産力の低い襲の国に追いやられた傍系の王子の子孫。
と書いたのは私ですが、ここでいう傍系の王子とは、ニニギノ命自身のことを指しています。

さて、私は
>その先祖の移住の記事は天孫降臨以外にはない
とも書きましたが、天孫降臨が筑紫で、神武天皇の出発地が日向であることを矛盾なく成立させるためには、
それを示す文献なりを示す必要があるのではないでしょうか。
何か根拠がありますか?

>筑紫にはニニギだけでなく、スサノオも天国から天降ってます
それは樹種の記事のことでしょうか?天降ったとは書いてない(むしろ新羅からの帰還)し、主役は御子のイタケルだし、
「筑紫をはじめ大八洲国」ということは、明らかに筑紫の島、つまり九州全体のことのようですが。
いずれにせよ、天孫降臨時の高天原と、それ以前の高天原が同一でない可能性を、既に書いています。

>>142
>イザナギ自身は天族(皇族)というより、土着の部族の太祖であり
>よそから来た天族が、地元の民族神話を吸収したと考えることもできる
それだと吸収されたことになりませんか?
征服者が征服した民の太祖を自分たちの太祖としたと考えるより、
征服者自身の太祖か、あるいは元々共通の信仰神話があったと考える方が自然ではないでしょうか。

>イザナギ(太祖)とかイザナミ(太母)・アマテラス(日神)・ツクヨミ(月神)は、
>大和の民族集団が抱えてきた大神話であり、
つまり天孫族もその民族集団の一員とした方が自然ということです。
でなければ、戦前の日本が壇君を崇めるような奇妙な構図になります。


146 :天之御名無主:2008/08/04(月) 07:34:59
ではお聞きしたい。
筑紫が豊穣の地、ということは共通認識でいいですか?
では島嶼群と日向は筑紫と比較してどうでしょう?
当然「貧」ということになりますよね。
であるならばですよ、もし天国が筑紫降りた地が日向だとしたら

葦原千五百秋之瑞穂国。是吾子孫可王之地也。宜爾皇孫就而治焉。行矣。
宝祚之隆、当与天壌無窮者矣。

これは天孫降臨に際して発せられたアマテラスの言葉。
これおかしくないです?
アマテラスはニニギに対し「瑞穂の豊かで尽きることの無い、まさにオマエが統治するに相応しい土地だ、行け」
と勢い込んで言ってるわけですよ。

なのに行ってみたら筑紫より全然貧しいじゃん!って、
ニニギ怒りますよ、バアチャンの嘘つき〜ってw。
それともアマテラスに謀られたニニギ、こういうご認識?


147 :天之御名無主:2008/08/04(月) 21:30:11
>>146
質問に質問で返すのはあまり感心しません。

豊葦原千五百秋之瑞穂国は日本全体の美称であり、天孫降臨の一地域のみを指しているとした例は、私は寡聞にして知りません。
ここは天皇家の正当性を述べた個所なので、ここでも当然日本全体の意味になります。

なお、
「元来の語義は葦の穂の豊かに実った国の意。のちに水(瑞)穂を稲穂と解し、稲作にも適した環境との認識が生じ、
五穀豊穣の予祝の意が込められていく」(國学院大学日本文化研究所編『神道事典』弘文堂)

つまり現在豊穣であることを必ずしも意味しない、むしろ

「むかしは耕地も少なく地味また豊かでない葦原にひとしい国であった」
「豊穣な稔りは将来に約束される」(『神道辞典』神社新報社)

将来の豊穣を予祝したものだったわけですね。

で、神武天皇本人なり、ニニギノ命でない先祖なりが日向に入ったという根拠は?

148 :天之御名無主:2008/08/04(月) 21:56:21
さて、「葦の穂の豊かに実った国」で思い出すのは、奈良盆地。
ここは元来湖であり、大和朝廷の初期に至ってもなお、あちこちに湿原が広がっていたことは、
夙に知られている。
あるいはこの記憶を言ったものか。

149 :天之御名無主:2008/08/04(月) 23:14:52
なお、天壌無窮の神勅へと続くこの部分は、ひとり天孫のみに与えられたものではなく、
子々孫々、現在に至る歴代の皇室に与えられた祝福であることは言うまでもない。

150 :天之御名無主:2008/08/05(火) 07:07:01
>豊葦原千五百秋之瑞穂国は日本全体の美称であり、天孫降臨の一地域のみを指しているとした例は、私は寡聞にして知りません。
>ここは天皇家の正当性を述べた個所なので、ここでも当然日本全体の意味になります。

それじゃあ筑紫は日本じゃないんですw?矛盾ですね。
もともと日本にいたのなら、何も大げさに天孫降臨〜なんてする必要もないんじゃないですか?
動機とか、ストーリーが見えません。
こういう解釈なら天国は海外かそれこそ天上にならざるを得ません。
どうします?
それにこの時点で言えばアマテラスは一豪族に過ぎない。
当然日本の王たることを約束されていたわけではない。
ですので日本統治といった概念はそれらを美化し拡大解釈しているに過ぎません。
所謂戦前の皇国史観、天皇中心主義の拡大解釈ですね。
この板ではそういったイデオロギーを抜きにして、
神武のリアリティを追求していく、という趣旨だと思っていましたが違いますか?

あと天皇家の日向移動ですが、これについては記紀でハッキリと語られてる箇所はないと思います。
おそらくはウガヤフキアエズの時期だとは思いますが。

>乃以日神所生三女神、令降於筑紫洲。因教之曰。汝三神宜降居道中、奉助天孫、而為天孫所祭也。
これは第六段一書第一です。舞台は天国。
ここは明確に天国⇒筑紫を書いてあります。
ここでも天国=筑紫は破綻してます。どうしますか?


151 :天之御名無主:2008/08/05(火) 20:34:59
>>150
> それじゃあ筑紫は日本じゃないんですw?矛盾ですね。
> もともと日本にいたのなら、何も大げさに天孫降臨〜なんてする必要もないんじゃないですか?
> 動機とか、ストーリーが見えません。
> こういう解釈なら天国は海外かそれこそ天上にならざるを得ません。
> どうします?
どうしますって、もともと天上という建前の記述ですからね。
島嶼とか筑紫というのはあくまで解釈に過ぎません。
言っときますが、豊葦原の瑞穂の国が日本全体の異称というのは通説、というより常識ですよ。

> それにこの時点で言えばアマテラスは一豪族に過ぎない。
> 当然日本の王たることを約束されていたわけではない。
「約束されていた」というのが神話の構造です。

> ですので日本統治といった概念はそれらを美化し拡大解釈しているに過ぎません。
> 所謂戦前の皇国史観、天皇中心主義の拡大解釈ですね。
> この板ではそういったイデオロギーを抜きにして、
> 神武のリアリティを追求していく、という趣旨だと思っていましたが違いますか?
それこそイデオロギーですね。
「神話がそういう構造になっている」という常識中の常識から目をそむけて、何がリアリティですか?

で、
> 「元来の語義は葦の穂の豊かに実った国の意。のちに水(瑞)穂を稲穂と解し、稲作にも適した環境との認識が生じ、
> 五穀豊穣の予祝の意が込められていく」(國学院大学日本文化研究所編『神道事典』弘文堂)
はスルーですか?w

> あと天皇家の日向移動ですが、これについては記紀でハッキリと語られてる箇所はないと思います。
> おそらくはウガヤフキアエズの時期だとは思いますが。
ほう、根拠もなしに仰ってたんですか?それは学問ではありませんねw



152 :天之御名無主:2008/08/05(火) 20:36:57
> >乃以日神所生三女神、令降於筑紫洲。因教之曰。汝三神宜降居道中、奉助天孫、而為天孫所祭也。
> これは第六段一書第一です。舞台は天国。
> ここは明確に天国⇒筑紫を書いてあります。
> ここでも天国=筑紫は破綻してます。どうしますか?
では具体的にはどこか。
岩波の『日本古典文学大系・日本書紀上』の頭注によれば、
「道中」とは、一書第三の「海北道中」と同じで、要するに宗像大社の辺津宮、中津宮、沖津宮のことです。
その沖津宮、海の正倉院と言われた沖ノ島は、壱岐よりも北にあります。
所属は筑紫(いつからの所属かは不明)でも、地理的にはあなたの言う「天国」に近いと言えます。
つまり天国から天国に天降ったとも言えるわけですが、どうしますか?

153 :天之御名無主:2008/08/05(火) 21:08:05
>では具体的にはどこか。
そんなこと聞いてやしません。
天国から筑紫に天降ってることを問題にしてるんです。
これで天国=筑紫じゃないことが分からないですか?
子供でも分かると思いますがw。
>つまり天国から天国に天降ったとも言えるわけですが、どうしますか?
天国から天国に天降る。
詭弁もほどほどに。これこそ寡聞にして知りませんよw。
どこぞにそんな事例がありますか?ご教示ください。

154 :天之御名無主:2008/08/05(火) 21:10:41
貴方の日本語の中では東京から東京に上京した、
といった用法があるのでしょうかw?

155 :天之御名無主:2008/08/05(火) 21:26:27
それに神武のリアリティを吟味しているに分が悪いと建前を知らないのか?と逃げる。
そんなの百も承知で議論してるんじゃないですか。
建前は関係ないです。
天上界だ筑紫だとその時々でいい逃れるダブルスタンダードは卑怯ですよw。
貴方の解釈はいったいどっちなんですか?

156 :天之御名無主:2008/08/05(火) 23:00:00
>>153
やれやれ・・・
筑紫と言っても実態は沖合の島嶼だと言ってるんですがね。
つまり極めて限定された地域。
しかも地理的にはあなたの言う「天国」の方が近い。
そもそも高天原が筑紫にあったのなら、筑紫への降臨の記事はあり得ないというのはあなたの理屈であって、
私はそうは思っておりません。
例えば「天国」が壱岐対馬で、そこから対馬への降臨の記事があったとして、故に対馬は天国ではない、という考え方はしません。
なお、「天国から天国に」は皮肉ですが、余計なことでしたね。失礼しました。

>>155
神話の構造と基本認識の話をしているのです。
昔の人々はそう考えていたと言っているのです。
天壌無窮の神勅はそういう構造だと言っているのです。
これまでの研究を踏まえた議論をしましょうと言っているのです。
古来の伝説や先人の研究より自分の考えを優先させるのは傲慢ですよ。
高天原は天上界として、天照大御神、日向三代は神様として伝えられてきた、
それを踏まえない議論は単なるトンデモです。

157 :天之御名無主:2008/08/06(水) 00:43:48
ここの人たちって宝満神社って知ってる?かな?
知らないだろうな・・
九州と奄美だけにしかない神社なんだが(おそらく)
これって神武東征とどういう関係があるのだろうか?
といってもここの人は無知で自分の考えに固執してる
おじいちゃんばかりだから・・

158 :天之御名無主:2008/08/06(水) 00:46:43
あとここのおじいちゃん達は
弥生、古墳時代ともっとも渡来形質が強いのが
出雲島根で次ぎ関西、関東、東北と続き
実は北部九州の佐賀、長崎、福岡南部がもっとも
縄文形質に近い眼窩の低い骨格であることについては
どう考えるのだろうか?

159 :天之御名無主:2008/08/06(水) 06:28:04
とりあえず、ここをひととおり読んでみ
http://ja.wikipedia.org/wiki/日本人

言語体系からの解読も、骨格からの解読も、神話伝播からの解読も
DNAからの解読も稲のプラントオパールの伝播からの解読も
ひとつの「断面」にすぎない
総合的な判断が必要だ

長江文明を背負ってきた民族の一部が、稲作技術をもって
韓国を通り、その際にスサノヲを一族の氏神としてとりこみ、
さらに出雲に移り住んだあと、マイノリティーゆえに大和言葉に馴化して、
自分たちの言語体系を捨ててスサノヲへの信仰だけが地元に溶け込んだ
というようなこともあるかもしれない

160 :天之御名無主:2008/08/06(水) 06:37:48
>高天原は天上界として、天照大御神、日向三代は神様として伝えられてきた、
それを踏まえない議論は単なるトンデモです。

トンデモってw。
新井白石は高天原地上説です。江上波夫、安本美典しかり。
他にも富来隆、狭間畏三やらなんやらたくさんいます。
高天原地上説は古来から存在しているのですよ。
この学者達は貴方の言う構造を知らなかったのですか?
というより先人の説はもちろん貴重なものですが、
それに拘泥する事は真理を追究するという上では
足かせにも成りかねない、諸刃の剣ではないでしょうか。

まあ、これ以上議論してもなかなかかみ合いそうもありませんw。
なので残念ですがここは一旦これで終わらせ、時系列を先に進めようかと。
なかなか楽しい時間をありがとうございました。
またいろいろと書き込んでいただけると嬉しいです。^^




161 :天之御名無主:2008/08/06(水) 06:48:20
>>159
wiki厨は口語でもかまわないから記紀を読んでから来いw。

162 :天之御名無主:2008/08/06(水) 08:22:39
神武東征は事実か神話か?ここはそういうテーマですが、
筑紫⇒日向の移動についてご指摘があり、
確かにその線があいまいであることに気づきました。
実際問題、ヤマサチあたりから系譜がアヤしくなってきますよね。

ヤマサチは鉤を探しに海中に赴き海神の娘(豊玉毘売)を娶ったという。
その子供のウガヤフキアエズは本人の乳母にして豊玉毘売の妹である玉依毘売を娶ってる。
(ここあたりの記載には原資料の古さを感じさせる)
ウガヤフキアエズは見知らぬ海の海神の娘の子。
このあたりは異郷の地の異腹の子のイメージそのものですよね。
本国筑紫には正室がいなかったのかどうか。
(いたとしてもそちらの系譜はカットされる可能性が高く不明、余談ながらそのあたりが本家九州王朝の系譜、という可能性もアリ)
古事記には580才生きたって書いてありますし。
ヤマサチーウガヤフカエズー神武、
断絶とまではいかないまでも、
ちと継体を思い起こさせるような記載になってますよね。




163 :天之御名無主:2008/08/06(水) 18:46:08
>>160
賛成ですね。
「昔の人がそう考えていた事実を踏まえる」と言っているのに、
地上説とかズレたことをいうあなたとは話がかみ合いそうもありません。
大体私自身地上説ですし。

164 :天之御名無主:2008/08/06(水) 22:18:03
俺とかは天孫降臨っていうと後の関西人が
全国各地の殿様になるのとダブるから
関西が天孫降臨の高天原だと思ってしまう。
それに九州だと「タカマガハラ」とは読まずに
「タカマガバル」だ。読み方が全く違うw

165 :天之御名無主:2008/08/06(水) 23:31:07
天孫降臨の高天原?


166 :天之御名無主:2008/08/06(水) 23:39:45
バルの意味解ってんのか?w

だだっ広い平らな平面じゃないぞ。

167 :天之御名無主:2008/08/06(水) 23:57:41
高天原はタカマガハラなのかそれともタカマガバルなのか?
で九州かそれとも本州なのかが推定できる。

168 :天之御名無主:2008/08/07(木) 00:05:06
高天原はタカマガハラなのかそれともタカマガバルなのか?
で九州沖縄かそれとも本州四国なのかが推定できる。

169 :天之御名無主:2008/08/07(木) 00:20:31
稚拙すぎて吹くw

170 :天之御名無主:2008/08/07(木) 00:25:37
幼稚で稚拙で悪かったなw
でも、ここの人たちって俺以上に
無知で頑固じじいなんじゃないの?www

171 :天之御名無主:2008/08/07(木) 01:52:19
FBI透視捜査官マクモニーグルが卑弥呼をリモートビューイングしたところ
卑弥呼の先祖は雲南の昆明から出発し沖縄を経て福岡から上陸した
卑弥呼は山口県で生まれ、邪馬台国は奈良県、卑弥呼の墓は箸墓だそうだ

172 :天之御名無主:2008/08/07(木) 02:11:46
まちがったマクモニは卑弥呼の墓は箸墓じゃないって言ってたすまん

173 :天之御名無主:2008/08/07(木) 07:55:52
夏休み厨房はすっこんでろってw

174 :天之御名無主:2008/08/07(木) 08:50:00
神武の実証にはやはりなんらかの物証が必要でしょう。
ただそれはそれとして、実証まではいかずとも虚構ではないのでは?
といった程度の検証は文献からもある程度出来ると思います。
個人的に神武が好きで希望的観測込みですがw。

例えば神武の軍団の足取り。

宇佐
筑紫岡田宮
安芸タケリ宮
吉備高島宮
------淡路島------
河内白肩津⇒戦闘

神武が戦闘を開始するのは淡路島を越えてから。
でもこれって創作だとしたら絶妙。

なぜなら銅剣の東限、これは淡路島の西までだから。
それより東は純粋な銅鐸圏、つまり異文化の地に入った途端、先端が開かれているわけです。
記紀の作られた8世紀には当然銅剣銅矛圏と銅鐸圏の対立などといった
現代の考古学的認識などあろうはずもないでしょうから。
作り話だとしたら絶妙です。



175 :天之御名無主:2008/08/07(木) 11:13:30
×先端が開かれているわけです。

○戦端が開かれているわけです。

176 :天之御名無主:2008/08/07(木) 13:17:15
神武天皇が実在したとしたら、おそらく崇神天皇と同一人物もしくはモデルであった可能性が高いだろ
どちらも異名はハツクニシラススメだしな
崇神天皇が東征したのを、神武天皇の東征という形になったのだ

銅鐸が祭器であった畿内から、ある時期に銅鐸が一斉に消えて
九州の祭器であった銅剣にとって変わるのだし
九州勢力が、ある時期に畿内へと移動したってのはほとんどの学者が認めている事だ。

それが行われた以上、何代かわからないが天皇による東征があったと考えてよい
あるいは、天皇家の口伝か何かで、我々の先祖が九州から畿内に移動したとの伝承が残されていた
それが神武天皇の神話として反映された可能性が高いな

177 :天之御名無主:2008/08/07(木) 18:56:09
先祖⇒子孫で名前が同じっつーのはとりたてて珍しいこっちゃないよね。
古今東西ごくありふれた出来事。
実は神武は祖父ヤマサチともヒコホホデミという同名を持っている。
これは何か?
なんのことはない、襲名ですよね。
現代においても歌舞伎や相撲の世界では普通に行われている。
市川団十郎とか若乃花とかね。
自分は偉大な先人の系譜なのだという表明。
なので先祖⇒子孫同名に関しては恣意的な出来事とは言えないです。


178 :天之御名無主:2008/08/07(木) 19:34:06
単なる襲名にしては言葉の意味が重すぎるんだけどな、この場合
また、内容的にも重複する神話がけっこうあり
飛鳥時代の話を元に、古代神話が創造されている可能性は
むしろ高いように思う

179 :天之御名無主:2008/08/07(木) 21:09:01
神武伝承の古さを感じさせるのがの楯津の戦いです。

故從其國上行之時經浪速之渡而泊青雲之白肩津
此時登美能那賀須泥毘古【自登下九字以音】
興軍待向以戰尓取所入御船之楯而下立故號其地謂楯津

楯津は現在の日下。ここは内陸です。
ところが神武は船から盾を取って戦っているわけですから
楯津まで船で行っているわけです。
だが楯津は内陸。
一見矛盾、理解不能な記述ですが実はこれが正しいんですね。
なぜなら古地図によればここは河内湖となっていて、楯津はその突き当たりとなっている。
十分船で行くことが可能な地形なのです。
そして逆に8世紀にはすでに陸地になっていた。
なのでここも創作としたら絶妙という他はなく、
というかほぼ不可能なんじゃないかと。






180 :天之御名無主:2008/08/08(金) 00:21:35
>>177
ハツクニシラススメはオクリナだよ。
和風のもので、死後名づけられるものであり。
また、崇神天皇と神武天皇くらいしか同じオクリナを持っている人はいない。
その時点で襲名ってのは考えにくい。

>>179
民族に伝わる伝承ってのは、意外なほど馬鹿にならないものであり
ポリネシアの人々に残された彼らの先祖が渡ってきたルートに関する伝承を、言語学・遺伝子学的に調べてみれば、その内容がほぼ一致した。
先祖が九州から畿内に移ったとの伝承が日本書紀編纂の時点で残されていたとしたなら
そうした内容が、日本書紀に反映されるのはむしろ当然だろう
本当に東征を行ったのが誰であったにしても、その過程について詳しく口伝されて行ったと考えてよく

すでに消失していたが、聖徳太子の時代などに書かれた歴史書にも、そうした内容が記されていたと考えられる

181 :天之御名無主:2008/08/08(金) 07:38:29
>>176
そのオクリナ自身、古い写本には存在しないんですけどねw。
なので論拠にはちとなりにくいものだと思います。

>民族に伝わる伝承ってのは、意外なほど馬鹿にならないものであり
おっしゃるとおりと思います。

ただぶっちゃけ仮に崇神ひとりの業績であるならばですよ、
普通にそう書けばいいと思うんですが。

それをわざわざ別のキャラを創作して功績の半分をそっちに移動させ、
しかも諡号を同じくしてヒントめいたものを残していた・・・
なにやら推理小説みたいな楽しい話ではありますがw。


182 :天之御名無主:2008/08/08(金) 20:10:07
>>176
変なとこで切るなよwハツクニシラススメラミコトな。
そもそも両者は全く字が違う。
神武天皇は「始馭天下之天皇」、一方崇神天皇は「御肇国天皇」。
両者を同じように読むという証明は、実はなされていない。
字面だけ見れば、前者は「初代天皇」、後者は「広域統一国家を建国した天皇」ぐらいの意か。

なお、所謂欠史八代については、前後の神武天皇と崇神天皇に、事績が吸収されてしまったという見方がある。

183 :天之御名無主:2008/08/09(土) 07:03:50
>所謂欠史八代については、前後の神武天皇と崇神天皇に、事績が吸収されてしまったという見方がある。

なるほど、そんな説もあるんですか。
そう解釈すれば欠史八代の不自然も説明できますよね。

欠史八代は不自然でおかしい、だから創作だ、と考えた元祖は津田左右吉でしたっけ?
でもよくよく考えてみるとこの理論はかなり幼稚ですよね。
なぜなら創作であるならばいくらでも加筆できる訳ですから、
業績のない天皇などハナから作らなければいいんじゃないでしょうか?
我々が普通に気づく不体裁を当時のトップ連中が気づいていないわけがないと思いますがw。

ではなぜ不体裁のままにしたか?
特に記録がなかったのでそのまま編集した、
これが最も平易で自然な解釈だと思いますが。
(記録がなかったことについては冒頭の可能性もあるでしょうネ)


184 :天之御名無主:2008/08/10(日) 10:29:53
>>172
マクモはメタボだからな
だらしないし参考にもならないな

185 :天之御名無主:2008/08/10(日) 11:52:14
まあここで自然・不自然を論じても仕方ないですが、
例えば始祖の事績が子孫に繰り返し語られ、受け継がれる。
これはごく自然な現象ですよね。
ではその後の2代目、3代目はどうか?と言えば、
特に目立った功績でもない限り、その保証は必ずあるものでもないような気がします。
そんな中、中興の祖である崇神が素晴らしい事績を残した。
そしてここで初めて国家としての基礎が築かれ、
その後は国家のプロジェクト的に各天皇の事績が残されることになった。

といったような想像をしています。

186 :天之御名無主:2008/08/10(日) 11:55:20
津田の貧弱な発想(欠史八代)
がなぜ後生までこれほど支持されてるか
そっちの方が凄い。
政治力だろうか?
歴史は権力者により塗り替えられる。
ここでも垣間見た。

187 :天之御名無主:2008/08/10(日) 21:11:22
崇神天皇の事績として有名なのが四道将軍の派遣なんだが、
その内のヒコイサセリヒコは孝霊天皇の皇子。
つまり四道将軍の派遣は孝霊朝から始まったともいえる。

188 :天之御名無主:2008/08/13(水) 06:58:02
神武の長男、タギシミミにも興味深い逸話が混じってます。
古事記ですが

天皇崩後、其庶兄當藝志美美命、娶其嫡后伊須氣余理比賣之時

伊須氣余理比賣は神武の妻です。
なんと父の妻を妻にしているんですね。
伊須氣余理比賣は現地妻ですので、義理の関係ではありますが、
それにしても親子ですからねw。
こういった行為は8世紀にはすでにアンチモラルな行為と考えられていたはず。
記事のソースの古さを感じます。



189 :天之御名無主:2008/08/13(水) 08:44:47
そういうインモラルさが記紀の素敵なところ

190 :天之御名無主:2008/08/14(木) 01:45:00
>>143
>島嶼にいて、筑紫に移ったと。
>ならば当然、その子孫である神武天皇も筑紫にいたことに・・・・
何故、当然なの?降臨世代のニニギから東遷世代のイワレヒコ世代の間に
九州島内を移住も有りうるのでは?

191 :天之御名無主:2008/08/14(木) 09:06:28
>>188
當藝志美美の時代でも後世の8世紀でも、義理の親子婚は別にインモラルではないよ。
とりわけ年齢の離れた側女を置く機会の多い為政者層では、先代遺産の一部として
後の世代が面倒をみるのが合理的処置と思われ。9世紀桓武帝の多数の子孫間でも
同様の配偶があった記憶が。

192 :天之御名無主:2008/08/14(木) 09:58:49
>>191
六月晦大祓祝詞なんつーのもあるけどな。

己が母犯罪己が子犯罪 母と子と犯罪子と母と犯罪 畜犯罪

193 :天之御名無主:2008/08/14(木) 21:32:30
>>188
貴種保存目的からか、古代では、実の近親間でもタブーではなかったらしい。
136 :天之御名無主:2006/07/13(木) 17:33:58
>>1
日本の神社伝承を趣味で集めている者です。
特に記紀に添わない伝承を集めて見ると、
記紀とは大違いな血縁関係がかなり見られます。

有名ですが、イザナミイザナギは同父母姉弟です。
これは記紀でも同様ですが、
その子天照大御神は、兄(スサノオは兄ではありません)と、
どうやら子供を儲けています。

もっと凄い近親相姦は他にも沢山あります。
一番上の娘と末の弟を作ったとか・・・

詳しくは申せませんが、
日本の古代の神様達の近親相姦は想像を絶します。
多分古代は血を守る方が、近親相姦を上回る、
モラルだったのではないでしょうか?
神話と近親相姦
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/1007996665/136

194 :天之御名無主:2008/08/14(木) 22:42:37
しかしまあ良く考えてみればたいていの神話は男女一組からスタートするわけで
どうしたって近親相姦をしなきゃ子孫はできない。

195 :天之御名無主:2008/08/17(日) 15:54:53
東征は二回

196 :天之御名無主:2008/08/20(水) 07:51:07
遺伝子分布図を見ると、D系統は日本とチベットだけである。
他の地域では、比較的多い朝鮮半島ですらD系は2〜4%と極めて希少である。
これによって、チベットと日本には同じ民族が存在していた(しかもかなり排他的)のは確定。
立国の王の名であるハツクニシラスの名を持つ天皇が二人いる事と合わせて、
チベットへと日本(+古代朝鮮)への二回の東征があったと考えると合点が行く。

197 :天之御名無主:2008/08/20(水) 20:03:51
>>196
>これによって、チベットと日本には同じ民族が存在していた(しかもかなり排他的)のは確定。
なんでそう簡単に言い切れるのか?
母系は全く違ったんじゃなかったか?
父系の特定の遺伝子のみ凝縮され遺伝子が偏ったかも
かもしれないだろう?
お前数学苦手だったろ?


198 :天之御名無主:2008/08/20(水) 21:04:18
何百とある遺伝子の型から、唯一チベットと日本にだけあるというやつを選んだだけだろ。

ほかのを選べばまた別の結論が出る。

199 :天之御名無主:2008/08/20(水) 21:11:52
>>198
どういう意味だよW
よく頭使ってしゃべれW
チベットと日本以外にも少ないがいるよW


200 :天之御名無主:2008/08/20(水) 21:29:24
「唯一チベットと日本にだけ偏っている」でいいか?

201 :天之御名無主:2008/08/20(水) 21:37:44
いいよ。

202 :天之御名無主:2008/08/21(木) 07:43:32
大和国造の出自は、西国の海人族?
”大倭直はシイノネツヒコともウズヒコとも呼ばれる大和国造の子孫なんですな。
シイノネツヒコは、神武東征軍が豊後水道か明石海峡にて採用した水先案内人で
・・・西国の海人ながら大和国造になった・・・”
大和誕生と神々−三輪山のむかしばなし 田中八郎 1996 彩流社 p158
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4882024284.html

203 :天之御名無主:2008/08/21(木) 07:50:27
>>197
その父系が偏り過ぎてるのがその理由
Y遺伝子はIDタグみたいなもので凝縮するようなものじゃないと思うが、
仮に凝縮するとしてもそれこそ同じ遺伝子を持つ同民族が固まっていた事になるし
実際には父親が代わればあっさりと消えるのがY遺伝子。
そして、この遺伝子がD系統と言うかなり古い血統でしかもレアである事から
かなりの昔から同種が血統を守ってきた事になる。
しかも、場所が、日本とチベットの2ケ所で、この二つの場所はかなり離れているのに
その間に日本やチベットのようにD系統がばらついているような事もない不自然な分布
よっぽど結束が強くないとここまで極端に固まらず、もっと偏在しているのが自然だろう。

204 :天之御名無主:2008/08/21(木) 08:55:44
D系統はインド洋のアンダマン諸島にも存在していて、一般的に日本とチベットとアンダマン諸島に分布、とされている。
また、日本人のなかでもとくにアイヌに8割以上となっている。本土人は5割程度。

こうした分布からわかるのは、遺伝子の系統と文化・民族・宗教がまったくの無関係だ、ということだな。

205 :天之御名無主:2008/08/21(木) 18:37:24
>>203
日本は藤原の子孫が多いけど
例えば、藤原のような繁栄した氏族がそういう遺伝子もってたと
すれば説明がつくよ。
ただし、藤原の祖先がいたころに
その民族が同じY遺伝子のD比率が高かったとは
いえない。チベットはそのときからDが高かったかもしれないし
低かったかもしれない。低いとしても極東地域と同じ比率だったかも
しれない。結局、同じ民族であった証拠なんてものはそれだけでは
まったくもって皆無。

206 :天之御名無主:2008/08/21(木) 18:40:17
>>203
文系、低学歴がすきな詭弁。
論理性なし、ゼロ点!

207 :天之御名無主:2008/08/23(土) 00:07:27
神武天皇の伝承に関しては、何らかの史実が背景にあるのは、ほとんどの歴史学者の一致した意見だろう。
ただ、それがいまの天皇家に繋がるかどうかは、疑問も残るところだ。

ただ、ヤマトトモモソヒメの伝説で、姫のもとに通っていた神様は、大物主
これは出雲の大国主の別名とも言われている。

多分、これは当時、大和も出雲王朝の勢力圏内にあった事を暗示するように思える
どこかの氏族が勢力を拡大する過程で、新たに勢力圏内に入った地域の神様を取り込むのはよくあることだ。
女神なら征服者の神の妻にして、男神なら息子とか、あるいは別名ということにしてとね。

大国主を奉じていた出雲に、崇神天皇の時代より前には服属していたと考えてよい
崇神天皇の四道将軍派遣は、その出雲の勢力圏内から脱した事を意味するのかも知れないな。

そうなると神武とは誰かってことだが、記紀の編纂当時には、九州の高千穂を拠点とした我らの先祖が東へと勢力を伸ばした、あるいは九州での勢力争いに破れ逃亡した。
そんな伝承があったのかも知れないな。

歴史上、このような地域の勢力争いに敗れた民族が新天地を目指して移動する事はよくあることだ。
それが神武の東征の伝承という形で反映されたのかも知れない

208 :天之御名無主:2008/09/05(金) 11:32:48
九州から来た神武が建国した大和が何度も九州に兵を送っている不思議。

209 :天之御名無主:2008/09/06(土) 00:13:45
>>203
単に蝦夷が虐殺されずに多く残ったからだろう。

210 :天之御名無主:2008/09/06(土) 07:07:05
天皇の文字を分解すると
二人白王となる

211 :天之御名無主:2008/09/06(土) 07:14:38





ですか。。

212 :天之御名無主:2008/09/06(土) 08:44:06
>>208
神武が九州居た時の話をおくらせ九州に兵を送ったように書いたのでは。

213 :天之御名無主:2008/09/06(土) 11:46:37
>>212
そういう突飛な安本説はよく裏をあたってからにしてくれw

214 :天之御名無主:2008/09/07(日) 15:38:26
>>213
お前こそ裏を当たれ。安本美典はそんなことは言ってない。

215 :天之御名無主:2008/09/15(月) 10:42:29
神話信仰を強要されている中で、神話を全否定することには大きな意味がある。
しかし、言論の自由のある中でそれを行うことは学問的に何の価値も無い。
最も良いことは神話に科学のメスを入れることである。
そして、何時の時代も愚かなのは、神話をイデオロギーに援用する者である。

神話信仰の強要状態で神話を全否定した者=津田左右吉等
言論の自由のある状態で神話を全否定する者=戦後の津田史観の後継者
神話に科学のメスを入れるもの=中山平次郎、和辻哲郎、原田大六等
神話をイデオロギーに援用する者=帝国陸軍等

216 :素人:2008/09/21(日) 13:06:53
邪馬台国は狗奴国に滅ぼされてしまい
後に狗奴国は何らかの理由で分裂して、追い出された方が神武東征説になり大和方面へ
追い出した方は、後の熊襲になって、それで古事記や日本書紀に親の仇のように熊襲が頻繁に出てきてるんじゃないだろうか。。

これ、私の妄想。


217 :天之御名無主:2008/09/21(日) 16:57:48
>>216
無理に「日向」を「日向国」に置く必要はないよ。
「日向国」は景行天皇に命名されたわけだから。
昔の九州は「筑紫」「豊」「肥」「熊襲」の4国。
筑紫方面とするのが今の所有力だね。


218 :天之御名無主:2008/09/21(日) 17:01:03
>>217
熊襲なんて国はないぜ。
隈県はあるが、県は国の下の行政区画で
記紀よむ限りは俺は今の福岡にあったと思うが。
実際、隈の地名が一番多いのは福岡県。次、佐賀、熊本。

219 :天之御名無主:2008/09/21(日) 17:02:53
熊本が本来隈元であったように
西九州で本来熊を使う地名はまずない。

220 :天之御名無主:2008/09/22(月) 01:26:51
>>216
邪馬台国が分裂したと考えたほうが自然。

221 :天之御名無主:2008/09/22(月) 16:02:14
>>220
邪馬台国はどこにあったと予想?

222 :天之御名無主:2008/09/22(月) 23:02:45
>>218
綴りが間違っていた。
実際は「熊襲」ではなく「熊曾」だな。
一番最初のころは「筑紫」「豊」「肥」「熊曾」に分けられてたんだよ。

223 :天之御名無主:2008/09/22(月) 23:30:01
南九州が定説じゃないの?
球摩と曽於で、みたいな

224 :天之御名無主:2008/09/22(月) 23:44:23
定説っていっても明治時代のだから。
だって東京人が他地域の妄想しても
地域の方言さえ全く知らないんだから
信憑性あるまい。

225 :天之御名無主:2008/09/22(月) 23:47:10
>>222
九州に熊って地名は古代はほとんど無いよ。
全て隈が正解。
熊の地名があるのは
大分地方から本州四国全域。
逆に隈の地名は腐るほどある。
実際、熊襲は本来隈背と呼ばれてたんだよ。


226 :天之御名無主:2008/09/22(月) 23:57:23
んじゃ大隈とかはどんぴしゃ?
うーん まったくわからんなw

227 :天之御名無主:2008/09/22(月) 23:59:35
隈氏ていう氏姓も筑後、肥前を中心に結構いるんだけど
これってクマソと関係あるんじゃないかな。
佐賀の大隈重信とかも関係あるかも。

228 :素人:2008/09/23(火) 01:24:18
>>225
じゃあ、日本書紀に出てくる熊襲とは?

229 :天之御名無主:2008/09/23(火) 10:45:27
古代日本九州の西南部の地域とそこにすむ人々の総称。
《古事記》の国生みの段に,〈熊曾の国は建日別と謂う〉と見える。
九州の《風土記》には熊襲は〈球磨,贈於〉と併記されるから,
肥後国球磨(くま)郡,大隅国贈於(そお)郡に基づく名称であろう。
おそらく大和政権の西南日本支配のセンターとされた〈熊県(あがた)〉と,
〈曾県〉の間にはさまれた広大な地域に住み,いわゆる〈まつろわぬ〉人々
を熊襲と呼んだものと考えられる。本居宣長は,熊になぞらえて猛き物,
曾は於曾(おぞ)の約で,是も猛き意というが,語源的には,
〈くま〉は〈隈〉〈曲〉,〈そ〉は〈背〉で,膂宍(そしし)の空国(むなしくに)(やせた土地の意)
を連想させる地理的な名称によると考えた方が穏当であろう。
しかし,〈くまそ〉にあえて熊襲の字を当てるのは,勇猛果敢さを意識してであろう。
大和政権の軍隊に対抗し,ほの暗い森林の茂みにひそみ,突如として
熊のように襲いかかるゲリラ戦法がこのイメージを作り出し,熊襲建(たける)の
伝承を生み出したものと考えられる。だがしだいに,その熊襲の名称も
隼人(はやと)の中に吸収されていく。 

球磨曽於は一説に過ぎんと思う。しかも球磨と曽於は
大和に抵抗した形跡が無い。

230 :天之御名無主:2008/09/23(火) 10:50:25
記紀の景行天皇条に出てくる王化にしたがわぬ西方の土豪。
《古事記》では熊曾建と記す。《日本書紀》には〈熊襲の八十梟帥(やそたける)〉
およびそれとは別の〈川上梟帥(かわかみたける)〉が見られるが,
《古事記》は〈熊曾建兄弟二人〉とする。後者は前者を説話的に典型化したものである。
《古事記》によれば父の景行天皇より熊曾建の討伐を命じられた小碓(おうす)命
は童女に変装して宴の席の建兄弟に近づき,つぎつぎに2人を殺したが,
弟を刺したときその勇猛さを讃えられて〈倭建(やまとたける)〉の名を献じられ,
爾後小碓はその名を名乗るようになったという(日本武尊)。
なお,〈熊襲〉は片隅を意味する〈くま(隈)〉と不毛を意味する〈そ(背)〉を合した名で,
東方の蝦夷(えみし)に対する西方の蛮夷への大和朝廷側の蔑称とみなされる。 

川上建とクマソ建は兄弟という、そして川上建がいたのは
佐賀県と言われてるからクマソ建は佐賀県にいた
つまりクマソは佐賀県周辺を示しているという一つの傍証にもなりうる。

231 :天之御名無主:2008/09/23(火) 11:19:41

福岡の霊験でみると
高良大社で
神代氏(クマシロよ読む)は代々、筑後一宮の高良神社に奉仕した神官
大善寺玉垂宮では
隈氏
大善寺玉垂宮大祝部。神代氏と同族とも。
「隈右京(一本に左京)、三潴郡隈犬塚に居り、三十五町四反を領す」(筑後領主附)

筑前の霊験
竃神社(宝満神社)については調査中。

いずれも関西人とは無関係のようだ。

関西人が関わってるのは比較的新しい
太宰府天満宮の菅原氏。


232 :天之御名無主:2008/09/23(火) 11:26:59
福岡、佐賀県で一番多い神社は
おそらく竈神社と宝満神社
これはいずれも太宰府にある竈(宝満)神社を祀ったもの。
福岡佐賀の古代史を探る上で
竈神社と大善寺玉垂宮、高良大社とその神官の系譜の研究は
避けて通れないと思ってる。
なお久留米大善寺玉垂宮の
火祭りは二千年以上続く祀りだという事です。

233 :天之御名無主:2008/09/28(日) 10:28:32
>>138
>最大の問題は、韓国語は日本語とは意外に隔たっているということ。
>中国語に至っては文法自体・・・
問題でも何でもないよ。三々五々渡海渡来した男性集団の弥生人の先祖は、
先住縄文人と交流混血して、多数派縄文人の言語に呑み込まれただろうから。
単語はともかく言語の骨格である文法などに、渡来人の言語のが残るはずもない。
現代アメリカへの移民の日常語が、母国語でなく英語にならざるを得ないようにね。

234 :天之御名無主:2008/09/28(日) 10:38:20
>>233
アメリカの例えは例になってないんだがw
君もしかしてウマシカ?

235 :天之御名無主:2008/09/28(日) 19:52:04
>>116
>ニニギノ命の父は、五男神の長子である天之忍穂耳命・・・・・
”忍穂耳相当人物が突然不慮の死に見舞われて危機に陥った皇室が、未だ幼いニニギ
相当人物を抱えて日向の地に避難し・・・原籍地は豊前国・・・香春・・・”
倭国の謎 相見英咲 講談社 2003 p137-
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4062582813.html

236 :天之御名無主:2008/09/30(火) 23:56:00
日向は畿内と変わらないくらい古い古墳があり、
しかも古墳時代全期にわたって古墳の造営が続いてるね。
記紀の通り、日向が皇室の祖地だった証拠かも。

237 :天之御名無主:2008/10/01(水) 01:49:46
日本神話って聖書のパクリじゃないの

238 :天之御名無主:2008/10/01(水) 15:15:59
うん?どこらへんが似てる?

239 :天之御名無主:2008/10/01(水) 17:19:15
>>238
http://diary.jp.aol.com/a4pcpx/262.html

日本神話と聖書の類似
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/1182341478/l50#tag168

240 :天之御名無主:2008/10/01(水) 17:53:52
神武東征なんて神話にきまってるだろ。

本当なら、その後の世に、日本武尊の九州遠征なんて
わざわざ出てくるわけが無い。

241 :天之御名無主:2008/10/01(水) 19:19:27
そういうことは一度でも記紀を読んでからいいな。
神武天皇が熊襲を完全制圧したとは一言も書いてないし、
逆に日本武尊の時は「熊襲が背いた」とはっきり書いてある。

242 :天之御名無主:2008/10/01(水) 20:17:44
>>240
出発地点を今の日本国内だと決めつけて考えるからおかしくなる
邪馬台国だって九州説とか近畿説とかあるが、記述内容から考えれば沖縄あたりじゃないと説明がつかない。

てか、邪馬台国の位置を示す記述を見ても朝鮮半島の南側に倭がある事をサラッと書いてるし
他にも倭が大陸の西側から移動してきているっぽい事は中国側の文献から伺える
また、何よりも、日本人とチベット人が遺伝子的に近親である
更に、チベットの左隣のキルギスでは
肉が好きな者はキルギスに残り魚が好きな者は東に行って日本人になったって話も伝わっている
東征の出発地点はチベットあたりかそれより西である可能性も十分に高い

243 :天之御名無主:2008/10/01(水) 23:13:42
>>237
聖書はエヴァンゲリオンのパク……ゲフンゲフン


244 :天之御名無主:2008/10/01(水) 23:55:00
>>237
聖書のパクり(秦氏の陰謀)か
伝わってる話をまとめるうちにあっちの話が混ざっちゃったのか
逆に聖書のがパクり(日本起源)なのか
本来は同じもの(日ユ同祖論)なのか
同じルーツ(シュメール神話)を持つものなのか

まぁこれらのうちのどれかである事は確かだろう

245 :天之御名無主:2008/10/02(木) 00:32:51
日本武尊の東征はどうやら本当みたいだね。

http://yamatai.cside.com/katudou/kiroku240.htm
考古学者の小林行雄氏によれば、三角縁神獣鏡の同じ鋳型で作った鏡(同型鏡)は、
関東に達しているものは、また、吉備にも多いという。

岡山県の備前車塚古墳で発見された13枚の鏡の中に、
各地で出土したものと同型の三角縁神獣鏡が8種9枚ある。

そのうち4枚が、次のような東国の遺跡から出土した鏡と同型であった。
群馬県の北山茶臼山古墳
群馬県の三本木古墳
山梨県の銚子塚古墳
神奈川県の真土大塚山古墳
しかも、これらの同型鏡は、日本武の尊の東征経路に沿って分布している。(図B)

246 :天之御名無主:2008/10/02(木) 01:07:29
古墳は崇神の四道将軍の進軍の跡だと言われてるくらいだ。
ヤマトタケルも実在だろ。

247 :天之御名無主:2008/10/02(木) 07:33:17
ヤマトタケル…
雄略天皇がモデルになってる気がする。

248 :天之御名無主:2008/10/02(木) 07:35:50
クマソが背いて制圧に向かったのは関西人なわけで
福岡県人はクマソと同根と考えられる、
少なくとも関西人よりではないわな。
だって関西人よりなら福岡県人が制圧に向かうはずだもの。

249 :天之御名無主:2008/10/02(木) 07:38:30
>>247
どうしてそう唯一存在が確認されたものが全てのような
勘違いするの、ヤマトタケルも一応天皇の系譜に入ってるんだから
確認されてないだけ。
おまえは実際にみたものしか信じない
中卒かwwww
じゃあお前はみたことない
太陽ってのは存在しないんだなwww
IQ60点ぐらいでちゅかー?www

250 :天之御名無主:2008/10/02(木) 09:08:24
いや太陽は見れるだろ

251 :天之御名無主:2008/10/02(木) 14:30:03
>>249
まさか此処までアレルギーを示す奴がいるとは思わなかったなw
まあ落ち着け。

252 :天之御名無主:2008/10/02(木) 14:34:15
あと、>>249、「見たことないものは信じない」奴でも、
太陽は見てるからその存在は認識してると思うぞ。
(ちなみに、俺は「応神天皇以前は全て嘘」なんて輩ではない。)
(神武東征も、海幸山幸も天孫降臨も国譲りも高天原も、何らかの事実が元になっていると考えている。)
(雄略天皇以前の天皇の平均在位年代は16年で、それで天照大神まで遡れると考えている。)

253 :天之御名無主:2008/10/03(金) 08:50:21
天皇家の国家統治を正当化するために机上で創作されたのが記紀"神話"なのよ。これが戦後史学の
定説。神武天皇の実在を唱える人は日本をまたアジア侵略の道に進ませたいの?

254 :天之御名無主:2008/10/03(金) 09:46:13
何で神武天皇実在がアジア侵略の道になるんだ?

むしろ戦後、津田左右吉のように、
ヤマトタケルも非実在のようにされてしまったが、
考古学的には>245の古墳など、
ヤマトタケルに関するものが見つかってる。
大阪の津堂城山古墳は河内王朝開始時期の大王陵だが、
水鳥の埴輪が出土してる。
ヤマトタケル伝承と関連づけれるのではいか。
時期的にも一致するぞ。

255 :天之御名無主:2008/10/03(金) 10:39:20
八紘一宇を知らないの?

256 :タケミカヅチ ◆sexy.v5y7c :2008/10/03(金) 11:03:14
>>253
アジア侵略とかもう飽きた
一生謝罪と賠償叫んでろよチョン

257 :天之御名無主:2008/10/03(金) 16:13:31
>>253
落ち着け落ち着け。
世界中の神話に考古学的事実の要素が見つかっているのに、
何故日本の神話は全て嘘と決め付ける?


258 :天之御名無主:2008/10/04(土) 19:35:13
>>253
どんな脳味噌してたらそんな結論に辿り着くんだ?頭膿んでのか?
それに、頼まれてもあんな国の統治なんてしたくねーよ

野村がリーマンのアジア部門を買う時に韓国だけ除外したのは
あの国にはゴミしか転がってないからだよ

259 :天之御名無主:2008/10/04(土) 21:04:27
>>256
足を踏まれた人は、踏んだ人とは違って、痛みを忘れないという喩えを念頭に
おいて発言した方がいいよ。日本人側が、先の戦争を聞き飽きたとか忘れたとか言う
べきでないし、「チョン」なぞという蔑称を使うのは、己が品性を貶めているよ。
それとも周りの女性を、「売女」と汚い蔑称語で呼ぶような人物なのかな?

260 :天之御名無主:2008/10/05(日) 00:14:46
>>259

朝鮮は日本人の血税で近代化されたのであって、
彼らの足を踏んでませんが。
日本人が踏まれてるというのが正しいかな。

261 :天之御名無主:2008/10/05(日) 09:40:44
日本"神話"は神話じゃないの。律令官僚の机上の創作。小説と同じようなもの。語り伝えられたり
信仰の対象とされたりした形跡がない。

262 :天之御名無主:2008/10/05(日) 14:56:06
麻生 太郎

自由と繁栄の弧 (幻冬舎文庫)


263 :天之御名無主:2008/10/05(日) 18:28:21
>>261
そりゃ檀君だろw

264 :天之御名無主:2008/10/05(日) 20:11:49
たしかに、アマテラスは民間信仰じゃないね。

265 :天之御名無主:2008/10/05(日) 21:52:51
お伊勢さんは昔から民間でも信仰されてたし、もっと前の時代の民間信仰の実態なんか誰にもわからんよ。

266 :天之御名無主:2008/10/05(日) 22:17:58
アマテラスは伊勢以外では祭られてないんだよね。

267 :天之御名無主:2008/10/06(月) 07:35:12
神武天皇なんかいなかったに決まってるじゃないか。おまえらそんなに戦争がしたいのか。

268 :天之御名無主:2008/10/06(月) 08:12:17
もう釣れんだろw

269 :天之御名無主:2008/10/06(月) 08:45:06
神武が祀ったのはタカミムスビだから、
どのみちアマテラスは皇祖神ではない。

270 :天之御名無主:2008/10/06(月) 19:33:17
その時代のアマテラスはまだ生きてたんじゃないの?

271 :天之御名無主:2008/10/06(月) 23:14:45
>>261
官僚がセクロスの話やうんこの話を創作したとでも?

>>266
元伊勢知らんのか?

272 :天之御名無主:2008/10/06(月) 23:28:33
>>271
元伊勢についてどの程度知ってるのか語ってもらおうか。

273 :天之御名無主:2008/10/07(火) 00:18:53
朕聞く、諸家のもたる帝紀及び本辞、既に正実に違ひ、多く虚偽を加ふと。
今の時に当りて、其の失を改めずば、未だ幾年をも経ずして其の旨滅びなむとす。
斯れ乃ち、邦家の経緯、王家の鴻基なり。
故惟れ、帝紀を撰録し、旧辞を討覈して、偽りを削り実を定めて、後葉に流へむと欲す

要するにいくつかの氏族の神話を編纂改竄統合したのが記紀であって官僚が創作したわけではなかろ

274 :天之御名無主:2008/10/07(火) 06:39:01
漢字よめねー

275 :天之御名無主:2008/10/07(火) 20:42:01
>>272
各地にあるからぐぐれば?

276 :天之御名無主:2008/10/07(火) 20:43:02
>>235
神武天皇は、博多湾岸生まれ?
483 :コーヒーカップを持つ手がふいに 実はサガミハラハラ:2007/07/22(日) 11:50:25
・・・・この神社はなにか神武天皇とゆかりがあったのではということである。
神武天皇の生誕地、生育地は糸島半島周辺であるということはもはやまちがいのないことである(東国原知事がなんと言おうが)
ので、前原市の近くにあるこの神社もなんらかの縁があったとみておかしくはない。
この神社の性格(ご利益)からみて、神武の母がこの神社に安産祈願におとずれたとみることもできる。
その伝承を知った神功がそれにあやかり安産祈願におとずれたとみてよい。
だとするならば、身重の女性が訪問できる範囲(遠くからでは体に悪い。それが原因で流産しては元も子もない)
はそう遠くないところ(日帰り)にかぎられるであろうから、神武の出生地は糸島半島から福岡市西区内とみてよい。
ニニギ以来の伝承が海岸部であること。神武東征の出発地の日向(ヒナタ)が近いこと。
神武の部下に糸島半島やその周辺地の出身者がいること(神武歌謡)などから考え、神武の出生地はこの神社から
そう遠くない・・・
【裏の歴史】空白の四世紀【タブー】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1085642650/483

277 :天之御名無主:2008/10/07(火) 21:00:42
神武天皇の実在を証明するのはほぼ不可能に近い

278 :天之御名無主:2008/10/08(水) 04:23:42
>>275
>各地にあるからぐぐれば?

九州には無いね。

279 :天之御名無主:2008/10/08(水) 10:53:26
神武天皇は実在した主張する人たちは南京大虐殺はなかったって主張してる人たちね。

280 :天之御名無主:2008/10/08(水) 15:56:38
だってなかったものw

281 :天之御名無主:2008/10/08(水) 16:43:12
>>279
俺は天照が1世紀中ごろに実在したと思ってる共産党支持者だが。
南京大虐殺?南京「市」に範囲を絞って、敗残兵掃討を虐殺としなくても
4万は殺されたろう。

282 :天之御名無主:2008/10/08(水) 17:47:11
アマテラスは九州では祀られてません。

283 :天之御名無主:2008/10/08(水) 18:52:55
福岡、佐賀で一番祀られてるのは
宝満神社と竈神社系なんだよね。
これは玉衣姫を祀ってるんだけど、
これがアマテラスとかいうヤツに転化した
可能性はある。
アマテラスそのものを神社祀るってのは
他はともかく
福岡佐賀では非国民扱いになるかもよ。


284 :天之御名無主:2008/10/08(水) 19:59:53
>>281
共産党支持者がなぜ皇国史観を利する発言をするのか?

285 :天之御名無主:2008/10/08(水) 22:03:47
玉衣姫とアマテラスは全然別物だろ。

玉衣姫は海神の娘だろうが。


286 :天之御名無主:2008/10/08(水) 22:29:27
九州の古い言い伝えでは必ず
女の神がでてくる気がする。
八女津姫、見借、種子島の宝満神社の巫女、
魏志倭人伝。

287 :天之御名無主:2008/10/08(水) 23:56:27
畿内にも女酋はいるけどね。

288 :天之御名無主:2008/10/09(木) 07:15:13
アマテラスは後付だろ、初期天皇の系譜みても
アマっていうのは出てこないし最初に出たのは
但馬のアメノヒボコだったと思うが。

289 :天之御名無主:2008/10/09(木) 15:35:26
>>284
日本神話に考古学的なモデルを探る事と、
だから先の侵略戦争は正しかったのだー
と言うのは全く別次元の話だが。

290 :天之御名無主:2008/10/09(木) 19:22:34
>>289
やっぱ安本説支持者?
あいつのは初めに結論ありきで
胡散臭すぎなんだが。
もし、安本説支持者なら
九州でアマテラスが祀られてない
天満宮も関西人菅原の輸入品である理由を教えて。
それから九州最大の霊験、竈神社と玉垂宮の由来についても。

291 :天之御名無主:2008/10/09(木) 22:08:01
安本以外で、アマテラスが九州の神だなんて言ってるやつはいないよ。

だいたい、天皇家の本来の祭神はタカミムスビだというのに。

292 :天之御名無主:2008/10/09(木) 22:09:51
>>290
>>289ではないが、対馬にアマテル神社がある。
そもそも安本は、天照大御神が九州の神などとは一言も言っていない。
九州の「人」だと言っているのである。

293 :天之御名無主:2008/10/09(木) 22:51:06
開聞のヒルメさんはアマテラスじゃないん?

294 :天之御名無主:2008/10/09(木) 23:28:51
卑弥呼が天照大神として宮中で祀られたのが東征以降なら、九州で祀られてないのは理の当然。

295 :天之御名無主:2008/10/10(金) 00:50:32
神武が祭ったのはタカミムスビということも知らんのか。
安本に騙されすぎ。


296 :天之御名無主:2008/10/10(金) 07:21:32
>>295
俺は知ってるけど
ここの連中はバカだからそれを知らないw

297 :天之御名無主:2008/10/10(金) 07:27:48
>>292
揚げ足取りご苦労。
それにしててもアマテラスと九州を結びつけるのは
苦しいな。

298 :天之御名無主:2008/10/10(金) 10:12:40
アマテラスは筑紫で生まれたんだよ。ニニギノミコトを降らせたのも筑紫の高千穂の峰。
関係あるじゃないか。

299 :天之御名無主:2008/10/10(金) 15:24:44
神武天皇は実在しなかったってのが戦後史学の定説。今さら皇国史観を持ち出されても・・・

300 :289:2008/10/10(金) 18:20:58
>>290
安本は先の大戦も正当化しそうな立場の奴だが?

301 :天之御名無主:2008/10/10(金) 19:14:32
>>298
それどこに書いてあるの?
俺の記憶ではニニギはタカマガハラから
高千穂に降臨する。
タカマガハラということは本州四国の方じゃないかな?
九州沖縄だとヤンバルクイナのように
タカマガバルになるwぷはは

302 :天之御名無主:2008/10/10(金) 19:17:16
俺の推論では高天原は出雲か関西地方だと思うな。
そこから朝鮮の遺伝子が関東東北方面に散らばった。
実際、弥生時代に一番渡来形質が強いのは出雲、
その次ぎ、関西東北となってる。

303 :天之御名無主:2008/10/10(金) 19:26:56
アマテラスは九州沖縄国では祀られていない。
本州四国北海道の日本国のみで祀られている。
本州四国北海道の
ニッポンコクの神様アマテラス!

304 :天之御名無主:2008/10/10(金) 21:31:35
民俗学板で「アマテラスは九州のカミでござい」なんて子供だましが通用すると思うかwwww



305 :天之御名無主:2008/10/10(金) 21:42:25
なんか九州コンプレックスの人がいるな

306 :天之御名無主:2008/10/10(金) 23:08:52
アマテラスは九州のカミじゃないと、九州コンプレックスなのか?

wwwwwwwwwwww

307 :天之御名無主:2008/10/10(金) 23:15:55
少なくとも関西と関東と東北のチョン顔人は
出雲経由で入ってることは確か。
だからおそらくアマテラスは出雲経由の韓国人。

308 :天之御名無主:2008/10/10(金) 23:18:51
残念、中国江南の視点が欠けてるよ。

309 :天之御名無主:2008/10/10(金) 23:21:29
安本のアンポンタンは、
四国と沖縄がインドネシア文化圏で繋がると宣ったw
笑いの種であるw

310 :天之御名無主:2008/10/10(金) 23:48:17
本州四国の神様アマテラス。
九州沖縄の神様宝満神。
これで終了。

311 :siraki:2008/10/11(土) 02:30:53
列島人たちは 神武 天皇を忠心で尊敬しなければならない..
http://enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=110556
朝鮮王 大韓王 意富加羅 惱窒朱日 惱窒裔

312 :天之御名無主:2008/10/11(土) 09:08:14
アマテラスが九州出身であるという安本流の作り話は
アマテラスが九州から追い出されてその後
九州に復讐をするというでっち上げの作り話が根底にあるの?


313 :天之御名無主:2008/10/11(土) 17:05:00
宮崎神宮は、神武天皇を祀っている。

再建されるとき、明治天皇は寄付金を出したし、大正天皇も昭和天皇も
参拝している。
大正天皇が参拝した頃は、宮崎までやってくるのは大変だっただろう。

昭和天皇は、皇太子時代を中心に8回ほど参拝している。

皇室は、宮崎がふるさとみたいな感じを持っているんじゃなかろうか。

314 :天之御名無主:2008/10/11(土) 17:58:24
明治まで皇室は宮崎を無視してたわけだな。

315 :トレクワトリスタ:2008/10/11(土) 18:03:02
東国原英夫宮崎県知事が、中山前国土交通相の後継指名に応じて
衆議院宮崎一区から出馬・当選することになっていたら、
ある意味、21世紀版神武東征(そのまんま東)だよな。w


316 :トレクワトリスタ:2008/10/11(土) 18:07:59
>>311
神武天皇の地盤は、宮崎であったり紀伊半島だったりする太陽神信仰と赤を象徴とする、
縄文系要素が濃い典型的なシーパワーなので、あなたは電波です。



317 :天之御名無主:2008/10/11(土) 18:35:20
宮崎は後付けじゃないかな?
宮崎に本当に古来から神武縁の神社とか
そういうのあるの?
大分の筑豊の宇佐神宮が朝鮮系というのは
ほぼ確定とされてるけどそれ以外に九州に
そんな神社あるか?
関西人菅原の太宰府天満宮くらいだろ。

318 :トレクワトリスタ:2008/10/11(土) 18:54:17
>>317
おれも以前はそう思っていて、畿内から派遣されていた辺境派遣軍(鎮西将軍みたいなの)の司令官が
クーデターをしたんだと思っていたが、どうも日向(昔は大隈・薩摩も含む)あたりが本拠だったのは本当かもと。
日向の南西部に、古墳時代の初めかその以前と思われる西都原古墳群がある。
それから、山陽路を侵攻するのではなくて、瀬戸内海を東進して、最後は熊野・吉野から大和に攻め入っているから、
陸軍の数自体は意外と少なかったかも。(難波で一度敗北してるし。)

ずっと後の時代に、その宇佐神宮のある豊後の国の大友フランシスコ(宗麟)が、
全北九州から集めた6万の大軍で日向の寺社を破壊しながら南下したって話がある。
高千穂の88以上の神社が燃やされたとか。
その後、迎え撃った薩摩の島津軍が、三方を包囲してまさかの圧勝をした。
日本の神々の御加護だろう。


319 :天之御名無主:2008/10/11(土) 19:33:44
宮崎神宮は12世紀後半になってからここら辺が神武ゆかりの地に違いないといって土地の豪族が立てた神社
実際のつながりは不明らしいよ

320 :天之御名無主:2008/10/11(土) 20:05:12
317でそういった俺がいうのもなんだが
俺も神武の母方が九州だったという記紀の
記述は本当だと思う。
実際、神武の母を祀る宝満神社が九州各地にあること
吾平姫は大隅半島の吾平町の地名と一致してる。
点在する小規模神社は権力者の恣意的思いとかけ離れ
本当の古来民間信仰を承継してると思うからその存在は大きい。
俺の記紀と遺跡を参考にした
推論はこう、というかほぼ確定。

@出雲・山口に渡来人中心の大規模な国家が成立
彼らは東北にまで支配領域を広げる
その後出雲にタカマガハラが成立
・当時の出雲界隈の遺骨が全国屈指の渡来形質

Aニニギの降臨(九州のどこか日向か筑紫か)、
(地名、神社の存在から母方が九州系であることはほぼ確実と思われる)

B神武東遷(出雲の支配する近畿)、
・父方の親類ナガスネヒコを撃つ(高天原が近畿出雲である傍証になる)
・妃が出雲系の姓をもつので神武が出雲支配圏にいたことは確か。

C崇神記四道将軍派遣(古墳が東北と九州にまで広がる)
日向にもっとも大規模な古墳が存在するのは
降臨したのが日向であった一つの証拠にはなりうる。

おそらく守旧派が大勢力をもつ筑紫地区に出雲の流れ者ニニギが
降臨しても勢力が保てるとは思えない。
そこで過疎地の日向を選んだのだろう。

321 :天之御名無主:2008/10/11(土) 20:11:35
>>320
の仮説なら魏志倭人伝も熊襲(隈背)征伐も
景行もヤマトタケルも神功も
全て完璧に説明可能。

322 :天之御名無主:2008/10/11(土) 20:15:40
>>320
>俺も神武の母方が九州だったという記紀の
>記述は本当だと思う。

ならば、2代目天皇の母がヒメタタライスズヒメで、神武がヤマトで娶った妃の子であり、
神武が日向で娶った妃の子のタギシミミが反乱起したのを鎮圧した事件も本当だと思うよね?

2代目天皇が即位した時点で、九州との関係が切れたってことだよ。


323 :天之御名無主:2008/10/11(土) 20:19:56
タギシミミの反乱の鎮圧は、日向純血の王族を、ヤマトが拒否したことに他ならない。
この意味をもっと考えることだね。


324 :320:2008/10/11(土) 20:22:20
神武東征は実際には
先祖の居た故地出雲勢力圏に戻ったという事でしょう。
親類のナガスネヒコ撃ってもまだ勢力的には小さいので
本当に畿内を制圧するのは崇神天皇まで時間を要する。


325 :天之御名無主:2008/10/11(土) 20:30:52
>>324
「出雲勢力圏」の定義は?

勢力圏の範囲と、民族の実態について述べよ。

今の島根県に王権があって近畿を支配してたなんて考えてるとしたら失格。


326 :320:2008/10/11(土) 21:07:26
>>322
>>323
それと俺の言ったことが何処が矛盾するんだ?


327 :天之御名無主:2008/10/11(土) 21:19:52
>>326

畿内と九州との関係が切れてるのに、日向に古墳ができるのはおかしい。
つまり、神武東征は日向に古墳ができる頃ではなく、
もっとずっと古代の話でなければならないってこと。


328 :天之御名無主:2008/10/11(土) 21:23:32
たまに国譲りを「出雲が大和に国を譲った」と思ってる奴がいるのは
どういうことだ。
あれは神武東征より前の設定だぞ。

329 :320:2008/10/11(土) 21:29:12
>>327
>つまり、神武東征は日向に古墳ができる頃ではなく、
>もっとずっと古代の話でなければならないってこと。

俺もそういう認識だけど?
そういう風によめる?

330 :天之御名無主:2008/10/11(土) 21:37:19
>>329

それなら、神武東征とは、事実であってとしても、
クメ賊が少数でヤマトにやってきて、狭い地域に居住地を確保しただけという話だってこと。

>・父方の親類ナガスネヒコを撃つ(高天原が近畿出雲である傍証になる)
>・妃が出雲系の姓をもつので神武が出雲支配圏にいたことは確か。
こんな巨大なスケールの話ではない。
妄想しすぎ。



331 :天之御名無主:2008/10/11(土) 21:37:39
古墳は崇神以降です。
畿内と豊国、日向や薩摩の関係は神武が東に移った後も
関係は悪くはないはずだけどね。
最悪の関係にあったのは
筑紫(福岡、佐賀)と近畿これはガチ。

332 :天之御名無主:2008/10/11(土) 21:39:41
>>330
誰にも分かり易く書いたまでで
別に巨大なスケールとは思ってないよw
そう読める?

333 :天之御名無主:2008/10/11(土) 21:41:49
>>332

だったら「出雲勢力圏」って何?

定義をちゃんと説明してね。

334 :天之御名無主:2008/10/11(土) 21:44:19
出雲勢力圏が語弊あったかな・・
俺って結構大げさに表現する時あるから
でも分かり易くってセンセーショナルで刺激的
なんだよねーw

335 :天之御名無主:2008/10/11(土) 21:53:08
>>295
そういう記事があるというだけの話だ。それを持って他の神を祀っていなかったことにはならない。
なら高倉下が天照大御神の神託を受けて神武天皇を助けたという記事はどう説明するんだ?
まさか自説に都合のいい記事は採用するが、都合の悪い記事は無視するなんて言わないだろうね?

>>327
日向の古墳は具体的にいつ頃って認識?

>>330
> それなら、神武東征とは、事実であってとしても、
> クメ賊が少数でヤマトにやってきて、狭い地域に居住地を確保しただけという話だってこと。

クメ族という呼称はともかく、記紀の記述はそれ以外に解釈のしようがないと思うが。



336 :天之御名無主:2008/10/11(土) 23:54:42
>>335
>なら高倉下が天照大御神の神託を受けて神武天皇を助けたという記事はどう説明するんだ?

高倉下が天照大御神を祭っていたということだろ?
高倉下の祖は天火明だから、むしろ天照大御神は天火明と同一と考えたほうが合理的。

ようするに、いろんな氏族がそれぞれのカミを祀っており、
もともと神武はタカミムスビを祀り、高倉下はアマテラスを祀っていたということ。
よって、天皇家の祖神はタカミムスビであり、アマテラスでは無いというわけ。





337 :天之御名無主:2008/10/11(土) 23:57:05
>>336
あまり詳しくないんですが
するとスサノオとの関係はどうなるんですか?

338 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:01:25
>>337

スサノオとの関係って?
誰のこと?

339 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:05:31
>>338
スサノオとアマテラス、タカムスビ、神武それぞれの関係です。

340 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:12:53
神武東征の時点で、スサノオは何も関係してこないよ。

スサノオは出雲(島根)の神。朝鮮からの渡来系の神かもしれない。
スサノオから嫁をもらったのがオオクニヌシ。これは、西日本に古代からいた神。
>>320が「出雲勢力圏」といってるのは、オオクニヌシを祀っていた集団とするなら、正解。
アマテラス(天火明)は、高倉下、海部氏、尾張氏の祖神で近畿に鏡が伝来したときに発祥した神。
タカミムスビは九州から来た神。

国譲り、天孫降臨、神武東征はほとんど脚色。


341 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:18:39
>タカミムスビは九州から来た神。

記紀はそうは読めないけど。

342 :天之御名無主:2008/10/12(日) 00:20:40
タカミムスビを祀っていた神武の後裔の孝昭天皇は、
尾張の世襲足媛を皇后にしている。

このとき、