ヒクソスから帰還した渡来人
- 1 :月光仮面:2008/03/07(金) 14:28:57
- カラスク人等とされるバイカル湖周辺からアルタイ方面にBC4-3千年紀頃から展開して
いたモンゴロイド系を主体とするモンゴロイド、コーカソイド混合移動遊牧集団はアンドロー
ノヴォ文化圏に含まれるセイマ-トゥルビノ青銅器ホライゾン(この場合は線状に拡大する)
ステップ交易路を移動して、遠く黒海、コーカサス、そしてシリア、パレスチナ、エジプト
に入った。ヒクソスは約100年間エジプトを統治した後、パレスチナ、シリア、ミタンニを
経由して黄河上流に到着した。そのうちの多くは塞外の民となり、高句麗、百済、新羅
を経て古墳時代の日本に渡来人として入ってきた。彼らの数奇な遍歴は日本に多くの
神話、伝承をもたらし、それらとエジプト、ユダヤ、ギリシャの神話には多くの共通点が
ある。
- 2 :月光仮面:2008/03/07(金) 14:29:44
- 民俗学・文化人類学・神話学について話しましょう
板違いの話は荒らし!
神話などと関係なくゲームの話をする、あるいはオカルト、電波…
すべてふさわしい板で行いましょう。板違いのスレッドは削除対象です。
民族・地域の優劣の比較は禁止
それは学問ではありません。
荒らし、煽りは放置。
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- 3 :天之御名無主:2008/03/08(土) 03:31:28
- ヒクソス
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%82%B9
古代エジプト史の時代区分
http://www.toshima.ne.jp/~yufu/sub5-1.htm
よく知らないけれど、これはかなり雲をつかむような話・・・あるのかないのか。ないのかあるのか。
- 4 :月光仮面:2008/03/08(土) 15:29:26
- ヒクソス王Auserra Apophis (別名 Apepi又はApophis)はテーベの王Seqenenre Tao (II)
に書状をしたため、テーベにおいては遊びとして河馬を銛で殺すが (ヒクソスの神Seth
は半身人、半身河馬であり、Sethを祀る)ヒクソス王としては、はるかに遠いAvarisにあ
りながらも、聖獣の断末魔の声が耳について夜も寝られぬ。テーベのよ、そのような遊
びはお止めになるようにお願いする。・・・と述べたのだが、過激な攘夷論でエジプト
世論をアジっていたテーベ王は「ヒクソス王はアヴァリスににおりながら、テーベの河馬
がうるさいので何とかするようにエジプトに命令を下した。国民よエジプトの怒りをヒクソス
に向け、吾に従ってヒクソスを倒せ」・・・恐ろしい話である。
- 5 :月光仮面:2008/03/08(土) 21:21:18
- この頃の中東史を概観し・・・
西に進むとミタンニがこの大移動の西端であり、河川流域地方に入り込む既存の遊牧
民に圧力をかけ、その支配権を握り、そして、少なくともカッシイトとヒクソス等は下部の
文明社会のおかげで文化変容を遂げつつあった。つまり、BC2000年紀の初頭は古代
中東史においては格好の転換期である。それは各地の新石器時代に発生し(東方にお
いては)色んな程度の断絶もあり、又、(メソポタミアやエジプトにおいては)継続性のあ
る後続国家への変貌のしるしである。・・・とする見方もある。新石器・金石併用期時代
都市文明崩壊の時期であり、やがては中国にも類似の現象が起こる。
- 6 :月光仮面:2008/03/09(日) 13:12:22
- http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4a/Passing_of_the_Great_Race_-_Map_4.jpg
Madison Grantの1916年からの欧州人種、ノルディック-赤、アルプス-緑、地中海-黄色
の分布地図。
エジプトを撤退したヒクソスはモンゴロイド宗主国ヒッタイト(印欧語)の方面に帰還す
るが、エジプトの追撃を受け、カデシュの戦いが起きる。このときヒッタイト軍に付いた
勢力こそモンゴロイドであるカラスク人の末裔であろうが、この戦いでヒッタイト軍を
一時裏切るセム系アモル人は現代で言えばイラン系、この図で言えば地中海系で
あり、エジプト軍と血縁的には同族という苦しい関係にあったのであろう。ところがこの
イラン系はサカ(白人犬戎)として中国にも入ってきているようだ。
- 7 :月光仮面:2008/03/10(月) 16:11:48
- ヒクソスに併行するツングース・エベンキ族グラスコフスカヤ文化
http://nature.baikal.ru/phs/norm/12507.jpg
この内容は↓
http://www58.tok2.com/ii/i.cgi?U=home%2Fhermitage%2Fmonster%2Fapophis.htm
日本では「装飾古墳の分布は、九州が圧倒的に多い。有明海沿岸から壱岐にかけての
北部九州に集中する。つぎに多いのは、東京湾入口の神奈川県と千葉県の沿岸部。
それから茨城県から宮城県の範囲に分布する。逆に、大規模な前方後円墳が存在
する近畿や岡山県(吉備)には、装飾古墳はあまりつくられていない。このことは装飾
古墳が、ある種の文化的衝撃を受けたことによってつくられたことを意味する。」
http://www2.ttcn.ne.jp/kobuta/bunnka3/b105.htm
装飾古墳<横穴古墳<飛鳥石舞台<支石墓<遼寧ドルメン<シリア・パレスチナドルメン
<黒海マイコープドルメン
これはヒクソス帰還渡来の物証の一つであろう。
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取りに行ったけどなかった。次は一時間後に取りに行くです。新着レスの表示
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