ヒクソスから帰還した渡来人
- 293 :月光仮面:2008/06/14(土) 14:19:28
- 参照:日本人どこから来たんだ?3
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1209009011/menu378-383
日本民族形成には中国周辺の丁羌(鬼方、犬戎、土方)、百濮、百越が寄与していること
はまちがいないが、西アジア・中近東の銅石・晩期青銅器都市文化がノマドによる乱世に
入る波乱万丈の時代にアジア人がハム・セム・ヤペテの世界でエジプトのファラオにまで
上り詰めるのは信長・太閤記なんてものではないはずである。まだ中国と言う文明さえ
ないのにどうやってそこまで成功したのか。これにはネットでいうプロキシ的存在があっ
たからではないかと思う。その黒子はおそらくフルリ人であり、その主体はエニセイケト
でないかとおもう。実は気多神社がケト、羯族くさいのである。
- 294 :月光仮面:2008/06/14(土) 16:04:19
- 実は日本には在日朝鮮人コロニークラスのユダヤジンとかケト人ではないかと
見られる集団がこんなにもあるのだ↓
ユダヤ・アシケナージ I-P19 0.4%
朝鮮、アルタイ、シボ、満州エベンキ、ウイグル、ベトナム共通 N-LLY22g* 1.2%
ヤクート、ウラル Tat N-M178 0.4%
3.5-4万年前のアラル海起源NO-M214* 2.3%
インディアン(古代ケト人か)Q-P36 0.4%
インディアン(古代ケト人か)R-M207 0.4%
- 295 :月光仮面:2008/06/14(土) 16:09:54
- これを合算すると古代丁羌族を担ぎ上げたフルリ人環境と言うものが存在した
のかもしれない。実は「フル」という石上神社の神霊は欧州、エジプト、ユーラシア
東部全体に共通した天神の概念なのだ。ギリシャ、ゲルマン、ケルト、コルシカ、
クレタ、アフラマツダ、ホルス、高霊、高麗、呉、高良・・・きりがない。
- 296 :月光仮面:2008/06/14(土) 16:21:35
- http://www.familytreedna.com/public/N%20Y-DNA%20Project
ここに出てくるM-128は日本には来ていないが、日本に来ているN-LLY22g*
とほぼ同様の広がりを見せており、この地域はアファナシエヴォ文化と重なる。
この辺がセイマトゥルビノ馬・二輪車軍団の中近東への出発点でなかったのでは
あるまいか。
- 297 :月光仮面:2008/06/14(土) 16:29:58
- 四国のタバナクル式白人神社でイスラエル大使が「皆さんもユダヤ人かもしれませ
んよ」といっていたが、プロキシではなく実際に来ていたのかもしれない。「虎の巻」
は虎屋の羊羹になってしまったのかもしれないが。
- 298 :月光仮面:2008/06/14(土) 17:11:26
- ケト人神話にはエジプトの太陽の船、西シベリア神話は上鴨・下鴨があり、装飾古墳、
賀茂神社信仰、ずばりそのものとして気多神社がある。越前・木曾を中心に広がる
木工工芸、天狗、ナマハゲ、ネブタ、鹿島様、獅子舞、羯鼓踊等の牧畜境界・鹿石・
鬼方の芸術は運慶を初めとし、江戸の浮世絵にいたる日本文化の基礎となり、
世界を風靡したエジプトの車は。くしくも同じ地方からいまや全世界を席巻している。
- 299 :月光仮面:2008/06/16(月) 17:29:05
- 白人神社は美馬市にあり、この近辺には首切り馬伝承がのこり、楽浪から、纒向ホケノ
ヤマ画文帯神獣鏡をもって阿波の北方、鳴門に降臨しているのは神武とも似たパターン
であるが、白人というのは狛人のことで、モンゴルの白老人(日本では寿老人になった)、
チベット近辺では最大のYAP+保持者である、雲南のプミ族が白人と自称することから
全ては古代アルタイ方面の出自であろう。月読命は阿波のオオゲツヒメを殺した罪で
天照大神に責められて天界を追われているから、吉野川を挟んだ鳴門と上八万銅鐸
文化の闘争は熾烈なものがあったに違いない。このオオアサヒコ族は安房に上陸、
上総、葛飾方面で牧畜を始めたようであり、地名に鹿浜、鹿骨、カツシカ、鹿取等
阿波の美馬市で馬の犠牲祭祀を行ったことと一致する点が読み取れ、更に、麻の
栽培を武蔵、阿波で広めたのではないかとも考えられる。
- 300 :月光仮面:2008/06/16(月) 17:52:52
- ブリャートのサイトでは白老人はサンタクロースになったのではないかとしているが
「川の下にあるのは強深瀬(江深淵)といい,流れは矢を射るように速く,波は山のよう
に高く,川上より巌石が流れ来て,罪人の五体をうち砕く。死ねば生き返り,生き返れば
また砕かれ,水底に沈めば大蛇が口を開いてまちうけ,浮きあがれば鬼王夜叉が弓で
射る。ここは悪人のみが渡るところである。」
- 301 :月光仮面:2008/06/16(月) 17:57:31
- 「以上は《地蔵十王経》《十王讃陸鈔》の所説であるが,《地蔵十王経》は偽経である。
三途の川のことは,死出の山とともに説かれるが,仏説ではなく,俗説である。三途の
川のほとりには衣領樹(えりようじゆ)という大樹があり,その下に奪衣婆(だつえば),
懸衣翁(けんえおう)という鬼形の姥と翁がいて,姥は亡者の衣服を奪い取り,それを
翁が受け取って衣領樹に掛ける。亡者の生前の罪の軽重によって枝の垂れ方が異
なるという。」春先のエニセイ川は氷塊の山が爆弾の轟音と氷の衝突による電光を
発しながら北極に流れる。氷川神社と言うが世界で唯一三途の氷川の通るところ。
この翁と衣領樹こそサンタとクリスマスツリーの起源ではないだろうか。
- 302 :月光仮面:2008/06/20(金) 11:42:11
- ■ 調査最新情報 ■
文部科学省科学研究費補助金 「特定領域研究」 Newsletter No.3 (2006年8月号)より
公募研究「北方ユーラシア遊牧民部族社会の考古学的研究」の開始にあたって高濱秀
(金沢大学)
公募研究「北方ユーラシア遊牧民部族社会の考古学的研究」研究代表者
http://homepage.kokushikan.ac.jp/kaonuma/tokuteiryouiki/news/newsletter03/image/5-4.jpg
「オラーン・オーシグ山を東、南、西の方向から取り巻いて、10箇所ほどのヘレクスル群
が見出される。この遺跡はその一つであり、また鹿石を伴う唯一の遺跡でもある。また
山のウブル(南)ではなくほぼ東に位置している。我々は、調査に当たってその全体的
な立地を前提とする必要があると考え、この遺跡をオーシギーン・ウブルではなく、オラ
ーン・オーシグIと呼んでいる。 我々がここを調査対象として選んだ理由は、モンゴル青
銅器時代の主な遺構と考えられる鹿石とヘレクスルが共に存在するからであり、その
2種の遺構の関係を捉えるのに適当と考えたからである。そのほか、やはり青銅器時代
の墓である板石墓も1基あり、少し離れたところに数基見出されている。」
写真4 「1号ヘレクスル」
「我々は既にこの遺跡において1号および12号ヘレクスルを調査し、南部の鹿石の周辺
をも一部発掘した。1号ヘレクスルは積石塚の直径が約13m、高さ2m足らずで、方形の
石列によって囲まれ、主としてその東側に21基の石堆をもつ(写真4)。」
これは四隅突出型墳丘墓の原型ではないかという点から注視している。
- 303 :月光仮面:2008/06/20(金) 11:56:42
- 「1号ヘレクスルの中心の積石塚からは、石棺が発見されたが、中に人骨は発見されな
かった。」・・・日本でも四隅突出墳丘墓から箱式石棺墓が出ることがある。従い、
四隅突出墳丘墓と箱式石棺墓を結ぶものとして大事である。いま、私は、オークネフ・
カラスクの箱式石棺墓からコーカソイド人骨が出土するという情報とモンゴロイド人骨が
出土するという情報に挟まれて困っている。おそらくは人種的混合があったのであろうが
この辺をはっきりさせてもらいたい。
- 304 :月光仮面:2008/06/20(金) 13:10:44
- 「また中国北辺東部に分布する夏家店上層文化には、動物紋様など初期騎馬遊牧民
文化に共通する要素が認められ、その年代が西周時代後期から春秋時代前期、すな
わち黒海沿岸の先スキタイ期に相当することも明らかになってきた。このように草原地
帯東方におけるこの時期の様相が注目されるようになってくると、また調査の比較的行
き届いていないモンゴル高原の状況が問題になってくる。」
- 305 :月光仮面:2008/06/20(金) 13:11:35
- 「モンゴル高原においては、鹿石と呼ばれるものが知られている。高1〜3mほどの方柱
状の石に鹿などの図像を彫りこんだもので、その鹿の図像から初期騎馬遊牧民文化と
のつながりが早くから考えられていた。しかしE.ノヴゴロドヴァの研究によって、鹿ととも
に彫りこまれた剣や戦斧などの武器が、商代、西周時代に併行する中国北辺のもの
や、夏家店上層文化のものと類似することが明らかになった。以前に考えられていたよ
りも古く、前2千年紀の後葉から前1千年紀前葉ということになる。鹿石はモンゴル高原
において最も多く発見され、すでに500個を超えている。」
- 306 :月光仮面:2008/06/20(金) 13:12:32
- 「またザバイカリエ、アルタイ、新疆ウイグル自治区、ウラル地方、北カフカス、黒海北岸
からも少数発見され、北カフカス出土のものは、先スキタイ時代の古墳に伴っていた。
アルジャン古墳からも鹿石の一種の破片が発見されており、アルジャン古墳自体よりも
古い時期のものとも考えられている。このようにして鹿石は初期騎馬遊牧民文化の始ま
りの頃と強い関係を持つことが推測されるようになってきた。」
- 307 :月光仮面:2008/06/20(金) 13:13:59
- 「またモンゴル高原においては、青銅器時代の埋葬址と考えられる遺構として、ヘレク
スルが知られている。ヘレクスルとは、積石塚を方形あるいは円形の石列で囲ったも
ので、多くの場合、主にその東側に石堆が複数置かれ、さらにその外側に全体を囲むよ
うにして、数個の石からなる小型ストーンサークルを何重にも配置することもある。発掘
しても遺物の出土例がほとんどないところから、その年代には異説もあり、用途につい
ても、墓というのが定説になったとはまだ言いがたい。しかし初期騎馬遊牧民時代にな
って、ユーラシア草原地帯に突然出現する大型墳丘墓の先蹤としてヘレクスルを考える
ことは、きわめて自然なことである。」
http://homepage.kokushikan.ac.jp/kaonuma/tokuteiryouiki/news/newsletter03/news03_05.html
- 308 :月光仮面:2008/06/20(金) 13:18:09
- 日本神話の基本がスキタイ神話であることであることとか、何故、日本に忽然と
古墳時代が始まるのかの謎解きは今始まったばかりなのである。
- 309 :月光仮面:2008/06/20(金) 14:10:00
- 鹿石次代の前、アルタイにはオークネフ文化があり、石柱に鬼面のような神像
が描かれる。これはヒンドゥー教、モンゴル、西蔵密教によくある三つ目像。他方
時代的にはアルタイがオークネフの後、カラスクに移る頃、メソポタミアには
カッシートが出現する。そして、カッシートには「Kudurru」という境界石がある。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/6c/Caillou_Michaux_CdM.jpg
「Kudurru」とは前16-12世紀カッシートにより家臣に与ええられた権利書のような境界石
として使用されたいわば石の書類である。アッカド語では「辺境」、「境界」を意味する。「Kudurru」はカッシートのバビロニア統治時代の唯一今に残る遺物であり、ルーブル博
物館、イラク国立博物館に残る。「Kudurru」は国王の家臣への許可の意思決定の記録
である。「Kudurru」現物は寺院に保管され、許可を受けた人には境界石の公的証明抄本
としての粘土板が発行された。「Kudurru」には契約保護神の象徴的イメージ、契約
内容、違約時神罰が描かれた。若干の「Kudurru」には土地使用を許可した王の姿も
描かれた。画像や契約が大量であるため、「Kudurru」は大きな石碑となった。
http://en.wikipedia.org/wiki/Kudurru
日本の地蔵、道祖神、猿田彦神社はおそらく、熊本の磐井の乱の岩戸山遺跡の頃から
始まるのではないかと思う。
- 310 :月光仮面:2008/06/20(金) 15:36:45
- 前2000年頃喇家遺跡に見られる大地震が長江、黄河上流に大災害をもたらし、移動
牧畜民のカザフスタン方面への移動が始まり、これにウラル北部のセイマトゥルビノ
青銅技術革新とボタイ地方の大型馬、アルカイムにおけるインドイランとの接触が羌、
羯、フルリ、インドイランの四方への拡散の引き金となったのではなかろうか。そして、
インダス、中東、エジプトに新体制が生まれ、その後鉄の登場と共にスキタイ時代に
入る。中央アジア後期青銅器文化は羌族により殷に伝えられる。殷はこれに触発され
独自の青銅器文化を発展さす。流動化してスキタイ・匈奴となったものが稲作農業の
拡散を追うように半島、列島に浸透。
- 311 :月光仮面:2008/06/20(金) 16:25:33
- >>303 カラスク人↓
http://history.novosibdom.ru/files/u7/sibir_61.jpg
非常に中国文化の影響を受けているという。秦氏のようなものではっきりしない。
- 312 :月光仮面:2008/06/21(土) 12:08:10
- 2008 ISOGG treeによるYAP+D系統図、これをユーラシアに展開してみる必要がある。
* D (M174, 021355)
o D* Typical of Andaman Islanders
o D1 (M15) Typical of Tibetans, with a moderate distribution throughout East Asia
+ D1*
+ D1a (N1)
o D2 (M55, M57, M64.1, M179, M359.1 [P41.1], P37.1, P190, 12f2.2) Typical of Ainu, Japanese, and Ryukyuans
+ D2*
+ D2a (M116.1)
# D2a*
# D2a1 (M125)
* D2a1*
* D2a1a (P42)
o D2a1a*
o D2a1a1 (P12)
* D2a1b (022457)
o D2a1b*
o D2a1b1 (formerly D2a1b) (P53.2)
# D2a2 (M151)
# D2a3 (P120)
o D3 (P99)
+ D3*
+ D3a (formerly D3) (P47) Typical of Tibetans, with a moderate distribution among some other populations of southern Central Asia
マージャンで言えば「リャンピン」のカンチャン待ちで聴牌している状態なのである。
「D1」、「D3」は中原を出て西蔵に向かった。「D2」はボルガ、エニセイ、アムール、洛東江経由筑後、那賀、遠賀、淀、大和、木曾、利根・・・と展開したのではなかろうか。
- 313 :月光仮面:2008/06/21(土) 12:24:58
- Nested Clade Analysis(階層クレード解析)すなわち、ハプロタイプ・ネットワークの
階層構造と地理分布の情報を突き合わせることで,現在の系統図パターンと被断片化
範囲、距離的孤立化、距離的拡大との整合性を検証すること、これを民俗・神話学スレで
大いに思考実験しようではないか。量子物理学よりはオカルトになる危険が少ないの
では。
- 314 :月光仮面:2008/06/21(土) 12:54:33
- 「縄文」ハードディスクを隔離した上で、開いた領域を初期化、ないしは、猿田彦による
「使用する変数の領域を確保するためにおこなう宣言」を行って間仕切りした。始めは
起動Cドライブは近畿にあったが、後にこれは関東とされ、近畿のはDドライブとされた。
Dドライブをいじるとクラッシュし、再インストールしなくてはならない危険があった。モン
ゴル、満州、朝鮮、筑紫とパソコンのユーザーが異なるごとに存在していた諸文化、
諸民族はドライブ名を変えるだけでそのまま持ち込まれた。YAP+のサブ・クレードはこ
のようにして生まれた。
- 315 :月光仮面:2008/06/21(土) 15:04:48
- 任那は使えなくなったフロッピーディスク用Aドライブのようなものではあるが、古、漢は
これを倭国の北岸と認識、邪馬台国時代にも載斯烏越なんていう大物大使か或いは
総督のような職があったようで、神武の父は「小伽耶吹合津」とも読め、今も昔も親の
七光りのジュニアー政治家と言うのはいたのかもしれない。
- 316 :月光仮面:2008/06/22(日) 13:18:14
- >>313
階層クレード分析を自己流でやっているんだが
http://www.isogg.org/tree/ISOGG_HapgrpD.html
興隆窪 長白山脈北麓 長白山脈南麓 日本列島
D* D2* D2a* D2a1*
D1 D2a D2a1 D2a1a
D2 D2a2 D2a1b
D3
YAP+モバイル・パストラリストの原郷はサヤン・アルタイの里山風景の生んだ山戎
にあり、文化的には西蔵・日本・韓国の石積文化である。これが長白山方面で高句麗、
扶余系百済弁辰と言う風に大別三つに分かれたが、スキタイ、匈奴の圧力、更には
秦、漢の勃興によって半島から列島に全遺伝子が段階的に移動したと見る。
D1、D3は中原に南下し、その後西蔵、雲南、四川に入るもの。
- 317 :月光仮面:2008/06/22(日) 14:26:15
- しかし、第1世代がもっとも古く分離して列島に移住し縄文人と共に住み、第二、第三、第四世代は
その後も興隆窪、長白、三韓方面で互いに孤立しながら突然変異が起こるほどの世代交代を繰り
返し、その後で日本に流入したとも考えられる。
- 318 :月光仮面:2008/06/22(日) 17:09:41
- >>311
GumilyovはGrumm-Grzhimaylo説を展開匈奴を殷系中国人とコーカソイド丁霊の混血であるカラスク
文化人であるとする。私はカラスク文化人を同様に安陽と文化的関係を有したイラン系人種と羌系
YAP+D2人種(秦他)との混血民族であると見る。この混血は二世、三世と時代を経るごとにチュルク
系としてフンと化して西方に走るものと、扶余、高句麗、弁辰として日本に入るものに分極した。
国際情勢が人種的におのずと旗幟鮮明にすることを要求したのがその原因であろう。しかし、文化的に
スキタイ・匈奴の文化はその後の日本武家社会に濃厚に残ることになった。こう考えるのである。
- 319 :月光仮面:2008/06/22(日) 17:17:53
- Gumilyov、Grumm-Grzhimaylo説において強調されるエニセイ文化についてはケト人の関与があるものの
これは日本では気多神社、賀茂族等が関係するのであろうが、混血状態などについてはやはり秦-イラン
のような関係があったのかもしれない。秦氏と関係をもったイラン人は拝火教以前の原始ユダヤ教を信奉
していたということが考えられる。
- 320 :月光仮面:2008/06/22(日) 17:35:51
- インナー・ユーラシアのモバイル・パストラリスト、騎馬民族、が流動化し、パミール-アルタイ間に巨大な
オーロラのイオン交換樹脂ようなモンゴロイド・コーカソイド識別・不可逆通過カーテンといったものが降りた
ようなのが当時のインナー・ユーラシア情勢で、やがて、世界は東洋と西洋に分かれて行った。それが
やや遅れ日本には古墳・飛鳥時代に到来したのではないか。
- 321 :月光仮面:2008/06/23(月) 08:57:30
- >>317-318
中国において最も早期の鉄器使用
http://www.staff.hum.ku.dk/dbwagner/EARFE/EARFE.html
新疆で出土する早期の鉄器出土編年
http://www.staff.hum.ku.dk/dbwagner/EARFE/EARFE01.GIF
こうしたものとか、新疆におけるアンドローノヴォ文化遺跡、イラン系出土人骨を勘案し、
記紀、漢籍、寺社伝承にある秦氏の記述を見るに、Gumilyov、Grumm-Grzhimaylo説の方が
正しく、秦氏と関係するのはテイ(四声、狄でない)ではないかと思う。他方、カラスク文化は
アルタイにおいては駁馬丁霊としてサカ族とは対峙していたアファナシエヴォ文化人で、
駁馬の毛皮をアマテラスに献上したスサノオが駁馬丁霊の線であろう。
- 322 :月光仮面:2008/06/23(月) 09:12:57
- 秦 姓は趙、名は非子。大駱の子。犬丘に住み、馬や家畜を飼って生業としていた。周の孝王のとき、
召されて?水と渭水の間にうつった。のちに秦に封ぜられ、?氏の祭祀を継いだ。
http://ww1.enjoy.ne.jp/~nagaichi/chu925.html
この犬丘と言う地名と欽明朝秦大津父が狼を救う話がリンクする。
五胡十六国時代にテイ族の苻氏が建てた前秦の王族ないし貴族が戦乱の中、朝鮮半島経由で日本にた
どり着いたと言う説もある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%A6%E6%B0%8F
- 323 :月光仮面:2008/06/23(月) 10:13:53
- しかし、秦氏を移動性牧畜民、モバイル・パストラリスト、とみなすと、YAP+であり、チベットに入る
D1乃至はD3でなくてはならないところ、そうしたものは日本に入っていない。と言うことは秦氏の
YDNAはYAP+ではないということになる。一方日本にはアシケナージ・ユダヤ人のYDNAがある。
- 324 :月光仮面:2008/06/23(月) 10:53:42
- ↓日本のYDNA Iグループについては
>>294
英米ユダヤサイト情報
↓アシケナージ調査結果の約4%442サンプル中442がHaplogroup I (I-P19)
http://www.britam.org/Questions/R1b.html
- 325 :月光仮面:2008/06/23(月) 14:02:19
- I*について。混成サブクレードI*は最初のHaplogroup Iメンバーの直系子孫個人を含み、残余の同名
サブクレードを特定するその後の変異を一切持っていない。現在の中東及びコーカサス全般的に
おいてHaplogroup Iは非常に低い頻度で見られる中において、若干のY-STR(http://www.srl-group.co.jp/service/dna_06b.html)多様性が最大であるものを伴う若干のhaplogroup I*の個人は
トルコ(8/741),アディゲア(2/138)、イラク(1/176)の住民において発見されるこのことは本haplogroupが
この地域において初めて発生したとみなすことに矛盾しない。高頻度のHaplogroup I*はアンダルシア
(3/103),フランス(4/179),スロベニア(2/55),フィンランド・サアミ(1/35)においても発見されている。
http://en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_I_%28Y-DNA%29
http://www.srl-group.co.jp/service/dna_06b.html
前3000年紀墳墓形式としての巨石遺構に由来するドルメンの文化が当地において興り、その頂点を
極め、約1700年間継続した。アディゲアには5ヶ所のドルメンフィールドが残り、約二百の全壊及び部分
破壊のドルメンがある。コーカサスのドルメン分布地はAdyge-Abkhaz族の先祖の故郷である。Adyge族
の祖は豊かで黄金に耀くMaikop文化をも創造した。Kuban、Belaya、Laba、Adygeaの河川は伝承にある
歴史的名所であり、中世には、かの神秘的なアジアへのシルクロードはこの辺を通っていたのである。
http://www.russiantales.se/archives/adygea.html
- 326 :月光仮面:2008/06/23(月) 14:21:23
- >>8 プロト・ユダヤ人はドルメン文化人だった。
>>11
http://www.britam.org/picturesYair/dolmen/map.jpg
ミャンマー日中韓の支石墓はユダヤ人の祖である秦族が持ち込んだのではなかろうか。
- 327 :月光仮面:2008/06/23(月) 16:40:48
- ↓話は変わるがこれは前2000-1500年頃のオークネフ文化のゆりかご葬
http://www.bronza-lib.narod.ru/s/9.jpg
これを一緒のものを間宮林蔵が樺太で発見、「イズメッコ」見たいに赤ん坊を立ちっぱなしで
おいておくのだそうであった。エジプトミイラ、アンデスミイラ、オシラサマ、蚕の伝説、ナデネ-
コーカサス言語、ケト族、日本に残るインデアンYDNA、南米アマゾンで発見された弥生人の
王の人骨・・・皆関係がありそうである。
- 328 :月光仮面:2008/06/25(水) 10:59:56
- >>318 >>326
秦氏がAdyge族らしいということは、ケト族がナデネ・インディアンと同系であり、その言語はシノー
コーカサス、デネ-コーカサス語と同一語族といわれることから、ケト・セルクープの祖先がAdyge族
と一緒になり、クラ・アラクセス(アゼルバイジャン)からコーカサス山脈を横断、ミタンニ、シリア、シナイ
経由エジプトに入り、穀物貯蔵の司、高倉下としてのヨセフ(天忍穂耳命)、アポピ(天穂日命)として
ナイルを上流クサエの国境までヒクソスとして統治し、その後イラン族のアンドローノボ文化東進の波に
乗り、殷に深く取り込んでいた古代アファナシエボ文化人(小河墓ミイラ)の末裔、カラスク人と勢力争いを
演じた。秦はアンドローノボ系、鴨はカラスク系であろう。物部麁鹿火の麁鹿火とはアラクセス川の地名
からとったのではなかろうか。
- 329 :月光仮面:2008/06/27(金) 14:13:01
- ヒッタイト・ヒクソスが黄色人種であり、非常に軍事色の強いものであったことは知られている。ヒッタイト
はコーカサスの北麓からヒルベト・ケラク土器と言うState-of-Artな商品を伴って中東に進出している。
北方においてはイラン・ヒッサール近辺でも中国色の強い彩色土器が出土している。おりしも、中国に
おいては地震・洪水によるものか、竜山文化が終わっている。そして長江の銅緑山等の青銅器資源は
三星堆・バンチャンに関係すると見られる三苗の手から次第に山西省・山東省、二里頭、安陽方面へと
進む。中国に端を発した牧畜ノマドは、それ以前の黒海沿岸から東進してきた牧畜ノマドとクロスするよう
にして西進した。この東進と西進はそれぞれ交易を求めて折り返すことになり、この2度にわたる、遺伝子
の接触を伴う文化・遺伝子的交差接触ともいうべき交差はカラスク・北狄、セイマトゥルビノ・テイ(Di1)羌
という流れとなって、安陽の青銅器文化を生み出した。これを西方から征圧した西周はどちらかといえば
セイマトゥルビノ・テイ(Di1)羌に近いものであり、ヒルベト・ケラク土器と共にパレスチナに入り、ついには
日本にまで到達したAdyge族とか、エニセイのインディアンに近い羯族とかはこうした流れの中にあった
のであろうが、秦氏は山西省、羯族は婦好に討たれた鬼方(威嚇仮面文化人)としてオルドスあたりにい
たのではないかと思う。
- 330 :月光仮面:2008/06/27(金) 14:32:12
- 周に討たれた商の諸民族は北方、北東・満州朝鮮へと拡散するが、人種的・文化的に西から東に
アファナシエボ-オークネフ-カラスク由来の古いクロマニオン型(小河墓ミイラ)コーカソイド、セイマ
トゥルビノ騎馬民族が発展したスキタイ・パジリク・タガール文化系人、これと、モンゴロイド系各族
の多彩なハイブリッド状態であった。これが漢籍、記紀に出没する多くの渡来人であった。しかし、
実際に日本に入ってくるのは戦国が終わりに近づく頃で、吉野ヶ里、朝日等に軍事的環濠集落が
興る頃であろう。日本の建国がこうした軍事緊張文化の最中で行われたことが日本を後々まで
武家政治、幕藩体制の国にするのであろう。卑弥呼には婦好のような側面もあったことは兵主神社
が箸墓を守っていることから察せられる。
- 331 :月光仮面:2008/06/27(金) 16:49:25
- Gumilyovによればカラスク人は広顔のクロマニオン・タイプ古エウロペイドと狭顔の中国人の
混血であり、広顔のモンゴルとか、縄文のようなものとの混血ではないらしい。つまり、
http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/5/5-14.html
弥生人との混血といってもいいか。原産地はこのとおり安陽から東にかけてだろう。
- 332 :月光仮面:2008/06/27(金) 16:57:25
- Gumilyovはこのカラスク人を匈奴の祖先とみている。松尾大社、鳴鏑神は冒頓大社、父を射殺した
冒頓単于であり、立石磐境の石組みがあること、三輪山にもこれが多いことの理由は立石磐境(吉備
楯築墳丘墓もしかり)が匈奴の文化にあることから、これらを建てた、おそらくは邪馬台国建国者は
匈奴の子孫であったのであろう。
- 333 :月光仮面:2008/06/30(月) 11:37:19
- 最古の家畜化された馬を柄頭の飾に使用した東カザフスタン出土青銅剣
http://www.aaa.kz/images/2007/200702_11.jpg
同時に出土するカラスク的特徴を有する青銅刀子
http://www.aaa.kz/images/2007/200702_11a.jpg
この地方こそ西方アンドローノボ文化圏に興るセイマトゥルビノ、薄壁、失蝋法、錫青銅利器と共通する
風土、つまり、馬、二輪車によって当時のユーラシアを席巻する文化の揺籃の地と見られるが、安陽に
商が建国される前夜、当地のセイマトゥルビノ及びカラスク文化が南シベリアに北上するのが認められる
という。それはヒクソスから「豊臣秀吉の大返し」さながら、「中原に鹿を逐って」帰還する人々の姿ではな
かろうか。
- 334 :月光仮面:2008/06/30(月) 11:49:37
- 「緑の地平線」それは、なんと「滅び行く大草原」であったという事実を北京五輪を直前にして
気付くというのはなんたることか。ユーラシアのハイウェー化に先祖が貢献したことこそ今の温暖化
の遠因であり、それが文明の代償であったのであろうか。
- 335 :月光仮面:2008/06/30(月) 12:55:36
- 「その時に日本はどうなるか。欧米はどうなるか。これはむつかしい問題である。しかしとにかく現在の
人間は、世界の気候風土が現在のままで千年でも万年でもいつまでも持続するように思っている。
そうして実にわずかばかりの科学の知識をたのんで、もうすっかり大自然を征服したつもりでいる。しかし
自然のあばれ回るのは必ずしも中央アジアだけには限らない。あすにもどこに何事が起こるかそれは
だれにもわからない。それかといって神経衰弱にかかった杞人(きひと)でない限り、いつ来るかもわから
ない「審判の日」を気にしてその時の予算までを今日の計画の中に組み込むわけにも行かない。それで
政治家、軍人、実業家、ファシスト、マルキシスト、テロリスト、いずれもこんな不定な未来の事は問題に
していない。それを問題にするのはただ一部の科学者と、それから古風な宗教の信者とだけである。
いちばん仲の悪いはずの科学者と信者とがここだけで握手しているのはおもしろい現象である。」
昭和七年十二月、唯物論研究 ロプ・ノール その他 寺田寅彦
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2352_13819.html
- 336 :天之御名無主:2008/06/30(月) 23:41:00
- ■毎日新聞廃刊か■
★祭り★
「日本の母は息子の性処理係」毎日新聞が捏造記事27
http://human7.2ch.net/test/read.cgi/ms/1214826934/
★祭り★
【毎日新聞】ネット上に変態報道の処分と無関係の社員を誹謗中傷する書き込み→名誉棄損で法的措置を取る方針★127
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1214824880/
オカルト板http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/occult/1214826821/
英語板 http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/english/1213971760/
大規模OFF http://sports11.2ch.net/test/read.cgi/offmatrix/1214614538/
YouTube板 http://pc11.2ch.net/test/read.cgi/streaming/1214375128/
ニュー速 http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/news/1214798343/
医者 http://society6.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1210492753/
マスコミ http://society6.2ch.net/test/read.cgi/mass/1214603376/
司法 http://society6.2ch.net/test/read.cgi/court/1214621509/
【毎日新聞】 iチャネル解約スレ 【変態報道】
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/keitai/1214802475/
▼iチャネル解約方法
iモードのiメニューから料金&お申込・設定を選択
4のオプション設定のiチャネル設定から解約可能
解約理由を告げたい場合は携帯から151にダイヤル
▼解約後の料金について
パケホーダイなどとは異なり、解約した場合はその月のiチャネル利用料金は日割りになります。
解約したその月に再契約も可能です。追加料金も発生しません。
iチャネルの解約は日本人(あなた)を馬鹿にしている毎日新聞社への直接的抗議に繋がります
ちなみに解約には5分とかかりません
- 337 :月光仮面:2008/07/01(火) 17:22:23
- 素盞嗚命はそれを吉野ヶ里、吉備、朝日遺跡に持ち込もうとして天照大神に阻止された。同様のことは燕
の長城の彼方からも起こっていたが、それが夏家店上層文化、豚から羊にと移動性が増し、戦闘的になっ
てくる。
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/1997Expedition/02/020400.html
オビ河ではカラスク・イルメンスカヤ文化
http://history.novosibdom.ru/files/u7/sibir_61.jpg
http://history.novosibdom.ru/files/u7/sibir_57.jpg
http://history.novosibdom.ru/files/u7/sibir_58.jpg
http://history.novosibdom.ru/files/u7/sibir_59.jpg
http://history.novosibdom.ru/files/u7/sibir_60.jpg
それは大西洋岸から太平洋岸にかけて、インドヨーロッパ語の再編成を伴う文明の激動の一貫であった。
- 338 :月光仮面:2008/07/01(火) 17:26:37
- http://islandvera.ru/pages/29+b.jpg
言語の移動とは軍事組織の命令用語のいどうのようなものであったのだろう。軍人勅語、
教育勅語から始まったのだろう。だから色んな民族が米軍に徴兵されたように色んな言葉を覚える。
- 339 :月光仮面:2008/07/01(火) 18:00:11
- 日本とか新羅の王族にはダッカイ、タケ、タケノなどと言うのが多く、また、ダッカイ王が丹後、継体が越、
一方、燕に孤竹と言う国があったが叔斉伯夷が聖人であり、一族の行方は不明。しかし、話に尾ひれが
つき、王族なら若狭湾方面といったジンクスが新羅、倭において成立していたこともあろう。しかし、王統が
途絶えるような危機的な時に大王に迎えるような感じもする。
- 340 :月光仮面:2008/07/01(火) 18:05:43
- が、この孤竹というのは越とも読める。綏靖もヌナカワがらみであるから越ともいえる。浅井長政の髑髏
は金杯にされるが、吉備でも鬼のウラの頭を釜茹でにする話があり、これは匈奴、月氏の風習である。
信長も先祖は尾張・海部につながるのかも。
- 341 :月光仮面:2008/07/01(火) 18:14:15
- ヒルベトケラク土器とか、セイマトゥルビノ錫青銅利器が三苗民族の匠の技術によるものとすると
欧米の反発は必死だろう。では、YDNAにコーカサス・アディゲ族とか北米のような羯族ではないかと
見られるものが残るのはどう説明したらいいのだろうか。黒陶、バンチャン、三星堆の蓄積された技術
が背後にあるのではないかと思う。ミャンマーにはユダヤ人が入っており、ドルメンがあるのだから、
コーカサスの商人が古代から東南アジアと交易し、一部はヒクソスと共に来日したという可能性は
あるのではなかろうか。
- 342 :月光仮面:2008/07/02(水) 07:35:02
- >>338
印欧原郷は、邪馬台国論議同様、考古学的発展に伴って変わる。カザフスタンでのの騎馬民族文化発生
が明確になりつつある今、近東、コーカサス南麓を原郷とする説がうまく合うようになってきている。
考えてみれば印欧語は狩猟採集の面影を残すが、移動牧畜時代に完成を見た言語といった感じがする。
- 343 :月光仮面:2008/07/02(水) 16:44:03
- 日本人どこから来たんだ?3
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1209009011/menu480-487
ヒクソス、ヒッタイト、ミタンニから帰還した移動遊牧民はやがては騎馬民族時代を経て、カラスク・イルメン
文化、夏家店上層文化の中を無紋土器朝鮮半島を縦断して、日本列島の日本海、東シナ海沿岸へと浸透
してくる。それは支石墓時代から強まったが、箱式石棺墓時代に特に顕著となり、これは古墳時代に結び
付いたのであろう。
- 344 :月光仮面:2008/07/12(土) 07:03:16
- 日本人どこから来たんだ?3
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1209009011/menu605-814
記紀においては国譲り、海幸山幸が倭国乱を扱っているが、海幸といっても縄文日本には
黒曜石、サヌカイト、翡翠、塩等の流通システムは古くからあったようであり、単純にインナー
ユーラシア水陸モバイルノマドのみとしては片付けられない。縄文、古朝鮮はフィリピン、台湾、
エーゲ、シュメール、インダスのようなアウター・ユーラシア的環境にある。
- 345 :月光仮面:2008/08/15(金) 11:10:37
- 日本人どこから来たんだ?4←ここから帰還
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1217864779/menu82-91
エジプト出身のフィフィさん http://sexy.nifty.com/cs/catalog/sexy_tdb-talent/catalog_2000047285_1.htm
この方はどことなくサンマさんと似ている。
このヒクソス http://touregypt.net/featurestories/hyksos1.jpg
おそらくこの血筋であろう。ヒクソスをハビルと結び付けようとする向きがいる。アマルナ文書を根拠に
しているようだ。ところがアマルナ時代とか一神教宗教改革者イクナートンはヒクソスの後だ。ユダヤ教、
アブラハム教はイクナートン改革の後に生まれたと見るのが順当。ヒクソスの場合は、ユダヤで言えば
バアル、日本で言えばスサノオのようなセト神信仰らしい。青銅器文化における加熱処理工程から生ま
れるのであろう。ヒッタイトはおそらくはカザフスタン方面から来た馬、二輪車製作にかかわる集団で
軍事技術が優秀であったアジア人であろう。これをユダヤ人であるとか、白人であるとしようとしても
無理がある。むしろモンゴロイドであり、広域移動性のものとしたほうが早い。つまり、馬で周にもぐりこむ
秦氏と考えたほうが手っ取り早いのだ。
- 346 :月光仮面:2008/08/15(金) 11:28:03
- エジプト人はアジア人を徹底的に利用した後、追い出して、ハトシェプスト女王の如きは自分がアジア人
の破壊からエジプトを再興したのだと喧伝している。アジア人はエジプト撤退後レバント経由でコーカサス
北部の草原に入るようだ。これは秦氏にユダヤ人・イラン人系文化の形跡が残ることと、コーカサス北麓
からステップ地帯にハザール文化が残ること、バルト海東部にかけてアシケナージが残ること等から、
アマルナ時代を経て秦氏が中国西部に帰還することを物語るのであろう。その後の秦氏は戦国時代の
秦、そして、夕月の民として日本に渡来したようである。
- 347 :月光仮面:2008/08/22(金) 14:51:34
- さて、夕月の民の来日以前、モンゴリアにおいてはその東方にいたモンゴロイド系の多くのユーラシア
ノマドの渡来があり、日本建国の基礎が出来つつあった。
日本人どこから来たんだ?4
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1217864779/menu148-149
勿論、弥生時代は山東省方面から稲作民族が半島、列島に渡来することから始まったのであるが、
その後中国東北部の北方と沿海州方面からも雑穀・漁業民の渡来があった。日本神話はこの雑穀・
漁業民の渡来から始まっており、それ以前の銅鐸文化とか、初期稲作文化についての記述はない。
海幸とは邑婁人の安曇海人族、山幸とはワイ人の天孫族であったようだ。
- 348 :天之御名無主:2008/10/06(月) 09:00:39
- 安来にクナト神の秘密が隠されているってホント?
- 349 :月光仮面:2008/10/22(水) 17:17:37
- ヒクソスから撤退したアジア人は秦氏で、小アジアから撤退したヒッタイト人はタガール人。これらは
始めには東夷・島夷として殷王朝に入る。殷王朝には他に商、周などがいたが、それらは牧畜民。
これに対して秦・タガールは農耕民族で、青銅器・鉄器・馬を中国にもたらした。周の幽王のとき、
タガールは羸氏グループを離脱して燕経由アルタイに定着した。サンスクリット、リトアニア、ヒッタイト
に近い言語を話していたと考えられている。
- 350 :月光仮面:2008/10/24(金) 17:53:10
- 朝鮮人はどこから来たか
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1190991733/menu225
ヨセフ、バシコルスタン・アミンベク等のエジプト王朝への食い込み、太公望の周朝への食い込み。
モーセの山上の垂訓、始皇帝の封善、天命、神農、チベットの死者の書、これらは馬、二輪馬車、
ミイラ、ピラミッドと関係している。
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