ヒクソスから帰還した渡来人
- 1 :月光仮面:2008/03/07(金) 14:28:57
- カラスク人等とされるバイカル湖周辺からアルタイ方面にBC4-3千年紀頃から展開して
いたモンゴロイド系を主体とするモンゴロイド、コーカソイド混合移動遊牧集団はアンドロー
ノヴォ文化圏に含まれるセイマ-トゥルビノ青銅器ホライゾン(この場合は線状に拡大する)
ステップ交易路を移動して、遠く黒海、コーカサス、そしてシリア、パレスチナ、エジプト
に入った。ヒクソスは約100年間エジプトを統治した後、パレスチナ、シリア、ミタンニを
経由して黄河上流に到着した。そのうちの多くは塞外の民となり、高句麗、百済、新羅
を経て古墳時代の日本に渡来人として入ってきた。彼らの数奇な遍歴は日本に多くの
神話、伝承をもたらし、それらとエジプト、ユダヤ、ギリシャの神話には多くの共通点が
ある。
- 317 :月光仮面:2008/06/22(日) 14:26:15
- しかし、第1世代がもっとも古く分離して列島に移住し縄文人と共に住み、第二、第三、第四世代は
その後も興隆窪、長白、三韓方面で互いに孤立しながら突然変異が起こるほどの世代交代を繰り
返し、その後で日本に流入したとも考えられる。
- 318 :月光仮面:2008/06/22(日) 17:09:41
- >>311
GumilyovはGrumm-Grzhimaylo説を展開匈奴を殷系中国人とコーカソイド丁霊の混血であるカラスク
文化人であるとする。私はカラスク文化人を同様に安陽と文化的関係を有したイラン系人種と羌系
YAP+D2人種(秦他)との混血民族であると見る。この混血は二世、三世と時代を経るごとにチュルク
系としてフンと化して西方に走るものと、扶余、高句麗、弁辰として日本に入るものに分極した。
国際情勢が人種的におのずと旗幟鮮明にすることを要求したのがその原因であろう。しかし、文化的に
スキタイ・匈奴の文化はその後の日本武家社会に濃厚に残ることになった。こう考えるのである。
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