ヒクソスから帰還した渡来人
- 338 :月光仮面:2008/07/01(火) 17:26:37
- http://islandvera.ru/pages/29+b.jpg
言語の移動とは軍事組織の命令用語のいどうのようなものであったのだろう。軍人勅語、
教育勅語から始まったのだろう。だから色んな民族が米軍に徴兵されたように色んな言葉を覚える。
- 339 :月光仮面:2008/07/01(火) 18:00:11
- 日本とか新羅の王族にはダッカイ、タケ、タケノなどと言うのが多く、また、ダッカイ王が丹後、継体が越、
一方、燕に孤竹と言う国があったが叔斉伯夷が聖人であり、一族の行方は不明。しかし、話に尾ひれが
つき、王族なら若狭湾方面といったジンクスが新羅、倭において成立していたこともあろう。しかし、王統が
途絶えるような危機的な時に大王に迎えるような感じもする。
- 340 :月光仮面:2008/07/01(火) 18:05:43
- が、この孤竹というのは越とも読める。綏靖もヌナカワがらみであるから越ともいえる。浅井長政の髑髏
は金杯にされるが、吉備でも鬼のウラの頭を釜茹でにする話があり、これは匈奴、月氏の風習である。
信長も先祖は尾張・海部につながるのかも。
- 341 :月光仮面:2008/07/01(火) 18:14:15
- ヒルベトケラク土器とか、セイマトゥルビノ錫青銅利器が三苗民族の匠の技術によるものとすると
欧米の反発は必死だろう。では、YDNAにコーカサス・アディゲ族とか北米のような羯族ではないかと
見られるものが残るのはどう説明したらいいのだろうか。黒陶、バンチャン、三星堆の蓄積された技術
が背後にあるのではないかと思う。ミャンマーにはユダヤ人が入っており、ドルメンがあるのだから、
コーカサスの商人が古代から東南アジアと交易し、一部はヒクソスと共に来日したという可能性は
あるのではなかろうか。
- 342 :月光仮面:2008/07/02(水) 07:35:02
- >>338
印欧原郷は、邪馬台国論議同様、考古学的発展に伴って変わる。カザフスタンでのの騎馬民族文化発生
が明確になりつつある今、近東、コーカサス南麓を原郷とする説がうまく合うようになってきている。
考えてみれば印欧語は狩猟採集の面影を残すが、移動牧畜時代に完成を見た言語といった感じがする。
- 343 :月光仮面:2008/07/02(水) 16:44:03
- 日本人どこから来たんだ?3
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1209009011/menu480-487
ヒクソス、ヒッタイト、ミタンニから帰還した移動遊牧民はやがては騎馬民族時代を経て、カラスク・イルメン
文化、夏家店上層文化の中を無紋土器朝鮮半島を縦断して、日本列島の日本海、東シナ海沿岸へと浸透
してくる。それは支石墓時代から強まったが、箱式石棺墓時代に特に顕著となり、これは古墳時代に結び
付いたのであろう。
- 344 :月光仮面:2008/07/12(土) 07:03:16
- 日本人どこから来たんだ?3
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1209009011/menu605-814
記紀においては国譲り、海幸山幸が倭国乱を扱っているが、海幸といっても縄文日本には
黒曜石、サヌカイト、翡翠、塩等の流通システムは古くからあったようであり、単純にインナー
ユーラシア水陸モバイルノマドのみとしては片付けられない。縄文、古朝鮮はフィリピン、台湾、
エーゲ、シュメール、インダスのようなアウター・ユーラシア的環境にある。
- 345 :月光仮面:2008/08/15(金) 11:10:37
- 日本人どこから来たんだ?4←ここから帰還
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1217864779/menu82-91
エジプト出身のフィフィさん http://sexy.nifty.com/cs/catalog/sexy_tdb-talent/catalog_2000047285_1.htm
この方はどことなくサンマさんと似ている。
このヒクソス http://touregypt.net/featurestories/hyksos1.jpg
おそらくこの血筋であろう。ヒクソスをハビルと結び付けようとする向きがいる。アマルナ文書を根拠に
しているようだ。ところがアマルナ時代とか一神教宗教改革者イクナートンはヒクソスの後だ。ユダヤ教、
アブラハム教はイクナートン改革の後に生まれたと見るのが順当。ヒクソスの場合は、ユダヤで言えば
バアル、日本で言えばスサノオのようなセト神信仰らしい。青銅器文化における加熱処理工程から生ま
れるのであろう。ヒッタイトはおそらくはカザフスタン方面から来た馬、二輪車製作にかかわる集団で
軍事技術が優秀であったアジア人であろう。これをユダヤ人であるとか、白人であるとしようとしても
無理がある。むしろモンゴロイドであり、広域移動性のものとしたほうが早い。つまり、馬で周にもぐりこむ
秦氏と考えたほうが手っ取り早いのだ。
- 346 :月光仮面:2008/08/15(金) 11:28:03
- エジプト人はアジア人を徹底的に利用した後、追い出して、ハトシェプスト女王の如きは自分がアジア人
の破壊からエジプトを再興したのだと喧伝している。アジア人はエジプト撤退後レバント経由でコーカサス
北部の草原に入るようだ。これは秦氏にユダヤ人・イラン人系文化の形跡が残ることと、コーカサス北麓
からステップ地帯にハザール文化が残ること、バルト海東部にかけてアシケナージが残ること等から、
アマルナ時代を経て秦氏が中国西部に帰還することを物語るのであろう。その後の秦氏は戦国時代の
秦、そして、夕月の民として日本に渡来したようである。
- 347 :月光仮面:2008/08/22(金) 14:51:34
- さて、夕月の民の来日以前、モンゴリアにおいてはその東方にいたモンゴロイド系の多くのユーラシア
ノマドの渡来があり、日本建国の基礎が出来つつあった。
日本人どこから来たんだ?4
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1217864779/menu148-149
勿論、弥生時代は山東省方面から稲作民族が半島、列島に渡来することから始まったのであるが、
その後中国東北部の北方と沿海州方面からも雑穀・漁業民の渡来があった。日本神話はこの雑穀・
漁業民の渡来から始まっており、それ以前の銅鐸文化とか、初期稲作文化についての記述はない。
海幸とは邑婁人の安曇海人族、山幸とはワイ人の天孫族であったようだ。
- 348 :天之御名無主:2008/10/06(月) 09:00:39
- 安来にクナト神の秘密が隠されているってホント?
- 349 :月光仮面:2008/10/22(水) 17:17:37
- ヒクソスから撤退したアジア人は秦氏で、小アジアから撤退したヒッタイト人はタガール人。これらは
始めには東夷・島夷として殷王朝に入る。殷王朝には他に商、周などがいたが、それらは牧畜民。
これに対して秦・タガールは農耕民族で、青銅器・鉄器・馬を中国にもたらした。周の幽王のとき、
タガールは羸氏グループを離脱して燕経由アルタイに定着した。サンスクリット、リトアニア、ヒッタイト
に近い言語を話していたと考えられている。
- 350 :月光仮面:2008/10/24(金) 17:53:10
- 朝鮮人はどこから来たか
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1190991733/menu225
ヨセフ、バシコルスタン・アミンベク等のエジプト王朝への食い込み、太公望の周朝への食い込み。
モーセの山上の垂訓、始皇帝の封善、天命、神農、チベットの死者の書、これらは馬、二輪馬車、
ミイラ、ピラミッドと関係している。
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取りに行ったけどなかった。次は一時間後に取りに行くです。新着レスの表示
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