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ヘーゲル 『精神現象学』を読む

240 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 16:33:40 0
倫理面に対する批判と理論面に対する批判は哲学者も科学者も同じように別物。
マルクスもヘーゲルも私生児いるが、そのことでマルクスとヘーゲルの理論を批判する奴はいない。
ニュートンはライプニッツとの微積分に置ける発見権の奪い合いでかなりあくどいことしてるけど、
そのことでニュートンの微積分理論を否定する奴はいない(今使われてるのはライプニッツ式だけど)。
人格に潔癖要求するのは専門的に関わってない大衆だけ。これ常識だろ?

241 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 17:42:31 0
私生児つくりやナチ擁護は非潔癖の中でも、かなり程度が高いものであり、
私生児つくりやナチ擁護を嫌がる人に潔癖厨というレッテル(極端でアホっぽいイメージ)を貼るという方法で、
自己の偉大な思想家賞賛を正当化するというのはいかがなものか。

私生児つくりやナチ擁護を悪いと認め、性格的に問題があったことを認めた上で、それでも偉大な思想家を賞賛するという論法ならば理解できる。

おまいらの論法は、私生児つくりやナチ擁護の問題を矮小化することで批判者を叩くというものだから、
おまいら自身が私生児つくりやナチ擁護を嫌い、受け入れたくないと考えているように見える

242 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 17:45:38 0
ヘーゲルの思想に占める妄想の割合

↑のスレ立てようとしたが立てられなかった。誰か変わりに立てないか?

243 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 18:19:57 0
>>242
ここでやればいいじゃん

244 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 18:23:22 0
>>240
>倫理面に対する批判と理論面に対する批判は哲学者も科学者も同じように別物

違うね。哲学者の場合は存在への問いも含む。
「言ってることとやってることが違うのは当たり前だし世の中そんなもん」
で済むなら、最初から哲学なんか必要ないじゃん。
理論と実践の齟齬をも再帰的に問うのが哲学。

245 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 19:26:50 0
>>242
思想の根幹部分が妄想なだけに100l近いといわざるを得ないのか
権威なしには成立しえない思想

246 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 19:28:27 0
大晦日

ヘーゲルvsレヴィ=ストロース

247 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 20:03:28 0
>>241
そのへんの細かいとこはどっちに受け取られてもいいやw
言いたいことはわかるし、そっちは否定せん。
確かに問題の矮小化は、哲学理論の正当性とは別の観点からすれば許しがたい企みだし。
そのへんは>>224にもあるように、関わり方の相違でしかない。
つか、>>231を百回読んでくれ。「正当化」じゃなくて「世の中そんなもんだ」と言ってるだけ。
良いとか悪いとかそういう話はしてなーい。ここでも俺とおまいさんの「観点の相違がある」。
同じことを違う角度から話すと齟齬が起きるいい例。
「それは赤色だ」に対して、「いや、それは重いだろ」ってやりとりな。
だから別におまいさんの主張自体を否定する気はない。お互いずれてるね、ってだけw

>>244
思い込み乙です。人はそれを文芸と呼びます。フーコーとか文芸です。

248 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 20:08:45 0
人格で言ったら柄谷も浅田も東も永井も竹田も全部クソだ。
ウィトゲンシュタインなんか恩知らずのアスペで生徒虐待者で嘘吐きだ。
ヘーゲルは私生児もうけた上に著作に反することを講義で行ってた嘘吐きだ。
ハイデガーに至っては恩師の間接的殺人者に等しい。
哲学理論の正当性に人格の潔癖さを求めるなら、2ちゃんで他人を罵ってる時点で
おまいらも俺も哲学に触れる資格がないことになる。頼むから大人になろうな。
潔癖症が許されるのは学生の内だけ。社会に出れば嫌でも自分が「加害者」になるんだから。

249 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 20:15:31 0
論文外で悪いことしてても別に良いけど
潔癖症という言葉を使って議論をずらし反論を封じ込めようとする荒削りで強引な態度は、論文のほうにも影響してそうで心配アルヨ

250 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 20:16:33 0


249 名前:考える名無しさん :2008/01/19(土) 20:15:31 0
論文外で悪いことしてても別に良いけど
潔癖症という言葉を使って議論をずらし反論を封じ込めようとする荒削りで強引な態度は、論文のほうにも影響してそうで心配アルヨ




251 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 20:17:12 0
>>250
なんだよ

252 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 20:30:07 0
>>249->>250->>251

そのやり取り吹いたw

253 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 20:54:15 O
>>248
中埜なんとかのヘーゲルの入門書に
認知求めた女の方を「性悪女が天下のヘーゲル様に」みたいなニュアンスでボロクソに書かれててドン引きした覚えがある。


254 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 20:57:48 0
>>253
そのくらいの信仰心がなければヘーゲルなど研究してられんよ

255 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 21:01:59 0
いや、でも金出して進学も工面して影で育てたんだろう?偉いじゃん。
ルソーは5人も捨てたんだぞ

256 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 21:03:12 0
やっぱりこつこつカントを読んでるやつがマシだってことだな。

257 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 21:04:47 O
>>256
どんな帰結だよw

258 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 21:05:32 0
>>253
そこで引くのは果てしなく正しいw
それはヘーゲル哲学どうこうじゃなくて、その入門書書いてる奴の気持ち悪さにだよなw

哲学としての入門書と、伝記としての人物説明と、著者の私的な感情を混同した書き方の本は最悪だ。
しかしラッセルの西洋哲学史もラッセルの恣意性が露骨だが、あれはラッセルの私的な感情じゃなくて、
あくまで哲学におけるラッセルの立場からでる解釈と意味付けになるからそれはそれでいい。
これが「私的な好悪」と「哲学理論における自分の立場」の違い。
哲学者の私的な部分に対する私的な感情ではけっして「哲学理論としての正当性」は否定できない。

ちと話ずれるが、デリダのフッサール解釈、プラトン解釈なんかもよく「誤読だ」と言われるが、
その場合の誤読ってのは、フッサール・プラトン本人の「意図」を読み違えている、
という意味であって、デリダは彼らの哲学の基盤自体に異議を唱えているわけで、
そもそもの土台、幾何学でいう公理が違う。ここが哲学のめんどいところだなー。

ヘーゲルの精神現象学も難解な文章のせいで「お前の解釈は間違ってるだろ」という言いあいが多すぎ。
ドイツ語で読める奴はまた違う感触あるのかもしれんがなあ。

259 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 21:08:17 0
>>256
カントの道徳哲学はヘーゲルにフルボッコされたが、理性批判は金字塔だからなー。
あれを同じ土俵で否定するの無理ぽ。
で、カント把握してない奴が陥りやすい誤謬があるので、同意しとくw カントは偉大だ。

260 :考える名無しさん:2008/01/19(土) 22:13:57 O
>>258
細かい話なんてつまんないよね。
バタイユのヘーゲル解釈みたいないかがわしーいのがやっぱり面白い。
井筒俊彦の意識と本質もいかがわしい。シェリングやヘーゲルが見た絶対者と同じようなものを見てた人なんだと思った。

261 :考える名無しさん:2008/01/20(日) 05:03:24 0
弁証法なんて教わらなくても、小学生でも知ってるよ。
と言われて困っています。

262 :考える名無しさん:2008/01/20(日) 07:05:14 O
>>261
困ったことになったな。

263 :考える名無しさん:2008/01/21(月) 07:52:41 0
そういった生意気口をたたく奴は
しこたまお灸をすえてやって下さいな。

264 :考える名無しさん:2008/01/27(日) 22:35:48 O
加藤尚武のヘーゲル関係の入門書って難し過ぎて訳わからん。長谷川訳の方がよっぽどわかる。

265 :考える名無しさん:2008/01/28(月) 00:52:09 0
>>264
 ヘーゲル哲学を一通り見通せちゃっている人でも、そうでない人向けの入門書
を書くのは、案外難しいんだよ。
 ヘーゲル哲学を理解する能力と、ヘーゲル哲学を人に理解させる能力は、どう
も別物だと思う。名選手、必ずしも名監督ならず。王貞治監督が現役時代に打っ
ただけのホームランを、ダイエーの選手に打たせることができる訳ではない。

 ちなみに俺は、大森荘蔵の一連の著作、廣松渉の「弁証法の論理」、西田幾多
郎の「善の研究」を読んで、近代的世界観を相対化する見方を教えられ、ヘーゲ
ル哲学のどんな入門書よりもヘーゲル理解に役立った。廣松本は精神現象学に
も直接言及している箇所があったし。

 「もののふの やばせの舟は 速くとも 急がば回れ 瀬田の大橋」 だった。

266 :考える名無しさん:2008/01/28(月) 09:38:30 0
>>265
ヘーゲルを理解しようと思うなら、当のヘーゲルの著作を読むに如かず。
読んだ解説書の数だけ真の理解から遠ざかって行くと思っていい。
これホント。


267 :考える名無しさん:2008/01/28(月) 10:08:05 0
>>266
原書を読めば読むほど訳がわからなくなった私のような者はどうすればよいでしょうか。

268 :考える名無しさん:2008/01/28(月) 12:48:01 O
264
大森を始めオリジナルの哲学を確立した日本の哲学者の本は下手なヘーゲル入門より分かりやすいし面白いってことだね。廣松の学術文庫の世界の共同なんたらは予想外に読みやすかった記憶がある。
ヘーゲルを越えようっていう気概がないと真にヘーゲルを理解できないのかもね。
ヘーゲル自体は長谷川訳なら辛うじて立ち止まらずに読めた。樫山訳は2ページで放棄。

269 :考える名無しさん:2008/01/28(月) 12:51:14 0
ヘーゲル自身が混乱してるんだから、
概説書に書いてある「だいたいの理解」の方が正しいんだよ。

270 :考える名無しさん:2008/01/28(月) 14:25:07 0
>>266
専門家の人が理解できないなら素人が読んでも真の理解なんてできるわけない。
そこまで思い上がっちゃいけない

271 :考える名無しさん:2008/01/29(火) 01:46:03 0
>>266は一応専門家なんじゃないの?

272 :考える名無しさん:2008/01/29(火) 01:52:01 0
まさかw

273 :考える名無しさん:2008/01/29(火) 21:06:32 0
>>266
60年アムポの崩れサヨクの担当教授がよく同じことを言ってたな。
テメーでも解説本を出してるくせによ。
独語も抽象的思考も不得意な連中は如何したらいいんよ?

274 :考える名無しさん:2008/01/29(火) 21:13:32 0
ヘーゲルは知らないけどマルクスでは逆の体験をしたな。
社会思想史という講義でその先生が著者の1人であるマルクス主義の解説書を
読んでいったのだけど、ぶつ切りの文章を解説されてもさっぱり理解できなかった。
でも自分で『空想から科学へ』を読んだら自分なりに理解できた。
もちろんその先生のマルクス理解は俺より上だとは思うが、ただ解説が下手だったんだよな。

275 :考える名無しさん:2008/01/29(火) 22:26:37 0
じゃあ俺だろう

276 :考える名無しさん:2008/01/29(火) 22:49:42 O
岩崎武雄の「カントからヘーゲルへ」みたいに物凄く分かりやすくて入門には最適なんだけど哲学のいかがわしい面白さが全く伝わって来ないものもあるね。竹田青嗣もこのタイプかな。

277 :考える名無しさん:2008/01/30(水) 02:24:01 0
絶対☆精神

278 :考える名無しさん:2008/01/30(水) 06:28:13 O
  即且(^ε^)対自

279 :考える名無しさん:2008/01/30(水) 06:38:41 O
>>274
何でエンゲルス読んだの?
マルクス読めばいいのに。

280 :考える名無しさん:2008/01/30(水) 10:05:21 0
エンゲルスって唯物論の権化って感じだよね。

281 :考える名無しさん:2008/01/30(水) 11:34:49 0
>>279
そういえばそうだな
何書いてるんだろ俺orz

282 :考える名無しさん:2008/01/30(水) 11:37:37 O
平凡社ライブラリーと中央公論(世界の名著シリーズ)だとどちらの翻訳がいいですか

283 :考える名無しさん:2008/01/30(水) 11:44:39 0
>>282
>中央公論(世界の名著シリーズ)

全訳じゃないから問題外ですよ。

284 :考える名無しさん:2008/01/30(水) 11:58:25 O
>>282
高くても長谷川訳がいいよ。

285 :考える名無しさん:2008/01/30(水) 12:36:00 O
中央公論は全訳じゃなかったのか!そりゃいかんですね。
長谷川訳はこの板に出入りしてると選びにくいですが検討します。
ありがとうございます。

286 :考える名無しさん:2008/01/30(水) 14:22:02 0
>>276
竹田の場合は、哲学を今生きる一般の人たちに使える物にしようという意図がある。
だから生きるのに悩んでいる人が竹田の本を読んで励まされたりする。
ただ、それが専門家からすると恣意的な読み換えに見えて反発を受けるのだろう。

287 :考える名無しさん:2008/01/30(水) 14:35:18 0
竹田は勝手に自分のいいたいこと信者向けに
書いてりゃいい。ただし、それをヘーゲルの
名のもとでやらないでくれ。

288 :考える名無しさん:2008/01/30(水) 15:46:45 0
ただ今の竹田記録 13分

289 :考える名無しさん:2008/01/30(水) 20:57:31 0
竹田はチンドン屋というよりも香具師という感じだな。
たいしたことのないものでもとにかく大仰に語るあたりがテキ屋。哲学をバナナの叩き売りの
様にひけらかす。

290 :僕は太田寿:2008/01/31(木) 17:09:29 0
僕は太田寿だ!
レイザーラモンだかライザーレモンだか知らないが、お前はハードゲイを笑いモノに
してアメリカ南部のゴミクズどもと一体何が違うのか!
僕とナックルは二項対立をしている。
伊勢で決着をツケよう。


291 :僕は太田寿:2008/01/31(木) 20:55:32 0
僕は太田寿だ!
さまよえる隠遁者だか東野圭吾だか知らないが、お前は「百夜行」を書いていい気
になっているらしいが、それではアメリカ南部のゴミクズどもとと一体何が違うの
か!
枯木灘!枯木灘!枯木灘!枯木灘!

292 :考える名無しさん:2008/01/31(木) 20:59:26 0
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1133924366/
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1133924366/l50
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1133924366/-100
http://academy6.2ch.net/philo/index.html#menu
http://academy6.2ch.net/philo/index.html

293 :考える名無しさん:2008/01/31(木) 21:00:44 0
http://www.ibiblio.org/gutenberg/

294 :考える名無しさん:2008/01/31(木) 21:03:52 0
オナ禁弁償学

295 :考える名無しさん:2008/02/01(金) 00:55:03 0
>>294
つまらん

精子無減少楽

296 :考える名無しさん:2008/02/01(金) 01:07:03 0
精子無限小学

297 :驢馬の巣:2008/02/12(火) 12:04:00 0
仮面の告白
春の雪(豊饒の海第一巻)
奔馬(豊饒の海第二巻)
暁の寺(豊饒の海第三巻)
天人五衰(豊饒の海第四巻)

298 :風景の巣:2008/02/12(火) 12:07:16 0
※見よ
※いざ絶望は来たれり
※そこで倫理は美的となり
※美的は宗教となり
※宗教は

299 :病巣最強:2008/02/12(火) 12:10:48 0
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%82%E3%82%8F%E3%82%8A%E3%81%AE%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%83%AB

300 :考える名無しさん:2008/02/12(火) 12:12:00 0
http://www.din.or.jp/~arm/

301 :考える名無しさん:2008/02/12(火) 15:11:22 0
今日のぼやき「722」
http://www.snsi-j.jp/boyakif/wd200601.html#1101
副島隆彦の言うことは信じられない、などど逃げ回ることができなくしてやろうと思います。すくなくとも
私たちのまわり(周囲)にまとわりついて、私たちから知識、情報の泥棒をしに来ている薄汚い連中の脳に、
大きな真実のばい菌(ウイルス、virus ヴァイラス)を注入してやろうと思います。発病まで何年かかかる
でしょうが、それでも、私たちが見舞う真実爆弾は、「現実はこのままであり、受け入れるしか仕方がない
ものだ論者」どもの脳を侵蝕してゆくでしょう。ざまあみろ、ということです。
(中略)
過去150年間の、日本の政治知識人たちの、能力の低劣と、思わせぶりの嘘八百理解と、意味不明文をあり
がたがって、それで、「自分は、これでも、日本では政治知識人だ」と思いこめた、土人のまじない師たちの
哀れな姿の問題を、何とか、継承して、表に出して、そして、「少しでも克服する」ではなくて、本当に、
大幅前進させなければならない。これは、私の決意だ。私の人生に遺された重要な、コトバ研究の分野の仕事だ。
(中略)
急いで、弟子たちに、『政治思想の本の真実読み破りと、なめらか訳の技術の伝授』をやってしまいたい。
そうすれば、以後は、私の弟子たちが、すぐれた翻訳をやって、むずかしいがしかし定評のある外国書を
日本人知識層が、嘘つきではなく、知ったかぶりではなく、いいかっこしいではない、西欧の最先端思想
を自分だけ知っている、分かっている風の、だましの思想の嘘輸入がなくなる。これを、なんとしても、
はやく実現しなければ、いけない。


302 :騾馬の巣:2008/02/15(金) 22:59:31 0
http://ja.wikipedia.org/wiki/V.
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B6%E5%A3%B2%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%BC49%E3%81%AE%E5%8F%AB%E3%81%B3
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8D%E5%8A%9B%E3%81%AE%E8%99%B9
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BC
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89&action=edit
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%B3%26%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%B3&action=edit
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A4&action=edit
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%B1%E7%B1%B3%E6%96%87%E5%AD%A6
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A2%E3%83%80%E3%83%B3%E6%96%87%E5%AD%A6
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A2%E3%83%80%E3%83%B3

303 :考える名無しさん:2008/02/15(金) 23:00:36 0
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Pynchon.jpg

304 :考える名無しさん:2008/02/16(土) 00:04:10 0
>>287
だな。
親鸞も日蓮もいいんだが、
仏教と名乗るんじゃないと思うのと似ているな。

305 :シルスマリーア、フリードリヒニーチェその1:2008/02/17(日) 22:28:41 0
ドストエフスキー!
ドストエフスキー!
カラマーゾフの兄弟!
シルスマリーア!
フリードリヒニーチェ!その1

306 :シルスマリーア、フリードリヒニーチェその2:2008/02/17(日) 22:32:58 0
ドストエフスキー!
ドストエフスキー!
カラマーゾフの兄弟!
シルスマリーア!
フリードリヒニーチェ!その2

307 :シルスマリーア、フリードリヒニーチェその3:2008/02/17(日) 22:34:25 0
ドストエフスキー!
ドストエフスキー!
カラマーゾフの兄弟!
シルスマリーア!
フリードリヒニーチェ!その3

308 :シルスマリーア、フリードリヒニーチェその4:2008/02/17(日) 22:36:16 0
ドストエフスキー!
ドストエフスキー!
カラマーゾフの兄弟!
シルスマリーア!
フリードリヒニーチェ!その4

309 :考える名無しさん:2008/02/17(日) 22:37:53 0
お前もアンドロイドは電気羊の夢を見るか

310 :考える名無しさん:2008/03/05(水) 01:20:52 0
「精神現象学」原書で読んでみたいんだけど、
ドイツ語全くわからないんですが、
ドイツ語の辞書と文法書一冊用意すれば原書読めるかな?


311 :考える名無しさん:2008/03/05(水) 01:50:17 O
邦訳でよく理解してりゃわかるだろうね。


312 :考える名無しさん:2008/03/05(水) 05:49:25 0
邦訳でよく理解できないので読んでみたいのですが・・・

313 :考える名無しさん:2008/03/05(水) 06:19:53 O
読んでみれば?

314 :考える名無しさん:2008/03/05(水) 20:04:11 0
邦訳でも意味わからないし、ドイツ語もできないけど、
「精神現象学」原書で読む!読んでみせる!

315 :考える名無しさん:2008/03/05(水) 21:20:03 0
>>310
まずドイツ語の勉強をしないと。
たとえばNHKのラジオ講座を半年聞く。
次に文法書を一冊仕上げる。それから子供向けの本を一冊読んでみる。
あとは辞書を引きながら読んでいけばいい。

316 :考える名無しさん:2008/03/05(水) 21:23:22 0
>>315
その時には邦訳も傍らに置いて参照する。本文はもちろん訳注も理解の助けになる。

317 :考える名無しさん:2008/03/05(水) 22:11:15 0
>>315>>316
それでやってみます。
まずドイツ語覚えて、原書と邦訳と英語訳のも一緒に読んで理解できるようにしてみる。


318 :考える名無しさん:2008/03/06(木) 00:25:25 0
わかっている人に聞けば、一日でわかるよ。

319 :考える名無しさん:2008/03/09(日) 03:28:06 0
樫山訳って評判どう?
序論のところを中公の部分訳と読み比べてみると、
正直「これで全巻読み通すのはしんどいな」という気にさせられるんですが。
(あと、これ正確な訳ですか?)
もっとも(原文と突き合わせたわけじゃないけど)
中公のはかなり言葉や文章を補って訳してあるようなので、
同じ土俵で比べるのものでもないのかもしれないけれど。

320 :考える名無しさん:2008/03/09(日) 07:50:56 0
>>319
樫山訳は、原文を知っている人が持ち運んだり寝転がったりして読むためのもの。
独特の雰囲気があるし原文に近いので、それはそれでよい。間違いはある。
中公に関しては序論しかないが、読めるならそれでもかまわない。こなれた訳。
長谷川訳は読めることは読めるが概念の運動・変化の手触りがない。大意を
つかむのにはよい。どの訳で読むにしても金子武蔵の注は必見。原文(独英)、
金子訳、牧野訳があればよい。日本語のみなら、金子訳を読み分からないなら
牧野訳を読めばよい。金子訳を読んでいても時折牧野訳を参照することは役に立つ。
一番良いのはどこかの読書会やゼミに参加して、詳しい人にヘーゲルの文章の
読み方を伝授、そう、伝授してもらうこと。どの訳であっても事柄の難しさは
変わらない。すらすら読めるものではない。



321 :319:2008/03/09(日) 12:28:34 0
早速の丁寧なご教示、ありがとうございました。
本棚の奥の方に金子訳があるので、文庫本で横着せずにトライしてみます
(長谷川訳も持ってますが、牧野訳はありません)。
問題はいまの自分の環境では、手の届くところに勉強会の場がないことですが・・・

322 :dtpcp870:2008/03/09(日) 16:36:43 0
法の哲学をドイツ語で読んでいます。遊びに来てください。

では。http://blogs.yahoo.co.jp/dtpcp870/MYBLOG/yblog.html

323 :考える名無しさん:2008/03/10(月) 23:28:08 0
>>320
半日かかって、ようやく探していた答えを見つけました。
無関係な通りがかりの者ですが、感謝申し上げます・・・・

324 :考える名無しさん:2008/03/12(水) 06:55:39 0
>>321>>323
調子にのって書いたのでちょっと補足させてください。

ここは哲学板ですから、哲学の知識がそれなりにあって、難しい文章を必死で
解読しつつ考えることを愉悦と感じるひとを前提に書きましたので、あくまで
参考程度にしてください。読み通すことを第一の目的にするなら長谷川訳でも
良いかもしれません。結局はそのひとによります。

ちなみに、『精神現象学』は経済的・社会的状況の逼迫さのなかで書かれたので、
その文章は推敲されていません。加えて、他言語への翻訳に伴う本来的な困難さと、
ヘーゲル自身の思考方法と文章の特徴とが相まって、『精神現象学』の翻訳には、
単に文章の体裁と整えることにすらも、訳者の解釈が介在せざるをえない所が少なく
ないので、「完璧な」翻訳というものはありえないでしょう。

325 :323:2008/03/12(水) 23:41:55 0
>>324
ご丁寧な追記、ありがとうございます。
専門外で、昨年、20年ぶりに長谷川訳で、現象学に再挑戦しました。
それでも、よく言われているように通読はできずに、半分で一旦挫折。
最近、古本屋で「人類の知的遺産・ヘーゲル」を見つけ、読んだところ、
再び、意欲が甦り、巻末の「精神現象学」を傍線を引きつつ、読み直したところ
雲間に光を見出し、あらためて全訳を読み直そうと思ったところです。
ただ、原文で読むことはまず有り得ない状況の中、少しずつでも理解を深めたく、
次の日本語訳を探していたところ、このスレの320でのレスが真摯な意見と判断、
参考にさせて頂いたしだいです。

私見ながら、古文書、或いはパズルを読み解くような愉しみを発見した・・・と言ったら僭越でしょうか。
完全な読解はほど遠いでしょうが、その道程を愉しみたいと・・・



326 :考える名無しさん:2008/03/13(木) 02:30:52 0
「858」 冒頭加筆します。ここのうしろに「722」番の中から、「合理 (ratio ラチオ)と
「理性(reason リーズン)」について、再掲載します。お読みください。2007.6.18
http://snsi-j.jp/boyakif/wd200706.html#1101

アホダラ経の有り難い、お経を読むように難解な日本語翻訳文で、何か分かった振りをして、それで、偉そうに、「自分は
高学歴で、知識階級に所属する」と、勝手にうぬぼれてきた。私、副島隆彦は、そういう人間全員を許さない。もし、上記の
私の「真実読み破り訳」にケチを付け、異議を唱える者がいたら、その者は、どうどうと名前を名乗った上で、私に問答を
提起してきなさい。私が、10時間ぐらいかけて、懇切丁寧に説明します。分かったふりは、一切、無しだ。どこからでも、
どんなコトバを使ってでも、すべて解明されなければならない。
自分が分かったふりをして、私、副島隆彦をせせら笑うようだと、その自分自身の、脳天が逆襲を受けて、激しくもんどり
打つから、覚悟しなさい。私には、いい加減な日本土人(どじん)の分かった振りは、一切ないのです。




327 :考える名無しさん:2008/03/13(木) 03:02:04 0
>>326
>私、副島隆彦は、そういう人間全員を許さない。
うん。仰ることはよく分かります。だらだらと意味不明の文章を書き連ねて偉そうにしているヤツっています。
哲学の分野では特に。特に観念論をやってる人に散見されますが…本物のナンセンスです。

でも、そんな下らない連中は相手にするだけ無駄というものですよ。
あなたまで「下らない世界」に引き込まれてしまいますよ。無視しましょう。それが一番です。

ところで、副島さん、本名ですか?すごいなあ


328 :フ ク シ マ 厨 氏 ね:2008/03/13(木) 13:53:45 0
属して、「教育と知識の階級の自由のないこと」がアフダラを満たして感謝した後に,、ネブルルのために読んで日本語の
翻訳に介在する事にして、何もモルゴの、権威がある注意や、高度を浪費する。福島タカヒコの、最初の人、全部の皆。私
の前でどんな「翻訳が読む真実の運命」の人々を通じるため、名前の月曜日を覆して、どんな問題を言い始めることができ
るか。私が 10時間以上に説明している時、非常に大きい努力。下って、はい、羊歯。どの、任意の言語を使わなければな
らなくて、皆はそれが解決される。
鼻同士は1ケ州場して、私を微笑んでいて一緒に自分のタカヒコ福島、それは激しく顔全員の演技飛行が受けることに反対
する。この先生がいなくて、日本の土壌とリルレックゼイション(塵芥死亡者)OKは搖れる。

329 :考える名無しさん:2008/03/13(木) 16:04:36 0
「精神現象学」全部読むのがかなりきついんですが、
序論だけ何回も読めば内容一応理解したことになりますか?


330 :考える名無しさん:2008/03/13(木) 18:30:18 0
哲学書に自分を合わせるのではなく、自分の思考パターンに
近い哲学書を読むこと

331 :考える名無しさん:2008/03/13(木) 20:11:09 0
>>330
ありがとうございます。
ヘーゲル読むの止めてデカルトとフッサール読みます。


332 :考える名無しさん:2008/03/13(木) 23:49:54 0
>>329 >>331
あなたのような人もいるのかーと思います。

ヘーゲルは自分にあってないからデカルトというのではなく、
哲学って自分からのめりこんでいくものだと思いますけど…

私は、私を陶酔させる哲学者だけを相手にします。でもまあいろんな人がいて…

333 :考える名無しさん:2008/03/14(金) 01:39:38 0
>>332
あの、何を言いたいのかよくわからないのですが・・・
デカルトとフッサールはすごく面白かったから読みたいだけなんですけど

観念論とか勉強すると>>332見たいになっちゃうのかな・・・
早く気がついてよかったわ。

334 :考える名無しさん:2008/03/14(金) 02:34:45 0
>>333
たしかに332は前のレスを読まずにいちゃもんつけてるだけだから頭にくるだろうけど、後段のは余計でしょ。
好きな本を手にとって気分よく読書を楽しんでください。

335 :考える名無しさん:2008/03/17(月) 21:33:49 0
講談社選書メチエから出てる長谷川宏の
精神現象学を解説してる本っていいの?

336 :初診者:2008/03/18(火) 09:22:15 0
悪くはないけど・・・・しかし、自身の訳からの引用がやたらと多いのが・・・
それに、判った気がしても、結局はあくまで長谷川訳についての理解が深まるだけで・・
ま、原文読めない者としては、結局、他の人の訳と読み比べて、少しずつでもヒントを得ていくしかないみたいですね。
325さんも書いていますが、「人類の知的遺産」も案外、役に立ちましたね、個人的には。

337 :考える名無しさん:2008/03/20(木) 15:05:05 0
同い年のベートーベンとは面識あるのでしょうか

338 :考える名無しさん:2008/03/21(金) 03:36:40 0
>>337
ない。
ヘーゲルは大のベートーヴェン嫌い。
彼の『法哲学』が名指しを避けたサヴィニー批判であるのと同じく、彼の
『美学講義』の音楽論も名指しを避けたベートーヴェン批判。

339 :考える名無しさん:2008/03/21(金) 21:15:11 0
ふうむ

340 :考える名無しさん:2008/03/22(土) 12:44:33 0
ひゅーむ

341 :考える名無しさん:2008/03/23(日) 01:10:37 0
>>330
それは名言かもねw

古典についてはあくまで古典だとわきまえることが肝要。
ヘーゲルに関しては、はまるつもりがないならわかりやすいやつだけ
読めばいいと思う。必要なところだけ読むとかでもいい。

342 :考える名無しさん:2008/03/27(木) 15:58:29 0
>>338
ベートーヴェンの書斎にはカントがあったらしいね
積ん読だったのかな、本当に読んでいたのかな?

343 :考える名無しさん:2008/04/12(土) 15:41:26 0
平凡社ライブラリー『精神現象学(上)(下)』を使います

これって、何か特別な理由があるのですか?

難解な物をさらに難解にした・・・などと言われてますが、如何?

344 :考える名無しさん:2008/05/05(月) 16:21:27 0
哲学史講義〈上巻〉 1992 河出書房新社
G.W.F. ヘーゲル, 長谷川 宏

細川亮一『ヘーゲル現象学の理念』の説 だと、『精神現象学』は『哲学史講義』と並行対応関係にあり、『哲学史講義』
は『精神現象学』と一緒に読むといいそうだ。
これがこの講義のあらたな読み方だろう。もちろんベーメ譲りの神秘主義(下巻p181で批判的に詳述される)で『現象学』
はわかりづらく、一方講義の方は後年(山口誠一『ヘーゲルのギリシア哲学論』p50の説では1823年)の作品だからこ
なれてはいるが。

以下、読書メモです。

『精神現象学』内の章:対応する哲学者、及びキーワード、頁数は長谷川訳『哲学史講義』より。

意識
 感覚:パルメニデス(本来の哲学が始まる、上p238)から    
 ヘラクレイトス(一般的な過程、上p279)
 知覚:レウキッポス(自立存在の定義、正なるものを負な
    るものの空虚として.上p297)
 悟性:プラトン「ソピステス(ソフィスト)」(抽象的な
    統一、中p56)

自己意識
 生命:アリストテレス「霊魂論」(一般的、中p164)
 主と僕:アリストテレス「政治学」(服従、中p186,189)

   ストア派(自然な素朴さ、中p215,220)
   懐疑派(内容の否定、中p300)
 不幸な意識:
   新プラトン主義(統一、三位一体、中p339,408)



345 :考える名無しさん:2008/05/14(水) 00:11:07 0
『精神現象学』意識の章の終わりあたりより、翻訳の比較。

「知覚を越えて高まったとき、意識は現象という媒語を通じて超感覚的なものと推理的に連結し
たものとして現われてきて、現象という媒語を通じて[超感覚的なものという] この背景(後ろの
根拠)を観じている。」
金子武蔵訳、岩波書店『精神の現象学』上p166


「知覚を超えて高まったとき、意識は、現象という媒語[中間]によって、超感覚的なものと推
理的に結ばれて、現われる。この媒語を通じて意識はその背景を見るのである。」
樫山欽四郎訳、平凡社上p203

「知覚を超えた境地にある意識は、現実界を媒介とし、現実界の背後を透視するというかたち
で超感覚的世界とつながっている。」
長谷川宏訳、作品社p117

「意識[自身はというと、それ]は知覚よりは高まっているから、現象という中項を介して超感
覚的なもの[内なるもの]と連結するのであり、意識はその中項を介してこの[超感覚的なものと
いう]背景を覗き見るのである。」
牧野紀之訳、未知谷p311


346 :考える名無しさん:2008/05/14(水) 00:11:43 0



"Raised above perception, consciousness exhibits itself closed in term of appearance,
through which it gazes into this background [lying behind appearance]."
"HEGEL'S Phenomenology of Spirit"translated by A.V.Miller,p103

"Erhoben über die Wahrnehmung stellt sich das Bewußtsein mit dem Übersinnlichen
durch die Mitte der Erscheinung zusammengeschlossen dar, durch welche es in diesen
Hintergrund schaut."
G.W.F. Hegel"Phänomenologie des Geistes"
http://www.marxists.org/deutsch/philosophie/hegel/phaenom/kap3.htm



347 :考える名無しさん:2008/05/14(水) 00:16:08 0
>>345
長谷川訳の超訳ぶりがよく分かる比較ですね

348 :考える名無しさん:2008/05/14(水) 13:23:35 0

追加:精神の章の冒頭。

「理性が精神であるのは、あらゆる実在性であるという確信が真理にまで高められ、そうして理性が自分自身を自分の世界として、また、世界を自分自身として意識しているときである。」
金子武蔵訳、岩波書店『精神の現象学』下p731

「全実在であるという確信が真理に高められ、理性が自己自身を自己の世界として、世界を自己自身として意識するようになったとき、理性は精神なのである。」樫山欽四郎訳、創文社『ヘーゲル精神現象学の研究』p388

「物の世界すべてに行きわたっているという理性の確信が真理へと高められ、理性がおのれ自身を世界として、また、世界をおのれ自身として意識するに至ったとき、理性は精神である。」
長谷川宏訳、作品社p296

「理性は[今や]精神となっている。[自分は]全ての実在であるという[自己意識の主観的]確信が[客観的]真理にまで高まり、その確信が自分の世界との一体性を自覚するに至ったからである。」
牧野紀之訳、未知谷p618

349 :考える名無しさん:2008/05/14(水) 13:23:56 0


"REASON is spirit, when its certainty of being all reality has been raised to the level of truth, and reason is consciously aware of itself as its own world, and of the world as itself. "
"THE PHENOMENOLOGY OF MIND "Translated by J. B. Baillie(先出とは違うmindバージョン。)
http://www.class.uidaho.edu/mickelsen/texts/Hegel%20Phen/hegel%20phen%20ch%20VI.htm
http://www.class.uidaho.edu/mickelsen/ToC/Hegel%20Phen%20ToC.htm



"Die Vernunft ist Geist, indem die Gewißheit, alle Realität zu sein, zur Wahrheit erhoben, und sie sich ihrer selbst als ihrer Welt und der Welt als ihrer selbst bewußt ist."
G.W.F. Hegel"Phänomenologie des Geistes"

http://www.marxists.org/deutsch/philosophie/hegel/phaenom/kap6.htm

http://www.marxists.org/deutsch/philosophie/hegel/phaenom/index.htm


専門家には金子訳、一般には長谷川訳でいいのではないでしょうか?
ヘーゲルが大急ぎで書いたものなので、早く読める長谷川訳がいいと思います。
細かい訳の問題は、それぞれの訳者の書いた入門書にあたるのがいいと思います。
牧野訳における「序言」「序論」という目次設定は的確だと思いますが、、、
なお英訳にも精神をmindとする バージョンとspiritとするバージョンがあって、意見が分かれます。spiritの方が歴史的には正確でしょうが、mindの方が現在の意味としてはニュアンスが正確に伝わるようです。

350 :考える名無しさん:2008/05/14(水) 13:58:07 0
>>348
 私は世代的に金子訳で育ったので、どうしても金子訳でないとピンと来ない
ところがありました。私の学生時代は金子訳と樫山訳(旧版)しかありません
でしたし・・・(歳がバレますね。)

 しかし、こうして比較していただいたのを見ると、今の私は、牧野氏訳が最も
適切だと判断します。
 牧野訳は持っているのですが、この歳になって読みなれた訳本と別訳で精
神現象学を読み直すには、頭の馬力が不足になってしまいました・・・(歳が
バレますね。)

 牧野氏のヘーゲル訳本は、どれもこれも訳注になじめませんでした。説教
臭かったり、先学に対して批判のための批判、反対のための反対論を場違い
に展開したり・・・
 しかし牧野訳の精神現象学をパラパラ見ると、最近の牧野氏は人格的に円
熟したようで、いやな臭みが少しは抜けているように感じています。

 ・・・ただ、小学校の同窓会の幹事をしていた私の老母のところに牧野氏から
欠席の回答が来て、「私の母と牧野氏は小学校で同級生だった」ことを知った
ときは、卒倒するくらいブッタマゲました。
 いやー、世間は狭いもんだ。(歳がバレますね。)

351 :考える名無しさん:2008/05/15(木) 02:04:28 0
牧野訳は金子訳の通俗板にすぎない

知性の低さが滲み出てるあの訳注が更に訳の価値を低めている

352 :考える名無しさん:2008/05/15(木) 19:25:52 0
>>351
端から訳本を表立っては使えない研究者連中ならいざ知らず、
トーシロが読むんだ、誤読を少しでも避けられる訳本なら、
金庫だろうと貸山だろうと誰の訳でもかまわねーだろが。




353 :考える名無しさん:2008/05/15(木) 19:36:08 0
弁証法的発展というのがよくわかりません
どんな対立する主張も頑張って妥協すれば合体できるよということですか?

354 :考える名無しさん:2008/05/16(金) 09:11:27 0
>>353
「妥協」じゃのーて、「不可避に」じゃな。
「合体」じゃのーて、「統一vs成」じゃな。
要は、なんでも在りの、トンデモってやつじゃよ。

355 :考える名無しさん:2008/05/16(金) 10:54:21 0
>説教臭かったり、先学に対して批判のための批判、反対のための反対論を場違い
に展開したり・・・

説教臭いのは事実だが、先学に対して批判のための批判、反対のための反対論を「場違い
に」展開したりはしてないと思う。むしろ、疑問点を率直に書いてあって、参考になる。
また、むしろ先学に学ぶという姿勢も同時に随所に示されいて、その誠実さと率直さに
好感が持てる。それはまた、自分がわからないところをわからないと正直に書いている
ところにも示されている。批判のための批判や反対のための反対は、俺の読むところ、
一箇所もない。にもかかわらず、不誠実な長谷川訳の方が分かりやすく(ひょっとした
ら正しい解釈に達しているかもしれない)箇所が多々あるところが皮肉。

356 :考える名無しさん:2008/05/16(金) 11:18:37 0
>>355
金子訳は読んだことあるのか?

牧野のBSEな訳注を読むぐらいなら、
その批判相手(というよりネタ元)になっている
金子訳の訳注を読んだ方がいい。これだけは確か。

357 :考える名無しさん:2008/05/16(金) 11:20:04 0
ヘーゲルは深入りせず長谷川訳でサクッといくほうが良さそうだw

358 :考える名無しさん:2008/05/16(金) 12:27:05 0
牧野のBSEな訳注
牧野のBSEな訳注
牧野のBSEな訳注

359 :考える名無しさん:2008/05/16(金) 13:01:09 0
>>345
>「知覚を超えた境地にある意識は、現実界を媒介とし、
>現実界の背後を透視するというかたちで超感覚的世界と
>つながっている。」
>長谷川宏訳、作品社p117

ここまでくると、長谷川訳は誤訳ですね。


360 :考える名無しさん:2008/05/16(金) 16:38:08 0
で結局、樫山訳ageの人はいないってことでつね?

361 :考える名無しさん:2008/05/16(金) 16:39:56 O
いねー

362 :考える名無しさん:2008/05/16(金) 17:47:10 0
「境地」「現実界」「超感覚的世界」…。
いくらなんでもヘーゲルはこんなこと言ってないでしょ。

363 :考える名無しさん:2008/05/16(金) 17:54:06 0
おでは樫山で読むよ

364 :考える名無しさん:2008/05/17(土) 14:56:22 0
>>359
誤訳じゃないだろ。
広辞苑に載っている言葉で翻訳するとこうなるってだけで。


365 :考える名無しさん:2008/05/17(土) 15:07:07 0
>>364
広辞苑ww
まあ、広辞苑に「超感覚的」なんて載ってないけどね

366 :考える名無しさん:2008/05/17(土) 15:19:17 0
超+感覚的ってことだよw

367 :考える名無しさん:2008/05/17(土) 15:49:03 0
要するに超感覚世界=キン肉マンの世界だろ
難しく考えるなよ

368 :考える名無しさん:2008/05/17(土) 18:23:02 0
>牧野のBSEな訳注を読むぐらいなら、その批判相手(というよりネタ元)になっている
金子訳の訳注を読んだ方がいい。これだけは確か。

否。まったく駄目。
金子は分からないところを分からないと書いていない。それだけで信用できない。
(その点では、長谷川のごまかし方の方が酷いが。)
また金子は訳、訳注とも(とりわけ構造把握)はイポリットに頼りすぎではないか?
その点でも、牧野の方が自分の無い知恵を絞っている。
(ただし無いものはしょせん無いという場合が多いが。)

369 :考える名無しさん:2008/05/17(土) 21:58:40 0
牧野より金子、金子よりイポリット、
そういうことだな。

370 :考える名無しさん:2008/05/18(日) 01:29:13 0
樫山でいいよ。

371 :考える名無しさん:2008/05/18(日) 01:30:30 0
つまり、邦訳に頼らず、イポリットの仏訳を読め、と

372 :考える名無しさん:2008/05/18(日) 01:50:08 0
>>362
そりゃヘーゲルは日本語できないからね。

373 :考える名無しさん:2008/05/18(日) 14:51:49 0
ヘーゲルって、ああみえても本音では「超感覚的」なものや
「神秘的」なものには徹底して批判的だったから、
いくらなんでもハセガワ訳はないだろ。あれじゃへーゲルの言わんと
してることの真逆じゃん。

374 :考える名無しさん:2008/05/18(日) 15:13:09 0
>>345
zusammengeschlossen を「推理的に連結したものとして」(金子訳)、「推理的に結ばれて」(樫山訳)
と訳すのもいかがなものかと思うが

375 :考える名無しさん:2008/05/18(日) 15:27:00 O
精神たるもの己のアイデンティティを細やかに屈折させうるありとあらゆる神経の暴挙化を歯止めの効かないソーシャルケースに常に芳しく対応する事が望ましい。

376 :考える名無しさん:2008/05/18(日) 15:47:33 0
>>374
あなたならどのように訳しますか?

377 :考える名無しさん:2008/05/18(日) 16:05:20 0
>>376
「現象という媒介項によって超感覚的なものと結びついたものとして現れてくる〔自己を表現する〕」

どうでもいいが、>>346の Miller の英訳は Übersinnlichen の訳が落ちてるな

378 :考える名無しさん:2008/05/18(日) 16:42:01 0
てかカントも読まずに、超感覚世界とか推理的に結合とか理解できるはずないし。

379 :考える名無しさん:2008/05/18(日) 18:24:44 0
>>373
かといって自然科学の知識も滅茶苦茶だけどね。

380 :考える名無しさん:2008/05/19(月) 08:12:15 0
>>348
indemを「〜したとき」(金子訳、樫山訳、長谷川訳)と訳すのもいかがなものかと思うが。
Baillieの「when」をそのままパクッただけなのか。

381 :考える名無しさん:2008/05/19(月) 09:19:45 0
視線とか「まなざし」とか言い出すと大体、話はgdgdになるけどな。
文学とか哲学の人がそーゆーののメタファーに光学用語とか使うと
理科の得意な中学生なら間違えないような間違い平気で書くし、
じゃあそれはポエムで、文脈から推論しなきゃいけなくなって面倒くさかったりするからヤなんだよな。

http://wwwsoc.nii.ac.jp/robun/bulletin38/38_mouri.pdf

↑でも「映画はネガに光を当てることによって投射される」とかあって。
ネガじゃねえよポジだよ。気取らないでフィルムって書きゃいいのに。

ふと「虚像 実像 実体」でgoogle検索してみて、最上位に表示されたのが、

http://www.satoshi-nitta.com/nemuri5/nemuri-852.htm

うあー。なんだこれ。

382 :考える名無しさん:2008/06/24(火) 10:59:41 0
>>381
おまえこそなんだよ。スレを汚すな

383 :考える名無しさん:2008/07/22(火) 17:39:14 O
どの訳も難し過ぎる。

384 :考える名無しさん:2008/08/03(日) 23:12:29 0
いや、原文の方が難しい。

そのうえ、各訳や注釈を参照して、苦労して真意に達しても、実のところは、たいしたことは言ってない。

385 :考える名無しさん:2008/08/03(日) 23:31:10 0
>>384
お前には竹田本がお似合いだよ

386 :考える名無しさん:2008/08/03(日) 23:32:43 O
おっ読めると思ったのも束の間、原文挫折しますた。
独訳ソフィーの世界でも読んできます。
身の程知らずですみませんですた。


387 :考える名無しさん:2008/08/03(日) 23:47:14 O
人はね、挫折を通して大きくなるんだよ。
挫折ぐらいで挫けちゃいけないな。

388 :考える名無しさん:2008/08/04(月) 01:04:34 O
邦訳やら英訳を参照しながら読めばいいんだろうけど、
飛躍を遂げるには、時には無茶が必要だというも気もするけどな。
ステップバイステップだと、いつまでたっても壁を越えられない気がするわな。
粘着してれば突如自ずとわかってくるという突然変異が起こることもあるからな。
それがないと、レベルが上がらないと思うね。
ステップバイステップだと、いわば水は広がっていくだけだが、
糞勉強によると水滴が岩に穴を穿つ如くに深みが出てくるんじゃないかと思う。
とすればどちらも必要だわな。
不合理なのと合理的なるもの双方が。
ドイツ語の糞勉強の教材として精神現象学は適してると思うね。
西洋哲学の最高峰だしな。 糞勉強する甲斐もあるだろう。


389 :考える名無しさん:2008/08/04(月) 23:01:08 0
>実のところは、たいしたことは言ってない。

控えめに同意。

読んでみるまではひじょうに期待していた。
しかし、読んだ今では、たとえば『純粋理性批判』のような本物
の哲学書と同列に語られること自体がどうしても信じがたいのだ。
そもそもあんなものでも一応「哲学」とはいえるのだろうか?


390 :考える名無しさん:2008/08/04(月) 23:11:12 0
>>389
君が何をもって「本物」とするかは俺の推測の域を出ないが、おそらく、
ヘーゲル大小論理学の「純理批判」は本当に「純理」に匹敵する本物。
一読希望。


391 :考える名無しさん:2008/09/10(水) 10:04:37 0
ほー

392 :marginal:2008/09/10(水) 17:12:25 0
このブログは『精神現象学』の読解にとても参考になると思います。
日々の泡 L'Ecume des jours
http://blogs.yahoo.co.jp/anamnesis1964/12345887.html

393 :考える名無しさん:2008/09/11(木) 02:38:01 0
おおっ!

394 :考える名無しさん:2008/09/15(月) 15:51:05 0
>>392
こいつぁめずらしいな、マージナルじゃん。
で、どうよそっちの進捗情況は?

395 :考える名無しさん:2008/09/15(月) 17:06:58 0
竹田の完全読解ヘーゲル「精神現象学」はどうだ。

396 :考える名無しさん:2008/09/15(月) 17:10:58 0
竹田w

397 :marginal:2008/09/15(月) 19:45:26 0
>>394
ブログの最後のエントリからヘーゲルの本を開いてません。ちょっと愚痴めいた
事を書くと、自分の頭の悪さが嫌になったのとモチベーションの低下です。自分の
問題ですね。

398 :考える名無しさん:2008/09/15(月) 20:17:43 0
>>397
ほんとうにお珍しいですね、marginalさん。
なーに、モチベーションの低下なんか一時的なものですよ。
あのヘーゲリアンでマルキストのOFW氏が言ってましたね、
正確にはおぼえてませんが、「スルメをしゃぶるようにじっくりと」
とかなんとか。
要はマイペースですよ。
もっとも、OFW氏のことばは『小論理学』に関してですがね。

399 :考える名無しさん:2008/09/15(月) 20:38:02 0
精神現象学と、エンチクロペディーの精神哲学なら、
どっちを優先的に読むべきかな?

400 :marginal:2008/09/15(月) 20:47:37 0
>>399
自分の問題意識によって優先度は変わると思いますけど、
読みやすさでいうと精神哲学なので、ヘーゲルの文章に
まったく慣れてないなら精神哲学でいいんじゃないですか?

読みたいと思ってまだ読んでないデリダによるヘーゲルの
記号論にも接続できますし(確か『哲学の余白』)。
興味があれば。ヘーゲルの生の思考を味わいたいなら現象学。

401 :marginal:2008/09/15(月) 20:50:53 0
>>398
ありがとうございます。

もう少し言うと、ヘーゲルによって何を考えるか、という問題が
自分にとって結構深刻になってきていて、初めはただヘーゲルを面白
がってただけなんですけどね。

402 :考える名無しさん:2008/09/15(月) 21:34:05 O
>>400
thx
精神哲学→精神現象学の順で読んでみるよ。

403 :考える名無しさん:2008/09/15(月) 22:31:27 0
そんなに真剣になるんだね。
ヘーゲルって人を深刻にさせるのでしょうかね?
もしよければその深刻さを披露してくれません。


404 :marginal:2008/09/15(月) 23:45:04 0
>>403
ただの揶揄ではないと期待して書きます。思いつくまま恥ずかしげなく書きます。まずヘーゲルが深刻に
させるというよりは自分の能力の問題だと思ってます。一言で言うと、自分の悩みや現状の閉塞感とどう
関連付けて考えたらよいか分からないということです。能力がないのにヘーゲルにしがみついてるという
ことです。ヘーゲルを捨てたら他はヘーゲルよりは知らないし。哲学捨てたら人生にやることがない。
他を勉強しようにもあのときの情熱がない。情熱がないのに哲学しかない。初めは大学の面白い講義が
きっかけで現象学を読み始めたのですが、自分の問題意識は特になく、謎めいたテクストとして楽しん
でたのですが、それなりに理解してくると、現代におけるヘーゲルの可能性や不可能性が気になってくる。まあ「こんなの読んで何になるの?」というよく言われることです。だけど
ご存知のように現代におけるヘーゲルの影響は大で、その種子はマルクスやフランス現代思想(最近は
分哲でも?)で肯定するにせよ否定するにせよさまざまに花開いており、それらを研究することは価値が
あるはず。でもそれならヘーゲルは程ほどにしてそういう人たちを読んだほうがいいんじゃないのという
こともある。より洗練されてるだろうし。

405 :marginal:2008/09/15(月) 23:46:27 0
それからヘーゲルの岩盤のようでかつ文化的・地理的・時間的に距離のある文章や内容を、適切な哲学的
素養・能力・関心や指導なしに理解しようとすると、どうしても強力なヘーゲルの重力が底にある想像的
な渦に巻き込まれて、何がなんだか分からなくなる。だけど知りたい。現象学は文学的に読めるように見
えて哲学史の基礎が必要だというのがみそで、哲学書なんで当たり前ですが、最近つとに感じるように
なってきた。ひとつはカントの重みはやっぱりでかいなあと。いったんヘーゲルやめて他のを読めば
いいんじゃないの、ということでいろいろつまみ食いをした。カントは挫折中。同じようになんだか
分からない。ハイデガーは少ししか読んでませんけどそんな感じはまだない。不思議だ。直感ですけど、
自分に数学的能力がないのが原因かなあなんて思ったりします。資質なんでしょうが自分は文学的に
哲学を読もうとしてたのが悪いのかも。これからキルケゴールを読もうかなあなんて思ってます。
昔「不安の概念」を読んで面白かった記憶があるし。ただヘーゲルも完全にあきらめたわけではないので
ブログは一応閉鎖しないつもりです。それからあんまり言いたくないですけど、生活上のごたごたが
きついっていうのが一番かも。集中できない。哲学をきっぱり捨て去るのもひとつの手だけども、あの
ときどきうまくいくと訪れる「フィロソフィカル・ハイ」は病み付きになる。あ、あと「精神的な動物の
国」でしたっけ? あそこはいずれ読んでみたい。コジェーヴ、アガンベン、東の文脈に繋がるかもという
淡い期待がある。こんな感じです。

406 :考える名無しさん:2008/09/16(火) 11:00:47 0
詳細な説明ですね。
ヘーゲルが好きで、それを読解する事が貴方の喜びであった。
しかし、ヘーゲルだけでは広がらない。そこで、他の分野へ興味がある。
あるいは、当為として自身強制される。
一方、社会的?家庭的?な問題もあって、いっそ哲学を捨てようかとも
考えている。
つまり、失礼かもしれませんが、人生=選択に迷っている。
こう言う事でしょうか?
確かに、哲学を極めようとすれば、かなり自己犠牲が必要です。
時間も必要ですし、その割には、喜びが少ない。(交流の場所が少ないからでしょうか)
本来、思考は迷いだと思います。つまり、ある事をしてるときは
考えていません。ところが、「待てよ」といった、切断によって、
思考が開始します。ですから、人間は過剰に迷う動物だと言えますよね。
しかし、私もアドアイスができるわけではありませんが、
貴方にとって、哲学するとはどう言う事か再度自分んで箇条書きに
してはどうでしょうか。この場合、哲学をする事のメリットとディメリット
を併記して、哲学を続ける方がいか止めるべきか、決定してはどうでしょうか?
そう言う私も哲学が趣味ですので、たくさん本を読みます。
ヘーゲルではありませんが(笑)
確かに、同レヴェルで交流出来る人は皆無です。(笑)
それでも、インターネットであちらこちらに書き込みをし、反応を持ちます。
本来は、あなたもきっと、哲学で語れる=感動し合える友を探している
のかも知れませんよ。でも、あまり異なる哲学ならば話しあえないかも(笑)
ちなみに、私はポスト構造主義の方をやっていますよ。

407 :考える名無しさん:2008/09/16(火) 18:34:07 0
哲学を真剣にやるには、向き不向きがあって、日常性がしっかりした人
でないと、精神的に危ないと言う気がする。
隣の○○君はどうだとか、コンビニの女の子が奇麗で、好みだとか
パチンコで儲かったとか、ぽにょは可愛いとか、会社の上司はヒデー野郎
だとか、母さんがうるさいとか、こう言う日常(ハイデガーでは頽落というかな)
にしっかり興味を持っている人間こそ、哲学に向いているんだと思うんだね。
逆に、日常が希薄だと、思考の局地である、哲学に依存して世界=日常が
ある様になり、哲学の真理を敷衍して日常に持ち込むと、人間関係が
上手くいかないし、その事で余計に悩む事になる。(ひどい時はノイローゼ)
真理は哲学なのか日常なのか分からなくなる。
哲学は遊びだと言う事を前提にした方が良い。カントは決まった時間に散歩をする
日常を真理によって生きるような厳粛な人だっ様だが、ヘーゲルもそうかも知れな
いが、ポストモダンの今では、遊びとして哲学はやるものでしょうね。
テレビ漫画・アニメ・歌を聴きながら、あるいは歌いながら哲学する
そんな感じでどうでしょう。疲れたらスタバできれいな女の子の鑑賞とか(笑)
こんな感じの方が高度な哲学は理解されるのでしょうね。
まあ、気楽に楽しく哲学よ!て事でしょう。
私に出来るアドヴァイスはこの辺かな。

408 :純一 ◆QzuB1xeuck :2008/09/16(火) 19:42:14 0
やあ、marginalってのはポールの自演コテですよ。

409 :純一 ◆QzuB1xeuck :2008/09/16(火) 19:46:24 0
しかし、相変わらず、ポールは理解していない癖に
格好を付けたがる。

悪い癖です。

410 :純一 ◆QzuB1xeuck :2008/09/16(火) 19:48:39 0
どうも、このsageで書いているポールの自演コテと思われるmarginalと、
ageて書いている名無しはセットでポールの自演の様に思われる。

ヘーゲルを理解しているのならば、こういう
知ってる人を誘い込もうとする魂胆が見え見えの流れは作らない筈です。

411 :純一 ◆QzuB1xeuck :2008/09/16(火) 19:51:22 0
さて、ポールが色々と難しそうな言葉を並べていますが、
実はポールはヘーゲルを全く理解していません。

ヘーゲルの言ってる事は至極単純であり、
それをポールが理解できないなら、知ってる人を誘い込もうと
ポール自身が知ってる振りをする。

よく考えると、この手法はぴかぁ〜がポールからパクった手法なのかもしれません。

412 :純一 ◆QzuB1xeuck :2008/09/16(火) 19:59:42 0
さて、ここで、私純一はヘーゲルを完璧に理解しているのですが、
その理解の仕方をお教えしましょう。

実はポールの様に、長々と格好付けをやる意味はあまりない訳です。
実は、哲学書というのは、ドラゴンボールの漫画とあまり変わりない。

ドラゴンポールの漫画の何巻の何ページに、つまり、

marginal 『ドラゴンポール(dragonball)の○巻(フランスでは○○巻)
      の○ページの悟空のセリフには、外来語が使われている。
      これは、作者の外来語知識に依存し…』

↑こういった説明は意味を持たない。
ポールがmarginalと名無しの自演でやってるのは、
ここからドラゴンボールの何が人を引き寄せるのかを説明しようとしているのなら、
それは愚かな事でしょう?

ドラゴンポールのフランスとかわざわざ外国語で補足する等、
ドラゴンボールの内容を伝えるには何も意味は無い。

413 :純一 ◆QzuB1xeuck :2008/09/16(火) 20:02:18 0
同じように、精神現象学の○ページに何が書かれていようが、
それはその内容を本質を理解するには遠ざかっている。

むしろ、ドラゴンボールを理解している人ならば、
○ページに何が書かれていた等という覚え方はしない。
それをすべて統一して何が面白いのかを知ってる筈ですからね。

だから、ポールはヘーゲルの何をも理解しちゃいない。
自演で分かる振りをして、ここで知識をくれるのを待ち構えるだけです。

414 :純一 ◆QzuB1xeuck :2008/09/16(火) 20:03:54 0
じゃね。

415 :marginal:2008/09/16(火) 23:31:32 0
やっぱり2ちゃんねるのシステムの方が自分の性に合ってるような気がします。数日の間になると
思いますが、だらだら書かせて貰います。邪魔ならNGにして下さい。そのうちブログに戻りますので。

>>406,407
ありがとうございます。同じ方でしょうか。自分の感覚としては哲学をメリット・デメリットの度合いで
なかなか考えられないですね。相互に入れ替え可能な気がします。メタに立つのが苦手な性格も
ありますが、それはまあパラノ(浅田)と言われるでことでしょうね。そこから思ったことをつらつら
書いてみます。的外れなことがあればすいません。(以下、レイバー・ワーク・アクションの区別は
むろんアレントのもので、付け焼刃です。)

「遊びとしての哲学」「たのしい哲学」――こういうように実践できたら確かにとても良いと感じます。
憧れるところはあります。(ドゥルーズでも読んだらいいでしょうか。興味はありますけど、積読が
多くてなかなか手がまわらない。)そしてそのためには日常性の充実とそこでの交流・観察がまず
必要で、日常こそ哲学の土台であり、回帰すべき場所だ、と。私は確かに日常が満たされている
訳ではないので、それは指摘の通りだと思います。

416 :marginal:2008/09/16(火) 23:33:37 0
そこでふと思ったのは、もしそれが満たされていてもいわゆるパラノとスキゾの分岐があるとしたら、
その原因は何なんだろうということです。勘ですが、超越的なものに惹かれる人はパラノに親和性が
あるのかなと思ったりします。

それから、<遊び>と対をなすのは何なのかなあと思い巡らすと、現状、一般的にはレイバーとしての
労働でしょうか。ワークだったら幾分たのしさは生まれるんでしょうか。分かりませんけども、自らの
道行きが「知の労働」であるとはヘーゲルのまさしく言ったことで、それなら読むことも(まず初めは)
苦痛以外の何物でもないことをある意味保障しています(笑)。

現代思想からヘーゲル特集が出てますが、その最新のもので、カトリーヌ・マラブーがいくつかある
ハイデガーのヘーゲル論からあまり注目されていないものを取り上げています。それによると、
ハイデガーはその苦痛を、確か「超越論的苦痛」と言っていたと思います。ある哲学者は超越論的な
苦痛を持つ! これはなかなか言いえて妙だなと思った記憶があります。レイバーが日常性の安定を
支え(自分としてはそう)、哲学でもレイバーの苦痛が要求される――これでは当然楽しくない。

417 :marginal:2008/09/16(火) 23:36:49 0
ただ少し可能性を感じるのは、ヘーゲルには、その目的論的な哲学からして、ワークとしての側面も
あるんじゃないかなということです。しかし、その目的はいつまでも達成されないものだということを
ただちに付け加えなければならないのは、残念なことです。パラノ的なひとにとっては、そのシジフォ
スのような試みが、重荷ににもなれば(幻の)希望にもなる、と言えるでしょうか。

ではヘーゲルにとってのアクションはといえば、確か現実に政治に関わる活動をいろいろしてたと思います。
そうではなく書くことのなかでのアクションがどういうものか、ありうるのかについては……、政治論文も
書いてますが、それはあまりにありきたりでしょう。いまは他に思いつきません。読者にたいする責任に
関わることでしょうか。

ヘーゲル個人は措くとして、問題は読者にとってのワークとアクションは何なのか、ということだと思います。
読むことのなかでのワークとアクションがありうるのか、ヘーゲルの苦痛から解放されるかもしれない道が
あるのかないのか、頭の片隅に置いておきたいと思います。ドゥルーズなら、読むことのなかで、新たな
概念を創造せよ、と言うのでしょうか。

418 :marginal:2008/09/16(火) 23:50:45 0
読み返すと、アクションと遊びが繋がってませんが、ヘーゲルの苦痛を軽減して読む
方法についてということでご理解いただけると助かります。いったいヘーゲルを遊び
として読むことは可能なのか、ありうるか分からないアクションかワークとしての
読みの可能性に賭けることはできるのか。それともこっけいな妄想にすぎないのか。

ヘーゲルに興味がなければ別のことでもよいですし、もちろん返答頂なくてもかまいません。

419 :考える名無しさん:2008/09/17(水) 07:16:15 0
marginalさんは、いたって真面目ですね。
どちらかと言えば、パラノイアですね間違いなく。
おそらく、私はヘーゲルを真剣には読んでいませんので正確には言えませんが
この哲学からは、喜びとしての思考=哲学を学ぶ事=アクションは生まれない
でしょうね。勤勉=啓蒙=真理によって、自我はがんじがらめに縛られていそうですから。(笑)
しかし、苦痛=努力がいけない訳ではありませんよね。
それで、前進や成功が保証されるならでしょうが。いや、苦痛が好きな人も
いるかも知れません。(マゾッホとサド)
でも、一般的には、成功や前進が保証されて初めて苦痛は努力と呼ばれるの
でしょう。そうじゃないと、苦痛は苦しみ以外を表せません。
ですから、楽しく前進する事を求めることは自然です。
この様な、ある意味気楽な欲望の解放は、二―チェに始まっているのかも
知れませんし、その中では、真理の形而上学が欲望をコントロールし
啓蒙が快を求める者を矯正していくと言う風に考えられています。
この様な背景から、ポスト構造主義は生まれてきたのですが、
ヘーゲルを尊敬する貴方なら、おそらく、苦は達成の過程と思われているでしょう。



420 :考える名無しさん:2008/09/17(水) 07:31:14 0
それと、貴方のHNが辺境・淵・周縁と言う、ポスト構造主義を
象徴するモノである事は、すでに、西洋形而上学批判のスタンス
にいると言う事でしょうかね。
確かに、思考=哲学は思弁であり、行為ではありませんね。
今行為が求めら得ている事は確かです。
頭の中で、いろいろと考えて、壮大な理論を組み立てても、実際
その論理がどのような影響を人々に与えうるかを考えないといけませんよね。
砂上の楼閣の様に、思弁哲学はある意味でヴァーチャルなのだと言う気がします。
そう言う意味では、現代は哲学も小説もマンガもTVゲームも同じ
創造されたものなのでしょう。ヘーゲルもカントもデカルトもリアリティ
がないのですね。つまり、必要な時に利用すると言う局所的真理とでも
言いますか、そんな感じでしょうね。
この様に浮遊する意味とでも言われるものこそが、ドゥルーズにはあるし
それを前提にしている訳です。つまり、哲学は創造だと言う事。
そこから、哲学も遊学なのだと言う事。思弁的な面よりも、貴方も言うように
行為=喜びを求める事なのだと言う気がします。

421 :marginal:2008/09/17(水) 20:45:16 0
ヘーゲルを全面的かつ無条件に尊敬している訳ではありません。marginal という名前は、
田舎に住んでいること、哲学の正規教育を受けていないこと、いわゆる社会的ステータスの
低さを表したものです。

これは私のせいですが、アクションがただちに喜びとなるかについては分かりません。アレントを
読まないといけませんね、すいません。ふと思いついたのは、アクションをヘーゲルの文脈で
言えば、相互承認の完成した状態と言った方がいいかもしれないということです。しかしヘーゲルの
「承認」も議論のある概念で、つまりヨーロッパ的理性(とキリスト教)への服従、承認を推奨し
つつも奴隷という存在の肯定(「奴隷になるのは立ち上がる意志がないからだ」)など。

それと、ヘーゲル哲学は啓蒙思想ではないんです。フランス革命の栄光と挫折への反省から、
理性的自由を拡大させる啓蒙が、逆にそれを否定する暴力的な振る舞いをするように
なってしまったことを、現象学のなかで叙述しています。

しかし仰りたいことは、「真理の形而上学」として、多様な欲望を抑圧して一方向へと練り上げる
ヘーゲルの(不穏な)根本動向なのでしょう。ヘーゲルにとっての哲学の目的とは、「真理の
支配」であるとハイデガーも言ってます。ところでこれもハイデガーから学んだことですが、
ドイツ形而上学の歴史をライプニッツの「欲求」と「表象」から整理できる。

カント:物自体界・実践理性―現象界・理論理性
ショーペンハウアー:意志としての世界―表象としての世界
シェリング:意欲(―?)
ニーチェ:ディオニュソス的なもの―アポロン的なもの

そしてヘーゲルにおいては意欲と知が同一とされる。意欲が知へのみに向けられる訳ですね。

422 :marginal:2008/09/17(水) 20:49:36 0
しかしヘーゲルも悟性的(固定的)な思考を流動化するために、酒の神バッカス(ディオニュソス)を
召還し、体系としての諸円環の円環を、熱狂的な陶酔や祭りとみなしているので(ガイスト→酒精、
「酒の現象学」)、ヘーゲル自身のイメージにおいては、硬直した印象は受けない。ところが実は
それは、アポロンの監督のもと、許された範囲の中でしかないんですね。

ヘーゲル(だけではないが)の抑圧していたものに「性」があると思います。現象学とのなかには
自分の体験(私生児をもうけた)がもとになったと言われる「快楽とさだめ(必然性)」という文章が
ありますが、性あるいは性欲それ自体を全面的に扱ったところは、寡聞にして知りません。

フロイトとヘーゲルという対は前から関心があって、それは正反対でありながら、だからこそ通底する
ところがあるからで、ヘーゲルの盲点からヘーゲルを読んだらどうなるだろうということです。しかし
ほとんど何も進展していません。(そもそもラカンを読めばいいじゃないかという声が。)

関係ないですが、最近、題がそのものずばりの、中本征利『フロイトとヘーゲル―性の思想史―』
(勁草書房)という本を借りることがでたので、そのうち読んでみます。

思想と行為の関係については、マルクスのあの解釈と実践の言葉が必要に応じて入れ替えられる
ように、ますは情況とそのひとによるでしょうね。しかしおっしゃりたいのはヘーゲル哲学を読んで、
喜びとしての思考が行われるのか、そして日常の行動が楽しくなるか、ということでしょう。

前者については、そもそも理解すること自体が純粋にうれしいことだと思いますが、それと前も
書いたように苦痛のなかにほんのたまに訪れる「フィロソフィカル・ハイ」というのがあって、
これはこれで喜ばしい(笑)。後者については自分個人はないですね。

423 :marginal:2008/09/17(水) 20:54:17 0
ただ自分が抑うつ的になっていることは確かにあって、それがヘーゲルによるものなのか
何なのかは分かりませんけれども、ヘーゲルに即して言えば、中途半端にヘーゲル的な
自我はがんじがらめというよりはむしろ、安易な弁証法の自動運動により誇大妄想的に
肥大していく危険があると思います。

ちなみにヘーゲルの思弁は全体性を求めるものですが、全体性は普遍性でもある。普遍性へ
と至るには、自分のなかで自分を映し(スペキュレーション)、自分自身を全体・普遍へ
と仕上げるという、自分のエゴを破壊する活動だと捉えています。

しかし自分と自分の往復運動では発展がない。鏡で自分を眺めていても何も始まらない。
そこで他を素材として自分のなかに引き入れ、それを認識するために格闘する。だから
他の根拠?には自分があって往復運動は底で持続している。その反復がアイデンティ
ティを産みまた強化する。ヘーゲルの思弁の運動は大方こういう仕組みになっていると
今の自分は思います。

(このあたりは、今読んでる本――大橋良介『ヘーゲル論理学と時間性』創文社――から
学んだ。これはとても面白い本だが、留保なしに絶対者が措定されることに抵抗がある。
絶対無を打ち出したいために要請されているように感じる。しかしちゃんと読まないと
いけない。)

最後に、最近のヘーゲル研究によると、完璧で壮麗な体系を作り上げたヘーゲル像という
よりは、それは幻で、いつまでも最新の情報を自分の体系のなかに位置づけようと努力し
続けた、破壊と構築が同時に行われるような、生成するヘーゲルという像が、文献学的
調査にもとづいて意図的に打ち出されているようです。

リアリティについてはいずれ。書かないかもしれませんけれども。

424 :考える名無しさん:2008/09/18(木) 21:47:55 0
ヘーゲル読みってどう言う意味で哲学をやるんだろうね?
古典的な哲学を教養として身に付けようとしているのか?
いや、真理を知りたいと言う事なのか?
あるいはデカルトの様にすべて演繹的に真理は分かるのは今更言えない
し、かといって、イギリス経験論は全て後天的に知識は創られている
のでもまずい、また、カントの様に、認識と行為とが分裂するのも
まずい。そこで、内部的にとでも言うか、正―反―合の
弁証法的スパイラルによって、この知識と行為の分裂を修正したので
これだと思って、ヘーゲルになった。つまり、最終的には絶対知と言う
スパイラルの終点を信じるとか。
勿論、アドルノの否定的な弁証法を踏まえているのでしょうが。
ヘーゲル読みの方にはこの様な纏めは大変失礼でしょうね。
ところで、貴方は、純一君が言うように、以前「ポール」と言うHNでしたか?
私も以前ポールさんとは絡んだ事がありますよ。
たしか、貴方はチンボ太郎さんと仲良しでしたよね。
いま、久しぶりにシェリングでしたかのスレッドにレスしてますよね。

425 :考える名無しさん:2008/09/18(木) 22:01:23 0
確かに、啓蒙と言うのは理性重視主義ですから、一般的にはヘーゲルは
当たらないようですね。訂正です。
私はむしろ、論理による真理探究とその強制を指す意味で使いました。
この辺は構造主義・ポスト構造主義の見方から述べています。
ところで、おそらくこれ以上ヘーゲルと絡むのは私のスタイルから
あり得ませんが(笑)、詳細な哲学の論議は避けて、大雑把な雑談なら
続けられそうですね(笑)
いずれにしても、まじめにと言うか一生懸命哲学をしている人は、2ちゃん
ねるでは、少数派ですよ。同じフランス系のポスト構造主義の哲学に興味
があり、レスする人でも、すぐにいなくなる。おそらく、読んではいるのでしょうが
本気でやる気がないですよね。そう言う意味ではmarginalさんは本気だね。
例えば、今後ヘーゲルはどのように読まれるのでしょうか。
どう言う風の読みべきなのか、よろしければ会話的に適当に書いてくださいな。

426 :marginal:2008/09/18(木) 22:37:06 0
ブログへの助走として書いたので重くなってしまいましたね。ざっくばらんに
書くよう努力します。

私は「ポール」でも「チンポ太郎」でもありません。前スレでなぜか「純一」と
いうひとにスレを潰されたのがブログに移行した経緯です。こういう型の文章を
書くひとを目の敵にしているようです。どうでもいいことです。

弁証法を正反合と単純化したのは後世のひとたちでヘーゲルはそういうように
言いませんでした。が、たしかにその側面は否めず説明するには便利です。
ミクロでみるとスパイラルもそうです。

ヘーゲル自身としては、確か「論理的なものの三側面」(小論理学)として
説明していたと思います。(すいませんが詳しく説明するのは気が向いたときに
させて下さい。)

弁証法を自分の感覚でいうと、ひとは何か述べるときに、ある事柄を命題と
して単体で述べることができ、意識のなかでそれを孤立させうると思い込ま
れているが、実際はそれを背後で支える膨大な領域があって、それらとの関係を
浮かび上がらせなければ、その位置も分からない。地平とそこに立つものの
関係をあべくための手法じゃないかと思ってます。

まあその究極には絶対とか神とか絶対知などがあるわけですが、確かに
われわれには馴染みのないことです。それは欧米でもそうらしくて、
ヘーゲルを読む意義がいろいろ議論されてるようです。

ジジェクによると絶対知はラカンの大文字の他者の構成不可能性として考える
ことができるそうです。ひとます。





427 :marginal:2008/09/18(木) 22:40:08 0

訂正
「ミクロでみるとスパイラルもそうです。」は除きます。
それと違う道の行き方を書きたいのですが、また重くなりそう。
ひとます。→ひとまず。

428 :marginal:2008/09/18(木) 23:09:24 0
まず言わなくてはならないことは、私はヘーゲルを趣味で読んでるだけなので、正確で
ないところが多いです。

今後どういう風にヘーゲルが読まれるか、これは大問題で、自分も悩みどころです。
大橋先生の関わるドイツ観念論についての本で、絶対者の来し方行く末についての
研究がなされているようでそのうち読むつもりです。そもそもなぜヘーゲルにひき
つけられる人が後をたたないかというと、『精神現象学』という本の魅力が大きい
んじゃないでしょうか。そして絶対知や絶対者が後々問題化してくる。それは目的で
あるとともに前提でもあるから。

デリダが『エクリチュールと差異』の確かバタイユ論でこんな感じのことを述べて
いたと思います。つまり、死んだはずのヘーゲルの弁証法は我々の知らないところで
作動し、我々を囲い込む、と。それはグローバライゼーションによる弊害や、
フクヤマの議論に繋がるところでもあると思います。それが見えない権力的なものに
結びついたとき、フーコーの出番となるということでしょうか。

フランスでのヘーゲルはもともと図式的な姿しか知られていなく、ジャン・ヴァールが
「不幸な意識」章を訳し実存主義的なヘーゲルが知られるようになり、イポリット(フー
コーの先生のひとり)が全体を訳し注釈書を書き、コジェーヴがロシアからやってきて、
主人と奴隷の弁証法を確信としたヘーゲル講義を行った。そこに出席したものたちが、
ヘーゲルを肯定否定しつつ、自らの思想形成に役立てた。そこで重視されたもののひとつが、
ヘーゲルの「否定性」――いわば死を観念化したもの、しかし本当は意識化できない――でした。

英米については良く知りません。イギリスのマクタガートというひとがいたような……。
まあラッセルをみるまでもなく否定的でしょうね。マルクスについても言うまでもない。

断片化し、非主体的なものに変容しつつあるわれわれ、権力もわれわれの動物的なところへ
作用するようになってきている社会で、ヘーゲルの(譲歩して全体でなく)何が寄与するか
については、考えていきたいところです。主体化を促すなら、どうでしょう、カントのほうが
わりあい推奨されてるようですが。

こんな感じです。では今日はこれで。

429 :marginal:2008/09/18(木) 23:18:07 0
また訂正です。大事なところだけ。すいません。

ジジェクによると絶対知はラカンの大文字の他者の構成不可能性として考える
ことができるそうです。

ジジェクによると絶対知は、その構成不可能性が、斜線を引かれた大文字の
他者として考えることができるそうです。


それからまじめなひとはいるとおもいますが、まじめな文章を書くのは結構
大変なので、書かないだけかもしれません。私も数日の間にするつもりです。

430 :名無し:2008/09/21(日) 11:21:50 0
ヘーゲル初心者です。バタイユやマラブーさんを少し齧っています。
今ヘーゲルをまじめに語れる人はすばらしいと思います。ヘーゲルは偉大なり。

431 :考える名無しさん:2008/09/22(月) 10:59:14 0
どうして、絶対者への視点を求めるもの=形而上学者が尊敬されるの?

432 :考える名無しさん:2008/09/22(月) 11:45:08 O
ヘーゲルは形而上学というよりオカルト

433 :吾輩は名無しである:2008/09/22(月) 18:09:10 0
431さんにに対してですがそれは、マラブーやバタイユを読めばわかります。
デリダがヘーゲルを意識すること自体、ヘーゲルの業績は偉大なのです。
逆説的な意味も含めて・・・

434 :考える名無しさん:2008/09/25(木) 08:04:32 0
このスレ終了ですか?w

435 :考える名無しさん:2008/09/25(木) 18:58:47 0
ほんとにこの本を読んだ方の話をお聞きしたい。

436 :考える名無しさん:2008/09/25(木) 19:18:28 0
        /⌒ヽ⌒ヽ
               Y
            八  ヽ
     (   __//. ヽ,, ,)
      丶1    八.  !/
       ζ,    八.  j
        i    丿 、 j
        |     八   |
        | !    i 、 |
       | i し " i   '|
      |ノ (   i    i|
      ( '~ヽ   !  ‖
        │     i   ‖
      |      !   ||
      |    │    |
      |       |    | |
     |       |   | |
     |        !    | |
    |           | ‖
   /             ヾ
  /                ヽ

437 :考える名無しさん:2008/09/27(土) 16:38:54 0
>どうして、絶対者への視点を求めるもの=形而上学者が尊敬されるの?
>ヘーゲルは形而上学というよりオカルト

ヘーゲルは形而上学でもオカルトでもありません。
ヘーゲルによる偽装の部分を表面的にとらえないことです。
ヘーゲルは唯物論者です。
「絶対者」とは世界の弁証法的運動法則のことです。
ヘーゲルの深さはここにあります。

438 :考える名無しさん:2008/09/28(日) 00:12:38 0
>「絶対者」とは世界の弁証法的運動法則のことです。
>ヘーゲルの深さはここにあります。
じゃなくて、ヘーゲルの深さは「絶対知」や「絶対精神」などが
真理らしきものなら如何なるものであっても、それであり得るように体系を
「仕組んだ」ことにある。
知の詐欺師としては天才的であるといえる。
マルクスからヘーゲルに転んだ人は幾らでもいる。

実は「絶対なんとか」は無限の彼方にしかあり得ない。




439 :考える名無しさん:2008/09/28(日) 01:34:28 0
一方、フロイトの利口さはエディパルなものは常に
過ちを含んでおり克服去るべきものだ。という点にある。
つまり、フロイトは暗に弁証法を含んでいるのである。
オイディプスは神聖の象徴を欠いた生まれであり、それゆえ
当たり前の人間であったが、
晩年のフロイトがモーセつまり、神的人間に挑んだのも絶対性への
挑戦だったのである。



440 :考える名無しさん:2008/09/28(日) 01:40:44 0
>>439
弁証法なんだけど、何と何が矛盾してるの?

441 :考える名無しさん:2008/09/28(日) 02:04:18 0
言説と本来性でしょうかね。
言葉と実体
理性と実存
      とか



442 :考える名無しさん:2008/09/28(日) 02:17:15 0
前者がエディパルなものですね。
後者は何かと言えば、より生命的なものでしょうか?


443 :考える名無しさん:2008/09/28(日) 03:19:35 0
>>441
>>442
その二つが何で差異とか対立ではなく、矛盾関係にあるといえるの?
フロイトの説明にヘーゲルを援用するのはそれこそ冗漫でしょう?

444 :考える名無しさん:2008/09/28(日) 10:03:56 0
ヘーゲルは唯物論者ではなく、精神が現実を決定するとしているのですよ。
逆にマルクスはヘーゲルの弁証法を現実による精神の決定とリヴァースした
のです。よって、後者を唯物論者と言う。おい、基本的な所を勘違いするなよ。
フロイトがヘーゲルと関係があるなんてどう言う事だ。
詳細に書けよ。

それから、マルクスからヘーゲルに変更した人のその理由はなに。

445 :考える名無しさん:2008/09/28(日) 17:23:44 0
レーニンの哲学ノートでも読んだらいい。
中沢新一のレーニン本でもいい。
パレルゴンって意外と基礎的なこと知らないよね。

446 :marginal:2008/09/30(火) 21:28:02 0
(1)大橋良介・野家啓一「「絶対者」から「無根拠」へ」(『<哲学>―<知>の新たな展開』
ミネルヴァ書房 所収)という論文と、(2)大橋良介「ドイツ観念論の全体像」、(3)ハンス・
フリードリッヒ・フルダ「現在のコンテクストにおけるヘーゲル」(ともに『叢書ドイツ観念論
との対話 第一巻 総説・ドイツ観念論と現代』(ミネルヴァ書房 所収)を読みました。とくに
(1)は歴史的な概観を得る上でとても参考になりました。野家先生も書いてるのがバランスが
取れていて良かった。(3)はちょっと難しかった。内容をざっと。

447 :marginal:2008/09/30(火) 21:32:16 0
(1)市民社会の絶対的な基礎付けへの要求として絶対者が要求された。ヘーゲル哲学は
それに自覚的だった。フィヒテとシェリングもともに絶対者を求めたが方法は三様異なる。
それは絶対者把握の困難を表し、実はその無根拠性をすでに孕んでいた。

のち絶対者の空位を「経済的本能」、「力への意志」、「性的本能」、「超越論的主観性」、
「存在」、「論理」、「科学」などで埋める思想的無政府状態が出現した。それは自然
科学的認識にも影響した。マッハは空白を空白のままにし関係主義を用いた。マッハ哲学は
フッサール(「理性の危機」)やウィーン学団に影響を及ぼした。

しかしフッサールにおいては、意識の流れに随伴する「私は考える」の必然性が、還元された
「純粋自我」の超越論的な絶対性を要求せざるをえない(フィヒテへの近さ!)。ところが
自我は根源的には与えられるものであり、受動性をそなえる。その源泉は「世界」である。
自我を突き抜けて「世界」へ。

しかし大橋先生が言うに、そこはもはや絶対者とは呼ばれず、むしろ「絶対無」である。
(自分としてはここがよく分からない。絶対無というのは意識内で到達するものなんじゃ
なかろうか、それを意識の外の「世界」に用いていいのかという素朴な疑問。)

芸術においても「絶対者」の脱け去りが表現される。初期の論理実証主義は問題設定の
そもそもの誤りを指摘する。ニーチェやハイデガーはキリスト教思想と形而上学の必然的
帰結としての「ニヒリズム」を問題にする。ニーチェは古いヨーロッパと新しいヨーロッパの
間で引き裂かれたのだった。20世紀後半は「無根拠」から出発する。

クワイン、クーン、ローティらの「ポスト分析哲学」の流れにおいて、「基礎付け主義」
という問題設定が疑問に付された。彼らはこれを放棄し「可謬主義」へ転換した。「根拠」を
めぐる考察は「無時間的」アプリオリではなく、歴史と時間に浸された「歴史的アプリオリ」
というものへ向かう。ウィトゲンシュタインによりそれは世界像・経験命題・根拠なき信念
などと呼ばれる。

448 :marginal:2008/09/30(火) 21:41:53 0
(2)はドイツ観念論の三者の哲学的差異と共通性、芸術運動、モデルネの問題、東洋的
無などが語られる。(1)の前半を少し詳しくしたものという感じ。自分が興味を持った
のは、ニヒリズムの観点から語られるのだが、ヘーゲルは「ルター主義」の背後に「神の死」
の感情(パスカルにすでに近いものがあった)を見たということ。個人の誕生と関係する
のだろうか。

(3)は国際ヘーゲル学会のボスだったひとのもの。翻訳文が自分にはすっと入らなかった
ので流し読み。注意が向いたのは、ポストモダン哲学をちくりとやってる所と、ヘーゲル
解釈学が分析哲学に近づき、分析哲学が思弁的哲学をそのうち見出すことになるという
ような話(読み違いかも)。

「根拠」に関して言えば、思潮としては、「絶対者」そのものは以前のままではアクチュ
アルではないようだ。ただ気になるのは、ヘーゲル「論理学」における「根拠」概念の取り
扱い方。「論理学」方面は弱いのでよく分かってませんが、ヘーゲルの論理学で根拠概念は、
他者と自己への反省が行き渡った全体性として立てられた本質であり、それは媒介の運動が
止揚された状態、つまり直接性・存在の復活をもたらし、ついには媒介の止揚により媒介
されている「現存在(Existenz)」になるという。

部分的には内から外への過程が表されているように感じるのだが、どうだろうか(もちろん
「現存在」で終わりではなく弁証法は続くのだが)。ただヘーゲルを読んでいると内と外が
よく分からなくなる。もうひとつは信念と知の問題も考えないといけないか。

449 :考える名無しさん:2008/10/13(月) 13:41:08 0
ヘーゲル伝承者たち・・・・

アドルノ、ジジェク、バテゥ、マラブー、そして、マルクス・・・

たくさんいますね。

450 :考える名無しさん:2008/10/15(水) 23:44:25 0
マルクスはヘーゲルの弁証法とフォイエルバッハの唯物論の止揚で
弁証法的唯物論を作った。

451 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 12:19:20 0
ソリャ違うだろうがwww
カールは、データーの積み重ねや事実の分析といった実証的研究に倦みつかれて
ほとほと嫌になっていた。
大学でヘーゲル哲学を研究していた時のように
また形而上学の思弁の世界で自分の思想を思う存分に飛び回らせたい衝動にかられていた。

そんな心理状態のときに春風のような霊感がカールのあたまを吹きぬけたんだよ。
それが「経済が歴史を突き動かし支配しているちからである」と言う着想だった。
所謂「行為的直観」によって弁証法的唯物論を作ったんだよ。

ヘーゲルとフォイエルバッハはその材料に過ぎないwww
ほんと、お茶目なんだからカール・マルクスはwww


452 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 12:33:53 0
「緑の資本論」

453 :石垣眞人:2008/10/16(木) 14:50:34 0
「平成の黙示録」という表題の私説を公開しています。
http://makoto-ishigaki.spaces.live.com にアクセスしてください。

454 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 18:59:01 0
>>451
ありゃりゃ、カールだなんて親しいアミーゴみたいじゃん。
で、エンゲルスのことは何て呼ぶの?

455 :考える名無しさん:2008/10/16(木) 19:51:43 0
フリードリヒ・・・。

456 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 01:23:47 0
>>451
>カールは、データーの積み重ねや事実の分析といった実証的研究に倦みつかれて

どうでもいいが、「data」を「データー」と表記するのはやめてくれ。
「-er」ではなく[-a」だ(ラテン語の動詞の完了分詞中性複数主格形)。
MS社は「computer」を「コンピュータ」から「コンピューター」に戻すそうだが。

457 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 11:29:11 0
データー→データ、な・・・。


458 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 18:57:00 0
いっそのこと「ダータ」でいいじゃん

459 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 20:56:02 0
哲学では与件と訳すのが定訳

460 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 21:41:41 0
いや、普通に資料と訳した方が良い

461 :考える名無しさん:2008/10/17(金) 22:28:00 0
>>451
長嶋乙

まあ牧野の文章は分かりやすい。

462 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 12:12:44 0
451だけんど、長嶋って・・・???

463 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 21:30:20 0
金子武蔵の訳は硬いというけど、みんな机の脇に置いといて
長谷川とか牧野とか読んでるんだろう。
だけどサイトによって長谷川の誤訳とか牧野の誤訳とか誰かが陰謀で
中傷しているのを見ると、一般読者はドイツ語分からないと思っている節が
ある。


464 :考える名無しさん:2008/10/18(土) 21:36:52 0
陰謀?

465 :考える名無しさん:2008/10/20(月) 22:37:02 0
牧野の新訳は分厚すぎて物理的に無理。腕が疲れちゃう。
長谷川訳もちょっと分厚い。
牧野の旧訳が一番いい。(上)だけで放置しちゃったけど。
注が別冊になってるので嵩張らない。
10年以上経って新訳が出るとは思わなかった人もいるのでは。
できれば鶏鳴双書の新版が出ればいいんだが。

466 :考える名無しさん:2008/10/21(火) 05:32:32 0
男は黙って金子訳。


男は黙って金子訳。

467 :考える名無しさん:2008/10/22(水) 18:50:44 0
金子訳は堅すぎる、長谷川訳が読みやすく分かり易いwww

468 :考える名無しさん:2008/10/22(水) 21:16:16 0
相場的にこんな感じ。この値段以下で中古があればそれぞれ買って損なし。
2,000円樫山(上下)
3,000円長谷川
5,000円牧野
10,000円金子(上下)

樫山の上巻を買って興味があったら長谷川訳へ。
大学で研究したければ金子訳へ。
個人で研究したければ牧野訳へ。



469 :考える名無しさん:2008/10/24(金) 11:44:28 0
今法哲学読んでるんですが黒人の奴隷について、それはそいつらがまだそういう状態だから
つまり主体がない状態だから、みたいな書き方なんですが、その主体がない状態の人間が
主体になるまでの必然性の記述って精神現象学にありますか?

470 :考える名無しさん:2008/10/25(土) 00:56:38 0
  ┌┐         / //
 [二  ] __     〔/ / 
   | |/,ー-、ヽ      / 
  / /  _,,| |     ./         r;;;;ミミミミミミヽ,,_
 レ1 |  / o └、  ∠/      ,i':r"      `ミ;;, 
   .|__|  ヽ_/^     ,/      彡        ミ;;;i
      __       /      !彡 ⌒   ⌒ ミ;;;
   [二二_  ]    /       ,ゞi" ̄ フ‐! ̄~~|-ゞ,
       //    {..      ヾi `ー‐'、 ,ゝ--、' 〉;r'
     / ∠__    ̄フ..    `,|  / "ii" ヽ  |ノ
    ∠___  /  /       | トエェェェェエイ | 
     _   / /  \       | |ュココココュ|  | 
    / o ヽ/  /   /       ヽ ヽニニニニソイ
    ヽ__ /    \


471 :考える名無しさん:2008/10/31(金) 06:01:59 0
西洋哲学において黒人は人間ではない。

472 :考える名無しさん:2008/11/27(木) 03:27:58 0
sage

473 :考える名無しさん:2008/12/17(水) 01:41:22 0

>>469
>精神現象学
自己意識の章にあります。手元の長谷川訳だとp129〜。
言及しているのは『ブラック・アトランティック』ですか?


474 :考える名無しさん:2008/12/28(日) 00:32:43 0
『精神哲学』と『精神現象学』との対応(改訂版):
               
               /F絶対知
              /__\
             /\  /\
            /__\/__\
           /\<絶対的精神>\
          /__\     /__\    
         /E2芸術宗教   /\E1,3宗教   
        /__\/__\ /__\/__\
       /\               /\
      /__\             /_D1人倫
     /C1心理学\          /\  /\
    /__\/__\         /__\/__\
   /\<主観的精神>\        /<客観的精神>/\
  /__\    /_C理性    /__\     /__\
 /\  /\  /\現象学\   /\D2法/\   /\D3道徳   
/__\/__\/A意識,B自己意識/__\/__\ /__\/__\

           <エンチクロペディー>
            
『精神現象学』:
A意識/B自己意識/C理性(C1心理学)/
D精神(章の順序が違う)/E宗教(E2芸術宗教)/F絶対知
(章の番号は恣意的なもの。意識から理性までは哲学史と対応しているという説がある。)

http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/sociology/1027598713/n132
ヘーゲル『エンチクロペディー』図解改訂版
(2chパーソンズスレッド)


475 :考える名無しさん:2008/12/28(日) 18:35:52 0
長谷川が読みにくい俺は逆に金子が向いているんだろう

476 :考える名無しさん:2008/12/29(月) 22:26:36 0
正月休み中に何とか取っ掛かりは掴むつもりです

477 :考える名無しさん:2008/12/31(水) 11:55:59 0
長谷川宏訳をついに購入。第1回ドイツ連邦政府翻訳賞受賞か。
まずは長谷川父ちゃんが作ってくれた渾身の離乳食を
ちゃんと食べようと思っている。

478 :考える名無しさん:2008/12/31(水) 15:07:03 0
>>475
>長谷川が読みにくい俺は逆に金子が向いているんだろう

牧野紀之訳はどうでしょう?(ちょっと高価ですが)。


479 :考える名無しさん:2008/12/31(水) 18:17:02 0
>>478
鶏鳴出版のは持っています。なかなか読めない。
新版は嵩張りすぎて買えない。2冊に分けてくれれば買いやすかった。

精神現象学をゼミなどで読むと20年かかるということですが、
あと20年生きれるかどうか。

480 :考える名無しさん:2008/12/31(水) 19:19:21 0
週一回のゼミで20年なら、毎日こつこつ読めば3年で読めるさ

161 KB [ 2ちゃんねる 3億PV/日をささえる レンタルサーバー \877/2TB/100Mbps]

取りに行ったけどなかった。次は一時間後に取りに行くです。
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