罪悪感の正体ってなんなの?
- 1 :考える名無しさん:2007/11/09(金) 03:46:07 0
- マジでなんなの?
- 2 :考える名無しさん:2007/11/09(金) 04:08:35 0
- 正体というからには、それは仮初のものに過ぎないと言いたいのだな
- 3 :考える名無しさん:2007/11/09(金) 04:11:02 O
- 自分の行いが本当に正しかったのかという疑問 + 客観的にはそれが悪い。という考え。
- 4 :考える名無しさん:2007/11/09(金) 04:37:15 0
- 罪悪感は生命力を低下させる感情。
罪悪感をなるべく感じないで暮らせる生き方を宗教は説いた。
反して罪悪感を感じるのは宗教のせいなのだと哲学者は説いた。
前者は潔癖症になり後者は発狂した。
子供を殺すなどの酷い行為をしてしまったなら、
筋金入りの精神病でなければ、罪悪感の処理のために
宗教に救いを求めるものなのではないだろうか。
- 5 :考える名無しさん:2007/11/09(金) 05:00:50 0
- 宗教はむしろ罪悪感を強調させるのではないだろうか
そして哲学こそが、そんな宗教が強める罪悪感からの解放を
目指している気がする。まぁ、知らないけど。
唯物論者になれば罪悪感なんて妄想だよ、きっと。
- 6 :考える名無しさん:2007/11/09(金) 05:58:41 O
- 背徳感、つまり倫理感によるもんだと思う
キリスト教は生まれながらに皆罪人だと教え、悔い改める事が大事だという
- 7 :考える名無しさん:2007/11/09(金) 06:54:00 0
- 宗教があろうと無かろうと罪悪感という感情は存在し続けるよ。
人が産まれたら親に育てられる。誰もが幼児期に親に躾をされる。
親が怒るような事はまずいと思うようになる。
それによって正常な脳の機能構造が出来てくる。罪悪感は規範意識の
根本であり、それが壊れたら規則的に生きられなくなる。狂気に陥る。
哲学的屁理屈で罪悪感を消そうなどと無理な事を考えて、正常な脳の
自然性を破壊すれば、一時的な高揚感に酔えるが結局は気が狂うというわけ。
- 8 :考える名無しさん:2007/11/09(金) 07:09:43 0
- にーちぇを嫁
- 9 :考える名無しさん:2007/11/09(金) 07:27:33 0
- 都市伝説、オオカミに育てられた少女には罪悪感があるのだろうか
罪悪感は社会や教育の結果か。
それとも先天的なものか。
脳内化学物質の配合結果の産物か。
- 10 :考える名無しさん:2007/11/09(金) 17:30:44 O
- 都市に住んでから社会の中で暮らすにつれ倫理や罪悪感も構成されて行くと思う
きっと森には森のルールがあるは…ず
- 11 :考える名無しさん:2007/11/09(金) 17:37:22 0
- 遺伝子に組み込まれてる可能性も十分あるな
- 12 :考える名無しさん:2007/11/10(土) 11:06:35 0
- kagaku teki dana.
- 13 :考える名無しさん:2007/11/10(土) 19:29:47 0
- >>1
カント嫁
- 14 :考える名無しさん:2007/11/11(日) 12:15:27 0
- >>11
二重螺旋の○怖?
- 15 :考える名無しさん:2007/11/11(日) 19:39:15 O
- 生き物同士が共生する為に作られたと仮定すると
やはり遺伝子的な物かな
- 16 :考える名無しさん:2007/11/17(土) 20:52:07 0
- 罪悪感は強すぎても弱すぎてもいけないんだなと思う。
弱いよりは強いほうが他人にはいいんだろうけど、
自分にとっては自由な行動の束縛になるときがあるから。
- 17 :考える名無しさん:2007/11/17(土) 21:10:45 0
- 約束の時間に30分遅れて相手がキレたら罪悪感を感じるが、
30分遅れても全然怒らない相手だと約束の時間に遅れても
罪悪感をあまり感じない。
約束を破ることが問題なのではなく、相手の信頼を裏切った感。
無宗教の自分だってこのような罪悪感を感じるんだから、
宗教なんかが罪悪感の起源ではなく、信頼関係のある相手との関係性だろう。
- 18 :考える名無しさん:2007/11/17(土) 21:24:14 0
- 宗教が罪悪感の起源というよりも
人間が持っている罪悪感を強化する立場なのかもしれない。
罪悪感と名づけられるような何かは
社会や環境がその大きな要因だと思う。
- 19 :考える名無しさん:2007/11/22(木) 02:45:32 0
- 良心の呵責だろう。
ところで良心って全人類に最初から備わってるものなの?
後天的に生成されるの?良心について賢い人はどう言ってますのん?
- 20 :考える名無しさん:2007/11/22(木) 02:55:08 0
- デカルトが言ってたがすまんが炬燵から出て本を探すのが面倒なのでまた今度の機会に
- 21 :考える名無しさん:2007/11/22(木) 03:05:24 0
- 自分自身を軽蔑する者も、なお軽蔑者としての自分を尊敬する
- 22 :考える名無しさん:2007/11/22(木) 03:15:07 0
- 罪悪感は法律や道徳や宗教などに背く気持ち。
その基本にあるのは大事な人を困らせてしまったと後悔する気持ち。
人間にとって最初の大事な人は育ての親。次に兄弟や友達。
裏切った時の彼らの悲しむ表情が心に焼きつく。
自分にとって大事な人が困っている表情。これに反応して苦しむのは
先天的に脳にセットしてあると思う。そこから発展して法律や道徳や
ルールを踏み外すと苦しむようになっていく。
- 23 :考える名無しさん:2007/11/22(木) 03:17:53 0
- それだけじゃないだろw
- 24 :考える名無しさん:2007/11/22(木) 03:26:06 0
- >>22
根拠があやふやすぎてだめ
- 25 :考える名無しさん:2007/11/22(木) 03:26:20 0
- だーから「そこから発展して」って書きましたあーってばあー
- 26 :22:2007/11/22(木) 03:27:52 0
- 22は根拠がしっかりしていて良い。このスレの中で一番説得力がある意見だ。
- 27 :22:2007/11/22(木) 03:39:55 0
- 社会の基本は家族。
親が「これは食べちゃダメ。ここでオシッコしちゃダメ。これを着なさい。
これを洗いなさい。ここで寝ちゃダメ」アレが悪いコレは良いと行動の
善悪を教えて出来なければ叩く子供は泣くほめられる善悪を覚える。
悪いことをしたらどういう気持ちになるか学習する。
育ての親の躾。これが罪悪感の基本ベース。そこから広がって学校の
先生友達先輩警察お客さん上司とルールを学習。
- 28 :考える名無しさん:2007/11/22(木) 06:35:22 0
- >>26
自分で言っちゃったよw
- 29 :考える名無しさん:2007/11/22(木) 09:53:29 0
- 罪悪感=自分が罰せられべきものであるという不安を伴った意識である、
と結論付けたくなるかもしれないが、これは浅薄かもしれないね。
仮におまいが人に何か害を与えたとして、
被害者がそれを責め、非難する場合と、
被害者がまったくおまいを責めようとしない場合、
この二つのどちらでおまいはより強い罪悪感を感じるだろうか?
- 30 :考える名無しさん:2007/11/22(木) 11:53:58 0
- >>29 既出>>17
- 31 :考える名無しさん:2007/11/22(木) 13:53:14 0
- 良心が先天的だとすれば
その良心から導き出される最低限の道徳だとか善は必然的に生まれるし
しかもそれは全ての人にとって正当性を持つって事だよな。
共通した良心が先天的ならね。
- 32 :考える名無しさん:2007/11/22(木) 16:49:30 0
- 先天かどうかは分からないけど、どの地域の人々の生活様式にも見られる
共通の規範て抽出できそうな気がする。
- 33 :考える名無しさん:2007/11/22(木) 18:16:13 0
- 感情や情動を分析するに当たってはまずそれが獲得されて有利に働いた形質なのではないか、という
推察から入るべし。
要するに自分よりも弱く支配可能な対象に対して、過度に暴力的な態度や攻撃を加えたときに不快感が発生する
ようにしておくことで、必要の無い、しかも自己の種にとっても危険であるような過度な闘争を減少させることが出来る。
この機能が(厳密には機能というには早いが)有利に働いて現在の我々の感情の一つとしても残っているのだろう。
然るに感情はほとんどこの現象として説明できる。
付け加えると感情は連続性を持つことで我々の自己の最大の要素となっているので、
どの感情もニセだとか重要じゃないなんてことはないよね。どれも大切。
- 34 :29:2007/11/22(木) 20:53:38 0
- >>30
俺は、>>17とはちょうど逆に、
人から責められない場合の方が罪悪感を感じるだろ、
と言いたかったわけだが、それも通じなかったか。orz
それにしても、>>29が>>17と同じことを言っているとしたら、
「これは浅薄かもしれないね」の意味が通じないだろ?
いったいどういう読解力の奴なんだ!
- 35 :考える名無しさん:2007/11/22(木) 21:29:18 0
- 肉を食べることに罪悪感があります
動物を殺すのは残酷だと思うからです
だから肉を食べることが出来ません
しかし肉を食べないことにも罪悪感があります
自分は罪悪感を避けてるだけの偽善者ではないかと思ってしまうからです
だから肉を食べないことも出来ません
堂々巡りなんです
この問題を解決するにはどうしたらいいでしょうか
- 36 :考える名無しさん:2007/11/22(木) 21:32:43 0
- ヒンドゥー教に改宗しなさい。
- 37 :考える名無しさん:2007/11/22(木) 21:40:12 0
- >>35
魚を食べましょう。
- 38 :考える名無しさん:2007/11/22(木) 21:45:52 0
- >>35
>だから肉を食べることが出来ません
>だから肉を食べないことも出来ません
どっちやねんっ!
- 39 :考える名無しさん:2007/11/22(木) 23:04:44 0
- >>35
罪悪感を妄信するのではなく実際の悪を知ろうとすれば良い
肉食が悪だと結論すれば自ずと罪悪感は解消され
肉食は悪でないと結論しても同様だろう。
考えろ悩め堂々巡りしまくれ。
- 40 :考える名無しさん:2007/12/24(月) 11:52:26 0
- >>35
自分に正直になるか、
他人に自分を投影するか。
他人によく思われたいなら、
君の思う「彼らは私がこうすると偽善者ではないと思うだろう」という
虚像を信じればいい。
自分を保ちたいなら、
自分に聞け。
- 41 :考える名無しさん:2008/02/06(水) 09:16:11 0
- >>1
罪悪感というのは、人が神になろうとする欲望のことなのだよ。
- 42 :考える名無しさん:2008/03/10(月) 12:22:27 0
- 善と正義の混同?
- 43 :考える名無しさん:2008/03/20(木) 18:39:54 0
- 罪悪感なんて、ツンデレ専用の歪みにすぎないだろ。
罪悪感など感じたことがない。
有るんだって教え込まれても、身に覚えのない概念を信じ込むような面倒臭い生き方していない。
- 44 :考える名無しさん:2008/03/21(金) 10:58:38 0
- 不安感
不安感は言いようが無く、
ただただ、重圧として捉える人がいる。
「因果応報」の考えは宗教観が無くても
真理として世に通っている。
他人が、お前に対する害悪を「応報」と捉えて喜ぶことに
お前は恐れを抱いている。
集団真理がこあいのだろ坊ちゃんは?www
- 45 :考える名無しさん:2008/03/21(金) 18:59:09 O
- 罪悪感の正体は、親不孝。
親が子供の意志より自分のエゴを優先する親だったり
子供の幸せに嫉妬する親だと、幸せになるという当然の権利にすら罪悪感を持つようになる。
- 46 :考える名無しさん:2008/04/10(木) 20:36:25 0
- 親にかなり類似した人格の持ち主に嫉妬されて生きると、
まるで親にそう思われてる気になる。
人生後半でそんな経験をした。
- 47 :考える名無しさん:2008/04/11(金) 15:07:16 0
- ミラー効果でしょう
相手に怪我をさせると、その痛みを想像して気分が悪くなる。
少しでも気分を軽くする為に、謝る。
結局人間は自己中心的な生き物だから、結論はこんな感じ。
- 48 :考える名無しさん:2008/04/11(金) 22:17:44 0
- では相手の痛みを想像せず
謝らない人間の方が優れているということですか?
- 49 :考える名無しさん:2008/04/24(木) 23:10:19 0
- >>48
そもそも優れているとは何ぞや?
あんさんが、人の痛みが分からない人間を軽蔑していればいいだけの話ずら。あんさんがそう思うのは構わね。だが、押しつけはいかんずら。
ようすっに罪悪感を抱きやすいことが劣っているだの、あんさんみたいにヒューマニズムの原点だと感動するのも人それぞれということずら。
罪悪感の正体か・・・日常を逸脱した感覚をもち、自己矛盾の感情にうなされていることでしょう。
つまり、なれないことをすると、之でいいのかという動揺ですがな。自らの行動への自信の欠如。
- 50 :考える名無しさん:2008/05/04(日) 21:53:57 0
- 結局ソレが起こったってだけじゃダメなのかな?
- 51 :考える名無しさん:2008/05/04(日) 23:02:30 0
- 要するに、文化の積み重ねで形成され、成長過程で強く刷り込まれてきた価値観みたいなものだろう。
ニーチェは、貴族的価値基準に対抗して出てきたユダヤ僧侶的価値基準が、奴隷一揆で勝利を収めたときに出来た道徳観うんちゃらかんちゃら。
もちろんそれだけですむほど簡単ではないけど、道徳観がルサンチマンと畜群本能と関わっているのは確かだろうな。
そこんとこはKYとかいうクソみたいな流行語によく現れている。あれは罪悪感という概念を高いレベルで体現してるね。
まあ自分に恥ずかしくない生き方を(または日本人的に言えばお天道様≠竍世間様≠ノ恥じない生き方というのもあるか)しようと思うかどうかか。
- 52 :考える名無しさん:2008/05/05(月) 23:32:17 0
- 罪悪感を持たないとどこまでも進んでい行ってしまうから、それに対してある一定のストッパー
をかけるために、社会を保つために、社会のために作られた物ではないかと。
だから本来、人間自身に備わってはいない物なのでは?
- 53 :考える名無しさん:2008/05/06(火) 00:42:44 0
- 人間社会が存続するために進化心理学的に意味のある感情。
欲望のママに自分勝手に生きる人間が増えたら社会が壊れるので罪悪感がある。
人間は罪悪感を感じながら生きるべきなのだ。
罪悪感を感じずに自分勝手に生きるべきだという現代の病んだ価値観が、
自分の罪悪感をゼロにしたいという不自然な欲望を生みだし、
俗物によるニーチェの通俗的解釈とかトンデモ心理療法とか
薬物依存症とか自分探しの旅とかのインチキな流行に繋がっている。
- 54 :考える名無しさん:2008/05/06(火) 08:51:20 0
- 結局、ニーチェが生み出した思想によって、今の我々が得ているものっていったい何なのかな?
我々は彼から何を学ぶべきなのかな? 「欲望」の形を壮大に広げて収集をせず終わったため、悪い方面
ばかりにその思想が利用されている感じがするのだけど。
- 55 :心の仕組みドットコム:2008/05/06(火) 21:21:33 0
-
>>19
>良心の呵責だろう。
罪悪感は、その人の良心が知らしめるものです。
>ところで良心って全人類に最初から備わってるものなの?
>後天的に生成されるの?良心について賢い人はどう言ってますのん?
人は先天的に良心が備わる感性を持って産まれてきますが、其れなりの刺激が加わらないと
良心は育ちませんので罪悪感も感じなくなります。
- 56 :考える名無しさん:2008/05/06(火) 21:57:44 0
- http://alicek.hp.infoseek.co.jp/rori.swf ←心の仕組みドットコム
http://alicek.hp.infoseek.co.jp/rori.swf ←心の仕組みドットコム
http://alicek.hp.infoseek.co.jp/rori.swf ←心の仕組みドットコム
http://alicek.hp.infoseek.co.jp/rori.swf ←心の仕組みドットコム
http://alicek.hp.infoseek.co.jp/rori.swf ←心の仕組みドットコム
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http://alicek.hp.infoseek.co.jp/rori.swf ←心の仕組みドットコム
http://alicek.hp.infoseek.co.jp/rori.swf←心の仕組みドットコム
http://alicek.hp.infoseek.co.jp/rori.swf ←心の仕組みドットコム
- 57 :考える名無しさん:2008/05/06(火) 22:16:08 0
- ニーチェがどうこはどうでもいいが、
罪悪感なんて意味ないだろ。持たないで済めばそれにこしたことないよ。
- 58 :考える名無しさん:2008/05/07(水) 02:06:46 O
- 罪悪感は人間という獣を律するためには必要なメカニズムだと思うが。
…不良がモテるのは中学までだぞ。
もちろん俺だって色々と背徳的な欲望はあるが、公共の福祉に反しない範囲でやりくりしてるわけで。
社会と書いて信用と読むと言っても過言ではない。
明日から疑心暗鬼になって生きるよりもモラルを大事にしたほうが賢明だと思う。
…ってめちゃめちゃ普通の事だったなW
- 59 :考える名無しさん:2008/05/07(水) 03:22:33 0
- 大事な仲間を悲しませたら、
悪いことしちゃったなと感じるはずなんだけどね。
そのような気持ちを無視し続けていると、
蓄積していって、自分の精神の構造を大きく破壊してしまうのでは。
- 60 :心の仕組みドットコム:2008/05/07(水) 08:49:16 0
-
>>58
全ての罪は我にあり。
誰かも己の智恵不足を悔いていた訳ですね。
罪悪感も色々で、誰にも感ずるものと普通では感じない罪悪感も有ります。
本当は貴方の様に、
>明日から疑心暗鬼になって生きるよりもモラルを大事にしたほうが賢明だと思う。
と言うモラル(道徳、倫理、習俗)を普通に持つ心が大切なのですね。
またそれが一番、人生を楽しく暮らせる方法でも有るのです。
- 61 :考える名無しさん:2008/05/07(水) 17:11:08 O
- 一言で言えば恐れ。
- 62 :考える名無しさん:2008/05/07(水) 18:10:21 0
- 罪悪感はヒトという種族の存続、発展のためのメカニズムだと
思います。
つまり、個の欲望をヒトという種全体の利益と両立させるための
バランスを取るガイドライン的なものかなと(個のための)
それが本当にヒトにとって正しいかどうかは別にして、良いことと
(規範意識)とはその集団の存続発展のためにプラスになる行為を規定し
、罪悪感はその所属している集団のマイナスになるとコンセンサスを
得ている行為を規定するものではないでしょうか?
ヒトは一人ひとり別々に存在しているのではなく、深い心の奥底では
ゆるやかに繋がって種全体としても存在しているということを
私は正しいと思います。
自分の周りの他人を不幸にする行為とは、集団からの繋がりを
切るということと同義であり、そのことにヒトは不快の感情を
感じ、それが恐怖という認識をもたらすのだと思います。
- 63 :考える名無しさん:2008/05/07(水) 19:39:39 0
- 61さんの言葉ではっとしました。
はたして自分が存在してよいのか?と疑った時の恐れ。
自己嫌悪に似ていますが、他者存在との関係性を巻き込んだ自己嫌悪。
加害者意識と被害者意識のバランスシートの不均衡。
- 64 :考える名無しさん:2008/05/07(水) 20:28:51 0
- 罪悪感とは即ち、己の潔癖さ加減とか、己のルール主義の投影。
つまり、個人ごとの罪悪感は、個人の潔癖症の度合いによって
その大きさがに異なる。
もしくは、超越した神的存在に対置・対応する恐怖感とか、
神への畏敬の念で、通常これをヌミノーゼ、ヌミノースと言ふ。
- 65 :考える名無しさん:2008/05/08(木) 03:01:20 O
- 罪悪感の対義語は欲望だと思うんだ。
そしてその2つの関係性が葛藤であると。
問題はあれだ。
欲望を解放すればするほど人生は楽しくなるという点だ。
キリスト教と黒魔術、天使と悪魔の構図から考えても太古の時代から上の点は人類を悩ませてきたと思われる。
飽くなき欲望と苦痛な禁欲主義、どちらが正しいのか?
ブッダは全て諦めろと言った。
しかし我々は科学という神を手に入れた。
もはや人類は立ち止まれない。
- 66 :考える名無しさん:2008/05/08(木) 04:55:41 0
-
みなさん さようなら
- 67 :考える名無しさん:2008/05/08(木) 14:21:58 0
- >>62
言いたいことはなんとなくわかるけど、
少なくとも罪悪感に苛まれている人間は幸せにはなれないぞ。
将来的にその罪悪感が薄れるということを見越しての意見だろうからさ。
たとえば食に対する罪悪。
生物は他者の生命を食らって生きている。殺して、その屍の上に生きている。
この罪悪は、個の欲望とも種全体の存亡にも沿わず、むしろ逆らっている。
原罪ともとれるのだから、この罪に苛まれればヒトという種、ひいては生命を否定するに至る。
あと、
>ヒトは一人ひとり別々に存在しているのではなく、深い心の奥底では
>ゆるやかに繋がって種全体としても存在しているということを
>私は正しいと思います。
単純にオカルティックな人間と思われるから、言葉が少ないのには注意したほうがいいと思うよ。
- 68 :心の仕組みドットコム:2008/05/08(木) 16:21:54 0
-
>>67
罪悪感を失ったら人はお終いだ、と言うことも有ります。
原罪とはキリスト教からくる性悪説に基づいた言葉で、生きる為に生きるものを食すると言う自然の摂理に罪悪感は必要ありません。
己の命を養うために頂いた、他の命を無駄にせぬ為にも欲望に走らず自分の命を大切に扱う心が必要です。
- 69 :考える名無しさん:2008/05/08(木) 16:37:51 0
- 罪悪感とは、心の鎖
これを断ち切ることで、人は自由になれる
- 70 :考える名無しさん:2008/05/08(木) 18:19:56 0
- >>67
>個の欲望とも種全体の存亡にも沿わず、むしろ逆らっている。
いや、しかし罪悪感の解除は、過食や自然破壊という形で種の存亡や個の健康を脅かしているではありませんか。
日本では神社で豊作豊漁を感謝したり、食べた物の霊を鎮めたりして、
自然破壊や飽食を防いでいたのだと思います。
- 71 :考える名無しさん:2008/05/08(木) 23:02:28 0
- では、自分一人しかいない世界を考えてみよう。
果たしてそこに罪悪感など生まれるだろうか?。
つまりだな、罪悪感とは、組織・社会を構成するための
基本的ルールに対峙した場合に起こりうる反作用みた
いなもんだろ。これを俺はルール主義と名づけるわけだが。
つまり、社会(他者)と罪には、関係性がある。
組織や社会が無ければ、罪なんていう概念は不要なんだよ。
- 72 :考える名無しさん:2008/05/08(木) 23:17:56 0
- 神って者(概念)を持ち出しても罪悪感は生まれるよなぁ。
- 73 :考える名無しさん:2008/05/09(金) 00:17:34 0
- いずれにせよ、罪という概念は、
他者と対峙した場合に布置される概念だね。
罪悪感がないような世界では、個々人が好き
勝手に振る舞い、社会的な協調性は皆無だから、
今のように大きな社会構造を持つことはなかっただろう。
せいぜい、爬虫類クラスの社会構造止まりだろうね。
どっこい、哺乳類は、罪の意識を理解してるからね。
嘘だと思うなら、座敷犬でも叱って見ろ、しばらく鬱ってるからw。
多くの哺乳類は、罪と言う意識・叱られたという意識や認識を
持ってるよ。
ここでまた新たな罪の概念が生まれるわけだね。
叱られる…つまり、己に落ち度があり罪を犯したってことだね。
叱った側に筋があるか、叱られた側に筋があるかは、俺の知らぬところだが。
- 74 :考える名無しさん:2008/05/09(金) 00:26:31 0
- 罪悪感の正体とか、と語るお前等は、かわええよ。www
罪の意識ってのは、はっきりいって、昔懐かしいね。
まぁ確かに俺にも確かに罪言う概念に振り回された覚えはあるが、
運良くも脳みそは崩壊しませんでしたよw。
- 75 :考える名無しさん:2008/05/09(金) 00:29:20 0
- なんか母の日になにもしたことがないのが罪悪感。
父の日はみんな無視してるから平気だけど。
- 76 :考える名無しさん:2008/05/09(金) 00:40:31 0
- >>70
そもそも罪悪感というのは、自然そこにあるものではなく
本人や外部の人間から定着させる、させられるものだと思うけどね。
罪というものは本人の意識いかんに関係なく存在するが、
その罪の存在に関係なく、罪悪感をおぼえない者がいる。
たとえば「罪悪感の解除」と言っているが、そもそもそれを狙っているのは誰か。
肉を部分売りにし、魚を切り身で販売し、ガスの存在を隠して車を勧める、売る側の人間だ。
消費者が個々に罪悪感に意識を向けるより、売る人間が購買欲よりそれらの問題に注視するほうが効果は高い。
まあ、これでは罪悪感が種の発展を促進しているという事柄を否定するには至ってないな。
そもそも過食や自然破壊が、人間にとって危ぶむべき事柄だと実際に認識されているのかが疑問だな。
これまでと同じく、いつのまにか誰かがどうにかしてくれてる程度の問題にしか捉えてないだろ。
>日本では神社で豊作豊漁を感謝したり、食べた物の霊を鎮めたりして、
>自然破壊や飽食を防いでいたのだと思います。
自然破壊を防ぐのはわかるが、飽食はどうなんだ?
民俗学に造詣が深そうだから、教えてくれるとありがたい。
- 77 :考える名無しさん:2008/05/09(金) 01:00:51 0
- >>76
罪悪感は自然にもあるでしょう。
あとから植えつけられるものもあるが。
- 78 :考える名無しさん:2008/05/09(金) 01:52:56 O
- 再三既出の『罪悪感とは共同体の存続のために、成員である各個体に備わった欲望を制限する機能』という説明はちょっとズレてる気が…。
それはむしろ法律についての説明なら妥当かと。
つまり、そもそも個人の罪悪感に任せておいたら『万人の万人に対する戦い』になるから、社会契約に基づいてお互い欲望を制限しないと共同体そのものがたち行かないよね、という『お約束』で出来たのが法律なわけで。
もちろんそれも、生来的な罪悪感が合意によって外在化しただけ、とも言えなくはないですが。
けれど、とりあえず『法律に対する服従』としての『疑似(?)罪悪感』は置いておいて、
例えば、仮に法律も罰則も報復すらも無い状況で、自分の利益を阻む人間を殺すことに、それでも躊躇を感じるとしたら(感じない人は関係ないです)それはなぜか、という話の方が、罪悪感の正体を問うには生産的だと思うのですが…
的外れだったらごめんなさい
- 79 :考える名無しさん:2008/05/09(金) 05:15:17 O
- もっと根本的な部分を考えてみなさい。
いったい罪悪感の何が問題なんだ?
それは『窮屈である』って事だろ。
いつでも後ろめたさを抱えて生きるなんてのは鉄のヨロイを着て生活してるようなもんだ。
そのヨロイをスカチューンしていく事は生きる知恵でもあると思うぞ。
聖人君子みたいになる必要なんて無いんだからな。
チョイワルくらいでちょうどいいんじゃね?
- 80 :考える名無しさん:2008/05/09(金) 08:09:46 0
- >>78
法律なんかは、厄介者にどんな罰を与えるかってだけだろ。
自分がどんなに悪いことをやったか自覚させなきゃ、
また犯罪を起こすよ。
- 81 :心の仕組みドットコム:2008/05/09(金) 09:48:05 0
-
罪悪感は自分に、自分の「罪」や「悪」を「感」じさせる心でしょうね。
ですから罪悪感の発祥は自分の良心が源でしょう。
人が罪を犯しても悪いことをしても罪悪感が無ければ、犯罪者や悪人と言うことに成ります。
- 82 :考える名無しさん:2008/05/09(金) 14:42:29 0
- http://gurehime.blog14.fc2.com/blog-entry-425.html#comment2835
- 83 :考える名無しさん:2008/05/09(金) 15:16:55 0
- >>77
自然発生的に捉えることはできるが、
人工と自然の対比とすると、俺には人工に映るんだよね。
- 84 :考える名無しさん:2008/05/11(日) 04:31:58 O
- >>81
>
> 罪悪感は自分に、自分の「罪」や「悪」を「感」じさせる心でしょうね。
> ですから罪悪感の発祥は自分の良心が源でしょう。
そうかな?
イスラム教徒が豚を食って罪悪感を感じるなど、禁欲主義者達が罪の意識を感じるのは本当に良心が源だと思いますか?
> 人が罪を犯しても悪いことをしても罪悪感が無ければ、犯罪者や悪人と言うことに成ります。
>
まだまだ、自己の本質に辿り着くまで深く潜ってみればいい。
- 85 :考える名無しさん:2008/05/11(日) 06:37:32 0
- 罪悪感にも色々あるということだよ。
自然法的なものに反した時の罪悪感
法律、所属している共同体の掟、権威に背いた時の罪悪感
個人的信条に反した時の罪悪感
罪悪感感じてないのに罪悪感感じてますとか言っちゃった時の嘘の罪悪感
これら全部区別しませんと。
イスラム教徒だの禁欲主義者の罪悪感は
大方共同体の掟や信条に背く相対的な事から感じられる種類じゃねーかな。
- 86 :考える名無しさん:2008/05/11(日) 20:13:24 O
- けど「自然法的なもの」だと感じられる規範も、本人が「個人的な信条」だと思っているものも、
結局かなりの部分は「共同体の法や掟」が内面化されたものなのでは?
たしかフーコーが言ってるディシプリン(規律/訓練)ってのも、そういう事ではなかったかと。
各個人の内面に、それぞれには主体的で自然発生的な、けど実際は植え付けられた規範があるために社会が保たれてる、というやつ(うろ覚え。補足訂正あったら頼む…)
- 87 :考える名無しさん:2008/05/13(火) 04:55:26 0
- 只のすりこみ(笑)
- 88 :考える名無しさん:2008/05/13(火) 07:49:30 0
- 暗示
マインドコントロール
- 89 :心の仕組みドットコム:2008/05/13(火) 11:01:11 0
-
>>84
>イスラム教徒が豚を食って罪悪感を感じるなど、禁欲主義者達が罪の意識を感じるのは本当に良心が源だと思いますか?
イスラム教徒は豚を食べないから、イスラム教徒が豚を食って罪悪感を感じることは有りません。
禁欲主義者達が(欲に)罪の意識を感じるのは良心が源です。
人に智恵が有れば、欲と望の区分けができ人は欲で生きるものではない、と言うことが理解できます。
ですが「人は欲が無ければ生きられない」と皆さんは思い込まされているのです。
- 90 :考える名無しさん:2008/05/13(火) 22:01:01 O
- >>89
> イスラム教徒は豚を食べないから、イスラム教徒が豚を食って罪悪感を感じることは有りません。
知らずに食って悩んでいる人をテレビで見たことがあるんだけど…。
> 禁欲主義者達が(欲に)罪の意識を感じるのは良心が源です。
シスターがセックスに罪の意識を感じるのも良心なのか?
あなたのライバル(?)のユダヤ人達は向上心がないのは罪だとして、必至になって成り上がろうとするのも良心が源ですか?
> 人に智恵が有れば、欲と望の区分けができ人は欲で生きるものではない、と言うことが理解できます。
> ですが「人は欲が無ければ生きられない」と皆さんは思い込まされているのです。
僕には「欲」も「望」も必要ない。すでに満たされているんでね。
罪悪感の正体は、自分が大切だと思っていた概念や観念を壊してしまった、失ってしまったことによる虚無感だろう。
- 91 :考える名無しさん:2008/05/14(水) 11:17:59 0
- >>86
そうかもしれないね。ただそれにしてもやっぱり
イスラム教徒が豚を食うときの罪悪感と
罪のない人を殺す事への罪悪感
個人的なこだわりを守れなかった際に感じるような罪悪感
は区別して然るべきだと思う。
で、どう区別するかというと俺は合意の数でこの区別を説明したい。
@自然法的なものに反した時の罪悪感
A所属している相対的でローカルな共同体の掟に反した時の罪悪感
B個人的信条に反した時の罪悪感
はこの順番で合意する人数が多い順になってると思う。
つまり@万人A多数派B個人といった具合だ。
何に合意してるかというと当然それは何を罪とするかについてね
- 92 :考える名無しさん:2008/05/14(水) 11:47:07 0
- 「赤信号 みんなで渡れば 罪悪感なーし」ってか?
- 93 :心の仕組みドットコム:2008/05/14(水) 15:55:54 0
-
>>91
そうですね。
自分が罪を犯さなくても罪を犯したと思い込めば、そこに罪悪感が生じるのですね。
広辞苑より【罪悪】道徳や宗教の教えにそむく行い。
道徳に背けば罪悪ですが、一つの宗教を信じれば他宗教の教えに背くことですから宗教を信じることが罪悪と言えるのですね。
つまり「罪悪を道徳や宗教の教えにそむく行い」としながら、キッパリと宗教は罪悪だと言い切っているのです。
言葉の扱い方がハンパじゃ有りませんね。
- 94 :考える名無しさん:2008/05/14(水) 16:14:05 0
- 広辞苑が「宗教は罪悪だ」って言い切ってるんだって? ばっかじゃねw
- 95 :考える名無しさん:2008/05/14(水) 16:24:01 0
- >>1
「良心」に決まってるでしょうが。
- 96 :考える名無しさん:2008/05/14(水) 16:50:36 0
- だから、その良心の正体が、
制裁とか周囲の人たちの否定的態度の予想に過ぎないのか、
それともそうでないかを議論しているわけです。
- 97 :考える名無しさん:2008/05/14(水) 17:17:24 0
- 大丈夫。罪悪感は日々成長していることの表れですよ。
- 98 :考える名無しさん:2008/05/14(水) 18:11:35 0
- 罪悪感という衣を脱ぎ捨て、裸になるのだ!!!
- 99 :心の仕組みドットコム:2008/05/14(水) 22:43:52 0
-
>>94
君には言葉の意味を読み切れないね。
【罪悪】道徳や宗教の教えにそむく行い。
とすれば、宗教に溺れている者達はこれで納得するでしょう。
ところが自分が信じる、宗教の教えにそむく行いとは書いて有りません。
つまり何教と言う制限がないので全ての宗教となるのです。
全ての宗教の教えにそむく行いならキリスト教徒が仏教の教えに背けば罪悪になるのです。
つまり世界八十万種ある全ての宗教の教えに背けば罪悪だと言うことです。
分かるかな、、
- 100 :考える名無しさん:2008/05/15(木) 00:42:44 0
- >>94
特定の宗教Aを信じる事は宗教Bの教えに背く事になるかもしれない
そして宗教の教えに背く事を罪悪と定義してるからには
宗教Aを信じる事は罪悪であると言わざるを得ない。
という論理じゃないか?多様な人間が平和的に共存するにはこういう考え方が必要になってくるな。
>>96
仮に良心の正体が「制裁とか周囲の人たちの否定的態度の予想」だとすれば
あとはその制裁や人々の否定的態度は相対的なのかどうかというのが問題になりそうだな。
何に制裁を下すか、何に否定的態度を示すかが、時代により人により場所により完全に相対的なら
良心は所詮は相対的なものでしかないとしか言えない。
だがある程度までは相対的だとしても「完全に」相対的かというとそうは断言できないように思う。
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