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罪悪感の正体ってなんなの?

1 :考える名無しさん:2007/11/09(金) 03:46:07 0
マジでなんなの?


129 :考える名無しさん:2008/05/17(土) 15:44:30 O
宗教にも依存せず、反宗教にも依存しない人は、宗教と争うこともなく、反宗教とも争うこともない。
宗教と争う反宗教も、反宗教という教えを盲信し、従っている反宗教信者なんですね。

宗教間の争いは、自分達が善であろうとするために、相手を悪だと否定しようとするため。
反宗教も同じように、自分達の敵対心や憎しみを善だとか正義だとか、その敵対心や憎しみを正当化し、宗教を非難しているということです。



130 :考える名無しさん:2008/05/17(土) 16:03:55 0
宗教は人間に罪悪感を植え付ける故に、悪の根源である

   !!!沢尻エリカは、悪の根源ではない!!!

131 :考える名無しさん:2008/05/17(土) 16:04:43 0
良心かもし・・・(・・)

132 :考える名無しさん:2008/05/17(土) 16:37:55 0
> 宗教を信じぬ者は宗教の教えをゴミ扱いしますので背くも何もないのです。

ある宗教を信じるものは他の宗教をゴミ扱いしますので背くも何もないのです。w

> だが【罪悪】道徳や宗教の教えにそむく行い。 だから一つの宗教に捕らわれる者が他の宗教の教えに背けば罪悪だよ、と言うことです。
> なぜなら、そこに必ず宗教間の殺し合いが始まるからです。

まったく意味不明ですね。
あなたには正常な知能と会話の能力がないことが
私にはよく分かりました。
もうお答えいただかなくて結構です。w

133 :考える名無しさん:2008/05/17(土) 16:39:01 0
ドットコムが完全な阿呆であることがまた証明されますた。

134 :考える名無しさん:2008/05/17(土) 16:51:07 0
阿呆の仕組みドットコムは無視して、罪悪感の正体について話を戻しましょう。>みなさん

135 :考える名無しさん:2008/05/18(日) 00:55:39 O
はい。本題に戻りますと、

それぞれの個人に兆す罪悪感が、生物として先天的なものなのか、はたまた所属する社会集団の価値観が知らずにすりこまれた(主観的には自然発生的でも実際は)後天的な産物(@フーコー?)なのか、

ある程度は後者だとしても、しかし先天的な罪悪感は本当に無いのか、

もし仮に全てが後天的に刷り込まれた罪悪感だとするなら(あるいは先天的なものだとしても?)それを捨て去って、自由に生きるべきなきゃのか、それとも、それでも罪悪感/倫理は持つべきなのか、

といったあたりだと思いますが、いかがでしょう>みなさん

136 :心の仕組みドットコム:2008/05/18(日) 09:08:01 0

>>129
>反宗教も同じように、自分達の敵対心や憎しみを善だとか正義だとか、その敵対心や憎しみを正当化し、宗教を非難しているということです。
日本の宗教人口は20%を割り込んでいますので、日本人の心から信仰心が消滅するのも秒読みに入っています。
と言っても日本人は持ち前の穏和な気質から宗教を否定せず、宗教を覚めた眼で見ているのです。
そして宗教行事をイベントと捕らえ、同じアホなら踊やにゃ損々とクリスマスから初詣までみんなで繰りだすのです。
信仰心が薄ければ知性を司る理性が育ちやすい環境が有りますから、それを見知ったアインシュタインが来日した際に世界の平和は日本から、と言うメッセージを残したのです。


137 :考える名無しさん:2008/05/18(日) 12:01:41 0
>>135
罪悪感や倫理は社会による「洗脳」みたいなものだから、
そんなものは捨て去って自由に生きるべきなのか、
それとも、人間は罪悪感/倫理を持つべきなのか、ですか。
本音のところで意見が分かれそうだから、いいテーマですね。



138 :考える名無しさん:2008/05/18(日) 20:12:51 0
集団としては、もちろん規範に沿って
罪悪感をもちつつ反しないように生きていくべきだろうな。

個人なら、反骨精神があるヤツはともかく
罪悪感を捨てること=社会的コミュニケーションを拒絶すること
に近いから、これもやっぱり罪悪感は持っていたほうが無難ではある。

”ヒト”という種でくくると、やはり社会性が必要となるから
罪悪感はあって然るべきものだろうと思うな。
至極当然のことしか言ってねえか。

139 :考える名無しさん:2008/05/19(月) 06:49:11 O
倫理的な正しさは、その都度その場の一回性を引き受けた、自らの単独性において決定しなければ意味がない。『一般的に正しさ』によりかかるほど非倫理的なことはない。
だから『罪悪感は持つべきか』なんて一般論は乱暴すぎて無意味。
強いて答えるなら、
その都度、自らの罪悪感の自明性と来歴を疑う限りにおいて、持つべきだろう。

140 :心の仕組みドットコム:2008/05/19(月) 09:40:46 0

私も少し勘違いしていましたが、罪悪感と善悪とは無縁でも成立します。
例えば強盗団の一人が仲間を裏切り、そのことに罪悪感を感じる時も有れば、
逆に、強盗団の仲間で有ることに罪悪感を感じる場合も有るわけです。



141 :考える名無しさん:2008/05/19(月) 10:06:14 0
敗北感と勝敗が違うのと同じか。
人によって勝利条件は違うからな。

つまり罪悪感を感じる罪悪条件があるということか?
それは人によって千差万別なんで、一般的な善悪との差が生じるとか。
文化や法律や宗教によって定義される善悪とは別の、
個人的に感じる善悪判断が罪悪感なんじゃないか?
平均化されてない歪で純粋で、簡単に変化するモヤのような善悪基準。

142 :考える名無しさん:2008/05/19(月) 10:22:43 0
社会的動物としては、罪悪感が必要なのだろう

143 :考える名無しさん:2008/05/19(月) 10:35:37 0
罪悪感というのは、自らが行ったこと、現に行っていることを、
規範に反するものと判断したときに「生じる」感情だろう。
凶悪な行為一般に対して生じる憤りの感情が、
たまたま自らの行為に対して生じているだけかもしれない。


144 :考える名無しさん:2008/05/19(月) 10:51:15 0
恥の感覚と比較してみるのはどうだろう?

145 :心の仕組みドットコム:2008/05/19(月) 16:53:41 0

>>144
羞恥心もいい加減なものではないですか。
例えば宝石を付け、高級と言われる衣服を身に付けなければ恥だと思う人
もいれば、その姿に恥を感ずる人もいます。


146 :考える名無しさん:2008/05/19(月) 16:55:48 0
最近の日本人は、「恥」という言葉を知らない

147 :心の仕組みドットコム:2008/05/20(火) 07:13:03 0

>>146
羞恥心も罪悪感も理性から生じるもので有れば恥ずかしいから止めておこう、とか悪いことだから止そうと事前に行動を制御する働きが有ります。
理性から生じる羞恥心も罪悪感が薄ければ脳の働きに直接、比例して頭が悪いと言うことに成ります。
>最近の日本人は、「恥」という言葉を知らない
日本人の大多数の頭(官僚や総理を含め)が悪く成ってきたと言うことですね。


148 :考える名無しさん:2008/05/20(火) 08:51:28 0
罪悪感や良心は先天的ではなく社会的に後で植えつけられる云々言う奴がいるが
人間がそもそも社会を作る生物としてできてるなら
社会的にそれらを形成するのも結局は本能だと言えないか?

149 :考える名無しさん:2008/05/20(火) 09:05:39 0
自己防衛本能

150 :考える名無しさん:2008/05/20(火) 09:39:14 0
>>148
罪悪感や良心自体が本能に組み込まれているわけではありません。
これらは行いの結果として心に生ずるものです。
人によってこれらがどう発露されるか差がありますが、
本能の中に道徳的判断力はそなわっているらしいです。
最近の研究で新生児が道徳的判断を行うというものがありましたが、
これは本能的なものです。
しかし、新生児にもともと道徳がそなわっているのではありません。
道徳は人間が作るものですので、新生児の道徳的判断は道徳そのものではなく
道徳を行為、形成させようとする本能の一つであると思われます。

151 :考える名無しさん:2008/05/20(火) 10:27:25 0
> 最近の研究で新生児が道徳的判断を行うというものがありましたが

だれのどういう研究なの?

152 :心の仕組みドットコム:2008/05/20(火) 11:51:40 0

>>148
人類は生まれた時から受けた影響の全てを吸収する優れた感性を本能と一緒に備え持っています。
母体の中でも、その感性は働くとの考えも有って胎児教育と言われています。
つまり、その誰もが備え持って産まれる優れた感性が外部の刺激を受ける迄は、理性も悟性も無く全くの白紙なのです。
この感性に親の因果が子に写りと言う、性悪説や性善説などの宗教的な論を唱える者もいます。
しかし、その論はまやかしで実際は外部から受けた全ての影響を感性が潜り抜け心として表に現れます。
言い替えれば、外部から受けた影響が、その者の全ての人格を形成する基盤に成るのです。
一般的には社会が悟性八割と理性二割で賄われていますので、多少の開きは有りますが特殊な育ち方をした者以外は
悟性八割と理性二割で賄われ、強い悟性が心を支配し理性は休眠中の札をかけて眠っています。





153 :考える名無しさん:2008/05/20(火) 11:59:38 0
胎内でも9ヶ月くらいになれば音は確実に聞こえているはずだし、
記憶力もあるはずだからな。
もちろん言語の記憶ではなく気分や安心感や不安感みたいな記憶と
結びついているレベルの抽象的なものだけど。

154 :考える名無しさん:2008/05/20(火) 13:00:50 O
例えば、
かなりグロテスクなSF的仮定をしてみる。

生まれてから十年以上、生物としての成長に必要な栄養のみを投薬などで与えられて、他の人間との接触を完全に断たれた環境で育てられた人間がいるとする。
この人間は言葉を喋るだろうか。

同じように育った人間を複数集めて生活させたら、社会なり群れなりを形成するだろうか。そこに罪悪感や良心は有り得るだろうか。

155 :考える名無しさん:2008/05/20(火) 14:20:37 0
わざわざ投薬にする必要性がわからないが

最初はまったくのバラバラに行動すると思うな。
紆余曲折があり、誰かが死ぬか瀕死に至ることで
徒党を組むことを始めるんじゃなかろうかね。
そっからどうコミュニティを発展させるかは
実際に実験してみるしかないだろうけど…

自活の必要の有無(投薬だと無、離島などのある程度の環境があるなら有)が
コミュニティの絆をどう結束させるかによるだろうと思う。
食糧による利害関係、互いの感情、主従関係などなど。
物質的な利害関係は原始的だから、
それを制限する投薬にはなおのこと、疑問を感じる。
隔絶のレベルにもよるだろうなあ。

思考実験程度なら、保身本能からコミュを形成することぐらいは予想できると考える。

156 :154:2008/05/20(火) 18:54:10 O
>>155
そうですね。投薬である必要は無いかも知れません。
一応意図は、自分で動けない乳児期に「望むものを与えてくれる他者(=親)が存在する」という事を学習させないように、という程度の考えでした。
私が想定してみたかったのは『野生の人間』ではなく『言語を含む社会的な営み全てを、外部から学習する契機を完全に奪われた人間』だったので。鬼畜じみた想定ですが。


157 :考える名無しさん:2008/05/21(水) 04:15:44 O
つまらん

158 :心の仕組みドットコム:2008/05/21(水) 07:31:32 0

>>156
要するに、赤子の本能と感性に外部から影響を加えずに育てたらどうなるんだろう、と言う疑問ですね。
人の心は本能と感性が外部から影響を潜り抜け表に心として現れますので、影響が加えられ無かったら心は赤子の儘だと思いますよ。
言い替えれば、人の心は受けた影響の全てを吸収し、その影響を本能と感性が潜り抜けて生まれるものだから自分の心でも実際は全て影響に依って作られたものなのです。
ものを見て、どう感じるとか次の行動や好みまで、全て過去の影響が決めるのです。



159 :考える名無しさん:2008/05/22(木) 11:24:15 O
>>154
そのような空間に、同じように二人を隔離した場合、
彼らは言葉を発明し喋りはじめるだろうと言われているね。


160 :考える名無しさん:2008/05/22(木) 13:36:20 0
>159
狼に育てられた子供が人間社会に入り込めなかった、というのは誤解?

161 :考える名無しさん:2008/05/22(木) 23:49:29 O
>>160
言葉は言葉を使う能力のある他者がいて、初めて有効なものでしょう。
人の脳は、あらかじめ言葉を話す機能が備わってます。
幼児には、しゃべることに対する、(意味をなさないことでも)強い衝動があります。
意味をなさないただの声を発する者どうしが、
やがてその声に意味をあてはめて言葉を発明するのは時間の問題かと思います。


162 :心の仕組みドットコム:2008/06/15(日) 17:48:31 0

>>161
>意味をなさないただの声を発する者どうしが、
>やがてその声に意味をあてはめて言葉を発明するのは時間の問題かと思います。
三万年も時間が有れば言葉として話し始めるでしょうね。


163 :考える名無しさん:2008/06/16(月) 20:31:13 0
>>161
ある能力が生得的に備わっているとしても、適切な環境や刺激がなければ、
その能力が発現しないということはありそうだと思うが。
この場合の適切な環境とは、一定の規則や意味を持つ言葉を話す人々が
周囲にいる環境ではないかなあ。


164 :考える名無しさん:2008/06/20(金) 23:36:52 0
見通しの無い奴は間抜けであって、
一人よがりなのは我がままであって、
システムとに従うものは馬鹿であって、
形式だけで中身が無いのは阿呆だ。

複雑なものになると、
適当なことを知らないで、進める奴は間違いであって、
人のせいにして、自分がないのは情け無いのであって、
自制心で人を従える奴は尊大であって、
神輿にして担がれている駄目な奴は愚か者だ。

間抜けとか、間違いってことはあるけど、普段はあんまり意識しないよね。

165 :考える名無しさん:2008/06/20(金) 23:42:34 0
御輿部分の描写については、久米田作絶望先生のものが秀逸。
別に、作品を褒めてるんじゃなくて、御輿描写についてということね。

166 :考える名無しさん:2008/06/28(土) 18:52:12 0
私達の目的は神という意味を持っている。
神までには至らないが、ほとんどのところ満たすものは気という意味を持っている。
私達自身は知恵を持っている。知りたいから、問い詰めて疑問に思うのだ。

 私達からもっとも遠くにあるものを探す人は神の意味を持つ。精神は神の意味を持っており、私達の目的を
意味している。
 問題となっている障害を探すこともこの意味が使われる。相手側の最も根本的な障害を探したり、疑いを
持つ人は精神障害者というのである。

 世の中のほとんどに満ちているものは気の意味を持つ。大気や空気や気功は最終的なものを言い表すもの
ではないが、世の中に広く満ちているものを言い表している。
 世の中の大部分に問題意識を持っているものは気の意味が宛がわれる。私と相手の可能性について病んで
いるものは病気というのである。

 私自身は考える。最もな私自身の根拠である。世の中の大部分がどうであれ、最終的な目的がどうであれ、
そういうことにそぐわないものがある。
 私自身に問題が生じているものは知恵の意味を持つ。私自身が根本的に誤作動を起こしている人は白痴や
知恵遅れというのである。

 さて、しかし、他人の腹を探る人がいる。これは病気かもしれないが相手の悪意や相手本当の考えを知りたい
というのは精神障害者である。

 そして、自分自身に思い悩んで、煩っている人を指して病気であるという方がいる。これは病気かもしれないが、
そうすると対象を除くことで完治し得るものである。それなので、恐らく、自分自身で解決する知恵を持たない
知恵遅れの類である。普通では考えられないような行動や自分の身を大事にしなかったり、見通しなく大胆な
行動のは精神障害者というのは間違いであって、白痴の類である。

 或いは、自分自身に不愉快なものがあって暴行を働く人を気違いというのではない。これは思慮が足りなくて
自分でどうして良いのか知らないが故である。私と相手に対して負の遣り取りを想像するものが病気なのである。

 神と気と知恵を上手に言い当てて、この意味が故の罪に問い、悪いことであると考えるようにするのが罪悪感と
いうのです。

167 :考える名無しさん:2008/06/28(土) 19:21:49 0
○神
精神障害 神経衰弱
――――――
○気
雰囲気 気後れ 気分 (気持ち悪い、気を使う、気が小さい) 気違い 病気
――――――
○知
世間知らず 知恵遅れ 判らず屋 白痴

168 :考える名無しさん:2008/06/28(土) 19:56:07 0
人生を自信を持って生きてゆく人間はそれほど多くはありません。
漠然とした劣等感、不安、虚しさなどと、自罰反応をもち罪悪感
を持ち、軽うつ状態で多くの人が生きています。
キリスト教の原罪や仏教の輪廻転生なども、そこから生まれた思想
かも知れません。

169 :ラプラスの悪魔  ◆daemontaDA :2008/06/28(土) 19:59:37 0
かわええよ、もまいら。

独りしかいない地球を想像したまえ、太古帰りしてサバンナに

住む自分の家族だけがいる社会を想像した前。

そこにどんな罪悪感が想像できようか?。容易い。


170 :考える名無しさん:2008/06/28(土) 19:59:37 0
自罰反応の人が、他罰反応の人より多いのがこの世の中です。

171 :ラプラスの悪魔  ◆daemontaDA :2008/06/28(土) 20:01:01 0
他者(神を含む)無き罪悪感、・・・・ありゃせんがな。


172 :考える名無しさん:2008/06/28(土) 20:07:26 0
理由は分かりませんが、他罰反応のひとより自罰反応の人が
多くいるのが、この世の中です。
罪もなしに、自罰反応は罪悪感を生まれさせます。
生きるのは、辛いものです。

173 :ラプラスの悪魔  ◆daemontaDA :2008/06/28(土) 20:10:57 0
>>172
現代人は前頭葉の使いすぎなんです。


174 :腰抜けの伝道者:2008/06/29(日) 14:58:46 0
後悔とは、真の自分についての最高の考えを示すことができなかった、と言明することだ。
罪悪感とは、そんなことをしてしまった自分にはもう価値がないと
決めつけることだよ。

175 :考える名無しさん:2008/06/29(日) 15:55:50 0
善を
行い罪を犯さない正しい人は
世にいない
       伝道の書 第7章 20

176 :考える名無しさん:2008/07/03(木) 02:31:03 0
一個人的には
>>3 >>17 >>22さんが書いてることが、わかり易く的をついてるように思えました。

罪悪感の正体は感じ取れたのですが、これを宗教に頼らず軽減する方法ってあるのでしょうか?
罪悪感を感じた場所で、逃げずに居り続けるとしたら・・・

177 :考える名無しさん:2008/07/03(木) 04:15:47 O
あげ

178 :考える名無しさん:2008/07/03(木) 23:33:36 O
あげ

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