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無限ループって怖くね?(ニーチェ的な意味で)

1 :考える名無しさん:2007/11/18(日) 03:02:06 0
ニーチェ研究してるやつの発表聞いたんだが、あの発想は相当ヤバいと思うんだいろんな意味で。

どーよ?

79 :考える名無しさん:2008/05/12(月) 22:55:20 0
ニーチェか?、それとも神の子か?

80 :考える名無しさん:2008/05/13(火) 00:49:00 0
>>78
わからない

だから
>>79
僕は
僕でしかない

81 :考える名無しさん:2008/05/13(火) 01:11:01 0
それなのに自分が何なのか全然わからない
接続詞は役立たず
いつもその繰り返し・・・

82 :考える名無しさん:2008/05/13(火) 01:43:44 0
>>78
おもろい考え方じゃな。

83 :考える名無しさん:2008/05/13(火) 12:02:53 O
ヘーゲルを否定しただけじゃね?

84 :考える名無しさん:2008/05/13(火) 21:16:04 0
オレなんて自分が何者かを知る為に生きてるようなもんだぜ。

85 :考える名無しさん:2008/05/15(木) 07:26:06 0
>>84
ありがとうございます
僕もニーチェのように生を肯定できるよう
生きてゆきたいです

86 :考える名無しさん:2008/05/15(木) 12:06:42 0
自己完結すれば無限ループはない
だが他と関わって生きていかなければならない以上

低脳者に「えっ?それ何?おいしいの?」って原点回帰させられると
ループするわけだ。

おれが例を挙げて去ろう。
「ニーチェに踊らされすぎ自分の哲学を持て」

87 :考える名無しさん:2008/05/15(木) 20:34:46 0
>>85
若いんだろうから言うと、
若いうちは自分なりにガムシャラに生きてみるといい。
そして2、3年後振り返ってみるんだ。
そしたら何かしら自分らしきものが少しは見えてくる。
不思議と未来の自分の姿に興味も湧いてくるさ。

自分なりに生きてみなきゃ、そりゃ解からんだろ?
無理はしなくてもいいけどな。

自分なりにな。

88 :金曜日:2008/05/16(金) 12:11:29 0
永劫回帰は宇宙が発生と終焉を無限に繰り返すという解釈が一番妥当だと思うけどな。
ニーチェの当時の宇宙論では考えられなかったけどな。ニーチェは解釈で悩んだとおもう。
無限の時間内での有限な物質のふるまいということでね。
でも永劫回帰自体についてはほんとうに信じていたと思う。
その点ハイデッカーにはじまるニーチェ解釈はある意味歪んでいるともいえる。
永劫回帰はある得ないという人がほとんどだけど
可能性ちおしてあり得るともおもう。
でもこんなことは証明不可能だし宇宙物理学などで将来可能性が証明されたって
だれにもほんとうのことはわからないね。
でも永劫回帰は思想としておおいに可能性があるね。
神だって存在の証明は不可能だけど
思想としては神についておおくのすげれた思想家を生んだしね。

89 :金曜日:2008/05/16(金) 12:16:52 0
>>88
>可能性ちおしてあり得るともおもう
訂正
>この宇宙がすべての事象が全くおなじことを繰り返すという永劫回帰
として存在しているということが真実である可能性はあると思う。

90 :考える名無しさん:2008/05/18(日) 00:18:12 0
>>88
発生と終焉を無限に繰り返すってとこ読んで閃いたが、要は創造と終末の否定ということをニーチェは主張したんじゃないかな?
でも、>>78のほうが現実の生活に関連していて意味があるな。俺もそう思うことがあるよ。

91 :金曜日:2008/05/22(木) 07:07:20 0
>>90
>創造と終末の否定

宗教特にキリスト教における創造や終末思想の否定ということは
当然ニーチェの思想(ツアラツストラ)の根幹でもある。
しかし宇宙的な解釈としての永劫回帰
(宇宙が発生と終焉を無限に同じものとして繰り返す。地球の歴史や人生も他の惑星の生命の歴史も)はキリスト教も仏教も超える。
天国の存在や輪廻という考え方を完全否定するからね。

92 :考える名無しさん:2008/05/22(木) 08:37:51 0
発生や終焉は神の存在とは関係ないということですね。
宇宙というものの生成と消滅の自然な過程ということですね。
それでは永劫回帰と神は両立しないということでしょうか。

93 :考える名無しさん:2008/05/23(金) 23:43:59 0
神はニーチェだってどのように考えていたかあいまいに思える。
キリスト教は否定したにせよ遺稿ではときおり神について述べているからね。
神=宇宙神か汎神論かわからないけど
永劫回帰と神については両立するかどうかではなく
そうした幻想を思想としてどう深めるかだろうね。
いうまでもなくわれわれ人間存在からみれば信仰しようがしまいが自覚的な精神にとって
永劫回帰や神は不可知な領域に属する。
しかし宗教や信仰に陥らずに幻想領域の思想として深化することも可能だと思う。
ニーチェのツアラツストラはその発端にすぎないね。



94 :考える名無しさん:2008/06/01(日) 13:41:21 0
仮に宇宙が発生した以前の宇宙が終焉するとしたら、
その終焉から発生までの時間は
どのように流れているのですか?

95 :金曜日:2008/06/01(日) 22:43:36 0
>>94
本職の宇宙物理学者から笑われそうですが
素人の考えるイメージとしては
たとえば宇宙の終焉期にはブラックホールのようなものに宇宙が全て吸い込まれて
単一のものに統一されるということでしょうか。
宇宙の発生は無限小の点からビッグバンで宇宙ができます。
時間としては中断ではなく終焉から発生へと連続していると考えることも可能です。
そして終焉のありようが発生のありようへと受け継がれるということでしょうか。
永劫回帰は発生から終焉まで熱エネルギーを含む光子や電子など全ての素粒子
が定められた行程を旅するということになります。それを無限に繰り返すということですね。
偶然に思えるすべての現象は宇宙発生のときの条件に支配されているということです。
地球の出現や生命の誕生そして人類の歴史から滅亡までが偶然と必然の模様を織り成していながら
全ては永遠に繰り返すというイメージになります。
時間も空間も有限で宇宙終焉の時に時間はリセットされ宇宙は最初からはじまるのですが
終焉から発生を連続していると考えれば時間は無限ということになるでしょうか。どちらでもいいのですが。
でも私は無限なのは回数だとおもいますね。



96 :考える名無しさん:2008/06/03(火) 19:40:22 0
宇宙人が他の惑星に住んでいたとして
彼らの歴史も永劫回帰ですか

97 :考える名無しさん:2008/06/04(水) 23:57:29 O
>>91
輪廻=永劫回帰とも解釈出来るのでは?

98 :考える名無しさん:2008/06/05(木) 03:34:30 0
時間の終わりとはじまりがみつかりません

時間って、流れていないですね

99 :金曜日:2008/06/05(木) 08:48:25 0
>>97>>91
輪廻=永劫回帰とも解釈出来るのでは?

そのように解釈するのはニーチェの永劫回帰の誤解釈だとおもいますね。
そのように考えることも可能ですが。
輪廻は仏教以前のインドの宗教やチベット仏教にみられる転生など
のより古代の宗教感情に由来するものです。
日本の仏教にもそれはありますけど。
本来は仏教は輪廻などを断絶するための宗教ですから。





100 :考える名無しさん:2008/06/05(木) 18:58:15 O
97
>>99
なるほど。勉強になりました。
自分は輪廻も苦、永劫回帰も苦という点で似たようなものだとおおざっぱな理解しかなかったです。そしてその苦の具体的解決方法を示したのがブッダだと。
実際輪廻があるかどうかはいまいちピンと来ませんが。

101 :考える名無しさん:2008/06/05(木) 19:02:53 O
100ですが追記です。
輪廻は自由意思を認め、永劫回帰は決定論的といったイメージの違いが自分にはあります。

102 :金曜日:2008/06/05(木) 20:10:43 0
>101
そのように考える人は多いですね。
しかしわたしは逆に解釈します。
輪廻や転生という考え方は宿命とか運命とかいう個人の人生を背後で規定や拘束するものとして考えれば
個人の意思や自由の観念と逆立するものでもあります。
永劫回帰は把握の仕方や受け取り方によっては
自由をより拡大するものとしてうけとることも可能です。
ツアラツストラの言説を借りるまでもなく
一回=無限回数の人生だからこそ生きたいようにそして望むような人生をこそ生きるのだとね。
天国も地獄も来世もなくこの世の人生にのみ価値を見出して生きるべきということでしょうか。


103 :考える名無しさん:2008/06/05(木) 22:12:28 O
101
>>102
たしかに輪廻と業思想はカースト制の下支えとなるような宿命論の面がありますからね。しかし輪廻がないとすると「悟りにいつかは誰もがたどり着きうる」から来世に向けて努力する動機付けがなくなる気もします。
ニーチェの言う永劫回帰が無限に繰り返される一回限りの人生だとするとこれは輪廻とは全然異質の発想ですね。

104 :金曜日:2008/06/06(金) 05:50:10 0
>>103
古代インドにはじまる輪廻や階級制度からの離脱は初期仏教(釈尊)の切実な課題でした。
解脱するには正しい行いをするとか現実的行動では出家という方法がありました。
まあ当時の社会からの桎梏からの開放はそうした宗教による方法しかなかったとういことでしょう。
この世の苦痛を生んでいるのは自然災害や貧困でもありますが社会制度=カースト制であるのですから
現代ではそういう制度を否定して平等な世界をつくるために革命ということになりますがね。
現代の仏教もそうした輪廻やこの世の苦痛からの離脱や断絶への願望があります。
でもそうした背景が現代日本の社会ではすべて虚偽だとしたらどうでしょうか。
現代の日本の仏教は葬式にみられるように死への不安からの離脱のために仏=無=死後の世界という
抽象的な世界を造形して命脈を保っています。
本当は仏教を生んだ背後の状況が現代日本では消滅しているのにね。


105 :考える名無しさん:2008/06/06(金) 21:48:58 O
>>104
103
たしかに宗教運動は政治的対立抜きには考えられません。そして現在の日本仏教の大半は現在の国民の需要に答えてない気もしますね。
ただ自分としては歴史的限定を受けない普遍的真理への到達が少なくとも南伝仏教の修行法なら可能ではないかと興味を持っています。

106 :金曜日:2008/06/06(金) 22:24:19 0
>>105
それは仕方のないことです。とくに現代日本の社会では。
仏教でもキリスト教でも宗教は巨視的には人類の歴史から
衰退していく途上にあります。国家がいつか終焉して必要のない時代になり
社会だけがあるという状態では宗教は消滅するのだと思いますね。
あと100年以上はかかるでしょうが。
普遍的真理とかいうものは宗教やその修行によって到達するのではなく
あくまでも理知の果てに見出されるべきと私は確信していますが。
そして永劫回帰が普遍的真理だとしても
私は信じきれないですよ。神の存在が信じきれないように。
私の理知はそこに届いていないからです。
でも天国や地獄の存在はまったく信じてないな。

107 :考える名無しさん:2008/06/12(木) 08:36:04 0
>>国家がいつか終焉して必要のない時代になり
社会だけがあるという状態では宗教は消滅するのだと思いますね。

??

理知て何?
普遍的真理は神は存在しないことだな

108 :考える名無しさん:2008/06/21(土) 06:54:02 0
終わり?

109 :考える名無しさん:2008/06/24(火) 00:44:26 0
元々の宗教は死や生、宇宙の真理探究の為のものだった
それがいつの間にか政治利用されてしまい形骸化してしまった
本来の宗教=哲学と言っても差し支えない
宗教の消滅=哲学の消滅を意味するぜ

110 :ラプラスの悪魔:2008/06/24(火) 00:47:23 0
無限ループは寧ろ基本。和だよ和。

己の尻尾を食らうあれだよあれw。

あれが出て来ないなぁ。

111 :考える名無しさん:2008/06/24(火) 00:49:47 0
まぁ>>106は形骸化された宗教の消滅の事を言ってるんだろうけどな

>普遍的真理とかいうものは宗教やその修行によって到達するのではなく
>あくまでも理知の果てに見出されるべきと私は確信していますが。
とあるが
仏教は理知の果てに見出されたものなんだがな
本当の宗教は科学や哲学となんら矛盾しないのだよ

112 :考える名無しさん:2008/06/24(火) 18:59:43 0
ん?
仏教は本当の宗教になるのかな。
キリスト教は本当じゃない?
イスラム教は?

113 :考える名無しさん:2008/06/25(水) 22:42:44 0
↑ラプラスの悪魔さんもいるけど
同じ人ですか

114 :考える名無しさん:2008/06/25(水) 22:43:46 0
↑ニーチェ十三
のスレのことです

115 :考える名無しさん:2008/06/26(木) 05:12:02 0
>>110
メービウスの輪?

116 :考える名無しさん:2008/06/27(金) 23:01:18 0
>>112
kwskはここで↓
http://inochi.jpn.org/hitoiki/S01.htm

117 :考える名無しさん:2008/06/27(金) 23:38:06 0
ちなみにニーチェも仏教を肯定していて
永劫回帰を「仏教のヨーロッパ形態」であるとしたらすぃ

118 :考える名無しさん:2008/06/28(土) 00:22:25 0
ニーチェが言いたいのは、どうせ一生を過ごすのなら
永遠に繰り返したくなるような人生を歩めということだ。
たしかに何度死んでも生き返るなら、破壊や殺人を繰り返すことも可能だが
殺した相手もまた生き返るのだ。いつかはその虚しさに気づく。
同じことなら、自分を高め、他人のために尽くし、人を愛し
人に愛される人生を選ぼうとするだろう。どうせ一度きりの人生だと思うから
自己を高める努力を放棄し、隣人を愛することをむなしい
と思ってしまっているのではないだろうか。
永劫回帰して同じ人生を生きるものだと考えて毎日を生きることができたら
きっと人生はまるっきり変わったものになるのだろう。


119 :金曜日:2008/07/04(金) 04:43:32 0
>>118
そうだな
それに
仏教やキリスト教でも救済が困難だった
誰でも感じる死後への不安が永劫回帰によって死後の無の世界がループして
再び自分の世界がこの世に出現するということで
不安が希望へと転換できるということだ。
自己の生命は自己にとって無限の価値あるものであるなら
人は永遠を望む。つまらぬ人生や後悔だらけでの自分の人生でも自己は肯定せざるをえない。
永劫回帰という幻想を真実として願うのが人の本能だはないだろうか。

120 :考える名無しさん:2008/07/08(火) 07:28:14 0
>>118
勝ち組は永遠に勝ち組。負け組は永遠に負け組とかだったらイヤー。

121 :考える名無しさん:2008/07/10(木) 20:27:34 0
無限ループって怖くね?

122 :考える名無しさん:2008/07/12(土) 20:15:57 0
>>120
負け組人生でも、本当に素晴らしいと思える瞬間がありさえすれば、
もう一度繰り返す価値があるんだよ、
ってのが永遠回帰。

つまり、一瞬の幸せで満足しろ、ってこと。

123 :考える名無しさん:2008/07/18(金) 13:03:29 0
無限ループ
は全くこわくない

124 :考える名無しさん:2008/07/25(金) 06:27:31 0
死への不安が過度な人間ほど永劫回帰を拒絶するのではないか。

125 :ニーチェ:2008/07/26(土) 04:28:38 0
我輩はニーチェである。名前はまだない。

126 :考える名無しさん:2008/09/04(木) 04:09:53 0
無限ループ
これこそがこの世界の真実だとしたら
恐ろしいことになるのか
最後の審判に相当するのか?

127 :考える名無しさん:2008/09/06(土) 05:13:39 0
久しぶりにここに来ますた。

無限=時間のはじまりもおわりもないこと。
実際、時間の起源をみつけることできません。
よって時間は有限ではありえない。
それはひょっとすると
「ループ」という概念の中に既に含まれているから?
(だとしたら、単なる同語反復にすぎないかもです。)
寧ろ有限の方がずっと信仰めいてる気もしてきた。

確かにぼくらは宇宙の一部で在りえる。ように思えます。。

だけど
『宇宙の在る場所は何処なのでしょうか』
『「宇宙の誕生の3秒前」なんて時間はあるのでしょうか』

ぼくが無がくしゃだからだろうけど
全然分からない・・・。

>デジャブ=永劫回帰残像

もしかしたら、あれはそうだったのかもしれませんね。
でもどちらにしてもずっと不思議なのに変わりないです・・・。

128 :考える名無しさん:2008/09/06(土) 21:06:45 0
怖くないよ。
思考することが自分を自分たらしめていると思ってしまうが、
似たような思考を他人もしているし、「自分」というものの存在なんてあいまいなものでしかない。

この世の事象は全て再現可能性があると思う。
あなたが永劫回帰を聞いて怖さを感じいることはあなた独自のものでなく
誰の頭でも再現可能なんだよ。

無限の繰り返しや死を恐れるのはあなたの意思ではなくて、
生存本能からきてる。「自分」が存在するというのは
気のせいで、そう思わされているだけ。「自分」は存在しないともいえるし、
普遍的に存在しているとも言える。

つまり永劫回帰なんて取り越し苦労だ。

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取りに行ったけどなかった。次は一時間後に取りに行くです。
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