永井均と<独在性> 3
- 118 :考える名無しさん:2008/01/21(月) 15:01:28 0
- 「到達不可能性」という場所を出発点にしてしまうと、「わからなさ」を
強調してしまうことになってしまうのではないだろうか。
たとえば西田幾多郎の場合でも、もし、「無の場所」というものを
出発点にしてしまっていたら、そこからはおそらく何もでてこないと思う。
現実的な具体的存在者の根底のところを考えていくと、そこには
「無の場所」というものがある「はずだ」という思考の順序だと思う。
カントにしても同じことで、経験的現実から出発して、経験的現実を
可能にするものとしての超越論的自我というものがある「はずだ」と
いうのがカントの思考順序であって、先に超越論的自我を「事実」として
措定してそこから出発しているのではない。もしそのようなことを
してしまえば、それは哲学とはなり難い、恣意的な空想になってしまう。
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