もう2時か、
2ちゃんねる ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50 [PR]萌え猫写真館が復活。[PR]  

生きる意味

1 :考える名無しさん:2008/01/16(水) 19:00:21 0
何のために生きているんだと思いますか?
http://asq-enq.com/e1200456070.html

488 :212:2008/06/24(火) 17:54:08 0
なんかレスがついてて驚いた。
心配してくれてありがとう。

この際だから夜にでも書きたいことを書いてみますよ。

489 :考える名無しさん:2008/06/24(火) 20:50:19 0
一個人ってのはドミノ倒しのコマみたいなもん多少大きさや
分岐らへんだったり位置とか周囲との関係に違いはあるかもしらんけど
こっからここの人の○○は何だったのかとか何の限定もないんじゃなあ・・

490 :考える名無しさん:2008/06/24(火) 21:03:57 0
「こうする必要がある」という事と「こうしたい」という事は全く別の問題だからな。
今日は無意味にバイク用グローブとか買っちゃったな、カッコ良かったから。
さっそく着用して流してきたけど最高だったよ。
まああれだ・・何にでも意味が必要な堅っ苦しい時代ではある。
だからこそ様式美やスローフードのような反逆が現代人には必要なのだと思う。
コンビニ弁当のような人生に対するアンチテーゼとしてね。(食えたらいい→美味いものが食いたい)

491 :212:2008/06/24(火) 22:54:34 0
我々はどこから来たのか
我々は何なのか
我々はどこへ行くのか

ゴーギャンの遺作になるはずだった絵画の左上スミに書かれたことば
古くは1世紀のローマ詩人 2世紀のグノーシス文書にも
似た文言が見られる

492 :考える名無しさん:2008/06/24(火) 22:56:19 0
生きるということは本来それだけでは全く意味はない
というよりも生きるということが人であり生物としての前提である
唯物論に因らずとも前提なくして物事を創造することは不可能だ

従って何故前提があるのかを考えることはロマンなのであり
仮にそれが分かったからといってそれは根本的に意味がない。あえて言えば、前提の認識がより深まったにすぎない
生きる意味を考えるということは前提を考えるということでありそれは同時に前提を無くすことと同様なのだ

493 :212:2008/06/24(火) 23:08:53 0
どこの民族にも創造神話がある
自分たちの由来を人は考えずにはいられない

ハイデガーの解説書よんでもなんかよくわからん
将来大学入り直して哲学専攻しよ

494 :考える名無しさん:2008/06/24(火) 23:14:59 0
創造主を導き出せたとしてもそれは本質的には意味がない
ガリレオは、地動説を唱えたが、教会から圧力がかかるや否やその説を捨てた
地球が太陽の周りをまわっているか、太陽が地球の周りをまわっているか、それは本質的にはどちらでもいいことである

それは、それが真実だからといって命を賭けるだけの価値はなかったのだ

495 :212:2008/06/24(火) 23:18:10 0
生物学的に観れば何かが生きているのは
その前世代の繁殖の結果にすぎない

>>というよりも生きるということが人であり生物としての前提である

ここに異論はない
生物としてならば生きている意味など全く偶然で無意味

さて それでどうする
俺らはどこへ行くんだ
60年か70年生きて満足して死ねるのか
それともその頃には生きるのにも飽きてるのかな


496 :212:2008/06/24(火) 23:21:38 0
何もわからずどこへ行くかも知らずに生きつづけられるのか。
それで満足な人が大半だろうか どうかな


497 :212:2008/06/24(火) 23:24:54 0
ドミネクォヴァディス

498 :212:2008/06/24(火) 23:26:20 0
今夜はこのへんで。

499 :212:2008/06/24(火) 23:31:01 0
>>492
脱構築のこと言ってるのかな。と蛇足のひとこと。

500 :考える名無しさん:2008/06/25(水) 22:47:08 0
やっぱり唯物論を信じるしかない自分がいる。

でもだからといって虚無感に苛まれるということも今のところはない。
自分が感じる様々な価値や意味が仮初めのものでしかないことはわかっていても
そんなの関係ねえって感じだ。
大事だと思うことは大事にしたいし、他人にも大事にしてもらいたい。

自分も他人も物体でしかないとしても。

501 :212:2008/06/25(水) 23:12:42 0
>>494
ガリレオは1616年に第1回異端審問所審査で、
ローマ教皇庁検邪聖省から地動説を唱えないよう注意を受けた
その後1630年に天動説と地動説両論併記の「天文対話」を執筆
1632年に刊行された
1633年同書刊行を咎められ裁判で終身刑(直後に軟禁に減刑)を宣告され
地動説を否定する宣誓をさせられている
「天文対話」は禁書とされた。
ローマ・カトリックのイタリアでは事実上出版を禁じられたため
1638年には「新科学対話」をプロテスタント国のオランダで出版している

ガリレオは科学者であると同時に敬虔なカトリック教徒でもあった
観測結果と信仰の狭間で彼が懊悩したのは間違いない

命惜しさのために地動説撤回などしていない

502 :212:2008/06/25(水) 23:31:21 0
唯物論OK。
意識というプログラムを走らせるためのハードが
今は脳であるというだけの話

億単位の年月が過ぎれば
マイクロブラックホールに0と1の表記をさせる
ブラックホールコンピュータ、もしくはアナログコンピュータが
脳に変わって意識を走らせる媒体として実用化されるはずだ

503 :考える名無しさん:2008/07/12(土) 03:28:07 0
人が語る言葉の中に自身さえも捉え切れない数の人々がいる

今はまだそっちとこっちを繋げ合わせ考えられると思って居るが
本当のところは存在するものはすべて存在している

全体から切り出した己を見つめるその人の世界だけがこの世で動いてる

504 :考える名無しさん:2008/07/12(土) 07:45:29 0
野に咲く花に意味はなく流れる雲にも意味はなし
意味がないからこだわりがなくこだわりがないから苦しみもなし
生きるがままの死ぬがまま、あるがままとは実に愉快

505 :考える名無しさん:2008/07/25(金) 19:36:50 0
生まれてもいつか絶対死ぬ。
だけど世代交代していってるよな。
でもいつかは死ぬから、世界の物が永遠ではない限り
世界の物は当事者になる訳だろ
生き物とかが生きる事で何かを得たり失ったりする存在がいる(ある?)なら、
それが求めてるのが生きる意味と言う事になるが
世界のものは永遠じゃないから
そんな存在はいない
だから生きる意味も無いんじゃないのか
それとも当事者の俺等には理解できないような事なのか。

あーもう意味わかんね

506 :考える名無しさん:2008/07/25(金) 20:09:08 0
>>505
絶対死ぬとか言ってるけど死は体験できないぞ
分かってか?
想像上の産物だってこと

悔しかったら経験してみ?
どうやったってできないから、、、絶対にね

507 :考える名無しさん:2008/07/25(金) 20:39:04 0
>>506
生きる意味があるとしたら それは死ぬと終わりになると考えてる
だから意味なんて無いんじゃね?っていう考え方。

あと、>>1は俺等に「生きる意味」についてどう思ってるのか聞いてるんだから
悔しいとかそういうもんじゃないだろ

508 :考える名無しさん:2008/07/26(土) 04:29:52 0
>>507
>死ぬと終わりになる

だから死は体験できない・・つまり「無い」も同然なのよ
無い事柄にもかかわらず
それを「在る」ものと生きようとするのはアホだってこと

そういうのを妄想というw

509 :考える名無しさん:2008/07/26(土) 11:07:28 0
>>508
お前の考えに納得した。言われてみればそうかもしれん
だが、このスレでは「生きる意味」の答えを導き出すという事は本題じゃない
>>505の時の俺は>>505という考えをもってた。

一人一人考え方は違うんだし、スレ的にはこれでいいんじゃないのか?

510 :考える名無しさん:2008/07/28(月) 12:25:20 O
我々は〜によって生きている
我々は〜のために生きている
我々は〜があるから生きている
我々は〜の意味があるから生きている
〜には何が入るか適当な解を当てはめてみる。
主義思想、優劣比較、多様性なくしてあらゆるものを削りとってみると多分何も無い。
ぎりぎり一歩手前に「意識」「認識」「欲」などの言葉が入りそうな気がする。
あと死と生の絶対値は等価ではない。

511 :考える名無しさん:2008/07/28(月) 17:48:45 0
「私」はどうして生きているんだろう?
という問い掛けに当てはまる絶対的な解はありはしない
その時々、瞬間で“どうして”の意味が違ってしまうから

512 :考える名無しさん:2008/07/28(月) 20:02:07 0
>>511
では、どうしてじゃなくy他の言葉にしたらどうよ?

513 :考える名無しさん:2008/07/29(火) 18:23:30 O
自分自身を他人の目で観察した場合、私の人生に何か意味があるのだろうか?
と問いかけた場合。この問いかけそのものが何か特別なものがないと意味を見いだせない条件を想起させてはいないか?
問いかけ自体に特別なものが含まれていないにも関わらず、
自己自身は自己自身の存在や行動、人生に意味を見い出す為に
特別な何かを求めてしまうのではないか?
自己自身を振り返り、それが外見的な能力にあればいいが、
何もなければ見いだすべくもなく、
むしろ性質、性癖、精神、自己の欲求
あらゆる自己の現象を特別なものではなく、
ごく当たり前の無価値または無意味な表象と捉えがちとなるであろう。
ここまでの考えに至れば
世間一般の人々の考えさえも自分と同一視し始めるか、大多数の人生は意味がないとさえ言いだすかもしれない。
人が意味に対して常に大きな意味を求める傾向がある場合
マスコミと思考が同じだと言ってもいい。
些事も殊更何かの意味や原因を追い求め、
情報という現象が尽きてしまえば他の対象へて移る。
そして過去は忘れる。
意味を求める上で「特別な意味あるいは何かの意味」を見いだすのは一見たいそうな哲学をしていると錯覚させるが、
実はそれ自体がこの文章のように安全な立場から繰り言をしているに過ぎない。
だから何か特別なものを望み、
殺人や自殺や死への憧れを持つということは以上のような思考に陥っているに過ぎず。
この繰り言にも特別な事などない。
だから人生の意味などさっさと諦めるか、自分なりに意味を当てはめて終わりとし、
何かが起きるまでは他人の人生の意味などにはあまり興味をもたないほうがいい。



514 :考える名無しさん:2008/07/29(火) 20:24:17 0
>>513
ヒント:他人には一生なれない

515 :ラプラスの悪魔  ◆daemontaDA :2008/07/29(火) 20:51:27 0
>>471
哺乳類は皮膚呼吸なんかしないぜw。


516 :考える名無しさん:2008/07/29(火) 22:42:44 0
>>515
あなたの相方はどこいったの?
最近見かけなくてさみしいお

517 :考える名無しさん:2008/08/02(土) 03:17:31 0
生きる意味なんて無い
生きようとする意思があるだけ

財を成して死のうが、野垂れ死にしようが死んだら一緒。これだけは真実。
「後悔せず」死ねたら、俺たちの勝ちなんじゃないか。

518 :考える名無しさん:2008/08/02(土) 05:35:12 0
>>517
>生きようとする意思があるだけ

意思というのは
脳が意味を見い出した時に選択した行動なんだが、、

519 :考える名無しさん:2008/08/02(土) 05:36:05 0
>>517
>俺たちの勝ちなんじゃないか

誰の負けなんだ?

520 :阿修羅∞落とし:2008/08/02(土) 05:39:25 0
今のお前らに悔いのない死など用意されてはいまい。

521 :考える名無しさん:2008/08/02(土) 12:34:13 0
生きようとしたものが生き残った。
生きようとしなかったものは死に絶えた。

結果、生きようとするものだけが残った。

その意志に理由など存在しないのだ。


522 :考える名無しさん:2008/08/03(日) 15:10:20 0
仮の結論を仮説として置いといても、何かのきっかけでそれが覆されることもある。
生きる意味を考えることが生きる意味となる。

523 :考える名無しさん:2008/08/03(日) 19:07:45 0
>>522
平成20年は皇紀2668年、日本人として生まれた人間として
皇紀の歴史を勉強し、この国に生きることを
生きる意味とするってどうかい?


524 :考える名無しさん:2008/08/05(火) 00:02:41 0
別のところでも書いたことだけど
「生まれたい」と思って自発的に生まれてくる人なんて一人もいない
つまり、そもそも人は誕生の際に『この世に生まれた意味』など持ち合わせていない
生物的な本能の次元で話をすると、赤ん坊は無意識的に生を維持しようとするが、
それは「人間の生きる意味とは?」などと考える人間の理性とは次元の異なるものだと思う
さらに偶発的に生まれた後に生きていく社会もまた非常に所与的なものである
どんな親、国、時代の下に生まれるかは全て自分の意思で選択できない
つまり、人間の存在とは個々人の意識から存在が生じたという性質のものではなく、
先に生きているという存在があってその存在を後から意識する性質のものだ
その存在を意識する過程で「人間の生きる意味とは何か?」と考える人は少なくないだろうけど、
生まれてきた時点においてその現象に対して個人的な自分の意思は反映されていないわけだから、
生きる意味や理由など知るべくもないと思われる
仮にそういうものがあったとしても、それは絶対的、普遍的、客観的なものではなく、
極めて相対的、流動的、主観的なものであると思われる


525 :考える名無しさん:2008/08/05(火) 06:37:05 0
>>524まったく御説の通りなんですが、なぜだか知らんが知るべくもないものを知りたがる人が
歴史上に多くいて、極めて相対的、流動的、主観的なものであると思われる
ものを長期的に絶対化、普遍化、客観化させようとした試みが続けられれば、
その思考の方向性や枠組みがおおよそ統御されて一つの体系として出来上がる、
だとすれば、過去に倣い、生きる意味を解釈しようとする企てに意義があるとして良いのでは?

526 :心の仕組みドットコム:2008/08/05(火) 07:31:21 0

事実、存在するものを感じ取る機能が欠落していれば、その存在は無としてしか感じられません。



527 :考える名無しさん:2008/08/05(火) 08:13:44 0
この両親を持ちこの日本に日本人として生まれたことを
よく考えてみよう。そして只この世に、一人としてこの
自分としてこの時代に生まれてきた、不思議を考えてみよう。
この国に生き、生活し子供を育て、そして死んでゆく。
だがきみたち若き哲学徒には、未来がある。
どのような人生が展開するか。
可能性に賭けよう。

528 :考える名無しさん:2008/08/05(火) 08:25:39 0
>>527だがきみたち若き哲学徒には、未来がある。

確かに未来はあるでしょう。
しかしながら、未来の可能性が現在より、より良きものとしての前提で考えるとすれば、
地球の資源はすべて有限です。
現在生まれてくる子供の、その子供の子供の子孫のために我々はさっさと
死んだほうが良いということもあるんじゃないですか?

529 :考える名無しさん:2008/08/05(火) 10:06:16 0
物質至上主義では、未来は無いかもしれません。つましく
こころ豊かに生きるのも、人生です。
資源問題も、此れからの科学技術の発展を待ちましょう。
明るく考えて生きましょう。

530 :考える名無しさん:2008/08/05(火) 10:21:41 0
こころ豊かにいきるってのもわかるんだけどね、
でも物質至上主義の国に生きてる以上は、未来については暗くなってしまうよ。
まあその時はその時だよね。最近はみんな質素生活になってきてるし。




531 :考える名無しさん:2008/08/05(火) 18:35:04 0
>>525
524ですが、確かに過去に倣い生きる意味を解釈しようとすること自体には意義があると思います
問題はその営みをする個人、集団に一元論的な思考法を用いる者が
少なからず存在するであろうことが俺的には厄介だなあと思います
生きる意味があるから生きるのではなく、生きる中で実感として生きる意味をなんとなく感じる
これが俺の個人的な考えです
生きる意味を感じるって各人の個人的な『思い込み』に端を発するものだと思うんですよ
酒を飲んで生きる意味を見出す人もいれば、酒を飲むのがただ苦痛なだけの人がいるように
だから、先の文で生きる意味を「相対的、流動的、主観的」と言ったわけですが、
個人的にはその生きる意味を見出す分野が他者の生存権等を脅かすものでさえなければ、
相対的でも主観的でも全然かまわないかと思います
そして、その生きる意味をまだ実感できない人がそこに行き着くための手段として
「過去に倣う」という行為をするのは有効なアプローチ法の一つかと思います

532 :525:2008/08/06(水) 08:42:34 0
>>531
また異論はないのですが、言葉の選択として
私には生きる意味を感じるを、生きる意味を納得するにしますね。
私にとって、大いに自分の実感というものが無定形で、
無秩序で信じられない状況や場面もある気がするんです。
それをあなたは当然知った上で、あえて使ってると思いますが、
たとえば、ある自分の信念から、家族、友人から世間から背を向けられて悲しい実感が沸いても
自分の「思い込み」が正しいと信じて思えばその道に突き進むでしょうし、
そう思えば、また悲しみも減るのです。
と、言えばそれもまた「実感」の中に、
「生きる意味を感じる」の中の構造に組み込まれているということになるのでしょうが、
生きて実感したものを、単なる思い込みとして客観化して、
それを「(長い歴史に蓄積された)思い込み」に照らして合わせてみて
自己了解するという意味で納得です。



533 :考える名無しさん:2008/08/06(水) 09:20:58 0
死は人生のゴールでは無い。
背後から迫ってくる死に追いつかれた時、人は死んでしまうのだ。

この世は無常・・・放っておけば崩れていく世界。
これが分かれば、必死に生きようとする意味も分かるんじゃないかな。

生きることが当たり前になってしまうから、こんなことを考えるんだろうね。


534 :考える名無しさん:2008/08/06(水) 21:56:00 0
なるほど。
だから、楽な生き方は恐ろしい、のか。

535 :考える名無しさん:2008/08/06(水) 22:32:47 0
死が常態で生が非常なわけだ。
つまり生まれた時点で非常事態発生しっぱなしってわけだな。
こいつはうかうかできないわね。

あんたまだ生きてるんでしょ?だったらしっかり生きて、それから死になさい。

名言やな。

536 :考える名無しさん:2008/08/07(木) 01:15:45 0
生きることに意味があるなら死んだりしない
死んだ瞬間に全てのことが無意味となる

537 :考える名無しさん:2008/08/07(木) 03:18:25 0
>>532
なるほど、あなたの考えを拝聴して、この文脈では『納得』という言葉が表現として
より適切ではないかと思いました。
俺は先の文で『実感』を「生きる中である出来事があり、その時に自然に自分の内面で生じた感情」
として用いましたが、『納得』となると、その次の段階になりますからね。

生きる→出来事に遭遇→そのことにより感情が生じる(実感)
って流れがあって、その感情が単なる快なものを超えた(ある種の崇高さを伴った?)ものである時、
それを人は生きる実感としてとらえ(この段階が俺の言う『思い込み』の段階ですね)、
これを「(長い歴史に蓄積された)思い込み」に照らし合わせてみて自己了解する(納得する)
って感じですかね?
異論を唱えるつもりはないのですが、「長い歴史に蓄積された思い込みに照らし合わせる」
手順を踏むことのない人っていうのもけっこう存在するような気がするんですよ
その手順抜きに自己了解(納得)してしまってる人です。
まあ、その人が見出した生きがい、それの具現化としての行動がよっぽど社会的に認められない
ものでない限りにおいては、それはそれでかまわないかと個人的には思いますが。
我々が照らし合わせる対象(過去の人物、過去の出来事など)の中には、
その人の感情、行動がその時代まで前人未踏のものであり、前人未踏であるがゆえに、
その人には過去に照らし合わせる対象がなかった場合も多々あったであろうと思われますし。
ただ、過去に照らし合わせる行為自体は大事なことであると思います。

189 KB [ 2ちゃんねる 3億PV/日をささえる レンタルサーバー \877/2TB/100Mbps]

■ おすすめ2ちゃんねる 開発中。。。 by FOX ★
このスレを見ている人はこんなスレも見ています。(ver 0.20)
生きる意味って何? [メンヘルサロン]
人間の生きる理由は何ですか? [オカルト]
生きる意味を教えてください [人生相談]

新着レスの表示

掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50
名前: E-mail (省略可) :


read.cgi ver 05.0.7.3 2008/07/26
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)